バッハさん家の勇者さま!? (不協和音)
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バッハ伝記0から1までの物語

 この世は、ふたつの異なる界層で成り立っている。

 

 数百年に及ぶ長い戦乱を納め、現在まで続く平和な大国“天城の籠”を築いた天上界。その名の通り、空に浮かぶ城や小島で形成され、暮らす民の多くは飛翔能力を生まれ持った鳥族である。故に、この国で罪を犯した鳥族は天城の王が持つ至宝によって飛翔能力を失われる。それは鳥族にとって死刑より恐ろしい罰とされており、飛べない鳥族は世間的に罪人扱いを受けるようだ。

 

 そして今尚、戦火の絶えない戦乱の歴史を築いている対照的な中庭界。三つの大陸で成り立っており、中庭界という世の覇権を争っている。天上界と違い、飛翔能力を持たない種族の暮らす界層で、多種多様な民族が生活しているのだが、近年では各大陸にある村や小国を制圧して、それぞれを支配圏とする大きな力を持つ猫族の魔女たちが中心となってからは、さらに戦況は激化しているようだ。

 

 しかし今までは、暗黙のルールとして異なる界層は互いに不可侵とすることで関わりを避けてきた。ところが、そんな無理を承知の上で天上界“天城の籠”に来訪者は現われた。

 

>物語は、ここから始まる<

 

 天上界“天城の籠”城門を背に、少年・キキは立ち尽くしていた。

『遠路遥々来て貰ったところ申し訳ないが…君に力を貸す事は出来ない』

 それが、必死に頭を垂れて救いを求めたキキに対する天城の王の答えだった。

 無論、キキは自分の立場で出来得る限りの報奨を提示したのだ。例えば領地…小国ゆえ僅かな土地だが中庭界に領土を持たない当国なら対価になると考えた。例えば報奨金…命の対価として払うのなら、どれほどの大金であっても何十年掛けてでも負債する覚悟だった。最悪、救ってくれるなら隷属国扱いすら覚悟していた。しかしそこまで食い下がっても国王は悲しげに首を振るだけだった。

『そういう問題ではない。我ら天城の鳥族が、中庭界の争いに荷担する事実が容認できないのだ…これを破れば天上界にも戦火が迫るかもしれん。解ってくれ』

 王たる者、民を危険に晒す訳にはいかない。当然だ…同じ立場ならキキも同じように考えるだろう。

 それでも悔しさは拭いきれない。キキもまた独立したばかりの小国とはいえ、一国の王子なのだ。

 国で待つ皆の期待を背負ってきたというのに、どう顔向けすればいい?

「くそ、このままじゃ帰れない…!」

 整った短い栗毛を乱雑に掻き毟った、その時だ。

「あなた、迷子なの?」

 唐突に掛けられた声に驚いて顔を上げると、目の前にラフなワンピース姿の美少女が立っていた。そう、美少女だ。流れるように美しい金の長髪だが、両サイドだけ染めているのか、黄緑色に変色している。興味津々といった大きな瞳はジッとキキを見つめており、次の言動を待っているようだった。

(ここは……)

 そこまで思って初めて自分が周囲を少なくない喧騒に包まれた街中に居ることに気がついた。

 どうやら呆然としたまま無意識に歩いてたらしい。

「大丈夫? 顔色が良くないみたいだけど……」

 これは少し不味い。

 別段“天城の籠”に鳥族以外の他種族が入ってはいけないといった法律などないのだが、目立たないに越した事はない。離れよう。

「いえ、大丈――」

「もしかして迷子の前に腹ペコさん? だったらミミズの串焼き食べる? リンもさっき初めて食べたんだけど、いつも食べてる物とはまた違った味なんだよ? いわゆる庶民の味? それとも家庭の味? あ、でもリンの家じゃないから違うかな? とにかく一口ど~ぞ♪♪♪」

「ちょっ、待ッ――うぶ」

 マシンガントークの如くまくし立てられた挙げ句、彼女…リンの持っていた肉塊を口元に突っ込まれ、キキはその衝撃的な味に言葉にならない悲鳴を上げた。

「~~~!!?」

 直後、条件反射のように隠してた獣耳と栗毛に包まれた尻尾が露となった。

 そこでリンも自分の過ちに気づいたらしい。

「あれ!? あなた鳥族じゃないの? じゃあ何でこの国に……あ、観光とか?」

 何から答えればいいかキキも迷うところだが、今は口内を支配する暴力的な珍味をどうにかしたくて転げ回っている他ない。

 そして、そんなことをしてれば否応無く悪目立ちしてしまう。

「うーん、とりあえず場所変えようか。……ここに居ると見つかっちゃいそうだし。うん、そうしよう!」

 リンはそう独り納得したかと思えばキキの意志を確認することなく手を引いてキキは商店の路地裏に連れ込まれてしまった。

 

 

>物語は、続く。<



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バッハ伝記2から3の物語

「なんだ~、下界から観光に来たヒトだったんだ! それを早く言ってよ」

 曲がりくねった路地裏を駆け抜けると、少し拓けた空き地に出た。そこでやっとキキは一息吐くことが出来た。

「あんなモノ、よく食べられるな……」

「えー? まぁリンも初めて食べたけど…言うほどひどくなかったよ? 鳥族の民たちの間では人気メニューらしいし……」

「鳥族には、だろ……」

 笑いながら言うリンに、キキは苦々しく呟いた。

「それであなたは下界のどこから来たの? あれ? でも観光なら普通は都市部に行かない? この辺は王城と城下の繁華街しかない、観光には向かないよ?」

 先程から彼女の言う下界とは、中庭界の別称だ。

 中庭界に暮らすキキ達は使わない、天上界特有の呼び方であった。

 咳き込みながら食べ残しを吐き出し、息を整えながらキキは頭を整理する。

「えっと、まず僕は…観光に来た訳じゃない。……天城の王に頼み事があって来たんだ。断られたんだけどね……」

「お願いごと? どんな?」

 またしても興味津々といった瞳で訊ねられる。

 一時、話しても良いものかキキは迷ったが…考えてみれば、作り話と笑われるのがオチだろう。

「信じてもらえないと思うけど…僕はこれでも王子なんだ。僕の国は、中庭界にある風の大陸の植民地だったんだけど、一年ほど前に独立が許されて…小さな国となった。父が領主だったから自然と僕も王族という立場になったんだ。そして独立国となっても今までと変わらず細々と平和に暮らしていこうと考えていた」

 ここまででも十分馬鹿げた妄想話だ。しかし聞いている彼女は茶化す事もなく…むしろ真剣に聞いてくれている。キキは続けた。

「…だけど半年ほど経った頃、一度は独立を許してくれた大陸の王の気が変わったらしくてね。再び植民地に戻れと命じられたんだ。でも、民達も僕らも望んでも叶わないと思っていた自由を気軽に手放すなんて納得できなかった。父もそんな皆の意を汲んで大陸の王に抗議してくれたんだ。そしたら王は、正式に独立を認める条件として…戦争状態にある火の大陸へ攻め入って僕らの力だけで他国の領地を奪えと言ってきた」

 父から話を聞かされた時の感情を思い出し、キキは思わず拳を強く握り締めていた。

「そんなこと出来る訳がない。独立したといっても元植民地の国にどんな戦力があると思う? 魔法は疎か…まともに戦に出たことがある者だって、数えるほどしか居ないんだ……」

「それじゃあ、頼み事って」

「僅かでもいいから兵力を貸してもらえないかとね……でも考えてみれば都合良過ぎる話だよな……」

 もともと交流のある国同士なら分かるが、何の因果もない他国の使者が突然尋ねてきて『戦争したいので兵士たちを貸してくれ』などと恥ずかしげもなくよく言えたものだ。

 今更ながら自分のしたことを客観的に思い返して、キキは自嘲気味に笑った。

 むしろ、そんな不作法な自分に対し謝罪を述べてくれた天城の王に罪悪感すらわいてきた。

 そんな時だ。

「んー、話が複雑でよく分かんなかったけれど…つまり、あなたが困ってるのに天城の王は助けてくれなかった、という訳ね?」

「――え?」

「ひどい話ね! 弱きを助けて、強きを挫く! それが正義というものなのに…分かってないわ、あの王様」

 頬を膨らませてプンスカと怒っている彼女。

 キキの話をどこまで理解して、どこまで信じてくれているかは定かではないが…それでもキキを非難せず励まそうとしてくれていることは伝わってきた。

「ハハ…、ありがとう」

 愚痴る形になってしまったが、話を聞いて貰えた事で僅かに心が軽くなった気がして、キキは素直に礼を述べたのだが……

「安心して! リンがあなたの勇者になってあげる!!」

 堂々と胸を張って宣言したリンの言葉に。

「――えっと?」

 戸惑っている様子のキキを見て、コホンとひとつ咳払いしてからリンは改めて言った。

「信じてもらえないと思うけど…リンはこの国“天城の籠”の王女様なの! だからお母様に断られた頼み事、リンが代わりに叶えてあげるわッ!!」

 

 

>物語は、続く。<

 

 

 

「君が、王女さま…?」

 目の前で公言したリンの言葉を、なんとか頭で整理するようにゆっくりと反復する。

 しかしどう考えても不自然だった。

 確かに彼女は美少女ではある。相応に着飾れば、王族らしい品格も出るかもしれないが…ではなぜ現在彼女は庶民的なワンピースという装いなのか? 百歩譲って、お忍びで城下に来ているのだとしても、もう少し見栄えの良い格好をするはずだ。そう思って改めて彼女の服装を観察すると、ワンピースの縫い目がツギハギ状になっていることに気づく。

(もしかして手作り?)

「驚くのも無理ないわよね…実はリンも城外に出たのは久しぶりなの! だけどドレス姿でお供や護衛を引き連れた状態じゃあ、満足に楽しめないじゃない? 窮屈だし、民とも気兼ねなく話せないし……だからこうして町娘に変装してるわけ! どう? 一晩で仕上げたにしては中々の出来栄えでしょう?」

 そう言いながら、その場で一回転。確かにパッと見は露店で売られている品と大差なく見える。だからこそ、彼女の話をどこまで信じればいいのか分からないのだが……

 最悪、キキの話を全否定した上で、悪ノリしているだけという可能性もある。

「ハハ…、王女殿下とはつゆ知らず失礼しました。でも、僕の願いを叶えてくださるというのは、兵をお貸しくださるという意味ですか?」

「もちろん! ……と言いたいところだけど、リンが自由に動かせる兵士なんていないのよね」

 ――ああ、これはやはり冷やかしだな。

 一瞬でも希望を抱いた自分に苛立ちながら溜息を吐いたキキに、リンは笑顔で言った。

「だから、リンが行ってあげるッ!」

「……はい?」

「お母様の兵隊は動かせないけど、リンが行けば百人力だよ? 勇者リンは無敵だからねッ!!」

 彼女は、どこまで本気で言っているのだろう?

 思わずキキは頭を抱えそうになった、その時だ。

 

「見つけましたよ、リン様」

 

 二人の直上より飛来したふたつの人影が降り立つ。

 その二人も、なんとも個性的な二人組だった。背から翼を生やしているのだから当然鳥族なのは分かるが…片や、雪のような白髪を首もとで揃えた美青年。整った顔立ちに気品を感じさせる振る舞いは、リンという少女より王族のようだ。片や、もう一人の青年は真逆のように乱雑な風貌だった。ぼさぼさの灰色の髪で目元まで隠れ、鼻や口元しか表情が分からない。なにより不機嫌そうな空気を隠そうともせず纏っている。

「あちゃー…もう見つかっちゃった。今回はうまく巻けたと思ったのにな~」

 そう言って舌を出すリンに白髪の青年は告げる。

「ええそうですね。商店の入り口に我々を待機させ、リン様は裏口から逃げる――リン様にしては頭脳的行動ですが、常に何かしら騒動を起こす貴女の動向を捜すのは難しくありません。それに加えて、上空から見通しの良い開けた空き地に居らっしゃるとは…逆に、我らに見つけてほしかったのではないですか?」

「そんな訳ないじゃん! せっかく繁華街に溶け込める服を着てるのに、護衛が居たんじゃ無意味でしょ!?」

「何を仰るかと思えば…いいですか? 我々はリン様が、みすぼらしいワンピースを着られる事を黙認しただけでも十分譲歩しています。本来なら護衛も天城の王室付近衛隊が務めなければならないところを、我々だけに限定したのも貴女の望みを叶える最大限の配慮をした為ですよ?」

「それでもリンは完全な自由がいいの~!」

 まるで駄々をこねる幼女のように、白い青年の頭をポカポカと叩く。

 白い青年も彼女のそんな振る舞いには慣れているようで気の済むようにやらせていたのだが……

「それで…戯れ合ってるところ悪いが、そこの鼠小僧は誰だ?」

 それまで黙って傍観していた前髪の長い男が訊ね、すっかり蚊帳の外だったキキに視線が集まった。

「あ、この子はね…中庭界の国の王子さまで、自分の国を救ってほしくて母様を尋ねてきたんだけど断られちゃったんだって! で、代わりにリンが助けてあげることにしたの! これでリンも勇者デビューよ!!」

「下界の…? どこの国ですか?」

「いろいろツッコミたいとこ満載だが……まず、名前は聞いたのかアホ王女」

「当たり前よ! 彼の名前は――あれ?」

 そこまで言われてようやくキキも互いに名乗っていなかったことに気づく。

「えっと僕は」

「リン様! まったく貴女という方は、知らない人には声を掛けられてもついていかないようにと何度言えば分かるのですか!?」

「違うもん! 声掛けたのはリンからだし、連れ込んだのもリンだからセーフ!」

「なお悪いですよ!!?」

 ますます二人の痴話喧嘩が白熱し出すところを灰色の青年が制した。

「落ち着けユキ。まずコイツの素性と経緯を確かめるのが先だ。リンへの説教はそれからでも遅くない」

「……ああ、そうだな……頼むソラ」

 ソラと呼ばれた灰色の男はキキの前に立つと前髪の間から鋭い眼光を見せて威圧するように言った。

「全て話せ。虚偽は認めん」

 

 

>物語は、続く。<



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バッハ伝記4から5までの物語

 戸惑いながらもキキは正直に、なるべく解り易く、リンに話した内容と同じ経緯を説明した。

 自分はキキという名の栗鼠族であること、独立したばかりの祖国は“地底の平原”と呼ばれていること等が補足した点だろうか。

「ねっ! ひどい話でしょ? これは勇者であるリンが救わなきゃならないよね」

 胸を張って言い切るリンの言葉に、眉間を押さえながら、白髪の青年・ユキはぼやく。

「まず貴女は我が国の王女であって勇者ではないのですが…まぁリン様の勇者病は、今に始まったことではないので置くとしても…地底の平原。聞いたこともないですが本当ですか」

「間違いない。少なくとも今の話には嘘はなかった」

 そう断言したのは、灰色の青年・ソラだった。

 キキからしてみれば事実を信じてもらえたのは嬉しいのだが、なぜ彼は疑いもなく言い切れるのか不思議だった。しかしそこに疑問を抱いたのは、この場ではキキだけだったらしい。

「そうか。お前が言うなら確かだな」

 しかし、キキは自分の話の真偽よりも先に、絶対的に確認しなければならないことがある。

「あの、失礼ですが……彼女――リンさんは、本当に天城の姫君なのですか?」

 この二人の青年との会話を聞いていてなお信じがたい思いだが、全員でキキを騙しても何の得にもならないだろう。

「あー! ひどいな~、まだ疑ってたの? 確かに『信じてもらえないとは思うけど』とは言ったけど、こうして従者を連れてる前で改めて訊ねるかなー」

「日頃の行ないの賜物だな」

 頬を膨らませて拗ねるリンに、にやにやとした口元を隠そうともしないソラ。

 ため息混じりで、ユキが頷く。

「ああ、今、君の目前に居らっしゃる方こそ、天城の王のご息女であり“天城の籠”の王女・リン様だ」

 そうか。

 そうなのか。

 しかし、それがどうだというのか――

 疑惑が確信に変わった瞬間、キキは自分でも判らない…感嘆とも落胆とも形容しがたい思いで俯いた。

 結局、事態は何も好転しないのだ。彼女が本物の王女だとしても…否、本物の王女だからこそ…どうしようもなく救われない。

 彼女は言ったのだ。

 ――自分には兵士を動かせる権限はない、と。

 つまりどれだけ優しい言葉で取り繕っても、答えは天城の王と同じなのだ。

『力は貸せない』

「ハハハ……」

 彼女が王女だと名乗った時、僅かに芽生えた希望。その想いを心のどこかで諦め切れていなかった自分に気づき、キキは自嘲気味に渇いた笑いを漏らした。

 あるいは彼女の身柄を人質に再び天城の王と交渉できないかという邪な考えさえ頭を過るが、護衛という二人組を相手に戦えるような力すらキキにはない。

(なんて無力なんだ…)

 大きな脱力感を感じながらキキは言葉を絞り出す。

「知らなかったとはいえ、数々の無礼をお許しください――お話だけでも聞いてくださったこと、感謝致します」

 俯いたまま、消え入りそうな呟きでキキは言った。

「そんなに畏まらなくてもいいよ。リンの方こそゴメンね……」

 これ以上は惨めさで取り繕う台詞も出ない。

 ――早く立ち去りたい。

 そう思った矢先だった。

 

「すっかり忘れてたの。このふたりならリンの直属の従者だから連れて行けるわ――少ないけど居ないよりはマシよね?」

 

 一瞬、何の事か分からなかった。

「毎度の事なので半ば諦めてはいますが――非常に危険なので考え直す気はありませんか? 我らが供に行ったとしても下界は天城の籠の権威が及ばぬ無法地帯です。いつもの冒険ゴッコとはリスクが違いますよ」

「真面目な話、死も覚悟しなきゃいけない旅になる。それ、解ってるか?」

 諭すように静かに告げるユキとソラ。

 それに対してリンは大きな瞳をランランと輝かせて断言した。

「当然よッ!! 勇者の冒険に危険はツキモノ♪ なによりまだ見たことのない未開の地に行けるのよ!? 勇者の血が騒ぐってものじゃないッ!!」

「……ソラ」

「諦めろユキ。このアホ王女、正真正銘嘘偽りなく本心から言ってやがる。いつもの通り清々しいほど迷いがない……こりゃ、素直に従った方が安全だ」

「だが、彼の話を聞くかぎり間違いなく戦地の中心に行くのだぞ? 何かあったら王に顔向けできん!」

「仮にそうなってれば…お前の場合、王女庇って先に死んでるだろ。それにここで俺達が反対したところでアホは意見を変えない。それどころか最悪――独りで抜け出すぞ?」

 

「そうだ! 危ないところに行くなら、いつもより凄い武器も必要よね! 小島の遺跡探険で使ってる護身用の短剣なんかじゃなく勇者に相応しい伝説的な武器!! うん、母様の槍を借りましょう!!!」

 

 まるで暴走列車よろしく思考が駄々漏れ状態で興奮しているリン。しかも最後に口走っている槍とは二人の想像通りなら文字通り、“天城の至宝”の事だ。

 さらに侮りがたいのがリンの行動力である。有言実行とはよく言ったもので、一見、不可能と思えることでも思いがけない方法や手段で可能にする。

 諦めるということを知らない王女様なのである。

 

 そんな三人のやりとりを唖然とした様子でキキは見ていた。

 信じられない思いで確かめる。

「ほ、本当に…力を貸してくださるのですか?」

 その言葉に。

 キキの勇気を振り絞った問い掛けに、リンは自然体の笑顔で肯定する。

「だから最初から言ってるじゃない。弱きを助けて強きを挫く、リンがあなたの勇者になってあげる!!!」

 

 

>物語は、続く。<

 

 

『手荷物を整えるのに少し時間掛かるかもしれないから、キキは繁華街の宿で待っててくれる? で、合流次第ダッシュで下界に降りましょう。そのつもりで準備しといて! ――あと、助ける条件として、そのよそよそしい敬語はナシ。…同じ王族なんだから対等な関係で行きましょう?』

 そんな風に巻くし立てられてから城の方に飛び去ってゆく三人を見送って――指定された宿舎に入って、約半日。中庭界の時間感覚だと夜になっているはずだが、天上界の空は明るい。

 キキは知らないだろうが天上界には“暗闇の夜”というものはない。便宜上、知識として朝や昼、夕方や夜という言葉はあるが…自然現象のそれを体感したことがある者は、鳥族では少数派だ。子供の間では下界の自然現象として教えられるほど。天上界は基本的に常春常昼な界層。浮遊島によっては独自の環境が生じる場合もあるが“天城”と城下の街々がある本島は、常昼なため…眠る際は室内の窓や扉に布を引いて光を遮る必要がある。

 宿屋の各窓ではそれぞれ布が張られ、鳥族の民衆客が眠りに就き始める。

 就寝の周期も個人差があり、大抵は疲れたら寝るというアバウトなスタンスだ。

 キキの部屋にも窓を遮るための黒い布があったが、緊張と興奮からとても寝つける気分ではなかった。

 望んでいた理想とは大きく異なるとはいえ、王族が応じてくれたのだ。従者は彼ら二人しか連れていけないと言ってはいたがきっと謙遜だろう。王女が遠征に行くのに護衛が彼らだけなど普通に考えてありえない――それとも少数精鋭なのだろうか?

 どちらにしても、期待するなというのは、キキには無理な話だった。

(だけど遅いな…いや僕の気が早過ぎるのか、まだ別れて数時間だ。…落ち着け落ち着け…)

 窓から外を見ながらキキは軽く深呼吸をする。

 と、城の方角の空に黒い靄のような塊の影を見た。

 それは近づくに連れ、鳥族の甲冑などを纏った兵士の軍勢だと分かる。

「凄い、あんなに兵を出してくれるなんて…!」

 なんだかんだ言っても天城の王も娘には甘いということか。そんな風に思った矢先だった。

 バン、と音を立てて部屋の扉を破るように開けられて、リンと青年二人が飛び込んできた。

「準備できてる!? すぐゲートまで逃げるわよ!」

「……は?」

 開口一番の言葉に意味が分からずキキは目を白黒させる。

「ほら、ぼさっとしてないで外見えてるでしょ!? 急がないと追っ手に追いつかれるの!!」

 窓の外、迫ってくる兵士たちを指差して言った。

「ちょ、ちょっと待ってください、どういうことですか?」

「だからね、キキを助けるために最強の武器を持ってきたんだけど母様には内緒で持ってきたからリンたちを捕まえるために兵団が動いたの!」

 リンが早口で巻くし立てた内容を完全に理解する前に白髪の青年・ユキが補足説明する。

「あなたの国を救うためとはいえ、国宝を勝手に持ち出したのですから史上最悪の窃盗罪です。しかも真相が解ったところで王女様を犯罪者扱い出来ませんから――王女様をたぶらかして悪事を強制させたあなたが罪に問われます」

「わかったら、すぐ逃げるわよ!」

 キキの荷物などバックひとつがせいぜいだった。それを灰色の青年・ソラが持ち、当のキキはリンに抱きかかえられる形のまま、窓から外へ飛び出した。

「わー、待ってください! 僕は飛べませんよ!?」

「知ってるわよ! しっかりリンの身体にしがみついてなさいッ!!」

 言われて気づけばリンの装いは街中で会ったワンピース姿ではなく、ボーイッシュなシャツとパンツという動きやすさを重視した服装だった。シャツは背の部分だけ布地がなくそこから金色の両翼を広げていた。

「で、下界に行くゲートはどこだっけ?」

「リン様。以前ご説明したことがあると思うのですが…ゲートは、城下町と城の間に架かる橋。その谷底です」

「つまり戻らなきゃならないって事? もう、それならキキにゲートで待ってもらえば良かったじゃない」

 そう。ゲートと呼ばれる天上門は谷底に立つ鳥居。

 しかしその手前には兵士の大軍勢が立ち塞がっている。そこに突っ込むと?

「殺されますよ!?」

「他にゲートはない。それにアホ王女は殺されはしないだろ。まぁ、俺らは罪人扱いで翼を折られ、鼠は殺処分かもしれないなぁ♪」

 切羽詰まった様子のキキを面白がりながらソラは言った。

 すると、その言葉に反応したのはリンだった。

「それよソラ! ――あんた達、道を開けなさい! さもないと……二度と飛べなくなるわよ!!」

 猛スピードで飛びながらリンはキキを支えていた片腕…右手を離して、天にかざした。

「――来たれ、天雷槍!!」

 叫ぶと同時にリンの右手から凄まじい雷光が放たれ……彼女の手には似つかわしくない大振りの、金色の大槍が現われた。

 キキは初めて見る、天城の至宝“天雷槍”だ。その一撃を浴びれば鳥族は例外なく飛翔能力を奪われるという天上最強の槍。本来なら王しか使用権限を持たないと聞くが、彼女が扱えるのは王女だからだろうか?

「ええーい!」

 しかしキキから見ても、リンの扱いは粗雑なもので槍の型も何もなく、ただ振り回すだけ。しかしながら威嚇には絶大な効果をもたらした。矛先が振り下ろされるたびにその周囲に落雷が降り注がれ、兵士たちは散り散りに逃げてゆく。

「今よ、正面突破!! ――勇者に通れぬ道は無し!!!」

 

 こうして一行は堂々と下界へと赴くのだった。

 

 

>物語は、続く。<

 




ここまでお付き合いくださったら方には感謝、申し上げます。
次の回から物語の舞台は、天上界編から下界┄┄中庭界編に移行します。
まだまだ先は長いですが、面白いと感じてもらえている方には頑張ってついてきてもらえれば幸いであります。
でわ、また。(*-ω人) 不協和音でした。


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バッハ伝記6から7までの物語

 ――中庭界。

 そこは、古くから争いの絶えない三つの大陸で成り立つ界層である。

 もともとは各大陸内部の小国同士での戦火が争いの原因だったが、近年では強力な魔法を扱う猫族の魔女たちが競い合うように各大陸内部の小国を支配、制圧し植民地化して自分達が各大陸の王座に君臨する事で争いの火種は内乱から大陸間戦争へと進展することになった。それが現在だ。

 

 だが、そんな中で唯一、大陸にありながら、どの王の支配も受け付けない独立国が存在する。

 キキの国“地底の平原”のように独立宣言した訳ではなく、特異な環境から猫族の魔女は立ち入れない。

 水の大陸にありながら、深い湖の底で建国した“水魚の湖畔”という魚族の暮らす国である。この国の民達は争いを避け、陸上である大陸での生活を諦めて、湖の底に逃げ延びた。

 だがそこで猫族は深い水の中には入ってこられないという体質を知り、難を逃れる。

 そして三大陸国へのアドバンテージとして、中庭界で唯一、天上界との交易を持ち、天上界へ渡る鳥居の門……通称ゲートを開設。

 それゆえ、中庭界から天上界へ渡る為には“水魚の湖畔”の助力無しでは叶わないのであった。

 しかし逆に天上界から中庭界へ降りてくるのに“水魚の湖畔”の王族からの許可を取る必要はない。それは通常、天上界から降りてくる使者は天城の王からの命を請けている、信用に足る者だと思われているからだ。まれに無断で通る犯罪者もいるが――そういった輩は発見次第、“水魚の湖畔”側の、門の守人によって排除されるのだ。

 

 だが今日の門番兵は、とても困惑していた。

 ついさっき門から、まさに飛び出してきた来訪者は…さてどちらの類だろう?

「なんてことしやがるんだアホ王女! まともに扱った事もないくせに力任せで落雷降らせやがって!」

「何よ! ちゃんと兵達を退けたんだから、文句無いでしょ!?」

「俺達にまで当てる気かと言ってるんだ!! 当たれば洒落にならなかったぞ!?」

 ボーイッシュな軽装をしたサイドを黄緑に染めた金の長髪が特徴的な美少女と顔が隠れるほどのボサボサな灰色の髪を振り乱して怒鳴る不審な男。

「――と言うか、突然のことだから聞き流してましたけれど、至宝を無断で持ち出したってどーゆう事ですか!? それも僕が強制させたみたいな事を言われたような気がするんですが!?」

「いやいや、そもそもあなたと合流するのに約半日も掛かった最大の理由がそれだったんです。厳重に管理されている宝具を盗み――もとい、持ち出すには見回りの兵の交代時間を見計らってやる他なく、そのタイミングを待っていたからこそ、お待たせしてしまったという次第なのです」

「そんな経緯はこの際いいです! 問題はなぜ責任が僕にあると言われたかで」

「おや? それこそ今更でしょう? 我々はあなたを救うため仕方なく窃盗まがいの暴挙を行なう羽目になったのですから…それ位のリスクは覚悟の上かと思いましたが?」

「確かに、それは否定しませんけど…何か納得できません!!」

 雪のような美しい白髪に整った顔立ちの美青年と、栗色の短髪ごしに頭を抱えて喚いている少年。この四人組は、客人なのか不審者なのか…どう報告すべきか門兵は迷った。

 

「それはそうと、ゲートを抜けたんだからここは下界なのよね? ここがキキの国なの?」

 キョロキョロと辺りを見回すリンにソラが呆れ顔で言った。

「アホ。下界のゲートは、水の大陸の独立国“水魚の湖畔”にある。ユキに習ってただろ?」

「忘れちゃった、そんな昔の話」

「おかしいですね。お教えしたのはつい先日だったと記憶していますが……」

「それはともかく…なんか動きにくくない?」

 話題を逸らすようにリンが手足を軽く振るってみると、目に見えない空気の膜を重く押し退けているような感じがする。

「馴れるまでは仕方ないと思いますよ。この国は深い湖の底にありますから魚族ではない我々にとって、ここの環境は居心地の良いものではありません」

 説明しながらユキも身体にかかる負荷を確認するように手足を動かす。

「ええッ? 湖の底? じゃあ溺れちゃうじゃん! あれ? でも息が苦しくないって事は…あれ?」

「ゲートを抜けた瞬間に、自動的に空気の層が僕らの頭部を覆う仕組みになってるんだ」

 不思議がるリンに、今度はキキが説明した。だが、先程からリンが疑問に挙げている内容は常識的に中庭界の環境について学んでいれば、知っているはずの事ばかりだ。従者であるはずのソラが彼女を罵倒するのは謎と思っていたが、実は的を得ているのだろうか?

「僕の国に着くのは、水の大陸の陸地に出て…風の大陸へ渡った更に先です」

 

 さて、報告を迷った門番兵がどうしたかというと…自分では判断しかねると思い――上に判断を仰いだ。

 つまり、守人を呼んだ。

「まったく騒がしい事だ。誰かと思えば…平原の栗鼠王子サマか。初めて訪れた時もそうだったが、お前はもう少し礼節ある訪問は出来ないのか?」

「シンさん!」

 キキに、シンと呼ばれた者は濃い青色の髪をした男だった。背が高く、引き締まった肉体からは“漢”といった印象が強く伝わってくる。そんな彼の傍らには妖艶な女性がたたずんでいた。半透明な長髪をツインテールに束ねているが、女性らしい豊満な身体付きが大人びた印象を与える。

 そして二人とも腰に刀を一振りずつ携えていた。

「なに? キキちゃんが戻ってきただけなら…殺さなくてもいいのかしら?」

「いや、よく見ろラン。増えてる。鳥族が三人か――天城の王が求めに応じたにしては半端な人数だな」

 まるで値踏みするように観察する不躾なシンの視線に割って入るようにリンの前に立ったユキも問う。

「そういうあなた方は、堂々と帯刀を許されているところを見ると、ゲートの守人で合ってますね?」

「なんで?」

 間の抜けたリンの呟きにソラが声を潜めて言う。

「この国は基本、武器の保持は認められていない。ゆいいつの例外がゲートの守人なんだ。…分かったら間違っても国外に出るまでは“天雷槍”を出すなよ」

 名高い天城の至宝も立派な槍という武器だ。それを天城の王の許可もなく持っていると知れれば、王族といえども犯罪者確定だ。

「単刀直入に問おう。何が目的でゲートを通った?」

「シンさん、この方達は怪しい者ではありません。…我が“地底の平原”に招く客人です」

「客人か――ときに、“天城の籠”まで兵力を求めた結果はどうだった? オレたちの言った通り無駄足だっただろう? あの国は基本、自分達だけの平穏が保たれていればいいという薄情な気質だからな…」

 ムッとしたリンが声を上げそうになったところを、ソラが抑える。

「挑発に乗るな。武器を所持してないか確認するための常套手段だ」

 怒りを買いそうな言葉で感情を煽り手の内を探る。

 回りくどい手法だが、リンのような激情家タイプの性質には的面だ。ソラが抑えてなければ即座に口論となっていたところだ。

「それで? そこの三人の目的は観光か? まさか王子サマの国の実状を知らないわけないよな?」

「ですから、護衛役として私が居るのです」

 リンの前に立つユキが宣言するように言った。

「これでも多少、武の心得がありまして……」

「ほう。それは一度手合せ願いたいものだ。もっともココじゃ相手にならないだろうがな」

 シンや、ランという女性は魚族だ。深い水圧の土地で不自由なく動けるだろうが、鳥族であるユキ達は、そうはいかない。武術の心得があっても水の抵抗が身体の自由を奪い、まともに闘えない。

「ま、仮に陸上でやりあったとしても負ける気はないがな……」

「血が騒ぐのは解るけど…キキちゃんの供なら通行許可は下りてるでしょ?」

「分かってるさ。ちょいと試してみただけだ――悪かったなキキ王子」

 そう言うと、刀の柄から手を離した。

「来い。水面出口まで連れていってやる。余所者に都市部をうろつかれて問題を起こされたら、オレ達が迷惑だからな」

「ありがとうございます」

 キキは素直に礼を述べたが、始終上から目線の物言いだったことにリンは不満を覚えた。

(陸上での戦いなら、リンも…ユキだってあんな奴には負けないもん!)

 

 

>物語は、続く。<

 

 長い長い湖の底から続く水道を抜けると…そこは、雪国でした。

「――寒い!」

“水魚の湖畔”の国境である水面を出た直後にリンを襲ったのは肌に突き刺さるような極寒の空気だった。

 水の大陸。その領土は猫族の魔女がひとり、“凍土の魔女”という二つ名を持つ王・モユルに支配されている。その強大な魔力は大陸の環境にまで影響を及ぼし、水の大陸全土を雪原の世界に変えているのだ。

『餞別だ。キキはともかく…そっちの三人は下手すると死ぬからな』

 そう言われて、防寒着を見せられた時は何の事か分からなかったが、現状では用意してもらえたことに感謝の念が絶えない。

 しかしそれでも冷気を完璧に遮断できるわけではなく…吐く息は白煙のように白くなる。

「下界の気候はどうなってるの!? ここまで寒いのが日常? 城の冷凍室に居るみたいだよ~~」

「確かに、これはこたえるな――下界の冬という気候なのか?」

 リンはぶるぶると身震いしながら、カチカチと觜を鳴らしながらキキに問う。

 彼ら“天城の籠”に住む鳥族にとって、中庭界のように各大陸によって気候が変わる体験は未知だ。

 天上界にも浮遊島によって肌寒い島はあるが、ここまで極寒になる事はない。

「飛ぼう! 飛んでソッコー抜けてしまおう! リンも頑張るからッ!」

「そうしたいのは山々ですが……難しいでしょうね」

 巻くし立てるリンを宥めるようにユキは言った。

「ここまで低温の空を長距離飛行するとなると…羽が凍結する可能性あります。まさかここまでとは…」

「あの、深刻そうに話しているところ言いにくいのですが、今は晴れてるだけマシな状況なんですよ? 吹雪けば歩くどころか視界さえ怪しくなりますから…」

 キキの言葉に、ユキも、さすがに言葉に詰まる。

「とにかく天候が変わらない内に進みましょう」

 足元が埋もれるほど積もった雪原を掻き分けるように歩み始めるキキ。

 その歩みには迷いがなく白い広野に隠れた道が見えているようだった。

「ここの地理には詳しいのか?」

「そういう訳じゃないですが…来た道を戻るだけならそこまで難しくありませんから…」

 そう。キキは単身で“地底の平原”から大陸を渡り……ゲートのある“水魚の湖畔”まで過酷な道のりを旅したのだ。

 想像を絶する旅路を寒さと孤独に襲われながら…

「ま、俺らと違って毛皮がある分、寒気には強そうだしな」

「ハハハ……」

 今だからこそソラと軽口を交わすだけの余裕もあるが、行きの道は軽口を叩く相手さえ居なかった。

 それでもキキは辿り着いた。それは、向かう先に希望があったからだ。

 祖国の民を救うため“天城の籠”からの助力を受ける一縷の希望があったからこそ危険な旅路を生き延びられたのだ。

 もっとも結局、天城の王には断られ…助力を得るという夢は、はかなく散ったわけだが…それでも今こうして祖国への帰路に着いているキキの心が折れていないのは、彼ら三人の存在があるが故だろう。

「でも、本当に危険なのは風の大陸に入ってからです…来る時は僕一人だったから歯牙にも掛けられませんでしたが、自分の領内に余所者を手引きして、ノゾミ様が黙っているか…」

「関係ないわ! リンたちの邪魔をするなら誰であっても悪者よ! 勇者リンの前に跪かせてあげるッ!!」

「言葉だけなら心強いのですが、やめてください。 ノゾミ様は僕らの元領主様でもあるんです。独立を宣言した今となっては他国の王ですが…それでも世話をやいてくれた過去に恩義があります。出来るならノゾミ様とは争いたくない…」

「矛盾した言動だな――植民に戻ることに、反抗したお前たちを従わせようとして、他国の領土を奪わせるという無理難題の条件を出されたんだろ? それに困って俺たちに助けを求めてるのに…その元凶である相手に、まだ恩義を感じるのか?」

「それはそれ、これはこれというヤツです」

 苦笑いを浮かべてキキは言った。

「ところで、話からすると…王の許可無く領地に入ると怒りを買うということのようですが…現状は大丈夫なのですか? 我々は水の大陸の領地に不法侵入している最中だと思いますが」

「あー、そこはあまり問題ありません。幸か不幸か、水の大陸を統べるモユル様という方は昼間は眠り続けているので――たぶん僕らがここに居ることも気づいてないはずです。そうでなければこんなに簡単に歩くことは出来ません」

「歩く事が、出来ない?」

「この地に積もる雪はほとんどモユル様の魔力で降らされたものです。もし余所者の存在に気づいていれば…何もせず素通りさせてはもらえないでしょう」

 歩きながら足元で踏み付けている雪や周囲の積雪壁を指してキキは言う。

「少なくとも、天候が荒れて吹雪になります。それだけでも抜けるのは困難です…だから何とか、モユル様が目覚めて活動する夜までには大陸を横断しないと」

 言いながら深く積もっている雪道を、足を取られながらも進む一行。

「……ちなみに、大陸境界までは、あとどのくらいの距離があるのです?」

 ユキが訊ねる。

「距離はそれほどないです…“水魚の湖畔”は大陸の外れに位置してるので…だけどこの積雪では迂回して進むことになるから…」

「つまり、積雪の壁が無ければ最短ルートを行けるという訳ですね? …任せてください」

「え?」

 キキが疑問符を浮かべるより先にユキは動いた。

 防寒着を一旦脱ぐと周囲の雪と同色の両翼をバッと拡げ、それぞれの片翼に、《烈風》と呼ばれる技で生む風の刄を纏わせると、それを正面の雪壁に向けて……螺旋状に絡ませ、回転させる形で解放した。

「次列風切羽《羅穿孔》!!」

 絡み合った鋭い風の刄は収束した竜巻を思わせる軌跡を描いて勢い良く行く手を阻んでいた高い雪の壁を貫き吹き飛ばしていった。

「わ~、さすがユキね!」

「多少威力を抑えましたから、こんなものでしょう」

 当然の結果とばかりに述べるユキに、キキは唖然。

「こんな…こんなデタラメな事が出来たのですか…」

「おや? 言いませんでしたか? 多少武の心得があると……」

 なんと、これが魔法ではなく武術だと言うのか。

 彼らと関わってからというもの、キキの中の常識が尽く破られてゆくのを感じ…いかに自分の良識が井の中の蛙であったかを知る。

「さて、急ぎましょうか。――これで距離は稼げるのでしょう?」

 ユキの言葉に前を見ると…吹き荒れていた風は既に止み、開けた道の先に雪原が途切れた大陸の境界が、風の大陸に続く深緑色の大地が見え隠れしていた。

 

 

>物語は、続く。<



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バッハ伝記8という追憶の物語

場面転換。
冒険者一行から外れ、独りの魔女へ。


 風の大陸。そこは緑豊かな自然に溢れた土地だ。

 草原や森が大陸の大半を締め、気候も基本的には、穏やか。雨が降ったり風が吹いたりといった気象変動も多々あるが…三大陸の中では、最も天上界の気候に近い環境と言える。

 

 そんな大陸の中央地域に…大きな円を描いたような形で拓けた平野がある。

 上空から俯瞰してみればあたかも台風の目のようだという感想を抱くだろう。

 そんな平野のさらに中心に位置する場に、暴風の異名を持つ猫族の魔女にして風の大陸の王・ノゾミの居城はあった。良く言えば機能的、悪く言えば『これぞ砦』といった佇まいの、平凡的な居城だ。周囲を高い壁で円状に囲み…壁の天井部は見張り番の往来する通路になっており、基本、兵たちが常駐している。

 もっとも主人であるノゾミにとっては文字通りの御飾り…兵や民たちが『今日も異常無く平和だ』と自己満足したいが為に設けられている機能だった。

 ノゾミの魔力は大陸全土を網羅しているのだ。

 当然、目視できる距離まで侵入を許すようなことは滅多にない。彼女の気紛れで招かれれば話は変わるが…そんな珍事も稀である。

 しかし今、そんな珍事が起きてもおかしくないほど…ノゾミは退屈を持て余していた。この地に居を構えてから半年程経つだろうか…振り返ってみれば最初の二週間が最も楽しく充実した日々だった。

 

 理由は簡単だ。ココは風の大陸ほぼ中央の地。いわば誰の領土でもない中立の広大なジャングルだった。その森の中央には古くてもなお幹は太く立派に大地へ根を下ろし、目視できないほど気高くそびえ立つ大木の、さらに天空を覆うように四方八方に伸びた強靱な枝という枝からは大自然の息吹を感じさせるかのような青々と茂る深緑が巨大なキノコ傘を築いていた。

 その大樹は満月の夜だけ決まって、満開の桜の花を咲かせる事から…謎と神々しさを讃えられ、土地神の宿る神樹と信じられていたのだ。

 始まりの日。

 それは光の柱と例えられるほど巨大な一筋の落雷が神樹を根元まで両断する形で現われた。

 瞬間ではない。数十秒…否、もしかしたら数分単位で滝のように流れ落とされた雷撃は容赦無く幹を裂き見る間に高電熱から生じた炎がキノコ傘すべてを呑み込んだ。

 そうして焼け落ちた大木だったモノを眺め、猫族の幼女――ノゾミは。

『神の宿る樹ってわりには結界の一つも張れないのね…こっちはそれなりの激戦を想定して神殺しにきたのに、詰まらないの』

 一瞬、落胆の表情を見せたが次の瞬間には一転して笑顔で宣った。

『ま、いいや。土地神は死んだ。と言うわけで、この大陸は今からボクの領土で構わないよね♪ とりあえず四方の見晴らしを良くしてココに砦建てて住むから文句のある人は、遠慮無くボクを殺しにきてよ! 大歓迎してあ・げ・る☆』

 今にして思えばノゾミの支配ゲームは既に始まると同時に終わっていた。

 この声、この言葉を聞いて風の大陸にある村や小国の民たちは、ある者は神の死を嘆き、ある者は憤怒して武器を取ったが……まず触れるべき事実を皆が敢えて気付かなかった。

 ノゾミは瓦礫と化した大木の傍で呟いただけ。ただそれだけで風の大陸全土に一言一句ハッキリと言葉を届け…大陸内の全民衆に、戦線布告したという事実。

 それから数時間、大木の焼失地を中心に大規模な嵐が吹き荒れた。

 それが局地的な台風だと理解できた者は、どれだけ居たか。

 数キロ単位で発生したそれは無論自然現象ではなくノゾミの魔法事象であるため、本来ならありえない動きで定められた大円状に留まり、さながら境界線のように外側を烈風が吹き荒れ外敵を近寄せない。だが驚嘆すべきは、これが戦闘目的ではなくただの地ならしだった事だ。円の内側では大中小無数の竜巻群が森林を根こそぎ薙払い見る間に原野を形成してゆく。

 切り裂くなどというものではない。

 大地ごと暴風で巻き上げ森だった形跡そのものを消し飛ばす。

 文字通りの“制空圏”をノゾミは半日も経たずに構築してしまったのである。

 無論、その光景は各小国から…大陸の全土から目視できた。すぐさま突如現われた強力な侵略者に各国では挙って歴代最高額の懸賞金が賭けられ、ノゾミは間違いなく風の大陸一の賞金首となった。腕に覚えのある者たちが集い、我先にと競うようにノゾミが開拓した原野を目指した。

 しかし実際にノゾミの目前まで辿り着けた者は皆無だ。ある者は烈風に刻まれ…ある者は突風で吹き飛ばされ…ある者は空からの無数の落雷に撃たれ…その経緯はどうあれ末路は一様に同じだった。そして一週間が過ぎれば、討ち入りに行ったはずの戦士たちが誰一人戻らない現実に皆が恐怖し集団パニックとなる民まで居た。ここからは各国の首脳たちも、これ以上は無益な犠牲と戦意喪失し、どうにか怪物とコンタクトを取り、話し合いの場を持てないかと模索し始める。

 だが使者を送ろうにも…森林地帯を一歩でも抜けて魔女の領域に踏み込めば、問答無用で暴風が襲う。

 それは白旗を掲げても結果は変わらなかった。

 だが、ある国のモグラ族の民たちが光明となった。

 地底にトンネルを掘って約一週間掛けて、神樹の位置した地まで辿り着き、正体不明だったノゾミと邂逅を果たしたのである。

 鮮やかな銀に、黒と白という対極的な色彩の混じる短髪。その髪からは三角の猫耳が覗き、小さな口元には鋭い歯があり、エメラルドを想わせる両眼が興味深く相手を見つめる。細長い尾が称賛するように揺れていた。彼女は言った。

『おめでとう、初めてのお客さま♪ さて、ボクと殺し合うか…このままボクの配下となるか…好きな方を選ばせてあげる。どっちが良い?』

 ノゾミとしては最初の闘いの前の前座気分で放った戯言だったのだが、唯一の使者が配下となることを選択した時点でノゾミは風の大陸を統べる幼い女王となったのである。

 逆に言えば、ノゾミとしては詰まらない展開でしかなかった。不完全燃焼もいいところだ。以降ノゾミに逆らおうという輩は、永く現われなかった。

 

 ところが今から約一年ほど前に植民地のひとつだった栗鼠族の民が、おそらくは彼らなりの精一杯の勇気と度胸を振り絞って独立を宣言してきた。ノゾミの支配下から抜けて再び小国となりたいと。普通ならその時点で反乱異分子として排除するのが絶対王政としては必然なのだが…ノゾミは二つ返事で独立を許した。

 反逆者が出るかもしれないという危機感より、独立した彼らが何をするのかという興味と好奇心が勝ったのである。しかし面白い事になるかもしれないという期待は、半年も経つと落胆に変わった。彼らは自治権を得た事で他国となった近隣小国との交易や商いに精を出すだけで、侵攻などの戦事には見向きもせず、動乱の影さえない。

 何もしないなら独立した意味はない。だからノゾミは元領主にして現国王に、再び軍門に下るように命を出した。ところが小国の王は生意気にも抗議文を送ってきた。ノゾミからすれば1日あれば更地にできるちっぽけな国だ。しかしふとノゾミは考えた。

 ここで力任せに滅ぼすのは簡単だが、それではまた退屈な日に戻るだけだ。

 ならば逆に希望を持たせてあがく様を見物した方が面白いかもしれない。

『分かったよ。じゃあ正式に独立を認める条件として…そうだね、火の大陸へ侵攻して国土を拡げてみせてくれないかな?』

 その言葉に小国の王は青ざめた顔をしていたがノゾミは少し上機嫌になれた。

 その数日後、小国から大陸外へ使者らしき者が出る気配を感知したが、ノゾミにとっては楽しみなイベントが起きるのを、ただ待つだけだった。

 

 しかし期待が膨らむほど退屈な時間は長く感じられ……ノゾミの我慢も限界が近づいていた。

(暇潰しに、悪事捏造してテキトーな領地で遊ぼうかな? 村の一つくらい無くなっても、特に困らないだろーし)

 そんなどうでもいい事を考えていた矢先だった。

 風の大陸を覆うように張り巡らせていた探知魔法に待ち焦がれていた反応。

 それは数日前に索敵外に消えた栗鼠族の声。

「帰ってきたー♪ 火の大陸に密偵にでも行ってたのかな? 命あって良かったね――おや?」

 感知した人数が増えていることに遅れて気付く。

 数は3。

 風の匂いを纏っているので栗鼠族ではなく…さらに加えれば僅かな魔力反応を感知できた。

「おや、おやおやおやぁ?」

 この中庭界に於いて自分達猫族姉妹以外で初めて魔力反応を感知したことに、ノゾミは胸が高鳴るのを抑えられなかった。

 久しく忘れていた昂揚感に思わず手を叩いて無邪気な幼女らしく喜んだ。

「いいよぉ♪ どんな玩具かなぁ…楽しみだなぁ♪♪」

 そして、そんな様子を遠巻きに見守っていたモグラ族の側近達は、ただただ恐怖し震えていたのだった。

 

 

>物語は、続く。<



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バッハ伝記9から10までの物語

 キキの故郷、風の大陸はあれだけ雪深かった水の大陸が夢か幻であったかと思えてしまうほどに別世界。信じられないほど穏やかな気候と、春を想わせる陽射しの温もりに、ユキでさえ…つい気を抜いてしまいそうになる。

「別の大陸とはいえ、空間的には地続きの大地だというのに、この環境の違い――なるほど。積雪が魔法の力で降らされた産物だからこそ、支配圏外である風の大陸には雪が無い。魔女の底知れぬ力…聞くと観るとでは、まさに雲泥の差が感じられますね……」

 知らず知らずのうちに呟くユキの声の端々にも畏怖の念が籠もっていた。

「わぁ~~☆ スゴいスゴい見てよ、見渡す限り一面草原だよ!? あ、こっちには知らない花が咲いてる! 可愛い…キキ、これ何て花かな?」

 緊張感に包まれた場の空気を一気に壊すようにリンのハシャギ声が響き渡り――思わずユキとソラは頭を抱えた。

「台無しだよアホ王女! 少しは時と場をわきまえて発言しろ! それが無理ならせめておとなしくしてろ」

「えー? ソラはわくわくしないの!? 知らない土地に知らない景色、知らない草花に知らない文化――何から何まで未知の山。わくわくが抑えられないよっ!!」

「リン様。ここは天上界の浮き島や遺跡とは違います…せめて敵地である事を自覚して動いてください」

 ユキも警告するが、そんな台詞は、どこ吹く風といった感じのリンである。

 ここまでの短い旅路で渡り歩いてきた“水魚の湖畔”や“水の大陸”では満足な自由が利かなかった分の反動もあってか、リンの興奮度合い…喜び様は大きいらしい。ようやく周囲の異文化に関心を持てる余裕ができた、という面ではユキやソラからしても安堵できる点ではあったが…せめて安全圏、キキの領土である“地底の平原”とやらに着いてからにしてほしいのが本音である。

 現状はまだどこから敵が出てくるか判らない状況なのだ。相応の警戒心は保ってほしい。

 とはいえ三人の張り詰めた緊張感の空気をリンの無邪気さが、ほどよく解してくれたのも確かなのだが……それは互いに無自覚であった。

「……でも、良かった。こうして大陸内に入っても特に異変が起きないということは、少なくともノゾミ様は、僕やあなた方の入国を認めてくれたようです」

「おや、まださほど歩みを進めてもないのになぜ言い切れるのですか?」

「水の大陸の時と、理屈は同じです。認められてなければ吹き荒れる突風やつむじ風の刄に襲われて…歩く事は愚か、立っているのも難しいからですよ」

「当然ねっ! リンは勇者なんだから、入国を拒まれる理由がないわッ!!」

「目的地が悪の巣窟だったなら、拒絶されまくると思うが?」

 ソラの皮肉も、ハイテンションになっているリンの耳には届いていない様で、行進するように堂々と土肌が見えている道筋の通りに森へ入ってゆく。

 その歩みには警戒心の欠片も無かった。それが仇となったのか――知らず知らず護衛二人の気もゆるんでいたのか、反応が遅れてしまった。

 リンの踏み入った地面が盛り上がり、桃色の花弁に彩られた一輪の花が、顔を出すと同時に無色透明な液体をリンの顔に浴びせかけたのだ。

「きゃっ!」

「リン様ッ!?」

「しまった、忘れてました…トラップです。村や集落への入り口近辺には薬草花を用いた罠が仕掛けられている事が多いんです」

 二人に比べ、あまり慌てた様子もなくキキは説明した。

「何を悠長なことをッ!! 外敵に備えてということは毒草ではないのですか!?」

 血相変えて詰め寄るユキに、逆に驚きつつキキは続ける。

「だ、大丈夫ですよ…確かに毒素を含む花ですが、一輪なら命に別状はありません…ただ、顔にかかった場合」

「んー!! あれれ? まっくら? みんなどこ? 何も見えないよ~~っ」

 汁を拭った後のリンの目は彼女の言葉通り周りのものが何も見えていない様子で、手探りで辺りを探っている。直ぐ様ユキは駆け寄ると安心させるように声を掛けていた。

「そんなに慌ててないとこをみると…よくある罠なのか?」

「ハイ。すぐ近くに小さな集落があります。きっと彼らが仕掛けた罠のハズですから、頼めば解毒薬を貰えると思いますよ」

 ソラの疑問にキキは苦笑しながら答えた。

 なんだかんだ言いつつ、ソラも王女の身は案じているのだと解ったからだ。

「案内しなさい! 即刻迅速適切にッ…例え無害であってもリン様に毒を盛るなど許されません。ましてや御顔に――後遺症でも残ろうものなら一族皆殺しにし、ユメ様への詫びとして私も自害する覚悟です!」

 先程までの冷静なユキはどこへ行ったのか……文字通り噛み付くような勢いでキキに迫る。

「わかりました、落ち着いてください…すぐ着きますから……」

 興奮するユキをそう宥めると、キキは罠を仕掛けられていた道に近付き、おもむろに地面に顔――鼻を這わせるように臭いを嗅ぎ始め、草群の一点でぴたりと止まる。

「うん。ここです、毒草の臭いが途切れてる」

 指し示された草木を分けると、周囲の森に溶け込むような獣道があった。

「へぇ。ただの腰抜けって訳でもなかったのか」

「別に自慢するものでもないですよ? 風の大陸に住むほとんどの種族は、生れ付き嗅覚が優れている種が多いんです。だからこそ毒草や薬草花を嗅ぎわける事が出来るわけです」

 至極当然のようにキキは言った。そして先導するように前に進む。

「ここから近い村で毒花の罠を得意とするなら…おそらく野兎族だと思います」

「なぜ断言できる?」

「や、予想ですから断言したわけじゃありません…でも、父に付いて興業に近隣国を回ったとき立ち寄った覚えがあるだけです」

 ソラの疑問に何気なく答えるキキ。キキからしてみればこの会話に深い意味はなかったが――ソラは小さく「なるほど」と呟いた。

 まるで何事かを吟味するかのように。

 

 そうして少し歩んだのちにキキの証言通り小さな集落に辿り着いた。

 集落と言っても、これまた異文化とでも言うべきか――天上界の建造物によくある、わら造りの家や、浮き島の遺跡などの石造りの風景を想像していたユキやソラからしてみると、一見ただの草群にしか思えなかった。しかしキキに付いて集落のエリアに足を踏み入れると、ところどころ地面の盛り上がっている草群の隙間から、探るような警戒の視線を多方向から感じられた。所謂余所者を見る目という気配だ。

「穴蔵か?」

 ソラが小声で訊ねるとキキも小声で答えた。

「はい。天上界では珍しいかもしれませんが、中庭界では一般的な住居ですよ……特に野兎族は肉食民族の天敵から集落を隠す意味もあって、素人では、あると理解していてもすぐには気づけないほど周到にカモフラージュしてるので、そのまま素通りしてしまう旅人も少なくありません。出来ればあまり警戒心を持たれたくないので騒ぎは起こさないようにしてください」

 その言葉に軽く頷きながら、少し後ろをユキに付き添われながら歩くリンを見やった。おそらく現在視界不良となっている王女が、この光景を見たら…抑えられない好奇心と興味本位に一秒も黙っては居られないだろう。下手をすれば、他人の住居という感覚もないまま不作法に、出入口の地に開けられた穴に突入していた可能性も大きい。

 そうゆう意味では、偶然とはいえ罠に掛かったのがリンだったのは、今は幸いなのかもしれない。

 しかし集落内で歩を進めるにつれ、ユキやソラは違和感に気づき始めた。

 余所者である自分達に対して警戒するのは当然だが…商談などで村を訪れたこともあるキキに対しても、警戒を緩める気配が無く…中には敵意に近い視線さえ感じる。何より不自然なのは誰も出歩いていない。

「変だな……以前、父と来たときはもう少し活気のある村だったのに……」

 キキも異変は感じている様子だが、特に警戒はしていない。ソラが振り向くと…ユキは心得ているように無言で頷いた。

「鼠。オマエ今どこに向かって歩いてるんだ?」

「え? ああ、村長様の巣穴です。こういった村だと外見からは、どこが誰の巣穴か判別できないので…村長様に挨拶をしてから案内役を借りるのがセオリーなんですよ」

「なるほど。ときに、その村長様とやらは、常に穴蔵前に護衛を置くほど用心深いのか?」

 その言葉に、歩いていたキキも思わず歩を止めた。

 ソラの言葉尻が終わると同時に目視できた村長宅の前には茶系の長い耳が特徴的な野兎族の男二人が木製の槍を構えて立っていた。

 おそらく、その発達した聴力で村に入った時から、ここに向かっていると解っていたのだろう貫禄のある老兎が、待ち構えていたかのように穴から出てきた。

「あっ、村長様! ご無沙汰しております。地底の平原国のキキです。あの、何かあったのですか…?」

 数メートルある距離を駆け寄ろうとキキが足を出した瞬間、それを合図としたように周辺の木陰から野兎族の男衆が、門兵二人と同じ槍を携え走り出てきた。

 あっという間に取り囲まれる四人。

「え? なになに、急に騒がしくなってない? キキが言ってた村に着いたの?」

 状況判断が出来てないリンが不安げな声を上げる。

「殺さんで。捕らえよ」

 キキの問いに、短く返された村長の声は冷ややかで内容も友好的とは程遠い。

「村長様!?」

 事態を呑み込めていないのはキキも同じ。驚愕の声を上げると同時に――ソラの声を背後から聞いた。

「地に伏せろ鼠ッ!!」

 鬼気迫る怒声に反射的に身を屈めた。直後、屈んだ頭上付近を鋭い風切り音が通った。

 

 その少し前。

 キキが驚愕の声を上げる直前、ユキは優しく目の見えないままのリンを促す。

「失礼ですがリン様。少しの間だけ腰を下ろしていてもらえますか……不安でしたら私の腰にしがみ付かれても構いません。すぐ終わりますので」

「地に伏せろ鼠ッ!!」

 察したソラがキキに指示しながら自らも屈む。

 ほぼ同時にユキはその場で両翼を広げ、風を翼に絡ませると旋回する形で解放した。

「散列風切羽《陣旋風》!!」

 竜巻状になぎ払う《烈風》の刄が、一瞬で迫ってきていた野兎族の男たちを、その場でたじろがせ――絶妙な風圧の制御で全員が持っていた槍だけを弾き飛ばし、または持ち手をへし折っていった。

 たちまち辺りは静寂に包まれた。

「さて。何か弁明はあるのでしょうか?」

 

 

 

>物語は、続く。<

 

 

 

 

「まさかノゾミ様のように風を操れる従者を持たれているとは――ノゾミ様に歯向かうだけはある、という事か。武器を失っては我らに勝機などない」

 野兎族の村長の声は悲愴感に震えていた。がくりと肩を落として膝をつく。

 だが縋り着くような勢いで声を荒げ巻くし立てた。

「しかしながら勝手な言い分と解っていて聞いていただきたい! “神殺しの落日”以来、武道や槍術に長けた武芸者や血気盛んな若者の多くが犠牲となってから、まだ村民たちの…夫や子どもを亡くした心の傷も完全には癒えとりません…この上、戦いに慣れていない男手まで徴兵されては生きるにも困るのです! どうか、どうかひとつ慈悲をいただけないでしょうか、お願いしますキキ殿!」

「ち、ちょっと待ってください。いったい何の話ですか? 徴兵って僕の国が?」

 目を白黒させているのはむしろキキの方だった。

 おかげで村長の話の途中でぼやくユキの「我々はリン様の従者であり、そこの小僧の配下などではありません、失敬な!」という文句も誰にも聞かれず無視されてしまった。

 しかし興奮気味に巻くし立てる老兎も、キキの混乱に気づいてない。

「無論、虫の良い話なのは承知しております。この大陸に於いて、あの災悪の影響を受けてない土地など皆無。我らだけを見逃すのは難しいでしょうが――もし聞き入れてもらえるなら、これまでの2倍、いや3倍の額で商取引に応じます。近隣の村や小国より上物が作れるよう村民一同精を出しますので……」

「確認させてください村長様! 地底の平原から、そのような使者が来たのですか!? 僕の居ない間に父がそのような話を?」

「ですから今キキ殿が来てるではないですか!」

「違いますッ、誤解ですよ――僕らは徴兵に来たわけじゃありません!!」

「…………え?」

 ようやくキキの言葉が耳に入ったかのように、長い白髪に隠れていた意外に可愛い瞳で見つめてくる。

「村外れに仕掛けられていたシャフツ花の毒を、客人が浴びてしまったので薬草を貰えないかと立ち寄っただけです。断じて徴兵なんてしていません」

「ほ、本当ですか?」

「聞きたいのはこちらです…その話はどこから? 誰がそんなことを言ったのですか?」

「いえ、あの……、火の大陸に攻め入る盟約をノゾミ様と結ばれたと噂で聞いたものですから、てっきり」

 そのまま気まずそうに押し黙ってしまった老兎に、それまで二人のやり取りを黙って聞いていたソラが、灰色のボサボサ髪を面倒くさげに掻きながら結論づける。

「早とちりから襲ってきたというオチ? なら追い返すのではなく生け捕りにしようとしたのはなぜだ?」

「それは、当国の王族を楯に交渉すれば、見逃してもらえないかと……」

「なるほど」

 それまで遠巻きに見ていたユキとリンを呼ぶ。

「大丈夫だ。この兎ジジイの話に嘘はない」

 ソラが断じた事で、ようやくユキも武闘家としての警戒心を解いた。

「え? うさぎ? あの白くて、ふわふわで耳の長い獣種族? うー、見たいのに見えないよ~」

「そうですッ! ごたごたが済んだのならリン様の治療をッ! 薬草師はどこですか!?」

 

 この後すぐ村長が半ば強制的に解毒薬を作る野兎の女医宅まで案内させられる事になったのは言うまでもない。

 

 リンの目にかかったシャフツ花の毒を解毒するには数日掛かるという事でキキ達は野兎族の村で一旦滞在する事になった。解毒自体は数時間あれば終わるらしいが視力低下などの後遺症を残さず完治するには最低でも二日は薬草を溶いた薬を染み込ませた湿布で目を保護する必要がある。

 その間の宿として、村長は最大限の詫びと謝罪の意味も込め――少し高台にある見晴らしの良い穴蔵を無償で貸してくれた。

 もっとも彼らにはリン達三人が“天城の籠”の鳥族などという素性は伏せた。

 あくまでも、“地底の平原”の王子・キキの護衛役と思わせておいた方が、余計な詮索をされないというソラの提案である。

 あまり納得はいかなかった様子だったがユキも「その方がリン様に危害が及ばないというなら…」と渋々従ってくれた。

 しかし敢えて困った事を挙げるのなら彼らの存在は村民達の注目と興味を大いに引いてしまったこと。

 特にユキなど村の子ども達から憧れと尊敬の混じる無垢な眼差しに晒され、タジタジであった。

 子どもの扱いは、それこそ幼少期からリンの教育係を請け負っていたのだから当然慣れているだろう――等と周囲からは思われがちだが、王女として母君から躾けられていた当時のリンと…礼儀作法すら満足でない村の子どもとではまったく勝手が違う。

 特に男の子は無邪気に「どうすればそんなに強くなれるの?」とか「風の魔法、もっと見せて」とか好奇心丸出しで訊ねてくるのだ。

 ユキも軽く聞き流せば良いものを変なところで真面目なものだから「あれは魔法ではなく武術です」等と訂正するものだから「えっ? じゃあ練習すれば出来るようになる? 教えて教えて~♪」と迫られ本当にたじろぐ他ない。

「あいつらの爪垢を煎じてバカ王女に飲ませてやりたい気分だな…少しは“風切羽”の修練にも身が入るようになるんじゃないか?」

「冗談でもやめて下さい。庶民の、それも他種族の因子をリン様に与えるなど……正統な天城の血が汚れますッ!」

 そう。仮にユキがどんなに慈悲深く心の広い武人だとしても――天城伝承の古武術である“風切羽”は、翼を持つ鳥族しか扱えないのだ。

 とはいえそう諭せば自分達の素性を公表するも同じだった。

「相変わらず堅いよなー、戦術の基礎くらい教えてやれば?」

「半端な力は無いより質が悪い。常にリン様にも言っている心構えを繰り返させないで下さい」

 それよりも、と話題を変えるようにユキは呟く。

「今は、これをどう処理すべきかを考えませんか」

 そう言った彼らの周囲には大量の食物があった。

 これも村長を始めとした村民達の謝罪の産物だ。

 無論、旅人である彼らにとって食料を無償で恵んで貰えるのはありがたいのだが――立ちはだかるのは食文化の違いという絶壁だ。

「これらは食べられるのですか…?」

 珍しく弱気な確信の持てない不安げな声音でユキは呟く。まず目についたのがいかにもその辺に生えていた物を無造作に採ってきたと言わんばかりの濃い緑の野草。それが山と積まれている。その横にオレンジ色の棒状に近い物体。さらに付け合わせだろうか赤々とした実の表面に黒いつぶつぶの浮いた木の実が添えられていた。

(食料を恵まれることはありがたいが、こんな粗末な物をリン様に?)

 無論、軍用の携帯食などは城を出る際に多少は持ち出している。当然食べ慣れてなどいないだろうが、そちらを食べて貰う方がユキとしては安心できる。

 だがあくまでも非常食として持ってきたものだ。

 ここまでの道のりでも少しずつ食べてきたが、節制しておきたいのも事実。

 ところが、そんな風に理想と現実の板挟みで葛藤するユキに気づいてない様子でキキは運んできてくれた野兎族の子ども達や女に、感激したように礼を述べていた。

「うわっ、いいんですか? こんなに沢山の野草……キャベツや人参、野苺まで……まだ収穫の時期ではないはずじゃ?」

「村長様の計らいでね、貯蔵庫に余ってた去年の物だけど、色合いや味に変化はないから心配ないよ。むしろあんな無礼を働いて、これっぽっちじゃ償いにさえならないだろうけど遠慮せず食べておくれ」

「ありがとうございます、お心遣い感謝します!」

 笑顔で頭を下げるキキを疑心の眼差しでユキは見ていた。こんな時、頼りになるのがソラなのだが、彼は無言で頷くだけ。両者の会話には嘘偽りはない。

 しかしユキとしては冗談であれば――と期待した結果だった。

 すると、物言いたげなユキの視線に気づき、キキは言う。

「あ、安心してください。ちゃんとリンさんの食事も同じメニューらしいので」

「まったく安心できません」

 思わずユキは苦言を述べると、木を削って作られた椅子から席を立つ。

「どうしました?」

「リン様のもとに行きます……訳の解らない物を口にされ更に体調が悪化したら療養の意味がありません」

「大丈夫ですよ、僕らと同じ物を食べているんですから元気になる事はあってもお腹を壊すことはないです……それに、もうじき陽が暮れます。夜の森は危険ですから動かない方が良い」

 言われてみれば穴の外の空が赤紫色に染まり始めていた。

「助力を求めて行く前、鳥族について少し調べました…“鳥目症”という体質で暗闇では普段通り動けないのでしょう?」

「私は戦士であり軍属です…多少の暗さは問題ありません!」

「落ち着けユキ。今回は鼠の言い分の方が正論だ」

 興奮して食って掛かろうとしたユキを、肩に軽く手をおいてソラが諭した。

「俺達はまだ下界の夜を体験したことが無い。過信すると危険だ」

「しかしリン様に、このようなゴミクズを食べさせる訳には……ッ!」

「ゴミって、それはちょっと失礼です。確かに天城の王族であるあなた方には馴染みの無い味かもしれませんけど、この村では十分豪勢なもてなしですよ?」

 話しつつ、席に着いたキキは人参とか言うオレンジ色の棒に噛りついた。

「もぐもぐ……うん美味しい。少なくともリンさんに食べさせられた物よりは絶対ご馳走です」

 キキは初対面で逢った際に突っ込まれたミミズ料理を思い出して断言するが、二人からしてみると何の事を言ってるのか解らない。

「とにかく。まずは座って食べてください。“腹が減っては戦も出来ぬ”でしょう? 食べられる時に食べておかないと」

「ぬぅ……」

「正論だな。鼠が身を以て毒味してくれたんだから、食えはする。今は、俺達も食べることにしよう」

 そう言うとソラは手近にあった野草を無造作に掴んで口へ運んだ。それを見てユキも渋々座り直し…目の前の橙色の棒を口に入れたが、直後二人の動きは止まった。

「歯応えはあるが味が無い」

「固過ぎて噛めません…それに苦味のような癖のある味。本当に、これが美味しいのですか?」

 さすがのソラも苦虫を噛み潰したかのような表情になる。ユキは素朴な疑問をキキに問うていた。

「? お口に合いませんか? 野兎族の主食は野草が主ですけど――葉付きの人参なんて祝いの席にしか出さないような贅沢品ですよ」

 その時、ようやく二人は気づいた。キキ達、栗鼠族や野兎族は雑食系だ。鳥族も大半は雑食系の食文化だが……明らかに違うのは、顎と歯の作り。キキは鋭い前歯などで削り取るように食べられるが、前歯が特別発達しているわけではない二人に人参という物体は、石のようなものだった。

(生物は周囲の環境に適応するように育つとは言いますが……)

「カリカリ…、もぐもぐ…久しぶりのまともな食物は胃に染みます~♪」

「んっ、おいユキ…こっちの赤い実は柔らかいし、甘くて美味いぞ?」

「それは良かったですね」

 相槌に応えながらユキは内心頭を抱えた。少なくともリンの気が済むまでは風の大陸で暮らすのだから、自分もそれなりに順応しないといけない。

 まったく自信はないが。

(せめて、こうゆう文化の違いからの暮らしにくさで早々に心変わりしてくれないだろうか…?)

 ユキは、はかない可能性に希望を託すが…ここだけの話、城下の繁華街で初めて食べたミミズの串焼きに躊躇せず噛り付いてた事実を知れば確率は低いと気づけたかもしれないが、今は言わぬが花だろう。

 

 

 

>物語は、続く。<

 




 ご無沙汰してます、不協和音です。
 あまりあとがきなど書いた経験がないので、無作法かもしれませんが御容赦ください。(*-ω人) 今回はひとつき以上、更新が空いてしまった詫びと、今回から登場した『野兎族』についての補足をしておこうかと。ウサギの種に詳しい方なら疑問に思っているのでしょうが、本来の野兎に巣穴を掘る習性はありません。その習性を持つのは穴兎です。
 のちに物語でも記述するつもりですが、あの村は正確には2種のウサギ族が共生している形になっており、住居は穴兎族が作っているというわけです。
 混乱された方々には申し訳ありません。(*-ω人)

 なお、投稿更新はこれからも不定期でしょうが、気長に付き合ってもらえれば幸いです。
 でわ、また。不協和音でした。( ≧∀≦)ノ


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バッハ伝記11から12までの物語

 

 

 結局、野苺と野草を無理矢理詰め込む形でソラとユキの食事は終わった。

 ふたりにしては努力した方だと思う。努力して採る食事が美味いかは別にしても頑張りは認めてほしいところだ。むしろ同じメニューを出されたというリンがしっかり食事を採れたのか…そちらの方がユキには気掛かりだった。

 とはいえ、リンの許に馳せ参じる事も今は出来そうになかった。

 森の夜。一寸先は闇という諺を具現化したかのような世界に一変した現実に、ただただ絶句した。

 腹の底から沸き上がってくるのは原始的な恐怖だ。

 地形を把握していたとしても、目で見えるのと見えないのとでは、こうも印象が異なるかと思うほど…夜という闇は深かった。

 拓けた土地なら星々の光や月明かりなどで多少は明るくなるかもしれないが、木々が夜空を被うため、ここではそれも望めない。

 もっとも鳥族固有の体質である“鳥目症”には、あまり大差ないことだった。

「これほど過酷な環境で…よくここの種族達は暮らしていけますね」

「あなた方が考えるほど、住みづらい土地でもないんですよ?」

 穴蔵の入り口付近で唯一の灯りである焚き火の番をしながらキキは言う。

「兎族の大半は夜行性なので暗闇でも夜目が利きますし、むしろ天敵の少ない夜のほうが活動的です」

「オマエ達もそうなのか?」

 栗鼠族という意味を込めたソラの問いに、キキは肯定の意味で頷く。

「もっとも今は非常時なので…昼活動する班と夜見張る班に別れてるはずですけれど……」

 言いながら言葉尻が力なくすぼむ。三人の居る穴蔵は少し高めの丘のようになっている地形上、木々の間から狭いながらも星空が見えていた。

「祖国が心配か?」

 ソラが訊ねると、キキは取り繕うように喋る。

「いえ、それほどは……領土侵犯を強要されているとはいえ、こちらからの一方的なものですから…まだ、火の大陸に宣戦布告したわけじゃないので先に攻め込まれるなんて事もないはずですし……」

「それが本当なら、なぜ警戒する必要がある?」

「警戒?」

「お前が言っただろ。昼夜交替で見張る――と。襲撃の警戒以外でそんな行動を取る理由が、俺には思い浮かばないんだがな」

「名推理ですね。探偵にもなれるんじゃないですか」

 変に話題を逸らそうとするも、リンのようにつられる二人ではない。キキは、少し考えてから対応を変えることにした。

「そうですね――いずれ分かることですし、リンさんの居ない今に話しておいた方がいいかもですね」

 キキは軽く咳払いしてから話し始める。

「村長様の仰っていた事、憶えていますか?」

「徴兵がどうのという話ですか? それは誤解なのでしょう?」

「そこらの村に戦力になるような猛者がいるなら、鼠が天城の籠に来る必要もないからな」

「はい……ですが、噂が噂を生んで拡がり、地底の平原を警戒している小国は、この大陸内にも居るのが事実なんです。現に僕が国を出る前にも、それまで順当に進んでた商談を取り止めると一方的に告げてきた…ノゾミ様の怒りを買うことを恐れた国は多い」

 パキッと焚き火が鳴る。

「そもそも、栗鼠族の集落に過ぎなかった僕らが、地底の平原という国に独立した事を快く思っていない小国も多くて…古くからの歴史ある国は、尚更です」

「つまり、迫害を受けている――と?」

「や、さすがに大っぴらなものはないですよ? 何がノゾミ様の怒りを買うか解らないので。でも進めていた取引が突然白紙になったり…特に武具を扱う大口の取引相手は話も聞いてくれないような有様で……」

 キキの表情が悔しげに歪む。実際、どこと戦うにしろ、武器が無ければ戦は出来ないだろう。

「なるほどな。そんな話が噂と一緒に広まっているなら、ジジイの誤解も仕方ないかもな」

「実際、天城の籠に助力を求めるのも徴兵と見られても仕方ない行為ですし」

「はは……確かに。反論は出来ませんね」

 困ったように笑うキキ。

「だけど現実はうまくいかないものですね。大した助力を得る事も出来ずに、こうして帰郷するんですから……本当に徴兵を考える輩が出てきても不思議じゃなくなってしまう。そうなったら僕はどうすれば……」

「迷え迷え。国を導く者はそれが仕事だ、鼠小僧」

 然も他人事であることを面白がるように笑うソラ。

「ソラ、彼も彼なりに真剣なのですから…からかうのはやめなさい」

「じゃあ何か気の利いたアドバイスでもしてみるか? ――あとから責任転嫁されて巻き込まれるのは、ごめんこうむるぜ! 面倒事はアホ王女だけで十分だ」

 吐き捨てるように告げるソラの言葉に、キキは軽く笑ってみせた。

「あ、すみません。そうですよね……別に相談しようとか意見を求めようと思って話をしたわけじゃありません。ただの愚痴。独り言だと思って聞き流してください、本当に何を言ってるのか…自分でも混乱してるんだと思います」

 早口で弁明するキキの表情は明るいものとは言えなかったが、その悩みは今考えて答えの出るものではない。これ以上は不安が募るだけだ。

「長々と付き合わせてすみません。お二人とも寝ていいですよ? お疲れでしょう? 火の番は僕がします」

 そう言って穴蔵の奥に敷き詰められたワラを指す。

「いえ、交替にしましょう…あなたも疲れているのは同じはず」

「ご心配なく。僕は座ったままでも仮眠をとれます――何かあれば起こします」

「だとさ。せっかくの厚意だ。ありがたくもらっとこうぜ」

 そう言うとソラは席を立つ。「そこまで言うなら」とユキも習った。

 そうして独り、焚き火の傍に丸くなったキキは思わず呟いていた。

「他国の問題……そう。決めるのは彼らではなく僕らなんだ」

 また、焚き火がパキッと鳴った。

 

 

>物語は、続く。<

 

 

 一方三人が穴蔵で食文化の違いと格闘していたのと同時刻。真っ暗な闇に閉ざされた世界に居るリンは、不安よりも退屈だった。

 周囲の環境、人物たちは初めて触れ合える異国人だというのに…何の拷問か、何も見えないまま何かの布地を目元に巻かれ、過ごさなくてはならない。

 ただ、視界が奪われたことで触覚や聴覚、嗅覚などが鋭敏になっていった。

 

 馴染み深いユキの暖かい手に引かれ連れられてきた場所は、不思議な匂いに満ちていた。座らされたところは冷たく硬い。おそらく椅子か…奥行のありそうな感覚からはベットかもしれない。ただリンの知るフワフワな材質とは違い、木製か、石か…例えるならテーブルに腰掛けてるような感覚に近かった。

「さっ、用が済んだならあとは任せて、アンタらは散った散った!」

「………それではリン様の事を頼みます、ドクター」

 ユキの心配そうな声と共に気配が遠退くのがなんとなく分かった。

「まったく。腕は立つらしいが心配性な男だね、シャフツ花ひとつに顔色悪くしてみっともない」

「ユキは優しいから」

 傍から聞こえてきた飽きれ混じりな女性の声に相槌を返しながら、手探りで声の主を捜してみる。すると伸ばしかけた手を逆に掴まれる。

「何も見えなくて不安なのは解るけど…ここにはいろんな薬物があるから無闇に探らない方がいいよ」

「うわぁ……!」

 掴まれた手に伝わってくる柔らかい感触に、思わず感嘆の声をあげていた。

(羽毛の触感とも違う、まったりした不思議な手触り――あったかい!)

「ねえ、あなたは兎族?」

「あははッ、この村でそんな質問を聞いたのは初めてかもしれないな。もちろん兎族だよ。もっともアタシはハーフだけどね」

「はーふ? 他の兎さん達とは何が違うの?」

「ずばずば聞くね、大した好奇心だ。見えるようになれば解ると思うけど、獣の血が濃くて変化が中途半端なのさ」

 喋りながら、掴まれた手を膝元に戻し、手を離すと「ちょっと待ってな」と言ってガサゴソと何かを探る気配。

「何してるの?」

「治療の準備に決まってるだろ。話してるだけじゃ目は治せないからね」

 それから少し待つと目元に柔らかい綿のようなものをあてがわれた。リンは反射的に目を閉じ掛けるが、「あ、目は開けたままでいいよ? その方が解毒液の浸透が早いから。しみるようならいいな」と言われ…閉じかけていた目を開く。

 視界が暗いことに変わりはないが綿と目の間に隙間が出来るように貼ってくれたのか痛みはなかった。

「どれくらいで見えるようになる?」

「約二日。アンタ、シャフツ花の毒液を浴びた時、目元を擦っただろ。そのせいで深く入り込んでるから完治には時間かかるよ」

「むぅ…! せっかく未知の土地でのファーストコンタクトなのに、詰まんない」

 頬を膨らませて愚痴るリン。本心から悔しそうだ。

 そんな様子をみて女医は豪快に笑った。

「あはは、心配しなくとも毒が抜ければ飽きるほど兎族を見れるさ。まあアンタほど綺麗じゃなくとも化けてるんだから、そんなに言うほど変わらないと思うけどね。ま、がっかりしないことだ」

「何言ってるの? あなたの手もモフモフしてリンとは全然違うでしょ?」

「あー、アタシは別さ。野兎と穴兎のハーフだと言ったろ。生れ付き化けるのが下手なんだ――常時半獣化状態と言えば解るかい?」

「難しい言葉は頭痛くなるから分かんなーい」

「…まあ見れば分かるさ。あまり見せたい姿でもないけどね」

 喋りながら、先程からゴリゴリと何かを磨り潰す音が絶え間なく聞こえていることにリンは気付いた。

「さっきから何してるの?」

「アンタの飯の支度だよ。その状態じゃまともに物も持てないだろ。長がせっかく豪勢に用意してくれた食物だけど…面倒だからまとめて粥にしてやるよ」

「お粥~? あかちゃんの食べるものだよ、リンはあかちゃんじゃなーい」

「そう馬鹿に出来たもんでもないよ。見えないから分からないだろうけど生野菜百パーセント。消化もよくて食べやすい……病人食には、うってつけだ」

「うー、目が見えない以外はリン、元気なのに……」

「体の中に毒素があるんだから同じだよ。ほら口開けな、文句は食べ終えてから聞いてあげる」

 そう言われ、渋々ながらもお腹の空いていたリンは口を開けた。見えないため色合いなどは分からないが変な臭いなどはない、と感じた。もっとも植物の香りに満ちた場所で、何を変な臭いと判断するのか判らないけど。口の中に広がるドロッとした触感。

「ん……ッ?」

 その後に広がるだろう粥特有の味を想像していたリンは驚いた。さらさらとした液体につぶつぶとした細かい果肉、ここまではよく知る粥飯の触感だったが、味が好い意味で衝撃的だった。

「なにこれ…あまぁーい!」

 後味に酸味と苦味がわずかに残るものの口に広がるのは果物を食べたような甘さだった。

「うまいだろ、生野菜の苦味を消すために野苺をふんだんに混ぜたからね」

「それは本当に御飯なの? おやつ……ううん、デザートと間違えてない?」

「興奮しすぎだよ、大袈裟だね」

「だってお粥でしょ!? あわたま汁とは全然違うわっ」

 あわたま汁とは、天城の籠王族御用達の粥料理で、消化を良くし満腹感を得る事を目的とした、無味無臭な病人食だ。とはいえ兎族の女医が知るわけもない。

 ともあれ、ひとくちで粥を気に入ったリンは女医の差し出すスプーンに噛み付くような勢いで完食した。

 言わずもがなだが、この瞬間リンは従者二人が苦悩した食文化の違いを、素直に受け入れてしまった。

 

 

>物語は、続く。<



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バッハ伝記13から14までの物語

 退屈を持て余していたリンは、ずっと女医兎と話していた。それにより計らずもリンは村の事に詳しくなり、女医ともすぐに仲良くなれた。

 

「アナウサギ?」

「そ。ここの村はもともと穴兎族の村なんだ。そこに野兎族が移り住む形で共同生活するようになったのさ……だけど今の村長は野兎族だから、便宜上は野兎族の村ってことになってる」

 穴兎族の掘る穴蔵住居は天敵に見つかりづらい利点があった。その上、適度に住心地が良く…夏期は涼しく、冬期は暖かい…自分達の造る小枝と野草を編んで組む保護色式住居より隠れ里になると判断した。

「純粋な野兎族は手が小さいから土肌を掘り返すだけの能力はない。だから住居造りは穴兎族に頼る。代わりに毒草や薬草の調合に優れた野兎族は、薬などの開発や食物の農業を請け負う形で繁栄したのさ」

「リン知ってる! 持ちつ持たれつってヤツでしょ?」

「そうだね。――だけど神殺しの落日以来、植民地制度が敷かれてからは少し変わった。高値で売買できる果実や食物の大半は“風の砦”に献上しなきゃならなくなった。それまで自由に他の隣国や近隣の村との商業で生計を立てていたアタシらにとっては大打撃さ」

「うーんと、まず、かみごろしのらくじつって何? 神様が死んじゃったの?」

「あはは、面白いね。そこをまず知らないのかい?」

「うー、そんなに笑うことないでしょ。リンは歴史の講義中は寝ちゃうの、過去は振り返らない女なの!」

「その言葉、意味わかって使わないと恥かくよ?」

 苦笑しつつ女医は続きを話し始める。

「神殺しの落日ってのは、この大陸にノゾミ様が現われた日のこと。風の大陸にあった1番大きくて太い神木を滝のような落雷で焼き尽くし、大陸全土に宣戦布告したんだ。それからの数週間は地獄だったらしい」

 アタシは幼くてよく覚えてないけど、と女医は言うがその方が案外幸せかもしれない。辛い現実を直視せず済んだのだろうから。

「でも、現われたって…ノゾミってヒトは、この大陸に居たんじゃないの?」

「さてね。少なくともアタシは猫族の集落なんて聞いたことないね」

 彼女はリンの抱いた疑問には然したる興味もないようで話題を変えてゆく。

「今はキキ王子の国が独立してくれたおかげで、唯一の稼ぎどころになってくれているんだよ」

「よく判んない。物を買うときはお金を払うのは普通でしょ? それをしちゃいけないなら、どうやって欲しい物を買うの?」

「等価交換。物々交換で手に入れるのさ。下手に民に金銭を貯えられると他の大陸に亡命する資金にされることを防ぐためだろうね」

「うー、また難しい言葉!」

 リンは駄々をこねる子どものように足をバタバタさせ、不満を訴える。

「あはは、ごめんごめん。ま、簡単に言えばお互いに欲しい物を交換するってことさ」

「じゃあ今はお金って役に立たないの?」

「いや。小国などの大きな街なら通貨を使ってるはずだから、いざという時は必要になるかもな」

 話ながら女医は入り口の穴から夜空を見上げ、星の位置を確認した。

「さて、夜も更けてきたしそろそろ寝ないかぃ? アンタも疲れてるだろう?」

「えぇ? まだお話聞きたいよ。ユキ達以外と話すの、久しぶりだし――それにリン、まだ眠くないし♪」

「それなら、ネムリ草を呑ませて強制的に寝かしつけようか?」

 アタシは眠いんだよ、と女医は言った。

「なになにネムリ草? どんなもの?」

「花粉や蜜に強力な催眠効果があってね……睡眠薬や麻酔薬に用いられる事が多いけど…ねむり玉とかの武器にもなるよ」

「蜜なら甘い?」

「不味くて苦い。毒だからね、気絶するように眠る」

 試してみるかい? と問われリンは勢い良く首を横に振った。

「じゃあ、おとなしく寝ておくれ。ベットはそのまま使って構わないからね」

「あ、ううん、リンは横にはならないからベットはウサメちゃんが使って」

 捕捉するがウサメとは女医の名前ではない。

 兎の女で“兎女{ウサメ}”と、リンが勝手に考えた呼称だ。

「横にならないって――どうやって寝るんだい?」

「リン達は、いつも立ったまま目を閉じて寝るの。本当だよ? 別に無理してるわけじゃないから気にしないで」

「変わってるね」

「えへへ、初めて教えたときキキも驚いてたわ」

 鳥族は基本、横にならない。特に翼のある背を神聖な部位と考え、そこを地に着けるなど以ての外だ。

 天上界では当然の常識だが中庭界では奇妙に映る。

 女医も例外ではなかったようだが、話し込んでリンの性格を知った上でリンがそう言うなら好きにさせることにしたのだった。

 

 

>物語は、続く。<

 

 

 ふかいふかい眠りの中、誰かに呼ばれた気がした。

 小さな声が現われては消え……消えては現われる。

 しかし暗闇のためか声たちの姿を見ることは出来なかった。おそらく起きれば記憶に残らないだろう夢をリンは見続けた。

 

 

 翌朝。明るくなるとまず白髪の美青年が髪を振り乱す勢いで医務穴に飛び込んできた。

「リン様、お加減は大丈夫ですか? しっかり御夕食は食べられましたか。私が持参した軍隊食で良ければあるので口に合わなければこちらを――」

 巻くし立てるように続いたユキの言葉は、しかし、女医から白い液体状の物を木製スプーンで口に運ばれる様を見て止まった。

「失礼だね。世話を引き受けたからにはしっかり食わせてるよ……でも、ちょうど良かった。アンタ続き食べさせてやってよ。リンにかかりきりだと他の事が出来ないから困ってたんだ」

「赤ちゃんみたいな言い方しないでよっ、食べさせてもらわなくてもお皿とスプーンを渡してくれればひとりでも食べられるもん!」

「そう言ってついさっきボタボタ汚しまくってたのは誰だい?」

「ち、ちょっと手元が狂っただけよ! 本当だよ!?」

 はいはい、と言いながら女医はユキを招き、近寄ってきた彼に器とスプーンを渡した。

 何から突っ込むべきか判らず、おそるおそるといった感じで白い液体の入った器を受け取るユキ。

 彼にしては珍しく、ゆっくりと状況を把握した後、まず聞くべき事を訊ねる。

「この食事は何ですか?」

「見て分からないかい? 粥だよ。素材はアンタ達に振る舞ってるもんと同じさ」

「すっごいのよユキ! 粥なのにいろんな味がして美味しくて、面白いのっ! 今日は少し甘酸っぱいよね」

「リンゴの酸味だろ。多めに混ぜたからね」

 なるほど。この様子からユキ達のように食の違いに苦悩した気配はなさそうだ――もっとも本音は毒を盛られる危険性もゼロではないと考えるところだが、女医は自分達の本当の素性は知らないということ。一応は、看護の専門家だからと信用している節もある。

 しかしユキにとって解せないのは、女医とリンの間に昨夜まではあった他者に対する警戒心や疑念、精神的な隔たりというものが、まったく感じられなくなっているところだ。

 無論、リンの明るく社交的で人見知りしない性格を踏まえれば、一晩の内に打ち解けた可能性もある。

 だがそうだとしても、リンだけでなくユキに対しての接し方さえ、昨日初対面で会った際に感じた、言葉の端々にあった刺々しさすら皆無なのは何故だ?

 しかしそんなユキの疑念は思いの外早く――思わぬ形で判明した。

「でも、医学も出来て料理上手なんて…ウサメちゃんは天才だね!」

「大袈裟だね。粥くらい誰でも作れるよ。それに美味いのは素材が新鮮で豊富だからさ」

「ウサメ? それがドクターの名前ですか?」

 聞き覚えのない単語にユキが訊ねると女医は笑う。

「アタシみたいな半端者にそんなご大層な名があるわけないだろ? 昨夜からリンが勝手に呼んでるだけさ……呼び名が無いと不便と言ってね」

「そうだよ。兎の女でウサメちゃん。可愛いでしょ」

 その言葉に、ユキにしては珍しく驚愕に狼狽えた。

「名付けたって…リン様、眷属の儀を行なわれたのですか!!?」

 眷属の儀とは、天上界・天城の籠に古くから伝わる王族の血族のみに許された秘術である。天城の籠では王族から名を与えられるという行為は「服従」と「信頼」を意味する神聖な儀式。

 互いの名を呼び交わす事で成立する特別な儀式だ。

「眷属の儀? なんだいそりゃ?」

 あまりの事に絶句しているユキを不思議そうに見つめる女医。またリンも自覚はない様子で「眷属の儀? 母様がたまに王杖を持って仰々しくやる、あれ? そんなことしてないよー?」と笑って否定しているが、ユキの描いた構想が事実とすれば、ユキの抱いた疑問は全て納得できてしまう。

 ソラやユキも、昔、その儀式によって天城の王たるユメ様から名を頂いたからこそ分かるのだった。

「なんということを……」

「ねぇ、何でもいいから早く続き食べさせてよっ!」

 ユキの心情も知らず、粥をねだる王女様。しかしいくらユキが悩んでも一度成立してしまった以上、当人が死別しない限り解呪するすべはない。それが現実。

「どうした? 何かあったのか?」

 後から顔を出したソラは頭を抱えるユキを見て疑問符を浮かべ、共に入ってきたキキも不思議そうな表情をしている。

 しかしこればかりは後の祭りであった。

 

 

>物語は、続く。<



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バッハ伝記15から16までの物語

 眷属の儀を気軽にやった問題について。あれからユキは不満不平を漏らしていたが…ソラは現実を冷めた様子で受け止めていた。

「そもそも、教育係として指導を怠ったユキにも非があるだろ」

「怠ったわけではない! 時期尚早だと考えていたんだ…従者は我らだけで事足りていたし、王座を継いでからでも遅くはないと…だいたい、そんな儀を自由に出来るなどと教えれば、今のリン様は面白がって悪戯に行なうのが目に見えているだろう!?」

「確かにな。だが今回はそれが裏目に出た訳だ」

 眷属を持つ。

 簡単に言えば従者を作る行為だが、それは対象者の半生を背負う意味を有している。

 本来なら王位継承の後、認定杖を持たなければ効力を持たないはずなのだが――今リンは“天雷槍”を身に宿している。おそらくそれが認定杖としての効力を発現してしまったのだ。

 しかし、解ったところで後の祭りである事実は変わらない。騒いでも同じだ。

 そしてこの問題を、輪を架ける形で厄介にしているのが……この地、中庭界には眷属者という概念がない事実だった。

「起きてしまった事は仕方ないとして。問題はこの後――このことを、どう説明するかじゃないか?」

 眷属者。それは天上界に於いて、天城の王の加護を授かる者を示す。天城の籠の属民となり、天城に忠誠を示せば力を増す。しかし反攻者は加護を失い自らの力を制御出来なくなり自滅する、ある種の呪いにも似た契約なのである。

 天城の籠に属する兵や騎士たちにとっては、兵役に就く際には必ず受ける儀式だ。ちなみに余談として、ふたりが今回の件で加護を失わずいられているのは、天城の王女であるリンの命を忠実に全うしているという概念が、加護を有効化している為だった。

「ま、結論として放置する事は出来ないんだ。同行してもらうしかないだろ」

「しかし、それは徴兵行為と見られないか?」

「十中八九そうだな」

 それは村長の危惧を肯定し…キキの言葉が偽りだと認めることになる。

 キキの立場を考えるなら得策ではない。ただでさえ大変な時期に信用まで損なう事になるのだ。加えて厄介なのが彼女は女医だという点。野兎族にとっても重要な人材だ。無論、確認したところ医療の心得を持つ兎族は他にも居るとのことだったが、一番熟練しているのは彼女ということだ。

 そんな彼女を引き抜くという行為は、一度に信頼を失いかねない。愚行だ。

 だがいくら正論を並べ立てても成立してしまった儀を取り消すことは出来ない以上、背に腹はかえられない。それだけの重みが眷属者には含まれる。

「妥協案として――嘘も方便だ。乗るか?」

「止むを得まい」

 

 ソラが提案したのは、あえて眷属者の事を明かさず…リンの看病の為に同行してもらう、という建前だ。

 無論、女医を説得する上では真実を明かすしかないが村長達には、この建前で反感を買わないよう運ぶ。

 これならキキに悪印象を持たれることはない。

 あとは当事者たちの説得だが、そちらが難題だ。

「アタシがアンタ達と旅をする? 何でわざわざそんな奇特なことしなきゃなんないんだ?」

 自分達の旅に同行してほしい、と告げた開口一番に問われた疑心。

 自然な問いだが解っていても答えに困る。

「いや、その、なんだ……我らは医学や薬学の知識には疎くてな。あなたが居てくれればこれから先も心強いと思えてな」

 言い訳がましいと思いながらユキは言葉を選んだ。

「医療の知恵を得たいならアタシみたいな半端者より他の野兎医を誘った方が利口だよ。それに薬学についてなら“地底の平原”にも詳しいヤツは居るはずだ」

 間髪を入れず即答され、ユキは言葉に詰まる。

 しかし、今のやりとりにソラは違和感を覚えた。

「いや、その、リン様が懐いているあなたの方が」

「待てユキ。――実は俺達は天上界からきたばかりでな。こちらには疎いんだ」

「なっ、おい!?」

 さらっといきなり素性を明かしたソラにユキは驚嘆して目をやる。しかしソラは平然と断じた。

「無駄は省いた方がいい。この女は俺達がキキの同郷じゃない事に気づいてる」

「なに?」

 驚愕するユキを尻目に。

「神殺しの落日を知らない者が、風の大陸で暮らしてゆけるわけないからね」

 当然とばかりに頷いた。

「しかし他の大陸からの客かと思ってはいたが、まさか天上界とは――不可侵の禁を侵すなんてキキ王子も大胆な博打をしたもんだ」

 それで、と女医は言葉を続ける。

「アタシを勧誘してる本当の理由は、リンを叱ってた眷属の儀とやらと関わりのあることなんだろ?」

 ここまで推察されていれば、もはや暴露されたも同然だ。考えてみればユキは彼女の前で大騒ぎしていたのだ。その直後にこの流れ…気づかない方が不自然。

 ソラの言葉通り、正直に話して納得してもらう方が無駄がないだろう。

 むしろここで下手に誤魔化せばわだかまりが残る。

「わかった。少し酷な話になるが聞いてもらえるか」

 そう前置きしユキは話し始めた。

 

 

>物語は、続く。<

 

 

 ユキから淡々と説明された内容を女医は静かに聞いていた。そしてユキが口を閉じ、少しした後にひとつだけ確認した。

「これ、申し出を断った場合どうなるんだい?」

「即座に命の危険があるわけではないが…天城の血族に反感を持てば…」

「そうじゃない。今の話さ」

 取り繕う必要はないとの言い方に、ユキが言葉を濁すと――ソラが断じた。

「断った場合は危険因子となる可能性がある。消す」

「ソラ」

「誤魔化すだけ無駄だ。事実だろ。はっきりさせたほうが早い」

「正論だね。下手に勧誘されるより気が楽だ」

 抹殺宣告を受けているのに女医は笑って頷いた。

「いいよ。乗り掛かった船だ…リンも嫌いじゃない」

 ただし、と女医は言う。

「リンの目が治って…アタシを拒絶しなければ、ね」

「拒絶? リン様があなたを…ですか?」

 

 

 約二日。リンの体感的にはもっと長く感じられた、治療生活の終わりを告げる朝を迎えた。リンは動悸が早くなるのを抑えきれない…やっと未知の住民を我が目で見られるのだ。

「ねねっ、もう包帯取れるんだよね? はやくはやく」

「リン様、落ち着いてください」

「完全に解毒できたかまだ判らないから、目を閉じたままジッとしてな」

 羽毛に似た触感の手が、リンの目元に包帯越しに触れてくる。これはウサメの手だとリンは判った。

「いいか? アンタの目は丸二日陽を浴びてない…いきなり光を浴びるとダメージが残る可能性もあるから、ゆっくり開けるんだよ?」

 喋りながら、シュルシュルと布が擦れる音と共に、ガーゼを固定していた包帯をほどかれガーゼを取る。

 真っ暗だった視界が少し灰色を含む闇に変わる。

 視える。直感で解った。

 その時リンの脳内を駆け巡ったのは何を最初に視るかという一点だった。

 決まっている。否、決めていた。見た事のない兎族である。ユキやソラの顔など見慣れている。見えなくなったショックを癒し且つ感動を得られる対象は、未知の兎族――1番好きなウサメちゃんと決めていた。

 彼女の進言通り、はやる心を抑えつつ、ゆっくりと両目を開けた。痛みはなかった。約二日居たはずだが初めて見る部屋。土壁を丸く切り抜いたような洞窟で壁に埋め込まれた板が棚代わりに使われており…想像通り薬品の瓶が陳列されていた。自分の周りにはソラとユキ、そしてキキ…その後ろには見た事のない者が居た。顔立ちは細面で白い毛に覆われ、頭からは足下の地面に付くほど長い耳が生えている。体格は丸く、両の手は大きく太いのに…対照的に足は短く小さい。

 不安そうな色を称えた瞳は大きく、紅かった。

「――あなたが、ウサメちゃん?」

 静かにリンが訊ねると、その生物は唯一リンの知る声で応えた。

「言ったろ。あまり見せたい姿じゃないって……」

 呟いて視線をそらす。

 そのしぐさに、リンは心打たれ――我慢できずに、飛びついていた。

 

「かっわいい~♪ こんなに愛らしい生き物、見たことないっ! 本当にあなたがウサメちゃんなの!? 喋ってる時は、もっと大人な女性を想像してたけど…ううん、嬉しい誤算かもッ!!」

「~~~!?」

 思いっきり強く抱き締められ、赤い瞳を見開き呆然とする女医を、他三人は、やれやれといった雰囲気で見守っていた。キキはともかく、ユキとソラはこの展開を予想していたのか落ち着き払って言う。

「とりあえず視力は戻っているみたいですね。後遺症の心配もなさそうです」

「ま。何を心配してたのか見当はつくが…むしろ変わり種のほうがアホは喜ぶ」

 

『アタシはハーフだから見た目が異形だ。村でも医師としては重宝されているが慣れている大人たちさえ余所者を見る目でアタシを見てくる。そんな奴と一緒に旅したいなんて…リンも、きっと言わないだろ』

 

 女医の語っていた持論を容易く覆され、展開に付いていけてないのは他ならぬ彼女だった。

「リ、リン――アタシが怖くないのかぃ?」

「なんで? むしろこんなに可愛いなら先に言ってよ、逆にビックリしたよぉ!!」

 そんな裏表のないリンの言葉に、女医はわけもわからずひとつぶの涙を流したのだった。

 

 

>物語は、続く。<



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バッハ伝記17から18までの物語

 ひとしきりはしゃいで抱きつき終えた後、リンはひとつだけ疑問に思ったことを口にした。

「ところで皆、金色のカーテン? 布みたいなの纏ってるの? あ、兎族の民族装束だったりする?」

 その発言に、場の一同が顔を見合わせる。

「我々は特に衣装を代えたりしていませんが」

 戸惑いの色を含んだユキの言葉に、リンは言う。

「嘘! 少なくともリンの目が見えなくなる前には着てなかったじゃん!」

 ほら、とリンはウサメの羽織っている金色の布を掴もうとしたが――スカッと手が空振りした。

「あ、あれ?」

 何度か繰り返しても触ることは出来なかった。

「ソラ、どう見える?」

「いつもの悪戯や悪ふざけじゃない。少なくともリンは嘘をついていない」

「幻覚症状かぃ? 薬で毒は抜けているはずだけど…」

 呟きながら手近にあったスプーンをかざし「何本に見える?」と問われたので1本と素直に答えるリン。

「ちなみにその食器には、色のようなものは見えますか?」

「ううん。周りの物や景色は普通に見えるけど…」

 しかし改めて見回している内に、リンは小さな違いに気づく。

「あっ、キキだけ黄緑色っぽい布な気がする!」

「え、僕ですか?」

 それを聞いて、ソラとユキは顔色を変えた。

 目に見えても触れられず…この場でキキだけに当てはまる共通点。加護だ。

「リン様、おめでとうございます! こんなに早く開眼されるとは…ユメ様さえも、オーラの開眼には相応な年月を有したと聞いております」

「信じがたいが、現状ではそれ以外に該当する症状がないな」

 ユキは大袈裟に讃え、ソラは呆然と呟いていた。

「オーラ? なにそれ?」

「長くなりますので説明は追々。とりあえず病気ではありませんので御安心を」

「ま、慣れない内は違和感だらけだろうけど」

「うん、まあいいわ。とりあえず外に出ましょ?」

 丸二日を取り戻さんとするかの勢いで、リンは村を巡ってまわった。

 

 リンの性格は他人行儀な心の壁を一切感じさせず、村人の野兎・穴兎族たちに受け入れられた。

 ユキが予め身分は明かさぬようにと言っていなければ、素で素性を明かしていたかもしれない。しかし、逆に素性を隠して国内を駆け回っていた経験豊富なリンはむしろ喜んでいた。

 特に兎族の子ども達とはすぐに打ち解け、仲良くなった。ユキがあれほど苦労していた子供らの好奇な視線を怯むことなく受け止め一緒に遊んでいた。

「リン様、さすがです」

「ま、お前と違ってアホは闘いのイロハもおざなりだから変な影響もないだろ」

 そんな風に遠目で二人が話していると、村長の元に旅への同行の許可を貰いに行っていたキキとウサメが戻ってきた。

「後遺症が出る心配もあるからと言ったら、簡単に快諾して頂けました」

「だから言ったろ? アタシは目の上のたんこぶみたいな扱いだから引き止められる心配はないって……」

 少し不満げなキキに、「大丈夫、気にしてないよ」とウサメは笑っていた。

「手荷物を整理したいから時間貰ってもいいかぃ?」

「もちろんです。むしろ巻き込んでしまい本当にすみません」

 キキが頭を垂れるのを見て、ソラは言う。

「お前がそれを言う必要はないと思うぞ。巻き込んだのはアホ王女だ」

「今回ばかりはソラと同意見です。リン様には、もう少し反省して貰わないと」

 一行が行なっているのは単なる観光旅行ではない。無事帰還できるかも分からない戦地への旅なのだ。

 今回の件で、リンは本当の意味での危機感が薄いと痛感させられた。

「それで、どうする? ウサメの準備が出来次第ここを立つか?」

「出来ればそうしたいです…本当なら、この村に立ち寄ること事態想定外だったので…悪い噂もあるようですし、早く“地底の平原”へ向かわないと」

 キキの心配は、村長の誤解話だ。早とちりだったとはいえ他の集落でも同じように警戒している村がある可能性が露見した以上、単なる笑い話にも出来ない。

「確かに。リン様には悪いですがウサメの準備が整い次第ここを発つことにしましょう」

 それで三人の意見はまとまった。

 

>物語は、続く。<

 

「へぇ! リンは勇者なのか…じゃあ強いんだ」

「え? うんモチロン! びっくりするくらい強いわ」

「なら腕試ししようよ。まだ習い始めたばかりだけど…俺の父さんは槍の名手だったんだ。俺も父さんくらい強くなりたくて毎日特訓してる」

「そうなんだ…でもあたしの槍は気軽に使えるものじゃなくて…」

「リンも槍使いなの? なら尚更腕比べしたいな…そうだ、俺の家に練習用の槍が余ってるからそれを使おう…それなら良いだろ?」

 

 兎族の子ども達と遊ぶうちに、話がそんな流れになり、現在、リンの手には少年から借りた練習用の木槍が握られていた。

(ど、どうしよう……)

“天雷槍”とは比べるべくもなく細く短い。子供用とされるそれは、むしろ本物より持ちやすく感じる。

 ちなみに訓練用なので、石の鏃は無い。先端は鏃の形に削ってあるが、怪我をしないよう丸まっている。

 それは良い。今リンが困っているのは安全面の問題ではなく…槍の扱いについてだった。なにしろ“天雷槍”さえ一度しか振るったことはなく、それ以前に槍の正しい扱い方など教えられたことがないのだ。

「お待たせ。これを使って」

 渡された槍は使い込まれた物のようで少年の持つ槍より古そうだ。

「父さんが子供の頃使ってた御下がりの槍だけど…練習用には問題ないよ」

「あ、ありがと」

 思えば、練習用とはいえ槍を持つなど初めてだ。

“天雷槍”も立派な槍だが…雷を降らせる力ばかりに頼りきりで、純粋な槍として扱っていない。

「それじゃ始めよう…か?」

 言いかけた少年の言葉が止まる。そして問うた。

「もしかして槍使うの初めて?」

「そ、そんなことないわ? 言ったでしょ、見せられないけど槍を持ってるって」

「じゃあ中段に構えてみて」

 中段の意味は解らないがリンは構えた。片手で天に刃先を掲げるように――

「なにやってんだよ?」

「えっ!? か、構えよ?」

 そう、これで“天雷槍”なら雷が降る。しかし少年や見物してた他の子供たちからも失笑に等しい笑いが漏れた。

「あのさぁ…素人なら素直にそう言いなよ。別に恥ずかしいことじゃないから」

「うぐっ!?」

 

 それからリンは少年に、槍術の基礎を学んだ。

 基礎となる中段構えは、腰を落とし脇を絞め、槍の柄中心を握り構える。

 槍術の攻防は“突き”・“薙ぎ”・“払い”の動作から始まるという。

“突き”を極めれば、“刺突”になり、“薙ぎ”は袈裟形に切る事もできるが、真髄は回転するように扱うことで威力を増す。そして“払い”は防御。刃先や柄頭で相手の武器を弾く。また柄全体で攻撃を受け流すことも出来るという。

 

「まあ、勝負するならこの基本が出来るようになってからだな、頑張れ勇者」

 もはや完全に下に見られ…ついでに、練習用の槍もくれると言われ…立つ瀬のないリンは唸るしかない。

「リン様! そろそろ発ちましょう」

 静かに見守っていたユキからそう告げられ、リンは渋々ながらキキ達のもとに戻ろうとしたが…不意に、少年に小声で訊ねた。

「ね、あなたは名前ある?」

「なまえ? 何だそれ? 俺は俺だ」

 やはりウサメの言う通り…この村では名をつける習慣がないらしい。ユキからは軽々しく使うなと言われたが…今のリンが出来るお返しはこれしかない。

「じゃあ、あたしが名を挙げる――槍の者でソウシャはどお?」

「ソウシャ? 不思議な響きだけど…ま、まあ呼びたければ勝手にしてくれ」

 少年――ソウシャが照れ臭そうに応えた瞬間、彼の身体をそれまではなかった金色の膜が包むのをリンははっきりと視た。

 これが、ユキ達の言う加護というものなのか。

「それじゃあ、今度は槍の勝負しようねっ!」

 そう約束し、リンはソウシャと別れたのだった。

 

 

>物語は、続く。<

 




 今回は後半少し短めになってしまいました。
 しかし、修行風景を長々と描くのもどうかと思ってなので気にせず。

 さて。それはそうとここにきて予定外に名無しのサブキャラであるはずの兎族から、名持ちさんが出てしまいましたf(^ー^; このふたりが物語にどんな影響をもたらすのか……正直未知数ですが、とりあえず見守ってくださいませ。


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