ゴールデンタイム (みなたか)
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ゴールデンタイム

(6月13日
ラストを大幅に加筆しました。)


20XX年 ○月×日

俺は転生者らしい。

坂巻(さかまき) 境也(きょうや)だ。

らしい、というのも今さっき急に前世の記憶とやらを思い出した、といっても全部じゃないが。

多分この後徐々に思い出してくるだろう。

 

 

2017年4月□日

通っているノーブル学園にソルティレージュのお姫様が留学してきた。

昔、お姫様と一緒に遊んだ思い出があるけど、どうせ覚えてないだろう、特に何も関わらないようにした。

 

 

2017年9月○日

しばらく、二学期がスタートしてしばらく、市松央路が転校してきた。ビックリした。

懐かしい、昔お姫様と一緒に遊んだのを覚えている、確かあだ名はイチだったはずだ、それで俺はサキって呼ばれていた、坂巻っていう苗字から取った。

ただ、やっぱり向こうは俺のことを忘れているようだ、だから特に言わずに黙っておこう、

央路と改めて友達になった。

 

 

2017年10月◎日

央路が転校してきて3週間ぐらい、寮でごたごたがあったらしいがそのおかげで央路はノーブル学園に溶け込めたようだ、良かった。

 

 

2017年10月♢日

お姫様、シルヴィと央路と理亜に俺の正体バレた。

というか、お姫様覚えてらっしゃった、央路も、あとこの学園に理亜、ソーマがいた、ビックリ。

ただ、理亜はシルヴィと顔を合わせたくないらしく、会ってないらしい。

 

 

2017年11月●日

しばらくして、シルヴィと央路と仲良くなったころ、理亜がシルヴィにバレた、また4人で仲良くなった。

あ、あと、前世のこと思い出した、この世界、俺のハマってたゲームの世界だ。

ただ、ストーリーは少ししか思い出せなかった。

この世界がゲームだと知っても特に気にはならなかった、この世界が俺の現実なんだから。

ただ、何か凄く重要なことを忘れている気がした。

 

 

2017年11月■日

央路に理亜が好きだと相談された、ええやん!! お似合いやで!! と背中を押した。

ただ、喉に魚の骨が刺さったような違和感がある、なぜだろう、思い出せない。

 

 

2017年12月◇日

理亜が入院した。

 

 

2017年12月◆日

央路が理亜の病院を探し当てて、見舞いに行った。

 

 

2017年12月△日

理亜が退院した。

良かった、でも、やっぱり違和感が拭えない…

 

 

2017年12月24日

色々あってクリスマスの日、シルヴィの大使館でパーティーがあった、

理亜、マリアがシルヴィと昔の約束した、シルヴィが演奏して、理亜が歌う約束を果たした。

ダンスが始まったら、理亜が倒れた。

 

 

2017年●月■日

全部、思い出した。

転生した理由も、なんでこの世界に転生したのかも、そして、転生する時、特典、というものも貰ったことも。

そして、その特典の代償も。

 

 

 

 

覚悟を決めろ。

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 

 

央路と理亜が病院から抜け出したので一緒に探して頂戴、と年が明けてすぐシルヴィから連絡が来た、ついに、と俺は思った。

俺はノーブル学園の屋上の扉の前にたどり着いた、まだチェーンと南京錠で施錠されているあいつらはまだ来ていないのだろう、俺はトイレに隠れて、あいつらが屋上に入るのを待った。

 

あいつらが屋上に入って20分ほど、そろそろだろうと、俺は屋上に足を踏み入れる。

気合を入れろ。

 

屋上の扉を開くとそこには央路と理亜が二人仲良く座っていた。

扉が開く音を聞き央路と理亜がこちらを向いた。

 

 

「うぉ、境也かよ、ビックリした…」

 

 

突然だったのだろう、理亜が驚いた声を上げた。

 

 

「ビックリしたって、お前な… シルヴィから聞いたぞお前ら病院を抜け出したって、皆お前らのこと探し回ってるぞ」

 

 

「うっ… すまん…」

 

 

この後のことを想像したのだろう、央路が頭を抑えて嘆いた。

 

 

「けど、よくここが分かったな」

 

 

理亜が疑問を問いかける。

 

 

「ん、まあな」

 

 

俺は適当に返答を濁した。初めから知ってたとは言えない。

 

 

さて、と俺は央路と理亜の顔を交互に見る。

 

 

ああ、本当に

 

 

「…良い顔するようになったじゃねえか、前まで不安で堪らないって顔をしてたのに今じゃ明日も笑顔で生きてやるって感じの顔だ」

 

 

思わず口から笑みがこぼれる。

 

 

「ま、まあ、イチから元気を貰ったし」

 

 

照れくさそうに理亜が答える。

 

 

「ああ、元気を注入してやった」

 

 

「お、今までだったら恥ずかしがっていた央路君が堂々とそういうことを言えるとは…」

 

 

「理亜にはカッコ悪いところ見せられないからな」

 

 

央路はそう言うと理亜に微笑みかける、理亜は照れくさそうにしながらも嬉しそうに笑顔になる。

 

 

「あー、もうはい、お腹いっぱいです」

 

 

二人がそうならもう十分だな、そう思い俺は左手の手のひらに握った右手を打ち付ける。

 

 

「…っよし」

 

屋上に乾いた音が響く。

 

 

「おいおい、急にどうしたんだよ」

 

 

理亜が驚いた様子で声をかける。

 

 

「いや、少し気合を入れようと思ってな」

 

 

「気合… なんで?」

 

 

そう疑問を口にする央路。

 

 

俺はそんな央路を横目に理亜に近づく。

 

 

 

よし。

もう、何も後悔はない。

さて、

ここからだ、

ここからは、

俺の

 

 

 

 

ゴールデンタイムだ。

 

 

 

 

 

俺はソーマとイチに近づく。

 

 

「ソーマ、目つぶりな、イチ、ソーマの手握ってろ」

 

 

イチとソーマは少し困惑しながらも俺の指示に従ってくれた。

 

俺はソーマに手を翳す。

俺は転生する時に貰った特典を使う。

 

 

「いつかさ、お前のゴールデンタイムは湖に沈む夕日だと教えてくれたよな」

 

 

イメージする

 

 

「この朝日の金色はお前らにとって」

 

 

己の全てを引き出すイメージを

 

 

「未来への道になる」

 

 

もう、後悔も憂いも何もない。

俺の全てを出し切る。

体から抜け落ちる感覚がする。

だが、止まらない。

そんなものはどうでもいい。

俺はこの一瞬に、ゴールデンタイムに全てを。

 

 

 

 

金色の道(ゴールデン・ロード)だ」

 

 

 

 

 

俺を中心に光が溢れる。

 

しばらくすると、光がやむ。

 

 

「い、一体何が…」

 

 

イチが混乱している。

俺はソーマに声をかける。

 

 

「目、開けてみなソーマ」

 

 

ゆっくりと、目を開けたのだろう、ソーマが

 

 

「…え、あ、ぅえ、う、嘘」

 

 

「ど、どうした!?」

 

 

「…分かる」

 

 

「…え?」

 

 

「分かる、"色"が分かるの!! イチの顔の色も目の色も髪の色も、今まで金色しか分からなかったのに分かる!!」

 

 

その言葉に俺は安堵した、成功したのだと。

 

 

途端に俺にはありえないほどの重量がかかる、膝を着く、駄目だ、支えきれない。

瞼が落ちる、意識が飛ぶ。

急に膝を着いて、驚いたのだろう、ソーマとイチがこっちをみた。

 

 

「お、おい、サキ!! どうしたんだ!! おい、サキ!!」

 

 

「サキ、おい、サキ!! 目開けろ!!」

 

 

イチとソーマが何か言っているが、俺はそこで意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 

あれから、理亜は健康体になった、脳にあった腫瘍は全てなくなり、味覚が戻り、目が見えるようになり、耳も絶対音感は無くならなかったが、それでも一般人ぐらいにまでの聴力になり、1ヶ月ほど検査をしたが特に異常はなく、医者も奇跡だ、としか言わなかった。

まあ、そういう特典だったんだ、絶対に医学では証明できないだろう。

 

 

 

そして、俺は…

 

 

 

「ったく、あの時は本当にびっくりしたぞ」

 

 

「タッハハ、また随分と前のことを」

 

 

新郎姿の央路を前に話していた。

 

そう、一体どう訳か俺は生きていた。特典を使ったら死ぬという制約だったのに。

その為にわざわざ遺書まで書いたのに。

急に倒れて、気が付いたら病院のベットの上、央路と理亜とシルヴィとエルさんと玲奈とかその他色々めっちゃ心配された。

央路と理亜には特典のことを色々と問い詰められたが。

奇跡でも起きたんじゃね、と、言葉を濁していた。

 

 

 

「あれから2年か」

 

 

 

そう、2年、理亜が健康になってそれだけの月日がたった。

 

 

 

「ようやく結婚か、長かったな」

 

 

 

そして、今日、理亜と央路の結婚式。

 

 

俺はスーツ姿で招待客として参列していた、俺だけじゃない、シルヴィにエルさんにミナちゃん、玲奈、城ケ崎に色々、理亜と央路を支えてきた人々が参列していた。

 

 

「んじゃあ、俺は向こうに戻るわ」

 

 

「ああ」

 

 

俺はシルヴィたちがいる参列席に戻る。

 

戻ったところでシルヴィが声をかけてきた。

 

 

「どうだった? 央路は」

 

 

「いや、変わらずだよ、少しだけ緊張してたっぽいけど」

 

 

「央路らしいね」

 

 

「ああ、…ところでさ、よくここを結婚式会場に出来たな」

 

 

「ふふふ、凄いでしょー」

 

 

ここはノーブル学園の近くにあったあの湖の畔、小さいころ一緒にキャンプをした、サキとイチとシルヴィとソーマの始まりの場所だった。

 

 

「ソルティレージュの力をもってすればこんなもの朝飯前よ!!」

 

 

と、その大きな胸を張ってシルヴィが答えた。

 

 

「はは、ああ、凄いな」

 

 

そうして数分後、アナウンスが流れた。

 

 

「それでは、新郎新婦のご入場です」

 

 

アナウンスの後、央路と理亜が腕を組み、入場してきた。

央路はさっきみたから特に驚かなかったが、理亜は凄く驚いた。

もの凄く綺麗だった、健康体になってから伸ばした髪は金色に染まっていて、まるでシルヴィの髪色のよう、ヴェールを被り、ウェディングドレスに包まれている。

再び、腕を組み、並んで立つ二人をみた。

 

 

 

そして、その様子を見た俺は。

 

 

 

「…そういうことか」

 

 

 

納得した。

 

 

 

 

「うわぁ!! 凄い、凄く綺麗だわ、理亜、ねえ、境也もそう思うでしょ」

 

 

「ああ、本当に綺麗だ」

 

 

「…泣いてるの? 境也」

 

 

「え、あっ」

 

 

シルヴィに言われ、目を手で覆うと、確かに濡れていた。

 

 

「あ、いや」

 

 

慌てて腕で擦ろうとすると、

そっとシルヴィが腕を押さえてハンカチで涙を拭いてくれた。

 

 

「は、はは、恥ずかしいな」

 

 

涙を拭いてくれるがそれでも止まらない。

 

 

 

「お、俺、さ」

 

 

 

「…うん」

 

 

 

「この、状況を、ずっと、夢見てきたんだ」

 

 

 

「…うん」

 

 

 

「イチと、ソーマ、二人が、結婚式で並ぶ姿を」

 

 

 

「…うん」

 

 

 

「なのに、さ、何でだろう、涙が、さ、止まらないや…、こんな、にも、うれしい、のに」

 

 

 

「…そう」

 

 

 

「おれ、いま、わらえて、るかな…?」

 

 

 

「ええ」

 

 

 

俺はそのまま、止まらない涙をシルヴィに拭かれ続けた。

 

 

 

なんで、俺が特典を使っても死ななかったのか、今、ようやく分かった。

 

 

 

そうだ、そうだよ、俺は、この情景を見たかった、だから今まで生きてこれたんだ。

 

 

 

ああ、もう、本当に、最高の。

 

 

 

 

 

「ゴールデンタイムだ」

 

 

 

 

 

 

○○○

 

 

 

「大丈夫? 境也 寒くない?」

 

 

 

「……ああ、大丈夫」

 

 

 

央路たちの結婚式が終わった夕暮れ時、病院に連れて行こうとするエルさんたちを説得して、俺とシルヴィはとある場所に来ていた。

 

 

 

「……ありがとうな、我が儘を聞いてもらって」

 

 

 

「ふふ、友人の頼みだのも、断る理由が無いわ」

 

 

 

そう言い俺とシルヴィは貯水槽に並んで座った。

 

 

ここは俺たちが卒業したノーブル学園の屋上

理亜と央路のお気に入りの場所だ。

 

 

 

「央路と理亜もこっちに来るって」

 

 

 

「……そうか」

 

 

 

俺はそう返す。

 

 

もう。腕を上げる力すら残っていない。

ここに来れただけでも奇跡みたいなものだ。

 

 

ふと、体のバランスが崩れる、もう体すら支えることすら出来ないみたいだ。

俺は隣のシルヴィの膝の上に倒れこんだ。

 

 

 

「あら、ふふ、どうしたの? 甘えたくなっちゃった?」

 

 

 

「……すまん」

 

 

 

今、俺はシルヴィの膝の上に頭を預けていた。

膝枕だ。

こんな時じゃなきゃ素直に喜べたのに。

 

 

シルヴィはそのまま俺の髪を撫でてくれた。

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

俺たちの間には沈黙が流れていた、だが特に居心地が悪いというわけではない。

むしろ気持ちがいいぐらいだ。

 

夕焼けが俺たちを照らす。

 

 

「……ねぇ」

 

 

「……ん?」

 

 

シルヴィが話しかけてくる。

 

 

 

「私、イチもソーマもサキも、皆大好きよ」

 

 

 

「……そうか」

 

 

「サキは…?」

 

 

 

なぜ、シルヴィが急にそんなことを言い出したのか分からないが……

 

 

 

「……俺も、皆大好きだ、イチもソーマもシルヴィも」

 

 

 

シルヴィは無言で撫でてくれる。

 

 

 

「……一杯貰ったから、金色を、イチやソーマ、シルヴィから、皆から、だから、もう、大丈夫」

 

 

 

「そう……」

 

 

 

「……眠くなってきた」

 

 

「…なら、少し眠るといいわ」

 

 

シルヴィが泣きそうな笑顔で言ってくれる。

 

 

「……そうしようかな」

 

 

「ええ」

 

 

徐々に体の最後の力が抜けていく感覚がする。

ふと、耳に階段を駆け上がる足音が二つ聞こえてきた。

エルさんたちに事情を聞いて急いでるのだろうな…

 

 

「お休み、サキ いい夢を……」

 

 

「……あぁ」

 

 

 

瞼が落ちた。

ドアが開く音がした。

瞼の上から眩しい光を感じた。

頬に落ちる涙を感じた。

 

 

悪くない、本当に良い、人生だった。

 

 

 

○○○

 

 

 

 

彼らの道はこれまでも、そしてこれからも長く。

この、夕日のような金色の輝きを放ちながら続くだろう。

金色の道(ゴールデンロード)のように。

 

 

 

 

 

そんな彼らに俺はピッタリな言葉を送ろう。

 

 

 

 

 

 

めでたし、めでたし、と。

 

 

 

 

 

 




読んでくださった読者様ありがとうございます。
正直、自己満足感が凄い小説だったとは思います、だけど私はこれを書いたことに後悔はしておりません。
主人公がこの後、どうなったのかことに関しては秘密とさせて下さい。

金色ラブリッチェ、最高オオオオオオ!!!!


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もう一つのゴールデンタイム 1

金色ラブリッチェ -Golden Time-をクリアした記念
金恋GTのネタバレ含みますので注意してください。


2017年12月■日

 全部思い出した。

 でも違う、俺の知っている話と違う。

 

2017年12月24日

 シルヴィ主催のパーティーがあった。

 央路と理亜、といってもマリアの姿でダンスした。

 俺もシルヴィとダンスした。

 正直ダンスはダメダメでシルヴィにリードされっぱなしだった。

 ただ、シルヴィは央路とダンスをしたかったのではないかと思う、だってシルヴィ、央路のこと大好きだし、俺なんかでつり合いが取れたのだろうか。

 というか、央路あいつくっそモテるな。羨ましい。

 ただ、いつの間にか央路と理亜はパーティーから抜け出していた。

 シルヴィが言うに理亜が疲れたそうで先に、その付き添いで央路が。

 

2017年12月25日

 朝、シルヴィに誘われてノーブル学園の寮の央路の部屋に行ったら丁度、央路と理亜がキスしてた。皆が見てた前で。

 どうやら央路と理亜が付き合うそうだ。正直やっとか、とは思うが、おめでとう。

 幼馴染4人組だけで集まって俺とシルヴィで質問攻めしたりした。

 ただその時少し理亜の病気に触れて暗くなってしまった。だが、まあ最悪の場合は俺がなんとかする。

 シルヴィが一番喜んではいたが。正直、シルヴィのことを考えると少し胸が痛んだ。だってあいつ央路のこと大好きだろう。

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 理亜の部屋を出た境也とシルヴィ。

 

 

 「…悪いこと言っちゃったな」

 

 

 肩を落とすシルヴィ。

 

 

 「あの二人にとっちゃ避けられない問題だ、それに二人も言ってただろ。「思い出させてくれてよかった」って」

 

 

 「でも…」

 

 

 「まあ」

 

 

 シルヴィが何か言いかける前に境也が遮る。

 

 

 「いざとなったら俺がなんとかする」

 

 

 「え…」

 

 

 「だから心配すんな」

 

 

 そう言うと境也はシルヴィの先を歩き始めた。

 

 

 その背中をシルヴィが迷子になった子供のような目で見ていたのに気付かないまま。

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

12月31日

 

 年末の大掃除も終わり、家でゴロゴロとしている境也。

 ふと、スマホから電話の着信音が響く。

 

 

 「んあ… 央路…? なんでこの年末に」

 

 

 そう言い境也は央路からの電話を取る。

 

 

 「おうどうしたんだよこんな大晦日に電話なんて」

 

 

 「シルヴィ、寮、超高級牛肉、すき焼き」

 

 

 「40秒で支度する」

 

 

 この境也、超高級牛肉のあたりで既に準備を始めていた。

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 寮には境也と央路と理亜、シルヴィにエルさんしかいなかった。

 マリア姿の理亜に驚いたりした境也。

 

 

 「え、何そういうプレイ中なの?」

 

 

 「そうそう、理亜が俺を喜ばせてくれるために」

 

 

 「違うからな!! シルヴィの髪が少し焼けてしまって今修繕に出している途中だからこれしか無かっただけだからな!!」

 

 

 「で、感想は」

 

 

 「最初は良かったけどもう慣れてきた、というかマリアの姿で理亜と同じ行動を取るから俺の中のマリア像が音を立てて崩れ去ってしまった」

 

 

 「そうか… もう俺たちの愛したマリア・ビショップはいないんだな…」

 

 

 「ああ…」

 

 

 「ふーッ!! ふーッ!!」

 

 

 「そ、ソーマ君落ち着いて!! まるで威嚇中の猫みたいになっているわ!!」

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 そんなこんだで5人で仲良くすき焼きをつつき。

 年が明けた時間。

 

 

 「あけまふぃへおめれとーごらいまふ」

 

 

 「はいあけおめ」

 

 

 「あけましておめでとう」

 

 

 「まふまふ……うへへへ」 

 

 

 良い子のシルヴィは眠気が限界だった。

 涎も垂れている。

 

 

 「シルヴィが限界だな、エルさん」

 

 

 央路がエルに呼びかける

 

 

 「分かっております。というかこんなお顔を人前に出すことから避けて欲しかったのですが…」

 

 

 「はい、ティッシュ。よだれ拭いてやって」

 

 

 理亜がエルにティッシュを渡す。

 

 

 「恐縮です」

 

 

 エルがシルヴィの涎をふき取り。

 

 

 「さあ、姫様行きますよ」

 

 

 エルがシルヴィを引っ張ろうとすると。

 

 

 「やぁ」

 

 

 シルヴィはエルに引っ張られまいと。

 隣に座っていた境也に。

 

 

 「ひしっ」

 

 

 意外!それは 抱き付くッ!!

 

 

 「What's?」

 

 

 境也もこれには変な声が出る。

 

 

 「坂巻殿?」

 

 

 「え、あ、いや、えっ、ちょっと待ってエルさんストップ!! 俺悪くない!! だからその腰に下げている剣を抜かないで!!」

 

 

 「…はっ!! 失礼しました、あまりにも姫様がとんでもない行動に出たので思考がストップしていました」

 

 

 「おーけー、じゃあその腰の剣の柄に置いている手を下そうか」

 

 

 「それとこれは別です、良いですか、坂巻殿、姫様に何かしたら即刻切り落としますからね」

 

 

 「何を!?」

 

 

 「うるしゃーい!!」

 

 

 シルヴィ、さらに境也に抱き付き押し倒す。

 

 

 「ヒァ…ッ!!」

 

 

 境也の喉から何かが干上がる声がする。

 

 

 「坂巻殿」

 

 

 「やめてエルさん人を見る目をしてない」

 

 

 「え、エルさんこれはシルヴィが寝ぼけているだけですから、ね」

 

 

 流石に見かねた央路が助け舟を出してくれた。

 央路の言葉に全力で首を振る境也。

 

 

 「失礼、取り乱しました。さ、行きますよシルヴィ様!!」

 

 

 「やー」

 

 

 シルヴィ、境也に更に抱き付く、エル、額に怒りマークが浮かび上がる。

 

 

 「し、シルヴィ」

 

 

 「やー」

 

 

 「駄目だ完全に寝ぼけてやがる」

 

 

 「もうサキが連れて行ってやれよ」

 

 

 理亜がそう提案する。

 

 

 「…仕方ありません、坂巻殿そのまま姫様をミナ様の部屋まで運んでもらっても良いですか?」

 

 

 「わ、分かりました」

 

 

 「あ、変なところ触ったら切り落としますので注意してください」

 

 

 「だから何処を!?」

 

 

 そう言いつつ境也はシルヴィを抱き上げ、央路の部屋を後にする。

 

 

 「んー」

 

 

 「お、もうすぐベットだから我慢しろよ」

 

 

 身じろぎしたシルヴィに境也は言う。

 

 

 「サキだー」

 

 

 「はいはい、サキですよ、ちょっと待ってねお姫様」

 

 

 「…ねー」

 

 

 「…ん?」

 

 

 「もうね」

 

 

 「あ?」

 

 

 「どこにも、いかないで」

 

 

 思わず立ち止まる境也、声は小さかったが「いかないで」という言葉だけは確かに境也の耳に届いた。

 

 

 そのままミナの部屋について、中々離れようとしないシルヴィをベットに無理やりおろし、部屋を後にする境也。

 

 

 「ごめんな」

 

 

 せめてもの償いのようにその言葉を閉まりつつある扉に呟いた。 

 

 





境也「俺ってどこで寝たらいいんだ…?」




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もう一つのゴールデンタイム 2

かなり早く仕上がったので投稿


 

 ○ ○ ○

 

 

 朝日がもうすぐ寮を照らす時間帯、扉が開く音がする。

 

 

 「こんな朝早くからどこに行くんだよ」

 

 

 「まあまあ」

 

 

 央路が理亜の手を引いてホールに出てきた。

 

 

 「オレまだ眠たいんだけ…どォ!?」

 

 

 驚いた理亜の目線の先にはソファーで毛布を被りながら寝転がっている境也がいた。

 

 

 「…んあ? ああ、朝なのか」 

 

 

 目元をこすりながら境也は起き上がりソファーに腰掛ける。

 

 

 「ビックリした、お前、こんなところで寝たのかよ」

 

 

 理亜が信じられないような顔をして言う。

 

 

 「そうだよ、すげーな、流石ノーブル学園の寮、ホールでも暖房がずっと作動してる」

 

 

 「てっきり一旦家に帰ったと思ってたんだが」

 

 

 今度は央路が言う。

 

 

 しかし、この時央路と理亜の脳を過ったのは「え、ホールで寝たってことはもしかして、"あれ"の声聞かれた?」

 

 

 流石にどれだけ仲の良い幼馴染であっても"あれ"の声を聞かれたということだけは避けたい。

 

 

 「ボラルコーチェさんが送ってあげましょうかって言われたんだが時間も時間だったからな、毛布借りて、ここで寝させて貰った。 ところで二人はどっか行くのか?」

 

 

 「あ、ああ、ちょっと外にな」

 

 

 「そうか、まだ眠いから俺はもう少し寝るわ」

 

 

 そう言い、毛布を被りソファーに寝転ぶ境也。

 

 

 央路と理亜はこの時安堵した、「良かった、聞かれてなかったと」

 

 

 「あ、そうだ」

 

 

 が、しかし。

 

 

 ふと、思い出したように境也が央路と理亜に言う。

 

 

 「ゆうべは お楽しみでしたね」

 

 

 一瞬の安堵を地獄に突き落とす。

 

 

 「…なッ!」

 

 

 「ちょっ…!」

 

 

 一瞬で顔が赤くなる理亜と央路。

 

 

 「お休み…」

 

 

 「っちょい待てゴラァ!! 今のどういう意味だ!? 聞こえてたのか?聞こえてたのか!?」

 

 

 「すぴー」

 

 

 「寝るんじゃねえ!!」

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 「つーん、つーん、うふふ可愛い寝顔」

 

 

 「止めてください姫様、はしたない…」

 

 

 「いいじゃないの、ほらエルも可愛いと思うでしょ境也の寝顔」

 

 

 「ま、まあ気持ちよさそうには寝てはいますが」

 

 

 「つーん、つーん」

 

 

 「姫様!!」

 

 

 央路たちが寮から出て1時間程度、ホールのソファーで寝ている境也は起きてきたシルヴィとエルにいじられていた。

 

 

 「全く、もう殿方にそんなみだらに接触するなどお止めくださいと何度も…」

 

 

 「境也は特別だもーん」

 

 

 「はぁ…」

 

 

 「ほっほほ、良いではありませんか、こういう事を出来るのもこの時期だけなのですから」

 

 

 「ですね、今の姫様の笑顔を邪魔しようとは思いません」

 

 

 「エキスナ、ボラルコーチェまで…」

 

 

 横から出てきたのはシルヴィの執事兼ボディーガードのエキスナとボラルコーチェ。

 

 

 二人はシルヴィ達の団欒の輪を昨日から見守っていた。

 

 

 「しかし、本当に姫様は坂巻殿を()いていらっしゃるのですね」

 

 

 「好い…!?」

 

 

 「…ええ」

 

 

 エルはエキスナの言葉に顔を赤くし、シルヴィは幸せそうに眼を閉じ手を胸に当てる。

 

 

 「境也は… サキは私を連れだしてくれた人だから、引っ込み思案だった私の手を取ってオーロとソーマ君に引き合わせてくれて、私が知らなかった世界を教えてくれた人だから」

 

 

 「ほっほほ、ならば坂巻殿はさしずめ、姫様にとっての王子様ですな」

 

 

 「王子…ッ!?」

 

 

 「ええ、本当にそうね、境也がいなかったら私は今ここにいないからサキは私にとっての王子様ね」

 

 

 「ひ、姫様!?」

 

 

 「ふふ、エルったら顔を真っ赤にして可愛い」

 

 

 「なっ!! そんなことは…」

 

 

 エルが抗議の声を上げようとしたが。

 

 

 「でも、時々境也が遠くに行ってしまうと思う時があるの」

 

 

 シルヴィが憂い顔で言う。

 

 

 「遠く…ですか」

 

 

 これにはエルも首をかしげる。

 

 

 「ええ、手の届かないとても遠い所へ、この前だってそう」

 

 

 「……」

 

 

 一瞬の沈黙

 

 

 「では、そうなったら今度は姫様が手を取って連れ出せばいいのでは?」

 

 

 ボラルコーチェが何気なく言う。

 

 

 「…ボラルコーチェ?」

 

 

 「姫様が坂巻殿に何をお感じになったのかはこのボラルコーチェ、分かりませんが、遠くに行ってしまうのであれば方法は簡単です。手を掴み、こう言えばいいのです「いかないで」と、それでも行こうとするのであれば、今度は姫様が無理やり引っ張り上げたら良いのです」

 

 

 「……」

 

 

 「ええ、ボラルコーチェの言う通り、シルヴィ様は姫様なのです、わがままの一つ通さずして何が姫様でしょうか」 

 

 

 「エキスナ…」

 

 

 シルヴィは目を閉じ、ボラルコーチェとエキスナの言葉を心の中で反芻させる。

 

 

 そして目を開き。

 

 

 「ええ、ええ、そうね、もし境也が遠くに行くというのならその手を取って今度は私が引っ張ってあげないと。うん、ありがとうエキスナ、ボラルコーチェ」

 

 

 「ほっほほ、この老骨でも姫様の役に立てたのならば本望でございますよ」

 

 

 「ええ、全ては姫様の御心のままに」 

 

 

 「も、勿論私も何かあればこの身をもってお助けいたしますからね、姫様」

 

 

 「ふふ、エルもありがとう。 さて今日はお正月よお節が私を待っているわ!!」

 

 

 シルヴィの顔に憂いはもう無く、そこにあるのは笑顔。

 

 

 央路たちが帰ってくる10分前の出来事であった。

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 「はむはむパクパクふわあ~、お節って美味しいのね~」

 

 

 そう言いながらシルヴィは凄いスピードでお節を頬張っていた。

 

 

 「言うほど美味いか?」

 

 

 央路がそれに疑問の声を上げる。

 

 

 「甘い、しょっぱい、酢の味って感じだよな」

 

 

 「正直毎年食べてるからな、大量に食いたいとは思わないな」

 

 

 「そうですか? 物珍しさもありますが、美味しいですよ」

 

 

 そう言いながらも重箱をつつく、境也たち。

 

 

 お節を食べ終わり、ひと段落した後。

 

 

 「さてそれで、本日のご予定なんですが」

 

 

 エルが今日の予定を確認してきた。

 

 

 「夕方、車を使わせてくれるんだよね」

 

 

 「はい、丁度我々もそのくらいの時間に日本を発ちますので」

 

 

 「今の理亜が外に出歩くとパニックになるからな」

 

 

 忘れがちだが今の理亜は世紀の歌姫マリア・ビショップの姿だ。

 

 

 大変なことになるのは目に見えているだろう。

 

 

 「はぁ、ソーマくんと初詣に行きたかったのに」

 

 

 「流石に自重してください、姫様」

 

 

 「ちぇー」

 

 

 ぷくーっと頬を膨らませるシルヴィ。

 

 

 「まあまあ、のんびり寝正月ってのもいいもんだぞ」

 

 

 「そうそう」

 

 

 そう言いながら央路と理亜は膨れたシルヴィの頬をつつき始めた。

 

 

 「ぷひゅー」

 

 

 そして空気が抜ける。 

 

 

 「お二人とも、姫様の頬をつついて中の空気を押し出すのはお止めください」

 

 

 するとシルヴィが境也の方に向かってきた。そして頬を膨らませる。

 

 

 「むふー」

 

 

 そして突き出す、まるでつついてくれと言わんばかりに。

 

 

 「ストップシルヴィ俺がつついてしまうとエルさんに剣でつつかれる」

 

 

 境也はちらりとエルの方を見ると。

 

 

 案の定、これ以上やるとどうなるか分かってんだろうな、という感じのオーラを発しながら睨んでいた。

 

 

 「むー」

 

 

 「や、だからシルヴィ」

 

 

 「むー」

 

 

 どないしろと!? 頬を膨らませて迫ってくるシルヴィ、殺気を高めるエル。

 

 

 「さ、サラダバー!!」

 

 

 境也が選んだのは逃走だった。

 

 

 「あ、逃げた」

 

 

 「ヘタレめ」

 

 

 央路と理亜が何か言っているが取りあえず逃走する境也。

 

 

 そんなこんなで、元日はのんびり過ごすことになった。

 

 

 






境也「逃げるんだよォ!シルヴィーーーッ!! どけーっヤジ馬どもーッ!!」




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もう一つのゴールデンタイム 3

 

 ○ ○ ○ 

 

 境也が戻ってきた後、理亜がダウンして部屋に戻っていった。

 

 

 境也とシルヴィ、央路、エルの4人は外の空気を吸いに外に出ていた。

 

 

 「ソーマくん、お疲れのようだけれど、なにがあったのかしら」

 

 

 「や、はは」

 

 

 シルヴィの純粋な心配心を前に央路はごまかすしかなかった。

 

 

 言えるわけがない、夜遅くまでプロレスごっこ(仮)をしてましたなんて。

 

 

 「ゆうべはおたのしみでしたね」

 

 

 「境也ァ!!」

 

 

 「ゆうべ?」

 

 

 純真無垢なシルヴィには伝わらなかったらしい。

 

 

 「シルヴィ様は気にしなくて大丈夫です」

 

 

 エルがシルヴィの思考にストップをかける。

 

 

 「エルも分かるの? 私だけ仲間はずれはズルイわ、教えて頂戴!!」

 

 

 「…おいこら、シルヴィが余計なことに興味を持ってしまったじゃねえか、どうしてくれんだ」

 

 

 央路が境也を肘て突く。

 

 

 「笑えばいいと思うよ」

 

 

 「喧嘩売っとんのか」

 

 

 まあまあ、と央路をなだめる境也。

 

 

 「シルヴィはそのまま純真無垢で可愛いままで居てくれ」

 

 

 「…可愛い、可愛いって言ってくれたぐへへ」

 

 

 「おい、お姫様がしたらいけないような顔をしだしたぞ、どうするんだこれ」

 

 

 「お、カレーみたいな雲見っけ」

 

 

 「聞けよ!?」

 

 

 と、こんな他愛のない話を続けていた。

 

 

 「そう言えば、境也は一旦帰らないのか?」

 

 

 「いや、流石に正月だから朝飯食べて帰ろうとしたんだがシルヴィに涙目で駄々こねられて引き留められた「やだやだやだ、境也も一緒に正月を過ごすの」って」

 

 

 「あー、成程想像がつくな」

 

 

 「だろ? ということで夜お前らと一緒に帰ることになった」

 

 

 「すみません、坂巻殿、姫様のワガママに付き合わせてしまって」

 

 

 「大丈夫っすよ、結局のところ俺もシルヴィたちと正月を過ごしたかったし」

 

 

 「そう言ってくれると幸いです」

 

 

 「ねえ境也!!、羽子板やりましょ羽子板」

 

 

 そう言い、両手に羽子板を持ち境也に駆け寄るシルヴィ。

 

 

 「いいけど、その羽子板一体どこから…」

 

 

 「グェ」

 

 

 疑問に思う境也の前にキュロちゃんが現れ、その口から羽子板が出てきた。

 

 

 「…もうなんでもありだな」

 

 

 ○ ○ ○ 

 

 

 そのまま4人で色々して過ごしていると。

 

 

 「おいっすー」

 

 

 玲奈が友達を大量に連れてきてやってきた。

 

 

 「玲奈じゃない。あけましておめでとう」

 

 

 「シルヴィ、あけおめことよろー」

 

 

 玲奈とシルヴィが新年の挨拶をした。

 

 

 「どうしたんだ? 高級牛肉ならもうないぞ」

 

 

 「ワシが全て食べた」

 

 

 「あっはっは、覚えてろよ」

 

 

 割とガチで恨んでそうな声音であった。

 

 

 「んで、今日はどうしたんだ」

 

 

 「ツレにあたしがマジぽんでノーブルに通ってるってとこ、見せにきたの」

 

 

 「あー、それで後ろの」

 

 

 「そうそう」

 

 

 どうやら有名人なシルヴィが居るからだろう、明らかに色めき立っていた。

 

 

 エルさんとシルヴィが玲奈に連れられて向かっていった。

 

 

 「理亜のこともあるし、ここはエルさんとシルヴィに任せて中に入るか」

 

 

 「そうだな」

 

 

 そう言い、境也と央路は中に入った。

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 中でソファーに座り温まっていると

 

 

 外での会話が終わったのか玲奈だけ中に入ってきた。

 

 

 「あ、はいこれお年玉」

 

 

 そう言い、境也と央路に折り畳まれた紙を渡してきた。

 

 

 「諭吉先生が書かれてないようだが」

 

 

 「樋口先生も野口先生もないな」

 

 

 「るわけないじゃん」

 

 

 こいつらアホだろって顔で見てくる玲奈。

 

 

 「何々、おみくじか、え、何でおみくじ」

 

 

 境也の手には二枚の貝と共に小吉と書かれた紙が。

 

 

 「そこの丘おりたところにあるちっちゃい神社、そこ自分で引くタイプじゃなくて誕生日でくじを取るタイプのおみくじだったからオーロとキョウちゃんの分も貰ってきてやったのだ」

 

 

 「んな無駄なことを…」

 

 

 「あーし小吉でさ。なんか悔しいじゃん。凶! ならともかく小吉って」

 

 

 「まて、その考えで行くと俺も小吉なんだが」

 

 

 「そうそう、連続で小吉って出た時は思わず叩きつけたくなったね」

 

 

 「やめんか」

 

 

 やれやれとくじの内容を見る。

 

 

 小吉

 

 

 大きな決断を迫られる年でしょう。

 

 

 苦境にはひたすら耐えるが吉。

 

 

 恋愛、周りに目を向けるべき。

 

 

 ラッキーカラー 黄色

 

 

 「…決断、ねぇ」

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 その後、玲奈たちも帰り、車が用意できるまで1時間のところで理亜の提案で学校に行くことになった。

 

 

 エルは空気を読んで車で待つと言って外で待機。

 

 

 境也たち幼馴染組4人は休日の校内、屋上へ。 

 

 

 「わああ……」

 

 

 「今日はイイ感じに晴れてるな。元旦にコレはついてる」

 

 

 もうすぐ沈むであろう太陽が照らす屋上。 

 

 

 その光景はとても幻想的であった。

 

 

 「……」

 

 

 「…境也、さっきから元気がないみたいだけど、どうしたんだ」

 

 

 央路がシルヴィたちに聞こえないよう小声で問いかける。

 

 

 「あー、うん。ちょっと考え事をな」

 

 

 そう言い境也はシルヴィの横顔を見る。

 

 

 「とっても綺麗…」

 

 

 「イイ感じの変化だろ、シルヴィ」

 

 

 「うん」

 

 

 シルヴィから目を離し前を向く境也。

 

 

 「何か悩んでるならいつでも聞いてやるから、お前っていっつもため込むからな、本当、そこは昔から変わらない」

 

 

 「…はは、そん時は頼むよ」

 

 

 落ちて行く夕日に目を細める4人。

 

 

 「私からも、何か変化をあげたいわ。なにかないかしら」

 

 

 シルヴィがそう提案する。

 

 

 「そんな焦ることないだろまだ元旦なんだから」

 

 

 「うーん、でもあのおみくじには従いたいのよ。あの神社の、あの神様たちの言うことなら」

 

 

 ここで境也たちは気が付いた。

 

 

 「前に言ってた、傷を治す神様の神社か」

 

 

 失言だった。と苦笑するシルヴィ。

 

 

 「ンな気ぃ使わなくても平気だよシルヴィ」

 

 

 一瞬、暗くなりかけた空気を断ち切る理亜。

 

 

 「もうオレの変化は予約入ってるから、主に苗字が」

 

 

 「…ああ」

 

 

 「え、マジか」

 

 

 これには察した境也も驚いた。

 

 

 「苗字が変わる… ソーマくんがソーマじゃなくなるということ?」

 

 

 どうやらシルヴィはピンと来ていないようだ。

 

 

 「シルヴィ、結婚したら苗字ってどうなる?」

 

 

 境也が助け舟を出す。

 

 

 「結婚!?」

 

 

 流石にもう気が付いたようだ。

 

 

 「わあああ市松!? 市松理亜になるのね? どうしましょどうしましょ、ソーマくんがイチくんになるのね!!」

 

 

 「そこに食いつくのはお前だけだろうな」

 

 

 理亜が苦笑する。

 

 

 「と、言っても今年中には無理だけどさ。最短でも来年以降だ」

 

 

 「籍はまだだけど、約束だけはってことで」

 

 

 「そう。ふふ、うふふ」

 

 

 嬉しそうに笑うシルヴィ。

 

 

 「これでシルヴィの苗字も変わってくれたら更に大きな変化になるんだけどな」

 

 

 そう言い、境也を見る理亜。

 

 

 「なんで俺を見る」

 

 

 「分かってる癖に…」

 

 

 ○ ○ ○ 

 

 

 「さて、そろそろだな」

 

 

 理亜がそう言う。

 

 

 日が湖に突入しかけている。

 

 

 4人、夕焼けに向き直る。

 

 

 「ステキね」

 

 

 「だろ。オレのとっておきのゴールデンタイムだぜ、感謝しろよ」

 

 

 「ええ」

 

 

 「……」

 

 

 「……」

 

 

 「これ以上の時間は望まない」

 

 

 その理亜の一言に境也は右手を強く握りしめた。

 

 

 何かを噛みしめるように。

 

 

 だが、沈黙をやぶったのは。

 

 

 「俺は…」

 

 

 央路だった。

 

 

 「俺は…足りないかな」

 

 

 「おう、ろ…?」

 

 

 呆然とその言葉を聞く境也。

 

 

 「俺は…」

 

 

 央路が言い終わる瞬間。

 

 

 金色に混じって緑色の光が4人を照らした。

 

 

 そして。

 

 

 

 

 理亜が倒れた。

 

 

 

 

 






グリーン・フラアアアアッシュ!!!




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もう一つのゴールデンタイム 4


今回、かなり短いです。



 ○ ○ ○ 

 

 2018年1月1日

 

 理亜が倒れた。

 原因は4人で見た夕焼け、緑閃光(グリーンフラッシュ)らしい。

 ただ、理亜の体調は詳しいことはあまりよく分からない。

 

 

 俺はどうしたらいいんだろうか…

 俺がこの世界にいる理由。

 年明け前は、もう死んでもいい、バトンをソーマとイチに残せるのならそれだけで十分だ、と思っていたのに、今じゃ…。

 それに央路のあの言葉、いや、正確には言いかけた言葉か。

 あんなの聞いたら本当、苦しくなる。

 

 

 2018年1月3日

 

 どうやら入院していた理亜は体調面ではそこまで心配はないようだ。

 良かった、本当に。

 いや、俺は何に喜んでいるんだ? 理亜の体調が思ったより悪くなかったことか? いや、それ以上に…

 駄目だ、考えるな。

 おかしくなる。

 

 

 2018年1月6日

 

 理亜が退院した。

 央路から連絡が来た。

 理亜はグリーンフラッシュの影響で脳の腫瘍が変形し、体のあちこちで変化が出てくるそうだと。

 これから先は本当にどうなるか分からないらしい。

 

 央路に大丈夫か、と心配された。

 どうやら声で分かるぐらいに俺は消耗しているようだ。

 ここ4日ほど寝ていない。

 寝ようとしたら考えてしまう。

 思考してしまう。

 だから駄目だ。

 

 

 2018年1月7日

 

 どうやら昨日はそのまま寝落ちしたらしい。

 思考すらもしなかったので今度寝るときは寝落ちする方向でいこう。

 

 

 シルヴィがソルティレージュに帰ることになった。

 ノーブル学園を休学という形にして。

 理亜の治療と、理亜のお腹の子の為に。

 今日、領事館にシルヴィに呼び出され直接聞いた。

 この時、ばかりは寝落ちしててよかったと思った。

 あんな顔シルヴィに見せれない。

 

 

 理亜、ソルティレージュに行くのか。

 と、いうか子供ってマジかよ。

 央路には黙っててくれとも言われた。

 

 

 理亜がソルティレージュに行く期間は1年間、正直部の悪い賭けだ。

 1年で帰ってくるとは言うが、その1年後には理亜が、ソーマがいないかもしれないんだ。

 

 迷うな、俺は、何のためにここにいる。

 迷うな、迷うな、迷うな、迷うな、迷うな、迷うな、迷うな迷うな迷うな迷うな迷う……

 

 

 2018年1月8日

 

 

 理亜とシルヴィ、エルさんたちが日本を発った。

 

 

 俺と央路が見送った。

 昨日の今日で急だった。

 

 日本を発つ直前、俺は理亜と二人にしてもらい、特典を使おうとした、が。

 

 止められた。

 

 誰に? 本人の理亜に。

 

 「それだけは駄目だ、何故か分からないけど直感そう言ってる、その光は駄目だ」

 

 と。

 

 正直、驚きしかなかった。

 理亜の手を握り、特典を使おうと手に光が集まり出したとき。

 理亜の掴んでいない方の手で止められた。

 

 俺は、この為に生きていたんじゃないのか、理亜をソーマを救い、イチとのゴールデンタイムを続かせるために。

 その為に、俺は、コイツらの歯車に成る為に生きてきたんじゃないのか。

 なぜだ、どうしてだ。

 どうして、止められた俺は何故、こんなにも安心しているんだ?

 まさか、死にたくないとでもいうのか、俺が。

 この世界の登場人物でもないのに、ただの部外者、異物、この世界の言わば癌だというのに。

 おこがましい。

 ふざけるなよ、どうしてだよ。

 どうしてこんなにも。

 

 

 

 

 生きてることが嬉しいんだよ…

 

 

 

 

 

 2018年3月7日

 

 

 シルヴィたちが日本を発ってもう2ヶ月。

 俺は央路と話をしていなかった。

 というか俺が避けていた。

 央路の顔を見ると罪悪感で潰されそうだから。

 救えたのに救わなかったという罪悪感から。

 結局我が身可愛さに逃げ回っているだけだった。

 

 

 はっは、カッコ悪すぎるだろ、俺。

 

 

 

 

 

 



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もう一つのゴールデンタイム 5



今回長めです。




 ○ ○ ○ 

 

 

 「最近、境也に避けられてるぅ?」

 

 

 「ああ」

 

 

 時刻は夕方、場所は央路の部屋、央路はスマホを片手に今は地球の反対側にいる理亜と電話をしていた。

 

 

 「最近って言ってもここ3ヶ月ぐらいか、最初はちょっと喋らないなぁって思ってたけど1ヶ月超えたぐらいであ、これは明らか避けられてるなって思った」

 

 

 「1ヶ月ってお前… なんで早く言わないんだよ、というか3ヶ月ぐらい前ってことは丁度オレがソルティレージュに行ったぐらいか…、あ、そう言えばシルヴィも境也に電話しても最近出ないって言ってたな…」

 

 

 「その、理亜に心配かけるのもなって思って、なんとか話をしようと境也と近づくんだが、何時も直ぐに何処かに行くか居なくなっているんだよ」

 

 

 央路の声は辛そうな声だった。

 

 

 それもそうだ、仲の良かった幼馴染から急になんの前触れもなく避けられるのだから。

 

 

 「その、理亜は何か知らないか? 境也が避ける理由、玲奈やエルちゃんに聞いても理由が分からなくて、境也に直接聞こうにも会えないし…」

 

 

 「…多分、知ってる、理由じゃなくて原因の方は、多分」

 

 

 「本当か!?」

 

 

 「うぉ!! 急に大きな声出すなって」

 

 

 「わ、悪い、それで、その、境也が避ける理由って…」

 

 

 「だから言ったろ、理由じゃなくて原因の方だって、しかもそれが合ってるかどうかも知らないし……」

 

 

 「何も知らないよりはマシだ、教えてくれ、理亜」

 

 

 「ったく、分かったよ」

 

 

 ○ ○ ○ 

 

 

 授業終了のチャイムが鳴る。

 

 

 学年が上がっても特にエキスパートプランを何も受講していない境也はすぐに教室を出ようとする。

 

 

 何かから逃げるように。

 

 

 もう何度繰り返したか分からない光景だ。

 

 

 しかし、今日は違った。

 

 

 「ちょっと待ったァ!!」

 

 

 そう言い教室を出ようとした境也の前に立ちふさがったのは玲奈だった。

 

 

 「なんの用だ」

 

 

 正直誰とも話したくない境也はぶっきらぼうに言う。

 

 

 「いやー、特に用はないんだけどね」

 

 

 「は?」

 

 

 「しいて言うなら、頼まれた?」

 

 

 「俺が頼んだ、直ぐに教室を出るだろう境也を止めてくれって」

 

 

 そう言い、後ろから歩いてきたのは央路だった。

 

 

 境也は一瞬辛そうな顔をし目を逸らす。

 

 

 「…なんの用だ」

 

 

 「話がある」

 

 

 「そうか、俺はない」

 

 

 そう言い境也は玲奈の横を通り抜けようとしたが。

 

 

 「ちょっと、イチく、市松さんが話があるって言ってるじゃない」

 

 

 「城ケ崎もか」

 

 

 境也の進路上を塞いだのは城ケ崎だった、横には友人の愛子もいる。

 

 

 後ろを振り向くとそこにいたのは央路だけではなかった。

 

 

 菊千代に西郷、山本も境也を逃がさないように包囲を固めていた。

 

 

 「……」

 

 

 「理亜からあの日のことを教えてもらった」

 

 

 恐らくあの日とは理亜がソルティレージュに行った日だと境也は確信した。

 

 

 「多分、だけどその日からだよな、俺たちを避けるようになったの」

 

 

 「…それがどうした」

 

 

 「教えてくれ、境也に何がったのか、なんで俺たちを避けるのか」

 

 

 「……」

 

 

 それでも無視して境也は教室から出ようとした。

 

 

 「ちょっとキョウちゃん!!」

 

 

 それを玲奈が腕を掴んで止めた。 

 

 

 境也が玲奈を睨んだ、とても醒めた目で。

 

 

 驚いた、しかし玲奈は離さなかった。

 

 

 「何、睨んでも解決しないよ」

 

 

 「…ちっ」

 

 

 境也は玲奈の腕を無理やり振り払った。

 

 

 「きゃっ!!」

 

 

 振り払った拍子に玲奈がこけ、尻餅をついた。

 

 

 「いったぁ…」

 

 

 「玲奈!!」

 

 

 城ケ崎と愛子が玲奈に駆け寄る。

 

 

 境也は思わず自分の腕を見た。

 

 

 まるでこんなはずじゃないと言わんばかりに。

 

 

 そして視線を上げるとそこには境也を見る央路たちの視線。

 

 

 それに耐え切れなくなった境也は思わず教室から駆け出した。

 

 

 「ちょ、き、境也!!」

 

 

 焦る央路の声が聞こえる。

 

 

 だが境也は走る、廊下に誰かとぶつかりかけても走る。

 

 

 逃げるように。

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 「はぁ…はぁ…」

 

 

 境也は走った、走った、走った、ただがむしゃらに何処に向かっているのかも分からず、とにかく走った。

 

 

 息がしんどくなり足を止めた。

 

 

 視線を上げたそこにあったのは湖、奇しくもたどり着いた場所は4人の思い出の場所、始まりの場所の湖の畔だった。

 

 

 「本当に…カッコ悪すぎるぞ…俺…」

 

 

 境也はそのまま芝生に腰を下ろす。

 

 

 「…なんで俺、こんなことしてるんだろ」

 

 

 理亜に拒絶されて、嬉しくなって、罪悪感で央路たちから逃げて、最近じゃ、かかってきてたシルヴィからの電話も無視するようになって。

 

 

 手に入れたもの全部手放そうとしている。

 

 

 座り込んだ境也、ここから動く気力すらも無かった。

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 一体どれだけの時間がたっただろうか、日も傾きはじめもうすぐ太陽が湖の向こう側に落ちようとしている。

 

 

 境也は少しも動いていなかった。

 

 

 「やっと見つけた」

 

 

 後ろから声が掛かった。

 

 

 だが境也は立ち上がって逃げる事も、振り替える事すらしなかった。

 

 

 もう、何もしたくないと言うように。

 

 

 そうして後ろから近づいてきた人物、央路は境也の横に腰を下ろした。

 

 

 「話がある」

 

 

 改めて央路から切り出す。

 

 

 境也は答えない。

 

 

 それでもかまわず央路は喋り続けた。

 

 

 「理亜が日本を発つとき境也と二人にした、境也が話したい事があるから、って。んでその時、境也、お前は理亜に何かしようとしたんだよな、理亜が言ってた光が見えたって、そして、それを理亜が拒絶した」

 

 

 「……」

 

 

 「境也が理亜に危害を加えるなんてまずありえない、だから考える事の1番は理亜を助けようとしてくれた、方法は分からないけど、んでそれを拒絶された、境也はその理亜を助けれたのに助けれなかったという罪悪感で俺たちから逃げていた、違うか?」

 

 

 境也は驚きのあまり思わず央路を見た、なんで分かったと言うように。

 

 

 「ったく、だからお前は一人で抱え込みすぎるんだよ、少しでも良いから話せって、まあこの推論も正直穴だらけのガバガバ理論だからな、外れたら赤っ恥だったんだが、その様子だと当たってたっぽいし」

 

 

 「んなの…出来るわけ…」

 

 

 ここで境也がよやく口を開いた。

 

 

 「ん?」

 

 

 だが、何を言っているか分からない央路は聞き返した。

 

 

 「話すって、そんなの、出来るわけないだろ!!」

 

 

 境也は大きな声で反論した。

 

 

 「俺は、俺は!! ああ、そうだよ!! あったさ、理亜を治せる力が!! 言葉では説明できないがな、あるんだよ、俺にはそういう力が!! んなこと言ったって誰が信じるんだ!? 信じないだろ!! 誰も!! だから誰にも気付かれず理亜を治そうとした!! でも、それを、当の本人に拒絶された!! なんでなんだよ!! 何が駄目なんだよ!! 俺の光の何処が!! それで、なんだ拒絶されたのに、どうして!! なんで、俺が喜んでいるんだよ!! ふざけるなよ!! 意味が分からないじゃないか!! なんで拒絶されてるのに、助けれたのに!! 助けなかったのに喜んでいるんだよ!! 俺は理亜を助けるために生きてたのに、これじゃあ意味がないじゃないか!! 俺が生きてた意味なんて!! そうさ!! だから逃げてたんだよ!! 俺は、お前らから!! 我が身可愛さで!! 罪悪感から逃げるために!!」

 

 

 それはもう、癇癪に過ぎなかった、何に対して怒っているのかも境也自身分かっていなかった。

 

 

 ただ、内に思っていたことをそのまま吐き出しているのだろう。

 

 

 央路は境也の豹変ぶりを見て、思わず固まってしまっていた、まさかここまでとは思っていなかったのである。

 

 

 動けない央路、吐き出す境也。

 

 

 誰も動けなかった、だが、ここで動くものがいた。

 

 

 「そう、…そう言うことだったの」

 

 

 それは第三者の声、思わず境也も央路も声の主に顔を動かす。

 

 

 そこにいたのは長い金の髪を腰まで伸ばし、2学期までは同じ教室で授業を受けていたとある国のお姫様で二人の幼馴染。

 

 

 「シル、ヴィ…」

 

 

 ソルティレージュのお姫様、シルヴィア・ル・クルスクラウン・ソルティレージュ・シスアがそこに立っていた。

 

 

 「ソーマ君から事情を聞いて、居ても立っても居られず思わず来ちゃった」

 

 

 そう言い、シルヴィは境也に向かって歩き出す。

 

 

 「…やめ、ろ」

 

 

 シルヴィが一歩、境也に踏み出すたびに境也は一歩下がる。

 

 

 「来るな!!」

 

 

 境也が叫ぶ、それでもシルヴィは止まらない。

 

 

 境也にとって、今の状況、カッコ悪い状況を誰にも特にシルヴィには見られたくないものだった。

 

 

 「大丈夫…」

 

 

 シルヴィが呼びかけながら境也に迫る。

 

 

 「止まれ!!」

 

 

 「嫌よ」

 

 

 それは拒絶の言葉。

 

 

 「だってサキ、とっても苦しそうな顔してるもの」

 

 

 境也の顔が苦痛そうに歪む。

 

 

 「俺は、お前の傍にいていいような人間じゃない!!」

 

 

 「それは私が決めるわ」

 

 

 また一歩境也に近づく。

 

 

 境也は一歩下がる。

 

 

 「親友が傷付いて、それを良しとする屑人間だぞ!!」

 

 

 「サキは屑なんかじゃないわ」

 

 

 また一歩境也に近づく。

 

 

 境也は一歩下がる。

 

 

 境也の片足が湖に浸かる。

 

 

 「やめろ、来るな、来ないでくれ!!」

 

 

 また一歩境也に近づく。

 

 

 シルヴィの片足が湖に浸かる。

 

 

 境也は一歩下がる。

 

 

 境也の両足が湖に浸かる。

 

 

 「なんで、なんでここまで関わろうとするんだよ!!」

 

 

 「…サキがね、痛そうな顔をするとね」

 

 

 シルヴィが境也の目を見て言う。

 

 

 「わたしが痛いの」

 

 

 境也の足が止まる。

 

 

 シルヴィが境也に追いつく。

 

 

 シルヴィも既に両足が湖に浸かっている。

 

 

 「だから、今度はわたしの番、今度はわたしがサキを、境也を助けるわ」

 

 

 そう言い、シルヴィは境也を抱きしめた。

 

 

 その瞬間、湖に落ちかけていた太陽が完全に落ちた、辺りを金色に照らした。

 

 

 「大丈夫、大丈夫よ」

 

 

 境也を抱きしめたまま、シルヴィは境也の頭を撫でる。

 

 

 暖かさを境也に染み込ませるように、何度も何度も撫でる。

 

 

 「……俺、さ」

 

 

 「うん」

 

 

 「理亜を助けるために、イチとソーマの道を残すために生きてたんだ」

 

 

 「うん」

 

 

 「その為なら命を掛けてもよかった」

 

 

 「…うん」

 

 

 「でもさ、力を使ったらさ、死んでしまうと思ったらさ、急に怖くなったんだ」

 

 

 「……」

 

 

 「真っ先に浮かんだのがさ、シルヴィで、さ、もう会えないのか、って思うとさ何故か体の震えが止まらなかった」

 

 

 境也はその時を思い出すように体が震えた。

 

 

 それを止めるようにシルヴィがさらに強く抱きしめた。

 

 

 「俺、さあ」

 

 

 「うん」

 

 

 「生きても、良いかな? 生きて、シルヴィの、隣に居ても、良いかな」

 

 

 その声はもう嗚咽混じりの涙声だった。

 

 

 「ええ、勿論よ、むしろ私から言うわ、境也、私の傍に居て頂戴、もし境也のことを否定する人が出てきたのなら私が全て守るわ、だから」

 

 

 シルヴィは目一杯境也を抱きしめた。

 

 

 「そうか、それは、嬉しいな」

 

 

 境也はようやく穏やかそうな顔をした。

 

 

 そしてシルヴィの背中に手を回して抱きしめた。

 

 

 






央路「エンダアアアアアアアアアアアアアアアイヤァアアアアアアアアアアアアアアアアウィルオオオオオルウェイズラアアブユウウウウウウウウアアアアアアアアアアアアア」





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もう一つのゴールデンタイム 6

 ○ ○ ○

 

 

 「なんというか、俺、結局蚊帳の外だったな」

 

 

 あの後、央路と境也は二人で帰路についていた。

 

 

 シルヴィはどうやら本当に忙しいらしく、あの後すぐにエルさんたちが来て帰っていった。

 

 

 「結局、境也はシルヴィのおかげで立ち直ってしまうし、俺って一体…」

 

 

 「…なあ、央路」

 

 

 今まで一人で話していた央路、初めて境也が口を開いた。

 

 

 「どうした」

 

 

 「すまなかった」

 

 

 「何に」

 

 

 「お前らを無視してたこと、逃げてたことその他色々」

 

 

 「何も相談せずに一人で抱え込んだところもな」 

 

 

 「あ、ああ、本当にすまん」

 

 

 境也は足を止め、央路に頭を下げた。

 

 

 「はぁ… 言いたいことは一杯あるけど、とりあえず」

 

 

 「……」

 

 

 「今日、晩御飯奢れ」

 

 

 思わず顔を上げ、ポカンとした境也だったが。

 

 

 「それでチャラにしてやる」

 

 

 「…はは、ああ、分かった奢らしてもらおう」

 

 

 思わず境也は笑った、央路の顔にも笑みがあった。

 

 

 「さて、焼き肉行くか、食べ放題の」

 

 

 「は? いや、おいちょっと待て聞いて…」

 

 

 「おっやぁ? 奢らしてもらおうとか言ったのは誰だったっけなぁ」

 

 

 「くっ」

 

 

 「あ、もしもし玲奈? 実は境也が焼き肉奢ってくれるって、食べ放題の、そうそう」

 

 

 「うっそだろお前!?」

 

 

 いきなりスマホを取り出した央路が電話を掛けた先は玲奈だった。

 

 

 「玲奈も来るってさ」

 

 

 「うそやん…」

 

 

 持っている財布の中身を確認する境也。

 

 

 「玲奈が焼き肉奢ってくれるのなら押し倒したことチャラにしてやるって」

 

 

 「あ、はい、奢らせてもらいます」

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 「やっほー」

 

 

 合流した玲奈、3人で焼き肉屋に入り個室に通れる。

 

 

 「ちょっとトイレ」

 

 

 肉を注文し待っている間、央路がトイレで席を外した。

 

 

 席に座っているのは玲奈と境也の二人。

 

 

 「その、玲奈、すまなかった、教室で倒して」

 

 

 「あっはっは、まあ良いよそのことは、そのおかげでこうしてお肉様が食べれるんだし、それに」

 

 

 玲奈は一息置いて。

 

 

 「それに、キョウちゃんが元に戻ってよかったよ、私も心配してたし他にも皆心配してたよ」

 

 

 それは本当に心配していた優しい目だった。

 

 

 境也は改めて実感する、どれだけ周りを見ていなかったのかと。

 

 

 「避けててすまなかった」

 

 

 「はい、許します」

 

 

 あっけらかんと玲奈は答える。

 

 

 「…お前のそう言う所は本当に美徳だな」

 

 

 「え、何々、煽ててもコーヒー牛乳しか出ないぜ」

 

 

 「お待たせいたしました~」

 

 

 ここで店員が注文した肉を持ってきた。

 

 

 「さ、食べよ食べよ、折角の奢りなんだし」

 

 

 「おう、味わって食え」

 

 

 もう二人の間には、わだかまりは無かった。

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 央路も帰ってきて三人で焼き肉を食べていると不意に央路が。

 

 

 「そういや、すっかり忘れてたんだが境也ってシルヴィと付き合うのか?」

 

 

 「んごっ!?」

 

 

 央路の言葉に見事に肉を喉に詰まらせる境也。

 

 

 「え、何々どういうこと」

 

 

 急いで飲み物を飲んでいる境也を傍目に玲奈は央路に問いかけた。

 

 

 「いや、境也が立ち直った理由なんだけど簡単に言うと、シルヴィが来て慰められて立ち直ったみたいな」

 

 

 「え、シルヴィこっちに来てたの!?」

 

 

 「ああ、直ぐに帰ったけどな、んで慰められたときにシルヴィが境也に「傍に居て欲しい」って、境也も「傍にいたい」って言ってて」

 

 

 「ちょ、おま、やめろ!!」

 

 

 赤裸々に語られる先程の出来事、正直あの時のことを思い出すと境也は布団に潜り込んで悶絶したくなるぐらいには黒歴史にはなっている。

 

 

 「ほうほう、成程~」

 

 

 玲奈の目が明らかにニヤニヤしてきた。

 

 

 「いや、あれはそういう意味ではなくて!! 付き合うとかじゃなくて!!」

 

 

 「いや、傍に居て欲しいとか告白を通り越してプロポーズだろ」

 

 

 「プロっ!? いや、違うから!! 別に告白とかしたわけじないから!!」

 

 

 「でも実際は?」

 

 

 ニヤニヤしている玲奈、新しいおもちゃを見つけたとばかりな表情だ。

 

 

 「え、実際…とは」

 

 

 「だーかーらー、キョウちゃんがシルヴィのことを好きなのかってこと」

 

 

 「す、好き…!?」

 

 

 「…うぉ、いつも俺と理亜のことを散々おちょくってきた割には自分のことになると急に恥ずかしくなるのかよ」

 

 

 そう、境也は顔を今までにないぐらいには赤くなっていた。

 

 

 「んで、どうなのよ、付き合う付き合わない以前にキョウちゃんはシルヴィのことが好きなの?」

 

 

 「え、あ、えっと…」

 

 

 なんとかしてこの場を凌ごうと言葉を探す境也。

 

 

 この時央路は見た、玲奈がテーブル下でスマホを触っているのを、丁度境也の見えない角度で。

 

 

 こいつ、何をする気だ、と央路も身構える。

 

 

 そして玲奈がテーブルの下で表示させたのは通話画面、さらにそこからアドレス帳から誰かをコールした。

 

 

 央路は誰をコールをしたのか名前を見る。

 

 

 「(シルヴィ…だと!?)」

 

 

 それを見た央路、全てを察し玲奈と目を合わせる。

 

 

 目で頷く。

 

 

 その目は新しいおもちゃを手に入れた子供のよう。

 

 

 「あー、言ってくれないとキョウちゃんに倒された時にぶつけた背中が痛むな~!!」

 

 

 「な!?」

 

 

 「そうだな~、俺も言ってくれないと無視され続けたことがショックで寝込んでしまいそうだな~!!」

 

 

 「うっそだろ!?」

 

 

 凌げなかった境也。

 

 

 「…あー」

 

 

 ワクワクと目を輝かせる央路と玲奈。

 

 

 「……だよ」

 

 

 「ん? なんて言ったんだ小さすぎて聞こえなかった」

 

 

 「だから!! 好きだよ!! シルヴィのこと!! 大好きだよ!!」

 

 

 顔を真っ赤にして焼き肉屋で叫ぶ境也。

 

 

 央路と玲奈はこの時ばかりは個室で良かったと思った。

 

 

 「おー」

 

 

 「そうだよ!! 好きだよ!! ひとめぼれだよ!! キャンプで会った時から!! 昔っから好きだったんだよ!!」

 

 

 「そんな昔から… でも、昔はそんな素振り一切見せてなかったような…」

 

 

 「見せなかったんだよ!! 俺は最初!! シルヴィは、央路!! お前のことが好きだと思っていたんだよ!!」

 

 

 「お、俺!?」

 

 

 「でも、今はオーロ、理亜ちゃんと付き合ってるけど」

 

 

 「それな!! だからシルヴィがショックかも、って気が引けて、口が裂けても言えなかったんだよ!! 好きとか!!」

 

 

 「…なんかごめん」

 

 

 「ええけど!!」

 

 

 「取りあえず、キョウちゃんはシルヴィのことが好きでファイナルアンサー?」

 

 

 「イエス!! 俺は、坂巻 境也はシルヴィのことが大好きです!! ずっと!!」

 

 

 「こいつ、頭のストッパーか何かが外れて一気に知能指数下がったな」

 

 

 「よし」

 

 

 すると玲奈がスマホを 境也に見せた。

 

 

 そこには 通話中 シルヴィ と書かれた文字。

 

 

 「………は?」

 

 

 「お、一瞬思考を放棄したぞ」

 

 

 「にゃっはは、この反応を見るためだけに頑張った」

 

 

 境也は震える手で玲奈からスマホを受け取ると耳に当てた。

 

 

 「えっと、シルヴィ…?」

 

 

 『あ、やっと出てくれた!! もう、いくら呼びかけても出てくれないんだから』

 

 

 「 」

 

 

 一瞬で喉が干上がり変な汗が出てきた境也。

 

 

 「え、っとそのさっきの声…」

 

 

 『あのね、境也』

 

 

 「あ、はい」

 

 

 『私も大好きよ境也のこと、昔から、キャンプのあの日私の手を握って皆の所に連れ出してくれた時から、ずっと大好きよ』

 

 

 「…what's?」

 

 

 『あ、あれ、伝わらなかったのかな、ならもう一度言うわ、大好きよ境也、世界で一番、宇宙で一番、世界か境也か、って言われたら迷わず境也を取るぐらい大好きだわ』

 

 

 「like?」

 

 

 『Loveに決まっているじゃない』

 

 

 「あ、キョウちゃんの頭から煙出てきた」

 

 

 「あれだ、一度に沢山のことが起こり過ぎて脳が処理しきれなくなったんだろ」

 

 

 こうして、境也とシルヴィは付き合うことになったのであった。

 

 




玲奈・央路「計画通り」



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もう一つのゴールデンタイム 7

 ○ ○ ○

 

 境也とシルヴィが付き合いだしてもう3ヶ月ほどたった。

 

 

 あの後、境也は迷惑を掛けた友人に全員謝罪し、元の関係には戻った。

 

 

 ミナちゃんからの目は厳しくなったが。

 

 

 そして、当の二人だが、シルヴィは執務がありすぎて境也と直接会うなんてことはこの期間全くなかった。

 

 

 それでも電話だけは最低でも3日に1回はしていた。

 

 

 昔の話や今日の学校の話、エルさんたちの状況や、シルヴィの近況、とにかく色々話した、話題には事尽きなかった。

 

 

 そして、理亜の話も。

 

 

 昨日、1学期が終了したのだが境也と央路は学校に呼び出された、1週間ほどの着替えなど、生活用品を持って、誰に呼び出されたか。

 

 

 「お久しぶりです」

 

 

 「お元気でしたかな」

 

 

 そこにいたのはエキスナさんとボラルコーチェさん、ソルティレージュに呼び出された。

 

 

 「…これがファーストクラス」

 

 

 「飲み物飲み放題、飯食い放題」

 

 

 「頼むからやめてくれよ…」

 

 

 自由気ままな境也に呆れる央路、数時間の空の旅であった。

 

 

 ○ ○ ○ 

 

 

 下された自家用飛行場で待っていたのはエルさんだった。

 

 

 「市松殿、坂巻殿、お久しぶりです」

 

 

 「エルさん」

 

 

 「久しぶりです」

 

 

 「お元気でしたか。 市松殿は背が少し伸びましたね」

 

 

 「親戚のおばちゃんみたいなセリフを…」

 

 

 「おば…っ、坂巻殿後で色々とお話が」

 

 

 「え"」

 

 

 「シルヴィ様の事についても」

 

 

 「ヒェ…」

 

 

 顔は笑顔だが目が全く持って笑っていないエルさん。

 

 

 それもそうだ、大事に大事に守ってきた王女様がこんな平民と付き合うのだ、言いたいことも山ほどあるだろう。

 

 

 正直仕方のないことなので甘んじて受け入れる境也。

 

 

 「にしても、ここがソルティレージュ…」

 

 

 央路が話題を変えようとする。

 

 

 「はい。第三王宮、僧間殿は空を眺めるのお好きですから、最も景色のよいところをご用意しました」

 

 

 そう言われて改めて景色を見渡す央路と境也。

 

 

 確かに良い景色だ。

 

 

 「理亜は」

 

 

 央路が急かすように言う。

 

 

 「こちらです」

 

 

 その気持ちも分かっているようにエルさんは二人を案内してくれた。

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 景色のいいバルコニーから近く、風通しの良い一角。

 

 

 そこに理亜はいた。

 

 

 「僧間殿」

 

 

 エルさんが優しく問いかける。

 

 

 「んっ、ああ」

 

 

 恐らく目の視力が殆ど失われているのだろう、こちらから声を掛けないと反応が無かった。

 

 

 が、それでも央路が近づくと。

 

 

 「あ…、なんだよ。来ちゃったの?」

 

 

 央路のことは一瞬で分かった。

 

 

 「足音で聞き分けれるようにトレーニングしてさ、お前の足音は最初から記憶してたし」

 

 

 「…そか」

 

 

 「よ、ちなみに俺もいるぞ」

 

 

 「サキも来たのか、つか、よかったわけ、来ちゃって」

 

 

 「向こうは夏休み」

 

 

 「そういうことだ」

 

 

 境也が言い、央路が頷く。

 

 

 「そう」

 

 

 ほろ苦く笑う理亜。

 

 

 央路は理亜のあるところに目線を向けた。

 

 

 理亜に近づく央路。

 

 

 「…あはは」

 

 

 「もう動くのか?」

 

 

 「うん、結構」

 

 

 央路は理亜の大きく膨らんだ下腹部。

 

 

 丁度赤ん坊が居るところに手を触れた。

 

 

 「あんま驚かないのな」

 

 

 「春頃からちょっと予想はしててな。お前、テレビ電話で顔しか映らないようにしてたし、その顔もむくんでること多かったし」

 

 

 「サキもそんなに驚いてなさそうだな」

 

 

 「俺は最初から知ってたから」

 

 

 「そっか」

 

 

 苦笑する理亜。

 

 

 「そういえばサキ、シルヴィと付き合ったそうだな」

 

 

 「ああ、おかげ様でな」

 

 

 「オレからしたらようやくって感じだけどな」

 

 

 「はは、そうか」

 

 

 「まあ、おめでとう」

 

 

 「ありがとう」

 

 

 二人笑う。

 

 

 「……~」

 

 

 理亜が眠そうにし始めた。

 

 

 「…先に出てるわ」

 

 

 そう言うと境也はバルコニーに出た。

 

 

 思わず右手を見る。

 

 

 「…なんとか、出来ないものかね」

 

 

 右手をグーパーと開いて閉じてを繰り返す。

 

 

 少しあと、エルさんと央路が外に出てきた。

 

 

 そして理亜の現在の状況を説明し始めた。

 

 

 簡単にまとめると、覚悟だけは持っておいた方が良いということ。

 

 

 そして、子供だけでも助かるなら奇跡だということ。

 

 

 正直、予想は出来ていたこと、出来ていたことだが。

 

 

 「…きっついな」

 

 

 境也は誰にも聞かれない声で呟く。

 

 

 「出産に関しては我々ソルティレージュが総力をあげて協力するとお約束します。…ですので市松殿、その日が来るまで僧間殿のおそばにいて差し上げてください」

 

 

 央路は無言で頷く、だがその表情は険しかった。

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 「エルさん、シルヴィは今…」

 

 

 話が終わり、央路が学園の方に休学の連絡をしている間、境也はエルさんにシルヴィの所在を聞いた。

 

 

 「シルヴィ様は今、外遊でアメリカです、明日の夕方ごろに帰ってくる予定です」

 

 

 「そうですか…」

 

 

 「…私たちが何故市松殿だけでなく坂巻殿もお呼びしたか分かりますか?」

 

 

 「…え?」

 

 

 本来、理亜のお見舞いということなら央路だけで良いのだが、なぜ境也もソルティレージュに呼ばれたのか。

 

 

 「シルヴィ様は今、酷く疲弊しています」

 

 

 エルさんは少し顔を俯き加減で話始めた。

 

 

「僧間殿のことで、本当にこの選択でよいのだろうか、と。私たちにはそのような顔を一切見せまいとはしているようですが、それでも我慢しているのは分かります」

 

 

 薄々気付いてはいた、電話している時、あれ、少し疲れているのではと思うことも多々あった。

 

 

 無論、そのことを境也は電話で問いただしたりもした、「疲れていないのか」等々、でもシルヴィは決まって「大丈夫よ」と返す。

 

 

 「ですので、お呼びしたのですシルヴィ様の恋人である貴方を」

 

 

 「エルさん…」

 

 

 てっきりシルヴィと付き合うということに反対しているのではないかと思っていたのだが。

 

 

 「いくら支えようとも、私たちには決して弱音を見せないのがあの人です、姫様を支えたくても、姫様自身がそれを許してくれない、それがあまりにも悔しくて悔しくてっ…」

 

 

 その声は悔しさと涙に震えていた。

 

 

 「恥を忍んでお願いしますっ!!」

 

 

 エルさんは境也に深く頭を下げた。

 

 

 「私たちにはシルヴィを支える力はありませんっ、どうかっ、どうかっ、シルヴィア様を元気付けて、支えてやってください…っ」

 

 

 返答なんて決まっている。

 

 

 「任せてください」

 

 

 エルさんは顔を上げる。

 

 

 「それに言われるまでもないですよ、俺はシルヴィの彼氏っすから」

 

 

 「……ありがとうっ ございますっ!」

 

 

 エルさんが再び頭を下げた。

 

 

 「でもエルさん」

 

 

 これだけは言っておきたかった。

 

 

 「シルヴィのことを支えれてないって言いましたけどそれだけはないですよ」

 

 

 エルさんが顔を上げる。

 

 

 「貴方たちは十二分にシルヴィを支えていますよ、なんて、上から目線で偉そうなこと言ってますけど.…」

 

 

 少し苦笑しながら言う。

 

 

 「それだけは絶対に誰がなんと言おうと譲れません。1年は同じ学校、同じ教室で生活して見てきて言えることです」

 

 

 だから、と続ける。

 

 

 「誇りに思ってください。今まで貴方たちに支えられてきたから今のシルヴィがあるんです。それを忘れないでやってください。あまり自分を責めないでください、シルヴィが悲しみます」

 

 

 「…… シルヴィ様が悲しむ。 はい、そうですね、確かに」

 

 

 気分が持ち直したのか前を向けるようになったエルさん。

 

 

 「こんな気分が落ちている状態だと、逆にシルヴィ様を悲しませてしまいます」

 

 

 そういうエルさんの表情はまだ硬い。

 

 

 「ほらエルさん、そんな悲しい顔しないで、もっと笑顔に」

 

 

 「え、えっと、笑顔、こ、こうですか?」

 

 

 少しぎこちないが先ほどよりは良い顔になったエルさん。

 

 

 「はい、やっぱり悲しい顔より笑っている顔の方が可愛いですよ」

 

 

 「か、かわっ… ええい坂巻殿!! 私をおちょくるのもいい加減になさい!!」

 

 

 「え、ちょっと待ってどこにおちょくる要素があったのだ」

 

 

 もうエルさんの顔には憂いは無かった。

 

 

 「……シルヴィ様が貴方を慕う理由が少し分かった気がします」

 

 

 「え、何か言いました?」

 

 

 「いえ、特になにも、さて、坂巻殿。シルヴィ様を元気付けさせる為なら私どもも協力を惜しみません。何か手伝えることがあれば何でも仰ってください」

 

 

 「……じゃあ、早速一ついいですか?」

 

 

 「はい、何なりと」

 

 

 初めて彼氏らしいことをしてやれると、境也は内心嬉しかった。

 

 

 ○ ○ ○ 

 

 

 



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もう一つのゴールデンタイム 8

今回クッソ長いです。
スミマセン、切るに切れなかったです…。


 

 ○ ○ ○

 

 

 時刻は15時程、もうすぐ夕方になろうとする時間帯。

 

 

 なんとか終わったアメリカとの外遊。

 

 

 帰ってきてすぐ、シルヴィは休まずに執務をしようとしたが。

 

 

 「シルヴィア様、今日のお仕事はこれで終わりです」

 

 

 「え?」

 

 

 執事にそう言われるが、そんなはずは、と、シルヴィは思う。

 

 

 いつもならまだまだ仕事は残っていて終わるのは大体20時ごろ、これでも実際の王女の仕事量と比べると少ないぐらいなのに。

 

 

 「後のことは我々に任せてシルヴィア様は休養を取り、ゆっくりと羽を休ませてください、最近寝る時間も少なくなっていたぐらいなのでしょ?」

 

 

 「そ、そんなことないわ、それに仕事をしていた方が今は落ちつくし…、第一上司である私が休んで部下に仕事をやらせるなんて…」

 

 

 「姫様、これは決定事項です、大丈夫ですよ、残りの執務などは騎士院派の人たちにも助けてもらうことになっています」

 

 

 すると、執務室のドアが開いた。

 

 

 「失礼します」

 

 

 「エル!!」

 

 

 中に入ってきたのはエルたち騎士院派。

 

 

 「そういうことですよ、シルヴィ様、ここは我々に任せて休養を取ってください」

 

 

 皆、シルヴィのことを心配しているのだ、楽団派、騎士院派、関係なくシルヴィを助けるために手を取り合って動いている。

 

 

 「で、でも急に休養だなんて」

 

 

 「それには心配いりませよ」

 

 

 エルさんがドアに目線を送る。

 

 

 つられてシルヴィもそこに顔を向ける。

 

 

 「よ、シルヴィ、デートしようぜ」

 

 

 「きょ、境也!?」

 

 

 これに関してはシルヴィも驚いていた、知らされていたのは央路が理亜のお見舞いでソルティレージュに来ているということだけ、境也が来ているなんて一言も聞いていなかった。

 

 

 「う、嘘でしょ境也。いつ来たの!? うわぁ、3ヶ月ぶりぐらい? 元気にしてた?」

 

 

 「ああ、元気にしてたさ、シルヴィは少し元気がないみたいだけど?」

 

 

 境也の目にもシルヴィが疲れがたまっているのが目に見えていた。

 

 

 「うっ、えっとこれは…」

 

 

 手で顔を隠し顔を逸らすシルヴィ、正直あまり見られたくないのだろう。

 

 

 「取りあえず、シルヴィ」

 

 

 「…はい」

 

 

 「さっきも言ったけど、デートしようぜ」

 

 

 「…へ?」

 

 

 シルヴィは間抜け顔を境也に晒した。

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 少し準備があるから、と、集合場所の書いた地図を執事に渡され集合時間の1時間後、境也は集合場所の王宮近くの噴水の前で待っていた。

 

 

 「やっぱり日本とは街並みも違うな」

 

 

 集合場所に来るまで見ていたテレビでしか見たことのなかった街並み、そして彼女との初めてのデート、境也は少しわくわくしていた。

 

 

 「お、お待たせ」

 

 

 シルヴィの声が後ろから聞こえた。

 

 

 境也が振り返る。

 

 

 「お…う」

 

 

 思わず声を失った。

 

 

 「え、えっと、どう…かな…、一応、王女だから周りにバレるといけないからって侍女が…」

 

 

 今のシルヴィはその長い金色の髪を後ろでくくり、ポニーテールにし、メガネをかけている。

 

 

 服装もいつものドレスではなく、日本で着ていたような肩を見せた刺激的な服装。

 

 

 いつもの雰囲気と違って凄く色気があり、年上のような雰囲気を醸し出している。

 

 

 「エルが境也がポニーテールが好きだって…」

 

 

 「(ありがとう、エルさん、けどその情報をどこで手に入れたのかだけは小一時間ほど問い詰めたい)」

 

 

 まさか、コンビニでそういう系の本を買ったところを見られたりしてない…よな?と本気で考える境也。

 

 

 ソルティレージュの諜報員は何処にでもいて何処にもいないのである。

 

 

 「え、えっと、境也…?」

 

 

 「え、あ、えっと、凄い、すっごく似合ってる、えと、今までのシルヴィと全然雰囲気が違ってて、その、あの、凄く可愛い」

 

 

 緊張しまくって震え声な境也、自分でも何を言ってるのか分からないレベルである。

 

 

 「~~~~っ!!!!」

 

 

 シルヴィは境也のその返答を聞くと体ごと境也から背けて手で顔を隠す、思わずにやけてしまう顔を隠すように。

 

 

 「えっと」

 

 

 「ひゃい!?」

 

 

 境也の呼びかけ一つに飛び上がるシルヴィ。

 

 

 「取りあえず、行こうか」

 

 

 「え、ええ、分かったわ」

 

 

 こうして境也とシルヴィのデートが始まった。

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 「ところで境也、その手に持っている地図ってなんなの?」

 

 

 シルヴィと歩き始めて境也が手に持っている地図に疑問を示したシルヴィが聞いていた。 

 

 

 「なんか、エルさんたちから持たされたんだ、この付近の観光スポットとか書かれてるらしくて」

 

 

 正直、デートしようとか言ったわりにはどこに行くのかも決まっていないのでこの地図が命綱なのである。

 

 

 「あ、ここは私もよく行ったところだわ」

 

 

 シルヴィはそう言い地図のある場所を指さした。

 

 

 「丘…?」

 

 

 「ええ、この街を一望できるとても良い場所よ」

 

 

 「じゃあ、目的地はここにするか、あ、けど、シルヴィは何処か行きたい所とかあったりする?」

 

 

 「いいえ、特にないわ、それに私が行きたいところとは境也の隣なんだから」

 

 

 「……ほんとさ…不意打ちはアカンでしょ…」

 

 

 境也はシルヴィの一言に撃沈した。

 

 

 「さ、行きましょ、境也!!」

 

 

 シルヴィに手を引かれ歩き出した。

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 「まさか、ボラルコーチェに双子の弟さんがいたなんて初めて知ったわ、はむはむ」

 

 

 「…そうでしょうね」

 

 

 屋台で買ったクレープを頬張りながらシルヴィは言う。

 

 

 二人は目的地の丘に向かっていたのだが途中でクレープの屋台があったので寄ったのだが。

 

 

 「それもクレープ屋さんをやっているだなんて、はむはむ」

 

 

 そこの屋台の人がボラルコーチェさんだったのである、もう一度言う、ボラルコーチェさんだったのである。

 

 

 本人曰く双子の弟のボレルコーチェですと言っていたが。

 

 

 「(いや、あれは無理があるだろ…)」

 

 

 境也の脳内でほっほっほと笑いながらクレープを焼くダンディな爺さんが思い出される。

 

 

 「(と、いうか何人か通行人で王宮で見たことがある人がチラチラといるし…)」

 

 

 シルヴィの近衛兵がかなりの数、この街に放たれていた。

 

 

 目的はただ一つ。

 

 

 『シルヴィ様の初デートを成功に導く』

 

 

 これだけなのである。

 

 

 「むぅ、境也、難しい顔をしているわ」

 

 

 「え、マジ?」

 

 

 知らず知らずに顔がこわばっていたようだ。

 

 

 「こういう時は甘いものを食べないと、はい」

 

 

 と、シルヴィは自分が食べていたクレープを境也に向ける。

 

 

 「え、」

 

 

 「あーん」

 

 

 「ん"!?」

 

 

 『おー』

 

 

 待て待て待てと境也の脳内は緊急アラートを発していた。

 

 

 あと通行人(仮)はこっちみんな。

 

 

 「(これが、あれか恋人がやると言われている伝説の宝刀「あーん」!! ま、まさかこんなところで拝めるとは、いや、ちょっと待って、まだ心の準備が出来ていないというか、え、はれ、このシルヴィが向けている部分、ここはさっきシルヴィが食べてた部分、ということはつまり間接キス…だと…!?)」

 

 

 「あーん」

 

 

 『やっちまえ』

 

 

 『早くしろよ』

 

 

 『あのテンパり具合、童貞かよ』

 

 

 『ああ、シルヴィ様こんなにも立派になられて…』

 

 

 『姫様はワシが育てた』

 

 

 『うるせー黙ってろ今良い所なんだ!!』

 

 

 『何よ私だってシルヴィ様の成長記録を撮るのに忙しいのよ!! 貴方だって邪魔しないで!!』

 

 

 『ほっほほ、何事も経験ですぞ、坂巻殿』

 

 

 テンパる境也。

 

 

 騒ぐ外野。

 

 

 「…境也?」

 

 

 寂しそうな目で境也を見るシルヴィ。

 

 

 その視線に押されて口を開ける境也。

 

 

 「あ、あーん」

 

 

 笑顔になるシルヴィ。

 

 

 「はい、あーん」

 

 

 シルヴィから差し出されたクレープを食べる境也。

 

 

 「美味しい? 境也」

 

 

 「あ、ああ」

 

 

 「なら良かったわ」

 

 

 正直味なんて全く分からなかったがシルヴィが笑顔ならいいやと思う境也。

 

 

 ただ、影でハイタッチしてる人たちは帰ってほしいと切に願う境也であった。

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 「おお、これは凄いな」

 

 

 「ね、言ったでしょ」

 

 

 驚く境也に嬉しそうに言うシルヴィ、場所は目的地の丘、そこから見える街を一望する景色に感嘆の声を上げていた。

 

 

 時刻は6時ぐらい、綺麗な夕日が街を照らしていた。

 

 

 「ねえ、境也、この街は気に入ってくれた?」

 

 

 「ああ、凄く綺麗な街だ」

 

 

 「ふふ、なら良かった」

 

 

 二人はしばらく無言になり景色を見た。

 

 

 境也は何かを待つように。

 

 

 シルヴィは何かを言いたそうに。

 

 

 景色を見た。

 

 

 夕日が更に傾きはじめ、街の向こう側に落ちかけたころ、シルヴィが意を決して口を開いた。

 

 

 「…本当ならもっと早くに二人を呼びたかった…のだけど」

 

 

 境也はそれを黙って聞いた。

 

 

 「ごめんなさい… 央路と境也を読んだら揺らいじゃうから…、私もソーマ君も」

 

 

 その声は震えていた。

 

 

 境也はシルヴィの姿を見て、そっとシルヴィ近寄り肩を抱いた。

 

 

 「…辛かったな」

 

 

 「…っ」

 

 

 「親友が命を投げ捨てるための選択をして、しかもそれを近くで後押ししなきゃいけない、なんて」

 

 

 シルヴィの肩の震えが大きくなる。

 

 

 「けどさ」

 

 

 境也はシルヴィを抱きしめた。

 

 

 「辛いならさ、辛いって言ってくれよ、電話でも弱音すらも言わずにさ、俺にも…支えさえてくれよ、シルヴィのこと、言わなくちゃさ、伝わらないからさ」

 

 

 「……ひぐっ、う……ううううう」 

 

 

 シルヴィは境也の胸の中で嗚咽を漏らす。

 

 

 「大丈夫、全部受け止めるから、信じて」

 

 

 「……辛かった」

 

 

 「…ああ」

 

 

 「…ひぐっ、境也、私、辛かったよっ…」

 

 

 「よく、言えました」

 

 

 「ひぐっ、うあああああああ」

 

 

 シルヴィの鳴き声が胸に響く。

 

 

 「…わ、わたし、正しいのっ? 間違っていないのっ? ソーマ君が、あんなにもっ、苦しんでいるのにっ…!!」

 

 

 無言で境也はシルヴィの背中を摩る。

 

 

 「わたしなら、止めれたのよ…、春までに言えば止めれたの。王女だもの。赤ちゃん、堕ろしましょうって、言えたの!! でも、でも…っ!!」

 

 「大丈夫、大丈夫」

 

 

 「ソーマ君のお顔、見てたら、そんなこと、言えなかったっ…」

 

 

 「ああ、分かってる…、分かってるよ、あんな顔されたら言えない、よな…」

 

 

 境也は日本を発つ時の理亜の顔を思い出す。

 

 

 「シルヴィは間違ってないよ」

 

 

 「…でも、でもっ!!」

 

 

 「大丈夫、間違っていない、君の選択は間違っていない」

 

 

 境也は更に強く抱きしめる、シルヴィの震えを止めるように。

 

 

 「シルヴィは正しいことをしたよ、人間誰だって正しいと思ってることをするもの、シルヴィは悪くない」

 

 

 「…ぐすっ、うう」

 

 

 涙も止まりかけてきたシルヴィ。

 

 

 「…その先に俺は皆が笑顔な金色時間(ゴールデンタイム)を探すよ」

 

 

 右手を見る。

 

 

 特典が使える右手を。

 

 

 「…駄目、それだけは絶対に駄目」

 

 

 シルヴィが境也の右手を両手で掴む、まるで逃がさないように。

 

 

 「何か分からない、けど、境也はそれを使うと、死んじゃうんでしょ…」

 

 

 「…誰にも話してなかったけど、シルヴィには話しておこうかな」

 

 

 そう言い、境也はシルヴィに特典のことを打ち明けた。

 

 

 「俺はさ、生まれた時からそう言う力、特典があるんだ、一度きりの力を使うとどんな瀕死の、不治の病でも治る、でも、その代償は俺の死、感覚で言うと椅子を譲り渡してそこに座らせるって感じかな、そう言う力が俺にはあるんだ、何故か」

 

 

 そう言うと境也は右手に力を込める、すると淡い光がシルヴィの手の隙間から漏れる。

 

 

 思わずビックリするシルヴィだがそれでも手は離さなかった。

 

 

 「絶対嫌だからね、わたし、境也が死ぬなんて…」

 

 

 境也は微笑み、シルヴィの両手を左手で優しく覆う。

 

 

 「ああ、分かってる、前の俺は死んでもいいって思ってたけど今は違う、自己犠牲なんてくそくらえ、俺は目指すんだ、皆が笑顔なハッピーエンド(ゴールデンタイム)ってやつを、それに、その…」

 

 

 「…?」

 

 

 「この力のこと、言ったのシルヴィが初めてなんだけど何で話したかって理由なんだけど、その、俺はさ、今、傲慢かもしれないけどシルヴィが背負っているものを少しだけ背負わさせて貰ったわけじゃないか」

 

 

 「傲慢じゃなくて、本当に、しかもかなり大部分を一緒に背負ってもらったと思うんだけど…」

 

 

 「その、だから俺のも一緒に背負ってくれないか…な…って、重い…かな」

 

 

 思わずポカンとするシルヴィ。

 

 

 少し恥ずかしくなって顔を赤くする境也。

 

 

 「…いいえ、いいえ!! 重いわけないじゃない!! 勿論よ!! 境也が背負っているもの、それを私にも背負わせて頂戴!!」

 

 

 笑顔で言うシルヴィ。

 

 

 思わずホッとする境也。

 

 

 「…なんというか、俺、今ようやく彼氏彼女の関係になれたんじゃないかなって思う」

 

 

 「ふふ、ええそうね、私もそう思うわ」

 

 

 「……あの、ところで」

 

 

 「なあに…?」

 

 

 「いつまで密着しているので…しょうか…」

 

 

 そう、境也とシルヴィは今の今までほぼほぼ真正面、密着率99%ぐらいの状況で話していたのだ。

 

 

 「…いや?」

 

 

 「いやじゃないけど、そのなんというか…恥ずかしいというか…」

 

 

 「何よ、最初に抱きしめてくれたの境也じゃない」

 

 

 「えっと、はいそうなんですけど…」

 

 

 「なら良いじゃない」

 

 

 まるで語尾に音符マークが付くレベルでルンとしたシルヴィの言葉。

 

 

 「ま、いっか…」

 

 

 「あ、見て境也!! もうすぐ日が沈むわ!!」

 

 

 シルヴィが指さす先、そこには太陽が街の向こう側に落ちる瞬間。

 

 

 「…夕日ってのはやっぱりどこに居ても変わらないものなんだな」

 

 

 「…でも、私、正月に学校の屋上で見た夕日が一番凄いと思うわ」

 

 

 「それは俺も思うな、また見ようか一緒に」

 

 

 「ええ、一緒に」

 

 

 二人は夕日を沈むまで眺めた。

 

 

 「さて、帰るか」

 

 

 「ええそうね、体も冷えてきたし…」

 

 

 歩き出した二人、ふと境也が空いてるシルヴィの手を取った。

 

 

 「え、っとこの方が少しは寒くない…だろ?」

 

 

 正直内心心臓バクバクだが、平静を装う。

 

 

 「ええ!!」

 

 

 シルヴィも笑顔になり手を握り返す。

 

 

 二人は王宮に手を繋ぎながら帰った。

 

 

 近衛兵に殆ど見られた。

 

 

 境也は死ぬほど恥ずかしくて途中で手を解こうとしたがシルヴィがそれを許さなかった。

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 夜。

 

 

 境也は宛がわれた部屋で就寝しようとしたら不意にドアのノック音が響いた。

 

 

 「…境也、まだ起きてる?」

 

 

 入ってきたのは寝間着姿のシルヴィだった、何故かその手に枕を持って。

 

 

 「起きてるけど…」

 

 

 「…その、一緒に寝てもいい?」

 

 

 「…What's?」

 

 

 一瞬脳の活動が休止しかけた境也。

 

 

 いや、待て待て待て、とストップをかける境也。

 

 

 「(仮にも王女だぞ!? 王女と一緒のベットで寝たとか俺、明日エルさんたちに何されるか全く分からない、分かりたくもない、よし、ここは穏便にかつシルヴィを悲しませないように、説得して…)」

 

 

 「…ダメ?」

 

 

 「ええよ」

 

 

 境也、シルヴィの枕を胸に抱きながら上目使いに一瞬で敗北。

 

 

 ベットに二人入り毛布を被る。

 

 

 ちなみに背中合わせだが。

 

 

 まあ、寝れるわけがないと境也。

 

 

 「境也起きてる……?」

 

 

 「起きてる」

 

 

 「境也こっち向いて」

 

 

 「え、あ、うん」

 

 

 正直、恥ずかしいがシルヴィの方を向く境也。

 

 

 しかし、目が泳いでる境也。

 

 

 「今日はありがとう」

 

 

 「あ、いや、俺も楽しかったらお礼は時間を作ってくれたエルさんたちに……」

 

 

 「エルたちにはもう言ったわ、だから次は境也」

 

 

 「そ、そうか」

 

 

 「……ちゃんとこっち見てる?」

 

 

 「見てる見てる」

 

 

 嘘だ、恥ずかしくて目があっていない。

 

 

 「仕方ないなあ、もう」

 

 

 と、不意にシルヴィが顔を近づけてきた。

 

 

 突然だったので全く反応出来なかった境也。

 

 

 そのまま、シルヴィは自ら唇を境也の唇に押し当てた。

 

 

 そう、キスである。

 

 

 「!?!?!?!?」

 

 

 全く何が起こっているのか境也には理解出来なかった。

 

 

 ただわかるのはシルヴィの唇が凄く柔らかくて、甘い味がすること。

 

 

 唇を放すシルヴィ。

 

 

 「ふふ、やっとこっちを見た」

 

 

 妖艷に微笑むシルヴィにショート寸前な境也。

 

 

 「境也、ありがとう。大好きよ」

 

 

 そう言うとシルヴィは背を向けた。

 

 

 「それじゃあ、お休みなさい」

 

 

 この日、境也は一睡もできなかった。

 

 

 ちなみにシルヴィが背を向けたあと、顔は真っ赤に染まっていたということをここに記そう。

 

 





理亜「さすがシルヴィ!」
央路「おれたちにできない事を平然とやってのけるッ そこにシビれる!あこがれるゥ!」



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もう一つのゴールデンタイム 9

書けた!! ずっと書きたかったことを書けた!!



 ○ ○ ○ 

 

 

 境也とシルヴィがデートして丁度1週間がたった。

 

 

 央路は毎日ずっと理亜の傍に。

 

 

 境也は理亜のお見舞いにシルヴィの話し相手。

 

 

 特に何もなく時間が過ぎていた。

 

 

 が。

 

 

 「坂巻殿!!」

 

 

 エルさんが呼びに来た瞬間、事態が動き始めた。

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 理亜の陣痛が始まった。

 

 

 央路と境也とシルヴィの三人は急いで理亜の元へ向かった。

 

 

 「ひとまずは自然分娩の用意、ただ子宮口全開大が難しければ、すぐ手術に移行します」

 

 

 理亜の元に行く移動中、エルさんから説明を聞く。

 

 

 「一緒にいてあげて下さい」

 

 

 その声音はとても優しかった。

 

 

 「ソーマくんっ!」

 

 

 いの一番に声を掛けたのはシルヴィ。

 

 

 理亜のもとに行くと理亜はドラマとかでよく見る患者服を着て横になっていた。

 

 

 「んー?、ああ、ようシルヴィ。ようやく会ってくれるようになったのに、ごめんなこの状況で」

 

 

 「ううん、そんなことはないわ!!」

 

 

 負い目からか最近、理亜と会っていなかったシルヴィ、境也とのデート後、何回か見舞に来ていた。

 

 

 「痛いか?」

 

 

 央路が理亜の肩を掴む。

 

 

 「すげー痛い、でも、この痛みが味わえるんだ、幸せだよ」

 

 

 理亜は痛みに耐えながらも笑顔を作る。

 

 

 「頭撫でてイチ。少しでも紛れるから」

 

 

 「ああ」

 

 

 央路は理亜の頭を撫でる。

 

 

 境也は右の手でソーマの手を取った。

 

 

 「俺もいる、気合入れろ」

 

 

 「サキ…」

 

 

 理亜は苦し気に息を吐く。

 

 

 「ソーマくん…」

 

 

 今、三人に出来るのは祈ることのみ。

 

 

 お産には10時間を超える事も多い。

 

 

 理亜は痛みのさなか、時おり意識を失って、また時おり思い出したように目を開ける。

 

 

 部屋に入った時は夜中だったのだが、かなりの時間が過ぎ、太陽が昇ってきた。

 

 

 「…太陽、出てきた?」

 

 

 「見えるか?」

 

 

 理亜はもう殆ど目が見えない、だが、外が明るくなってきたのには気付いた。

 

 

 「うん、朝焼け…? きれいだね、夕焼けと同じ金色で」

 

 

 「…ああ」

 

 

 「ソーマくん…」

 

 

 「…イチ、シルヴィ、サキ、4人で夕日見たね。オレさようやく分かった。多分金色がさ見たかったんじゃなくて」

 

 

 理亜が絞り出すように言う。

 

 

 「3人と一緒のものが見たかったんだ、一緒に見たものが、全部金色だったんだ」

 

 

 「理亜…」

 

 

 思わず境也はその言葉にイラっときた。

 

 

 「…んだよ」

 

 

 「…境也?」

 

 

 「何、悟ってんだよ諦めんなよ、まだ終わってないぞ、また4人で一緒のものを見るんだよ」

 

 

 「サキ…」

 

 

 「ああ、終わってない、出来る出来るかじゃない、やるか、やらないかだ」

 

 

 その言葉は自分に言い聞かせているようだった。

 

 

 その言葉の意味に気付いた理亜とシルヴィ。

 

 

 「…だめだ」

 

 

 「待って境也!!」

 

 

 二人は境也のしていることを止めようとする。

 

 

 だが、境也は。

 

 

 「大丈夫」

 

 

 ああ、そうだ今回は大丈夫だ。 

 

 

 「娩出が始まっています。しかし子宮口に変化なし、このままでは…」

 

 

 医師が焦るように言う。

 

 

 タイムリミットが迫っていた。

 

 

 もう迷ってはいられない。

 

 

 出来るか分からない、ぶっつけ本番。

 

 

 だが、横にはシルヴィが居る。

 

 

 だから、大丈夫。

 

 

 境也はシルヴィに理亜の手を握っている手とは逆の左手を差し出す。

 

 

 「握っててくれ、迷わないように」

 

 

 「…うん」

 

 

 シルヴィは境也の左手を両手で強く握る。

 

 

 境也はそのまま右手に、己の中に意識を集中した。

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 光る右手、力が抜ける体。

 

 

 「(コイツは…思った以上にキツイ!!)」

 

 

 医師とエルさんは今、何が起こっているのか全く分からないだろう。

 

 

 ただ、もう少し待ってくれと願う。

 

 

 今やろうとしているのは全てを理亜に渡すのではなく半分を理亜に渡すこと。

 

 

 椅子は譲るだけじゃない、相席って方法もあるぐらいなんだ。

 

 

 なら、やってみるしかない。

 

 

 恐怖もあった、でもシルヴィが居る、だから、頑張れる。

 

 

 「(でも、それでも、ヤバイ!! どんどん吸われている!!)」

 

 

 右手の光が大きくなる度、体に力が入らなくなってくる。

 

 

 「…だめ、離してサキっ!!」

 

 

 理亜が言う。

 

 

 自分だって苦しいのに、そんな時に他人の心配か。

 

 

 「…だい、じょうぶっ!! 4人で、また笑い、合うんだよっ!! だから、大丈夫!!」

 

 

 焦る理亜をなだめるように言う。

 

 

 「(って言っても今、どれぐらいだっ、どれぐらいで良いんだっ!? 駄目だ頭が纏まらない!!)」

 

 

 一瞬、意識が飛びそうになった。

 

 

 「境也!!」

 

 

 シルヴィが呼ぶ。

 

 

 「っああ、大丈夫、まだ、諦めない、諦めないからっ」

 

 

 右手の光がより一層強くなった。

 

 

 「一体、何が…っ!?」

 

 

 医師とエルさんは今のこの超常的現象に驚き、見る事しか出来ていない。

 

 

 だが、動くものもいた。

 

 

 境也の右肩に手が置かれた。

 

 

 「今、境也が何をしているのか分からない、でも、理亜を助けるためんだろっ!? ならお前だけに任せれないってのっ!!」

 

 

 その手は央路の手だった。

 

 

 唯一無二の親友の手。

 

 

 元気づけられるのには十分だった。

 

 

 「っしゃおらあッ!!」

 

 

 更に光が強くなった。

 

 

 どんどん光が強くなる。

 

 

 もっと明るく、もっと強く。

 

 

 でも、何かが抜け落ちる感覚が止まらない。

 

 

 「(ちょっと、マジでやばいけど、止めるわけには…っ!!)」

 

 

 

 

 ここまで来たら十分だ、後は俺がやる。

 

 

 

 

 そして、部屋を光で満たした。

 

 

 ○ ○ ○ 

 

 

 「ここは…」

 

 

 光に覆い尽くされた後、境也はある場所に立っていた。

 

 

 「…屋上」

 

 

 境也が立っていたのは理亜の部屋ではなくノーブル学園の屋上。

 

 

 境也はあるところに目が釘付けになった。

 

 

 屋上の給水塔の上、そこにシルヴィがいた。

 

 

 涙を流しながら。

 

 

 その膝の上には。

 

 

 「…俺?」

 

 

 その膝の上には境也がいた。

 

 

 ただ、目を閉じている。

 

 

 まるで眠っているかのように。

 

 

 央路と理亜もシルヴィの近くにいた。

 

 

 でも、二人とも涙を流していた。

 

 

 「…そうか、ここは」

 

 

 納得した。

 

 

 なんで、理亜が日本を発つとき特典を拒否したのか。

 

 

 この光景を見たからだ。

 

 

 ここは。

 

 

 「俺が、理亜を救った世界か」

 

 

 「そうだ」

 

 

 境也の後ろから声が掛かった。

 

 

 振り返るとそこにいたのは。

 

 

 境也だった。

 

 

 「お前が、この世界の俺か」

 

 

 「ああ、そこで寝てるやつだ」

 

 

 そう言うと、この世界の境也は苦笑する。

 

 

 「まあ、救ったって言ってもいいのか分からないけどな、結局3人とも泣かしたんだ、救ったとは言えない」

 

 

 「…いつからいたんだ」

 

 

 「お前が正月に4人でグリーンフラッシュを見た日だな、あの日から突然お前の背後霊っぽいものになったんだ」

 

 

 「あの日か」

 

 

 正月、物事が大きく動き始めた日。

 

 

 「俺は死んで、見ちまったんだ、シルヴィと理亜と央路の涙を」

 

 

 境也は涙を流し続けるシルヴィを悲しい目で見た。

 

 

 「あの時の俺は結局、自分しか見えてなかったんだ、俺が死んで理亜が生きればもうこれでハッピーエンドだろう最高のゴールデンタイムだろう、って。でも違った。あいつらは俺が死んで涙を流したんだ」

 

 

 境也は悔しそうに言う。

 

 

 「あいつらは俺が死ぬなんて全く望んでいなかったんだ、あいつらが望んでたのは4人笑顔な最高な日々(ゴールデン・タイム)その中に俺も含まれていたのに、俺はそれを踏みにじった」

 

 

 「後悔してるのか?」

 

 

 「ああ、だからこの場所に縛られ続けている」

 

 

 境也は改めて屋上の光景を見る。

 

 

 ここに、ずっと。

 

 

 「…でも、挽回できるチャンスが来た」

 

 

 「どうするつもりなんだ」

 

 

 「お前の特典を俺が肩代わりする」

 

 

 想像出来ていたことだった。

 

 

 「はいそうですか、って納得できないの分かってる?」

 

 

 それもそうだ、二回も犠牲になるというのか、目の前の境也は。

 

 

 友のために、そんなこと誰も望んじゃいないって分かってるのに。

 

 

 「ああ、分かってる」

 

 

 「だったら!!」

 

 

 「分かってる、でもさこれを達成できたらさ、本当の本当に最高の4人笑顔のハッピーエンドなんだぜ? そんなのさ、力を貸したいに決まってるじゃん」

 

 

 その境也の顔は笑顔だった。

 

 

 「ふざけんなよ!! 結局、お前が犠牲になっているんだろ、その事を知ってる俺はどうすればいいんだよ!! そんなこと知って、俺が笑顔になれるわけないじゃないか!!」

 

 

 境也の言葉に思わずポカンとする境也。

 

 

 「まさか、自分に心配されるとは」

 

 

 「冗談言ってるんじゃねえぞ!!」

 

 

 「分かってる分かってる、それにさ、これ別に犠牲じゃないしさ」

 

 

 「…え?」

 

 

 今度は境也がポカンとした。

 

 

 「いいか、俺はお前、お前は俺なんだ。だから、俺が笑顔ならお前も笑顔、お前が笑顔なら、俺も笑顔になるんだよ、だからこれは犠牲じゃなくて、託すんだ」

 

 

 「……託すってんなこと言われたって」

 

 

 「頼むよ、お前にしか託せない」 

 

 

 境也の真剣な表情を受ける。

 

 

 「……分かった」

 

 

 根負けする境也。

 

 

 「ありがとう、さて、そろそろ時間もないさっさとやるか」

 

 

 そう言うとこの世界の境也は境也に手を差し出した。

 

 

 「握手」

 

 

 その言葉通り、境也はその手を右手で取る。

 

 

 「俺、絶対にシルヴィを幸せにする」

 

 

 「ああ」

 

 

 「4人で笑顔なハッピーエンド、目指すよ」

 

 

 「ああ」

 

 

 「だから…」

 

 

 「ああ」

 

 

 「だから…さ」

 

 

 その声は震えていた。

 

 

 「だから、ありがとう。今まで見守ってくれて、ありがとう」

 

 

 「…ああ」

 

 

 返事も声が震えていた。

 

 

 右手から光が境也に移動する。

 

 

 「あそこから帰れる」

 

 

 そう境也は屋上に入る扉を指さす。

 

 

 「分かった」

 

 

 境也は扉に向かって歩き出した。

 

 

 「境也!!」

 

 

 この世界の境也が呼びかける。

 

 

 「シルヴィ、絶対に泣かすなよ!!」

 

 

 思わず笑みがこぼれた。

 

 

 「お前に言われるまでもねえよ!!」

 

 

 そう言い、境也は扉を開けた。

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 「行ったか」

 

 

 既にこの屋上にいるのは俺のみ。

 

 

 「さて、やりますか」

 

 

 俺は目を閉じ思い出すように力を使う。

 

 

 ふと、手に温もりを感じた。

 

 

 目を開けると手を握られていた。

 

 

 「…シル、ヴィ」

 

 

 俺の妄想かも、しれない、けど、確かにシルヴィに手を包み込まれていた。

 

 

 「はは、ありがとうな」

 

 

 そういうとシルヴィは微笑む。

 

 

 屋上に光があふれだす、強く、明るく。

 

 

 そして、屋上を覆い隠し。

 

 

 屋上は消滅した。

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 「…也、境也ッ!!」

 

 

 揺さぶれていることい気付いた境也。

 

 

 一番最初に目に映ったのはシルヴィの黄色。

 

 

 「シルヴィ…」

 

 

 「良かった、気が付いたのね、光が溢れてから少しだけど全く境也反応がなかったのよ」

 

 

 手はしっかりとシルヴィに握られていた。

 

 

 と、医師が焦るように言葉を発した。

 

 

 「バイタル安定!! って、おいおいマジかよ、子宮口徐々に開いています!! 今まで全く変化が無かったというのに奇跡だ!!」

 

 

 「な、何!? と、言うことは」

 

 

 エルさんが焦るように急かす。

 

 

 「ええ、このままいけば自然分娩可能です!!」

 

 

 境也はその言葉を聞いて、一気に肩の力が抜けた。

 

 

 「でも、それだと理亜の体力が…」

 

 

 理亜の体力のことを心配した央路だったがそれは理亜自身の言葉で打ち消された。

 

 

 「イチ、多分大丈夫。今、今までにないぐらい元気が出てきている、頭痛もしなくなったし、大丈夫」

 

 

 「本当か!?」

 

 

 「うん」

 

 

 よく見ると理亜は息切れしていない、顔は少し痛そうな顔をしているが先ほどと比べると雲泥の差。

 

 

 全てが上手くいってる、まるで何かに祝福されたかのように。

 

 

 境也の頬を涙が伝った。

 

 

 「…ありがとうっ」

 

 

 それはもう一人の自分に向けての感謝の言葉。

 

 

 もう、届かない感謝の言葉。

 

 

 それでも口に出さずにはいられなかった。

 

 

 シルヴィはそっと境也に寄り添い、境也の頬に伝う涙を拭いた。

 

 

 そしてシルヴィは微笑んだ。

 

 

 境也も泣き顔から、ぎこちないが笑顔になった。

 

 

 「もう、大丈夫なのね」

 

 

 「ああ、もう、大丈夫だ」

 

 

 そして、理亜は10時間を超えるお産の上、元気な女の子を出産した。

 

 

 母子ともに健康であった。

 

 

 ○ ○ ○

 



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もう一つのゴールデンタイム 完

○ ○ ○

 

 

 「この道を通るのは何年ぶりだろうな」

 

 

 境也はノーブル学園の通学路である丘を歩いていた。

 

 

 あれから沢山のことがあった。

 

 

 ソルティレージュからは境也だけが帰国、央路はそのまま理亜の付き添いでそのまま学園を休学し残ることにした。

 

 

 境也は進学を選択、理由としてはシルヴィと並び立つためであった。

 

 

 シルヴィからはソルティレージュの権力でそれなりのポストを用意すると言っていたがシルヴィにおんぶにだっこではカッコ悪すぎる。

 

 

 なので境也はシルヴィと並び立つ為に、一国の王女にふさわしい男に成る為に外交官という立場になることを決意した。

 

 

 故に休学という形で留年ということは避けたかったので先に帰国したのだが、まあ、その時シルヴィが境也と一緒に学校に通いたいと駄々をこね、一悶着あったのは別の話。

 

 

 元から偏差値が70を超えるノーブル学園に進学できるだけの学力は持っていたので普通に勉強し卒業、春に進学。

 

 

 そして休学が開けたシルヴィたちは日本に帰ってきて一年繰り下がって卒業、その時にも色々あったのだがこれもまた別の機会に。

 

 

 こうして順調に勉強を続けた境也はこの春から晴れて外交官になるのだ。

 

 

 「本当に、色々あったな」

 

 

 しみじみと呟きながら境也は掛けた眼鏡を人差し指で押し上げる。

 

 

 そう、眼鏡を掛けていた。

 

 

 特典を使ってから著しく視力が低下した。

 

 

 それでも失明というわけではない、目が悪くなったぐらいだ、これぐらいの代償で済んで良かったのだろう、殆どはもう一人の境也が持って行ってくれた。

 

 

 変わりに理亜は目がある程度まで回復、他の色も見えるようになったらしい。

 

 

 「ここも変わらねえな」

 

 

 足を止めたのはノーブル学園の門の前。

 

 

 だが今日、用があるのはこちらではない。

 

 

 ノーブル学園から道を外れたところにある湖、4人の始まりの湖に移動した。

 

 

 もう既にそこには人が二人立っていた、一人は境也と同じぐらいの男性、そしてもう一人は。

 

 

 「あ! きょうやさんだ!!」

 

 

 境也を見つけた女の子が手を振る。

 

 

 境也もそれに手を振り返し近づく。

 

 

 「久しぶり、真理亜ちゃん」

 

 

 「うん、久しぶり!!」

 

 

 そう元気に返すのは央路と理亜の娘、真理亜。

 

 

 そして。

 

 

 「央路も久しぶり」

 

 

 「おう久しぶりだな」

 

 

 父親の央路。

 

 

 あの時生まれた赤ん坊の真理亜。

 

 

 彼女は元気に病気もなくすくすくと育ち、髪は央路、顔は理亜似に、今では5歳になっていた。

 

 

 「外交官になるんだってな、おめでとう」

 

 

 「ありがとう、でもここからだ、まだスタートラインに立っただけだ」

 

 

 「やっぱりシルヴィの為?」

 

 

 「あったり前だろ、というか央路も公務員の仕事大変じゃないのか?」

 

 

 「まあ、大変だけど娘と妻の為だよ」

 

 

 そう言い央路は真理亜を抱きかかえる。

 

 

 「わわっ、パパ急にビックリさせないでよ」

 

 

 「ごめんごめん、下そうか?」

 

 

 「いや、このままがいい」

 

 

 そう言い真理亜は央路に笑顔で微笑む、央路も笑顔で返す。

 

 

 その光景を見る境也も微笑んだ。

 

 

 「まだシルヴィと理亜は来ていないんだな」

 

 

 「もうすぐ着くってさっき連絡来た」

 

 

 そう言い、境也はスマホを取り出し確認する。

 

 

 と。

 

 

 「お、来たんじゃないか?」

 

 

 央路が言い、境也はスマホから顔を上げる。

 

 

 すると理亜とシルヴィが並んで歩いてくるのが見えた。

 

 

 「お待たせ」

 

 

 「待たせたな」

 

 

 理亜とシルヴィの到着。

 

 

 「ママ!!」

 

 

 央路から飛び降りて理亜に駆け寄り抱き付く真理亜。

 

 

 「こらこら、危ないでしょ」

 

 

 「えへへへ、温かーい」

 

 

 「もう…」

 

 

 優しく注意しながらも微笑む理亜。

 

 

 「もうすっかりソーマ君はお母さんね」

 

 

 そう言いながら微笑むシルヴィ。

 

 

 苗字が市松になった理亜なのだがそれでも呼び方は変わらない。

 

 

 「さて」

 

 

 4人が集まり声を掛ける央路。

 

 

 この場所に呼び出したのは他でもない央路なのである。

 

 

 「央路なんでここに呼び出したんだ?」

 

 

 「同窓会ってのも兼ねてるんだけどちょっとやりたいことがあってさ」

 

 

 そう言い央路が懐から取り出したのは指輪の箱。

 

 

 「Orohora(オロオラ)の」

 

 

 「ああ」

 

 

 境也たち4人の始まりの出来事、その原因の箱だ。

 

 

 「確かこれを取りに行こうとして央路が溺れて」

 

 

 「それを助けに行こうとしたシルヴィが足を滑らしてさらに溺れて」

 

 

 「そして助けてくれたのが境也だったのよね」

 

 

 4人は懐かしむように言う。

 

 

 央路は箱を開け、そこに銀色のラブリッチェマークを入れた。

 

 

 「銀なのか」

 

 

 「いくら開けても金が出なくてな…」

 

 

 そう言い央路は箱を閉める。

 

 

 そしてそれを。

 

 

 湖に放り投げる。

 

 

 箱は大きな弧を描きながら。

 

 

 ぽちゃん、と湖に落ちた。

 

 

 それを5人は眺める。

 

 

 「…もし誰かが金色の次に銀色を見つけたとしても」

 

 

 理亜の言葉を央路が引き継ぐ。

 

 

 「銀色の世界も綺麗に暮れていくさ」

 

 

 「ああ」

 

 

 二人は微笑む。

 

 

 「その次の色は何にするかは…」

 

 

 「その人次第さ」

 

 

 「ええ、そうね」

 

 

 シルヴィと境也も笑う。

 

 

 「…さて!! 折角集まったんだ、どこか行こうぜ!!」

 

 

 「お、良いな」

 

 

 「あ、じゃあ私、新しく出来たメロンパン屋さんに行きたいのだけれど」

 

 

 「シルヴィのメロンパン好きは変わっていないのな」

 

 

 「まりあもメロンパン食べたい!!」

 

 

 「ふふ、じゃあそのメロンパン屋さんに行こうか」

 

 

 そうして5人は湖を後にする。

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 彼らの話はまだまだ続いていく。

 

 

 金色時間(ゴールデンタイム)は終わっていない。

 

 

 次はどんな世界を彩るのだろうか。

 

 

 だが、ここで一区切り。

 

 

 そしてこの言葉を彼らに送ろう。

 

 

 

 

 めでたしめでたし。

 

 

 

 

 もう一つのゴールデンタイム 完

 

 




はい、と言うわけで「もう一つのゴールデンタイム」ここで完結とさせて頂きます。
正直、短編2,3話で終わるかなと思っていたらそんなことはなく大幅に長くなり、それを読んでくださった読者様には感謝以外の言葉が見つかりません!!
境也たちの物語はまだまだ続きますがそれでもきっと最後は綺麗に暮れていくだろうと思います。

読んで下さった読者様に最大の感謝を込めて。 

ありがとうございました!!



シルヴィ「私たちも子供欲しいわ」
境也「ファッ!?」




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