彼女の選択 (アイオン)
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プロローグ

斬魔大聖の息抜きに投稿。
俄の上駄文なので、それでも良い方はどうぞ御覧ください。


 ―――後悔なんて、無い。

 

 確かに彼等は正しい。

 世界を背負った彼等の行動は、万人が万人正しいと評するだろう。

 理屈は解るし、それを貫いた彼等の姿は、とても尊いモノだと思う。

 けど、それでも。

 

 「お前……は……」

 

 私の感情は、ソレを許さなかった。

 

 何の事はない。

 彼等は世界を選び、私は個を選んだ。

 そしてその二つは相容れず、私は彼等と戦い斬り伏せた―――それだけの事。

 

 「俺なんかの為に、全てを捨てたのか……?」

 

 俺なんか、何て言わないでほしい。

 

 ずっと、私を守ってくれた。

 ずっとずっと、私の為に傷ついていた。

 ずっとずっとずっと、私を愛してくれた。

 そんな愛しい人を……たった一人の家族をどうして殺せよう? 何故殺せよう? ―――殺せるわけがない。

 

 喩え明日の朝日と共に消え逝く、僅かな時間だとしても。

 喩え瞬きの後に消え逝く、儚き刹那だとしても。

 私は、貴方と一緒にいたい。

 

 そのためなら私は、どんなことでもするし、してみせる。

 毎朝頑張って貴方より早起きしてトマト入りオムレツを作るし、夜は会社から帰ってきた貴方を笑顔で迎えて、最高のトマトソースパスタを作るよ。

 貴方が望むならこの身体だって差し出すし、貴方の為に他の全てを捨てる事だって厭わない。

 貴方を傷つける世界だって皆や彼女との絆だって……全部、全部、全部壊してみせる。

 だから―――

 

 「安心して、お兄ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うぅっ……?」

 

 頬に感じる柔らかな感触に、私は目を覚ました。

 視界に入ったのは、少し太った家の愛猫―――ルルだ。

 どうやらその可愛らしいおててで、私の頬を突いていたらしい。

 

 「ふぁ……おはょ、ルル」

 

 「ナァ~♪」

 

 ベッドから身を起こし、欠伸混じりにルルと朝の挨拶を交わす。

 そこでふと、先程の夢の事を思い出した。

 

 (何か、嫌な夢だったなぁ……)

 

 血溜まりに立つ、返り血を浴びた私。

 そして、そんな私を呆然と見る兄。

 いったい、何がどうしてあんな状況になったのだろうか。

 ……まあ、夢について考えたところであまり意味はないだろう。

 

 「そういえば、今何……時ぃ!?」

 

 思考を切り替え、枕元の時計を手に取ったところで驚愕した。

 

 今日は遅刻の許されない大事な日。

 なのに時計に表示されていたのは、所定の時刻まであと僅かと云う厳しい現実。

 

 「あわ、あわわわわわ!」

 

 慌ててベッドから降り、パジャマを脱ぎ捨てる。

 クローゼットの中から適当な服とパンツを引っ張り出し、着替えた。

 次いで、素早く忘れ物が無いかを確認する。

 

 「ナァー……」

 

 そして、やれやれ……とでも言うかのようなルルの声を背に、私は部屋から駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ギリギリだな」

 

 息を切らせて試験会場に駆け込んだ私に、そう声を掛けてくる男性。

 

 「お前、これが“クランスピア社”の入社試験だって分かってるんだろうな?」

 

 私は息を整え、微笑みながら返答した。

 

 「うん。分かってるよ、ユリウス」

 

 「分かってて遅刻ギリギリか? ……まったく、お前は昔から妙なところで度胸があるな」

 

 「えへへ……」

 

 気恥ずかしさに、頬を掻く。

 

 私と言葉を交わす、白いコートの男性。

 この男性が私の兄―――ユリウス・ウィル・クルスニクだ。

 

 兄、と云えば……今朝の夢。

 私はまたそれを思い出し、口に出していた。

 

 「……嫌な夢を見たの。誰かを手に掛けて血溜まりに立つ私、ユリウスがそれを呆然と見てる」

 

 「お前が、誰かを……?」

 

 眼鏡の奥、兄の綺麗な蒼い瞳が私を見つめる。

 暫くして、兄はふっと笑みを浮かべた。

 

 「只の夢だろう。お前は、訳もなくそんな事をする奴じゃない」

 

 「うん……」

 

 「さあ、今は夢より現実だ。試験を始めよう」

 

 兄の言葉に頷き、気持ちを入れ替える。

 

 「試験は、この地下訓練場を使って行う」

 

 “クランスピア社”所有の地下訓練場。

 私達の住む街―――トリグラフの地下全域に広がっており、街の外にも出られるようだ。

 もっとも今日は試験なので、訓練場から出たら失格らしい。

 

 「武器はコレを」

 

 手渡されたのは双剣。

 私は手の中で軽く回し、両方とも逆手に構えた。

 

 「ふっ……同じ構えか」

 

 「うん。ユリウスと同じ」

 

 構えた私に、兄が試験内容を読み上げる。

 

 「内容は実戦テスト。制限時間内に、訓練場内に放たれた魔物を討伐し此処へ戻ってこい―――尚、試験中の負傷は度合に係わらず、全て自己責任となる。以上だ」

 

 コクリ、と頷く。

 少し緊張気味の私の肩にポンと手を置き、兄は言葉を掛けてくれた。

 

 「大丈夫、試験官は俺だからな。死ぬような事はないさ」

 

 「ふふ……」

 

 「よし、それで良い……では、試験開始!」

 

 適度に肩の力が抜けた私は、兄の合図と共にスタートを切った。

 

 

 

 

 

 訓練場内の魔物は、正直大した相手ではなかった。

 早々に討伐を終え、最初の場所に戻る……が。

 

 「きゃあああ!」

 

 兄の前に立ったところで、女性の悲鳴が聴こえてきた。

 バッとそちらに視線を向けると、先程までの弱そうな鳥型の魔物ではなく、狼のような四足で不気味な光を放つ謎の魔物が女性に襲い掛かろうとしていた。

 

 (強そう……けど!)

 

 恐らく、この魔物も試験の対象なのだろう。

 加えて襲われそうになっている人もいる以上、助けに入る事に問題があろうはずもない。

 私は短時間で思考し、魔物へと切りかかった。

 

 「はあぁぁぁっ!」

 

 私の敵意に反応したのか、魔物がこちらを向く。

 まずは一閃。

 これはあっさりと躱された。

 カウンター気味に放たれた後脚を、横に跳んで躱す。

 

 「ちっ……!」

 

 続けて襲い掛かる前脚。

 私はギリギリの距離で身を逸らして回避し、お返しとばかりに前脚を斬りつけた。

 

 痛みに声を上げる魔物。

 身体を大きく回転させ、私に向けて硬質の尻尾を振るってきた。

 

 「ふっ……!」

 

 大きくバックスッテップして、それを躱す。

 そして一回転して現れた無防備な魔物の顔目掛けて、斬撃を放った。

 

 「蒼破刃!」

 

 バックスッテップによって離れている距離。

 風圧を纏った斬撃はその距離を無視し、魔物に命中した。

 

 (良しっ……!)

 

 一気に畳み掛けようと、怯む魔物に接近する……が。

 

 「なっ!?」

 

 魔物は息を吸い込み、雷鳴の息吹を放った。

 回避できる距離でもタイミングでもない。

 私は咄嗟に双剣を交差させ、盾にした。

 

 「ぐっ……ぅぅ……!」

 

 直撃こそ免れたものの、結構なダメージだ。

 そうそう何度も受けられるものじゃない。

 連続して放たれるブレスを、形振り構わず横合いに身を投げるようにして回避する。

 

 (どうしよう? サイドを取ろうと近づけば、近接攻撃が来る。かといって距離を放せば、あのブレスの餌食……)

 

 あと一度くらいなら無理は利きそうだが、先程のブレスの所為で若干手足が痺れている。

 ギリギリで近接攻撃を見切るような、精密な動きは出来そうにない。

 正面は駄目、サイドも駄目、ならば……背後?

 

 (背後……どうやって後ろを取る?)

 

 単純なスピードでは無理だろう。

 ならば意表をつくような方法でなければならない。

 

 (下……は魔物の攻撃が届く範囲内。なら……上!)

 

 上にブレスが吐ける可能性もあるが、あっさり踏み潰されるであろう下からよりは現実的だ。

 私は双剣を構え直し、魔物へと駆け出す。

 

 魔物が息を吸い込んだ。

 姿勢を低くし、足に力を込める。

 そして魔物がブレスを吐き出す寸前―――力を解放した。

 

 宙へと舞う私の身体。

 ブレスは一拍遅れて私の下を通り過ぎる。

 私はそのまま魔物を飛び越し―――見事、魔物の背後へと着地した。

 

 魔物が後足を繰り出すより速く、私は技を放つ。

 

 「鳴時雨!」

 

 連撃を叩き込み、最後に蹴りつける。

 多大なダメージを負ったであろう魔物は、ドサっと地面に倒れた。

 

 「ふぅ……」

 

 安堵の溜息を吐き、双剣を下ろす。

 そして、尻餅を突いている女性に近づいた。

 

 「大丈夫でしたか?」

 

 双剣を片手で持ち、空いた手を女性に差し伸べる。

 

 「ええ、ありがとう。御蔭で助かりました……」

 

 私の差し出した手を掴む女性。

 そして女性は立ち上がり―――私の首にナイフを押し当てた。

 

 「えっ……!?」

 

 突然の事に、まったく反応できなかった私。

 そこへ、試験官の兄が近づいてきた。

 

 「騙し討ちなんて云うのは、実戦の常套手段だ。試験会場であるこの場に、いきなり女性が現れたことに疑問を持たなかったのか?」

 

 「うっ……」

 

 確かに魔物の事ばかり考えていて、女性について深くは考えなかった。

 

 「これは、お前の判断力を見るための試験だったんだよ」

 

 あの女性への対応も、試験の一環……つまりは。

 

 「キャロライナ・ウィル・クルスニク―――不合格だ」

 

 試験官である兄の言葉に、私は肩を落として俯くしかなかった。




冒頭が書きたかったのと、ユリウスをお兄ちゃんって呼びたかっただけなんです!許してください!

そんなワケで超不定期更新です。
見切り発車の上大した文ではありませんが、仕方ない読んでやるか。と云う方がいらっしゃいましたら、どうぞ気長にお待ちください。

当然、斬魔大聖の方も投げ出すつもりはありません。
ただ中々進まないだけなんです、申し訳ありません。


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