仮面ライダーブレス (ぴな子)
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簡単な設定

話が進むにつれ、内容が追加されたり変わったりします。


これまでに登場した主な人物の名前一覧(順不同)

 

 

〇五十嵐 夏来(いがらし なつき)

 『弁当屋ふるぁっと』で働く青年。他にももみじ通りを中心にいろんな所でバイトをしている。

 一応主人公

 

〇津田 美波(つだ みなみ)

 『弁当屋ふるぁっと』で働く女性。

 

〇高汐 彰悟(たかしお しょうご)

 『弁当屋ふるぁっと』の経営者。

 

〇高汐 義信(たかしお よしのぶ)

 消防士。彰悟の父であり、夏来と美波の後見人。既に他界している。

 

〇台良 国風(だいら くにかぜ)

 豪山采雨の助手。

 2号?ライダー

 

〇豪山 采雨(ごうやま あやめ)

 日鏡大学の考古学教授。

 

〇豪山 博雪(ごうやま ひろゆき)

 未確認知能体対策研究をしている学者。

 

〇洪城 颯水(こうじょう はやみ)

 失踪事件捜査本部及び未確認知能体対策班に警視庁から異動した警察官。

 

〇塚地 慶士郎(つかじ けいしろう)

 失踪事件捜査本部及び未確認知能体対策班に警視庁から異動した警察官。

 

〇柿原 陽一(かきはら よういち)

 失踪事件捜査本部及び未確認知能体対策班に生活安全課から異動した警察官。

 

〇沖江 英代(おきえ はなよ)

 科学捜査研究所から対策班に派遣された職員。

 

〇志木内 和史(しきうち かずし)

 刑事一課の警部補。

 

〇那賀野 公徳(ながの きみのり)

 鈴風総合病院の形成外科医。豪山研究所に雇われている。

 

〇橘内 邦健(きつない くにたけ)

 樹環市民文化資料館職員。

 

〇柳 奏(やなぎ かなで)

 2年前行方不明になった夏来の恋人。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

〇シスト

 フィロ代表の女性。(紫)

 

〇リレイン

 ギブア代表の男性。(緑)

 

〇メット

 バトリ代表の男性。(青)

 

〇アブール

 ユノー代表の男性。(黄)

 

〇フェイス

 リース代表の男性。(赤)

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

これまで出てきた用語?(順不同)

 

 

〇樹環市(たつわし)

 50年前に桜宮、日鏡、巣部本、鶴川の4つの町が合併してできた地方都市。

 

〇生亶山(いくぜんやま)

 樹環市のほぼ中央にある信仰の集まる山。春は桜、秋は紅葉で賑わう。山の頂上には御神木とされる巨大な桜の木があり、様々なうわさがある。(切ると呪われる的な)

 山の中腹には祠と小さな洞窟があり、その中に遺跡がある。

 祠までは石の階段があり、参拝できるようになっている。秋祭りで豊穣の神として祀られている。

 

〇ReWP(Recover White Paper)

 樹環市で起きている失踪事件及び未確認知能体対策を行う本部。警察とジャンクズ対抗武器開発研究グループ、遺跡調査の3つの組織が協力するための組織。

 

〇Reシステム

 豪山博雪が開発したジャンクズ対抗武器。台良が着用している。

 

〇ジャンクズ

 未確認知能体。いまだ謎に包まれている。

 

〇カラーエナジー

 生命力と解釈されている。ジャンクズやReシステムで使われている。

 

〇干渉反応

 生物が他の生物に与える影響。人間や動物、植物等で常に起きている。この数値が異常だと、ジャンクズ関連と考えられている。

 

〇日鏡大学

 豪山采雨が勤務している国立大学。

 

〇もみじ通り

 巣部本町にある商店街。夏来達が働いている『弁当屋ふるぁっと』がある。

 

〇樹環市民文化資料館

 樹環市合併記念で建てられた文化ホールの敷地内、少し離れた所で年中無休で開放している。4つの町の民族系の資料を展示している。

 

 



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1.色は思案の外

初投稿です。
つたない文章ですが、楽しんでもらえると幸いです。


 

「はやくっ!」

 暗闇から逃れるように走る二人の男女の陰に、迫るもう一つの異様な形の陰。

 女は震える男の手を取り、懸命に走る。

 

 しかし、影は二人の人間を大きく飛び越え、その姿を現す。

 

 黒い体に伸びる黄味がかったラインと腕にある銀色のはさみは、月の光を浴びて、鈍く光っている。

「こないで!」

 女は男をかばいながら、後ずさる。

 

 怪物は構わず鋭利な鋏を振り上げるが、動きが止まり、女の顔を見つめる。

『おまえ、じ』

 何か言いかけたとき、女のカバンが怪物の顔面にぶち当たった。

 唐突な反撃に怪物が面食らっている間に、男女は遠くへ逃げようとするが怪物はそれを許さない。

 

 

 怪物の刃物が、男の背中を斬りつけ、血が飛散する。

 

 

 男の意識が遠のく。

 彼の耳に届いたのは、怪物の怯える声と女の謝罪だった。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 樹環市巣部本町(たつわしすべもとちょう)の商店街「もみじ通り」の一角に店を構える「弁当屋ふるぁっと」は、普段通りの賑わいを見せていた。

 その中でも一段と輝きを放つ長い黒髪をまとめた女性、津田 美波(つだ みなみ)は、レジで会計をしながらお客一人一人に笑顔で「おはようございます」と「いってらっしゃい!」を返していく。看板娘である彼女目当てのサラリーマンや学生は、これから仕事だということを忘れたかのように笑顔でいそいそと出勤していった。

 

 ある程度の朝ラッシュを終えた後、美波は店の奥で作業していた二人に声をかける。

「おつかれー! 朝ラッシュ終了しました!」

「おう。おつかれ! いやーうちは美波のおかげで安泰だわー!」

 ニシシと歯を見せて笑う高身長の男性、高汐 彰悟(たかしお しょうご)は、この弁当屋のオーナーであり、美波と夏来にとって兄のような存在だ。

「夏来。そっちはいいから、朝飯にするぞ」

 高汐は奥で片付けをしていた青年に声をかける。

「はーい。今準備しますねー」

 穏やかにそう返した青年、五十嵐 夏来(いがらし なつき)は、自分より上にある食器棚から三人分の茶わんや食器を取り出す。

「あ、私も手伝うよ」

 そういうと、美波はそれぞれの茶碗にご飯をよそい、テーブルに運んでいく。

 彰悟は、残った材料の端くれでおかずを作っており、大皿によそっていた。

 三人が席に着くと「いただきます」と遅い朝食を取り始めた。

 

 

 

 

 

 朝食後、身支度を整え始めた彰悟に美波は訝しげに尋ねる。

「どこか出かけるの?」

 彰悟が店を出るのは、ほとんど配達か買い出しだけだ。しかし、まだ配達の時間ではないし、買い足す必要なものもない。何のためにという目に彰悟は苦笑いしながら答える。

「町内会の集会だよ。突然だけど、重要なことだから必ずって念の押しようだ。」

「ふーん」

「んじゃ、いってくっから。注文と配達よろしく。夏来にも伝えといて」

 そう言い残して颯爽と店の裏口から出ていってしまった。

「……わかった。いってらっしゃい」

 もうこの場にいない彰悟にそう返した。

 

 

 

 

 

 

 突然の集会で出かけてしまった彰悟に代わり、夏来は隣町のオフィス街まで弁当を配達していた。残り一社となり、最後の目的地へ向かう。

 

「豪山研究所?ここのビルの隣にこんなのできてたのか」

 久しぶりに来たお得意様の隣には、建てられてまだ新しそうな研究所が立っていた。白く清潔そうな外観だが、中の様子はほとんど見えず、怪しい雰囲気を醸し出していた。

 

 近場に出来た新しい研究施設という響きは、夏来の好奇心をくすぐるには十分すぎた。正面からのぞき込むのは気が引けるのか、どうにかのぞけるポジションを見つけようと辺りをふらついていると、急に声を掛けられる。

「あれ、夏来君? こんな所でどうしたの? あ、配達かい?」

「へぁっ?! ぁ、は、はい、そうです。えっと、洪城さんは、そこの研究所にお勤めだったんですか?」

 突然声を掛けられた夏来は奇声がでてしまい、恥ずかしさからかどんどん声が小さくなっていく。

 声をかけてきた男、洪城 颯水(こうじょう はやみ)は、「弁当屋ふるぁっと」の常連だ。今朝も弁当を買いに来ていた。例に漏れずこの男も美波目当てだろうと認識されている。

「いやぁ、僕はここに、勤、めてる、のかな?」

 うーん、と洪城が歯切れの悪そうに答える。

 

「あっ、もしかして詮索しちゃいけない、秘密結社的な……!?」

 わかってしまった、という顔をした夏来に、ちょいちょいと洪城がつっこむ。

「そんなわけないでしょ。それに僕、一応警察官だよ」

 美波ちゃんから聞いてなかったの、と頬を膨らまし怒る姿は夏来より年上とは思えないほど幼く見える。

 

 

「いっ! ……っぅ」

「え、ちょっ、大丈夫!?」

 突然腹部を抑え、痛みをこらえるようする夏来に洪城は焦る。

「だ、大丈夫です。それより、洪城さん、すみません。まだ仕事があるので」

 そう言い残し、駆け足で車の方に走っていった。

 

 

 

 夏来がいなくなった後、洪城のスマートフォンがけたたましく鳴り響く。ディスプレイを見る洪城の顔が一瞬で険しいものになった。

「夏来君、大丈夫かな」

 夏来が車で向かっていった方向を一瞥し、足早に研究所へと入っていった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 場所は人気のない山の麓にある公園。管理がずさんなのか、雑草が地面を覆いつくし、公園唯一の遊具であろうカラフルなタイヤの遊具は色あせ、雑草にほとんど埋もれている。

 

 そんな寂れた公園にそぐわない異物が一体。公園横に佇んでいた樹木から、メキメキと身体を出し終えた姿は、おぞましい形態をしていた。

 全体的に浅紫色と灰色のボディに大小の歯車が噛み合っており、動くたびにぐるぐると回転している。

『、ヤク、アツメ、イト』

 発し慣れていない言語なのだろう、途切れ途切れの片言で呟いた怪物の前に、立ちはだかる者がいた。

 

 怪物の前に現れた男、五十嵐 夏来は、身体から黒い紋章を浮かび上がらせ、ベルトに変化させると一言呟く。

 

「変身」

 

 掛け声と同時に手慣れた様子でフィルターを押し込むと、夏来の姿は黒のボディと緑の鎧へと変化した。顔部分は目から雄山羊のような角が後頭部まで伸びており、ベルトのバックル部分の五芒星は、緑に光を放っていた。

 

 突然の夏来の登場に一瞬呆気にとられるが、怪物は躊躇うことなく腕部分の鋭いギアを夏来に向かって振り上げながら突進してくる。

 

 怪物が繰り出した攻撃は、身体に当たる前に夏来が持っていた黒い枝に阻まれる。

 

 ガンッ! 

 

 と鈍い音が響くと枝は屑となり、かわりに銀の剣に変様した。

 

『ナンナ、ダ! オマエハ!』

 怪物はたじろきながら疑問を投げかけるが、夏来はそれに答えることなく、怪物の腕を払いのけ、剣を振りかざし続ける。

 

 ぐぐもった悲鳴は響くことなく、怪物への攻撃で起きる衝撃音でかき消される。

 

 怪物はダメージを受け続け、攻撃どころではなくなっている。

「そろそろ終わりにさせてもらう」

 そういうと、バックルからフィルターを取り出し、徐に鍔部分に差し込む。

 

 ガシャッ

 

 押し込んだ音が無情に響く。

 すると、剣身の中央、樋の部分がガラスの様に透明になっていく。

 

 剣が変様したことを確認した夏来は、半身になり重心を低くする。

 剣を持った右腕は垂直に引かれ、切先は怪物を捉えている。

 

『ァダ、キエタク、ナイ!!』

 所々黒く変色し、崩れかかっている浅紫は、立つことがやっとのようで左右にふらついている。

 

 夏来は狙いを定めながら力を溜め、ギアのない箇所に力強く、突き刺す。

 

『ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ ァ ァ』

 怪物は断末魔を上げるが、剣に紫色が溜まっていくにつれ、声は無くなり、黒い木屑だけが辺りに散らばった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「ジャンクズによる干渉反応、収まりました」

 モニターを見ていた研究員がすかさず報告する。

「場所特定できたー?」

 酷い癖毛の男が、間髪いれず問い掛ける。

「まだですが、おそらく桜宮か日鏡の山麓かと思われます」

 隣に座っていた研究員がモニターから視線を外さずに返答する。

「さすがだぞー」

 部下の優秀さに満足げな顔で、正面にあるモニターを眺める。

 

「しかし、また驚異的な速さで消えたな」

「今回は30分も経たないうちにおさまりましたからね」

「……これってやっぱり」

 研究員の一人がうっとりした顔で両手を組む。

 周りの数人がおいおいという表情で見ているが、ギロリと睨まれ、すぐさま自身の作業に戻っていった。

 

 

「でも、その可能性が高いのは事実なんだよねぇ」

 報告されたデータをまとめながら、先程の話にポツリと相槌を打つ。

「え! 豪山先生もですか」

 これですか! と両手を組むポーズをしてみせる。

 先生と呼ばれた癖毛の男、豪山 博雪(ごうやま ひろゆき)は、ちげぇよと軽く叩く。

 

 

「何者かがジャンクズと戦っているのは確かだ。どんな理由、原理なのかわからんが、被害者数も減っているし、何より、うちの台良君が証人だしな」

「まーた、それですか。」

 この親ばか―、と周りから声が上がる。

 

 先程までの張りつめた空気は、今はすっかり和んでいた。

 

 

 

 

 バンッ!! 

 

 突然ドアを乱暴に開け入ってきた研究員に、驚きと緊張感が走り、部屋の空気が一瞬で変わる。

 

 急いで来たのだろう、ある程度息を整え、口にする。

 

 

 

 

 

 

 

「REシステムベルト、完成しました!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





浅紫のジャンクズ(ねじ)

最後まで閲覧ありがとうございました。
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2.

 タイトルは思いついたら付けます。


「REシステムベルト、完成しました!」

 

 

 

「それは本当か!」

 研究員の吉報に豪山は立ち上がり、声を張り上げる。

 他の研究員達も声を上げはしないが、労いの言葉をかける。

 

「今すぐ稼働させられるか?」

 そう言うと、豪山はすぐさま開発室へと向かう。

「10分程度調整にかかりますが、可能です」

「わかった。進めておいてくれ。彼を呼ぶ」

 

 研究員を先に向かわせ、豪山はすばやくスマートフォンを取り出し、電話を掛ける。

 コール音が鳴り、すぐさま繋がった。

「ああ、台良君。僕だ。今大丈夫かい」

 

「実は、君にも話していたアレ。完成したみたいだから、ちょっと協力して欲しいんだ」

 

「うん、よろしく」

 要件を言い終わり通話を切ると、開発室へと入っていった。

 

 

 

 

 

 樹環市日鏡町(ひかがみまち)、駅からそれほど遠くない場所に位置する大学、日鏡大学のとある研究室で先ほどまで通話していた青年は、この部屋の主に声を掛ける。

「と、いうことなので失礼します」

 そう言うと、山積みになったファイルを数冊だけカバンに詰め込み、そそくさと帰ろうとするが、ドアは長髪の女性に阻まれていた。

「……あの、先生。俺呼ばれたので、行かないと……」

 帰路を塞がれた青年、台良 国風(だいら くにかぜ)は、目の前で立ちはだかる女性をどうにか説得しなければならない状況に困り果てていた。

 

「だ、大事な用事で……」

「あら? 先に声を掛けたのは私なのに、飛び込みの方に行っちゃうの?」

 腕を組み、この部屋の主、豪山 采雨(ごうやま あやめ)は笑顔で言い放つ。

「すみません。この分はいつか必ず……」

 

「よーし、その言葉忘れないでよー。それじゃあ、行きますかぁ」

 台良から言質を取った采雨は、何事もなかったかのように壁にかかった上着を羽織り、散らかった荷物を適当にまとめだす。

 采雨の変わり身の速さに慣れている台良は頭を掻き、ほっと息を吐く。

「別にいつでも手伝いますけど……」

 

「って、先生もついてくるんですか!?」

 どうしてと問い掛ける前に準備を終えた采雨がもっともらしい顔で言う。

「私もちょっと用事あったし、完成したのがどんなものか気になるしね」

 ほらいくよ、と資料だらけの部屋から台良を追い出し、鍵をかける。

 

「でも先生、今日車でしたっけ?」

 さっさと歩いて行ってしまう采雨の後ろにつきながら訊くと、振り返り

「私、バイクの後ろに乗るの、はじめてかも」

 満面の笑みで言った采雨の言葉に台良から溜息がでる。

 

 

「……俺だって後ろに乗せるの、初ですよ」

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「そういえば、昨日の集会ってなんだったの?」

 真上にあった太陽が少し傾き始めたころ。美波は厨房の床を掃除をしながら、食器や調理器具を洗う彰悟に訊く。

「なんか、今年の秋祭りはほかの町と合同で開催するとか」

 

 秋祭りとは、樹環市のどの町とも隣接している生亶山(いくぜんやま)にまつわる祭りで、毎年各町ごとに開催されている。

 

「え!? じゃあ、お祭りの数減っちゃうじゃん」

 落胆する美波に彰悟は軽く笑うが、同意するようにうなずく。

「せっかくの稼ぎ時が減っちまうのはなー、コロッケ屋のオッサン、カンカンだったわ」

「あそこのおじさん怒るんだ……」

 想像できない、と2人で話していると、店の裏口がガチャリと開く。

 

「ただいまー、戻ったよー」

 夏来は持っていたビニール袋を2人に差し出す。美波が受け取り、中を見ると揚げたてのコロッケが数個入っていた。さっきまで2人が話していたコロッケ屋で手伝いをしていた夏来は、すぐにテーブルに顔をくっつけ、愚痴をこぼす。

「今日のおじさん、超機嫌悪かった。終始無言で眉間にシワ寄ってた」

 

 手を洗ってこいと言われ、立ち上がる夏来の後ろで仕方ないよと美波と彰悟がうなずく。

「仕方ないって、なんで?」

 自分だけ話が分からない状況に、むすっと口をとがらせる。

「おばさんからも言われなかった? 今年の秋祭り、他の町と合同でやるんだよ」

「え! じゃあ、祭りの数減っちゃうじゃん」

「私とおなじこと言ってるー」

 けらけらと笑う美波を無視して、夏来は彰悟に祭りについて訊く。

「どこと合同なの? 日鏡、鶴川? てか場所は? 屋台はどうする?」

「鶴川だよ。場所は町の境目の川。橋のとこ」

 彰悟は夏来がバイト代代わりに貰ってきた熱々のコロッケを食べながら、答え続ける。

「屋台はなー、多分大丈夫だと思う。でも、2つも出せないかもな」

 

「貴重な収入源がぁ……」

 またテーブルに顔をくっつけて落ち込む夏来を突っついていた美波が気合を入れて立ち上がる。

「今年は、夏が勝負よ! 日鏡の夏はすごいから!」

「いや、知ってるよ」

 冷静な夏来の突っ込みを無視して、花火が~、テレビ特集が~と熱弁しようとするが、タイミング良く来店を知らせるチャイムが鳴り、美波は表へ出ていった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 白い壁。同じく白い清潔なベッドにカーテンが揺らめく部屋、医務室で白衣の男性が台良にコーヒーを差し出し、椅子に腰を掛ける。

 壁に掛けられた時計は、3時過ぎを指し、休憩を入れるのに丁度いい時間だ。

「それにしても、昨日も今日も大変だね」

 白髪の男性は、台良に張った湿布を確認しながら、声を掛ける。

 台良はそれに苦笑いでこたえる。

「怪我についてはいいんですけど、先生の熱弁には堪えました」

 話して思い出したのか、台良は力なく笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大学を出た後、台良と采雨は豪山研究所に向かった。

 研究所に着くと、2人は迷いなく開発室のある地下へと向かう。

 

「すみません。遅くなりました」

 台良が扉をノックし部屋に入ると、豪山が振り返り、待っていたよという前に、台良の後ろにいる人物を見て顔をしかめる。

「おかしいなぁ? 僕が呼んだのは台良君だけなんだけど?」

「あら? 私もこのReWPの一員なのだけど」

「でも、これは采雨に関係ないと思うけど?」

「情報が共有されないのは、組織的にまずいと思うけど?」

 2人の言い合いに周りはまた兄妹ゲンカが激しくなること察し、台良へと視線を向ける。

 

 豪山兄妹は二卵性双生児なのだが、学問以外の好みや性格が全く同じ、どういうわけかすこぶる仲が悪い。言い争いを止めることができる台良が仲裁に入り、本題へと切り出す。

 

「それで、完成したものって……」

「ああ、これだよ。REシステムベルト、ジャンクズに対抗する兵器だ」

 じゃーん! と見せたのは、片手で持てるほどの大きさの機械、台形の黒い板にLの様な形をしたシルバーの部品が取り付けられており、カチ、ガチャンと動かせるようになっている。また、メーターと何かを差し込むくぼみがある。

「これ……何ですか?」

 数年かけて作られたものが小さい機械ということに驚きを隠せず、豪山を二度見する。

 

「別にこのまま使う訳じゃないよ」

 そう言うと、豪山は機械を台良の腰に持っていく。すると帯革が伸び、腰に固定される。

「うわっ」

「驚くのはまだ早いよ」

 豪山はスマートフォンらしきものを黒い板にかざす。

 

《 SANCTION 》

 

 音声の後、ガチャンとシルバーを下げると、ベルトから台良の身体に光る青のラインが伸びる。

 ラインが止まると、台良の身体は、銀色の鎧に包まれていた。

 

「これがこのREシステムベルトの本当の姿だ」

 得意げな顔の豪山は、説明を続ける。

「今の台良君が身につけているのは、耐衝撃ボディスーツ。あらゆる攻撃を軽減させる」

「そして、このプロフォンに登録されたアプリでREシステムベルトが起動する」

 プロフォンと呼ばれたタブレットを再度かざすと変身が解かれる。

 

「……すごいですね」

 自分の身に何が起きたのか理解する前に台良から思わず感嘆が漏れる。

 

「このプロフォンって、起動時にだけ使用するんですか?」

 台良の疑問に豪山は目を光らせる。

「よく聞いてくれた! このプロフォンは、武器を登録して、転送することもできるんだ」

 そこまで言い終わると、今までと違う暗い表情になる。

「ただ、今開発した武器で完成品は、ビートガンっていう銃しかないんだ」

 

 

 落ち込む豪山をよそに采雨は今までの疑問をぶつける。

「これ、台良君が戦うってこと?」

 

「俺はそのつもりでしたよ?」

 一瞬で冷えた室内と豪山の顔、数人の研究員達の表情に、嫌な予感がするこれからの出来事に冷や汗をかいた。

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 空は赤く染まり、日が沈むにつれ青が差し、黒く暗くなる。

 

 部活帰りの少女は、近道の路地を進んでいた。

 

 タッ、タッ、タッ

 

 カツ、カツ、カツ

 

 少女は自分以外の足音に気づき、振り返るが誰もいない。

 気味が悪いと感じた少女は、さっさと立ち去ろうと前を向く。

 

「ひっ」

 小さく悲鳴を上げた少女の目の前に笑顔を浮かべる女性が立っていた。

 突然現れたことに驚くが、女性だったことに安堵する。

 

 しかし、安堵の表情はみるみる恐怖に染まる。

 女性はもう人の形を成していなかった。

 

 灰色と緑の異物は、マイクの様な形を所々にはめ込んでおり、キィィンと耳障りな音を響かせる。

 少女は逃げ出すが、ジャンクズがそれを許さない。腕から伸びた鞭が少女の足を絡めとる。

 

「いやっ! やだ! いやあぁぁ!」

 足を取られ、地面に這いつくばる。悲鳴を上げる少女の顔は、自身に降りかかる恐怖と引きずられる痛みで歪み切っていた。

 

 

 バンッ

 

 一発の銃声が響き、少女に絡まった鞭を切断する。

 

『なっ! だれだ!』

 邪魔をされたジャンクズは、声を荒げ撃たれた方向を見る。

 

 路地裏の方から銃、ビートガンを構えた男が2人、ジャンクズに発砲しながら少女に駆け付ける。

 茶髪の男、洪城 颯水は、少女を安全な場所へと保護するため抱える。

 

 もう一人の男、塚地 慶士郎(つかじ けいしろう)は、少女の逃げる時間を稼ぐためにジャンクズに銃口を向け、数発撃ちこむ。

 

『じゃまをするな! それはわたしのいろだ!』

 ジャンクズは撃たれ怯むが、再度鞭をしならせ、目の前にいる塚地へと叩きつける。

 

 塚地は攻撃をとっさに避けるが、先ほどまで自分のいたアスファルトの地面は、強い衝撃でえぐれていた。

 

 もし直撃していたら……、その場にいた全員が息をのむ。

 塚地は手汗で滑らないように銃をもう一度握りしめた。

 

「洪城、早くいけっ!」

「っは、はい!」

 あまりの衝撃に固まっていた洪城は、少女を抱えなおし退避する。

 

『っ! 《とまれ》 』

 

 ジャンクズが言葉を発した途端、洪城の足が止まった。

 

「なにしてんだ! はやく!」

 

「あ、足が動かないっ!」

 突然止まった洪城達の距離がこれ以上縮まないよう、ジャンクズに掴みがかり引き留めようとするが、投げ飛ばされ、壁に叩きつけられる。

 

「っは、かっ」

 強い衝撃に、空気が強制的に吐き出される。

 

『まさか、つかうはめになるとは』

 笑うようにこぼす言葉から、ジャンクズが能力を使ったことがわかる。

 

 

 ゆっくりと、洪城の方へ歩みを進める。

 

 動かないはずの足が震える。

 

 塚地が何か叫ぶが、洪城と少女には、迫りくる恐怖で何も聞こえない。

 

 

 

 ザクッ

 

 瞬間、ジャンクズの動きが止まる。

『あ、あ゛、ぁ゛、ぁ、さ、ささってる……』

 

 ジャンクズの身体には、足元から生えた黒い槍が5本突き刺さっていた。

 

 突き刺さった個所は、黒く色抜け、ホロホロと崩れる。

 急いで、槍を引き抜くように動かすと、黒い槍は砕け散り、はらはらと木屑が舞う。

 

 

 崩れた箇所を押さえ、よろめきながら、闇雲に鞭を振る。

 

 しかし鞭は薙ぎ払うことなく、何かに捕まれ止まった。

 

 

 暗闇に包まれた路地で黄色い複眼が不気味に浮かび上がる。

 

 得体の知れない恐怖にジャンクズは警戒する。

 

 微かな電灯の光で全貌が現れる。

 

 

 緑の鎧に包まれた戦士の登場に誰かが言葉を漏らした。

 

 

「……本当に、存在したのか。台良君の言っていた人物が……」

 

 

 塚地の前に立つ戦士、仮面ライダーブレスは、挑発するように手招いた。

 




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3.

タイトルは思いついたら付けます

台良君、名前めちゃくちゃ出てくるのに、本人が全く登場しない。


「……本当に、存在したのか。台良君の言っていた人物が……」

 

 塚地の前に立つ戦士、仮面ライダーブレスは、挑発するように手招いた。

 

『ちょうしに、のるな!』

 

 掴まれた鞭を振り解き、何度も叩きつける。夏来はそれを避けながら剣を生み出し、ジャンクズに詰めよる。

 地面がえぐれるたびに詰まっていく距離に、ジャンクズは焦りだす。

 

『っぁ!』

 ジャンクズが悲鳴を上げる前に、夏来は突き刺した剣にフィルターを差し込む。

 すると、刺さった剣が透明になった所から緑色に染まっていく。

 

 ジャンクズの身体は黒くなり、引き抜いた瞬間木屑となって辺りに散らばった。

 

 

 ジャンクズが消滅した後、固まっている洪城達を一瞥し、立ち去ろうとする。

 

 我に返った洪城が夏来に向かって叫ぶ。

「あなたは誰なんですか!? ジャンクズの敵なんですよね! だったら、僕たちに協力してくれませんか!」

 少し反応するが、立ち止まる様子のない夏来を追いかけ、腕をつかむ。

「ちょっと、話ぐらい、っうぁ」

 夏来は洪城に掴まれた腕を払い、建物の上へ飛び上がると、暗闇に消えていった。

 

「こ、洪城、大丈夫か」

 塚地は強打した体を無理やり動かし、洪城の方へと歩み寄る。

「塚地! お前の方が大丈夫じゃないだろ。無理に動くな。今車を呼ぶ」

 すまないと洪城にあやまり、少女に近づく。

「もう大丈夫だ。ちょっとだけお話を聞きたいから、親御さんに連絡を入れてもらってもいいかい」

 憔悴しきった顔の少女は頷き、スマートフォンを取り出した。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「昨日の女子中学生からは、特に何の情報も出なかった、と」

 警察署に設置された、失踪事件兼未確認知能体対策班の課長、柿原 陽一(かきはら よういち)は白髪混じりの髪をかき上げ、資料に目を通す。

 

 スチールキャビネットで壁がほとんど見えない無機質な室内。5人分のデスクが並んでいるが、使用者がいない2つの机は、資料置き場として使われていた。

 室内に置かれたホワイトボードには、今年に入ってから報告された失踪者と昨日の少女の様に、ジャンクズに一度や二度襲われた人物の情報が張り付けられている。

 

「でも、博雪先生がおっしゃっていた、ジャンクズを倒している人物らしきものと接触しました」

 塚地がすかさずフォローするが、柿原からはため息が漏れる。

「しかし、言葉を発することなく立ち去った、か。……防犯カメラに映らず、目撃者もいない」

 蒸発した様に消え失せる人物、というのがこの場にいる全員の感想だった。

「かなりこの土地に精通している人物か、……考えたくないが、人間ではない何か、か」

 柿原の言葉が重くのしかかる。

 

「それじゃあ、ジャンクズ同士で潰し合ってる、ってこと?」

「それを判断するのは俺らじゃなくて、先生達だから」

 小さくつぶやく洪城にそう返す塚地は、腕時計の時間を確認する。

「ということで、博雪先生の研究所に行ってきます」

 そう言うと、マグカップに残ったコーヒーを飲み干し、対策室を出ていく。

 

「昨日の人物、人間じゃなくても話の分かる協力的な人だったらなぁ」

「無視されたんだろ。その時点でダメだろ」

「何か急いでたとか!」

「お前は、のんきか」

 バシンと柿原にファイルで叩かれ、洪城は痛いと漏らす。

 

「あ、僕も采雨先生の所に行ってきます」

 聞きたいことがあるので、そう言って対策室を出た洪城は采雨に連絡を入れ、先程塚地が向かった研究所にバイクを走らせた。

 

 

 

 

 研究所に着いた洪城は、一室に通される。資料の積まれた部屋は対策室を連想させるが、可愛い小物やよくわからない薬品のちぐはくさが対策室の無機質な部屋と違い、異様さがにじみ出ている。そんな部屋に1人ぽつんと塚地が座っていた。

 先に着き30分以上待たされていた塚地は洪城の入室を博雪と勘違いし立ち上がるが、顔を見た途端微妙な表情をし、腰を下ろす。なぜかナース服を身につけた女性がお茶を持ってくるが、洪城は気にすることなく受け取る。塚地は博雪がいつ来てくれるか問うが、わからないと返答されてしまった。

 

 

 ナースが退室して入れ替わるように采雨が部屋に入ってきた。

「洪城君ごめんね~、こっち来てもらって。って、塚地君もきてたの」

「いえ、急に押し掛けたのはこちらなので」

 采雨の軽い謝罪にそう返した洪城は、本題に入る。

 

「昨日報告した、ジャンクズについてなんですが」

「ええ、見させてもらったわ」

 

 日鏡大学の考古学教授の采雨は、未確認知能体対策の為に組織されたReWPの一員である。未確認知能体、ジャンクズは、生亶山にある遺跡と何らかの関連がある、というのが彼女の見解だ。

 

「それで、ジャンクズの発言で気になるものがあって……」

「『わたしのいろ』って発言ね」

「はい」

 昨日だけではない、襲われた人が口々に証言していたのだ。言葉は違えど意味は同じ共通の発言。洪城はジャンクズが特定の人間を襲おうとする理由があるはずと、采雨に力説する。

 

 采雨は洪城の考えに頷き賛同する。

「本当は、ちゃんと確証を持ってからにしたかったのだけど……」

 少しだけ眉を下げ、申し訳なさそうに続ける。

「私の調べている遺跡とジャンクズに何らかの関係があるのなら」

「彼らにとって、色とは個という認識なのだと思う」

「どういうことですか?」

 そう訊いてきた洪城と塚地に向かって、数枚の資料を見せる。資料には、被害者が証言したジャンクズの特徴をまとめたものだった。采雨はその資料の色の項目を指し、説明する。

 

「彼らはそれぞれ自分の色を有しているのはわかるわね」

 項目には、灰色・緑、灰色・黄色、と灰色と+αとして、緑・黄色・紫と記述されている。ただし、最初に薄い色、という発言が全てに付いていた。

「この色が彼らの色、個人として認識できる唯一のものなのだと考えてる」

「えーと」

 わからない、といった顔の2人に采雨は何とか伝えようとする。

「つまりね、私が洪城君のことを茶髪で背の高い童顔ののんきな26歳、って認識するのと同じ役割をしているの。ジャンクズは、それを色で判断してるってこと」

「ちょ、そんな風に思ってたんですか!? 僕全然のんきじゃないです」

 突然例にされ、のんきと言われた洪城は頬を膨らまし抗議するが、塚地にそこじゃないだろと咎められる。

 

「そして、私たち人間もジャンクズの色をそれぞれ持っている。それを狙って襲っている、と考えられるわ」

「私たちはそれを」

 采雨は説明を続けようとするが、扉が開く音と入室してきた人物の声に遮られる。

「ごめん、ごめん。遅くなっちゃって」

 軽い謝罪とともに博雪が入ってくると、塚地は立ち上がり会釈する。

 話を遮られた眉をひそめるが、洪城に促され話を続ける。

「この色のことを、カラーエナジーと呼んでいるの」

 カラーエナジーという言葉に博雪は割って説明をする。

「カラーエナジーってのは、わかりやすく言うと、生命力のことだよ」

「人間も色を持ってるって言ったでしょ。ジャンクズはこのカラーエナジーを狙って、自分と同じ色の人間、特定の人物を襲ってる、と言えるわ」

 采雨も負けじと言葉を続ける。

 

「それじゃあ、何のためにカラーエナジーを?」

 ジャンクズが特定の人間を襲う理由が分かったが、カラーエナジーを求める理由がわからない。洪城と塚地は、豪山兄妹に問うが、どちらも首を振る。

「ごめんなさい。それはまだわからないの」

「だが、ここ数年で増え続けるジャンクズ被害と何らかの関係はあると思う」

 そう言うと、口を閉ざしてしまった。

 

 塚地は思い出したように、博雪にビートガンを取り出し、ここに来た訳を話す。

「使用したビートガンなんですが、ジャンクズにあまり効果がなくて」

 昨日の戦闘ではジャンクズをひるませることはできたが、致命傷を与えられなかったと報告する。それに博雪は説明不足だったと謝る。

「この銃の弾丸にはさっきの話に出たカラーエナジーを使っている。……人工的なものだけどね」

「そして、ジャンクズの色によって使い分けないと主な効果を発揮しない」

 博雪はそう言うと、2人にプロフォンを渡す。

「君たちに渡すのが遅れすまなかった。あまり量産できなくてね」

「スマートフォンですか?」

 洪城と塚地は渡されたプロフォンを触りながら、博雪に使い方を尋ねる。

「それはプロフォン、武器の登録、転送ができる代物だ。これを使えば弾を入れ替えずに入ったものが転送される」

「弾は5種、ジャンクズは自分の色以外に寛容ではないみたいでね、反対色を射ち込むと過剰反応を起こす。体内のカラーエナジーで傷が修復させない効果がある」

 そこまで言うと、一呼吸入れる。

 

「ただ、元々この銃はREシステムのために作られたものだ。生身のままでは外傷は与えられても、致命傷になることはあまりないと思っておいてくれ」

 あまり無茶をしないでくれと言われ、洪城は笑ってしまう。

「人命救助が出来たら、無茶しません」

 洪城の言葉に塚地も同意した。

 

 

「そういえば、REシステムベルト完成したって本当ですか」

 塚地の何気ない質問で博雪と采雨の空気が険悪なものになっていく。洪城にやっちゃったなという目で見られ、慌てて発言を撤回するがこの兄妹は止まらない。

「普通一般人だった台良君にアレを渡す?」

「そもそもあのシステムは僕が台良君のために作ったものだ。当たり前の結果だ」

「へぇ、警察からも予算ちょこまかして」

「警察の分は今製造中だ」

「先生!? 今警察の予算って」

 しまったという顔の博雪は取り繕い、采雨はしたり顔でそれを眺める。

「い、一応塚地君が扱う用のシステムベルトを造る予算だよ。台良君に渡したものより攻撃特化を目指している」

 しどろもどろになりながら、自身の潔白を証明する。

「俺ですか」

 突然自分の名を出され驚く塚地に博雪は畳みかける。

「あ、ああ。ちなみに武器のリクエストなんかあるかい?」

「何か思いついたら連絡します」

「今製作中なのはスナイパーライフルだ。洪城君は射撃が得意だったよね」

「え、はい。それより台良君が戦うって、どういうことですか。だって彼、采雨先生の助手ですよね」

 洪城や塚地にとって、台良とは守るべき対象であるため、危険な場所へ送り出すことを許容できない。それも、昨日の様に未知の力を使ってくるかもしれない。台良にREシステムを使用させるべきではないと博雪に伝えるが、真剣みのある目でそれはできないと断られる。

「台良君の願いを叶える。これが僕たちに出来る贖罪だ」

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 夕方でお客があまり来ない時間帯のため店番をしていた美波は夏来がいる奥の部屋に戻る。電気の付いていない室内は夕日で朱く染まっていた。室内に置かれた4つの椅子の1つ、自然とそれぞれの席が決まった椅子に、夏来は何をするわけでもなく、ただ、ぼーっと座っていた。

「どうしたの? なんか昨日から変だよ」

 美波は自分の椅子、夏来の隣に座り声を掛ける。美波が入ってきたことに気づかなかった夏来は、間近で聞こえる美波の声に肩を震わせ驚く。

「そんな驚かなくてもいいじゃん」

 そんな様子の夏来を笑い、テレビをつけた。

 テレビからは全国のニュースが流れだし、静寂な室内に音をあたえた。

 

 

 夏来は昨日の洪城のことを考えていた。

 ジャンクズの敵。

 ジャンクズとは、自分が倒している怪物の総称なのだろう。

 洪城は警察官で昨日一緒にいた人も警察官なのか。それに協力してくれって単純に考えてもいいのだろうか。前に研究所に出入りしているのを見ている。サンプルとして扱われるかも……、など変なことばかり考えてしまい、堂々巡りばかりの思考を続けているうちに夕方になっていた。

 

 しかし、昨日怪我をしてまで少女をかばっていた。

 本来は自分がしなければいけなかったことだ。

 

 

 明日それとなく聞いてみよう。

 そう決意した夏来はテレビを見ている美波に声を掛ける。

 

「明日の朝の店番だけど、代わってもらっていい?」

「どうしたの、急に」

「ちょっと、レジとか接客の練習したいなぁって……」

 少し苦しい口実に夏来は美波の顔色を伺う。

「いいけど……。やっぱ、今日変だよ」

 テレビを見ていた美波は振り返り、夏来の顔を覗き込む。

「そうかな」

「そうだよ」

 自分じゃ分からないもんだよ、と美波に言われ、夏来は首を傾げた。

 

 

 





メドウグリーンのジャンクズ(マイク)

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4.

 会社や学校が休みのため、客が減る土曜日の朝。

 部活の学生や曜日関係のない仕事の社会人が弁当屋ふるぁっとで弁当を購入し、口々に尋ねる。

「今日は美波ちゃんじゃないんだ」

 それに少しだけ苦笑いする夏来は、そっと耳打ちする。

「……でも今日の弁当のおかず、美波が何個か作ったんですよ」

 レアですよ、まるで秘密事の様に夏来が小声で話すと、客は嬉しそうに出勤していく。そんな客の背にいってらっしゃいと声を掛け、夏来は洪城が来るのを待った。

 

 

 散らばった商品を整理していると、来客を知らせるチャイムがなる。

「おはようございます……?」

 いつもの挨拶の語尾に疑問符をつける洪城に、夏来は挨拶を返す。

「おはようございます」

「美波ちゃんじゃないなんて珍しいね」

 少し残念そうな声色でから揚げ弁当を選ぶ。夏来は自分が予想していた通りの反応にひっそりと笑った。

 

「490円です。はい、ぴったりお預かりします」

 会計を済ませ、夏来は洪城に話しかける。

「洪城さんって、警察官でしたよね」

「そうだよ。……もしかして何かあった?」

 警察官という立場上何かと頼られることがある洪城は、夏来が相談事をしてくると感じ、身を乗り出す。

「ちょっと訊きたいことがあるんですけど、別に今すぐじゃなくて……空いてる日とか……」

 洪城の食いつきの良さに若干引き気味で返す。

「それじゃお言葉に甘えて、後で連絡していいかい?」

「大丈夫です、はい」

 洪城は夏来と互いの連絡先を交換し、店を後にした。

 

 

 珍しく店の奥の厨房にいた美波が顔を出す。

「夏来、今誰としゃべってたの」

「洪城さんだよ。美波も知ってるだろ」

 夏来が名前を出すと面白くなさそうに顔を曇らす。

 そんな様子に慣れている夏来は構わず続ける。

「いつも来てくれてるだろ、客の顔とか名前ぐらい覚えろよ」

「……知らない。興味ないし」

 美波は客の来店と共に、もういいと奥に引っ込んでしまった。

 

 

 壁にかかった時計の針が9時を過ぎたころ、そろそろご飯にしようと彰悟が声を掛ける。

 テーブルには既に朝食が並び、中央に置かれた大皿には煮物がよそってあり、ご飯、大根とじゃがいもの味噌汁からは湯気が立っている。いただきます、と言った後、夏来と美波は無言でそれらを口に運んだ。

 そんな様子に彰悟が気まずそうに2人に目を彷徨わせた。

「ちょ、ちょっと、どうした? 美波になんか言われたか?」

「何も言ってない」

 彰悟の言葉を即座に否定する。

「私は夏来がおしゃべりしてたから注意しただけでーす」

「はぁ!? ちょっとじゃん。他のお客さんだっていなかったし」

 2人の言い合いに彰悟は頭を掻いた。事態を落ち着かせるようにまあまあと宥める動きをする。

「わかった、わかった。お客さんとコミュニケーション取るのも大事なのはわかるし、美波が注意したのもわかる。はい、おしまい」

 無理矢理話をまとめた彰悟は、正面に座っている美波に笑いかける。彰悟の顔に美波の不機嫌そうな雰囲気が和らいでいく。その様子に腹を立てていたのが馬鹿らしくなった夏来は、肺に入っていた空気を全て吐き出すように呼吸をした。

 

 

 流し台でさっきまで使っていた食器を洗う夏来に彰悟は声を掛ける。夏来は来るのが分かっていた様子で視線だけを寄こす。

「お前なんか言ったんだろ」

「俺はただ客の顔とか名前ぐらい覚えろって……」

 夏来の言葉に彰悟は困ったように眉を下げる。

「人には向き不向きがあるもんだ。……十数年一緒にいるんだ、美波のこと知ってるだろ」

「そうやって甘やかすから、他人に目がいかないんだ」

 よくないと主張する夏来に相変わらず困った表情で夏来の頭をかき回す。ぼさぼさになる髪の毛に構うことなく、目線は常に流し場に向いていた。

 

 美波は実親に捨てられ、現在の家の主、いとこの高汐彰悟の父、義信(よしのぶ)に引き取られた過去を持つ。そのことがトラウマなのか引き取られた当時から居た夏来と彰悟以外との交友を極端に嫌う。外面がいい分何とか孤立せずにいられたが、どんどん家族に依存していく美波に夏来は複雑な気持ちだった。

 

「お前の気持ちもわかるけど、こればっかりは時間の問題だと思うぞ」

 言い聞かせるように呟いた彰悟は終始困り顔だった。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 警察署内の対策室で洪城は鼻歌を歌いだしそうなほど上機嫌で仕事に取り組んでいた。

 同じ室内にいた塚地と柿原は何事かと顔を見合わせる。柿原は塚地に何かあったか訊いてこいと尻を叩いた。塚地は洪城の様子にピンとくるものがあったのか、あれは……と囁く。

「多分誰かに褒められたか、頼られるとああなるんですよ」

 警視庁にいたときは市民と直接関わるような業務ではなかった洪城にとって、そういうことで舞い上がってしまうことを大学時代からの付き合いだった塚地は察することが出来た。

「あいつ、大丈夫か……」

 いちいち感情が出る洪城に柿原は呆れたように見やる。洪城は視線に気づくことなく業務をこなしていた。

 

 

 2人分のコーヒーを入れた洪城は自分以外のデスクにそれを置いていく。自身の分のコーヒーを用意しない洪城に塚地は飲まないのかと声を掛ける。それに洪城はそろそろ上がるからいいと返した。

「そういや、なんか機嫌良いけどどうした」

 わかりきった答えだが、一応訊いてみる。

「いつも弁当買ってるとこの子に相談したいっていわれちゃって~」

 朝からずっと上機嫌のままでいる洪城は嬉しそうに話す。

「ああ、お前が言ってた可愛い子がいるとこ?」

「まあ美波ちゃんじゃないけどね」

 お先に失礼します、と柿原に言うと部屋を出ていった。

 

 

「あいつ、意外とちゃっかりしてんじゃないか?」

 黙って聞いていた柿原がニヤリと笑い、誰でもない塚地へと話しかける。

「え?」

「洪城あいつ外堀から埋めていこうって魂胆だろ? 見かけによらず頭使えるじゃねぇか」

 柿原の言葉に呆気に取られるが、ブッと吹き出す。笑いをこらえようとするがなかなかできず肩を震わせる。ようやく落ち着いたのか、塚地が声を震わせ柿原に言葉を返す。

「あいつそこまで考えてませんよ。まじで頼られて浮かれてるだけですって」

 長い付き合いの塚地にこう言われている洪城に、柿原は洪城の印象の1つに阿保を付け加えた。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 スーパーからの帰り、買い物袋を持った男性は最近できた共通の趣味を持つ友人と駄弁りながら、決して遠くはない帰路を歩く。夏が近づいているのだろう、まだ沈まない太陽は確実に男性らを暑さに導いていた。

 

 歩道に佇んでいる街路樹の影で日を避けながら、次の影、また次の影へと渡っていく。

 ふと、隣で同じように歩いていた友人が足を止める。男性は怪訝な表情で友人を見ると、友人の眼が自分ではなく、まっすぐ前を見据えていた。つられるように前を向く。

 

 数本先の街路樹からナニカが出て来ようとしている。

 

 先程まで嫌というほど聞こえていた車が走る音が消え、男性の耳には異物は街路樹から出て来ようとする、メキメキ、バリ、ガリ、と不快な雑音しか届いてこない。さっきまでの暑さは嘘のように消え失せ、身体の芯まで冷え切っていた。

 

 目の前で起こっている非現実な光景に呆然と立ち尽くす。

 

 街路樹から出てきた灰色と卵色が混じった物体は10代の青少年へと変貌する。自分の体を確かめる様に首を回し、手を握り、感触を楽しんでいた。

 

 バチリと目が合う。

 

 青少年はニコッと男性に笑いかけるが、その笑みは不気味な異様さが滲み出ていた。

 青少年は男性にゆっくりと近づく。目をうばわれていた男性はやっとの思いで後ずさる。

 

 男性に近づく青少年は後ろにもう一人いることに気づき、そちらにも目をやると動きを止めた。

 

「まじかよ。先客いるなんてきいてねぇよ」

 

 何か呟くが男性の耳には入らない。それどころか、ゆっくりだった歩みが速くなっていくことに怖気づく。

 

「ま、関係ないけど。……早い者勝ちって言葉、知ってる?!』

 

 近づいていた青少年は怪物へと変わり、男性に向かって腕を振り上げる。

 

「逃げるぞ」

 今まで黙っていた友人が襟を引っ張り、引き寄せる。それを合図に男性は足を動かし、友人に腕を引かれる形でジャンクズから逃げ出した。

 

 男性は目の前で自分の腕を引き走っている友人に違和感どころか頼もしさを感じていた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「ジャンクズの正確な位置、特定できました」

「台良君に詳しい位置情報を伝送してくれ」

 モニタールームでは研究員達が忙しなく動いていた。

 

 日々精度が上がる装置達を前に博雪はただ祈るしかできない。

 

 自分たちが造りだしたシステムがジャンクズに対抗することを。

 

 樹環市で起こるジャンクズによる失踪事件が無くなることを。

 

 

 

 

 

 

 台良はプロフォンに送られてきたジャンクズの情報に目を通すと、停車していたバイクに再びまたがり発進させた。男性がいた大通りからの小道、住宅がぽつりぽつりと立ち並ぶ場所に向かって。

 

 

 

 

 

 先程より少し移動した場所でジャンクズに襲われている男性2人を見つけた台良は、迷わずジャンクズにバイクを衝突させる。よろめいた隙に男性2人に大通りに逃げるよう指示すると、自分にヘイトを向けるようもう一度ぶち当てた。

 

『て、てめぇ……‼』

 ジャンクズはよろめき、台良を睨みつける。バイクによる外傷は卵色のナニカが湧き出し塞いでいく。見る見る内に最初の姿へと戻っていく。

 

 その様子に台良は、あれがカラーエナジーかと納得する。

 

 台良はREシステムベルトを腰に巻くとプロフォンのアイコンをタッチし、画面をベルトへとかざす。

 

《 SANCTION 》

 

 無機質な音声が発せられる。

 

「俺の相手をしてもらうぞ。」

 

「変身!」

 

 同時にシルバーを下げると台良の体に青いラインが伸び、銀の鎧につつまれた。

 

 台良を包んだ鎧、仮面ライダーレックは、ジャンクズと初めて対面した。

 

 台良はもう一度プロフォンを操作し、ベルトへとかざす。

 

《 INPUT 》

 

 音声とともにビートガンが転送され、台良はそれを受け取る。

 バイクを2度もぶつけられ頭にきているだろうジャンクズは、台良の狙い通りこちらに向かって走ってくる。もう先程まで追いかけ回していた人間のことなど頭から抜けたのだろう、怒りで目の前にいる自分を不快にさせた者しか見えていない。

 

 台良は向かってくるジャンクズに向けて銃を撃つ。しかし、右腕の鋭い針に全て弾かれる。

「……チッ。それじゃ」

 空いた片手でプロフォンを操作すると音声が流れ、2つ目のビートガンが転送される。

 片方の照準は右肩へ、もう片方の照準は右脚へと定める。

『何度撃っても同じだ!』

 ジャンクズは次の攻撃に構え右腕を突き出すと同時に台良は銃を放つ。

 それぞれ違う箇所を狙う弾丸に咄嗟に右脚の方を弾く。そのため右肩に命中し、反動で少し吹き飛んだ。

 

 銃による傷口を塞ごうと溢れるカラーエナジーは傷に着くや否や蒸発した様に煙を上げる。

『う゛あ゛あ ぁ……』

 ジャンクズはうめき声を上げるが、すぐさま台良へと右腕を振り上げ、針を突き刺す。

 それを避けると、ジャンクズへ弾丸を撃ちこむ。

 

『 《 はえろ 》 !!』

 叫ぶと左腕の何かを挟むような出来た空洞だった場所に銃のようなものが生えてゆく。

 台良に避けられた地面に針が突き刺さる。

「もらった!」

 ほぼ固定された相手に台良は叫び、銃を撃つ。

 しかし、ジャンクズは突き刺した針を軸に右足で台良の手に蹴りを入れ、銃を1つ弾くと、腕が反動で上がりがら空きになった個所を思い切り蹴り飛ばす。

「っぐ!!」

 咄嗟にもう1つの腕で受け身を取るが、蹴られた個所と右腕に鈍い痛みが広がる。

『っい゛、くそがっ!』

 ジャンクズも直前に撃たれた所と体重のかかった右肩の痛みで立っているのがやっとだった。

 

 あまりの痛みにふと気が付く。

『……こいつと殺り合ってどうする。そうだ、あの人間はっ!?』

 ジャンクズは思い出したように辺りを見渡すが、既に避難を終えた男性の姿はいるはずもない。

『あ゛あ゛あ゛!! くそがっ!』

 このままでは意味のなくカラーエナジーを消費してしまうと考えたジャンクズは、台良に向かい左腕の銃を発砲する。台良はそれが当たらないように避け、発砲し返すが、ジャンクズも同じく針で弾き、台良に向かって叫ぶ。

『てめぇに構っている暇なんてねぇ! 命拾いしたなガキ!』

「おい! まて!」

 ジャンクズは銃を台良が近づけないよう撃ち続ける。

 

 銃声が止んだころにはそこにジャンクズの姿はなく、台良ただ1人がいるだけだった。

 

 

 変身を解くと、台良は自分の不甲斐なさに座り込んだ。

 油断して相手の攻撃にまんまと引っかかったこと、絶命させることなく逃がしてしまった自分自身に怒りを感じた。

 

「報告しないと……」

 REシステムベルトに付いているカメラで見ていたであろう豪山に一応報告を入れる。

 申し訳ない気持ちで電話を掛けた。

「すみませ」

「台良君!! 大丈夫かい!!」

 謝罪を遮った豪山の大声にプロフォンを耳から離す。

「俺は大丈夫ですけど、ジャンクズ取り逃しました……」

 台良は自分の声が想像以上に沈んでいることに気が付く。電話口の豪山も気づき、台良に言い聞かせる。

「初戦闘であそこまで追い詰めたのはすごいことだ、恐怖に打ち勝ったのだからね。それに次はしっかり討てるようにすればいい」

「はい……!」

 そうだ、こんなところでいじけていられない! 台良は気持ちを切り替えるように頬を叩いた。

「次の為に今することは今日の傷を癒すことだ。早く帰っておいで、那賀野(ながの)先生が医務室で君を待ってる」

「わかりました。ありがとうございます」

 通話を切るとバイクを途中まで押していく。

 

「よし!」

 気合を入れる様に声を出し、何やってるんだ俺と笑った。

 角を曲がると自販機前でバイクにまたがった黒髪の青年と目が合う。気まずそうに視線を自身が買ったであろう缶コーヒーに逸らされた。

 聞かれた。

 台良は自身の顔、耳まで赤くなっていくのを感じた。通り過ぎるとき会釈すると返してくれる律義さに何とも言えない気持ちになる。大通りに出るまでの短い間に台良は背中に視線を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 台良の後ろ姿を見つめていた青年、夏来は考えを巡らせていた。

 また、知らない人が登場してきた。しかも自分とは全く違うがジャンクズと戦える何かに身を包んでいた。洪城と同じ武器を持っていたから、仲間なのだろう。

 夏来は現状を整理しているなか、あることに気づく。

 自分は彼らにとってどのような認識をされているのだろう。

「もし、一緒に戦うことがあるなら、全力で味方アピールするべき?」

 夏来の呟きは台良と違い、誰にも聞こえることなく薄れていった。

 

 

 

 

 

 




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5.

 

 

 一寸先も見えぬ闇。

 辺りは静寂に包まれ、風さえも感じることはできない。

 

 ただ暗闇が広がる空間に突如床に緑色の小さな灯りがともる。辺りが少しだけ照らされた。

 木の椅子が置いてあり、それが引かれる音が響いた。

 

 ぽつり、また一つ灯りが現れる。紫色の灯りに照らされ、1人の女性が椅子に座り足を組んでいることがわかる。まだ闇が居座り続け、顔は陰によって隠れている。

 

 赤色の灯りがともると同時に青年が灯りの方に向かって声を発する。3つ目の灯りで暗闇が薄れ、大小姿形が違う椅子が不規則に置いてある空間が露になる。アンティーク調の椅子に座っている50代程のスーツを着込んだ男性は、目を閉じ待ちの姿勢を取っている。20代に見える女性も脚の長いスツールに座っている。目線は青年の方を向いていた。

 

「相変わらず早いね、ギブアとフィロの代表は」

 返事に期待していない発言に女性は笑って男性の方をちらりと見る。

「だって、新しいギブアの代表にあうのですもの。ま、見知った顔ですけど」

 女性は眼を細める。ギブア代表と呼ばれた男性は微動だにせず、沈黙を守っている。その様子に変わらないものを感じ、表情を緩める。残りを待つため、シンプルなデザインの椅子に座った。

 

 黄色い灯りと椅子の軋む音と共にガラの悪い青年が現れる。

 文句が飛んでくると思ったのだろう青年は、自分に関心が向かず何も言われないことに、不機嫌な顔になった。

 

 一段と大きい青い灯り、最後の1人が現れる。5つの灯りが暗闇を隅へ追いやった。

 青い青年は特に悪びれず、ひと際大きい椅子に我が物顔で座った。

 

「さて、遅刻常習犯のバトリの代表も来たことだし」

 紫の女性、フィロ代表は沈着な態度で口を開く。

「集まってもらったのは外でもない、マリ=エゴィウ゛のことでよ」

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 その後洪城から連絡をもらった夏来は自然運動公園へと来ていた。陸上競技場や体育館、テニスコート等のスポーツ施設エリア、四季の花や木々に囲まれた広場、アスレチック等の自然エリア、他にも多くの施設が集まった自然運動公園には祝日もあってか、たくさんの利用者でにぎわっていた。

 比較的人が少なく、涼しい場所である、噴水前でダンスを踊るグループや演奏の練習をしている学生を夏来は自分と同じように日陰で休んでいる人々と眺めていた。

 

 近場の駐車場から洪城が缶コーヒーを持って、夏来の元へ駆け寄る。声を掛けられた夏来は洪城から缶コーヒーを受け取り、ありがとうございます、と礼を言った。

「ごめんね、こっちに合わせてもらって」

「こちらこそすみません。……今日も仕事だったんですね」

 洪城の服装はいつもと同じスーツを身に着けていた。洪城は申し訳なさそうに笑い、再度謝罪する。

「急に入っちゃって、この場所だったら多分大丈夫だから」

 独り言のように呟かれた言葉に夏来は何のことかわからず呆けた顔になるが、洪城の時間を無駄に消費しないように、質問を投げかける。

 

「洪城さんは知ってると思うんですけど、この地域って失踪が多いんです。昔から」

「! ゴッ、ゲホ、……う、うん」

 洪城はまさか夏来の口から失踪について話されるとは思いもよらず、口に含んだコーヒーが気管に入り、力強く咳込んだ。町の治安とかもっと身近な出来事の相談だと思っていたのだ。ぎょっとする夏来に洪城は続きを促す。

「それで2年前に俺の彼女、失踪してるんですよ」

 夏来の表情は店では見たことのない暗い表情をしていた。

「警察って、失踪について何か取り組んでいますよね? 戻ってきた人とかいるんですか」

 縋るような発言をするわりに諦めた表情の夏来に洪城は戸惑った。

「僕たちもこれ以上の被害が出ないように取り組んでいる。……残念なことだけどここ2年で失踪事件は増えている。そして、失踪者が戻ってきた事例は1つもないんだ」

 慰めの言葉もなく洪城は事実だけを口にする。噴水前の2人の空間だけ重い空気が流れる。近くで流れる音楽がやけに遠く感じた。

 

 夏来は慌てたように沈黙を破った。

「えっと、こんなこと訊くつもりじゃなかったんです。ほんとは変な怪物について訊きたかったんです」

「‼ もしかして襲われたのかい!」

「い、いや、み、目撃しただけです」

 形相を変え、肩をゆする洪城に怖気づく。よかったと呟く洪城に夏来は確信めいた疑問をぶつける。

「その怪物って、失踪者と何か関係あるんですよね」

 洪城はわかりやすく肩を揺らすと、少し悩んでから、その通りだと夏来の疑問を肯定する。

「僕たちは怪物のことをジャンクズって呼んでいて、失踪者はジャンクズに襲われた被害者の可能性が高い」

「つらい気持ちはわかるけど、被害者が戻ってくる可能性はほぼ無いんだ」

 夏来は唇を噛みしめる。そうですか、と呟く夏来の声は急速に乾いたように掠れていた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 男は悩んでいた。

 どうすれば誰にも邪魔されずに自分のものだけにできるか。

 

 強制集会は本当につまらなく、くだらない内容だった。男は自分には関係ないと思い聞き流していたが、何か悩んでいるのかと、集会後に話しかけられた。

 普段だったら無視をしているだろうが、相手が相手だけにそれはできなかった。

「別にあなたが気にすることじゃない」

「お前の意見は聞いてないよ。ねえ悩んでるんでしょ、聞かせてよ、退屈なんだ」

「相変わらず厚かましいな、代表様は」

 軽い口調だが男の口は忌々しげに歪んでいた。そんな男に代表と呼ばれた青年はげらげらと品もなく笑う。周りの数人は面白そうに2人のやり取りを観察している。思わず舌打ちが出た男は、仕方なく1人の人間について話しだす。話している間の男の様子は、苛立っていた事が嘘のように恍惚とした表情でどれだけ自分があの人間を想っているかという内容だったが突如憎悪に満ちた形相で最近その人間を襲った同族を批難した。

 話を聞いた青年はニヤァと口元を歪め、男に囁く。

「それじゃあ、取られる前に自分のものにすればいいんだよ。今は忌々しい同族に手を出しちゃいけないって決まっちゃったから、それしかないって」

 男は頷かず、睨みつけている。言いたいことを理解していない青年に対し男は苛立っていた。青年は更に笑みを深め、顔を近づける。

「お前がこうやってぐずぐずしている間に人間ってのは勝手に死んでいくんだよ? お前は与えられたんだよ、チャンスを」

 

「俺達の本質を忘れるな」

 

 青年に男は言い返せなかった。青年の言葉は紛れもなく真実だったからだ。意を決したように去っていく男の後ろ姿に声を掛ける。

「カラーエナジーの6割は回収するからー」

 忘れないで―、無邪気に笑ってそう叫ぶとおもしろかったーと消えていった。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 自然運動公園の自然エリア、草原の広場の隅にあるベンチで男2人は雑談をしていた。1人は先日ジャンクズに襲われた男性、もう1人はその時居合わせた友人である。男性は家族と一緒に訪れており、少し離れた所で母親と娘がボール遊びをしている。友人と会ったのは偶然だった。

 友人は時折周りを警戒するように見渡し、男性はもう大丈夫と安心させるよう和める。娘が父親に向かって手を振ってくるのに返しながら、男性は過ぎ去った脅威に安堵し、平穏を噛みしめていた。

 

 

 

 ジャンクズに襲われた男性に再び接触があるはずと、塚地は洪城と交互で広場全体が見える、丘の喫茶店で男性の周辺を監視していた。先日確認されたジャンクズの人間態と一致する人物の撲滅の為に設置した監視カメラと肉眼で警戒していたが、一向に姿を現さない人間態、豪山からの干渉反応の連絡もなく、今日もかぁと塚地は体を伸ばす。アタッシュケース型のモニターから警報が鳴ることはなかった。

 

 

 

 男は青年から言われた言葉が耳から離れずにいた。人間ってのは勝手に死んでいく、隣で楽しそうに子供を見守っているこの人間も例外ではない。明日、いや今日の帰りにでも死んでしまうかもしれない、そう考えると、男はある筈もない血が引いていく感覚に陥った。隣で急に黙り込んだ男を男性は大丈夫かと見てくる。

 男の視界は納戸色に染まっていた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 夏来は鈍い痛みを感じ、洪城に適当な理由を告げ別れる。近くのどこかでジャンクズが出てきたはずと、夏来は自然エリアにあたりをつける。整備されておらず、人のいない場所から出現すると思い、人気のない場所を周っていた。

「きゃあああああああああ‼」

 広場から女性の甲高い悲鳴が聴こえ、それを下に悲鳴の波紋が広がる。弾かれるように逃げ出す人の流れに逆らい、夏来は広場へと向かう。

 

 広場には女の子とその母親だけが取り残されていた。母親は恐怖で腰を抜かしてしまい、子供を庇うように抱きしめている。目の前で自分の夫が消滅したことに只々涙を流していた。

「パパ! パパ!」

 母親の腕の中で女の子は青いジャンクズ、いやベンチに積もった木屑に向かって泣き喚く。

 ジャンクズはそんな光景を気に留めず、色を吸い込んだ箇所を愛おしそうに撫でていた。

 

 夏来は間に合わず犠牲者が出たことに唖然とするが、自分を奮い立たせ、身体の紋章をベルトへ変化させる。

「変身!」

 フィルターを押し込み、緑の鎧に身を包むと、ジャンクズへと殴り掛かった。

 

 

 

 

「うわあああああ‼」

 自然エリアの方から悲鳴を上げ逃げてくる人々に、辺りは騒然となる。同時に洪城に塚地から連絡が入る。電話口の塚地の声はかなり焦っており、息が上がっていた。

「塚地どうした」

「ジャンクズだ! それもこの前とは別個体、青いやつだ」

「対象は」

「っ、すまない」

「! わかった、そっちに向かう!」

 自然エリアから逃げてきた人に落ち着くように声を張り上げながら、銃を装備し、ジャンクズの所へ走った。

 

 

 

 

 塚地が駆けつけた時には親子の姿しかなく、ジャンクズはどこにもいなかった。しかし、地面がえぐれた跡、木が数本大破した無惨な現場には、確かに何かが起こったことが明白だった。塚地は残っていた母親にどんな状況だったのか、落ち着かせる為にも手帳を見せ、優しく問いかける。

「大丈夫ですか。落ち着いて、何があったのか聞かせてください」

「わ、わたし、私の夫がっ、かいぶ、っ襲われて、木になってっ」

 しゃっくりを上げ、単語を並べる母親に深呼吸するように奨めると少し落ち着きを取り戻し、塚地に怪物が夫を襲い木にしてしまったと説明した。

 

「それで、ジャン、いえ怪物はどこに」

「……緑色の怪物? に殴られて、あっちに」

 母親はそう言うと破壊の激しい場所のその先を指さす。タイミングよく洪城が駆けつける。

「ありがとうございます。……洪城、この親子を頼む」

「塚地お前はどうするんだ」

「俺はジャンクズを追う。緑の戦士もいるらしい。なにかわかるかもしれない」

「わかった。連れて行ったら、僕も後を追う」

 塚地は洪城達と別れ、ジャンクズが進んだ方向へ走った。

 

 

 

 

 

 塚地が向かっていった後、洪城は親子と比較的安全と思われる宿泊施設や飲食店のある方の道を進んでいた。騒動もあってか人がほぼいない道は、かんかんと照り付ける太陽は葉や枝で隠れ、木のさざめく音、鳥の鳴き声すらさっきの出来事もあって不気味に感じさせた。

 

 塚地から預かっていたアタッシュケースから突如警報がけたたましく鳴り響く。驚き怯える親子に洪城は落ち着いて自分から離れないように指示すると、ケースを開きモニターを確認する。

 モニターには本来自分たちが探していたジャンクズの人間態が映し出されていた。嫌な予感がし、冷たくなった指でジャンクズと自分たちの現在地を確認する。近くではないが確実に近づいてくる脅威に息をのむ。

 洪城のプロフォンに豪山から電話がかかってくる。親子を不安にさせないよう一呼吸入れ、自分を落ち着かせてから対応した。

「洪城君、気づいていると思うが先日のジャンクズがそっちに出現した」

「はい、モニターで位置確認できています」

「台良君にそっちを対応するよう伝えるがこのまま進めば確実に出くわすだろう。狙いは被害者の子供だ。なんとか回避してくれ」

「了解です」

 豪山との通話を終え、親子に今の状況を説明する。

 

 子供の手を握る母親の手に力が入っていく。痛いと漏らす子供を抱きしめる母親に、洪城は道ではない所を通ると伝え、ついてくるように指示すると舗装されていない草木が生い茂る方へと案内した。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 夏来は怒りに身を任せ、ジャンクズに殴り掛かっていた。何発か避けられ、木に拳がのめり込む。煙を上げ熱の帯びた拳を引き、ジャンクズと再び向かい合う。横で殴られた木が叫びを上げ崩れていった。

 

 ジャンクズは一部を守るばかりで夏来との戦闘に集中していなかった。納戸色の箇所は揺れる様に色づき、ジャンクズはその度愛おしそうにさする。

 何度目かの攻防で冷静さを取り戻した夏来は、槍を生み出し構える。

 

『嫉妬とは醜いよ。君もこの男を狙っていたのなら、さっさと別れを決意するべきだったね!』

 ジャンクズは嘲笑い、勝ち誇った態度で正面に居座る。

「どういう意味だ」

 ジャンクズ目掛け槍を投げつけるが、丸い刃によって全て切断されてしまう。夏来の攻撃にいけないなぁと零すと夏来に向かって刃を立てる。首を狙った攻撃を避けると、再び槍を生み出し距離を取る。

『もう彼は俺の一部なんだ。俺だけの……‼』

 我慢できないと笑い声を上げるジャンクズに夏来は理解できないと絶句する。

 

 

『君も彼の色が欲しかったんだろ。……それじゃ彼の力で消えてもらおうか!』

 

 

 

 

 

 

 




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6.

 

『君も彼の色が欲しかったんだろ。……それじゃ彼の力で消えてもらおうか!』

 

 高らかに笑うジャンクズの体、灰色の箇所を、吸い込んだ納戸色が浸蝕してゆく。

 色が馴染んだ体、物々しくより切れ味の上がった刃は確実に夏来へと向いている。

 

 間に合わなかった。

 

 夏来は心の中で愚痴る。

 人間を襲い、色を手に入れ、染まったジャンクズを何体か相手にしたことがあった夏来は、こうなった相手に一瞬でも気を抜けばやられると過去の経験から分かっていたため、染まる前に倒したかったのだが、そう上手くいかない。

 

 剣を生み出し構える夏来にジャンクズは鋭い刃を押し出し、切り刻もうと走ってくる。

 まともに受け止めれば押し負ける、そう感じた夏来は剣を少し当て、突き付けてきた刃を弾き、足を蹴る。

 バランスを崩したジャンクズは転びそうになるのを踏み止まりこらえるが、背後から斬りつけられ、うめき声を出す。しかし傷はカラーエナジーによって回復してゆく。

「こうなったら、何でもありだな。ホント」

 つい言葉がこぼれる夏来にジャンクズは内側がローラーになっている鈍器の様な物を振り回し攻撃してくる。何発か避けるが、鈍器が目の前に迫った時、咄嗟に剣で受ける。ガンッと鈍い音と共に剣が弾かれ、握っていた両手が上がり、大きく隙ができる。ジャンクズはそれを見逃さない。

 ガラ空きになった胴体に刃を押し付ける。刃の当たる金属音と火花が散らばる。

「っう゛!」

 吹き飛ばされ木にぶち当たり、激痛が夏来を襲う。しかし倒れることはない。

『結構本気で殺すつもりだったのにな……!』

 ジャンクズは言い終える前に鋭い刃を回転させながら同じ場所を狙う。

 だが夏来に突き当たる前にジャンクズの動きが一瞬止まる。

 

 ジャンクズの足に黒い槍が突き刺さっていた。

 動きの止まったジャンクズに追い打ちをかける様に、夏来は槍を生み出し投げつける。

 

 黒い槍の刺さった納戸色の部分は色が抜けていくように灰色に変色してゆく。

 

 ジャンクズは槍を抜こうともがき暴れる。

 黒い槍はもろく動くとすぐに崩れるが、夏来が放った緑の槍はジャンクズに深く突き刺さり、体を抉っている。

 ジャンクズは自分の身体から色が抜け落ちていることに気づき、錯乱し、絶叫する。

『おれのいろがっ! いやだ! しなないでくれ! きえないで!』

 

 夏来はバックルからフィルターを抜き出し、剣の鍔に差し込む。

 ガシャ、押し込まれる音が鳴り、剣身は銀から透き通るガラスの様に変様する。

 

『……許さない。俺の、色を、返せ!』

 力の限り振り回す鈍器と丸い刃を避ける。

 3発目、大きく振り上げたジャンクズの攻撃に屈み、懐へと入る。

 

 ジャンクズに突き刺さった剣に納戸色が流れこむ。

 

『もっと、いっしょに……』

 刺さった箇所から色が抜け、黒く変色してゆく。

 

 ジャンクズは黒い木屑となって、消滅した。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 台良は前に取り逃したジャンクズを撃滅するため、豪山から送られてきた位置情報から洪城がいる位置に向かってゆくジャンクズを追いかける。少しでも洪城に負担を掛けないよう、人が退避した自然運動公園の遊歩道をバイクで爆走した。

 

 

 

 洪城は迷いなく近づいてくるジャンクズに、青いカラーエナジーの弾丸に変え、親子から少し離れた場所を位置取る。子供しか目に入らないジャンクズに不意打ちするためである。母親には何があっても飛び出さないでくださいと伝えていた。

 台良が戦った時の印象で気が短く視野が狭いと感じたからだ。怒らせて、台良が着くまでの時間を稼げれば十分だと考えた。

 

 自分たち以外の草を踏み近づいてくる足音に緊張感が漂う。

 

「そこにいるんだろー、怖くないよー」

 間延びした男の声が耳に入る。

 

 洪城の数m先の横を通り過ぎる人間態のジャンクズの背中に向かって発砲する。

「う゛あ゛! ってめぇ、ふざけんな』

 背後から攻撃されキレるジャンクズは洪城のいる方向へ左腕の銃を乱発する。

 木を盾にしながらなんとか攻撃を逃れるが、このままだと親子が巻き込まれてしまう。

 ジャンクズは洪城に向かって今この時も撃ちこんでくる。避けるのに手一杯で考えがまとまらず、打開策が出てこない洪城に、台良から連絡が入る。

「洪城さん、交戦中ですよね」

「うん、かなりやばい。このままだと親子を巻き込んでしまう」

「歩道まで誘導できますか」

「わかった」

 

 台良の案に乗っかった洪城はジャンクズを挑発する。

「ぜんっぜん当たってないぞ、このへっぽこ!」

『んだとてめぇ!』

 案の定キレたジャンクズに歩道へと走りながらさらに挑発する。

「下手くそー! えーと、この単細胞!」

『? とりあえず、殺す!』

 言葉の意味は分からないが、とりあえず侮辱されたと直感的に感じたジャンクズは、思惑通り洪城を追いかけ、歩道へと誘導される。

「いっ! やばっ」

 後ろからの銃弾が数箇所掠める。スーツが裂け、少し血が滲むが、立ち止まれば死ぬと洪城は必死に走った。

 

 冷や汗を滝の様に流す洪城は歩道へと出る。

 木という障害物の無い空間に出た洪城にジャンクズはしめたと舌なめずりをする。

 

 ジャンクズは確実に殺そうと右腕の針を光らせる。

 

 が、ジャンクズは台良のバイクで吹き飛ばされる。

「洪城さん! ここからは俺に任せてください」

「、ああ、頼んだ!」

 台良にジャンクズの対処を任せると、洪城は親子の元へ戻った。

 

 

 

『てめぇ! 何回ぶつけてんだよ!』

「3回目だ」

 

 台良は既に巻かれたベルトにプロフォンをかざす。

 

《 SANCTION 》

 

「次は俺の相手をしてもらうぞ」

「変身!」

 バックルのシルバーを下げ、銀と青いラインの鎧に身を包む。

 

《 INPUT 》

 

 素早くビートガンを2つ転送し構える。

 この間の戦闘で学習したのか、ジャンクズは銃を撃ってくるだけで突っ込んでこない。

 射程はジャンクズの扱う銃の方が長いため近づく必要があるが、うかつに近づけば鋭い針の餌食になるのは目に見えている。

 ジャンクズの銃弾を弾きながら、台良は策を考える。

 バイクで一気に近づくことも考えたが、パンクさせられると殺傷力が下がると思い却下する。

 

 取り敢えず守ってばかりではどうにもならないと、ビートガンの射程距離まで近づき、攻撃を仕掛ける。弾が当たるたびにうめき声を出すジャンクズの銃声がだんだん収まっていく。

 息を切らすジャンクズを、台良は警戒し注視する。銃弾は針で何発か弾かれるが、明らかに疲労していた。

 

 台良はジャンクズの身体が前より灰色になっていることに気づく。

「とどめをさせそうだが、まだゲージが」

 バックルのエネルギーメーターを確認する。9割ほど溜まっており、もう少しで出力最大の攻撃が出せることが判ると、確実にゲージを溜め、攻撃を当てるために、ジャンクズに素早く接近する。

 

 ジャンクズの左腕の銃はとっくに消滅しており、台良の攻撃に針で対抗する。

 台良は突いてくるジャンクズの針を掴むと体を捻り、思い切りジャンクズの腹に肘を叩き込む。

『っぐえ、が、は』

「溜まった!」

 倒れこみえずくジャンクズから離れる。

 台良はプロフォンを操作し、溜まったエネルギーをビートガンへ転送する。

 

《 ABSORD FINISHE 》

 

 ビートガンに濃縮されたエネルギーが集まり、キュイーンと高周波が鳴り渡る。

「連帯責任だ。死で償え」

 台良は引き金を引く。

 

 強大なエネルギーを纏ったカラーエナジーの弾丸はジャンクズへと命中し、緑の爆発を起こした。

 

 

 ジャンクズが消滅したことを確認し、豪山へ報告する。

 豪山から労いの言葉をもらった後、怪我を負った洪城が気になり、連絡を入れる。

「台良君! 大丈夫かい、怪我はない?」

「あ、はい。それより洪城さんのほうが」

「よかった! こっちは2人とも何ともないよ。安全な所に避難させたから」

「え、いや、洪城さん怪我してましたよね。俺、応急処置出来るんでそっち行きます。今どこですか」

「え、あー、東門の、エリアの中央にある噴水広場近くの駐車場だよ」

「わかりました、すぐ行きます」

 通話を切った後早く向かおうとバイクに跨るが、ここが遊歩道だったことを思い出す。流石に今走るのはマズいと、台良はすぐ行くと言った洪城に対し申し訳ないと思いながら、バイクを押して出来るだけ速く歩いた。

 

 そういえば青いジャンクズはどうなったのかと、干渉反応を知らせるプロフォンのアプリを確認すると、履歴が2つ残っているだけで、現在干渉反応無し、と表示されている。

 台良の表情が、少年の、まるで憧れのヒーローに会った様な、歓喜に染まってゆく。

 

「やっぱりすごいな、正義の味方」

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 夏来はジャンクズを倒した後、すぐに変身を解いたことを後悔した。

 後ろで誰かが見ている。

 誰か確かめたいが、振り返れば顔を見られてしまうと思い、ぐっと我慢する。知り合いだったら、と考えるとジャンクズと戦っている時とは違う緊張が走る。

 

 

 塚地は青いジャンクズと緑の戦士が戦い、消滅したところを陰から見ていた。戦士が吹き飛ばされたとき、塚地は微力ながら加勢しようとしたが、それは不要に終わった。

 

 ジャンクズが消滅した後、塚地は緑の戦士が人間の姿になるのを待った。人間でもジャンクズだった場合でも顔さえ確認できれば、探すのは容易だ。探し出した後はこちらの事情を話して協力関係を結べばいいと考えたからだ。こちらは警察、相手がどれだけ常識を持っているかわからないが、まともだったら信用を得られるだろう。

 戦士の手がベルトへと伸びた。

 

 現れたのは、台良とそう変わらない青年だった。

 なぜか立ち止まっている青年の背に塚地は声を掛ける。足を踏み出した瞬間、青年、夏来は走り出した。

「ちょっと! 待って!」

 逃げられて堪るかと塚地は追いかける。普段から鍛えている警察官とただの弁当屋の青年の差は明らかだった。

 

 腕を掴まれた夏来は怯えたように下を向く。

 塚地は少し見覚えがある青年に驚く。かなり前に研究所前で洪城と話していた青年だったからだ。同僚の知り合いだったことに塚地は動揺を隠せない。掴んでいた腕が離れる。

 

「すみません」

 最初に口を開いたのは夏来だった。逃げ出したことに対してか前に洪城の手を振り払ったことに対してなのか判らないが謝罪が落される。

 夏来は塚地の目を見て、意を決して塚地へと頭を下げる。

「お願いします! ――――。」

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 洪城が呼んだ車で保護した親子を家まで送りだした後、駐車場で塚地と洪城は合流した。台良はすでに研究所へと戻っており、お互いに何があったのか報告する。塚地は一瞬言葉に詰まらせるが、特に何もなかったと答えた。

「そっか、結局あの戦士が誰かわからなかったのか」

「、ああ、すまん」

 謝る塚地に洪城は気にするなと背を叩き励ます。笑いながら、それよりと頭を掻く。

「台良君に早く怪我治したいなら、病院か那賀野先生の所に行ってください、って言われちゃった」

「報告書書いたら、連れていくか?」

「お、やったー」

「警察官がバイク事故起こしたら、交通課のやつらに何言われるか怖いからな」

 軽口を叩きながら、2人の乗った車は自然運動公園を後にした。

 

 

 

 





卵色のジャンクズ(コンパス)
納戸色のジャンクズ(パイプカッター)

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7.

今回不快な表現があります。
この作品はフィクションです。

また戦闘シーンが無く、とても中途半端です。
申し訳ございません。


 

「あー、マジ苛つくわぁ」

 美術室で屯する少女たちの1人が突如大声を出す。それを聞いて他の少女たちはクスクスと笑う。

「ひーちゃんほんっと嫌いだよねー。おもしろかったじゃん、あの顔」

「まじうけたわ。泣きそうになりながら片付けてさ。その上、水掛けられてびしょびしょ」

 何が苛つくのとばかりにひーちゃんと呼ぶ少女に先程の出来事を言っていく。それを聞いて一緒に笑っていたが、気に入らないと口を開く。

「あいつのさ、なんつーの、自分かわいそうな子感ってのがむかつく。か弱い子アピールがうざい」

「それな。ちょっと顔良いからって、男子の気引こうって必死すぎ」

 ひーちゃんの言い分に同意するようにとある少女への発言がエスカレートしていく。夕日で染まった教室から出る様子のない少女たちの話す内容はどんどんひどくなっていく。

 1人の少女が思いついたと机をバンバンと叩き、注目を集める。

「夏休みのさ、部活日程の紙渡さずに休日も来させようよ!」

「うっわ、お前サイコーかよ」

 げらげらと笑う集団は、廊下で聞いていた生徒に気づかない。

 少女たちの話題は違う人物へと移る。

「てかさ、あいつと一緒にいる奴、まじ目怖くね」

「わかる。こよみちゃんでしょ。うちのクラスだけど、なんで菅井(すがい)と一緒にいるのかマジ意味不」

 しゃべりに夢中だった少女たちの1人が時計を見て、うわっと声を上げる。まだ日は沈んでいないが6時半を過ぎていた。帰ろうと一斉にカバンを持ち教室を出ていった。

 

 

「ひーちゃん、じゃーねー」

「ばいばーい」

 3人と別れたひーちゃんもとい井口妃華莉(いぐちひかり)は川沿いを歩く。街灯が無くても明るい道を歩いていると、目の前に少女が立っている。制服から同じ学校の少女に妃華莉は訝し気な顔で聞こえる様に呟く。

「まじじゃまなんだけど、なんなの」

 振り向こうとする少女に勝ったと思い上がる。さらにまくし立てようと歪んだ口を開けようとするが、驚きで固まる。動揺したことを悟られないように、いつもと変わらない口調でいようと意識するが、僅かに上ずった声が出ていた。

「……なに、何か用? じゃまだからどいてくれない」

 振り向いた少女はさっきまでの会話に出てきた少女だった。

「どうしてあずさを虐めるの」

 無表情な、人形の様な光も濁りもない眼に思わず後ずさる。得体の知れない寒気が妃華莉を襲うが、プライドの高い彼女は思わず言い返してしまう。

「あ、あんたには関係ないでしょ!」

 怒鳴り散らす妃華莉に少女は一歩、また一歩と近づく。

「な、なによ。こっちくんな! な、ぇ、」

 妃華莉の怒鳴り声は困惑から恐怖へと変わる。

「あ、あ、ぁ」

 腰が抜け、その場で倒れる。

 

 彼女の目の前には少女の姿はなく、異形の怪物が妃華莉を見下ろしていた。

 

 目を見開き、唯々涙を流す少女の顔に黄色い不透明な粘着物を押し付ける。

 もがき、苦しむ表情を只々見ている。そこに一切の感情は無かった。

 

 痙攣を起こす妃華莉の首を持ち、腹に手を突っ込む。

 かき回す手付きが止まり青っぽい球体を取り出すと、少女を投げ捨てた。

 

 妃華莉の肌に木屑がまとわりついた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 昨日ろくに眠れなかった夏来は、あくびを噛み殺しながら朝早く彰悟と一緒に食材の下ごしらえをしていた。遅れて美波が厨房へ行くと、落ちそうな瞼を必死に上げる夏来と、落ちそうになるたび耳元で手を叩き、起こしている彰悟の姿があった。

「なにしてるの」

 冷たい美波の声に彰悟の手は夏来の肩へと素早く置かれる。肩を揺すられ、どうにか目を開けた夏来は、厨房に来ていた美波に寝ぼけた声でおはようと告げる。

「おはようするのはそっちでしょ。もう一回顔洗ってきなよ」

 美波は包丁を置かせ、夏来のエプロンを引っ張る。

「……うん、そうする。あ、米まだ炊けてないから」

 ドア付近で立ち止まり、夏来は背中を押す美波に言う。

「わかったから、はやく!」

 美波は夏来を洗面所へと行かせ、2人のやり取りを笑いながら見ていた彰悟を呆れた目で見据える。次の標的にされた彰悟は誤魔化すように視線を自分の手へ向けるが、隣から美波の揺れる頭がのぞき込んでくる。

「もう、ちゃんと起こさないとダメでしょ!」

 軽く睨みつける美波の頭に彰悟は無意識に手を乗っける。

「ははは、ごめんって。珍しくてさ」

「怪我したらどうするの」

 美波の説教に素直に謝った彰悟は宥める様にぽんぽんと頭を撫でる。

「お兄ちゃん、私もう子供じゃないんだから」

 やめてと言うわりに美波は嬉しそうに目を細めた。

 

「めっちゃ目さめた」

 洗面所から帰ってきた夏来を加え、3人は遅れを取り戻すようにテキパキと働き始めた。

 

 

 朝のラッシュ中夏来は店に来るお客、洪城に対して気が気でなく目の前のことに集中できず、店の方に耳をそばだてていた。昨日塚地との約束を完全に信用することが出来なかったからだ。

 しかし、夏来の思いは杞憂に終わった。

 洪城の様子も普通だったし、美波も何も言わずに隣で一緒に朝ご飯を食べている。昨日の夜、塚地に正体がばれたことに心配や不安で全く眠れなかった夏来は今安堵に包まれていた。緊張で張りつめていた精神にゆとりが出来たことで、再び瞼が下がりそうになるが、彰悟と美波の声でそれは阻止された。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 洪城を研究所にいる那賀野に預けた塚地はそのまま豪山の元へ向かった。モニタールームで指揮を執っていた豪山に急用と声を掛ける。武器についての相談と思ったのだろう、地下の特2で待っていてくれと言われ、塚地は一人で向かった。

 会議室のような椅子とテーブル、ホワイトボートしかない室内、地下のため窓がなく閉鎖的な空間で待っている間、今から豪山に報告しようとしている事柄、夏来との約束を破ることに対し、申し訳なさが塚地を苛む。

 

 

 つい先ほどの出来事を思い出す。

 変身を解いた後、走って逃げた彼を追いかけ捕まえたこと。怯えた表情と掴んだ時の強張った腕、決意した目で言われた言葉。

「お願いします! 俺がジャンクズと戦っているってこと、誰にも言わないでください!」

 頭を下げ、懇願する彼に喉まで出かかっていた言葉を飲み込んだ。

「……どうして、正体を隠す必要がある? 同じジャンクズの敵なら協力した方が」

「俺は! 俺は一人でも大丈夫です。ああやって戦えるから。でも洪城さんやあなたは生身で、……死ぬかもしれない。変身していたあの男の人も。それに、こんなことやってるの、か、家族に知られたくないんです。どうしても」

「だから、約束してください。誰にも言わないで、俺のこと忘れてください。俺、今以上に被害出さないよう頑張るので、お願いします」

 息の、呼吸の仕方も忘れるくらい、夏来の気迫に押される。

「あ、あぁ」

 どうやってその力を手に入れたのか、どうして戦っているのか、聞きたいことがたくさんあったはずなのに、やっと喉を震わせたときには、もう頷いていて承諾してしまっていた。安堵した表情で去っていく彼を見つめることしかできなかった。

 

 

 5分も待つことなく豪山が入ってくる。間髪入れず、いつもの調子で軽い謝罪をすると塚地の正面の席に着いた。

 一度助けてもらった、いわば命の恩人である青年の約束も守らないことに罪悪感から心臓を握られているような痛みを感じた。

「塚地君なんかいい武器思いついた感じ? それとも欲しい機能とか」

「いえ、今日はそのことではなくて、その、謎の人物のことで」

 塚地の発言に豪山は少し目を見開くが、ひどく落ち着いた口調になる。

「それで、誰か分かった感じかな」

 塚地は洪城から聞いた夏来についてと言われた内容を豪山に話した。黙って聞いていた豪山は塚地が話し終わってから、淡々と質問していく。

「この事は僕以外には」

「言ってません。洪城や柿原さんにも」

「他に何も訊いていないんだね」

「……気圧されて、何も言えませんでした」

 正直に答えた。思い出すたびに手の平から汗が滲んでくる。

「そっかー、そっか、そっか」

 納得した様に繰り返される言葉には、どうするべきかわからない難解だという思いが滲み出ていた。ふぅと一息ついた豪山は、一応青年の身元だけ調べておいてくれと提案した。

 それと、と豪山はキャリーケースから部品を取り出し組み立ててゆく。組み立て終わりテーブルに置かれたものは、スナイパーライフルだった。もう一つと手榴弾らしきものを2つ取り出す。

「これは」

「前言ってたスナイパーライフルだよ」

「それと君たちは無茶をするから、こっちのパイナップル型が殺傷能力があるもので、こっちは閃光弾。本当はグレネードで音響手榴弾の方がいいと思ったんだけど、ジャンクズに効果があるか分からないからね。君たちが使っていた通常の物より威力が高いから実験と思って一度使ってみてくれ!」

 ライフルと形の違う手榴弾について爛々と目を光らせ説明をしていく。

「改造したものだから癖があるけど慣れてくれ。ライフルは一丁しか無いから大事に扱ってほしい。スコープの調整はしておいたけど、問題があったら言ってね。じゃあ洪城君によろしく」

「ありがとうございます……」

 早口で熱を帯びた豪山に引き気味で礼を言う。ライフルケースを渡され、話は終わったというように部屋を出る豪山に、塚地はふと尋ねる。

「どうして博雪先生は台良君に肩入れしているんですか」

 突然の質問にきょとんとするがまるで我が子を自慢するように喋りだす。

「彼はいいよ。決して立ち止まらない。だから僕たちの所にいる」

「ま、台良君の事情を考えると、あの青年も何かあるんだろうね」

 そう言い終わると塚地を残し、部屋を後にした。

 

 

「遅かったな」

 塚地がロビーへ向かうと手当された洪城が座っており、スマフォをいじりながら待っていた。

「すまん、ちょっと長引いた。それでこれ預かってきたぞ」

 ライフルケースとプロフォンに登録された手榴弾を見せ、受けた説明を省略しながら話す。テンションの上がった豪山が簡単に想像できた洪城は、お疲れ様ですと塚地に手を合わせた。

 

「お前の方は大丈夫なのか、さっきよりふらついてないか?」

 ここに来るまで普通だった洪城は、今はぎこちなく歩いている。

「いやなんかこう、安全って思うと痛みが訴えてくるんだよね。不思議」

 呑気に笑う洪城に、塚地は力が抜けていく感覚に襲われた。

「ボロボロになっちゃったな。新しいスーツ買わないとなぁ」

 洪城と塚地の溜息が重なった。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 太陽は雲に隠れることなく熱を振りまき、2人の少女がいる教室はまるでサウナの様に熱い。開け放たれた窓からは熱風が入り込み、地獄を作り上げていた。少女たちは日の当たらない教室の奥に座っていたが、おさげの少女は当然の様に滲む汗で額に前髪が張り付いている。冷やしたハンカチを肌にくっつけるがすぐにぬるくなり、機能をはたしていなかった。

 もう一人の少女は汗1つかくことなく涼しそうな顔をしている。そんな少女を恨めしく見ることなく、おさげの少女は小さく謝る。

「……ごめん。今日部活休みだったのに、私知らなくて」

 少し湿った声で零された声はセミの鳴き声でかき消されてしまいそうなほど弱弱しかった。

「大丈夫だよ。あずさと一緒だもん。笑い話にしてどっか遊びに行こう?」

「……うん、こよみはいつでも優しいね」

「当たり前でしょ! あずさは私がずーっと守るからね!」

 こよみと呼ばれた少女は向日葵色のシュシュをつけた右手をあずさへと伸ばす。片方の手でカバンを掴み、廊下へと駆けだした。

「ま、まって! はやいよ!」

「最後の夏休みだよ! 思い出いっぱい作らないと!」

 引きずられるように走っていたあずさは、今は笑顔でこよみの横を走っていた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「こりゃひどいですね。まだ中学生なのに」

 中年の刑事が思わず呟く。同意を求められた隣に立つ若い刑事は、少女の遺体に顔をしかめた。

 顔をしかめた捜査第一課警部補の志木内和史(しきうちかずし)は先に駆け付けた刑事と数人しかいない鑑識の1人に現場の状況を訊く。

「被害者は内藤茉子(ないとうまこ)、白鳥第二中学校3学年。死亡推定時刻は今から2,3時間前の14時20分から15時20分だと思われます。被害者は午前中塾だったため、帰宅途中に襲われたかと」

「死因ですが、顔の粘着物による窒息死ですね。先日の井口妃華莉殺害と同じ物体だと思います」

「そうか。短いスパンで同じ事件が2件もか。同じ学校、同じ部活だったよな」

 先日起きた殺害事件の際、井口妃華莉が死亡する前、最後に会ったという生徒に事情聴取した時にこの被害者もいたことを思い出す。依然犯人の手がかりを掴めていないこの状況に警察は焦りを感じていた。

 

「第一発見者の証言ですと、路地裏のゴミ捨て場に投げられたように遺体があったそうです」

「近くの住人等に聞き込みを行いましたが、怪しい人物の情報はありませんでした」

「13時28分にコンビニ入店から13時40分に退出、外の防犯カメラには43分までの映像がありましたが、それ以降の目撃情報はありません」

 報告されるものからはなんの進展もなく、鑑識の報告だけが頼りだった。

 

 

 

 




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8.

今回も戦闘うシーンがないです……



 怪我が完治した洪城は電車通勤という朝の戦場から解放され、清々しい気分で出社した。対策室のある4階へ向かう。3階で降りる誰もが殺気立っており、逃げ込むように対策室へ急いだ。

 対策室には柿原がおり、塚地はまだ出社していなかった。

「おはようございます。……なんか殺気立ってません?」

 洪城の挨拶に返し、柿原は当たり前だろと洪城を睨む。

「例の女子中学生窒息殺害事件で相当行き詰っているんだろ」

「それなんですけど、ジャンクズって関わってないんですかね」

「そりゃねーだろ、たぶん」

 柿原が洪城の発言を否定すると同時に塚地が挨拶をしながら入室してきた。丁度良いとばかりに柿原が塚地にふる。

「塚地お前からも言ってやれ。例の事件はジャンクズとの関連は低いってな」

「え? ああ、一課が総出で捜査してるアレですね」

 例の事件で察しがついた塚地は少し考えてから、洪城に説明する。

「俺もあの事件はジャンクズ関係ではないと思うぞ。まず、失踪ではなく殺人だ。2つ目の理由は、博雪先生から連絡がない、つまりジャンクズ特有の反応が無いってことだ。これだけでも十分理由になっている」

 さらに塚地は続ける。

「被害者らが姉妹等の血縁者だったら少しは可能性があったかもしれないが、ただ同じ中学、部活だ。女子中学生を狙い、窒息死させている犯人は、性的倒錯者の可能性が高い」

 そこまで言うと、苦笑いで下の階を指す。

「今博雪先生の所にいた沖江さんが一課の鑑識官たちに連行されてて、すごい抵抗してたぞ」

 

 

「ちょっと、やめなさいよ! やーめーなーさーい」

「沖江さんの力が必要なんです! 来てください!」

 3人が2階に降りると、渡り廊下の真ん中で2人の鑑識官に両腕を引っ張られている眼鏡の女性がいた。女性、沖江英代(おきえはなよ)は柿原たちを見つけると、大声で叫ぶ。

「たーすーけーなーさーいー!」

 

「呼び出しておいて、手荒い歓迎ですね、柿原さん」

 塚地と洪城が鑑識官に頭を下げている中、沖江は柿原に詰め寄る。怒ってますと書かれた顔から眼をそらし、柿原は言いづらそうに、意味のなさない言葉を発した後、頭を掻く。

「あー、嫌がっているところ悪いが沖江さん、一課の鑑識の手伝いをしてくれ」

「……は?」

「被害者が窒息した原因の物質が、未確認知能体の、分泌物だったら?」

「調べるわ!」

 沖江は先程まで拒否していたことが嘘の様に鑑識官を連れ、鑑識課へと消えていった。

 

「柿原さん、さっきジャンクズ関係ないって言ってたじゃないですか!」

「うるせっ。一応だよ、一応。お前らは一課から捜査資料拝借してこい」

 喚く洪城を無視し、指示を出す。

「いいか、素直にいくなよ。使えるもの全て使え」

 そう言うと、どこかへと足早に行ってしまった。

 

 

 3階の刑事第一課へと塚地と洪城は向かい、ノックし、入る。

「失礼します。警備課の失踪事件兼未確認知能体対策班の塚地です」

「同じく洪城です」

「女子中学生窒息殺害事件の件で未確認知能体関連の可能性があるため、捜査資料を拝借したいのですが」

 その場にいた刑事たちは突然来た塚地達に一斉に振り向く。その中の若い刑事、志木内が対応する。

「この事件は失踪ではないので、未確認知能体は関係ないのでは? それに警備課って、そもそも失踪などは生活安全課の仕事でしょ」

「いえ、窒息原因の謎の物質の調査が行き詰っているらしいじゃないですか」

「ええ、だから今、鑑識課の結果待ちなんです」

「その鑑識課から対策班に派遣された沖江さんに応援が入りまして、もし、鑑識の結果に未確認知能体関連がありましたら、すぐ対応しなければならないので、情報の共有は必須かと」

 青筋を立てながら笑顔で話し合う塚地と志木内の顔を見た者から悲鳴が上がる。

 その内、志木内が溜息をつき、新倉さんと中年の刑事に声を掛ける。

「捜査資料を彼らに渡してくれ」

「いいんですか」

「ああ。わかっていると思うが、鑑識結果で関連がなかったら返せよ」

 そう言うと、ファイルを渡す。

「ご協力感謝します。失礼します」

「……失礼しまーす」

 捜査資料を手に入れた塚地と洪城は部屋を後にした。

 

「……塚地お前やばいな」

「なにが?」

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「ひまわり畑に行こう!」

 市内で起こった悲惨な事件で学校から外出を控えるよう喚起されているが、夏休み、暇を弄ぶ生徒たちが大人しく従うはずもなく、あずさはこよみから遊ぼうと誘われた。最初は拒否していたが、受験勉強から解放されたさから、折れる形で出かけることになった。

 

 

「すごい!」

「うん!」

 2人は眼前に広がる、青空をバックに咲き誇るひまわりに歓声が上がる。

 巣部本町にあるひまわり畑はバスが走っていることもありアクセスがよく、地元の人はもちろん観光客も多い。売店もあり、飲み物やアイス等のお菓子、向日葵の販売を行っている。2人は飲み物を購入すると、入口へと向かった。

 

 太陽に向かいのびのびと成長した向日葵はあずさたちの頭の少し上で大きく咲き、彼女らを簡単に取り囲む。ひまわり畑を散策しているとき、横でこよみはぽつりと零した。

「あずさの色がいっぱいだね」

「え?」

 隣を見るとこよみが見つめていた。

 わからないが、取り敢えず笑うとこよみが微笑み返す。

 こんな時がいつまでも続けばいいのに。あずさとこよみの想いが重なった。

 

 

 

 

 ひまわり畑を営業している一家と高汐家は交友があったのだろう、彰悟から手伝いに行ってくれと頼まれた夏来と美波は、アルバイトとして売店や畑の監視等をこなしていた。

 夏来はひまわり畑で危険なことがないか、パトロールをしていた。といっても特に問題もなく、向日葵が咲き誇っているだけで、とても平和だ。

 頭の上でさんさんと熱を降り注ぐ太陽には、帽子を被っていても熱中症になりかねないため、すれ違う人で日除け対策をしていない人、飲み物を所持していない人に声を掛けていく。夏来自身も帽子を被り、スポーツドリンクを飲んでいる。

 

 女の子、中学生ぐらいの2人組とすれ違う際、夏来は腹部にある痣が少し痛んだ気がした。気のせいかと思ったが、すれ違った2人組に一応声を掛けておく。

「君たちー、暑いから熱中症には気を付けて。ちゃんと水分補給するんだよ」

「は、はい! ありがとうございます、気を付けます」

 後ろから声を掛けられた女の子たちは驚くが、おさげの子が律義にお礼を言った。もう一人は不思議そうな眼でこちらを見ていた。

 去っていく2人組の黄色いシュシュを付けていた女の子に夏来は違和感を感じる。それが何かわからないまま休憩に入り、美波が担当している売店へ向かう。

 

 冷房の効いた店内は数名のお客と店番をしているオーナーの妻、きみ子がいた。夏来に気づいたきみ子は手招く。

「夏来君ありがとうね。貧祖だけど昼ご飯用意してるから、美波ちゃんと食べてて」

「ありがとうございます」

 きみ子にお礼を言うと奥の部屋へと引き下がる。今はスタッフルームになっている台所では、美波がフライパンを使って何かを懸命に炙っていた。ストップウォッチのタイマー機能を使っていたのか、鳴り響く音とガスの火を止め、やり切った表情の美波に夏来は声を掛ける。

「美波一緒にご飯食べよう」

「あ、夏来。聞いてるよ、このおにぎりだよ」

 ラップに包まれた大きいおにぎりを2人で頬張る。漬物が入ったおにぎりは今日の様なバテそうな日にはぴったりの昼飯だろう。この部屋で唯一の冷房機である扇風機に当たり麦茶を飲みながら、夏来は美波に何をしていたか尋ねる。

「向日葵コーヒーってのを作ってたの」

「へぇ、それっておいしいの?」

 美波は少し悩む。

「うーん、人それぞれって感じ」

 美波の答えに苦笑いする夏来に飲んでみる? と勧めようとする。丁重に断る夏来に無理矢理飲ませようとする美波たちのじゃれ合いは、客を捌いたきみ子の登場まで続いた。

 

「夏来覚えてる? ここにさ、よく4人で来てたよね」

 唐突に訊いてきた美波に夏来は素直に答える。

「そうだね。ここに来た時思い出したよ」

 夏来の発言に美波は少しだけ悲しそうな表情になった。

「私はずっと覚えてたよ。最後に来たのは9年前、小学生以来」

「……そんな前かぁ」

 声の沈んでいく美波と夏来にきみ子は話題を変えようと、声を掛ける。

「夏来君、畑では何もなかった?」

「特に何も……ぁ」

 何もなかったのだが、夏来は気になっていた女の子を思い出す。あつーとうちわを仰ぐ美波を見て、違和感の正体に気づく。

「中学生くらいの女の子2人組で黄色いシュシュを付けていた子が、汗掻かず涼しい顔してたな。そういう体質なのかな」

「夏来も大概だけどね」

 きみ子も印象に残っていたのか、そういえばと話す。

「あの子たち、今問題になってる中学校の生徒だったわ。被害者の子と同じ部活だって言ってたけど大丈夫かしら」

「犯人速く捕まるといいんですけどね」

 きみ子の話す内容に夏来はもしかしてと、思考を巡らす。

 痣の痛み、猛暑なのに涼しげな顔、失踪ではなく殺人。

 ちょっと探ってみよう。そう考えた夏来は取り敢えずこれからの仕事に集中した。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「はぁ」

「溜息をつくと幸運が逃げる、らしいぞ」

 七色にぼんやりと光る大地を踏みしめる音が溜息に被さる。

「あら、迷信なのよ。それ」

 振り返った女性の大きなイヤリングが揺れる。

「知っているさ。私は君より長生きだからね」

「なんの脅威も無く育ったものね、あなたたちは」

 意味も価値もない会話をこれ以上必要ないと、男女、ギブア代表リレインとフィロ代表シストは、会話をやめ、祠の様な祭壇に黒い濁った球をそれぞれ1つずつ捧げる。置かれた球はドロドロと溶け落ち、祭壇のあたり一面にある地面から浮き出た大木の根に吸い込まれると、玉虫色に鈍く輝く葉が、大地が、一層濃く色づき艶やかに煌めいた気がした。

 

「あなたの所は大丈夫だと思うけど、心配なのよ、他が」

「フェイスは心配ないだろ。……アルーブとメットが果たして協力など出来るかどうか」

 リレインのめったに動かない眉間のシワがさらに深く刻まれる。

「アルーブは言えば素直に聞くわよ? 問題なのはフェイスとメットよ」

 他の同族に不満があるのか、愚痴の言い合いになった2人は、完全に溶けた球、カラーエナジーが吸い込まれた事を見守ると、そそくさと別れを告げ別々の方向へ歩き出した。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 最上梨沙(もがみりさ)はガタガタとベットの上で震えていた。

 クーラーで冷やされた部屋に長時間いたことが理由では決してない。

 

 明確な恐怖からだ。

 

 井口妃華莉、内藤茉子を殺した犯人が確実に自分かまだ生きている樋川祥子(おけがわしょうこ)を殺しに来る。

 なんで、なんで、なんで! 混乱した脳は使い物にならず、感情だけが先走る。茉子が殺されたと聞いたとき、次は自分たちだと直感した。話せるような理由なんてない。話せるはずがない。

 

 どうせなら、菅井あずさが殺されればよかったのに。咄嗟に出てきた人物と殺された友人に共通点を見出す。そうだ、あずさが自分たちを殺しているんだ。虐めていた自分たちに復讐している。錯乱した梨沙は、たどり着いた解から抜け出すことが出来ない。両親なんてどうせ相手にしてくれないし、先生や警察に自分がいじめをやっていたなんて言えない。そんなことありえるはずないのに、取り返しのつかない現実に梨沙は涙を流す。

 

 ピンポーン

 

 訪問者を知らせるチャイムが鳴る。

 自室から出る気のない梨沙はそれを無視するが、玄関のドアが開く音と話し声が聞こえてくる。ドアの閉まる音と階段を上る足音が聞こえる。ノックをせずに入ってきたのは梨沙の姉である。いらだったように梨沙へと紙を渡す。見ると部活の課題だった。

「あんたの部活の子がわざわざ来てたのよ。いるんだったら出なさいよ、暇人」

 当たりがきついのはいつものことだった。むしろ易しい方だ。母親だったらもっとひどいことを梨沙はわかっていた。

「……誰が来たの」

「チッ、礼ぐらい言えよ。あー、苗木こよみって子。漫画のヒロインと同じ名前って奇跡ね」

 そう言うとすぐに出ていってしまった。

「……こよみちゃん」

 意外な人物の登場に思考が鈍る。

 梨沙は何も考えず家を飛び出した。こよみを追って。

 

 ついさっき通った道をこよみは歩く。本当はとても面倒だったけど、あずさの役に立ちたい、その思いだけでここまで来た。もう少し先の十字路を曲がった先の公園であずさが待っている。今日はどこに行こうか、こよみの思考はそれだけに使われていた。

「こよみちゃん、待って!」

 後ろから誰かが名前を呼びながら走ってくる。あずさ以外に興味関心のないこよみはその声を無視し歩くことをやめないが、走ってきた梨沙に腕を掴まれる。

「離して、あずさが待ってる」

 梨沙の方に振り向こうともせず、単調な声で存在を拒否する。しかし、梨沙は離さない。

「やっぱり菅井と一緒なの! ねえ、こよみちゃん。菅井がひーちゃんや茉子ちゃんを殺しているんだよ! 一緒にいたら危な」

 梨沙が言い終える前にこよみにおもいっきり腕を振り払われる。15歳女子とは思えない力で振り払われた梨沙はアスファルトに尻を強打する。

「いったぁ。なっ」

 突然のことに梨沙は何か言おうとこよみを見上げるが、こよみの表情に金縛りに合ったように全身が動かなくなる。

 

 こよみの顔は妃華莉を殺した時と同じ、無表情で人形の様な光も濁りもない眼で梨沙を見下ろしていた。

 

「価値のない愚かな存在とは分かっていたけど、ここまでとは思ってなかった」

 感情の感じられない平淡な声に梨沙はびくりと体を震わせる。

「な、何言って……」

 こよみの言ったことが理解できず、梨沙は思わず訊き返してしまう。それにこよみは話し出す。

「私にとってあずさはこの世界に存在する唯一色付いた宝石なの。キラキラしていて儚くて、とっても大事な宝物なの」

「宝物が傷つかないように守るのは当たり前でしょ?」

 当然の言い分の様に告げられる言葉の数々に人間の梨沙は理解することを拒否し始める。口元を上げ、人のよさそうな顔で一歩、また一歩近づく。梨沙は尻もちをついたまま後ずさろうとするが、こよみから感じる人間ではない恐ろしい者の空気に圧倒され、思うように体が動かない。

「だからね。わかるでしょ。あずさ以外は価値の無い癖にあずさを壊そうとすることが許せないの。だからね」

「先に壊しといたよ。あとはあなただけ」

 

 笑ったこよみの顔は醜く歪んでいた。

 

 




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※ジャンクズの名前である苗木こよみは、仮面ライダーウィザードの笛木こよみがモデルとなっています。この世界では、ウィザードは漫画という設定です。


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9.

 沖江から鑑識の結果が報告されたのは、3件目の窒息事件が起こった後だった。

 

 対策室に書類を持って来た沖江は真剣な声色で3人に話し出す。

「結論から言うと、窒息原因の粘着物からカラーエナジーの反応が検出されたわ」

 沖江の発言に驚く者はいない。

「検出されたのは、液体のりと同じ成分だけど、その中に大量のY反応と少量のB反応。おそらくYはジャンクズのものでしょうね。Bは被害者のもの、死ぬ直前に溶け出し混ざったと考えられる。これは第一被害者の結果ね」

「第二被害者からも大量のY反応と少量のR反応が検出された。このY反応は同じもので、fcc800、いえ、これはいいわ。とにかく、同じジャンクズが犯行を繰り返しているのは明確だわ」

 沖江が言い終えると、塚地が考えるように手を顎に当てる。

「それじゃどうして博雪先生たちは感知できなかったのだろう」

 塚地の呟きに洪城は同意すると、柿原が口を挟む。

「それなんだが、お前が言ってたことが気になって教えてもらってきた」

「俺、何か言ってましたっけ?」

「ジャンクズ特有の反応ってやつ。どういう仕組みで感知するのか聞いてきたんだが、あれは他者への干渉力が異常な程高いことで、ジャンクズが出現したと認識するらしい。これがお前たちがよく聞く干渉反応ってやつだ」

「数値が高いと異常ってことは、通常でも何かしら干渉力が働いているってことですか」

 塚地の言ったことに、その通りだと柿原は頷く。全てを把握しているわけではない柿原は自身のパソコンを見ながら、塚地の問いに答える。

 

 柿原は豪山から聞いた言葉を噛み砕きながら説明していく。

「人間を含めた動物、植物等の生命全てには、それぞれの色、カラーエナジーってやつを持っている。それは常に互いに干渉しあっているらしく、こうやって俺たちが一緒にいることでも、感じることはできないがエネルギーが動いている」

 内容がまとめられたワープロの画面を2人に見せ、さらに続ける。

「これが通常時。0から10の数値で表せば、4から6といったところか。この数値以上だと生命の枠を飛び越えた干渉をしていることになる。これがジャンクズが人間を襲っている目印になるってわけだ」

 

「それで今回の事件が発生した時刻の干渉力値なんだが、逆に低い」

「え?」

 柿原の発言に洪城から素っ頓狂な声が出るが、何か勘付いたように口にした。

「被害者を拒否した……?」

 洪城の発言に沖江は興味深そうにどういうことか尋ねる。沖江のぎらついた研究者の目に洪城は萎縮してしまうが、拙い自分の考えをまとめながら話し出す。

「今までのジャンクズは自身と同じ色を求めて襲っていたから、異常な数値が出ていたんですよね」

 塚地は今までを思い出し、頷く。

「でも今回のジャンクズの目的が自身の色を求めることではなく、殺人が初めから目的だったら……」

「……殺人は憎む相手にすることが多い!」

 洪城と塚地は閃いたとバッと顔を上げ見合わせる。沖江と柿原も察しがついたようでなるほどと相槌を打つ。

「殺すほど憎い相手の色を拒否した、反発したため、通常よりも低い数値が観測されたわけね」

 

「だが、肝心の犯人に目星がついていない」

「それならもう目星ついてるんじゃあないの? 洪城くん」

 柿原を遮り、沖江はどや顔の洪城へと話を振る。決して忘れていたわけではないのだが、思い出したような顔になる洪城に、塚地は堪らず溜息を吐いてしまった。

 

「被害者たちの周辺の人間関係を調査したら、ちょっと気になる人物が出てきまして」

 洪城はホワイトボードに張られた資料を端に除け、被害者3人の写真を張ってゆく。

「3人の被害者の共通点ですが、ご存知の通り中学校と部活、そして人間関係。この3人にはもう一人友人がいます」

 第一被害者と最後に会った内の被害に遭っていない、最上梨沙の写真を張り、4枚の写真をまるで囲む。

「この4人は友人ですが、部活内でいじめを行っていたグループなようです。これは美術部の部員からの証言で、菅井あずさという生徒が被害に遭っていたようです」

 菅井あずさの写真が無いのだろう、適当にリボンを付けた少女を描き、矢印で関係を書き込んでいく。

「それでその菅井あずさには1人親しい友人がいるらしいんですが」

 もう一人描きこみ、話しながらどんどん書いていく。

「苗木こよみ、この生徒には事件当時のアリバイが無いのもあるんですが、人物像が不気味で、菅井あずさへの執着と宝物等の発言はジャンクズの色への執着に似ているものを感じざる負えないとしか。あと色々と不明な点が多くて……」

 洪城はホワイトボードに描いた笛木こよみに怪しいと何重も丸で囲む。

 

「次の標的は最上梨沙の可能性が高い、……おいこれ一課の刑事どもに言ったんだろうな!」

「い、いえまだ。沖江さんの結果聞いてからにしようと……」

「馬鹿野郎!」

 柿原が焦りを含んだ怒鳴り声で内線電話を繋げだす。

 

 事の重大さに気づいたのか、洪城と塚地は対策室を飛び出し、階段を駆けるように下る。

「洪城! 最上梨沙の居所はわかっているのか!」

「自宅だ! 2人目の被害者が出てから彼女はまったく外出していないらしい!」

 飛び乗った車にサイレンを付けけたたましい音をまき散らしながら、最上梨沙のいる鶴川に向かって急発進させた。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 公園でこよみの帰りをまっていたあずさは、決して長い時間待たされているわけではないのだが、なかなか帰ってこないこよみを心配していた。暇つぶしでさっきまで乗っていたブランコは、今は物悲しく揺れ、金具の擦れる音があずさのいる辺りをより一層切なげな雰囲気を漂わせた。

 怖い事件だって起きている。

 いつも自分を助けてくれるこよみだって、自分と同じ中学生で、もし犯罪者に出会ったらどうしようもないだろう。そんなことを考えるとどうしようもない不安に襲われ、座っていられなくなる。

 

 早く合流したほうがいいよね。

 

 そう思ったこよみは、自分のいる公園から出て先の十字路に向かって歩き出す。この先の家に自分の苦手な人がいると思うと、胸に重いものがこみ上げ溜息がでてしまうのは仕方のないことだろう。

 

 何か声が聞こえる。

「……こよみかな? 誰と話してるんだろう」

 

 十字路を曲がる。

 

 あずさが目にしたのは、こよみの後ろ姿とその奥で尻もちをついている最上の姿。

 表情が見えない二人が何をしているのか、あずさにはわからなかった。ただ、普通ではない空気に声を掛けるべきか戸惑った。

 やめておこう。そう思い曲がり角で待とうと身を引こうとした時、見てしまった。

 

 ぐちゅ、ぐちゅと粘着質で不快な物音を立てながら、こよみの身体が灰色と向日葵色の怪物へと変化していくところを。

 

 あずさはわからなかった。今、目の前で起こっている現実が。

 

 正面で見上げていた最上は直面した死に声も出なかったのか、それともあずさの防衛本能が外部の音を全て遮断してしまったのか、耳に心臓が存在しているように自分の忙しなく動く鼓動しか聴こえてこなかった。

 

 

 

 

 ジャンクズに戻ったこよみは胸から満ち出る粘着物を手に取り、嗚咽をもらす最上梨沙の顔に押し付ける。彼女の口から追い出されていく空気が粘着物の中で気泡になって固まっていく。

「汚いなぁ」

 仰向けで痙攣をし始めた梨沙からカラーエナジーを取り出そうと腹に手を伸ばした時、後ろでトスッ、軽いものがアスファルトを叩く。

 

 反射的にこよみは振り向いてしまう。

 

 十字路の先ではあずさがカバンを落し、こよみ、いや怪物を凝視していた。

 

「あずさ! 待ってて、って言ったじゃん。もうせっかちなんだから」

 こよみは人間態に戻り、いつものように優しい笑みで接してくる。足元の死体なんてどこにでもある石ころの様に。

 いつもだったらこの笑みに救われているのだが、今はただ理解しがたい恐怖を助長しているだけだ。

「ねえ、今日はどこ行こうか? 前言ってたかき氷なんてどう?」

 近づいてくるこよみにあずさは逃げ出すこともできず、小さく震える。

「ぁ……ぃやだ、やだ……こないで……まって、いやだ、こないで、こないで‼」

 恐怖に耐えきれず、小さかったあずさの声は次第に大きくなり、こよみを拒否する叫びへと変化していく。

 

 こよみの足が止まった。

 

 恐怖から逃げようと目をつぶっていたあずさは気づかなかった。

 今にも泣きそうな心憂わし気な感情がこよみの顔に出ていたことを。

 

 こよみは再び足を動かし始めた。ゆっくりと言い聞かせるように言葉を発しながら。

「大丈夫、もうあずさを傷つける人間はいなくなったんだよ」

 

 こよみは手を伸ばす。抱きしめようと。あずさを安心させようと。

 

「こ、よみ……」

 溢れんばかりの愛おしいと思うこよみの感情があずさを引き込もうとする。

 何も考えたくない、自暴自棄に陥りかけたあずさは吸い寄せられるように体を預けようとこよみに一歩、近づこうと足を前に動かす。

 こよみの笑みが深くなった。

 

「何やってんだ! 逃げろ!」

 突然浴びせられた怒声に、あずさは目覚めたようにはっと目を見開く。

 あずさはこよみの後ろにある死体が鮮明に見えてしまった。人間の仕業ではない異常な殺され方の死体を。

「ぅ、あ、たすけて!」

 咄嗟にこよみの手を振り払い、助けを求めてしまった。

 叩かれた右手から、向日葵色のシュシュが弾き飛ばされる。

「あっ」

 目で追ってしまう。今までの2人の友情が、想い出が崩れていく錯覚がこよみを貫いた。

 

 

 

 

 尋常ではない痣の痛みに導かれるように、この場にやってきた夏来は見覚えのある2人の少女と、報道されていたものと同じ死体を見つけた。

 掴まれそうになっている少女に夏来は逃げるように怒鳴る。

 はじかれる様に助けを求める少女を引き寄せる。安堵したのか腰を抜かしてしまった少女を離れた場所に移動させる。その間、もう一人の少女、人間態のジャンクズは微動だにせず、ただ一点を見つめていた。

 

「どうして……」

 ジャンクズは夏来の後ろにいるあずさに問い掛ける様に呟く。

「どうして、あずさはもう傷つかなくていいように、そうしただけなのに」

 泣き出しそうなこよみは怪物へと戻っていく。

 

「君は目をつぶっていて」

 本来のジャンクズの姿になったこよみから庇うように立ちふさがり、夏来はあずさにそう言うと、紋章をベルトへと変化させる。痛みが少し和らいだ気がした。

「変身」

 緑の鎧に身を包むと、剣を生み出し構える。

 夏には珍しい冷たい風が吹きつけ、道端に落ちたシュシュを少しだけ飛ばした。

 

 

 戦闘は苦戦していた。

 決してジャンクズ本体が強いわけではない。むしろ、少し攻撃を与えただけで向日葵色の箇所が灰色に変わっていくほど脆く、傷を治すまでにカラーエナジーを回せないほど弱っている。

 しかし苦戦していたのは、ジャンクズから湧き出る特殊な粘着物のせいだった。脚にくっ付いてしまえば、すぐさま固まり、動けなくなってしまう。

 

『どうしてわかってくれないの!』

 訴える様に発される、泣いているような湿気の含んだこよみの声は悲痛な叫びだった。彼女の声が大きくなるにつれ、身体はさらに灰色になってゆく。

『ただ守りたかっただけなのに!』

 夏来は粘着物をかわしていくが脚などの身動きが取れないような箇所についてしまった場合、既にフィルターを差し込んだ剣を粘着物に突き刺すと剣にカラーエナジーが溜まり、粘着物は木屑へと変わる。

 

 嘆きながら攻撃を繰り出し続けるジャンクズに夏来はしびれを切らせ、槍を生み出す。

「お前がその子を守りたいという想いは、本物で、大切なものだ」

 夏来が槍を手に取ると、黒く細かった槍は形を変え、緑の槍へと変化する。

「でも、お前のやり方は間違っている」

 槍を突き刺そうとするが、ジャンクズは粘着物をこん棒の形に固め、弾き返す。

『そんなことない! あんなのいなくなった方が』

「それでも、あの子はお前にそんなこと望んではなかったはずだ」

 槍のよってこん棒は形を崩していくが、溶けた粘着物は槍の鋭さを損耗させる。

 

「私は、こよみが一緒に! 一緒にいてくれるだけで救われてたよ!」

 夏来の言葉に、座り込んでいたあずさがこよみに訴え掛ける。そこに恐怖は無く、怪物ではなく、こよみという友に対してのものだった。

 人間ではないこよみの手からこん棒が落ちる。

 

『そんなの……言わなくちゃ、わかんないよ」

 カラーエナジーを消耗しきったこよみの身体は人間態になることも難しく、姿を交差させながら夏来に背を向け、ある方向へとおぼつかない足取りで歩き出す。

 

 こよみが手に取ったのは、土で少し汚れてしまった向日葵色のシュシュだった。

 

 破かないように土を払い、あずさのもとへと歩く。あずさもこよみのもとへと走り、身体を支えた。

「こよみごめんね私」

「あやまらないで、あずさの、こと、全部わかってるって、思ってた』

 話すことも辛いのか、もう人間の形を保っていなかった。それでもあずさはこよみを離そうとしない。

 徐にこよみはあずさのおさげの1つを取り、シュシュを付ける。これは2人でお揃いにした、友情の証だった。

 

 いままで黙って2人のやり取りを見ていた夏来にこよみは振り返る。立っているのもやっとの状態で、それでも新しく鈍器を粘着物で生成する。

「こよみ?! なんで!」

 もう戦わないだろうと思っていたあずさはこよみがまだ戦おうとすることに驚く。

『ごめんあずさ。でも私にも、やらないといけない、こと、があるの、私たち(ユノー)の為に!』

 

 ジャンクズは今ある限りの力で向かってくる。

 

 夏来は再び剣を生み出し、フィルターを差し込む。

 ガラスの様になった剣身は、鈍器を砕き、ジャンクズの身体へと突き刺さる。

 

 剣は向日葵色に染まった。

 

「こよみ‼」

 黒く変色していくこよみに駆け寄る。あずさの涙が頬に染み込み、こよみの身体は人間の姿に変わる。しかし浸蝕は止まらず、脚は既に黒い木屑となっていた。

「あずさが……わたしの、いろで……ほんとう、に、よかった……」

 向日葵色のジャンクズは、苗木こよみとして消滅した。

 

 

 こよみだったものを抱きしめ涙を流すあずさに、変身を解いた夏来は静かに声を掛ける。

「……その子のこと、忘れちゃだめだよ」

 あずさは頷く。

「手段は間違っていたけど、君のことを想っていたことは本物だった」

 誰よりもあずさ自身がわかっていることだろう、拭いきれない雫がアスファルトに染みをつくる。

「君が覚えていればその子はずっと生き続けられる。大切な君のもとで」

 夏来はあずさを自分に重ね励まそうとしていることに、自身の未熟さを痛感した。

 

 

 遠くからサイレンの音が近づいてくることがわかる。せっかく塚地を説得できたのに見つかっては元も子もないと、夏来は立ち去ろうとする前にあずさへと声を掛ける。

「たぶん今から警察が来ると思うけど、ここであったことを信じてくれないかもしれない。もし、嘘だっていわれたら、洪城って名前の優しい警察官を頼るといいよ」

「え、どこか行くんですか」

 困惑するあずさの問いは普通だ、むしろ立ち去ろうとする夏来がおかしいことは自身でも分かっていた。

「うんちょっとね」

 苦笑いを浮かべ、夏来はバイクに跨り、立ち去ろうとする。しかし、それを引き留めあずさは聞きたかったことを訊く。

「あの、なんなんですかあれ。それに戦ってるあの姿って」

 あずさの問いかけに申し訳なさそうに謝る。

「じゃあ、名前だけでも」

 名前だけでも、1年ぐらい前に同じことを訊かれたことを思い出し、何も変わってないことに自分が嫌になる。あの時はなんて言ったんだっけ、思い出したまま声に出していた。

「正義の味方ってことにしといて、か」

「俺のことあまり言わないでくれないかな。ごめんね、それじゃ」

 逃げるように立ち去った夏来をあずさは呆然と見ていた。

「正義の味方、かぁ」

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 夏来が立ち去って行ったすぐ後に逆方向から、サイレンを鳴らしたワゴン車が一軒の家の前で止まる。降りてきた2人の男の片方、洪城が粘着物が消えた最上梨沙の死体とあずさに気づき駆け寄ってくる。

 

「菅井あずさちゃんだね、……何があったのか教えてくれないかい」

 警察手帳を見せ、目線を合わせるように屈む。

 塚地は洪城に少女を任せ、柿原に連絡を入れると死体を調べ始めた。

 

「そっか、じゃあ消滅してしまったんだね」

 あずさが懸命に状況を説明してくれたおかげで、洪城は既にジャンクズが戦士によって倒されたことがわかった。少女は戦士のことを正義の味方と呼んでいた。

 

「その正義の味方、について何かわかるかい」

 洪城の言葉にあずさは首を横に振るだけだった。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「お前の所の稼ぎ頭、消えちゃったんだって?」

 青いストールを身に着けた青年は、本を読んでいた黄色いパーカーの青年の前に現れ楽しそうに話しかけてくる。あからさまに嫌な顔をする青年、ユノー代表のアブールは読んでいた歴史文庫本をとじ立ち去ろうとするが、バトリ代表のメットはしつこく声を掛ける。

「ねーえー、どんな感じなの? お前あの子のこと気に入ってたじゃーん」

 馬鹿にした喋り方は、見下していることを全面的に表現している。

「うっせぇんだよ。関係ないだろ」

 口悪く睨みつけてくるアブールの言葉に、メットの顔から表情が抜ける。一瞬で変わった雰囲気にやばいと感じとる。

俺ら(バトリ)の色を取っておいていい加減な物言いだな」

「っ、んだよっ」

 他とは比べ物にならない殺気に、悲鳴を上げそうになるが必死に飲み込む。

 

 10秒の経っていないが長く感じた殺気は引っ込み、メットは最初と同じように笑っていた。

「そうだ。リレインからお小遣い貰ったから、アイス買ってきてー」

 いつもの調子でパシリに使うメットに、アブールは財布を預かりげっそりと項垂れる。

「てめぇ、一人でお買い物もできねえのかよ」

「俺、人間に話しかけられたら、興奮して壊しちゃうかもしれないしー」

 そう言うと、ベンチのある方へと上機嫌で歩いて行ってしまった。

 

 

 

 

 

 





向日葵色のジャンクズ(のり)

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10.

後書きに回で出てきたジャンクズの色とモチーフを追記しました。
話数:1、3、6、9

あんまり気にしなくていいです


 弁当屋ふるぁっとは短いお盆休みに入り、夏来、美波、彰悟の3人はお墓参りに行っていた。線香の匂いが立ち籠める慣れた道のりの先、たどり着いたのは高汐と刻まれた墓石の前だ。この中に彰悟にとって父と母が、夏来と美波にとって自分を引き取ってくれた恩人が埋まっている。

 誰かが先に訪れたのだろう、周りと同様に生き生きとした花が供えてあり、少し割り込む形で手持ちを差し込んだ。

 供えているコーヒーの入ったマグカップと水が注いである湯呑み茶わんの中身を捨て、茶渋を取るために軽く水で濯ぐ。夏来はきれいにしたカップを美波へと渡すとビニール袋から線香を取り出し、ライターで火をつける。枯れかかった花を取り除いていた彰悟が着くか? となかなか火の着かないライターに苦戦する夏来に声を掛ける。大丈夫と風のふかない場所を懸命に作ろうとする夏来の前に、余った缶コーヒーを飲む美波が座り込むまでライターはなかなか夏来にはデレなかった。

 

 やっと着いた線香を分け、供える番がくる間、夏来はこの下に埋まっている人物に思いを馳せていた。

 

 

 

 夏来にとって、彰悟の父、義信はまさにヒーローだった。

 きっと、これは美波も同じだろう。

 

 ここに立つといつも思い出す。

 突然亡くなった両親のお通夜、父の親友だと名乗った男に家に来るかと訊かれたとき迷わず頷いたのは良い選択だっただろう。既に高汐の母はいなかったが、両親が多忙だった為ほとんど独りだった7歳の夏来に、高汐家は家族を感じさせてくれたあたたかい存在だった。

 その2年後に引き取られた美波は、現在とは程遠い全てに怯えた暗い少女だった。無理心中未遂の末母親に捨てられ、怯え閉ざしていた彼女の心を開いたのも、義信だった。義信の後ろが定位置だった美波とまともに話せるようになり、やっと彰悟や夏来の前で笑えるようになったのは義信が亡くなる数か月前だった。

 

 

 憧れたのだ。当たり前の様に人を救っていくその姿に。

 自分もそうありたいと思った。幼い子供がヒーローになりたいと願う、そんなものだ。

 

 最後も人を救って亡くなった。

 

 今、自分はこの人に近づけているのだろうか。

 9年前義信が死んでから美波の依存体質がひどくなった。

 こんなんじゃいけない。わかっているのに変われないことに焦っている自分がいることを夏来は自覚していた。

 

 今度は自分が、そう思ったのに2年前恋人さえいなくなった、守れなかった自分にできるだろうか。

 先日倒した少女の最期を思い出し、自分のしていることが本当に憧れていた姿なのかよく分からなくなった。

 

 

 不思議な力を手に入れた今も大きい不安と虚無感が同席している。

 

 

 いつの間にか手に力が籠っていた。

 数本折れた線香が手から落ちるのを見守る。

「夏来、次いいよ」

 美波に言われ、線香皿に置く。

 短く手を合わせる。願いを込めて。

 

 勇気をください

 

 3人とも回ると彰悟はこの日だけ買うタバコを一本、供えた。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 日鏡大学は夏休みに入り大半の学生はキャンパスから居なくなるのだが、とある研究室、生亶山遺跡と地域信仰の研究室には数名の生徒が集まっていた。

 節電運動などという自殺行為のせいでまだ使えないエアコンの代わりに開け放たれた窓からは、ミンミンゼミの特徴的な鳴き声とどこかのサークルがバーベキューで騒いでいる声が届くばかりで、肝心の風はまったく入ってこない。室内の片隅に置かれた唯一の希望、扇風機は蒸し暑い空気をかき回すだけだった。

 

 暑さをうちわで紛らわし、采雨は6人の学生に次の遺跡探索の概要を説明していた。

「今年度3回目、9月3日から実施する生亶山遺跡の調査ですが、2回目に行けなかった入口左、2階、⑤壁画より右と3階層目の調査の予定です。生亶山の大きさ的にこれより上の階層は無いと思うけど、今までの階層を見るとこの先は比較的広い場所になり、それなりの期間掛かると思います。あとは始めに配ったプリント通り、今までと特に違いはないわ。」

 そこまで言うと必要事項の記載されたプリントから顔を上げる。

「何か質問はありますか」 

 采雨の言葉に、采雨正面左中央に座っていた青いフレームの眼鏡の男子学生が小さく手を上げる。

「あの、1回目の調査で発見した2階層3階層に上がる階段に刻まれた象形文字らしきものはどうなったんですか?」

 学生の質問に采雨は言いづらそうにあー、と意味のない声を出した。

「私だけじゃちょっとわからなかったから、いろんな先生にお願いしたんだけどね。これまで帰ってきた返答は、該当する文字体系は無い、の一言」

「じゃあ新発見の文字ってことっすか!?」

 体育会系の語尾の女子学生は興奮した様にきょろきょろと周りの顔を見る。他の5人も釣られたように熱を持ち始め、古くから高度な文明が栄えていたやどうして滅んだのか、研究発表はどうしようなど騒ぎ始め、はやとちりするなと一喝される。

「まったく。まだ返答されてない先生だっているし、それにこの遺跡は祭祀遺跡だから本当に文明があったらそこら辺の土地から同じ象形文字が出てくるはずでしょ」

 すみませーんと学生たちの気の緩い謝罪に、采雨からは呆れたような乾いた笑いしか出なかった。

 

 気を取り直し、もう一つと采雨は口を開く。

「あと、やっぱり壁画の描かれた時期と象形文字の時期は違っていた、と私は一応結論付けました」

「そうなんですか?」

 学生の問いに頷き、根拠は遺跡で話すと言うと今日の集会は終了となった。

 

 

 ぞろぞろと退室していく学生たちと入れ替わり入室してきた台良は、すれ違う采雨の教え子達に会釈を返し、この部屋の主に声を掛ける。

「お疲れ様です、先生。一応借りられましたけど……」

 台良は歯切れの悪い言い方で、バックの中から分厚いファイルを数冊取り出す。

 かなり古いとわかる色あせたファイルは市民文化資料館から借りてきたのだが、目立つところに持ち出し禁止のラベルが張ってあり、本来この場にあってはならないことを指し示している。

「……これほんとに借りれたの? あのおじさん、歳とって情に脆くなったのかしら?」

 采雨が思い浮かべたのは、何十年も資料館の職員をしている橘内邦健(きつないくにたけ)という50代後半の痩せ気味の男性だ。采雨が小学生のころから務めており顔見知りでよく知った仲だ。情に厚いが規則などは厳しく、この様な書類を渡すとは思えない。

 采雨の心配とは別に、不安な様子で男性ではないと言った。

「許可してくださったのは女性の方でしたよ」

 台良はついさっきのことを思い出しながら言う。

 

 樹環市民文化資料館。

 樹環市合併記念として建造された文化ホール敷地の少し離れた場所で基本年中無休で開放している、その名の通り4つの町の民族系の資料が展示されている施設である。勿論、生亶山遺跡関連の展示物もある。

 

 台良が采雨に頼まれた過去の遺跡調査に関する記録は、見慣れない担当者の女性の手によってあっさりと貸し出された。持ち出し禁止のラベルを見てうろたえる台良に対し、シニヨンでグレーのスーツに身を包んだ担当職員に、大学の先生の役に立てられるのであれば光栄なことです、と嬉しそうに言われ、返す言葉も浮かばず借りてきてしまったと話した。

 

「いざ借りれるとなると、困惑するわよねー」

 まあいいか、と資料を漁る采雨に台良は微妙な顔しかできなかった。

 

 

 ファイルに目を通しながら采雨は台良と何気ない会話を始める。

「明後日、日鏡の夏祭りなのよねぇ」

 采雨の気だるい声色に、勝手に備え付けの冷蔵庫から取り出した麦茶を2人分用意しながら台良は意外そうに見る。

「先生ってお祭り好きそうって勝手に思っていたんで意外ですね」

 思っていることをそのまま口にする台良から麦茶を受け取り、采雨は違う違うと言う。

「お祭りは好きよ、大好き。その地域の風習が判るものは特にね。ただねえ、明後日はここで仕事しないといけないから交通規制がねぇ」

「始まる前に終わらせないとですね」

 笑う台良に采雨は何となくほっとし、台良君はと聞き返す。

「夏祭り、友達と行くの?」

 采雨は保護者の様な気分で訊ねる。

「いや今年は。ジャンクズと戦えるようになったので、何かあった時の為に。友達と途中で別れるのも申し訳ないんで」

 真面目な返答に、采雨は少し考え口を開く。

「ジャンクズのことが最重要なのはわかるけど力を抜くのも大事よ」

 諭すように話す采雨に、でもと言い返そうとする台良の声を遮り話を続ける。

「それにね。夏祭りってのは、農耕による疲れを癒す、死者の魂を弔い癒す、そして厄除けが由来なの。だからね台良君、その日ぐらいは気負わずにご家族の冥福を祈ることを大切にしなさい」

「……はい」

 しぶしぶ頷く台良に采雨は生真面目だった表情を崩し、子供をあやすような普段通りの顔に戻る。

「もし何かあっても洪城君や塚地君がいるから、ね。彼らは仕事だから」

「……はい」

「あー、私の家に灯篭あるんだけど台良君どう? 町内会でお母さんが毎年買うんだけど結局流さないのよ。貰ってくれる?」

「……もらいます」

 不貞腐れる手のかかる子供の機嫌を直させるために采雨は雑用を頼む。

 誰かに必要とされることを望む台良にはぴったりの機嫌の取り方だった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 カーテンで閉め切られたアパートの一室は昼間だというのに仄暗い。しかしこの部屋の住人はその小さな光すら拒み、掛布団を頭まで被っていた。

 1kの布団を敷いてしまえば狭い室内の床とテーブルの上は、食べ終わった空のコンビニ弁当にお菓子の包装、鼻をかんだティッシュが散乱し、足の踏み場もないほど汚い。片付けられていない段ボールの上には封を切っていない郵便物が同じく散乱していた。

 

 時計のないこの部屋にチャイムが鳴り響く。と同時にガチャリと誰かが入ってくる。部屋の主は特に気にすることなくもぞもぞと動き出した。

「うわっ。きたなっ」

 ドアを開けた男は率直な感想を吐くと、いまだ布団から出ようとしない友人を無視しカーテンを開け放った。

 布団を被っていても届く強烈な光にうめき声を出す。

「おら、文治出ろって。掃除するぞ」

 数か月この部屋に引きこもっている斉川文治(さいかわぶんじ)から布団を奪い取った兵永葛彦(ひょうながかつひこ)はゴミ袋を差し出し、ベランダに布団を干し始めた。

 動こうとしない友人に慣れ切った葛彦は世間話を一方的にしながら、いそいそとゴミを片付けていく。その様子はまるで母親のようで文治を苛つかせた。

「しにたい……」

「まーたそんなこと言って」

 実行できる勇気がないことを見透かされているようで、言い返そうと出かかった言葉はただの息に変わった。

 

 数日ぶりに見ることのできた床に何も感じるものは無く、キッチンから聞こえる生活音もテレビから聞こえるアナウンサーの声も、ただ斉川文治に生きている事実を突き付け、大きな不安と羞恥を与える。取り込まれた布団を被る。いつもと違う匂いと触り心地が癪に障った。

 

 

 葛彦がキッチンから戻ってくる頃には文治は再び布団に包まり眠っていた。きっと朝から何も食べていないであろう文治の為に作った軽食をテーブルの上に置く。ふと、積みあがった段ボールが目に留まった。散乱した郵便物を整理しようと手を付け、目を見開く。

 

 唯一封の切られた郵便物。そこから散乱した写真に葛彦は湧いてくる優越感と幸福に叫びたくなるのをグッと我慢し、この喜びを噛みしめる。

 写真は葛彦が撮ったものだ。外に興味を持ってもらおうといろんな景色が写された紙を送っていた。他のものと同様、捨て置かれているだろうと思っていたが、文治は目を通していた。

 堪らず文治を叩き起こす。

 相変わらず、この世に興味が無いと言いたげな目をする文治に葛彦は上機嫌で話しかける。

「明後日の夏祭り一緒に行こ‼」

 死にたがりの彼に生きてほしいのだ。自分の見ている景色を見てほしい。いや、彼の見ている世界を見たい。

 

 

 壊しかけた自分と同じ色(赤橙)の彼がどうしようもなく愛しくて大切だった。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「先生。結局その資料から何が解ったんですか?」

 手元の資料とパソコンの画面を見比べていた采雨に台良は我慢できず訊ねる。

「……おかしな点」

「おかしな点って何ですか?」

 采雨のパソコンの画面をのぞき込もうとする台良の為に説明する。

「この記録資料を見ると昭和60年から平成11年まで記録されているけど、実際は4年以降は記録がない。それに壁画についての記録はあるのに、象形文字に関して一切触れていない。記録だって定期的なのは初期だけでその後は不定期。内容もそれ程重要なものじゃないし」

「文字について何かわかると思ったんだけどなぁ……」

 采雨はため息を吐く。ぺらぺらと紙をめくる台良に丁寧に扱うように注意する。

「これ不定期っていうか、抜き取って差し込んだみたいな感じですね。答えを映したのがバレないようにたまに間違う感じ。小学生がしそうな」

 なんてあるわけないですけど、と笑う台良の言葉に采雨は自然と記録日の不自然な点を探す。台良の言う通り、不定期の様に見えた記録日に共通点を見つける。

「……記入者、橘内邦健」

 よく知った資料館職員の名前がその欄に記入されていた。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 公園からブランコ特有のキーコキーコと金具の軋む音が夜の街に紛れ込む。

「からちゃん、調子どお?」

 ブランコを漕ぐ6歳ぐらいの少女に男が声を掛ける。20代の男に気が付いた少女は驚く様子もなく、足を動かす。

「ぜーんぜんだめ。あしたにまにあわないよ……」

「あらら。今からでも探すの?」

 少女の声は暗く沈んでいるが、諦めてはいないらしい。男はそれを察し、これからどうするのかを興味本位で訊ねる。少女はブランコから飛び降り、自身の爪を見ていた男の正面に立つ。目の前に少女の姿はなく、韓紅色の怪物が足踏みをしながら立っていた。

『ままはできたの。あとはぱぱのあたまだけなの。てつだってくれるよね』

 有無を言わせない態度に男は微動だにせず気の抜けた返事をする。

「いつも手伝わされてるんですけどー……。はぁ、朝までね」

「やったー!」

 男の返事に少女は飛び跳ねて喜んだ。

 

 

 

 

 しがないサラリーマンの男は冷房の効いた電車から降りる。蒸されるような熱気に無意識に暑いなと漏らしていた。駅には明日の夏祭りのポスターが貼ってあり、そんな季節かと思うが自分には関係ないイベントにそこまで興味を引かれなかった。途中のコンビニでアイスでも買おうと考えながら夜道を歩く。切れかかった街灯が不気味に感じ、マンションに着くまで森のくまさんを口ずさみ恐怖を紛らわそうと試みた。

 

 何事もなくマンション前の公園まで来たとき、目の前に少女が飛び出した。

 

 

「こんばんわ」

「こっ!? こんばんわ? えっとどうしたのかな? お母さんは?」

 突然現れ挨拶をしてきた幼女に驚倒するが、すぐにこんな遅くに外にいる幼女が心配になり、親の有無を確認する。

「ままはいるよ。それよりおじさんいいひとだね」

「え? それよりきみのお母さんはどこかな? もしかして近くにいないならすぐそこのマンションの管理人さんの所に行こうか? ここよりきっと涼しいよ」

 男はとりあえず管理人にまかせようと少女の手を取り、すぐそこのマンションへ向かう。少女は素直に付いてくる。公園にいる男の視線に事案だと思われていないか変に緊張してしまう。

 突然少女が立ち止まった。

「あのね、おねがいがあるの」

 

「ぱぱになってほしいの」

「は?」

 男が少女の言葉を理解する前に、首が飛んだ。

 

 切り離された頭にとととと少女が駆け寄る。持ち上げた顔は鳩が豆鉄砲を食ったような表情のままで、面白かったのかくすくす笑いだした。

『おーい。はやく、切り口焼くから』

 頭を男に渡すと、切り離された体からカラーエナジーを抜き取る。カラーエナジーが抜けると、男の体は瞬く間に木屑へと変わった。大事そうにカラーエナジーをしまう少女に男は何しているのと問う。

「いままででいちばんりそうのぱぱだったの。だからなかみはこれにする」

 嬉しそうに笑う少女に男は興味なさそうに、で? と続ける。

「結局このおにいさんの顔は合いそうなの?」

「あわせてみないとわかんないよ! もっといろんなのがほしいし」

 いきなり怒る少女を適当にあしらう。男はそれよりと少女の声に被せる。

「からちゃんがこんな事やってんの代表知ってんのかな」

「うぐ。……しらない。しったらおこる、ぜったい」

 少女の声が小さくなる。男はさらに続ける。

「俺、明日代表と会うんだよね。こういうのって報告した方が」

「だめだめだめ‼ だいひょうにはいわないで! あまったからーえなじーあげるからぁ!」

 人間を襲うこと嫌う代表が知ったらと考えるだけで、恐ろしさに震える。きっと口もきいてくれなくなる。頭が落ちないように抱えながら、同じリース領域の仲間に必死でお願いした。

 

 

 一台のバイクがマンションの前に留まる。ヘルメットを外し周りをきょろきょろと見渡す男に少女は挨拶をした。

「こんにちわ」

「……こんにちわ」

 突然現れた少女に一瞬顔を歪めるが、笑顔で挨拶を返す。

「きみここの住人さんかな? お母さんとお父さんは近くにいるのかい」

 目線を合わせるように屈み安心させようとするが、少女は俯き首を横に振る。そっか、と頭を撫で泣かないようにと心掛ける。

「……おにいさんやさしいね」

「ありがとう。さっ、きみの両親が心配してるよ。探しに行こうか」

 褒められたことに照れながら立ち上がり手を差し出す。足はマンションへと向かっていた。

 

 少女が突然立ち止まる。自然と後ろを振り返る。

「あのね、ままはいるけど、ぱぱはいないの。だから」

 ぱぱになって。そう言い切る前に男は少女を自身の後ろに引っ張り、正面の暗闇に向かって放つ。

「こんな時間にひとり……という訳じゃないみたいだね」

 男、五十嵐夏来は首を狙った一撃を避け、紋章をベルトへと変化させる。

「変身」

 夏来は緑の鎧に身を包むと槍を生み出した。

『マジかよ。貧乏くじ引いたー』

 愚痴を零しながら攻撃を続ける真朱色のジャンクズを適当にあしらいながら、夏来は少女に逃げるようさけぶ。その様子にジャンクズは攻撃を受けながら笑った。

 瞬間、夏来の持っていた槍に糸が巻き付き、強い力で引っ張られる。

『おにいさんだいひょうににててすきだったけど、しかたないね!』

 夏来の後ろにいた少女は韓紅のジャンクズと変容し、襲い掛かった。

 

 武器を引っ張られたことでバランスを崩しそうになるが踏み止まり、糸を放ってきた韓紅の方に槍を投げる。隙と見たのか跳びかかってきた真朱色のジャンクズの腕を掴み、韓紅の方へと投げ飛ばした。

 重い金属同士がぶつかり、衝撃音が鳴り響く。

『いったぁ。からちゃん、逃げていい?』

『おっもいよ! でもおんなじことおもってた』

 ひそひそと話すジャンクズ達を無視し、いつの間にか生み出していた剣の鍔にフィルターを差し込む。ガシャ、押し込まれる音が鳴り、剣身はガラスの様に透明になっていく。

 夏来は真朱色のジャンクズに狙いを定めるが突然スチームを放出され、辺り一面が真っ白になる。

 不意の攻撃に動揺するが、見えたジャンクズの体に剣を突き刺そうとした時、真横からの糸に気づかず、動きを止められた。

『あっぶなー。もう少しでやられるトコだった』

『じゃーねー。やさしいおにいさん』

 男と少女の声がそう言うと、絡まった糸と全体を覆っていたスチームが消えていった。ジャンクズの姿はどこにもなく、夏来は倒し損ねたことにやるせない気持ちになる。

 

「2人いたのか。……女の子と、男か?」

 少女の容姿と発言を思い出す。

 ままはいるけど、ぱぱはいない。

 

 気味の悪さと嫌な予感が駆け巡った。

 

 

 




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11.

「ねぇ? そろそろ話す気になったかしら」

 女性の白く冷たい指がすーっと男性の輪郭をなぞる。細められた眼は男、橘内邦健の顔を覗き込む。両手足を椅子に拘束され身動きが取れない橘内は、逃れられない感触の息苦しさに喘ぐ。女、シストの表情と仕草、動くたびに煌めき揺れるピアスにシニヨンから少し垂れた髪は、妖艶で色に酔ってしまいそうだが、橘内にとっては深い畏怖を感じる時だった。

 

 長年探し求めていたものが、今は亡き友たちと求めたものが目の前にいる。全てを話し、人間の尊厳を捨ててでも総てを知りたい衝動に駆られる。14年前にあんな事が遭ったというのに今だ探求心を捨てることのできない自身を恥じる。

 

「何を考えることがあるの。探求心は人間の特権であり、恥ずべきものじゃない」

 橘内の心を見透かす菖蒲色の怪物は、のったりと人の在り方の隙間に染み込むような口調で橘内を口説く。シストは撫でていた太ももが震えていることに笑みを深めた。

「お、教えるものか!」

「私は自分たちについて知りたいだけなの。そしてあなたはそれを把握している。なら、素直に答えるべきだと思うのだけど。そうすれば、あなたが知りたかったことにも答えられるわ」

「あなたの同僚たちも喜ぶわ。きっとね」

 同僚というシストの言葉に橘内は図星を突かれ、目の前の怪物があの実験について知っていることに震える。

「……尚更答えるものか」

 先程と打って変わり睨みつける橘内に、シストは仕方ないと吐き出す。

 

「本当はこんな事したくないのだけど、あなたがどうしても研究記録を差し出さないから」

 本当に申し訳なさそうに眉を下げ微笑むシストは、その美しい容姿を奇怪な姿に変える。ぎちぎちと様々な機械が噛みつきコードが絡みついたジャンクズは滑らかに動く。

「ひっ! っは、はっ」

 恐怖で可笑しくなる、橘内は身をもって知った。

『大丈夫。少し話せるようになるだけだから』

 虚勢は直ぐに崩れ落ち、泣き笑う橘内を宥めるように再度撫で始めた太ももに、思いっ切り手を突っ込む。痛みで絶叫する橘内にびっくりしたシストはすぐさま手を引き抜く。

『ああ、ごめんなさい! すっかり忘れていたわ。足、折らないとダメよね』

 凶悪な腕で叩かれた脚は簡単に曲がる。絶えず吐き出される絶叫を無視して、橘内の体内から少しの理性(カラーエナジー)を引き抜いた。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 日鏡町の中心、大通りは夏祭りの屋台が立ち並び、人であふれかえっていた。昼間は大学や高校、民間のダンスチームが広場のステージでダンスを披露し、ゲストとして呼ばれたお笑い芸人のステージがイベントのメインとして開催されていた。地域音楽隊の演奏等ローカル感溢れるイベントが終了するころには日が暮れ、街灯が灯っていた。人々の声はスピーカーから流れるBGMすら飲み込み、広場に集まっていた観客も祭り特有の熱気を持って大通りに押し寄せる。

 

 

「人が多いから離れないでね」

 祭りの喧騒に負けないように大きい声で2人に声を掛ける。

「うん。わかってるよ!」

「代表ってば心配性ねー」

 代表と呼ばれた男に付いていく2人は、言葉とは裏腹に周りをキョロキョロと落ち着かない様子で夏祭りではしゃぐ人間を見ていた。通常とは違う装いに身を包む者、屋台にできた行列、仮面をかぶった子供。全てが新鮮で知らず知らずのうちに気分が高揚していた。

「フェイスフェイス‼ 俺アレ食べたい!」

 わかりやすくテンションの上がった16歳ほどの少年は、わたあめの屋台を指さす。人混みの中で突然止まる彼を慌てて引っ張り、再度歩き出すと、もう一人もアレが欲しいとふらふらと屋台の列に割り込もうとする。

 

「後で買ってあげるから大人しくしてくれ……」

 闇を払うように爛々と光が灯る中心部から人の少ない橋の土手道まで引き連れ、ため込んだ文句を溜息と共に吐き出す。頭を抱えたくなる2人の行動にまだ容姿が小学生だったらどうにかなるのに、と意味の無いことをつい考えてしまう。

「ごめんフェイス。俺らこんなの初めてだからはしゃいじゃって」

「ここではフェイスじゃなくて、一星と呼んでくれと言っただろ」

 しゅんとした面持ちで謝る少年に、不燃焼していた怒りが鎮火していく。

「ちょ、代表! あれ何?」

 さっきまで少年と一緒に気落ちしていた真朱色の青年は、川を見て声を上げる。

 彼の目線の先は川を流れる灯篭に向いていた。

「川が光ってるんですけど!」

「うわぁ。すごい……!」

 内側に立つ蝋燭の炎が色紙を照らし、ぼうっと淡く優しいともし火が、暗がりでぽつりぽつりと主張している。

「……あれは灯篭っていうんだ。こっちの川でも流しているのか」

 大通りを貫く川は2つあり、大体は夏祭り会場の中心部に近い盛紙川で灯篭流しが行われるのだが、喧騒から少し離れた静かな場所で人知れず流れていく送り火に、一星は鉛を飲み込んだような気分になった。

「代表、怖い顔してたけどダイジョブ? まだ怒ってる?」

 覗き込んできた青年にもうない心臓が跳ねる。胸を抑えつつ大丈夫と返す。

「もう少し経てば、もっと綺麗なものが見れるよ」

 見たいと騒ぐ少年にあのビルの屋上で大人しく待っていてくれと指示を出し、一星は2人と別れた。

 

 

 

 大通りを貫く盛紙川にかかった橋のすぐ近くに屋台を出していた彰悟たちは、川に灯篭を流す人の流れもあり、それなりに繁盛していた。

「焼きそば1つとから揚げ2つください」

 あと数分で花火が打ち上がるとアナウンスが入るころ、最後尾に並んでいた男性が急いだ様子で注文する。セットされた茶髪の髪型とキャラクターがプリントされたわたあめ袋が印象的な男性は時間を気にしながら、美波がビニール袋に注文品を入れるところをじっと見ていた。会計を済ませると、一瞬夏来を見た後すぐさま立ち去って行った。

 

「……今の人」

「パシられてたね。イケメンなのに」

 美波は特に興味の無さそうに言い放つ。後ろからそんなこと言っちゃダメでしょ、と彰悟が美波の頭を軽くつつく。

「ちがくて。一瞬目が合ったんだけど、なんか驚いた顔、目されて」

 見開かれたたれ目に、知り合いだったかなと思い出そうと悩む夏来に美波は頭をさすりながら、それよりと話を変える。

「カウントダウンはじまるよ!」

 人々は今か今かと空を見上げている。

「俺、しだれ柳が一番好きだな」

「私も!」

 花火を見るたびに繰り返される2人の会話に彰悟もまた決まった言葉を返す。

「それは締めの大取りだからな。大人気だ」

 

 取り付けられたスピーカーを通して、広場のステージで行われているカウントダウンが夏祭り開場の大通りに響く。

 

 5、4、3、2、1!

 

 夜8時半ちょうどに大きな花火が打ち上った。

 

 

 

 一星は右にビニール袋、左にわたあめの袋を持ってビルの非常階段を早足で駆け上っていた。カンカンと派手な音が鳴るが、近くの大通りからのカウントダウンでかき消える。

 最上階まで上がり、本来閉まっているはずの屋上の扉を開いた瞬間、目の前に赤色の花火が広がった。

 

「ギリギリセーフ……?」

 そう呟いた一星の声は、今度は遅れてきた花火の残響でかき消される。

「おっそいよ代表!」

 ドアの開いた音に気付いた青年が一星に向かって叫ぶ。

「結構並んでてさ。ほら、買ってきたぞ」

 花火に夢中になっているポピーレッドの少年にわたあめを渡し、屋上の手すりに寄り掛かる。

「こういうの、きれいって言うんだね」

 自然と呟かれた少年の言葉に、一星は初めてここに連れてきてよかったと思った。

 夜空に大輪を咲かせる花火は、ズシンと響く爆発音とともに現れ人々を魅了する。朽ちた後のパチパチと少し物悲しい音も群衆が花火に魅かれる要因の一つだろう。

「きれーだけど、飽きてくるな」

「そお? あっちじゃこんな色とりどりな景色見れないよ」

「俺には眩しいだけだな……」

 楽しそうに花火を眺める少年と眩しそうに眼を細める青年の会話にそっと耳を傾けていた。

 

「からちゃんも見てんのかね、これ」

「韓紅には会わなかったけど赤橙はいたよ。カメラ持っていたからどこかで撮ってるのかな今」

 韓紅と言った一星は浅くため息を吐く。

「……からちゃんも誘えばよかった?」

「いや。俺はあの子に会う資格なんて無いし、嫌われてるからなぁ」

 悲しそうに笑う一星に真朱色はそれはないと言わなかった。

 

 

 

 

 

「つまんないな……」

 韓紅の少女はぎこちなく歩く両親に挟まれ、退屈そうにぼやく。

 頭上では色とりどりで美しいがうるさい光の粒が打ち上っている。

 思い描いたのはお祭りを両親と楽しく過ごすことだけだったのに、少女はもう何度目か分からない後悔に苛まれた。

 完成した両親は急いで作ったせいかちぐはぐで、動かしたり話したりするためにカラーエナジーを入れると狂乱しだすため、体だけ動けるようにした。そのため一切の意思疎通ができないものになってしまった。

「だいひょうにあいたい……」

 思い出すのは、あの日啖呵を切った自分だ。何故代表に怒られたのかわからなくて逆ギレして代表の前から立ち去った。今はどうして怒られたのか、どうしてあそこまで感情的になれたのかわからない。

「こんなときどうすればいいかなんて、きいてないよ……」

 両手から伝わる冷たさに悲しくなる。何でも教えてくれた代表にこの感情の対処法は教えられていない。

 

「ちょっと大丈夫。かなりふらついてるけど、もしかして飲んでるの?」

 誰かが失敗作(パパ)を引き留める。肩を叩かれた衝撃でぐらりと声を掛けた人物にのしかかる。少女は面倒くさそうにのろのろと振り返ると、短く無造作な茶髪で面倒見のよさそうな男が立っていた。

「ちょっとあんた、おい大丈夫か! 子供もいんのに両方共飲む、かよ……?」

 のしかかられた彰悟は、失敗作から酒の匂いがしないことに気づき、焦りだす。

「おいあんた達ほんとに大丈夫か。家まで送ろうか。それより病院に行くか!?」

「はなせないからいみないよ」

「はあ? 嬢ちゃんは大丈夫なんだな」

 彰悟は少女の言葉に耳を貸さず、意味の分からない状況に対応しようとしている。

「だからはなせないっていってるじゃん‼」

 少女は繋がっている手に力を籠め、2つの失敗作を後ろに投げ捨てる。

 男は目の前で起こったことに理解が追い付かず、固まった。

 

 

 

「お兄ちゃん遅いねー」

 花火が始まり客足が減った今、美波と夏来は周りと同じく次々と打ち上る花火を見ていたのだが、往復10分もかからない駐車場から15分前に出ていった彰悟が帰ってこないことに、美波はもう花火どころではなかった。

「……なんかあったのかも」

「酔いつぶれた人の面倒でも見てるのかもな」

 面倒見のいい彰悟がしそうなことを夏来は笑いながら話す。

「今電話したけど出なかったし、何かに巻き込まれてたり……」

 悪い方に考え出した美波に、これはやばいと感じた夏来はペットボトルの水を2つ持つ。

「わかったから。俺ちょっと様子見てくるから美波は店番してて」

 本当に介抱していた時の為に飲料水を持って、夏来は彰悟が行った路地に駆けた。

 

 

 

「もーどこ行ったんだよ」

 駐車場までの道のりで会うことのできなかった彰悟に電話をかけても応答がなく、焦りが出てくる。不安を紛らわそうと無意識に口が動く。

「すれ違ってたら嫌だなー」

 希望的観測を声に出しながらわき道をしらみつぶしに探していた。

 電話は相変わらず繋がらず、6コール目で切ろうとした時、花火の音を掻い潜って近くから確かに彰悟のスマホの着信音が聞こえてきた。無心で音のする方へと走る。

 

「う、そだろ……!」

 道を曲がった先にある民家の駐車場に倒れた手が見え、全身の血の気が引く。ペットボトルが手から滑り落ちアスファルトに打ちつけられるが、そんなことどうでもよかった。

 着信音は確かにそこから鳴っており、彰悟のスマホがあることを示している。

 立ち止まってしまった足に声を出して指示をする。

「確かめないと……」

 夏来の声は、笑ってしまうほど弱弱しく電話の待機音にさえかき消されそうなものだった。

 それでも足がしっかりと倒れている人物に向かっていけるのは、きっと慣れのお陰だろう。

 

「……よかった……」

 倒れていたのは彰悟ではない2人の男女だった。どちらももう生きていると言える姿ではなく、だらりと覗いた首はぞんざいに上半身に縫い合わされていた。見開かれた目は死の直前の驚愕の表情のようで気味が悪い。

 夏来は男性の顔に見覚えがあった。昨日ジャンクズのいた公園近くに落ちていた財布の中で見た免許証の写真とそっくりだった。

「昨日の奴か!」

 取り逃した2人組のジャンクズを思い出す。ぱぱはいないと言ったジャンクズの被害者達の残骸は2つあり、既にあの少女の目的は不甲斐ないことに達成されている。

 変に関わり巻き込まれてしまった。そう結論付けるするのは早かった。

 どこに行ったか手がかりを探そうとした時、痛みが走り、ジャンクズの場所が直感でわかる。

 考えるよりも先に身体はジャンクズのもとへ走っていた。

 

 

 目に飛び込んできたのは韓紅の怪物の後ろ姿とそれから逃げる彰悟だった。

 自分でも気づかない内に変身していた夏来は後ろからジャンクズに殴り掛かった。

『きゃっ‼』

 横に吹き飛んだジャンクズに彰悟は目を見開き立ち止まる。

 

 夏来は剣を生み出し、ガラガラと瓦礫から立ち上がるジャンクズに容赦なく斬りかかる。

『きのうのにんげんさんね』

 しかしジャンクズは糸の通った針を壁に刺し、上へ悠々と避ける。

『あはは! きのうみたいにおはなししよ!』

「お前みたいな怪物と話すことなんて無い」

 夏来は剣で糸を切りジャンクズを地面へと落す。着地にできる隙を見逃すことはせず、確実に胴体に剣を突き刺すと、刺さった箇所の韓紅は灰色へと変色していく。つんざく悲鳴は花火の音と打ち消し合う。

『ひっどい! わたしのいろを、こんな、なんで』

 ジャンクズは針を夏来に向けて叩きつける。

「っ」

 がむしゃらな攻撃に避けきれずまともに受けてしまう。

 

 直撃し転がる夏来にジャンクズは駆け足で近寄った。

『おなまえはなんていうの。すきなものは? すきないろはやっぱりみどり?』

 しゃがみ込み夏来に話しかける内容は、幼い子が友達を作るために質問攻めにするものだ。

『だいひょうがね、おしえてくれたんだ。あいてをしることがともだちをつくるコツなんだって‼』

 

『ねえおしえてくれたら、さっきわたしからとったからーえなじーのこと、ゆるしてあげるから』

 少女の図々しい態度にあ然とする。

 向日葵の少女も自分勝手だったがあの行動は全て親友のためのだったのに。先日のジャンクズとは違う、目の前で傍若無人の限りを尽くすジャンクズに怒りが沸々と湧き上がる。

「……それじゃ教えるよ、俺のこと」

 油断しきったジャンクズの真下から槍を生み出す。悲鳴を上げ後ずさっている間に態勢を整える。

「俺は命を粗末に扱う奴が大嫌いだ!」

 

『ぁっ』

 韓紅のジャンクズは夏来の言葉に思い出した。

 

 

 

 代表に公園という、自身と同じぐらいの容姿をした人間の集まるところに連れられたことがあった。

 行っておいでと背中を押され、私は公園で知らない人間と遊んだ。振り向くと代表は笑って手を振ってくれた。楽しかった。たくさんの色彩に溢れた場所で、代表がずっとそばにいて、見てくれて。

 

 ある時から代表は何かをしだした。それから代表は私を見てくれなくなった。つまらなくて、目の前をぴょこぴょこと通っていく生き物を苛立ちのまま潰した。そしたら代表が駆け寄ってきて、何かを言った。何を言っていたかは覚えてない。私を見てくれたことが嬉しくて聞いていなかった。

 私はこの行為を繰り返した。列をなす小さい虫からニャーと鳴く大きい生き物まで。そうすれば代表がかまってくれると覚えたからだ。

 

 最後に公園へ行った日、代表に叩かれて別れた。あの時代表に言われた言葉と重なる。

 私はあの時、同じことを言われたんだ。

「なんでこんなことをするんだ。どんな小さいものでも同じ命だ。俺は命を粗末に扱う奴が嫌いだ」

 どんな感情でそうなるのか、眉間にしわを寄せ、眉を下げるあの顔に私は啖呵を切ったのだ。

 

 

 

 動きが鈍くなったジャンクズに夏来はとどめを刺そうと動き出す。

 転倒した際に転がった剣を拾い、足へと融合させる。

 

 息を吐き出しながら足に力をため始めた夏来に、ジャンクズは危機を直感し阻止しようと動き出すが、既に遅かった。力の入った夏来の蹴りはジャンクズを捉え、猛烈な一撃は韓紅を貫通する。

 防御は意味を成さず、ジャンクズは黒く変色していく。

 

 剣が融合した右足は韓紅に染まっていた。

 

 

 黒い木屑が辺り一面に散らばる中、夏来は彰悟の前で変身を解いた。

 

 

 

 

 

「……今」

 ポピーレッドのジャンクズの少年はふと花火を見ることをやめ、遠くをじっと見つめる。

 同時にフェイスも感じ取ってしまった。

 韓紅が消滅したことを。

 




韓紅色のジャンクズ(足踏みミシン)

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