博麗捕物帖 (虹ウォズ)
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荼毘の怪
始 火車の影絵






 

 

 日が厳かな山山から地上を照らし始め、夏雲が活動を始めた頃。

 絵師鳥里は現居住まいである博麗神社の台所にて、数ある同居人たちへ向けて朝餉の準備をしていた。これは習慣づいていて、此処で育ち物心ついたときから変わっていない。

 もはや調理手順は手が覚えている状態で、目を瞑ってでも出来る…は少し誇張だがそれくらいの自信はあるほどだ。そんな余裕の中であるから鳥里はこの時間、仕事のことをよく考えている。その考えこそ今回の話の始まりなのだが、その為には少しこの鳥里について書かなければならない。

 鳥里は基本なんでも描き、最近は出版物の挿絵を担当することが多い。その中でも妖怪の画に関しては専門的だ。これは挿絵をあてがう対象である一人の作家の読み物に関係する。その作家は随分な速筆であり、多くの本を短い期間で出版している。そして鳥里が主に受け持つ本のジャンルが探偵小説であり、特徴として怪奇を前面に押し出した作風がある。そのためか、必然と妖怪などを描く機会が多くなり今に至る。

 最近ではただ描くだけではなく妖怪の成り立ちを調べるまで至っており、日々人里で情報を集めていた。勿論、妖怪が平然と跋扈する場所が場所だけに怪異関係の話に不足というものはない。

 扨、今回重要なのはこゝからで、今回の話の中心となるのはその鳥里が収集した情報の中の一つ、人体消失現象。現象と云っても話は簡単で死体が葬儀中にいつの間にか消えたと云うものだ。しかし、詳しい情報が少なく概要しか把握できていないという問題がある。

 この解決案として、鳥里はこの神社の家主でお祓いなどを生業とする巫女に、このことについて何か知っていないか訊いてみようと結論づけて、皆が集まる居間まで料理を運び出した。

 

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ*

 

 

 食事を並べている最中、一番最初に居間に姿を現したのは件の巫女だ。

 頭に大きなリボンが特徴的で洋風と和風が融合したような独特な、全体的に赤い装いに身を包む少女、博麗霊夢が欠伸をしながらノソノソとまるで寒さに縮こまる猫のような足取りで料理が並んだ卓についた。

 

「おはよう、夢」

 

「おはよう」

 

 鳥里の言葉に博麗は目をこすりながら会釈した。

 

「今居るヤツらを全員起こして来てくれよ」

 

「冷めた物同士、お似合いじゃない」

 

 博麗は未だ眠気が取れないようで繰り返し小さく欠伸をしている。普段ならまどろむ様を滅多に見せない彼女だが、今日は違った。

 そんな博麗を見て、鳥里は昨日のある光景が脳裏をよぎる。

  鳥里は昨日午前1時迄仕事をしていた。部屋の障子を半分開けて風通しを良くする環境作りは冬を除けば鳥里にとっては当たり前の行為であり、昨夜運よく内と外の光の狭間にいた彼には外の様子がはっきり見えていた。

 扨、午前零時と少し過ぎた頃障子の間から闇でも目立つ紅緋色の巫女服を着た博麗を目撃した。その日の午後六時頃鳥里たちが夕餉を食べ、博麗が外出してから帰ってくる迄約六時間の間隔である。少々時刻時間にしては妙であり、従って鳥里はその光景が頭に残っていたのだ。

 

「そう云えば昨日、帰りがやけに遅かったと思う。そんなに仕事が大変だった?」

 

「いつだったか、人里の人が土砂崩れに巻き込まれたのは記憶に新しいでしょう?そして、最近になって行方不明だった残りの人が見つかったのは覚えてる?だけど、そこの家は葬式形態が確立して居なくて困った。だから、私が遺体とその見つかった場所を確認してたのよ。でね、ほら、私は神社に属するものだから一例として今後のコトを説明をしたんだけども‥結果として色々揉めて帰る時間が長引いてしまったって話よ」

 

「あ、それって……いや、まぁ、なんだ。ご苦労様」

 

「…」

 

 その後は特に会話もなく、結局今神社内に居た、なかなか起きないその他住人を鳥里が起こして間もなく朝餉にした。と云っても、今いるのは女の悪霊のみであり、現在3人で食卓を囲んでいる状態だ。悪霊は食事を必要としない筈であるが、本人が以前から食べないと生きている感じがしないと云うものだから、彼女の分も用意している。

 扨、食事を開始して大分経った頃、鳥里が口を開いた。

 

「最近、奇妙な噂を聞いたから夢に相談しようと思ったんだけど」

 

「噂?」

 

 未だ眠たそうな博麗の目が鳥里を見た。

 

「君がさっき話してくれた最近起きたって云っていた山崩れの事故のやつ。アレで、先に見つかってた死体が葬儀中に無くなったんだってさ」

 

「それね。えっと、あゝ、そうだ、思い出した。そういえば昨日、念のため泊まりで一緒に死体見てもらえないかって遺族に云われたことを思い出した。なるほど、お前の話はそのことね」

 

 先程から話に上がる事故というのは、3人の人里の男性達が山の災害に巻き込まれて行方不明になっていたと云うものだ。はっきり云っておくと、こゝまでは不幸な事故である。まず最初に1人の男性の遺体が発見された。そして現在は、先刻博麗の云うように全員の遺体を回収している。

 本題はこゝからで、死体が無くなったという部分の話。これは、先に見つかったと云う人の通夜の翌日、棺を覗いた遺族が遺体が綺麗に跡形も無く消え去っているのを発見した‥と云うわけではなく、火葬後の骨拾いを行う段階になって、その肝心の遺骨が綺麗サッパリなかったのだ。従って死体が消えたと云う話になったわけである。

 それを知る皆は妖怪の所為だなんだと云い、気味悪がっている。妖怪の所為というのは鳥里も同感であり、それが彼がこの話題に飛びついた理由だ。

 

「これは妖怪が絡んでいるんじゃないか」

 

「知らないわよ、そんなこと」

 

「ならさ、一緒に確かめよう。ほら、異変とかだったら君の出番だろ」

 

「嫌。面倒くさい。妖怪なら、そう、あいつ。稗田に頼みなさいよ」

 

 博麗は妙案とばかりに鳥里を指さした。

 稗田。本名、稗田阿求。先述した挿絵の仕事関係で知り合って、鳥里との仲は悪くない。

 彼女は由緒のある家柄の血族で、主にこの地で暮らす上でのガイドブックのようなものを本職、副業で小説を書いている。本職の内容は生息する妖怪の図鑑みたいなモノだ。一般の人々はそこまで注目して読みはしないのだが、主に博麗のような怪奇に関係するものは必ずと言うほど読むものである。その本は何度か版を重ねて今では幾つになるか、数えたことは無いがその情報の更新頻度からは彼女の性格が現れている。

 

「いや、稗田は忙しいんじゃないかな。頼むにしても妖怪の特徴くらいは教えてくれそうだけど」

 

「じゃあこれで話は終わりね。もうひと眠りでもしようかな」

 

「夢、これもお金のためだよ。僕は仕事の役に立つ体験が得られる。君だって妖怪退治で臨時収入が入る。里の皆は事件解決で安心。ほら、良いことづくしだ」

 

 博麗はついに鳥里の言葉を無視してそっぽを向きだした。鳥里が困り果てていると、そこへ博麗と鳥里へ非難の、いや、注意の声が向けられる。

 

「朝から喧嘩するなよ。メシが不味くなる。」

 

 発言したのは今いる3人の住人残り、つまり悪霊である。名を魅魔という。

 緑髮の綺麗な長い髪を持つ少女の姿で、西洋の魔女のような、また形容し難い独特の服を着ている。そして、霊だからか足が生えてない。いや、偶に生えてることがある。彼女は自分を神だといつからか云っているが博麗は悪霊だと云う。未だに鳥里には彼女が悪霊なのか神なのかいまいちハッキリとよくわかっていない。とりあえず博麗の言を採用して悪霊と見ている。

 

「鳥がしつこいのよ。大体、妖怪の仕業かまだわかんないのに調査する気も出るわけないでしょ」

 

「どっちにしろだ。下手人が人間だとしたら勿論、そして妖怪の場合恐怖は必要だが永続するのは良くないだろ。それに妖怪退治の方の怠慢が過ぎるとまた八雲がちょっかいかけてくるぞ」

 

 博麗はその一言で一瞬氷漬けされたように固まった。正確には『八雲』の名前が出たあたり。そしてすぐに苦虫を噛み潰したような顔をして深呼吸を行った。

 

「鳥、さっさと解決させる。じゃあ、まず妖怪の特定ね。鳥、わかる?」

 

「うぅん、無難に火車かなぁ。僕はそれをまず連想したけど」

 

「火車?じゃあ燐ね。よっし、アイツを捕まえて終わりね」

 

 そう云うないなや、サッと博麗は立ち上がって駆けようとした。

 このテキトウ極まりない博麗の論に鳥里が静止をしようとして、それよりも早く魅魔が口を開いていた。

 

「なぁ、火車って云っても、あの化け猫だけじゃないんだろう?」

 

 その言葉に博麗は身体にブレーキをかけて僅かにつんのめりになりかけ、その原因たる魅魔に非難の目を向けた。鳥里は1度そんな博麗に目をやってから魅魔の疑問に答える。

 

「うん、そう。火車って種族名っていうか概念みたいなものだから」

 

 火車については鳥里もそれなりに知っていた。とは云え、知識量では前述した稗田に負けるのだが。

 

「私は詳しくは知らんが、お前の回答的には燐を犯人だと決め付けるのは少し、早計すぎる。そうだろ?霊夢」

 

「そうね。でも私も火車とかよく知らないわ」

 

 博麗は対岸の火事を眺めるような顔で鳥里と魅魔の顔を交互に見ている。彼女の無言の命令を察知した鳥里はため息をついて呟いた。

 

「まずは君がさっき云ったとおり稗田を訪ねるのが先みたいだな」

 

 その後すぐに博麗と鳥里は魅魔に見送られて、稗田の屋敷へと向かった。

 



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壹 車輪の跡

 

 

「つまり、最近起こった死体消失疑惑は‥火車の影響だと?」

 

 鳥里と博麗はあれから稗田の屋敷を訪ね、事情を話を話し終えてからの稗田の第一声の言葉がそれだった。

 今、鳥里と博麗が稗田の書斎の部屋で、先程まで机に向かっていただろう稗田を正面に並んで座っている。鳥里らから見て彼女の背景、部屋の四方の壁に沿って立ち並ぶ大きな本棚たちとその本棚の一段一段詰め込まれた本たちが、彼女の個性の一つとして存在していた。

 鳥里は対面する稗田の鷹のような視線に少少萎縮して返答する。稗田とは別段仲が悪いわけではないが、どうも彼女のたまに見せるこの視線は少し苦手だ。

 

「あゝ、そうなんだ。それで夢がな、火車について知りたいってさ」

 

「‥‥私への頼みごとはそれだけではないでしょ、鳥君」

 

 稗田の言葉に鳥里は冷や汗をかく。

 鳥里が苦手とする稗田の視線と云うか目、これは彼が嘘や隠し事をしていると決まって彼女はこの目をする。いつどうやって気づかれているのかわからない故に、鳥里は怖かった。もう、これは素直に洗いざらい話したほうがようだろう。

 

「その、稗田さんには僕らの手伝いをしてほしいと正直思ってます…」

 

「最初からそう云ってほしかった。大丈夫、仕事はしっかり間に合うようにしているし、別に夜更かしとかしないのだから、変に私の身体を気遣うなといつも云っているでしょう。それに、私の手助けが必要かどうかはあなたたち次第ですからね」

 

 鳥里がその言葉に委縮して視線を泳がせているとココで博麗が退屈そうに口を挟んだ。

 

「あ、話はまとまった?ならさっさとその火車について教えてちょうだい」

 

「わかってます。せかさなくても話しますから」

 

 そこで稗田は一度言葉を区切って黙った。それはつまるところ雰囲気の切り替えを図るためのものであろう。

 

「‥では、犯人と今のところ予想される火車について話します。

 火車は、死体を攫う妖怪ですね。元々、悪人または、その死体を地獄へ運ぶとされていました。火車が登場する文献は数が多い。有名なものは『猫檀家』だったかな。檀家と云うように仏教が関係してる。それが要因かは存じませんが、姿をしばし猫のように描かれます。火焔猫燐さんがまさにそうだと言えます。今回の事に、関係があるのかはさて置き。

 その火車ですが今では死体を攫うことが目的となっています。扨、そんな火車でありますがね、魍魎と混同、同一視されるのですよ。異国でもそう云ったことがあるようです」

 

「ソレがなに?」

 

 稗田の話の途中で、博麗が口を挟んだ。しかし、稗田は別段、気分を悪くするような素振りは無く、寧ろ待ってましたと云わんばかりに続きを話し始める。

 

「つまり犯人像が二つに分裂、犯人解釈に誤解が生まれる可能性があると云うことです。火車かと思えば実は犯人は魍魎でした、では捕らえられた火車が不憫です。

 では魍魎について話します。魍魎は、木や石の怪、水の精とか。「みづは」と読みます。魑魅魍魎の魑魅という山の怪に対して川、水の怪。死体を食べる怪の総称です。人に化けたりもします。

 魍魎は魑魅魍魎に付属した漢字でもありますが、色々と漢字が違ってあてがわれています。罔象、罔両、方良なんてね。罔象は日本ではミズハノメにもその字があてがわれています。そして、罔両。これは、これで水の精という性質がありますが、この字で書くと影の周りを覆う薄い影なんて云われています。これはとある画集の影女の絵の説明にも記されていて、他にも読み名は一緒でも漢字が違いますね」

 

 稗田はそこまで話してひとまず喋ることを辞めた。今回の間は一通り簡単な説明が終わったようで質問時間と云うことだろう。

 

「聞くに、火車と魍魎は姿と出自も違うってことでいゝんだよな?」

 

「はい。あぁ、少し待って居て下さい。実際に絵を見て頂いたほうが良いでしょう。今その絵は書庫にありまして、ソレを今お持ちしますから」

 

 そう云って稗田は部屋を出て、しばらくすると2冊の本を胸に抱えて帰ってきた。稗田はそれを鳥里らの眼前に並べて晒した。

 それぞれ『画図百鬼夜行』『今昔画図続百鬼』と書かれた鳥里に馴染み深い本だ。稗田は慣れた手つきで、後者の頁をめくり、魍魎の絵画を開いて見せる。

 木に隠れて紛れて、土から掘り起こされた死体に噛み付く小さな‥‥鬼?のような見た目だ。

 

「鬼みたい。小鬼かしら?で、火車は?」

 

 博麗は『画図百鬼夜行』を手に取って火車のページを開いた。

 描かれた妖怪は火を纏った、火を背負ったような、こちらはなんの生物か判断が上手くつかぬ見た目だ。しかし、先の稗田の話で考えるなら、おそらく元となった生物は猫だろう。いや、猫と鬼が混ざっているのか。地獄には鬼が居ると云うのだから。

 

「なぁ、魍魎ってさ、姿だけで見るなら、鬼だよな。火車は分からないが」

 

「画を描くにあたって作者が罔両を知っていたからなのかも。その可能性として、この画集に載っている鬼の絵に非常に構図が似ている」

 

 稗田は再び『今昔画図続百鬼』の鬼の画が描かれたページを開いて見せた。

 こちらもやはり木々草に囲まれた中で動物に噛み付いている、よく思い浮かべる鬼の姿が描かれている。

 たしかに構図がそっくりである。鬼の画に記された文章によると鬼は方角に関係する妖怪のようだ。この解説文によると、丑寅の方角に従って、牛の角に虎皮を着ているとしている。火車も当てはまるのか。いや、待て。確か佐脇という絵師だったかが描いた火車も腰に虎皮を付けていた記憶がある。

 そこまで考えて、なんだか鳥里は頭が混乱してきた。

 

「結局、どう云うことなんだ?」

 

「私の推論を述べるなら、おそらく後付けをして全てを採用した結果、具体性が失われてしまったのではないかと思うのですね。まぁ、貴方方には、死体に関連づいた妖怪は火車だけではないと分かればそれでいゝです」

 

 稗田がしゃべり終わると、自身の唇を指で撫でていた博麗が笑みを浮かべて云う。

 

「推定犯人の妖怪像は把握したわ。重要なことは次にどうするかね」

 

「順当に考えれば痕跡探しでしょう。被害にあった御宅を伺いなさい。地図を渡します。あゝと、それからまた何かあれば声をかけてくださいね」

 

 そう云った稗田はササッと紙切れに簡単な地図を描くと博麗にそれを手渡した。

 早急に次の目的地を決めた二人はさっそく行動しようと立ち上がるが、鳥里が待ったをかけた。

 

「鳥渡整理させてくれないか。まず行方不明者三人全員が見つかっている。それで、現在最初に見つかった一人目が消えた。二人目は葬式も近い。たぶん今日明日遺体は棺に入れられているはずだから、今夜あたり通夜?今のところは大丈夫だけどいつ盗まれるか」

 

 鳥里の今更すぎる独り言に博麗はしびれを切らしたように鳥里をせかして無理やり立たせた。

 

「そんなことは移動しながらでも考えられるでしょ。時間は有限よ」

 

「えぇ!?そんな!」

 

 鳥里は不満と云うか不安を口にしようとしてやめた。こゝは矢張専門家に従うことにしたほうがいゝ。それに彼女は鳥里の云うことにこれ以上聞く耳を持たないだろう。稗田は特に鳥里を援護してくれそうな様子にないのでソレは絶望的だ。

 観念した鳥里に博麗がやたらハキハキとテキトウな方角を指さして宣言した。

 

「とりあえず稗田の云う通り一件目の家に行きましょう」

 

 

 ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ*

 

 

 稗田の屋敷を後にした鳥里と博麗は、遺族の住む家に向かうため人里の大通りを考え事をする余裕がないほどの多くの人が行き交う中、それの間を縫いつゝ向かっていた。

 鳥里は大きな流れのような人人の波に苦しそうにしながら、鳥里とは逆に余裕そうにひょいひょいと宛然重力を感じさせないように身軽に前へ進む博麗に、少し大きめな声で話しかける。話をしていれば、はぐれてしまうことも少なくなるだろう。

 

「なぁ、夢。そういえば、訊きたいことがあるんだけど」

 

「何?」

 

「今朝、葬儀を断ったって云っていただろう。なんでだろうなって少し気になってたんだ」

 

 葬式と云えば、祭壇を前に線香を灯して棺を祭壇の元に置く。そして、坊主が読経を唱えると云うのが鳥里の印象だ。鳥里自身、葬儀に参加した回数は片手で数える程しかない為、確かな事は云えないが葬式の主流は今現在、仏式であろう。では、果たして神道の葬儀はどうなのだろうか、とふと気になったのだ。

 

「今まで、やっていたんじゃないのか?」

 

「やってない」

 

「へぇ、そうなのか。意外だ」

 

「うん。でもね、鳥が気にすることではないわ」

 

 博麗からは面倒くさいことを訊くなとでも云いたそうな空気を感じた。

 

「大変なんだな」

 

「大変?莫迦ね。これも仕事よ。私はこの仕事を天職だと思っている。ソコに何の不都合はまるでないよ」

 

 二人はそうして喋りながら一人目の家に辿り着いた。大通りから離れた場所のため辺りは先程と違って人通りが少ない。

 その家は、老朽化が目で見えて、標準的な日本家屋である。云い方としては失礼だが、稗田の大仰な屋敷を見た後ではなんとも普段感じる家の大きさより小さく見えた。

 博麗が家の戸を優しく叩いた。

 しばらくして「はい」と云う言葉とともに戸が半分ほど開いて、中から一人の女性がこちらを覗く。見たところ格好はしっかりしているのが、生気が薄れているような印象を受ける。

 家の中から博麗らを覗く女性に、博麗が丁寧な口調で話しかけた。

 

「突然失礼。お初にお目にかかります。私、博麗神社の巫女の博麗霊夢と申します。あ、こちらは助手‥マァ手伝いのようなモノなので気にしないでください。ええっとそれで、数週間ほど前に亡くなった、こちらのご主人の奥方とお見受けいたしますが?」

 

「まぁ、巫女様。どうなされたのですか?確かに私がそう、ですが」

 

 女性は博麗の名を聞いて驚いているようで、目を見開いている。博麗神社といえば彼処に置いて一つしかないのだし、神職として、または陰陽師紛いとしても幾度となく異変を解決してきた神社の巫女が突然訪ねて来たのだから驚くのは自然なことだ。

 

「実はご主人の件で伺った次第でして、こゝではなんですから、大変厚かましいお願いではございますが、家に上がらせていただいても?」

 

 博麗は右手を頬にかざして、少し声の音量を抑えながら辺りに視線を向けつゝ云った。

 

「その事‥ですか。はい、構いません。どうぞ、お上りください」

 

 女性、いや無くなった主人の妻は博麗らを快く座敷へ通してくれた。

 博麗と鳥里は客間の一室に机を挟んで奥方と対面する形で、勧められた座布団に座る。

 しばらくして茶を奥さんが持ってきて、ソレを各々の眼前に湯呑みを置くと奥さんは先述した通りに博麗らの対面に座った。

 博麗と鳥里はそれぞれ一口茶を啜った。奥さんはその様子を黙って見ていたが、湯呑みを二人が置くと口を開いた。

 

「それで、主人のことでしたよね」

 

「えぇ。まずはこのたびはお悔やみ申し上げます。…ではさっそく本題に移る前にまずは謝っておきましょう。これから私どもはご主人の件について辛いことを思い起こさせる質問を致しますが、どうかご勘弁を」

 

 博麗がその言葉と共に少し頭を下げた。鳥里もそれに習って博麗に少し遅れて頭を下げる。

 

「いえ。私も気になっておりましたし、巫女様が来てくださったということは、わかります、意味は。構いません」

 

 奥方は今にも風にかき消されてしまいそうなほどかすれたような声でありながらも意を決したような眼を博麗らに向けた。

 了承が得られた博麗は顔を上げ、奥方と視線を交えるとゆっくりと話し始める。

 

「感謝します。では本題へ入りましょう。まず、はっきり申しますとご主人の遺体が消失した可能性が高いという事、それを私どもは妖怪による異変として調査しております」

 

 奥方は博麗の確認に頷いて返答した。

 

「それで、その可能性の根拠として遺骨が火葬後、発見されなかったと云うことまではよろしいですか?」

 

「ええ。私も確認しました。確かに骨は残って…あゝ、いえ、ありませんでした」

 

「遺体を最後に確認したのはいつですか?僧侶が読経を唱えてる間は確実にあったと思われるのですが」

 

「そうですね。僧侶聖様でしたか。あの方が読経を唱えてる間は、はい、確かに棺の顔の部分は開いていましたし、聖様で無くとも遺体が有る無しを見間違う筈がないと私も考えております」

 

「わかりました。扨、問題はそこから先です。それからの流れとしては…あ、どうも私は仏教には少少疎いものですし、葬儀に立ち会った数も少ない。亦、矢張実際目にしていた方の証言を基にしたいのです。どうか流れをそちらからお話ししていただけませんか?」

 

 博麗は困ったと云う様子で顎に手を添えて、思案する様な仕草をした。これは博麗の嘘だ。恐らく、長々と喋ることが面倒になりもっともな理由を付けたと考えられる。そのでっちあげた理由はまるで嘘ではないだろうが、おそらく彼女の中で前者の占める割合が大きいのは違いないだろう。

 扨、奥方は博麗の腹積もりにまんまと引っかかって、事の次第を話し出した。

 

「はぁ、わかりました。えぇっと読経が終了した後、焼香を友人の方やあちらのご両親、私の両親としました。それで、柩の蓋が閉められて(そのときも遺体はありました)閉会し、出棺となりました」

 

「なるほど。どうもありがとうございます。葬儀自体に不思議なところはなかったわけですね。他に、何かありましたか?なんでもいゝんです。普通では起こらないことはありませんでしたでしょうか?例えば、棺を運ぶ最中に変な影を見たとか」

 

 その質問に奥方は黙り込んだ。幾ら時間が経ったかわからないが、体感的には2分程度。奥方は屡逡巡した後、ぼそぼそとした声を漏らす。それは自信の無さ故か、それとも記憶が薄いのか。

 

「棺を運んでいる中にそのようなことがあった記憶はございません。ただ‥」

 

 奥方は云おうか云わまいかを戸惑っていることが容易に見て取れる。

 博麗はそこに切り込んだ。この先の言葉に何か鍵があるのだと博麗は半ば確信しているようだ。

 

「どうぞ遠慮せずともおっしゃってください」

 

「いえ、これは事に関係あるとは思えないのですが…」

 

「構いません。どんな些細なこと、たとえ思い違いでも捜査の作業には大切なことです」

 

 奥方はそれでも迷っていたようだったが博麗の有無を言わない雰囲気に押されて奥方は話すことを決意したようで恐る恐る口を開いた。

 

「はぁ、わかりました。あのですね、葬儀の始まり辺りに、何度かガタガタと音がしまして」

 

「それは‥どこから?」

 

 奥方の言葉を聞いて博麗の表情がわずかに変化した。どうやら当たりを引いたようでその証拠に博麗の今の質問には重苦しい慎重さが込められている。

 

「さぁ、そこまでは。申し訳ございません」

 

 そう云って奥方は申し訳なさそうに頭を下げる。ますで委縮した小動物のように見えた。博麗はソレに対して気にしていないとばかりにゆっくりと目を閉じて静かに首を横に振って奥方に優しく声をかけた。

 

「いゝえ、謝る必要はありませんよ。質問は以上です。ありがとうございました。では失礼します」

 

 博麗は起立して鳥里に行動を促した。鳥里もソレに習って立ち上がり、奥方に一礼する。

 

「あ、お見送りいたします」

 

 奥方は少し反応が遅れていた。矢張辛い事を思い出したからなのだろうか。

 鳥里はなんだかこの女性のことが心配になった。それと同時にある想像をしてしまう。しかし、鳥里はそれを途中で消した。余りにも失礼で不謹慎だったからだ。

 

「それには及びません。アナタも体調が優れないご様子ですからね。お気遣い感謝いたします」

 

 博麗は家に来てから、少しも変わらない態度で奥方の申し出を断った。励ましの言葉は云わなかった。幾ら博麗の巫女の言葉と云えど、気休めにしかならないと考えたのだろう。いや、そうでなくとも余計な言葉である。

 そうして鳥里と博麗は被害にあった一件目の家を後にした。

 






*独自設定として、この小説内では自宅葬ではなく式場での葬儀となっています。

*火車は、江戸時代の説話集の一編によれば、雷と雲とともにやってくるとされているそうです。また、罔両という字は作中にも登場した「今昔画図続百鬼」の影女の解説文にも記されています。魍魎はまた、クワシャと読み、とある絵師の、火の車を押す化物の絵の横にはクワシャの字が記されています。なるほど、共通点は多いようですね。



とはいえ、ここで語られたなんちゃって妖怪話はただの冗談として捉えて下さい。私は妖怪研究家ではないのですから。


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貳 死体幻術

 

 

 鳥里と博麗は神社に戻り居間にて湯呑の底ぶちを転がしている最中だ。

 帰り道に会話はなかった。鳥里が何を聞いても博麗はだんまりをして、いつもの無茶苦茶な言動もそれに伴って鳴りを潜めていたのだ。鳥里はそんな奇妙などこか居心地の悪い空気に遂に耐えられなくなって博麗に再び声をかける。

 

「なぁ、夢。そろそろ無視はつらいぞ」

 

 鳥里は少し困ったように博麗に抗議をした。鳥里の言葉が博麗にしっかり届いたのか博麗は自身の世界を抜け出したような合図を眼球を動かすことで示した様に見えた。

 

「無視?なにを云っているの、鳥。私、ただ考えごとをしていただけよ」

 

 ようやく博麗は小難しい顔を改め、柔らかい表情を鳥里へ向けた。それに鳥里は内心安堵して続きをいつもの調子で話し出す。

 

「で、その、考えて何かわかったのか?」

 

「問題は果たして妖怪なのか人間の仕業なのか?ソレを考えていた」

 

 博麗は彼方の方向を見ながらボーッとした様子で呟いた。昔から何も考えていないようで結局事件を解決して来たから、今回の件ももう検討どころか全容が見えているものかと考えたのだが、どうやらその考えは外れたようだ。

 鳥里がそんな事を考えている中、博麗が鳥里に再び顔を向けた。

 

「鳥は?なにかないの?私に聞いてばかりいないで意見を聞かせてほしい」

 

「そうだなぁ。第一何が分からないんだ?犯人は火車なんだろう?」

 

「違うわ。素直に稗田の云う通り犯人は火車だと考えた場合、オカシな点が出てくる。つまり、『家を鳴らす』意味がわからないと云っているの」

 

 家を鳴らす。確かに奥方は葬儀の始まりの辺りにガタガタと音がしたと云っていた。だが、それの何に悩む必要があるのかわからない。普通に考えるなら、火車が侵入した音であるだろうに。

 そんな鳥里の疑問に答えるかのように、博麗が云う。

 

「鳴屋は死体なんか盗まない。亦、他のあり得る理由を除外しても火車が家を鳴らす理由がない。稗田の戯言を信じてもそんな事書いた本なんてなかった。今、鳥は火車が侵入した音だなんて考えているだろうけどね、態態犯人が部屋に響いて、奥さんの記憶に残る程の音を立てるだろうか?更に云うなら、火車は気づかない内に死体を盗むのだから、宣言と云う意味で音を響かせると云う意味合いで異音を解釈することはおかしいと云える」

 

 つまり今迄伝えられて来た妖怪というのは今回のような変則的な行動を起こしていなかった。しかし今そこで差異が生まれている。そして、その行動が別の妖怪と合致していた場合、そちらについても考慮する必要がある訳だから、犯人像は段々と不明瞭になってくると云うわけであった。

 

「じゃあ、どうする?対策が取れなきゃ、また盗られるかもしれない」

 

 連続犯行かどうかは定かではないが、可能性がないとは云えない。盗まれてしまう可能性が、低いか高いかで云えば、高い。

 博麗は鳥里の問いに悩むようなしぐさをしてから、おもむろに顔を上げた。

 

「鳥。明日は普通に葬儀に出席しましょう」

 

「え、それはどういう?」

 

 云いかけて彼女の言葉の意味がわかった。情報不足のため、犯行サンプルを得に行くと云うことだろう。それは理解できる。ただ気になることは、犯行を見逃すということか。それは、なんだか違和感がある。

 

「もしかして犯行を黙って見てろってこと?」

 

「そう。今のままでは解決迄行けない。なら今回でより多くの情報を集めるしかない。…なぁに、後で全部取り返せばいゝのよ」

 

 博麗はそう少し罪悪感を持つ表情で云い終わるとさっさと居間を後にした。鳥里は不安そうに、ただ博麗の出て行った襖を見つめるしかなかった。

 

 ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ*

 

 

 翌日、博麗と鳥里は二人目の葬儀に出席する為に式場へと足を運んだ。

 式場となる建物は木造で、床下が存在するため、建物内の地面の位置が地表より高い。

 葬儀会場には、この人物が生前から近所づき合いや横の関係がそれなりに広く深いこと(後で聞いた)も相まって多くの人が出席していた。

 博麗は葬式にも関わらず、いつも白と紅を基調とした巫女服に身を包んでいる。対して鳥里はしっかり喪服を着ているが、どことなく似合ってない。

 博麗と鳥里は受け付けを済ませると早速、式会場内に入っていき、鳥里に顔を向けることなく告げた。

 

「鳥、離れないで。ついてなさい」

 

 博麗はそう云って迷わず建物内を進むと、壇のある会場ではなく別の方角へ向かって行き、とある部屋の襖の前で立ち止まった。

 

「聖、私よ。開けるぞ」

 

 博麗は返答も待たずに襖を勢いよく開けた。木の擦れる音が一帯に響き、部屋の内部が露わになる。部屋は控え室そのまゝで全体的に狭い印象を与える和室だ。中には法衣を纏った長髪の端正な顔立ちの少女が正座で沈黙していた。今は博麗を忌々しそうに目だけで睨んでいる。

 

「返事を言う前に開けては駄目でしょう」

 

「私は他人を待たすことは好きだけど、自分が待つのは大嫌いなのよ。私が今開けると決めたのだから今開けるの」

 

 そう云ってから博麗はズカズカと部屋に入って僧侶の正面に座した。鳥里は頭を一度下げて入室し、襖を閉めて博麗の斜め後ろに座った。

 博麗と鳥里が座ることを確認してから、少女が博麗に話しかける。

 

「せっかちですね。事を性急に運ぼうとすると失敗することは世の常ですよ。貴女は大体、それ以前に傍若無人がすぎます」

 

「説教は聞き飽きた。巫女に説法だ。意味がない」

 

「私もそう感じてます。まさに巫女の耳に念仏ですよ。それに、猫に小判、豚に真珠。他にも云い方はありますが、なんと全部アナタにピッタリの言葉になる」

 

 僧侶は淡々と博麗に嫌味を言う。真顔でそれを云うものだから、なんだか威圧感というか、本気で云っているのだろうことが伺える。いや、鳥里の見立てでは本気で嫌味を云っているのだと感じる。

 

「私は猫でも豚でもないわ」

 

「‥それで?礼儀もロクに知らない餓鬼が何のようですか?」

 

 少女は博麗にこの手の嫌味が通じない事は承知しているようで、博麗の冗談を無視して事の仔細を尋ねた。博麗と少女は旧知の仲とかそう云った関係なのだろうか。

 

「猫よ。猫の妖怪がでたの。手癖の悪い奴で、かつ逃げ足の速い。他の者では対処しきれないと云うことで私が出張ってきた」

 

 法衣に身を包んだ少女は博麗を目にチカラを入れた状態で見た後、鳥里を見ると再び博麗に視線を戻して口を開いた。

 

「そちらの方は?」

 

「コレ?コレはね、鳥里と云う私の助手よ。職業は絵師。それはそれは絵が上手くて私の部屋にも一枚飾ってある。断っておくけど仏画とか曼荼羅は描かないから。期待しても描かせてやらない」

 

 少女は博麗を無視して「はじめまして、聖白蓮です」などと形式的に云って鳥里に向かって会釈した。鳥里も彼女に習って会釈する。

 鳥里はこゝで昨日あの奥方が『聖様』と云っていたことを思い出した。聖と云う僧侶とはこの少女のことだったかと合点。

 そうしている内に聖は博麗に投げやりに言葉を放っていた。

 

「それで、猫の妖怪ですか。お前が云うにはそれがココに現れると云うことですが」

 

「そうよ。死体を掻っ攫う化け猫。聖も一度は会ったことがない?ほら、Montgomeryの小説に出てくるAnneみたいな見た目の女」

 

「あぁ、あの娘…火車ね。で、私に何をしてほしいのかしら?」

 

 聖は何とさっさと博麗の言葉内から今問題になっている妖怪をピタリと云い当てた。これに鳥里は僧侶は妖怪に詳しいのかと驚いた。もしかしたら博麗と同じ様に妖怪退治も可能なのかもしれない。

 

「いや、ただ今回は挨拶に来ただけ。突然私が現れてうろちょろしてるとイライラするでしょう?」

 

「貴様にそんな気遣いができるとは、見直しましたよ」

 

「あゝ、そう。じゃあ、そろそろ行こうかな」

 

 博麗は肩をすくめると立ち上がり、襖を開けようとして立ち止まると、振り返って聖に視線を向けて口を開いた。

 

「そうだ。やっぱさっきのなし。聖、アンタには少し頼みがある」

 

「…一応伺います」

 

「そう。じゃあ棺をずっと見ていて」

 

「無理ですよ」

 

 聖はその頼みに直ぐに拒否を示した。普通に考えるなら仕事で来ている彼女の立場からしたら、仕事に集中したいのだろうから、当然の回答だとも云える。しかし、そこで引き下がる博麗ではない。

 

「なんで?」

 

「私は仕事でこゝに来ている訳ですし、アナタに通す義理はないのですから」

 

「アンタはコトの重大さがわかっていないんだ。死体が盗まれる以上に大切なことがある?私には思いつかない。大体アンタは死体のない棺に向かって経を唱えるの?あまりにも間抜けすぎる。こゝに漫才でもやりに来たの?陰摩羅鬼も困惑するわ」

 

「仕方がないでしょう。火車が死体を盗みに来るかもしれないからなんて、事の発生としては可能性の話にすぎません。可能性ではなく確実性での話ならまだ考えてあげなくもないですが。それに私は読経を怠けるわけにはいかないのですよ。それこそ、私にも貴様にも迷惑でしかない」

 

 博麗が僧侶との問答にいゝ加減嫌気が差したのか、身体をワザとらしく小刻みに震えさせる。そして、小莫迦にするように聖を揖斐り始めた。

 

「1つ云えば文句ばかり垂れる口ね。化石になってる間に脳機能に異常でも出たんじゃないの?漫才会場の前に医者を紹介しようか?」

 

「しつこい。大体、アナタが見てればいゝでしょう?それこそ専門の本職なんですから」

 

 云い合いは続く。先ほどからの会話から喧嘩するほどなんとやらの仲かと思ったが、本当に相性が悪いみたいだ。聖も額に青筋を立てゝいる。

 普通、こゝまで断られたのなら諦めるものだと鳥里は思うが、博麗は全く諦める素振りがない。

 

「巫女が経を唱える坊主の横に突っ立ってるって云うの?宛然、日本の宗教観の縮図みたいな葬儀ね。滑稽にも程があるっての」

 

 こゝで聖に変化が現れた。恐らく博麗の今云った葬儀の様子を想像した影響か、苦い顔を一瞬した。

 

「もう‥わかりました。可能な限り努力します。ただし、こちらの仕事が優先ですからね。成果はあまり期待しないでください」

 

 聖が遂に折れ、こうして協力者を無理やり獲得した。

 彼女に対しては失礼な話しだが、思えば今この場において彼女ほど見張り役として適任な人いないだろう。なぜなら、誰よりも遺体の直ぐ側にいるのだから。

 扨、博麗は遂に目的を達成したからか満足気な顔を見せた。

 

「恩に着るよ」

 

「歯に衣を着せてくださいよ」

 

 博麗は聖の思わぬ返しに一瞬、固まったが直ぐに笑みを浮かべた。

 

「言葉を撤回するわ。芸人には絶望的に向いていないようだから、どうかずっとそのまゝのアンタでいて欲しいものね」

 

「云われずとも、職を変える気は毛頭ありません」

 

 二人は静かになった。話は区切りがついたようで、口喧嘩に鳥里は稍稍ウンザリしていたが、やっとその憂鬱な空気から解放されると少し背筋を伸ばした。

 そんな時、部屋の外から床を激しく叩くような音が近づいてきて、襖の向こう側から男の声が聞こえてきた。男の声は動揺しており只事ではないのは明白だ。

 

「あ、あの!今宜しいでしょうか!?」

 

「なんです?何か問題がありましたか?」

 

 聖も不穏な空気を感じてか、眉を寄せて男の返事を待つ。男は少し間を開けてから、息を切らせつゝこう叫んだ。

 

「それが遺体が‥遺体が消えてしまったんです!!」

 

 

 ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ*

 

 

 今回の葬儀における遺体が消えたという知らせを聞いた三人は、あれから男と供に急ぎ足で祭壇のある部屋に入室した。

 大きな祭壇の元には木製の簡素な棺があり、死体が寝かされた際、顔部分にあたる位置に恰度一致するようにある、小さい蓋が開けられていた。一見異常のない状況だ。とくに場が荒れているわけでもない。また、博麗らが棺に近づいた際に、棺の置いてある場所に恐らく棺の置く位置指定の印が棺の角に合わせて計4つ、黄色の線で描かれていた。

 博麗、聖、鳥里の三人は博麗を中心に棺を囲む。博麗が蹲んで、まず棺にある小さな蓋から中を覗き込んだ。

 

「確かに無くなってる」

 

 鳥里と聖も顔を棺の中に向ける。博麗の云うように死人の顔はなかった。棺の底にひかれた、僅かにシワの付いた布が見えるだけだ。

 

「とりあえず開けてみましょう」

 

 博麗が云った。

 棺全体の蓋を博麗と鳥里とで開いて棺の全体的な内部が明らかになる。中に死体はない。

 三人で棺の中の入れ物を除いて、内部を博麗が棺内に頭を突っ込む勢いで細く見る。鳥里は俯瞰で見ていたが、特に異常という異常は見当たらなかった。無難な木材で組み上げられた棺だ。汚れらしい汚れも見当たらない。ただ少しほこり臭い、古臭いように感じる。

 博麗は棺の中から顔を上げて首を横に振った。そして振り返って鳥里と聖の後ろに立って位置する先程の男に声をかける。

 

「君、この棺から目を離したりは?」

 

 博麗が一際大きな声で尋ねた。男は突然矛先が向いて身体を一度大きく揺らした。

 

「は、はい。その、祭壇に棺を他に二名と、こゝへ運びました。それでぇ、皆揃って他の支度に行きました。まだその時、皆様のこの部屋への入場はしていませんでしたから、我々と他の臨時の手伝いだけです。それで流石に無人なのはマズイと思い、矢張、こゝには現在、多くの方がいらっしゃいますから。今回は特に。で、それに急いでいたものですから、そこに一人で居た手伝いの人に頼みました」

 

「不用心ね。まぁ、田舎なら仕方ないことだけど。で、そいつは、誰?」

 

「さぁ、そこまでは。なにせ臨時ですから顔合わせは一度のみですし、臨時を雇うほど忙しいですから、よく顔を見ていなかったものでして」

 

「‥性別、身なり、推定年齢、特徴。思いだせるだけ全て云いなさい」

 

「性別は男。身なりは他と変わりない喪服。年齢は40代でしょうか。顔はマスクをしていたのでわかりません。特徴は特に思いつきません」

 

「そいつは、今はもういないか」

 

 博麗は苦々しく云った。

 死体が無くなったことは既に周知されてしまっており、他の人々は既に返ってしまった。下手人ももちろん姿を消している可能性が高い。しかし、対象が必ずしも手伝いの一人とは限らない。もしかしたら早く受付をした第三者の可能性もある。

 

「顔が分からないとなれば、それは手伝いではない誰かでも可能性としてはあるんじゃないか?葬儀に出席する人は名簿に名前を書く。つまり名簿の初期に書かれた人名を見れば」

 

「それはつまり人が犯人の場合ね。けれど駄目ね。全員が全員、名簿に名前を記載しているとは限らないし、40代で男なら虱潰しに調べる事で特定することはできても証拠がない。疑わしきは罰するよろしく、疑わしきは強制捜査でもする?」

 

 博麗は鳥里の考えを即座に突き返した。反論しようがなく鳥里は黙った。博麗は次に男に視線を向けると質問を続ける。

 

「そう云えば棺は三つとも既にこの会場に納品されているの?」

 

「いゝえ。矢張り突然の事でしたから、棺は1つしか出来ていなくて、他2つの内の一つは作りかけで、なんとか間に合ったようです。今、木工屋の主人が徹夜して最後の一つを作っているようです。なんとか形にはなっていますが、しかし、三人目は期日が遅れそうですかね」

 

「そう、ありがとう。もう職務に戻ってくれて構わないよ」

 

 博麗がそう云うと男は去っていった。残された三人は未だに空っぽの棺を囲んで突っ立たまゝになっている。

 博麗が腕を組んで唸るように呟いた。

 

「扨、これからどうするか」

 

「そんなコトは明白です。とりあえず式の今後について考えましょう」

 

「それもそうね」

 

 聖の一言で、調査は一度打ち切られる運びとなり、結果として葬儀は延期になった。それに伴い、一時的な片付けを皆で手分けして行い、鳥里と博麗は聖と別れて帰路に着いた。

 

 

 ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ*

 

 

「夢、何かわかったか?」

 

 博麗神社に帰宅した二人は居間でそれぞれが推理を巡らしていたが、鳥里はどうも頭が混乱していた。そこで情けない話、博麗にこうして泣きついている。

 

「どうかな」

 

「そっか」

 

 博麗のはぐらかすような云い方に鳥里は頭を掻いた。

 

「そんなに悩む必要ない。仕方ないから教えてあげる。…犯人はもうわかったよ」

 

 博麗は驚いた顔をして口をパクパクしている鳥里を見つめる。

 

「マァ、待ちなさい。三人目の葬式時に全部話してあげるから心配しないの。実は先刻聖と別れるとき、数日中に葬儀を執り行うように関係者全員に急かして焚き付けろと云っておいた」

 

「…遺族のことを考えると「はい、やります」とは言わないと思うが?」

 

「やるよ。いや、必ずやってもらう。猫の尻尾を掴んだんだ。後はコチラに引っ張り出して檻に入れるだけ」

 

 博麗はきっぱりと断言した。

 鳥里にしてみれば、そんな連続的に死体を盗む妖怪なり人がいたのなら、葬儀を渋るのは無理のない考えだ。もはや「もし」などという話ではなく、盗られてしまうと、返ってくる保証はないのだから。

 

「どうして?やっぱり早く供養してあげたいからか?」

 

「それもある。だけど一番は早くしないと遺体の腐敗が進むから。死体は腐れば異臭を放つ。だからまだ葬儀を通常通り行える段階でやるのよ。それになにより、そうじゃなきゃ火車は現れてくれないから」

 

 この幻想郷には、死体を長期にわたって保存するようなものは開発が進んでいない。蝋化という手段もあるにはあるのだが、これは特殊な条件下でしか発生しないし意図的にソレを作ることは大変だ。

 

「じゃあ、そこで下手人を捕らえるでいゝんだな」

 

「そうよ。まぁ、どっしり構えて私の手腕をよく見てなさい。‥しかし、そうだな。何も知らないのは可哀想。少しヒントをあげよう。

 私の考えでは犯人は人間だ。その前提で考えるならば、犯人を死体を盗む理由は、死体が必要だからだ。それも三つもだ。勿論、それは食べる為じゃない。肉の量が多過ぎるからだ。では、犯人は一体死体で何をしたいのか?ココで犯行方法を見直して。犯行からは犯人の臆病さと隠蔽にかける情熱が見え隠れしてる。つまり、死体を欲したのは死体を使って何かを隠蔽したいからなんだろうね。だって臆病だから」

 

「犯人の心理か。驚いたな。君は心理学も勉強していたのか?」

 

「心理学?あんな阿呆ばかりが集う学問なんて興味ないわよ。ま、今はこのヒントを元に犯人を当ててみなさいな」

 

 そう云って博麗は退出していった。

 博麗が部屋を出て行った事により、今部屋には鳥里1人だけだ。恰度よく思考時間が出来たので鳥里は博麗のヒントをもとに事件をまとめてにもう一度検討してみるとしようとして、背後から声がかけられた。

 

「何考えこんでるんだ?」

 

「なんだ、霧雨じゃないか」

 

 振り返って見れば、背後の声の主は霧雨魔理沙という少女だった。

 鳥里の丁度背後は縁側があり、今、障子が開けられている。今彼女は縁側にいつの間にか腰掛けていた。

 霧雨はここから少し距離のある森に住まいを構えていて、よくこの神社に来る。だから、鳥里ともそれなりに付き合いがあった。

 鳥里が驚いた顔をすると、霧雨は悪戯が成功した子供の様な笑みを浮かべて再び、鳥里に疑問を投げかけた。

 

「そうだ、私だ。で、何悩んでんの?」

 

「いやな、最近、葬儀中に遺体が盗まれるって事件が発生してて」

 

「へぇ、そう。私知らなかった」

 

 霧雨は興味有りげに呟く。

 

「え?知らない?霧雨にしては遅耳だな」

 

「別に情報通ってわけじゃないわ。ねね、じゃあさ、ソレ教えてよ」

 

 霧雨はいち早くとは云えるかは知らないが、かなり早い内から異変などの異常事態に気づく事が多い。そんな彼女が、知らないとは珍しい。

 鳥里は霧雨に事の全てを話した。話し終わると霧雨はウンウンと、ワザとらしく腕を組み頷いた。考える仕草のようだ。

 

「なるほど。にしても霊夢も意地が悪い。世に聞く探偵役とやらを気取って天狗になっているわけだな、あいつ。まぁ、その鼻の高さがピノキオにならないことを一応祈っといてやろう」

 

 などと云って霧雨は心底おかしそうに笑った。その霧雨の余裕な様子が博麗の姿と重なった鳥里は、もしかしてと鳥里は考えて霧雨に先刻博麗に訊いたことと同じことを尋ねる。

 

「霧雨にも分かるのか?犯人と手口が?」

 

「分かるよ。簡単簡単。よし!じゃあ、私の推理を前提としたヒントをあげよう」

 

 霧雨は自信満々にそう云って右の人差し指をピシッと鳥里に指して続けた。

 

「重要なのはな、犯人がどこに隠れてるか、だよ」

 

「隠れてる。それは、そうだろう」

 

「それはハウダニットの話だ。私が今云っているのは、フーダニットの話さ」

 

「フーダニット?なんだ、君も犯人は人間だって云うのか?」

 

「うん。マァ、厳密には人間かも知れないと云う話。例えば、随筆『耳袋』には、魍魎が人に化けて死体を取るなんて話があるからその限りではないでしょ?」

 

 だとしたら、木は森の中に隠せの如く、参列者の中に居たのか。しかし、それでは範囲が広すぎるし、どのような芸当によって参列席から死体を盗むなんてことができたのか。

 

「莫迦な。葬式に一体何人来てると思ってるんだ。三、四人が容疑者なんてレベルの話じゃない」

 

「視野が狭いって云ってるんだよ。確かに容疑者は絞る必要がある。けど、その容疑者を抽出する元が最初から不十分であれば、当然犯人を特定などできようもない。そして、鳥の考え方にも問題がある。つまり、推理する側が勝手に事実を斜めに構えて捉えてしまっているということ。はい、今のがヒント。じゃあ、鳥里君には頑張って真相に辿り着いて早くスッキリしてもらいたいね。今日はもう帰るよ」

 

 霧雨はそれから手を振って去って行った。

 鳥里は霧雨が去ってから、再び彼女たちのヒントを元に思考に埋没して行くのだった。

 






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終 火車を摘まみ上げる

 

 

 もう二度目になる。鳥里は再び葬儀式場へとやって着ていた。今日が三人の内の最後の故人を見送る日である。

 あれから鳥里は霧雨のヒントを元に、色々と思考を巡らせてみたが結局犯人も犯行方法も分からなかった。博麗にソレについて謝ると、「気にしなくていゝ」と返された。鳥里は博麗と霧雨に申し訳ない気持ちになったが、それをいつまでも引き攣る暇はない。

 受付を済ませた鳥里は式場へと他の参列者に続いて入場した。時間も葬儀開始時刻に近いので多くの参列者がすでに待機している。

 部屋は、前回と同様の風景ではなく幾ばくか異なっていた。暗幕によって祭壇のある式場は暗がりになり、部屋は白熱灯ではなく蝋燭数多によって照らされている。そして、何より今は夜なのである。

 鳥里は祭壇に対して垂直状にして並ぶ、全五、六列の真ん中の列の一番最後尾に座った。周りの人間を見れば、皆一様にして黙って座って顔を俯かせて式が始まるのを静かに待っている。ソレは葬式では当たり前の光景ではあるが、鳥里にはなんだか違和感を覚えた。

 

「思った以上に暗いわね」

 

 背後から独り言のように小さな声が聞こえた。稗田の声だ。振り返ってみればすぐ背後に稗田は立って鳥里を見下ろしていた。

 稗田は普段の綺麗な和服ではなく黒一色の喪服であり、髪飾りも外していた。

 稗田は鳥里の空いた隣に座した。

 

「君も来たのか」

 

「ええ。ほら、あそこにいる巫女に呼ばれたのですよ」

 

 そう云って稗田は祭壇側の部屋の端を指差した。そこには思案している様子の博麗の姿がある。

 博麗はこんな時でも、いつもの巫女装束で腕を組んでおり、いつになく厳格な表情で部屋の端の壁に背を預けて沈黙している。彼女の一張羅であろう紅緋色の衣装は蝋燭の灯りに照らされてより一層鮮やかに見えた。

 扨、そろそろ葬儀が始まるといったところで、件の異音が部屋に響いた。遺族の話で聞いたガタガタと云う音だ。鳥里は早速発信地を探ろうとしたが結局正確な位置は掴めなかった。鳥里が今座しているのは部屋の奥。周りがよく見えないのも道理だ。

 しかし見渡してみて気づいたことが一つ、参列者は誰1人その音を気にした様子が見えなかったことだ。隣の稗田も気にした様子はない。

 続いて、ガラリと古い木が擦れる音がして式場の1つの扉が開き、暗闇から僧侶、聖が姿を現した。通常ならこれから僧侶が祭壇の前で経を唱えるのであるが、聖はそのまま祭壇へ向かうことはせず部屋に入った位置で立ち止まっている。すると、先程まで壁にもたれていた博麗が、聖の代わりにズンズンと迷いなく、それでいて慎重に祭壇の方へ歩いていく。聖はその様子をただ眺めているだけで別段、博麗を咎めるような様子もない。

 博麗は棺の前に止まり一言、大きな声で叫んだ。

 

「そこだ!!」

 

 それと同時に博麗は床を一度踏み鳴らすように床を一回踏んだ。瞬間、床が破壊される音とともに、蝋燭の火の灯りが床を構成する数枚の木板が垂直に持ち上がった様子を一瞬だけ照らした。辺りに強風が吹き荒れ、蝋燭の火を一つ残らずかき消し、最後に起こったのは建物全体が激しく軋む音だった。

 鳥里は顔を両腕で庇う。強風は直ぐに止んだが、余韻はまだ残留しており、その凄まじさが見てとれる。

 すぐさま、鳥里は隣にいるであろう稗田に声をかける。

 

「怪我はないか?」

 

「無事です。貴方は?」

 

「僕も別に。それにしても真っ暗で何も見えやしない。夢の奴やり過ぎだ」

 

 暗闇に慣れない目で鳥里は辺りを見回した。他の参列者の数人が呻いている声はちらほらとあるが怪我をしたという気配はしなかった。博麗のサジ加減がよくわからない。

 完全な暗闇の中で博麗の声が部屋に木霊する。

 

「えー、皆さま。ここに入り込んだ妖怪をとッ捕まえることに成功しました。危ないので避難してください。勿論こちらを見ずにね」

 

 聖はいつ移動したのか祭壇の対の位置、鳥里と稗田の背後にて一本の蝋燭を灯すと人々を先導し、外へ出て行った。

 そうしてこの場には四人の人間が残された。

 

 

 ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ*

 

 

「では真相を話しましょうか」

 

 そう云って博麗は部屋にある白熱電球を灯した。部屋が一瞬にして眩い光に覆われ、鳥里は暫く目が慣れるまで時間がかかった。明るさに慣れた鳥里が目にしたものは、四十路くらいの男性の首根っこを掴んで得意げに笑みを浮かべる博麗の姿だ。

 

「起きなさい」

 

 博麗は依然として首根っこを掴んだまゝでいる男性に声をかけた。

 男は呻くと意識を取り戻したようで、辺りを2度程見回して最後に博麗を見た。いや、睨んだ。

 

「離せ!」

 

「できませんね」

 

「畜生ッ!」

 

「もう、諦めの悪いヤツ」

 

 博麗はそう諌めたが、男はそれに聞く耳を持たない。鬼の表情で博麗を殺さんと手や足でなんとか博麗の拘束から逃れようとするが、ちっとも効果は現れない。

 男は力による手段を諦めたのか、今度は博麗に怒鳴り散らし始めた。

 

「お前の所為で、失敗したんだ!」

 

「ハハァ。アナタはどうも今のご自身の事がわかっていらっしゃらないようだ」

 

 博麗は余裕の面持ちでそう云って地面にめり込ませる勢いで男の肩をつかんで押さえつけると男の背中に無理やり座った。男は潰れたカエルみたいな声を出した後に弱々しくブツブツと何かを云っている。聞き取れないがきっと博麗に恨み言でも云っているのだろう。

 

「なぁ、夢、一体何がどうなってるんだ?」

 

 鳥里はしばらくその一幕を眼前に放心していたが、男を引き攣って元の位置に戻ってきた博麗の目を見て、やっと言葉を発することが出来た。

 

「ごめんね。下手人がなかなか云うことを聞かないからさ」

 

「あ、あゝ。いや、それは見ればわかる。僕が知りたいのは事の仔細で‥」

 

「わかってるよ。今からちゃんとしっかり説明するから」

 

 博麗は男を蹴り倒すと床に蹲らせて、その丸めた背中に腰掛けた。宛らソレは昔絵本で見たような、退治した鬼の上に立ち勝利宣言を行う主人公のようだ。翻って、博麗は座っているのだが。

 博麗は脚を伸ばしてゆったりとした姿勢になると、鳥里と稗田を見据えてから口を開いた。

 

「何から聞きたい?」

 

「この人は、妖怪…なのか?」

 

「違うわ。見ての通り人間よ人間」

 

「そうか。じゃあ、何故妖怪ではないと云えるんだ?」

 

 博麗は目線だけを一瞬、現時点で彼女の椅子になっている男に向けてから話し出した。

 

「もう、段取りもメンドウね。キッパリ犯人を云うことにした。

 犯人は木工屋の主人よ。

 理由を順に話すわ。まず、妖怪か人間かどちらかを見極めるために着目したのは犯行の不可能性の具合ね。一件目、二件目の犯行ともに、チャンスと云う点では妖怪であれ人間であれ死体を盗むことが可能だったということだ。

 そこで二件目の犯行を注目してみよう。アレは式が始まる前に死体は盗まれたね。これはまるで私たちが調査でやってくることを心得て、ソレに対策したかのような行動だった。つまり、妖怪にしては死体三体を盗むのに計画性をもって知恵を無駄に働かせていると云うことがわかるわね。だとしたら、妖怪が態々そんなコトをするとも考えにくいことから、人間の仕業の可能が高くなってくる。また、一件目と二件目の犯行では、犯行場所が決まって式場内だったことからも、犯行は式場内でなければならないかのような行動であるから、十中八九犯人は人間で間違いないだろうと考えた。妖怪なら場所や時間なんかにこだわったりはしないからね。

 じゃあ、犯人前提を人間として、犯人の立場から今までの行動を考えてみよう。犯人は犯行を妖怪の仕業に見立てゝいるのだから、こうして死体がある以上、“火車は死体を盗むものである”と云う妖怪の性質に縛られる。すると犯行の指向性はある程度定まる。要するに、犯行を妖怪の仕業に見立てたと仮定した上での、犯人が自身に課すことになってしまった制限だ。まず犯人である人間には、どうしても妖怪の仕業にしなければならない理由があった。その理由とは犯人が誰であるかは勿論の事、犯人の正体が人間であると気づかれてはならないと云うことはわかるね。それを踏まえて今迄の犯行を見てみると犯人のボロが出る。一件目は勿論、妖怪に見立てるという怪奇性を含ませた犯行だ。注目すべきはやはり二件目の犯行。皆の見ている前ではなく、誰も見ていない時間での犯行だったから、少し怪奇不足不可能性不足だった。その理由は先に述べた私を警戒したもの。そこで、これら一連の事件を検討して見ると、犯行の不可能性が可能性に移り変わっていることで、犯人像が妖怪から人間へ近づいていっているとわかるね。勿論、これは犯人にとっては容疑者に人間が浮上するという拙い状況だった。しかし、この行動意図は先に云った通り、私の行動を予測した、計画された認識外の行動であることはわかる。

 では次に、犯行可能のタイミングを制限された行動内から突き止めてみましょう。最初に、怪奇性を含むことが条件である一件目の犯行。例えば棺運搬中や火葬場では、多数の人間が死体の側にいるため死体を盗むのはまず不可能だ。次に通夜の後は遺族が死体を一晩中見張っているから、これも不可能。犯人が遺族の中に居ると考えても、僧侶が葬儀中に棺の中の死体の顔を見ていることから、ソレは考えにくい。つまり、犯行可能時刻は、葬儀中から出棺までの間であると考えられる。

 そうすると犯行方法は?。一件目と今回三件目の犯行方法について説明する。これはただ棺を置くところの床を数枚簡単に外れるようにしておき、また、棺自体にも床が抜けるよう細工していた。いや、設計したって云ったほうが正しいかな。そして犯行時に、式場の床下に侵入して死体を床下に落とし、後から回収すると云うわけ。棺を置く場所は印で指定されているから大幅に棺の位置がズレるなんてことは無い。するとほら、あの奥さんが聞いたガタガタと云う異音は、妖怪が侵入した音ではなく、床板を外す音だった。そして最初の犯行の時は、より怪奇的にするために、おそらく暫くの間、首だけを下から手で支えて時間の許す限り死体の存在をアピールすることで犯行不可能性と可能性の間の間隔をできるだけ無くそうとしていた。真逆、床下が外れるようになっていて棺自体にも仕掛けがあるとは誰も考えないからね。床はまず調べられる事は無いし、仕掛けのある棺は火葬によって完全に燃えてしまうから証拠は残らない。

 次に二件目の犯行方法について。アレは先述の犯行方法とは違って、ただ床下に遺体を落として後から回収した。コレの推理には私達が調べたあの棺には仕掛けなんてなかったことからわかる。また、のちにこれこそが犯人を特定せしめるキッカケになる。 

 二件目の事件発生時、私があの手伝いの男に「三つ全て揃えて納品されているか」と訊き、その返答が「急な事だから木工屋の主人が今作っている」と云っていた。ここで私は棺は実際には三つ既に完成した状態で存在していて、犯人は敢えて一つずつ納品していたと考えた。そしてその理由を考えると、棺が比べて仕掛けの設計上で生じた大きさの差異や、二件目の犯行時に私に仕掛けそのものを看破されることを防ぐためだとすると腑に落ちた。故に、手の込んでいて見破れやすい方法、つまり棺の仕掛けは使わず、皆が目を離した時間を狙って床下に死体を隠したと推察する。

 さて、この仕掛けは棺製作者にしか行えないことは明白。つまり、犯行は木工屋の主人にしか行える人間がいない。

 以上、これまでの犯人と犯行の全容ね」

 

 博麗はそこまで云って一息ついた。

 

「なるほど。犯人が人間であること、犯人の正体、そして犯行方法はわかった。でもなんでこの人は犯行を妖怪の仕業にしようとこだわったりしたんだ?」

 

 普通、容疑者を人間の中から探させないと云うのではなく、周りの人間も巻き込んでしまえば、容疑者は増加して犯人特定に困難になるのだと思うのだが。

 博麗はその鳥里の質問を聞いて少し惚けた後に、笑いだした。腹を抱えてという程ではないが、心底おかしそうに笑ったのだ。鳥里はそんな博麗の様子に不審がって、眉をひそめながら彼女に再び問う。

 

「なんだ?何がおかしい?」

 

「ごめんごめん。鳥、君の馬鹿さ加減は相変わらずね。君はなに、刹那的に人生を生きているの?」

 

 頭にハテナを浮かべる鳥里を置いて、博麗は「あゝ、おかしい」と云ってから呼吸を整えると、今度は出来の悪い生徒に教えて差し上げる教師のような表情で云う。

 

「それはね、鳥。村八分にされるのが怖かったのさ。あのね、幻想郷には人が固まって住む地はここしかない。従って、ココから追い出されたり近所付き合いが不仲になったら生きていけないのよ。よく覚えておきなさい」

 

「あゝ、確かに」

 

 普通の人間は人里で固まって暮らす。人里は唯一の普通の人間の安心できる居場所だ。しかし、それを外されればその後の生活はかなり困難になるだろう。従って、なんとしても妖怪の仕業に見立てて、『人間』という容疑者を完全に排除させなければならなかったのか。

 こゝで今まで黙っていた稗田が機を見計らったのか手を挙げて口を挟んだ。

 

「そんなことは既に知れたこと、もう良いのです。私が呼ばれた理由は?」

 

「稗田、コイツが火車を知った理由がアナタのその疑問の答えよ」

 

 博麗は顎で男を指してそう云った。

 

「火車を知った理由?そんなの文献を読んだのでしょう。それこそ、幻想郷縁起を読めば」

 

 と云ったところで稗田はアッと声をあげた。

 

「気づいたね。そう、コイツは『幻想郷縁起』を読んで今回の事を思いつくに至った」

 

「それは‥」

 

 稗田は、そう一言呟いて黙ってしまった。

 眉間に皺が寄ってどこか男を睨んでいるように見える。あくまでも見えるだけで事実は彼女にしかわからない。しかし、自身が人間のために書いたものが、その人間に悪用されたと云うのは嫌な気分になるのは想像に難くない。

 博麗は稗田を気にせず続けた。

 

「稗田覚えておきなさい。こういうことを考えるヤツもいるってね」

 

「不愉快だわ。本当に」

 

 稗田が発したのはただ一言だけだった。その一言にどれほどの感情が含まれているのかは、鳥里らには測り知ることは出来ないだろう。

 博麗は稗田から視線を外して男にその視線を向けた。

 

「おい、お前。とんでもないことしてくれたってわかってる?」

 

 男は博麗の言う事に要領を得ないのか、惚けた顔で博麗の方に首を可動範囲限界まで曲げて彼女を見ている。

 そんな男に博麗は、子供に説教するような語り口で話出した。

 

「アナタがやったのは危ないことなのです。本当に火車に地獄へ連れていかれてしまう可能性があります。これは子供に言い聞かせる脅し話ではありません。アナタには今更云うまでもありませんでしょうが、火車は姿が化け猫に限った話ではない。文字通り火の車、又は松明を持った男性たちと姿が1つではない。彼らはただ無作為に死体を盗むのではなく、それらは生きた人間も地獄へ連れて行く。対象となるのは、生者だろうと死体だろうと決まって『悪人』だ。貴方も、死にたくなかったら今後気を附けなさい。私の言葉だ。真逆信じられないわけではないでしょう?」

 

 男が息を飲むのが聞こえた。男はさっきまでのように云い返すのでもなくただ黙って、脂汗を流している。

 

「なぁ、夢。最後の質問なんだけど、犯人がどうして今回も同じ方法でくると確信できたんだ?」

 

 鳥里の捲し立てるような問いに、博麗はため息をついて口を開いた。

 

「確信は持てゝいなかったわ。

 じゃあ、まず今回のあらましを話そうか。最初に犯行手口を先程の様に推理した私は今回納品された棺を調べました。勿論、私の推理は当たっていた。次に、聖に連絡して葬儀を午前に行い、密葬した。そして、里の人々には事情が有るとして葬儀を夜に行うと云う情報を公開した。犯人はある理由からノコノコと最初の犯行手口で死体を盗みに来る。犯人が床下に入ったら、私の仲間が出口を固める。扨、犯人は一向に始まらない読経を疑問に思いながら機会を待つ。そこで私が先刻の通り犯人を捕まえると云う筋書きでした。

 ではある理由とは?コレはさっきも説明した火車に見立てる上での行動制限よ。二件目で落ちた不可能性の回復、そして犯行方法の信頼性に、遺体が二体だけでは足りなかったといろいろ考えられるけど、一番は、後に引けなかったからじゃないかしら。

 もっとも、これでこの男が今回の罠に掛からずとも推理は出来ているわけだから、そこに無残に転がっている棺を本人に見せれば、犯行を認めざるを得ないでしょうね。

 つまり、今回のこの一幕は現行犯逮捕を行うために、所在証明によって確固たる証拠を突きつける為なのでした」

 

 犯人はもう何も云い返えさなかった。捕まった時点で自白のようなものであるし、博麗の云うように、そもそもが現行犯だ。今更、惚けても意味がない。

 

「火車は今宵退治されました」

 

 博麗は最後にそう締め括った。

 

 

 ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ*

 

 

 犯人の動機は髪だったそうだ。なんでも年々毛根が薄くなって行くのが耐えられなかったらしく、かと言って恥ずかしくて人に相談できるはずもなかったそうな。従って、死体の髪からカツラを作ろうとした。それで機を伺っていたらこの事故である。運が味方したと犯行に及んだのそうだ。なんとも阿呆らしい動機故に犯人は博麗に後に三発殴られていた。

 盗んだ死体は、店の地下に安置されていて、腐敗が幾ばくか進んでおり直に火葬となった。

 事件の顛末として、犯人である店主に化けた妖怪の仕業で、本物の店主は店の地下に捕らえられていたという筋立てとなった。店主も心を入れ替えたようで、よっぽど博麗の脅しが効いたのだろうか。それは兎も角、死体を盗まれた各々の喪主たちは博麗の活躍劇を聞いて胸を撫で下ろしたようだった。勿論、あの奥さんやその家族もその中の一人だ。

 ところで、あの時というか終始姿を見せなかった火焔猫と云えば、彼女は自身に身に覚えの無い死体消失事件で真っ先に疑われては敵わないと、事が収まるまで隠れていたのだそうだ。

 事件から数週間後、鳥里は火車の絵を描いた。稗田もこの事件を元に、更に話に捻りを効かせた小説を書いていた。曰く「詭計が簡単過ぎる」とのこと。現実は小説より奇なりと誰かが云ったが、幻想郷ではそれは例外らしい。

 そうして、そんな珍事件から数週間後、鳥里は人里の酒場で絵師仲間と事件の話を多少誤魔化して話して聞かせて盛り上がっていた。ソレは夜通し交わされ、彼らが別れたのは空が薄く明るくなって来た頃だった。鳥里は博麗神社へフラフラとした足取りで帰り道を歩く。

 鳥里はあの事件を話したからか、今一度、あの時の記憶が想起された。思い返して見れば、鳥里にはなんだか今一つ気持ちの良い終わり方ではなかった。それは、矢張彼が徹底して傍観者に徹した為だろう。従って、浮世離れしたような、そう、それこそ小説を読み終わったかのような感覚だった。

 そんなことを考えていると、博麗神社へと続く長い階段の前へと辿り着いた。頂上には赤い鳥居が見える。階段を登ってしばらくすると景色が明るくなって、鳥里は背中に暖かい感覚を感じて振り返ってみれば、そこには太陽が山々の間から顔を覗かせている。

 日の出だ。

 

 

〈了〉




《あとがき》
ㅤ一作目。バカミス。

〈参考文献〉
画図百鬼夜行全画集
鬼の研究
江戸怪談集

〈以下補足〉
 火車は、悪人を地獄へ運ぶとされる。従って火車が現れた家は恥ずかしい思いをすることになるのですが、今回はあくまでも人間によるものであり、そこを入れてしまうと話が重くなる為そういった事情は除外しました。


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呪いの竈の底
始 死装束の女


 

 

 虫がうるさく騒ぎあっている夜。

 人里の民家にて、男A作は夜漂う熱気に覚醒を促された。身体を頭部から順に布団から浮遊させつゝ、寝汗が纏わりついた肉体に不満を持った。洗い落とそうと考えた彼は隣で眠る妻を起こさないよう質量を感じさせない足取りでと風呂場へ向かった。

 その途中、偶然にも窓のから見えた外の有り様にA作はギョッとした。

 そこには白装束を纏った女が亡霊のように歩く姿が見えたのだ。女という表現は顔が女の髪でよく見えなかったからだ。しかし、性別については、袖から覗く小枝のような手をみれば十中八九そうに違いないと思わせる。

 女は他には何も身に付けてはいなかった。乱れた長い髪をそのまゝに、衣装もどことなく着崩したような様で、白く滑らかな肌をその布の間から覗かせながらゆっくりと迷いなく歩行している。まるで山姥のようで異質が顕現している。

 女はA作の家の前を横切って夜の闇の中へと消えていった。

 『あれは幽霊だろうか?だとしたら、あれは白装束ではなく死装束だったのではないだろうか?いやいや足があった。すると幻だろうか』

 なんだか怖くなってしまったA作は『きっとおれは寝ぼけているのだ』そう一人合点して風呂には入らず、急いで汗を軽く拭いて着替えて再び床に着いた。今度は朝まで眠れた。

 A作は朝、目が覚めるといつも通り仕事に取り掛かった。A作は自営業主である。今日も見知った顔の人々が訪ねてくる。ソレはどこまでも今までと変わらない様子であり、もうあの死装束の女の事など忘れていた。

 

 

 

 ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ*

 

 

 

 日が南から地を照らしている。

 絵師鳥里は現自宅である博麗神社の居間にて、小人と会話をして暇を潰していた。

 この小人というのは少名針妙丸という少女で紅色の上に刺繍によって出来た見事な装飾の着物を来ている、童のような髪型のせいか幼子という言葉が彼女にはピッタリだろう。

 この小人の仔細は省くとして、彼らが話している事は少し前に博麗が関わった骨董品にまつわることであった。

 

「それで、私に何が訊きたいの?」

 

 少名は卓袱台の上に座って鳥里を見上げて尋ねた。

 鳥里は居間にある唯一の大きめの卓袱台に頬杖を付いて、すぐ視界の真下にいる少名と視線を合わせて答えた。

 

「実は今度道具に関する妖怪、つまり付喪神について幾つか絵を描こうかと思ってね。だけど、その妖怪について大して知らない僕が適当に描いては彼らに失礼な気がするんだ。だから君にまず付喪神とはなんなのかというところを聞こうと思った次第なんだが、何かマズかったかな?」

 

「私よりも適任がいるじゃない。例えばあの忌々しい霊夢とかね。寧ろ彼女以外の適任が、私にはあまり思いつかないけれど」

 

「いや夢には無理だよ。彼女、妖怪についてはあまり知らないんだ。むしろ知らなくても全く問題ないというか」

 

「確かに。私ども一同。まとめて一撃の元に倒されたことを今さっきのように思い出せる。知識や理論、理屈などはアイツには関係ないわけね」

 

 少名は以前に自身が起こした異変の顛末を思い出しているようで、口ではそうは云っても彼女からは感慨深そうな雰囲気を感じる。しかし、なんだかソレに釣られて別のコトを思い出したかのようにハッとしたような表情を見せた。

 

「‥そうだ鳥里君。私ね、気になってたんだけど霊夢はずっとあんな態度なの?私‥いえ、私達初対面の時にすごくびっくりしたんだけど」

 

「びっくり?僕からするならあの夢の使ってるお祓い棒がいつの間にか、如意棒になってたことの方がよっぽど驚いたんだけど」

 

 鳥里の言う通り、博麗が仕事で使うお祓い棒はいつの間にか、本当に知らない内に、霊木から作られたものではなく如意棒になっていた。どこから持って来たのか未だ謎である。盗んで来たのだろうか?と鳥里は疑っている。如意棒の出所は未だ不明であるが、博麗がソレに変えた理由は明白で少名が起こした異変におけるお祓い棒のある変化にあるのだろう。

 そうして鳥里が頬を軽く掻いて苦笑いを浮かべていると、少名は「とにかく」と続けた。

 

「そんなどうでもいゝことより、私の疑問。貴方ならわかるんじゃないの?」

 

「‥そうだなぁ、アイツは昔からと云っても物心着いて幾つかした後に気づいたら、あんな性格になってたんだ。けれど僕にはなんであんな態度を取るのかなんとなくわかる気がするよ」

 

 鳥里は少名から視線を外して、開いた障子から見える景色を見ながら枯れたような乾燥したような意味が込められたような言葉を吐いた。

 その様子に何故か惹かれるモノがあったのか、少名も思わずその調子で訊く。

 

「それは?」

 

「アイツは多分あの性格をワザとやっているんだ。理由はええっと…。ごめん、うまく云えない。この話はやめよう。それで何の話をしてこうなったんだっけ?」

 

「えっと霊夢が妖怪などの知識に疎いって話よ」

 

 鳥里の話にのめりこんでいた少名は我に返って今までの話を思い出した。それに鳥里は「そうだった」と白々しく呟いてから言葉を続ける。

 

「それで夢が妖怪の話には疎いけれど、それは狭義的で広義的に見るならばそう云ったことに全く無頓着というわけでもないんだ」

 

「と云うと?」

 

「呪いや呪術だよ」

 

「なるほど。‥呪いといえば、不幸な目に遭うとか?」

 

 呪いは漠然としていてオカルトとしてありえそうだけど無いだろうという感想を考える人が多いと思う。妖怪とは違い、存在が曖昧な印象を受ける。しかし、これを考えてみると理論に基づいて効果を示す過程がある。

 

「妖怪は怪奇現象の原因であって結果じゃない。一方、呪いを引きを越しているものは陰陽師などの式神、犬神などの霊、人の邪な感情など。これが、先の原因に当たる。過程は概ね一緒だ。原因があり結果がある。ただ妖怪は基本、自然現象の原因だ。呪いには人の感情が必要になる。この場合は妖術。陰陽師などの呪術は依頼を受けて、式を打ち、他人を呪うらしい」

 

「陰陽師かぁ‥人里にも落ちぶれた人がいたような。マァ、人里の陰陽師なんて今時占いくらいしかやりはしないけど。所で呪術と云えば、厭魅などは?いえ、一般には丑の刻参りかな?」

 

「あゝ、それね」

 

 呪術と云えばまず思いつくのは、丑の刻参りだろう。丑の刻に位置する方角を鬼門として、十二支の虎と牛の間に一致するということを時計の時刻標示に合わせて魔を入れやすい時刻としているのだ。神木に人形やら人型の木の片などを釘で打ち、その後、神仏へ祈願する。これを七回行い、最後に祈願した後神社の鳥居の前に寝そべる牛を何事なく通過して終了する。この神仏に祈願するところを見るに、どうやら丑時参とは直接術者の念によって達するのではなく、中間に神仏の力によって達するということだとわかる。つまり神仏へ祈願をしなければ、術は成し得なく神仏頼みであるから、必ず叶うというわけではないと云うことだ。

 その様子は『今昔画図続百鬼 雨』においてもその画が描かれている。

 また、これを行った橋姫が何処からかの声に従い、鬼神になったというのは有名な話だ。しかし、橋姫伝説では行った方法が先述の方法とはどうやら異なるようだ。

 前述した蠱毒や厭魅。これはかなり広範囲にわたって行われていた。他に系統は違うが犬神や猫鬼などがある。ただ、犬神などは扱いが難しいので素人が易々と使えるものではない。

 鳥里が少し蘊蓄を語ると、少名は少し驚いた顔をした。

 

「その話は、博麗から?」

 

「うん。でも実際そうなのかは知らない。元手不明の人づてだし、何より発言者が夢だからね」

 

 鳥里が苦笑しつゝそう云うと、少名は目を伏せて呆れたような様子を見せる。ソレは心底信じられないと如実に物語っていた。

 

「呪術についてそれ以上に妖怪についても、叩けば蘊蓄が埃の如くでてきそうなものだと思うけどね」

 

「コレはどうも本当らしくて、妖怪についてはほとんど知らないと本人は云っていた。実際僕も夢がまともに妖怪の勉強をしているところなんて見たことがない」

 

 そこで言葉を区切って、『博麗は妖怪についての知識人としては合わない』と云う鳥里の言外の説得の結果を少名の様子を見て伺う。

 少名は手を顎に当てゝ、わざとらしく間を置いてから口を開いた。

 

「博麗が適役ではないと理解したよ。けれどお断りします。私だって専門家というほどでもないから。半端な知識で描くことこそ失礼極まりなし、その責任を後で私に求められても困るわ」

 

 少名は左手の人差し指を立てゝ目を閉じ、まるで教鞭を執った教師のような様だった。「コレはだいぶ決意が固いぞ」と感じた鳥里は撤退を選んだ。

 

「そうか。残念」

 

 鳥里はそう云った後、少し思案する為に目を細めた。また本屋に行ってその類の本を借りてみようか。いや確か此処の書庫にもある程度資料はあるはずだな、などと考えた。

 しかしそれはすぐ打ち切ることにした。今は少名と話をしているのだ。話し相手を無下にするのはよくない。

 

「じゃあ違う話にしよう。君は最近何か事件とかあった?」

 

 そう訊くと少名はクスクス笑いだした。着物の袖で口元を隠して上品な仕草だ。

 

「貴方は仕事熱心ね。事件だなんて」

 

「あぁ、そうだな。事件って云い方も話題も少し変だった。職業病かもしれない」

 

 鳥里は決して話の上手い人間ではない。むしろ下手である。それは読者諸兄も今までの会話を読めばわかることである。

 扨、こうして鳥里と少名の雑談をダラダラと書き連ねていても意味がないため話を進める。

 そうして鳥里と少名が談笑しているその時だった。

 居間に影が入った。人型の影だ。居たのは少女だった。

 第一印象は全体的に青を纏う少女である。立ち姿だけでも独特の雰囲気を発している。髪型が特徴的な形をしており、羽衣伝説の天女のように頭上で結われ豪華な櫛で止められている。

 突然の来訪者を見て放心する両者を他所に、その要因たる少女が柔和な表情で口を開いた。

 

「もし、博麗霊夢はご在宅ですか?」

 

 紡がれた言葉はなんて事はない言葉だったが、ソレに含まれる独特の発音、音調の喋りが印象的であり、それが何故か彼女に合っているとそう思わせるような口調だった。

 

「いゝえ。申し訳ない、博麗は今不在でして」

 

 鳥里は少し固まっていたが、何とか会話をすることができた。

 鳥里の返答を聞いた少女は、にこやかに笑う。

 

「そうですか。どうもありがとうございます。申し遅れました、ワタシ、霍青娥と申します。今申しましたようにこちらに住まう博麗霊夢に用がございまして、馳せ参じた次第ですが、こちらから何やら楽しそうな音を耳にしたので失礼を承知で声を掛けさせて頂きました。‥しかし、博麗はお留守でしたか‥。困りましたね」

 

「よろしければ、彼女が帰って来るまでココで待ちますか?」

 

 鳥里は得体の知れないこの少女に警戒しつつ、客人には変わりない為、そう提案した。

 少名を視界の端に入れた。少名は、突如現れた少女を訝しげに睨んでいる。見た目で大体の予測はつくが、彼女はどうやら人間ではなく妖怪の類らしい。とは云え、少名は鳥里の提案に露骨に不平を示してはいないので、今のところは特別害はないのだろう。

 

「ご丁寧にありがとうございます。ではお言葉に甘えさせて頂きます。あ、履き物はどうしましょう。改めて裏口の玄関から入った方がよろしいかしら」

 

「いえ、構いません。どうぞそのまゝお上りください」

 

「そうですか?では」

 

 霍と名乗った少女はそう云って履き物を整え、軽く一礼しつゝ敷居を跨いだ。そうして、彼女は鳥里の対面に座った。

 少名は先程とうって変わって仏頂面をしている。よほど警戒しているのか、または会話を邪魔されて不服なのだろうか。

 今現在神社には、普段あれだけの住人が居るにも拘らず今日に限って皆出払っていた。霍がそれを狙ってきたのかは知らないが、少し先刻の判断は早計だったなと後悔し始めていた。

 

「先程まで、何を為されていたの?わたくし、博麗が来るまで退屈ですから、よろしければ混ぜさせていただけないかしら?」

 

 霍が柔かな表情で尋ねてきた。

 

「話をしていただけよ」

 

 少名は、相変わらず半目で霍を睨んでそう言った。

 

「それはどの様な?宜しければ聞かせてくださらない?」

 

 霍はまるで少名の態度を気にしていない様に続ける。不気味さが増す勢いだ。

 

「その前に貴方の身の上を訊きたいわ。名前だけ名乗られただけだと、貴方自身がどんな人かわからないでしょ?」

 

 少名の言は少し冷たい。鳥里は相手を不快にさせてはいないかと不安になるが、霍が以前変わらぬ調子で話しだした。

 

「実はワタシ、異変を少し前に起こした身でして、博麗霊夢に退治されたのです。その時彼女の使う力に興味が湧きまして、こうして、直接聴きに来ているのですよ」

 

「異変を起こした!?」

 

 危ないかもしれない、ではなく危ない人だった。しかし、博麗に退治されたのなら、多少は心に変化はあるのだろうか。今はそう期待するしかない。

 

「過ぎたことです。それはともかく、ワタシはワタシのお人形含め、共犯者を一撃で仕留めた彼女の力が知りたいのです。いえ、もっと云うなら、彼女自身について知りたい、研究したいと考えています」

 

「博麗はこの神社の巫女です。それ以上でもそれ以下でもありませんよ」

 

「貴方の意見などどうでも良いのです。そこのお嬢さん。ワタシの事はこれでよろしいかしら?」

 

 霍は少名を指してゆっくりと子供に確認するようにそう云った。少名の片眉が動いた。これはいよいよまずい事態だ。なめてかかるということは、彼女にとって少名は別に脅威でもないということになる。

 

「貴方が危険人物で、故ここに来たかと言うことがわかっただけよ。貴方は何者?」

 

「おや、ワタシとしたことがうっかりしておりました。そうですね、自分自身についてはなにも語っておりませんでした。ワタシは一言で表すなら‥仙人です」

 

「仙人?通りで天女のような恰好をしているわけだ」

 

「ワタシは天人ではありませんよ。さぁ、これで満足いただけたかしら。そろそろ貴方たちの話に混ぜさせていただきたいわ」

 

 仙人というのは希少な種である。なかなか居ない。それに、大体は山籠りしていたりしており、滅多に見られるものでもない。鳥里は少し霍に興味が湧いた。従って、鳥里は話を霍にも話すことにした。少名は何も云わなかった。静観を決め込んでいる。

 

「暗黙の了解というと変ですが、筋は通しますよ。僕らが今話していたのは呪術についてです」

 

「まぁ、都合の良いこと」

 

 霍は嬉しそうな顔をした。先程からずっと笑顔が張り付いていたが、それが深くなった。どうも霍はのらりくらりとして本質を掴ませないようにしているように感じる。

 

「都合のいい?あぁ、確か貴方は博麗に彼女の力の仔細を尋ねに来たと云っていましたね」

 

「えゝ。術、つまり彼女が使う力には道教のものも含まれます。ワタシ、こう見えてそういった類の事が好きなのです。ですから、初めて見た彼女の力に興味が湧いたのですよ」

 

「あゝ、だから。流石仙人というだけありますね。勉強熱心だ。これも修行の為と」

 

「褒められるような事ではありませんわ。仙人とは皆、こういうものです」

 

 話の区切りがひとまず着いたので、鳥里は訊いてみたい事を、つまりは先述した興味のある部分を尋ねてみることにした。

 

「あの、話が少し変わってすみませんが、仙人になるには大変な修行が必要だと聞いたのですが、実際そうなんですか?」

 

「仙人が皆が皆、総じて修行して仙人になるわけではありませんよ。ワタシは少なくとも違います。尸解仙と云いましてね、死後仙人になるんです。修行は仙人になった後に行います」

 

「その尸解仙とは具体的にどういう?」

 

「死後と申しましたが、実際死ぬ訳でありません。人に対象が死んだと一度認識させる事です。哲学の認識に似ています。観測者が存在することで初めて事象が世界に現れる。方法として死体の代わりとなる物を用意し、それを自身の死体だと発見者に認識してもらうのです」

 

 その話を聞いて真っ先にに思い浮かんだのは、以前に読んだ探偵小説に出てきた死体偽装の仕掛けのようなものだった。単なる錯覚ではなく術によるものだから、そう簡単に見破れるものではないのだろう。おそらく善行を積む、修行を行うことに見劣りしないくらい実際問題としては難しいのだろうと考える。

 

「なるほど、仙人というのもなかなか深いモノなのですね」

 

 鳥里の言葉に霍は頬を染めて困ったように云う。

 

「やはり自分について語るのはなんだか恥ずかしくって、落ち着かないわ。話はここまでに、先の術についての話を続けませんか?」

 

「そうですね。いやぁ、僕の要望ばかりですみませんでした。今後は控えます」

 

 こうして、博麗が帰ってくるまで彼らは呪術について語り合った。

 鳥里は霍への警戒をほとんど緩め、話に夢中になった。少名は卓袱台の上でその様子を不満気に見ており、結果として何もなかったが後になって鳥里は少名に注意をされることになった。

 肝心の呪術についてだが、それを記述するのは物語の本筋に大して関わりがない為割愛する。

 

 

 ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ*

 

 

 夜。

 A作は店を閉めてほっと一息ついた。

 店兼自宅であるA作の家は手前の玄関が店にあたり、そこが客との交流場である。一方、それの奥の部屋がA作ともう一人、A作の妻のB子の生活空間である。

 A作は居間に腰を下ろし、胡座をかいて煙管を吹かせる。

 しばらくして、B子が茶を淹れた湯呑みを二つ盆に置いて持って来た。

 

「お疲れ様」

 

 B子はそう云って湯呑みをA作の前に置き、もう一つをA作の対面に置いた。そして、その位置に彼女は座る。

 

「ありがとう」

 

 この二人について、正確にはA作についてそろそろ記述する。

 A作とB子は幼馴染だ。そしてこの二人の他、一人にC子という人物も入れて、三人。それが彼らの仲良しの集団だった。寺小屋では他の友達とは違ってある種独特の境界によって線引きされた、絆で結ばれた。

 この二人が結婚した経緯であるが、A作としてはただB子が好きだった。そして、一番長く近くに居た異性だからか、自分に合うような相手が他に考えられなかったということもある。そしてB子はB子でA作との婚姻を拒む事はなかった。婚姻に障害はなかった。

 B子は嫌とは顔にも口にも出さなかったが、事実彼女が今もどのように感じているかはA作の知らぬ所である。

 A作とB子はもう結婚して何年にもなる。しかし、子どもはいなかった。経済的に余裕が無いわけではないが、あまり両者とも必要性を感じていなかった。

 扨、次に残りのC子について記述する。

 C子は、裕福な家の出である許嫁と結婚し、子を一人もうけた。今年で13、14程になる娘である。ただ不幸な事に彼女の旦那──A作は会ったことはない──は先週辺りに他界してしまい、つい最近埋葬をした所だった。A作も葬儀には出席し、C子の旦那の遺体が入れられた棺を埋めていく様をB子と見ていたので、記憶に新しい。

 C子は今、A作とB子の住居や人里からもそれなりに離れた住居で親子二人で暮らしている。どうやら、夫の方の親族になにやらあるようだった。

 C子とB子の交流は今も続いている。幾つになっても女同士気が合うのだろうか。A作自身も最近になってC子とB子の三人で小一時間ほど談笑する時期が増えた。その時だけは、子供に戻った様な気になるのだ。

 三人の人間関係がわかっていただけただろうか。では今回の話を進める。

 A作とB子はしばらく互いに一言も話すことなく、それぞれでゆったりとしていた。

 やがてB子とそろそろ眠ろうという話になり、寝室に布団を二つ敷いて、先にB子が寝室へ入り床に着いた。A作はあいも変わらずぼんやりと窓外に移る景色を見ていたがあることを思い出した。

 そうだ、あの女。あの昨夜見た死装束の女は今夜再び現れるのだろうか?いや、あれは幻だ。昨日そう考えたじゃないか。

 零時を過ぎた辺りで近隣の家々も部屋を暗くしている中、A作も電気を消した。そして、寝室に行こうとして外を気にして後ろ、窓の外を見た。

 女はいた。昨夜と同じ様にゆっくりとした足取りで、昨夜と同じ方向へ進んでいた。相変わらず死装束を纏い、髪はボサボサで顔はよく見えない。A作は息を潜め、黙ってその様子を女が姿を消すまで見ていた。あれは幻ではなかった。妖怪の類だったのだ。そうでなければ、二度も続けてあんな姿のモノを見るはずが無い。A作は恐れ慄いた。すぐさま布団に入り、顔を毛布で覆ってガタガタ震えながら遅く眠りについた。

 朝になってA作はB子にこのことを話した。身振り手振りを使い、目を見開いたまゝ大口で喚き立てる様に云う。B子は珍しく必死なA作に驚きつつ宥める。

 

「落ち着いて」

 

 B子はA作を手で制した。

 

「あ、すまない。だがあれは絶対妖怪変化の類だ。間違いない。どこの世界に意味なく死装束を着る人間がいるんだ?それに、例えそんな酔狂な奴が居るなら居るで、周りの人が知ってるはずだろ?」

 

「それじゃあどうするの?巫女様にお祓いでもしてもらう?」

 

「それがわからない。何かされたわけじゃないし、俺に付きまとっているわけではないんだ。だからお祓いっていうのは少し違うんじゃないか」

 

 A作はただ目撃しただけなのだ。特にあれから霊障などは起きていない。従って、巫女にはどのように相談したらいいのかがよくわからない。

 

「ねぇ、本当に見たの?貴方の見間違いじゃなくて?」

 

 B子には未だA作の言が信じられなかった。いや、妖怪自体が存在する事は分かっている。B子が信じられないのは、この人里にそれが現れたことだった。妖怪たちは普通、人里にはあからさまに姿を現すことはない。人間に変装しているものだ。

 

「俺も最初は幻なんじゃないかと思ったよ。‥そうだな、お前も零時から一時頃に窓の外を見ていればわかるよ」

 

 B子はひとまずそれに賛同して、巫女に相談するのは後回しになった。あれから朝食を摂り、店支度をして通常通り開店となった。

 開店して1時間程度で客がいつも通り訪れた。そして、正午頃、客の数が減って来た頃、A作を名指しで声をかけて来る客が現れた。先述したC子である。

 

「A作、会いに来たわ」

 

「なんだ、驚いた。今日はなんの用で来たんだ?」

 

「客よ」

 

「あぁ、そうか。元気そうで良かったよ」

 

 A作の言葉に、C子は顔を少し伏せて先程とうって変わり悲しそうにした。

 

「‥いつまでも落ち込んでいられないわ。娘にも心配かけちゃうしね」

 

「‥そっか。いや、すまない。辛い事を訊いてしまった」

 

「いゝのよ、気にしないで。‥さて、じゃあ用を済まそうかな」

 

 用事が済むとその後C子は「また近い内に来る」と言って帰って行った。

 その日の夜。

 A作とB子は、朝に話した『死装束の女』の事実を確かめるべく二人して早い内から部屋の電灯を消して息を潜めて女を待ち構えていた。

 

「今日もその‥来ると思う?」

 

 B子は隣に居る窓外を注視するA作に、出来るだけ小さな声で尋ねた。

 

「二日連続だ。二度あることは三度あると言うじゃないか。確率的に高いだろ」

 

 A作は視線をB子に向けないでそう云った。そこには女の姿を逃しまいとする、A作の決意が見て取れた。

 

「でも不思議よね、ただ道を歩いて行くだけなんて。向かう方向に何か用でもあるのかしら?」

 

「妖怪の考えることなんて、俺たちにはわかるわけないさ。そう云うのは巫女とかが考えることだよ」

 

「‥それもそうね」

 

 B子は口ではそう云うながらも内心は納得していない。

 

「ねぇ、もし今日もその女の人が現れたらどうするの?」

 

「どうするって?‥俺が女を捕まえろってことか?」

 

「そうじゃなくて、巫女様に相談するの?」

 

「どうだろう。とりあえず他にも見た奴がいないか、訊いてみて大勢見たってなら相談してみるか」

 

 しばらく二人はそういった会話をしながら、暇を潰した。

 さて、会話の種も尽きて来て、辺りの家の灯りも消えてしばらくした頃、死装束の女は彼等の眼前に姿を現した。女は相変わらずゆっくりとした足取りで前を向いたまま進んで行く。その姿を見たB子は声をあげそうになるが、A作がB子の口元を素早く抑えて、声を押し込んだ。そうしている内に、女は姿を消した。

 女の姿が消えるとB子はA作の手を口元からどけた。

 

「あ、あれが⁈本当にいたのね」

 

 B子は恐怖と驚愕の表情を顔に貼り付けてA作に問う。

 

「あぁ、嘘じゃなかっただろ?」

 

「えゝ‥。夢や幻じゃ、ないのよね」

 

「‥それを確かめるために、色々な人に訊くんだろ。俺は十中八九妖怪だと思いはしてるが、事実はわからない。酒に酔った女がぶらぶらしてるってこともあるかもしれないからな。まぁ、事実が分かった後に考えればいゝさ。今のところは別段、俺たちに害は何も無いのだし」

 

 そうして二人は床へ潜り、今日の出来事を振り払うように、忘れるように眠りにつくのだった。

 



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壹 夜歩く

 

 

 A作とB子は昨夜空想の一片を垣間見たにも関わらず翌日通常通り営業を開始した。

 当然理由はあり、店を訪ねてくる人に『死装束の女』を見たことがあるか?ということを訊ねるためである。

 結果としては「見たような気がする」という人が数人いた程度であった。どうにも記憶が曖昧であり、証言としてはあってないような物である。あれから、夫妻は客に「疲れているんだろう」や「人里に幽霊が早々でるもんかね」などと云われ、夫妻も段々と昨日見た光景が一種の集団幻覚に思えてきてしまった。

 その日のノルマも達成して日も暮れて来た頃、店を閉じようとしたときにC子が再び姿を現した。

 A作は時刻が時刻であるときに訪れた人物に驚きつゝ、本日最後であろう客を迎えた。

 

「ごめんね、こんな遅い時間に」

 

「いや、いゝよ。でも真逆昨日の今日で来てくれるなんて思わなかった。それにしても何か買い忘れでもしていたのか?」

 

 A作がそう訊くと、C子は顔を俯かせて小さな声で呟く。

 

「うん。うっかりしていたわ」

 

「そうか。じゃあ丁度良かったな。もう少し遅れてたら店も閉まってたところだよ」

 

「そうね、急いだ甲斐があったわ。‥ところでB子は?今居ないの?」

 

 C子はA作を挟んで店の奥をキョロキョロと身体を揺らしてB子を捜しているような動作をした。

 

「あゝ、アイツは今店奥で別の作業、後片付けをしてるよ。そんな風にしても見えないさ」

 

 A作はC子の動きが童子のようで面白かったのか笑った。

 このときA作の脳裏には「C子にも『死装束の女』について訊いてみよう」という考えが浮かんでいた。しかし、A作はすぐにその考えを消すよう努める。事が事であるし、友人にそんなことは極力話したくはない。と思っていたのだが、口は意識とは裏腹にその事について喋ってしまう。A作は、それをほぼ無意識的に話してハッとした。「おれは何を馬鹿な事を、よりにもよってコイツに話しているのだ」と。

 直ぐにC子の様子を伺うと、C子は眉を寄せて心底不思議そうな顔をして口を開いた。

 

「‥なに、それ?」

 

「あ、いや、ごめん。あれだ、最近読んだ読本の事がな、つい口に出てしまった。気にせず忘れてくれ」

 

「嘘。A作貴方、それを見たの?どこで?」

 

 C子は心配そうにA作に詰め寄る。A作はC子の真剣な様子に観念して彼女に本当の事を話すことにした。

 

「実は、つい最近深夜になるとこの家の道、ほらそこの道を横切っていく女がいるんだ。で、それが幽霊なんじゃないかと、不安になってゝさ」

 

「B子も知ってるの?」

 

「知ってる。昨日も二人で見たんだ。それで、今日今みたいに来た客の数人に訊いてみたんだ。でも皆、夢や幻だろうって。‥もうどうしたらいゝか、俺にはわからないんだ」

 

 A作は絞り出すように話す。そんな中B子が店の奥から現れて、A作とC子の姿を見て驚いてその場で立ち止まって固まっている。

 C子はそれをチラリと瞳を動かして見た後、あえてA作に問う。

 

「‥巫女様には話をしたの?」

 

「いゝや。どの程度で話をして良いのかわからないから。それに、やっぱり俺たちの見た幻覚だったなんてオチなら、俺たちはそれで心配事が一応減るには減ってひとまず安心だけど、巫女に迷惑かけてしまうだろ?勝手に勘違いして勝手に騒いで、でもやっぱり思い違いだったなんて‥それは駄目だ」

 

 A作が喋り終わると辺りに静寂が訪れた。

 C子は考えるように顎に手を当て、A作は俯き、B子は心配そうにA作の背中を見ていた。

 やがてC子が沈黙を破る。

 

「よし、わかったわ。じゃあ、今日私もここに泊まってその女とやらを私たち三人で確認する。そして出来るなら後を追って、その女が夜な夜な何をしているか見る。取っ捕まえることが出来るか試してもみましょ」

 

 C子は笑顔でそう云った。

 A作は顔を上げてC子の顔を見た。笑顔で、と記述したが、A作にはC子が表情とは逆にその言が本気であることを理解した。

 A作は何となく、C子の性分を思い出した。C子は昔から、怖いもの知らずというか、神経が図太かった。

 

「え、ほ本気か?」

 

「ええ、本気も本気よ。A作ならそれが分かると思ったけど、残念。私たちの仲はその程度だったのね」

 

「だ、だって、そんな。後を追うとか捕まえるとか‥」

 

 A作にはとてもC子の性分を入れて考えても、正気には思えなかった。仮に事実、女が居たとして、幾ら女でも相手は人知を超えた妖だ。非力なただの人間が敵うなんて思えない。

 

「"出来たら"だって。私だって、そんな妖怪とかに簡単に敵うなんて思ってないわよ。でもね、後を追うくらいはしないと、事態は進展しないと思う。原因をしっかり深く知れば知るほど対策はしやすくなるからね。違う?」

 

 確かにC子の言う事は理解できる。しかし、危険だ。本来自分たちがやる事ではないのだ。それは巫女などの仕事である。つまりこれはジレンマだ。A作は優柔不断な性分ではないが、今回の事が彼をそうさせる。

 さて、C子はA作がそのような悩みを頭の中でおこなっていることを見抜いてか、再び口を開いた。

 

「あのね、そもそも『いたら』の話でしょ?それに、あぁ、そうね、なら私だけでもいいから」

 

「私だけって?つまりお前だけで追いかけるってことか?それは‥っ、だめだ!俺も‥俺もいく」

 

 そういうとC子は笑った。

 

「『俺もいく』って、一人じゃ怖いのね」

 

 そう言われてA作は少し気恥ずかしくなった。先程と別の意味で俯いてしまう。

 

「あぁ、ごめん、ごめん。からかいたくてね」

 

 そうして会話が一段落したところで、B子がA作とC子の方へ駆け足で寄ってくる。B子はA作とC子の間の一歩後ろに位置するところで立ち止まった。

 

「‥ねぇ、その話本当なの?」

 

「B子‥。そんなに訝しんで。」

 

「でも‥」

 

「貴方たち夫婦は本当に心配性ね。‥三人もいるのだから、いえ、男が一人でも居れば、女一人の幽霊なんてどうとでもなるわ」

 

 それに、久しぶりにまた三人で連めるというのも懐かしくていいわね、とC子はB子に言った。B子も先程のA作とC子の話をしっかりと聞いていたし、何より不安であったのだ。それになりより、二人は今まで、『幻覚』や『夢』と話を半ば信じていないような言葉を言うことなく、一緒に問題に取り組んでくれるC子に感謝の念を覚えた。結果、二人はC子に押し切られる形で話を承諾したのだ。

 

「ねぇ、でもC子の娘さんーーc子ちゃんはいいの?」

 

 話はまとまったが、B子はC子の娘の事が気になった。やはり母親が1日でも留守にするというのは、こんな世界であるから不安ではないかと思ったのだ。

 

「大丈夫よ。あの娘はちゃんとしてるから、1日くらい私が留守にしても、ね」

 

 そうして、C子は一度家に帰ってから娘に話をつけて、支度をして再び1、2時間後にまた訪れるという話で決着をつけたのだった。

 C子はそれから言葉通りに、1、2時間後に姿を現した。しかし、先程と違い少し元気が無いように見える。A作はそれについて尋ねた。

 

「どうしたんだ?元気が無い様だけど」

 

「あぁ‥うん。さっき娘とちょっと喧嘩しちゃってね。最近私に冷たいのよね。反抗期かしら」

 

「え?それって今日のことか?だったらその、一緒に居てあげた方がいいんじゃないか?厚意は嬉しいけれど、そこまでして手伝ってくれなくても‥」

 

 A作は焦った。自分達が原因で、本来関係の無い親子に不和をおこしてしまうのには流石に耐えれない。ましてや、一家の主が少し前に他界したのだ。元々、その主人は身体が弱く、病になりがちだったと聞く。つまり、C子の家庭は不安定なのだ。いつ崩れてもおかしくないとA作は思っている。

 しかし、C子はというとA作の心境を知るところではないため、否定した。

 

「気にしなくていいわ。あれくらいの歳の子は親を遠ざけるものよ。寧ろ、私が居なくてよかったんじゃないかしら」

 

 A作はもう何も言えなかった。

 それから、A作、B子、C子の三人は、その日の深夜に以前夫婦二人がそうした様に、家の灯りを消して窓に張り付き、例の『死装束の女』が現れるのを今か今かと待ちわびていた。

 彼らの待ち時間の話合いはわざわざ記述する程でもないので割愛する。

『死装束の女』は昨日、一昨日同じくしっかりと三人の視界に映り込んだのだ。

 A作はちらりとC子の様子を見て見た。C子は、やはりというべきか放心して、やや顔が青ざめていた。口では強気なことを言っていたが彼女も当然、事実現象を目の当たりにして怖くなったのだろう。

 しかし、C子は一番に気を取り戻し、二人に声をかける。

 

「お、追いかけましょう」

 

 震えた声だ。A作は少し躊躇してから、意を決した様に彼女に同意する。

 

「わ、わかった。B子は、家で待ってなさい」

 

「え、ええ。‥気をつけて」

 

「あぁ、わかってる」

 

 そんなやり取りもあり、A作とC子の二人は、女を追いかけた。

 女は人里を出て、木々に囲まれた所へ入っていく。ふらふらとなんだか安定しない足取りで見ている側もなんだか不安になってくる。

 女に続いて音を立てぬ様に慎重に辺りを見回しつつ、女を必ず視界に捉えて進んでいく。

 そこで二人は、ここが、かの博麗神社であることを確認した。

 不思議に思ったA作がC子に尋ねた。

 

「神社?なんだ、成仏でもしに来たのか?」

 

「それは違うんじゃない。幽霊って普通祈祷師が居る所は好まないはずだけど。だって退治されちゃうでしょう」

 

「それもそうか。つまり、ただの幽霊ってわけじゃなくて、怨霊とかの類ってわけかもしれないな」

 

 そうして居る内に、女は少し広めの空間に出た。そしてある木の前で立ち止まる。他の木々と比較すると特別大きいとは言えない木であるが、それなりに太く、樹齢が並大抵のものではないことがわかる。

 二人はこんなところで何をするのだろうと、考えていたが、直ぐに理由はわかった。

 辺りが夜であること、時々現れる月明かりくらいしか光源がないこと、暗順応にも多少の限界があること、遠目に見ていること等々理由があり、よく見えないが、女は、左手を木に添えて、右手を振り上げて何かを木に何度も叩きつけていることはわかった。音が辺りに響く。

 二人はしばらく動作の意味を考えていたが、C子がハッとした様にしてから、A作に耳打ちをした。

 

「あれはきっと『丑の刻参り』よ。きっと女は、藁人形だか木の板を人型にくり抜いたものに、杭を金槌で打ち込んでいるんだわ。‥恐ろしい」

 

「丑の刻参り?何だそれは?」

 

「あぁ、A作は知らないか。簡単に言うなら、人を呪い殺すための術よ」

 

「呪い殺す!?‥なんだかおどろおどろしいな」

 

 呪術と言われても、A作にはいまいちピンとこなかった。そもそも、妖怪自体この目で見たことも無いのだ。

 

「幽霊はそんなことしない。つまり、あの女は幽霊や妖怪では無く、人間でしょうね」

 

 C子は静かに、A作が今一番知りたかった事を告げた。

 

「‥な、ならもう帰ろう。女が何してるかはわかったし、こんな無気味な所さっさと離れよう」

 

「‥いいえ、あの女はここで捕らえるわ。だって今あの女が呪ってる人間が呪殺されたら、女はもう私たちの前に姿を現さない可能性があるわ。だとしたらここでふん縛って、巫女様に突き出す方がいいと思うの」

 

 C子の言うことは、頭では納得できる。しかし、現実問題として、それだけは強く踏み止まった。そもそもここまで来れたのでさえ、奇跡に近いのだ。これ以上望めば、足元を掬われる、そう感じた。

 しかし、それを言う前にC子は飛び出してしまった。

 C子と女は向かい合い、互いに睨み合いになっている。いや、女は低い声で唸り声を出し、まるで獣が威嚇するかの様に静止している。

 A作は、そんな二人から視線を逸らすことなく、今いる位置から移動して女の後ろ側、つまり女が杭を打ち込んでいた木の後ろ側へと回った。しゃがみ込んで木と自身の周りにある植物で隠れ、女を捕らえる機を伺う。そこで、A作はC子が言ったように、女は金槌を持っていることに気づいた。

 C子が女に語りかける。

 

「理解出来るかは知らないけれど、ここで何をしているの?こんなことはもうやめなさい。でなければ、貴方をこれからひっ捕らえて、ここの神社の巫女に突き出すわ」

 

 果たして女はC子の言葉を理解出来たかはわからないが、腰を低くくして、おそらく構えの姿勢をとった。

 C子は、顔を少し動かして木に隠れたA作に向けて合図をした。女が姿勢を低くくしていたことが幸いして、不自然な顔の動きにはならなかった。

 最初に動いたのは女だった。C子目掛けて真っ直ぐに走り、右手に握られた金槌を振り上げた。C子は両手を頭の上に持ち上げ、構えをとった。その瞬間、A作は機を見たのか、茂み、藪から飛び出して、女の背中に飛び付いた。

 女は突然の不意打ちに、精神的にも物理的にも姿勢を崩し、C子を避けてA作共々地面に叩きつけられた。

 C子は、すかさず女を拘束しようとしたが、女は体制を素早く整えて、応戦するには不利と見たのか木々の奥に走り去って行った。C子は女を追うことはせずに、A作に駆け寄る。

 

「大丈夫?」

 

「‥い、いや、全然。怪我はないけれど全身が痛い」

 

 A作は息も絶え絶えに、地面に叩きつけられた衝撃による身体の痛みに顔を歪めている。

 

「逃げられてしまった。ごめん、私の考えが甘かった」

 

 C子はそう言ってA作に謝った。

 A作は痛みが少し引いてきたのか、その場で起き上がり座る体勢になってから、それに答える。

 

「‥最初、捕まえるなんて言ったときはなんの冗談だ、なんて思ったけど。それも俺たちを気遣ってのことだし、‥それに結果としては、誰も怪我しなかったこと、相手はやっぱりちゃんといて、幽霊とかではなかったってわかっただけでも収穫だよ」

 

「‥ありがとう、そう言ってくれると救われるわ」

 

 

 

 

 あれから二人は、元来た道を辿ってA作の家へとたどり着いた。B子は家で寝ずに待っていてくれた。

 三人は、家の居間の真ん中に位置する卓を囲んで話し合う事にした。灯りは電灯をつけずに蝋燭を灯して、それを光源とした。さながら百物語のようだ。

 二人はB子へと事の顛末を伝え、それから三人は女についてあれやこれやと考察し合った。

 一部抜粋する。

 

 

「じゃあ、幽霊ってわけじゃなくて普通の人間が、夜な夜なその‥丑の刻参り?をしていたのね」

 

 B子は信じられない、と言った表情で言った。

 

「あぁ‥でも里にあんな奴いたか?」

 

 そこが一番の疑問だった。A作の記憶するところでは、そんな変わった奴など聞いた事も見たこともやはり一度だってない。

 

「捨て子とか?ほら、捨て子が何かの偶然で妖怪に育てられて、その妖怪に騙されて代わりに呪術をやらされてるって考えられない?」

 

 B子が何とか案を出してみるが、C子に即却下される。

 

「ちょっとそれは変よ。妖怪がなんでそんな回りくどいことするのよ。確かにここの妖怪は里の人間に手を出さないから、人間を騙してって考えても百歩譲って一応筋は通るけれど、何で方法が呪術なのよ?それこそそいつに刃物でも持たせて、例えば、昼の人が多い大通り、大禍時の薄暗くて人が疎らなときなんかに、こっそり刺し殺した方がよっぽど簡単で確実よ。それが例え『幻想郷』だとしてもね。まさか、妖怪らしくオカルティックに、なんて言わないでしょうね?」

 

 B子はそう言われて気まずそうに口を噤んだ。

 

「おい、C子。あんまり、B子を虐めないでくれ」

 

 A作は助け舟を見兼ねて出す。A作はC子が、女を逃したことが余程腹が立っているから八つ当たりでもしているのか、と思った。

 

「別に虐めてないわよ。ごめんなさいね。でも、彼奴はなんだか、言葉が話せない見たいだったわね。髪もボサボサだし、B子の案を、つまり妖怪に人を殺す為だけに育てられたから言葉をほとんど教えてないと考えると、一部採用することも出来なくはないわ」

 

「じゃあなんで『呪術』なんて知ってたんだろうな。‥あれ、ちょっとまてよ」

 

 A作は何かを思いついたのか、ぶつぶつ何かを一人で呟いていたが、直ぐハッとしてC子を見た。

 そんなA作の様子を見てC子は微笑む。

 

「わかったみたいね」

 

「ねぇ、ちょっと。二人だけでわかったみたいにしてないで私にも教えてよ」

 

 未だ分からないB子が二人へと訴えかける。

 C子はそれを手で制する仕草をした。

 

「待って待って、わかってる。ちゃんと順序を追って説明するからさ」

 

 C子はそこで一度言葉を区切り、一つワザとらしく咳払いをしてから再び口を開いた。

 

「まず、さっきのB子の案に照らして考えてみようか。この世界における妖怪は基本的に人里の人間に手を出さない。しかし、そいつにはどうしても殺してやりたい人間がいた。殺してやりたいが、そんな事をすれば、今度は自分が巫女に殺される。だから、適当な捨て子なんかを拾って育てて、自分の代わりに殺してもらう。そうすれば、犯人はそいつになり、自分は無罪であるとこう考えたわけね。もっというなら、『対象を殺した後、自殺しろ』と言い含めておけば、これで更に事件は迷宮入りに近づく。さっき私が否定したが、刺殺ではなく呪殺を選んだ理由として、その実行犯の足が付かないように配慮した、と考えれば一応理にかなっている。もし捕らえられた時に、口を割られて自身が糸を引いていたなんて知れたら、意味がない。またはその子を育てている内に、情が湧いたか」

 

 ここでC子は、呼吸を整えるために二度、溜め息をつき、二人を見た後少しして続ける。

 

「では、この推理の何が問題なのか?まず第一に、あの女=妖怪に育てられた子として考えると、『どうして、言葉が理解できないのに、指示された通りに殺人を実行できようか?』これが一番の関門だね。もっと言おうか、『何故言葉が理解出来ないのに、呪術をしっかり身につける事が出来るのか』だよ。言葉が分からないのなら、そんな複雑な命令をしっかりと実行するなんてまず無理だ。つまり、言葉が喋れない、理解できないというのは、"嘘"だよ。女が唸り声を上げるから、私たちがそう言った先入観を持ってしまったのさ。また、安直な操り人形を作ったにもかかわらず呪殺を使った理由として、さっきあげた理由の他に、もし刺殺の場合、犯人探しが始まり、最悪人里が壊滅する。それを回避する為に、多少不自然でもはっきり"人間による人殺し"と人々に認知させない思惑があるのだと私は考える。しかし、妖怪がここまで考えておいておかしいのは、女に言葉を教えた事だ。祈祷師が見ればそれこそ巫女の能力は妖怪の方がわかっているはずだから、一目で呪いの対象を突き止めることがとわかるはず。当然、実行犯は捕まる。そこで言葉が喋れるとわかれば、あとは時間の問題だ。実行犯が真犯人を言ってしまう可能性がある。そんな博打を賭ける奴とは思えないんだよ、私には。なぜなら、ここまで危険を避け続けていた奴が、最後の最後に博打なんてするなんておかしい。それは兎も角、つまりどちらにせよ、この計画は妖怪が真犯人だとしたら、最後は行き止まりだ。だからこれを考えた時にそれに気づいてその計画は破棄するはず。しかし、これが現実に起こっているのだからその計画上で行われているものではないと考えられる。従って、前提が違うのだから論は崩壊する。そんな考えから、私は女が妖怪に育てられた説はちょっと採用しかねるね」

 

 それはA作も引っかかっていたことだった。

 つまり、C子の考察の結論は、女はこちらの言葉が理解できる人間であるという事がわかっただけだ。いや、妖怪に育てられたという説も十中八九違うであろうとA作は思っている。

 

「ほとんどわからないじゃないか」

 

「まぁ、素人考えだからね。それに陰謀論抜きに考えるなら、普通に人里に住む人間が、幽霊に変装して人目が付かない夜にこっそり呪殺を行なっていたと考えるのが普通ね。ボサボサの髪は今回みたいにA作に姿を見られても顔を隠す為ね。あぁ、そういえば結局女の顔は見えなかったわ」

 

 そんな話もそこそこに、三人は灯りを消して寝床へ着くのだった。

 

 

 

 ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ*

 

 

 

 鳥里は馴染みの本屋、通称《鈴奈庵》を訪れていた。

 理由といえば、霍との呪術に関する語り合いによって術について、より興味を示したことや少名から付喪神の仔細を聞けなかった等の理由で、彼の住居である神社にある書庫を漁ってみたが目ぼしい書物が無かった為、こうして餅は餅屋の如く本を探して本屋を訪ねたというわけである。

 鳥里は店の入り口にある暖簾をくぐって中に入った。

 

「おや?鳥里さん、いらっしゃい。今日はどのようなご用事で?」

 

 店番である本屋の娘さんである本居小鈴が鳥里を迎えた。本棚の整理でもして居たのか、店に入って直ぐのところで本を数冊抱えて立っていた。

 本居小鈴は鳥里に挿絵の仕事を紹介してくれたりと色々良いようにしてもらっている。

 彼女は鮮やかな洋燈色の長髪を、頭の左右の耳上部分でそれぞれ、自身の名前と同じ鈴の着いた髪留めで髪を左右均等にまとめ上げている。服装は、稗田の様に彼女とはまた違った独特な装いの着物を着て、今は営業中からかその上にエプロンを着けている。

 鳥里は片手を振って彼女に会釈しつつ要件わ伝える。

 

「今日は、本を借りに来たんだ」

 

「どのようなものをお探しで?」

 

「あぁ、呪術と付喪神についての書物かな」

 

 鳥里が自身の顎を軽く触りながら言うと本居は店内にあるカウンターへ向かう。鳥里は彼女の後を追ってカウンター前で立ち止まり待つ。本居はカウンターの奥に置かれた結構な数の書物の中から数冊を持ち出して、カウンターの上に並べた。

 本居が並べ終わっと同時に説明を始める。

 

「呪術というなら、この4冊が厭魅、蠱毒、犬神などの筋、生霊、式神とかですかね。いやぁ、よくもまぁ、人を呪う術を思いつきますね。怖い怖い。それで残りが付喪神についての評論です。あ、そうだった。実は異国の本で、何十巻近くある本がありましてね、今コツコツと和訳しているんです。『金枝篇』って題名だったかな?で、それを訳した分だけでも見ます?」

 

 そう言って本居は一度肩を上下させつつ息を吸った。

 

「そうだな‥流石に全部は無理だから各一冊ずつ借りようかな。その金枝篇とやらは、また今度でいいや」

 

 鳥里は2冊を選んで手にとって見せた。すると本居は意外そうな表情をした後、残りの並べられた本を手にとり、鳥里に見せつつ言う。

 

「え?何言ってるの、鳥里さん。ほら、これとこれなんてね、互いの考察を補足し合ってより深みがでているの。それに、『金枝篇』は今初版分まで訳し終えたから、とりあえず見るだけでも」

 

「‥本居は商売熱心だな。けれどどういたしまして。今日は手持ちが足りないんだ」

 

 鳥里がそういうと本居は、残念そうな顔をして小さく舌打ちした。

 鳥里も少し悪いと思い、また自分以外に客が居ないことを確認して、本居に話を振ってみることにした。ちょっとした世間話だ。

 

「本居は、これを読んだみたいだから訊くけれど、感想としてはどうかな?」

 

「鳥里さん、貴方偶に莫迦みたいな文章で会話して来ますよね。‥そうですね、妖怪はそこら辺にいますけど、呪術はあまり見ませんね。ですから呪術というのは興味があったので、新しい発見があって見識が広められました」

 

「特に何が?」

 

「霊とかですかね。ほら、最近巷で噂なんですがね、夜な夜な幽霊が人里を歩いている‥とか」

 

「なんだ、それは?」

 

「あ、知りませんでしたか?なんでも、白装束だか死装束を身にまとった女が、人里を毎晩のように通過していくのを、とある男性が見ていて、それを追って捕まえようとして失敗したらしいのですね」

 

 鳥里はそんな噂は知らない。最近は神社の自室で、稗田の家で缶詰め状態で絵を描き続けていたものだから、そんな噂を耳にする暇はなかったのである。

 却説、ここで鳥里はあることが疑問に思った。

 

「霊が目に見えて、彷徨くなんてことあるのかなぁ」

 

「狙いを定めてるとか?次はお前に取り憑いてやる!みたいな」

 

「いや、それは無いかな、多分。大体は恨みを持つ特定の人物に憑いて不幸にするものだよ。見境なしに襲ったりするというのは聞いたことがないな、僕は。まぁ、僕の知識不足かもしれないけれどね。それに、道に取り憑いてるって場合もあるね。いや、それでもフラフラ移動なんてするかしら?それに、それは憑き物だから違うのか」

 

 鳥里がそう疑問を口すると、本居は一つため息を吐き言った。

 

「それがですね、話に続きがあって、なんでもその女は人間らしいんですね。その捕まえようとした人曰く」

 

 それを聞いた鳥里は目を細めて呟く。

 

「白装束に女、深夜に外出。本居、最近この辺りで能でもやっていたのかい?」

 

「はぁ?そんなのやってませんよ。何を言ってるのですか?」

 

 本居は、鳥里の言にいまひとつ、意味を見出せないでいた。しかし、次の一言で記憶から引き出す事になる。

 

「能には『鉄輪の女』というのがあってね、橋姫伝説と凄く類似しているんだね。実際、能には橋姫の面があるくらいだからね」

 

「あ、そういう。つまり、『丑の刻参り』ですね」

 

 本居は合点がいったらしく、握りこぶしを虚空で上下に叩く仕草をしつつそう言った。

 

「そう、それそれ。元はちょっと違うけれどね。それはそれとして本居、もしかしてその話にはまだ続きがあって、その女はウチの神社、つまり博麗神社の近くの森に入った‥とか?」

 

 どうだ?という目で本居を見た。しかし、本居の返事は思わしくないものであった。

 

「ごめんなさい。私そこまでは‥」

 

 本居は申し訳なさそうに目線を横へずらした。しかし、鳥里は気にすることもなく続ける。

 

「いやしかし、博麗神社の祭神が其奴に手を貸すとも思えないな‥。うん、本居。これは誰にも言っては駄目だぞ」

 

「え?あ、はい」

 

 本居の返事を聞く間も無く、鳥里は本の代金をカウンターに置いて、さっさと店を出て行ってしまった。

 



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貳 糸

 

 

 今現在、『死装束の女』の噂が立ってからいくつ経つか。

 あれから、A作もB子も、もう女の姿を見ていない。それも当然で、あの女が本当に人間だとしたら謂わば犯行現場を見られたようなものであるから、行動を控えているのだろう。いや、もう諦めたか。

 あの奇妙な捕物劇から、A作とB子が話をして、一度、二度ほど捜索をしたがそれらしき人物は見当たらなかった。幽霊でも人間でもないのなら、狸に化かされたのか、山姥だったのかもしれないと、皆もう真剣に取り合ってくれることはなかった。

 そうして、A作がもうあの女も諦めただろうと考えていた折、それは起こった。

 A作の家の玄関の戸に、杭の打ち込まれた藁人形が置いてあったのだ。おそらく、また夜のうちに置かれたものであると考えられる。

 A作は恐怖した。もうなりふり構って居られない。それを持ってB子と共に直ぐに博麗神社に駆け込んだのだ。

 博麗神社は木々に囲まれた中に、ポツンとまるで秘境のような場所にある。初めて訪れる人間には、廃墟の神社か何かと勘違いしそうになってしまう。

 A作は気づいたのだが、B子の顔色がどうも良くない。途中「大丈夫か?調子が悪いなら家に居た方がいい」とA作が言うとB子は震えながらA作にしがみ付いて拒否を示した。仕方なく、B子を連れていくことにした。

 A作とB子は、長い長い神社へと続く階段をやっとのことで登りきり、赤い鳥居とその奥に位置する社を視界に入れた。

 境内に、人の気、妖の気は無かった。

 A作とB子は、二人で一度目を合わせて頷き合うと社へ歩みを進めた。

 ここは神社であり、聖域である。しかし、この『博麗神社』においては簡単に妖が多数出入りし、ただの人間が訪れるにはかなり危険な場所であるとされている。しかし、そんな所に行く彼らは、余程目に見えぬ呪術に怯えていることが伺える。

 神社の正面から、社全体を一周するように二人で歩く。そんな中で二人は、社の側に備えられた縁側に座っている人物の姿を視界に収めた。

 その人物は、15歳くらいの少女で、二人には馴染みのない服装をしている。西洋の服だろう。正しい姿勢で座っており、両手を重ねて膝の上に置いて、目を閉じ沈黙している。

 A作は早速、その人物に声をかける。

 

「あの、この神社の巫女に用があるんだけど、今いるかい?」

 

 A作の声に、少し身体を動かし反応して、閉じていた目を開けて、A作とB子の居る方へ顔を向けた。

 

「参拝客の方ですか?祈祷師に用ですか?前者でしたら、正面に賽銭箱がありますからそちらへ。後者の方は‥‥。残念ながら今、祈祷師は留守です。今回はお引き取りください」

 

 少女は平坦に、強弱が無いような口調で言った。

 A作は変わった子だな、と思いつつ答える。

 

「後者だ。巫女は居ないって、いつ帰るかわかるかい?」

 

「不確定です」

 

「じ、じゃあ、他に、その呪いとか妖怪とかに詳しそうな人は居るかな?ほら、巫女も一人で何でもしてるわけじゃなし、助手の様な人もいるんじゃないかな‥と」

 

 A作がそう言って伺う様に少女を見る。

 少女はA作の問いに、しばらく考えた後答えた。

 

「貴方の仰る条件に該当する人間は今一名在宅しています」

 

「呼んでもらえるかな?」

 

「かしこまりました。ではこの建物の裏口にある玄関へ回ってそこでお待ち下さい」

 

 少女はそう言って、神社の中へ入っていった。

 二人は、言われた通りに、裏口の玄関へ向かって戸の前で待機した。

 やがて、床を踏む音ともに戸が開いて一人の少年が出てきた。

 背と年齢は見た目先程の少女と同じだが、推定年齢にしては背が少し高く、中肉中背の人里を歩いて入れば、他の人に混ざってなかなか見つける事が困難な人相の、つまり平均的な少年だ。

 

「貴方たちが、祈祷師に用があるという方々ですか。どうぞお上がりください」

 

 少年が脇へ退いて建物の中の方へ手をやる。

 二人は建物内部へと入り、履き物を脱いで、少年の後を追って一室の中へ入った。

 部屋は、畳張りで部屋端に家具があり、部屋の真ん中には大きな卓がある。そこから、居間だと推測出来る。

 二人は勧められて、既に敷かれた2つの座布団へそれぞれ座り、机を挟んで少年が座った。

 直ぐに、先程の少女が盆の上に3つの水の入ったガラスコップを乗せて登場し、順にコップを眼前へ並べていき、並べ終わると少年の後ろに控える。

 A作、B子は一口、水を飲む。今の季節は夏だから、冷たい水はありがたかった。少年は二人がコップを卓に置くことを待ってから話を切り出した。

 

「それで、何の用ですか?」

 

「はい実は、今朝家の前にコレが置いてありまして」

 

 そう言ってA作は、袋に入れて持って来た、杭の打ち込まれた藁人形を卓の上に出した。

 

「藁人形ですね」

 

「はい。しかし、見ての通り杭が打たれて‥その大変無気味なのです」

 

 すると少年は顎に手を置いて藁人形を凝視し、黙ってしまった。

 A作は不審に思い、少年に声をかける。

 

「あの、どうしました?」

 

「あ、すみません。こういうものは初めて見たものですから」

 

「は、初めて?」

 

 A作は内心、この少年は大丈夫か?と思った。実は少年の後ろの少女の様に、ただの使用人で、歳特有の見栄を張った行動なのではないかと怪しんだのだ。A作自身も昔はやった事があるから、気持ちはわかるが今はそんなことに付き合っている余裕はない。

 

「ええ。これは厭魅と呼ばれるものですね。いや、丑時参と言った方が貴方がたには馴染みがあるかもしれません。しかし、よくもまぁ、今時そんな事をやっている人間がいるのですね」

 

「丑時参!?」

 

 B子が反応した。

 

「知っているのですか?」

 

 少年はそれに興味を示したのか、初めてB子へ目を向けた。

 

「は、はい」

 

「それを何処で聞きましたか?」

 

「え、えっと、C子‥ああ、○○家の方からです」

 

 少年は再び黙り込んだ。

 A作は少年の評価を改める。この藁人形自体は知っているということは、少年の後ろに控える少女の様に、使用人とは言えないのではないか、と。

 少年は顎に手を添えたまま、独り言の様に話す。

 

「そのC子さんという方はコレを知っていたのですね。‥そうですか。では、僕の方から再び幾つか質問します」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい」

 

 A作が慌てて少年を遮る。

 

「何でしょう?」

 

「さっき、貴方はコレを見たのを初めてだと言いましたね?それはどういうことなんです?」

 

 A作は言外に、「呪術に詳しいと聞いたわりに、何故そんな重要な実物を見た事がないんだ?」と聞いている。

 それに少年も気づいている様で直ぐにA作の欲しい返答をした。

 

「普通、呪った相手にそういう物は送りつけないんですよ。これは、呪術の知識の話関係なくです。例えば、貴方がとある人物の陰口を言ったとして、その本人に「お前の陰口を言ってやった」なんて言いますか?」

 

「それは、しませんね」

 

 A作は当然だ、という様に答える。

 

「それを言っては本末転倒。言っておきますが、僕の例えの意味するところはそれではない。わかりますね?」

 

「は、はぁ」

 

 そういうと少年は1つ深く息を吐いてから続ける。

 

「貴方達の素性がわかって来ましたよ。貴方達は、『死装束の女』の噂の根だったのですね。つまり、女を獲り損ない、返って恨みを買い、呪われてしまった。だから助けてくれと言いたいのでしょう」

 

 少年の言ったことはあっている。

 C子には悪いが、やはりあの時、女を捕まるというのは愚策だった。

 そこで、B子が声を少し高めに言った。A作はまたしてもその時になってB子が震えている事に気づく。

 

「だから、私はあの時言ったの‥C子の厚意は嬉しかったけれど、その結果がこれよ」

 

ㅤB子は段々と声を高くしていく。

 

「つまり、貴方はC子さんが先行して、返って無関係な自分達に飛び火したと言いたいのですね」

 

「そうです。全部、全部C子が女に手を出すからこんな事になったのよ!変に手を出すから因縁をつけられて、それで‥。私達は関係ない!」

 

 これには、A作も驚いた。それと同時に自身に恥じた。B子の不安と同様にA作も不安を抱えている。しかし、妻の事を後回しにし、自身の事しか考えてなかった自身が情けなく思ったのだ。

 大声で喚いたB子を少年が諌める。

 

「奥さん、落ち着いて。喚いた所で問題は解決しませんよ」

 

「うるさい!もう限界なのッ、私は!!あんただって、無関係だからそんな冷静でいられるのよ‥!分かる?いつ傷つけらるか、殺されるかも知れないって恐怖が‥」

 

「お、おい、B子お前いい加減に」

 

「何よ。貴方だって不安でしょう⁈不安じゃないの?そうよね、C子が貴方には付いてるものね。A作貴方妙にC子と仲がいいけれど、浮気でもしてるの?ずっとずっと私を騙して‥だから私は‥」

 

 勿論、A作はそんな事はしていない。

 鳥里は部屋に控えた少女に声をかけて、喚くB子を連れて退出させた。

 少年は、その様子を先程とは少し態勢を変えて、卓に肘を乗せ、その肘の手で口元を覆って睨む様に見ていた。

 辺りに一気に静寂が訪れる。元々、静謐だったが、感覚ではそれがより増したように襲われる。

 A作はまず少年に謝罪をする事にした。

 

「‥その、妻がどうもすみませんでした」

 

 A作は深々と頭を下げる。少年の様子からして何か言われると思った。それは仕方ないことだし耐えようと思っていたが、少年の返事は違った。

 

「いいえ。彼女はここに来た時から体調が悪そうでした。ストレスや恐怖の中、第三者によって推定される原因が表出し、彼女もそれに同調し引っ張られてしまったのでしょうね。仕方ない、いや、僕も考え無しに言い過ぎました。すみません」

 

 A作は、震える声で言う。

 

「‥それで、呪いを解くとか、女を突き止めるとかは出来ますか?」

 

「呪いは相手に送り返すか、かけられた呪いを祓い落とすことに分けられますね」

 

「では、送り返して」

 

「いいえ、それでは駄目です。それを行えば再び相手から呪いが飛んで来ます。後はその繰り返し。つまり、呪術戦になってしまいます。それは良くない。呪いは周りにも拡散して効果を示しますからね」

 

 少年は即座にA作の選択を否定した。

 

「そうすると、祓うということですか?」

 

「‥そうですね。それが一番最良です。では、そう巫女には云い伝えておきますよ。結果が出る時などにまた連絡します。あ、藁人形はこちらで預からせてもらいます」

 

 そうして、A作とB子は無気味な藁人形を少年に託して、神社を後にした。

 さて、神社に居るこの少年、つまり鳥里は藁人形をそのままに、客を見送った後、客人の湯呑みを片付けている使用人に話をかけた。

 

「君はこれをどう思う?」

 

「さて、私にはそんな難しいことは分かりません。私はただの使用人ですから」

 

 少女は客に対する態度を変えず、鳥里に答えた。

 

「そうだったね」

 

「ただ‥、先程話に出て来たC子という方は気になります」

 

 使用人の少女は片付ける手を止め、遠くを見る様に、または、思い出す様にそう言った。

 鳥里は静かに呟く。

 

「夢は、いつ帰ってくるんだろう?」

 

「不確定です」

 

 今は昼になるだろうか、太陽が南に位置し神社を照らしている。

 博麗の巫女は未だ姿を見せない。

 

 

 ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ*

 

 

 二人の神社訪問から数日後のこと。

 C子が傷を負った。

 そんな知らせを聞いてA作とB子は急いで夕方に早めに店を閉めてから、C子の家へ向かった。

ㅤその頃には、B子も精神が安定しており、神社での失態を恥じていた。

 C子の家は人里から少し離れた場所にある。当然、妖怪が襲ってくる範囲外ではあるが、辺りに家はない。強いて言えば、50米程の地点に、一、二件ほどある。

 C子の家の前に着いたA作とB子の二人は、声をかけつつ、戸を叩いた。

 すぐに、戸が少し開いてC子───ではなく、C子そっくりの少女の顔が開いた戸の隙間から見えた。

 

「貴方達は、誰?」

 

 少女は睨む様に、低い声で言う。

 B子が、それに答えた。

 

「あぁ、c子ちゃん。私よ、B子。あのね、貴方のお母さんが怪我をしたって聞いて、こうして主人と来たのよ」

 

「え、B子さん‥」

 

 B子とC子の娘は顔馴染みだったのか、c子はB子の声と姿を確認すると警戒を殆ど解いた。

 

「母は腕に大きな切り傷を負いました」

 

「ちょっと、よかったらお母さんに合わせてもらえない?お母さんが今話せるならだけれど」

 

 B子は申し訳なさそうにそうc子に懇願した。

 c子はそれを聞いて、戸を全体の半分まで開けた。

 c子は、記憶のC子と比較してほぼ同じ位の背で、髪は長く後ろで縛ってまとめてあり、全体的に、幸薄そうな印象である。それはC子の家が、言っては失礼だがボロいからだろうか。

 

「母は、別に塞ぎ込んでいるというわけではありません‥。どうぞ、上がって下さい」

 

 c子は二人を中へ勧め、二人は1日前の神社の時の様に、c子の後を追い、C子の居る部屋へ通された。

 家の中はやはり、外見と同じ様にボロく老朽化が進んでおり、全体的に狭い。

 C子は畳に布団を敷いて、半身を起こし、こちらに傷のない方の右手を振って挨拶をした。

 左腕には血の滲んだ包帯が巻きついている。

 C子は二人が布団の脇に座るのを見てから、ニッコリと笑って口を開いた。

 

「そんなに二人して、今にも死にそうな顔をして。大袈裟よ」

 

「いや、でもその傷は」

 

「あぁ、これ。突然驚いたわ。暗闇でさ、誰かに切りつけられてね。これもあの女の呪いかしらね」

 

 C子は包帯が巻かれた左腕を持ち上げて、二人に見せつつそう言った。

 A作はC子の『呪い』という単語に反応して、「もしかしたらC子の所にも、杭の打ち込まれた藁人形が家に置いてあったのではないか?」と考えた。

 A作は早速訊ねる。

 

「なぁ、C子。もしかして、お前さ、藁人形とか持ってるか?」

 

「‥藁人形?あ、あれね!そういえば、いつだったかは忘れたけどね、少なくとも女を捕まえ損ねた後よ。今A作が言ったものが家の玄関の戸の隅に置いてあったわ。でも、あれなんだか無気味だったからすぐ捨てちゃったけど」

 

 それを聞いてA作とB子は、顔を見合わせた。C子の所にも届いていたのだ。そして、呪いが実際に起こり得たのだ。

 C子はそんな二人の様子が気になったのか、恐る恐る尋ねてきた。

 

「何?もしかして、二人の所にも?」

 

「‥うん。それで、博麗神社にそれを持って行って、巫女は留守だったから代わりの人に祈祷をしてもらうように、そして女のことを頼んだんだ。巫女が返ってきたら直ぐにしてもらえるらしい」

 

 A作が重々しく言うとC子は目を見開いて暫し固まった後に、彼女にしては珍しく焦った様に言う。

 

「た、大変じゃない!だったらそんな外出なんてしないほうがいいわ。今日はうちに泊まっていきなさい。何なら数日でもいいわよ。あの女が貴方達の自宅の所在を知っているのだから、寝込みを襲われたりなんかしたら大変よ!女も、直ぐにはもう襲った家の人間の家に、まさか残りの標的が居るとは思わないでしょうから。うん、巫女からの連絡が来るまでここに居なさい」

 

「あ、あぁ。でも大丈夫なのか?身体は」

 

「もう、何度も言ってるでしょう。腕さえ無理に動かさなきゃ大丈夫よ。‥c子。二人を空き部屋に案内してあげて」

 

 C子は、A作とB子を部屋に案内してから、部屋の隅で静かにジッと佇んで、三人の様子を見ていた自身の娘に声をかける。

 

「‥でも母さん。彼処は父さんの」

 

 恐らく娘の言う『父さん』というのは、C子の先週他界したという旦那であろう。B子によれば、この家は檀家ではないから昔ながらの土葬を行なったのだと言う。

 死人が出た部屋に泊まるというのは、失礼を承知で思うが嫌である。しかし、あの女に殺されるよりはマシだ。

 

「いいから。言うことを聞きなさい」

 

「‥‥‥わかった。あの、少し待って下さい。少し部屋を片付けてきますから。用意が出来たらまた来ます」

 

 c子は、A作とB子にそう言い含めてから、部屋を退出した。

 A作はその様子を見てから、C子の方を見て口を開く。

 

「よく出来た娘さんだな」

 

「ええ。見てわかる通り今は反抗期だけどね。‥主人が病気で床に伏せてからね、私の言うことに反発して‥。不安が溜まっていたんだわ、きっと。それに、私結構家を開けててね。母親失格ね」

 

 C子は少し俯いてポツリポツリとそんな事を漏らした。

 

「‥そっか。でも、良かったのか?その、聞いた分だと亡くなった主人の部屋なんだろ?俺たちの泊まる部屋は」

 

「ええ。‥ごめんなさいね。嫌よね。でも、今空き部屋がそこしか無くて」

 

「いや、いいよ。あの女にはもう会いたくない」

 

「‥優しいのね。さて、じゃあ私は今日1日はここに居るから、何かあったら私かあの子に言ってね」

 

「ああ」

 

 そうしている内にc子が戻って来て、二人は空き部屋へ移動した。

 結局、B子はC子に何も言わなかった。

 部屋は先程まで居た部屋と大して変わりなく、変わったところといえば、古めかしい本が何冊か立て掛けてあることぐらいだ。

 c子が部屋を出て、開いた襖の向こう、つまり廊下側に移動し二人に声をかける。

 

「では夕食になったら、呼びにきますからそれまで自由にお過ごしください」

 

 まるで旅館の様だなとA作は思い、変な感覚、違和感がした。なかなかc子に声のかけ辛いA作の代わりに、B子がそれに答える。

 

「ありがとう。悪いわね」

 

「‥いえ。では失礼します」

 

 その言葉と共に襖は完全に閉められた。

 それから、A作もB子も夕食と、風呂や厠の用以外は外に出ることもなくその日は何事も無く過ぎた。

 いつのまにか、というより流れの様に二人はC子の家に身を顰める事になった。

 C子も次の日から、相変わらず左腕に包帯を巻いたままだが、それでも元気に振舞った。

 しかし、やはり呪いなのか、A作、B子、C子の三人で二人の荷物を取りに行った際、人里を歩いて居ても、立て掛けてあった木材が倒れかかったり、また別に、C子とB子が料理している時には台所の上にある棚から刃物が落ちて来たりと大変な目に遭った。

 

 

 ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ*

 

 

 C子はあれからも度々家を開けた。二人は部屋から極力出ず過ごした。あの女は現れない。

 そうして、巫女からの連絡が来ず数日後の夜。

 その日は月が綺麗に地を照らしていた。

 C子の家にて突如悲鳴が上がったのだ。

 C子は、家の外で当番制で決まった家事の一部である作業をして居たのだが、悲鳴は外から聞こえた。つまり、この悲鳴はC子のものである。

 そんなC子の悲鳴を聞いたA作とB子は、直ぐに、家を飛び出してC子が居るであろう場所へ向かった。

 A作とB子が見た物、それはC子の上に乗っかる大きな布の塊だった。

 月の光でより鮮明に様子が見える。

 C子が足を一生懸命動かして、地面を足裏が何度も、何度も叩く。当然上半身も狂ったように大きく痙攣し、その度にC子に乗っかった布の塊がユラユラと揺れた。

 布の塊から低い、だがあの女とは比べ物にならない位の腹の底から、地獄の底から出て居る様な呻き声だ。つまり、何者かが、大きな布を纏ってC子を襲っているという事が分かる。

 c子が後ろから遅れて駆け寄った。やはり、彼女もそんな様子を見て口を開けて放心している。

 三者はそれを見て固まって居たが、A作はすぐに気を持ち直し大きな声を上げた。

 

「何してる!!」

 

 A作はその言葉と共に、布の塊に飛びかかり、C子の上からそれを退かそうとした。

 布の塊は、思いの外すんなりと、C子から退いた。A作とC子から距離を取り、相変わらず呻き声を上げている。

 A作はC子に駆け寄った。

 C子は、青ざめた顔で、恐怖に顔を引きつらせ、口から涎をダラダラと垂らして居る。

 おそらく、首を絞められていたのだろう。首元が赤くなっている。

 

「おい、大丈夫か!C子!」

 

 A作はC子に必死に呼びかけるが、C子は声が上手く出せないのか、か細く呼吸し、喉を風が通る音が小さく聞こえるだけだ。

 A作はそこで、布の塊へ顔を向け、初めてソレを認識した。

 布の隙間からは2つの角が見えた。爪は長くて、身体は瘦せぎすだ。肌も夜の月明かりということもあってから青白い。爛々と目が光っているかの様な錯覚さえ覚える。目が此方を噛み殺さんとしている。

 それは妖怪と聞いてまず思いつくモノの一つ。その存在は昔から、確認ができる。出自は様々だ。だが、基本皆が想像する姿は、日本の角を生やして、虎皮の布を腰に巻き、肌は赤や青など。時には棍棒などの武器を持ち、その怪力はとても恐ろしい。

 そこには、鬼がいた。

 



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終 博麗霊夢登場

 

 

「只今」

 

 神社の裏口から聞き慣れた声が響いた。博麗霊夢が帰ってきたのだ。何日も神社を空けていたがやっと姿を見せたのである。

 鳥里はその声に驚き、バタバタと跫音を立てて神社の裏口の玄関へ向かいその姿を視界に収めた。

 博麗は変わらず、いつもの和洋折衷のような赤と白の召物を着ている。唯、服には全体的に汚れが付いており、その汚れは見たところ少し前に付いたということがわかる。

 

「おかえり、夢。今まで何をしていたんだ?」

 

「鳥には言ってなかったね。実は幻術師と勝負してたの」

 

「幻術師⁈」

 

 博麗の何でもないように答えた、その奇怪な内容に鳥里は素っ頓狂な声を上げてその言葉を反復した。

 

「そう。何とかって老人」

 

「いや、全く分からないのだけれど」

 

「山籠りしてる怪しい奴が居るって、八雲の奴に聞いたからね、じゃあシメてやるかって正面切って乗り込んだのよ。それにしても、不思議な爺さんだったわ。当初の目的通りにしてやったけどね」

 

 そう言って、博麗は鳥里と共に居間へと移動した。

 居間には魅魔と使用人の少女、そして鬼の伊吹萃香が居間にある卓を囲んで座って居る。

 それを見て、博麗はわざとらしく目を見開いて驚いた様子をみせた。そして、二人は空いているスペースにそれぞれ座り、博麗は持っている手荷物を自身の隣に置いた。

 

「‥悪霊、鬼、絡繰、そして、鳥と。変な組み合わせね。雁首そろえて何してんの?」

 

「鳥の坊主に呼ばれたんだよ。どうやら私に鬼の事教えてをして欲しいんだとよ。全然丸っきり天から地にかけて道理を分かってないんだよ、コイツはさぁ」

 

 答えたのは伊吹だ。胡座をかいたまま、退屈そうに自身の長い髪を片手で弄んで、不満を口にした。

 

「なるほど。鬼だから鬼について詳しい、って訳じゃあないわよね」

 

「そう!それだよ、霊夢。私が知るかよ、そんなこと。晴明にでも訊いとけ。彼奴ならペラペラペラペラ偉っそうにご講釈を垂れてくれるさ」

 

「安倍某はもう死んでるからな。愈愈ボケ時か」

 

 魅魔が言う。

 博麗は暫くそれを見て無言だったが、突然合点がいった様に肩を竦めて笑みを浮かべた。その笑みはいつもの様な人を莫迦にするような笑みではなく、世話のかかる友人の相手をするかのような、優しい笑みであった。

 

「鳥、君は少し見当違いな道を進んでしまっているね。君は見てもいないものを皆が口を合わせているからと勝手に対象をそう決めつけてしまっているんじゃないか?方向性を決めるのはいい。しかし、ソレにのめり込み過ぎるのは良くない。マァ、もっとも君の唯一の正解は私を頼ったことだ」

 

 博麗は鳥里を見て、得意気に言う。

 鳥里はそれを見て、安心したような顔情で事件の内容を詳しく伝えた。

『死装束の女』のことから、依頼人やその周辺の人間の関係、今人里を悩ます布を纏う鬼の存在等を、当事者たちから聞いた話そのまま言うことにした。

 人里を悩ます鬼というのは、前に博麗神社を訪ねてきた夫婦の友人の家に出没したことが、初の目撃証言となっている。彼ら曰く、その鬼は、夫婦の友人を襲ってから、姿を直ぐに消したそうだ。以来、布を纏った鬼の姿を目撃したものは少ないが、人を襲ったという事実に皆、内心恐怖しているのである。

 魅魔は初めて聞くことだったのか黙って聞いている。伊吹は相変わらず自身の髪を指に巻き付けたり、弄ったりしている。話に興味はないのだろう。

 博麗は、黙って鳥里の話を聞いていたが、話を聞き終わると同時に、微妙な顔をした。

 鳥里は、「もしかして、わからないのだろうか?」と不安になり声をかける。

 

「なんだ、この事件はそんなに難しいのか?」

 

「真逆。話を聞いただけでわかるわよ、そんな簡単なこと」

 

「それは頼もしい限りだ。だったらそれを教えてくれよ」

 

「今は駄目」

 

 即答だった。

 鳥里は、やっぱりこう来たかと不満そうな顔情で博麗を見る。

 しかし、博麗は気にせず飄々とした態度をとった。

 

「まず明らかにすべき事を確認しなさい。まず一つ、死装束の女は人間で、態々人里を通って、そして鳥の言う通り呪術を行なっている。二つ目、布を纏う鬼。いや、鬼というより幽鬼かな。これは面白いわね。「雷の喜を得て生ましめし子の強き力ある縁」のよう。しかし、それが果たして本当に鬼なのかどうかが問題ね。最後に、これら二つの怪奇が果たしてどう関係しているのか」

 

 博麗が言った言葉の中に、鳥里が気になった部分がある。鬼の云々の部分だ。

 

「なんだ違うのか?」

 

「例えば『黒塚の女』『般若』『道成寺の蛇』とまぁ、挙げれば枚挙に暇が無いけれど、人間から妖怪に転ずるというのは昔からあるから。そもそも鬼って言うのは色々あってね、中国にもあるもの、日本にあるものがそれが結びついたりした結果だとか、出自も宗教によって様々なの。当然、名前もね。風土記とかにもあったかな?まぁ、それはともかく、昔は神に対するものだったりしたけれど、鬼は基本的に悪いモノとして扱われる。追儺が変化した節分とかで鬼が豆投げられてるでしょう?さて、では今回の件の鬼の出自を宗教から抽出してみるとどうかな?該当するものは有るかしら?」

 

 博麗は顔に、こちらを揶揄って遊んでいるような笑みを浮かべてこちらを見ている。鳥里にはわからない質問を敢えてぶつけるという悪質極まりないしじわるである。当然、鳥里にはさっぱりだったから吃ってしまう。

 すると、ここで魅魔が一言入れた。

 

「おい、霊夢。話はそれくらいにしてさ、まずはその鬼を退治してきたらどうよ。幻術師の爺さんよりも手応えがない分、手早く済むだろう」

 

 魅魔の言は、まるで博麗の言わんとしたことがわかったかのような口振りだ。つまり、その鬼の正体を恰も看破したかのような、そんな意味を含んでいる気がする。

 

「元からそのつもりよ。では先ずは妖怪元興寺を退治しようか。‥さて、本当に鬼になってしまったのか、そうでないのか‥。はぁ、帰ってきたと思ったら、直ぐに仕事だ。私働きすぎじゃないかしら」

 

 そう言って博麗は、自身の脇に置いていた荷物を持って居間を後にした。自室へ向かったのだろう。

 鳥里はただその様子を見ていたが、そこで魅魔が声をかけて来た。

 

「さ、鳥里。君は関係者を全て集めて、霊夢の手伝いをしてやりなさい」

 

「どういう事だ?」

 

 要領を得ない鳥里が聞き返すと、魅魔はニヤリと笑ってみせた。

 

「ほら、お前の好きな探偵小説にはお決まりの展開があるでしょう?"探偵は皆を集めて、さてと言い"だよ」

 

 

 ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ*

 

 

 博麗はいつのまにか再び神社から居なくなっており、鳥里は再度心配していたのが魅魔に「気にせず言われた通りに」と言われ、博麗神社を追い出された。

 鳥里は疑問に思いつつも、C子の家にA作とB子と共に向かった。

 C子の娘c子に事情を話、家の中、C子が横になっている部屋へと通されて、ついに鳥里はC子と対面を果たした。

 鳥里はC子を初めて見たが、とてもやつれており、顔色も当然悪く、部屋の隅でガタガタと小刻みにずっと震えており、その姿は今にも死にそうな人だという感想不謹慎ながら持った。

 C子は鳥里を見ないで俯いたまま弱々しく言う。

 

「‥貴方が、あの鬼を退治してくれるのですか?」

 

「いえ、それは博麗神社の祈祷師が今行っています。そして、その祈祷師がここへ来た時、全てを明らかにするという意味があり、皆さんをこうして集めたんです」

 

「‥そうですか」

 

 C子はただ一言、消え入りそうな声でそう言った。

 そうして少しした後、家の外から聞き慣れた声が聞こえた。博麗の声だ。

 

「鳥里!皆を外へ出しなさい。病弱女は手を貸してでも外へ引っ張り出しなさい」

 

 鳥里と他は、博麗に言われた通りに皆、家の外へ出て、家の前で待ち構える博麗を正面に、横一列に不細工に並んだ。C子は体調が優れない為、家の外にある簡易的な椅子に座っている。

 その時鳥里は、博麗の姿を見て少し呆然としてしまう。

 博麗は、先程のような腋を露出した衣装とは変わって、白装束に緋色の袴を着て、履き物も西洋の靴下と靴ではなく、足袋と草履を履いている。

 鳥里は懐かしいと思った。それは、鳥里と博麗が10歳と少しの年齢の時に、様々な場所で冒険した時の姿ではないか。

 博麗はそんな間抜けな表情をした鳥里に一度首をかしげたが、構わないことにした。

 

「よし、皆さん。揃いましたね。いや、手間をかけさせてしまってすみません。どうにも家の中は少々狭いようですから。では、頭の悪過ぎる犯人の計画を羅列してみましょうじゃありませんか」

 

 そう切り出した後、博麗は皆を一度見回し、再び口を開いた。

 それは鳥里たちを観客として、舞台にただ一人いる博麗が演説をする様に見えるというとイメージしやすいだろうか。

 

「ですが、まずは皆さんの先入観を消す必要がありますね。つまり、錯覚です。さて、この事件には『死装束の女』と厭魅という呪術、そして、鬼。これらの怪奇要素が絡みついて構成されています。しかし、これらは皆、ただの形だけのものです」

 

「形だけ?つまり何もかも嘘やマヤカシというわけか?」

 

 A作が怪訝な顔で博麗に問うた。

 その質問は、皆の心を代弁したものである。従って、皆その答えを博麗に求める様に、彼女の姿を両眼でしっかり捉えている。

 しかし、博麗はそれに今は答えない。

 

「それは時期に分かることです。ハハ、どうにも貴方達は結論を急ごうとして、大事な過程を軽視してしまう傾向があるみたいですね。AであるからBである。よって、Cの入り込む余地はない。これを演繹推論と言いますが、これをしっかり行ない、事件を順に解剖し、咀嚼して消化していきましょう」

 

 博麗はそこで、前振りを終える意味を含めて一度言葉を区切った。

 さぁ、博麗はいよいよ事件の真相を話し出す。

 

「では、私が今言ったように、幻想怪奇を現実の庭に引き摺り出してみましょう。『死装束の女』の正体は、c子さん、貴方ですね」

 

 皆、一斉にc子の方を見た。いや、C子は体調が優れないからか、俯いている。

 c子は諦めたような表情をした後、やがて俯いてコクリと頷いた。

 鳥里は視線を博麗に戻して、彼女に問う。

 

「何故わかったんだ?」

 

「それを語るにはまず順に明らかにしていかなければなりません。そうですね。例えるなら、火の無いところに煙は立たないとは有名な子守唄でしたが、では誰が火をつけたのでしょう?」

 

「つまり、事件の真犯人という意味か?」

 

「そうです。真犯人はC子さん、貴方ですね?」

 

 博麗の告げられた事実に、まず声を上げたのはA作だ。

 その顔にありったけの驚愕の顔情を貼り付けて博麗に大声で言う。それは信じられないという思いがありありと伝わってくるようなものだ。

 

「C子が⁈そんな莫迦な!巫女様、そんなのあり得ませんよ。だって、C子は女を捕縛するためにあんなに協力をして、それに、腕に傷を負ってるんです!いくらc子ちゃんが辻褄合わせの為とはいえ、親であるC子を害するなんて‥まだ、子供ですよ⁈」

 

 A作は半狂乱でそう叫んだ後、C子にすがるように歩み寄りながら、先程とは違って震えた声で言う。

 

「C子‥なぁ、嘘だろ?巫女様が勘違いしているんだ、きっと。きっとそうだ。なぁ、そうだって言ってくれよ」

 

 しかし、C子は悲痛な顔をして娘同様俯いており、A作の悲痛な声には応えようとしない。

 A作はそれを見て、絶望したような顔をして茫然自失と言った様子に陥りかける。しかし、博麗の言葉がA作を引っ張り上げた。

 

「A作さん、黙って私の話を最後まで聞きなさい」

 

 博麗は静かに告げた。

 A作はそれに逆らうかと思われたが、有無を言わせぬ気を放ち、忽ちA作はC子から離れて元の位置に移動して、博麗の方へ顔を向けた。

 博麗は再び口を開く。

 

「まず、C子さんとc子さんは二人で結託、いや、C子さんがc子さんに、親子関係の延長上として命令する形でc子さんに死装束、正確には白装束を着せ、深夜、皆が寝静まった頃を見計らって里の中を歩いて回るようにしました。それにはまだ続きがあったのですが、ここで思わぬ事態が起こった。A作さん、貴方がその様子を目撃した事です」

 

「それのどこが問題なんだ?」

 

「いえ、問題ではありません。C子さんにとってそれは嬉しい誤算でした」

 

 そこで、鳥里はある事に気付いた。

 目撃される事が嬉しいということは、事にA作を巻き込む事が目的だったのではないかと思いついたのだ。

 博麗は、それを見て莞爾っと笑う。幼馴染という事もあるのか、こうやって鳥里の考えを見透かされることが度々ある。

 

「では、まずは彼女たちの犯行計画について話します。そこの鳥里君は気づいたようですが、C子さんはA作さん達が目的だったのです。『死装束の女』に手を出し、その結果、『A作さんとB子さんが女の恨みを買って、呪いの標的になる』という解釈が欲しかった。つまり、女との負の接点を作ることが、計画の始まりです。だから、C子さんはあの時、娘である『死装束の女』を深く追いかけなかったのですね。あの暗闇だ。不審人物を深追いするには危険だという理由をA作さんの頭に彼自身の手によって自然に論理付けるように誘導するようにした。さて、では実際、女の呪いによってA作さん達は危険な目に遭ったのでしょうか?いいえ、違います。それらは全てC子さん自身の手によってまるで呪いのように解釈できるような方法でA作さん達を襲ったのです。つまり、C子さんは呪術、厭魅を間に受けていなかったか、別の目的があったと考えられる」

 

「どういうことだ?」

 

「表向きは呪術によって殺そうとしていますが、全てC子さんの手によって行われているということです。二人が危険な時、C子さんが近くに必ず居たことから分かります。また実際、女が最初に呪っていた人物は未だ姿を見せていないではないですか。丑時参のいい加減さというのは、蝋燭を頭に、鏡を首から下げていない等。とはいえこれが必ず無くてはならないとは言いません。丑時参というのは、橋姫伝説と厭魅の合成呪術ですからね。しかし、C子さんは丑時参と言った。だとすれば、そちらに即していなければ変だし、呪術をゾンザイに行うような人間が果たして本当にその対象を憎んでいるものですか?すると、これは実際には丑時参とは別の意味があると考えられるわけです。さて、C子さんの目的は、A作、B子さんに、先程言った呪われてしまうような心当たりを意図的に作り出すことによって、『お前たちが呪術の標的になり、その呪術による危機が迫っている』、そう認識させたかった。だから、分かりやすい厭魅を選んだ。つまり、呪い自体に特別重きを置いていなかったことがまず判明しました。そして、より認識を強める為、藁人形を時期をずらして送りました。また、時期をずらした理由については、『死装束の女』の捕物劇によって里にA作さんの口から噂が広がり、死装束の女は活動を控えているから、藁人形を置く時期に差が出ても不自然ではない、と考えた。次に、自身は二人の中では、被害者側にいるのですから、当然自分にも藁人形が届いていなければならない。従って、先に自身に送ったという虚構をA作さんとB子さんに話すことで過去において『C子さんの家に藁人形が贈られた』という事実とする。ここで、C子さんは頭を使った。先に藁人形が送られたと2人に話すことで、呪いによる被害の前例が無い訳ですから、冗談だと思って捨てたと言って、2人の事実確認を自然にパスしたということです。そして、その呪いを証明する為に、証拠として自分で腕を傷つけた。すると、二人は同じ当事者である自身を心配して家に来る。C子さんは人里で働いていますからね、これも噂から知ることができる。または、娘のc子さんに「母が誰かに傷つけられた。だから何か知らないか?」ということを二人に告げることで間接的に、二人を家へ来るように誘導する等も出来る。おそらく、確実性の高い後者が本命でしょう。そして、訊かれる、自分で尋ねるどちらでもいい。藁人形を話題に出し、傷付いた自身の腕を見せることで、二人に呪術への危機感を持たせる。では何故、そんなにしてまでC子さんは呪いを強調するのか?それはこの幻想郷において人を呪う習慣が居ないからです。例えば我々が使うスペルカードは予めプログラムされたようにエネルギ弾を霊力や魔力を動力源として発動させ攻撃に用いります。しかし、それは呪術ではないのです。そして、この地に妖怪はいても、呪術を信じる人間は少ない。なぜなら、実感がないからです。里の残り少ない陰陽師も呪詛なんて普通やりませんからね」

 

「なるほど」

 

 鳥里は顎に手を当てて博麗の話した真相を反芻し、飲み込む。

 博麗はそんなことはお構い無しに次へと進めた。

 

「いままで、私は、C子さんを犯人、『死装束の女』の正体をc子さんだと仮定して推理を行いました。では、どこからその仮定とすることに至ったのかを話しましょう。C子さん、確か貴方は「誰かに傷つけられた」と言っていましたね。すると、皆、『死装束の女』に傷つけられたと認識する筈だ。それで、犯人は自動的に決まってしまう。そして、A作さんとB子さんの害の仕方は、回りくどいやり口でした。この差異が、私は引っかかりました。考えが甘かったですね、C子さん。おそらく貴方の計画では、『死装束の女』がA作さんとB子さんの家に藁人形を送っていることから、同時に家を知っていると2人に推理させた貴方は、"一度害した家に真逆二人がいる"とは思わないだろうと暫くC子さんの家に泊まらせ、自身のすぐ目に付く位置に二人を置き、女がそれに気づかないであろう時期に、あくまで呪いによって殺そうとした。それが叶わない場合は、"女が家を嗅ぎつけた"と言ってC子さんの先程の嘘を現実に起こして、B子さんを『呪術の効果の無さに痺れを切らした犯人よって』刺殺なり撲殺なりしようとしたのですね。では、一度出発点に立ち返ってみましょう。おかしな不可解な部分が浮き彫りになりましたね。それは、何故C子さんは最初に物理的な害を行い、二人は呪殺なんでしょうか?また、傷つけたとは言え、先ずは顔を見られたかもしれないC子さんを優先して殺す筈です。では何故殺さなかったのか?ということです。答えは明白、C子さんが犯人だからか、犯人となんらかの関係があるかと考えられます。ただ、そんな状態でも2人に手を出した意味は、里の噂の風化と共に二人の危機感の風化を止めたかったのでしょう。それはともかく、C子さんが犯人だとしたら後は『死装束の女』との関係です。一通り羅列してみましょう。まず、C子さんが『死装束の女』に必要以上に行動を起こしたにも拘わらず一度取り逃がしたらすぐ諦めたことの意味。そして、女のあっさりとした逃亡。もっと言えば、『死装束の女』が人里を徘徊し始めてから都合よくC子さんがA作さんの家を訪ねたこと。これら全てが、芝居じみています。そして、女が最初に呪っていた人物は、誰でしょう?姿形も、被害届もありません。つまり、あの丑時参が、先刻も言ったように、別の意味がある。おそらく、態々その姿を目撃させるというね。ならば、C子さんと女は共犯であることか、何らかの関係があるというのは、これも私が先刻言った通り。以上の事柄から、計画をじっくりと練れることができ、手順通りに事を遂行させるやり方を見てみると、一番可能性が高いのは身内、つまりc子さんということになる。これに気づくか気づかないかが事件を解く鍵だったのです。鳥里君とかは、やれ幽霊だ、呪いだに惑わされてこんな大きな矛盾に気づかなかった」

 

 こんな時でさえ、博麗に馬鹿にされた鳥里は、ややムスっとした表情をした。その表情のまま、仕返しとは言わないにしろ、少々毒を込めて博麗の推理における曖昧な部分を指摘した。

 

「女を作った意味は?真逆、その嬉しい誤算を期待してなんて莫迦言わないだろう?」

 

「さっきも言ったでしょう。計画には続きがあったのだと。女を歩かせたのは、『死装束の女』が存在するという事実が欲しかったから。そして、A作さんの家の下見と思われる行動です。そもそも、考えてみてください。死装束の女は夜に、森で短時間会った人間の顔を良く覚えていますね?A作さんが仮令、客商売を営み、多くの客と接していたとしても、あの時A作さんは声を上げていなかった。だとしたら期間は多少空けた後に、藁人形を送ることにより、A作さんの家を突き止めたという事と先程のA作さんと死装束の女が短時間しか接触していないという2つの前提から、女自身が初めからA作さんを狙っていたと考えても変ではない。まぁ、それを隠すために、呪いによる間接的な殺害という方法を選んだことによって、簡単に因果関係を作らないように配慮したのでしょうが、呪術を知らぬ輩は騙せても、鳥渡知識の在るものは簡単に見抜きますよ。さて脱線しましたが、C子さんの当初の計画では、『死装束の女』が私の家の前を必ず通るから──、と今回の件におけるA作さんの役をC子さん自身がやる事でA作さんを巻き込もうとしたのですね。しかし、A作さんが都合よく当事者になってくれたから、C子さんにとってはより容疑から外れやすくなりますから、計画の修正は簡単に済むどころかむしろ好転したと言えるでしょうね」

 

 鳥里の密かな仕返しは、あっさりと受け流されてしまった。

 しかし、それは一旦置くとして、これで一先ず、一通りことの発端が明らかになったのだ。

 鳥里は、場を整える意味を含めて、博麗に話の仕上げを行うよう促す。

 

「やり方がややこしくて回りくどいな。しかし、なんでそんなことを?」

 

 鳥里がC子をみてそう言うと、博麗が呆れた声と共に言う。

 

「君は学習しないな。…仕方ない。仕方ないから鳥頭の君のためにもう一度説明してあげよう。幻想郷の妖怪は見て触れる事ができる。だから、あの捕物劇によって触れられ、一時期死装束の女が人間かもしれないと噂になっても、噂は噂。もしかしたら、実は妖怪で敵わないかもしれないから本気で探すことはないし、先程も言ったように女は活動を控えてるから、噂は風化する。これによって、人々は『死装束の女』幽霊説に有力的になる。また、犯人が人間で、物質的な殺害を行おうものなら、人里が疑心暗鬼に陥り、下手したら壊滅だ。これ前にも言ったでしょう」

 

「‥では、動機は?」

 

「C子さんはA作の事が好きだった。そうですね?」

 

 C子は静かに頷く。

 A作、B子の両目が見開かれ、C子を凝視した。

 

「聞けば三人は幼馴染。A作さんは女でいうところの紅一点。B子さんもC子さんもA作さんが好きだった。だから、邪魔なB子さんを排除することこそが最終目的だった。その為に、ABCと全てに危機を与えることで本命を不明瞭にしたのですね。さて、続きです。A作さんとB子さんが夫婦であるように、C子さんには、今は亡き旦那さんとの結婚があった。しかし、その旦那さんが亡くなろうとしていた。あなたは旦那さんに見切りをつけて、長年抱え続けた恋慕を果たそうとした。従って、そんな杜撰とも言える計画を決行した。間違いありませんか?」

 

「はい、そうです」

 

 C子は小さく、肯定した。

 

「‥しかし、よくわかりましたね」

 

「丑時参をする人間は私の知る限り、大体が女の妬みですよ。貴方はさしずめ、橋姫になり損なった女…といったところでしょうか」

 

 博麗がそう言うと、C子はここへ来て初めて小さく笑みをこぼした。

 B子が、告げられた事実に未だ信じられないと言った様子でC子に尋ねる。

 

「‥C子、A作のことが好きだったというのは本当?」

 

「本当。だからB子が羨ましくて、いえ、妬ましくて、ついつい貴方に冷たい態度で接してしまったわ。ごめんなさいね」

 

 B子はそれに沈黙で返した。彼女の心境は今どの様なものか、それはわからない。

 なるほど、C子を中心とした今回の『死装束の女』の真相はわかった。しかし、まだ最大の謎が明らかになっていない。

 突如として現れた鬼だ。あれは一体なんなのだ?偶々現れたのか?

 

「じゃあ、鬼は?」

 

 鳥里がそう言った時、C子が僅かに肩を揺らして反応した。

 博麗は、ここに来て目を細めて告げる。

 

「鬼ねぇ。あれは鬼じゃないわよ」

 

「でもさっきは妖怪って」

 

 鳥里は再び博麗の言葉に、頭に疑問を浮かべ眉を寄せた。

 

「鬼の顔は面。般若の面。それに、適当な布を纏っているだけよ。細い腕、青白い肌、唸るような声。確かに一見鬼に見えなくもないね。でもあれは人間よ」

 

「信じられないよ、僕には」

 

 鳥里が困ったように言うと、博麗はゆっくりと教えるような口振りで根拠を話し始める。

 

「C子さんを襲った方法をもう一度よく思い出してみて。首を絞めるなんて、時間がかかるし、鬼のやり口とは違うでしょう。鬼なら簡単に咬み殺した方がいい。しかし、それをしなかった。苦しめて殺すというのなら一応説明が着くけど、その場合A作さんとB子さんが駆けつけても未だ苦しめて殺すことに拘る?いいや、そんな暇は無かっただろうね。ならば、早めに殺すか、また別の機会を狙うかに別れる。そして、鬼の癖に人間相手にすんなりと撤退するというのもまた変な話だ。つまり、縊り殺すとして考えても、腕力のある鬼が何故C子さんをA作さんとB子さんが駆けつける間に殺す事が出来ず、また、絞められた首の跡には赤い跡しか付かなかったのか?それは、一瞬で殺せる力が無かったと私は考えたのよ」

 

「では、そいつもまた、C子さんの計画の内にある、保険みたいなもので、C子さんと揉めて結果として復讐に遭ったということか?」

 

「違う」

 

「じゃあ、誰なんだ?そんな酔狂な奴がこの里に今も隠れて住んでるって言うのか?」

 

 鳥里はなかなか正体を口にしない博麗を不思議に思いながらも尋ねた。

 鳥里の問いに対する、しばらく間を置いてからの博麗の答えは、鳥里の、いや、この場にいる1人を除いた人々にとっては正に怪奇と言わざるを得ない真相であった。

 博麗はついに、今回の事件における最大の疑問を、サラリと言ってのけた。

 

「あれは、C子さんの亡くなった旦那さんです」

 

「嘘です!そんな、人が生き返るなんて‥ありえません!」

 

 博麗がそう言った瞬間、C子が声を荒げて、睨むように博麗に叫んだ。

 鳥里自身も、いや、A作やB子も驚いている。

 死人が自発的に蘇ると言う話を聞いたことがない。

 鳥里がそう考えていると、博麗は未だ睨みを利かせるC子を無視して、何でもないように鳥里に話を振って来た。

 

「鳥、君はPoeという外の世界の作家が書いた『The Premature Burial』という小説を読んだことはある?」

 

「‥いや」

 

「なんだ無いのか。‥その小説には、実際には死んではいないのに、死んでいると周りの人間に誤解され、埋葬されてしまうという恐怖を綴ったものね。これが書かれた時代は医学がそこまで発達していないからこその恐怖というわけ。その例に乗っ取ると、つまり、C子さんの旦那さんは病によって実際には死んではいなかった。それは、この家が檀家ではなく、亦、この家が人里から離れていたから起こってしまった事よ。幻想郷では死人が出た場合、普通、我々みたいな奴らが閻魔に訊きにいくのよ。ちゃんと死んでいるか?とね。しかし、これは先刻も言った様に、檀家や我が信仰下にある家だけだ。宗教への加入に強制は出来ないから、いつかはどこかで起こったとしても変ではなかった」

 

「じゃあ、なんでC子さんを襲うなんてしたんだ?冗談なんてレベルを遙かに越えてる。普通に家に帰ればいいじゃないか」

 

「帰ってきただろうね。しかし、C子さんは自身が言うように家をよく開けておりその日は不在だった。ただ、そこで家に居たc子さん。貴方に言われたんだろうね。おそらく、『お母さんはお父さんが死んだのをいいことに、昔好きだった男の尻を追いかけている』とね。そこで、C子さんの旦那さんは、C子さんの裏切りという心の移り変わり‥いや、今回はC子さんの気持ちが昔から変わらなかったことが問題だったということを、明確に知ることになった。従って、c子さんに、託された着流しと拾ったか、買ったのかは知らないが、その般若の面を被り、C子さんを襲ったのよ。この考えに至った推理だけど、人間が人間を殺す場合、殺す側の人間には当然殺意がある。つまり殺される側の人間に対して負の感情を持っているわけね。だとしたら、C子さんに恨みを持つ人は誰だろうか?真っ先に思い浮かぶ人物は、C子さんの旦那さんが病になってから彼女に反抗的になった娘c子さん。しかし、C子さんが襲われているまさにその時、彼女はA作さん達と共にその現場を目撃している。ならば、彼女は除外される。では次はと考えた時、私はある事に気付いた。C子さんの旦那さんは火葬ではなく土葬された。ならば、肉体は未だ現存しています。それに、先刻どおりこの家は檀家ではないから、完全に死んでいるかも定かではない。つまり纏めると、c子さんの態度変容がC子さんに向けられているなら、それの根本の原因は、彼女の父の状態とC子さんの行動。しかし、c子さんはC子さんに手を出していない。ならば、残りは死んだはずのC子さんの旦那だろう、と考えたからよ。しかし、橋姫、厭魅ときたら、最後に元興寺とは、変な組み合わせね」

 

 博麗がそう言って推理を終えると、皆は再びc子へ視線を送る。

 c子は先程から俯いたまま、左右の手でギュッと自身の着物を掴んでいた。手が小刻みに震えて、その肌の色が白くなっていた。

 鳥里だけは、博麗に目をやって尋ねる。

 

「じゃあ、c子さんがそれをした理由はなんだって言うんだ?」

 

「父を蔑ろにしていたC子さんをc子さんは許せなかった。そうですよね?」

 

 博麗の推定に続いて、ここで初めてc子が博麗の言ったことに繋げるように話し始めた。

 

「私はある時、父と母の間に愛がないのではないかと薄々感じ始めたんです。だから私は、一度こっそり母の跡をつけました。そこで目にしたのはA作さんと母が仲良く話している姿です。A作さんのことは前から母から聞いていた。初恋の人だって。夜に何度か会っている事も知っていました。でも、B子さんも一緒でしたから確証はしていませんでした。しかし、父が病で床に伏せてから、母は私に、巫女様が言ったような計画を聞かせ、前よりも頻繁にとは言わないにしろ、母はA作さんに会いに行く回数が増えたようでした。もうその時点で私は確信したんです。「母はA作さんを諦めきれていなかったんだ」って。A作さんには熱っぽい視線を向けてさ。父さんにはそんな目したことない癖に。‥そして、それと同時に私は自身が無意味なものに思えたのです。子というのは愛する2人から生まれると言うではないですか。だから、私が例え2人の快楽の果てに産まれたモノだとしても耐えられました。だって、そこに愛があるもの。‥けれど、ソレを知ってから私はそんな大切なモノが消えてしまった。だから、私は私自身が汚らわしくて汚らわしくて仕方がない。私はね、快楽の残りカスも同然なんです。父が母を抱いている時に、母は父ではなくA作さんを思っていたと思うと、気持ちが悪くて吐きそう。これが私の妄想だってわかってる。けれど、どうしても考えてしまった。‥だから、母の言いなりになっていた時期、父が帰って来た時は、嬉しさという感情と共に父に、いや私にチャンスが巡ってきたと思いました。出来る事なら父自らの手で母に復讐してほしいってね。…いえ、これも嘘。本当は、愛の無い2人から生まれた自分が嫌になって…それで、その原因を潰そうとしたの」

 

 c子が喋り終わると、辺りに静寂が訪れた。周りに乱立する木々の葉のざわめきだけが、辺りを包み込む。

 博麗は何も言わない。ただ冷徹な眼差しで彼女らを見ていたが、やがて鳥里に視線を移す。鳥里はc子の独白を聞いて、なんだか気分が悪くなった。

 博麗は鳥里の顔色があまり良くないと気付いて、彼に近寄って声をかけた。

 

「大丈夫?」

 

「‥いや、あまり」

 

顔がすっかり青ざめてしまった鳥里に、博麗は笑みを浮かべて語りかけた。

 

「感受性強いわね、鳥は。それは芸術家だから?」

 

「‥ありがとう、心配してくれて」

 

「これも仕事だからね」

 

 さて、2人がそんなやり取りをしている中、問題のC子は、娘の独白に言葉を失っているようだった。

 やがてc子は、母であるC子を一瞥した後、鳥里を支えている博麗を見て尋ねる。

 

「父は、今?」

 

 c子の問いに、博麗は一度顔を上げて平坦な声で返答を述べる。

 

「彼は私が殺しました。マァ、アナタに何を云ったところで云い訳じみて聞こえてしまいますが、彼はもう限界だったんです、身体は勿論、心もね。‥‥今、遺体は大事に保管されています。後日、私がしっかりと葬儀を挙げさせてもらいます。荒御魂ですからね」

 

「‥そうですか」

 

 c子はそう言って両手で顔を覆い、泣いた。

 母が報いを受けることがなかったからなのか、父が無念で仕方ないのか、それとも両方か。いや、もしかしたら自身の血を呪っているのかもしれない。それは鳥里らにはわからない。

 それは啜り泣く小さな声だったが、周りに無作為に生い茂る木々に静寂に、よく鳴り響いた。

 

 

 ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ*

 

 

 事件は博麗の推理によって解決された。事件関係者は、あの後博麗が処理をした。コレについては、鳥里は事情をよく知らないが、彼女のことだから上手くやったのだろう。

 さて、事件から数日後。鳥里と博麗は相変わらず博麗神社の居間で茶をすすっていた。

 鳥里は博麗に、事件で気になった事を思い出し、蛇足だと思いつつも訊くことにした。

 

「なぁ、夢。前の事件の事で、少し聞きたいことがある」

 

「何?」

 

「妖怪は稗田が危険防止の意味で流布させても、なんで呪術は皆知らないんだろうな」

 

「皆じゃないわ。知っている人は知っている。だけど、皆危険性を知っているから、書物に残す人は少なくて、墓にそのまま持っていく人が大半よ。それに古き良きにしても、危険な物を態々教えてやる必要はない。あれは人間同士において交わされるものだから。じゃあ、逆に聞くけど、皆が皆、あの壁抜けの一発屋と同じように術を悪用する奴だったらどうする?」

 

 博麗の口から出た、壁抜けの一発屋とはおそらく以前、ここへ訪ねてきた霍青娥の事であろう。

 あの時、霍と鳥里が話をしていると、博麗が帰宅し霍を見て言った言葉が「芸人じゃないの。ここは楽屋じゃないわよ」だった。どうも、霍の事を一発芸の芸人だと揶揄して遊んでいるようで、これには霍も少々嫌そうな雰囲気を顔に出していた。

 そうして、博麗から正式な紹介をされ、鳥里は霍がとんでもない人物だと知ったのだ。

 さて、それを前提に今の博麗の言から想像してみることにする。

 結果は明白だった。

 

「最悪だ」

 

「でしょう?呪術はちゃんと弁えた人が使うならいいのよ。薬と一緒。まぁ、そんなものは使う事がないに越した事ないんだけれど。呪いは解くのは難しいから…あの子のように」

 

「‥そうだな」

 

 これで事件は解決した。もう掘り返す事は無いだろう。

 鳥里は、卓に頬杖をついて、開いた障子から見える縁側を越えた風景に目をやる。程よく風が吹き、日に照らされて煌めく葉が木々が由良由良と斜めに、その態勢を崩している。

 博麗は暇故か、気分を変える為か、鼻唄を歌いだした。

 博麗は歌が普段の言動からは想像できないが、意外と上手で、鳥里は彼女の歌が好きだった。昔から彼女の歌を聴いていると不思議と心が落ち着くのだ。

 今日も平和に終わりそうだ。そう思った。

 と、突然霧雨魔理沙が鳥里が見ていた縁側に、突っ込むように居間へ侵入して来た。

 霧雨は息を切らしていて、とても急いでここまで来た事が伺える。

 博麗が流眄で霧雨を見つつ声をかけた。

 

「どうしたのよ?」

 

 霧雨は、息も絶え絶えになりながらわけを話す。最初は喉が渇いているのか、口をパクパクさせているだけで息遣いの音しか聞こえなかった。仕方ないと、博麗が飲みかけだった茶の入った湯呑を渡してやると霧雨は湯呑を奪い取るように手にし、一気に飲み干した。それから、何度か咳をした後に、第一声を発したのである。

 

「いや、それがさ、聞いて驚けよ!紅魔館に殺害予告が届いたんだってよ。それが大騒ぎでさ、とりあえず一緒に見に行ってみよう!」

 

「「はぁ?」」

 

 

〈了〉




《あとがき》
ㅤ第二作目。
ㅤサスペンス?

【追記】
多分一番書いてて小っ恥ずかしい話だったと思います。


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人型瑕疵
始 神の目の届かぬ内に


 

 紅葉が色づき始めた、ある昼過ぎのことであったと思う。

 博麗神社に、別神社所属の東風谷早苗が空から、まるで風のような速さで訪ねてきた。

 東風谷はこちらに姿を現した時から、見るからに急用であるという有様で、博麗の所在を知りたそうにしていたが、現在、神社にただ独り在中していた鳥里が、博麗が帰ってくるまでと、彼女の話を聞くことになった。二度手間と思うかもしれないが、情報を整理するという意味では、無駄でもないかもしれない。ちなみに博麗他は各各が何らかの用事で少し遠出している。

 いつもの居間にて、鳥里が卓に東風谷を促して自身も彼女と向き合うように座った。

 東風谷は用事の内容を話そうと口を開いて少し固まった後、急にアタフタと視線を泳がせ、ジェスチャアのつもりなのか彼女の両手が不格好に動かし始めた。推察するに急ぎすぎて話の順序立てを考えていなかったのか、パニックで話をする精神状態ではないのか。

 鳥里は彼女に仕切り直させるつもりで、少し大きな声量で東風谷に語りかけた。

 

「まずはなんの用で来たんだ?細かい説明は後でいいからさ、ソレを教えて」

 

「盗まれたのよ…!!」

 

「盗まれた?何が?」

 

 かなりの苦々しさを込めて呟いた東風谷の言葉を、鳥里は対照的に気の抜けたような声でオウム返しに云う。

 

「盗まれたのはお金…。お金なんだけど、そのお金は賽銭箱から回収したお金なの」

 

「盗まれたのは賽銭…。でも、君のところにはおっかない神様が2柱もいるじゃないか。そんな罰当たりなことを堂々と出来る奴がいるのか?」

 

 鳥里はそう云って、東風谷が属している神社に在中している神々を思い浮かべる。

 神典に記されるほどの武神と強大な信仰を得ていた祟り神。それは既に人々の間では周知されたことであり、大半の人間なら間違ってもそんな神様がいる神社から盗みを働こうなどとは思わない。しかし、もし犯人がいるのだとしたら、なんて恐れ知らずな犯人なのだろう。

 

「うん。でもね、私も部屋を探したりしたんだけど、駄目だった。どこにも見つからない。そもそも、私はしっかり集めた賽銭はまとめて包に入れて保管していたの。これで、自然に賽銭が無くなるわけがないわ。それで、多分盗まれた時二人はいなかったし、賽銭がないことに気づいた後も、お二方の気性と云うか神様の性質がアレだから云い出せなくて、まだこのことを知らないのよ、両方とも。…ねぇ、鳥君、どうしたらいゝと思う!?」

 

 東風谷はそう云って鳥里の両肩を掴んで何度も揺らした。目を見開いて必死の形相であり、まるで親が留守の時に悪さをしてしまった子供が必死に証拠隠滅を図るような様子だ。いや、この現状は、ある意味ではそうかもしれない。

 

「わかった、わかったから、まずは手を離して。なんだか気持ち悪くなってきた」

 

「あ、ごめん」

 

 鳥里の懇願に東風谷はハッとした後、鳥里の肩からすんなり手を離した。

 鳥里は一度、調子を整えてから口を開く。

 

「とりあえず盗まれた時の状況を聞こう」

 

 扨、東風谷がソレに答えようと口を開いたところで博麗が帰ってきたようで、その証拠に木製の床の軋む音が、博麗の歩調に合わせて一定間隔で響く。

 これに鳥里は少し安堵したような顔を、東風谷はほんの少しの喜びと緊張を顔に描いた。

 居間の襖は開いているから2人の姿は居間に直接つながる廊下から普通に見える。そのため、博麗は直ぐに2人の姿を確認することが出来た。買い物袋を肩から下げた博麗は東風谷の姿を視界に捉えたところで、東風谷が反応するよりも早く、瞬時に残像が見えるほどの速さで東風谷を指差した。

 

「鳥、塩。塩をこのクソガエルに叩きつけろ。コイツ、多分ウチの社内秘密でも盗もうって魂胆だわ」

 

「いや、今日は別に何かしに来たわけじゃないんですよぉ…」

 

「あぁ!?じゃあ、何?」

 

「えぇっと、それはですね…」

 

「あ、待ってその話長い?だったらやっぱいゝや。どうぞ!お帰りください」

 

 東風谷は博麗の一方的会話術に完全に呑まれて、小指をタンスにぶつけたことに気づいた直後のような顔をした。

 鳥里は東風谷の代わりに博麗に話をしてやった。すると博麗は眉をひそめて、せっかく並べたドミノ倒しを完成まじかで全部崩壊させてしまった後のような顔をしている東風谷に目を向けた。

 

「ふぅん、つまり空き巣にあったってわけね。東風谷枝豆」

 

「枝豆じゃなくて早苗です」

 

「はいはい」

 

 博麗はテキトウな返事をした後、鳥里の隣に座った。しかし、東風谷の方には向かずに。

 東風谷は不機嫌な表情をしている博麗の横顔に、さっきよりも強い意志を込めて話しかけた。

 

「霊夢さん、これはただの空き巣ではないんです。所謂ちょっとしたミステリーですよ。どうです?少し頭を働かせるつもりで、私の話を聞いてくれませんか?」

 

「妖怪とか絡んでないでしょ、それ。なら私の出番じゃないわ。他を当たって砕けてちょうだい」

 

 博麗は手を扇ぐように左右に振った。

 

「いやいや、わかりませんよ。もしかしたら百々目鬼の仕業かもしれません。他には金霊とかかも」

 

「百々目鬼は空き巣なんかしないし、金霊は逆に入ってくるのよ。要勉強ね」

 

 博麗の拒否の姿勢に今度は東風谷までもがムッとした顔した。空気がこれ以上悪くなるのはごめんなので、鳥里は東風谷に助け舟を出すことにした。もっともすぐに轟沈するだろうことはなんとなく予想できたがモノは試しだ。

 

「なぁ、夢。これ以上は東風谷さんが可哀想だよ。話だけでも聞いたっていゝんじゃないか?」

 

「嫌っつってんでしょ。それにね、私は慈善事業してるわけじゃないの。まずはコレが必要」

 

 博麗は左手の平を地面と平行の位置になるように、自身の顔の近くまで持ってくると人差し指と親指で輪を作った。

 その意味を察した東風谷は泣きそうな顔をして声を荒らげた。

 

「お金を取り戻すためにお金払うんですかぁ!?」

 

「そんなの当たり前でしょ。皆一緒よ」

 

「もっとなんとかなりませんか?お金以外で…」

 

「わらしべ長者なんて今時やってられるわけないわよ。あ、頼んでもないのに機を織ってきましたとかもやめてね。んー…でもそうね、お金以外でなら食べ物がいゝかな」

 

「え?」

 

 博麗は何故か帰宅したときに持っていた手提げ袋に一瞬だけ視線を向けてからそう今思い付きましたと云わんばかりに条件を提示した。

 それは光明が東風谷を照らした瞬間だった。なんと今まで樹齢何百年の大木の根のように堅かったかのように見えていた博麗が突然意見を変えたのだ。

 

「いやもう、それなら全然、全く大丈夫無問題ですから、お願いしますよぅ」

 

「よし、じゃあ、約束ね。破ったらぶっ飛ばすから」

 

 博麗は綺麗に笑った。きっと東風谷には博麗が眩しく映るだろう。先の光明は博麗の後光の漏れだったのかもしれない。しかしながら、その光明は巧妙に張られた博麗の罠だと云うのはこの際、置いておいた方がよいのだろう。

 扨、このやけに長ったらしい博麗の説得が完了して、東風谷は目尻に少し溜まっていた涙を丁寧に拭うと話を始めた。

 

「この前、私のところで祭りがあったのは覚えてますか?それで、勿論、準備をしなければ祭りなんてできないではないですか。ですから、準備を祭りを行う数週前から準備をしていたんです。それで、おそらくその時点より、準備期間前に賽銭箱から回収して保存しておいた賽銭が数枚、無くなっていたんですよ」

 

 これを聞いた博麗は目を細めた。これに東風谷はなぜかバツが悪そうに伺うような眼差しで博麗を見る。彼女の心情としては、博麗が目を細めた理由を「くだらなさすぎる」とでも思われていると考えてのことであろう。

 しかし、意外にも博麗は協力的な姿勢を見せた。

 

「質問だけど、なぜその時点まで賽銭はあったとわかるの?」

 

「回収したのが祭りの準備期間中です。それで賽銭は小銭ばかりですから、そのまゝでは保管しづらい。だから私は両替屋に準備が一段落したら持っていこうと思っていましてね。あ、勿論保管してから私はおろか神奈子様や諏訪子様だってその場所には触れてません。えっと、それで、準備が一段落着いたので、その後日。…丁度昼くらいだったかしら?賽銭は数個の包にして箪笥にしまってあるのですが、その箪笥の引き出しを開いて、その中の1つの包を持ち上げたら、「おや、なんだか膨らみ具合が稍稍萎んでいるぞ?」と思って包を開きました。そして、回収した時の控えを見ながら1枚ずつ全て数えてみると、回収した時よりも小銭の数が少なかったのですね」

 

 以上が事件の概要だ。

 確かに、神社へ出向くなんて大抵の人はなかなか無いだろう。参拝かお祭り、神事の時など訪れる回数も理由も少ない。その中で犯人は多くの人が居て、且つ自由に神社内に侵入が行える時期を狙ったと考えることは容易だ。

 

「東風谷さん、君はその賽銭とは関係ない金銭、つまり生活費とかまだ使い切ってない両替済みのお金とかも同じ場所に保管していたの?」

 

「いゝえ。それはほかの場所にあるわ。新しく回収した小銭の包みはある部屋にある箪笥の引き出しにしまっておいて、前のモノはまた別に、貯金分の生活費とかは…、こゝだけの話、天井裏にあるの。ちなみにそれはいつも同じよ。幻想郷に来てからもそれは変わらないわ」

 

「それで、君は探して見たけれど、小銭は無かった。そして、いまゝで触っていない包のなかの小銭が勝手に無くなるわけはない。だとしたら、考えられるのは誰かが盗んだ。そして、その賽銭を盗んだ下手人は準備期間中に盗んだというわけだね」

 

 よくある物盗りの話だ。

 然し、盗まれた時間がわかっていると云うホワイダニットの部分が大まかにでもわかっていると云うのが救いではある。後はハウダニットとフーダニットの問題だ。だが、フーダニットが一番取っ掛かりやすい。盗むだけなら手口も何も無いだろう。だとしたら、「誰が神社に入っていたか」と云う目撃証言があれば、ツテになる。

 

「目撃証言を探せばいゝんじゃないか?社の中に入っていく人間を探せば、容疑者は絞られる」

 

「難しいわ。なぜなら、多くの人が出入りしているから、一体何人いることやら」

 

 神社を拠点として展開されるのであれば、本部であるところの社の内は協力者がスムーズに作業ができるように戸締りはしていないだろう。これは確かに難しい問題かもしれない。多くの人々が出入りし、そして皆は各各の作業に集中しているからか、そもそも目撃者自体が少なく、その中で果たして犯人がいるのかと云う問題がある。

 

「…もしかしたら犯人は、それを目的としてその時間帯に盗んだのかもしれないな」

 

「だとしら、アリバイ崩しも不可能に近い…か。やっぱり、犯人を見つけるのは無理なのかしら」

 

 2人で八方塞がりと云わんばかりに、腕を組んで悩んでいるが、この時、博麗が一石を投じるかのように質問を投げかけた。

 

「あゝ、ちょっといゝ?早苗貴方、準備中に盗まれたって前提で話を進めてるけれど、準備に来ていた人間だけが容疑者となるかどうかは限らないのではないかしら。参拝客とかあるでしょ、ウチよりも」

 

「それも考えにくいかと思いますよ」

 

「え、あっと、守矢神社の祭りって、普段どうやって運営してるの?ほら、僕らはその、君らのところの祭りには行ったことがないからさ」

 

 この鳥里の言葉を一応説明しておくと、これは単純に守矢神社を一方的に敵視している博麗が行きたがらないと云う事情がある。

 鳥里はそう云った事情からか博麗の様子を確認しながら訊いたが、博麗は素知らぬ顔で別の方向を向いていた。

 

「祭りと云ってもいろいろ種類があるけれど、今回行ったってのは、守矢の神事とは直接的な関係はなくただ場所を提供しただけと云った趣が強い祭りかな。だから、お神輿とかは無かったわ」

 

「‥そういえばさっき、準備と云ってたわね。それでは何を?」

 

「別に特別なことは無いですよ。マァ、「さてやるぞ」ってノリでできるものではないですから、何度もやっているとは云え。それで、ウチの神社で何度か打ち合わせがあって、部屋に皆で集まって進行なり色々決め事をおこなって、本格的な準備期間になると屋台や機材やらの用意に追われます」

 

「打ち合わせは、大人数?」

 

「えゝ、まあ。担当役員では子連れの奥様方も多くて、別室でそれぞれのお子さん同士で集まって遊ばせています。それは大体いつものことで、準備期間中皆勤賞の子もいますよ。あれは役員をローテーションしているのかしら。毎度人は何人かが変わりますけど、見るからに大変そうです。この打ち合わせが終わったら家事があるといった方が大半でして、なんだか申し訳なくなります。乳母を雇うお金が無いのでしょうから仕方ないのでしょうがね」

 

「はいはい、教えてくれてありがとね。遠まわしな自慢はもういゝって」

 

 博麗がこう云うにはコチラの神社とアチラの神社の違いに要因がある。実は以前、守矢神社が無かったときは、博麗神社がその祭りの場所を提供していたのだ。しかし、博麗神社はいつまでたっても交通が悪く、打ち合わせも博麗や鳥里が人里の集会所に赴いていたのだ。しかし、元から古かった集会所の老築化が進行し、ココよりも大きな守矢神社が現れたことによって博麗神社は見事お役御免となった。そう云った背景事情があるからか、博麗は東風谷には風当たりが強い。

 鳥里はため息をついて、外れた話の路線を戻そうと口を挟んだ。

 

「なるほどわかったよ。じゃあ、そろそろ下手人のことを考えてみようか。問題は、「いつ賽銭は盗まれたか?」と「どうやって犯人は出入りしたか?」「どのように盗んだか?」「そして犯人は誰か?」ということだろうね」

 

 鳥里の仕切り直しを察してか、博麗は不機嫌さを四散させ、真剣味を帯びた表情を作る。

 

「最初に「いつ盗まれたか?」を考えてみましょう。まず、打ち合わせから本格的な準備にまでかなりの期間がある。しかし、アリバイを上手く切り崩させないためには、犯行は皆が本格的な準備をしていた期間だろうね。そこなら、誰が神社内に入ったとしても怪しまれないし、1人くらいその場から離れたとしてもバレない可能性が高まるからまず間違い無いだろう」

 

「あ、いやもう1つ疑問なのは「なぜ犯人は賽銭を全て持って行かなかったのか?」と云うことだよ。お金を持って行くなら、いくつ持っていこうと同じでしょ?そこで良心を期待するというのも、盗みをしているという点で考えるなら、行動と踏みとどまる場面での心情が矛盾してる」

 

「理由は簡単よ。持って行かなかったんじゃなくて、持って行けなかったのよ。いゝ?まず、犯人は準備を行う人間なのよ。だとしたら、お金なんて普通作業の邪魔になるし、服装が軽装だから持ってないでしょう。もし、そんな中お金を持っていたら、動くとお金の音はするし、それより服の膨らみに違和感があるでしょう。下手人としてはそんな不審なコトは避けたいはずだから、違和感の出ない範囲の金を持っていったと考えられる。またこれは犯人が多くの人々の目に付き、動く作業の役割を持った人物であると云うことの根拠を強めている。しかし、「なぜ下手人はそんな少しの金を盗んだのか?」が気になる。計画的犯行なのだとしたら、計画段階で普通ソレには気づくはずだし、ソレに気づいた時点と云うか、そもそも犯行対象を神社に定めることは、合理性を欠く。するとつまり、下手人は少しの金が欲しかったのかと考えられるわね。つまり、今回の下手人は、行き当たりばったり、突如思いついた犯行による行動だと推測する」

 

「なるほど。では次に「どうやって犯人は出入りしたのか?」だね。然し侵入していた手口はもうわかってるしな。…いや待て、犯人はどうやってその賽銭がある場所を見つけることが出来たんだ?あゝ、なるほど、そうか犯人は予め場所を知っていた人物か。つまり、何度も神社を訪ねている人物と云うことになる」

 

「鳥にしてはなかなか良い着眼点ね。これで同時にどのように盗んだかと云う部分にも繋がるわ。まとめると、犯人は何度も守矢神社に来た人物であるから、社の構造を知っておりスムーズに盗むことが出来た。また、目撃証言が当てにならない時間と云う工夫が帰って犯行時間を裏付けしている。そして、犯人は賽銭を全て持ち出していない点から考えるに、盗み出した賽銭で服を膨らませたら他の人間に気づかれやすく、作業に不釣合いな金を持っている事実をできるだけ隠すために、賽銭の一部しか持って行かなかった。そして、手に何か大きな物、包を持っている人物ではない。これが、犯人が外で主に活動し、肉体労働を行なっていた人物であると考えられる。

 然し、こゝで問題がある。「犯人は盗み出した賽銭をどこに隠し持っていたか?」そして「犯人はどうやって怪しまれずお金を持ち出したか?」と云う点よ。動きやすい服装の犯人なら当然、軽装のはずだ。だとしたら、服下に忍ばせた袋か?然しそれではわざわざ包から金を移した理由が説明出来なくなる。仮令、手に引っさげていたとしても、犯人が犯行を行ったのは作業中であるから、そんなものは他の仲間に気づかれてしまう可能性があるため、これも却下だ。そもそも気づかれないと云う問題をクリアしたとして、持ち出した金をどのように処理したかが問題になる。社から出たらそこは多くの人がいる。その中で場違いな行動は避けたいはずだからね」

 

「…うぅむ、誰にも気づかれずに外に出て、お金を持ち出すか。あ、複数犯はどうだろうか?例えば、神社内で作業を行う人物に、盗んだ賽銭を渡したんだ。すると、盗み出すまでの過程の問題が解決できる」

 

「確かに複数犯ならお金を持ち出せなくもない。然し、それは犯人の利益的に考えるのだとしたら、ありえない。盗んでいるのは小銭よ。ただでさえ少ないお金を更に山分けになんてしたら、利益なんてあったものでもないでしょう。盗まれた賽銭の価値を考えるに、これは個人的事情が絡んでいると思うわ。…また、賽銭なら名前もないし、誰のかわからない。よって無関係の人間を無意識的に犯人に仕立て上げると云う方法もある。けれど、作業中にいきなり、お金渡すなんて不審過ぎるでしょう?私が下手人ならこんなことはしないわ」

 

 2人の推理はこゝで行き詰まってしまった。しばらくの間沈黙が流れる。

 それは、2人はともかく東風谷にはなんだか耐え難い沈黙であり、彼女は顔をしかめている。然し、やがて耐え切れなくなったのかおそるおそると云った様子で2人に声をかけた。これに反応したのは鳥里だけだ。

 

「あの、やっぱり無理そうですか?」

 

「うゝむ、あと少し。あと少しなんだ。どうか待ってくれないか?」

 

「…マァ、うん。私も今日は時間に余裕が無いわけでもないから、大丈夫だけど…」

 

 鳥里が横目で博麗を見れば、博麗も珍しく悩んでいるのか、首をひねっり俯いて難しい顔をしている。その後、鳥里は再び目線を東風谷に向けて懇願するように頼む。これには東風谷も仕方がないと云った返答をし、現時点では博麗の推理待ちという結論に落ち着いた。

 鳥里は自身を情けなく思う。相談を引き受けはしても、今回のような妖怪が絡んでいないような事件に、本来畑違いな博麗に最終的には世話になってしまっていると云うこともそうだが、東風谷や博麗の力になれないと云うことこそが情けなく思う要因の大幅を占めていた。

 ソレは、体感でどのくらいか。鳥里には実際の時間より、何倍も長かったかもしれない。鳥里や東風谷が無言でいる中、博麗が小さく呟いた。その呟きを隣で聞いた鳥里は、その言葉の内容に、博麗の顔を思わず見る。

 博麗の顔には、やはり迷いが晴れたような清々しいモノであった。

 博麗は顔を上げて、東風谷を見る。

 

「そうか、なるほどなるほど。…ねぇ早苗、ちょっと聞きたいんだけどいゝかしら?」

 

「ハァ、なんですか?」

 

「準備が終わった後、誰か訪ねてこなかった?」

 

「え!?よくわかりましたね。実は‥」

 

 東風谷が博麗の言葉に驚いた後、気を取り直して話始めようとしたところで、博麗が彼女の言葉を遮る。

 

「あゝ、説明は不要よ。今の言葉で全部わかったから」

 



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終 七つまでは神の内

 

 

「わかったって、それは本当か」

 

 博麗の告げた「謎が解けた」という言葉に鳥里が早速噛み付いた。今まで難航していた謎が急に解けたというのだから驚くのも当然で、博麗に詰め寄った。その博麗はソレに対して手で鳥里を落ち着かせるような仕草をし、鳥里は渋々といった様子で僅かに乗り出していた身を引く。

 東風谷がそんな鳥里の代わりに冷静に博麗に改めて尋ねた。

 

「霊夢さん、アナタ今謎は全て解けたと云いましたね。教えてもらえませんか? 犯人とその犯人がどうやって神社から小銭を盗み出したのかについて」

 

 東風谷の真剣みを帯びた視線を前に、博麗は同じように視線を東風谷へ送り答えた。

 

「勿論。でも、そうね。一方的に私が話すだけでは君の蛙程度の頭では足りないだろうから一緒に順を追って答えを出してみよう。問題になる問題は5つ。『なぜ犯人はお金を少量盗んだか?』『犯人がなぜ条件に拘らなかったか?』『犯人はどうやって出入りしたか?』『犯人はその際、どこにお金を隠し持っていたか?』が解ければ下手人はほぼ絞り込める。

 ではまず、『犯人はなぜ小銭を一部しか持って行かなかったか?』という疑問からこの謎を切り崩していこうか。わかるかしら?」

 

「ソレについてはさっき霊夢さんがおっしゃった通り、犯人が小銭を持ち出した時に余りにも多いと他の一緒に作業する人間にバレてしまう可能性があったためです。またソレには、犯人は作業中の人間ですから、動いた時に小銭同士が当たった時の金属の音を無くす理由があった」

 

 東風谷は自身の胸元で右手の親指の腹と人差し指の第一関節と第二関節の間の側面を擦りながら返答した。

 東風谷の回答に博麗はウンウンとわざとらしく満足そうに頷いてみせた。どうやら、さっきの前提は間違いではないようだ。

 

「では次の質問ね。『犯人はなぜそんな条件の悪いときにでも犯行を決行したのだろうか? つまり、犯行に際して自身に都合の善し悪しを度外視した理由はなんだろうか?』と聞くわ」

 

「行き当たりばったりで、衝動的な、その日に考え出された犯行計画に則っていたからではないでしょうか?」

 

 東風谷の言葉に博麗は「さっきまでの話ではね」と答え続けた。

 

「事情が変わった。これらの仮定には重大な間違いがあった。と云うかほとんど間違いだったのよ。

 まず、最初の疑問である『なぜ犯人は小銭を一部しか持って行かなかったか?』について。コレの理由は、他の人間に小銭の存在を悟らせないようにするためという部分は合っていた。しかし、作業中の人間にではなく神社内にいる人間が真の対象だったのよ。

 扨、次に『なぜ犯人が条件に拘らず犯行を犯したのか?』という点。コレは、下手人が元からそれだけしか狙っていなかったからという理由と、下手人がほぼ無人の神社内という絶好の空き巣行動が出来る場所に出入りすることが今回くらいしかなかったとしたらという理由がある。つまり、条件が悪いの基準が私たちと下手人では違っていたのよ」

 

 コレで犯人が『なぜ一部しか小銭を持って行かなかったのか?』『そしてその悪条件を承知で犯行を犯したのか?』が一応の説明が再び定義された。

 これで残りの問題になるのは、博麗の小銭を少ししか盗まなかった理由における『その犯行を悟らせないための対象について』と『犯人がどうやって侵入したのか』『どうやって神社から盗み出した小銭共々消えたのか他肝心の犯行方法(東風谷に尋ねた忘れ物のこと)』『そして犯人のこと』だ。

 

「夢、たしか君は今しがた東風谷さんに神社にある忘れ物について云っていたね。アレは一体どういう意味があったんだ?」

 

「その前にまず、『犯行を悟らせないようにする対象』についてよ。アレにはある前提が必要になる。これは三つ目の問題である『どうやって犯人は神社に侵入したのか?』にもそのまゝ繋がる。ソレの答えはズバリ、下手人は侵入したのではなく初めから神社の中にいたんだ。そして、同時にソレは下手人が小銭を盗んだ後に神社の外に出ていないことを示している」

 

「神社に最初から居た人物? あゝ、そういえば東風谷さんがさっき何人か準備中に居たと云っていたな」

 

 その中の人数で考えるなら、常時在中の人間は外に比べれば圧倒的に少ない。かなり容疑者が絞れたなと鳥里が考えたのも束の間。博麗は鳥里の考えをバッサリと切り捨てた。

 

「いゝや、その人たちではないわ。いゝ?小銭を盗んだ下手人は神社の中に預けられていた子供たちの内の誰かよ。東風谷の話では確か準備期間中にずっと預けられていたという子供もいるらしいね。と云うことは、その子供たちが、大人たちが目を離した時にその小銭の包がある場所を探し当てた。そして、大人たちがその包がある部屋から退出し人目が無くなる時間帯を考慮していたとしたら、子供下手人説に辻褄が合う」

 

 博麗の犯人の特定の方向性に鳥里も東風谷も絶句するしかなかった。確かに子供が犯人だとすれば、外から入るとき、外に出るときに工夫を凝らす必要が無くなる。そして、小銭だけで盗む量が事足りる点、犯人がなかなか空き巣で考えるところの条件に見合っていない神社という場所を選んだ理由も、子供ならばで考えるなら問題の解答にピッタリ重なる。

 東風谷がおそるおそる尋ねた。

 

「じゃあ、忘れ物が小さな小銭入れ用の財布だったのも、その犯人が子供であるところに関係しているのですか?」

 

「その問の正確な議題は「犯行を悟らせないようにする対象」と「犯人はどうやってお金を持ち出したか?」とで直結する。あの財布は早苗、アナタを騙すための小細工なの。真に騙す対象がそのこと。下手人はそんな計画に乗っ取ってその財布に小銭を移したのよ。つまりソコこそが盗まれた小銭の隠し場所になる。なぜなら、普通他人の財布なんて開けて覗かないし、たとえ覗いたとしてもその中の小銭が真逆盗まれた小銭だとは考えつかないでしょう? 財布に小銭が入っていてもおかしくないし、その財布に入ったお金をその財布の持ち主のモノだと考えるのは当然。つまりはその心理を利用した犯行だったと云うだけのことよ。なんだっけ、稗田の小説で読んだ…心理トリック?だったかな?」

 

 博麗が正直どうでもいゝことで首を捻っている間に、東風谷は彼女の説明もとい推理を聞いて脱力したように宙を仰いだ。「やられた」と云う彼女の心情を表すには十分な動作だ。

 東風谷は自身の髪をくしゃりと手でかくとつぶやくように話しだした。

 

「…だから、家中を探しても小銭が出てこないわけだわ。でも、なんで犯人はその財布を神社に落としたのかしら? だって財布に入っちゃえば関係ないのだから、そのまゝ懐にしまってお母さんと一緒に帰ればいゝのに」

 

「家で留守番ではなく預けられる程の年齢の子供が祭りの準備で連れられて来ただけで、買い物でも無いのに、なぜ財布を持ち歩く必要があるの? 確かにその財布は母親のモノとも考えられる。祭りの準備が終わった後に買い物に行くとかあるわ。だけれど、そんな小さな子供に大切なお金を渡すかしら? 渡さないでしょう。つまりね、財布を落としたのは犯人が家に帰った時母親に財布を持っていった理由を咎められ、ソコから犯行が露天するコトを回避しようとしたから。するとこの小銭の盗難に第三者、親の関与は認められない。これに関しては運が良かった。これのおかげで安楽椅子推理が出来た」

 

「あの時の「お母さんの財布なんですが、どこかで拾いませんでしたか?」と云うあの子の問にはそんな裏があったのね」

 

 東風谷は手を額に当てゝ目を閉じた。まるで飛車角落ちの将棋で想定外にも敗退したような表情だった。

 扨、こうして博麗によって今回の事件の謎がひとまず暴かれた。しかし、忘れていることがある。博麗の推理は辻褄が合う。しかし、ソレだけで肝心のその子供がやったという証拠にはならないし、もしかしたら別の解が存在する可能性だってあるのだ。鳥里にはソレが気がかりだった。

 

「なぁ、夢。確かに君の推理は真実を云い当てゝいる可能性が高いのはわかったよ。だけれど、大したコトをしていない僕が云うのもなんだが、君の推理は結局仮説止まりだし、財布だって状況証拠みたいなモノじゃないか。コレで本人に今の推理を伝えたってはぐらかされるに決まってる。どうやって下手人に犯行を認めさせるんだ?」

 

 鳥里の言葉に博麗は、意地の悪そうな笑みを浮かべて返した。そう、いつもの人を心底莫迦にしている憎たらしい顔だ。

 

「大丈夫、ソレについてはピッタリのヤツがいる。心底ウザったいヤツだが単純で使える」

 

「云っちゃあ悪いけど、そんな都合のいゝ人いるのか?」

 

 博麗は愚問と云わんばかりな笑みを浮かべ、立ち上がりつゝ答える。

 

「いるさ、とびっきりおっかない石頭がね。さ、アンタたちも支度なさい。行き先は地獄の入口だ」

 

 

         *

 

 

 博麗たちがやってきたのは三途の川の此岸側だった。辺は霧に覆われ、地面は恰度手に収まる大きさの小石数多が敷き詰められるようにと云うより、無造作に散らばって埋め尽くされている。

 そんなある種不気味な空間で、博麗は迷わず川の水がすぐ目の前にあるほど近づいて、ソレに沿ってしばらく歩く。やがて博麗たちの耳に水流とは別の音が入る。女性の歌声だった。

 博麗は右手を頬に当てゝ辺りを見渡しながら声を上げた。

 

「やい、死神歌人。私が来てやったぞ。辞世の句の新作の調子はどうだい?」

 

「和歌集に名を乗せた覚えはないよ。混同しないでちょうだい」

 

 博麗の言葉の返答は思いの他すぐ来た。霧の向こう側から反響して耳に届いた。それと同時にその本人の姿が博麗たちの目にハッキリと入るほど接近してきた。

 持ち主よりも大きな鎌を持ち、着物にスカートを合体させたようなゆったりした服装をしている。そして彼岸花と同じ色をした、髪を頭部の両側面で括って垂らしている髪型が特徴的な少女だった。小野塚小町、ソレが死神の一人である彼女の固有名詞だ。

 彼女の表情を見れば苦笑いを浮かべており、博麗の到来を迷惑がっているコトが直ぐにわかる。博麗はそんな死神の言葉を無視していつものように一方的に話を進めだした。やはり鳥里も東風谷も完全に置いていかれてしまう。

 

「小野塚、至急あのクソ生意気な閻魔サマを呼んでほしい」

 

「私にそんな権限があると思う? あの上司を顎で使えるなら今頃私はこんなところで船頭なんてやっちゃいないね」

 

「船の舵はきれるでしょう? 難儀で堅物な上司の舵取りも仕事の内よ。早くしなさい、二度目はないわ」

 

「‥私は関係ないからね」

 

「わかったって。ちゃんと後で口添えしてあげるからさ」

 

 小野塚は渋渋嫌嫌明後日の方向を向くと頭を指の腹で優しく掻いた。そして振り返って顔を自身を真剣に見つめる博麗に向けて承諾の返事をした。それには、これ以上やゝこしい事態になってしまう前に博麗の云うコトを聞いておいたほうがいゝと判断したのだろう。

 扨、あれから小野塚の尽力のおかげで閻魔サマとやらが博麗たちの前に姿を現した。

 彼女は蓮の葉のような色の髪を肩のあたりで切り揃えている。頭には冠をかぶり、両手でシャクを持っている。まさに、我々が閻魔と聞いて想像するような装飾を身につけていた。

 四季映姫と云うその少女は、眉間にシワを寄せてさっそく博麗と小野塚を睨みつけていた。ソレに対する反応はそれぞれで、小野塚は申し訳なさそうに四季からやはり顔を背け、博麗は逆に真正面から四季に向けてとびっきりの笑顔を向けた。

 

「私をわざわざ呼び出して何の用……?」

 

「いやね、君に仕事を頼みたいの。裁判官だか裁判長だったか、まぁ、審判らしい立派な仕事よ。お駄賃はコンニャクでよかったかな?」

 

「アナタが以前、閻魔帳のアナタのページを破り捨てたコトを私はまだ忘れていませんよ。ソレでよく私に顔をだせました。たいへん結構。帰れ。二度と地獄に、いやあの世に来るな」

 

 四季はどうも博麗を嫌っているらしい。博麗はいつの間にか地獄でもやんちゃしていたのかと鳥里は本来の目的も忘れて戦慄した。

 博麗は閻魔の表情をした四季に手で払われるが、彼女は相変わらずの態度で四季を煽るように何か云い出した。

 

「真逆あの! 閻魔様が他人を個人的感情で人を毛嫌いするなんてことがあるなんてショックだわ。それに、あの! 閻魔様が罪を犯してしまった子供を無視して、「私、職務を遂行しています」みたいな顔を平気でしてるなんて、あの世も末ね」

 

「あゝもう、わかったわ、わかったわよ。早く話して。と云うかそういうコトは先に話してちょうだい」

 

 そうして、会ってから終始不機嫌な四季に事件の概要と博麗の推理を話し、同時に犯人を指し示す確定的な証拠がないことを述べた。

 四季は博麗の言葉にある犯人が子供と云う単語を聞いて、少し思うところがあったのか最終的にも仕事の承諾をしてくれた。

 

 

         *

 

 

 そうして一行は東風谷の案内でその犯人と思わしき子供の住む家へと向った。

 東風谷が今回は先行して家の人の反応を伺う。中から子供の母親と思わしき女性の返事が聞こえ、戸が開けられた。現れたのはまだ若い女性で、訪問者の顔ぶれをみて驚いているようだ。

 博麗が話辛そうな東風谷をやんわりと押しのけて云う。

 

「すみません。ちょっとお宅のお子さんに用がありましてね。今は在宅ですか?」

 

「は、はい。……あの、ウチの息子に何の御用で?」

 

「あゝ、ソレは1度家の中で息子さんもまじえてお話させていただきたい内容なのですが構いませんか?」

 

 母親はオドオドとしてコチラを疑うような視線を送っていたが、それも一瞬で博麗の提案に承諾した。

 そして、部屋に通され、卓越しに親子と東風谷と四季が並んで座り、後ろに博麗と鳥里が座った。

 嫌な沈黙の中、口火を切ったのは東風谷だった。東風谷は今回の事件のコト、博麗の推理のコトを話した。当然、東風谷の話を聞いた母親は激昂し、ヒステリックに東風谷たちを非難する。

 

「ウチの息子がそんな物盗りのような汚いコトはしません!! 大体、何の証拠があって息子が犯人だなんておっしゃるんですか!?」

 

「ソレを得るためにココへ来たんですよ」

 

 母親の態度に焦ってオドオドしている今の東風谷ではダメだと思った博麗は、家に入ってから初めて口を開いた。そして、博麗の言葉を不可解だと表す表情をした母親をよそに、そのまゝ立ち上がると四季の隣に立ち、彼女を軽く指差して口を開いた。

 

「こちらのお嬢さんは閻魔でしてね、人の嘘を見抜く力がありまして、彼女にお宅のお子さんが果たして黒か白か判断してもらおうというのです。あゝ、怯えなくても良いです。彼女は以前から人里に来ているのと同じように今回の仕事を受けてくれました。粗相をした程度でアナタの死後の処遇が変化するコトはありません。───ただ、息子さんはどうでしょうか?」

 

 眼前の少女が閻魔であると云う事実に母親は、肩を揺らして四季を恐ろしそうに見る。しかし、母親としての矜持と云うべきか、彼女は自身の息子を抱き寄せると上から包み込むように四季たちからまるで守るような姿勢をとった。そして、彼女は博麗になけなしの精一杯の敵意を込める。これではどちらが悪者かわからないなと鳥里は心の中で思った。

 

「‥‥どういう意味ですか?」

 

「物盗りは重罪です。もしお子さんが犯人の場合、このま現世で罪を償わなければ死後、地獄でも数段階ひどい地獄に落とされるでしょう。そうよね、四季?」

 

「えゝ。生前の行いはしっかりと全てわかります。物取りの場合は確実に地獄行きですね。現世で償いや罰を果たせなかった分を地獄で償ってもらいます(実際にそんな決まりはあるか調べていないので、信用しないように)」

 

 2人は息を吐くように嘘を並べている。ちなみに閻魔が嘘を云うことに果たして問題はないのかはこの際考えないようにしよう。

 鳥里が母親に包まれた子供を見れば、震えており自身の母親に身体を一生懸命ひっついている。対して母親はその博麗たちの嘘を信じたのか揺れ動いていた。

 四季がもうひと押しと続ける。その言葉は完全に脅しだった。

 

「息子さんの未来を考えるとしたのならば、果たしてどちらが懸命な判断か考えて見てください」

 

 四季の見るものを凍傷にしそうな目線と共に吐かれた脅し、ではなく説得に母親は目を伏せ、しばらく考えた後に承諾した。

 母親は子供の抱擁を解いて、四季の正面になるように再度座らせる。子供は相変わらず俯いて四季とは顔を合わせようとしない。四季は小さくため息をついて子供へ尋問を開始した。と云っても一言二言程度だ。ただ「犯行を行ったか行っていないか」と云う問いだけで彼女は、子供を査定した。心理検査法みたいだなと鳥里はどうでもいゝことを思い始めた。

 四季は目を細めると、博麗を手を招き猫の手のようにするコトで彼女を呼んで結果を伝えた。

 博麗はソレを聞くと直ぐに得意げな嬉しそうな表情になって東風谷、鳥里を順に見た。どうやらアタリを引いたらしい。次に博麗は翻って母親を同じ表情で見た。母親は博麗の表情で全てを悟ったのか絶望しきった顔をしている。

 

「どうやらアナタのお子さんは盗みを働いたようです」

 

「ほ、本当なの!?」

 

 母親は自身の息子の両肩を掴んで激しく揺さぶった。子供はこの味方のいなくなった状況で、もはや観念したように初めて口を開いて犯行の事情を話しだした。

 

「……僕がやった。だってお母さん、いつも大変そうだったから何かあげたくて……。でも、お金、足りなくて……だから」

 

 小さかった声は言葉が続くほどか細くなっていく。終いには泣きながら自身の罪を告白する子供に、博麗は冷淡に子供の言葉に自身の言葉を被せた。

 

「親孝行は素敵なことね。けどそれが人に迷惑かけたものだとしたら、素直に褒められないわ。感謝を渡すなら最初から最後まで自分で正当に得た物でないとね」

 

「ごめんなさい」

 

「謝る相手は私じゃないよ」

 

 再度子供は、改めて東風谷に頭を下げて同時に謝罪の言葉を並べた。東風谷はコレに対して注意を軽く述べたあとに、その子供を許した。博麗と四季と比べて彼女は性格がよかった。

 博麗たちは何度も母親に謝られながら、彼女らの家をあとにした。

 辺はすっかり夕焼けの影響で淡く輝いている。四季は博麗一行と直ぐに別れ姿を消した。博麗と東風谷、鳥里の三人が横並びで途中まで背を日に照らされながら人里の大通りを進む。東風谷が返してもらったお金を入れた財布入れを大切そうに手で抑えながら云った。

 

「今日はありがとうございました。おかげで思っていたより早く問題は解決するコトができてよかった」

 

「大いに感謝なさい。約束通り美味しい食事をご馳走なさいな。期日は今月中だからね。また連絡する」

 

「はい、わかりました。では、本当にありがとうございました」

 

 東風谷はそう云うと浮遊し、空の色を背景に一枚の絵のようになる。そして、こちらに顔を向けて叫んだ。

 

「でも、感謝はしていますけれど、あの手法は正直云って引きましたよ。ドン引きだわ」

 

 そう最後に云い残して東風谷はまるでステップを踏むかのように浮遊して帰っていった。

 残りは必然的に博麗と鳥里だけになり、そのまゝ雑談をしながら歩き、やがていつもの見慣れた博麗神社への階段を登っていく。

 鳥里は話の流れで、ちょっと博麗をからかうつもりで今日の事件になぜ乗り気だったのか尋ねてみることにした。

 

「夢が東風谷さんに協力的だったのには一体どんな思惑があったんだ?」

 

「思惑? 別に、早苗には最近ちょっかい出されてウンザリしていたの。それに実はね、今日予定してたどうしても食べたかった夕飯の材料が買えなくて献立を変えざるを得なかったから、早苗にはそれを作ってもらいましょうってね」

 

「なるほど。でも見返りが1度っきりの食事で本当によかったの?」

 

「折角送りつけた塩だ。上手く使ってもらわないとね」

 

「上手いこと言ったつもりか」

 

「アッハハ」

 

 

〈了〉




《あとがき》
三作目。
短編の中の短編。
この話の笑いどころは、探偵役が「小さな子供に金は持たせない」と言っているのに、犯人たる子供が歳不相応に知恵を働かせている点。


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