【完結】ラスボス詐欺【転生】 (器物転生)
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私が諸悪の根源です

今回は行間を多目に取りました。
文章を詰め過ぎると読み難いんだってさ。
そーなのかー。


~転生しました~

 

 僕ことネギ・スプリングフィールドは、村外れの湖へ飛び込んだ。水面を突き破ると、下半身が水に沈む。そのまま勢いは衰えず、上半身も飲み込まれた。冬の冷たい空気に比べると、湖の水温は暖かく感じる。そう思ったのは一瞬で、すぐにキリキリと身を絞られるような痛みを感じた。肌を覆う水が熱を奪ったために、僕の体は引きつって硬くなる。寒さで震える体は思い通りに動かせなくなった。体の中に溜めていた空気を、僕の体は勝手に吐き出す。

 

「たすけ……」

 

 体が震えて言葉にならない。寒さを防ぐために着ていた厚い服が、水を吸って重くなった。水の染み込んだ重い服は、体の自由を奪う拘束服となる。体のバランスが崩れ、僕の顔は水面下へ沈んだ。僕の意思に関わらず、震える筋肉は水を吸い込む。反射的に吐き出したものの、吐き出した分の水を吸った。呼吸が出来ないために苦しくなり、水の中で僕は暴れる。でも、それで僕は余力を使い果たした。体温を奪われた事と、呼吸の出来ない事が原因で、僕は意識を保てなくなる。

 

( 息が苦しい……体が重い……冷たいよ。僕は死ぬの? こんなの嫌だ。こんな所で死にたくない。誰にも見られないまま死にたくないよ……いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ! 誰か助けて……助けに来てよ。僕を助けて、おとうさん )

 

 心の中で僕は父を呼ぶ。顔も覚えていない、僕の父さん。でも、村の人達が父さんの事を教えてくれた。立派な魔法使い、マギステル・マギ、千の呪文の男、サウザンド・マスター、そんな風に父さんは呼ばれる。困っている人がいると助けに来てくれる立派な魔法使い。だから僕は冬の湖へ身を投げた。そうすれば父さんは、僕を助けに来てくれると思ったから。でも、父さんは来てくれない。こんなに苦しいのに、僕を助けてくれない。

 

( 会いたいよ、お父さん。僕を見て欲しい。僕を抱き締めて欲しい。僕と一緒にいて欲しい。どうして助けに来てくれないの? こんなに苦しいのに……お父さんは、僕が嫌いなの? だから僕の側に居てくれないの? 僕は、いらない子なの? ねえ、お父さん )

 

 見たこともな無い光景が、僕の頭に浮かぶ。赤ん坊の僕を抱きかかえる金色の女性と、その側に立って僕の様子を眺める赤い男性がいた。金色の女性と赤い男性の顔に大きな穴が開いて、顔の向こうが見える。顔の部分に大きな穴を開けた2人は、ボワンボワンと音を鳴らしていた。大きな穴を空気が通る度に、不気味な音が鳴り響く……その有様は不気味で、気持ち悪かった。どこかで聞いた覚えのある音楽が聞こえて、元の音を聞き取れないほど大きく鳴り響く。その場所に僕は居たいと思えず、見えない手を空中に伸ばした――すると、誰かが僕の手を握り、どこかへ引っ張り上げた。

 

~ネギちゃんは救助されました~

 

 僕は意識を取り戻す。目覚めると、木の枝の間から差し込む、太陽の光が見えた。意識を失う直前の出来事は覚えておらず、どうして意識を失ったのかも憶えていない。でも、村から離れた場所にある湖へ向かっていた事は思い出した。そこで僕は暖かい感触に気付く。僕の後ろに誰かが座って、僕を抱き締めていた。体を捻って後ろを見ると、白い髪の女性が、僕を抱き締めたまま座っている。そのまま女の人は喋り始めた。

 

「ふむ……目が覚めたようだね。湖に飛び込んだ君を見た時は如何しようかと思ったものの、生きているのならば助けて良かったよ。あのまま永遠に目が覚めないのならば、助けた行動が無駄になった上に、後の気分も悪かっただろうからね。この非力な体で君を引き上げるのは、なかなか大変だった……いや、よかった。私の行動が無駄にならずに済んだ。私は君に礼を言わねばならない。生き延びてくれてアリガトウとね」

 

「ううん、そんな事ないよ。僕の方こそ助けてくれて、ありがとう」

「ありがとう……か。そう言うわりに、君は嬉しそうではない。礼を欠かなかった事は評価できるものの、その中身は空っぽだ。表面だけの謝意ならば言わぬ方がマシだよ……もしや自殺だったのかね? それならば悪い事をした。勇気を出して自殺したにも関わらず、その邪魔をしたとなれば心苦しい。その代わりとして君が望むのならば、私が君の命を絶ってあげよう」

 

「ええ!? 違うよ! 自殺なんかじゃないよ!」

「そうか……それならば、なぜ湖に飛び込んだのかね? 氷は張っていないものの、この寒い時期に湖へ飛び込むのは自殺行為だよ。体温を奪われて、瞬く間に動けなくなる。おそらく岸へ上がろうと思っても力は入らず、岸へ体を上げる事すらできないだろう。そのくらい……いや、まだ幼い君に、そこまで求めるのは酷か。湖の水温を知らず、服を脱ぎ忘れたまま飛び込んでも、不思議ではない……悪かったね。危うく、被せるべきではない責任を君に被せる所だった――そういう責任は、君の両親に被せるべき物なのだろう」

 

「そんなこと……ないよ。僕のお父さん……とお母さんは悪くないよ。お父さんに会いたくて、僕が勝手に無茶をしたんだから」

「……湖に飛び込む事が、両親と会う事に繋がるのかね? まさか両親は湖の精霊、と言う訳ではあるまい。いや、そうか……君の両親は、すでに亡くなっているのか。この湖で君の両親は亡くなったのだね。その両親と会うために飛び込んだだけで、死のうと思って飛びこんだ訳ではないと……しかし、君にとって辛い話になるが、死んだ者に生きたまま会うことなどできないのだよ。それは自殺と変わりない」

 

「違うよ! お母さんは分からないけれど……お父さんは生きてるよ! 僕はピンチになれば、お父さんが来てくれると思って……だから……湖に……飛び込んだの」

「ピンチになれば……か。しかし、溺れている君の下に、父親は現れなかった。あの身も凍るような水温に接し、水を吸って鉛のように重くなった服を着て溺れている状態は、とても危険だった。水から引き上げた時、君の呼吸は止まっていたのだよ? 私が君に人工呼吸を施して、呼吸を再開させなければ死んでいた……ああ、君の唇を断りもなく奪ったことは許してほしい。君の許しを得られるような状態ではなかった」

 

「ううん……そんな事いいよ」

「それは良かった。しかし、なぜ君の父親は来てくれなかったのだろうね。私が助けなければ、君は死んでいた。いいや……そうか。私が助けたから、君の父親は来てくれなかったのかも知れない。やはり私は、君にとって悪いことをした――すまないね。父親に会うために努力していた君を、私は邪魔したに違いない。命を賭けた行為だったにも関わらず、それを私は無駄にした。何度謝っても許されないことだ」

 

「そんな事ないよ! お父さんは、きっと、忙しくて、来れなかったんだ!」

「忙しかった……か。そうだね。きっと君の父親は、君よりも危険な状態の誰かを助けていたために来れなかったのだろう。君が本当に死ぬような事が起これば、父親は来てくれるに違いない。今回は私が助けたために、父親は来てくれなかったのだろうね。その事は言い訳の仕様がない。今となっては、後悔の念で胸が痛いよ。なにか私に出来ることはないのだろうか」

 

「気にしないで……貴方のせいじゃないから」

「君は優しいね。そう言ってもらえると嬉しいよ……そうだ、いい考えがある。君のピンチを台無しにした代わりとして、私がピンチを用意してあげよう。君の父親が駆け付けるほどのピンチを、君に与えてあげると――約束する。ふむ……しかし、今すぐという訳には行かないか。急げば明日には準備できるだろう。君の父親に会いたいのならば明日、もう一度、今と同じ時間に此処へ来るといい」

 

「えーと、そのピンチって……なに?」

「秘密だ。見てのお楽しみだよ。不安に思うのならば止めればいい。まあ、君が死ぬような危険は少ないよ。少なくとも、また湖に飛び込むよりも安全な方法だ――さて、そろそろ日が落ちる。この山の中には街灯も設置されていない。暗くなれば一歩毎に、足元を確かめながら帰ることになるだろう。そうなる前に早く、村へ帰った方が良いのではないのかね?」

 

「そうだね。じゃあ、僕は村へ帰るよ」

「焦らず、ゆっくり帰るのだよ。慌てたせいで怪我を負ったら、明日の予定に差し支えるからね。それと、ここは……またね、というべきなのかな。それとも……さようなら、となるのか。どちらを君が選んだとしても明日、君と私は再び会うことになるだろう。すでに運命の歯車は人の意思に関わらず回り始めているのだ。だから私は、またね、と君に告げる――また会おう、少年よ。また会えることを願っているよ」

 

~ネギちゃんと出会いました~

 

 白い髪の女性と出会った次の日、僕は再び湖へ向かった。女の人が言った、父さんと会えるという言葉を僕は信じていた。でも、そこに女の人は居なかった。父さんも現れなかった。朝早く起きて日の出を待ち、日の入りまで待っていたけれど誰も来なかった。最初は父さんに会えると思って湖の周りを歩き回っていたけれど、最後は風の冷たさに体を震わせて僕は地面に座り込む。

 

( 嘘だったのかな。一日中待っていたけれど、僕は父さんに会えなかった。父さんに会えると思っていたのに……会えると思ったから大人しく待っていたのに、結局だれも来なかった。父さんに会わせてあげるって女の人は言ったのに、約束するって言ってたのに、あの人は約束を破ったんだ……うそつき )

 

 地平線へ太陽が沈んだために、辺りは暗くなっていた。このまま此処に居れば昨日、女の人が言っていたように足元が見えなくなる。女の人の言葉に期待していた僕は、失望の思いを抱えながら下山した。すると、なぜか燃えている村の様子が見える。一つの家程度ではなく、村全体が燃えていた。火事だと思った僕は不安になって、父さんに会えなかった悲しみも忘れて走り出した。

 ガラガラという大きな音と共に、炎上する家が崩れ落ちる。家を包み込む大きな炎は、辺りを昼間のように明るく照らしていた。村を襲った悪魔の一体が、動かなくなった人を食べている。あちこちに人の石像があり、その多くは壊れてバラバラになっていた。お爺ちゃんとお姉ちゃんの名前を呼びながら、そんな場所を走っていた僕は、悪魔に発見される。その時、僕の前に誰かが現れ、悪魔を吹き飛ばした。

 その騒ぎに引かれて、無数の悪魔が集まる。見上げた空を埋め尽くすほどの数の悪魔だった。そんな数え切れないほどの悪魔を誰かは、巨大な光線で焼き払う。悪魔の巻き添えで村は破壊され、光線が消えると何も無くなっていた。悪魔に食べられていた人も、村人の石像も、何も残っていない。消し飛ばされて、殺され尽くした。怖くなった僕は、その場から逃げ出す。すると、その先で探していた人を見つけた。お爺ちゃんとお姉ちゃんだ。でも、お爺ちゃんは悪魔を封印したものの、悪魔の石化魔法によって石像と化した。

 その後、お姉ちゃんと僕は「誰か」によって救助される。その「誰か」の正体は、僕の父さんだった。僕は父さんから、僕の身長よりも長い杖を貰う。父さんが姿を消した後も、その杖を父さんの代わりと思って抱き締めていた。その場所から僕は、村のある方向を見る。燃える村の放つ明かりによって、夜の空は赤く染まっていた。村を悪魔に滅ぼされた悲しみはあるけれど、父さんに会えた喜びもあって、僕は悲しむべきか喜ぶべきか分からない。

 

~そろそろ出番です~

 

 パチ、パチ、パチと手を叩く音が聞こえた。体を震わせた僕は、父さんから貰った杖を握り締める。悪魔が居るのかも知れないと思って怖かったけれど、勇気を出して背後を振り向いた。すると、白い髪の女性が歩み寄ってきている。それは昨日会った女の人だ。だから僕は警戒を緩める。そこで僕は此の場所が、僕の溺れた場所であり、女の人に助けられた場所でもある、湖の近くである事に気付いた。

 

「おめでとう、少年。無事、君の父親に会えたようで何よりだ……いや、君の身は兎も角、君以外のものは無事と言えない状態か。しかし、君が無事であるのならば小さなことだ。あの村が滅んだ事は、君が生きたまま父親と会うために必要なピンチだった。あれほどの犠牲を掛けなければ、君の父親が駆け付ける事は無かっただろう」

 

「貴方は、なにを言っているんですか」

「ん? 父親に会えたのだろう? ならば、もっと喜んだ方が良いのではないのかね? そうでなければ、村人の死は無意味な物になってしまう。せっかく父親と会えたにも関わらず、それを君が喜んでいない有り様では、犠牲になった村人の死は無駄ではないか。私も苦労したのだよ。あれほどの悪魔を一日で召喚するのは、なかなかに骨が折れた。まあ、君の父親による一撃で、20時間ほど掛けて召喚した悪魔の大半は、一瞬で消し飛んだわけだが……」

 

「貴方が、あの悪魔を召喚したんですか!?」

「その通りだ。昨日の夕方に君の望みを聞いてから、夜も眠らず悪魔を召喚したのだよ。そして君が湖にいる間に、村を襲撃させたのだ。君がいる時に村を襲撃させると、父親が駆け付ける前に、君は死ぬかも知れないからね。父親が駆け付けるほどのピンチを君に被せれば、君は死ぬだろう。ならば君の周りにピンチを被せて、ピンチを分散させればいい。その結果、君の父親を呼び寄せる事に成功したわけだ」

 

「貴方が、お爺ちゃんや村の皆を……!」

「おや? 怒っているのかね? 父親に会えたというのに、機嫌は悪いようだ。そうか……1時間も経たない間に父親が居なくなった事を、君は不満に思っているのだね。たしかに、村一つと引き換えに父親が手に入るのならば兎も角、手に入った物は父親の杖一つだ。言葉も数回交わしただけで、君の父親は居なくなった。私が思っていたよりも、君の父親は薄情な人物だったようだね。それでは満足できない事を、私も理解できる」

 

「貴方なんかに理解されたくありません!」

「ずいぶんと嫌われたものだ……ああ、反省しよう。私の努力は足りなかった。物量で攻めた所で、君の望みを叶える事は出来ないようだ。君の父親を絡め取る手段を考える必要がある。最強の魔法使いを、身動きできない状況に追い込む必要がある……次は上手くやろう。されど今は、一時の別れだ。全ての準備が整った時、私は再び君の前に現れよう。次こそは君の望みを叶えてあげると――約束する」

 

~ネギちゃんと約束しました~

 

 一方的な約束を交わすと、白い髪の女性は去った。この場に残された人は、僕とお姉ちゃんだ。お姉ちゃんは気絶したまま目覚めない。その横で僕は体から力が抜けて、地面に崩れ落ちた。僕の手から離れた父さんの杖が、目の前の地面に転がる。父さんから貰った杖だけれど、今は手放したい。村の皆を犠牲にした代わりとして手に入った物だと思うと、僕は父さんの杖を持って居られなかった。

 

( 僕が父さんと会いたいなんて言ったから、村の皆は死んでしまった。僕の代わりに死んでしまった。父さんと会って杖を貰ったから喜んで……バカみたいだ。僕のせいで皆は死んだ。僕の不用意な発言が、悪魔を呼び寄せた。僕が余計な事を言わなければ、こんな事にならなかった。それなのに僕は、父さんと会えて喜んでいたんだ。村を滅ぼした原因のくせに……! )

 

「うああああああ! 僕はっ、僕はっ、僕のせいでっ! みんな死んだ! 僕のせいだ! 僕なんて死んでしまえばいいんだ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……ごめんなさい」

 

 僕は地面に頭を打ち付ける。自分の拳で自分の頭を打った。父さんの杖を掴んで、自分の頭に振り下ろした。死んだ皆に謝りながら、自分の体を痛め付ける。こんな僕の姿を、お姉ちゃんに見られたくなかった。お姉ちゃんが目覚める前に、自分を殺さなければ……皆を殺した僕を、お姉ちゃんは、どんな目で見るのだろう。あんなに優しかったお姉ちゃんに嫌われるのかも知れない。お姉ちゃんは僕を……殺そうとするのかも知れない。そう思った僕は怖くなって、湖の方向へ走り出した。

 僕は湖へ飛び込む。全身を水で包まれ、急激に体温を奪われた。全身が震えると共に、体内の空気は吐き出される。苦しかったけれど、僕の姿は誰にも見られなくなかった。このまま水の底で死ねればいい。お姉ちゃんに嫌われるくらいならば死のう。そう思っていたけれど、すぐに僕は引き上げられた。誰かが水中で僕に抱き付き、そのまま水面へ浮上する。「ネギ!死なないで!」とお姉ちゃんの呼ぶ声が聞こえた気がする。でも、僕は最後まで意識を保てず、気を失った。

 

~ネギちゃんは発狂しました~

 

 僕は意識を取り戻す。目覚めると、辺りは真っ暗だった。意識を失う直前の出来事は覚えておらず、どうして意識を失ったのかも憶えていない。でも、湖へ飛び込んだ事は思い出した。湖へ飛び込んだ僕だけれど、お姉ちゃんに助けられた。そこで僕は、僕の体を包み込む暖かい感触に気付く。僕の後ろに誰かが座って、僕を抱き締めていた。その暖かさを感じて、僕は安心する。

 助けてくれたという事は、僕は生きても良いという事だ。僕は死のうと思っていたけれど、他人に助けられたのならば生きる事を選んでも仕方ない。お姉ちゃんが生きて欲しいと願ったから、僕は仕方なく生きるんだ。お姉ちゃんのために生きてあげるんだ。助けられたのだから、生きなければならない。本当は死にたいけれど、お姉ちゃんが僕の死を悲しむのは心苦しいから……、

 

「ふむ……目が覚めたようだね。湖に飛び込んだ君を見た時は如何しようかと思ったものの、生きているのならば助けて良かったよ。あのまま永遠に目が覚めないのならば、助けた行動が無駄になった上に、後の気分も悪かっただろうからね。この非力な体で君を引き上げるのは、なかなか大変だった……いや、よかった。私の行動が無駄にならずに済んだ。私は君に礼を言わねばならない。生き延びてくれてアリガトウとね」

 

 僕の背後から聞き覚えのない声が聞こえる。体を捻って後ろを見ると、白い髪の女性が、僕を抱き締めたまま座っていた。ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを、その女は僕に向ける。反射的に逃げようと試みても、その女が抱き締めているから、僕の体は動かなかった。痛いほどの力で抱き締められ、僕の体からミシミシと嫌な音が聞こえる。女は蛇のように絡み付き、僕の体を締め付けていた。

 必死に逃げようと僕は試みる。体は動かないけれど、魔力を暴走させて辺りの物を吹き飛ばした。それで女の服は破れたけれど、僕をホールドしたまま放さない。いつもならば心地良いと感じる柔らかい感触も、今は気持ちの悪いものに感じる。そんな生肌の感触に耐え切れず、僕は泣き叫んだ。そんな僕の耳元で、「アリガトウ」と女は優しく言う。「アリガトウ」「アリガトウ」「アリガトウ」と女は何度も、ささやいた。「生き残ってくれてアリガトウ」

 

 

「うわあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



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麻帆良学園は私の支配下にあります (出題編)

【あらすじ】
ネギを父親と会わせるために、
悪魔を召喚して村を滅ぼした。
とラスボスは申しております。


 あの忌まわしい事件から6年後、ウェールズの魔法学校を卒業した僕は麻帆良学園にいた。立派な魔法使いになるための課題として、日本で教師をしている。新しい年度が始まって、僕の担当している学級の生徒達は、3年生へ進級した。正確に言うと明日、新学期が始まると共に、生徒たちは3ーAへ上がる。今までは教育実習生だったけれど、明日から僕も正式な教員として仕事をする事になった。

 そういう訳で僕は、明日に備えて準備を行う。他の教員と共に、始業式の準備を行ったり、会議に出席したり、配布物を用意したりした。そんな事をしている間に太陽は沈んで、夜になった後で仕事は終わる。2-Aの担任だったタカミチが居れば、もっと早くに終わったと思うけれど……僕が担任になった影響で、タカミチは海外へ出張していた。暗くなった夜8時を過ぎた頃に僕は学校を出て、寝泊りしている女子寮へ帰り始める。そうして夜道を歩いていると、6年前の事を思い出した。僕の住んでいた村が滅ぼされた6年前のことだ――あの日の悪夢は今でも、毎晩のように見る。

 

( あの女性は、まだ捕まっていない。それも当然だね……あの事件は魔法使いの間でも公表されていない。お父さんの子供である僕の存在を隠すためだって、おじいちゃん……魔法学校の校長は言っていた。僕が自分の身を守れるくらい……ううん、違う。お父さんのように強くならなくちゃ、あの事件を公(おおやけ)に曝すことすら出来ないんだ。そうしなければ、あの女性が再びやってきて……また全てを失ってしまう )

 

 3歳だった僕は、9歳になった。体は大きくなって、力も強くなって、魔法も使えるようになった。上級の攻撃魔法に手が届き、補助魔法陣を敷けば封印魔法も行使できる。魔法学校で僕が求めたのは、あの女性を捕らえるための力だった。魔法の紐で対象を捕らえる、単なる捕縛呪文ではない。相手の全身を氷で包み、長期間捕縛できる封印魔法だ。氷属性は僕の得意属性ではないため、発動は難しいけれど……。

 

~そろそろ出番です~

 

 僕は人気のない道を歩いていた。すると僕の進んでいる道の向こうから、人が歩いてくる。電灯の明かりに照らされた人は、白いワンピースを着て、白い帽子を被っていた。その白い女を見た僕は、気味の悪さを感じる。急に不安になって、呼吸も苦しくなった。喉に触れてみたけれど、僕の首に目立った異常はない。それなのに苦しくてたまらない。その時、白い女の姿が急に消えて……僕の背中に誰かが抱き付いた。

 

「ひっ」

「大きくなったものだね、少年。6年前の姿と見違えたよ。その大きな杖が無ければ、気付かぬまま通り過ぎる所だった……しかし結局、その杖は捨てなかったのだね。村人の命と引き替えた杖なのだから、善良な君は使わないと思っていた。それほど父親が恋しいという事なのかな……それにしても、魔法障壁に頼るのは考えものだね。だから、こうして――簡単に近付かれる」

 

 魔法障壁を擦り抜けて、女は僕の体に絡みつく。僕は杖を手放さないために強く握り、背後にいる女に対して魔法の呪文を唱えた。すると魔法が発動する前に女の体は離れ、僕の正面に出現する――転移魔法だとすれば恐ろしく早い。最初から正面にいて、後ろから触れられた事は気のせいだったと疑うほどだ。でも、女の生々しい感触と、耳へ吹き込まれた声は、僕の体に残っていた。

 

「貴方はっ、何者ですか!」

「何者だと? 今さら何を言っているのかね――私は君の協力者だよ。6年前の事を忘れた訳ではあるまい。父親に会いたいという君の願いを叶えるために、私は行動している。全ては君のためだ。この6年間、そのための準備を休む間もなく行ってきた。私は約束を守る方だからね。あの時、私は君と約束しただろう? 君の父親に会わせてあげると――」

 

「僕は他人を犠牲してまで、お父さんに会いたいなんて思っていません!」

「ああ、自分の心を偽ってはいけないよ。何を犠牲にしてでも父親に会いたいと、君は思っている。父親の杖を大切に持っているのが、その証だ。そんな事は思っていないと、口では何とでも言えるだろう。しかし君の本心は杖を、『他人を犠牲にしてでも手に入れた価値がある』と思っているのだよ。君にとって父親は最も価値のある物であり、それ以外の物は父親の代替に過ぎない」

 

「この杖は、僕の犯した罪の証として持っているんです。貴方に願ってしまった、愚かな僕の証として――この杖で貴方を捕らえます」

「君は杖を手放したくないだけだよ。私を捕らえたとしても、その杖を君が手放すことはない。君は罪の証として、一生持ち続けるつもりなのだろう? せいぜい使えないように封印する程度だ。何があっても、杖を二度と使えないように滅却する事はない。その杖は君にとって、父親と自身の繋がりを示すものだからね。だから君は、杖を手放さないで済むように――計算している」

 

「違う! 僕はっ! 貴方を捕らえた後で、この杖を折ってみせる!」

「それは気が早すぎるよ、少年。捕らえた後で逃げ出すかもしれない。牢屋から脱走するかも知れない。死刑になったと見せかけて、生き延びているかも知れない。この世には死刑になったと見せかけて、生きている人物など沢山いるのだ。君の母親も似たようなものだろう――そもそも私を捕らえなければ、永遠に杖を持っていられる。私を捕らえたいと、君は本当に思っているのかね?」

 

「思っています! これ以上ないほどに! ラス・テル・マ・スキル・マギステル……!」

「ふむ、魔法による実力行使か。君の思いを証明する手段として、それは正しい。しかし、ここで君と戦う予定はなかったのだがね……私を前にした君が、こういう行動を取るのも当然か。いいだろう、遠慮なく掛かって来るといい。人払いの魔法は私に任せたまえ、これも協力者としての務めだ。

 ――そして、もしも私を捕らえる事ができたのならば、君の思いを認めてあげよう。後で直してあげるから、周囲の被害も気にせず、全力で向かってくるといい。この6年の間に君が築き上げた力を以って 君の思いが何れほどのものか私に見せてくれ。私は一歩も動かず、攻撃を避けることもなく、魔法障壁を張ることもなく、君の思いの――全てを受け止める」

 

 ~ネギちゃんの実力を測る事にしました~

 

 僕は女の周囲を駆け回る。魔法の詠唱を終えると、僕の周囲に魔法の矢が出現した。風で形作られた矢は11本、それらを僕は女の背中に向けて撃つ。風の矢は真っ直ぐ進み、女の体に触れると弾け飛んだ。硬い壁へ当たったかのように、風の矢は砕ける。風の矢は女の体に届かず、白いワンピースに傷を付ける事すらできなかった。女の展開する魔法障壁に弾かれたのかと思った僕は、攻撃呪文の詠唱を始める。

 

「今の魔法は、捕縛効果のある風の矢だね。最初に捕縛を試みるとは君らしい。たとえ好ましく思えない相手であっても、最初から傷付ける呪文を使わない。その思考は私にとって好ましいよ。これからも、そうであって欲しいと思う。まあ、そんな事を言っていられない相手と、君は戦うことになるのだが……それらを用意した私としては、最初から攻撃呪文を使うことをオススメするよ」

 

 女は動かず、その場で喋り続ける。そんな女に僕は正面から駆け寄り、その腹部に手を押し当てた。それと同時に雷の呪文を発動させて、手から雷を放出させる。僕の目前でガァァァンと雷が鳴り、間違いなく女に命中した。しかし、魔法の発動を終えた僕が女から離れると、その腹部に傷跡はない。女の腹部に押し当てた柔らかい感触を、僕の手は憶えていた。間違いなく接触して発動させたけれど、魔法障壁の発動した感触もなかった――それなのに、何事もなかったかのように女は立っている。

 

「今の魔法は、中級攻撃魔法の『白き雷』だね。光線のような雷を発射する、中距離の攻撃に使える魔法だ。雷属性の魔法は相手を気絶させる事もできる――やはり殺害よりも捕縛を優先していると見える。しかし、破壊力に限って言えば、光属性の方が高い。その程度の魔法を使っても私には届かないよ――あるのだろう? 白き雷よりも威力の高い攻撃呪文を、君は習得しているはずだ」

 

 女は動かず、その場で喋り続ける。その周囲を駆け回っていた僕は足を止めて、呪文を詠唱した。手の中に雷が生まれ、槍のように変形する。これが僕の使える攻撃魔法の中で、最も威力の高い「雷の投擲」だ。それを女へ投げると――続けて別の魔法を発動させる。周囲を駆け回っている間に設置した補助魔法陣を起動させて、氷属性の封印魔法を発動させた。雷の槍を弾いた女の足元から氷結が始まり、全身を覆っていく。本来は一瞬で相手を氷結させる魔法だけれど、僕の場合は氷結の速度が遅い。その間、女は身動き一つしなかった。大した事ではないと言うように、その場に立ち続けている。

 

( ああ、きっとダメだ……このまま大人しく封印されてくれる訳がない。封印できる気がしない。でも、僕の攻撃を弾く原因が分からなければ、この人に攻撃は通らない。なぜ、通じないのだろう? 威力が足りない? いいや、さっき僕の手は、この人の腹部に押し当てる事ができた。攻撃のみを無効化できる何かがあるんだ……もしかして、この人は、マジックキャンセラー? )

 

 対象の体を石に変える石化魔法と違って、対象の周囲を凍らせる氷結魔法は、魔法抵抗力の影響を受け難い。石化魔法ではなく氷結魔法を習得した理由の一つは、対象の動きを封じれば封印できるからだ。その分、解呪作業の必要な石化魔法と違って、外側から氷を砕かれただけで氷結魔法は解ける。熟練度によって氷の強度は変わるけれど、僕の行使した封印魔法ならば、中級魔法を当てることで破壊できるだろう。

 僕の思っていた通り、女性は封印魔法を破る。魔法を使ったのではなく、女は指一つ動かす事なく、氷を砕け散らせた。その光景は、魔法抵抗力によって魔法をレジストされたかのようだ。女をマジックキャンセラーだとすれば、魔法攻撃は通じない。ならば、肉体を用いての攻撃を試すべきだ。しかし、恒常的に魔力で強化されていると言っても9歳の身体能力で、年上の魔法使いに勝てるとは思えなかった。肉体の強化に特化した術があれば良いのだけれど、その術を僕は知らない。

 そこで僕は一つの魔法を思い出した。魔法使いの従者の、身体能力を強化する魔法だ。その魔法を使えば、結果として自身の身体能力を強化できる。ただし、従者の強化を目的とした魔法のため、いくつかの起こるであろう不具合を予想できた。しかし他に手段はないため、『契約執行』という詠唱から始まる契約魔法を、自身を対象として発動させる。そして、魔力で強化された筋力を用いて、女の腹部に拳を打ち込んだ……それでも女の体は、揺れ動くことさえない。

 

「身体強化は『契約執行』かね? その方法は宜しくない。本来、自己強化に使う魔法ではないのだ。身体強化の魔法ならば、『戦いの歌』をオススメするよ――氷結による封印魔法も宜しくない。死んでも蘇る高位の悪魔を滅ぼすための魔法を、君は覚えるべきだった。村を滅ぼした悪魔よりも、私を捕らえたかったという気持ちは分かるけれどね――私に通用しないのならば覚えた意味がない。

 最大威力の魔法は『雷の投擲』だね? 雷属性の槍を放ち、刺さった後で炸裂させる事もできる魔法だ。槍を投げるという動作が必要になるものの、その威力はバスに衝突されたような物だろう。レーザー状な『雷の暴風』よりも命中率は低いものの、私のように動かない……もしくは捕縛した相手に使うのならば有効だ。これは魔法学校を卒業したばかりで、魔法の矢しか使えないはずの子供が使える魔法ではない――よく頑張った、少年。それほどの魔法が使えるのならば、これからの起こる様々なピンチと遭遇しても、生き残る事ができるだろう」

 

 女の体が視界から消える。正面にいたはずの女は、移動の瞬間さえ見えることなく消えた。それを認識した瞬間に、僕は口を塞がれる。僕の後ろから伸びた手が、僕の口を塞いでいた。僕の後頭部に柔らかい胸が押し当てられ、女によって僕は頭部を固定される。脱出しようと暴れる僕は魔力暴走を起こしたけれど、女の服を破る程度の事しかできなかった――服が破れた? 『雷の投擲』を受けても無傷だった服が破れた?

 

 ~そろそろ本題に移ります~

 

「さて、君の思いは十分に受け止めたよ。残念ながら、君の思いは私に届かなかった。あの日から6年間、己の魔法を磨き続けたのだろう。しかし、それでは足りなかったようだ。その程度では、まだ、私に届かない。もっと努力する事だよ、少年。君の力は、その程度ではない。まだ先がある、もっと先がある。それを引き出すために必要な物は時間ではなく危機感――つまり、ピンチだよ」

 

 嫌な予感がした。口を塞がれているため、呼吸が上手くできない。後ろにいる女を確認しようとしたものの、女に頭部を固定されているため首は回らなかった。杖は奪われていないけれど、呪文の詠唱はできない。このまま首を折られるのではないかと、僕は不安になった。6年前に悪魔を召喚して村を滅ぼした人物が、すぐ後ろにいる。それなのに僕は、何もできなかった。

 

「君の父親を呼び出すためのピンチだったが、君を育てる役にも立つだろう。父親にも会えるし、魔法使いとしての力も上がる。君が上手くやればの話だけれどね――何の話かというと、君にピンチを与えに来たのだよ。前回は敵と戦わずに済んだけれど、今回は君自身が戦わなければならない。相手は吸血鬼の真祖、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ」

 

 吸血鬼の真祖エヴァンジェリンと聞いて、僕は賞金首のリストを思い出す。村を滅ぼした女の正体を調べるために、賞金首のリストに目を通した事があった。15年前に賞金を外されたけれど600万ドルの元賞金首で、闇の福音と呼ばれた吸血鬼の真祖エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。そんな相手と魔法学校を卒業したばかりの僕が、なぜ戦わなければならないのだろう。

 

「彼女は15年前に、君の父親によって封印魔法を掛けられた。この麻帆良という土地から彼女は外へ出れず、登校を義務付けられている。そんな状況に彼女も飽きて来たようでね。最近は封印魔法の解除を、彼女は試みているようだ。そんな彼女へ私は、君に関する情報を伝えた。「ナギ・スプリングフィールドの直系が来る」とね。すると彼女は一般人に対して密かに吸血を行い、力を溜め始めた」

 

 父さんに封印魔法を掛けられた? 15年前といえば、僕の生まれる6年も前だ。その吸血鬼は、麻帆良という土地に囚われているらしい。人気のない場所ならば兎も角、人の多く住む場所に吸血鬼を封印したのは如何いうことなのだろう。それは登校を義務付けられている事と関係あるに違いない……吸血鬼は毎日、どこかの学校へ登校しているという事だ。

 

「そろそろ十分に力が溜まり、君に接触してくる頃だろう。君の血を使って、君の父親が掛けた封印魔法を解くためにね。そうなれば、この麻帆良学園は、復活した吸血鬼の真祖によって死の都となる。真祖に血を吸われた人々は吸血鬼となり、麻帆良中を死者が練り歩く事だろう。君の大事な生徒達も、その毒牙に侵されてしまう。そのような危機が起こるとなれば、君の父親も駆け付けるに違いない」

 

 それは6年前の再現だった。この女は、あの惨劇を繰り返そうとしている。その恐怖に僕は体を震わせた。歯はカチカチと鳴り、体も冷たくなる。明日菜さんや木乃香さん、僕の担当する生徒達の顔が次々と頭に浮かんだ。明日から生徒達は3年生へなるのに、僕も正式な教師へなるのに、みんな死んでしまう。希望に溢れた未来が、絶望へ変わる。村の皆と同じように殺されてしまう――そんな事は許さない。

 

「ああ、その吸血鬼の真祖だがね。君の担当するクラスに在籍している出席番号26番、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ。君の担当するクラスに吸血鬼がいるのは偶然ではない。君の担当するクラスに運悪く吸血鬼がいるのではなく、吸血鬼のいるクラスに君を放り込んだのだ。その際、学園長は大人しく従ってくれたのだがね、君の頼りにしている高畑・T・タカミチは納得してくれなかったから――海外へ出張させた」

 

 魔法学校の卒業式で受けた「日本で教師をやること」という課題を果たすために、僕は教師をやっている。日本の学校であれば何所でも条件は満たせるのだけれど、麻帆良学園に来たのは魔法学校の校長先生に紹介されたからだ。魔法学校の校長先生と、この麻帆良学園の学園長は、友人関係にあると聞いている……その学園長が吸血鬼と同じクラスに僕を放り込んだと女は言った。いいや、吸血鬼の存在を学園長は知らなかったのではないか――なんて考えたけれど、その可能性は低かった。

 

「君は一人で、吸血鬼と戦わなければならない。元600万ドルな吸血鬼の真祖で、600年以上の時を生き抜いた化け物だ。それでは一方的過ぎる。だから、下着二千枚を窃盗した罪で、ウェールズに収監されていた君のオコジョ妖精を脱走させた。2日後には来るはずだから、それまで逃げ延びることだ。どんな状況であっても、一人で戦おうと思ってはいけないよ――必ず負けるから」

 

 僕の耳元で女がささやく。女の胸で強引に固定された僕の頭部は、柔らかい物を強く押し付けられていた。その感触に、少しでも心地よさを感じる僕の心が、気持ち悪い。恐怖で震える体は冷たいけれど、頭は沸き上がりそうだった。女の持つ心臓の音がトクントクンと、密着している僕の頭に響く。その音を聞いて僕は、望んでいない安らぎと、吐き気を誘う嫌悪感を呼び起こされた。女の手で口を塞がれている僕は酸欠で苦しくなり、グチャグチャに潰れた感情の中へ埋もれて行く。

 

 ~有ること無いこと吹き込みました~

 

 僕は気絶していたらしい。目を覚ますと、女の姿はなかった。戦闘の跡は残っておらず、女に会った事は夢だったように思える。けれども僕の中で減っている魔力が、現実で魔法を使った事を証明していた。僕の魔法が女に通用しなかった事も、現実に起きたことだ。それを思い出して、僕は悔しくなる。僕の身に付けた魔法は女に届かなかった、傷一つ付ける事もできなかった。これまでの努力は無駄だったのかと思うと、女の圧倒的な力に対する絶望感と無力感が湧き上がる。

 

( こんな物なのか! 僕の力は、この程度の物なのか! 僕が魔法を撃っても、相手にされていなかった! 身動き一つされなかった! ……それどころか、あの女は敵意すらなかった。僕は敵と思われていなかったんだ。僕は相手を傷付けるつもりだったけれど、相手に僕を傷付けるつもりはなかった。そんな相手に、僕は杖を持っていない相手に……口を塞がれただけで負けた! )

 

「あの女性を捕らえようと、僕は頑張ってきたのに……! 一歩も動くことのない相手にっ、攻撃を避けることもない相手にっ、魔法障壁も張ることもない相手にっ、全てを受け止められたっ! 言い訳の仕様もなく、全力を出し切った! それでも僕は負けた……あの女を捕らえるチャンスだったのに……あの女を僕は止められなかった。そのせいで、僕の生徒達だけではなく、この町に住む人々の命が危険にさらされる……なんて僕は無力なんだ」

 

 僕に泣いている暇はなかった。あの女によると、すでに吸血鬼は動いているらしい。吸血鬼の名はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。女の言った通り、僕の担当するクラスの生徒だ。僕と同じ魔法使いであるタカミチから貰った名簿によると、「困った時に相談しなさい」と書かれていた。そのタカミチは出張しているため、麻帆良学園にいない……女の言った事が正しければ、僕と吸血鬼を戦わせることに納得しなかったから、タカミチは海外へ飛ばされたらしい。どういうつもりでタカミチが、このコメントを残したのか……僕は分からなかった。

 次の日、始業式が終わって、僕は3-Aの担任となる。最後尾の席に座っているエヴァンジェリンさんをチラチラと見ていたら、ギロリと鋭い視線を返された……けれども、あのエヴァンジェリンさんが、吸血鬼の真祖とは思えない。その後、身体測定が行われるという事で、僕は教室の外へ出ていた。すると、「欠席していた生徒が桜通りで保護された」と連絡がある。運び込まれたという保健室へ慌てて行ってみると、眠っている生徒から何者かの魔力を検出できた。これは魔法使いが何らかの魔法を、僕の生徒にかけた跡だ。

 

『彼女は一般人に対して密かに吸血を行い、力を溜め始めた――そろそろ十分に力が溜まり、君に接触してくる頃だろう』

 

 

――僕は事件の始まりを察して、絶望した。




▼魔法による肉体強化に関する文章を修正しました。
「9歳の身体能力で、年上の女に勝てるとは思えなかった。肉体を強化する術があれば良いのだけれど」
 ↓
「恒常的に魔力で強化されていると言っても9歳の身体能力で、年上の魔法使いに勝てるとは思えなかった。肉体の強化に特化した術があれば良いのだけれど」

▼卒業課題に関する文章を修正しました。
 魔法学校の卒業課題→立派な魔法使いになるための課題


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麻帆良学園は私の支配下にあります(解答編・上)

【あらすじ】
吸血鬼と戦わせるために、
麻帆良学園からタカミチを追い出した。
とラスボスは申しております。


 生徒の一人が桜通りで発見された事を、僕は吸血鬼と関連付けた。そうでなくても麻帆良学園に白い女が現れた事は、学園長に報告するべき大事だと僕は思う。朝早く起きて報告へ行けば良かったのだけれど……前日の準備で夜8時まで続いた仕事の影響や、白い女に対して上級魔法を連発した事や、白い女に関する不安で眠れなかった事が原因で、危うく始業式前の職員会議に遅れる所だった。そういう訳で、体調も良いと言えない。

 始業式の後に行われた、生徒達の身体測定は終わった。その後、担当する授業がない時間に、僕は学園長室へ走る。タカミチがいない今、僕の知っている魔法使いは学園長に限られていた。白い女の語った吸血鬼の真祖に対処できる人員は、僕と学園長くらいの者だろう。学園長室の前まで来た僕は、片手を上げ、扉を叩こうとした所で――その動きを止めた。

 

( もしも白い女の言う通り、学園長がタカミチを追い出したとしたら……学園長は僕の話を聞いてくれるのかな。もしかすると学園長は白い女の仲間……なのかも知れない。僕と吸血鬼を戦わせようとするかも知れない。そうなれば、この学園に僕の味方はいない。白い女の言った通り、僕は一人で吸血鬼と戦うことになる……元600万ドルの賞金首で、吸血鬼の真祖と……勝ち目は、ない )

 

 勝ち目のない戦いを想像して、緊張した僕の手は震える。血の気が引いて、顔も青白くなった。僕が負ければ、麻帆良学園は死都となる。封印を解いた吸血鬼の真祖に血を吸われれば、人々は吸血鬼となる。人並み外れた力を持つ吸血鬼は弱者に暴力を振るい、麻帆良学園は安全ではなくなる。僕の生徒達も無事では済まないだろう……それは6年前の再現だった。あの頃と違うのは、僕に戦う力があることだ。

 その力も真祖に通じるのか分からない。昨日までならば、自信を持って通じると言えた。でも昨日、僕の魔法は白い女に通じなかった。僕の魔法は、白い女に傷一つ付ける事もできなかった。誰よりも頑張って、魔法学校だって2年も早く卒業して、魔法学校で教えていない上級魔法も習得したけれど……白い女に届かなかった。6年前の事件から、ずっと磨き続けた僕の魔法は――僕の努力は「無駄」だった。

 

( この学園に僕が居なければ良いんだ。麻帆良という土地から吸血鬼は出られないと、白い女は言った。ならば僕が麻帆良から出れば、吸血鬼と戦う事も、吸血鬼が解放される恐れもない。魔法使いとしての試練は失敗するけれど、そんな事よりも大事なのは人の命だ。でも、それを学園長に告げれば、むりやり戦わせられるかも知れない……いいや、学園長が白い女の仲間という証拠は無い。でも…… )

 

 学園長室の扉を、開ける事ができなかった。この扉を開けると、何が起こるのか分からない。分からない事が恐ろしい。それならば分からないまま、放って置きたかった。信頼していた相手に裏切られるのは恐ろしい。そう考えた時、僕の思い浮かべる相手は白い女だ。「父親に会わせる」と約束した白い女は、村を悪魔に襲わせた。それは父さんを呼び出すためで、白い女の言った通りに父さんは来てくれたけれど……それは僕にとって裏切りだった。あんな形で願いを叶えるなんて、僕は思っていなかった。そうして学園長室の扉から手を離すと、僕の鼓動は落ち着いていく。それで良い、と言われている気がした。扉から手を離すほど、僕の心は穏やかになった。だから僕は、足音を消したまま学園長室を離れ――、

 

「なにをやっておるのじゃ、ネギ君」

 

 その声を聞いて、ズキリと心臓が痛んだ。その声を聞いて、反射的に呼吸を止めた。学園長室の扉が開いて、その隙間から学園長が顔を出している。足音を消すために爪先立ちしていた僕を……そんな怪しい体勢の僕を、学園長は見つめていた。あの妙に長い学園長の頭部が、今は恐ろしい物に思える。この人は人間なのだろうか、と僕は思ってしまった。もしや吸血鬼と同じ魔物、日本でいう妖怪なのではないのかと思う。

 

「いいえ、何でもありません」

「そうかの? なにか悩んでいる事があるのなら、いつでも相談は受け付けておるぞ」

 

 その言葉に僕の心は揺れた。学園長に全てを話し、僕は楽になりたかった。でも、その一歩を踏み出せない。目の前に奈落があるような感覚だった――結局、学園長から逃げるように僕は立ち去る。職員室へ戻ると僕は、麻帆良学園から出る事を決めた。その日の仕事を終えると僕は、寝泊りしていた学生寮へ「今日は帰りません」と連絡を入れる。そして電車に乗って、麻帆良の外へ向かった。教師としての仕事を放り出して行く事に、僕は罪悪感を覚える。そのせいか、誰かに見られているような気がした……そう感じた僕は電車の中で辺りを見回し、僕に向けられた幾つかの視線に気付く。

 見られている。僕は杖を握り締めた。まさか、監視されているのだろうか。そんなわけは無い、そんなはずは無い。しかし、間違いなく、電車の中にいる人々は僕を見ていた。何か変な所があるのかもしれないと思って、僕は自分の体を確かめる。顔に落書きをされているのかも知れないと思って、電車の窓に顔を映した。でも、何の異常も見当たらない。じゃあ、なんで見られていたのだろう……怖くなった僕は不安を消すために、お父さんから貰った杖を両手で強く握った

 

~ネギちゃん、杖! 杖ー!~

 

 人々の視線が怖くなって、僕は電車を降りた。でも、まだ麻帆良の外じゃない。麻帆良の外に出なければ、吸血鬼を振り切れない。駅にある時間表示を見ると、夕方の6時だった。後は杖で飛んで行こうと思ったけれど、僕は駅のベンチに座り込む……昨日と今日は色々あって、僕は疲れていた。少し休んでから行こうと思ったけれど、そのまま僕は目を閉じてしまう。気を抜いて眠ってしまった僕は――見覚えのある生徒に起こされた。

 

「こんばんは、ネギ先生」

「あれ? 茶々丸さん?」

 

「はい、3年A組、出席番号10番、絡繰茶々丸です」

 

 茶々丸さんの姿を認めた僕は、辺りを見回す。そこは眠る前と変わらない駅のベンチだった。駅にある時間表示を見ると、夜の7時となっている。そこで違和感を覚えるのは、僕の生徒である茶々丸さんの存在だ。この場所から学生寮まで、電車で15分ほど掛かる。たったの15分だけれど僕は、電車に乗って10キロほど移動した。それは適当に歩いて出会えるような距離ではない。

 

「茶々丸さんは、どうして此処に?」

「マスターと共に帰宅中です」

 

「マスター?」

「私の事だよ、ネギ先生」

 

 茶々丸さんの後ろから現れたのは、エヴァンジェリンさんだった。突然だったので僕は驚いたけれど、白い女と再会した時ほどではない。それに、エヴァンジェリンさんが吸血鬼と決まったわけじゃなかった。吸血鬼という疑いはあるものの、この駅は一般人も居るから僕は安心する。まさか、こんな場所で襲い掛かる事はないだろう。そんな僕の様子を見て、エヴァンジェリンさんは不機嫌になった。

 

「生徒を見捨てて逃げるとは、いい御身分だな、ネギ先生」

「見捨てる? そんなこと僕は……」

 

「昨日は佐々木まき絵、今日は宮崎のどか――先生が見捨てた生徒の名だよ」

「まさか……じゃあ、やっぱりエヴァンジェリンさんが……!」

 

「おいおい、今は吸血鬼に襲われた生徒の話をしているんだ。私は関係ないだろう?」

「関係無いなんて事はありません。貴方が吸血鬼の真祖なんですね……!」

 

「生徒を見捨てて逃げ出したくせに……私を責める権利があると思っているのか?」

「……見捨てていません。皆を巻き込まないために、僕は麻帆良から出ようと……!」

 

「それを見捨てたと言うんだよ。見なかった振りをして、聞かなかった振りをして、気付かなかった振りをして、考えもしなかったのだろう? 『自分が居なくなれば、その報復を生徒が受ける』と思いもしなかったのか?」

「そんなこと……分かるわけ無いじゃないですか」

 

「いいや、お利口な坊やなら『分かっていた』さ。誰から聞いたのかは知らないが、私が普通の人間ではなく、佐々木まき絵を襲った犯人だと、朝の時点で知っていたのだろう? だが、『分かりたくなかった』。自分が逃げれば他の誰かが犠牲になると、それを分かってしまったら『逃げ出せなくなる』からなぁ?」

「そんなこと思っていません。僕は……!」

 

「今となっては同じ事さ。先生は逃げ出して、残った生徒が犠牲になった。現実を見ろよ、ネギせんせー」

 

 言い返す言葉は、僕に無かった。エヴァンジェリンさんの言葉が、僕の胸に突き刺さる。6年前の村が滅ぼされた日も僕は逃げ出して、村の皆が犠牲になった。今回も僕は逃げ出して、2人の生徒が犠牲になった。その内1人は、僕が逃げなければ助かった。僕は6年前から何も変わっていない。何一つ成長していない、何一つ学んでいない。僕は無力で無知だった。

 

「私は親切だからな、お利口な坊やに警告してやる。

 一つ、私から逃げるな。お前が逃げた時、代わりに犠牲となるのはガキ共だ。

 一つ、私の事は秘密だ。魔法教師に言えば、その報復をガキ共に行う。 

 たったの2つだ、覚えるのは簡単だろう?」

「魔法教師、ですか?」

 

「ん? 知らんのか? 魔法を使える教師だ。まさか魔法使いが、ジジイとタカミチだけだなんて思っちゃいまい?」

「いえ……その……思ってました」

 

「そんな訳ないだろう……まあ、いい。その様子では本当に、他の魔法教師を知らないと見える。とにかく、お前の覚えるべき事は、私から逃げない事と、私の事を秘密にする事だ。分かったな?」

「嫌だと言ったら、生徒を襲うんでしょう?」

 

「私の話を聞かなくても構わないさ。これは警告だ。それを聞くか聞かないかは、お前の自由だよ。生徒の命か、自分の命か……そのくらいは選ばせてやるさ」

「エヴァンジェリンさんの目的は……何ですか?」

 

「お前の父親に掛けられた封印を解くことだよ」

「そうなんですか……」

 

「ふぅん、それも知っていたか……まったく、不粋な事をする奴がいたものだ。それを教えたのはジジイか? タカミチか? それとも――白髪の女か?」

「なっ……!? エヴァンジェリンさんは、あの女を知っているんですか!?」

 

「ほほぅ……あの女か。あの紳士なネギ先生が、ずいぶんと乱暴な言い方をするものだな。そんなに、「あの女」が嫌いなのか?」

「エヴァンジェリンさんは、あの女が何者か知っているんですか――!」

 

 まるで、あの女の事を知っているかのように僕は言う。事実を確かめるように僕は言う。あの女について、僕が知っている事は少ない。白い容姿と声、村を滅ぼした事と、学園長に影響を及ぼしている疑い、そして圧倒的な戦闘能力……いいや、今思うと戦闘能力というよりは防御能力を持っていた。しかし、それだけだ。なんて名前なのか、どんな魔法を使えるのか……あの女の事を僕は知らなさ過ぎる。だから少しでも、エヴァンジェリンさんから情報を引き出そうと思った。

 

「タダで情報を寄越せと言うのか? そうだな……お前が私に勝ったら教えてやるさ。ただし、お前が負けたら――その血をもらう」

 

 エヴァンジェリンさんはギロリと鋭い目を向ける。エヴァンジェリンさんは僕の血を使って、封印魔法を解くつもりだ。そうなれば、この麻帆良学園は吸血鬼の支配する死都となる――という話は白い女から聞いた事だ。よく考えると信用ならない。もしかすると白い女の言った事は、全てデタラメなのかも知れない。だから僕は今度こそ、一歩踏み出す勇気を出して、逃げずに立ち向かって、その事実を確かめる事にした。たとえ、その先に如何なる絶望が待っていようとも……!

 

「封印を解いたら、エヴァンジェリンさんは如何するつもり何ですか?」

「ククク、知れた事よ……まずは手始めに、この麻帆良学園を絶望で染め上げてくれるわぁ!」

 

 やっぱりダメだった。予想通りにダメだった。想像に違わず、ダメだった。振り絞った僕の勇気は粉々に砕け散る……そうして僕は絶望した。エヴァンジェリンさんの大声で周囲の人々が驚く。しかし、さっきから僕達は目立っていたので、「なんだ、またか」という一言で終わった。何も知らない人々は、言葉に偽りなくエヴァンジェリンさんは麻帆良学園を滅ぼそうと考えている、とは思わないだろう――『エヴァンジェリンさんが麻帆良学園を滅ぼそうとしている』という白い女の言葉は真実だった。それも当然の話だ。僕の人生よりも長い時間、エヴァンジェリンさんは麻帆良学園に封印されている。15年も封印されれば、その怨みは凄まじいものに違いない。

 

~キャーエヴァサーン!~

 

 茶々丸さんがエヴァンジェリンさんの従者……「魔法使いの従者」と言う説明を受け、僕も従者を見つけて置くように言われた。「従者が居ないから負けたんだ!」という言い訳を防ぐためらしい。オコジョのカモ君が白い女によって脱走させられたのは、僕に従者を用意させるためなのだろう。そのカモ君は、白い女の言葉通りならば明日くるはずだった。エヴァンジェリンさんや茶々丸さんと別れた後、僕は寝泊りしている学生寮へ戻る……様子の変な僕は明日菜さんに問い詰められたけれど、木乃香さんの協力で誤魔化すことに成功した。

 そして翌日、登校した僕はタカミチを見つける。吸血鬼と戦う事に納得しなかったから海外へ飛ばされたタカミチだ。僕の中で味方になってくれる事が確定しているタカミチだ。そう考える度に喜びの感情が湧き上がって、僕は嬉しくなる。まるで恋人に出会えたような気分だった。だから僕はタカミチに飛び付き、そんな僕にタカミチも、受け止める形で答えてくれる。

 

「タカミチ! タカミチ! タカミチ! タカミチ!」

「ハハハ、どうしたんだいネギ君。まるで子供みたいじゃないか」

 

「僕、タカミチに会えて嬉しいよ! ずっとタカミチが帰ってくるのを待ってたんだ!」

「僕もネギ君と会えて嬉しいよ。僕が居なくても、ちゃんと担任をやれていたのかい?」

 

「うん! タカミチが心配しないように僕は頑張ってるよ!」

「そうかい。それなら僕も安心できるね」

 

「あのね、タカミチ……」

 

 エヴァンジェリンさんが封印を破ろうとしている事は言えない。それを言えばエヴァンジェリンさんは手段を選ばなくなるだろう。白い女に関する事は言える。でも、白い女について言えば、エヴァンジェリンさんの事も言う必要がある……何よりも下手すると、またタカミチは『出張』させられる恐れがある。だから僕は代わりとして、タカミチから貰った生徒名簿を取り出し、エヴァンジェリンさんの顔写真を指差した。

 

「ねえ、タカミチ。ここに『困った時に相談しなさい』って書いてあるけど……」

 

 この困った時と言うのは、まさに今の事なのだろう。タカミチは学園長やエヴァンジェリンさんの思惑に気付き、このコメントを残したに違いない。これは『エヴァンジェリンに関する事で困っている時は、自分に相談しなさい』という意味だ。エヴァンジェリンさんの写真を指差して見せるだけで、きっとタカミチは察してくれる……少し前まで『困った時はエヴァンジェリンに相談しなさい』と勘違いしていたけれど、今ならば正しい意味を理解できる。

 

「ああ、エヴァは近寄り難い印象があるけどね……僕も昔はエヴァの同級生で、エヴァの世話になったんだ。ちゃんと話せば、きっとネギ君の力になってくれるよ」

 

 あれ? 世話になった? なんで吸血鬼と仲良さそうなの? エヴァって……なんで、そんなに馴れ馴れしい言い方するの? ちゃんと話せば、吸血鬼が僕の力になってくれる? ハハッ、タカミチ。ウソでしょ、タカミチ。ウソだよね? ウソだって言ってよ……タカミチだけは僕の味方だよね? 僕の味方で居てくれるはずだよね? だって白い女も、「タカミチは納得しなかった」って、だから海外へ出張させたって言ってたもん……こんなのウソだ、タカミチはウソつきだよ、ウソに決まってる、ウソじゃなくちゃ、ウソじゃなかったら……僕は一人になる。

 否定の言葉に思考を埋め尽くされ、僕は呆然とする。グルグルと気持ちが回って、何も分からなくなった――考えられなくなった。そんな僕は明日菜さんに捕獲され、タカミチから引き剥がされる。そうして僕の居た位置に、明日菜さんは割り込んだ。フットーしていた気持ちは瞬く間に冷却され、僕は心に冷たい物を感じる……これで白い女の言葉も、「初めて」全て正しい訳ではないと分かった。それは喜ぶべき事なのだけれど……それを僕は嬉しいと思えない。

 

 

――この麻帆良学園に、僕の味方はいなかった。



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麻帆良学園は私の支配下にあります(解答編・下)

【あらすじ】
ククク、知れた事よ
……まずは手始めに、
この麻帆良学園を絶望で染め上げてくれるわぁ!


 タカミチに裏切られた僕は、暗い気分で仕事を進める。元気を出す、なんて事は無理だった。いつもより多く溜め息を吐いたと思う。今日はカモ君が来る日だ。早くカモ君に会いたいけれど、それは魔法使いの従者となる相手を探さなければならない事を意味する。でも、この土地に魔法使いの友人はいなかった。エヴァンジェリンさんは魔法教師の存在を示したけれど、その魔法教師が誰なのかを僕は知らない……それに僕を裏切る恐れのある、麻帆良学園に属する魔法使いは信用ならなかった。

 また裏切られたくない。裏切られるくらいならエヴァンジェリンさんのように、最初から敵対されている方が良かった。最初から皆を敵と思っていれば、裏切られる事はない。他人に気を許して心を開けば、簡単に傷付けられる。でも、心を固く閉じていれば、傷付けられても痛みは少ない。僕に触れるな、僕を傷付けるな。僕に関わらないで欲しい。そうすれば安心できる。

 新学期の2日目は終わり、僕は仕事を終えて寝泊りしている学生寮へ帰った。すると明日菜さんに捕獲され、僕は大浴場へ連行される。水着を着た明日菜さんに風呂場へ放り込まれ、僕は強制的に体を洗われた……体に触れられる事を怖いと思うけれど、同時に嬉しいと感じる。心と体の反応が別々になって、僕は混乱した。どちらが僕の気持ちなのか、僕は分からない。

 

「昨日からウジウジして、うっとうしいったらありゃしない……ガキのくせに、なに悩んでんのよ。ちょっと言ってみなさい」

「えーと、あの……」

 

 明日菜さんは心配してくれている。その気持ちを感じて、僕は嬉しいと思った。僕を心配してくれる人もいるのだと気付かされる。でも僕は、明日菜さんに話す事を迷った。明日菜さんは魔法の事を知っている。でも、明日菜さんは魔法使いではない。僕のせいで魔法の事を知った一般人だ。吸血鬼もといエヴァンジェリンさんと僕の戦いに、明日菜さんを巻き込むのは危険だった。でも、きっと明日菜さんなら――、

 

「朝なんて嬉しそうに高畑先生に飛び付いちゃって、引き離したら暗くなるし……なに? あんたって高畑先生のこと好きなの? ダメよ! あんた男の子なんだから。私の高畑先生を怪しい道に引っ張り込んだら許さないんだからねっ!」

 

 ――そうだった。明日菜さんはタカミチの事を好きだった。もしもタカミチと僕の片方を選ぶとしたら、明日菜さんはタカミチを選ぶだろう。全てを話せば、きっと明日菜さんは僕に力を貸してくれる。でも、タカミチを信頼している明日菜さんを、僕は信用できない……なんだ、そうだったんだ。明日菜さんも僕の味方じゃなかったんだ。明日菜さんは悪くない。悪くないけれど――許せない。

 

~照れ隠しの一言で地雷を踏み抜いたアスナさん~

 

 生徒達の乱入した大浴場から出ると、オコジョ妖精のカモ君がいた。前触れもなかったけれど、白い女から聞いていたので僕は驚かない。カモ君の来訪によって、白い女の言った事は大方終わった。後は、僕とエヴァンジェリンさんの戦いだ。僕が負ければ、エヴァンジェリンさんは麻帆良を滅ぼす。勝てるとは思えない……でも、『一方的過ぎる』からカモ君を脱走させたと白い女は言った。そこに僕は希望を見い出す。未知だからこそ期待できた……でも、その前に確かめる事がある。

 

「ところでカモ君、下着二千枚を盗んだ罪で収監されてたって聞いたんだけど」

「ギクッ……へへへ、兄貴。そんなデマ、いったい誰から聞いたんですかい?」

 

「白い女の人だよ?」

「白い女ぁ? あぁ、兄貴の村を滅ぼしたって言う……いったい誰なんですかい? そんなホラを兄貴に吹き込んだ御仁は?」

 

「その人からカモ君を脱走させたって聞いたんだけど」

「脱走させた? バカ言っちゃいけねぇよ。俺っちは自力で間抜けな看守どもの目を掻り、こうやって一人寂しく日本へ旅立ったって言う兄貴の下へ……あ」

 

「知ってるの、カモ君?」

「ひでぇですぜ、兄貴! 俺っちに鎌かけたんすね!」

 

「え?」

「お?」

 

「カモ君、本当に白い女の人を知らないの?」

「白い女って言われてもなぁ。それだけじゃ、誰の事か分かりやせんぜ」

 

「白い髪の毛で、白い服を着ていて、大人の女の人で……あとは、うーん」

「髪は染色できるし、服も着替えられるし、大人の女なんて何所にでも居るっすよ。もっと顔とか名前とかも分かりやせんか? 写真があればハッキリしやすぜ」

 

「……顔?」

 

 思い出せない。僕は白い女の顔を思い出せなかった。僕の記憶に残った顔は白く染まって、その形は定まらない。名前も知らなければ、顔も思い出せない。こんな様では、白い女の正体なんて分かるはずがなかった。白い女に会ったのは、1度目は6年前で、2度目は2日前だ。合計しても白い女に会った時間は、1時間に満たない――そうとは思えないほど白い女は、僕に強い印象を刻み込んでいた。

 

「……で、その白い女は何者なんすか?」

「悪い魔法使いだよ。吸血鬼と僕を戦わせようとしているんだ」

 

「え? 吸血鬼ですかい?」

 

 ビクリと震えた後、何やら考え込んだカモ君は、ウヘヘと笑う。今のカモ君は見た感じ怪しい。でも、魔法学校にいた頃も似たような事はあったので、問題はないと思う。それよりも、さっきの反応から考えると、カモ君は白い女を知らない。カモ君は白い女に支配されていない。ちょっと悪い事を考えているけれど、僕の事を心配して来てくれた。そうと分かって安心した僕は、カモ君を両手で持ち上げる。カモ君と再会してから、やっと僕はカモ君の体に触れた。孤立感を覚えて寂しかった僕は、カモ君を撫で回す。

 

「兄貴そこは……いてっ」

「あ、ごめんカモ君」

 

 カモ君の足を見ると、少し赤くなって膨らんでいた。その場所へ不用意に触れたから、カモ君は痛みを感じたのだろう。硬いアスファルトで覆われた道路を、カモ君は通って来た。僕と会うために、たった一人でウェールズから遣ってきた。人である僕は他人と話せたけれど、オコジョ妖精であるカモ君は人に道を聞くことも出来なかった。どれほど苦労してカモ君は、僕の下へ辿り着いたのか分からない。そんなカモ君の痛みを、僕は魔法で癒した。そのまま僕は学生寮のホールで、カモ君と2人だけの時間を過ごす。この時間は誰にも邪魔されたくなかった。

 僕は現在、僕の生徒である明日菜さんと木乃香さんの部屋で寝泊りしている。明日菜さんはタカミチに好意を寄せているし、木乃香さんは学園長の孫だ。住む所が決まっていなかったから2人の部屋へお邪魔する事になったけれど……新年度になっても学園長から連絡はない。今考えると、2人の部屋へ寝泊まりするように勧められたのは、2人を通して僕の様子を探るためだったのだろう。

 

~×吸血鬼 ○吸血鬼の真祖~

 

 次の日、僕の生徒である宮崎のどかさんを、カモ君は「魔法使いの従者」にしようと試みた。仮契約を行って、魔法関係者にする方法だ。その企みは駆け付けた明日菜さんによって防がれたけれど、危うく宮崎のどかさんを魔法使いの争いに巻き込む所だった。カモ君は吸血鬼の話を聞いて、魔法使いの従者が必要だと思ったらしい。でも僕は、魔法を知らない生徒を巻き込みたくなかった。

 

「そんなこと言ったって、どーするんですかい兄貴。相手は吸血鬼と、その従者の2人ですぜ? ただでさえ相手は吸血鬼だってーのに……こっちも従者を揃えねーと負けちまいますぜ?」

「魔法学校の頃も、カモ君と2人でやってきたんだ――何とかしてみるよ」

 

 何とかしなければ麻帆良学園は終わる。僕の背負っている物は、僕自身の命だけではなかった。僕の血を吸われれば、封印を解いたエヴァンジェリンさんによって、麻帆良学園は死都となる。それを防ぐためには、絶対に負けてはならない、絶対に勝たなければならない。ならば、どうやって勝つのか、どういう状態ならば勝ったと言えるのか……勝つという事は、エヴァンジェリンさんを滅ぼすという事だ。僕は人を殺せるのだろうか。僕は生徒を……殺せないだろう。

 一つだけ、殺さないで済む方法がある。白い女を捕まえるために覚えた封印魔法だ。エヴァンジェリンさんを封印すれば、殺さないで済む。しかし、白い女のように棒立ちで迎え撃ってくれるとは思えない。封印するためには、相手の動きを止める必要があった。それと、この封印魔法は一人用だ。封印するのならば、従者の茶々丸さんの動きも止めなければならない。

 捕縛用の魔法陣はある。展開した捕縛結界に掛かった相手に、封印魔法を掛ける。単純に戦うだけならば其れだけで良い……でも僕は、麻帆良学園に住む人々の命を背負っている。捕縛用の魔法陣だけでは不安だった。もっと確実に封印できる方法を考える必要がある。カモ君と話してから、その事ばかりを僕は考え、一つの作戦を思い付いた。昼休みに麻帆良の地図をコピーすると、印を付けた場所を見て回る。

 水の量が多すぎる川はダメだ。プールは底が浅いし、発見されると大騒ぎになる。だから僕は池を見て回った。人目に付かず、住宅から離れた場所にあると良い。範囲が狭くて底の深い池を選び出し、決戦の地と決めた。そして一度学生寮へ戻り、深夜になると窓から杖で飛び立つ。選び出した池へ向かい、水の中に潜って補助魔法陣を設置した……事前に試すべきだと思うけれど、エヴァンジェリンさんに知られれば作戦は失敗するかも知れない。僕は悩んだものの、そもそも発動できなければ意味がないので、再び水の中へ入る事にした。

 水に対して僕は強い思い出がある。6年前に溺れかけた記憶だ。一度目は父さんと会うために湖へ飛び込み、溺れかけて白い女に助けられた。二度目は村を滅ぼした原因が僕にあると知って、湖へ飛び込んだ。でも、また白い女に助けられた……あの時、僕は死んでいれば良かったと思う。一度目に死んでいれば村を滅ぼされる事はなく、二度目に死んでいれば再び白い女が現れる事もなかった。

 そんな事を考えながら僕は念のため、水中で呼吸のできる魔法を自身に掛ける。プールよりも遥かに深い池の水面に、僕は足で触れた。水面に爪先で触れると、水の膜を感じ取れる。その膜を僕は突き破った。服を着たまま、静かに水の中へ入る。衣服と肌の間に水が入り込み、僕の体は水の圧力で撫でられた。その感覚を僕は、嫌だと思わない。むしろ気持ちいいと思う。水の中にいると僕は安心する。とても冷たくて、このまま眠りそうだった――僕は杖を握って、魔法を唱える。

 

「凍てつく氷棺」

 

 個体を凍らせる封印魔法を、池を対象として発動させる。補助魔方陣の主軸となる物は、池の底に設置した魔法陣だ。その魔法陣へ適切な魔力を送り込むために、僕は精神力を用いて魔力を絞った。ここで気を抜いて魔力を奪われると、100で済む所を200も奪われる。そうなれば池を凍らせるよりも早く魔力は尽きるだろう。ガリガリと精神力の削られる感覚を覚えながら、僕は適切な魔力を放出した。こんな様でも水を媒介にしているから、僕に掛かる負担は減っている。3日前に白い女を氷結させた時よりも、無駄に多く魔力を吸い取られるだけの事だ。

 あいかわらず氷結の速度は遅い。池の半分ほど凍った事を確認し、僕は発動を止めた。池の底にある魔法陣によって、水の底から凍っている事を確かめる。とりあえず、制御に失敗しなければ、池を凍らせる見通しは付いた。しかし、事前の戦闘で魔力を使い過ぎれば難しい……僕は池から上がり、魔法を使って濡れた服を乾燥させる。氷結魔法を発動させた結果を見て、僕は補助魔法陣に改良を加えた。これで更に、僕に掛かる負担を軽くできる。それを終えると僕は空を見上げた。都市から放たれる光で赤黒く染まった空だ。

 ――僕は覚悟を決めなければならない。ここで覚悟を決めよう。心を揺らしてはならない。どんな事があっても、どんな事をしても、作戦を完了させなければならない。この命は僕自身の物ではなく、平和に生きる人々のためにある。6年前の悪夢を繰り返してはならない。繰り返すことを僕は許さない。そのためならば僕は、一切の慈悲無く「敵」を排除する。

 

この僕に小さな勇気を――

 

 

~ブラック★ネギちゃん爆誕~

 

 カモ君が来た日の2日後、金曜日の放課後に作戦を開始した。困っている人を助けたり、川で流されていた猫を助けたりしていた茶々丸さんを誘拐する。他人や猫を助ける茶々丸さんの姿に思う所はあったけれど、すでに作戦は始まっていた。今日この日を逃せば、来週の金曜日を待たなければ成らない。土曜日曜の休日前でなければ、失踪発覚の早まる恐れがあった。

 作戦の第一段階を終えた僕は、決戦の地で待っている。父さんの杖を持ち、精神を集中させて、感覚を研ぎ澄ましていた。やがてエヴァンジェリンさんがやってくる。黒いコウモリが降り立ち、吸血鬼を形作った。彼女は手に持っていた紙クズを、僕に向かって投げ捨てる。その紙クズはカモ君に頼んで、彼女の家へ投げ込んでもらった物だ。その内容は僕の「果たし状」だった。カモ君がお使いに行ってくれたおかげで、心の準備は十分に整っている。

 

「こんばんは、エヴァンジェリンさん。こんな夜遅くに来てくれて嬉しいです」

「こんばんは、ネギ先生……なに、私の従者を預かってくれているそうじゃないか。ネギ先生に迷惑を掛けるのは心苦しいから迎えに来たんだよ。私の従者が乱暴をしていないか不安でね――あれは、ああ見えて、爪が長いんだ」

 

「ええ、茶々丸さんが空を飛んだ時は驚きました。茶々丸さんはロボットだったんですね。おかげで手加減をする必要がなくて助かりました」

「従者相手に仰々しいものだな。魔法使いとしての程度が知れるぞ……ああ、面倒だ。前置きは、もういい――おい坊主、茶々丸は何所だ?」

 

「池の底です」

 

「――リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!」

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル――」

 

 液体の入った試験管を持った彼女が『武装解除』の呪文を唱える。それに対して僕は魔法障壁を強化し、魔法障壁を二重に展開した。一層目の魔法障壁は凍り付いてパリパリと砕け、二層目も穴だらけになったけれど『武装解除』の魔法は止まる。魔法障壁を直す時間を稼ぐために『風の矢』を作って飛ばすと、彼女は『魔法の楯』を形成して防いだ。続けて僕に走り寄った彼女は拳を打ち出したけれど、それは再び展開した僕の魔法障壁に防がれる……そこで僕は違和感を覚えた。吸血鬼の真祖である彼女の力は、この程度なのだろうか? 元600万ドルの賞金首が、この程度とは思えない。

 彼女は試験管を持っている。あの中身は魔法薬で、魔力を補うための物だろう。僕が池を凍らせるために使った媒介の水と似たよう物だ。とは言っても、道に生えている草と万能薬を比べるほどの質の差がある。その魔法薬を用いて発現する魔法が、魔法学校レベルの初級魔法だ……正直に言うとショボイ。魔法薬でドーピングしている一般人と疑うほどだった。

 魔法薬を使わなければ、魔法を発動できないほど魔力の量が少ないのか。あるいは僕と同じように大技を放つために魔力を温存しているのか……そう考えた瞬間、彼女の動きは変化する。彼女から気を逸らした僕は、気付けば空中を舞っていた。魔力によって強化された彼女の腕は、僕の魔法障壁を打ち抜いている。その腕は僕の体を掴み、空へ投げ飛ばしていた。

 急に彼女は速くなった。急に彼女は強くなった。手加減をされていたのかと思うけれど、それは違うと僕は思う。さきほどまで見た目通りだった彼女の力は、まるで魔法を掛けたかのように跳ね上がった……おそらく、実際に魔法を掛けたのだろう。その存在だけは白い女から聞いて知っていた『戦いの歌』だ。おそらく彼女は「無詠唱」で、その魔法を発動させた。彼女の放つ魔法の威力を侮って、僕は彼女の技量を見誤った。今の彼女の攻撃は『楯』の魔法を展開しなければ防げない。おまけに、内側に入り込まれたために僕の魔法障壁は機能しなくなった。

 

~高位の魔物を無力化する学園結界は稼動しています~

 

 落ちてきた僕は殴られた。僕は呪文を唱えるものの殴られて、強制的に中断させられる。もしや彼女は、魔法攻撃よりも物理攻撃を得意としているのか? 僕を足で踏み潰す彼女の表情は、笑顔ではなく怒り顔だった。とても不機嫌そうだった。従者に手を出した事を怒っているのだろう。茶々丸さんはエヴァンジェリンさんにとって、使い捨ての存在ではなかった。ここへ来たのはプライドの問題ではなく、茶々丸さんのためなのだ――その優しさを如何して、平和に生きる人々へ向けられなかったのか。

 そう考えている間に僕は、彼女に殴って蹴られて、後ろにあった池へ落とされた……いいや、僕は自分の意思で落ちた。水中で呼吸のできる魔法を僕は唱える。この魔法を掛ければ水中でも詠唱できるからだ。杖に飛行魔法を掛けて、僕は水の底へ飛んだ。そこにある物は、氷に包まれた茶々丸さんだ。茶々丸さんは氷結魔法によって封印している。その横に浮かんで上を見上げると、彼女は追って来ていた。水中呼吸の魔法を掛けた僕と違って、彼女は魔法障壁で水を防いでいる。

 

( 吸血鬼と言えば、太陽の光に弱いと言い伝えられている。でも、エヴァンジェリンさんは平気で太陽の下を歩いていた。きっと魔法障壁で、原因となる物を防いでいるんだろう……まさか「真祖だから弱点は無い」なんて事はないはずだ。同じように、弱点となる物は対策を施されていると思う。流水の場合も、きっと障壁だ。エヴァンジェリンさんは魔法障壁で、水を防いでいる )

 

 彼女が追って来ない可能性もあった。その時は水の中からチクチクと針で刺すように攻撃しようと思っていたけれど、その心配は無くなった。罠と分かっていても飛び込むほど、茶々丸さんを大切に思っているのだろうか。でも、彼女は警戒しているため、水の底まで降りて来ない――それは彼女に水攻めが有効である事を、僕に確信させた。僕は水中で『風の矢』を放ち、彼女は『魔法の矢』で撃ち落とす。僕は杖に加速の魔法をかけて急発進させ、彼女の魔法障壁へ接触した。

 杖を左手で押さえ、魔法障壁に右手を叩き付ける。それと同時に、無詠唱で『光の矢』を一矢撃ち出した。今は捕獲ではなく、障壁の破壊を目的としている。だから一矢ならば無詠唱で発動できる上に、破壊力のある『光の矢』を選んだ。その『光の矢』によって、彼女の魔法障壁に穴が開く。その穴に右手を突っ込み、彼女の腕を掴んだ。突っ込んだ腕の周囲から水が噴き出し、障壁の内側に浸水する。

 

「遠隔補助、魔法陣稼動――第一から第十、目標捕捉――範囲固定。

 域内精霊圧、臨界まで加圧――持続制御」

 

 呪文を唱えて、父さんの杖から手から放す――杖の行く先は見なかった。杖が無ければ魔法は唱えられないけれど、予備の杖は腕に巻き付けてある。だから彼女の腕を掴んだまま、僕は凍結魔法を発動させた。氷に包まれた茶々丸さんの下、そこに設置した補助魔法陣から氷結が始まる。父さんの杖を放したために空いた手で、彼女の空いている腕を掴んだ。今は魔力を凍結魔法の発動に傾けているため、魔力による肉体強化は衰えている。でも、氷結が終わるまで絶対に放す訳には行かない。だから僕は非力な全身を使って、彼女を押さえ付ける。『戦いの歌』で強化されているであろう彼女の肉体を、必死で押さえ付けた。

 

「ずいぶんと情熱的じゃないか。このまま私と一緒に氷漬けになるつもりなのか?」

「そのつもりです! 平和に生きる人々を守るためにも、ここで貴方を封じます!」

 

 僕から逃れるために、彼女は身を捻る。付け根まで細い彼女の両脚に、僕は両脚を巻き付けた。握り潰せそうなほど細い彼女の両腕を、僕の両手は押さえ付けている。彼女の抵抗で引き剥がされそうになるけれど、僕は歯を食い縛って我慢した。彼女が少し力を入れただけで、両手は千切れそうなほど痛み、下半身は裂けそうだ。僕と彼女の下半身は密着し、上半身も互いに噛み付けるほどの位置にある。その格好は恥ずかしい物だけれど、そんな無駄な事を考える余裕はなかった。

 

「平和に生きる人々のため? そのために、お前は命を捨てるのか?」

「その通りです! 貴方に麻帆良学園を滅ぼさせはしません!」

 

 僕は正面から彼女を直視する。すると彼女は目を逸らし、「あー」と言い淀んでいるような声を出した。その姿を見ても僕は気を抜かず、彼女の体を押さえ続ける。さきほど油断して、タコ殴りにされた事は記憶に新しい。池の周囲に設置していた補助魔法陣の効果で、池も下層から凍りつつあった。すでに魔法障壁の周囲は凍り、障壁の内部に入り込んだ水も凍っている。

 このままでは僕が先に凍りそうだ。でも、凍る寸前で魔力を叩き込めばオーバーロードを起こし、補助魔法陣は少しだけ動き続ける。その頃になれば彼女も身動きできず、そのまま氷結できるだろう――氷結させなければ成らない。その時、急に大人しくなり遠い目をしていた彼女が、僕に視線を戻してキリッと表情を改めた。その態度を僕は警戒し、彼女と視線を交わす。

 

「下らんな。他人のために命を捨てるだと? 他人を理由にするなよ、坊や。たしかに私は逃げるなと脅したが、貴様は逃げられなかった訳じゃない。私のように学園に封じられている訳では無いし、その身体を縛られている訳でも無かった。言っただろう? 警告を聞くか聞かないかは選ばせてやると。貴様は生徒を見捨てて逃げる事もできた。それをやらなかったのは貴様の選択だ――貴様の自由意志だ」

「そうです! だから僕は生徒のために――」

 

「そうやって責任を、他人に被せるなと言っているんだ。貴様は自分の意思で、立ち向かう事を選んだ。他人を見捨てず、逃げない事を選んだ。逃げたくなかったから、逃げない事を選んだ。誰かのためじゃない、自分のためだ。誰かの責任じゃない、自分の責任だ。『平和に生きる人々のため』だなんて言って、その平和に生きる人々に責任を被せるんじゃない――平和のためだなんて言って、私を殺す責任を他人に被せるな! 私を殺す責任は貴様が背負え! 貴様の意志で私を殺せ! ネギ・スプリングフィールド!」

「僕は……貴方を殺しません」

 

 僕の下半身が凍る。彼女の下半身も凍った。下半身が繋がったまま、僕達は凍り付く。もはや彼女は逃げられない。魔法障壁の内部に冷気が満ちて、吐く息を白く変えていた。急激に冷えた肉体は筋肉の収縮を繰り返し、小刻みに震える。体温の低下で力が入らなかった。そんな僕と向き合う彼女も、似たような状態だ。それでも彼女は青白い顔で、口の端を吊り上げている。凍りつく世界の中で、彼女は笑みを浮かべていた。そんな状態だけれど……それでも彼女に伝えるべきだと僕は思った。

 

「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル――僕の責任で、貴方を封じます。」

「いいだろう。5年か、10年か、あるいは100年か。どれほど封じられようと、私にとっては瞬く間に過ぎ去る。その程度の時間ならば、貴様の覚悟に免じて付き合ってやろう……だが、忘れるなよ。氷漬けになった貴様は、一人置いて行かれる。永い眠りから目覚めても、世界が元に戻る事はない。時間が違う、世界が違う。その重圧に苦しむ貴様を、私が特等席で見物してやる」

 

 今の僕は、どんな顔をしているのだろう。悲しんでいるのか、不安に思っているのか。目覚めた時、どうなっているのだろう。ネカネお姉ちゃんは、お婆ちゃんになっているのかも知れない。幼馴染のアーニャは、アーニャお姉さんになっているのかも知れない。僕の生徒達は、卒業しているのかも知れない。カモ君は僕の側に居てくれるのだろうか? 全てに置いて行かれて、僕は一人ぼっちになるのかも知れない。それでも僕は僕自身のために、僕の欲望を叶えるために、僕自身の我がままのために、彼女の時間を奪う。

 

 

――僕と共に眠れ




▼武装解除に関する文章を修正しました。
「液体の入った試験管を持った彼女が『武装解除』の呪文を唱える。それに対して僕は、魔法障壁を強化して防いだ。僕が『風の矢』を作って飛ばすと、彼女は魔法の楯を形成して防ぐ。彼女が拳を打ち出したけれど、それは僕の魔法障壁に防がれた」

「液体の入った試験管を持った彼女が『武装解除』の呪文を唱える。それに対して僕は魔法障壁を強化し、魔法障壁を二重に展開した。一層目の魔法障壁は凍り付いてパリパリと砕け、二層目も穴だらけになったけれど『武装解除』の魔法は止まる。魔法障壁を直す時間を稼ぐために『風の矢』を作って飛ばすと、彼女は『魔法の楯』を形成して防いだ。続けて僕に走り寄った彼女は拳を打ち出したけれど、それは再び展開した僕の魔法障壁に防がれる」

▼魔法障壁に関する文章を追加しました。
「今の彼女の攻撃は『楯』の魔法を展開しなければ防げない。おまけに、内側に入り込まれたために僕の魔法障壁は機能しなくなった」


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関西呪術協会も私の支配下にあります

【あらすじ】
ネギは茶々丸を誘拐し、
吸血鬼の真祖を封じるために、
真祖ごと自身を氷漬けにしました。


 目覚めると僕は、エヴァンジェリンさんの所有する魔法球にいた。茶々丸さんによると、魔力の消耗で一時的に低下した体力を回復させるためらしい。この魔法球は内部に異界を形成できる魔法具だ。異界に満ちる魔力の濃度によって、内部の時間を加速できる。僕の入っている魔法球の場合は24倍らしい。そんな豪邸を建てられるほど高級な魔法具を、エヴァンジェリンさんは個人で所有しているのか。

 そして魔法球の内部で1日経ち、外部で1時間過ぎた。最初はベッドの上から動けなかったけれど、一日も経てば走り回れるようになる。異界に満ちる高濃度の魔力によって、消耗した魔力の回復は早かった。そうなると僕は、茶々丸さんによって外へ案内される。金曜の夜に凍結封印を行ってから2日ほど経ち、日曜の夜になっていた。もしも魔法球を使わなかったら、明日の出勤に間に合わなかっただろう。その気遣いは感謝するべき事だ。

 しかし、エヴァンジェリンさんと対面した僕は、魔法球の使用料の支払いを求められる。無料じゃないらしい。僕の意思を確かめないまま放り込んで置いて、代償を求めるなんて勝手な行為だ。そう思ったけれど僕は、魔力封印を施され、杖も取り上げられている。エヴァンジェリンさんの命令を受けた茶々丸さんによって、僕の体は床へ押し付けられ、抗う術はなかった。僕は魔法球の使用料として、エヴァンジェリンさんに血を提供する「血の契約」を押し付けられる。そうして僕は、エヴァンジェリンさんの家から解放された。

 でも、まだ終わっていない。エヴァンジェリンさんは僕の血を吸ったけれど、父さんの掛けた封印は解けていなかった。エヴァンジェリンさんは力を取り戻していない。僕の血を用いて解呪する方法と言えば、僕の血を父さんと錯覚させるか、僕の血を解析してエヴァンジェリンさんの魔力を父さんの魔力に偽装するか……封印を解かれるまで何のくらい余裕はあるのだろう。一年か、一ヶ月か、一週間か。それまでにエヴァンジェリンさんを止めなければ麻帆良学園は滅ぶ。もっと強くならなければ……早く強くならなければ……僕に時間はない。

 ふと、エヴァンジェリンさんの住み処であるログハウスへ振り向く。あの氷結封印を、どうやってエヴァンジェリンさんは破ったのか。茶々丸さんは水の底で凍らせて、エヴァンジェリンさんも僕と共に凍った。外から誰かが氷結封印を解除しなければ……そうか。エヴァンジェリンさんの言っていた僕の知らない魔法教師だ。もしかするとタカミチも加担しているのかも知れない。

 

~3段落で纏めました~

 

 エヴァンジェリンさんと色々あった一週間後、僕は高速鉄道に乗っていた。修学旅行で京都へ向かうためだ。エヴァンジェリンさんと茶々丸さんは欠席となっている。なので魔法球の使用料として行う血の提供も、修学旅行の期間中は支払いを免除されていた。血の契約によってエヴァンジェリンさんに血を吸われる事はない。しかし、その代わりの厄介事として僕のポケットに入っている物は、関西呪術協会宛ての親書だった。

 関東魔法協会の使者として僕は、関西呪術協会へ親書を届けに行く。しかし、呪術協会の中で魔法協会を嫌っている人々は、この親書を奪い取ろうと考えているらしい。それならば修学旅行のおまけではなく、休日の間に届けようと僕は思った。そうすれば安全に修学旅行へ行ける……しかし、学園長によると呪術協会の許可は下りなかったそうだ。京都へ使者として入域を許された魔法協会所属の魔法使いは僕一人で、それは修学旅行の間と決まっている――つまり、修学旅行として京都へ行く生徒達は、僕に対する人質だ。京都で下手な事をすれば、生徒に危害を加えられたり、修学旅行を中止に追い込まれたりするかも知れない。

 

「兄貴、魔法警報機の調子は如何ですかい?」

「……うん、こっちは問題ないよ。一番の問題は皆が、ちゃんと持っててくれるのかって事だね」

 

 カモ君の提案で用意した魔法警報機。それは子機で魔法を感知すると、親機に通知される魔法具だ。子機は魔力を持たない人に持たせて、魔法に掛けられた事を知るために使う。親機は子機の状態を知る機能を備えていた。出発前に駅で生徒達に渡した子機の見た目は「カラフルな防犯アラーム」で、魔法を感知するとピーと鳴る。すると僕の持っている「卵型の受信装置」で、受信した子機の番号を読み上げる。魔力のない人のために、科学的に偽装された魔法具だ。精霊によって通知されるため、電池切れも距離制限もない。でも、1つや2つなら兎も角、28人分を用意するのは金銭的に大変だった。

 

「そういえばカモ君、魔法警報機の提案をしてから、パートナーの事を言わなくなったね」

「ギクッ……へへへ、オレっちには何の事だか……」

 

 それでも有効な策である事に違いはない。この方法ならば、自由行動でバラバラに動く生徒達の状態も確認できる……でもね、カモ君。そうして魔力を使う生徒、魔法生徒の存在を感知できたとしても、僕は仮契約を行わないよ。僕は教師という大人の立場だから、生徒と仮契約を行っては成らないんだ。魔法を使えるからと言って、その生徒を争いに巻き込んではならない。僕は巻き込みたくなかった……エヴァンジェリンさんと戦った事で僕は魔法使いの戦い、その恐ろしさを知ったから。

 

~そろそろ出番です~

 

 生徒達の様子を見ていた僕は、白いワゴンを押す女を目に映す……一度見た後、もう一度その女を見た。見間違いではない。あの女だ。「そんなバカな!」と思った僕は、通路を歩く白い女を見たまま思考を止める。まさか、こんな所に姿を現すのか。こんな所で姿を現すのか。僕は杖を握り締める……いいや、ダメだ。こんな場所で魔法は使えない。生徒達の前で魔法は使えなかった。

 生徒の一人は金銭を払って、白い女からジュースを購入する。あの女から買った物を飲むのだろうか? それは危険だ。危険なんて物じゃない。毒入りでも不思議じゃなかった。生徒の口から血が溢れ出すというオゾマシイ光景を、僕は思い浮かべる。白い女に限って、何事も起こらないという発想はなかった。それを防ぐために僕は慌てて、生徒へ向かって声を上げる。

 

「待って! 待ってください!」

「このような場所で、そんな大声を出さずとも聞こえているよ……それで何のようかね、少年。欲しい物はチョコか、アメか、ガムか、グミか、それともジュースかね? チョコは腹を満たしてくれるし、アメは長持ちする。ガムは口をサッパリとさせてくれるし、このグミはゼラチン入りだ。ついでにビタミンB1・B2・Cも入っているから肌に良い」

 

――お前じゃない。

 

 そう思う僕の前に、白い女は立ち塞がる。白い女から買ったジュースを持ち、生徒は驚いた様子で僕を見ていた。他の生徒達も大声を出した僕に驚き、「どうしたのー、ネギ君?」と声を掛ける……まずは白い女と生徒達を、何かで遮断するべきだ。最初から人は居るので、人払いの魔法を使っても無意味だろう。認識阻害の魔法も、注目された後でかけても無意味だった。

 

「その人から買ったジュースを飲んではいけません!」

「酷い事を言うね。まさか飲み物に薬を入れていると? そんな事はしていないよ。そんな事をしても君のピンチに繋がらない。せいぜい腹を壊すか、血を吐くか、入院するか、即死するかだ。生徒一人が死ぬ程度で、大したピンチではない。君に必要なピンチは、もっと大きな物だよ……ああ、吸血鬼の時は残念だったね。やはり、『封印が解けたら』なんて条件付きではダメか――実際に封印を解かなければ、ね。君の父親の薄情っぷりには私も困っているよ」

 

 白い女の言葉を聞いた生徒は「これ、あげるー」と言って、隣の生徒にジュース缶を押し付ける。しかし、白い女の話を聞いていた隣の生徒は「やーめーろーよぅー」と言って、それを突き返した。とりあえず、ジュースの問題は何とかなったようだ……でも問題は、それだけじゃない。この状況を何とかする魔法はある。それは『眠りの霧』だ。生徒達を眠らせれば、僕は魔法を使える。だから僕は生徒達に聞こえないように、小声で呪文を唱えた。

 

「大気よ 、水よ、白霧となれ、彼の者等に一時の安息を――眠りの霧」

 

 それと同時に白いワゴンからペットボトルを取り、中の水を撒き散らす。「ちょっとバカネギ、何してんの!?」という声は聞こえたけれど、そんな事を気にしている場合ではなかった。発動した魔法は床に撒いた水を媒介として、その体積を増大させる。おまけに高速鉄道なので、車両の中は窓の開かない密閉空間だ。眠りの霧は車両の中に満ちて、生徒達を眠らせた……しまった、毒入りだったら如何しよう。

 

「ピー! ピー!」   「ピー! ピー!」   「ピー! ピー!」

「神楽坂明日菜ハまじっく☆ぱわー!」「神楽坂明日菜ハまじっく☆ぱわー!」」

「近衛木乃香ハまじっく☆ぱわー!」「近衛木乃香ハまじっく☆ぱわー!」

「桜咲刹那ハまじっく☆ぱわー!」「桜咲刹那ハまじっく☆ぱわー!」

「宮崎のどかハまじっく☆ぱわー!」「宮崎のどかハまじっく☆ぱわー!」

 

 あっちこっちでピーピーというアラームの音が鳴り始める。生徒達に配った魔法警報機だ。僕のポケットに入っている受信機も音声報告を行っていた。座席に座って眠る生徒や、ピーピーと鳴り響くアラーム。魔法の秘匿を考えた結果、意味不明な文脈で読み上げる事になった精霊さん……その結果、その場は混沌で満ち溢れた。やはり、初期設定の音声案内は変えるべきだったと僕は反省する。

 

「こんなにピーピーと大きな音を鳴らしては、隣接する車両から人が来てしまうではないか……仕方あるまい、人払いの魔法は私に任せたまえ。これも協力者としての務めだ。しかし、少年よ……魔法秘匿の意識が低いのではないか? こんな場所で魔法を使うなど正気とは思えん。一般人の前で魔法は使うべきではない。いくら記憶を消す魔法があると言っても、ちょっとした切っ掛けから人は魔法に気付いてしまうのだよ」

 

「それを貴方が言いますか! こんな場所に現れて、何をするつもりなんですか!?」

「ああ、わざわざ君の前に現れたのは他でもない。そろそろ私の存在を、君だけに見える幻覚なのではないか……と疑い始めた頃だと思ってね。こうして人前へ姿を現したわけだよ。観測者が君一人では、他人に私の存在を証明する事は難しいだろう? このように姿を現せば、私の存在を皆が認めてくれる――6年前のように君一人で私を観測したために、皆から夢や幻だったと言われる事もない」

 

 そうだ。僕に杖を渡した父さんの消えた時、ネカネお姉ちゃんは気絶していた。その後、白い女と会ったのは僕だけだ。だから白い女の事を皆に話すと、初めは信じてくれた。でも、「白い女と会って、村を襲撃すると予告された事」や「襲撃後に現れて、悪魔を召喚したと告白された事」を話すと、疑いの目を僕へ向けるようになる。だから魔法で僕の記憶を覗いて貰ったけれど、白い女の存在を証明する事はできなかった。僕は覚えているのに、僕の記憶の中に限って、なぜか白い女は存在しなかったからだ。

 

「違う! 信じてくれなかった訳じゃない! あの事件を公表すると、僕の存在を知られてしまうからって!」

「秘密裏に捜査すると? では、こうして私が此処に居るのは何故だろうね? 本当に彼等は私を探していたのだろうか? 探していなかったのかも知れない。彼等は君を信じていなかった。だから私は捕まらなかった……それも当然の事だろう。君の記憶の中に私は居なかったからだ。見つからなかったからだ。君の記憶の中で、君は湖へ飛び込んだけれど、助けたのは私ではない。父親の去った後、再び湖へ飛び込んだ君を助けたのは、ネカネ・スプリングフィールドだった」

 

 その通りだった。僕の記憶の中で、湖へ飛び込んだ僕を助けたのは「近くにいた人」で、再び湖へ飛び込んだ僕を助けたのは「ネカネお姉ちゃん」だった。僕の記憶の中に、白い女は存在しなかった……でも、そんなはずは無い。ちゃんと僕は憶えている。湖へ飛び込んだ僕を二度も助けたのは白い女だった。そう皆に言ったけれど信じてくれなかった。それに、どういう訳かネカネお姉ちゃんは、僕を助けた記憶を持っていた。僕を助けたと思い込んでいた……ちょっと待った。どうして其の事を、白い女は知っているのだろう? 僕の記憶に関する事を知っているの?

 

「君は彼等を信用していないね。私と再会しても、君は彼等へ通報しなかった。ネカネ・スプリングフィールドから手紙が来ても、私の事を報告しなかった。きっと彼等は君の言う事を信じてくれないからだ……その判断は正しい。なぜ彼等は、君の言う事を信じなかったと思う? それは私が手を回していたからだよ。私の指示で彼等はネカネ・スプリングフィールドの記憶を書き変え、君の記憶も差し替えた。君の記憶を覗いた彼等は、じつは偽の記憶を貼り付けていたのだよ」

 

「そんな事は、ありえません」

「忘れたのかね、少年。立派な魔法使いになるための「日本で教師をやること」という課題を与え、吸血鬼の封印された麻帆良学園へ誘き寄せたのは私だ。当然、ウェールズの魔法学校から派遣された調査員も私の支配下にある。もちろん、そんな事は誰も言わないだろう……いいや、言えないのだ。魔法使いを育てる魔法学校が個人の支配下にあるなど、言えるはずが無い。そんな事が明らかになれば、魔法学校は非難を受け、人々の心は離れて行くからね」

 

 麻帆良学園だけではなく……ウェールズの魔法学校も? しかし、課題は精霊による高度な占いの魔法によって示される物だ。エヴァンジェリンさんを倒す事こそ、立派な魔法使いになるための試練なのかも知れない……いいや、違う。課題は「日本で教師をやること」だ。もしかして僕はエヴァンジェリンさんと殺し合うのではなく、教師として接しなければ成らなかったのだろうか……そんな無茶な。

 それは兎も角、学園長はエヴァンジェリンさんの存在を知った上で、あのクラスに僕を担当させた。まさか、「サウザンド・マスター」の封印した「元600万ドルの賞金首」な「吸血鬼の真祖」の存在を知らないとは思えない。つまり、学園長は白い女と通じているのだろう。それ以外に何の警告もなく、僕の血を狙う吸血鬼と同じクラスにした理由を察せられない。タカミチは白い女と通じていないと思うけれど、エヴァンジェリンさんの味方だ……でも、魔法学校は分からない。

 もしも精霊ではなく、人によって課題を書き変えられていたのならば……いいや、証拠は無いのだから疑うべきじゃない。そうだ、証拠はない……証拠なんて無かった……どうして白い女の存在を信じてくれなかった人達を、僕は無条件で信じなければ成らないのだろう? ネカネお姉ちゃんも、校長のお爺ちゃんも、白い女の存在を信じていなかった。信じている振りをして、僕を偽っていた――僕は魔法学校で、いつも一人だった。

 

~せっちゃんなら足止めされています~

 

「さて、そろそろ私は帰るとしよう。楽しい修学旅行なのに邪魔をして、悪い事をしたと思っているよ。せめて出発前に声を掛けるべきだったと反省している……しかし、このまま何もせず、この場を去るというのは君にとって失礼な話か。このワゴンに載っている物を無料で渡しても良いのだが……じつを言うと、これは先ほど販売員の方から借りた品で、私は代行しているだけなのだ――その代わりとして、これを君に差し上げよう」

 

 白い女は白い紙を取り出す。特に変わった所もない、普通の紙だ。強いて言うなら、枠線も横線もない無地のコピー用紙のようだった。その紙を僕に差し出す。言われたままに受け取る……なんて事はせず、僕は白い女に杖を向けた。そして呪文を唱えて、風の矢を放つ。すると白い女は、眠っている生徒の一人を掴み上げ、僕に向かって盾のように掲げた。「生徒に当たる」と思った僕は、思わず魔法をキャンセルする――僕の生徒を盾にするなんて卑怯な……!

 

「関西呪術協会によって君達の襲撃される予定を、ここに記してある。修学旅行の「しおり」のような物だ。敵が来ないと分かっていれば、その間に観光できるだろう? 私としても修学旅行を楽しんで欲しいと思っているのだがね……君の父親を呼び寄せる絶好のピンチが京都にあるのだよ。それは20年ほど前に復活し、君の父親によって再封印された大鬼神、リョウメンスクナノカミだ」

 

「まさか、また貴方が……!」

「学園長から話を聞いた時点で、勘付いていたのだろう? オカシイと思わなかったのかね? 君に使者を任せるのは、『埼玉に滞在している外国人を、使者として京都へ訪問させる』ような物だよ。もっと悪く言うと、『日本に滞在しているイギリス人を、使者として中国やロシアへ訪問させる』ようなものだ。魔法協会と呪術協会の仲の悪さから言って……どちらの例えを適した物と見るべきか、君ならば分かるだろう」

 

「つまり、僕の使者としての役目に意味はない……?」

「だからと言って、親書を郵送してはいけないよ。使者として君が選ばれ、親書を持って行く事は周知されている。それを郵送したとなれば、雑に扱われた呪術協会は黙っていないだろうね。魔法協会と呪術協会の関係は、『さらに』悪化する――しかし君の手で送り届ければ、『少し』悪化する程度で済むだろう」

 

「どっちにしてもダメじゃないですか!?」

「仕方ないではないか。君のために、この舞台を用意したのだ。君以外の魔法使いを、この舞台で踊らせても意味はない。踊って、踊って――その踊りで君の父親を誘い出すのだ。その踊りが激しく美しく鮮やかで危険なほど、君の父親は吸い寄せられる……まあ、安心したまえ。君のファミリーネームを上手く使うことだ」

 

「僕の正体を明して、使者としての価値を高める――?」 

「とは言っても、英雄の息子であるという事実は、すでに知れ渡っているのだがね。君の父親に恨みを抱く人々も、これ幸いと刺客を差し向けるだろう。その刃から頑張って生徒達を守ることだ。君の犠牲になる生徒達は――ある意味、6年前の繰り返しだよ。今回は何人生き残れるのかな? 最後はサプライズも用意してあるから頑張ってくれたまえ」

 

「そんな事を頑張れだなんて……!」

「……そうか、頑張っている君に『頑張れ』は心無い一言か。たしかに少年、君に『頑張れ』という言葉は似合わない。私は知っているよ。どれほど力を尽くして来たのか。魔法学校から受け取った報告書で知っている……君の様子を見に行った事もあった。勉強に集中するため、友達を作らなかった事を知っている。禁呪書庫へ忍び込んで、教師に怒られた事も知っている――もしも友達と共に居れば、逃げ切れたのかも知れないのにね。そうして子供時代を切り捨てた代償として、その力を君は手に入れた。ああ、素晴らしい。だから、君の努力を認めよう」

 

――頑張っているね、と。

 

( どうしてだ……どうして、お前なんかに褒められなくちゃならない。僕は父さんに褒めて貰いたかったのに……どうして、その言葉を言うのが、お前なんだ……! そんな言葉、は聞きたくなかった! お前なんかに褒めて欲しくなかった! そんな言葉を使うな! その言葉を言っていいのは、僕の父さんだけだ……! 僕を褒めて良いのは父さんだけだ! その言葉を言って欲しかった相手は、お前なんかじゃない……! )

 

「これから君を襲う呪術協会の強硬派は、少年のために私によって用意されたピンチだ。近衛木乃香の父親である近衛詠春は飾り物であり、本当の意味で権力を握っていない。強固な結界で覆われた山の上に座しているつもりなのだろうが、実際は近衛詠春を捕える檻だ……どういう意味かと言うと、真の意味で関西呪術協会を支配している者は――私なのだよ」

 

「貴方に支配されている勢力は、その強硬派だけでしょう! 関西呪術協会を支配している訳ではありません! 群れから離れた羊を取り込んだくらいで、思い上がらないでください!」

「そんなに怒らないでくれないか。事実は君の目で確かめるといい……さて、そろそろ失礼するよ。その予定表は私だと思って、大切にしてくれて構わない。京都に着いたら呪術協会の刺客によって君達は襲撃されるが、観光を楽しみつつ「頑張って」くれ……そうそう、私の3番目の息子が刺客として参加している。白い髪の少年だ。もしも会ったら「テルティウム」と呼んでやってくれ。そして友達になってあげて欲しい……彼は怒るだろうけれどね。私は悪い母親だったよ」

 

 そう言うと白い女は、地面に何かを叩き付ける。すると、その何かは白い煙を発生させて、車両の中を満たした。おそらく白い女は、このまま去るつもりなのだろう。魔法を使って煙を晴らせば、そこに白い女は居ないに違いない。息子や母親という発言に突っ込みたかったけれど、今は抑える。何よりも知るべき事は白い女の名前だ。僕は何所に居るのか分からない白い女に向かって、質問を行った。

 

「待ってください……貴方の名前は何ですか!」

「私の名前かね?」

 

 

――天ヶ崎千草だよ




▼魔法球の説明を追加しました。
 茶々丸さんによると、魔力で消耗した体力を回復させるためらしい。

 茶々丸さんによると、魔力の消耗で一時的に低下した体力を回復させるためらしい。この魔法球は内部に異界を形成できる魔法具だ。異界に満ちる魔力の濃度によって、内部の時間を加速できる。僕の入っている魔法球の場合は24倍らしい。そんな豪邸を建てられるほど高級な魔法具を、エヴァンジェリンさんは個人で所有しているのか。
------------------------
▼魔法球の魔力濃度に関する説明を追加しました。
 そして魔法球の内部で1日経ち、外部で1時間過ぎた頃に、茶々丸さんによって外へ案内された。

 そして魔法球の内部で1日経ち、外部で1時間過ぎた。最初はベッドの上から動けなかったけれど、一日も経てば走り回れるようになる。異界に満ちる高濃度の魔力によって、消耗した魔力の回復は早かった。そうなると僕は、茶々丸さんによって外へ案内される。
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▼勝負の結果と代償を修正しました。
 しかし、エヴァンジェリンさんと対面し、僕は敗者である事を示される。僕は2日過ぎてから氷結封印を解呪された事に疑問を覚えた。氷結封印を解いた第三者は存在するのではないか? (中略)僕は2人に危害を加えた代償として「血と服従の契約」を押し付けられる。そうして僕は、エヴァンジェリンさんの家から解放された。その有り様は、まさに敗者だ。

 しかし、エヴァンジェリンさんと対面した僕は、魔法球の使用料の支払いを求められる。無料じゃないらしい。僕の意思を確かめないまま放り込んで置いて、代償を求めるなんて勝手な行為だ。(中略)僕は魔法球の使用料として、エヴァンジェリンさんに血を提供する「血の契約」を押し付けられる。そうして僕は、エヴァンジェリンさんの家から解放された。
----------------------------
▼勝負の結果と代償の修正による変更です。
 なので2人に危害を加えた代償も、修学旅行の期間中は支払いを免除されていた。血の契約によってエヴァンジェリンさんに血を吸われる事もなければ、服従の契約によって茶々丸さんに荷物運びとして連れ回される事もない。

 なので魔法球の使用料として行う血の提供も、修学旅行の期間中は支払いを免除されていた。血の契約によってエヴァンジェリンさんに血を吸われる事はない。


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上位悪魔も私の支配下にあります

【あらすじ】
近衛詠春は飾り物であり、
私こそ真の支配者であると、
ラスボスは申しております。


 天ヶ崎千草と名乗った白い女の残した、予定表の通りに物事は進む。1日目の夜は僕のミスによって結界の内側に敵を引き入れたため、木乃香さんを一時的に誘拐された。3日目の昼はシネマ村で観光する生徒達を守るために、襲撃の予定を避ける事はできなかった。夜に陥落する予定の関西呪術協会の本山へ行かず、次の日に行こうと思っていたけれど――次に襲撃されれば守り切れない。そう思って本山へ向かった僕達は長い階段を登る途中で再び襲撃され、木乃香さんを誘拐される。

 階段に張られた封鎖結界を破った僕と刹那さんは、慌てて本山へ駆け込む。すると、すでに本山は陥落していた。本山の守っていた結界は消え、木乃香さんの父親である詠春さんは魔法によって石化されている。おそらく、本山の結界は内側から解除されたのだろう。白い女は内部に裏切り者を潜り込ませていたに違いない。白い女の言っていた「サプライズ」は此の事なのだと、立ち並ぶ石像を見て思った。侵入した敵によって石化された、呪術協会の人々だ。それは6年前の繰り返しで、白い女の関わっている事は明らかだった。この神経を逆撫でするような遣り方は、白い女の仕業に違いない。

 木乃香さんの大魔力によって復活した大鬼神は、同じく復活したエヴァンジェリンさんによって粉砕されたらしい……「らしい」と言うのは其の間、白い髪の少年によって僕は石化されていたからだ。敵の隙を誘うために「テルティウム」という名前を呼んだものの、本気を出した白い髪の少年によって全身を無数の針で貫かれ、僕と刹那さんは一瞬で石化させられた。あの名前に反応したという事は、まさか本当に白い女の3番目の息子なのだろうか。

 大鬼神を倒すためにエヴァンジェリンさんは復活した。麻帆良学園から茶々丸さんを連れて転移し、大魔法によって広範囲を氷で閉ざし、白い髪の少年によって体の大部分を消し飛ばされても再生する、吸血鬼の真祖だ……と思ったけれど、学園長によって父さんの掛けた封印もとい呪いを誤魔化しているらしい。ちなみに、一時的に解除できると言う事は、封印と言うよりは呪いに近い物なのだろう。それは兎も角、大鬼神討伐の代償としてエヴァンジェリンさんは、修学旅行の残り2日間を完全復活した状態で維持される事になった。

 やたらテンションの高いエヴァンジェリンさんに捕獲されて、僕は観光に付き添う。ビクビクしながら様子を見ていたけれど結局、エヴァンジェリンさんに襲われる事はなかった。魔法球の使用料として血を捧げているから、僕を襲う必要は無かったのだろう。京都にいる人々の血を吸っていたか如何かは分からない。その事を木乃香さんの父親である詠春さんに伝えたけれど、「その心配はありませんよ」と笑って返された。

 ……タカミチの件と合わせて察するにエヴァンジェリンさんは、高い好感を得ているらしい。エヴァンジェリンさんは信頼されている。例えば修学旅行の4日目に詠春さんは、僕達を父さんの別荘へ案内してくれた。その別荘でエヴァンジェリンさんは、呪いを解除するための資料を探す。そんなエヴァンジェリンさんを、詠春さんは止める事もなかった。呪いを解呪してもエヴァンジェリンさんは、悪い事を行わないと詠春さんは考えている――これでは誰も、僕の言う事を信じてはくれない。

 

~修学旅行編・完~

 

 修学旅行を終え、麻帆良学園へ戻った。その翌日、電車で移動した僕はエヴァンジェリンさんの家を訪れる。魔法球の使用料として、エヴァンジェリンさんに血液を差し出すためだ。今回で11回目になる……エヴァンジェリンさんの呪いは、いつ解けるのだろうか。どのくらい余裕はあるのか――このままでは間に合わない。もっと強くなりたい。このままじゃダメだめだと、僕は思った。

 

「エヴァンジェリンさん、僕に戦い方を教えてください」

「何を言い出すかと思えば……くだらん」

 

 討伐目標であるエヴァンジェリンさんに、僕は教えを乞う。学園長は白い女と通じている疑いによって除外され、タカミチはエヴァンジェリンさんと繋がっているから除外する。それならば明確に敵と分かっているエヴァンジェリンさんを僕は選んだ。最初から敵と分かっていれば裏切られる心配はない……でも、茶々丸さんを誘拐した上に、凍結封印を仕掛けた僕に、協力してくれる訳はなかった。

 

「僕は白い女に命を狙われています。修学旅行中に起こった事件のようなピンチが再び起これば、僕は命を落とすでしょう。それは僕の血を必要としているエヴァンジェリンさんにとっても損失となるはずです。僕は生き抜くための力を必要としています」

「貴様が死んでも血のサンプルは残っている。時間を掛ければ、サウザンド・マスターの掛けた呪いは解けるさ。坊やの命が無くなっても、私は構わないんだよ。在るのなら在ったほうがいい……貴様の価値は、その程度だ」

 

 僕の命は取引の材料にならない。エヴァンジェリンさんは僕の命に興味を持っていなかった。エヴァンジェリンさんの興味のある対象と言えば、僕の父さんだ。詠春さんとエヴァンジェリンさんの会話から僕は、父さんの生死について興味のある事を察している。父さんについて僕の知っている事は少ないけれど、エヴァンジェリンさんの知らない情報は持っていた。

 

「僕のお父さんは生きている、と言ったら如何しますか?」

「そんな訳はあるまい……と言いたい所だが、私を説得するつもりなのだから確証はあるのだろう?」

 

「この杖は6年前に、お父さんから貰った物です」

「ふーん……たしかに其の杖は、あいつの持っていた杖に似ているな。しかし、サウザンド・マスターの杖に似た新しい杖を買った可能性もあるし、サウザンド・マスターの死んだ後に残った杖を貰った可能性もある――お前の言葉を証拠もないまま信じるほど、私は安くないぞ。その杖をサウザンド・マスターの物だと、お前は如何やって証明する?」

 

「僕の記憶を見てください。僕は6年前に、お父さんと会っています」

「そうか。では、さっそく確認のために覗かせてもらおう」

 

「待ってください! 僕の記憶を見て、お父さんが生きていると分かったら……僕に戦い方を教えてくれますか?」

「ああ、もちろん。坊やに戦い方を教えてやるさ」

 

 うそっぽい。こんなに簡単に教えてくれる訳はない。知れるだけ知って、見れるだけ見て、その代償を払う気はないのだろう。エヴァンジェリンさんの興味を留めなければ、エヴァンジェリンさんは約束を守ってくれないに違いない。必要なものは人質だ。人質として最適なものは僕の記憶だろう……しかし、それを要求されている。このままでは人質は居なくなり、僕は無防備になる。

 

「僕の記憶を見れば戦い方を教えてくれるという、保証をください」

「おい、坊や。それが人に物を頼む態度か? 心配しなくても約束は守るさ」

 

 信用できません――なんて言えばエヴァンジェリンさんの機嫌を損ねて、戦い方を教えてくれない。しかし、このまま機嫌を取れば戦い方を教えてくれる、なんて思えなかった……物でダメならば心を人質にするしかない。エヴァンジェリンさんは高い自尊心を持っているように見える。言葉の隙を突く事はあっても、自分の発言を違えるような事は少ないはずだ。ならば、その隙を事前に潰そう。

 

「ごめんなさい。エヴァンジェリンさんの事だから、

 『サウザンド・マスターが生きているのならば貴様は用済みだ!』と言い出したり、

 『戦い方を教える約束? そんな約束を守ると思っていたのか?』と言い出したり、

 『貴様の記憶なんぞ当てになるか。そんな物は証拠にならん』と言い出したり、

 『貴様を助けた者がサウザンド・マスターという証拠はない』と言い出したり、

 『一般人に勝つための戦い方は教えてやるさ。それでも教えた事に変わりはない』と言い出したり、

 ――するんじゃないかと心配していました」

 

「お前は私に喧嘩を売っているのか……!?」

 

 エヴァンジェリンさんは怒気を発する。この様子ならば約束を破られる事はないと思う。もしも約束を破られたとしても、父さんの生存を知られるだけだ。エヴァンジェリンさんは父さんに強い思いを抱いているようだから、上手く行けば『自分の意思で呪いの解呪を思い留まる』かも知れない。そう思った僕はエヴァンジェリンさんに、6年前の記憶を見せる事にした。

 

~好感度が不足しています~

 

 魔法陣の上で記憶を見せる魔法を唱えると、僕とエヴァンジェリンさんは眠る。夢の中へ入ると、僕の記憶を襲撃の前日から再生した。冬の湖へ飛び込んだ僕は、近くにいた人に救助される。偶然、近くにいた人に発見されたのではなく、人の見ている前で飛び込んだのだろう。救助される事を確認してから飛び込んだ……もちろん、これは偽の記憶だ。僕は誰もいない場所で湖へ飛び込み、そして白い女に拾い上げられた。でも、どういう訳なのか分からないけれど僕の認識している記憶と、魔法で再生する記憶は噛み合わない。

 

「ピンチになれば奴が戻って来るなど……」

 

 湖に飛び込んだ僕を見た、エヴァンジェリンさんは呟く。それは偽の記憶で、真の記憶じゃない。でも、そう思っていた事に違いはなかった。それでも偽の記憶を見て、そう言われる事に僕は怒りを覚える。だからと言ってエヴァンジェリンさんの独り言に、何かを言う事はなかった。記憶を改変された証拠を見つけない限り、誰も僕を信じてはくれない。白い女の存在を信じてくれない……その事実は身に染みて分かっていた。

 その翌日の僕は、白い女を待っていなかった。僕を父さんに合わせると約束した白い女、その白い女と会えなかった事に落ち込む事もない。いつものように山の中で遊び、夕方になって帰ると村は燃えていた。燃える村の中を走り回り、悪魔に襲われた所で父さんに助けられる。でも、見慣れた家々ごと悪魔を吹き飛ばした父さんの魔法に僕は恐怖を覚え、その場から逃げ出した。その後、お姉ちゃんと共に僕は父さんに救助され、村から離れた場所へ運ばれる。

 

「ここでお父さんの杖を貰った後、お父さんは姿を消しました」

「不自然だな。浮遊呪文は兎も角、転移呪文なんぞ奴が使えるとは思えんぞ」

 

「……お父さんは偽者だと?」

「いや、あんなバカみたいな威力の魔法を使える者は、世界に2人もいないだろう」

 

 エヴァンジェリンさんは納得したらしい。それでは再生を終わらせよう……そう思ったものの、終わらせる事はできなかった。夢を終わらせる呪文を唱えたけれど、何の変化もない――いいや、変化はあった。記憶の再生は止まらず、気絶しているネカネお姉ちゃんと、父さんの杖を持つ僕の姿を再生している。そこへ白い髪の女が現れた。それは僕の持つ真の記憶と一致する。

 

「ん? あれは新学期の日に、お前と会っていた白髪の女か」

「ええ、そうですけど……」

 

 おかしい。なぜ今さら、記憶の中に現れるのだろう。これまで僕の記憶の中に、白い女は登場しなかった。僕を助けた相手は近くにいた人やネカネお姉ちゃんで、白い女じゃなかった。そのせいで僕は疑いの目を向けられ、白い女の存在を信じて貰えなかった。それなのに何故、今さら白い女は現れたのだろう……嫌な予感を僕は覚えた。記憶の再生を止めようと思っても止まらない。僕の記憶なのに止められない……!

 

「京都旅行は残念だったね。私からも謝罪するよ、少年。まさか私の息子が、君を石化させるとは思わなかったのだ。あれは私の息子なのだから、私の責任に違いない。今回は結局、最後まで君の父親は現れなかったから良いものの……下手をすると、父親と再会するチャンスを潰す所だった――うん? どうしたのだ、少年? まるで記憶と違う事を言われて、驚いているかのようじゃないか。私だよ、天ヶ崎千草だ」

 

 僕は混乱する。なぜ僕の記憶の中に、白い女は居るのだろう……いいや、違う。僕の夢に侵入されたんだ。それは現実で眠っている僕達の側に、白い女の存在する可能性を示す。その事に気付いた僕は焦って、夢を終わらせる呪文を唱えるけれど――やはり夢から覚められない。おそらく、これは白い女の仕業だろう。僕達は夢の中に閉じ込められてしまった。

 

「ちっ、侵入者か。天ヶ崎千草とやら……って、それは先日にチャチャゼロが捕まえた女の名前だぁ!」

「すまないね。それは偽名なのだ。悪い事をしたと思っているよ。私の本当の名前は……いや、止めておこう。今日の私はメッセンジャーだ。ただのメッセンジャーで構わない。それで何のメッセージを届けに来たのかと言うと、パーティーの招待状だ。そこの少年宛てなのだがね。2人仲良く眠っているようだから、勝手に上がらせて貰ったよ。君の家に無断で侵入した事は許して欲しい」

 

「ふざけた奴だ……おい、外にいた私の従者は如何した?」

「あのロボットの事かね? 心配せずともいい。あのロボットに私は何もしていないよ。あのロボットは、私の存在に気付いてすらいない……呼び鈴を鳴らさなかったからね。私はロボットに気付かれないまま、君の家へ入り込んだのだ。だから君の従者を怒らないでやってほしい。私の存在を認識できなければ、私を止める事など不可能なのだよ。まあ、そういう訳で安心したまえ」

 

「話が長い。さっさと用事を済ませろ」

「おお、そうだね。申し訳ない。さて少年、これは悪魔からの招待状だ。何の悪魔かと言うと、6年前に君の村を襲った悪魔の内、数少ない爵位持ちの上位悪魔であるヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン伯爵からだ。君も知っての通り、彼は封印されていたのだがね。君が修学旅行へ行っている間に、私の手で解放させてもらったよ。これから一ヵ月後、再び君の前に現れるだろう」

 

「貴方は! また、そんな事を……!」

「しかし、君一人で上位悪魔を相手にするのは一方的過ぎる。なので私から一人、パートナーを付けてあげる事にした。パーティーの当日になったら、君の下を訪れるように調整するよ……ああ、そう言えば「桜咲刹那」は君のパートナーだったね。残念ながら今回、彼女はパートナーではなく景品になってもらう。君が悪魔に負けた場合、彼女に永久石化を掛けるように命じてあるからね。負けないように頑張りたまえ」

 

 京都で誘拐された木乃香さんを助けるために、刹那さんと僕は仮契約を結んだ。しかし、その仮契約は解約してある。今の僕と刹那さんは、パートナーではない。刹那さんは木乃香さんの護衛であって、僕のパートナーになる事は出来ないからだ。それに刹那さんは僕の生徒だろう。それなのに白い女は刹那さんを景品にして、悪魔に負けたら石像へ変えると言った……勝手な言い分だ。白い女は僕と関わった者全てを、不幸にするつもりなのだろう。

 

「刹那さんは、僕のパートナーではありません」

「たしかに現在は、パートナーではないようだね。しかし、過去にパートナーだった。君にとって初めてのパートナーだったという記録を消す事は出来ないのだよ。「今はパートナーじゃないから関係ありません」なんて言い訳は通用しない――彼女を突き放しても、もう遅い。関係のない振りをしても、もう遅い。すでに彼女は君と魔法的に関わってしまったのだ。だから彼女は、君の魔法関係者と見なされる」

 

 白い女の言葉は、僕に重く圧しかかる。やはり、仮契約を行うべきではなかった。木乃香さんを助けるために刹那さんと仮契約を行ったけれど、ほとんど役に立っていない。木乃香さんの下へ辿り着く前に、白い女の息子によって仲良く石化されたからだ。役に立つ所か仮契約は、刹那さんを僕のピンチに巻き込んだ。今回だけで済むとは限らない。これからも刹那さんは、僕のピンチとして利用されるかも知れなかった……また僕は選択を間違えたのだろうか。

 

~ヒロインは不在のままです~

 

「気に入らんな」

 

 落ち込んでいる僕の横で、エヴァンジェリンさんは呟く。白い女に対して怒っているようだった。白い女の態度が気に入らなかったのだろうか。その怒りと共に、エヴァンジェリンさんは強大な魔力を放ち始める。ここは夢の中なので、現実でエヴァンジェリンさんの魔力を抑えていた父さんの呪いは存在しない。エヴァンジェリンさんは完全復活した状態と同じように力を行使できる。

 

「おい貴様、私の家に無断で侵入して――このまま無事に帰れると思っているのか?」

「ああ、帰らせてもらうよ。暇そうに見えても、複数の組織を統治している身でね。万年学生の君に構っている暇は無いのだ。遊んで欲しいのだったら、子供同士で遊ぶことをオススメするよ。君と戦えば少年にとって、いい経験になるだろう。もしかすると悪魔と戦う際に、パートナーは必要なくなるのかも知れない。それほど強くなれば、私も安心してピンチを差し向けられる……京都では力の差が大き過ぎて、話に成らなかったからね」

 

「ほぅ、口だけは大きいな……その口を二度と開けないようにしてやる!」

 

 エヴァンジェリンさんは呪文を唱え、黒い竜巻を放つ。高速で回転する竜巻は、周囲の空気も歪ませた。しかし、それは白い女の体に当たると弾けて散る。あいかわらず白い女は、その場から動かない。続けてエヴァンジェリンさんは黒い竜巻を複数作り出し、白い女に向けて撃ち出した。ゴウゴウと低い音を鳴らして風は渦を巻き、冷気を撒き散らす。しかし、それらも白い女に当たると弾けて消えた。

 

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック――契約に従い、我に従え、氷の女王、来れ、とこしえのやみ! えいえんのひょうが!」

 

 エヴァンジェリンさんは大魔法を行使する。巨大な氷の柱によって、白い女の姿は見えなくなった。白い女を中心として、大きな氷の柱は何本も生える。周囲の地面も氷で覆われ、魔法の広範囲を白く染めた。白い女は氷の中から出て来ない。さらにエヴァンジェリンさんは詠唱を続け、「おわるせかい」という呪文と共に氷は砕けた――その中心に白い女は、何事も無かったかのように立っている。でも、全ては防げなかったらしく、白い服は砕けて全裸になっていた。

 

「読めたぞ――貴様、そこから『動かない』のではなく、『動けない』のだな」

「やれやれ、困ったものだね。君は仕方のない奴だ。私の息子を倒したり、大鬼神を倒したり、余計な事ばかりしてくれる。ピンチになれば駆け付ける……まるで少年の父親のようではないか。君が居てはピンチにならず、少年の父親も来てはくれない。我ながら面倒な生命体を作り出してしまったものだ。まさか数百年の時を越えて、私の前に立ち塞がるとはね」

 

「ふん、貴様の都合など知ったことか」

「まるで人の話を聞いていない……幸いな事に、外で君の力は抑制される。これ以上の秘密を暴かれる前に、私は退散させて貰うよ。このままでは少年の出番が無くなってしまうからね。今でさえ少年は、置いてきぼりにされているではないか。年寄りは大人しく眠りに着いて欲しいものだ。もはや二度と、君の前に姿を現すことは無いだろう――それでは少年、また会おう」

 

 パリンッと軽い音を立てて、視界は割れた。割れ目の入った風景は、真っ白な背景を残して崩れ落ちる。僕の記憶で形作られた夢は終わり、現実へ引き戻された。目覚めると僕は辺りを見回し、立ち上がると玄関へ走る。そこに白い女の姿はなかった。茶々丸さんに聞いても、誰も居なかったと言う。しかし、記憶を見せるための魔法陣に触れないまま、「僕の記憶を見せる夢」へ侵入する事は難しい――もしや白い女は、夢へ侵入する能力を持っているのか。夢魔に属する悪魔ならば、そういう能力の保持者でも不思議ではないけれど……それは考えすぎか。

 

「おい、ぼーや。約束通り、戦い方を教えてやる」

 

 黒い笑みを浮かべたエヴァンジェリンさんは僕に言う。口は吊り上がっているけれど、目は笑っていなかった。身の危険を感じて、僕は思わず身を引く。誰が悪いのかと言えば、エヴァンジェリンさんを煽るだけ煽って逃げた白い女だろう……しかし、貴重なヒントを得られた。どういう原理なのかは分からないけれど、その場から移動しない事で、白い女は攻撃を無効化するらしい。新学期の夜に会った時だって、一歩も動かなかった。つまり、白い女を強制的に移動させれば、攻撃は通じるのかも知れない。

 

「上位悪魔だか何だか知らんが、ピンチなど潰してくれるわ! 闇の福音をコケにした報いを受けさせてやるぞ! フハハハハハハ!」

 

 ハッスルしているエヴァンジェリンさんを見て、僕は思った。もしやエヴァンジェリンさんは、白い女を知らなかったのではないか。麻帆良学園から逃げ出す途中の駅で会った時、エヴァンジェリンさんは「白髪の女」と言っていた。あの発言から白い女を知っていると思い込んでいたけれど……エヴァンジェリンさんの反応を見る限り、とても白い女を知っているとは思えない。エヴァンジェリンさんも、僕を騙していたのだろうか?

 

「戦い方を教える以上、私はお前の師匠だ。これからはマスターと呼べ」

「はい、マスター! 強くなって悪魔を打っ飛ばしましょう!」

 

 

まあ、敵同士なんだから、そういう事もあるよね。




▼勝負の結果と代償の修正による変更です。
 服従の契約に従って、僕は茶々丸さんの観光に付き添う。ビクビクしながら様子を見ていたけれど結局、エヴァンジェリンさんに襲われる事はなかった。2人に危害を加えた代償として血を捧げているから、僕を襲う必要は無かったのだろう。

 やたらテンションの高いエヴァンジェリンさんに捕獲されて、僕は観光に付き添う。ビクビクしながら様子を見ていたけれど結局、エヴァンジェリンさんに襲われる事はなかった。魔法球の使用料として血を捧げているから、僕を襲う必要は無かったのだろう。
----------------------------
▼勝負の結果と代償の修正による変更です。
 危害を与えた代償として、エヴァンジェリンさんに血液を差し出すためだ。

 魔法球の使用料として、エヴァンジェリンさんに血液を差し出すためだ。
----------------------------
▼完結から7ヶ月後に感想で『ザイン』さんから指摘を受けて、タイトルの誤字を修正しました。
 上位悪魔も私の支配化にあります→上位悪魔も私の支配下にあります

 (´・ω・`) ショボーン


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いどのえにっき(上)

【あらすじ】
悪魔の封印を解いて、
ネギと戦うように仕向けた、
とラスボスは申しております。


 白い女の事も合わせて、悪魔の襲来を刹那さんに伝えた。でも、刹那さんは悪魔に誘拐される。マスターもといエヴァンジェリンさんによると、刹那さんは僕よりも強い。その刹那さんを、麻帆良学園に侵入した悪魔は誘拐したらしい。近接戦闘に長けた刹那さんを軽々と無力化した悪魔は、いったい何れほどの力を備えているのか……侵入者を感知し、魔法で様子を探っていたマスターは「あの色ボケめ、色仕掛けに引っ掛かりおったぞ」なんて呟いていたけれど、そんな事はないだろう。そういう訳で僕は、生徒達を誘拐した悪魔の招待を受けた。その悪魔の指定した屋外ステージへ、僕と小太郎君は向かう。

 この小太郎君とは誰なのかと言うと、僕の生徒である木乃香さんを誘拐しようと試みた天ヶ崎一派の一員だ。京都で白い女の息子に勧誘された小太郎君は「封魔の瓶」を奪った後、麻帆良へ知らせに来たと言う。僕のパートナーとするために、わざと見逃されたのだろうか……そう思ったけれど、小太郎君の傷は思ったよりも深かった。これでは悪魔相手に、どの程度戦えるのか分からない。

 さらに悪い事に、小太郎君を助けた生徒の一人を誘拐された。それは僕の生徒である千鶴さんだ。刹那さんと千鶴さんを誘拐された以上、悪魔と一人ずつ戦うなんて余裕はない。だから白い女の予定通り、僕と小太郎君は力を合わせる事になった。でも、それでも悪魔に勝てるのかは分からない。相手は上位悪魔だ。だから僕は、小太郎君に仮契約を持ちかけた。

 

「俺は従者に成るなんて、お断りーや」

「じゃあ、僕が小太郎君の従者になるよ」

 

「お前が? せやかて、俺がマスターっちゅうのもなぁ……」

「良いアーティファクトを引き当てられなかったら解約するよ。今は少しでも手札が欲しいんだ」

 

「道具目当てかいな……まぁ、その方が分かりやすいっちゃー分かりやすいな……ええよ、今は姉ちゃんを助ける方が先や。お前と仮契約を行ったる」

「うん、それじゃカモ君、おねがい」

 

「よっしゃー! 行くぜ、兄貴! パクティオー!」

 

「……おい、ちょっと待てや。その仮契約の方法って何や……止めい、近寄んなや。顔を近付けんなっちゅーとろうが! ネギィィィィィィ!!」

「下らない事で問答してる場合じゃないだろ! 千鶴さんを助けるためだ! このくらい我慢しなよ、小太郎君!」

 

 君がマスターで、僕が従者だ。その結果、僕は「いどのえにっき」という人の思念を読み取れる本型のアーティファクトを手に入れた。アーティファクトは従者の資質に左右されると云う。それは未来に持つべき能力の暗示とも云われ、育てるべき能力の指針とも云われる……しかし、読心の力は僕に合っているのだろうか。読心系の魔法を鍛えるべきなのかと、僕は本気で思ってしまった。

 「いどのえにっき」は対象の名前を知る必要はあるけれど、強力なアーティファクトだ。このアーティファクトの凄い所は、質問の答えを誤魔化せない事にある。例えば「何を考えているのか?」という問いに対して、頭の中で「殺す殺す殺す」と考えても、「殺す殺す殺す……と考えて、本当の事を読み取られないようにしている」と表示される。読心を防ごうと理性的に考えている時点で防げない。

 それに何よりも、今の僕に必要なアーティファクトだった。この「いどのえにっき」を上手く使えば、相手に知られる事なく敵か味方かを調べられる……でも、まずは悪魔を倒さなければ成らない。エヴァンジェリンさんから伝授された「闇の魔法」も発動は出来るけれど、今の僕では使った瞬間に暴走するので使えない。小太郎君と力を合わせて、刹那さんと千鶴さんを助けるんだ。

 

~ネギちゃんは大変なアーティファクトを引き当てました~

 

 悪魔は強敵だった――その際、「ヘルマンさん、貴方は何を隠しているんですか?」と尋ねて情報を盗む。すると悪魔の雇い主は、京都で僕を石化させた白い少年と分かった。白い女によって差し向けられた悪魔なので、白い女の息子に雇われていても不思議ではない。悪魔を派遣した目的は僕の脅威度を計るため……ではなく、小太郎君の口封じや、悪魔の入っていた封魔の瓶の回収、ついでに陽動のためだ。そのために刹那さんを誘拐して、僕を誘き寄せたらしい。要するに、封魔の瓶で封印される恐れのある悪魔は本隊から外されて、別行動をしていたようだ……なんて迷惑な。

 その悪魔は僕と小太郎君に倒された後、消え去ろうとしていた。高位の悪魔は高度な魔法を用いて滅ぼさなければ復活する。これは吸血鬼の真祖であるエヴァンジェリンさんも同じ事だ。でも僕は、白い女を捕えるために氷結封印を習得した。僕は白い女の言っていたように、高位の魔物を滅ぼせる魔法を習得するべきだった。そうすれば今頃、エヴァンジェリンさんも悪魔も滅ぼせていただろう……仕方ないので僕は氷結封印を施し、悪魔を氷の中へ保存した。その後、スライムの中から刹那さんと千鶴さん――それと何故か誘拐されていた明日菜さんも救出する。明日菜さんは運悪く、スライムと遭遇してしまったようだ。

 悪魔を倒した数日後、僕は出張から帰ってきたタカミチと会う。最初に確かめる相手はエヴァンジェリンさんの味方と言っても、白い女と繋がりの薄いタカミチだ。僕は悪魔の雇い主を白い女という事にして、白い女に雇われた悪魔に襲撃された事をタカミチに話した。「いどのえにっき」を肩掛けカバン中に入れ、その中に片手を突っ込んだ状態で質問する。後は名前を呼んで、質問するだけだ。

 

「タカミチ、白い女について教えてくれない?」

「白い女かい? ごめん、ネギ君。数年前にネギ君から聞いて、僕も探してはいるんだけどね。白い女に関する情報は集まってないんだ……きっとネギ君の方が詳しいと思うよ」

 

「そうなんだー」

 

 タカミチは悪魔を倒した事を誉めて、学園長に報告すると言ってくれた。どうやら学園長を避けている事を、タカミチは察しているらしい……その問題も直ぐに解決できると思う。タカミチの後は学園長だ。タカミチと別れた後で「いどのえにっき」を僕は見る。もしかするとタカミチも白い女に加担しているのかも知れない。でも、タカミチから直に聞くのではなく、「いどのえにっき」で間を挟めば、タカミチに気づかれる事はない。その答えを僕は読んだ。

 

『白い女と言えば、6年前にネギ君が目撃したと言っている人物だよ。でも、ネギ君の証言はネカネ君の証言と食い違っているし、ネギ君の記憶にも白い女は存在しないから、白い女はネギ君の創作物とされているね』

 

 僕の質問に答える形で、タカミチの答えは表示された。それを読んだ僕は、ギリィと歯を食い縛る……ふーん、そうなんだ。タカミチって、そんな風に考えてたんだ。知らなかったよ。僕は怒りで何も考えられなくなり、手に持った本型のアーティファクトを強く握り締める。タカミチは僕を信じているような振りをして、本当は信じていなかったんだ。僕の罪の証だって、笑っちゃうよね――分かってる。こうなる事は分かっていたはずだ。タカミチはエヴァンジェリンさんの味方なんだから。タカミチに優しくされて、僕は勝手に勘違いをしていた。

 次に僕は学園長室を訪れる。表向きの理由は小太郎君に関する事だ。小太郎君を麻帆良学園に留めれば、仮契約は解除されず、「いどのえにっき」を僕は所有できる。だから悪魔の討伐によって、小太郎君の罪を軽減して欲しかった。すると学園長は小太郎君の滞在を許してくれる。ついでに、危険過ぎて保管に困っていた「氷漬けの悪魔」を学園長へ引き渡した。その際、タカミチの時と同じように問いかける。

 

「近右衛門さん、白い女について教えてください」

「ふぉっ? ネギ君、わし何かしたかのぅ?」

 

「どうしたんですか、学園長さん?」

「ネギ君、今わしの名前を呼び捨てにせんかったか?」

 

「そんな事しませんよ。やだなー、学園長さん」

「そうかのぅ……わしも耳が遠くなったのかも知れん」

 

 学園長を下の名前で呼ぶのは、ちょっと困った。いつも学園長と呼んでいたから、下の名前で呼べない。結局、間違えて呼んだ振りをする事にした。学園長はエヴァンジェリンさんの属しているクラスに僕を配置したり、僕を使者に任命して生徒達を危険に晒したりしている。僕の知っている中で一番、白い女と関係の深い人物だ。だから白い女に関する深い情報を得られるかも知れない――そう思っていた。

 

『白い女と言うと、ネギ君の故郷を壊滅させたとされる人物じゃよ。しかし、その存在を証明する物はネギ君の証言のみなのじゃ。共に救出されたネカネ君の記憶も、ネギ君自身の記憶も、白い女の存在を否定しておる。白い女の存在を証明する事は困難じゃろう』

 

 学園長も白い女の存在を否定しているなんて……おかしい。じゃあ、学園長に指示した人物は誰なのだろう。そんな人物は居なかった? いいや、それにしては不用意すぎる。僕の血をエヴァンジェリンさんに吸われたら如何するつもりだったのか。京都でも孫娘を誘拐されて大鬼神の復活を許してしまった。大鬼神はエヴァンジェリンさんによって討伐されたけれど……まさか、タカミチだけではなく学園長も「エヴァンジェリン派」なのだろうか?

 よく考えると木乃香さんの父親であり、関西呪術協会の代表でもある詠春さんもエヴァンジェリンさんに悪い感情を抱いていなかった。エヴァンジェリンさんのクラスに僕を配置したのはエヴァンジェリンさんを復活させるためで、僕を使者として任命したのはエヴァンジェリンさんの出番を作るためだったのかもしれない……いやいや、そんなバカな。まさか、そんな事のために孫娘を危険に晒すなんて事は無いはずだ。

 情報収集の最後に僕は、エヴァンジェリンさんの下へ向かう。エヴァンジェリンさんを最後に回した理由は、明らかに敵と分かっているからだ。それに、エヴァンジェリンさんは白い女を知らないと僕は疑っている……でも、「白髪の女」をエヴァンジェリンさんは知っていた。いったい白髪の女に関する情報を、どこで手に入れたのか。それも「いどのえにっき」を使えば読み取れる。問題は、マスターと呼ぶように言われているため、エヴァンジェリンという名前を呼べない事だ。

 

「エヴァンジェリンさん、白い女について教えてください」

「……おい、ぼーや。私の事はマスターと呼べと言っているだろう」

 

「だって、ここは学校ですよ。エヴァンジェリンさんをマスターと呼んでいるなんて知られたら、クラスの皆が大騒ぎしますよ」

「話しかけるのならばマスターと呼べ、マスターと呼べないのならば学校で話しかけるな……それと、その手に隠し持っている物はなんだ?」

 

「いいえ、何でもありません」

「肩掛けカバンに手を突っ込んで、見抜かれないとでも思ったのか? マスター命令だ、出せ」

 

 断ればマスターではなくなる。それはエヴァンジェリンさんの下で修行を出来なくなるという事だ……それを僕は惜しいと思った。エヴァンジェリンさんから伝授された闇の魔法を制御できるようになれば一気に強くなれる。でも、まだ僕は制御できない。そうして暴走した僕を抑え切れるのはエヴァンジェリンさんだけで、闇の魔法を教えられるのもエヴァンジェリンさんだけだ。あと少し、あと少し……せめて闇の魔法を制御できるように成りたい。悩んだ末に僕は、本型のアーティファクトを差し出した。

 

「他人の心を読むアーティファクトか……ずいぶんと薄汚い手を使う。そんなに私が怖いのか? 一度だけだ。この一度だけ許してやる。一度だけだからな。次は許さん」

 

 そう言ってエヴァンジェリンさんはページを破り取る。ページは火の魔法によって燃え上がり、手の上で灰になった。エヴァンジェリンさんは「いどのえにっき」を僕に返し、茶々丸さんと共に去って行く……その後、僕はズボンの腰部分に挟んで置いた、もう一冊の「いどのえにっき」を取り出した。じつは、「アベアット」ではなく「アベアント」と唱えると、アーティファクトのコピーを複数個よび出せる。おまけに、アーティファクトに手で触れる必要もなかった。

 

『白い女と言うと、ぼーや自身の言っていた奴だ。故郷を滅ぼした犯人だろう?』

 

 それだけだった……その文章に僕は違和感を覚える。なんだろう、分からない。でも、何かオカシイ。文章の短さだろうか……そうだ、エヴァンジェリンさんの知っているべき事が記されていない。エヴァンジェリンさんの弟子になった日、夢の中に白い女は現れた。その時に得ているはずの情報が記されていない。まさかネカネお姉ちゃんのように、エヴァンジェリンさんは白い女の事を忘れている? いいや、忘れているのならば、僕の修行を見てはくれないだろう――たしかに白い女は夢の中に存在していた。でも、エヴァンジェリンさんは、それを白い女と認識していない。

 もう一度、「いどのえにっき」をエヴァンジェリンさんに使いたい。でも、さっき禁止されたばかりだ。禁止されたけれど、エヴァンジェリンさんに気付かれないまま使う方法を考えよう。とりあえず今回は、タカミチも学園長もエヴァンジェリンさんも、『白い女に会った事はない』と分かった。でも、『白い女と知らずに会っている』可能性もある。それを調べるために、また「いどのえにっき」を使わなければ成らない。

 

~「いどのえにっき」を悪用しまくるネギちゃん~

 

 麻帆良祭は2週間後だ。なのに、僕のクラスの出し物は決まっていない。エヴァンジェリンさんの家から学生寮へ帰る途中だったけれど、落ち込んでいた僕は屋台に寄った。僕の担当している生徒の数人が働いている、路面電車を改造した屋台だ。そこで僕は生徒にスタミナスープをサービスされ、元気付けられる。でも、その翌日、また出し物は決まらなかった。また落ち込んだ僕は、生徒の一人によって屋台へ誘われる。

 

「タカミチも学園長もマスターも、白い女と会った事はなかった。皆を疑っていたのは、僕の思い込みだったのかな……?」

「そんな事はないよ、少年。君は間違っていない。間違っているのは彼等だ。彼等は私の正体に気付いていないだけなのだよ。私は確かに存在する。けれども私は様々な姿を持っていてね。だから彼等は私を正しく認識できない。様々な組織を一人で支配しようと思うのならば、姿形を使い分けた方が便利なのだよ。君の前で私は私だが、それ以外の者達の前で私は私ではない」

 

 隣を見て、白い女を目に映す。いつまにか隣の席に、白い女は座っていた。白いスーツを着て、液体の入ったグラスを手に持っている。驚いた僕は席に座ったまま後退り、椅子の端から落ちそうになった。思わず辺りを見回すけれど、他の客に変わった様子はない。修学旅行の時のように客を眠らせるべきかと思ったものの営業妨害だ。それに、また眠った一般人を盾に使われる可能性もあった。

 僕は気持ちを落ち着かせる。新学期の日に会った時も、修学旅行の時に会った時も、夢の中で会った時も、攻撃的な行動を取りすぎた。いまだに白い女の名前すら分かっていない、今の状況を変えるべきだ。僕は震える手でグラスを手に取り、その中にあった液体を口へ注ぐ……あれ? 水の量が増えてる? これ、僕のグラスだっけ? と思ってテーブルの上を見るけれど他にグラスはない。あえて言うと、白い女の手にも液体の入ったグラスはあった。

 

「おお、すまない少年。今気付いたのだが、これは君のグラスではないか。見た目も中身も似ていたので、間違えて取ってしまったよ。どうりで水の量が少ないと思った。私のグラスは、もう飲んでしまったのかね? もしかすると間接キスになってしまったのかな? 飲み込んでしまうと、ある意味ディープキスではないか。これは間違えてしまった私の責任だ。飲んだ物を吐き出す事は出来ないから、お詫びの印としてジュースを御馳走してあげよう」

 

 それを聞いた僕は、口の中に入れた水を吐き出したくなった。おかげで口の中の水を苦く感じる。でも、吐き出すなんて行為は人目のある場所で出来ない。なので我慢して、白い女の水を飲み込んだ……涙が出そうだ。ぜったい偶然じゃない。女は意図してグラスを入れ替えたに違いない。落ち着け、落ち着くんだ……こんなに人目のある場所で女に殴りかかったら問題になる……!

 

「……貴方の本当の名前は何ですか?」

「それは言えないね。以前ならば答えても良かったのだけれど、もはや答えられない。君は絵日記を手に入れてしまった。名前を知られれば私の心は、君の手で裸に剥かれる。そうなると知っているのに、名前を教える事は出来ないよ。アレは本来、君と仮契約を交わした宮崎のどかのアーティファクトなのだがね……オコジョ協会の介入でもあったのかな? 「いどのえにっき」は濫用を考えている従者へ渡らないように、取得制限を掛けられているからね。君の手に入った事は、私にとっても意外な結果だったよ」

 

「どうして僕の持っているアーティファクトの事を知っているんですか?」

「麻帆良学園から報告を受け取ったのだよ。学園長の心を読んだではないか。まさか、気付かれていないと思っていたのかね。そんな訳はあるまい。他人の心を読んだ事は見逃されていたのだよ。問い質すよりも放って置いた方が、君の行動を見通しやすいからね……まさか私一人で君の監視や情報操作、舞台の構築や情報収集を行っているとは思っていないだろうね――私には8千人の部下がいるのだよ」

 

「学園長は無実です。それは確かめました」

「ほぅ、それは本人に聞いたのかね。それとも絵日記を使ったのか……そんな事実は確認していないね。まぁ、たしかに老人は無罪だろう。君に関する報告は強制で、私に情報を渡していると知らないまま報告を行っているのだ。過失もなく、悪意もない――善意ある第三者だよ。しかし、無実ではない。君の情報を間接的に、どこかへ流している事実は変わらない。そんな学園長を君は信じられるのかね?」

 

「学園長は信じますよ。貴方の言葉は信用なりませんから」

「やれやれ、ずいぶんと嫌われた物だ。私の心を絵日記で読めないから、学園長のように信じてくれないのかな。私も心を暴かれれば、君に信じてもらえるのだろうか。何を考えているのか分からないから、君は不安に思っているのだろう。しかし、私の考えている事は単純だ。私はピンチを君に与えて、父親と再会させてやりたいのだよ。しかし、私の中には君にとって辛い真実が内包されている……これらを君に見せるのは、まだ早い」

 

~まだ早い(キリッ~

 

「さて、もうすぐ麻帆良祭だね。その期間中にピンチを仕込んだよ。今回は誰も死なない、石になる事もない。せいぜい服を脱がされる程度だ。だから安心するといい……失敗すれば、世界規模で混乱を生じさせる事になり、君達はオコジョにされるだろうけどね。一人分のピンチを抑える代わりに、範囲を広げたのだ。しかし、このピンチを乗り越えるためにはカシオペアというキーアイテムが必要になる。カシオペアが無ければ舞台に上がる事すら許されない。生徒の一人が隠し持っているから、頑張って探してくれたまえ」

 

「……む? どうしたのだ、少年。急に泣き出して、そんなに嬉しいのか。袖が濡れてしまっているよ。いや、これは……酒臭い。なんという事だ、少年の飲んだ水は酒だったのか。いったい誰が、こんな悪戯を……仕方あるまい。せっかくのピンチを無駄に終わらせるのは忍びない。少年に伝えるべき事は、紙に書いて置こう。このような状態の少年に伝えても、「記憶に御座いません」と言われるに違いない――おお、少年。そんな場所を掴んでも、ロッククライミングは出来ないよ……よしよし、おりこうさんだ」

 

~翌朝のネギちゃん~

 

 目覚めると、電車の中にいた。路面電車を改造した屋台だ。辺りを見回すと、外は薄明るくなっていた。どうやら眠ってしまったらしい。今日は土曜日だけれど、登校して出し物を決めなければ成らない。どうして眠ってしまったのだろう。そう思って昨日の事を思い出した。たしか昨日はエヴァンジェリンさんの家に寄って、学生寮へ帰って……ない。出し物を決められなくて落ち込んだ僕は、生徒に屋台へ誘われて、そこで白い女と会って、話して、眠くなって……ロッククライミング?

 

 

――僕は昨夜の記憶を、闇へ葬ることにした。



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いどのえにっき(下)

【あらすじ】
麻帆良祭の期間中に、
世界規模のピンチを仕込んだ、
とラスボスは申しております。


 白い女と過ごした夜の思い出を、僕は闇へ葬った。でも、白い女の残したメモはポケットに入っていた。思わず投げ捨てそうになったけれど、これは重要なヒントだ。これまでも白い女の言った通り、悪魔に襲われたり、吸血鬼の真祖に狙われたり、大鬼神は復活したり、また悪魔に狙われたりしている……改めて考えると、酷いラインアップだ。よく生き延びて来れたものだと思う。

 これまでの経験から白い女の言った「世界規模で混乱を生じさせたり、オコジョにされる」という話も笑えなかった。そんな訳でキーアイテムを探すものの見つからない。「カシオペアを探している」と生徒達に聞いても見つからなかった。少しずつ麻帆良祭は近付き、僕は焦る。そんな時、麻帆良祭の前日に魔法教師から庇った生徒から「カシオペアを渡す代わりに見逃して欲しい」と頼まれた。その生徒は魔法を暴露する計画を立てていると、「いどのえにっき」で分かっている。何度見直しても今回の主犯だ……でも僕は、カシオペアを手に入れるために、その生徒を見逃した。今日初めてあった魔法教師の言葉よりも、白い女の言葉を優先してしまった。

 しかし、カシオペアは罠だった。未来へ飛ばされた僕は、魔法先生に追い回される。「いどのえにっき」で魔法先生の思考を読み、僕は逃げ回った。追い詰められた地下で魔力溜まりを発見し、僕は麻帆良祭の3日目へ戻る。未来へ行った際に「いどのえにっき」で手に入れた情報を元に応戦の準備を整えた。そして、僕の生徒は主犯だった事を学園長に告白する。でも学園長は、そんな僕を許してくれた。

 敵の勢力は、6体の鬼神とロボット軍団だ。それを魔法先生達は食い止める。その間に主犯の生徒を倒して、僕はピンチを防いだ。闇の魔法は未だに使えなかったけれど、「いどのえにっき」のおかげで相手のタイムマシンを破壊する事に成功する。幸いな事に「いどのえにっき」の存在は広く知られていなかった。魔法先生に嘘を吐いたことは暴かれず、その事を学園長は誰にも言っていない。でも僕は魔法先生と会う度に、罪悪感で心を痛めた。その影響で僕は、魔法先生から距離を取るようになる。

 

~麻帆良祭編・完~

 

 エヴァンジェリンさんから伝授された闇の魔法の影響によって、僕の体は変化を始める。何度も暴走した結果、僕の体は魔物へ変わりつつあった。魔物へ変わらなければ、人として死ぬしかない。暴走の中で僕は白い女を思う。白い女こそ僕の到達点だった。白い女を頼りにして、僕は意識を再構築する。その思いに影響されて僕の体は白く染まった……もしも悪魔を憎んでいたら、悪魔のように変化していたのだろうか?

 そして僕は限界を突破した。人としての姿を捨て、魔物として再誕する。髪は白く染まって元に戻らなくなり、瞳や肌も生物と思えないほど白い。透き通るような白さではなく、ペンキを塗ったような白さだ。驚いた事に、口の中まで白かった。白い女を殺すという意志を、前よりも強く持っている……あれ? 捕まえるんだっけ? まぁ、いいや。ついに僕は「闇の魔法」を習得し、やっとスタートラインに立った。魔物化する過程で失った記憶もあるけれど、生活に問題はないと思う。

 

「ククク、これで貴様も魔に属する者の仲間入りだ。生まれ変わった気分は、どうだ?」

「悪くありません。でも、この姿で外に出たら驚かれますね。幻術を使わないと……」

 

 そろそろエヴァンジェリンさんを再封印できそうだ。修行に使っている魔法球の外に出れば、エヴァンジェリンさんは呪いによって弱体化する。その時を狙って、氷結封印を掛ければいい。「闇の魔法」の基本形態でも、弱体化しているエヴァンジェリンさんの力を大きく上回る。できれば「高位の魔物を滅ぼす魔法」で処理したかったけれど、アレは禁呪に分類される魔法だ。ウェールズにある魔法学校の禁書庫へ忍び込まなければ、習得するための資料は見つからないだろう。

 修行を終えて、魔法球の外へ出る。すると、肉体に重圧を掛けられた。目に見えない何かが、僕の体を押し付ける。全身に満ちていた力は体の奥底へ封じられ、指先から順に力を抜かれた。誰に何をされているのか分からない……いったい、これは何なのか。手に入れた力を失っていく感覚は、僕を不安にさせる。何とか力を取り戻そうと抗ったけれど、すぐに全ての力を失ってしまった、

 

「チッ……そう言うことか。ジジイめ、今度あったら如何してくれよう」

「どういう事なんですか、マスター。僕には何が何だか……」

 

「私の力を抑えているのは、ナギの呪いだと思っていたのだがな……ぼーやの様子を見る限り、違うらしい。ぼーやの力を抑えているのは、ナギの呪いとは別種のものだ」

「それは……いったい……」

 

「さぁな、何にせよ忌々しい……残念だったな、ぼーや。麻帆良学園にいる限り、せっかくの力も発揮できない。むしろ、弱体化した」

「そんな……」

 

 エヴァンジェリンさんの罠かと思ったけれど、そんな様子は見られなかった。落ち込んだ僕は、歩く気力すら湧かない。でも、エヴァンジェリンさんの家に泊まる訳には行かず、学生寮へ帰らなければならなかった……鏡を見ながら僕は、自身に幻術をかけて色を変える。幻術魔法を使ったため、余分な魔力は残っていなかった。肉体を強化できず、いつもより体は重い。闇の魔法は膨大な魔力の保有を前提とした技法だ。やっと暴走を収められたのに、今の僕では発動すら出来ない。

 

~真っ白な魔物と化したネギちゃん~

 

 学校は夏休みに入った。委員長さんによって、明日菜さんと僕は海へ誘われる。学園の外へ出ると、僕の魔力は復活した。しかし、エヴァンジェリンさんは学園の中だ。闇の魔法を使って封印を掛けるためには、エヴァンジェリンさんを学園の外へ連れ出さなければ成らない。それは修学旅行の時のように学園長の承認を得るか、父さんの呪いを解除しなければ不可能だ。どちらにしても、呪いに縛られていない全力開放のエヴァンジェリンさんと戦うことになるだろう。

 それは兎も角、僕達の後を追って、他の生徒達も海へ来た。そこで僕は明日菜さんと仲直りする。タカミチの味方と思って避けていたけれど、その必要はなくなった。麻帆良祭の期間中に明日菜さんは、タカミチへ告白して断られたからだ。もはや明日菜さんはタカミチの味方じゃない。だから僕は「ごめんなさい」と謝って、明日菜さんに許してもらった。木乃香さんに対しても迷惑を掛けたから謝るべきだろう。だって、エヴァンジェリンさんを活躍させるためならば、学園長は孫娘も利用するのだから。木乃香さんも被害者だ。

 飛び入り参加の客に乱入される……なんて事もなく、一日は終わる。夜は宿泊施設に泊まり、お風呂へ入った。女子寮と違って他の利用客もいるので、風呂場へ乱入される事もない――と思っていたけれど、よく考えたら委員長さんによって宿泊施設は借り切られている。男湯へ乱入される恐れを察した僕は、お風呂を早目に上がる事にした。しかし、僕の行動は遅かったらしく、お風呂場の扉は開かれる。

 

「やあ、少年。失礼ながら、お邪魔するよ。女性用の風呂場は、君の生徒達のせいで満杯でね。仕方なく、男湯を使う事にしたのだ。幸い、この宿泊施設は君達によって貸し切られている。他の男性客は居ないので、安心して入れるよ……ああ、心配はいらない。君に裸を見られても私は構わない。君には何度も裸を見られているからね、今さらだよ。遠慮はしなくていい、私と君の仲じゃないか」

 

「なんで居るんですか!?」

 

 最悪だった。まさか、こんな所に現れると思っていなかった。白い女は白い肌を隠す事なく、そこにいる。でも、麻帆良学園の敷地外だから、僕の魔力は復活していた。そういう意味で考えると、外で会えて良かったのかも知れない。今の僕に戦う力はある。杖は無いけれど、発動媒体となる指輪もあった。エヴァンジェリンさんから、闇の魔法の習得記念として貰った指輪だ。「人に紛れて生きるのならば付けて置け」と、よく分からない事を言われている。

 エヴァンジェリンさんから貰った指輪なんて怖くて使えないけれど、指に付けていないと怒られるので最近は付けっ放しだった。おかげで、こんな状態でも魔法を使える。お風呂に入ったまま闇の魔法を発動させて、僕は暗い闇を纏った。闇の魔法の基本形態である「闇き夜の型」だ。ブゥゥゥンという空気の振動によって、お風呂の水面を揺らし、風呂場の扉も震わせる。

 

「こんな場所で闇の魔法を使うとは、風呂場を壊す気なのかね。こんな所で戦ったら君は無事でも、他の者は無事で済むと言えないよ。この風呂場も傷付けてしまうだろう。そんなに怯えなくても、私は何もしない。君と一緒に風呂へ入りたいだけだ。その程度の事すら許してくれないと言うのか……ああ、なんだ。もしや私の声は聞こえていないのか。すでに君は、暴走しているのだね」

 

 

 殴る叩く潰す捻じる曲げる千切る倒す壊す殺すHitSwatSmashTurnBendTear-offDefeatBreakMurder焼死溺死凍死感電死斬死圧死Death-by-fireDrownDeath-by-freezingElectrocutionDying-by-cuttingSuffocation氷結石化FreezingPetrifaction白い女を白い女をしろいい女をしろい女をしろいいおんなをしろいいおんなをMurderMurderMuurderMuuurderMuuurderrMuuurderrrしろくしろくしろくしろくしろくしろくdyedyedyyedyyyedyyyeedyyyeee

 

 

「しかし、そんな様では、私に勝てないよ」

 

――アデアット

 

 

~ほわいと☆ネギちゃん鎮圧中~

 

 暖かい。誰かに抱かれている。温もりによって、心と体を癒される。僕は人肌の感触と体温を感じていた。失った部分を埋め合わせているような感覚を覚える。顔も知らない母親に抱かれているような気分だった――それで僕は、心を満たされていた。全てを忘れて僕は、その感覚に体を預ける。無条件の信頼を相手に寄せていた。こんな事をするのは新学期の時に、明日菜さんと眠らなくなって以来だ。

 

「少年、長湯すると肌がフニャッとなってしまうよ。そろそろ目覚めては如何かね。私としては嬉しいのだが、こんな所を誰かに見られたら勘違いされてしまうよ。まあ、貸し切りとは言っても、彼女達も男湯へ突入する事は無いと思うけれどね……それにしても君は柔らかいね。ついついプニプニしてしまうよ。やはり小さい物は素晴らしい。このまま目覚めないのならばスリスリしてあげようか」

 

 カッと僕は目を開き、白い女を突き放す。しかし、体に力は入らず、白い女をポヨンと揺らすだけだった。お風呂の中に倒れた僕を、白い女は拾い上げる。いったい如何いう事なのか。どうして、こうなった。たしか闇の魔法を発動させて――暴走した。それを白い女に止められたのだろう……危ない所だった。こんな場所で暴れたら、生徒達まで巻き込む所だった。暴走は制御できたと思っていたけれど、暴走し難くなっただけだったのか。

 

「放し……くだ……」

「起きたようだね。意識はハッキリしているのかな。ちゃんと話を聞いてくれないと困るよ。そろそろ私の時間も終わりなのだから……では、話を始めようか。君に交わした約束のために、私は説明しなければ成らない。これまでに起こったこと、これから起こること。全ては君のためだった。君の父親を呼び寄せるためだった。それも次で成功すると、私は確信している――ピンチの話だ」

 

 またピンチの話だ。その話に僕は疑問を持っていた。前回のピンチで主犯となった生徒は、僕の生徒だ。ピンチを防いだ後に本人の許可を得て、「いどのえにっき」で心を読ませてもらった。それによって、生徒は単独勢力であると証明される。今回の事件は生徒の意志で起こされ、他者の意思に影響された跡は無かった。白い女は本当に、ピンチを用意したのだろうか。白い女は他人の起こした事件に便乗したのではないか?

 

「超さんは……操られて……」

「超鈴音の無意識を読んだのだね。しかし、私の影も形も見当たらなかった。それは当然だよ。私は超鈴音の意識に干渉したのではない。世界樹の大発光を一年早めただけなのだ。「世界中の大発光が早まったために、計画を一年早めた」と超鈴音は言っていただろう。「異常気象で世界樹の大発光が一年早まった」という話も学園長から聞いているはずだ――それは私の仕業だよ。魔法世界側で魔力を集め、麻帆良学園の地下にあるゲートを通して世界樹へ送り込み、大発光を一年早めた。君のいる間に事件を起こすためにね」

 

 そんな事をするとは思えない。そんな事をして白い女に利益はあるのだろうか。こんな事をして意味はあるのだろうか。本当に父さんは来ると思っているのだろうか。本当に来た所で意味はあるのだろうか……ピンチになった僕を助けて、また父さんは去って行くのだろうか。死ぬほどの苦労をした所で、父さんは何のくらいの時間、僕の側に居てくれるのだろうか。一年か、一ヶ月か、一日か、一時間か……そんな結果に意味はあるのだろうか?

 

「信じ……ませ……」

「私の裏工作なんて信じなくても構わないさ。君はピンチが起こると知っていればいい――次のピンチは世界の存亡を賭ける。この世界ではなく魔法世界の消失だ。それほどのピンチとなれば、君の父親も駆け付ける事だろう。消失するのは魔法世界なので、現実世界に与える影響は少ない……そうは言っても、最終段階になると麻帆良学園の下にあるゲートで魔法世界と繋がって、多少の影響は出るのだがね――ああ、このゲートというのが、世界樹の大発光を引き起こすために使った物だ。それで何が起こるのか具体的に言うと、魔法世界の消失に巻き込まれる」

 

 魔法世界だから関係ないと思っていたら、そんな事はなかった。放って置けば生徒達は消失に巻き込まれる。どんな状態を「消失」と呼ぶのかは分からない。でも、間違いなく良くない事だ……それは許せない。でも今の僕は麻帆良学園で、一般的な魔法使いに劣る程度の力しか持っていなかった。事件に巻き込まれても、麻帆良学園では戦えない――僕の力では何もできない。

 

「僕は……でき……」

「ああ……そう言えば君は、人では無くなったのだったね。それならば魔法世界へ渡るといい。魔法世界側から行けば、全力を発揮できるよ。そうすれば最終段階へ進む前に、作戦を止める事も出来るのかも知れないね……ならば場所を教えて置こう。我々の本拠地は墓守り人の宮殿だ。そこで私の息子達は、魔法世界消失の準備を行っている。しかし、君一人で息子達全員と戦っても一方的過ぎるだろう。だから、君の父親の友人であるジャック・ラカンを探すといい。闘技場で戦っていれば姿を現すだろう。きっと力になってくれるはずだ。たぶん……」

 

 なぜか白い女は言い淀む……これは珍しい事だ。ジャック・ラカンという人物の行動を、白い女は制御できないという事なのか。いったい、どんな人なのだろう。そう思うと、少しだけ行きたくなった。でも、行き先は魔法世界だ。一人で行くのは不安だった。行かなければ魔法世界の消失に巻き込まれるらしい。それを防いだとして、僕は何を得られるのだろうか。苦労をしてまで父さんと再会する――意味がない

 

「父さん……なんて……」

「魔法世界へ行くのならば、一つ良い事を教えてあげよう。魔法世界の「夜の迷宮」というダンジョンに、鬼神の童謡という魔法具が眠っている。「鬼神の童謡」は相手の名前を見破る魔法具だ。君の持っている「いどのえにっき」と合わせて使えば、名前を知らない相手の無意識も読み取れる。それを使えば私の正体も見破れるのかも知れないね――まあ、行くも行かないも、君の好きにするといい」

 

 そんな事を言われて行かない訳はない。見えている釣り餌に飛び付く事しか、僕はできなかった。麻帆良学園に残っても、世界の滅びを待つだけだ。ならば夏休みの間に魔法世界へ行くしかない。魔法世界へ行って、鬼神の童謡を手に入れて、闘技場でジャック・ラカンという人を見つけて、見つからなくても白い女の本拠地へ行き、消失を止める――それは白い女と僕の、最後の戦いになるのだろう。

 

~カモ君なら女湯へ行ってるよ~

 

「あ、ネギ君おきたよー」

「だいじょうぶー? ネギくーん?」

「ああ、ネギ先生。こんな事ならば、お風呂を御一緒にするべきでしたわ」

「大丈夫ですか、ネギ先生」

「ネギせんせー、おはようございます」

「ネギ、しっかりしなさいよ」

「ネギくん、しっかりしいやー」

「お気は確かですか、ネギ先生」

 

 目覚めると生徒達に囲まれていた。熱くなった体を冷やすために、氷の入った袋を押し当てられている。どうやら僕は、お風呂に漬かったまま気絶していたらしい。僕の様子を見に来たカモ君に発見され、カモ君は明日菜さんに助けを求め、男湯へ乗り込んだ明日菜さんによって僕は救助された。僕は明日菜さんに御礼を言って、皆にも御礼を言う。こんなに優しい生徒達を戦いに巻き込んでは成らないと、僕は改めて思った。

 夏休みの間に、魔法世界へ行こう。これは僕の我がままだ。生徒達も小太郎君も置いて行く。僕は白い女に会いたい、白い女を倒したい、白い女の正体を知りたい、白い女の秘密を暴きたい。そのために魔法世界へ行く。麻帆良学園に降りかかるピンチを防ぐためでもあるけれど……結局は自分の望みを果たすためだ。麻帆良学園を救うのではなく、白い女を倒した結果、麻帆良学園は勝手に救われる――自分の責任で、自分のために、僕は白い女を倒す。

 白い女を倒さなければ僕の人生は前へ進めない。白い女は僕の全てで、白い女を倒すために僕は強くなった。人ではなくなり、僕は魔物になった……いいや、今さらな話だ。6年前に村を滅ぼされた時から、僕の人生は白で染め上がっている。あの時から僕は、とっくの昔に、心は魔物となっていた。もう過去には戻れない、もう元には戻れない。白い女を倒すために僕は存在する。魔法世界へ行って、白い女を倒そう。

 

 

それで全て終わりだ。




▼『仮称』さんの感想を受けて、脱字に気付いたので修正しました。急に田舎言葉になっていたのね。
 君一人で息子達全員と戦っても一方的過ぎるだ」ろう←ここ重要



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おわり

【あらすじ】
魔法世界を消失させ、
麻帆良学園も巻き込むと、
とラスボスは申しております。


 ウェールズの魔法学校へ寄って、魔法世界へ行くための案内人を紹介してもらう。魔法世界へ行く表向きの理由は父さんを探すため、裏向きの理由は魔法世界のピンチを防ぐため。本当の理由は白い女と決着を付けるためだ。要点は3つある。相手の名前を見破る魔道具「鬼神の童謡」を「夜の迷宮」で探し、闘技場でジャック・ラカンを探し、墓守り人の宮殿で白い女の息子達を倒す。

 案内人の魔法使いに誘導されて、僕とカモ君は魔法世界へ渡った。その際、武器に分類される杖や指輪を預ける。そこで僕は、さっそく事件に巻き込まれた。ゲートポートは何者かの襲撃を受けて破壊され、僕と案内人さんは強制転移魔法に巻き込まれる。案内人さんと共に遺跡地帯へ飛ばされた僕は、トレージャーハンターのグループに救助された。その人達に町へ連れて行ってもらうと、僕は指名手配されていた……なんて事はない。あったら困る。その代わりとして、「ゲートポートの破壊は鎖国派によるもの」という記事を僕は見つけた。

 

( 鎖国派か。それにしてはタイミングが良過ぎる。僕が魔法世界へ渡るタイミングを見計らっていたんじゃないかな。わざわざ僕の渡航した瞬間を狙って、白い女は仕掛けた……そのせいで杖や指輪、それに仮契約カードも封印箱に入ったままだ。仮契約カードを出さないと、「いどのえにっき」を喚び出せない。まさか、こんな方法で「いどのえにっき」を封じられるなんて思わなかった――でも、まだ封印箱は奪われていない。封印箱さえ開錠すれば「いどのえにっき」を取り戻せる。それまで封印箱を守らなくちゃ )

 

 封印箱は、ゲートポートを使う際に武器を預ける箱だ。片手で抱えられる程度の大きさだけれど、箱よりも長い杖なんかも封入できる。この箱の封印を解くための方法は基本的に、ゲートポートで開けてもらうしかない。つまり僕は一度、飛空挺に乗って入国した町へ戻らなければならない。しかし、トレジャーハンターから聞いた話によると、目的地の一つである「夜の迷宮」は現在地の近くにある。「夜の迷宮」は白い女の示した場所だ。おそらく、ここへ飛ばされたのは偶然ではない。僕は白い女に選択を迫られている――封印箱の開封を優先するべきか、魔法具の入手を優先するべきか。試(ため)されている。

 

( ……白い女の正体を知りたい )

 

 封印箱を守りつつ、魔法具を探すか。でも、杖が無ければ魔法は使えない。魔法を使えなければ封印箱を守り抜けない……いいや、待てよ。たしかエヴァンジェリンさんは、杖なしで魔法を使っていた。オコジョにされた魔法使いと違って、元からオコジョ妖精なカモ君も杖なしで魔法を使える。人ではない存在は、杖なしで魔法を使える。今の僕は人ではなく、魔に属する生物だ。ならば杖なしで、魔法を使えるのかも知れない。

 

「カモ君、僕に魔法を教えてくれない? 『杖を使わない魔法の使い方』を」

「妖精と人間じゃ身体の造りが違いやすぜ……あ、そっか。今の兄貴なら杖を使わなくても魔法を使えるはずッスよ」

 

「うん……でも、それが分からないから困ってるんだ。いつもは杖や指輪に魔力を通してたけど、発動媒体が無い時は、どこに魔力を通したら良いのかなって」 

「発動媒体の代わりに、体に魔力を通せば良いんでさ。体の中で魔力をぐーるぐーるって回すような感じで」

 

「グールグール?」

「いやいや、ぐーるぐーる、って感じですぜ」

 

「ぐーるぐーる」

「そうそう! その調子ッスよ」

 

 思えば、まだ僕は人のつもりだったのだろう。人として魔法を使う方法に僕は慣れていた。でも魔物となった今、その常識は捨てなければならない。体の構造が違う以上、これまでと同じ方法は非効率的だ。だから「人として魔法を行使する感覚」から、「魔物として魔法を行使する感覚」へ切り替える。理論的ではなく、感覚的な魔法の行使だ。カモ君の助言を受けて、僕は昇華した。

 

「来れ雷精、風の精、雷を纏いて、吹きすさべ、南洋の嵐――雷の暴風」

 

 白く発光する光線が、渦を巻きながら飛んで行く。雷の暴風は大岩に着弾し、完全に粉砕した。炸裂した岩の欠片は飛び散り、バチバチと地面の上を跳ね飛ぶ。人だった頃の2倍も3倍も威力は上がっていた……さらに闇の魔法を発動させる。暗い闇を纏ったまま再び魔法を放った。打ち出された光線は、再び大岩に着弾する。すると光線は大岩を飲み込み、そのまま消し去った。それでも勢いは止まらず、大岩の背後にあった岸壁を抉る。そうして跡形もなく消し飛んだ大岩と、岩壁に開いた大きな穴を僕は確かめた――素晴らしい。これこそ魔物となった僕の、本来の力だ。

 

~あと2回変身を残しています~

 

 魔法を使えるようになったので、幻術を掛け直す。人だった頃の姿で、白い姿を覆い隠した。白い髪を赤く見えるように偽装する。そこで僕は、一つの問題に気付いた。人に偽装した姿で発動媒体を持たないまま魔法を使えば、人ではないと見破られる……ああ、だから闇の魔法を習得した時、エヴァンジェリンさんは指輪をくれたのか――でも、もう必要ない。人としての姿を取り繕う必要はなくなった。

 案内人さんに僕の正体を明かし、封印箱を渡してもらう。そしてトレジャーハンターに「夜の迷宮」の場所を教えてもらい、一人で魔法具を取りに行った。こんな時は光の魔法を取り込み、全身に光の特性を付与して、光速で移動できれば便利だ。しかし、「普通に魔法を取り込んでも、そんな効果は発現しない」とエヴァンジェリンさんは言っていた。そもそも僕は全身の光化を行うために必要な、光系の高位魔法を覚えていない。その代わりに魔法学校で覚えたのは、白い女を捕えるための凍結封印魔法だった。

 夜の迷宮に着いた僕は、魔法具の探索を始める。数々の罠を強引に突破したり、時には解除した。そうしていると少しずつ罠に慣れ、引っ掛かる前に気付けるようになる。途中で食料が足りなくなり、町へ戻る事もあった。二週間かけて「夜の迷宮」を探索し、箱に入っていた書類の暗号を解き、魔法具の保管場所を暴く。そうして魔法の宝箱に保管された、相手の名前を見破る指輪型の魔法具「鬼神の童謡」を僕は手に入れた。ついでに手に入れた他の魔法具はトレジャーハンターに買ってもらって、借金していた滞在費の返済に充てる。

 

~3段落で纏めました~

 

 封印箱を開錠してもらって、「いどのえにっき」を取り戻した。次に自由交易都市へ向かった僕は、闘技場へ参加する。終戦記念として開かれている拳闘大会「ナギ・スプリングフィールド杯」だ。タイミングよく開催されている事に作為を感じるけれど、参加しない訳にはいかない。特に名前を偽る理由は無いので、ネギ・スプリングフィールドの名で登録した。それにスプリングフィールドで登録すれば、父さんの友人らしいラカンという人も気付いてくれるだろう。目立つように魔物としての正体を晒し、僕は派手に戦った。そうしていると影使いに勝負を挑まれる……ラカンという人ではなく、別の人を釣ってしまったらしい。

 影使いは町中で戦いを始めた。とりあえず僕は、町の外へ逃げる。記念祭の行われている今は、各国から派遣された部隊によって警備されているからだ。町中で騒ぎを起こせば、警備兵に通報される。仮面を着けて正体を隠している影使いと違って、僕の白い姿は一目で分かるため不利だった。それに町の外へ逃げて見せれば、後で被害者と言い訳できるだろう。

 まずは闇の魔法を用いて「雷の暴風」を体に取り込んだ。さらに「雷の斧」を右腕と左腕に取り込み、2つを統合して空中に固定し、雷で構成された大きな戦斧を形作る。それを影使いに叩き付けて炸裂させたけれど、影使いの張っていた多重障壁のせいで倒し切れなかった。敵の付けていた仮面を破壊した程度だ。距離を取れば多数の影は回避できるけれど、近付かなければ有効な攻撃を入れられない。面倒臭いし、探している人物じゃないから用は無いし、逃げようと僕は思っていた。

 その時、僕と影使いの間に、天まで届くほど巨大な剣を突き立てられる。突き立てたのは、ローブを被った怪しい男だ。強引に戦闘を中断させた男の名はジャック・ラカンと言って、白い女の示した人物だった。そして影使いを追い返すために、僕はジャック・ラカンの弟子という事にされ、影使いと拳闘大会で戦うように言われる。そのまま何処かへ去ろうとしているラカンさんに、僕は声をかけた。

 

「お父さんの友人であるジャック・ラカンさんですね。お願いがあります。墓守り人の宮殿で、僕と一緒に戦っていただけませんか?」

「おいおい、ここは格好よく去っていく俺様を、『ジャック・ラカン、何者なんだ……!?』と思って見送る所だろ? ほれ、もう一度」

 

「ジャック・ラカン、何者なんだ……!?」

「あぁ、やっぱいいや……で何だって?」

 

「墓守り人の宮殿で、僕と一緒に戦っていただけませんか?」

「俺とお前が戦うんじゃなくて、俺とお前が『一緒に』戦うのかよ……誰と? つーか、墓守り人の宮殿? その名前、聞き覚えがあるな」

 

「墓守り人の宮殿という場所で、魔法世界消失の儀式が行われている……いいえ、行われる予定です。それを防ぐために、お父さんの友人であるラカンさんの力が必要だと言われました」

「誰だよ、そんな余計なこと言ったやつ。〆(しめ)てやるから、ちょっと連れて来い。闇の魔法を習得したから一人前って事なのか? 聞いてねーぞ」

 

「その事を僕に教えたのは白い女です。名前は分かっていません。その白い女は敵のリーダーと思われます。これまでに何度も僕の前に姿を現し、事件を引き起こしました」

「……あー、まぁいいや。俺に助太刀して欲しいんなら500万。払えないんなら諦めな」

 

 500万……500万ドラクマ。ナギ・スプリングフィールド杯の優勝賞金は100万ドラクマだ。拳闘大会で優勝しても足りない。でも、賭けに参加して自分に賭ければ、少しは増やせる。奴隷になった仲間の借金を返すため……なんて理由は無いので、負けて無くなっても構わない。問題は自分自身に賭けてはならないこと。それと「闇の魔法」を用いて勝ち過ぎたため、自分に賭けても倍率は低いことだ。今さら手を抜けば不審に思われる――いいや、待てよ。

 さっき影使いに町中で勝負を挑まれ、僕は町の外へ逃げ出した。それを利用するんだ。僕は影使いに襲われて怪我を負った。そのせいで本来の力を出せない。そういう事にすればいい……しかし、魔法による治療技術は、切断された腕も繋ぎ直せるほど高い。おまけに魔物となった僕は、腹を貫通した傷だって数分もあれば完治する。次の試合までに治っていないという事は有りえなかった。ならば、どうする――治療不可能と思わせればいい。

 

~ラカン「白い女って誰よ?」~

 

 次の試合で闇の魔法を暴走させた。わざと暴走させた。白く染め上げられた魔力は、対戦相手を消滅させる。対戦相手の死亡による試合終了だ。その後、結界の中で5分ほど暴れ回り、僕は停止した……敗北条件は「死亡・戦闘不能・ギブアップ」なのでルール違反ではない。しかし、次に暴走したら失格と告げられた。そして次の試合では、まるで暴走を恐れるかのように、ギリギリまで闇の魔法を封印する。

 そうして僕は勝ち抜いていく。対戦相手を死亡させた次の試合では、逆に賭ける人は多くて倍率は下がった。でも、「闇の魔法」の発動を抑える僕の姿を見て、人々は不安を覚える。それによって僕に賭ける人々は減り、倍率は上がった。「闇の魔法」の発動を抑える事で、闇の魔法に頼らない戦い方も練習できる。ラカンさんを発見できたから、派手に戦う必要もなくなった。

 そして決勝戦の相手は、ラカンさんと影使いさんだった。相手は二人で、僕は一人だ。相手は伝説の英雄と世界有数の影使いで、僕は「闇の魔法」を暴走させて魔物化したと思われている元人間の子供だった。試合の直前に見た賭け率によると倍率は2倍だったので、僕の勝利ならば200口は400万ドラクマになるだろう――勝てればね。勝敗予想のアンケート結果によると、僕が勝つと予想した人は4割……ではなく1厘、つまり0.1パーセント、1000人に聞いて1人答える程度だった。

 

「てめぇの敗因は4つだ。わざと闇の魔法を暴走させたこと、試合で手を抜いたこと、自分自身に賭けたこと、賭け率を操作したこと。だから俺が、ここにいる。お前はやっちゃいけねーことを、やっちまったんだよ。ガキだから分かってなかった、なんて言い訳は通用しねぇ。証拠はねぇが……どうせ複数の人物に変装して、自分に賭けたんだろ? 同じ事をやった奴はいる、もう此の世には居ねーけどよ。ここで勝っても負けても、ルール違反で私刑だ。だから、ここで終わらせてやる。理解しろよ、これは勝負じゃねぇ――ネギ・スプリングフィールドの華々しい公開処刑だ」

 

 試合開始と同時に伸ばされた影を、魔物化した白い手で弾く。問題はラカンさんだ。ラカンさんは空へ飛び上がり、アーティファクトで喚び出したハルバードを構えている。その力の高まりから一撃で勝負を決める気だと察した僕は、風精召喚の呪文を唱えた。自身の偽者を作る「風精召喚」を右腕と左腕に取り込み、2つを統合して体に取り込む。そうして1000体の分身を作り出した。

 空から槍が落ちる。それは闘技場の底を貫き、崩落させた。分身を薙ぎ払って、僕の側に突き刺さる。直撃しなかったのは影使いを盾代わりに使ったからだ。その代わりとして、影使いさんの足元に飛び込んだ僕は、全身を影で貫かれた。でも、ラカンさんの槍で消滅させられるよりはマシだろう。しかし、このままでは影に捕まって動けない。影使いさんの足元へ飛び込むまでの間に唱え、左腕に取り込んで置いた「雷の斧」を解放した。ガガガガと目の前で雷を炸裂させ、僕は自分ごと影を焼き切る。

 

( ギブアップすれば良かったのかも知れない。でも、そうすれば闘技場の外で命を狙われる。この決勝でラカンさんが出てくる前ならギブアップしても良かったけれど、もうダメだ。ここでギブアップすれば闘技場の外で、間違いなくラカンさんに命を狙われる。ならば、ここで戦った方が生き残れる確率は高いだろう……でも、開始から約10秒でボロボロだ。全身に穴を開けられて、魔法で自爆した。魔物じゃなかったら死んでたよ――でも、まだ生きている。だから戦える )

 

 再び「雷の斧」を詠唱する。右腕へ取り込んだ後に空中で固定し、雷で構成した戦斧を形作る。その戦斧で影使いさんに攻め込み、詠唱の時間を稼ぐ。「奈落の業火」を右腕に、「凍てつく氷柩」を左腕に取り込んだ。どちらも不得意な魔法だ。詠唱を省略できないために、詠唱時間は長い。そうしている間に空から落ちてきたラカンさんは、影使いさんの隣に着地した……挟み撃ちにされたのなら、また影使いを盾にしようと思ったけれど。

 ところで僕は、武器の扱いは得意ではない。どこかのお姫様や、どこかの議員や、どこかの騎士に、戦い方を学んだ訳ではなかった。なのでラカンさんや影使いさんの攻撃を、武器で華麗に処理するなんて事はできない。そういう訳で不要になった「雷の斧」を、影使いさんに向かって投げ飛ばす。それを解放すると斧としての形は崩れ、真横に落ちる雷となった。しかし、影使いさんの影によって、2人へ届く前に打ち落とされる。

 

――術式兵装『水晶庭園』

 

 それによって僕の足元は凍った。僕の立っている場所から氷結は広がって行く。そして一瞬の迷いもなく僕は、「風花・風障壁」を唱えた。発動は一瞬だけれど、とても堅い障壁を張れる魔法だ。次の瞬間、ラカンさんのパンチで僕は吹っ飛ばされる。風の障壁は紙のように引き裂かれ、観客席前に張られた魔法障壁まで飛ばされた。艦載砲すら防ぐ魔法障壁によって、僕の体は受け止められる――でも、挽き肉の状態になるのは防げた。しかし、さらにラカンさんの気弾によって追撃される。それを受け止めた僕の両腕と、防ぎ損なった下半身は消し飛んだ。

 両腕と下半身を失った僕は、地面に落ちる。まるでダルマのようだ。魔法を取り込める場所は両腕と両脚だった。こんな状態では魔法を取り込めない。でも、まだ負けてはいなかった。倒れたまま頭を動かして、僕は前を見上げる。その間、攻撃はされなかった。影使いとラカンさんは、まだ傷一つ無い――絶望的な状況だ。圧倒的な強さだった。そもそも2対1だ。勝ち目なんて無い。ギブアップしたかった。でも、ここでギブアップしても、後でラカンさんによって私刑に処されるだろう。戦っても絶望するしかなく、逃げても絶望するしかない。

 

( 死ぬ訳には行かない。僕が白い女を倒さなければ、誰が白い女を倒すんだ。僕が死んだら魔法世界は消滅する……いいや、そんな事は如何でも良いんだ。『魔法世界なんて、どうでもいい』。僕が白い女を倒さなければならない。僕が死んだら白い女を永遠に倒せなくなる。僕が死んだら誰が白い女を倒すんだ――白い女を、他の誰かに倒されるなんて許せない )

 

 地面を這いつつ広がっていた氷は、2人の体へ届いた。ラカンさんは面倒臭そうに、氷を踏み潰す。しかし氷は纏わり付き、生き物のようにラカンさんの足を這った――「奈落の業火」を体に取り込むと、触れた場所から相手の魔力を吸収できる。「凍てつく氷棺」を体に取り込むと、触れた場所に氷を張り付かせて力を封印できる。そのまま統合して体に取り込んでも、こんな事にはならない。それを調節して、「魔力を吸収して自動的に凍らせ続ける」ように作り変えた。

 術式兵装『水晶庭園』、これは相手を封印し続けるための魔法だ。永久石化という魔法に似ている。「相手の魔力」と「空気中の魔力」を食らって、自動的に氷結活動を続ける。永久石化と違う点は、術式兵装を解除すると氷結活動は止まる事だ。もちろん、白い女を封印するために開発した。『水晶庭園』の発動を維持する限り、氷結範囲は広がって行く――だから四肢を失っても、まだ僕は戦闘不能ではない。僕の攻撃は続行している!

 

「おい、ぼーず……てめぇは誰と戦ってやがる。てめぇは目の前にいる俺達を見ちゃいない。俺達の向こうにいる誰かと戦ってやがる。これまでだって、そうだ。てめぇは対戦相手を人形か何かと勘違いしていやがった。こうしてピンチになっている今だって、俺達の事を見ちゃいねぇ。俺が許せねーのはソレだ。その不真面目で不誠実で無関心な、その態度だ――俺を見ろよ。てめぇは俺と戦ってんだろ」

 

 僕の戦っている相手は、僕の敵は……僕はラカンさんを見た。僕の首を掴んで持ち上げているラカンさんを見た。僕に触れているラカンさんの腕を、氷は這う。でも、氷は纏い付く度に、気の放出で吹き飛ばされていた。付いては払い、付いては払い。戦闘中ならば其の隙を狙えたけれど、今となっては何も出来ない……無詠唱の魔法ならば使えるけれど、今の状態で使っても意味はなかった。

 ふと、ラカンさんの背後に視線を向ける。影使いではく、客席の方だ。そこに視線を向けると、僕は白い物を目に映す。白い髪の観客だ。アレは白い女だろうか。いいや、観客の一人だろう。しかし、よく考えてみると白い女は、僕の戦いを観戦に来ても不思議ではない。僕の戦いを見に来ても不思議ではない。この会場の何所かに、白い女は居るかも知れない。そう考えている間、僕はラカンさんから目を逸らしていた。目の前の殺意に気付かず、僕は白い女を探していた。

 

「……おーけー、てめぇの返事は良く分かった。この俺を前にして、余所見をするとはな。ある意味大した奴だぜ……ヘヘ、さすがの俺様もキレちまった……! あいつには悪いが、このクソガキは跡形もなく吹っ飛ばしてやる……! おっと、闇の魔法は解くなよ……解除したら殺す、解除しなくても殺すけどよ……まあ、いいや。試合終了の合図も間に合わせねぇ。今殺す、すぐ殺す、ここでサラダバァー!」

 

――零距離・全開 ラカン・インパクト!

 

~ラカンさんの逆鱗に触れました~

 

 発光するラカンさんの右腕を叩き付けられた。そこから僕の記憶は飛んでいる。どこからか聞こえた声は、ラカンさんの勝利を告げていた。会場は歓声に包まれ、ラカンさんを祝福している……僕は負けたのか。負けた僕は如何なったのだろう。僕は生きているのか。そんなはずはない。そんな奇跡は起こらない。僕は死んだ。僕は消えていく。僕は何所だろう。どこに僕は居るのだろう。

 

『ああ、少年よ。諦めるのかね、残念だ。私を倒すのは君だと思っていたのだけれど……違ったのかね? 残念だよ、少年。きっと私は、君を待っていた場所で、君ではなく君を倒した男に倒され、この体を踏みにじられるのだろう――残念だ、とても残念だよ。その程度で諦めてしまうとは思わなかった。君にとって父親は、その程度の存在だったのだろうか?』

 

 父さん? 父さんなんて、どうでもいい。僕は父さんに会うために、頑張ってきた訳じゃない。白い女を倒すために、捕えるために頑張ってきた。父親も母親も友人も恋人も生徒も、白い女を倒すために全てを切り捨てた。白い女以外の全てを切り捨てた。僕にとって白い女は、僕自身に等しい。白い女を倒すためならば、僕の人生も命も切り捨てる――だから、こんな場所じゃ死ねない。死ねるものか。

 

『私は見ているよ。ずっと君を見てきた。晴れの日も曇りの日も、雨の日も雪の日も、風の強い日も雷の鳴る日も、君だけを見ていた。いつだって私は、君を見ている。笑っている君を見ていた、悲しんでいる君を見ていた、泣いている君を見ていた、怒っている君を見ていた。君の苦しみも悲しみも、私は全てを理解している。その私が証明しよう――君は死んでなどいない』

 

 僕は、ここにいる。僕は死んでいない。それは当然だ。そんな当たり前の事を、白い女は証明すると言う。そんな事は言われるまでも無い。僕が死んでいるのならば、白い女の声なんて聞こえるはずがない――さあ、目覚めよう。目覚めなければならない。ラカンさんに勝って協力して貰うんだ。白い女を倒すために協力して貰うんだ。僕は、そうしなければ成らない。

 

~まだ終わらんよ!~

 

 ずいぶん長い間、僕は気を失っていたらしい。その間に術式兵装『水晶庭園』は解除されていた。僕は負けた事にされ、会場はラカンコールに包まれている。勝手に勝敗を決めないで欲しいと僕は思った。僕は死んでいないし、戦闘不能になってもいないし、ギブアップもしていない――だから、まだ僕は負けていない。それでも死んだ振りをしていたと思われるのは嫌なので、ラカンさんと影使いさんに声を掛けた。

 すると、僕を見たラカンさんは、まるで幽霊を見たような顔をする。変な顔で笑いたくなった。でも、まだ試合中だ。笑いを堪えて、僕は戦闘の意志を固める。でも我慢できずに、口の端を吊り上げた。すると、さらにラカンさんは変な顔になった。僕が生きている事に気付いたのか観客も、騒がしいラカンコールを止める。ザワザワという静かな声で、会場は満たされた――さあ、続きをやろう。

 

『これは、どういう事でしょうかー!? ラカン選手の決め技で跡形もなく消し飛んだはずのネギ選手が、再び姿を現しましたー! ……というか体が透けています! まさかネギ選手の亡霊なのかー!?』

 

僕は歩き出す……消し飛んだはずの下半身は治っていた。

呪文を唱える……唱えようと考えた瞬間に魔法は完成した。

魔法を両腕に取り込む……消し飛んだはずの両腕は治っていた。

 

――術式兵装『水晶庭園』

 

 硬い殻から解放されたかのような感覚を覚える。今ならば何でも出来ると思えた。「雷の暴風」を複数展開し、空中に固定する。それらを混ぜ合わせ、一つへ統合した。さらに統合して統合して統合して統合して……ラカンさんの攻撃を迎え撃つために発射する。一つで大岩を粉砕するほどの威力だった「雷の暴風」は、数十倍の威力を持ってラカンさんの攻撃を相殺した。

 それでも倒せる思っていなかったので、「雷の斧」を統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して、十回統合して出来た魔法を一つに統合する。単純な足し算で考えれば、これで千倍だ。砂埃の晴れない間に、それをラカンさんに向けて放つ。観客を巻き込まないように、上から下へ撃ち落とした。結界内は雷の放つ光で満たされ、それが終わると底から熱が吹き上がる。

 雷によって溶けた地面の上に、ラカンさんは立っていた。その両手は消し飛び、髪の毛も焦げている。ラカンさんは両手を失っていた。その下に影使いさんの姿はある。どうやら影使いさんは戦闘不能になったらしい。でも、地面へ降りるのは危険だと思った僕は、空に浮かんだまま「雷の斧」を統合する。統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合した。

 

「手首を持って行かれたのは、15年ぶりだぜ……!」

 

 意外に元気そうだ。召喚した巨大な剣を、脇で挟んでラカンさんは振り回す。天まで届く剣は、僕の半身を削り取った。ちょっと驚いたけれど、すぐに元に戻る。体に異常はない。そこで僕は体の異常に気付いた――全裸だ。服を着ていない。それ以前に体は透き通り、体の向こう側も透けて見える。まるで幽霊のようだ……というか幽霊なのだろう。どうやら、やっぱり僕は死んでいたらしい。一度死んだのだから、敗北条件に当てはまる。つまり僕は、本当に負けていたのか。それ以前に、気絶は戦闘不能に含まれるのだろう。

 下を見ると、ラカンさんは凍り付いていた。雷で溶けた大地は、氷の粒で冷やされる。僕の体から放出された氷の粒は、短い間に氷結領域を広げていた。ラカンさんの体に降りかかった氷の粒は、その肉体を覆って氷結させる。そうしてラカンさんは、分厚さを増す氷に覆われつつあった……とりあえず僕は『水晶庭園』を解除する。この試合はラカンさんの勝利だ。だから賭け金は無駄になった。これでは500万ドラクマで、ラカンさんを雇うことなんて出来ない。

 

「あーあ……勝てなかった」

 

~精霊化しました~

 

 相手の名前を見破る魔道具は手に入れた。でも、ジャック・ラカンは雇えなかった。次は墓守り人の宮殿で、白い女の息子達を倒す番だ。ラカンさんは雇えなかったけれど、おかげで強くなれた。これほどの力ならば、白い女達を倒すことも出来るだろう。そういう訳で、僕は墓守り人の宮殿へ向かう……向かいたかった。しかし、試合を終えた僕は、警備兵に取り囲まれる。警備兵の話によると僕は、「ジャック・ラカン選手とカゲタロウ選手の殺人未遂」「公衆の面前でストリップ」の現行犯らしい……ストリップは仕方ないと思う。でも、逮捕されるのは困るなぁ。

 

「待ちなさい」

 

 それは僕に対する物か、警備兵に対する物か。魔法を発動させようとしたけれど、その声を聞いて中止した。強引に突破しなくて済むのなら、それでいい。僕を取り囲んでいた警備兵達は左右に分かれる。その中心を歩いて現れたのは角の生えた女性……ではなく偉そうな人だった。上から下まで鎧を着込んだ重装備の兵士達を、偉そうな人は引き連れている。

 

「君の試合は見せてもらいましたよ。伝説の英雄たるラカン氏の一撃で肉体が蒸発し、死んだ事すら認識できなかったとは言え……多くの人々を傷付けた君の罪は重い。しかし、君ほどの力の持ち主を犯罪者の疑いで処分し、将来の可能性を閉ざしてしまうのは余りにも惜しい――そこで提案です。私は『メガロメセンブリア信託統治領新オスティア総督』『メガロメセンブリア元老院議員』クルト・ゲーデルという身分の者です。要するに、一国の王のような立場の者ですね。私の監視下に入るのならば、貴方に執行猶予を差し上げましょう」

 

「条件があります。墓守り人の宮殿で、僕と一緒に戦っていただけませんか?」

「もちろんです。その時になったら、できる限り『支援』して差し上げます」

 

 これでラカンさんの代わりは見つかった。僕はゲーデルさんの監視下に入る。その日の夜はゲーデルさんに誘われて、総督府の舞踏会に出席した。決戦の地へ一人で行っても良かったのだけれど、飛行艇を利用できるのならば一緒に行った方が早い。さすがに全裸は不味いので、魔力の込められた服を貸してもらっていた。そうして舞踏会に出席しても、キャッキャウフフと踊る相手はいない。そんな僕に話しかけて来たのは、僕を保護しているゲーデルさんだった。

 

「ネギ君、一つ話をいたしましょう。沈没する船から100人の乗員が、亜人50人の船と、人間50人の船の、2隻に分かれて脱出しました。しかし、両方の船にトラブルが発生し、それを解決しなければ沈没する恐れがあります。片方の乗員を、もう片方の船に乗せる事はできません。その場でトラブルを解決できる人物はネギ君だけです。救助を呼んでも間に合わない。そうなった時、どちらの船を救いますか?」

「……?」

 

「どちらも選べませんか?」

「……そうですね。選べません」

 

「むしろ、どうでもいい。『どちらが沈んでも興味がない』。そう思っているのでは?」

「うーん……そうですね。そうかも知れません」

 

「では、条件を追加しましょう。ネギ君が憎いと思っている相手が船に乗っています。その船を貴方は如何しますか?」

 

 僕はゲーデルさんを見る。ゲーデルさんも僕を見ていた。僕は今、どんな目をしているのだろう……どうするかなんて決まっている。他の49人ごと船を沈める。どちらの船に乗っているのかなんて関係ない。白い女の乗っている船を沈める――船ごと沈める。他の49人は運が無かったのだろうか? いいや、違う。僕の意思で殺すんだ。無関係な人々を巻き添えにするんだ。殺す必要のない人も殺したんだ。

 

「それでは同じ船に、ネギ君にとって大事な人が乗っていたら如何しますか? 父親、母親、友人、恋人、あるいは生徒。それでも憎いと思っている相手の船を沈めますか?」

「沈めます」

 

 白い女だけを殺すという方法もある。でも、そういう話では無いのだろう。他人にトラブルを解決する方法を教えるとか、船に乗っている皆で協力するとか、そういう話じゃない。やれるか、やれないかだ。たとえば地球と魔法世界の、どちらを沈めるのかと聞かれれば白い女のいる方だ。白い女が地球へ逃げれば地球を沈め、魔法世界へ逃げれば魔法世界を沈める。どっちでもいい、どっちでも構わない。白い女を滅ぼせるのならば、僕は世界の敵になれる。

 

~有名人の皆さんは、ネギちゃんに良い感情を抱いていません~

 

 ホールに入ってくる人々を眺めていた僕は、居るべきではない人物を見つけた。男物の白いスーツを着た、白い髪の女だ。僕はカモ君に預けていた仮契約カードと魔法具を出してもらう。それらに触れようと思ったけれど、やっぱり擦り抜けた。大問題だ……僕は指先に魔力を集めて、物に触れるようにする。拳闘大会で使わなかった「いどのえにっき」を僕は喚び出し、相手の名前を見破る魔法具を指に通した。その指で白い女を指差し、周囲の反応も気にせず大声で叫ぶ。

 

「我、汝の真名を問う!」

 

 勝手に動いた指は、空中に「Negi」という文字を描いた。白い女の名前は「ネギ」だ。その名を見て、僕は迷う。ネギという名前を理解しても、白い女の名前を発音できなかった。僕と同じ名前なんて事はあるのだろうか。ネギという名前を呼ぼうと思っても、喉に詰まって出て来ない。その名を呼べば本当に、白い女の名前はネギという事になる……そんな感覚を覚えて怖かった。

 

「ネギ、貴方は何者ですか!?」

 

 その瞬間、周囲の風景は一変した。迷宮のような場所に、僕は立っている。空中に浮かんでいるのは、様々な大きさの黒いブロックだ。そんな場所で白い女は、僕の正面に立っている。転移魔法か何かだろうか。いいや、幻術という可能性もある。何が起こっても不思議じゃない状況だけれど、僕は「いどのえにっき」が気になっていた。「いどのえにっき」は僕の手の中にある。ネギに対する質問の答えは、そこに記されていた。

 

『私は転生者と呼ばれる存在だ。肉体に依存せず、魂で思考する怪物だよ。それと同時に、「千の呪文の男」ナギ・スプリングフィールドの子供でもある。肉体にネギという名を付けられ、ネギ・スプリングフィールドとなった。10年前に君と同じ日に産まれ、今年で君と同じ10歳になる。しかし、君と私は異なる物だ。教師の君と違って、私は教師ではない。職業に就いてはいない、就いた事もない。誰かの上司でもないし、誰かの部下でもない、どこの組織にも属していない』

 

「ネギ、貴方は僕の兄弟ですか!? 貴方の二つ名は何ですか!? 貴方の力は何ですか!?」

『私は君の兄弟と言える。双子と表現した方が合っているだろう。しかし、肉体的に言うと、私は君と同一の存在だ。しかし、私は肉体を所有していない。ネギ・スプリンフィールドと名付けられた肉体を所有しているのは君だ……私の二つ名は白い女だ、君によって名付けられた。他に二つ名はない。偽名もない……私の力は君に対する精神的な干渉だ。それ以外の力は持っていない。自由に動かせる肉体すら持っていない』

 

「ネギ、貴方の目的は何ですか!?」

『私の目的は、君と一つになる事だ。君の精神と私の精神を合わせて、その体を私の物とする。しかし、君の精神と私の精神は別物だった。そのままでは一つになれない。水と油は交われない。しかし、水を油に変質させれば一つになれる。少なくとも難易度は下がる。そのために、君の精神状態を悪化させた。君の心を私の物にして、私は君の体を手に入れる。君と私が交わって、新たなネギ・スプリングフィールドが産まれる』

 

 読み取った内容を纏めると、ネギは体を失った。そして転生者という魂だけの存在になったらしい。今の僕と同じような状態だ。そして兄弟である僕の肉体を手に入れようとしていた……しかし残念な事に今の僕は幽霊だ。ネギと同じように肉体を失ってしまった。ネギの計画は、すでに失敗している。まさかネギも僕の肉体を「父の友人によって消滅させられる」なんて思わなかったのだろう。ネギの計画はラカンさんによって打ち崩されてしまった……ネギの計画を僕の手で打ち崩せなかったのは、ちょっと悔しいかな。

 ネギは僕の肉体を乗っ取るために、ピンチと称して様々なトラブルを僕に与えた。いいや、待てよ。そんな事を幽霊なのに出来るのだろうか……と思ったけれど幽霊であるにも関わらず、僕は普通に会話もできるし、生前よりも魔法を使える。今の僕も肉体に依存しない、転生者という存在なのだろうか。僕達は兄弟そろって、魂だけの存在になってしまったようだ。

 

「君のことを諦めたとでも思っているのかな。私が望みを絶たれて、絶望していると思っているのかな。それは大きな間違いだよ。私は君のことを諦めていない。まだ望みは絶たれていない。私は一つになる、君と一つになりたい。君と心を重ね合わせたい。そのための最後の儀式だ。人の心を読んで、全てを知った気になって――全知の神にでもなったつもりなのかね?」

 

「ネギ、貴方は何を企んでいますか?」

『真実を教えて、君の心を突き崩す。最後の一押しだ。私はピンチを起こしていない事を告白する。私はピンチに関わっていない事を伝える。私は村を滅ぼした犯人ではない事を教える。私は全てのピンチに何の関わりもない存在だった事を知らせる。君の努力は無駄だった事を示す。君の6年間は無意味だった事に気付かせる。君の思いは見当違いの物だった事を明かす。事件の起こる前に私は、思わせ振りに登場していた――ただ、それだけの事を君は知る』

 

 表示された文章に、僕の根底は崩される。ネギはピンチを起こしていないと言う。ネギはピンチなんて起こしていなかった。ピンチの起こる前に予告して、まるで真犯人のように振舞っていた。それだけの事だとネギは言う――そんなはずはない。そうだとすれば僕の思いは何だったのか。僕の憎しみは如何なるのか。僕は何のために、全てを切り捨てて来たのか。何のために、ここまで来たんだ……!

 

「ネギ、貴方は6年前に、僕の故郷を滅ぼしたのではありませんか!?」

『君の村を滅ぼしたのは私ではない。メガロメセンブリア元老院の中で、君の母親を敵視する者達だ。彼等は母親の血を引く君を抹殺するために、悪魔を多数召喚して村を襲撃させた』

 

「ネギ、貴方は麻帆良学園へ、僕を送り込んだのではありませんか!?」

『君を麻帆良学園へ送り込んだのは私ではないし、他人に指示もしていない。君を麻帆良学園へ送り込んだのは、魔法学校の校長だよ』

 

「ネギ、貴方は京都で、大鬼神を復活させようと企てたのではありませんか!?」

『大鬼神を復活させようと企んだのは私ではない。西洋魔術師の打倒を掲げた天ヶ崎千草と、その一派の企てだ』

 

「ネギ、貴方は上位悪魔の封印を解いたのではありませんか!?」

『上位悪魔の封印を解いたのは私ではないし、他人に指示もしていない。悪魔を解放したのはフェイト・アーウェルンクスだよ。彼は麻帆良学園を調査するために悪魔を送り込んだ』

 

「ネギ、貴方は魔法世界で魔力を集め、世界樹の発光を早めたのではありませんか!?」

『世界樹の発光を早めたのは私ではない。異常気象による影響だ』

 

 「いどのえにっき」は真実を教えてくれる。今まで起こった出来事に、ネギは何の関係もない存在だった。ネギに何の責任もなかった、何の罪もなかった。ただ僕に嘘八百を教えた――それだけだ。僕の怒りは誰に向ければいいのだろう。僕の拳は誰に振り下ろせば良いのだろう。泣きたかった、怒りたかった、苦しかった、悲しかった。僕の人生は無意味だった、無価値だった、無駄だった。僕の手から「いどのえにっき」は滑り落ちる。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

――僕は何のために生きてきたのだろう。

 

「私は、悪くない。君の恨むべき相手は私ではなく、元老院の議員や完全なる世界だ。君の抱えている怒りは、彼等に向けるべき物だろう。そんなに悲しむ必要はない。その怒りを向ける相手は、この世に存在している。6年前から始まった君の戦いは、まだ終わっていない。怒りを向けるべき相手を間違えていた、それだけの事だ。君の努力は無駄ではなかった」

 

 悪くない、だって? ……悪くない? たしかに村を滅ぼした訳ではなかった、吸血鬼に襲わせた訳ではなかった、大鬼神を復活させた訳ではなかった、悪魔を差し向けた訳ではなかった、超鈴音と争わせた訳ではなかった、魔法世界を滅ぼそうとしている訳ではなかった。ネギは誰かを傷付けた訳じゃない、誰かを殺した訳じゃない……だけど、ネギは事件が起こると知っていて見過ごした。お前は僕に嘘を吐いた。敵であるかのように振る舞って、僕を騙した。僕の心を傷付けた。それを僕は許せない!

 

「――僕は貴方を殺します」

「ほぅ、なぜだね。私の罪は死に値するのだろうか。私は人を殺した訳ではない。君に嘘を吐いた、それだけだ。私が諸悪の根源であるかのように思わせた。それで君は何か損害を被ったのだろうか。私の嘘で傷付いたのだろうか。ならば損害を補償しよう。罰金を支払おう。精神的な損害に対して慰謝料を支払おう。それで、いくら払えば許してくれるのかな?」

 

「お金の問題ではありません!」

「ああ……そうだね。ごめんなさい。私が悪かった。とても悪いと思っている。君に対して酷い事をした。死んでも許されない事をした。でも、どうか許して欲しい。何でもするから許してくれないか。こんな事は二度としない。君の心を傷つけた事を、私は深く反省している。一生に一度のお願いだ。こんな私を許してくれないか。これから先、君の言う事ならば何でも聞いてあげるから」

 

「――なら、死んでください」

「それは困るな――」

 

 魔法を空中に複数展開する。するとネギは無数の石柱を展開した。僕が魔法を撃ち出すと、ネギも石柱を撃ち出し、魔法と石柱は衝突して大爆発を起こした。僕は魔法を統合して威力を上げようと思ったけれど、すぐに魔法を射出しなければ石柱に押し込まれる。石柱に押し潰されても死なないと思うけれど、動きを止められるのは危険だ。幽霊や精霊を滅ぼす魔法はあるのだから、油断は消滅に繋がる。

 限界まで魔法を展開し、余った分を少しずつ統合させる。そうして撃ち出そうと思った僕は、上空に現われた巨大な石柱に気付いた。僕と同じように、ネギも大技を用意していたらしい。僕は統合させた魔法をネギに向かって射出し、その場を移動する。すると、射出した魔法と入れ替わるようにネギは弾幕を抜けて現れ、魔法の光に包まれた手を僕に向けた。

 

「君の力は脅威だ、ここで――」

 

 僕は着ていた服を破り、魔法の盾に代えた。ギリギリだった。でも、ネギの魔法は防げたようだ。再び展開した魔法を、目の前のネギに向かって射出する。これほどの近距離だ。障壁を張る暇もないだろう。そう思っていたけれど……その瞬間、周囲の風景は一変した。急に舞踏会のホールへ戻ったため、僕の射出した魔法は無関係の人々に降りかかる。そこに白い女こと、ネギの姿はなかった。

 

~ホールにいた招待客終了のお知らせ~

 

 ホールにいた人々へ無差別攻撃を行った僕は、また警備兵に取り囲まれる。服を破いたので、僕は半裸になっていた。しかし、謎の勢力の攻撃を受け、人々は消滅して行く。その際、襲撃者のマスクマンから「造物主の掟」という大きな鍵を手に入れた。それを持ってゲーデルさんと合流した僕は、飛行艇に乗って墓守り人の宮殿へ向かう。まずは射出攻撃の効かない妖刀使いを、術式兵装『水晶庭園』で凍らせ、統合した魔法で吹き飛ばした。そして「造物主の掟」を用いて、宮殿を包む強力なバリヤーの内側へ転移する。

 なぜか僕の生徒であるザジさんを見つけた。でも、ここに居るのならば敵なのだろうと思って攻撃する。しかし、ザジさんによって僕は、幻の夢を見せられた。「敵勢力が全滅していたら」という「もしも」の世界だ。その世界には何も無かった。地面すら無かった。暗闇の中で僕は眠り続ける。果てしなく、安らかな世界だった。僕を傷付ける者は存在しない、僕を苦しめる者は存在しない。この世界には誰もいない……でも、ダメだ。だって、ここに白い女は居ないじゃないか。ネギが存在しない。そんな世界に意味はない。そう思った僕は魔法で――自分の頭を吹っ飛ばす。何もない世界には誰も居なくなり、一つの世界は終わりを迎えた。そうして僕は、くだらない夢から目覚める。

 目覚めた僕はザジさんと戦う事になった。さらに僕の奪った「造物主の掟」を持っていたマスクマンや、女の子3人も参戦する。1対5という厄介な状況だ。おまけに女の子の一人は炎になれるため『水晶庭園』で凍らない。「僕にチャージさせない」という戦術も周知されているらしく、展開した魔法は次々に潰されていた。まさか、これほど早く攻略法を組み立てられるとは思わなかった。さすがに不利と思った僕は、後退しながら魔法を放つ事にする。統合した魔法を砲撃のように叩き込み、女の子3人を撃沈した。次に仮面の男を潰そうと思ったら、さらにフードを被った小さな人影と共に、3つ子の強力な魔法使いに参戦される――こうなったら撃破よりも、まずは敵の動きを止める事を優先するべきか。

 

10個の「奈落の業火」を展開して右腕に取り込み、

10個の「凍てつく氷棺」を展開して左腕に取り込む。

 

――術式兵装『水晶楽土』

 

 僕の体から噴き出した氷の粒は、辺り一面を覆い尽くす。それらは魔力を吸って氷結活動を始めた。魔法世界消滅の儀式の影響で、この辺りの魔力濃度は高い。この場所は最も氷結活動に適した場所だ。5体の敵は次々と、氷の中に閉じ込められて封じられる……しかし、フードを被った少女は影響を受けていなかった。降りかかる氷の粒は、少女の体に触れると消える。

 

「儀式を行わなねば、この世界は滅びる。我が末裔(まつえい)よ、なにゆえ儀式を妨害する」

「僕の行く道を、貴方達が邪魔するからです。儀式を妨害するつもりなんてありません」

 

「ならば、どこへ行くつもりだ。何を目指している?」

「僕は白い女を探しています。貴方は白い女を知っていますか?」

 

「知らぬ。少なくとも、ここに白い女はいない」

「でも、魔法世界の消失に白い女も巻き込まれるかも知れません。白い女は僕の手で殺さなくちゃならないんです。だから僕は儀式を妨害します」

 

「話にならぬな、狂人め」

 

 激闘の結果、僕は建物の一部を使って少女を押し潰した。少女に封印(物理)を行って、儀式場に到達する。そこに白い女はいた。白い女がいないなんて……やっぱりウソじゃないか。しかし、もはや白い女と交わす言葉はない。統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合した魔法を撃ち出し、白い女を吹き飛ばした。その体は氷の粒に覆われ、全身を氷に覆われる……まだ終わっていない。ちゃんと白い女を殺さなくちゃ。バラバラにしなくちゃ。

 しかし、そこで僕は背後から、黒い光に貫かれる。白い女まで後一歩という所で、僕は地面に倒れた。黒い光に貫かれ、透明な体に開いた穴は治らない。普通の攻撃ではなく、特別で異常で不気味な何かだった。何事かと思って見ると、黒いローブを着た怪しい人物を目に映した。地面から湧くように、黒いローブは浮き上がる。その圧倒的な気配は、僕に格の違いを感じさせた。

 いったい何者なのだろう……そうだ。忘れていた。白い女は黒幕ではなかった。あいつは、ただの詐欺師だ。大きいのは口だけで、実際は何もしていなかった。ならば、これまでの事件を引き起こした犯人は、白い女とは別にいる。きっと、あの黒いローブの人物は、全ての事件を引き起こした真の黒幕なのだろう。魔法世界の消失を計画した悪の大ボスであり、本当のラスボスだ。

 

~すでに魔法世界と現実世界は繋がっています~

 

 目の前に白い女は倒れている。その体に僕は手を伸ばした。でも、届かない。あと少しの距離を越えられない。すでに術式兵装は解け、辺り一面を覆っていた氷は溶けてしまった。魔法砲撃で撃破した女の子達は兎も角、術式兵装で凍らせたザジさんや仮面の男、あの3つ子も復活するだろう。何よりも、近くに居るのはラスボスだ。早く白い女を殺さなければ、白い女よりも先に僕は殺される。

 僕は必死に手を伸ばし、白い女の髪を掴んだ。白い女の体に触れた。それで……どうしよう。僕の胸に開いた穴は塞がらず、もはや魔法を使う余裕はない。胸を風が通り抜けて、スースーと乾いていた。もしも魔法を使えば安定は崩れ、僕の体は一気に崩壊するだろう――ならば一撃だ。一撃で白い女を殺さなければならない。半身を吹っ飛ばした程度ならば、僕のように回復するかも知れない。

 白い女は肉体を失って、僕と似たような状態になっている。幽霊か、精霊だ。それらは現象で実体はない。物理攻撃を当てても擦り抜ける。しかし魔力を込めれば、その魔力で触れる。肉体のあった僕に平然と抱き付いていた白い女も、魔力を込めて触っていたのだろう。ならば、できる……僕は闇の魔法を発動させた。僕の白く透明な体は、暗い闇に覆われる。それと共に僕の体は崩壊を始めた。僕は白い女の頭を掴み、使い慣れた術式兵装の手順を実行する。

 

――掌握

 

 そうして白い女の魂を、僕は取り込んだ。僕の中に白い女が入ってくる。その感覚は耐え難い物だったけれど、最後だと思って我慢した。やがて白い女の体は消え、僕と白い女は一つになる。取り込んでも違和感は消えず、しかし少しずつ僕と溶け合っていく感覚はあった。もっと深く、強く繋がれば、白い女は逃げられない。白い女の魂を捕える檻(おり)に僕はなる。このまま僕が死ねば、白い女も死ぬだろう。僕は目を閉じて、その時を待った……やがて僕の体は崩壊し、空中へ溶ける。その体を覆う闇は、黒から白へ変じていた。

 

~監禁されています~

 

 黒い闇の中に僕は浮かんでいる。目覚めると、白い光に包まれた白い女を目に映した……いいや、違う。あれは白い光なんかじゃない。コンクリート製の壁面のように、平らで変化のない白色だ。無機質で冷たい印象を覚える。その光は闇を消し去る事もできず、逆に闇に包み込まれていた。その闇は僕の纏う闇だ。僕の闇は白い女を捕らえ、その白色を掌握している。

 

「現実は一瞬だ。それでも夢から覚めない限り、一瞬は永遠となる。君の死は引き延ばされ、君は死に続ける。死に続けているという事は、生きているという事だ。君に魂を捕らわれ、君と共に私は滅びるだろう……その前に決着を付けようではないか。私と君の最後の戦いだ。これで本当に最後だ。だから全てを吐き出したまえ――君の思いの全てを、私は受け止める」

 

 白い女に返事は返さなかった。返事を返すまでもない。無数の魔法を一つに統合して、それを取り込んだ僕は術式兵装を行う。取り込める魔法に限界はなく、いくらでも取り込めると思えた。そうして目に映らないほどの速さで、白い女に拳を叩き込む。無数の魔法を展開して、白い女に撃ち込んだ。空間を突き破る破砕音がドドド、ガガガと鳴り響く。今の体調は絶好調だ。全身に力が満ちている――胸に空いた穴は、もう塞がっていた。魔法を統合して統合して、それらを一つに纏めた魔法を白い女に放つ。しかし、それでも白い女は傷一つ負っていなかった。

 エヴァンジェリンさんは言っていた。動かないのではなく、動けない。攻撃しないのではなく、攻撃できない。現実であれば地面を引っくり返せた。でも、ここは地面のない闇と光の空間だ。それを分かっていて白い女も、「全てを受け止める」なんて言ったのだろう。とんだインチキだ、とんだ詐欺師だ。今も涼しい顔をしている白い女に、僕は一発入れてやりたかった。

 

「貴方は僕の体が目的だった。でも、残念でしたね。貴方の目的は叶わず、このまま僕と共に死んでいく。これまでの間、無駄な努力を御苦労様でした」

「そうだね。あれほど君の心を傷付けたのに、君の体を手に入れる事はできなかった。あと一歩と言う所で、私と君の立場は逆転した。このような形で支配されてしまえば、私は君と交われない。逆に私の心は、君に囚われてしまった。しかし、これでも良いと私は思っているのだ。体を手に入れる過程は違っても、結果は同じなのだから――君と一つに成れるのならば、君に食べられても構わない」

 

「負け惜しみですね。貴方は体が欲しかったのでしょう? 貴方は僕に……ネギ・スプリングフィールドに成り代わりたかった。その望みは、もう永遠に叶いません」

「その通りだよ。私は君の体が欲しかった。君に成り代わりたかった。なぜだと思う? それは君に憧れていたからだ。だから君が欲しかった。君を奪いたかった。私はネギ・スプリングフィールドに恋をしていた。生まれる前から好きだった。かわいいと思っていた。かっこいいとも思っていた。君の事を考えるとドキドキしていた、ワクワクしていた。私は君になりたくて、君のようになりたかった。君と一つになりたかった――私は君を愛していた」

 

 僕を憎んでいたのならば分かる。でも、愛していたという言葉は理解できなかった。いったい何を如何したら、愛していたなんて言葉に繋がるのか。これまで白い女は、僕に様々な嫌がらせを行ってきた。嘘を吐いて、僕を騙した……ああ、そうか。きっと、この言葉もウソなのだろう。もう僕は騙されない。白い女の言葉なんて信じない。その口を塞ぐために僕は、白い女の顔を殴り付けた。でも、その拳は白い女の頬をプニッと潰し……そこで止まった。反射でもなく無効化でもなく、これは吸収に近い。

 

「愛していたんだ。でも、私と君は違い過ぎる。私は薄っぺらで、君は本物だ。空に輝く星には手が届かない。だから君に堕ちて欲しかった。地に落ちて心が折れて、二度と飛び上がれないようになって欲しかった。そうすれば一緒に居られる。私と君は一つになれる。一緒に空を見上げて、一緒に絶望して欲しかった。私は君に共感して欲しかったんだ。私と同じ物になって、私を理解して欲しかった。だから私は君を傷付けた」

 

「意味が分かりません。なぜ人の足を引っ張るような事をするんですか。なぜ自分から空へ飛び立とうと思わないんですか。体が無くても出来ることはあったでしょう。貴方が協力してくれれば、防げる事件もあったんです。傷付かなくて済む人も居たんです。どうして自分の力を他人のために使おうとしないんですか。僕に理解されようと、貴方は努力していなかった。僕に理解される努力を放棄していた」

 

「そういう君は他人に理解されようと努力していたのかな? ちゃんと吸血鬼や生徒達、それに学園長や魔法教師と話し合えば、いくつかの誤解は解けていた。君の周りにいた人々は敵ではなかった。それなのに君は理解する努力を放棄して、彼等を敵視していた。なぜだろうね? 今の君ならば、私の気持ちを分かってくれるはずだ――君も誰かに愛されたいと思っている。しかし愛されるよりも、憎まれていた方が安心できる。最初から敵であれば、信じて裏切られる事はないからね。君は敵視する事で安心していたのだ」

 

 ああ、この人は、他人を信じられないんだ。だから裏切られたくないと思っている。どんなに親しい人でも裏切ると思っている。だから自分と同じ物に、僕を変えようとした。自分と同じ物ならば安心できるから。自分と異なるもの全てを、この人は畏(おそ)れている。いいや、この人が何よりも信じていない者は自分自身だ。この世で何一つ信じていない――なんて薄っぺらな愛だろう。その口で僕に愛していると言うのか。

 

「貴方は、もう諦めています。人に愛される事を諦めています。愛を語っている振りをして、愛を騙っている。貴方は誰も、自分すらも愛していません。だから貴方は僕に成りたい、憧れている他人に成り代わりたいと思っている。貴方にとって、他人の愛を奪うことが愛の形なのでしょう……そんな物は自己満足だ。だから貴方は僕を、自分と同じ物に変えようとしていた。いいや、自分と同じ物に、僕を変えようとしていた。貴方の世界には自分自身しか存在しません――哀れで孤独な人形遊びだ」

 

 白い女によって僕は変えられた。闇へ堕とされ、もう光の下には戻れない。太陽の光は眩し過ぎて、この身を焼いてしまうだろう。焦がれるほどに愛おしい。その気持ちは少しだけ理解できた。僕の切り捨てた者も二度と戻ってこないから、理解できてしまった。その瞬間、僕の腕は白い女の体を貫く……いいや、違う! 僕の腕は、白い女の体に飲み込まれている!

 

「ああ、ついに私を理解してくれたのだね。この喜びは、とても表現できない。きっと君ならば、私を理解してくれると信じていた。長かった、この時を長い間待っていた。しかし、最後の最後に、君は私を理解してくれた――嬉しいよ、さあ私と一つになろう。怖がる事はない、きっと気持ちいいさ。体の力を抜いて、私に全てを預けるんだ。君の全てを、私に感じさせてくれ」

 

 引き離そうとした僕の腕は、全く動かない。僕は迷わず、もう片方の手で切り落とそうと試みた。でも、その腕を白い女に掴まれ、僕の両腕は白い女に取り込まれる。しまった……僕は思っては成らない事を、思ってしまったらしい。おそらく、それは白い女に対する『同情』の感情だ。僕は白い女に『共感』してしまった。その気持ちに付け込まれ、この有様だ。

 僕は白い女に取り込まれる。でも、似たような光景を、少し前に見た覚えがあった。ラスボスの攻撃で倒れた僕は、白い女を『掌握』して取り込んだ……ああ、なんだ。白い女に通じる攻撃方法はあるじゃないか。そう思った僕は、白い女に対して『掌握』を試みる。白い女は僕を取り込もうと試み、僕は白い女を取り込もうと試みた。「僕の黒い闇」と「白い女の白い光」は掻き混ざり、その色を変化させる。

 

「君の可愛らしい目が好きだ、君の柔らかい唇が好きだ、君のプニプニとした頬が好きだ、君の長い髪が好きだ、君の小さな耳が好きだ、君のツンとした鼻が好きだ、君の丸いアゴが好きだ、君の滑らかな肌が好きだ、君の鼓動が大好きだ。君の全てが愛おしくて堪らない。だから、愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる――愛してる」

 

 Like(好き)ではなく、Love(愛してる)と言われたのは初めて……ではない。親愛の証として、ネカネお姉ちゃんにLoveと言われた事はある。でも、女性から男性として肉欲的に、LOVEと言われたのは初めてだった――ああ、なんて気持ち悪い。愛の暴風で、心が折られそうだ。これも僕を取り込むための策略に違いない。どうして愛しているなんて言えるのだろう。白い女の愛は、人を愛していない。白い女の愛は、命のない人形に向ける愛情と同じ物だった。むしろ白い女にとっては――死んでいた方が都合は良いのだろう。

 僕と白い女の取り込み愛は、僕の劣勢だった。それは当然だろう。闇の魔法を用いた『掌握』を行うためには、相手を受け入れなければならない。でも、僕は白い女を受け入れられなかった。このままでは白い女に僕を取り込まれる……それも嫌だった。死ぬほど嫌だった。白い女と完全に一つになるくらいならば、『掌握』を行って白い女を制御した方がマシだった。

 だから僕は覚悟を決める。白い女を受け入れると決断した。受け入れると思った事で、白い女に取り込まれる速度も加速する。だから勝負は一瞬だった。手慣れた術式兵装の手順を、僕は繰り返す。白い女の取り込みは、単なる取り込みだ。それに対して僕の『掌握』は相手を固定し、取り込んで制御する。固定によって白い女の動きを止めた僕は、その隙に白い女を取り込んだ。

 

~ ~

 

 ラカンさんに肉体を消し飛ばされて死んだ。それでも僕は幽霊として存在した。ラスボスに胸を貫かれて崩壊した。それでも僕は形のない物として存在していた。僕の認識領域は広大で、墓守り人の宮殿の内部や麻帆良学園の様子も知れる。麻帆良学園のエヴァンジェリンさんは魔法を放ち、さきほど戦った3つ子や似たような姿の人々を氷漬けにしていた。

 まあ、どうでもいいか。僕は死んだ。白い女と共に死んだ。後は消えるだけだ。そう思っていたけれど、なかなか僕は消滅しない。まさか、また幽霊になったのかと思ったけれど、どう見ても体は存在しなかった。僕は空気のように、そこに存在している。誰にも気付かれる事なく、広大な空間を占めて存在していた……そうか、僕は存在しているのか。まだ僕は死んでいない。

 

――だったら、世界に消えてもらおう

 

 空間を占めていた膨大な魔力を、僕は支配下に置く。誰かによって支配されていた魔力も、強引に奪い取った。墓守り人の宮殿の周辺に、魔力の消失に似た現象を引き起こす。急に魔法を使えなくなった人々の、慌てる様を感じ取れた。その魔力を用いて数万の魔法を作り出し、統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合する。まあ、このくらいで良いだろうと思って、それらを僕は宮殿へ撃ち込んだ。

 墓守り人の宮殿を包んでいた強力なバリヤーは、さきほど周辺の魔力を支配した際に消えている。そのため数万の魔法は宮殿に直撃し、宮殿の端から伸びていた塔を崩壊させた。僕は魔法の位置を調節して、逃げ惑う人影に直撃させる。それでもラスボスさんは生き残っていたため、統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して……いっぱい統合して一つに纏めて放ち、ラスボスさんの体を消滅させた。

 同じ事を麻帆良学園に向かって行い、都市を崩壊させる。こちらは人が多かったため、墓守り人の宮殿よりも時間がかかった。建物を念入りに潰して、焼け野原に変える。地下へ逃げ込んだ人も、統合した魔法で地面を貫き破壊した。見覚えのある生徒達をプチプチと潰していく。それでも一人だけ、死なない人がいた――エヴァンジェリンさんだ。何度殺しても死なない。これは困った。麻帆良学園を滅ぼした僕は、ウェールズにあるメルディアナ魔法学校へ行く事を決める。あそこの禁呪書庫に、高位の魔物を滅ぼす魔法について記された本があったはずだ。

 地面は穴だらけになって、麻帆良学園は跡形もない。世界樹も何所に生えていたのか分からないほどだ。そのせいか「学園結界や登校地獄」で封じられていたエヴァンジェリンさんは解放される。力を取り戻したエヴァンジェリンさんは、どこかへ転移して行った。僕の認識領域に引っ掛からない事から考えて、どこか遠くへ逃げたらしい……まぁ、いいか。そう思って僕は、ウェールズへ向けて移動を始めた。

 

~ ~

 

 僕の認識領域は宇宙空間にあった。その内側に魔力を充填している。その魔力を用いて十分に統合した魔法を、地球に向けて放った。すると地球は跳ね飛ばされ、太陽に向かって飛んで行く。その勢いで宇宙空間に弾け飛んだ大気や、大量の水や土を撒き散らした。それらのゴミは超スピードで何処かへ飛んで行く。次は火星を太陽に突っ込ませようと思い、僕は移動を始めた。

 しかし、僕以外の認識領域によって、その進路は塞がれる。僕の前に立ち塞がったのは、僕のような存在と化したラスボスさんだった……いいや、もしかすると最初からラスボスさんは、形のない存在だったのかも知れない。ラスボスさんは魔法を放って僕の充填した魔力を削り、僕も魔法を放ってラスボスさんの保有する魔力を削る。そうしている間に、僕とラスボスさんの認識領域は衝突した。ラスボスさんは僕の認識領域を侵食し、我が物とする。削られた僕の認識領域はラスボスさんに奪われ、僕という存在を削られた。

 でも、僕は負けない。ラスボスさんは一人だけれど、僕は一人じゃなかった。ラスボスさんの認識領域は一人で構成されている。たった一人の世界に、僕と白い女で構成された世界が負けるはずはない。やがて僕はラスボスさんの認識領域を削り切り、その認識領域を取り込む……なんて事はしなかった。統合した禁呪を叩き込んで消滅させる。僕と白い女の世界に他人は不要だ。

 宇宙空間は何もない世界だ。そこで僕は自分以外の存在を感じる。僕を誰かが見つめていた、もしくは認識していた、あるいは観測していた。それは僕に取り込まれた白い女だ。だから僕は消滅する事なく、ここに存在している。僕は白い女の魂を観測し、白い女は僕の魂を観測する。僕は白い女を必要としていて、白い女は僕を必要としている。僕と白い女だけの、完全なる世界だ……だから僕以外の世界はいらない。全て滅ぼそう、全て消してしまおう。そして僕と白い女は完成する。純真で無垢で汚れもなく真っ白な、純白の世界だ。

 

 

――魂魄兵装『真白き闇』

 

 

 そうして僕は神様になった。

 

 




END 2013/11/18(月)

一方その頃、
ハリー・ポッターのミラベル様は人類を超越していた。
ヾ(`・ω・´)ノ ウォォォォォォ!


▼『ぜんとりっくす』さんの感想を受けて、「生き残れる確立」→「生き残れる確率」な件と「統合すて」→「統合して」な件を修正しました。作者は最後まで誤字に悩まされるようです。

「ここで戦った方が生き残れる確立は高いだろう」→「ここで戦った方が生き残れる確率は高いだろう」
「「雷の斧」を統合する。統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合すて統合した」→「雷の斧」を統合する。統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合した」……ん? どこが間違ってたんだっけ。

▼『仮称』さんの感想を受けて修正しました。
「白い女は仕掛けた…・…」
(´・ω・`)どこ? → (つд⊂)ゴシゴシ → (;゚ Д゚)黒点か!?


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はじまり

 一言でいうと、事故った。

 

 おお、何という事だ。私はネギ・スプリングフィールドに成り損ねた。その肉体を我が物としたのは普通の魂だ。少し遅れて肉体に入った私は、普通の魂と肉体の結合に巻き込まれ、閉じ込められてしまった。分かりやすく言うと、「石の中にいる」の状態だ。何が悪かったのかと言うと、引き際を誤った。「一番乗りの魂と同着ならば成り代われる」という欲を出した結果だ。欲を出さず身を引いていれば今頃、他の肉体へ憑いていただろう。

 今の私を例えるならば、胎内で片方の肉体に取り込まれた胎児だ。この状況から脱するためには普通の魂と、その肉体の結合を解除しなければならない。しかし、一度結び付いた魂と肉体と繋がりは、肉体から遠く離れた魂を呼び戻せるほどに強固だ。完全に繋がりの切れた状態でなければ、私は脱出できない。そして完全に繋がりの切れた状態の多くは――かくかくしかじか。結論を言うと、「石の中にいる」な状態の私に出来る事はなかった。

 

 そして6年経ち、悪魔襲撃の日となる。事前知識の通りに、ネギ・スプリングフィールドの故郷は悪魔の大群によって滅ぼされた。「ピンチになれば父さんは来てくれる」と思っていた普通の魂は、自責の念に悩まされる。その過剰なストレスから逃避するために、普通の魂は自殺を図った……これは事前知識にない展開だ。しかし湖に飛び込んだ普通の魂は、ネカネ・スプリングフィールドに救助される。その様子を私は、肉体の中から覗いていた。事前知識で知っているネギ・スプリングフィールドよりも、少年の心は脆いようだ。

 そこで私は普通の魂と、初めて接触する。出会った場所は夢の中だった。そこで私は白い女という役を与えられ、悪魔を召喚した犯人として扱われる。これには驚いた。まさか私ではなく普通の魂の方から、接触してくるとは思わなかった。おそらく無意識の内に普通の魂は、自身の内にいる私の存在に気付いていたのだろう。「自分は村を滅ぼした犯人だけれど、それは自分ではない」という矛盾した思考は、私の存在によって成り立った。

 他人に罪を擦り付け、少年は被害者のように振る舞っている。客観的に見れば、少年は被害者だ。少年を狙って悪魔の大群が送り込まれたとしても被害者だ。しかし、少年の持つ自責の念は、自身を加害者であると思い込んでいる。その自責の念から目を逸らし、白い女に被せている限り、問題は解決しない。少年は無意識の内で、自身を被害者と思い続ける。

 事前知識と異なる点は、憎悪の対象が悪魔から白い女へ変わった事だ。存在する相手から、存在しない相手へ。他人から自分へ。それは大きな違いだった。この少年の心はネギ・スプリングフィールドよりも後ろ向きだ――ああ、脆いなぁ。弱いなぁ。なんて無力で、かわいらしい。そんな少年の弱さを知って、私はゾクゾクした。だから少しだけ、好意を持てた。ネギ・スプリングフィールドではなく、少年の事を好きになれた。

 

 4歳になった少年は魔法学校に入学した。数人の生徒しかいない、山奥にある小さな魔法使いの学校だ。一方その頃、少年に干渉する手掛かりを得た私は、夢の中で少年に接触していた。それによって少年は毎晩、悪夢に悩まされる。やがて少年は「白い女の存在しない記憶」よりも、「白い女の存在した記憶」を本物と思い込むようになった。これは罪の意識から逃避したいという少年の思いも手伝っている。そうして少年の精神に悪影響を与えつつ、白い女としての立場を私は確立した。

 少年に強く認識されるほど、私は大きな干渉を少年に行える。私は少年を通して、外界に影響を与えていた。それを楽しく思った私は夢の中で、さらに少年の心を痛め付ける。今思えば事前知識になかった入水事件は、私の影響だったのだろう。知らぬ間に私の魂は、少年の魂に影響与えていた。それによって少年の心は歪み、事前知識にあったネギ・スプリングフィールドの姿から変化していく。

 

ネギ・スプリングフィールドの身の内に限定される小さな変化が、

ネギ・スプリングフィールドの状況を大きく変えていく。

まるで育成ゲームのようだった。

 

 5年後、少年は9歳になった。私は夢の中だけではなく、現実にも出現しようと試みる。しかし、上手くいかなかった。少年の無意識は、私の存在を否定しているからだ。少年の視界に幻として私を出現させても、それを現実と認める事はない。少年の無意識によって、夢と現実の境界線を越えることは許されなかった。その身の中にいる私の存在を、少年は認めたくないのだろう。

 少年は魔法学校を卒業し、修行のために麻帆良学園へ向かう。新学期の準備で忙しかった少年は、夜の8時頃に下校した。そうして事前知識よりも一日早く、少年は吸血鬼と遭遇する。そこで私は少年に干渉し、吸血鬼を白い女と錯覚させた。それによって白い女は吸血鬼になり代わる。事前知識を用いて白い女の存在を確信させ、一時的に白い女を現実へ存在させる事に成功した。

 その間、白い女と錯覚された吸血鬼はポカーンとしていた――悪いね、原因は私だ。その間に問答無用で少年は戦闘を始めたものの、吸血鬼によって返り討ちにされる。少年の言動を不審に思った吸血鬼は、少年の記憶を調べた。毎晩見せていた夢の記憶から白い女の存在を知り、そこから6年前の記憶を見て、ナギ・スプリングフィールドの生存を知る。すると吸血鬼は少年の血を吸わず、そのまま去って行った……登校地獄は解呪しないのだろうか?

 予測できない吸血鬼の行動を不安に思っていたものの、前日の出来事を吸血鬼は無かった事にする。まるで少年と初対面のように、吸血鬼は振る舞っていた。それを少年は不審に思う事もなく、白い女と吸血鬼を別物として考える。そして私の与えた情報を真実と確かめる度に、白い女の存在は確かな物へ成っていった。その後の事は、おおよそ事前知識の通りだ。

 

 新幹線に乗った少年は、修学旅行へ向かう。京都で起こる事件の主犯である天ヶ崎千草を、今回は白い女として錯覚させた。車内販売員に変装していた天ヶ崎千草を、白い女として認識させる。すると当然、少年は白い女に杖を向けた。少年の魔法によって生徒達が眠らされる中、なぜ正体を暴かれたのか天ヶ崎千草は分かっていない――悪いね、原因は私だ。慌てた天ヶ崎千草は眠っている生徒を盾に代えて、少年の攻撃を防ぐ。そして煙玉を破裂させて逃げ出した。

 白い女の出番は、ここまでだ。白い女から情報を手に入れた少年は、その真実を修学旅行中に確認する。しかし、白い女の息子として人形の本名を教えたのは不味かった。テルティウムと本名を呼んでしまった少年は、人形の放った魔法によって石化される。その間に大鬼神は復活してしまった。しかし、救援として現れた吸血鬼によって人形は撃退され、大鬼神も討伐される。その後、少年の石化も解呪された。ちょっと危ない場面もあったけれど、だいたい事前知識の通りだ。

 

 学園に戻った少年は、吸血鬼に弟子入りを申し込む。すると吸血鬼は少年の記憶を見せるように要求し、魔法を用いて2人は夢を共有した。そこで夢の中に閉じ込められ、白い女が登場する。これは私の仕業ではなく、少年の仕業でもない……ならば吸血鬼の仕業だ。少年の前で吸血鬼は、白い女(偽)と戦ってみせる。どうやら少年に、格好いい所を見せたいらしい。それに私は便乗した。吸血鬼の作った白い女(偽)を、本物の白い女として少年に認識させる。

 適当な所で戦闘は終わり、短い夢は覚めた。吸血鬼は白い女(偽)と戦うことを理由に、少年の弟子入りを認める。まさか……それらしい理由を付けて少年の弟子入りを認めるために、こんな面倒な事をしたのか? いいや、事前知識と違って、吸血鬼の大魔法を少年は見ていない。白い女(偽)を作ったのは、大鬼神を倒した大魔法を自慢するためだったのかも知れない。結局、吸血鬼の考えは読めなかった。

 

 弟子入りした少年に吸血鬼は、さっそく闇の魔法を教える。事前知識を持つ私から見れば、少年に死ねと言っているも同然な鬼畜の所業だ。その事に少年は気付かず、ホイホイと言われた通りに修行を始める。しかし、白い女という闇を受け入れ切れない少年は、死んでも闇の魔法を習得できない。何度も暴走を繰り返して、その度に魂と肉体の繋がりは変質した。それによって少しずつ、少年の無意識は変化する。私に対して反発しつつも、受け入れようと変化していた――私の存在を認めようとしていた。

 闇の魔法の習得中に、悪魔は来訪する。京都で会った男の子と共に、少年は悪魔に立ち向かった。その男の子と仮契約を行って少年は、相手の心を読むアーティファクトを手に入れた。それはネギ・スプリングフィールドではなく、宮崎のどかに与えられはずのアーティファクトだ。これは予想外だった。まさか、何者かに私の存在を察知されているのかと思って、私は警戒する。

 少年はアーティファクトを用いて、周囲の人々から白い女の情報を集める。その結果、白い女と繋がっていると疑っていた人々は、白い女を知らないと少年に知られた。白い女の存在を疑われれば、少年に干渉する手段は減る。私は慌てたけれど、まさか本型のアーティファクトを白い女に錯覚させるなんて無茶はできない……しかし、その心配は必要なかった。白い女の存在を否定されても、少年は白い女の存在を疑わなかった。正体を隠しているのだと、少年は思っていた。白い女の存在を疑われなかった事に、私は安心する。

 私の存在を疑われなくて嬉しかった。私の存在を信じてくれて嬉しかった。肉体に閉じ込められた私を見てくれる者は、世界で少年一人だ。少年の肉体を手に入れれば、もっと多くの人に見てもらえる……本当に、そうだろうか? いいや、そんな事はない。他人なんて私にとって、砂粒のような物だ。私は……ああ、そうだ。私は少年に見て欲しい。そうして私は自覚する――いつの間にか私は、少年に恋をしていた。

 

 麻帆良祭の出し物が決まらず、少年は悩んでいた。麻帆良祭の2週間前だ。間違えて酒を飲んだ少年に干渉し、隣席に座っていた教師を白い女に錯覚させる。いつものように事前知識を用いて、白い女の言葉と存在を信じさせようと試みた。しかし、その途中で少年は酔ってしまって、泣き上戸と化す。隣席に座っていた教師に抱き付き、少年は甘え始めた。

 その様子を見て、私は怒りを覚える。何が悪かったのかと言うと、その教師は女性だった。では、男性ならば良かったのかと言うと、男性もダメだ。それは性別の問題ではない。魂のみで性別を持たない私は、少年の魂に触れる全てを許せなかった。以前ならば少年が、ネカネ・スプリングフィールドや生徒と一緒に寝る事も許せた。しかし、もうダメだ……だって私は、少年を好きになってしまった。好きだと自覚してしまった。だから少年が、他人の物になるのは許せない――この魂は私の物なんだ。

 

 何事もなく麻帆良祭は終わった。大きな流れは事前知識の通りだ。そして夏休みに入る前に、少年は闇の魔法を習得した。その代償は人としての肉体だ。曲解ではあったけれど無意識の内に私を受け入れ、少年は白い魔物と化した。とは言っても、私の魂を受け入れた訳ではない。変化したのは、少年の私に対する感情だ。生命の危機を回避するために、少年の本能は私を求めた。

 少年は生徒に連れられて旅行へ行く。そこで距離を取っていた生徒と、少年は仲直りした。仲直りと言うよりは、敵ではないと判断しただけだ。今の少年にとって世界は敵か、敵ではないかに分けられる。少年と他人の境界線は、果てしなく高い障害となっていた。私の干渉によって少年は、もはやネギ・スプリングフィールドとは別物になっている。私が育てた、私だけのネギ・スプリングフィールドだ。

 少年の入っている風呂場へ、私は現れる。もはや依り代は必要なくなっていた……という訳ではなく、湯に浸かったまま眠ってしまった少年の夢に現れているだけだ。このままでは危険だけれど、現実に存在しない私は何もできない。悪夢を見せて強制的に起こそうと思うものの、下手をすれば白い女の存在を疑われる。いいや、もはや少年が白い女の存在を疑う事なんて……そうして私は悩んでいた。一歩を踏み出せず、迷っていた。

 気絶していた少年は、現実で生徒に救助される。安心した私は、夢の中で少年を抱きかかえていた。夢の中で白い女を見た少年は、早々と闇の魔法を発動させて、すぐに暴走したからだ。暴走の原因は少年が、白い女を直視したからだろう。まだ少年は、私を完全に受け入れた訳ではない。暴走する少年を必死に鎮圧して、私は脱力状態の少年を抱き締めていた。夢の中で私は少年と触れ合い、肌を重ねる。そして私は、いつものように、白い女は諸悪の根源であると少年に騙った。

 

 そろそろ私の持つ事前知識も尽きる。そうなれば白い女の存在証明を行えない。だから私は、もうすぐ勝負に出る。憎しみに塗れた少年の根底を引っくり返す。そのために、相手の名前を見破る魔法具の在り処を、少年に教えた。発見できる可能性は低いけれど、見つからなかった時は自分から名乗ってやればいい。私は少年の中で、その時を待っていた。

 少年は一人で、魔法世界へ渡る。例の魔法具を手に入れると、闘技場へ向かった。私の示したジャック・ラカンという人物に会うためだ。しかし、そこで少年はジャック・ラカンの逆鱗に触れ、跡形もなく殺害される。どうやら、私の育てたネギ・スプリングフィールドは、ジャック・ラカンに気に入られなかったらしい……なんて思っているけれど、私は動揺していた。

 今の私は自由だ。私の魂を捕らえていた肉体の檻はない。バカによって跡形もなく消し飛ばされてしまった。少年の魂を探し、私は捕獲する。どこかへ消えようとしていた魂を、この手に留めた。闘技場ではバカの勝利が祝われている――許せない。私の少年を殺されて、このままでは終わらせない。私は自身の魂に刻んだ機能を用いて、少年の魂を改造した。

 

 私は転生者だ。転生者とは魂の専門家だ。自身の魂を改造して、私は転生者となった。その機能を少年の魂に刻み込む。まずは「思考するための機能」を刻み込んだ。構造モデルは拡散型で思考速度を重視する。これの欠点は思考の損失が多く、たまに何を考えていたのか分からなくなる事だ。次に「思考するための機能」と繋げるように、「外部へ出力するための機能」を刻み込んだ。これは魂の波動に指向性を持たせて射出し、様々な作業を行うための機能だ。少年の魂に機能を刻み込む作業も、これの応用で行っている。

 そして「思考するための機能」と繋げるように、「魂に記憶を刻み込むための機能」を刻み込んだ。これは周囲の状況を把握するための感知機能も有している。さらに、これまでの機能の反対側に、「魂を保護するための機能」を刻み込んだ。これは他の転生者による干渉を防ぐ防壁でもある。転生者の魂を、普通の魂に偽装する機能もあった。ちなみに、これまでの機能の反対側へ刻んだのは、防壁に問題のあった際に、追加の刻み込みを行うためだ。

 これらは「高速思考」「完全記憶」「霊波光線」「ソウルプロテクト」と名付けられた基本セットになっている。最後に各種機能と重ねるように「各種機能を感覚的に管理するための機能」を刻み込んだ。これはソウル・オペレーティング・システムを略してSOSと呼ばれ、組み込めば効率的に各種機能を扱えるようになる。例えるならば文字で表現していた物を、絵で表現できるようになる。ただし、細かい動作には向いていない。これだけあれば、魂の状態だけでも活動できる。

 少年の「魂を保護するための機能」に細工を施し、私の侵入を許可させる。そして少年の魂を中心に、周囲の魔力を用いて少年の体を形作った。絵を描くように高速で、肉体を形成させる。そうして少年は、新たな転生者として再構成された。少年の未熟な部分は、こっそり私がサポートする。そして少年と私の制御による愛の力で、さきほど少年の肉体を吹っ飛ばしたバカを撃退した――それでも私は許さない。

 

 闘技場で戦った後、少年は舞踏会を訪れる。今日は最終決戦の始まる日だ。舞踏会の会場に、京都で登場した人形が入ってきた。事前知識によると、人形はバカによって足止めされる。人形を足止めしているはずのバカは、少年によって負わされた怪我の治療中なのだろう。バカの両手を吹っ飛ばしたので、間に合わなかったのかも知れない。ちょうど良いので、その人形を白い女に錯覚させる――それではネギ君に、真実を教えよう。私は、ちょっと緊張していた。

 私は白い女の真実を教える。これまでの事件に関わっていない事を明かした。事件の犯人を白い女と思っていた少年は、その根底を崩される。村を滅ぼされた憎しみは再構成され、騙していた私に対する憎しみへ転化された。もはや少年にとって、6年前の事件は如何でもいい事だ。今の少年は白い女だけを憎んでいた。恨んでいた、呪っていた。そして何よりも誰よりも、白い女を強く想い、私を求めている――ああ、うれしいなぁ。

 

 私を求めて、少年は最後のステージへ上がる。一人でラストダンジョンもとい墓守り人の宮殿へ乗り込んだ。そして再び、人形を白い女と錯覚させる。少年は人形を倒し、止めを刺そうと近寄った所を、ラスボスによって狙い撃たれた。即死の状態になった少年は最後に白い女へ手を伸ばし、その魂を滅ぼすために掌握を行う。闇の魔法による掌握で、その魂は少年に取り込まれた。しかし、それは人形の魂ではない、少年に取り込まれた魂は私だ。

 そして少年と私は一つになった。私は少年をサポートし、少年は私を制御する。私の魂に少年の魂を取り込んでも良かったのだけれど、少年の望みを優先した。少年は私を取り込んだ事で、その性質を変化させる。私を取り込んだ少年は私の影響を受けて、私を求めるようになっていた。少年は私を必要としていて、私は少年を必要としている。そうして少年と私は愛し合う。少年が失われれば私が再構成し、私が失われれば少年が再構成してくれた。私と少年は一対の転生者として、永遠の刻を生きる事になる。

 

 




▼『ザインさん』の感想を受けて、「少年は無意識は」→「少年の無意識は」な件に気付いたので修正しました。サブタイトルが「上位悪魔も私の支配化にあります」になっていた件に気付いた人ですね。
 少年は無意識は、私の存在を否定しているからだ→少年の無意識は、私の存在を否定しているからだ


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