ルドラサウム転生異聞録 (てんぞー)
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Kuku歴
1801年


 魔王ククルククルという存在が居る。

 

 曰く、その巨体は4000メートルを超える。最強にして最大の魔王。最初の、【第一世代メインプレイヤー】である【丸いもの】から生み出された魔王だった。そんなククルククルはその巨体故にルドラサウム大陸のどこからでも目撃出来るだけの巨体を誇っており、だからこそ最初の時代、Kuku時代の象徴とも言える存在だった。何故、そんな話を、ランスという未成年禁止美少女ゲームの本編では出てこなかった設定的な裏話をしているかと言えば、

 

 自分がその景色を目撃しているからだった。

 

 魔王ククルククルが存在していた。

 

 そしてそれに向かって何百、何千という【第二世代メインプレイヤー】である【ドラゴン】が音速と呼べる速度で飛翔しながら戦いを繰り広げていたからだ。もはや知覚できる範囲を超越した速度の戦いはかろうじて、ククルククルが圧勝しているという事だけが伝わってくる。ククルククルの巨体に備わった触手、それが音速を超越するドラゴンよりも速く動き、防御結界の様に働いては飛翔するドラゴンを接近する前にミンチすら残さず、血の霧にして消し去っていた。

 

 だがそれでもドラゴンは諦めず、数えきれないほどのおぞましい数で人海戦術―――あるいは竜海戦術で襲い掛かっていた。ブレスを触手のリーチ外から吐き出せばそれが合わさって海の様にククルククルに襲い掛かってくるが、まるでダメージを見せない上に触手の一薙ぎで吹き飛ばしてしまう。第一世代の魔王、そして最強のメインプレイヤーと認識されたドラゴンの戦いは、それでもククルククルという原初の魔王が圧倒的優位を保ったまま進行していた。

 

 それを何故知っているかと言えば、とても、とても簡単な理由だった。

 

「おー……マギーホア様頑張ってるなぁ」

 

「ルビードラゴンの姿は凄い目立つわよね……あ、またブラックドラゴンが死んだわね」

 

「え、嘘!? あー! 私狙ってたのにー!」

 

 もう一年近く同じ景色を眺めているからだった。周りには()()()()()()()()()()()()()()()()()が存在している。赤、黒、白、青等とその色のバリエーション、姿かたちも豊富だった。だがこの山の麓にある森の中に存在している竜達は全員、額に赤いクリスタルを装着している点において共通していた。そして何時も通り、見慣れたククルククルとドラゴンたちの大戦争状態を眺めながら、狩りで獲ってきた飯の肉を齧りついていた。

 

 もはやそれは【ドラゴン・カラー】からすれば見慣れた景色でもあった。しかも既にこの景色が始まってから1600年が経過しているという話でもある。もはやドラゴンがククルククル相手に戦い、そして死んで行くのは日常的な景色だった。そしてそれを支える為に翔竜山では日夜大乱交ドラゴンセックスブラザーズ~俺とお前は穴兄弟~な状況が開催されているらしい。良くもまぁ、やるもんだ、と思いつつも、

 

「はぁー……羨ましい……」

 

 童貞、捨てたいと嘆く。溜息を吐いたのが聞こえたドラゴン・カラーが此方へと視線を向け、

 

「ん? あらだったら翔竜山の宴に混ぜて貰えればいいじゃない。直ぐにでも孕ませて貰えるわよ」

 

「悪いがそっちはノーセンキュー」

 

 そう、孕む側ではないのだ。自分は孕ませる側になりたいのだ。ハイパー兵器を使ってあひんあひん言わせたいのだ。ハイパー兵器であひんあひん言わされたいのではない、そんなの怖いわ。記憶にある限り、童貞だったのだ。だったら新しい人生でぐらい、盛大に女をあひんあひん言わせたい。その欲望をフルオープンにしていきたい所存だった。だがそこには一つ、大きな問題があった。

 

「俺は、メスを孕ませたいんだ……!」

 

「何言ってるのよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃない」

 

 そう、そうなのだ。

 

 右腕を持ち上げれば鋭い鉤爪の生えた、黄金の鱗に包まれた腕が見える。人間の胴体よりも太く、しかししなやかな体。煌びやかな鱗はそれだけで財宝の輝きを放っており、背に生えた翼は雄々しく、雄大な空を舞う為に存在する。それらが黄金の鱗を持つ肉体に繋がり、巨体はそれだけで人類の都市を蹂躙できるもので、手入れのされた尻尾は撫でるとその者に気持ち良さを与える一品だった。

 

 そして後ろ脚の間、股間部、そこにはスリットが存在している。

 

 そう、女―――というか()の象徴たる秘部である。

 

 そう! 雌だから! ハイパー兵器が! ないのである!

 

 

 

 

 ランスと呼ばれる18禁美少女ゲームシリーズが存在する。アリスソフトという会社から発売され、シリーズを積み重ねてきた漸くシリーズ最終作へと到達したシリーズである。このゲームはランスという一人の鬼畜戦士を主人公に、ルドラサウム大陸を冒険し、最終的にレイプとか強姦とか偶に合意でセックスしたりして世界を救う、大変に頭の痛いゲームである。

 

 だが面白い。

 

 物凄く、面白い。

 

 何百、何千というプレイヤーが魅了され、そして最終作の販売で涙を流す程に面白い。シンプルながら爽快感のあるややダークファンタジーなランスの物語はしかし、このシリーズの表層部分でしかない。時折スタッフや解説本、画集についてくる設定を確認すれば、このランスシリーズがどれだけ作り込まれているのかが解る。それこそ世界の創世からランスの現代まで、その歴史や文化、種族、食事、そういう細かい部分まで設定されているのだから。

 

 ファンであれば、誰もが一度は設定を纏めたWIKIを長時間覗き込んで、世界観やキャラクターへの理解を深めたりもするだろう。かくいう自分もそういうプレイヤーの一人だった。手を出したのは戦国からになるが、それでも一回目のプレイで見事に魅了されたプレイヤーの一人だった。

 

 だからと言って誰も転生したいとか望んでないし頼んでない。

 

 生まれて初めて卵の殻を割って、青い空を見て、ククルククルに突撃してミンチになるドラゴンの姿を目撃した時、自分の最初のリアクションはそれが夢である事を祈ってそっと卵の中へと戻る事だった。たぶん誰だってそうする。

 

 確かにシリーズを愛するプレイヤーは大量に存在するだろう。

 

 だがこの世界に来たいと言うキチガイは一人もいないだろう。

 

 それぐらいには人類というか存在する全ての生物に対して厳しいのがランスシリーズの世界―――或いはルドラサウムという神の作った世界だった。

 

 まず第一に創造神ルドラサウムが平穏とか望んでない。苦しんでいる姿が大好きな創造神は基本的に生物が苦しむのを求めて、争乱などを大陸の上で臨む。彼が創造した神たちもその為に生物を生み出し、そしてそういう風に流れる様に世界を進ませている。そしてこいつらには絶対に勝てない。勝利してしまった場合、世界が消える。ご都合主義でもどうにもならないので詰みである。初手、救いがない。

 

 つまりルドラサウム大陸は根本的に創造神ルドラサウムの箱庭であり、そしてそこに存在する【メインプレイヤー】と呼ばれるその時代の基本種族が争う様に出来ている。そして基本的にこの【メインプレイヤー】もクソとかクズが多い。元が18禁なゲームだけもあり、女は基本レイプされたりレイプされたり大乱交したりレイプされたり、後はリョナられたりやっぱりレイプされてばかりである。

 

 というか主人公がレイプしている。欠片も救いがない。レイプ魔の主人公が世界を救うという頭のおかしいゲーム、それがランスである。

 

 まぁ、ここはまだいい。

 

 ランスが生まれるLP歴ではまだ救いがある。それはランスが世界を統一して救うからだ。この時代に生まれたのなら適当に平和な国に逃げ込めば大体どうにでもなるだろう。問題は自分が【第三世代メインプレイヤー】ではなく【第二世代メインプレイヤー】であるドラゴンとして生まれてきた事にあった。

 

 ドラゴンという種族は恐ろしく優秀だった。

 

 第一世代である丸いものは肉体的な変化が遅く、それよりも精神的な成長が早すぎたため、争うという概念を捨て去ってしまった。それを反省して作られたのがデザインをもっと凝らした上で完璧な種として生み出されたドラゴンであった。第二世代のメインプレイヤーであるドラゴンは将来的には無双中のククルククルを討伐し、その後に出現する魔王アベルを100年以内に監禁する事に成功する。

 

 その上で数年かけて魔軍を壊滅させ、

 

 そして、その上でドラゴン統一国家を完成させてしまう。

 

 そして世界平和に1年で飽きたルドラサウムに絶滅ビームを放たれてドラゴンが絶滅間近に押し込まれる。

 

 そう、クソみたいな神の調整ミスが原因でドラゴンは未来では滅ぶのだ。

 

 ドラゴンとして生み出された時点で詰みに限りなく近い何かだった。

 

 もう生まれた時点で詰みとかどうしようもなくない? 三超神の脳味噌にはバランスという言葉の概念が存在しないのでは? そもそもあいつら全員異形だし脳味噌そのものがない可能性すらあるのでは? 死ぬ前に童貞ぐらい捨てたかった……。

 

 そう、その時、思いついた言葉がそれだった。

 

 生まれて、現状に絶望し、ドラゴンには未来がねぇなぁ、クソが! と半ばやけっぱちになっていた状態で、頭に響いた言葉がそれだった。

 

 死ぬ前には童貞が捨てたかった。

 

 そう、それだ。

 

 それを思いついた瞬間、隠れていた卵の殻の中から生まれ変わったような気分で飛び出し、ミンチになったドラゴンの血肉のシャワーで歓迎されながら空に向かって叫んだのだ。

 

「童貞が捨てたい……!」

 

 周りのカラーにキチガイ染みた視線を向けられるも、おそらくは生前から叶わなかった願いを叶えようという意思に体と心が満ち溢れていた。そう、ここはルドラサウム大陸。創造神が一番ひどい上に大体の悪行が神様からオッケー出されてしまう世界なのだ。レイプの一つや二つ、サムズアップで返事を貰えるに違いない。つまりレイプで童貞卒業だ。これはかなりロックなのではないだろうか? 現代社会では出来ない、ドラゴン特有のワイルドな卒業方法だ。

 

 だが、そう、それには足りないものがある。

 

「俺はチンコを手に入れるぞ……!」

 

 周りに居たカラーが何頭か逃げ出すのも気にせず、新しいドラゴンの死体の首が降ってくるのをチョン避けで回避しつつ、ドラゴンハンドでぐっとガッツポーズを決めながら童貞を捨てる為に自分の体に足りないものを手に入れる為の決意を固めた。

 

 そう、チンコ―――或いは我らのヒーローの言葉を借りてハイパー兵器である。

 

 Kuku後期、そしてAV歴に出現するメインプレイヤーはドラゴンであり、女性体しか存在しないカラーも当然、ドラゴンの姿をしている。つまりドラゴン・カラーと呼ばれる種族である。自分もそんな、ドラゴン・カラーの一人である。黄金の鱗を持つゴールドドラゴンとでも呼べる姿をしているドラゴン・カラーである。

 

 だがハイパー兵器はない。カラーなので当然である。

 

 そう、つまりはどうにかしてハイパー兵器を調達しなくてはならないのだ。その為の手段はこの世界には色々とある。性転換、触手を生やしたり、お薬を飲んだりと。だがその手段を入手する為にも、翔竜山の麓、カラーの森の外の世界へと出て、世界を探検したり冒険したりし、その為の実力や道具を集めなくてはならない。

 

 故に生まれてから一年、ドラゴンの雛として健康的な人生を送ってきた。

 

 朝起きて体操、しっかりと日光浴をしながら腹鱗を乾かして、運動して、そして健康的に体を育てた。無論、雌にモテる為の努力をする為に、鱗や爪、角の手入れも忘れない。決してククルククル方面に近寄ろうとはせずに、安心安全なカラーの森で大人しく体がある程度丈夫に育つのを待った。

 

 三超神ローベン・パーンが完璧な生物としてデザインするだけあって、一年を迎える頃には体は大きく、そして竜として立派な肉体に育っていた。栄養たっぷりな食事に健康的な食事をお腹いっぱい繰り返してきた一年にドラゴンとしての肉体がしっかりと応えてくれた。

 

 成長したドラゴンの翼はちゃんと広がり、そして空を飛ぶには十分な力強さを見せてくれるようになった。もう、これで一人で外に出かけても大丈夫な姿に育ったのだ。故に、ついにここから始まる。未来はもはや存在しないに等しい、クソみたいな三超神の一角がバランス概念をルドラサウムの胎に置いて来たのが原因でドラゴンに未来はない。だとしたらヒャッハー出来る範囲でヒャッハーするのがルドラサウムの住人として最も正しい事ではないのだろうか? この世界で生まれてしまった以上、最終的にルドラサウムに還元されてしまうのだから、もはややりたい事をやるだけやるのが恐らくは最も正しいのだろうと思う。故に始まる。

 

 夢を追いかける為の旅が。

 

 童貞を卒業する為の旅が。

 

 ―――ハイパー兵器を求めてルドラサウム大陸を放浪するドラゴンとしての生が始まったのだ……!

 




 馬鹿やろう!! 俺のハイパー兵器を取り戻しに行くぞ!!!

 そしてレイプして童貞卒業だ!! これはそういう話である。ルドラサウム大陸特有の頭の悪さだから許せる。


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18XX年

 翼を広げて大地を蹴り、そして風に乗って飛翔する。

 

 実はこれ、《ドラゴンLv1》という技能を必要とする動きであるらしい。つまり種族としてドラゴンである事を定義する技能である。

 

 このランスワールド、或いはルドラサウム大陸では【技能】という概念が存在する。これは個人個人が一体どういう事が出来るのか、というのを定義する為の公式からのキャラクター付けであり、ルドラサウムの住人にとっては()()()()()()()()というものでもある。技能は名前と数字で表記されており、最低が0、そして最大が3となる。0は出来るだけ、という状態。0すらない場合は壊滅的に向いていないという風になる。逆に1もあれば十分過ぎる、一人前と呼べるだけの領域になる。もうこの時点で鍛えればプロフェッショナルと呼べるだけのものがあるらしい。

 

 その上、Lv2技能になってくると天才と呼べる領域。この世界特有の【必殺技】とでも呼べる奥義を使えるようになってくるのがこれで、天才、匠とも呼ばれる領域になってきていて、各種技能を持っている存在は非常に重宝される。その上、Lv3が伝説級と表現される領域であり、歴史の中でも数える事の出来る程度にしか出現しない生きたバランスブレイカーとでも表現すべき技能だ。ぶっちゃけ余りの凄さに神様が直々に始末するレベルのもある。

 

 これらの技能は普通、レベルは上がらないらしいのだが、それは才能として開花した後の話だったりする。まだ未熟だったり、技能を正しく使えていないと本来よりも低くなっていたりする物らしい。とはいえ、これを正確に鑑定する事が出来るのは《神魔法Lv3》を持つ存在だけなので、知るには自分の直感に頼って色々と手を出して調べるしかない。

 

 そういう事で生まれてからドラゴンのミンチ肉がデイリー的にククルククルによって降り注ぐ日常、同胞のミンチ肉食うのってこれ、共食いなのでは? と思ったりするも究極的にはドラゴンが完璧すぎる存在なので何も問題なく食べてしまえた1年間の間に、とりあえず出来る事をして、それで調べた結果が出た。

 

 まずは基本的なドラゴンらしい行動が出来る《ドラゴンLv1》っぽい事が発覚。ブレスを吐いたり、翼を広げて空を飛べたりする。たぶんLv1である。1と2の差なんてまるで解らないから暫定、1なのである。ちなみに《ドラゴンLv0》だと飛べなかったりブレスを吐けなかったりする。

 

 次に《魔法Lv2》。まだ知識も足りず、魔法はロクに使えないのだが、先輩カラーたちによればLv2相当の魔力があるらしいので、将来的には破壊光線を撃てるようになるだろうと言っていた。ところでブレスを吐いた方が早くないっすか? と煽ったら目を逸らされて黙られた。

 

 後は妙に料理が出来た、というか手際が良かったのでたぶん《料理Lv1》ぐらいはあるんじゃないかと思えた。それ以上の技能に関しては把握のしようがない。武器戦闘系の技能もあるかもしれないが、そもそもドラゴンには剣を通さない鱗と、そして鋼を紙の様に裂く爪があるのだから、武器を持つ必要が欠片もない。というかドラゴンの時代にはそんな武器が存在しない。恐らく鍛冶技能持ちが居ても一生、それが開花する事はないだろう。

 

 まぁ、深く考えたらだめだ。

 

 ルドラサウム世界は割とガバい部分が多いのだから。プランナーもハーモニットもローベン・パーンの三超神も頭の中に脳味噌の代わりにクソを詰め込んでいる様な連中なのでまともなバランスやシステムを期待するだけ間違っているのだ。ほんとアイツら死なないかと思い出す度に思う。

 

 まぁ、そんな事はともあれ、空を飛んで移動する事が出来るので、このルドラサウム大陸がよく見える。将来的にはもっと狭くなっているのだが、今ははっきりと超巨大な魔王が現在のメインプレイヤーを虐殺防衛している姿が見える。近づくと即死間違いなしなので、軽くククルククルと死んで行く同胞たちにばいばいのあいさつに手を振ってから旅に出る。

 

「さぁ、ハイパー兵器を求めて旅に出たぞ」

 

 口にすればするほど何やってんの俺? ってなるが、そこはしょうがない。正気に戻ると恐らく発狂する。ここは世界の空気に合わせて半分脳味噌を蕩けさせていた方が乗り切れる。深く考えればそれだけで未来に絶望してしまう。だから考えない。考えない。必要な事だけを考える。

 

「さーて……どうしよっかなぁ」

 

 自由に大空に翼を広げながらゆっくりと飛翔しつつ、ノープランでカラーの森を飛び出してきてしまった事を今更ながら、ちょっとだけ後悔する。もうちょっと考えて行動すれば良かったのかもしれない。とはいえ、あのままカラーの森に引っ込んでいればその内、繁殖する為に翔竜山の乱交パーティーに巻き込まれそうだ。童貞を捨てる前に処女を捨てるなんてとんでもない。処女膜にクモの巣張ってるぞ! と言われても捨てるつもりは一生ない。というかさっさと男になりたい。

 

 ともあれ、

 

「どーしたもんか。魔法に頼るか。道具に頼るか。どっちかだなー」

 

 ハイパー兵器を求めて空を飛んでいるが、実は特にアテはない。だけど性転換には幾つか手段があるのがこの世界だ。それを思い出し、自分も実行すればいいだけだ。一番わかりやすいのは魔人ケッセルリンクが行った性転換の魔法だろう。AV歴の次―――つまりSS歴、魔王スラルの時代に魔人となったカラーであるケッセルリンクは性転換して男となったのだ。つまり性転換の魔法は《魔法Lv2》もあれば可能であるという事の証明である。

 

 とはいえ、魔法の行使やバリエーションを増やすには時間と勉強が必要になってくる。なのでこれは後回しで一切問題ない。きっと賢いドラゴンの誰かが性転換魔法ぐらい覚えていてくれるだろうと祈っておく。

 

 だから先に第二の選択を選ぶ。

 

 つまりは神に謁見する。

 

 神の扉と呼ばれるものがあり、それを通る事で神に謁見する事が出来る。特に超神プランナーは謁見した存在に対してなんでも願いを叶える事で有名な神様だ。そして同時に願いを曲解して叶える事によって全ての到達者を犠牲者に変えてきた真正のサイコパスでもある。だが三超神の中で愉悦を楽しんでいるハーモニット、バランス概念を肥溜めに落としてきたローベン・パーンと比べると一番マシなのでほんとルドラサウム大陸は酷い。

 

 ただこの扉、普通に抜けられる訳じゃない。黄金像を四つ並べる必要があったりするのだが……この時代でまだ、それが作成されているかどうかは解ったもんじゃない。というか神の扉自体、設置されているかどうか不明だ。

 

 なにせ、神の扉が存在しているのが遺跡―――つまり文明と文化のあった場所だ。まだ翔竜山に住み着いたばかりのドラゴンが他の領域に手を広げているとは思えないし、丸いものに高度な建築技術はなかったと思う。

 

 まぁ、ドラゴンなんて飲まず食わずでもしばらく余裕の生物だ。寿命だって実質的にはない。ククルククルが今日も元気にドラゴンバッティングセンターでドラゴンを連続ホームランしているのだ、アレが消えるまではまだKuku歴が続いていると解るので、焦る必要もない。

 

 まずは簡単に、神の扉を探す為の旅を始める事にした。

 

 雄大な空に翼を広げ、阻む事の出来る生物はいない。今の時代、メインプレイヤーであるドラゴンが完全なる覇者として降臨している―――そしてやがて、ククルククルも、その次の魔王であるアベルにも勝利し、ドラゴンの理想国家、完全平和を成し遂げるだろう。

 

 その時が滅亡の時だ。

 

 それまでは自由に生きて行けるのだ―――楽しく、そして自由に生きて行く。

 

 ハイパー兵器を求めて。

 

 

 

 

 それから北へと向かう。移動に時間がかかるかなぁ? と思ったが、ドラゴンがルドフラッシュによって粛清された、完璧な生物としてデザインされた能力は伊達じゃない。一々下に降りて休む必要もなく長時間飛行する事が出来、そして空を飛んで、腹が減ったら適当にちゃそばかちゃつみでも急降下してから食いつけば一切問題がない。人間だった時の感性がちゃんと料理しろ、と言ってくるが、

 

 ドラゴンとなった今、細かい作業や考えは面倒なだけだった。ブレスで焼けば大体なんでも食えるので細かい事は気にしない。その上でドラゴンという生物がそもそも長寿らしく、時間間隔が物凄く薄く、夜空に出たと思ったらまた夜になっていた、という事がざらにある。そんな訳でおぼろげに記憶の中にある設定を追いかけてドラゴンパワーで適度にルドラサウム観光―――といっても文明なんて翔竜山の周りにしか存在しないのだが、地球では見られない景色や自然を堪能しながら北上していた。

 

 そうすると北部に近づくので、段々と気温が下がって行き、吐息に白いものが混じり始める。遠い未来、数千年先では【ヘルマン帝国】と呼ばれる地域へと近づいた事の証でもあった。更に北上して行けば常に雪と氷に覆われた豪雪地帯に突入する事も出来るが、元東京暮らしとしては全く見慣れないヘルマン特有の積もる雪の姿はちょっと興奮できる内容だった。

 

 ただやはり、見える範囲に生命の反応は全くない。

 

 第一世代メインプレイヤーである丸いものの中でこの環境に適応した種ばかりがころころふわふわと雪原の上を漂っているのが見える。全く道路や建築物がないのを見ると、ルドラサウムが連中に飽きてしまってもしょうがないよなぁ、と思えるものがあった。

 

 と、

 

「お」

 

 空を飛びながら雪原と雑木林の境目辺りに、雪原を往く姿を見つける。それは陶器で構築された肉体を持つ、はにわの様な形をした集団だった。色もバリエーション豊富で、普通の茶色のが居れば青、緑というのが存在しているのが見える。残念ながら金色のはにわは存在しない。【ゴールデンハニー】が居れば経験値的に美味しいんだけどなぁ、と少しだけ嘆きつつ、まぁ、経験値にしちまうか、と判断する。

 

 連中は神によって創造された【第二世代モンスター】である。

 

 三超神のプランナーが創造した、メインプレイヤーと対抗し、そして敵対する為の存在、それがモンスターである。根本的に苦しみや絶望という感情を好むルドラサウムが楽しめる様に創造された敵対種でもある。

 

 第二世代に生み出されたのはちゃつみ、ちゃそば、そしてハニー。

 

 どれもドラゴンと比べれば雑魚の一言に尽きる。

 

 そう、メインプレイヤー創造係のローベン・パーンが一人だけ俺の創造物TUEEEをしてしまったが為に、バランスが大崩壊してしまったのだ。ドラゴン一頭でこれらの大軍を簡単に薙ぎ払える程度の実力差が生物的に生み出されてしまったのだ。

 

 ほんと、どうしようもない。

 

 とはいえ、ドラゴン・カラーとして生まれた以上、ローベン・パーンのクソバランス感覚に関しては感謝しても良い。一種の最強種族に生まれる事が出来たからだ。それが原因でドラゴンは滅びてしまうのだが、そこは深く考えない。どうせ死ぬなら楽しくやりたい。

 

「じゃ、経験値ごちになりまーす」

 

 空から雪原のハニーの集団目がけて急降下ダイブを行う。ドラゴンの巨体で急降下を行えば、それだけで凶器になりうる。雪を津波の様に吹き飛ばしながらハニーを押し潰し、その衝撃で陶器で出来たハニーの体をぱりーん、と割った。

 

「あぁん」

 

「は、ハニ子さーん!」

 

「うわーん! ドラゴンだー」

 

「逃げろ逃げろー」

 

「がおー」

 

 ブレスを吐く為に口の中に光を集め、それを吐き出そうとしてそういえば、ハニーには《絶対魔力抵抗》なるものが存在する事を思い出した。ハニーという種族には魔力ベースの攻撃が通じないのだ。つまり、自分が利用する高熱と光のブレスはハニーには通じない。なのでブレスを吐くのを止めて、雪原を大きくジャンプして逃げ出そうとしたハニーを先回りする様に押し潰して割った。

 

 ぱりーん、といい音を響かせながら割れてくれる。

 

「おいおいおい、こんなイケメンを前に逃げ出すなんて酷い事をするじゃないか」

 

「お前雌じゃんかー」

 

「えい」

 

 なんか生まれをコントロールする強制交代できそうなアタック。ハニーは吹き飛びながら空中で塵になりながら消し飛んだ。今のオイラはアルティメットな気分。

 

「え? 何か言った?」

 

「イケメンさんだー!」

 

「かっこいいー!」

 

「つよーい!」

 

「がっはっはっは! 褒めろ! 称えろ! 崇めろ!」

 

 わーいわーい騒ぐハニー共を眺め、集まってぴょんぴょん跳ねながら称える姿を見て、翼を広げ、

 

「そして死ねぇ―――!」

 

「あぁん」

 

 逃げられない様に広げた翼でハニーを纏めて薙ぎ払った。連続でぱりんぱりん、と音を響かせてハニー共が全滅する。メインプレイヤーの身でどれだけ経験値が入ったかを調べる手段はないので、ハニーを殲滅した後で腕を組んで首を傾げる。基本的にそれが出来るのはレベル神等の神や天使だ。なので経験値が溜まったらレベルアップの儀式か、レベル神を召喚しないとレベルアップする事が出来ない。

 

 まぁ、それにドラゴンはレベルが上がり辛く、下がり辛い種族だ。長期間さぼっててもレベルが中々下がらないものの、レベルを上げるのに必要な経験値もかなり多い。まぁ、ハニーを多数倒した程度ではレベルアップもしないか、と判断する。同族をぶち殺せばそれでもレベル上がりそうだが、ドラゴンと戦うなんて余りにも恐ろしすぎて自分には出来ない。

 

「ハニー100匹でレベル上がるかなぁ……」

 

 才能上限、ドラゴンはドン引きするレベルで高いので、かなりレベルを上げて行く事も出来る。とはいえ、その上限に到達するのは恐らくはないだろう。ともあれ、ハニーなどのモンスターは見つけ次第ドラゴンダイブ的なノリで踏みつぶせばいいだろう。

 

「さーて、迷宮はどっちだったかなー」

 

 神の扉を探しに冒険を続けるぞぉ、と翼を広げ、それを羽ばたかせた所で、ドラゴンの嗅覚が雪原に混じる普通とは違う、獣臭さを察知した。ハニーの臭いはどちらかといえば焦げたコロッケの様なものだ。

 

「くんくん、くんくん……匂うぞぉ、獣の匂いがするぞぉ……!」

 

 雑木林の方からびくり、と草が震える気配がした。素早く其方へと視線を向け、そして唇をニタリ、と歪めた。これは新鮮な肉が食えるかもしれない。そう思った直後、

 

 一つの丸い影が雑木林の方から飛び出してきた。

 

 食い千切る為に口を開き、いただきまーす、と言葉を口にしようとして、

 

「超偉大なるドラゴン様―――!」

 

 空中に飛び上がった丸いものはふさふさとした肉体を持っており、短い角と手足を持ち、それを空中で懸命に動かしながら体勢を整え、空中で顔面が下に来るように向き直り、そのまま垂直にポーズを決めながら落下した。

 

 短い手足で華麗に決めたそれは、

 

 ―――なんとも美しい、垂直落下土下座だった……!

 

「どうかお命だけはご勘弁をぉ―――!」

 

 そう言って全力で土下座しながら飛び出してきた丸いものの最終形の一つ、リスは頭を下げながら命乞いをしてきた。

 

 それが長い、とても長い付き合いの始まりになるとも知らずに。




 皆大好きリス。

 第二世代メインプレイヤーであるドラゴンは丸いものの反省から強く、そして完璧な種族を目指してデザインされた。その結果、集団としての戦闘力が魔王を凌駕、最終的にラストウォーにて魔王を捕縛、監禁してしまう上に世界平和を成し遂げてしまう。

 それに飽きたルドラサウムによってドラゴンは滅びる。

 現代に残ったハンティ、ノス、カミーラ見てるとドラゴン出身はバグしかいないよなぁ。


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18XX年

「ケーちゃん、何か見えるー?」

 

「雪しか見えねぇよ!」

 

「ケーちゃん、何か見えるー?」

 

「今答えたばかりだろ」

 

「ケーちゃん、ククルククルとマギーホアが肩を組んでダンスしているの見えない?」

 

「おい、幻覚見え始めてないか? しっかりしろ! おい! 高度落ちてんぞ!!」

 

 おっと、やべぇ。体に積もった雪が原因でちょっと意識が落ちそうになっていた。流石に北の豪雪地帯に長居するのはヤバかったな、と飛行しつつ軽いバレルロールを決める。角の間に陣取るケーちゃんがそれを必死に掴んで振り落とされないようにする。そうやって体の上に積もった雪を振り払い、身を軽くしてから大きく翼を羽ばたかせる。少しすっきりした。

 

「あー、やば。ハイパー兵器を手に入れる前にドラゴンの氷像になる所だった」

 

「俺様まで死ぬからマジで止めろよ」

 

「解ってるってケーちゃん。この【ウル様】にお任せよ。ただちょっと眠くなってきたから居眠り飛行してもいい?」

 

「止めろ! フリでもなんでもないからマジで止めろ! 止めろよ!!」

 

 本気で焦るケーちゃんのリアクションを見て、がっはっはっは、と笑いながら少しずつ高度を下げて行く。流石に北の豪雪地帯を長時間飛行するのは未熟なドラゴンでは限度があるらしい。そろそろ休んだ方が良いだろう。そう判断し、高度を下し、そのまま着陸してから大地を薙ぎ払い、そこに穴を開けてサクッとシェルターを作った。自分が入る事前提なので、かなり大きなシェルターになってしまった。

 

「ぺったんぺったん。ちょっと溶かして固めてぺったんぺったん……まぁ、こんなもんだろ」

 

「あー、寒い寒い。クッソ、俺様が何でこんなことをしなきゃいけないんだ……」

 

 愚痴りながら頭の上からシェルターにケーちゃんが飛び込み、転がる。愛嬌のある姿をしているが、その口調は悪辣な物だった。というか口が悪い。それさえどうにかすればもっと可愛いのだが。ケイブリス? 知らない子ですね。これはケーちゃんなのだ、ケーちゃん。どうせトロンが建国されたらエンジェルナイトの粛清で死ぬのだ、その先を考えるだけ無駄だ。そう、だからこの子はケーちゃんだ。ちょっとした感動。頑張れ、頑張れ。

 

 まぁ、それはそれとして、ケーちゃんが焚火の準備をし、それに《火の矢》で炎を灯した。シェルター内に光が生まれ、そして黄金の鱗に光が反射され、ちょっとだけケーちゃんが眩しそうにしている。

 

「どうしたんだ、ケーちゃん。俺の高貴さにやられたか」

 

「いっぺん高貴って言葉の概念を考え直せ。クソ眩しいんだよお前の鱗」

 

「おぉ、ソーリー。俺の高貴さは隠せないんだ……」

 

「殺してぇ……!」

 

 生きる為なら何でもするというスタンスのリス、ケーちゃんは土下座でも足を舐めるのでも何でもする。文字通り、なんでもだ。とはいえ、丁度長旅にオトモが欲しかったのも事実だ。変にへりくだられても困るので、素のままでいいという事にして、旅の道連れにケーちゃんを引っ張り回す事にした。最初はビビり続けるケーちゃんは面白かったが、しばらく連れ回していると表面上は遠慮はなくなった。

 

 表面上は。

 

「しっかしほんと、この豪雪地帯にはなんにもないなぁ……」

 

お前ら(ドラゴン)できついんだからそりゃそうだろ」

 

 いや、まぁ、そうなんだけどね? とケーちゃんの言葉に答える。確か未来にはヘルマンの領土だった筈なんだよなぁ、とおぼろげな記憶を引っ張り出している。設定とか周りだったら楽しいからガンガン読んで覚えていたが、だけど場所とか地名とか、そういうのはあんまり覚えていない。転生する前に神様がこれから転生しますよー! しっかりWIKI確認してくださいねー! みたいなサービス開始してくれないだろうか。ないよな。

 

「んー、じゃ次は東かなぁ。戦艦もないし」

 

 まだ異星人ホルスの戦艦がヘルマン豪雪地帯にはなかった。つまり連中が来るのは恐らく魔王アベルの時代、AV歴になってからなのだろう。ホルスもホルスで良い観光スポットなので、連中が宇宙からやって来た時は軽く見に行っても良いかなぁ、って気分である。もしかしてホルスの超科学ならハイパー兵器の一つや二つ、生やす方法があるのかもしれない。

 

 嫌だわそんな超科学。

 

「つーか、実在するのかよ神の扉なんて」

 

「あるぞー。たぶん創生の瞬間から神様が戯れに作ったのが」

 

 まぁ、神様連中の考えている事は大分理解不能なのだが。一級神までは愚直にルドラサウムの為に働いているのが解るのだが、それ以上―――つまり三超神となるとまるで読めない。偏ったバランスに独自の発想、ルドラサウムの為に頑張っているというのは解るのだが、その内側での行動や思考が読めない。他の神々は大体狂信者だと認識してれば問題ないのだが。

 

 それでも神の扉みたいなデバッグルームへの道を残す辺り、ほんとよくわからない。

 

「ケーちゃんは神様に気を付けろよ。連中、ほんと生物を苦しめる事しか考えてないから。絶対に味方だとか考えちゃいけないぞぉ。あいつらはほんと耳にチンコが突き刺さった状態で物事を考えているからな」

 

「おまっ……」

 

 仮にも神に対する言葉じゃないのにケーちゃんが一瞬ドン引きするが、しかし、

 

「つーかお前、まるで神を知っているかのような言い方だよな」

 

「よーく知ってるよ。会った事はないけど、恐らく現存する生物の中では一番神に対して詳しいんじゃないかな? なんだ……興味ある?」

 

「おう、俺様が強くなる方法が解るかもしれねぇじゃんか」

 

 そう言って胸を張るリスの姿はしかし、悲しいけどリスなのだ。まだまだ、可愛らしい姿をしているリスなのでそこで威張った所で威厳は欠片もない。これが遠い未来では最強の魔人と呼ばれる様になる程努力をして成長するのだから、世の中実に面白いもんだと思う。うーん、嫌いじゃない。だから唇を滑らせてしまう。

 

「まぁ、ケーちゃんだったらたぶん誰かに言う事もないし、軽く教えちゃおう」

 

 まぁ、核心部分は言わないが。解りやすく整理しよう。

 

「まずこの大陸は創造神ルドラサウムが暇潰しの為に作った」

 

「暇潰し」

 

「そ、暇潰し」

 

 根本的にはここはルドラサウムの箱庭で、そしておもちゃ箱なのだ。そのおもちゃを壊す瞬間がルドラサウムは大好きなのだ。

 

「で、今この世界を色々と管理しているのはルドラサウムを楽しませる為に生み出された三つの神様、三超神のプランナー、ハーモニット、そしてローベン・パーン」

 

 ケーちゃんに教える。メインプレイヤーである種族、つまりメインの種族を生み出したのがローベン・パーンというキチガイ。バランス調整が壊滅的に下手でそれを反省する脳味噌を持たない害悪。生きているだけで迷惑なので死んでほしい神様筆頭。

 

 次にハーモニット様。補佐を務める神々を創造したり、カラーを創造した神でもある。つまりハーモニットが自分の生みの親でもあると言える。とはいえ、同時に悪魔の存在と悪魔界の存在を知っていて放置しているので根元がクソなのはローベン・パーンとは変わらない。こいつも早く死んでほしい。

 

 そして最後に皆大好きプランナー様。別名三超神最強のクソ野郎。第一世代モンスターである貝を生み出したのがプランナーだ。そして現在ではちゃつみ、ちゃそば、そしてハニー等のモンスターも生み出している。メインプレイヤーは謁見する事で唯一願いを叶えてくれる存在でもある。

 

「最後、特に酷くないよな」

 

「ところがどっこい、プランナーの糞は希望を与えて絶望させる事のプロフェッショナル。願いを曲解して叶える事によってその存在を破滅させる事を得意とするキング・オブ・クソなのだ」

 

「ロクなのがいねぇぞ……」

 

 そう、本当にロクなのがいないのだ。神様は関わるだけ損する、そういう類の存在なのだ。

 

「ただし身に余る願いや世界のバランスを崩す願いじゃなければ普通に叶えてくれると思うんだよなぁー。だからケーちゃんも困ったら神の扉を探して願いを叶えて貰えばいいよ。今ならドラゴンを苦しめる様な願いを前提にすれば、叶えて貰えると思うし」

 

「誰がやるか! その話を聞いてから頼る訳ねぇだろ!!」

 

 だよねー、とケーちゃんの言葉に笑いながらはぁ、と息を吐いて体をシェルターの中で休める。神の扉のある遺跡、間違いなくヘルマンにはある筈だから、豪雪地帯の付近だと思うんだよなぁ、と呟く。北部にはなかったから西部か東部……ここは棒を倒して適当に決めよう。どうせ神の扉を他に知る存在なんていないのだから。

 

「つかお前……それ、言ってもいい事なのか?」

 

 ケーちゃんの言葉にちょい驚きつつも、んー、という言葉を零す。

 

「いいんじゃないかなぁ、どうせ俺は死ぬんだし」

 

「は?」

 

 ククルククルがアベルに打ち取られてアベルが魔王になって、そうしたらアベルがカミーラをパクって、それにキレたマギーホアがラストウォーを開始。まさしくドラゴンの最終戦争が始まる。それによってドラゴンがこの大陸を統一してしまう。

 

「ドラゴン、調整ミスで強すぎるからね。ククルククルさえ死ねば後は勝手に大陸統一して世界平和。そんな退屈な世界、神様が許すわけないだろうし、俺ら皆殺しにされて次世代へと移行っしょ」

 

 だから喋った所で問題はない。深く考えたり悩むだけ無駄無駄。最初から諦めて楽しむ事だけを考えれば良い。ドラゴンの滅びは確定しているのだから。それを覆す事は物理的に不可能だ。そして生き延びる事が出来るのは逃げ隠れが得意なケイブリス、魔人化したカミーラ、メガラス、そして高レベル技能を保有するドラゴンたちだけだ。自分の様な半端者はドラゴン・カラーに魔人級のエンジェルナイト粛清部隊と戦い続けるだけの力はない。

 

 あっさりと始末されてデッドエンドがオチだろう。

 

「だから、まぁ、俺の言った事を適当に覚えていてくれ。俺が死んだあと、適当にそんな事を言っていたキチガイが居たとでも覚えてくれればうれしいさ」

 

「確実に忘れてやるから安心しろ」

 

 ケーちゃんの変わらない態度に安心感を覚えながら、欠伸を漏らして体を丸めて暖を取る。豪雪地帯は中々寒い。だがこの寒さもドラゴンとして感じる初めての経験で、中々刺激的で、一生忘れる事が出来なさそうな経験だった。いや、絶対に忘れる事はないだろう。今の自分には法も社会も存在しない。

 

 一匹の畜生として自由に生きているのだから。

 

 殺したいときに殺し、喰らいたいときに食らう。

 

 社会や人種、そういう枠組みから解放されている。ミリアがまるで存在しなくても、おそらくはかつてないほどの自由を得ているのだ。この自由を対価に数百年後殺されるというのであれば……まぁ、一度死んでいるのだし二度目ぐらいは問題はないかなぁ、と思えたりもしてしまう。

 

 そんな事を考えながら眠りについた。

 

 

 

 

 気づけばそれから更に数年が経過していたらしい。やっている事と言えばケーちゃんを頭の上に乗せて未来のヘルマンを探索し、ハニーなどのモンスターを見つけ次第即座に殺している事ぐらいだろう。探索範囲が広いのと知識がおぼろげなのが原因で、余りよく扉の場所を特定する事が出来ない。とはいえ、やはり種族として不老であるドラゴンだ、数年程度探索は人間の感覚に換算すれば数時間の探索の様なものだ。不老の種族を舐めちゃいけない。日時の感覚がだいぶ狂っている。

 

 そんな訳でケーちゃんと一緒に北部を探検する数年間の間、お互いにレベルアップを目指して適当にモンスターを狩りながら、或いは軽い運動で肉体を鍛えたり、鱗や角の手入れを頑張ったりしながら過ごす数年を過ごした所で、

 

 漸く、その目的地を発見する事が出来た。

 

 既に半分朽ちている様な姿を見せている遺跡は根本的にドラゴンが入れるようなサイズはしておらず、ケーちゃんや少し大きめの生物でもなければ入る事の出来ない大きさだった。地下1階の目立たない端の方に扉がある事を告げると、それをケーちゃんが確認し、戻ってきた。

 

「本当にあったな……妄想じゃなかったんだな……」

 

「だーれが四六時中ラリってるだ。大体間違ってないけど」

 

 ケーちゃんが戻ってきた所で手を差し出し、その上にケーちゃんを乗せた。そしてそのまま頭の上に乗せる。

 

「で、どうするんだ。扉開くのに必要なもんがあるんだろう?」

 

「黄金の像が四つ必要になるんだよなぁー。まぁ、俺はこれからそれを求めて冒険かなぁ」

 

 まぁ、たぶんダンジョンとかにあるんだろうと思う。それを四つ揃える事で神の扉は開く事が出来る。少なくとも場所は確認して、存在するのも解った。だから後は開く条件を整えて遺跡を吹っ飛ばしながら中に入るだけだ。人間の姿? この時代にそんな姿の生物は存在しないのだ。

 

「かかか、カミーラさんもいないしなぁ」

 

「誰だそれ」

 

 ケーちゃんにツッコミを入れられながらも、便利なタクシー代わりに飛翔する。扉を確認した以上はもう北部に用はない。次は黄金像を探す為に世界を飛び回る必要がある。ダンジョンレイドのお時間であった。

 

 ククルククルが死ぬまでにハイパー兵器を手に入れるかどうか……かなり、怪しいラインだった。




 原作まで4000年以上あると考えると雑に数年単位で進めたいよなぁ、って気持ち。後数話以内にはAV歴に移るかなぁ、って所。

 ランスはそのままプレイしても楽しい。だがクリアした後で設定とか背景を調べて、それを理解した上でプレイすると更に楽しかったりする。本当、設定を良く作りこんでるものだと思う……。


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2014年

 それから100年とたぶん100年か数十年ぐらい雑にケーちゃんとは冒険した。ドラゴンは時間感覚がかなり曖昧なのでもしかして数百年かもしれないし、数十年かもしれない。そこら辺は本当に感覚がない。とりあえず、それなりに冒険した。ケーちゃんは強さに貪欲なリスであり、成長はかなり遅いものの、元が進化し続ける丸いもの出身だけあり、長い時を経れば恐ろしいほどの強さに成長するだろう。何より、ケーちゃんの精神性がその成長を許す。強さに貪欲なケーちゃんは黄金像を探す為に冒険に出る自分と共に、ダンジョン攻略などを行って地味に経験値を溜めて行く。とはいえ、レベルアップの儀式も行えない身である為、どこかでレベルアップしなければならない。

 

 少なくとも丸いものとドラゴンは第一と第二のメインプレイヤー。これが魔物になると自然とレベルが上がるのだが、メインプレイヤーは絶対にレベルアップの儀式を受けないとレベルが上がらない。その為、ケーちゃんは数百年ほど経験値を溜め込んだ所でお別れとなった。レベルアップしに別れたのだ。

 

 ただ、それだけではない。

 

 大陸にそびえる4700メートルという巨大さを誇る原初の魔王、ククルククル。6000年以上生きて、一級神に最も近いと言われた存在が漸く疲弊する様子を見せたのだ。大陸全体からすれば東南の方角に立つククルククルとドラゴンたちの大戦争は、山程の死骸を生み出し続けたドラゴンの数の暴力が少しずつ、ククルククルに迫り始めるという形で結果を見せ始めていた。時折ブレスやドラゴンの姿がククルククルの触手を掻い潜って、その体に届き始めている。ルビー色の体のキングドラゴン・マギーホアも接近しては攻撃を与え、離脱しているのが見える。

 

 ククルククルの死が近い。彼に生み出された魔人として、ケーちゃんが恐らく、何らかの行動を取りに行ったのだろう。遠い未来の彼はともかく、今のケーちゃんはまだどことなく、リスとしての側面というか、可愛らしさがある。だがそれもじきに消えるだろう。そして未来へと繋がる、最強最悪の魔人ケイブリスとなるだろう。まぁ、死んでいる未来の話なので今はどうでもいい。ククルククルが生み出した魔人はケーちゃんを除き全てドラゴンに狩られているのだ、

 

 後はククルククルが死亡すれば、前時代は完全に終了する。そして始まるのは次の時代だ。

 

 それも長くは続かないのだが。

 

 それはともあれ、ククルククルや新しい魔王の誕生には一切の興味が湧かない。なのでそれを無視するとして、ケーちゃんと別れてから再び黄金の像を探す為の活動を再開する。100年もあればレベルぐらい上がってそうなものだが、中途半端なままカラーの森に帰るのもちょっと面倒だった。ケーちゃんと大陸を冒険している間に少なくとも黄金像を二個見つける事が出来たため、飾りではなく真面目にちゃんと、神の扉が機能している、或いは設定が存在しているという事は確認できた。物凄い勢いで前世の年齢を乗り越えた事は特に気にせず、

 

 今日も、アイテムを求めてダンジョンに突撃する。

 

 

 

 

「おーっし、ダンジョンめーっけ。宝箱からハイパー兵器は出てこないかなぁー?」

 

 大陸最西部、将来的には魔物界と呼ばれる土地を飛行していれば、ダンジョンを発見する。此方側はドラゴンの活動圏の外側である為、此方はモンスターやら独自の生活を繰り広げる生物が多い。特に強く育ったアロエの群生地は軽く地獄で、恐ろしく頑丈な上に割と真面目に狂暴で困る。とはいえ、ブレスが吐けるドラゴンからすれば焼き払えばそれでいいだけの植物である。アロエに覆われたドラゴンでも入れそうな程広い入り口の洞窟だ。小さいとがりがり採掘しながら進まなくてはならないので、地味に困る。

 

「がおー……よしよし、焼けた焼けた」

 

 口から光と熱のブレスを吐き出して入り口を封じるアロエを焼き払い、洞窟の中へと進んで行く。ケーちゃんに頼んで作って貰ったポシェットが首からぶら下がっており、黄金の像はその中に入れてある。その中に黄金像がちゃんと入っているのを再確認してからプチ《火の矢》を唱え、それで軽く洞窟を照らしながらダンジョンの中に踏み込んで行く。

 

「お宝を用意して待っていろよー! 後経験値もなー! ただしハニーキングはマジ勘弁な!」

 

 流石にハニーキングとかちょっと勝てる気がしないし。とはいえ、ダンジョンの内部からハニー達のひぃ、という声が聞こえた。これはアタリかもしれない。そう判断し、翼をたたんで洞窟の中へと飛び込む。

 

 それと共にトラップが発動し、地面が粘着地面へと変貌する。

 

「ずどーん、ずどーん、つよいぞー。かっこいいぞー! がーっはっはっはー!」

 

 トラップを踏み潰して粉砕する。足元が多少粘着しようが一瞬動きが鈍るだけでドラゴンの巨体にはほぼ無意味だ。脳味噌を半分緩めながら笑い声を洞窟の中に反響させ、軽い竜の咆哮を轟かせる。それだけでほとんどの生物は恐怖を覚え、竦み上がる。それだけドラゴンという生物がこの時代においては絶対的という事だ。故に無理矢理突破し、ダンジョンを荒らす様に踏破する。壁をがりがりと削りながら奥へと進んで行き、目の前に飛び出してくるハニーやちゃつみ、ちゃそば等のモンスターを踏み潰し、体当たりで粉砕し、そして握り潰して始末する。ドラゴンという種族が誇る、基本スペックの暴力。

 

 それでひたすらダンジョン攻略(はかい)を行ってゆく。

 

 扉を見つけたらドラゴンパンチで粉砕して罠諸共吹っ飛ばす。宝箱はブレスで周囲を薙ぎ払ってから安全確認して開く。そして中身を獲得し、それをポシェットの中に押し込んで再びダンジョンを進む。露骨に侵入禁止するような階段は体当たりで粉砕して強行突破し、地下へと向かう。そうやって下へと向かえば、逃げようと、隠れようとしていたモンスターを目撃できる。

 

「がーっはっはっは! 死ねぇ―――!」

 

 笑いながら虐殺して進む。モンスターの血と陶器が散乱し、死骸が道となる。それを踏みつぶして塵にしながら悲鳴を一切無視し、奥へと突き進んで行く。そして蹂躙に蹂躙を重ね、圧殺する様に全てを轢き殺してダンジョンの奥に到達する。ここで一度、奥の部屋の壁にブレスを叩きつける事を忘れない。偶にお宝を防衛する為にハニー共が壁を偽装したりする場合がある。大抵の通路の壁なんかは、突進の衝撃で砕け散るので、探す必要はない。

 

 ともあれ、今回のダンジョンは奥の奥へと進めば、宝箱は置いてあるものの、別段黄金の像でもなければ使えそうなものでもなく、隠し通路もないクズダンジョンだった。がっかりに思いながら壁を削る様に振り向き、というかその動きで壁や天井を破壊しながら翼を広げ、物理的に崩壊させながら飛び出して脱出した。

 

「あー、派手に暴れた。次はどうしよっかなぁ。近くにダンジョンないかなぁ」

 

 頭を振るって埃や土を落としながら体を揺らし、ダンジョンの瓦礫を落としていく。やはりドラゴンの体は頑丈でルールに縛られない、良いものだ。ただし交尾するなら人間の可愛い子とさせて? という気持ちだった。個人的にはカミーラさん、中々にストライク。童貞卒業には丁度良い相手なんじゃないか? とは思わなくもない。だがその場合、ドラゴン規模のハイパー兵器で入るのだろうか……?

 

 いや、マギーホアが散々犯してるんだからそりゃ入るか、と自己解決する。

 

 それでもサイズ差が酷すぎるが。というか現時点でカミーラが生まれていないので超年下ではないか、あの子。これではただのロリコンだ。やっぱ同世代のカラーに童貞卒業する時は頼もう。そうしよう。

 

「うーし、ハイパー兵器求めて冒険再開じゃあ―――!」

 

 意思を新たに、宣言する様に言葉を放った瞬間、

 

 ルドラサウム大陸そのものが震える様に鳴動した。驚きのあまり空から落ちそうになるのをなんとかバランスを取りながら衝撃の波が放たれた方角へと視線を向ける。ドラゴンの両目で捉える遠くの景色、そこでは巨大な機構の様に伸びていた魔王の姿が、大地に倒れている姿を晒していた。

 

 魔王ククルククル、死亡。

 

「そっか、今はKuku2014年だったのか」

 

 呆然と魔王ククルククルが死亡した光景を眺めていた。大陸の反対側からでも目撃出来る程に巨大な魔王だったが、生物として恐らくは最も神に近づき、そしてそれだけの力を得ていたククルククルだったが、それでも死んだ。1000年を超えるドラゴンによる猛攻に疲弊し、そしてついに陥落したのだ。これによって6000年魔王として君臨したククルククルの時代は終焉し、

 

 次世代へと時代は変わる。つまり丸いものからドラゴンの時代へ。

 

 魔王ククルククルの死亡と共に新たな魔王、アベルの誕生した時代へ。

 

 Kukuの終焉、そしてAV歴の始まりだった。

 

「あーあ、アベルの時代始まっちゃったかぁー」

 

 アベル自身、まだ出会った事のないドラゴンだった。だが魔王としてはいい所なしとしか表現できない。何せ、自分の欲望を満たす為にカミーラを攫い、そしてその結果マギーホアにキレられて敗北、アベルが集めた魔軍諸共滅ぶからだ。そしてそれがドラゴン時代の終焉へと繋がる。

 

 アベルの時代は確か60年で終わる。正確には700年近くあるのだが、その内魔王アベルが活動していたのが60年だけで、残りの600年近くはほとんどエンジェルナイトによるドラゴン狩りの時間だ。

 

「つまり俺がハイパー兵器を入手するまでのタイムリミットも後60年かぁ……これ、間に合うのか……?」

 

 ケーちゃんとタッグを組んで黄金像を探し、そして2個入手するまでにかかった時間を考えてみれば、ちょっとこれ、ラストウォーまでに間に合わないんではないだろうか……?

 

「んー……方向転換するか。森が騒がしくなってそうだし」

 

 流石にこのままのんびりと冒険をしている訳にもいかない。魔王が死んだのでは体制にも大きな変化があるに違いないだろう。それに魔王アベルの動きも気になると言えば気になる話だ。そこにはケーちゃんの姿もありそうだし。とりあえず、ラストウォー勃発まであと60年、その間にどうやってハイパー兵器を手に入れるかを考え直す為にも、

 

 一旦、進路を切り替えて翔竜山麓のカラーの森へと戻って行く事にした。

 

 

 

 

 カラーの森へと戻って来れば、当然の様にお祭り騒ぎだった。数千年間の間ずっとドラゴンに敵―――というか標的にされ続けてきたククルククルが死亡したのだ。それを祝う様にドラゴンもドラゴン・カラーも盛り上がっていた。というか盛り上がり過ぎていた。

 

 カラーの森が大乱交祭りに発展していた。上空を通るだけで漂う濃いドラゴンの精液の匂いに思わず顔をしかめながらも、ゆっくりと着陸の為に下へと降りて行く。そしてそこに同世代生まれのカラーが雄にバックで犯されている姿を見つけた。

 

「ククルククルが死んだみたいだから帰ってきたんだけど調子はどう?」

 

「イキそう……!」

 

「そっかぁ……会話にならねぇなこれ……」

 

 そこらじゅうで喘いでいるカラーとドラゴンの姿が見える。ドラゴンの図太い逸物がドラゴン・カラーの秘部を割り、その中に侵入して犯している。まぁ、数百や数千では測れない数をククルククルに殺されているのだから、ドラゴンもドラゴン・カラーも、一大ベビーブームなのだろう。凄い景色だった。ドラゴンが艶めかしく大乱交パーティーを繰り広げてずっこんばっこんしている。

 

 欠片も興奮する要素がねぇ。

 

 俺に対する一切の得が存在しない景色だった。AV歴のAVは実はアダルトビデオのAVだったのでは? とトリップし始めるレベルには欠片も興味の湧かない景色だった。しかしこれは恐らく、数年はセックス漬けでどうしようもないだろう。

 

 帰ってくるだけ時間を無駄にした。この様子じゃ翔竜山の方もどうせ、大乱交状態だろうなぁ、と軽く予測がつく。戻ってこないでそのまま冒険を続けてりゃあ良かった、と嘆く。ともあれ、この様子では時間の無駄だ。

 

 去ろうとした所で、

 

「お、君……綺麗な鱗をしているね……どうだい? セックスしない?」

 

「悪いけど俺、女にしか興味ないんだ」

 

「そんな事を言わずにさ、雄の良さを体に教えてあげるからさ、優しく」

 

 完全に発情している雄の逸物が勃起しているのが見える。相手するだけめんどくさい。翼を広げてそのまま空へと飛び上がり、逃亡する。大乱交大会が繰り広げられているドラゴンの生息地を離れ、とりあえずは空を飛翔する。

 

「さーて、北と西と南には行ったし……東に行くか」

 

 将来的にはリーザス、そして自由都市と呼ばれる地域。そして同時にJAPANと呼ばれる土地がある場所。今はまだ大陸の一部となっているその場所へと向かって飛翔する。

 

 なにせ、魔王アベルとか割とどうでもいい存在なのだから、関わる理由も探す理由もない。

 

 俺が欲しいのはハイパー兵器のみなのだから。




 新しい魔王が誕生しました。これよりAV歴となります。お忘れなきよう。

 まだまだ狂気、まだ狂気。

 このお話は大体NC歴、つまり魔王ナイチサ辺りから本番と考えているお話。それまでは下積みだったり、フラグ建築だったり、色々と狂気の中に埋めている作業。サクサクとNC歴まで進めたい所なんだよなぁ。というかSS歴にまで行かないと人の姿にならない……。


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AV歴
1年


「嘘だろお前」

 

 滅茶苦茶簡単に黄金像を見つける事に成功した。ケーちゃんと回っている時は数百年かかったのに、ククルククルが死亡して東部へと移動できるようになった瞬間から問題なく見つける事が出来た。東部の丸いものの集落、ククルククルを信仰していた種族だったらしいがその奥にある祭壇に二つとも祭られていた。そう、セットで設置されていたのだ。おかげで二つ同時に入手する事が出来た。

 

「まぁ、ごちになっとくか。住人含めて。げっぷ」

 

 丸い者を全て食べつくしつつ、黄金像を二つとも回収完了した。経験値と黄金像ごっつぁんでした。しかしこんな風に設置されているとなるとまるで事前に用意されているみたいでちょっとだけ、気味が悪い。とはいえ、黄金像による神への謁見は自分の考えうる解決策の一つだ。ハイパー兵器が欲しいという願いだったらバランスもクソもないし、プランナーでも叶えてくれるだろうと思っている。まぁ、それはともあれ、

 

 いよいよ、これで神への謁見が行える。クソ虫プランナーへと謁見すればこれで晴れて雄になれる。後は可愛い子で童貞を捨てるだけの事になる……!

 

「うへ、うへへへ、へへへへ……俺はハイパー兵器を手に入れるぞ……!」

 

 ドラゴンなんて雄雌の差がチンコあるかないかの差しか性差が薄い。カミーラの様な人間体が出現すれば話は別だが、AV歴1年ではまだ、カミーラは生まれていない。つまり見た目が爬虫類のドラゴンしか存在していない。おっぱいもケツのラインの概念も存在しない世界だ。その代わりに鱗の輝きとか角が艶めかしい……! とかいう表現を使うからやっぱ異種族というか異世界だわって思える。

 

 まぁ、どうでもいい話だ。気持ちよく童貞を卒業出来たら後は死ぬだけだ。それぐらいにはこの世界を堪能して死んでおけばいい。神やらエンジェルナイトからは逃げられないのだから。だから黄金像を掴んでポシェットの中に押し込み、これで黄金像を四つ入手する事に成功した。これにて神の扉を開く条件が満たされた。

 

 神に謁見する事が出来る様になった。良し、と爪の生えそろった手で拳を作り、さっそく神の扉が存在するマルグリッド遺跡へと向かう為に振り返りながら翼を広げようとした所で、

 

「―――そこまでだ」

 

 空に響くような威圧感のある声で、飛び立とうとした動きを制された。感じる、自分よりも上位のプレッシャーに動きを止められ、翼を広げようとしたところで停止してしまった。だがそれを振り払い、上空へと視線を向ければ、赤い色のドラゴンがゆっくりと降下し、正面に着地する姿を目撃した。その姿に一歩下がりながら、頭を下げた。

 

「これはこれはマギーホア様」

 

 赤い―――或いはルビー色とも表現できる色のドラゴンはドラゴンという種最強の存在である、キング・ドラゴンと未来では自称するマギーホア。魔王アベルでさえ正面からの戦いを拒否するという程の実力者であり、魔王ククルククルとの戦いでは初期の頃から常に戦い続けていた歴戦の猛者でもある。正直、勝てる相手でもない。もしかしてシステム抜きの話であれば神クラスの実力者であるかもしれない。

 

 未来では正気を失っているクイズ狂いではあるものの、今は普通に正気を保っている姿が解る。いや、これから狂うのだ。ドラゴンの未来を自分が滅ぼしてしまったという事実を知って。それまではマギーホアはある種の最強君主でもある。何せ、大陸国家を統一して世界平和を成し遂げてしまったのだから。自分の様にどこにでもいる様なドラゴンとは、まるで違う。

 

「いやぁ、マギーホア様も散歩ですか? それとも丸い者でも摘まみに? 翔竜山に戻ればモテモテですし忙しそうですよね。まぁ、俺は雄の相手なんて死んでも嫌なので逃げて来たんですけど。あ、別にそれはドラゴン社会を捨てたという訳じゃなくて雌を捨てたという事でして」

 

「若きドラゴンよ、神に近づくべきではない」

 

「……うぐっ」

 

 何時からかは解らないが、どうやら黄金像を求めて飛び回っていたことがバレていたようだった。まぁ、特に隠していたりしてないのだから、博識なマギーホアであれば何をしようとしているのかは解るのかもしれない。そもそもこいつ自身、異様に強すぎるのだ、ククルククルを相手に1000年以上戦え続けていたのだから。最初期に創造されたドラゴン、おそらくはある程度世界に関する知識を得ているのかもしれない。

 

 まぁ、その事に関しては考えるだけ無駄だ。

 

 マギーホアが()()()()()とだけ解っていればいい。

 

「駄目ですよ、マギーホア様。俺は叶えたい夢があるんですから」

 

「神へと近づく事は貴様だけではなく、ドラゴンという種全体を滅ぼす事に繋がる。それを手放し、そして封じろ。まだ会う前ならば間に合う」

 

 そう言ってマギーホアが威嚇する様に翼を広げた。従わないのであれば殺す、と明確に脅迫している様なものだった。だがそれは困る。いや、死ぬ事自体はそんなに怖くない。生まれてからずっと、死ぬ事を前提に生きてきたのだから。だけどそんな事よりも、死ぬ前に童貞を捨てられない事の方が問題。

 

「ま、待ってくださいマギーホア様! それでも俺は叶えたい夢があるんです!」

 

「ならん、神への謁見は破滅しか待っていない」

 

「でも俺チンコが欲しいんです!!」

 

「身に余る願……い……は……ん??」

 

「俺は! チンコが!! 欲しいんです!!」

 

 マギーホアが翼を広げたまま、動きを停止し、首を傾げ、そして此方へと視線を向ける。

 

「もう一度」

 

「この身にハイパー兵器が欲しい……!」

 

 その言葉にマギーホアが翼を畳んで、腕を組み、首を傾げ、此方へと視線を向け、

 

「雌であるな?」

 

「雌です」

 

「だがチンコが欲しい」

 

「立派なハイパー兵器が欲しいですね。自分の竜生の全てを賭けてます」

 

「そうかぁ……」

 

 物凄く、物凄く困ったような表情をマギーホアが浮かべた。恐らく生まれてから一度も浮かべる事はなかった様な表情で、俯きながらチンコかぁ、と呟いているキング・ドラゴンの様子は恐らく、歴史上確認された事はないだろうし、この先発生する事もないだろうと思う。少なくとも、こんな困った様子のマギーホアはこの瞬間だけだろう。こいつ、数十年後には発狂するし。だからサムズアップでチンコが欲しいですと訴えかける。

 

「チンコか……そんなに欲しいのか……?」

 

「その為なら死んでもいい」

 

「うん……まぁ、それぐらいなら歪む要素もないし大丈夫か……?」

 

「さっすがマギーホア様! 話が解る!!」

 

 ドラゴンの長直々の許可をもらったので、もう続く言葉を待つ必要もない。マギーホアがマジかぁ、という感じの表情を浮かべている間に翼を広げて大地を蹴り飛ばし、一気に空へと駆け上がり、そのまま北部、マルグリッド遺跡へと向かって風に乗りながら一気に加速する。

 

「マギーホア様――! 夕飯までには戻って見せに行きますから!!」

 

「見せなくていい」

 

 そんなやり取りをしながら一気に今までにはない、力強さを感じつつ一気に加速する。そう、夢にまで見たハイパー兵器獲得が、ドラゴンの王様の後押しを受けてついに可能となるのだ。これほど興奮する事もないだろう。エネルギーが全身に漲り、もはや魔王でさえ自分を止める事は出来ないであろう。加速したまま、一気に地形を超えて真っ直ぐ自分の記憶の中にある遺跡の場所へと向かった。

 

 

 

 

 昼夜問わず飛行し続け、眠気をアドレナリンで吹っ飛ばしながらそれから、未来・ヘルマン領に到着し、マルグリッド遺跡の前にクラッシュランディングする。土砂を巻き上げながら着地しつつ、アルティメットなドラゴンパンチで遺跡の上層部を殴り壊し、吹っ飛ばす。神々の創造した遺跡なら破壊できない可能性もあったのだが、そんな事はなかったらしい。

 

「兵器! 兵器! ハイパー兵器っ!」

 

 今、自分で最高に頭の悪い歌を口にしているなぁ! と自覚しながら遺跡の上層部を破壊してから地下へと向かう道を発見し、その周りの空間をブレスで吹っ飛ばす。ドラゴンに律義にダンジョン構造を守るという概念は存在しないのだ。故に粉砕しながら道を作って部屋を破壊し、神の扉の前までやってくる。事前知識の通り、地下1階の目立たない所にそれは存在していた。

 

 緑の岩戸の様な扉で、魔法陣によって封じられている扉だ。そのそばには祭壇が設置されており、そこに黄金像をセットすれば良いのだというのが解る。

 

 言わ猿型の黄金像。

 

 ひょうたん型黄金像。

 

 ひまわり型黄金像。

 

 盆栽型黄金像。

 

 神様のほんとデザインのセンスねぇなぁ、と納得できるラインナップの黄金像。それらを全てセットする事で神の扉は開く。祭壇にそれぞれ、集めて来た黄金像を興奮と共にセットして行き、

 

 犬座りで神の扉の前に座った。

 

「……」

 

 わくわく、どきどき。胸を弾ませながら今こそ、夢が叶うのだ! という想いを胸に静かに神の扉が開くのを待つ。きっと神様も演出をこらせているに違いない……。そう思いながら数秒間程ゆっくりと待つ。

 

 開かない。

 

 数分ほど、待つ。

 

 開かない。

 

 数時間ほど待つ。

 

 まだ開かない。

 

「そうか……神様だってお化粧の時間必要だもんね。たぶんそれで時間がかかってるんだ。良し、開くまで待つか!」

 

 そう、条件は整えたのだ。きっと神様も事情があるに違いない。今まで散々ディスってごめんね? と謝りながら扉の前でキャンプをする準備を整える。と言ってもドラゴンなので焚火をするだけである。故にゆっくりと休める様に寝床をセットしつつ焚火を用意し、この寒い中でも長期間滞在できるように準備を整えた。なぁに、生物と少しだけ時間感覚が違うだけなのだろう。

 

 その内出て来るに違いない。

 

 黄金像をちゃんとセットしているか再びチェックし、ちゃんとセットされているのをチェックしてから座り込み、

 

 じっと眺める。目を放した隙に黄金像を盗まれても困るからだ。故にじっと眺め、長め、

 

 そこから数日間、ひたすら眺め続ける。

 

 やはり、扉は開かない。

 

 無言のまま、扉の前に座り込み、首を傾げる。

 

「……なんで?」

 

 扉を開く為の条件を全てクリアした筈だった。少なくともこれ以上の条件を自分は知らない。だから首を傾げ、腕を組み、そして扉そのものに近づき、ノックした。

 

「もしもーし。プランナー? ハーモニット? ローベン・頭がパーン? 誰かいませんかー? いないのー? チンコ寄越せー。俺にチンコを寄越せぇ!」

 

 ノックしながら叫んでみるけど反応がない。アレ? おかしいなぁ、と思っていると、

 

……鍵ヲ手二入レタダケデハ……我二会ウ事ナラズ……

 

「は?」

 

 頭の中に直接声が聞こえた。しかもこの数百年間の努力を全て否定する言葉だった。は? と再び言葉を零しながら、思わない返答に思考が真っ白になり、そして首を傾げ、

 

「は??」

 

 半ギレの様な言葉しか口からは出てこなかった。え、なに? もしかして苦労……は特にしなかったけど集めたのにこの仕打ち? しかも次はノーヒント? これ以上必要なものとか全く不明なのに?

 

「ざっけんなオラァ!!」

 

 ドラゴンキックを扉に叩きつける。だが当然の様に神の創造物はその衝撃に揺らぐ事もなく耐えた。ヤクザキックを連続で叩き込みながら、言葉を叫ぶ様に吐き出す。

 

「ざけんなボケェ! 黄金像持って来たのなら開けよ! ルールは守れよ! お前らどうせ見てるのは解ってるんだぞ! 此方とら何時死んでも何時消されても良い覚悟してふざけまくってんだ! 怖いものは何もないぞオラァ!!」

 

 ドラゴン狩り前に天罰で死亡? 上等である。こうなれば戦争である。

 

「この指が見えるか? そう! 中指だ! こっちの指見えるか? そうそう、逆の指! そう! 中指だよ! 中指と! 中指を! 突き立てて! Fuck! You! そう! Fuck Youだ! 異世界の言葉でくたばれこのクソがって意味だよ! 少し賢くなったなぁ!」

 

 ヤクザキックを扉に繰り返しつつ、これぶっ壊せねぇかなぁ、と完全に切れながら両手を持ち上げて中指を突き出しつつそれでバッテンを描く。殺すのなら殺せ、それ以上に酷い目に合わせるのもカモン。どうせ滅ぶのだから怖いものなんて何もない。ひたすら扉へと向かって挑発を繰り返す。

 

「それともなに? お前らチンコ一つ創造できねぇの!?」

 

 言葉を放った瞬間、超高速で顔面に叩きつけられるものが来た。その衝撃に後ろへと吹き飛びながら遺跡を破壊し、転がりながら顔面に衝突した物を取って、掴み上げた。

 

 それはうっとりする程太く、

 

 それは力強い硬さを持ち、

 

 曲がる事無く真っ直ぐと伸びた、

 

 ―――まさしく、ハイパー兵器なチンコだった。

 

「誰が別売りチンコを寄こせつったんだよ!! コントか!!」

 

 この曲解の仕方、間違いなくプランナーの手腕だろう。全ギレしながら別売りチンコを神の扉へと叩きつけて、大きく息を吐き出す。

 

「はぁー……」

 

 そしてそのまま、横に倒れた。間違いない、神様連中は自分の知識を知っていて放置している。その上でそれを楽しんでいる。そして知識があった所でどうしようもない、という事を理解してまで放置している。最初からどうにもならないとは自覚していたが、それでもその現実を直視するとちょっと、絶望感が違う。横に倒れたまま、深く息を吐きつつ、

 

「……なにやってんだろ、俺」

 

 僅かに、正気に戻りそうになってしまった。だけどダメだ。正気に戻ったらだめだ。発狂したままでないと駄目だ。正気に戻ってこの世界の事実を知っていると、それだけで永遠に絶望し続けられる。終わりのない絶望に心が蝕まれる。生まれて、そして死んでも永遠に救われないという事実を直視してしまう。

 

 だから駄目だ。

 

 正気を殺す。

 

 狂気に浸る。

 

 また狂気の檻に自分の心を落とす。

 

 そうしないとこの世界では生きて行けない。

 

「あー……どうやってチンコ生やそうかなぁ……」

 

 マギーホアがクイズ狂いになったのも、ホ・ラガが世界の果てで誰とも会わなくなったのも、この世界の仕組みを理解してしまえば当然の話だろう。まともなままでは生きて行けない。生きていたらルドラサウムを楽しませる為の娯楽の道具として絶望と悲鳴を献上する。死ねばルドラサウムの一部に戻り、そして再び次の命で輪廻して玩具にされる。

 

 終わりのない、ルドラサウムのおもちゃ箱。

 

 それを知って希望をもって生きられる程、誰も強くはない。

 

「あー……今度は魔法の方で探ってみるかー……」

 

 性転換の魔法。モロッコはまだ存在しないし、それが妥当なラインだと思う。ともあれ、ドラゴンが絶滅するまでに性転換か、或いはハイパー兵器を生やす方法を探し出さなくてはならない。最悪の場合、アベルに頼んで魔人化して貰うかもしれない。でも魔王アベルもドラゴンだし、魔人化したら間違いなくレイプされそうなんだよなぁ、というのが問題だった。

 

 まぁ、今は考えるのが疲れた。

 

 しばらくの間は何をやってもどうせ無駄だと解り切っているこの絶望感に浸って、無言のまま倒れたまま、目を瞑る事にした。

 

 少しだけ、休みたい。




 神様からチンコを貰う(パーツ別売り)。

 ルドラサウム大陸は悪い神様がたくさん。だけど同時に彼らがシステムでもある。よーし、転生者の僕が悪い神様をやっつけるぞー!

 とやると、そのまま世界が消える。

 魂=ルドラサウムの一部なので、そもそも生まれた時点で救いのない世界なのである。真実にたどり着いた連中は大抵発狂している。


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1年

 意気消沈してそれから数か月ほどカラーの森に引き篭った。経験値がそこそこ溜まっていたのでセックス中だった同胞に頼んでレベルアップの儀式を頼み、レベルアップをさせて貰った。おかげでレベルは38にまで上がった。これ、ドラゴン全体から見て高いのか低いのか全く分からないという弱点があるものの、まぁ、レベル上がったんだしそれでいいんじゃないかなぁ、という適当さがあった。まぁ、そもそも一種の燃え尽き症候群的な物を感じて、体を突き動かすような衝動が一時的に消えているというのも事実だった。

 

 早くドラゴン滅亡しねぇかなぁ。そうすればチンコとか諦めがつくんだけど。

 

 とはいえ、まだ余裕があるのじゃしょうがない。ここは正攻法を目指す事にするしかない。つまり魔法を通して自分を性転換させるという手段だ。

 

 性転換を行える神殿が実はこの世界のモロッコという場所にはある。だがそれはJAPANが生まれた後の話だ。今はまだ大陸の一部となっている。それに神殿そのものが存在しているかも怪しい。探せばあるのかもしれないが、なんとなくだが神様がそんな楽をさせてくれない様な気がする。なので正攻法として魔法を使った手段を頑張ってみる事にした。

 

 SS歴、つまりは魔王アベルの次の魔王である魔王スラルの時代、ケッセルリンクというヒューマン・カラーがスラルを守る為にナイトとして、男に性転換したという話である。つまり魔法による性転換はアリなのだ。寧ろ女体に生やすよりも簡単なのかもしれない。ただ、この場合ケッセルリンクが魔人化の影響で能力を大幅に強化されていた、という事実がある。

 

 まぁ、ドラゴンと人間のスペックってまるで違うし、スペックのごり押しで何とかなるだろう。そんな精神で周りではアンアン言っているカラーの森、教科書を取り出して魔法の勉強を今更始める。冒険に出る前の1年間はちょくちょく勉強したが、それでももう一回基礎の方から勉強し直す。

 

 まずこの世界における魔法の定義。

 

 魔法とは術者の体内で生成される【魔力】と呼ばれるエネルギーをそれぞれが特殊な方法で変換する事によって発現する現象になる。これは何らかの力を借りるのではなく、完全に独立した個人個人の力を運用するものであり、この魔力そのものは大体個人の才能に左右される。つまり生まれた時点で大体、魔法の才能というものが決まるのだ。これの解りやすい形が魔法技能である。

 

 《魔法Lv1》もあれば魔法という分野に関しては十分才能があり、勉強すればレーザーと呼ばれる魔法の中でもかなり使いやすく、高威力の術を覚えられる様になる。《魔法Lv2》になってもメインで使う魔法だ。そして《魔法Lv2》になれば属性の系統としての最上位の魔法に属性は相性の良いものに限られるものの、手を出す事も出来る。なおこれらの魔法を全て節操なく使えて連射できるのが《魔法Lv3》という領域である。

 

 これらの簡単な見分け方は保有魔力だ。その為、魔法技能だけは最も簡単に判別できる技能だと理解されている。こればかりはほとんど先天的な才能なので上げ幅はどうしようもない。一部、裏技で魔力を跳ね上げる事も出来るらしいが、ここでは関係ない。

 

 そして自分は、魔力内包量的に《魔法Lv2》はあると言われている。これは性転換の魔法を使ったケッセルリンクと同じレベルになる。つまり俺も頑張ればケッセルリンクと同じ魔法を使える可能性があるのだ。

 

 相性の問題があるが。

 

 ともあれ、生まれたばかりでの1年という短い時間では、あまり勉強も出来なかった為、改めて自分の適性やらなにやらを調べる為の準備をする。無論、同胞たちは今でもクレイジーに乱交パーティー中なので話にならない。お前ら日常がセックスかよというレベルで煩い。まぁ、それでもセックスの数は減ってきている。明らかにカラーが妊娠できていないからだ。もうちょい先になれば明らかなカラーの出生数の少なさに気付くだろう。

 

 カラーとは神が悪魔や天使を補充する為に作った種族だし、規定数揃えばもう妊娠して増えたりできない様になっている。

 

 便利な種族だ。

 

「えーと……Lv0でもできる魔法は基本的に術式を暗記するだけでオッケー、と」

 

 つまり《火の矢》や、《氷の矢》、《ライト》等の初級魔法だ。と言ってもLv0だと魔力が足りないので拳を作って殴った方が強いレベルの魔法だ。Lv1の魔法技能を持った存在が使えば、普通に殺せるだけの破壊力を出す事が出来る。魔法技能をLv2で取得しているのであれば、

 

「《火の矢》! 《氷の矢》! 《雷の矢》! 《ライト》! 《アンコク》! お前ら少しは静かにセックスしてろ! うるせぇんだよ!!」

 

 カラーの森は放火するもの。ランスもそう言っていた。なので適当に森の一角を爆破しつつ、自分が初級魔法を全て問題なく使える事を確認した。ただし、体から抜け出る力―――つまり魔力、それが属性によってやや違う様に感じられた。一番コストが軽く感じたのは《ライト》を使った時だ。つまり光系統の魔法だ。自分も吐き出すブレスは熱の混じった光線系のブレスだ。鱗の色を見て解る様に、やはり光系統の魔法が相性が良いのだろう。

 

 それとは別に《アンコク》の消費魔力も少なかった。とはいえ、ちょっと感覚が違っていた。闇系統……亜種? たぶんそっちの方に適性があるのかもしれない。そこは要チェックなのだろう。

 

 それと比べ他の属性は《ライト》が消費1に対して他は消費1.3程度。使えなくはないが、効率を求めるなら光系統と闇系統に絞るのが良い感じだろう。まぁ、魔法技能のLv2は文字通り天才と呼べる領域だ、雑に勉強したり研究してもガンガン習得できるレベルなので属性違いでも頑張ればどうにかなる。とはいえ、基本的に《魔法Lv2》があるのであれば上級の《レーザー》系統とLv2からじゃないと使えない属性最上級の魔法が使えればいい。

 

 このドラゴン用教科書(石板)によれば、光系統の最上級魔法は《白色破壊光線》になる。Lv2であればいくらかの詠唱や休憩が必要になるが、ある程度連続で使える魔法でもある。これがLv3になると無詠唱で連射して来るのでLv3技能というのは根本的に次元が違う。

 

「ま、俺様なら《黒色破壊光線》もその内使える様になるだろうけどなっ!」

 

 天才だからな……、と軽く自画自賛でモチベーションを回復しておく。誰も煽ててくれる人というかドラゴンがいないので、根本的に自分一人でなんとか満足できるように頑張らなければならないのだ。

 

「まぁ、でもドラゴンの体の頑丈さを考えたら純粋な攻撃魔法よりも支援魔法を覚えた方がいいんだよな」

 

 ドラゴンの鱗は本当に硬い。自分の金ぴかの鱗とか、ある程度の魔法抵抗力が備わっているので、威力の低い魔法であればそのままカットして無力化出来る。上位のドラゴン程こういう特性が強いので、《ドラゴンLv3》のマギーホアとかはもう、物理と魔法、両方面からの抵抗力が凄まじいだろう。それに基本的にドラゴンにはブレスがある。

 

 ぶっちゃけ、詠唱に口と両手を取られるのであれば、その間に口からノータイムでブレスを放った方が早く、強い。自分も最近は飛躍しつつある自分のスペックから、ドラゴン技能に関しては《ドラゴンLv2》あるんじゃないかなぁ? とは思っている。肉体的なスペックの高さ、角の立派さ、そして鱗の輝き具合からそれぐらいのレベルあっていいんじゃねーかと思っている。

 

 とはいえ、この時代、バランス崩壊しているのでLv2技能とか腐るほどばら撒かれているのだが。

 

「んー、支援魔法はやっぱりあんまり発達してないなぁ……《ジャクタイン》とか《ストップ》とか存在してないなぁ……」

 

 他にもランスシリーズでは出現してた各種、バフ系統の魔法が教科書(石板)には書き込まれていなかった。魔法文化はそこまで発展していない―――というか研究されていない様子だった。まぁ、やはり魔法が無くてもどうにかなってしまうというのが最大のネックなのだろう。

 

「バリアか魔法バリアがあれば楽なんだけどなー」

 

 って、いつの間にか脳が戦う為の事を考えていた。頭を横に振りながら思考を本筋に戻す。()()()()()()()()()()()()()なのだから、そういう方面に知恵を伸ばしても無駄だ。ドラゴンの本能として強くなろうとしているが、それを拒否する。とても簡単な話だ。

 

 神様には勝てない。

 

 神様を殺してはならない。

 

 それだけの簡単な話だからだ。

 

 神様―――それも上位、一級神とも呼ばれるレベルの神となれば時間停止、時間逆行、レベルリセット、技能剥奪なんて事は呼吸をする様に出来てしまう。その為、メインプレイヤーで殺す事は不可能と言われている。

 

 しかし、遠い未来、間違えてランス君が一度だけ、神を殺してしまった時があった。

 

 その結果、世界が消えた。

 

 そう、神を倒せば世界は終わるのだ。テレビのリモコンでテレビを消す様に。だから神は勝てないし、倒してもならない。だから強くなろうと考える事も、抵抗しようと考える事自体が愚かしい。そういう方面に思考を巡らせる事自体がおかしいのだ。だからあー、と声を零し、爪先で軽くこめかみを叩き、教科書を確認する。

 

「基本的に魔法を行使するのに必要な燃料は魔力。後は術を発動させるのに必要な術者による正しいイメージ、術式という形を記憶する記憶力、そして魔法を発動するトリガーとしての詠唱か……」

 

 つまり燃料が魔力。

 

 変換する為のソフトが脳。

 

 そしてそれをプロセスするのが詠唱。

 

 そしてアウトプットが魔法。そう考えると割と簡単に理解できそうだなぁ、とは思う。思いっきり現代風の捉え方だが。それでも既存の概念に取り換えて考えてみればより分かりやすい。つまり重要なのはプログラム部分である術式、そしてそれを出力させる為のキーである詠唱だ。Lv2もあれば燃料部分は問題がない。重要なのは、魔法というプロセスそのものに関する知識だ。

 

 こればかりは本来、時間をかけて解明しながら集積して行くものだ。それが研究というものであるのだが―――まぁ、天才だからなんとかなるだろう、というノリでまずは《矢》系統の魔法の暗記している術式を燃やした森の地面に描く。

 

 空を並べて、法則性を見出す為ににらめっこを始めようとすれば、

 

「ねぇ、何をしてるの?」

 

「ん? 新しい魔法を作る為に既存の魔法術式の法則性を見出そうかなぁ、って」

 

「それって面白いの?」

 

「見つけ出すと見ろ! 凡人共! これが才能によるインフレを経たドラゴンの力だ! 崇めろ! そしてこの法則を見つけたのはチンコを探し求めたドラゴンなんだぞ! って一生歴史に残せる」

 

「そ、そうなんだ」

 

 幼い竜の声がした。振り向けば、おそらくはまだ生まれたばかりの幼いドラゴン・カラーが首を傾げながら此方を見ていた。まだ翼も小さく、それでは空を飛べないだろう。片手でこっちにおいでおいで、と呼びよせる。

 

「どらどら、お姉さんが暇潰しにチビちゃんに魔法でも教えてあげよう」

 

「いいの?」

 

「こういうのは一人でやるよりも教えながらやった方が解るもんだからね。おチビちゃんも気にしなくていいーよ」

 

 あまり、狂ってばかりだと本当に狂ってしまいそうだし。僅かに正気を失う程度、それだけでいいのだ。それ以上は必要はない。この微妙な匙加減、実に難しい。そう思いながら横に振り向き、ブレスを吐いて近くで騒音セックス被害を出している連中を吹っ飛ばす。

 

「おねーちゃん今のは?」

 

「騒音公害に対する我が国での対処法だよ」

 

 じゃ、勉強しましょうねー、と横に子ドラゴンを並べ、地面に他の術式も描いていく。時期的にはそろそろカカカ、カミーラさん! も生まれていそうなんだよなぁ、と思いつつあ、そうだ、と思い出す。

 

「おチビちゃん、俺様は歴史にウル・カラーという名前を世紀の変質者として残す予定だけど、おチビちゃんの名前は?」

 

「ハンティ・カラー!」

 

「ハンティちゃんか、可愛い名前だねー」

 

 その名前を笑顔で頷きつつ、冷や汗を掻いていた。

 

 ―――大天才(Lv3)来ちゃった……!




 ドラゴンはAV歴に入ってから急激な雌の出生率の低さに悩まされる。そしてその時にカカカ、カミーラさんが生まれる。たぶん、もう既にこの段階でドラゴンのつまらなさを感じて盛り上げる為の仕掛けを施していたのだと思われる。種族でカミーラを取り合う様に。

 というわけでハンティちゃん来たよ。魔法Lv3持ちとかいう化け物。


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XX年

「姉さん、これはこうしたほうがいいんじゃないかな?」

 

「……おぉ、マジだ。そんなところよく気が付くなぁ。これが才能(Lv3)って奴か」

 

「そんなものじゃないと思うんだけどなぁ」

 

 将来、象徴的になるであろうその黒髪の様な色の黒い鱗をしたドラゴン、ブラックドラゴンのカラーであるハンティが魔法の術式や詠唱に関する新発見を行う。その内容はかなり高度で、自分も才能(Lv2)があるからこそ理解する事が出来るものの、ハンティの様にそれを見つけ出したり発見する事は出来なかった。時空間を超える魔法さえも可能とする、これがLv3の領域なのであると、一緒に勉強をしながら学ばせて貰う。

 

 最初は自分がハンティに魔法の基礎をあれこれと教えていたが、ある程度の法則が見えてくるとそこから引き継ぎ、あっさりと上級までマスターしてしまった。たった数年間、一緒に勉強しているだけで此方の数百年間分近い成長をするのだから、Lv差による才能の差というものはある意味残酷だった。とはいえ、彼女が見つけ出した理論や構築は自分でも理解できる範囲のものだったのがまだ救いだった。おかげで自分の技術に転用する事も出来た。

 

 とはいえ、数年程度では魔法の深淵には全く手が届かない事も理解した。《白色破壊光線》と《黒色破壊光線》が撃てる程度には魔法に詳しくなったし、オリジナルの魔法の構想もちょくちょく生まれてきた。だがそれを現実に形とするには、まだまだ相当な時間が必要になるというのが解った。それも数年とか数十年ではなく、数百年という規模だった。

 

 それだけ魔法という概念は複雑だった。

 

「でも姉さん、《ジャクタイン》や《加算衝撃》みたいな対象を指定する魔法は空間指定や放射による発動じゃなくて、存在を指定した魔法なんだよね。これらの魔法に使われている共有コードを利用すれば《存在を指定する》事による必中する魔法を作れそうよね」

 

「それ、魔法全部に流用すれば基本的に魔法全てを必中させられそうだな」

 

 ハンティとそんな事を話し合い、マギーホアをターゲットに二人で力を合わせて《白色破壊光線》と《黒色破壊光線》を融合させて放ってみたら翔竜山が軽いテロ状態となってしまった。反省はしない。楽しければ大体日常はいいのだ。今は魔王アベルも引きこもって軍備を増強しているだろうし。そろそろ魔人メガラスを仲間にした所だろうか? もう既にカカカ、カミーラさんが生まれてそうでもある。

 

 しかし困った。

 

 ここまで魔法を頑張って勉強し、ハンティという《魔法Lv3》の持ち主がいても、性転換魔法という魔法への道筋がまるで見えないのだ。まぁ、現在存在している魔法のほとんどが攻撃魔法であり、支援魔法に関しては自分とハンティで実験ついでに生み出し始めた程度にしか存在しないのだ。性別や、肉体に作用するという効果を持つ魔法がまだ、生み出されていない。

 

 つまり魔法文化そのものがまだ未成熟なのだ。そもそも魔法という概念そのものを研究する機関や体制が整ってないから当然である。自分は未来に関する知識があるからそれで過程をショートカットして結果だけを出して、そこから過程を導き出すという逆順処理でやっているから楽なだけであって、本当はもっと先の未来で苦労しながら見出す事ばかりだと思う。

 

 とはいえ、こうやって研究を続ければ続ける程解る。

 

 自分に性転換魔法を見出す事は、ラストウォー終結までには不可能だ、と。根本的に魔法の歴史の積み重ね、その知識、そして習熟が足りない。ハンティであれば数百年で出来るかもしれないが、自分のとなるとその倍以上は必要になるだろう。残念ながらこれが才能の差だった。

 

 とはいえ、魔法の開発はソレ自体が楽しいので、余り文句が言えない。

 

 久しぶりにこの数年間、頭を空っぽにして熱中してしまった。おかげでハンティともすっかり仲良し、適当な所で別れるつもりだったのが魔法の研究仲間となってしまった。まぁ、彼女は最後まで生き延び続けるから問題はないだろう。

 

「んー、ちょっと煮詰まってきたな。休みを入れようか。ちょっくら翔竜山でも見てくるか……ハンティはどうする?」

 

「魔法の研究を続けるよ。姉さんの求める性転換の魔法は馬鹿々々しいけど、それ以外は楽しいし」

 

「馬鹿野郎、男はハイパー兵器あってこそだぞお前」

 

「姉さん、私達雌だよ」

 

 それが600年後には女になってるから不思議だわ。まぁ、それはともあれ、そろそろ新しいインスピレーション、というよりアプローチが欲しくなってくる。それを求めて最近では乱交がかなり減った翔竜山へと向けて翼を広げて飛んで行く。もう既にこの世界に来てから数百年と生活している中で、翼を広げて空を飛ぶことにも慣れてしまった。

 

 生まれた当初は体にない感覚や、男の時とは違う排泄の仕方に戸惑い過ぎてまともに歩けなかったりしたのに、懐かしい話だった。

 

「ばっさばさー」

 

 翼を広げて空を飛んで行き、翔竜山を登って行く。前までは大乱交の気配ばかりで近寄りがたい翔竜山も、今では本来の静かで厳かな雰囲気を取り戻していた。漸くか、と思いながら雲を抜けて翔竜山、ドラゴンの生息地にまで入り込む。岩肌の上で翼を休めているドラゴン達が時折、此方へと視線を向けては翼で口元を隠し、

 

「ウル・カラーだ……」

 

「チンコを隠せ、狩られるぞ……!」

 

「お、俺はまだ雌になりたくないぞ……!」

 

「ゆ、許して……許して……」

 

 チンコを狩られるってなんだよお前。頭悪いのかこいつら。そっとポシェットからハイパー兵器(別売り)を取り出し、それをひそひそ話をしているドラゴンどもへと向けてやる。それを見たドラゴンが翼で顔を隠しながら震えてる。

 

 なんだこれ。今、自分は何をやっているのだろうか……?

 

「……お前のチンコも奪ってやろうか……!」

 

「ひぇっ」

 

 ドラゴンどもが羽ばたいて必死に逃げて行く。その姿を眺めながら笑いながら声を張る。

 

「がーっはっはっは! 逃げろ逃げろ! 逃げられるもんならなー! さーて! 今日は誰のチンコ狩ってやろうかなぁ! 俺は変な噂とか流されたら悪乗りするぞ……!」

 

 翔竜山から凄い勢いでドラゴンの気配が消えて行く。そんなに俺が恐ろしいのかお前。いいぞ、そこまで本気にしているというのであれば俺も本気にしてやろうではないか。捕まえた奴のチンコを刈り取って、このハイパー兵器をケツの穴に叩き込んでやる。この俺に悪乗りする理由を与えた事をケツアクメを迎えながら後悔すると良い……!

 

「だ! れ! か! ら! 狩ろう! かなぁ!」

 

「貴様は何をやっているのだ……」

 

「あ、マギーホア様」

 

 滅茶苦茶呆れた様子のマギーホアが上の方からやってきた。ハイパー兵器を握ったまま手を振ると、マギーホアが物凄い顔を顰めているのが解る。もう、その表情を見れただけで息抜きしに来た意味があったようなものだ。マギーホア様が同じ高度まで降りて来ると、手の中のモノを見て、そして此方へと視線を向ける。

 

「その……随分と立派なものはなんだ……?」

 

「はい、ハイパー兵器です」

 

「ハイパー兵器」

 

「黄金像揃えて扉に突撃したら面会拒否された上に顔面に叩きつけられた神々からのプレゼントです」

 

「面会拒否」

 

 マギーホアが物凄いリアクションに困っているのが見える。うん、気持ちは解る。自分も数百年間の成果がこの別売りハイパー兵器一本だと思うとどうもやりきれない。だけどもったいなくて捨てる事も出来なかった。だから最近、ハンティと魔法の勉強をしながら新しい活用法を思いついたのだ。

 

「それは?」

 

「勉強中に騒音公害(セックス)している雄のケツの中にこれを全力で叩き込む遊び。おかげで最近は周りが静かですよ」

 

「お、おぉぅ……おぉぅ……」

 

 言葉として表現できない表情をルビードラゴンが浮かべる。皆、終わった後は新しい性癖の扉を開いた様な顔をしてくれるから、まぁ、結果オーライなのでは? とは思わなくもない。幸せならもうそれでいいのだ。それはそれとしてチンコ狩りしてやろうか貴様ら、と密かに計画しておく。俺はやると言ったらやるドラゴンなのだ。

 

「うむ……まぁ……うむ……お前に対しては何て言葉を向ければ良いのか解らないな……」

 

「笑ってくださいよマギーホア様。道化やってんですから。笑えなきゃ生きてる意味がない」

 

「……」

 

 笑わなきゃ生きてる意味がない。だから笑えるように動いているのだから、笑って欲しい。笑えるようにしないと、楽しくしていないと、頭を馬鹿にしないと直面してしまうから。だから笑って欲しい。クソみてぇだと。そしてそれを笑って欲しい。そうじゃなきゃとてもじゃないが耐えられない。だからハイパー兵器を大切にポシェットの中に保管する。

 

「これに関しては後世まで神々が夜中、寂しくなった時に使う伝説のハイパー兵器って歴史書に残して展示する予定なんですけど」

 

「王命での出版拒否は任せてくれたまえ」

 

「ここは俺が神様から承ったお宝を見せたのでマギーホア様が同レベルのお宝を見せてくれるのが筋というもんじゃないですか?」

 

「貴様は、何を、言っているんだ」

 

 だってこれゴッドチンコだぜ。神が創ったチンコだぞ。それを見せたのならそれに釣り合う格のお宝を見せるのがドラゴンルールではないのだろうか? ここで拒否するなんてドラゴンの王としての格が疑われるのではないのか? あぁ、なんて心の狭い王なのだろうか! マギーホア! 実にみみっちぃ!

 

「……いいだろう」

 

 軽く煽る様に言葉を放とうとすれば、しかしマギーホアは頷いた。

 

「その知識をどこから得ているのかは気になる所だが、恐らくそうやって話しかけてきている以上既に知っているのだろう。来ると良い。《王冠》を見せてやろう」

 

 マギーホアがそう言って空へと昇って行った。アレ? 実は意外と気に入られてる? 首を傾げながらその姿を追いかける様に、翔竜山の頂上へと向かう。翔竜山の頂上はマギーホアの住処となっている。ドラゴンの大きく、鋭い手では細かい工作や作成などは行えず、雑な住居しか作る事が出来ない。だから物事を記録するにしても、巨大な石板に文字を刻み込む程度が限界なのだ。だから翔竜山の頂上も、そこにマギーホアが穴を開けて作った洞窟の様な住処が出来ている。ここがマギーホアの城……とでも呼べる場所になる。普段は侵入さえ許されない場所だが、マギーホアが案内してくれている為、今回は入れる。

 

 許可が無くても入ろうと思っていたが。

 

「貴様の知っての通り、ドラゴンから近年、雌が生まれなくなった。凡そ8年前……ククルククルが死亡後の出来事だ」

 

 もうそんな時から争いの火種を仕込んでいたのか、と神々の仕事の速さには呆れるしかなかった。

 

「その中で、一頭だけ異形とも呼べる、しかし美しい姿で生まれた同族がいた。彼女だけは雌のドラゴンを生む事が出来た。それ故に私は彼女を《王冠》と呼んでいる。このドラゴンの存続の希望であり、同時に私が保有する最も価値のある宝だ」

 

「年下の超若い子とがっつりしっぽりとかランス君以下ですね、マギーホア様」

 

「……?」

 

 なおドラゴン的に割と早く卵を産める体になるので、若いから……なんて概念はあんまり通じない。ここ、非常に異文化。まぁ、ドラゴンって根本的に畜生だしそら仕方ないわな、という部分もある。

 

 そんな事でマギーホアに連れられ、翔竜山の頂上、マギーホアの住処について行く。

 

 そしてその奥の奥、魔法による結界が張られている空間の中へと進んで行く。絶対に逃がしはしないという意思を感じさせる厳重なロックをマギーホアの先導で越えて行き、その一番奥、おそらくはマギーホアの寝床である積み重ねられた深緑の葉で出来たベッドの上に倒れ込んでいる姿を見た。

 

 頭から角を生やすところはまさしくドラゴンの特徴だ。だが鱗のない白い肌にしなやかな手足、ドラゴンという生物と比べてあまりにも華奢で細く、小さい。ドラゴンからすればドラゴンの特徴を持つ異形の存在として見えるだろうが、知識のある自分には解る。これが次世代型メインプレイヤー、つまりは【第三世代メインプレイヤー・人間】のデザインを一早く取り入れた存在である事を。

 

 恐らくは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだと思う。

 

 となるとルドフラッシュによってドラゴンは滅びるのではなく、エンジェルナイトによるドラゴン狩りで滅びる、という事なのだろうか? まぁ、何にしろ、魔人級の実力を持つエンジェルナイトが数千、数万という数で数百年間襲い続けて来るのだ、その地獄からは自分程度では抜け出しようもない。ルドフラッシュによって死んだほうがまだ楽だったかもしれないなぁ、と思いながらマギーホアの《王冠》を見た。

 

「彼女が私の最大の宝であり、《王冠》のカミーラだ」

 

「……」

 

 ベッドに倒れ込むカミーラは憂鬱そうで、しかし絶望の色を表情に見せた状態でマギーホアを見てから、此方へと視線を向けた。今のカミーラはただの繁殖の道具だ。そこにカミーラの自由意思なんて欠片も存在していない。当然、王としてはマギーホアが正しい。個人の事情や心情を考慮した結果、国が滅べばそれはただの愚王なのだから。

 

 とはいえ、家畜の様にただただ、繁殖させられるカミーラの存在には同情しかない。彼女もまた、間違いなく神々が生み出したシステムや争いの火種としての犠牲者なのだろう。

 

 カミーラの無言のまま、見上げる絶望的な視線を見て、それからマギーホアへと視線を向ける。

 

「マギーホア様、マギーホア様、ちょっとかかか、カミーラちゃんと二人きりで話してもいいですか」

 

「……貴様なら傷つける事もないか。良いぞ」

 

「じゃあしばらく二人きりにして貰うお礼としてこれでしばらく遊んでてください」

 

 マギーホアの手にハイパー兵器を握らせる。受け取ったマギーホアが物凄く微妙な表情を浮かべ、ハイパー兵器を軽く振ってみながら、振り返り去って行く。

 

「これでどうやって遊ぶのだ……」

 

 俺も是非知りたいからマギーホアも新しい遊びを開発して欲しい。現在ハンティと念力っぽい魔法の開発を進めているので、ハイパー兵器ファンネル化計画もある。そうすればもっと遊ぶバリエーションが増えるんじゃないかなぁ、とは思っている。ただ、そろそろ神様に怒られそうな気配もあるので悩みどころだった。三超神クラスとなると感情が存在しないが、七級神とかのレベル神クラスになると連中、普通に感情とかがあるので、怒って殴り込んでくる可能性があるのだ。

 

 まぁ、そういうエンディングはそういうエンディングで悪くなさそうだが。

 

 ともあれ、マギーホアが去ったのを見てから、カミーラへと視線を向け直し、近づく。

 

「やぁ、かかか、カミーラちゃん。マギーホアの繁殖奴隷としての生活は快適かな?」

 

「……」

 

 絶望に表情を曇らせたカミーラは、此方が軽い言葉のジャブを打ち込んでもまるで反応しない。まぁ、明らかにマギーホアのチンコが入るサイズの体してないもんね、カミーラ。人型、人間サイズなのに毎晩毎晩マギーホアのセックスペットさせられてちゃあそりゃあ心も壊れるか、と様子を見て納得する。

 

 だから反応を示さないカミーラに言葉を贈る。

 

「絶望しているカミーラちゃんに朗報だ―――数年内に魔王アベルが君を攫いに来るぞ」

 

「……っ」

 

 その言葉にピクリ、とカミーラが反応する。お、いいぞ、いいぞ、希望が目の端に見える。もしかしてここから抜け出せるのかもしれないという想いがカミーラの目の中には見える。このどうしようもない繁殖の為だけに生き続ける日常から抜け出せる事を望んでいるのが解る。

 

「魔王アベルには根性がない。あいつはマギーホアに勝てない。だからお前を攫いに来て、そして言う事を聞かせる為に魔人にするぞ―――そうすれば今度はアベルの夜のペットだ」

 

「あっ……あぁ……」

 

「だけど魔人になればもう孕めない。どれだけ犯されようとも孕む様な事がなくなる。解るか? お前が魔人になれば、もう、ドラゴンからは雌が生まれてこないんだ。ドラゴンという種族から未来が消える」

 

「……」

 

 カミーラの瞳に迷いが生まれる。それを見て楽しく嗤う。そう、どうせ滅ぶんだ。それが未来の出来事なんだ。神様もドラゴンのハイスペックさには呆れているんだ。そして次世代のメインプレイヤーもおそらくは創造が始まっているのだろう。だとしたら少しでも一緒に破滅する奴を増やしてもいいだろう?

 

 一人で破滅するのは寂しいもん。

 

「無論、君はこれをマギーホアに伝えてもいい。アベルの糞雑魚チキン魔王が攫いに来ると。俺からそれをマギーホアに伝えてもいいぞ。そうすればドラゴンは安泰だ。お前が繁殖奴隷として毎晩マギーホアに犯される夜が続くだけだ。チンコのサイズ合ってないから辛そうだけど俺には関係のない事だしなぁ?」

 

 それも選択肢の一つだ。だけど、

 

「これを黙って、攫われる日まで準備するのも良い。そうすれば君はドラゴンを破滅させた大戦犯になる。だけど仕方がないよな? マギーホアがずっと酷い事をしてるんだからな。王様の責任だからドラゴン全体の責任になるよな?」

 

「―――」

 

 言葉と共にカミーラの瞳に憎悪と殺意、そして希望が沸き上がるのが見えた。そうそう、その方が魅力的だと思う。折角、派手に暴れても良い、破滅するだけの未来が待っているのだ。

 

 だったら馬鹿になって一緒に踊らなければ損じゃないか。

 

 性転換も間に合いそうにないし。

 

 だったら一人でも多く、破滅させてみたいじゃないか。思いつきだけど。マギーホアのあの高貴で、そしてドラゴンという種の事を想って頑張っている姿、

 

 最高のタイミングで破滅させてみたくはないか?

 

「貴女は―――」

 

 と、カミーラが初めて、言葉を発した。彼女へと視線を向け、

 

「―――まるで悪魔ね」

 

「誉め言葉として受け取っておくよ」

 

 カミーラの言葉に笑みを浮かべ、笑い声を零す。あぁ、ドラゴンの破滅が見えてきた。後数年だ、後数年で破滅が始まる。魔王アベルの暴挙からラストウォー、魔軍の壊滅から統一国家トロンの樹立。

 

 そして始まるドラゴンの終焉。

 

 段々と滅ぶその瞬間が、愉しみになってきた。




 カミーラさん無気力時代を誑かす悪魔の図。

 破滅を前に、それを知って、それを前提に動ける狂人程恐ろしい物はない。神様的にはポップコーン片手にいいぞぉ! とガッツポーズするような案件なんだけどね。ほんと救いがねぇなこの世界!


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11年

 AV歴11年。

 

 魔王アベルがカミーラを攫う。どうやらカミーラは運命の流れに乗る事にした様だった。これによって歴史は《ランス》と呼ばれる物語と同じ方向性へと進んで行く。もはやその運命の流れを変える事は出来ないだろう。始まってしまったのだ、

 

 【ラストウォー】が。

 

 この時期になると完全にドラゴンの雌が生まれなくなり、謎の奇病でドラゴン・カラー以外の雌ドラゴンも多くが死亡する。ドラゴン・カラーに生殖を求めるも、既に必要な悪魔や天使が揃っている為、ドラゴン・カラーが生まれてくる事さえもない。つまり、新しいドラゴンを産む事が出来るのは全ドラゴン中、カミーラだけになった。そしてそれを保有するマギーホアは正しく、ドラゴンの王となっていた。

 

 カミーラは王冠。欲しければ決闘にて我を討ち取れ。さすれば卿が王である。

 

 マギーホアはそう宣言し、100を超えるドラゴンの挑戦を受けて勝利した。そこには卑怯な行いも、逃げ隠れも存在しなかった。マギーホアはドラゴンの勇者として、そしてドラゴンの王として正しく君臨したのだ。その上でドラゴンを上手く統治している。邪魔が入らなければそのまま、この大陸を統一しただろう。

 

 だがそれに水を差したのが魔王アベルだった。

 

 ククルククルに()()()()トドメを刺したアベルはその返り血を浴びて魔王となり、そして通常のドラゴンを遥かに超える力を手に入れた。だが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()強さだったのだ。そう表現すればマギーホアがドラゴンという種族の中であってもどれだけ絶対的な存在なのかが良く解るだろう。そしてアベルはカミーラを欲した。つまりドラゴンの王冠を欲したのだ。

 

 自分がドラゴンの王として成る為に。カミーラを犯す為に。

 

 だけどマギーホアには勝てない。ならばどうする? その問題をアベルは王冠を盗み、攫う事で解決した。そう、アベルはマギーホアと戦う事を回避したのだ。自分ではあの竜王に勝利する事が出来ないと判断したのだ。そして実際、それは事実だった。アベルはカミーラに言う事を聞かせる為にカミーラを魔人化させ、その影響でカミーラは孕めなくなった。

 

 そして当然の如くその事実にマギーホアはキレた。

 

 そして大半のドラゴンもキレた。

 

 アベルもキレた。

 

 お前ら馬鹿じゃねーのとしか言葉が出ない。全員、面白い様に神が用意した悲劇のレールの上をムーンウォークで疾走していた。どこへと向かっているのか見えずに全力疾走しているのだから、これほど笑えるものもなかった。そして当然、そうやってカミーラを攫われたのであれば、それを取り返す為にマギーホアが動き出す。それを迎え撃つ為にこの10年近く、アベルが備え、育て上げた軍―――つまりは魔軍が動き出す。

 

 カミーラを取り戻そうとするマギーホア筆頭のドラゴン達。

 

 カミーラを防衛し、そしてマギーホアを殺す事で成り代わろうとするアベルを筆頭とした魔軍。

 

 この大陸に存在する二大勢力による戦争、【ラストウォー】が漸く始まったのだ。待ち望んだ悲劇の瞬間は近づいていた。もはやラストウォーが開始された時点でドラゴンの滅びのタイマーは始動してしまった。その事実に誰も気づいていない。誰も気付けない。まさかこの世界が苦痛を生み出す為だけに創生されたのだと、そんな余りにも邪悪すぎる現実を誰もが想像できないから。

 

 故に悲劇のトリガーは引かれてしまった。

 

 

 

 

 そしてそれを堪能できる最前に自分は居た。ククルククルの時は余りにも戦力不足であったため、どうしようもなかったが、魔軍、ドラゴン同士の戦いであればまだ多少活躍する場所もあった。この先、やりたい事を考えるとなるべく経験値を稼ぎたいというのも事実だった。ハニー等のモンスター相手では経験値が足りなさ過ぎる為、魔軍との衝突は絶好の経験値稼ぎの時間だった。

 

「ドラゴンの勇士達よ! 卑怯にも我らの王冠を攫った盗人アベルを許すなッ! 誇り高きドラゴンの姿を卑しき魔軍に見せつけろ!!」

 

 先導するマギーホアの言葉のドラゴンの咆哮が大空を満たす。正面には大地と空を埋め尽くすアベルの魔軍の姿が見える。だがその姿に対して恐怖を感じるドラゴンは一頭として存在しなかった。彼らは偉大なる王であるマギーホアに率いられる限り、敗北する事はないと確信していたからだ。そして同時に魔軍も、魔王の力によって強化された自分たちに敗北なんてありえないと確信し、ドラゴンの連なる咆哮に対して恐れる事もなく、立ち向かう。

 

 それがラストウォーの愚かな景色だった。

 

 破滅が待っていると誰も解らず、仮初の勝利と栄光を目指している。こいつら全員、楽しそうにしているけど将来的には諸とも粛清されるんだぜ? と思うと余りの未来の無さに笑えてくる。とはいえ、戦争は戦争だ。

 

 殺戮も楽しまなくてはドラゴンではない。

 

「ひゃっほぉ―――ぅ!」

 

 マギーホアの号令に合わせて飛び出し、空から大地へと向けて自由落下する様にダイブする。落下している間に魔法を発動させ、

 

「《加算衝撃》! 《高速飛翔》!」

 

 自分に支援魔法をばら撒いて大地に着地する。クレーターを生み出しながら正面に魔軍の姿を捉えて、そのまま、彼らが《ホルス》と呼ばれる宇宙人製の装備である程度武装されているのを確認する。おそらくは魔人メガラスから技術が流れたのかもしれないのだが、まぁ、どうでもいい事だ。

 

「がおー」

 

 可愛らしく吠えながらそのまま、支援魔法によって強化されたドラゴンの肉体で魔軍の先頭に衝突した。肉体が一瞬で音速を超えて、超質量と硬度を誇るドラゴンの肉体が、そのままただの鈍器として発揮される。交通事故によって魔軍を構成しているモンスターがミンチを超えて塵になって消し飛び、経験値ゲット、と心の中で呟きつつ、そのまま魔軍の中を加速した肉体で飛び込み、突き抜けて行く。

 

 大地を四足で走って駆け抜ければそれだけ魔軍の陣形に穴と線が生まれていく。敵が塵くずの様に散って吹き飛んでいくのだから楽しい。どれだけ雑魚を強化しようが、それがドラゴンという種族の暴力に届く事はないという現実でもあった。

 

「はいはい、《見える見える》」

 

 ぺかー、と光が走る。光るだけである。だがそれで態勢を整え直そうとする魔軍のモンスターたちの目が眩み、そして動きが一瞬停止する。その瞬間に他のドラゴン達がブレスやら突進で同じように魔軍を消し飛ばして戦線を確保する。これでアシスト点だな! と胸を張ると、近くにいるドラゴンが此方を見た。

 

「お前……チンコを狩るだけじゃないんだな」

 

「俺の必殺技はチンコが狩られたという結果だけを残すぞ。喰らいたいか」

 

「許して……許してください……!」

 

 無論、そんなものはない。因果逆行なんて神の領域の行いだから当然だ。逆に言えば神様なら因果逆行によるチンコ狩りも出来るという事である。そう考えると神様って実は凄いのでは……? と、錯乱しそうになる。でもあいつら基本的に生物を運営しつつ不幸にするためにしか力を振るわないから考えるだけ無駄だ、無駄。

 

 がっはっはっはっは、と笑う。

 

 楽しい、実に楽しい。戦うとドラゴンとしての闘争本能が満たされて行くのが解る。もっと血肉を、そして悲鳴を求めようと、敵を求める本能が沸き上がってくる。もっと殺したい、もっと強い奴と戦いたい。ドラゴンとして長い間封じ込められていた本能が沸き上がり、闘志と共に魔力が漲ってくるのが解る。

 

 あぁ、もっと手を抜いてだらだらと経験値を奪う程度の戦い方でいいのに、ドラゴンの本能が目覚めてしまっている。全身に力が漲る。気が昂ってしょうがない。

 

 殺したい。戦いたい。心行くまでの闘争が欲しい。

 

 狂気の檻に封じ込めていた本能が目覚めるおかげで、力が沸き上がってしょうがない。今まで道化を演じていたのに、本気になりそうだった。

 

「―――ほう、カラー程度かと思ったがどうやら見どころがあるようだな」

 

「あぁ?」

 

 聞き覚えのない声に振り向けば、横に空を飛ぶことのできない、地竜が並ぶのが見えた。どうやら自分よりも歳を食っている気配があるらしく、どことなく老成しているものを感じる。地竜は此方へと視線を向けるまでもなく、言葉を続ける。

 

「カラー共は怠惰だ。ドラゴンとしての本能を感じ切れていない。連中はドラゴンとしては欠陥品だ。だが貴様はどうだ。感じるのだろう? 闘争本能を。血の昂りを。血肉をまき散らす闘争を求めるその本能を感じるのだろう? 空を見よ、王が戦いを始めたぞ」

 

 言葉通り空を見上げれば、マギーホアが黒いドラゴンと―――魔王アベルとの戦いを他に、魔人化されたドラゴンを引き連れながら繰り広げるのが見えた。超高速でぶつかり合うルビー色と黒い閃光が大空を縦横無尽に駆け抜けながら衝突し合う。武力の頂点とも呼べる戦いが大空では繰り広げられている。アレに混ざるのは無理だと理解してしまうもの、どことなく、男としての魂が羨ましさを感じる。

 

「アレに感じ入るものがあるのであれば、貴様も戦場に立つだけの資格がある―――さあ、来るぞ」

 

 言葉と共に、魔軍の奥から何かが飛翔するのが見えた。

 

 白い残像を残しながら戦場を駆け抜けた姿は、数秒後に通り抜けた後の、最前線に立つドラゴンを必殺した。生物として最上位のスペックを誇る筈のドラゴン、それがまるで紙の様に千切れて死亡したのだ。しかもそれは通り過ぎた後の景色。殺してから死が追いつくまでに時間が必要とするほどの超高速、《ハイスピード》で動く残像が押される地上の魔軍を進める為に出現した。

 

 昆虫を人型にした様な姿に白色の肉体。

 

 それは歴史に刻まれた魔人の一人だった。

 

 最速の魔人、メガラス。異星人ホルスを魔人化させた存在であった。その速度、生物が到達しうる限界を超越したものを持ち、魔人だけではなく全生物を通して最速と言われるだけの速度を持っている存在であった。

 

 経験値を求めるだけであれば、別に、叩く必要はない。魔人化したドラゴンを狙えばそれでも十分美味しい思いが出来る。だがドラゴンとしての血肉は、メガラスとの戦いを求めていた。アレと戦え、そして闘争本能を満たせ、と今まで封じ込めていた強敵との戦いを前に、全力で訴えかけていた。

 

 肉体は雌になれども、まだまだ、魂は熱く燃える男だったらしい。

 

「くくく……そうか、昂るか。ならば言葉はもう必要ないな―――!」

 

 笑い声と咆哮を響かせながら地竜がメガラスへと突撃する。通常のドラゴンを超える巨体と硬度で、メガラスに相対する予定なのだろう。放っておいても良いのだが、いいのだが―――やはり、一時的な、刹那の熱狂に身を任せるのが恐らく、

 

 今は一番楽しい。

 

 どうせ滅ぶのだから、なるべく楽しまなければ損だ。

 

 だから地竜に続き、口を開きながら大きく跳躍し、大地を粉砕し、巻き上げながら言葉を放った。

 

「《粘着地面》!」

 

 メガラスの姿が残像となって消え、それが地竜に衝突した。その衝撃が空気を震わせながら、地竜の巨体を後ろへと押し飛ばした。その瞬間を狙って《粘着地面》が張られた砕けた大地を、尻尾の薙ぎ払いでメガラスの方面へと向かって散弾の様に叩き出した。広げられた《粘着地面》がネットの様にメガラスを捉える為に広がり、襲い掛かる。

 

 だがそれをメガラスが《ハイスピード》で大きく迂回し、回避する。同時に放たれる複数のブレスが地表と魔軍を焼くも、メガラスには掠り傷さえ生まれないどころか影を捉える事さえも出来ない。

 

「《ジャクタイン》! がっはっはっは! まだまだ妨害魔法のバリエーションはあるぞ! と、見せかけて《白色破壊光線》―――!」

 

 存在指定の必中魔法でメガラスの力を削ぎつつ、《白色破壊光線》を放つ。必中である魔法を前にはメガラスがどれだけ速かろうが関係ない。白い閃光がメガラスに届こうとして―――再び、《ハイスピード》で残像さえも消し去った。その後を《白色破壊光線》が追いかける。

 

 だが《ハイスピード》による超加速を前に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というありえない現象が発生していた。嘘だろお前、とメガラスの姿を見失った一瞬、

 

 目の前に、メガラスの白い姿がドアップで見えた。

 

「Oh……」

 

 言葉を続けられるよりも早く、メガラスの一撃が顔面に叩き込まれ、音速を超過する速度を乗せた一撃が体を持ち上げて吹き飛ばした。生まれて初めて感じる、ドラゴンの耐久力を超えるダメージに肉体が痛みを訴え、戦場の大地をバウンドしながら転がされる。それでも《ジャクタイン》の影響で即死は免れていた。

 

 大地に転がったまま、残像を残さず戦場を縦横無尽に駆け巡りながらドラゴンを虐殺し始めるメガラスの姿を見た。

 

「《無敵結界》なしであれなのかー……」

 

 そりゃあ人類も辛いわな、と将来の事を思い出し、考える事を止め、起き上がりながら咆哮を空に、他のドラゴン達の様に響かせながら起き上がった。非常に不本意だが、

 

 ありえない程に楽しい。殺し、殺されそうになるこの刹那の感覚が、ドラゴンとして生まれてきた本能の全てを満たすような感覚で、脳内麻薬がどばどば分泌されているのが解る。ラストウォー勃発にドラゴンの破滅を見たが、

 

 この果てに破滅するのであれば本望じゃないのか?

 

 そう思いながら戦場に戻って行く。

 

 これから45年間、魔軍とドラゴンの戦いは続く。

 

 そしてその果てにラストウォーは終結する。

 

 それが、ドラゴン終焉の時代となる。




 ラストウォー。ドラゴン最後の戦争だからラストウォー。ドラゴンは強すぎた。

 割とAV歴はサクサク進めて行く予定なので、ラストウォーもこれで終わりかなぁ、って感じで。次回は59年まで飛ぶかな? って。

 それにしてもメガラス様の事どうにかならなかったのか、ランス10は。メガラス様、その、もうちょっと活躍してくれたっていいじゃない……。


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59年

 AV歴56年にラストウォー終結。これがドラゴンという種が行う最後の戦争になった。魔王ククルククルという存在とドラゴンが繰り広げた数千年の戦いと比べれば、余りにも短い時間だっただろう。だがその事実をアベルに責める事は出来ない。魔軍も強かった。アベルも強かった。ただ単純に、それを超える程にマギーホアとドラゴン達が強過ぎたというだけの事実であった。

 

 そも、魔王が生み出せる魔人の数は24が上限になる。これは魔王が分け与えられる血故の制限だ。それによって生物は大幅に強化される。問題はそもそものドラゴンが規格外すぎるという事だった。あまりにも強すぎる。それこそ魔人化した者達とある程度戦えるレベルに。そう、ドラゴンは強すぎた。全ての悲劇を説明するならばうん、それが答えだ。強すぎた故にそれを成し遂げてしまったのだ。

 

 45年間の戦争を経て、魔王アベルは打ち倒され、そして翔竜山の中に監禁された。全身を杭で貫きながら魔法によって弱体化させ、そして縛り付ける。完全なる魔王対策だった。殺害する事で魔王が継承されるのであれば、殺さないように封印し続ければ良い。それだけのシンプルな理論で魔王アベルはラストウォーで敗北後、それからずっと行動を封じ込められた。もはや二度と彼が外の世界にでる事はないだろう。

 

 そして魔人化されたカミーラは魔人のまま、子供を孕めない。その絶望的な事実にドラゴンは直面する。しかし、

 

 AV歴60年、

 

 残存する魔軍の殲滅が完了した。ケーちゃんやメガラス等、一部の魔人を除き、魔軍という魔王の権力、力の象徴は粉砕され、もはや抵抗勢力は残されていなかった。魔王を助けに来るような忠誠心を持つ存在もいない。4年という時をかけてAV歴60年に魔軍は滅び去った。

 

 これによって、外敵が消え去った。大陸にはまだモンスター等が存在しているが、もはやドラゴンの脅威となる者は残されていない。即ちククルククルの死から60年、ついにドラゴンはこの大陸の覇権を完全に手にし、そしてマギーホアという偉大なる指導者の下で統一される事となった。

 

 大陸統一国家トロンの誕生だった。

 

 

 

 

「―――姉さん、前にも増して魔法の勉強に打ち込む様になったね」

 

「ん? あぁ……そうだな……」

 

 ハンティに話しかけられながらも、カラーの森の一角で魔法の練習を行っていた。この40と少しの戦争の間で、魔法技術はある程度発展させたことが出来た。未来の様なバリエーション豊かという訳ではないが、ピンポイントで欲しい魔法だけを考え、相談し、そしてそれを構築していた。そして今も自分に必要な魔法を練習し、そして修正していた。戦時中に自分の魔法の適性とも呼べるもの、それを漸く色々と試しながら理解してきた部分もあるので、それに関わる魔法を研究してもいた。

 

 魔法を使えるようになるだけではなく、その効率化などを考えると成程、数千年は軽く消費できるほどの奥深さがあるのも納得できる。だから集中力を高めて、そして真面目に魔法開発と研究に勤めていた。少なくともLv2ではちゃんと研究などを行わないと、新たな魔法を生み出すような事は出来ない。そこら辺、感覚的に生み出してしまえるのがLv3の特権だ。

 

「でも魔軍との戦争終わったし、真面目に攻撃魔法を研究する必要はないんじゃないの? というか前よりも真面目に取り組んでるけど」

 

「んー? うん、まぁ、そうだな……」

 

 ハンティの言葉に生返事を返しつつ、必殺技を放ってみる。片足で大地を勢いよく踏みつけ、ドラゴンと魔力、その両方を加減する様に解き放つ。大地がひび割れ、そしてその隙間から光が溢れ出すのが見えた所で自分から放つ力を抑え込み、停止させる。ラストウォーでレベルが大幅に上がった影響で、《必殺技》が使える様になっていた。

 

 これもまた、ルドラサウム大陸、この次元の【システム】とも呼べるものだった。

 

 基本的に技能がLv2あり、その上で十分なレベルを保有しているのであれば、その者は《必殺技》を保有する事が出来るのだ。これはある日突然閃いたり、或いは編み出したりするものであり、この世界のシステム的な部分に該当する。無論、普通の攻撃よりも遥かに強い、まるでゲームの様な能力だ。

 

 まぁ、ここがルドラサウムの遊び場だと考えれば妥当ではある。

 

 それはともあれ、これでドラゴンと魔法の技能を組み合わせた必殺技が確認できたので、これで自分が《ドラゴンLv2》と《魔法Lv2》の技能を保有している事が確認できた。これ、戦力としてはかなり優秀な方だ。なにせ、カミーラも同じように《ドラゴンLv2》を保有しているのだから、ドラゴンとしての格は彼女と同格である事を示しているのだ。とりあえずそのおかげで必殺技を獲得、その上で何を軸に戦えばいいのか、というのが解ってくる。

 

「そい」

 

 指をパチン、と弾けば木が半ばから歪み、折れて弾けた。無詠唱でも初級程度なら問題なく使えそうだった。悪くはない。Lv2でも天才と呼ばれる領域なのだから不満は欠片もないのだが。とはいえ、この程度の威力だったらドラゴンの魔法抵抗値によってレジストされてしまうだろう。ハニーにも通じる程を目指す訳じゃないが、それでもドラゴンの鱗を通すぐらいの破壊力は欲しい……となると魔力の消費を増やすしかない。中級魔法クラスとなると、流石にワンアクション挟む必要になってくる。

 

「姉さん、戦争終わってから大人しくなったよね」

 

「……んー……そうか?」

 

「少し前まで雄の逸物を狙っていたのが嘘みたいだって言われるぐらいには……いや、私も今の方が良いと思うけどさ」

 

「そうか?」

 

「うん、今の姉さんの方が落ち着きがあって、雄達もこれなら……って話をしてるよ」

 

「そーか」

 

 まぁ、欠片も嬉しくはないのだが。雌としてとらえられても、魂がまだ男のままだ。数百年という時を経ても、そこにはまるで成長の兆しがなかった。苦しめる為にその時間を凍結されたような、そんな感じだった。だからほとんど、同性に性的に見られている様な感覚だった。そこには当然、興奮や羞恥なんて物はない。

 

 あるのは気持ち悪さとストレスだけだ。良くエロゲームや同人誌で興奮するとか、触っただけで気持ちよくなるとかあるけど、あんなのファンタジーだという事を雌になって、よく理解した。ただひたすらに気持ち悪い。まぁ、大体のドラゴンからは恐れられているから、悪評もそこまでは悪くないと思える。

 

「というか姉さん、なんか……焦ってるように見えるけど、大丈夫?」

 

「……」

 

 ハンティ・カラーのその言葉に魔法を構築していた動きを止め、森の大地に座り込みながらさて、と片手で頬を掻く。

 

「ハンティ」

 

「なに?」

 

「絶対的な破滅を前にし、それから絶対に逃げられないと解ったらお前はどうする?」

 

 ハンティへと向き直り、真っ直ぐと黒竜の瞳を捉えながら言葉を放った。ハンティは一瞬、軽口で応えようとして、しかし、此方の視線を見て、その言葉を噤んだ。そして考える様に首をかしげてから頭を横に振る。

 

「たぶん……抗おうとする」

 

「そうか」

 

 ハンティのその言葉に小さく笑みを零し、頷いた。

 

「ハンティ、君はそれでいい。そのままの君でいい。どんな絶望にでも戦って、立ち向かう心を忘れないで欲しい。男の魂に雌の体で生まれてしまった俺には、それが何よりも欠如していた……いいや、違うな……」

 

 頭を横に振り、そして俯いた。違うな、そんなもんじゃない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()だけなんだ。君たちはドラゴンとして生まれて来る事が出来た。だけど違う。俺の魂は、心は違った。本能はドラゴンのそれでも、俺の魂が違う。器と魂が究極的にミスマッチしているんだ。俺はそんな強い心を、真実を受け止めるだけの強さが持てなかった」

 

「ウル姉さん……?」

 

 そう、あまりにも絶望的だったのだ。真実を忘れる事が出来ればどれだけ幸せだっただろうか。全てを忘れてドラゴンという種の栄光を信じる事が出来れば、どれだけ幸せだったのだろうか……。なぜ、俺はこんな余計な知識を持ってまで生まれてしまったのだろうか。恐ろしい。ただひたすらに、生きているという事が、その事実そのものが恐ろしい。

 

 心の中はずっと絶望している。生まれて事実を理解してしまった瞬間から絶望している。馬鹿のフリをして、狂人のフリをしなければ、とてもじゃないが自殺してしまいそうだった。だが自殺すればそれはそれでルドラサウムの一部になるだけだ。希望なんてありはしない。死んでもまた新たな形として生まれ変わり、絶望を提供する為の人形となるのだ。だから自殺なんて出来なかった。

 

 だから狂気を演じた。

 

 だから気狂いを演じた。

 

 だから魔法になるべく熱中した。

 

 闘争本能に任せて戦争の中で暴れた。

 

 そうでもなければ絶望しているという事実を思い出しそうになるから。絶望という感情が再び湧き上がってくるから。だから忘れたかった。忘れられもしないのに。俺は弱い。どれだけ肉体を、レベルを、魔法を、技能を鍛えても、

 

 それで心を守る事は出来ない。

 

「ハンティ、君はいい子だ。本当に可愛い子で、そして遠い将来、間違いなく幸せになるって約束できる。君はそのままでいい、そのままでいいんだ……」

 

「姉さん! 姉さん! どうした! 何時ものキチガイ染みた言動はどうしたんだよ!」

 

「……」

 

 もう、駄目なのだ。手遅れなのだ。トロンが建国されてしまったのだ。既に破滅のカウントダウンは始まっている。猶予は1年。それでルドラサウムが平和になってしまったこの世界に飽きてしまう。それが終わりの合図だ。ドラゴン・カラーはハンティを除いて全て始末される。それには自分も含まれる。そしてドラゴンそのものもエンジェルナイトによる大粛清で100以下にまで数を減らすだろう。

 

「ハンティ、来年だ。来年までに一人で生きていく為の準備を備えるんだ。俺からはもう、それしか君に伝える事は出来ない」

 

「姉さん!」

 

 本当ならこの絶望感をぶちまけたい。この胸を満たすどす黒い気持ちを共有したい。来年、何があるのかを教えたい。だけどこれを共有する相手は、最初から一人だけだと決めている。ハンティに弱音を吐いてしまったのは自分の弱さだ。最後まで墓場へと持って行けなかった、仮初の狂気ゆえの弱さだった。だけどもう、付き合ってはいられない。

 

 一緒に居るだけ、俺の方が辛い。

 

 だから立ち上がり、大地を蹴り、運命の日まではトロンを、カラーの森を離れる事にした。魔法の勉強なんて道具もないのだからこの時代は、どこに行っても出来る。さよならの言葉も残さず、翼を広げて《高速飛翔》を唱え、そのまま逃亡する様に出て行く。

 

 これから一年間、そして一年後、自分がやる事はもう既に決めていた。だからそれまでにまた、自分の頭を狂わせないと駄目だ。もっと馬鹿にしないと駄目だ。その時までは狂気の檻に自分を閉じ込めないと駄目だ。ルドラサウムも、世界のシステムも、全部馬鹿になって忘れろ。

 

 そして自分を鍛え上げろ。

 

 一年後、マギーホアに決闘を挑む為に。




 次回、AV歴60年。ちょい短め。

 という訳でいよいよAV歴のクライマックス、vsマギーホアだって事で。いやぁ……第三世代プレイヤーの出番までもうすぐだと思うとワクワクするね?


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60年

 ―――AV歴60年。

 

 トロン建国から丁度1年が経過した。ちゃんと身嗜みを整えて、鱗を磨いて、角を磨いて、爪のケアを行って、それでみんなの前に出ても恥ずかしくない姿をしているのを確認した。そうやって自分の姿が恥ずかしくないのを確認してから―――建国から丁度1年が経過した日、

 

 再び、翔竜山に戻ってきた。

 

 翔竜山の中腹にある、広大な決闘用の広場―――マギーホアが挑戦者を迎え撃つ為の場所に一人で降り立ちながら、四足で身を立たせた。無論、誰にもこの訪問の事は話していない。だから誰もいない。それは当然の事だ。故にここに降り立ち、記念すべき1年目の日に、

 

 空へと向かって全力の咆哮を放った。空間を、空を震動させる咆哮に大気が目に見える形で震え上がり、そして大地が僅かに崩れた。本気のドラゴンクライだった。おそらくは生まれて初めての、本気で狂気を全て捨て去った上での咆哮だった。そしてそれは同時に挑発だった。ドラゴンにしかわからない、挑発の咆哮でもあった。

 

 こないなら勝手にチャンピオンを名乗らせて貰うぞ、と。そういう挑発だ。

 

 それに惹かれる様にドラゴン達が集まり出す。

 

「おい、あれウル・カラーだぞ」

 

「カラーの癖に戦争で暴れたって……」

 

「少し前までは気狂いなだけだったんだがな……」

 

「俺は嫌いじゃないぞ、アイツ」

 

「戻ってきたのかアイツ……」

 

 ドラゴン達が決闘場の付近をホバーする様に囲み、声を零す。その内何割かは尻尾を股の間に挟んでチンコを隠しているのが解る。お前ら、そんなに俺の事が恐ろしいのか……? まぁ、結構な有名人になってしまったなぁ、とは思わなくもない。まぁ、それでも後世にまで生きる、キャンテルやノス、ハンティの記憶に少し頭のおかしなドラゴンとして残るだけだ。それ以上は何も残らない。残らなくても良い。ただ、ハイパー兵器は祭壇を作って飾ってきた。奴は是非とも後世に残すべきだと思って。何時か、第三世代プレイヤーが祭壇を発見した時、余りにも神々しいハイパー兵器が祭られているのを見て、発狂するだろう。その光景を見られない事だけが心残りだ。

 

 ……いや、ここでマギーホアを殺す事が出来れば、ドラゴンは存続できる。心配する必要もないだろう。100パーセント無理だろうとは思っているが。

 

 そう思っていると、ルビー色の影が空から降りて来るのが見えた。威風堂々と、隠れる訳でもなく、王者の風格を漂わせるルビードラゴンのマギーホアがゆっくりと翼を広げながら降下し、そして正面に降り立った。

 

 その体は大きい。ドラゴンの王を務めるだけあって、全ドラゴン最強の存在である。赤い肉体は美しく、そして此方の体躯の倍近い差がある。その上でククルククルとの戦いを数千年間務め、《ドラゴンLv3》という技能、経験、その上でドラゴンの王であるという自覚によって成り立つその強靭な精神はまさに王の中の王という言葉に相応しい。色々と準備してきたものの、うん、と心の中で頷く。

 

 勝てねーわこれ。

 

 それでも全力を尽くすが。

 

 降り立ったマギーホアは問題児を見る様な視線を此方へと向けて来た。しかしそこにはどこか、楽しそうな物が見える。

 

「また貴様かウル・カラー。相変わらず貴様は出て来る度に問題と笑いを巻き起こしてくれるな」

 

 実際、マギーホアは楽しそうに苦笑していた。トロンが建国され、この大陸は統一されて平和になった。もはや娯楽や鍛錬以外でドラゴンが争う必要はなくなった中、ちょっとしたトラブルは娯楽の元なのだろう。マギーホアは挑まれながらも、楽しそうにしていた。余裕のある王様、実に素敵だ。だがそれがドラゴンを破滅させる。

 

「いやぁ、お久しぶりですマギーホア様。実はここ1年、国の外で修行していまして、その成果にマギーホア様を超えていこうかと思いましてね?」

 

「くっくっくっく、相変わらず突飛な発想を出してくれる娘だ。で、今回はどういう理由なのだ?」

 

「無論チンコです」

 

「やっぱりか」

 

 うん、と頷くと、浮かんでいるドラゴン達も腕を組み、まぁ、そうだよなぁ、と納得しながら頷く。お前らほんとなんで納得しているの? ともあれ、狂気を井戸から引っ張り上げて、自分の脳味噌にどばどばとぶちまけて行く。

 

「いいですか、マギーホア様。俺はよく考えました」

 

「聞こう」

 

「神様に謁見してハイパー兵器を得るというたくらみ、まさか神々から面会拒否をされたうえで別売りチンコを渡されるとは思いませんでした。そこから方向性をシフトし、魔法研究によって生やしたり性転換を狙いましたが、これでも大体失敗しました」

 

「アナル趣味に目覚めてしまった多数の同胞と共にな」

 

 まことに申し訳ない―――とは特に思っていない。刹那的な竜生なのだから、楽しめる物は楽しんでいた方が良いと思う。それはそれとして、まるで自分の体に興奮出来ないので生まれてからこの方自分は一度も発情もしたことがない、清い体をキープしちゃっているのだが。

 

 ともあれ、

 

「という事でアプローチを変える事にしました」

 

 人差し指をぴきーん、と持ち上げながらジェスチャーすれば、マギーホアがそれは、と聞いてくる。

 

「つまり俺が雄である必要にするのです」

 

「雄である必要……ん? ん?」

 

「そう、俺がマギーホア様を打ち破ってキング・ドラゴンになれば俺が王冠をゲット、繁殖の義務が生まれる! 即ち繁殖できる体にシステムが適応しようとして俺は雄になるか生やせるという事だ……!」

 

「貴様は、一体、何を、言ってるんだ……?」

 

 マギーホアが心の底から理解できない者を見る様な視線で完全にフリーズしていた。そして周りのドラゴン達もフリーズしつつ、大爆笑していた。中には応援してくれる奴もいた。大陸が統一された事で心が豊かになったドラゴン達が笑ったり、眺めるだけの余裕が出てきている。悪い事ではないのだ、それ自体は。

 

 そしてフリーズしていたマギーホアが首を傾げた。

 

「いや……まぁ、うん……正気か……?」

 

「正気ですよ! 俺は! マギーホア様に勝って! ハイパー兵器を! 手に入れるのだ! マギーホア様、貴方には何の罪もない。だが悪いのは貴方のチンコだっ!」

 

「キメ台詞みたいな言われ方をしてもとても困る……」

 

 マジかこいつ、みたいな表情をマギーホアに向けられるも、全身から竜のオーラと魔力を放ちながら殺気立てば、此方が本気である事をマギーホアが察す。その反応に周囲が更に空間を空ける様に離れ、そしてマギーホアの表情が変わった。

 

「……良いだろう。王として決闘を望む者に背を向ける事は許されない。たとえどのような相手であろうと、どのような状況であろうと、それを正面から迎え撃つのがこのマギーホアの王道である!」

 

 ルビードラゴンの咆哮が轟く。自分が放ったものなんかよりも遥か遠くの空へと響く、最強竜の咆哮だ。心臓を止めるかと思われる程の咆哮を堪えながら、真っ直ぐと、戦意を纏ったマギーホアを正面から見据えた。その覇気を受け、観戦に回るドラゴン達が吠える。歓迎する様に、興奮する様に、正々堂々としてドラゴン同士の決闘に燃え上がる様に興奮の声を空に響かせ、決闘場から離れていく。

 

 自分たちが巻き込まれないように。

 

 高まるマギーホアの気配に合わせ、負けじと此方も全力で力を放つ。思考を極限までクリアに保つ為に、才能というシステムを全力で運用する為に一時的に狂気を遮断し、正気とクリアな思考でマギーホアを捉える。放つ力を全て圧縮させて自分の肉体から漏れないように滾らせつつ、マギーホアを見た。一滴も力を零さないように体の内側に抑え込み、

 

「先手は譲ろう」

 

 マギーホアの言葉に迷う事無く左腕を決闘場の大地へと叩きつけた。圧縮された竜の力、魔法、それを才能と理論で結合させ、圧縮させながらその反動で解き放つ。大地を一瞬で亀裂が走り、その中を光が生まれる。先手、それを譲ったマギーホアが言葉の通り、その発動を見てから回避する為に飛び立とうとするが、

 

 その翼は広がった直後に体諸共、大地に叩きつけられた。

 

「これは―――」

 

「《ファルミナス・レイ》」

 

 圧縮、拘束、引力、つまりは()()だ。光と重力のドラゴン。名前は知らないし、興味はない。だがその属性を最大限まで引き出せ、そして象徴するのが自分というドラゴンだった。故にそれを最大限まで発揮できる地上という環境でマギーホアを呼び寄せ、立たせ、そして絶対に回避できない先手を貰った。

 

 大地の亀裂から走る《ドラゴンLv2》と《魔法Lv2》の複合必殺技は、光の斬撃を極限まで重力で圧縮したものを亀裂から放ち続け、それを圧縮し続け、亀裂の上にある存在を刻み続けながら最後に圧縮の全てを解き放つことで解体、粉砕破壊する為の完全抹殺を目的とした必殺技だった。制御を間違えれば圧縮時点で自分が内部から破裂するという必殺技でもあるが、その理論構築を手伝ったのはハンティ(Lv3)である為、不安はない。

 

 先手必殺。

 

 確実に殺す為の必殺技をマギーホアを大地に縫い付けつつ放った。亀裂の上に倒れ込むマギーホアの体を光の斬撃が切り裂き、傷口を焼きながら圧縮し、歪めて細胞を崩していく。かかればその瞬間にはデッドエンドという必殺技、必要なのは相手を確実にハメられる状況と、破壊していい足場と、そして力を練る為の時間。

 

「チンコを寄こせ! マギーホア!!」

 

「その言葉を最後に死ぬ事は出来んな……!」

 

 咆哮を放ちながらマギーホアが体を無理やり立ち上がらせた。まだ必殺技は継続している。既に五秒以上光の中に飲み込んでいる。並みのドラゴンであればこれで即死させる事も出来るだろう。

 

 ただ単純にマギーホアが並み程度ではない、というだけの現実だった。

 

 大地を粉砕する様に四肢に力を籠め、マギーホアが咆哮を放つ。天へと向かって放つブレスをそのまま、振り下ろす様に此方へと目掛けて落としてくる。体を動かせば必殺技が解除される。その瞬間、勝機が消える。

 

 故に上から落とされる様に放たれるブレスを、回避する事無く受けた。

 

「―――姉さん!」

 

 君はこんなところに来なくても良かったのになぁ、と全身をルビードラゴンのブレスに焼かれながら、そのまま、歯を食いしばって耐える。全身を熱とマグマが焼いていき、頑張って磨き上げた鱗がくすんでいく。あぁ、酷い。でも、まぁ、綺麗な姿を覚えられたのならいいかな、と思いつつ、自分の中にあるすべての力を解き放つように、

 

 全てを必殺技に注ぎ込んだ。

 

 決闘場がその圧力に耐えかねて、粉砕され、崩壊する。それに合わさって集められた光が重力によって圧縮される、その限界を超えて破裂しそうになる。だがその前に、一つだけ、放出点を与える。《ファルミナス・レイ》の限界爆破がマギーホアの方へと向けられ、

 

 ルビードラゴンの姿を飲み込んだ。

 

 その背後の山肌を綺麗に消し飛ばし、背後に穴を開け、貫通しながらその向こう側に広がる青空を晒した。地平線の果てまで吐き出された全てのエネルギーは、翔竜山を抜けても尽きず、そのまま世界の果てへと飲まれて消えていく。マギーホアを倒す為に溜め込んだ力、秘策、

 

 その力の全てを吐き出した。

 

 そして、

 

「―――実に、素晴らしい力だ」

 

 焼け焦げながらも、致命傷には届かない傷だけを見せたマギーホアの姿が粉砕された足場の中から現れた。全ての力を吐き出した此方はブレスによって削られた分もあり、そのまま崩壊した足場に倒れ込む。ダメだった。勝てなかった。やっぱり王様には勝てなかった。ごめんなさい、本当にごめんなさい。

 

 知っていたのに、ドラゴンの運命を変える事が出来ませんでした。

 

「驚いた。純粋に。侮っていた訳ではない。だが純粋なドラゴンの力だけではない。それと別種の力を組み合わせることで、本来は成し遂げられない様な強大な力を発揮する事が出来た。驚愕と共に、その探求に敬意を抱こう、ウル・カラー」

 

 マギーホアが大地を歩きながら近づいてくる。偉大なる王様、マギーホア。完璧なほどに強く、そして賢い。だからこそ魔王に勝利し、大陸を統一出来てしまった。凄い王様、マギーホア。愚かな王様、マギーホア……。

 

「あーあ……負けちゃった……」

 

「嘆くな、ウル・カラー。その力は目を見張るものがあった。このマギーホア、その力に本当に、驚かされた」

 

 そう言ってマギーホアは近づいてくる。あぁ、駄目だ。ドラゴンに騒乱を巻き起こす事が出来なかった。これで確定だ。もう見える。もう聞こえる。破滅の鐘の音が鳴り響くのが聞こえている。あぁ、出したぞ、神々が。ドラゴンを始末しろ、という言葉を。来るぞ。

 

「ウル・カラー。此度の決闘、理由は聊か……うむ、なんというか……不純? いや、違うな……表現する言葉が見つからないな……」

 

「マギーホア様、たぶんそれ頭が悪いって表現します」

 

「あぁ、うん、成程。確かにそうだ。その表現は覚えておこう」

 

 ドラゴン達が浮かんだまま、健闘を称え合っている。良く戦った、カラーの癖に凄かったぞ、と。マギーホアを良くあそこまで追い詰めた、と。誰も何も見えていない。未来を見据えているようで全員盲目だ。

 

 思わず、

 

「は、はは」

 

「ふ……ウル・カラーよ」

 

 マギーホアが手を差し伸べて来る。

 

「友になってくれないか? 貴様の様な面白い友人が傍に居ればきっと、この先統治も退屈しなさそうだ。その狂気を晴らし、共にトロンを繁栄させよう」

 

 笑いを堪え切れなかった。

 

はーっはっはっはっは! ひーっひっひっひっひ! ひゃはっはっは、ははは、あーはっはっはっは! は、ははは……はは、はは……友達、だって。一緒に国を繁栄させようだって。あー、駄目だ、面白すぎる。ふ、ひひひ、ひひひ……」

 

 笑い声をこらえきれない、倒れたまま、何とか仰向けに転がりながら、腹を押さえ、笑い声を零す。最初は提案を良い意味で笑っているのかとマギーホアが笑みを浮かべたが、次第にその表情は変わっていく。

 

 どういう意味で此方が笑っているのか、それを察したのだろう。

 

「……ウル・カラー」

 

 笑っているのではない。

 

 嗤っているのだ。

 

 嗤いながらマギーホアを倒れたまま、見上げる。あぁ、これでドラゴンは終わりだ。俺も終わりだ。破滅が来るぞ、今に来るぞ。ほら、見えてきた。遠い空に【第三世代型メインプレイヤー】の姿をしたエンジェルナイトの姿が。一人一人が魔人の力を持つ戦士たちが、神に創造された粛清部隊が、意思のない人形の兵士がやってきた。

 

「あぁ、何て愛らしく愚かなんだマギーホア」

 

「ウル、カラー……?」

 

「賢く、強く、格好良く、そして実に優秀だ。きっと王の中の王とはお前の様な存在の事を言うのだろう。お前程優秀で、そして理想的な統治をする存在も見た事がないよ。あぁ、だからこそなんてざまだ。ざまぁないなぁ、マギーホア。お前が―――」

 

「なぁ、なんだアレ?」

 

「新しいモンスターか?」

 

「おい、来るぞ!」

 

「敵か!?」

 

 エンジェルナイトが迫ってくる。武器を手に殺しにやってくる。気の早いドラゴンは真っ直ぐ先に殺しに行こうとして、首を胴体を斬り飛ばされて一瞬で絶命して。それに怒ったドラゴンは数十頭突撃し、全員虐殺される。いや、一頭生き残った。優秀なドラゴンの戦士だった。エンジェルナイトを3人も殺して、その後で全身をバラバラにされて死んだ。

 

 その光景をマギーホアが見てしまった。

 

「―――お前があまりにも優秀だから、世界が終わってしまったじゃないか」

 

「―――」

 

 マギーホアが言葉を失い、動きを止めた。しかし、直ぐに振り返り、見下ろした。

 

「どういう事だ……どういうことだ!!」

 

 その焦り具合を見て、笑い声を零す。焦燥しているマギーホアの表情を見ているとスカッとする。これが八つ当たりだというのは解っているが、この事実を一人だけで抱えて死にたくはない。誰か、一緒に地獄に落ちる奴が欲しい。

 

 だったらやっぱり、引き金が知るべきだよなあ?

 

「解らないのかマギーホア? なんで! 神々はドラゴンをククルククルにぶつけた! なぜ! 態々火種が残る様な魔王継承システムがあるのか! 考えた事はないのか、マギーホア? 態々悪意を凝縮した様な魔王という存在。そして生まれてから与えられたククルククルを殺せという意識、何故神が植え付けたと思っているんだ?」

 

「……あ、いや、まさ―――いや、ちが―――」

 

 嗤いながら、告げる。

 

「教えてあげよう、マギーホア」

 

 左腕を伸ばし、マギーホアの首を掴んで、その耳元に囁く。

 

「神様は最初から苦しみと絶望しか求めてないのさ」

 

「いや、違う! 私は! 純粋に!」

 

 言葉を囁く。

 

「絶望と苦しみしか求めてないのに、世界を統一したらどうなる?」

 

「やめろ、それ以上喋るな、ウル・カラー! それ以上の言葉を―――」

 

 嫌だね。

 

「おめでとう友よ(マギーホア)、君が世界を統一した事によって俺らは滅ぶ」

 

「グルルルルァァァア―――!!」

 

 怒りのままに咆哮したマギーホアが腕を薙ぎ払った。たったそれだけで左腕が根元から千切れ飛んだ。激痛が脳にダイレクトに叩き込まれるも、両手で顔面を押さえ、剥がれたマギーホアは血涙を流しながら咆哮を響かせ、荒れ狂っていた。あぁ、そうだろう。偉大なる王様マギーホア、責任感がお前は強い。そして賢い。既に知っている事実から、そして俺の性格から、嘘をついてないという事を、事実である事を理解するだろう。

 

 最も賢く、そして気高いドラゴンだから。

 

 壊れるのは簡単だ。

 

「はーははー! これが見えるかルドラサウム! へーい! これがFuck youのサインだぜ? 俺の茶番劇は面白かったかクソ鯨? ははー!」

 

 超楽しかった。最後の最後で誰とも共有できなかった爆弾を完全に破裂させる事が出来て楽しかった。左腕が消し飛んでいるせいで滅茶苦茶痛いのだが、それが気にならないレベルで今、超楽しい。

 

「はぁ、マギーホアに滅びの責任は取らせたし、これで大体満足だな。後はチンコさえあれば話は別―――」

 

 殺されたドラゴンの下半身がすぐ側に落ちて来た。その下半身を掴むと、新しい下半身が落ちてきた。ついでに2個も落ちてきた。死ぬ直前に生存本能刺激されていたのか、どれも勃起している。なのでとりあえずタイトル、《電車ごっこ》というアートオブジェにしておく。その醜悪過ぎる姿を言葉にして表現する必要は恐らくないだろう。

 

「出血大サービスのつもりかなルド君? それにしても俺は別にディルドを頼んだつもりはないんだけど」

 

 ま、サクッと殺してくれることだけを後は祈る。瓦礫の中、翼を広げながら日光浴する様に体を倒し、足を組もうとするけど、ドラゴンの足の長さ的に足が組めない。残念。これでサングラスがあれば完璧なのになぁ、と思いつつ、

 

「ここにいるぞー! 殺しやすい様に翼広げてるぞー! おーい、こっちだぞー」

 

 残った片腕を振って、エンジェルナイトへとアピールしてみる。やる事は全てやったから。後は第三世代に全てを譲って消えるだけだ。果たしてルドラサウムと一つになるとはどういう感じなのだろうか? たぶん死んだらまた転生して魂を流用されるのだろうなぁ、とは思う。あぁ、でも、好き勝手生きて来たから魂が汚染されているかもしれない。その場合、悪魔王に魂を持って行かれるかもしれない。

 

 まぁ、結果として変わらないよな。

 

 じゃ、死ぬか。エンジェルナイトを待ち望み、殺されるのを待って―――しかし、エンジェルナイトは来ない。おかしい、そう思いながら余裕の姿勢から起き上がり、空を見上げ、どんどん殺されて行きながらも戦線を何とか維持しようとするドラゴンとエンジェルナイトを見た。

 

 そしてエンジェルナイトが此方を確認してから去って行くのが見えた。

 

「待て、なんで無視した」

 

 痛みを訴える全身を無視して、翼を広げ、大地を蹴りながら飛び上がった。そして戦闘の最前線へと自分から突っ込んで行く。ドラゴンと殺し合っているエンジェルナイトはそれに合わせ、避ける様に距離を開けていく。

 

 見間違いなんかじゃない。

 

 ()()()()()()()している。

 

 俺だけを。

 

「いやいやいや、あそこまで神に対して暴言を吐いているのに見逃すのか。ないだろ、なぁ、ねぇ……」

 

 接近する。飛翔する。エンジェルナイトを残された腕で掴む。

 

「何故だ! 何故俺を殺さない!!」

 

 その言葉にエンジェルナイトは答えない。ただ無言のまま、此方を見つめるだけだった。此方へと向けられる瞳には感情も殺意もない。

 

 俺を、完全に見逃すつもりだった。

 

 或いは神が、そう命じた。

 

「ふ、ざ、けるなぁ―――!!」

 

 エンジェルナイトの頭を噛み千切った。怒りのまま食い殺し、次のエンジェルナイトを更に噛み千切って殺し、血肉を咀嚼しつつ怒りのまま殺して喰らう。ふざけるな、ふざけるな。死ぬと解っていたからこそ何もかもできたのに。死ぬと解っていたからこそ非道になれたのに。

 

 なのに、こんな土壇場で、

 

「殺せ! 俺を殺してくれ……!」

 

 殺さないってのは、ないだろう―――。

 

 エンジェルナイトを片っ端から殺し、喰らって、飲み込んでも怒りは消えない。それどころか絶望感が心に満ちて行く。自分が、自分がやってしまった行いが、ついに追いついてきた。絶望と共に激痛が体に走り、翼の動きが止まる。息を失いながら落下し、体が翔竜山に堕ちて叩きつけられる。

 

「か、は、ひゅ―――」

 

 そして―――()()()()()()()

 

 ドラゴンが死んで行く中、エンジェルナイトの粛清が進む中、体が、新しい形に、新しい世界の舞台へと適応する為に溶けて、変わっていく。やめろ、その先に行きたくはない。止めてくれ、次のゲームには参加したくない。ここで死なせて、お願いします、殺してください、ここで死なせてください。

 

 祈っても、祈っても、祈りは届かない。

 

 この世界には邪神しか存在しないから。

 

ルドラサウムゥ―――!!!

 

 怒りと恐怖と絶望の嘆きの絶叫が喉の奥から咆哮として飛び出る。体が変化して行く事実に意識が耐えきれず、闇の中へと沈んで行く。

 

 その合間、聞こえたのは、

 

くすくす……いいなあ……あいつ……苦しんで、憎んで、面白いなぁ……

 

 耳に残る、幼い子供の様な声だけだった。その声の主を理解してしまい、脳が理解する事を拒否し、

 

 全てが、

 

 悲鳴と怒号の中で、

 

 闇に包まれた。

 

 そして―――ドラゴンの時代が終わった。




 そしてドラゴンの時代は幕を閉じた。余りにも優秀過ぎたマギーホアによって先導され、大陸統一なんて平和を成し遂げてしまったから。なお決闘ではしっかりと手加減してくれていた。じゃなきゃブレスで死んでるという。

 次回からメインプレイヤーが変わるぞぉ。


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XXX年

 これだけ苦しいのに、生きている事に意味があるのだろうか?

 

 ―――ある、きっとある。

 

 苦しみ、憎悪に濡れて、絶望しながらでも、《■》の未来が遠い、遠い未来にはあるのだ。そこに未来と希望の全てが待っている。そこまでの道のりは遠いのかもしれない。だがそれだけ遠い未来でも、希望があると思わなければ、体は動かせなかった。

 

 だからゆっくりと、目を開いた。

 

 大地の匂いがする。草の感触を感じる。長い、長い間、眠っていた気がする。

 

「……F……ck……」

 

 残された片腕で中指をとりあえず突き出す。まず最初に人生の一歩は神をディスる所から始まる。Fuck you、地獄に落ちろクソ神共。この精神だけは忘れてはならない。あぁ、久しぶりの感覚だ。数百年ぶりとでも言うべきか。指がある感覚だ。ドラゴンの鍵爪とは違う、指の感覚だ。肉体としての感度が、感覚がまるで違う。神経が肉体の末端にまで届いている感覚は、肉体のスペックが超越種として完成されているドラゴンとはまるで違う。柔らかい肉と、鋭敏な感覚と、そして器用にそれを利用する事の出来る体。

 

「ぁ……ぉ……っ、ぇ……」

 

 発声器官がドラゴンとは違う。体の構造がドラゴンとは違う。もはや人間であった時間よりも、ドラゴンとして過ごしてきた時間の方が、十数倍長い。それでも前世、なのだろうか? ランスという世界に関する知識を忘れなかったのは根本的なドラゴンという種族のスペックによるものだった。果たしてそれもこれから、続くかどうかは不明ではあったが、

 

 とりあえず、

 

 叛逆せずにはいられない。

 

「Fu……ck……」

 

 見える? この中指が立っているのちゃんと見える? 第三世代メインプレイヤー移行と同時に最初にやった事だからしっかりと歴史に残しておけよ? 心の中で呟きながら目を開き、そして空から降り注ぐ光量に目が焼かれそうになる。呻くような声が喉の奥から溢れ出し、そして気力が削れていく。それでも生きているのであれば、やらなくてはならない事がある。やらないとならない事があるのだ。

 

 そう―――チンコがあるのかどうか、それを確かめなければならない。

 

 体の感覚が重く、非常に怠く、大地に倒れ込んでいる。頬が大地にタッチしており、全く体を動かす事が出来ない。初手、神へのディスりと中指だけはもはや本能で行ったようなものだ。それ以上は全く体が動かない。発声器官もドラゴンとは構造が違う様で、声を上手く出す事が出来ない。だから全神経を集中させ、自分という肉体をコントロールする事に神経を注ぐ。

 

 魔法はどうか? いや、駄目だ。肉体が新生されたので上手く制御できるか解らない。ほとんどの魔法は詠唱必須だし、無詠唱のそれも肉体の変異に伴い、歪んでいるかもしれない。そう考えると簡単に魔法に頼る事は出来ない。それに片腕が無くなってしまったせいで、今までとは同じような感覚で動かす事も出来ない。困った。

 

 だが頑張る。

 

 陽の光が沈んで行く。

 

 そしてまた朝がやってくる。

 

 そして次の日がやってくる。

 

 飢餓は感じない。ドラゴンをベースとしたカラーになったから……なのだろう、たぶん。まだ自分の体を調べられていないから解らない。ただ、恐ろしいほどに体が鈍く、そして感覚が鈍い事も解った。戦争で頑張ってレベルを100ぐらいにまでは上げていたつもりだったのだが、その力を全て失ったような感覚だった。あぁ、嫌がらせでレベルリセットされたのかもしれない。そう思うとこの脱力感も納得できる。

 

 まぁ、それでも、頑張る。

 

 時間はかかるし、日にちの感覚が狂っている。朝になったと思えば既に夜だった。それでも少しずつ神経に感覚を通し、それを肉体と馴染ませ、少しずつ、少しずつ、体を動かしていく。

 

 そして漸く、何日か、或いは何週間か、それだけの時間を大地に倒れたまま過ごしてから、体を転がす事が出来た。漸く、前面が大地から解放され、空を見上げる事が出来る様になった。そうやって見上げた空はどこまでも蒼く、変わり映えがなく、ドラゴンの時見ていた空と変わりがなかった。なのに今、それが遠く感じた。翼を失った喪失感。尻尾を失った喪失感。それを肉体に感じ取っていた。

 

 そしてかつてはトロンをにぎわせていたドラゴン達の姿が、ない。

 

 何年、何十年……或いは何百年、眠っていたのだろうか。転がり、見上げながら見える風景は、崩れた岩場に苔が生えている。間にツタが育ち、そして木々が少なくとも数百年、育っている様子が見えた。その間、どうやら自分は一切触れられる事はなかったらしい。或いはそれは、サービスなのかもしれない。どちらにしろ、

 

 ドラゴンが滅んでも空は蒼かった。

 

 何故―――空は変わらず、こんなにも蒼いのだろうか。

 

「……っ、ぁ……ぁ」

 

 声を出し、空を見上げ、それだけで涙が出て来る。既に絶望しているという事実はそこにあった。だけど最初から、生まれてきた時点でこの世界の真実を知って、絶望していた。救いがないという事も解っていた。もう、心は砂になって砕け切っていた。それでもまだ、体は動かせていた。絶望しきってもまだ、動く。これ以上なく絶望しているから、これ以上絶望する事も出来なかった。だから涙は出ても、意思は途切れない。体を、声を動かそうとする。

 

「っ、ぁ、ぁ―――」

 

 首を動かし、視線をズラす。少しずつ動く様になってきた体で、視線を空から、下へと移動させ、

 

「巨乳になったら下が見えないってマジだったのかよ! ワオ! あ、声出たわ」

 

 自分の胸に生える乳房の姿、そしてそれによってブロックされる視界に、ある種の驚きと感動を覚えた。こりゃあ是非ともSNSで拡散しなきゃならねぇなぁ! と思ったが、そういやスマートフォンが絶滅している世界だった。しゃぁねぇなぁ、と思いながら今のショックで体が動く様になったのでもう一度転がり、片手で体を支え、足をふらふらさせながらなんとか三足で体を持ち上げる。

 

「ふぇ、へへへ、へへへ……やっべぇ、二足歩行とか久しぶり過ぎて逆に笑えてくるわへへへ」

 

 数百年ぶりに人の体だった。笑い声しか出てこない。狂ってしまったように笑い声を零しつつ、ふぁさり、と自分の前に見慣れた色ではあるが、見慣れないものがおりてきた。金髪―――正確に言えば白に近い金髪、世間ではもっとも美しい色の髪色の一つ、プラチナブロンドと呼ばれる色合いの髪が上から降りて来たのだ。

 

「おぉ……俺の髪か」

 

 触れてみて、結構いい艶をしているのが解る。体も結構しなやかで、胸もある。ケツは……ちょっと見えないけどさわってみた感じ、大きさはない。まぁ、顔は見てないが美人じゃねぇの? って思える要素は揃っていた。そして額に触れてみれば、

 

 通常のカラーとは違う形状のクリスタルの感触がそこにはあった。触れてみればそれが紡錘形であるのが解る。通常のカラーとは違う形状のクリスタル。つまり、ドラゴン・カラーとしての特性を引き継いだまま、ヒューマン・カラーにコンバートされた、ハンティ・カラーと同種の存在である事を示している。という事はドラゴンとしての力を覚醒させればこれが《第三の目》として開くのだろう。

 

 オイラはシヴァ……?

 

 あ、でも腕が複数あるのはハンティの方だ。インド枠はあいつにくれてやろう。

 

「よ、と、と、った。な、なんとか、バランスが、取れそう、だな、っとと」

 

 人間だった頃の記憶を引きずり出して体のバランスを制御しつつ、両足で立ち上がる。それで踏み出そうとするが、さっそく大地の上に転がってしまう。駄目だ、まともに歩けそうにはなかった。とてもじゃないがこのままでは普通に歩けない。しばらくは歩くのを諦めて、リハビリしつつ魔法の修正を行った方がいいんじゃないだろうか、これは?

 

「……ん?」

 

 人型にコンバートされても、ドラゴン・カラーとしての知覚が接近する生物の気配を察知する。葉の大地に座り込みながらその方向へと視線を向ければ、大地を害する様に歩く赤い、そして複数の触手を生やした姿が見える。タコさんウィンナーにも似たような妙な姿をしているのは、

 

 第三世代型モンスター、アカメの姿だった。

 

「こ―――」

 

「がぶり」

 

 三足で、ドラゴンの時に近い体勢で一気に体を突き飛ばし、そのままアカメに接近、たぶん……首元? らしきところに噛みつきながら、歯を食い込ませたままブレスを吐き出してみる―――出来た。光と熱のブレスをアカメの体内に直接流し込み、一瞬で焼き殺す。そして殺したアカメの肉を食い千切って咀嚼してみる。

 

「あ、フランクフルトみたいな味がする。こいつは食えるな?」

 

 獣の様にアカメを食い千切って咀嚼する。長い間食べていなかった影響か、物凄い飢餓感を急激に感じる。それをアカメを食い千切る事で腹の中に収めつつ、生焼け部分をブレスで焼いて最後まで全部食べつくしてしまった。

 

 そうやって腹の中を満たすと、多少は満足感があった。第三世代型モンスターはぶたばんばら、イカマン、アカメと食べられそうなラインナップが多いので実に楽しみだ。特にぶたばんばらって絶対に豚肉だよね? 鍋やひき肉にしても美味しそうだと思う。うん、そういう意味では楽しみだ。

 

「さーて、と。どーしたもんか……」

 

 今が何時かは解らないし、ここはたぶん翔竜山の傍だろう……場所を動かされていなければ。翔竜山を登れば生き残った同胞の姿を見つけられるかもしれない。だが同時に、そこには間違いなく狂ってしまったマギーホアもいるだろう。あいつは強すぎて、エンジェルナイトですら殲滅できなかった竜王なのだから。彼が俺を許すとも思えない。となると翔竜山には登れない。出来てカラーの森に引き篭もる所で限界だろう。この髪色を見れば一瞬で俺が誰だか、マギーホアなら解るだろうし。死ぬ事前提ではっちゃけてたのに今更マギーホアに会えるかよ馬鹿野郎。

 

「とりあえず……トイレかな……」

 

 なんか尿意がやってきた。ちょっと我慢して、適当に隠れられそうな所で―――下半身に感じる僅かな解放感と濡れた感触。なんかそんな事を考えている間に全く我慢が聞かず、自然と漏らしていた。

 

 違う、ドラゴンや男の体と全然違う。そもそもドラゴン、食べるものは完全に消化して排泄なんてしなかったし。男の頃はもっと普通に我慢できていた。男と女の体でこんなにも違うのか、と色々、問題を感じ始める。

 

 これは軽く、生理が来た時が恐ろしいかもしれない。ドラゴンの肉体、苦痛耐性高くてまるで生理とか平気だったし。

 

「あー……とりあえず川に行くか……」

 

 漏らしたままの汚れた体を放置する事も出来ない。早めに人としての尊厳が保てるレベルまで何とかしないと。そう思いながら嗅覚と聴覚を駆使し、記憶から周りの地形を思い出しつつ近くの川へと向かった。

 

 

 

 

 地形そのものは変化していなかったおかげで、川にどぼんする事が出来た。それであえなく窒息しかける事になったのが問題だったが。流石人間の体、ドラゴンより超弱い。第三世代型プレイヤーである人間は、ドラゴンよりも多様性を広げたものの、あの糞バランスをどうにかする為に、ドラゴンと比べると遥かに弱い生物として完成されてしまった。

 

「ふぅ……どーしたもんか」

 

 全裸のまま、川の浅瀬に座り込み、下半身を流れの中に沈めながら足を組んで座りつつ、どうしたもんだこれ、と頭を悩ませた。未来があまりにも遠過ぎる、目標を作るにしても今が何時頃なのかがまるで解らない。だからといって何かに溺れる程、暇じゃなかった。というか数百年付き合ってきた体なのだ、姿が人間になった程度で興奮するような物はなかった。

 

 というか寧ろ、ドラゴンの姿に慣れてしまったので人の姿の方に違和感を覚える始末だった。

 

「まぁ、だけど何もしないって訳にもいかねぇんだよなぁ……」

 

 娯楽が必要だ。定期的な悲劇が必要だ。だが同時に、未来への希望も必要だ。この世界で生きて行く上で絶対に必要な要素だ。なんとか、なんとか自分が《決戦》で人類を勝てる流れへと―――なんて事は考えない。

 

 それでもあの糞鯨に一杯食わせてやりたいというのは事実だ。

 

 とはいえ、服もない。武器もない。レベルも1……いや、アカメを殺して食ったから2ぐらいはあるかもしれない。それにしても足りないものが多すぎる。今の時代は? 今の文明は? 人はどれぐらいまで成長している? どこまで力をつけている? 今の勢力圏は? 魔人や魔王はどうなっている?

 

 問題や疑問があまりに多すぎる。そう思った所で、

 

「―――新たな魔王が誕生しました」

 

「あっ」

 

 振り返り、水辺に咲く花を見た。聞き覚えのない声はその花から漏れている。

 

「新たな魔王はスラル、魔王スラルになります。これにより来年からSS1年となります。お間違え無きように」

 

 アナウンスを終えたアコンカの花は黙り込んだ。それを聞いて、腕を組み、そして頷いた。SS歴の開始、そして魔王スラルの誕生。

 

 つまり、魔人ケッセルリンクがこの500年の間に生まれてくる。

 

「性転換魔法、殺してでも奪い取るぞお前……!」

 

 とりあえず生きる目標が出来た。SS歴が始まったが、それでも頑張って生きて行こうかと思う。




 という訳で次回からSS歴始まるよ。

 待ってろよ!!! ケッセルリンク!!!

 お前の!! 性転換魔法!! 貰うからな!! 絶対に貰うからな!!


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SS歴
100年


「ウ―――ル―――」

 

 右手で石斧を掴んで持ち上げ、それを飛び込む様に正面に見える、うし車の集団へと向かって振り下ろす。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()によって振り下ろされた石斧は振り下ろされるのと同時に破壊力に耐え切れず、粉砕されて消える。だがそれによって発生された衝撃と斬撃は消えない。

 

「あたたたたた―――っく!」

 

 正面の人類を知覚させる前にミンチにして殺した。

 

 と、生き残った奴がいた。逃げ出そうとする姿が逃げ切る前に指をスナップさせて、初級呪文を無詠唱で放つ。それによって放たれた重力の圧縮撃、《握撃》が首を巻き込んで頭を吹っ飛ばした。ドラゴンの感覚で周辺にもう、命の気配がないのを確認してから、粉砕したうし車へと、

 

 全裸のまま、接近した。

 

「がっはっはっは、グッドだ……とでも言えばいいか?」

 

 思ってた以上に人間を殺した事に対して思う事はなかった。というかストレスすらない。まぁ、ドラゴン的価値観からすれば根本的に人間、捕食するもんだし、別段親しくもない人間が相手じゃこんなもんか、と納得する。ともあれ、しばらくは森と自然の中で世俗を絶って生きていたが、そろそろ人界の様子も気になってきたし、そろそろまともな文明の装備が欲しかった。

 

 それでもSS100年で既にうし車が走る程技術が進んでいるとは思いもしなかったが。或いは流石に100年間魔法とリハビリに費やすのは時間をかけ過ぎただけだろうか? 意外と文明の進みが早い。

 

「いや、だけどあまり文明が未成熟だとルドちゃんも原始的過ぎる争いで見てる方が暇か。となるとある程度文明が進んだ上で停滞してくれた方が楽しいのかな? ま、便利だし俺はどっちでもいいや。さーて……おー、あったあった」

 

 やはりうし車の中には服やら肉やらが積み込まれていた。必殺技の《ウルアタック》でダメになったものが多いが、服の方は無事なのが結構ある。その内、まず最初に下着を確保する。ここ100年程下着のないフリーな全裸生活をエンジョイしていて知ったのは、服を着る時にこのプロポーションで下着がないと、間違いなく胸とかを痛めるという事実だった。全裸は楽でいいんだが、流石に街中に行く時は全裸のままでいる訳にもいかない。だが金はない。作る技術もない。ならどうする?

 

 当然、ランス式でやる。

 

 つまり奪う。

 

 まぁ、人間なんて放っておいても勝手にセックスして増えるんだから、1000人殺した所で大した問題はないと思うし。そんな事しなくても魔王スラルに変わったのであれば、既にスラルがルドラサウムに対するノルマを達成する為にも適度に人間を間引いてるし、そこまで大きな問題でもないだろう。ともあれ、自分の体のサイズに合う下着をまずは確保する。

 

 シンプルな白い下着だ。ちょっと味気ない……と思いつつ、装着していく。初めて装着する女性用下着の感覚は、ちょっとごわごわする? まぁ、フィット感はあるのだがこれなら全裸の方が楽だよなぁ、とは思わなくもない。だが残念、服装は文明的な生活に必要な物でもある。

 

「えーと……流石にスカートには抵抗感があるな。動きづらいし」

 

 男用の茶色のズボンをベルトを通して締める。上は……まぁ、ここはシンプルなシャツでいいだろう。何故か解らないがルドラサウム大陸では女性の露出が結構多い。特に上位陣程露出が増えてる気がする。まぁ、神―――というかアリスソフトの意思だからそこはしょうがないわ。

 

 部長、いるのかなぁ……?

 

 でもハニーキングは居るし。たぶん部長もいるんだろうなぁ、とは思う。その場合、メタ視点とかどうなってんだろうか? まぁ、考えるだけ無駄かと思う。それよりも問題は服装だ。

 

「胸が出てる影響でこれじゃあデブに見えちまうな……乳袋ってどうなってんだアレ?」

 

 胸が大きいと服に困るという話を今理解した。まぁ、どうでもいいか、と上からポンチョを被り、そして鍔広帽子を被った。近くに落ちていた手鏡を覗き込んで、片手を顎に当て、ふむふむ、と呟く。

 

「んー、これならなんとか吟遊詩人に見えるか? まぁ、こんなもんだろ」

 

 そこから更に略奪。袋の中に下着の替えを、後は適当になんか必要な物を袋に詰めていき、それを紐で縛って背中で背負えるようにしておく。後はなんか楽器があればいいのだが。そうすれば旅の吟遊詩人で通せるのだが。

 

「お、あった。楽器の良し悪しなんて解らないしこれでいいな」

 

 高そうなリュートを掴んで、それをちょっと片手の指で弾いて、音を鳴らしてみる。お、これはちょっと音程が外れているな、と直ぐに分かった。握ってみて直感的に使い方が解ってくるこの感じ、間違いなくLv1かLv2で技能を保有している感じだ。全く、何て無駄な才能なのだろうか。ドラゴンである限り一生縁のない技能じゃないか、これ。この様子だと他にもそういうLv1か2の技能が大量に眠っていそうな気がする。

 

 まぁ、公式でも技能は全部で20種類ぐらいって言われてるし。

 

 ランス君もバイク技能をLv1とかいう一体どうしたら使えるんだそれって技能持ってるし。

 

「ま、未開の原始人なんてちょっくら文化テロしてみれば簡単だろ」

 

 俺がルドラサウムのジミヘンである事を証明してやろう。片腕ないけどね。そんな事を考えながら破壊され、生存者が存在しないうし車を放置し、うし車が向かう先だった道を進んで行く。100年間引きこもって研究やリハビリを行っていたが、やっぱり予想していたよりも遥かに文明の構築が早いように思える。

 

「ま、こっからは【バランスブレイカー】認定で全く進まないだろうけどな……」

 

 呟きながら、今の人類圏を目指して歩く。

 

 

 

 

 もうめんどくさいしドラゴンパワーを引き出して翼を出そうかと考えたりもしたが、流石に人間にそんな姿を見られれば魔軍認定待ったなしである。諦めて大人しく魔法の調整などを行いつつゆっくりと旅を楽しむ様に歩く事にした。こうやって地上を歩いて歩き回る経験というのは割と初めてだったし、新鮮かもしれない。何しろ、大体の場合は空を飛んで解決してしまうのだから。

 

 そうやって方角も解らず歩いていれば、やがて道の先に小規模な集落の姿が見えて来る。集落というのも結局はドラゴン視点からのモノであり、人間としてはそれなりに賑わいのある町じゃないかと思う。外側から見ている感じ、建築は石組が多い。石を切り出して積み重ね、掘った感じ、

 

「……ローマ系?」

 

 そういう感じに見えてくる。白亜の街とでも呼べばいいのだろうか? ここらへん、というかSS歴に関してはケッセルリンクとガルティア、後は試作式無敵結界の話しかないので、人類がどんな文明を築いたのに関しては、全く知識が無かったりする。まぁ、それは自分の目で確かめればいいのだが。少なくともうし車が走る程度には文明が進んではいるのだろう。

 

 まぁ、とりあえずは服飾文化はLP歴に劣るも、発展している様には見える。それなりに人類として発展している事を祈りつつ集落―――或いは街の入り口に近づいた。そこには数名からなる守衛の姿が見えた。盾を片手に、剣や槍を握っているのが見える。技能によって得意な武器が違うから、握るもんを統一できないのがこの世界の事情だったりする。

 

「とまれ! その姿は……楽師か?」

 

「いやぁ、こう見えて旅の楽師でこっちに来るうし車に便乗させて貰ったんですけど、途中で魔軍に襲われてしまい……」

 

「なに?」

 

「ここからしばらく、あっちへと進んだ方に破壊されたうし車があるんで、確かめてください。自分も護衛に何とか逃がされて来たんで……」

 

「そうか……それは苦労しただろうな」

 

「よし、通っていいぞ。仕事を探すなら【黄金の羽馬亭】という所に行ってみろ。確か新しい楽師を探していたぞ。或いは最前線で士気高揚の為の楽師も求めている。危険だが其方は払いが良いぞ」

 

「これはどうも」

 

 ぺこり、と軽く頭を下げ―――見事、出まかせだらけで潜入完了。早速守衛が調査の為の人員を派遣しているが、そこで見つかるのは皆殺しにされたうし車の乗員と、そしてすさまじい力で破壊されただけの痕跡だろう。それが片腕のない女と結びつくのは恐らく難しい。

 

 しめしめ。

 

 ちょろいもんだぜ。

 

「さ、て、と。まずは金を稼がなきゃ意味がないか」

 

 町の中はそれなりに清潔になっていたが、どことなく忙しさを感じる。それに武装された人間が多く見える。軽く近くの人間を捕まえて話を聞き出してみれば、どうやらここは最前線に対して物資を送る、中継点になっているらしい。その為、色々と人や噂、そして物資が集まるとの事。これは結構いい所に来れたんじゃないか? と思える。カラーの森に100年ほど引っ込んでケッセルリンクの姿を見かけなかったという事は、今の段階では大陸のあちらこちらでカラーが生まれているという事だろうし。

 

「ま、最初は金だな、金」

 

 この先の事を考えて金を確保しなきゃならない。あぁ、だがナイチサの時代に国家が破壊されたりする事を考えたら金銀や宝石でキープしたほうがいいのだろうか? 良くある容量がとてつもなく広い、RPGっぽい冒険者の鞄がこうなると欲しくなってくる。バランスブレイカーとしてどっかに落ちてないだろうか。

 

 確か【黄金の羽馬亭】だったか? しばらくはそこを拠点にするのも悪くはなさそうだ。そう思いながら道の端に移動し、しばらくは聞こえて来る声に耳を傾ける。

 

「どいたどいた! 前線に武器を届けるぞ!」

 

「前線のムシ使い共に食料を送れ!」

 

「前線の様子は?」

 

「まだ持っている! 魔軍が積極的じゃないのが助かるな」

 

 ……そういえば魔王スラルの時代は大きな戦争に関する話は歴史に残っておらず、その評価も少女、という言葉が似合う存在だったと聞く。となるとルドラサウム的には今回の魔王のチョイスは、魔王自身が破壊衝動と人類へと敵対する事に対する恐怖と絶望を楽しむ為のチョイスなのだろうか? 中々に趣味が良いと言える。

 

 魔王スラル、か。ケッセルリンクが守りたいと言いたくなるほどの魔王、ちょっと興味がある。

 

「ガルティアが前線を持たせている間に再編成を急げ!」

 

「クソ、ムシ使い……気味の悪い連中なのに……」

 

「おい! 味方だぞ? そんな事を言う暇があれば前線を支えてみろ!」

 

 ガルティア―――まだ魔人になる前のガルティアがいるらしい。いや、ムシ使いがいるとなると、地理的にゼスの辺りだろうか、ここは? 将来的には魔法至上主義のゼスの魔法使い共によって全滅する民族……まぁ、迫害なんて良くあることだから特に思う事はない。

 

 自分たち(ドラゴン)も良く巨人を相手に殺戮ゲームとかしてたし。

 

 ぶっちゃけ、自分の力を盾に相手を虐めるの、楽しいと言えば楽しいのだ。正気に戻った時が死ぬほど辛いだけで。ま、民族浄化とそこから生まれる苦しみはこの世界には必要なものだ。全部《決戦》で報われると信じて、ムシ使い達にはこれから始まる辛い歴史を頑張ってほしい。

 

「ふんむ―――どうしたもんか」

 

 しばらくは金を稼ぐつもりだったが、ちょっと興味が湧いてきた。魔人になる前のガルティア。そして魔王スラル。どういう存在なのか、どういう人物なのか。ちょっと前線に突撃して確かめてくるのも悪くないかもしれない。まぁ、カラーの魔力と神様に絶望的に気に入られてしまったこのドラゴンスペックなら突撃しても問題がないだろう。今は魔人に無敵結界がないし。

 

 いや、あるのか?

 

 どのタイミングでスラルが無敵結界を神に頼むか解っていないし。

 

 だけど良く考えたら魔軍再編成で魔人メガラスが今、最前線で暴れているのではこれ……?

 

「そっかぁ、ガルティア……メガラスを相手に前線を保てるのかぁ……ガルティア君普通にやばくない……?」

 

 これが《ムシ使いLv3》の実力という奴なのだろう。流石伝説とかキチガイとか化け物と呼ばれるだけはあるLv3技能だ。根本的に理解の範疇を超越している。だけど、まぁ、こういう話になると確かに気になってくるのは事実だ。

 

「んー、んーんー……行っちゃう? 行っちゃうかこれ?」

 

 最前線行っちゃう? 実際、人生の目標なんて生きる事以外にはないし、それで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って話だ。それに最前線にいた方がケッセルリンクを探しやすいだろうし。そう考えたら悪い話には思えなくなってきた。

 

「よーし、ウルちゃん最前線でジミヘン魂を布教しちゃうぞー! 所でこの時代にギター職人はいないのか? いない? マジで? ルドちゃんも《ギター職人Lv2》の技能適当な人に生やすぐらいのユーモアが欲しいよねぇ」

 

 周りから滅茶苦茶変な目で見られている。傍目から見れば間違いなく虚空に向かって喋っているキチガイなのだから、当然と言えば当然だ。まぁ、半分発狂している様なもんだから当然と言えば当然だ。正気のまま生きていける程優しい世界じゃない。

 

「とりあえず最前線へと遊びに行くかぁー。メガラス君元気にしてるかなぁ。ケーちゃんのあのサイズってサッカーボールみたいに蹴りやすそうだよなぁ、今の体なら。再会祝いにケーちゃんをゴールにシュートしてみようかな」

 

 まぁ、とりあえずは一番つらそうな場所へゴー、

 

 そこで死ねたら幸せ程度に考えて、動き出す。本命は性転換魔法を使えるケッセルリンクの捜索として。

 

 ルドラサウム大陸は今日も、というかいつも地獄だった。




 略奪! とりあえず殺してみる! 欲しいなら奪う!

 ランス世界における一般的人間の基本行動である。ルドちゃんがアレなので、人間も基本的な連中は腐ってたり手段が過激だったりする気がする。

 という訳で突撃、隣の最前線。何時死んでも怖くないから突撃出来ちゃうスタイル。


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100年

 最前線まではうし車に乗せて貰って移動した。その間に片腕で演奏する為に覚えている初級魔法を調整して、ハンティがいた頃に練習してた初級というか汎用魔法、《念力》と言えるようなものを開発してた。ぶっちゃけ、ドラゴンの指って器用からほど遠いから、魔法に指先の代わりを務めさせようという魂胆だった。そうすればドラゴンでも細かい作業が行えるのでは? と数百年前に考案した魔法だったが、人間の時代になって漸くその意味が出てきた、という次第だった。

 

 そのチューニングを終えて、楽器を壊さないように弦を魔法の圧力で押さえ、指で弾く。中々音は悪くない。Lv2の《演奏》技能によって支えられた楽器による独奏は中々好評なようで、うし車に乗って最前線へと向かう間、一緒に向かう兵士や同乗者に対して何度もアンコールを求められるレベルだった。とはいえ、ちゃんとしたナンバーを用意している訳でもないので、吟遊詩人を名乗るならちゃんとした歌か詩のバリエーションでも用意しなきゃダメだろう。

 

 どうだろう?

 

 ドラゴンの愚かな歴史を綴る歌とか? あぁ、でもこれはマギーホアに怒られそう。止めた方がいいな。でも適当に自分が見てきた歴史を歌にして旅をするってのはちょっと楽しそうだ。どれだけ人類が愚かで馬鹿で、そして苦しんできたのか、それを後世にまで伝える手段としては丁度良さそうだ。

 

 神の道化ならそれぐらいはやらなくては。

 

 ともあれ、適当な演奏と言えども技能で補正された演奏、それなりに良いものに仕上がったらしく、観客たちは満足だった様子。この程度で満足されてくれるなら、まぁ、別にいいか、と思いながらもそのまま揺られ揺られ、

 

 魔軍と人類が戦う、最前線までやってきた。

 

 数千を超える人間に数千を超える魔軍の存在。陣地を構える人類に対して、遠く、ドラゴン・アイによって捉える遠い向こう側に魔軍の存在が見えた。その姿は統一された、外殻装甲に包まれている様に見える。つまりは《魔物兵》という規格で統一された軍隊だ。既にこの時代からあのシステムは存在していたっけ、と到着した陣地から魔軍の姿を眺め、首を傾げる。

 

 まぁ、でも、ナイチサとかジルとかそういう技術を生み出すタイプではないよなぁ、とは思う。ナイチサは純粋に残虐だし。ジルに至っては人間を恨んでいるあまりそういうのを作るよりは自分の手で家畜化させているし。ガイは大体引き篭っているし、開発しそうなのは確かにスラルぐらいだろう。だけどもっと、後世で出現したような気もするのだが……?

 

 まぁ、どうでもいいや。

 

「いやぁ、いい音だったぜ姉ちゃん」

 

「所で夜の方もいい音を奏でそうだけど」

 

「お、去勢がお望みかな」

 

「あ、なんでもないっす」

 

 中指を突きつけて失せろ、と示す。何でもかんでも直ぐにセックスと結びつけようとする連中ばかりか、ここは。軽く呆れながらうし車から離れて前線陣地を確認する。様式は……まだちょい原始的? 堀を掘ってあったりするものの、城塞化はされていない。寧ろそういう壁が見えるのは魔軍の方だ。

 

 まぁ、人類と魔軍の戦いは根本的に人類の方が不利になる様に出来ているのだから、押されていて当然なのだが。まぁ、それでも人が楽しそうにしている姿は見ていて気分が良い。ほら、必死な人間ってどこか笑っているし? まぁ、魔軍とわいわいやれているようで自分はそれで良いや。なんか前線に来ただけでだいぶ満足してしまった。

 

「じゃ、帰るか」

 

「!?」

 

 そう呟くと到着したばかりの此方の姿を見て驚愕する姿が多数見えた。いや、だってなんかここまで来たら満足してしまったのだ。だったらもう帰るべきなのでは? それにこの景色を見て人間の愚かさを後世まで伝える詩を思いついたのだ。これは戻って作曲作業に入るべきだ。そうすべきだ。マギーホアがクイズ狂いになってしまってるんだから、それに対抗して俺も、こう、濃いキャラクターを付けなきゃダメだよね、と思う。だって、ほら、ルドラサウムがワクワクしながら期待しているし。

 

 なおちゃんとチャンネルが此方を向いているかどうかは不明である。

 

 と、帰ろうと思った所で、怒号が空気に響くのが聞こえた。お、と思いながら振り返れば人類軍が沸き上がりながら攻め込んでくる魔軍に対して迎え撃つように武器を取り、構え、そして走り出して行くのが見えた。どうやら、魔軍と人類軍の衝突の時に来てしまった様だ。リュートを片手に握りつつ、ほえー、と声を零しながら人類軍と魔軍の衝突を見る。

 

「んー……」

 

 人類軍と魔軍の衝突、一方的に崩されるのは人類軍の方だった。武器やら鎧、盾で武装しているが……知っているLP歴の武装と比べればだいぶお粗末だ。それが魔軍との技術力の差として出ている影響で、武器やらが破壊されて魔軍に押し込まれている。まぁ、同じレベルでも魔物の方が強いというのがこの世界におけるルール、というか単純な生物としてのスペック差の問題だ。だから人類が魔軍に対して勝利するには、バグにも似た超強力な人間を筆頭に少数精鋭で魔人や魔物隊長、将軍等をガンガン削って行く必要がある。

 

 その上でドラゴンの時の様に魔王を封印しておくのがベストだ。

 

 ただそうすると人類が今度は滅ぶ。

 

 なのでベストは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という形だ。

 

 というかそれしか人類には道がない。勝ってはいけない。勝利してしまえばその瞬間、生物としてのデッドエンドが決まってしまうから。だから人類が魔軍を押し込むようであれば、()()()()()()()()()()()()()()()()も考えていたりはする。とはいえ、見ている感じ、その必要性は皆無だった。魔軍の統率された動きは人類を少しずつ、少しずつ削って苦しめている様に思えるとはいえ、必要以上に突破するような事はせず、人類に余力を残させる。

 

 絶滅はさせない。削り削り、少しずつ苦しめて再起させる余裕を与える戦い方の様に思える。実際、そこまで戦場には悲壮感がない。人類は押されているものの、拮抗に近い劣勢というのが現状だった。

 

「魔人……は、いないみたいだな」

 

 メガラス一人でこの戦線、消滅させられるだけの力がある筈なのに、魔人の姿がないのも特徴的だった。ナイチサやジル辺りだったら間違いなく皆殺しにするのだろうが。やはり、魔王スラルは人類に対して手加減しているのだろうか? まぁ、情報が足りないのでどうしようもねぇな、と思っていれば、

 

 軽く、前線の魔軍が吹っ飛んだ。

 

 それを目撃した兵士たちが咆哮しながら声を放つ。

 

「動いた! ガルティアが動いたぞ!」

 

「押せ! 押し返せ! ガルティアに合わせて動け! あいつが開けた隙間を広げる!」

 

 ははーん、と声を零す。どことなく残されている人類軍の余裕はこれが原因か、という感じだった。陣地にある物資を足場に、戦場の様子を眺める。その中でも戦場に飛び出したガルティアの実力は一人だけ、次元が違うと表現できるレベルのものだった。片手に剣を握り、もう片手はムシに覆われているガルティアは剣で切り裂きながらムシを複数同時に使役し、そしてムシの集合体である巨大なムシを体から出して、一人で軍に匹敵するだけの戦闘規模を繰り広げて潰していた。

 

 成程、これがちゃんと戦えるLv3技能保有者なのか、と納得する。マギーホアも《ドラゴンLv3》の持ち主であり、怪物だった。実力で言えばガルティアはマギーホアに劣るだろうが、それでも別方向で怪物であるのは間違いがない。

 

「化け物が抑え込んでいる内に再編成しろ」

 

「クッソ、ムシ使いの分際で……」

 

「だけどアイツが居なきゃ……」

 

「そんな事はない。あんな奴がいなくても俺達でどうにかなるさ」

 

 だが嫌われている。活躍する奴に陰口がついて回るのも基本か、と納得する。そういやぁガルティアは青年の間にスラルに魔人にされるんだっけ? と軽く思い出す。となると1、2年の間には魔人にされるのかもしれない。或いはこの陰口を聞いていると割と直ぐかもしれないと思える。人類も人類でランス君なしだと内ゲバが酷いよなぁ、と思う。まぁ、あの超英雄が生まれてくるのは3000年先の未来だ。

 

 それまでの3000年間は純粋な悲劇と絶望の物語だ。

 

 それまで、人類にも魔軍にもせいぜい絶望し続けていて欲しい。

 

「ガルティアが出てるなら―――お」

 

 と、ガルティアの進軍を阻止する様に魔軍の奥から飛び出してくる姿が見えた。赤い鱗を全身で覆っている爬虫類の様な、しかし翼を生やした姿は同胞であるドラゴンの姿だった。どうやらアベルの時代に魔人になったのが今まで生き残っていたらしい。その姿を見ておほー、と思わず声を零してしまった。

 

「なんだ、お前もエンジェルナイトの粛清を逃れられたのか」

 

 同胞が戦場に居るなら暴れてもいいよな、と判断し、物資から飛び降りて素早く自分に魔法を唱えて強化する。《重加算衝撃》、《ゆらゆら影》、《高速飛翔》、《アイの加護》。お馴染みの強化魔法セットを自分に唱えつつ、人間が多すぎて邪魔なので人間の兵士を足場にしながらそのまま一気に最前線、ガルティアとドラゴンの魔人が戦っている所まで飛び込んで行く。

 

 この100年間、上がったレベルと鍛えた魔法の前ではその距離は余りにも短く、

 

 足場(へいし)を蹴り飛ばしながらリュートをハンマー代わりにドラゴンの横っ面に叩きつけた。

 

「レッドドラゴンくーん! チンコちょーだい!」

 

「このイカレっぷりと飽くなき逸物への執着心とどこか見た事のある色の髪―――ウル・カラー、生きていたのか……!」

 

 リュートを振りながらドラゴンの顔面を叩き飛ばし、ドラゴンの魔人が僅かに吹っ飛びつつも、魔物兵を巻き込む様に大地に爪を突き立て、そして体勢を整えながら―――またの間に尻尾を挟み込んだ。

 

「待って、お前、俺を判別する方法ちょっとおかしくない? 普通髪の色が先に来ない?」

 

「お前戦場で笑いながらドラゴンの陰部毟り取って点数付けながら捨てたの全魔軍のトラウマだぞ」

 

 そんな事をしていた気もする。お前のハイパー兵器10点な! とか宣言されながら死んでいったドラゴンの悲しみの表情を今になって思い出す。ちなみに100点なのが北部の神の扉の前に設置した祭壇の上に置いて来たゴッド式ハイパー兵器なのだ。アレを基準としているので皆クソ雑魚兵器でしかない。

 

「いや、正直すまんかった。闘争本能キメまくったおかげで大分前後不覚になってたんだ……これから点数と一緒に地獄に送るからアベルちゃんに俺の代わりにごめんなさいしておいてね……?」

 

「ま、まだ毟り取る気満々だこいつ……!」

 

 だが残念、人間の体では魔人相手に単体で戦って勝てる程のスペックはない。レッドドラゴンの魔人がかつての戦場におけるトラウマを発症している間に、片手で魔法を発動させ、与えられるバフをさりげなくガルティアに与えておく。初めてみる相手からの支援と突然のエントリーに驚く様子を見せるものの、此方が支援したのを見てからいつでも動けるように待機するのが見えた。本当に戦士としてはクッソ優秀だなぁ、と納得する。順応性が早い。それだけにガルティアを人類が手放したのも痛かった。

 

 まぁ、それはともあれ、

 

「いや、待て、今のその姿は―――」

 

「《黒色破壊光線》―――!」

 

 喋っている間に殺そうとしたが滅茶苦茶焦って回避された。レッドドラゴンが信じられない者を見る様な目で此方を見た。

 

「こっちは喋るのを待っていたのに!?」

 

「俺が法なのは決まってるじゃん……?」

 

「ほんと、こいつ……!」

 

「そんじゃ、遠慮なくやらせて貰うぞ?」

 

 レッドドラゴンが此方の暴君っぷりに震えている間にガルティアが動く。それに合わせレッドドラゴンが歴戦の戦士として一瞬で思考回路を切り替え、翼を広げて飛び上がろうとする――のを即座に無詠唱の《握撃》で翼を捉え、捻じ曲げる。ドラゴンとしての魔力抵抗が強く、翼の動きを阻害させる程度の働きしか生み出せないものの、その一瞬にガルティアが接近し、

 

 剣を振るった。

 

 爪と剣が衝突し、一瞬の閃光が生まれる。その動きに合わせてムシが同時にレッドドラゴンの体に食いついた。鱗に噛みつくのではなく、溶かす様に体に穴を開けていきつつその体に飛び移った。純粋な斬撃やら刺突やらには異様に生物として強い、ドラゴンの特性を理解している様だった。

 

「もっぱつ《黒色破壊光線》!」

 

 そこから飛び上がろうとする姿を制限する様に、態と頭上に向かって破壊光線を放ち、跳ぶ姿を牽制する。それに合わせて横へと移動するドラゴンにガルティアがムシを使って組付き、そしてそのままその体に登って行く。

 

「はは、これはいいな。体が軽いわ」

 

「ドラゴンには……こうだな! 《魔抵封じ》、《ジャクタイン》、そんで《ストップ》!」

 

 ドラゴンの高い魔力抵抗をまず削ぎ、そこから《ジャクタイン》で防御力を削り、更に《ストップ》で動きを一瞬だけ止める。RPGの基本としてアタッカーがいるなら一人、徹底してサポートに回った方が遥かに勝率が上がったりするものだと思っている。武器は持っていないし、というか先ほどリュートを壊したばかりだし、迷う事無く魔法によるサポートでガルティアの戦いを演出する。

 

 今、ドラゴンを相手に戦えているその姿はまさしく、英雄という言葉に相応しいぐらいに輝いているだろう。

 

 それが墜落の原因になるのだからやはり、人間は愚かだ。助けて超英雄―――3000年後ぐらいのタイミングで。

 

 今のこの時代に救える命は一つもないし。

 

「これで終わりだな」

 

「殺されるのは良い、だが点数だけは―――」

 

 ざくり、とガルティアの剣がレッドドラゴンの首を絶った。それによって名も知らぬレッドドラゴンの魔人が滅びた。その死体は崩れて行き、そして首を絶たれた魔人と引き換えに残されるのは透明感のある、赤い球になる。レッドドラゴンと入れ替わる様に登場する血の塊とでも言うべき宝玉に、ガルティアが手を伸ばした。

 

「ん? なんだこ―――」

 

 それが出現した瞬間、全力で飛び出した。間に合うかどうかなあ? と思いながらバフを行っている自分自身の肉体に信頼を置きつつ、

 

「《白色破壊光線》!」

 

 黒色よりも詠唱の早い白色の方を選択し、それで一気にガルティアの横を予測しながら射撃する。それにガルティアの戦士としての感覚が迷う事無く反応出来る攻撃に対して反応して、直感的に宝玉を守る様に動いた。

 

 そしてその直後、白い残像がタッチ差でガルティアを掠めた。

 

「BINGO」

 

 無詠唱で《粘着地面》を放ちながら大地を蹴り上げ、戦争時代にもやった粘着ネットを放って、ガルティア周辺にそれを広げる。それで白い残像―――いや、おそらくほぼ確実に魔人メガラスであろう存在の移動できる範囲を制限する。

 

 そしてそこまでやってしまえば、ガルティアも敵を認識する。

 

「ん? 成程、こいつが欲しいって訳か」

 

「……」

 

 宝玉―――つまりは魔血魂の奪取に失敗したメガラスは一瞬停止し、此方を見て、少しだけ驚くような表情を浮かべてから、《ハイスピード》に入ろうとする姿勢を見せた。どう足掻いても魔血魂を魔王の下へと持ち帰るつもりの様子だった。そりゃそうだろう、魔血魂は魔王の血だ。それそのものが魔王の力だ。魔人が増えれば増える程魔王の力が下がるのは魔人に対して魔王の血が分け与えられているからだ。

 

 逆に言えば増えた魔人を処理し、魔血魂を封印すればそれだけ魔王の力を弱められる。

 

 魔王を弱らせる事に興味はないが、アレがあれば魔王に対して交渉する事も出来る。というか遊びに使えそうだ。絶対に、欲しい。そう思って《ハイスピード》に入ろうとするメガラスをどう止めるかを考えた所で、

 

「じゃ、こうすれば奪われる心配もないな」

 

 そう言って、

 

「!?」

 

「あ゛あ゛あ゛!?」

 

 ガルティアが、

 

 口の中に魔血魂を放り込んだ。そしてそのまま、おそらくは始まる魔血魂との魂の戦いを開始して横に倒れた。その様子をメガラス共々、呆然と眺めるしかなかった。数秒間、無言のままその光景を眺め続けた所で、

 

「……ムシ使いの食欲……成程……」

 

「た、たぶん違うんじゃないかな……」

 

 無知って怖い。ガルティアの暴挙に対して、メガラス共々そんな考えしか浮かばなかった。その衝撃たるや、思わず素面に戻ってしまう程だった……。




 ガルティア! なにやってんだよガルティア!!!

 まぁ、正史よりは楽しい理由で魔人になれたんじゃないかなぁ、って……。


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100年

 片腕を組む様な胸を持ち上げる体勢でガルティアの体を前にメガラスと挟む様に立っていた。戦場からは外れ、やや魔軍陣地寄りになってしまったが、それでもある程度人からも魔軍からも外れた場所で、魔血魂を食べてしまったガルティアを転がした状態で、困った状態で固まっていた。

 

「……」

 

「……」

 

 メガラスとしてもこんな風に魔人が生まれる事は予想外だし、俺としてもまさかこんなところで魔人ガルティアが誕生するなんて考えてもいなかった事だった。なので完全に予想外。どうしようもない状態だった、双方にとって。だからこそ一時停戦し、こうやって魔人化してしまったガルティアを前に完全に動きを停止していた。

 

「どうしよっか彼……」

 

「……困る……」

 

「うん……」

 

 敵の体から出てきたものだぞ? 誰がそれを迷う事無く食べると思うのだ。まずありえないだろう、としか言葉が出てこない。だけどそんな冗談の様な出来事でガルティアは魔人になってしまったのだ。しかも良く知る、腹に穴の空いたビジュアルで。つまり魔人ガルティアとして精神的な勝利を取ってしまったのだ。目覚めたら完全に魔人となっているだろう。

 

 腕を組み、首を傾げ、メガラスを見る。

 

「メガラス君、これどうするよ」

 

「……魔王に連れ帰るのが……多分、最善」

 

 とはいえ、とメガラスは頭を横に振る。

 

「俺の受けた命は魔血魂を取り戻せと言われたのみ―――なりたくてなった魔人でなければ、逃げられたという事にしても良いだろう」

 

「メガラス君……」

 

 やだ、イケメン。そういえばメガラスの魔人化の理由は、ホルスの宇宙船に手を出さないでいて貰う為、だったか? 魔王アベルの中でも割と妙手と呼べるのはこれぐらいだったよなぁ、と思う。なにせ、メガラスと言えば最強の魔人の一人にも挙げられる存在なのだから。今も魔王に従っているのはホルスの仲間たちの安全を確保する為だろうか? 最初から最後まで格好良い奴だよなぁ、と思う。

 

 だって死んだ理由が一番最初に駆け付けたせいで孤軍奮闘だもん。笑えちゃうね。

 

「まぁ、ガルティア君の意思を聞かなきゃダメな案件だけどね、これ。俺、さっきの戦場が初対面だけど」

 

「初対面」

 

 イエス、とサムズアップを向ければ、メガラスから呆れの気配を感じる。なんと言うか……結構、気さくな性格をしている様な気がする。そう思いながらうし車から強奪した小型鍋を取り出し、その下に乾いた枝を乗せ、《火の矢》で燃やしつつ鍋の中に油を注ぐ。食用油だよな? と一応チェックしておく。

 

 うし車から強奪した時は気付かなかったが、食材とか服とかの質がどうやらこれでもいい方なので、結構いいとこの商人だったらしい。まぁ、ウル様と出会ってしまった事が運命だったので許して欲しい。

 

 それはそれとして、

 

「ウルちゃんのスーパークッキングタイム」

 

「クッキングタイム」

 

「この暇な間にクッキング本能で用意したパン粉があります」

 

「本能?」

 

「そこは深く考えてはいけません。ウルちゃん時空に呑まれて発狂します」

 

「そうか」

 

 メガラスは気にしない事にしたらしい。賢明な判断だと思う。巻き込まれたマギーホアは今じゃ立派な猫だぜ。

 

「たーまごたーまごー、さっくさっくにする為に油の温度を確かめてー。小麦粉と片栗粉を用意してー。というか軽く存在している事実にびっくりしてるんだけどね……酒? イカマン? 正しい和食ってもんを教えてやるよルドラサウムさんよぉ……」

 

 別枠のボウルでちゃかちゃかと用意しつつ、こかとりすを食べやすいサイズに千切って、素手でスライスして、《氷の矢》で作った氷を砕いてそれで水洗いをしてみたりして、ちゃかちゃかと下ごしらえを完了させて、

 

 衣を付けたら油の中に投入。温度? 油が跳ねる? ヒューマン・カラーに姿は変わっても、レベルが高い、中身ドラゴン・ヒューマンなのだ。油を素手で触る事ぐらい全く平気なのである。何せ、台湾人でも出来るのだからウル様に出来ない理由がない。つまりウル様と同格なのだ。凄い。

 

「そ、そ、そっしてー、此方は来る途中のうし車から強奪したお塩」

 

「アグレッシブ」

 

「SS歴のモードは強気のウル様で」

 

 ばちばちと音を立てる鍋の中身をメガラスと挟んでしゃがんでしばらく無言のまま眺める。下手に弄って加速させたりするよりは、ちゃんと手間暇かけて作った物の方が美味しいのだ。美味しくなあれ、美味しくなあれ、と心を込めながらちゃんと作る。だって、美味しいものには罪がないもの。姿がヒューマン・カラーになって、感謝している事の一つであった、

 

 この料理技能は。

 

「そんな感じで天ぷら完成! 味付けはシンプルに塩のみ。ほーれ、ガルティア君ー。ごはんだぞーぱたぱたー」

 

 という訳で、さっくりサクサクと色んな意味で作成させて貰った天ぷらがここに完成。もうちょっとまともな材料とかキッチンがあればマシなのが作れたのだろうが、ここではこれが限界だ。洗う事の手間を考えたら鍋とかはここで捨てて行った方がいいな、とは思わなくもない。そんなこんなで揚げたての天ぷらの匂いをガルティアの方へと飛ばしてみれば、

 

 ガルティアの両目が勢いよく開いた。そしてその視線が一瞬で天ぷらを捉えた。

 

「起きるのか……」

 

「ムシ使いだからねー。食欲は人の数十倍以上あるよ。あ、どうぞどうぞ」

 

「悪いな! んむ、んぐっ、うめぇ。お代わりねぇか?」

 

「残念、作った分で材料が切れちゃうんだよねぇ」

 

「そうか……」

 

 そう言うとガルティアは残念そうに天ぷらを一つずつ、ゆっくりと味わう様に食べていく。正直、そこまで美味しそうに食べて貰えると嬉しさを感じる。とはいえ、それ以上にクソみたいな展開で魔人にしてしまった申し訳なさが先立つのだが。なのでガルティアが最後の天ぷらを食べ終わるのを待ってから、話をする事にした。

 

 ガルティアの方も食べ終わってからで、と言葉を置く。

 

「なんか目覚めてみれば体に穴が空いてたり腹が異様に減ってしょうがないんだがこれはいったい何事なんだ」

 

「魔人化だよ、魔人化。ガルティア君。君が殺したレッドドラゴンから出てきた宝玉。アレ、魔血魂と言って魔王の血そのものなんだよ。飲み込むと前の魔人の人格と精神的な勝負を行うんだけど……それに勝利すると……ね?」

 

「魔人になっちまう、という訳か」

 

 メガラスがその言葉に頷いた。

 

「魔人は魔王の命令には逆らえない。命じられればそれに従うしかない……が」

 

 と、言葉を付け加え、

 

「魔王の言葉を耳にしなければ問題はない。お前が魔人となったのは偶然だ。その気がないのであれば逃げられたと俺の方で魔王に伝えておく」

 

「ほーん……」

 

 それを聞かされ、ガルティアは考える様な仕草を見せる。片目を閉じ、そして小さな声でムシたちと語り合う様な姿を見せる。だが悩む時間はそこまでは長くなかった様子で、次第に声が聞こえてくる。

 

「まぁ、未練がないってのは嘘になるが……選民主義の連中の嫌がらせにも、同族に化け物の様な目で見られるのにもめんどくさくなってきたし」

 

「英雄ってのも大変だなぁ」

 

「この時代の者たちは根本的に腐っているのが多い。特にこの地域は魔法を使えぬ者への迫害が強い」

 

 メガラスが此方に聞こえる声でそれを伝えて来る。何と比べて腐っているか、と言えばやっぱりドラゴンの事だろう。なんだかんだでメガラスも貴重な、第二世代型メインプレイヤーの存在を知る証人である。

 

 というより驚きなのはゼスに根付く魔法至上主義が既にこの時代から根幹を見せている事だ。もしかして神側での仕込みでもあるんじゃないだろうか? まぁ、でも人間って選民思想とか優勢種とか大好きだから当然の流れかもしれない。

 

 そこらへん、ナイチサかジルがしっかりぶち殺して回ってくれる事に祈ろう。

 

 それはともかく、ガルティアの視線が此方へと向けられていた。

 

「あんたはどうすんだ?」

 

「ん? 俺?」

 

 まぁ、元々スラルの顔を拝んでおこうとは思っていたのだ。

 

「スラルちゃんとお友達になりに行くぞ俺は」

 

「……お前は本当に昔から……」

 

 メガラスが溜息を吐く。そこには絶対に擁護しないぞ? という言葉と気配が隠れていた。そうやって言ってくれるだけメガラスは優しい部類だと思う。ケーちゃんとか頭の中では絶対にずっと俺より強いから早く死んでくれとかしか思ってなさそうだし。まぁ、でもこれでククルククル、アベルと続いてスラルに会えれば魔王コンプの道を進める。将来的にナイチサやジルともエンカウントできればマジで魔王コンプの道が見れる。

 

 これ、俺将来的に生きてるの? 生きて魔王コンプできる?

 

 ジル辺り、割と真面目に無理ゲーの気配が強いが、それでも面白い事に挑戦してしまうのがウル・カラーという存在の宿命なのだ。ルドラサウムが娯楽を求めているのだから、しょうがないよね。

 

 ちゃんと、チャンネル繋いでる?

 

 まぁ、それはともかく、んじゃ、とガルティアが起き上がる。

 

「行くか、魔王に会いに。面白い奴ならいいんだけどな」

 

「……酔狂な奴だ」

 

 まるで未練を見せないガルティアの表情にメガラスは再び、溜息を見せた。恐らく人生で最も溜息を吐いている瞬間でもあるだろう。しかし、メガラスじゃなければ殺し合った直後に普通に会話するなんて事も出来なかっただろう。最速で回収させる為にメガラスを前線に送り出したというスラルの判断には天晴と言いたい。魔軍の中で一番話が通じるのは、やはりメガラスなんだよなぁ、と思う。

 

 ケーちゃんは当然問題外。遊ぶ分には面白いのだが、ガチる場合は一番危険なので事前に殺す必要があるのだ。ただケーちゃんを殺してしまうとやはり、未来に不都合が生じてしまう。流石にそこにまで手を出す勇気が自分にはないので、現状の絶望感だけで満足しておく。このどうしようもない絶望感も慣れてくるとそれなりに快感を感じられるし。

 

「じゃ、魔王スラルちゃんにこんにちはしに行くか……!」

 

 言葉と共にメガラスの背に乗ろうとして、メガラスが横にズレた。

 

「……」

 

「……」

 

 もう一度メガラスの背に乗ろうとして、メガラスが残像だけ残して横にズレた。

 

「おい、《ハイスピード》まで使うか普通」

 

「男とお前は乗せない」

 

「ざけんな。俺が男らしいって言いたいのか。ありがとう」

 

「すげぇな、こいつ。何時もこんな感じに錯乱してるのか?」

 

 ガルティアの言葉にメガラスが頷きながら先導する様に浮かぶとすいーっと、進んで行く。明らかに動き方が俺から逃げる様な動き方だった。《高速飛翔》を使って軽くブーストしつつメガラスへと追いつく。

 

「待てよっ」

 

「……」

 

 だがそれに合わせてメガラスが横に《ハイスピード》で回避した。

 

「そんなに俺の事嫌い!?」

 

「いや……どちらかと言うと関わりたくない類なだけだ」

 

「もっと酷い」

 

「なんだ、魔軍ってのは俺が思ってたよりももっと明るい場所なんだな」

 

「俺、魔軍所属じゃないよ!!」

 

「あぁ。こんな奴が味方だったら困る」

 

「おい、メガラス……メガラス!!」

 

 メガラス、返答もせずに僅かに浮かんだまますいー、っと魔軍の奥の方へ、魔王のいる場所へと向かって進んで行く。お前、LP歴になる前に魔血魂に一回戻してやろうか、とその背中めがけて《火の矢》を連続で叩き込んでいくが、それをメガラスが見てから回避して行く。本当に腹立つなこいつ!

 

 あぁ、でも、たぶんこれが本来のメガラスというホルスの素顔なのかもしれない。本来はムードメイカーだなんて言われていた覚えもあるし。寡黙で無愛想なのは4000年という時が彼を変えてしまったのだろう。

 

 まぁ、その頃は死期なのだが。

 

「なぁ、それで魔軍って食事とかどうしてるんだ? やっぱ……こう、飯、美味いのが出るのか?」

 

「なんでそんな発想に至ったんだガルティア君……?」

 

「え、嫌だってあんなに元気に襲い掛かってくるんだったら腹いっぱい食ってんだろ? つーことはそれが料理出来る奴もいるに決まってんだろ」

 

「ガルティア君の世界独特過ぎではこれ」

 

 魔人―――魔軍に所属する存在の中でも中核を担う、魔王の側近。その存在は将来的には《無敵結界》と合わさる事によって人類に対してただひたすら、恐怖と絶望を撒き散らす存在になる。実際、それで人間が追い込まれる事態はこの先の未来で何度もある。

 

 それ故に魔人という存在、その個人に対してあまり、深く関わる事もその人柄を知る様な事もなかった。特にメガラスやガルティアを始めとする、出番が少なかったり短かったり、直ぐに死んでしまった魔人等は特別情報が少ない。

 

 魔王スラルもそういう存在の一つだ。

 

 自分がこの、ルドラサウム大陸の歴史を追いかける中で、何時か届く未来までを生き続ける事が出来るのであれば、ゲームとしては書かれなかった、描かれなかった彼らや彼女たちの姿を、この目で捉えて知る事もまた一つの役割なのかもしれない。

 

 馬鹿を口にするガルティアと、未来よりもまだ明るいメガラスと三人で魔王の下へと向かいながらそんな事を考えつつ、思い出す。

 

 ―――しまった、脱出に関してノープランだ……!




 メガラス、本来は明るいむーふぉメイカー。ただしLP歴ではすっかりその影もなく、ホルス女王テラには嘆かれていた。

 ガルティア、本質的には戦士。所属とかをあまり気にはせず、都合によって所属を変える事を良しとする。唯一入れ込んだのがスラルであったという話。

 魔人も魔人側で情報足りてないけど、面白い連中多いよね。


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100年 魔王城

 予想してたよりも魔王の周辺環境はしっかりしてた。

 

 というか未来で言うリーザスに既に魔王城があった。正確に言えば建設途中。魔物兵の姿が見え、それが魔王城を建設している最中だった。防衛を考慮して城壁やら堀やらを用意している。重力属性の魔法で作った《斥力跳躍》で軽々と障害物を飛び越えて移動する。

 

 メガラスはそもそも空を飛べるし、道中で使徒化などの話を聞いたガルティアはムシの集合体を使徒化させて空を飛べるようにしたので、それに捕まって空を飛びながら移動している。やっぱり移動力増強系の何かは必要だよなぁ、と思って開発した魔法だったが、こうやって飛行可能な連中と一緒に移動していると切実にそう思える。これで《魔法Lv3》だったら《瞬間移動》がハンティの様に使えるのだが。

 

 だが時空干渉系魔法はLv3の特権だ。《ドラゴンLv2》と《魔法Lv2》という組み合わせによる裏技でも重力属性の魔法を生み出す事が限界だ。それにしたって十分凶悪なのだが。それでもハンティが使える《瞬間移動》の事を考えると、もう一つ何か、移動用の手札が欲しい。

 

 素の移動力だと距離が短いし、《高速飛翔》と《ゆらゆら影》を差し込んでも魔王や魔人級との戦いでは速度で劣るし。この先、《無敵結界》を獲得する魔人や魔王の事を考えれば、()()()()()()()()()()()()()だ。この先、ナイチサやジルを相手に道化を演じるなら少なくともダイナミックエントリーから煽って、その場から逃げ出せるだけの逃走能力が必要になってくる。

 

 まぁ、この100年間ちまちまレベル上げしているし、レベルダウンしない様に気を付けているから継続的に続けていれば将来的には三ケタを維持できると思うのだが。ともあれ、

 

 《斥力跳躍》で大ジャンプしつつ、メガラスと一緒にガルティアを建設中の魔王城へと送り届けに来た。しかし旧魔王城はそういえばリーザスに建設されるんだっけ? と思い出す。魔王城と言えば魔物界のそれがイメージが強すぎるが……そういえばジルの復活がリーザスだったな、と連鎖的に思い出す。まぁ、遠い未来の話だ。

 

 まぁ、それはともあれ、

 

「お、メガラス様お帰りなさい!」

 

「……」

 

「メガラス様、其方の方は?」

 

「新しい魔人とキチガイだ」

 

「あ、はい」

 

「メガラス君? ……メガラス君?」

 

「こっちだ」

 

「お前ほんと俺にだけ酷くない??」

 

「お前が女なのは見た目の都合上だけだと思っている」

 

「正しいけどさぁ! 正しいんだけどさぁ!!」

 

 こう、釈然としないものがあるよ、メガラス・マイ・フレンド。勝手に友人認定したけど大丈夫だろうか? まぁ、口にしなければ問題はない。

 

 軽やかな足運びで大地を抜けて行く。そしてそのまま、建設中である魔王城の入り口まで到着し、忙しそうに働いている魔物兵の様子を目撃しつつ、メガラスに案内され、中へと進んで行く。ガルティアもガルティアでへぇ、と声を零しながら周りを見て行く。

 

「総数が把握されてなかったけど、これが魔軍の総数って所か……」

 

 明らかに前線に出ている魔物兵よりも多くの魔物兵が魔王城付近には固められていた。それを眺めながらガルティアがぼそり、と呟いた。

 

「……これだけいりゃあ数年で人類を滅ぼせるな。いや、前々からこうなら既に滅んでておかしくないのか?」

 

 明らかに人類を滅ぼせるだけの戦力を前にガルティアが少しだけ考える仕草を見せ、その姿を見て背後で自分はにやにやと笑っている。つまり魔王スラルはある程度自力で人類を絶滅させてはならないという事実に到達しているのだろう。ナイチサはその事実に辿り着けず、勇者によって死にかけた。あぁ、そういえば勇者システムも、AL教も大体SS歴に生み出されたものだった、と思い出す。

 

「魔王はこっちだ。礼儀正しく―――礼儀、正しく、な」

 

「俺を見て言うのちょっと傷つくぞお前」

 

「……」

 

 メガラスのジト目が突き刺さるも、メガラスは諦めて案内する。既に赤いカーペットの敷かれた魔王城内部へと侵入する。《魔法Lv2》技能によって、魔王城そのものに風化防止などの魔法が使われており、簡単には崩れないようになっている事が解る。中々高度な魔法だ。こういう便利系な魔法ではなく実用性ばかりを求めた戦闘、戦闘補助用の魔法ばかりを研究している身としてはこういう魔法はちょっと、興味がある。

 

 とはいえ、メガラスとガルティアが奥へと進んで行くので足を止めている暇がない。 駆け足で二人に追いつきながら魔王城の奥へと進んで行き、複雑なその内部構造を進んで、奥へ、そして上へと進んで行く。

 

 やがて、ここから人類を苦しめる為の指示をジルが出し続けると思うと恐怖しか感じないなぁ、と思いながらも、やがて入り組んだ城内の奥へ、凄まじい気配を感じる場所へと到達した。直感的にこれが魔王の気配であるのを察す。懐かしさすら覚える、ククルククルやアベルと同種の、怪物の気配だ。

 

 ぶっちゃけ、アベルも魔王としてはすさまじく強かったのは間違いないのだ。

 

 ただ、それ以上にマギーホアが怪物的だっただけで。

 

 扉の向こう側から感じる気配はアベルには劣るものの、今の人類で倒す事の出来る存在ではないレベルの強さを持つ存在感を放っていた。その気配を前に、流石のガルティアもやや緊張する様子が見て取れた。そして自分も、

 

 ……うーん、選択間違えたかな?

 

 と、思わなくもなかった。アベル時代であればドラゴンの肉体だから強引に逃げ出す事も出来たが、姿がヒューマン・カラーとなった今では、ドラゴン程の力を出す事は出来ない。もし本気で殺しに来られたら、逃げ切れるか割と怪しいラインであるのは事実だ。とはいえ、ルドラサウムが期待しているのであれば、俺も道化を演じなくてはならない。神の奴隷の立場は実に大変なのである。

 

「……魔王様、メガラス……帰還した」

 

 故にメガラスが扉をノックした時、そこで覚悟を決めた。死ねばどうせルドラサウムへと還るだけなのだから、そこまで心配する必要もない。何時も通り、脳味噌を半分蕩けさせて対応すれば、まぁ、何とかなるんじゃないか? とは思わなくもない。そして同様にガルティアも覚悟を決め、

 

「あら、最速を名乗る割には遅かったわねメガラス。入って来ていいわよ」

 

 扉の向こう側から聞こえて来る少女の声に、ガルティアが表情を僅かに変えた。あぁ、やはり驚くだろう、そこは。何せ、魔王スラルは少女なのだから。

 

 そしてメガラスが扉を開けて、その向こう側に広がる玉座の間を見せた。

 

 その奥、玉座には黒い胸元が僅かに開いた服装に身を包む、白髪紅眼の少女の姿が見えた。そう、少女だ。玉座に座っているのは少女であり、その前には魔物大将軍の姿が見える。それらが全て、緊張感をもって魔王スラルの前に平伏しており、魔人が室内に侵入すると頭を下げてから玉座の間から出て行き、

 

 背後で、扉が閉じた。

 

 片手に紙の束を握りつつ視線を入室者三人―――つまりガルティアとメガラス、そして自分へと向けた。その圧倒的生物として上位の気配に、ガルティアは黙り込み、しかし視線を外さない。

 

「で」

 

 と、スラルが見慣れない二人の姿を見つけて声を零した。

 

「私、魔血魂を回収しろって命じたのに、見慣れない魔人が増えてるんだけど」

 

 スラルの姿を見て、ガルティアの姿を見て、ガルティアの方を見ながらサムズアップを向けた。

 

「ぶっ殺してやったよ!」

 

「食っちまった」

 

「……」

 

 その言葉にスラルが真実を求めてメガラスへと視線を向けるも、メガラスがものすごい残念そうな表情で頭を横に振った。残念ながらそれは真実であるとスラルへと告げると、スラルが盛大な溜息を吐きながらガルティアへと視線を向けて。

 

「私の下へと来たという事は私に従うって事でいいのかしら?」

 

「いいぜ。ただし俺の部族への手出しは止めて欲しい。それが無理ならしばらく攻撃しないでくれ」

 

 ガルティアの姿を見て、スラルがしばらく悩む様な姿を見せてから、そうね、と声を零した。

 

「じゃ、契約成立ね。今日から貴方も私の部下ね、えーと」

 

「ガルティアだ、魔王様」

 

「スラルよ―――で」

 

 そいつは何? という視線をメガラスが再び受ける。つまり俺に関する扱いだ。しかしガルティアの件、恐ろしいほどに円滑に軽く進んだなぁ、とちょっと、驚いていた。何より驚いたのはスラルの普通っぷりだ。魔王として、余りにもこれでは普通だ。さっきのガルティアからの交換条件、魔王の特権で命令して従わせるのではなく、損得で判断していた。そんな事しなくても魔王であれば操れるだろうに。

 

 魔王スラルの最終的な評価は【思慮深く慎重、歴代最弱であり少女】という評価だった。だけど成程、そうか、と納得させられる。

 

 確かにこりゃあ少女だ。

 

 魔王の癖に欠片も怖くねぇわ。

 

 未覚醒のリトルプリンセスに近いものを感じる……とでも表現すればいのだろうか? まぁ、まだリトルプリンセス誕生すらしていないのだが。それはともあれ、メガラスがスラルの言葉に対して、自信満々に頷いて答えた。

 

「キチガイだ」

 

「おい、メガラス君? フォローは?」

 

「俺は嘘がつけない」

 

「メガラス君! メガラス君!」

 

「私、別に芸人の相方を見つけろって命令を出した覚えはないんだけど」

 

 俺もまさか土壇場でメガラスに裏切られるとは思わなかったが、しかし、メガラスは頭を横に振る。

 

「狂人ではある。だが同時に賢人だ。前魔王時代で最も竜王マギーホアに信用された道化師でもある。俺が名を口にする前に魔王様の名を口にしていた」

 

 その言葉でスラルの警戒心がぐんっと上がった気がする。メガラス、フォローをしたつもりだったかもしれないが、それで逆に警戒心をガン上げしているという事実にどうか気付いて欲しい。ちょっと見えるメガラスのドヤ顔がムカつく。お前は早く数千年後の無愛想モードになってろと心の中でテレパシーを送ってみる。

 

 駄目だ、着信拒否に設定されている。

 

 仕方がないなぁ、と溜息を吐く。

 

 片手を額に当て、盛大に、露骨に溜息を吐く。

 

「はぁー……ごめん……魔王相手に一応戦った事はあるんだけどアレ、53点だったしちょっとスラルちゃんに対するキャラどう通すべきか困ってるから数分だけ時間貰っていい?」

 

「53点……」

 

「スラルちゃん……」

 

「53点……」

 

 片腕でタイムな! とやってスラルが困惑している間に必死に考える。必死にどう話せばいいか解らないので、考え直し、そして首を傾げた。

 

「待て、俺はスラルちゃんと仲良くなりに来たのだ。つまり特に関係なく素の狂気でお話をすればいいのではないかと気づいてしまった。特に遠慮する必要はないのではこれ?」

 

「そう……」

 

 言葉と共にスラルが殺す為に魔力を集めるのを見た。あ、駄目だ。これ少女でも普通に殺しに来るタイプだ。遊ぶ範囲を間違えると真っ先に始末されるぞこれ。

 

「おぉっと、魔王になった程度じゃ無敵じゃないってのは解るけど。そうやって直ぐに手を出そうとすればアベルみたいに直ぐに死んじまうぜ? ははは、ほら、アイツの魔王としての任期60年もなかったしな」

 

 スラルの腕が振るわれた。横の空間を斬撃が抜けて行き、床と壁を破壊しながら深い裂傷を刻んだ。うん、実にニアミス。スラルが反らさなければ今ので即死していたな、と内心で爆笑しつつ言葉を続ける。

 

「へえ、詳しそうね」

 

「知ってる事に関してはね。こう見えてもククルククルもアベルも見て来たから、お前で3人目……歴代魔王コンプって感じなんだわ。スラルちゃんはどういう魔王を目指すんだ? ん? ククルククルみたいな偉大で最強の魔王を目指す? それともアベルみたいな暴れ過ぎて駆逐されるクソ雑魚魔王を目指す?」

 

 ニヤリ、と笑みを浮かべてスラルを見る。本気出されたら死ぬよなぁ、間違いなく死んじゃうよなぁ、と思いながらも、この命を懸けたどうしようもないチャレンジが今、楽しかった。状況的には絶望的なのは事実なのに、それでも笑う事を止められなかった。間違いない、今の俺クソ野郎に違いない。100歳程度の少女相手に1000歳近いドラゴン・カラーが理詰めで脅迫し始めてる。

 

 クソ楽しい事実をここに認めなければならない。

 

「それとも―――神様にでも泣きついてみるか? ん?」

 

 その言葉にスラルが睨む様な表情を見せた。お、殺すのか? 殺しに来るのか? 殺しちゃう? ざっくりと殺しちゃう? それはそれで将来の心配をしなくていいから楽で助かりはする。それはそれで楽しいから別にいい。ルドラサウムに見つめられる日々も終わると思えばそれも救いの一つだ。

 

 と、期待を込めてスラルを眺め続けるが、

 

 スラルが魔力を霧散させた。そして呆れたような表情と声をメガラスへと送った。目を閉じ、心底疲れたような表情を浮かべ、

 

「成程、確かに狂人ね……これは。どうしようもない程の。だけど同時に賢人ね。しかも見せつけて聞かせる事に愉悦を覚える質の悪いタイプ。貴方、友人は選ぶべきよ」

 

「友ではない。知人だ」

 

「末代まで呪うぞホルス」

 

 その発言を聞いてスラルとメガラスが此方へと視線を向け、同時に溜息を吐かれた。おかしいなぁ、一体どこで道を間違えたのかと思ったが、この世界に生まれてきた時点で人生を間違えたようなものだった。それじゃあ文句も言えないなぁ! と納得する。全ての責任はルドラサウムが背負おう。

 

 良し。

 

「ま、王のそばには道化も必要……ってことかしら、ね」

 

 スラルの言葉に玉座の間での謁見は一旦、お開きとなった。




 年表を追いかけても欲しい情報が揃っていない時の絶望感。情報が……情報があまりにも足りない……!

 とはいえ、それでもスラルが少女らしい魔王、或いは庇護欲を誘う相手であるのはケッセルリンクとガルティアを見れば解るかなぁ、って。どういう風に味付けするかは公式から情報が出ない以上、創作の中では自由でもある。とはいえ、基本的な情報は欲しい。

 凄く欲しい。


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100年 魔王城

 道化師。現代で言えばピエロ等のイメージが強い。

 

 連中はエンターテイナーであり、同時に言動的な狂人である。その理由は社会にそぐわぬ思想や高い教養から宗教に当てはまらない自由な言動を行えていたからである。王としての格はそれらのエンターテイナーを飼う所にもあった。スラルが道化師、と表現したのはそう言う部分にあるのだろう。俺の狂ったような言動、しかし不気味なほどに博識な部分に。

 

 正直、良く殺さないもんだと思った。俺なら間違いなく殺している。マギーホアでもたぶん殺す。だがスラルは魔王だ。最も思慮深く、そして慎重な魔王だと言われている。

 

 だが逆に言えばそれは臆病であるという事の証でもある。

 

「ま、スラルちゃんは神様に《無敵結界》を頼むぐらいには臆病だしねぇ。欠片でも自分を殺し得る可能性を見出せるなら殺して始末するより、可能性の全てを確認したいって所なんだろうな。実に人間らしい」

 

 特に臆病な部分とか。それに魔王が持つ、問答無用の破壊衝動、リトルプリンセスやランスが常に悩まされていたアレに犯されている様な様子をスラルは見せていなかった。つまりシステムとしての破壊衝動はまだ組み上げられていない。或いはそれが《無敵結界》と一緒に実装されたか、もしくはナイチサやジルの残虐性辺りが【血の記憶】に残されてしまったのかもしれない。

 

 ま、どちらにしろ、どうでもいい話だ。その時に知ればいい。今から答えを得たら先の出来事に楽しみがなくなる。

 

 だから運命を視たりするのは愉しみが減るだけだよルドラサウム君?

 

 ある意味、未来を知らない方が楽しかったかもしれないと思う。

 

 まぁ、それはそれとしてスラルから滞在許可をもらったので―――一番最初に見つけた魔物兵をケリ転がして、《裁縫》技能持ちの魔物兵を走らせるようにして来る。そしてその上で要望を伝えてさっさとパシらせる。魔王の下で一時的に働くのだから、このままの服装では格好が悪い。この世界で歩き回る為のちゃんとした服装が欲しかった。スラルを見ている感じ、資材管理や調達、集めたりするのには神経質にやっていそうだし、スラルの上質な服装を見る限り、絶対に部下に作らせたものだというのが解る。

 

 それに便乗して俺の服も作らせてしまおうという話だった。魔王クラスで格好良い服装を期待する。こう、次にハンティに会ったらキャー! 姉さんかっこいいー! 素敵ー! 抱いてー! あ、駄目だ、パットンとハンティのカップリングは外せない。シリーズファンとしてこのカップリングを外してはならないのだ。ならしょうがない、少しだけダサくても我慢しよう。

 

「パトハンいいよね……でもやっぱランス君とシィルちゃんの組み合わせがね……ファンとしてね、絶対に外せないと思うんだ……こう、あんな態度でも実は一番大切にしているって事実がね、こう、どうしようもない尊みあってね? ウル様溶けそう……」

 

「いや、厨房で溶けないでください」

 

 と、服飾に関して頼んだ足でそのまま厨房へと来てしまった。隻腕となってしまったが、人間の姿になったので、料理は技能がある事も含め、軽い趣味というか楽しみになりつつあった。というかガルティアに天ぷらを食わせてしまった手前、自分だけ何も食ってないという事実に直面していた。メガラス君は虫ベースだし樹液啜ってればいいのかもしれないが、自分はそうもいかない。

 

 長い間飯を絶っても平気と言えば平気なのだが、ガルティアがああも美味しそうに食べている姿を見ると自分もなんか食べたくなってくる。

 

「っつーわけで、へんでろぱを作ります」

 

「なんだよそれ……」

 

「というかお前誰だよ……」

 

「気にするな。ウル様は通りすがりの吟遊詩人シェフだ。特技は生でイカマンを食う事だ」

 

「解った、こいつ逆らったらいけないタイプだな? ん??」

 

 そんな事ないよー、と魔王城厨房をチェックする。鍋とかフライパンとか意外といいもん揃ってるじゃん、と声を零す。食器とかも割と上品な物が用意されている。魔軍という話だからもうちょっと、こう、雑に用意されているものだと思ったのだが、そんな事はなかった。まぁ、スラルの服装も結構品のある物だし。

 

「あぁ、そこは魔王様が揃えておけって」

 

「そうそう、集団として活動するならそれなりに品格が必要だって」

 

「食事は元気の素だから特に気合を入れるとか」

 

「まぁ、俺ら料理経験皆無だから焼いたり煮たりする程度しか出来ないけどな!」

 

 厨房でエプロンにコック帽子姿の魔物兵たちがどわ、っと笑う。いかんぞ、それではいかんぞ、と軽い説教を入れる。なんで俺魔王城に来てまで魔物兵に説教しているんだろうか? と軽く首を傾げたりもしているが、

 

「お前らにアイアン・シェフのウル様が本当の料理ってもんを教えてやるよ……!」

 

「料理できるの!? マジで!?」

 

「魔王様でさえ出来ないのに? 神かよ」

 

 スラルちゃんなにやってんだろ……? そう思いながら貯蔵庫をチェック。その中にある材料を確認し、高級食品も普通の食品もつぎ込まれているのを確認した。えーと、コラボカフェに行った事があるんだよなぁ、と頭をとんとん、と叩き記憶を掘り出す。

 

 へんでろぱは原作の説明だとかなり解り辛いが、クリームシチューに近い食べ物だ。ただし肉と魚、両方が入ったそれなりにボリュームのあるものだ。使う材料も結構謎染みたものが多いが、それでも代用品を作れば自分が地球で食べたコラボカフェのメニューの味は、再現できるだろう。後は全部自分が持っている1だか2だか不明の《料理》技能で補正すれば何とかなるだろう。

 

 という訳で作成。

 

「鶏肉……お、ほららあるじゃん。後はミルクにげっ、ヒラミレモンまで置いてあるのは凄いな。塩胡椒でもいいけど、ストーンガーディアンの涙があるならそっち使っちまおうか。後は野菜と茸を少々……っと、お前ら見てろよ見てろよー」

 

「任せろ、台無しにした食材を見て爆笑する準備は出来てるから」

 

 中指を突き立ててから作業開始。つってもやる事はほとんどクリームシチュー作るのと一緒なのだが。魔王城の糞雑魚コック魔物に本当の料理ってものを教える為にも、包丁の持ち方からどうやって切るのか、下ごしらえの仕方、どの程度の強さで洗うのか、とか場合によっては洗う為の水の温度の話とかを軽く流すようにしておく。

 

 で、下準備が完了してしまえば順番に時間をかけて、煮込みつつ投入して行くだけなのでそこまで難しくはない。肉と魚だけでは口の中がちょっと重いので野菜といっても汁をある程度吸って味の付きやすいブロッコリーを使う。で、レモンはカットして味付けにちょい使いつつ、飾る事も忘れずに輪切りしたのをよそった器に盛りつけて完成。

 

 やっぱ肉と魚とクリーム煮だと絵面が茶色と白で染まってしまうので、緑野菜をある程度見栄えの為に投入するのは大事だよな、と完成された《へんでろぱ》を見て頷く。うん、出来は悪くないんじゃないだろうか? 少なくとも《料理》技能からは失敗の予感がない。

 

「ま、こんな感じだな。料理ってのは根本的に才能よりも経験と回数が肝だからお前らもレシピを用意して、それを何度も繰り返せばその内普通に料理ってもんが出来る様になるから。俺もこの100年間は石鍋で料理したり頑張ったし。あ、鍋の中身はやるよ。これだけ食えればいいし」

 

「流石料理長!」

 

「話が分かるゥ!」

 

「いただきまーす!」

 

「お前ら魂売るの早いな、おい」

 

 まぁ、魔物って大体そういう生き物だよね、って思いつつ完成されたへんでろぱを適当な椅子に座って食べようとすると、

 

 なんか、懐かしい姿が厨房のテーブル前の椅子に座っていた。こう、ねじれた角とか髪色とか、物凄い懐かしいのだが、目の前に並べられているスプーンと、手元のへんでろぱへと向けられている視線を見れば、何を求めているのかが一瞬で解る。

 

「献上する事を許すぞ」

 

「カミーラちゃん……」

 

 数百年ぶりに目撃した魔人カミーラは腹ペコさんだった。少々、情けない王冠の姿を見て、しかし懐かしい姿が見れた事にどことなく、安堵を覚えている自分の心を感じていた。カミーラの反対側に座り、二人の間にへんでろぱを置いた。そして人差し指でカミーラと自分を指さし合い、分け合う事も示す。それにカミーラが一瞬、難色を示そうとするが、

 

「ひゅご―――」

 

「解った、分け合おう」

 

 重力魔法の応用で口の中に全部一瞬で吸い込んでやろうかと動作を見せたら、あっさりと折れた。スプーンを片手に肉と魚を軽く切り、それをシチューと一緒に口に運んだカミーラは、どことなく満足げな表情を浮かべた。

 

「今度から私の料理人として傍にいる事を許そう」

 

「そんなに食料事情が酷いのか、ここは……」

 

「……まぁ、まだドラゴンの頃であれば知らなかったのだ。我慢も出来た。だが魔王めが人の街から持ち帰った料理を一度食べてしまってはな……」

 

「舌が肥えちゃったのね」

 

 そら大変だ。ドラゴンの食生活は焼いて食うかそのまま食い殺すか、それぐらいだった。そしてそれが当然だった。味付けとかそんな概念は欠片も存在しない。その中で人間の考案した料理という文化、それを知ってしまうと確かに知らなかった頃に戻るのは難しいよなぁ、とへんでろぱを食べながら思う。

 

 ……うん、美味しくできた。ヒラミレモンってこういう味だったのか。うーん、嫌いじゃない。

 

 むしゃむしゃと輪切りのヒラミレモンを食べながら思う。この酸っぱさが自分は好きだ。ヒラミレモン、もうちょっと数確保できないだろうか? まぁ、それはともかく、カミーラがガンガン肉と魚ばかりを食おうとするので、野菜の方を押し付けてやる。バランスよく食え、バランス良く。

 

「しかし貴様、生きていたか。よくあの騒動の中に生きていたな……まぁ、貴様がそう簡単に死ぬとは思えなかったが」

 

「神様に愛されているからね。死にたくてもたぶんそう簡単には死なせてくれないさ。一種の呪いの様なもんだよ。とりあえず死ねそうな方向に突っ込んでみてるけど、今の所死ねてないしな」

 

 真面目に運命捻じ曲げられている可能性もあり得るのだ。その場合、死のうと頑張っている俺の努力がまさに道化の様になるのだが。まぁ、それはそれとして、

 

「ちゃんと食事取ってるか? 肌の色が悪いぞカミーラちゃん」

 

「雑な飯がどうもダメでな。貴様の作るそれは悪くない。また作れ」

 

「偉く素直になったなぁ、カミーラちゃんは」

 

 その言葉に、カミーラはスプーンを止めて、此方へと視線を向けてきた。口へと片手で運んでいた食べ物の動きを止めつつ、片目でカミーラの視線に応えた。

 

「貴様には……勝てる気がしない」

 

「カミーラちゃんなら殺そうと思えば殺せるでしょ? 俺は抵抗しないぜ」

 

「そういう意味ではない。根本的に何をしようが、全ての掌の上の様な感じが拭えない。何をしても全てが想定通り。実際、アベルの件も貴様の言うとおりに動けばその通りになった。そして不妊となった私は象徴としての王冠として、取り戻された後ではマギーホアに犯される事もなくなった……全て、貴様が誑かした通りだ」

 

 まぁ、その方が面白いだろうとは思ったし。まぁ、カミーラの言葉は間違っていない。知識は―――或いは、この世界という事に対する真理があれば、その程度容易いだろうとは思う。万能でも全能でもない。でも確かに、自分が保有する知識の数々はそれその物が《真理》と名乗っても良いレベルでの情報だろう。

 

 カミーラはそれを知らずとも、それに似た何かを感じ取っているのかもしれない。カミーラもなんだかんだでドラゴンだ。王冠として扱われ、丁寧に犯され続けてきたが、それでもドラゴンだ。彼女は決して、愚鈍ではない。寧ろ賢しい方の生物だ、スペックとしては。未来での彼女があんまりなのは、彼女の性質として怠惰の陰に覆われてしまった事にも原因がある。

 

 だが今の彼女はその長い怠惰に陥る前の状態だ。

 

「ウル・カラー……貴様は一体、何者なんだ……?」

 

 カミーラの言葉にさぁ、と答える。

 

「その答えは俺が一番知りたい。メインプレイヤーなのか。或いは特別ユニットなのか。それとも第四の次元を超えた来訪者なのか。それとも新しくルドちゃんが思いついたゲームの一部なのか。或いは或いは俺自身がルドちゃんの化身かもしれないぜ? あぁ、いや、それは流石にないか。はっはっは……」

 

 どうせ、言っている意味の大半も理解できないだろう。だからカミーラに顔を寄せ、その瞳を覗き込みながら、息が当たる距離で口を開く。

 

「―――君の瞳に映るウル・カラーは何に見えるかな? 鯨かな? 竜かな? 神かな? それとも悪魔かな? 無力なカラーでもいいんだぞ。カミーラちゃんは、俺が、何に見えるのかな―――?」

 

「―――」

 

 カミーラが言葉を失い、動きを停止させる。瞳を覗き込んだまま、あらゆる動きを停止させ、唇を開こうとして、それを閉ざした。言葉を見つけようとしてそれを失っている様だった。

 

 あぁ、うん、

 

「ちょっと意地悪し過ぎたかな。年下の娘に大人げないか」

 

 嗤いながらカミーラから顔を遠ざけ、そのまま椅子から立ち上がる。ヒラミレモンを1個だけ手に取って背を向け、厨房の外を目指す。

 

「あぁ、残りはカミーラちゃんが食べちゃっていいよ。俺はこの酸っぱさが気に入ったし」

 

 手の中で転がし、上に投げてキャッチしながら厨房を出るものの、カミーラから返答はない。意地悪し過ぎたかもしれない。それでも俺だって自分が何者なのかは知りたいのだ。なんでここに居るのか、なんでドラゴンだったのか、なんでこんな知識があるのだろうか。俺の運命がどうなっているのか、ALICEちゃんに教えて貰いたいぐらいだった。あぁ、でもそうか、あの神の誕生は俺の後なのか。となると本格的に俺、おばあさんではないか。本当に多くの神や魔人をちゃんや君付けで呼べるのか。それはそれで楽しいぞ。

 

「ま、楽しければなんでもいいんだけどね」

 

 キャラづくりにじゃなくて、素で脳味噌を蕩けさせられるような状況が好ましい。そんな日常が続いてくれれば、何も文句はない。そう思っていると、

 

「あまり、私の部下を虐めないで頂戴ね」

 

 と、気配も音もなく、何時の間にか手に転がしていたヒラミレモンを奪われていた。背後を振り返れば、厨房の方へと向かうスラルの背中姿が見えた。

 

「あぁ、後料理が上手なら今度私になんか、甘いものでも作って。上司命令ね……すっぱ」

 

 一口だけ噛んでヒラミレモンを投げ返してくるスラルの背中姿を見送りながら、上書きする様にヒラミレモンを噛んだ。

 

「このどうしようもなく頭を殴りつけてくるような酸っぱさがいいんじゃないか。スラルちゃんは子供舌だなぁ」

 

 ま、楽しく。楽しく、やらせて貰おう。まだ楽しめる魔王の間に。それと並行して魔法の研究をしなくてはならないし。

 

 《無敵結界》対策、SS歴の間にある程度形にしておけば、間違いなくナイチサやジルの時代でも魔人や魔王を相手に遊ぶ事が出来るのだ。

 

 それを学べる最高の環境、出て行くわけがないだろう。




 狂気の底をうっかり開けちゃいそうなカミーラさん、やっぱアイツ悪魔だわと結論付ける。そんな傷心かかか、カミーラさん! が間違いなくそうなるのを見越して隠れてスタンバイしてたリスがどこかに居るらしいですよ。

 あいつ、危機管理能力だけ天元突破しているから魔王城に来た時点である程度察しているやもしれぬ。

 スラル様はホワイト企業の社長。鯨はブラック企業を複数運営する社会の闇。


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200年 魔王城

 ヒラミレモンを齧る。こいつはヒラミレモン、という名称で呼ばれているが、ぶっちゃけオキナワとかで有名なシークワーサーである。つまり地球にも存在する果物である。これが魔王の力を抑制する為のアイテムになるのだから、沖縄パワーというものは馬鹿に出来ないのかもしれない。まぁ、それはそれとして、この酸っぱさが癖になる。おかげですっかりとこの魔王城に居ついてからはなんとか魔王城菜園で育てられないか、

 

悪戦苦闘するだけで100年経過してた。

 

 何やってんの? と思うだろう。俺も十分に何やってんだろう、と思ったりもした。だが《農耕》技能は保有していなかったのだ。こんな時、農家がいればまた話は違ってきたのだろう。しかもスラルはどうやらヒラミレモンが苦手な様子。デザートに加工すれば美味しいのになぁ、と思うも、リンゴと桃を使って作った《うはぁん》の方がお好みの様子で、連日厨房に来てはレシピを聞いたり練習したり、ガルティアと並んでお代わりを所望してくる。

 

 ただしガルティア、お前出禁な。

 

 放っておくと保存食を食い尽くすようなやつは二度と厨房に近づけない。その使徒もだ。スラルに被害を相談したら《魔法バリア》の魔法を発明したので、それを織り交ぜた対ムシ用《厨房電磁バリアX》のおかげで今の所、ガルティアの厨房への侵入は防げている。だが奴も歴戦の戦士。いずれは攻略法を編み出すだろう。それまでに解決手段を持ち込まないと魔王城が食料不足で干上がる。

 

 そう、食料不足である。

 

 ガルティア一人で大体魔軍全体の食料の3分の1を食べてしまうのである。クソみたいな方法でガルティアが魔人になってしまった結果、迎え入れる準備もクソもなかったので、魔軍に対するかつてない、味方からの最大の攻撃だった。まさか食料不足で魔軍解体という事態が見えてきた事にスラルが本気で焦っていたのは爆笑した。こればかりはもはや歴史に残る事実として是非とも語りたかった。

 

 《歌唱Lv1》がある事が発覚したので、歌にしたらケーちゃんとガルティアに爆笑されて、スラルには追いかけられた。そんな訳でこのSS歴における魔軍という存在の緩さは大体掴めてきた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それが魔王スラルに対してこの100年間で出す事の出来た答えである。魔王アベルがエンジェルナイトの粛清によって死亡した為、次代の魔王としてスラルが直接指名され、そしてその影響で魔軍を率いている。彼女が言うには()()()()()()()()()()()()という事だった。

 

どうしても壊したくて殺したくてしょうがないって時が出て来るの。だけどね、これって意外と定期的に破壊や殺戮を行っておけば溜まらずに発散できるものなのよ。だから私は人間をチマチマルーティーン的に削ってる訳ね。常にプレッシャーを与えつつ相手が立て直す余裕を与え、偶に私でガツンとやる。一種のプロレスだけどこれの繰り返しで、まぁ、魔王として暴走する事はないわ

 

 恐らくは魔王の中で一番最初に魔王というシステムと向き合い、そして同時にそれをある程度解明した魔王だった。スラルがアホみたいに優秀であるという事実は、確かだった。彼女は誰からのヒントもなく、そして書物にさえ記されていない魔王というシステムを一人で解き明かして、それに呑まれないように対策を講じつつ人間と敵対していたのだ。

 

 適度に苦しみを提供しつつ、人間を削減し、それでノルマを達成する。

 

 かなり賢いやり口だった。

 

「ま―――ルドちゃん達が今回期待してるのは人間じゃなくてスラルちゃんの絶望だろうけどね……」

 

 誰にも聞こえない様に呟きつつ、吸い終わったヒラミレモンを燃やして捨てる。そして魔王城裏の庭に育っている木々をチェックしている。そう、農耕の時間である。果樹園である。スラルの非常に強い要望で甘いお菓子の材料になる果物優先で育てている果樹園である。砂糖とか欲しいから出来たらサトウキビとか育てたんだけどなぁ、ノウハウが欠片もないので、《農民Lv3》の魔物を魔王城では常に大募集中である。

 

「料理長ー。そっちどうっすかー」

 

「駄目駄目、枯れそうだわ。根本的に気候が合わないっぽいわ。後俺料理長じゃねぇからテメェ」

 

「でもいつも厨房に居るじゃないっすか料理長」

 

「ううん、まぁ、作るの楽しいし……」

 

「料理長じゃないっすか」

 

 クワを地面に置きながら片腕で体を支え、寄り掛かりつつ溜息を吐く。なんかこの100年で魔軍に馴染み過ぎてない? ちょっと脳味噌蕩けさせてはないだろうか、俺。大丈夫? この緩さでナイチサの時代に突入して本当に大丈夫か? もう既にSS歴200年だぞ?

 

 SS歴は500年までしか存在しないのだ。

 

 つまり後300年でナイチサの出番だ。

 

「なんで100年魔王城で農家やって貴重な時間潰してるんだ俺……」

 

「料理長―! こかとりすの雛が生まれましたよー!」

 

「マジかー!? スラルちゃんに名付けさせてからカミーラちゃんに食わせようぜ!」

 

「さらっと内乱の火種を作るの止めてくださいよー」

 

「それよりもこの前言ってたカレーに挑戦しましょうよ、カレー」

 

「香辛料なんて中々レアなんですから、揃った時にやらないと」

 

「胡椒は植えても植えても片っ端から腐るからなぁ……」

 

 完全に会話が農家のヒトになっている。魔軍これで大丈夫? と思うが、汚染されているのは最初に厨房に居た数名の魔物兵なのでまだ大丈夫だと思いたい。こういうのが全体に増えたらそれはそれで問題だと思うし。ほら、気持ちよく殺せないという理由でね? まぁ、それはともあれ、100年ものんびりと魔王城で、特に命の危険もなく過ごしてしまった。

 

 SS歴、恐ろしいほどに平和だと理解してしまった。

 

「……ま、ナイチサみたいに人類大きく削らないのは正解なんだけどね。勇者システムが稼働されても困るだけだし」

 

 悲劇のキャストその数百だか数千だか数万、勇者。魔王が暴れ過ぎた場合に魔王を殺す為の特攻兵器。究極的に幸せになれないシステム。バランス崩壊に対するお仕置きシステムとも取れる。

 

 個人的にコーラス0024にはちょっと会ってみたい気持ちもあるし。だが会うだけアレは損、というか無意味か、と理解する。7級以上の神はルドラサウムの為に動いている駒に近いし。ま、勇者システムの事を俺が考える必要はない。アリオスの登場まで何千年あると思ってるんだ。

 

「つーか、カレーも魚から採取できるらしいんだよなぁ、この世界。食物のあれこれがカオス過ぎんぜ。まぁいいわ。甘いもんが恋しくなったし、うはぁんでも食うか……」

 

「あ、うはぁん作るなら俺にもくださいよー!」

 

「駄目駄目! 《桃りんご》は超レアなんだから。1個だけ俺の為に確保してるんだから食わせられるわけねぇだろ……」

 

 本当に魔軍の会話かこれ? と思いながら魔王城裏手の魔王菜園から離れる事にした。

 

 

 

 

 100年も暮らしてれば部屋の一つや二つ貰えるという事もあり、それなりの待遇で住まわせて貰っていたりする。少なくとも魔人クラスの待遇でスラルは置いていてくれる。個人的な意見だがスラルは俺を味方にしたいのではなく、()()()()()()()()()から手元に置いている様に思える。アレはそういうタイプの女だと思っている。

 

 そんな考えを頭の中で流しつつお着替え。農作業用に来ていたシャツとオーバーオールを脱いで、その代わりに普段着に着替える。

 

 下はシンプルに汚れが目立たない紺の長ズボン。上は乳袋型の白いシャツ。そしてその上から蒼色のパーカージャケット。まぁ、それだけだ。ちょっとデザインが未来を先取りしすぎている気もするが、ちょくちょく異世界人やら宇宙人がやってくるので、このルドラサウム大陸でファッションセンスに関してツッコミを入れる存在はいないのだ。余りにも不毛な話題だからだ。

 

 という訳で、ウル様カジュアルルックが完了する。後はここに外行き用にベルトポーチを装着したりする。ただ今は魔王城勤務なのでそういう戦闘用装備をする必要がない。

 

「……というか魔王城あまりにも快適すぎるんだよなぁ」

 

 呟きながら赤く、シックに設えた魔王城内の自室、ソファに座り込みながら足を組んでふぅ、と息を吐く。唯一残された右腕をソファの縁に乗せて、寄り掛かりながら息を吐き、手を前に持ってくる。

 

「鍛錬したかったらメガラスとガルティアがいるだろ。ちょくちょくケーちゃんが頑張って鍛えてる姿はすっげぇ応援したくなって手を出しているからこれ含めてレベルダウンの心配性は皆無な環境」

 

 もうこの時点でだいぶ、環境として良い様な気がするが、

 

「スラルが人材管理とか資材管理とかを几帳面にやっているおかげでガルティアが食べ過ぎなければ物資に不足するという事はないし、人材も適材適所で運用されているから得意不得意でちゃんと仕事を分けているし、不満があれば改善して働きやすい様に環境にしているしんー……? 人間を殺しまくっているって事実を抜きにすれば理想の職場じゃこれ……?」

 

 スラル、恐ろしい子、と慄きながらちょっとコミカルにリアクションを取り―――息を吐きながら目を閉じた。

 

 まだ生きている。

 

 まだ死ねない。

 

 そして大きなイベントもない。

 

 ……平和だ。

 

 この100年、本当に平和だ。人類は大きく数が減る様な事はないし、魔軍も特に何かトラブルがあった訳でもない。大きな事件もなく、大きな障害があった訳でもない。俺でさえ割と脳味噌を蕩けさせながらも平和に鍛錬と色々と遊ばせて貰った。

 

 ただそうやっていると、どうしようもなく嫌な事を思い出してしまう。

 

「すまない、マギーホア。本当にすまない……。俺の心が弱かっただけにお前まで壊してしまって、本当にすまない……」

 

 強く、賢かった王様。俺の心が弱かっただけに、道連れが欲しくて求めてしまったイケニエ、マギーホア。本当に、本当にごめんなさい。素面に戻ってしまうと後悔と自責の念しか浮かんでこない。あぁ、あとそうだ。

 

「大丈夫だろうか、あの子は。ハンティ、ちゃんと生き残ってくれているだろうか? 世界はシナリオ通り進んでいて、ちゃんと未来にまで彼女は繋げられるんだろうか? 最後まで面倒を見られずに本当ごめんよ……」

 

 自分で散々人を殺して好きかってやった上でふと、素面になった時にこうやって謝り続けているのだからどうしようもない。どうしようもないと解っていても、それでも謝らないと駄目だった。俺は根本的に心の強いニンゲンではないと、ドラゴンの頃から解っていた。

 

 だからキャラを作らないと駄目だ。

 

 仮面を被って、道化を演じて、何か、笑えるような事に執着して、それで現実から逃げ続けないとどうしようもなく駄目な程、心が弱い。それでいて酒では一切酔えないのだから困った。酒にも、薬にも逃げる事が出来ない。無駄に強い耐性を持つ自分の身体がこういう時だけは恨めしい。

 

「……」

 

 考えるのを止めよう、と思って中々嫌な考えは頭から消えない。負のイメージ程脳から剥がれないとはいったい誰が言ったか。人生、嫌な事だらけで苦しい事ばかりずっと、残留する様に覚え続けている。まぁ、ルドラサウムとしては其方の方が面白いのだろうが。

 

「ふぅー……うはぁん食って気分取り戻すか。あとはケーちゃんモフモフするか」

 

 まだリスであるケーちゃんは非常にモフモフである。やばいぐらいモフモフである。しかも強くなる事に燃えるモフモフである。つまりはモフモフである。それを抱きかかえるだけでも軽く幸せになれるのだが、ケーちゃんはかくれんぼスキルを全力で発揮して此方から良く逃げ回るのだ、モフモフしたいとき程。アイツ絶対《隠密》技能生やしてるだろうってレベルで逃げ回る。

 

 よし、脳味噌が蕩けてきた。

 

 料理でもいい。魔法研究でもいい。鍛錬でもいい。農耕でもいい。なんでもいいのだ。深く集中すればその間は余計な情報を全部、脳からシャットアウトして集中できる。その感覚の間だけが救いなのだ。

 

 だから厨房へ行こう。そこで桃りんごでうはぁんを作って、食べて束の間の幸せを感じるのだ。

 

 と、何をするかを決めた所で、

 

 こんこんこん、と扉にノックの音が聞こえた。扉の向こう側の独特な気配で、誰がそこに居るのかなんて事は解る。

 

「スラルちゃん入っていいよー」

 

「あら、じゃ失礼するわね」

 

 部屋の扉を開けて、スラルが部屋に入ってくる。室内を見渡し、ふーん、と声を零しながら此方へと視線を向けた。

 

「なんというか、意外と物を置かないわよね」

 

「元がドラゴン・カラーだからな、俺は。大体ここに来る前は全裸で森の中で生活してたんだぜ。こっちに来ても服と仕事道具さえありゃあ、まぁ、満足だな」

 

 或いはCDプレイヤー……とは言わないが、レコードぐらいは置いてもいいかもしれない。そういうのは好きだ。だけど技術力的に考えて不可能だろう。可能なのは魔人パイアールぐらいだろうか? だが彼が登場するのはナイチサの時代だ。少なくとも300年以上先の未来の話になる。それまではレコードもお預けだろう。

 

「それはそうとスラルちゃんどこに座る? 横? 膝? ベッド? それとも床?」

 

「どこに魔王を床に座らせようとする奴がいるのよ」

 

 サムズアップをスラルに向ける。それを受けてスラルは溜息を吐いた。部屋に入るも、腕を組み、そして此方に半眼を向ける。

 

「ケイブリスから話を聞いたわ―――貴方、神への謁見方法を知っているみたいね」

 

「あー……そっか、そういやケーちゃんも知ってたな」

 

 ケーちゃんに神の扉の事を教えてしまったのは、今更ながら失敗だったかもしれないなぁ、と思ってもいる。アレ、神が人間を苦しめる方法で動くのであれば真っ先に対応してくれるから、LP歴のケーちゃんが手を出すような事があれば、間違いなく応えてくれるだろうとは思う。今さらではあるが、失敗だったと思っている。

 

「まさかこんな身近に答えがあるなんて思いもしなかったわ」

 

「俺は割と露骨に誘ってたけど」

 

「馬鹿ね、どう見ても罠じゃない。でもあの臆病者が保証するなら間違いなく正しいだろうし、これで遠慮なく聞けるわね」

 

 ケーちゃん、ある意味で魔王にも信用されていた。まぁ、リス時代のケーちゃんは比較的にマスコット的扱いとして愛でられていたという話もどこかで聞いた気がする。

 

 まぁ、余談はともあれ、

 

「スラルちゃん、神様に会いたいのか?」

 

「えぇ―――もう、不安で不安でしょうがないわ。何時貴女みたいなのが飛び込んで殺しに来るかもしれないって思うと」

 

 ならしゃーないな、と声を零し、ソファから立ち上がる。そしてそのまま、優雅に一礼をスラルへと向けて取る。

 

「では僭越ながら、神の扉へとこの私がご案内いたしましょう、魔王陛下」

 

 絶望と破滅への道を、マギーホア同様今回もどうやら俺が演出する事になるらしい。

 

 全く、なんて酷い世の中なんだ。




 無敵結界を貰う為に神様に会いに行く地獄、始まっちゃうか……。

 何だかんだで神の扉、黄金像、その全ての場所を把握して隠したのこいつなんだよね……。


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200年

「そんじゃ、黄金像を回収するか」

 

「確か黄金像が四種必要なのよね? 神の扉を開くのに」

 

 スラルの言葉に立ち上がり、ベルトポーチをセットしつつ答える。ベルトポーチにはスラルが開発した特殊な空間魔法がセットされており、見た目以上に中身が入る様になっているので投げナイフ、ザイル、と冒険に必要な道具をセットしていく。つまり《冒険セット》である。《冒険Lv1》ぐらいはあるかなぁ、と思っている。こう見ると俺、色々と技能レベルを持っていて優秀ではないか。まぁ、大体ルドラサウムのサービスなんだろうとは思うが。

 

 ともあれ、裸足だったので靴下を履いて、コンバットブーツに足を通す。

 

「神の扉は創世記から神々が戯れに設置したもので糞三超神プランナー、ローベン・パーン、そしてハーモニットに謁見する為の場所だ。連中は根本的に生物の苦しむ姿を見るのが趣味だからね。黄金像も元々は取得するのにそれなりに苦労する場所にあったりしたんだけどね……ま、当時は俺がドラゴンだったからケーちゃんの危機感知センサーと併用してごり押しで全部取得したんだよ」

 

 ケーちゃん、強くないからと注目されていないが、そこら辺の危機感知能力は本当に凄いのだ。罠があったら踏む前に感知して、一番安全なルートを見つけ出す事が出来るのだ。アイツ、そう言う能力は本当に高い。伊達や酔狂で俺よりも年上でずっと強さを求めて鍛えてきたという訳ではないのだ。いずれ、本当に最強の魔人に至るから、それまで是非初心を忘れずに頑張ってほしい。

 

 そうなったらサービスの一つぐらい、許すかもしれない。

 

「ほんとよく知ってるわよね、そう言う事」

 

「俺も一応おばあちゃんって呼ばれるぐらいには長生きしているからね。もう既に1000年も経ってるし。カミーラちゃんよりも歳をとってるぜ俺は」

 

 ケーちゃんを抜けば最年長だ。現在生きている存在で俺よりも歳をとっているのは、神々を抜きにすればケーちゃんとマギーホアぐらいだろう。他の連中は大体死んでいる以上、俺もこの世界における最年長生物レースに出ている。まぁ、それだけが理由になる訳じゃないが。

 

「とりあえずスラルちゃんが出る準備を整えたのなら俺は何時でも行くぞ? まずは黄金像回収の為に大陸中央部に行かなきゃならんけど」

 

「準備、いいのね」

 

 中指を突き立てて準備を整え終わり、答える。

 

「心底クソだと思っている連中相手に遠慮する必要ある?」

 

 その様子にスラルは呆れた溜息を吐き出しつつ、しかしどこか、安堵するような気配も持っていた。まぁ、言う事を聞かなければ無理矢理魔人化させて、魔王の絶対命令権で吐かせるつもりだったのだろうと思う。俺も、魔人化に興味がないわけではないが、魔人になった場合のデメリットが強過ぎるので出来るだけ清い体のままでいたいのだ。それはそれとして。

 

「まぁ……ルドちゃんは憐れに思うけどな」

 

「ルドちゃん?」

 

 首をかしげて聞き返してくるスラルに言葉を返す。

 

「愛を知らぬクソガキだよ。母親がいないから本当は何が楽しいのか、というモノが解ってないだけさ」

 

 全能盲目。それがあの子供に対して相応しい言葉だろうと自分は思う。全てを振るえるが故に盲目である鯨。そう考えるとあの創造神の存在がどうしようもなく憐れに思える。あの子に愛を教える事さえ出来れば、それが改善出来てしまう事は解っているのだ。アレには母親が必要だ。そしてそれは、数千年後の未来に、クルック―が成し遂げてくれるだろう。

 

 ……だから、まぁ、

 

 俺はその時まで、適度に鯨を寝かし続けるだけでいい。その時まで適度に世界に飽きない様に苦しみ続けてれば、それでいいのだ。

 

「ま、私の方も《収納鞄》を持てばいいだけだし、そこまで準備はいらないわ。問題なく謁見できるなら素早く謁見してしまいましょ」

 

 ベルトポーチの積載量を増やした鞄タイプのそれをスラルが持ってくるという。なお、ベルトポーチに関してはかつて、ケーちゃんに作らせた奴を再利用したのが素材として使われていたりする。スラルと待ち合わせる場所を指定する。別段、一緒じゃなきゃ行動できないという訳でもないので、一旦別行動をとって目的地で合流する事にする。

 

 流石と言うべきか、神の扉の場所自体は既に分かっている様だった。ケーちゃん、まともに場所を覚えていないであろうにちゃんと場所が解るとは。

 

 スラルが部屋から出て行く姿を見てから呟く。

 

「久しぶりの里帰りか……」

 

 なんだかなぁ、としか感想が出てこない。頭の裏を掻き、マギーホアに続いて次代を象徴する人物―――スラルを破滅に導くのも俺がやるのか、と思わなくもない。まぁ、出番が回ってきたのならしょうがない。

 

 面白く見える様に動くしかないだろう。

 

「んじゃ、行くか……」

 

 先に厨房と菜園に連絡を入れてしばらく空ける事を連絡しなきゃならない。それが終わったら黄金像を隠した故郷へと一時的に帰還、か。翔竜山に近づくのは個人的に憂鬱な部分がある為、

 

 少しだけ、面倒だった。

 

 

 

 

 魔王城を飛び出し《斥力跳躍》の魔法で長距離を軽々と移動。《重力半減》で落下速度を落とせば長距離をストライドして移動する事が出来る。これが中々体力を温存出来て長距離の移動の際は楽なのだ。魔法に関してはスラルもLv2あるだけあって同じレベルから物事が見れるので、開発には大いに役立ってくれた。コツコツ、この1000年間地道に魔法研究も進んでいる。まだまだLP歴レベルの完成度はないが、自分一人で魔法体系を一つ作っていると思うとそれなりに楽しかったりする。

 

「しかし、俺も人類側から見れば裏切り者にジャンルされるのかなぁ」

 

 魔軍でそれなりに愉しく生活しているし、絶対に戦闘支援とかには手を出さないが、それでも魔軍側で日常を過ごしている以上、人類側からすれば裏切り者かもしれない。まぁ、覚えられてすらいない可能性もあるが。自分が根本的にどっちつかずであるのも事実だ。とはいえ、ここら辺の出来事は後世にほとんど残らないし、別段人類を裏切って苦しめても問題ないと言えば問題ないのだが。

 

 現状、目標はなんとか楽に死ぬか、或いは未来に到達するか、それしかないのだから。

 

 そんな事を考えつつ古代・リーザス領からルドラサウム大陸中央部、まだ砂漠化していない大陸部分を突き抜けて、そのままカラーの森へと向かって一直線に里帰りする。翼を出したければ出す事も出来るが、流石に目立ち過ぎるので大跳躍程度で済ませる。これでもある程度の地形は無視出来るが、それでも飛行程ではない。

 

 カラーの森に移動するまで、流石に数日という時間をかけてしまった。

 

 そうやって翔竜山の麓、カラーの森へと久しぶりに戻ってくる事が出来た。懐かしさすら覚える緑の森に囲まれた環境は、ドラゴンとしての自然回帰の本能が刺激される場所でもある。やはり生まれ育ったという影響もあるのだろう。ここに居ると心が安らぐ。

 

 そしてケツにハイパー兵器をぶち込まれて性癖開花するドラゴンの姿も思い出す。

 

 アレはいい時代だった。またやりたいもんだ、性癖開花テロ。

 

「さーって、っと。隠し場所は……っと」

 

 昔、魔法の研究や勉強に使っていた区画が森の中にある。そこの地面の中に埋めて全部隠したのだ。それも魔法でロックして、普通の人間には引き抜けない様に。自分の様に魔法に対する高い能力と理解が無ければ引きずり出せない様に。そうする事で俺の知らない所で黄金像が勝手に使われるのを回避していると言っても良い。

 

 だって、俺が面会拒否されたのに他人に利用されるの腹が立つし。

 

 今回は面会拒否させねぇからな。

 

「えーと、100年程度じゃ全く景色も変わらないなぁ……」

 

 こっちだこっち、と独り言を呟きながらこの100年でだいぶ未整備が進んでしまったカラーの森の奥へと進んで行けば、かつて、魔法を勉強し、研究した森の広場へとやってくる。

 

 そしてその中心に立つ、黒髪短髪の背中姿を見つけた。服装は簡単なローブ姿ではあるが、その気配と匂いで一体だれなのか、一瞬で理解できた。

 

「お、ハンティじゃん。生きてるみたいで良かったわ」

 

「えっ、え……姉さん……?」

 

 振り返ったハンティ・カラーの表情はやはり、人の形をしており、額には赤いクリスタルが見える。ローブで体を隠しているが、恐らくその下もヒューマン・カラーと同じ見た目をしているだろう。驚きの様子を見せながら此方へと視線を向け、震わせながら手を出してくる。

 

「本当に、姉さん」

 

「せやで。今でも虎視眈々とケッセルリンクちゃんの性転換魔法狙ってるウル様だぞ」

 

「あ、やっぱり姉さんだ安心した」

 

「今の発言で安心するの止めない?」

 

 地味に傷つく。嘘だけど。はぁ、と溜息を吐いてから腕を大きく広げれば、ハンティがどうするか一瞬迷ってから走って近づき、腕を背中に回してきた。

 

「あー、ハグハグ、あー、ハグだ。安心する?」

 

「……うん。皆、目の前で溶けて消えたから姉さんも溶けたのかと思っちゃって」

 

「俺もぶっちゃけ溶けた方が楽だったんだけどルドちゃんに愛され過ぎて夜しか眠れないおかげでね? 適度に優秀な程度で生きていられるのさ」

 

「やっぱりこの意味不明さは姉さんだ……」

 

「このやろー」

 

 ハンティが抱擁からゆっくりと離れる。どこか、安心した様な、少しだけ泣きそうな表情を堪え、深呼吸してから向き直った。

 

「で、姉さんは今までどうしてたの? 服装がアレだから結構良い所に居るってのは解ってるけど……」

 

「あぁ、ちょっと魔軍で遊んでる」

 

 その言葉にハンティがジト目になる。

 

「……大丈夫なの?」

 

「今の魔軍ならね。魔王がスラルの間は人類と小競り合いしかするつもりはないよ、アイツは。人類を苦しめる事自体に苦しみを感じる様な少女だからな、アレは。人類絶滅なんて間違っても出来ないさ。だから懐に潜り込んだ方が安全だね、ああいうのは」

 

 まぁ、俺の心配する必要はないよ、とハンティの頭を軽く撫でる。それをハンティが恥ずかしそうに外す。

 

「止めてよ、もう子竜じゃないんだからさぁ」

 

「はっはっは、そういうのは俺よりも歳をとってからな!」

 

 ひとしきり笑い、そしてハンティがちゃんと生きている事を確認して、安心した。

 

 ―――安心した?

 

 その事に一瞬、違和感を抱いた。いや、なんでハンティが生きているんだ、と。

 

「……姉さん?」

 

「あぁ、うん、いや、何でもない―――なんでも、ない」

 

 考えない。考えちゃ、駄目な事だ。考えるな。ワスレロ。

 

 大地に蹴りを入れて魔力を大地の下に叩き込む。それで封印のロックが解除され、地面から勢いよく四つの黄金像が射出されてくる。それを魔法で素早く回収しつつ、なんとかベルトポーチの中に叩き込んで行く―――うむ、ぎりぎり入ったな。それを確認してからハンティに視線を向けた。

 

「ハンティは今どうしてる?」

 

「私? ヒューマン・カラーのコミュニティに世話になってるけど」

 

「じゃあ、そのままでいい。そのまま、今は平和にやってろ」

 

 少しだけ考える。言ってもいいかなぁ、と。でも、まぁ、ハンティなら別にいいか、誰にもばらさないしと判断する。いいか、と指先をハンティに突きつける。それにハンティがちょっとだけ驚いた。

 

「いいか、ハンティ。魔王ナイチサ時代にカラーが調子に乗り出すが、絶対に便乗するなよ。地獄を見るだけだからな」

 

「……今の魔王はスラルじゃないっけ?」

 

「次の魔王の話だよ。ナイチサは残忍で狡猾、生物を大量虐殺するから。それが原因でカラーが調子に乗り出すけど、絶対に手伝うなよ? ……手伝わないと思うけど」

 

「うん、まぁ、そう言うならそうするけど……相変わらず……いや、うん。まぁ、いっか」

 

 そう言ってハンティは質問する事を止めた。それは納得したからなのか、それとも信頼してくれているのか、自分には解らなかった。人の心なんてまるで自分には解らないのだから。だけど、聞かないでいてくれるのは本当に助かる事だった。本当に、助かる事だった。君の未来が幸福で満ちている事は決まっているのだから、安心してシナリオ通りに進んでほしい。それが何よりも、君の為になる。

 

「そんじゃ、俺は魔王を待たせるVIPと化したからちょっとおちょくりに行ってくるな」

 

「……大丈夫なの?」

 

「大丈夫、大丈夫」

 

 俺が死ぬときはきっと、これ以上なく絶望的で、どうしようもなく、そして悲惨であると思っている。それこそジルの様に信じられた奴全員に裏切られて四肢を千切られた後に人生を全否定、その上で肉便器として使い込まれたうえで汚染人間とか……大体、それぐらいのコースは辿るんじゃないか? と思っている。

 

 だから、まぁ、ここではまだ死なないだろう。

 

 無敵を気取っている訳じゃないが、それでもルドラサウムなら一番酷い所で殺してくれるという確信があった。だからまだだ、まだ死なない。死のうとしても死なない。

 

 だからこんなに多く、優秀な技能があるのだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から。

 

 だから全部、茶番だ。俺がはしゃぐのも、適度に何か生み出すのも、神によって監視された茶番だ。そこそこ優秀な道化師として本番まで場を盛り上げておくための道化師でしかない。

 

 だから、まぁ、笑う事だけは忘れずに生きたい。

 

「じゃ、元気でやれよハンティ。俺は俺で楽しくやってるから」

 

「うん……じゃあ、またね」

 

 ハンティに軽く手を振り、振り切る様にその姿と別れる。考えない―――なるべく、身近な、大事な身内の事は考えない。考えるだけ苦しむだけだから、直ぐに忘れて行動する。今の自分にはやる事がある。

 

 だから北へ、

 

 古・ヘルマンへと向かう。

 

 

 

 

 それから逃げる様に北へと向かって跳躍とストライトを繰り返し、記憶しているマルグリッド遺跡へと到着する。マルグリッド遺跡はドラゴンの代で一度、俺によって破壊されているが、第三世代へと突入した事で完全に修復されていた。便利に世界が弄られている事を自覚しつつ黄金像を脇に抱え、マルグリッド遺跡を降りて行き、地下1階へと降りる。そこに体育座りしているスラルの姿が見えたので、その視線の先を捉え、横に並び、一緒になって体育座りをした。

 

「ねぇ、なにあれ」

 

「ゴッド級ハイパー兵器……かな……?」

 

 視線の先ではこれは卑猥な形をしたモンスター、或いは魔物、イモムシが大量に集まっては汗を垂らしながら祭壇を中心に踊っては囲んでいる、異様な儀式の様な光景を繰り広げていた。

 

「ねぇ、扉は」

 

「チンコの後ろに隠した」

 

「そう……アレ、退けなきゃいけないの……」

 

「うん」

 

「そう……」

 

 スラルの目から光が消えた瞬間でもあった。




 次回、神の扉へ。

 さぁ、ついに面会の許可は出るのか否か。

 次回、ハイパー兵器不法投棄。


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200年

「とりあえずこれで群がってたイモムシは全部始末したか?」

 

「そうね。で、残りは……アレ……」

 

 祭壇の周りでフェスティバル状態だったイモムシを全て始末して残されたのは、ドラゴン時代に自分が作った祭壇と、その上に乗せたゴッド級ハイパー兵器君であった。君、まるで汚れてもいないし硬そうなままだし、ほんと狂気の塊だよね? って評価するしかない。しかし、サイズはまさにドラゴン級。もはや入るとか入らないとかそういうレベルじゃない。

 

 でかい! 大きい! 硬い! 凄い!

 

 本当に凄い。アレが数多くの雄ドラゴンの道を間違えさせたハイパー兵器だと考えるともっと凄い。凄いというか酷い。我ながら凄い事をやってしまったもんだと思っている。

 

「《黒色破壊光線》」

 

 それに対して問答無用でスラルが《黒色破壊光線》を放った。が、流石ゴッド製。ハニー級の魔力抵抗値で破壊光線をそのまま反射して遺跡の天井に穴を開けてしまった。その景色をスラルが目から光が消えた状態で眺めている。なので近づき、遺跡の穴を確認し、全力で外へと向かって蹴り上げた。

 

 ハイパー兵器が遺跡の外へと不法投棄されたのを確認し、自分でドラゴン時代にセットした祭壇を蹴り飛ばし、その背後に隠してあった本当の祭壇、そして神の扉を見せる。その姿が1000年以上も前に来た時と、全く変わらない姿を見せていた。その景色を前に、にやりと笑みを浮かべる。

 

「うーん、実に憎たらしい扉だ。あぁ、スラルちゃん、そこにある黄金像を祭壇にセットして。対応するのがあるけど」

 

「あぁ、それは見れば解るから別にいいわ」

 

 その頭の回転力の速さは流石だなぁ、としか評価できない。そう言っている間にスラルが黄金像をセットする。それに合わせて神の扉の前から引き、スラルが入れ替わる様に扉の前に立った。

 

「さ……謁見を求めるわ。通してくださる?」

 

 スラルの言葉に答える様に、

 

 神の扉を封じていた魔法陣が解除された。俺の時は何年間待っても解除されなかったんだけどなぁ、と軽く頭の裏を掻いて嘆く。嘆くが、それだけで。本気で謁見した所で俺の運命がどうにかなる訳でもない。

 

「……」

 

 扉が開いた所で【神の失敗作】が出現する事を警戒していたが―――どうやらあれは【エターナルヒーロー】の為の試練の様だ。どうやら今回は出現する気配がない。となるとスラルはフリーパスか、或いは別の試練が用意されているという事だろうか? まぁ、どちらにしろ、俺は面会拒否されているのだ。この先に進む事も出来ないだろう。スラルは扉の向こう側、まだ何も見えない空間を確認する様に覗き込みつつ、

 

「さて、それじゃ行くわよ」

 

「あぁ、いや、待て。俺は面会拒否喰らってるから―――」

 

「何を馬鹿なこと言ってるのよ、ほら、行くわよ。貴女が魔軍の中で一番使いやすいんだから。その為に連れて来たのよ?」

 

「あのなぁ……」

 

 そう言っている間に腕をスラルに捕まれ、そのままスラルが神の扉を抜ける。自分が衝撃と共に吹き飛ばされる事を予想しつつ、

 

 ―――普通に、扉を抜けて反対側へと抜けてしまった。

 

 ちょっと、割と真面目に驚いてしまった。振り返り、扉がまだそこに残っているのを確認しつつ、残された腕や体、首や額のクリスタルを確認して、驚きながら自分のボディチェックを行う。変身も変形もしていない。ついでにチンコも生えてない。女の体のままだ。ドラゴン的なヒューマン・カラーのままだ、何も変化がない。

 

 だけど扉が通れた。

 

 素直に驚きだった。

 

「んー、不思議な空間ね。広さもそこそこある……《マッピング》。良し、魔法は普通に通じるわね。《マーキング》もしておいて……転移用の魔法陣もこの際、脱出を考慮して用意しちゃいましょうか」

 

 此方が不思議な感覚に首を傾げていると、スラルがその間にすらすらと探索に必要な準備を整えて行く。この手際の良さがまさにスラルの魔王としての特徴だろう。効率的で、行動に無駄がない。彼女が今回、メガラスやカミーラの様な戦力を連れてこなかったのは、自分が不在の間に指揮を取れる魔人を魔王城に残す為だろうと思っている。

 

「かなり広そうだけど私達なら特に問題なさそうな距離ね、これ。ウル、《マッピング》で扉を見つけたから向かうわよ……ウル?」

 

「あぁ、いや。俺が前に来た時は面会拒否されたからな。ちっと驚いているだけだ」

 

 心変わりか? 或いは三超神の方から俺に興味を持った? 或いは今は条件を満たしている? どちらにしろ、スラルと一緒に神に謁見できるというのは非常に悪くない話だった。場合によっては俺の願いを叶えてくれるであろう事実も考えると、それはそれで悪くない。とはいえ、下に行くまでが大変だろうが。

 

 目の前に広がっているのは、言葉で説明するのであればこの世ならざる風景だ。ルドラサウム大陸には存在しない景色、幻想的で、夢の様で、言葉として表現できないありえない様な、そんな景色が広がっている。

 

「まぁ……い、っか」

 

「歯切れが悪いわね」

 

「気にするなスラルちゃん。俺が昔チンコ欲しいわって願いながら来てみたら面会拒否されたうえであのハイパー兵器を叩きつけられたってだけの話だから」

 

「それ面会拒否されて当然じゃない?」

 

 そうなのかなぁ? そうなんだろうなぁ、プランナーでもそんな願いどうやって曲解すればいいか困る案件だろうし。まぁ、それはそれとして、この空間のねじれ具合を見ると、おそらくは鬼畜王式か、と思い出そうとする。だが僅かな情報しか思い出せない。

 

「あー……確か5層ぐらいに分かれてて、それぞれに《怪獣》の守護者が扉の前で守ってるんだっけこれ? で、6層目が目的地だ。そこにそれぞれの神に通じる扉がある筈だ」

 

「ほんと、どっからそんな事を知ってるのか―――怖くて欠片も知りたくないわね」

 

「じゃろ?」

 

 苦笑しながら怪獣ねぇ、とスラルが呟き―――《マッピング》に従って奥へと向かう。言葉で言い表す事が出来ないこの空間、そこを支援魔法の力でお互いを強化しつつ駆け抜けて行く。メガラス程早いという訳ではないが、流石魔王という生物最強スペックの保有者、《無敵結界》なしでも化け物であるのに変わりはない。凄まじい脚力と速度でガンガンと前に飛び出して行くのを、なんとか並走しているという状態だった。

 

 これは新しい移動用の魔法か、移動補助系統を開発しなきゃダメだな、とスラルの加速を見ながら判断する。将来的にこの速度を超える瞬間的な加速がなければ、魔王の攻撃を回避できないという事だ。魔王対策、

 

 実は少しずつ考えているのだが未だにそれは完成していない。

 

 正確に言えば《無敵結界》対策なのだが。

 

 フレッチャー・モーデルの様にLv3という人類、生物最高峰の技能があれば()()()()()()()()()()()()()()という事実も存在している。だからそれを自分の《斧戦闘Lv3》に組み込んで、魔王や魔人にダメージを与える為の手段を構築中だったりするのだが、

 

 まだまだ、構想だけで数百年が過ぎてしまっている。

 

「うーむ、魔道の深淵は研究すればするほど奥深い……」

 

「意外と移動中に魔法考案とか余裕があるわね、貴女。でもそうね。長距離移動していると暇だし魔法談義でもしてみる? 私、貴女が使っている魔法にちょっと興味あるのよね。《重力魔法》だっけ?」

 

 跳躍して走って移動しているだけだと暇なので、スラルが口を出してくる。そして自分の使っている特異な魔法に興味を示していた。

 

「あぁ、まぁ、アレは重力魔法ってよりは正確に言うと《竜魔法》とでも言うべきもんだけどな」

 

 理論としてはそこまで難しくはない。ドラゴンが本来体内に持つ属性、それはブレスという形で簡単に発露される。確かにそれは強力ではあるが……個人的に、魔法としてそれを引き出せれば、もっと便利に運用できるのではないか? と思ったのだ。

 

「まぁ、新しく生み出された人類はどうやら火・氷・雷・光・闇に大体カテゴライズできるみたいだけどね。俺はそこら辺、特異な属性を抱えていたから魔法運用させて貰っているだけだ」

 

「成程ねぇ。確かにそういうのは特殊な属性を背負っている者にしか使えそうにないわね。……重力、私にも使えたら便利そうだったんだけどねぇ」

 

「これ以上魔王に強くなられてたまるか……」

 

「あら、そんな事ないわよ。重量を削減できるならそれだけで食料運搬とか楽になるじゃない? そうすれば労働環境の大幅な改善になるじゃない。運搬、集積、建築。落下事故をコレ一つで解決できるし、使える様になりたいわねぇ」

 

「あぁ、そういう……」

 

 完全に目線が戦士とかではなく経営者の目線だった。いや、まぁ、魔王なんかじゃなくて会社の一つでも経営していれば結構、幸せな生活が出来たんじゃないかなぁ、とは思わなくもなかった。まぁ、魔王に指名された以上、おそらくは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()として認識されてしまったのだろう。

 

 或いは神々が今の第三世代プレイヤーを生み出したのだから。

 

 ()()()()()()()()()()()()()という可能性もある。

 

 まぁ、救いなんてないんだから十分あり得る話でもある。それを口にする程非道ではないが。そのお口のせいでマギーホアに腕を持っていかれたし……ね?

 

「まぁ、一応俺から見て【初級】【中級】【中級広域】【最上級】とかは作ってみたんだよね。後は応用の便利魔法とか。俺個人が欲しいだけの魔法とか」

 

「結構カスタマイズしているのね」

 

「趣味の一環でもあるからな。ドラゴンの時代から魔法の研究はしてたんだよな。今使ってる支援魔法の大半は俺とハンティ……あぁ、妹みたいな子なんだけど、彼女と二人で開発したもんが大半だよ。ドラゴンにその能力を強化する支援魔法……単純だけど最強じゃね?」

 

「恐ろしい事をしてたもんねー」

 

 種族値を純粋にパワーアップ。これこそ脳筋伝説。だけどそれだけでドラゴンは強かったのだ。他の余計な事が必要ないレベルで。それだけ化け物的な生物だったのだ。まぁ、滅んで当然だったよね! とは思わなくもない。存在そのものがゴリラ的な強さだったから。

 

 そんな風に過去の話をスラルとして盛り上がっていれば、段々と巨大な姿が見えてきた。

 

 怪獣だ。

 

 小山程の大きさを持っている、【怪獣界】の存在とはまた別の、巨大な姿。やはり鬼畜王版の内容だったらしい。遠目にだが此方を確認した怪獣は目も口も持たない、鼻づらののっぺらとした蒼い巨体の怪獣だった。浮遊している姿は守護している扉の前から此方へと視線を向けて来た。

 

 目がないのに何故視線を感じられるのだろうか? まぁ、殺せば感じなくなるだろう。

 

「うーん、アレが怪獣ね。《情報》……ほーん、ガガって言うみたいね、アレ。じゃ、前衛任せたわね、ウル」

 

「そこで雑に放り投げるの止めない?」

 

「ほら、支援はしてあげるから《重加算衝撃》《ゆらゆら影》《高速飛翔》《四重魔法バリア》」

 

「仕方ないにゃぁ……」

 

 加速しながら床らしき場所を蹴って一気に加速したまま、一気に【大怪獣ガガ】に接近した。

 

「目がない! 鼻だぁー! 口もねぇー!」

 

 三点アタックできませんよ先生……?

 

 そんな気持ちを込めながら一直線にガガの鼻へと向けて蹴りを三連続で叩き込みながら蹴り上げる。その反撃で浮遊する怪獣がその超巨体でカウンターを叩き込んでくる。それを四重に張ってあるスラルの《魔法バリア》で受け止めつつ、衝撃を重力半減で和らげ、着地しつつ、完全にガガのヘイトが此方へと向けられたのを確認した。うーむ、ドラゴンの頃であれば勝てたかもしれないなぁ、とその巨大な姿を見る。

 

「うーん、どーしたもんか」

 

「本気だしなさいよー。ほらー。《四重魔法バリア》張り続けてあげるから」

 

「お前の方が俺よりも強いだろ!!」

 

「えっ、傷つくかもしれないのに前に出るのはちょっと……」

 

「お前さぁ!」

 

「頑張れー、頑張れー」

 

 ちょっと怒ったぞ。この仕返しは後で絶対にスラルに向けるとして―――視線を改めて大怪獣ガガへと向けた。巨大で、強く、神への謁見を求めた者に対する試練として設置されている、神の門番だ。無論、雑魚ではない。

 

 だからこそ、丁度よい。

 

「マギーホアはちょっと強すぎてアテにならなかったしな」

 

 アレから数百年。人間の姿へと変貌してから更に200年。

 

()()()()な」

 

 ドラゴンの気配を解放する。血が昂る。目が吊り上がり、頬が吊り上がり、クリスタルが変形して第三の目が開く。腕を、足を、体を、喉元を鱗が生えて行く。懐かしき黄金の鱗。神の色にも似たプラチナブロンドと表現できる色の鱗が生えていく。それと共にドラゴンの力、魔力が解放されていく。口の端から光と空間を歪める重力の混じった吐息を漏らしながら、

 

 左腕に光と重力を固めて作った、黒い腕を生やした。無論、形だけ。本当の腕ではなく、そう見えているだけ、感覚もある、物も持てる。だが触れた瞬間に重力圧縮によって触れた物質が歪んで崩れる、兵器としての腕だ。

 

 そしてそれと同じように自分の背丈を超える黒い重力斧を生み出し、それを素手で掴んで肩に抱える。

 

 ウルちゃん、覚えた。

 

 ウルアタックで武器壊れるなら壊して良い前提で作ればええんやって。カオスとか日光とか要らねぇんだよ。

 

 柄だけで3メートルあり、横幅4メートルはある超大重力戦斧を生み出し、怪獣を見上げた。

 

それじゃ、ドラゴン・カラーの本気がどこまで通じるのか、サンドバッグ代わりにテストさせて貰おうか

 

 やはりドラゴンだと自覚する。

 

 強敵を前に興奮してしまうこの闘争本能―――どこまでいってもドラゴンでしかない。ただ、

 

「絶対支援しろよ! 支援しろよ! ソロ無理だから! 流石に絶対に死ぬから!」

 

「解ってるわよ。貴女が潰されるようなら私でも無理よ。勝てるように全力でバックアップするから安心しなさいって」

 

 魔王とタッグを組んで、大怪獣に挑む。




 神の扉。開けただけじゃだめで、怪獣をぶち殺しつつ下へと下がって行く事で神のいる広間へと進む事が出来る。つまり魔王スラルとタッグを組んで怪獣4連戦を潜り抜けろ。ガガちゃん、本来は2層目のボスだけど繰り上げって事で。

 エターナルヒーローの場合は神の失敗作と1戦だけで許されたらしいけど、まぁ、魔王とドラゴン・カラーのタッグだったらこっちだよねぇ? って事で。


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XXX年 神の扉

「ウルあた―――っく!」

 

 ()()で斧を使って殴りつける。《斧戦闘Lv3》の斧による攻撃。経験+技量+技能Lv3+特殊な破壊武器による必殺技は一瞬で武器を破壊しながらすさまじい轟音と衝撃を怪獣に叩き込みながら、反動で腕の筋を断つ。だがそれに喜ぶ様に活性化されたドラゴンの血肉が傷口を回復する。そう、回復してしまう。余りの破壊力と反動で肉体が耐えきれない諸刃の必殺技でも、ドラゴン活性モードの状態であれば、自己回復してしまえる。そしてそれで顔面を殴り飛ばしてしまえる。

 

 だから怪獣の顔面を殴り飛ばし、逆の黒腕で新しい斧を生み出して掴み、

 

「ウルアタック二連!」

 

 殴った。逆の腕で新しく作る。

 

「三連!」

 

 殴った。

 

「四連」

 

 まだ作って殴る、殴る。

 

「五連! 六連ジャイ!」

 

 がっはっはっはと、怪獣の顔面を連続で殴り続ける。斧が壊れても新しく同じ重量、質量、凶悪さで生み出す。そしてそれを粉砕する様に必殺技を放ちながら連打する。そうやって殴り飛ばしている間に連続で殴り飛ばし、ノンストップで怪獣ガガの顔面を抉り続ける。

 

「ウルあたたたたたたたた―――っく!」

 

 口も目もない鼻だけの怪獣の顔面が抉れた。動こうとするが知らん。そのまま殴り飛ばした姿に接近し、《ウルアタック》によって抉れた顔面に黒腕を傷口の中に突っ込む。にちゃり、という感触を感じるも、遠慮なく、そこに最上級の重力属性の魔法を放つ。

 

「《ガンマ・レイ》」

 

 光と重力の破壊光線がガガを貫通する。肉体を貫通した反転した極光が触れる肉体を光の中心点へと吸い寄せる様に圧縮しながら磨り潰し、物質的な強度を無視して貫通しながら反対側へと、大穴を抜けて貫通した。リソースとして消費された左腕が消えるも、それを即座に魔力で纏い直す。

 

「さぁ、死ぬか! 今死ぬか! 少し頑張ってから死ぬか! 選べ! 選べ! 死ぬ事を選べ! がーっはっはっはっは!」

 

 闘争本能だけで脳味噌が蕩けて行く。素早く怪獣から離れる。跳躍すれば巨体の傷口が塞がっていく。そして存在しない両目で此方を捉え、怒りの気配を見せて来る。その力が膨れ上がり、何かをしてくるのを感じる。だが遅い、遅すぎる。離れたところで新しく斧を生み出し、ついでに左腕を2本に増やした。これで持てる斧の数も3本に増える。実にお得である。

 

「ファミナルス―――」

 

 床を踏んだ。亀裂が走りながら光が溢れ出す、超重力の結界が周囲を飲み込みながら全てを圧壊する。その中を潰れながら小山程の質量の怪獣ガガの姿が()()()()()()()をしてくる。殺人的な質量、衝突すればその瞬間に即死が決定するそれを、

 

 魔王の四重に張られた《魔法バリア》が阻んだ。

 

「あぁ、本気出したがらないのはこういう理由なのね。楽しそうなのに」

 

「は、はははは、は―――っはっはっは!」

 

 《魔法バリア》で無傷のまま怪獣ガガの攻撃を受け止め、その姿を浮遊している状態から大地に引きずり下ろし、3本に増えた斧を握ったまま。一歩一歩、怪獣へと近づいて行く。無論、《ファミナルス・レイ》は維持されたままであり、一歩一歩に足元の亀裂の光が揺らぎ、そして重力の圧縮と圧壊、光の絶え間ない斬撃が怪獣の体を刻んでいく。

 

 そして左腕の一本目の斧を突き刺してアンカーする。二本目を地面に差し込んで二重にアンカーする。

 

「いいぜ、たっぷりぶち込んでやる。逝く程味わえ……!」

 

 右腕を限界まで引き絞り、げらげらと笑い声を零しながら全力を込める。そしてそのまま、怪獣の足掻く姿を見つめる。跳ね、体当たりし、浮かぼうとする。その全てをスラルの支援と《魔法バリア》と《ファミナルス・レイ》で封殺しつつ。

 

「ウル、アタックッッ!!」

 

 渾身の一撃を怪獣の顔面に叩き込む。刃を広げ、叩き込んで粉砕するのと同時にそれを爆裂させ、体内から体を割って、怪獣ガガの姿を真っ二つに変えた。その死体を片足で踏み、肉と汁を散らせる。

 

「ふふふ、ははは―――がーっはっはっはっは! は! は! は!」

 

 自由になった手で髪の毛を後ろへと流しながら塵の様に散った怪獣の姿を前に爆笑する。あぁ、弱い。なんて、弱いのだろうか。あのアベルよりも、マギーホアよりも全然弱い。これで本当に神に対する番人のつもりなのだろうか? だとすれば余りにも弱すぎる。

 

「ふぅー、ふぅー、ふぅー……!」

 

 そこまでヒートアップした所で深呼吸をして、ドラゴンの活性化によって覚醒し、滾る血の沸き上がりを自分に鎮静用の魔法を叩き込んで無理矢理冷やして行く。頭に冷水をぶち込んだような感覚と共に、ヒートアップしていた脳味噌がだいぶ落ち着いて来たのを感じる。

 

「ふぅ、ふぅ、ふぅー……はぁー……」

 

 脳味噌が完全に冷えるまでポーズを変えないまま深呼吸をして、ばくばくという心臓を無理やり抑え込み、脳を冷却する。額の第三の目が閉ざされ、それが元のクリスタルの形へと戻った所で、完全にクールダウンを完了させる。

 

 終わった所で、

 

 ガガから数歩離れて、体育座りをする。

 

 両手で足を抱え、

 

 そのまま横に転がる。

 

「違うの……これ、俺のキャラじゃないの……ここまで普段の俺イケイケじゃないの。もっと、こう、スマートに本来は戦えるの。ちゃうんやスラルちゃん……」

 

「何が違うのよ。完全に本能全開だったじゃない。というかアレ、私抜きでも勝てたんじゃないの?」

 

 たぶん。だけどその場合はもうちょっとクレバーに動き回る必要があるだろう。今の俺にそれはちょい難しい。ドラゴンとしての力を覚醒させると、先ほどみたいに興奮し過ぎてしまうのだ。血が滾って滾ってしょうがなく、何もかもぶち殺したくなってしょうがないのだ。だって解るだろう? こんな世の中で真面目に生きていける訳ないじゃん。

 

 殺して殺して殺して、たくさん殺してスカっとしたい。

 

 そういう普段から抑え込んでいるストレス、抑圧がドラゴン化すると割と抑える気になれないのだ。おかげで無駄に自信過剰、そして残虐性が出てきてしまう。人間になってからは変にそういう欲望を抑え込めるようになった反面、表情やら演技をする事が得意になった気がする。人間は実に賢しいという言葉に相応しい。細かい事が人間になって出来る様になった。

 

「まぁ、出来るなら制御できるまであんな戦い方はしたくないので次回からスラルちゃんも戦いに参加する方向でお願いします。ついでに割と燃料不足感酷い。燃費悪い」

 

「ん……解ったわ。じゃ、進む前に補給ね。何か持って来た?」

 

「持って来たぞー」

 

 体育座りで転がっていると適度にスラルが蹴りを入れて来る。うん、まぁ、これぐらいは気安く接する事の出来るぐらいの仲にはこの100年間で発展した。ナイチサやジル、アベルでは無理な関係だ。俺でもちょっと驚いているかもしれない。まぁ、どうでもいい事か。そう結論し、転がるのを止めて起き上がりつつ、ポーチの中に手を突っ込み、そこに持ち込んだ菓子を取り出す事にした。

 

 既にそれを期待しているスラルがピクニックマットを敷いていた。早いなぁ、と苦笑しつつスラルの対面側に座り、そして取り出すのはちょっと大きな包みに、魔法で冷却してあるお菓子だった。結構カロリーが高いのでこれでも結構エネルギーを補充できる。だって体は女の子だもの。悔しい、びくびく。甘味に調教されてしまう。

 

 まぁ、それはそれとして、ケーキ1ホールサイズの菓子を出した。

 

「じゃじゃーん、出る前に《桃りんご》を使って作ってきた《うはぁん》です」

 

「でかしたわ。1000年無給を許すわ」

 

「給料出せよこいつ」

 

 まぁ、魔王城にある物を勝手に使う許可が出ているので、それが給料だと言えば給料なのだが。ともあれ、《うはぁん》である。なにこの名前? と思う人たちも鯨も神も多いだろう。実際、俺も首を傾げた。

 

 だけどこれ、コラボカフェでメニューがあるのだ。良くランス君がへんでろぱの後はうはぁんだな! と言うぐらいにはお気に入りのデザートである。なのでこのウルちゃん様も《うはぁん》という一つの食文化を生み出す上で非常に苦労した。

 

 一番上にスライスして、分厚い層の桃りんごがある。これはそこまで特別な事はしないのが一番おいしい。超高級果物と呼ばれるだけはある。代替物は桃と林檎をそれぞれスライスし、ジュレにしたりする事で何とか真似る事が出来るのだが、今回はそのまま、肉厚の桃りんごを用意してきた。その下の層はシンプルなバニラアイス、ここは甘すぎないようにやや砂糖控えめにするのがポイント。なんと言っても、桃りんごの果物としての美味しさがやばいからだ。これを食べる為に人を殺せるってレベルで。で、その下がかなり悩みどころではあったが、クッキー層になっている。そしてこれを囲む様なクッキー生地になっており、見た目はタルトに近い仕上がりになっている。

 

 コラボカフェではそれをブロックの様な形状にして出していたが、此方で作成した《うはぁん》はかなりアレンジと創作の入ったものだ《ウル式うはぁん》とでも呼んで良い。ただ、ファンとしてはこれを作れた事実に感無量であった。

 

「まさかこんな場所でうはぁんが食べられるなんて思いもしなかったわ。あ、切っちゃうわよ?」

 

「どうぞどうぞ。ここじゃ他に見ている奴もいないし、そのまま手掴みで食べちまおうぜ」

 

「あ、それも悪くはないわね」

 

 うはぁんと四等分に切って、2:2で分ける。それを手づかみで掴み、そのまま口へと運ぶ。分厚い桃りんごの甘く、そして噛んで溢れ出す果汁、それが口の中で溶けだすバニラアイスと溶け出し、言葉にも出来ない甘さと美味さを満たす。その上でやってくるのがクッキーのサクサク感だ。ただ柔らかく、甘いだけではない。そこにクッキーのサクサク感で違う味わいの楽しみがやってくるのだ。

 

「あー……幸せ」

 

「うまうま。今度はパイ生地をクッキーの代わりに使ってみようかなぁ?」

 

「あ、私も手伝うわ。というか教えて」

 

「料理技能持ってねぇ奴は引っ込んでろ」

 

「えー」

 

 この世界の人間、大抵()()()2()0()()()()()()()のである。判明していないか、解っていないか、才能が眠っているだけの状態で、基本的には20前後保有しているのがデフォルトなのだ。そしてそれらの技能は大抵がLv1、つまりおぉ、やるやん! と呼べるレベルか、或いはLv0、つまりはまぁ、出来るよなぁ? というレベルの話になる。だけどそう、

 

 Lv0ですら保有しない技能がある。

 

 これがつまり致命的に向かないという奴である。

 

 スラルは料理技能をLv0ですら持っていないのだ。つまり壊滅的に向いていない。何故か料理をすれば工程を間違えていないのに、大失敗したりするのだ。ありえない感じで。いや、本当に驚く、ちゃんと監視しているのにまともに成功しないのだ。見てるだけで本当に面白いけど被害が酷いので厨房からは俺から出禁にした。

 

 その時のスラルは出禁の1号ガルティアに肩を叩かれてた。スラルよりお前の被害のが大きいの忘れてないからなガルティア。許さんぞガルティア。定期的に使徒を囮に突撃しようとするのはマジで許さんからなガルティア。ケッセルリンクが来たら絶対防衛隊に参加して貰うからな。

 

 あぁ、しかし口の中で桃りんごが蕩けていく。これを創造した神は100点満点くれてやりたい。

 

「しっかしなんで私には料理技能がないのかしら……大体私が持ってる技能は洗い出せたのにねぇ……?」

 

「寧ろその年齢で何で真理の一部に片指かけてるんだよおめーってのが俺の感想だけどな。技能レベルとかの概念、目に見えるもんじゃないから普通、理解できる事じゃないぞお前……」

 

「私のそれはいいのよ。魔王になって益々見えてきたし。それよりも個人的には貴女がどうやってそれだけの知識を得ているかが知りたいわ。んーと、貴女はそれ、【真理】って呼んでいるんだっけ? 時折全知でもあるかのような言動を見せるよね」

 

「別に全知って訳じゃないさ。基本的な世界に関する真実を知っているだけだよ。仕組みとか、歴史とか、流れとか。スラルちゃんみたいに探したんじゃなくて生まれた時から知ってただけだよ。そう凄い事じゃないさ」

 

 そう、スラルの方が万倍凄いと評価できる。自力で神の存在にたどり着けるのは彼女だけだ。あの魔王ジルでさえ、スラルの遺した文献を必要とした。スラルと言う魔王がいなければそもそも、後世に黄金像による神への謁見なんて事は残されないのだ。だからそれを考えればスラルの方が遥かに凄い。

 

「所詮、俺は既に生み出されたもの、生み出されるもの。それを先取りして利用しているだけよ。本当の意味で生み出しているものは一つもないさ」

 

「それでもこの時代にうはぁんを持ち込んだ事に関しては私が絶対に1000年語り継ぐわ。ありがとう、うはぁん、ありがとうスイーツ。これで後2000年生きていけるわ」

 

「ははは、確かに美味しさに罪はないもんなぁ」

 

 そういう、さばさばと割り切れる所、嫌いじゃない。まぁ、それでも何時かはしなくてはならない別れなのだから。彼女の死を覚悟し、迎え入れなきゃならない。

 

 死ぬと解っている人と仲良くなるのは―――辛いな。

 

 だけど苦しめば、苦しむほど、鯨が喜ぶのだ。

 

 なら今は苦しまなければならない。その未来をランスとクルックーが救うと信じて。そう、あの二人が何とかしてくれる筈だ。だから今は苦しまなくてはならない。苦しんで、苦しみ続けることでしか、自分は―――。

 

「ウル?」

 

「ん? あぁ、いつの間にか食べ終わっちゃったな……」

 

「美味しいからサクサク食べちゃうのよね。今度は紅茶と一緒に食べたいわね。さて、燃料補給は十分かしら?」

 

 んー、と声を零しながら腹の調子を確かめて、首を傾げながらマットから降りて立ち上がる。

 

「まぁ……六分、って所かなぁ。本気を出したら直ぐにガス欠かな。ちょっと初手から調子に乗り過ぎたかもしれん」

 

「じゃ、回復しつつ奥に進みましょうか。今の強さで最後とは思えないし。どうせ魔王や人類との闘争を考えた神々の事なんだから、めんどくさい相手が最後に待っているんだろうし、それまでに全力で戦えるように回復しておいて……なんかある?」

 

「回復用のまんが肉少々。あとは干し肉とかチーズバーとかスコーンとか色々」

 

「意外とバリエーション豊富ね」

 

「魔軍用の保存食に考案してた新しいのを厨房から持って来たしな」

 

 まぁ、うはぁん食べた直後に他に何かを食べたいとは思えない。しばらくは省エネで活動しつつ回復に努め、全力戦闘の準備か、と呟く。鬼畜王時代と一緒であればこの先は怪獣ゼゼ、怪獣ダダ、そして怪獣ボボと言う流れだった筈だ。特に最後のは強かった記憶がある。

 

「ま、魔王と最強種が手を組んでるんだから負ける事はないだろうけど―――」

 

「けど……?」

 

「進む前にレベルアップしとくか」

 

「あー……そう言えば貴女、レベル神ついてたのよね。見た事はないけど」

 

「うむ。割と真面目にレベルアップし続けていたからね。ふつーにレベル神ついたわ、いつの間にか」

 

 このルドラサウム世界、レベルアップは常にレベル神という神―――というか等級的には天使のが正しいが、それに頼む必要がある。そしてレベル神でダメならレベル屋でレベルアップの儀式を受ける必要がある。だが、有望だと思われたメインプレイヤーにはレベル神が付く。呼び出せばどこでも自由にレベルアップして貰えるというサービスである。

 

 しかもレベルアップに回復サービスをしてくれたり、異性である場合は合計レベルに合わせて服を脱いでくれたりする! 凄い! サービスたっぷり!

 

 もうこの時点で何言ってんだこれ? という感じのアレである。設定の時点で凄い勢いを感じる。君たち若干方向性見失ってない? って言いたくなるレベル神事情。だけど神だからセーフなのだ。なんだお前ら。

 

 ともあれ、今の怪獣ガガは中々の大物。経験値としては中々良いソースであるのに違いはない。これならレベルアップの遅いドラゴン・カラーであれ、魔王であれ、1レベルぐらいは上がったのでは? という考えである。という訳で。

 

「でろでろー……レベル神様ー出番ですよー。出勤の時間ですよー」

 

「めっちゃくちゃ適当に呼ぶわね……」

 

 雑に呼んでも職務熱心、その為ちゃんとレベル神はやってきてくれる。

 

 光と共に上からゆっくりとその姿は降りてきた。それは赤い、道化師の様な恰好をしている男の姿だった。ピエロメイク、ジェスターハット完備の()()()()

 

「我、呼びかけに応え参上―――」

 

 マッハ―――第七級神マッハ。それが担当レベル神の名前。道化師の様な恰好をした()()()()()()()神であり、それは()()()()()()()()()()()()()()()でもある。そして同時に、

 

 最初から、股間を露出して登場した、生粋の裸族である。

 

「変質者ッ……!」

 

「スラルちゃんそれ神―――」

 

 言葉が終わるよりも早く、音速で変態的露出に反応してしまったスラルが凄まじい速度で必殺技である《ソリッドブラッド》をマッハの股間に叩き込んだ。あぁ、三超神のアバターがぁ! と叫ぶ前にマッハの表情がみるみる青くなっていき、

 

「ふふ、刺激的なレディだ……!」

 

 そのまま空から落ちて倒れた。終わった後でスラルも正気に戻ったらしく、はっとした表情で倒れたマッハを見た。そして此方へと視線を外し、目を伏せた。ハイパー兵器で我慢してたものがたぶん、堪えきれなかったのだろう。

 

「だから俺は言ったんだ。就業規定を変えろって……」

 

 一定レベルに到達したら服を脱ぐって就業規定、変えないからこんな悲劇に繋がるのだ。




 最強種と魔王の組み合わせ。そしてマッハーモニット様。まさか三超神の化身が出オチなんて……。

 でも、エールちゃんが鯨の化身であんなに楽しそうにやってるんだから、三超神の化身もたぶん、物凄く世界を楽しんでるんだろうなぁ、とは思う。ただし、それを絶対に鯨に伝えない。

 忠誠心が余りにも高すぎて、余計な情報を全て完全ブロックしちゃってるのが鯨の成長性の無さの原因でもあるんだよね。叱ってくれる人物がいなかったというか。


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XXX年 神の扉

 ―――もう傷は塞がっているものの、顔面は血濡れだった。

 

「です、とらく、しょぉぉぉ―――ん!!」

 

 右腕で踏み込んでから斧を投擲し、更に一歩踏み出しながら体を捻り、回転する様に更に踏み出し、続けて左の黒腕で斧を投擲した。ドラゴンモードで投擲した全力の斧は一瞬で音速を超過して生物をミンチにするだけの殺意を孕んでいるものの、その直線状に居る八首の黒い大蛇の姿を弾く程度で全力の投擲攻撃は終了した。そしてそれに合わせ、一気に大蛇が、

 

 怪獣・オロチが襲い掛かってきた。

 

 二つの頭が同時に襲い掛かるのを、両手で掴んで止め、三つ首めを足で踏み潰して止め、

 

 そこから入る五連撃を四重の《魔法バリア》と肉体で受け止める。

 

「がふっ」

 

 四発までバリアで耐えるものの、八頭目の頭突きに体が殴り飛ばされ、そのまま食い殺す為に口を開けて迫ってくる。吹っ飛ばされたことで解放された両腕に新しく斧を生み出し、それを全力で振るう。

 

「ウル、あたたたたたーっく!」

 

 斧で殴る全力の一撃と怪獣オロチの顔面が衝突し、オロチの顔面が一気に吹っ飛ばされる。その間に回転しながら着地し、ドラゴンクライを放つ。咆哮を放って戦意高揚を促し、萎えそうな戦意を復活させながら活力を全身にみなぎらせ、自分を半バーサーク状態に追い込む。3本目の腕を生やす。それにも斧を持たせ八つ首のオロチ、

 

 聖獣オロチのコピー、レプリカ、或いは怪獣バージョン、第5層の守護者であるそれに対して息を整えながら睨む。半バーサークしつつ、冷静に判断できるのは、単純に相手がそうしなければ勝てない相手だと闘争本能で判断しているだけに過ぎない。ふぅ、ふぅ、と荒く息を吐きつつ傷口が塞がって行く。

 

「お待たせ、準備いいわよ」

 

「あいよ」

 

 スラルが魔王としての力を放つ準備が完了した。口からブレスを息と共に僅かに吐き出しつつ、オロチへと向かって一気に加速して接近する。魔王の支援魔法によって軽くリミッターが外れている肉体はそれこそ、ドラゴン時代に匹敵するだけの力を見せている。だが直線的な動きはオロチが八つの首で即座に見抜き、カウンターを用意する。それ故に無色透明、魔力で生み出された足場をスラルが用意した。

 

 それを魔術的暗号で、此方にだけ伝わる様にスラルが教えてくれる。

 

 故に床を蹴り、跳躍し、無数に配置されている空中の透明な足場、それを連続で蹴る様に移動する。首を振るって空間を薙ぎ払うオロチ、そのサイズがサイズであるが故に一つ一つの攻撃がもはや高速道路が鞭のように振るわれてくる、と現代人であれば表現として通じるかもしれない。そういう巨大な姿を相手にしているのだ。

 

「まだ、まだぁ!」

 

 それを斥力と引力、双方向の力を利用した瞬間的な加速、まだ未完成の瞬間加速用魔法で体がビキビキと音を鳴らすのを無視して加速しつつ、連続で首の連撃を回避する。その合間に飛んでくる《ゼットン》等の最上位魔法をバリアで防ぎつつ、オロチの懐へと飛び込んで行く。

 

 逃げられない攻撃が来ると解っていても接近し、肉体のスペックに任せた脳筋戦術で強く踏み込み、

 

「ウル、アタ―――ック!」

 

 必殺技を叩き込む。ピンポイントで重力攻撃耐性というものを取得した怪獣オロチは斧も、ハンマーも、《ガンマ・レイ》も《ファミナルス・レイ》による拘束も装甲破壊も一切が通じないものの、純粋な物理的衝撃だけならきっちりと通じてくれる。故に防御を捨てた。全てを筋力へと回し、

 

「ず、ぁぁぁああ―――!」

 

 怪獣オロチをかち上げた。腕が変な方向へと反動で螺子曲がり、カウンターで血反吐を吐きながら吹き飛ばされるも、オロチを持ち上げて回避不能な空中へと打ち上げるという偉業を成し遂げた。殴り飛ばされながら中指を突き立てて送り出せば、スラルが魔法を一瞬で放った。

 

「《ソリッドブラッド》」

 

 魔王の魔力をつぎ込み、最速、そして効率的に物質を破壊する為の魔王スラルの必殺技。全力、そして確実に殺す為の殺意が込められた攻撃は《葬り攻撃》とも呼べる―――遠い未来、【血の記憶】となって再現されたその一撃は()()()2()0()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけの破壊力を持っている。

 

 それが全盛期の状態で、外す理由もなく放たれた。

 

 そして空中でオロチの首が五つ、消し飛んだ。

 

「っ、流石神の門番なだけはあるわね……殺しきれなかったわ」

 

「カバーする」

 

 ポケットからまんが肉を千切り取って飲み込みつつ間に合わない回復を其方に任せ、左腕に回すエネルギーを全て右腕で握る斧へと回し、武器そのものを巨大化させる。

 

「さっさと! 死ね! クソヘビ! そして早くJAPANとモロッコ作れ!!」

 

 落ちて来るオロチに合わせ極大戦斧を振り回す。残された三つの首の内、二つをそれで斬り飛ばす。残された首が回避し、そして此方を食おうと伸ばしてくる。回避するだけの距離が足りない。武器を消しながら上顎を片腕で、両足で下顎を抑えて、飲み込まれそうなのを抑え込む。

 

「スラァァァルッ!」

 

「解ってる、わよ!」

 

 再び《ソリッドブラッド》が放たれた。音速の衝撃がオロチの最後の首を切断し、胴体と切り離す。それで漸く解放された所でオロチの口の中から歩いて、出て来る。

 

「はぁー……流石に死ぬかと思ったわ……」

 

 溜息を吐きながら怪獣オロチの死体へと背を向け、スラルの方へと回復をかけて貰う為に歩き進みつつ、直感的に飛び上がり、振り返りながら蹴りを叩き込む。それと同じタイミングで首だけになったオロチの頭、その最後のが悪あがきに飛びついてきていた。それを蹴り飛ばし、追撃に《ゼットン》を放ち焼き滅ぼしつつ着地する。

 

「俺、もう頼まれても絶対に神の扉に挑戦しないからな。絶対だかんな。誰だよこのクソゲー考えたの。神かよ。やっぱ頭おかしいだろアイツら……」

 

「今回ばかりは賛成ね……回復とバリアを切らさないように維持しつつ解除される支援を解除直後に乗せて、その上で攻撃の準備とか並大抵の苦労じゃないわよ」

 

 スラルの所まで到着した所で疲れから座り込む。そしてそのまま、横に倒れ込む。ドラゴン化を解除しつつ、今度こそ完全にガス欠だと、口の中に千切ったまんが肉を放り込んでむしゃむしゃ食べながら体力の回復に努める。今回はヤバい。マジやばかった。魔王スラルなしではマジで負けてた。重力耐性とかいう超ピンポイント耐性を用意するとか反則にもほどがある。

 

「ふぅ……流石に一息入れる必要あるかしら?」

 

「いや、俺が回復したら進もう。もう終わりだし」

 

 傷を治し、それからポーチからうしジャーキー、つまりはビーフジャーキーを取り出して口の中に放り込み、噛み千切って飲み込む。それだけで動ける程度のエネルギーは補給できた。倒れていた状態から立ち上がり、拳を握る。戦うのはちょっと無理だが、それでも歩くだけなら問題ない。その様子を見てスラルがいいの? と聞いてくる。

 

「もう目と鼻の先なんだからさっさと終わらせようぜ。折角仕立てて貰った一張羅なのに、見てくれよこのぼろぼろ具合。もう捨てなきゃダメだわこれ……」

 

「あぁ、本当にお疲れ様。今度はぼろぼろにしても良いガルティア辺りを連れてくるわ」

 

「そうしてくれ、是非是非。もう二度と頼まれても来たくねぇわ」

 

 前衛ソロで怪獣連戦は流石にハードだった。流石にウル様であっても、魔王スラルとタッグ組んで超ぎりぎりのラインだった。特に最後、全く情報になかったオロチの存在が余りにも辛すぎた。まぁ、でも神の番人の怪獣たちは聖獣をモデルにした失敗作、だなんて噂話もあるし、黒オロチの姿を見ればそれも、まぁ、ありえなくもないだろう。それにしても重力耐性だけは絶対に許さないが。

 

 絶対に許さないが。ピンメタはほんと止めろって何度も言ったのに。

 

 ビーフジャーキーを新しく取り出して、それをもっちゃもっちゃ口の中で噛みつつ、立ち上がった状態でほら、と首をくいっと動かした。先ほどまでオロチがいた場所、その背後には巨大な扉が存在していた。最終層へと向かう為の扉だ。これ以上戦闘があるようであるならば、無理ゲーだから死ね、運営。つまりプランナーは死ねとしか言えない。

 

 プランナー君ほんとその脳味噌取り換えた方がいいと思う。

 

 それはさておき、

 

「……いよいよね」

 

「叶えて貰う願いは決めたか? まだならちゃんと考えて叶えて貰うと良いぞ。たぶん1度しか叶えて貰えないからな、ケチな連中め」

 

「寧ろ神が1度は叶えてくれるというのが凄いんじゃないかしら」

 

 どうせバランスなんて最初から崩壊しているんだし。プランナーの無駄に破滅させようとバランスを取る方向性、アレ、完全に趣味が入っていると思う。それを指摘した所でアレが治るとは欠片も思ってはいないが。

 

 満身創痍、スラルはやや魔力不足と知恵熱。そんな状態を引きずりながら二人で巨大扉へと近づく。守護者を討伐した事で扉は自動的に開き、そのまま、内側へと通す事を許してくれる。その先は光に包まれており、何も見えない。故にスラルと互いの顔を一度確認してから頷き、

 

 そして扉を抜けた。

 

 

 

 

 一瞬の光と転移の浮遊感。それを感じてから目を開けば、景色は一変していた。

 

 これまでは余りにも広大な空間を彷徨っていた。今回のそれはその逆で、今までと比べれば小さいとも、狭いとも表現できる空間になっている。

 

 背景は流星が時折流れて行くのが見える宇宙の星々の世界。そこに浮かぶ、少し大きめの岩の足場。その上に入ってきた扉以外に、4つの扉が並べられていた。

 

 試練は終わった。

 

 これによって神の扉へと、本当の意味で到達した。

 

「扉が……4つ?」

 

「ハーモニット、プランナー、ローベン・パーン……とあの子の扉か」

 

 何故だか、全ての扉の区別がつく。どれがどれか、どれがどの神に繋がっているのか。なんとなくではあるものの、見ればそれが解った。あぁ、いや、これは違うな。囁かれているのだ。聞こえるのだ、話し声が。ここにいるってのがそれで解ってしまう。だから入り口の扉、その端を背中に当てて、ゆっくりと大地に座り込んだ。

 

 疲れた……凄く、疲れた。

 

「……ウル? 大丈夫なの?」

 

「ちょっと疲れただけだからそこまで心配しなくても大丈夫だよ」

 

 スラルの不安そうな表情を安心させるように呟きつつも、息を吐いた。4つ存在する扉の内の一つ、それを見つめ、指さす。

 

「アレだ。アレを潜れ。三超神・プランナー。アレだけがお前の願いを叶えてくれる」

 

「……大丈夫なの?」

 

「プランナーは―――」

 

「いや、そっちじゃなくて、貴女の方よ」

 

 スラルが此方を見ながら両手を腰に当て、溜息を吐く。

 

「友達が原因不明の病で再起不能とか、私嫌よ?」

 

「―――」

 

 スラルが何気なく放った言葉が、物凄く、心に突き刺さった。あぁ、成程、確かにこういう関係はそう言うのか。あー……考えてはいなかった。だけどそうなってしまうのか。これは困った。

 

 ちょっと、辛い。

 

 嘘だ。

 

 かなり辛い。

 

 物凄く、物凄く辛い。半端なく辛い。あぁ、駄目だ、心が痛い。泣きそう。そんな軽率に友達だなんて呼ばないでくれよ、お願いだから。喜ぶのは俺じゃなくて鯨の方なのだから。あぁ、困った、本当に困った。死ねたら楽だと思うぐらいに苦しい。

 

「あー……貧血で眠くてちょっと頭がぐわんぐわんするだけだよ」

 

「それ、軽く重症じゃない」

 

「元はドラゴンだからこれぐらいは平気だよ。ただファッキンゴッズのオーラに、流石にこの状態で耐えられそうにねぇわ。スラルちゃんだけ、願いを叶えて貰うと良いよ」

 

 果たして、俺は笑えているのだろうか? ちゃんと、スラルを送り出す事を出来ているのだろうか? 彼女を、恐怖の中で自滅するという地獄へとちゃんと送り出せているのだろうか……。

 

「そ……ま、貴女がそう言うのなら私はそれでいいわ。えーと、プランナーだったわよね?」

 

「あぁ、そうそう。その扉だ。頑張れ、スラル。頑張って」

 

「ん、それじゃあまた後でね」

 

 じゃあ、一時的にばいばい。手を振って、スラルを見送り、彼女がプランナーの声と気配のする扉へと進むのを眺めていると―――スラルが、足を止めた。そして此方へと振り返った。

 

「あぁ、そうそう。私、何時でも秘密を共有してくれるのを待ってるわよ?」

 

「うるせぇ、さっさと願いを叶えて来い。じゃないと俺が先に入ってお前にチンコ生やすぞ」

 

「うわぁ、怖い。じゃ、先に願いを叶えて貰っちゃおう」

 

 くすくす、げらげら。笑って―――なんとか笑ってスラルが扉を抜けるのを見送った。これにより物語は歴史通りに進んだ。シナリオ通りに。《決戦》へと至る為のシナリオ、その進みがまた一つ刻まれた。魔王スラルはその力のなさ、死への恐怖から無敵にしてほしいと願った。

 

 それに与えられたのが《無敵結界》。

 

 後世において魔王、そして魔人にデフォルトで搭載される、メインプレイヤーと魔物からの攻撃を無効化する、文字通りの無敵の結界になる。

 

 だが魔王スラルに与えられたそれは試作段階の不良品。

 

 故にSS歴500年目。

 

 魔王スラルが試作段階だった《無敵結界》の副作用に飲まれて死んだ。つまり、自分の願いに飲まれて死ぬのだ。死への恐怖故に最大の盾を魔王と魔人に残し、魔王スラルは散る。

 

 そしてその最悪のバトンを拾い上げるのが魔王ナイチサである。

 

「あー……駄目だ、泣きそう」

 

 友達とか不意打ちで言ってくるの、ほんとずるいと思う。だから、こう、それを吹き飛ばす為に色々と酷い気持ちになりたい。だから、こう、

 

「暇潰しにお話しでもしません? マッハ様」

 

 ハーモニットの扉に寄り掛かる、道化師服姿の七級神の姿を見た。

 

 しかし、

 

「今回はちゃんと着てるんですね」

 

「就業規定を早速改革してきた。女性の前で脱ぐのはインモラルだと上司に直訴したのである……!」

 

「自分にかよ」

 

 お前の上司お前自身じゃねーか。




 こうして、後世で人類を苦しめまくる最悪の防具が魔王と魔人の手に渡ってしまった。

 まぁ、神様に願って即終わり! という訳にもならないのじゃ。という訳で謁見の裏ターン。


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XXX年 扉の間

 マッハの姿を見て、それで頷いた。

 

「就業規定変わったんだ……」

 

「うむ。サービスのつもりでやっている露出サービスの一環であったが、調べてみればなんと、女性相手には中々不評だったことが発覚したのだ……!」

 

「でしょうね」

 

「男性ユーザーは喜ぶのに何故女性は、と思ったがただ単に雌雄の違いという以上のものがあるのであろうと、レベル大会議で話し合った結果理解するのに至ったのである……」

 

「大会議」

 

 結構、神様界隈ってモダナイズされていない? 先進的というか。いや、まぁ、神様だから未来とか運命を見ちゃえばいいって話なのだが。それにしても軽く神様事情もそれはそれで面白そうだよなぁ、とポケットからジャーキーを引っ張りだしてもっちゃもっちゃと噛む。まんが肉食ってる方が回復力高いのだが、それはそれとしてジャーキーのが味わい深くて好きだという事情がある。

 

「ところでマッハ様、今の俺、レベルどんなもんで?」

 

「む……先ほどの戦いで2レベル上がったな。おめでとう、これでついにレベル90になったぞ。就業規定的にプレゼントとして―――脱ぐか!」

 

「脱がないでください」

 

「む? そうか? では代わりに桃りんごを進呈しよう」

 

「最初からそっち出してください」

 

 神様相手だと下手に出てしまうのは日本人としての本能なのかもしれない、とマッハから桃りんごを受け取りつつ思う。こいつは新しいレシピに挑戦する為に取っておこう。しかし、レベル90にまでついに上がった。コツコツとレベルを上げているのは別に良いのだが、流石にここまで来るとレベルが全く上がらなくなってくる。流石に同レベルの相手を探すのが大変なだけはある。

 

 まぁ、まだ魔王や魔人と戦えばレベルを上げれる分、マシなのだろうが。倒せなくても、戦うだけでも経験値が入るし。最終的に―――レベル250、これが自分の狙う最低限のラインだ。本気の魔王の攻撃に反応し、戦えるレベル。それがレベル250だからだ。ソロで勝つにはその倍必要になってくるが、一人で魔王に勝つ必要なんてどこにもない為、そこは考えない。まだ目標レベルの半分にも到達していない事実にちょっとだけ疲れを感じるが、まだ数千年時間が残されている。

数千年時間が残されている。

 

 ケーちゃんの様に、諦めずにコツコツと力を積み上げて行く事を忘れなければいいのだ。

 

 まぁ、それはそれとして、

 

「マッハ様、マッハ様」

 

「なにかな、脱ぐのかね!?」

 

「いや、脱ぎたいだけでしょマッハ様」

 

 いや、そうじゃなくてね? なんというかね? 俺がここから動かないのにはとても簡単な理由があるのだ。プランナーの扉へとスラルは入っていった。それはいいのだ。たぶん()()()()()()()()()()()()()()()()だろうし。今回、そういう阻む様な意思を一切感じないのだ。だから俺も願おうと思えば願いを叶えて貰える気がする。だけど、なんというか、それよりも、

 

「―――ハーモニット、ルドちゃんが俺ちゃんを呼んでる気がするんだ。どうしよう」

 

 その言葉にハーモニットの扉に寄り掛かるマッハ様はさて、と首を傾げる。

 

「我輩はただの第七級神マッハである。ハーモニット様ではない。会いたいのであれば扉を潜れば良かろう?」

 

「はは、こやつめ」

 

 ハーモニットとして話したいのであれば扉を潜って会いに来い、という話らしい。ここら辺、本当にルールに対して誠実だな、と思う。或いは三超神でそういうルールがあるのかもしれない。扉を潜らない限りは、三超神としての姿では現れない事を。だとすればマッハもあくまでマッハとして来ているのだろうか? それとも化身という抜け穴を利用して監視しているのだろうか?

 

 どちらにしろ、

 

「なんで俺を殺さないんだろう。プランナー辺りはバランス崩壊の元として殺そうとするだろうと思ったのに。割と真面目に」

 

 ハーモニットとして相対してくれないので、マッハに対して言葉を放てば、ふむむ、とマッハが顎に指をやった。

 

「何やらプランナーにも思惑があるのではないかな? 我輩にはとてもだがプランナーの思惑が解らぬが、それでも中立を常に保つ事を良しとしているのが奴である。奴はその中立性を絶対に破らぬことで三超神の中では一番信頼できる」

 

「つまり俺がルドちゃんの遊びを提供する上で絶妙なバランスを提供しているって事か」

 

「創造主のその呼び方止めぬか? 我輩の心臓に超悪い」

 

 マッハが胸を押さえているが、えー、と声を零す。

 

「ハーモニットパパに言われたのなら止めても良いけどマッハーモニットならダメかな!」

 

「パパ」

 

「ほら、ハーモニットってカラーを創造した存在じゃん? となると実質的にパパ。パパー、お小遣い頂戴」

 

 自分がヒューマン・カラーにコンバートされている事実を込みでも、再創造されているのだからそう言う意味ではパパだ。もしくはママだ。ハーモニットは俺のママでありパパである。つまりあしゅら男爵なのではないのだろうか……?

 

 マッハの姿を見て、道化師の恰好に納得する。

 

「あしゅら男爵……!」

 

「お前は何を言っているのだ」

 

 はぁ、と息を吐く。やっぱり面白い。マッハは最高神の一角、その化身として出てきている。おそらくはメインプレイヤーを一番よく知る為に、知れる場所に来ている。だからこそプランナーに神々が強過ぎないか? と意見を出す事の出来た唯一の神である。プランナーはそれをガン無視したけど。こいつが、あの糞神サークルの中で唯一まともとも言える神様なのだ。根本でルドラサウムを信仰している狂信者である事実に一切の代わりはないが。

 

「ところでマッハ様」

 

「なんであるかな」

 

 これを口にするか、聞くのか、物凄い、物凄い悩んだ。だけど―――だけど、それを俺は、口にするだけの勇気がなかった。恐らくは合っている。自分頑張っての考えが恐らくは的中している事が、解っている。だけどそれを真実にする事が恐ろしかった。考えたくなかった。あそこまでやって、そしてこうやってここまでやって来てしまって、知っている人を地獄にまで送り届けて、それで考えている事が的中しているなんて考えたくなかった。

 

 だから、あぁ、と呟く。

 

「憎い……ルドちゃんが心の底から憎い。なんで、なんで俺はこんなに苦しまなければならないんだ。俺が何をしたんだ。いや、理由なんていらないか。でも楽になりたい。楽になりたいのに……」

 

 息を吐いて、どうしようもなく、表情を緩めてしまった。

 

「憎いぐらいに―――ルドちゃんを愛してもいる」

 

 はぁ、と溜息を吐いた。マッハが無言で扉に寄り掛かったまま、話を聞いてくれる。丁度良い話相手だった。誰も俺の事は理解出来ない。少なくともメインプレイヤーでは。自分の愚痴を、狂気の言葉の意味を本当に理解できるのは賢者か、或いは神々しかいないのだ。だから黙って聞いてくれるマッハの存在には感謝している。中身がハーモニットだから、俺という存在を全て知った上で聞いてくれている。

 

「ルドちゃん自体に善や悪って概念はないんだと俺は思うんだよ。あの子はね、たぶん幼いだけなんだ。創造神として生まれたのは良いんだ。だけど誰もルドちゃんを導かなかったんだ。誰も、もっと面白いものがあるって教えてあげなかったんだ。誰も、それを教えられなかったんだ……クルックー・モフス以外には」

 

 大いなる偉業だと思う。

 

 誰もがそれを認めよう。

 

「そう、ルドちゃんは愛を知らないだけなんだ」

 

 ルドラサウムは愛を知らない鯨である。故に成長を知らない。母を知らない。父も知らない。ルドラサウムという神は、一番最初に生まれて来てしまった。それが故に、導かれる事がない。知らないのだ、善と悪という概念を。或いはルドラサウムが正しいと決めれば、それが正義なのかもしれない。だけどすでにメインプレイヤーの中で苦しい事、楽しい事、嬉しい事が理解されている。

 

 それを眺める事しかルドラサウムは知らない。

 

「あの子はね、たぶん積み木を崩す事しか知らないんだ」

 

 勿体ないと思う。

 

「積み上げて、積み上げて、そして崩す。時間をかけて積み上げた物が壊れる瞬間には一種の美しさがある。それは俺も認めるよ。だけどね、それを更に広げたり、それを舞台に演じて遊んだり、出来る事はもっとたくさんある筈なんだ。誰も、それを教えてあげない。誰も、それを知らせてあげない……誰も、それを気付かせてあげない」

 

「ならそれをやればいいのでは?」

 

 マッハの言葉に頭を横に振りながら苦笑した。

 

「あぁ、それを俺が出来たらどれだけ素敵だったんだろうなぁ。うん、母親か。まぁ、悪くはないのかもしれない」

 

 何時かはそんな時が来るのかもしれない。だけど、

 

「今は無理だな」

 

「何故?」

 

「俺の魂が男のままだからだよ」

 

 どんなに興奮しても発情しないのは、自分の魂が男のものだからだ。根本的な部分で男だから、女の体でしか興奮する事が出来ないのだ。だから無理だと思う。俺にルドラサウムに愛を教える事は出来ない。俺は女ですらない。男の魂の入った、女の肉だ。

 

「もし、ルドちゃんにちゃんと愛を教えられる人物がいるとすれば……それは愛を知らず、或いは裏切られ、それでも正しい愛の素晴らしさを知る、身も心も女性で……そして、何があっても、我が子を愛せる強さを持った人物だけかな」

 

 あぁ、俺にはどう足掻いても無理だ。そんな強さが逆立ちしても出てこない。現実逃避に現実逃避を重ね、その上で道化を演じる事でなんとか自分の頭を繋いでいるのだ。偉業というのは、誰かが成し遂げられるが、誰もが成し遂げられる訳じゃない。だからこそ偉業と呼ばれるのだ。

 

 クルックー・モフスの愛は本物だったのだ。

 

 彼女はエールだけではなく、ルドラサウムの前で我が子と言えたのだ。

 

 彼女は本気でランスを、その子エールを、そしてそれを通してルドラサウムを愛する事が出来たのだ。

 

 ……凄い、としか言葉が出てこない。男である俺には解らない感覚だ。或いは俺も女になるかもしれない。だけどまだ、俺の魂は男だ。女の快楽を知らなければ、女の感覚も解らない。解りやすい様にそういうアクションを取っているだけの、見た目だけの女だ。肉体と魂で不協和音を奏でている。

 

 だから俺にはやり方が解っていても、絶対に真似する事は出来ない。攻略法を知っているからと言って出来る様な事じゃない。それは、この無駄な才能の塊である自分が保証する。そして、それは恐らくファンの誰もが保証してくれると思う。

 

 この世界は全て、か細い糸の上で成り立っているのだ。

 

 ランスが生まれる未来まで何とか繋がり、そこからも僅かな可能性を辿って魔人討伐隊でケイブリスに勝利し―――そしてエールの産まれる未来に繋がるのだ。

 

 その全ての流れを、知っているからこそ変えられない。邪魔する事も出来ない。尊敬し、尊重し、そしてだからこそ解る。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事実を。

 

 俺さえ死ねば全てがシナリオ通りに回る。

 

 か細い糸ではある―――だがそれを彼らは駆け抜ける。そして到達するのだ、ルドラサウムが悲鳴と苦痛だけではない、もっと楽しい事があるというのを知る未来に。

 

 頬を撫でる風。

 

 湖に浸かる足に感じる冷たさ。

 

 口の中で広がる果汁の甘さ。

 

 誰かと手を繋いだ時の手の暖かさ。

 

 少し前まで一緒に笑っていたのに、一人になった時の寂しさ。

 

 誰かと一緒に闇の中を歩く心強さ。

 

 先行き不明な明日へと向かって足を進める楽しさ。

 

「ルドちゃんはさぁ、それを知らないんだよなぁ……」

 

 勿体ないよなぁ、と思う。前世の俺はただの社会人だった。だがふと、狂気から素面に戻った時、ドラゴンだった時―――翼を広げ、世界の風を感じたのだ。

 

 とても美しい、そして雄大な景色だった。社会の、法からの束縛から解放され、自由に……ただ、自由に空を飛んだ。それが言葉では表現できない程に楽しく、そして心が躍った。ルドラサウムはそれを知らないのだ。

 

「お前ら三超神は化身になってちょくちょく楽しんでる癖になぁ」

 

「異議ありである」

 

「ウル様時空なので神より強いので却下です」

 

「むぅ……!」

 

 ほら、そういう所だよ。それをルドラサウムに伝えない辺りがクソだって言っているのだ。ルドラサウムの為を想って、根本的に一切何も本当に為になる事が出来ていない。だからこそ三超神でありながらクソ無能だって話になるのだ。

 

「だから、まぁ―――俺は死にたい」

 

 死にたい―――凄く、死にたい。

 

 綺麗に死にたい。

 

 後を残さずに死にたい。

 

 綺麗に。悲しまれるかもしれないだろう。だがそれは一時の悲しみだ。禍根は残さない。そういう風に私は……死にたい。死にたい、ただひたすらに死にたい。死ねたらいいのに死ねない。死のうとは出来ない。それは恥になるだろう、心配してくれる人の。だから狂人を装って死地に飛び込むぐらいしか出来ない。なのに死ねない。

 

 苦しんでいるのに、死ねない。

 

 この世が地獄だった。

 

「あー……ここまで来れば消えろイレギュラー! って消してくれるもんだと思ったのになぁ」

 

「本当にそれでいいのか?」

 

 その言葉を前に、マッハが放ってきていた。

 

()()()()()()()()()()?」

 

「……」

 

「お前の、心が求める願いは、本当に、それでいいのか―――?」

 

「―――」

 

 マッハの言葉に―――否、ハーモニットの言葉に、答えられずに。言葉を失った。本当はどうしたいのか? そんなの決まっている。だけどそれをステージに乗る覚悟のない俺が口に出す事は出来ない。何かをすればいいのに、それに手出しすらできない臆病者に、死にたがりにその願いを口に出す事は出来なかった。

 

 死にたくない……助けたい、楽しく生きたい。

 

 そんな願い、口には絶対、出来なかった。出来る筈もなかった。

 

「偽る必要はないぞ、プレイヤー。誰もが愉しみを抱えている。願いを抱えている」

 

 叶えたいのであれば、とマッハの口が開く。

 

「いつでも、会いに来ると良い。私はプランナーと違って()()()()()()()ぞ」

 

 唇を歪めて、マッハの姿を借りて喋るハーモニットの姿を見て、味のしなくなったビーフジャーキーを飲み込みながら中指を突き立てた。

 

「お前らほんと全員死ね」

 

 Fuck you、お前らの方が遥かに悪魔だと教えてやれば、その言葉にマッハが爆笑した。あぁ、こいつら、ほんと全員死なないかなぁ……。




 第七級神マッハ。三超神の中で一番位階の低い化身であり、それ故に唯一生身でメインプレイヤーと継続的に接触出来ている化身。またハーモニット自身がカラーの創造主である。

 神々の中での一番の楽天家らしい……マッハ見てればせやな! って感じである。

 何をしなくても世界が救われるという絶望。そして何かをすれば世界が救われなくなってしまうという絶望。未来を知るという事は一つ、どうしようもない事実を突きつける。


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200年 分岐点

「……なにやってんの」

 

「音楽聴いてんだよ」

 

 マッハと横に並んで座って、《えむぴーすりー》からイヤホンを伸ばし、それで音楽を聴いている。流れている音楽はどれも全部が自分の知っているものばかり―――というか全部、自分の記憶の中から再現されたものだ。だから聞き覚えのある曲のラインナップしかない。そのイヤホンを片方ずつマッハと分け合って聞いている。スラルが帰ってきたのでマッハからイヤホンを奪って横に蹴って遠ざける。

 

「あ、酷い。我輩に対して酷い」

 

「うるせぇ、帰れ。そして死ね。三兄弟纏めて死ね」

 

「あぁん」

 

 そのままマッハを岩場の端から蹴り落とした。さよならマッハ様……心の中で敬礼しつつ別れを告げる。きっと、次にレベルアップを頼むときには元気にまた変質者として戻ってきてくれるだろう。でもたぶん、ハーモニットとして話しかけたからレッドカード判定出てますよ。それはそれとして、

 

「聴く?」

 

「聴く」

 

 横に体育座りしてきたスラルがちょっと戸惑い、手惑いながらイヤホンを差し込んだ。初めてイヤホンを利用する女子の姿―――実にグッド。その初々しさと髪をかき上げる仕草がいいよ、本当に。まぁ、それはともあれ、

 

「あら、不思議な音ね。聞いた事のない楽器をいっぱい使ってそうな」

 

「俺の脳内にある曲を再現しているからね。折角ここまで来たのに願いも叶えられない憐れな人類へ、という事で景品代わりに貰ったんだ」

 

「完全に憐れまれているじゃないそれ。神に憐れまれるって中々できる事じゃないわよ」

 

 そう言ってスラルは横で体育座りになって、並んだ。どことなく、疲れている様な、少し、恐れている様な、そんな気配をしていた。あえて、そこの口出しはしない。して欲しくないだろうし。だから自分も黙って、バランスブレイカー《えむぴーすりー》から流れて来る音楽に耳を傾けた。無言のまま、流れて来る音楽に耳を傾けながら、で、と声を零した。

 

「《無敵結界》貰った?」

 

「貰ったわよ。無敵になる力。サービスでしばらくしたら魔人にも適用してくれるらしいわ」

 

 スラルがてきぱきと答え、そして無言に戻った。横を見れば、スラルの表情にはわずかながら、恐怖の色が見える。だがそれを口に出す事はしなかった。出来る筈もなかった。死の恐怖、それを誰よりも理解しているのは自分だからだ。死にたい。だけど、それがどれだけ恐ろしいのか、同時に自分は知っている。だからスラルが感じている恐怖を、それを理解出来てしまう。だから、笑う。

 

「プランナー、クソだったろ」

 

「えぇ……普段から神々をクソクソ言っていた気持ちが良く解るわ。アレを知ってるなら確かにそう言いたくもなるわね……全く、騙された気分よ。絶対どこかで詐欺されているに違いないわ」

 

 スラルの言葉に苦笑する。間違いなく、プランナーの事だからそうだろう。あいつは糞筆頭だからな。絶対に幸せになる様な手段を許さない。だからアイツは糞だ。それは認めよう。そして笑うしかないだろう。笑って、息を吐いて、そして溜息を吐く。

 

「スラル」

 

「なにかしら」

 

「疲れたな」

 

「……そうね。魔王城に戻ってゆっくり風呂に入ってからへんでろぱでも食べたいわね。あ、やっぱりまたうはぁんが食べたいわ。出来立ての奴」

 

「要求の多い魔王様め」

 

 苦笑しながら立ち上がる。あぁ―――あぁ、そうだよな……これで、スラルの死は確定してしまった。確定してしまった。彼女はこれから死んで、その魂は【血の記憶】に囚われる。そして遠い未来で、戦う為に再現される。劣化して。ただしこの頃の輝きを失って。

 

 酷すぎる事だ―――だがそれは、未来に必要な事だ。スラルの死は未来の為に必要な事でもある。そうしなければ魔王ナイチサが生まれない。魔王ナイチサでなければ魔王ジルを見出せない。そして魔王ジルが生まれなければ魔王ガイが、そこから聖魔教団とその遺産が生み出されない。それによって闘神が生まれないとランスの勝利に繋がらない。

 

 だからスラルは死ななきゃならない。

 

「さ、帰りましょ。そろそろまともな所でゆっくりしたいわ」

 

「そうだな……」

 

 入り口を抜けるスラルの後を追って、扉の間から出て行く。この少女の様な魔王を自分は見殺しにする。未来の為に。彼女を、ここで見殺しにしたのだ。マギーホアと同じ様に。誰でもない俺が、その選択肢を選んだ。必要だったからと俺が選択したのだ、それだけが答えだったとしても。

 

 俺は―――屑だ。

 

 男でも女でもなく、ただの傍観者の屑。それが俺だった。どうしようもないほどに、救いがない。そうしてまた自分に言い訳している。笑えない―――道化を演じたくても笑えない。知っているのだ。自分が根が善人である事なんて。だから親しくなれば、道化を演じる事も出来なくなるって。

 

 死ねたら楽なのに。

 

 そう思ってスラルの後を追う様に外に出る。

 

 そしてそのまま、神の扉の前まで直通で戻された。なんとも、後味の悪い話だった。とはいえ、終わった事は終わった事だ。スラルの事も、自分が神に謁見しなかった事も。ただただ、気持ち悪く後味の悪いだけの話だった。後は俺がこの事実をガルティアにも後から来るケッセルリンクにもバレない様に気を付ける事。それだけを考えれば良い。それだけで良い。

 

 神の扉に出てきた所で、前を進むスラルの姿が見えた。疲れているのか大きく背中を伸ばす姿が見える。その姿を見て、

 

赤ルート 罪悪感から目を逸らした Unlocked

 

緑ルート 罪悪感を押し殺して軽口を零した

 

 

 ……スラルに対して感じる罪悪感から彼女の姿が直視できず、軽口を零す前に視線を背けてしまった

 

「あー……悪い、スラル。ちょっと休んでから帰るわ」

 

 その言葉にスラルが振り返った。無論、言い訳だ。今のこのメンタルで、スラルと一緒に魔王城に戻るというのはちょっと辛かった。それをたぶんスラルも解っているから、苦笑しながら仕方がないわねぇ、と言ってくれた。

 

「じゃ、私は先に帰ってるわ……帰ってくるわよね?」

 

「良い職場だからな」

 

「そ。じゃ、先に帰ってるわね」

 

 内心は解らないが、満足するような様子を見せてスラルはマルグリッド遺跡を抜けて行った。その姿を見送ってからふぅ、と息を吐きながら手を顔に当て、それでなんとか、表情を取り繕うとする。だが難しい。

 

「何が、本当にやりたい事だ、此の畜生」

 

 決まってんだろう、助けたいに。助けたいに決まっている。やってはいけない事だと解っている。それでも、助けたいに決まっている。確定された運命でも、裏技、抜け道なんてたくさんあるんだ。その一つでなんとか、スラルを助けたいに決まっている。だが駄目だ、駄目なのだ。そうすると未来が崩れる。エール・モフスが誕生する未来が壊れてしまう。

 

 その未来だけは、俺が絶対に壊してはならないものなのだ。

 

 だからしょうがない。

 

 仕方が、ない。だから笑え。笑って誤魔化せ。笑っている方がなんとなく、辛くない。いや、辛いのだがそれはそれとして笑っていれば誤魔化せる。だから最後まで、自分の考えている事を、

 

 墓場まで持って―――、

 

「―――あ、また苦しそうな表情してる」

 

「っ!?」

 

 そんな言葉と共に驚き、飛び退きながら素早く斧を生み出そうとして、しかし、先ほどまで誰もいなかったはずの空間に突如として登場した姿を見て、生み出していた武器を消し去った。そこに居たのは蒼いリボンを装着した、ほぼ裸同然の恰好をした少女の姿だった。だがその姿は、知識として知っている。

 

「セラ……クロラス……?」

 

 その言葉にセラクロラスはやや眠そうだが、微笑んだ。

 

「お久しぶりー。あれ? 初めましてだっけ……?」

 

 首を傾げながら登場した少女、或いは少女の姿をした神、聖女の子モンスターであるセラクロラスを見た。彼女は《時》を司るモンスター。故に過去も現在も曖昧であり、たとえ面識がなくとも、未来であったから今知っている、という非常に曖昧な存在である。

 

「むにゃあ……」

 

「寝るな寝るな」

 

「お、おー?」

 

 近づいて軽く頬を摘まんでみれば意外と伸びた。それで両目を開いたセラクロラスがおー、と声を零し、

 

「お届けものー」

 

 と、そう言ってセラクロラスが黄金の指輪を取り出した。それを受け取り、掲げる様に確認した。いや、しかし、まるで見覚えのないアイテムだった。見た事は……いや、彫り込まれている意図には覚えがある。どことなく、セラクロラスと同じ聖女の子モンスターであるベゼルアイを思い出させる意図をしている。

 

「なんだこれ」

 

「《メギンギョルズ》? えーと、レアドロップ?」

 

「え、ベゼルアイ狩られたの!?」

 

 嘘だろ? アームズ・アークの様なキチガイが他にも居たのか、と言葉を向けるが、セラクロラスが頭を傾けてえーと、と呟く。

 

「めっせーじ、あります」

 

「あるんですか」

 

 セラクロラスがダブルサムズアップを向けて来る。そして微妙なドヤ顔がこれで合ってるんだろう? って感じで絶対に教えたのこれ、俺だな……と確信させるものがあった。これは絶対に未来のどこかで何か、頼んだなぁ、と納得できる。このベゼルアイのレアアイテム? ドロップもそういう訳だろうか?

 

 ちょっと意味が解らない。

 

 というか時間を超えて物品のお届けとかできたんだなぁ、と軽く驚く。しかし考えれば神であるし、時というカテゴリーに特化したセラクロラスであれば可能なのかもしれない。そんな所でセラクロラスの持って来たメッセージが気になる所だった。なのでセラクロラスの前でしゃがんで、次の言葉を待てば、半分眠りそうだったセラクロラスがぱっちり、と目を開いた。

 

 そして、口を開いた。

 

「―――お前、友達と呼んでくれた奴を見捨てるの? ダッセェ。……だって」

 

「―――」

 

 それだけ告げるとセラクロラスは目を閉じ、そして完全に眠り始めた。その姿はそのまま横に倒れて、すやすやと眠り始める。だが、ただ、その言葉のインパクトに殺されて、反応出来ずにいた。

 

 煽られた。

 

 しかも誰に?

 

 恐らくは未来の自分に。

 

「は、はは……なんだそれ……」

 

 《メギンギョルズ》を掲げ、それを眺めて、呟く。

 

「なんだよそれ……」

 

 まるで……自分はダメだったから、変えてみろって感じのメッセージは。

 

 尻餅をつく様に座り込みながら、ははは、と小さく笑う。なんだそりゃ。ざけんな。未来からのメッセージってなんだよ。超展開じゃん。まるで予想してないわ、こんな事になるなんて。しかもなんでベゼルアイのレアドロップなんてあるんだ? もしかしてアレか?

 

 死んだときに落としたのか?

 

「あ―――」

 

 その考えで、至ってしまった。()()()()()()()()()()()()()()()の可能性を。そのヒントとして送られてきた指輪の意味を。それを理解した、理解してしまった。シリーズの中で、唯一登場する場面が《決戦》の時で、彼女が明確に殺されると確定する未来は()()()()()()()。だがその結果は全て同じだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

「―――」

 

 そういう事なのだろうか。そういう事なのだろうか? つまり、Cエンドの未来から放り込まれたのだろうか、これは。発破として。ヒントとして。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()として。

 

「やめてくれよ……俺に良い方向に向ける様な期待を向けないでくれ……」

 

膝を抱え、頭をうずめて隠す。

 

「違うんだ。俺は強くなんかないんだよ。怖いだけなんだ。それを忘れたいだけなんだ。もっと早く死ねたらきっと良い方向に転がっていた筈なんだ……。だから違う、俺に出来る事なんて何もない筈なんだ」

 

 俺はモブで異物で、イレギュラーで、生贄だ。ランス君たちが生まれて来るまでの娯楽の繋ぎ。だから未来を創る事も、それを変える様な必要もない。何もない筈なのだ。だからやめてくれ、未来を変えてくれとか、そういうのを、

 

「本当に……俺に期待しないでくれ……」

 

 《メギンギョルズ》を見て、それを持ち上げる。

 

「こんな、こんなちっぽけな指輪一つであの未来を変えろってのかよッッ!!」

 

 投げそうになって―――投げられなかった。持ち上げた指輪を降ろし、それを握った。

 

「俺に未来を変える力なんてないよ……」

 

 床に再び座り込んで、脱力し、吐息を漏らす。先ほどまでセラクロラスがいた場所を見れば、既にその姿はそこになかった。残されたのは彼女のリボンが一つだけだ。それだけだった。それを見つめ、口を開き、

 

 嘆く、

 

「みんな……本当に勝手過ぎるわ……」

 

 友達と思っているとか、本当の願いとか、救わないのか? とか。本当に、皆、勝手な期待ばかり押し付けてくれる。

 

 なんで頭を空っぽにさせてくれないんだ。頭を空っぽにして、ただチンコを求めて馬鹿をやっている。それだけでいいじゃないか。なのになんで変な期待とか信頼を寄せるんだ。

 

 本当に、

 

「やめてくれ……」

 

 蹲り、顔を押さえ、呟く。

 

 だがその声は誰にも届かない。




 ランス10風選択分岐。つまり1週目か2週目か。

 隠して溜め込んでそれで我慢していた物が全てメッセージで決壊した感じ。なければ普通に戻れてたという。

 遊んでいるプレイヤーなら知っているだろう。ランス10という作品はちゃんとケイブリスを倒せるAエンドよりも、敗北したり絶望のパラレルに突入するBや敗北するCエンドの方が圧倒的に多い。

 周回前提、それで強くして攻略するのが決戦と言う舞台。

 何もしなきゃランス君負けるって、知っちゃったね。


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210年 翔竜山

 死にたかった。

 

 ただひたすら―――死にたかった。

 

 期待されるだけで死にたかった。お前なら出来ると言われるのが辛かった。勝手に神様に設定され、それで超がつく程に優秀な能力を見せている。こんなもの、俺じゃない。システムに設定されただけのアイコンだ。これで俺が出来るなんて―――なんて―――吐き気がする。期待されるなんてありえない。結局、何一つ俺じゃない。こんなもの、俺じゃない。

 

 死にたい。ただただ死にたい。

 

 生きているという事そのものが恥ずかしい。調子に乗っていた自分が恥ずかしい。何かをしようと思う事が恥ずかしい。与えられた力、才能、その全てで何かをしようとした自分という存在そのものが余りにも恥ずかしい。恥ずかし過ぎた。死にたくなってくる。所詮は神にセットされた人形。与えられた設定。それで調子に乗って何かが出来る筈もないのに。だってそうだろう?

 

 結局は神様が決めた通りの流れじゃないか。

 

 何をやってもシナリオ通り。だったら自分の存在する意味は? 頑張る意味は? 抗う意味は? ない、何もないのだ。それに気づいてしまえば早い。

 

 ()()()()()()()()()

 

 古代ヘルマン領を抜けて―――大陸中央部、カラーの森を更に抜け、それから向かう場所は一つしかなかった。

 

 大陸最後のドラゴンの居場所。ドラゴンの巣。

 

 翔竜山。ここに、自然と死にたくなった気持ちを抱えたまま、戻ってきていた。

 

「……マギーホア様、王様。俺達の偉大なる王様、マギーホア様。彼なら、彼なら俺を殺してくれる。確実に、怒って狂ったまま殺してくれる。そして殺した事も忘れてくれるはずだ。マギーホア様、マギーホア様なら……」

 

 呟きながら、死ぬために故郷へと帰ってきた。生まれ育った森を抜けて、翔竜山へと人の姿のまま、入山する。人の身ではまともに登れない垂直の岩肌は、この先、長い年月を経て人類が少しずつ道を作って行く事になる秘境の一つである。だが今はそれがない。故に整備されていない、剥き出しの岩肌だらけの場所になっている。

 

 それを魔法を駆使して、垂直に登って行く。重力を半減、斥力で跳躍し、岩肌から剥がれない様に、マギーホアの裁きを求めて垂直に翔竜山の岩肌を登って行く。上へ、上へ、加速する様に登って行くにつれ、空気が少しずつ薄くなっていき、雲が見えて来る。それに伴い、

 

 懐かしい、同胞の咆哮が聞こえる。

 

「ウル! ウル・カラー! 馬鹿野郎! 生きていたのならさっさと顔をだせ!」

 

 雲の中から飛び出してきた同胞が笑いながら空から降りてきた。壁を蹴って跳び上がる此方の姿に浮かぶ様に、ドラゴンが一頭降りてきていた。そしてそれに続く様に、更に一頭、次の一頭と出てくる。

 

「俺が、解るか」

 

「お前の様な特徴的な奴を忘れられるかよ」

 

「なんだ、イメチェンか? 似合ってないぞ」

 

「それにしても不便そうな姿をしているな。そうだ、乗ってくか?」

 

「頼む―――上へ、マギーホア様に会いたいんだ」

 

「任せなっ!」

 

 同胞の背中に飛び移り、その背に乗って一気に上へと昇って行く。ドラゴンを止めて感じられなくなった凄まじいまでの風を感じる。全身を駆け抜けて行くこの感触―――愛おしい、翔竜山の風。故郷の風だ。それをドラゴンの背の上に立って、全身で浴びる。あぁ、涙が出そうな程に懐かしく、そして気持ちが良い。自分が失った世界だった、これは。そして俺ではどうしようもない世界だった。

 

 雲を突き抜け、ドラゴンが登って行く。翔竜山の頂点へと。何時かはまた、別の役割を与えられる場所へと。そして到達した頂点で、同胞の頭の上を移動し、飛び移る前に、軽く頭を撫でた。

 

「ありがとう」

 

「気にすんな、同じ仲間だろう」

 

 さて―――どうだったのだろうか。

 

 そう思いながら跳躍し、翔竜山の頂上へと飛び降りた。マギーホアの巣へと。王者のみが許される場所へと。そこに立ちながら思う。果たして俺は本当にこの世界の住人であるのか。それさえ疑わしい。何故、生まれたのか、何故生きてるのか、もはや、どうでもいい。

 

 死にたい。本気で。それだけが心を支配していた。

 

 だから来た。確実に死ねる場所へ。確実に自分を殺してくれる存在の場所へと。

 

「……」

 

 だから到着し、そして視線を奥へと、マギーホアの巣の中へと向けた。そこにはちゃんと、強大な気配を感じていた。

 

 無言のまま、待つ。

 

 洞窟からその姿が出て来るのを。

 

 ルビー色のスーツに、蒼いネクタイ。そして猫の体に人間の骨格と言う奇妙すぎる、或いはコミカルともとれる姿に変貌してしまった王の姿を。そうなるとは、既に知っていた。猫人間の様な姿を。自らKD、と王国がなくなった所で発狂しながら主張する姿を。

 

 姿はコミカルなのに、

 

 威圧感は、強さは、あの頃から一切何も変わっていない。それだけが一緒だった。気配も、強さも、何もかも弱くなったうえで壊れかけで戻ってきた自分とは違って、

 

 キング・ドラゴン、マギーホアは一切、狂っていない。壊れてもいない。正気のままの瞳を真っ直ぐと、登場と共に見せていた。何も変わっていない、偉大なる王のままだった。驚愕とともに、言葉を失った。自分が知る以上、王国を失ったマギーホアは発狂した筈だったのだ。発狂して、正気を失って、クイズ狂いになって、

 

「マギーホア様、なんで、狂ってないんですか……?」

 

 洞窟から出てきたマギーホアの背筋は真っ直ぐ伸びていた。かっこいい程に。あの頃の威厳に一切陰りがない様に。その瞳には憎しみが見えない。闇の色が一切見えない瞳をしていた。清廉潔白であるわけはない。それでも、あの頃、王道を歩んでいた王と一切変わりはなかった。その姿があり得なかった。

 

「あの時、俺は確かに―――」

 

「―――確かに、私は怒りに狂った」

 

 マギーホアが、言葉を遮った。言葉を失い、近づいてくるマギーホアを見る。

 

「怒りに狂った。何故言わなかった。だが一時の怒りだ。そして狂気だ。そう……狂気だ。普段の貴様を見ていれば、どういう事実だったのか、何を知ったのか、何故そうならなければならなかったのか……それを私は漸く理解したよ……」

 

 マギーホアが申し訳なさそうな声で言葉を紡いだ。

 

「違う―――違う!」

 

 死にに来たのに、こんな仕打ちはあんまりだ。マギーホアならさっくりと殺してくれると思ったのに。狂っているから何もかも、忘れて殺してくれると思ったのに。なのにマギーホアは変わっていないじゃないか。あの頃と、何も、未だに偉大なる王のままではないか。いや、前よりも酷いかもしれない。この世界のルールを理解しているではないか。何をしてはならないのか、解ってしまっているのではないか。

 

「俺は、俺は―――お前が! お前が苦しむ姿が見たかったんだよ! マギーホア! お前が苦しめば良かったんだ。苦しんで欲しかったんだよ! ドラゴンを! 俺達を滅ぼした原因として! 苦しんで欲しかったんだよ!」

 

「あぁ、そしてそれだけ貴様も苦しんでいたのだろう……」

 

「あ―――い、やめろ。違う。お前は何も理解しちゃいない―――なにも、この世界に関する絶望を、何も、理解しちゃいない」

 

 マギーホアを拒絶する。声を荒げながら、近寄るなと威圧する様に。死にに来たはずなのに、マギーホアを遠ざける様に何時の間にか、動き出していた。何をやっているんだろうか。だけど解ったのは、もう既に違うという事実だ。未来が既に変わっている。マギーホアが狂っていない。狂わせなくてはならない。絶対に。そうしないと《決戦》に繋がらない。

 

 だけど、マギーホアは申し訳なさそうに、

 

「―――すまない」

 

 謝った。俺の目の前で。頭を下げて心の底から謝罪したのだ。その姿に叫ぶしかなかった。

 

「違うだろ! 違うだろう、マギーホア! お前は! 王だった! 偉大だった! お前は凄かった! 最強だった! 魔王でさえお前には勝てなかったんだ! お前は! 俺達の! 希望で、王様だったんだよ、それがすまないだなんて謝らないでくれよ……」

 

 その姿にどれだけ希望したか、憧れたか、羨んだか。どんなドラゴンも、その強く、賢い姿に憧れたのだ―――当然、俺も。道化を演じ、狂気の檻に閉じ込めながらも、それでも思った。あんな風になりたい。威風堂々、しかし王道を歩む竜の王様。あんな男になってみたいって。全てのドラゴンがそう思った時代があったのだ。

 

 なのに、

 

「頭を下げるなよ、マギーホア様……なぁ……俺は、もう、死にたいんだ……その為に来たのに……ほんと、酷いよ王様……」

 

 近づいてきたマギーホアが頭を振り、そして口を開いた。

 

「すまない。私にはその言葉しかない。王として、真に私が完璧であれば……貴様の―――いや、君の苦悩に、苦しみに気が付いてあげられたのだろう」

 

 だがマギーホアは頭を横に振った。

 

「だが違った。私は愚かな王だった。栄光だけに目を向けた結果、私は自分の国を滅ぼした。その陰に未来に絶望している臣民がいるという事実を知らずに。最後の決闘、あそこに見せた真意を私が見抜ければよかったのだ。だが私はそれを見抜けなかった―――愚かなだけに」

 

「違う、違うんだ……貴方は本当に優秀だったんだ。こんなの、とんちみたいなもんだよ……誰が繁栄したら滅ぼされるなんて解るんだよ……」

 

 そんなの、余りにも酷すぎる。平和にしたから滅びるなんて。誰がそんなの解るんだよ。誰がそんな事を望むんだよ。誰が一体、そんな事を察する事が出来るんだ。ヒントはあった。確かに存在していた。だけど解る様なヒントではない。最初から解らせるつもりはなく、終わった後で理解させる為のヒントだ。こんなの、詐欺でしかないに決まっているじゃないか。

 

 だから、

 

「マギーホア様は悪くない……悪くないんだ……悪いのはそれを伝えなかった俺なんだから……」

 

「いや」

 

 マギーホアは頭を横に振った。

 

「私がそれを知った所で運命は変わらなかっただろう。或いは運命が変わる事を拒否したであろう。私は―――確かに強く、そして賢い王だった」

 

 だが、と言葉を強めた。

 

「私に―――運命を変える力はない」

 

 だが、と再び言葉を置き、目の前までマギーホアはやってきた。そして獣人の手を伸ばし、此方の目元に触れる。何時の間にかそこには涙が流れていたのを、マギーホアが拭った。

 

「だが君にはある。間違いなく。結末を変える力があるとすれば、それは君にしかないものだ。なに、今の私の生活も悪くはない。王国はなくなってしまったが、こうやって身軽にはなった。それにこの手なら友の涙を拭う事ぐらいなら出来る―――悪くはないだろう?」

 

 いや、でも、と言葉を置く。信じられなかった。そうやって簡単に許そうとするマギーホアの姿が。何故、と言葉を口から漏らし、マギーホアが笑った。

 

「確かに私は怒った。苦しんだ。狂おうかと思った。狂ってしまえば良かったかもしれない。だがその時に私が思い出したのが君だった」

 

 普段から狂っているフリをしている君を見た、とマギーホアは見た。

 

「そして私は狂おうとするのをやめた。君は狂おうとした。だが狂い切れなかった。君の瞳の中にはいつも絶望と狂気が見えた。だが同時に僅かな希望も見えていた。君は見えていたんだ、常に未来に。たとえ滅んで、絶望し、狂気の中で逃避していても、それでもどうにかなるかもしれない未来があるのだと。その事実を君はずっと知っていた―――だから私も狂う事を止めた」

 

 信じる事にしたのだ、とマギーホアが口を開いた。

 

「私の臣民が、友が、その瞳に見た希望の未来を」

 

 ぽんぽん、と頭をマギーホアに叩かれた。

 

「だがその涙に濡れた瞳に今、希望がない。何があった。何が君の見た希望を閉ざした。教えてくれ、我が臣民よ。騒がしき友よ。何が、君の知る希望を奪った」

 

 何も変わっていない、偉大な王様だった。マギーホア。前よりも成長しているかもしれない。失敗を、そして挫折を乗り越えたマギーホアの姿は、史実、或いは正史には存在しない輝きを持っていた。自分がまるで知らない結果だった。だがそこに不思議と、不安はなかった。

 

 自分が何かをすればするほど、原作から乖離する。

 

 そうすればエール・モフスの誕生から離れてしまう。

 

 それは―――絶望だった。圧倒的絶望。何もどうしようもない、闇。この世界の未来が消えると同じ事だった。だから何もしたくはなかった。何もできなかった。だけど違った。

 

 自分が何もしなくても勝手に世界は滅ぶんだ。

 

 自分が動かなかった結果が、Cエンド―――ケイブリスの勝利、人類の絶滅エンド。

 

 人類は負けるのだ。何もしなければ。その事実と共に、希望は全て砕け散った。もはや自分の中で我慢できる事も、狂気を演じる余裕も、その全てを奪われてしまった。だから、

 

 初めて、涙を全て瞳から決壊させた。

 

 力を失い、両膝から崩れ落ちる。

 

 そして―――漸く、口を開けた。

 

「助けて……助けて、マギーホア様。もう、耐えきれない。頭がおかしくなりそうなんだ。未来の事なんて考えたくもないのに。神に設定されただけの力なのに。それで未来をどうにかしなきゃならないって思う度に頭が痛くなるんだ。吐きそうで苦しいんだ。今すぐ死にたくてしょうがないんだ」

 

 助けて、お願いだから。

 

「助けてください、マギーホア様」

 

 涙を流し、惨めに助けを求めた。それしかもう、自分には出来なかった。恥知らずの行いだった。だがそれにマギーホアは猫面で笑みを浮かべ、頷いた。

 

「―――聞こえたな貴様ら! 同胞が助けを求めたぞ! 我らの答えはなんだ!」

 

 翔竜山に、長年響かなかった、ドラゴンの雄叫びが空の遠くまで轟くほど響いた。

 

 それにマギーホアが手を伸ばしてくる。

 

「任せよ―――このKD、たとえ玉座も王冠も国も失っても、同胞を見捨てる事はない。絶対にだ」

 

 ここから未来は、変わり出す。




 【X】に続く未来にマギーホア以下ドラゴン軍団、参戦決定。

 かろうじて狂気を演じられていたのはそもそも「将来的にランス君が全部どうにかしてくれる」という漠然とした希望があった。未来ウルがそこらへんGI歴の聖魔教団の動きやGL歴の人間牧場見てて改めた所があったんだけど、それでは初動があまりに遅すぎてCエンドへ。

 ランス君が敗北するという結果だけを理解した結果、最初にして最後の希望を失った、という訳でした。

 何もしなければ、結果を変えなければ未来は明るいとずっと思っていたのが裏切られる話だったけど。

 きっかけさえあれば誰だって変われる。そんなドラゴンの王様は偉大だったという話。


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210年 竜王の頂

「未来の知識と世界の仕組みを理解する、か……凄まじいものを知っていたのだな」

 

「うん……」

 

 場所は改めて翔竜山頂上、そこにマギーホアと挟む様にちゃぶ台を設置しつつ、対面するよう座っている。その周りには今、この翔竜山に集まっている残りのドラゴン達が集まっている。その数だけでも20を超え、咆哮を聞いた各地のドラゴン達がそれでもまだ集まっているという状況だった。生き残っているドラゴンは全部で100以下らしい。だがそれでも全てがエンジェルナイトとの戦いを生き残った猛者揃い。レベルもそうだが、経験そのものが違う。600年近く魔人級のエンジェルナイトと戦い続けてきた怪物と表現できる、ドラゴン軍団だった。

 

 それが集まりつつあった。自分を助けてくれる為に。その事が心強いし、恐ろしかった。自分が知らない歴史を今、進んでいる。その事実が怖いのだ。

 

「安心すると良い、ここにいるのは味方だ。誰も傷つけたりはしない」

 

「うん、解ってるんだ王様。だけど、それでも自分の知らない流れを作るのが怖くて……」

 

「おい、アレ誰だよ」

 

「見て解らないか? 俺にも同一人物か解らなくなってきたぜ……ふふふ、怖くなってきた」

 

「でも良くね? がつがつサバサバしたドラゴン系よりも、こう、守ってあげたくなる系とか……お前は良い! 巣で卵を守っていろ! 前には俺が出るぜ……! ……こういうの良くね? 良くね?」

 

 いえー、という言葉と共にドラゴンの間でハイタッチを決めている。あぁ、うん、なんというかお前ららしいノリだよな、とは思わなくもない。そんなバカなやり取りを聞いていると、少し気が楽になってくる。それで、と周りのドラゴンが一人声をかけて来た。

 

「一体、どうしたんだよ。お前が泣く所なんて想像すら出来なかったけげほおぉ!?」

 

「お前、雌に対してストレートにそんな聞き方をなぁ……」

 

 遠慮のない質問の仕方にノックアウトされている同胞を見て、ちょっとだけ苦笑を零しつつ、えーと、と声を零した。

 

「俺にはね、未来が解るんだ。生まれた時から大体歴史がどうなって、誰がどういう活躍をするのか。その大まかな流れを知っているんだ。それと同時に、この世界がどういう仕組みで動いていて、どういう風に思われて創造されたのか、それを産まれた時から知っていたんだ。俺はこれを【真理】と呼んでいる。そしてこの本来の流れを【正史】と呼んでいる」

 

「精子……! ワンモア!」

 

 馬鹿が一人ノックアウトされた。それを聞いていたマギーホアが成程、と腕を組みながら頷いた。

 

「つまり生まれた瞬間からドラゴンがエンジェルナイトによって滅亡するという事実を知ってしまったのか」

 

 その言葉に申し訳なさそうに頷くと、マギーホアが気にするな、と笑った。

 

「うん、生まれた時に絶望したよ。ドラゴンとして生まれた時点でエンジェルナイトに殺される未来が確定したんだ。魔王アベルが誕生すれば60年でドラゴンの天下は終わる。それだけじゃなくて死んでも救いもない。俺達の魂は元々創造神の一部だから、死んだ所で悪趣味なルールを構築した神様の一部に戻るだけだからね。だから死んでもまた生まれ直すだけ。新しく全部忘れて、神様の趣味で苦しむ為に」

 

「趣味悪いなぁ……」

 

「まぁ、俺達基本的に不老だし死ななきゃいいだけだろ」

 

「せやな」

 

 ノリがほんと、軽い。世界の真実に関する一部を公開したつもりだったのに、ドラゴン連中の大半はまぁ、どうにかなるじゃろ、なんて物凄い軽いノリだった。凄い連中だった。自分なんかとは違って。明るく、楽しそうで、そして絶望なんてしていない、本当に凄い連中だった。こういう連中の同胞として生まれる事が出来て本当に良かったと思う。

 

「だけど最終的には遠い未来で全部、どうにかなるんだ」

 

 そう、ランス君がどうにかしてくれる。

 

「愛を知らない創造神に愛を教えてくれる人が生まれるんだ」

 

 ランスとクルックー、こうなって本当にどれだけ偉大か解る二人である。あの二人がいたからこそ、ルドラサウムは愛という概念を理解するに至った。そしてそこからは絶望を楽しむという色が消えて行く。新しい遊びを知ったルドラサウムはそれに夢中になって、人の世界は存続していくのだ。全人類の救世主、その言葉に相応しいコンビだと思っている。クルックーもこの真実の苦しみを超えて、本当に、本当に良く頑張ったと思う。

 

「少なくとも俺が何もしなければ【正史】の通りに、進むと思ったんだ。俺が何もせず、結果を変えず、何の影響も与えずに、【正史】の主要な出来事をそのままにすればいつかは未来で……って思ってた。そう思えたから俺も、頑張れたんだけどなぁ……」

 

 あぁ、泣きそう。駄目だ、涙が流れてきた。涙腺が緩んでいる。ここ、1100年間頑張ってきたけど、限界に来ている。これだけ良く頑張った方かもしれない。心は確実にもう、堪えきれない程に限界だった。

 

「これを使うと良い」

 

「ありがとうございます王様」

 

 ハンカチをマギーホアから受け取って、それで涙を拭う。それを握ったまま、だけどさ、という声が周りから聞こえた。

 

「ウルちゃんがそうなった、って事は未来が変わったんだよな? というか泣き顔興奮するからこっち見てー」

 

 その言葉に頷いた。そして馬鹿が一人叩き潰された。

 

「聖女の子モンスターであるセラクロラスを通して、未来の俺自身からその未来に到達出来なかった、ってメッセージが来ちゃって……」

 

「未来からメッセージって送れるもんなんだな」

 

「だけど……そっか、それでウルちゃん、心の支えが決壊しちゃったのな」

 

 こくり、と頷いた。強がることが出来ない。狂気も、笑顔も、キャラを作る事が今は出来ないので、素面、と言うよりは本来の素の自分で受け答えしてしまう。だがそれがなぜか、ドラゴンの間では好評な様子で、解せない。まぁ、それはともかく、マギーホアが話を纏める。

 

「今までは未来が救われると信じていたから何とかなっていたが、その希望さえも失って残されたのはこの先の暗黒の歴史と、希望の存在しない未来、その答えを結果から教えられてしまったか。その上で死すらも救いとはならない……成程、絶望するには十分過ぎる理由になるな」

 

「虐めっすかこれ」

 

「生きる事そのものが拷問になってるな……」

 

「何この世界こっわ。誰だよこんなこの世界作ったの」

 

「キチガイだよ」

 

 ドラゴン達がハイタッチを決めて盛り上がっている。君たち、この数百年間でだいぶ楽しい性格に育っていない? 君たちだいぶ脳味噌の螺子緩んでない? 或いはメインプレイヤーの座から降りた影響で緩くなってしまった? まぁ、どちらにしろ、その軽口が今は救いだったので、ちょっとだけ、笑い声を零せた。

 

 それで、と声を零される。

 

「君は―――何をしたいんだ?」

 

 マギーホアの問いが来る。自分が何をしたいのか、その言葉に身を強張らせる。

 

「未来を変えたい……とは、今はちょっと言えません。その……まだ、自分で何かを変えるというのはちょっと……怖いです。あれだけ歴史通りに進めば何とかなるって思ってたのに。それがいきなり崩れて、駄目になって、救いなんてないって……」

 

 だけど、だけどね?

 

「友達……って呼んでくれた人が居るんです。でも彼女……あと300年ぐらいで死ぬんです」

 

「コメントに困る長さ」

 

「彼女、魔王なんですけどね」

 

「更にコメントに困る相手が出て来たぞ!」

 

「だが待て、友の友であるならばそれはもはや他人事ではないのではないか?」

 

「マギーホア様懐広すぎっしょ」

 

 うん、まぁ、コメントに困るよね、と苦笑してしまう。だが魔王のシステムとは本当に邪悪なのだ。そもそも魔王と言うシステムは人類が苦しむ為に構築されたシステムであり、人類と魔軍を強制的に戦わせる為のシステムだ。魔王の血に感染したものは破壊衝動を患い、それによって常に人類と戦う事を強要される。それを拒否すれば魔王に人格が飲まれ、元の人物とはかけ離れた完全なる魔王として止まる事も出来ずに殺戮に入る。スラルはそのぎりぎりのラインを見極めて人類の損耗を阻止しているだけ、英雄とも表現できる。

 

 だがそれは常に人格の消失と血に飲まれる恐怖、そして神に粛清されるかもしれないという恐怖との戦いだ。スラルは常にその恐怖と戦い続けている。彼女は本質的には少女だ。だから魔王という立場、その義務、強制されている虐殺にこの200年間、常に血反吐を吐きながら恐怖している。それを一切表情に見せようとしない辺りが尊敬できる子でもある。

 

「アベルは」

 

「ヒャッハーしてただけです」

 

「ほんとダメトカゲだったなアイツ……」

 

「あ、アベルも一応最強種の魔王だったんだけどね……うん……」

 

「まぁ、奴はどうでもいい」

 

 アベル、どうでもいい扱いをマギーホアからされる。あのトカゲ魔王、余りにもこれ可哀想ではないだろうか? だけどやってきたことを考えると割と当然の対応なのかもしれない。

 

「私は君を助けると決めた―――君が助けを求めるというのであれば、私は全総力を以て助けよう。それが私が君に向ける一方的な友情であり、そして同時に君をちゃんと見れなかった、元王として君の為に出来る事だと思っている」

 

「う、うん」

 

 猫顔の癖にだいぶかっこいいぞ、この王様、と思っていると、後ろからひそひそ話が聞こえて来る。

 

「やばい、卵産ませたい」

 

「解る」

 

「強気だったり元気な子のしおらしい姿良い……良くない? 良くない?」

 

「解る」

 

「《雷神雷光》」

 

 マギーホアがサクッと馬鹿を魔法で始末した。黒焦げドラゴンが完成してしまったな、と思いつつも、マギーホアがだが、と言葉を置いた。

 

「この前提は簡単だ―――ウル・カラー。君が助けたい。動きたい。そう思わなければ何も始まらない」

 

「俺が……」

 

 その言葉にマギーホアが頷く。

 

「君はその動きが未来を変えるかもしれない、と恐れている。だからそれを今は忘れてしまおう。そして心に問いかけるのだ。何をしたいのか。どういう結果が欲しいのか。自分の欲望に素直になるのだ。そしてそこで、心の声を聴くと良い」

 

 目を瞑り、残された腕を胸に当て、数秒ほど考えるが―――答えは驚く程簡単に出てきた。

 

「……スラルちゃんを、助けたいです」

 

 友達と、自分の様などうしようもない人を、狂人を呼んで信頼してくれた魔王の様な少女を……自分は助けたい。

 

 心の底から、そう思った。

 

 その言葉にマギーホアが頷いた。

 

「その言葉が口に出せるなら何も問題はない―――正義は己自身にある。信じよ、ウル。お前の正義はお前にあるのだと。そしてその天秤は誰かに揺らされるものではないと」

 

 マギーホアの言葉に頷く。少しだけ……本当に少しだけ、心が楽になった気分だった。いや、或いは少しだけ救われたのかもしれない。この、底知れない絶望の世界から。僅かに【X】へと至る道が見えたのかもしれない。まだ、無理だ。《無敵結界》を突破できないドラゴンでは虐殺されるだけだ。それでも、彼らの存在は、物凄く、心強かった。

 

「で、ウルちゃん。助けたいって事はなんか、助けるプランあるの?」

 

「……ぱっと思いつく分には幾つか……」

 

「幾つかあるんだ……」

 

「本当に国政に交えられなかった事が悔やまれるなぁ……」

 

 そう嘆かないでほしい。罪悪感を今、物凄い感じまくってるので。それはともかく、知識から魔王スラルを助ける方法を考える。幾つか思いつくものがある。

 

 そもそも、

 

「魔王スラルが死亡しないと次の世代の魔王へとバトンが渡されないので、そのまま世界が詰む可能性あるので、大前提としてスラルちゃんを一度死亡させてから蘇生する手段しか取れません」

 

「死亡前提の救済とかいきなり楽しくなってきたな」

 

 この世界は魔王の代替わりが前提でシナリオが進むのだ。こればかりはどうしようもない。魔王スラルには一度死亡して貰う必要がある。そうしなければ【血の記憶】がナイチサへと移動されないからだ。重要なのはこの後だ。【血の記憶】がナイチサへと移動されてから。恐らくはスラルの魂が解放されてからの話だ。

 

「死者を救う方法で最も簡単な方法は聖女の子モンスターであるウェンリーナーを利用する。彼女であれば1年に一度なら死者を蘇生可能となるよ。だけどこの場合、纏めて【魔王の血】まで蘇生しかねないので取れない手段なのでパス一」

 

「パス一……」

 

 次の手段はその可能性を排除できる。

 

「【法王特典】というAL教の教主のみが利用できる特典が存在する。これを利用すれば死者の蘇生も可能だけど、叶える管轄が神様なので根本的に悪意を混ぜた解釈をして叶える可能性がある他、魔王そのものを復活させて苦しめようとする可能性がある。なのでこれもパス二」

 

「パス二する程手段があるのか……」

 

 うん、実は手段だけは結構あるんだ。選べるかどうかは話が別で。

 

「そもそも対象が魔王であり、魔王と言うシステム自体が三超神によって創造された、創造神の娯楽の為のシステムなので、スラルちゃんを助けるとなると、そのシステムの権限を超えられる存在の助けが必要になってくるので、ただ死後に蘇生させるのではなく、死んだあとシステムの影響を受けない様に蘇生させるという訳なのだ……八級神のウェンリーナーだとちょっとここら辺、厳しいかなぁって」

 

 だから、まぁ、一番確実な手段を考えると、

 

 神々のシステムに対して介入できる存在を此方の味方に回し、その上で蘇生する。これが答えだ。

 

「なので、三超神に匹敵する奴を味方に引き入れます」

 

「ん……?」

 

 えーと、その、荒唐無稽かもしれないので、引かないでね? と前置きをする。この世界で、神々の思惑に乗らず、敵対していて多分()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。これ、自分一人では絶対には無理だった。だがもし、マギーホアが助けてくれるというのであれば、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()何とかなる方法でもある。

 

「―――悪魔王ラサウムの力を借ります」

 

 これが、俺の考えついた答えだ。

 

「三超神の一部から生まれたラサウムは三超神に準ずる力を持ってるので、これを利用して、魔王の力を確実に次代魔王に移した状態を確認し、スラルの魂を確認した上で悪魔かウェンリーナーの力を借りて蘇生する作戦です」

 

 その言葉に一瞬、沈黙が生まれた。だが自分の知識の範囲で、【血の記憶】からスラルを切除しつつ助ける方法は、これぐらいしか思いつかなかった。悪魔王ラサウムが無理でも、三魔子でもいい。それぐらいの格があれば魔王というシステムから解放した上でどうにかなると思う。

 

 そんな滅茶苦茶な作戦を、ドラゴン達はうん、と頷いた。

 

「やっぱこの滅茶苦茶な作戦、ウル・カラー以外の何者でもねぇなこいつ……」

 

「さっき可愛いかと思ったけどやっぱそんな事ねぇわ。昔のままじゃん」

 

「だけどこれって悪魔に喧嘩売るって事か?」

 

「戦争か?」

 

「また戦争なのか?」

 

「数百年ぶりの戦争って事か!」

 

「戦争だぞ戦争!」

 

「また闘争する事が出来るのか!」

 

 戦いだ。戦えるぞ。怠惰の終わりだ。戦うぞ。戦えるのだ。声が広がり、ドラゴン達の興奮が、熱狂が声に伝わってくる。本当に、馬鹿ばかりだなぁ。こいつら。盛り上がりを見て、恐怖を感じる事もなく、楽しそうに悪魔との戦争を口にするドラゴン達には呆れるしかなかった。

 

「もしかして交渉でどうにか……」

 

「悪魔だぞ?」

 

「ないよね……」

 

 うん、まぁ、なんとなくだがそんな気はしていた。ほんと、馬鹿な奴しかいないなぁ。そう思うのに、なぜか涙が流れそうになる。それを見て、マギーホアが微笑んだ。

 

「見ろ、ウル。お前は孤独ではない。その苦しみはきっと、見えてしまう君にしか解らないかもしれない。だがその痛みを和らげる手伝いなら我々にも出来る。頼って良かっただろう?」

 

「こんなんでも最後の雌だしな!」

 

「良い雄アピールはしたい!」

 

「僕はカミーラちゃん派ですっ!」

 

「は? 何言ってんのこいつ?」

 

 乱闘が始まる。それでも馬鹿々々しく、どこかで見た事のある景色だけ、涙を流しながら、ちょっと、笑ってしまった。あぁ―――確かに、未来を変えるのは怖い。今でも何かを変えるのは怖い。だけど終わってしまった後でこっそりと救うだけなら、

 

 俺にも……出来るかもしれない。

 

 だから……最初の一歩。それを踏み出す。

 

 今回だけ。今だけ。ナイチサの時代になって、また踏み出せるかは解らない。だけど、俺を友達と呼んでしまった馬鹿な子を助けたいというのは本当だった。その為にはしばらく魔王城には戻れないだろうし、場合によってはケッセルリンクにも会えないだろうが、

 

 今は、それよりも大事にしたい事があった。

 

 だから―――頑張る。

 

 未来ではなく今を変える為に。

 

「力を、貸してください」

 

「うむ、任せろ」

 

 古き同胞達の熱狂と盛り上がりを見て、そこにまだ希望はある、というのを見出した。




 ウル&マギーホアWithドラゴン軍団vs悪魔の流れ始まるよ。

 未来を変えるのは怖くても、今ある結果を変える為に動きだすという事でウルにドラゴンが合流して遊びだす試み。1週目は究極的に魔軍勢力に対して味方が少なすぎた。なのでそれを改善させられるタイミングとなると……という訳で、

 正気のマギーホア様と、エンジェルナイト相手にガチって生き延びた頭のおかしいドラゴン軍団参戦。

 準備してから悪魔界でパーティ始めるよ。


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210年 翔竜山・対策会議

「さしあたって、問題点をここで幾つか上げます。という訳で説明しますね?」

 

「うむ……言葉、楽なのを選んで良いぞ?」

 

「いえ、こっちのがだいぶ素に近いので」

 

「マジかよ」

 

 何がマジかよだおめー。元がオタクだぞお前、そこまで人付き合い得意じゃない、あんまり他人と会話するタイプじゃないんだぞ。本当なら部屋に引きこもってソシャゲとかネトゲやってネタを見てひとりで静かに笑ってるタイプなんだから、テンション上げまくっている方がキャラ作っているに決まってるじゃねぇか。本当はどう他人と接せばいいかわからなくて割と困ってるんだぞお前。だから実は、ですます口調の方が喋りやすい部分もある。

 

 まぁ、そこは開き直りまして、

 

「まず第一の障害は創造神ルドラサウムの娯楽。根本的にこの世界がルドラサウムを楽しませる為の場所であり、魔軍によって蹂躙される人間や、或いはそれによって広がる戦火を楽しむ為の場所です。なのでまず最初にルドラサウムを楽しませる事を目標にしないとだめです」

 

 いや、ちょっと違うな、と思う。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()だけなんです。究極的にこの大陸はその信念をもとに神によって運営されているので。だからルドラサウムが面白いと思う展開さえ用意すれば、その結果が何であれ、全てが許可されます。悪魔界の存在を三超神の一角が他から隠しているのも、それがルドラサウムの娯楽として適切だから、という理由があります」

 

 ちなみに今の会話で口に出したので一人だけガンガン責められる三超神が生まれた可能性がある。基本的にマッハが俺のレベル神として憑いているのが解っている以上、三超神とルドラサウムから監視……あれは観察されている可能性が非常に高い。一体、俺の何を期待してみているのかはまるで解らないのだが。それでも娯楽を求めているのなら、その期待に応えようとは思う。

 

「だから第一に作戦を実行している裏でルドラサウムと神々をある程度満足させる為の娯楽を提供する必要があります。ですが、これを実行する手段はとても簡単……というかこの時代に連中が何を求めているか大体解るので、これを利用します」

 

「となると?」

 

 マギーホアの言葉に頷く。

 

「魔王スラルにプレッシャーを与えます」

 

 いいですか、と言葉を置きながら魔法を使ってちょっと空中に絵を描いて、スラルの状況や人類軍の状況を描く。今の状況は魔軍vs人類という状況を構築しているが、それでも勢いで言えばかなり温いものだと言える。少なくとも次代の魔王ナイチサは【死滅戦争】で人類の人口を50%まで減らす事に成功しているのだ。魔王スラルもそれだけの力があるのに、それを実行しないのは純粋なスタンスと余裕の違いにある。

 

「なのでスラルから余裕を叩き出します。死の恐怖を思い出させ、そのプレッシャーで生きたい、何が何でもって思わせる必要があります。恐らく今のルドちゃんは《無敵結界》を得て余裕を得てしまったスラルの心境にちょっとだけ飽きを感じていると思うので、それを刺激する様にドラゴンの一部を最前線に投入します」

 

 つまり古代リーザス最前線。ここにドラゴン部隊を投入し、魔王城に程近い場所を燃やして刺激する。ここが魔王城、つまりスラルの拠点の周辺なので、恐ろしいほどの恐怖を感じるだろう。そもそも今のスラル、魔人の大半を魔王城に置いたままで戦闘を行っている。つまり魔軍のみで対応している状態だから、余裕があり過ぎるのだ。それを潰す為にも、

 

「魔人全員を最前戦に投入する必要があるレベルまでスラルと魔軍を追い詰めます。そうする事で漸く、スラルが持っていた魔王としての余裕が崩れます。そうすることで深いプレッシャーと死への恐怖を取り戻す。これが一番の供物になって、魔王の恐怖というものに喜ぶでしょう」

 

 同時にこれがケッセルリンクを釣り上げる餌にもなる。まず間違いなくケッセルリンクがこの時に魔人化するだろう。なのでスラル周りの流れはこれで良いのだ。

 

「という訳でこれが作戦の第一段階になります」

 

「俺、アイツ怒らせるのだけは止めよ……新しい性癖に目覚めるとかの問題じゃなくなったな」

 

「ああやって開き直らせたの俺らだぞ」

 

「本当の悪魔とはこいつの事じゃねーの」

 

 うん、まぁ、なんというか、自分でも割と手段を選んでないと思うが、嫌われてもいい、と個人的には思っている。ただ結果としてスラルが生き返ってくれればそれだけでいいと思う。俺を友達と呼んだことを一生後悔してくれればそれでいい。絶対にハッピーエンドを顔面に叩き込んでやるから覚悟しろよ。

 

「で、次が第二段階。つまり悪魔王との交渉になります。ぶっちゃけ、ここら辺の悪魔王に対する交渉材料は俺が【真理】を掴んでいる以上、腐る程あります。三超神側も全体の流れが盛り上がり、神の敵対者枠が奮起してくれるならそれはそれで面白くなるから、と放置してくれるでしょう。なので問題は悪魔界への潜入、悪魔王への謁見ですね。こればかりは流石に俺ではどうしようもないので」

 

 その言葉にマギーホアは心配するな、と言葉を挟む。

 

「悪魔界への移動手段であれば私が何とかできる。私の財宝の中に悪魔界へのフリーパスが存在する。それを利用すれば悪魔界へと此方から乗り込む事も出来る故、心配する必要はない」

 

「後は悪魔王を引きずり出せばいいんじゃろ? つまり暴れればいいんじゃろ?」

 

「俺らが悪魔王以外全部殴り飛ばせば出て来るしかないな!」

 

「最強! 無敵! ドラゴン軍団出撃!」

 

「次回、ラストウォー再発……!」

 

「おい、馬鹿、マジでシャレにならないネタは止めろ」

 

 頭を叩かれているドラゴンの姿に苦笑しつつ、

 

「なら悪魔界で暴れて悪魔王か、或いはそれまでの渡しを付けられそうな三魔子を引きずり出す必要がありますね。一応、第一級悪魔ともなるとレベルが200以上必要になりますが……」

 

「私一人で余裕だな」

 

 流石すぎるマギーホア様。やっぱりメインプレイヤーの強さしてないよなぁ、この人は。そうとしか言えない強さを持っていた。だけど今はその実力が実に頼もしかった。第二級神と殴り合えると言われるマギーホアが居れば、マジで魂とかの対価もなく殴り合いで最上の悪魔を引きずり出せそうであった。

 

「とはいえ、悪魔界に乗り込むのであれば流石に乗り込めるのは精鋭の中の精鋭だけになるか……選別する必要があるな」

 

 それでも戦闘に複数ついて来れる奴がいるって時点でだいぶおかしいんだけどね? ドラゴンという種族は、本当にバランス崩壊しているから滅ぼされて当然なんだろうなぁ、と神側視点だと言える。とはいえ、今はこうやって楽しく生きていてくれた事に感謝する事しか出来ない。

 

「で、最後にウェンリーナーの確保ですね。一番簡単に蘇生する手段なので、確保していて損はないです。悪魔側で蘇生の件を引き出せないならウェンリーナーに頼む必要があります。ウェンリーナーの役割は次代のモンスターを産む事なので、強い男の子モンスターを見つけて、それに案内する事を報酬にすればたぶんどうにでもなると思います」

 

 という訳でやらなきゃいけない事は全部で三つ。

 

 スラルを追い込む。

 

 悪魔との交渉。ただし此方が有利を取る必要がある。でなければ何を要求されたかわかったもんじゃない。

 

 そして最後に保険としてウェンリーナー。

 

 この三つを揃えて何とかなる……というレベルの案件である。そしてこれは普通、不可能と呼べるレベルの難易度である。魔軍を追い込むというのがまず、難しい。その上で悪魔の中でも最上位に位置する連中と交渉する、ウェンリーナーを見つけ出して協力させる、というのは人類には不可能な試みだと言っても良いだろう。ぶっちゃけ、ざけんな、と言える案件ではある。

 

 だが、

 

「楽しくなってきたな」

 

「おう、数百年ぶりに盛り上がってきたぜ」

 

「俺、悪魔界突入組に入りてぇなぁ……暴れてぇよ」

 

「誰だってそうだろう? 俺も負けないからな。でも魔人と戦うのも楽しそうだわ」

 

「お前もそう思う? 俺、魔王を涙目にしてぇわ」

 

 ドラゴン達は、同胞達は楽しそうに笑っていた。そしてまるで不可能ではないと証言する様に準備を整える為に愉しく話し合い、動き出す為の準備を始めようとしていた。死ぬかもしれない―――いや、死ぬ可能性が高い。それでも諦めようとする様子はなかった。寧ろ、楽しみにしている姿しか見せなかった。

 

 ほんと、馬鹿な連中ばかり、と息を零すしかなかった。だけどそれがドラゴンと言う生き物だった。彼らはそれに殉じている。そしてそれを楽しんでいる。だから笑える。絶望的な世界なのかもしれない。だけど、そんな事はどうでもいいのだ、連中には。その強さが羨ましく、そして眩しい。

 

「ふむ……となると私とウルは必然的に悪魔界突入組、残りを魔軍襲撃組とウェンリーナー捜索組に分ける必要があるな。悪魔界へと連れて行けるのも精鋭中の精鋭、多くて五頭が移動の都合上限界か……ウル、今のレベルはどうなっている?」

 

「自分ですか? 今は100ありますけど」

 

 ヒューマン・カラーの姿ではあるが、それでも普通の人間やヒューマン・カラーよりは強い。元がドラゴン・カラーなので自分の1レベルは他の人間等の倍の意味はある。だから自分は普通の人間からすれば、大体レベル200に近いだけの能力を持っている。それなりに強い―――というか人界屈指の強さはあると自負しているが、マギーホアは此方を見て頷いた。

 

「成程、足りぬな」

 

「えっ」

 

「後レベルが100欲しいな」

 

「数字がおかしいですよ王様」

 

 レベル200……それだけあれば未来の魔人四天王と互角に戦える……いや、少しは劣るかもしれないが、それでも十分匹敵しうるだけのレベルの強さになる。それって軽く超越者とも呼べる領域になる。だがそれだけの実力を手に入れるには、それに相応しいだけのレベルの相手と戦う必要もある。とてもじゃないがそう簡単に100レベルなんて上げる事が出来ない。この間戦った怪獣連戦で漸くレベル100の大台に乗ったばかりだったのに、そこから更に200を目指せと言われても困る。

 

「いや、でも王様」

 

「割と真面目な話だ、ウルよ。その程度のレベルでは一級悪魔と相対した場合、即座に敗北するだろう。まともに戦うのであれば200、勝利するのであれば250は欲しい。安全性を考慮するなら300だな。だが流石にその領域は難しいだろうから、200で妥協する必要がある。……後はそうだな、私が溜め込んでいる財宝を解放すれば装備は何とかなるだろう」

 

「いや、あの、マギーホア様? マギーホア様の財宝って竜の秘宝とかそういうレベルのアイテムばかりなんですけど」

 

 その言葉にマギーホアは笑った。

 

「物は使う為に存在するのだ、友よ。こういう時に使わずして何時使うのだ」

 

 惚れそう。だけどカミーラちゃんの時もこうやってちゃんと口説けば良かったと俺は心の底から思う。それを口に出してみるとマギーホア様がものすごい申し訳なさそうな表情をしている。

 

「うむ―――ま、まぁ! レベルに関しては私に任せて貰おう。時間に余裕があるという話だったな? だとすれば私が鍛錬の相手を務めよう。魔軍に対する圧力は……そうだな、近年中に開始すれば良いだろう。後は捜索も早い内が良い。疑いをもたれない為に適度に魔王に会う必要があるだろうが、なるべく此方に出すと良い。100年の間にゆっくりと魔軍を追い詰めつつレベルを上げよう」

 

「いや、100年で100レベルってそう簡単じゃないんですから……」

 

 その言葉にあぁ、と周りのドラゴンが溜息を零す。え? なに? なにそのリアクション? 俺なんか間違った事言った? だってレベル既に100だよ? 既に人類の限界点に関しては到達していると言っても良いレベルなんだよ? これでも今では人類最強を名乗れるレベルの実力なんだぞ?

 

 おかしくない? そう思っているとマギーホアが立ち上がり、少しを距離を空け、赤いタキシード姿の背筋を伸ばしながら、

 

 どこからともなくクイズの看板ではなく―――ステッキを抜いた。

 

 一目見てこれやべぇ、という気配が伝わってくる、間違いなくバランスブレイカー級の武器。それを抜いた状態でマギーホアはニヤリ、と笑った。

 

「何、そう心配する事はない。数百年前のエンジェルナイトを虐殺してから一切鍛錬を怠っていないからな。多少姿が変わって弱くなってしまったが―――それでも一度もレベルを落とした事がないのが自慢なのでな」

 

 その言葉で大体、察した。

 

「私の今のレベルは479だ。猫の体ではドラゴン程の強さは出ないが―――それでも三級神如きまでなら負けるつもりは欠片もない」

 

 マギーホア様は、本当に強かった。そして実にやる気満々だった。

 

 ……その姿を見て、ちょっとだけ頼んだ事を後悔した。




 マギーホア様の株が上がり続ける話。設定だけ置いてあったからリサイクルは自由だよね。

 という訳で、次回からいよいよドラゴン軍団の行動開始って事で。ちょくちょくXを意識してそれっぽい描写とか演出とか要れる予定なので、ランス10あそんdねるプレイヤーならもっと楽しめる様にするよ。だからみんな、ランス10遊ぼうね。


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XXX年 ターントップ

戦況フェイズ

 

SS250年

 

戦況報告

 

≪≪≪≪≪≪≪≪

 

 ―――ルドラサウム東南大戦線。人類と魔軍の最前線にドラゴン集団が突然出没する。人類に言葉もなく加勢したドラゴンが裏切りのムシ使いガルティアを超える勢いで魔軍を空から焼き払う。投入されたドラゴンと言う種族の圧倒的強さ、そしてその数によって魔軍はなすすべもなく焼き払われた。その影響によって魔王城周辺の戦線が大幅に後退する事となった魔王は魔軍を再編成する必要が出て来る。

 

 

SS251年

 

戦況報告

 

≪≪≪≪≪≪≪≪

 

 ルドラサウム東南部戦線に魔人ガルティア、魔人カミーラを投入。人類を裏切ったというガルティアのインパクトに加え、元ドラゴン出身であるカミーラがドラゴンの対応として最前線に投入される。即座に魔王城周辺の防備を固めながら戦線を押し上げる事に成功する。崩壊した戦線を再編成する上で一時的に魔物兵を下げる必要がある為、スラルの対人類戦線が縮小する。魔人による局所戦術が魔軍に有利に働き、戦力を取り戻しつつある。

 

 

SS270年

 

戦況報告

 

≫≫≫≫≫≫≫≫

 

 投入された魔人により戦線が押し上げられ安定する。ピンポイントでドラゴンを狙った戦術が魔軍の中で広がり、ドラゴンによる被害を最小限に押し込む戦術がメインとなって運用される。それによりドラゴンが思う様に力を発揮できずにいる。それに合わせ人類がドラゴンをサポート、支援する動きを見せ始め、種族を超えた連携の姿が見え始める。団結や結束、統一に遥か遠くとも人類が脅威というものを前に連携する必要性、その概念を見出す事が出来た。だが再編成された魔軍は動きを効率化され、対ドラゴン戦術と共に一時的に旧時代の劣勢に追い込まれる。

 

 

SS300年

 

戦況報告

 

≪≪≪≪≪≪≪≪

 

 

『は? メタ戦術張るなら俺らも手段選ばねーから! ばーかばーか! 戦争のルール調べろよばーかばーか!』

 

 SS300年、封殺戦術に我慢していたドラゴンがキレる。ドラゴン的な戦争とは正面から純粋な能力と能力、力と理からのぶつかり合いであり、完全なる封殺は気持ちよく戦争できないので気持ち悪い、なのでルール無用ならば手段選ばないわ、とドラゴンが一時的に戦場を放棄、次に出現する時は魔人でさえ届かない超高度から岩石や小山などを数頭で運んで、突発的に戦場に落とすようなテロを開始。また、突発的な超高高度からの奇襲ゲリラ戦術に目覚める。完全に防衛線を空から乗り越えながら魔王城へとダイレクトアタックする事で魔王城を破壊、そして防衛に残されていた魔人を刺激する様に逃亡を繰り返す様になった。ドラゴンという種の能力を遠慮なく使ったノールール戦術に再び人類と魔軍の戦争で人類が押し上げ始める。

 

 

SS350年

 

戦況報告

 

[][][][][][][][]

 

『は? 今まで手を抜いて相手してきたのに、どっちが生かして貰えていたかを忘れた様ね。襲撃のショックで私のうはぁんを汚した罪は大きいわよ爬虫類共』

 

 魔王スラル、半ギレのドラゴンに対して半ギレで返す。これにより今までは温存されていた魔人メガラスを投入する。前時代に多数のドラゴンを殺戮した魔人の姿を前にドラゴン、ついに全ギレする。今までは魔王城周辺に展開されていただけのドラゴンの戦線が超拡大し、魔王対人類の戦線全体へと戦闘規模を広げる。それまでは魔軍の撃破だけに集中していたドラゴンの動きに明確な殺意が混じり、対メガラスにおいて連携しつつ戦闘行動を開始、同時に魔軍が保有する重要施設に対する電撃的テロ行為を行う様になる。魔軍の補給線を破壊する事で魔人ガルティアが戦線に出るのを妨害し、カミーラにマギーホア人形を投げつける等魔人を撃退する為の手段を選ばなくなる。これにより人類と魔軍の戦線がついに拮抗する。

 

SS400年

 

戦況報告

 

≫≫≫≫≫≫≫≫

 

 魔人ケッセルリンク戦場に登場。カラー出身の魔人であるケッセルリンクが戦場に投入される。カラー出身であるが故に高い魔力の持ち主であり、その資質は魔人化で更に強化された。魔法を使う事で限定的に飛行可能にもなったケッセルリンクと合わせ、メガラスと揃って大規模空中戦が行える魔人が二人に増えた。それによりドラゴンの突発的なテロに抵抗するように、魔軍が息を吹き返す。そして同時に魔人に《無敵結界》の存在が確認される。今までは魔王にのみ存在していた《無敵結界》、その完成版が魔人に適用される。これにより神魔以外からのあらゆるダメージを無効化にする、生物として最強の盾を入手する事になった。それにより魔人はダメージを恐れずに戦闘可能となる。ドラゴンとの戦線は苛烈化し、ドラゴンでも前線を抑え切れなくなる。また、戦場の激化につれて死者が増える。また、人類の国家の一つが魔人ケッセルリンクの手によって陥落する。

 

 

準備フェイズ

 

 

「てめぇ、ケッセルリンク……もう一度言いやがれ……宇宙までぶっ飛ばしてやる」

 

「……」

 

「《無敵結界》があるからって余裕か? あ゛ぁ゛?」

 

 ケッセルリンクの胸倉を掴んで引き寄せる。少し前まで水色だった髪色は灰色へと変貌し、その胸は広く、硬く、そして起伏がない。肉体は本来のそれよりも遥かに強靭なものとなっており―――つまり、ケッセルリンクは少し目を離した隙にヒューマン・カラーから魔貴族とでも呼べるような、男性の姿へと変貌していた。俺の叫びと唸りはほとんど魂の声だった。

 

「ざけんな!! 俺が! お前の! その! 術を! どれだけ! 待ち望んでたのか……!」

 

「泣かれると……その、私としても実に困ります、ウル様……」

 

「あ゛ぁ゛?」

 

 半泣き状態だった。胸倉を掴んでケッセルリンクを揺らしているが、ケッセルリンク自身の表情は滅茶苦茶困っている様子で、無言を貫きながらも確実に助けを求めている表情であり、そこを丁度、ケーちゃんが通りがかった。げっ、という表情を一瞬浮かべるが、しかし《無敵結界》を得たケーちゃんはそこで考え直し、

 

「おーい、男女ー。何をうぉっ、こいつキレながら泣いてやがる……!」

 

「ケーちゃん! 聞いてくれよケーちゃん!」

 

「うぉっ、無駄に早く取り付いて来やがった!?」

 

 ケーちゃんがやってきたのを発見したので、即座にケッセルリンクを解放しつつケーちゃんを掴み、胸の中に抱き寄せた。あぁ、このもふもふ感にほんと癒される。ケーちゃんの方は本当に鬱陶しそうにしているが。我慢してくれ、お前の存在感が割とメンタル回復させるので。それはそれとして、

 

「ケーちゃん、ケッセルリンクちゃんほんと酷いんだよ。マジで酷いんだぞ。スラルちゃんに言いつけてやる」

 

「やめてください」

 

「お前そう言う所ほんと容赦しねぇな……で、どうしたんだよ」

 

 物凄い嫌そうな表情でケーちゃんがそう聞いてくると、ケッセルリンクがあぁいや、と、本来の調子を少しだけ取り戻しながら、言葉をケーちゃんへと向ける。

 

「見ての通り、スラル様を守る為に私は性転換の魔法を使った訳だ」

 

「あぁ。うん、この男女が死ぬほど求めてたもんだよな。俺、その為の冒険に連れ回されたからよく覚えてる覚えてる。使って貰えばいいじゃん」

 

「いや、それが……ウル様には欠片も適性がない上に使おうとしても謎の力でレジストされる上に付与で一部を男性体にする事も出来ず、私の方でも困っている……」

 

「あぁ、うん、そういう……」

 

 ケーちゃん、人生で初めて同情する様な表情を浮かべる。

 

「貴様らに解るか! 俺が! この1100年間待ち続けて! それで漸く現れた性転換魔法が使ってみれば~だが不思議な力によってかき消されてしまった……~なんて展開になるのを!! 室内ルーラ使ってる訳じゃねぇんだぞテメェ! ざけんな! どの神だ変なロックかけやがったのは! 馬鹿野郎! 馬鹿野郎……!」

 

「おぉ、もう……」

 

「言葉もない……」

 

 ケーちゃんとケッセルリンクに憐れまれている。いや、だが待て、ケッセルリンクもK、即ちケーちゃんではないだろうか?

 

「聞いてくれ、K&K」

 

「俺達売り出し中のアイドルじゃないから」

 

「対応が早いなケイブリス……」

 

「解る? 生まれた時から魂が男なの。体は雌で、今は女。魂と体で不一致なのに、最近その波長が少しずつマッチしてきた感じがあるの。いや、これでもまだ色々と不感症なんだけどね。それでもちょっとずつ自分が変わってきているって事に恐怖は感じるのよ? それでもやっぱ、安心出来る体になりたいじゃない。そこで一人だけやったぜ、成し遂げたぜ、って感じで満足そうな顔をして歩いているイケメン見たらどうする?」

 

「キレるな」

 

「じゃろ、流石心の友ケーちゃん」

 

「吐き気がするから心の友は止めろ馬鹿」

 

 後はもう……モロッコに賭けるしかないのでは? というかもしかしてお祈り枠、一つ確定で性別変化ロック解除しろ、というのでも俺は願わなきゃダメなのだろうか? という事はもう一回あの地獄のダンジョンにトライアルする必要がある? 馬鹿野郎、次回はジル様と一緒に突っ込んでジル様に蹂躙して貰うからな、お前。駄目だ、どう足掻いても家畜にされるイメージしか湧かない。ジル時代になったらジルが堕ちる前に媚び売りまくって心象良くしよう。

 

「あ゛あ゛あ゛、俺様を使って! 勝手に! 癒されるな!!」

 

 ケーちゃんのもふもふに顔を突っ込んで癒される様子を見ているケッセルリンクが、静かにケーちゃんの冥福を祈っていた。馬鹿野郎、《無敵結界》は攻撃以外に対しては大体無力だぞおめー。

 

「ふはははー! 《無敵結界》程度でこのウル様に対してマウントを取ったと思うとは、スウィート、ベリー・スウィート! 蜂蜜マシマシうはぁん並みに甘いぞぉ! 《無敵結界》なんて穴だらけのがばがばバリア、攻略法が何個かあるんだぞケーちゃん! うははー!」

 

「―――私、それ初めて聞くんだけど」

 

 ケーちゃんで遊んでいると、聞き覚えのある声がし、真っ先にケッセルリンクが傅いた。彼女―――今では彼だが、それが仕える主の登場であった。

 

「これはスラル様」

 

 真っ先に通路に現れた魔王スラルの存在に近づき、ケッセルリンクが臣下の礼儀を見せた。だがスラルの視線は此方へと向けられていた。その視線には今までにないものが多く見える。特に恐怖、それが非常に強く見える。自分が今やっている事にやや申し訳なく思いつつ、ケーちゃんが小声で

 

逃がして……俺だけを逃がして。ね? 逃がして。リスだよー。ただのリスだよー。ききー。きぃー。ただの可愛いリスですよー。だから逃がしてー

 

 ケーちゃん、ただのリスになる。可愛い奴め。だがそれはそれとして逃がさない。《無敵結界》を過信した罪をここで受けろリスめ。

 

「えー、だってこれぐらいさ、スラルちゃんでも冷静に考えれば解る事だろう?」

 

「……っ」

 

 その言葉にスラルが少しだけ睨んでくる。その瞳の中に見えるものが揺れている。あぁ、恐怖が増えているのが見える。そして同時にショックを受けている事が。自分が半分、言いがかりをつけている様な事を、スラル本人が自覚し、その事実に本人が嫌悪している。それでも【魔王】に感情を後押しされ、それを抑えきれない。そういう感じの表情をしている。

 

 そしてその光景にケーちゃんがちびりかけてる。

 

たすけて……たすけて……俺様、ここに、いない、いないから……

 

 だが逃がさん。

 

 そしてごめんね、スラル。

 

 これは―――必要な事なのだ。神々から見て、そして()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。だからごめん、本当に。それでも君をここまで、200年近くかけて苦しめてきた。だがそれも良い所まで来た。ケッセルリンクも揃った。これで終わった後にスラルを守ってくれる人材が整えられた訳だ。

 

「スラルちゃん最近疲れてない? ちょっと休んでみたらどうなんだい? その間に俺は死活問題だから《バリア破り》でも習得してみるからさ。んー……レメディア・カラーちゃん何時の時代生まれなんだろうね? 編み出してくれたら頭下げて覚えに行くんだけど」

 

「ウル様、あまりスラル様を挑発するのは止めて欲しい」

 

 ぎろり、とケッセルリンクが此方を睨んだ。まだまだレベルは此方の方が上だが、それでも魔人の種族値を考えると大体、同格だろうか? でも《無敵結界》が根本的に現状突破不可である以上、ケッセルリンクと能力的には互角でも勝利するのは不可能に近い。

 

 なので笑って誤魔化す。

 

「へいへいへーい、ケッセルリンクちゃん。俺は元々道化としてここに居るんだぜ。耳の痛い話をするのが筋ってもんだ。ねー、ケーちゃん」

 

ききぃっー

 

 ケーちゃん、迫真のリスの真似。そろそろケーちゃんがじょばじょばしそうな感じがある。それはそれで面白そうだなぁ! とは思わなくもない。ただ、スラルは小さな声でそう、と呟き、

 

「……そうね、少し部屋で休んでくるわ。ありがとう」

 

「部屋までご一緒します」

 

 疲れた様子のスラルをケッセルリンクが支え、二人が魔王城の奥へと消えていく。うーん、このケッセルリンク、本当にスラルに入れ込んでいるなぁ、と解る。まぁ、だから未来ではあんな風になっていたのだろうが。それはともあれ、

 

「ケーちゃんじょばってない?」

 

「ぎり耐えた……というかマジで死ぬかと思ったぜ。お前その調子でよく生きていられるな」

 

「神に愛され過ぎているからな! ま、それも何時まで続いたもんか解りはしないけどな」

 

 とはいえ―――スラルの精神状態もそろそろいい塩梅だ。

 

 ケーちゃんを窓から投げ捨てつつさて、と呟く。

 

「―――動くか」

 

 準備は終わった。拠点でやるべき事も整った。戦況は狙った通りに進んだ。

 

 ならば、【作戦フェイズ】のお時間だ。




 ランス10式の状況戦況報告システム、便利だし見栄えが良いので導入。大きく歴史を動かしたり、移動させたりするときは勢力状況を表現するのも楽だし、これでランス10っぽく表現するのも悪くないなぁ、って……。

 ドラゴンによるテロでスラルが原作よりも早く追い詰められた影響でケッセルリンクの登場も早まっていたり。そしてあっさりと折れる性転換の希望。だがまだだ、まだモロッコ君が残ってる。モロッコを信じろ。

 そしてじょばるケーちゃん可愛くない?

 あ、次回パーティーのお時間だよ。


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デモニックウォー

 足をその大地へと踏み入れた。

 

 風が吹いている。虚空の闇の上には大地が並んでいる。そこが足場となって【悪魔界】の奥へと向かって道が進んでいる。今はその端に立っているだけに過ぎない。魔王城で仕立てた、今回用の決戦服を身に纏いながら、その景色を眺める。白、黒、そして金。魔王に似た意匠の貴族の様な服装は後ろ部分のスカートの様な部分があり、それが風で揺れているのが解る。

 

 髪はセラクロラスのリボン―――《時の忘れ物》で左髪の房に結んである。首元には《飛竜のスカーフ》を装着し、唯一残されている右腕の中指には《メギンギョルズ》、そして《呪術ブースター》を残りの指輪に1個ずつ装備する。首には鍵穴の付いた首輪《うぐいす錠》を、腰のベルトには《蒼炎のランタン》を装着し、何時ものコンバットブーツの代わりに《聖竜の羽靴》を履く。右腕で巨大黒斧《ユグドラシル》を大地に叩きつける様に落とし、それに片足を乗せて悪魔界の奥へと視線を向ける。

 

「へぇ、ここが悪魔界……なんか、落ち着きを感じるな……」

 

 悪魔界に乗る風の匂い、その感じに落ち着きを感じる。

 

「それはカラーが悪魔か天使へと変化するのが原因だろう。君の言動や行動ではまず間違いなく悪魔にしかなれないだろうからな」

 

「貴様の様な奴こそが悪魔に相応しいだろうな」

 

「悪魔ウルちゃん!」

 

「悪戯されたい……されたくない? 僕されたい」

 

「フゥー! 興奮してきた」

 

 振り返り、揃っているドラゴン軍団を見て、こいつらで本当に大丈夫なのか? と首を傾げたりしなくもない。でもまぁ、こいつら単純なステータスとかでは俺より強いというのだから信じられない。俺も俺で多少予定が伸びてしまったものの、漸く目標であるレベル200に到達する事が出来た。

 

 これにて漸く、作戦を開始する事が可能となった。

 

 首からぶら下げているイヤホンを取り、それを片耳ずつに突っ込んでおく。えーと、シチュ的に闘神都市ⅢのBGMがいいかな、悪魔界をまともに描いたのは確かアレだけだったし。こっちでもテェロ・エティエノが慈悲を見せてくれるような展開になってくれれば嬉しいのだが、こんな所でご都合主義を願うのは間違っているだろう。

 

「欲しいものがあれば奪え。自分の手で勝ち取れ。奪え、そして従わせろ。力を示して王道を進め」

 

「これぞドラゴンの流儀」

 

「闘争ぞ―――闘争だ。待ちに待った強敵との闘争だ」

 

「魔人との戦いは我慢したのだ。それを超える強敵が来なければ困る」

 

「はっはっはっは! 悪魔だぞ! 悪魔とドラゴンの戦争だ! 天使の次は悪魔との戦争だ! 天使と悪魔、どっちのが美味しいか確かめようぜ!」

 

「やめろやめろ、悪魔の方が骨が多そうで絶対に食べられるとこ少ないだろうから。もっかいエンジェルナイト食い荒らしたいなぁ」

 

 まるで死を恐れない馬鹿しか集まっておらず、マギーホアへと視線を向ければ、ステッキを片手にニヤリ、と笑った。本当に馬鹿ばかりだ。俺の勝手な願いに乗っかって、それで既に戦争で何頭か死んでいるのに。数の少ない同胞がまた死んでいるのに―――それでも笑って乗っかってくる馬鹿ばかりだ。だからこそ、感謝するしかなかった。そして同時に笑わずにはいられなかった。この馬鹿な存在が心強かった。

 

 もっと早く、色々と気づければよかったかもしれない。

 

 未来を変える事はまだ、怖い。だが今を変えるだけなら……仲間と一緒であれば、ちょっとは怖くはない。

 

 なにより、ほら、俺、お姉ちゃんだから。終わった後でハンティに話す武勇伝が一つ欲しい。こう、ずっと自慢できるような話の内容が。ドラゴ・デモニック・ウォーとか末代まで物凄い勢いで語り継げられるとは思わないだろうか? あぁ、だったらBGMはお決まりのアレって事で。

 

「そんじゃ―――目標は推定二級神の実力はあるであろう三魔子、及びに悪魔王ラサウムかその妻テェロ・エティエノ。後者夫婦に至っては一級神を超えて三超神級の実力があると推測されている……なぁ! マッハ様!」

 

「名前通りにマッハで我輩参上! そして場所が場所なので我輩退却……!」

 

 ハーモニットは知ってて黙ってるから別に良いでしょ。マッハ、姿を一瞬だけ現してから消えていく。ちゃんと求められたら出て来る辺り、マジで職務に対しては忠実なんだよなぁ、と感心する。身バレしている状態でもマッハを演じる事の出来る姿勢は純粋に尊敬するけど早く死んでほしい。

 

「ま……テェロは恐らく一級神。ラサウムは三超神級。どっちにしろ、怒らせた時点で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()程度の事はしてくる様な相手だ。それでもこれから交渉で有利を分捕る為に突撃するけど……ビビった奴いる? 帰るなら今の内だよ?」

 

「どこに帰るってんだ」

 

「俺達の生まれ故郷は戦場だぜ」

 

「戦いに生き、戦いに逝く。これぞドラゴンの一生」

 

「戦いに生きぬドラゴンに意味はない」

 

「だから安心しろ。俺達全員馬鹿だから、笑って戦うぜ」

 

 その言葉にマギーホアがやれやれ、と呟く。

 

「一体誰に似てしまったのだ……」

 

「さぁ? でも俺ら、笑って馬鹿をしている方が長い生を生きる上では一番楽しいって見てて覚えましたんで」

 

「さぁ、行きましょうぜ、王様! 俺達の王様!」

 

「王よ! 戦争の時だ! 馬鹿が戦を運んできてくれたのだ! 乗らねば戦士とは呼べぬ!」

 

「王! 王! 王!」

 

「マギーホア! 俺らのマギーホアよ! 号砲を! 開戦の号砲を!」

 

 その言葉にマギーホアは苦笑する。もう既に国はなくなって、王ではないのに。なのに今でも王と呼んで来る馬鹿ばかりだと、そう笑っていた。確かに、そりゃあ馬鹿以外の何者でもない。でも、まぁ、こんな荒唐無稽な作戦に乗る様な王様なのだから、

 

 そりゃあ馬鹿に慕われて当然だろう。

 

「馬鹿共が―――粛清戦争以来の大戦争だ! 派手に暴れるぞ! ウル!」

 

「来い馬鹿共―――連中に永遠にドラゴンに対する恐怖を植え付けてやるぞ……!」

 

 ドラゴンの咆哮が悪魔界の空に響いた。それと共に開戦の号砲が放たれる。カオスドラゴンのリンドのブレスが、ストームドラゴンのエルドのブレスが、グランドドラゴンのノスのブレスが―――ドラゴン達の複数のブレスが一斉に悪魔界へと向かって放たれた。集まっていたドラゴンの姿を見る為に集まっていた悪魔たちがそれに一切の容赦もなく全滅し、断末魔を上げる前に死滅する。その数、最初の一撃で既に100を超える。

 

「最強種と呼ばれ、神にさえあまりの強さから粛清され、なおも生き延びた」

 

「我らドラゴンという恐怖の名をその魂に永遠に刻め!」

 

「怖いか! 怖いだろう! 抗え! そして俺達を喰らってみろ!」

 

「それでこそ闘争! 戦争! 戦の華! 我ら、かつての時代の残骸、なれどいまだに滅びぬぞぉ―――!」

 

 言葉と共に一気に悪魔界へと飛び込んだ。バランスブレイカー《聖竜の羽靴》は風蹴りの靴。それを履く事によって風が流れているのであれば、その風を足場にして跳躍する事、或いは乗ったりする事の出来るバランスブレイカー。それにバランスブレイカー《飛竜のスカーフ》を同時に運用する。自分が向いている方角から常に新鮮な風が流れて来るというバランスブレイカー。どんな霧の中、毒や瘴気の溢れる空間でも常に自分の正面からは新鮮な空気が流れて来る為、それに構う事なく安全にどんな環境でも活動する事が出来る。

 

 そのコンボで常にどこであっても絶対に足場を作る。ドラゴンの時代の様に、どこであっても絶対に翼を広げて飛ぶように移動する事が出来る。それに合わせ、飛び出す同胞達と合わせて一気に悪魔界へと侵略する。

 

 ヒャッハー、とげらげら笑う仲間たちに合わせ、《えむぴーすりー》の主電源をオンにし、音楽を流し始める。漸く自分の怪力の中でも壊れない、マギーホア・コレクションから引っ張り出してきたバランスブレイカーを肩に抱えながら飛び込み、侵入者に対処しようとする悪魔を薙ぎ払う。

 

「邪魔だ木っ端!」

 

「雑魚を倒しても楽しくないのだ!」

 

「カモン! 大物カモン! はーっはっはっは!」

 

 凄まじい勢いで現れる悪魔が消し飛ぶ。命を一瞬で踏み潰しながら蹂躙し、悪魔界の単調で何もない空間を余裕で駆け抜けて行く。

 

 ここに揃ったドラゴンは()()()()()()1()5()0()()()()()()()()()()()()である。単騎で魔人に匹敵するだけのエンジェルナイトに競り勝った馬鹿共。それこそ戦場にでも出現すれば、それで戦場をひっくり返せるような爆弾。それが揃いも揃って突撃するのだ。

 

 等級の低い悪魔等敵ではない。

 

「死にたい奴から出てこい!」

 

「つまり死にたくなければ出て来るな!」

 

「我らは死合いを所望する! 所望するったら所望するのだ!」

 

「がおー、食べちゃうぞー」

 

「まっず! おえっ」

 

「マジで喰いやがった……!」

 

「全くしょうがない連中だな……気配は此方のほうだな? ついてこい!」

 

「はーい」

 

 マギーホアのステッキの一振りが悪魔の集団を真っ二つに斬り飛ばした。その姿が飛び込んで行くだけで敵が消し飛ぶ。斬撃が一つ発生したと思えば既に三つ発生していた。もはや人外と言う言葉で表現するには頭のおかしい領域の速度と破壊力をシンプルなステッキで繰り出していた。それでいて一切の余裕というモノを崩していない。

 

「駄目だ! 八級以上連れて来い! 俺達じゃ無理だこれ! というか誰だよドラゴンの相手しようとした奴は!!!」

 

「記念にドラゴン殴ろうぜってさっき食われた奴が……」

 

「あぁ、歯の間からVサインの手が伸びてる……!」

 

 悪魔も結構面白そうだなぁ、と思っていれば、雑魚悪魔が逃げて行き、それと入れ替わる様に額にクリスタルを付けた悪魔が見えて来る。そして此方を確認し、再び逃げ出す。まぁ、そら逃げるだろうなぁ、とは思う。

 

 だが逃がさない。

 

「《高速飛翔》《ゆらゆら影》」

 

 バランスブレイカー《うぐいす錠》が詠唱をカットしてくれる。そのおかげで何時もよりも早く魔法が発動し、ドラゴンに追いつくだけのスピードを出す為の加速を体に与え、それで前に出てきた悪魔―――元カラーのそれを一切容赦なく背丈を超える大斧《ユグドラシル》で薙ぎ払って肉片も残さずに消滅させる。

 

 消し飛ばしながら飛び石の様な大地を飛んで行き、悪魔界の奥へ、奥へと向かって進んで行く。突然の進軍に悪魔が混乱し、姿を見せ、そして一切のなす術もなく蹂躙して虐殺されて行く。悲鳴と怒号が悪魔界に大量に響く。契約、甘言、話術。それを駆使して止めようと口を開く悪魔が見えもする。

 

 だが喋らせる前に殺す。

 

 喋らせても殺す。

 

 戦争に来ているのだ、聞く理由なんて欠片もない。

 

 殺して潰して殺して踏みにじって突き進む。欲しいなら奪え。勝ちたいのなら殺せ。本能のままに敵を殺して踏み潰せ。誰も彼もが救われる程優しい世界ではないのだから、ヒーローは遠い未来にしか存在しないのだから。

 

 雑魚を食い殺して散らして、本当に成し遂げたい事だけをどれだけ苦しめてでも救う。

 

 それがこのルドラサウム大陸のルールである。

 

 故に、投げる言葉は一つ。

 

「ぶっ死ね」

 

 大斧を叩きつけて大地諸共悪魔を消し飛ばしながら更に奥へとノンストップで走り続ける。ドラゴン程無尽蔵でエネルギーが溢れている訳ではないので、持ち込んだ《戦桃》と呼ばれる、食べると一瞬で疲れもケガも病気も吹き飛ばすバランスブレイカーを一齧りし、それでエネルギーも体力も完全回復させてドラゴンのペースで一気に奥へと進んで行く。

 

「止まらねぇぞこいつら!」

 

「ドラゴンを俺達程度で止められるか!」

 

「一級や二級に任せて俺達は避難だよ」

 

 悪魔たちが逃げ出す。雑魚や木っ端に興味はない。故に前へと進んで行けば、マギーホアが更に前へと飛び出した。そしてそのまま、ステッキを強引に、そして豪快に振るい、

 

 空間をそれで切り裂いた。

 

「悪魔の領地へと移るぞ!」

 

「流石王様、すっげぇ」

 

「なぁに? 悪魔にも固有資産あるの?」

 

「じゃぁ、今日から資産崩壊しましょうねぇ」

 

「悪魔バブル崩壊! 崩壊!」

 

「君主悪魔なら期待できそうだな!」

 

 突破する。

 

 次元の亀裂を飛び越えて通常の悪魔界から、君主悪魔が支配する悪魔界の領地へと突入する。そうやって突入した悪魔界は空に宇宙が広がり、無限に荒野の広がる大地だった。全方向を見ても岩山と荒野だけが広がり、そして空では天体が輝き星が流れている、そんな静かで寂しくもあり、同時に不思議な場所でもあった。

 

 だがそこに予定された悪魔の大群の様な姿はなく、

 

「―――おや」

 

 空間が割れた。

 

 正面、此方がやってきた側の反対側の空間が引き裂かれる様に開き、そしてその向こう側から複数の姿が出現する。それぞれが特徴的な姿をしており、全く同じ共通点をしていなかった。

 

「貴様ら―――一体何をしているのか理解しているのか」

 

 一人目は怒りを言葉に乗せ、それだけで空間を震わせる悪魔だった。美形の男。そう表現できるだけの姿をしていた。だがその顔の左半分、頭、そこからは女性の上半身の様な物を生やしている。完全なる異形。人間と比べると気持ち悪さしか存在しない造形をしている。

 

「ははは、いいじゃねぇか、兄貴。偶にはこういう馬鹿な宴も俺は嫌いじゃない。何よりドラゴン程度どうにでもなると証明する良い機会だろう」

 

 そう言って笑うのは獣の様な、人の様な、その中間を混ぜて固めたような毛に覆われた姿をしている悪魔だった。その存在感は最初の悪魔にも負けていない。巨躯、巨漢、肉質の凄まじい体をしている。その拳で殴ればどんな生物であれ、一撃で絶命するであろうというだけの実力を秘めている。

 

「……そこのカラー。貴様の本質がそこに居るドラゴンと一緒なのは解る。時間を遡って確認すれば貴様が発端の様に思える」

 

 そう言ってくるのは三人目、見た目からして固い皮膚に覆われていると解る、人の形状をしている悪魔だった。ただし、その腕は10も存在していた。それらを組みながら見極める様な視線を此方へと向けてきている。故に中指を突き立て、笑い返す。

 

「叶えたい願いがある。だけどそのまま悪魔サービス利用したらボられるのが世の中だろう? だったら此方からマウント取ってやろうって話だよ。遊んでやるよ、三魔子レガシオ。遊ぶ相手も契約する相手もいなくて暇だろうお前」

 

 10の腕の悪魔はその言葉を聞いて、爆笑した。その姿に他の三魔子が視線を向け、レガシオが片腕を前に出した。

 

「この面白いドラゴン・カラーは俺に任せて貰おうか。これだけの言葉を吐くのだ。それだけの物がある事を期待させて貰おう」

 

 レガシオは確実に興が乗っていた。この未知の相対に対して胸を躍らせていた。それを見てマギーホアがふむ、と呟いた。

 

「成程―――なら此方の二人を私が受け持つとしようか。存分に力を振るって楽しめ、ウル。強敵との戦いの喜びを見出せるのは我らの特権だ」

 

「吐いたなドラゴン風情」

 

「誰と敵対したのかを理解していないようだな」

 

「ほう、私に勝てると言うのか? 良いだろう。神にさえ葬れなかった最強のドラゴンの力をその臓腑に刻んでやろう」

 

 マギーホアの方はマギーホアの方で盛り上がりつつあったので、圧倒的に体格の違うレガシオを見上げ、

 

「支援アリで?」

 

「……許可しよう!」

 

 レガシオ兄さん、結構ノリのいい奴だった。その反応に良し来た、とドラゴン軍団が笑った。

 

》支援配置 カオスドラゴン

 

「悪魔界の支配者との戦いだってよ」

 

》支援配置 ストームドラゴン

 

「盛り上がってきたなぁ!」

 

》支援配置 グランドドラゴン

 

「全力で戦える……それにまさる悦び等なし」

 

》支援配置 ホワイトドラゴン

 

「三魔子って食えるのかな……げぷっ」

 

》支援配置 フロストドラゴン

 

「お前食い過ぎだぞそれ」

 

 後ろの方でぎゃあぎゃあ言っているドラゴン軍団を背に、《ユグドラシル》を荒野の台地に叩きつけ、フリーになった中指をレガシオに突きつけてやる。

 

「さぁ、楽しんで滅ぼし合おうか、レガシオ。俺には叶えたいささやかな願いがある。その為には天界の一つや悪魔界の一つに喧嘩を売る事の一つや二つ、このウル・カラー様は恐れないぜ」

 

「ならばかかって来い、ウル・カラー! 貴様の願いはなんだ!」

 

 そんなもん決まってんだろ、と斧を握りなおし、掲げた。マギーホアが保有している数多くのバランスブレイカー、その中でも戦闘に使えそうなものを根こそぎ持って来た。その上でメタ知識による対策、それ込みで漸く相手になる事が出来るレベルだ。

 

「みんな笑って馬鹿やってるハッピーエンドに決まってんだろこんちくしょう……!」

 

 その言葉を合図に、バランスブレイカーに力を籠める。

 

 こうして、超正義のドラゴン軍団と絶対悪に決まっている三魔子悪魔勢との最終戦争を開始した。




 次回? Oh-Bossか決戦か、或いは趣味でなんかそれっぽいBGMでも用意すればランスっぽくて楽しいんじゃないかな。個人的には闘神ⅢのLast Dungeonとか思いだすけど。後は永劫の剣戦BGMⅡとか。

 なんだかんだで闘神Ⅲ好きでしたよ。ウルちゃも闘神大会に出たいね? 自分をパートナーにエントリーだ。これなら合法的にエッチぃことできそうですか……?(小声

 それにしてもドラゴンの皆楽しそうだね。後半の場所は永劫の剣との戦った場所を思い出しつつ。

 という訳で描写されてないけどマギーホア様もちょいちょい支援配置に混じっては余裕があれば支援してくれるよといいつつ、ドラゴン軍だ支援配置+バランスブレイカーフル装備でvs三魔子レガシオ。

 フルアーマー?ウル様出撃よー。


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ドラゴ・デモニックウォー

BALANCE BREAKER!

 

ALICE IS LOOKING AT YOU……

 

《メギンギョルズ》! 八級神ベゼルアイ権限ハイパーモード承認!

 

《時の忘れ物》! 八級神セラクロラス権限アクセラレイト承認!

 

《蒼炎のランタン》! 【勇者】が絶望を超えて力を貸す!

 

《ユグドラシル》! 大樹の大斧の質量が10倍になった!

 

《竜王の加護》! あらゆる属性に対する抵抗値が超上昇!

 

「そしてそれを全部振るい、操り切れる俺が最後のバランスブレイカーって奴だ、ALICEちゃんよ……!」

 

 斧―――否、それは旧設定における表記。真の表記は《槌戦闘》で正しい。《ユグドラシル》を肩に乗せ、バランスブレイカー全種解放を完了した。メインウェポンとなるバランスブレイカーの他にも、使い捨て型バランスブレイカー各種を体のあちらこちらに大量に装着し、隠している。そうやってフルウェポン、或いはフルアーマー、見る者が見れば絶叫しそうな超高級品、使い切りのアイテムを大量に抱えてそれで【三魔子】の一角、レガシオと相対する。

 

 体を鱗が覆い、第三の目が開く。竜の闘気が全身を漲るも、前の様な高揚感はない。静かな力が闘争心と共に沸き上がり、それを理性で御していた。黒腕を左腕に生やしつつ、重力斧を握り、その二斧流でレガシオの巨体を見上げた。

 

「待たせたな」

 

「なに、余興だ―――楽しめる方が良いだろう―――!」

 

 そしてレガシオの10の腕には一瞬で、10の神器とも呼べるクラスの武器が揃えられた。《グラム》、《レーヴァテイン》、《エクスカリバー》、まだこの世界で創造されたばかりのバランスブレイカー、或いは創世記から存在している宝物を何個もレガシオは引き抜き、それを一瞬で音速を超過して切りかかってくる。それは回避できる速度を超越しているものの、

 

「《アクセラレイト》! 《ハイパーモード》!」

 

 セラクロラスの権能、或いは権限。時を司る八級神としての力で時間流を歪めて速度の順序を前後させる。攻撃と回避の順番を入れ替えて、此方の回避がレガシオの攻撃よりも早かったという結果に入れ替えて横に飛び移りながら、《力》を象徴するベゼルアイのバランスブレイカーを発動させる。《ハイパーモード》。未来で発生する《決戦》では一度も使用されなかったベゼルアイの権能。それは、

 

 ()()()()()()()()()()3()()()()()という限界突破の強化の力。

 

 そして、

 

「《呪術ブースター》1号、2号、解放! 《物品封印》!」

 

 迷う事無く《呪術ブースター》を2個破壊し、それによってLv3に並ぶ魔力を獲得する。そしてそれでまず間違いなくレガシオに対して一番突き刺さる魔法を放つ。それが突き刺さり、レガシオが新たな財宝を抜き出せない事実に一瞬だけ硬直した瞬間、背後のドラゴン軍団からのブレス総攻撃が地表を薙ぎ払った。凄まじい爆音と破壊はあらゆる生物を蒸発させるも、その中から無傷のレガシオが飛び出してくる。

 

「はははは! 俺の事を良く調べでもしたか!」

 

「ただのファンだよ。この世界全ての」

 

 10の腕を振るうレガシオの神速の連続攻撃が振るわれてくる。だがセラクロラスとベゼルアイのバランスブレイカーの同時使用によって、今だけは三魔子クラスに匹敵するだけの力を発揮する事が出来る。それ故に攻撃が見える。迫り来る斬撃の閃を両目で追い、

 

「戯け、目で追うな。数千を超える戦の経験と血の猛りを感じろ―――生の方へ」

 

 背後からノスの声が聞こえ、目で追うのを止めて、指示通りに動いた。変幻自在に動く10の斬撃、その僅かな合間をこれまた足場関係のない自由な軌道で無を歩いて回避する。そしてそのまま、レガシオの体に蹴りを叩き込む。だが鋼を赤子が殴ったような硬質な感触が足に返ってくる。硬い。余りにも硬過ぎる。普通の攻撃ではどうにかなるような相手でもないらしい。ダメージさえ発生させれば《蒼炎のランタン》でそこから致死性の攻撃を叩き込む事も出来る。

 

「どうした、通じないぞ?」

 

「今攻略法を考えてるからお静か―――にっ!」

 

 《ウルアタック》を避けながら両手で連続で放つ。二連偏差超重斬打連撃が放たれる。回避し受け止めた後に放つように狙われる斬撃は受け止めればそれを貫通した10倍の質量へとその存在感を増した《ユグドラシル》の一撃が通る。

 

 それをレガシオが笑いながら、楽しそうに回避した。受け止める、という選択肢を取らなかった。それはちゃんとした剣士という経験からフィードバックされた、才能ではない戦士の動きであった。必殺技を放った此方の硬直を狙って10の斬撃が逃げ場を潰す様に放たれ、

 

「サードアイ」

 

 ぎろり、と第三の目で睨んだ。そして同時に呪った。呪術。ケッセルリンクから盗んできた術式を無理やり第三の目を核に、それを魔法にコンバートした物を放った。《呪術ブースター》3号が砕け散る。だがそれでレガシオの動きが停止する。

 

「む―――」

 

「ウル、あたたたたたたた―――っく!」

 

 バイ・ラ・ウェイよりも早く、更に早く、もっと早く、連続で二連式必殺斬撃を叩き込みながら加速する。それにドラゴンが答える。

 

「支援はいりまーす」

 

「がおー」

 

「二人だけの世界作るの卑怯じゃね?」

 

 二大斧で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。常時《ウルアタック》を放ち、それで加速しながら斬撃を更に打撃と連携させて、レガシオに向けて叩き込む。それを神速の十刀流が受け持つ。10本の腕という明らかな異形、操る事が難しい肉体であろうと、レガシオは正面からそれを受けていた。加速し続ける斬撃を真似し、レガシオもエンジンを入れる様に加速し続ける。同時に魔法を詠唱し、背後から放たれる街を滅ぼすレベルの援護射撃を相殺しつつ剣術に集中する。

 

 流石、本来の物語で描かれる事のない三魔子―――絶対に普通の物語では倒す事の出来ない、超越の一角だった。

 

「それでも、勝つ」

 

「良い啖呵だ。良い覇気だ。見せてみろ。まだ盛り上がってきたばかりだ」

 

 神速の二大斧が到達する。正面から轟音と衝撃波を連続させながらレガシオへと向かって飛び込んで行く。それに笑いながらレガシオは迎え討ちながら後ろへと一歩、また一歩下がりながら完全に斬撃を受けて行く。右、左、上、右右左左上下―――至る所から斬撃が襲ってくる。《槌Lv3》という技能は武器を扱い、システム的に必殺を繰り出す為の補助をし、武器の習熟度を上げる為の手伝いをしてくれる。

 

 だがこうやって武器を振るう上で、一番必要なのは―――経験だった。

 

 レガシオが笑い、受け入れる。その絶閃を掻い潜る為に余計な動きを削ぎ落とす必要がある、《槌Lv3》でそれが削ぎ落とされるよりも早く、自分の経験と判断から不要な動きや余計なブレを削減して行く。ドラゴンと言う時代の間に積み上げてきた戦闘手段、そのバランスをここに来て、初めて破壊し、人間の体に最適な動きを構築しつつあった。

 

 それはまるで、師に導かれる様な戦いだった。

 

 だが《アクセラレイト》と《ハイパーモード》で体は動かせば動かせばぼろぼろになっていく。神の権能は神のモノ。元々メインプレイヤーで振るえる様には出来てはいない。故に早く、もっと早く、全神経を尖らせながら加速していく。動きに斥力による反発などを取り込んでいく。瞬間加速。瞬間減速、角度補正。それらを全て、精神力によってコントロールする。

 

 舐めんな。

 

 舐めるなよ。

 

 舐めんじゃねぇぞ。

 

「こちとら、Lv概念のねぇ努力の世界出身なんだよ……!」

 

「はははは! 面白い! 肉体、魂、その不一致、だがそれだけじゃないな? 何が混ざっている。何が入っている。何を想っているのか、それを吐き出せウル・カラー」

 

 ざけんな。叫びながら体をズラす。いらねぇ、技能Lv概念がない存在相手だと技能で戦っても判断と補正が遅れるだけだ。そういう概念を捨て去る。斧を自分の筋力、直感、経験、そして戦ってきたコツで握る。そこに最低限、システムとしての補正を加入する事で能力的な後押しとする。そう―――これだ。使われるのではない、使うのだ。この感覚だ。

 

 斬撃が掠める。頬に斬撃が走り、血が舞う。《呪術ブースター》4号、5号、6号、7号破壊。レガシオに近距離から《五重奏ガンマ・レイ》を放つ。五つの最上級魔法が一つに束ねられ、それがレガシオをついに、穿った。その強度設定を間違えているとでも表現出来る肉体を漸く、僅かに焼いた。

 

 それに笑った。

 

 そして剣が輝いた。

 

 《グラム》が闇を纏って荒野を薙ぎ払う。《レーヴァテイン》が炎を纏って荒野を薙ぎ払う。《エクスカリバー》が光を纏って荒野を薙ぎ払う。《七死星剣》が天から星を叩き落してくる。避けられない絶対的な絶望と死がレガシオの宝剣、財宝、握られている10の神器によって一斉に放たれる。文字通り、逃げ場のない必殺技と呼べる領域を超過した攻撃の、連撃に重ねる連撃。神々との戦いに対する攻撃手段。

 

》支援配置 マギーホア①

 

「一手だけ手を出そう」

 

 横からマギーホアの斬撃が地表を薙ぎ払った。そのステッキにどれだけの力があるんだ? と言いたくなるような斬撃が一瞬で振るわれる神器の軌跡を横から吹き飛ばした。もはやマギーホアの様な領域に立っている存在であれば、レベルや技能、そういうシステム的な概念は数字上のものでしかないのかもしれない。二級神、そういうクラスと戦ってくると数字は飾りと言えるのかもしれない。レベルリセットや時間逆行、自由改変を行うALICE等の一級神の活躍を見れば、それも当然と言えるだろう。

 

 そしてその片鱗をレガシオは得ている。でもそれを使わない。

 

 ()()()()()()()()()()()()のだろう。だから、

 

「頼んだ」

 

「任せよ。だが勝て」

 

 マギーホアの一撃だけでは潰し切れない攻撃を後ろから飛び込んだグランドドラゴン・ノスが受けた。俺であれば一瞬でミンチになる様な攻撃であっても、ノスは防御力に秀でたドラゴン。その攻撃を受け、攻撃を受けたという事実で更に防御力を甲殻を生やす事で促進させ、強化した。故にそのまま、一撃目ではなく二撃目もその肉体で受け、

 

「ドラゴンを舐めるな悪魔……!」

 

 二撃目を食いしばって耐えた。

 

 そして三撃目、《グラム》の広範囲斬撃に吹き飛ばされて排除された。マギーホアによって排除された四の撃と合わせて排除されたのは七つ。

 

「あぁ、お爺ちゃんが!」

 

「だが奴は俺達の中では最硬」

 

「そして次に耐えられるのは俺だぜ……?」

 

 カオスドラゴンが後ろから投げ込まれてきた。空から落ちてきた光と地表を薙ぎ払う光をサムズアップで受け止めながら吹き飛ばされてくれた。お前の犠牲は忘れないよ、と笑いながら最後、10個目の斬撃を、正面から経験と技量で支配した、本当のLv3技能の使い方で正面から粉砕し、

 

 左の重力斧を槍へと変えてレガシオへと投げ刺した。

 

 貫通する―――そして《蒼炎のランタン》が不気味に呻いた。

 

 傷口が蒼い炎に燃える。《蒼炎のランタン》、異世界出身の勇者が持ち込んだ遺品の一つ。これを装着して与えたダメージは永遠に消えず、広がらない、傷が塞がる事を防ぐ蒼い炎に燃やされ続ける。異世界出身、存在そのものがバランスブレイカー。この世界を理解してしまい、そして神に消された名も存在も記録にも残らない、Kuku歴の異邦勇者の遺品・バランスブレイカー。

 

 だが、

 

「まだだ、まだ足りんぞ!」

 

「化け物め」

 

 新しく腕と斧を作る瞬間を狙ってレガシオが踏み込む。それを最小限の動作で回避する為に横に体をズラし、斬撃が体を掠める。消費されるエネルギーと速度、反動に肉体がぼろぼろになる。背後から放たれるブレスが追撃の斬撃を押し潰し、僅かな時間を作る。

 

 その間に振るわれる斬撃に()()()

 

「いただきます」

 

 斬撃、それが生み出す剣圧を足場にした。そういうバランスブレイカーがあったから出来たに過ぎない。それを足場に袋に突っ込んでいた《戦桃》を口に咥えた。言葉遊びのバランスブレイカー、つまりは戦闘用の仙桃、だから《戦桃》。戦闘に必要な能力を、最適な状態へと即座に回復させる()()()()()()()()()()()()()()()()()である。それを口で掴んで、噛みついて、

 

 そのまま、飲み込んだ。

 

 一瞬で失ったエネルギーと受けた傷が癒えた。だから動いた。1秒1秒に自分の全てを仕上げる様に、鍛える様に、磨き上げる様に、自分の人生でかつてない、全てを注ぎ込んで1対1という状況に、魂を燃やしてでも向き合う。体を熱狂が包む。だが同時に、静かな覚悟が冷静さを掴んでいた。

 

 だから、

 

 宇宙色の空に咆哮を放ちながら動いた。

 

「お、お、お、ぉ―――ぉぉ……!」

 

「そう―――それを待っていた……!」

 

 ドラゴンの支援ブレスが放たれる。レガシオの斬撃を相殺するブレスが放たれる。その両方が残され、漸くレガシオと斬撃を振るい合わせる事が出来る。一合一合衝突する度に勝機が削れていく。だがそれでも攻め込んでいく。引けば死ぬ。臆せば死ぬ。故に前に―――前へ。

 

 友達を助けたいという気持ちは本物だから。一歩ずつ、魂そのものを燃やし尽くす様に咆哮しながら踏み込んでいく。無限に軌道を変更する10という異形の腕から生み出される究極の剣術を前に一本の腕と一本の疑似腕、それを神経をスパークさせる程に意識を集中させ、余計な情報をシャットアウトする。

 

「《フル・アクセラレイト》、《オーバー・ハイパーモード》」

 

 八級神の権限をバランスブレイカーから更に引き出す。限界突破の力を更に引きずり出し、優秀な肉体であっても耐えられないほどの反動が襲い、それを気合と根性で抑え込み、第三の目でレガシオを捉えた。

 

「良い―――実に良い輝きだ、ウル・カラー。良い目をしている。素晴らしい目だ。己の意思を絶対に通す鋼の如き意思を感じる瞳だ」

 

 レガシオが嬉しそうに、楽しそうに、斬撃を振るい―――徐々にその体に打撃と共に斬撃を発生させ、蒼い炎を刻んでいく。それと同時に受けきれない斬撃が掠め、血に体が濡れていく。《呪術ブースター》の最後を全て解放し、それを支援魔法に全部回した。それで肉体の限界を超えて更に酷使する。

 

 それでも動く。

 

「斬撃一つ一つを通して魂の鼓動を感じる。攻撃を重ねるたびにその中にある迷いが消え、研磨されて行くのを感じる。長らく誰かと契約をする様な事はなかった」

 

「うるせぇ―――」

 

 血の混じった唾を吐き出しながらレガシオに接近した。《ユグドラシル》を両手で握り、経験と戦闘で得た技量、言われた事、魂の熱量、覚悟、冷静さ、知識、今までの積み重ねで《槌戦闘Lv3》を完全にコントロールする。必殺技と言う概念を自分の制御に置き、

 

 両手で必殺技を飛び込みながら叩き込む。

 

「―――俺は、友達の運命を変えに来たんだ」

 

「ふは」

 

 レガシオが()()()()()()()()()()()()。10の武器を盾に使い、それで攻撃を受け止める。《ウルアタック》とレガシオの防御が衝突し―――空間が歪んだ。完全に制御されたLv3という概念があらゆる不条理を達成させてしまう。そう、かのフレッチャー・モーデルがそうであったように。

 

 Lv3という領域はただ、Lv3であれば意味がある訳ではない。

 

 アニスの様に暴走しているだけの者が居る。

 

 逆にミラクルの様に完全に制御する者も居る。

 

 だが伝説だ。その本質は伝説。それを飼いならした男が全歴史上、人間では唯一フレッチャー・モーデルなだけであり、それ以外であれば―――やはり、マギーホアなのだろう。

 

 その片鱗が今、小指の端で掴めた。

 

「黙って、俺と契約して友達を救うのを手伝えレガシオ」

 

 ―――放った。

 

 名前もない、完成されても居ない必殺技―――或いはLv3の奥義が。あらゆる物質の強度、概念、その意味を無視して単純に破壊だけという結果を与える、槌技能とドラゴン技能と魔法技能の合わせ技が。

 

 それと共に《グラム》を除いた9の武器が破壊され、反動で《ユグドラシル》が粉砕された。武器を貫通したダメージがレガシオに突き刺さり、その体を蒼炎で包んだ。それに吹き飛ばされるも、膝をつく事無く両足でレガシオは立ち続け、悪魔の肉体から血を流しながら笑い、宙を見上げた。

 

「強欲な女だ! だが俺の様な悪魔の中の悪魔に契約を求めるのだ、この程度の強欲さがなくては困る。はははははは―――はははは!」

 

 レガシオが腕を下ろし、ぼろぼろの状態で笑っていた。その姿を見て、柄だけになったバランスブレイカーを投げ捨てた。口から血を吐き出し、血涙を拭った。もはや内臓がぼろぼろだった。それだけじゃなくて、手も足も神経もぼろぼろだ。しばらくは普通に生活する事さえ出来ないだろうなぁ、と思える怪我、激痛の中で、

 

「俺を助ける事を許すぜ、レガシオ。一緒に三超神が生んだクソみたいなシステムから初の生還者を生み出すのを手伝え」

 

 その言葉に、レガシオは吠える様に笑い声を上げ、

 

 ―――承諾した。

 

 

 

 

 悪魔の犠牲者合計459名。

 

 突然のドラゴンによる悪魔界への侵略はただ一つの目的の為に悪魔から譲歩を引き出す為に生み出された、たった一人の同胞の為に捧げられた戦いだった。たった一人を救うために何頭という同胞が倒れ、それでも作戦を続けた。それはある種、狂気と呼べるのかもしれない。

 

 だがドラゴンはただ、昔から変わっていないだけであった。

 

 闘争本能が強く、陽気で、そして馬鹿―――ただひたすらに、自分の人生に馬鹿なだけである。それ故に誰も忘れていなかった。王様がずっと後悔をしていた事を。ずっとどことなく怯えていたドラゴン・カラーの事を。馬鹿だから、忘れられず、ずっと覚えていた。

 

 もはや数は少なくなった同胞。

 

 王が狂ったのであれば、こんな乱痴気騒ぎもなかったであろう。

 

 だが王は国が消えても王であった。故にドラゴンはまだ、臣民だった。そして残された僅かな同胞は、家族の様な者であった。

 

 それだけ―――それだけがドラゴンにとって戦うのに十分すぎる理由であった。

 

 これによりドラゴ・デモニックウォー終結。

 

 最速最短で終結した戦争であり、悪魔に消えないドラゴンに対する恐怖を刻んだ戦争であり、

 

 また、未来に繋がる一つの勢力が、形として形成し始める為の戦争でもあった。




 マギーホア様なら横で完勝してるよ。だってマギーホア様だもん。

 レガシオはダークランス君にグラムを渡してくれた人。恐らく連中の中で一番話が通じる支配者悪魔。まぁ、メインプレイヤーでバランスブレイカー込みでもこの段階だとまだ勝つのは難しいよなぁ、ってアレ。

 とは思いつつ、SS歴ももう終わりですね。

 ……次回からはNCかな。


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NC歴
1年


「―――えい」

 

「あいだだ、だだだ! いだだだだだぁ! やめて! マジで痛いの!」

 

「甘んじて受けなさいよ」

 

「もう過ぎた事だろ!?」

 

「いや、数百年はこのまま苦しめる予定だから」

 

「やめてく―――あいだだだだぁ!? ぎゃぁ―――!」

 

 包帯の上から指をつんつん、と押し付けられて苦しみに悶える。酷い、余りにも酷い。俺が何をしたって言うのだ。これは酷すぎではないだろうか? とか言っている間にまた押し付けられた。ぎゃぁ、と悲鳴を零しつつ、助けをガルティアへと求めて視線を向けるが、そんな事を気にせずにスラルの作った毒ケーキを美味しそうに食べている。駄目だアイツ、何時か殺さないとならねぇな! 心の中であいつを毒殺せねばなるまいと誓うが、無理だな、と悟る。ゲロまずでも楽しめるとかもはや一種の才能だ。《フードファイターLv2》ぐらいはありそう。

 

 まぁ、そんなんで、

 

 元魔王スラル。

 

 今はちょっと肌の色が青白い……悪い感じで頭から二本の角を生やした()()()()()に車椅子に座る自分の包帯をちょんちょんと触られ、弄られていた。

 

 ドラゴ・デモニックウォー、通称デモニックウォー、或いはDDW。それから100年程経過し、既に歴はSSからNC、つまりは魔王ナイチサの時代へと変節を迎えていた。その中で今、自分はある種の平穏を味わっていた。

 

 

 

 

 ドラゴンで悪魔を殴り飛ばし、三魔子から譲歩を引き出す事が出来た。なおマギーホアソロでも三人とも殴り倒せたらしいので、割と真面目にどうにかなる作戦でもあった。やっぱりバランスブレイカー筆頭格は次元が違ったという話でもあった。ともあれ、レガシオとはウマが合ったとでも表現すべきか。戦いが終わったら肩を組んで酒を飲もうとしたらそのまま複雑骨折して緊急治療するハメになった。それでも長期間の治療が必要になるレベルで大ダメージとなってしまった。

 

 根本的にメインプレイヤーが多重に使う事を想定していない神クラスのアイテムを連続で使用している反動で肉体が非常にぼろぼろになっていた。これでドラゴンじゃなければ本格的に願いかウェンリーナー案件と呼べるレベルだった。だがやはりそこはドラゴンの超再生力。数百年という時間は間違いなくかかるも、それでもまず確実に体を元に戻す事が出来るという話だった。それ故に肉体はゆっくり治す事にして、悪魔側とドラゴン側で色々と協定を結んだ。

 

まずもう二度と悪魔界に攻め込まない事

 

 これだけ物凄い悪魔側が頼み込んだ。特にマギーホアを出禁にしたがっていた。二度と来ないでくれと頼みこむレベルで。確かに、普通に走っているだけなのに気付いたら悪魔がミンチになって次の瞬間には血風になって消えていたとか、あまりにもショッキング過ぎる光景だった。マギーホアの悪魔界出禁にもあまりにも納得がいき過ぎる。ラサウムかテェロ・エティエノが相手でもなければどうしようもないフリーな人材とか悪夢でしかないのは良く理解出来る。

 

 そう言う訳でそれを条件の一つに、他にも細かい条件が悪魔との間に結ばれた。

 

 天界側とは積極的な協力姿勢を見せない事。これに関してはドラゴン全体で恨みがあるので問題がなかった。その次に魔王スラルを助けるのはいいが、蘇った後は悪魔として記憶を保持したまま転生させる。此方に関しては少々議論が入り、元々は記憶のないまま悪魔として転生させるという形だったが、これではほぼいい様に使われるだけなので最終的に所属は本人自身に決めるとして、寿命の存在しない悪魔に転生するという事で決着した。少なくとも悪魔であれば天界に味方する事はまずありえない。

 

 それ以外にも細々と連絡交換したり、LINEやってる? みたいな話し合いをしたり、と悪魔界側とある程度のコネクションを作る事になった。三魔子長男のプロキーネには嫌われたものの、次男のボレロ・パタンは三男のレガシオ同様、かなり好意的だった。悪魔という名前からは信じられない程に義理や人情を良しとする性格であり、悪魔に対する面倒見の良さがある奴という評価は、間違っていなかった。自分よりもメインプレイヤーという枠で強いマギーホアを気に入ったり、友達一人助ける為に乗り込んだ自分を気に入ったらしい。

 

 この後、テェロ・エティエノの登場で少々焦ったり揉めたりもし、最終的にテェロ・エティエノを通してラサウムの意思による、悪魔・ドラゴンの休戦協定が結ばれた。また同時に、スラルの件の対価として人間の死を大量に必要とするという対価を求められたので、直接殺すのではなくNC歴に出没するJAPANという新しい大陸、そしてそれより始まる【藤原石丸】の【JAPAN征伐】の話をした。この後でナイチサによる死滅戦争の話をする事で、JAPANの異変が無ければ再度要求するという形で話は纏まった。

 

 まぁ、ナイチサが珍しく人類50%にしちゃうとかいうポカをする時代なので、悪魔の方はもぐもぐされちゃった人員を補充できる良いチャンスであろう。

 

 と、いう訳で、ある程度悪魔との交渉は固まった。詐欺はさせない。絶対に。その場合はマッハーモニットを悪魔界に投げつけた上でマギーホアに本気で暴れて貰うだけだから。流石にそれも理解されているので、悪魔の方も詐欺をする様な事は出来ない。寧ろプランナーの糞と比べると、悪魔の方は評判に関わるビジネスなので、基本的に契約内容に関しては絶対厳守するスタイルなので、間違いなく魂を奪われるという点を抜けば天のカス共の千倍はまともだったりする。

 

 そんな事で、

 

 それからはどうやってSS歴を綺麗に終わらせるか、という話である。

 

 SS歴500年にスラルが死亡する事は《無敵結界》によって確定している。その為、その時代をどうやって綺麗に、ドラゴンを撤退させて終わらせるか、と言う話になる。派手に暴れたのはいいが、そろそろドラゴンを表舞台から隠さないとまたエンジェルナイト出勤案件になりかねない。

 

 なのでちょっとずつドラゴンの死を偽装する事で前線から引き剥がしつつ、隠して撤退させるという事をする必要があった。

 

 ―――これに協力してくれたのが意外にもメガラスだったりする。

 

 元々メガラスに魔王に対する忠誠心は全くという程存在しない。彼は元々ホルスの同胞の安全を確保する為に魔人をやっているのであって、彼は自分の同胞の無事を確認し続ける為にひたすら魔人を続けていた。だから魔王スラルを守るために命令以外で動くような事はほとんどない。なので頼んでみれば馴染みだからとサムズアップで協力してくれた。

 

 まさかの魔人の裏切り者である。数千年展開が早い。

 

 そういう訳でメガラスがドラゴンを倒す茶番劇を開始し、それによって前線と人類の戦線からドラゴン達の姿が消え、翔竜山や世界各地の秘境へと再び、次の戦争やパーティーに備えて隠れていく。そうやって少しずつ、SS歴からドラゴンの姿は消えていき、メガラスは何時の間にかドラゴンスレイヤーの称号を貰う様になり、

 

 そしてSS歴500年。

 

 試作型であったが故に《無敵結界》に呑まれてガルティア、ケッセルリンクの前で魔王スラル死亡。魂をレガシオが確保し、ケッセルリンクとガルティアによって埋葬された肉体を確保。のちにそれを再生し、肉体を悪魔へと転生。そこに確保しておいたスラルの魂を戻し、

 

 これにて悪だくみが完了する。

 

 スラルちゃん完全救済計画の全貌となった。

 

 

 

 

「改めて話を聞くと頭の痛い事をしてくれたわ……」

 

「今痛みを感じてるのは俺の体なんだよぬわぁぁぁぁぁあああ―――!」

 

「この程度で悲鳴とかやーねー」

 

「相変わらず容赦ねぇな……」

 

 ガルティアがぼそっと呟くのが聞こえる。解ってるなら助けろ、と視線を向けるのだがガルティアが逃げる様に視線を逸らす。お前、お前―――! ケッセルリンクなら助けてくれたぞ! ケッセルリンクは今魔王城に居るけどな! 助けてケッセルリンク! おばあちゃんが助けを求めるんだぞ! 助けろよ!

 

 無理ですね。

 

「というかこんなことするなら事前に私に伝えてもいいじゃない」

 

「全体の動きが俺の【真理】から外れても困るんだよ。それに成仏せずに現世に魂を残すには死にたくない、って思わせる魂の熱量が必要だから、ある程度スラルちゃん追い込む必要あったからね。楽しく追い込ませ痛ぁ―――い!!」

 

「ほんと反省してないわね……こいつ……」

 

 もしかしてこれから数百年間、治療終わるまでこうやって定期的にスラルに傷口をツンツンされるのだろうか? この拷問の様な真似が続くのだろうか? やばい、新しい性癖に目覚める可能性が出て来たぞ、と軽く戦慄していると、スラルが溜息を吐きながら離れてくれた。お? と思いながらスラルを見てれば腕を組み、近くの机に背を預ける様に寄り掛かり、で、と声を零した。

 

「貴女には未来が解るのよね?」

 

「おう」

 

「……未来に私が必要だったの?」

 

「いや……確かにスラルちゃんが居れば未来はもっと良くなるかもしれないけど、別にそういう目的で助けた訳じゃないしなぁ」

 

 だってほら、友達って言われたじゃん? マギーホアの時は逃げちゃったけど。それでも友達と言ってくれる馬鹿が居るなら、

 

「俺を友達って呼んだことを一生苦労させて後悔させたいじゃん? 早々に死んでもらって楽になっちゃ困るでしょ」

 

 いえーい、ピースピース、と指を持ち上げるが、脛に蹴りを叩き込まれた。地味に痛い。そこは無事な場所だからほとんどダメージがないのだが。それを見ていたガルティアがぼそり、とケーキを勿体なさそうに食べ終わりながら呟く。

 

「……照れ隠しに素直じゃない奴。似たもんか」

 

「なんか、言った?」

 

「ん? ごっそさん。やっぱお前の作る飯は宇宙だわ」

 

 ほんと面の皮が厚いなこいつ、とガルティアの返答や態度を見て苦笑しつつ、窓の外へと視線を向ける。

 

 時代はついに変節した。

 

 時代は魔王スラルが《無敵結界》の副作用で死亡した事でSS歴からプランナーに新たに指定された魔王、ナイチサのNC歴へと移り替わった。それによって人類は一時的に魔王から解放された。NC1年。魔王ナイチサの動きはまだ、ない。魔王城に残ったケッセルリンクの言葉によればナイチサは自身の力を確かめる事、そして魔軍全体の掌握の為にしばらくは動かない様子を報告していた。

 

 だが既に歴史は知っている。

 

 魔王ナイチサが人類最大の虐殺者になるであろう事実を。

 

「……ちと、眠くなってきたな」

 

「あら、じゃあ邪魔したわね。私は悪魔界で上司のご機嫌でも伺ってくるわ」

 

「んじゃ、俺は魔王城に戻るか。長期間空けてても疑われるだろうしな」

 

「いや、お前は食べ歩きしてたって言えばそれで許されるだろ」

 

 マジで、みたいな表情をガルティアが浮かべるが、魔王城に居る―――というか魔軍全体でそういう認識があるから、たぶんナイチサもナイチサで納得してしまうんじゃないかと思う。まぁ、その為には変装しなければならないので、大変そうだが。

 

 翔竜山の麓、カラーの森に作った新しいマイハウスの中で、新たな時代と新たな歴史の流れがつくられて行くのを自分は感じる。

 

 魔王スラルは死後、悪魔となって生き延びてしまった。どう足掻いても未来に登場するであろう―――殺されなければ。そしてそれに従う形でガルティアとケッセルリンクは半ば、魔軍という組織を裏切っている。無論、魔王の絶対命令権には逆らえないだろう。だが彼らが真に忠誠を誓っているのは、スラルという女だけだ。彼女が求めれば、二人は何時でも魔王や魔人を裏切るだろう。

 

 それだけじゃない。マギーホアが正気のままだ。多くのドラゴンがマギーホアに下に集って今は未来に向けて、新たな戦いに向けて隠れて潜んでいる。ここから本当にドラゴンの魔人や使徒が生まれるのか? 一緒にレガシオと戦ったノスが魔人になるとは、到底思えなかった。

 

 変えようと思って未来を変えようとしている訳ではない。

 

 それでも今を変えようとして、それで未来が少しずつ変わってきている。

 

 果たしてエール・モフスが生まれる未来はやってくるのだろうか?

 

 ルドラサウムは愛を知る事が出来るのだろうか?

 

 超英雄ランス君は、その大冒険を繰り広げる事が出来るのだろうか?

 

 今すぐここで死んで、未来を確定させる事が俺の役割ではないのか?

 

 俺が存在する事そのものが間違いなのではないか?

 

 ……考える事は色々とある。だがKukuが終わり、AVが終わり、そしてついにはSSが終わった。これからはNC歴となる。人類が最もたくさん死んだ時代。藤原石丸が活躍する時代。そして《無敵結界》という暴力が人類に絶対的な絶望を教える時代となってくる。変わりゆく時代の中で、

 

 たぶん、俺も変わっていかなきゃならないのだろう、というのを思い知らされている。

 

 だけど今はちょっと、体力が足りなくて眠い。

 

 だから車椅子からベッドの上へと痛みで呻きつつ転がり、部屋を出て行くガルティアとスラルに手を振った。

 

「じゃ、お休み。またね」

 

「怪我、ちゃんと治して俺に飯作ってくれよ」

 

「お前ほんとそればっかりだな! ……おやすみ」

 

 部屋から出て行くのを確認してから苦笑し、枕に頭を乗せて、

 

 ゆっくりと、目を閉じた。

 

 ―――そして目を開く。

 

 怪我もない状態で両足で立つ。両腕が揃っている。空の上、美しい光景が広がっている。そして言葉では言い表しづらい、モニュメントの様な建造物が存在している。その前には小さなテーブルと、二人分の椅子がある。既に対面側には座っている姿が見える。なので悪い悪い、と片手を上げながら挨拶をし、

 

 その対面側に座る。その反対側に居る姿は―――神々しい少女だった。美しい金色の髪をした、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()存在だった。その瞳は此方を捉える。だから席に座り、片肘を突く。

 

「じゃ、今夜のお茶会を始めようか―――ALICEちゃん」

 

 世界は変わっていく。

 

 時代は進んでいく。

 

 新たな概念、人々、物、流れ、法則、ルール。

 

 SSという時代が終わって新たな魔王が生まれた事により、抗えない時代の流れがやってくる。求めようと求めずとも、常に流れはやってくる。故に重要なのはその中で自分が何をしようとする事であろう。

 

 NC歴、開幕―――。




 SSの終わり、NCの始まり。夢の中のお茶会。悪魔になった魔王。裏切りの魔人。

 未来に向けて段々とだけど流れが歪み始めている。果たしてエールちゃんはちゃんと生まれて来るかな……? とおもいつつ、ナイチサの時代が始まるよ。人間が一番死んだ時代だから戦争だけには困らないんだよなぁ……。


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XXX年 ターントップ

NC10年

 

戦況報告

 

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 新魔王ナイチサ、消極的な虐殺のみを行う。魔王城周辺の領域を自分の領地として、戦線を西の方へと広げ、寒冷地帯へとその勢力圏を伸ばしつつ、そこで勢力を安定させ、兵の増産と安定を図る。魔王スラルよりも遥かに消極的な動きに対して人類が束の間の平穏を感じる。だがスラルとの戦いの経験から決して油断出来ない事も理解しており、魔王が動きを見せない間に人類国家側の安定のために動き出す。

 

 

NC50年

 

戦況報告

 

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 人類国家が二つ陥落、地図から消える。その原因は魔王ナイチサによって翻弄され、狂った王が人類同士での戦争を始めた事に原因が存在していた。かつて、人類同士で戦争をする事は小規模であれ、存在していた。だがお互いが滅ぶまで戦争するのは初の経験であり、これまでは存在しない出来事だった。魔王ナイチサはただ戦争をするのではなく、人類を自滅させる為に苦しませるという手段を取る事がこれによって発覚した。この50年間、就任から動きがないのは魔王ナイチサがその仕込みをする為の時間であると発覚した。また、魔軍がほぼ手付かずで残っている為、兵力も増大している事実があった。人類と魔軍は戦争をしておらず、拮抗している状態であったが、それでも嫌な予感しか人類側には流れない。

 

 

NC100年

 

戦況報告

 

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 人類国家、小国が四つ陥落する。その原因は一人の姫を巡るものだったとされる。余りにも美しい姫を手に入れる為に彼女の願いを叶える為、周りの人間が次々と狂いながら自滅し、絶望の声を上げながら滅んだ。原因はナイチサが悪魔を魔人にしたことだった。DDWを見つけたナイチサは悪魔の持つ力に注目、悪魔を魔人として登用する事でその契約の力を強化した。それを利用する事で人類を破滅させる手段として詐欺染みた能力を駆使する事を決めた。これにより美姫が生まれ、それを求めて魅了された国家が滅んだ。その情報が終わった後で広まり、魔王ナイチサに対する恐怖が始まる。魔王ナイチサに魔軍なんて暴力は必要なかった。狡猾かつ残虐、歴代魔王の中で最も恐ろしい魔王であり、暴力なんてものは飾りであるという事を認識させた。

 

 

NC200年

 

戦況報告

 

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 魔軍、依然動きはない。だがその間、人類国家は常に疑心暗鬼に陥る。人間同士での衝突が増え、それによって小国が増えるというケースが出てくる。また魔人ケッセルリンクが人類国家で目撃されるケースが発生される。他にも時折魔人が人類圏を歩き回っている様な姿が発見され、魔人が人類圏を闊歩し、事件を起こす様子を誰かが名付けたのか【ダーク】と呼ばれる様になった。魔人の姿を見るだけでナイチサの策略の可能性を考えて国は自分の首を締め上げる様な行動にさえ出始める。今までの時代とは違う絶望と恐怖、苦しめる様な痛みが人類に広がる。

 

 

NC300年

 

戦況報告

 

[][][][][][][][]

 

 魔王ナイチサの恐怖の陰でカラーがついに立ち上がった。肉体的にはほぼ人類と同スペックではあるが、魔力はそれこそ人類を上回るカラーは魔法的な優位性を誇っている。それ故に南西部、熱帯地域に王国を築く。カラーを優性種としたカラーを至上とした国家をそこに建国する。これにより歴史の中で初めてカラーの国家というものが完成された。旧選民思想を引き継いだカラーの国家は魔法を優遇しており、それにより悪魔等を結界の内側に入れない様にする事で魔王ナイチサ対策とする事としていた。人類はカラーのこの行いに難色を示す事となった。カラーはこの時、自らが優性種とする事を主張しつつ、人類の一部を支配し、また人間を奴隷とする方針を見せたからだ。

 

 NC300年、魔王ナイチサは未だに魔軍を動かさずにいた―――だが人類は魔王に踊らされていた。

 

 

 

 

「地獄かよ」

 

 重力魔法で持ち上げていた新聞を閉ざしながらそれを掴んで、ベッドの上へと放り投げてから立ち上がり、背筋を伸ばす。ここ300年の療養で本調子ではないものの、大体は傷が治ってきた。それでも本調子ではない。その為、レベルが大きく下がっていてレベルが234はレガシオ戦であったのが、半分以下の101まで落ちてしまっている。これでもドラゴンという種族がベースだからレベルが下がり辛いというのもあって何とかここでレベル低下をストップ出来ているが、それでもマギーホアとの地獄の特訓で上がったレベルが大体消えてしまったのはショッキングだ。

 

 またマギー‘sブートキャンプをレベル200超えるにはしなきゃいけないのか、と思うと絶望したくなってくる。

 

「にしても、歴史通りレッドアイ、パイアール、ザビエル魔人化はいいが……悪魔の魔人ってのは聞いた事がねぇな。なんだろうなぁ」

 

 この300年のNC歴を振り返り、それが自分の中にある唯一のイレギュラーだった。まぁ、スラルを助ける為に派手に悪魔界を巻き込んだ結果、悪魔の知名度が上昇してしまったというのは事実だ。実際、一時的に悪魔側のノルマが増大して地上に出勤する頻度上がったらしいし。そういう流れで増えたのかもしれない、悪魔の魔人は。

 

「やっぱナイチサの事だし、魔人の増員は更に増えそうだな……」

 

 ナイチサという魔王は残虐で狡猾だ。直接まだ見ている訳ではないが、レベルが下がった今の状態でナイチサを確認するのは危険だ。最低限、ザビエルが封印された後ではないと辛いと思う。それまでに150レベルぐらいまではレベルを取り戻したくも思う。それはそれとして、ナイチサが今、魔軍を一度も動かさずに各地を混沌と絶望の坩堝に叩き落している手腕を見れば、ナイチサは個人の実力というものをそこまで重視していないのが解る。あくまでも手段の一つでしかないのだ、強さは彼にとって。そもそも《無敵結界》がある影響で、無駄に強くなくても人類ぐらいはあっさり殺戮出来るのだから、余興として楽しんでいるフシがある。

 

 ナイチサマジサイコパス。

 

 だからナイチサは魔人を多く生み出せる。自分の血を分け与えて魔人を生み出して弱体化しようとも、そんな力が無くても人間を絶望させる事が出来るからだ。昨今の流れ、そしてドラゴンという戦力をスラル時代にナイチサは見た事があるだろう。それを考えるとまだ魔人を増やしそうな気がする……。

 

「完全に俺がはしゃいだ結果だな」

 

 しゃーない、と呟く。軽く体を捻り、

 

「誰かに自分のケツを拭いてもらう趣味はねぇしな。自分でやったんなら自分で始末をつける。そうだろ? ルドちゃん。その方が楽しそうだしな」

 

 という訳で、

 

「拠点フェイズだ、拠点フェイズ。だが食券も誰もいない!」

 

 食券フェイズ欲しいなぁ。身内とコミュ取りたいなぁ、と呟いていると、自室の扉が開き白髪のショタが扉を開けた。

 

「なんだ? 寂しいのなら悪魔界で遊ぶか?」

 

「レガ君、自分が支配者階級だって思い出してから帰ってね」

 

「だから悪魔界に来るかって誘ってんだよ。傷、大体治ってきただろう? また遊ぼうぜ」

 

「お前の遊び致死性なんだよ。部下待たせてないで帰れ」

 

「そうか……」

 

 レガシオ君ご帰還。君の食券にはまだちょっと早いから悪魔界で大人しくしててね。俺の心臓に悪い。ただし悪魔としての姿があれなのに、人間に擬態すると白髪ショタとかいうギャップは絶対に許さない。まぁ、そんな訳で拠点フェイズ終了? ちょっとだけ首を傾げる。まぁ、バランスブレイカーはALICEに取り上げられなかった代わりに、幾つか技能を奪われてしまったから、これからは何をどう使うか、ちょっと気を付けなくてはならないな、と考えながら着替える。

 

 部屋の中ではだらだらといつも下着姿なので、旅装に着替える。

 

 バランスブレイカーのブーツとスカーフはそのまま。下は動きやすいデニムのハーフパンツ、上は黒のキャミソール系ではあるものの体にフィットするのを―――乳袋系、アレ胸にフィットして支えてくれるので実に動きやすいのだ。というか胸が揺れない。固定してくれるので、胸が大きいと地味にアレで助かるのだ。その上からポケット多めの茶色のジャケット。

 

 頭にゴーグルを装着し、《時の忘れ物》で左髪の房を飾っておくのを忘れない。メギンギョルズも右手の中指に装着しておき、腰に《蒼炎のランタン》をぶら下げてお着替え完了。かなりの軽装だがゼス方面へと移動するなら、これぐらい軽い方が移動しやすい。後はウェストポーチに食料やら水を叩き込めば問題なし。これでどこに出ても恥ずかしくない最強カラーの完成である。やべぇ、アームズ・アークにレアアイテム狙われそう。

 

 あとは自衛用の武器だ。

 

「んー……こいつ持ってくか」

 

 部屋の壁に立てかけてある鎚、《勝利の鍵》を握る。名前は鍵だが、見た目はハンマーだ、長剣サイズの。普通にそのまま振るう事も出来るが、これを掲げた状態で“こいつが勝利の鍵だぁ!”と叫ぶとなんと、ハンマー部分が消し飛んで超光波分解ハンマーに変形、そのままハンマー部分が巨大化して周辺一帯を“光になぁぁぁれぇぇぇぇぇ!”が出来る優れものである。

 

 そう、勇者王である。

 

 アリスソフトさん、パロディ好きだよね。

 

 《ユグドラシル》の代わりとしてレガシオの宝物庫から賠償金代わりに貰って来たもんである。Lv3技能を本気で運用するとなると、ドラゴンパワーと合わせてバランスブレイカーでさえ破壊される。そう言う訳で一番頑丈な武器をレガシオからパクってきたのだ。元々再生機構付きのこいつであれば、ぶっ壊しても安心である。

 

 ぶっ壊さない、という選択肢はない。

 

 スクラップ&スクラップ、ウル様は既存の常識を破壊する事に喜びを見出すのだ。

 

「あー……俺に残された技能は後()()()1()5()()か。あんまり派手に動かない様に注意するか……」

 

 最終的に《槌戦闘》《ドラゴン》《魔法》ぐらい残ってくれれば後の技能が消えても特に問題ないのだが。それでもALICEちゃんが警告してくれたのだから、そこら辺は肝に銘じておこう。

 

「防具は……まぁ、マッハさま呼び出して盾にすればいいか」

 

「我輩を呼び―――待って、我輩今防具扱いされなかった?」

 

「気のせいっすよマッ盾ハ様」

 

「名前に盾混じってる……」

 

 マッハ様、光の速さで逃亡。でも呼び出されたら絶対に対応してくれるそういう職務に対してだけは忠実なスタイル、嫌いじゃない。

 

「うーし、出発前のお着替えはこんなもんか。後は皆が遊びに来た時を想定して置手紙ぐらい用意しておくか……」

 

 指を滑らせ、魔法で羽ペンを操って手紙を書く。

 

「えーと……そうだな……最近運動不足を感じてちょっとニート生活にも飽きたので、軽い運動の為におでかけします。御用の方は残り香で我慢しておいてください……っと。よっし、消臭スプレーで臭いを消しとくか」

 

 ぷしゃー、と出かける前に部屋を掃除と消臭する。俺が残り香なんて残すわけないだろ。ちなみにウル様の臭いはフローラルだ。殺してきた敵の臓腑の匂いがして物凄い落ち着く臭いをしているという設定だ。

 

「良し」

 

 何が良し、なのだろうか。まぁ、とりあえずこれで問題はないだろう。レベル100を超えた戦略兵器をどうにかできるのはこの時代、魔王とその魔人ぐらいだ。その魔人にしたって大半は弱点を網羅しているので逃げるだけなら大体問題はない。一番問題ある敵である天界は、ルドちゃんが抑えているのか、そのせいで襲われる事はないし。

 

 でもALICEちゃん可愛いヤッター! という事だけは心の中で叫びたい。

 

 だけど調子に乗り過ぎたら100年耐久魔物レイプ! 苗床にされたウル先輩! みたいな事になりかねないので、調子に乗る事だけはしないようにする。そもそも神々側のスタンスというか、何を求めているというのが不透明すぎる。

 

 だからこそ悪魔側と仲良くしたり、連携したりするのだが。

 

「……ま、何時までも妄想しても仕方がないか」

 

 勇者王ハンマーを片手で担ぎながら扉を抜け、足で蹴って扉を閉める。カラーの森から見える翔竜山へと視線を向け、

 

「それじゃ、ちょっと旅行行ってくるな、皆」

 

 声をそうやって拾えるかなぁ? 拾えないよなぁ、と思いつつ、カラーの森を出て行く。

 

 目指す先は南。南西。

 

 熱帯地域―――即ち未来ではゼスと呼ばれる場所。

 

 今現在、カラーの王国が建国されている場所。そこへと向かって斥力跳躍を行いながら、リハビリがてら小旅行へと向かう。プラチナブロンドを正面から吹いてくる風に乗せて後ろへと流し、蒼いリボンが風に揺れる。

 

 NC歴、最初の冒険の開始だった。

 

 なんだかんだで、こうやって冒険するのは嫌いじゃないのだ。




 という訳でNC歴、カラー王国をみたり、JAPANを見て回ったりしようぜ?

 この時代は自分kなら動かなくても色々とイベントが発生しているし。まぁ、それはそれとして既にゆがみが発生して未来が変わりつつあるけど。

 確かに変えなければよい未来があるかもしれない。

 だけど変えないなら原作! を! やれ!

 で終わってしまう。二次をやる以上、ガンガン良くも悪くも変えて行こうぜ。


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300年

 ナイチサの治世は人類に対する戦線を押し上げる事もなく、大抵が現状維持という言葉に尽きる。そして魔人や悪魔等を浸透させ、内部から人類を崩壊させるという手段がナイチサのやり方だ。これによって人類が自滅して行く姿をナイチサは何もせずに収穫する。こんな悪辣なやり方をしている。だが逆に言えばナイチサの治世では魔軍による侵略が行われておらず、魔軍のテリトリーが変わっていないという少々奇妙な出来事が起きている。或いはナイチサは知っているのかもしれない。人類に余裕を与えれば、勝手に自分たち同士で争うのだという事を。

 

 だから実は人類圏の広さはSS歴よりも広かったりする。ナイチサが領土侵略に積極的ではないというのも事実の一つなのだが。だがそれだけではなく、人類に土地を残せばそれだけで勝手に人類が苦しむのを知っていた、というのも事実の一つだった。故に人類圏は広く、戦争を行っているのは魔王城周辺地域ばかりになる。つまり向かっているゼス方面は現在、戦争の最前線からは大きく後退した地域だと表現できる。なら戦場から離れている事が国を豊かにするのか?

 

 という問いはNOという言葉が正しいのである。

 

「ウル様目からビィィィィィ―――ッム!」

 

 目の前から《ガンマ・レイ》を放っているだけである。そうやって目の前の空間をポーズを決めながら薙ぎ払い、そこに居た盗賊の姿を一瞬でミンチに変えて消し飛ばしてやった。跡形もなく消し飛んだ姿を確認してから、額の汗を拭う。

 

「いやぁ、このウル様が居る前で無辜の村を襲うとはいい度胸してんじゃん? 俺様の目が黒い内は悪い事はさせないぜべいべー」

 

「我輩、召喚されたと思ったら盾にされたのであるが」

 

「マッハ様役目でしょ」

 

「役目」

 

 役目……そう呟きながらマッハが消えていく。やっぱ七級神シールドは強度が高いから信用できるな! と確信した瞬間だった。大体、ハーモニットの化身だからマッハが死んだ所で余り困らないし。たぶん滅茶苦茶嫌な顔をされるけど、マッハが死んだら夢の中でALICEちゃんにレベルアップを頼もう。あ、でも対価に技能レベル取られそう。まぁ、その時はその時である。それはともかく。

 

「盗賊、これで大丈夫か?」

 

「あぁ、はい、ありがとうございますカラー様」

 

「そんな大げさにする必要はねぇって。汝、隣人を愛せよってイエスのおっさんも言ってたからね。困ってたらお互い様って事よ。立川ブラザーズは実に良い事を言う」

 

「は、はぁ?」

 

 まぁ、この世界にないネタを呟いた所で意味はないか、と呟き苦笑する。カラーの森を出てからゼス方面へと移動する時、一番近くに立ち寄ったゼス内の村だった。まだ、ゼスが存在する訳ではないのだが。ともあれ、ここで食った干し芋が美味しかったのだ。なのでちょっとした親切心を働かせただけだった。盗賊、山賊、強盗被害がナイチサ時代はどうやら多いらしい。ここでなくても近隣でちょくちょく見かけるとの事であった。親切心を軽く働かせたつもりだったが、ナイチサ時代が続く限りはちょっと難しいだろうか、これは?

 

「まぁ、芋が美味しかったからって思っておいてくれ……ちょっと待ってろ」

 

 黒腕を生み出す。その動作にびくり、と驚かれる。だけどそのまま、両手を結んで軽く術を組む。なにもNC歴に入ってからの300年間、ずっとレベルダウンするのを待っていた訳ではない。ある種、技能というシステムのとっかかりを理解した分、その習熟の仕方が見えてきたのだ。それを利用して魔法開発や改良、研究をこの300年間は送ってきた。

 

 ちょっとずるいかもしれないが《神魔法》の真似事も出来る。なのでちょちょいと腕を組んで魔法を発動させ、

 

「あー……丁度いい触媒……んー、こいつでいっか」

 

 換金用に持ち歩いているダイヤモンドを一つ取り出して、触媒代わりに魔法を発動させる。浮かび上がる宝石の目の前で手を組んで魔法を発動させ、そこに魔力を注ぎ込んで固定化させる。まぁ、俺じゃあこんなもんか、と呟きながらダイヤモンドを見守っていた村長に投げ渡す。

 

「え、あの、これは……」

 

「あんまり強くないけど、悪意のある存在を通さない結界をそれで張る事が出来る。流石にレベル20を超えるとどうしようもないけど、盗賊とか山賊って10代の雑魚ばかりだろう? そういう連中相手だったら問答無用でシャットアウトできるから。俺の魔力じゃ100年が限界だからそれまで、頑張ってくれ。そっからは自分で頑張ってくれ。最後までケツ拭く程俺は優しくないから」

 

「い! いえ! ここまで良くされてしまってなんと言えば……!」

 

 そんな事別に気にしなくていいのになぁ、と思いながらゴーグルを装着しつつ口を開く。

 

「俺は単純に翔竜山の麓で隠居してるだけだしな……だけど、まぁ、こんな時代だ」

 

 別に、無条件で誰かに優しくするのもアリなんじゃないか? とは思ったりもする。ナイチサのやり方は陰湿で邪悪だ。ある視点で言えばそれこそジルよりも邪悪だと表現しても良い。人間の悪意と人間を利用した悪意。その大きさを比べるのは難しいからだ。とはいえ、

 

「こんな時代だからこそ隣人を愛して頑張るのも悪くないだろう? お前らも頑張れよ。辛くなって無理だと思ったら翔竜山に遊びに来な。ドラゴンに向かってウル様の助けを求められるほどの根性があるなら、助けてやってもいいぜ」

 

 アディオス。サムズアップを向けながら斥力跳躍で飛び出し、村を出て行く。ナイチサの時代、人間の心が汚れている―――汚染されている人間を少しは見かける。それでも人間、実はそこまでは悪くないんだぜ? って俺は思いたい。そう思うから村を見かけると、少しだけ、手伝ってしまう。身勝手な行動なのかもしれないが、それでも見てしまった分には体が勝手に動いてしまう。

 

 ちょっと自制しなきゃダメかもしれないなぁ、と思いつつもゼスを南下しながら現状を確認した。

 

 やはり、カラーの王国が建国された事でカラーの地位と権威が高まり、通常の人間の地位が下がっている。辺境にある人間の村とかはあまり干渉されず、放置されている状況が強く、盗賊化した人間の恰好の的となっている。何せ、国家として形成されているのに守備すらないのだ。本当にカラーの事のみを考えた国を構築している様だった。

 

 まぁ、悲願なのかもしれないが、それでも個人的には少々やり過ぎだ、と表現するしかなかった。これでは滅びる為に生み出されたようなものだ。いや、実際カラーはその強権故に国家が人類に滅ぼされるのだが。馬鹿じゃねーの? としか自分は言えない。とはいえ、それをそのまま見ないふりして放置するのも寝覚めが悪い。

 

 何よりも、カラーのコミュニティはハンティがしばらくの間、世話になっていたそうだ。なのにそれをそのまま放置するというのもちょっと、自分には難しい問題だった。俺が根本的にどうこうするという事はないが、それでも救いの手ぐらいは伸ばしてみる気分だった。

 

 まぁ、

 

 冒険を始めて気分が良いというのもある。

 

「んー……今日はローポニーな気分だな」

 

 リボンをほどいて跳躍しながら後ろ髪を一房にまとめ、ローポニーを蒼いセラクロラスのリボンを使って纏めてしまう。それが風の中に流れて行くのを感じながら、斥力跳躍を連続で使って、長距離移動を滑空して行う。色々と魔法に関しては改良と勉強が進んでいる。その影響で魔法の使用効率は前よりも格段に向上しているし、このペースなら2日程で目的地に到着できるか? という感じがあった。まぁ、ゆっくりとうし車をどこかで捕まえて移動するというのも悪くはないのかもしれない。

 

 冒険という言葉は何時だって興奮と新鮮な未知を用意してくれるだけ、楽しめていた。

 

 そうやって移動し続け、夜になったらキャンプをする。といってもテントなどの道具はないので、近くにある木を寝床にする。木に登って後は魔法で簡易に結界を構築する。

 

 それが終わったら持ち歩いている保存食を使ってディナーを星空を眺めながら楽しむ。光源は夜空の星々と月がある。それで満足できなければ腰のランタンに光を入れて、蒼い光で灯せばいい。そうやって一人の旅を楽しむ。

 

 冒険はそれだけで楽しい。

 

 未知の場所、未知の出会い。新たな出来事。

 

 それを目撃し、経験するという行いが果たしてそれだけ楽しいのか、それを想像するのは経験した事のない者では、少々難しいかもしれない。だが昔から―――つまり生前からこういう類の小旅行というのは趣味の一環だった。趣味、というか好きだった。だからこうやってちびちびとジャーキーを噛みながら木の上で星空を見上げながら夜を迎えるというのも初めての経験ではない。

 

 割と、嫌いじゃない。

 

 そうやって時を過ごして行く事に妙な快感を覚える。元々が放浪癖のあった人間だったので、ある意味こういうフリースタイルが性に合っているという部分もあるのかもしれない。どちらにしろ、平和になったルドラサウム大陸の時代が来れば、それを横断するような冒険に挑戦したくもある、と星空を眺めながら考えたりもする。

 

 

 

 

 そして一夜が明ける。木の上で大きく背伸びし、太陽の光を全身で浴びて起きる。欠伸を漏らしてから顔面に水を魔法で落として、眠気や目やにを落とす。それで軽く口の中もゆすいでしまい、濡れた髪の毛を軽く絞って本日もローポニーな気分。それで髪を縛ったら出かける準備は完了する。強風に備えてゴーグルを装着する。両手のグローブを装着する。勇者王君ちゃんと背負えている? バランスブレイカーの忘れ物なし、

 

「うっし―――今日も元気に行くか」

 

 ひゃっほぅ、と叫びながら足場を蹴って一気に跳躍し、空高く跳び上がりながら滑空する様に進んで行く。広い空を再び自由に飛べるようになる日はまた来るのだろうか? だがそれはそれとして、バランスブレイカーを使って空を流れて行く、というのも嫌いではなかった。

 

 だから跳躍し、滑空を繰り返しながら将来的にはゼスと呼ばれる大地を通って行く。ここら辺は基本的に暑い。ショートのジャケットやホットパンツ、キャミ系のトップスという露出の多い恰好で出てきたのはこの地域特有の熱の地獄から逃れる為である。或いは、少しずつ、魂の方が女性に近づいているという影響もあるのかもしれない。

 

 どちらにしろ、最近お気に入りの恰好でもあった。

 

 スラルとお揃いの魔王ルックもかっこよくて気合が入っていたのだが、ちょっとダーク系は似合わないかなぁ、という感じもあった。というか貴族系がキャラじゃない。どうせ、派手に暴れるのだからもうちょっと動きやすい、楽な恰好が欲しいのだ。まぁ、人類の技術力と文明力も少しずつ、刻む様に向上しているだけあって、最近は色々と店頭で見る様になってきた。お忍びでどっかの街に行って買い物する時は色々と見れる様になってきた。

 

 だもんで、カラーが築く文化というのも実は、それなりに楽しみにしているのも事実だった。一体どういう感じで文化を発展させているのだろうか? 料理は? そんな事を考えながら大地を駆け抜けて行く。

 

 そして風に乗りながら進んで行く。今頃皆、何をしているのだろうか?なんてことを考えながら。魔王ナイチサも一回、メリークリスマスと叫びながら顔面を殴り飛ばしてみたいなぁ、なんてことを考えている。

 

 まぁ、魔王の面談コンプは人生における一つの目標だったりする。後で自慢できる内容だからだ。何より、自分の目と心で感じ取った魔王という人物を記憶したいというのが、自分の素直な気持ちの一つだった。

 

「と―――見えてきたな」

 

 カラーの国が。

 

 知識で知っているゼスよりも、木々が多く見える。その中に木製の家などが存在し、城壁等のスタンダードとも言える都市の要素を備えていた。見ている分には普通の都市の様にも思える。高度を落として着地しながら大地を踏めば、弓で武装したカラー・ガードの姿が門の前に見える。いきなり上から落ちる様に着地して登場する姿にカラーが警戒するも、額のクリスタルを見て、そして此方の髪色を見て、驚愕するような表情を浮かべた。

 

「ま、まさか……」

 

「ハンティ様同様、前時代の……伝説のカラー―――今すぐ王宮に連絡を!」

 

「おぉぅ」

 

 警戒はされないが、凄まじい素早さで対応する。名乗り上げたりする前に即座に対応されるもんだから、ちょっと驚く。というか今まであった歓迎よりも遥かに対応が早く、そして、

 

「ささ、此方へとどうぞ!」

 

「ご到着をお待ちしておりました!」

 

 ここまで嬉しそうにされるのは初めてだった。俺、何かやったっけ? とカラー・ガードに引っ張り込まれる様に、

 

 カラーの国へと到着した。

 




 旅するカラー、ウルちゃん様。

 という訳でカラー王国滞在記。未来でも十分酷いけどこの時代の糞みたいなカラーを眺めて楽しもう!

 20年後にはJAPANが生まれるぞ!


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300年 カラーの国

 引っ張られている内にあれよあれよと何時の間にか王宮にまで引っ張られてしまった。

 

 そう、王宮。この時代のカラーはどうやら王国制だったようだ。カラーの里だったら将来的に存在するのを知っているが、流石に王国という形は初めてだった。王宮へと半ば連行される様な軽やかさで拉致られている道中、どうやらこの国は今、カラーの女王によって支配されている事が解る。しかしその道中で、目撃するのは恐れる事無く額を晒すカラーの姿と、そして首輪を装着した人間の姿がちらほら見える。

 

「アレは……」

 

「奴隷です。魔力が低く、魔法技能もないので魔法道具に魔力を込める事も出来ないので、肉体労働を対価に衣食住を提供されています。ですが人権はあるのでご心配なく。犬畜生の様に扱っている訳ではありませんので」

 

「見りゃ解る。強制労働とかやらせてたら」

 

「やらせてたら……?」

 

 そら、吐き気がするし、無論と、呟く。

 

「同胞の恥だ。俺が皆殺しにして回って恥を灌ごう」

 

「そ、そそ、そうですか。なら心配はいりませんね」

 

ハンティ様が説得してくれてよかった……

 

 あぁ、それで何となく事情を察してしまった。なんというか……ハンティも結構苦労する子だなぁ、と苦笑を漏らしてしまう。将来的に大騒動に巻き込まれる事は確定している超ショタコンの我が妹の事を考えると、少し心配になってくる。あぁ、でもヒーロー君産まれたら俺もおばあちゃんになってしまうのか。

 

 ……なんか、ちょっと、いいなぁ。

 

 おばあちゃんおばあちゃん言われて孫に追いかけられるの、悪くないかもしれない。あぁ、なんかそれ、凄く可愛いぞ。悪くない未来だ。そういう未来、見てみたいなぁ、と思う。たぶん猫可愛がりしてしまうと思うけど。ははは、と心の中で笑い、この呆れた王国をどうしてやろうかと、現実に引き戻される。そしてそのまま、首都にある王宮の中へと真っ直ぐ案内されてしまった。

 

 ずっと、衛兵などは申し訳なさそうにしていたり、悦んでいたり、或いは困った表情やガッツポーズを決めていたり、実に様々な姿を見せていた。なんで、俺こんなに歓迎されているのだろうか? やっぱりちょっと記憶にないなぁ……と、首を傾げつつ奥に進む。

 

 そして、そうやって王宮、玉座の間の前に止められた。

 

 玉座の間の前に立つ二人のカラー・ガードが、

 

「武器をお願いします」

 

「そうなると俺は残された腕を引き抜いて額からクリスタル引き抜いて、この両目と歯を全部抜いた上で足も引っこ抜かなきゃいけねぇんだけど。言っておくけど、武器や魔封じした程度じゃ、噛みついてでも殺しに行く時は殺しに行っちゃうよ」

 

 という訳で、という言葉を置いて背負ったゴルディ―――《勝利の鍵》をガードに渡す。

 

「それ、大悪魔からパクってきたもんだから、大事にしろよ。傷つけたら魂奪われるから」

 

「先輩……私トイレいいですか? ちょっと下着が使い物にならなくなったんですけど」

 

「大丈夫か? 私もチビってる」

 

 君たち本当に大丈夫? とは思いもするけどどこか笑えているので、まぁ、大丈夫だろうと判断し、扉を開けて進む。その先にはずらりと並ぶガードの姿が、その奥の玉座に座る水色の髪、蒼い色のクリスタルの女王カラーが、そして近くの陰には申し訳なさそうに、片手で顔を覆いつつ片手で挨拶をしてくるハンティの姿が見える。あぁ、これで大体なんとなく察せてしまった。お前、俺の次はこれとか本当に苦労性だなぁ、と視線をハンティへと向ければ、

 

 解ってる……言わないで……という表情をハンティが向けて、またがくり、と肩を降ろした。

 

 そして、

 

「―――汝が旧時代より生きるもう一人のドラゴン・カラーか」

 

「おう、俺がウル・カラー様だ。図が高いぞ小娘」

 

 中指を突き立てて声を返した。何時も通り。スタンスは崩さない。今まで相対してきた全ての王や権力者に対してそうであったように。自分というモノを誰が相手であろうと貫く為に、覇気を込めた。

 

「―――」

 

 此方の呼吸を乱される前に此方から言葉を叩きつけて足元を乱してやる。案の定玉座に座ったカラーの女王が驚愕した様な表情を浮かべ、そして言葉を失っていた。その姿を見てふはははは、と笑う。偉そうにしている奴の姿を見れば何をしたいのか、大体解る。何年間魔王と一緒に生活してきたと思ってるんだ。()()()()()()()()()()()()()()()、と自分がスラルの王というイメージを比べながら判断する。

 

「小娘、先に言っておく。俺を勧誘するなんてことを考えるな」

 

「なっ、妾はカラーの女王じゃぞ!?」

 

「そうか」

 

 だけどそれだけだろう? という話だ。とても簡単な話だ。

 

「俺様の王様は一人だけだ。俺が王と認め仰ぐ者は唯一無二の竜王マギーホア様だけなんだ。それ以外の王に従うつもりも道理もない。だがお前がそれを超える器を見せられるというのであれば俺も従わない理由もない。だが無理矢理従わせるというのなら―――」

 

 片足を床に叩きつける。その衝撃で足場が割れて、罅が城に走る。

 

「この俺と戦って屈服させる事ぐらいは考えるんだな、小娘」

 

「ぴぎぃ!?」

 

 しばらくそのまま玉座に座るカラーの女王を睨みつけてから、横からガードがいいぞ、もっとやれ、みたいな視線を向けてくるのを感じ取った。なんか、握られていて強く言えないのだろうか? まぁ、俺もそこまで鬼じゃない。頭の裏をブルっている女王の姿を眺めながら掻きつつ、

 

「ま、そういうのなしなら仲良くしようぜ。あぁ―――お前天使か悪魔に最終的には変化するんだっけ? それまでの時だけどな」

 

流石始祖様、迫力が違うな……

 

ハンティ様の言う通りだったな……

 

脅迫フィニッシュまで完璧ですね

 

 なんか微妙に便利に使われてしまった感じがするが、それでどうだ、と視線を玉座の方のカラーに向ければ。無言のまま、静かに玉座に座っている姿が見える。その姿は意外と威厳がある様に―――いや、ちょ、待てよ。

 

「あれ、気絶……してる……?」

 

玉座に座ったまま、カラーの女王は気絶してた。その姿を見てえっ、と声を零す。

 

「これだけで……?」

 

「いえ、ウル様。戦士でも死を覚悟する威圧感出してるのが原因です」

 

「ん? あぁー……あー……」

 

 王様ってスラルとマギーホア、後は悪魔界連中等が基準……の他にはALICEぐらいだ、直接会った事があるのは。成る程、そう言う連中と会う時のノリで人類圏の王と会ってはならないのだ、と、漸く理解できた。少し威圧するつもりが失敗させてしまった。まさかここまでへっぽこだとは欠片も思わなかったのだ。

 

「……やり過ぎた?」

 

「いえ、女王が余計な野心をこれで切り捨ててくれると思いますので」

 

「ま、そういう事だよ、姉さん。久しぶり」

 

 よっ、と声を零しながら近づいてきたハンティと手を叩き合わせ、それから抱きしめて数百年ぶりの再会を喜ぶ。数秒程抱きしめ合ってから離れ、ハンティの姿を見て、んー、と声を零す。

 

「……あんまり育ってない?」

 

「もう育つ育たないという時期は千年も前に終わったじゃないか……」

 

 それもそうだな、と笑い、玉座に座る女王を見た。

 

 結局、女王(アイツ)の名前聞いてない……。

 

 

 

 

 それから、気絶した女王を運び出して起きるまでの間、暇なので城の客室に案内された。そこで今は簡単な服装に着替えてあるハンティと、数百年ぶりに漸くゆっくりと話し合う事が出来た。間のテーブルには自由に食べられる果物が飾られており、そこから林檎を手に取って齧りながら、しばらくはなかった血の繋がりはない姉妹の時間を取り戻していた。

 

「えっ、皆で悪魔界に乗り込んでたのになんで呼んでくれなかったの!?」

 

「いや、ハンティ若いし……」

 

「だから何時まで姉さんの中で私は子竜扱いされてるんだよ! 私だってそんな楽しそうなイベント便乗させて貰いたかったよ……うわぁ……マギーホア様健在なのに駆けつけられなかったの恥ずかしいよ……」

 

「締めは悪魔界で焼肉したけど楽しかったぞ」

 

「なんでそこで焼肉……?」

 

 仲良くなるには鍋か焼肉。これは古来から続くルールなのだ。そう、地球の。つまり此方側の世界にはない。だからルドちゃんも焼肉パーティーを三超神で囲んでみる事を一度は挑戦してみるべきだと思う。

 

「ま、その後遺症でここ数百年はずっとリハビリと治療だよ。おかげで魔法研究ばかり進んじまったよ」

 

「呼んでくれれば特に大事な用事があった訳じゃないし手伝いに行ったんだけどなぁ」

 

 それでスラルやレガシオとエンカウントされると俺の心臓に悪いから呼べなかったのだ。まぁ、ハンティはハンティでパットンとの出会いが未来に待っているのだ。下手に此方から干渉して、その流れを崩壊させる事はちょっと困る。アレはハンティが確実に幸せになる事の出来る未来でもあるのだから。義姉としてはそこらへん、割と祝福したい事でもあるのだから。だからとりあえず。あまりハンティの行動にはあれこれと干渉しない事だけは決めている。

 

 後この子、巻き込むのは罪悪感ある。

 

 ……女王ちゃんにもそう思うと悪い事したかなぁ。

 

「というか俺、なんで喜ばれていたんだ?」

 

「あぁ……女王を見たでしょ?」

 

 ハンティの言葉に頷きながら林檎を齧った。

 

「あの子ああ見えてまだ40なんだよね」

 

「若いなぁ」

 

 ここら辺、年齢感覚がかなりインフレしてしまっている。だがそれでも、40歳で指導者というのは結構若い感じはする。少なくともこの時代、100歳以下の状況で国家運営を行うのはたとえLv3持ちでもナイチサに滅ぼされるだけだ。実際、数百年後には藤原石丸が魔人ザビエルに殺されるし。

 

「うん、若いから勢いはあるんだよね。だけどその分経験が浅くて……ね。私の方で叱れたら良かったんだけど、生まれた頃から知っている分、自分の子供の様な感覚だから中々叱るに叱れなくてねー」

 

「あー……お前そういう所あるよな」

 

「逆に姉さん、身内だろうと同胞だろうと自分のルール破った奴には一切容赦ないでしょ? だからその内国の話を聞いて叱りに来てくれないかなぁ、って期待してたんだよ。実際、思った通りになったし」

 

「マジでいい様に使われたな俺!」

 

「う、うん、ごめん……?」

 

「超許す」

 

 まぁ、これぐらいなら可愛いもんだと思うし、そこまで何か問題がある訳でもないと思っている。まぁ、それでも、

 

「この国は長く持たないだろうけどな」

 

「……やっぱり?」

 

 ハンティの言葉に頷きながら座っているソファにごろり、と横になる。自分の家にも大きなソファ、一つ欲しいかもしれない。後はやっぱり、ジュークボックスだろう。だけど間違いなく今の技術力じゃ不可能―――いや、まて、魔人パイアールなら可能なのではないか? ジュークボックスの作成となるとやはり、これは突撃、隣の魔王城! しなくてはならないのかもしれない。

 

 近いうちにレベルアップ地獄確定だなぁ、と思う。またマギーホアにスパルタトレーニングを頼む必要があるのかもしれない。それはともあれ、

 

「今の時代、協調政策取れない奴が国家を存続させるのは難しいぞ」

 

「……姉さん、どうにかならない?」

 

「無理。そもそもカラーは神々が天使や悪魔を補充する為の手段として創造した種族なんだ。元々表舞台に立って活躍する様に作られている訳じゃないんだ。そこは俺やお前が特別なだけで、ほとんどのカラーは長期間の統治や君臨などが出来る様に設定されていないんだよ。どう足掻いても天使か悪魔に変化するから、王国なんてそもそも作るのが間違いなんだ」

 

 変化の時をカラーは迎えてしまう。それに備えて常に情報と連絡を怠らず残しつつ連携して動ける国家であれば問題ないだろう。だがあの若過ぎる女王にそれが出来る様には到底思えない。なので無理だ。アレが天使か悪魔となって国のトップが消えた時、次に引き継ごうと思うカラーが出て来ないだろう。

 

「後はそこから自然分解だな。そもそもカラーに国家とかなんでそんな余計なもんを考え付いたのかが知りたいわ」

 

「あー……あははは、ほんとぼろぼろに言うなぁ……」

 

 そこはほら、割と真面目に何やってんだこの馬鹿……? って感じで見つめているから、しょうがない。実際、カラーなんて森に引っ込んでひっそりやってなきゃカラー狩りで額のクリスタルが狙われるのだから、当然に決まってる。

 

 と、考えたところで、

 

「あっ」

 

「なんか今更大事な事を思い出したって顔をしてるけど」

 

「そういやぁ蒼くなったカラーのクリスタルは物凄い魔力の籠ったアイテムになるって知らんのか……」

 

「私も初耳なんだけどそれ」

 

 カラー狩り最大の理由である。これが人類側にバレてしまったせいでカラーの王国は崩壊、そしてカラーのクリスタルの価値が世界に広がり、それでカラーが極端にその数を減らして暗黒の時代を過ごす事になった。すっかり忘れていた。

 

 この国がその原因だったわ。

 

 どうしよ……。




 ハンティが悪い事をしたらそれとなく嗜めて小さく叱ってまぁ、次はもっと良くやろう? というタイプであれば、

 こいつはまずロケットランチャー叩き込んでから蹴り上げてもう一度ロケットランチャー叩き込み、首を付けてさぁ散歩の時間だ! と連れ出して一番楽しい場所へと連れて行くタイプ。

 適材適所かな。


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300年 新・女王

「……どうにか無事に落着させる方法はない?」

 

 ハンティの言葉にんー、と唸る。政治家でもなんでもないからなぁ、と呟く。自分に《政治》技能は存在しないからあまり、何かを言えるわけではないのだ。ただ経験からして、カラーが建国している時点で既に手遅れだと思っている。特にアレ、奴隷というのが駄目だ。このゼスの地は呪われていたりするのだろうか? 君ら差別主義を生み出しては滅んで、一旦思想が途切れた筈なのにまた選民思想を生やしてるから土地そのものが壊れている可能性すら出てきた。或いはルドちゃんの仕込みかもしれない。もう、ルドちゃんったら本当にしょうがないなぁ。ここからどうかする……というのに、俺に知識はない。

 

「ちょっと考えられる援軍呼ぶから数秒待って」

 

「援軍?」

 

 うん、とハンティの言葉に頷きながら、

 

「スラルちゃーん、出ておいでー」

 

「はいはい、呼んだ?」

 

 虚空からにゅるり、と元魔王の悪魔が出現した。肌の色の悪さと角からそれをハンティが即座に悪魔だと見抜くも、どこか、聞き覚えのある名前に首を傾げている。とはいえ、公的には既に死亡扱いではあるし、魔王スラルの姿そのものはほとんど人に見られていない分、ハンティが真実に辿り着く事はないだろう。辿り着かないでください、ほんとお願いします。まぁ、それはそれとして、

 

「姉さん……悪魔と契約してるの?」

 

「私が個人的に手を貸してるだけだから心配しなくてもいいわよ、別に。これが噂の妹さん? あんたと違って物凄くまともそうね」

 

「今俺が物凄くまともじゃないって言わなかった?」

 

 その言葉にスラルとハンティが頷いた。お前まで頷くのは止めてくれよ、と地味にショックを受けつつ、事情をスラルの方へと話してみる。元魔王という魔軍をまとめ上げていた立場から、果たして今のカラーの王国に未来はあるのかどうか、軟着陸させる手段があるのかどうか、それをスラルに質問してみる。それを受けてスラルは腕を組み、そうねぇ、と呟く。

 

「私が女王だったら軟着陸させる自信あるけど、話に聞く女王じゃ無理じゃないかしら」

 

「マジか」

 

「マジよ」

 

 スラルがどこからともなくチョークボードを取り出し、そこに解説を書き込んでいく。いい? と前置きをしながら此方に解る様に話の説明をしていく。

 

「そもそも第一にカラーって種族が統治や政治に向いていないの。国家を運営するならまず第一に引き継ぎと維持の事を考えないといけない。民あっての国家だからね。だから王族がランダムに消える可能性がある状況で国家運営とかやってられる訳ないじゃないの。だから常に情報の引継ぎの準備と、後継者の用意をしておかなきゃダメ。カラーという種族が天使か悪魔に転生する時に記憶を失う事を考えたら女王だけで何かを抱え込むとか絶対にアウトね」

 

 ワンアウトである。

 

「その上でまずはナイチサが魔王やってるから他の国に敵対的な態度を取るべきじゃないわね。後武力よりも諜報、防諜に力を入れるべきね。悪魔によって国が乱される可能性があるし、私だったら高い金を払ってそこら辺の対策が出来る人材を……んー……今ならAL教がそこそこいい値段で雇えるかしら? 司祭か司教クラスの人間を雇って侵入対策と洗脳対策をしたいわね。少なくとも何の問題もなく私が出現出来ている時点でアウトだと思うわ」

 

 これでツーアウト。さぁ、カラーの国、いよいよ後がなくなってきました。

 

「まぁ、その上で差別はダメでしょ。差別と選民による統治は一時的な力になりえるけど、最終的にはアウトプットとして憎しみと反発の方が大きくなるわ。どんなに待遇は良いから、と言い訳しても格差を法律で認めた時点でそれはもうどうしようもない憎しみと怒りに変わるんだから、女性優遇カラー優遇人間差別ってやってる時点でもうダメよ。これさえなければ対策で何とか出来たでしょうけど、国家樹立して既に何年経過してる? その分の怨嗟と憎しみは国を消すまで留まり続けるわよ。私だったら逃げ出して隣国に話を流して、それを言い訳に侵略の材料に使うわね」

 

「スリーアウト、国家チェンジの時間でございます」

 

「……まぁ、そうなっちゃうかぁ……」

 

 ハンティは最初から解っていたように、諦めの溜息を吐いた。森の中で大人しく引きこもっていれば良かったのになぁ、としか感想が出てこない。ドライかもしれないが、それでもこれは純粋な自業自得だ。自分で滅びに行くとかあまりにもダイナミックすぎる。解っていた事だろうに、何故誰も止められなかったのだろうか。

 

「あぁ……何とかするなら滅ぼされる前に自分から国家解体するぐらいしかないと思うわよ。じゃ、私は帰るわね。なんか伝言ある?」

 

「じゃあケッセルリンクにお前の魔法まだ許してないからな、って」

 

「ケッセルリンクも未だに恨まれてて大変ね……」

 

 それだけ言葉を残してスラルが消えた。悪魔界経由でまたどっかでのんびりやっているのだろう。あの女、無駄に有能だからノルマだけ達成して後はゆっくり休暇でも取ってそうだ。まぁ、これによっていよいよカラーの王国がマジでどうにもならないという事実が判明し、ハンティが片手を頭に当てて、困った様子をしていた。

 

「いや、お前がついていてどうしてこんな大ごとになったんだ。お前なら殴り倒して止める事も出来ただろう?」

 

「いや……生まれた時から知ってると可愛く見えちゃって中々止め時が解らなくなっちゃって。悪ノリする子も結構多くてね……あと何だかんだで能力があるから、実行出来ちゃうんだよ」

 

「それで失敗する所まで突き進むからダメなんだよ。駄目な奴じゃん」

 

「うん……」

 

 はぁ、と溜息を吐く。カラーという種族はこれから、調子に乗った結果他国に滅ぼされた上で額のクリスタルの有用性を証明されてしまう。それが原因でカラー狩りが発生し、それでLP歴においてもカラーの大量虐殺なんていうイベントが発生してしまうのだ。根本的に不幸で希少で、そしてハンターに狩られるような種族になってしまった。それで絶滅寸前まで追い込まれてしまったのが闘神都市シリーズの設定だったか? と頭を掻きながら思い出してみる。まぁ、どちらにしろ、

 

「この国も後100年は保たないな。その場合は悲劇で終わるだろうけど」

 

 だいぶ見えている未来だ。これをどうにかするにはもはや国を解体するぐらいしかない、とスラルは言っていた。何かをされる前に自分から滅ぶぐらいの選択肢だろう。あの幼い女王にその選択肢はちょっと無理かなぁ、とは思わなくもない。

 

「……駄目そう?」

 

「……」

 

 ハンティのお願い、という感じの表情にんー、と声を零しつつ、天井を見上げ、ソファに沈み、そして溜息を吐く。

 

「……しゃーない。今回はお姉ちゃんがどうにかしてやらぁ」

 

「ありがとう姉さん!」

 

「あぁ、もう……」

 

 ハンティがテーブルを越えて抱き着いてくる。こいつ、こんなに甘えん坊だっけ? とは思うが、俺が甘やかした原因なのかもしれない。それでも可愛く思えてしまうのは、やっぱり妹というポジションに対して俺がどうも、心を許してしまうからかもしれない。もうちょっと突き放したほうがいいんだろうなぁ、とは思うのだが。それでも優しくしてしまう。罪深い可愛さなのだ、妹というポジションは。

 

 おねーちゃんとして、少し頑張るか、と溜息を吐く。

 

 第一、―――伝説的に考えて大体何をやってもあぁ、うん、ウル様なら納得だ……って納得させられる様なキャラを持っているのは俺ぐらいだ。だからしゃーない、と呟く。

 

「カラーの王国、今日で滅ぼすか」

 

「えっ」

 

 

 

 

「はい! という事で玉座の間にお集まりの皆様! よーく見てろよ!!」

 

「にゃああ!? 《痛風モルルン》! 《欠食モルルン》! 《墳血モルルン》! 《従属モルルン》! 通じん! 何故通じんのじゃぁ―――!」

 

「見ての通り、女王は無力だ。呪い対策なんて事前に来るって解ってりゃあ適切な手段を用意しておけばどうにでもなるからな! という訳でこの! ウル様には! 呪いは! 効かないのだぁ! がーっはっはっはっは!」

 

 笑いながら片腕に女王の姿を抱える。その姿を玉座の間に集まった全ての存在が眺めている。そして事情を分かっている連中はいいぞぉ、とガッツポーズを送って止める気が皆無なのを見せ、女王と一緒に調子に乗っていたカラーは止めようと入るが、それを睨んで止める。レベル限界が50以下の連中に負ける理由は今のところはない。第三の目だけを開き、それで睨んで動きを停止させる。

 

 これ以降の歴史、どんな馬鹿なカラーが現れても大丈夫なように、徹底してお仕置きしておく必要があるかもしれないが。

 

 まぁ、やれることだけはやっておこう。

 

「妾は女王じゃぞ! カラー女王じゃぞ!?」

 

「女王かもしれない!」

 

 女王を落として、頭の上からティアラを回収、そしてそのまま玉座の前に女王を片足で押さえつけつつ、ティアラを自分の頭に乗せ、そして玉座に座る。

 

「だが! 今から! 俺が女王だ!!」

 

「にゃ、にゃにゃ!? にゃあ!?」

 

「はは、小娘め……俺を国内に入れるとは人生最大の間違いを犯したな……? 前々から好き勝手動かせる国が欲しかったんだよなぁ。そしてワクワクウル様ランド建設したい。目玉はドラゴン世界一周。なんとルドラサウム大陸をドラゴンの背に乗って大陸の端をぐるっと1周するアトラクションだぞ!」

 

「地味に乗りたいのじゃそれ……」

 

 ドラゴン時代にケーちゃんと一回やったが、滅茶苦茶楽しかった事をここに記録しておく。まぁ、それはそれとして、玉座に足を組んで座りつつ、片肘を肘掛けに乗せて、ふーむ、と呟く。まぁ、悪い気はしない。

 

 それでも玉座フェラ太郎は少々やりすぎじゃないかなぁ、と思う。パットン君、お前ハンティ泣かせたら俺マジでキレるから覚悟しとけよ。マジでな。過去から未来に向けて脅迫しておく。まぁ、それはさておき。

 

「へーい、文官いるかー」

 

「はい、此方に女王陛下」

 

「おー、女王陛下とは良い響きだ」

 

 思わず笑ってしまう。まぁ、王とはどういう存在か、というのはマギーホアを見てよく学んでいる。だからとりあえずは、この国を解体してしまうか、と判断する。

 

「とりあえずカラー優遇政策はそのままにして人間を奴隷扱いする政策を消せ。その上でカラーの方からも肉体労働する奴を引っ張り出せ、働かせる時は人間と混ぜて。一緒に労働してりゃあその内仲間意識が芽生える。最初は衝突するかもしれないからそこら辺、どうクッションするかは任せる」

 

「了解しました」

 

「次。あー……まずは隣国の動きを調べる、忍者はいないのか? 《忍者》技能持ちの奴とか? これだけ派手にやってるんだから恨まれてるだろうし、攻め込まれるタイミングが知りたいから諜報部隊を編成して直ぐに調べてこい。金に関しては好きなだけ使って構わん。この国が消えるまで金が持てばいい」

 

「命令拝承しました女王陛下」

 

「次。どさくさに紛れてナイチサの手の者が入り込んでいたり入り込むかもしれないからな。対策取る為にAL教に連絡を入れろ。俺の名前を使えば悪い顔はされないだろうと思うし。そっから《神魔法》技能の高めの奴を連れてこい。こっちも金に関しては渋るな。なるべく解呪や結界とかそういう魔法を得意にしてるやつを引っ張って来い」

 

「即座に行動に移ります」

 

「へい、次。首都の物理的な防備はそこまで厚くしなくてもいい。それよか辺境が盗賊被害で苦しめられているから部隊を幾つか編成して討伐に回せ回せー。あー……ハンティ、そこは任せてもいいか?」

 

「ん、それじゃあ私で使えそうな子を選んで連れて行くね」

 

「うっし、まずはこんなところか。へーい、誰か資料とか持ってないのー? この国を綺麗に消してどっか、安全な場所へと逃げる為の準備始めるぞ。このままだと周りの国家に囲まれてボコられてカラーが地獄を見るだけだしな」

 

「そんなの殺せば良かろう!」

 

「それでナイチサに対する防衛線が崩壊したらどうするんだこの小娘め。このこの」

 

「にゅわぁ―――!」

 

 玉座の前で元女王の姿を足で軽く転がしつつ、マジでこういうテンプレ的な愚かな王様っていたんだなぁ、というちょっとした感動を抱いていた。まぁ、カラーは同胞に対する同族意識が滅茶苦茶強くて甘い種族だし、そこら辺はしょうがないのかもしれない。まぁ、時折フル・カラーの様な問題児が生まれてきてもどうにも出来ていない以上、根本的にカラーという種族がそういう感じなのかもしれない。

 

 ま、それはさておき、

 

 カラー狩りの被害を減らす為にも、ちょっとした歴史介入のお時間である。ナイチサが予想外に強化されている感じがあるし、未来に備えてペンシルカウの戦力を増強させておくのも悪くはないだろう。なるべく穏便にこの国家を解体、カラー狩りの被害を減らし、同胞を逃がしたりする必要がある。その為の場所も準備しなければならないだろう。駄目だ、全部は俺の頭では回らない。助けてスラルちゃん。

 

「ま―――鬼畜女王ウル、始めますか」




 なんだかんだで今まで愚かな王、君主という存在にエンカウントしてこなかったウル様。漸く無能という存在を正面から見る機会が来た。

 忘れがちだけどこの世界、有能な奴よりも無能な奴の方が遥かに多いのだ。完全に総覧と悲劇の火種の為にそういう風に設定されていると思っているけど。

 そういう訳で鬼畜女王ウル始まるよ。


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305年

「報告します! 西国家から威力偵察部隊が入り込んできました!」

 

「ハンティを向かわせろ。殺さないようにして国境で全裸に剥いて置いておけ。そうすれば勝手にビビってしばらくは時間が稼げる」

 

「女王陛下、再び赤字をマークしました!」

 

「使ってないバランスブレイカーをAL教に売りつけるルートをエマ・カラーに用意させたから、宝物庫から使ってないもんを売り捌け。後10年維持できればそれでいいから。それよりも逃亡先の準備はどうなってる?」

 

「各地の秘境、森の中に隠れ里を構築中です。現在の作業進行度は8割です。恐らく来年からは少しずつ移動を開始させる事が出来ます」

 

「良くやった、100万年無税だ」

 

 馬鹿野郎、どれだけさぼってたんだこのクソジャリ。滅茶苦茶忙しいじゃねぇか、と玉座を奪ってから軽く後悔している。簡単に国を取るなんてことを言わなければよかったと心底思っている。やはり俺に国家運営とか無理だな、と思う。国を運営している時間があるなら自分の足で走り回ってそのまま冒険やら悪い奴を殴り飛ばしたいのが事実だ。とはいえ、今の状況でそんな事が出来る人材はいない。ここにいるカラーに《政治》技能持ちが存在しない事が発覚してしまったのだ。

 

 つまり技能システムがないゆえに、技能が存在しなくてもある程度何でも出来る地球出身の自分が政治を担う必要がある。お前らLv0ですら保有していないのってちょっとどうかと思う。でもこの状況で政治の使える奴を外から持ってくる事とかできないし、やれることと言えばやっぱり、カラーを大陸の彼方此方へと避難させる事ぐらいだろう。その為の時間稼ぎをする必要がある。

 

「ウル様!」

 

 焦りながら飛び込んでくる女官の姿が見える。資料を浮かべて眺めつつ、視線を向けずに応える。

 

「なんだー」

 

「ま、魔人! 魔人が目撃されました!」

 

「……どれ?」

 

「魔人ガルティアです!」

 

「あー……」

 

 アレ、ほとんど身内の様な存在だから頼めば帰ってくれるのだが、それじゃあつまらないし癒着を疑われるし、ナイチサも良い顔をしないだろう。となると別の手段を取る必要がある。ガルティアなぁ、と考え、あぁ、そうか、と思いつく。

 

「アイアン・シェフやるか」

 

「……はい?」

 

 えーと、と資料から視線を零さずに言葉を続ける。

 

「料理大会を開け。優勝者にはそうだな、俺が翔竜山で栽培してる《ヒラミレモン》と《桃りんご》を一箱分プレゼントって事で。幻の食材なら餌としては十分過ぎるだろし。それで国内の料理人で自信のある奴を集めて、誰が一番おいしい飯を作れるのか、そのコンテストを開催しろ。見物料を取る代わりに観客はおかわり自由で完成品をジャッジの次に食べられるって事で。これを1日じゃなくて数日規模で繰り広げる様に開催しろ」

 

「えーと……」

 

「いいから言うとおりにやれ。それでガルティアが数日美食堪能したら帰ってくれるから。あいつは美味しい飯を求めて放浪しているだけだから、戦う必要はないんだよ。適度に楽しませておけばそれで帰ってくれる」

 

「あ、はい、了解しました」

 

「次、なんか別の案件はあるか?」

 

「いえ、特には」

 

「よし」

 

 溜息を吐きながら今抱えている案件をサクサクと処理してしまう。国家運営の仕方はスラルを見て覚えている。そして臣民の率い方に関してはマギーホアを見れば大体伝わってくる。見上げた先に居る、絶対的な存在を演出すればいい、それだけだ。その上である程度、個人として部下に当たれる事も証明しなくてはならない。困った様子の部下を見たらそれとなく問題を聞き出して手伝ったり、或いは公と私を分ける部分を見せればいい。

 

 つまり王であり、人間であるというスイッチを切り替えるのだ。これを完璧にこなしていたのがスラルだ。だから立場を超えてガルティアやケッセルリンクという魔人が今でも従っているのだ。あざとい、スラルちゃんマジであざとい。まぁ、そんな笑っている余裕はないのだが。

 

 魔人ザビエル、魔人パイアール、魔人レッドアイ、そして俺の知らない悪魔の魔人。それがナイチサによって追加されている。その上で魔人ガルティア、魔人ケッセルリンク、魔人メガラス、魔人カミーラ、魔人ケイブリス。忘れているのがいなければ、これが今の魔軍の最強戦力になる筈だ。

 

 ガルティア、ケッセルリンク、カミーラ、ケーちゃんはまだいい。パイアールも機械群に関しては機械そのものに関する知識がメタ経由で存在するので俺には通じない。なのでこれもいい。問題は洗脳の出来るレッドアイ、そして純粋に化け物染みた力を持つザビエルだ。レベル90を超えていた藤原石丸でさえザビエルを前には死亡したのだ、その事を考えると戦いたい相手ではない。出てきた場合は焦土戦術で俺とハンティが足止めしつつ今すぐ逃げ出すぐらいしか対策がない。

 

 特にレッドアイがヤバい。洗脳して俺の肉体が乗っ取られでもしたらそれだけで人類が終わる音がする。

 

 あぁ、人類消滅の音―……とかネタで言ってられないヤバさだ。正直、こいつと魔人アイゼルの洗脳行動が行えるコンビは絶対に会いたくない相手だ。アレは割と真面目に対策してても怖い。特にレッドアイに関しては対策が通じるか怪しい、アイツ自身が《魔法Lv3》保有している事実が余りにも恐ろしいのだ。

 

 と、

 

「余計な事を考えている場合じゃないな」

 

 折角なので玉座で足を組みながら王としての仕事をしている。こうやって王国の運営というものに手を出してみると、そのあまりのめんどくささが良く伝わってくる。こりゃランス君が放り投げるのも当然だな、と思える面倒だった。とはいえ、手を出した手前、手を引っ込める事も出来ない。

 

 頭を掻いてから再び集中する。

 

 国の軟着陸のさせ方―――キャラじゃないのでどーしようもないという事実があるが。それでも引き受けた以上、それを放り投げるような無責任な事は出来ない。どうしてだ、どうしてこうなってしまったのか。大体俺をやる気にさせてしまったスラルちゃんが悪い。全部スラルとかいう奴が悪いんだ。

 

「普通に座ってるのも飽きたな……」

 

「ちょっ、女王様!」

 

「うるせぇ、俺が法だ」

 

 玉座に横になる様に座りながらジャケットを脱いで、ティアラを軽く口に咥える様に噛みつきながら口元の寂しさを拭い、そうやって何かを食べる事を我慢する。最近、食べ過ぎの傾向があるからちょっくらダイエットをするべきかもしれない。どうせこんな王冠、後で破壊するんだから今壊しても問題はない。口から放り投げて足でキャッチし、それを軽く遊んでいると滅茶苦茶下の方から視線を向けられる。

 

「まぁ、安住の地は確かに悲願かもしれないけどやり方がなぁ……」

 

 資料を確認し、資材や財政をチェック。俺に政治なんか無理だっぺ、と呟きつつもどう動かすべきかを考える。結果から何をどうして、それをタスクとして分割するのが簡単な運営の仕方だっけ? もうちょっとマネージメントの勉強を大学ですりゃあ良かった、とは思わなくもない。でも大学じゃ歴史と社会専攻だったからなぁ、と懐かしさを覚える。

 

「ま、政治なんざ出来なくても何をやればいいのか、冷静に判断して動かせばいいだけだしな」

 

 面倒ではあるが、難しい話ではない。自分が片付けなくてはいけない面倒事をそれぞれタスクとして出して、その解決策を用意、一緒に処理出来る事は一緒に処理してしまえばいいのだ。ハンティというマップ兵器が此方に居るのだから、戦争というジャンルにおいてまず負ける理由はないのだから、彼女をある程度防衛戦力として使えばしばらくは持つ。問題はナイチサが此方に目を向けてきた場合だ。

 

 ナイチサが動き出したらどうしようもない。

 

「女王陛下、東国の使者が来てますが」

 

「降伏か宣戦布告、属国の誘いだったら蹴り返せ。それ以外だったら通す。同盟も必要ねぇ。どうせ利用されるだけだからな。相手が従属するとか言っても蹴り飛ばせ。根本的に今は他国に関わる余裕はない」

 

「解りました、追い返してきます」

 

「女王陛下、暴徒を捕らえましたが」

 

「なんでその判断を俺に聞きに来るんだ……そういう判断はガードのエルメラに一任してる! 何のために作業分割してると思ってんだ! それぞれ専門の奴に割り振って処理しろ! ただし後遺症が残ったりする処罰は禁止な! 憎しみにしかならねぇ! 後人材殺してる余裕もねぇ!」

 

「し、失礼しました」

 

 カラー連中は根本的に国家運営という経験がない。そりゃそうだ、今まで里単位での経験しかないのに、国家運営経験のないカラーで上層部を固めているのだから、こんな規模の土地を動かすノウハウがないのだ。無論俺もないけど、そこら辺は知恵と知識を総動員してどうにかなっている。これで《政治》技能があれば最適解も解ってくるのだろうが、生憎とそれに引っかかる様な感覚はない。

 

 とはいえ、国家の解体ぐらいなら歴史のクラッシャーウル様として何とかしてみせよう。

 

「ウル女王陛下!」

 

「次はなんだよ!!」

 

「東国が使者が死亡した事を理由に攻め込んできました!」

 

「追い返す前に死亡してるってなんだよ!! 糞が! そこまで戦争したいってのか! 嘘だろお前! え、そこまで馬鹿なの!? マジで!?」

 

「マジでございます女王陛下」

 

「嘘やん……」

 

 両手で顔を覆い、溜息を吐く。

 

「ちなみに大義名分は選民思想、差別主義を擁する悪の国家を解体する為である……らしいですよ」

 

「正論過ぎて反論できねぇわ」

 

「辛いですね」

 

「真顔で言うんじゃねぇよ」

 

 だが困った。ハンティを出しているからカラーの中で一番強いのが出払っている。いや、所謂【モブユニット】からネームドを探せばよいという判断でもある。実際、レベル限界が60~80のカラーは何人かいる。その内、レベルが58/87のに今はガードの隊長をやらせている。だけど根本的に大規模戦闘経験のある様な連中じゃない。困った事に連中だけでは恐らく、対応しきれないだろう。

 

 ティアラを蹴り上げて、それを掴み、ベルトに通してから立ち上がる。

 

「仕方がねぇ。俺が動くか」

 

「陛下、お仕事から逃げてはなりませんぞ」

 

「いんや、この場合他に任せられる連中が居ないってだけだ。ステラ・カラーに料理大会の事は任せる。俺が居ない間、経済の事に関してネビルって奴がいただろう? あいつに任せろ。見た感じ商才はあったから俺よりも上手く金勘定してくれるはずだ。引き続き警備安全関連はエルメラに。ハンティが予定よりも早く帰ってきたら休ませとけ。あぁ、もぉ、めんどくせぇ。どうにかしようなんて思わなければよかったな……精鋭から50人程度でいいからこっち回せ! 馬鹿を迎え撃って誰に喧嘩を売ったのかを教えてやる」

 

 最近ケツをずっと玉座に下ろしていて体が鈍りそうだったのだ。リハビリついでに国軍とぶつかるのも悪くない。流れ的にカラーの虐殺を回避してしまう分、その分多くの人間をぶち殺しておかないと魂の採算が合わないだろう。

 

「ただちに精鋭50名を武装させて編成します」

 

「魔法よりも乱戦に入って生き残れるのに自信のある奴だけ集めろ。周りに囲まれても俺の背中についてきて戦えるって奴だけで良い。俺が一番多く殺せるんだ! って言う馬鹿は出すな。生存力が高く、俺にある程度追いついて行動できる奴だけでいい。いるだろう? 少しぐらいは」

 

「えぇ、少々お待ちを」

 

 ふぅ、と息を吐きながら玉座から立ち上がり、軽く肩を回しつつ勇者王ハンマーを手にした。まぁ、ここを乗り切ったとしても、反省しない限りはまたなんか悲劇の種が増えるんじゃないかなぁ、と思っているが、今やっているカラーの里を複数に分割してリスクを分散させる事に成功すれば、カラー狩りが始まったとしても、それで地獄を見るのは全体ではなくなる。

 

 一応、過激派は一纏めにしたから、勝手に暴発してカラークリスタルの有用性を世間に証明してくれるだろう、と思っている。というかしてくれなきゃ困る。それである程度カラーが追い込まれないと更に困る。まぁ、そこら辺は時の流れに期待、という所だろう。俺が手伝うのはあくまでもここ、国家を解体するという所までだ。それ以降はマジで、手伝わない。

 

「女王陛下、出陣の準備が終わりました」

 

「うーっし! 相手の数はいくつだ?」

 

「5000程です」

 

「その程度なら皆殺しだな。偵察は許す。だけど侵略ならぶっ殺しておかないと人類学習しねぇしなぁ……」

 

 まぁ、ここら辺は仕方がない。出血して覚えて貰おうという話だ。歴史に史上最大の愚王として名前が残ってしまいそうだが、まぁ、しゃーない。

 

「履歴書に元女王って書いてバイトする日が来るかもしれない事を考えるとワクワクしてきたなぁ!」

 

 という訳で、ルドちゃん。

 

 ちょっと国家間戦争してきますね。




 鬼畜女王ウル、ただし鬼畜なのは自分の国の状態。

 100年間はこれで忙しそうだなぁ、ってアレな感じ。


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カラー王国 ターントップ

NC310年

 

国家状況報告

 

≪≪≪≪≪≪≪≪

 

『うるせえ、俺が新生カラー女王ウル様だ。それはそれとして10年以内に国家解体するから絶対に邪魔すんじゃねぇぞ、絶対にだからな! ネタでもフリでもないからな! 喧嘩は! 敵を見て! 選べ!』

 

 その挑発に乗って東西国家が同盟しカラーに襲い掛かった。その最大の理由は両国家が密かに発見した、カラーのクリスタルは蒼くなった後であれば、凄まじい魔力を秘めるアイテムとなる事であった。それによってカラーという種族そのものが非常に質の高い魔道具の素材としての価値が出て、一種のモンスターという認識さえ生まれてくるようになった。国家の対応に当然新カラー女王、ウル・カラーは激怒。攻め込まれない限りは手出しはしないと誓いながらも、毎年行われるカラーに対する略奪や拉致に対応する為に人材登用を始める。先代女王とは全く違う人間とカラーの融和政策を取り、国家解体に乗り出すと宣言する。特に北部の人間を至急取り立てて、北部の屈強な男たちを前に、背後からカラーによる弓と魔法の援護という軍隊化を臨時で行った。その最大の理由は両国家に対する対応だった。なお女王ウル・カラーは解体事業を進める為に身銭や私物等を全て売り払ってまで資金源として投入する様子を確認されており、その様子から部下たちからの人気は高かった。

 

 

NC330年

 

国家状況報告

 

≪≪≪≪≪≪≪≪

 

『敵を! 見て! 戦争しろつっただろ!! 魔軍と戦えよ!』

 

 国家解体事業、進まず。聖獣オロチが新たな浮遊大陸、JAPANを生む。だがその混乱の中で部下が暴走、隠れ里を作る為の筈の資金を国家を運営する為の資金に回す事で国家の解体が遠のいた。常識的な政策と本人が言う政策の数々は先進的ともとれるものであり、また民あってこその国家という考えのもと、無理に事業を進めず、まずは生活を安定させつつ進めるという無茶をやっている結果人望が生まれ、それが裏切って国家の運営を続けようとするので一種のドツボにハマっていた。なおJAPAN誕生の混乱の中で再び、国家間の戦争が開始。今度は備えていたカラー防衛隊の手によってひたすら罠にハメて撤退戦術を繰り返す事で損害を減らして撤退に追い込む。ここまで来るともはや慣れたものもあった。

 

 

NC340年

 

国家状況報告

 

≫≫≫≫≫≫≫≫

 

 ザビエルダーク発生。魔人ザビエルが襲撃する。ザビエルとの戦いの為にウル・カラー・及びハンティ・カラーは数か月に及び超長期防衛線を展開、少数精鋭による遅延戦闘を繰り返す事で戦線を進ませず、常に停滞させて戦闘を進めない事で対応する他、捕獲したハニーを盾にする事でザビエルの魔法に対処する。それに便乗する様に多数の国家が襲撃、カラー人口の5分の1がザビエルダークに便乗した国家侵略によって死亡、拉致、狩られる。カラーの王国は大きくその力を減らし、他の国家から狙われる立場となる。また、1年間続いたザビエルダークは最終的に魔人ケッセルリンクの介入によって終了する。魔人ケッセルリンクと魔人ザビエルの間で発生した会話は不明、しかし唯一理解されているのは魔人ケッセルリンクは時折、不幸な女性を助けに来るという話であり、今回のカラー虐殺に際して自身の元の種族、そしてそのザビエルダークの余波として発生したカラー虐殺に対して介入したという説になる。

 

 

NC350年

 

国家状況報告

 

≪≪≪≪≪≪≪≪

 

 東西両国の国王、暗殺。真相を知る者はいないものの、ほぼ同時期にダークの影響で虫の息となっていた国家を攻め込んだ2国、その王が同時に死亡した。それと同時に軍事拠点に爆破と隊長、将軍格のみを集中的に狙って連続暗殺が発生する。これにより一時的に軍事が完全崩壊、3国家全てが疲弊する。だがその中で元々攻められ慣れていたカラーの国が即座に立て直す。徐々に国家の端からカラーの姿が消えていく。

 

 

NC360年

 

国家状況報告

 

≫≫≫≫≫≫≫≫

 

 国家解体完了。国王暗殺と将軍暗殺で東西の国家が混乱している間に事業は完了された。これによりカラーの王国というものは最後の女王ウル・カラーの手腕だけを残して歴史に二度と国という形を見せる事無く消え去る。この後に、両国家は残された大きな土地をカラーを求めて奔走し、衝突し、そして勝手に争って滅ぶ事となる。

 

 

NC450年

 

国家状況報告

 

≫≫≫≫≫≫≫≫

 

 隠れていた一部のカラーが決起。再びカラーの王国を目指そうとするが、カラーの価値を知った人類によって見つけ次第狩られるというありさまに。国家という枠組みによる守護がなくなった今、人類によるカラー狩りが本格的に始まる。見つけ次第カラーを犯して狩るというのが一種の一般的な認識となる。このため、カラーが表舞台に出て来るような事は極端に少なくなる。

 

 

 

 

「ま、こんなもんか」

 

 ゴーグルにスカーフを装着した状態で、魔法を使った状態で額のクリスタルを隠している。これで自分がカラーであるとは見ただけでは解らない。これを見抜けるようなやつは高度な魔法技能を保有した奴に限るだろう。未来で自由都市と呼ばれる地域、その中にある大きな都市の一つ、その広場で新聞を足を組みながら浮かべて頁をまくっている。手を使わずに頁をめくるもので、一種の大道芸の様な光景からか、軽い視線を集めている。魔法を発動させて声が届かない様にしているので、どれだけ声を零そうとも問題はない。防諜用に開発した魔法の一つだった―――ハンティが。やっぱ魔法のLv3技能は恐ろしいなぁ、と思う話だった。こいつ、何時の間に《瞬間移動》を開発してたんだろうか。俺もほんと使いたい、《瞬間移動》。ただ時空干渉系統の魔法は完全にLv3系統の特権なので、自分では駄目だ。根本的な魔力も足りない。

 

 まぁ、俺は俺で《槌戦闘Lv3》あるからそれで我慢しよう。勇者王も足りないものは勇気で補えと言っている。

 

「姉さーん。アイス買ってきたよ。珈琲味の」

 

「お、待ってました」

 

 ベンチで座りながら新聞をめくっていれば、ハンティが戻ってくる。此方も今はカラー迫害の強い時代である為、クリスタルを魔法で隠している。それ以外でカラーを判別しないから、雑っちゃ雑だよな、とは思う。まぁ、カラー狩りはGL歴が始まれば人類そんな余裕もないし、問題はないだろう。

 

 いやぁ、ジルは本当に怖いなぁ……。

 

 全人類家畜化完了を数年で成し遂げるってなんだろうね、本当に……。

 

 未来の恐怖に震えながらハンティからコーンに乗った珈琲アイスを貰い、それを一口食べる。この甘さと苦さが好きだ。やっぱり旅をしたときはそこでなんか、現地のモノを食べたいよなぁ、と思う。こっちは珈琲豆が結構いいのがあるらしいので、袋単位で購入するのも悪くはないのかもしれない。

 

「ハンティは何味にした?」

 

「私? ライチ味。中々美味しいよ」

 

「どれどれ……お、ほんとだ」

 

「そっちは……んー、好みじゃないかなぁ」

 

 そうかなぁ? 珈琲の味もいいぞぉ? ただし紅茶も楽しい。紅茶も珈琲も、それぞれ楽しめば良いのに派閥だなんだ、と争うのは馬鹿々々しい。美味しいものは全部それはそれとして楽しめ、というウル・ガルティア派閥を是非とも見習ってほしい。食に関する事で大体の意見はガルティアと納得できるが、未だにスラルのドラゴンさえ腹を壊す毒料理を美味しい美味しいと食う事だけはギャグ補正かなにかで乗り越えてるんだと信じさせて欲しい。

 

 試しにノスお爺ちゃんに食わせたらそのまま昇天しかけたし。あれ絶対おかしいよ。

 

「んー、こっち来ると日差しが丁度良いなぁ」

 

「あっちは暑かったからねぇ。あったかいのはいいけど、流石に暑いのはねぇ」

 

 アイスを舐めながら新聞を浮かべていれば、ハンティの視線が新聞の方へと向けられ、カラーの殺害事件の事を捉えたらしい。アイスを食べる手を止めた。そして口を開こうとして、

 

「必要だった」

 

「……でも」

 

「必要だったんだよ、犠牲は。なるべく犠牲の出ない方向に軟着陸させたけど、ここら辺が俺の限界かなぁ。もう二度とやらねぇけどな」

 

 まぁ、なんというか、

 

「人は考える動物だよ」

 

「……考える動物?」

 

 そう、一番簡単に表現するならそれが楽だ。だから考える動物だ。

 

「賢い動物だから経験さえすれば大体の事は理解してくれる生き物でもあるのさ。だけど同時に、出血してまで経験しなきゃ学習しない愚かな獣でもあるのさ、人も、俺も」

 

 俺も、色々と経験してきた。狂気、苦しみ、涙、助け、変革。そういうものを一つ一つ、少しずつ経験して行くことで人間として熟成されて行くのだと思っている。俺も少しずつ、本当の意味で大人として、そして一人のウル・カラーという存在として、この世界に立つようになってきている。だからいつかはルドラサウムとも―――いや、今はこれはいいだろう。

 

「カラーの歴史は人類に比べたら浅いんだよ」

 

「それは……うん、解る」

 

「やっちゃいけない事を経験しない限りはどうしようもないんだ。人類は人類でスラルとナイチサを経験しているから、大体やっちゃいけない事ってのが解ってきた。だけどカラーは今まで、歴史の表に出て来る事がなかった。そしてこいつだ」

 

 額を叩く。無論、クリスタルの事である。

 

「俺が抑え込める範囲で何とかなっただけ幸せだと思った方がいいぜ。まぁ、何もかもが救える程この世界は優しく出来てないしな」

 

「言いたい事は解るんだけど今一そこら辺納得いかないんだよねぇ」

 

 まぁ、気持ちは解らなくもない。すっきりしないと言えばそうだろう。結局のところ、俺だってザビエルダークが原因でカラーの被害を予想よりもかなり多く出してしまった。その時に狩られたクリスタルは暗殺ついでに回収できるだけしてきたが。それでも使われたクリスタルや、行方不明のクリスタルなどは見つけられていない。俺のミスだし、出来る事なら狩られたカラーのクリスタルは全部回収したい所ではある。

 

「姉さんのそういう割り切れる所、私は羨ましいな。政治とか、誰を切って捨てるとか、そういう判断がちょっと苦しいかな」

 

「別に、全部自分で出来る様になる必要はないんだよ。お前だって《瞬間移動》とかいう反則技持ってるじゃねぇか。俺だって出来たらそれが使いたいわ」

 

 だけど出来ない。人は完璧ではない。出来る事と出来ない事がある。

 

「だから姉妹で協力できるんだろ?」

 

「うん、そうだね」

 

 まぁ、俺もそうやって誰かに助けを求めるというか、考えるのに至るのに物凄く悩んだ。物凄く悩んだ結果泣いて助けを求めてしまった。今でもたまにネタにされてからかわれるので翔竜山の連中はマジで一回殴り飛ばしたい。

 

「ま―――これは終わったことだ。あのクッソ忙しい火の車経営、もう絶対に二度とやらないって誓わせるには十分な50年間だったわ」

 

「最初は10年の予定だったんだけどね」

 

 何だよ、貴女こそ理想の女王です! って、そんなリアクション求めてないんだよ。サンドバッグ代わりにマッハ呼び出してみたら大爆笑してたし。絶対ハーモニットになって見てただろお前。何だよ、国家解体用に隠れ里建設資金を回してみたらそれが国家運営の為に循環されてたって。俺そんな事一度も求めてなかったんだけど。さっさと国家を解体したかっただけなのに玉座に押さえつけようとするのほんとやめて欲しい。

 

 ちょくちょく煽りに来るスラルが割とイラっと来る。

 

 あいつの魔王時代の苦労、今なら解るかもしれない。あの苦しみが10倍の長さで続いたと思うとそら苦しいだろう。

 

「ま、漸く待ちに待ったフリータイムだ」

 

「ずっと解放されたがっていたもんね」

 

「ケツが玉座にくっつくかと思ったぜ……ま、今ではいい思い出だけど」

 

 しっかり落ちまでついてくれたし。そう思いながら新聞を閉ざす。とりあえず、必要な情報はこれで大体確認できた。やっぱり一番近い地域で調べものするのが一番楽だというのがこれで分かったし、これで大体の状況も解ってきた。

 

「で、これからはどうする予定なの?」

 

 アイスを片手に、ベンチから立ち上がりつつそりゃあ勿論、とハンティの言葉に答えながら笑った。

 

「Go East、東の果てで新たな冒険が俺を待っているぜ」

 

 折角世界が拡張パッチで広がったのだから、それを確かめないなんてとんでもない。原初のJAPANの様子、折角だから存分に楽しむ為にも遊びに行かせて貰うに決まっている。

 

 団子。妖怪。オロチ。鬼。三種の神器。そして和服。

 

 楽しめる要素は腐る程あるんだ。

 

「ここしばらく忙しかったのをぱぁっと遊ばせて解消させて貰うぜ」

 

 なに、自分がどう生きるかを選ぶのは自由なのだから。




 国家解体事業達成。

 優秀な結果、中々部下の方が解体させようとせず無駄に長引くとか完全に逆に笑う連中がいたとさ。次回からはJAPAN漫遊かな? まだまだ若いJAPANだけど。


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460年 JAPAN 天満橋

「ガ! ン! マ! レイッ!」

 

 右腕を突き出した上で薙ぎ払う。放たれた重力属性の破壊光線が地表を薙ぎ払い、その射線上の存在全てを捻じ曲げながら粉砕して殺害する。それによって地表で暴れていた鬼が一掃される。ふぅ、と息を吐きながら地表の穴から這い出てこない鬼の姿を確認する。《ガンマ・レイ》もこの数百年間でだいぶ改良出来た。詠唱に掛かる時間も今では2秒以下にまで短縮できた。その代わりにもう、ほとんど専用レベルにまでカスタマイズされてしまったが。まぁ、自分以外にこんなゲテモノ魔法を使おうとする存在は居ないし、別にいいのだ。

 

「《火炎流石弾》……ここまで混沌としていたんだね、JAPANってのは」

 

 二級神アマテラスが天満橋をかけてからまだ10年、天満橋の上では交流が始まったばかりの少数の商人などの姿が目撃出来る。だがそれよりもJAPANの方から突撃して来る鬼が問題だった。JAPANから大陸の方へと飛び出してくる姿を思わずハンティと共に薙ぎ払ってしまった。JAPANといえば温泉もあるから適当に掘って楽しもうと思っていたのに、見た感じ、それどころじゃない、という感じがあった。

 

「地獄と直通したって話は知っていたけど、ここまで鬼が溢れているってのはちょっと初耳だったな……。天満橋周辺のモロッコは温泉地帯だから温泉宿でゆっくりしようと思ってたんだけどなぁ」

 

 ちょっとこれ、滞在するの難しくないか? と天満橋に攻め込んできた鬼を一掃し終わってから呟く。数は少なく40程度の小規模な集団だったが、それでも鬼の体格と能力が集団で襲ってきた場合の事を考えると、確かに普通の人間には脅威になるだろう、と片手で頭を押さえながら呟く。そうやってどうしたもんか、と考えていると此方へと走ってくる袴姿に腰に刀を差した、侍の姿が見える。

 

「これは大陸の方々、お手を煩わせまことに申し訳ないで御座る! 天満橋は我ら護衛団の受け持ちで御座ったのに……」

 

「気にしなくていいよ。私らだって目の前で困ってる人が居たら見過ごせるわけじゃないし」

 

「そーそー。ま、困ったらお互い様って奴だ。これで感謝してるならここで一番いい温泉宿がどこか教えてくれればいいよ。それで許す」

 

 こういう恩は、早めに此方から何らかの要求をしておくと早めに解消できる。要求しない方がこじれるので、ここは軽めの要求をして恩に報いた、と思わせるのが知らない人との関係はスムーズにいく、というのは長い年月での経験だった。それに侍は素早く了承をくれて、温泉宿まで案内される事となった。ちょっとだけ不安だったが、この時代にもちゃんと温泉宿は存在していたらしい。その道中に、ハンティが口を開く。

 

「鬼の被害ってのは酷いものなのかい?」

 

「そうで御座るなぁ……拙者は他の地域に行かぬ故、噂話しか聞かぬで御座るが、それで良いのであれば……」

 

「あぁ、どうぞ」

 

「うむ。拙者が聞いた話、どうやらJAPAN各地に大穴が発生しているようで、それが原因で鬼がわんさか這い出ているようで御座る。これが物理的に封じてもしばらくすると中級の鬼とかが出現してそれが物理的に封鎖した穴を破壊して出て来るとかで、困っているようで御座る。此方はまだ、大陸の戦士や護衛団があるからマシで御座るが、死国は大穴がある他、大鬼がいるとかで被害が酷いと聞いているで御座るな……」

 

「結構酷いもんなんだね」

 

「とはいえ、穴を物理的に塞ぐ事以外に今は特に対策もないで御座る。最近は【天志教】と呼ばれる宗派がなにやら鬼の穴を僅かではあるが一時的に封じる事を可能とした、という話もあるで御座る。これが真実ならJAPANの未来は明るいで御座るなぁ」

 

「……【天志教】か」

 

 頭の裏をぼりぼりと掻く。

 

 ……正史よりも早く出て来たのは俺がレガシオに事前にJAPANの事を伝えてたからか。

 

 おかげで悪魔の初動が早い。AL教を真似て、宗教という形を取る事で信仰を集め、知らない内に魂を搾取するシステムを構築している。となると既に月餅が居るのだろうか? いや、アイツは恐らく藤原石丸が契約する悪魔だから、それまで登場する事はないだろう。となると別の悪魔が今は天志教の指揮を執っているのかもしれない。どちらにしろ、JAPANはこれ、手を出さなくてもどうにかなりそうだ。何でもかんでも手を出そうとしてしまう、暇潰しのネタを探す自分の性格、どうにかしなくてはならないのかもしれない。

 

 まぁ、それはともあれ、侍の案内で温泉宿までやってくる事が出来た。天満橋を超えた向こう側、JAPANでは【モロッコ】と呼ばれる場所である。この地域には多大な期待をしているから、本当に頼んだぞお前。信頼しているからな。マジで。最近、自分の意識が徐々に女に寄りつつあるの自覚しているんだから本当に頼んだぞ。お前がラストホープだからな……?

 

 そうじゃなきゃ本気で神の扉を攻略するハメになる。なお2週目。

 

 そんな事で温泉宿―――というより旅館に滞在する事になった。鬼を片付けたので多少のサービスは入るものの、やはり値段はそれなりのものがあった。とはいえ、カラーの王国を解体する時に余った金は両手で掴み取れる分だけ持ってきたので、それなりの懐の余裕がある。数十年程度の滞在であれば何も問題なく暮らせるだけの余裕があるのは確かだった。数百年は流石に無理だが、というか藤原石丸の活躍が始まる頃にはどっかで大人しくしている予定だった。

 

 ともあれ、折角JAPANに来たのだ、モロッコの件もそうだが、それとは別になるべく楽しみたいのだ。

 

 久しぶりの、何も考えずに遊べる時間である。

 

 

 

 

「いやっほぉぅ! 温泉であーるぅ!」

 

 体をしっかりと洗ってから手ぬぐいを頭の上に乗せてから足の先からゆっくりと波紋を立てないように温泉の中に入る。水滴が跳ねない様に気を付けつつ、全身を包む温泉のその熱! 自分では普段調整しない様な風呂の温度、この一般的ではない感じがあぁ、温泉に来たよなぁ……って感じが実にする。やはり風呂は良い文明、もっと盛り上がれ。自分の家にも風呂は入っているのだが、魔法とかを使って作った風呂もどきなので、やはり温泉の天然の心地よさには負ける。

 

「あー……やっぱこれだよ、これ。これが良いんだよ……」

 

「うーん、そんなに良いものなのかなぁ……」

 

 ハンティが同じように体を洗ってから入ってくる。温泉の中に入り、身を休ませるが、首を軽く捻っている。うーん、やっぱり風呂文化って西洋系にはウケが悪いのだろうか……? 個人的には風呂とか物凄い好き、というか1日1回は風呂に入らないと気が済まないレベルなのだが。なお、風呂がなかった時代は水浴びで済ませていた。

 

「うーん、確かに温かいのは温まるし、気持ちいいけど体を洗うなら水浴びでも別にいいんじゃない?」

 

「解ってねぇなぁ……魂が求めてるんだよ……」

 

「魂が」

 

 解らないかなぁ、と肩までつかり、足を延ばし、額に乗せた手ぬぐいが落ちない様に調整する。湯の中に自分の胸が浮かんでいるのが解る。巨乳ってマジで浮かぶもんなんだなぁ、っとこう見ていると思わされる。感動もあるけど、こうやって女の体というモノを見てると、自分の体にある変化を自覚させられる。

 

 そこに嫌悪感がない辺り、女という生物に少しずつ、感覚が追いついてきているのだろうと思う。昔の様にはしゃがなくなったのは、単純に体に慣れて、そこまでして否定するもんでもないなぁ、と思い始めている部分も実際にはある。段々と男としての自分が削れて行くのを年々感じている。

 

 ……いや、或いはそれこそが本当は正しいのだろうと思う。

 

 そもそも男としてではなく雌―――今では女としての命を受けているのだから、だからその本能に従うのが天命なのであろう、とは思っている。

 

 風呂場の縁に背中を当て、そこに片腕を乗せて足を延ばし、体を伸ばしてくつろぐ。仕切りの向こう側にはJAPANに咲く桜の花がその姿を芽吹かせているのが見える。あぁ、もうそんな季節なのか、と思いながらサクラの花びらが風に乗って運ばれてくる。それが水面の上に漂うのを眺めながら、ふと、無言になって湯の暖かさを感じていた。

 

「姉さん?」

 

「……ん? ん? どうした?」

 

「ううん……なんでもないよ」

 

「そうか? まぁ、なら、いっか」

 

 息を吐きながら静かに湯船に浸かる。生まれがKuku1800年ぐらいだっけ? そっからAVまで200年。そっからAVが700年近く。更にSSが500年。そしてついにNCで400年は経過している。つまり現時点で既に1800歳という訳だ。なんか、頭の悪い小説のキャラクターになったような気分だ、こうやって自分の実年齢を確認すると。良くこの長い間に完全に狂わず、忘れずに世界を歩き続けられるもんだと思う。この世界、意外と思ったよりも狭いのに。

 

 湯の中で浮かぶ自分の胸と肢体を見る。自分の体だ。大体900年間世話になった体だ。もう既にドラゴンであった時代と、人間である時代とも拮抗したころだった。だいぶ、色々と慣れてきたよなぁ、と思う。

 

 髪の手入れとかカミーラに教わった。全くケアとかしていないのを知ったカミーラが軽くキレて、魔王城でトリートの仕方を教えてくれたのが始まりだったような気がする。SSの頃は割りとのんびりとしてたよなぁ、と思う。それ以外にも女の体との付き合い方とか、大体教えてくれたのがカミーラだったりする。

 

 100年間は自分であーだこーだと色々やっていたが、ヒューマン姿のドラゴンであるカミーラがやはり、そういう肉体的な部分では先輩だった。思えばアイツ、そこまでは悪くないんだよなぁ、と思っている。仲良くさえなれれば別段、問題はないのだ。問題があったのは彼女に対する扱いなだけで。

 

 まぁ、そこだけはマギーホアを肯定できない。国家としては必要だったけど。

 

「女、か」

 

「どうしたの?」

 

「いや……こうやって自分の体を見ているとな、それを嫌って程認識されるって話だよ」

 

「心は男……なんだっけ?」

 

「そ、心と魂は男だ……男の筈なんだけどな」

 

 揺らいできている。女の裸を見た所で思う様な事はないし、心で勃起するような感じもなくなってきたし。それよりもなんと言うか、愛しさの様なものを感じる。母性かなぁ、とそれを思っていたり。誰もがそのままではいられない、という話でもあるのだろう。最後の希望にモロッコに来たという事もあるのだが、

 

 これでダメなら……今ならすっぱりと元に戻る事を諦められるかもしれない。

 

 とはいえ、依然、不感症というか、発情できない体で今まで一度も性的な興奮を感じた事がないのは事実なのだが。今でもまだ、体で興奮する事が出来ない。魂と肉体の不一致が未だに続いているという話なのだろう。それが一致した時には……やっぱり、女として自分を認められるのだろうか?

 

 恋は……ちょっと難しいかもしれない。そこら辺の異性感覚は抜けない。

 

 だけど愛ならちょっと出来るかなぁ、と思う。そもそもからして、自分より若い世代の連中は皆可愛いし、愛している様なもんだ。

 

「はぁ……悩まされるけど楽しい日々だ」

 

 呟き、ぶくぶくと口元を沈めて息を吐く。楽しい、本当に楽しい日々だ。苦労している事だって結局は楽しんでいるのだから問題はない。いや、確かに虐殺された時とか、ザビエルダークの時は本気でキレたのも事実だが。それでも国家解体事業、未経験の事で本当に楽しかったと思える。国家を存続させようとした連中は全員パンツ引きずり落としてお尻ぺんぺんしてやったが。

 

「ふぅー……この先も見た事の無い景色で溢れてればいいんだけどなぁ」

 

「あー……そっか、未来の事が解るんだっけ?」

 

「あぁ。おかげで歴史から外れる様に動かなきゃ大体既知だよ」

 

 そこだけがある意味、辛い所だとも言える。とはいえ、経験する事の楽しさもある。見て、感じる事は初めての事ばかりだ。そういう意味では楽しいだろう。

 

「―――ん?」

 

 え、いや、ちょっと、待て。少し待て。

 

 片手を顔面に抑えて呟く。

 

「……今、何を考えた?」

 

 言葉にしなかった言葉を繰り返す。思考の中に埋没した言葉を引き上げる。何か、今、何か天意の何かに触れた気がする。俺だけが気付けるこの世界に関する、何かを。今、それを確かに指が掠めたのだ。気付ける筈なのだ。考えろ、

 

 考えろ―――今、何を考えたのかを思い出せ。

 

「―――」

 

「姉さん? のぼせちゃった?」

 

 ハンティの声を聴きながら―――、一気に立ち上がった。

 

「ああああああ!? そういう事か!?」

 

 納得した。理解した。勢いよく立ち上がり、水を弾き飛ばしながら立ち上がった。残された片腕で顔を掴み、恐らくはほぼ、確実に、理解してしまった。

 

 ―――創造神ルドラサウムの心を。

 

 こんなの、誰も予想できないだろ。誰もが予想できない、だからこそ俺にだけ辿り着ける。事前知識、この世界の全てを知った上でないとどうしようもない。こんなの、本当にどうしようもないじゃないか。

 

 あぁ、だけど、理解すると本当に―――言葉を失う。

 

 ルドラサウムが、本当に俺の思う様な存在であるならば、それは、もう、

 

 笑い声と愛しさしか沸き上がってこない。

 

「は、ははは、ははは―――はっはっはっはっは!」

 

「ね、姉さん? 大丈夫……?」

 

 ハンティが心配そうな視線を向けて来る。だけどそれを笑い飛ばしながら心配する姿を片腕で引き寄せて、抱き上げて、抱きしめて、笑いながらくるくるとその回る。その様子にハンティが滅茶苦茶困惑するが、やがて足を滑らせて、もみくちゃになりながらそのまま湯船にどぼん、と倒れ込む。笑い声を堪え切れず、笑いながらそのまま空を見上げる様に浮かぶ。

 

「は、ははは……はは……あー……考えてみればそういう事か……」

 

 ぷかーん、と浮かびながら空を見上げ、笑い声を零す。

 

「なんだ……ルドちゃんも存外可愛い奴じゃないか……ははは……」

 

 あー……解ってしまった。たぶん答えであろう事が。直感的にそれが真理であると、捉えてしまった。だからこれで正解だ。それが解ってしまうとあの可愛らしくも何も知らない鯨が可愛く見えてしまう。

 

 あー……駄目だ。

 

 あの鯨が可愛く見えてしまった。本当に駄目だ。まだ憎いけど可愛さが先立ってしまう。

 

「あーあ……仕方がないか」

 

 呟く。ぷかぷか浮かんでいるハンティが抗議のパンチを脇腹に叩き込んできているのを受け止めつつ、呟く。

 

「鯨も世界も全部愛して―――やるしか、ないかぁ」

 

 まだ一歩。まだ自分には覚悟が足りてない。だけどその一歩を超えたら―――きっと、

 

 未来の為に、自分は歩き出せる。




 という訳でついに到着、JAPAN。

 あんまりそれぞれのイベント長くやるとランス君の出番までが遠すぎるから、大体一つの地域やイベントはなるべく短く3話前後で終わらせる事を目指してるのよねー。大きなイベントや時代は別として。

 ルドちゃんが本当に可愛くて可愛くて、そこら辺に母性出してる主人公。少しずつ女になってきている。


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460年 JAPAN 拠点フェイズ

「おぉ、この感触! まさに浴衣である!」

 

 旅館とかに置いてある浴衣、自分のサイズに合わせたそれを装着する。濃紺に白い模様の入った浴衣、その帯を装着して、脱衣所で着替えを完了する。姿見の前に立って、浴衣姿の自分を確認してみる。うむうむ、中々悪くない姿をしておる。胸が大きいから着物とは合わないかと思ったが、そうでもないではないか。髪は今回、アップに纏めておくか、と魔法を使って髪型をセットする。和風、髪を上げてセット。うむ、和装ならこれが良い。近くにお店があるならそこで色々と服装の方も購入しておきたい所だ。なにせ、和服なんてJAPANでもないと今は入手できない。状況からして一番防衛力があるのは大陸の人間もいる、モロッコ周辺から天満橋の周辺だろう。

 

 となるとお買い物をするならここしかない。ここにはアマテラスが持ち込んだ味噌があるのだ―――そう、味噌、ソウルフード。醤油も普通に存在しているし。そう考えるとやっぱり、JAPANに来てよかったと思う。ともあれ、姿見の前で1回だけ回転し、よしよし、と自分の姿を確認する。悪くない、悪くないぞ。ただ、

 

 乳袋の謎機構はこの世界の服装、共通なのか? 普通に胸が強調される様に服が変形している気がする。いや、胸が楽なのはそれで助かるのだ。とはいえ、流石エロゲ世界、乳袋は今の時代、服装のスタンダードなのかもしれないと思うと、ちょっとした戦慄に襲われる。でも良く考えたら乳袋あった方が可愛いもんね、そうだよね。でもTADAは眼鏡萌え。

 

「んー、こう結べばいいのか?」

 

「あー、駄目駄目。前が逆、逆。こっち向け。直してやろう」

 

 ハンティが浴衣の着方を間違えているので、帯を取って着付けを手伝う。こればっかりは知識がないとどうしようもない。ササっと着直させ、そして帯を教えながら結ぶ。そこまで難しくはない。一回覚えてしまえば後は一人で出来るだろう、この子は根本的に俺よりも頭が良いし。後顔も良い。即ち、最強である。ナチュラル発狂かな?

 

「うっし、こんなもんだろ。後はサンダルを履いて、旅館歩き回りセット完了だな」

 

「うーん、異文化だなぁ、これ……」

 

 ハンティは自分の浴衣セット姿に軽い違和感を抱いているようだが、元日本人としては物凄くしっくりくる恰好だった。だって俺、前世では室内で甚平姿で夏を過ごしていたりするのだから。アレ、通気性がいいからだいぶ楽なんだよね、と思い出す。まぁ、それはともあれ、武人で美人な姉妹がこうやってお着替えを完了させたので、

 

 風呂上りの珈琲牛乳を飲んで。外へ出て軽く、ショッピングへと連れ出す事にする。無論、財布はちゃんと持ってきている。それを忘れるような事はしない。それを片手に―――というか片手しかないのでそれで握って、外へと飛び出す。

 

「おーい! 早く来ないと置いてくぞハンティ!」

 

「あぁ、もう、こっち来てから本当に元気だなぁ!」

 

「がっはっはっは!」

 

 笑いながら旅館近くの歓楽街に突入する。

 

 天満橋の周辺は未来の戦国ランスやランス10等で目撃する程盛り上がってはいないが、それでも十分にこの時代のスタンダードとしては盛り上がっている。出店、商店街、客引き、大陸とJAPANという新しい繋がりを商売にしようという連中がこぞってここには集まっている。そのおかげで疑似的な街がこのモロッコ、天満橋の周辺には出来上がっているのだ。

 

 このヨーロピアンな、アメリカンなエセっぽさをJAPAN風に盛り込んだのは、なんというか……物凄く大阪を思い出す感じが近い。そう言う風にちかちか目立つようにそこら中出来てるので、見るものにはまさに飽きないと言える状態だった。見覚えのある景色が見覚えのない景色風にアレンジされて並べられていた。正直、これを見ているだけでも何時間でも時間を潰せる。だけどそれが目的ではないので、適当な商店に近づく。

 

「おっちゃーん、俺の様なかっこいい姉ちゃん向けの浴衣何着かない?」

 

「へいへいへいへーい! これは先に言おうとした言葉を取られちまったぜ……そこのかっこいい姉ちゃんと、いっしょに連れてきたまたかっこいい姉ちゃん、丁度君ら向けの良い感じのが色々とあるぜ」

 

 着物の上半身を片袖だけはだけさせた中年がキセルを咥えつつがっはっは、と笑う。一番最初に選んだ店は、店員の目に一切の邪気の気配を感じなかったからだ。長く生きていれば大体目利きの利く奴や、邪な考えを抱いている奴は一目見れば解る―――それこそ、余程隠していなければ。

 

 少なくとも人を見る目だったらこの2000年近い人生でだいぶ鍛えられていると思う。特にそうしなければあの王国は潰れてたし。まぁ、それはともあれ、ややかぶいた格好をしている店員の兄さんがやっている出店、というのか。そこに並べられている浴衣などを見る。

 

「姉ちゃん大陸の方の人間だろう? なのに良くちゃんと浴衣が着れてるねぇ。大抵の大陸の人は帯で間違えて歩いている間に抜けちゃったりするんだよねぇ」

 

「あぁ、あるある。慣れてない人だとなるよな、アレ。ちなみにハンティは放置してればそういうコースだった」

 

「!?」

 

 俺だって日本に居る頃は経験したわ。室内だったけど。ちゃんとやらないと歪んだり開いたりするから鬱陶しいんだよね。その代わりにちゃんと着ると全く動じないけど。それはそれとして、引っ張り出してきた浴衣を見てわーい、と騒ぐ。やっぱり、

 

「これを見ているとJAPAN魂が騒ぐ。うーむ、浴衣だけではなく普段着用の小袖や甚平欲しいなぁ……女性用甚平ってある?」

 

「あー……流石にちょっと需要の問題でねぇな。ただ欲しいのならこっちで注文してやろうか?」

 

「お、マジか」

 

「マジぜよ」

 

 それから値段交渉を軽く重ねながら、ハンティを引っ張って、二人で似合う浴衣をセレクトしてみると。自分はどう足掻いても、プラチナブロンドの髪が目立つので、それに合わせ少し暗い色を選べば、髪が目立つのでそういう色のを選ぶものの、ハンティの方は逆で、髪色が黒なので明るめの服を着た方が、可愛く映えると思うのだ。どうだろうか? カカカ、カミーラ大先生は俺のファッションセンスをどう評価してくれるだろうか? 難しい問題だろう。今度魔王城にテロしに行く時は是非とも確認しなくてはならないだろう。

 

 そこらへん、どうかなぁ、ルドちゃんは。ん? 盛り上がれば何でもいいかもしれない。

 

「毎度アリ。また来るのを待ってるぜ」

 

「まぁ、甚平の方あるしな! じゃあな。さぁ、飯の前に飯をしよう!」

 

「あぁ、止まらない……」

 

「止まらねぇぞ俺は……」

 

 ハンティの言葉に思わず古いネタを思い出してしまい、反応して口に出してしまって、笑う。アリスソフトさん、細かいネタは拾って採用していくスタイルだから、どっかで団長ごっこも見れるのかもしれないなぁ、と思いながら笑ってハンティを引きずり回す。まだまだ、飯の時間にはある。それでも日常がお祭り騒ぎの様なこの場所には回る所がたくさんあった。

 

「アカメフルトー! アカメフルトあるよー!」

 

「ぱちぱちー! ぱちぱちあるぞー!」

 

「刺身! イカマンじゃねぇぞ? 魚の刺身だ! デラックスマグロの刺身あるぞ!」

 

「射的―。射的してるよー。隣のくじはぼったくりだからやるなよー」

 

「ざけんな。俺が必勝と定めた宝くじが特等だぞ!!」

 

「誰か奴に現実を教えてやれ」

 

「今新聞確認したらアレ、一等でしたねぇ……」

 

 客が一気に群がってる。今、奇跡の瞬間を目撃したのではないだろうか? 馬鹿な奴はどこにでもいるんだなぁ、というのを理解させてくれる。それでも楽しい連中ばかりだった。幸せな気分だった。

 

 このルドラサウム大陸にはこういう馬鹿がたくさんいる。そう言う連中が馬鹿をやって失敗して成功して、その結果笑ってなんか、いい感じに1日が終わるのだ。その景色を眺めているのが、いつの間にか好きになっていた。

 

 果たして、それに明確に気付く様になったのは何時頃なのだろうか……。

 

 たぶん、カラーの女王なんて看板を背負って、皆の生活を見守るような立場になった時だったかもしれない。今までとは違う、一人の為ではない。自分の為でもない。皆の為に今を。スラルを助ける事から一歩先に進んだ広さ。そこで見えたものが、どうしても愛おしく感じられたのかもしれない。

 

 誰かが日常を楽しんでいる。笑って、泣いて、そして必死に生きている。その姿をずっと見つめているだけで、自分はどことなく楽しかったのかもしれない。いや、実際楽しかったのだろう。最初はこのルドラサウム大陸に生まれて、苦しかった。辛かった。何もかもが怖かった。だけど今になって思うのだ、

 

 あまりにも勿体ない、と。

 

 こんな楽しく、美しくも醜い世界から目を逸らして生きるのはあまりにも。

 

 勿体ない。

 

 

 

 

「まさかこういうもんが食える日が来るとはなぁ……おぉ、懐かしき匂い……!」

 

「うーん、初めて見るものばかりだけど……まぁ、姉さんが美味しいって言うなら大体問題ないか」

 

 カニ! 海老! タイ! 豆乳鍋! 白米! 味噌汁! この組み合わせがまさかルドラサウムで味わえるとは思いもしなかった。ちょっとした感動である。いや、嘘だ。かなり感動している。これだけでJAPANに来た事に関しては大体満足しているレベルでやばい満足感である。だってこの味、この味はもう、千年単位で味わっていなかっただけに、口の中に入れた瞬間にもう涙が出そうになってしまった。

 

 それを味噌汁と白米で飲み込みつつ、鍋を小さなお椀に移してからそれも食べる。やばい、やばい美味しいのだ。普通に美味しいのだ畜生。クソ美味しいよ認めてやるよ。

 

「うぅ、この肉味噌いい、素晴らしい……レシピ欲しい……白米に乗せて食べると超美味しい、ご飯進む……ハンティは―――」

 

 食べる前は生の魚に不安を見せていたり、まぁ俺が美味しいというのなら大丈夫とか言っていたハンティだが―――今、無言で全力で食べている姿を見せていた。箸を全く使い慣れていないのでフォークで突き刺しながら口の中へと運んで行き、カニをこっちが食べる姿を真似てちゅるちゅると啜って食べ出し、それで集中している姿が見える。その姿を見て苦笑し、

 

 こっちもカニを食べる為に一時的に無言になって殻を割る。あぁ、本当に懐かしいこの感覚。カニなんて本当に長い間食べていないし、この刺身の盛り合わせ、新鮮な魚を使っていて実に美味しい。刺身なんて大陸だとイカマンぐらいしかないから、魚の刺身とかこれ、結構レアなのではないだろうか?

 

 そんな事を考えていると、部屋の扉が開く。

 

「はい、お待たせしました。此方うし肉のしゃぶしゃぶですー」

 

「マジで!?」

 

「お客様には鬼を追い払ってくれたおかげで被害が少なかったので、感謝を込めてという事ですので」

 

「わぁい」

 

 美味しい飯の前では誰もが幼児退行する。仕方がない、だって美味しいんだもん。だがそれはそれとして、これらのレシピ、食べながらなんとか、何とか覚えたい。何とか覚えて自分のモノにしたい。大陸に戻った所でも自分で作れるようにしたい。特に味噌は大事だ。アレはJAPANにしかないものだから、此方で購入しておかないと味噌汁とか全く食べられなくなってしまう。その度にJAPANに買い付けに来るのも悪くはないのだが、それはそれで手間だ。

 

 もう、翔竜山で味噌を作ろうかなぁ、と悩むぐらいには魅惑の調味料だと思う。ありがとう、アマテラス。フォーエバー、アマテラス。お前の事大好きだよアマテラス。やっぱお前がナンバーワンだ。味噌の味に感動している間は本気で信仰する。

 

「呼ばれなくても参上! 我輩今信仰心の話を感じ取った故に参上したのだがなんと! これは実に美味しそうな料理が」

 

「《メタルライン》」

 

「《ガンマ・レイ》」

 

「あぁん」

 

 ザビエルダークで何度も盾として活躍してくれたマッハ、沈黙。窓を開けると無言のままハンティが窓からマッハを捨てる。そうやって振り返ると、いつの間にか三枚目の座布団が用意されており、そこに見覚えのある悪魔の姿が無言でカニの足を一本掴んで、それを折りながらちゅうちゅうと啜っているのが見える。

 

「これ……これにつけて食べると美味しいわね……」

 

「解る」

 

「だよな」

 

 マッハは汚らしい男なのでアウトだが、スラルは女子なのでぎりぎりセーフ。2人から3人へと女子会の規模を広げて、鍋を食べたりカニを無言で割り続けたり、しゃぶしゃぶで食べたり、JAPANという国に到着して最初に経験する夕食、それを心行くまで無言で集中して食べ続けた。

 

 美味しさ。その概念に国境はないのだと、カラーと転生者と悪魔という種族を超えたトリオで確信し合った。




 雑に扱われるマッハーモニット様。

 JAPAN料理というか日本料理。人生を更に楽しもうと決めたウルちゃ。ルドの真意とは? カニは美味しかったのスラルちゃん? マッハ様は盾にするもの。

 もうちょいJAPAN。それが終われば……?


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470年 JAPAN 作戦フェイズ

「ま、こんなもんじゃろ」

 

 モロッコ……というか旅館での生活がそれなりに気に入ったのでしばらく滞在している。料金を割引する代わりに定期的に現れる鬼を吹っ飛ばしてくれ、という依頼をこなしており、そのまま鬼を何時も通り魔法で薙ぎ払って消し飛ばす。赤鬼や青鬼などの雑魚はともかく、黒鬼クラスの鬼となると少しだけだが経験値が入ってくるレベルになるので、漸く久しぶりのレベルアップを経験していた。これでレベルは122になる。駄目だ、全然低い。いや、人類全体のレベルと比べればそりゃあ高いだろう。

 

 だが今の魔人四天王、ザビエル、メガラス、カミーラ、ケッセルリンク。この4人組とタイマンを張れるレベルには100程足りないし、魔王相手に真面目に殴り合うだけのスペックならレベル300は必要だ。ここら辺、どう足掻いても超えられない身体能力の差がある。レガシオの時は200を超えるレベルを確保できていたが、あれはマギーズブートキャンプの成果の上に、100年以上の時間を濃密に鍛錬に費やした結果だ。元々ドラゴン・カラーという種族である為、レベルが上がり辛いというのも問題である。実際、カラー王国解体時から既に100年以上経過し、何度も国軍とぶつかっていたのに結局、レベルは10程度しか上がらなかったのだから。

 

「しかしこの10年間鬼をしばき続けても10レベしか上がらんか。地獄出身だからもうちょい経験値美味しいかと思ったんだけどなぁ」

 

「俺はねーちゃんが10年もここに留まっている方が驚きだぜぇ……」

 

「そーか?」

 

 中級広域重力魔法、《圧爆》で鬼を上から押し潰して始末し終わった所で、天満橋に拠点を置く露店の兄ちゃんに視線を向けた。俺としては10年経過しているのに歳を取らない露店の兄ちゃんの方が不思議でならないんだが。なんか、特殊な種族なのだろうか? まぁ、それはそれとして、

 

 そう、

 

 モロッコに滞在して10年である。

 

 ドラゴンの時間感覚は実に長いので、10年ぐらいのんびりしてても人間で言う昼寝の感覚に近いものがある。とはいえ、5年目でハンティは各地のカラーの様子が気になるのか、飛び出してしまった。ちょっと寂しいが、それでもあのフットワークの軽さで面倒見の良さは未来にまで続く美徳の一つさ。止める事もせずに、JAPANから飛び出す姿を見送る事にした。その間、自分は翔竜山に戻る事もなく、モロッコで鬼を相手に護衛を続けてひたすら旅館と温泉を楽しみ続ける生活を継続していたが。

 

 そろそろ、経験値効率が悪くなってきたので、作戦を変える必要があるかもしれない。

 

「しっかし姉ちゃんは馴染んでるなぁ……本当はJAPAN出身じゃないの?」

 

「魂の故郷はジャパンだよ」

 

 日本的な意味で。ともあれ、JAPANってこのままずっと鬼に未来まで襲われ続けているのだろうか? その状態で身内で殴り合っているとか軽くお前らすげぇよって言いたくなる。流石修羅の国。とはいえ、そろそろ経験値が欲しくなってきた。ここ10年は温泉でだらだらしているのは特にイベントがないのも事実だが、カラー王国の疲れを癒すのも理由の一つである。本能的にだらだらとするのが嫌いじゃないのだ、俺は。元がインドア派だし。

 

 ハンティはそこら辺、根っからのアウトドア派だ。どう足掻いても走り回っている方が落ち着くタイプだから、そこだけはどうもウマが合わない。俺はイベントさえなければ大体、のんびりゆっくり温泉生活でもしていたいのが本音だが、後数百年で藤原石丸の誕生とザビエルの再活動を考えると、今のレベルでは少々苦しいだろう。

 

 ……いや、目標はザビエルじゃない。

 

 一番の目標はナイチサだ。

 

 魔王ナイチサ。最も狡猾で最も残虐だと言われた魔王。アレに自分は絶対に会わなくてはならない。そして場合によっては()()()()()()()()()()()()()()()()。《無敵結界》を保有するガルティアかケッセルリンクが手伝ってくれればまだ、《無敵結界》破りの奥義を生み出す為の練習が出来そうだが、今の状況と環境では難しい。

 

 レメディア・カラーちゃん生まれてこない? 生まれてくれない? カラー環境改善したから生まれて欲しいんだけど。君の《バリア破り》が割と切実に死活問題なのである。

 

「んー……これはやるっきゃないか」

 

 浴衣の裾をちょっと叩いて伸ばしつつ、呟く。そろそろ経験値が欲しい所だし。目標はレベル250だ。それだけあれば最低限、ワンパン入れて逃げるだけの余裕はある。何せ、魔王の子達の最終的なレベルがそこら辺だった記憶があるからだ。魔王ランスという《剣戦闘Lv3》持ち相手に数人で戦えるのが250レベルなら、そのラインを確保すれば……まぁ、種族補正でどうにかなるだろう。

 

「お、姉ちゃんついに動くのか?」

 

「おうよ、流石にそろそろ動かないと体が鈍っちまうからな」

 

 サムズアップを向けながら、考える。

 

 ―――そろそろハンティから姿をGIまで隠したほうがいいのかもしれない、と。

 

 義姉として接して色々可愛がってしまったが、それがあの子の成長を阻害する原因になっているかもしれない。最終的には正史通りの強さを持ってもらわないと困る部分もあるので、試練を叩きつけるか、或いは彼女に対する助けを止めるか―――或いは敵に回ってみるのも面白いのかもしれない。

 

 どちらにしろ、何をしても人生は楽しい。更に楽しくする必要があるし、未来に向けて備える必要もあるのだ。それにはまず、強さが必要だ。あまり、マギーホアに頼っているのも困るし、ある程度は自分の力でレベルを上げておくのが悪くないだろう。という訳で、

 

「着替えたらお出かけするか……」

 

「どこに行くんだい?」

 

 不思議と歳を取らない露店の男にサムズアップを向ける。そして一言で自分の行き先を告げる。

 

「死国」

 

 

 

 

 死国―――つまり地球で言う四国である。この場所が今、JAPANで一番大量の鬼を保有している事にはシンプルな理由があり、JAPANに地獄への穴が開いた時、一番大きな穴を生み出されたのがこの死国になるのだ。そして同時に、そこから大量の鬼が発生している、JAPAN各地にも穴は存在するのだが、それでも死国にあるのは特大のそれだ。つまり、それだけ大量の鬼が死国には徘徊しているという事でもある。

 

 そう、つまりは経験値である。

 

 大量の経験値である。

 

 殺しても殺しても文句の言われない命である。そもそもエンジェルナイトがちょくちょく出動しては鬼を殺しているという話がJAPANにはあるので、鬼殺しは合法なのである。

 

 そういう事もあり、将来的なレベルアップを見据えて今は一番POPが美味しい死国へと真っ直ぐにモロッコから旅立った。服装はこの為に買った紺色の蒼袴に白い小袖に着替え、髪型はJAPAN風にハイポニーで纏めてある。これをセラクロラスのリボンで纏め上げ、何時も通りに斥力跳躍を織り交ぜた虚空歩で何度も加速と跳躍を繰り返しながら地形を無視して死国へと向かった。

 

 このウル様に行けない場所等ないのである。

 

 と、駆け抜ければJAPANという土地そのものが狭い事もあり、結構あっさりと目的地に到着できる。死国の端へと到着すれば、

 

 早速、鬼が二人、女を一人両側から犯しているのが見える。逸物を陰部に突き込んで犯しつつ、もう片方がそれを口に叩き込んで、女が全裸でえづきながら犯されている。流石ルドラサウム大陸、開幕レイプで歓迎してくれるとはやっぱこの世界らしいわと思える。

 

「お、女―――」

 

「それを遺言と見たァ!」

 

 勇者王を取り出して死国の大地を踏みしめながら、一薙ぎで赤鬼二体の頭を吹っ飛ばす。ホームランの様に遠くへと吹っ飛ぶ鬼の頭にたーまやー、と叫びながらいい感じに空に上がった所で《ゼットン》を放ち、それを汚い花火にする。空に此方だぞ、と周囲の鬼に対してラブコールを送れば、興奮気味の鬼が何十体と出現してくるのが見える。

 

「おい、女だ女」

 

「新鮮な女だぞ。中古ばかりで飽き飽きしてたんだ」

 

「へへ、馬鹿な女だぜ」

 

「うーん、このテンプレ的な感じ。敗北すればCG回収かな? だが残念、このウル様に敗北CGは実装されていないのである」

 

 首元に掛けていたゴーグルを装着しつつ、がおー、と脅しながら左の黒腕を生やし、重力斧を生み出す。それと勇者王で斧鎚二刀流を完成させる。踏み込みの足で大地を砕いて軽いクレーターを生めば、それに鬼が一瞬、動きを止める。

 

「ウル、あたたった―――っく!」

 

 なので、そのまま、薙ぎ払って消し飛ばす。数十程度の鬼であればレベル差のごり押しで十分どうにでもなる。必殺技を適当に放って集まった鬼を正面の大地、そして邪魔だった木々諸共吹っ飛ばすように消し去りつつ、後ろで倒れている女を一瞥する。どうやら既に限界だったようで死亡していた。

 

「うーむ、ダクファンだなぁ。このウル様でも世界観だけはどうにもならぬ。だからルドちゃんに戻ったら幸せな夢を見てろよ」

 

「まぁ、魂は私がもらうんだけどね」

 

 スラルが一瞬だけ出現し、死亡者の魂を回収すると悪魔界へと戻って行った。流石にこの流れでそれは卑怯じゃないだろうか……? ちょっとずるいぞ、スラルちゃん。心の中でそう呟きつつも、死国の大穴へと向けてそのまま跳躍して移動する。多く見えるのは赤鬼や青鬼だらけで。定期的に女を探すか、或いは殺す相手を求めて徘徊しているのが見える。

 

 それらを道中、サクッと殺害して経験値にしてしまう。塵も積もれば山となる。どんどん殺して経験値を溜め込んでおく必要がある。なので鬼を見かけ次第、それを近づかず、魔法で遠距離から狙撃して殺してしまう。どれだけ身体能力が強くても光線系の魔法は光速だ、放ってしまえばもう回避できないから後は種族スペックでごり押しすれば問題もない。

 

 赤鬼、青鬼、ともに雑魚だ。黒鬼も中々高いスペックをしているものの、レベルが100を超える相手と戦うには間違いなく力不足だ。《ガンマ・レイ》を放てば美味しい経験値に一撃で変わってくれる。そうやって殺して行けば行くほど、この死国から人の気配が消えている事を理解させられる。やっぱり、鬼が暴れた結果、軽く死滅している可能性が高いのだろうか。

 

 まぁ、どちらにしろ、好都合ではあるのかもしれない。

 

 死国を鬼の多い方へと移動する。数は段々と増えて行き、50を超える鬼が更に増えていく。その数が200を超え始めた所で流石に、皆殺しにしながら進んで行く事に躊躇を覚える。魔力切れによって途中で倒れる可能性を考慮して、だ。

 

 故にある程度死国を進んでからはステルス移動に切り替える。時間差で爆発する魔法を軽く仕込み、別方向へと設置しながらそれを爆破させ、鬼の気を其方へと反らしつつ、光属性の魔法でクローキングを行う。得意な属性が光と重力である為、クローキングするのはそこまで難しくはない。

 

 忘れられがちだが、光属性も得意なのだ。

 

 そうやってスニーキングしつつ見える黒鬼だけ暗殺して処理し、奥へと進んで行けば、やがて死国のお口、鬼たちの溜まり場へとやってくる。

 

 そこでは人間が千切られて遊ばれたり、内臓をロープ代わりに遊んでいたり、女を犯して交換したり。品評していたり、と、見た目からして品のない行いをしているのが見える集団が広がっていた。LPの魔軍と割とどっこいな状況だよなぁ、と鬼たちの姿を隠れながら眺め、

 

 その奥にあるものを見つけた。

 

 まるで虚無へと繋がる様な巨大な虚空―――穴だ。地獄へと繋がる大穴。それも数百メートル単位で存在する大きなものであった。ここから鬼が無限に湧き出ているのが原因なのだろう。アレさえ閉じちまえばしばらくはJAPANも平和だな、と確認する。

 

「……んー、ざっと赤鬼青鬼200、中鬼50、黒鬼20って感じか」

 

 こいつらは別段、神魔枠ではないので、強いって程度で滅茶苦茶という訳ではない。赤鬼青鬼で25Lv前後が限度だし。中鬼で35、黒鬼で50から60ぐらい、というレベルだ。それより強いのはネームドや特殊な鬼になる。あぁ、いや、待て、異形化している鬼が穴の中に抑え込まれているのが見える。アレが凶鬼か。それが穴の底に数百見える。場合によっては1000を超えるかもしれない。何時の間にあんなに汚染された鬼が増えていたのだろうか。

 

 クローキングを維持したまま、適当な木陰に入って全体を伺う。

 

「さぁて、使えそうな、も、の、はーっと……」

 

 地獄は流石にほとんど知識がないもんで困った。胸の谷間から【ひつじNOTE】を取り出し、自分が書き込んだ【真理】の数々に関するメモを確認する。えーと、地獄地獄、と呟きながら内容をチェックする。やっぱり項目が少ない。

 

「閻魔マンがマギーホア様と敵対してるってだけか。マギーホア様に敵対って自殺志願者かなにかだろうか」

 

 まぁ、あんまり関係ねぇか、と呟き、【ひつじNOTE】をしまう。閻魔に謁見する予定はないし。とりあえず、自分一人でこれだけの人数を抱えるのはやや苦しいと言いたい。やってやれなくもないが、流石に種族としてスペック差が薄いので、数の暴力で来られるとバランスブレイカーを解禁する必要になる。こっそり使う分にはいいが、大ごとに使うとまたALICEからペナルティを貰うかもしれない。

 

 ……ちょくちょく犯されているエンジェルナイトを見かける。助ければ此方側の戦力として使えるだろうか……? 数百程度だったら俺でもどうにかする自信はある。だが鬼で数千クラスとなると、サポートが欲しい。或いはレベルアップし続ける事でマッハに回復ボーナス貰って戦えるが、

 

 そう考え、どう動こうかと考えた時、

 

緑色の光が天を覆った―――。

 

「―――うそん」

 

 空からゆっくりと緑光を放ちながら降りて来る姿が見えた。神々しい、神としての神光を携え、全ての生命を緑色の光で照らし、自分自身を神の証である黄金光で満たしていた。その光を見た生物は瞬時にそれを理解する。

 

命とはいつか滅ぶものである

 

この世には絶対に抗えない破滅が存在する

 

どれだけ存在し続けようが破局は訪れる

 

飲み、喰らい、犯す事を許そう

 

―――全ての破壊と引き換えに

 

La Vaswald On Aproach

 

 見えてしまった。見てしまった。金髪の、神々しい姿を。赤と青の二色を備えた、緑の破壊神の姿を。へぇ、お前そういうデザインしていたんだぁ、というちょっとした現実逃避から意識をご帰還させる。ただいま俺の意識。

 

「破壊神ラ・バスワルド―――そうか、GIまで何故汚染された鬼を地上で全く見かけなかったのか、大量の鬼が地獄で溢れ出してなお何故地上が蹂躙されなかったのか……成程、極地投入されてたのか……!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と神にさえ言われた二級の破壊神ラ・バスワルド、その存在が一度も歴史に出現する事はなかったが、それでも何故使い辛い、何て言葉が出て来るのか、その力を感じ取ってしまえば嫌でも理解してしまうだろう。この絶対的な神威を前に、破壊の後に生き残れるようなものが残るとは思えない。

 

 数千の鬼? そんなもの、ラ・バスワルドには関係ない。

 

 ()()()()()()()()()()なのだから。

 

 穢れもそうでないものも全く関係なく破壊するだけの神、ラ・バスワルド。その降臨に冷や汗を零した。

 

 何もしなくても特にJAPANが問題ないのは確認できた。

 

 問題は―――ここから自分が生きて逃げられるか、という所だった。ファックユー、神。俺がここにいるって知ってて投入したの誰だよ助けてALICEちゃんという気持ちだけでいっぱいだった。逃げれば、逃げれば問題無い。今すぐ全力で逃げ出せば済む話だが、

 

 エンジェルナイト達に、軽く視線が向けられてしまう。このままだと知覚されるまでもなくラ・バスワルドに処理されてしまうだろう。

 

 あぁ、クソ、と言葉にせず吐き出しつつ、黒腕を形成しながら術を編む為に手を結んだ。

 

「今回だけだぞ……!」

 

 より面白い未来を創る為の行動を始めた。




 ランス10の1.03にバスワルドちゃんついに来ちゃったね……?

 という訳で出張のバスワルド様。上からの評価は糞使い辛い。意識がないので文句を言っても無駄。仕事をした後で世界を破壊しようとする。ちゃんと客さんの仕様道理に完成されなかった神様の一つ。半分に割ってサイゼルハウゼルにして漸くポンコツになってくれる神様。

 でも見た目は凄く好みなんだよなぁ。


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XXX年 JAPAN 戦況・作戦フェイズ

NC500年

 

JAPAN戦況報告

 

≫≫≫≫≫≫≫≫

 

 死国、文字通り死の大地となったのを確認される。元々黄泉に最も近い場所とされ、鬼の大量発生によってJAPAN内では最も危険な土地とされていたが、数十年前による謎の爆破以降は沈黙を維持しており、その反動から人々が踏み込むには危険な地域として認識されていた。だが500年となり、ついに死国に探索の手が入る。【天志教】により死国の偵察が行われ、その結果死国の大半が死の大地となり、とてもではないが生活可能ではない大地へと変貌されているのが確認された。また、《神魔法》による簡易的な結界が死国最深部、地獄への大穴に対して張られているのが確認され、中鬼、黒鬼クラスの鬼が出てこれない様に封印されているのが発見された。依然、赤鬼と青鬼は出現し続けるものの、謎の爆破以降は減った死国を中心とした鬼被害の低下はこの結界によるものだと判断される。この行いにより、JAPANに鬼退治だけではなく、内側へと目を向ける余裕が多少生まれる事となる。この地に唯一残された下手人の証拠は、大地に刻み込まれたローベン・パーンマジ許さないという言葉だけであった。

 

 

NC550年

 

JAPAN戦況報告

 

≫≫≫≫≫≫≫≫

 

 鬼の活動が死国の封鎖によって下火になったとはいえ、JAPAN全土が依然鬼の被害にある事に変わりはない。だが鬼の数が減った事により、JAPANが内政を行う時間が増え、結果として人口と戦力の増加が始まる。大陸に対しては基本的にアンタッチャブルとしているも、JAPAN内部に関してはそう言う訳ではなく、今までは鬼の被害に苦しんでいたそれぞれの勢力が形として固まり始めるのがJAPAN内では見えていた。また、【天志教】が国内の落ち着きが見える中で、一つの大勢力として拡大し始めるのが見える。《陰陽》という新しい術を《魔法》の代わりに広げ、JAPAN内部での基盤を確実に固めていた。

 

 

NC650年

 

JAPAN戦況報告

 

≫≫≫≫≫≫≫≫

 

 JAPANは依然と鬼の被害に苦しめられる。だがその姿にも徐々に変化が見え始める。大陸文化をある程度吸収する余裕が生まれていた。それに伴い貴族などの文化がJAPAN内では生まれ、金のあるなしや領地という概念が明確に生まれ始める。地名だけではなく、それぞれの土地を支配する人物が出現し始める。これによってJAPAN内部で情報のネットワークや人の行き交いが発生する様になり、天満橋周辺のみだったJAPANの文化が、JAPAN全体で生まれる様になってくる。今までは()()()()()で広がっていた侍などの姿等に明確な意味が生まれ、まだフィーリング的な部分が多いものの、JAPAN内陸部で明確な文明化が始まる。

 

 

NC683年

 

JAPAN戦況報告

 

≫≫≫≫≫≫≫≫

 

 JAPANに一人の天才が生まれる。その名は【藤原石丸】。JAPAN現在の盟主とも呼べる藤原家に生まれた石丸は育つごとに明確な才能を見せ、幼少期の頃には既に青年と剣で打ち合い、そして勝利するという凄まじい経歴を見せる事となった。好奇心旺盛で非常に挑戦的な気質を持った石丸を藤原家は押さえ続ける事が出来ず、20の頃には藤原家を飛び出していた。そして藤原石丸の偉業が始まった。死国へと赴いた藤原石丸はそこから結界を超えて飛び込み、地獄へと挑戦する。そこで彼は【三種の神器】を入手する事に成功し、JAPANの支配者としての、帝の力を手にする事となった。元より最強の剣士という名前を背負っていた石丸が帝の力を手にする事により、もはや彼を止められる様な存在はいなくなった。JAPANという国家において、もはや石丸を超える英雄は存在しなかった。

 

 

NC690年

 

JAPAN戦況報告

 

≪≪≪≪≪≪≪≪

 

 藤原石丸、JAPAN国内統一を果たす。また【天志教】と協調し、軍師として【月餅】を迎える事により、JAPAN国内の鬼の発生を完全抑制する事に成功する。JAPAN最初の黄金時代がこれによって生まれて来る。JAPANの民に対する絶対権を持つ帝・石丸には絶対に服従するJAPANの民によって統一されたのちに、JAPANのもう一つの問題である妖怪とも藤原石丸は向き合った。これを石丸は軍隊で押し潰すような事はせず、妖怪王黒部との一騎打ちを自ら申し出た上で黒部を打ち倒し、そうする事で感服させた。これにより藤原石丸はJAPANの民だけではなく、妖怪さえもその配下として迎える事に成功した。これによってJAPAN内では全ての存在が統一され、突発的な鬼による出来事を除けば、完全なる平和の時代が生み出された。そして藤原石丸の野望は―――その好奇心は決して、JAPANのみで留まる事をしなかった。同年、藤原石丸は大陸遠征を決意、先遣隊を出す。

 

 そして天満橋にて敗北を経験する。

 

 

 

 

「ウル様! JAPAN軍の姿が確認できました」

 

「おう、準備は良いよな?」

 

「勿論です」

 

「ウル様の背後は問題なく!」

 

「格好良く、そして楽しくやりましょうウル様!」

 

「あわわわわ」

 

 ここ数百年で使い物になった部下を引き連れた状態で、キセルを口に咥えた状態、天満橋の中央を陣取る様に足を組んで、そこに置いた椅子に座っている。結構気に入ったもんで、職人には良い仕事をした、と是非褒めてやりたい。そして数名の部下の他に、周囲の露店は実に賑わっていた。商売のチャンスを狙って商品を並べる奴、こっちを応援したバナーを振ってる奴、何時も通りおーい、と手を振ってる露天商―――結局アイツ、出会ってから数百年経過しているのにまだ歳とってねぇよな。まぁ、正体に関しては欠片も興味ないのだが。

 

「お前の勝利に今回も賭けてるからなぁー!」

 

「負ける時は仕入れを変える必要があるから言えよー!」

 

「勝手言ってるんじゃねぇよお前ら……」

 

「数百年もここに住み着いていたらもうご近所感覚ですよウル様」

 

 まぁ、藤原とJAPANの事が気になったのでちょくちょくレベルアップの為に翔竜山に戻りつつも、こうやって天満橋に入り浸る様になったのは、JAPANという国唯一の入り口と出口がこの天満橋であり、JAPANから遠征隊が出るのであれば、それはまず間違いなくこの天満橋を抜ける必要があったからだ。

 

 うん、まぁ、別に、それを止める必要はないのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()J()A()P()A()N()()()()()()()のだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。それではあまりにもつまらない。このまま200万の軍団を連れてザビエルに蹂躙されるだけである。ルドちゃんもそんな、何時も通りの光景には飽きているに違いない。もっと、もっと面白く盛り上げなくてはならない。もっと楽しく盛り上がらないと困る。

 

 だから、藤原石丸に対する一時的な敵対がここに覚悟された。

 

 なぁに、魔王や魔人と比べればまだまだ、全然マシな部類だ。

 

 そう思っている間に天満橋JAPAN方面、つまりはモロッコの方から軍隊の姿が見えた。整列され、武装され、戦争を行う為に練度が高められ、そして士気を高揚されている、恐らくはこの時代で最も強い軍隊だ。それが明らかな覇者の威圧感を兼ね備えた男と、そして黒い獣の様な巨大な男を先頭に進んできている。その姿を捉えたまま、静かに椅子に座ったまま、正面を睨む。ただ、外野は煩い。

 

「あわわわ、ウル様? 来てますよ? なんか人間として明らかに間違ったレベルのオーラしてる人ですけど!?」

 

「アレが幻の帝シリーズ……」

 

「アマテラス様が設定ワンランク間違えたってアレですね」

 

「アマ様ってちょっとボケ入ってる部分ありますよね。そこが話しやすいんですけど」

 

「あわわわわわわわわわわ」

 

「落ち着け……」

 

「なんだぁ、()の姉ちゃん、落ち着かないのなら酒のむかぁー!?」

 

「ののの、飲みます!」

 

「飲むのか……」

 

 騒がしい。だけどその騒がしさが嫌いじゃなかった。苦笑しながら足を組み、カラーの王国を運営していた時を思い出す。あの時も大体、毎日騒がしかったよなぁ、と。苦笑しつつ勇者王の金ぴかボディに反射される姿を確認する。

 

 後ろに控えているのは()()()()()()()()()()()()だ。つまり堕天済みのエンジェルナイトだ。犯され続け、憎しみなどを抱いて魂が軽度に汚染された結果、戻れなくなって堕天する以外の選択肢がなくなったエンジェルナイト達。

 

 その額にはクリスタルがある。そして見覚えのある顔の子達でもあった。

 

 そう―――カラーから補充されたエンジェルナイトだった。普通のエンジェルナイトだったら割と素直に見捨てたが、元同胞出身、それも王国で見た事のある顔が混じっているとなると、流石にそのまま見捨てるのは憚られた。なのでラ・バスワルドの降臨に纏めて回収してきたのをこの数百年間、部下として鍛えて育ててきたのだ。

 

 将来、第一次魔人戦争や死滅戦争の時に、自分の手足として動かせる部下が必要だから。俺もレベルが高く、大体なんでも器用にこなすだけの自信がある。だがそれとは別に、最終的に【魔人討伐隊】等で行う作戦の規模を考えれば、個人で動くには限界がある。どう足掻いても戦争などでは部隊単位で動く必要があるのだ。故に、堕天化エンジェルナイトであれば丁度良い、再就職先として自分の部下になる事を提案したのだ。当然、エンジェルナイト達は堕天していて戻れないのでこれに飛びついてきた。

 

 後は餌付けして調練して、ランスワールド特有のさぼりが発生しない様に常に鍛錬を欠かさず、レベルダウンを許さずに鍛え続けるだけである。

 

 つまり親衛隊、精鋭隊とも呼べる自分専用のチーム、部隊の完成である。

 

 何より素敵なのは神魔補正でこの子達には《無敵結界》が通じないという事実にある。魔王や魔人と戦い、逃亡する時はこいつらが必然的な存在でもある。という訳で、怠けることは絶対に許さないように監視している。とはいえ、それだけじゃなくちゃんとお菓子とか作ってあげてるのだが。

 

 なおラ・バスワルドの攻略法は簡単だった。

 

マッハ投げるだけ。

 

 冗談のように思えるが、これが通じるのだ。そもそもラ・バスワルドの上司、一級神ラグナロクはローベン・パーンの化身である。なので同系列のマッハを投げてしまえば、人格も知性も存在しないだけに、機械的なラ・バスワルドではロジックエラーを起こしてしまうのだ。なのでその隙に加速して回収、直後、マッハを巻き込んでラ・バスワルド起動。

 

 マッハの尊い犠牲にはいつも爆笑させて貰っている。

 

 まぁ、それはさておき、

 

 天満橋の前にJAPAN軍200万が陣取り、その先頭集団、一人の帝と妖怪王、そしてそれに500人程の部隊が付き従う。椅子に座ったまま、一定まで近づき、足を止める姿を見た。先頭に立つ男―――帝―――侍としての服装に軽度の鎧をあしらった、黒髪をポニーテールで纏めた、爽快感を感じる男は此方に視線を向けた。

 

「我が名はJAPAN軍総大将、藤原石丸! 名乗られよ!」

 

 成程、戦国ルールだ。ここで名乗らないとガチルールで殺しに来る奴だ。日本史に詳しい俺は知っているんだ、と、誰にも通じないネタを思い出して小さく笑い声を零しつつ、

 

「ウル・カラー。数百年前までは女王なんて事もやってたけど……まぁ、真理の徒……って一部からは呼ばれたりしているかなぁ」

 

 では、と藤原石丸が声を張った。

 

「何故道を遮る!」

 

「面白くねぇからだよ」

 

 このまま藤原石丸を通せば、こいつは快進撃に快進撃を重ねるだろう。そしてそのレベルは90を超える。90を超えるレベルと《剣戦闘Lv3》という領域、もはや人類統一できるだけの力があるレベルである。だがこいつには《無敵結界》を突破する手段がない。だからナイチサに処理を命じられ、止める手段もなくザビエルに殺されるだけだ。

 

 これではあまりにもつまらない。そう、それだけの話だ。

 

 もっと燃え上がる様な結末にして貰わなければ()()()()()()()()()()()()()()()()()()という話だ。

 

「このままお前を通してもいいんだが……その程度の強さで大陸の連中を刺激して貰っても困るからな。せめて、本当にLv3という領域を使いこなせているのか、それを確かめる意味でもお前をまだ通す事は出来ないなぁ」

 

 小さく、未来を想って笑いながら答えれば、石丸が何かを言い返そうとしてそれを巨大な黒い妖怪が―――即ち妖怪王黒部が遮った。

 

「お前は俺らの大将だ。下がってろ石丸。まずは俺が奴を確かめる」

 

「頼めるか黒部?」

 

「任せろ」

 

 黒部の覇気の籠った声に口笛をヒュー、と吹かしながら立ち上がれば、椅子を部下が回収して、邪魔にならない場所へと運んで行く。黒部が拳を握り、構えるのを見て、勇者王を横に立たせたまま、右腕を突き刺し、指をくいくい、と動かす。

 

「初手は譲るぜビッグガイ」

 

「吐いたな人間ッ!」

 

 言葉の直後、黒部が天満橋の足場を蹴り、その妖怪の凄まじい肉体的スペックで一気に加速しながら拳を作り、殺す勢いでそれを振りかざしてくる。それを見極めながら勇者王―――つまりは槌、《勝利の鍵》を動き出した後から掴み取り、拳が目の前に来るのを確認した。

 

「なっ」

 

「おぉ、硬い硬い」

 

 黒部の、常人では見る事さえ出来ない拳、それに合わせて顔面に槌を叩きつける。力は入れていないので衝撃の大半は黒部の速度となっている。それでも振り抜かれる拳を踏んで、下へと向かって過重を付与する事で少ない力で崩しつつ、顔面に槌をめり込ませる。

 

「ホォ―――ムラァ―――ン!」

 

 そこから力を腕に乗せたまま、槌に通す。斥力跳躍の応用で相手を斥力で押し出し、殴り飛ばすのに衝撃を入れない様にしながら一回転しながら着地し、相手陣営へと向かって黒部を投げ返した。ダメージがほとんど入っていないのを理解し、黒部が空中で体勢を整えながら、JAPAN軍の方で着地する。

 

 その姿を見てへいへーい、と声を送ってみるが、黒部の対応は冷静なものだった。

 

「すまねぇ石丸。不甲斐ない姿を見せたな。だがあの女、強いぞ」

 

「あぁ、今の一瞬で槌の扱いなら俺の剣に匹敵するものを見た」

 

「……恐れたか?」

 

「いや」

 

 黒部の言葉に答える石丸の表情には、喜びの様な、愉しみの様な物が見えた。あぁ、たぶん初めてなのだろう。同じ、Lv3という領域に立つ存在と出会うのに。Lv3とは頂点だ。ある種、誰にも理解されない極限の才能。誰もがそれについて行けない。故にそれを理解する事が出来る存在も居ないのだ―――同じLv3でもない限りは。

 

 それでも《無敵結界》の前には、本当の意味で熟成されたLv3技能でないと勝てない。少なくとも、あのモーデル級に技能を使いこなさなければ。どんなにレベルが高くても無意味なのだ。そして正史において、石丸はザビエルにダメージを与える事もなく首を斬られた。

 

 つまり、ただのLv3だったという事なのだろう。

 

 だけどやはり、それじゃつまらないだろう、という話である。ルドラサウムの真意を理解した今、自分の行動に対して一切の疑問、躊躇はない。

 

「ちなみに、解ってると思うが俺は認めるか負けるか、それまではここを通すつもりはない。そして戦う上では別に、1対1でもお互いに部隊同士のぶつかり合いでも、どちらでもいい。俺個人としては部隊を編成したほうがお勧めするけどな。そっちなら途中である程度の人材の交代も許す」

 

 即ち《決戦》方式。

 

 石丸君、

 

「―――ちゃんとCP稼いでるかい?」

 

「……」

 

 笑いながら指をごきり、と鳴らし、挑発してみる。まだ帝シリーズを集めたばかりの石丸であれば、レベルはそこまで高くはない。マギーズブートキャンプで改めて鍛え直し、レベルは今では何とか180までは上げ直してある。後はどれだけ帝シリーズのブーストが恐ろしいか、という話である。場合によってはここで化けてくれた方が面白いのだが、

 

 さて、どうだろうか?

 

 期待を込めて視線を藤原石丸へと向ければ。

 

 楽しそうな表情が見えた。

 

「黒部」

 

「おう」

 

「戦うぞ」

 

「任せろ」

 

支援配置》 黒部

 

「皆! 相手は間違いなく噂に聞く魔人に匹敵する強者! ここにJAPANの戦士の力を見せつけるぞ! 第一隊! 第二隊! 第三隊! 戦闘用意!」

 

「応ッ!!」

 

支援配置》 JAPAN精鋭侍隊500人

 

「援護します!」

 

支援配置》 JAPAN精鋭巫女隊100人

 

「俺らを忘れて貰っちゃ困るぜ!」

 

支援配置》 飛行妖怪部隊200人

 

 帝のパワーで一気に鼓舞された侍や巫女たちが石丸の、帝ブーストを受けて力を増すのが解る。流石ブースト設定を間違えているとか言われているアマテラスの神器、やっぱり、というか間違いなくバランスブレイカーであるのをこう見ると理解させられる。とはいえ、まだまだ、此方が格上だ。この数程度どうにか出来なきゃ俺の方も将来的には怪しい。

 

 とはいえ、これ……10年足止めするのは無理かなぁ。

 

 たぶん2~3年で突破されそうな感じはする。ちょっと、帝シリーズを舐めてたかもしれない。こっちもバランスブレイカー上等で殴り合えばまだまだいけるが、そうしても意味ないし、部隊としての成長をする必要がある。

 

 そう言う訳で、

 

「頼んだぞお前ら」

 

「お任せください!」

 

「負けませんよー。ひっく」

 

「本当に飲んだのか……」

 

「もう、しっかりと気合を入れてくださいよ……」

 

「やるます! やるです!」

 

支援配置》 堕天エンジェルナイト隊7人

 

 未来に向けて状況と役者は少しずつだが揃える様に考えて動いている。歴史を知っているというアドバンテージを活かさないといけない。その上でもっと楽しく、もっと壮大に、だけどちゃんとランス君の活躍が残る様に未来を残さないとならない。なに、そこら辺の調整はたぶん神様が手伝ってくれる。だってそうだろう、

 

 その方が絶対に楽しいに決まっているだろう、ルドラサウム。

 

「そんじゃ、やろうか。気合入れなニュービー。お前に本当にどうやって力を振り回すのか、痛い程に教えてやる」

 

「はは、気の強い女は嫌いじゃない―――俺が勝ったらお前も、是が非でも仲間になって貰うぞ!」

 

 そういう展開には、まだ数千年早いと思う。とはいえ、そういう展開も楽しそうだ。そう思いながら戦闘を開始する為に踏み出す。魔法を発動させ、肉体の駆動を経験で補正し、制御する。技能を動きの歯車として合致させる。この数千年の命で理解した技能というシステムの本当の使い方をこの体で実践する。

 

 未来を―――ここから、少しずつ、

 

 少しだけズラすように、

 

 少しずつ、変えていく。

 

 ()()()()()()()()()()




 また次回からちょっくら時間を飛ばすかな! 石丸君について行くのも楽しそうだけど、余りメインで活躍すると将来的な楽しみ減っちゃうし描写増えちゃうからね。まぁ、メインイベントをビール片手に始まったら遠巻きから眺めるのが楽しいって。

 ちょっとずつ未来改変開始。結果は変えなくても経過を変える事で残す者を増やして行く。


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XXX年 大陸騒乱

NC693年

 

藤原軍戦況報告

 

≪≪≪≪≪≪≪≪

 

 藤原軍、大陸進出。数年の停滞の後、漸く藤原軍はJAPANという狭い土地を飛び出した。この時、最後まで天満橋で藤原軍の大陸進出を阻んでいたのは旧・カラー王国の女王だったという話が残り、最後まで藤原石丸の力を引き出す為に戦っていたという話でもあった。それにより、石丸の力は更に洗練され、それをもって大陸に飛び出したJAPANの帝は、一気に大陸にその姿を走らせた。

 

 大陸へと飛び出した石丸は手始めに天満橋周辺の国家を飲み込んで併合し、JAPAN以外に対してはそこまで強くなくとも、それでも多少は影響のある帝の力を使って、飲み込んだ国家の疑心暗鬼の心を取り払った。これによって魔王城に最も近い地域の国家が急速に安定した。人類の魔軍に対する防衛戦線が急激に力を取り戻し、魔軍に対するJAPANと連合した防衛軍が展開する様になった。今までは活動しなかった魔軍がこれに対して活動を開始、魔王城南の地域で人類と魔軍の戦争が数百年ぶり、SSの時代より再開される。

 

 

NC700年

 

藤原軍戦況報告

 

≪≪≪≪≪≪

 

 藤原軍、更に西へと向かう。大陸に攻め込みながら連戦に連勝を重ねる。勢いに乗った藤原軍はもはや止められる存在が居なかった。純粋な人間というカテゴリーで評価するのであれば、間違いなく藤原石丸という男は既に人類最強と呼べる領域に立っていた。もはや彼の進軍を止める事の出来る国家と人間は、大陸には存在していなかった。故に藤原石丸の進撃は続く。この大陸に覇権を広げつつ。

 

 それとまた同時に、JAPAN文化が大陸に広がって行く。文化の融合と言語の壁を取り払われる事等が行われ、藤原石丸の行いの中でも、最大の偉業だと言われる言語の統一化が行われた。これによってどの地域に行っても、訛りなどは別として、同じ言語で人類が喋る様になるのは、この先の未来で発生する事でもある。JAPANの文化や出身の物が大陸に溢れ、名称等もJAPAN風の物がこれより広がる事となる。

 

 

NC705年

 

藤原軍戦況報告

 

≫≫≫≫≫≫≫≫

 

 魔軍に動きアリ。ついに魔軍が行動を開始する。魔王城周辺の地域に対して激しい攻勢を見せて、大陸の半分を支配した藤原軍を強制的に召集させ、激しい戦場へと発展する。また、魔人ザビエルが戦場に出現し、藤原石丸との勝負が目撃される事になる。この際、事前に用意されていたように《粘着地面》やハニーを利用した徹底した防衛戦術で魔人ザビエルを釘付けにする軍隊による戦術が考案され、これがカラーのザビエルダークに始まり、藤原が受け継いだ後世にまで残る一つの対魔人遅延戦術としての始まりとなった。《無敵結界》故に倒せない魔人に対して、人数を用意して徹底した遅延戦術を行う事で被害を極限にまで減らすという行いであり、その間に魔人周辺のモンスターを押し返す事で、戦線を確保する戦術であった。

 

 

NC707年

 

藤原軍戦況報告

 

≫≫≫≫≫≫≫

 

 戦線に魔人ザビエルだけではなく、魔人レッドアイが投入される。これによりついに常勝無敗を重ねてきた藤原軍がJAPANにまで押し返される。また、これには魔人レッドアイが妖怪王黒部の肉体に寄生する事に成功したという事実もある。これにより妖怪王黒部は魔人レッドアイに洗脳される形で鹵獲された。そしてそれが藤原石丸の判断を誤らせた。救出しようとした石丸が逆に撃退され、深手を負った。ほぼ致命傷に近い形の傷を負った藤原軍はJAPANに引き篭るしかなくなった。そしてこれによって藤原軍の壊滅、そして遠征は終了するのだった。

 

 

NC710年

 

藤原軍戦況報告

 

≫≫≫≫≫≫≫≫

 

 魔人黒部誕生。その最初の命令は藤原石丸の殺害であった。これによって藤原石丸の時代が完全に終了する。そして藤原石丸を支え、無二の友として戦場を駆け抜けた妖怪王黒部が妖怪魔人黒部として魔軍に加わった。魔王による絶対命令権には逆らえず、友を自分の手で殺す事となった黒部は発狂し、その正気を失った。もはや完全に獰猛な妖怪となり、見る命全てを憎んで殺す怪物と成り果てた。魔王ナイチサの悪辣な手腕が見え隠れする内容だった。とはいえ、魔軍側もこの時は完全に被害を抑え込めた訳ではなく、最終的には魔人ザビエルの封印を行い、魔軍側の戦力を大きく削る事に成功した。

 

 藤原の没落―――しかしこれで人類は終焉した訳ではなかった。黒部の魔人化、藤原石丸の死。それによって一つの時代が終わっても、次の時代が既に芽吹き始めていた。藤原石丸が育てた230万を超えた軍隊、それによって齎されたのは新たな文明と文化の開花であった。彼の雄姿に魅せられたのはJAPANの人間だけではなかった。藤原石丸が居なくなったことで一時的に空座となった大陸南半分の支配領域に、新たな王が現れた。

 

 これにより、南部はその名を【大オピロス帝国】へと名を変えた。栄光ある人類の歴史が新たに広がる。

 

 

 

 

「んで、これが後で東部オピロス帝国に割れる、って訳か」

 

 石丸君、正史だとザビエルに首を跳ねられて2カ月でJAPANに撤退する運命だったため、レッドアイを引きずり出しつつ数年持たせたのは純粋に凄いと思う。ただ君が古臭いカラーの使った対魔人遅延戦術なんてものを使うからザビエルにすっげぇキレられてしまったではないか。まぁ、アイツ封印されたからいいけど。ザビエルの復活周期に関しては、月餅を通して天志教が完全に管理している。アレがランス君の戦国での大冒険まで出て来るような事は心配する必要はないだろう。

 

 木陰に腰を下ろし、背を木の幹に預け、足を伸ばしながら目の前の景色を見た。

 

「にゃああぁぁぁぁぁ―――」

 

 堕天エンジェルナイトがドラゴンパンチで殴り飛ばされ、手裏剣の様に回転しながら飛んで行く。中々エキサイティングな遊びをしているじゃねぇか! と思いながら、自分の部下である堕天AK部隊のドラゴンとの奮闘を眺めている。翔竜山に近い森の端、開けた森の広場でドラゴンを相手に、堕天AK達が頑張っている。無論、レベリングと技能トレーニングが目的である。

 

 完全神造のエンジェルナイトは恐ろしく強い。それこそ魔人に匹敵する強さを持っている。だけど残念ながらこいつらはそうではない。神々が天使と悪魔を調達する為に作った種族、カラー、そこから変化して天使となった子達がベースとなっているエンジェルナイトである。つまり完全に神によって創造されたエンジェルナイトと比べると、この子達の能力はそれなりに下がるのだ。だからタイマンで魔人の相手をした場合、普通に蒸発する。

 

 強さとしては身体能力の高い人間、ただし《無敵結界》の対象外。それぐらいの強さしかない子達なのである。まぁ、カラー時代だった頃と比べれば肉体も底上げされているのだが。それでも強さが足りない。なので鍛える必要がある。つまりはレベリングである。そして自分の一番のレベリング相手は大体、翔竜山のドラゴン達である。

 

 必然、ドラゴンスパーリングを堕天AK達に経験させる。

 

 ドラゴン達、またエンジェルナイトと戦えるのかぁ、と喜びの声が出る。

 

 あいつら精神状態おかしいよ。

 

 そう言う訳で―――また一人、殴られて空を飛んでいる。ブレスなしでこれだからやはりマギーホアの側近やってる親衛隊ドラゴンは能力がおかしいと思わされる。どことなく動きに合理性とかが見える。ドラゴンの体で武術的な要素を取り入れているのかもしれない。もしやこいつら、素直に野生に還してた方が可能性としては安全だったのでは? とは思ってしまうも、

 

 既に、魔軍には妖怪魔人黒部が増えている。あちらが強化されているのを考えると、此方も此方で強化案を進めないと駄目だ。しかしこうなると、ノスが魔人にならないし、魔人戦争ではレキシントンが死ななくなりそうだ。そうなるとGIの時にレキシントンが健在のままだ。これはこれで激しく盛り上がりそうだと思える。

 

 人類と魔軍、その両方を盛り上げて強くしなければならない。一方だけではなく、両方だ。その方が間違いなくルドラサウムが喜ぶ。その為にも色々と手を突っ込んだり、調整したり、暗躍したりする必要が出て来る。

 

 今のオピロス帝国に何か、手を出しておくかどうか、という事も地味に悩む要素ではあるのだ。だけどオピロス帝国の滅亡が勇者の覚醒とナイチサの失墜の事を考えると、流石に手を出す事が憚れる。何せ、魔王は真面目に割とどうにもならない案件なのだ。アレだけは何をどう足掻いて頑張っても、対処が不可能だ。マギーホアと頑張って抑え込んだ隙に《無敵結界》を貫通出来る奴で殺すという方法もあるが、【カオス】や【日光】の様に根本的に《無敵結界》を破壊している訳ではないから、現実的ではないのだ。

 

 いっその事、俺が天使か悪魔に転生すれば話は早いのかもしれない。だけど転生すると記憶を失う、という話も聞く。そうなると割と困ってしまう。いや、ランス君が活躍し始めた辺りだったら別に、記憶を失う事自体に何か思う事はない。寧ろその方が楽しそうだ。だけどその前に記憶を失うと仕込みの準備が出来なくなってしまう。それは大変困るのだ。

 

「どーしたもんか……」

 

 呟き、藤原軍の壊滅によってぽっかりと空いた歴史の休憩時間の中で、どう行動するかを考えていると、

 

「ウル様、今年の貢ぎモノという事で村の方から様々な物を受け取って来ましたが」

 

「地主でも何でもないって何度アイツら言えば解るんだ……」

 

 外に出していた堕天AKの一人が両手いっぱいの野菜を見せながら此方の意見を伺ってくる。その背後には台車が見える。本当にご苦労様。ここから買い物に行くとなると一番近いのがゼス方面なので、そっちの方へとちまちまと、村を回りながら顔を出すとやっぱり、カラー時代の件から妙に敬われて困る。代わりに堕天AKの中でも一番優秀なルシアという黒い翼の子をお使いに頼んでいるのだが、なんだか今度は貢ぎモノを持ち帰る様になってきている。

 

 別に統治も何もしてないのだが。困ったもんだった。とはいえ、確かに周辺の山賊やら盗賊をぶっ飛ばしたのは事実だ。あまり、翔竜山とかの方に近づかれても困るからぶっ飛ばしているだけなのに、いつの間にか地主みたいな事になってないだろうか? 大丈夫? ここの地主たぶんマギーホアだよ?

 

 ……まぁ、いいだろう。近場でちょくちょく少量の買い付けとか、日用品の買い付けで近寄るのだ。そのついでに色々と面倒を見ればいい。思えば、こういう風に無駄に苦労を背負う様になったのは何時頃からだろうか……いや、間違いなくスラルのせいだ。あいつが友達だとかいうのが悪い。おかげで今、完全に素面じゃないか恥ずかしい。

 

 ま、どちらにしろ、未来に向けてコツコツと積み上げる事だけは決めたのだ。となると今から色々と未来に向けて仕込みを始める必要もあるだろう。

 

 これから死滅戦争がやってくる。これによって人類は絶滅率が50%をマークする。そしてその結果、歴史で初めて勇者がその動きを見せる事となる。その結果、勇者が魔王を倒せる事実がわずかばかりに、認知される様になる。そしてそれが終われば、

 

 ナイチサが最悪の魔王、ジルを見つける。

 

 ジル、全人類の家畜化に成功した魔王。それによって勇者を生まれた時から家畜として管理する事で一切その力を振るう事を禁じ、完全なる無力化に成功した魔王でもあった。歴代の中で最も強いのはククルククル、恐ろしいのはナイチサといえるだろう。

 

 だが最も悍ましいと表現できるのは恐らく、ジルだろう。彼女は魔王に就任してたった数年、それだけで人類を家畜にして管理出来てしまったのだから。アレが出現するとなると、相当なレベルで防備を築いても無意味だ。それでも何とか、防衛体制を構築しないとならない。或いは隠れ家を用意するか、

 

 それとも翔竜山の上の方に逃げるか。

 

 どちらにしろ、ジル対策になんかしておかなきゃ、自分まで家畜管理されて卵を産むだけの機械にされてしまいそうだ。その前にナイチサにメリークリスマスと叫びながら顔面を殴り飛ばしてやりたいし。

 

 ……こう考えると、意外とやりたい事は多いのかもしれない。

 

 まぁ、今まで欲望を抑圧して生きてきた分、もはや自重するつもりは―――ちょっとだけある。まぁ、少しは。未来を完全に変えない程度には。それでも絶対に《決戦》が発生する様には動く。それが一番楽しい舞台である事は誰が見ても解るからだ。

 

「あわわわ―――……」

 

「ホームランですね」

 

「場外ですね」

 

「たーまやー」

 

 まぁ、それにしてもまずは部下の育成等があるのだが―――世の中、愉しみ出せば飽きる事なく生きて行けるもんだと思える。その内、《魔法Lv3》でも捕まえて、ゲートコネクトの魔法で異世界探索とかしてみるのも悪くはないのかもしれない。

 

 ほら、ゲートコネクトすればパラレル地球にもいけるし。

 

 ジルからの避難先としてはある意味ベストかもしれない。




 さぁ、歴史が徐々に変わってきたぞ。創作やっていて少しずつ乖離し、歴史や流れが変わって行くその感じが楽しいのよね。まだ一歩目、だがきっと大いなる一歩なのである。

 という訳で妖怪魔人誕生。死滅戦争ももうすぐだし、盛り上がってきたな。


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800年 作戦フェイズ

 お着替えである。

 

 ボトムスはホットパンツを、トップスはビキニ型のトップスを。そこにハーフサイズの半袖ジャケットを上から着る。長袖は左腕がない事が原因で見栄えが悪いので、基本的に服装は半袖がメインになっている。露出が多い恰好が基本的に多いのは、露出を控える格好だと長袖を着るハメになるからだ。自分の体格は把握しているし、女性として魅力的な体をしているのも解る。だからこういう恰好をすればどういう視線を向けられるのかも解る。だがそれはそれとして、女性らしい体をすれば解る。

 

 胸の谷間って蒸れる。オープンな恰好をしていないと辛い。特にこの時代、というかこの世界はそこら辺の服飾関係があまり発達していない。発達しているのは戦争続きだから兵器技術と戦争戦術ばかりである。服飾ももうちょい発達していいんだけどなぁ、と思うけどLv2に匹敵する才能とセンスを見せたのは魔王城に居た仕立て屋だけだった。その為、此方で用意する服装というのは、()()()()()()()()()()のだ。

 

 とはいえ、最近は新しく追加された堕天AKのレヴィが《服飾Lv1》技能持ちである事が発覚した。おかげで大体欲しい服装を要求すれば、作れるという事が判明している。技能レベルのインフレでLv1が低い様に見えるが、既にLv1を保有しているだけでも凄いという事実を忘れてはならない。Lv2は天才の領域であり、Lv1でもプロフェッショナル級なのだから。その為、今の服装もレヴィの自作品である。

 

 それ以外にも《農業Lv1》持ちが居たりするので、最近はカラーの森に少しずつ、農地が増えている。貢物でもらったうしを繁殖させ、ブランド牛を育てようという計画も実は上がっている。そろそろ主旨を間違えてないかな? と思っているが、それでも生活の向上と安定は大事な事だった。ジルも翔竜山にまでは飛び込んでこないであろうことを祈っておく。

 

 ともあれ、ハーフフィンガーグローブを装着し、スカーフを装着する。今日もこれでストライダーの気分だな《飛竜のスカーフ》君。天井に一度逆さまに張り付いてお前にそんな玩具は必要ない、とでも言うべきだろうか?

 

 まぁ、それはともあれ、結構露出の多い恰好になってしまっているが、元々ドラゴン時代が全裸生活の様なものであって、厚着している方が違和感を覚えるのは実際、事実だ。自分が部屋の中に一人でいるときはなるべく全裸で居たいし。ただ、それは一人の時だけだ。堕天AKの連中、堕天したのを良い事に普通にレズセックス楽しんでるし。俺を誘うな馬鹿野郎。

 

 後オナネタに人の枕を使うな。割と真面目にショックで数日、マギーホアを洞窟から追い出して引き篭るのに利用させて貰った。流石ルドラサウム大陸、相変わらず倫理という言葉の概念が存在しない。

 

 ゴーグルを首に通しているのを持ち上げてセットし、本日はサイドポニーな気分なのでセラクロラスのリボンで髪を纏める。これ、かなり長い間使っているのが相変わらず朽ちる気配さえないのは、流石神クラスのバランスブレイカーとでも言うべきなのだろうか? まぁ、サイドポニーも偶には悪くないよね! という気分になった。そうだ、《白色破壊光線》をカスタムしたら魔砲使いっぽくならないだろうか? どうだろうか? でもぶっちゃけ、《白色破壊光線》みたいな光線系の魔法が最上位というのはなんとなくだが地味だよね、って思う。

 

 今度、効率度外視の究極魔法みたいなのを開発してみよう。Lv2でぎりぎり使えるというレベルの大魔法を。こう、破壊光線じゃ魔法として見栄えが地味じゃん? だったらもっと見栄えの良い破壊魔法が欲しい。まぁ、課題だ、課題。暇な時間は腐るほどあるのだ。正史ランスではサボったり、隠れていたりでレベル下がってたり、時間を有効活用してなかった連中が多い。

 

 だけど俺は違うぞぉ。

 

 持っている時間全てを自分の研鑽と強化、そして世界を盛り上げる事に全てを捧げる。

 

「ま、これでお着替え完了、っと」

 

 ベルトにポーチを通し、その中に必要な道具やらを詰め込み、勇者王を何時も通り残された片腕で握って肩に担ぎ、家の外に出ると額に手拭いを巻いてクワを片手に汗を拭う、いい感じに農業女子をしている堕天AKの姿が見えた。

 

「あ、ウル様。見てくださいこのトマト! さっき菜園で取れたんですけど甘く出来たんですよ! ちょっと食べてみてくださいよ!」

 

「ん、良く出来てるじゃんか。もう完全に俺が教える事ないな、こっち方面じゃ」

 

「はい! 美味しい野菜はお任せください! 元エンジェルナイトの力で育てますから」

 

 力を籠める方向性間違えてない? 一応君、対魔人戦術の切り札の一つだから、そこら辺ちゃんと自覚していて欲しいんだけど。でも、まぁ、美味しい食事には勝てないよねぇ、と思う部分はある。素材を自分の所で調達できるようになるのは理想的だと思える。だから心の中でフレー、フレー、と応援しておく。美味しい飯が俺は食べたいのだ。JAPANからも味噌と醤油を確保したし。

 

 とりあえず。

 

 お出かけの準備は整った。トマトを食べ終わった所で、農業担当AKが此方へと視線を向け、首を傾げる。

 

「ところでウル様どちらへ?」

 

「ん? あぁ」

 

 ちょっとした遠出である。

 

「そろそろ魔王城に挨拶に行こうかなぁ、って」

 

「あ、魔王城ですか……ん? 魔王城?」

 

「じゃ、それでは」

 

「待ってください、それ完全にカチコミ―――」

 

「《見える見える》」

 

「うぉっ、まぶしっ」

 

 目を潰している間に素早く斥力跳躍で逃亡する。森を飛び出してそのまま北へと向かって移動する。向かう場所は現在の魔王城が存在する、リーザス周辺地域である。ヘルマン側から魔王城へと向かおうとすれば、必然的に山脈を越える必要が出てくるが、そこは自分の魔法と身体能力の出番である。まるで障害にもならないだろう。南の自由都市ルートから魔王城へと向かおうとすると、必然的にオピロス帝国を経由する必要があり、そこから北へと向かえば、魔軍とオピロス軍の最前線にぶつかる。

 

 今は歴史で派手に姿を見せるつもりはない。歴史のサブキャラクターとしてちょくちょく登場する程度で十分だ。だからなるべく、オピロス帝国には関わらない。死滅戦争が始まってからはまた、別の事を考えるかもしれないが。それでも今は回避するルートで魔王城へと向かう。

 

 死滅戦争で勇者が動き出す前に。

 

 まだ余裕があり、完全な状態の魔王ナイチサという男の存在を、自分の目で確認したかった。これは必要な事だった。使命感を抱いていると言っても良い。ここしばらく、藤原石丸の相手をしたり自分もリハビリでのレベリングで、レベルも190以上をついにマークしている。これだけあれば襲われても即死するという事はまずないだろう。逃げるだけならバランスブレイカーを放出すればどうにかなるという打算もある。

 

 そこら辺、仕込みのあるなしでの判断は命に関わる。俺がナイチサであれば、俺を魔人にしようとする事も考えられるから、その対策に逃亡する手段を常に用意する事は意識している。やっている事は笑えるかもしれないが、その為には念入りに準備をしている。

 

 魔王ナイチサ。

 

 その男の素顔を見極める為にNC800年。

 

 いよいよ、魔王城へと向かう。

 

 

 

 

 ヘルマンの寒気を乗り越えて、山を斥力跳躍で飛び越えて進んで行く。猛吹雪が発生しようがストライダーの前では無駄なのだ。新鮮な空気と風が常に補充され、それを足場に山を常に跳躍して越えて行く。そうやって山を越えれば寒気が山脈によって遮断される為、一気に周辺の気温が上がってくる。未来でリーザスと呼ばれる地域の周辺は自由都市に次いで過ごしやすい気候をしていると個人的には思っている。スラルも良い場所に魔王城建設したよな、と思っている。

 

 それはそれとして、思惑通り戦線の背後を、魔王城の背後を取る様に山越えで魔王勢力圏へと侵入する事が出来た。ヘルマンも一応は魔王の勢力圏になるのだが、あそこはまだ人類がほぼ住み着いていない為、そもそも魔軍が派遣されていないという事実がある。派遣する為には山脈を越えて兵力を運送する必要があると考えれば、ある意味当然とも言える判断なのだが。

 

 そうやって裏手から回り込む様に魔王城へとやってくると、久しぶりの魔王城の姿に思わず懐かしさが蘇ってくる。忙しなく魔軍が人類と戦う為に動き回っている姿が見える。堂々としていると逆にケッセルリンクのラバーズか何かとして誤解されないかなぁ? と思って行動すれば、これが割と簡単に行けた。額のクリスタルを隠さないのが良かったのかもしれない。とはいえ、魔物兵には警戒される。

 

 だがこれは魔物将軍に見つかると話が変わる。

 

「料理長! 料理長じゃないか! 長い間見てなかったけどどこ行ってたんだよ! またあのパラパラチャーハン作ってくれよ!」

 

「お、トレロ君? おぉ、久しぶり。暇が出来たから遊びに来たんだけど」

 

「おぉ、マジか! じゃあちょっと厨房に行けよ厨房! チャーハン作ってくれよ!」

 

「お前チャーハン中毒症か何か? まぁ、一品ぐらい別に良いけどさ」

 

 ザビエルダークの件でなんか、敵対してる事になってないかと思ったが、案外そんな事はなかった。スラル時代から生きている魔物兵や魔物隊長で生き残っている連中はあの頃と変わらない様子で普通に迎えてくれた。俺が敵とか裏切ったとか、そういう意識がこの連中にはまるで存在しなかった。

 

「俺、ザビエルと一時期は殴り合ってたんだけど」

 

「え、まぁ、ザビエルなら別にいいかなぁ、ってみんな思ってるし……」

 

 ほんと人望が欠片も存在しない魔人だった。アイツと敵対してたならセーフ判定とかいう、謎のルールが魔軍では広がっていたらしい。アレでもナイチサには割と便利に使われていただけに、非常に憐れな奴だった。アイツ、もうちょっと横の繋がりとか、部下を大事にする事が出来ないのだろうか?

 

 まぁ、ザビエルだし無理だよなぁ、と思う。

 

 《粘着地面》に最も苦しめられた魔人の称号はお前のもんだよ。ゴキブリかよ。

 

 ともあれ、魔軍に昔馴染みが居る事が救いだった。案内されつつ今代の魔王、ナイチサの居る魔王城に入る。少なくとも増築などの類はされていないようで、姿はSSの時のままだった。つまり、構造等も変わってはいないのだろう。魔王城に入ってみるとうわぁ、懐かしい! という気分が自分の中で炸裂する。

 

 そこまで来れば、もはや案内も必要がない。

 

 魔王城を一人で歩き始める。向かう場所は最も親しみ慣れた厨房だ。シェフに転職してしまった魔物連中はちゃんと生きているだろうか? そんな事を考えながら通路を歩いていれば、

 

「あっ」

 

「……」

 

 ばったりと、通路で魔人メガラスとエンカウントする。

 

 その両目は此方を捉え、視線を逸らし、窓の外を見て、もう一度此方へと向けられた。

 

「ふぅー……現実か……」

 

「そこまで嫌そうな顔をするなよお前。俺でも傷つくんだぞ」

 

「そうか……そんな法則がこの世界にはあったのか」

 

「お前《ハイスピード》で絶対に回避出来るからって調子に乗ってない?」

 

 メガラスがその言葉にわざとらしく首を傾げる。お前―――本当にお前、変わらないなぁ、と溜息を吐く。いや、まぁ、まだ無口になっていないのは驚きなのだが。それとも俺が無口化を阻止しているのだろうか。どちらにしろ、笑えるような話を出来る奴の方が、無駄に無口になっている方よりは良いと思う。

 

「それより何故戻ってきた」

 

「いや、ナイチサ君の顔面を1回拝んでおこうかなぁ、って……なんだよその表情。まるでなんだこいつこっわ……って感じの表情は。今も昔も俺の行動原理なんて大体そんなもんだったろ!!」

 

 その言葉にいや、とメガラスは言葉を零す。

 

「昔のお前は……目がもっと曇っていた。SSの最後の時代、それも晴れていた。だが今は瞳の奥が見えない程に澄んでいる。迷いも、闇もない、そんな瞳だ。信じられる正義の為に動くものが見せる瞳だ。だから昔の様な事をしに来たお前に驚いてる」

 

「お前、ほんとよくそういうのサラッと言えるな……」

 

 その言葉にメガラスが何の事だ、と首を傾げる。まぁ、言った相手が俺で良かった。まだ心が雄なのでまだ堕ちる可能性が欠片もないので。こいつがホルスの女王に好かれている理由が今の一瞬で分かった気がする。

 

 ま、それはともかく、

 

「ナイチサの面を軽く拝んだら帰るつもりだよ。とはいえ、その前に厨房に寄るけど」

 

「変わらないな、お前は……」

 

 メガラスはそう、嬉しそうに呟くと、横を抜けて去って行く。

 

「……また会おう」

 

 その言葉を背に受けつつ、頭の裏を掻く。なんというか、本当に魔人にしておくには勿体ない男だよなぁ、とメガラスの事を思う。とはいえ、アイツが魔人ではないと抑えられない連中がいるのも事実だ。それを考えるとメガラスにはそのまま魔人でいて貰った方が好都合なのだろう。酷い事を考えるなぁ、俺も。しょうがないのだが。

 

 メガラスと別れた所で、そこから厨房まで問題なく行く事が出来た。そこで厨房に入れば、コック帽とエプロンを装着した、シェフ型魔物兵のスーツ姿を何人か目撃する事が出来る。連中を見て、

 

「おいーっす、お姉さんが様子を見に来てやったぞー。元気かー」

 

「料理長!! 料理長じゃないっすか!」

 

「生きてたんですか!?」

 

「というかまだ処女なんですか!?」

 

「逆レしそうなぐらいバイタリティある人なのに!!」

 

「よっし、お前とお前、そこに並べ。光にしてやる」

 

 並べてからケツに勇者王を叩きつけてケツバット。はたき倒してから担ぎ直し、よし、と呟く。相変わらず魔王城の設備は非常に優秀だ。昔使っていたキッチンは綺麗なままだが、前よりも一段と洗練されている気がする。

 

「キッチン拡張された?」

 

「あぁ、うっす。ナイチサ様が飯の味を気に入られて、その功績で」

 

「魔物が作る飯だから期待してなかったそうでしたけど。実際に食べた時のナイチサ様の表情は今思い出しても笑えますよ」

 

「マジかー。俺も見てみたかったな、それ」

 

 心の中にメモっておく。ナイチサは美食家、と。それに部下に対してはそこまで非道を働いていないようだ。見た感じ、魔王城内そのものの空気は悪くない。あくまでも苦しめているのは人類だけで、ちゃんと部下の事を認めて功績に対して報いているのだろうか?

 

 アレ、これ、普通に優秀な上司なのでは?

 

「アレっすよアレ、料理長が前に考案したフレンチ料理」

 

「ナイチサ様、アレが大好きなんですよ。開発するのに苦労したの覚えてます?」

 

「お前ら最初はクッソ適当に野菜切ってたりしたから、教えたり開発するのにすっげぇ苦労したよなぁ……しっかしお前ら生きてたかぁー……」

 

 場合によっては死んでるかと思ったが、がっつりと生きている上に認められていた。変な所で魔軍の食糧事情が改善されている気がする。もしかして一番最初に発生させた、大規模な事情の変化って魔王の食事事情なのではないだろうか……?

 

 まぁ、そんな事はともあれ、

 

「ナイチサの顔を見に来たんだけど―――久しぶりに料理するか」

 

 最近は《料理》技能持ちの堕天AKに色々と教えては頼んで任せていたし。俺も美味しいものを自分で作って食べたい。つまり食事の時間であった。魔王城に来てまで何をやっているのか?

 

 まともに考えてはならない。魔王城では脳味噌を半分蕩けさせた方がうまくいく。これは経験からの答えである。

 

「JAPANで手に入れた味噌、醤油、こいつを使ってなんか新しいもんに挑戦するぞお前ら……!」

 

「料理長!!」

 

「料理が出来るのはポイント高いっすよ!」

 

「でもまだ処女だよな!」

 

 顔面に勇者王を投げつけてから厨房に向き合う。地味に最新式設備……一世代ぐらい機能、進んでない? もしかしてナイチサも美食系?

 

 そんな事を考えながら数百年ぶりに、緩そうで緩くない魔王城へと戻ってきた。

 

 これ、客観視すると人類と魔軍、両方裏切ってるんだよなぁ……なんて事を考えながら、久方のクッキングタイムである。




 魔王城おひさ、元気にしてた? そう……のノリで唯一ラスダンに乗り込める女。人類側からすれば裏切ったなこいつって見えるけどなぜかザビエル追い返してるし、魔軍側からしても何時もの発狂だ……程度にしか思われてない奴。なんなんだこいつ?

 答えはルドちゃんのファン。ランス君のファン。

 という訳でナイチサの顔面に季節違いのメリークリスマスしに行こうか。


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800年 魔王ナイチサ

「うーん、こっちで食う飯よりもやや薄味って感じだな。それに色々と細かい品を並べるのか……だけど一つ一つの味が違って、その変化を楽しむ形だな。フルコースに似た感じのコンセプトは感じるが、こっちのが家庭っぽさが勝るな。うん、日常的に食うなら俺はこっちのが好きだな。ただ間違いなくこれ、ナイチサの奴は気に入らないだろうな。アイツはなんというか……一つ一つが高級趣向なのを好むからな。こういうタイプはアイツの守備範囲外だろ」

 

「成程なぁ……俺はこっちの気軽さの方が好きなんだけどなぁ」

 

 どこで嗅ぎ付けたのか、いつの間にか厨房の端にガルティアが大人しく飯を待っていた。テーブルにお皿をセットして。気づけばそこに居るという感じ、もはや安心感がある上に、厨房のスタッフもガルティア用の席とかを完全に用意している。ある意味ここの最大の常連なのかもしれない。そんな事を考えながら自分も作った味噌汁の一部に口を付ける。うーん、美味い。やっぱり和食が一番だよなぁ、と思う。食べなくても別に平気なのだが、食べるとやる気が湧いてくる。それがソウルフードというものだ。

 

「まぁ、個人の趣向が反映される限り、究極の美食ってのも縁遠い話か。一度でいいから食べてみたいもんだけど」

 

「究極の美食か。確かにそりゃ面白そうだ。見つけたら俺にも紹介してくれよ」

 

「やだよ。お前全部食っちまうだろ」

 

「あー……確かに。たぶん我慢できないな」

 

 だよなぁ、とガルティアの言葉に皆で頷いた。だって絶対に全部食べるもんこいつ、うめぇうめぇって。だから見つけてもお前にだけは絶対に教えないから、最高の美食というものを。まず存在するかどうかが怪しいけど。ともあれ、いつの間にか厨房に増えていたガルティアに率直に聞く事にする。お腹が満たされた今、こいつは比較的に気分が良くなっている筈だし。という訳で、

 

「ナイチサの面を拝みにきたんだけど、お前から見てナイチサってどういう奴よ」

 

「あー……成程、そういう用事か……」

 

 もうそんな季節か、とガルティアが言う。何だよその季節。ウル様襲撃の季節なんてあるのか。俺は聞いた事ないぞ。でも数百年周期で出現しては魔王の面を見に行っているから、ある意味そういう季節だと思われてもしょうがない。そう思っていると、ガルティアが呟く。

 

「はぁ、もう次の魔王の時期か」

 

「おい」

 

「あぁ、そういや料理長が空けた後戻ってくると数百年以内に魔王交代してたっすね」

 

「ナイチサ様も終わりかぁ」

 

「次の魔王様は飯を評価してくれるかなぁ」

 

「お前らなぁ……」

 

 でも、まぁ、魔王交代前に行動を起こしているんだからある意味当然だよなぁ、とは言える。ともあれ、魔王ナイチサの話をガルティアという魔人の目線から、そして厨房の魔物スタッフ双方から聞き出す事にする。何でもいいからとりあえず並べてみろ、と言葉を放って、それを脳内にメモしていく事にする。

 

「あぁ、魔王様ってかなり品のある方ですよね。元は人間らしいっすけど。だからこそ人間という生き物を理解しているというか……魔王である事に対して熱も何もない、って感じが凄く強いっすよ。なんと言うか作業的に処理している? 偶に魔王様が機械的に見えるっすね」

 

「あ、俺魔王様が人間の貴族出身だって話を聞きましたぜ。元々は人間から魔王になったって」

 

「あー……そう言えばナイチサの奴、サタニアの奴に近い気配があったな。たぶん純粋な人間じゃないと思うぞ……。ハーフって言われても驚かないな」

 

「ナイチサ様はああ見えて結構文化人だぜ。人間は一生知らないだろうけど、個人で楽しむ為の楽団を設置したって知ってるか?」

 

「葛藤もなにもなし。スラルみたいに押し殺してるタイプとは違うぜ? ナイチサにとっちゃ殺すのなんて特に思考する必要のある事でもないだけの事だ。あいつはそういう魔王だよ」

 

 え、何それ初耳。というかナイチサの評判を聞いている限り、仕事というか魔王の仕事に関しては完全に割り切った上で、それとは別に個人の時間や感性を楽しんでいる様にさえ思える。

 

 なんだ、こいつ。

 

 気持ちが悪い。ナイチサという魔王を表現するなら、言葉から聞く限りは完全にそうとしか表現できない。魔王としての職務に対してまるで思う事はなく、それを処理したら個人の時間を優雅に過ごしている。苦しいとか気持ち悪いとかそうじゃなくて、まるで何も思っていない。虫を潰す感覚でさえない。息を吸う様に殺している。それが必要であるからそうしているだけで。気持ち悪い。ある意味究極的に人間的で非人間的。その両方を兼ね備えている男。

 

 化け物でも悪魔的でもない。機械でもない。

 

 気持ち悪い。それが今言える言葉による評価だった。ただ、単純に気持ち悪い。その言葉に尽きる。人類側から見れば恐ろしいばかりの魔王だろう。だけどこうやって人類と魔王側から見て、理解する魔王ナイチサという存在のイメージは、余りにも気持ち悪すぎる。

 

 となると、本人はどうなのだろうか?

 

「……」

 

「お前は会わない方がいいぞ、アレは」

 

 此方が考え込むような表情を見せると、ガルティアが口を開く。

 

()()()()()()()()()()、だ。俺がみた所、お前とナイチサの相性はその両極端にしかならない。気に入られたらまず間違いなく魔人にして来ようとするだろう。気に入らなければ即座に殺しに来るだろうな。俺は魔人だしその時は手伝えないぞ」

 

「解ってら、そんな事ぐらいは」

 

 とはいえ、これは必要な事なのだ。魔王全てを知る事。これは後々の未来の事を考えれば、必要な事である。ククルククルの戦いは見た事がある。アベルとは戦場で短くだが喋った事がある。スラルは友達で、ナイチサはこれから会える。確認しなければならない。魔王という存在を。歴史に残るが残されない存在を。誰かが。いや、俺が覚えていたいのだ。

 

「ま、逃げ出す準備だけは事前にしてきたから」

 

「いや、そうするなら来るなよ」

 

「料理長は相変わらずロックだなぁ……」

 

「だけど嫌いじゃないぜ、料理長」

 

「未だに処女だけど」

 

 顔面をキッチンの壁に埋め込んでやった。肩に勇者王を担いでふぅー、いい仕事をした、と息を吐きながら、まぁ、なんとかなるだろう、と息を吐いた。楽観している訳ではないが、それでも十分、どうにかなると判断した結果が今、こうやっている事なのだ。だったら躊躇しない事が今、最も必要な物だろうと判断する。という訳で、何時までも厨房にはいられない。

 

「行くわ」

 

「おう、行ってこい。今の時間なら自室でパイアールに作らせた蓄音機で音楽を聴いてるぞ」

 

「あぁ、気配で大体解る。あそこね」

 

 優雅にクラシックでも聴いているのかねぇ? なんてことを考えながら厨房を出た。

 

 

 

 

 幸い、通路でこれ以上魔人とエンカウントする事はなかった。その代わりというか、少しだけカミーラの気配を感じた。アレは少し、誘う様な気配だ。また話し相手が欲しいのだろうか? ナイチサやジルの時代は割と魔王城に近寄り辛いものがあるので、会いに行けるかどうか怪しい―――まぁ、ナイチサの反応次第ではある。という事で流石に近づくと面倒な警備の目もある為、クローキングで通路を抜けて、魔王城の奥、ナイチサの私室へと近づいて行く。

 

 一定以上近づけば、警備の姿が消える。そして残されるのは魔王の濃い気配だけになってくる。魔王の私室がある空間、その周辺だけが完全に魔王の気配に飲み込まれている。

 

「んー……これはウル様大人気って奴かな」

 

 誘われている。かなり、露骨に。何時察されたかは解らないが、それでも明確にナイチサに来るように誘われている事だけは、此方に触れては部屋の中へと引きさがって行くナイチサの気配で理解する事が出来た。これは中々凶悪な気配ではないか、と息の下で声を零す。そして部屋の近くへとまでやって来れば、蓄音機から流れて来る、そこそこ精度の良い音楽の音が聞こえて来る。

 

 これは―――バイオリンの独奏だろうか? 悲しげな、バイオリンの旋律が空気に流されている。

 

 それに聞き入りながら、音を殺して扉を開けた。

 

 そこそこ広さのある魔王ナイチサの私室は、私物らしい物が少なく見えた。スラルの部屋はアレでぬいぐるみとか意外に置いてあったりするのだが、この部屋にはそう言うものが少なかった。唯一置いてあるのはレコードプレイヤーの様な蓄音機で、記録された音をそこから延々と吐き出し続けている。魔人パイアールに作らせたという蓄音機から放たれるメロディはやはり悲しく、

 

 しかし、どことなく魅了する響きがあった。

 

 部屋の奥、表情が影になって隠れるものの、ナイチサが椅子に座って音楽に聞き入っている姿が見える。それを邪魔しない様に扉を開けたまま、無言で流れて来る音楽に耳を傾けた。

 

 それが、終わる瞬間まで。

 

 その時間、約5分。その間、お互いに言葉を交わす事もなく、最後までバイオリンの旋律に聞き入っていた。そして再び、演奏が最初から始まる。

 

「……良い音だな」

 

「解るか」

 

「あぁ……世の中の物悲しさを表現した演奏だ、これは。だけどその中に……」

 

「そう、美がある。苦しみと悲しみの中に隠された美、この旋律はそれを一人、孤独に表している……」

 

 ナイチサは言葉をそう呟き、流れて来る旋律に聞き入る。その姿を捉える為に一歩、部屋の中に進んだ。ナイチサの攻撃が確実に届く距離にまで接近してしまった。一歩の違い、しかし確実な違いである。だが不思議と、今、この魔王が自分に対して攻撃を仕掛けてくるような事はない、と確信していた。

 

「音楽は好きか」

 

「軽く演奏する程度には。吟遊詩人の真似事をして時間を潰して回ったりする事もあったなぁ」

 

 その言葉にナイチサはそうか、と呟き、

 

「貴様の話を聞いた」

 

 と、言葉を切った。

 

「私の配下から、かつて魔王城に居た貴様という人物の話は聞いている。奇天烈で、優秀で、それでいて様々な手段を駆使し魔人を撃退するカラーの女王」

 

「―――」

 

 ナイチサの顔を見た。そしてその目を見た。そこに見た光に言葉を止めた。言葉を失うしかなかった。ナイチサは正気だ。正気だった。だがその瞳の底にある物が見えてしまった。それが問題だった。あぁ、何て事だ。本当になんてことだ。ありえない。そうとしか言葉が口から漏れない。

 

「ありえん……」

 

「お前はさぞや陽気な演奏をするだろうと思った。誰も彼もが舞台に上がり、そして踊りたくなるような曲を。だが違う。そこに居る貴様を見て理解した。貴様はそういう存在ではない。一人だけの狂想曲だ。たった一つの物語、たった一つの音。それを生み出す為に100の音を生み出し、しかし決して巻き込んだ音を顧みる事がない。究極的に独奏しているだけの音を貴様は奏でるだろう」

 

「お前は―――」

 

 ナイチサの言葉は、真を捉えていた。俺はルドラサウムの為に魂を捧げる事を誓った。この世界の為ではない、あのルドラサウムというあまりにも可哀想で、憐れで、そして愛を知らない鯨に、本当の愛というものを教える為に動いた。その為に利用できる全てを利用するという事を決めている。あらゆる流れを巻き込んでルドラサウムへと愛を教える事を目指している。

 

 だからナイチサは正しい。

 

 だがそれは同時に、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「―――ルドラサウムを知ったのか」

 

「然り」

 

 返答は短い。だが表情のないまま、ナイチサはその言葉に答えた。

 

「私は知っている。この世界を構築する創造神の名を。その存在を。創造神が何を求めているのかを、も。私が魔王として就任する時」

 

「三超神ローベン・パーンに知らされたか……」

 

「成程、狂気に隠れた真理の賢人の名は伊達ではないか」

 

「―――」

 

 こいつは世界を理解している。世界の仕組みをローベン・パーンから伝えられている。その上で魔王として君臨している。【血の記憶】に呑まれている訳でもない。自発的に、自分の責務として人間を苦しめ、殺し、そしてそれを献上しているのだ。

 

「……成程、理解したわ」

 

 ナイチサを見て理解した。《メギンギョルズ》が力を発する。《時の忘れ物》が時を歪める。ドラゴンの血が目覚める。魔力が高まる。数百年間溜め込み続けてきた魔力を解放し始める。それで無詠唱で支援魔法を使い、魔王城を破壊し始めながら、激怒の炎で心を燃え上がらせた。

 

 ここまでブチギレるのは、恐らく人生で初めてだった。

 

 純粋な怒りだった。

 

「お前とは一生解り合えないな」

 

「そう思うか? 私はお前の事が気に入った―――是が非でも配下の魔人として仕えさせたいな」

 

 壊れてもない。正気だ。この魔王は最初から最後まで正気だ、それでいて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。だから待ったのだ、人間を直ぐには削らず。藤原軍の成長を見過ごしたのも、()()()()()()()()()という理由で。こいつはルドラサウムの為にシチュエーションを変えて人間を苦しめ、希望から絶望への転落を許したのだ。

 

 それが平常、平静、通常。

 

 サイコパス。その言葉しかこいつには見つからない。

 

 だからこそブチギレる。魔力が解放されて鱗を纏い、第三の目が開く。長年鍛えられたドラゴンとしての力が解放され、周辺の重力が歪む。《勝利の鍵》が黄金に輝きながら超過駆動を開始する。量産型の《劣・呪術ブースター》を全て待機状態に叩き込む。まず間違いなくALICEからのペナルティがこれで来るだろうが、

 

 それでも止める事は出来なかった。

 

 ここまでの怒りを感じるのは初めてだ。今行っている準備が全て無駄であるのは解っている。どれだけ全力を込めても絶対に勝てない事ぐらい、痛い程理解している。《無敵結界》が突破できない。自分にはその手段がないのだ。【カオス】も【日光】も存在しないし、俺は神魔でもない。攻略する為の手段は全て置いて来た。

 

 戦えば絶対に負ける。

 

 それでもこのクソサイコパス野郎だけは許せなかった。

 

 黒腕を生み出し、重力斧を握り直した。遠隔操作でポケットを開き、そこからしまい込んでいる道具を放出し、自動装着する。保有する全てのバランスブレイカーを起動した。スラルの時代が終了してから集めてきた、全てのバランスブレイカー、800年近い歴史。積み重ねてきた禁断の兵器の数々を解放する。

 

BALANCE BREAKER!

 

Warning From Alice……

 

支援配置》 《メギンギョルズ》

 

支援配置》 《時の忘れ物》

 

支援配置》 《斥力障壁》

 

支援配置》 《ALICEの短剣》

 

支援配置》 《竜の魂》

 

支援配置》 《勝利の鍵》超過駆動

 

支援配置》 《劣・呪術ブースター》24個

 

支援配置》 悪魔王の骨剣

 

「―――」

 

 逃げなくてはならない。間違いなく。ここから逃げ出さないと、恐らく確定で魔人にさせられる。だが逃げられなかった。逃げられない。こいつは、こいつだけは絶対に許してはならない。それだけの理由があった。

 

「お前の様な奴が居るから―――」

 

 あの子は、永遠に愛を知る事が出来ない。

 

 それは仕方のない事かもしれない。これは八つ当たりにも近い。狂ったままの俺。ナイチサを見ているのはそういう感覚だった。諦め、屈し、そして神の奴隷となる事を決めてしまった自分。やっている事がそれと一緒。だから嫌悪する。そして理解する。こうやってずっと、楽しませてしまうから新しいものを見ない。見れない。気付けない。ずっと一つの物事しか見れない。

 

 こいつは、特大の邪悪だ。

 

 それを見てナイチサは表情を変えず、剣を闇から引き抜いた。

 

「屈服させる手間が省けるな。来い」

 

「《ファミナルス・レイ》」

 

 ぶち殺す。殺意と怒りを込め、しかし次を見据える為に、魔王に必殺技を叩き込んだ。1000年前よりも遥かに凶悪で強力で、物質の強度を無視して分解、圧壊、圧縮させる、2000年近い年月を研鑽に当てる事で強化と進化を繰り返してきた文字通り必殺技。これが生物である限り、問答無用で殺すだけの殺意に溢れた奥義とも呼べる必殺技。

 

 しかし、それに一切影響される事無く。ナイチサは立つ。周りの魔王城の空間が粉砕され、蒸発する様に圧縮して消えていく中でも無傷のまま立ち、

 

「我が魔軍に命じる―――我に挑戦する者への手出し不要」

 

 命じた。魔人は手出しするな。

 

 そしてナイチサは小さく、その鉄面皮を微笑んで崩した。

 

「真理の者よ。では私に心の底から屈して貰おうか」

 

「吠えろ小僧。2000年間、魔王や魔人と戦う事だけを考えてきた戦士の恐怖、魂に刻め……!」

 

 その言葉に魔王ナイチサが剣を振り抜き、周辺の光と重力による圧縮を切り払った。

 

支援配置》 無敵結界

 

支援配置》 NC体質

 

「では始めよう、挑戦者。その足掻きを持って神の愉悦を満たすと良い。それが我々の救いとなるだろう」

 

 絶望的な―――勝利の存在しない戦いが始まった。




 ウルちゃま、恐らく人生において最もブチ切れた瞬間。つまり、それだけ鯨の事を愛している。

 勝ち目? ないよ、そんなもん。戦ってる勝てる相手ではないのだ、魔王とは。根本的に負けて死ぬしか選択肢が用意されていない相手なのである。最低限、同じ様にレベルが200超えた仲間と、無敵結界を破壊する手段がないとどう足掻いてもね。

 という訳で次回、魔王ナイチサ戦。なんと、スキップなしである。


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魔王ナイチサ

 《白色破壊光線》。

 

 それを放った。腕で薙ぎ払う様に、無詠唱で。レベル自体は800年以上も前、レガシオと戦った時よりは下がっている。

 

 だが、研鑽は続けてきた。

 

 スラルを助けてから今に至る時間まで、一度も休む時はなかった。常に鍛錬と研鑽を続ける日常だった。怪我をして動けない日があれば、その時は頭の中で魔法をどう改造するかを考えていた。魔法の術式を一つ一つ解体した。それで一つ一つを観察して、勉強して、それをどういう風に構築しているかを理解するのに時間をかけた。

 

 腐る程時間はあったから。これが絶対にいつか必要になるという事は解っていたから。だから無軌道なトレーニングや、簡単に強くなる方法は見送って、ひたすら自分にある物を育ててきた。Lv3技能がどういう風に使うものなのか、それを理解してからはマギーホアに鍛錬を頼む事だってあった。肉体の駆動の仕方を一から一つ一つ、モーションを確かめる事で試して、それを脳にインプットする。技能による才能補正が無くても、《格闘》を保有する奴と経験と判断で戦えるように、剣を何万回も素振りを繰り返して《剣戦闘》を持つ奴と相対できるように。《弓戦闘》が無くても狙った場所を狙えるようになるまで何千回何万回と同じ行動を繰り返して、才能に振り回されないように、自分の全身全霊を常に放ち続けられる様に何億回も槌を、斧を素振りした。

 

 才能だけでは絶対に勝てない理不尽があると知っているからこそ、強くならなければならなかった。サボるなんてことは出来なかった。レベルダウンしている余裕なんてない。常に上を目指す。強くなり続ける。一年前の自分よりも様々な分野で超越して行く。長寿の種族だからこそ一歩、また一歩強くなっている事を実感する為に少しずつ前に進む。人間の様に飛躍的な進化が行えなくても、時間はある。

 

 その飛躍的な進化さえも超える亀の様な歩みで強くなって行く。

 

 生まれてから2000年の成果。

 

 俺は―――レベルが下がっても、前の俺よりも強いと断言できるように強くなり続けた。

 

 それでも《白色破壊光線》は《無敵結界》に阻まれる前にナイチサの前で消える様に霧散した。属性を変える。

 

「《ゼットン》」

 

 炎の魔法が放射され、一直線にナイチサに向かい―――そして触れる前にその姿を半分まで勢いを落として、残りは魔王のオーラに飲み込まれて消え去った。

 

 破壊された魔王城から落下し、ナイチサと同時に着地しながら、ゴーグルを装着した。それを見てナイチサが、

 

「どうした、その程度か?」

 

 挑発を入れてくる。だがこれで確認が取れた。

 

N()C()()()か……光、そして射撃の類の攻撃を無効化する魔王体質か……」

 

「貴様はそう呼ぶか。となると先代の魔王にも似たようなものがあったのか」

 

 あった。SS体質。魔王スラルとしての体質。()()()()()()()()()()()()()()スラルの肉体的な特徴だ。あらゆる攻撃の被害を半減し、氷属性による攻撃全てがスラルに届く前に消滅する。それと同じようにナイチサのNC体質は簡単だ。光属性を無効化し、射撃に類する攻撃を半減する。つまり数で囲んで遠距離で殴り飛ばす、という戦術がナイチサには通じないのである。それだけで厄介なのだが、俺自身の属性が光属性という点に少々、厄介な部分がある。

 

 つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事実が存在する。なら簡単だ。属性そのものを変えて対処すればいい。光属性を抑え込み、重力の属性を引き出す様に切り替える。体に纏う《斥力障壁》が強化される。《勝利の鍵》の槌部分が破壊される。それと引き換えに圧縮され、歪まされた重力の粒子による槌に変化する。魔力を今回は攻撃に回す事を考えなくていい。射撃、そして光属性がこいつを前に無意味なら、

 

 接近して、ぶち殺すしかない。

 

 ()()()L()v()3()による奥義―――それを叩き込めば勝率0%の状態でも、ワンチャンが生まれる。

 

 全てをそこに賭ける。

 

 故に、

 

 迷う事無く飛び出した。

 

 ナイチサがそれを完全に見切り、

 

「《イニシャライザ》っ……!」

 

 斥力跳躍、引力誘引、バランスブレイカーによる瞬間時間加速、空間を重力で歪めて限定的な距離を縮める。

 

 そうやって正面からナイチサの背後へと踏み込んだ。背中を見せたまま左腕を後ろへと関節を無視する動きで回し、斧を首を超えた所で鎌へと変形させながらそれを首に引っ掛ける。これで通常の生物だったら死亡する。反転した極光と重力で織り交ぜられた重力武器はそれ自体が一つの固められた魔法攻撃の様なものだ。触れるとそれに反応して触れた箇所が圧縮、圧壊、滅圧されてそのまま、砂以下の粒子にまで分解して消滅させる事が出来る。《勝利の鍵》の機構を学ぶ事で改良された殺人用魔法武器である。手加減や殺さないという選択肢を排除した武器でもある。触れれば最後、絶対に殺すという兵器。

 

「痒みすらないな」

 

 《無敵結界》。当然だ。それが魔軍の王である魔王の証であり、そして魔人に与えられた究極の盾でもある。だがこいつの攻略法なんざ―――WIKIを大変苦労するほどに読み込んだファンであれば、

 

「知ってるさ―――」

 

 だから引っ掛けた。引っ張る。後ろからナイチサに接近する様に背中から密着する。膝に膝を叩き込みながらバランスを崩す。そして引きずる様にそのまま、

 

 上を超えて投げる。

 

 大地へと向けて素早く、叩きつける様に。その時に武器を外して()()()()()()()のを忘れない。

 

 そしてそれにナイチサが叩きつけられた。大地が陥没し、全力で投げ飛ばした影響によって直径数百メートルを超えるクレーターが一瞬で出現し、その中心にナイチサは少しだけ、驚いたような表情を浮かべた。

 

「ふむ……驚いたな。背中が痒い」

 

「気を付けた方がいいぜ。接触しない落下とかによるダメージだったら自傷と処理されるぐらいにその結界はがばがばだからな」

 

「それは良い事を聞いた」

 

「そうか、じゃあ、死ね……!」

 

 《無敵結界》の攻略法は簡単。

 

 ()()()()()()()()()()()()()だけだ。故にこの世界を支える聖獣が発する、俺達を下へと引き寄せる力、重力を一気に強化する。自分から放つのではない。干渉し、()()()()()()()()()のだ。それ故にそれは《無敵結界》を貫通する。なぜなら自然現象だからだ。常に重力の力は働いている。普段から大地の上に立っているのがその証拠だ。重力まで《無敵結界》が遮断したのであれば、勝手にロケットみたいに空に向かって飛んで行っているだろう。

 

 だからクレーターに叩き込まれたナイチサに掛かる負荷は一瞬で5倍を超えた。同じだけの負荷が自分に掛かる。それを事前に用意していた魔法で軽減し、相殺し―――更に重力的な負荷を10倍へと引き上げる。

 

 過重をそこから20倍、40倍と上げて行く。相殺しきれずに、自分の肉体も悲鳴を上げる。空気そのものが押し潰される様に薄くなっていくような気配の中、ナイチサを見る。

 

「お前ら魔人と魔王対策に考えた戦闘方法だ。どうだ、ちったぁ効くだろう」

 

「あぁ―――驚いた」

 

 ナイチサは称賛する様にそう言って、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。《ハイパーモード》で身体能力を3倍にした状態で更に、過重を追加する。60倍。内臓を吐き出しそうなプレッシャーの中で、立ち上がったナイチサは自分に掛かった埃を片手でぱっぱと振り払うように落とし、それで、と声を零した。

 

「それだけか?」

 

「聞仲か何かかよお前」

 

 言葉を吐いた瞬間には斬撃が目の前にあった。それを切り払った。

 

「ほう」

 

 それに驚嘆の声をナイチサは零し、少し嬉しそうにしていた。あぁ、違う。こいつ、自分と同じような真実に辿り着いた奴が、タダの道化ではない事を喜んでいるのだ。クソ、気持ち悪い。吐き気がする。内臓丸ごと吐けそう。だが駄目だ。がまん。過重結界は絶対に解除しない。ナイチサはまるでない物の様に動いているが、それでも魔王の力を僅かに、爪先程かもしれないが、制限しているのだ。

 

 これ、解除したら絶対に見切れねぇや。

 

 理解しながら切り払った。ナイチサが剣を振るう。闇を固めて作ったような剣、その斬撃がナイチサ自身が作る闇によって隠され、振るわれてくる。方向の解らない斬撃が魔王という圧倒的スペックから振るわれる悪夢を前に、

 

「マギーホア様よりはトンでもじゃねぇ……ところで俺って今2000歳ぐらいだっけ? もうちょっと若くなかった?」

 

 切り払った。吐き出しそうな気持ちをぶつぶつと冗談みたいなことを呟く事で忘却し、斬撃の軌道を先読みする。ナイチサの剣術は悪くはない―――だがそれでも、経験が足りない。強敵と戦った経験が、匹敵する相手が居るという経験が。相手を殺すだけの剣。強者の剣。

 

 故に経験で裏打ちされた格上と戦う為の基本的な動作で対応できる。切り払う、受け流しながら返す。引っ掛ける。切る、払う。それらの動作でナイチサの動きに、無明の斬撃に対応する。加速しそうなそれを切っ先を、呼吸を読んで対応する。

 

 全身を一つの機構として考え、Lv3技能を歯車に、ドラゴンの力を歯車に、経験をプログラムにして、気力と怒りを燃料にして注ぎ込み、それで肉体を動かす。推定、《剣戦闘Lv2》と思われる。腕前は此方の方が上だ。

 

 故に付け入る隙はある。斬撃を切り、重力の束縛の中、隙を作る為に攻撃を重ねる。その果てに一瞬だけ隙を作る。そこに奥義を叩き込み、

 

 《無敵結界》を貫通出来る悪魔王の骨で作られた剣を突き刺す。

 

 それが、

 

「うし、そ―――」

 

「ん? あぁ、もうこんな時間か。もう少し人間を殺さなくてはならないか。すまない、遊ぶ時間が無くなった」

 

 言葉を放った瞬間には大地に叩きつけられていた。血反吐を吐きながらメキメキ、と音を立てながら骨が折れる音が聞こえた。知覚の範囲を超えていた。そして衝撃はそれで終わらず、神経をとがらせば、

 

 顔面に迫る靴の先が見えた。

 

「かふっ」

 

 血反吐を吐きながら蹴り飛ばされた。大地にクレーターを穿つようにバウンドし、跳ね跳びながら落ちてきたところをナイチサに捕まれるのを知覚した。ドラゴンとして覚醒された力が傷口を強制的に閉ざし、傷を癒す。だがそのまま、ぐきり、と自分の喉から音が響いた。息が出来ない。首が曲がる。

 

 反射的に骨剣を抜いてナイチサに刺した。だが角度が悪い。差し込み切れていない。それを見て、ナイチサがふむ、と声を零した。

 

「手っ取り早く躾けるか」

 

 そして大地に叩きつけた。片足を握られたまま。

 

 そして持ち上げ―――叩きつけた。

 

 布をはたく様に、何度も何度もスナップを聞かせながら大地に叩きつける。ひび割れる大地に気にする事無く叩きつけ、そして投げられる。ドラゴン・カラーとしての血が沸騰する程に沸き上がり、折れた首や体を即座に再生し続ける。ありがとうドラゴン、流石ドラゴン。超強いぞドラゴン。ドラゴン技能無かったら既に死んでいるな、と思えば、

 

 反応出来るよりも早く。

 

「《魔の渦》」

 

 周辺の全てを飲み込む闇渦が襲い掛かってきた。一瞬で飲み込まれ、全身を殴打され、切り付けられ、闇に肉体が焼かれる。だがそれを内側から切り裂いて破れば、正面にナイチサが居る。凄まじいまでの威圧感。魔王としてのオーラ、それが此方を威圧感で拘束した。まるで体が動かない。やばい、と思っても体が動かない。

 

 それを前に、ナイチサが拳を握った。

 

「服従するか死ぬか選ぶ自由を与えよう。共に眠れる白痴の神に供物を捧げるつもりはないか」

 

「―――」

 

 返答の代わりに顔面に唾を吐き捨てた。直後、

 

 ナイチサの本気の拳が振るわれた。知覚は出来た。少しずつ、少しずつ、闘争本能が目覚め、それがナイチサの動きを見える領域まで経験を積み上げて行き―――それを全てあざ笑うようにナイチサの拳が放たれた。

 

 まだ魔血魂が多く吐き出されておらず、その血が濃かった時代の魔王。

 

 その一撃で体中の骨が砕ける音がした。《勝利の鍵》がついにその余波で粉砕されるのが聞こえる。傷が殴り飛ばされながらも急速に回復するが、骨を繋げた所で限界に到達し、大地にバウンドしてから魔王城の城壁に衝突する。城壁に半ば、陥没した状態のまま、血反吐を口からだらりと垂らしながら第三の目が閉じた。バランスブレイカーが必要となる魔力の欠乏により機能停止する。

 

「……」

 

 口が開かない。言葉が出ない。体がまるで動かない。

 

 別段、魔王を舐めていた訳じゃない。勝てない相手だと解っていた。だが一手、一手ぐらいは何とか―――差し込めるかもしれない。

 

 そんな考えそのものが間違いだった。理解した。次元が違う。いや、システムが違うのだ。こんなの、バグが相手でないとそもそも戦いにはならないだろう。ランス君とその子供たちの強さが良く理解出来た。俺がレベル250あったとしても、これでソロは不可能だ。同じようなレベルの連中を最低、8人は集めないと話にならない。というかソロで戦えるマギーホア様ほんとマギーホア様。

 

 あぁ……やべぇ。

 

 動けねぇ。

 

「中々良い催しだった。一曲と引き換えにするには十分な時間だった」

 

 本当にやばい。まるで動けない。回避も逃亡も出来ない。魔力切れ。バランスブレイカーしこたま用意してあったのにまるで塵の様に吹っ飛ばされた。完全に遊ばれていた。だがそれ以上にやばい。

 

「さて、最初に与える命令はどうするか……」

 

 新しいおもちゃを眺めるような視線で手首を切ろうとしていた。

 

 血だ。

 

 血を注いで魔人を作ろうとしている。

 

 つまり、魔人ウル様。不味い、一番ヤバいパターンだこれ。あの時、素直に逃げていればまだ逃げられたのだろう。だがそれが自分には選べなかった。許せなかった。どうしても。それはナイチサとのスタンスの違いからくるものだろう。だからこそ絶対に許せなかった。俺が苦労して泣いて悩んで決めた事を、

 

 こいつは真逆の方向へ一切の躊躇も迷いもなく決断し普通に実行し続けていたのだから。

 

 だから自分に出来る事と言えば、中指を突き出す事ぐらいだった。Fuck you。地獄に落ちろナイチサ。だがこいつなら地獄に落ちても普通に戻って来そうだな、と改めた。なので今度は奈落に落ちろナイチサ。そしてALICEの登場シーンに真っ二つになればいいのだ。というかマジで死んでほしい。

 

 あぁ、駄目だ、まるで抵抗できない。

 

「さぁ、我が僕となれ、カラー」

 

 ナイチサの片手が迫るのが見えるので、口を開き、声を吐く。体力の全てを消費して最後の言葉を紡ぐ。

 

「お断りだよクソ野郎」

 

 その言葉と共に意識を落とした。




 魔王とそれ以外の人間との戦いを表現するなら、

 ファイアーエムブレムを遊んでいるのに相手にディスガイア混じっている感じ。お前、根本的にシステム間違えてない?? って言いたくなるような強さをしている。レベルが高くて対策して準備しても全部無駄って言える相手。最低限結界を破壊した上で250を何人か集めて漸くまともに向き合えるって感じだけど、そのレベルがそんな数いないんで……。

 魔王は強かった。


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800年

 ルドラサウム。

 

 諸悪の根源にして白痴の創造神。全知全能でありながら無知蒙昧。この世の全ての苦しみはルドラサウムから生み出された。故にこの世界の全てが恨む存在があるとすれば、それはルドラサウムという存在になるだろう。一番最初にルドラサウムが知った愉しみは他人の苦しみだった。それをルドラサウムは楽しんだ。故にそれを満たす為にルドラサウムから生み出された全ての生物はそれを献上する。この世界のシステムはそうやって出来上がっているのだ。

 

 最初はその事実に恐怖した。次に目を逸らした。そして今では向き合っている。

 

「だけどそこで何故貴女があのお方をそこまで愛しく思っているのかがまるで解らないわね」

 

 女神ALICEはお茶会でそう言ってきた。此方の存在を不思議がる様に。恐らくはALICEにとっても初めてなのだろう。ルドラサウムを知った上であの鯨の神様を愛しく思う存在を。尊敬し、崇拝し、そしてそれに従う存在なら腐るほど存在する。だがそれを理解し、そして子供の様に慈しむ存在は、1人として存在しなかった。ALICEは人間のバランスを取る為に存在する人類の管理局だ。AL教はその為に彼女の手足として生み出された。だから彼女は人類がどういう生物なのかを良く理解している。だからこそウル・カラーという女が人類最大のイレギュラーである事も良く理解していた。故に彼女は理解出来なかった。何故ルドラサウムをそこまで愛せるか。

 

 だからこそ簡潔に答えた。

 

「だって、可愛いじゃないか」

 

「可愛い?」

 

「そう、可愛い。あの子は既知と未知の狭間で変わろうとしているんだ。変わるという事に期待しているんだ。俺は性善説を信じる訳じゃないけど、あの子は今、戯れの一つとして()()()()()()()()()()()()()()()()んだ」

 

 それがとても可愛らしいんだ、と言葉を口にした。それをALICEはまるで理解できない様に小首を傾げた。或いはこれが神と女という生き物の差なのかもしれない。ALICEは初めから人間性を欠片も保有していない。彼女が人間らしい仕草や動作を見せるのはそういう風に自分を演出しているだけだから。だからALICEはそれを理解出来ていないのだ。

 

 だがそれを、自分は変化を捉えていた。

 

 男であれば気持ち悪さと憎悪だけが先立つだろう。だからこそ自分は女として生まれてきたのではないか、と思っている。あの白痴の鯨をどうにかできるのは男ではない。導き、育てるのは女の仕事である。クルックー・モフスと同じ事が出来るとは欠片も思っていないが、ルドラサウムと同じものを見て、同じものを知って、その前提で考えて、それで漸くあの子の考えが理解できた。或いは理解出来てしまった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()というだけの話だ。

 

 その精神性は未熟。年月は気が遠くなるほど過ごしてきたのかもしれない。だけど間違いなく、ルドラサウムは子供だった。可愛らしい子供だった、その心は1センチたりとも成長していないのだから。だからこそ可愛らしい、と、愛らしいと思えるのかもしれない。成長を見守る親の心境だったのかもしれない。

 

「俺は生まれた事自体に意味はないと思っている。それは与えられるものではなく、見出すものだと思っている。そしてもし、俺が自分の生に意味を見出すのであれば、それは唯一全ての真実と運命を知る者として、ルドちゃんに愛を教える事だと思っている。俺はそこに生きる為の意味の全てを見出した」

 

 意味は誰かから与えられるものじゃない。

 

 自分で見出すものだ。だからこそスラルを助けてから、自分の存在意義を、生きる意味を考えた。そしてきっと、これが自分の役割だと思った。

 

「ルドちゃんも、ハーモニットも、ローベン・パーンも、プランナーも。全員が既にエール・モフスとその冒険を知ってしまった。果たしてそれは俺が持ち込んだのが先か。或いはそれが別次元のルドラサウムによる冒険だったのか―――それを判断するのは正直、どうでもいい事だ」

 

 だけどこれだけは言える。

 

「完全に同じ物語を経験するだけじゃもう、物足りないだろう」

 

 だから変える必要があった、未来を。だが変えない必要があった、未来を。エール・モフスに新しい冒険を提供する必要があった。前のルドラサウムが経験した大冒険よりも更に大スペクタクルで、激しく、楽しく、記憶に残る様な冒険を用意する必要があった。同じものでは満足させられないなら、それを超える冒険を用意する必要があった。それがこの世界を救う為の鍵になる。

 

「だからその為に俺は道化にもなんでもなる―――あのルドラサウムに愛を教えたいんだ」

 

 誰でもない、俺自身が。そうしたいと思った。スラルが作った流れだった。あの一言。友達という言葉が深く、深く自覚させたのだ。

 

 俺はこの世界の住人であり、外側から眺めているプレイヤーではないと。だからやりたい事をやる事にした。自分の持てる全てを持って。たとえそれが誰かの幸福を奪う事だとしても、それでもやり遂げる必要がある。その為にはやらなくてはならない事がある。だからやる事にした。

 

 その為に必要な事は既に見えている。

 

 未来の為にも、

 

 もっと―――もっと、将来の戦いを広げる必要があった。

 

 今のままでは将来的には、ほとんど同じ魔人しか出現しないだろう。それでは駄目だ。それではルドラサウムが飽きてしまう。エールの事はクルックーが何とかしてくれると信じている。だから戦いの規模を広げよう。もっと味方を増やそう、魔人に対抗できる戦力を増やすのだ。将来的に【魔人討伐隊】に参加出来る面子を増やすのだ。そしてそれだけではない。それだけでは不公平だ。ちゃんと見ていて楽しい様に魔人側の数も、戦力も増強しなければならない。

 

 その為には、

 

 何でもやる。

 

 他人を、世界を、自分を利用してでも―――なんでも、する。

 

 その覚悟があった。

 

「……やっぱり貴女、バグね。根本的に人の考えをしていないわ」

 

 その思想、言動、行動の全てを理解できずにALICEはそう判断した。

 

 そしてお茶会は続いた―――。

 

 

 

 

「痛ぁい」

 

 全身に痛みを感じ、懐かしい包帯の感触を全身に感じながら目を開いた。見慣れない天井が視線に入り、体を動かそうとして、前よりは多少はマシかな? という感じで体が動いた。上半身を持ち上げながら片手を体にやり、回復した魔力で自分の肉体に探査を走らせた―――そしてそこに、何の問題もない事を確認した。いや、感じるのは僅かな喪失感だ。自分を構成するピースの一つが剥奪されたような感触。あぁ、成程、

 

「ペナルティ喰らったか」

 

 派手にバランスブレイカーを使って魔王と戦ったし、そのペナルティで何かを持っていかれた。ALICEもそれだけで済ませる辺り、自分には甘いよなぁ、と思う。或いは三超神からやっている事を理解されている為に、重いペナルティを与えないように注意されているのかもしれない。どちらにしろ、生きている。そして魔王の気配はここには存在しない。

 

 そして魔王ナイチサという存在を自分の魂に刻み込む事が出来た。

 

「とりあえずの目標は達成……かな……」

 

 これで()()()()()()()L()P()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。ナイチサの力、質、方向性、性格は解った。忘れないうちにどっかにメモをしておきたいが、

 

「なぁーにが目標達成よ」

 

 そう言って自分が寝かされている部屋に入ってくる、聞き覚えのある声がした。視線を入り口の方へと向ければ、そこには元魔王スラルの姿が見えた。その表情には呆れの色が見える。

 

「流石に魔王と殴り合いを始めた時は驚いたわ……」

 

「でもそこら辺、スラルちゃん止めないよね」

 

「考えがあってやってる事なら私が止めるまでもないでしょ? 流石に魔人にされそうになった時は焦ったけど。どこの存在かは知らないけど、魔人にされる直前、空間が微妙に乱れたから間に合ったけど……覚えがあるなら感謝しなさいよ? 私だけじゃ間に合わなかったかもしれないし」

 

「そうしとく」

 

 スラルの言葉に息を吐きながら後ろに倒れ込む。魔人になる瞬間に空間が乱れた……時間が引き延ばされた? 手を出したのは誰だろうか。マッハか、それとも監視していたALICEか。それとも大穴で……ルドラサウムとか? いや、ありえない。あの子は基本的に眺めているだけだからだ。ゲームの舞台に手を出してくる事はないだろう。だからたぶんどっちかだ。

 

 神様に愛され過ぎて辛いなぁ!

 

 ―――無論、欠片も愛されていない訳だが。

 

 一方通行の愛が辛いのである。

 

「あー……しばらくはリハビリか」

 

「もうちょっとその奇行を抑えてくれると私は助かるんだけど。危うく貴女の魂を回収しそうになったじゃない」

 

「その前には気合で天使か悪魔にはなっとくよ」

 

「可能なのそれ……?」

 

 気合でカラーは英霊になれるらしいし、気合さえあればなんとかなるのではないだろうか……?

 

 まぁ、それにしてもしばらくは療養する必要があるだろう。これはまたレベルダウンだろうなぁ、と呟きながらとほほ、とベッドの中で体を落ち着かせた。まぁ、結果自体は悪くないから問題ないのだが。それに魔王という存在がどういうレベルで強いのかをこの体で経験する事も出来た。今度は魔王ジル対策をしなくてはならない。一発殴って逃げるだけの準備を、どうにか整えて将来用にジル対策データを構築しなくてはならないが……いや、ランスくんが未来でジルに勝利するから関係ないのか?

 

 だけど既に魔人ノスが生まれる可能性は消えた。あのお爺ちゃんは今日も翔竜山で元気に堕天AKをホームランしている。その事を考えたら絶対に魔人になるなんて未来は見えない。ガイに封印され、そのまま一生封印されていそうな気配だ。或いはノスの代わりに何らかの化け物染みた魔人がジルの配下に追加されるのかもしれない。既に魔人黒部や魔人サタニアという自分の知らない魔人が産まれているのも事実だ。

 

 だが、自分はそれを好ましく考えている。

 

 少しずつ未来が変わっていくのを楽しみにしていた。舞台を変えずに内容を大きく変える。そんな未来をルドラサウムも一緒に楽しみにしている事を自分は期待している。まぁ、それが裏切られて俺が道化だった場合は―――笑おう。

 

 少なくとも自分がやっている事に対して自分は満足できているのだから。

 

「貴女のそういう、なんでも楽しめるって所は本当に羨ましいわ。私なんて領地持ちで部下が出来ちゃったからまたシフトやローテーション組んで人材管理しているのよ? 魔王も悪魔も大差ない生活なのに」

 

「でもスラルちゃん、ノルマはサクッと達成して自由時間は遊んでるよね」

 

「折角寿命と役割から解放されたのだから当然でしょ? 生きている間はこれからも、もっともっと楽しむ予定なんだから仕事は最低限終わらせて後は美味しいもの食べたり観光したり遊んだりして過ごすに決まってるわよ」

 

 ここで仕事をさぼるという選択肢が出てこない辺り、実にスラルらしいというか、きっちりしている女だよなぁ、と思って苦笑する。それを聞いて、スラルは両手を腰に当てながらでもいい、と言葉を置いた。

 

「私の遊び相手は少ないのよ? ガルティアもケッセルリンクも基本的に魔王城勤めで遊びに誘えないし。だから貴女ぐらいしか遊びに誘える相手がいないんだから、勝手に死んじゃ駄目よ」

 

「俺だってもう自殺したいとは思ってないから大丈夫だよ」

 

 今回はやや見通しが甘かった上にちょっと簡単にキレてしまったのが原因だが。あそこまで簡単にブチギレになったのは、恐らくドラゴンの血だろうなぁ、と思う。圧倒的強者を前に戦意高揚してしまうドラゴンの闘争本能、ハンティはそこら辺、ドラゴン技能がLv1か0なのかは解らないが、薄いのだ。だけどそこらへん、俺は濃いので通常のドラゴンの様に興奮してしまう。

 

 たぶんそれとナイチサという存在を許容出来ない拒絶の意思が組み合わさって最悪のコラボレーション、という感じだった。存在そのものが許せず、瞬間的にカッとなってしまったのは事実だ……歳をとりすぎて自分の感情を制御出来なくなっちゃったのだろうか? これじゃおばあちゃんって言われてもしょうがない。

 

 まぁ、人生はそんな事もあるだろう、という話だ。

 

 何時までもくよくよしててもしょうがない。ただ、ナイチサと戦って改めて解った事がある。

 

「《無敵結界》さえなければアレ相手に勝てるのかマギーホア様って……やっぱ王様すげぇわ」

 

「世の中本当に狂った強さの奴が居るわね」

 

 そしてあのナイチサを200年以内に出現する勇者が瀕死の状態にまで追い込むのだ。アレを、あの魔王ナイチサを勇者が瀕死に追い込むのだ。唯一知っている勇者は未来に生まれる勇者アリオスだけだったが―――魔王との戦いを経験し、【エスクードソード】と【勇者システム】による50%時のブーストというモノを今回の件で良く理解した。

 

 人間じゃねぇわこんなの。

 

 そう思いながらしばらくは休むことにした―――まだまだ、やる事はたくさんある。ずっと寝ている暇なんてないのだ。

 

 なにせ―――死滅戦争がもう、直ぐそこまでやってきている。




 魔王と戦わせる結果がどうなるか解っているけど、将来的な意味を含めて、1回は戦わないとそのヤバさが表現として伝わらないからなぁ。とはいえ、これに勝てる連中お前ら本当になんなの? って感じはする。

 という訳で死滅戦争はーじまーるよー。

 ウルちゃまとルドちゃんの共通認識、見えてきたかな?


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951年 準備フェイズ

NC817年

 

ルドラサウム大陸状勢

 

≫≫≫≫≫≫≫≫

 

 JAPAN、第一次戦国時代に突入する。藤原石丸の死後、放置されていた【帝シリーズ】を求めて戦いが始まる。帝に統治されなくなったJAPANは各地で大名化、独自の軍隊を保有する様になって大陸には目もくれず、お互いに殺し合いをする様になる。この事態に大陸の半分を支配する大オピロス帝国はまさにドン引きという様子を見せていた。何故魔王という脅威を前に身内で殺し合っているんだこいつら、という言葉に対してJAPAN以外の大体全ての存在がそうだよな、と納得するしかなかった。

 

 

NC820年

 

ルドラサウム大陸状勢

 

≫≫≫≫≫≫≫≫

 

 JAPANが戦国時代を開催する陰でオピロス帝国、東西に分割。魔軍との戦いを放棄し、オピロス帝国内で内乱が発生する。オピロス皇帝のJAPAN側を全く笑えないじゃないかという言葉が歴史に残される。まさしくその通りだった。魔軍との戦いを止めても東部オピロス、西部オピロス、そしてJAPANと三大国家に世界情勢は割れた。魔軍が手を出さずとも三国家の間で勝手に疲弊するという事態が進み始めた。のちの歴史家に人類が最も愚かであった時代として名を残す様になる。争い始めて国家は勝手に疲弊し、魔軍に対して脆弱な姿を見せる事になった。だがこの状況に対して魔軍は静観する事を選んだ。藤原石丸の成長の時の様に、まるで最大の成長まで待つように魔軍、そして魔王ナイチサは国家情勢を見守る様にした。

 

 

NC880年

 

ルドラサウム大陸状勢

 

≫≫≫≫≫≫≫≫

 

 世界最大国家に東部オピロス帝国が名を上げる。未だに帝シリーズを求めて内乱を続けるJAPANとは違い、東部オピロス帝国は魔軍に対する最前線を守る代わりに西部との間に不戦協定を結ぶ事に成功する。これによって東部と西部の間では戦闘が行われなくなり、同時に東部オピロス帝国が急速な発展を迎える。かつて藤原石丸によって齎された文明成長のノウハウを吸収した東部オピロス帝国は大陸南部に巨大な支配領域を生み出し、そこで食料の大量生産に成功する事で爆発的な人口増加に成功する。この陰には《農耕Lv3》の存在があったのではないか、という話が存在する。そうでもなければ爆発的な人口増加に対する答えが存在しないから、と認識されている。また、これによって東部オピロス帝国は過去最大の軍備増強を行う。あの藤原軍を超える、大陸最大規模の軍隊が結成しつつあった。

 

 

NC901年

 

ルドラサウム大陸状勢

 

≫≫≫≫≫≫≫

 

 東部オピロス帝国が魔軍、魔王ナイチサに対し宣戦布告。国民の一人に至るまで死なない限りは戦争を続けると宣告し、魔王ナイチサを討伐する為の戦争がついに始まる。これに魔王ナイチサが国民すべてを葬る事で終わらせると言葉を返し、開戦する。

 

 のちに東部オピロス帝国の人間全てが死亡する戦争、死滅戦争がこれより開幕する。人類史で最も多くの血が流れ、最も多くの人間が死んだという最悪の戦争であった。

 

 

 

 

「西部オピロス【賢人会】へのご招待、か」

 

 NC951年。今回はバランスブレイカーからの反動ではなく純粋な外傷がメインだったので怪我自体は数十年で治った。それからは再びマイホームへと戻って再びリハビリの日常だった。そこまでレベルが下がらなかった事がある種の救いだろう。だが問題は元カラー女王というネームバリューと、お散歩が原因で自分が翔竜山周辺に住んでいるというのが西部オピロスの方ではそこそこ認知されている、という点だった。つまり定期的にゼス周辺の国家からお誘いだったりするものがあるのだ。基本的に強引なアクションはないのだが、たまーに、100年に一度程、身の程をわきまえない馬鹿がやってくる。そういう馬鹿はきっちりとぶち殺して差し上げている。ぶっちゃけ、権力とか間違いなくデッドウェイトになるので欲しくはなかったのだ。なのにそういう勧誘ばかりやってくるのが困りものだった。

 

「【賢人会】ってなんだよ……あ、パンフついてきてる」

 

 そこはポイント高いぞ西部オピロス帝国君。

 

 家の椅子に座りながら招待状に付属しているパンフレットを取り出し、その内容を確認する。西部オピロス【賢人会】とは西部オピロス帝国に才能を認められ、そして十分な能力を持つ【賢人】を見出し、それによって魔法、化学、文化、様々な面での技術向上を目指し、更なる叡智を求めようとする団体であると説明されている。

 

「国家に還元していくスタイル。あ、だけど政治的な力は持てないのは好感持てるな。だけどめんどくせぇ」

 

 誰がやるかよ、と思ってベッドの上に招待状とパンフレットを投げ捨てた。

 

「どうせ滅ぶ国と関わってもなぁ……」

 

 呟きながら椅子に背を預けた。

 

 ナイチサに敗北してから150年近い時間が経過した。東部オピロス地獄は既に国民が8割程死滅している。それも一方的に、圧倒的な力で。魔人と自分自身が最前に出る戦争の中でナイチサは少しずつ、少しずつ前線をじりじりと削る様に押し上げ、戦争が始まってから今になり、東部オピロス帝国は死滅の危機を迎えた。逃げ場を無くすように東部オピロス帝国の国境に魔軍と魔人を配置し、囲みながら宣言通り、全ての国民を見逃す事無く殺し尽くしている。人類最大人口を誇った国家が今では絶望と死の国になっている。魔軍が通り過ぎた大地に生き残る人類は残されていなかった。とはいえ、そろそろ東部オピロス帝国の全滅が見えてきた。

 

 そしてそれが終われば勇者スイッチが魔王を殺すモードに入る。そうなればナイチサに致命傷が入る。

 

「ナイチサももう終わりかぁ……ん? あー……そうか、魔王の交代か……」

 

 ジルの事は覚えていたが、そういえばジルの所属は忘れていた。若く聡明な賢者だったが、苦しめられて歪んだ結果人類家畜化計画をする様な魔王になってしまった、というのがジルに存在していた設定だっけ? と思い出す。その内容をより鮮明に思い出す為に【ひつじNOTE】を取り出してパラパラと頁をめくり、内容を確認する。

 

「あったあった……迫害から四肢切断でレイプか。ひっでぇなこれ」

 

 人類全てを憎む魔王となる、のだったか。だがその前は聡明な賢者で、美しい女だったと言われる。いや、魔王ジルになっても十分美しいのだが、それでも拷問レイプされるぐらいには美しかったのだろう。ちょっと、なんで迫害されてしまったのか、というのには純粋に気になる。何よりも西部オピロスは魔法研究と魔法開発の方が非常に盛んになっている、という話を聞いている。

 

 その中には《魔法Lv3》の存在も感じるような、感じない様な。だが時折、長く生きた自分の様な凝り固まった、或いは螺子曲がった思考の持ち主では絶対に思いつけない様な突飛で奇抜な、とても若い発想を人類というのは生み出せる。そういう視点は長寿の種族には持てない発想力である。自分の様に無駄に長生きな奴は、若い頃に見つけ、そして鍛えたのを延々と鍛え、発展させ続ける事ぐらいしか出来ない。応用性はあっても、生産性がない。新しく生み出すというのが時代の発想力から難しくなってくるのだ。その為、魔法研究を行う上ではなるべく若い世代と接するのが、研究する上では良いとされている。

 

 だから魔法研究を進める事を考え、魔王ジルとなる前にジルに接触し、どういう人物だったのかを探るには、西部オピロスの【賢人会】に乗っかる事を考えても良い。だが当然、これにはリスクがある。

 

 まず第一に俺がカラー。それもドラゴン・カラーであるという事実だ。

 

 つまり未だにカラー狩りが続いている時代であり、俺という元女王のクリスタルにはそれだけの価値があると見られるだろう。ぶっちゃけ、この呼び出しが罠で俺をハメる為の文章だったとしても別段、俺は驚かない。それでもまぁ、普通の人類程度には負けないだろう。一般人からすれば俺も魔人もそう違いがないレベルで化け物にしか思えないし。

 

 ただそれ以外にも、ジルを迫害したとされる連中が存在しているのも事実だ。魔王とはなった瞬間から最強になる訳ではない。そもそも魔王には素質が関わってくる。そして同時に、魔王は元々存在してた素質を大幅にブーストする。解りやすいのはランスが《剣戦闘Lv2》だったのが魔王になる事で《剣戦闘Lv3》へとそれが進化した事だ。こんな風に、魔王化は単純にレベルを上げて強くなるのではなく、素質や資質をブーストする。故に、元々ジルには優秀な素質が、才能があるという事が解る。

 

 このジルを四肢欠損に追い込んだというのならマジでビビる。スラルは元々レベル50以上あった貴族の娘だったらしいし、ナイチサも同じく、貴族出身の男だった。魔王になるには一定以上の強さが必要の様に思われる。そしてそれが正しいのなら、ジルもそれなりのレベルがあった筈なのだ。そんなジルを四肢欠損に追い込むなんて。

 

「もしや伝説のタネ=ヅケ・オ・ジサンでも居たのか……!?」

 

 椅子にだらり、と体をたれ状態でぐったりさせながらそんな馬鹿な事を口にしてみる。

 

 真剣に考えてみる。

 

「でもアリスソフトさんなら種付けおじさんぐらいは出せそうだよね」

 

 部長出てきてるし。というかちょくちょくスタッフの方々が出てきているし。ただ、未だに自分がハニーキングというか、部長とエンカウントするような事態はない。フラグを踏めていないのか、それとも避けられているのか、一体どっちなのだろうか……? どちらにしろ、魔王ジルとなる前の賢者ジルとエンカウントするのにはそれなりにリスクがある。当然、これを見逃しても良い。

 

 なにせ、この間に出来る事はもう一つある。

 

 勇者への接触だ。

 

 ぶっちゃけ、魔王を殺せる勇者のスペックというのには凄い興味がある。それに魔王を殺せるレベルまで解放された状態の【エスクードソード】であれば、人類最強の武器と呼べるレベルにまで強化された状態になっているだろう。それを見てみたいというのもある。

 

 だがそれとは別に、魔王をソロで殺せる人類の強さ、そのスペック、レベル、能力というのを一回把握しておくべきだと個人的に思っているのだ。マギーホアはアレ、バグの様な強さなので全く参考にならないのだが、人間という範疇で魔王を攻略するにはどれぐらいの強さが必要なのか、それを見極める為にもなる。それにこれから、未来で何度もエンカウントする事になりそうな勇者の従者、コーラス0024とは今のうちに顔を合わせておいた方が、色々と捗るだろうとも思っている。

 

「ま、どちらにしろこれから単独行動は控えるか」

 

 堕天AK隊も一部、戦闘の才能のある奴とない奴で分かれ始めて来た。戦える奴を護衛として何人か連れて行くのが良いだろう。そろそろソロで活動する時期も終わりかなぁ、という感じが強い。ナイチサの一件で少々懲りたとも言えるかもしれない。それにいい感じに使える子が出てきたので、その子の試運転などを意味する。後俺について行動する事に慣れさせるとも。

 

 レベルが上がるのが非常に遅く、中々強くならないが、それでも漸く外に連れ出せるだけの強さを持ってくれたおかげで、西部に行こうと、東部に行こうとどちらでも問題なくついてきてくれるだろう。将来的には魔人討伐隊に参加させる予定でもあるし、その事を考えたら対魔人経験はあげたい。だがそれとは別に、対策用の魔法研究も進めたい。

 

 ……どちらを選んでも問題はない。

 

 また同時に、どちらも選ばないという選択肢がある。

 

 つまりはこのまま森に引き篭るという選択肢だ。当然、ここにはドラゴン達やマギーホアが居る。そしてそれだけではない、将来的には……そのままかどうかは不明だが、【ペンシルカウ】が設立される。この【ペンシルカウ】がカラーの一番大きな里となり、2000人のカラーを収容し、結界で守る場所となるだろう。

 

 それが発生するのが全人類家畜化計画が発動するGLの間の話だ。つまりここから出て行く事をせずに引きこもって、ペンシルカウの設立に向けてちびちび農地化などの準備を進める事が出来る。

 

「西部オピロスに行って賢人会で魔法研究するか、東部オピロスで勇者を眺めつつ弱ったナイチサの顔面にうしのフンを投げつけるか。それともここに引きこもってしばらくの間は農家に転職するか」

 

「私個人は最後のをお勧めしておくわ。ここに引き篭って毎日お菓子でも焼かない?」

 

「我輩はやはり西部オピロスに行くのが最も楽しいと思うぞ。あそこの人間は大分腐敗が進んでいるからな」

 

 振り返ればキッチンから焼きたてのケーキを片手に悪魔界へと帰って行くスラルと、逃亡する所をスラルに蹴られて床に倒れているマッハの姿が見えた。どうやらケーキ争奪戦の軍配はスラルに上がったらしい。

 

 なのでマッハを持ち上げ、訓練中の集団の方へとその姿を投げた。

 

 そしてそのまま、ノスに踏み潰された。その姿を見てからガッツポーズを決める。

 

 俺もこの数千年間生きてきて、だいぶ元の男だった頃よりも意識が変わっている。これが自然なものなのか、本当の意味で壊れたのか、或いはこれが女という生物の意識の仕方なのか―――それは判断できない。だが俺も、漸くこの歳になって変わってきているんだ、というのを理解できた。問題はその方向性だけで。そして自分の選択肢が未来と自分を変えて行くのであれば、

 

 その選択肢は慎重に行わなければならない。

 

赤ルート 【賢人会】乗っ取りチャレンジ

 

緑ルート コーラス0024を大陸から突き落とす

 

青ルート 俺、今日から農家になるわ

 

 さて―――何をしたもんか。どれも魅力的に思える以上、等しく楽しそうだった。




 段々と未来が近づいて来たのでランス10に向けて要素やら準備やらが増えて来る。

 それはそれとして、コーラは一度蹴り飛ばしたい。


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951年 拠点フェイズ

「―――良し、【賢人会】とかいうのがどれだけ凄いのか、このウル様が確かめてやろう」

 

 ついでにジル対策を構築する為に、賢者ジルという人物を確認する。魔王になってからランス03でのランス君の活躍に任せるか、その時盗み見る感じでいいだろ。うん。正直魔王ジルは苦手だ。カラーは放置されていたらしいが、それでも全人類家畜化とか完了させてしまう魔王を一体誰が得意になれるというのだ。正直アレ相手にセェェェェ―――ックス! とか叫んで挑戦出来るランス君があまりにもランス君過ぎる。

 

 美少女美女だったらセックスオールオッケーのランス君の法則が強すぎる。将来、自分も見つかったら間違いなく襲われそうだから、純潔の魔法でも作った方がいいのだろうか。処女である間は淫らな事を自らしない限りは守られる魔法とかファンタジーに良くありそう。

 

 だがここはアリスソフト。そんな都合の良い物はありません。

 

 偶に助けてTADA部長! ハニーキング! 居るんでしょ!? って叫びたい時があるのは事実だ。とはいえ、ハニーキングが存在するのは間違いがないのに、その姿が確認できないのが、ちょっと怖い。間違いなくこの大陸に存在する筈なのに。あれ? でもTADA部長とハニーキングは別の存在だっけ? 【ひつじNOTE】を確認すればTADAは上位存在、ハニーキングはハニー担当二級神(?)、と書かれてあった。ぶっちゃけ、カラー時代はハニーが必要だったから探せばちょくちょく調達できたのだが、それが恨みだとか何とかに発展する事はまるでなかった。ハニー、そこらへん割と重い筈なんだけどなぁ、と思いつつ。

 

 まぁ、ハニーキングと部長の事は良い。メタ存在の事を考えると頭がおかしくなりそうだ。何時か、ハニーキングを見つける事は一旦おいて、とりあえず、向かう先は西部オピロス帝国にする事にした。【賢人会】、そして賢者ジル。自分の目で是非とも確かめておきたい事の一つだった。そこに本当に《魔法Lv3》がいるとしたら、それは自分が今、改めて魔人や魔王対策に考えている魔法等の助けになるだろう。

 

 将来的にエールが習得するであろうAL大魔法クラスの、最上位魔法の上に来る【大魔法】レベルの魔法、それを生み出す事が今の自分の目標である。レベル250でありながら明確に魔王に対して大きなダメージを発生させる事の出来る魔法。その開発は必要だった。何せ、NCが終わればGLが来るのだ。

 

 そうすれば大陸全土を舞台とした魔人戦争がやってくる。今からそれに備えても、早過ぎるという事はありえないだろうと思っている。だから早めに対策などを考える。特にナイチサと戦闘した辺り、そういう対策は非常に必要だと感じられた。まぁ、今の所俺に《無敵結界》を突破する方法はない。バフデバフと妨害惑乱をメインにし、堕天AK隊に攻撃を完全に任せるスタイルになる。

 

 だが彼女たちでさえ、まだレベルは80を超えたばかりだ。レベル限界はかなり高いが、それでも200には届かない。一番高いルシアでもレベル限界は154だ。他の子はそれより10や20低い。完全に成長させた状態になれば、ある程度魔人と戦える強さは備わるだろう……あとは経験等の問題になってくるだろう。まぁ、魔人側も魔人側で数は増えている。カミーラも正史程引き篭っている訳ではない。もうちょい顔を出せたら話は別なのだが。ケッセルリンクもスラルが生きている影響で強いままだけどラバーズ増やすの止めない?

 

「ちっと思考が逸れたか。まぁいいや。さて、今回はどんな姿で行くかな……」

 

 帝国に賢人として招かれるのだ―――こう、賢者っぽい服装で行くべきなのではないだろうか? 賢者っぽい服装ってなんだよ。だがこの体は女だ。だから着飾る位のおしゃれはしたい。なぜならその方が楽しいからだ。何時も、同じ格好ばかりでは飽きるし。

 

 聞こえますか……作画班よ……CGを、ウル様の美しいCGを用意するのです……。

 

「届け、我が思念ランス外伝の発売へと向けて……ランス10マグナムでもいいのよ!」

 

 ……茶番完了。

 

 どうせ皇帝とエンカウントする前提になるのだろうから、それを考えて服装を選んだ方が良いだろう。何時も通りの冒険用の服装ではなく、品のあるタイプの服装の方がいいよな? と判断する。それに合わせて……魔法使いっぽい服装がやはりいいのだろうか?

 

「レヴィー? レヴィいるかー? ちょっとこれから皇帝に物理的謁見をかます予定なんだけどー。品のある賢者っぽい服あったかー?」

 

「はーい? 趣味で縫いまくってますからありますよー。ちょっとお待ちくださーい!」

 

 有能な部下を持つと幸せだねぇ、と思う。しかし趣味で俺の服を縫っているという話は少し、聞き捨てならなかった。君、こっそり俺のマネキンを作って着せ替えごっこなんてしてないよね……? まぁ、部下が変態ばかりじゃない事を祈る。それはともあれ、下着姿で部屋の中で待っていれば、服を持って来たレヴィがやってきた。此方も堕天したエンジェルナイトである為、背中の翼が一つしか存在しておらず、それが黒く染まっている。また、生活の間では不便なので背中の翼を魔法で縮小している。彼女は今、生活における服装等を作ったりしている、蒼髪の堕天AKだ。人気があるので、ちょくちょく作ってはそれを近隣の村での物々交換に使っていたりする。

 

「これはどうですかウル様ー?」

 

 レヴィが持って来たのは黒いドレスの様な服装に、別のパーツの服だった。ちょっと見た事のないタイプだ。

 

「種別的にはスリットロングドレスとマントですね。こう……」

 

 持ち上げて、ベッドの上に広げて説明してくれる。ホルタートップ型とでもいうのだろうか?背中がある程度オープンになっており、首の後ろから軽く吊り下げるような形のドレスになっている。スカートの部分はスリットが入っており、黒ベースに髪と同じ白に近い金で端等が控えめに装飾されている。それと同じようなマントが用意されておりよく見ればマントが両肩を超えるパーツが存在し、ドレスにくっつく様だった。

 

「マントは権威を表す物でもあるので、其方の方を。腕を出すと自然とマントが下がりますが、そうでなければ腕を隠す様に展開しますので、左肩口の傷は露出しない筈ですよ。右腕だけを動かす分には見えませんし。後なんかこのマントとドレスっぽい恰好が凄い高貴っぽい」

 

「高貴っぽい」

 

「ほら、風格とか高貴さって恰好より本人の資質が大事ですし。服装はそれっぽければ大体オッケーです」

 

「ぶっちゃけやがったな」

 

 まぁ、言っている事は何も間違ってはいないので、サクサクと着替えてしまう。実際、デザインとセンスは悪くないのだから。そして着替え終わった所で、右手のみ、手袋を装着する。といっても手首までのタイプではなく、イブニング・グローブと呼ばれるタイプのものだ。これも黒。服装全体として額の赤いクリスタルと、プラチナブロンドの髪色が目立つようになっている。

 

 普段の下着姿や、冒険者ルックとはまるで違う姿をしている。俺も着飾ればこれぐらいはどうにかなるもんだな、と着替え終わった所で姿見の前に立って、姿を軽く確認した。普段は本当にラフな格好か、或いは下着姿で家の周りをうろついているから、こういうまともな恰好をするのは割と初めてかもしれない。背後に回り込んだレヴィが髪の毛をサクッと整えてくれるし。うん、

 

「黙ってれば美人か」

 

「ウル様はクリスタルが綺麗ですからね。宝石で飾る必要がないのが良いです。もっと見せた方が良いと思いますけど……」

 

「視姦されてるようであんまり眺められるの嫌なんだよ」

 

「なら仕方がないですね」

 

 前髪で軽く隠れる程度でいいのだ。だがふむ、と呟きながら軽く姿見の前で体を回し、周りから自分の姿を見てみる。ふわり、とスカートの裾が広がるが、余り広がらないのは、基本的には体のラインを強く見せるフィット感のあるドレス姿だからだ。女という生き物はドレス一つで結構言うもんだよなぁ、とは思っていたが、こうやって実際に着てみる立場になって、そこまで悪くは感じない。

 

 まぁ、それでも戦闘用ではないよな、って思う。普段の露出の多い恰好の方が好きだ。

 

「じゃ、後はヒールを―――」

 

「あ、靴履いてくから」

 

「あっ、はい。やっぱ何時ものウル様だ」

 

 空中で足場を踏めるというのは割と大きなアドバンテージなので、こればかりはどうしようもないのだ。あぁ、でもこの服装だと《飛竜のスカーフ》を装着できないのも問題だ。手首に巻いてしまえばいいか、と判断する。

 

「うわ、雑」

 

「ま、こんなもんだろ。良くやった、100年無税」

 

「これで合計1500年ですね」

 

 それじゃあまだLPには届かないから、LPになった頃には税収が取れそうだ。ペンシルカウちゃんと設立してくれたら税収がっぽがっぽ―――割と自給自足で生きているので、特に金を使う先の予定がない。税収とってもこれ、無駄になるだけじゃないだろうか? 近隣の村とは物々交換とか貢物でやりとりしているし。というか数百年以上経過しているのに何でまだ貢物送ってくるんだよ近隣の村は。

 

 まぁ、いいや。

 

 家の外に出て、太陽の光を浴びる。今日も良い天気だ。ルドラサウムも楽しく世界を眺めていられるだろうか? 安心して欲しい―――世界は俺がもっともっと、盛り上げてみせる。だがその前にはまず、ノルマを達成しなくては。よし、と呟く。

 

「ルシア、アステル。西部オピロスにしばらくお世話になるからお前ら付いて来い。荷物持ちは頼んだぞー」

 

 緩く声を放てば、勢いの良い返事と共に堕天AKが二人、目の前に飛び込んできた。自分と同じように金髪の堕天AKであるルシア、そして赤い髪をツインテールで纏めているアステルの二人は、堕天AKの中で一番レベルが高く、そしてLv2の戦闘技能を保有する二人だった。つまり一番強い二人になる。ルシアは《槍戦闘Lv2》に《魔法Lv1》を、アステルは《弓戦闘Lv2》と《呪術Lv1》を保有している。どちらもかなりレベルの高い組み合わせになる。

 

「命、拝承しました!」

 

「直ちに準備にかかりますよウル様っ!」

 

 そう言って家に突撃し、あーだこーだと競う様に準備を整え始める。付き人が居ると自分で準備する必要がないから、移動の間が手ぶらで楽になるよなぁ、と思う。まぁ、荷物を持ち歩くのも旅の醍醐味だと個人的には思うが。とはいえ、今回の件を考えるとサクッと移動は終わらせて西部オピロスで時間を取るか、と判断する。普段は斥力で跳躍しつつ素早く移動するが、今回はそれを封印し、

 

 ちょっと、インパクトの強い登場の仕方をしようかと思っている。

 

 という訳で、

 

 翔竜山の方へと視線を向けて、拡声魔法を使用する。

 

「おーい! 暇なドラゴンいるかー? ちょっくら足が欲しいんだけどー! できるだけ威圧感ある奴なー! 先着1ドラゴンだぞー!」

 

 言葉を翔竜山の方へと響く様に放った。数秒後、翔竜山の上の方が騒がしくなり、光り始まるのが見える。その様子を眺めていると、レヴィが横に上を眺めながらやってくる。

 

「……アレ、もしかして争っていませんか?」

 

「うん」

 

「モテモテですね、ウル様」

 

「この世に残された卵を産めるドラゴンって、俺とハンティだけだからね。割とあいつらもシャレにならないレベルで必死な部分あるよ」

 

「あー……」

 

 まぁ、基本的に馬鹿な連中なので、なにか楽しそうな気配があったらそれに全力で乗っかるという部分も実はあったりするのだが。あいつら、基本的に年中殴り合ったりして遊んでいるから、イベントがあるとなるとそれに直ぐに便乗したがる馬鹿ばっかりなんだよなぁ、と思っていると、雲を突き抜けてドラゴンが地上へと降りて来るのが見えた。

 

 体がやや凍っていたり、焦げてたたり、びりびり感電しているのが見える、カオスドラゴン君だった。前、あの悪魔界に一緒に突撃して吹っ飛んで行ったカオスドラゴン君である。その姿を見てから、腕を組み、軽く胸を持ち上げつつ首を傾げた。

 

「痛い?」

 

「みんな割とガチだからけっこー痛い。《ヒーリング》お願いします」

 

「《ヒーリング》」

 

 要望に応えて《ヒーリング》を使って、傷を癒してやる。それに合わせて手を出してみるが、まるで動きをマントが阻害する気配がない。流石の技能持ちが作った服装、普通に優秀だった。そしてカオスドラゴン君の鱗や甲殻が癒えていく。翼をそれで広げれば、1国は単騎で滅ぼせるだけの超精鋭ドラゴンの完全回復が完了し、

 

 カオスドラゴンが振り返りながら翔竜山に顔を向けた。

 

「ねぇ! 負け犬の皆! 今どんな気分! 見てよ! 治療してもらったよ! 治療! どうよ! ねぇ! 見てみろよ! いえーい!」

 

「ウル様、ウル様」

 

「アレが馬鹿だってことはみんな知ってるから」

 

「ドラゴンの皆さん、親しみやすいですよね」

 

 それはそう思っているが、宙の上からブレスによる掃射攻撃が降り注いでくるのを一瞬で横へと飛び出して回避する。《バリア》を張ってその余波を回避するものの、近くの大地が抉れ、粉砕されている。まぁ、普段から家の周りの土地はよく遊びにして吹っ飛んでいるので別に構わないのだが。それにしてもさっきのブレス、割とマジなのが混じってたなぁ、と何時も通りのドラゴンどもの様子に苦笑を零した。

 

「ま、ルシアとアステルが準備を整え終えたら―――行くか、【賢人会】とやらを拝みに」

 

 そして俺を利用しようと考えていそうな皇帝の面を拝みに行く。しばらくは退屈しそうになかった。




 ドラゴン君たちは登場させるだけで会話が楽しくなるけど、お前らほんと脳味噌蒸発してるなぁ!

 という訳で今度は西部オピロスにメリークリスマス(非殺傷物理)しに行こうか。


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951年 西部オピロス帝国

 その日、西部オピロス帝国は見た。

 

 空から来る存在の姿を。

 

 漆黒の混沌竜の背の上で片腕を抱く様に、しかし威風堂々と立ち、従僕を引き連れながら大空を何者にも邪魔されずに飛翔する姿を。それはそうやって大空を完全に支配した状態で飛翔しながら、

 

 声を零した。

 

「あれ、速度落ちてない」

 

「ごめん、ブレーキ間に合わないや」

 

「嘘だろお前」

 

 そしてそのまま王宮に衝突した。

 

 

 

 

「ばぁーか! ばぁーか! ばぁーかばぁーか! ばぁぁぁぁ―――っか!」

 

 顔面から王宮に突っ込んで目を回しているカオスバカドラゴンの顔面に蹴りを入れる。スリットドレスだから足が出しやすいなぁ! と笑いながらカオスバカドラゴンの顔面を蹴り飛ばす。もう一発蹴りを入れて、踏みつける様に顔面を何度も何度も踏む。

 

「こいつ! 本当に! お前! 速度! 大丈夫? って何度も! 何度も! 聞いただろうが! 大丈夫大丈夫、これでもプロのドラゴンだからって言ってたのは! どこの! どいつだ! こいつ! 本当に……!」

 

 もう、本当に言葉もない。折角格好良く登場を決めようと思ったのに、それなのにこれは何だよ。振り返りながら視線を向ければ、どうやら丁度玉座の間に突入したらしく、玉座に座っている王様? 皇帝? がやや驚きながらも親衛隊に護衛されているのが解る。そこら辺素早く準備に入れる辺り、優秀だよなぁ、と思うので懐―――つまり胸の谷間、通称乙女ポケットから【賢人会】への招待状を取り出し、それを相手の方へと、届かない様に放り投げる。それを転がしたのを見せてから、カオスバカドラゴンの上で目を回して倒れているルシアとアステルをよいしょ、と引きずり下ろす。顔を軽く右に左にと叩き、起きろー、と特に優しくもなく目覚めて貰う。

 

「ぴ、ピリオドの向こう側が……」

 

「煉クンの真似はいいから」

 

「ふへへへ、ウル様ぁ、へへへへ……」

 

「お前は欲望抑えろ」

 

 だから堕天してるんだよ……と言いたい所だが、背後の方、玉座から声がかかってくる。そこに座っているのは頭に冠を乗せた、30過ぎ程の髭が生えた、逞しい肉体を持つ男だった。此方を眺め、首を傾げ、髪の間に軽く隠れる赤いクリスタルを見て、驚いたような様子を浮かべた。

 

「もしや、お前がカラー女王、ウル・カラーか……?」

 

「元、女王だ、元。もう国はないし、あんな罰ゲーム楽しかったけど誇る事でもないしな。鬼畜女王ウル様だ、崇め奉れ」

 

「ばんざーい!」

 

 馬鹿ドラゴンの顔面に蹴りを入れる。お前、実は解っててやってない? どうなの? ねぇ、と、軽く顔面をブーツの底でぐりぐりと踏みつけるけど楽しそうだ。ほんとドラゴンってドラゴン。他に表現する言葉がない。ともあれ、堕天AKが―――なんか、それっぽい種族名を考えておく方がいいのだろうか―――が、起き上がったので、とりあえずは残された右腕を突き出し、

 

 サムズアップを向けた。

 

「クラッシュランディング失礼、本当は服装に合わせてもうちょい優雅にダイナミックなエントリーしようと思ったけど馬鹿が減速という概念を解さなくてね? こんな風に突撃するハメになったのを許してね……王様? 皇帝?」

 

「余は皇帝オピロス4世だぞ」

 

「じゃ皇ちゃんで」

 

「皇ちゃん」

 

「不敬者ッ!!」

 

 そう声を張り上げたのは皇帝オピロスの直ぐ傍に居た、魔導士の様な恰好をした眼鏡の男だった。うん、不敬である事に間違いなく異論はない。だけど相手の立場に合わせて口調を変える予定は、現状我々の王様以外に対して行う事はないのだ。俺がまともな口調で話す相手はただ一人と決めている。なので無駄だ。不敬と言われてもしょうがない。存在そのものがそういうものなので。

 

「がっはっは、という訳ですまんな! 俺は頭を下げるという概念がないんだ」

 

「《ファイアレーザー》!」

 

「やめ―――」

 

 挑発したのは確かだが、それでもノータイムで攻撃を指示を待たずに放ってくる。この殺意の高さ、嫌いではない。だが放たれた《Fレーザー》は恐らくは《魔法Lv1》相当。Lv2技能を二つ組み合わせて作っている斥力と重力の障壁に飲み込まれ、それが螺子曲がって見当違いの方向へ、一切のダメージを発生せずに飛んで行った。《無敵結界》を参考に構築した、常時展開型個人用バリア、性能は悪くないのである。魔人クラス相手になるとまるで意味がないが。

 

「わ、私の魔法が……」

 

「馬鹿者! 陛下の言葉もなく攻撃をするな! 危険に晒す気か! アレは―――」

 

 玉座の周囲を守る様に固める、騎士の一人が口を開き、言葉を続けた。

 

「魔人に匹敵するだけの怪物だぞ……!」

 

 にやりーん、と笑う。その笑みに体を硬くし、動きを止める者が何人いただろうか。だが玉座を守る精鋭、或いは親衛隊の動きは優秀だ。何時でも皇帝を逃がせるように盾を構えたのが前に、その背後に槍を構えたのが控え、その後ろを剣持ちが固めている。それとは別に、周囲に気配を消している連中が待機しているのも感じられる。うーん、動きが早いぞぉ。

 

 ちょっと、楽しくなってきた。

 

「そんな風に警戒されると―――ちょっと、小突きたくなるじゃないか」

 

 やる? リハビリ代わりに久しぶりに暴れるか? そういう意味を込めて視線を向ければ、ガシャン、と鎧が音を立てて戦闘態勢に入るのが聞こえた。先ほどまで目を回していたカオスバカドラゴンも目を回しているフリだけにして、何時でも動けるように倒れたまま、待機している。戦闘の気配を感じた瞬間から準備が完了するから、戦闘種族としては本当に完成度の高い馬鹿だと思う。

 

 ともあれ、

 

 やる? という心境で皇帝を見れば、

 

 その口が大きく開いた。

 

ふ―――は、はーっはっはっはっは!

 

 そして爆笑した。面白そうに、涙を目の端に浮かべながら口を大きく開けて、大爆笑した。その様子に一瞬で自分から戦意が霧散した。これはもしや? と思いながら視線を皇帝にロックしたまま、言葉を待てば、しばらくの間、皇帝は腹を軽く押さえて笑っていた。

 

「ふふふふ……余もこの土地を治める君臨者だ、土地の歴史は学んでいる。そこに登場する理想の君主の一人と謳われた女王がこんな、こんなだとは……く、ふ、ふふふ、ははは……駄目だ、あまりにも面白すぎる……!」

 

「こんな、とは酷いなぁ。大体玉座に寝っ転がって政務してたから俺がアレなのは当時からの話だぞ」

 

 その言葉に皇帝が腹を両手で抱えて笑い出し、周囲の騎士が視線を皇帝へと集中させた。流石に、この状況で笑いだす皇帝の神経を疑っているのだろうが、皇帝はまるで心配する様子がない様に笑い声を何とか抑え込み、

 

「ふぅー……はぁ、ここまで笑うのも久しいな。貴様らも何をしている。余の客人だぞ。何時までも警戒してないで解除しろ」

 

「いえ、しかし陛下」

 

「良く見ろ。まるで警戒されていないではないか。睨んでも殺気はない。敵意も欠片もない。向ければ応えられる戦意だけだ。少々礼に欠くのも事実だが文化が違う。それに立場を考えれば女王なのだ、同格であろう」

 

「元女王だぞー」

 

「そういう訳だ。散れ散れ。余は客人と話がしたい。そうやって鎧が周囲に集まっていると息が詰まって仕方がないであろう」

 

「いや……もう、陛下……」

 

 物凄い困っているのが見える。まぁ、俺もダイナミックエントリーしてしまったのが悪いのは解るので、振り返りながら片膝をつき、軽く馬鹿の頭を叩く。

 

「オラ、もう起きて帰っていいぞ」

 

「えー……。もうちょっと遊びたいー」

 

「はよ帰って自慢しろ」

 

「じゃあ皆を煽ってくるかなぁー。ばいばーい」

 

 瓦礫からあっさりと体を引きずり出すと、カオスドラゴンが空へと飛び上がり、翼でばいばいをしながら翔竜山へと帰って行く。ばいばーい、と此方も手を振って送り返し、視線を戻せば皇帝が爆笑して腹を抱えていた。その姿を近衛だろうか? がどうどう、と背中をさすって落ち着かせていた。それを見ながら思う。

 

 案外面白い国に来てしまったのかもしれない。

 

 

 

 

 それから妾にならないか誘われたので中指を突き出してお断りする事で皇帝とは友達になった。皇帝は意外と気さくな人物というか、面白い人だった。ちょっとした無礼とかは気にせず、自分で歩き回って話を聞いたりするタイプの、行動派皇帝であった。本当になんとなく、なんとなくなのだが、

 

 間違いなくガンジーの血を感じた。この血族、絶対に未来まで続くと確信した感じだった。魔王ジルの間に一旦滅びるだろうが、それでも人間牧場で血筋だけは未来に残されたのかもしれない。実際、人間牧場とはどういうもんか実に気になるので、ちょっと見てみたいなぁ、という感じはあったりする。ともあれ、皇帝と軽くお話し、【賢人会】を乗っ取りに来たと教えてみたら、やっぱり大爆笑されてしまい、許可が出た。全員屈服させて好きに乗っ取れという許可を貰い、

 

 取り合えず、しばらくは滞在する屋敷を王都に貰った。賓客待遇という事で滞在の許可が出来たのだ。

 

 1人で住み、使用人というかお付き2人では少々広くないか? と思えてしまう様な3階建ての屋敷を贅沢にも貰ってしまった。皇帝に相当気に入られてしまった。罪作りな女だぜ―――とは思うが、性的に見られたと思われるとちょっと気持ち悪く感じる。やはり、男の相手は無理である。

 

「その……夜伽の相手を」

 

「頼んでねぇから」

 

 だからと言って女も無理である。窓を開けてそこからアステルを捨てる。そして溜息を吐きながらベッドの上に座り込む。溜息を吐きながらベッドに下着姿のまま、倒れ込む。やっぱり誰も居ない所では全裸か下着姿で居るのが一番楽だ。できるなら全裸がベストだが、流石にこんな場所で全裸は無理だ。

 

 自分の家じゃないし。

 

 貰った屋敷はどうやら既に家具やらなにやらが置いてあり、結構いい感じに飾られてある。木製の家具やアンティークの置いてある、要人用の屋敷だろうか? 基本的に白と黒、そして茶色によって統一されている。落ち着きのある場所だ。長期滞在用の屋敷なのかもしれない。

 

 王都には基本的に、辺境から来た人を滞在させる為の場所がある、とどっかのラノベで読んだ気がする。これ、何千年ぶりの知識だろうか。

 

「……意外と、古い事も忘れないな」

 

 もう2200歳だったか? LP歴まであと2000年、ついに折り返しと呼べる時代になった。俺も立派なおばあちゃんになってしまった。それでも中々、昔覚えた事、見た事、読んだものを忘れない。記憶が良いのか、そういう脳構造をしているのか。まぁ、どちらにしろ、

 

「まずは殺しておくか」

 

 静かに天井から降りてきた姿の首を掴んで握り潰す。完全に気配を遮断していたが、ドラゴンの戦闘勘が奇襲を察知させた。遮断した気配を見抜いた訳でもなく、特別に何かあった訳ではない。

 

 純粋に、2000年の戦闘経験で“あぁ、なんか殺しに来るなこれ”と、なんとなく判断した結果なだけだった。故にそのまま首を掴んで殺した。顔をマスクで隠しているから吐かれなくて済んだ。首を握り潰した所で窓から放り捨てた。どさり、と死体が転がる音をさせつつ、下着姿のまま、部屋を出た。

 

 それと同時に双方向から挟み込む様に斬撃を受けた。

 

 だがそれを障壁が弾く。刃が肌に届く事はない。これが《無敵結界》を張っている魔人の気分だろうか? 確かに自分が外敵に対して無敵だと慢心するのも解る。そこら辺が一切存在しないというケーちゃんだけが異常なのだ。

 

「参ったな……精神系の魔法って得意じゃないんだけどなぁ……」

 

「つ、通じないぞ」

 

「―――」

 

 1人が動揺するが、もう1人は即座に逃亡しようとする。だがその足元が跳躍する寸前に《粘着地面》によって逃亡が阻止される。そして二人の背後に一瞬でルシアとアステルの堕天AKコンビが出現する。逃げられない様に体を押さえ、自害できない様に即座に口を封じた。

 

「ウル様、此方でも侵入してきたのが居たので処理してしまいましたが……」

 

「あぁ、うん。俺も反射的に殺しちゃったし、どうしよっか」

 

 まさかその日の夜のうちに殺しに来られるなんて思いもしなかった。参った、ここまで馬鹿な奴が居るとは思わなかった。片手を頭に当てて、溜息を吐く。

 

「皇帝はウル様を気に入っていましたから恐らくは違うでしょうが……」

 

「それにしても不満です。暗殺するならせめて国軍を動かして貰いませんと」

 

「それ、暗殺じゃなくて戦争だよ……?」

 

 アステルちゃん、どことなくポンコツの気配がするところが癒しである。一番ドラゴン共に近い感性を持っているのもこの子なのかもしれない。ポンコツという意味で。ともあれ、このまま殺すのは勿体ないし、話を聞き出すのも面倒だ。数秒程どうしてやろうか、と考え、

 

 あ、そうだ、と思いつく。

 

 アステルちゃん《呪いLv1》あるじゃん。

 

「アステルちゃん、拡散モルルン使えた?」

 

「あ、はい。そこまで酷いのは出来ませんが、考えている事を垂れ流しにするぐらいでしたら」

 

 拡散モルルン。それはカラーが使用する呪いであるモルルンの一つであり、自分の考えや感情を周辺にばら撒いてしまうという恐ろしい呪いである。つまり、隠密にとっては致命傷になる呪いでもある。つまり、それを使う。

 

 そして同時に、

 

「アステルちゃん」

 

「はい、ウル様」

 

「チンコを金色に光らせる呪いとかない?」

 

「っ!?」

 

「ほぁ!?」

 

「勿論ありますよウル様!」

 

「あるのか!?」

 

「あるのか……」

 

「あるんだ……」

 

「あるんですね……」

 

 アステルの勿論発言に暗殺者を含めた4人で頷きながら深く納得してしまった。元カラーの呪いのバリエーションって凄いや、って。だからとりあえず、

 

「チンコ光らせながら拡散モルルン使った上で全裸に剥いて。首から私は暗殺者で超格好良く美人で素敵な心の広いウル様を暗殺をしようとした包茎粗チンの持ち主です……って看板をぶら下げて、良く見える場所に二人を飾ってきて。あ、粘着地面に足を広げて上向きに設置すればいいか」

 

「悪魔かこいつ……!」

 

「了解です」

 

「命を拝承しました。明日には全国民が見える様にしましょう」

 

 迷う事無く請け負ってくれる堕天AK達はほんと忠誠心高いのは良いと思うけど、もう少し命令に対して疑問を覚えてもいいんだよ……? とは思わなくもない。だが《スリープ》で暗殺者を眠らせると、そのまま掴んで二人が外の道路へと運んで行く。その逞しい部下の姿には敬意を抱くしかなかった。

 

 今度からもうちょっと優しくしよう。

 

 そう思いながら今夜はもう寝る事にした。

 

 

 

 

 翌日、

 

 ―――全ての報告を聞いた皇帝は爆笑し、過呼吸で倒れた。




 鬼畜女王、復活。鬼畜というか社畜だったけど。

 どことなくガンジーさを感じる王様だけど、まぁ、ゼスがアレだったしこの土地は昔から呪われでもしてるのか? ってレベルで部下等がアレだからね?

 まぁ、という訳で最近、ギャグ成分足りなくない? って感じオピロスでは楽しくやりましょうね。


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951年 賢人会

「【賢人会】はな、新たな思想や発想を生み出し、それを様々な方面に適用する為に余が考案した集いでな、古今東西、賢人等と謳われる存在を集めたものだ」

 

 皇帝と横に並んでうし車に乗っている。昨日同様のドレス姿と、王も外出用の礼服姿となっている。無論、これだけという訳ではなくうし車の周囲には近衛が務めており、それとは別に俺がかけた《クローキング》の魔法でルシアとアステルが飛翔しながらうし車の上を飛んでいる。片翼でもアイツら、普通に飛べるというあたりが地味に羨ましい。俺も跳躍だけではなく、そろそろ空を飛ぶ為の魔法というモノを開発してみるべきなのかもしれない。そんな事を考えつつ、皇帝の言葉に耳を傾けた。

 

「余はな、東部オピロスの惨状を見て、今のままでは未来がないと知った。単純に強くなるだけでは駄目だ。もっと思想や技術においての革新が必要だ。その為には身分などに囚われずに才能のある者を見出す必要がある。魔軍とは正面から戦っても意味がない―――余には連中との戦いは、どうやって抜け道を見つけるか、という事に限る様に思っている」

 

「正解。《無敵結界》はそもそも人類で破れる様に設定されてないからな。裏技を利用するしかないよ」

 

「……あるのか?」

 

「人類には難しいけど何個か」

 

 喋った所で何も問題ないので、言葉を続ける。足を組んだまま、窓際に肘をついて、その外の光景を眺めつつ、話を続ける。

 

「《無敵結界》が効果を示すのはメインプレイヤーだけだ」

 

「メインプレイヤー?」

 

「つまり今の時代の主要種族の事だ。一つ前の時代は俺達ドラゴンがメインプレイヤーだった。だから俺も《無敵結界》は突破できないし、今の人類にも突破できない。魔物も突破できない様にされているが……神魔の類、天使や悪魔であれば突破できる」

 

「成程、東方のJAPANで魔人ザビエルが封印されていたのにはそういう事情があったか……」

 

 少し驚きながらオピロスを見た。それにオピロスはダブルピースを見せてくれた。

 

「余は最大国家の皇帝なるぞ。なに、悪魔がJAPANに居る事ぐらい知っているとも―――というのは嘘で、JAPANの悪魔、月餅と余は同盟している。JAPANの不可侵でな。だがそうか、悪魔に《無敵結界》が通じぬのであれば、藤原石丸の居ないJAPANで何故ザビエルが封印できたのか納得できるな……」

 

 それにしたってザビエルはヤバかったけどな。俺とハンティでやっとこさ抑え込めるレベルの魔人だった。それを月餅は何とか封印する事に成功したのだから、正直、偉業の一つであると言っても良い。それらの功績で月餅自身、悪魔としての階級を昇級させられているし。藤原石丸の魂、ちゃんと持ってたんだよなぁ、アイツ。

 

「俺が堕天したエンジェルナイトを連れてるのもそういう関係だ」

 

「成程、魔人に攻撃を通せるから、か」

 

「まぁ、それでも勝てる見込みが見える相手は少ないんだけどな……」

 

 今の所、本気で殺しに行って確実に殺せると断言できるのはパイアール、カミーラ、まだ弱めのケーちゃんだろうか? ガルティア、ケッセルリンクは正直無理だと思う。魔人黒部は実力が解らない、メイクドラーマー! とか叫んでるキチガイ宝石に関しては《魔法Lv3》とかいうクソ技能を持っているので出会いたくない。謎の悪魔の魔人、サタニアに関しては情報が足りなくてどうしようもない。ナイチサ? リベンジマッチを何時かは決めたい。

 

 まぁ、本当にエンカウントしたら100%逃げるのだが。アレ、勝つとかそういう領域じゃない。戦いという概念が通じない相手だ。だから出会う前に逃げる。それが一番大事だ。とはいえ、しかし数年は東部オピロスで遊んでいるだろうかその心配はいらないだろうが。

 

「ま、だから発想は間違っていない。連中を倒す方法には抜け穴がある。月餅のやった封印とかな。そういう術を俺も研究しているからな」

 

「だから乗った訳か」

 

「他にも考慮するものがあったけどな。政治にかかわる必要がなく、金と環境が用意されて好きなだけ研究できるってならしばらくは利用させて貰うさ。今までのは招集命令だったり、根本的に俺が部下か国民かなんかだと思ってる紙切ればかりだったからな……」

 

「まぁ、国家解体の話を聞けばもはやそういう場に関わりたくはない、というのは解る」

 

「それが解らない奴が多いのが困る世の中なのさ。というか呼んだのそっちなのに暗殺されそうになったしよぉ」

 

「はっはっはっは! なに、歴史の鬼畜女王ならその程度どうとでもなるだろうと放置していたわ!」

 

「おめー、俺だからサプライズイベント程度にしか思わなかったけど、腹パンするぞ皇ちゃん」

 

「来いッッッ!!」

 

 腹パンした。皇帝が腹を抱えて蹲った。流れを見ていた近衛兵がドン引きしている。皇帝が両手でタンマサインを出してる。俺はそれを許そう。横で椅子を叩いて10カウントを取り始める。それに応えて皇帝がむくり、と起き上がりながら片手を掲げた。そしてそれを御者が正面から覗き込んでくる。

 

「陛下、客人、煩いです」

 

「ごめん」

 

「すまぬ」

 

 2人揃って大人しく膝の上に手を乗せて、大人しく目的地まで揺られる事にした。

 

 

 

 

 王都から出て1時間ほどうし車に揺られて、広大な敷地を持つ大学院を思わせるような建造物の入り口までやってきた。広大な敷地に様々な塔が存在し、まさにファンタジー世界の研究所、或いは研究機関、賢者の場所! みたいな物凄い納得できる感じだった。見た目はこれ、悪くない。問題になるのは質の方だ。

 

「で、ここが噂の【賢人会】、の施設か」

 

「うむ、【賢人の塔】と余は呼んでいる。中央が会議などを行う為の施設で、周囲の塔はそれぞれ、それなりの功績を持った者に対して褒賞として与えた専用の塔だ。一つ一つがそのものの望む研究を心行くまで出来る様にカスタマイズされている」

 

「金出してるなぁ」

 

「未来の為に必要な事だからな。余には解らん事があるが、それが解る奴がいる。ならばそれを解る奴にやらせるのが効率的であろう」

 

 その言葉には同意する。というかタスクを全部抱える事がおかしいのだ。もしかしてオピロス君有能なんじゃね? なんでこんな状況でジル様は迫害なんてされたわけ? おかしくね? そんな事を考えながら馬車から降りる。《クローキング》は解除せず、護衛の2人はそのまま、姿を隠したまま護衛して貰う。

 

 うし車から降りて、近衛に先導される様に皇帝と並び、歩く。

 

「望むのであればウルちゃんの塔も余は建てていいぞ。何せ、余の政治はカラー国解体時に残された政治メモを参考にしてるからな」

 

「クソ、アイツら処分しやがらなかったな……あと塔とかいいわ。屋敷から跳んでもそんなに時間かからないだろうし。それにキマシタワーされそうで怖い」

 

「キマシタワー……?」

 

「あぁ、うん。何でもない」

 

 主にアステルだけど。ルシアはそこら辺、解ってくれるのだがアステルちゃん、煩悩塗れなので、チラチラとチャンスを伺っているのが解る。お背中流しますようへへへ、じゃねぇよ馬鹿。

 

 ついにランスワールドのエロゲ的法則が追いついて来たのだろうか? 寧ろなんで今まで適応外だったのか、その不思議もあるが。

 

 まぁ、それはともあれ、

 

 皇帝と並んで中央棟へと進む。エントランスに入ると受付が皇帝を迎え、そして奥へと案内される。案内されながら話を聞くが、どうやらここでは成果報告や品評会の様なものが行われているらしい。そういう発表を行う為の中央棟でもあるらしい。他にもちゃんと、最高の施設などが揃えられたりしている為、ここで寝泊まりしながら研究するのもいるとか。まぁ、中央が一番大きい理由が見て解る。

 

 そうやって奥へと進んで行けばどうやら発表会らしく、ここに集められた賢人、賢者たちが集まっているとされていた。これ、邪魔していいのか、と思ったりするが、皇帝が一切遠慮する気配がなかった。なので黙ってついて行く事にした。何せ、ウル様は偉いのだ。

 

 他人に遠慮して生きる必要は一切ない。

 

 ただし、ルドラサウムを除く。

 

「良し、では入るぞ」

 

 そう言って返事を待たずに扉を開けた。

 

 その先に広がっているのは広いホールである、舞台の上では魔道具を装着している男の姿が見える。意外とこれ、本格的だな、と内心で評価点を上げつつ、ホール内に居る人たちの姿を確認した。

 

 基本的にはおっさんや爺が見える。その中に若者のグループも存在しているが、明確に区切られる様に分けて座っている。あぁ、これは間違いない、めんどくさい派閥の気配だ。それに皇帝と共に入った自分に向けて、邪気を感じる。それを察知して《クローキング》されている堕天AKが僅かに構えているのを感じる。お前ら狂犬かなにか? ちょっと忠誠心高すぎない? 大丈夫? だけど必要な人材なので許そう。

 

 ウル様が欲しくなったので裏切って魔人になって奪いに来ましたとか言われない限りは。一番恐れているルートである。

 

 それはさておき、

 

「余である!」

 

「俺である!」

 

「だが余でもある……」

 

「つまり俺が凄い……」

 

「ふっ」

 

 皇帝と謎のノリで握手しながら皇帝がサムズアップを集まっている賢人たちへと向けた。

 

「見ての通り、マイ・フレンドを新しく賢人として迎え入れた!」

 

「陛下、陛下! 流石に正気を疑われますぞ! 陛下!」

 

「これは余もうっかりである」

 

 やっぱこの国面白いわ。賢人の内一人が即座にツッコミを入れた。眼鏡をかけた髭を生やした老人。邪気の気配もないし、おそらくはセーフな奴。と、てへり、と皇帝が片手を頭にやりつつ、ポーズから復帰する。そして視線を舞台の方へと向けた。

 

「発表の途中、済まぬな。余も用事が終わったらすぐに去る故」

 

「いえ、我らは陛下の支援あってここで好きなだけ研究できているのです。文句を言う権利はありません。それで、お隣のご婦人に関してを説明していただけるのでしょうか? 額のクリスタルを見ればカラーだという事は解るのですが……」

 

 うむ、と皇帝が頷き、良くぞ気付いたと俺が中指を見せる。その動きに誰もが注目し、誰もが動きを停止させている。皇帝の横で中指を突きつけて挨拶をする。みんな見てるー? 的なノリでちゃんと目に映る様にしっかりと突き出しておく。

 

「こっちはカラーの……今何歳だ?」

 

「次にその話をしたら金玉引っこ抜いてその耳の中に突っ込んでやるからね、皇ちゃん」

 

「そうだったな、今のはデリカシーが足りなかったな……」

 

 そうだよね、と皇帝が腕を組んで頷き、視線を上げた。

 

「年齢不詳だが確実に数百歳以上のご老人である―――」

 

 迷う事無くローキックを叩き込む。皇帝がそれで軽くよろめくが、拳を作り、それで体に力を入れて耐えた。皇帝を見上げる様に視線を向ける。

 

「おい」

 

「いや、そうだな……今のも表現が悪かったな……すまない、余は基本、スピーチは担当に用意させているから言葉は得意ではないのだ。半裸でマメとビールを飲んでいるのが好きなのだ」

 

「お前王族じゃなく酒場の店主として生まれてくるべきだっただろう」

 

「余もそう思う。でも皇族に生まれてしまったからこの罰ゲームは頑張らねばな」

 

「気持ちは凄く良く解る」

 

 王になれば何でもできるなんて考えは嘘だ。国の面倒を見ないと最終的に国が潰れてクーデターで狩られて魔物に殴られて人生が終わるだけなので実質的にこの世界における王族という役割は最大級の罰ゲームだと表現してもいい。だからその気持ちは本当に良く解る。誰だよこんな面倒な役割をやりたがる奴は。

 

「まぁ―――とりあえず、彼女は我が友……友で問題ないな?」

 

「たぶん」

 

「たぶん友である!」

 

「陛下! そこはもっと自信をもって言い切りましょう!」

 

「いや、余もほら、友達だと思ってたら友達じゃないとか言われたらショックだし……」

 

「変な所でナイーブさを見せないでください陛下! 陛下ァ!」

 

 今度はこっちが笑い殺される番なのではないだろうか? と今更理解する。この皇帝、本当に面白くて笑いを堪えきれない。これはきっと、過呼吸で倒れてしまった時の返しだな、と確信する。まぁ、それはさておき、此方へと向けられてくる視線がなんだこいつ、という感じの視線なので、

 

「紹介を上手く出来なかった皇帝ちゃんに代わって説明してやろう」

 

「今から面白い事を言ってくれるから全員聴くのだぞ?」

 

 言葉を止めて、皇帝へと視線を向ける。皇帝がそれに合わせてサムズアップを向けて来る。違うわ、そうじゃねぇよ。何勝手にハードル上げてるんだよお前。話をし辛くなってしまったではないか。この国で一番面白いのお前って認定するぞこいつ。

 

 

 たぶんこの数百年で内心、一番爆笑しているかもしれない。

 

 ここしばらく、ナイチサ関連で笑いが不足していたし、やっぱりこういう遊びは文明に集うんだなぁ、と理解する。

 

「えー……さて」

 

 仕方がない、一発目だ、気合を入れよう。軽く空気を入れ替えて、雰囲気を張り直し、視線を向けながら、見下ろす。威圧感を軽く出す中で気圧される姿が多く見られる。でもその中でも動じないのも見える。横に居る皇帝もその一人だ。老人の中に数人、若者はそれなりに居て―――居た、特徴的な水色に近い白い髪の少女の姿が。

 

 今はその姿を確認するだけでいい。

 

「名乗る必要は―――ないか」

 

 そうだな、名乗る必要はないよな、と思う。

 

「お前らが真に賢人だというなら俺の事ぐらい解ってるだろう。俺にどう接すればいいか、というのも解るだろう。だから今更説明する必要なんてないよな? という訳で、宜しく諸君。俺からすれば君らは全員、等しく赤子の様なもんだ。先達として君ら新鋭が見せてくれる新世代の発想や輝きというものを多少期待して話に乗ったんだ」

 

 少女の姿を記憶に焼きつけながら、口を開く。

 

「期待を裏切らないでくれよ、じゃなきゃ皇ちゃんにクレーム入れる」

 

 賢者ジルと思わしき存在の姿を、記憶に、焼き付ける。

 

 ―――見つけた。




 皇帝ちゃんが勝手に茶番に付き合い始めるの……。

 あまりにも動かしやすいキャラ……動かしやすい……! まぁ、最近ギャグ欠乏気味だったしこういうノリと勢いで突っ走って行こう。ジル様? まぁ、うん、ギャグれたらいいよね……?


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952年 賢人会

 【賢人会】に殴り込んでから1年が経過する。

 

 ここで才能の話をしよう。

 

 ルドラサウム大陸―――というより、ランスワールド、ランスワールド・パラレルには才能がレベルの上限や技能レベルによって表現されるというちょっと特殊なシステムになっている。これは元々、昔のゲームは一括でレベルを上げる方法が溜め込んだ経験値をシステム的に別の場所で処理する事に原因にあるのだが、これをそのまま設定にしたのがランスワールドである。つまり元々はシステム的な都合が才能になる。

 

 だがそれとは別に技能レベルというものがある。これはキャラクターの特徴と呼べるようなシステムだ。そいつが何をやれるのか、というのを示す指針でもある。そして()()()()()()()()()()L()v()0()()()()()()()()2()0()()()()()()()()()というのが公式の設定らしい。

 

 この二つの要素がこの世界における明確な才能だ。

 

 強さを数値化したのがレベル。であり、才能限界はどこまで強くなれるだけの素質があるか、という風に考えれば解るかもしれない。そしてこの才能限界は気合や根性という言葉では超える事の出来ない神の定めである。良くあるインフレ主人公の土壇場で覚醒して才能限界を超えた! という奇跡は絶対にありえないのだ。主人公属性に対して厳しい世界、ルドラサウムへようこそ。

 

 レベル上限が10前後もあれば、一般レベルとこの世界では言われている。

 

 そう、これで既に一般人レベルなのだ。

 

 そして上限30が1万人に1人というクラスになってくる。

 

 レベル40もあれば1国で将軍が出来るだけのクラスがあり、50も超えれば人類最強クラスに踏み入れると言っても良いだろう。60を超えればもはや人類か? と疑われるような存在になるだろう。ここまで来れば俺がレベル100を超えたり、レベル200を時折超越してインフレする事に疑問と驚きが生まれるかもしれない。

 

 だが事実、ここまでレベルを上げないと魔人の相手にはならない。そして同時に魔王との戦いはこれだけレベルを上げても意味がない。

 

 最強クラスはある半人半悪魔でランスの子であるダークランスのレベルが250存在するとしよう。種族としての屈強さ、強力な武器を保有し、それでいてレベル限界が存在しないというバグの継承者でもある。彼がレベル250に到達するレベルで、100レベルの魔人と漸く同等のスペックという事にある。

 

 そして魔人は大体がレベル100を超越している。戦闘に出てくるタイプの魔人はレベルが低くても100以上はある。その上で魔人化すると素質がブーストされ、元の種族よりも遥かに強くなる。その為、種族的スペックだけで並んだと思えば簡単に敗北できる。

 

 その上で魔王は強さが天井知らずであり、魔人相手に苦戦している様ではそもそも相手にならない。それでもまだ、スラル時代初期の魔人相手であれば、ガルティアの時の様に倒す事は可能だった。だが今ではその可能性も潰えた。《無敵結界》の導入によって魔人に対して無敵にバリアが発生しているのだ。それによってレベルやスペックで同等の強さを得る事が出来ても、攻撃が一切通らないという事になっている。

 

 そう、レベルはどれだけ上げても魔人や魔王に勝てるようには出来ていないのだ。

 

 だからこそ、本当に重要なのは技能レベルである、という話もある。

 

 技能レベルはなし、0、1、2、3の全部で5段階で表現される。これを通常、確かめる手段はないので、完全に感覚的な問題になってくる。とはいえ、才能限界同様、神に対するコネがあるのであれば神に確認して貰うという裏技も一応は存在している。ともあれ、そんなコネは普通は存在しないので、一生技能レベルを確認する事が出来ない奴がこの世界の大半に居る。

 

 そしてこの世界の技能は1人辺り大体20個存在している。

 

 この内半数以上、というより8割近くがLv0で占められている。なしはそもそも存在しない、出来ない、壊滅的に向いていない、やろうとすると失敗するというレベルであるので、考える必要もない。Lv0技能は出来るというレベルである。つまり実行可能、一般レベル、日常クラス。料理や会話などの日常的な要素は大体このLv0に押し込まれていると考えて良い。なお会話技能、話術技能が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という扱いになる。

 

 こうすれば技能とそのレベルの大切さが伝わってくるだろう。才能、特技の表現ではなく、人間的な部分も含まれてくるのだ、この技能は。

 

 Lv1あればこの道のプロフェッショナルと呼ばれる才能が存在する。技能を、才能を十分に使いこなせるというレベルになってくる。Lv0では使うだけだが、Lv1になれば才能があるというレベルになってくる。つまり秀才、優秀と呼べるラインだ。

 

 そしてLv2が天才の領域。才能レベルがたとえ50超えていたとしても、Lv2の技能が存在しなければ、最終的には優秀程度にしかならない。真に強いと呼ばれる存在であれば、必然的にレベルと共にLv2の技能を1つは保有しておく必要がある。それだけLv2の技能は重要であり、また同時に希少でもある。世界全体から見てもLv1の技能が世界全体の99%に入るのだ。藤原遠征軍が総勢200万を超える軍隊だった。この99%がLv1技能持ちであり、その内1%だけがLv2を持っていると考えれば、

 

 200万人中2万人のみがLv2技能を持っている事になる。つまりそれだけ希少になってくる。人口が増えれば増える程割合的には大きくなるも、それでもたったの1%という制限がある。

 

 そして伝説のLv3技能。ここまで来るともはや1%以下になる、特別な事がないのであれば、その時代の内に片手か両手の指で数える程度の人数しか存在しないだろう。それだけLv3という技能は希少であり、また同時に恐ろしい程に時代を変える事の出来る力があるとされている。Lv3技能そのものが一種のバランスブレイカーと呼ばれており、場合によっては人類の管理を司る女神、ALICEによって封印指定にされる事もある。それだけLv3という技能は伝説的になる。

 

 その筆頭が未来に生まれる武神モーデルになるだろう。

 

 フレッチャー・モーデルは人類の中で唯一、魔人を生身、単身、特別な道具などに頼らず自分の肉体のみで撃退するというありえない戦果を生み出した男だった。その後で腐ったのが原因であっさりと死亡してしまうが、完全に制御された《格闘Lv3》によってフレッチャー・モーデルは魔人の攻撃を完全回避しながら相手の攻撃をそのまま反射して威力を上げて蹴り返すという訳の解らない奥義を生み出し、魔人を撃退する事に成功した男だった。

 

 つまり、鍛えられたLv3は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 それ以外にもハンティの《瞬間移動》、魔王ジルやミラクル・トーが使う《ゲートコネクト》、魔王ランスの《魔王アタック》、クルックーの《技能鑑定》、そしてマギーホアの《ドラゴンLv3》による圧倒的戦闘能力。

 

 このようにLv3という領域は明らかに何かが狂っているというレベルで尋常じゃないポテンシャルを秘めている。それを使いこなせるかどうかは当人の性格、資質に関連するものであり、アニス・沢渡の様に全く使いこなせずに魔法を暴発させているだけのLv3もあれば、後年のモーデルの様に完全に腐って肥えた豚となって一撃で斬り殺される場合もある。

 

 結局、才能というモノは個人がどうやって付き合うかによって変わってくる。Lv3の技能を持っているから強い、凄いという訳ではないのだ。それに振り回されて破滅する人間もいる。藤原石丸も恐らくはそういう一人だっただろう、魔人に勝てると勘違いしてしまったケースだ。そこには自分も含まれる。馬鹿で御免。

 

 ともあれ、

 

 何故この話をするかと言えば、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()L()V()2()()()()()なのである。

 

 良くもまぁ、これだけ人間を集める事が出来たと驚ける。少々人間の国家を侮っていたかもしれない。【賢人会】と呼ばれるグループに対する皇帝の意気込みは本物であり、日夜新しい技術や発想、戦術を世に生み出す為に努力しているのもまた本当だったのだ。芸術、兵器、武術、魔術、ジャンルは節操なくするも、Lv2技能持ちを集める事で天才同士の会話と発想で成長を促し、一種の成長しやすい環境を作るという目論見だった。

 

 ベースとしたのは出来る奴に出来る事をやらせる、というカラー王国時代に俺が引っ張り出した戦略だが、それを皇帝オピロスは自国を発展させる為に成長という形へと向けていたのだ。比較的にメジャーとされる《魔法Lv2》持ちも多く、魔法に関しては話が同じレベルで通じる相手が多くて非常に助かると言える。

 

 という訳で、1年である。

 

 他人には技能レベルは見えない。

 

 だがマッハ呼び出しで技能サーチして貰えば技能を確認できるという裏技があるので、この集まりに存在する人間がどういう才能を持っているのか、というのを自分は地味に把握する事が出来た。これのおかげで自分がどういう適性を持っているのか、というのも理解している。

 

 そして1年である。大体観察して1年でもある。色々と確認できた技能がある。《鍛冶Lv2》や、《美術Lv2》なんてものは自分が初めて見るものだった。前者はすさまじい武具の類を生み出し、そのノウハウなどを解説しながら全体的な鍛冶技術を上げるのに貢献していた。後者は人の心に直接響くような美術品をジャンル問わず、生み出すのを得意としていた。《踊り》や《演奏》の様に特定されていない分野一つ一つはやや専門に劣るかもしれないが、それでもどこまでも目を離せなくなるような魅力ある作品を生み出していた。

 

 そうやって1人1人が何かを生み出し、新しい技術を残そうとしていた。

 

 これが【改革派】である。メインは若者たち。既存の概念ではまた歴史通りに滅ぶだけなのだから、必要なのは革新的な技術と発想。それによって国を豊かにしようという発想の連中である。これが比較的クリーンな方の派閥である。完全にクリーンという訳ではない。中には数人、後ろ暗い目的を持っている連中が居るが、若さと影響力の事もあってそこまで問題となる連中ではない、というのは1年間の付き合いで理解した事だった。

 

 これに対して元々存在する技術を更に発展させ、新しいものに取り組む前に国家の基盤を盤石にしよう、というのが【旧派】と呼ばれる派閥連中である。これが基本的に年長者で固まっているのは、なんとなく言葉で解るかもしれない。それにこれに関わっているのは貴族たちもそうである。根本的な体制やシステムの変化によって自分では追いつけないと理解している様な連中がここには合流している。新しいものを生み出すのもいいが、それによって既存のシステムの変化に戸惑うのは民でもあると思っている連中もここに所属している。その為、派閥としては此方の方が上であり、技術を生み出すよりは、今あるものを発展し、そこから少しずつ入れ替えて行こうというのが主な主張である。

 

 これに対する【改革派】はそれでは魔王や魔人に対抗する事は不可能である、と主張している。東部オピロス帝国の惨状を見れば既存の概念や技術では手足が出るどころか逃げる事さえ不可能であるという事実が存在している。故に何時までも既存の概念に囚われたままでは、東部オピロスの様に磨り潰されるのが運命であると発言している訳である。

 

 この両者、ぶっちゃけ上から見るとどっちも間違っていないのである。

 

 新しい技術やシステムを取り入れればそれだけ混乱が起きるのは当然だ。それに国民がついて来れなきゃまるで意味がないのだ。だがまごついている間に東部オピロスが滅び、魔人や魔王が襲い掛かってきた時に対抗手段となる技術や戦術を持っていない場合、そのまま東部オピロスと同じルートを辿るだけというのは解り切った話なのだ。

 

 

 

 

「で、俺がどう判断するか、だって?」

 

「そうそう。ウル様って【中立派】じゃん? だからウル様だったら何をするか知りたいんだけど」

 

「俺か、俺なぁー……」

 

 952年、魔法用研究室の中で、椅子に座りながらペンを片手に、数式と魔法陣の構想を書いていた指を止めながら、同じ研究室で作業をしていた改革派の子に向けられた言葉を繰り返す様に口の中で転がす。なおウル様と呼べ、と言っているからみんなウル様と呼んでいるのだ。1年もすれば慣れる辺り、人間は順応が早いと思う。俺もこの1年でだいぶ慣れているので、恰好も外行きの恰好からホットパンツにチューブトップという滅茶苦茶過ごしやすい恰好で大体、研究している。

 

 やはり高レベル技能保持者が集まるという環境は非常に意欲が進む、というか理解が進む。ここ1年で1人でやっている時の100年分ぐらいの進歩が見える。やはり、環境は大事だよなぁ、と思うが、

 

「やだ、めんどくさい」

 

「めんどくさいってお前……」

 

「俺は政治がめんどくさくて嫌いなんだよ。口を挟めばアイツはこう言った! とか揚げ足取りまくって利用されるばかり。政治なんて罰ゲームに誰が参加したいんだよ。俺、国とかいらねぇから森に引き篭って暮らせばいいし」

 

「本物の賢者みたいな生活俺らにはできねーから」

 

 気合が足りねぇんだよ、気合が。中指を突き立てながら教える。

 

「そもそも魔法を使うか武器振るってるかで大体娯楽になるんだから、それ以外は農作業と家畜の面倒、冬に向けた備蓄の準備しているだけで1日が終わるんだ。必要以上に生活に求めなきゃ別段、森の中で暮らせるぞ。お前らはもっと生活を良く、とか他人の為にとか志が高すぎるんだよ。他人とか割とどうでもええわ」

 

「えぇ……」

 

 俺が他人の為に動いていると思うか。究極的に俺自身とルドラサウムの為にしか動いていないぜ。

 

「このウル様には3つのルールがある。政治利用しようとする奴は殺す。ウル様をウル様と呼べない奴は殺す。俺の機嫌を損ねる奴は大陸から突き落とす。だから政治の話はしたくない。あんなクソみたいなめんどくささの塊、誰が好んで関わりたいんだ」

 

「すっげぇぼろくそ言ってるよ……」

 

 そりゃそうだ。もう国の運営に関わるのなんて嫌だ。人生に一度あればもうそれで十分だと思っている。だからやだ。自分の軽率な発言が人々に影響を与える事なんて解っている。だから嫌じゃよ、と告げてペンを握りなおし、走り書きに目を戻そうとした所で、

 

「その……魔法理論、手伝いますから駄目ですか?」

 

「ぐぬぬぬ……」

 

 そう言って申し訳なさそうに頼み込んでくるのは水色の長髪にまだ少女の面影を残す姿を見せる―――賢者ジルだった。その年齢、何とまだ16歳。そう、16歳という若さでこの【賢人会】に呼ばれる程優秀な才能を彼女は持っていた。自分も、それをマッハを締め上げて聞き出してビビった。

 

 《魔法Lv3》持ちだった。そうでなくてもスラルが残した本当に僅かな資料から神の扉の存在を見つけ出したりする辺り、《魔法Lv3》だけではなく、《戦略Lv2》まで保持している。そりゃあ人類を家畜管理なんて出来るわ、と驚きの組み合わせだった。先が見えており、そして同時に若く新しい発想が出来る。それだけではなく頭のめぐりが早いのもあって飲み込み、理解し、それを最適な形へと昇華させる事が出来る。

 

 賢人の名に相応しい少女だった。

 

 そしてこれが8年後には魔王になると思うと割と怖いものがあった。とはいえ、今はまだかわいいジルちゃんなので、そこの問題はない。

 

「ぐぬぬぬ……最高頭脳に手伝って貰えれば捗るのも事実……」

 

「その、迷惑じゃなければいいんですけど……」

 

「あ、ジルが段々言葉に力を失ってる」

 

「アマゾネスに威圧されてるぞ」

 

「だぁーれがアマゾネスの女王だ」

 

 中指を突き立てながら、言葉を返し、溜息を吐く。

 

「テストケースだよ」

 

「テストケース?」

 

「俺が言ったって絶対に言うなよ。パクってもいいから」

 

 要は実績を作ればいいのだから、皇帝に頼んで村の3つや4つ、或いは地域をテストケースとして最新鋭の技術やシステムを運用する為に利用すればいい。最初から全体を改革するのが無茶なのは事実なのだ。だから全体を最初から変える必要がないのだ。まずは最初に成果がある、というのを示せばよい。

 

「俺だったら即座に放棄出来る東部オピロス近くの土地でやらせて貰うね。テスト参加者が足りないなら支援金を出せばいいし。実際に魔軍に攻められて実績を示す事が出来れば良し、失敗すれば改善策を見出せば良し。そうじゃなくても実験すれば本当にどういう風に動くのも確かめられる。箱庭ケースと地域規模のケースじゃ結果や心理の変化が変わってくるから、村1つでのテストだけじゃ十分なデータにはならん。最低限、2000人規模はテスト対象として取りたいな」

 

「えっ、そんなに?」

 

「国全体に広げるのに数百人程度に試しても意味ないだろう? 大きな集団で成果があるって事を示す為には最低限、2000人規模でデータを集める必要があるから、もういっそ誰か、領地持ちの貴族を抱き込んで協力して貰うのが早いな……まぁ、俺からは以上。誰か思いついていたかもしれんけどな。それ以上は頑張れ」

 

 穴はあるけど最初に実績を見せないと意味がない。だから小規模なテストから中規模に広げて、それで成果を見せれば黙るしかないのだ。旧派の中核に入っている連中が見ているのは自分の楽と命だ。つまり利益があると解ればそれに飛びつくのは当然だ。

 

「反発するだけじゃなくて、需要を見なきゃダメだよ。相手が何を欲しがっているのか、なぜそういう態度を取っているのか、そこら辺を分析して、黙らせる要素を用意しなきゃ」

 

 まぁ、そんなところだ、とペンを持ち直す。勢いだけでは乗り越えられないのが現実だし、後10年以内には魔王ジル誕生でここが爆心地になる以上、未来の事を考えても無駄だけど。

 

 それまでに、この国からは生み出せるだけの利益を生み出して貰わないと困る。特に魔王となる前のジルに、その才能を完全活用して貰ってなるべく、魔法研究を進めなくてはならない。

 

「ただのアマゾネスクイーンじゃなかったんだな……」

 

「アマゾネスって表現やめろ。単純に気に入らない奴は始末してるだけだ」

 

「アマゾネス以下の蛮族じゃん」

 

「蛮族ってのは認めよう」

 

 気に入らなきゃぐさり、ってぶち殺すのは時たまやってるし。そこら辺の躊躇は倫理観ドラゴンなので軽い。

 

「だが俺以外が言うのは気に入らない……!」

 

「はい」

 

「ケツバットですね」

 

「これが新たな性癖を開花させるという最近話題のご褒美の様な罰ゲアッ―――」

 

 扉を開けてメイド服姿の堕天AKコンビが素早く入ってくると下手人を立たせ、素早くケツに一発、スパンキングをソフトバットで叩き込んで去って行く。何時の間にかあの2人、ファンなる者が若者の間では出来ているとか。

 

 やっぱ人間界は魔境。

 

 ……森に居る連中がちょっとだけ、ほんのちょっとだけ心配になった。

 

「では……ウル様? 魔法理論、手伝いますね?」

 

「あぁ、ジルちゃんは本当に可愛いなぁ。もうずっとそのまま、可愛いままでいてくれたらお姉さん嬉しいなぁ!」

 

「えっと、私はそう簡単に変わるつもりはないんですけど……」

 

 それはどうだろうか? と近づいてきた賢者ジルを見た心の中で呟く。今は特にあまり、見た目とかには頓着しない、ぶかぶかのローブを着ただけの若い子だが、それでもその未来には破滅が待っている。

 

 それを最後まで眺める予定はないものの、彼女が変わるというのは既に解っている事だ。

 

「ま、今は可愛いからいいけど」

 

「えーと?」

 

「ん、いや、なんでもないよ。それよりも今、飛行魔法を考案しているんだけど……」

 

「あ、そうですね。やっぱり重力方面からのアプローチですよね……」

 

 まぁ、今はまだいい話だ。研究、そして開発に専念する。武術的なアプローチは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだが、魔法に関しては歴史にLv3がちょくちょく出現している。

 

 その手を借りて、少しずつ、自分の知識と知恵、そして手札を強化していく。

 

 何時か生まれるだろう、大決戦の時の為に。全ての悪行、善行はその時の為に。

 

 俺も大分、人でなしが板についてきたと、この頃思えてきた。




 あー……ジル様可愛いー……だけど絶対に仲良くなりたくない。そして才能上限や技能レベルのお話。1回、ランスあまりやってない読者向けの説明という感じで。ハンティが上限1000あるからドラゴン・カラーは凄いや。

 だいぶろくでなし、人でなしが板について来た感じ強い。とはいえ、甘さとかが残っているのも事実なのよねぇ。それはそれとして、しばらくは笑っていたいね。

 近いうちに笑えなくなるの見えてるから。


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952年

「ひゃっほぉぉぉぉ―――!!」

 

 空中で回転しながら前へと移動、静止、そこから横へとロールする様に飛翔する。魔力に物を言わせて高速で飛び回りながら空を自由に飛び回る。

 

 大空だ。

 

 目の前に大空が広がっている。いや、違う。翼もなく、今の自分は大空と一体化しているのだ。そう、空を飛んでいる。再び大空を駆け抜けているのだ。西から東へと飛び回りながら旋回し、バレルロールをしながらドッジロールをする。そしてロールしながら隻腕を振るい、空に光の斬撃を放つ。他の魔法との同時併用も可能。それだけではなくブレスも吐き出して、あの頃の、遠い昔の時代の様に自由に大空を飛び回りながら好き勝手動き回っている。凄い、凄く楽しい。

 

 ただひたすらに楽しい。また空を飛べる。夢の様な気分だった。たったそれだけで心が晴れ渡っていく。あぁ、そうだ。ドラゴンだ―――俺はドラゴンなのだ! ドラゴンの! 本能が! ずっと、ずっと、求めていたのだ、この大空を。自分の身だけで飛び回れる自由を。ずっと求めていて、それが漸く果たされた。泣きそうな程に嬉しい事だった。

 

 だから笑える。解る。ドラゴンとしての本能が満たされている事実に。数千年ぶりに自力で飛行する事が出来ている。あの時と変わらない自由さで、広い空を支配する様に飛ぶ事が出来た。同胞やAKが飛んでいるのを見て偶に羨ましくなっていたが、これでもうそんな事もない。再び空は帰ってきたのだ。それがもう、嬉しくて嬉しくてしょうがない。

 

 人間には解らないだろう、この感覚は。

 

 人間的な表現で言えば両足を引き抜かれていたような感覚だ。それが今、戻ってきたのだ。テンションが上がるのも当然だった。人型へとコンバートされてからはずっと失っていた空への欲求が再びこれによって蘇った。まぁ、それだけではないのだが。

 

「良く、そう簡単に飛べますね……?」

 

「それは俺が空の生き物だからだよ、ジルちゃん」

 

 空で自由に飛行していたのを止め、地上へとゆっくりと降下する。装着していたゴーグルを外しながら地面から数十センチ浮かんだ状態、空中に浮かんだまま胡坐をかき、ジルの前で座る様に浮遊する。今の俺の気分は影の国の女王。やっぱり空中静止は正座に限る。という訳で正座にシフト。

 

「いいかい、ジルちゃん。生物にはそれぞれ領分というものがある」

 

「領分、ですか」

 

「そう、領分だ。全ての人類がロールプレイヤーだ。だから与えられたロールがある。そしてそれを果たす為に存在している。()()()()()なのだ。生物は期待された役割を持って、それを果たす為に一生が存在する。だから俺もお前も、神によって期待されたものがある」

 

 こればかりは事実だ。俺の生きる意味は俺が決める! と叫んでも別にいい。それで満足してもいい。俺は個人としてはそうやって満足しているタイプだ。だけどデザインされた我々には神によって期待されている役割が存在する。俺の場合は無論、この世界をもっと面白く、未知の楽しさを用意する事だ。将来生まれてくるであろうエールの為に、もっともっとこの世界を盛り上げるのが役割だ。その為に優遇され、神ではない身で生かされている。

 

 俺が神として転生しなかったのは恐らく、メインプレイヤーという役割でもない限り、成しえない事が多かったからなのだろう、と今更思っている。

 

「私にも、やるべき事があるんですか?」

 

「ある。神は全ての人間を見ている。そしてそれを好意的に受け取ってはならない。神が求めているのは愉悦だ。見ていて楽しい事を求めている。そして客観視している限り面白く見えるものは?」

 

「……人の不幸」

 

「そういう事だ。だから神の定めをあまり気にしない方が良い。だから究極的に、自分がやりたい事をすればいい。……話がそれちまったな」

 

 その言葉にいいえ、とジルが頭を横に振った。

 

「興味深い話でした……役割、ですか」

 

 魔王となる少女にこの話の内容をして良いのかどうかは解らないが―――おそらく、自力で到達出来てしまうだろうと思っている。それぐらいこの子は賢い。スラル程ではないが、それでも神の真実に辿り着けた人物である事は、ランスに対する神の定め、という言葉を聞けば解る。

 

 まぁ、俺も心では解っているのだ。

 

 ジルには深入りするべきではないと。

 

 だけど可愛い服を選ぶのが面倒だから男物のぶかぶかのローブを着て生活しているとか、下着を着るのが面倒だからローブの下は全裸とか、そういうちょっとだらしない子を見ていると母性本能がくすぐられるというか、見ていて“あぁ、放っておけない……!”って感じがするのは事実だ。ぶっちゃけ、ドツボにハマっている自覚はある。それでもなんとなくだが、

 

 この子の事は構ってあげなきゃいけない気がした。

 

 最近、ちょくちょく思う事があるのだが、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()可能性を感じている。だからどーしたという話だが。

 

「まぁ、話を戻すけど―――領分だ」

 

「はい、先生」

 

「先生ってのは恥ずかしいから止めてくれよ……」

 

「いえいえ、ウル様はほら、年長者ですし、色々知って教えてくれますから。やっぱり先生ですよ」

 

「いや……ほら……うん」

 

 素直に来られるとちょっと辛い。こういう天然に良い子には弱いなぁ、と思う。見捨てる必要があるのだが。それに、ジルが魔王になるのであれば、

 

 もっと知識を増やして貰う必要もある。最終的には魔軍陣営全体を強化する為に。現在のバランスを考えての結論でもある。

 

「人間が地に生まれ、それを満たす様に生きる様に、鳥が自然と飛ぶことを覚える様に、俺も自然と空を飛ぶ様に生まれたからな。数千年前、まだ主要種族がドラゴンだった時代だ。俺はその時に生まれ、ドラゴンの姿をしていた。その時は翼をもっていたんだけどな。メインプレイヤー……あぁ、大陸の覇権を握っている主要種族ね? が人類に移行する際に人の姿になってからは翼をずっと失ってしまってたわ」

 

「にわかには信じ辛い話ですけど……いえ、事実だとしたら一度主要種族が交代している、という事ですよね。今は人間がメインプレイヤー? ですからドラゴンから変わりましたよね」

 

「うん。世界平和を成し遂げたら神の怒りに触れてね、俺達滅ぼされちゃったんだ。今じゃ僅かに生き残ったのが各地の秘境に隠れたり、翔竜山に引きこもってるよ。刺激さえしなけりゃあほとんど引きこもってるだけだし」

 

 話を聞きながらジルがぶかぶかのローブの袖をまくり、両手を合わせて成程、と頷いている。あぁ、どうなんだろう? フリーク・パラフィンもこういう気持ちでルーンに授業をしていたのだろうか? 自分の知る知識、叡智、それを吸収して育っていく怪物の存在を。そしてそれが段々と壊れていく姿を眺めていたフリークは、どういう気持ちだったのだろうか?

 

 今ならLP歴でのフリークの気持ちが、少しは解るかもしれない。

 

 自分で育て上げた存在が虐殺者となってしまった気持ちが。

 

 俺の場合意図的に育ててるんだけど。

 

「先生の話は興味深いですね……文献などには残されていない事ばかりで」

 

「そら、俺は一応これでも2000年以上生きてるからな。歴史にある出来事はほとんどみてるよ。魔王ククルククル、魔王アベル、魔王スラル、魔王ナイチサ全てを目撃したのはメインプレイヤーでは俺ぐらいだろうな」

 

 魔王アベル以降はマギーホアも大体翔竜山に引きこもっているし。そう考えると今の所コンプ出来ているのは俺ぐらいだろうか? なお現在ジルも記録中である。こうやって色々教えた結果、どういう風に変化するのかも愉しみである。

 

「っ! 私、もっと色々と知りたいです先生! その……魔法理論、また手伝いますから……魔王や歴史について、教えて貰ってもいいですか……?」

 

 ジルのはっきりと聞きたいという欲求が出ているのに、段々と言葉が弱くなっている感じは実に面白かった。才能に溢れているのにイマイチ自分には興味がなく、そして自信のない子だった。これが歴史の中で最も人類を恐怖させた魔王になると考えると、

 

 興味が尽きない。

 

 果たしてジルは、どうしてあんな怪物になれたのだろうか。本当に憎しみだけなのだろうか? 今の少女の姿からは想像がつかない。

 

 

 

 

 教えてー、とせがむジルはなんというか、雛を相手しているようでついつい構ってしまう。好感度が上がれば上がる程危険だと解っていても可愛いものは可愛いのだ。ウル様、本質的に愚者なので構ってしまう。実に辛い。おかげで今日も魔法理論を構築しながら色々とお話ししてしまった。そして気づけば空も暗くなっている。とはいえ、《飛行魔法》が出来る様になった今、今まで以上の速度で屋敷へと戻れるようになったので、僅かな時間で移動が行える。先に屋敷に戻した2人が飯を用意して待っているだろうから、そろそろ帰るべきなんだろうなぁ、と思いながら、研究室のライトを消した。

 

 なんだかんだで長居してしまった。ジルは別の研究室でぐっすりと眠っている。此処の施設、大陸の才能ある人間を集めているだけあって、マジで施設がいいのだ。おかげで研究が捗る捗る。

 

 場合によってはNCの間に大魔法の構想が完成するかもしれない。完成まではまだまだ魔法文化の蓄積が足りないが。後1000年もあれば完成するんじゃないか? とは思っている。存在しない、4000年の魔法文化の中で生まれてこなかった魔法を生み出そうとしているのだから、当然の苦労だが。

 

「ふぁーあ、偶には俺も料理したいな。森から桃りんご送って貰って、うはぁんでも作るか……」

 

 自分の研究室に物理的なロックと魔法的なロックを二重にかけて施錠されているのを確認する。いや、ぶっちゃけ研究成果は大体公開しているので特にパクられるのを気にした事がある訳ではないのだが。それでも盗まれるというのは気分が悪い。そこから普通に発展してくれればそれで俺は満足である。

 

 とはいえ、戦力バランス的には少々、人間側が有利すぎるか……?

 

「魔軍側のテコ入れが居るな」

 

 その一環がジルの事前教育でもあるのだが。ただ、それだけでは足りない。ケーちゃんも事前に知識を増やしてあるから原作よりも悪辣に動き回れるだろう。カカカさんは偶に部屋の中でマギーホア人形をサンドバッグに殴っている姿が目撃されているとケッセルリンクが教えてくれたおかげで、そこまで怠惰に沈んではいない。というかカカカさん、未だにマギーホアの事が苦手らしい。ある意味当然なのだが。

 

 後は……魔人黒部と魔人サタニアの事だ。まだ詳細な能力を知らない2人組。新しい魔人。ああいう魔人戦力が増えてくれるのは好ましい、特に魔人黒部はリークされた情報によれば、魔人の力によって聖獣オロチの力の一部を引き出せる為に、周囲の想念を勝手に妖怪化させたり、重力をある程度操る事が出来るらしい。非常に凶悪な魔人だ、ノスが魔人にならないルートを考えるとああいう強力な奴が魔人になってくれるのはそれだけで嬉しい。

 

「こっちの手札が増え過ぎた分、魔軍側もそれなりに凶悪な札を増やしていかないと人類が劣勢に追い込めないからな……ラ・バスワルド辺りがサイゼル、ハウゼルに別れずに魔人になるなんてどうだろう? 人類にとっては絶望的過ぎるか? でも酷いレベルでバランス取れそうな気がする」

 

「我輩も実に同意見である」

 

 マッハがそれだけ言うと消えた。つまりハーモニット基準なので間違いなくバランス取れてない。よし、いいんじゃないか!? と軽く錯乱する。

 

 魔人ラ・バスワルド! 破滅の音しかしない。というか勝てる可能性あるのかこれ? 魔人討伐隊全員集結で何とかなる? まぁ、誕生した場合に考えよう。

 

「さっさと帰るかー」

 

 空飛べば一瞬で帰れるし。スカーフと靴を常に装備せずにいられるのは楽だよなぁ、と思う。あのバランスブレイカー、空を飛べない子か、或いは何か新しい道具を作るのに利用するのが良いのかもしれない。まぁ、農地に常に風を吹かせるという手もあるし。

 

 そんな事を考えながら最寄りの窓から外に出ようと、暗闇に包まれている廊下を歩けば、奥の方から灯が見えてくる。どうやらこんな時間までまだ残っている奴が自分以外にも居たらしい。大半の連中は研究室で寝てるから引きこもっている時間なだけに、ちょっとした驚きだったりする。

 

 だがそれがちょっとだけ、引っかかった。虫の知らせとでも言うのだろうか。

 

 咄嗟に音と気配を殺し、《クローキング》で姿を完全に隠した。生命探知をされるとバレてしまう程度の隠密だが、それでも魔法等を使ってサーチされない限りは、見つからない隠密手段でもある。灯の見える通路へと出る。

 

 そこにはカンテラを手にする改革派の若者と、旧派の老人の姿が見える。おぉ、珍しい組み合わせだと思うが、改革派の若者は少々、不安そうな表情を見せている。

 

「こんな所で会っていて大丈夫なのか?」

 

「安心しろ、人払いの魔法を使っている。これを使えば人が寄って来れんから心配する事はない」

 

 開幕から人外指定された。悲しみを感じるのでこのままステルスを続行する。

 

「そ、そうか……」

 

「それで……話に乗るんだな?」

 

「あぁ……俺も考えたけど……ちょっと、ついて行けない」

 

 ふむ、と廊下の壁に寄り掛かりつつ片手を首に当て、なんのこっちゃ、と声を出さずに喉の中で言葉を転がす。その間に旧派の老人はそうかそうか、と頷く。

 

「賢い選択だ。儂らは歓迎するぞ」

 

「……すまん、ジル……」

 

 若者が懐から紙束を取り出しつつ周囲を見渡す。そしてそれを老人へと渡す。その紙束には見覚えがあった。ジルが研究室で作業中と放置していた《ゲートコネクト》に関する研究資料だ。そう言えば昼頃、ほとんど終わっているみたいな感じの発言をしていたことを思い出す。

 

 資料に老人が目を通す。

 

「ふむ……確かにこの筆跡はジルのだな。しかし奴め、異世界へと繋げる魔法を考案する等とは……」

 

「あぁ、俺も知った時は驚いたよ。そして同時に怖くなった。今までは凄い、と思っていたけど同時に怖くなった。こんな、こんな魔法をなんでアイツは楽しそうに研究出来るんだ……」

 

「その恐怖は良く解る。お前は何も間違った事はしていない」

 

 あー……そうだ、と思い出した。老人の方は《話術Lv2》持ちのボルセブ……だったか? 旧派の中でも発言力だけは高い奴だ。だが中身がない。動かすだけの脳味噌もない奴だった筈だ。となると裏ではもう一人居るのかもしれない。

 

「これがもし完成されていれば実験で異世界へと扉が開かれていたかもしれない……その場合……いや、これに関しては私で処理しよう。それよりも―――」

 

「いや、解っている。秘密にする。ジルも善意の塊だ、騙すのは難しくない。ただあのアマゾネスクイーンは俺じゃどうしようもないぞ。アレは直ぐに気付くと思うぞ」

 

「心配するな。奴に対する対策は此方でも既に用意してある。準備が進めばあのカラーとジルを処分できる」

 

「おい、あの二人に乱暴な事は……」

 

「解っている、解っている。そこはちゃんと解っているさ」

 

 そうは言うが、瞳の奥には邪な欲望が溢れているのが解る。また脳内でレイプされているのだろうか、俺様は。困ったなぁ、人気者は。気持ち悪さしか感じないが―――成程、高過ぎる才能が祟って周りに疎まれた、というパターンだろうか。

 

 天才は何時の時代も評価されるのは死後、という奴なのだろう。

 

「……」

 

 ここで出てきて、あの馬鹿共を懲らしめるという手もあるにはある。だが歴史の事を考えるとこのまま暗躍して貰うのも大事な事実ではあるのだ。その事を考え、しばし無言を貫き、そして老人が去って行くのを眺め、完全な闇がこの空間に戻ってきたのを確認する。

 

 その上で、しばらく、闇の中に浸る。

 

「んー……」

 

 呟き、窓の外から見える月を見た。

 

「後1年もしたら、出てくか」

 

 ジルを助けるつもりはない。そして助けるつもりもないのに最後まで面倒を見るのは……ただの余分なリスクでしかない。残酷かもしれないが、ランス等が活躍する為に、将来の為にも、

 

 1人の少女の絶望を作り上げる必要があるのだ。

 

 だから放置する事にした。

 

 ……ちょっとだけ、辛かった。




 四肢切断レイプの未来が待っている子。なお同様にロックオンされているという元女王。まさかウルちゃまも四肢切断レイプ……? 刺激的な初体験になりそうだけど。

 ないか。

 何時になったら性描写はいるんだこの主人公。というか一切求められてない気配ある。


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953年

「―――これが《ゲートコネクト》という魔法になります。現状、実用するには相当量の魔力、そして同時に凄まじい演算能力、複雑な術式を記憶するだけの脳、或いは施設を必要としますが、これを運用した際には異世界の技術を入手できる他、魔王の手が届かない世界へと逃げる事が可能となります」

 

「―――」

 

 ジルはその光景を信じられない者を見る様な目で見ていた。

 

 当然だろう。発表会で晒されていた研究内容は、ジルの研究内容なのだから。それを誰よりもジルが理解していた。彼女でなければ思いつけない様な発想、術式が説明されていたのだから―――あたかも、それが今、発表している者の成果であるかのように。その現実が信じられずに、或いは初めて直面する明確な悪意に対して、発表会でそれを眺めているジルの表情は見る見るうちに青くなって行く。

 

 それだけジルにとってはショッキングな出来事だったのだろう。ジルは人の悪意というモノに根本的に触れる経験の少ない少女だったのだろうと思う。だからこそ目の前の光景が信じられない様に表情を青ざめていた。泣きそうな、信じられない様な、何かを言いたいような、言えない様な、そんな表情をジルは浮かべて行く。

 

「ですが現状、この魔法が現実的であるかと言えば……あまり、現実的ではないでしょう。可能性を求めて創作した魔法でしたが、それでも根本的に危険の方が多い魔法であると発覚しました。異世界という道は完全に閉ざして、この魔法と異世界の存在を忘れた方が良いと、私は判断しました」

 

「え、あ、いや、え」

 

「なので私はここでこの研究を、永久凍結する事に決めました」

 

「あ―――」

 

 その言葉に、異論を挟めず、ジルは見送るしか出来なかった。ジルという少女は心の優しい少女だった。ジルという少女は他人を疑わない少女だった。彼女は派閥には興味がなかった。だけど少しでも自分の住む場所と、その周りが良くなるというのであれば、力を貸す事に迷いはなかった。天涯孤独の身であるけど、それでも彼女は自分の住んでいる国が好きだった。

 

 皇帝は偶にやらかすけど、基本的に良い皇帝だった。こういう施設と場所を用意してくれるのは嬉しかった。だがそれがジルの間違いでもあった。ジルは一面しか見ていない。性善説を信じてしまっている。それはルドラサウム大陸でもっとも愚かしい事である。この大陸の人間は性悪説を満たす様に生み出されている。誰もが心の中に悪を飼っている様に生み出されている。そうデザインされている。神は悪辣であり、生贄を待っているという言葉を、ジルはこの瞬間、この時、

 

 初めて自分の経験として理解した。

 

 故にジルは言葉に固まった。何もできず、自分の成果が奪われた上で使い物にならないと言われ、永遠に凍結される瞬間を。やっていたことを奪われた上で無駄だと言われた。誰かを助ける為の研究が、後世には残す必要すらないと全否定された瞬間でもあった。それを、乗り越えるだけの強さがジルにはなかった。

 

 ジルはまだ、少女だった。

 

 悪意を初めて経験する珍しい少女だった。その才能ゆえに今まで、上手く立ち回れてしまっていたから。彼女はまだ、少女だった。そしてその心は少女のままだった。それが初めて、この瞬間、悪意という暴風を受ける瞬間を、

 

 ―――俺はこうなると解っていて、後ろから眺めていた。

 

 

 

 

 発表会が終わった所で呆然とするジルがゆっくりと部屋から出てきた。何人かが怒りに燃えたり、慰めたりしている。それらはジルがどんな研究をしていたか解る連中であり―――その中にはジルの研究を盗んだ奴も混じっていた。あぁ、なんて酷い光景だろうなぁ、とその景色を眺めながら、

 

 やれやれ、と息を吐いた。

 

「借りてくぜ」

 

「わ、わわ、先生!?」

 

「あ、アマゾネスクイーンにジルが誘拐されてる!」

 

 先生が生徒を拉致するのは当然の話なので聞く耳持たぬ。そういう訳で慰められているジルの上からクレーンの様にジルを掴み、そのまま浮かんだ状態でジルを盗み去っていく。それに騒ぐ若者共は追いかけてこない。その配慮が地味に嬉しいが、果たして―――いや、考えるのは別にいいや。

 

「せ、先生?」

 

 答えずにそのまま、窓の外へとジルを拉致って飛び出す。そしてそのまま、大空へと飛び上がった。飛行の魔法がジルは苦手らしく、全く空を飛ぶ事が出来ない為、こうやって抱えてあげないとまともに空を飛ぶ事さえ出来ない。そんな状態なので、こうやって空へとジルを引っ張り上げた。

 

「よし、ジル、やれ」

 

「え?」

 

「だから、やれ」

 

「えーと……何を……」

 

「だから《ゲートコネクト》だよ」

 

「え……」

 

 此方の言葉にジルは何を言うのかを一瞬で忘れてしまったようなので、隻腕でジルを抱えたまま、笑う。

 

「馬鹿だなぁ、あそこに居る全員があの発表は元々お前の物だって解ってたんだよ。その上でお前を潰す為だけにあんなことをやったんだ」

 

「え、あ、私は―――」

 

 だから、と笑いながら言葉を吐く。

 

「使って誰が本当の使い手なのか、見せてやろうぜ……な?」

 

 その言葉にジルは見上げる様に視線を此方へと向け、そして驚いたような表情を浮かべてから、しかしくしゃり、と笑みを浮かべた。頷き、Lv3に相応しいだけの魔力をその全身から放ち、返答の代わりに複雑な術式を天性の才能によって補正された、芸術的とも表現できる魔法を発動させた。空中に魔法が発動し、そこに異界への扉が開かれた。

 

「あ、発動したのは良いけど行先が―――」

 

「ヒャア! 我慢出来ねぇ!!」

 

 がっはっは、と笑いながら空中に生み出されたゲートにそのまま、ジルを抱えて飛び込んだ。光に包まれて周囲の景色が消え去り、そして風景が一変する。空高く飛翔していた姿がゲートを抜けた先で一瞬で景色を変えて、

 

 その向こう側に広がっていたのはアスファルトによって舗装された道路と、そして鉄の建造物の見える風景だった。そこに飛び出しながら飛行を止めて、背後でゲートが消えるのを感じ取りながら道路の上に着地しつつ、ジルを降ろした。

 

「あううぅ……は、激しすぎです」

 

 片手で額を抑えつつジルが軽く額を抑える。目を回している間に周囲へと視線を向ける。アスファルトの道路に乱立する家屋の姿、そして聞こえて来るエンジンの音―――懐かしき、地球文明の音だった。もしかして次元世界3E2を掘り当ててしまったのだろうか? あ、でもセブンイレブンを見つけた。クッソ懐かしい。あぁ、なんだろう、物凄い懐かしさを感じるが、同時に違和感も感じる。

 

 自分がこの世界の一部ではない様な、そんな感覚だった。

 

 ……まぁ、もう既に地球に居た時代よりも、ルドラサウム大陸に居た時間の方が長いのだ、此方ではなくルドラサウムの方をホームと感じていてもしょうがないのかもしれない。いや……地球に居た頃よりも遥かに濃い人生を送れているのだ、もう既にルドラサウムの人間として生きる覚悟を決めているのだ、その後の輪廻も。

 

 周辺へと視線を向ければ、それなりに目立っているのが解る。俺は明らかに露出が多いチューブトップにホットパンツ、それでいて隻腕という姿。その横にはぶかぶかローブの美少女がセットでついているのだ。そりゃあ目立ちもするだろう。俺も言動は非常にアレだが三者視点からすると十分美女カテゴリーに入るし。口さえ開かなければ、という奴である。

 

「とりあえず―――」

 

 どっか、落ち着ける場所を確保しようか。そう思った所で言葉を邪魔する様ににやにやと笑みを浮かべながら制服姿の学生たちが此方に近づいてくるのが見える。おぉっと、こんなに日本って馬鹿が多かったっけ? と思っていると、にやにや笑みを浮かべる学生たちは武器を手にしているのが解る。

 

「おいおい、マブい姉ちゃん達じゃねぇか」

 

「へへ、そんな恰好しちまって、俺達を誘って―――」

 

「非殺傷威力で《ガンマ・レイ》」

 

 めんどくさいので薙ぎ払った。ビームを放って強制的に地面に叩きつけて学生共をダウンさせ、そのポケットをまさぐる。えーと、あぁ、あったあった、とポケットから財布を回収し、その中身を確認する。

 

「あれ、円じゃねぇ」

 

 見た事のない金が入っている。財布から取り出した金色のそれを掲げると、倒れてまだ意識のあった学生が此方を見上げている。

 

「お、俺のBPを……」

 

「そっかぁー。BPだったかー」

 

 どうしよう、困った。これ、3E2じゃなかった。寧ろなんというか、もっとやばい所に《ゲートコネクト》で繋がってしまった感じがある。えー、マジでどうしようかこれ。いや、確かにアリスソフト繋がりなのだが、マジでありなのそれ? アリスソフトだからありなの? という事は【イブニクル】に繋がるゲートも存在しているのかもしれない。そっちのドラゴン娘こっちに大量に分けてくれないだろうか。深刻な問題が割とあるので。

 

 うーん、悩みどころである。とはいえ、俺一人では《ゲートコネクト》が使えない。根本的な問題解決には程遠いよな、と諦めておく。

 

「お、お前、煉クンが黙っちゃぐえぇ!?」

 

「寝てろ」

 

 げしげしと軽く踏みつけて気絶させ、その意識を奪った。カエルの様な声を零しながら気絶した小僧どもを放置し、とりあえずはこの世界というか、今のこの日本で使用する事の出来る金であるBPを財布から根こそぎ奪っていると、漸くジルが復帰したのか、

 

「あ、あわわ、あわわわ、せ、先生! 何をしているんですか!」

 

 え、と声を零しながら振り返る。

 

「カツアゲ。正当防衛だから許されるよな……なぁ?」

 

 通行人に同意を求めれば、サムズアップが返ってきた。この世界も日常的に学園間で抗争しているし、殴り合っているのは割と普通だっけ? と古い知識を思い出す。まさか別ゲーの知識をいきなり要求されるとは思わなかったが、

 

 まぁ―――丁度良い所でもある。

 

 この世界にバッドエンディングを求めてる神の意思は存在しないから、好きなだけ暴れても文句を言う神様が居ないのだ。ストレス解消には丁度良いだろうと思う。最近、思いっきり暴れる機会もなかったし、ここなら適当にナスビ頭の味方をして暴れば良いだろう。

 

「いや、違うんですけどそうですけど、その、なんというか、その!」

 

 ジルが必死に伝えようとする姿に、がっはっは、と笑った。そしてその頭を撫でた。

 

「ジル」

 

「あ、はい」

 

「俺は近いうちに森に帰る」

 

「え」

 

 その言葉にジルは思考を表情を固めた。だけどその頭を撫でたまま、言葉を続けた。

 

「前した、神の役割の話を覚えているか?」

 

 その言葉にジルはゆっくりと、頷いた。そして口を開く。

 

「……人は役割を与えられ、生まれた生き物である、という事ですね」

 

 ジルの答えに頷く。

 

「人が役割を与えられる様に、俺にも与えられた役割がある。幸か不幸か、俺は自分が何のために存在しているのかを知っている。そしてその為に人生の全てを捧げる事を覚悟している。そして今も昔も、俺はその為にずっと行動している……」

 

 ある種の呪いである。俺にはそれに抗えない。抗おうとも思えない。そして成し遂げなければならないと思っている。だから俺はこれ以上、変われないと思っている。運命を、未来を変える事は出来ない。スラルの事は、終わった後で再び新しく始めただけだ―――本質的には何も変化はない。

 

「ジル」

 

「はい」

 

「……君はこれから、物凄く不幸な目に合うだろう。それを回避できるかどうかは、君の努力次第だ。俺に言えるのはそこまでだ。それをどうにかできるのであれば……俺も全力で助けてあげたかった。だけど俺にも定められた役割がある。逃げられない現実がある。だから君が恐らくは不幸を得た時……俺は君を助ける事は出来ない」

 

「先生……」

 

「情けないと思うかもしれない。先生と呼んでくれる君に不義理をしているかもしれないだろう。だけど時が来て、どうしようもなく心が耐えられない時は―――俺を憎んでくれ。そして人類を憎む事を躊躇しないでくれ。だけど愛を捨てないでほしい」

 

 限界だった。これが自分がジルに伝えられるぎりぎりのライン。出来る事の全て、その限界だった。俺はもはや、この賢人会から離れる事を決意していた。もう、ここに居るだけの理由がないし、早めに離れた方が被害を受けずに済む。何より、もう、ナイチサから魔王が交代される年が近いのだ。俺が居たのではスケジュール通り物事が進まないかもしれない。

 

 一旦、舞台から消える必要があった。

 

 だから最後に、ジルの心に逃げ道を用意しておく。

 

 俺が悪い、という逃げ道を。俺を憎むという道を。その果てに殺しに来るか、家畜にされるか……どちらにしろ、それを運命として受け入れる事は考えていた。

 

 果たして、神の真意を知る事が出来た魔王は、俺をどうするのか、という興味がないわけでもないが。

 

 それでも、

 

「これが俺がお前に言える限界だ……すまない」

 

「……いえ、先生がどれだけ苦しんでいるのか、その表情を見れば解りますから」

 

 それに、とジルは笑った。

 

「先生が凄い人で! 良い人だってことは私が良く解ってますから! 見ててください、先生の予想を何時も魔法では覆して来たんです―――今回だって覆しますよ」

 

「……そうか」

 

 そうなればどれだけ良かったのだろうか。そうなれば、どれだけ幸せだったのだろうか。だけどきっと、そんな未来は来ない。もはや予知に近い確信が自分の中にはあった。この少女は絶対に人類を憎む魔王になる。それが今から自分には未来の景色として見えてしまった。その時、自分がどういう風に扱われるのか―――それは、まだ見えない。だが関わった責任は、求められたら応えるだけの覚悟はあった。

 

 と、話が丁度終わった所で、

 

 

オォラァッ!!

 

 

 咆哮の様な声と共に爆発と爆裂、音が響きながら瓦礫や埃が舞い上がるのが見えた。あ、この声はどっかで聞いた事があるぞ、とニヤリ、と笑みを浮かべる。そしてそのまま、ジルの手を取った。

 

「そんじゃあっちでは暴れているらしいし、ゲートを開いて帰る前に1回、記念に暴れていこうぜ」

 

「先生! ダメですよ暴れちゃ!」

 

「がっはっはっは、ここは異世界だからどんだけ迷惑をかけてもいいんだよ! 追ってこられないからな! とりあえずあのナスビ頭に味方しよう、なんかボスっぽいし」

 

「今俺の事をナスつった奴は出てこい!」

 

 その返答にまた笑いながらジルを引き連れ、騒乱の中に引き込んで行く。この一時のはしゃぎが、笑いが、少しでもこの先の未来の運命を和らげることを祈って。今だけは、前借する様に少しでも幸福を楽しめるように引っ張り出して、背中を押す事しか出来なかった。

 

 必ず不幸になる娘の為にも。

 

 運命は変えられない。

 

 ―――否。

 

 結局はそれっぽい言葉を並べているだけなのではないだろうか? それっぽい言葉、言い訳をしてまた逃げているのではないのだろうか? あぁ、それとも今度こそ本当に狂ってしまったのだろうか。それでも未来は、未来はどうにかして救わないとならないのだ。ここまで来てしまった以上、もはや止まれないのも事実だ。

 

 憐れな憐れなジル。その未来は絶対に幸福にならない。

 

 それを知っていて変えようとしないのだから、ほんと、腐ったものだと思う。

 

 だがランスの産まれる未来は変えられない。

 

 絶対に。

 

 何に代えても。これだけは絶対に。

 

 

 

 

NC954年

 

 ウル・カラー、帰郷。突然賢人会を離脱し、帰郷を宣言する形に驚きが溢れる。歴史に詳しく、旧派と改派、その両方の意見を理解しながら融和させる事の出来る数少ない人物であった。何より武勇に優れるという点を持つ上に、政治に全く興味や関心がなく、行動力や人柄で引き付けるタイプの存在であった為、策略を練ってもどうしようもない存在であったウル・カラーは賢人会の中では一種の抑止力として働いていた。少なくとも化け物の前で粗相をしようとする、愚者は混ざっていなかった。だが彼女の帰郷により、それが消える。

 

NC955年

 

 魔王ナイチサ、勇者に敗北。致命傷を受けて魔軍は撤退、その軍事行動が一時的に停止する。人類が魔軍に対して初の明確な勝利を見せる事が成功した。世界はその喜びに満たされ、人類が一気に増長する。魔王という存在を瀕死にまで追い込む事に成功した人類は喜びに震えながら心の枷を外してしまう。絶望の音色を響かせながら喜び、そして恐れる事無く自らの欲望を満たし始める。

 

NC960年

 

「新しい魔王の誕生を―――新たな魔王は魔王ジルと―――来年からGL1年となります、お忘れなきように―――」




 実はパラレル案に魔王ウル誕生ルートというものもプロットで用意してたな? まだ精神力足りているルートだったらジルの代わりにウルが魔王になってUL歴開始! という感じで、ジルがやる事をウル様がやりつつ、魔軍の強化をして、ジル魔人にしつつ人類1000年ぐらい苦しめるルートも考えたんだ。

 じゃけどやっぱガイの魔王化とランス君のt安生で困ったんでどうしようもなかった。ジルを救う裏技が根本的に存在しないのが事実なんだよねー……。ジルの魔王としての役割が余りにも歴史の中に食い込み過ぎて大きすぎる。

 所で俺、ナス嫌いじゃないよ。投票は久那妓に投げて来たけど。


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GL歴
5年 暗黒期到来


「あぁ―――イイ! もっと! もっとぉ……」

 

「はぁ、はぁ、はぁ―――」

 

 女が犯されている。両足を切断され傷口を塞がれた女が両手を枷に縛り付けられ、その秘部に男の肉棒を受け入れていた。男の方も両手で腰を掴むと、一切の遠慮なく腰を動かし続けていた。まるで狂ったかのように腰を動かし続ける男の動きは止まらない。そそり立つ肉棒を陰部に叩き込んでは涎を垂らしながら女を犯し続けている。そして我慢の限界を迎えて膣に射精しながらも―――腰の動きを止める事はなかった。そのまま、狂ったように腰を動かし続けている。

 

 射精しても腰を動かし続ける。それを横に立っている魔物兵が魔道具を使ってチェックしている。

 

「あー……まだ孕んでないのか。もうちょっと薬を使うか」

 

 そう言うと魔物兵は腰のホルスターから注射器を引き抜き、それを女の首に突き刺した。

 

「おっ、おっ、おぉっ、おっ」

 

 女が白目を剥きながら絶頂する。首筋に突き刺さった針の感触に絶頂したのだ。そしてそれを犯す男の肉棒が締め上げられる。それによって気持ち悪い声を吐き出しながら男は女を犯し続け、そして女も痙攣しながら犯されている。女の精神は既に壊されている。

 

「良し、これなら今日中に出産で出来るな」

 

 そう言うと魔物兵はその家畜から目を離し、隣にいるペアへと視線を向けた。そのペアもまた、男と女の組み合わせであり、両足のない女を男が犯していた。既に女の腹は膨らんでいる。それを確認し、魔物はよしよし、と頷きながら次のペアへと移って行く。それは一種の異様とも地獄とも表現できる景色だった。男が女を必死に犯している。そこに一切、なんの疑問も抱かずに。まるで家畜そのものの様に。

 

「おーい、育児部屋はどうなってるー?」

 

「今拡張中だぞ? ちょっとペースが早過ぎるんだよ」

 

「あー、ペース落とさなきゃダメか……」

 

「薬の使用と交尾時間を減らすか?」

 

「だけど人間って育つのに時間かかるじゃねぇか。だったら一気に産ませて纏めて育てた方が良くねぇか?」

 

「そう思うか? ……そうだよなぁ……ちっと交尾部屋の管理が忙しくなるけど、建設班を増やすか」

 

「ま、それっきゃないか。総合ノルマがあるから油断出来ねぇんだよなぁー」

 

 そう言って交尾部屋、或いは繁殖部屋と呼ばれるその部屋を管理する魔物兵たちは談笑しながら数百人の人間が一斉にペアで犯し合っている部屋で、その様子を管理しながら会話を続ける。その会話の内容は日常的な物だったり、何を食べたとか、そんな話をしていた。普通に、日常生活の会話だった。その景色を見て彼らが思う事はない。相手が人だったら性欲も湧いてくるかもしれない。だけど違う。

 

 家畜に欲情するのは変態ぐらいだ。そして魔物兵としては一般的な感性を持つ彼らに、家畜を犯すような趣味はなかった。そしてだからこそ、家畜が激しく犯されていても興奮する事も、思う事もない。仕事の一環として管理しているのだから、そこに思う事は何もないのだから、当然だ。人間は家畜となったのだ。だからそれはもはや動物だ。管理される生き物だ。

 

 かつて、西部オピロスと呼ばれた大国家の首都、そこは人間牧場へと完全に作り変えられ、必要のない家屋は破壊され人間牧場の為の施設へと再利用されていた。かつて栄光を誇った国家の姿はもはやなかった。国家を治めていた皇帝オピロスの姿は居城の塔に突き刺さった上でその屍に保存の魔法がかけられており、魔法が剥がれるその時まで朽ちる事無く、絶望の証として無人の城に飾られている。

 

 繁殖部屋の外へと出て街を歩けば、従属させられた人間の姿が魔物兵によって管理されているのが見える。完全に人間ではなく動物として扱っている分、寧ろ魔物兵と奴隷の間の距離は短く、殺すような事も、脅すような事もなく、普通に生活していた。店舗を維持するような姿の人間も見られ、そこから無料で食料や娯楽を楽しむ魔物兵の姿が見える。

 

「オラっ! ははっ!」

 

「なんか言ってみろよ!」

 

 そして道路の真ん中で人間に蹴り転がされる人間の姿が見える。四肢を欠損した上で舌を切断された人間がサッカーボール代わりに同じ人間に蹴り転がされ、それを眺めている魔物兵がファンファーレを送っている。それを受けた人間が頭を何度も下げながら更に気合を入れる様に蹴って転がしている。

 

 もし、そこに本当の悪という言葉が、概念があるとすれば。

 

 それは恐らく、人が生み出す意思なのだろう。

 

 ―――俺は身を隠した状態でそれを眺め、それを漸く理解した。

 

「これがジルの治世、人間牧場か……」

 

 呟き、《クローキング》を維持したまま、空に飛び上がった。虚空から浮かび上がった声に魔物兵が視線を向けて来るが、その時は既に空に上がっている為、もはや自分の姿はそこにはない。視線を野晒しにされている皇帝の方へと向け、助けられなくてすまない、と心の中だけで謝ってから、かつて栄華を誇った首都から離れていく。

 

 もはやここに人としての生活や誇りは何も残されていない。

 

 残されたのは家畜と、その管理人たちだけだった。人間牧場に戻ってくる事はもうないだろう。ここに来る意味はない。解放する意味もない。既に牧場で生まれた新世代が育ち始めている。彼らが育てばもはや、このシステムに疑問を覚える事はないだろう。そういうシステムをジルは既に構築しているのだから。薬の投与による一世代目の常識封鎖。生まれてくる二世代目に対する洗脳教育。それを行う事で家畜として生まれ、家畜として一生を終える。そこに一切の疑問を感じない様にしている。

 

 悪魔的に合理的だった。

 

 これなら爆発的に人口を増やせる。

 

 勇者の襲撃システムは全体の人口の低下により発生するものであり。故に生まれる勇者そのものを牧場で管理してしまえば勇者として覚醒する事もない。また同時に人口を爆発的に増加させれば適当に虐殺した所で50%には到達しない。故に地獄を味わわせてもペナルティがない。無限に地獄のループを繰り返して殺しては増やすを続けられる。

 

 飛行し、首都から十数キロ離れた地点、一本の木が目印となっている場所に降りる。その下にはルシアと共に待っている一人の青年の姿があった。《クローキング》を解除しながら青年とルシアと合流する。旅である為に旅装、ホットパンツとチューブトップという恰好をしている為、風が良く感じられる。ゼスの熱風も個人的には心地よいものがあったのだが、

 

 今は、そんなものを一つも感じられない程にちょっと、心が弱っていた。

 

「お帰り、ウルさん。様子はどうだった?」

 

「お帰りなさいませ、此方をどうぞ」

 

 青年とルシアがそう言って迎えて来る。ルシアから水筒を受け取りながらそれを飲み、渇いた喉を潤す。ゴーグルを外しながら息を吐き、そして頭を横に振った。

 

「もう駄目だな」

 

「やっぱり、そうか……」

 

 茶髪の青年は片手を顔に当てながら、絶望感に覆いつくされそうな心を何とか保たせているのが解る。心が折れていないだけ、まだ凄いと思う。空っぽにした水筒をルシアに返しつつ、少し疲れたので、木に寄り掛かるような形で座り込み、ベルトポーチからヒラミレモンを取り出して噛みつく。すっぱい。これが良い気付け薬になるのだ。しばらくの間食べていなかったが、これを食べると心が落ち着く気がする。なんというか、正気に戻る様な、そんな味だ。

 

「首都は完全に人間牧場になっている。西部オピロスの周辺都市はこれで全滅だな」

 

「北方の寒冷地帯の方も主要都市は全て陥落していたからな……」

 

 ふぅ、と青年が息を吐いて心を落ち着かせたのを見た。視線が食べているヒラミレモンへと向いたので、ポーチから携帯しているヒラミレモンを1個投げ渡す。それを受け取った青年がすみません、と申し訳なさそうに笑いながら受け取った。自分も齧りながら言葉を続ける。

 

「首都は大規模に改築されてて必要のない家屋は資材に変換、それを子供部屋とかにしているな。後は教育専門の魔物兵とか、そうやって分野別に部署を作って管理してるのも見える。恐ろしいけど効率的で人類の増産って意味じゃ間違いなく有用だよ、ありゃ。ガス抜き、管理、恐怖、快楽、全てを揃えてマインドコントロールしてるわ」

 

「今解放したらまだ正気に戻せるかもしれないけど、薬漬けで精神崩壊で未来はないか……」

 

「そして次世代を狙った所で洗脳教育されているから解放した所で何十年……いや、何百年単位で人類を元の形へと戻さない限りはどうしようもないな」

 

「そうか……」

 

 悔しそうに青年は歯を食いしばり、そして鞘から剣を抜いた。それを逆手に握りながら青年はそれを眺める。それは不思議な剣だった。刀身が青い光を纏った剣。それはその青年にしか扱えないものだった。そしてその光は日に日に減って行くのが目に見えていた。痛ましいものを見るような視線で青年・アレフを見た。

 

「俺は―――ナイチサさえぶち殺せればそれで世界が平和になると思っていたんだけどなぁ……次の魔王が魔王を殺しても誕生する。そんなシステムがあるなんて、思いもしなかった……」

 

「こればかりはどうしようもないさ。そういう風に世界が出来ているからな」

 

「ウルさんに助けて貰ってまた勇者になれたと思ったのになぁ……!」

 

 強く剣を―――【エスクードソード】を握る勇者アレフの掌から血が流れ出し、剣の柄を濡らしながら大地に落ちて行く。

 

 勇者アレフ、彼は勇者だった。NC955年にナイチサを討った時で15歳。それから既に10年が経過している。アレフという青年は25歳になり、勇者としてあがりを迎えてしまった。だがそれを短い間だけ、覆すだけの裏技がある。それを自分は知っている。だからあがりを迎えたアレフに声をかけた。

 

 このGL5年に。

 

 人類の暗黒期、一切の希望が後年になるまで生まれる事もなく、ひたすら闇の中に全ての光が沈んで行く時代に、少しでも光を見出す為に勇者という存在に、人生で初めて接触した。だがそうやって見出したものはやはり、少しずつ闇の中へと沈んで行く現実だけだった。

 

 なお、コーラス0024はセラクロラスに勇者復活を頼んだ時に戻ってきたので、マッハを投げつけて諸共大陸から叩き落してやった。

 

「もう、エスクードソードに魔人を殺せるだけの力がない……」

 

「【逡巡モード】も解除されちまったか……」

 

「あぁ……だけどそれだけじゃない。力そのものがもう、消えようとしている。たぶんエスクードソードの使用可能段階すら切れようとしている……」

 

 つまり人類死滅率が回復し、30%以下まで死滅率の低下がナイチサ死亡からこの10年間で成し遂げられてしまったという訳だ。【逡巡モード】はエスクードソードと呼ばれる勇者専用の神器が人類の死滅率が30%を超えた時に発動するモードであり、これになると魔人を殺せる力が勇者とエスクードソード自体に宿り、レベル200の魔人だろうが1対1の状況であれば一方的に殺すだけの力を宿す。

 

 そしてこれが50%を超える事で【刹那モード】に入る。

 

 それがナイチサの敗因だ。【刹那モード】はやり過ぎた魔王へのお仕置きだと考えても良い。【刹那モード】では魔王を殺す力が手に入る。これによって勇者は魔王を殺す事が可能となる。あらゆる攻撃を見切って回避し、そして絶対なる強運と死亡しないという特性で魔王を確実に追い詰め、その《無敵結界》を無視して殺す事ができる。人類を減らし過ぎると遊び場が壊れてしまう。その為に存在するのが【刹那モード】である。

 

 そしてそれが80%に到達する事で【阿摩羅モード】に入る。これは時間逆行、レベルリセット、技能剥奪、死者蘇生、自由創造などを行える一級神を殺せるモードとなる。つまり無敵の様に思える女神ALICE等を殺せるモードになったという事だ。その更に上に【涅槃寂静モード】が存在し、大陸で一桁しか生物が残っていない場合に発動する。こうなると三超神を殺す事が出来る様になる。

 

 つまりバランス崩壊し過ぎだよクソ野郎と、クソ運営を殴れるモードになる。

 

 とはいえ、【刹那モード】以降が発揮される場合は存在しないのだが。

 

「って事は死滅率が10%を切るラインまで見えてきたか……」

 

「一地方だけじゃそれだけの大量出産は無理だろうし、恐らくは他の地域の主要都市も」

 

「人間牧場になってるだろうな。人が増えれば増えるだけ出産の数も増えるし」

 

 解っている事だった。ジルをそのままにすれば魔王になるって事も、人間牧場になるって事も解っていた事だった。だけどこうやって自分の足で回ってみて、そしてその様子を知ってショックを受けている俺は何様なのだろうか? 元々こうなるって解っていて放置したのではないか。

 

 今更の話だろう?

 

「……それで割り切れたら苦労しないんだけどね」

 

「ウルさん?」

 

「あぁ、いや、何でもない」

 

 本当に、なんでもない―――それでも未来を作らなきゃいけないのだ。あの鯨に愛を教える為の準備を整えなくてはならない。だから、疑問に思ってはならない。それだけの話だ。責任は受け入れる。それだけだ。ともあれ、

 

「セラクロラスに頼んで時を戻したけど、それも永続って訳じゃないからな。それにアイツ、探すと絶対に見つからないし」

 

「という事は俺も今年が勇者としてのリミット、か……正直、どうするかで俺も迷っていて」

 

 勇者を見上げ、ヒラミレモンを齧りながらご自由に、と言葉の続きを促す。それを受けてアレフが頷いた。半分、独り言に近い言葉に思える。

 

「俺は―――ナイチサを討った。間違いなく追い込んだ。だがその結果がこれだ。果たしてナイチサを討った事実は正しかったのか。そしてこうなってしまった人類に俺が勇者として出来る事があるのかどうか……正直、もう戦ってどうにか出来るとは俺は思えない。まだエスクードソードが【刹那モード】だったら迷う事無くジルを瀕死にまでぶち殺して絶対に動けない様に監禁してやるんだがな……!」

 

 殺意と憎悪の滲んだ声を押し殺し、だけどもうその段階は通り過ぎていると、理解する様に呟いた。

 

「……後輩共の為の道を作りたい」

 

「次の勇者か」

 

「……あぁ。勇者特性はコーラから説明されるからまだいい。だけど新たな魔王の誕生などに関する情報は、俺達勇者にとっちゃ致命傷だ。これをどうにか、後世の勇者たちに伝えたい。何かできるとすれば、コーラの奴が居ない今がチャンスなのには間違いがないんだ」

 

「大陸から突き落としてやったからな。流石に戻ってくるまで少しは時間がかかる筈だし」

 

 やってやったぜ、コーラの大陸墜落チャレンジ。だけどアイツ、四級神だから神格だけならマッハよりは上なんだよな。ハーモニットには流石に勝てないけど。それでも多少は時間稼ぎになる筈だ。居場所を特定されていない間は何をしているかはバレないだろう、四級ならそこまで全能ではない筈だ。まだマギーホアチャレンジで即死できる範囲だし。

 

「とはいえ、勇者に継承されるものなんてクソ剣と特性だけだぞ」

 

「……」

 

 人類が死滅率を上げない限り働かない剣なのだから、クソ剣でも合ってると思う。とはいえ、これこそが勇者の力を最大限に発揮する兵器だと考えると、少々複雑な気持ちだ。現状、【カオス】も【日光】も存在しない状況ではエスクードソードのみが人類による魔人、魔王に対する攻撃手段だ。これ以外で殺傷する方法が現在の所、存在しない。

 

「俺は大陸南東部を回ったらJAPANを見て回る予定だけど―――お前はどうする?」

 

「俺は……」

 

 アレフはそこで少しだけ考え込むような仕草を取り、そしてエスクードソードを見た。

 

「……こいつに魂を残す」

 

「……エスクードソードに?」

 

 アレフがエスクードソードを持ち上げつつ、頷いた。

 

「あぁ。唯一継承されるエスクードソードに俺の魂を埋め込めば、後輩共にコーラには気づかれないでアイツが黙ってる事を教えられるかと思ってな……」

 

 アレフのとんでもない発言に言葉を失い、ヒラミレモンを握ったまま、自分の頭をくしゃり、と髪を軽く掻き乱す。

 

「飯も女もない生活になるぞ。魂ぶち込むんじゃなくて、何か別の手段を考えてみろ。まだあがりまで時間もあるだろ」

 

「……考えてはみる」

 

 【魔剣カオス】と【聖刀日光】に続き、【勇者剣エスクードソード】までもが人間を材料にしている、とかなったら全く笑えない。だけど勇者に魔王というシステムを伝える事はある意味、重要なのかもしれない。その考えは間違っていない。手段が間違っているだけで。とはいえ、俺にはそう簡単には妙案も浮かばない。

 

「ついでに各地のカラーの里も巡るか。ハンティならなんか、いい案があるかもしれない」

 

「だといいんだがな……」

 

 重い溜息が出る。この状況を改善する手段が一つもない。ジルを倒す手段もない。そもそも、俺にジルを倒すような資格はないし、するだけの気持ちもないし、理由もない。立ち上がる事の出来る人間も―――この時代には、まだ生まれる影すらなかった。

 

 人類の暗黒期、

 

 ここに始まる。




 アレフ Lv99
 ルシア Lv104
 ウル様 Lv191

 現状のメインプレイヤー最強戦力チーム。下級魔人だったら《無敵結界》込みでもぶち殺すぐらいの戦力あるなこれ……。とはいえエスクードも大体13%ぐらいなので勇者としての力も、どちら含めても終わりが近い。ゲートコネクトが明確にジルの所にあるので異界から攫った者を魔人にするかもしれないし……?

 暗黒の大地を歩こう。


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XXX年 ターントップ

GL30年

 

大陸状況報告

 

≫≫≫≫≫≫≫≫

 

 大陸全ての国家が粉砕され、そして魔王ナイチサによって減らされた人類の数がこの時点で完全に補充され、また魔王ナイチサによる東部オピロス壊滅前を超えるだけの人口に届く。人類最大最悪の暗黒期と呼ばれる時代がこれより始まった。魔王ジルによって生み出された人間牧場は大陸の主要都市を潰す事で土地を生み出し、その代わりに設置された。これによって大陸の主要国家に人間牧場が建設、それぞれの魔物兵の才能を見極めた上で部署や役割を生み出し、そして人間の完全なる家畜化を開始した。家畜の人間と奴隷の人間。大きく分けてジルが生み出したのは二種類の人類だった。ひたすら繁殖と交尾、そして虐げる為の人間。残りは労働力、そして虐殺に使う為の人間。麻薬を使ってナイチサ時代の人間を使い潰す事で四六時中交尾させ、出産した赤子を魔法によって保護する事で死亡率を引き下げる。安定して子供を産む環境を整えながら母体を使い潰し、増えた人間に洗脳教育を施し、優秀な素質を持つ者を殺して、生命力の高い者を残す。これによって生命力の高い無能な人間だけを残して、再び交配。一種の無能だが体力だけはあるサラブレッドの生産という方向を作った。

 

 

GL50年

 

大陸状況報告

 

≫≫≫≫≫≫≫≫

 

 人類に光はない。新たな魔人が誕生する。異世界の扉を開いて連れ込んだ住人を魔人にして配下を増やす。各地に存在する人間牧場をそれぞれの魔人に管理を分割させる。それぞれの魔人はそれぞれ趣味が違う。それ故に人間牧場に魔人特有の特色というモノが生まれてくる。一つの牧場に対する人間の数、そのノルマのラインをキープしているのであればあらゆる欲望を牧場内で満たす許可を魔王ジルは出した。それによってそれぞれ違う種類の悲鳴と絶望が人間牧場に満たされ、人間牧場の運営が続く。バリエーション豊かな絶望をジルは求め、満たしていた。

 

 

GL80年

 

大陸状況報告

 

≫≫≫≫≫≫≫≫

 

 人類に希望の光は見えない。

 

 

GL100年

 

大陸状況報告

 

≫≫≫≫≫≫≫≫

 

 人類に―――変化なし。希望はどこにもない。

 

 

 

 

 雪が降っている。その中を腰に剣を差して、ルシアと共に歩いている。

 

「流石に冬になると寒いな」

 

「何か羽織られますか?」

 

「いや、魔法で温めてるから問題ないわ」

 

『じゃあなんで寒いとか言い出すんだよお前……』

 

「いや、だって気分味わいたいじゃん? 冬って。だからとりあえず寒い、つってみる」

 

『ほんといい加減な女だよな、お前……』

 

 照れる、と笑いながら地平、雪が降る白い世界の中に、空が闇で包まれていても見える灯があった。つまり、文明の光だ。その方向へと視線を向けながらモッズコートの位置を軽く調整する。流石に北方、ヘルマンの辺りに来てまで薄着をする事は出来ない、インナーにロングパンツ、シャツもちゃんと今は着ている。しかしインナーは強制的に乳袋な感じになる、相変わらずエロいよな、と思う。まぁ、それはともかく、

 

「ルシア、どうだ?」

 

「地図を確認する限り、アレが恐らくその牧場となります。違った場合は更に西へと行く必要がありますね」

 

「この俺様が顔を出すっつうんだから、居なきゃ殴り飛ばすぜ」

 

 頼りになるメイド―――じゃない。堕天エンジェルナイトだ。ここしばらく、連れ回すルシアの恰好をメイド服で固定しているせいか、メイドとして完全に認識してしまっていた。やばい、これじゃケッセルリンクの事を何も言えないじゃない。メイド服以外の何か、コスチューム的なのを考えないと駄目ではないのだろうか、これ。まぁ、それはともあれ、

 

 目的地へと向かって大地を踏み進めていく。使われなくなった道路には雪が積もり、歩くたびにざく、ざく、ざく、と足音を足跡と共に残していく。真っ白なキャンバスに自分だけの痕跡を残す様に歩いて行きながらヘルマン冬の夜に、人間牧場の一つへと向かって行く。ジルの配下である魔人の一人によって管理される牧場へ、迷う事無く進んでいく。

 

 ヒラミレモンを取り出して齧る。

 

 齧る。

 

 特に効果がある訳ではないのだが―――齧る。

 

『しっかし人類は本当にどこもダメだったな』

 

「牧場は魔物将軍の管理から魔人の管理へと移行、時折人間狩りによって隠れ里の人間から繁殖用の人間を確保、ですね」

 

「人類を詰みにしない様にしてんだな、それで」

 

 態と野生の人間を残した上で、狩ってるのだ。かつてのカラーが狩られたように。それを人間相手に繰り返す自分の重ねた歴史の汚点をそのまま叩きつけているのだ。良くもまぁ、そこまで悪知恵が働くもんだと思う。教えたのは俺なんだけど。懐かしい、神の悪意に関して教えたのも俺か。結局のところ、魔人によってそれぞれの牧場を運営管理し、異なる地獄を演出する様な発想を生み出したのが俺か。

 

 そうやって昔の事を思い出している内に、未来ヘルマンの人間牧場へと近づいてきた。道路の果て、牧場―――というよりは街に近いのだが、その入り口に居る魔物兵を見た。此方を見て、何かを言おうとして、髪色を見て、そして額のクリスタルを見た。

 

「ケイブリス様に連絡しろ! 今すぐ! 心の準備をしてください、と!」

 

「ケイブリス様が失禁しない様にお伝えするのだ!」

 

 そう言って牧場の門番をしていた魔物兵が走って逃げだす。その姿を見て、人差し指を口で咥えた。

 

「……」

 

『その……お前、魔人相手に何をやったんだ……?』

 

「ケーちゃんの事は気に入ってるから楽しく遊んでいただけなんだけどなぁ……偶に窓から投げ捨てたり」

 

『鬼かこいつ』

 

「昔は鬼畜女王とか諸国には呼ばれていましたとか」

 

『鬼畜女王とか』

 

「黒歴史だからやめて。お前も」

 

 爆笑している剣を引っ張り出すと、掲げてそれを投げる準備をする。

 

「あんまり笑っちゃうと悪魔界の果てに手が滑るぜ()()()……!」

 

『完全に故意じゃねーか!』

 

 アレフ―――元勇者。今ではエスクードソードに宿った元勇者の魂。魂を感知する魔法に対策する為に、コーラという存在の目を騙す為に、エスクードソードのシステムそのものに組み込まれた魂となった。そのおかげでテレパシーの様に秘匿した会話を送る事が出来るものの、【カオス】や【日光】の様に、自分から何かをするという特殊な力を持たない。

 

 文字通り、喋って記憶するだけの存在になった。

 

 一度は止めた。

 

 だが永劫に次の勇者を育てる為、支える為と決めたアレフはエスクードソードの一部となった。一度、エスクードソードの回収の為にコーラが来た時は施した仕掛けには気付かず、俺が無駄にエスクードソードを保有しているから回収しようとした。

 

 なので再び大陸からコーラを投げ捨てた。史上初、神を大陸から投げ捨てた女パート2。

 

 どうせ、この1000年は、GLが続く間はエスクードソードをコーラに渡した所で、勇者の誕生から死亡までがジルと人間牧場によって完全に管理されてしまっているのだから、持たせるだけ無駄なのだ。だとしたらエスクードソードを弄れるだけ弄って、隠せるだけアレフの魂を隠す事が大事だ。その為には高位の技術系技能持ちのメインプレイヤーの協力が必要なため、それを探して歩き回っているというのも今の活動の一つだった。

 

 それ以上に、今はケーちゃんを探していたのも事実だが。

 

 北の果て、辺境の人間牧場をひっそりと管理していたとか流石ケーちゃん、と言いたくなるような状態だった。それでも部下にまで俺の事を伝えて見つけ次第報告して心理的ショックに備えるって、俺はなまはげか何かかよ。いいぜ、お前がそういうつもりだったら俺も一切の遠慮はしないからな、ケーちゃん。

 

「ま、とりあえずケーちゃんに会いに行くか」

 

『お前のその謎の繋がりに関しちゃ俺は驚くしかねぇーわ』

 

「今生きている人々の中では最年長の部類でしょうから……」

 

「そこまでだ」

 

 年齢の話は止めろ。止めろ。マジで止めろ。

 

「……まぁ、行くか」

 

 よっこいしょ、と声を零しつつ、軽く屈伸運動をしてから体を伸ばし、クラウチングスタートから―――一気に飛び出す。

 

ケーちゃ―――ん!! 遊びに来たぞぉ―――!!

 

 全速力で牧場に飛び込みながら声を放てば、牧場のどこからか悲鳴のような気配を感じた。良し、ケーちゃんあっちだな? 迷う事無く魔人特有の気配へと向かって全速力で雪を蹴り飛ばしながらダッシュする。そこに俺が近づいている事を証明するような笑い声を付属させる事を忘れない。ケーちゃん、ここだよー、数百年ぶりに遊びに来たよー、とアピールする。

 

 通りすがりの魔物兵がドン引きしつつ逃げ出している。

 

「アレがケイブリス様が言っていたやばい奴の中のやばい奴……!」

 

「ケーちゃん! やばい奴の中のやばい奴が遊びに来たぞ!!」

 

『鬼かよこいつ』

 

 ふははは、と笑い声を零しながらケーちゃんの気配がする牧場の中にある、ひときわ大きな建造物―――恐らくはケーちゃんの屋敷の前で足を止め、そのまま扉を開けて中に入る。キャンドルによって屋敷内部には光が灯っているが、どことなく汚れているというか、血の染みを感じさせるものがある。ここも再利用されている建造物なのかもしれない。

 

「ケーちゃーん! どこだよー! 俺が来たから歓迎しろよー! ……あ、性臭。こっちか。逃げても無駄だぞー! フハハハー! ケーちゃんとの絡みは気分が若返るなぁ!」

 

 ドラゴンの姿でブイブイ言わせてた時を思い出させるからケーちゃんは好きだ。あの頃の馬鹿な自分に戻れるようで。そんな事を考えながら臭いを辿る様に屋敷の奥へと進んで行けば、元々はダイニングホールかなんかだった部屋に両手で頭を押さえ、隅っこの方で丸まろうとする、体の大きくなったリスの姿が見える。なお、部屋には10名を超える壊れたような女の姿が転がっている。

 

 女どもは全員幸せそうな表情で壊れている。

 

 当然だろう、そういう風に教育されて、そういう風に生まれて、そういう風に育ったのだ。何の疑問もなくオナホールとしてその人生を終わらせただけだ。それを見たアレフが機嫌を悪くするのを感じた。この先、こういう光景が1000年続くから慣れるだろうけど。

 

「ケーちゃーんみーつけーたー」

 

「僕リスだよー。ケーちゃんなんて知らないよー。きゅぅー」

 

 このやり取り、1000年以上も前にやった覚えがある。なつかしさすら覚えるやり取りだった。しかしケーちゃん―――いや、魔人ケイブリスは昔のまあるい、サッカーボールの様なリス姿から、比較的に大きく、屈強な肉体を形成する中間の様な、背の高いリスの様な姿に変身しつつあった。真面目にあのリス姿からここまで成長したのだから、ケイブリスの執念には言葉を失う。

 

 とはいえ、

 

「おう、古い友人相手にしらばっくれるとは良い度胸だなケーちゃん。さっきまで女を犯していたお前の威勢はどこに消えたんだよ!!」

 

「お前の名前を聞くだけで萎えるに決まってんだろ」

 

 無言でケイブリスに中指を突き立ててやる。それを見て、ケイブリスが諦めたような溜息を吐きながら、トボトボと部屋の隅から此方へと歩み寄ってくる。既にどことなく、瘴気を本当に薄くだが、纏っている気がする。ケイブリスは強くなっていた。もはや蹴り飛ばせば吹っ飛ぶようなサッカーボールは卒業していた。

 

 人間を虐殺し、低位の魔人であれば殺せるぐらいの力を得ていた。媚びて、媚びて媚びて、それで逃げ回って生き延びようとする必要はなかったが、そのスタンスに変わりはなかった。安心感さえある。

 

『こいつが……魔人ケイブリス、なのか?』

 

 そう、と心の中で言葉を送って返答する。一番付き合いの長い魔人。そして一番気に入っている存在でもある。ケイブリスは根本的に自分では勝てない存在を即座に察する。そしてその相手に対してはひたすら媚びる。そこにプライドなんてものは存在しない。そして生き延び続けてケイブリスは強くなる。その為だけに生きている。

 

「ククルククルの背中は見えてきたか?」

 

 その言葉にケイブリスは反応を僅かに止めた。その姿を見て、溜息を吐く。

 

「おいおい、ケーちゃんよぉ、お前はククルククルみたいになりたいって理由で強くなろうとしたんだろ? 忘れてる訳じゃないだろ?」

 

「はぁ? 俺様が忘れる訳ねぇだろ、そんな事実。女犯してる暇があるなら俺様はもっと強くなる為に努力するぜ……おう、そうだったな。そうだよな……」

 

 ケイブリスは短くそう呟くと、もはや完全に女たちに対する興味を失っていた。ふむ? と呟きながら首を傾げる。初心を思い出せたのだろうか? だとすれば僥倖だ、ケイブリスにはライバルとしてどこまでも強く、もっと強くなってもらわなければ困るのだから。魔人最強の座、それは絶対に揺るがない領域であってほしいのだ、俺としては。

 

 この先―――どう未来が変質しても。

 

 ケイブリスは魔人最強でなければならない。

 

「そういう割にはお前は楽しそうな顔をしてねぇな」

 

 昔の様な、一切媚びのない口調を取り戻しつつ、ケイブリスは遠慮のない言葉を此方へと向けて来る。

 

「ナイチサ相手にキレてたお前はもうちょっと顔色が良かったぜ」

 

 ケイブリスの遠慮のない言葉にそうだなぁ、と小さく笑ってしまった。だから、まぁ、と小さく笑ってしまった。

 

「ちょっと疲れているかもしれないなぁ、俺も」

 

 もう、生まれてから2500年だ。2500年間も生きてきた、この大陸で。それだけの困難と試練と変節を迎えて来た。そしてそれでもまだ未来に届かない。これから900年のGLと、1000年のGIが待っている。まだ、俺が未来に到着するまで2000年という時間が待っているのだ。つまり、今まで経験した時間とほぼ同じなだけの時間を経験しなくてはならない。それなのに何度も打ちのめされ、自分で人生を狂わせるところを見せて、そして生み出した惨状の結末を見ている。

 

 正しいかどうかなんてはどうでもいいのだ。

 

 迷いはない。これは義務なのだ。やらなくてはならないのだ。

 

 それでも、

 

「長く生きるのも楽じゃないね」

 

「は、これは本当にあの化け物魔王がお前を先生に仰いでたのはマジらしいな。だけど考えてみれば納得だな。お前の様なキチガイが教えなければナイチサを超えるような化け物も生まれてこないだろうしな」

 

 いいぜ、とケイブリスは口を開く。

 

「コックの連中はか、かか、カカカ、カミーラさんとジルが気に入ったから連れてこれなかったけど、その弟子連中なら連れて来てる。飯にしながら久しぶりに話をしようぜ」

 

 そう言うケイブリスにはなんというか―――少し、余裕が見えた。

 

 或いは強さだけではなく、その心も一回りこの時を経て、成長しているのかもしれない。どことなくだが、此方に対する恐怖の様なものを何時の間にかケイブリスは向けてきていない。昔は軽口を叩いても、どことなくその気配は残していたのに。

 

 ケイブリスも少しずつ、成長しているんだ。強さだけじゃなくて。その事実に少しだけ驚かされつつ、数百年以上の時を埋める事にする。

 

 誰もが変わっていく。そのままではいられないのだ。




 ケーちゃんとの関係はただ単純に魔人とカラーという訳ではない。

 この二人は出会う度にお互いの初心を思い出させている。原初の願いを思い出させるので、勢力等を超えた個人的な関係が存在している。たぶんウル様が一番仲の良い魔人はこいつ。


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100年 魔人ケイブリス

 もう1000年以上経過しているけどアイツらまだ生きてるのか―――種族なんなんだアイツら……。

 

 そんな事を考えながら場所を変えて、別の屋敷のダイニングで運ばれてきたステーキをフォークとナイフで切って食べる。片腕しか残っていない為少々食事をするのが他の人よりもやや大変なのは認める。だけどそれと付き合ってもう数千年だ。ここら辺は完全に慣れだし、今じゃルシアが肉を切ってくれたりするので、食べるのも楽だ。人間、世話をしてくれる人間がいると楽だよなぁ、と思う。しかし、ケイブリスがステーキを一口で丸ごと飲み込みつつ、此方に視線を向けている。

 

「お前今絶対ババアが介護されてるって思ったな。ぶっ殺すぞ」

 

「思ったが止めろ、媚びるぞ」

 

 新手の脅迫だった。しかし肉がちゃんと焼けているし、ルドラサウムでは見かけない香辛料の味がしている。結構美味しく出来ているので、それを評価しながら食べているのだが、

 

「お前がここまで食に気を使うとは思わなかったよ」

 

「俺様も昔はそこまで頓着してた訳じゃねぇけどな。お前が飯を作ってるのを度々食わされてるうちに舌が肥えちまったんだよ。こいつらを引き抜こうとしたらガルティアと交渉するハメになったぜ」

 

「時に食が原因で戦争に発展するから笑えねぇ……」

 

 香辛料の為だけに戦争をおっぱじめたヨーロッパ人の事を思い出し、全く笑えない話だった。魔王城も魔王城で、それなりにユニークな進化を実はしているのかもしれない。俺がやった事と言えば厨房の改革ぐらいなのだが。それでも安定して美味しい食料が供給されるのは日常的な楽しみになっているのかもしれない。というかダイニングの壁の端に知らない魔物兵がコック帽を被って待機している。

 

「アレなに」

 

「うちの厨房担当だよ。お前がナイチサの時は魔王城に居なかったから解らないだろうけどよ、アイツはスラル程じゃないけど優秀だったぜ、人材の動かし方とか。コック連中に弟子を取らせたのはアイツの方針だしな」

 

「そんなに飯が気に入ったのかアイツ……」

 

 魔王城も魔王城で、というか魔王や魔人のプライベートが一部本当に面白そうなんだよなぁ、と思う。そこにあんまり関われないのが悔しい。出来る事ならもうちょっと魔王城の日常というモノには関わってみたかったが、自分の立ち位置ではそれは不可能になっている。また魔王城に行ける時があるとしたら、

 

 それはガイ―――【魔剣カオス】を手にした男が歴史の表舞台に立った時だろう。

 

 【魔王戦争】、それに参戦する時だ。

 

 とりあえずコックたちに手を振っておく。あ、ガッツポーズしてる。

 

「魔王城も楽しそうだな」

 

 その言葉にケイブリスが溜息を吐く。既に何枚もあった皿の上に盛られている肉は消えていた。食べ終わった所でケイブリスはもう一度息を吐きつつ、

 

「まぁ、今の状況が俺様にとっても面白いってのは認めるぜ」

 

 大陸の状況―――今、魔王によって人類が支配されているという状況だ。根本的にケイブリスは強くなる事だけを求めているが、その本質はどちらかというと邪悪だ。利用出来る全てを利用してでもククルククルの様な強さを手に入れる。ただし、その事に対してどこまでも臆病で、慎重であるというだけだ。だからこそ最古参の魔人でありながら、ここまで生き延びてきた。ケイブリスは根本的に人類を最初から家畜程度にしか思っていない。だから彼からすれば今の状況は、人類が漸く本来の形に納まった程度でしかない。

 

 それが楽しいのだろう。

 

「だけどありゃ駄目だな」

 

「駄目?」

 

「ジルだよ」

 

 ケイブリスは軽く体を震わせながら言う。

 

「俺は今までの魔王を全部傍で見てきたぜ。ククルククルは最強の魔王だった。間違いない。そして最も巨大で強大、魔王の中じゃ一番優しいって言えるが間違いなく最強だった。その事実の前に他の要素なんてクソみてぇなもんだ。ククルククルは偉大だった。アベルも目立たねぇがアレでククルククルの次に強い魔王だったぜ? そしてスラルだ。あいつも凄かった。臆病でビビってて、どことなく親近感感じたぜ。常に死なない為の方法を考えている辺りとか。後《無敵結界》の事なら感謝してるぜ。おかげでビビらずに俺も強くなる準備を行えたからな。そしてナイチサだ。アイツ、本当に元は人間かって俺は何度も疑ったぜ? 魔王らしい魔王ってのはアイツの事だと思った。魔軍を出さずに人間をどんどん自滅させていく様子は化け物だってな」

 

 だけどな、とケイブリスは頭を横に振った。

 

「本当の化け物ってのはジルに相応しいってのを俺は理解したぜ。アレは頭がおかしいってしか言えねぇ」

 

「……」

 

「憎んでるぜ。人類の全てを。永劫苦しめ続けたいって思ってる。そしてそれをマジに実行しやがる。そしてその上で時々先生ってのを自慢するんだ。狂ったように笑いながら。正気と狂気の間を綱渡りしながら冷静に戻って、それで的確に人間を苦しめる方法を思いつく。ナイチサの方が人間性が薄かったのは認めるぜ。だけどジルはその真逆だ。人間性に溢れている。そしてそれが尽きない燃料になって憎悪で燃えてる。アレ程ぶっ壊れている魔王を見るのも初めてだわ。その先生っての、お前の事だろう? 話し方から直ぐに気付いたぜ」

 

 そして、

 

「俺が昔一緒に冒険したのもバレた……」

 

「あぁ……」

 

「ちびりながら昔の話をするハメになったぜ……ぶるぶる……」

 

 あまりにも憐れで言葉もなかった。だけど、うん、魔王ジルとかいう自分を圧倒する存在を前に、話をしろと見下されながら発狂していそうな憎悪の魔王の前に引っ張り出されたら、ケイブリスとしては確実に心臓ショック案件だろうなぁ、と想像するには容易い。

 

「で……今のジルはどんな様子をしている?」

 

「それが俺を訪ねた本題か。ケッセルリンクかガルティアのが仲良いだろうお前。そっちに話を通せよ」

 

「カミーラちゃんとお茶会しようかと思うんだけど、ケーちゃん来ないの……?」

 

「はぁ? か、カカカ、カミーラさんとお、お茶会だって!? いや、待て、落ち着け俺様、これは罠だ。どう見ても罠だ……」

 

「カミーラちゃん、もふもふしたもの結構好きなんだよね。鱗系苦手だし」

 

 ケイブリスが自分のリスボディに触れて毛並みをチェックする。もふもふしてる? という感じで部下を呼び出してはチェックさせている。アレフが密かに剣の内部で爆笑しているのが煩い。でも気持ちはよく解る。中学生の反応かよお前。だけどケイブリスのそういう所、俺は好き。

 

「ケーちゃんブラッシングはしてる?」

 

「おう、毎日欠かしてないぜ。い、いつ見られても大丈夫なように決めてなきゃダメだからな!」

 

「お前のそういう所ほんと尊敬するわ」

 

 最強最悪になるであろう魔人を前に何を言っているんだか、という話だが、ケイブリスと話をしていると昔の事を思い出す。頭を空っぽにして馬鹿をやっていた時代の。あの頃を思い出してしまうのだ。あの頃は良かった。何も考えず、未来の事なんて心配せず、気にする事無く、好き勝手動く事が出来た。そのおかげで無茶もやったし、馬鹿もやった。

 

 だけど今では未来に向けての調整やらどうするか、という事で縛られていて好き勝手動けない。それが息苦しい。解っていても結果を変えようとしない自分が少し、腹立たしい。

 

「で―――ジルの話か」

 

「あぁ、一番他の魔人や魔王を見ているのってお前だろ? お前の口から聞かせてくれ。魔王ジルはどんな風になっているのか。どんな女になったのかを」

 

 それを聞き出すためにケイブリスをずっとこの100年間、探していたのだ。

 

 知りたかった。

 

 自分が見捨てた魔王ジルという存在を。彼女が俺が見捨てた後、どういう風に変わってしまったのかを、自分は知りたかった。だからそれを求めてケイブリスを探していた。そしてケイブリスも、大方の繋がりは見えているのだろう。絶対にお茶会に誘えよ、と四度念を押してから漸く、ジルに関して話し始めた。

 

「ジルが人間を憎んでるってのは解ってるよな?」

 

「あぁ」

 

「なんでも魔王になる前に四肢を切断された後、毎朝毎晩交代されながら犯され続けてたとかな。そして飽きられたら今度は家畜小屋に捨てられてうしにひたすら犯されてたとか。ナイチサがジルを拾ったのは家畜小屋で孕みもしないジルをうしが犯している時に見つけたらしいぜ」

 

「……」

 

 その想像をし、そして実際に経験したであろうジルの事を考え、言葉を失うしかなかった。何かを言うだけの事が自分には出来なかった。これがランスであれば笑いながら俺のセックスで上書きだー! ぐらい言えたのだろう。その精神力の強さが羨ましかった。

 

「怪物だ。ジルを表現するならその言葉が一番似合っているぜ。今までの魔王で一番恐ろしい、一番魔王らしい魔王だと言っても良い。人間という種に対してずっと憎悪を燃やしている。単純に絶望させるだけじゃ足りねーから俺達に管理を任せてバリエーション豊かに苦しめてるって辺りがイカレてやがる。まぁ、おかげで存分に俺も自由にやれるから文句はねぇんだけどな」

 

 だけど、とケイブリスは言う。

 

「定期的に昔の話を聞きに来るの止めて欲しい。本当に怖い……ぶるぶる……僕悪いリスじゃないよ……ぶるぶる……」

 

「あぁ、ケイブリス様が突発性魔王ショックに……!」

 

「カミーラ様人形! カミーラ様人形をお持ちしろ!」

 

「ケーちゃんも大分面白くなってるなぁ……」

 

『どう見てもお前が原因だろ』

 

 せやな、とアレフの突っ込みに心の中で頷いておく。ドラゴン時代に派手にケイブリスを連れ回してしまったのが原因なのだが、今更ながら、その影響力にちょっと爆笑している部分がある。あの頃に、何も考えなかった頃に戻りたい気持ちがある。だがそれは不可能なのだろう。

 

 と、部下が持って来たカミーラ人形をケイブリスが片手で抱き、落ち着きを取り戻していた。ほんと面白い事になってるな、お前という感じの表情をケイブリスに向ければ、話を続けてくる。人形持ったまま話を続けるのかお前。

 

「ただジルは人類を恨みつつも、どことなくチグハグしてるんだよなぁ……」

 

「……チグハグ?」

 

「おう。ナイチサの時はすげぇ解りやすかったぜ? ストレートに人間を処理しているってのが解る。そう言う意味じゃナイチサの方が優れてた部分があるな。ナイチサは私情を挟まずに、何かを思う事無く単純に人間を殺してたからな。だけどジルは違うぜ、ずっと憎みながら地獄を作り続けている。その上で終わってない。まだ何か思っている事がある」

 

 ケイブリスは話を続ける。

 

「ジルが《ゲートコネクト》で異世界への扉を開けているのは知ってるか?」

 

 ケイブリスの言葉に頷いた。

 

「ジルは異世界の扉を開いて、そこから呼び出して魔人にして戦力を増強しているが―――それが本来の目的には俺には思えねぇ。俺には解るぜ。あいつは異世界を通して何かを探している」

 

「何かを……?」

 

 知らない情報だ。というか自分の知識にないものだ。自分が知る限り魔王ジルはひたすら人間牧場を運営し、それでルドラサウムを1000年の間、一切飽きさせる事のなかった歴史上最悪の魔王だった。異世界へと渡る技術を個人で保有し、魔王である為にそれを疲れる事無く使う事が出来る。また次代の魔王であるガイを愛人としていた……という話も知っている。

 

 だけど何かを探している、という話は初めて聞いた。

 

「俺の直感はアレは何か、探している様に見えたぜ。魔人を作っては放置しているし、適当に殺しても文句を言わねぇ。新しく作った魔人にアレは欠片も興味を持ってねぇ。それよりも何か、異世界を通して何らかの力を持った存在を求めてるってのだけは俺には解るぜ。流石にそれ以上の事は解らねぇけど」

 

「いや……十分過ぎる程良い話だった。色々と考えさせられたよ」

 

 ジルが何かを計画している。正史には存在しなかった何かを。それをジルが求めているのは解った。その原因となるのは間違いなく……自分だ。だけど何を求めているのが解らない。俺を恨んでいるのだったら俺を殺しに来るか、魔人にするか、それとも家畜にするか……どれかにするか、だと思っていた。

 

 だけど気まぐれな魔人が襲撃する以外では、カラーに対する被害はなかった。俺も、ここ100年GLを旅していても、狙われたり指名手配されたりしているという事が全くなかった。そこが不思議でしょうがなかった。恨まれているかと思った。それで当然だと思っていた。

 

 だけどその当然がなかった。まるで、コンタクトがない。それが不思議で不思議でしょうがなかった。

 

 俺を恨んでないのだろうか? 知っていて見捨てた俺の事を、彼女は。だけどその答えが出る事もなく、彼女は何かを求めて異世界を乱している。その事実が自分には良く解らなかった。ケイブリスにも、ジルが異世界に求めているものは解らなかった。完全に、目的が不明となっている。

 

 どことない、不快感があった。

 

 自分が原因で何かがズレている様な、そんな感覚。おかげでカラーは一旦、人間による狩りが終わって少しだけ表に出られる様になったのも事実なのではあるが。それでも自分でも理解できない変化に、戸惑う事しかなかった。

 

「ま、俺から言えるのはこれぐらいだな。ちゃんとお、お茶会に呼べよ! お、俺様もその日はビシっと決めるからな……!」

 

「あぁ、うん。カミーラちゃんに頼んでみるよ」

 

 100%許可出ないから安心してて。軽く明るい未来を想像してトリップしているケイブリスの姿を懐かしみつつ、息を吐く。

 

 ジル―――魔王ジル。

 

 君はどんな風に変わってしまったのだろうか。俺にはそれがまだ、解らなかった。人類を憎んでも、何故俺を殺しに来ないのか。憎しみをぶつけてこないのか。

 

 その答えは遠かった。




 ウルとケーちゃんはずっともだよ。

 正史とは食い違うジルの行動。恨みはないのか? 憎んでない? 何故来ない? 疑問を感じつつ放浪。まぁ、でもGL初期の一大イベントと言えばやっぱりアレかなぁ、って感じで。

 この時代、大半が人間牧場運営しかしてないから、イベントは薄いんだよね、後半までは。

 魔王の探し物。


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200年 クリスタルの森

 それから、100年ほど大陸を彷徨ったり、JAPANに向かったりした。目的は各地の人間牧場の様子を確認したり、知り合いの魔人の所に顔を出す事だったりする。ガルティア、ケッセルリンク、ケイブリスをハブったカミーラと二人でのお茶会とかもした。それとは別に新しく生み出された魔人というのも確かめたりもした。その果てに、ジルが作った魔人も1人、下級程度の強さだったので殺す事もあった。大陸は完全に光を失っていた。ジルという暗黒が完全に大陸から光を奪っていた。人間牧場は管理され、そして隠れ住んでいる人間たちはその惨状を知りながら、どうにもできずに光を消して暗闇の中、明日がある事を祈って細々と生き続けている。

 

 そんな大陸の風に染まっていないのがJAPANだった。JAPANには人間牧場が存在しておらず、戦国時代を継続していた。その為、身内で常に殺し合っている状況だった。

 

 ここに魔人黒部が投入される。つまり黒部ダークである。

 

 投入された魔人黒部は1年に1度、一つの地域に居る人間を虐殺し、完全制圧する。そして翌年に隣の地域へと移動し、そこを虐殺する。ひたすらそうやって虐殺を繰り返しながら1年1年、死亡した人間が再び出産されるのを待ってから行動し続ける。大陸の様な人間牧場は経営しないも、発狂している黒部で最大限恐怖と絶望を常にまき散らし続ける方法を選んだ。

 

 それでもJAPAN内部では戦国が続く。

 

 あいつらの精神状態おかしいよ、とはひっそりと接触出来た月餅の言葉だった。そら魔人なんてもんが暴れまわっている中で戦国タイム継続しているのだから当然の言葉だよな、と納得できるリアクションだった。ある意味、人間以上にまだ、悪魔の方が正気かもしれないという事実にはビビるしかなかった。やっぱりJAPANは魔境だわ、あそこ。あいつら身内で殺し合う事に躊躇しないもん。

 

 そんな訳で100年ほど大陸とJAPANをうろうろした。それに合わせ、堕天AK部隊の筆頭であるルシアのレベリングも行った。色々と旅をして、見せて、覚えさせて、経験させて、未来の為に戦力として育てる為であり、旅の影響でレベルも、そして技量も磨かれてきた。

 

 そしてそろそろマイホームが恋しくなった所で、大陸中央、実家のあるクリスタルの森へと戻ってくる事にした。

 

 

 

 

 200年ぶりに戻ってきたクリスタルの森は入り込んだ瞬間からうん? と首をかしげたくなるような違和感を感じさせた。踏み入れた瞬間から方向感覚が狂う様な、そんな妙な感覚が襲い掛かってきた。ホームグラウンドに踏み入れたのに知らない場所へと踏み入れたような感覚。その違和感にあぁ、と声を零した。

 

「結界か、これ」

 

「どうやらしばらくいなかった間に結界が敷かれているようですね」

 

「みたいだな。だけどこれなら突破できるな」

 

 伊達や酔狂で異次元魔法理論を研究していた訳ではないのだ。結界抜けならそこまで難しくはない。流石に空間関係の魔法は高位魔法扱いなので両手が必要になる。左肩から黒腕を生やし、二本の腕を揃え、それで両手で印を結ぶ様に形を作った。2500年間魔法研究しているドラゴン・カラーの称号は伊達じゃない。伊達ではないのだ。年季の入った研究者がどれだけ恐ろしいか見せてやろう。

 

 という訳でサクッと印を結び、術式を構築し、魔力を消費して完了。

 

「よし、これでおしまい」

 

 左腕を消して歩き出すのをメイド姿のルシアが並んでついてくる。

 

「流石の手際ですね」

 

「まぁ、破壊や解除じゃなくて結界を擦り抜けるだけだったら難しくはないからね。ほら、ルシアもうちょっと寄った寄った」

 

「あ、はい」

 

 ぴたり、と素早くルシアがくっついてくる。心なしかそのくっつき具合に遠慮がない気がする。まぁ、いいや。そう思いながら結界抜けの魔法を維持し、そのままクリスタルの森の中を何時も通り進んで行く。飛んで入って行くのもいいのだが、森の中の方から人の気配を感じる。このまま飛んで入ったら迎撃されそうな予感があったし、面倒なので地上ルートを選ぶ。まぁ、結界を無視さえしてしまえば中に入るのはそう難しくはない。二人はちょっと範囲を広げるので面倒だがこうやって密着さえしてしまえば問題ない。結界で迷わせて無限ループを構築しているようだが、そういうのは通じない。《ゲートコネクト》の術式と構築を知っている以上、そう簡単に空間系魔法で俺を超えられるとは思わないべきだ。

 

 正しいルートが存在するのだろうが、それを無視して何時も通り真っ直ぐ自分の家への道を突っ切って、

 

 そしてその先に広がっている景色に言葉を失った。

 

「……なにこれ」

 

 クリスタルの森を抜けた先に広がっているのは自分の知らない景色だった。草のカーペットはそのまま、大きく改築された自分のログハウスは屋敷となっており、その周辺にスペースを開けてからかつて自分が住んでいたログハウスの様な家がそこら中にあった。ただし自然と調和されており、水の流れる音などが聞こえる。どうやら態々川を作ったらしい。空間魔法を使って川を繋げている気配、これが出来るのは《魔法Lv3》だろう―――という事は間違いない、

 

「ハンティだな? 後ルシア、もう離れても良いから」

 

「失礼しました」

 

 名残惜しそうにするなこいつ。そう思いながら頭の裏を掻き、周囲を見渡し、溜息を吐く。

 

 ―――【ペンシルカウ】だ。

 

 つまりカラーの里。未来にまで続く、LPまで続くカラーたち最大の隠れ里になる。確かGL中に設立されたのは知っていたが、まさか留守の間に完成されていたなんて知りもしなかった。まぁ、200年も開けてりゃあさもありなん、というものだろうか。流石に予想外の風景に、溜息を吐いてしまった。そしてそうしている間に、目の前の空間に飛び込む姿が見えた。

 

「金髪のカラー……女王様ですね!」

 

 水色の髪に額のクリスタルはそれがカラーである事を示した。弓を装備しているのは一般的なカラーの武器だ―――基本的に、カラーは弓の技能を保有しているからだ。それが数人、迎える様に、喜ぶ様に声を零している。だがそれはそれとして、

 

「女王は廃業したから」

 

「お帰りをお待ちしていました!」

 

「ハンティ様とインデックス様がお待ちです」

 

「いや、俺女王は廃業したから―――廃業したからぁー……」

 

「女王! 女王! 女王!」

 

「空で笑ってるトカゲ共うるせぇぞ!!!」

 

 空では帰還を察知したドラゴンが数頭、女王コールをしながら爆笑しているので、カラーガードに引きずられながら片腕で空の馬鹿共めがけて《ガンマ・レイ》を連射する。それを女王コールを続けながら馬鹿達が回避する。お前ら、その無駄に高いスペックを本当に無駄に使ってるなぁ!

 

 そんな事で引きずられ、改築されてしまった我が家へ。普段の小さかったログハウスはどこへと消えた。今では立派な屋敷へとその姿を変貌させていた。カラー・ガードにそのまま屋敷の中へと拉致られると、屋敷の中に見覚えのあるカラーの姿と、そうではないカラーの姿が見えた。

 

「や、久しぶりだね姉さん」

 

「やぁ、愚妹。俺の素敵なログハウスはどうしたんだ」

 

「いや、まぁ、アレは……うん……」

 

 久しぶりに顔を合わせる黒髪のカラー、ハンティは申し訳なさそうに視線をそらし、頬を軽く掻いている。どことなく男らしさのある仕草なのは俺の影響を受けてしまっているのかなぁ、なんてことを思ったりする。そんな言い辛そうなハンティの代わりに、ハンティの横に立つ水色の髪の、普通のカラー、珍しく短髪の彼女は申し訳ありません、と頭を下げた。

 

「不在の間に住居やその周辺に手を入れた事をお許しください」

 

 そう言ってカラーは頭を下げた。その姿を見て、いや、と声を零す。

 

「ここに住んでるのは事実だけど別に俺の土地って訳でもないからな。ここに住むんだったら別に、俺は歓迎するよ。数千年前はここにはたくさんのカラーが居たしな。昔みたいな景色を取り戻せるってなら俺は特に思う事もないさ……ただ、何があったんだ? 俺が留守の間に。えーと……」

 

「インデックスです。インデックス・カラー」

 

「インデックスちゃん」

 

 インデックスは申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「カラー狩りを魔人メディウサが始めたんです」

 

「あの糞ヘビかぁー……」

 

 メディウサ、クソみたいに性根の腐った魔人だ。あのランス君がレイプする事無くそのまま殺すというレベルで不快感の塊の様な女だ。それだけであの女がどれだけクソなのかが伝わるだろう。陰部からヘビを生やしたメディウサはそれを女体の中に突っ込んで、凌辱しながら苦しめて殺すというのを娯楽に楽しむ生粋のサディストの変態だ。アレが生きている事で得をする様な生物は一つとして存在しない。だけど納得する。メディウサだったらジルが放置しているから、という理由でカラーに手を出すだろう。

 

「メディウサがカラーの里を探し始めて襲撃を始めたからね、全員で集まって身を守れる場所に一番大きな里を作ろうって話になったんだ。姉さんに話そうかと思ったけど留守にしてたしね。マギーホア様の許可を貰ってここにカラーの里を作ろうって事にしたんだ」

 

「ですが、その……」

 

 ハンティの言葉を引き継ごうとしたインデックスは話辛そうな表情を浮かべてから、

 

「……魔王ジルがここに来まして」

 

「今なんて?」

 

「魔王が来たんだよ、魔王が。マギーホア様が追っ払ってくれたのはいいんだけど、姉さんが保存してた黄金の像四つを持って逃げられちゃったよ」

 

「あと家がその戦闘の余波でですね……」

 

「あぁ……なんとなく解る……」

 

 片手で額を抑えながら頭痛を抑え込み、息を吐く。ジルが来てた。ここに。しかも黄金の像をピンポイントで狙って。だが俺とは会わなかった。何故だろう? 何故俺が居ない時に来たのだろうか? ジルだったら魔法で俺を見つけ出すことぐらいできるだろうし、ケイブリスは100%保身のために俺と会った事をジルに伝えていただろうに。

 

「……」

 

 考えた所で答えは出ない。溜息を吐きつつ、聞いた話を纏め、で、と声を零す。

 

「家を建て直したのか」

 

「はい、女王に相応しい住居を!」

 

「その女王ってのは―――おい、ハンティー?」

 

 ハンティ、微妙に笑っているのが解るぞ。いや、今完全に笑った。笑いながら思い出す様に話を口にする。

 

「周辺諸国に鬼畜女王って呼ばれてたじゃないか。鬼畜女王ウル! 悪のカラーの国の女王! 人類を奴隷にし! そして苦しめている! 姉さんノリノリで鬼畜女王だぞー! って飛び込んで兵隊蹴散らしていたじゃないか」

 

「黒歴史だから止めてくれよ……」

 

 今思い出してもあの時代の出来事は頭痛くなるのだから―――いや、それでも、まぁ、楽しかったのは事実だが。

 

「だけど政治にはもう二度と関わりたくはないんだよ」

 

 中指を突き立てる何時も通りの姿にハンティは笑い声を零した。

 

「あぁ、いや、姉さんがほら、象徴的な女王をやればいいから、実際の政治とか判断は別のカラーにやらせればいいから。この【ペンシルカウ】は平和に引きこもってカラーが暮らす為に私とインデックスで考えていた案なんだ。翔竜山の麓ならドラゴンも多いし、変な奴らや魔人も寄って来れないからね―――なんかマギーホア様まで偶に遊びに来るし」

 

「マギーホア様も来るんだ……」

 

 ま、まぁ、マギーホア様も一応生物だから、若い女性に囲まれて癒されたい時があるのかもしれない。ほら、カラーって美人しか存在しない種族だし。だけどそんなキャバクラ気分を味わう竜王って俺ちょっと嫌だな……。やっぱり今のイメージは脳内から消しておこう。

 

「いや、だけど偉さじゃ俺もハンティも変わらないだろう」

 

「いや、姉さん正式に女王やってたし丁度いいでしょ」

 

「お前、めんどくさい部分だけ俺に投げるつもりだな」

 

 その事実に気が付いた瞬間、ハンティの姿が消えた。

 

「あ、こら! ハンティ! 《瞬間移動》で逃げやがったなお前! 流石に卑怯だぞそれは!! おい! ハンティ! ファック! 戻って来い! ハンティ―――!」

 

「これから宜しくお願いします、ウル女王陛下。象徴としての女王が居るのといないのでは種族としてのまとまりが変わってくるのと、この時代における心の支えになるので、お願いします……」

 

「ぐ、ぐぐぐぐ……!」

 

 歯ぎしりしつつそう言われると断り辛い。何か、適当に逃げるだけの言い訳を考える。

 

「ほら、俺外出の回数と時間長いし」

 

「実務には関わらないので問題ありませんね」

 

 言い訳を思いついた瞬間、それをインデックスが笑顔で斬り捨てた。こいつ、全力で言いくるめる気であると、その笑顔に張り付いた迫力に理解してしまった。こうなったら出せるだけ言い訳を全部出しきるしかない……!

 

「腕が一本足りないし」

 

「私がウル様の腕となって支えます」

 

 黙れルシア。バックスタッブ止めろ。その女王へランクアップ的なキラキラする目の光を止めろ馬鹿。女王とか言う罰ゲームは人生で一度きりで十分だと何度言ったら解るのだお前ら。

 

「ハンティが居るし、あっちに任せよう! な!」

 

「ハンティ様も始祖様としては非常に頼りになりますが、トップとしての資質が低いので……」

 

 うん、ハンティもバリュー的なものは強いのだが、根本的に人の上に立つという資質を持っていない上に、どちらかというと体を動かしている方が性に合っている兵隊タイプなのだ。本質的に無理なのよね。うん、知ってた。

 

 冷や汗が背筋に流れるのを感じていると、インデックスがにっこり、と笑みを浮かべた。

 

「仕事を頼む事はしません。象徴としての女王です。実際に実務や方針を決めるのはその世代のカラーの仕事になります。舵取りがおかしくなった時や、間違えそうなときに叱ってくれる、そういう存在であってくれればいいんです」

 

「要求が増えてるじゃねぇか全く……」

 

 溜息を吐きながら頭を軽く掻く。俺が女王になると将来的なリセットの誕生とかどうなってしまうのだろうか? まぁ、ご意見番的なポジションだから問題ないか、と判断しておく。ちゃんと里の方針を決めるカラーは別にいるらしいし。

 

 面倒だけど……これぐらいならいいか、と判断しておく。この里の維持は未来にとっても必要な事だし。だからこれに関しては諦める。しかし、

 

「ジル―――俺を避けてるのか?」

 

 何故? 何故態々避けるのだろうか? それとも俺の思い違いだろうか。考えても出てこない疑問に対して溜息を吐く。このところ、過労で倒れそうなぐらいに歩き回っている。しばらくは【ペンシルカウ】と名を変えてしまった我が家で、しっかりと休む事にする。

 

 この時代は……疲れる。




 鬼畜女王復活ッッ!

 システム的には永世女王とかいうトップの下に、里長が来るのでフルとかが来るのはこのポジションっすなー。

 やったね、ずっと鬼畜女王って名乗れるよ。


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300年 ペンシルカウ

 斥力と引力。そこに飛行を加え、支援魔法の高速化を瞬間的なものにする事でその出力を一瞬だけは凄まじいものへと変化させる。その総合的な術式を統合させ、融合させ、そして無詠唱で発動できるように、脳味噌に術式と構成を徹底して叩き込んである。つまり超瞬間加速術式になる。名付けて《イニシャライザ》である。アリスソフト世界らしく、ネーミングはどことなく聞いた覚えがあるのではないだろうか。それ以外にも軽くだが時空系魔法を噛んでいる。そのタネは《時の忘れ物》、つまりはセラクロラスのリボンであるバランスブレイカーを愛用している事にある。長い間使っている影響か、その力の一部を利用できるようになっている様な気がする。

 

 それを組み合わせ、自分を加速させる術式を作った。なんといってもこの世界、魔人や魔王から一撃を喰らえばミンチになるのだ。対人戦で必要なのは防御力ではなく、回避能力だ。《槌戦闘Lv3》があり、槌や斧という武器を使う以上ヘヴィで足を止めた戦い方をする事が今までのイメージの中にはあった。だがそれを払拭させるきっかけとなったのは賢人会での生活の日々だった。

 

 折角高い身体能力を持っているのに、正面から足を止めて戦うというのは余りにも勿体ないのでは? という至極真っ当な発言だった。だが同時にショッキングで、思いつかない考えでもあった。歳を取れば取るほど視野が狭まってくるという事に成程、と感じてしまう事でもあった。

 

 そもそも一撃が入れば大半の生物にとっちゃ致命傷なんだから、足を止めて一撃一撃に力を籠める必要がない。元々持っている身体能力と武器の特性で、大体叩き込めば即死を狙えるのだから、必要以上に致命傷を狙っていく必要はない。寧ろクイックに、素早く動きながら回避とカウンターで斬撃を狙ってゆく方が効率的だと言われてしまった。

 

 自分よりも数千年若い若者に。ちょっとショックだった。

 

 とはいえ、戦闘方式の最適化、それから自分の肉体に対する動きの最適化というのは実際、非常に重要な事だった。魔法研究もそれはそれで大事な事だが、根本的に動かすのは自分の肉体なのだから、それを完全な状態で動かせるように理解しておかないとならない。全く経験値にはならないが、日常的な素振りを行う事は対人戦では非常に重要な事だったりする。

 

 なぜなら経験という部分はシステム適応外の領域であり、格闘や体術、投擲の様な技術は技能として保有していなくても、ある程度経験として練習して積み重ねれば、才能の有無を無視して行える行動だったりもするのだ。それでもシステム的な補正を得た行動と比べればカスの様だが、

 

 同じレベルの相手と戦う時は、このわずかな差が勝負を変える。

 

 特に魔人を相手にする様な場合は、この差が非常に重要になってくる。相手に対して取れるアドバンテージの1点が生死を分ける。ここは慢心してはならない所だ。ここだけは本当にケイブリスが素晴らしい。自分の倍以上は生きているであろうあのリスは、それだけ長い時間、ずっとトレーニングとレベリングを積み上げている。慢心も油断もなく、常に強くなる事を目指し続ける姿には尊敬を覚える。

 

 だからこそ何度も何度も繰り返して力を付けなきゃいけない。レベル差という理不尽で簡単に形勢が逆転する世界であっても、日々の努力は裏切らない。

 

 それをケイブリスが証明しているのだから。

 

 だから、

 

「―――カラーになっても元のドラゴンとしての性質は色濃く肉体に残されている」

 

 翔竜山の岸壁を垂直に走っている。左に黒腕を生やし、両手で重力斧を持ち、落下しつつ崖を蹴って方向を調整し、垂直に壁を走って移動する。その正面に居るのは猫とステッキという組み合わせの奇妙な姿の存在、

 

 竜王マギーホアである。

 

 垂直に壁に立つマギーホアはステッキを手の中で一回転させると足を軽く広げ、そして剣の様にステッキを二度振るう。それによって発生する斬撃は二つ。だが斬撃は二つとも()()()()()()()()()()のだ。それがまるで網目の様に絡まって、単純な斬撃の軌道ではなくなっている。理不尽だ! そう叫びたくなるような攻撃だった。何よりそれをマギーホアは技量で行っているのではない。

 

「ドラゴンは肉体の理不尽だ、ウル」

 

 斬撃に向かって壁を走りながら飛び込み、僅かな隙間の間を回避し、加速する様に擦り抜けながらマギーホアの前へと飛びこみつつ、すれ違いながら両手の重力斧で斬撃を流す。振るわれる二斧が空間に黒い軌跡を描きながら滞空する反転した極光が空間に残されて行き、それが進路と退路を塞ぐ。斬撃を飲み込みながら滞空する重力の軌跡は割れる。割れる様に出来てないのに。マギーホアの斬撃おかしくね?

 

 これで《剣戦闘Lv0》だなんて詐欺止めてくれ。

 

「理不尽の生物である事を自覚するんだ。法則が、肉体が、精神が、そしてその特性が理不尽という生物だ。それを最も理解し、使いこなしているのが私に過ぎない。君は少々小賢しく考え過ぎだ。もっとドラゴンとしての本能を乗せて戦うといい。そうすれば竜王にならなれる」

 

「その理屈はおかしい」

 

 すれ違いながら斬撃を放てば追いすがる様に斬撃を後ろへと向かってマギーホアが放ってくる。やっぱりお前の剣術おかしいよ、と心の中で叫びながら岸壁を超低空で滑る様に走りながら潜って回避し、そのまま再び突進する様にすれ違いながら連続で斬撃をマギーホアへと向かって放っていく。不安定な足場、環境、それを魔法と感覚とドラゴンとしての力を何とか引き出す様に訓練しながら斬撃に斬撃を重ねて加速しつつ体を動かす。

 

 今までとは大きく違うスタイルの練習に、マギーホアは相手をしてくれていた。そのフィールドに選ばれたのは翔竜山の壁だ。

 

 決闘場でも何でもない。

 

 壁だ。そこを垂直に走り回りながら戦っているのだ。自分はまだ足の裏に壁を引っ付けることで対応しているが、それがあの竜王にはない。物理法則を少しでもいいからあの人に働かせてくれない? と思いながら攻撃を加えて行く。少しずつだがドラゴンの力を解放しない状態でも使っていく事を覚えていく。それを魔法と混ぜていけば、普通の魔法では出来ない手段も増えていく。

 

 未来でも自分が戦いについて行ける様にするには、鍛える必要がある。

 

 故に戦い、訓練し、

 

「はい、見えた」

 

「ぬわぁ―――!」

 

 そして壁から剥がされて下へと思いっきり投げ飛ばされた。戦闘状態を解除しながら武器を消し、足を組みながら落下し、頭を掻きつつ飛行魔法を発動させて落下をゆっくりと止めて、最終的にホバーしながら地上に降りて来る。僅かに地上から浮かんだままの状態を維持しつつ、膝を軽く叩き、

 

「勝てるイメージってのが全く浮かばねぇ……」

 

 死国でラ・バスワルドを目撃したのと同じような感じだ。あの何をどう足掻いても絶対に勝利のイメージが出現しないって感じ。アレがマギーホアにもあった。今思えば、マギーホア相手に決闘を挑むなんて自殺行為を俺はあの時、なんで欠片も可能性があると思って挑んだのだろうか、と思う。

 

 あの頃はまだ数百歳か。若かった。

 

「んー……んー……もうちょっと動きを変えてみるか?」

 

 滞空斬撃すると後続が割り込みづらいし。そうなるとヒット&アウェイで戦える形が一番後続に繋ぎやすいんじゃないだろうか? 最終的に重要なのは一人でどこまで戦えるか、ではなくて連携して魔人と戦える事なのだから。俺も《突撃零》とか貰えないだろうか? システム的な話は止めよう。

 

「んー……動き全般を見直すのって結構辛いなぁ」

 

「とはいえ、見えてくるものもあるだろう?」

 

 そう言って上からマギーホアが落ちて来た。音もなく着地し、衝撃も一切発生させていない。その姿にやっぱマギーホア様はすげぇよ、と心の中で呟きつつ、上を向く様にふわふわと浮かべていた姿を持ち上げ、虚空に座る様にマギーホアに向き合った。

 

「いやぁ、すみませんね、鍛錬に付き合って貰って」

 

「気にする必要はないさ。私も普段は暇をしているからね。それよりも友人の力になれるんだ、良い時の過ごし方だと思うさ」

 

「そのイケメンっぷりをカミーラちゃんに向けられてたらなぁー」

 

「痛いとこを突く……」

 

 マギーホアが片手で顔を覆ってる。上で観戦してたドラゴン共やーいやーい言ってる。身内に対してほんと容赦ねぇなこのトカゲ軍団は。そう思いながらうーむ、と首を傾げる。

 

「長生きしているようで、魔法研究とか技の研究、素振りばっかりやっていたから根本的な流れの完成度が低いなぁ……」

 

「まぁ、それはしょうがない事でもある。根本的に君に体の使い方を私は教えられるけど、人という形で恐らく一番研究しているのは君だ。君よりも長く生きて、人という体での戦い方を研究している者がいないんだ。教えて貰う事は難しいだろう」

 

「若い世代と交流していると時折面白いアイデアとか閃くんですけどねー」

 

 戦術、技術を発展させる賢人会の考え方は悪くなかった。自分もそこに大きく刺激を受けたのは事実だ。ただそこに利権を絡める考え方を持った奴が居た結果、全体として腐って破綻してしまったのが問題なのだが。それでもある程度、自分の動きを考えるきっかけにはなった。

 

「先ほどみたいに加速魔法を使った辻斬りを狙うか、ドラゴンとしての力を押し出して障壁で耐えつつ一撃で諸共吹き飛ばすパワープレイか」

 

「私としてはドラゴンの力を前面に押し出して貰った方が嬉しいけどね。お揃いの様で」

 

「それでもマギーホア様の領域には遠いですってば」

 

 まだまだ、Lv3による奥義は遠い。あの《モーデル脚》クラスの必殺技、奥義を生み出せずにいる。今自分が使える《ウルアタック》だって相当威力が高い、というか軍団規模程度だったら吹っ飛ばしてやれるのだが、それでも魔人や魔王に対して戦力になるか? といわれると怪しい。レガシオの時に出したような究極の一撃。それを繰り出せるようになりたいがアレ以来、一度も成功した事がない。

 

 俺に何が足りていないのだろうか?

 

「んー……俺よりも習熟した武芸者が居ればなぁー……」

 

「それは難しい話だろうね。或いは魔王がやっている様に、異世界の武神とでも呼べるような存在とコンタクト出来れば話は別だろうけど」

 

「それはちっと難しいですわ、マギーホア様。《ゲートコネクト》、ハンティとは相性が悪いみたいで」

 

「だろうね。ドラゴンって根本的に攻撃的な要素に対して適性のある生物だ。彼女とは相性が悪いだろう」

 

 Lv3技能があれば、なんでもできるという訳ではない。結局は個人の特性と適性によるものもあるのだ。俺もそれは一緒だ。戦術を一本化させる必要がある。スピード型の回避メインにするか、それとも防御を種族としてのスペックに全てを任せたバーサーカースタイルで殴り殺すか。マギーホアが言うには、ドラゴンとしての力をちゃんと使いこなせば、正面から魔人と殴り合えるだけの防御力を素の状態で獲得できる為、《無敵結界》の様な反則さはないものの、防御を気にする事無く必殺の破壊力を攻撃を受け止めつつ殴り込めるようになるとか。完全なバーサーカースタイルだ。だがそれがドラゴンという生き物でもある。

 

 クイック&スマートなヒューマンスタイルか、

 

 パワフル&クレイジーなドラゴンスタイルか。

 

 こう考えるとソシャゲでどちらの方向へとキャラをクラスチェンジさせているかで悩んでいる様な感じもある。ただこれの問題、ぶっちゃけ()()()()()()()()()()()()()()()だろうと思っている。単純に趣味等の問題だろう。後どっちのが自分に適しているか。どちらにしろ、自分の資質をフルに引き出す事前提の話だ。

 

 悩ましい。

 

 戦術を一本化させて特化させ、習熟を重ねて熟練させる。その結果、ドラゴンという理不尽スペックの頂点に立っているのがマギーホアなのだから。ちゃんと見極めて鍛えればどうなるか、というケースは見えている。重要なのは先見性だ。何をしたいのか、何になりたいのか、どうすれば使いこなせるか。

 

 それをちゃんと見極める事だ。だがこれが意外と難しい。

 

 今までの様にドラゴンとしての力と暴力を振るう方向性で行くか。それとも人間らしさを備えた方向性へと行くか。悩ましい所だ。そう思ってしばし浮かんだまま足を組んで考えていれば、知覚の端が何かを掴んだ。自分の意識の一部をクリスタルの森の結界とリンクさせていたが、それを破壊する存在を知覚した。

 

「あぁん? 侵入者かこれ」

 

「うん? 成程」

 

 うーん、このタイミングで襲撃者かぁ、と思っていると、空を飛んでアステルがやってきた。慌てっぷりを見るとこれはカラーたちだけではどうにもならない案件だな、と理解させられる。

 

「ウル様! 魔人が襲撃してきました!」

 

「魔人かぁ……相手は?」

 

「ヘビさんの魔人―――魔人メディウサです!」

 

「よっし、一番殺したい奴だな。メディウサに使徒はいるか?」

 

「いえ、姿は特に……」

 

「アレフガルドはいないか」

 

 メディウサだけだったら俺とアステル、或いはルシアで殺せる。問題はアレフガルドの方だ。アイツの《執事Lv3》技能が面倒なのだ。アレがメディウサの為に働いている間は、ほとんど無敵、というか対応がクソ厄介な事になる。それでもマギーホアが動けばそこら辺の空間諸共消し飛ばして殺せるだろう。《無敵結界》は壊せないが。だがアレフガルドが動き出すと面倒だ。場合によってはなすすべもなく虐殺されるだろう。そのアレフガルドがいないなら楽勝だ。

 

「ガードは動き出したか?」

 

「いえ、ウル様の指示を待ってます」

 

「うっし、好都合だ。メディウサの足止めには俺が出る。ルシアとアステルも来い。まだ若いけどノリの良いガードも何人か付いて来い。魔人戦に慣れる為に利用させて貰おう」

 

 だがそれとは別に、

 

「暴れたい馬鹿いるかー?」

 

 上へと視線を向けて、声を放つ。その言葉に馬鹿トカゲがはいはい! とアピールして来る。よしよし、純粋な破壊活動であればこいつらを超える逸材はないのだ。今回は久しぶりに大暴れして貰おう。そしてそれを見ていたマギーホアが苦笑する。

 

「もう、面倒な事には関わらないんじゃなかったのか?」

 

「これは撃退戦なのでノーカンですよ、ノーカン。大体殴っても死なない相手とか丁度いいサンドバッグなので、若い子に魔人戦の空気を覚えるのに利用させて貰いましょ」

 

 未来永劫、この森に侵入する事は地獄を意味するという事を、歴史に残しておく必要もあるし。後は歴史には存在しない、カラーに対するメディウサダークを叩き潰して、これ以降発生させないようにする必要もある。

 

 という訳で、

 

「久しぶりのダークなんだ、楽しんで暴れようか」




 という訳で皆が殺したい魔人。許さんぞ、許さんぞクソヘビめ。

 ウォーモンガー系永世女王。政治には関わらないけど暴れる時は暴れたい。なお拾った堕天AK共は普通に住み着いて、防衛隊で働いたり、農業してたり、楽しく暮らしてるよ。

 なんだかんだで困った時は頼られるし、それ以外は大体平和にやってる。


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300年 メディウサダーク

「うっし―――いいか、魔人には《無敵結界》が存在する。だから俺達の攻撃は一切通じない」

 

 クリスタルの森、魔人メディウサを迎撃する為に集めたカラー・ガードたちを集め、率いながら言葉を発す。軽く脅すつもりで言葉を吐いているが、それでも恐れるような様子を見せるような子はいなかった。結構肝が据わってるなぁ、と思いながら言葉を続ける。

 

「だけど例外はある。言える奴いるか?」

 

「神魔相手には《無敵結界》が発動しないという事ですね?」

 

「あと純粋な衝撃等に対する遮断を行わない事です」

 

「お、ちゃんと勉強してるみたいだな」

 

 そう、《無敵結界》には幾つか抜け道が存在している。神魔には通じないのが一つ。もう一つは物理現象に対する耐性がないという事だ。つまり物理法則によって発生する衝撃等に対しては《無敵結界》の範囲外である事が確かだ。それ以外にも《無敵結界》の抜け道は存在する。だがメジャーなのはこの二つだろう。最も魔人に対して攻撃を通しやすい手段でもあると覚えておくと良い。木の根を越えながら声を零せば、

 

「ハンティ様から覚えておいて損はないと教えられましたから」

 

「元々メディウサから逃げてきてペンシルカウですからね、魔人に対する憎さとは別に、もう二度と逃げないで済む様に知識も伝えています」

 

「よしよし、良い子だ。賢い子は嫌いじゃないぜ。という訳でだ、お前らの攻撃がクソヘビに刺さらなくても気にするな。衝撃自体は発生するんだからローテーション組んで、衝突時の衝撃が重い攻撃だけをピックアップして連打しろ。それだけでメディウサなら問題なく抑え込める」

 

 そこまで簡単な話ではないが、そこに俺と堕天AKが加われば話は変わる。恐らくだがこの戦力ならぎりぎり殺せる範囲までメディウサを持ち込めるとは思っている。ただメディウサを殺した所で問題もある。既に【魔血魂】を1個保有している以上、これ以上増やすのも問題だし。

 

 ともあれ、

 

「重射をローテーション組んでやれ。相手が前に出ようとしたら《粘着地面》で足止めしろ。それ以上の事は考えなくていい」

 

 それ以上の事は求めない。足止めさえ完了すればそれで十分なのだから。寧ろここで完全に殺せてしまった時の方が問題でもある気はする。まぁ、それはともあれ、既にメディウサ撃退の為の動きは始めている。カラー・ガードの部隊と2人の堕天使を連れてクリスタルの森を進んで行けば、

 

「あら、逃げずに立ち向かってくるなんて勇敢ね」

 

 森の一角で、あっさりとメディウサとエンカウントする事に成功した。胸元を大きく開けた女の姿をした、ヘビさんの魔人だ。そのスカートからは陰茎の代わりのヘビが生えているのが見える。確かクリトリスが変形しているんだっけか? アレで女を犯して殺すのが趣味とかいうクソみたいな変態だ。

 

「ようこそ、魔人メディウサ。こんな所まで楽しくピクニックかな? ただ悪いけど、ここから先はメンバーシップオンリーなんだ。悪いが帰って貰おうか」

 

 冒険者ルックに重力斧を生み出し、それを真っ直ぐメディウサに向ける。だがメディウサは恐れる事無く微笑む。《無敵結界》があるから平気だと思っているのだろう。

 

「そういう勇敢な事を言う子を悲鳴に染め上げるのが楽しいのよね」

 

 メディウサが嗜虐的な表情を浮かべ、どうやって俺を犯して殺そうか、というのを考え始めている。流石魔人、慢心しまくっている。勝てるつもりでいるな? まぁ、当然だ。それが普通だ。完全に舐め切っているメディウサが両手を広げ、その猛禽類の様な爪で此方を捉える準備を始める。それに合わせ、足で軽く地面をタップする。

 

「外道め。我らの主に対して不敬だぞ!」

 

「私だって寵愛を貰った事がないのに図々しくありません!?」

 

「寝言は寝て言え」

 

「あら、まだ赤いから受け入れた事はなかったと思うけど、根本的な経験がないのね? これはこれで楽しめそうだわ」

 

 うーん、この完全に勝ちを確信している言動、実に殺したくなってくる。重力斧を肩に担ぎ、魔法を放つ為に準備に入ったメディウサを見て、カラーと堕天使たちが戦闘態勢に入った。そして頭上をドラゴンが飛んで行き、外へと向かって飛翔した。それに気にする事無く、メディウサは慢心を見せていた。

 

「さて―――やるか」

 

魔人メディウサ

 

赤ルート メディウサを殺害する

 

緑ルート 一定時間が経過する

 

「《火爆破》」

 

「そらよ、っと」

 

 放たれたメディウサの魔法を斧の一振りで薙ぎ払って炎を斧の内側に取り込む。超圧縮の重力の塊である重力斧だからこそ出来る芸当でもあった。それによってメディウサが放った《火爆破》を無力化した。そしてそれに合わせ背後のガード達が一斉に射撃を行う。

 

「はっ、無駄だ。人間の攻撃が通じるものか」

 

 笑いながら《Fレーザー》を放ってくる。四つの追尾する炎の閃光が迫ってくる。《魔法Lv1》が放てる最高位の魔法でもある。それを前に再び自分が踏み出す。背後のカラーたちを守る様に斧を振るい、四つの炎を全部斧で切り払って飲み込む。食いつくした炎が斧の中で渦巻く様に輝くのが見え、黒い重力斧が赤く輝き始める。だがそれを防衛するだけの虚しい抵抗と見るメディウサが見下したまま連続で魔法を放ってくる。

 

 堕天使の姿に警戒していない。

 

 成程、理解する。

 

 ―――こいつ、《無敵結界》の穴に気付いてねぇな?

 

 そう理解した瞬間、ここで殺せる。それを確信した。

 

 ……こいつ、生かしていた所で意味あったっけ?

 

「―――止めろ」

 

「はっ!」

 

「ほう?」

 

 言葉と共にガード達が《粘着地面》とデバフ魔法を放つ。それは《無敵結界》では防げない魔法であり、足を止められたメディウサが苛立たし気に魔人特有の馬鹿みたいな魔力で薙ぎ払う。《業火炎破》をメディウサが魔人ブーストによって得た能力で薙ぎ払った。凄まじい範囲を炎と爆発が満たし、それが一帯を森さえも飲み込んで破壊しようとする。

 

「《ファミナルス・レイ》!」

 

 踏み込みつつ広い範囲に重力と光の攻性結界を生み出す。それは広がる炎を大地へと引き寄せて、飲み込みながら足元だけを燃やし、延焼するのを阻止する。その光の中で、メディウサは必殺技を受けながらも無傷のまま、次の魔法を放つ為の準備を行っている。

 

 だが加速する。真正面から黒腕を生やしつつ、二斧流へと切り替えながら、

 

 《斥力障壁》で《Fレーザー》を正面から受け止めた。僅かに体が炭化する。だがそれに気にせず、そのまま正面からメディウサに組み付く様に斧を二本とも叩きつけた。凄まじい衝撃に周辺にクレーターが生み出され、それがメディウサを押し込む。殺しきれない衝撃がメディウサの体を硬直させ、そこから重力による過重を与える事で動きを封じる。だがそれでメディウサがダメージを受ける要素は一切ない。

 

「無駄だ」

 

 《無敵結界》が存在しているからだ。故にメディウサは慢心している。陰部から生えている白蛇がちろろろ、と舌を伸ばしながら足に巻き付き、体を上がってくる。

 

「どれだけお前が抵抗しても無駄だ。それなりの実力があるらしいが、可愛らしい努力だ」

 

「可愛らしい努力かどうかは、これで経験してみろ、っと―――!」

 

 斧を消す。メディウサに組み付く。加重を自分に与え、重量をそれだけで10倍に引き上げる。その変化にメディウサが驚きながら体勢を崩し、その間に組み技に持ち込む様にメディウサの体を大地へと叩きつけ、その姿が落下するとガード達から《粘着地面》により、姿が固定される。確実に《粘着地面》に叩きつけたのを確認してから、無理やり組み付いた白蛇を体を痛めながら剥がし、剥がれた生皮をドラゴンの血で活性させる様に修復していく。

 

「良くやった。殺していいぞ」

 

 声に出して体を飛ばしつつ、許可を出す。それと共にルシアとアステルが動き出す。今までは傍観に回っていたルシアが槍を、アステルが弓を抜き、それを地面から体を剥がすメディウサへと向ける。

 

「ふん、この―――かはっ」

 

 そしてメディウサの喉に矢が突き刺さった。まだレベルが低い為か、その反応は鈍い。そして何故、《無敵結界》が貫通されているのか。それをまるで理解できない、という様子の表情をメディウサは浮かべていた。だがそれを気にする事無く二本目の矢が喉に、三本目が胸に刺さった。そしてルシアの光槍がメディウサの胸を貫通した。

 

「ばか―――」

 

「囀るな。主を愚弄した罪をその命で贖え外道」

 

「ウル様に寝技を持ち込まれるとか羨ましい……!」

 

「ちょっと?」

 

 言葉が軽いも、その間もルシアとアステルの攻撃が止まらない。初めて攻撃を受けたというショックの間に更に攻撃が続き、体に槍と矢が増える。それを信じられないという様子で避ける力さえ失い、体に武器を生やしながらメディウサの体から力が抜けて行く。

 

「ま、あぐ、あ、ぅ、ま、待って、うそっ」

 

「囀るな」

 

 ルシアが股間と繋がっている蛇を切り取った。

 

 アステルが矢を目に叩き込んだ。

 

 開いている口の中に槍を差し込んだ。

 

 助けを求める手に矢が刺さり、それが大地に縫い付けた。

 

 槍を腹に付き刺して臓腑を抉った。

 

 魔人という存在、その《無敵結界》を無視して攻撃する事の出来る神、或いは天使であり、堕天したエンジェルナイト、堕天使のルシアとアステルはもはや、1000年近く魔人と戦う為に訓練された堕天使の中では、トップの実力を誇っているペアだ。冷静に、そして的確に、

 

 確実にメディウサが死ぬ瞬間まで、喋ろうとする言葉を魔法かもしれないと警戒して、確実に殺して行く。命乞いをする姿を無視して喉を、口を、体を削いで確実に命を磨り潰す様に殺して行き、

 

 完全な死体へと変える。

 

 最終的に、そこに残されるのは【魔血魂】のみ。それがつまり、何よりも魔人メディウサの死を告げるものだった。ゆっくりと歩いて近づき、メディウサの魔血魂を手に取り、それを軽く手の中で転がしてから、もう二度とお前の人格が外に出れないように、何時かリトルプリンセス辺りに初期化して貰うからな、と脅す様にそれを睨んだ。

 

 そして振り返る。

 

「良くやった、俺達の勝利だ」

 

 その言葉に参戦したガード達が一気に沸き上がった。喜ぶ様に抱きしめ合いながら跳ねまわる奴もいた。その姿を見て微笑ましく思いながらも、少しだけ困ってしまった。手元の魔血魂を眺め、こいつの処遇に関して、そしてもう一つの魔血魂に関しても困る。いや、場合によってはケイブリスルートでジルへと流す事も可能なのだが。それでも、

 

「魔人メディウサ、倒して良かったのでしょうか?」

 

「ウル様、魔人側の戦力を削る事に関しては消極的でしたよね」

 

 ルシアとアステルがホバーしつつ近づいてきた。その言葉に頷いた。

 

「メディウサは石化能力もあるし結構警戒してた奴なんだけどな―――予想外にレベルが低かったんだな、こいつ」

 

 まぁ、人間牧場で家畜を嬲ってるだけじゃレベルは上がらない、という事なのだろう。特にそれが魔人という怪物であれば。だからこそ、真面目にレベルを上げて準備していた此方が虐殺する形になってしまったか。まぁ、こいつが生き残ってアレフガルドを見つけて、それでペンシルカウでメディウサダークされても実際に困る。それにこいつが生きていた所で発生する事件は他の魔人でもどうにかなる。

 

 ……どうにかなるよな?

 

 大きな出来事で関わるのは魔人リズナの誕生ぐらいだし。アレも別段、誕生しなくてはならない、という話でもない。

 

「……ちと悩むけど、殺せる時に相手を殺しておくって判断は間違ってない……筈だ」

 

 間違ってない筈……その筈だ。今度は、間違いのない選択肢を選んだ筈だ。悩ましいけど。それでも報復が来なくなる。アレフガルドが居ない。その事を考えたらこれで選択肢は正解だった筈だと思う。だから、そうする。

 

 それでいいんだよな、ルドラサウム―――?

 

「ウル様、お疲れのようですから。ヒラミレモンと蜂蜜のジュースでも戻って飲みましょう」

 

 どうやら心配させてしまった様だ。ははは、と笑いながらそうだな、と呟く。

 

「そうだな、これで終わ―――あっ」

 

 終わりじゃねぇわ。

 

「あぁぁぁぁぁ!? 馬鹿を人間牧場に送り出したの忘れてたぁ―――!!」

 

 実の所、LPの時並みにメディウサが強いか、アレフガルドとのコンビだった場合を想定した二重に作戦を展開していたのだ。つまりまずは正面からぶつかる囮の此方の部隊。それがメディウサとアレフガルドを引き付ける。その上でドラゴンを含めた打撃部隊でメディウサの人間牧場を強襲、

 

 牧場を人質にメディウサを退かせる作戦だったのだ。下がらなきゃ破壊し、ジルからノルマを達成できない様にするぞ、という風に。そうでなくても、一度牧場を人質にしてしまえば、後はまたドラゴンで牧場を燃やし尽くす事を脅迫材料に出来たのだ。

 

 だけどメディウサが死んだ。

 

 アレフガルドが居ない。

 

 つまり牧場に戻って馬鹿を追い払う奴が居ない。

 

「しまった、牧場を特に潰すつもりはないのに馬鹿トカゲならそのまま全焼させるぞ……!」

 

「最後に綺麗にオチが付きましたねウル様!」

 

「うるせぇ! 全速力で馬鹿を引き上げさせに行くぞお前ら!」

 

 

 

 

GL300年

 

大陸状況報告

 

≫≫≫≫≫≫≫≫

 

 人類に光未だ無し。だがその中に一つの驚愕の事実が生まれる。魔人同士の殺し合いをジルは黙認している。その為、一部の魔人は自分を高めるために他の魔人を殺し、それで生まれた魔血魂を魔王ジルはリサイクルしていたとされる。だがそうやって死亡する魔人とは別に、ついに人類の手によって殺害される魔人が出現した。

 

 一度は歴史に出没し、その姿を消したカラーの女王、ウル・カラー。大陸中央部、カラーの楽園である【ペンシルカウ】の女王として君臨する支配者は襲い掛かってきたメディウサを殺し、そして同時に支配していた人間牧場を跡形もなく焼き払った。本当の意味で埋没していた歴史の影から、女王のカラーが出現した時でもあった。人類でも魔人を殺せる。その手段がある。そして魔人には勝てるかもしれない。家畜になっている人間にそれを理解するだけの知性はなかった。だが隠れ住む人々の中に、魔人を憎む人間の中に、魔人と戦える女王の噂が広がる様になった。

 

 ―――そしてそれは当然の様に、魔人を、魔王を殺そうとする者の耳にも届く。

 

 魔人は殺せる。

 

 その事実が意味を持つ時は、まだ先の事になる。

 

 だが魔人を殺し、一切容赦のない報復を行うカラーの女王。人間牧場に居る魔物、人間の全てを虐殺したその女王に対する名が明確に刻み込まれたのはこの瞬間であった。




 お前の蛇当然0点だから。

 それにしてもメディウサに対する殺意だけでここまで感想伸びるとかお前ら本当にメディウサ殺したかったんだなぁ、って思う。それとちょくちょく設定について訂正入るの、ランス設定広すぎて間違える時あるんで助かってますわ。

 それはそれとして、ついに確定で歴史に魔人さえもぶち殺した挙句報復で牧場丸ごと一つ消し飛ばしたやべー女王として記録される。


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XXX年

「ウル様? ウル様」

 

「ん? あぁ、ちょっとぼーっとしてた」

 

 ふぅ、と息を吐き出しながら意識の焦点が戻った。気付け薬代わりにヒラミレモンをボウルから取って、それを齧る。座っている椅子に背中を預け、体から力を抜いてだらり、と寄り掛かる。完全に意識を飛ばしていたらしく、メイド姿のルシアが心配するような視線を向けてきているのを、苦笑しながら片手で大丈夫だ、と振るう。

 

「ちっと頭を使い過ぎただけだからそこまで心配しなくても大丈夫だよ」

 

「いえ……そうおっしゃられるならそう受け止めます。ですが……」

 

「あぁ、いや、大丈夫だから……ほんと、大丈夫だから」

 

 がり、と音を立てながらヒラミレモンを皮諸共噛みついてちゅうちゅうと中身を吸い上げる。メディウサダークから特に何かがあった訳じゃない。健康的に運動して、レベル上げて、鍛えて、魔法研究して、ガード達に戦い方を教えて武力を向上させたり、そういう日常が続いているだけだ。特に辛い何かがここしばらくあった訳ではないのだ。

 

 ヒラミレモンの酸っぱさが意識の覚醒を促す。うん、美味しい。頭がすっきりする。ここ最近はこれを何時も食べてるなぁ、と思う。でもこれ食べていると妙に落ち着くし、食べない理由にはならない。ちゅうちゅう、ヒラミレモンを齧って吸い上げて飲み干す。すっぱい。すっぱいけど好き。

 

 ちゅうちゅう。

 

 うん、息を吐きながら正面にあるものを見た。そこに広げられているのは魔法の理論が書き込まれた紙だった。あぁ、そうだった。ジルと別れてからずっと大魔法の構想を進めていたんだった。光と重力の二属性だけなら形も見えてきた所だろう。思い出そうとすれば素直に思い出せる。とはいえ、作業している間の記憶が軽く飛んでいるのも事実だ。ふむ、と呟きながら片手を頭の上に当て、掻く。

 

「ついに限界が来たか」

 

「ウル様」

 

「そもそも俺はそこまで心が強い生き物じゃないんだよ、ルシア。はしゃいだり、言い訳したり、責任を転嫁したり、馬鹿になったり……そうやって目を逸らしながら生きていかなきゃ耐えられないぐらいには弱いんだ」

 

 ふぅ、と溜息を吐く。

 

 俺の魂は汚染されない。

 

 完全なる汚染耐性を保有している。それはスラルに確かめて貰った事だった。そして、レガシオらにも確認して貰って、俺の魂は汚染されないどころか、ルドラサウム産ですらない事が発覚している。つまり、俺の魂は本当に世界の外側からやってきた魂なのだ。汚染されないのはルドラサウムの一部じゃないからだ。つまり汚染というルールが存在していない。だが逆に言えば、普通の人間の魂でもある、という事だった。

 

 肉体、そしてシステム。それは神とルドラサウムによって弄れる範囲だ。だが魂は外側の産物。故に根本的な変化はない。そしてどうやら、精神力とはある程度肉体に依存しつつ、魂から来るものだったのだろう。少なくともこの世界では。精神が堕ちれば魂が汚染されるのを見れば解る。だけど俺にそれはない。緩やかに疲れ、緩やかに壊れていくだけだ。

 

 ハンティを見ていれば、彼女の方はまだまだ余裕だというのが解る。あの精神の若々しさが羨ましい。俺の方は、

 

「元々、100年以上耐える様に作られてないんだから、これだけ保ったのが奇跡か」

 

「ウル様……」

 

「とはいえまだだ、まだ朽ちないぞ俺は」

 

 まだやらなきゃいけない事がある。なのにこんな所で朽ちてたまるものか。それに朽ちるのであれば、どこで朽ちるか、というのは既に決めている。だからまだだ。ヒラミレモンを齧って、自分の意識を覚醒させる。偶に意識が飛ぶ事もあるが、外でそれを晒さない程度には意識を持っている。しかし俺もついにボケが回ってきたか。肉体の方は朽ちないから、その内何も考えず、ぼーっとしているだけの肉の塊になるのだろうか。

 

 まぁ、いいか。

 

「それよりも未来に向けて準備を仕込まないとな……」

 

 魔法文化の継承。対魔人戦術の構築。個人用の技能に頼らない武芸の構築。そしてそれとは別に《無敵結界》を破壊する為の必殺奥義。後は魔人側の戦力の方も充実させる必要がある。とはいえ、新しく追加された魔人で流石にアレにはびっくりした。

 

「魔人ラ・バスワルドの存在には流石に驚かされたな」

 

 どっかで俺が発言したラ・ハウゼル、ラ・サイゼルに分けないでそのまま、ラ・バスワルドのまま魔人にするという発言をマジで実行したプランナーとローベン・パーンにはドン引きするしかない。ラ・バスワルドは二級神、魔人化した事によって魔王に準じるレベルでの強さを保有する状態まで弱くなってしまったが、それでもほぼ魔王クラスだ。現状、人類で倒せる存在はいないだろう。あのマギーホアでさえ《無敵結界》は突破できないのだから。

 

 弱体化する前だったら勝てるかもしれないというマギーホア様やっぱりおかしくない? バランス狂ってない?

 

 とはいえ、魔人ラ・バスワルドの誕生報告は吉報だ。魔人側戦力の増強に関してある程度案を考えていた中で、一番人類に対してダメージを与えられる方法でもある。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()1()()使()()()が、残されたメディウサの魔血魂に関しては、まだこっそりと増やす魔人を決めていない為、封印して悪魔界で保管している。

 

「そろそろ、お休みになられたらどうでしょうか?」

 

 考えに頭を巡らせていると、ルシアが寝た方が良いのでは? と心配して提案してくる。あー、確かに疲れてきた感じもある。だけど、今寝たらなんか……ちょっと、怖さを感じる。

 

 寝るの、止めるか。

 

「いや……いい。それよりもなんか摘まめるものを頼む」

 

「拝承しました。しかし、ウル様。なるべくご自愛ください」

 

「俺だって自分を潰したい訳じゃないんだから解ってるさ」

 

 苦笑しながら頭を下げて退室するルシアを見送り、息を吐き出しながらペンと紙を浮かべる。そこに魔法理論の構築を書き出しつつ、それを組み上げ、分解しながら新しいものを書き出す。これを浮かべ、眺め、意識を落とさないように常に脳を使った状態を維持しながら眺め続ける。

 

「……ルドちゃん、まだ俺の事を見ているか……?」

 

 俺は俺の役割を果たせているのだろうか? 生まれた意味を果たせているのだろうか? 果たして、俺は自分が願った事をちゃんと、実行出来ているのだろうか。この長過ぎる時の中では、願望も願いも歪んでいく。

 

 最初に願った事は忘れられ、消えて、そして形を変える。

 

 ククルククルに憧れたケイブリスも、力に溺れて虐殺を楽しむ様になり、純粋な憧れを忘れてしまった。

 

 俺もそんな風に、歪んでしまったのだろうか?

 

 俺は―――正気なのか?

 

 真の狂気は、狂気である、という事実さえ理解できない。誰が俺の正気を保証してくれるのか。周りには俺をひっぱたいてくれる奴が居ない。叱ってくれる奴が居ない。何時の間にか、ここまで偉くなってしまった。だけど、それでも、

 

 まだ動けるのであれば止まれない。

 

「……まだ1500年以上もある、か……」

 

 呟き、俺にその未来まで到達できるかどうかを考えて―――考える事を止めた。考えてもしょうがない。

 

「俺がやらなきゃ、誰がやるって話だしな……」

 

 奇跡には祈れない。都合良く俺と同じように全てを承知した上で身を削ってまでルドラサウムの為に働く都合の良い奴が出てくるとは限らない。全てを知った上で上手く調整出来る奴が出てくるとは思えない。寧ろ、面白半分に不確かな知識を持った奴を異世界から引っ張ってきて暴れさせる、なんて方がそれっぽい。そうすると今までの努力が無駄になるし、止めて欲しいかなぁ、と思ったりも。

 

 ともあれ、

 

 止まれない―――まだ、止まれない。

 

 

 

 

 

GL350年

 

大陸状況報告

 

≫≫≫≫≫≫≫≫

 

 JAPANに新たな魔人が確認される。元は農民だった男が魔人化する事で剣豪魔人となる。魔人化された剣豪はひたすら自分を高める事にしか興味もなく、牧場を放置し、ひたすら名高い武芸者にのみ斬りかかるという事を繰り返し始める。ただし魔人としては非常に珍しく《無敵結界》を纏わなかった。武芸者と戦う時は常に結界を解除状態で果し合い、そして殺す。ここに変わり者の魔人が誕生し、記録される。驚く事にこの時代の間、剣豪魔人ムサシは一切その行為を魔王ジルに咎められた事はなかったという。また魔人にしては非常に異質であり、自分よりも弱い存在や女を斬る様な事は封じてもいた。

 

 また、同年代に魔人ムサシと魔人黒部の衝突が確認される。狂える魔人と修羅の魔人との戦いは決着がつく事無く、定期的に周辺を更地にしながら互いを高め合う様に《剣戦闘Lv3》の魔人と妖怪王の魔人が衝突する様になった。もはや天然災害規模となった魔人同士の戦いの余波でJAPANの民の死亡率が上昇する。だが副産物として魔人黒部が死国を己の領地として住まうという変化も発生する。また魔人ムサシもモロッコを己の拠点とし、武芸者を斬らない間は一日中酒を飲んでいる姿が確認出来る、奇妙な魔人となった。

 

 

 

GL400年

 

大陸状況報告

 

≫≫≫≫≫≫≫≫

 

 この世で唯一安全とされるクリスタルの森へと保護を求める人間が集まる。なおこれらを拒否し、追い出す。カラーたちは繁殖以外の目的で他種族を受け入れるつもりはなく、また同時に俗世の事などに関わるつもりはない、というスタンスを明確に表明する。完全に外界と遮断されたカラーの里の存在は一種の秘境、神秘の場所として認識され、冒険者の間ではそこに到達する事が一つの夢の様に扱われる。クリスタルの森はある程度隔絶されているものの、優秀な者等であれば時折、招き入れられるという話もある。

 

 また、同時期にレッドアイダークが発生する。無論、その矛先は人類の中でも最も纏まった文明があるとされるカラーの里であるペンシルカウへと向けられる。洗脳寄生能力のある魔人レッドアイの目的はカラーの女王、ウル・カラーの肉体を手に入れる事で最強の魔人となる事であったが、これを撃退。森を荒らされるもカラーという種族の強さが証明される。また同時に歴史家たちにお前らこのアマゾネス共を相手に狩りなんてしてたの……? という疑問が残される。

 

 

 

GL500年

 

大陸状況報告

 

≫≫≫≫≫≫≫≫

 

 魔人ラ・バスワルドが動く。バスワルドダークの発生。標的となったのは影の中で組織されつつあった人類の対魔王反抗軍であった。人間牧場に囚われていない人類で、魔人の撃退の報に希望を見出した者達が何世代もかけて数を増やしていき、一つの組織として形を形成していた。北方の豪雪地帯に姿を隠して準備を整えていた姿を魔人ラ・バスワルドがこれを強襲、一撃にてアジトを跡形も無く消し飛ばし、豪雪地帯の大地に深い亀裂を生み出し、その中に軍隊を飲み込んで葬った。最速のダークと呼ばれるそれは数万単位の軍勢を一撃で滅ぼすだけの力が魔人にあると改めて人類に教える事であり、魔人という存在がどれだけ怪物的であるかを証明する事件ともなった。そして再び思い知らされる、魔人とは倒せる存在ではない事を。

 

 

 

GL530年

 

大陸状況報告

 

≫≫≫≫≫≫≫≫

 

 大陸各地で人間の活動が僅かにだが活発化する。この時代においては魔軍は恐ろしいほどの力を有している。大陸を支配し、そして魔人の気まぐれで人類がハンティングゲームの対象となる。人間牧場に居る人間はもはや、自由という言葉の概念さえ持っていない。それを知っているのは苦しめる為に教育されたうし人間だったり、嗜虐趣味を持った魔人によって管理される人間牧場だけだったりする。30年前に発生した人類反抗軍の壊滅によって再び人類は意気消沈していたのは事実であった。だが再び、地方から僅かに人類は活気を取り戻す。

 

 それは最初は僅かな波紋であった。地方で魔人に虐げられた者が居た。このままではならないと立ち上がった者が居た。隠れる様に潜んでいた文明の陰で、魔人と魔王の圧政の前に立ち上がる者が居た。故郷を燃やされた者達の中に、このままではならないと義憤を抱く者が居た。通常であれば魔人に殺されているであろう存在、魔人の長い管理の間に発生した目こぼし、それが集まり始める。

 

 一人は侍。

 

 一人はシーフ。

 

 一人は魔法使い。

 

 一人は神官。

 

 そしてそれを束ねる戦士。

 

 5人のパーティーから結成される冒険者たちの伝説が始まっていた。魔人たちの間を縫うように活躍する姿は波紋を広げ、そして魔人と魔王と戦う為の希望として広がっていく。

 

 

 

 

「―――これで黄金像は全部揃ったな」

 

 GL532年、人類の隠れ里の一つ、その宿屋の一角、テーブルの上に四つの黄金像を並べる姿がある。赤髪の戦士は並べられた四つの像を眺め、感慨深げな表情を向けている。だがそれを見て、顔が半分潰れているシーフは、呆れの溜息を吐いた。

 

「本当にこれが鍵なのかぁ? 疑わしいぜ……」

 

 シーフはそう呟きながら軽く指で黄金の像を弾いた。実際、四つの黄金像の姿は奇妙―――というかふざけてるとしか表現できなかった。これをデザインした奴は麻薬をキメながら酒を飲んで、その上でセックス中の沸騰した脳味噌で考えたのではないか? というぐらいには統一感のないセットだった。シーフの言葉は真っ当だった。だがそれを魔法使いが頭を横に振って否定した。

 

「だがこれには間違いなく凄まじい力を感じます。底が見えないぐらいの何かが込められているのが感じられますね」

 

「私達の中で一番博識なホ・ラガがそう言っているのですから、そうなのでしょう」

 

「け、ホモの言う事なんざ信用できるか」

 

「まぁまぁ、ほら、リーダーも納得してるし……」

 

 魔法使いの言葉をシーフが否定し、侍が認め、神官が嗜める。どことなく歯車がズレている。そういう印象を、観察力に優れた者なら理解できるかもしれない。だがそれを率いる戦士の男の資質がずば抜けていた。多少のズレであれば許容し、導けるぐらいには。故に戦士は頷いた。

 

「ホ・ラガの目に狂いはない。文献が正しければこれが【神の扉】へと続く鍵となっている筈だ」

 

「問題はそれがどこにあるか、だろ? 儂は大陸中を探して歩き回るのは嫌だぞ」

 

 シーフの言葉にその心配はない、と戦士が頭を横に振った。

 

「既に目星は付いている」

 

「マジか」

 

「と言っても、場所そのものではない。知っているであろう人物の事だ」

 

 パーティーのリーダーたる戦士の男の言葉に、シーフの男が思い当たる節があるようで、まさか、と声を零した。その言葉に返答をしたのは魔法使いの方であり、頷きながらそのまさかだ、と答えた。

 

「ペンシルカウに向かう」

 

「噂の魔人殺しの女王が居る所じゃねぇか……」

 

「排他的で、人間も魔軍も関係なく追い返すという話を聞きますが」

 

「本来はな」

 

 侍の女の言葉に対して、戦士が言葉を続ける。

 

「だがカラーも寿命が無限にある訳ではない。女王の方は前時代から生きているらしいが。それでも定期的に外の優秀な者を招いては種を受け入れる為に呼び込んでいるらしい。優秀で、素行の宜しい者であればそのまま住み着く事も許可される場合もある」

 

「我々なら問題なく入れるだろう、という話だ」

 

「ほほう、美人と名高いカラーとセックスするチャンスか。そりゃあ楽しみだな」

 

「カオスは全くもう……」

 

 先ほどまでの疑わしげな視線を一転、向かう先がカラーの居る森、その都市であると知った瞬間、カラーとセックスできるかもしれないという事に一瞬で楽しそうな表情に切り替えた。そんなシーフの姿に神官と侍は明らかに軽蔑の表情を向け、戦士は苦笑していた。

 

「まぁ、相手にも選ぶ権利はあるからほどほどにな、カオス」

 

「ブリティシュ、それまるで儂が選ばれないように言ってないか?」

 

「選ばれる理由があると思ったのか……」

 

 魔法使いの言葉にシーフがそんな事ないだろ、と反論する姿を見て呆れの溜息を女性陣が吐き、そしてその姿を見て戦士が苦笑した。和やかな空気の中、伝説の冒険者という称号を得たパーティーたちは立ち上がっていた。

 

 魔人を、そして魔王を倒す為に。

 

 自分たちの冒険が果てには魔人と魔王を倒す力を得る所へと到達する事を信じて。

 

 【エターナルヒーロー】、そう呼ばれる伝説にして最強の冒険者パーティー。

 

 その冒険の終わりが見えてきていた。




 精神力の限界。

 そしてエターナルヒーローの登場。約束された破滅。増えた魔人、変わる評価、少しずつ変わって行く未来。

 もうすぐ会えそうだね、君に。


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エターナルヒーロー

「こいつがクリスタルの森、か」

 

 カラーの唯一の住処であるペンシルカウへの道を塞ぐカラーたちの森、【クリスタルの森】の前に立ちながら【エターナルヒーロー】の盗賊、カオスはそう言葉を零した。その表情を見れば美女と噂されるカラーたちと出会う事に対して期待し、頬が緩んでいるのが解る。その姿を見て同じ【エターナルヒーロー】の侍、日光は呆れの溜息を吐いた。彼女は的確にカオスが何を期待しているのかというのを理解していた。同じパーティーとして活動する上で、既にカオスがどういう性格をしているのか、全く娼館へと通う事を止めなかったりする事実を理解しているので、言葉もなくその反応を諦めた。

 

 そんなカオスの言葉を聞きつつ、リーダーであるブリティシュは頷いた。

 

「大陸中央部、翔竜山を囲む様に存在する宝石の様に美しい森林、それこそがクリスタルの森であり、カラーたちが住まうペンシルカウへと進もうとする者を阻む迷路になっていると聞いてますね」

 

 ブリティシュがそう言って視線を正面、クリスタルの森へと向けた。高濃度の魔力が張り巡らされた森の中は、魔法の術式が生きている様に存在しているのが、魔法に関しては素人であるブリティシュの目でも分かった。既に魔人が一人、この森に踏み込んで死亡している。その上で別の魔人も撃退されている。それ故にこの森の先にある都、ペンシルカウはこの地上で最も安全な場所と認識されている。

 

「確か人類軍の参加を拒否したとか」

 

「俗世には興味はないらしいからな。魔王も魔人も、絡まなければどうでも良いそうだ」

 

「カラーは前魔王の時代に人間に迫害され、狩られ、そして各地に逃げる事を強要されました。その額のクリスタルは非常に強力な触媒となるからだそうで。それを求めた人類に素材として狩られたのが前時代の出来事です」

 

「酷い……」

 

 神官のカフェ・アートフルがそう零し、魔法使いであるホ・ラガが話を続ける。

 

「とはいえ、カラーの方もそう簡単には狩られなかったみたいですね。カラー狩りが始まる当時、カラーは国家として固まっていた。そしてそのままでは格好の餌食となって狩られる事を知っていたとあるカラーが女王の座を乗っ取り、何十年という時間をかけて国家の解体を行ったそうです。その間に大陸各地の秘境にカラーの隠れ里を築き、そして魔王ジルの時代となってペンシルカウの女王として再び君臨する様になった。今も昔もカラーを支配していて、カラーという種を守る守護神の様な存在となっています」

 

「お前がその知識をどっからもって来てるのか儂は不思議だよ」

 

「待ってください、ホ・ラガ。そのカラーの女王とは―――」

 

「そうです、同一人物みたいですね。私も詳しい事までは解りませんが、それでも伝え聞く名前と容姿は文献で確認したものと一致します」

 

「っという事はそのカラーの女王は、1000年以上生きている事になりませんか……?」

 

 カフェの言葉にホ・ラガは頷いた。流石にその事実には驚くしかなかった。通常、カラーという種族は50を迎える頃には天使か、或いは悪魔に転生する事で知られている。その為、100年を超えるカラーなんてまず存在しないのだ。その上で1000年も生きているという事実は、まさに驚愕するしかない事であった。

 

 だがカオスだけは通常通りの様子で、

 

「うへぇ、1000歳のババアカラーか。カラーは老けないって話だけど1000歳は怖いな」

 

「お前は本当にもう……」

 

「ふふふ、カオスらしいな」

 

 呆れと笑い声を受け止めつつカオスは微塵たりともその主柱を揺らがせてはいなかった。それでブリティシュはで、と声を零した。

 

「カオス、抜けられそうか?」

 

「普通の森とはまるで違うな。儂に頼っても迷子になるだけだぞこれ」

 

「ホ・ラガ?」

 

「恐ろしく高度な術によって空間そのものを歪めていますね。魔力任せに破壊してもいいですけど……その場合、侵略と見做されるでしょう」

 

「正攻法で通るのが一番か」

 

「可能なのですか?」

 

 日光の言葉にブリティシュが笑った。

 

「試さなければ解らないだろう? そうやって踏破してきたのだ、今回も上手くいく事を祈ろう」

 

 その言葉にカオスが笑った。日光もどことなく呆れの息を吐くが、それともブリティシュの判断を疑っていないのか、そこには認めているからこそ呆れている様な色があり、そんな日光の仕草を見てカフェは胸の内側を刺激されていた。

 

 そしてホ・ラガはブリティシュの姿を見て半勃起していた。

 

 パーティーの準備が整っているのを確認してからブリティシュは視線をクリスタルの森へと向け、そして堂々と声を放った。

 

「失礼する! 僕の名前はブリティシュ、とある使命を背負いここを訪ねてきた! 森の狼達よ! もし、叶うのであれば我らの身勝手な願いの為に僅かな時間を譲って欲しい!」

 

 ブリティシュの声が森へと向かって放たれ、そのままブリティシュが動きを止めて、森の方からのリアクションを待ち受ける様に不動のまま、佇む。その背後で、日光が小さくカオスへと向けて声を作った。

 

「カオス、視線は」

 

「まだ監視されてるな。全部で10ぐらいか。勝てる数っちゃ勝てる数だな」

 

「だが戦った所では協力を得られない、となると下策ですか……」

 

「儂らのリーダーを信じようぜ? 少なくともブリティシュはここぞ、という所で儂達を裏切った事がない」

 

 カオスはそう言葉を小さく日光へと返し、視線を正面に居るパーティーのリーダーへと向けた。威風堂々と返答を待つブリティシュに怯えや不安の様な表情は存在せず、自分の行う行動に全ての信頼を置き、森からの返答を待っていた。それを信じる様に残りのパーティーメンバーたちも口を閉ざし、無言のまま森の中で動きを待った。

 

 だがその静けさも長くは続かない。

 

 やがて森の中から、水色の髪に赤いクリスタルを額に持った、見目麗しい女の姿が出てきた。腰の剣と矢筒を、動きやすいレンジャー用の服装に胸当て、何時でも動き、戦えるように姿を整えたカラーであった。カラー全てが美女であるという言葉に偽りはなく、ブリティシュらの前に出現したカラーの姿は評判通りの美女だった。その姿にカオスは表情を崩す。

 

「おぉ、流石カラー……これはマジで期待出来そう」

 

「カオス……」

 

 カフェの蔑みの視線は、カラーの美貌の前では全く通じていなかった。とはいえ、出現したカラーを前に、欠片も油断をしていない。攻撃された場合を想定し、緩んだ表情をしていながらいつでもナイフを投擲できるように戦闘の準備は行っていた。その狡猾さ、或いはオンオフが出来るからこそ日光はカオスに対し、余りものを言わなかった。

 

 そして森の入り口までやってきたカラーは5人組を確認し、口を開いた。

 

「戦士ブリティシュ」

 

 その言葉にブリティシュが答えようとして、

 

「―――魔法使いホ・ラガ」

 

「む」

 

 名前を呼ばれたホ・ラガが反応し、

 

「侍日光」

 

「私ですね」

 

「神官カフェ」

 

「あ、はい、私です」

 

「盗賊カオス」

 

「おう」

 

 エターナルヒーローの存在を確認した上で、カラー・ガードが頷いた。

 

「全員を確認しました。女王陛下が貴方達の到着をお待ちしていました。ペンシルカウにまでご案内します。私の後を付いてきてください。はぐれると迷った挙句二度と出てこられなくなるのでご注意を」

 

 そう言うとカラーは軽く頭を下げ、森の中へとゆっくりと下がって行く―――まるで考える時間を与えるかのように。ゆっくりと森の中に進む姿を追いかけ始めながら、カオスが笑う。

 

「はっはっは、儂も有名になったもんだな!」

 

「……本気で言っているつもりですかカオス」

 

 日光の言葉にカオスが片手で頭を掻いた。

 

「……ブリティシュや元々学者として名が売れていたホ・ラガはともかく、儂や日光、あとカフェの名前が知れているのはおかしいな」

 

 ブリティシュはパーティーのリーダーとして、伝説を率いる者として名が人間の間で売れていた。ホ・ラガもその魔法の才能、そして探求心から来る発見物、その知識を通して生み出した残された文明の発掘などで貢献している為、名が売れている。だがカオスは盗賊、日光は侍、そしてカフェは神官。探せばそれなりに居る人材だ。真面目な話をするのであれば、名が売れる理由はそこまでないのだ。

 

 なのに名前を知られているという事に対して、カオスはちょっとした気持ち悪さを感じていた。それは《シーフLv2》技能を保有するカオスだからこそ解る様な感覚であり、まるで罠に吸い込まれたような、掌の上で転がされているかのような感覚であった。罠、という表現は間違っているな、とカオスは修正した。恐らくは知られている。何らかの手段で。そう結論した。行動はひょうきんだが、カオスのシーフとしての才能は本物であり、また同時にそれを通じて得る直感の類はブリティシュらを何度か救っている。

 

 故にカオスが口を開いた。

 

「ブリティシュ」

 

「懸念は解る。だが踏み込まなければ得られないものもある。何より、間違いなく人類側の存在だ。手に入れる為には協力を仰がなくてはならない」

 

「解ってるならいいんだよ、解ってるなら。儂は魔人をぶち殺す前に死ぬのは御免だぜ。連中をぶち殺し尽くすまでは死ねないからな」

 

「カオス……」

 

 カオスの中に見える憎悪の炎にカフェが名を呟き、言葉を止めた。だがその憎悪を抱いているのは一人だけじゃない。

 

 エターナルヒーローという集団は、魔人と魔王を殺す為に集まった集団であった。その思惑はどうあれ、誰もが魔人、そして魔王によるこの人界の犠牲者たちであった。

 

 

 

 

「まだ大陸にこんな場所が残っているとは驚きましたね……」

 

 ホ・ラガの口から感嘆の言葉が漏れた。それは珍しい事でもあった。根本的に知識人であり、文献を探ったりしているホ・ラガからすれば大体の事は既知か、或いは知っている事であった。故にクリスタルの森、それを抜けた先にあるカラーの都であるペンシルカウ、その景色に圧倒された。その景色を言葉として表現するのであれば、魔法の都というのが相応しいだろう。

 

 自然と融和する形で生み出された都は木製の建築が多くなっており、大抵が二階建てという構造をしている。ペンシルカウ内部には川だけではなく、それに繋がる巨大な湖も存在しており、それが広く、存在している。しかも外をカラーたちは何かを恐れる訳でもなく普通に生活しており、外の里では存在している様な隠蔽や、直ぐに逃げ出せるような準備の様なものは一切見えず、心の底からカラーたちが安心して暮らしているのが目撃出来る。

 

 それがカラーたちの楽園、ペンシルカウという都であった。

 

「うぉ、楽園ってマジであったんだな……」

 

「泣いてるよこの馬鹿……」

 

「アレはまさかエンジェルナイトか? それに翔竜山へと繋がる道まで出来ている……空間もこれは拡張されているのか? 凄まじいな、これが大陸唯一の国家の姿か」

 

 初めて目撃するペンシルカウの姿に、誰もが驚きを隠せないでいた。この時代、基本的に全ての人間は灯を消して暮らしていた。灯を消して、魔人が来ない事を祈って、明日も生きている事を願って生きるのが大陸での一般的な生活となっていた。だがその影が目の前には欠片も見えなかった。

 

「……ここでは、怯える事なく暮らしているのだな」

 

 ブリティシュはこの景色を見て、そう感じていた。誰も生きる事に怯えていない。明日を生きる事に希望を見ている。普通に生きて、普通に死ぬ。当たり前の、恐怖のない生活をここの住人達は送っていた。その中にはカラーと腕を組んで歩く、人間の夫婦の姿もあった。恐らくはカラーを孕ませるために外から呼び込まれた人間なのだろうが、幸せそうな表情をしていると、エターナルヒーローたちの表情には映っていた。

 

「えぇ、女王陛下の威光のおかげです」

 

 ブリティシュの呟きを案内のカラーが拾っていた。

 

「女王、女王ウル・カラーだな?」

 

 ホ・ラガの言葉に案内のカラーがはい、と答えた。

 

「我らの女王、ウル様は対魔人の戦術を構築した他、魔人の《無敵結界》に邪魔されず戦う方法を授け、その他にも守る為の手段をいくつも考えながら日夜、新たな技術を生み出す為に奮闘しています。設立の始祖であるハンティ様と並び、我々カラーにとっては救世主であり、守護神でもあります。ウル様とハンティ様が居なければ今頃の我々は魔人の玩具として狩られていた所でしょう」

 

「おい、待て、《無敵結界》を無視する方法があるのか」

 

 カラーの言葉に素早く反応したカオスが前に踏み出そうとするのをブリティシュが片手で制した。それを受けてカオスが歯を強く食いしばり、そしてカラーに掴みかかろうとする動きを止めて、ブリティシュの背後を歩くのに戻った。それを軽く振り返って確認したカラーは再び視線を正面へと戻し、

 

「その疑問には女王陛下が答えてくれると思います。ウル様は貴方達の到来を待っていましたから」

 

 その言葉に日光が小さく、声を零した。

 

「益々化け物染みてきましたね……」

 

「だが魔人を唯一倒した、って話も気になるな」

 

「全ては直接面会出来てからになるだろう」

 

「なんか、ちょっと怖いですね」

 

 カフェの言葉に誰も答えなかった。見透かすような女王の招待に気味の悪さを感じないと言えばウソになっていた。カオスだけではなく、他のメンバーたちも明確に手のひらで転がされている様な、餌を吊るされている様な感覚を感じていた。とはいえ、ブリティシュの言葉も真実であった。踏み込むときに踏み込まなければ、答えは出てこない。欲しいものがあるのであれば、そのリスクを取るしかない。

 

 故に今までの空気を払拭する様に、

 

「あぁ、そうだった。ここに娼館って概念はあるのか?」

 

「カオス」

 

「流石にその質問は……」

 

「ありませんけど、好きに誘っても良いと言われています。拒否されなければ、ですが。後数人種付けして貰えると此方としては嬉しいです」

 

「嘘ん!? 儂ここに住む」

 

「あ、住居を手配しましょうか?」

 

「カーオースー!」

 

「じょ、冗談に決まってんだろ」

 

 カフェがメイスを片手に脅迫してくる姿にカオスが怖気づいてしまう。その姿を見て案内が少しだけ残念そうにそうですか、と声を零して案内する。その先にあるのはペンシルカウの中でも大きく、そして翔竜山にほどなく近い位置にある屋敷の姿だった。なんだ、城じゃないのか、と呟くカオスの横腹に日光が肘を叩き込んだ。それを見て苦笑したブリティシュが視線を正面に戻し、

 

「アレが……?」

 

「はい、ウル様の屋敷となります」

 

 カラーの女王、謎に満ちた人物との邂逅が直ぐそこにまで迫っていた。屋敷に近づきながら感じる気味の悪さの中に―――しかし、ブリティシュはどうしようもない、楽しさを覚えていた。それは彼が冒険者として積み上げてきた、冒険者の魂の様なものでもあった。未知に挑み、開拓する。大義を背負っている身であっても、それでも世界を開拓する感覚にブリティシュは楽しさを覚えずにはいられなかった。

 

 そしてその輝きを見ていたホ・ラガは必死に勃起しない様に抑えていた。

 

「アイツほんと気持ち悪いな」

 

「せ、性癖は人それぞれですから」

 

「気持ちの悪さでは貴方も人の事は言えない筈では?」

 

 容赦のない言葉を受けながら、カラーの足が屋敷の前で停止した。そこで横に退き、カラーが軽く頭を下げた。

 

「それでは私の道案内はここまでです。これより先は別の者が案内しますので」

 

 そう言ってカラーは去って行き、ブリティシュが屋敷の扉の前に立った。リーダーがパーティーを見渡してから再びドアへと向き直り、それを軽く叩いた。

 

 それを待っていたかのように、屋敷の扉が勝手に開く。音もなく扉は開いていき、ブリティシュらを中へと受け入れる。招かれたブリティシュらが屋敷のホールで待ち受けているのは、二つの姿である。一つ目は金髪に黒い片翼を背から生やしたメイド姿の存在であった。それを目撃し、ホ・ラガが小さな声で驚愕しつつエンジェルナイトと声を零しながらも、

 

 視線はメイドが付き従う存在へと向けられていた。

 

 黒い、足のスリットが入ったドレスに身を包んだカラーだった。堂々と立ち、何も恐れるものがない様に背筋を伸ばし、そして隠す事もなく、左腕が存在しない、その傷跡が塞がっている断面を見せる女の姿だった。その女がカラーだと解るのは、その額に赤いクリスタルが存在しているからにすぎない。だがそのクリスタルでさえ注視すれば、通常のカラーの物とは形が違うというのに気が付く。

 

 髪の色もカラーのそれとは違い、特徴的で美しいプラチナブロンドの輝きを持っている。

 

 その姿を前に、歴戦の冒険者たちは言葉を失った。だがその中で笑みを浮かべたカラーが口を開いた。

 

「―――よく来たな、若造共」

 

 歓迎する様に、口を開いた。隙のない姿。一瞬で自分よりも上位の存在であると理解させられる存在感。もはや質問する必要もなく、目の前の女が誰であるのかを、ほぼ本能的に5人は悟っていた。

 

 この女こそが求めていた、扉への地図を持つ人物、

 

「俺がウル・カラー様だ」




 小説版エターナルヒーローあればなぁ! 若い頃をもっと詳細に書けたんだけどなぁ! 流石に持ってないや。とか言ってたら読者に鬼畜王にPDFで付属してるって教えられた。マジかよ。

 入手、修正中(一人称等

 という訳で外側の人達から見たペンシルカウとかいう魔境。GLでは地上で最も安全な場所だとか言われている。そらマギーホア様が来るならそうなるわな。

 そして僕らの鬼畜女王。


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エターナルヒーロー Ⅱ

「さ、飲め。そして食え。人間の一生は短いんだ、美味いもんを食えるうちに食っとけ」

 

 笑いながら女王より料理が振る舞われた。案内されたダイニングには冒険者たちを歓迎する様に料理が並べられ、一番最初にそれに食いついたカオスが夢中になって食べ始めた。それを見たブリティシュが手を伸ばし、それから冒険者たち全員が歓迎の料理を口にしていた。外の世界の粗食で慣れてしまっていた5人の冒険者たちに、カラーの里で食べる事の出来る美味は舌への刺激が激しく、ホ・ラガでさえ言葉を失ってテーブルの上に広げられる料理に手を伸ばしていた。カオスに至っては無言で食べ、そして酒に手を伸ばし、飲んでは食べて、ひたすらそれだけに集中していた。普段はひょうきんな姿を見せている者が筆頭で無言で食べている姿が、ペンシルカウの中と外でどれだけ差があるのかを物語っていた。

 

「これは……」

 

「そうそう、天ぷらだよ。個人的には塩で食べるのが好きなんだけどね。もしかして嫌いだったか?」

 

「いえ、まさかこんなところで故郷の料理を食べられるとは思わなかったので……」

 

 JAPAN産の料理が並べられている事に日光は驚きつつ、それを箸で取って食べる。へんでろぱをスプーンで掬いながらブリティシュもどことなく上品に食べて、しかしある程度己を自制し、頭をカラーの女王へと下げた。黒いドレスに隻腕の女王は片手に果物を握り、それに齧りつきながら吸っている様で、それ以外は口にしていない姿がブリティシュの目には、特徴的に映った。

 

「これだけの歓待、感謝します女王」

 

「そう硬くなるな、ちょっと久しぶりに気合入れて料理したのは本当だけど、材料に関してはそこまで珍しいもんじゃないからな」

 

「これが、ですか?」

 

 ホ・ラガが驚きながら料理に使われている材料を確認している。食べる手を緩めずに、しかし使われている材料に驚く。その多くが現在の人類では中々手に入らないものが多い。当然ながら隠れ潜んで暮らしている都合上、おおっぴらに活動する事が出来ないのが人類の状態となっている。

 

「ウチは畜産と農耕をジルが出て来る前からやってるからな。ペンシルカウが出来てからは空間を広げて農地も増やしたし、人口もある程度計算してやってるから、無節操に数を増やさなければ自給自足でどうにかなる様にやってるんだよ。外界と関わりを断って生活するには必要な事だし」

 

 そう言って女王が果物に齧りついた。興味があるのであれば都を管理している者に話を聞けばいい、と言う。

 

「俺は防衛には手を貸すが、政治には関わらん」

 

「かなりの知恵者と見ますが、それはなぜでしょうか?」

 

「ホ・ラガの奴、珍しくかなり下手だな……」

 

「まぁ、相手を考えれば当然なんでしょうけど」

 

「だな」

 

 ホ・ラガの珍しい姿にカオスとカフェは軽く面白いものを見るような目でホ・ラガを見てから、再び食べるのに集中した。カオスとカフェも、知りたい事はあるが、立場が明確に上の相手に対してどうやって喋ればいいかという教養に欠けていた。そもそもまともに話せるという気がしていなかった。その為、そこら辺をリーダーであるブリティシュと、頭脳担当のホ・ラガに投げていた。

 

 そんなホ・ラガの問いに対して、女王ウルが答えた。

 

「いや、めんどくせぇし」

 

「親近感湧いた」

 

「カオス、来る前は1000年物のババアとか言ってたくせに……」

 

 呆然とするホ・ラガのリアクションや、カオス達の反応を見て、女王が笑う。ここまでその姿を見れば、厳格という言葉からは程遠い人物であるのが冒険者たちにも伝わった。寧ろ、人物としては馴染みやすい方になるだろう。それに話を聞けば、これが彼女の手料理だという事実も―――それはそれとして、隻腕でどうやって料理をしたのか、というのは各員の疑問に残るが。だがそれを気にする事無く、

 

「真面目に答えると長寿の種は短命種と比べて思考が凝り固まりやすいからな。長生きすればするほど古く、馴染みのある考えに固執しちまう。俺もそこは変わりがないからな。その年代における必要とされるもので政治ってのは変えなきゃならないのに、追いつける気もしねぇし。だから若くて頭の回る奴に任せればいいんだよ、政策とか方針とかは。俺の様に古い奴はそれで失敗した時にケツ持ちしてやれば」

 

 そう言って苦笑する女王の姿をホ・ラガはどことなく尊敬の眼差しを込めて成程、と納得する様に頷いた。ただ適当に放り投げている訳でもない、という事だった。そこまで考えて都―――というよりはもはや一つの小国家に近いペンシルカウに干渉していないのは、大したものだと評価できる。特にこの時代、国家なんて形が一つも残されていない中ではなおさら。

 

「あ、おかわり頼んでいい?」

 

「カオス!」

 

「いいよ、いいよ。気にするな。まだまだあるから。腹いっぱい食っていけ。美味しいご飯は心の栄養だからな。美味しいもんを食えばそれだけで幸せってもんさ」

 

 それからしばらく、冒険者たちを歓迎する手料理が振る舞われ続けた。

 

 

 

 

 これが本当の美食というものか、とエターナルヒーローの5人組は女王に振る舞われた料理を食べ終わって感想を抱いた。清潔な食器、管理された食材、最後まで火の通された魚、端ではなくちゃんとした肉のステーキ、食べた事のないソースの味、故郷の高級料理。もう、一生分の美味を食べたのではないか、と思ってしまう程に5人は出された料理を食べつくしてしまった。カオスに至っては顔面からテーブルに顔を叩きつけ、今にも吐きそうな表情をしながらもデザートに出ているうはぁんをしっかりと片手で掴んでいた。

 

「カオス、食べられないなら」

 

「駄目」

 

「ちょっとだけ―――」

 

「駄目」

 

「ちょっと―――」

 

「駄目。儂が食べる」

 

 その景色を微笑ましいものを見る様に、女王が果物を片手に、それを時折齧りながら眺めていた。ブリティシュも食べ終わった所で紅茶を出して貰い、その香りを楽しみつつ再び女王に頭を下げた。

 

「改めて、ここまでの対応をありがとうございます」

 

「何度も言うけど気にするな。これぐらい、ここじゃ特別って訳でもない。ここで暮らしてればこれぐらいは珍しくないよ」

 

「まるで楽園だな……」

 

 ホ・ラガの言葉にカオスとカフェが深く頷いた。これだけ美味しいものを食べる事が出来る上に、カオス達男には嫌がらないカラーであれば孕ませる許可まで貰えているのだから、楽園と言えばまさにそうだった。まるでここだけ、大陸そのものから切り離されている様な状況になっている。この世の場所とは思えない程だった。

 

「で、だ」

 

 と、女王が再び果物に齧りつつ、言葉を放ってくる。

 

「お前らの様に優秀な奴が遊びにくる分には俺も歓迎するけど……別に、遊びに来たって訳じゃないんだろう? どれ、このお姉さんに一つ、聞いてみろ」

 

 本題に、先回りされた。にやにやと笑みを浮かべる女王の姿はどこか、無邪気に見える。だがホ・ラガとカオスだけは直感的に、既にこの女王が自分たちの欲しがっている情報が何か、というのを知っている様に感じられた。それを知った上で反応を楽しんでいるという姿の様に思えた。姿が美しく、そして話しやすい性格をしていても、その本質がどことなく人から外れている事実を5人は敏感に感じ取っていた。そしてそうやって向けられる反応を楽しんでいるのだ、というのも理解出来てしまった。

 

 根本の部分では人間とは違う。その性質の片鱗が見えている。

 

「では―――」

 

 と、ブリティシュが声を置いたところで、

 

「魔人をどうやって殺したんだ」

 

「カオス!」

 

 ブリティシュの声に被せる様に、カオスが声を放った。それに日光が叱る様な言葉を放つが、女王はそれを笑って流した。

 

「俺自身は殺せてないよ。ただ《無敵結界》には穴がある。神魔にゃあアレ、通じねぇんだよ。だからウチじゃ魔人を普通に殺せる堕天したエンジェルナイトを戦力として組み込んでる。後は《粘着地面》や衝撃が発生する攻撃で動きを拘束して、慢心している間に結界の通じない奴でざっくり、って感じだな。これで殺した」

 

「―――」

 

 帰ってきた返答に冒険者たちの口が止まった。だが即座に復帰したカオスが再び口を開く。その瞳には濃い憎悪の色が見える。

 

「人間で殺す手段は!?」

 

「カオス! 流石に失礼だぞ!」

 

「ないぞ」

 

「―――」

 

 カオスの態度を気にする事もなく、ちゅぅちゅぅ、と果物を齧って、軽く中身を吸いながら女王が返答した。食事も果物だけで済ませているようで、出てきてからそれしか口にしていなかった。ただし態度、返答ははっきりしたもので、あっさりとカオスの言葉に答えた。

 

「魔人を人間が殺す手段はない。欲しいのなら神に祈るしかないだろうな」

 

「……」

 

 魔人に対する憎悪を瞳に映したまま、カオスが息を吐き、椅子に深く、座り込んだ。一瞬の返答で、人類ではどう足掻いても魔人には勝てないというのが証明されてしまっていた、そして同時に、女王の発言によって求めているものが理解されている、という事実も理解出来てしまった。それを女王の側から切り出すつもりはなく、反応を見て楽しんでいるのが見える。

 

 ある意味、悪趣味だった。

 

「ウル女王陛下」

 

「なにかな」

 

 反応の一つ一つを楽しむ様に視線を向ける女王に対して、ブリティシュが口を開いた。それを当然の様に女王が受け止めた。小さな静寂の中で、ブリティシュが言葉を選びながら、口を開いた。

 

「僕達は、とある使命を果たす為に神への謁見を求めています」

 

「それで?」

 

「……神への謁見、その場所が叶うとされる【神の扉】。その場所を求めています。もし、知っているのであれば是非とも教えて貰いたい」

 

 ブリティシュのその言葉を受けて、しばらく無言をウルが保った。焦らす様な、その反応を見るのを楽しむ様な、そんな様子を見せていた。だがふと、小さく息を吐き、そして笑った。

 

「アレを求めるか……」

 

「知っているのですね」

 

「一応、アレへの道を管理してるのは俺だからな。ジルに黄金像をパクられる前は俺がアレを使えない様に管理してた」

 

「それは―――」

 

 つまり、知っているという答えであった。どこにあるか、どう使うか、それを知っているという人物でもあった。だがウル・カラーという女王が見せる底の知れなさは、ある意味、そういう事を知っていてもおかしくはないと思わせるだけの迫力が存在していた。ただし、その事を語る女王は、

 

 どこか、疲れている。

 

 カオスの目にはそう映っていた。

 

「北だ」

 

「北か……!」

 

「北方、東部にマルグリッド遺跡ってのがある。その地下1階、隅の方に隠される様に神の扉が存在している。その祭壇に正しい順序で黄金像を4つ並べれば扉は開く。その先にある試練を乗り越えれば神は謁見を許すだろう」

 

「そんなところに……」

 

 女王の口から出た言葉に驚きと安堵の息が出て来る。彼らとしても、これは最終目標である魔王の討伐に繋がる、最も重要な情報の一つだったからだ。それがあまりにもあっさりと女王の口から出て来るものだから、少しだけ肩透かしだと言われれば、そう感じる者も居た。だがブリティシュは純粋に感謝している様子を見せていた。

 

「儂らにあっさりと教えるんだな」

 

「隠した所で意味はないしな」

 

 その後に続く言葉を女王は口にする事無く黙り、椅子に背を預けながら果物を齧った。

 

 女王がそうやって向ける視線の中には羨ましさ、痛ましいものを見る視線、そしてどうしようもない、疲れが今度こそ、誰の目にも映っていた。見た目は若々しく、そして美しい存在であるのに間違いはない。だがそこで冒険者たちを見つめる視線には、どうしようもない疲れが見えた。

 

「ウル様、そろそろ休まれてはどうでしょうか」

 

 それを察してか、今まで無言で控えていたメイドがそう声をかけた。それに反応し女王があぁ、と声を零した。

 

「それもそうだな……」

 

 そう声を零し、女王が席から立ち上がった。そして去って行く前に、振り返る。

 

「明日……神の扉まで案内をしよう。抜けるには魔人のテリトリーを幾つか抜ける必要があるしな。だから休むも遊ぶも好きにしろ。部屋はこっちで手配しておく。それ以外に何かあるならウチのメイドに言っておけ」

 

 あぁ、とそれで、言葉を区切り、視線を出口へと向け、歩き出しながら言葉を残した。

 

「最低限、覚悟だけはしておけよ。神と会うって事は全てを失うって事でもあるからな」

 

 最後に、耳に残る呪いの様な言葉を残し、女王の姿が消えていった。その姿が消えてから、日光が口を開いた。

 

「成程、超越者とはああいう存在に相応しい言葉ですね」

 

「最も長く生きている女王……底が読めないな」

 

「ま、儂はこれから外に出てセックスだけどね」

 

 カオスの言葉に緊張の空気が抜けて行く。何時も通り呆れの視線を向けられるカオスはそれを受け止めつつ、嫌な予感を感じ取っていた。だがそれを口にする事はない。日光も、ホ・ラガも、ブリティシュもカフェもどことなく嫌な予感を感じていた。

 

 最後に聞かされた言葉、そこにどうしようもない不吉な予感を感じさせていた。

 

 それでも、もはや止まる事は出来なかった。

 

 エターナルヒーロー最後の冒険は、もう既に始まっていた。




 エタヒ無料で読めるのもっと早く知りたかった(一人称とか修正しつつ

 でもパラレルだしいいよね!

 他人から見た鬼畜女王様パートⅡ。どう足掻いても怪物。人間じゃないし、人間性足りてないし、一日中ヒラミレモン齧ってる。助けてジルえもん。

 という訳で神の扉へ。エタヒの試練始まるよー。


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エターナルヒーロー Ⅲ

「準備はできたか?」

 

「マジで付いてくるのか……儂もびっくり」

 

「それにこれは……」

 

 5人の冒険者の前には女王ウル・カラーと、そして巨大な姿が3つ並んでいた。外の世界ではもはや目撃される事がなくなった、伝説、或いは秘境の存在。翔竜山に住まうとされる巨大で、屈強で、そしてすさまじい強さを誇った種族。即ちドラゴンが並んでいた。翼を大きく広げて軽く運動しながら羽ばたかせ、何時でも背中に乗せられる様に待機している。

 

「光栄に思えよ人間ー」

 

「ウルちゃんの頼みじゃなかったら乗せないからなー」

 

「ただし美女と美少女は別である」

 

「せやな」

 

「だよな」

 

 いえーい、と声を発しながら尻尾をハイタッチの様に叩きつけ合うドラゴンの姿が目撃出来る。その異様過ぎる光景に、知識人であるホ・ラガのドラゴンのイメージが一瞬で崩壊し、完全に動きが停止する。その姿を見て、ウルがまた果実を齧りながら笑い声を零した。その女王の姿も旅装というべき、コートを装着した格好に着替えられている。ついて行く気満々という様子が見て取れた。

 

「……大丈夫なのですか?」

 

「俺の心配か? 少なくともお前らが生まれる前から俺は旅と冒険を繰り返してたんだ。その心配は無用だよ。寧ろこれから北方の寒冷地帯に向かうけど、お前らはその恰好で平気なのか? 必要ならコートを出すぞ」

 

「あぁ、そういう魔法をホ・ラガが覚えているので」

 

「あぁ、なら問題ないか。そんじゃ、出かける準備が終わったら声をかけてくれ、それまでトカゲ共の面倒を見てるから」

 

「酷い」

 

「心が激しく痛みました」

 

「なので人間牧場を放火しに行きます」

 

「止めろ馬鹿」

 

 いえーい、と笑うドラゴン達を相手に、ウルが少しだけ、困ったような様子を浮かべながらも笑って迎えていた。その姿にはお互いに遠慮のない関係が見えた。ホ・ラガの目にはそれが不思議に映り、カオスと日光の目にはそれが家族のやり取りの様に見えた。カラーとドラゴン、全く異なる種族であるのに、何故翔竜山のドラゴン達と仲良く出来ているのか、それは各員が抱いた軽い疑問でもあった。だがどことなく、それを質問とするのに憚られた為、誰も口に疑問を出さず、

 

「ドラゴンか、よっし、儂はこのかっこいいのに乗るぞ」

 

「ナイスセンス。格好良いと言った事に免じて特等席を譲ってやろう」

 

「……では私はこのヒップラインが素敵なドラゴンを」

 

「今なんて言った?」

 

「ふふふ……じゃ、お願いしますね、ドラゴンさん」

 

「あ、TADA部長が喜びそうな幸薄そうな眼鏡っ娘だ」

 

「誰だ」

 

 エターナルヒーローの面々がドラゴンの背に乗り込んで行く中で、ウルも三頭のドラゴンの頭を軽く撫でてから、黒色のドラゴンの背に乗り込んだ。全員が乗り込んだ所で、ウルが視線を外し、屋敷を管理するメイドへと視線を向け、短く言葉を交わしてから片手で首筋を撫でた。

 

「やってやるぜ」

 

「魔王城突撃」

 

「今日から毎日魔王城燃やそうぜ」

 

「マジでやったらマギーホア様案件だからなお前ら」

 

 その言葉にヒャッハー、と叫びながらドラゴン達が一気に空へと駆け上がった。風を魔法で遮断する事で快適な状態でドラゴンに騎乗する事が可能となり、一気に飛び上がったのに、飛翔をするドラゴンの背の安定具合に軽く驚くぐらいであった。そこから広がる景色に、そして翔竜山の頂上の方に見えるまだまだたくさん存在するドラゴンの姿に、自然と感嘆の声が漏れ出す。

 

「おぉ、ドラゴンがあんなに……」

 

「凄いな……あんなにドラゴンが残っているなんて……」

 

 翔竜山の周りをぐるり、と迂回する様にドラゴンは飛翔してから北方へと向かって移動する。道を完全にウルが覚えているらしく、飛行しながらも進路を修正する様に指示を出す。地上からでは絶対に届かない様な上空を飛翔するドラゴンという移動手段は、魔人のテリトリーを越えなくてはならない移動の際に、魔人に狙われる可能性を無くしてくれる便利な移動手段でもあった。もっとも、ドラゴンに乗れたという経験の喜びによって深く考えていない者と、純粋に高高度を飛行しているという事実に恐怖している者で、その事を深く考えられる状態にはなかった。

 

 だが地上最強の種族とも呼ばれるドラゴンの名を裏切らず、地上では数日かかるであろう距離を一瞬で越えて行き、そのまま寒冷地帯に入り込む。雪が降り始める雪空の下をドラゴンが飛翔するも、即座にホ・ラガが魔法で空気を温め始める。それによって北方地域に踏み込んだところで、熱によって体が保護される事となり、寒さを感じなくなる。

 

「これでホモじゃなきゃ文句もねぇんだけどな」

 

「もう……迷惑かけてないからいいじゃない」

 

「儂には理解できないし」

 

 カオスとカフェの言い争いを風に流しつつ、ドラゴン達は飛翔して行く。その姿は魔人の領地の端を飛翔しながら、通常の生物では移動できないルートの上空を通る様にして、魔物や魔人、或いは使徒との接触を回避するルートとなっていた。そうやってドラゴンの背に乗って移動を行えば、ありえない速さで旅を進んでいく事が出来る。

 

 半日が経過する頃には、あっさりとウルが示した目的地である【マルグリッド遺跡】へと到達する。ドラゴン達も到着するとゆっくりと速度を落とし、静かに遺跡の前の空間に降りて行く。遺跡の前に積もった雪を翼の羽ばたきで吹き飛ばしつつ、地上へと向かって魔法が放たれる。それで氷と雪が融けていき、空間が広がっていく。そしてドラゴンが着陸すると、最初に女王が降りた。それに続き、冒険者たちがドラゴンから降りて、辺りを確認する。

 

「ほほー、ここが例のマルマル遺跡って奴か」

 

「マルグリッドだ馬鹿」

 

 北方の中でも秘境、そこに到達した冒険者たちは面白そうに周辺を眺め、ホ・ラガが遺跡の検分に入る。その間、ブリティシュの視線は女王へと向けられており、女王もドラゴン達の首を軽く撫でると、その姿を空へと帰した。ドラゴン達が去って行くのを女王はしばらく眺めていると、視線を冒険者たちの方へと戻した。

 

 その瞳の中にある色がやや薄れている。カオスにはそう見えた。

 

「大丈夫……ですか?」

 

 カフェが、何かを感じ取ったように心配そうに女王へと話しかけるが、それを女王は笑ってカフェの頭を帽子の上から撫でた。

 

「俺の心配よりも自分の心配をしておけ。この先にある扉を抜けたら、神からの試練が待っているからな」

 

「神からの試練、ですか」

 

「そうだ―――こっちだ」

 

 そう言ってウルが先導し、遺跡の中へと入って行く。遺跡の中へと入って行く背中を追いかけながらも、冒険者たちは遺跡にまつわる歴史を聞かされて行く。即ち、ここに来るのは一度目の事ではなく、かつて経験した扉への挑戦の話である。かつて、この扉へと別の者と入ったとウルは話を切り出す。そしてその先で待ち受けていたのは怪獣。小山程の巨体を誇る怪物であり、それが門番として神への謁見を試す為に配置されていた。

 

「大きさや強さは軍隊に匹敵する強さを求められる相手だった。当時の俺でもなんとか、というレベルで退けられるな」

 

「という事は神に会えたのですか!?」

 

「いや、俺には謁見するだけの度胸がなかった。だから見送るしか出来なかった」

 

 が、という言葉の先が見えていた。今度は、便乗するつもりであろう、という意思が。女王もまた、神に問うべき何かを持って付いてきているのだろう、だからこそ教えるだけではなく、導き、連れてくるように動いたのかもしれない。ホ・ラガはそう判断し、日光とカオスは女王の存在を警戒し続けていた。

 

 あまりにもこの女は、詳し過ぎる、と。

 

 しかし、先導に従えば遺跡の地下に入り、そして目的である封印されている扉、即ち神の間へと繋がる扉の前へとやってくる。無言でその横にウルは移動すると、祭壇を示し、無言を貫いた。

 

「……カオス、像を」

 

「おう」

 

 一つ一つが珍妙なデザインをしている黄金の像、それを運んでいたカオスが取り出すと、ブリティシュと二人で並べ始める。事前にホ・ラガがその正しい順番を調べており、ホ・ラガに確認されながら黄金像を並べていく。そしてそれが全て揃った時、

 

 ついに、

 

 この時代二度目となる神への道が開かれた。

 

「これで、いよいよ神への道が開いた、って訳か……」

 

「……魔人を殺す手段が、直ぐそこまで……」

 

「……」

 

 明確に希望と殺意を込めたカオスと日光の言葉に、そこまで深い覚悟を持てていないカフェが押し黙ってしまった。ブリティシュとホ・ラガもいよいよ神へと近づいたという事実に対して、冒険の終わりを感じていた。だがエターナルヒーローが動き出す前に、

 

「あ、おい、待て!」

 

 先に、ウルが中へと進んでいった。神の扉を抜けた先の空間へと入って行き、姿が消えた。だが扉は閉じる事もなく、開いたままだった。まるで5人の侵入を待ち構えている様だった。その様子に一瞬だけ押し黙り、ブリティッシュが口を開く。

 

「……戦闘の用意だけはしておこう。ホ・ラガ」

 

「事前に支援魔法をかけておきましょう」

 

「儂も武器を抜いておこう」

 

「何が来るにせよ、事前準備は必要か」

 

「う、うん……」

 

 冒険者の直感に感じられる、強敵との戦い。或いは近づいてくる凶運。その気配を経験則から5人は敏感に感じ取っていた。試練、そう呼ばれるのに相応しいだけのものがここで待っているという事実に。エターナルヒーローの5人は扉に入る前に己の武器を取り出し、戦闘準備を整える為に支援魔法を事前に準備し、戦闘を即座に行う状態を整えてからお互いを確認し、

 

 扉を抜けた。

 

 そして、景色は一瞬で変化する。

 

 景色は遺跡の風景から色のない足場、その周囲には幻想的な景色が広がっており、この世とは思えない色と風景が広がっている。入ってきた場所、その対面側、反対側には扉が見える距離に存在しており、

 

 その前に、立ちはだかる姿が見えた。先ほどまでは存在していなかった背丈を超える程の巨大な黒い両刃の斧を大地に突き刺した状態で握っている。その目の中には、先ほどまでにはなかった強い、心の色が見える。先ほどまでは薄かったものではあるものの、それがどことなく、燃え上がる前の最後の輝きの様に5人の瞳には映っていた。

 

「かつて、俺がここに来た時、俺は魔王スラルとここに訪れた」

 

「魔王スラル……二代前の魔王の名ですね」

 

 ホ・ラガの言葉に女王のカラーが頷いた。

 

「スラルは臆病な少女だった。彼女は死ぬ事を恐れた。そして死を恐れぬ為に無敵を求めた。彼女の友だった俺は彼女のその必死な姿を見捨てる事が出来ず、スラルと共に神の試練に挑戦し―――そしてその果てに勝利した。スラルを神の元にまで導いた。そしてスラルはその結果、無敵になる事を神に求めた」

 

「おい、待て、まさかそれが《無敵結界》の始まりかッ!!」

 

 カオスの言葉にウルが頷いた。

 

「神に願えば神は願いを叶えてくれる。それは間違いのない事実だ。だがそれはタダじゃない。解るか?」

 

「……神の試練か」

 

 そうだ、と言葉が返って来た。そしてその言葉と共にウルが斧を担いだ。その身から殺意が溢れ出す。覇気と共に魔力が高まり、明確にそれが5人へと向けられた。それを向けられるのと同時に、反射的に歴戦の冒険者たちは武器を構えていた。目の前の相手が向ける殺意が本物であるかなんて、何度もの冒険を乗り越えてきた彼らにとっては、当然の様に理解できる事だった。

 

「条件を整えれば誰もが会える訳じゃない。解るか? スラルも、俺も、あの子も―――誰もが憐れで、救いようがない。そして見ているだけで笑えるような悲劇の主だ。連中が求めるのは喜劇ではない。笑える悲劇だ」

 

「おいおいおい、ちょっとおかしなことを言ってくれるじゃねぇか女王様よ」

 

 カオスが冷や汗を浮かべながら言葉を向ける。

 

「それじゃあまるで儂らに悲劇が足りないと言っている様なものじゃないか」

 

 その言葉ににやり、と女王が笑みを浮かべた。

 

「伝説の冒険者たち、扉に到達するも一人を残して全滅、生き残りの必死な願いを聞き届ける―――いかにも喜びそうな筋書きに聞こえないか?」

 

「おいおい、正気かよこいつ……!」

 

 その言葉にウルは答えない。表情に影がかかり、その目が見通せなくなる。カオスの盗賊としての感覚にも、探れない程に覆い隠される。だが彼女は本気で殺しに来る。それだけが理解できる概念であった。故にブリティシュが前に出た。その額に流れる一滴の汗は、嘘ではない。間違いなく人生で最も恐ろしい敵と遭遇してしまった、その事実を前に流す緊張の汗であった。

 

 その迷いのない動作に、カフェがしかし、二の足を踏む。

 

「え、でも、あの人ペンシルカウの人達に物凄い慕われていて―――」

 

「切り替えてくださいカフェ。ここで殺さなければこっちが殺されます。アレはそういう目です」

 

「信じられませんが……間違いなく本気です。此方も全力で戦って勝てるかどうかという相手です……正気かどうか疑わしいですが」

 

 ホ・ラガの言葉に女王が笑った。

 

「正気かどうか、か。そんなもの―――()が知りたいわ」

 

 その言葉と共に、隻腕のカラーが左半身を前に出す様に構えた。

 

女王 ウル・カラー

 

神の失敗作 Ul Kalar

 

赤ルート 殺害する

 

緑ルート 精神の限界を迎える

 

 その言葉と共に世界最古のカラーとの戦いが幕を開けた。




 はい。

 神の失敗作戦。なんかそれっぽいBGMでエタヒ応援しよ?


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エターナルヒーロー Ⅳ

「―――やがて破滅するのであればいっそ、殺した方が救いになるかもしれない? そう思った事はないか?」

 

「ざけんなってしか言えないね!」

 

 迷う事無くカオスがナイフを投擲した。《シーフLv2》技能によって補正されたカオスの盗賊としての才能は探索、罠、投擲等に関する技能、才能を強化し、屈強な肉体でありながら機敏に、そして器用に物事をこなす力を与える。故に刹那の投擲が放たれた。どういうリアクションを取ろうが有利になる一手。踏み出しながらナイフをカオスは投擲した。

 

 そしてそれはウルに届く事無く弾かれた。

 

「魔人か何か!?」

 

「酷いなぁ、そこまででたらめじゃないんだけど、私は」

 

 瞳の中の人間性を削りながらウルが飛び出た。エターナルヒーロー全員のレベルを超える超高レベルの怪物。そうとしか表現出来ない能力の暴力。魔人にすら単体で匹敵するだけの能力を持って一気に飛び込み、背後へと回り込みながら透明の大地に足跡を刻み、カフェ・アートフルの横へと飛び出す。その姿は間違いなく殺意を孕んでおり、一撃で神官を殺す為に握る、黒い大斧を振るった。突風としか表現出来ない暴力の前にカフェの姿は―――無傷のままだった。

 

「仲間はやらせない」

 

 剛撃の前に割り込んだのはブリティシュだった。《剣戦闘Lv2》に加え《ガードLv2》の才能、それは組み合わせとしては最高の前衛戦士のものと呼べる。一人で切り込み、そしてパリィングを駆使した戦闘技術によって、退く事なく前進し続けるだけの技量を授ける。事実、カフェを一撃でミンチに変える様な一撃にブリティシュは割り込み、受け流した。振り抜かれた剛撃を前に、突風が後から放たれてくる。振り抜かれた宝剣イングランドを握るブリティシュの手が、

 

 僅かに震える。

 

「《白色破壊光線》ッ!」

 

 ホ・ラガの魔法が放たれる。その閃光に対して迷う事無くウルが動いた。回避する様に振り抜かれた斧を軸に、体を空中で一回転する様に飛び越える。それに追撃する様に日光が音と気配を殺し、

 

 神速の居合抜きを放った。それを加速された蹴りで対応した。空中に持ち上がったウルの姿が居合と一瞬だけ交差し、アクロバットを行う様に降りてくる。その足に僅かな切れ口が走るも、それが再生して行く。距離をそれで開けた所で斧をカフェへと向かって投げつけながら、片手を持ち上げた。

 

「《ガンマ・レイ》」

 

「ッ、《黒色破壊光線》!」

 

「《魔法バリア》!」

 

 斧の投擲と重力光線が同時に相殺された。その隙に日光とカオスが飛び込む。踏み込むウルの拳がカオスが振るう剣を正面から殴って捉え、金属音を響かせながら動きを停止させた。

 

「本当にカラー?」

 

「ほんとだよー」

 

「嘘だぁ」

 

 ウルの背後へと日光が飛び込みながら居合が放たれるのを体を瞬間的に加速する事で回避しながら投擲された斧が飛び、戻ってくる。それを掴む様に手を伸ばしながら更に瞬間的な加速を行い、踏み込みながらウルがカフェへと向かう。一番弱く、そして守られなければいけない相手から殺す、合理的な戦術だった。だがその前にブリティシュが立ちはだかる。

 

「僕が居る間は、仲間は誰も死なせない―――」

 

「……」

 

 斬撃と斬撃が交差する。隻腕の咆哮とも表現できる斧による一撃は空間そのものを震わせるような破壊力を発揮する。たった一度の交差。それだけでブリティシュの腕が引き抜けそうになる。だがその背後に守られるカフェが素早く魔法を発動させた。

 

「いたいのいたいの、とんでけっ、とんでけっ―――」

 

 言葉はふざけている様に聞こえるが《神魔法Lv2》という領域は、その実、ダメージを受けた端からブリティシュの状態を回復している。致命傷でないのであれば、余りにも簡単に傷を癒す事が出来る。それ故、強く、踏み込んだ。前に。一歩だけ前にブリティシュが踏み込んだ。

 

 金色の髪をなびかせながら、その合間から見える表情が一瞬だけ、笑ったのがブリティシュの目に映る。

 

 そして始まる、神速の剛撃。一呼吸間に7を超える斬撃が更にウルが踏み込みながら放たれる。斧という重量のある武器を使っている中で、それをまるで羽の様に扱う様子はでたらめとしか表現する事がなく、斬撃を乱撃させながらカフェを狙う様に、その動きは滑る様に回り込もうとし、

 

「《粘着地面》」

 

「そーら、よっ!」

 

 ホ・ラガとカオスの組み合わせによって止められる。滑り込んだ足元が粘着化した地面と、カオスが投擲したナイフがストッパーとなって、足が滑るのを止めた。直後に《粘着地面》もナイフも粉砕される。だがその一瞬が次の動きをパーティーに許す。

 

「はぁっ―――!!」

 

 宝剣イングランドが煌めく。斬撃が音速を超えて振るわれる。無防備なウルの首筋を狙って放たれる極閃が一瞬で最高速度に到達し、

 

 そこに、正面から受け止めた。

 

 首で。

 

 そこだけ、僅かに鱗が生えているようで、斬撃を首で受け止めつつ踏み込み、そのままブリティシュを殴り飛ばした。僅かに首筋に食い込んだ刃の痕から血を流すも、切断には程遠いという姿を見せていた。殴り飛ばされたブリティシュをカオスが受け止め、カフェがその姿を直ぐに癒す。

 

「アレ絶対カラーじゃないって。儂絶対アレがカラーだとか認めないから」

 

「不本意となりますが、同意しましょう。種族間違えていませんか」

 

 集結するパーティーの姿を前に、ウル・カラーが視線を片目で送りながら、片手で握る斧を掲げた。大技が来る。即座にそう判断し、《魔法バリア》が張られる。そしてをそれを粉砕する様に、

 

「《ファミナルス・レイ》」

 

 叩きつけた。亀裂が存在しない筈の床を走り、広範囲に光と重力の爆裂を噴き上げさせる。《魔法バリア》がそれを防ぐものの、崩される。それをホ・ラガが新たに放つ魔法で防ぐ。必殺技と呼ばれる領域の技に、空間が満たされる。

 

「あるがまま、それを受け入れて生きられるのであればどれだけ楽なのだろうか……」

 

 声が光の中で消えていく中、《黒色破壊光線》が放たれた。それも連続で。《魔法Lv3》の領域にあるホ・ラガの才能はそれこそ、数値上はあのハンティ・カラーと同格という領域にある。伝説の魔法使いと呼べるクラスになる。そしてその魔力は通常であれば不可能な、破壊光線の魔法を連続で放つ事さえ許す。

 

 その魔力と魔法の暴力によって必殺技の合間に、道が出来た。

 

 そこにブリティシュが飛び込む。両手で宝剣を握り、構え、それを盾にする様に、しかし同時に切り込む様に。攻防を両立し、唯一、僅かな攻撃の残滓の中、体を焼かれ、肉を削がれながらも踏み込んできた。道を広げ、後の続く流れを作る為に。

 

「おぉぉぉおおお―――!!」

 

「……あぁ」

 

 斬撃と斬撃が交差する、不動の如く、その場に立つウルが隻腕で斧を振るう。それが宝剣と連続でぶつかり合い、斬撃の交差を無数に生み出す。その陰に紛れたカオスと日光が飛び込んだ。宝剣に蹴りを入れながらウルの体が後ろへと滑る。それに二人が一気に追従する。素早く繰り込んでくる盗賊と侍のコンビ、同じように動きを身軽に変えたウルの姿が素早く動きながら、素早い動作で短く斧を振るって行き、横へと跳躍しながら連続で動き、日光とカオスの間を抜けようと攻撃を振るう。

 

 直後、日光とカオスが飛び退く。そして入れ替わる様に、空間そのものを飲み込む魔力が放たれた。

 

「《絶対零度》!」

 

「本当に」

 

 ウルの姿を氷塊が包んだ。それを内側から咆哮と共に砕きながら笑みを浮かべ―――傷を得ながらも、まだまだ戦える姿を証明する様に、斧を透明の床へと叩きつけて、背筋を伸ばし、口を開いた。

 

「楽しい、人生だったな……もう、これでいいだろ」

 

 言葉を吐き、ウルの動きが停止した。放たれる魔力が途切れ、そして覇気と呼べるものが消えた。まるで機能停止するかのように、動きが完全に止まった。その唐突な変化に、5人が警戒をしたまましばらく眺め続けるが、

 

 やがて、限界を迎えたブリティシュが床に倒れ込む事で動き出す。

 

「ブリティシュ!」

 

「ブリティシュ! 大丈夫? ねぇ、ブリティシュ!」

 

「僕なら、大丈夫だよ」

 

 苦笑しながらブリティシュは床に座り込むが、その両足は皮が剥げ、肉が削げている。片手の指は曲がってはならない方向へと曲がっており、カフェの目には腕の骨、そのものが大きなダメージを受けているのが解った。涙目になりながら回復の魔法を使ってブリティシュを癒していくが、それでも完全に治す事は出来なかった。

 

 それと引き換える様に、部屋の奥で閉じていた扉が、ゆっくりと開いた。光で満たされた扉は向こう側が見えず、残された4人を迎える様に佇んでいる。ブリティシュの周囲に4人は集まりつつも、斧を降ろした状態で立ったまま動きを止めたカラーへと視線を向けていた。

 

「……死んだのか、アレ……?」

 

 カオスが恐る恐るという様子で確かめつつ、その言葉を吐き出した。明らかにカラーという生物の範疇を超える能力、強さを見せたカラーの女王の実力に、トラウマに近い記憶が刻み込まれていた。人類史最強とも呼べる冒険者集団、それが本気で戦いながらもまだ余裕を残す様な相手なのだ、何よりそういう実力に対して嗅覚は敏感だった。

 

 それだけに、人一倍、突然の停止に恐怖を感じていた。

 

「たぶん……限界だったんでしょう」

 

 ホ・ラガが知識を掘り返しつつ、呟いた。日光がその言葉に思い当たる事もあり、言葉を添えた。

 

「心が?」

 

「はい。2000年の時を超えるカラーなんて聞いた事がありませんから。寿命を迎える前に、先に心の方が耐えきれなかったのではないでしょうか……聞いた話、私達よりも遥かに世界の事を知っているようでしたし。それに試練が必要とも言っていました。だから恐らくは、自分を……と」

 

 その言葉にカオスが溜息を吐いた。

 

「マジで。死ぬかと思った。もう二度と戦いたくない」

 

 ホ・ラガと日光が頷き、そこに駄目、とカフェが声を零す。涙を両目いっぱいにためながら頭を振った。

 

「私の治せる範囲を超えてる……」

 

 カフェが必死に治療していた。魔法を唱え、傷を治療しようとする。だが必殺技の残滓の中を突っ切ったブリティシュの足は破壊されている、という言葉に近い惨状になっていた。カフェの回復を受けた所で長い治療を必要とする。故にブリティシュは痛みを堪えつつ、笑みを浮かべた。

 

「いや、もういい。それよりも皆は先に進んでくれ。何時までもあの扉が開いているとも限らない」

 

「でも、ブリティシュ……」

 

「行くんだ。何時までもアレが開いているとは限らないんだ―――この先の為にも、行くんだ」

 

 泣き出すカフェに対して捨てて行け、とリーダーが命令を下す。それをカフェが頭を横に振るが、それを見て、カオスが息を吐く。視線をブリティシュから外し、真っ直ぐ、扉へと向けて歩き出す。

 

「じゃ、魔人を殺す手段を手に入れたらまたな、ブリティシュ」

 

 そう言ってカオスは歩き出し、動きを完全に停止したカラーの横で一瞬だけ、足を止めた。だがそれだけ。再び足を動かし、扉の向こう側へと消えて行く。ホ・ラガもブリティシュを見て頷き、日光もカオスに続く。

 

「ブリティシュ……気高き人、貴方と会えた事を私は光栄に思います。神との謁見が終わりましたら、直ぐに戻って来ます」

 

「必要な願いは私達で全て叶えてきますから、安心してください」

 

 ホ・ラガと日光が進んで行く。そして扉を抜けて、消える。そこに残されたエターナルヒーローは、ブリティシュとカフェのみとなった。唯一、カフェのみが心に強い主柱を持っていなかった。それ故にカフェは踏み出す事が出来なかった。仲間を捨ててまで叶えたい願いというものが彼女にはなかった。

 

 それでも彼女の背をブリティシュは押した。

 

「行くんだ、カフェ」

 

「でも、ブリティシュ、その傷じゃ……痛い筈なのに……」

 

「僕の事は良い。それよりも、何のために僕達がここまで冒険して来たのかを―――それを、それを裏切りたくないんだ」

 

「ブリティシュ……」

 

「カフェ、行くんだ」

 

 カフェは理解していた―――このままブリティシュを放置すれば死んでしまうという事実を。神官である彼女だからこそ一番良く把握している所だった。だからこのまま放置して行けば、ブリティシュが死ぬという事も解っていた。それだけ、足の怪我が酷かった。それをカフェは見捨てられなかった。だがそれでもブリティシュは行け、と言う。

 

 その言葉に押され、カフェが数歩、下がった。

 

「行くんだ……そう、それで良いんだ……」

 

「ブリティシュ……また、ね」

 

「あぁ、また会おう」

 

 そして、扉を抜けられる最後のエターナルヒーローが扉を抜けた。

 

 疲れ切ったブリティシュは力を抜いた躰を床に横たわらせた状態で、深い息を吐いた。ブリティシュは仲間を信じていた。彼らであればきっと、魔人や魔王に対抗する為の手段を手に入れてくれる。絶対、そうしてくれると信じていた。故に不安はなかった。だがそれとは別に、ブリティシュの胸をかき乱すものがあった。

 

「貴女は何故、このような手段を取ったんだ……?」

 

 動かなくなったカラーを見上げ、ブリティシュは呟いた。動かなくなった女王は何かを伝えようとしていた。何かを止めようとしていた。何かを諦めようとして、諦めきれない姿を見せていた。その狭間のコントラストを瞳の色に見せていた。複雑で、そしてそれが読み切れない色となって淀んでいた。

 

「貴女は魔人にも対抗できる手段も知恵もあったのに何故―――」

 

 何故、自分から自殺する様な手段を取ったのか、とブリティシュは言葉を口にする事が出来なかった。女王の真意を理解する事は出来なくとも、その行動には強い意志を感じていたからだ。まるで残された全てを燃やし尽くし、測る様な何かを。それが果たして実を結んだかどうかは、不明であったが、

 

 それでもどことなく、

 

 この人物は目的を達した。そういう風にブリティシュは感じていた。

 

 そしてそこまで考えた所で、

 

「皆、後は……頼んだ……よ……」

 

 ゆっくりと、目を閉じた。

 

 そして静寂が試練の間に残る。

 

 カオス、日光、ホ・ラガ、カフェはプランナーに謁見する。彼らは正史と呼ばれる流れと同じ願いを神に願う。そこに変化はなかった。彼らという存在を変えるのであればそもそも、ウル・カラーの奮闘は遅すぎた。或いは殺せば歴史は大きく変わったかもしれない。だが彼女のささやかな抵抗は終わりを告げ、ブリティシュだけが到達できないという歴史通りの流れになった。

 

 これにてウル・カラーという女の物語は、

 

赤ルート スラルを助けている

 

緑ルート スラルを助けていない

 

「―――あら、人の事は散々助けておいて自分だけ楽になろうなんて、都合が良過ぎるんじゃないかしら?」

 

 終わった筈の試練の間に虚空から女の姿が出現する。貴族の様な上品な服装に身を通す女は頭に二本の角を生やした、悪魔だった。元魔王の悪魔であるスラルはそうやって悪魔界から表の世界へと出現すると、完全に精神力を使いつくした友人の前へと移動し、その頬に触れた。

 

「ほんと、不器用な人。何時までも助けて、って言わないんだから。貴女がそうしたように、私も勝手に助けさせて貰うわよ」

 

 まぁ、とスラルは呟く。

 

「細かい所は賭けになるけど……」

 

 そう言ってスラルの視線はウルからその背後、その先へと向けられた。

 

赤ルート ジルの心に残った

 

緑ルート ジルと出会っていない

 

 スラルの視線の先には、先ほどまでエターナルヒーローたちが抜けた扉とは別の扉が存在していた。先ほどまで冒険者たちを受け入れていた扉とは別の扉―――別の神へと通じる扉が、最後の入場者を求めて開き続けていた。その向こう側から感じる力をスラルは敏感に感じ取っていた。故にスラルは力の消えたウルの存在を抱くと、その姿を持ち上げて扉まで近づき、

 

「さ、私とジルでここまで整えてきたんだから―――戻ってこなきゃ、私は嫌よ?」

 

 そう言って扉の向こう側へ、待ち受ける神の間へとその姿を通した。それを終わらせたスラルは扉から下がり、目の前で扉が消えるのを見た。それを目撃してから、

 

赤ルート メディウサを殺害している

 

緑ルート メディウサを殺害していない

 

 ―――懐から魔血魂を取り出した。悪魔界にて封印され、そして管理されていた、魔人メディウサの魔血魂であった。それを取り出したスラルはそれを握ったまま倒れているブリティシュへと近づき、

 

 それをブリティシュの口の中に押し込んだ。

 

 ブリティシュの体の中へと魔血魂が溶けていき、その傷が癒え始めながら跳ねる。精神の戦いが始まった。ブリティシュ、もしくは魔人メディウサか。勝利した方がその肉体を手に入れ、新たな魔人としてこの大陸に君臨する事が出来る。それを眺めたスラルは自分が契約を完了させた事を確認した。

 

 そして再び、ウルが消えた扉へと視線を向け、

 

「これで私とジルの悪だくみはおしまい。ちゃんと帰ってきてね」

 

 そう言葉を残し、スラルの姿が消えた。

 

 そしてしばらくして、人間が一人だけ残された空間。そこで誰も知らない心の戦いが繰り広げられた。精神と精神の衝突。存在というモノを残す為の戦い。自分という存在を手に入れる為の戦い。魔血魂内部のメディウサの精神と、魔血魂を吸収した痛みと熱で覚醒したブリティシュの心の戦いが続いた。

 

 そして再び静寂が戻る―――そこに新たな魔人が誕生した。




 ウル視点ではないのは描写できるほどの心理描写が出ないので。

 赤は困難ルート。緑は普通ルート。1週目ウルはそもそも動き出したりしたのがGL後期、GIなのでスラル、ナイチサをスルーしていた分精神力的にもかなり余裕があったので未来にまで到達していた。つまり1週目に関しては考えるだけ大体無駄でもある。

 スラルとジルの共謀。魔人の誕生。神の謁見。

 次回、やっと会えたね。


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白痴の揺り篭

 たとえば―――たとえばの話だ。

 

 君は何をどう足掻いても絶対に絶望する未来を知った時に、どういうリアクションを取る?

 

 絶望する? 足掻く? それともどうにもしない?

 

 俺は―――絶望しながらも足掻く事を選んだ。

 

 それが最善だと信じて。だけどそれが本当に最善であるかどうかなんて、答えはいくら考えてたって出てこない。結局のところ、自分の行いが本当に正しいかどうかなんて結果でしか解らないのだから。だから結局のところ、何かをするのであれば、それが正しいと信じて行動するしか自分には出来ないのだ。そうやって少しずつ未来を変えていく事が最善であると信じて。

 

 だが結局のところ、

 

 俺は―――或いは私は、それを信じるだけの力に欠けていた。

 

 どう足掻いても、自分を信じられなかった。優柔不断で、友達一人助ける事に悩んで、魔王になる子を見捨てて。たくさんの人間を自分の都合で見捨ててきた。何度も救えるチャンスを見逃してきた。

 

 そんな人間が果たして、どうやって自分が正しいと言えるのだろうか。

 

 そんな俺に出来る事は―――言い訳をする事だけだった。

 

 これが未来の為になる。これが世界の為になる。これはあの子に愛を教える為である。これは彼女の為だ。これは変えられない悲劇だ。これは、これは、これは、これは―――これは、仕方のない事なのだから。未来を知っているのは俺だけなのだから、それを変える、勝利する為の未来に変える必要があるのだから。だって、しょうがないじゃないか。そうじゃなきゃどうにもならないじゃないか。だって、そうだろう? 誰だって苦しみたくない。なるべく楽な方に生きたい。俺だって苦しむのは嫌だ。だったら何かに責任を、言い訳を擦り付けて生きていくしかないじゃないか。

 

 苦しい。気持ち悪い。吐き気がする。でもこれもルドラサウムの為。ごめんなさい。それでも止まれない。命がある限り、これは俺の義務だった。知っている存在として、未来を変えなければならない。俺が変えてしまった過去に対して責任を持つ為に。そうすればきっと、未来では皆、幸せになってくれる筈だ。筈だよね? そうだよね? きっと、幸せになってくれるよね。

 

 不安で不安で仕方がなかった。だけど言い訳はあった。ルドラサウムの為だと言えば大体、それで言い訳になった。あの子に愛を教える。途方もない目標で、目的地だった。終わりが見えない。だからこそ最後まで走り続ける事が出来る目標でもあった。だって、壮大な言い訳だろう? 到達出来なくたって誰も責める事は出来ない。その為の努力は全力でこなしてきた。その為の準備をずっと続けてきた。そしてその果てで精神力を使い潰して、終わりを迎えたんだ。

 

 言い訳もあるし、頑張ったし、凄く頑張ったし……もういいよね?

 

 疲れたんだ。何もかも。頑張っても未来は遠い。見捨てなきゃいけない事、頑張らなきゃいけない事、変えなきゃいけない事。たくさんあり過ぎる。それでもまだダメなのかもしれない。生きている間は常にその恐怖との戦いだ。未来の俺は失敗したという事実を背負って生きなくてはならない。怖い。既に失敗しているという事実がどこまでも怖い。だけど頑張らないと駄目だ。

 

 友達は、友情は、信頼は―――裏切れない。

 

 だから自分を磨り潰した。現実からまた眼を反らした。だけど目的からは逃げるのをやめた。

 

 生まれた時は男の魂に雌の肉だった。それは人の形になれば更に強く反発した。否定せず、あるがままを受け入れればもっと楽だったのかもしれない。だがそれは一つの悟りの様なものだった。無理だった。俺にはあまりにも辛すぎる事だった。俺である事を捨て、私である事を選ぶ。それは自分という存在を捨てる行いでもあった。俺にそんな事は無理だった。女という生き物を認める事が出来なかった。だからどこまでも歯車は狂っている。

 

 苦しい。

 

 気付けば世界の真実に触れていた。理解していた。どうなるのかも解っていた。きっと、誰かがどうにかしてくれる。その希望でさえ打ち砕かれた。俺が動かなければ未来が危ないという事実を誰よりも、自分が証明してしまった。自分が自分を絶望させるというあまりにも奇妙で、そして混沌とした状況に涙を何時か、流した。血の涙を。そして俺にはどこまでも救いがないという事を理解してしまった。生きている間は全てを捧げなければならないのだ、と。それでも到達できるか解らない。それぐらいにこの世界は優しくなかった。だから目的を作った。言い訳を利用した。でも解ったのだ、あの神が何を欲しがっているのかを。子供の心を思い出して。だからこそそれを言い訳に、奮闘する事にした。そうである、と自分を信じさせた。そうでもしなければ壊れていたから。いや、もう既に壊れていたのだろう。最初から、歯車は噛み合っていないのだから。

 

 生きているだけで苦痛だった。

 

 なのに簡単には死ねなかった。不老であり、寿命的な死は存在しないドラゴン・カラーに生まれてしまった。或いはそういう風にデザインされたのかもしれない。そもそも、カラーは神の雛型だ。足りない天使を補充する為に生み出された存在。だとすればそれは、天使になる事の出来ないカラーは、神の失敗作としか表現できない。ハンティも、俺も、神としては失敗作だった。天使にも悪魔にもなれない。そしてその中で、殺されるまで永劫を生き続けるしかなかった。

 

 果てが見えない苦痛が待っている。

 

 だけど、それでも頑張った。

 

 頑張って頑張って頑張って頑張った。日常が鑢で身と心を削るような気分だった。だけど、その痛みだけが実感させてくれていた。少しずつ苦痛を自分に与えて頑張れば、俺の心が崩れていくのが解った。だから使命感を与えた。更に頑張った。ルドラサウムの為だと自分を信じさせて、それで頑張り続けた。そうすれば頑張るほどに自分の心が削れていくのが解ったから。

 

 壮大な自殺だった。

 

 魂が死にたがっていた。限界をとっくに超過していた。それでも死ねない。死を遠ざける才能の数々、そして同時にそれを許容する肉体。超人的な精神力と延命手段で魂を持たせていた。それでも限界を超えた魂が損耗されていき、限界を超えて動き続けた。だがそれも、漸く稼働を終える。

 

 何も考えなくていい。

 

 何も心配しなくていい。

 

 全てを忘れる。

 

 そして消滅する。

 

 ルドラサウムから生まれなかった魂はルドラサウムへと戻らない。だから虚空に消える。永遠の安息が待っている筈だった。

 

 ―――なのに、また目覚めた。

 

 

 

 

 ゆっくりと目を開いた。また、朝がやってきたのだろうか。また、果てる事が出来なかった。俺の安息はどこにあるのだろうか。俺の終わりはどこにあるのだろうか。俺を終わらせてくれる存在はどこにいるのだろうか。心が痛い。苦しい。だが数百年ぶりに頭は妙にすっきりしていた。だから目が開いた。定まらない焦点はやがてしっかりと、自分の状況を捉えた。

 

 椅子に座っている。白い、上品なつくりの椅子に座っており、正面にはテーブルがあり、それを挟み込む様に座っている金髪の少女の姿が見えた。神々しさを備えた少女の姿は、圧倒的に上位の存在としての格を兼ね備えており、目視しただけで一生勝てないという事実を理解させられる。だがその姿を見て、

 

「ALICE、ちゃん……?」

 

「私の前でゆっくり眠るとは大した度胸ね、ウル」

 

 目を開いて見えたのは一級神、人類管理局ALICEだった。人間という存在、種を管理する女神ALICEは確かに、自分の担当とも言える存在だった。バランスブレイカーの監視、そして多用に対して此方を監視しながら警告し、ペナルティを科すこともしてきた。自分に対する対応が甘かったのは―――おそらく上からそうしろと、言われていたからだと思っている。だからALICEを見て、あぁ、吐息を吐けた。

 

「死ねるのか、俺は」

 

「残念。その期待に応えるのはまだ早いわ」

 

 天上。神々の中でも特別な資格を有した者のみが通る事の出来る領域に居た。この世とは思えない美しさが広がる景色の中、ALICEの口から出た言葉に落胆を覚えないと言えば、嘘だった。まだ死ねなかったという感想がどうしても、出てきてしまう。何をやっても死ねない。死なせてくれない。俺を苦しめているというのであれば、何よりも効率的だと評価出来てしまう。

 

 だがそんな此方の事を気にする事もなく、ALICEがどこからともなく取り出した紅茶を飲みながらさて、と声を零した。

 

「目覚めたのなら進みなさい―――これ以上待たせる事は許されていないわ」

 

 ALICEの言葉と共に椅子が消え、無理やり立たされた。両足で着地しながら、ここ最近は存在しなかった心の強さを感じていた。あぁ、そう言えば一級神には時間の逆行さえも可能だったな、と思い出す。また再び心を削る時が待っているのだろうか。隠せない絶望感を抱えながら、天上に出現した一つの扉を眺め、それが開くのを見た。その方向へと一歩だけ踏み出し、それで扉の前で足を止めた。

 

「あれ、なんで俺は謁見を―――」

 

 するのだろうか? 記憶の前後が飛んでいるようで、自分の知らない何かがある。足を止めようとするが、それよりも早く、背中に軽い感触を受けた。

 

 それに押されて、つんのめる様に、

 

「魔王ジルの願い―――叶えたわよ」

 

「まっ、ALI―――」

 

 言葉を吐き出しきる前に扉を抜けた。

 

 一瞬の光、全てが視界から消える。

 

 そしてその果てで、天上ではない場所へと超えた。視界は美しかった空間から、静寂に満ちた世界へと変わる。

 

 圧倒的なまでの静けさの中に、壮大な生命の気配を感じる。虚空へと繋がる岩場には、そこから伸びる橋が存在していた。扉は橋の前に出る様に通じており、通り抜けた事で、足はその一歩目を踏んだ。大空洞にその足音が響き、岩場の橋の上に足が人類初の足跡を残した。

 

「―――」

 

 その場所を知識として知っており、驚愕と、困惑と、答えの出ない疑問に、二歩目を踏み出した。視線の先にはそれが見えていた。大空洞に浮かぶ存在の姿が。白く、強大で、巨大で、浮かんでいる姿は待ち受けるかのように、無言で浮かんでいた。だがその赤い瞳は此方を捉えていた。

 

 それに引き寄せられる様に一歩、また一歩と橋を渡り、その姿へと近づいていく。

 

 言葉もなく、思考もブランクな状態となり、誘蛾灯に引き寄せられる様に、自然と足を踏み出し、前に歩いていた。不思議な夜で満たされ、僅かに発光するような神々しさ、神聖さを備えた巨大な白鯨の浮かぶ大空洞。その橋の終わりに到達し、足を止めながら、漸く、

 

 そこに、辿り着いた。

 

「―――」

 

 言いたい事がたくさんあって。聞きたい事がたくさんあった。だけどそこに到達した。してしまった。ここに到着した。その事実だけで、言葉を失い、自然と涙を流し始めていた。言葉もなく、ただただ、自然と涙が溢れ出す。

 

「あ、う……あっ……お、れ、は―――」

 

 言葉を失い、何を喋ればいいのかすら解らない。だけどその姿を眺めているだけで涙が止まらず、そして感情が溢れ出してくる。久しく感じなかった極限まで煮詰められた憎悪。そして同時に、この子が辿るであろう未来に対する愛情。そして―――感謝でもある。

 

 この全能白痴の神がこの世界を生み出した。

 

 それは退屈しのぎだったのかもしれないのだろう。

 

 だけどそのおかげでハンティ、マギーホア、スラル、レガシオ、ジル等の皆と会えたのだ。その出会いが不幸ではあったのかもしれない。その出会いが俺を破滅させたのかもしれない。その出会いが原因で苦しんでいるのかもしれない。だけど出会いを恨む事は出来なかった。楽しかった。それだけは事実だった。皆との出会いは幸せだった。

 

「あ―――」

 

 だから全ての感情を飲み込むのに数分ほど時間を要した。白痴の神は漂いながら、時間を気にする事もなく、世界を、そして一人のメインプレイヤーを眺めていた。だから漸く、口を開く事が出来た。

 

「―――ルドちゃんは、今、楽しい……?」

 

 言葉が、喉の奥から出てきた。震えるような、魂を振り絞ったような、そんな言葉だった。他にも言いたい事、言うべきことはたくさんあった筈なのだ。それなのに出てきた言葉がそれだった。あぁ、馬鹿をやってるなぁ、と思ったものの、咄嗟に出てきた言葉に対して自分はなぜか満足していた。どうしようもない満足感があった。恐らくはそうやってこの白痴の神を呼んだのは俺だけだし、この先も俺以外には存在しないであろうという確信があった。

 

 だから言葉を待った。

 

 白痴の鯨が瞬き、視線を向けて、その命の塊を震わせた。

 

「ははは……ふふふ……そうだなぁ……楽しいなぁ……未来が変わっていくんだ。くすくすくす、楽しみだなぁ……」

 

「そっか、ルドちゃんも楽しみか」

 

「僕も冒険したいなぁ。もっとスリリングで、同じじゃない冒険をしたいなぁ」

 

「出来るさ、ルドちゃんなら。もう、未来は変わり始めたんだろう?」

 

「くすくす……そうだね。君は本当によく働いてくれたよ……楽しみだなぁ」

 

 ―――あぁ、何も無駄じゃなかった。

 

 その言葉を聞けただけでも、生きていた事には意味があった。ここまで頑張った事実に意味があった。自分という人生を限界まで追い詰めてきた意味にはあったのだ。それを今、ルドラサウムが認めた。そこに今までの全てが報われたような気がして、力が体から抜けていく気がした。

 

「エールちゃんの冒険は羨ましかった?」

 

「うん。だけど僕の方がもっと楽しい冒険が出来そうだもんね……ふふふ。楽しみだなぁ、僕も色々と感じたり、見たり、スリリングな経験を早くしたいなぁ……」

 

「未来はもう遠くないさ。後数千年、我慢できるだろう? その間にもっと未来が盛り上がる様になる筈さ」

 

 その言葉を心底、楽しみにするようにくすくすと白痴の神が笑う。まさしく子供だ。冒険を夢見る子供。冒険という話を聞かされ、それに恋をする年頃の子供。まだ善も悪も知らない。()()()()()()()()()()()()()()子供だ。

 

 ただ、同じ冒険はだめだ。エールちゃんの大冒険を既に知ってしまっているから。

 

 そしてその冒険に嫉妬している。そして子供らしい反抗心を抱いている。

 

 ―――僕の方が、もっと楽しい冒険が出来るぞ、と。

 

 それに気付いたが為に奔走した。未来に残る人員が変わる様に。魔人側と人類側の戦力を増やし、もっとド派手な冒険が出来る様に舞台を整える為にあちらこちらと走り回った。それでいて舞台を残すその為に、形を変えないようにした。だがそれも、全て報われた。ルドラサウムは冒険を心待ちにしていた。俺の行いは無駄ではなかった。それが理解できただけでも全てが報われる。

 

 良かった、本当に良かった。俺の手で未来は滅んだ訳ではなかった。

 

 終わった。

 

 ここに全てが終わった。

 

 自分が生きる意味、生き続けてきた意味。頑張って来た事、その証明。ルドラサウムがそれを証明してくれたのだ―――もう、何も残らない。自分が何故生まれたのか、どうして創造されたのか、どうやって創造されたのか。そんな事はどうでも良かった。数千年を超える絶望と恐怖、そして痛みの人生。

 

 それが漸くここで救われたのだから。

 

 ルドラサウムは冒険に夢を見ている。だけど正史のエールの冒険を超えるモノを望んでいる。だからこそ、その時を待っている。そしてそれを望む為に動くのだろう。歴史をそういう風に進めて。だからもう、心配することは何もなかった。これからは自分の苦労も、何をしなくても世界は進む。

 

 未来の決戦の舞台へと。エールの産まれて来る未来へと。

 

 IF、もっと壮大で神を遊ばせる為の冒険の未来へ。

 

 今までの自分の心を蝕んでいた闇が、絶望が、痛みが消えていく。今、自分の中で科していたあらゆる誓約、縛鎖から解放されたのを理解した。本当の意味で、自由を得た瞬間だった。そしてそうなってくると、

 

「―――」

 

 言葉に、困ってしまった。再び涙を流し始める。あぁ、酷い。何てずるいんだ。ずっと、ずっと死にたいと思って頑張ってきたのに。だけどそこで楽になるって本当にずるい。涙を流しながら言葉を失い、しかし小さく笑って、

 

 その場で座り込んでしまった。

 

「なぁ、ルドちゃん。もっと、いっぱいお話しようよ。未来の事とか。何を楽しみにしているとか。三超神じゃ話し相手になれないんじゃないか? 一緒に、楽しみな話をしないか? 待っているだけなのも楽しみだけど……それを口にするのもワクワクすると思うんだ」

 

 だから、未来に想いを馳せよう。ルドラサウムを誘う。

 

「うん……そうだね……くすくす、あぁ、楽しみだなぁ」

 

 大空洞の揺り篭に揺られ、白痴の鯨は夢を見る。

 

 冒険の夢物語を聞かせ、夢幻の旅路へと今一度、誘う。思いを馳せる未来はまだ遠く、それでも神はそれを望んでいた。それを待ち望んでいた。生まれる未来を楽しみに、声を零していた。冒険譚、この世界の美しさを知る事を待っていた。

 

 まだ、世界の色彩を知らぬ子の心しか持たぬ創造神。

 

 だがその視線は―――確実に、未来を見据えていた。




 エールちゃんの冒険を知って、僕の方がもっともっと楽しい冒険が出来る、と主張した。鯨が抱いたのは単純な子供の理論で、嫉妬だった。今までは壊す事しか知らなかった鯨が初めて見た、パラレルの自分の慈しむという姿、冒険を楽しむ姿。同じ姿を見て感じたのは子供らしい、僕の方がもっと凄いぞ、という嫉妬だった。

 つまりエールの冒険を見たルドラサウムによる二次創作。それがこの世界の流れ。生まれる未来は決まった。だがそれを通してエールと同じものを覚えるかは不明。まだ鯨は憧れているだけの状態。だけどランスとクルックーの子、エールとして生まれて冒険したいとは思った。同じ目線からじゃないと冒険を比較できないから。

 それ以外は全く変わってないんだけどね! まぁ、それはそれとして、その間は悲劇MogMogって感じだから根本的にクソってのは変化ねぇな!

 鯨に子守歌を聞かせつつ次回へ。


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XXX年

「久しぶりのシャバの空気は―――うーん? ルドちゃんのほうが澄んでた気がするな。うん。というかクッソ暑いわ!!」

 

 着ていたモッズコートを脱いで叩き捨てる。そのまま上着も脱いで捨てて、上半身をブラジャーのみの恰好に変える。その状態で天上帰りのお土産を横に浮かべつつ。隻腕を空へと向かって伸ばした。結構いい感じの時間を過ごせたのではないだろうか? 身も心も完全にリフレッシュした気分で爽快感が溢れていた。こうやって心が気力で満ちているのは、まさに数千年ぶりの事だった。今ならドラゴン時代の様に頭を空っぽにして、馬鹿をし続ける事が出来る自信があった。

 

「あぁ、でも空は眩しいな。ずっと大空洞の中に居たし。お日様の恵みはいいなぁ―――って言うとでも思ったか! ファック!! ファァァァック!! もっと! マシな!! 場所に!! 出せよ!!」

 

 空からは熱波が降り注いでいる。炎天下の下、汗が溜まっていくのを感じる。熱を考えると、たぶんゼス周辺地域に居るのだと思っている。服装が北方用の物になっているので、ここらへんで着ている分にはクッソ暑いのである。半分キレる。というかキレてる。転移を担当したの絶対プランナーだろ。解るぞ、お前の脳味噌クソしか詰まってないもん。それともアレか、ローベン・パーン君のおうちは便所の中ぁ! ってルドラサウムに適当教えたのが駄目だったのか。

 

 ファック。

 

「死ねぇ! 死に晒せプランナー!! ローベン・パーンもクソを喉に詰まらせて死ね! ばぁーか! ばぁーか! 死ねよ! はーっはっはっは―――ふぅー、すっきりした」

 

 片手で首回りをいじりながら軽く頭を回して、凝りをほぐす。心も身体も完全に快調だった。長い、長い苦痛から解放された上で時間逆行による遡行を受けて精神は昔の状態まで一気に回復させた。あいつらに常識って概念はなかった。まぁ、神様だから解ってた。とはいえ、

 

 漸く、長い年月の絶望から解放された。

 

 漸く、本当に漸く―――自分だけの人生を歩めるようになった。ランス君の誕生がルドラサウムによって確約されたのだ。母親はクルックー以外の可能性も存在している。だがそれでも彼が父親である事は確定している。そうでなければエールは生まれてこない。そして生まれて来る事を望んだルドラサウムは、ランスが歴史通りに生まれる様にするだろう。

 

 だから俺はもう自由だ。

 

 後は適当に人生をエンジョイすればいい。全ての苦痛と重荷から解放された。今では太陽の日差しも素晴らしく感じる。あぁ、生きているって素晴らしい。俺頑張った。超頑張ったよ! やったぜ!

 

「ケーちゃんの顔面蹴り飛ばしに行くか」

 

「可哀想だから止めなさい」

 

「あ、スラルちゃん」

 

 振り返りながら視線を向ければ、黒い昔通りの服装のスラルの姿が見えた。今は変装しているのか、悪魔の角はない、魔王時代を思わせる人間の姿をしている。その姿を見て、発動させている冷却魔法を見て、あぁ、それで俺も自分を冷やせばいいんだ、と思い出す。ここ数百年、軽くボケが入っていただけにちょっとやばいかもしれない。こめかみを軽く叩きつつ魔法を発動させ、涼しい空気を自分に送りつつ、

 

「お前、ジルとどんな取引をした」

 

「貴女が限界を迎えそうだから手伝って? って言ったら一瞬で協力を得られたわよ、せ・ん・せ・い。まだ慕われているようで良かったわね」

 

「んー、俺の心にクリーンヒット」

 

 苦笑しながら胸を抑えつつ、苦しむ様なジェスチャーを取ってから、軽く遊ぶのを止めて、片手で頭の裏を抑える。ちょっとだけ居心地の悪さを感じつつ、口を開く。

 

「……頼ろうとしなくてごめん」

 

「人の事を助けておいて、自分だけ早く死のうだなんて良い根性しているわよね。私を助けたんだから、長生きして貰って、たくさんお菓子を食べさせて貰わないと困るわよ。後ノルマの手伝い」

 

「最後のはちょっと立場的に難しいかなぁ!」

 

「ほら、貴女がちょっと動けば騒乱の一つや二つ……」

 

「具体的なプランが見えてるのは解ったから止めよう! 俺自身が戦争を始める様な事はしたくないから!」

 

「DDW」

 

「はい、終わり! この話は終わり!」

 

 滅茶苦茶恥ずかしい話題を唐突に引きずり出してくるの本当に止めて、と顔を隠しているとスラルが少し笑っているのが見えた。その姿を見て、良しと呟いた。手を腰へとやり、胸を張りながら姿を真っ直ぐ、スラルへと向ける。

 

「頼らず、心配させたからな―――良し、一発好きにぶち込んでいいぞ」

 

ソリッドブラッド

 

 迷う事無く横へと跳躍して回避した。ノータイムで放たれたスラルの必殺技が大地を抉りながら血の様な赤い痕跡を空間に描きつつ飲み込んだのが通り過ぎるのを眺め、大地に転がった状態で、スラルへと視線を向けた。

 

「……そこまで怒らせてた?」

 

 その言葉にスラルが近づき、両手で頬を掴んで、無言で引っ張り出す。それで頬をつねられながらぐにゃぐにゃと弄られ、どれだけ心配させていたのかを理解してしまった。その姿にあー、と声を零し、

 

「ほんとごめん」

 

「もう、次はちゃんと私に言ってね。……本当にもうダメだったら私が迎えに行くから」

 

「まぁ、その時は頼むよ」

 

 息を吐き出しながら大地に座り込み、腰のポーチから何か、食べ物を探そうとして、ヒラミレモンしか入っていないのを確認した。まぁ、好物だから別に良いんだけどね? そう思いながらヒラミレモンに齧りつき、すっぱぁー、と呟きながらちゅうちゅうとそれを吸う。天上に居る間は眠くならない、お腹が空かない、疲れない、と素晴らしい環境だっただけに、久しぶりに味という概念を舌先に感じている。やっぱヒラミレモン好きだわ俺。

 

 と、そうやって水分補給していると、スラルが懐から取り出したものを投げてきた。それを重力制御で受け止めて持ち上げ、

 

「げっ、俺の【ひつじNOTE】やんけ……」

 

「ほんと、大事なものは耄碌していてもちゃんと管理しなさいよ? まぁ、おかげで良いヒントにはなったけど。あぁ、ちなみにそれ、私だけじゃなくてジルにも見られてるわよ」

 

「暗号化してあるんだけどなぁ……」

 

 まぁ、世紀の最強頭脳であるジル&スラルの前には暗号なんて概念、ほとんど意味がないだろう。だけどこの知識を装備した魔王ジルが誕生してしまったのか。どうしよう。どう足掻いてもガイが情夫にされる未来とか見えないのだが。これはアレなのか? 一回目の戦闘で魔王戦争にけりを付けなきゃならないのか? 魔人ガイではなく、そのまま魔剣士ガイから魔王ガイルートと。

 

 めっちゃくちゃ辛そう。でも楽しそうだ。どうしようかなぁ、と呟きながら【ひつじNOTE】をポーチの中へと戻す。このノートは根本的に前世で見た某ひつじな小屋産の知識を覚えているだけぶち込んだ、このランスワールドの集大成とも呼べる知識の塊なのだ。俺はそれを完全に利用出来てはいないが、スラルやジルの様に知恵のある奴が利用する事で本領を発揮する。

 

 ……まぁ、ホ・ラガのようにどうしようもない、と理解してしまったどうしようもない奴もいるが。

 

「ジルは―――あぁ、いや、やめておくか。これは自分の目で確かめた方が楽しそうだな」

 

「段々と調子を取り戻してきたみたいね」

 

「ちょっとここ1000年は怪しかったからな」

 

 馬鹿をやる余裕が消えて真面目に物事に対処し始める辺りが危険信号である。ここ数百年はほんと、真面目過ぎて本当に俺? って感じマシマシだったが。それでもルドラサウムとの長い交流の果てに漸く、

 

 ウル様! 完全! 復活! と言いう感じである。復活というか、向こう側に脳味噌を吹っ飛ばしたという言葉の方が正しいかもしれないが。もう、悩みの種が異次元の果てへと消し飛んだので、俺が心配する必要がなくなったのだ。これからはどう動けばいいのか、完全に自由だ。

 

 今からガイをぶち殺しにだって行ける。

 

「元々俺もっと畜生だった筈だし。その心を取り戻したぞ」

 

「いや、それは捨てて良いから」

 

 またケーちゃんを窓から捨てたい気分だった。ともあれ、ヒラミレモンを食べて喉を潤したので、ゴミとなったものを投げ捨てて圧縮し、その圧縮した残骸を燃やして消した。息を吐きながら拳を握り、軽くそれを振るって風を切る。感触も悪くはない。

 

 今夜はベッドで気持ちよく眠れそうだった。スラルからは色々と聞きたい事があるけど―――まぁ、いいか、という感じだった。何を知られたのか、ジルとはどういう関係だったのか、ジルの様子は? 今のスラルはどういう感じだとか、色々知りたい事もあったが、

 

「森に帰ってうはぁんでも焼くかー」

 

「お、待ってました。久しぶりに桃リンゴを贅沢に使ったやつ、私食べたいなぁ……?」

 

「おーおー、一番良い奴を使って作ろうぜ。ついでに紅茶も美味しいのを用意させて、ケーキとかも作っちまうか」

 

 笑いながら清々しさを感じつつ、天上から持ち帰った土産を脇に抱える。それを片腕で抱きながら歩き出そうとすると、自然とスラルの視線が脇に抱えた土産へと向けられる。それを受けて、足を止め、お土産を持ち上げる。当然の様にスラルの視線がこれへと集中し、

 

「気になってはいたんだけど……なにそれ」

 

「お土産」

 

「いや、そういう意味じゃなくて」

 

 まぁ、意味は解っている。なのでお土産を再び浮かべつつ、自分も軽く浮かび上がり足を組みながら良いか、と言葉を置く。

 

「神様ルール的に謁見したらなんか不幸にさせる為に願いを叶えなくてはならなくてな?」

 

「前々から思ってたけど神様ルールほんとクソよね」

 

 それな、と頷きつつ話を続ける。

 

「で、俺もルドちゃんと未来や冒険の話題で盛り上がった後、ランス君の活躍に関してファントークをこう、結構な年月続けたんだけど……俺、何年ぐらい失踪してた?」

 

「ざっと200年ぐらいよ」

 

「俺、ルドちゃんと200年もオタトークしてたのか」

 

 でも盛り上がったのだ。エールちゃんの大冒険の話とか。あの時こう行動してたら絶対楽しかったよなー! という感じの話を。あとランス君いいよね、本当に楽しそうでいいよね、って感じの話を200年も続けていたのか。あぁ、でもなんか続けられそうな感じはある。この感じ、原初のノリを取り戻した感じが非常に強い。今の俺は精神的に軽く無敵な気がする。

 

 だけどお前らは許さないからな、プランナーとローベン・パーン。

 

「えーと、そうだそうだ、お土産だ」

 

 そうそう、その話だった。なので目の前にお土産を引っ張り出した。

 

「だからとりあえず、何をするにしても絶対に手を抜かせられない、変な風に曲解できない願いを叶えて貰った」

 

 そう、それで頼んだのがお土産である。

 

 それは白く、美しく、そしてチャーミングな赤い瞳を持った、モフモフとした感触を持つ物だった。本来の1000分の1のサイズで再現されている姿は、全長およそ2メートル程度のサイズである。個人的に尻尾の部分を握るととても振り回しやすいこれは、

 

「1000分の1創造神クッション人形だ」

 

「1000分の1創造神クッション人形」

 

「抱き枕にもなる」

 

「主神の抱き枕」

 

 即ち、ルドちゃん人形である。要求した時、ハーモニットだけが爆笑してた。これに変な仕込みをするようであれば、確実にルドラサウムに対する不敬になるので、三超神の曲解担当とクソバランス担当は変に手を出す事が出来ずに、壊れない事と、そして汚れない事を、そして最強に抱いていて気持ちいいという機能性を持ち合わせた、理想のクッションだった。

 

 どこに持ち込んでも不足はない。

 

 しかも見てくれ、と言いながら尻尾を掴んで軽く振るった。レベルと《槌戦闘Lv3》が乗り、簡単にルドラサウムクッションの姿が音速を超えて空間を薙ぎ払った。

 

「《槌戦闘》技能が乗るからこれで戦える」

 

 壊れないし、音速を超えれば多少硬くてもその衝撃で殺せるし。そこまで速度が出てないと当たった時に気持ちが良いだけのクッションなのだが。だけどLv3技能で振るえば殺人兵器になる。たぶん、本来想定された使い方じゃないのだろうけど。

 

「今、この世で考えられるレベルで最高に不敬な行いのランキングを更新中なんだけど自覚ある?」

 

「個人的にこれで一級神を殴りに行ったらどういうリアクションを見せるのかが最近の興味にあるから、今度ALICEちゃんとのお茶会に持ち込もうと思うの」

 

「余りにも可哀想な事は止めなさいよ」

 

 がっはっはっは、と笑いながら胸を張って、クリスタルの森へと向かって歩き出す。その横にスラルが並び、苦笑しながらも脇腹に肘を叩き込んできた。

 

「なんだよ」

 

「……私にもそれ、使わせてよね」

 

「えー、今夜はこれ抱いて寝るの」

 

「……え、なにこれ凄いもふもふで柔らかい。ちょ、ちょっとだけ、今夜ちょっとだけ……」

 

「駄目駄目! 俺がこれを抱いて寝るんだよ! 絶対気持ちよく寝れるってばこれ!」

 

 逃げる様にゆっくりと走り出しながら振り返り、追いかけて来るスラルの姿を笑いながらルドちゃん人形を抱え、追いついてくるのを待って、軽く拳を叩き込まれるのを笑いながら受け止めて、そして二人で並んでクリスタルの森へと帰る。

 

 そう、帰るのだ。

 

 故郷へ。

 

 俺はもう―――この世界の住人なのだから。




 この話の間BGMはずっと我が栄光聞きつつ書いてた感じ。

 復活ッ! 馬鹿なノリとテンションで復活ッ! 精神力が回復したのでもう、色々と昔のノリに戻りつつノートの中身を見られたりルド人形の目が光ってドラゴン絶滅ビームって言うとなんかビーム出たり。

 大体苦しいの終わり。もっと強敵増やしつつそれを相手に暴れようぜ。


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746年 ペンシルカウ

 目が覚める。手と両足をルドちゃん人形に回す様に抱き着き、目が覚める。触っても抱いても乗っても気持ち良さを保証してくれるゴッド産クッション人形は実に優秀なもので、どんな場所でもこれを抱いて眠れば一瞬で快眠になる。実に素敵なクッションである。一度使えばルドラサウムちゃんの素敵なフォルムと感触にもう、メロメロ、これは主神信仰待ったなし! ハイパー不敬なのだろうが、お構いなしに日常的に運用している。

 

 しかも目が光る。

 

 それはそれとして、2メートルもあるルドちゃん人形はそれなりの大きさがあり、反対側からもう一人ぐらい抱き着くだけのスペースがあり、最近はハードワークを終えたらしいスラルが反対側から抱き着いてすやすやと眠っている。思えばこんな風に友達と一つのベッドをシェアして寝るのは割と珍しい事なのかもしれない。

 

 だが蹴る。俺のルドちゃんだ。

 

「ぐぅ……」

 

「えいえい。えい……よし、落ちたな」

 

 クッションから。そして眠りに。スラルを剥がしてクッションを独占した所で、跨る様に、しかしクッションを下にして倒れ込む様に、体を上に乗せる様にしたまま、クッションを魔法で自分諸共浮かべる。軽く自重で体がクッションの上部に食い込むが、柔らかくてふわふわするので気持ちが良い。これは人をダメにするルドラサウムだ。そう思いながらふわふわと浮かびながら指先を部屋のドアに向け、指をくるっと回せば、それに合わせてノブが回り、扉が開く。

 

 ドアの縁にぶつからない様に気を付けつつ、そのまま浮かんで外に出る。何時までもぐだぐだと眠っているのも悪くはないが、ペンシルカウに戻ってきて大分ぐだぐだしたので、そろそろ働くお時間である。欠伸を漏らしつつそろそろ起きるかぁ、と鋼の意思でルド人形から降りるのを拒否しつつ、従者の名を呼ぶ。

 

「るしあー。るしあー」

 

「はい、此方に」

 

「うぉっ」

 

 名前を呼んだら忍者の様な登場の仕方をした。流石にビビる。ルシアに《忍者Lv》技能ってあったっけ? まぁ、呪われたり神の気まぐれでここら辺の技能は生えたり減ったりする上に、ランス世界そのものが定期的にアップデートされているし、考えるだけ無駄だ。ところでこの世界に対するTADAパッチ適応まだですか。マグナムパッチも。まぁ、それはともあれ、音もなく影と共に出現した堕天使メイドという存在を見て、

 

「……堕天使メイド」

 

「はい」

 

「響きが蠱惑的だな……」

 

「そう、なのでしょうか……?」

 

「だってよく考えてみろ―――メイドで堕天使だぞ。追放された天使がメイドとして仕えているという事実はこれ、実質的にギャップ萌えなのではないだろうか」

 

 その言葉にロングスカート型、正統派のメイド衣装に身を包んだルシアは腕を組み、胸をそれで持ち上げつつ首を傾げ、頷いた。

 

「成程……しかしウル様、これでは堕天使っぽくありません。どうすれば堕天使っぽいでしょうか。これではただのメイド天使です」

 

「それもそうだな……今後の課題だな―――あ、朝風呂入りたい」

 

「では湯の準備をしておきますね」

 

 またルシアが消えた。すっかりメイドとしての姿が板についてしまった。これではケッセルリンクの事を全く笑えない。でも身の世話とかをやらせるときに、メイド服にさせるとしっくりくるんだよなぁ、と思う。ケッセルリンクに対抗して執事服でも着せてみるか? あぁ、でもそうすると倒錯趣味みたいな感じがして嫌だなぁ。堕天使たちの事は可愛いけど、そういう対象としては見れない。いや、まぁ、可愛いんだけど。

 

「ふいー……先に歯を磨くか」

 

 怠惰に暮らすコツとして重力制御で歯ブラシを動かせるので、ノータッチで歯を磨けたりするのだ。もう、ここまで来たら身を浄化したり清める魔法を開発したほうが楽なのでは? と思いつつ朝風呂に入る前の準備として、歯を磨いておく。

 

 

 

 

「あ゛ー……朝風呂サイコー……」

 

 元々、建築された時には風呂がなかったのだが、俺の屋敷だというのなら風呂場は必須である。そういう訳で室内ではあるものの、広い風呂場が我が家にはある。何時の間にか贅沢な暮らしをする様になったよなぁ、と思う。これで最初は全裸で森の中を暮らしていたというのだから笑える。

 

 風呂の縁に背中を預けつつ、手を伸ばして、指先に視線を向ける。その末端にまで神経が注がれている様な感覚がある。前よりも心と体が一致している感触がする。前よりももっと、自分の体を自分の体として感じられる。ストレスから解放されたことで、魂と肉体の一致が進んだのかもしれない。だいぶ女としての自覚、意識も進んできている。

 

 顔にお湯を叩きつける。

 

「GL746年かぁー……」

 

 大空洞でルドラサウムと語っていた時間はほぼ、200年近い。だいたい200年だ。それだけ天上で過ごしていた。あそこでは外へと視線を向けなければ、昼も夜も時間もないのと同じだ。気づけばそれだけの時間が過ぎ去っていた、という感覚だった。おかげでペンシルカウに戻ってきたら俺の墓石が存在してた。

 

 無論、蹴り飛ばして破壊してやったが。少し前までならいざ知らず、今じゃそこまで積極的には死のうとは思わない。世界が変動し、未来が待っている中で、ランス君の活躍を見るまでは死ねるか阿呆、という感じだった。俺が定期的に数百年姿を消すのは常識なのになぁ。

 

 ハンティとか割と行方不明になってぽっと出てくるし。

 

 まあ、そんな事よりも問題は、

 

「ガイが既に魔人化してるとはなぁー……」

 

 ガイが魔王ジルに勝負を挑むときは不明だったが、それでもそれはエターナルヒーローの活躍以降の話である。俺がルドラサウムとファントークをしている間にまさか襲撃しているとか、あの早漏少しは俺が帰ってくるのを待っててくれないのだろうか、イベント的に考えて。でも、まぁ、ガイがそうやって捕まっているならつまり数百年以内に魔王戦争へと向かって状況は動いているのだろう。

 

「GL1000年から4年間続く魔王との戦争かぁー」

 

「貴女、それはどうするの?」

 

「お、スラルちゃんおはよ」

 

「おはよう」

 

 風呂場に裸体を晒しながらスラルが入ってきた。女同士なので焦る事も驚く必要もないので、入ってきたところを確認してから、再び足を伸ばして、背中を縁に預けつつ息を吐いて、風呂を楽しむ。しかし、胸が大きいと勝った! って感じはある。それはともあれ、

 

「魔王戦争かぁ……まぁ、ジル次第かなぁ」

 

「会いに行くつもり?」

 

「おう」

 

 ジルには一回、会わなきゃならない。魔王戦争の前に。ジルがまだ正気かどうかは、俺には解らない。だがそれはそれとして、ジルには会わなければならない。魔王になって、延命の方法を探さず、それでいて願いを俺を助ける事に使った馬鹿な子に一発、叩き込んでやらないとならない。恨むなら俺を恨めと言ったのに、助けてどうするんだ、という話だ。

 

 ……それに魔王の継承に、前魔王が死ぬ必要はない。重要なのは【血の記憶】を次の魔王へと継承する事だ。だからジルに血を流させたうえでガイを次に魔王にすれば、ジルは魔王から解放されるだろう。そうすれば助けられる。俺を助けておいて助からないとかマジで許さんぞ、俺は。

 

「俺を助けた事を後悔させてやるぞ、あの馬鹿娘め」

 

「それ、私の台詞なんだけど」

 

「ごめん……」

 

 ほんとごめん。そう言葉を繰りながらどーしたもんか、と考える。というか、

 

「【ひつじNOTE】の中身見たんだろう?」

 

「あぁ、うん。先の事を知っても貴女の二の舞になりそうだから、検索魔法で必要な部分だけを抜いたけどね」

 

「また便利な魔法を作りやがって……」

 

「そう? 調べものとか書類の不備を探すのとかに便利よ」

 

 魔王の力でそんな魔法を生み出した事があるのはたぶん、スラルぐらいだと思う。まぁ、その有能な元魔王が今では友人という関係にあるのだから、世の中は不思議なものだ……うん、助けられて良かった。今では一切の後悔もなく、それを断言する事も出来る。やっぱり助けられて良かった。友達が減るのは辛いや。

 

 だからジルも、どうにかこう、

 

「良い感じにバッドエンドチョン避けハッピーゴールみたいな感じ決められないかな」

 

「難しい事を要求するわねー」

 

 そう言いながらスラルが体を洗い終わって、風呂の中に入ってきた。そのまま、膝を抱えて肩がくっつく様に座った。あ、これちょっと寂しがってたな、というのがなんとなく解る。だからそのまま座っておく。そして息を吐く。

 

「なんとかならない?」

 

「そもそもジル自身は魔王として朽ちるつもりだからね。どうしようもないと思うわよ」

 

「ぐぬぬぬ」

 

 どうせあの娘の事だ、人間牧場を経営した所で正気に戻ったとして、自分の犯した事の責任を取る為に魔王として最後まで貫く、とか考えていそうだ。アレで変に責任感が強いからまず間違いがないだろう。説得した所で恐らく無駄だと思う。それに【血の記憶】によって憎しみに飲まれているという可能性も十分にある。

 

「じゃあ、俺がジルを正気に戻して助ける」

 

「へぇ、断言するんだ」

 

「断言もするさ。もう、振り回されるのは終わりだ」

 

 俺の方が世界を思いっきり振り回してやるんだ。今度こそ、好き勝手やって生きよう。もう十分に抑圧されて、制限されて、考えながら生きてきたじゃないか。なんか、もう、考えるのも面倒なので好き勝手暴れたい。それだけ、それだけなのだ。もっとこの世界は楽しいのだ、それを存分にエンジョイして回りたいのも事実なのだし。そしてその楽しさをあの子にも教えなきゃいけない。俺が見捨てたからこそ、今度は助けなくては。

 

 まぁ、助けられるかどうかは確実ではないのだが。

 

 それに、恐らくほぼ確実にプランナーかローベン・パーンが嫌がらせで邪魔を入れてくると思う。少なくともあの三超神の糞を担当しているのはあまり、俺の事を良く思っていない。ルドラサウムに気に入られている? 俺だからこそセーフというものだ。後はハーモニットが何かしているのかもしれない。

 

 だけどあまり調子に乗り過ぎると、魂をぷち、っと潰されかねない。その事を想定して、あまり表で暴れ過ぎないように気を付けなくては。ルドラサウムから実質パスを貰ったのは良いとして、暴れすぎて三超神と敵対するようなルートは止めておきたい。あいつら、タダでさえ勝手に動いているんだから。

 

「やるぜ、俺はやるぜ。今までボケてたりした分、派手に暴れまわるぜ」

 

 やる気をみなぎらせ、これからはルドラサウムを楽しくさせる為でじゃなく、俺自身が誰よりもこの世界を楽しむために暴れるのだ。ふーはははー、と笑いながら風呂の中に肩まで浸かる様に沈んでいく。ぶくぶくぶく、と泡立てる様に息を風呂の中で吐き出し、口元を持ち上げると、

 

「ねぇ」

 

 と、スラルが声をかけてきた。その声になぁーに、と軽く言葉を返すと、

 

「本当に……続けるの?」

 

 その声には不安そうな色が見えた。それを笑い飛ばす様に、息を零しつつ、

 

「なぁに、このウル様にお任せよ。今までなんだかんだでどうにか―――」

 

「それ」

 

 そう言葉を零したスラルが逃げられない様に伸ばしている此方の腿の上に跨り、両手を伸ばして左右の縁を掴み、目の前に顔を寄せてきた。

 

「本気で言ってるつもり?」

 

「おう。俺様が全部どうにかするさ。まぁ、見てなって」

 

 ニヤリ、と笑って目の前に迫るスラルの表情を見た。不安そうな、心配そうな、少し、泣きそうな表情をしている。その表情を見て、ちょっとだけ笑い声を零してしまった。不謹慎かもしれないけど、あの頃、魔王だった頃の不安そうな少女の、死を恐れていた時のスラルと全く変わっていない様な、そんな気がした。

 

 だからふと、普通に笑みを零した。

 

「大丈夫だって、心配性だなぁ」

 

「私だけ、置いて行かれるのは嫌よ?」

 

「もう、スラルちゃんはかわいいなぁ!」

 

 ははは、と笑いながら腰に手を回して、抱きしめながら笑う。

 

「ちょっと! 私これでも結構真面目なのよ?」

 

「真面目だからこそだよ、スラルちゃん。この世界はどうしようもなく救いようがなくても、希望だけは僅かに見えているんだ」

 

 だから自分から動かなくてはならない。自分たちから動き出そう。その1歩1歩が、俺達の未来を変えて行く。少なくともその許可は、そして保証はあるのだ。だとしたら動かないだけ損だ。別に、俺がご都合主義のハッピーエンドを信じている訳じゃない。それでも今までが絶望的過ぎたのだ。

 

 だったら希望を自分から作っていきたい―――そう思わないだろうか?

 

「その為なら畜生でも外道でも鬼畜でも、なんでもいいや。楽しもうぜ、スラルちゃん。この世の中、もっともっと楽しめる筈なんだ。魔王戦争、聖魔教団、魔人戦争、リーザス侵攻、ゼス崩壊、戦国JAPAN、ヘルマン革命―――どれも楽しそうだろう? 遊ばないだけ損だぜ、損」

 

「貴女って本当に、もう……」

 

「はっはっはっは」

 

 俺の本質がドラゴンなのだ。カラーよりはドラゴンに近い感性を保持している。特に今、心と体が一致してきた中では。だからちょっと、アーパー入っているかもしれないのだろう。だがそれはそれとして、楽しい。

 

 生きている事は楽しいんだ。

 

 ここから、更にそれは楽しくなるのだ。

 

 だとしたらもう、絶望している暇なんてない。ここからは俺の物語の出番なのだ。好き放題暴れて、楽しんで、そして生きていく。それだけの問題だ。心配するのも、不安に思うのも解る。だけど、許してほしい。

 

 今、超楽しいのだから。

 

「……」

 

 考える様に数秒、スラルは目を閉じてから、溜息を吐いた。

 

「もぉ、ほんと、なんでこんなのに助けられたのかしら、私……」

 

「そらお前、俺を友達だって呼んだことを一生後悔させてやるからな、お前。これからずっとずっと、俺の騒ぎに巻き込まれて溜息を吐き続ける仕事が待ってるんだよ」

 

「地味に酷いわね」

 

 でも、と声を零した。

 

「悪くはないわね。被害はガルティアとケッセルリンクに投げつければいいし」

 

「鬼かお前」

 

「残念、悪魔よ」

 

 そう言ってスラルも笑った。うん―――魔王時代は見れなかった笑顔だ。そうやって笑っている方が、本当に少女らしくて良いと思う。泣きそうな表情や、不安そうな表情、怖がっている表情よりも、こういう表情の方が遥かに良いと思う。きっと、ルドラサウムだってそれを遠い未来に、解ってくれる筈だ。なぜならあの子は既に冒険を理解しているのだから。後はその先、もう一歩先を学べばいい筈だ。

 

 だから、まぁ、何とかなるだろう。

 

 もう自殺したいとは思ってないし。万全の準備を整えて挑めばいい。ナイチサの時の様な、ワンサイドゲームにはしない。その為には鈍った体を調整し、レベルを上げる必要もあるだろう。それが終わったら―――やはり、魔王城に突撃だ。

 

「ま、それは……許してあげる」

 

 それはそれとして、とスラルが声を零す。

 

「これ、なに」

 

 スラルが此方の手に視線を向けている。先ほどまで腰を抱いていた奴だが、今ではスラルのケツを軽く揉んでた。いや、手が滑っただけなのだ。下の方に。ただその時に、ちょっと、というか、なんというか、

 

「小さくすべすべしてるなぁ、って」

 

「胸みたいに?」

 

「胸みたいに」

 

 頬にビンタが入った。

 

「この、駄肉をぶら下げて……!」

 

「そう僻むなよ持たざる者よぉ!」

 

「何が持たざる者、よ! 禁呪で小さくしてやろうかしら!」

 

「やってみろよ! 男体化する前のケッセルリンクより貧乳のスラルちゃんよ!」

 

 がー、と声を零しながらスラルが両手で襲い掛かってきた。それを風呂の中で笑いながら交わしつつ、何とか受け流そうとするも、マウントを取られて中々逃げられない為、風呂の中で湯がバシャバシャと跳ねまわり、

 

「ウル様! スラル様!! 風呂の!! 中で!! はしゃぐのは!! 禁止です!!」

 

 外側からルシアの声によって怒られた。先ほどの空気を吹っ飛ばすために仕掛けた茶番の様なものだったが、スラルもそれに乗ってきて、怒られてからは風呂に上向きになる様に浮かびつつ、小さく笑い声を零す。

 

 今まで、凄く人生を送ってきた。ある意味、生きるということに対して失礼だったかもしれない。だけど、それはもう止めだ。これからは楽しく生きる。そう決めた。そしてその為には一切手加減しない事も。漸く、本当の意味でこの体で世界を楽しめそうなのだから。

 

「あ、そうそう、ウル」

 

「なに、スラルちゃん」

 

 上半身を浮かぶ此方の体の上に乗せるようにしながら、顔を近づけた。

 

「次からそういう不用意なスキンシップとったら、襲っても良いってとるから」

 

「えっ」

 

「私、バイよ」

 

 ここ1000年で驚きの新情報である。へぇー……と声を零しながら、まだむーりー、と声を更に零し、息を吸ってそのままぶくぶくと風呂の中へと沈んで行く。でもどうなのだろうか? もう体はそういう事に適応できるようになったのだろうか? 今まではどう足掻いても感じる事が出来なかった体だった。だけど自然とそういうアクションを取るのは、

 

 心と体が合致してから、感じられる様になったからだろうか?

 

「ぶくぶくぶく……」

 

 沈みながら、初めて、自分の性事情に関して考え始める。

 

 そこらへん、どーなんだろ。




 親友がバイだった件。

 心が癒えて体としっくりと来るようになってきた。そして色々と考えつつ、自分の事も考える。未来に前向きになってきた感じが段々とある感じで。スラルちゃん可愛いなぁ……一緒のベッドでルドぐるみを抱きつつスヤァする幸せ。

 ルドぐるみを浮かべてその上に座ったり、上でぐったりしつつ移動するのがウル様のマイブーム。偶に扉の上に頭ぶつけてる。


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780年 ペンシルカウ

 当然の様に身体能力に種族差の概念が存在する様に、

 

 レベルにも種族による違いがある。今更という話でもある。人間はこのレベルアップが非常に簡単だ。割と簡単にレベルが上がる様になっている。これはレベルが上がれば上がるほど難しくなってくるのだが、それでも強敵との戦いや手合わせ、訓練などによってレベルが上がる。多くの種族の中でも、人間が一番レベルの上がりやすい存在でもあるのだ。だがそれだけではなく、この世界にはレベルダウンの概念もある。つまり鍛錬をサボっていると弱くなるのだ。どれだけ強くても、定期的に経験値を獲得していないとレベルが下がってしまうのだ。その為、適度な訓練が定期的に、レベルの維持には必要だったりする。人間はレベルが上がりやすい分、このレベルダウンも割と早い。数か月で60まで上がったレベルが10まで下がるというのがありえるからだ。

 

 このレベルの上がりやすさ、下がりやすさというのは当然、自分、ドラゴン・カラーにも存在する。そしてドラゴンの様に種族値、或いは身体能力が非常に高い生物に関してはこのレベルの上がりやすさがかなり厳しく設定されている。当然なのだが、種族的に強い生物が簡単にレベルを上げてしまったら、それだけ能力がインフレしてしまうという問題がある。

 

 創作ではこのインフレしたりオーバーフローした数値で神様に勝てるような夢のある展開があるが、この世界にそんなものはない。レベルというシステムに縛られている時点で、まぁ、二級神はどうにかなるだろう。実際、マギーホアがタイマンで二級神とタメを張っているし。もうこの時点で色々と生物としては超越した領域にあったりするのだが、これが生物の限界だ。そもそも数値という縛りの向こう側に存在する一級神や三超神になると、世界の生物である時点で絶対に勝てない様なもんである。

 

 ―――脱線した。

 

 ともあれ、レベルという概念が重要なのである。これが高ければ、大体、神以外の生物はどうにかなる。たまーに女性だけをレベル関係なく虐殺する嫌がらせの様な生物が存在していたりするのだが、それを抜きにすればレベルは暴力である。故に、強敵と戦うのであればレベルを最大限上げていく事が基本である。

 

 ここでドラゴン・カラーという生物の話をしよう。

 

 肉体はヒューマン・カラーだが、そのベースとなっているのはドラゴンだ。その為、俺もハンティもレベル上げにはかなり苦労するし、数十年サボった所でレベルが大きく下がる事はない。だがレベルを上げるのが下がること以上に大変であり、種族的に強いゆえに雑魚を倒してもほとんど強くなれず、格上の存在と戦い続けるのが難しい。

 

 LPにおいてハンティ・カラーという女が才能限界が1000もあると言われているのに、レベルが100すら超えていないのは、純粋に環境の問題である。ヘルマンではどう足掻いてもレベル60以下の人類しか存在しないし、それ以上の敵を求めるなら魔人ぐらいしか戦えず、それも絶対に死ぬ戦いになってくる。つまり、自分よりも格が上で、鍛錬に付き合ってくれる存在がレベルが高くなればなるほどいなくなる。そしてレベルの上がり辛いドラゴン・カラーという種族にとって、これは非常に難しい話である。どうやってレベルを確保するの?

 

 それを基本的に、マギーホアと戦い、経験を積んで鍛錬して貰う事で自分は補う方法を編み出した。

 

 そう、レベリングである。これは《決戦》における魔王の子供たちのレベリング手段を軽くパクった方法であり、純粋な技量や熟練度、経験が追いついてこない代わりにレベルだけを大幅にブーストするような手段であり、それだけを目的にした様な訓練でもあるのだ。とはいえ、マギーズブートキャンプを利用しても即座にレベルが上昇するという訳ではないのだ。ドラゴン・カラーという種族は滅茶苦茶レベルの上がり辛い種族である。その為、1から100までは比較的に早く、ブートキャンプでも上がる。

 

 だけど100レベルを超えると話が変わってくる。レベル400を超えているマギーホアを相手にブートキャンプを行っても、この領域になるとレベルがあがる速度が一気に失速し、1年に1レベル上がるというペースにまで落ちるのだ。そしてこれが150付近からは更に失速する。ただ、まだヒューマン・カラーの姿をしているだけ、俺はまだマシな方だと言っても良い。

 

 ドラゴン連中はもう100年に1レベル上がるとか、そういう領域だったりする。マギーホアに関しては今では1000年に1レベル上がれば調子が良いと言っているし。

 

 そういう訳もあり、

 

「マッハ様、今レベルいくつだっけ?」

 

「125ですな。うーむ、この人類を軽く超越したレベル。担当レベル神としては実に誇らしい事ですなぁ」

 

「だけどこれじゃ足りないんだよなぁ」

 

 ルドラサウム人形―――通称ルドぐるみを片手で全力でスイングしつつ、自分のレベルを確認した。125、まだ1年で1レベル上がる範囲だ。780年現在、このままのペースでレベルを上げていけば、800年には145レベル、900年には200レベルを狙えるラインだろうか……? ドラゴン・カラーとして優秀な身体能力と魔力を有しているので、同じレベルの人間よりも遥かに高いスペックを誇っている分、人間と戦う分には俺が有利だ。

 

 だが根本的なスペックが狂っている魔人連中、それも100レベルを超える連中と戦う場合を想定したら、200レベルはないと安心できないのも事実だ。魔王戦争までには250レベル、300レベルを目指したい話だ。だが経験値の入りが昔の時代よりも悪くなっている気がする。たぶん、レベルアップの必要経験値周りにどっかでエラッタ入ったな? と思っている。

 

 ルドぐるみをスイングしつつ、感触を確かめ、手にそれを馴染ませていく。感触はふわふわもふもふで、間違っても武器に使えるようなもんじゃないが、元々化け物染みたスペックを持つこの肉体を組み合わせれば、音速を超える事が出来れば大体何を握っても鈍器として立派に稼働する。問題は音速で振るいながらの魔力とLv3技能の破壊力に耐えられる装備品がない、というだけの事実で。神造の人形であるルドぐるみは見事、その要望に叶えてくれる。数百年、或いは千年という時間をかけて、モーデルの様な領域に到達したいと思う。

 

「まぁ、しばらくはマギーズブートキャンプにお世話だなぁ……少なくとも180はないと逃げ出せないし、ジルに会うのはそれだけレベルを取り戻してからになる、かな」

 

 まぁ、最低限それぐらいないと逃げ出すのは無理だろう。ゲートコネクトの構成は覚えているから、今の正気な俺の脳味噌であれば、妨害で術式解体ぐらいはできるし。そう簡単には捕まらない……ソロじゃなければ。まぁ、誰かしら誘う必要は実際にはあるのだが、これ。

 

 ともあれ、

 

 ペンシルカウに復帰してから、毎日翔竜山に通いながらレベリングを行う。毎日ちゃんと翔竜山でマギーホアと戦わなければレベルが全く上がらないので仕方がない話でもあるのだが、翔竜山の馬鹿どもは遊びに行く度に楽しそうに迎えてくれるから、こっちも楽しくなってしまう。そういう感じでレベルを上げている今、なんとか200年間ルドラサウムとお話ししていた分のブランクを埋めていた。マギーホアと鍛錬する1日の時間は決まっている。それ以上やると明らかにオーバーワークで体を壊すからだ。そういう事情で直ぐにレベルを上げられない部分もあるのだ。

 

 だから終われば屋敷の裏の自分の庭で魔法や技術研究を行っている。

 

 ここ数千年はずっと魔法研究ばかりだったので、魔法メインのジル等の魔王には勝てないのを察しているので、最近は技術研究をメインにしている。つまりルドぐるみをどれだけ上手く使える様になるか、という話であるのだが、

 

 思い出した事だ。

 

「あ、そうだマッハ様マッハ様、これ見てて見てて。最高にクレイジーな魔法を生み出したから」

 

「ほほう、またなんか頭がおかしいのを生み出したのであるな? 見せてみると良い」

 

 言ったな? 言ったなお前?

 

 屋敷の裏手の庭、広いスペースは足元が倒れても平気なように整備されている。正面、その大地へと向かって、むむむ、と片手を突き出しつつ、《メギンギョルズ》に蓄え込んだエネルギーを解放する。

 

「《神光》……!」

 

 空から光が横薙ぎに払われた。それによって一直線の線が大地に刻まれ、そこから光る炎が燃え上がった。それを放ってからドヤ顔をマッハに突きつけたら、

 

「没収」

 

「あぁん」

 

 蓄えたエネルギーを没収された。頬を膨らましぶーぶーと鳴いてマッハに対して抗議を送るが、滅茶苦茶呆れた表情と恐る恐るという表情で、マッハが此方に視線を向けていた。

 

「何故ルドラサウム様の神光なんてものを放っているんだ貴様は……?」

 

「マッハ様、素。素になってる。いや、ほら、200年間話している間にちょっとずつラサウムの真似してパクってた」

 

「この大陸でもっともクレイジーな生き物には認定するが、当然の没収だ」

 

「そんなー」

 

「恐らくこの大陸の上で、最も《無敵結界》を破る手段を与えてならぬのは貴様とマギーホアだからな。絶対に渡さんぞ」

 

 あ、やっぱり意図的に《無敵結界》破る手段を此方に流してこなかったんだ。だがそう言われると何とか突破する方法を編み出したくなる。そう、Lv3技能があればあの糞性能の結界でさえ何とか突破できる可能性があるのだ。それを夢見てどうにかするしかない。幸い、新しく絶対に壊れない鈍器を手に入れたのだ、これを活用すれば現実的なラインなのだ。

 

 だからルドぐるみの尻尾を掴んで、隻腕で全力スイングする。

 

「ルドストライク! ルドアタック! ルド人類絶滅フラッシュ!」

 

「うーん、大陸が消し飛びそうなネーミング」

 

 しかも最後には魔法ギミックを組み込んだので、ちゃんと目が光ってフラッシュする。やっている事は単純に《見える見える》をルドぐるみを起点に遠隔起動しているだけなのだが。実際に絶滅フラッシュしている訳ではないのだ、残念ながら。

 

「この俺様の筋力と技術を振るっても壊れないルドぐるみは最高だなぁ!」

 

「この不敬・オブ・不敬」

 

 この大陸史上、最も主神をネタにしている女として永劫語り継いでほしい。まぁ、そもそもメインプレイヤーでルドラサウムの事を知っているのは自分だけなのだから、他の誰かがネタにする事は出来ない。あぁ、そういえば知っているのは今ではホ・ラガもいるなぁ、と思い出す。アイツ、どうしてるんだろうか? エターナルヒーローはブリティシュが魔人化、他の連中に関しては散り散りになったらしいが。

 

「気になるのであるか?」

 

「あ、再びキャラ被った」

 

 マッハーモニット状態から再びマッハに戻って、指摘してみるがガン無視される。ちょっとショックだなぁ、と思いながら考える。エターナルヒーロー。全知のホ・ラガ、そして唯一人類でも《無敵結界》を突破できる手段として存在する【魔剣カオス】と【聖刀日光】、それはエターナルヒーローであるカオスと日光が魔人を討伐する手段を求めた結果、プランナーによって変えられた姿である。

 

 【魔剣カオス】に関しては既に確認されている。今では魔人になってしまったが、魔法戦士であったガイがジルと戦う為に手に取った武器がカオスだったからだ。そしてそれを今も握っている事をケッセルリンクを通じて教えて貰っている。

 

 というか最近、ケッセルリンクに会いに行ったら妙に優しくされてしまった。何が原因なのだろうか……?

 

「……うーん、エタヒの連中共、ちっと気になるな……」

 

「正史の通り進むのであれば、確かホ・ラガは豪雪地帯に塔を立てて住まい、カオスは魔人ガイの手元に、日光は後の勇者の手元に、そしてカフェは美貌を与えられてひたすら犯され続けてる、であるな」

 

「まぁ、同情はするけど己の欲望を抑えられない人類が悪いね」

 

「欲望で溢れているカラーが何か言ってるであるなぁ!」

 

 マッハ、なんか妙に辛辣じゃない? ルドラサウムと謁見してからなんか容赦なくなってない? きっと気のせいだよね、と処理しつつ、うっし、と声を零した。

 

「日光だけ回収するか」

 

「ほう、勇者の件はどうするのだ?」

 

「アレフを信じる」

 

 エスクードソードの中に封印された、ナイチサ討伐の勇者を。【ひつじNOTE】を確認してしまえば、勇者の名前が正史とは違う。つまり俺が表側の世界で暴れた結果、生まれてくる人間と役割が変わってしまった、という事だ。こういうケースがこの先あるのかもしれない。だがそれを恐れていては何も行動できない。だから自分の積み重ねた事を信じて、日光は此方で回収してしまおう。

 

「信じる、都合の良い言葉ではあるが、逆に言えば盲目になるという事でもあるなぁ……」

 

 此方の言葉に、楽しそうにマッハは笑ってから、姿をゆっくりと消していく。

 

「だが我輩は、個人としては味方であるぞ。何せ、これほど間近で見ていて楽しいメインプレイヤーも少ないのでな」

 

「まぁ、俺も飽きない人生をこれからは送っていくつもりだから、チャンネルは変えないでね」

 

「うむ―――目を離している内にまたゴッドフラッシュでもされたらたまらないのである」

 

 クッソ、もう目を盗んで神光を盗む事も出来ないか。ルドラサウムが駄目なら今度はALICE辺りからパクろうかと考えていたが、この様子、間違いなく没収される流れだ。この際、神光を上位神から盗むのは諦めよう。

 

 だって、ほら、ラ・バスワルドいるし。ボコって何とか力奪う事出来ないだろうか? でもこういう力を奪って、共有したり、繋がりを作る術ってのは大体体液の交換とかが必要なので、セックス前提の術だったりするので、自分とは相性が悪かったりする。まぁ、エネルギーを盗んで溜め込むだけでも可能なのだ。何とかなるだろう。

 

 それに日光が回収できれば、考えなくても良い。

 

 とはいえ、自分を究極竜という名前をモデルにネーミングしたのだ。

 

「こう、凄い光魔法とか、隕石とか一度でいいから落としてみたいよなぁ……家サイズの岩を持ち上げて叩きつけるぐらいなら余裕なんだけどなぁ……」

 

 でもそれ、魔法じゃないし。困った話である。

 

 とはいえ―――人生が段々と楽しくなってきた。900年まではレベリングに集中して、それが終わったら日光の回収を考えれば良いだろう。そうすれば魔人や魔王に対する攻撃手段にもなる。《無敵結界》が存在する限りは何も通じない。僅かな可能性を生み出す為にも、結界を破壊できる武器や手段は必要である。

 

 ふぅ、と息を吐き、ルドぐるみの上に横乗りする。

 

「待ってろよ、ジル。顔面にハッピーエンドを叩きつけてやるからな」

 

 その為にも鍛錬を続ける。

 

 日々の努力は今まで、裏切った事がなかった故に。




 次回から冒険再開。ジルを助ける為のアイテムを集めよう。名前だけでまだ出現していなかった新キャラも出るぞ。

 ウル様で性的な行為があるか? って言われると本人が一番躊躇というかヘタレているので、身辺落ち着くまでそういう事は余り考えないかもしれない。初エロまであと一体どれだけ時間がかかるのだろうか、

 そう思いつつルドぐるみの背に乗って冒険よー。


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900年 冒険

「そんじゃ、ちょっくら冒険に数十年出てくるから、勝手に死亡扱いにするなよ」

 

「えーと、その……大丈夫……なのですか?」

 

「留守の間はお任せください」

 

「しっかりとウル様のベッドは私が守りますね!」

 

「アステルの魔の手からベッドルームをお守りします」

 

「失せろレズ共、どれだけアピールしても俺には無駄だぞ」

 

 アステルの顔面をアイアンクローで捕まえて挟むが、苦しそうな幸せそうな声を放っているから、このMレズ娘には何をしても無駄なような気がする。そう思いながら今の執政官であるエア・カラーに対してしっかりと、俺が死なないという事を教えておく。帰って来てまた墓石に蹴りを入れなくてはならない事だけは勘弁して欲しい。まぁ、そういう訳で再び冒険に出る準備を整えていた。というか整え終わっていた。

 

 服装も旅装に着替え、ジーパンにビキニのトップス、その上から半袖と腰までの茶色のジャケット、という着慣れた格好だった。上半身の露出がやや多いかもしれないが、風を感じられる格好の方が好みなのでこれでいいのだ。何時も通り首から下げているゴーグルもそこにある。その上で浮かべているルドぐるみの横に乗る様に座り、横から足をだらーん、とぶら下げる形で浮かんでいる。腰のポーチも度重なる改良で内部が拡張されており、色々と突っ込んである。旅、そして冒険に必要な物は全部揃えてある。

 

「とりあえずGL990年までには絶対に戻ってくるから。それまで屋敷の管理宜しくな」

 

「解りました。お帰りをお待ちしております、ウル様」

 

 俺が本当に死んだ場合、スラルを通して連絡がこっちに来るだろうし、一々後の事を考える必要もない。そういう訳で、さっさとルドぐるみを浮かばせて、そのままペンシルカウを去る。ゴーグルを装着して目に入る風を避けつつ、心地よい風を受け、前そうしたように北へと向かって飛翔する。

 

 最初に向かう場所は決めていた。

 

 ホ・ラガを探しに行くのだ。未来においては豪雪地帯に塔を構え、そこに引きこもっているのがホ・ラガだ。故に其方へと探索に向かう。無論、翔竜山を通り過ぎる辺りで馬鹿トカゲ共に中指を突きつけて行くのを忘れない。それだけで結構はしゃぐ馬鹿な連中で、途中まで飛んでついてくる。その姿をルドぐるみの背に腰かけた状態で眺めつつ、そのまま翔竜山を囲むクリスタルの森を抜けて北へと向かう。

 

 相変わらず鬼の様に寒いこの地域に入ったら魔法を使って体を温めつつ、降り注ぐ雪をゴーグルと、シールドを張る事で遮断する。そしてそんな環境でも一切影響なく、新品同然のふわふわもふもふを維持するルドぐるみは流石創造神の産物である、としか言えなかった。おかげで飛行したまま眠れそうだよなぁ、と思う。

 

 そんな事を考えつつ北方の寒冷地帯を抜ける。まだヘルマンという国家が出来る前なんだよなぁ、と思いながら飛翔し、変わりゆく大地を眺めながらそのまま北方の豪雪地帯に入る。ここにはホルスの戦艦も存在していたりするが、個人的な縁のない場所でもある為、近づく事はしていない。

 

「おー、冬将軍だ。そういやいたな」

 

 豪雪地帯に存在する魔物の一種だ。此方には気付いていないので、経験値を貰う為に上から重力球を叩き込んで圧殺しておく。消し潰れた冬将軍の姿を確認してからそのまま飛翔する。豪雪地帯の吹雪はそれはもう、激しいものだが、重力と風による二重の障壁を重ねればそれだけマシになる。それでも視界は悪いので、それだけはどうしようもない。吹雪いている間に来たのはちょっとした失敗だったかもしれない。

 

「まぁ、平気なんじゃけどね!」

 

 この程度で止められるウル様ではないのだ。

 

 熱の魔法をちょっとだけ出力を上げつつ、そのままルドぐるみの背に乗って豪雪地帯の空を飛び回る。地上ルートであれば間違いなく遭難、地獄を見る様な場所ではあるのだが、寒さに耐性を持ったドラゴンで、それも飛行しているのであれば、そこまで辛い環境ではなくなる。空から探せば大抵の生物や地形の影響は受けない上に、魔法で吹雪から身を守れるからだ。

 

 そういう訳で、ホ・ラガ探しが始まる。恐らく、誰かを探す上で一番楽な方法でもある。もし、正史通りに進んだのであれば、ホ・ラガは神に全知を求め、そしてその結果絶望して不老不死のまま、永遠に人界から自分を隔離して生き続けるだけの存在となっているだろう。つまり、日光の在処も知っている筈なのだ。故にホ・ラガから話を聞けば探すという手間もなくなる。ショートカットである。

 

 そのつもりでホ・ラガを探し始める。

 

「―――見つからん。あのホモどこに隠れやがった」

 

 だが見つからない。豪雪地帯を西から東へと渡って、時折ケーちゃんのジョバ芸を見る為だけにルドぐるみでテロしに行くが、それでもホ・ラガは見つからない。更に1年、念入りに豪雪地帯を探すが、解ったのはホ・ラガの魔法と痕跡はあるものの、肝心の塔が見えないという事実だった。それを理解した事で、《ゲートコネクト》を応用した空間探査魔法を放てば、

 

 異界にホ・ラガが一時的に避難しているのが解った。塔と自分の位相をズラす事によって、俺が届かない領域に逃げたのだ。流石全知の《魔法Lv3》である。やろうと思えば大体なんでもできる。

 

 あのホモめ、俺から逃げやがった。この俺が許すと思うなよお前。

 

 心の中で強くルドストライクを顔面に叩き込んでやる事を硬く誓った所で、ホ・ラガを使った日光探索を行う事を諦めた。探査術式は行えるが、異界への接続等に関する魔法に関しては、根本的にレベル不足の問題だ。魔王クラスの魔力があればLv2でもどうにかなるかもしれないが、基本的に異界関係の魔法はLv3の特権だ。手を出せる領域にはない。となると、ホ・ラガは諦める必要がある。

 

 となると、別の方法で探す必要が出て来る。

 

 日光の確保は絶対だ。一発叩き込んで《無敵結界》を破壊してから武器を切り替えて良し、或いは《剣戦闘Lv2》辺りを持つ奴に持たせて、戦闘運用するのも良し。どちらにしろ、魔人戦力と正面からぶつかる時、日光がないと戦うというステージに上がる事さえ出来ない。カオスを持つガイと、日光が勇者に流れ着く運命を信じてもいい。だがそれよりも、自分から動く方が遥かに面白いに決まっている。

 

 故にホ・ラガを諦めてから豪雪地帯を抜ける。

 

 俺がプランナーだったら、絶対にカオスや日光がメインプレイヤーの下に流れ着く様にするだろう。なぜならそれは《無敵結界》を破る唯一の手段なのだ。ここで探すのにスラルの手を借りるという手もある。というかその方が恐らく、手っ取り早いだろう。なぜならそういう探す事に関して物凄い能力を発揮できるのが彼女だからだ。

 

 とはいえ、一々頼っていては対等な友人とは言い辛いし、困った時に頼るだけにしておきたい。

 

 そういう訳で豪雪地帯を抜けて、東へと向かう事にした。

 

 即ち、JAPANである。

 

 刀ならJAPANにあるだろう、という滅茶苦茶安易な考えであった。それに時間はなんだかんだで89年もある。そこまで焦る必要はない。そういう訳で進路を真っ直ぐ東へ、天満橋の方へと向かって飛翔する事にした。

 

 

 

 

「昔から賑わってんなぁ、ここは」

 

 天満橋へと久しぶりにやってくると、相変わらずの賑わいが天満橋では見られた。ルドぐるみに腰掛けながらふよふよと浮かびつつゆっくりと天満橋の前に広がっている、小規模の歓楽街に入って行く。人類の暗黒期のさなか、この天満橋だけは旧時代の様な繁栄を見せている姿は、ちょっと不思議だった。装着しているゴーグルを引きずり降ろして首に装着しつつ、周辺を眺める。昔、ハンティと来た頃よりも賑わっている様な気がする。

 

 周囲を見渡し、どっかに見た事のある顔がねぇかなぁ、と思いながら姿を探せば、

 

「お、こりゃ懐かしい顔じゃねぇの」

 

「お? おぉ! お前まだ生きてたのか!」

 

 声に導かれる様に視線を向ければ、昔天満橋に来た時やっていた、浴衣を購入した露店がまだそこにあった。店主の姿も変わらず、片腕だけはだけた着物姿を見せていた。片手でキセルを抑えつつ座り込んでいる姿は、昔からまるで老けていないのが解る。

 

「いやぁ、久しぶりだねぇ、藤原の時代からだからざっと1000年ぐらいか」

 

「ここまで長生きする人の子は―――あー、いや、やめておくか」

 

「そうそう、野暮ってなもんよ。俺は謎のJAPAN人、姉ちゃんは謎の長生きカラー。それでいいじゃねぇの」

 

 まぁ、それでいいだろう。正体はなんとなくだが察せたし。ルドラサウムと恐らく、一番長い時間を接したプレイヤーだからこそ、感じられるものもある。だからこれ以上は良いだろう。それよりも、と、座ったまま店主に近づく。

 

「俺が知っている頃の天満橋よりも発展している様に見えるんだけど、どーなってんだこれ」

 

「ん? あぁ、1回はGLに入って色々ぶっ壊されたけどな、今のこの天満橋そのものが魔人の領地ってもんよ」

 

 知ってるか、と店主は聞いてくる。

 

「剣豪魔人ムサシ、ってんだけどよ」

 

「あー、知ってる知ってる」

 

 俺が横流しした魔血魂で生まれた魔人だし。まさか横流しした魔血魂で、更にJAPANが苦しむとは思いもしなかったけどね。だけど天満橋を見ている限り、結構ここら辺は発展しているのではないだろうか? と思えていた。少なくとも、人間牧場の様な陰鬱さがここにはなかった。

 

 確か魔人ムサシは武芸者などと戦う事を至上とし、その上で女子供には手を出さない魔人らしい。その上で黒部とも戦っている。その余波で県が一つ潰れたりするも、積極的に人類という存在へは敵対しない魔人という話だった。

 

「で、えーと、魔人ムサシがどうした?」

 

「いや、ここらの温泉を気に入って、守ってくれてんだよ。ただ飯ただ酒、後は温泉。それ以外は大陸とJAPANの移動を禁止しているだけで、天満橋で商売やっている分には目溢ししてくれてんだよ、ムサシ」

 

「へぇー……」

 

 ジルは魔人ムサシに対して何も言わないのだろうか? 正史に存在していない魔人である分、行動原理や対応みたいなもんが不明だ。だからちょっと興味がある。純粋に強さだけを求める魔人。

 

 ……ケーちゃんみたいだなぁ、とは思わなくもない。

 

 あぁ、だが似たようなジャンルにまだいないけど魔人カイトもいたな、と思い出す。

 

「まぁ、その代わりJAPANから出ようとする武士や大陸から逃げ込もうとする戦士とか皆殺しにされているけどな。JAPANもJAPANで、実力のある奴はムサシに殺されまくってるから、抵抗できるようなやつも残ってねぇ。だけど強い奴が育ってないと、ムサシの相手が出来るようなやつが育ってないと黒部から自衛する為の魔人が居なくなるからな。必死に子供を産んで、それを修羅に育てて、それをムサシと戦わせているってのが今のJAPAN……主にこっち方面の現状だな」

 

「修羅道かよ」

 

「間違ってはねぇわ」

 

 日本でもJAPANでも、九州方面は修羅道になるのが歴史の流れという奴なのだろうか……。史実よりもJAPANの魔境具合これ、上がってないだろうか? 大丈夫かなぁ、未来。そう思いつつもちょっとだけ、その魔人ムサシと言うのに興味が出てきた。武芸者殺しの魔人。ちょっと、戦ってみたい欲がある。噂によれば何でも、人間と戦う時は常に《無敵結界》を外しているとの事だし。

 

 と、そうやって謎のJAPAN人と魔人の話をしていると、天満橋の方から歓声が聞こえて来る。どうやら、何らかのイベントが発生しているらしい。

 

「お、丁度良かったな……決闘が見れそうだぜ」

 

 促される様に天満橋の上へと視線を向ける。

 

 そこには編み笠を被り、袴姿の浪人の様な恰好をした男の姿が見える。編み笠の下から伸びる髪はだらしなく伸びており、闇に溶けそうな蒼色をしている。腰には刀を数本差しており、その向こう側に相対するのは、甲冑に大太刀を装着した武士だった。

 

 その構え、体の軸のブレなさ、そしてゆっくりと動く体の流れ、それがレベルではなく技量を積んでいる人間の物だというのが解る。甲冑で表情が見えないが、年齢は……二十代ぐらいか? 若い。それを魔人ムサシは正面から相対する。刀に片手を置き、抜刀居合を放てる型を保っている。

 

「世界観違くない?」

 

「これがJAPANが数百年蟲毒で魔人を殺す為に鍛え上げた結果だよ」

 

「レベルじゃなくて技量で殺そうとしてるよこの人たち……」

 

 少し見てない内に何があったの? と思いながら眺めれば、ムサシが動いた。対応する様に武士も前に飛び出した。素早く踏み込んだムサシの斬撃が完全に入ったように見えて―――武士が片腕の甲冑で刀を受け、僅かに食い込む前に体を滑らせながら、刃を甲冑の側面で受け流して行く。体を下げながら刀を甲冑に滑らせ、

 

 そのまま大太刀を下から差し込む様に流し上げる。

 

「なんだぁアレェ……レベルがたけぇ」

 

「今回のは活きが良いのが来たな」

 

 と、跳ね上げられた大太刀の上に足を乗せた。それで体重を乗せて振り上げを回避した。その反応に二人が同時に武器を手放した。

 

 ほぼゼロ距離、神速の居合合戦が始まる。

 

 武士も魔人も、第二の刀へと手を伸ばし、ゼロ距離から必殺の一撃を放つ。滑り出し、武士が勝る。だが後出しの為に魔人の動きに一瞬、溜めが入った。

 

 先に入った武士がそれを察した。足を後ろへと下げようとして、魔人が笑みを浮かべた。

 

 武士が下がりながら斬撃を入れようとして、しかしそれで力が抜ける。後出しの刀の方が力が入り、

 

「あっ」

 

 刀と刀がぶつかる。だが魔人の方が巧みだ。溜めが入った分、力も乗る。そして後出しから溜めで加速させ、それが接触した刀に食い込んだ。

 

 そして振り抜かれた。

 

 武士の胴体が真っ二つに切断されて、ズレながら落ちる。

 

 その姿を見て、ムサシは刀を振るい、血を払い落としながらそれを納刀した。それによって戦闘は終了した。天満橋の向こう側から人がやって来て、死体を布で包んで回収する。そこに【天志教】の僧侶の姿も見える。魂が恐らくはこれで悪魔界へと回収されるのだろう。ひでぇハメ技だ。

 

 だが……それよりも困ったことがあった。

 

「どうすっかなぁ……」

 

「ん? JAPANに行くつもりか? ムサシは女子供には興味を示さないぞ」

 

 いや、そうじゃなくて、と声を零す。

 

 溜息を零しながら、天満橋の此方側へと戻ってくるムサシの姿を見た。それを見物していたり、商売にする人間が大いに盛り上がっている中で、

 

 ムサシが腰に差している物を見た。

 

 そう、

 

「プランナー君、こういう的確な嫌がらせはほんと得意だよなぁ……」

 

 剣豪魔人ムサシの装備している二本目の刀。

 

 それが―――【聖刀日光】であった。




 もー、だからプランナー君は糞なんだからー。あとあのホモは何時か燃やす。

 という訳で正史には存在しなかった日光装備の魔人、修羅の国が更に加速してしまったJAPAN、そしてその魔人からなんとな日光を奪う事を考えるウル様。どうやって奪う? 正々堂々? ランス君式で騙す? そして手に入れた後のオーナー登録は……?

 お前も夜空の星になれ(ルドぐるみでかっ飛ばす


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901年 天満橋

 ―――剣豪魔人ムサシ。

 

 結構前にぶち殺した異世界産の魔人の魔血魂、それを月餅に横流しし、そしてそれを使って素質のある人間を月餅がピックアップ、()()()()()()()()()()()()()()()作る事を求めて作成した魔人である。その目的はずばり、未来におけるケイブリス派の戦力増強の為だ。ガルティアとケッセルリンクが抜けた分、それを埋められる魔人戦力が増えて欲しかったのだ。だから戦闘が好きで、魔王には今の時代従わず、自由に暴れられる様な奴が欲しかった。JAPANの独特な侍や武士道、人斬りスタイルなら適合する奴いるんじゃねーかなー、とは思ったのだが、

 

 これがマジで居たという話である。

 

 元々剣才を持つムサシではあったが、魔人となってからはその才能が更に一段と磨かれたらしい。これは完全な予測だが、《剣戦闘Lv2》だったのが、魔人化の影響で《剣戦闘Lv3》に上昇している可能性がある。Lv3技能はそれなりにレア、というか全世界でもその技能に関しては一人いるか二人いるかというレベルだが、この件に関しては厳選を月餅に任せたという部分がある。あの悪魔は自分が知る限り、トップクラスに優秀な悪魔だ。そして見事、此方の期待に応えてくれた。

 

 そうやって魔人ムサシは天然の台風の様に生まれ、暴れる。暴れたい所で暴れて、それ以外は酒と飯と温泉を楽しむ剣豪。

 

「さぁて―――どう攻略したもんかなー」

 

 天満橋の旅館に一室を借りて、浴衣に着替えてからルドぐるみの上に倒れ込んで、ふかふかふわふわを楽しみつつ、浴衣がはだけるのを誰にも見られていないので気にせず、考える。

 

 気分は拠点フェイズ。

 

 旅館の自室でごろごろルドぐるみを堪能しつつ考える。

 

「魔人、どーやって攻略しましょーか」

 

 魔人。

 

 メディウサは慢心して殺されたので話にならないが、

 

 魔人は一種の絶対強者だ。才能上限は高く、そもそも身体能力も魔力も素質も才能も、魔人になった影響で大きく成長する。それが原因でLv3技能を取得した魔人や、複数のLv2技能を保有する魔人だっている。つまり複数の分野で天才と呼べる連中ばかりなのだ。そりゃあ、もう、化け物だろう。そうじゃなくてもメインLV2、サブにLv1を複数という感じで、これももう化け物だ。

 

 通常のメインプレイヤーであればLv1があるだけでも凄い、Lv2で世界有数という範囲だ。その中で魔人連中がLv2をほぼ全員が何かしら保有しているという事実を見れば、恐怖の集団だというのが解る。なお、この俺がLv3とLV2を同時保有しているのは魔王クラスの才能であり、通常であれば何らかの不幸なイベントで一生肉便器として過ごすレベルの不幸が襲い掛かってくるが、神による監視付きの生活と、世界を面白い方へと盛り上げるという前提で生きる事を許されているのに近い。

 

 これで普通に人類統一とかに乗り出せば今からでも消される可能性がある。

 

 昔は裁定もシステムもクッソがばがばだったくせに、それを悪用しまくってたのが原因か、最近はGM三超神のガバ裁定がきつくなってきている。増えて来るエラッタに俺を狙い撃ちしているな? というのはちょっと感じている。

 

「……いつも通り思考が逸れたなぁ」

 

 話を戻す。

 

 魔人は化け物だ。

 

 レベル上限が存在せず、それでいて《無敵結界》を貫通出来る【魔剣カオス】を装備した上で《剣戦闘Lv2》を保有する、天才な上に豪運を保有するランス君でさえ、正面からそのまま魔人と戦えば死ぬ。そういうバグキャラであっても死亡するのが魔人という領域であり、根本的に正面から戦う事が間違いである、とも表現出来る存在である。メディウサは糞雑魚慢心ド畜生馬鹿だったので死んで当然だったが。

 

 それでも《無敵結界》をどうこうする手段がなければ、メディウサであれば強引にカラーの100人ぐらい、簡単に殺してから撤退する事も出来ただろう。

 

 そういうのが魔人という存在だ。戦えば負ける。《無敵結界》があるから殺せない。その上で素質や資質、特殊な能力が強化されている。クソゲーである、まさしくクソゲーなのだ。魔王とは違って倒せるように設定されているものの、

 

「《無敵結界》が余りにも戦犯過ぎる」

 

 アレさえなければもうちょいどうにかなるのだが、それでも今ではクソみたいな《無敵結界》があるせいで、雑に人間を虐殺する事が出来る。だが問題はこの《無敵結界》がオンオフできるものであり、意識すれば外す事も出来るという事実にある。

 

 そしてそれを自分から解除しているというムサシがヤバい。

 

 欠片も慢心してねぇじゃんこいつ。

 

 慢心しない魔人とかいう生物が一番のバランスブレイカーに決まってんだろ。簡単に言ってしまえばケイブリス状態だ。死ぬリスクを解っているという状態だ。ケイブリスの本当に恐ろしい所は《無敵結界》を被った上で、殺されるかもしれないという恐怖の中で常に鍛え続けているから、ベクトルがまだ違うのだが、

 

 あのムサシというのは、戦う上では常に、《無敵結界》を解除する事で慢心しないようにしているらしい。

 

「キチガイかよ」

 

 何だお前、怖いわ。

 

「どーしーたーもーんかなー……」

 

 殺すだけならそこまで難しくはない……と思うのだ。暗殺か奇襲を狙えばいいから簡単だ。特にこの天満橋という場所であれば、橋から落とせばそれだけで殺せるだろう。ルドラサウム大陸から落ちた存在は上空に飛ばされ、超高高度から落下して、その衝撃で即死するだろう。そして死体から日光を回収すればいい。この事実、大体の奴ら知らねぇけど。だけど、

 

「……レギュレーション違反の気配するからなぁ……!」

 

 それに、問題はムサシを殺してしまうという点である。個人的には殺されず、なるべくケイブリス派に合流して欲しいのだ。その為、殺さずに日光を回収する必要がある。その場合、一番わかりやすいのは正面から勝負を挑んで、それで倒して日光を奪うというやり口だろう。

 

 だがこの場合、

 

「推定、《剣戦闘Lv3》を相手にしなきゃいけないのか。無理じゃないけど、死力を振り絞る必要があるなぁー」

 

 スマートじゃない。全力を吐き出す必要がある上に、勝てる可能性があると同時に、殺害される可能性もある。相手が勝負をしてくれるか、という問題もある。どうやら女子供には手を出さない主義者らしいし。その場合、根本的に日光を手に入れる為の勝負が挑めなくなる。場合によっては反則KOを決める必要がある。そういう場合、勢い余って殺してしまいそうだ。だから駄目。

 

 となると寝込みを狙って盗み出すという手段もある。でもこれ、あんまり信用出来ない手段なんだよなぁ、と思う。冒険している間、意識の一部を常に覚醒させておいて眠らせず、何かがあった場合に素早く反応出来るようにしておくのは野宿をする場合の必須スキルだと思っている。そうしないと夜盗に襲われたりする時代があったからだ。そういう訳で、寝ているから安心して襲えるというのはまずないだろうし。

 

「んー……情報が足りないな」

 

 ランス世界だったら割と、こう、とんちみたいな攻略手段があると思うのだが。その為の情報が根本的に足りない状態だった。正史におけるランス君の活躍を思い出してみる。毎回毎回魔人を殺す為に、手段を択ばずに追い込む姿を思い出す。

 

 嘘をついて騙したり、弱点となる者を見つけ出して利用したり、運が良い所にどうにか出来る奴が居たり。これ、魔人相手に滅茶苦茶申し訳なくない? と思うかもしれないだろうが、ぶっちゃけ、これが魔人の正しい倒し方だったりするのだ。

 

 連中の慢心や弱点に付け込み、それを最大限にまで利用して殺す。そうしなければ人間では魔人に勝てないのだ。それを考慮しても、【魔剣カオス】か【聖刀日光】が無ければどうにもならないのだが。そう考えるとやっぱり、魔人と魔王周りのバランスは根本的におかしいと思う。

 

 勇者システムも根本的な部分を魔王に知られた場合、【刹那モード】に突入出来なくなってしまう。その情報だってナイチサからジルへ、ジルからガイへと継承されている。その為、どう足掻いても勇者で魔王を討伐できる未来は閉ざされている。そこら辺、バランス的にどうなんだろ、プランナーとローベン・パーン。

 

 最近のマッハーモニットならそれはそれで面白いのでアリ、と言いそうな辺りが怖い。

 

「んー……まぁ、どうしようもない場合は戦うか」

 

 その為の力だし。

 

 そう考えると幾分か楽になる。そして起き上がり、浴衣を着直し、はだけている部分を隠してから草履を履いてルドぐるみの上に横に座り、浮かび上がる。とりあえずは動き出さなきゃ話は進まない。魔人をどうこうするのであれば、一番求められるのは行動力だ。だからまず最初に情報収集だ。

 

 剣豪魔人ムサシという人物を探ろう。

 

 

 

 

「ムサシ様か? いやぁ、良い人だよ。いや、魔人に良い人って言うのもおかしいか。だけどあの人が居るおかげで黒部も鬼もここには寄ってこないし、治安は常に良いからね。俺達の様に力のない連中が住む上ではとてもいい場所さ」

 

「あぁ……あのムサシ様ね。悪くはないと思うよ。助かっている面もあるし。だけど私は天志教だからねぇ……確かに助かっている面もあるけど、月餅様のおかげでJAPANの平和はあるんだ。それがまるでムサシの手柄の様にされるのはなぁ……」

 

「ムサシ様はへったくそな詩を詠むんだよなぁ。これがまたクッソ面白くてなぁ……。あぁ、でも酒とツマミにはちょいと煩いんだよな。でも飲んでいる間はすっげぇ静かで、本当にあの黒部と同じ魔人なのか? って疑うな」

 

「あんな化け物を有難がってる事実が俺には全く分からないよ。結局のところ、金品の代わりにムサシが求めてるのは血だよ、血。酒や詩を詠むのはその匂いを隠す為だよ。知ってるか? アイツ、普段はケロっとして鍛錬ばかりしてるけど、たまーに我慢の限界が来るんだ。血の匂いを求めてJAPANを放浪して、殺せるだけ殺してまた戻ってくるんだよ……気狂いの類だぜ、ありゃ」

 

「あぁ、良い商売だよ。ここだけある意味安全だからな。利用させて貰う分には……な。ただ一部にはムサシを神聖化して、育て上げた武芸者を戦う事で捧げるみたいな風潮もあるらしいな。まぁ、ある意味正しい対処かもしれないな。どいつもこいつもアレを生物の様に考えてやがる。魔人なんて天災の一種だろうに。遠巻きに利用しつつ関わらないのが一番さ」

 

 天満橋周辺の人々に話を聞いて回ってみた。

 

 ルドぐるみの背に乗っている姿が余りにも奇異に映っているのか、結構な視線が向けられるも、気にせず話を聞いて回った感じ、魔人ムサシの評価は結構ばらける。行動原理がはっきりしているタイプであり、無差別な虐殺を行わないタイプである為、階級や生活の仕方で大きく評価の分かれる魔人であるのが解った。

 

 まずは味方だと思っている頭の中がプランナー級にクソが詰まっている連中。ムサシが居る恩恵に感謝している脳味噌が死んでいる屑共である。根本的なリスクを理解しておらず、そしてそのデメリットを全く理解していないカスである。邪魔な民であり、何かがあった時一番最初に邪魔になる連中である。女王の立場から言うとこいつら、全員放り出して殺すのが国の為になるって言えるタイプの愚民である。

 

 次がメリットとデメリットを測りつつ利用している層。つまり魔人という脅威を理解しつつも、その恩恵を利用しようと考えている頭の悪い連中である。だけどある意味賢い連中でもある。利用するだけ利用して逃げる準備だけは整えていたりするのだから。潜在的な敵であり、餌を見せている間は従順なタイプ。だからこそ交渉材料を一番多く溜め込んでいる奴でもある。絞れるだけ絞ったら始末したい奴らだ。

 

 そして最後の敵対的な連中。つまりは鉄砲玉。爆薬とも表現する。ムサシを敵視していながら、そうする手段がないので、屈辱を感じつつも現状を良しとしている負け犬共でもある。ムサシをどうにかしようとすれば間違いなく乗ってくるのだが、根本的にこの世界のメインプレイヤーは9割無能と屑とカスしか存在していない。その為、こいつらを味方にしても破滅するだけの負け犬集団である。

 

 総合するとどいつも頼れない雑魚ばかりである。まぁ、そういう世の中なのだから仕方がないのだが。とはいえ、ムサシという魔人がどういう存在なのかは、これで大体解ってきた。

 

 キチガイだ。

 

「お、その様子は光明が見えたって感じだな?」

 

「まあな。この超天才のウル様によればパパパのパ! で攻略方法も思いつける訳よ! とりあえずルドで叩いていい?」

 

「不敬罪で上司に殺されるから止めて」

 

 大体正体を特定したかなぁ、と思いつつ、露店の店主に答えた。魔人ムサシという存在のキャラが大体見えてきた。となると、残りに必要な事も見えて来る。性格、方向性、そして材料。それらを全て把握した上で相手にするのが魔人という存在だ。

 

「んー、まだ時間はある。人間に取っちゃ1年は長いだろうけど、俺様に取っちゃ1年なんて欠伸している間に終わるもんだしな。しばらくは様子見させて貰うか」

 

「気の長ぇ話だ……」

 

 またしばらくは旅館に滞在だ。昔はハンティと来たもんだが、今のハンティはどこで何をしているのだろうか? あの子、定期的に行方不明になっては大冒険して来るもんだから、地味に土産話が気になる部分もある。まぁ、《瞬間移動》がある分、どうにかなるという事はまずありえないのだが。

 

 ともあれ、

 

 魔人ムサシ攻略に向けて、準備に入る。




 魔人ムサシ攻略 ~ランス君式~

 魔人を攻略する時は大体一度戦って負けて、その上で手段選ばずに暗殺したり奇襲したりするのがデフォルトだったり。卑怯じゃね? と思うけどこれぐらいやらないと魔人には本来勝てないんだよねー。

 是だけスペックのある主人公でも手段を選んで行動する当り、魔人という種の理不尽さが良く解る。なお戦犯スラルは結界実装に関しては反省していると供述しており……。

 という訳でランス式、剣豪の攻略法。


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909年 作戦フェイズ

「おー……えーと……あ、あったあった」

 

 天満橋の上、軽く術を放ちながら探索していれば、反応の違う金属片を見つける事が出来た。拾い上げながらそれを見てしめしめ、と笑みを浮かべる。探査術式を走らせれば、それが普通の金属ではない事がよく解る。つまり、自分が探し求めていた物だ。それをゲットしたら、そのまま旅館へと帰還する。

 

 そして旅館の自室へと帰ってきた所で、ペンシルカウから呼んできたメイド堕天AKとかいう属性過多になりつつある部下の一人、アステルが待っていてくれた。旅館の一室には色々と広げられており、薬草や何らかの素材が揃っている。そしてそれを利用して出来た、無色透明の液体も出来上がっている。

 

「あ、こっちは準備が整いましたよウル様」

 

「よし、良くやった。後はこれをこうして……」

 

 天満橋から回収してきた金属片、それを磨り潰して粉末状にし、完成された無色透明の液体と混ぜる。それがしっかりと液体の中に溶けるのを眺め、完成されたものを掲げてみる。よし、完全に透明だ。臭いもない。流石に味を確かめる事は恐ろしくてできないが、

 

「これで完成か」

 

「はい、モルルン感染させた薬草で作った毒薬です! 人間なら5回は殺せるだけの強さがありますよ」

 

 だからご褒美ー、とか言っているレズ堕天使の顔面を掴んで近寄ってくるのを抑え込み、そのまま窓から投げ捨てる。ゲットした毒薬に混ぜた金属片は【聖刀日光】の金属片だ。未来、というか【ランス10】の話になるが、魔人ガルティアを毒殺しようと狙ったランスが【魔剣カオス】を削り、それを料理に混ぜて毒殺を狙ったのだ。面白い事に、これで《無敵結界》を抜く事が出来るらしい。ガルティアは毒さえも珍味として楽しめてしまう程ではあるものの、そういう属性があのムサシにはないのだろう。

 

 だったら毒で苦しめるのが楽だよね!!

 

 魔人相手に正面から戦おうとするのが馬鹿なんだよ!!

 

「うーし、後はこいつをムサシの酒に混ぜるだけだな……」

 

 それもあんまり難しくない。《クローキング》を利用して自分からステルスしつつ毒を盛るのもいいが、戦闘の様子を眺めていると、物凄い観察眼に優れている様に思える。音や体臭を消せるわけではないし、ああいう武人系の相手に透明になった程度で接近するのは危険だろう。そう考えると運ばれる前に酒に毒を盛るのが一番だろう。

 

「ま、ちゃんと下調べしているから問題ないもんな」

 

 ここで利用している酒はJAPAN内部で作成したものだ。だから運ばれてくる前の段階、ムサシのよく飲む酒を探し、それに混ぜてしまえばいいだけの話だ。後は酒がムサシの手に渡り、それを飲んで苦しんでいる間に日光を強奪。

 

 一切の情けも容赦もない強盗である。ここまで手はずを整え、調べるのに数年かかった。なかなか日光が戦闘で損傷してくれないから、おかげで日光の破片を手に入れるのに苦労した。とはいえ、根本的に武器とは損耗するものだ。エロい事をすれば回復するという特性が日光とカオスにはあるものの、今の所ムサシが女を買っているという情報は一切ない。本当に性欲とかを全部殺人欲に振り切ったような剣豪魔人だった。

 

 まぁ、それはともあれ、

 

 準備が整ったのであれば、サクサクと行動開始してしまう。

 

 そこまで難しいミッションではないので、慎重に行動するだけで全部終わる。

 

 まずムサシが引っ込んでいるタイミングを狙って、足音を残さないようにルドぐるみに乗って天満橋を渡り、此方側へとやってくる前に酒の元へと移動する。そこで《スリープ》を使って運搬を一時中断、その間に毒を仕込めば準備は完了する。再び天満橋を渡って元の場所へと戻り、そして何事もなかったように人生をエンジョイすればいい。まぁ、毒がムサシの所以外へと渡った場合、

 

 その時は必要経費として大量虐殺が始まってしまったと思おう。うん。人間殺しても直ぐにぽこじゃか産むし。今更、数百人ぐらい巻き込まれた所でどう思うか程、善人でもない。

 

 とはいえ―――そういう事もなく、毒を仕込んだ酒はちゃんと、ムサシの泊まっている旅館へと運ばれた。

 

 その旅館は魔人ムサシが貸し切りにしている様なもので、実際はムサシ以外も泊まれる状態だが誰も他に泊まろうとする者が出てこない為、ムサシが独占している状態だった。そうやって毒の仕込んだ酒はその旅館へと運び込まれ、やがてムサシの元へと届くだろう。ぐふふっふ、と下衆く笑いながら運び込まれたのを確認し、夜になるまで待ってから、

 

 行動を開始する。

 

 

 

 

「ゲーッスゲッスゲッス、飯も酒も自分で作らないのが悪いんだよぉ」

 

 夜、暗くなってから活動を開始する。

 

 ここ数年の活動で、ムサシが酒を飲む時間、場所、というのは把握している。情報・イズ・パワー、知っている事がそのままアドバンテージとなるのだ。特に魔人という存在に対して、事前知識の多さはそのまま生死に関わる案件でもある。その為、じっくりと姿を見せない様に、情報収集を重ねてきた。

 

 そういう訳で、ムサシは夜、酒を飲むときは月を見上げながら飲むらしい。何とも文化人を気取っている魔人である。一部例外はあるけど、大抵の魔人は混沌の申し子だ。しかも破壊衝動まで付きまとっている。風流な姿なんて所詮、うわべだけだ。

 

 いっぱい人を切り殺している時点で風流も糞もない。文化人気取るなら来世からやり直せという話でしかない。

 

 ―――ともあれ、

 

 夜中、音を立てないように飛行しつつ、風の操作で匂いが行かないように気を使い、後なるべく気配を遮断しつつ夜空を飛んで、調べてある旅館のムサシの部屋を確認する。距離は200メートル程。夜空からベランダに出て椅子に座り、毒を盛った酒瓶を取り出すのを見た。戦う時とは違って編み笠を装着していないムサシの姿はどこにでもいる様な、中年の男に見える。だが彫りの深さはなんとも……と、

 

「そうだ……飲め……飲めよ……!」

 

 カラー特製、モルルン毒を盛った酒を飲めよ……!

 

 ムサシが酒瓶を手に取って、それを開くのを眺めつつ心の中でエールを送り続ける。飲め、そして死ね、と。魔人だったらたぶん即死しないだろうというガバ計算で特注の毒を盛ったのだ。飲んで、盛大に死ね、と心の中で応援しまくる。

 

 そしてムサシが、ゆっくりと酒瓶を近づけ、

 

 ―――それをベランダから投げ捨てて割った。

 

 そしてそのまま、此方へと視線を向けた。

 

「見えているぞ、隻腕の。隠れず正面から来れば拙は歓迎するぞ」

 

「うげっ、見破られてる」

 

 夜空に浮かんだまま、うげぇ、と声を漏らしながらどうしたもんか、と考える。毒で弱らせてから日光を回収しようかと考えたが、何故か相手には俺の行動が筒抜けだったらしい。うーん、これは失敗してしまったなぁ、と素直に反省するしかなかった。それよりもどうやら、ムサシ本人はまだ戦意を抱いていないようだった。ならば会話するチャンスだ。

 

 ランス君式を素直に諦める事として、夜空を泳がせるように進み、《クローキング》を解除してベランダに近づく。月明りに照らされたムサシの姿が見える。欠片も油断も慢心もしていない姿がベランダの柵を背に、此方へと首を曲げて、視線を向けてきていた。

 

 ……目が何か、特別なのかな?

 

 完全に視線で此方を捉えている以上、そう思える。絶対に反応出来る距離を維持した状態で接近を止める。そうやって、初めて魔人ムサシと向かい合った。

 

 魔人ムサシも此方を少しだけ、興味深げに眺め、

 

「ここ数年、見慣れないのが周りで動いていると思ったら―――誰だ、お前」

 

「当ててみろよ」

 

 と、言いたい所だが、ムサシが油断なく腰に差している刀へと視線を向けて、中指をとりあえず突き立てておく。唐突なファックサインにムサシがちょっと驚いている。いやぁ、楽しい。

 

「俺の事を知っているだろう? 日光なら」

 

「まさか……女王ウル・カラー? ですが貴女は死んだはずでは……」

 

「再起動したんだよ。愛され系だからね、俺」

 

「そ、そうですか……」

 

 日光が明らかに引いてる。そこまで引くような発言をしただろうか―――と思ったが、良く考えたら今と前では雰囲気がまるで違っていたな、と思い出す。エターナルヒーローとエンカウントしたころは、ギャグをするだけの精神力がなかったから、ほぼ素というか地の状態でしかエンカウントしていなかったし。あぁ、成程、ホ・ラガはそれを察して逃げたのか。あのホモ絶対に許さねぇ。

 

 まぁ、それはともあれ、

 

「刀をくれ。そっちの、日光の方ね」

 

 ストレートに欲求をムサシに伝える事にした。あーだこーだ言い訳したり、ここで隠れたり取り繕っても無駄だ。中指を突き立てながら日光を寄こせ、と要求する。

 

「―――」

 

 その様子にムサシは一瞬言葉を失い、しかしその直後、

 

「ぶ―――わーっはっはっはっは! なんだこの女は! こそこそしてたと思ったら刀が欲しかったのか! しかも拙を相手にそう啖呵を切るか! はーっはっはっはっは!」

 

 げらげらと笑い出した。まるで馬鹿な者を見る様な目で。あ、こいつちょっと嫌いだな? という感じが自分の中で湧いてきた。こいつの向ける視線は明らかに女や子供を見下している奴だ。楽しめる程強くないから殺さないだけであって、紳士的でもなんでもねぇ。雑魚には価値を見い出せてないだけのキチガイだ、こいつは。目を見ればそれが解る。もうちょい情報収集するべきだったかなぁ、とやっぱり反省する。

 

 こいつに仕掛ける前に月餅に情報を頼めばまだどうにかなってたかもしれない。

 

 反省、反省である。なので話を紳士的に続ける。いや、女だから淑女的に話を続けよう。

 

「その日光はな、この世に二本だけ存在する、人間でも《無敵結界》を破壊する事が可能な武器でな、お前の様な魔人(ちくしょう)が持っていても宝の持ち腐れなんだよ。わんわんに黄金を渡す様なのと全く同じようなもんだ。という訳でそれを理解したら俺に献上しろ」

 

「はーっはっはっは、こんな要求を向けてくる人間なんて初めて見たぜ。人にものを頼むときの態度はどうしたんだよ?」

 

「……? だから魔人(ちくしょう)に向ける最大限の礼儀を取ってるだろ?」

 

 これ、見える? と中指を突き立てながらそれを軽く振ってみる。

 

「もしかして盲目?」

 

「拙にゃあ、挑発してるようにしか見えねぇんだけど」

 

「お、そりゃ良かった。意図が理解できない程馬鹿かと思ったわ。という訳で日光ちょーだい」

 

 というか寄越せ。超寄越せ。手に入れた瞬間から悪用しまくるから。

 

「レギュレーション違反なんざ怖くねぇぞ……!」

 

「あの、女王? どことなくヤケクソになっていませんか?」

 

 なるに決まってんだろ、数年かけた計画が何かよくわからない能力によって看破されているのだから。恐らくは千里眼の類をこの人斬り、搭載しているのだと思うのだが、今までそんな素振りを見せる事もなかったから、持ってるなんて知らないわ。糞、これもホ・ラガとかいうホモが情報を渡さなかったのが全部悪い。あのホモ絶対に許さねぇ。その事を心に硬く誓う。

 

「はっはっはっは……そうか、犯せば治せる便利な刀程度にしか考えてなかったが―――そうか、欲しいならくれてやるわ」

 

「マジで!?」

 

 ムサシの意外過ぎる返答にちょっとだけ希望を見出す。腰から鞘に入ったままの日光をムサシが抜き、それを此方へと向かって放り投げて来た。おぉ、マジで!? と思いながら片手を伸ばし、

 

「―――罠です!!」

 

「知ってた」

 

 手を伸ばす一瞬を諦める代わりに、後ろへと向かって落ちる。足をルドぐるみに引っ掛ける事で半回転する様にひっかかり、先ほどまで首のあった場所を刀が通り抜けた。投げられた日光はムサシの足場に使われていた。下へと向かって素早く落下しつつ、逆さ吊りの状態、上に踏み込んだムサシの姿を眺めつつ、

 

 片手を伸ばした。

 

「じゃ、貰ってくぜ」

 

「お」

 

 そして重力操作で日光を手元へと引き寄せ、ムサシから足場を奪いながらそのまま、地面へと向かって一気に落下する。

 

 そしてそれにムサシが追従してきた。着地から素早くステップで回避し、流し斬りを回避しながら鞘に入ったままの剣で弾いた。駄目だ、斬撃が鞘を、日光を通して手に届いた。鞘で当てた癖に掌に斬撃が刻まれた。衝撃そのものに斬撃が付与されている。叩いても殴っても、武器を合わせても斬撃が発生する様だ。

 

 ドラゴンの再生力でそれが治るのは良いものの、

 

 まだ、ムサシは正面にいる。腕は一本しかない―――ので、二本目を出そう。

 

 黒腕を生やしてルドぐるみを握る。

 

 続くムサシの神速の四連斬撃を全て、ルドぐるみで叩く。剣の時とは違い、完全に技量と経験と合致する武器系統である為、完全に斬撃と衝撃、その両方を相殺する様に砕きながら衝撃をその場、そのものに叩き込んでお互いを押し出す。周りの建築物をそれで粉砕し、破壊しながら距離を開け、

 

 素早く日光とルドぐるみを握る手を交代させる。

 

「知ってた。こうなるって大体察してた。でもいいじゃんか、偶にはスマートに終わらせられるって夢を見たっていいじゃないの……」

 

 まぁ、なんだかんだで何時も、どたばたと殴り倒す展開ばかり続いてきたような気がするので、必然的にこういう感じになるんじゃないかなぁ……とは思っていた。けどホモとプランナー、お前らだけは許さないぞ。ローベン・パーンは存在そのものが罪。

 

 良し、心を持ち直す。

 

「あー……前評判じゃ女子供は相手にしないんじゃないんだっけ?」

 

「拙は斬る価値のある存在しか斬らん。逆に言えばお前はそそる。そうやって誘ってきたお前が悪い」

 

「成程、一理ある」

 

「一理ある、じゃありませんよ。この状況をどうするんですか。私を利用するにはその……オーナー条件があるので、抜けませんよ」

 

 いや、だったら、もう、やる事は決まっているのではないだろうか?

 

 日光をベルトに差し、ルドぐるみを握り、それを軽くぶんぶんと振り回し、視線をムサシへと向ける。

 

「やるか」

 

 その言葉にムサシが、深い笑みを浮かべた。そしてゆっくりと刀を鞘の中へと戻し、最速で斬撃を放つ為に居合の構えを取った。右半身をやや前に、上半身をやや下げ、そして手を柄に乗せて、抜刀術の構えを取る。その体に満ちる殺気は、間違いなく本気で殺しに来るというアピールでもある。それ相応の対応をしなければ、俺も殺されるだろう。

 

 結局はこれ、何時も通りの流れだなぁ、と諦めつつ、ルドぐるみで大地をびたーんと叩いた。その衝撃で大地が粉砕され、壊れないだけのぬいぐるみに込められた破壊力を見せる。これで多少の威嚇になれば良かったと思うが―――そんな事はなく、ムサシは更に血に目を濁らせるだけだった。

 

剣豪魔人ムサシ

 

赤ルート 殺害する

 

緑ルート ????

 

「いざ、尋常に―――死合おうか」

 

 深夜の天満橋―――いつも通り、どうしようもない流れで魔人戦が始まる。

 

 とはいえ、このノリで戦うという愚かさは、全くもってどうしようもない己自身の様な感じがして、嫌いにはなれなかった。そういう意味では、

 

 笑みを浮かべて対応する俺も、どうしようもなく、ドラゴンな馬鹿だった。




 次回、魔人戦。Majin Bossでもかけるか。

 スマートにやろうとして、なんだかんだで失敗して、それでなし崩し的に戦闘に発展するのは何時ものパターンだと思ってる。

 ルドぐるみ、初魔人戦デビューおめでとう。


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909年 魔人ムサシ

 あっ、飛んだら首持っていかれるわコレ。

 

 戦闘勘がそれを訴えた。ここで回避、逃亡系列の行動を取ろうとすれば即座に殺されると。Lv3の戦闘技能を持った人間との戦いは、マギーホアを相手する以外では久しいものだ。そして同時に、マギーホアを相手に今までずっと、何度も何度も戦闘を繰り返してきた事に感謝する。Lv3の戦闘技能はもはや異次元とも表現できる。《剣戦闘Lv3》を持っていた藤原石丸は1戦1戦重ねるたびに通常の剣士が得る10年分の経験を獲得していた。1の事で100を学ぶのが天才だ。

 

 その更に向こう側まで学べるのがLv3の戦闘技能というものだ。

 

 武器を手にした時の最適な握り方、体の動かし方、そしてそれで必殺技を放つ方法。Lv3の戦闘技能であれば、合致する武器を握った瞬間にはそれが瞬間的に悟れる。初めて武器を握って、それでそれがLv3技能だった場合、超ご都合主義的な主人公の覚醒、ああいうレベルなのだ、そしてそれを何年も積み重ねるというのは、化け物を育て上げる事に近い。元々自分の様に長命な種だとLv3技能を持っていても、根本的な習得や成長が遅い。

 

 だがこれが短命な種族であればあるほど、習得や成長が早い。

 

 特に人間出身の魔人ともなれば、短いサイクルで成長して強くなっていく、文字通りの怪物となるだろう。とはいえ、俺も戦闘経験だけであれば数千年クラスは溜め込んでいる。技能の習熟、成長具合で負けていたとしても、

 

 ―――総合的な部分では負けるつもりはない。

 

 とはいえ、

 

「どうしたもんか」

 

「……」

 

 話しかけてみるが、反応はなし。此方を確実に殺せる間合いを測っているのが視線で解る。だから世界観間違えているだろうお前、と言いたくなる。空から逃げる為とは言え、降りてしまったのがちょっと痛い。あのまま飛行を維持していればリーチ外へと逃げられたのは確実だ。とはいえ、相手は詳細不明の千里眼を保有しているのと、恐ろしく早い踏み込み、或いは移動手段を持っている。短距離であればほぼ瞬間移動に近い加速を得られると推定する。そうでなければ投げた日光の上を歩けるものか。

 

 じりじりと肌を焦がす様な殺気を感じつつも、表情を変えずにうーん、と軽く誘う様に黒腕で顎に触れるが、反応がない。そうやってジェスチャー的には半分ふざけるも、内心では冷静に判断する。

 

 上位魔法―――ダメ、詠唱中に追いつかれる。

 

 《ファミナルス・レイ》、発動ラグに切り込まれる。

 

 飛行も踏み込みで首を落とされる。

 

 判断完了。

 

「そんじゃ、やりますか」

 

 歩く様に気楽に前に踏み込んだ。

 

 今度こそ反応した。ムサシが一気に踏み込んだ。謎の瞬間加速で踏み込みながら一瞬で目の前に到達した。それに此方も反応出来ている、体を低くするように後ろへと足を下げつつ、そのまま握ったルドぐるみを振るう。鎚というよりは、もはや一種のブラックジャックに近いかもしれない。不壊の神造抱き枕は音速とドラゴン・カラーの超筋力を受け止めながらも歪むことなく、綺麗に衝撃を正面に、流す様に叩き込む事に成功してしまう。

 

 それが刀と衝突し、金属音を生みながら衝撃波を周囲に放つ。

 

「1ルドヒット……!」

 

『その謎単位は止めるのである……!』

 

 こいつ、脳内に……!

 

 マッハの声が脳内に響くのを無視しながら、横へと体を滑らせつつ、常に足を動かして位置を調整しながら小刻みに移動、家屋が邪魔なので重力、斥力障壁のベクトルを下へと向けて、それで接近する店舗や家屋がJAPANらしい木造なので、それを圧縮して破壊する。それで移動する場所を確保する。普段ならもうちょっとストロングスタイルにぶつかっても良いし、刀も竜鱗で止められるだけの自信があった。だがこいつはダメだ。

 

 この剣豪魔人は強度とか関係なくぶった切りに来るだろう。

 

 故にルドぐるみを振るう。3、4、5、と連続でヒットする。その度に音速を超えた結果、ルドぐるみの感触が非常に硬質な物となるが、同時に握っている感触はふわふわもふもふである。三超神、無駄なクオリティの維持である。とはいえ、品質維持と絶対に壊れないという特性以外は普通のぬいぐるみ、人形、或いは抱き枕である。

 

 音速を超えた打撃とドラゴンパワーの筋力が無ければ、ぶつけても威力は出ない。

 

 一種の縛りプレイに近いのかもしれない。

 

「でも、まぁ、最強種だしぃ? 多少は舐めプしないとGMからの制限入るし?」

 

「蘇って頭をどうにかしましたか……?」

 

 日光さん辛辣。そう思いながら素早く移動を繰り返しながらルドぐるみを片手で振るって連続でヒットさせる。その度にスパークし、夜の天満橋に僅かな光が生まれる。その間に黒腕で魔法を練り上げる。それを完成させる頃には、

 

 脇差をムサシが抜いていた。

 

「ガ・ン・マ! レイ!」

 

 目の前の大地へとそれを叩き込み、切り払えない攻撃として爆裂を自分とムサシに同時に叩き込んだ。それによって半径数百メートル範囲が粉砕され、土砂と残骸が巻き上げられる。物理的、そして衝撃で周辺を覆い、充満する土埃によって一瞬で視界が閉ざされる。それでもドラゴンの感覚で、ムサシの居場所は正確に捉えられている。

 

 そしてその視線は、脇差と刀の二刀流で残骸を斬り捨てながら、巻き上げられた建築の残骸を足場に、短く連続で跳躍しながら此方を見て、迫っていた。

 

 やはり、此方が完全に見えている。

 

「《雷神雷光》」

 

 感知した方向へと向かって回避する様に横に飛びながら電撃を放った。だがそれを切り裂きながらムサシが飛び込んできた。そしてそのまま、

 

「―――《次元斬》」

 

 空間そのものを切断する斬撃が放たれた。流石に無理なのでは? と思いながらもそれに合わせ、

 

「ウル、あたたた―――っく!」

 

 ルドぐるみを上から下へと叩きつけるように、空間そのものを殴打し、殴り飛ばし、破砕する様に殴りつけた。

 

 二つの衝撃が衝突し、それが拡散する様に乱反射して広がり、無差別な破壊が天満橋周辺に広がる。次元を切断する斬撃の余波を回避する様に跳躍して、適当な屋根の上に着地しつつ、反対側の屋根の上に着地するムサシを見た。ムサシも此方に視線を向けているもので、

 

「驚いた……凄いぬいぐるみだな、それは」

 

「ルドちゃんだからな。デザインにおいても優れてるぞ……よいしょするのこんな感じでいい?」

 

 視界の端でサムズアップをするマッハ様発見。これでオッケーらしい。よし、更に遊びたいけど割かしピンチだなこれ! と、判断する。やばいやばい。真面目に殺す気で攻撃しに行かないとぶっ飛ばせる気がしない。或いは致命傷一発と引き換えに場外まで吹っ飛ばすか。ここまで距離が開けば空まで逃げれるが、さっき見えた《次元斬》という必殺技が余りにも怪しすぎる。詳細が判らない内は安易な行動はとりたくはない。

 

「うーむむ、だがここを盛り返せばまさにメイクドラーマー……あ、軽くレッドアイに対する殺意湧き上がってきた」

 

「じゃあ何故言ったんですか」

 

 ノリだよ。これが本来のウル・カラーという人物だ。それを戦闘中に実感する。ドラゴンの血がもっと、もっと激しく殺し合えと欲求するのを感じる。ハンティはこの欲求が薄いらしく、残念だなぁ、と思う。このドラゴンの闘争本能は、実に燃え上がる。

 

「口では飄々と、しかし本質は狂戦士か」

 

 小さく声を零した剣鬼―――そう、剣鬼と表現するべき魔人、ムサシが笑った。

 

「数年、待つだけの意味はあった―――殺しがいがあるな……!」

 

「流石のサイコパスだ―――なっ!」

 

 直感に任せて跳躍した瞬間、先ほどまで居た空間を斬撃が走っていた。成程、空間指定型の斬撃か。ざけんな。GM、これレギュレーション違反なのでは? 心の中で文句を押し殺しながら火がついて行くのも理解していく。ドラゴンの血を覚醒させ、第三の目を開きながら魔力を解放する。

 

 跳躍から飛び越えるように一瞬でムサシの上を取った。そしてその状態で逃げもせず、左黒腕でルドぐるみの先端を押さえ、右腕で尾を掴んで、レイピアを放つように構え、或いは槍の様に構え、

 

「どーらーごーんー」

 

 逆さまになった状態で空を蹴った。

 

「ドライブッ!!」

 

 音速を超過した、人類の反応速度を超越した《ドラゴンLV2》の必殺技の一種、自分自身を弾丸として、ドラゴンとしての属性を纏った突撃。即ち光と重力を纏った爆撃に近いダイブを一瞬で行った。周辺の地形を巻き込んで圧殺させながらムサシを上から殺す為に放った。だがそれをムサシは一瞬で範囲外へと逃亡する様に踏み出し、そして着地した瞬間を狙う様に飛び込んでくる。それを理解しているので待ち構える。

 

「よーぞーらーの―――」

 

 バッターボックスに立つバッターの様にルドぐるみを両手で掴んで構え、この肉体特有の超頑強、龍鱗、重力と斥力の障壁を最大まで展開し、

 

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 美しく、滑り込む様に肉に刀が沈み込む。鉄が体の中を進んでいくという違和感を感じる。だが最初から耐える事前提で動きを作っておくのであれば、そりゃあ一回ぐらいなら十分に耐えられる。少なくとも刀、そしてそれを使った剣術は一種の芸術だ。寸分の狂いもなく物質を切断する技術は達人の一言に尽きる。その予定をぐちゃぐちゃにしてしまえば僅かに鈍るだろう。《剣戦闘Lv3》相手であれば一瞬で立て直せる範囲だろう。

 

 だが残念、

 

 此方も《槌戦闘Lv3》な上に可愛くて美人でかっこいいのだ。

 

 つまり我、最高。

 

「星になれ……!」

 

 全力のスイングを放つ。名付けてルド打法。肉を絞めて刃が抜けないようにしつつ、相手が刃を進めている間にカウンターを叩き込む様に全力でスイングする。それが相手の肉に到達するのに時間など必要ない。刃が食い込んだ瞬間には足を踏みつけている。

 

 逃がさない。

 

 もふっ。

 

 そんな感触が最初にムサシの体にヒットし―――次の瞬間には体が曲がった。そして体に刃を沈めたまま、全力で周りの空間、そして振り抜く大地を抉る様にルドぐるみを振り抜いた。

 

 それと共にムサシの姿が夜空へと射出された。

 

「かっきーん……あー、いてぇ……」

 

 体に刺さっている刀を引き抜けば、勢いよく血が溢れ出す。そして直感的にそれを捨てながら横へと体を素早く滑らせれば、立っていた空間を斬撃が抜けた。反則くせぇ攻撃を止めろお前。

 

 そう思いながら空中で右腕が完全に潰されたムサシが空間を全力で蹴り、その衝撃を利用して自分を下へと叩き落した。

 

「けほっけほっ。肺に軽く刺さったなこいつ」

 

「それは……大丈夫なのですか?」

 

「今の状態なら数分もあれば治る。つーかマジで《無敵結界》張ってないのかアレ、正気かよ……」

 

 ムサシの片腕が潰れているのを見れば、アレが真面目に《無敵結界》を使わず、攻撃を受けた事の証でもある。つまり本当に自分の信条を貫き通している魔人である事の証明である。かなりクレイジーだとは知っていたが、ここまで来るともはや天晴だ。そうとしか表現出来ない。

 

「ぺっ―――ただ、まぁ、動けなくなるまで叩く必要はあるか」

 

 今の一撃で眠らせられなかったのが痛いなぁ、と思う。これで喰らう覚悟があれば一発は受けられるって事がバレてしまった。となると刃の軌道を読ませなくなってくるだろうから、恐らくはここからは本番―――乱撃戦になるだろうか。派手に戦ってお互いを探る段階から、殺す為に相手の手札を引き出し、連続攻撃を常に続けながら手札を潰し、詰ませて殺す。

 

 高位戦闘技能保有者が戦う場合に持ち込まれる状況である。

 

「流れでこうなってしまいましたが……大丈夫ですか? その、魔人から回収して貰えるのは嬉しいのですけど、それでももうちょっと静かには……」

 

「ごめん、そこら辺気にする余裕とかないよねー、ルドちゃん」

 

 ルドちゃん人形を持ち直して自分へと向け、うんうんと頷かせて遊んでみる。癒される。よし、休憩時間完了だ。右手で尾を握って肩に背負い直しつつ、左黒腕も添えて、両手で握る。ムサシが片腕で新しい刀を近くから調達し、鞘を噛みながらへし折るのを見た。

 

「さ、て―――」

 

 初手は踏み込みか《次元斬》か。後者はリーチがあるからそこから次へと繋げるのが難しい。そう考えると初手は神速で踏み込んでリーチに入り込むので安定するよなぁ、と思う。だとしたら《ウルアタック》で正面を吹き飛ばしつつ対応するのが雑に楽だ。その余波で死んでくれればいいのに。だがそういうレベルの相手ではないよなぁ、と思う。片腕は潰せたが、それでもパフォーマンスに変化はないだろう―――というかそういうタイプの相手だ。負傷しても絶対に自分のパフォーマンスを下げないタイプの敵だ。だからそのまま、必殺技を切り裂きながら……カウンターで《次元斬》か? それを誘いに別の札を切る、という感じだろうか。

 

 びたーん、とコミカルにルドぐるみを大地に跳ねさせて、大地を砕いた。

 

「うっし、第二ラウンドだな?」

 

「楽しませてくれる女だ……悪くない。あぁ、悪くない」

 

 ギアが上がってくるのをお互いに感知する。闘争本能が刺激され、更に力を引きずり出す。それでも頭の一部は常に冷静に。ナイチサの時で反省しているのだ。それにまだ、バランスブレイカーも残している。マジでヤバくなったら此方もそれを切り札として切れば良い。

 

 故に隙が欲しい。最後まで戦闘に付き合うと殺すか殺されるかで終わるから。故にどこかで逃げ出すチャンスが欲しい。

 

 そう思ってルドぐるみを引きずりながら前に踏み出そうとした瞬間、

 

 ―――凄まじい闘気と妖気が天満橋に溢れかえった。

 

 懐かしさすら覚える妖気の気配を知っている。そしてそれを感知したムサシも盛大に舌打ちをしていた。

 

「暴れすぎて引き寄せられたか」

 

 ムサシが振り返り、天満橋の向こう側へと視線を向けた。そこには周辺の建造物等を破壊、粉砕しながら接近して来る軍団の姿が見えた。その軍団は後ろから来るものが前に居るものを踏み潰す様に死骸を量産しつつ迫ってくる、妖怪の大河だった。ただし妖怪としての種族や種別はない。生み出されては死んでいく、それだけの無名の妖怪の大河。津波の様な存在。

 

 その前に走るのは、

 

石丸、石まるぅゥゥゥゥゥゥ!!

 

 両目から血を流しながら異形に変形した、腕を5本生やし、それに様々な武器を装備した妖怪魔人・黒部の姿だった。その両目はムサシにロックオンされている。あぁ、成程、ムサシの剣才を藤原石丸と誤認しているのか。

 

また、マた、一緒にィ! 戦争おおおおおお!!

 

 あまりにも憐れ過ぎる黒部の姿、そこにナイチサの所業の残酷さが見える。

 

 しかし、

 

「《絶対零度》! 悪いけどノーゲームだ!」

 

「チッ!」

 

 《絶対零度》、氷の魔法で氷壁を生み出し、それでムサシと此方の間を遮断する。ムサシであればをそれを一瞬で破壊する事も出来るだろうが、黒部が迫ってくる中でそれを行えば、背中を見せる事になるだろう。

 

 片腕が潰れた状態でそれは中々出来る事じゃあない。

 

「縁があったらまた会おうぜ―――もう会いたくないけど」

 

 ルドぐるみのデビュー戦としてはちょっとヘヴィすぎたのでは、と思いつつ迷う事無く逃亡する為に跳躍し、そこから飛行する事で一気に脱出する。ムサシが一瞬、迷う様な姿を見せるも、黒部へと向き合い、戦闘が始まる音が聞こえる。

 

 天満橋周辺はこれで崩壊してしまうだろうが、それでも目的は完了した。

 

 夜空に姿を隠すように高度を稼ぎ、逃亡しながら確認する。腰のベルトに差し込んである【聖刀日光】の存在を。

 

 予定よりも大幅に早く、ミッションコンプリート。




 以上、天満橋歓楽街崩壊事件。

 ついに魔人になった黒部くんも出て来ちゃったね。あいつはLv2以上の剣戦闘を目撃すると石丸と間違えて戦闘を挑みに来るぞ。背後に妖怪の大河を引き連れつつ。なんて迷惑な奴だ。

 感性ドラゴンなので結局、ごちゃごちゃやるより正面から殴る方が究極的に楽という脳味噌。日光さんゲットだぜ。


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909年

「あ、痛たたた……やろー、妖刀かなんかだったか? えーと、解呪解呪」

 

 目の前に覚えきれない魔法をメモったメモ帳を浮かべて、そのページを開きながら黒腕を生やし、それで両手を使った術の準備をする。《陰陽術》を《魔法》にアレンジした術を発動させるために、更に紙をポーチから取り出す。人差し指の先を軽く噛んで血を流し、それで紙に小型の魔法陣を描く。その中央部に軽い折り目を付けてそれを口で咥え、両手を結んで印を結びながら術を発動させる。口に咥えた紙が燃え上がって消えながら、妖刀によって刻まれた呪いを紙が引き受け、燃え尽きながら浄化してくれた。胴体から肺にかけて刺さった痛みがそれで抜ける。

 

「あー、しんどかった。やっぱ両腕ねぇと不便だよなぁ、ここら辺の魔法は」

 

 魔法を発動する腕、肉体がハードウェアになるのだ、魔力を術式で回すサーキットの役割もある。その為、肉体の一部が欠損しているとそれだけ、魔法行使に対して影響を受けてしまうのだ。魔法が使い辛くなったり、使えなくなったり、魔力そのものが低下したり。自分の場合、それを腕を生やすという事で回避したり、術式そのものを専用に改造して対処していたりする。だからその為、同じLv2よりは全体的に魔法の威力は下がっていたりする。それをドラゴンの能力と、カラーの恵まれた魔力でごり押している。

 

 まぁ、そこら辺は完全に長年の知恵という奴だ。伊達や酔狂で長生きして、その間ずっと研究を続けてきた訳じゃない。恐らくこの大陸で、最も魔法を研究し、それを応用しているのは俺自身だと断言できる。多様性においてはLv3にすら負けないと思っている。とはいえ、時空関係の術には一切触れる事が出来ないので、やっぱりそういう部分ではLv3相手には大敗してしまうのだが。まぁ、同じジャンルで戦おうって考え自体が間違いなので、諦めるのが無難なのだが。

 

「うーし、包帯だけ巻いておくか……うん、こんなもんだな」

 

 傷口のあった場所に一応、包帯を巻いておく。体が頑丈とはいえ、傷が完全に癒えるまでは包帯でも巻いておくのが良いだろう。そうやって治療した所で漸く、一息つく事が出来た。ふぅ、と息を吐き出しながら黒腕を消して座り込んだルドぐるみの上で漸く落ち着ける。

 

「お疲れ様です……大丈夫なのですか?」

 

 そう声を送ってくるのは【聖刀日光】、つまり元エターナルヒーローの侍、日光である。今では刀へとその姿を変えて、振るわれる事でしか存在価値を示せない可哀想な存在となっている。とはいえ、刀状態の日光はそれで《無敵結界》を貫通するのではなく、破壊する事が出来る。そう、破壊だ。これで魔人に一撃攻撃を与えれば、メインプレイヤーでも魔人に対して攻撃する事が出来るのだ。その前提として魔人に一撃叩き込む必要があるのだが、それを抜きにしても恐ろしいほどに凶悪な兵器だ。しかもこいつで攻撃する場合、あらゆる魔人側の防御能力を無視して攻撃する事も出来る。

 

 まさにカオスと日光が願ったような武器だ。

 

 本人がそれになった、という事実さえ抜きにすれば。

 

「まぁ、俺はカラーはカラーでも、一時代前のドラゴン・カラー出身だからな。見た目はカラーでも、中身的にはドラゴンに近い。これぐらいだったら自然治癒で治るからな」

 

「根本的に強さがおかしいとは思いましたが、成程、種族そのものが違っていましたか。ですがドラゴンと言われれば成程、と頷けるだけの強さです」

 

 日光が此方の言葉に納得した所で包帯を確認する。ズレてない。ならよし、と正面、大地に柄を軽く突き刺した状態で立たせてある日光を見た。

 

 今現在は旧東部オピロス支配域、人間牧場が存在しない平原の一帯に居る。昔は街道をうし車が走っていたのだろうが、その文化が廃れてからは既に何百年も経過している。街道横の木々は好き放題に育っている。その木陰の下に隠れるように避難している。そこから宙を見上げれば雲がかかるのが見える。逃げている間に朝になってしまったが、天候は暗い。こりゃ一雨降りそうだな、と判断する。

 

 背中を木に預けつつ、膝の上にルドぐるみをのせる。

 

 もふもふ。もふぅ。至福の時間。

 

「あの……?」

 

「あぁ、すまん。ちょっとトリップしてた」

 

「いえ……その、私も魔人から回収して貰えましたから。あのままではこの身になってしまった意味すらありませんでしたから……」

 

「ご愁傷様。神なんてロクでもないもんを頼るからそうなるんだ」

 

 そもそも魔人も魔王も神が生み出した存在なのに、そう都合よく倒せるような道具を用意する訳ないだろうに。まぁ、それを人類は知らないのだが。というか、そもそも創造神が誰とか、どうやって世界が生まれたとか、そういう概念にまで思考を伸ばす様な奴がこの世界には存在しないのだ、残念ながら。そしてそれが最も大切な要素だったりするので、必然的に皆馬鹿ばかりだ。

 

 知っていてもどうしようもないけど。

 

 ただ此方の言葉に、日光は何かを察した様で、

 

「女王陛下は―――」

 

「ウル様で良い」

 

「……ウル様は、まるで私たちがどうなるかを察していたようですが」

 

「察してたぞ? だから最後の気力を振り絞って立ちはだかってあげただろう?」

 

「別の方法があったのではないでしょうか」

 

「なに? お前ら今から剣になったり絶望したりするから進むなって? そんな言葉で足を止める程軽い覚悟で旅をしていた訳じゃないだろ、お前らは。殺しでもしなければ止まらないレベルだったんだから、止めようとしただけ俺が有情よ、有情。別に義理もなかったんだし」

 

「それは……確かに、そうですが。それでも知っていた事実に対しては恨まずにはいられません」

 

「じゃあ恨め。許そう! 俺様は女王だからな!」

 

 恨まれるのも仕事の内よ。昔は女王女王言われるのも嫌だったが、こうやってポジションを維持してみれば愛着がわいてくる。もう、一生暴君女王キャラで通してやるという覚悟さえある。まぁ、国政には一切関わらないのだが。お飾りの女王ぐらいで丁度いいのだ、俺は。という訳で恨む事を許す。それを許容するのが王の器というものだ。それに関しては魔王が一番上手にやってるのを見てたし。

 

「……勝てませんね、これは」

 

「勝ちたいならそれだけの努力を重ねなきゃね。小鹿に負ける程俺様は弱くないぞ」

 

「恐れ入りました」

 

 この聞き分けの良さが日光の良い所だなぁ、と思う。カオスだったらまず間違いなく駄々をこねてるだろうし。アレはエロい事をしない限りは絶対に働こうとしないだろう。まぁ、それはそれとして、

 

 話を進めよう。

 

「俺が態々お前を回収しに来た意味、解るか?」

 

「魔人と魔王に対する切り札として、でしょうか」

 

「惜しい。近いうちに魔王城にカチコミかけるから、その時日光かカオスが無ければ詰むんだよ。カオスは魔人筆頭のガイが保有しているしな。となると奪える対魔人武装は―――」

 

「私一人になりますね。しかしカオスも魔人に握られていましたか……まるで悪意しか感じませんね……」

 

「プランナー君、こういう嫌がらせに関しては天下一の才能見せるからね」

 

 アイツ、ヘイトが直接俺個人へと向けられている様な感覚はある。でも全体の盛り上がりを考えると、確かに俺個人にターゲットを絞った方が、全体が滅茶苦茶になりそうってのはある。まあ、それでも嫌がらせレベルを超える事はないだろうが。

 

 ともあれ、

 

「流石の俺様も《無敵結界》だけは貫通出来ない。天使か悪魔に転生すれば話は別だけど、その時に大体の場合で記憶を失っちまうからな。気合と根性で乗り越えられる気もするけど、今のままじゃなきゃ出来ない事も多いし」

 

「出来るんですか……」

 

 ドラゴンは物理的な理不尽。なぁに、やってみるもんさ。本当に、どうしようもなくなった時に限るが。それに天使になったら神の管轄、悪魔になればラサウムの管轄だ。俺に上司が生まれてしまう分、今までの様な自由が消えてしまうだろう。そうなったら今の様に動き回る事も出来ないだろう。だから、まぁ、

 

 裏技を考えている。

 

 《神光》は一発放つ事に成功した。没収されたとしても、一発放てばその感覚は覚えている。後はその神の力、神という属性―――《無敵結界》を超えられる神の力をどうやって引き出すか、というのに限る。まぁ、それは長年やっている研究の一つだ。《無敵結界》の攻略法。まだ、急いで探す事ではない。

 

 まぁ、それはともあれ、今必要なのは、

 

「魔王城に殴り込むから、手を貸せ」

 

「願ってもない事です。しかし、勝算はあるのですか? 確かカオスを握った魔法戦士が負けた筈ですが」

 

 そこに関しては問題ない。

 

「最初に偵察のつもりで魔王城に乗り込むだけだから安心してくれ。本番はその後でガイが起こす反乱だからな。それに乗じて魔王ジルの時代を終わらせる」

 

 その為にもジルの様子を一度、確認したい。彼女は今、どんな状態なのだろうか、と。確認するのはほとんど自分の我儘に近い。それでも、一度は確かめなくてはならないのだ。ケッセルリンク、ガルティアからは近況に関しての情報は遠ざけられていて、手に入らない。ケイブリスもカミーラもそうだ。俺と古い親交のある連中ばかり遠ざけられている。或いは関係性を知られているのだろうと思う。

 

 ただ、それでも知らなくてはならないと思う。

 

 まぁ、これでも今はレベル200を超えている。念入りにレベルを上げてきたおかげで、タイマンで上位魔人相手には互角に戦えるし、そうじゃなくても逃亡にだけ集中すれば逃げ切れる。ナイチサの時とは違うのだ、ナイチサの時とは。だから、まずは魔王城へ行かなくてはならない。前回みたいに殺されかけて魔人にされそうになるなんて事はない様に、ちゃんと対策を何重にも用意してある。瞬間移動対策とか、次元移動対策とか。そういうのも諸々、研究してある。

 

 ……俺、純粋に研究とか全部忘れて遊んだの何時になるんだろう。

 

「という訳で、《無敵結界》を割れる日光があれば魔人と戦う場合になってもなんとかなる。攻撃が通じるだけで目つぶしとかで錯乱させられる様になるからな」

 

「無鉄砲に突っ込まないのであれば私としては問題はありません。個人であのレベルの魔人と戦える女王―――」

 

「ウル様」

 

「……ウル様の事ですから、恐らくは襲われたとしても逃げたり殺せるだけの力があるのも解ります」

 

 まぁ、対魔人・魔王戦に関してはスペシャリストだと思っている。少なくとも自分の一生の大半は、連中と戦う為、連中に対する対策を考える事で自分を成長させているという部分がある。その代わり、それ以外の生物に関しては普通に強い程度でしかないのだが。魔人と戦う事、《無敵結界》を無視する方法、格上相手に確実に殺す為に一つの生物に対しては明らかにオーバーキルな破壊力を叩き込む方法。

 

 つまり、超単体殺害特化とも呼べる性能に段々と自分は仕上がっている。

 

 おかげで軍団において連携する事なんて難しくなっている。悪い意味でのドラゴンだ。単体で性能が完結しているから、同じレベルの存在じゃなきゃ横に並べない。なので俺と肩を並べて戦えるのはレベルが最低でも100を超えていないと、どーしても巻き込んでしまう。足並みを揃えようとしたら、そこら辺、火力を大幅に下げる必要があるので、根本的な長所を捨てる事になる。

 

 まるでソロゲーマーの様だ。

 

 まぁ、今は考える必要はない。魔王戦争で出てくる連中はどいつもこいつも、人外とでも表現すべき領域に到達している連中ばかりだ。そういうランクの生物だったら俺も一緒に戦える。ジルを魔王から解放するなら、まず勝って血を大量に流させる必要がある。

 

「と言う訳で、魔人と魔王攻略の為に、頼んだぞ日光」

 

「えぇ……私はそれで構いません」

 

 が、と言葉を日光が置く。

 

「その……」

 

 と、日光が言い辛そうにしている。刀の姿をしているのに、結構表現豊かだよなぁ、と思いながら、どうした、と日光に声をかけた。

 

「俺に対しては遠慮はいらないぞ。なんと言ったって女王だからな」

 

 その言葉にそうですか、と言葉を日光は置き、

 

「その、非常に言い辛いのですが……私を利用するにはオーナー登録が必要でして……」

 

「あっ」

 

 あちゃぁ、と声を零しながら片手で顔を覆う。すっかり忘れてた。

 

「体を重ねる必要がありまして……ウル様はその、同性の相手は平気ですか……?」

 

 日光のオーナー登録には体液の交換だか、セックスだかが必要なのが完全に忘れていた。そう、その問題もあったのだ。完全に忘れていた条件にあちゃぁ、と声を零しながら、とりあえず、日光を抜いてみるをテストをしてみた。

 

 だが当然のように日光は抜けない。

 

 となると、オーナー登録を行う必要がある。未来を見れば女のオーナーであったアームズ・アークでも日光と肌を重ねれば抜けるようになっていたのは事実だから、多少相性が悪くてもやる事をやれば使えるようになるのは事実だ。

 

 だけど、なんというか、今更処女どころか性的な経験すらないとか言えない。

 

 どーしましょ、これ。




 エロ……エロ……? どうするのエロ……?

 と、ネタにしてるけど、別段必須って訳じゃないんだけどね。それでもそろそろ向き合って貰わないとねー?


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910年

 いや、そら、男の時代はオナニーぐらいやってた。

 

 だけどこの世界に転生してから数千年、そういうイベントや考えはとことん避けてきた。一つは純粋にそういう面において肉体が不感症だったから。どう足掻いても気持ちよくなる事が出来なかった。性欲という部分そのものが欠落していたという事にある。これに関しては精神と肉体のミスマッチから発生した事なので、良く理解している。だからやろうと思えばセックスの一つや二つ、やる事は身体的にはもう問題なかった。

 

 とはいえ、未だにそれに手を出す様な事を自分はしなかった。別段、快楽にもう飲まれる程心が弱い訳じゃないし。別にハマっても特に問題があるという訳でもないのだから、遠慮する理由はなかったりするのだ。じゃあなんでセックスしねぇの? という話になる。まぁ、純粋にこの数千年間、やってこなかっただけに興味がないというのが一つの理由。もう一つの問題は適切な相手がいないという問題でもある。

 

 純粋なジェンダーの問題なのだ。

 

 故に必要があるからセックスする、というのは中々難しい問題だった。何故かといえば、純粋な心の問題であった。故に即座に了承し辛い案件でもあった。間違いなく日光をオーナー登録すれば、それだけ有利になるだろう。《剣戦闘Lv1》があれば、十分に振り回す事も出来るだろう。日光とカオスは持てる人間が増えれば増えるだけ便利だ。なぜならその数だけ《無敵結界》を装備して壊せる人間が増えている、という事なのだから。だから間違いなく、振るえるというアドバンテージだけでも取っておくのは悪くないのだが、

 

 少なくとも、即座にそれに俺は了承できないでいた。

 

「というわけでケッセルリンク、話を聞いてよ」

 

「愚痴る為に魔人に会いに来るなんて、貴女ぐらいでしょう……シャロン」

 

「はい、紅茶ですね」

 

 ケッセルリンクの使徒が突然訪問した此方に対応する様に、食堂へと戻って行った。使徒シャロンには既に何度か顔を合わせているだけあって、此方の突然の訪問にも慣れた対応をしていた。ケッセルリンクもSS以降は維持している男の姿でテーブルを挟み、少しだけ、懐かしむ様な、安心するような、呆れたような、いろんな感情が入り混じった表情を見せていた。

 

 ここはケッセルリンクの管理する人間牧場。

 

 人間牧場とは言うものの―――最低限の機能だけを残し、ケッセルリンクはそれにほぼ、ノータッチだった。ケッセルリンクの美学がそれを許さないからだ。その為、最低限のノルマだけを達成しつつ、人間牧場を維持している。ガルティアも同じようにしているらしい。本来であれば二人共放棄するような仕組みだが、

 

 魔王の絶対命令権には逆らえない。魔王が命令した以上、その指令は絶対に実行される。

 

 そういう事を理由に、ケッセルリンクは最低限の仕事をするだけの状態で維持していた。人間牧場の中ではトップで良い場所かもしれないが、状況的に考えると他の所とは五十歩百歩の差だろう。とはいえ、それでもそれは魔王に対するささやかな抵抗だった。

 

 それすらも楽しんでいる、とはケッセルリンクが前に語った事だったが。

 

 ともあれ、そういう事情から日光は一旦、ペンシルカウに置いて来た。アレをペンシルカウに置いておくのが恐らく一番安全だからだ。そして牧場に持って行く事も、ケッセルリンクに会わせる事も出来ない。なんだかんだで日光も親族を全て魔人に殺されているからだ。

 

 ともあれ、

 

「まぁ……色々と考えた結果、話を理解してくれそうなのがお前ぐらいしか思い浮かばなかったからな……」

 

「私が、ですか……ふむ」

 

 対面側に座る、その姿から魔貴族とも呼ばれる、吸血鬼の様な男のカラー、ケッセルリンクは元々は女のカラーだった。ケッセルリンクは小さく呟いてから、

 

「ですが私よりはもっと近しいスラル様や、或いは妹君であるハンティ・カラーの方が相談に乗りやすいと思いますが」

 

「いやぁ、この話はどっちかってーと、男と女、両方の心を理解できるケッセルリンクなら解ってくれるかなぁ、って……」

 

 その言葉にケッセルリンクは成程、と頷いた。元々は女のカラーだったケッセルリンクだが、彼女はスラルという少女を守る騎士になろうとした。その為、魔法を使って女の体を捨て、男の肉体へと性転換を行ったのだ。相性というか神々の茶々が原因で俺にはその手の魔法が昔は通じなかった。恐らく今はもう通じるであろう事は解っているものの、ちょっと精神的な問題でやる気にはなれなかった。だからこそ、ケッセルリンクの所へと来たのだ。

 

 恐らくこいつなら、こういう部分に関しては一番理解してくれるだろうから。

 

 そして話を理解し、付き合ってくれるだろうから。

 

「では私で良かったら付き合いましょう。こうやって素直にウル様に頼られるのも珍しいですし」

 

「俺が弱っている所なんて珍しいぞー、お前ー」

 

 そう言って軽く笑いながらテーブルに肘を置き、それで頬杖を付きながら軽く溜息を吐いた。ちょっと言葉にするのは難しかった。それを見てケッセルリンクは小さく微笑みながら、何かをする訳でもなく、此方が言葉を作るのを待っていてくれている。だからそれに甘え、自分の中でも言葉を作るのをしばし待つとする。

 

 人間牧場からは離れた、森の中の静かな館には、外で囀る鳥たちの鳴き声が聞こえた。

 

 そして廊下を歩く、メイドの足音も。

 

「失礼します、お口に合うかどうかは解りませんが」

 

「いんや、何時も美味しく飲ませて貰ってるから心配しなくていいよ」

 

「ありがとうございます」

 

 そう言って運ばれてきた紅茶を見て、それを手に取り、軽く溜息を吐いた。

 

「俺も、人に面倒を見られるのに慣れたもんだ……昔は俺が厨房で料理長なんて言われていたのにな。もう、1900年も前の事になるか」

 

「スラル様が魔王の頃の話ですね。あの頃は魔王城も騒がしかった。行いは間違いなく悪ですが、活気はありましたね」

 

「そうか」

 

 その言葉に、今の魔王城の様子というものが、大体伝わってくる。これは自分の目で確かめるのがちょっと怖いかもしれない。だけどなぁ、と思う。必要なんだよなぁ、と思っている。だから諦める訳にはいかないんだよなぁ、とも。だから紅茶を軽く口の中に入れ、喉を潤し、その味と香りを堪能しつつ、

 

「俺はさ」

 

「はい」

 

「別に恐れてるって訳じゃないんだ」

 

 うーん、言葉が違うか? いや、そんなもんだろうと思う。

 

「躊躇している……って訳でもないんだ。なんというか……こう、言葉に出来ないんだけど……あぁ、一番近い言葉で言うとそうだな……納得しない? そう、なーんか納得できないんだよなぁ……なんだろ、不思議な感じだ」

 

 躊躇しているのでも、恐れているのでもない。だけどセックスという行為に対して納得できない。なんとなく、なんで? って感じだった。言葉としてはこれ以上説明するのが難しい。

 

 だがその言葉をケッセルリンクは吟味する様で、成程、と呟いた。

 

「……伝わった?」

 

「えぇ、仰りたい事は伝わります」

 

 ケッセルリンクも実に絵になる優雅さで紅茶を手に取りながら此方の言葉に答える。

 

「ウル・カラー様、恐らく貴女は必要としていないのです」

 

「……なにを?」

 

 ケッセルリンクの解り切ったような声に首を傾げて聞き返せば、

 

「愛を、ですよ」

 

「あ、お茶美味しかったよ。じゃ、俺用事あるから」

 

「冗談で言っている訳ではないので、逃げないでください」

 

 帰ろうとしたところをケッセルリンクの言葉に引き留められてしまった。いや、だって、いきなり愛と言われても困る。そこで何で愛の話になってしまうのだろうか? セックスの話をしていたのではないのだろうか? だけど愛―――愛か。

 

 考えてみれば、

 

「愛されたいって考えた事はなかったな」

 

 誰かを子供の様に、家族の様に、愛する事はあった。国を愛しいと思った事もあった。ペンシルカウで世代を変えながら育って行く姿に愛しさを覚える事もあった。だけど恋慕の情として、愛を覚えた事はなかったなぁ、と思い出す。それとは別に、誰かに愛されたいなぁ、と思った事も一度としてはなかった。

 

「究極的にセックスとは他人を求める行いです」

 

 ケッセルリンクが話を続けた。

 

()()()()()()()()()()()()()()……そうでしょう?」

 

「あー……待って、成程。あー、そういう事かー……」

 

 男とか、女とか、そういう問題じゃないんだ、これは。

 

「根本的に俺が他人を必要としていないだけなのか」

 

「良くも悪くも単体で完結されていますからね。そういう事でしょう。後それとは別に、本気で一個人に対して命を捨ててまで捧げたい、と思った事は?」

 

「あるけど相手は神だったなぁ」

 

「ならばそういう事でしょう。必要としていないからする気が出ない。それだけの話です」

 

 成程なぁ、と呟きながらすっきりした。もっと男とか女とか、そういう性差から来る事に対して由来しているかと思ったがそうか、本気で他人に対して何かを求めた事がないのだ。大体あるのは殺意ぐらいで、それ以外にはルドラサウムに対する義務だけで体を動かし続けていたのだ。その上で自分で全てに対処する為に、なるべく頼らず、なるべく自分で解決できるように鍛えた。

 

 そら他人に求めねぇわ。

 

「私個人としてはスラル様とそういう仲になって貰えると安心しますけどね」

 

「中身はともかく、俺は外見上は女だぞ?」

 

「そこに愛があるのであれば些細な問題だとは思いませんか?」

 

「流石騎士になる為だけで性別の壁を超えた奴は言う事が違うな」

 

「いえ、気に入らないという理由でナイチサに殴り込んだウル様程では」

 

「お前……それは言っちゃダメだろお前……!」

 

 だけど成程なぁ、と納得した所で、問題はそのままだった。日光とのセックスの話である。日光とセックスをすれば、それであの刀を抜く事が出来る様になる。その為にはセックスをする必要がある。こればかりは避けられない事だ。そしてケッセルリンクから話を聞いて、それでセックスを避けていた理由を理解して、それで判断した。

 

「じゃ、いっか。必要だからセックスするってのもなんか面倒だし」

 

「どうやら心は決まったようですね」

 

 ケッセルリンクの言葉に頷く。日光とのセックスはいいや。一番上手く扱えそうなやつに横流しすりゃあいいな、と判断する。少し前までかなり葛藤していた事だが、踏ん切りがついた。そういう性的なもんに縁がないのだろう、きっと。そういう気持ちにも気分にもなれた事がないし。

 

 本気で誰かを求めるようになれば、その内セックスにも興味を持つだろう、という結論に至った。まぁ、それだけの話だ。おしまい。ウル様のCGは決して安くないのだ。

 

「あー、すっきりした。これで気持ちよくまた魔人をぶち殺しに行けるな」

 

「快眠から目覚めた勢いで殺しに行くような事を」

 

 なんとなく、つっかえていた部分が抜けたので気分爽快、という感じだった。とはいえ、日光を抱かないと決めたら決めたでやらなくてはならない事が増えるのだが。まずは日光を扱いきれる人材をGL1000年の前に用意しておく必要がある。可能であれば《剣戦闘Lv2》クラスの人間が良い。正史だと勇者が日光を装備していた、という話だった筈だ。

 

 となると人間牧場の外で勇者が産まれた事になるのだろうか。

 

「―――」

 

 ふと、思いついてしまった事がある。にやり、と笑みを浮かべる此方の姿を見て、ケッセルリンクが小さく笑みを零した。

 

「やはり貴女はそういう風に大胆不敵に笑みを浮かべているのが実に似合う」

 

「悪いけど口説くのはNGで。だけどそうだな、俺も基本的には笑っている方が楽しいし、好きだな……なるべく、笑える世の中でいてくれた方が良いよな」

 

 ともあれ、紅茶を飲み終わって空になったカップをテーブルの上に置いて、立ち上がった。

 

「おや、もう帰りますか?」

 

「行動派だからな。思い至ったらその内に動いておかないとな。茶、美味しかった。今度はスラルちゃん連れて来るよ」

 

「その時間を二人で過ごしてくれたら私としては十分なのですが」

 

 ほんとスラルの事が好きだよね、と出て行く準備を整えながら立ち上がって、しかし出て行く前に一度、ケッセルリンクの方へと向き直った。ちょっとだけ、気になる事があった。

 

「セックスの話をしていてちょっと下世話かもしれないけど気になったんだが」

 

「なんでしょうか」

 

「……ケッセルリンク、スラルちゃんに対してそういう感情ないの?」

 

 女から男になった。そして男と女はまぁ、そういう事でして。スラルに対するガルティアとケッセルリンクの入れ込み具合を見ればそういう関係もあったのかなぁ? と思ったりもしている。本人からはバイ発言も聞いているし。だからちょっとだけ気になった話だったのだが、

 

 ケッセルリンクは軽く笑った。

 

「私はスラル様の心を守る為に騎士になる道を選んだのです―――私はそれを裏切るつもりは永劫ありません」

 

 真顔で、一切そういう感情を抱いていないというのを断言してしまった。優しく微笑む、その表情を見てスラルも罪作りな女だなぁ、と思いながら手を振ってさよならを告げた。

 

「また使徒を増やしてシャロンちゃんに飽きられないようにな」

 

「むぅ……」

 

 むぅ……じゃねぇんだよ。そう思いながら軽く笑い声を零し、来た時よりも晴れやかな気分で再び旅立つ。

 

 日光を握る人間を最悪を想定して此方で用意する必要がある。勇者の確保も重要な事だ。だけど思う、勇者特性があるのなら勇者に日光持たせるの無駄なのでは?

 

 寧ろ長命の種で《剣戦闘Lv2》持ちを見つけて、日光を持たせれば日光ユーザーとしてこれは生涯現役なのでは……?

 

 そう―――スーパー日光使い育成計画を思いついたのである。

 

 濃密なレギュレーション違反の気配。

 

 だが時間は腐る程あるのだ、試さない手はなかった。




 腕を組む。キャッキャうふふしている二人の女を見る。それを遠巻きに眺めながらうんうんと頷いているのがケッセルリンク様。そこに飯作ってくれよ、と躊躇なく近づくのがガルティア君。

 単体で完結する生物に生殖は必要ないのだ、と行く話。なんでもかんでも自分でやろうとする奴は他人を求めないのだから、必要もない、興味もないのにやろうとしても気持ち良いどころかストレスにしかならない、という話でもある。

 久しぶりの悪魔界へ。


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915年 悪魔界

 日光を使える存在を育成しよう。

 

 というか日光という対魔人用決戦兵器の事を考えよう。

 

 対魔人用に生み出された日光だが、彼女の全盛期というか活躍は、GL1000年に発生する魔王戦争が最大だ。そこで勇者に握られた日光はカオスを握ったガイと共にジルに対抗し、そして魔王ジルを倒す事に貢献した。それ以降は歴史の表舞台から消え、再び出現するのは健太郎―――つまりは魔王リトルプリンセスの恋人の手に渡る時であり、これは魔王ガイに挑んだ人間のパーティーが保有していたものが、健太郎に渡る事である。そしてこの時発生したのが、

 

 今までの所業に罪悪感を覚えたガイが健太郎に無防備に姿を晒し、攻撃を受けて殺されるという展開である。

 

 ガイ、お前正気か……? と今更言いたくなるようなことでもある。後悔するならそもそも魔王に関わるんじゃねぇよ、と。だが同時に、魔王の血というモノがどれだけ人生を、人間の精神を狂わせるものなのか、それを理解させるものでもあった。ただ、まぁ、そこから日光の役割は散々な物だ。どことなく常識人が抜けていない事もあり、異邦人である健太郎とリトルプリンセスの子守を続ける。その上で【戦国ランス】で健太郎が魔人化するもずっと使われ続ける。

 

 そう、完全に無駄に使われているのである。

 

 世界で二つしか存在しない、対魔人・対魔王特攻武器である二振りの内の一つ。

 

 それが完全に腐っているのである。いや、まぁ、リトルプリンセスの子守は必要だったのかもしれないが、それはそれで別の存在を配置すればそれだけで解決する問題でもあるのだ。そう考えたら完全に日光の居場所が腐っている。余りにも勿体ない。勇者に使わせるのだってエスクードソードがあるのだから無駄に決まっているのだ。だったら普通に、剣の戦闘技能を保有している長命の存在を用意するか、それを生み出せばよいだけの話だ。

 

 この場合特殊変異体のモンスターでも構わない。

 

 悪魔や天使の場合、種族差でそもそも《無敵結界》が通じないので腐る。なので理想なのは人間だ。それも不老の呪いをかけられているもの。或いはカラーでもいい。その場合は俺がみっちり世代交代を監視しながら聖刀使いの家系でも作ればいい。そうやって日光を扱う事に特化した人間を世代交代の果てに生み出す事を目的としてもいい。

 

 どちらにしろ、日光を使える存在と言うのを探す必要があった。ただそういうのを走り回って探すのは流石に無駄だ。故にこういう探し物のプロフェッショナルの力を借りる事にした。

 

 つまりは悪魔だ。

 

「久しぶりに来たぜ悪魔界……!」

 

 ナイチサによって瀕死に追い込まれた時以来の悪魔界来訪だった。アレ以来大量の魂が悪魔界に送られてきた影響で、三魔子やラサウム等といった主要の悪魔は大きく力を付けたという話だった。まぁ、ナイチサが人類死滅率50%とかいう快挙を達成してしまったのだからさもありなん。というか今更だが、50%到達とはいったい何千万人、いや、億単位で死亡したのだろうか? そして減った魂の総量はまたルドラサウムが増やしたのだろうか?

 

 ちょっと、そこら辺は気になる。

 

 とはいえ、人間牧場によって現在の人口は爆発的に増え、ナイチサが魔王をやっていた頃よりも減って、そして同時に無造作に殺されている。命のスパンとサイクルが大幅に加速している―――悪魔側も、正史よりもその強さが増していると表現しても良いだろう。定期的にウチの里から悪魔になったカラーが供給されるし。

 

 そんな事もあり、悪魔は結構身近なお隣さんである。数千年前の悪魔との約定もある他スラルと個人的に契約している件もある。そういう事で割と悪魔界という場所にはこないものの、身近な存在と自分は考えていたのだが、

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、ドラゴンだぁ―――!」

 

 悪魔界に到着して最初に見かけた悪魔に話しかけようとしたら絶叫しながら逃げられた。次に見かけた悪魔に話しかけようとしたら、その場で失禁しながら腰を抜かし、腕で体を引きずりながら逃げ出した。

 

「あ、あっ、悪魔、き、金髪の悪魔……!」

 

「悪魔なのはお前らだろ」

 

「殺される……殺される」

 

「大量虐殺だ!!」

 

「ドラゴンが来たぞ!! 助けて! 助けてぇ!」

 

「……」

 

 悪魔界の入り口近く、そこで足を抱え、体育座りしながら混乱し、勝手に発狂し始める悪魔たちを眺める。口でるーるーるー、と軽く歌を歌いながら、勝手に奈落へと逃げるように飛び込んでいく姿を見て、うん、と頷く。悪魔連中がどうやら、ドラゴン・リアリティ・ショックを発症していたらしい。流石にこの流れはクッソ失礼なんじゃないか? と思いながらも何も言えなかった。生きる事に絶望して新たに奈落へとダイブする悪魔の姿を眺めつつ、体育座りのままじっとする。

 

 そこに見た事のない悪魔が近づいてくる。白髪に青と白の露出の多い悪魔だった。

 

「ねぇ、貴女あのドラゴン・カラーでしょ。レガシオ様から姿を聞いているから直ぐに分かったんだけど……何をやってるのかしら?」

 

「いや、流石に見られただけで発狂して自殺ダイブされると傷つく……」

 

「あぁ、うん……そう……」

 

 俺にだって、傷つく時もある。特に逃げ出す時の顔がガチの恐怖の表情だった場合は、俺、そこまで怖い……? とちょっとだけショックを受けてしまう。だけど、うん。評価が高いのはペンシルカウぐらいだよね、それ以外だと基本的に暴君だし、大暴れしている存在だし、扱いでは魔人とそう変わらないよね、うん。

 

「……うん。流石に目の前で失禁しながら逃げられたら傷つく」

 

「……そ、そうね」

 

 でもなぁー。原因は間違いなく数千年前に暴れた自分が悪いんだよなぁ。少なくともやらかしたという自覚だけはあった。だって間違いなく悪魔界初の大量虐殺イベントだったし。でも、まぁ、その果てにスラルを助けられたのだから、最終的には良いだろう。まぁ、しゃーない、しゃーないと自分に言い聞かせる。だけどやっぱ普通に傷つく。

 

「仕方がない。二日酔いのショックは迎え酒でなんとかしろ、という言葉がある」

 

「聞いた事がないわね」

 

「つまり迎え虐殺でショックを乗り越えよう」

 

「成程、噂通りね……だけど止めて。ほんと止めて。特にあの噂の猫人間は」

 

「マギーホア様は全体的な違反項目多すぎて翔竜山からほとんど出られないから……」

 

 マギーホア、動き出せば間違いなくこの大陸で最強生物を名乗れるだけの実力があるのだが、それでも強すぎるあまり、常に監視されている生活でもあったりする。俺がマッハ=ハーモニットに監視されている様に、別の手段で常にマギーホアは監視されている。つまり人物レベルのバランスブレイカーに対する監視である。俺がまだ、そこら辺ラインをわきまえているので許されている部分があるが、

 

 マギーホアの場合、出れば勝ててしまう。

 

 だから大陸の騒動に対して出勤する事そのものが禁止されている様なもんだ。なので出来る事と言えば翔竜山でスパーリング相手をするぐらいで、最近はコーチングにもハマっていたり、スポーツでドラゴン達と遊んで時間を潰したりしている。マギーホアも大分面白くなったもんだと思う。歌とかスポーツとか、いろいろやって翔竜山での文化的生活を繰り広げている王様の姿は面白い。

 

 まぁ、それでも味方でいてくれるだけ、心強い。何かがあった時、マギーホアが居てくれるという事の安心感は凄まじいのだ。俺達の王様が健在だからこそドラゴンも、種族全体として理性を保っているし。

 

 まぁ、それはともかく、

 

「悪魔に一仕事して貰いたいんだけど……えーと」

 

「フィオリで結構よ。それで……報酬はどうしてくれるの?」

 

「は? 俺が報酬を支払うとでも思ってるの?」

 

「《リターン》」

 

 

 

 

 気づけば悪魔界から追い出され、大陸どこかの野原の上で尻もちをついていた。ルドぐるみを召喚しつつその上に座り、座ってから倒れ、そしてごろり、と腕を投げ出すように全身をルドぐるみの背中に埋もれるように倒れ込んだままふよふよと地面から数メートルだけ浮かんだ状態でんー、と声を零した。

 

「やっぱ悪魔には頼れないか」

 

 基本的に悪魔は仕事に忠実だ―――だがビジネスだ、連中は対価がないと働かない。可能であればこの大陸で《剣戦闘Lv2》かLv3を保有する生物のリストを作ってくれー、と頼む所だが、やっぱりあの様子を確認する限り、無償労働なんて頼むのは難しいだろう。レガシオもちょくちょく屋敷に遊びに来ては飯を食って帰るぐらいには仲が良いのだが、それでも仕事の規模が大きくなると、それを請け負うのは難しいだろう。

 

「んー……」

 

 発想は間違ってないんだよなぁ、と思う。

 

「やっぱ俺が日光を使うしかないかー……?」

 

 まぁ、義務ックスで終わらせればいいし。そう思いながら視界の端へと視線を向ければ、マッハが地面からゆっくりと生えてくるのが見えた。

 

「やっぱやめよう」

 

 そう言葉を出すと地面の中へとマッハが沈んで消えた。

 

「マギーホア様に持たせるか」

 

 マッハが神々しい光を発しながら地面から上がってくる。

 

「やっぱ止めよ」

 

 そして再び冬眠に戻った。

 

「次の春までしっかり眠ってるのよ……じゃねぇよ。俺が真面目に日光を使ったらアウト判定なのかこれ? いや、ペナルティ範囲なのか。段々と線引きが辛くなってきたぞぉ」

 

 まぁ、自分が人類側に対する特大なバランスブレイカーである事は自覚している。だからこそ、なるべく静かに舞台の裏で動いているのだが、表舞台に立つような道具を本気で運用するのは禁止―――いや、違うか。どちらかというと、

 

「俺が自力で突破手段を見出す事を楽しみにしてるのか、ルドちゃんが」

 

 地面からサムズアップが突き出て来た。最近マッハも細かい芸を覚える様になってきたので周りで超越者共の芸人化進んでない? と思いつつある。でも、まぁ、それを笑って見られる様になったのは、間違いなく自分が余裕を得たからなのだろう。こうやって色々と困っているものの、それを苦しく思う事は一つもない。出来る事、出来ない事、それを一つずつ自分で解決して行くのは、

 

 なんだかんだで楽しい。

 

「ま、今度天上に向かった時、チートアイテムで無双しました、じゃあ伝えるには面白くないしな。それなりに頑張ってなんか武勇伝を語る内容も必要か」

 

 そう言って諦める事にしつつ、さーて日光さんの事をどうしましょうかと悩む。やっぱり、勇者に運用させるしかないか? 都合よく《剣戦闘Lv2》を持っている人間を俺一人では見つけられるとは思えないし。とりあえずウチの里で振るうだけの才能を持っている子を探すべきだろうか?

 

 ……悩みどころである。

 

 そう思った所で、

 

「お―――姉さん、こんな所に居たんだ」

 

「ん?」

 

 知っている人の声に振り向きながら視線を向ける。その先に居たのは簡素な旅装に身を包んだ、黒髪に赤いクリスタルのカラーの姿だった。妹のカラーであるハンティの姿におぉ、と声を零してからルドぐるみから降りて、

 

 ―――迷う事無く目の前の大地を蹴り上げた。

 

 ハンティの姿がそれに飲み込まれ、通常の生物であれば間違いなく一瞬で消し飛ぶような一撃。一人を殺すにはオーバーキルとも表現できるだけの破壊力を前に、クリスタルから第三の目を開き、右腕に竜鱗を纏いながらルドぐるみを握った。

 

「次俺の前でその姿になってみろ。ばらばらに引き裂いて無限に殺し続けてやるぞ」

 

「失礼、まさかここまで激怒するものだとは思わずに」

 

 粉砕した大地の中から、多少の土煙を被りつつも、無傷の姿が出現した。その姿は黒いスーツに身を包んだ、長い黄色い顔が特徴的な存在であった。心の底から謝っている事を感じさせる言動を前に、多少の怒気が薄れる。とはいえ、相手の姿を見て、その存在を知っている者からすれば、安心する要素は欠片もない。

 

「……個人的な疑問なのですが、何故私の変身を即座に看破できたか、それを聞いても宜しいでしょうか?」

 

 ぺっ、と横に唾を吐き捨てながらルドぐるみを握ったまま、中指を突き立てる。

 

()()だよ」

 

「臭い、ですか」

 

「そう、魔人の体に流れる魔血魂の臭いだよ。どれだけ姿を隠しても、どれだけ姿を変えても、対峙すればそれだけは隠せない。直ぐに魔人だって解る」

 

「成程、噂に違わぬ超人ぶりに感服しました―――」

 

 それでは、と魔人は言葉を置きながら、優雅に一礼を取った。

 

「ジーク、魔人ジークという者です。突然の無礼を失礼します、ですが……」

 

 ジークは言葉を置き、懐に手を伸ばし、そこから一枚の招待状を取り出した。

 

「我が主、魔王ジル様からの招待状を届けるためにこうやって参りました」

 

 ジークが取り出した招待状と、そしてその言葉を聞き僅かに、今まで凍り付いていた歯車が動き出すのを感じていた。




 GM三超神は日夜ちゃぶ台を囲んでレギュレーションとエラッタ内容について議論を続けている……!

 ウルちゃん様が嗅ぎ付けているのは正確には魔血魂じゃなくて魂なんだけどね。ルドちゃんと200年も一緒にあれば臭いぐらいならドラゴン技能合わせて解ってくる。そして大体の魔人尾魂は魔血魂の影響で血の匂いが酷い。

 という訳で、呼んでますよウル様。


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915年 煉獄への招待状

「意外でした」

 

 ルドぐるみの背で胡坐を組む様に座りながらふよふよと魔人紳士ジークの横を浮かんでいると、歩きながらジークがそう声を零した。

 

「まさかそのまま魔王城に来るとは思いませんでした」

 

「俺も最低限の準備を整えようかと一瞬は考えたんだけどねぇ」

 

 ルドぐるみの中にもふぅ、と上半身を倒してダイブしつつ、そのもふもふさを堪能する。こうやって無防備な姿を晒しているのだからどんな反応をするのかなぁ、と思うが、魔人紳士と呼ばれる魔人ジークは、

 

「はしたないですよ」

 

「異性として認識してねぇってこった」

 

 やんわりと注意を入れた。これ、常識的な部分は物凄い普通臭いなぁ、と思いつつ、そうだなぁ、と声を零す。まぁ、そうだよなぁ、と声を零す。とはいえ、俺の人生を振り返ってみるのだ。そしてそれを振り返りつつ思うのだ。

 

「世の中には流れがある」

 

「流れ、ですか」

 

「せやで」

 

 流れだ。シナリオ、イベント、世代。言葉を変えてもいい。だが常に流れというものが存在していると思っている。それに逆らっても流れが狂って、自分が弾き飛ばされるだけである。つまりこれは乗らなければならないのだ。或いは避難するのが大事だ。自分の予想ではもうちょい余裕があったと思っていたのだが、それでもジルが呼んだのだろう。

 

「世の流れは常に災禍の中心点から始まる。それが巻き起こす意思によってこの世の中には生まれる。そしてそれが動きを求めたのであれば、それに乗るのが恐らく、正しい世の中との付き合い方なんだよ、ジーク君」

 

「ジーク君、とは初めて聞く呼ばれ方ですね。中々こそばゆいものを感じますが―――成程、我らが魔王様が流れを作るというのであれば確かに、逆らう事も出来ないでしょう」

 

 じゃろ、とぐったりしつつ答え、それに、と言葉を置く。

 

「あの子が魔王になる事に関しては、俺がどうにか出来たのにそれをどうにかしなかった俺の責任でもあるからな。前々からどうしてるのか、ってのは気になってたことだし―――まぁ、近々様子を見に行くつもりでもあったしな。渡りに船、とはこういう事よ」

 

 まぁ、予定がやや狂ってしまったのは事実だ。それに前までの様になんでも従う、という状態でもない。自分の意思で、自分の目的の為に、自分の幸せを考えての行動なのだから。まぁ、それでも、システム神にロードを―――あ、やっぱこれ止めよう。不用意に口にするとマジで出現しそう。最近の神々のフットワークの軽さはなんか、ルドラサウムの冒険に対する期待感の高まりと共に増している様な気もする。うん、不用意に口に出してマジで出現した場合が困るから止めよう。

 

「ケッセルリンクからは中々剛毅な女性と話を聞いていましたが……成程」

 

「え、アイツ俺の事なんて言ってたよ」

 

「自分の魅力を押し殺している、勿体ない人だと」

 

 アイツ、今度会ったらしばくわ。心の中でひっそりとケッセルリンクに一発叩き込む事を決めつつ、ジークと並んで魔王城へと向かう。咄嗟の事ではあるが、常に最悪を想定して装備などは持ち込んでいるので、最悪逃げるだけの準備は常に整えてあるから心配はいらない。フラグでもなんでもなく、ナイチサの時の事は反省しているからだ。なので心配する必要はない。

 

 なので、普通にジークと移動した。

 

 そしてこのジークという魔人、中々ナイスガイ……と評価できる。ガイ、という言葉が正しいのかどうかは疑わしいが。それでも紳士を気取るだけあり、丁寧な言葉で、そして此方が女性らしさをまるで見せないゴリラの様な女でも女性として扱い、会話もリードしてくれる。こんな紳士的な人材がケッセルリンクの他に魔軍の中に存在したのかよ、というのは軽い驚きでもあった。

 

 そういうトーク技術が高い事もあり、魔王城までの道中は中々飽きる事がなかった。この魔人ジークというのは紳士的ではあるものの、その価値観がジルからは大きく異なっているのが話していて面白い魔人だった。

 

「私はですね、魔王様の方針には反対しているのです」

 

「意外だな……?」

 

「でしょうか。人間牧場というのは苦しみを生み出して管理する、という形では最も効率的でしょう。ですがこれはもはやシステムです。そこに人間らしさも、魔物らしさも存在していません。完全に人間が家畜で、そして魔物が人の様に文明的な生活を送っている……これでは生物として根本が間違っているとしか言えません」

 

「つまり人は人らしく文明を築き、そして魔物はそれを破壊するべきだと」

 

「えぇ……それが人と魔物という生物の姿だと思いますが」

 

「面白いなぁ、ジーク君は」

 

 生物、或いは種としてのデザインに叛逆しているのが今の時代だとジークは表現する。これは余りにも間違っている。人類は素晴らしい文明を生み出す事も出来るのだ。なのになぜ家畜として飼うのだろうか? その新しい文明を生み出すという行いに関しては、魔物では出来ない事だ。それをジークは尊ぶ。だからこそ魔人紳士、と呼ばれる振る舞いをする様になった。

 

 それでも人間は殺すそうだが。

 

 面白い魔人だった。

 

 ケッセルリンクの友人じゃなきゃ殺せる時に殺してた。こいつは迷う事無く殺しておくべきタイプの魔人だった。

 

 

 

 

 焦る事無く数日の距離を移動し、将来はリーザスと呼ばれる地域の周辺までやってくる。かつてはここには大量の魔物が存在し、陣を張ったりして人類との戦いを続けている場所でもあったが、今ではまるでその姿を目撃する事が出来ない。当然だが前世紀までは展開されていた魔軍は今では大陸中に散開し、それぞれが人間牧場の運営と維持に関わっている。そしてその為に魔人も大半が出払っている。その為、最も警備が多い筈であろう魔王城の存在が完全にオープンになっていた。

 

 ナイチサの時代とは全く逆の風景である。

 

 かつてはここに大量の魔物兵が居た姿を思い出し、ちょっとだけ寂しさを覚える。魔王城が見える所までも来ても、恐ろしく魔王城は静かだった。かつて見せたような騒がしさは一切存在しなかった。ルドぐるみの背の上からその景色を眺めつつ、ここもGIに入れば、リーザスとなって、王国となって、それで人間の住む町が広がるのだと思うと、ちょっとした感慨深さを感じる。もう、そういう時代まであと1000年程度なのだから。

 

 随分と、長生きをしたものだ。

 

 人間の時代がすぐそばまで迫っている。

 

 と、そこでジークが足を止めた。その代わりに、魔王城の前に見慣れない人影が立っているのが見える。其方へと視線を向けてから、ジークの方へと視線を向ける。

 

「すみませんが、私のエスコートはここまでです。これより先は魔王城の前に居るガイがエスコートしてくれるでしょう。名残惜しいですが、私も戻らないといけませんので」

 

「いや、これまでの道のり、それなりに楽しませて貰った。もう二度と会わない事を祈るよ」

 

「えぇ、此方もそれを祈っております。それでは」

 

 言葉を置き、ジークが去って行く。ドラゴンに変身したジークはそのまま、空を飛んで消えていく。その姿を見送ってから視線を魔王城の方へと向け、ルドぐるみから降りて、歩いて移動する事にした。

 

 歩いて、歩いて―――そして久方ぶりの魔王城に到着した。

 

 その前には半身を鎧で包み、半身人間半身魔物の姿をした男の姿が見える。その腰には強い力を秘める魔剣を帯剣しており、濃密な魔血魂に犯された臭いが漂ってくる。だがその瞳の中にはどことなく、反逆者としての気概を感じさせるものが見える。成程、と口に出さず呟く。

 

 これが魔人筆頭ガイ―――後の魔王ガイ、か、と。

 

「カラー女王、ウル・カラーと見受ける」

 

 ガイが、口を開き、確認する。その視線は此方の存在しない左腕へと向けられ、クリスタルと髪の色を見て、そして判断された。それに応えるように頷き、

 

「おう、俺様がカラー女王だ。ジルに呼ばれて会いに来てやったぜ」

 

「げぇ……ほんとに生きてる」

 

 応えた言葉に対して、どこかで聞いた事のある声が聞こえた。ガイの腰へと向ければ、帯剣された魔剣が―――つまりは魔剣にされてしまったカオスの姿がそこにはあった。伝説の冒険者の末路としては、余りにも情けない姿になってしまったと表現できるだろうと思う。

 

「久しぶりだな、カオス。神に祈ったりするからそうなるんだ。止めてやろうとしただろう?」

 

「世間じゃ殺すのを止めるって言わないで終わらせるって言うんだと儂は思うんだけど」

 

「知り合いか、カオス」

 

 ガイがカオスを引き抜きながら質問すれば、おう、とカオスが答える。

 

「儂がこの世で一番苦手とする女」

 

「お前がそう言うのは珍しいな……」

 

「だって儂の心のチンコがまるで反応しないもん」

 

「ぼろくそ言われてるなぁ、俺……」

 

 まぁ、やってきたことを考えると仕方ないのだが。そこでガイはカオスを腰に戻し、それから此方へと視線を向け、

 

「―――ジルには俺から話を通そう。ここで帰ると良い」

 

 ガイは唐突にそう切り出した。ちょっと、予想外の言葉だった。まさかここまで案内されて帰らせようとするなんて。とはいえ、頭を横に振る。

 

「俺も、ジルに会いに来たんだからな。このまま帰る事なんて気はないよ」

 

「話は聞いている。魔王ジルがかつては教え子だったという話は」

 

 だが、とガイは言葉を止め、数秒程、待ってから言葉を続ける。頭を横に振りつつ、

 

「もはやそこにお前の知るジルという人物は居ない。会っても苦しむだけだ」

 

「善い方のガイも大変だねぇ」

 

 警告するガイの姿を見て、カオスが腰から茶々を入れる。とはいえ、ガイの言動は実に真剣なもので、心の底からここで去るべきだと警告している様子だった。そう言えばガイは二重人格で、善と悪の人格が一つの肉体に同居している、のだったか? カオスの言動を聞く限り、恐らくこれが善の人格なのだろうが。そして悪の人格はランス君系だったとか。ちょっと気になるが、

 

 今はそれよりもジルの事だ。ガイの言葉に頷く。

 

「成程、魔血魂の影響で確かにジルは俺の知っている頃のジルとは別人なのかもしれない」

 

 だけど、と頭を横に振る。

 

「それでも俺は彼女に会う必要がある。一種のライフワークだから気にするな」

 

「魔王に会うライフワーク」

 

「……ならば俺はもう止めない。先へと進み、そして存分に心を壊すと良い」

 

 どことなく悔しさと、そして後悔を滲ませた声をガイは放ちながら背を向け、案内する様に魔王城の中へと入って行く。

 

 それに付き従い、案内され、自分も久方ぶりの魔王城へと侵入する。魔王城の姿は変わっていないものの、生物の気配に関してはほとんど存在せず、奥の玉座の間の方からある程度の集まりと、巨大な魔血魂の気配を感じられる―――恐らくこれがジルの気配なのだと思う。そして厨房の方にも僅かに命の気配を感じられる。どうやら厨房の方は正常稼働しているらしい。

 

「それにしても魔人や魔王をぶっ殺すつもりだったのに魔人に使われるのってカオス君今どんな気持ち?」

 

「物凄い全部ぶっ殺したい。というかなに、儂煽られてんの?」

 

「うん」

 

「笑顔で即答された」

 

「……」

 

 ガイがどことなく、呆れの溜息を吐いた。大体魔軍と、というか魔人とエンカウントするとこういうリアクションばかり向けられている様な気がする。まぁ、そう言うキャラを貫き通している俺に原因の全てがあるのだが。ともあれ、

 

 魔王城を進んでいき、ジルの元へと向かおうとする。

 

 これを抜ければジルと会える。

 

 数百年ぶりに、彼女との再会だ。

 

 そう思い、軽い緊張感を纏いながら廊下を進んだ先で、

 

 ―――廊下で行き倒れている姿を見つけた。

 

 そのあんまりな光景に、ガイ共々、足を止める。ツインテールの金髪に装飾が多く施された、ドレスの様な服装をしている存在は顔面から廊下にぶっ倒れている。どことなく、すぐ近くに齧った跡のある菓子が落ちていた。

 

 ごめん、こいつ見た事があるんだけど。

 

 JAPANというか死国で。

 

「えっ、なんでラ・バスワルドがこんな所で倒れてるんだ……」

 

 若干引きつつ、第二級神にして魔人に堕とされた神、破壊神ラ・バスワルドが廊下で倒れているのを目撃した。その姿を確認してからガイは片手で軽く顔を覆うと、ラ・バスワルドの傍に落ちている菓子を拾い上げ、それを軽く噛んだ。そしてそのまま、溜息を吐く。

 

「アレ程酒の入っている物には手を出すなと言いつけていた筈なんだが……」

 

「え、なにそれ」

 

「バスワルドちゃん、下戸なんだよね」

 

「えぇ……」

 

 カオスが放った言葉に呆然としながら、ガイの拾った菓子を貰って軽く噛んだ。味付けの為に軽くリキュールが使用されている感じなのだろうが、ほとんどアルコールは感じられない。おかしいなぁ……これでダウンする生物なんて俺、初めて聞いたぞ……。ラ・ハウゼル、ラ・サイゼルを超えるポンコツっぷりを今、ここに目撃してしまったような気がする。

 

 と、カオスから何やらオーラが溢れ出す。

 

 そしてそれをガイが叩いて鎮めた。

 

「えー、殺そうぜ、こいつ。殺そうぜ殺そうぜー。儂魔人ぶっ殺したーい! チャンスだからぶち殺そうよー」

 

「駄目だカオス」

 

「えー、殺したい殺したいー」

 

「駄目だ。それよりも先へと進むぞ。ジルが待っているだろう」

 

「えー」

 

 え? 放置していいの? と思いながらラ・バスワルドの倒れている姿を乗り越えて先へと進む。酒の気配に目を回して倒れている女神の姿をもう一度だけ確認してから、歩き出した。だけどやっぱり気になるので、アレ、なに、と指さしながらガイに聞いてみる。それに応える義理も義務もないのだろうが、ガイは親切にもそれに答えてくれる。根本的な部分で苦労性というか、善人過ぎる部分がある様に見えた。

 

「魔人ラ・バスワルド―――魔王ジルが神より得た魔人だ。ただ当初は言われて動く程度の事しか出来ぬから、ジルが調整を行い疑似的な人格を与えたのだが……」

 

「だが……?」

 

 そこでガイが溜息を吐いた。

 

「恐ろしいほどに下戸だったり、何もない所で転んだり、塩と砂糖を間違えたり、呪われているのかと思えるほどの不器用さを見せてな……」

 

「ポンコツ魔人……」

 

 ラ姉妹のダメな部分ばかりを圧縮して適応してしまったのだろうか? それは、余りにもあんまりじゃないだろうか……。

 

「ジルも何度も人格を作り直そうとしたが、何度試しても毎回ああいう風になってしまうからな……気が付けば気絶して倒れていたり、どこかを破壊していたり、人間牧場を勢い余って消し去ったり……」

 

 どことなく疲れた気配が見えるガイの言動に、少しだけ同情してしまった。そして何をしても絶対にポンコツになってしまうラ・バスワルドの存在に完敗。

 

 とはいえ、元々は感情も人格も人間性すら存在しない破壊の女神なのだ。

 

 だったら多少酷くても、こういう形の方が人生楽しめそうなんじゃないだろうか?

 

 絶対に戦いたくないけど。魔王級の魔人とか一体誰が相手したいんだ、という話だった。

 

 そういう訳でラ・バスワルドを超えて進んだ所で、更に魔王の気配が濃厚になってくる。それが肌に感じられる距離になった所で、ガイが足を止める。ナイチサの時も感じられた、魔王という存在に宿る存在としての圧力。それを感じられる所まで来たところでガイは口を開いた。

 

「……ここから先は一人で進むと良い。そして思い知るだろう、かつてと今の違いを」

 

 そして、とガイが言葉を続ける。

 

「それで、戦う覚悟があるのであれば……」

 

 ガイが言葉を区切り、頭を横に振った。

 

「いや、進むと良い。願わくば、私と同じ道を歩まぬ事を」

 

 そう言ってガイが去って行く。その姿を軽く眺めてから小さく息を吐き出す。感じる事の出来る魔王の暴威はナイチサの時よりも上に感じられる。或いはジルの方が魔王の技能Lvが高いのかもしれない。だがその考えを消し去り、

 

 数百年ぶりのジルの姿を見る為に、そのまま足を進めて奥へと進み、

 

 玉座の間へと通じる扉を開いた。

 

 扉を開き、そこに広がる光景を見て、

 

「―――」

 

 言葉を失った。

 

「あっ、あっ、はっ、はっ」

 

「はぁ、はぁ、はぁ―――」

 

「あぁ、いいぞ。もっと、もっと激しく……」

 

 長く、美しい髪を持った女が男に挟まれる様に犯されていた。膣と尻穴の両方で肉棒を咥え込みながら、床に倒れる男に自分の体を突き上げさせ、そして後ろから膝を折る様に尻穴に肉棒を突っ込む男に、押さえつけさせていた。下、そして後ろから責められるジルは両腕、両足を無くした状態で、ほぼ道具の様に犯され続けている。その切断面は既に癒えており、皮膚が覆っているのが見える。

 

 そしてジルは犯されながらも首を締め上げられていた。下から突き上げるように犯す男が両手でジルの首を掴み、締め上げるように殺そうとしているのが見える。戦士としての勘から、犯している男が両方共、この時代としてはかなりの高位の男たちであるのが解る。恐らくレベルは50を超えているだろう。それが本気でジルを壊そうと犯している。

 

「こいつ、こいつ……!」

 

「はぁ、やばい、腰が止まらない」

 

「もっと、もっと壊れるぐらいに強く犯せ」

 

「うっ、ぐっ、あっ、ぐっ」

 

 道具の様にジルが犯されている。なのに苦しんでいるのはジルを犯している男たちだった。既にジルの陰部からは精液が溢れ出し、その髪も、体も、精液で白く染め上げられているのに、淫靡さを纏いながらも一切の余裕を崩す事無く力に溢れていた。首を締め上げられながらもそれを快感に思うように恍惚の表情を浮かべている。

 

 魔性の女―――そう表現できる様子でジルは男の肉棒を咥えこんで犯され続け、そして視線を持ち上げ、扉を開けた此方を見た。

 

「―――あ、先生!」

 

 此方を見つけたジルは輝くような笑みを浮かべた。昔とまるで変わらない笑みを。そうすると黒い両手両足を生やした。

 

「あ、ちょっと待っててくださいね、先生。今終わらせますから」

 

「あっ、かっ、くはっ……」

 

「あっが、が、」

 

 黒い四肢を生やしたジルは一気に絞り上げるように自分から体を動かし始める。膣で絞り上げるように肉棒を、そして尻穴で肉棒を締め上げながら、その胸で正面の男を圧迫し、その快楽で一瞬で脳味噌を蕩かした。後ろから犯している男も貪るようにジルに覆い被さると激しく、壊れたように腰を動かし始め、

 

 一気に射精し始めた。

 

 だが一度では終わらず、激しくジルの奥へと突き刺しながら射精をし続ける。

 

 それが終わらない。

 

 狂ったように射精を続け、男たちの姿が干からびて行く。そして声もなく、力を失い、腰を突き刺したままついには完全に動かなくなり―――死んだ。

 

「結局4時間しか持たなかったな……」

 

 そう言うとジルは体に突き刺さったままの肉棒を千切る様に体から引き抜き、体に張り付いた精液を魔法で全て消し去り、臭いも消し去る。そして完全に綺麗な状態で此方へと視線を向け、

 

 あの頃の笑みで、近寄ってくる。

 

「先生、お久しぶりです!」

 

 そう言って近寄ってきたジルは此方の手を取り、しかし弾かれる様に手を放し、

 

「あ、ご、ごめんなさい、その、いきなりは……失礼でした、よね……?」

 

「あぁ、いや、気にするな。ほら、俺とお前の仲だろう?」

 

「あ、はい、じゃあ……」

 

 そう言っておずおずと此方が差し出した手を取り、それを嬉しそうに握ってきた。

 

 その姿があまりにも痛々しく、

 

 あまりにも苦しすぎて、泣きそうだった。

 

 確かに―――もう、自分の知っているジルはいないんだ、そう理解させられた。




 エロだぞ、悦んでもいいんだぞ。

 凌辱趣味、クビシメックス、犯されながら犯す事。そして侮蔑の対象である男を犯し殺す事。犯されて壊されて歪んだ性癖。あのかうぃあかったジルちゃんはどこへ消えちゃったんだろうね……?

 ところで二穴挿しで登場する魔王とは……?


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915年 宣戦布告

「あぁ、どうしよう、先生と一緒に話したい事が、確かめたい事がたくさんあったんです。あぁ、本当に、本当にどうしよう……!」

 

 その四肢の様に黒い、漆黒のドレスを纏いながら、あの頃には一切存在しなかった少女の様な無邪気さでベッドの上で転がりながらジルは困ったような、楽しそうな、そんな様子で笑っていた。昔とジルの表面的な態度はまるで違っていた。寧ろ今の方が健全な少女の様に見える……その姿は二十代に入ったばかりの、若い娘の姿をしていても。それでもどことなくそのはしゃぐような姿は可愛らしかっただろう。

 

 彼女が魔王でなければ。彼女が二穴挿しで男を二人殺している所を見ていなければ、その姿もある程度は安心して見れたのかもしれない。だけど目撃してしまったのだ。ジルが不意に零した、虫けらを見るような、男に対して向ける視線を。陰茎を膣の中から引き抜いてぞんざいに投げ捨てる様子を。少なくともその姿を見て、昔通りのジルだ、と言える程俺は狂っていなかった。そして同時に、ジルの瞳を見て理解してしまう事もあった。

 

 正しい―――ガイは正しかった。

 

「ね、先生! お話をしましょうよ! ね!」

 

「あぁ……そうだな」

 

 ベッドへと招いてくるジルに従い、その縁に腰を下ろし、ベッドに転がるジルを見た。少しだけ大きくなった少女は―――たぶん、スラルとは別の意味で少女の魔王は、此方が座ると、その膝の上に頭を乗せてきた。嬉しそうにそうやって頭を乗せる姿を見て、髪に触れ、そしてその髪を手で梳いてゆく。指の間を流れる髪の感触は上質なもので、先ほどまで男たちに犯され、精液が付着していたとは思えないほどの触り心地だった。あぁ、そう言えば三擦りで達す程の極上の肉体だ、とどっかで聞いた事がある気がする。まるで悲劇を吸い上げた魔血魂が、肉体をそういう風に育てたような、

 

 そんな感じがする。まぁ、魔血魂のやる事だし、ロクでもねぇのは解ってる。

 

 だから片手で髪を梳き、

 

「ジル」

 

「なんですか、先生」

 

「あー……」

 

 なんだろう、何て言えばいいのだろうか。ここで謝る、と言うのもおかしいだろうなあ、と思う。何かジルが言ってくるんじゃないのかと期待している部分もある。だけどジルの視線には憎悪はなかった、純粋に待ち望み、楽しむ様な、そんな視線を向けてきている。不思議だった、彼女は俺の事を恨んでいるのだと思っていただけに、その反応は不可思議なものだった。だからあー、と、言葉を詰まらせて、

 

「……大魔法、完成した?」

 

 その言葉にジルは飛び上がり、此方の手を取った。

 

「そうなんです! 900年かかってしまいましたが、それでも大魔法の構築をついに完成させたんです! これを見てください!」

 

 此方の手を取ったジルはそれを引っ張りながらベッドから起き上がり、自室の机まで引っ張ると、手を振ってそこに複数の資料やメモ、ノートを浮かべた。そこに記載されている術式、構築を浮かび上がらせながら、解りやすいように見せてくれる。自分の見た事のないような構築が施されている。ある意味、異次元とも表現できる術式であった。だがこれは根本的に人間が振るうようにはできていない。

 

「……人間だとこれ、反動で死ぬな」

 

「ですけど私や先生の様に根本的に肉体が頑丈であれば、問題なく行使できるように設計しています。ほら、こうやって魔法に使うリソースの一部をこうやって拝借するので、後は―――をこうして、それを―――」

 

「その発想はなかった……」

 

 ジルはそうやって楽しそうに、昔語ったように魔法の話をする。こうすればこう繋がる、こうすれば俺でも使える。こうやればいいのではないか? というのを楽しそうに語ってくれる。ジルが見せてくれたのは《破壊光線》系統を超える、《大魔法》という系統を生み出していた。

 

 これは元は【ランス10】の第二部、《AL大魔法》という必殺技から着想を得た、《破壊光線》すら超える、個人で使用可能な最強の魔法系統を生み出そうぜ! という荒唐無稽な話だった。基礎理論はオピロス帝国が存在していた間にジルが構築し、

 

 魔王の任期の間に、更にそれをずっと研究し、更に改造し、俺でも扱える形にまで整えていたらしい。その狂気とも言える献身に、笑いながら軽口を挟みながらも、胸を苦しめられる思いを感じていた。ジルの目を見てしまえば解る。彼女は正気じゃない。現実から逃げている。そして縋っている。かつての美しかったころの記憶、それを引き出して、それに浸り、それに没頭し、

 

 演じているのだ。

 

 少女のジルを。

 

 それを仮面の様に被る事でジルは自分の心を、存在を守っている。正気を失いながらも、発狂する事無く理性的に動き続けていた。その姿がどうしようもなく憐れで、どうしようもなく、本当にどうしようもなかった。此方はスラルとは違っている。少女のまま魔王になっているのではない。

 

 ジルという魔王が少女の姿を演じる理由が自分には解らなかった。話を聞きながら、それに付き合いながらも、ジルの中には確かな憎悪を感じられた。それが果たして自分に向けられているのかどうかは―――出会った時の、男を犯して殺している姿を見た所から、聞き辛かった。だから自分に出来る事は、自分を呼び出し、表情を輝かせるジルの話に耳を傾け、付き合う事だけだった。

 

 色々と吹っ切れたとはいえ、それでもジルに対して罪悪感が全く無いかと言えばウソだ。ジルを前にすれば自分が彼女を見捨てたという事実はどうしようもなく、思い出せてしまう。だから自分から彼女に踏み込む事は、中々に難しかった。だから彼女の話を聞き続け、彼女から大魔法という概念を受け取った。これによってこの世に新たな魔法の体系が完全に確立された。本来は《魔法Lv3》専用とも呼べる領域の魔法だ。それを俺が扱えるようにアレンジされたものを受け取りつつ、

 

 嬉しそうに、ジルは笑った。

 

「先生、あぁ、先生」

 

「……なにかな、ジル」

 

「私、実は人間をそこまで恨んでいないんです」

 

 ジルは笑いながらそう言った。

 

「先生は知っているでしょうけど―――私は先生がいなくなって少ししたら、妬まれて、騙されて、仲間からも売られて、監禁されて、助けを呼んでも誰も助けてくれず、ずっとずっと何年間も犯され続けました」

 

「……」

 

「初めての相手は豚の様な男でした。ろくに濡らしてないのに膣の中に陰茎を叩き込んできて、血を流す程に痛いのに泣いているのが楽しいのか犯すのを止めてくれませんでした。犯した後は私の膣からどろり、と血が流れるのを金で雇った神官に回復魔法で治療させちゃって、それで今度は薬を打ち込みながら犯してくるんです」

 

「ジル……」

 

「薬を打たれると頭の中がふわぁ、ってするんですよ? それでふわふわする所に背筋を駆け抜ける快楽が走るんです。先ほどまでは気持ち悪かっただけなのに脳髄が蕩けるように甘い感覚がして、それで膣から広がる熱を感じられるんです。電撃を差し込んだような感覚が神経を突き抜けて、ふわふわな感覚のまま、頭がぼーっとして気持ち良さだけが残るんです。そしてそれが切れると一気に頭が重くなって、体が重くなって、現実が何時もよりも数倍苦しくなって戻るんです」

 

 楽しそうにジルはそれを語ってくる。凌辱の記憶を。近づき、楽しそうに此方の手を握って、身を寄せて、壁際に追い込む様に、話を続けながら此方を挟み込んでくる。そのまま体を押し付ける様に、至近距離で言葉を続ける。潤んだ瞳、艶のある声。男であれば一瞬で魅了され、気付いた時には既に犯しているであろう情動が働くだろう。生憎と、そこら辺の感覚は非常に薄いため、自分がそういった強い衝動を感じずにいられた。

 

 それでもこの女を押し倒したい、と思わせる程度には、ジルは魔性の輝きを持っていた。

 

「呪いましたよ。先生の事を最初は」

 

「それは―――」

 

「でもそれは長く続きませんでした。少なくとも私が魔王になってからは。理解しました。先生が本当は何に囚われているのかを」

 

 そう言うとジルは足を足で絡め、息がかかるほどの至近距離で体を絡める。服越しに、柔らかい体の感触を感じる。そして息の当たる距離で、ジルが囁く。

 

「―――私も、先生も、この世界も、所詮は神の奴隷でしかないんですから」

 

 そう告げると楽しそうにジルは身を放し、くるりと回る様に手を広げ、そして言葉を続ける。

 

「世界の真理。システム。興味。天上の神々。あぁ、知れば知るほど先生の絶望が伝わってきます。私がその答えに元魔王スラルの手を借りて辿り着いた時には驚愕しましたよ。あぁ……なんて、なんてこの世には救いがないんだって」

 

 ジルの言葉に頷いてから頭を横に振った。

 

「この世に救いなんてものは生まれた時点でなかったよ。そして今もない。それが未来に生まれるかどうかは不確かでもある。だからと言って……諦めることも出来ない」

 

「そうでしょう……先生ならそうでしょうね。ふふ……やっぱり先生だ」

 

 嬉しそうに、此方の言葉を聞いてジルは笑い、そしてそのままベッドに仰向けに倒れ込んだ。潤んでいる瞳は発情している様にも見え、此方を誘っている様にも感じられる。だがそれに応える事なく近づき、横に腰を下ろし、頭を膝の上に乗せて、その髪に触れ、そして梳いた。魔王ジルはそれに大人しく従った。この時だけ、魔王という姿を少女の仮面で隠し、無垢だったころに回帰していた。

 

 だが感じる。

 

 彼女の仮面の下で脈動する魔血魂を。

 

 【血の記憶】を。

 

 そして、それを完全に制御しているジルの存在を。

 

 或いは―――そうなのかもしれない。神への謁見で延命手段をジルは求めなかった。魔王の任期は1000年で終了する。故に終わりが見えている、ジルの暴政には。だからこそ、なのかもしれない。ジルはこの長い年月の間、終わりが見える魔王としての道のりを歩んできた。そしてその果てに、

 

 歴代の魔王の中で唯一、完全に魔血魂を、【血の記憶】を自分の意思で制御している様に思えるのは。

 

「あぁ、先生はもっと素敵になりましたね。昔も格好良かったですけど。今は昔よりももっとキラキラしてる。良かった……スラルに手を貸して良かった……先生に貰ったものを、愛を、少しでも返せてよかった……」

 

 嬉しそうに、蕩けるように、その言葉をジルは零し、

 

 ―――直後、此方をベッドに押し倒してきた。

 

 マウントを取る様に跨り、そして隠しきれない憤怒の表情を浮かべた。

 

「あぁ、だからこそ許せない―――許さぬぞ、神々め。どこまでも我らを玩具と思って! どこまでも我らを道化の様に扱ってッ!」

 

「ジル、それは」

 

「私の出会いも! 不幸も! 先生の絶望も! 私が苦しんだことも! 結局は全てが茶番だ! 何もかも! 生きている事でさえ意味はない! 家畜だ―――我らの誕生も、生も、ただの家畜の物でしかない!」

 

「―――」

 

 人間牧場の意味を漸く理解した。

 

 ()()()()()()()のだ。

 

 神々が運営するこの大陸と、魔王が運営する人間牧場と。

 

 究極的にはその本質は全くの同質。目的を果たす為に効率良く環境を管理し、そして運営する。つまりやっている事は一緒だ。神々と魔王と、そのスケールが違うだけで、結局のところは同じことでしかない。瞳に映る憎悪、殺意、その全ては人類ではない、もっとスケールが上の存在へと向けられている。

 

「先生―――あぁ、先生。ほんとうに優しく愚かな人。だからこそとても愛しい人。後貴女は何年間親しい人が死ぬのを見るんでしょうか。何百年間愛しい人たちに置いて行かれるのでしょうか。後数千年は生まれて来る人々が死んで行くのを眺め続けるのでしょうか―――なんて、なんて、憐れ」

 

 だからこそ、とジルは言葉を放った。

 

「じゃ、【決戦】の予行演習を始めましょうか先生」

 

 そう言うとジルは軽い足取りで此方からマウントを取っていた体を降ろし、ベッドの横に立つと、

 

「ガイ、出てこい」

 

 ガイを呼び出す。それに従う様に魔人筆頭であるガイが数秒後、扉をノックしてから開けて姿を現した。それを確認し、ジルが口を開いた。

 

「ガイ、お前は私を殺す隙を常に狙っていたな。故に暇を出す。()()。我が師と共に私を殺す為の手筈を整えよ。私を殺す為に全力を尽くせ、お前の望み通りにな」

 

「―――」

 

 ベッドから起き上がりつつ、待て、とジルに声をかける。

 

「待て、ジル。何だお前―――お前、何をしようとしている」

 

 その言葉にジルが楽しそうに振り返りながら笑った。

 

「あぁ、大丈夫ですよ先生。安心してください。私が勝ったら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ですから」

 

「……ジル?」

 

 それは魔王の職務から逸脱する行い。いや、やってはいけない事だ。人間牧場を経営しているジルだからこそ、真理を覗き見たジルだからこそ理解している筈の事だった。俺と同じぐらい、この世界がどうすれば詰んでしまうのか、それをジルは理解している筈だった。

 

 でも何でもないかのように、全生命絶滅の宣告を放った。

 

「んー……そうですね……990年までは私は動きません。980年までは魔人を戻しておきましょう。それまでに私を殺しに来なければ負けですよ? それでは―――」

 

 ジルは笑いながら近づき、此方の前にまで来ると、唇が触れそうな距離にまで近づき、瞳を覗き込んだ。

 

「―――魔王戦争を始めよう」

 

 

 

 

 宣告―――魔王戦争。

 

 ナイチサが目指した人類を苦しめる戦いではない。

 

 全生命根絶を目指した魔王ジル、その任期最後の戦争、その宣告が成された。正史においては永遠の命をジルは目指した。延命を施されたジルは死なず、そして永遠の魔王であろうとし続けた。それをガイが阻む為に魔王戦争と呼ばれる戦争は勃発した。それを通し、殺害が不可能であった魔王ジルは封印された。

 

 だが歴史は変わった。

 

 ジルは延命等されていない。

 

 永遠の魔王等望んでいない。既に未来は変動している。それ故に歴史を変えるように新たな戦いが始まる。

 

 新たに刻まれる魔王戦争。

 

 それは()()()()()()()()()()()()()()()()であった。




 ウルさま は だいまほう を おぼえたぞ。

 なお魔王から全生命根絶の宣戦布告も貰った。

 という訳で魔王戦争、はーじめーるよー。魔王から吹っ掛けた戦争だから魔王戦争。正しい意味だね?


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920年 拠点フェイズ

 ―――920年、ペンシルカウ。

 

 普段は世話係以外は誰も入れない【女王の館】には複数の姿が見えていた。用意されていたのはいいが、めったなことでは使用されなかった大会議室には円卓状のテーブルを設置しており、その上には精確に記されたルドラサウム大陸地図が広げられており、魔法を利用した立体映像が僅かに、ルドラサウム大陸の姿を円卓の上に浮かべていた。それを囲む様にここに存在するのは今現在、この大陸に関連する要人とその勢力の主要人物達であった。

 

 一勢力目は―――当然のように館の主であり、ペンシルカウの永世女王であるウル・カラー。そして俺が率いるカラー勢力に所属するハンティ・カラー、現在のペンシルカウ執政官であるエル・カラー。そして自分の世話などをする、堕天エンジェルナイトの面々になる。このペンシルカウを作戦会議の場として提供したのは自分の意見だ。恐らく今、この大陸において人類側が一番戦力を整えられる場所でもあるのだから、ある意味当然の提供だ。

 

 第二の勢力は、JAPAN勢力である。現在の勢力トップは帝が存在しない為、最大信仰を引っ提げている天志教の悪魔・月餅が代表者となっている。そこに現在、最大武力をJAPAN内で誇っている平家と源氏のトップが来ている。JAPANで相変わらず殺し合っていた両勢力だが、もっと大規模なスケールで戦えるぞと言う話をした瞬間にフィッシュできた、JAPAN最大規模の問題児たちと月餅が教えてくれた。なお、無論、月餅が悪魔である事は知られていない。

 

 第三勢力は大陸に隠れ潜んでいた人類、冒険者たちだ。エターナルヒーローが消えた今、最大戦力の自由人類は消えてしまったが、それでも細々と生き残っている人類の中でも特に戦闘能力の高い奴と、頭の良い奴と、そして統率力のある奴で暫定的な自由人類勢力として固まって貰った。トップは代表を半ば押し付けられた小太りの男で、ここに並べられている面々を前に、物凄い汗をかいている。しきりにハンカチを出して汗を拭いているのが解る。

 

 第四勢力はマギーホアを筆頭としたドラゴン軍団なのだが、翔竜山からマギーホアは出る事が出来ない為、そして館の中にドラゴンが入る事は出来ない為、円卓会議には欠席している。とはいえ、マギーホアの実力を考えると最強の勢力だと考えてもいいだろう。

 

 そして最後の第五勢力は―――魔人ガイ単独の魔人勢力だった。ガイには使徒もいないし、彼が呼び込んだ魔人も存在しない。味方してくれそうなガルティアとケッセルリンク、そしてその他の魔人は全て、ジルの命令により限定的に魔王城周辺地域、つまりは未来で言うリーザス領から出る事を禁止されている。その為、魔人ガイが唯一の魔人戦力として人類側に加担している。

 

 この他にも個人レベルでの参戦者は存在する。

 

 魔王と戦ってみたい魔物。

 

 最強を目指す放浪の格闘家。

 

 異世界を旅する通りすがりの強者。何だお前。

 

 魔王ジルの宣戦布告から5年が経過した。人類に素早く伝令を飛ばし、そして急遽、集められるだけの人間を集めて、ペンシルカウを拠点に魔王討伐隊を結成する事にした。とはいえ、人類の大半はいまだに人間牧場に居るものであり、やはり数は未来に発生する【魔人戦争】や【第二次魔人戦争】とその規模を比べれば、小さい。その理由は初速の遅さだ。人類が団結していない事にも理由があるし、信じていない人間が多いのも事実だ。

 

 だが919年、魔王ジルが超長距離魔法を放ち、魔王城から一歩も動く事無く隠れ里を複数破壊した。そしてそれとは別に、魔物兵を軍団で送り込む事によって現在残されている隠れ里の内、4割を1年以内に焼き払った。それによって魔王の言動が本気だと悟った所で漸く動き出したのだ。それによってそれまで集まっていた者を含め、漸く本気で集まり出した。それでも遅い。あまりにも遅いと表現するしかない。

 

 全然人間が集まらない。

 

「……人、集まらんか」

 

「えぇ、えぇ……非常に残念ながら……難しい話ですね」

 

 徴兵が恐ろしいほど進んでいなかった。今現在、《魔王討伐隊》の人数は全部でペンシルカウが4000人、JAPANが5万人、自由人類が1万人、大体がトータルで6万5千に届くかどうか、というラインだった。

 

 ペンシルカウは総人口の半分が戦うだけの気概を見せている。JAPANも平家と源氏は世代を超えてでも戦うぞ、という凄まじい気概を見せている。問題は自由人類の話だった、恐らく、探せば自由人類だってもっとたくさん存在するのには違いがないのだが、

 

「未来が遠すぎるか……」

 

「えぇ、はい、その非常に申し訳ないですが、魔人が動き出すにしてもそれは60年後の未来ですからね」

 

 自由人類代表が汗をハンカチで拭いつつ必死に釈明するが、その姿を見て苦笑する。まぁ、しゃーないわな、と額に手を当てる。

 

「まぁ、人間に60年は長すぎるよな……」

 

「今の時代の平均寿命が50代だからな。魔人が来る頃には間違いなく世代交代しているだろう。根本的に今生きている者達は死ねるから関係ない、とでも思っているのだろう……」

 

「まぁ、俺達はそれでも戦うけどな!!」

 

「そうだな!! 魔王と戦えるなんて楽し過ぎるだろ!!」

 

 流石JAPAN脳、月餅が両手で顔を抑えているのが見える。だけど割と深刻な問題だった。あくまでJAPANは常時黒部ダークとムサシダーク状態の中で、5万人もの戦力を捻出出来ている方がおかしいのだ。お前らおかしいよ、と声を大にして言いたい。

 

 だけど、根本的に間違ってはいないんだよなぁ、と人類側の主張は納得出来るのだ。

 

 何せ、今の世代、今の時代は平均寿命が非常に低い。40から50代にかけて死亡する人が非常に多いのは、それ以上育つ前にサクッと魔物に殺されるか、魔人に殺されるか、もしくは栄養失調などの食料問題で死ぬか。病というものも実はある。なので長生きしている人が非常に少ない。まともに老人になっている人間を見る事が出来るのは……たぶん、JAPANぐらいだろう。やっぱりなんなんだお前ら。

 

 ともあれ、

 

 魔人が動き出すのは60年後。

 

 魔王が動き出すのは70年後。

 

 それまでには今、ここに居る平均寿命の存在は基本的に死亡しているだろう。そうでなくても魔物の動きが活発化し、魔物兵が各地における活動を更に激しくし、積極的に人間に対する攻撃を始めた。連中に対する対応をしなくてはならないのだが―――この時代、根本的にそういう事に対する対処が逃げて隠れる、と言う事に集約している。

 

 力を合わせて殴り返す、という考えがないのだ。

 

 長いジルの暴政によって飼い馴らされたのは何も人間牧場の人うしだけではない。普通に生きている自由人類も、ジルの影に怯えて生き続けているのだ。だから根本的に敵対するという発想が存在しないのだ。寧ろエターナルヒーローが異端だったのだ、そういう点においては。だがそのエターナルヒーローでさえ、姿を隠してしまった。あのブリティシュでさえ、今では完全に行方不明だ。魔人になった、という話はスラルから聞いたが、その後の行方が完全に途絶えている。

 

 一度は希望だったエターナルヒーロー、それらの姿が消えたのだ……そりゃあ、人類側だって本気でどうこうしようと思う気持ちが失せる。

 

 魔人が動き出すのが60年後、それまで魔物兵のみだったら、それから逃げ続けて寿命を迎えれば今まで通りの人生じゃないか。

 

 そう思う者が余りにも多すぎる。

 

「ま、ここで魔人が出てくるまで生きているのは間違いなく長命種ぐらいだからな。俺はそのままだけど、ウチでも世代交代は免れねぇし」

 

「60年と考え、戦えるのに適した年代が上がってくるのを考える……二世代は交代する必要があるか」

 

「キツイな……」

 

 今の世代から動き出さないと間違いなく間に合わないだろう。少なくともこのタイミングから動かないと徴兵が間に合わない。それだけ今の魔軍戦力は強大だ。

 

「魔人が魔王城から動かない今が間違いなく戦力を整え、妨害されずに技術を積み重ねるチャンスなんだ。この時に動かないとどう足掻いても魔人が動いた時、蹂躙されるばかりなんだけどなぁ……」

 

「それが大半の人類には解っていないのだろう」

 

 死ねば逃げ切れるとしか、解っていない。まぁ、この時代に未来の事まで考えて行動できる人間ってのも少ないだろう。

 

 と、ガイが腕を組みながら口を開いた。

 

「今のまま、魔王城へと向かっても自殺するだけだ。私やウル・カラー、魔王討伐専用の隊を結成して戦おうにも、防衛には魔人ラ・バスワルド等が居る他、今のままではケッセルリンクやケイブリスとぶつかる事も避けられないだろう」

 

「チャンスは980年、魔人が魔王城から離れられる様になってからだ。そうすれば魔王城の防衛戦力は落ちる。精鋭部隊で一気に切り込んでジルを討つ―――これが唯一の勝機になるだろうな」

 

 自分の様に寿命のない存在であれば、60年程度瞬きをしている間に終わる様な時間の短さだ。だが人類などにはそうならない。そして連合の戦力、魔物兵の対処や魔人の誘導などに関しては、自由人類サイド等がその最大戦力になるだろう。少数精鋭で今突撃したとしても、魔王城周辺の防衛魔人によって疲弊するだけだ。

 

 たとえマギーホアを動かしたとしても……ちょっと、今のジルに勝てるのかどうか、怪しい。少なくとも最後に見たジルの姿は、明らかに《魔王Lv3》に到達していたような気もしていた。RPG勇者スタイルの正面暗殺が通じる状況ではない。今現在、この人類が保有する最大戦力をなるべく体力を残した状態でジルまで届けて、

 

 その上でカオスか日光で《無敵結界》を破壊し、そしてジルと戦う必要がある。

 

「なんだこのクソゲーっぷりは……」

 

「姉さん、解ってても言っちゃいけない事があると思うんだけど」

 

 この60年という襲撃までのタイムリミットが、絶妙に意地悪だと思う。少なくとも世代交代前提で、ジルが人類全体を弱体化させた前提での話なのだ。今の人類はNCやSSで見せた、正面から魔軍をぶち殺してやるという気概がない。生き延びる事が出来るなら、まぁ、それでいいんじゃないか? というなぁなぁの意識しか残っていない。これが10年以内だったら人類ももっと簡単に団結出来ただろう。だが60年も猶予が与えられると、逆に忘れようとしてしまう。

 

 今の戦力だけで60年後の魔人との戦いを想定すると、まず真っ先にペンシルカウに集中攻撃されるだろう。その影響で拠点を落とされる。その上でそう動かなかった魔人が防衛線を張るのも見える。やはり、戦力が足りないと計算できる。

 

 それに……ジルの目的が見えない。

 

 【ひつじNOTE】を見たのであれば、この世界の主がルドラサウムだと知った筈だ。生命絶滅による【涅槃寂静モード】起動では三超神を殺すだけで限界だ。根本的にルドラサウムに対してダメージを与える事が出来ないという事を解っている筈だ。或いは三超神を憎んでいるのか?

 

 ダメだ、何度考えても彼女の考えが解らない。何を求めていきなり【決戦】の予行演習等と言い始めるなんて。そもそも生物を全て根絶させた所でシステム神のセーブ&ロードで世界がリセットされて、何もなかったように再進行するだけだ。同じことがルドラサウムでも出来る。【ひつじNOTE】を見たのであれば、それも解っている筈だ。なのにエスクードソードの起動を狙っているのか?

 

 それとも生物を殺し尽くす事そのものに意味があるのか?

 

 考えた所で答えは出ない。ジルに真意を問いたい所ではあるも、素直に彼女がそれを教えてくれるかは怪しい。いや、それは倒した時に聞けばよいだろう。今は別にやる事がある。まずは負けないようにしなくてはならないだろう。

 

「まぁ……まずは戦力を増やすしかないな」

 

「ムサシも黒部も消えたし、これからは安心して子供を産めるなぁ! 平家の女拉致って娶るかぁ!」

 

「子守歌には源氏殺害ラップを新しく仕込まないとな」

 

「おぉん!?」

 

「あぁん!?」

 

「人選間違えたかなぁ……」

 

 月餅が疲れたような声で呟いた。同情するような視線が向けられるものの、常時ダーク状態だったJAPANに漸く、魔人のいない時間が出来たのだ―――戦争と殺し合いのエキスパート民族、この900年間常に魔人に殺されながら人口を維持し、身内で殺し合いを続けてきた民族がついに、本格的な戦争に向けての準備に入る。源家と平家のトップはキチガイだが、胃壁を削っているのは月餅だ。

 

 JAPAN方面は全部ぶん投げる。頑張って胃薬飲んでね。

 

「私達自由人類も―――この隙に巨大都市を建造しようかと思います」

 

 自由人類代表が汗を拭きつつ、少しおどおどとしながらも、言葉をはっきりと口にする。

 

「根本的に人が魔軍に対してですね……えーと、私が立ち向かえないと思うのはその……()()()()の概念がないからだと思うのです」

 

 どことなく怯えている様子はあるものの、言葉は真面目だ。

 

「今の人類に足りないのはたぶん、踏み留まってでも守る物だと思うのです」

 

 一つ一つ、自分の中にあるものを確認する様に口にする。

 

「我々、自由人類は現在、生活のほとんどを魔王に脅かされています。そしてそれが数百年続いてきました。前時代では我々の先祖は普通に街をつくり、暮らし、そして生活していたという話を聞きました。わ、私は思うんです」

 

 そこが、足りないのだと。

 

「土地に対する愛着。居場所に対する執着。踏みとどまって守る物。それを国家の解体という形で魔王がう、奪ったと思うんです。そ、その、何かに所属し、何かの為にある。そういう意識をまず粉砕したと思うんです」

 

 だから、

 

「街をつくります。城塞の様な都市を。え、えぇ。その、怖いですけど、魔王領を睨める、南部に建設するのが良いと思うんです。こ、怖いですけど」

 

 滅茶苦茶どもっている小太りの男は、しかし、と言葉を続ける。

 

「最初は人は来ないでしょう。ですが連合に参加したもの全員住みます。そうすると庇護を求めて人が来ます。庇護を求めた人々が根付きます。そして土地を愛してくれる筈です。そういう場所を、作ろうかと思います」

 

 え、えーと、その、と言葉を置く。指の先と先を合わせ、つんつん、と突きつつ、

 

「だ、だから、そ、そのー……うん……そうやって、少しずるいかもしれないけど、世代を経て魔人にやられるもんか、魔王からも守ってやる……と意気込めるような城塞都市を作ろうかなぁ……なんて……思ったんですけど……あの―――腹が痛くなってきたのでトイレに籠ってもいいですか!? やっぱ私にこのポジション無理! 無理だって!」

 

 落ち着かせようと男の側近達が素早く対応に入るのを見て、少しだけ笑ってしまった。最初はこの状況を見て、詰みに近いものを感じていた。だけど今、話を聞いて思った。いける、と。間違いない。人間の底力はこんなもんじゃない。絶望だけがゴールじゃないって事を証明できる。

 

 ハッピーエンドを顔面に叩きつけてやるまでは。

 

「じゃ、小太り君市長決定で。資材は俺が出せる分だけ出すから都市建設頑張ってくれ。手が足りないなら俺がドラゴンを出す。それでもどうしようもなく、魂を売っても惜しくない連中が居れば俺が悪魔を仲介する……ガイ?」

 

「私は戦う事以外は特に出来る事はないが……対魔人戦術、対魔王戦に関しては人生の全てを懸けている。私の持つ、魔人や魔王と戦う為の手段の全てを確実に根付く様に動こう」

 

「どうやら方針が出来てきたみたいだな?」

 

「60年を超える魔王に対する戦争の準備……ははは、間違いないぞ。こんなもん歴史初になるぞ。そして勝ったら永遠に名前を残せるぞ」

 

 最凶の魔王、ジルの繰り広げる絶対的な絶望の前に、それでも人類はまだ、終わる様な姿を見せていなかった。まだ手はある。詰んではいない。戦う為の意思をまだ見せ続けている―――故に、魔王ジルへの道は生まれるだろうと思う。

 

 第一人類連合の立ち上げの瞬間だった。




 第一人類連合、その数はランス10の集まりと比べると余りにも小さかった。

 という訳で、Simランスしつつ人類の戦える人間を世代交代しつつ育て上げ、前線都市を生み出しつつ魔王ジルや魔人との決戦に備えよう!!

 という訳で人類育成ゲー始まるよ。育てて鍛えて、建造して魔軍に備えろ。


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9XX年 ターントップ

GL920年

 

魔王戦争状況報告

 

[][][][][][][][]

 

 人類最大都市の建造が開始された。GLに建造された未来にまで残されるこの都市は魔王城と相対する為に生み出された、人類最大最強の城塞都市として設計された。《建築Lv2》や《科学Lv2》、人類が保有する最高峰の頭脳を集め、協力し、1からデザインされた都市は魔軍と正面から戦い、魔人が襲い掛かって来ても耐えられる事を想定して建造されるものだった。その材料に選ばれたのは数千年前に死亡し、そして今もなお朽ちない、原初の魔王ククルククルの亡骸だった。魔王とやり合うのなら魔王を利用する。人類らしい発想から全長4.7㎞の魔王の肉体を利用した城塞都市の建造が開始された。

 

 

GL925年

 

魔王戦争状況報告

 

[][][][][][][][]

 

 人類と魔軍の間で拮抗が続く。とはいえ、この拮抗も魔軍側における重要戦力、魔人が人類側を攻撃しないという点が守られているからこそ続く拮抗だった。現在、魔人と魔王は魔王城に引き篭っている……というよりは戦争準備の為にハンデを取っている状態だった。人類がその準備期間中は動く事もなく、牧場の経営も人類への襲撃も、全ては魔物兵と魔物将軍、大将軍のみに任せるように努めていた。魔人とは違い、これらの存在には《無敵結界》が存在していなかった。《無敵結界》を破壊する手段である【魔剣カオス】と【聖刀日光】が存在しても、魔人に対応出来るかどうかという話はまた別の事である為、この人類が力を蓄える時間は実に有用であり、魔軍と人類が力を拮抗させられる数少ないチャンスでもあった。

 

 それ故、人間は対魔軍反撃拠点を構築する為に資材などを集中させて行き、そして周辺にある、魔軍が使えそうな拠点や人間牧場の破壊に神経を集中させる。それによって構築中の拠点に対して攻撃を行う魔軍の数を減らし、相手が攻め込む為の場所を減らす為だ。魔人や魔王が動き出す前に、魔人からすらも守れるような人類最大の都市を生み出すべく、人類は勢力を集中させた。

 

 

 

 

魔物将軍&魔物兵

 

支援配置

 

土嚢
鼓舞

未構築陣地
精鋭魔軍討伐隊30人

突撃魔物兵500体
UL体質

重装甲2
奇襲

 

「馬鹿な……何故ここまで接近を感知できなかった!?」

 

「答え合わせはあの世でなっ! ぶちかませっ!」

 

「《火炎流石弾》!」

 

 言葉と共にLv3の魔法が放たれた。《ゼットン》すら超える激しい炎が巻き上がり、それが一瞬で魔物将軍と魔物兵を飲み込んだ。だがそれで動きを止めず、人類の精鋭魔軍討伐隊が続けて攻撃を重ねる。数万人と存在する人類の中から、選ばれたLv2技能や恐ろしいほどに修練を積んだLv1技能の保有者、それらばかりを集めて構築した、現状の人類軍が有する事の出来る最強クラスの部隊、それが相手の混乱が収まるのを待たずに一気に攻撃を開始した。

 

 ハンティの《火炎流石弾》が先陣を切り、それを追いかけるように《白色破壊光線》や《Fレーザー》、弓による必殺技などの遠距離必殺技が一斉に発射され、相手の構築中だった陣地を吹っ飛ばす。土嚢も完全に吹っ飛ばし、地形そのものを崩しながら500は存在していた魔物兵を一気に混沌に叩き落す。

 

 そしてその影で、近接技能持ちで一気に切り込む。自分が正面に立ち、ルドぐるみを右手に握りつつ、それを頭上で掲げて回転させながら跳躍、それを一気に振り下ろす、

 

「ウル―――あたたたたーっく!」

 

「ぐっ、援軍を呼べっ! がぁっ」

 

 叩きつけるように上から放った《ウルアタック》が魔物将軍とその周囲を巻き込んだ。それでも耐えきった魔物将軍の姿に追撃する様に後ろから討伐隊の仲間たちが飛び出る。それぞれが突撃や攻撃を繰り出し、攻撃を加速させながらそのまま、必殺技と奇襲によって崩壊した魔物将軍の戦列を食い破って、破壊する。そして仲間たちの攻撃が魔物将軍を貫き、その腹に収めたブレインとされていた少女を引きずり出した。

 

「回収完了っすよ姉御!」

 

「よっし! 将軍を討ったら逃げるぞ! 合図を出してドラゴンに空爆させつつ撤退! スカーレット!」

 

「《いないなーい》」

 

 《マジシャンLv2》技能を持つ子が範囲の隠蔽を行う。魔軍討伐隊の姿がそれによって周囲からは見られなくなり、魔物兵たちから見られなくなる。その前に空へと一発、《黒色破壊光線》が放たれる。それによって空爆隊への合図が終わる。魔物将軍が居なくなって混乱した残された数千の魔物兵の部隊に対して、空から一方的にドラゴン達が空爆する手はずになっている。

 

「撤退! 撤退ー!」

 

「巻き込まれる前に逃げるぞー!」

 

「急げ急げー!」

 

「あんまり離れちゃうと見えちゃうよー」

 

 のんびりした声に多少苦笑を漏らしつつ、奇襲によって死亡し、そして崩壊した魔物兵たちの戦線を見た。ちゃんと魔物将軍を始末出来ているのを確認してから素早く戦場から逃げるように駆けだす。空に、合図を見かけたドラゴンの集団が飛翔しながら迫ってくるのが見える。

 

 これで北部戦線も一時的に安定するだろう。

 

 

 

 

「北部戦線はこれで叩けたな? 西部戦線はどうだ」

 

「其方は私が潰した。寒冷地帯からの援軍はJAPAN軍が叩いた」

 

「良し、これでしばらくは時間が稼げるな」

 

 建造中の人類最大都市、その中央司令部の一室で、ペンシルカウから引っ張ってきた円卓の上で今、出来る事を終わらせた安堵にふぅ、と息を吐きながら上半身を倒した。円卓に突っ伏しながら息を吐いた。解っていた事だが、定期的に魔物兵も魔物将軍も補充される状況はかなり苦しい。まだまだ、人類連合は未成熟だと表現するしかない。5年間の建築と建造、これによって城塞都市の中央部分だけは完成された。その背後に今は農園等を建築し、籠城戦に移行した場合は都市の分の食事を都市の生産だけで賄う事が出来るように準備している最中だった。

 

 根本的に、ククルククルの亡骸を材料として建造しているこの都市の目的は魔人の襲撃に対して防衛できる防衛力を保有する事だ。正面から魔人の攻撃を受け止めつつ、それを釘付けにする為の場所だ。だから外に頼らず生きていくだけの設備、環境を整える必要がある。城塞型のコロニーとでも表現すべきだろうか?

 

 ククルククルの亡骸を使うのは()()()()()()()()()()()でもあるのだ。それ以前に最強魔王の素材ってだけでかなりの防御能力を期待できるのも事実だが。だけど今のままでは魔人が動き出してもケイブリスだけ逃げて引っ込んでいる可能性がある。ククルククルの亡骸を素材に使えば、流石のケイブリスもキレるだろう。

 

 まぁ、それでも今の問題はノンストップで魔王城方面から補充される無限の魔物兵と魔物将軍の問題だ。

 

 とりあえず、最前線は焼き払った。人間牧場を意図的に襲撃して人類を10%削り、エスクードソードを【逡巡モード】で発動させている状態になる。これで勇者が誕生すれば即座にエスクードソードを振るわせる事が出来る。それに合わせ、人間牧場はなんだかんだで拠点になってしまう。牧場を補給地点に此方へと攻め込まれても困る。それに人間牧場の家畜人間たちは存在するだけでデッドウェイトになる。

 

 面倒を見る余裕も、そしてそれを相手にする余裕もない。

 

 なら牧場も人間も纏めて焼き払った方が効率がいい。だが迷う事無く実行すれば鬼畜扱いだ。同郷や上の方は解ってくれるし、同じ部隊で戦う仲間は解ってくれるが、結構下の方では恐れられている、と聞くとショックだ。まぁ、それでも人類が勝つ為には取れる手段を取るのだが。

 

 小太り代表―――エヴァンスの計画通りに都市建造は進んでいる。これがGIの聖魔教団のいる時代であれば、計画に闘神都市化計画を組み込めたのだろうが、流石にそこまで望む事も出来ない。取り合えずはレッドアイ対策に魔法システムを使わない、乗っ取っても意味のない防衛体制を構築する必要がある。ただマンパワーにも限界は存在している。そう考えるとちょっと頭がヒートアップしそうだ。

 

 そこら辺は《戦略》や《政治》連中に任せるしかない。そういう人材は必死に集めたのだから、仕事をしてくれ。

 

「ふぅー……とはいえ、数か月スパンで数万単位の魔物兵が補充されるのは流石に辛いな」

 

 ガイもその言葉に頷いている。ガイも最近は調練が出来ず、魔物兵と魔物将軍の軍団を相手にするのに出ずっぱりだ。それでも流石魔人と言うべきか、その姿に疲れたような姿は見えない。

 

「今はまだ対応出来ているから良いが、これに魔人が加わるとなると少々厳しくなってくるな」

 

「それまでにどれだけ人類軍を強化できるか、って所だな。今のまま軍団戦を繰り広げてもぶつかって蹂躙されるだけだからな。それまでは将軍と隊長の暗殺と、崩壊した所をドラゴンの空爆でどうにかするしかないな……」

 

「将兵が揃ってないのも問題か」

 

 せやな、と呟きつつ体を持ち上げて頷くと、会議室にノックが入り、扉が開く。視線を向ければ、黒髪のカラーの姿が―――つまりはハンティの姿が見える。

 

「姉さんとガイにお茶貰ってきたよ。少し飲んで頭を休めたら?」

 

「……なんだその表情は」

 

「うわ、すっげぇドヤ顔」

 

 どうだ、俺の妹は気が利くだろう。感謝して飲めよ、とドヤ顔をガイと、壁に立てかけてあるカオスへと向けると、一人と一本から妙なリアクションが向けられる。ドヤ顔を見せて何が悪い。美女のドヤ顔だぞ、ご褒美だろうがお前ら。カオスのナイワー、って表情はムカつくので後で折る。

 

「ともあれ……魔人が動き出す前にどうにかせねばならん。その対策を含めてな」

 

「魔人レッドアイの寄生対策。魔人アイゼルの洗脳対策。魔人ケイブリスの恐瘴気対策……他にも対策いるんだよなぁ……あー……頭おかしくなりそう」

 

「《瞬間移動》で殴れたら楽なんだけどねぇ」

 

「間違いなくジルはそれも想定しているから、王道で回避が出来ない。正面突破が一番なんだよなぁ、このケースは……」

 

「それまでにどれだけ人類が積み上げられるか、それが問題だ」

 

 人類の進化のペースの問題。どこまで人類が積み上げられるか、という速度の勝負だ。この戦いはある意味、人類の限界を試す戦いでもあるのだ。どれだけ人類がその底意地を示す事が出来るのか、という事の。

 

 今はまだ、自分やガイ、ハンティ等の特級戦力でサクッと暗殺しながらドラゴンで空爆するという戦術も取れるだろう。だけどこれは魔人が動き出すまでの問題だ。魔人メガラスが動き出せばそれだけで制空権を奪われるし、魔人ラ・バスワルドが動き出せばそれだけで特級戦力を集中させる必要がある。ガイでさえラ・バスワルド相手には絶対に勝てない、と言っているのだから。

 

 下戸だから酒を投げればいいんじゃないか、とでも思うだろう。

 

 そんなものが届く前に諸共、周辺の空間を消し去って臭いも存在も全部消し飛ばす。だからそういうものを持ち込むだけ無駄らしい。流石破壊神としか表現出来ない強さだった。

 

 魔人が動き出せば。トップ戦力は魔人を迎撃する事に集中する必要が出て来る。

 

「となると魔軍との衝突は、人類側に任せる必要になってくるからな……」

 

 ハンティが持って来た茶に口をつけて喉を潤しつつ、呟く。最終的に魔軍の魔物兵、魔物隊長、魔物将軍クラスは人間たちだけで戦う必要が出て来る。今、精鋭部隊に参加しているのは人類側の戦闘隊長、将軍候補の人間ばかりだ。一緒に戦場に出て対魔軍戦術を肌で覚えたら、次の世代へとそれをブラッシュアップしつつ継承する為に頑張っている。

 

 彼らの子供や孫が、人類と魔王ジルとの最終決戦で暴れるのだから。

 

 彼らは今、継承する為のものを生み出している。

 

 ここで踏みとどまり、生きていく事を決めたのだ。

 

 その事には感謝しかない。人類の問題ではある。だけど同時に、俺個人の問題でもあるのだ。だから気分的には人類を俺の事情に巻き込んでいる様な気分だった。いや、【ひつじNOTE】を見られたのは俺の過失だ。この戦争は俺が原因で始まった事なのだから、実質的に戦犯は俺だ。

 

 絶対に口を割らないぞぉ。

 

 絶対にだからなぁ!

 

「まぁ、とりあえずは【第一世代】を俺達でなんとかダビスタするしかねぇ」

 

「人間牧場とは逆の発想か」

 

「ちっと邪悪に聞こえるけどな、戦うのが【三世代】になる事を考えると、戦える人間が欲しい。感触だけど今の連中だと……」

 

「難しいだろうね」

 

 ハンティの言葉に頷く。

 

 人類トップ勢力の平均最高レベルが50前後だ。実はこれ、かなり厳しい数字だ。魔人を1体2体相手するぐらいならこれでもいいが、

 

「最高レベルが7()0()()()()()()()()()()()()()と俺は思う」

 

「少なくとも大量の魔人と戦いながら切り抜けられる実力を得るには、私たちを前に出したとしても、それぐらいのレベルは必要か……」

 

「私が今162、姉さんが221、ガイが今138だっけ?」

 

 これだけあればぶっちゃけ、魔人の3人ぐらいは余裕でぶち殺せるだろう。だがそこから一気にペースダウンする。そしてラ・バスワルドと戦う事になれば、そこでジルと届く前に死亡するだろうと思っている。割と真面目に、人類側に高レベル、その上で高レベル技能の保有者が欲しい。

 

 ジルが牧場を使って無能な人間を量産している様に、

 

 此方は有能な人間を掛け合わせて、もっと強い人類を次の世代に残そうという計画である。

 

 だが、

 

「無論! 繁殖という概念はダメ! 愛は大事! LOVE! 愛が人類を救うのだ……! 愛のないセックスは人類判定ではないッッ!」

 

「女王ちゃん、偶に儂でさえ真顔になる様な事を突発的に言うよね」

 

 カオスにサムズアップを向けつつ、宣言する。

 

「故に俺様は宣言するぞ、第一回、未来を救うのはお前、超OMIAI作戦を……!」

 

 拳をぐっと握りながら大作戦を口にしながらそれをガイとハンティに宣言すると、ガイが視線をハンティへと向け、

 

「……何時も、こう……こうなのか?」

 

「割と」

 

「……そうか」

 

「儂が初めて見た時はもうちょっと犯してみたい感じあったんだけどなー」

 

「お前らこっち見て言えよ。おい。もふるぞ」

 

 ルドぐるみを浮かべながら脅迫すると、それに反応する様にルドぐるみの目がぴかーんと、光る。それを見たハンティとガイが僅かに距離を空けるが、お見合いに関してはネタではなく、ガチなのだ。なるべく強い子供を残して貰わないと、次の世代の戦いで、困るのは人類なのだ。

 

 無理矢理は無論、させない。だが多産は推奨される。それだけ次世代が富むからだ。そして足りない食料や資産に関しては、腐るほどペンシルカウで溜め込んでいるので、それを放出する事でどうにかなる。

 

 そういう訳で―――ハイパー、お見合いタイムを開催する事にした。




 人類を育てようねー。

 基本的な戦術はランスが運用したトップを狙って落とす物に、その後、混乱したのを空から安全に爆撃する事で再編成される前に叩いて完全に潰すという形に。魔人が出る前であれば、制空権の心配はないし、迎撃を指示する魔物将軍も居ないので、恐らくは最前に近いかと思われる。

 たぶん。

 次世代を残すのも立派な仕事。


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925年 OMIAI

 晴天の空は邪魔だった雲を吹き飛ばして無理矢理快晴にした。

 

 暗雲などいらねぇんだよぉ! という勢いで空を無理やり青空にした所で、対魔軍城塞都市ククルの一角、司令部近くのガーデンには今、多数のテーブルと男女の姿が見え、テーブルの上には料理が乗せられていたり、近くではレクリエーション用のスペースが、そして此方のテーブルには大量に媚薬を用意して、その上で近くの宿は複数抑えてある。

 

「あーあーあー。テステステス。拡声魔法良し―――」

 

 《科学Lv0》技能で作成したお手製マイクに拡声魔法を吹き込みつつ、それがちゃんとガーデン中に声を広げるのを確認し、よし、と声を零した。椅子から立ち上がり、テーブルの上に片足を乗せつつ、小指を立ててマイクに声を吹き込む。

 

「いよぉぉし! お前ら!! セェェ―――ックスする相手には困ってないか!? 恋人はいるか? いる訳ねぇよなぁ……そういう奴らしか集めてねぇからなぁ!!」

 

 中指を突き立てながら集まった30人余りのグループを挑発すると、ブーイングと中指を突き返される。中々にイキの良い連中ばかりだった。こうやって素直な反応を示せる辺りが割と好感触だよなぁ、と思いつつ、集められた連中を見る。基本的に男女同数のグループだが、ここに集まっている連中は全員、共通の特徴がある。

 

 まず人生のパートナーがいないという事。次にそれを探し求めている、という事。そして同時に高レベル技能保有者である事。数万単位の中から1%なので、ぶっちゃけ数百人という規模で全体からすればいるのだが、その血を絶やさないためにお見合いを開催しているのである。

 

 偽・ねるとん方式で。

 

 まぁ、多少は自分で探す努力をした方が、こういうカップリングは満足できるものだ。ただでさえ命が軽いこの時代、なるべくお互いに愛しているという相手でカップリングしてくれることが大事なのだ。そういう訳で、カップリングパーティーを開催する。ここに参加している人間は、自分の子供、孫が魔軍と戦う事を覚悟し、その為に人生を捧げる事を決めた連中ばかりだ。

 

 だったら最後まで、笑えるように生活できるようにするぐらいには、サポートしてあげたい。そういう訳で、納得出来るパートナー探しの場でもある。まぁ、何かをするにしても、なんであれ、幸せな方が全体的にいいよね、と思う。自分に関わらない所だからこそ幸せになっておくべきだ、というか。

 

「そういう訳で最初は立食パーティー! 見た目が気に入った奴と話して来い! ビビってる奴にゃあ春は来ないぞ! 終わった後はレクリエーションも待ってるから、ここで突撃出来なくても安心しろ!」

 

「なお此方、初夜で絶対失敗しない媚薬セットです」

 

 ででーん、と口でルシアが言いながらテーブルに積まれた媚薬の山を示した。それに一瞬だけドン引きする者も出てくるが、

 

「姉御―! 俺だー! 結婚してくれー!」

 

「なお俺が欲しいという奴は」

 

 ガーデン横の空き空間を見せる。そこにはステッキ装備済みのマギーホア、シャドーを始めているスラルの二人が見えた。その背後ではゆっくりと運動を繰り返すドラゴン精鋭数体の姿が見え、視線が集まるのを見てからサムズアップを器用に前足等でアピールしてきた。

 

「アレと戦って貰います」

 

「やってやらぁッ―――」

 

 意気込んで突撃した直後に吹っ飛ばされた。合掌。

 

 という訳で他に突撃する馬鹿は居ない様なので、そのまま、普通にカップリングパーティー―――というかお見合いを開催した。これがお見合い作戦である。普通に人生のパートナーを探し、結ばれて、幸せに子供を作ってもらう、というだけのプランである。軽くパーティーが始まれば、テレビの司会でもないのだから、しばらくは暇である。息を吐きながら椅子に座り、両足をテーブルに乗せて伸ばしながらくつろぐ。

 

 ふぅ、とそれで息を吐く。

 

「……ま、少しでも多くが幸せな方が良いよな」

 

 少しでも多くの幸せを。それが人類が目指すべき道なのだろう、と思っている。まぁ、結論から言えば無理なのだが。俺も根本では性悪説の信者だ。人間がそのままで良い方向に転ぶとは思わない。誰かが背中を押して、物事を良い方向に押してあげなければ、そういう方向に転がる事はないのだと思っている。悲しい事だが、それが人間という生物だ。特にこの大陸における人類はそういう風にデザインされている。

 

 そしてそれを止める様な事を、上の神々はしない。

 

 それに今も、どことなくルドラサウムの楽しそうな声が聞こえる―――この状況を楽しんでいる。厄介な子鯨だと思うが、まぁ、自分は自分の事をやるだけだ。とりあえずはジルの顔面にハッピーエンドを叩き込む為だけに頑張らなくてはならない。その前提として、ここの連中には幸せになって貰わなくては困る。

 

 幸せじゃない家庭に子供が生まれても、真っ直ぐ育たないし。

 

 ちゃんと、健全に、そして愛を持って育ってくれなきゃそりゃあ、こうやって頑張って人類を助けている意味がないんだ。だから幸せに、パートナーを見つけて頑張って、と思っている。なのに一部が真っ先にマギーホア&スラルに突撃してぶっ飛ばされているのが見える。果てにはチームを組み始めたけど一部がブレスで薙ぎ払われている―――アレ、女混じってないか。

 

「おーおー、女王ちゃんも人気ね。儂は折られても嫌だけど」

 

「流石に失礼ですよカオス」

 

 お見合いパーティーの司会者席にはカオスと日光の席も用意されている―――当然刀剣の姿で。武器として普段は振るわれてばかりいる二人に対する一種のご褒美というか、イベントというか、エンターテイメントだ。斬って殺してばかりだと滅入るだろうし。そういう意味では結構大事な事だったりするのかもしれない。この場にハンティとガイは居ない。ハンティは《瞬間移動》があるのでちょっと遠方へと遠征中。ガイは流石に見た目の威圧感が酷いので除外した。

 

 除外宣言を喰らった時のガイのショボーンとした姿はちょっと笑えた。あいつも、ああいう姿を取れるんだなぁ、と思わせるが、そういえば悪ガイの方が結構表情豊かだった。そう考えると善ガイにも悪ガイと同じような素質があるのかもしれない。まぁ、そんなガイは今はどうでもいい。

 

「俺に恋愛というもんは解らんでなぁ。好きと言われても答えようがない」

 

「うわぁ、なんか変な病気を患ってるみたいな発言したよこの人」

 

「カオス……カオス」

 

「へし折ってやろうかこの野郎……!」

 

 カオスを握ってぶんぶんと振り回すとカオスの方から悲鳴がいやーん、と聞こえて来る。それでひとしきり遊んでからカオスを解放し、再び座りなおす。まぁ、俺は恋愛とかいいのだ。そういうのに興味ないし。周りの素敵な人たちが幸せになればいいし、

 

「俺個人は母親になるつもりはなくても、何千人と生まれ、育ってきた子供たちを見てきたしな。それと遊んだり触れ合ったりしているだけでだいぶ幸せだよ。だから俺は恋愛はいいや。ペンシルカウのカラー全員が俺の子供の様なもんだよ。そしてこれから生まれてくる、この都市の子供たちも全員俺に取っちゃ子供の様なもんさ」

 

 そうやって生まれ、育ち、老いて、結婚して、幸せになって、新しい命を産んで、次へと託しながら去って行く―――そういうサイクルをもう、何千と眺め続けている。ペンシルカウで何千という命が生まれ、転生していくのも眺めている。だけど結局のところ、最終的には俺が置いて行かれるのだ。そして俺が置いて行くのだ、命という流れに。だからいい、と思う。

 

 恋愛をするのは俺にはちょっと難しい。

 

 だから周りの人たちが幸せになれればいいとも思う。

 

 自分へと向けられる好意には鈍感じゃないから解るけど、それでもそれに応えるつもりは今のところはない。それに応えられるだけのものが自分にある訳でもないのだから。無責任に好きならしゃーない、と受け入れる様な情けない奴になるつもりもない。誰かを好きになり、応えるという事はその人生を背負う事だと思っている。

 

 生きている間だけじゃないのだ。

 

 そいつが死んだあとも、行った事も、その全てを一緒に背負い生きていくのだから。

 

 そう簡単には応えられない。

 

「ま……俺は眺められるならそれだけで幸せだよ」

 

「……その中に……貴女個人の幸せは?」

 

「あるよ。ちゃんと、ね。流石に自分の幸せを考えないって所からは卒業しているよ」

 

 ここ数百年の間に、と言う言葉は付け加えない。流石に年上の見栄があるので。しかし、こうやってエターナルヒーローの二振りが揃うとは中々面白い状況だと思う。確か魔王戦争が終わると、日光は行方不明になるのだったっけ? 行方不明の間は何をしていたのか、ちょっと気になる。何せ、日光自身は人間に変身して歩き回れるのだから、その気になれば自分の足でユーザーを探せた筈だ。

 

 と、マイクを取る。

 

「お前らー、別に見つけられなくてもいいんだぜ? その場合はチャンスがあったのに掴めなかったふにゃちん野郎共って俺が未来まで語り継ぐからなぁ!」

 

「勘弁してくれよー!」

 

「それはあんまりだぜ!」

 

 そう言いながら笑っているし、楽しそうに話し合っている姿も見られる。お見合いパーティーという趣旨で集まっているのだから、自然とお互いがお互いを意識している。そこまで変な茶々を入れなくても、これは自然とくっつくかな? と見てて思える。まあ、悪くはない景色だった。

 

 こんな風に、平和に誰と誰がくっつくか、好きになるか、そういうのを考えられる時代が来ればいいのだが……魔王というシステムが存在する限りは少なくとも、難しいだろう。

 

 やはり、巨大魔血魂との戦い―――【血の記憶】との戦いが必要なのだろうか……?

 

 その為には大怪獣クエルプランとの戦い等が必要になるが……今更、それが発生するかどうかも怪しい。あぁ、いや、そうか、神が大怪獣になればそれはそれで解決するのか。その場合はALICEちゃんに食わせるか、

 

 或いは―――。

 

「んー……」

 

 自分の指先を持ち上げ、眺める。僅かにそこに神々しい黄金の光を集めてから、それが集まる前に霧散するのが見えた。まだちょい、完成には遠い感じがある。なんとか、ジルと戦うまでには俺も最終奥義の一つや二つ、完成させたい所だった。

 

 少なくとも、今の状態で魔王ジルとの決戦が始まった所で、勝利する事は難しかった。

 

 俺、ハンティ、ガイ、マギーホア、スラルまでは決戦パーティーには確定している。ここに対魔人、対魔王に特化したカオスと日光が装備されて入る。これで軽くシミュレートしているものの、結果は他の魔人が戦闘に合流する事での敗北だ。

 

 根本的に魔人に対応できる人類が少なすぎる。

 

 少なくとも決戦部隊が魔王と戦う時に、他の魔人の介入をさせずに戦うだけの才能と能力を持った連中が必要だ。そしてそれが今は足りていない。レベル70はあるであろうLv2戦闘技能保有者や、純粋なLv3戦闘技能保有者。そういう存在が今はもっと、必要だ。最低で100人から200人は決戦部隊として欲しい。もっと増やせるなら増やせるだけだ。

 

 その事を考えたら効率的に繁殖させるのが一番なのだが、

 

 ……やはり、そういうことをさせられずに居た。

 

 甘いなぁ……と思う。だけどここを曲げてしまえば、そりゃあもう人間じゃなくて、畜生や家畜に対する行いだ。既に人類を駒の様に動かしているのだから、これが個人的にぎりぎりのラインだと思っている。

 

 しょうがないのだが。

 

 それでも、まぁ、幸福を祈る様に、頑張るしかないのだ。

 

 苦笑しながら人類の幸福を祈った所で、

 

「うおおお、だけど俺は姉御が好きなんだ!! あのクリスタル蒼くしたい!! 蒼くしたいのぉ!!」

 

「ふんっ!」

 

 また馬鹿が吹っ飛んだ。そしてそれを助け起こす子がいた。そんな風景を見て、小さく笑い、そうやって馬鹿をして、助けられる様な日常がこの先にある事も祈る。

 

 ……いや、祈るだけじゃダメなのだ。作っていかねばならないのだ。その為には出来る事を自分が一つずつ、手を出して行く必要がある。何せ、現状、魔王と戦って勝てる見込みがないのだ。最低でも0%を1%に作り変える程度の努力はしなくちゃならない。

 

 たぶん、そこが一番大変なのだろうが。

 

「あぁ、なーんでこんな世界に俺は産まれちまったんだろうなぁ……」

 

「それ、儂も思ってる。女王ちゃんと違う世界に生まれたかった」

 

「カオス、少々恐れ過ぎでは?」

 

「いや、だって定期的に儂を削って軍事転用できないか試してくるんだもん。トラウマになるわ」

 

「ごめんね。欠片もごめんだとは思ってないけど」

 

「儂でもほんと苦手」

 

 日光の呆れたような、苦笑するような溜息を聞きつつ、人の営みがこれからも続く事を祈った。




 という訳で人類繁殖計画(愛)

 人類の幸せを祈るウル様。視点が段々人間卒業している気もするけど。


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935年

 第二世代が生まれて数年が経過した。

 

 カラーの場合、生まれて数か月で子供まで成長するという特異性がある。そういう訳で育児はそこまで難しくない、と言う特徴が存在している。これはカラーという種族全体の話である為、そういう風になっている訳だが―――人類全体がそういう訳ではないのだ。此方は普通にそれなりの時間をかけて育ち、そして普通に年老いていく。つまり、普通に子供を育てる必要があるという事になる。

 

 これが戦時だと結構厳しい。

 

 いや、戦時じゃなくても育児は難しい。

 

 そこら辺は女王として色々と手を回していただけに、後ついでにペンシルカウに居た頃から子供の面倒を見たりしていたので、色々と知恵はある。つまり育児の為の環境を作るという事だ。子供を育てるという事は既に一つの技術であり、そして昔から続く知恵だ。出産に関するそれも知識であり、残念ながら人類はそういう知識には乏しい。寧ろ、安全に出産させるという事においては人間牧場の方が今の人類よりは上だったりする。

 

 ただそういう事に関しては、ずっと普通に文明生活を維持出来ていたペンシルカウが情報等を持っているので、人材を貸し出せばそれで解決する。安全に出産して貰い、それが終わったら今度は幼少期の面倒、そして教育だ。カラーの子とは違って長期間子供であるのが一つの問題ではあるものの、やる事はあまり変わりはない。

 

 栄養をちゃんと摂取するのを確認し、ちゃんと親とふれあいをさせ、愛を教えながら育てる。そして育ってきたら食べるものを変えつつ教育を始める。育児はただ育てれば良いという訳じゃない。ちゃんとそこに親の愛を感じさせないと歪む。だから大事なのはちゃんと理解し、そして健やかに育つ環境だ。

 

 実はそれを整えるのが大変なのだが。

 

 数千、数万という規模の人間を収容する為の大都市に、そしてそこで発生するベビーブームを支える為の土台として数百人程度では全く足りないのだ。つまり、子供を産み、育てる環境を作る為に、そういう人材を育成する事から必要があったのだ。これが結構厳しい。教育というのは数日で終わるものではないのだ。人が一つの資格を得るのに地球では何年が必要だっただろうか? それにも研修、教育、実習、様々なテストを経て漸く技術として確立されるのだ。

 

 ただ、まぁ、この世界に限っては《医術》みたいに技能として才能が存在するので、それをサーチしつつ人材をピックする事で学ぶために必要な時間を大幅に短縮する事が出来る。そもそも魔軍に対して今の人類がほぼ勝率が存在しない状況なので、神からの監視付きの生活ではあるものの、ある程度のバランスブレイカー行為は許容されていた。

 

 つまり、ジルが勝利してしまった場合、それだけの事が天上にも轟くという事なのだろう。或いは【阿摩羅モード】のガチ発動があり得るのかもしれない。そういう事もあり、ここ最近は多少、ズルをした所で無視されるところがある。まぁ、相手が思いっきり化け物なのだからある意味許されているのだろう。インフレに対抗するにはインフレしかない。

 

 そういう事で、軍事行動の為に様々な事を計画し、実行している。

 

 まずは前線の維持と前線に砦を建設する事。城塞都市とは別に、魔王城へと攻め込む為の経由地点として砦を建設する必要があった。後は魔人と戦闘する時に、持ちこたえる為の場所でもある。幾つか砦を建設しておけばそれだけ、相手の戦力を分散させる事も出来るのだ。此方の戦力を分散する事にもなるが、それはそれとして、分散させた後に食いつかせ、そこからカウンターで喉元を食いちぎるのが現状、人類に許された唯一の勝利への戦術なので仕方がない。

 

 その他にも城塞都市内部でのインフラの構築、福祉関係を充実させて土地や人々、そこにある文化に対して愛着を持ってもらわないとならない。風俗産業もそれで手を出す必要があるし、国家経営に近い形になってきたのは、もはや今更とでも言うべきなのかもしれない。

 

 もう二度と国家運営なんてやるかよ、と思いつつ再び歴史の表舞台に立ち、指示を出しながらあーだこーだ、と人類の戦線を支えるために奮闘する。

 

 なんだかんだで数千年間、様々な国家の王やシステム、政治、政策、国の形に触れて来ただけあって、政治というものの面倒さは解っているものの、それを一旦除外して生き延びる為に運営する戦時という状況は便利だった。そういう事もあり、ほぼノンストップ、睡眠という概念を蹴り飛ばして働き続ける。

 

 人材の派遣、技能の選定。才能のない奴は誰でも出来るけど誰かがやらなきゃいけない仕事を与える。外からやってきた人間を迎える為の移民局を作る。魔軍側のスパイ等を処理する為の隠密部隊を作る。堕天使をペンシルカウから呼び寄せて本格的に此方で活動して貰う。大陸に隠れている長寿の存在に協力を頭を下げて頼み込む。マギーホアの下山が可能な間にハニーキングを探して貰って協力をなんとしてでも貰ってくる。

 

 その為に働いて指示を出して、最前線に立って魔軍をしばき、構築陣地を粉砕して空爆してを続け、サイクルを繰り返し、

 

 倒れた。

 

 

 

 

「過労ですね」

 

「過労」

 

 聞きなれない概念だった。いや、俺以外に対する人類に対しては聞き覚えのある概念だったが、それでもその対象に自分が入る事に関してはちょっと予想外だったというか、今まで疲れる様な事はあっても倒れるような事はなかったし。自分が過労で倒れる、何て事は全く予想していなかった。嘘だろお前、と頭を抱える。

 

「まって、たった15年間不眠不休で働き続けただけだぞ」

 

「休んで……休んでください……」

 

 《医術》技能持ちのAL教神官が両手で顔を覆いながら休め、と訴えて来る。えー、と声を零しながらだが待て、と声を置く。

 

「不眠活動ならもっと長期間やったぞ。その時は俺、平気だったぞ」

 

「ではここ最近のスケジュールをお願いします」

 

 えーと、と、神官にここ最近のスケジュールをぶちまける。

 

「前線に出て陣地破壊したら逃亡して戻ったら病院建設のチェックを入れて練兵場へと向かって訓練に混ざったら研究所で魔法開発に混ざって、そこで軽く研究に混ざったらペンシルカウの方の進捗を確認して、翔竜山に登ってハニーキング捜索の報告を聞いたら前線に戻って魔軍の進行具合を確認、そっから魔王領に強硬偵察を入れて魔人が余計なことしてないかチェックして逃亡して戻ってきたら方針会議して」

 

「保護者の方々、しばらく仕事を奪って強制的に休ませてください」

 

 その言葉に虚空からスラルが登場する。

 

「はいはい、しばらく仕事禁止ね」

 

「そんなー」

 

 スラルに後ろから捕まえられると医務室から引きずり出され、そのまま司令部の自室へとルドぐるみの上に投げられ、連行される。知ってる魔法を教えたらすぐにこれだ、と思いながらぷかぷかと浮かべられつつ、顔面に【強制療養】と書かれた札を貼り付けられ、部屋にまで連行されるとベッドの上に投げ込まれる。そしてそこまで投げ込んだスラルが口を開いた。

 

「という訳で数日休みなさい」

 

「じゃあ、やりかけの魔法構築でも―――」

 

「それ、休むって言わないでしょ」

 

「おぉう……」

 

 スラルに怒られてしまった。両手を腰に当ててぷんぷん、と怒っている。申し訳なく思いつつも、部屋に投げ込まれ、それからルドぐるみを抱いたまま軽くベッドの上を転がり、やばい、と思って口を開く。

 

「……休みの日って何をするんだ……?」

 

 休みの日があったとして、鍛錬か魔法研究以外にやる事が特に思いつかなかった。前世だったら迷う事なくソシャゲのレベリングにでも手を出していたのだろうが、こっちの世界にそんなものはない。その上で普段から生き延びるため、未来を創る為にしか行動を行ってこなかった。つまり趣味に鍛錬、研究、強化、そして計画。

 

 それしかしてこなかった。

 

 他にやる事がなかった。他にやってることがなかった。というかそれだけの余裕がなかった。なのでルドぐるみを抱きしめた状態で視線を持ち上げ、スラルへと向けながら、

 

「何をすればいいんだ……!」

 

「おぉ、もう……」

 

 スラルも困った様子で両手で顔を覆った。何故俺はこんな遠い異世界の異郷でブラック企業の社畜が得た僅かな休日みたいな想いをしているのだろうか……? スラルのリアクションを見てからルドぐるみを抱いてベッドの上でごろごろと転がり、よし、と呟く。

 

「仕方がない……なんか、探すか」

 

 無趣味の女の烙印をこのままでは押されてしまう―――なんとかする事にした。

 

 

 

 

 口に厨房からパクってきたレーズンパンを咥える。

 

 ルドぐるみの上に腰を下ろす。

 

 正面には青い景色が広がっている。陸地はなく、周辺に人の姿はなく、広い海の上に一人、ぬいぐるみを浮かばせて座っているだけである。或いは鯨に海という組み合わせを考えれば、景色としてはこの光景が結構真っ当なのかもしれない。縫い目がある事を除けばルドぐるみはそれなりに本物っぽいし。まぁ、感触に関しては物凄いもふい、と評価する以外には特に何もないのだが。

 

 そんな中、誰も何も存在しない海の上、クーラーボックスを尻尾にぶら下げる様な形で持参し、右手には釣り竿を握っている。その先に付いているのは針だけであり、ルアーも餌もつけていない。どこぞの太公望とは違って、針が曲がっているから魚が食いつけば釣れるものの、そういうのを期待した釣りではなかった。

 

 とりあえず、何も考えず、頭を空っぽにして時間を潰せる手段を探す為の釣りだった。まぁ、長寿の種に関しては時間感覚が狂っている。人間の頃であれば何もせずぼーっとしていても、時間を確認して数分しか経過していない! と思っても、自分の様に不老長寿、或いは不老で寿命概念の存在しない不死存在が時計を見れば、

 

 アレ? 一分じゃねぇや―――一年経過してるじゃねぇか!

 

 なんてこともあり得る。というか経験している。

 

 なのでとりあえず、疲れる事もない、心安らかに出来る、他人に構わず出来る何かをやろうと思って―――考え付いたのが釣りだった。

 

 丁度周期的に満ち潮が来ていたので、ルドラサウム大陸を侵食する様に海が出来ていた。何か趣味を発掘するなら折角だからこうやって長命種でもなければ楽しめない高尚な趣味でもやってやろうかと思った。

 

 そういう訳で思いついたのが釣りだった。

 

 満ち潮限定で楽しめる趣味。通常の人類であれば、人生に5度か6度経験すればいい方だが、俺の様な寿命に悩まされない存在であれば何百回と楽しめる。それで釣りの楽しみを覚えれば、川釣りでも始めればいいのだ。そういう事で基本的な釣り竿とクーラーボックスだけを手に、特に釣るつもりもなく、

 

 釣り糸を海に垂らしている。

 

 もぐもぐと持ち込んだパンを食べつつ、無言で釣り糸を垂らす。

 

 普段は―――というか基本的にここ数年は誰かと常に行動している為、人間も魔物も存在しない静けさというのはちょっとした新しい環境だった。

 

 戦争がない時でも基本的にペンシルカウに居る間は、ずっと誰かの相手をしていた。

 

「んぐ……ふぁーあ……偶にゃ一人ってのも悪くないな」

 

 それでもALICEの視線はずっと感じているのだが。まぁ、監視されているから当然なのだが。

 

「それでも天界なんてつまらない場所に引っ込んでるなら直接遊びに来るぐらいすりゃあいいのにな」

 

 まぁ、でも恋する乙女クエルプラン並みに壊れられても困るのだが。

 

「あー……やめやめ、無駄に考えるのは止めとくか、んぐっ」

 

 レーズンパンを食べ終わったら、今度は黒腕を生やしてポーチから新しいパンを取り出す。取り出したのはヒラミレモンを使ったパイだった。地味に好物なので、こういうもんが出てくるのは嬉しかったりする。それを浮かべつつはむはむと端からゆっくりと口の中に入れて行く。

 

 保温の魔法で何時までも美味しいのは嬉しい事だ。

 

 そうやって海上のおやつを楽しみつつ釣り糸を垂らす。喧騒からも離れ、一人になっている時間は一体何時ぶりだろうか。海の上であれば海獣が襲ってきそうなものだが、先ほどから一部がルドぐるみを見た瞬間逃げ出している様な気さえする。

 

 まぁ……本能みたいなものだろう、たぶん。

 

「……」

 

 潮風が吹き抜けていく。遠くに海獣の嘶きが聞こえる。海は静かに凪ぎ、その果てでは大陸の下へと向かって滝が落ちていく。普通の人類ではここまで到達出来ず、この景色を見る事も出来ない。そう考えると結構、恵まれているというか、人類には真似出来ない趣味なのではないだろうか……?

 

 まぁ、いいや。

 

 この先も、こうやって満ち潮の度に遊びに来るか、と決める。

 

「……」

 

 ただ、こうやって一人で釣れない釣りをしながら時を過ごしていると思う。一人でこれを全部、独占するのもちょっと勿体ない、と。今度、誰かを付き合わせるのもいいかもしれない。スラルも結構オーバーワーク気味だから拉致ってもいいし、ハンティと姉妹で釣りというのも楽しそうだ。あぁ、でもルシアはなんか俺に気を使いそうだから駄目だな。マギーホアは―――あぁ、ダメ。なんか無駄にたくさん釣れそう。

 

 だけども、あぁ、と呟く。

 

「ジルも連れて来たいな」

 

 もぐもぐ、と食べ進めつつ、単純に思う。魔王だった時の時間を上書き出来る程に、終わった後で遊べればいいなぁ、と。だからそれまでに、なんか遊ぶ楽しみを覚えなくては、と―――。

 

 他人を楽しく思わせる為ではなく、自分が楽しく思う娯楽、趣味。

 

 意外とハードルが高いかもしれないが……まぁ、未来の事を想うと、

 

 そう悪くは感じられなかった。




 という訳で趣味に釣りが追加される。

 シルキィの野球並みの下手の横好きなので素潜りしたほうが遥かに早いレベルで釣れない。だけど初めて見つけた、未来に対するなんの影響も、準備もない、娯楽にしかならない趣味。

 だけどじみーに今までなかった事。遊んではいるけど遊んではいなかった人生。思えば、一切遊びのない人生だった。心を満たすために飯を作って、生きるために魔法を研究して、とかばかりだったね。


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940年 食券 ガイ・カオス

「―――出来た」

 

「見事」

 

「うわぁ、本当にやっちゃったよこのトンでも女王」

 

 目の前では《無敵結界》を()()()()()()()()()()()()()()()()姿()がある。無論、それをそうしたのは自分だ。カオスも、日光も、その力を借りずに成し遂げた行いだった。つまり、フレッチャー・モーデルの様にメインプレイヤーのまま、特殊な道具に頼らない自分の力だけで魔人に対してダメージを与えるという事に成功したのだ。悪いな、モーデル。一番乗りはタイムライン上俺になるぞ。

 

 とはいえ、成し遂げただけだ。握っていたルドぐるみを落としつつ、右手を持ち上げ、震える手に向かって《ヒーリング》を放つ。それで何とか手の震えを止める事が出来た。特訓するのに選んだ場所が人類の手が今は入っていないゼス付近で良かった。あんまり、自分が弱っている姿や、苦しんでいる姿を見せる事は嫌だからだ。特に過労で倒れるのはもう駄目。今では定期的に釣りに外に出かけて体を休める時を差し込む様にしている。

 

「あー、駄目駄目。出力調整間違えてエネルギーの大半無駄にしてる。このまま無理矢理使ってたらたぶん()()わ。はぁー……」

 

 落としたルドぐるみの上へともふっ、と音を立てながら座り込む。《ヒーリング》で回復したとはいえ、それでもちょっとだけ体の感覚が違う。だからゼスの強い日差しの下で、ふぅ、と息を吐きながら髪を後ろへと流しつつ、ガイにも《ヒーリング》をかけた。必死に叩き込んだダメージが一瞬で回復されてしまう光景は流石にショックだったが、それでも解った。

 

「これで俺様の理論が証明されたな」

 

「カラーが神の雛型である、という事か」

 

「無茶言うと思ったけどそれを実現するからびっくりだわ」

 

 カオスの言葉に珍しくガイが同意する様に頷いていた。ガイもガイで近くの岩の上に座る。恰好が黒いのだが、暑く感じないのだろうかあの男は? そう思いながら水筒を取り出し、その中身を飲む。

 

 鍛錬相手に頼んだガイと、その魔剣であるカオス以外は、ここには今は自分しかいなかった。

 

「カラーはその生涯の行いによって天使か、或いは悪魔へと転生する。だから()()()()()()()()()()()()()()()と俺様は考えたのだ。その両方の資質を兼ね備えている筈なんだ。だから後は気合と根性でそれを引き出すだけ」

 

「気合と根性でどうにかなるなら儂、魔剣なんかになる必要なかったんだよなぁー」

 

「それはほんとごめん」

 

 言葉もねぇ。とはいえ、ルドラサウムから神光パクったり、長年《メギンギョルズ》と《時の忘れ物》を肌身離さず装備し続けた結果、神の力の波長というものを、この数千年で漸く形としてとらえ始めた、というものでもある。一時的に自分を天使―――つまり神としての存在へと比率を傾ける事で《無敵結界》を貫通する裏技。

 

 完全なるレギュレーション違反の奥義である。

 

 ただ、本来天使にも悪魔にもなれるカラーだが、それは一種の死を意味する。だからこそ記憶を失ってしまうのだ。だから力を引き出せるが死亡する一歩手前、その状態でバランスを取っている様な感覚なので、非常に不安定だ。一歩前へと踏み出せば、そのまま仕様外の転生を経て、エンジェルナイトになってしまうのだから。

 

 その場合、ALICE辺りの直属の部下にされてしまうのだろうか。

 

 ここら辺、エラッタというか忠告が来ないのは滑って死んだとしても十分に面白いから……なのかもしれない。

 

 便利に使える神が増えるだけだし。

 

 天使になって神になれば、ALICEや三超神には逆らえなくなる。

 

 かと言って悪魔になればレガシオやラサウムの管轄下になるからまともに地上で動けない。

 

 一度、真面目にエンジェルナイトか悪魔に記憶を保持したまま転生する事で《無敵結界》を無視して戦闘を行えるようになる事を考えた事があった。だが真面目に考えればエンジェルナイトになっても、悪魔になっても、最終的には神か悪魔王の奴隷になるかで結論がつく。その場合、俺が俺の意思で活動する事も出来なくなるだろう。故に転生案は放棄した。とはいえ、神の力を使えば《無敵結界》を貫通出来るというのは魅力的な響きだ。

 

 ちょっとずつ、ちょっとずつ、そしてガイを的に練習し続ける事で最近、漸く引き出し方が解ってきた。とはいえ、ほとんど深海を無酸素で全力マラソンしている様な感覚の為、気軽に出来る事でも、使えるものでもない。

 

 使うなら―――そう、確実に殺せる。動きを止めて、反撃が来なく、絶対に一撃で殺せる瞬間。

 

 その時になら使えるかもしれない。

 

 まぁ、今はカオスマスターであるガイと日光が人類側に参戦している。その事を考えれば無理に頼る必要もないだろう。とはいえ、手札は手札だ。出来る、という事実だけでも有事、取る事の出来る行動が増えるのだ。悪い事ではないだろうと思う。

 

 とはいえ、

 

「ガイも特訓に付き合わせて悪かったな。お前も色々と忙しいだろう」

 

「いや、俺にとっても有意義な時間だからそこまで心配する必要はないぞ」

 

 と、返答するガイの言葉は普段のそれよりも軽い口調になっていた。其方の方にも、聞き覚えはある。

 

「お、バッド・ガイか」

 

「中身はアレだけど、見た目の良い女と同じ時間を過ごせるというのはそれだけでも一つ、努力するだけの意味があるからな! ガッハッハッハ!」

 

 そしてこの言葉である。本当に普段見せている善ガイ―――俺が勝手にグッド・ガイと呼んでいる方とは全く違う。口調からしてもそうだが、趣向や取ろうとする行動までがまるで違う。第一、このバッド・ガイに前、何故ジルとの戦いのときに態と敗北しようとグッド・ガイを邪魔しようとしたのか、と質問すれば、

 

 ―――ジルとセックスしたかった。

 

 とか言い出すもんだもの。その為に魔王討伐を諦めて魔人になったのだ。

 

 このバッド・ガイ、実にクレイジーである。

 

 グッド・ガイ、滅茶苦茶苦労していそうなのが解る。

 

 しかしセックスする為に戦闘を止めたとか、本当にランス君に似ているよなぁ、と思える。

 

「しっかしお前ら、人を評価する時に中身をアレ扱いするのはほんと止めろ」

 

「見た目ならいいではないか」

 

「その髭を引っこ抜くぞてめー」

 

「でも間違ったこと言ってないよね」

 

 風の刃を飛ばしてカオスに叩きつける。ざりざりと音を立てながらカオスが削れていくのにカオスが悲鳴をあげる。いい気味だ。どうせ後でバッド・ガイが娼館に突入するんだからそれで回復してこい。

 

「というか、俺としては未だにその姿で処女だってのが驚きだ」

 

 ガイがそう言うと、こほん、と大きくガイが咳払いした。申し訳なさそうに視線を下げつつ、

 

「……《私》が失礼した」

 

「いや、話していて楽しいから気にするな。少し罵り合えるぐらいの方がコミュニケーションというものは円滑に進むから」

 

「そうそう。あっちのガイはちょっと茶目っ気が多いけど、こっちはなさすぎなのよね。もうちょっとあっても悪くはないと儂、思うんだよね」

 

「ふむ……」

 

 カオスの提案に対して、珍しくガイが悩む様な素振りを見せた。その姿におや、と思いながら喉を再び水筒で潤し、魔剣とその主の語らいを眺めて楽しんだ。

 

 魔人ガイ―――やがて魔王ガイとなって魔王ジルの跡を継ぎ、歴史上最も人間に対して贔屓した魔王としても認識されている。その為、ケイブリスは全ての魔王に敬意を払う中で唯一、魔王ガイだけは侮蔑していた。魔軍が魔物界に引きこもる様になったのは、のちに出現する魔人シルキィ・リトルレーズンの願いによって、人類を奴隷から解放しながら魔物界という何も存在しない荒れ果てた大地へと引きこもる事にしたからだ。これが殺戮や破壊を楽しみとしていた魔人の多くには大変不満だったらしい。

 

 まぁ、それでも魔王ガイは唯一、魔王としての衝動等を二重人格によって分ける事によって、それに影響されずに判断する事の出来る魔王でもあった。そう考えると、魔王ガイは常に二重人格で善と悪の両面から判断し、それで最も必要とされる事を魔王としてではなく、人間として判断していたのかもしれない。

 

 ある意味、偉大な魔王である。

 

 だが同時にスラルから作られてきた魔王の流れというものを完全に破壊した魔王でもある。魔王が知っていた勇者のシステム、神の扉、神の真実。そういう流れやシステムに関する知識はガイがジルを討った事によって断絶されたと考えても良い。

 

「貴女は―――」

 

 と、ちょっとした未来の事やNOTEの中身を思い出していると、ガイの方から視線を向けられていた。向けられた視線と言葉に応えるように、此方も視線を返す。

 

「失礼、貴女は……ジルの教師だったと聞く」

 

 ガイの言葉に対して頷いて返答した。それを受け、グッド・ガイの方が言葉を選ぶ様に、或いは懐かしむ様に口を開く。

 

「ジルは……躁鬱の激しい女だった。人類を憎み、そしてありったけの殺意を向ける様子を見せながら、唐突に正気に戻る。そしてその時に限ってよく、貴女の話を求めていた。その度に呼び出されるケイブリスが不憫でしょうがなかった。体を丸めていないフリをしようとしたらそのまま連行されていたな……」

 

「ケーちゃん……」

 

 お前、まだリス芸続けてたんだ……。

 

「だがそうやってケイブリスに話をさせた後は、恐ろしいほどに落ち着く様子が見えた。そして何かを必死に探し、しばらく過ぎるとまた殺意に溢れ、自分を犯す男を求める。私やアイゼルはそういう意味ではジルのお気に入りだった。ジルを犯しても壊れない男と言うのは俺やアイゼルぐらいだったしな。姉御って言って慕うレイは鬱陶しがっていて手を出そうとしなかったし」

 

 話の間に自然とバッド・ガイに再び切り替わっていた。或いは悪と善の方で、話したい内容が一緒なのかもしれない。

 

「あの女は……昔からそうだったのか?」

 

「いや……昔はもっとおどおどしてたよ。人前に出るのを怖がっていた、普通の少女だったよ」

 

 ただ、壊されてしまっただけだ。妬まれ、憎まれ、そしてハメられた。気づけばジルは四肢を切り落とされ、オナホールとして使われ続けたという話だった。実際の景色を見た訳ではないが、それでもジルが味わった苦痛は、人生の全てを通して人類を憎むのに相応しいだけの経験だったのだろう。彼女が人類に向ける憎悪は、残念ながら自分にはそこまで解らない。

 

 根本が超越者である俺にとって、人類はアリに近い存在だ。

 

 普通の人間がどれだけ悪辣だろうと、その気になれば全て跳ね飛ばして踏み潰せるのだから。だから俺は思うのだ―――彼女の触れた憎しみ。それを理解できないのだ、と。

 

 ちょっと、俺は人間から外れ過ぎたのかもしれない。

 

「人に歴史あり……ってやつだったっけ。まぁ、魔人も魔王も殺すけど」

 

「ガッハッハッハ、カオスらしいな」

 

 此方の言葉を聞いても一切ブレないカオスとガイの姿に、絶対に変わる事のない、勝利への執念と信念を感じさせる。とはいえ、

 

 ……このまま放置していれば魔王ガイが誕生するだけだ。

 

 それは必要な事でもある……のか? だが魔王ガイでもなければ、ホーネットは生まれてこないだろう。アレはガイが魔王となってから女を孕ませて産ませた、純粋な魔人だ。生まれから魔人ではなかったが、それでもその能力の高さは直接魔王の血を引いている事から解る。だけど究極的にアレはガイが子供を作ればいいのだろうか?

 

「……どうした、女王」

 

「便秘?」

 

 素早くガイからカオスを回収するとそれを叩き折る。カオスの悲鳴が聞こえるがガン無視し、叩き折ったカオスをガイに返す。

 

「デリカシーって概念がねぇのかこの駄剣は」

 

「儂にだってあるよ。相手を選んでるだけで」

 

「俺だって多少は傷つくんだぞ!」

 

 現代の女みたいにメイクとかそういうのには一切気を使っていないが、それでも人前に出る以上、常にある程度の美意識は持っているつもりだ。女として意識されないのにはどうでもいいが、女扱いされないのは最近、少しだけだがショックを受けるようになってきた。順調に自分が女になっているのはもうわかっている事だが。

 

「つーん……もういいよ……折角魔王の条件とか教えようと思ったけどカオスがそう言うなら俺、黙ってるわ」

 

「うん……うん!? おい、カオス」

 

「え、待って。儂のせいそれ。ガイだってアレだけは無理とか言ってたじゃん」

 

「つーん」

 

「あ、さりげなく中指突き立ててる」

 

「いや……ほら……お前も見た目だけならいいぞ……?」

 

「あ、無言で素振りし始めた」

 

「……パス! 待て、何故こんな時に限って私に押し付ける。得意分野だろう。いや、何をどう足掻いても無理だし、引っ込んでいるぞ。いや、お前が―――」

 

「わぁ、ガイが見た事のない状態になってる」

 

 無言でルドぐるみをスイングしつつ、カオスとガイが二重人格で行っているコントを見て、ふと、笑い声を零しながらルドぐるみを浮かべ、その上に座る。

 

「冗談だよ、冗談。魔王の継承方法を流石に黙っている訳にはいかないからな」

 

 それに、新たな魔王が出現しなければ結局のところ、ジルが魔王から解放されない。その為にも生贄が必要だ。それがガイになるのか、

 

 ―――或いは、俺になるのか。

 

 それだけの話だ。




 ガイ、カオスの食券。善悪ガイ、入れ替わりつつ喋るの楽しそう。

 根本的にALICEちゃんから監視されているけど、それはそれとして、此方側に転ぶようであれば面白いから可、って感じなのよね。後はジル相手にバランスが取れていないのも原因だけど。

 それとして大体の奴から見た目はいいけど、中身がアレだから……といわれる奴。

 開始まであと40年。


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945年 食券 スラル

「ふぅー……落ち着くわ」

 

「話には聞いてたけど、変な趣味を思いついたものよねー」

 

 周期的に発生する満ち潮。それによって生まれる海。海の上で、ルドぐるみを何時の間にか追加されていた巨大化機能で数十メートルサイズまで巨大化させた所で、それを足場代わりに腰を落ち着けて座っている。結構スペースがあるのでクーラーボックスを上に乗せて。釣竿を片手に。だけど座っているのは自分一人だけではなく、横には同じようにスラルも釣竿を片手に座っている。

 

 お互い、服装も普段の物とは違い、水着に着替えてある。自分はパレオ付きの青いビキニ。スラルが黒のビキニ姿。お互いに、見た目だけなら美少女、美女だ。スラルは普段、悪魔である事を隠すように角などを隠しているし。俺も腕がない事を除けば美女のカテゴリーに入るだろう。ただ、まぁ、悪魔と神の失敗作(ドラゴン・カラー)という組み合わせだ。

 

 このコンビで人類を絶滅させられると考えると色々と酷い。とはいえ、流石にそんな事に手を出さないが。人類が滅んだら魔族の時代がやってくるが、それはそれで大陸のジ・エンドなのだから、というか殺す事は何も楽しくないし。殺戮に酔うという感覚は解らない。戦う事そのものが楽しいという感覚は解るのだが。

 

 それはともあれ、

 

「変かなぁ、釣り」

 

「そりゃあ普通の釣りならそうなんでしょうけど」

 

 スラルは片手で水面に沈んでいる、此方の釣り竿、その先にある釣り針を指さしている。その先にある釣り針は最初に釣りに出かけた時の様に、曲がっていて魚を引っ掛ける事は出来るものの、餌やルアーというものがセットされていない。つまり魚が引っかかる可能性というのが恐ろしく低いのだ、これは。まぁ、とはいえ、魚を釣る為に釣りをしている訳じゃないのだから、これはこれでいいのだ。

 

「まぁ、こうやって何もしない時間を作る為に釣りをしている様なもんだからなぁ」

 

「確かに趣味を作って、休める時間を作れって言ったのは私だけど……大丈夫?」

 

「がっはっはっはっは」

 

 笑いながらクーラーボックスを開ける。そこから水筒を取り出し、冷えたグラスを取り出す。その中に水筒から取り出したよく冷えた紅茶を注ぎ、そこにスライスしたヒラミレモンを浮かべた。ルドラサウム式レモンティーの完成だ。グラスを一つ、スラルへと浮かべて渡しながら、もう一つを黒腕を生やして掴む。前まで使っていた抜き身の武器の様な腕ではなく、ジルが生やしている様な、リアルな、本物の様な腕だ。いや、機能も触感も、完全にリアルのそれと一切変わりがない。その上で魔力の消費が発動時以外はほとんどない。

 

 その気になればこれをずっと維持したまま生活も出来るだろう、そういう術だった。

 

 ジルが渡した魔法の成果の中にこっそりと、混ざっていた。使おうと思えば片腕の不自由がない生活も出来るだろうが、隻腕を日常的に維持しているのは、かつて自分がマギーホアに対して叛逆した事、その事実に対する戒めでもあるのだ。だからそう簡単に、日常的に腕を生やしたままではいられない。これはあえて、そのままにしている。とはいえ、腕の術の改良は素直に嬉しい話だった。

 

 まぁ、そうやってドリンクを取り出しつつ、それを軽く口に付け、

 

 潮風を感じる。

 

 耳をすませば遠くで魚が水面を跳ねる音が聞こえる。無の静寂の中に、世界の音が溶けているのが聞こえる。その中で、自分が世界に溶けていくような感覚がある。そうする事で、何も考えず、何も気負う事もなく、

 

 全部忘れて、ただ釣り糸を垂らす事が出来る。

 

「ふぅー……ただ、こうやって釣り糸を垂らしているとさ」

 

「うん」

 

「周りに文明も人も何もないから全部忘れてさ」

 

「うん」

 

「自然の音に耳を傾けてそれをBGM代わりに何も考えず、ぼーっと釣り糸を垂らしているだけで、これが割と落ち着くんだよ」

 

「趣味が老成しているというかなんというか……」

 

「ばぁか、俺はこれでももう3100歳は超えてるぜ。センスと感性は古代人級だぞ」

 

 笑いながらふと、息を吐く。なんだかんだで忘れていたが、

 

「俺は、元がドラゴンだからな。ぶっちゃけ、文明で生きるよりも、自然の中で生きてる方が性に合うのかもしれない」

 

 光と重力の黄金のドラゴン。それが自分の本来の姿だ。もう2900年以上は本来の姿に戻れては居ないが。それでも一度ぐらいは、またあの本来の姿に戻れる日を夢見ている。だからだろうか、陸から離れ、太陽の光をまんべんなく浴びる事の出来る、世界の果て―――重力と大陸の終わりの滝。その付近に来ると、なんとなくだが調子がいいのだ。

 

 まぁ、所謂お気に入りスポットである。ここで釣りをしているのが落ち着くのだ。その内慣れたら大陸内を釣りツアーでもしようかと思うのだが。まぁ、でもそれは平和になってからの話だろう。伝説の釣りキチカラー女王として名を残すのも面白いかもしれない。まぁ、なんにしろ。

 

 今は釣りだ、釣り。

 

 レモンティーを飲みながら静かにもふもふの中に沈み込みつつ、静かに釣り糸を垂らしている。海獣たちはどうやら本能的に鯨の姿に対して苦手意識を感じているらしく、近寄ってくる事は一切ない。その為、襲われる様な事を考えなくても問題はない。だから戦う事を考える必要もない。

 

 ただ風を肌で感じて、

 

 耳で海の音を感じて、

 

 心で世の果てを感じる。

 

 その為の場所であり、そして釣りとはツールだ。とはいえ―――こんな風に御託を並べつつも、実際にやっている事は釣り糸を垂らし、ちびちびとレモンティーを飲みながら、頭を空っぽにして釣りに没頭する。こうやって何もしないのは暇なのではないのか? と、最初は思ったりもした。だが慣れてくればこれはこれで楽しいものがあるのだ。釣り糸を垂らして何もしない。そうやって自分が世界に関わらない、自分だけの時間というものが今までの人生、非常に少なかった。

 

 自分の人生が自分の物である様に、ここにいる間は感じられた。

 

「ふーん……まぁ、悪くはないわね」

 

「だろ」

 

 今では大陸のどこもが魔軍と人類の戦いで沸き上がっている。人類すべてが集結している訳ではないし、今のペースで本当に魔軍との戦いに間に合うのか? という疑問はある。それでも、人間は頑張っている。俺もそれ相応に頑張っている。とはいえ、再び15年連勤なんて事を実行すれば、周りの人間に心配されてしまう。そして今度こそマギーホアに怒られてしまうだろう。流石にそれは回避したい。

 

 だからこうやって、定期的に釣りに逃げるようにした。

 

 まぁ、俺が滅茶苦茶働いているのは皆が知っている。少しぐらいサボっても文句は言えないだろう。俺が抜けても最近は戦えるだけの面子が育ってきている。これも、エヴァンスが死ぬ間際に悪魔と契約し、才能のある子供が生まれやすいように自分の魂を売った結果もあるのだろう。

 

 最初から最後まであの子には感謝しかなかった。都市計画から次世代までパスを繋げる事も。あの小太りの臆病者を見てると、人間もまだまだ、捨てたもんじゃないと思える。

 

「あら、機嫌が良さそうね」

 

「そうか? そうだな……」

 

 苦笑しながら釣り糸に引っかかる感覚があった。釣竿を引き上げながらそれに引っかかったものを見る。

 

 魚ではなく、貝だった。

 

「またか……」

 

 釣れた貝は黄金に輝いている貝だった。見た事のない貝だが、俺自身はあんまり貝に対して興味はないが……まぁ、将来、ランス君に売りつけるのも面白いかもしれない。そう思ってクーラーボックスの中に保護して突っ込んでおく。

 

「俺は……たぶん根本的な部分で性悪説を信じてるんだ。放っておいても人間は良い方向へと向かう筈がないって」

 

「まぁ、今までの人類を眺めているとね……」

 

 争い、騙し、殺し、奪い―――そして滅びる。魔軍なんかいなくても、人類はお互いに殺し合っている。そうやって勝手に生まれては滅んでいる。人間は馬鹿な生き物だ。己の欲を律する事が出来る。だからこそ、短い命の中に素晴らしい輝きを見せる事が出来るのだと思う。俺の様に長寿の種は、戦闘の最中に急激な成長や進化という概念を持っていない。長年の積み重ねや変化、準備が必要になる。時のあるものは大体そういう風に出来ている。

 

 だからこそ人間が見せる、短い間の凄まじい輝きが美しく感じられる。

 

「だけどね、俺は人間という種が好きでもあるんだ。だから性悪説を信じているけど、同時にその中から凄い奴が出て来ると愛しくてたまらないんだと思う。ウチの子はこんなに頑張れるんだぞ! ……ってね」

 

「好きなのね、人の事が」

 

「基本的に楽しい事が好きな生き物だからな、(ドラゴン)は。まぁ、最近はこうやって静かにやってるのも悪くはないけど」

 

 ふぁーあ、と欠伸を漏らしながら親友と肩を並べて釣り糸を垂らしている。スラルの方は中々に引きが良いらしく、魚が釣れている。おかしいなぁ、スラルの方も餌は付けていない筈なんだが?

 

 やっぱり才能の問題なのだろうか? それとも根本的に海の生物に嫌われているのはルドぐるみじゃなくて俺なんだろうか?

 

 おかしいなぁ、と首を傾げながらスラルが釣り上げたブリ……ブリ? をクーラーボックスに入れる。相変わらず季節感も種類もバラバラの魚が釣れる海だった。うーん、生息域はどうなっているのだろうか? その内シーラカンスが釣れてもおかしくなさそうな気配はしている。

 

「なんで釣れるんだ。俺は貝しか釣れてないのに」

 

「才能……じゃないかしら? ほら、無駄に多芸なんだから少しぐらい苦手な物があった方が可愛げがあるじゃない」

 

「ぐぐぐぐぐ……まぁ、見てろ。1000年もすれば経験とテクで釣り女王ウル様の名前をこのルドラサウムに広げてやるから」

 

「無理だと思うけどなー」

 

「まぁ、まぁ、見てろ見てろ―――ってなんだこの見る方角から色が変わる上に形状が上手く認識出来ない冒涜的な癖に貝だって解る物体は」

 

「捨てた方が良んじゃない……それ……?」

 

「だが集める」

 

 《貝ハンター》技能なんて持ってたっけ……? 何て事を思いながらトラペゾ貝をクーラーボックスの中へとダンクする。長く見つめていると正気が削れそうだから、なるべく見つめない方が良いだろうと思う。流石にこの程度で削れるような精神はしていないが。

 

 そしてそのまま、釣りへ。

 

 自分は今の所、貝しか釣れていないのだが、スラルの方は成果が出ている。今夜は釣りが終わったら釣った魚で刺身盛りとかを作れば、美味しく頂けるかなぁ、なんてことを考える。旬の魚という概念がこの大陸では死滅しているのだ。いや、満ち潮の間の話だが。この海ではわりと生態系がカオスになっていて、場所によって存在している生物が季節関係なくごった煮になっている。おかげで狙った魚を釣るのがここでは難しい。まぁ、その混沌としたところにも楽しさはあるのだが。

 

 そう思いつつ釣り糸を垂らす。

 

 ゆっくり、ゆっくりと時間が流れていく。

 

 普段は忙しさの中、瞬きする様に時間が駆け抜けて行くが、こうやって何もしない時間を取ると、改めて時の長さというものを実感させられる。或いは特別に何かをする、と言う目的を持たないからかもしれない。終わりのない命がある今、その時間という概念の大切さは薄れつつあるが、こうやって時間を作って堪能すれば、その大切さが解ってくる。

 

「ねぇ」

 

「おん?」

 

「……私を助けて、後悔とかしてる?」

 

 スラルが此方へと視線を向ける事無く、世界の果てへと視線を真っ直ぐと向けたまま、そんな言葉を口にした。それを言葉にしたスラルの唇が、少しだけ震えている様にも思えた。だからそれを横目で見てから視線を釣り糸の方へと戻し、そうだなぁ、と呟く。

 

「完全にしてない……と言えば嘘かな」

 

 うん、完全に後悔していないとは言えない。

 

「ああすれば良かった、こうすれば良かった。なんで態々自分から面倒事を増やすんだ、って後から思った事は何度でもあるよ、悪いけど」

 

「うん、それはそう思ってもしょうがないと思う。だって私、めんどくさいもの」

 

「ははは……」

 

 苦笑しつつ、だけどまぁ、と言葉を置いた。後悔はしている。こればかりはどうしようもない事実なので許してほしいが、

 

「一度もやらなきゃ良かった、って思った事はないよ」

 

「本当に?」

 

「ほんとほんと。だって俺、友達って呼ばれたの嬉しかったもん。裏切れねぇよそんなの」

 

 そうやって呼んでくれる奴を裏切れる程俺は非情になれない。慕ってくれる相手を見捨てられる程俺は愚かにもなれない。だって、嬉しいじゃないか、そう呼ばれているのは。後悔はしても、それが嫌だったなんて言う事は絶対に無理だ。

 

 嬉しいに決まっているじゃないか。

 

「だから、まぁ、気にすんな。終わった事だし。俺は親友を得たし。こうやって友達と一緒に趣味の時間を割くのは一つの夢だったし。それに俺だって助けられたんだ。だったら俺達はほら……助けられ、助けて、対等な友人だろう?」

 

 あんまり難しい事は馬鹿だから止めて欲しい。馬鹿だからあんまり頭を使いたくないのだ。自分の政治や統率ってのは基本的に経験と累積された知識から来ているものだし。本格的に頭を使う事はちょっと難しいから。だから、その、

 

「……友達でいてくれて嬉しいから、さ」

 

「……うん、私も貴女という友達がいて、幸せよ」

 

「おう」

 

 物凄いこっぱずかしい。今、滅茶苦茶顔が赤くなってるんじゃないだろうか。それを隠すようにグラスを傾けてレモンティーで口を塞ぐ。何を言ってるんだろうか、俺は。まぁ、でも、嘘はついていないし。

 

 同じ時間を歩める友人の存在は、心の底から嬉しいし。

 

 助けてくれたのも、嬉しい。

 

「正直な話、いい?」

 

「……おう」

 

「私、重荷になってないか不安だったわ」

 

 スラルは視線を向ける事無く、呟く。

 

「ほら……私、本来の歴史では既に死んでいるじゃない。ガルティアとケッセルリンクもそれが原因でケイブリス派につくし」

 

「お前……必要な所以外は読まなかったんじゃないのかよ……」

 

「ごめん、興味に勝てなかった」

 

 んもー、と声を漏らせば、スラルが笑った。だからね、と言葉を続ける。

 

「自分が助けられた後に、どれだけ貴女の知っている歴史から物事が変わっていたか。驚いたのよ? よく未来を変えようと思ったわよね……あんなに怯えていたのに」

 

「単純にそれよりも大事なものがあっただけだろ」

 

 そう答え、黙り込み、無言のまま釣りを続ける。普段、人が居る場所では言えない様な事も、ここでならある程度口に出す事が出来る。だから答え、スラルは少し、嬉しそうに微笑んで、

 

「そう」

 

「そうだよ」

 

「そうなの」

 

「そういう事だ」

 

 うん、まぁ、そういう事だろうと思う。女はほら、理性の生き物だと言うし。それに対して男は衝動の生き物だと言われている。その二つを持った俺は衝動に動かされながら、損得を考えて動く生き物なのかもしれない。だとすればきっと、

 

 とても大事だと思って、動いたのだろうと思う。

 

 もう、昔の事だ。

 

 思い出せるが―――過ぎ去りし過去は、もはや戻らない。

 

 なら、今のこれでいいではないかと思う。だからレモンティーを飲み終わりつつ、ふぅ、と息を吐いた。穏やかな時間も嫌いじゃない、と。

 

「ねぇ」

 

「なんだよ」

 

「押し倒していい?」

 

「駄目。というかどうした」

 

「ん? 私の友達が今、物凄く可愛く見えたってだけ。後はほら、私悪魔にされちゃったし。おかげで自分の欲望に幾分か素直になってるのよねー……だから責任をとるつもりで?」

 

「そんな責任ありませーん」

 

 横から肩を叩きつけてくるスラルに応えるように肩を叩きつけ、小さく笑い声を零しながら潮風を浴びつつ、

 

 そのまま、暗くなるまで休日を楽しんだ。




 ユウジョウ。

 元々死んでいるキャラだから創作する幅が広く楽しい。まぁ、ちょっと欲望漏れてるところもあるけど、長年一緒に遊んでいられる友人ってどんな時でも結構貴重な存在だよね、っと。

 食券乱用は続く。


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950年 食券 人類

「ル!」

 

 ルドぐるみのスイングで一人が飛ぶ。ルドぐるみの中に仕込んだ魔法が吹っ飛んだ後の人間がソフトランディングできるように調整してくれる。なので吹っ飛んだ人間は空に打ち上げられながら、その姿を観戦者が距離を測る程度の事が出来る程度には、余裕がある。

 

「ド!」

 

 そのままもふんもふんと顔面に叩き込んで、手裏剣の様に吹っ飛ばしながら次に斬りかかってくる連中の顔面をヒットして吹っ飛ばす。回転しながら飛んでいく連中が壁に衝突するのを確認せず、体を大きくスウェイさせながらそのままバッターヒットで吹っ飛ばす。もふん、と音を立てながらヒットされた瞬間に幸せそうな表情を浮かべている。うん、その気持ちはよく解る。

 

「ラ! サ! ウ―――ムッ!」

 

 そのまま連続で前衛を吹っ飛ばす。全員が吹っ飛んだ所で、後衛の魔法使いたちが晒される。その中で一番手の早い子が詠唱を終わらせている。自分の様に極限まで魔法を適応改造しまくっている奴や、或いは《魔法Lv3》による魔力の暴力で忘れがちだが、本来の魔法は詠唱が必要とされる程度には高位の技術だ。知識、経験、魔力の三つが揃う事によってそれを発動する事が出来る。俺は魔力が多少足りなくても、ドラゴンとしての力を応用したり、極限まで個人用にカスタマイズする事で本来は発生する詠唱等を大幅にカットしている。だが通常の人間はそうではなく、

 

「《白色破壊光線》!」

 

「なんで最初にそれを選んだ!」

 

 複数放たれる破壊光線をルドぐるみで叩いて粉砕し、そのまま接近して魔法使いたちをルドぐるみで一人、また一人ともふり倒す。とはいえ、英才教育が効いている影響でルドぐるみを叩きつけようと接近しても、即座に手元の武器や防具でカバーに入ろうとする動きが見える。魔法が使えるから魔法だけに専念させるのではなく、ちゃんと戦士と同じだけの体力をつけるように訓練している彼らは、ちゃんと接近された場合の対処も個人で出来るように調練されている。

 

 とはいえ、自分の様な超越者相手には流石に難しい。

 

 全員、顔面にルドぐるみを叩き込んでダウンさせる。

 

「全滅判定! 全員回復しつつ集まれー。戦犯会議するぞー」

 

「はぁーい……」

 

「負けたー……」

 

「あー、今日こそは一発叩き込む予定だったんだけどなぁ」

 

「がっはっはっは! ガキ共が! 俺から一本取るにはまだまだ早いぞ」

 

 笑いながら吹っ飛ばされた人類勇士たちが起き上がる。年齢は大体15歳前後の連中ばかりになる。つまりは【第二世代】の子達だ。25年以降のお見合いから生まれてきた、人類の最前線を引っ張る子供たちも既に950年になった事で立派な大人になっている頃なのだ。人間の成長というものは早いもんで、もう既に人類の中でもトップクラスの実力を発揮するだけの力を見せてきてくれている。後数年もすれば確実に人類最高峰のクラスにまで成長するだろう。それが50人以上存在している。一度に全員を相手するのは流石に無理なので、一定数のグループの面倒を見て、ローテーションを組んでいるのだが、

 

 みんな、強く、そして逞しく育ってきている。

 

 蒔いた種が芽吹き始めている。

 

 そして既に、早めに生まれて育った、20になって愛を育んでいる子達も居た。【第三世代】の種も撒かれている。段々とだが、人間がその血を濃く、色濃く次世代へと繋げているのが解った。魔人が動き出すまであと30年が存在する。予想外に早い出産と結婚、世代交代、その事を考えると魔王戦争開始までに【第四世代】まで到達出来るのかもしれない。そんな事を考えつつルドぐるみを放り投げて、何時も通りその上に座り込む。

 

「さぁ、戦犯会議始めるぞー。皆で話し合って今日の戦犯を洗い出せー」

 

「せんせー! 戦犯が最初から決まってます!」

 

「簀巻きにしたよー!」

 

「でかした!」

 

「石板いっちょはいりまーす!」

 

「っしゃあ! 戦犯ゲットォ!」

 

 戦犯が正座させられ、その膝の上に石板が載せられ、そこに加重が追加された事によって足に食い込む。ぐおおお、と正座を維持したまま戦犯が頭をいやいやと振っているが、その顔には爽快感が見える。やっぱ人類って馬鹿だわ、と思える。でもそういう人類だからこそ愛しいんだよなぁ、とも思えてしまう。そう思いながら戦犯に拷問を始めつつ、戦闘が終了したので会議を始める。

 

「んじゃ、何が悪かったのか、何をするべきだったのか、話し合おうか」

 

「ウル様のレベルが高すぎる」

 

「俺は強くて当然なんだよボケ。次」

 

「俺が!! 胸にダイブしたくて! 前に飛び出した事が悪いでぇ―――す!!」

 

「過重5倍」

 

「あっあっあっあっ」

 

「なんでアイツ幸せそうな表情しているんだ……あ、リカバリーする上で後続の俺達がちょっと焦ってしまった事が原因かなぁ、って」

 

「悪くないぞ。別段突出した個が突っ込んでいく事そのものは珍しくないぜ。寧ろトップクラスの連中だったらそれぐらいは普通にやる」

 

「……破壊光線系統じゃなくて、1節や2節で詠唱を終えられる素早く、制圧できる魔法を放つべきだったわね……」

 

「後は妨害系の魔法かなぁ……」

 

「グッド。ここら辺の使用感覚は経験しなきゃわからない事だ。実戦じゃその失敗が命取りになるからな。失敗出来るうちに失敗して学んでおくのは悪くはない。うっし、次だ」

 

 気になった事、思った事は小さなことでもいいから口に出して意見を言い合え、と言う。目の前に疲れながらもやる気を見せて座り込んでいる子供たちを見る。話し合っている姿を確認しつついいな、と言葉を口にする。

 

「お前らはまだ若い。まだ15そこらだ。魔人が動き出すのは980年、こっから30年先の話だ。そしてどう足掻いても990年までには決着がつく―――解るか? お前らが積み重ねて生き残ろうとすりゃあ、40年生き残ればお前らも55だ。まだ生きていられる年齢だ。頑張ればこの戦争の終わりは生きて迎えれるんだ。だから努力だけは忘れるなよ」

 

 それが一番大事な事なのだから。

 

 そう伝えれば少年少女たちが拳を握り、頷き、そしてもう一戦を頼み込んでくる。無論、それを否定するような理由が自分には存在しない。生き残る為の、勝利する為の努力ならどこまでも付き合う所存だった。たとえ、そこに思春期の子供らしい、いい所を見せたいなんて理由が混じっていても気にしない。

 

 笑いながらそれを受け入れる。

 

 

 

 

「はい! お疲れ様! 今日はここまで! 次回までに問題点を洗って改善する方法を考えておけよ!」

 

「うーっす……」

 

「はーい……」

 

 ルドぐるみに腰掛けながらぼろぼろのドロドロになって訓練場に倒れている子供たちの姿から視線を外し、その入り口の方へと視線を向ける。そこには人の姿が見える。今日の訓練に参加した子達の親だ。迎えに来たのだろう。ルドぐるみの上で胡坐をかきつつ、子供たちを指さし、回収していいぞ、とサインを出すと歩いて近づいてくる。

 

 26年に子供を産んだとして、その時が20代だとすれば、既に40代後半から50代に入っている。おじさん、おばさんと呼べる年齢に入った第一世代の人類の勇士たちが自分の子供たちを迎えに来ていた。未だに戦場では現役であるものの、この20数年間の間、一緒に戦場を駆け抜けてきた相手が自分を置いて、先に老いていく光景は、

 

 何度見ても、嬉しくも、悲しいものだった。

 

「また派手に負けたな、アレッサ」

 

「こ、今度は勝つから……あ、やっぱ一発ぶち込むだけで……」

 

「揉めた?」

 

「揉めない」

 

「とーちゃんの悲願を叶えろよ……!」

 

「親子2代で何ウルトラ不敬かましてんだよ」

 

「えー、だってー」

 

「あんないい前人未踏のおっぱいあるなら飛びつきたいじゃん? あ、こら、蹴るな! 蹴るなよ! なんだよメリー! いきなり蹴り出してよー!」

 

「馬鹿! ほんと馬鹿!」

 

 その何でもない、普通の姿を見て苦笑を零しながら、軽く手を上げて振って、訓練場を後にする。自分もそこそこいい汗を掻いたし、風呂の準備でもルシアにさせるか、何て事を考えながら訓練場を出れば、

 

 近くの広場でまだ鍛錬を続けている姿が目に入った。JAPANの武士で―――既に、年齢は60代に入りつつあった。髪は白く染まり、顔にもしわが増えている。それでも刀を手に、ひたすら何度も何度も、同じ動作を繰り返している。鍛錬する様に同じ動作を繰り返し、

 

 繰り返し―――勝つ為に、強くなる為にまだ、鍛錬を続けている。

 

 30年前に同じ会議場で罵り合っていた彼の相方は、既に死んでしまったのに。

 

「む、これはウル殿」

 

「おう、精が出るなミツヒロ」

 

「いやぁ、まだまだで。俺も頑張っていますが、それでも最近の若者も結構良い物が揃っていて。とはいえ、死ぬ時は戦っている時と決めているので、まだまだ刀は振るうつもりですがな」

 

 かっかっかっか、と武士が笑う。髭を生やし、歳を取り、昔はあったような勢いは、静かな闘気の様なものへと入れ替わっている。だがそれでも活力は変わっていない。言葉遣いは成長する事で変わり、人からの見られ方や、人への接し方は変わっても、それでも根本的な戦士である部分に変わりはなかった。

 

 だがそんな姿を見ていられるのもそう長くはない。

 

 後10年も生きる事は出来ないだろう。

 

 上半身をはだけさせながら刀を振るっていたJAPANの武士は刀を納刀すると、片手を顎へと当て、髭を擦る。

 

「昔の俺は、ウル殿を見て長生きするというのは、なんて羨ましいものかと思ったものでしたが―――いやぁ、長生きはするもんではないですなぁ、これは。迎える悦びと、見送る悲しみはこう、言葉にはし辛いものがありますな」

 

「そうだな。お前も、すっかりしわが出てきたなぁ……お前を見送る日も近そうだ」

 

「うむ。その時は息子と孫を宜しく頼み申す」

 

「任せろ。魔軍との最前線に叩き込んでやるから」

 

「うむ」

 

 侍と軽く言葉を交わしながら別れを告げ、そこから城塞都市内部をルドぐるみに乗ったまま、道路を進んで行く。日が暮れ始める時間帯、対魔軍城塞都市ククルを進んで行く姿は自分一人だけではなく、他にも鍛錬を終えた者や、仕事帰りの姿が目撃出来る。或いはシフト故にこれから出勤する姿も目撃出来る。そう言う姿が歩きながらルドぐるみの上に座っている此方の姿を見て、笑いながら手を振ってくる。

 

「ウル様こんばんわ」

 

「おう、お疲れ。足引きずる様だったら医務室に早めに行っとけよ」

 

「ウル様帰りっすかー?」

 

「雛鳥共の調練だよ。明日はお前のガキの面倒を見るから脅迫しとけよー」

 

「お疲れ様ですウル様!」

 

「おう、お前もな! 今日は東区の焼き鳥屋が新メニューを出すつってたから試すと良いぞ」

 

 通りすがる人たちに挨拶をしながら、司令部へと戻って行く。そこには見覚えのある顔が多い。普段から良く接しているというのもあるが、俺がちゃんと、一度は接した事のある奴を覚えようとしているから、というのもある。俺の意思で、俺の命令で、死んでもらう連中なのだから。

 

 俺が覚えておかないと、余りにも報われない。

 

 だから覚えて、使い潰す。

 

「……」

 

 ルドぐるみに乗って、司令部にそのまま戻るのを止めて、飛行する。そのまま高度を上げて司令部の上の方まで移動し、屋根の上まで移動するとそこで飛行を停止し、軽く、城塞都市全体が見渡せる位置まで移動した。

 

 そこから夕陽色に染まる城塞都市の姿を眺めた。

 

 整備された区画にククルククルの亡骸を利用して建造された、移動型の超堅牢な防壁。爆発的な人口増加に合わせ、都市ククル内部では年々スペースを確保する為に上下に都市を広げて建造して行く様に拡張されて行き、一つの巨大な山の様な姿へと変貌し続けている。だがそこに生きる人々は、全員が必死だ。

 

 こうやって夕陽の時に街を眺めれば、人々の姿が良く見える。

 

 子供を連れて晩御飯を食べに行こうとする家族や、親子で剣を振るって戦い方を教える姿、明日の計画を話し合う姿や、仕事が終わって酒場へと向かおうとする姿が良く、見える。

 

 既にここはひとつの大都市としての姿を生み出していた。ランス、そのシリーズには記されていない、そして未来まで確実に残るであろう、闘神都市よりも遥かに巨大で、人類の力を集結させた決戦用の都市が。

 

「―――今更怖くなったのか?」

 

 背後に気配を感じる。マッハの気配だが―――言葉的にはハーモニットだろうか。だからその言葉に小さく笑いながら答える。

 

「そりゃあ怖いさ。俺が努力すればするほど、段々と未来が変わってくるんだ。そうすれば俺が保有している情報のアドバンテージなんてなくなってくるんだ。暗闇の中をランプなしで歩き回れって話だろうからな」

 

 振り返る事無く、答えつつ、苦笑する。

 

 だけどそれが当然の事なのだ。

 

 未来を知っている。知識がある。

 

 だけどそれは誇る事なのか? そりゃあ違うだろうよ、と思う。

 

「与えられたものに甘えてのうのうと生きるだけの存在にはもう、なりたくはないよ。怖いけど……それでも同時に、自分でも知らない世界が広がっているんだと思うと、それが楽しみでしょうがないさ」

 

 だから、だろう。

 

 俺が冒険を好きになったのは。

 

 まだ知らぬ大地、知らぬ出会い、未知の出来事。それを求めていたのだ、心が。自分の知らない、新しい出来事や物事を求めていた。それを見るのが楽しいという事を知っていたから。

 

 だからその楽しさを教えなくてはならない。

 

 生きるだけで、割と人生は楽しいという事を。

 

 それを、今も必死に生きている人類の勇士が、その生活の中で、自分に伝えてくれる。この夕陽の色に染まった都市の色と、黄金色に輝く人間たちの魂の輝きはどこまでも美しく、

 

 そして見ていて飽きない景色だった。

 

 神々を除けば……今、この時代でのみ、自分だけが眺める事の出来る特権だった。




 食券で人類勇士を選択。まだまだ未来はあるし、前の連中も残ってる。それでも世代交代は必須で、そうすれば自然と一緒に戦っていた奴も。

 最終的に戦争の肝は数にあるから、人類が強くならなきゃどーしようもない。とはいえ、人類も停滞期を超えて歩み出している。

 まだまだ食券。次はだーれだ。


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955年 食券 ALICE

 一般人類は全くそれに気付く事はないが、人類は管理されている。

 

 この大陸の運営はドラゴンの代で一度失敗している。

 

 三超神が完全に生物に関するバランスを崩壊させてしまったのが原因だ。創造神、ルドラサウムが求めるのは娯楽だ。平和の中には娯楽が見いだせない―――ここに関しては正直、余り人類とルドラサウムで違いはないと思える。他人の不幸をネタに笑うのはよくある知性のある生物の習性だからだ。そう言う意味では、ルドラサウムという神は、どちらかというと実に生物的だ。寧ろ一部の神々よりは全くと言えるぐらいには。だがそのルドラサウムの機嫌を損ねれば、この世界は崩壊してしまう。

 

 そしてこの世界にはその危機が一度訪れている。

 

 それを改善する為に生み出されたのが人類管理局ALICEであり、AL教が崇拝する女神ALICEである。

 

 既に女神そのものとしてはSS時代に入る頃には生み出されていたが、SS時代が進んでから人類を管理する為の組織、つまりはAL教と言う形が出来上がってきていた。AL教は女神ALICEが地上で彼女では見切れない部分を監視する為の組織であり、言葉巧みに人類を騙して操り、必要以上の力を持たないようにしたり、或いは存在し過ぎる力を封印、処理する事を目的としている。

 

 主にバランスブレイカーとそれは呼ばれる。人類に対して革新的な技術や進歩を与える存在。それは物だけではなく、人物に対しても与えられる称号でもある。例えば《魔法Lv3》のハンティはバランスブレイカー認定を受けている。つまり生物としての、生きたバランスブレイカーである。無論、人型バランスブレイカーに登録されているのはハンティだけではない。

 

 俺もそうだ。

 

 俺―――ウル・カラーは生きたバランスブレイカーである。本来の歴史を知り、それに干渉し、そしてドラゴンとしての力を保有しながら知り得る真理により、バグとも呼べる行いを可能としている。つまり最優先封印対象に指定されるレベルだ。生きるバランスブレイカーである。だがそんな俺が封印されない事にも理由がある。

 

 その理由の一つが、

 

「遊びに来たよALICEちゃんー」

 

「あら、いらっしゃい。そろそろ来る頃かと思ってたわ」

 

 俺個人が、神々に対してコネを持っているという事にある。一番身近なのは間違いなく三超神の一角、ハーモニット。マッハと言うレベル神の姿で化身を取り、常に此方を監視しているあの神はどうやら俺を気に入っているらしく、他の三超神に対して干渉無用とブロックしているらしい。その結果、ルドラサウムに変化が現れて、この世界がもっと混沌とした時代に突入し始めたのだから、ハーモニットはまさに仕事を果たしたと言えるだろう。

 

 それはともあれ、

 

 三超神が俺個人に対する対応はそういうものである為、それ以下の神々に対しては職務に引っかからない部分では一種のアンタッチャブルだとも言える。そりゃ三超神なんて雲の上の存在が積極的にコンタクトを取って友好を繋いでいる相手なのだから、神々としては是非とも近寄りたくはない存在ではある。

 

 だがその中での例外が、人類管理局ALICEである。つまり人間としての此方を管理する存在である為、必然的に接触、管理、監視する必要性があるのだ。大陸に散らばるバランスブレイカーを、人類が有利になり過ぎないように計算しつつ見逃しているのが女神ALICEでもある。

 

 この神との付き合いはSS期の時にまで遡り、スラル救済作戦の為に大量のバランスブレイカーを集め回ってインフレ決めてやるぞ、と息巻いていた時にである。

 

 ぶっちゃけ、警告されたのである。

 

 バランスブレイカーを必要以上に使えば、どれだけ気に入られていようとも、その分ペナルティを科すぞ、という宣告だったのだ。とはいえ、それをガン無視してバランスブレイカーをガンガン投入した結果、本来であれば20はある技能の総数も、今では10まで減っている。昔は楽器演奏なんかも出来たのだが、技能がペナルティで削除され、楽器を握ってもそれを昔の様に扱える事はなくなってしまった。

 

 ともあれ、そう言う事で女神ALICEとは、意外と身近な存在だったりする。

 

 少なくとも数十年に一度は会いに行く程度には。

 

 かつては何もなかったこの天上の領域も、自分が遊びに来るようになってからは、少しずつ姿を変えて来た。来るたびにALICEとはお茶を飲んでいるだけあって、ALICEが保有する天上の個人領域、そこには小さな庭園が広がっている。一級神であるALICEはもはや自分の力で空間や物質を創造する程度の事は容易くやってのける。そうやって二人でちょっとしたティータイムを過ごす為の庭園がこの天上には用意されている。

 

 ()()ALICEという女神を知っている人物からすれば、それはとても驚く事だろう。

 

 とはいえ、ALICEとももう、数千年の付き合いになってくる。バランスブレイカーに触れ、集め、そして俺でもある程度管理している都合上、良く文句を言われたりする為、必然と顔を合わせる回数は多く、恐らく地上で最も彼女に接触している人間だと言える。

 

 そしてそれだけ接触してれば―――まぁ、お互いに慣れてしまうのだ。

 

 色々と。

 

 友人と呼べるような関係ではないが、

 

 それでもALICEとの関係は、茶を飲む程度には良好だった。

 

 ルドぐるみを脇に抱えながら天上にやってくると、それをALICEへと渡す。ルドぐるみを受け取ったALICEは畏れ多そうにそれを受け取りつつも、物凄い、恍惚とした表情を浮かべる。麻薬でもキメてんのか、という表情を浮かべているのだが、まぁ、口にすると剣が飛んで来るのは経験済みである為、何も言わずALICEが創造した庭園、そこに出されている椅子に座り、テーブルの上に広げられている紅茶とスコーンを見た。お、ホイップクリームが用意されている。

 

「あぁー……ふぅー……あー、でも駄目だわ……欲しいけどこれを私が保有するなんて不敬だわ……あぁ、ルドラサウム様……ルドラサウム様ぁ……るどらさうむ様ぁぁ……」

 

 席に着き、足を組みながら片手で紅茶を淹れる。ルドぐるみを渡せばそれだけでご機嫌を取れるんだからこの女神チョロいぜ、とは欠片も思っていないからなぁ! と自分に言い訳しつつ、美しい姿をした女神が陶酔する様にぬいぐるみを大切そうに触れる姿は、一種のホラー感がある。

 

 アレが一個人に向けられる様な時代が来ない事を本当に祈る。

 

 大怪獣ALICEルートは一度考えたが、クエルプラン以上にヤバいものを感じる。紅茶を飲みながらなるべくクエルプランルートで大怪獣に暴れて欲しいなぁ、と願わなくもない。まぁ、それはその時にならなきゃわからないのだろうが。紅茶の喉に残る味を楽しみつつスコーンに手を伸ばし、それにクリームを塗ってしまう。それを軽く齧りつつ、

 

「神も不敬だとかで大変だなぁ」

 

「根本的に私達はルドラサウム様あっての存在よ。奉仕するのも、崇めるのも、その為に尽力するのも当然でしょう? 至高のお方なのだから、報いて貰う為に働くという考えさえも畏れ多いわ。あぁ、だから、こんな、こんな背徳的なものはぁ……ぁぁ……」

 

「あー、駄目だ。声が蕩け切っちゃってる」

 

 人間―――というか神様、なにが通じるか実に解ったもんじゃなかった。ちょっと放送出来ませんよ、というレベルでALICEがだれている。だれているというか蕩けているというか、それだけルドぐるみが愛されているならもう、それでいいんじゃないかなぁ、と思う。とはいえ、保有する事そのものが不敬というルールはちょっと良く解らない。

 

「マッハ様は平気なんだけどなぁ」

 

「ハーモニット様はあのお方の傍にいるからよ。私はあのお方の気配を遠巻きにしか感じる事が出来ない。会ったのも生まれてから以来。根本的な立場が違うのよ」

 

 そう言ってもふもふと人形と戯れるALICEの姿は可愛らしい少女の姿というのがちょっとやばいよなぁ、と思う。これを見て、絶対に女神ALICEという存在を間違えてはならない。そもそも人間的に対応しているのは全て、演技なのだから。

 

 元は。

 

 今は? と言われると、ちょっと解らない。ちょっとした経験で人間性の枯渇やら演技やら、そういうのを見極める事に関してはちょっとした自信がある。昔、ALICEと会っていた時はALICEの振る舞いは全て計算された演技だというのが自分には解っていた。だが……今のALICEはどうだろうか? 本当に全部演技だと言えるのだろうか? 今、ルドぐるみを延々ともふもふしながら蕩けている少女の姿が演技だと思うのはちょっと嫌かなぁ……という感じはある。

 

『聞こえますか……聞こえますかウルよ……我輩も……我輩もそう思うのである……』

 

 ALICEに配慮したマッハがテレパシーで的確にツッコミを入れてくれる。本当に芸が細かくなったなぁ、と思う。もしかして三超神の芸人枠を担当し始めてないだろうか、あの神様は。

 

 天上事情も、地上に負けず劣らず、色々とカオス極まっている。

 

「ふぅー……堪能したわ。えぇ……」

 

 存分にもふり倒したALICEが物凄い名残を惜しみながら、ルドぐるみを解放した。空中を泳いで戻ってきたルドぐるみは、直ぐ横で着地すると、庭園の草地の上でしばしの休息を味わう。その間に、ALICEも対面側の席に座る。彼女のその動きに合わせ、紅茶やスコーンが自動的に彼女に合わせて配膳される。

 

「貴女が部下にさえなってくれれば毎日呼び出すのだけれどね……半神化、もうちょっと練習してみない?」

 

「自由な人類生活を楽しんでるんだから止めておくれよ。ALICEちゃんがこっそりともっと小さな人形作ればいいじゃない」

 

「畏れ多いわよ。ルドラサウム様に関連する物の製作はロックされているし」

 

「ロックされているのか……」

 

 驚愕の新事実―――というわけでもないな?

 

 よく考えてみればAL教では神の研究などを厳しく弾圧し、制限、管理していた筈だ。人類管理局と言う名前も、魂管理局という名前も一切人類側には漏れてこない。この天上の存在やシステムに到達できるのは全知を獲得した神の試練の突破者か、或いは法王となってALICEと対面する事に成功した者のみだ。こう考えると創造神ルドラサウムという存在は、執拗と言える程にその存在が人類からは隠されているのだ。

 

「俺のルドぐるみが特別なのか」

 

「私は笑わせて貰ったわ。神に会った貴女が今度は何を求めるんだって。最初は逸物を。次は恐怖から何も求められず、そして最終的に創造神の人形って―――ほんと、見ていて飽きないわよ、貴女は」

 

 まさか、とALICEは言葉を紡ぐ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて」

 

「俺は可能性の女なのさ」

 

 サムズアップを向けてからスコーンを食べる。あぁ、やはり流石女神の創造したものだ。そこに作った事に対する人の暖かさはまるで存在しないが、それでも筆舌にしがたい程に美味しさが詰まっている。でもこれ、相当舌が肥えていないと味の違いが判らないレベルの美味しさだよなぁ、と思う。

 

「もう逸物を求めたりはしないの?」

 

「まぁ、必要ないからなぁ」

 

「今なら魔法でも生やせるわよ」

 

「後数千年それが早かったらなぁ! 早かったらなぁ! 俺もなぁ! 苦労しなかったんだろうけどなぁ! たぶんなぁ!」

 

 全く興味ありません、とばかりにALICEはティータイムを優雅に楽しむ。美しい女神なだけあって、その姿は実に似合っている。最初は食べる事の意味さえも、ポーズとして取る事の必要性さえも見せなかったALICEが良くも、まぁ、ここまで変わったもんだと思う。

 

 それでも味方じゃないんだが。

 

 で、

 

「ALICEちゃん、ALICEちゃん」

 

「なにかしら」

 

「―――人類のLv2とLv3の出現率上げられない?」

 

「またその話? 駄目よ」

 

「人類のバランスの為に定期的にバランスブレイカー級の才能保持者を世に放っているのはALICEちゃんだから、Lv2とLv3の保有率を生まれてくる子供たちに対して一時的に上げる事ぐらい出来るだろう?」

 

 その言葉にALICEはえぇ、と答える。そして微笑を浮かべる。

 

「簡単よ。だけどそれを手伝う理由が私にはないもの」

 

「……ま、だよな」

 

 ここ数十年、ずっとALICEと続けている交渉でもあった。少しでも才能のある人間が生まれてこれる様に、少しでも此方が有利になる様に難易度を緩和する為、有能な人間がこの時期の間だけでも生まれてくるように、そうALICEに頼んでいる。ALICEがその提案を受け入れる様子は今のところはない。紅茶を片手に、ALICEは的確に此方の考えを理解しつつ、笑う。

 

「貴女も諦めないものね」

 

「勝ちたいからな」

 

「そう、私も結末は楽しみにしているから適度に頑張りなさい」

 

「少しはサービスしてくれてもいいんだぞ?」

 

「え? 早く天使に転生したい?」

 

「あ、ナンデモナイデス……」

 

 溜息を吐きながらもティーセットに手を付ける。こんな風に、僅かでも話が通る可能性があるのなら、神とさえも交渉するしかない。それだけ、ジルとの戦いに関しては勝機が薄い。何よりも、明らかに人類側の戦力が足りていない。果たして本当に間に合うのかどうか、というラインだ。

 

 出来るインチキは全部手を出しておかないといけない、そういうレベルの話だった。

 

「ALICEちゃんはつれないなぁ」

 

「あら、譲歩に足るだけのものがないのだから当然ではない?」

 

「……一晩、ルドぐるみを抱いて寝てみる?」

 

「……」

 

 その言葉にALICEが真剣に悩む姿が見えた。やっぱり神々も面白い方向に進んでいるよなぁ、とその姿を見ながら思う。未来を変えている自分ではあるものの、変わっているのは人類だけではなく、

 

 寧ろ―――一番恐ろしい変化は神々にあるのではないのだろうか。

 

 そんな事を考えながらなんとか、ALICEから譲歩を引き出すために優雅なティータイムを過ごす。




 大人気にルドぐるみは現在、販売しておりません。

 なんだかんだでALICEが生まれたての頃からの付き合いだと考えるとかなり長い付き合いではあるんだよね。中々処理出来ない生きたバランスブレイカーだから警告入れたり、ペナルティ入れたり。長年そんな付き合いを続けてりゃあこうもなるかなぁ。

 人類を勝たせる為には手段は選んではいられない。


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960年 食券 ハンティ

「んー……」

 

 ライフルを片手で構え、それをシューティングレンジのターゲットへと弾丸を命中させる。引き金を引くたびにずっしりとした感触が手の中に戻ってくる。技能補正でそれを完全制御しながら、ターゲットの急所へと全て弾丸を叩き込んでから軽く回転させてからライフルを肩に乗せた。始めて感じるしっかりとした現代兵器の感触に、小さく声を零しつつ、んー、と唸る。

 

「で、兵器としてはそれはどうなの、姉さん?」

 

 その様子を後ろから眺めていたハンティが質問して来る。その言葉にそうだなぁ、と言葉を口にする。

 

「難しい所だなぁ。筋力とか必要がない事は間違いなく優秀なんだけどねぇ……」

 

 ライフルを構える。詳細な名前は解らないが、()()に用意させたものだった。流石銃が家庭で手に入る国は違うよなぁという感想ではあるのだが。それでも銃を握り、構え、再びターゲットに向かって射撃した所で、駄目だな、と呟く。

 

「これなら確かに多少は魔物に対して効果的だろうけど、《重装甲》持ちだと弾かれるな。後は純粋なレベル差の影響を攻撃速度が受けないから、レベルが上がれば上がるほど使い辛くなるか……? 集団戦で配備できるなら弓以上に使いやすいだろうけど……」

 

 《鉄砲》技能が、銃の開発が行われていないのが理由で存在していないのが原因だ。これをルドラサウムへと持ち帰ったとしても、これが戦力として加算されるのはちょっと、難しいと思う。

 

「必殺技が出せる奴がいる分弓のがまだいいな……人類にはまだ早い」

 

「うーん、残念。だけどあっちの方は使えそうだね」

 

 そう言ってハンティは横にスタックしてあるカートン単位の手榴弾などの爆弾を指さす。そちらの方はピンを抜いて投げたり、と簡単に使う事が出来るから問題がない。誰でも使う事の出来る道具だ。《投擲Lv0》は基本的な人類が獲得している技能だし、技能的な問題で扱う心配もいらない。これなら防衛に簡単に使う事が出来る。調達もハンティに《ゲートコネクト》を使わせれば何とかなる。

 

「うっし、爆弾だけ購入しようか」

 

 

 

 

 現在、異世界・次元3EF系列の現代アメリカにハンティとお邪魔している。《ゲートコネクト》で近代知識が通じる異世界をサーチし、それを発見したらハンティと乗り込み、あーだこーだと集めた資金でブラックマーケットに突撃、それで近代兵器の中で使えそうな物を見繕っているという状況だった。とはいえ、その成果はあんまり良くはない。根本的にレベル概念が存在しない異世界である為、此方の大規模なインフレについて行けるような武装が存在していないのが原因だ。戦車や核兵器なんてものは長期運用とその後の未来を考えるとどう足掻いても手に入れられるもんではないし、そもそも入手難易度が高過ぎる。

 

 調達という意味での異世界遠征はぶっちゃけ、ほぼ失敗に近かった。爆弾の類は入手する事が出来たが、これもプチハニーや《火爆破》で代用できる。あくまでも代用品、という面が大きい。

 

 そういう訳で一通り黒いマーケットで色々と見て回った所で、適当にカフェを捕まえ、ハンティとテーブルを挟んでクーラーの効いている店内で、久しぶりに地球産キャラメルラテを楽しんでいた。他にもベイクドチーズケーキやシナモンロール、純地球産のお菓子をテーブルの上に並べている。

 

 服装もお互いに地球産のカジュアルな物に着替えており、耳と額のクリスタルを魔法で隠し、完全に地球人に擬態している。魔法が存在しないこの世界で、この変装を見破れる存在は居ない。

 

 カフェのソファに背中を預けつつ片腕をその上に置いて、ふぅ、と息を吐いた。

 

「あんまり成果がなかったのはアレだけど、こっちで食べるお菓子は美味しいんだよなぁ……うまうま」

 

「これが本命じゃなかったの?」

 

「6割ぐらい」

 

「6割」

 

 ホットパンツにTシャツ、帽子という非常にラフな姿ながら、足を組みつつ冷たいキャラメルラテを飲みながら、まぁ、と言葉を零す。アメリカの方は中々熱いもので、自分が薄着である様に、ハンティの方も結構な薄着をしている。そのせいか、結構周囲からは視線を向けられるのが解る。流石に長く生きている分、自分の容姿に関して視線を向けられる事には慣れているが。

 

「昔ジルとここら辺の異世界を回ったりはしてたんだよなぁ……じゅるじゅるじゅる」

 

「あぁ、まだオピロスがあった頃だよね?」

 

「そうそう、《ゲートコネクト》の試運転とかでね。そういやぁ、こっちの異世界とルドラサウムでは時間の流れが違うんだよなぁ。ナス頭とか元気にやってっかなー」

 

 あの後、扇奈と久那妓同時生存ルートとかいう道へと僕らのナス頭は突入していたが、アレ以来元気にしているだろうか? 時間の流れが違うのでまだ全国戦中なのかもしれないが。あぁ、いや、だが、連中を傭兵として助けを求める事はこの場合、可能なのだろうか? 一考の余地はあるかもしれない。

 

 だけど、そうか、と思いつく。

 

「別に武器とかだけじゃなくて人とか生物を持ち込めばいいのか……」

 

 ラテを飲み干し、店員に新しいのをオーダーしながら考える。物資だけではなく戦力を呼び出す事を目的として異世界探索するのも悪くはない。ジルがやっている事の真似ではあるが、それでも世界の果てにはいる筈だ。助けを求めれば来てくれるような馬鹿な奴がどこかに。或いは金銭交渉という手段も取れる。【大帝国】辺りと繋がってくれないかなぁ。宇宙戦艦を自分用に1隻ぐらい欲しい。かっこいいし。

 

「というか持ち帰っても平気なの?」

 

「ALICEちゃんからは終わった後、技術が残らないように処分するなら、って判定を貰ったよ。どうやら神々の間でも魔王ジルの存在は持て余している部分があるらしいからな」

 

 ハンティの問いにサムズアップで答える。そこはしっかりと女神ALICEに質問したり、交渉してきている。ルドぐるみの魅力に完全に蕩けている女神の交渉なんざチョロい―――という訳じゃないが、永遠の八神クラスはともかく、一級神で魔王ジルを完全に放置した場合、ぶち殺される可能性が僅かに見えているという話は聞いた。

 

 本気でジルが何を狙っているのか、それを聞いて益々解らなくなってくる。

 

 一級神が死ねば、それが原因で大陸がエラー落ちして滅ぶのだから。

 

「だから、まぁ、武器の類は持ち込み禁止されてないんだよなぁ」

 

「それで大丈夫ならいいんだけど……姉さん、私が見てない時に限って滅茶苦茶やってるし。気が付けばぼろぼろになっているのを発見している私の身にもなって欲しいかな」

 

「ほんとごめん」

 

「今は反省しているし許す」

 

「許された」

 

 そうやってお互いの顔を見て、軽く笑い声を零した。ちょっと首元に汗と熱がこもってきた感じもあるので、ローポニーで纏めていた髪を軽く解いてからハイポニーをセラクロラスのリボンで纏め直す。このリボンも、すっかりSS期以来愛用し続けているトレードマーク的な物になってしまった。やっぱり髪をアップで纏めると、首元が涼しくなるのを感じる。とはいえ、ハイポニーよりも個人的にはローポニーの方が落ち着くのもある。

 

 戦闘では寧ろ切った方がいいし、一時期は髪を切ったりもしていたのだが、長い方が髪型で色々と凝れる分、やっぱり長い方がいいよなぁ、と思う。

 

 チラっと、ハンティの方に視線を向ける。

 

 カラー唯一の黒髪の保有者である彼女の髪は、首もと辺りでショートカットに揃えられている。自分の髪を軽く摘まんでから、ハンティの方に視線を向け、

 

「ハンティは髪を伸ばさないのか?」

 

「私? あんまり伸ばす意味を感じないかなぁ」

 

 此方の仕草を見て、うーん、と声を零しながらハンティが自分の髪に触れつつ、

 

「急にどうしたの?」

 

「いや、俺は俺である程度オシャレに気を使っている中、ハンティって実用性の方ばかり考えるよね、って」

 

「……? 基本そういうもんじゃない? 寧ろ姉さんが異端だと思うけど」

 

「そうかぁ? こう……それとなく自分が可愛く見えたり、綺麗に見えたら楽しくない?」

 

 その言葉にハンティは腕を組むと、首を傾げる。

 

「……?」

 

「心底解らねぇって顔してるなぁ、こいつ……!」

 

「いや、だって綺麗にしたってそこに意味を感じないし」

 

「うーん……」

 

 アレか? 基本的に考えがドラゴンベースだから、なのだろうか? だからあんまり人間的な行いに興味を持たないとか? ハンティのショートカットは動きやすさと清潔感を重視したものだ。決して汚くしている訳じゃない。水浴びをしているし、服だって新しいものに着替え、洗濯だってこまめにやっている。ただそこからオシャレをする、という事に関してあまり意識を割いていないように思える。

 

 素材が良いのに勿体ない。

 

 俺とかは折角女の姿をしているのだから、楽しめる分にはオシャレをしておこう、という気持ち程度で色々と髪型とか服装とか、気分で変えている。一生あるかないかの経験なのだから、その分楽しまなければ損だ。そういう精神性で今は生活している。だから自分の服装とかもちょっと、気を使っている。ルドラサウムに帰る前にこっちで自分の服や下着も見て来ようかなぁ、と思うぐらいには。

 

「その内好きな子を前に着飾る必要が出てくるかもしれないぞお前?」

 

「はっ」

 

「おい、今なんで俺を見て鼻で笑いやがった」

 

「まずは姉さんが相手を紹介してよ。何時になったら甥か姪が見られるのさ。マギーホア様だって孫はまだ? とか偶に言ってるじゃないか」

 

「うるせぇ、俺は一生独身貴族を貫く予定なんだよ! 俺よりもお前だろ! 俺以上に女としての気配が薄いだろお前!」

 

「そんな事ないよ。ただ山の皆には一切の魅力を感じないからめかす必要性を感じないだけで」

 

 ででーん、翔竜山アウトー! という感じで今、一斉にドラゴンが全員フラれた。お前らは泣いてもいい、ただし一切同情はしない。頑張ってカミーラのハートを射止める事を頑張ってくれ、と、心の中で祈りを捧げつつ、うーむ、と呟く。新しく運ばれてきたラテに口をつけつつ、

 

「自分が綺麗に見えたら、それだけで結構楽しくない?」

 

「他人に綺麗って思われるんじゃなくて?」

 

「おう―――自分で見て、自分で綺麗、可愛い、かっこいいって思えたらそれはそれで満足感あるじゃん?」

 

「んー……言いたい事は解るんだけどなぁ」

 

 まぁ、俺が特殊とも言えるかもしれない。だって俺は元々男だったのだ。別の自分の姿を知っている。まぁ、その姿も前世に置いて来たもので、もはやこの肉体こそが己のもの! と断言できるぐらいには慣れているし、愛着もある。そして見た目が良いのも自覚している。だったらせめて、見た目が良い分には楽しむ方が健全だと思う。何がどうあれ、こんな肉体になったのだ。

 

 だったら楽しめるだけ楽しまなきゃ損だ。

 

「俺が今、髪を伸ばしているのもそっちの方が色々と髪型で遊べるからだしなぁ。ハンティも折角綺麗な髪をしているんだからさぁ、めんどくさがらずに伸ばしてみたらどうよ?」

 

「えー……ほら、私外に出ている時の方が長いし。その事を考えると髪を伸ばしても傷むだけだし」

 

「折角の黒髪なのに勿体ない」

 

 キューティクルまでちゃんとケアをしている我が髪を見よ、と軽く摘まんで持ち上げる。それを見てハンティはうーん、と唸る。

 

「でもほら、私は姉さんみたいな綺麗な色をしていないしさ」

 

「黒髪だっていいもんじゃないか。カラーの中で唯一黒いのはお前だけだぞ」

 

「そう言うなら金髪なのだって姉さんだけじゃないか」

 

「だから自慢してるだろう?」

 

「ほんと、そういう所は自信満々だよね、姉さんは」

 

「当然」

 

 胸を張りながらそう答え、軽く笑い声を零す。まぁ、人生、色々とあったが、それでも今ではそれでもいい思い出といえるぐらいには色々と、歩んできた。女としての楽しみもそれなりに覚えて、着替えたり、食べたり、ちょっとしたオシャレをしたりというのも楽しみ方が今では解る。

 

 少しずつ、少しずつの変化だった筈だ。

 

 それでも長い年月を経て、俺の意識も女というものに今、完全とはいいがたいが、それでも染まっている。昔はそれが怖くてしょうがなかった。だけど今ではそれを楽しめるようになっているのも、一つの良い変化なのかもしれない。

 

 この楽しさを妹も解ってくれればなぁ、と思ったりもする。だが彼女の場合、関わってきた人間という種族が少なすぎる。ドラゴン、そしてカラーとばかり関わっている。その結果、人間としての意識が聊か低い様にも感じる。

 

 もったいないなぁ、と思いながら、笑う。

 

「笑っちゃってどうしたの?」

 

「いや、変わって行くのも楽しいもんだ、って話だよ」

 

「流石、七変化を見せる鬼畜女王の言う事は違うね?」

 

「その称号やめろ」

 

 ハンティもその反応に笑い、お互いに笑い声を零した。少しずつ自分は変わってきたものだが―――こうやって、変わらないものだってずっとあるのだ。何も変わる事が悪い事ではないし、変わらない事が悪いという事ではない。

 

 それでも長い年月を経て、自分や世界との付き合い方も覚えた。

 

 その中で、変わらない絆があるというのは、悪くない話だった。




 何時でも君のお姉ちゃん。

 ハンティが本格帝に歴史の表舞台に関わり始めたのは恐らく聖魔教団関連からなので、それまでは倫理観ドラゴンに近かったんじゃないかなぁ、というアレ。根本的な部分を変える出会いがないと変わらないのが長寿の種族だと思うし。

 つまりそれだけ、ヘルマンでの出会いは特別だったという訳で。

 未来が気になる。


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965年 食券 マギーホア

「おーっす、マギーホア様ー」

 

「あぁ、ウル、最近は忙しそうにしているけど大丈夫かね?」

 

「最近は周りに休暇を押し付けられるのでまぁ、なんとか。という訳で報告聞くついでに遊びに来ましたよ」

 

「うむ、歓迎しよう」

 

 定期的に部下たちにちゃんと休め! という事で休暇を叩きつけられ始めてからしばらく、仕事の外で翔竜山へと戻ってきていた。ホームグラウンドとも言えるここ、翔竜山は今、世界有数のドラゴンの土地となっており、世界で一番多くのドラゴンを抱えつつ、ドラゴン達の交流拠点となっている。大昔にはドラゴン最大の都市が翔竜山を中心に広がっていたが、それももはや遠き夢。今では存在しない。だが俺達の王様、マギーホアはまだ残っている。なら王国は消えても、俺達のトップは変わりはしない。それは何千年経過しようとも変わらない事実だった。

 

 俺達ドラゴンは、頂点であるマギーホアに惹かれるようにこの翔竜山へと定期的に戻ってきてしまう。ある種の帰巣本能とも呼べるものだった。そんな訳で、見た目は人間だが依然、本能ドラゴンの俺も、偶に足が翔竜山の方へと向いてしまう。それも離れれば離れる程また戻って来てしまう、望郷みたいな念があるのだ。もう、故郷を完全にあの地だと認めているのかもしれない。

 

 ともあれ、そんな事もあり、久しぶりに翔竜山へと戻ってきた。格好もそれなりに気合の入ったもので、ロングスカートのドレスにボレロ、と、普段はあまり着ない様な上品な服装に着替えている。翔竜山の中腹までは軽く飛行して入り込んできたが、ここからは迎えに来たマギーホア共々歩きである。軽く跳躍する様に足場から足場へと、岸壁の縁を渡り歩いて、翔竜山を登っていく。

 

 本来、歩いて登る様な場所ではないので、ここに道は存在しない。

 

 飛べば早いんじゃないか? と思うが、折角翼のない生物になっているのだから、お互い、歩いたり跳ねたりするのもまた一興だ、という話だ。だから翔竜山を足を使って登っている。マギーホアに会うのだから、何時もよりちょっと良い服装をしている。髪だってちゃんと決めてきている。隙はない、どこからどう見てもちょっとワイルドなお嬢様だ。

 

 なんだ、俺じゃん。

 

「うーん、あの問題児だったウルが今となっては人類を率いるだけに成長したか。いや、だが君の資質ならばずっと前から私が最初に目をつけていた。ならこうやって率いるだけの器を見せるのはある意味、当然の未来だったのかもしれない」

 

「マギーホア様褒めるの止めて。慣れてない。もっと恨んで」

 

「はっはっはっは、いいではないか。それだけ君が立派になったという事だ。私としても非常に鼻が高い」

 

「やーめーてー!」

 

「はっはっはっは」

 

 笑いながら逃げるマギーホアを追いかけるように中腹を更に登って行き、普通の人間では絶対に入って来れないような、翔竜山の秘境へと進みこんで行く。だがドラゴンだった時代でも、その後の時代でも、ここには何度も訪れ、暮らしていた。それだけにここは良く知る場所で、歩いたり、跳躍したりしても見知った場所でもあるのだ。迷う事はないし、目的に向かって真っ直ぐ移動して行き、

 

 からかってくるマギーホアを追いかけながら、

 

 そこに到着する。

 

 崩れた大地はかつて、そこで大規模な破壊があった事を証明している。

 

 昔は剥き出しの大地と崩れた大地が景観を破壊していた。

 

 だが数千年という時を経て、そこは今では大量の彩りに満たされている―――どこからともなく飛んできた種子がそこで芽生え、長い年月を通して少しずつその数を増やし、かつてはドラゴンの決闘場だった場所は、崩れた姿に大量の草花を咲かせる、花園へと変貌していた。崩れた大地や足場に、その生命力の強さを証明する様に花園は咲き乱れており、普通ではない幻想的な景色を生み出していた。

 

「よいしょ、っと」

 

 その剥き出しの岩場の一つ―――花園と、その向こう側の広大な空と大地が見える場所に腰かけた。ここからだと良く、周辺が見える。翔竜山が今、この大陸でもっとも高い地形である為、何にも遮られる事もなく、果てまで見通す事が出来る。花園を前に、背景を世界に、一つの絵画の様な風景をここから眺める事が出来る。

 

 好きな景色の一つだった。

 

 ここからなら森が、建造中の人類都市が、魔軍の姿が遠くまで見える。

 

「ふぃー……ここで暴れてからもう3100年は経過していますか」

 

「そうだね、未だに君の腕を失わせてしまった事は私の一生の恥だよ」

 

 そう言うとネコにスーツという珍妙な恰好をしている我らの王、マギーホアが横に座ってくる。動作の一つ一つが洗練されており、ネコの姿を取っているのに、人間よりも人間らしい、動きに紳士さを感じる。ジークやケッセルリンクと同じような感じだ。何時の間にこういう技術、覚えていたんだろうか。それだけはちょっと気になる。

 

「あの頃はマギーホア様の事、憎んでたんですよね。こいつが滅ぼすんだ! って、解りもしないんだし、教えてもいないんだから完全な八つ当たりだったんですけど」

 

「いや、私は王としてその感情の全てを受け入れるだけの器を持つべきだったんだ。結果は今の通りだ。私は種族を、王国を滅ぼしてしまった。結局の所、私は愚かな王だったのだ。それを歴史が証明してしまっている」

 

「いや、マギーホア様は凄い頑張ってましたよ。それを誰も否定できませんよ。俺も……こうやって誰かの上に立って、種族というものを率いてやっとその苦労が解りましたよ」

 

 カラーの女王では1国を支配するだけだったから、まだタスクは少なかった。だが人類全体を勝たせるために動く様になって、それで色々と難しさに直面する様になった。一人で戦っていた頃とは全然違う風に、だ。率いて、夢を見せて、その上で現実を見せて、認めさせて、全てを前に進ませる。

 

 それはなんて難しいことだろうか。ドラゴンは力があっただけ、人間よりも難しかったかもしれない。その気分になるだけで人間基準で1国を破壊する事が出来るのだ。それが大量に、しかも魔軍という集団で出現していた。

 

 魔王アベルだって53点なんて茶化してネタにしているが、

 

 その強さは()()()()()()()()()()()()()()()()()というレベルの強さだったのだ。

 

 アベルが弱いのではない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()のだ。それこそマギーホアが存在しなければアベルの相手にはもっと大量のドラゴンが犠牲になっていた、というレベルで。生物最強のバランスブレイカーという称号は偽りではなかった。だがそのマギーホアでさえ王国を失ったのだ。強いだけでは駄目なのだ。賢いだけでは駄目なのだ。皆に夢を見せられるだけでは駄目なのだ。

 

「俺、尊敬してますよ。マギーホア様の事。良くもまぁ、こんなめんどくさい事をやれましたね、って」

 

「はっはっはっは! それが王たる者の責務さ。今ではいい夢だったと私も思うものさ」

 

 そう言ってマギーホアは笑う。この花園は昔の事を、失敗を忘れないように、マギーホアが軽く手を入れて管理しているらしい。いい夢だった、と語りながらそれを夢のままで忘れないようにする為に。昔の失敗なんて、誰でも忘れたい事だろうに。それこそ発狂しそうな程―――いや、正史においてマギーホアを発狂に追い込んだ出来事でもあったのだ。なのにそれを忘れまいとしているのだから、

 

 ほんと、真似できない程に凄いと思う。

 

 だからこそ俺達は今でもマギーホアを慕っている。生物として、完全に完敗していると納得できるからだ。夢を見せて貰った。それに敗れても、それでもまだかっこいいのだから。だからマギーホアは俺達の王様だ。ずっと、俺達の王様だ。王国はなくなっても、それでもずっと俺達にとってはそうなのだ。

 

 そしてその重圧と難しさを、人類という種を勝たせるために頑張る事で、漸く理解できたと思う。

 

 マギーホアは変わっていない。あの頃から王様だ。でも同時に変わった。物腰と言葉遣いがあの頃よりも遥かに柔らかくなった。良く笑う様になった。そして昔は孤高とも表現出来る王だったが、今ではドラゴンに囲まれて楽しそうに生きている。変わらなくも、良く変わり続けている。これが一つのIFなのだろうと思う。それも良い方向に進んだIFだ。だけど世の中、そんな風に進むばかりではない。

 

 良くないIFに進む事はある。

 

「マギーホア様」

 

「なにかな」

 

「俺……上手くやれてるんでしょうか」

 

 人間を効率的に殺して剪定する。才能に合わせて仕事を振り分けて仕分けし、子供を戦わせる為に産ませている。サラブレッドを生み出す為にある程度恋愛感情が向く様に配慮して、そして戦場で死にかけるまで経験を積み上げ、それを次の世代へと継承させる。戦う為に人類を特化させている。人類を勝利する為にひたすら効率的に運用し、使い潰している。

 

 結局のところ、俺がやっているのは()()()()に近いものだ。人間を資源として活用している。そうする事によって合理的に物事を動かしている。だがこの世界の人間だけでは足りない。もっと外側の強者も引き入れないと勝てない。だから契約を結べそうな相手を引き込むべく頑張っている。

 

 だがそれでも足りない。

 

 これだけ頑張ってもまだ足りない。

 

 もう既に―――980年時点でそのまま、勝ちにいくのは難しい。

 

 勝機は989年までに状況を整えられるか。必殺の手段を此方が整える事が出来るのか。最大9年間の間、魔人からの攻撃を人類が凌ぎ続けられるかどうか。既にそこに掛かっている。

 

 その為になら文字通り、なんでもやっている。倫理観を捨て去って勝利する為に戦力を整えるために、ほぼなんでも手を出している。

 

「結局のところ、ジルをあんな風にしたのは俺なんですよ。そのまま、放置してジルと会わなければ―――俺が知ろう、なんて半端な気持ちで行動しなければここまでの事にはならなかったんですよ。ガイが魔王になってそれで解決してた話なんです」

 

 IF、それはもしもの話。

 

 もしも、ここで違う選択肢を選んでいたら。その可能性で物事は分岐する。だがそれは常に良い方向に転がる訳ではない。俺の取った選択肢は、今回に限っては最悪の方向へと転がってしまったのだと思っている。だから申し訳なさが残る。

 

 済まないと思っている。

 

 ごめんなさい、と謝っている。

 

 でもそれを絶対に表情に、口に出す事はない。

 

 俺が人類といる間は、絶対に。彼らに俺の弱みを知られてはならない。最強無敵のカラー女王というイメージを残さないとならない。たとえ後世に最悪鬼畜、外道の人の心を持たないカラー女王であると残されても……それでも、心を鋼にして人々に勝ち筋を見つけなくてはならない。

 

 誰かは俺の苦悩を理解してくれるだろう。

 

 だけど誰もが俺の苦悩を理解してくれるわけではない。

 

 ()()()()()()()()()()()()。それは単純な甘えでしかない。今更、ここまでやらかして、そして動いて来たのだ。俺が責任を取るのは当然の事だ。だけど、それでも、

 

「これでいいのか……本当に正しい事をしているのか……俺はちゃんとやれているのか……それが偶に、解らなくなるんです」

 

 不安は仮面を被ればどうにか隠せる。だがそれでも、それは足を引きずる。口にしてみるとそれを改めて感じるものだが、口にするだけで少しはすっきりする。

 

 そして、

 

 マギーホアは少しだけ笑いながら、その猫の様な手で、此方の頭を撫でてくる。

 

「私も君も……生きている間、変わり続ける事からは逃げられない」

 

「はい」

 

 それは仕方のない事だ。神でさえ、絶対に不変ではないのだ。ALICEやハーモニット、ルドラサウム。彼らの姿を見ていればそれが解る。神でさえ変化するのに、神ならざる身である我々が、どうして変わらずにいられようか。それは良く―――とても良く、理解している事だった。

 

 自分も、このルドラサウムに生まれてから、ずっと、変わり続けているのだから。

 

「うん、だから君が変わる事、そして変える事を恐れる必要はない。なぜなら元々、未来なんて変わる為にある様なものだからだ。私も君も、その行いでしか結末にたどり着く事が出来ない―――だとしたら()()()()()()、という言葉に囚われ、自由に生きられないのはとても苦しいとは思わないか?」

 

 私は―――と、マギーホアは、楽しそうに口を開く。

 

「今の自分が楽しい。王の責務からは解放されたが、私を構ってくれる者達はたくさんいるし、今では可愛い娘の様な友も居る。多少の不自由はあるものの、それでもこんな楽しい未来に繋がったのだ。私は……うん」

 

 マギーホアが苦笑する。

 

「君の行いは失敗だったとは言えないよ、うん」

 

「……」

 

 そう言って頭を撫でるもんだから、何も言えなくなってしまう。俺達の王様、マギーホア。強く、格好良く、偉大で―――そしてたぶん、俺にとっては父の様な存在になるのだと思う。

 

 まぁ、気分的に。でも実年齢を考えると大体それぐらいだよなぁ、とは思えるので、

 

 ちょっとだけ―――他の存在には無理だけど、

 

「……愚痴ってもいい?」

 

「気が済むまで」

 

 ほんのちょっとだけ、甘える事にする。

 

 それだけの、翔竜山の時間。




 俺達の王様、マギーホア。

 正史だと発狂しているけど、正気を保っている上に年月を経て、王としての責務から解放され、慕われつつも自由な人生を送れている事からダイブ性格や言葉遣いが柔らかくなっている。大体何時もドラゴンとじゃれ合っているか、新しい遊びを開発して日々を過ごしている。

 次で食券ラストかなぁ……。


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979年 食券 勇者

「か、カムイ・デックス! 先日勇者に覚醒しましたっ! よ、宜しくお願いします!」

 

 そう言って城塞都市ククルの訓練場、そこにまだ13歳となったばかりの少年を横に立たせて声を張らせた。白髪が特徴的な少年で、まだまだその表情には幼さが多く見える。緊張しているのか手足を軽く落ち着かないように動かしており、冷や汗を流しているのが見える。そんな自分の横に立つ少年・カムイは勇者だった。或いは勇者となったばかりだった。ククルでは生年月日を管理し、13歳付近の少年をある程度、諜報部隊に監視させていた。それによってククル内部で勇者が誕生した時、即座に確保できるようにする為だ。

 

 そして同時に、教育段階で魔人・魔王・勇者の存在も教育している。これは戦場で魔人や勇者の存在を間違えない為、そしてコーラがこっそりと出現し、変な事を吹き込んでも勇者が未来におけるアリオス・テオマンの様に勝手に破滅し、此方を荒らしてくるような事をしないように、その対策として打ち立てた()()()()なのである。必要な情報を世代を経て継承し、しっかりと伝えていく。その事で人類の知恵を深めるのだ。まぁ、速やかに勇者という存在を確保し、監視し、暴走を阻止する為のシステムだ。

 

 大陸全域でやるなら相当難しい話になったが、

 

 自由人類の大半―――或いはほぼすべてが今、ククルに納まっている。それだけの巨大な城塞都市となった。現在ある人類の最大文明であり、最大都市であり、同時に最大国家でもあるかもしれない。都市であり国家である、そういう存在に近い。そしてそういう環境だからこそ、市民を監視、制御、そして勇者を速やかに確保できる。人間牧場を真似たやり口である。勇者の従者、コーラ―――或いは四級神コーラス0024も二回目の即時勇者確保に関しては完全に呆れ、

 

弟子が弟子なら師も師ですね。師弟揃ってまるで面白くもない

 

 と、言葉とエスクードソードだけを置いて、消え去った。

 

 これによって最後の力、最後の攻略の為のピース、勇者という最強の力が討伐隊に加わった。

 

「っつーわけだ。お前ら、今日からこいつも【撃滅隊】に加わるから宜しくしてやってくれ」

 

「姉御……こいつ、まだガキじゃねぇですか……」

 

 訓練場、長さ2メートルを超え、異様な太さを誇る剛槍を片手に握りながら、半裸の男がカムイを見ながらそう言ってきた。まぁ、確かに、カムイの見た目はどちらかと言うと普通の少年といえる体型だ。鍛えられている訳ではなく、背が高い訳でもなく、小さい訳でもない。普通の少年のものだ。

 

「おう、エルド。13歳だぞ、13歳! 成長性があるな! がっはっはっは!」

 

「いや、姉御……」

 

「13歳で戦場に出るのは危険、って話をしているのよ」

 

 エルドの言葉を引き継ぐように、魔女帽を被った女が出て来る。帽子を片手で押さえつつ、【撃滅隊】、つまりは魔人や魔王、超越存在と戦う為に人類から選ばれた超精鋭の内の一人になる。槍使いのエルドも同じ立場だ。つまり今、純粋な人間のインフレ上位に立つ存在だと言える。エルドは当然のように《槍戦闘Lv2》を保有しているし、此方の魔女テスカも《魔法Lv2》を保有している。

 

 ここにはガイやルシア、ハンティ等の特殊カテゴリーを除いた、純人類勇士の最精鋭中の最精鋭、この59年間で積み上げてきた人類の【血の記憶】とでも呼ぶべき存在達が集まっている。その数は20人に上る。その視線が、まだまだ未熟な、誕生したばかりの勇者へと向けられており、ガチガチに緊張しているのが解る。

 

「勇者の任期は13歳から20歳までの7年間だけだ。16歳になるまで待ってたらGL982年だ。3年間も勇者を戦場に出せず腐らせる事になる。そっから働けるのは4年間だけになる。その3年間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()を考えろ」

 

「それは……」

 

 その言葉にテスカが黙りこむ。勇者に関する情報は知られている。戦えば戦う程強くなる。魔人と1回戦えば、次からはその必殺技を確実に見切る為、3年間という時間の間に戦闘経験を積ませれば、その後は4年間、魔王を倒す事に集中できる。最初の3年間が遅れるのだ、16まで待ってしまうと。1年でも今の状況―――というより魔人が動き出した状況では非常に大きい時間になる。

 

「という訳でカムイボーイを宜しくな! 来年からガンガン最前線に叩き込む予定だから!」

 

「マジかよ……」

 

「何時もの女王だわ」

 

「はぁ……はぁ……短パン、はぁ、はぁ……!」

 

 集団の中に一人やばいのがいるが、複数人掛かりで取り押さえているから、まぁ、何とかなるだろうと思う。というか13歳ってショタ属性に入るのだろうかこれ? ……はいる? あぁ、でもまだ容姿は幼さが残っている。戦場に出ればシェイプアップされると思うが。

 

「ウル様! はい! はいっっ! 私っっ! カムイ君!! カムイ君をっ! 面倒! はぁ、はぁ、面倒をっ! はぁ、見たいですッ!!」

 

「隔離案件」

 

「ういーっす」

 

「こっちよー」

 

「そんなぁー」

 

 屈強な男に両側から抑え込まれ、獣の眼光をカムイに向け続けていたレンジャーが訓練場の端へと連行されて行く。それを見て笑ったり、呆れたりしている姿がいるものの、おおむね、反対意見は出しても止めようとする人間がいない。根本的に俺がトップでそれに逆らえないという事実が存在しているのもある。或いは信用……されているのだろうか?

 

 さて、

 

「まぁ、魔人が動き出すのは来年からだ―――それまでは俺もみっちりとこいつの面倒を見る」

 

「ははぁん、アレっすね。ウル様、自分好みの男がいないからついに自分で育てる所から始めることにしましぶふぉぉぅっ!」

 

 顔面にルドぐるみを投げつけて吹っ飛ばしてやった。顔面に衝突してルドぐるみが姿を吹き飛ばしつつ、反動で跳ね返って戻ってくるのをキャッチしながら送還する。いきなり戦う前から2人リタイアしてしまった。どうしようか、と軽く頭を抱えつつ、良し、と呟く。

 

「で、ウル様も別に遊びに来た訳じゃないんでしょ?」

 

「あぁ、そうそう。本格的な開戦は来年からだからな。それまでにこいつを育てられるだけ育てないと」

 

 そう言ってカムイの頭を軽く叩いた。緊張しているのか、カムイの反応は薄く、ガチガチの感触が掌から伝わってくる。基本的に戦場に出るのは15、16程からだ。それまでは生存率を上げるために座学や訓練を重ねるのが普通なのだが―――勇者特性の影響によって、カムイに関してだけはそれを気にする必要がない。こいつはたとえ、地獄へと放り込んでも戻ってくる事が出来る。

 

 それが勇者という存在なのだから。

 

 とはいえ、だから投げ込んでいいという訳ではないのだが。

 

 勇者を無力化する方法は、一応幾つかある。それをジルが用意していないとは、思い辛いのだから。だから徹底して育てる。それが必要だ。なので人類勇士を見渡し、やる気があるかどうかをチェックする。その視線にちゃんと、光があるのを確認してから良し、と呟き、視線をカムイへと向ける。

 

「よし、坊主いいか」

 

「は、はい!」

 

「―――これからここに居るお兄さんお姉さん方が交代でお前をボコる」

 

「はい! ……え? はい?」

 

 カムイが滅茶苦茶困惑している。その様子を見て一部が腕を組んで頷いている。何を頷いているんだよお前ら。

 

「いいか、勇者が戦えば戦う程強くなって行くのは、勇者特性で一度受けた攻撃や必殺技を直ぐに見切れるようになるからだ」

 

「はい」

 

「そしてここには多系統に渡った武芸や魔法の使い手が集まっている」

 

「はい」

 

「だから全員からボコられればそれだけ、見切れる攻撃が増えるって事だ」

 

「はい……はい? はい……? えっ、え?」

 

 此方の言葉に対してカムイが物凄く困惑し、呆けながらえ、と声を呟かせている。それを見て解る解ると頷いている姿が多数ある。

 

「いや、姉御割といきなり頭のおかしい行動に出るもん」

 

「レベリングの為とか言って唐突にドラゴンと戦わせられたりね」

 

「後なんだっけ、大怪獣戦を経験しよう! とか言って異世界に拉致られた時があったわね」

 

「最強生物との戦いを楽しもう、とか言われて翔竜山に投げ捨てられた時もあったっけ……」

 

「懐かしいなぁ……」

 

 無言でサムズアップを向ければ、溜息がどこからか噴出する。許してくれ、全部楽しかったけど、人類を勝たせる為に必要な事なのだから。

 

 そして経験した話を聞き、どうやらカムイがアイデアロールに成功してしまった様である。武器を持ち上げ、手に握り、そして誰が最初に勇者をボコるのか、それを楽しそうに相談し始める【撃滅隊】の様子を見て、カムイがこれから自分が辿る猛烈な7年間の姿を理解してしまった。僅かに顔を青ざめさせながら、

 

「……あの、やっぱり勇者を止め―――」

 

 その頭をぽんぽん、と軽くたたく様に撫でてから、笑みを浮かべる。

 

「期待してるぜ、カムイ君」

 

「頑張りますっ!」

 

 激励するとエスクードソードを抜き、うおー、とカムイが剣を掲げながらやる気を見せる。その姿を見て察した奴が憐みの視線を向けるのが印象的だが、とりあえず気付かないフリをしてあげる事にした。

 

 まぁ、鈍感じゃないし。

 

「よぉし、イキの良い奴は嫌いじゃないぜ! まずは俺の槍技の冴えを見せてやろう」

 

「じゃ、その次にはメジャーな妨害魔法をフルコースで味わわせるのがいいのかしら?」

 

「狙撃と暗殺のセットとかどうでしょうか」

 

「とりあえず全部ぶち込もうぜ」

 

「……う、うおー! や、やってやるぞー! や、や、やるぞぉ……」

 

 何とか自分を奮い立たせたカムイが人類勇士へと向かって突撃して行き、直後に空を舞った。その姿を眺め、あの子が1年もあれば間違いなくここに居る連中並みに馴染むのは間違いがないだろう、と感じられた。

 

 ここに居ないハンティやガイを含め、これで人類の最精鋭チームは合計で30人に満たないが、それでも漸く面子が揃った。後はここから成長するだけだ。場合によっては異世界からの援軍もあり得るが、それは期待する程でもない。

 

「ここから……だな」

 

 吹っ飛ばされるカムイの姿を眺めてから、そう呟いた。

 

 

 

 

 夕方、夕日が差し込む頃になると自動的に解散となり、疲労困憊となって訓練場の床に、死体の様にぼろぼろになったカムイの姿が転がっている。それでもその手にはエスクードソードが握られており、一度も手放さなかったそれは、ある意味、少年の勇者としての意地を見せるものでもあった。

 

 今日だけは特別に普段、それぞれの戦線を支えているメンバーを集めていたので、夕方になった事で連中も解散し、それぞれの持ち場や日常へと戻って行く。それが全ていなくなった所で、気絶する様に転がっている勇者―――その手元のエスクードソードへと向けて、声を放つ。

 

「よ、意識はどうだ」

 

『おう、久しぶり。相変わらずだな』

 

「はははは」

 

 エスクードソードには勇者の魂が込められている。ナイチサを討った勇者アレフの魂が。これ以降生まれて来る勇者の為に自分の存在全てを捧げた勇者でもある。正史とは異なる、存在しなかった勇者だ。

 

「これから数年間、迷惑かけるな」

 

『その為にこうなったんだ。気にすんな。それよりも今回も魔王案件なんだろう? こいつの心は俺が守るから安心しろ』

 

「悪い」

 

 はぁ、と息を吐きながら大地に座り込み、倒れている少年の頭を膝に乗せる。エスクードソードを持ち上げようとしてみるが、正式なユーザーが存在する今、エスクードソードはもはや勇者以外の人間に持ち上げる事は出来ない。凄まじい重量を感じ、それを退ける事を諦める。まぁ、カオスや日光の様に変な奴に使われるよりはマシなセーフティではある。

 

 少年の白髪を軽く撫でるように梳きながら、溜息を吐く。

 

「未だにジルに勝てるイメージが湧かない」

 

『それほどまでか?』

 

「そういうレベル。【刹那モード】に突入させる準備だけなら整えてある。だけど【刹那モード】に突入しただけで勝てる、って訳でもないしな……倒せる、殺せる。その範囲までジルの動きを止めたり抑えたりしなきゃどうにもならないし、戦えるというレベルまで経験を積み上げる必要もある」

 

 勇者が仲間になったから勝てる―――と言える程、甘い状況ではない。

 

 俺がジルだったら、勇者の任期が切れるまで異世界か時間の流れが狂っている異界に放り込んで、殺しに来れないように時間稼ぎする事で攻略するだろう。勇者であれば絶対に戻ってくるだろうが、それでも防げない攻撃、防げない干渉というものは存在する。それを駆使すれば勇者を遠ざける事も出来なくはない。

 

「この子がこの戦争における、最大のピースで最大の希望だ」

 

 マギーホアでもなく、俺でもなく、ガイでもない。

 

 ()()()()()()という領域にまで【刹那モード】で強化されるエスクードソードと勇者が、文字通り希望なのだ。その為に親御に了承を取って、此方で預かりながら毎日、苦しむほどに鍛錬を重ねる事を決めている。

 

 勝利する為に。

 

 その為だけに、全てを利用する。

 

『苦労してんなぁ』

 

「元々俺が原因で始まったようなもんだからな、この戦争も。責任は全部俺がつける。だけどその前に勝てなきゃ意味がない―――勝てなきゃ何も残らねぇ」

 

 勝たなきゃいけないのだ。全てはそれを達成した後でやってくる。

 

 未来が変わる心配をしても、その未来そのものが消えてしまうかもしれないのだ。

 

「だから未来を守る為にも、俺がケリをつける為にも、勝たなきゃならん」

 

『あんま思い詰めるなよ』

 

「安心しろ、昔ほど無茶はしないさ。俺が居なきゃ回らない所が多いし。理想としちゃ俺がいなくてもそのまま、回り続けるシステムを構築する事だけど流石に無理があるか……」

 

 ま、何にしろ、

 

 勇者だ―――今、この人類が持てる最大規模の希望だ。それが絶望に反転しないように、人類最強の男として鍛え上げながら、守らなければならない。何よりもその心を。まだ子供だという事を忘れずに。

 

 溜息を吐き、そして呟く。

 

「戦いが……始まるなぁ……」

 

 メインプレイヤーが人間に交代してから、

 

 最も苛烈で絶望的な戦いが始まる。




 明確に魔王を倒せる可能性を秘める存在であり、かつて魔王を倒す事に成功した存在。

 攻撃や必殺技を受ける事で見切る事を可能歳、歩みは遅くてもレベル99まで上昇する様になり、死なず、なおかつ逆境の中で勝利を見つける事が出来る特性を保有している。魔王と戦う為に必要な存在ナンバーワン。人類を此方から消し飛ばせば、人類軍なしに単身で魔王を抹殺出来る可能性すらある存在。

 そんなオネショタ始まるの……?

 という訳で次回から開戦。


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980年 開戦・魔人戦

 ぷくー、とガムが膨らむ。

 

 着ている戦闘装束―――ウォードレスとも呼べる、ドレスに軽い装甲を装着した様な服装は或いは姫騎士とでも呼べそうな連中が来ている服装だ。だが見た目の華やかさは、見ている人間が高揚する為の物でもある。髪をローポニーで纏めつつ、膨らんだガムとスカートの端が風に揺れるのを感じる。

 

 風船を作ったガムはそれからぱちん、と割れて、それを口の中に収める。今いる場所は城塞都市ククル―――ではない。将来の地理の話をするのであればリーザスと自由都市、その国境と呼べるラインに構築してある、最前線陣地になる。ここから流石に魔王城を見ることはできないが、それでも最も早くリーザス方面から入ってくる魔軍の動きを見つける事が出来るラインでもある。つまり、現在自分は人類戦線の最前線まで出てきているという事になる。

 

 無論、ここにきているのは俺一人ではない。

 

 陣地に構築されている櫓の上にガイがカオスを握った状態で待機している。俺も空に浮かべているルドぐるみの上に腰掛けながら、遠い景色を眺めている。お互いに、トイレに行く必要がない消化器官を兼ね備えている為、ローテーションで休めばずっとここで見張り続ける事も出来る存在でもある。とはいえ、そこまで長く張り続けるつもりはない。手持ち無沙汰になっているから地平線の向こう側、

 

 魔王城の方へと、最初の一番槍を誰が握ってくるのか、それを期待して待っているだけなのだから。だからガムを噛みながらそれを膨らませ、遠くを見つめている。一番早く動ける自分とガイが。開戦の瞬間を待っている。時はGL980年、既に魔人が魔王領を出てこれる時期になっている。そしてそれから数日が経過している。

 

 もうそろそろ、距離を考えると魔人が出てきてもおかしくはない頃だ。だからこの数日、魔人に備えて常に前線で日常を過ごしている。日に日に前線基地には緊張が高まっていく。今まで魔軍と戦う事はあっても、それは魔人抜きの話だ。

 

 魔軍との戦いは、《無敵結界》を保有する魔人が参戦して初めて本格的な戦いになると言える。今までの60年は、それに比べれば前哨戦に近い。ここからが本番、故に気が抜けない。

 

 そして士気を維持する為にも、初戦は外す事が出来ない。ククルにはハンティ、そして堕天使たちを置いてきている。自分がいない間に襲撃されたとしても、十分に対応可能な戦力だ。魔人が囮を生みながら迂回してくるような戦術を取ってくるとは思えないが、それでも保険を取る意味は何時の時代だって存在する。今、この陣地に来ているのは精鋭隊である【撃滅隊】に一番槍でヒャッハーしたがっているJAPAN軍、やっぱりヒャッハーしに来たドラゴン数体、そしてガイに前線防衛隊だ。総勢、2万は揃った軍団だ。かなり大きな数字に見えるが、それでもLPに存在する国軍と比べれば、半分以下と表現できる数ではある。まだ本隊はククルに温存してあるとはいえ、魔軍の増援の事を考えると、安心できる数ではないだろう。連中の事だから平気な顔で数十万の援軍を投入した所で驚きはない。

 

 その時は俺も、ついにGL大魔法を解禁する事になるのだが。

 

「ぷくー」

 

 ガムを噛んで、風船を膨らませ、遠くを見る。今か、今かと地平線の向こうを眺めながら、視界よりも先に、ドラゴンの超本能的な感覚が、その空気を捉える。

 

 ぱんっ、と風船が割れた。それを吐き出しながら光と熱で蒸発させ、ガムを消し去る。浮かべていたルドぐるみから飛び降りつつ尻尾を掴み、陣地へと向かって落下しながら声を張り上げる。

 

「―――来るぞお前らァ!! 総員戦闘配備ッッ!!」

 

「っ! 総員戦闘配備ぃ―――!」

 

 言葉と共に一気に現場が動き出す。何時でも動けるように訓練された戦士たちが、兵士たちが動き出す。武具を手に、即座に陣地を利用する様に配置へと付きながら迎撃準備に入る。陣地は防衛がしやすいように構築されたものであり、最初は間接、遠距離から槍や弓、魔法で戦いやすいようになっており、接近すれば隙間から槍や剣で突き刺しやすいように出来ている。魔軍が踏み込んできた際に、効率的に殺しながら、その死体で相手の進路を狭めるという仕組みが出来ている。

 

 陣地の後半部分も、生活や作戦の為の空間はあるものの、即座に爆破処理できるように構築されている―――根本的に物量で押し切られるのが前提となっている。そもそも魔軍の物量相手に長くは持たないのだから。だから殺せるだけ殺して引き込み、それで有利な地形で殺せるだけ殺すというのがメインのスタイルになってしまう。

 

 だがそうやって戦うのは資源を消費するだけ消費して、磨り潰されるだけだ。

 

 此方から打って出る必要がある。

 

 万単位の軍団を殺しながら。

 

 その為の俺達である。大魔法、Lv3級の魔法、そして空爆を可能とするドラゴン。それらを利用して、万単位の魔軍を殺し尽くす事で、少しでも軍団としての歩みを緩めるのだ。それは可能なのだ。

 

 ―――魔人さえいなければ。

 

 この60年間、戦いが継続できたのは魔人抜きで数万を超える魔軍を効率的に殺し続ける方法を構築できたからである。だがここに魔人が加わると、《無敵結界》と凄まじいまでの能力のコンビネーションで、魔軍全体へと攻撃する事を阻止されてしまう。その為、魔軍という数の暴力を削れなくなってしまう。

 

 だから魔軍戦に対する今年から大事なのは、魔人を確実に足止めする事だ。

 

 魔人を足止めし、全体へとその影響を及ばさない様にしながら、今まで通りの戦術で魔軍を処理する。無論、魔物将軍や魔物隊長の様に、サクッと始末出来る相手ではない。数百、数千という魔軍の魔物兵たちと同時に戦う事にもなるだろう―――ほぼ間違いなく。

 

 その環境の中で魔人だけを攻撃し、生存し、そしてその上で空爆などの処理を行って魔軍を処理するのだ。

 

 魔軍も数十万という魔物兵を用意するには流石に数か月かかる。それが、兵士や戦士にとっての休息のインターバルだ。此方も準備を整え、戦術のブラッシュアップにはそれだけの時間を必要とする。そして魔人と魔軍が同時に襲い掛かってくるケースはこれが初めてだ。

 

 確実に対処できる戦術を生み出す為にも、ここでは勝利しなければならない。

 

 そうしている間に陣地を抜け、陣地前の荒野に出る。国境から先、リーザスの大地は少々荒廃している。度重なる戦争と衝突によって、戦場付近の大地が枯れたからだ。そこに出て正面を眺めていれば、【撃滅隊】の面々が詰まってくるのが感じられる。

 

「へへ、ついに魔人戦か。親父も爺さんも挑戦出来なかった事に俺が挑戦できるのか……楽しみだな」

 

「何を言ってるのよ、相手は魔人よ? 油断しちゃ駄目だからね?」

 

「でもウル様やガイ様よりも酷いのは居ないだろ」

 

「そう思うと多少は楽になるっすね」

 

「お前ら陰口は本人の前でやるなよ」

 

「陰口じゃないよ! 事実だよ!」

 

 お前らほんとになぁ……と思いながらも、これから魔人との戦いが始まるというのに何時も通りの状態を維持出来ている姿には、非常に助かるものがあった。芽吹いた、数十年を越えて蒔いた種が漸く芽吹いてきた。

 

 ただ俺の悪さを言うのは止めなさい。こんな美人で可愛くて強いのに。

 

「非の打ちどころのない女王と一緒に居られて幸せって奴はいねぇのか!」

 

「はい! 幸せです!」

 

 勇者カムイが目を輝かせながら手を上げて宣言する姿に、一瞬だけほっこりするが、うん、なんというか君はそうだよね……とちょっとリアクションに困る。

 

 そんな風に軽く空気を和ませていれば、遠く、地平線に砂塵が見えてくる。それを巻き上げるように戦列が進んできているのだ。大量の、魔物の軍団が近づいてきている。間違いのないその気配に言葉を黙らせ、そして遠くを見つめる。地平線を埋め尽くさんばかりの魔物兵の姿を前に、二つの人影が歩いてきているのが見える。

 

「ウル様、報告です」

 

 残像さえも生み出さずに音もなく、ゴシック調の服装のシーフが出現した。シーフの癖にゴシックというかゴスロリというか、そういう服装を好む奇特な奴ではあるものの、過去のカオスの様に《シーフLv2》を保有する、怪物的な才能の持ち主である。その名前もパンドラちゃん。名前もファンシー。

 

「魔物兵20万、率いるのは魔人レイと魔人レッドアイかと思われます。真っ直ぐ此方へと向かっており、別動隊の姿はなし。空を監視していますが、魔人メガラスの姿はなく、魔人カミーラの姿も見えません。どうやらレッドアイとレイ以外の魔人はまだ出てこないようです」

 

「報告お疲れ様。援護に加わってくれ」

 

「拝承です」

 

 再び姿が消え、ガイが声をかけてくる。

 

「レイとレッドアイか……面倒なのが来たな。レッドアイは《魔法Lv3》、レイは《レイ体質》で雷の類が通じない上に、攻撃を行えば此方が感電させられる。だがレッドアイはどちらかと言うと先鋒には向いていないタイプだ……」

 

「という事はジルの命令じゃなくて、勝手に飛び出して来たんだろ」

 

 成程な、と呟く。ただ初手でケイブリスが来なかっただけは良かったと思う。ケイブリスが本気を出して戦いに出た場合、此方が死ぬか、相手が死ぬか、それとも諸共死ぬか。それしか選択肢がない。それだけケイブリスは強くなっている。だから正直、アイツがダッシュ一番で来なかっただけ安堵している。アイツだけは壊滅する可能性が高いのだ。だから欠片も油断できない。魔人戦は基本、一手間違えればそれだけで壊滅する可能性が高い。

 

 とはいえ、

 

 これで分かった事がある。

 

()()()()()()()()()()()()って事か」

 

「レイはジルを慕っている。だからこそ鉄砲玉を買って出たんだろ。レッドアイはお前にご執心だったしな。他で飛び出そうなのは……ラ・バスワルドか黒部ぐらいか」

 

「バスワルドが?」

 

「アレは本質的に破壊神だからな。めんどくさいって感じたら全部消し飛ばしに来る」

 

「おぉ、怖い」

 

 ラ・バスワルドは準魔王級の実力者だ。それが面倒だ、という理由だけで動き出す状況は背筋が凍るほどに恐ろしい。とはいえ、ここ数十年でしっかりとそこら辺のメタは構築している。やはり内部の情報が解っていた魔人が味方に居る、というのが非常に心強い。後はククルに直接悪魔魔人がワープして魂の汚染をしてくるのを、AL教残党とスラルに監視して貰うだけだ。

 

 これで、今は保たせる。

 

 そして迫ってくる魔軍は一定の距離までやってくると、その前に立つ姿が見えてくる。つまり魔人レイと魔人レッドアイの姿だ。魔軍の進軍速度は少しずつペースを上げて、衝突する為の加速を得て来る。

 

「総員、迎撃戦用意ッ! 以降は指揮官の指示に従え! そして【撃滅隊】は俺とガイに続いて魔人レッドアイと魔人レイを討ちに行くぞ!」

 

 咆哮が返ってくる。それに合わせ此方も前へと踏み出し始める。歩く様に、正面から歩いてくる魔人に相対する様に接近していく。魔軍側はどうやら、此方の戦いに巻き込まれないように軍団を二分割し、両翼から陣地に衝突するつもりらしい。其方はドラゴンが居るので、存分に相手をして貰う。

 

 正面から迫り始める魔人レイはバチバチと雷をスパークさせながら髪をバックに流し、そして魔人レッドアイは―――寄生先の、赤髪、巨大な剣を握る女の姿、ドレスを着ている女に寄生した状態で、楽しそうに声を響かせてくる。

 

「ベリーベリー・ロングタイム! ノー・シー! あぁ、ユーにあいたかったよ、マイ・パーフェクトボディ!」

 

「うるせぇ、人の体をずっと狙いやがって、気持ち悪いんだよ単眼触手野郎」

 

 魔人レッドアイが此方を見かけると、目当ての体を見つけたと歓喜の声を零した。気持ち悪いと吐き捨てながらもレッドアイは笑う。

 

「おぉ、サッドな事を言うなよー。ユーのボディにミーのマジック! これが組み合わされば一つのメイクドラ―――マ―――! キル! ダイ! 全て死!」

 

 レッドアイの狂笑が響く。言葉が途中から滅茶苦茶になるものの、本気で此方の体を狙っているという事実は、NCの頃から変わらない。俺のLv3物理戦闘技能、カラーの魔力の高さ、そしてドラゴンとしての性質。それに加えてレッドアイとしての《魔法Lv3》が加われば、文字通り最強の魔人が生み出せるとして、本気で寄生どころか融合までしそうな勢いの糞気持ち悪い糞単眼野郎だった。こいつがペンシルカウにダークを起こしたのは、単純に俺を狙った事に原因があった。

 

 そしてその横に並ぶレイは、レッドアイを鬱陶しそうにするも、電撃を溢れさせながら戦意を高揚させていた。

 

「悪いな。個人的な興味も恨みもねぇ―――だが姉御が戦うって決めたんだ。ぶっ潰れて貰うぞォォォォ―――!!」

 

 狂気ではない、純粋な戦意と闘気を雷で纏ったレイが咆哮しながらレッドアイと共に飛び込んでくる。そのレッドアイも、今寄生している肉体の力を使っている。それによって魔軍とレイが鼓舞され、その力が更に引き出される。

 

 近づく魔人に対して声を張る。

 

「聞こえたな? お前ら! 敵はキチガイだ―――理性のある人間の国に入れるんじゃねぇ!」

 

 咆哮と共に武器を構え、魔法を放つ準備が整えられた。

 

 そして、魔王戦争、その本番が開戦される。

 

魔人レッドベゼルアイ&魔人レイ

 

支援配置

 

鼓舞
鼓舞

BOOST
魔剣カオス

《レイ体質》
支援射撃

《無敵結界》
前線基地

《UL体質》

【撃滅隊】

 

 戦闘距離にまで入った瞬間、レイの《雷神雷光》がレッドアイの《白色破壊光線》と共に広範囲を薙ぎ払う様に放たれてきた。それに対して迷う事無く前へと飛び出た。自分が《白色破壊光線》へと、そしてガイが《雷神雷光》へと向かい、

 

 正面からガイが雷光を切り裂き、

 

 俺が正面から《白色破壊光線》を受けた。

 

「アハァ―――ン! ファ―――ンタァ―――スティック!」

 

「気持ち悪いんだよ単眼野郎ォ!」

 

 だが通じない。《UL体質》とはつまり、ドラゴンとしての特性が極まって生まれた抵抗能力。光と重力という属性に関しては、絶対的な耐性を誇ると言っても良い。それが光という属性にカテゴライズされる以上は通じる事がない。故に、《白色破壊光線》は通じず、そのスペックを確かめたレッドアイは更に奪ってやると気合を入れる。はよ死ね、と思いながら《ガンマ・レイ》で正面の大地を薙ぎ払い、土埃を巻き上げながら、

 

 ルドぐるみを手に、素早く飛び込んだ。

 

「ウル―――あたたたたーっく!」

 

「きか、ねぇよぉっ!」

 

 音速を超えて衝突した衝撃だけが残される。土ぼこりを貫通して薙ぎ払う様に放った必殺技が聖女の子モンスターの肉体、つまりは八級神ベゼルアイの肉体だけに衝突し、衝突した時の衝撃だけが《無敵結界》越しにレッドアイとレイへと届く。だが衝撃は衝撃、大地を砕きながら放ったそれは二体の魔人を強引に押し込み、

 

「ふんっ―――!」

 

 その必殺技の陰に一瞬だけ身を隠したガイが、カオスを片手に上位魔人の身体能力をフルスペックで活用する。

 

「ノウノウノウノ―――ウ! キル・あなた! ガイ! ミーには届かない!」

 

「ちぃっ!」

 

 素早く放ったカオスによる無数の斬撃はレッドアイがベゼルアイの体を素早く強化しながらガードする様に動かす事で、触手や本体への接触を回避する。だがレイはそうも行かず、《レイ体質》による雷光の反撃でガイを貫通しながらカオスを受けた。そして音と共に無敵結界が割れた。レイが一時的にメインプレイヤーから身を護る為の手段を失う。

 

「おぉぉぉォォォ―――!」

 

 咆哮する様に槍を抱えて飛び込む姿がレイの心臓を狙うも、雷光を纏ったレイが素早くショートジャブで音速を超過して対応する。それをどこからともなく出現したシーフがダークを投げてジャブを妨害しつつ、砲撃と間違える様な一矢がガイを巻き込む様に放たれた。

 

 連続で空間が爆裂し、斬撃が何重にも響く、フルパワーで放たれる雷光がノンストップで地面を焼き焦がしながら生命を殺す為に振るわれる。

 

 その横で超が付く、メインプレイヤーでは対応しきれない剛力を手にしたレッドアイが神の属性を保有するモンスター、ベゼルアイの肉体を巧みに操りながら大剣を振るう。昔出会った、スペックだけを振り回すレッドアイらしからぬ運用だった。

 

 誰かの入れ知恵が入ったな?

 

 そう思いながらびたんびたん、と鯨の姿の創造神人形を大剣とぶつけ合う。見た目は異様としか表現出来ない光景だが、技巧と経験からルドぐるみが振るわれる速度が瞬間的に音速に入り、それを超過し、武器がふわふわでもふもふであるも、100%の筋力による衝撃を伝えている。それ故に一撃一撃でロックゴーレムであろうと一撃で砂に変える程の破壊力で殴りつけていると説明できる。

 

 だがそれを後手、筋力任せでベゼルアイの肉体は耐えられていた。

 

 根本的な力の次元が違う。レッドアイがそれを引き出し、コントロールし、それに魔法を上乗せしていた。しかもベゼルアイの体を操作しつつ、同時に連続で上級魔法を放ってくるのが鬱陶しい事この上ない。

 

 だが、

 

「こっちのが経験は上だッ!」

 

「オォゥ!?」

 

 踏み込みながらルドぐるみを黒腕が生えた状態、両腕で盾に構え、それを押し付けるようにルドバッシュを放つ。創造神の盾とは不敬なぁ! とか声が届いてくるが、心の中でお前の創造神はもう俺と添い寝してるから、と答えながら、足場を踏み込みで崩した。迫ってくる体にレッドアイが触手を伸ばして此方へと寄生を乗り換えようとするが、

 

 それよりも早く、ルドぐるみを押し出した。

 

 それにレッドベゼルアイが押し出された。

 

 超、高速で。その姿が魔軍に衝突し、

 

 親指でベルトに仕込んだアイテムを弾いた。

 

 蒼く、本来の色から変質したクリスタルを。

 

 それが弾き出され、眼前に舞うと割れる。そして本来は届く事のない、膨大な魔力を纏う事が出来る。そしてそれを完全に制御しながら左腕に魔法陣を纏い、腕を引き絞った。

 

「これぞ新たに生まれ出た究極の魔法―――大魔法―――G()L()大魔法……」

 

 魔法陣を正面に投げつけるのと同時にそれが霧となって消え、それと入れ替わる様に黒い風が吹き荒れる。かつて―――或いは未来で、血の記憶ジルが放った、大魔法の奥義がこれによって放たれる。光を無限に吸収する風がそれを反転させ、黒くなった光が重力によって凝固し、剣の形となって風に混じり、吹き荒れる、

 

「ラグナロォォォ―――ク!」

 

 カラークリスタルをブースターに放ったGL大魔法が放たれる。一瞬で空間を黒く飲み込むとその中にある存在を圧縮、分解、引き裂きながら殺していく。吹き荒れる風がそのまま周囲の魔軍へと伝染する様に広がり、魔軍にも打撃を与え、背後への進軍を遅らせる。

 

 だがその中で、

 

 ベゼルアイを覆うように触手を伸ばしたレッドアイが魔法を受け止める事で寄生している肉体へのダメージを回避した。糞が、と息を吐く。どれだけ強い、凄まじい魔法や攻撃を放つ事が出来ても、《無敵結界》を割れないのでは意味がない。

 

「ファック、あの糞単眼野郎賢くなりやがって。俺の触手CGは未実装だってのに、オベちゃんが触手CGの餌食になってるじゃねぇか」

 

 広範囲を包むGL大魔法の中心部で、魔法を放つ事で内側から破る様に、ベゼルアイの力と合わせて戦場に復帰しようとするレッドアイの姿を見ながら、中指を突き立てて毒づく。そこにガイが滑り込む様に横に着地してきた。視線を向ければ、レイの雷光が空間を焼いていた。回避しつつ下がったようだった。

 

「言っている事は解らんというか解りたくはないが―――交代しよう。レイの相手は任せる」

 

「あいよ」

 

 素早くガイと言葉を交わし、居場所を交代する。そしてそのまま、お互いに敵へと向かって突貫する。

 

「よう、レイ。今度は俺の相手をして貰おうか!」

 

「願ってもねぇ!」

 

 レイの電撃パンチのワンツーとルドぐるみの衝突が一瞬で交差する。だが感電による貫通を不壊の人形であるルドぐるみは拒否し、拳とぶつかり合っても此方へと電撃が届く事を拒否する。それによって一瞬、お互いに武器が弾かれた状態になり、

 

「零式―――ムミョウ」

 

 勇者カムイが瞬間的にパンドラによって抱えられ、無音、無明の奇襲斬撃がレイの死角から放たれた。音も気配もせず、一瞬で発生する殺す為の斬撃をレイがスウェイとダッキングを素早く組み合わせながら回避するも、エスクードソードを回避しきれずに肩口に斬撃が入った。血が舞うも、即座に雷撃に飲まれて血が蒸発する。

 

 そして雷光の雨がレイから放たれ、降り注ぐ。

 

「おぉぉォォォ―――!!」

 

 覇気を放ち、自分の周辺の空間に《雷神雷光》を放つことで、接近する存在全てを牽制しながら拳を握り、ファイティングポーズを取り直した。その視界で敵を捉えながら拳を構えるレイを見つつ、第三の目を開き、それでレッドアイとガイの戦いを捉えた。超高速の《白色破壊光線》の連打にガイが阻まれ、接近できずにいる。

 

 ハニーを味方に出来ていれば突破出来たかもしれないが―――無いもの強請りは出来ない。

 

 《無敵結界》が割れるまではレッドアイをガイに押し付けるしかないのだから。

 

 此方はその間、

 

 徹底してレイを抑える。その為にルドぐるみを構え直し、人類勇士を率いる。

 

 

 

 

 こうして、

 

 後に最も人類が長く魔軍と戦い続けた戦争、最も人類が手段を選ばずに戦い続けた戦争、人の心を理解しない王に率いられた国家による魔軍の戦争と記録された、魔王戦争が本当の意味で開始を告げた。

 

 のちにこの戦争はこうも言われた。

 

 ()()()()()()()()()()()()、と。




 ベゼルアイに寄生したのでゴッドパワーや身体能力が3倍に出来るレッドアイとかいう恐怖。しかも自分だけじゃなく他の魔人も3倍に出来るとかいう頭のおかしいアレ。誰だこんな酷い組み合わせを思いついたのは。

 敗北すると触手寄生凌辱CG回収だったのかもしれない。

 という訳で開戦。ガンガン魔人と戦おうね。


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98X年 戦況報告

石丸ゥゥゥゥ―――!!

 

うるせぇ! 邪魔だ! 死ね!!

 

 言葉と共に《ガンマ・レイ》を放った。重力砲撃が黒部を追いかける生まれては死に続ける妖怪もどきに衝突し、穴を穿ちながら消し飛ばす。だがそれは黒部の体から溢れ出す妖気によって直ぐに新たな妖怪を生み出し、埋められる。ファック、と叫びながら次の魔法を放つ為に距離を空ける。ガイが既に前に出てカオスを握り、《無敵結界》を破壊する為に出ている。だがただそれだけではなく、

 

 今、完全オープンなうし車に乗っている。魔法、射撃、砲撃が行える後衛戦士たちをオープン型の荷台のうし車に乗せて、戦闘行動を行っている。相手は魔人黒部。動く災害そのものである。ひとたび動き出せばオロチの牙から生まれた妖怪、黒部はその力を以て妖怪を自分から生み出す。本来の黒部なら不可能だ。だが魔人化し、その能力が鍛えられた黒部は、

 

 一人で、軍団の役割を果たす。

 

 つまり魔人黒部との戦いは、魔人黒部という軍団との戦いになる。少なくとも、黒部の背後に存在しているのは()()だ。黒部の背後には生まれたばかりの異形の妖怪が出現する。そしてその妖怪を踏み潰す様に妖怪が生み出され、それが無限に続く。そうやって災害としか表現できない魔人黒部と妖怪の津波が生み出されるのだ。それだけで黒部は人間を蹂躙出来てしまう。直接戦闘する事さえ難しい。それこそあのムサシの様なリーチ無視の攻撃が行えない限りは。

 

 だが幸い、魔人黒部は発狂している。発狂している為、敵味方の区別がつかず、一度暴走すると条件を満たしたものを発狂がある程度の小康状態に持ち込まれるまで、ひたすら暴れ続ける。だが逆に言えばそれは誘引できる相手でもある、という事だ。つまり、JAPANだ。

 

 JAPANの馬鹿共はやりやがったのだ。

 

 黒部の興味を、刺激する様子が何であるかを長年調べ続け、そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。やっぱ頭おかしいよJAPANは。なんで魔人をハメるパターンを作れてんだよおかしいだろ。そう思うが、

 

 ここでは有効活用させて貰う。

 

「―――硬いな」

 

 ガイが黒部に到達した。カオスを振るっての斬撃が黒部に叩き込まれ、音と共に《無敵結界》が割れる。そして一切足を止める事のない黒部の巨体と、その妖怪大津波にガイが飲まれそうになる瞬間、

 

 その姿が消えた。

 

「はい、回収完了!」

 

 直後、背後からハンティの声と着地の足音が聞こえる。作戦通り、ハンティがガイを《瞬間移動》で回収してきたのだろう。寿命設定が消えた魔人であるガイだからこそ出来るコンビネーションでもあり、

 

「《無敵結界》が消えたぞ! ぶちかませ! ゴーゴーゴー!」

 

 殺せぇ、と怒号が入る。魔人に対する殺意と憎悪は中々凄いものがある―――一部JAPAN軍の者が槍を手に飛び出して黒部に突き刺したら全力で走って戻ってきている。なんだあの変態いつの間にそんな珍種生まれてきたんだ? そんな事を思いながら黒部を国境方面から引き剥がす様に方向転換させ、

 

 違う方向へと誘導する様に、うし車を走らせ、その上から魔法や射撃武器を連射する。それが黒部の対処方法だ。そしてそれに従う様に大量に持ち込んで魔力回復用のアイテムや矢玉、異世界から持ち帰ってきた爆弾の類を使用して迫ってくる黒部の姿を爆撃しながら引き離そうとする。

 

 だが食らいつく。

 

 ひたすら食らいつく。発狂し、異形の姿を見せ、血の涙を流しながらかつての友との栄光を夢見て、石丸が死んだという事実から目を逸らして逃げ続けている。そうやって妖怪王黒部は魔人黒部として全てを蹂躙する。

 

「めんどくせぇ奴だ―――《ガンマ・レイ》ッ! もういっちょ! 更に追加! サービスだ!」

 

 連続で破壊光線をぶち込む。正面の空間に爆裂を起こしながら空気が揺れるのを感じ、自分以外にも《黒色破壊光線》や《白色破壊光線》が放たれて行く。それが間違いなく《無敵結界》を失った黒部の体にヒットし、穴を開けて貫通している筈だった。

 

 だがそれは即座に黒部の規格外の妖気によって埋められ、再生させられる。

 

「ファ―――ック! 心臓がぶち抜かれたらちゃんと死ねよ!!」

 

 中指を突き立てながら黒部の方へと向かってそれを見せる。だが当然のように黒部は発狂したまま、此方の軍団を追いかけて来る。めんどくさい敵だった。

 

「GL大魔法ぶち込んでやっても良いけど即時発動はクリスタルか覚醒前提だし、それ抜きにしても詠唱に時間がかかるし、となるとこいつの足を止めるのはドラゴン案件なんだよなぁ……」

 

「まぁ、ウチの馬鹿共だったら《無敵結界》さえなければ焼き払えるよね」

 

 問題はドラゴンに頼り過ぎると()()()()という事だ。トロンの二の舞という訳ではなく、あまりドラゴンの火力を頼りにしていると、人間がその強さに慣れてしまうのだ。そして火力をドラゴンに任せてしまう。そうするとドラゴンを封じられた時に、火力を一気に制限されてしまう事でもあるのだ。その事を考えると、極力こういう場面ではメインプレイヤーの力のみで切り抜けるのが理想的だ。

 

 人類の育成は続く。

 

 魔人を教材にする女王なんて、俺ぐらいだろうが。だが経験値稼ぎはこれが一番効率が良い。対策を練った上でメタを張って餌にするのが一番いいのだ。魔人は確かに強いが、それでも《無敵結界》抜きの話なら、純粋な強さは此方の方が上という部分もある。本当に大変なのは、魔血魂を与えられた事によって本来よりも遥かに凶悪化されたその能力等の方だ。

 

 たとえば魔人レイの《レイ体質》とか。

 

 この魔人黒部の妖怪大津波とか。本当の魔人の厄介さはそこにあるかもしれないと言える。今見えている黒部も、魔人化したことで不死性と軍団戦闘能力を獲得している。それに比べ、此方の面子は今回の作戦用に数百人増員しているだけで、そこまで数は多くない。

 

「はい! じゃあ軍師諸君! 作戦立案宜しく! 判断材料は俺とハンティの麗しい姉妹愛パワーで頑張れば倒せるけど倒れるぞ!」

 

「姉妹愛パワー」

 

 ハンティが後ろで笑っている。うるせぇ、姉妹愛はあるだろお前。振り返りながらハンティの頬を引っ張ってやりながら、並走するうし車に乗っている軍師連中に作戦を考えるように指示を出す。《戦術Lv2》が居るおかげで、自分が考えるよりも的確な指示を出してくれる味方がいるのは、実にありがたい話である。《ガンマ・レイ》を乱射して追いかけて来る黒部の足場を破壊し、走るスピードを無理やり削りながら距離を稼ぐ。うし車も無限に走り続けられる訳ではない。このペースで一日中付き合っていれば、そのうち、うしの方が疲れて潰れる。

 

「ここは逃げの一手ですね。ここで無理に黒部を討伐する必要はありません」

 

 軍師の言葉にブーイングがJAPANサイドから跳んで来る。そんなに戦いたいのかお前ら。そう思いながら軍師の言葉に耳を傾ける。

 

「その心は」

 

「このまま黒部を魔軍まで牽引してぶつけましょう。物資が節約できます。相手の戦力で相手の戦力を削れます。ついでに相手が行う黒部への対処法も観察できます」

 

「採用」

 

 サムズアップを向けて素早く続く指示を出す。現在魔軍による侵攻が行われている場所を地図で確認しながら、うしに回復魔法をかけて使い潰すつもりで走らせる。追いかけて来る黒部を確認し、距離を空け過ぎないように注意しながら―――レースを続行する。

 

 魔王城がある方角へと視線を向け、呟く。

 

「……これじゃあ、魔王城へのルートも作れねぇな」

 

 この時代、その決戦へと向けた準備を、これでは進められない。

 

 

 

 

GL980年

 

魔王戦争状況報告

 

≫≫≫≫≫≫≫≫

 

 魔王戦争、本格開戦。920年より続いている魔軍との衝突は魔人の投入によって本格的な様子を見せ始める様になった。これまでは拮抗状態にあった人類と魔軍の戦争も、魔人の投入によってその姿を僅かながら変えるようになった。60年間続いた戦いがついに、魔軍側からの動きによって変化を見せ始めていた。最初に投入された魔人は魔人レッドアイと魔人レイであるものの、女王ウル・カラー率いる【撃滅隊】の活躍により前線を突破する事なく魔人は追い返された。これにより人類には魔人を追い返すだけの戦力がある事が証明され、魔人を同時に二体、相手しながらそれを撃退するという偉業を刻む事になった。

 

 だがこれを受け、魔軍の動きは本格化された。魔人レッドアイと魔人レイが撃退された事によって魔王ジルの命令により、魔人メガラスが制空権を魔王領を中心に獲得する事となった。これにより、魔王領上空におけるドラゴンと魔人メガラスの間で壮絶な制空権争いが常に発生する様になる。《無敵結界》を擁する魔人メガラスを突破する方法がドラゴン達には存在せず、地上に降りてくる事のない音速で飛行し続ける魔人メガラスの《無敵結界》を突破する方法もなく、制空権は完全に魔人メガラスによって押さえられる。これにより人類側は魔王領内での制空権を完全に喪失する。主戦術であったドラゴンを使った空爆による残敵掃討が魔王領内では使用不可となる。

 

 また同時に魔王領内を不規則に徘徊する魔人黒部の姿が発見される。時折壊れたように咆哮する黒部は人間を見かけると、執拗に妖気を放出しながら追いかけてくるという性質を兼ね備えており、他の魔人や魔軍が近づかない事から、一種の独立した警備として運用されている事が理解された。魔王による制約か、魔王城から一定の距離の大地を縄張りとしているようで、そこに縛られたかのように徘徊しており、目標を見つけると大地を蹂躙し、敵味方関係なくある程度が狂気が収まるまでは永遠に追いかけてくるという、半自動的な存在に成り下がっていた。もはやそこに、かつて藤原石丸と大陸を駆け抜けた妖怪王の姿は見えなかった。

 

 故に地上と空、両面から人類は魔王城への道を制限されていた。人類には明確なタイムリミットが設定されている。それは勇者カムイが勇者としてのあがりを迎えるまでの時間になる。勇者という存在は最大戦力であると同時に、時限式の最強でもある。それ故に、人類の大戦略は自然と一つに集約される。なるべく勇者を魔王を倒せる状態にまで育成しながら、空、或いは陸を突破する方法を見つけ、精鋭部隊で魔王との戦いに決着をつけるという事になる。

 

 その為に一つ、制空権をメガラスから奪う事で、魔王城まで決戦部隊を空輸するという手段を得るか、或いは黒部を撃退する事で地上ルートを確保するか、という事が人類の課題として立ちはだかった。

 

 またそれとは別に、他の魔人も存在している。純粋に興味がないのか、命令を出されていないのか、或いは何らかの作業によって前線に出て来る事が出来ないのか、どちらにしろ、魔王ジルは歴代の魔王よりも大量の魔人を抱えている。故にまだまだ、出現した四体の魔人は魔軍が抱える、戦力の一部でしかない事を人類は認識しなくてはいけなかった。

 

 

GL981年

 

魔王戦争状況報告

 

≫≫≫≫≫≫≫≫

 

 魔人ラ・バスワルド強襲。ラ・バスワルドが最前線に登場し、援軍や救援要請が前線から届く前に、僅かな時間の間に人類軍が構築した前線基地の内3つを根元から抉り消し飛ばした。人類と魔軍の最前線を監視する基地が消失する。これにより、一時的に国境に存在する魔人に、魔軍に対する抑えが消える。そしてそのままラ・バスワルドが進軍を開始する。だがこの行動は人類の防衛が行われる前に撃退される。

 

 魔人となったブリティシュがここで、歴史の中で初めて登場する。

 

 《ガードLv3》を擁するブリティシュはラ・バスワルドが誇る消滅の神光を完全遮断しながら1対1で戦い、数日間の戦いの果てに引き分けて撤退へと追い込む。幼い外見の使徒を連れた魔人ブリティシュは魔王の絶対命令権に引きずられる事もなく、ラ・バスワルドを撤退させた。そこから魔人ブリティシュは人類軍と合流する事もなく、ラ・バスワルドとの戦いの直後、幼い外見の神官の使徒に支えられた状態で戦場から姿を消す。

 

 前年発覚した魔人の支配域、そしてその脅威に付け加えてラ・バスワルドという生きた殲滅兵器を前に、人類は明確に苦境へと押し込まれていた。魔王戦争、その開始は華やかな様に見え、

 

 事実は一つ―――まだ、魔軍は本気ではなかった、という事だった。




 空はメガラス。地は黒部。そして進軍用の陣地を構築すれば、それをバスワルドが破壊する。なおそれで終わらず機械などを頼った場合はレッドアイで乗っ取り、対策なしで大軍を並べるとアイゼルで洗脳して奪う。

 何をどう足掻いてもクソゲー。

 彷徨うブリティシュ。


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981年 準備フェイズ

「んー……よし、良い色に焼けてるな」

 

 鼻歌を口ずさみながらオーブンから金属トレイを引き出す。髪の毛をリボンでアップに纏め、やや緩い普段着の上からエプロンを装着している。つまりは厨房に籠っている時に普通の服装だ。オーブンから抜いたトレイの上にはクッキーが並べられており、それを一つ手に取って口の中に放り込んでみる。この世界にはコンビニもスーパーもまだ存在しないのだ。ベーカリーの類は存在するが、それでも納得のいくクオリティのお菓子が欲しいのなら、自分で作ってしまうのが一番簡単だ。

 

 美味しい料理は心の栄養だ。趣味とは別に、美味しいものは人を幸せにする魔法があると思う。心の栄養は人間が―――いや、生物が生きる上では必要不可欠なものだ。魔物や魔人が行う人間に対する殺戮も()()()()()()()()()だと言える。ガイはそこら辺、二重人格で軽減か削除している為に非常に薄い……というよりは理解していないみたいだが。まぁ、ガイはどことなく二重人格が原因なのか、魔人化が原因なのか、本当に大事な所で不運な属性を背負っているからそのままでいい。

 

 ともあれ、

 

 心の栄養補給は健全な思考能力を保つ為に必要な事だ。種としての、健全な思考能力だが。幸せを感じている間は刹那であっても、その間は嫌な考えを忘れられるし、体が活力を感じる。そういう意味で料理というのはお手軽で、そして想い出に残せる手段だ。習慣化すれば定期的にその時間が愉しみになるし、それに対して前向きになる事も出来る。

 

 美味しいごはんを食べる、というのは日常的な幸せになる訳だ。

 

 つまり幸せな日常を作る事でもある。そういう意味では料理をする、というのは嫌いじゃない。最初はガルティアに食わせる為に、ちょっとだけ興味を持って、そしてネタで手を出してみて、そこから心を満たす為に手を出して、

 

 今では、まぁ、釣りと並ぶ立派な趣味になったのでは? とは言えなくもない。まぁ、時間を潰すなら間違いなく釣りの方が好きだし。誰かが居なきゃやらない事だから、正確には料理は趣味とは言えないが、単純に振る舞うのが好きだというだけだ。だからこうやって隙を見つければクッキーなんてものを焼いている。大体何時もはスラルに頼まれてお菓子作りをしている―――というか返し切れない恩があるので、大体スラルの言う事は逆らえない。とはいえ、あの子も大体おやつ作って、としか自分には頼んでこないのだが。

 

「これを更に盛り付けて……と、完成。ルシアー。紅茶運んで淹れてあげてー」

 

「了解しました」

 

 厨房で待っていた従者に言葉を伝えると、丁度良い具合に温まったティーセットの準備を整え、それを先に運んでしまう。そうやってルシアが運んでいる間に更に盛ったクッキーの他にも、一緒に用意した幾つかのお菓子を飾る様に盛って、それを浮かべて運ぶ。これなら零す心配は欠片もない。その前にエプロンを外しておくのを忘れない。このままつけていったら笑いものになるし。だからエプロンを外し、顔に小麦粉がついてないか軽くチェックしてから、

 

 会議室にクッキーを運んで行く。

 

 悪魔の様にテレポートやワープが使えれば人生楽になるのになぁ、なんてことを思いながら浮かべた皿を会議室へと運んで行き、扉も魔法を使って自動的に開けてしまう。円卓が運び込まれてある会議室の中、そこにはこの都市の重要人物達が集まっているのが見える。つまり、軍部や生産のトップ連中になる。この都市や戦場の方針などを決める集まりだ。その姿を見て、おいすー、と片手を持ち上げる。

 

「糖分を摂取したほうが頭の回りがいいから、クッキー焼いて来たぞ愚民共。涙を流しながら感謝しろ」

 

「今涙流すからちょっと待ってて」

 

「誰がガチ泣きしろつった」

 

 円卓の上にクッキーを設置し、摘まんで食えるようにする。先に到着しているルシアが紅茶を淹れている。クッキーと紅茶、王道であり、またどの時代でも通じる組み合わせだ。自分も、自分用の椅子に足を組んで座りながら、クッキーを摘まみつつカップを手に取り、

 

「さて―――それじゃ円卓会議を始めようか」

 

 とりあえず、981年現在、問題とその改善と向き合う為に話を進める事にした。

 

「そんじゃ生産から」

 

「はいはーい、生産担当ですよぉ。ところで生産担当って響きがエロいと思うんですけどここらへんどぉーでしょーか」

 

「気持ちは解る」

 

「でしょう!?」

 

 生産産業、つまりは食料や武具等の生産産業、作業を管理するトップは女だ。スーツの上から白衣、眼鏡にぼさぼさの髪という滅茶苦茶な恰好をしているが、それでも有能な女だ。名はエリン、《学習Lv2》を持っている1()2()()()()である。その年齢でトップに立っているだけで異質さが伝わるだろう。だが《学習Lv2》という技能はそれを許す。一つ聞けば十を理解する。一般的な天才と呼ばれる、学んで即座に理解するような存在。そのイメージにぴったりと似合うのがこの少女だった。

 

「馬鹿言ってねぇでとっとと報告しろよ」

 

「えー、エロという概念の心理を追求したーい!」

 

「後4年は我慢しろっての……」

 

 そう言って呆れた声を零すのは、対照的に白髪が生え始めている、初老に入った男の姿だ。彫の深い顔に、片目は傷が入った影響で眼帯を装着している。《統率Lv2》を保有するリブラは、長年この都市を守備する存在だ。その高い統率能力から無駄なく兵士を運用し、防衛という事に関しては俺よりも遥かに上手な姿を見せる。俺が遠慮なく前線に出て暴れられるのも、こいつのおかげだとも言える。

 

 ここにはその他にもガイとカオス、スラルが既にクッキーを食べ始めていたり、JAPAN代表として月餅が参加している。リブラがエリンをたしなめると、じゃあ、とエリンが呟きながら《情報魔法》を使って、ホログラム風の資料を生み出した。ダビスタを行った結果生まれてきた天才がこれだから困る。時代を軽く幾つか飛ばしている。終わったらALICE辺りに助命嘆願しなきゃ、確実にバランスブレイカーとして封印処理だろう。

 

「はぁーい! では食料の生産状況ですけど問題ありませぇーん! 現在食料自給率100%超えていまぁす。前線での戦闘激化を踏まえてベビーブーム発生しているので数年でバンバン子供が増えそうでぇーっす! 一応はまだまだ支えられるので平気ですけど、子供が増えればそれだけ女性の働き手が減ります。まぁ、そこまで問題ないんでしょうけど、前線に出る女性まで孕むと困るかなぁ、って」

 

「まぁ、死ぬかもしれないって状況になると種の本能が昂るからしょうがないんだろうけどさ……ココからは孕んでる余裕がねぇからなぁ……」

 

「あー……となると避妊薬配った方がいいか、これは」

 

「頼む。後風俗関係も手を出しやすいように調整しといて」

 

「はぁい!」

 

 子供が欲しいのではなく、昂るからセックスがしたい、という欲求だろう。この時期に一線級が孕んで後退されると辛いので、避妊薬だけはしっかりして貰おう。後はその為に風俗街を作ったのだから、もうちょい手を出しやすいように調整すれば……まぁ、なんとかなるだろう。まだこっちは対処できる範囲だ。紅茶で喉を潤しつつ、

 

「はい、次」

 

「おう、こっちは【砲台】の方も問題なく稼働してる。城壁の上からぶっ放して魔物を虐殺できるからそこまで難しくはないぜ。ただ遠くから兵器使って殺してるとどうしても殺している、って感覚が薄れて慢心しちまうから、そこだけが問題だ」

 

 【砲台】、つまりはキャノンやカノンを《魔法科学》技能で作製させたものだ。完全にオーバーテクノロジーだが都市防衛には必要なのだ。これも戦後、解体処分必須の技術の一つだ。というかこの都市に使われている技術の多くは、絶対に後世に残せない。その多くを解体し、処分しないと都市が丸ごと封印処理を受けてしまう。ALICEの慈悲だって無限ではないのだから。ともあれ、作製された砲台は魔力で着火するものであり、それで魔法の砲弾を発射するものだ。相手がハニーではない限り、これなら遠距離から数を纏めて吹っ飛ばすことが出来る。

 

「対策は講じてるんだろう?」

 

「あぁ、前線に送るローテ作ってるからな。経験すりゃあ身が引きしまって砲台のありがたみを覚えるさ」

 

「ならば、よし。他には?」

 

 リブラが少しだけ、困った様子を浮かべ、指先で頭を掻いた。

 

「……すまねぇ、魔人に侵入されたかもしれない。最近、行方不明の話が聞こえてくる」

 

 その言葉にあー、と声を零す。何時かは来るものだと思っていたが、

 

「ジークに潜入されたかー……」

 

 魔人ジーク、変身能力で姿だけではなく、能力まである程度使う事の出来る厄介な相手だ。それでいて、過激ではないが、個人的に最も危ない思想を保有している魔人だと思っている。変身し、潜入する事に徹された場合、魔人ジークを探し出す事は難しいだろう……いや、不可能に近い。魔人ジークはその気になれば人だけではなく、ムシにだって変身できるのだから。それではもう、どうしようもない。

 

「いや……魔人ジークじゃねぇと思うんだわ、こりゃ」

 

「根拠」

 

 リブラはその言葉に頷いた。

 

「消えてるのは見た目の良い女ばかりだ」

 

「んー? んー……確かにジークのやり口じゃないな……」

 

 まだ生きていたのであれば、魔人メディウサを疑った。ただ魔人メディウサに関しては既に殺害済みで、その魔血魂はブリティシュの魔人化に使われている。その事を考えると魔人メディウサという存在は二度と生まれてこないし、そもそも侵入し、攫って消える事の出来る使徒アレフガルドだって、まだまだ生まれてすらいない。というかネコムシは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から生まれてこない。

 

 糞ヘビとその従者はLPにも、GIにも到達する事無く、全ての可能性を消し去っている。念入りに。だからこの二人のケースはありえない。そして魔人ジークは女だけを狙って攫う様な趣味の持ち主ではない。ジークのポリシーに反するだろう。

 

 寧ろジークは潜入するが、何か行動を起こすようであれば、或いは相対するのであれば名乗り上げるタイプだろう。

 

「……魔人サタニアか? んじゃ」

 

「それはないわよー。ちゃんと私と部下で張ってるから、悪魔が私達に気付かれる事無く入り込んでくる事はないわ」

 

 そうスラルが答えた。悪魔には悪魔の移動手段がある。ワープやテレポート等という移動手段に関しては、悪魔が非常に秀でている。なので悪魔出身の魔人であるサタニアは、ワープやテレポートでいつでもどこにでも移動できるという手段がある、要警戒の魔人になる。その対策は元魔王である、悪魔のスラルが行っている。元魔王と現在の魔人、実力としては伯仲するクラスでもある。そのスラルが侵入を防いでいるのだから、サタニアはククルに入って来れない筈だ。

 

「となると―――」

 

「おう、現場に僅かに残されていたのは()()()()だったぜ」

 

「奴か」

 

「あー……」

 

 放たれた言葉に、ガイが納得の声を零し、俺も誰が犯人なのか、それに思い至る。

 

 潜入ルートが気になる所だが、成程。人間に化けて潜り込んで食事中、という所か。魔人になる前は好きだったんだけどなぁ、と思うも、魔人になれば歪む奴なんて腐るほど存在する。でも本質的には怪物だったっけ? と思い出す。いかんせん、古過ぎてもう覚えてないし、【ひつじNOTE】にも書いてない事だけに判断に困る。まぁ、見つけ次第ぶち殺せるのならぶち殺すのだが。

 

 未来の戦力とかバランスとか、そう言っている場合じゃないのだ、この時代。

 

「人間に化けれるのが潜伏してるのめんどくせぇな……」

 

 とはいえ、女を狙い撃ちにされて食われ続けると士気に影響する。早めに対処したい。

 

「パンドラ、リブラと連携して調査。戦力が必要ならウチのメイド引っ張っていいから。なるべく早く突き止めて追い出してくれ」

 

「任務拝承しました」

 

「おう、任せろ」

 

「お任せください」

 

 市内の事で俺が出来る事は少ない。基本的に戦士としての能力に偏っている生物だから、ここら辺は他人に任せるしか自分には解決手段がないのが悔しい。とはいえ、それを表情に見せず、対処していくのが王者に必要な事なのだが。なので微笑を浮かべたまま、動じずに対処する。それを見ている人が安心できるように。

 

 さくさく、もぐもぐ。

 

 やっぱりクッキーは美味しい。次はタルトでも作るか。

 

「はい、次。眼鏡軍師と月餅君」

 

「レビンです。あ、エリン、地図を願いします」

 

「はいはぁーい」

 

 ホロの魔王領地図が出現し、そこにレビンが書き込んでいく。

 

「JAPAN軍と合同の偵察隊を組んで偵察する予定でしたが、JAPAN軍が何時も通りヒャッハーを始めたため、魔王城付近まで接近出来ました」

 

「続けて」

 

 何時ものJAPAN軍だった。それはともあれ、

 

「その結果、魔王領内部では領地の様に幾つかの魔人が地域の担当を割り振られ、そこの防衛を行っている事が発覚しました」

 

 こう、とレビンがマークしていく。

 

「この内魔人メガラス、魔人黒部、魔人ラ・バスワルドは領地を持たず、フリーの状態で徘徊しています。また魔人レッドアイと魔人レイは魔王城の警備についているようで、魔王の命令なしで襲い掛かってくる様子はありません。偵察した様子ですと領地はこうなっていまして―――」

 

 ガルティア、ケッセルリンクが比較的に魔王城に近い。監視する為だろうか? 逆にケイブリスは魔王城の更に向こう側、裏手の方を任されている。遠ざけられている様な感じだ。カミーラは山脈側。アイゼル等の一部魔人は不明だが、国境付近の大きな領域は黒部とラ・バスワルドの遊び場らしい。

 

「魔王城へと接近するには必然的に、何度か魔人が襲い掛かってくる領地を突破する必要があります」

 

「領地から出てこないのか、出てこれないのか。どっちにしろ最悪を想定した場合、捻り出せる全ての戦力を出して、それを領地へと此方から攻め入らせて……」

 

「時間稼ぎをしている間に決戦部隊で魔王を討つ。それしかないでしょう。ですがそれを行うには最低限、魔人黒部か魔人ラ・バスワルドに対処する必要があります」

 

「片方だけならJAPAN軍で引き受けられる」

 

「ふむ……」

 

 魔人ブリティシュによる救援を期待する程、俺は楽観しない。自分の持てる手札でどうにかする事を考えなくてはならない。まだまだ報告は続くも、

 

 今、自分が持てる手札と情報でどうやって魔軍に対処するか―――次に起こす作戦行動を考えなくてはならない。




 蜘蛛、異世界、アリスソフトと言えば……?

 魔軍は確かにやばいけど、人類にも結構やばい奴は居る。問題はこれだけやばい奴を揃えても、Lv3が居ないとそれでも辛いという話なのだ。最適解で行動しないと死んで行く。

 良く考えるとCP周回して集めなきゃランス君でも勝てないし当然だよね。


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981年 作戦フェイズ

「ラ・バスワルドから対処するか」

 

「正気っすか」

 

「いつ誰が俺が正気だって保証したんだよ?」

 

「自分から狂気を証明していくストロングスタイル……!」

 

 司令部、作戦室に【撃滅隊】の面子を集め、何をするのかを口にした。軍師のレビンは眼鏡の位置を調整しつつ、此方へと説明を求めるように視線を向けてきている。表情からして理由自体は解っているだろうが、納得の為に此方からの説明を要求している、という表情だ。まぁ、愚民に求められちゃったらウル様、ちょっと張り切って説明しちゃおうかなぁ! って気持ちにはなる。ほら、ウル様だし。まぁ、それはともかく、作戦室での話はとても簡単だ。

 

「アレ、うざい。落とさないと前線から踏み込むルート確保出来ねぇ」

 

「まぁ……それに尽きますよね……」

 

 滅茶苦茶簡単な話だ―――あの女神が存在する限り、魔王領への侵入ルートが存在しないという事実だ。全てはそれに尽きる。

 

「ここから国境までに軍隊を動かすとなるとそれなりの距離と時間を必要としますからね。その間に察知されるのも、邪魔されるのも問題ですからね」

 

「うむ。アレ邪魔だわ」

 

 ラ・バスワルドに張られている限り、此方は魔王領に対する大規模な軍事行動を取る事が出来ない。まぁ、満ち潮を待って海からルートも悪くないんだが―――そっちルートの場合、ケイブリスを相手にする必要がある。ジルめ、間違いなく俺がそれを嫌がるのを察してケイブリスを配置しているだろう。となると正面だ、正面以外道はない。ラ・バスワルドを倒して、前線基地を構築する。

 

 そこから黒部を突破し、ルートを確保する。これしかない。問題は簡単だ。

 

「バスワルドとの戦闘経験はねぇぜ。カムイの勇者をフルスペックで運用できねぇ」

 

「すみません……」

 

「気にするな。一回当たれば問題ねぇ」

 

 カムイの頭を撫でる。勇者になってから2年が経過し、今では15歳となった。地球であれば中学生とも呼べる年齢だ。このククルでも、戦場にぎりぎり出る事の出来る年齢になっている。15歳にもなると、トレーニングの成果が体に見え始め、まだ若さのある中に逞しさを感じる様になる。この少年も戦場に出て、一緒に戦う仲間の死を感じ取り、敵を殺し、そしてそれでも明日へと向かって行く事を経験した、勇者へと成長している。

 

 うん、可愛いもんだと思う、皆。

 

「そ、その、頭を撫でて貰うのは嬉しいんですけど、恥ずかしいと言いますか……」

 

「がっはっはっはっは! 遠慮なく撫でられろ撫でられろ!」

 

「哀れな……」

 

「同情するわ」

 

 まだ若いから子供らしく扱えばいいと思うんだけどなー。まぁ、1000歳にもなってない奴は大体子供に見えるんだが。それはともかく、勇者特性は初見の攻撃に対しては効果を発揮しないという弱点が地味に存在している。よって奇襲で殺す事も一応は可能だったりする。そしてラ・バスワルドは今の所()()()()()()()()()()()()()()()()()という驚異の魔人なのだ。彼女が破壊した、というのが解るのは緑と黄金の光が現場を喰らい尽くした痕跡が残っているからと、遠くからでもその極光を確認する事が出来るからだ。滅茶苦茶解りやすく破壊しているから解るのだが……だからといって、具体的な戦闘手段が解る物でもない。

 

 俺も1回だけぶつかった事はあるが、あれは逃げるだけだったし。

 

「―――魔人ラ・バスワルドか」

 

 壁の華として今まで沈黙を守っていたガイが口を開く。そこにハンティが視線を向けた。

 

「そいやアンタの元同僚だったよな。どうなの、魔人ラ・バスワルドってのは」

 

「そうだな……体だけなら最高なんだけど中身がまるで―――こほんこほん、失礼。俺の率直な意見をだな―――ごほんっ、失礼ッ!!」

 

 ガイの一人漫才を全員で眺め、しばし無言で見つめる。少し恥ずかしそうにガイが視線をそらし、こめかみを指先で叩きながら何やら魔法を使っているのが解る。無理矢理バッド・ガイの方を抑え込んでいるのだろう。本当にフリーダムだよなぁ、あっちの方は。自分は割と嫌いじゃない。

 

「……魔人ラ・バスワルドは元は神だった……その事に関してはそっちの方が知っているだろうし、経歴等に関しては省こう。元が元だっただけにラ・バスワルドにはすさまじいまでの破壊の力が備わっている。ジルが与えた仮想人格、今は一つの人格として完全に馴染んだそれは()()()()()()()()だ」

 

「人格が?」

 

 隊員の質問にガイが頷いた。

 

「ラ・バスワルドは元々魔王よりも恐ろしいほどに強い存在だった。そして魔血魂を与えられ、魔人となった事で()()()()()()()()()()()()()だ。それによって今のバスワルドは準魔王級の能力しか保有していない。いや、純粋な破壊という側面においてはある種バスワルドの方が上かもしれないな」

 

「元が二級神だからなぁ、アイツ……」

 

 つまり元は魔王にやや負ける程度でほぼ同格なのだ。そりゃあ強いに決まっている。しかも二級神は一級神の一個下のランクになる。一級神になると生物による討伐は不可能なラインになるのだから、それに準ずる存在になっているのが二級神でもある。弱いわけがない。

 

「ラ・バスワルドは日常的にはどう表現するかと言えば……うむ……なんだ……」

 

 ガイが困ったような表情を浮かべている。中々珍しい光景だった。

 

「どうしたんだ魔人の旦那?」

 

「いや……元同僚の名誉を守るべきかどうかを考えてな……」

 

 魔王城でぶっ倒れていたラ・バスワルドの姿を思いだし、俺も片手で顔を塞ぐ。昔、死国で見かけた時は間違いなく格好良かったんだけどなぁ、あの子……。想い出とは何時だって汚れるものだろうか。まぁ、ゴーサインをガイに出しておく。それを受け取ったガイは解った、と頷いておく。

 

「ラ・バスワルドは―――」

 

「は?」

 

 返ってくる言葉にガイは一瞬だけ、言葉を溜め、

 

「―――馬鹿だ」

 

「馬鹿」

 

「あぁ……それ以外に形容する言葉が見つからない」

 

 ガイが本当に困った顔をしていた。

 

「服を着るのは面倒だと全裸で徘徊する」

 

「全裸」

 

「そして裸を見られると逆上する」

 

「逆ギレ」

 

「そしてなんで服を着てないんだと頭を悩ませる」

 

「魔、人……?」

 

 それ以外にもガイの口からラ・バスワルドの残念エピソードが出て来る。下戸の癖に酒に挑戦してしばらく寝込む。魔王城で迷子になって泣いている姿を発見される。何もない所で転んだらそれを敵の攻撃だと思って魔王城を半壊させた。

 

 誰かがそれを名付けた。

 

 ポンコツ破壊魔人ラ・バスワルド。

 

「……居るのね、魔人にも徹底してダメな奴って」

 

 ガイがその言葉に深く頷く。だがそれで話が終わる訳ではない。事実、自分たちは既に知っている筈だ。ラ・バスワルドという破壊神が巻き起こした数々の破壊の痕跡を。ポンコツなだけだよ、で終わってくれないのが実に面倒な話である。だからガイが、そこからは真面目に話を続けた。

 

「だが魔人の名は偽りではないし、破壊という面だけに於いて最強という言葉も間違っていない。ラ・バスワルドには()()()()()()()

 

「スイッチ?」

 

「あぁ……自身に対する害意や多大なストレスを感知すると()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というものだ。つまりはジルが植え付けた人格を一旦眠らせる事でセーフティを外しているという事になる。本来の破壊の神として対象を完全に消し去るまで止まらなくなる。そしてラ・バスワルドがこれに失敗した事は今まで、一度もない―――だからアイツ、今も地味に処女の筈なんだよな」

 

「成程なぁ」

 

 ガイが一人漫才を始めるのを眺めながら、納得する。ラ・バスワルドの人格のオンオフを切り替える事によって、ジルはラ・バスワルドを戦闘では制御しているのだろう。ジルの事だろうから、あえてラ・バスワルドにポンコツ的な人格を植え付けている可能性もある。仮想人格を魔法で―――AI理論だろうか?

 

 そう言えば昔、魔道具にAIを搭載する事で動きを半自動化する研究を口にしたことがあった。

 

 ……アレがラ・バスワルドの人格構築に運用されたのだろうか?

 

「ごほん……ラ・バスワルドが本気を出すと()()()()()()()()()()()だろうな。彼女が操る力とはそういう類だ。生物の強度なんて関係なく、ただ単純に破壊して消し去るだけ。そういう存在だ」

 

「逆に言えばそのスイッチってのが入る前に殺しゃあいい、って事か」

 

「そういう事だ」

 

 ガイが頷くがそれ、そこまで簡単な話じゃないだろう、とも思う。スイッチは恐らく条件を満たせば自動的に入るものだろうと思う。攻撃すればそれに即座に反応して攻撃してくる可能性が高い。となると暗殺か奇襲も―――あぁ、対策されていそうで怖い部分がある。となるとこれは、もう、

 

「……一応、ラ・バスワルドの破壊の力が光属性由来の力ですので、なのでウル様の《UL体質》でラ・バスワルド相手に正面から戦うという手もあります」

 

「この場合、範囲広げて守るのに集中するから俺は手を出せないけどな」

 

 《UL体質》は極まった個人の体質だ。つまり俺もドラゴンという理不尽な生物としてのステージを登っている、という事の証でもある。ドラゴンとしての光と重力を操る力、それが成長した結果、光と重力に関する攻撃、干渉を自分の意思でシャットアウト出来るというものだ。それを魔法を使って生体力場として拡張する事で広範囲を《UL体質》でカバーする事が出来る。つまり、味方も《白色破壊光線》や《AL大魔法》から守る事が出来る。

 

 こうすれば破壊光や神光から仲間を守る事が出来る。

 

「とれる作戦は二種ですね―――ラ・バスワルド相手に奇襲してそこで仕留める。もしくは正面から我々で倒すか……」

 

 ガイの方へと視線を向ける。それを受けたガイは頭を横に振る。

 

「どちらも等しく難易度は高い。だがラ・バスワルドを倒す事はどこかでぶつからなければならない事でもある。その事を考えたら早いか遅いかだ―――何時も通り、私はお前の指示に従う」

 

 ガイが判断に困る様な事を言う。そしてすぐ横には目を輝かせながら任せてください、と言わんばかりの勇者が見える。室内の他の勇士達も、此方の判断を待っている様に見える。うーん、と黒腕を生やし、それで腕を組みながら考える。とれるルートは二つ、奇襲か正面突破か。奇襲する事に成功すればそのまま黒部まで殴りに行ける余裕がありそうだなぁ、と思える。でも魔人の撃破は間違いなく相手を警戒させる要素でもあるし、

 

 悩みどころではある。だがどれで判断するかと言えば、

 

ルート ラ・バスワルドを奇襲して倒す

 

ルート ラ・バスワルドを正面から倒す

 

「―――良し、正面から倒すか」

 

 決断を下した。ガイの話を聞く限り、今のラ・バスワルドは昔程ではないものの、それでも十分に脅威と言える性能をしている。神だった片鱗を引き継いでいるようだし―――このまま、奇襲したところで本当にそのまま殺せるか怪しい。だとしたら正面から戦って、勇者に経験値を積ませて、その上で撃破するのが最も勝算のあるやり方ではないのだろうか、と判断する。

 

 奇襲という戦術も、ハマる時にはハマるのだ。ただしラ・バスワルドという相手を考えると、消滅バリアみたいなのを張っていてもおかしくはない様に感じるんだよなぁ、と思う。その場合、なすすべもなくカウンターで消し飛ばされるというか。

 

 まぁ、そんな未来が見えたというか。

 

 【鬼畜王】であればラ・バスワルドは魔人化の影響で弱体化している為、まだ倒せたのだが―――それが此方でも通じるかどうかは解らないのだ。

 

 ジルが大きく動いた結果、既に本来の世界とは大きくその行方を変えているのだから。もはや【ひつじNOTE】を眺めるだけで解決方法を見出せるわけではなくなってしまった。まだ確かにこれらのメタを通した知識は通じるが、それでも今、ジルは明確にそれらの知識が通じない様な相手を使って攻めている。そして知識が通じる相手を、此方からメタを張れる相手を温存している。

 

 やや不安は残るが、それでもやらなくてはならない事なのだ。

 

 なら決断して、行動するまでだ。

 

「うっし! それじゃあお前ら出立の準備だ! まずはラ・バスワルドを釣り上げるぞ!」

 

「良し来た!」

 

「さて、それじゃ道具の準備でもしようかしら」

 

「相手は元神の魔人か。へへ、こりゃ期待できそうだな」

 

「光……なら闇属性が通りそうか? 色々と用意してみるか……」

 

 【撃滅隊】の面々が準備に入るのを確認しつつ、此方も軽く息を吐く。ラ・バスワルドの事を考えつつも、思い出すのは前にジルが零した言葉だった。

 

「……予行演習……予行演習、か」

 

 これではまるで【魔人討伐隊】の様だな、と誰にも聞こえないように呟きながら魔人ラ・バスワルドを攻略する為の行動を始める。




 という訳で正史には存在しなかった最上級魔人、ラ・バスワルドと戦おう。

 サイゼル体質を持ってるぞ! ハウゼル体質も持ってるぞ! 神のパワーもあるぞ! 魔人パワーもあるぞ!

 ぼくのかんがえたさいきょうの魔人とも言えなくもない。


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981年 国境解放作戦

 ククル・魔王領国境付近。

 

 そこに【撃滅隊】の面子だけで集まっていた。とはいえ、ここに居ないメンバーもいる。ハンティ、そして堕天使たちがそうだ。ククルには今、魔人が潜伏している可能性がある為、報告があった場合時間を止めて移動出来るハンティの存在と、魔人を殺す事の出来る神魔枠の堕天使の存在が非常に重要である。その為、ハンティと堕天使の組み合わせは迎撃戦力として都市に残してきた。それとマギーホアを抜いた面子で今は来ている。無論、これで攻略するつもりでもある。というか出来なきゃこの先が辛い。まぁ、とりあえず、国境までやってきた。

 

 ここは度重なる衝突によって大地が死んで、荒廃化が進んでいる場所でもある。戦いが終わったら緑化計画を進めたい所でもある、リーザスも含めて。とはいえ、今はそんな事をしているだけの余裕もない。まるでスプーンで抉り抜いたような綺麗なクレーターがそこら辺に存在しているのだ。それがラ・バスワルドによる破壊の痕跡だと思うと、ぞっとしない。元々はここには構築されていた最前線基地や陣地が存在していたのだが、

 

「これが全部魔人一人の手によって、か」

 

「どちらかと言えば黒部とラ・バスワルドが特殊な方だ。個人で軍団を丸ごと消滅させられるのは魔軍全体の中でも稀な素養だ」

 

「ワン・マン・アーミー、って奴ね?」

 

 ガイがその言葉に頷いた。個人で軍団規模の作戦を起こせる存在の事だ。突き抜けた個人としての強さではなく、その影響力や範囲が軍団クラスであるという話をしているのだ。ぶっちゃければ、魔人が個人で軍隊を相手にするのは不可能ではない。《無敵結界》があるのだから一回の攻撃で数十人殺し続ければいつかは全滅するだろう。だけどそれとは違い、数百や数千人と同時に戦える素質を持っている、という話だ。

 

 どちらにしろ、厄介な話だ。

 

「だけど片付ければ間違いなく此方に大きく戦況が傾く―――絶対に成し遂げなきゃならねぇことだ」

 

「そうっすね。じゃないと勝ち目がないっすからね」

 

 前線への侵入ルートを確保する為に、基地を作成する必要はある。それを邪魔するラ・バスワルドからまずは消えて貰おう。とはいえ元が二級神、舐めてかかれる相手ではない。此方の面々も、全力で戦えるように装備や道具のチェックは行ってあるし、何時戦闘を行っても問題はない。後は問題児の魔人を呼び出すだけだ。

 

 呼び出すだけ。

 

 ……うん?

 

 腕で胸を持ち上げつつ、首を傾げる。

 

「おいマテ、どうやってバスワルドちゃん呼び出すんだこれ」

 

「おい、姐御」

 

「いやぁ、待て、ガイ君がきっといい案を出してくれるに違いない―――違いないよなぁ……?」

 

「ウル様? ぬいぐるみを押し付けながら威圧するのは良くないと思うの」

 

 ルドぐるみの顔面をガイへと押し付けながらはよ案を出せやと威圧するが、ガイの方は困った様子を浮かべ、視界の端で見切れながらマッハが羨ましそうな表情でもふもふ威圧をされているガイを見ていた。お前にくれてやるのは叩き込む一撃だけだかんな。ガイが滅茶苦茶迷惑そうに顔面にルドぐるみを押し付けられながら口を開く。

 

「そうだなわふっ、ラ・バスワルドの事だかんふっ、きっともふっ、呼び出せばわふっ……喋り辛いわっ!」

 

 キレたガイがルドぐるみを奪ってそれを魔人の膂力で全力で最前線の向こう側へと音速で投擲してしまい、一瞬で人外の速度へと到達したルドラサウム人形君は地平線の向こう側へと消えていった。それを目撃したマッハが凄まじい速度で追いかけ始める。片腕を伸ばしながら空の彼方へと消え去ってしまったルドぐるみを嘆こうかと思って、

 

「そういや召喚魔法に登録してるから呼び寄せられるわ」

 

 話を進める前にマイ・フェイバリット・メインウェポンを呼び出す。

 

 そして召喚されてきた。何時も通り白く、もふもふで、愛嬌のある顔立ちのルドぐるみ。

 

 そしてそれに顔がめり込んでいる黄金の神々しい神光を放つ魔人女神の姿が。

 

「―――」

 

「―――」

 

 顔面がルドぐるみの顔面に叩き込まれているラ・バスワルド……じゃないといいなぁ、と思える存在は顔面がルドぐるみに叩き込まれた状態で完全にショートしており、動きを停止していた。

 

 視線をガイへと向ければ、ガイが滅茶苦茶焦った様子で頭を横に振った。

 

「俺は悪くない。悪いのは【俺】の方だって」

 

「善ガイさんでも逃げる事あるんですね……」

 

「お前ら結構勘違いしているけどガイはどっちも結構愉快だぞ。人前にそれを出すのが苦手なだけで。あ、こら、儂を削るのは止めなさい、こら」

 

 ガイが無言でカオスを削りにかかっているが、徐々にラ・バスワルドが覚醒しつつある。少しだけルドぐるみ越しに動く気配を感じるので、素早く辺りを見渡し、顔面にルドぐるみが叩き込まれているラ・バスワルドの姿を見た。起動していない? 起動していない。JAPANの時の様なロジックエラーなのだろうか? いや、どちらにしろ、とりあえずは、戦闘準備する様に黒腕を生やしながら合図を送れば、素早く事前に盛れるだけの支援を行い始めた。背後から《怪力モルルン》や《重加算衝撃》等が連射発動しているのを聞きつつ、

 

 顔面をルドぐるみに埋めている姿に耳を傾けた。

 

「ふぁぁー……もふもふぅ……あぁー……」

 

「ALICEと同じ事になってる……」

 

 やや蕩け切った表情でルドぐるみに埋もれていた。ほんと女神達はルドぐるみが好きだよなぁ、と思うも、ALICEという言葉に反応して勢いよくラ・バスワルドが顔を上げた。

 

「誰が陰湿我儘拷問キチガイ(ALICE)よ!」

 

「あまりにも酷い」

 

 今頃天上ではALICEが発言を聞いてぷんぷんと怒っているんじゃないだろうか。それだけの人間性あったっけ? まぁ、考えない方がいいか。そう思っているとラ・バスワルドが顔を持ち上げ、周囲を見渡し、ガイの存在を視線に捉えた。ガイがしまった、という感じの表情を浮かべている。お前、実は逃げる事を考えてたな?

 

「あ、ガイじゃない。久しぶりにあったわね! 貴方が魔王城から消えたせいで誰も廊下で行き倒れる私を拾わなくなってしまったじゃない!」

 

「ガイ君優しすぎでは」

 

「……倒れたままにしておくと魔王城が崩壊する時があるからな」

 

 苦渋の決断をする様な表情で、ガイが言葉を吐き出していた。あぁ、うん、魔王城に普段から居るせいか、どうやらラ・バスワルドの担当というか、面倒を見させられていたのかもしれない。流石にこの元魔人筆頭の存在が憐れになってくるが、とりあえず、ちょいちょい、とガイを片手で手招きしつつ、ラ・バスワルドにルドぐるみを押し付ける。それを受け取ったラ・バスワルドが首を傾げつつも、ルドぐるみを一瞬で気に入ったのか、その魔性の心地よさに一瞬で魅了された。その間に大体察した隊の面子が事前に支援魔法等を使い始める。

 

「はーい、ちょっとチクっとしますよー」

 

「あ? え、うん……痛っ」

 

「……壊せたな」

 

「嘘ぉん」

 

 ルドぐるみを持たせている間にガイがカオスの切っ先をぐさり、とラ・バスワルドに突き刺して、《無敵結界》を破壊した。その破壊を全員が見届け、そしてルドぐるみを抱いたまま、ラ・バスワルドが見届け、ルドぐるみの心地よさに溺れていた状態から一瞬で現実に戻った。

 

そう言えば貴方離反魔人じゃない!! 敵じゃない!!

 

「今頃気付いたのか……」

 

ポンコツ魔人の名に偽りはなし……と、戦闘始まるぞぉ―――!」

 

「この流れで戦闘に入るのかぁ……」

 

「……まぁ、戦えるってだけまだマシなんじゃないかしら」

 

 ルドぐるみを素早くラ・バスワルドから回収すると、名残惜し気な表情をラ・バスワルドが向けてくるが、メインウェポンなので流石に渡すわけにはいかない。ラ・バスワルドから素早く攻撃に巻き込まれない様に距離を取れば、ラ・バスワルドも素早く、というかやや焦る様に此方から離れ、僅かに浮かび上がった。神々しい神光を輝かせながら、昔目撃したラ・バスワルドとは違い、人間らしい感情の塊を保有する、人間らしい女神に今は見えていた。

 

 浮かび上がった事で頭のポニーテールを揺らしつつ、左右で色の違う瞳に焦りを浮かべつつ、口を開く。

 

「ふ、ふん! よくも私を出し抜いたわね! 未熟で! 駄目駄目なメインプレイヤーとしてはよく頑張ったって褒めてあげるわ! まさか私が仕事をさぼって昼寝をしている所を連れ出すなんて……!」

 

 ガイへと視線を向けるが、ガイは片手で顔を覆っていた。昔からこんな感じだったらしい。そりゃガイも難しい表情をするのも解る。ラ・サイゼルとラ・ハウゼルのポンコツ要素だけを抽出した上でツン度を濃縮して注ぎ込んだような性格をしている。今更ながらひっでぇもんだな、としか言えなかった。

 

 自分も戦闘に備え、後ろへと下がり、隊に合流する。合わせラ・バスワルドも虚空から自分の両側に女性の石像の様なオブジェを召喚する。それが更に変形し―――姿を変えて、二つの魔銃―――というよりはもはや砲に近い武器へと姿を変化させた。ラ・サイゼルとラ・ハウゼルが保有する武器、魔銃タワーオブファイヤーと魔銃クールゴーデス、それのラ・バスワルド版だろうか。自分の知識にあるラ・バスワルドとはやや違う……が、ここで止められる訳でもない。

 

 黒腕を生やし、両手を組み合わせて印を結び、それで魔法を発動させる。自分の体質を魔法によって拡散させ、一種の結界の様に空間に展開する事で、光属性の無効化を隊の仲間たちと共有する。

 

 二属性の魔砲を浮かべ、自身も浮かび上がったラ・バスワルドは光を纏った状態で見下してくる。

 

「いいわ―――これもなんかの縁よ。他の有象無象みたいに跡形もなく消し飛ばしてあげるわ!」

 

「来るぞ!」

 

 戦う前まではぽんこつだったが―――戦闘の気配が始まれば、その気配は破壊神の名に相応しいものに変質した。

 

 人間一人を跡形もなく消し飛ばすにはあまりにも十分すぎる、生物最高峰の火力を、破壊力、殺傷力をもって―――破壊魔人ラ・バスワルドが立ちふさがった。

 

魔人ラ・バスワルド

 

支援配置

 

神光
鼓舞

ハウゼル体質
魔法陣4/4

サイゼル体質
軍師効果6/6

クールゴーデス
力溜め3/3

タワーオブファイヤー

飛行状態
魔法バリア4

【魔剣カオス】

《UL体質》

 

「ねぇ、待って、どんだけ準備しているの貴方達!? 流石に卑怯じゃない!? 話している間に準備するなんて卑怯じゃない!?」

 

「だが問答無用……!」

 

ルート ラ・バスワルドを倒す

 

ルート 一定時間の経過

 

 会話している間に容赦なくバフを積み続けた此方に対してラ・バスワルドが批判の声を上げるが、それをガン無視して戦闘が開始される。光による攻撃を無効化する為に一切動けない此方の代わりに、剛槍の戦士が一瞬で一番槍を奪う様に飛び出した。それに連携する様に動くのは弓を持ったJAPANの武士であり、槍が飛び出すのと同じ速度で矢を射る。一瞬で顔面に到達した矢はラ・バスワルドの眉間に衝突して弾かれ、ほぼ同時に到達した槍が飛行状態のラ・バスワルドを穿った。

 

 槍の切っ先がラ・バスワルドに突き刺さらない。

 

 純粋にラ・バスワルドの生物としてのスペックがメインプレイヤーを超越しているだけだ。《無敵結界》なんて存在しなくても、女神の神体というだけでラ・バスワルドは多くの生物を超越するだけの能力を兼ね備えている。故にラ・バスワルドが攻撃が刺さらないのを確認する前に、

 

「そ―――らよっ!」

 

「きゃっ!? ちょっと!」

 

 槍を服の一部に引っ掛け、それで地上に引きずり落とす様に振り抜いた。ラ・バスワルドの飛行が一瞬で奪われ、その姿が地上へと叩き落される。そしてそれを待ち構えていたように《黒色破壊光線》が地上を薙ぎ払った。

 

「危ないじゃない!」

 

 ラ・バスワルドが片手を突き出し、闇魔法を無効化する結界を張り出した。それによって《黒色破壊光線》が無効化された。だがその破界そのものが目くらましとなり、足の速い隊員が既に動いている。ラ・バスワルドが手を前に突き出すようにしているポーズ、

 

 その背後に、両側からガイとカムイがカオスとエスクードソードを片手で振り上げていた。それをラ・バスワルドが察し、姿が一瞬だけ消失し、ガイとカムイの背後へと再出現する。

 

 《瞬間移動》だった。

 

 神である事を考えれば、出来ても不思議ではない。そしてがら空きの二人の背後へと向けて、魔砲の砲口が向けられる。だがそれに到達していたシーフがダートを投擲している。手裏剣の様に妨害目的で放たれたそれは一瞬でクールゴーデスとタワーオブファイヤーの砲口を弾いて射線を変更させ、

 

 直後、放たれた砲撃があらぬ方向へと突き進んだ。《ゼットン》と《絶対零度》の砲撃はそのまま一直線に大地を薙ぎ払いながら引き裂き、生み出した大地の破壊の中身を炎か氷で埋め尽くした。そして氷が壁となってそのまま遮蔽物へと変化する。だが《瞬間移動》からの奇襲は完全に今、防ぎ切った。

 

 それに動きが連続で続く。事前情報からハウゼル体質サイゼル体質の話は通っている。光魔法はラ・バスワルドの属性である為に除外、闇は無効化を張れる為使用を禁ずる。その上で残された属性は雷。故にラ・バスワルドの攻撃後の硬直を狙う様に《Lレーザー》や《雷神雷光》が一瞬で雨の様に降り注いだ。

 

「ちょっ、危ないじゃない!」

 

「うーん、この……」

 

 ラ・バスワルドが回避しようとするも、それをガイがカオスで斬りかかり、押し込み、諸共魔法を体で受け止める。だが《無敵結界》が働くガイに関しては、味方からの誤射によるダメージは一切発生しない為、そのまま味方の魔法を諸共受け止めながらラ・バスワルドの《瞬間移動》かテレポートか、それらによる移動を封じた。

 

 そしてそのまま、魔法が叩き込まれる。

 

「えぇい! めんどくさい!」

 

 それらを薙ぎ払う様にラ・バスワルドが腕を振るう。光の斬撃が広範囲に大地を破壊しながら振るわれ、それが大地をその形そのままに消し去る。だがそれは隊を薙ぎ払った所で、人間を消滅させるほどの威力を見せない。だがそれでも強すぎる力がある程度の防護を突破する。薙ぎ払い、その衝撃は発生し、一部の隊員を強制的にダウンに追い込む。

 

 ()()()()のだ。

 

 結界として広げた体質では完全な相殺には至らない。何人かがダウンするが、それでも戦闘が続行される。放たれる弓による極射がラ・バスワルドに衝突した。それがラ・バスワルドの動きを後ろへと弾きながら一瞬だけ停止し、虚空から残像もなく出現するシーフのダート投擲が次の行動を封じる。そしてそこにガイとカムイが斬撃を通した。ラ・バスワルドの防護、服装を切り裂きカオスとエスクードソードが肉を断つ。

 

 ラ・バスワルドの体から鮮血が溢れ出す。

 

 押せている―――今は。

 

 そう思いながら対破局崩壊に備えて結界を維持し続ける。鮮血を流し始めるラ・バスワルドの瞳から人間性の色が薄れていく。タワーオブファイヤーとクールゴーデスが自動照準と自動砲撃で連続攻撃を仕掛けて来る。それを《魔法バリア》で即座に防ぎながら、

 

 潜り抜けた人類勇士に光の薙ぎが放たれる。

 

「次は俺の番だな―――ぐおぉっっ!!」

 

 それに盾になる様に仲間が飛び込み、根元からヒットを喰らい、弾き飛ばされながらダウンするが、後続へのダメージを軽減する。体質が無ければ光っただけで全滅してもおかしくはない敵、だがそこには違和感があった。

 

 ラ・バスワルドがまだ、人間性を保っている。

 

 いや、人格がまだ残っている。

 

 ガイの話が正しければ、ラ・バスワルドは戦闘が始まれば人格を失った、殲滅兵器として起動する筈だった。なのにそのモードにラ・バスワルドは突入せず、自分の意思で戦い続けていた。その僅かな違和感を抱える中で、

 

 ラ・バスワルドの周囲に緑色の光が溢れ出した。

 

もう、全部跡形もなく吹き飛ばしてやる……!

 

「っ! 総員退避! 撤退ッッ!!」

 

 素早く軍師からの言葉が飛び出してくる。それに従い攻勢に移っていた隊員が全員下がりながら逃亡を開始する為に走り出し、それに合わせ自分だけが逆走する。すれ違う軍師が言葉を呟く。

 

「すみません、抑えをお願いします!」

 

「任せろ。俺一人だったら間違いなく死にはしないしな」

 

 素早く言葉を交わしながら真っ直ぐラ・バスワルドの懐へと飛び込み、その姿を掴み、

 

 直後、緑光が溢れ出した。

 

 周辺の全てを飲み込んで消滅、分解させる緑光が溢れ出し―――その破壊力のすべてが、あらゆる存在を吹き飛ばした。




 超ポンコツ破壊神ラ・バスワルドちゃん。鬼畜王だと緑色の光ぽわぽわしてたよね、という。個人的にバスワルドちゃんのデザインはなんというか、完全にドストライクなんじゃが……なんじゃが……。

 二枚抜きルートだとここで殺害する必要があった。方法? ハンティと堕天使連れてこい。

 という訳で次回も引き続き国境確保、ラ・バスワルド攻略。


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981年 国境解放作戦

 全身を打ち付けられたような痛みと共に目が覚めた。片手で頭を押さえながらうーん、と声を零しつつ上半身を持ち上げる。押さえる頭には包帯の感触がある。その下にある傷はもう塞がっているようで、僅かな幻痛だけ残して徐々に痛みが消えていく。引きちぎった包帯を捨てながら寝かされていた簡易ベッドの上から起き上がり、背筋を伸ばして体を動かす。拳を結んでは開いて、体の感覚におかしい所がないのを確認した。ちゃんと体全体に感覚は通っている。

 

 良し―――戦闘続行可能。

 

 自分が収容されていた天幕の外へと出る。まだ陽は高く、明るい青空が彼方まで澄み渡っているのが見える。緑地に建設されているククル側の防衛陣地に今はどうやらいるようで、周囲にはテントや構築された防壁等が見える。大地が荒れ果てていない為、国境付近から離れたのは解ったが、状況がどんなものかは解らない。

 

「パンドラ?」

 

「はい、此方に。起きたのですね」

 

「おう」

 

 名前を呼べば直ぐに隊員が出てくる。《シーフ》と《忍者》って結構似ている技能だよなぁ……なんて事を考えつつ、現在の状況の説明をパンドラに求める。シーフ、というよりはゴシックな怪盗の様な服装に身を包んでいる彼女はシルクハットを片手で押さえつつ、では説明しますね、と声を続けた。

 

「ラ・バスワルドの放った緑光に私達は飲まれましたが、ウル様がその大半を受け止めてくれたおかげで吹き飛ばされてダウンする程度で被害は済みました。額が少し切れる以外のダメージがウル様にも見えませんでしたが、ダウンした者が多いので一旦撤退、国境から一番近い第6防衛陣地にまで下がって、現在は戦闘で受けたダメージの治療と補給を行っている最中です」

 

「お疲れ様。レビンは?」

 

「案内しますね」

 

 周りに待機している兵士や戦士たちも此方に気付くと敬礼を取ってくるため、片手でいい、と職務に戻しながら先導するパンドラに従い、陣地を進んで行き、【撃滅隊】の面々の集まる天幕まで移動した。中に入った所で視線が此方へと向けられるので、何かを言われる前に此方から口を開いた。

 

「いやぁ、まさかあそこまでどうしようもねぇとは思いもしなかったわ! 失敗したなぁ!」

 

「はっはっは、アレはしゃーねーわ姐御」

 

 此方の言葉に釣られる様に笑い声が返って来て、それで室内の空気が少しだけ、抜けた。何時も通りの、真面目だがどことなく緩い気配に戻る。掴みはオーケイだった。ここら辺の空気の入れ替え方にも、だいぶ慣れてしまったなぁ……と思いつつ、視線を端の方に居るガイへと向けてから、軍師のレビンへと向けた。

 

「うっし―――じゃ、反省会しつつ突破方法を考えようか。レビン、纏め頼む」

 

「拝承です」

 

 此方の指示にレビンが従い、ミニチュアのデフォルメラ・バスワルド人形をテント中央の小さなテーブルの上に乗せた。眼鏡の位置を調整しつつさて、と声を零した。

 

「私達の作戦自体は悪くありませんでした。ラ・バスワルドとの戦いは恐らく時間との勝負です。彼女が本気を出す前に此方がどれだけ彼女を追い詰められるか……短期決戦で素早く仕留める事に勝機がある様に思えます。魔人ガイの話を聞く限り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()様なので」

 

 その言葉にガイが頷いた。

 

「魔人は根本的に《無敵結界》と魔人である、という事実だけでどこか、心に余裕を常に抱いている。あのケッセルリンクでさえ《無敵結界》を張り直せばいいのだから、と常に心に余裕を持っている。それを信じずにいるのはケイブリスぐらいだ」

 

 ガイの言葉を受け、レビンが話を続けた。

 

「……という訳ですので、ラ・バスワルドとの先ほどの戦い、失敗点は最初から一気に押し切らなかった事です。余力を考えずに一気に押し切る。恐らくそれがあの魔人を倒す上での最上なのですが……少々、気になる事もあります」

 

 レビンはそう告げるとラ・バスワルドのミニチュアの横に【破壊神モード】と書かれたタグを置いた。

 

「魔人ガイの話が本当であれば、魔人ラ・バスワルドは我々との交戦に入った時から人格を失い、破壊神モードとなって襲い掛かってくる筈です。害意、敵意、殺意等に反応するオートモードであれば間違いなく我々の行動に反応して迎撃して来る筈でしたが―――」

 

「バスワルドちゃんは破壊神にならなかった。そのままのポンコツ魔人として力を振るってきた」

 

「はい」

 

 レビンの言葉に同意する。それが戦闘中、自分がラ・バスワルドに抱いた違和感だった。明らかにおかしいのだ。あのラ・バスワルドの人格では()()()()()()()()()()()()()()()に、ジルはラ・バスワルドにあんなにもポンコツな人格を植え付けた。ラ・バスワルドが破壊の女神として稼働しているのであれば、正直な話絶望的だ。付け入る隙が純粋なレベル差と暴力でしか対応するしか方法がないだろうと思う。だがラ・バスワルドが破壊の女神とならないのであれば、対処法はぶっちゃけ、かなり簡単に生み出されてくるのだ。

 

 魔人は根本的に自分が上位者だと思って慢心する。《無敵結界》があるからダメージを喰らう事さえも想定しない奴が居る。だからこそ、魔人には付け入る隙があるのだ。そしてラ・バスワルドが人格を失えば、心理的な隙は全て消え去るだろう。魔人戦に対してそれが最大の勝機だと表現しても良い。だけどそれを放棄している。ラ・バスワルドは殺されそうな戦闘の中でも、人格を失う事なく戦い続けていた。

 

 これでは事前の話と全く違う。

 

 いや、逆に楽になったと言えるのだ。

 

 だがこれでは逆に疑問が増える。

 

 ―――なぜ?

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()? というジルに対する疑問だ。

 

「私も……少々これに関しては驚いている」

 

 ガイが少し、悩む様に言葉を放つ。

 

「私が魔王城に居た頃は間違いなくラ・バスワルドはそういう風に出来ていた。彼女に対する敵意、害意、殺意の類に彼女は()()()()()()()()()()()。故に眠った所を襲っても自動的に迎撃に入る。倒れているバスワルドを犯そうとして付近諸共消し去られた魔物兵はそれなりに存在する」

 

「まさに自走式の地雷だな……」

 

 自走式核地雷とでも表現しようか。まぁ、核兵器の概念は存在しないのだが。それはともあれ、ラ・バスワルドが破壊の女神とならないのであれば、

 

「……幾らか、やりようは見えます」

 

 レビンが【破壊神モード】のタグを燃やしながら消し去り、ミニチュアをテーブルの上に倒した。

 

「私が思いつくのはあの魔人を騙す方法です―――あの魔人、チョロそうですから」

 

「言いたい事は解るわ」

 

 うんうん、と肯定する言葉がレビンへと向けられる。どっかのちゃん様を思い出す様なチョロさがラ・バスワルドにはある。ちょっと待ってと言って《無敵結界》を破壊される魔人とか、流石に俺も見た事がない。カオス投擲だけだったらまだ前例があるのになぁ、と思わなくもないのだが。だが騙すという方法は個人的には悪くはないと思っている。

 

 ランス君式の攻略法だとも思える。

 

「あの魔人の性格を考えて、多少強引に押し切る様に言葉を通せば絶対に騙せます。それを利用して奇襲するか、或いは暗殺するか。問題のモードに突入しないのであれば、恐らくは問題なく殺害するか、大幅に弱体化させる事ぐらいは出来ると思います。そこからは勝負になりますが―――今、考えてみて一番勝算のある戦術だと思います」

 

「ふむ」

 

 まぁ、確かにお菓子とお茶で釣ればそのままラ・バスワルドは釣れるだろうと思う。ぶっちゃけ、そう言うレベルであの人格チョロくてポンコツだし。戦わせれば間違いなく魔人の中でも最強格に入るだろう。要はその戦闘能力を発揮できないように此方から仕掛ければいいのだ。そうすれば相手の土俵に上がる事無く、殺す事も出来るだろう。魔人との戦いは基本的に相手の土俵では戦わず、翻弄して引きずり落として殺す事が基本なのだから、これがスタンダードだとも表現できるのだが、

 

「……」

 

 これで本当にいいのだろうか? とは思わなくもない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()というのもあるのだ。

 

 ランス君式に魔人に勝てるようになったのは、特殊な方法で弱体化などを狙ってくるような破天荒な戦士が、ランスが初めてだった、という所もあるのだ。未来に配慮する訳でもないのだが、ここで余りにも奇抜な方法で攻略したら、それが原因で警戒される可能性もあるのだ。そして未来における【決戦】には自分も参戦する事を考えると、ここであまりそういう手段を取ってもいいかどうか、という悩みもある。

 

「一応ですが、ククルの方からハンティ・カラーと堕天使部隊を呼び寄せる事も方針としてはアリだと思います。一時的にスラルや神官たちにはかなり仕事をして貰いますが、それでも短時間であればこちらに呼び寄せて戦力として運用する事が出来ると思います。レベル上位の存在ですから、戦力を合流できればそのまま押し切れる部分もあるかと……」

 

「うーん」

 

 それもそれでアリなんだよなぁ、と思える。潜伏魔人に対する防備が低下するからあんまりやりたくはない手段でもあるのだが。それでも防衛力を落とすというのは迷いどころだ。

 

 ぶっちゃけた話、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のが事実なのだ。

 

 魔人たちには未来まで人間を舐め続けていて欲しいのだ。人間が特別なのではなく、ウル・カラーが特別なのだ。あの女だけどうにかすれば人間は糞だな、という風に思っていて欲しいのだ。そうすれば人間に対する警戒心を落とす事が出来る。その為にも俺がトップで働いているし、注目を集めたし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 魔王になる事を狙った女、として。

 

 そうすればククル解体後、その技術や俺を求める様な人間が消える筈で、魔人側の警戒も俺にだけに絞られる様にする。魔王戦争終了後は確実にククルを解体しなくてはならないし、その技術の多くを闇に葬らないとならない。これはALICEに言われた事でもある。だから大半は始末しつつ、俺に対する恐怖を後世に記録し、その上で魔人にも俺の印象でなるべく上書きしたい。

 

 だけど自分の展望ばかりで物事が進むとも限らないのだ。

 

 となると、確実に勝てる手を選ばなきゃならないのだ。そこがまた、難しい話になってくる。ラ・バスワルドほどの相手となってくると、後の事を考えても、選べる手段は限られてくる。その事を考慮して動かないとならない。

 

 プレゼンテーションを終えたレビンは此方に判断を任せ、黙っている。

 

 そう―――俺が今の人類の総大将だ。何時の間にか先導していたらそうなってしまった。俺が人類のトップなのだ。だから人類を導かなくてはならない、勝利へと。そしてその事を考え、自分に選べる選択肢を思案する。

 

「……」

 

 自分の都合だけではなく、ジルの都合も考慮するのだ。

 

 何故、ラ・バスワルドはポンコツなのか。何故女神として破壊しないのか。何故人格を保っているのか。そもそも何故、ジルはラ・バスワルドに人格なんてものを生んだのだろうか? それが無ければただの殲滅兵器として運用する事も出来ただろう。明らかに自分に不利になる事をやっているのだから。

 

 陸、海、空。

 

 領地。

 

 徘徊する魔人。

 

 引っ込んで動かないトップ。

 

 討伐する為の人類エリート。

 

 選べる敵と会話できる魔人。

 

「―――いや、まさか、そういう事か? 本当に予行演習のつもりか?」

 

「……ウル様?」

 

「……」

 

 本当に【第二次魔人戦争】の予行演習のつもりか? となるとアレなのだろうか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()とでも言っているつもりなのだろうか、ジルは? その為に会話が出来るようにしてあるのではないのだろうか? 考えはした。だが余りにも馬鹿々々しくて考慮の外へと投げ捨てていた事でもあった。

 

 だがこれが事実なら―――この絶望的な戦力差も、どうにかできる可能性がある。

 

 可能性だけが。

 

「―――よし、どうするか決めたぞ」

 

 その言葉に全員の視線が此方へと向けられた。それを受けて、頷いて次の行動を口にする事にした。慎重に、しかし確実にここでは勝てる手を打ちたい。そして前へと進む必要がある。ここが、この魔王戦争における一つの、分岐点かもしれない。そう、判断しながら口を開く。

 

ルート 「ハンティ達を呼ぶぞ」

 

ルート 「飯であの駄女神釣り上げるぞ」

 

ルート 「は? 何が破壊神だよ、俺はウル・カラーだぞ」




 さて、どのルートかな!

 赤が困難! 緑が順当! 青が特殊選択肢!

 なお特殊を選んだから良いという訳ではなく、そのままバッドエンドに突っ込むのもランス。


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981年 青ルート

「あら―――もしかして愛想をつかされちゃった?」

 

 そうやって嘲笑する様に破壊魔人ラ・バスワルドは()()()()()()()()()()()()()言葉を向けた。ルドぐるみに乗らず、歩いて来た俺を空から見下ろす様にラ・バスワルドは自信満々の視線を向けていた。実際、たった一撃でこっちは半壊する様な目に遭っているのだから、ラ・バスワルドのその自信は当然なのかもしれない。そう思いながらも、空に浮かぶラ・バスワルドを見上げて、口を開く。

 

「―――何故、空は青いのか」

 

 言葉を漏らす。その問いにラ・バスワルドは少しだけ首を傾げてから、更に首を傾げる。真剣に考えて考慮してくれているらしい。そういう所があるからポンコツなんだよお前。根本の部分で人が良いというか、善良なのだ。命をどうでもいいと思いながら。矛盾しているが、単純に命に価値を見ていないだけの存在だ。それを見ながら答える。

 

「ちなみにこの質問を俺にしてきたのはジルだ。彼女は賢い子だった。物事には原理があるというのをちゃんと理解していた。だから常に答えを見つけていた。そういう子だった、アレは。だから俺は彼女の意図をちゃんと理解しながら」

 

 こう、答えたのだ。

 

()()()()()()()()()()、とな」

 

「……えーと……つまり……?」

 

 荒れ地に風が吹く。原理がある。そう、物事には原理が存在するのだ。それがそうである、というルールが。だけど同時に思うのだ。それはそれほど大切な事なのか? 成程、確かに物事には法則がある。そしてそれを知る事は間違いなく法則を解き明かし、そして新たな発見をする事が出来るだろう。だけどそれだけに生きるのは余りにもつまらない。解った所で壊れる幻想というものもある、という訳だ。

 

「つまりは本質だ、本質。確かに理解するのも良い。だけどそれはそうである、という本質を忘れてしまってはいけない。それじゃあんまりにもつまらないだろう―――という話なんだ」

 

「もうちょっと解りやすく」

 

「あるがままを受け入れよう」

 

「成程」

 

 サムズアップを向けてからまぁ、と呟く。

 

「だから俺も人間の型をしているとけっこーここらへん、見失いがちでなぁ―――」

 

「……うん?」

 

 サムズアップを見せる為に突き出していた手を開く。そしてそれを拳に握り直す。そこから力を体の奥底から引きずり出し、そして息を吐く。自分が何をしようとしているのか察したラ・バスワルドが困惑しながら、神光を纏った。だけどそれを阻害する事もなく、《無敵結界》を張り直している彼女へと向かって言葉を続ける。

 

「だけどよぉ、最近、人間を率いたり、教えたり、育てたり、人間と長く一緒に暮らしていてちょっと窮屈に感じるんだよな。解るか? ()()()()()()()って思いながら攻撃しても殺し切れない人間とか。仕方がないって解ってても見ていて思うんだよ、なんて弱いんだ。そこは一撃でぶち殺せる所だろ、って」

 

 人間って不自由だよなぁ、って偶に見ながら思うのだ。命は短いし。弱いし。小突いたら死ぬし。だからこそ短いサイクルで凄い成果を出してくるのだ、連中は。だけどその生活の中で、自分が本来なんであるのかを偶に、本当にだが偶に、忘れそうになるのだ。まぁ、ここしばらくはずっと人間を育てる事ばかりに力を注いできたのだ。自由に暴れる事の出来ない時間が多かった。最後に俺が個人で、大暴れしたのは何時だった? 何百年前だったか? 一切、何も気にせず、全部ぶち殺すつもりで大暴れできたのは何時頃だった?

 

 もう覚えちゃいない。

 

 だけど解る事は、

 

()()()()()()()

 

 永遠に変わらない本質。アイデンティティ。ハンティはドラゴンとしての感覚が薄い所があるが、俺はいまだに自分がドラゴンである、という感覚が非常に強い。だからぷちぷちと敵を殺す感覚は変わらないし、強い敵と戦える時は高揚する。そして未だにマギーホアを王様として慕っている。そして当然―――何時かはマギーホアに勝利する事を、多くのドラゴンの様に夢見ている。

 

 だから思うのだ、本質は大事だと。忘れそうな時程。

 

「お前、元は二級神だったよな」

 

 額のクリスタルが第三の目に変わる。体を鱗が―――這わない。その代わりに今まで装着してきていた《メギンギョルズ》と《時の忘れ物》が砂になって砕け、消えていく。そのバランスブレイカーはとうの昔にその役割を果たしていた。ずっと前に生まれた理由を達成していた。そしてその中身は、もはや空っぽとなっている。中には何も残されていない。数千年という時を通して、少しずつ吸収し、馴染み、そして理解するのに使われたからだ。

 

 よって、

 

 肉体は神光を纏った。参考はまだ生まれていないフル・カラーの神魔を超越した姿。アレに、ハンティ共々使えるドラゴンとしての力を引き出す事を合わせる。つまり()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。とはいえ、下準備に数百年以上は必要とした。それでもガイの協力を得て、最後の仕上がりは終わらせた。

 

 ()()()()()()使()()という結論だ。

 

ウチの王様(マギーホア様)がさぁ―――二級神と魔王はぶちころころできるらしいのよ」

 

 三つ目でラ・バスワルドへと視線を向ければ、ラ・バスワルドが的確に此方の意図を察した。

 

「馬鹿ね―――メインプレイヤーに私が倒せる訳がないじゃない」

 

「お前はそのメインプレイヤーに今から屈服させられるんだ」

 

 横を追従する様に浮かぶルドぐるみの頭上に、ルドラサウムを見た存在であれば見覚えのある、光の輪が出現し、それが出た所で尻尾を掴んで鈍器として振るう準備を整える。左腕を―――黒腕を生やした。GL式の疑似腕を生やした状態で、神光を纏い、自分のカテゴリーを一時的にメインプレイヤーから外す。その状態で黒腕の方の腕を持ち上げ、笑いながら中指を突き立てる。

 

「がーっはっはっは! 最近! 頭使い過ぎて! 本気で、何もかも吹っ飛ばすように! 暴れたいんだよ!」

 

 そう、結局はそれに尽きる。

 

 俺はドラゴン―――闘争の生き物。

 

 目の前には大量に強い相手がいる。しかもそれを目前に数十年間お預け状態を維持している。目の前に高級料理のフルコースがあるのに手を付けられない。その状態でずっと待てをさせられてきた。

 

魔人ラ・バスワルド

 

神光
神光

ハウゼル体質
《UL体質》

サイゼル体質
《第三の目》

本能全開

 

 簡単に言ってしまえば。

 

 そろそろ我慢の限界だった。

 

「その魂に! 心に! 存分に恐怖を刻んでいけ! ウル・カラーという名前の恐怖を! はーっはっはっは―――!」

 

「なんだこいつ……」

 

 ほぼ素の言動をラ・バスワルドが吐き出した所で大地を粉砕する様に蹴り飛ばしながら一瞬でラ・バスワルドの正面にまで飛び上がって、入り込んだ。顔が触れられるほどの距離の中で、迷う事無くルドぐるみを素早く叩きつける。音速を超えた打撃が神光を伴い、一瞬でラ・バスワルドに到達するとその姿を《無敵結界》を貫通して吹っ飛ばした。抉れているクレーター状の大地に衝突し、砕きながらワンバウンドしてラ・バスワルドの姿が飛び上がる。

 

「本当に《無敵結界》突破したの!? 嘘!? なんで!?」

 

「気合と根性とちょっとしたコネによる交渉だこんちくしょうォ!」

 

 サンキューマッハ、サンキューALICEちゃん。死後は部下になります。

 

 吹っ飛んだラ・バスワルドも戦う必要があると理解したのか、一瞬で緑光を纏い、それを薙ぎ払う様に放った。それに対して迷う事無く正面から突撃し、体で受け止める―――だが先ほどの隊での戦いとは別に、個人にまで集約された体質であれば完全に光を遮断する事が出来る為、破壊の緑光がどういう原理かは知らないが、完全に遮断して無効化する。それを突破する姿にラ・バスワルドがげ、という表情を浮かべた。

 

「ちょっと待ってひきょ―――」

 

「《ドラゴンドライブ》ッ―――!」

 

 音速のまま自分自身を弾丸に、ルドぐるみ諸共ラ・バスワルドに衝突した。大地を粉砕しながら、クレーターを新たに生み出し、そこから更に引きずる様に大地を粉砕しながら直進しルドぐるみを押し付ける様に大地へと叩きつけ、

 

「ラ! グ! ナ! ロォ―――ク!」

 

 大地に押さえつけたまま、GL大魔法をラ・バスワルドへと向かって、上から抑え込む様に放った。黒い風と霧、そして斬撃が空から大地へと一気に押し潰される様に発生し、それが大地を陥没させながらラ・バスワルドを喰らう。彼女の服装がそれに食い破られて血を流すが―――ラ・バスワルドもそこで敵と此方を認識する。

 

 爆発的な光量が質量そのものとなって襲い掛かってきた。大地を消滅させながら発生させた光は落ちる事で動く隙間を作り、その瞬間に一瞬で位置を移動させた。同時にカラークリスタルを幾つか割る。魔力の空間干渉を行って《瞬間移動》の類の空間干渉系の魔法を、空間そのものを魔力で乱す事で封じる。

 

 即座に理解したラ・バスワルドが飛翔しながらタワーオブファイヤーとクールゴーデスの二対の魔銃を召喚し、その砲口を向けた。同じように飛行で三次元的に回避しながら瞬間的に放たれた、地表を薙ぎ払う炎と氷の砲撃を回避し、一気にラ・バスワルドに接近する。その表情が引きつっている。

 

「貴女本当にメインプレイヤー!?」

 

「どうした、笑顔が引きつってるぞ元二級神!」

 

 その顔面に迷う事無くルドスイングを叩き込む。しかも今回のルドぐるみはヘイロゥ付きだ。神聖さが普段とは違う。神光注ぎ込んだら勝手にリアル再現しやがった。それを振り回しているのだから不敬力1000倍だ。そしてそれを全力で振り回して神に叩き込んでいるから不敬力は2万倍だ。

 

 絶対に負ける気がしない。

 

 吹き飛んだラ・バスワルドが空中で体勢を整えながら緑光で広範囲を消し飛ばしてくるが、《UL体質》によって、光属性は通じない。よって俺一人が戦う場合、周りに巻き込む心配もないし、一人にリソースを注げるので、

 

 遠慮なく、殴れる。

 

「理解したわ、ドラゴン滅んで当然じゃないこんなの……!」

 

 ラ・バスワルドの言葉に笑って返答しながらGL大魔法を吹き飛ばした姿へと放っていく。それに対するラ・バスワルドの反応は素早く、そして当然の様に《破局崩壊》を放ってくる。物質を分解する神の光、権能はそれが大魔法であろうとも関係なく飲み込んで消し去っていく。だがそれが唯一通じないのが体質による完全なメタが完成されてしまっている俺が相手であり、

 

 隊として正面から戦うのであれば無理でも、

 

 個人としての戦いは、相性差を含め―――此方が圧倒的に優位を取れる。

 

 生物―――否、世界を単身で滅ぼすシステム、破壊神ラ・バスワルドが弱体化しているとはいえ、それが放つ《破局崩壊》は問答無用で国を簡単に消し去るだけの威力がある。だが逆に言えばラ・バスワルドに備わってる攻撃手段は()()()()()()()()()()()()のも事実だ。故にタワーオブファイヤーとクールゴーデスの砲口から放たれてくる砲撃を確実に回避しながら錯乱したかのように緑光を連射し続けて、このルドラサウム大陸という場所そのものを削っていくラ・バスワルドに接近する。完全に此方を見る表情には恐怖の色が映っており、

 

「くるなー! こないでー! こっちくるなぁ―――!」

 

「ばーすわーるどちゃ―――ん! さっきの隊での戦闘の分をお返しするからねー!」

 

「しなくていいから帰れ―――!」

 

 必殺の光だけをすり抜けながら残りの炎と氷を回避し、再びラ・バスワルドに接近した。幾度となく繰り返す接近行為に、近づくたびに未知すぎる恐怖体験に、ラ・バスワルドが錯乱しながらも恐怖を刻まれ、その動きが段々と固まっていく。恐らくは自分の人生の中で、神としてを含め、何をやってもまるで絶対に通じないという経験を初めて味わっているのだろう。そもそも《破局崩壊》が通じない相手が想定されていない。

 

 故に錯乱しつつ、その姿は逃げ出そうとしていた。

 

「だけど逃がさなーい。戦え! もっと戦えー! 俺と戦えバスワルドぉー!!」

 

「いやぁ―――! たすけてぇ―――! いやだぁ―――!!」

 

 がはははと笑いながら更に接近する。更に加速される砲撃が連続で地表を薙ぎ払ってくるのを身体のスペックを全力でぶち込みながら大地を連続で蹴り飛ばして瞬間加速する事で縦横無尽に駆け抜けながらラ・バスワルドへと向かって接近する。人生の中で、神としての生の中で初めて出会う()()を前に、一方的に攻撃を受け続けるという経験が皆無のラ・バスワルドの表情にはダメージはそんなに多くなくも、ひたすら殴り続けられ、必殺の破局が通じないという事実に、完全に平静を失っていた。

 

 追いつめる様に笑い声を放ち、威圧しながら殴り飛ばして近づく、というのも何度も繰り返す。

 

 これがガイの言う通りの破壊の女神なら、既にその人格は失われ―――無差別に暴れている所だろう。

 

 だが顕現しない。

 

 ラ・バスワルドは人格を保ったままだった。破壊の女神に変貌しない。ジルによって植え付けられた人格のまま、自分が出会った天敵という、女神としてはまずありえない概念の前にタワーオブファイヤーとクールゴーデスを乱射しながら焦り、あわあわと声を零しながら接近を拒否しようとする。その動きは戦場で錯乱した新兵の様な動きで、乱射される緑光はそれこそ生物を絶滅させるには十分すぎる程の殺意が込められている。

 

 だが効かない。

 

 通じない。

 

「ウル! カラー様の! 名前を! 恐怖と共に! その魂に刻み込んでやる……!」

 

「ぎゃぁ―――! 来ないで―――! こっち来ないでぇ―――! きゃぁあ―――! 絶滅しろ! ドラゴン絶滅しろ―――!」

 

 破局を放てば勝てる。今までその様な戦いしか経験してこなかったのだろう。追い込まれたという経験が存在しない。故に出会った、自分の攻撃を受けても死なないという相手に対して全くの理解が及ばない。これが人類勇士であれば、攻撃が通じないのであれば次の札を冷静に切るだろう。

 

 それは才能の問題ではない。

 

 純然たる経験の問題だ。

 

 破局を放てば勝利する。生き残る生物は居ない。そういう戦いのみを重ねてきたラ・バスワルドはまだ若い―――GLに人格を生み出されたばかりの若い魔人だ。それ以前の女神としての活動なんてものは、人格が存在していないのだから、経験とは呼べもしない。

 

 故にたっぷりと追いつめる。

 

 一回負けた事と、ここ数十年全く暴れられていないうっぷんを全部吐き出すように。高笑いを上げながら逃げ回るラ・バスワルドを追いかけて追跡し、その姿に解りやすい様にルドぐるみを叩き込んで全力で殴り飛ばす。叩く瞬間にルドぐるみの目が赤く光っているのが本日は実にチャーミングである。その威力、人間をミンチどころか血風にするほどあるが、女神の神体と魔人としてのスペックが、そんな事を許さず、ただのダメージとしてラ・バスワルドを吹っ飛ばす。

 

 何度も吹っ飛ばす。

 

 接近し、掻い潜り、無効化し、突撃する。

 

 再び突撃する。

 

 《ゼットン》と《絶対零度》を放たれてもルドぐるみで殴って粉砕し、接近する。

 

 再び殴る。

 

 また殴る。

 

 経験差で追い込んで殴る。

 

 正面から突破して殴る。

 

 掴んで引きずり倒して殴る。

 

 タワーオブファイヤーとクールゴーデスの照準が読みやすい。集団戦ならともかく、対個人規模となると避ける事が出来るから難しくない。ルドストライクで星の彼方まで殴り飛ばす。

 

「いやぁ……止めて……」

 

 涙目を浮かべながら頭を横に振り、慈悲を求めるが、殴り飛ばす。

 

 派手な魔法や攻撃は必要ない。初めて直面する事態にまだ未成熟な精神が追いついていない。だから何度も何度も繰り返す。

 

 接近して、殴り飛ばすだけ。

 

 それを何度も繰り返す。この女神、魔人は戦士ではない。ただの処理係だ。故に戦うという概念が馴染んでいない。正直な話―――まだ、ケッセルリンクの方が強く感じられる。いや、戦えばラ・バスワルドがケッセルリンクに勝利するだろう。だけど習熟、精神性、経験という観点からして、正面から戦えば自分にはケッセルリンクの方が遥かに強く感じる。

 

 つまりこの魔人にはあの消滅の緑光しかないのだ。

 

 それだけで何とかなってきた。

 

 故にそれ以外がない。人格がなければ、神のシステムとしての合理性から何かを思いついたのだろう。だが人格があるという事は感情に左右され、思考するという事でもある。そこに生物としての差異が、そして生物としての揺らぎが生まれ、

 

「もぉ……いやぁ―――きゅぅ……」

 

 目の前に踏み込みながらルドぐるみを振り上げた所で、目を回しながらそのままラ・バスワルドが倒れ込んだ。ルドぐるみを振り上げた状態のまま、そのまま頭を潰すかどうかを一瞬、動きを止めたまま考え、神光を体から消し去り、のしかかってくる禁術による反動を受ける。

 

「……まぁ、ここで殺してもしょうがねぇか。よっこいしょ」

 

 反動から体に襲い掛かってくる副作用、反動を何とか抑え込みながらラ・バスワルドを浮かべたルドぐるみの上へと放り投げれば、目の端から涙を流している癖に幸せそうな表情をし始めている。最初からこうすれば良かったんじゃないかなぁ、と思うも、ある種の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とも思う。少なくとも人類に手を貸してから、長生きしてほどほどに強いというのを証明しただけで、本気で暴れた訳ではないし。

 

「ま、勝ちは勝ちだな!」

 

 戦果であるラ・バスワルドをルドぐるみの上に乗せたまま、帰還する事にした。




 バスワルドちゃんを泣かしたいだけの話だったかもしれない。

 という訳で青は単独撃破ルート。赤は全員で囲んでボコって確殺する。緑は撃破した後で逃げられて隠れられるというルート。最近のウル様、シリアス続いているから忘れそうだけど、本来はヒャッハー系の方なんだよね。

 お持ち帰りバスワルドいっちょ。次回は食券よー。


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981年 食券 ラ・バスワルド

「―――JAPAN、源ライコウ、酒呑童子を借り受けた【聖刀日光】にて完全討滅する事に成功した。この恩と事前の契約に従い、これよりこのライコウ、【撃滅隊】に参加させていただきます」

 

「よく来た。お前の事を待っていたんだ」

 

 JAPANが生んだ《剣戦闘Lv3》と《弓戦闘Lv2》に《槍戦闘Lv2》、これに加えて《陰陽Lv2》まで保有する、()()()J()A()P()A()N()()()()()()である。才能の限界レベルもこいつ一人だけ100を突破しており、JAPANだけではなく、勇者を抜けば人類最強クラスの存在だと言っても良い。

 

 20代の男はJAPAN武士風の袴姿に甲冑を軽く装着している、人間時代の日光の様な恰好をしている。その功績は、自分は日本でも聞いた事のあるものであり、この男が成し遂げた事はその伝説に近い。JAPANという土地だけはどうやら日本とある程度歴史がリンクしている様にも感じられるのだが―――まぁ、そこは置いておく。鍛えられた肉体を持つ、男は、弓、槍、瓢箪、そして日光を装備した状態で膝をつき、そして深々と礼を取った。

 

「参戦遅れ、誠に申し訳ありませぬ」

 

「あぁ、いや、遅れて来る理由は解っていたから参戦してくれるだけ嬉しいよ、こっちとしては」

 

「えぇ、おかげで後顧の憂いなく参陣出来ました」

 

 日光がライコウの鞘から言葉を送ってくる。現在の日光のユーザーであり、そして日光も同じJAPANの武士であれば、と使われている。日光の貸し出し理由は純粋に、《剣戦闘Lv3》に見合うだけの武器がなかったのと、それをフルスペックで扱える人間が欲しかったという二つの理由であり、JAPANでは妖怪王黒部が魔人となってJAPANから離れた後から、妖怪たちの無秩序な環境が構築されている。それを片っ端から殺して回っているのがライコウだった。

 

 彼が一種の妖怪たちに対する抑止力としてJAPANに存在していた。そりゃあ妖怪を片っ端からソロでターミネイトするようなキチガイがいれば妖怪共もビビるに決まっている。

 

 だけどその中でビビらなかったのが酒呑童子だ。妖怪の軍団を結成し、それをやっぱり、ライコウがターミネイトしに行った。お前のその殺戮者精神は正直怖い。

 

 だが今日までそれを達成する事が出来なかった。それは純粋に武器の問題であり、ライコウの技量について行ける武器が存在しなかったからだ。だがそれが今、漸く日光によってカバーされた。魔剣や聖剣と並ぶクラスの切れ味に、再生する事が可能な武器だ、Lv3技能持ちが振るうには十分過ぎる得物。それで酒呑童子を忍び込んでタイマンで暗殺してきたらしい。

 

 そういう事でJAPAN最強の妖怪ターミネイター、ついに参戦する。

 

 日光ユーザーがこれでカオスマスターと揃った。人類の手にバランスブレイカー級の《無敵結界》除去手段が全て揃った事でもある。これによって、漸く本格的な魔人戦を繰り広げる事が出来る事でもあるのだ。何よりも国境を此方で掌握する事には成功した。再び前線基地を確保した為、再構築しながら陸路を開拓する事が出来る。まだ超特急で突っ込んでくる魔人黒部と妖怪大津波があるが、ライコウであれば攻略の鍵を見出す事も出来るかもしれない。

 

 このタイミングで戦力を補充出来たのはまさに行幸だ。

 

 割と困っていた時なので本当にこのタイミングの合流は助かった。

 

「して―――総大将殿、その……姿はどうなされたので?」

 

「あ、やっぱり気になる?」

 

 そう言う自分は今、椅子に座っている。だが()()()()()()()()()()のだ。というより体が本来よりも縮んでいる。胸も引っ込み、全てがミニマム―――といよりは退行している。自分の姿を知っている者は今の自分を見て、こう思うだろう。

 

 幼い、と。

 

「ちょっと禁術の代償で若返っちゃった」

 

 どうも、ロリウル様始めました。

 

 

 

 

 若返りました。そりゃあ、もう、見事に。神魔モードというか、悪魔要素はなくてドラゴン要素を使っているのでどちらかと言うと神竜モードとも言うかもしれないが、その制御に使っているのはガイから教わった禁術で、その一部を組み込んでいたのだ。つまり行使するならそれなりのリスクや反動があるという訳でもある。ただし使えばスペック的に上級魔人とタイマンで殴り合えるだけのものが出せるし、《無敵結界》も無視出来る。リターンを考えれば悪くない結果だとも言える。ただ困った事に、その副作用が若返りだ。

 

 ()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()というレベルの若返りなのだ。都合の良い若返りなんてものはない。大人が子供に、子供が赤ん坊に、そしてそれが胎児に、そして消滅する。禁術と呼ばれるレベルに相応しいだけの反動が待っている筈なのだが、それはそれ、そもそも時間の感覚や生態として根本的に人類とは違う。反動が発生した所で、正しくそれが自分には襲い掛からない。

 

 だから一時的に若返るという形でその効果が表れた。ガイの見立てだと最低で半年間、長くて1年間は9~10程の子供の姿のままになるとの話らしい。

 

「うーむ……なんか新鮮だ」

 

 自分の部屋の姿見で、若返ってしまった自分の姿を改めて確認している。術の反動で若返った自分の姿は子供の姿にまで若返っているのだが―――そもそも、ウル・カラーには子供と呼べる時代はなかった。生まれたらドラゴンで、幼竜時代は存在していたのだから。だから人間の姿で若さを見せるのは、正直かなり新鮮な気持ちで自分を見れる。結構、面白い体験だった。服装もそれに合わせた幼さに似合うドレスに変えている―――うん、まぁ、新鮮な気分だ。

 

 上級魔人ソロの代償と考えればいいだろう。

 

「問題はしばらくは戦えないって事だけだな」

 

 若返りの影響で魔力以外が大きく減退しているのも問題だ。レベルが下がった訳ではないが、それでも筋力や体力が落ちた事は前線で戦う上では大きな問題だ。今までの様に率いて戦う事は、少なくともロリの間は無理だろう。それが半年も続くと考えると、少々辛い。作戦行動を取るとして、俺抜きで進める話になる。いや、まぁ、俺が居なきゃ勝てないって状況というか状態が最悪なのだから、いっそいい機会なのかもしれない。俺抜きで作戦行動取れる様になって貰おうか。

 

 全部終わったら雲隠れする予定だし。

 

「ま―――しばらくの間は政務とかに集中すればいいか」

 

 政治技能を持っていないのにガンガン政治をやる羽目になっている現状には少々物申したい事もあるが、まぁ、それは放っておく。とりあえず普段は鍛錬だか作戦行動と取っているが、この体ではまともに戦う事も出来ないし、しばらくは錆付かない程度にルドぐるみをスイングしていればいいだろう。

 

 それよりも今は監視しなくてはならない奴が居る。

 

「そんじゃ、様子を見に行くか」

 

 ルドぐるみはそっちに大人しくさせるために渡してあるし。早く返して欲しいものだ。そう思いながら幼女の体では歩くのが遅いため、数センチ程床から浮かび上がって移動する事にしている。

 

 すいー、と浮かんだまま移動しつつ扉を開けて出て、そのままホバーの様な状態で移動する。現在のククルには自分の家とでも呼ぶべき屋敷が住宅街にある。今はそこで寝泊りする生活が続いている。流石に毎日、ペンシルカウとククルを往復するのが面倒だから当然と言えば当然だ。そしてそこには自分の他に、ハンティや従者たちが住んでおり、今はもう一人、ゲストが住んでいる。

 

 それを確認する為に部屋を出て、廊下を通って移動する。神か悪魔であれば瞬間移動で即座に移動できるから楽でいいなぁ、なんてことを考えつつ移動し、そしてゲストルームの前にまでやってくる。

 

「ふぅー……」

 

 その前で足を止めて、溜息を吐く。

 

 今ここにはラ・バスワルドが泊っている。

 

 他に預けられる存在が居ないし、ガイはラ・バスワルドを捕獲したと言ったら次の日から最前線に引きこもり続けた。ラ・バスワルドの面倒を見るなら黒部の相手をした方がまだマシらしい。一番最初に押し付けようとしたガイが逃亡したのがちょっとした予想外だったが、まぁ、それは置いておく。

 

 このラ・バスワルドが暴れ出した所で、抑え込めるのはソロで完全に制圧出来る俺か、禁術使用前提でのガイのみになる。ポンコツであっても、相性ゲーに持ち込まない限りは上級魔人としてのスペックを誇るラ・バスワルドは根本的にソロで放置してれば、それだけ国が滅ぶような存在だ。だからやはり、どうにかするのは俺かガイの仕事になり、

 

 そのガイは逃亡した。

 

 だから俺が面倒を見る羽目になる。

 

「はいるぞー」

 

 声を放ちながら扉を開けて、ラ・バスワルドを泊めている部屋に入る。幸いというか、ラ・バスワルドは戦うという行いそのものが面倒らしく、命令でもされない限り戦う様な事はしたがらないため、目覚めて破局を連射するような事はなく、ルドぐるみさえ預ければ大人しくしてくれている。ただその代わりに恐ろしいポンコツぷりから、定期的に様子を確認しないと面倒なのがアレな奴だった。

 

 だからこうやって様子を見に来た所、

 

「んっ……はぁ、あ、来たんだ……んっぁっ……」

 

 扉を開けた視界の中で、ラ・バスワルドはベッドの上でルドぐるみを抱いていた。

 

 ただし、抱き着きながら腰を―――というか下半身を押し当てる様に、やや前後している。その様子を見てから、ラ・バスワルドへと視線を向ける。

 

「なにやってんのお前」

 

「えっ……? んっ……なんか、こうしたら……んっ、気持ちいいのが解ったから……はぁ……体が何か火照ってきちゃって……何故か解らない?」

 

「嘘だろお前」

 

 ラ・バスワルド、性知識ゼロの状態でルドニーという全く新しい、不敬さが恐らくは瞬間最大風速で更新されてしまったスタイルを生み出してしまった。流石の俺も、ポンコツ神が知識皆無で創造神の人形を相手にマスタベーションに励んでいる姿はあまりにもショッキングすぎて、何も言えなかった。反応出来ない間にもラ・バスワルドがそれが自慰だという事を一切理解せずに腰をルドぐるみに擦り付けている。

 

 心なしか、ルドぐるみの表情がバッテンになっている様な気がする。

 

 ALICEでさえやらなかったのに―――ALICEでさえやらなかったのにっ!

 

「嘘だろお前……」

 

 片手で顔を押さえながら呟き、

 

「え、何が……あ、ここきもちいい……」

 

「そうじゃねぇんだよこの、ポンコツ!!」

 

「んっ……あぁ!? 返しなさいよー!!」

 

 召喚する事でルドぐるみをラ・バスワルドから無理矢理取り上げる。それをラ・バスワルドが取り返そうとするが、遠慮なく顔面にスイングを叩き込んでベッドの方へと押し返す。流石の俺もルドぐるみをこんな使われ方をするとは思いもしなかった。大丈夫だろうか? ……よし、ルドぐるみに愛液は付着していない。何時も通り、パーフェクトなもふもふ状態だ。心なしか、ルドぐるみ君の表情も安心している様に見える。

 

「ちょっと! 今いい所だったの! こう、なんというか、ピリピリしたのが広がって、背筋にびり、としながら広がる様な……」

 

「止めろ。それ以上はほんと止めろ。国諸共消されかねないから黙って窓の外を見ろ」

 

「……え?」

 

 そう言って、部屋の窓を指さしながら見る様にラ・バスワルドを示せば、窓の外の風景が一変している。屋敷の外の風景ではなく、窓の外は何時の間にか天上に繋がっており、その向こう側でALICEが浮かべている剣をぎゅんぎゅんと音を立てながら生物には知覚不可能な速度で振るっている。振るわれながら分身する斬撃の軌跡がそのまま空間を切り裂いている様にも見えるし、その横で腹を抱えながらマッハが呼吸困難で静かに息を引き取っていた。

 

 どこからどう見ても完璧なおこ状態である。

 

「……」

 

 それをラ・バスワルドが目撃してから、無言になり、静かにベッドを降りたら床を這って、四肢をついた状態で此方の背後に隠れて来た。

 

「え、なに。私なんか悪いことした?」

 

「創造神を性欲発散の道具として使って怒られない奴が居ると思ったの……?」

 

「……えっ、誰がそんな事をしたのよ!?」

 

 こいつ一回死ぬべきなんじゃね? と思いながらも窓の外の姿が何時も通りの、屋敷の庭へと変わって行く。あぁ、良かった。ぎりぎりセーフ判定貰えたようだ。うん……最後までイってたら確実にアウトだったよな、と確信する。

 

 そう思いながら後ろに隠れるラ・バスワルドへと視線を向ける。

 

「なんでお前生きているだけでそんなに問題を起こすの……?」

 

「わ、私が悪いんじゃないよ。私に教えない世界が悪いのよ」

 

「お前さぁ……」

 

 ガイが逃げるのもこれは当然なのかもしれない、と初めてあの魔人筆頭に対して心の底から同情した。そして前線からアイツが帰ってきたら絶対に押し付けてやると鋼の意思を持った。再びルドぐるみに手を伸ばそうとする馬鹿ワルドの手をひっぱたきながら、幼女フットで馬鹿ワルドを抑え込む。

 

 予想外の状況に直面して硬直してしまったが、

 

「おい、バスワルド」

 

「何よ。それよりもルドラサウム様のぬいぐるみをもうちょっと……」

 

「ジルが言った言葉は本当なんだよな?」

 

「ん? アレの事? もう何度も説明したじゃない」

 

「窓の外に放り出してもいいんだぞ」

 

 窓へと視線を向ければ、両腕を組んだマッハが良い笑顔で浮かんでいた。それを見てラ・バスワルドが必死に足の下に隠れようとした。もう、本当に駄目だなぁ、こいつは……そう思いながらなんか、面倒を見なくてはならないという、ちょっとした母性本能をくすぐるものがあった。

 

 ともあれ、

 

「で、もっかい」

 

「あぁ……いいけど」

 

 ラ・バスワルドを解放した所で、彼女も浮かび上がった。そのままベッドへと戻り、やや不貞腐れる様に転がりつつ、此方へと言葉を向ける。

 

「ジルはこう言っていたのよ―――全力で戦い、敗北するまではあらゆる利敵行為を禁ずる、とね。大元の魔王命令はそんなもんよ。そして一度でも全力で戦ったら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って言ってたわ。それだけ。満足?」

 

「満足したから今度は変な事をせずに抱いて寝てろ」

 

「わぁーい!」

 

 ルドぐるみを投げつけてもふらせつつ、浮かんだまま足を組んで、ラ・バスワルドの話を精査する。ジルが言っている寝返りとはつまり【決戦】であった出来事だ。将来の戦いにおいて、魔人レイや魔人シルキィは寝返り、人類側の味方をした。

 

 ……ここまで来ると、本当に未来の予行演習みたいだ。

 

 ジルが全生命を滅ぼすと言ったのはポーズだったのか? いや、そうは思えなかった。本気で命を死滅させようとしているように思えた。だからそれは本気だ。だがこの予行演習の様な戦いもそうだ。本当に魔人を寝返らせられるなら、ケッセルリンクとガルティアをなんとか倒して、此方側に引き込む事が出来れば勝機が漸く見えて来るラインだ。

 

 ……どうにかできるだろうか?

 

 そう思いながらラ・バスワルドへと視線を向けて、自然と腰を動かそうとしている馬鹿に全速力でドロップキックを叩き込み、窓の外へと吹っ飛ばしてやった。

 

 色んな意味で、こいつからは目が離せない。




 ルドニーの第一考案者。不敬ランキング最上位にランクインおめでとう。

 お前どうしてこうなったの? と思いつつこういう風に独自にキャラ付けして行くのもまた面白い所。これでバスワルド加入扱いではあるけど。うん、戦闘中の扱いはガイに任せよう、な。

 魔人討伐隊でもちゃんと運用できたし……。


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982年 ターントップ

 ―――金属音が走る。

 

 大剣と長刀がぶつかり合い、弾かれ、火花を散らしながら一瞬だけ交差する。だが次の瞬間には複数の腕による連続攻撃が一気に襲いかかってくる。相対する姿は長刀を優雅に振るい、あまりにも長過ぎる武器でありながらも、それを完全にコントロールして斬撃を受け流していた。複腕の存在はそれを確かめる様に、学習する様に、覚える様に、しかし何時でも即座に殺せるように力を抑えている。そう、斬撃は受け流されながらも―――その()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 本来の姿を知れば、今のそのリスの姿に全ての者が現実を疑うだろう。だが事実としてそのリスは()()()()()()()()()()()()()()()のだ。その上で受け、そして()()()()()。そう、これは修行だった。

 

 魔人ケイブリスは努力をしている。

 

 強くなるための努力を。

 

 地道で、見ても解りもしない努力を。

 

 少しずつ、少しずつ強くなっていく変化を見せている。

 

 ()()()使()()()()()()()()()()()()()()なんていう地道で恐ろしいほどに寿命が長いからこそ積み上げられる努力を、魔人ケイブリスは重ねていた。ずっと、それをケイブリスはダークを起こす事もなく、ひたすら続けていた。忘れていた時を思い出してからはずっと、ずっと目立つ事のない努力を、自分を強化し続ける事と同時に行っていた。リスとして到達した限界は、魔血魂によって拡張された。その拡張された上限を目指し、それでも諦めずにケイブリスは強くなり続ける。一級神という領域に迫った昔の主に届こうと、

 

 その為に努力を無限に重ね続けていた。

 

 もはや魔軍に、ケイブリスを笑える存在等居なかった。

 

 それがどんな存在であれ、他の魔人も、ケイブリスの見せるその求道的な面に関しては、一種の敬意を見せる。ケイブリスの本質は変わっていない。人間という生物に対する憎悪、非情さ、そして見下しているという事実は変わっていない。だが同時に、原初に抱いた願いも変わっていない。それを忘れていないだけだった。故にケイブリスは強くなるための手段を選べる。他の魔人から使徒を借り、武芸という概念に触れるのもまた、ケイブリスが最強を目指す上で必要な事だった。

 

 まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ケイブリスは、己を鍛え続けていた。何を想定しているのかは、態々武人の魔人であるムサシから使徒を借り受けている姿を見れば、それが解る。一つの武器に精通した戦士。それを相手にする場合の技術、武芸という概念に対して戦えるように己を鍛えている、というのが解る。

 

「うむ、流石ケイブリス殿。一合一合、重ねるたびに某が死を感じるとは、まさに怪物的としか表現せざるを得まい」

 

「あぁ? 俺様が強いのは当然だろう、雑魚が。てめぇら雑魚とは違うんだよ」

 

「えぇ、某もその言葉には頷かせていただく。しかし……」

 

 と、ムサシの使徒はケイブリスと剣と長刀を音を超える速さで連続で衝突させ合いながら言葉を続ける。

 

「某はこんな奥地へと押し込まれてしまったケイブリス殿が苛々しているのではないのかと思いましたが……どうやら杞憂だったようで」

 

 使徒の言葉にケイブリスは笑い声を零した。

 

「はっ! 俺様が結果の解り切った戦いに興味なんざあるもんか―――まぁ、ククルククルの躯を使った事に関しては俺様でもちぃーっとばっかし思う事はあるけどな……」

 

 そう言葉をケイブリスが口にした瞬間だけ、斬撃の威圧が増した。おっと、と使徒が声を零す様にその手が衝撃から震える。ケイブリスがある程度怒りを制御しているという事態も異常ではあるものの、ストイックさも一種、異様とも表現できる。

 

 最悪最強と呼ばれた魔物王、魔人ケイブリスはその悪性をそのままに、IF―――そう呼ばれるもしもの可能性を突き進んでいる。

 

 IF、自分を殺せる存在を認識していたら。

 

 IF、自分の原点を忘れずにいたら。

 

 IF、投げ込まれた石が波紋となって広がり、魔人ケイブリスという存在を、正史以上の怪物へと育てていた。まだ、それは水面下に潜みながらも少しずつ肥大していく段階。だがそれでも魔人ケイブリスの進化は続く。

 

「ジルの終わりも見えてきたしな―――それにまだだ、まだ早ぇ。俺がアイツに勝てるようになるには、まだ早ぇ……」

 

 ケイブリスの呟くような言葉を拾い、そこに込められた殺意と複雑な感情の混ざり具合を感じ取ったムサシの使徒は、長刀を振るいながら僅かに、喉を鳴らした。

 

「ならばお相手いたしましょう、ケイブリス殿。某にはこれしかない故、満足行くまで人の重ねた研鑽、その技術というものの恐ろしさを覚えて貰いましょう。それが必ずや、貴殿の血肉となり、勝利へと導く事となりましょう」

 

 傲慢にケイブリスは使徒を見下す。だが侮りはしない。相手の余裕は何か、切り札を握っているという事の証だとケイブリスは把握している。自分を殺す例外の手段を持ち合わせているのかもしれない、と警戒する。そして警戒したまま、一切相手の評価を揺るがせずに、殺せると認識する。

 

 ケイブリスは狡猾である。また残虐であり―――臆病である。

 

 それ故に誰よりも生き残る事と、その嗅覚に優れている。

 

 そして、だからこそ、ケイブリスは爪を研ぐ。

 

 自分の戦う時はまだ―――まだ先だと感じ取って。

 

 最強の魔人誕生へと向けて、まだ積み重ねる。

 

 

 

 

「それでは現在の状況を説明します」

 

 作戦会議室でレビンがそう切り出した。

 

「現在人類軍は魔人ラ・バスワルドを味方に引き入れる……? 引き入れたんですかね……これ? あの、本当に引き入れたんですかこれ……?」

 

「考え出すと無限ループするから暫定介護で」

 

「では魔人ラ・バスワルドの介護を行い始めたので、国境を此方で再確保する事に成功しました。これに関して魔軍のアプローチは従来の魔物兵や魔物隊長の派遣だけであり、魔人を国境の再取得の為に送り出してくるという事はありません。問題はいまだに魔人黒部と魔人メガラスの存在によって、陸路と空路が封鎖されている事であり、このどちらかを退けない限りは私達が魔王城へのルートを構築する事は出来ないでしょう」

 

 魔王領周辺地図を広げ、確認する。

 

 魔王城へのルートは最短で東側のルートを抜ける事だが、此方は黒部が一番張り切っているエリアでもある。となると西側の迂回ルートを通るべきなのだろうが、黒部君はとても頑張り屋さんなので、此方側にも偶に走ってくる。クソが。それなしでも山岳を越えようとすると魔人メガラスが邪魔して来る。

 

「次の目標は黒部を排除するか、或いは魔人メガラスを排除するか、ですが……」

 

 レビンの視線はルドぐるみの上にだらりと倒れている俺へと向けられている―――未だに禁術の影響でロリモード継続中である俺は、正直歩いたりするよりは飛んでいる方が移動が速いため、基本的にルドぐるみの上に乗って子供の姿をしている間は移動する事にしている。威厳の欠片もないが、姿が姿なので許されたい。

 

「メガラスは古い知り合いだ。個人的には友人かなぁ、って思ってるけどあっちがどう思ってるかは解らない。ただ、悪い感情はない筈だ。だから倒せば味方に引き込める筈だ」

 

 ラ・バスワルドの言葉が本当として……ラ・バスワルドが特別にサボっている訳じゃなかった場合の話だ。その場合、メガラスを魔王の命令から解放し、此方へと戦力として接収する事が出来る。最速の魔人と呼ばれるメガラスを仲間に引き入れる事が出来れば、それだけで戦力が増強できる。

 

 正直、馬鹿正直に黒部を排除するより、メガラスを倒し、仲間に引き入れ、空から魔王城を強襲するルートを確保するのが一番だと思う。黒部は存在が軍団規模だ。此方で止めるにも軍団を動かす必要があるが、メガラスは俺達だけで済む部分もある。

 

 ただ、まぁ、メガラスの相手をする場合が大変だ。

 

「魔人ラ・バスワルドの発言によれば、魔人は魔王の絶対命令権により、本気で戦った場合にのみ、行動が自由となって好きに動けるようになるらしいです……現状、この条件を突破しているのは恐らく魔人レッドアイ、魔人レイ、そして魔人ラ・バスワルドだけでしょう。そして魔人メガラスを味方につけるのであれば、魔人メガラスの本気と相対する必要があります」

 

「……少々、難しい話になってくるな」

 

 魔人メガラスと戦う事を考えた場合の話を持ってくると、ガイが腕を組んだままそう呟き、ハンティも困った様子で頭の後ろを掻いた。

 

「アイツは《無敵結界》が存在しなかった時代から殺せなかった魔人だからねぇ」

 

 魔人メガラス。

 

 最速の魔人とも呼ばれる魔人である。

 

 宇宙人ホルスであり、元はエンジニア出身、だった筈だ。メガラスが魔人となったのはAV期、魔王アベルに脅迫され、仲間のホルスを魔軍から守る為に魔人となったのがメガラスであり、あのアベルでさえもメガラスの行動に対しては関心を抱いていたらしい。メガラス、コミュ能力凄まじく高い所あるよなぁ、とは思わなくもないが―――まぁ、考えが逸れてしまった。

 

「約……えーと……何千年前だこれ?」

 

「うーん、AV期だから大体3100年前になるかな? 100年200年ぐらいのズレは置いて。まだ私達がドラゴンだった頃の話ならね」

 

「あぁ、もうそんなにか」

 

「相変わらず時間の単位が狂ってるなこの姉妹」

 

 長生きしてるからしゃーないもん。100年200年とかもはや誤差レベルで長生きしているのは見逃してほしい。ともあれ、メガラスとはそれ以来の付き合いだし、昔はガンガン殺し合っていた魔人でもある。

 

「あの頃はなぁ、《無敵結界》が存在しなかったんだよなぁ」

 

「懐かしいよね。魔人を食い千切ったりできた時代。そして食い殺すとそのまま魔人になるってのも面白かったよね」

 

「あったあった。おかげで偶に敵か味方か全くわからなくなる奴」

 

「笑ってるんじゃねーぞババア姉妹」

 

 ハンティと二人で言った奴を抑え込みながら何発かプロレスを叩き込んでから窓から放り捨てる。仲間が作戦前に一人減ってしまったが、僕らならきっとなんとかできる筈だ―――良し。

 

 話を戻す。

 

「まぁ、あの頃から私らはメガラスとは殺し合う時があったんだけど、ドラゴンが主種族の中で戦争を常に生き抜いてきた魔人……って言えばメガラスの強さは伝わるか?」

 

「ドラゴンの戦争を生き抜いた魔人か……」

 

 今なら《無敵結界》なしであれば囲んで、集中攻撃すれば同胞達と引き換えに殺せるかなぁ? とは思わなくもない。同胞たちもなんだかんだで常に鍛えて、更なる強さを目指し続けているし。ここら辺はマギーホアの影響だろうと思う。ただ、それでもメガラスが本気で生き延びる事だけを目的とした場合、

 

 アイツを捉える方法はない。

 

「《ハイスピード》」

 

「それは……」

 

「アイツの必殺技だよ。時間を止めでもしない限りはどんな生物も絶対にメガラスを捉える事が出来なくなる。それがメガラスという奴だよ」

 

「その上で飛んでいる」

 

「だから奴と戦うのは少々骨が折れる―――カオスを当てるだけの自信がない」

 

 ガイがはっきりと断言するが、まぁ、確かにそうだろうとは思う。魔人メガラスとの戦いは、どうやってその足を止めるか、という所に集約される。まずはカオスを命中させて《無敵結界》を解除し、その上で足止めしながら戦う必要がある。結界やバリア等で物理的な逃げ場を奪って戦う、という未来においてメガラスを殺した戦術を取る事も出来るが、人間と魔人ではスペックが違う。人間が同じ戦術を取った所でメガラスを倒せるかどうかは難しい判断だ……。

 

 そう考えると、

 

「ある意味、黒部の方がまだ簡単かもしれない。黒部が相手ならカオスを当てられる。後は此方が用意できる最大火力を継続的に叩き込み続けて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけだからな」

 

「黒部を相手にするのであれば此方もそれなりの損耗を覚悟する必要があるだろうが……それは魔人メガラスを相手する場合でも変わらない」

 

「結局はどちらを選んでも、危険である事と損耗を強いられる事に変わりはありません。総統、ここは判断を委ねますよ」

 

「こういう時だけ敬いやがって……」

 

 呟きながら浮かんでいるルドぐるみの背の上でごろりと倒れたまま、うーん、と呟きつつ考える。とれるルートは陸か空、そのどちらかだけだ。満ち潮が来ていないので海ルートは現状、取る事が出来ない。それを考慮した上で今、自分たちが取るべき道はどちらだろうか?

 

 陸であれば魔王領を此方で確保し、更に進んだ所に基地や砦を建設し、侵略が楽になるだろう。

 

 空であれば空戦部隊を動かせるようになり、直接魔王城に対して奇襲する事も出来る様になる。

 

 この二つの要素を考えて考え出す選択は―――。

 

 

ルート 「よし、メガラスを倒すぞ」

 

ルート 「んじゃ、黒部を始末するか」

 

ルート 「そうだ、穴を掘ろう」




 ケーちゃん、まだまだ強くなる。

 という訳で再びのルート選択。どのルートを選んでもきっと魔王城にはたどり着けるよ。たぶんね……?

 という訳で禁術の行使代償がまだ抜けないのでロリのまま続行。


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982年 作戦フェイズ 魔王領東部ルート

 魔王領国境東部。

 

 つまり魔王城に最も近いルートであり、黒部が確認できるエリアでもある。魔王城への最短ルートを構築する為にも、黒部を突破する事を決めた。理由は簡単で、火力を継続的に叩き込めば倒せる可能性が黒部には見える事、最短ルートを確保する為、そして最短ルートにはケッセルリンクの領地への道がある、という要素である。黒部を突破したらケッセルリンクを倒し、仲間に引き入れようという作戦でもあった。可能であれば二枚抜きと行きたい所だが……まぁ、そこまで簡単な相手ではないのは、自分がよく理解している事でもあった。その為、無理に二枚抜きを狙うような事はしない。

 

 その代わりに、黒部にここできっちりとケリをつける。

 

「う―――ん、ふぅ。やっぱり前線の方が私の性にはあってるね」

 

 そう言ってハンティが体を大きく伸ばし、捻り、そして肺の中の空気を入れ替えた。今回はガイではなく、ハンティに来てもらっていた。つまり都市の防衛を一時的にバトンタッチして貰っている状態だ。日光が今、ユーザーを得て参戦したのと、相手が黒部という大規模な面積を覆う火力が必要な環境を考えると、ガイよりもハンティの方が遥かに役立つという部分がある。それ故に今回はガイではなくハンティが同行している形になっている。

 

「私は出来たら戦う事なんかせずに引きこもって暮らしたいんだけどねー」

 

 そう言ってスラルも今回は同行している。元魔王のスラルはかなり生物として高い能力を有している。本人がかなり戦闘行為に対しては消極的である為目立たないが、魔王時代から利用している必殺技の《ソリッドブラッド》なんかは完全に人間では再現不能な奥義だ。ハンティと並んで魔法を使った砲撃火力を期待して連れてきている。都市の防衛はその分、やや落ちてしまうが、そこはレガシオが一時的に穴を埋めてきている。曰く、面白いものを見れたからサービスだそうで。

 

 最近面白い出来事に関しては身に覚えがあり過ぎるからちょっとどれか解らない。

 

 やはりルドニーの事だろうか。

 

 ともあれ、

 

「今日も黒部君は元気そうだな」

 

「偵察によると興奮状態で国境から北、10㎞の距離を徘徊している様です」

 

「よしよし、距離はあるな」

 

 ルドぐるみの上にだらり、と倒れたままレビンの報告を聞き、距離があるのは悪くないと判断する。最悪、国境を超えて逃げれば黒部は追って来れない。そこまで逃げる事が出来れば、の話だが。それでも逃げられる距離があるのは悪くない話。特急うし車を今回も用意してある為、国境を超える前にそれらをチェックし、そして最後の今回の作戦、それに参加してくれる仲間に視線を向ける。

 

「今回は頼むぞー!」

 

「任せろ」

 

「暴れてもいいんだろ?」

 

「ただし、飛行禁止プレイ」

 

「縛りプレイは燃える」

 

「俺達のゲーマー力が試される」

 

「ムッムッ」

 

 地竜ノスを筆頭とした、陸上戦闘に適応したドラゴン20体だった。今回の黒部を討伐する作戦の為に翔竜山から連れてきた連中だった。

 

「ぶっちゃけた話、人間の力だけで黒部の足止めはほぼ不可能なので、ドラゴン達に助けて貰えるのは非常に助かります」

 

「気にするな。我らも闘争を生きがいとする生物だ。強者と戦えるという事実だけで十分過ぎる」

 

 レビンの言葉にノスが答え、うんうん、とドラゴン達が頷く。

 

「せんそーたのしー!」

 

「やっぱり相手はつよくないとねー」

 

「ハニー真似して新しい鳴き方を思いついたんだけど聞いてくれ」

 

「よし、やってみろ」

 

「どらほー」

 

「はい、アウト」

 

「なぜ」

 

 ほぼすべてがウォーモンガーという種族、日常的には割と脳味噌を溶かして生きている。その為、戦う時以外は割と言動があれなのは許してほしい。馬鹿じゃないのだ、決して。ただ脳味噌が半分ぐらい溶けているだけで。その中でも常識を保って見せているノスが凄いだけなのだ。そのままでいて欲しい、ほんと。変わらないで、お願いだから。

 

 ともあれ、

 

「これが今回の勝算になりますね……」

 

 レビンが眼鏡を軽く弄りながらそう説明する。

 

「やる事は簡単です。前回同様、特急うし車で黒部を牽引しつつ、持てる火力全てを叩き込んで黒部を跡形もなく消し飛ばす事が目的です。その為にはライコウ氏が日光を当てる事が出来るかどうかが問題になりますが―――」

 

 視線がライコウへと向けられ、ライコウが弓で日光を射出した。それが近くの岩塊に突き刺さるのを見て、日光が無言の助けを求める。それを全員で無視し、レビンが話を続けた。

 

「問題なさそうですね」

 

「良い根性してるぜこいつ」

 

「戦う為になんでも使う主義なので」

 

 眼鏡がきらりん、と光る姿にお、おう、と声を零しながら引いたエルドを押しのけ、テスカが口を開く。

 

「で……今回の主力となるのは魔法使いとドラゴン、って訳ね」

 

「そうです。そして今回は徹底して黒部を追い込みます。恐らく、自分の死が近づけば黒部も、ただ暴れるだけではなく、明確な反撃を見せてくるでしょう。前衛はそれに備えて常に動けるように準備だけはしておいてください―――相手は魔人です、此方の想定通りに動くなんて事は絶対に思わない様に」

 

「ラ・バスワルドの件で痛いほど思い知りましたからね」

 

 うんうん、と頷きを返しながら、空を見上げる。遠くへと視線を向ければ、空に浮かび上がりながら遠巻きに此方を監視する魔人メガラスの姿が見え―――次の瞬間には流星となってその姿が消えた。自分の出番がないと悟って消えたのだろうか。どちらにしろ、魔人を二体同時に相手すると恐ろしいほどに状況が混沌とする。レッドアイとレイが同時に襲い掛かってきた開戦の時の出来事は、忘れたい話だった。

 

 【撃滅隊】の面々を見渡し、準備が整っているのを見て、

 

「良し! 黒部を倒して魔王城までのルートを確保するぞ! うし車に乗り込んで作戦を開始するぞお前ら!!」

 

「おぉ―――!!」

 

「その姿で言われても威厳がねぇぜ!!」

 

「可愛らしいぞ大将!!」

 

「《ガンマ・レイ》」

 

 戦闘開始前から味方をまた減らす事になってしまった。

 

 何故世の中は馬鹿だらけなのだろうか。

 

「メインプレイヤーの系譜……だな……」

 

 ノスがドラゴン達を見てから、馬鹿をやっている人間を見て、静かにそう呟いた。

 

 

 

 ―――妖怪王黒部。

 

 かつては藤原石丸の盟友として大陸を駆け抜けた妖怪王。聖獣オロチの牙から生まれたとされる妖怪である黒部は、自分の体から妖気を発する事の出来る妖怪であり、それが理由で妖怪をJAPANの外へと連れ出す事の出来る存在だった。だが元々の黒部は高潔な精神……とまではいかないが、それでも善性の持ち主であった。それは盟友である石丸と共に大陸を駆け抜けて制覇するも、無駄な虐殺を生まずに妖怪を率い、従え、妖怪王と呼ばれていた事から解る事でもあった。決して悪い男ではなかった。

 

 だが妖怪王黒部は、石丸の死と共に狂った。

 

 魔人レッドアイに寄生される事で捕獲された黒部はそこで当時の魔王ナイチサに魔人化させられ、絶対命令権の行使によって自分の手で弱っていた盟友、石丸を殺す事となった。正史と呼ばれる歴史よりも石丸が長生きしたのは、大陸に進出する前に魔人に対する知識がある程度存在し、そして強さを高めていたからだ。だがそれで魔人に勝てるという訳ではない。その時点では魔人を倒す手段はまだ、人類には用意されていなかった。故に石丸は当然の様に敗北し、当然の様にJAPANまで押し戻され、崩壊し、

 

 そして魔人となった盟友によって殺された。

 

 そして石丸を殺した時、黒部は己の所業を知覚していた。

 

 そして同時に、それで発狂した。そしてそれで黒部を責める事の出来る存在はない。悪魔的所業とも表現できるそれによって完全に心を黒部は破壊され、ナイチサの手駒―――新たな魔人戦力として魔軍に加わった。

 

 そうやって、黒部は今に至る姿を見せるようになった。正史には存在しなかった魔人、ナイチサが生み出した悲劇の住人。

 

 それから時間が経過しても、黒部に理性は戻らない。

 

 もう、完全に壊れてしまったのだ。

 

「考えれば考える程憐れな奴だ」

 

 うし車の上から見え始める、魔王領の荒野を歩く黒部の存在を見つける。まだ此方に気付く事もなく、焦点の合わない視線を遠方へと向けて、彷徨う様に歩いている。その一歩一歩が大地に足跡を生みながら妖力の痕跡を残し、大地を穢している。憐れとしか表現しようのない黒部の姿を目撃し、うし車は加速する為に待機し、黒部の姿を目撃して、全員が準備に入る。

 

 その戦闘の気配を、黒部が捉えた。超本能的に、視線の焦点はあっていなくとも、戦いの前兆、それだけで自分に迫る危機を感じ取っていた。或いは理性が消えたからこそ、更に鋭敏になっているのかもしれない。凄まじい速度で揃っている此方へと視線を向けて、

 

「お、ォ―――オ―――」

 

 黒部が喉を震わせる。妖力が一気にその体が溢れ出す。

 

「チ、気付く前に砲撃を始めたかったけどそうもいかねぇか―――行くぞお前ら……!」

 

 戦闘準備にルドぐるみの上に乗ったまま、魔法陣を多重に展開する。それで戦闘を行う準備を整えながらうし車が走り出す。それに追従する様にゆっくりと此方へと向かって黒部が足を踏み出し、大地を踏み潰しながらその背後に妖力を爆発させ、津波の様な妖怪の群れを生み出す。異形の、未成の妖怪、特殊な力もなにもない、妖怪でしかない妖怪の群れ。

 

 それが黒部の昂りと共に現れた。

 

おおおおオォォォォォ―――!!

 

魔人黒部

 

支援配置

 

絶対狂気
魔法陣4/4

妖怪大津波
特急うし車

無限の妖力
ドラゴン

《無敵結界》
《UL体質》

《勇者特性》

 

「《火炎流石弾》ッ!」

 

 《魔法Lv3》技能を持つハンティの魔法によって戦闘が始まった。開幕から放たれた《火炎流石弾》の魔法が一瞬で黒部とその周辺の空間を飲み込んで、爆熱を巻き起こしながら焼却していく。だがそれを走り出しながら黒部が突き抜け、無傷のまま咆哮する姿が追いかけてくる。スピードを出して走り出したうし車がそれから逃げる様に距離を開け、黒部との間に一定のスペースを作りながら速度を維持する。

 

「あー、やっぱ《無敵結界》はちゃんと張ってるか」

 

「お任せを」

 

 そう言うと弓から刀が放たれた。それは一直線に飛翔し―――黒部に刺さった。召喚魔法によって黒部に突き刺さった日光は回収され、必中の射撃によって黒部の《無敵結界》が割れた。

 

 それを確認し、良くやったとエールを送りながら叫ぶ。

 

「開戦ッッ!!」

 

 《ガンマ・レイ》、《黒色破壊光線》、《火炎流石弾》、《ソリッドブラッド》、《白色破壊光線》、《一点矢破》、必殺技や魔法が一斉に放たれ、

 

 大地を焦土に変える魔人・黒部戦が開幕された。




 という訳で魔人黒部戦。善かいとは違って殺すつもりで撃破する面子、装備、準備が整っているという事で、突破出来るかな!

 黒部は本当に憐れな奴で、この二次における一番運命が捻じ曲げられた奴かもしれない。


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982年 魔人黒部

「《火炎流石弾》!!」

 

「小娘の魔法如きに後れを取るな、我らの力を見せつけろ!」

 

「いえーい、皆見てるー?」

 

「ブレスの代わりに昨夜のハニー吐いているのが此方です」

 

「ヴぉぇ」

 

「あ゛あ゛あ゛、マジでハニー吐いているこいつ―――!」

 

 ブレスの代わりに一体、ゲロを吐いて何時の間にか食っていたハニーを吐き出しているドラゴンも居るが、支援隊として参上したドラゴン達がメガラスにターゲットされないように、うし車に速度を合わせながらブレスを吐き、地表を薙ぎ払っている。それに合わせて放たれる魔法の豪雨が地形を変形させながら、徹底して魔王領国境付近を焦土へと変えて行く。連続で発生する爆発と硝煙が空間を歪めて行き、そこに更に《ガンマ・レイ》で攻撃を圧縮貫通させて爆散させて行く。連続で放たれる魔法の必殺技の連打が即座に溜め込まれたアイテムによって魔力を回復され、連射できるように態勢を整えて放たれる。

 

「《ガンマ・レイ》! 《ガンマ・レイ》! 《タワーオブファイヤー》! 《クールゴーデス》!」

 

「見事にバスワルドちゃんからパクったな大将……」

 

「俺が!! 人類で!! 一番偉いからな!! GL大魔法《ラグナロク》ッッ!!」

 

 ラ・バスワルドは流石にまだ破局を()()()()()()()事が出来ない為、【撃滅隊】には連れてこれない。手加減する事を覚えてくれればまた話は別か、或いはマギーホアの様に()()()()()()()()()()()()()()()()()()のであれば問題ないが、今の彼女にはそれがないため、一時的にマギーホアに自分が留守の間は預けて、何とかあの緑光のコントロールを叩き込ませようとしている。少なくとも本場の二級神相手に戦えるという事は、マギーホアには()()()()()()()()()()()()()()()()がある筈だ。

 

 なら消滅や消去みたいな干渉は通じない。……まぁ、マギーホアも新しい弟子を取るのを楽しそうにしていたし、それは良いのだ。ただ、そうなるとロリっている間、ルドぐるみでぶん殴れない自分が暇になる為、

 

 ラ・バスワルドから魔銃を強奪してきた。

 

 若干泣いてた気もするが気にしない。何時もはルドぐるみを浮かべている術をクールゴーデスとタワーオブファイヤーにも適用し、それを浮かべながら遠隔操作する。その威力はラ・バスワルドが使っていた時よりも大きく落ちるが、それでも《ゼットン》や《絶対零度》クラスの射撃を行える武器は、非常に凶悪だ。近接主体で戦えない分は、これでカバーする。

 

 《ガンマ・レイ》と合わせ、三色の砲撃を連続で黒部へと向かって叩き込んで行く。

 

 その上半身が消し飛び、続く《火炎流石弾》と《黒色破壊光線》に《疾風一矢》の連続必殺技コンボに下半身が吹っ飛ぶ。

 

「消し飛べッ!」

 

「必殺ぷちハニー吐き」

 

「お前どんだけハニー食ってきたの」

 

「あの焦げたコロッケみたいな感じが忘れられなくて……後胃の中で爆発するぷちハニーの感触心地好くない?」

 

「ねぇわ」

 

「えー……」

 

「そのクッソ緩そうな会話を止めろお前ら!! 感触が気になるわ!!」

 

 黒部の上半身と下半身を消し飛ばした空間を更にドラゴンの砲撃が連続で空間そのものを爆裂して吹き飛ばす。消し飛んだ肉体の破片を更に分解して消し飛ばす様に削りながら消滅させようとして―――しかし、咆哮が虚空から響いてくる。大蛇が大地を這う様な音がする。妖怪大津波の中腹が孕む様に肥大化し、

 

 破裂した。

 

お、お、お、お、ォォォ―――! 俺をはァ―――!!

 

 黒部が産み直された。その肉体は更に大きく、更にグロテスクに、触手や異形の肉体を生やし、体から更に体を生やしながら空へと向かって咆哮する。その異形の姿は()()()()()()()()()()()のを理解させられるだけの威圧感を放っていた。だがその登場に、妖怪大津波は勢いを削られ、速度を落とした。それこそ走りながら、逃げながら戦えるレベルにまでは―――黒部を削れた。

 

「カムイ・デックス、突貫します!」

 

「ッ! 勇者が突っ込むぞ! 援護しろ!」

 

「拙者も参ろう」

 

「一番槍はずるいぞ坊主!」

 

 その瞬間を機と見た瞬間、前衛勢が一瞬でうし車から射出される様に飛び出した。このまま距離を保って砲撃を続けるか? いや、それではまた繰り返すだけかもしれない。だとしたらここで、一気に殺すのが正解だろう。二挺の魔銃を仕舞いながら右腕に魔法陣を纏い、GL大魔法を放つ為の発動段階を進めて行きながら、戦場を眺める。

 

「エスクードソード! はぁぁああ―――!!」

 

「ゆくぞ日光」

 

「俺もなんかかっこいい名前の武器が欲しいぜ」

 

「俺も俺も」

 

 勇者を筆頭とした人類最強グループの人間が、黒部へと突貫した。一瞬で更に巨大化、肥大化、異形化した黒部へと接近し、その巨体に斬撃を刻む。その衝撃が空気を割りながら音を超え、空間を超えて響いてくる。それに合わせ一瞬で魔法使いが砲撃とサポートにシフトをチェンジする。そしてそれに合わせ、ドラゴンが援護を作る動きへと変える。直接黒部へと攻撃するのを止め、その周辺、背後―――つまりは勢いが削がれた大津波へと向かったブレスの砲撃を行い始めた。

 

 黒部の足が止まり、それが飛び出した前衛に集中する。それに合わせ大津波が動きを止め、ドラゴンの咆哮に削られていく。普段は動きを止めない大津波ではあったが―――黒部復活のリソースをどうやら、大津波から捻出している様だった。

 

 つまり、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()ァッッ!!」

 

「承知ッ!」

 

 エスクードソードと日光が閃く。交差する斬撃が複数生えた黒部の頭を切り落とす。それでも黒部は死なない。新たな頭を生やしながら前進し始める。それを槍が足を貫いて大地へと固定させ、新たな槍が腹を貫通して背後の津波へと繋がる。

 

「お、ぉ、ォ―――! 、はははハハハァ!!」

 

 首を断たれながら再生した黒部が笑いながら上半身を二つ生やしながら腕を八本にまで増やし、脊椎を引き抜いたような斧を自分の体から引き抜いた。そして、狂いながらそれを振る。

 

 それだけで大地がひっくり返り、荒れ、吹き飛び、そして粉砕される。

 

 響く狂笑の中で、八本の脊髄斧を振り回しながらオロチの力を引き出す黒部は完全に壊れた姿で重力にも干渉を始める。凄まじいまでの重圧が一帯を覆い込み、それを津波が飲み込もうとする。

 

「ざけんじゃねぇ! 黙れ! うるせぇ! それは俺の専売特許だ!」

 

 重力に対して此方からカウンターを仕込み、重力結界を相殺する。一瞬だけ生まれる重力の束縛から解放され、前衛の姿が薙ぎ払われ―――回避する。

 

「ひゅー! 危ねぇ!」

 

「だがこれならいけます―――殺し切れます!」

 

「ならば往くのみよ……!」

 

 俺も、元の体のサイズに戻れたらなぁ、と悔しさを僅かに覚えながら野郎共が前衛として黒部の連続攻撃を回避しながら笑い、斬撃を刻んで黒部の体を少しずつ削って行く姿を確認する。そしてその体の部位が切り飛ばされるたびに、

 

「良し、来た!」

 

 それを最上位魔法で迷う事無く消し飛ばす。

 

 その連携を続ける。

 

 ドラゴンが津波が前進しない様に全員で咆哮し、それを吹き飛ばし続ける。その間に前衛が切り込んで回避しながらなるべく受けようとはせずに、いつの間にか10へと増えていた黒部の腕と脊髄の斧を回避しながら斬撃を刻み、体の部位を切り飛ばして行く。そしてそれが斬り飛ばされた瞬間、

 

「《ソリッドブラッド》ッ! 流石にこうも連発すると辛くなってくるわね」

 

 それを迷う事無く消し飛ばしていく。スラルが愚痴る様に言葉を放ちながら前衛にマルチタスクで同時に《四重魔法バリア》を張って保険をかけて行く。攻撃と同時に支援を行う彼女の存在を頼もしく思いつつも、横から隊員達の声が聞こえる。

 

「ごめん、魔力が切れたわ。補給する」

 

「じゃあ交代だな」

 

「いや、補給しながら戦うわ」

 

 エスクードソードが音速を超えて何度も何度も斬撃を重ねる。勇者の姿が霞んでは攻撃を足場のように、完全に見切りながら前に踏み出し、攻撃を繰り出す。だが日光の場合は全く違い、攻撃そのものを斬撃で斬り殺しながら前進し、黒部へと直進しながら踏み込み、すれ違いざまに真っ二つにして殺す。そしてそれを成し遂げた瞬間に散開する。

 

「っしゃああ、来た! 《ラグナロク》!」

 

 黒い暴風が発生地点を飲み込んで、更に後方の大津波を真っ二つに割いた。大地を飲み込んで消滅させながら黒部を跡形もなく消滅させ―――津波が圧縮しながらその姿を変貌させて行く。強大な妖力が生物の形へと変わって行く。

 

 鱗を生やし、尻尾を持ち、頭を複数持った―――黒部の犬の様な妖怪の姿と、オロチを混ぜたような、中間の、凄まじい巨体の姿を。

 

「《ラグナロク》!!」

 

 ストックしてあるカラークリスタルを割りながら第三の目を開く。そしてそのままノータイムで無詠唱でGL大魔法を放った。生み出された全ての妖力を圧縮して作成された魔人の姿に大魔法を叩き込むも、復活した《無敵結界》に攻撃が阻まれる。ファック、と叫ぶのと同時に超広範囲に重力結界が生み出される。

 

「ファック! ユー! 重力操作で俺に勝とうなんざ数千年早いんだよ!」

 

「流石おばあちゃん!」

 

「今なら合法ロリ!」

 

「お前ら終わったら絶対に地獄見せてやるから覚悟してろよぉ―――!!」

 

 放とうとしていた魔法を全てキャンセルし、魔力と思考リソースを全て重力結界の相殺に対して向けた。50倍重力の死をそれで相殺する。ナイチサ、魔人対策に思いついた手段をまさか使われるなんて考えもしなかったが、あの頃の失敗が無ければ即座にカウンターでブレイクさせる事も出来なかっただろう。そう思いながら重力の干渉合戦を黒部と行う。

 

 その間に、他の皆が戦う。

 

 この戦いはラ・バスワルド戦とは真逆の方向を進んでいる。

 

 あの戦いはひたすら俺だけが頑張った。俺だけが戦った。

 

 だが今はどうだ。

 

「それは、もう見切りました―――!」

 

 言葉と共に勇者が黒部の多重に放たれる、完全にランダムな斬撃を全て回避しながら接近し、攻撃を叩き込んだ。それに合わせ、斬撃に重ね合わせる様に槍と弓を連続で放ちながら日光で斬りかかる武士が接近し、武器を破壊しながら黒部の頭を粉砕した。それに合わせ槍が再び四肢を拘束する様に貫通し、連続で放たれる弓が体を後方へと押し出す。

 

「忘れられては困る」

 

 そしてその姿を背後からノスが体当たりで粉砕する。黒部の体が粉々に砕けようとして、妖力が体を繋ぎ合わせ、再生する。

 

 だが殺せば殺す程、その速度は落ちていく。ドラゴンと悪魔が混じっているとはいえ―――主力はメインプレイヤー、

 

 人間だ。

 

 人間が己の力で魔人を相手に勝っている。

 

 本来、ありえない事だった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「お、ららららら―――ウラララララァァ―――!」

 

 雄たけびを上げながら斬撃を加速させながら剣士が切り込んで行く。斬撃そのものが結界となって攻撃を弾きながら直進し、その合間を仲間が突撃して行く。素早い突撃で攻撃を重ねながら、後続から続く仲間たちに次への攻撃をバトンタッチして行く。

 

「こいつで、どうだ!」

 

「はーっはっはっは!」

 

「ライコウさん!」

 

「勇者殿、合わせよう!」

 

「おいおい、おっさん抜きで進めるのは寂しいぜっ、と!」

 

「人間に遅れるな者共」

 

 一撃を受ければ間違いなくそのまま死ぬであろう攻撃をしかし、回避し、時にはガードがそれを受け止めて流しつつ、ダメージを《魔法バリア》で軽減し、《ヒーリング》で回復しつつ、

 

 しかし、恐れる事無く前に進んでいた。

 

 その一番前に立つのは勇者カムイ、JAPAN最強の武士と、隊の中でも年長の部類に入るエルドの三人だった。三人が率先して隊全体を引っ張っている。危険の中へと飛び込みながら黒部に突撃し、後続の攻撃を導いている。その姿を見ながら叫ぶ、

 

「仲間をやらせるんじゃねぇぞお前ら……!」

 

「ここで、私達がミスったら格好悪いにもほどがあるものね。あ、一人ダウンした」

 

「回収! 回収しろ!」

 

 黒部の攻撃を受けてダウンした仲間を素早く回収しながら入れ替え、黒部に攻撃を行ってゆく。それが通るたびに少しずつその体を覆う妖力が削れて行き、異形化が悪化して行く。だがそれを恐れる事無く進み、削り、そして消し飛ばして行く。一人で軍団規模はあった大妖怪、妖怪王、魔人黒部は、

 

 その巨体を失い始めていた。

 

 鱗はその体から剥がれ、ぐずぐずの肉が腐り落ち、

 

石丸……すまない、石丸、俺は、俺はァ……

 

 それでもずっと、藤原石丸への謝罪を続けていた。狂気の奥底、戦い続けて死を目前とした黒部の前に晒されるのはそれだった。謝罪―――罪悪感。藤原石丸を魔王の絶対命令権で縛られ、動かされても、

 

 それでももう戦えない盟友を自分で殺した事への罪悪感。

 

 今でもずっと、二度と来ない許しを求めて狂気に陥っていた。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 それを、エスクードソードを逆手に握ったカムイが看破し、宣告しながら踏み出す。

 

「死人は何も語りません。戦友が死んで望む事なんてもう解らないんです。だから納得するしかありません。僕は初陣で一緒に戦った、名も知らない戦友が死んだ時にそう学びました―――貴方もそうじゃなかったんですか……?」

 

 だがそれに黒部は応えない。残された一本の腕で巨大な骨斧を振るう。薙ぎ払う様に妖力で全てを薙ぎ倒し、破壊しようとする。

 

「ほい、《魔法バリア》」

 

「追加で《火炎流石弾》」

 

「おまけの《ガンマ・レイ》だ!」

 

 それを三人の魔法の連撃でカットし、粉砕しながら道を作る。守り、砕き、そして貫く。連携を取って戦う事こそが人類の強み。それを発揮する様に黒部の攻撃に超魔力を三人で発揮する。それに合わせ、ドラゴンのブレスが一斉発射された。それを咆哮する黒部が武器を破壊しながら相殺し、

 

 その背後を日光を構えたライコウが取った。

 

 反対側を挟む様に、勇者が取る。

 

「自分で許せる……そんな日が来れば良かったんですけどね……」

 

「だがもう遅い―――手遅れだ」

 

 一切の慈悲のない斬撃が振るわれる。土壇場で目覚める、助かる、奇跡が起こるなんてものはこの世界には。故に当然の様に斬撃は振るわれた。エスクードソードが体を割り、日光がそれを更に分割した。斬撃の通った黒部の体は今度こそ動きを止め、血の涙をその目から流した。

 

「お……ぉ、ぉお……俺は、これで、石丸に、謝りに―――」

 

 黒部が放つことのできる言葉はそこまでだった。今度こそ、完全に妖力の尽きた黒部は再生する事もなくその姿を変えた。

 

 魔血魂へと。戦いが終わり、大地に転がった魔血魂を前に、誰もが静かになり、浮遊しながらそれに近づく。それを浮かべながら拾い上げる。

 

 ―――石丸の魂は月餅へ、妖怪に魂はないんだ。死んでも会えないんだけどな……。

 

 最後まで、全く救われない魔人だった。とはいえ、勝利は勝利だ。

 

 魔血魂を掲げながら宣言する。

 

「俺達の勝利だっ!!」

 

 その宣言に一瞬で大地が沸き立った。歓声と咆哮が空に轟き、魔人を殺害するという偉業に全ての人の心が躍った。

 

 これにより―――魔王城へと繋がる道が、漸く生まれた。




 という訳で最初の脱落者、というか死亡魔人は黒部くんに。メディウサ? あいつは開戦前に死んだ魔人の恥さらしよ。

 魔人の死自体は前時代にもあった。だけど人間が主体で魔人を殺害する、というのは《無敵結界》実装以降ではメインプレイヤー初の快挙だったりする。やはり勇者と偶に出て来るバグスペックの人間は強い。

 そして!! ウル様が!! ロリで!! 支援絵を貰ったよ!!

 しかも秒速でAA化されてたよ! 表情差分も増えたよ!! どういう事だ!! しかし嬉しい!! ありがとう!

 喜びで溺死しそう。


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982年 拠点フェイズ

 人間による魔人の討伐。

 

 《無敵結界》が生まれて以降、それを突破して魔人を殺す事に成功した存在は伝説のカラーと呼ばれる女、ウル・カラーただ一人であった。この事実はある意味、しょうがないとも説明できる。その最大の理由は魔人という存在への理解、そして《無敵結界》というシステムへの理解である。そもそもが、魔人でさえ《無敵結界》をただのバリア程度にしか認識していないのが多数というのもあった。そしてこれがあれば無敵等という認識もあった。そのシステム的な部分に関する知識が足りておらず、そして魔人という存在のスペックに勝てる人類が存在しなかったのにも原因がある。

 

 だが今は人類の絶頂期とも表現できるだけの知恵、そして力がある。過去最高峰の知能、そして実力者を集めた現在の城塞都市国家ククルは世代で言えば、超近代化が進んでいる都市だと言える。そしてそこに集まった人材による教育と強化で、人類は数多くの知恵を手にした。その一つに魔人等に対する知識もある。

 

 正しい知識は、積み上げるものを生み出す。そしてそれによって人類は漸く、魔人を正しく捉える事が出来る様になった。それに加えて極まった人類の種としての強さ、それが漸く魔人と戦えるステージまで人間を引き上げ、

 

 魔人討伐という偉業を成し遂げる事に成功した。

 

 魔人ラ・バスワルドは味方に引き入れた上で個人の相対で終わらせたため、実感が薄かった。

 

 だが明確に討ち取られた魔人黒部とその魔血魂は人類が《無敵結界》によって決定打を失って以降、初めて魔人を殺害する事に成功した証でもあった。苦しめられ、そして仲間を大量に殺されてきた魔人。それを漸く討ち、殺す事に成功した証。それは絶大な興奮と達成感を彼らの中に生んだ。

 

 特別ではない。

 

 人間だ―――人間でも魔人を殺せる。

 

 その事実が数十年の終わりが見えなかった戦、そこに熱狂を、希望を見せた。何十年間も防衛を続けてきた城塞都市国家ククル、だが今まで成果を挙げる事がなかった戦いは漸く魔人討伐という形で姿を見せた。何よりも、その討伐に関わった者で犠牲者は皆無という結果は、あまりにも奇跡的で、しかし希望に満ちていた。

 

 これにより、魔人討伐を祝す宴がククルにて行われた。

 

 

 

 

「……魔王城東ルートなら最短で進めるけど、ここに陣取っているのは魔人四天王と呼べるケッセルリンクと……カミーラか」

 

「そこに新しく偵察してみれば、隣接地域は結晶化した荒野の様な場所になっていましたね。人馬が融合した剣の様な生命体が結晶化した荒野の中央を陣取っています」

 

「永劫の剣だな。平行悪魔界から連れて来たか……厄介な奴め」

 

「永劫の剣、ですか」

 

「《付与Lv3》を手にした生きる剣みたいなやつだよ。刺した相手を自分に付与する事で無限に強化される怪物だ」

 

「それはまた……困る相手ですね」

 

 レメディア・カラーは囚われたままだろうか? 直接見てみない限りは解らないが―――それでも相手にする上では一番面倒なタイプだ。なるべく、戦いたくはない。ミスった場合に仲間が死ぬだけではなく、相手の強化に繋がってしまうタイプのエネミーなんてクソクソのクソでしかない。やるとしたら最強格のみを集めた完全奇襲で跡形もなく消し飛ばす事を前提にしない限りは戦う気にすらなれない。俺の見えないところで自滅して死ね! としかコメントが出てこない。魔血魂注入による狂化でどうせ寿命伸びているんだからやっぱり死ね。

 

 何時か殺す。

 

 そう思いながら外では宴に踊っているククルを放置し―――軍師レビンと諜報トップであるパンドラ、そして戦略を考えるのが得意なスラルを含めた四人で、これからの動きを確認する為に作戦室に籠っていた。他の連中が騒いでいる間、この流れを壊さない為にも、次へと繋げる為の作戦を話し合う。

 

「西ルートを取ればアイゼル、パイアール、ガルティア、となっていますね」

 

「アイゼルは軍団戦が得意だから少人数だとそこまで怖くないのよねー。パイアールも基本やる気がないし。ただガルティアがねー。本質的に彼、戦士だから味方ではあるけどそれはそれ、これはこれ、で本気で戦って来そうなのよね」

 

「ケッセルリンクにも同じ事が言えるだろう」

 

「まぁ、そうなんだけどね。それでもガルティア、ストマックホール容赦なく使ってくるわよ。でもそこまでの道を考えるとケッセルリンクに正面からぶつかる方が楽かしら」

 

 ガルティアとケッセルリンクを比べると、やはりケッセルリンクの方が化け物染みて強い。とはいえ、ガルティアも一撃必殺の手段を持ち合わせているのだ。その事を考えると、判断に困るが、それでも全体的な難易度は西ルートの方が低い。東ルートは強力な魔人が揃っているというのもある。

 

「時間効率を取るなら西を連続で突破するのが良いでしょう。今の【撃滅隊】は黒部討伐で勢いがあります。これを利用してアイゼル、パイアールを突破するのは難しくないと判断します……ですが魔王ジルの実力が未知数です」

 

「そうね、私個人としてはケッセルリンクとガルティア、二人共確保したいって気持ちね」

 

「俺もおおむねその意見に同意する」

 

 個人的には東ルートを通って、ケッセルリンクを撃破して魔王城に到達、そこを経由して西最奥のガルティアへと接近し、撃破して仲間にしたい。ガルティアとケッセルリンクは個人的な忠誠をスラルに誓っているから、魔王ジルと戦うと言えば仲間になってくれるだろうと思う。この二人を仲間にすれば魔人戦力で接収できそうなのは全部仲間になる。そうすればいよいよ魔王ジルとの戦いに挑戦する事も出来る。

 

「その……魔王というのは、そこまでして戦力強化しないと勝てない存在ですか? 今の隊は脱落者なしで黒部に勝てました。その事を考えれば魔人ガイ等の戦力を入れた状態であれば……」

 

「あー……」

 

 レビンの言葉にそうか、と呟く。

 

「お前らはまだ魔王を見た事がなかったんだな」

 

「はい。話には聞きますが……魔人よりも凶悪な存在と聞いているだけですので」

 

「私もそこまでは偵察には踏み込めませんので」

 

 その言葉にそうねぇ、とスラルが呟いた。

 

「まぁ、簡単な説明をすると……そうね、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のが魔王の実力だって言えば解るかしら?」

 

 スラルの説明に対して、隊員でもあるレビンとパンドラが苦い表情を浮かべた。二人共先日の黒部討伐には加わっていたため、どれだけの激戦を経験したのかを理解している。黒部との戦いは一歩間違えれば肉体が跡形もなく消し飛ぶような、薄氷の勝利だった。カムイの勇者特性で完全回避できたのと、ライコウがバランスブレイカー級の実力者であったおかげで攻め手に転じる事が出来るレベルの相手だった。そうでなければガイ辺りの援軍が必要になっていただろう。

 

 愚かではないので、それを二人は良く理解している。

 

 殺す度に強化して蘇る魔人黒部、その存在を一瞬で消滅させられる。それだけの力がジルにはある。

 

「人間の1レベルの力を1として表現した場合、魔人の1レベルでの力は2から3って表現できる。んで―――これは魔王の場合、10だ」

 

「……成程」

 

「ちなみに俺やハンティも素が上級魔人級だから大体3ぐらいある。ドラゴン時代の姿に戻れるなら4から5ぐらいは出せるかもしれねぇけどな」

 

 それだけ、ドラゴンという生物の姿は強い。ぶっちゃけ、《槌戦闘Lv3》を使うよりドラゴンの姿で戦う方がもっと強いのでは、と思えるレベルで身体の怪物なのだ。その中でも俺は特に才能がある方だし。ただ、まぁ、もう二度と戻れる事はないのでそこら辺は諦めないとならない。

 

「俺、ハンティ、スラル、勇者、マギーホア様、ガイ、ケッセルリンク、ガルティア、バスワルド、ドラゴンの支援隊、隊全員……これで漸く可能性が生まれるレベルか? 後は異世界から援軍が来てくれればいいんだけどなぁ……」

 

 闘神ナクト辺り、永劫の剣を殺しに異世界渡ってこない? 永劫の剣、《無敵結界》とは別にバリア持ちで破壊奥義がないとダメージはいらない上に張り直すし。後はナス。別名狼牙。あの番長も割と人類トップクラスの怪物だから助けて欲しい。というかアリスパラレルと繋がっているならガチで援軍が欲しい。

 

 あまり、口にはしたくはないし、絶対に言えないが、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 根本的にまだ戦力が足りない。魔王と戦い、そして勝利する為の。根本的な戦力が足りていない。魔王クラスと戦うには魔人戦力をある程度加えた上で、死を覚悟して全てのリソースを吐き出す必要がある。その事を考えれば魔人との戦いなんてまだ生易しい。だからラ・バスワルドにも戦えるようになってもらわないと困る。

 

 魂を賭けてこの戦いに全てをつぎ込んでいるのだから。

 

「……となると東ルートです、ね」

 

「空は諦めよう」

 

「そうね……ケッセルリンクがいいわね、次は。そしてその後に軽くカミーラ殴ってガルティアかしら。倒す必要のない魔人はスルーしましょう」

 

 ま、そうなるだろう。とりあえずの方針を決めた所で、話を一旦区切り、パンドラとレビンにおら、行ってこいと指示を出す。

 

「後は俺とスラルちゃんで片付けておくから、宴を楽しんでこい。お前らの短い人生、そう何度も楽しめる事じゃないだろう」

 

「いえいえ、魔王を倒した時にもっとはしゃぐのでいいです―――と、言いたいところですがご好意に甘えさせて貰いますね」

 

「ありがとうございます、ウル様。ではしばし休みを貰います」

 

 レビンとパンドラが頭を下げてから作戦室を出て行き、スラルと自分だけが部屋に残された。椅子に寄り掛かりながらふぅ、と息を吐いて、残された右腕で顔を覆う。息を吐きながら、漸く黒部討伐という一歩目を踏み出せたのは良いものの、

 

「あー……疲れた……」

 

 呟きながら、疲れの溜息を吐いた。それにスラルが笑いながら言葉を返してくる。

 

「お疲れ様」

 

 そう言いながら近寄ってくるとまだ小さい此方の体を持ち上げ、膝の上に乗せて来る。子供扱いしないでくれ、と文句を言いたかったが、そうするだけの気力もないので、大人しく子供扱いされる事にした。思えば、自分が子供扱いされる時代なんてほとんどなかったし。膝の上に抱えられた状態でよしよし、と頭を撫でられてしまった。

 

「貴女は良く頑張っているわ。それは私が良く解ってるから」

 

 スラルが慈しむ様に呟き、それにうん、と呟いてしまう。ふぅ、と息を吐き、スラルに寄り掛かりながらゆっくりと口を開いた。

 

「疲れた。眠い。数百年ぐらい誰とも関わらずゆっくりしたい……」

 

「うん」

 

「美味しい飯だけ食ってぐーたらしたい」

 

「うん」

 

「何かを気にする事もなくゆっくり冒険して回りたい」

 

「そうね」

 

「……よし、愚痴終わり」

 

 スラルの膝の上から降りて、背筋を伸ばす。少し、吐き出すだけでも割と楽になる。少なくとも一人で戦っている訳じゃないのはもう解っている事なのだから、ちょっとだけ、寄り掛からせて貰う。吐き出せたので、それだけでだいぶスッキリした。こんな所、とてもじゃないが皆には見せられないし。偶に吐き出せる場所があるだけ良かったと思う。マギーホアに毎回聞いてもらうのも恥ずかしいし。いや、スラルもそれは変わらないのだが。

 

 それでもまぁ、

 

「ほら、俺強いし」

 

 だから弱音は言っていられない。それでもちょっと困った時は頼らせて貰う。

 

「それにな」

 

「うん?」

 

「今、俺凄く楽しいよ」

 

 笑うしかなかった。苦しいし、辛いし、そして先行きが全く見えない未知を進んでいる。これは正史には存在しなかった戦争だ。正史においてはもっと小規模で、そしてガイが終わらせた戦いだった。だけど何を間違えたのか、今では俺が人類総統として立って、人類を導いている。

 

 そして、ジルと戦っている。

 

 未来が解らないのは不安だ。情報があてにならない部分もある。だけど、それでも、

 

「全力で生きているって感じがするんだ。活力が全身にみなぎる。辛い事もあるし、苦しい事もある。祈って縋りたくなる時だってあるけど……そこには楽しい事で溢れているんだ」

 

 きっと、それを人はこう言うのだろう、

 

 ―――生きる、と。

 

 俺は生きている。忙殺されながらも、足掻き、苦しみ、しかし充実感に満たされて生きている。この日常がどこまでも楽しく、そして美しく感じられる。この100分の1でもいいから、ルドラサウムにも経験して欲しいと思える。この楽しさと苦しさを、喜びを、

 

 生きる、という事の難しさを。

 

「ねぇ、ウル」

 

「なにかな、スラルちゃん」

 

「好きよ」

 

「まだ友達で」

 

「いけず」

 

 その言葉に笑いながら窓の外を見た。魔人討伐記念に宴が開かれククル全体が活気に満ちている。この暮らしを、文化を自分は守っている。こういう日々が続けばいいと思う。だけどこの日常には足りないものがある。

 

 一人だけ、反対側に居る子がいる。

 

 それを此方側へと引っ張り出す為にも、

 

「絶対勝つぞ、スラル」

 

「ま、死なない程度にね?」

 

「お前なぁ……」

 

「それよりもほら、仕事は後回しでもいいんだから、私達も軽く外にでましょう?」

 

「別に今じゃにゃぁ―――」

 

 反論を許さぬスラルが此方を持ち上げると、そのまま悪魔特有のワープで一瞬で街中へと飛び出す。そこには隊の面々もおり、

 

「お、ウル様じゃねぇか! こっちで飲もうぜ!」

 

「馬鹿言ってるんじゃないわよ、今のウル様子供じゃない」

 

「いや、姉さんなら大丈夫でしょ。子供の頃には他のドラゴンを掘ってたし」

 

「すげぇわ……」

 

「真似出来ぬな……」

 

「えーと、すいません、掘るってどういう意味ですか?」

 

 人の黒歴史をばら撒くハンティを睨みながら溜息を吐き、

 

 自分も日常の輪へと加わりに行く―――守るものを少しでも感じる為に。

 

 まだ、戦いは続くのだから。




 人類初の魔人討伐。まぁ、そんな事を見せたらやっぱり人類全体で盛り上がるよね、って言うのをしつつ次のターゲットに関するお話。未登場だったらオリジナルの魔人の話も出て来たね?

 という訳でターントップへ。目標はケッセルリンク。


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982年 作戦フェイズ 魔王城ルート確保

「ウル様! 完全! 復活! がーっはっはっはっはっは―――!」

 

 高笑いを上げながらぐっと拳を握って《ゼットン》で背後を爆破する事で演出しながら完全復活をアピールする。ガッツポーズをしながら爆発させるのは特撮的にかっこいいのである。それに何人か馬鹿が巻き込まれたが、そこは見ないふりをしておく。ともあれ、省エネロリウルモードは一旦()()()()()()()()。もうちょっと継続しても良かったのだが、というか俺が小さくて前線に出ない方がもっと人類が気合を入れてくれるかもしれないと思ってちょちょいと期限を延ばしていたのだが、

 

 流石にケッセルリンクを相手するのに、俺がまともに戦えないのではやばい。なので急遽、自分の意思で継続していたロリモードを解除して大人の姿に戻った。そしてその上で隊の面子を集め、出陣できるように国境、前線基地に面子を集めて話をする。そこには何時も通り人間の姿に、新しく加わっている仲間の姿が幾つかある。

 

「大きくても小さくてもお前の騒がしい所は昔から変わらんな」

 

 そう言うのは地竜のノス。正史においてはジルに忠誠を誓い、魔人となったドラゴンである。だがこの歴史においてノスはジルと出会ってすらいない。ただマギーホアに忠誠を誓ったまま、ドラゴンの誇り高い戦士として今も一緒に戦ってくれている。今回から本格的に隊に加入し、そして参戦してくれる。対ケッセルリンクに対して非常に心強い味方だった。それに加え、

 

「ケッセルリンク……激戦になりそうだな」

 

「まぁ、彼の癖を考えて戦術を練ればなんとか? ただ一発で間違いなく葬ってくるわよねぇ」

 

「ま、死ぬかどうかは気にするだけ無駄さ。勝つつもりで戦わなきゃどうにもならない」

 

「此方、作戦行動の準備、整いました。出陣は何時でも」

 

 ガイ、スラル、ハンティ、そしてルシアを筆頭とした堕天使隊。連れてこれる戦力の中でも力のある連中をなるべく引っ張り出してきた、という状況である。

 

「大将がここまで気合を入れるってのも珍しいな。何時もは大体誰かを残してるもんだけど」

 

「ケッセルリンクは()()だからな」

 

 魔人ケッセルリンク。カラー出身の魔人。

 

「あぁ、カラー出身……成程ね」

 

「カラーを戦闘種族と勘違いしてるんじゃねぇぞ」

 

 ともあれ、ケッセルリンクはスラルが魔王だった時代に、スラルを守ろうと思った一人のカラーが魔人となった存在である。当時から実力に関してはトップクラスの魔人。今の時代でも純粋な強さ、という面においては恐らくガイと並ぶクラスだろう。いや、禁呪行使しないガイと比べればケッセルリンクの方が上だ。上級魔人という言葉はケッセルリンクを表現する為に存在する。そして強いのは魔人としての能力の高さだけではない。

 

 鍛錬する事を忘れず、技を磨き、カラー由来のモルルンを駆使し、更に魔法まで使ってくる。

 

「しかもアイツだけ魔法使って性転換して男になりやがって。アレだけは一生許さねぇ。男になる時は一緒になろうね、って約束したのに」

 

「それ一方的に脅迫してただけでしょ。ケッセルリンク、困った表情浮かべてどうすればいいか私の所に相談しに来たわよ」

 

 ごめんねケッセルリンク君。

 

「まぁ、そうでなくても《アモルの闇》で自分の消耗が気付けなくなるとか、《ミスト》で霧になって物理も魔法も透過してくるとか戦士として完成されている上に手札も多いから隙が無いんだよなぁ」

 

「化け物じゃねぇか」

 

「だからこんなに数を揃えたんですね」

 

「おう」

 

 ただし―――ケイブリスの様な怖さはない。

 

 ケイブリスの様な強さへの貪欲さをケッセルリンクからは感じない。鍛錬するし、強くなるし、油断はしないだろう。だがケイブリスの様な強さへの必死さ、魔人になってからも喰らいつくような強さへの執念というものがケッセルリンクには存在しない。良い意味と悪い意味で、優雅なのだ。善性で余裕のあるケイブリスとでも表現できるのがケッセルリンクかもしれない。そして比較できるぐらいには、ケッセルリンクは強いのだ。

 

 一撃一ダウンペースで此方を落とされると割と真面目に人数での勝負になってくる為、今回は割かしガチ面子を呼び出している。その証拠に、ラ・バスワルド以外の最上位戦力は大体揃っている。

 

「そんなに強いのは解ったけどよぉ……ククルの防衛は大丈夫なのか?」

 

「あ、そこは生物最強に任せてるから」

 

 

 

 

「あの子が建てた都市、か。私の時の様に消えぬように、頼まれたのであればしっかりと―――む、魔人の気配か。倒せはしないが叩き出すだけはしておこう」

 

 

 

 

 翔竜山からマギーホア、出張である。魔王城での戦いを見越して翔竜山からククルへと一度移動して貰っている。何があろうとあの人? 竜? 猫? がいる間はあそこが絶対的に安全だと思える凄い説得力がある。まぁ、それでもマギーホアに任せ過ぎると怠けてしまう。なるべく早くケッセルリンクを倒して戻りたい所でもある。これだけの面子が揃えばまず、ケッセルリンクには勝てる筈だ。

 

 問題は何人死なないか、という点にある。《男に容赦はしない》とかいうふざけた名前の攻撃の癖に一撃でミンチにしてくるだけの殺傷力のあるケッセルリンクの攻撃は、バリアの類を張っていなければ此方から犠牲者が出る。

 

 そしてジルの命令が影響して、そこら辺の手加減がケッセルリンクには出来ないだろう。ともあれ、なるべくベストメンバーで挑むのが良いだろう、これに限っては。貴重な戦力を一人であっても殺すわけにはいかない。黒部戦の無死突破は一つの奇跡に近かったが、それでもジルに勝つ為にはこの奇跡をずっと重ね続けて行く必要がある。

 

 ランス君の様に。

 

「―――よし、お前ら。ケッセルリンクを倒しに行くぞ」

 

「おーし、魔人最強格ってのがどれほどのもんか見せて貰おうかぁ!」

 

「この人数で挑むのだ、蹂躙にならなければ良いのだがな」

 

「いやぁ、アレに限ってそれはないでしょ」

 

 各々に勝手な事を口に零しつつ、移動を開始する。今回からはノスが隊に加入したという事もあり、巨大なドラゴンの姿が一緒に移動する事になる。その姿が一緒に歩き、移動する姿は非常に目立ち、隠密も糞もねぇな、と言いたくなるような様子だと言える。とはいえ、魔人討伐隊とは違って、自分たちは隠れる必要もない、主力だ。それでいて相手にも存在を認知されている。

 

 隠れて行動する必要はどこにもない。

 

 なら堂々と侵略するだけだ。

 

 ラ・バスワルドと黒部を退けた今、地上の進軍ルートが確保できるようになった。後は道中の魔人を蹴散らしながら魔王城へと完全に道を繋げるだけだ。人類を背負っている。その重さを感じとりながらルドぐるみの上に腰掛け、

 

 浮遊しつつ進軍する。

 

 魔王領東ルートから、北へと移動を開始する。

 

 

 

 

 国境に構築された前線陣地を抜け、そのまま北へと進んで行く。東寄りのルートを選んで行く事で永劫の剣の領域を避けて、ケッセルリンクの領地へと進んで行く。此方はそこまで荒廃しておらず、森の姿等が確認できる程度には豊かさが残されていた。此方に関しては黒部の様に暴れまわる事もないため、そのまま環境の形が残されている、とも表現できた。

 

 まだ日中、陽が高い内に国境から魔王領南東部に到着した。迎撃に来るような魔人や使徒の姿もなく、今までの進軍で一番平和とも表現できる中、ある程度領地を進んで行くと、道を閉ざす様に茶髪のメイドが一人だけ、立ち塞がっていた。隊の前に立つ女、

 

 使徒シャロンはルドぐるみに腰かけている此方の姿を確認すると、スカートの端を摘まんで軽く礼を取った。

 

「お久しぶりです、ウル・カラー様」

 

「よ、シャロン。ケッセルリンクは元気にやってるか?」

 

「はい、人間牧場の任から解放された事にここ数十年は喜んでいます。おかげで醜悪な事をせずに済むと」

 

 まぁ、ケッセルリンクは人間牧場とか嫌いだよね、とは思う。ケッセルリンクの感性は比較的にまとも―――というか、スラルロスを発生していないので、心に傷を負っていない。これが正史だとスラルを失った影響でやや現実逃避していたのだが。それがないケッセルリンクはパーフェクトケッセルリンクと言えるかもしれない。しかも今に限っては敵だ。

 

 絶対地獄を見るぞこれ。

 

「それでウル様、ご用件は……ケッセルリンク様の討伐でしょうか」

 

 使徒シャロンの言葉にサムズアップで応える。

 

「まぁ、ケッセルリンク君だったら1回手が滑って殺しても蘇るでしょアイツ」

 

「その、コメントに困る様な事を言われると返答に……」

 

「あぁ、うん、ごめん」

 

 そう答えつつ、シャロンの視線はスラルへと向けられている。スラルはそれに気付きながらも何でもないかのように事態が進むのを見守っている。その流れに一瞬だけ困惑を覚え、しかし、心の中で納得する。ケッセルリンクの忠誠、その心の一部は常にスラルへと向けられ、占領されている。

 

 それに対する、使徒の小さな嫉妬か、と理解する。まぁ、そりゃそうだよな。ちょっと可愛らしいと思えた。

 

「ケッセルリンク様は皆様の来訪を予期し、そして待ち望んでいました。この地からの解放を」

 

 ジルの方針とは相いれない、という単純な話でもある。まぁ、スラルが此方についている時点でそこら辺は見えていた。なので選択肢は二つだ。今は昼なので、昼の間のケッセルリンクと戦うか、

 

 或いは夜―――本気と全力を出せる状態のケッセルリンクと戦うか。

 

 無論、夜のケッセルリンクと戦う事にメリットなんかない。しいて言うなら本気のフルスペックの上級魔人相手の戦闘経験が重ねられる、という事ぐらいだろう。それ以外にメリットはない。ケッセルリンクに関しては昼であれ、夜であれ、自分の出せる力の全てを出し切って応戦して来るだろう。相手が敬愛すべき主人だからと言って手加減するような相手ではない。という訳で、

 

「ちょっとタイムな」

 

「え、あ、はい」

 

 シャロンにタイムと片手を突き出してから、振り返る。

 

「昼の弱体化状態か夜のフルスペックケッセルリンク、皆どっちと戦いたい?」

 

「そりゃ勿論昼―――」

 

「当然夜だ!!」

 

「強者相手に血が滾るぞ!」

 

「本気で戦ってこそ戦で御座るなぁ!」

 

「上級魔人のフルスペックには興味あります!」

 

「いや、だから昼―――」

 

「夜! 圧倒的夜!」

 

「上級魔人がなんぼのもんじゃい!!」

 

「もしかして馬鹿しかいないのこれ……?」

 

「好んで最前線に飛び込む連中がもしかして馬鹿じゃないとでも思った?」

 

 後ろから夜コールが響いてくる。まぁ、元々夜のケッセルリンクと戦うつもりでこの面子を集めているのだから、ある意味順当と言えば順当なのだが、ここまで結構楽しみにしていたというのは流石に予想外だった。

 

 ちょっと皆、修羅道に育ち過ぎていない?

 

 大丈夫? 戦争終わった後君たち普通の生活送れるの? そんな不安を抱えながらもこれが隊の選択じゃもう、仕方がないよなぁ! としか言う事がなかった。

 

「姉さん、超笑ってる」

 

「アレも中身はドラゴンだからね。そりゃあ戦うのが楽しくてしょうがないんでしょ」

 

「うむ、誇り高き同胞の一員だ」

 

「でもそれ、褒めてないじゃろ」

 

 カオスの言葉にノスが真顔で首を傾げる。ドラゴンとしては褒めてるんだけどなー。女としては全く嬉しくないかもしれない。そんな様子をシャロンは眺めながら、苦笑しつつ、此方へと言葉を向けて来る。

 

「中々愉快な仲間ですね」

 

「そこにこれが終わったらお前らもケッセルリンクも加わるんだ」

 

 サムズアップを向ければ、それにシャロンはそうですね、と頷いた。

 

「きっと……ケッセルリンク様も、その方が楽しいでしょう。では私は一旦、話をケッセルリンク様へと伝えて来ます故」

 

「おう、こっちは夜までキャンプな」

 

 シャロンの視線が最後に一度だけスラルへと向けられるが、それを彼女は一切気にする事もなく、そしてそれを受けてシャロンは去って行った。それを見届けてからやれやれ、と思いながら頭の裏を掻き、夜か昼かで未だに言葉で殴り合っている連中を見て、よし、と声を張った。

 

「夜までここをキャンプ地とする!! オラオラ、お前ら夜まで戦闘準備と腹ごしらえしとけー」

 

 言葉を拡声させて放てばうーす、と緩い声が返ってくる。今回はほぼフルメンバーに近い面子だ。出来る事ならこのまま物量でケッセルリンクを押し切りたい所だが、選んだのは夜の姿との相対だ。

 

 ……すんなり行けばいいのだが。

 

 そんな事を想いながらも、ドラゴンとしての戦闘本能は強敵と戦える予感に興奮を隠しきれずにいた。勝たなくてはならないのに強敵を選んでしまうあたり、本能というのは実にどうしようもない奴だ、と、溜息をつきながら、

 

 夜に備えた。




 という訳で次回はケッセルリンク。

 CPが少ない頃ケッセルリンクと戦って地獄を見た記憶しかない。呪いに魔法に剣まで使ってくる上に魔人としてのスペックも隙が無くてほんとなんでランス君勝ててるの? ってレベルで強い。

 これで《無敵結界》張り直してくるの反則じゃね?


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982年 魔人ケッセルリンク

 魔王領南東部夜。

 

 漸く、夜の闇がやってきた。空を見上げれば夜空に月が浮かんでいるのが見える。灯となっているのはそれと、魔法によって浮かべられている光だけになる。既に戦闘の準備は整えられており、武器のチェックや手入れなどを終わらせ、戦闘を何時でも始める事が出来る状態になっていた。後はケッセルリンクの到着を待つばかりであり、黒部とは違う、少人数を前に出して入れ替わりながら戦う戦術をベースに、戦う手筈を整えていた。これだけの大人数が一度に一人を相手に戦う事は難しい。その為、戦闘のトップに出て戦う者を先に決め、戦闘の流れでそれを入れ替えるというやり方をするのだ。

 

 ぶっちゃけ、数ばかり前に出すと同士討ちするし。

 

 そういう訳で戦術も決めて、夜の闇の中僅かな光源に照らされながら待っていれば、

 

「来やがったな」

 

 その接近を、一番最初に感知したのはカオスだった。誰よりも敏感に魔人の気配を察知すると、ガイの腰で殺させろ、と主張し始める。それをガイが押し込む様に握って黙らせながら、森の奥からやってくる闇の塊を見た。

 

 それを【撃滅隊】が目撃し、戦闘を行う為に構えた。その前で闇は固まり、人の形へと姿を変え、

 

 魔貴族と呼ばれる魔人ケッセルリンクが夜の闇から姿を現した。

 

 その姿は前に出ている此方とスラルを目撃すると、優雅に一礼を取った。

 

「スラル様、ウル様。お久しぶりです。そしてこのように敵対しなくてはならない事をお許しください」

 

 その姿をスラルは見て、別に良いわよ、と言った。

 

「元々貴方を魔人にしてしまったのは私だしね。それで敵対する事になったのなら貴方じゃなくて私の責任よ」

 

「そうですか……」

 

 ケッセルリンクはスラルのその言葉に目を伏せ、そして微笑んだ。

 

「スラル様……強く、なられましたね」

 

「んー、ちょっと違うわね。私、元々そこまで強いタイプって訳じゃないし、強くなったというよりは……」

 

 うーん、とスラルが首を捻り、そしてそうね、と声を零した。

 

「今が好きだから……かしら」

 

 スラルの呟く言葉にケッセルリンクは嬉しそうに笑みを零してからならば、と手を出した。まるで猛禽類の様に鋭くとがった爪を持つケッセルリンクの手、それその物が一つの刃の様である。だがそれだけではなくもう一つ、剣を抜きながら視線を此方へと向けて来た。

 

「では―――スラル様、これより蹂躙させて貰います。貴女が真にその場を好きだというのであれば、全力で抗って頂きたく」

 

「回りくどいわねぇ、ケッセルリンクも。でもそうね……私も。柄になく頑張ろうって思えるぐらいには今の居場所が好きなのよね……!」

 

 ケッセルリンクが覇気を高めていく。魔力を全身に纏いながら力を見せ、更にモルルンを駆使する事で自身を強化する。それに合わせる様にかつて魔王といわれた少女の力を絞り出すようにスラルが力を見せる。血の様な赤いオーラを立ち昇らせる姿は魔王としての頃の姿を思い出させるものがあり、

 

 俺も前に出る。力を引き出すために第三の目を開き、ルドぐるみを握りしめながらそれを振るえるように構えつつ、息を吐いて、そして声を放った。

 

「いくぞお前らァ―――!」

 

 開戦の号砲を告げる。

 

 ケッセルリンクもまた、その表情を引き締め、一切の慢心や油断を消し去った。

 

「魔人ケッセルリンク―――試させてもらおう、人類」

 

魔人ケッセルリンク

 

支援配置

 

《男に容赦はしない》
《UL体質》

《超越モルルン》
《SS式マルチタスク》

《無敵結界》
鼓舞4/4

《アモルの闇》
魔法陣4/4

使徒
堕天使

 

「ケッセルリンク様、援護いたします!」

 

「主の邪魔はさせん!」

 

 使徒と堕天使たちの間で一瞬の攻防が行われ、主戦場に対する干渉を双方に弾いた。それと同時にライコウとガイが素早く前に出た。それを超える速度で俺が飛び出し、ルドぐるみを正面からケッセルリンクへと叩きつける。防御に入る剣がルドぐるみを切り払い、衝撃が空気を震わせながら大地を僅かに割る。そのショックを利用して、自分の体を突撃と共に()()()()()()()()事で前に割り込む空間を作る。

 

 ガイとライコウがそこに続いた。突撃から勢いを続け、日光とカオスをまずは《無敵結界》を叩き割る為に振り抜き、叩き込んでいく。

 

()()()()()()()()

 

 それをケッセルリンクは知っていた―――或いは予知していた。主力が人間である以上、絶対に攻撃を通す為にカオスと日光を振るう事を。

 

 それを当然の様にケッセルリンクが霧となって透過した。日光とカオスの斬撃がケッセルリンクの体を通り抜け、

 

「ガイ!」

 

「駄目だ、斬った感覚がしないッ!」

 

「面妖な!」

 

 カオスと日光が空振った。それを確実に葬る為にケッセルリンクが霧のまま動いた。

 

「受けよ」

 

 霧がガイとライコウを覆い、一瞬で酸素を奪って窒息に追い込もうとする。かはっ、と吐き出される短い息にスラルが即座に状態解除の魔法をケッセルリンクへと放ち、《ミスト化》を解除しながらガイとライコウを解放する。

 

 だがその瞬間には既に、戦力トップ筆頭が二人、一瞬でブラックアウトに追い込まれ、ゆっくりとその体が地面に倒れていく所だった。

 

 だが気絶する寸前には、

 

「っぉ―――」

 

「うおおおお!?」

 

 ガイがカオスを投擲していた。それをALICE式の剣の振るい方でカオスを浮かべたまま振り落とし、ケッセルリンクの《無敵結界》へと叩きつける。ガラスの割れる音と共にケッセルリンクを守る最強の盾が破壊された。だがそれと引き換えに日光ユーザーとカオスマスターが同時に落とされていた。

 

 野郎、最初から狙っていたな? と再びルドぐるみを握りながら前に突撃する。スラルの手によって霧の状態から《アモルの闇》を再び蔓延させながらケッセルリンクが君臨する姿に、ルドぐるみを叩きつける。剣とぶつかり合い、衝撃がまき散らされる。自分の中で力が消費されるという概念が見失われ、後どれだけ動けるか、というのが見えなくなる。それとはまた別に、戦場そのものがやや薄暗く、光が奪われていくように狭まっていき、仲間の姿が見えづらくなる。

 

「焦る必要はありません! 事前の想定通りに動いてください! ただ転がっている魔人ガイとライコウは踏まない様に気を付けてください」

 

「すまん、どちらか踏んでしまったかもしれない」

 

「ノス―――!」

 

 踏んだのがライコウだったら致命傷なんですけどぉー! と心の中で叫びながら、此方の攻撃に続く様にノスがブレスをケッセルリンクへと放ち、広範囲を炎で焼き尽くした。炎がケッセルリンクを焼くも、あまりダメージを姿に見せず、そのまま踏み込んでくる。それに対応する様に金属音が連続で響く。闇の中でケッセルリンクのみが見えるが、その姿が連続で応戦する様に攻撃を弾くのは見える。

 

 その間隔を捉え、視覚だけではなく聴覚と嗅覚、そして命の気配で闇の中に消えた仲間たちの姿を捉え、連携する。

 

「ウル・チャージかーらーの―――! ウルあたたたたぁーっく!」

 

 チャージを乗せてから一気に広範囲を吹っ飛ばすようにケッセルリンクに渾身の《ウルアタック》を叩き込んだ。剛撃が大地を粉砕しながらケッセルリンクの姿を弾き飛ばす。

 

「何年貴方の主をしていたと思ってるのよ。面倒なそれを、剥がさせて貰うわよ」

 

 弾かれたケッセルリンクが着地するのと同時に《アモルの闇》がスラルによって剥がされる。それによって戦場の全容が見え、メイド服姿の使徒が武器を手に間近まで接近しているのが見えた。

 

「ごめん遊ばせ」

 

「させんッ!」

 

 使徒の攻撃を堕天使がカットし、割り込みながらそれを引きずって戦場をズラす。その間にエルドとカムイが飛び込んだ。《アモルの闇》が剥がされた事で露わになったケッセルリンクの姿へと一瞬で接近して攻撃を叩き込もうとし、

 

 その攻撃が見えない壁に阻まれた。

 

「《無敵結界》……!」

 

「張り直すのが早過ぎるだろこいつ!」

 

「ハイパーウル様カオス投擲ぃ―――!」

 

「ちょ、せめて使うならもうちょい儂をまともに使ってぇー」

 

 カオスをケッセルリンクへと向かって蹴り飛ばす。音速を超えたカオスの弾丸がケッセルリンクに衝突しようとして、《ミスト化》によって回避されようとするのをスラルが即座に魔法の即時マルチタスク展開によって妨害した。それによってカオスがケッセルリンクに衝突し、防御に入った姿が《無敵結界》を破壊される。衝撃から再びケッセルリンクは吹き飛ばされるものの、その姿を今度こそ完全な霧に変えて、楽しそうに笑った。

 

「楽しませてくれる!」

 

 霧の状態のまま襲い掛かってくるケッセルリンクが一番近くに居たカムイとエルドを霧で捉え、そのまま一瞬で酸欠からブラックアウトに追い込む。攻撃を妨害しようとパンドラのダートが飛翔するが、それが一瞬だけ霧を貫くだけで、妨害にもダメージにもならない。

 

「勇者も魔人も一瞬で落とされるとか嘘でしょ……!?」

 

「ならば面で吹っ飛ばせば良いだけだ―――ふんっ!」

 

 ノスが飛び上がった。そしてそのままドラゴンの重量のまま、一気に急降下を開始し、

 

 ケッセルリンクが変化した霧を空間丸ごとボディプレスから巻き込んで粉砕した。だがそれを見たケッセルリンクは移動し、その間にダウンした味方を回収しつつ、

 

「悪いねノス、巻き込むよ!」

 

「やれっ!」

 

 ハンティの《火炎流石弾》がノスを巻き込みながら霧を蒸発させるように放たれた。ノスを焦がしながら水分を蒸発させるようにケッセルリンクを巻き込み、

 

 炎を避けさせながらケッセルリンクが人間体に戻った。

 

「《火除けモルルン》、《風除けモルルン》―――」

 

「ガ! ン! マ! レェェ―――イ!」

 

 火と風を避ける呪いを自身に付与しながらケッセルリンクが突っ込んでくる。それに対して正面から重力砲を叩き込み、一瞬だけ動きを鈍らせながら後続を前に出す。

 

「攻撃を止めるな!! 数で押し切れェ!」

 

「アイツに攻撃させると壊滅するぞ!!」

 

「解ってるわよんな事!!」

 

「起きろー! ダウンしている馬鹿共起きろ! マジで起きろぉ!!」

 

 後方も軽い地獄に突入しながら、剣を片手に突破して来るケッセルリンクを蹴りで抑え込み、蹴り飛ばそうとして《ミスト化》によって貫通し、窒息させられそうになるのを、

 

「《ゼットン》!」

 

「っ!? 流石……!」

 

 自分に《ゼットン》を叩き込む。《火除けモルルン》の影響で霧は火を避ける。故にミストケッセルリンクは窒息させる事が出来ず、気体から固体へと戻る。その姿にノスが突進してくる。大地を粉砕しながら削り、音速の巨体が弾丸として放たれる。

 

 それにケッセルリンクが衝突し、ノスに引きずられる様に数百メートル移動した。だがケッセルリンクもそれで倒れる事はなく、途中で《無敵結界》を張り直してノスの攻撃を防いでいた。

 

「ふ―――はぁぁぁぁ―――!」

 

 普段のケッセルリンクの優美さにあるまじき咆哮が放たれる。足を大地にアンカーの様に踏み込みながら、モルルンと魔法によって強化された肉体で拳を作り―――それをノスへと叩き込んだ。轟音と豪風が駆け抜けて行く。衝撃がノスを弾き飛ばし、その姿を僅かに浮かばせながら後ろへと弾いてくる。

 

 そこに人類勇士が近づく。

 

「そ―――らよ!」

 

 欠片も技巧を感じさせない狂戦士の大剣が大地を薙ぎ払う様にケッセルリンクへと放たれ、《無敵結界》へと叩き込まれた。だがその衝撃がケッセルリンクの動きを止め、

 

「―――無式……!」

 

 日光とエスクードソード二刀流で再起した勇者がその隙間に飛び込んですれ違った。《無敵結界》を再び破壊しながら転がり、今度こそ完全にダウンして大地に倒れる。再起しただけでも十分過ぎる。カオスどっかに蹴り飛ばしてしまったし。

 

「張り直される前に!」

 

「落、と、せぇ―――!」

 

 ケッセルリンクも無傷ではなく、集う攻撃とその迎撃、回避、そしてカウンターを重ねて行くうちに優美だった恰好は切り傷と魔法によって削られ、燃やされ、ぼろぼろになって行く。だがその表情はどことなく楽しそうであり、真剣ながらも、笑っている。そう、ケッセルリンクは受け入れていた。

 

 隊に混じって必死に指示を出しながら守る為に戦うスラルの姿を。

 

 ケッセルリンクの視線はずっと、そこに注がれていた。

 

 必死に戦う姿、抗う姿、必殺の剣と爪で一撃で勇士たちをダウンに叩き込みながらも、それでも常にスラルへとその知覚の一部は向けられていた。本気で戦い、殺し合いながら、それでもフェミニズムを見せつつ、

 

 敬愛する主であるスラルをまだ、見守っていた。それをスラルも解っているようで、ケッセルリンクの《ミスト化》と《アモルの闇》を片っ端から解除と封印しつつ、勇士たちに《魔法バリア》をマルチタスクで同時に張り、使徒からの介入を遮断する様に堕天使たちに先回りの指示を出して、

 

 必死に、魔王だった頃よりも必死に頑張っている姿を見て、

 

 そこに満足そうな表情を浮かべていた。

 

 だが流れは既に決まっていた。数の優性を此方は得ていた。ガイ、カムイを始めとしたトップ戦力を素早くケッセルリンクは落とせた。だがそれ以降はスラルにより必殺の変化や魔法を的確に封じ込められてゆく。それ故にケッセルリンクが持ち味を失い、残されるのは剣術と魔人としての身体能力。

 

「押せ……!」

 

 だがそれこそ、最も相対を得意とするのが【撃滅隊】。自分よりも強い相手を、自分よりも巧い相手を。格上と戦い、希望を見出す為の隊。人類の希望を背負った部隊。それが役割。それであるが故、単純に強いだけの相手であればあるほど、強く当たれる。持ち味を失ってしまえばただの魔人になる。

 

 故にそこからは連携して押し込む。

 

 若干焦げているノスを盾にしながらケッセルリンクへと蹴りを叩き込みながらルドぐるみを振るって、弾く。突撃から矢が叩き込まれ、ケッセルリンクが回避する所に《白色破壊光線》が放たれ、

 

 それをケッセルリンクが弾く。

 

 だがそれに追従する様に、

 

 赤い、深紅の血色の魔力がうねった

 

 戦局を見通す元魔王―――最高戦略を見る瞳の主が見た。流れを。最初から最後まで。どうすれば勝てるのか、どうすれば自分の一撃が通るのか。かつてよりも遥かにクリアで、そしてもっと必死で、更に力強く。

 

 スラルの放つ必殺技の姿を前に、ケッセルリンクが笑みを零した。

 

「お見事です、スラル様」

 

「―――ソリッドブラッド

 

 そして血色の奥義が放たれた。回避も防御も不可能なタイミングを狙って放たれたそれはケッセルリンクを飲み込み、絶妙に殺さず手足を捻じ曲げて弾き飛ばし、大地にバウンドさせながら吹き飛ばした。大量の魔力の消耗とひたすら計算し続けた証拠にスラルの額には玉の様な汗が流れており、

 

 それを拭いながら、

 

「あー、しんど。帰ったら甘いものを思いっきり食べたいわね……」

 

 そうやって、しかし苦笑を零しながら勝利を刻んだ。




 ガンメタユニット・スラルちゃん。

 という訳で、ケッセルリンク戦終了。これでケッセルリンクのカード獲得で更に隊の戦力パワーアップ! とはいえ、まだまだ敵は多いもので、これで楽になるかと言えば……うん。

 少しずつ、仲間を増やして強くなっていこう。


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982年 食券 ブリティシュ

「おーやーつー!」

 

 ラ・バスワルドが後ろから首に手を回し、抱き着きながら浮かんだまま、そう主張してくる。

 

「おやつ! おやつおやつおやつがたーべーたーいーのー!」

 

「うるせぇ! 耳元で言うんじゃねぇボケワルド! 作ってやるから少し待ってろこいつ……」

 

「わーい、やった。だからウルは好きよ」

 

「はいはい……このぽんこつ駄々っ子め……」

 

 息を吐きながら得意なデザートである【うはぁん】を作る為に自分の屋敷の厨房を使う事にした。片腕で料理するのにも慣れたもんで、保存してある桃りんごを取り出したり、パイシートなどを取り出してオリジナル、というかウル式うはぁんを作る事にする。桃りんごもペンシルカウで栽培しているもので、かなり気軽に調達できるものだ―――ペンシルカウ内部と個人使用なら。

 

 流通させられるほどの数は栽培している訳ではなく、俺が個人で料理を楽しむ為に育てている様なもんだ。つまりは個人用の桃りんごになる。これで作るのは当然、スラルに何度も何度も作ってと頼まれた結果、腕に磨きをかけてしまったうはぁんである。こればかり頼んできて飽きないものかと思うが、スラルはそんな事もなく、毎回要求してくるから嬉しくてついつい作ってしまう。

 

 という訳で下処理を行い、パイ部分の準備をし、アイスは作り置きがあるのでそれを利用して、ソースも作ったばかりのがあるのでそれを利用する。なんだかんだで美味しい、と言われて食べられるのは嬉しい事だと思う。少なくとも食べている時の笑顔は間違いなく本物だと思うし。そういう事で手慣れたルーティーンをこなし、

 

 食感もサクサクとしているうはぁんをサクッと作ってしまい、

 

 それをテーブルに運ぶ頃には何時の間にかスラルがいた。

 

「おい」

 

「解ってて多めに作ってる癖に」

 

「いや、そうなんだけどよ……ほらよ」

 

「やったー! あまあまー」

 

「んー、これよこれ。これがやっぱり食べたいのよ」

 

 そう言ってスラルとラ・バスワルドが幸せな表情でダイニングでうはぁんを食べている。まぁ、得意な菓子だけあって自分でも結構良いものが作れたと思っている。自分用に1ピース確保しておいた、それを口の中に放り込んで味見する。ベースのパイ部分はサクサク、その上にアイスクリームはふわふわ、そしてその上には極上の桃りんごがうまうま。つまり美味しい。桃りんご自体が物凄く美味しい果物で、元々は伝説と呼ばれるクラスの果物だから、その味を邪魔せずに引き出す配合を考えるのが一番難しかった。その為だけにアイスクリームの甘さを何百回、何千回と繰り返して調節したのは記憶に残る事だった。

 

「んー、やっぱりうはぁんだけは貴女の作るものが一番ね。何度食べても飽きないわ」

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、ほどほどにな。美味しいものは毎日食べないから美味しいんだからな」

 

 偶にだからこそ、こういう物は良いんだ。毎日食べてちゃ意味がない。まぁ、それでもライフスパンは長いので中々色々と感覚が狂っているのは事実だ。ともあれ、おかわりとか言っているラ・バスワルドの頭を叩いておく。

 

「なーにがおかわりじゃこのボケ」

 

「いーじゃないおかわりぐらい!」

 

「良くねぇよポンコツ! お前今ニートなんだよ!」

 

「ニート……?」

 

「教育段階でもなく就職もトレーニングも行ってないただ飯ぐらいだって事だよボケ」

 

 ニートはNEETから来る言葉だ。英語が存在しなければ生まれない言葉の概念なので、当然ながらファック同様説明しなければ理解する生物がいない悲しさもある。ただ此方の様子を見て、ラ・バスワルドは首を傾げる。

 

「……なんで私が働かなきゃいけないの? 面倒だから嫌よ。だからあの猫に預けるのはいたたたたたたた―――!!」

 

 右腕にだけ神光を纏ってラ・バスワルドの顔面を掴み、アイアンクローをキメてゆく。ラ・バスワルドが手を叩いて解放を求めて来るが、しった事か。こういうダメな奴にはちょっと厳しく世間と社会の現実というものを教え込まなければならないのだ。だからアイアンクローでラ・バスワルドに制裁を加えつつ、ダイニングへと続く扉が開くのを見た。入ってくるのはルシアであり、入室と共に軽く頭を下げた。

 

「楽しまれている所、失礼します」

 

「おうどうした」

 

「助け……タスケ……タスケテ……滅びろ……ドラゴン滅びろ……」

 

「ウル様に面会を求める者が来ました」

 

 ラ・バスワルドの発言を無視しながらルシアの言葉に首を傾げればスラルがあら、と声を零した。

 

「珍しいわね。大した用事じゃなさそうなら大体ルシアちゃんが追い払っているし」

 

 来客に関してはルシアの判断で面倒なものを弾いている。そうでなくても勝負を挑んでくる奴とか胸を狙って揉みにくる親子4代とかいるし。お前らの情熱の方向性は絶対におかしいからな、反省しろ。と、最近は頭と心に余裕があるのか変な方向へと思考がぶっ飛びやすい。反省反省、と黒腕を生やしながらこめかみを叩きつつ、ルシアに誰が来たのかを尋ねる。

 

「―――無所属の魔人です」

 

 成程、確かにそれは面会通すわ、と納得するしかなかった。

 

 

 

 

「あ―――! 赤いの!」

 

 無言でラ・バスワルドの顔面にルドぐるみを叩き込んで地面にはっ倒して転がしておく。ククルにある屋敷の応接室、そこのソファに座りながら対面側に座る二人組の姿を見た。一人は深紅の髪色が特徴的な青年の姿をした戦士であり、もう一人は神官の服装をする、背の低い少女の様な姿の女性だった。昔、その姿を目撃している為、誰であるのかを自分は良く知っている。その時はほぼ前後不覚だったり一切の余裕がなかったので申し訳ない対応となってしまったが、

 

「久しぶり、とでも言うべきかな、ブリティシュ君。そしてカフェちゃん」

 

「お久しぶりです女王ウル」

 

「お久しぶりです」

 

 ブリティシュとカフェが対面側のソファに座りながら軽く頭を下げた。彼らはエターナルヒーローと呼ばれるチームの一員だった―――が、彼らは俺や神々を原因として、チームが崩壊している。特にブリティシュに関してはスラルがジルとの契約に従って魔血魂を使用し、魔人化させてしまっている。その姿はかつて、エターナルヒーローの頃から一切の変わりはないものの、気配に関しては既に人を捨てている部分がある。実力はカオスを握っているガイレベルはある……様に感じられる。

 

「……あの時は悪かったな」

 

「いえ……後からウル女王が僕達を本気で止めようとしていた事だけは解りましたから。いえ、確かに多少は乱暴だったと思いますけど。ホ・ラガからあの時の女王には一切の余裕が残されていなかったとは聞きました」

 

 あのホモ、ちゃっかりブリティシュとだけは連絡を取っていたのか。これはギルティだぞホモ。そんなに男が良いなら翔竜山にこっそりと封印したゴッドハイパー兵器を解禁して叩きつけてやろうか。等と心の中で思いつつ、それを一切顔にも口にも出す事なく、長年付き合いのあるスラルにだけは察され、呆れた視線を向けられる。

 

 ごめんってば。

 

「あー……それで、このタイミングで接触してくるって事は協力してくれるって事でいいのか? このポンコツワルドを足止めしてくれたってのは解ってるんだけど」

 

「ポンコツじゃーなーいー!」

 

 神としての威厳も魔人としての威厳も美味しい飯と怠惰な生活と偶にやってくるマギーホアズブートキャンプによって全て失ったラ・バスワルドを見て、ブリティシュは少しだけ複雑そうな表情を浮かべてから、頷いた。

 

「はい、元々は人類軍ではどうしようもない部分を遊撃で抑え込もうかと思いまして。ウル女王達の部隊は強く、そして動きは早くても細かい部分は察知されたりするのでカバー出来ませんから、間に合わない部分は助太刀しようかと思っていたんです」

 

「えーと……それが、その、女王さまたちの動きが余りにもイケイケだったから……」

 

「あぁ、うん、仕事が浮いちゃったんだ」

 

 ブリティシュが苦笑しながら頬を掻いた。あぁ、でも、まぁ、俺もかなりイケイケな感じで最短ルートを魔王城まで構築するつもりでやったしなぁ、と思う。もし俺が遅れる様だったら、此方からも魔軍側からも個人であるが故に察知されないブリティシュが、単身で足止めをする予定だったのだろう。

 

「はい。西ルートで魔王城を目指す予定だったら、東ルートから出て来る永劫の剣を抑え込む予定だったんですけどね。その心配をする必要もなさそうなので、ますぞえとレキシントンを撃破して奈落に叩き落しておきました」

 

「さりげなくとんでもない事してるなお前……」

 

 だがそうか、と納得させられる。魔人レキシントン、魔人ますぞえを目撃しなかったのは、表舞台に出て来る前に魔人ブリティシュが撃退しておいてくれたおかげなのだろう。そのおかげで此方も防衛がかなり順調に進んだのだ。ここに関しては純粋に感謝するしかないのだが、

 

 となると、と声を零す。

 

「【撃滅隊】の方に合流してくれるのか?」

 

「その事を話そうと思って今日は此方に来ました」

 

 ブリティシュは此方の言葉に返答しながら、頭を横に振った。

 

「まずはすみません、此方はまだ合流する予定はありません。ただ数年以内に―――勇者の任期が切れるぎりぎりのライン、そのラインで恐らくは魔王ジルと戦いに出ると此方では見ています。ですのでその時に動きに合わせて僕も魔王ジルの討伐に乗るつもりでいます。ですがそれまでは、独自行動を続けようかと」

 

「……」

 

 ブリティシュの言葉を腕を胸の下に回して持ち上げる様に構えながら聞く。んー、と呟きながら、考える。

 

 ……これ、言い訳しながらカオスや日光と会うのを恐れてる奴だよなぁ。

 

 無論、考えた事を口には出さない。顔にも見せない。だがなんとなく、ブリティシュの思っている事は解った。これでも長年生きているのだから、人間の境遇を通して何を考えるのか、何を思うか、というのは大体解る。そしてブリティシュの性格と経歴からすれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思わなくもないだろう。個人的には俺を恨んでも良いんだけどなぁ、とは思わなくもない。

 

 だがこの英雄は人が好過ぎるのだ。

 

 優しすぎる。そしてきっと、それを口にして言っても、認めない頑固さも持ち合わせているだろう。魔人ブリティシュはラ・バスワルドの《破局崩壊》を完全遮断する事に成功した魔人だ。その戦闘の話はラ・バスワルドを此方に引きずり込んでから聞いている。その話から恐らくは《ガードLv3》を保有しているものだと、予想できる。ラ・バスワルドの《破局崩壊》を遮断できるガード技能だ。

 

 恐らくは完全無敵化の防御行動を行える能力を持っているのだろう。

 

 これから進む道や戦いを考えると、是非とも欲しい味方ではある。だがブリティシュの様なタイプは、素直に口で言った所で納得する事はない。

 

「運命が導くか」

 

「えーと……」

 

「あぁ、いや、何でもない。遊撃だったか。いいんじゃないか? ただお互いに連絡を取る手段だけは確保しておかないか? 魔王城に乗り込むってのに連絡が取れませんから一緒に行けません! ってのはちょっとおまぬけだし」

 

「あぁ、それもそうですね。連絡手段に関しては此方からホ・ラガに頼もうかと思うのでまた後日、空いている時に来ます」

 

「おう、何時でも来い。抗う人類の味方だからな、この国は」

 

 そう言って少しだけブリティシュとは言葉を交わし、ブリティシュは使徒となった神官カフェを連れて、去って行く。魔人となった事で戦士としての実力は間違いなく磨かれており、強くなっている。だけどそれが幸福だとか、幸せだとか、誇りに繋がるのとはまた別の話だ。

 

 ケッセルリンクは自分から魔人になる事を望んだタイプだ。

 

 だがブリティシュは魔人になる事を選べなかった。

 

 魔人になる、というだけでもそこには大きな違いもあるし、その裏にある出来事も違う。単純に強くなる、という訳ではないのだ。魔人は魔王と並んだ魔軍の象徴である。そしてそれとはまた別に、

 

 日光は魔人に故郷を滅ぼされている。

 

 カオスは恋人を魔人に殺されている。

 

 それがどれであったかは知らないし、日光もカオスもそれを口にする事はないだろう。だがブリティシュにはエターナルヒーローのリーダーとしての責務があった。魔王との戦いを目指していたのに破滅をもたらしたという負い目がある。そして自分が最も忌むべき魔人という存在になってしまった()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 或いは、

 

 人類の勝利に、滅私奉公する事で少しでも―――という事なのかもしれない。

 

「うーるー、私甘いものが食べたいー」

 

「お前しばらく黙っていたと思ったらさぁ……」

 

 ブリティシュとカフェがいなくなった所でラ・バスワルドが再び文句を言い始めた。ポンコツの癖に色々と要求してくるポンコツの姫か、こいつは。

 

「あぁ、でも駄目な子ほどかわいいって思ってしまう……」

 

「それ、きっとダメな奴よ……?」

 

「解ってる、解ってるけどダメな子ほど構っちゃわない?」

 

「……解らなくもないわね」

 

 お菓子を要求しながら床に倒れるラ・バスワルドの、二級神とも破壊神とも、魔人とも全く見えない姿をスラルと二人で観察しながら、その姿を運んで餌付けするか、と決める。

 

 ブリティシュも、未来を向いて歩ける日が来ればいいなぁ、と思いながら。




 魔人ブリティシュ。やはりカオスや日光とは顔を合わせられないって部分がある。まぁ、壁男やっているよりはマシだとは思うんだけどね。

 次回は983年。段々とだけど勇者の任期切れが近づいてきたねー……。


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983年 食券 ハニーキング

 ケッセルリンク突破によって魔王城へと向かう事だけなら可能になった。

 

 だが真面目な話をすると戦力不足だ。勇者の任期の件もある為、あまり長々と準備をしていられる訳ではない。980年時点で14歳だ。勇者の任期は13歳から20歳までの7年間だけの最強の時間だ。983年現在、カムイは成長し、17歳の男子となった。僅かな幼さの中に、戦士として育ってきた力強さが見えるが―――それでもまだ、経験不足だと言える。後4年間。ぎりぎり迄引き延ばせば986年の誕生日を迎えるまで。日付は正確に記録している、そこまでぎりぎりだった場合、時間加速等で一気に任期の時間を吹っ飛ばされた場合、詰む。そう考えると襲撃のタイミングは985年がベストになるだろう。

 

 つまりジルとの戦いは985年というタイミングを目指す話になる。今から数えてフルで約2年間という時間になる。魔人ガイだけではなく、魔人ケッセルリンクという味方がついた影響で、人類側の戦力は大幅に強化されたと表現しても良い。魔人ガイ同様、魔人ケッセルリンクは魔人最強格の存在でもあり、彼が引き連れるメイドたちは戦闘以外の分野で最も輝く。部隊をサポートしてくれる人員と、純粋に戦力が増強出来たのは嬉しい話だ。

 

 だがこれでもまだ、戦力が足りないと表現出来る。最終的には防衛に回していたマギーホアも加入し、そしてガルティアも殴り倒して仲間に引き入れる予定でもある。ガルティアの特異体質である《ストマックホール》は腹と繋がっている異空間であり、なんでも溶かしてしまう性質を保有している為、対軍や、或いは魔法等を吸い込んで処理するという事が出来る。大魔法や最上級魔法をガルティアの《ストマックホール》で処理出来る事を考えれば、間違いなく欲しい仲間である。

 

 ここに絶対防御、完全無敵等の手段を持つ魔人ブリティシュが味方に付いて、決戦メンバー全投入で自分の予測する対ジルの勝率は1割から2割、そこにエスクードソードを【刹那モード】に持ち込む事が出来るなら……だいたい勝率四割ぐらいだろうか? どちらにしろ、魔王相手に勝てる、と断言できるラインにはまだまだ遠い。ブリティシュがこっそりとますぞえとレキシントンの相手をして、戦場から除外してくれたのは助かっている。

 

 問題はここからどうやって戦力を増強するか、という事になるだろう。

 

 それをずっと、考えていた。

 

 

 

 

「どうすっかなぁ」

 

 息抜きに近くの小川に移動し、後ろにルドぐるみを置いて、それをクッションにして座りながら釣り糸を垂らしている。行き詰っている為、軽く自分の心を癒す為にも釣りに出かけている。自作の釣り竿で中々良いものが出来たと思っているものの、釣りの腕前自体は今一なので、釣り糸を垂らした所で全くと言っていいほど成果は出なかった。道具をよくしても、腕前が悪いと全く釣れねぇなぁ、と思いながら水面に揺れる釣り糸を眺めながら、小さく呟く。

 

「とれる手段は全て取った。それでも倒せないとなると根本的に倒せる難易度じゃないって事になるけど、うーん……いや、それはないな。倒せない難易度だったら調整が入るし。たぶんぎりぎりのラインで倒せるように調整されている筈だ」

 

 たぶん今頃天上でルドラサウムはこう思っているのだろう。

 

『ふふふ……ははは……どうやって攻略するのかなぁ……楽しみだなぁ』

 

 とか、大体そんな感じでリアルタイムでエンジョイしているのが良く解る。その証拠にルドぐるみも最近の展開の流れに実に楽しそうな表情を浮かべている。ルドラサウムとルドぐるみの関係性は皆無だ。皆無なのである。以上、終わり。

 

「まぁ、【刹那モード】ぶっこむ方法まで構築した。だから勇者が間違いなく切り札になるだろうけど、それだけで倒せるとは思えないしなぁ」

 

 恐らくはジルは戦う時、異世界【オルケスタ】への扉を開くだろう。そこから呼び出す風を彼女が受ければレベルは500以上に上がり、その上でそのスペックはどんな生物でも届かない領域に届くだろう。俺やハンティ、マギーホアがレベル1000に到達しても、あの風を浴びた全盛期のジル相手には勝てるイメージが浮かばない。

 

 そういう意味で、勝率などは計算している。

 

「ハニキン捕まえられればなぁ……」

 

 もうちょい、どうにかなったと思う。ハニーは魔法に対しては無敵だ。魔王のスペックが生物を凌駕しているとはいえ、根本的にジルは魔法ベースの戦術を取るから、ハニーを味方に引き込むことが出来ればそれだけで大いに有利を取れるのだから。とはいえ、ハニーキングは【亜人管理局】とも呼ばれる存在だ。カラーやハニーを始めとした亜人を束ねる管轄の二級神である疑惑が存在するのだが……これに関しては疑いであり、確定するような言動を聞いた訳じゃないのだが。

 

 【亜人管理局】の話もそうだが。

 

「ハニーキングどこかにいねぇかなぁ」

 

「呼んだー?」

 

 そんな声に横に視線を向ければ、真っ白い姿に王冠とマントを装着したハニーキングの姿がそこにあった。一瞬、釣竿を握ったまま動きを停止してしまい。ハニーキングの姿をガン見してしまった。それからゆっくりと片腕を生やし、それで顔を覆った。

 

「リクエストに応えて出てきたのにどうしたんだよちみちみー」

 

「いや、こんな状況で会えるとは思っていなかったので……TADA部長?」

 

「いや、そっちじゃないです。そっちはヤバいから……」

 

「あ、はい……」

 

 やっぱりTADA部長の話はNGなのか―――うむ、そうだよね。部長の事は滅茶苦茶質問したいのだが、世界観が崩壊してしまう可能性があるというか、立場的にルドラサウムの上に行く可能性もあるから、考えるだけ止めよう。真剣に考えるとまた心が壊れるだろうし。なので釣り糸を垂らしたまま、溜息を吐いた。

 

「ずっと探してたんですよ、ハニーキング様。それとも亜人管理局とでもお呼びしましょうか」

 

「あぁ、いいよいいよ。私もそっちの呼ばれ方はあんまり得意じゃないからね。君の管轄も上司に取られちゃったし」

 

「ハニーキング様も大変そうですね」

 

「上司が横暴だとね」

 

 社会人の悲哀が漂うハニーキングだった。突然の出現に思わずまともに対応してしまった。釣竿を握ったまま、これどうしよう、とリアクションに困る。え、待って、と心の中で自分のストップをかける。ここでどういうリアクションを取ればいいのだろうか……? いや、まて、

 

「今から眼鏡っ子を調達する……!?」

 

「嬉しいけど錯乱してない?」

 

 息抜きに趣味をしていたらいきなり大物と地上でエンカウントするんだからそこはしょうがない。ハニーキングと言えば文字通り、ハニーの王様だ。ハニーキングの号令一つでハニーが地獄の様なハニーフラッシュ戦術で戦い始めるのだから、そりゃあ恐ろしいものもある。それにハニーには昔、盾にして攻撃をしのぐって戦術を使ってしまった手前、自分自身で話すのはちょっと畏れ多いというか、申し訳なさがあるというか。大体そんな感じなのだ。

 

「……すみません、ちょっと錯乱してました」

 

「うん、落ち着くといいんじゃないかな! うん!」

 

 軽く深呼吸をして、息を整えてから脳を整理しながら、思考を巡らせる。ハニーキングが出現した理由を考え、そしてその影響を考え、何が出来るのかを考えた。ハニーキングがこんなタイミングで出現する理由は一つしかないだろう。

 

「……ジル戦だけですか?」

 

「それ以外はズルいからね! いやー! 私の普段の活躍を見せられないのは残念なんだけどなぁー!」

 

 ハニーキングの尊大な姿を見ながら、視線を正面へと戻し、釣り糸を水面に垂らしたまま、率直に思った事を口にする。

 

「……ジル、勝ったらそこまでヤバいんですか。薄々は感じてましたけど」

 

「そこはノーコメントかな!」

 

「それ、答え言っている様なもんじゃないですか……」

 

 言外にジルが勝利してしまった場合、()()()()()()()()()()という事をハニーキングは示唆している。だけどそこら辺、ちょっと困った部分がある。確かに《魔王Lv3》の存在は怪物的であり、どうしようもないが、それでもシステムの枠内の存在にカテゴライズできる。つまり一級神や二級神であればシステム権限でどうにかなる範囲だ。最も一級神に近づいたと言われる魔王ククルククルでさえ一級神には届かなかった。それだけ管理者と、メインプレイヤーの間にはどうにもならない差がある。それをどうにかできるのが勇者だけだ。

 

 その【阿摩羅モード】や【涅槃寂静モード】でさえ、ほぼ達成不可能な条件に近いのに。まぁ、【刹那モード】は裏技でどうにかなるだけ、有情かもしれない。

 

 それでも、直接メインプレイヤーが管理者側を攻略出来るようになるものを思いつかない。或いはそもそも、システムの枠に収まらない例外を用意すればどうにかなるかもしれない。

 

 そこまで考えた所で、竿を握ったまま、額を押さえた。

 

「その為の異世界か……」

 

「ノーコメントで!!」

 

「ハニーキング様……」

 

「いや、うん、言いたい事は実に解るよ? それでも神様側からのネタバレはいけないからね!」

 

「ハニーキング様……」

 

 言っている意味は解るが、それで納得できるかどうかは、また話が別だ。とりあえず、更に話をハニーキングから聞き出そうとしたところで、ハニーキングの陰からシークレットハニーが出現し、ハニーキングにひそひそと何かを告げた。

 

「じゃ、私は次の用事があるからもう行くね!」

 

「あ、ちょ」

 

「ばいばーい!」

 

「あー……」

 

 そう言うとハニーキングが逃げ出す様に一気に去って行った。その姿をしばらく眺め続けてから、溜息を吐き、釣り糸を水面に垂らすのに戻った。水面を釣り針が割って落ちてしばらく、水面が僅かな揺らぎだけを見せる時になってくると、心が少しずつ落ち着いてくる。ふぅ、と息を吐きながら今はとりあえず、ハニーキングが参戦してくれた事実を喜んでおこう、と決めておく。ジルとの決戦に向けてまた一つ戦力を増やす事が出来た。だが同時に不安もある。

 

 一級神と戦うのに必要なのはレベルではない。システムへの干渉能力だ。ククルククルが実力的には最も一級神に近い存在、神に近いスペックを保有していても神に届かなかったのは、このシステムに対する干渉能力を保有していなかったからだ。このシステム干渉能力があるから一級神はメインプレイヤーからすれば無敵に近いのだ。レベルリセット、技能剥奪等の能力に対して、メインプレイヤーは抗う事が出来ないのだから。

 

 つまり、神々が便宜を図ってくれているという事は、

 

 ジルがそれを超える手段を見つけた、という事でもある。

 

「……あるのか? そんな都合の良い手段が」

 

 少なくとも自分には思いつかない。数千年を魔王として生きたククルククルでさえ、一級神には届かなかった。そうなるとジルはきっと何かを見つけたのだ、《ゲートコネクト》を使って。問題は俺が思い浮かべられるアリスパラレルにおいて、それだけの権限を獲得できるような方法を知らないという事だ。

 

 全く、思いつかない。

 

「うーん……考えてもしょうがねぇか」

 

 なんだかんだで【決戦】ではハニーキングも人類側に参戦してたし、その事を考えるとジル戦でのみハニーキングが味方に加入するのもぎりぎりセーフなのかもしれない? まぁ、《ラグナロク》を無傷で突破する事の出来る盾が入手できたのは悪くない話だと思う。

 

 うん、

 

 最強無敵のブリティシュシールドとハニーキングシールド。

 

 防御力高そうじゃないかこの二つ?

 

 というかハニーキングを割って防具に出来ないのだろうか? それともその破片を装備するとか利用……する―――とか―――。

 

「―――」

 

 軽く、ふざけるつもりの思考だった。だがそれは唐突に、答えへとジャンプするだけのものがあった。少しだけ、ふざけた考えから零れ出た可能性に、唇を震わせながら、呟く。

 

「え、いや、でも、可能なのか? 神そのものを道具として使う事でシステム干渉を可能にするって。アリ……なのか……? だけど魔王が明確に神に届かないのはシステム権限を持たないからだって言われているし……となると……システムに干渉する事が出来る様になれば……?」

 

 下位の神―――レベル神と呼ばれる連中でさえ、レベルを上げたり下げたりする事が出来る。

 

「可能……なの……か……? いや―――できる、できるぞ」

 

 それは誰よりも、

 

()()()()()()()()()()()……」

 

 《神光》、神たるステージに立った存在の証。神族のみが使用する事が可能となる威光。その輝きは、メインプレイヤーという制限を超越する力が存在しており、システム的な管轄や干渉が違う。その為、《無敵結界》を素通りしたり、そのもので種族を変質させる事で神族となる事も出来る。まぁ、これは裏技に近い。

 

 だけど―――その裏技等を教えたのが俺なのだ。

 

「やべぇ、ジルならマジでやりかねん……」

 

 俺の持っている知識を吸収したジルなら、【ひつじNOTE】を見てしまったジルであれば、俺よりも早く、事実に辿り着いてやりかねない。自分の内に足りないなら、そう、他所から調達すればいい。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

「……あかん。釣りやってる場合じゃねぇなぁ」

 

 とは言いつつも、心を落ち着ける為に釣りは継続する。趣味に没頭している方が、思考がクリアになるからだ。故にそのままの状態で―――考える。

 

「専用対策が必須だよな」

 

 ハニーキングが協力してくるレベル。つまりはそれだけジルが脅威となっている事の証でもある。ハニーキングとマギーホアのコンビとかいうちょっと大陸滅ぼすつもりか? と言いたくなるコンビでも勝率が薄い、という事なのだろうか。いや、となるとシステムに対するシステムで殴り合えという話か? いや、駄目だろうそれは。それじゃあメインプレイヤーの遊びの範疇を超えてしまう。一級神や三超神の出張案件にインフレしてしまう。

 

 まだジルを処刑、処罰していない事はつまり()()()()()()()という事の何よりもの証拠だ。

 

「となるとメインプレイヤー級でカウンターが出来る? んー? んー……聖女の子モンスターか? セラクロラスなら確かに時を巻き戻して取得をなかった事に出来そうだけど……《ゲートコネクト》には時間軸に関連する干渉論もあったから時間巻き戻した所で通じるとは思えねぇしなぁ……」

 

 まぁ、いいか、と呟く。気付けただけまだよい方だ。

 

 対策に関してはスラルとレビンを筆頭とした頭脳チームと相談しながら考えればよい。

 

 とりあえず、重要なのは次の一手―――何をどう、動かすか、という事だ。

 

 その為にも今は静かに、釣り糸を水面に垂らし続けた。

 

 その時を待つように。




 カムイ君も気づけばもう17歳。勇者の任期失効まであと数年と考えると割とタイムリミットがヤバく感じるけど、そうか、もう17歳なんだよなぁ、って……しかしこの子、ティーンエイジを魔人と戦ってばかり過ごしているけど人生の後半戦大丈夫? とか思いつつはーにほー! 部長じゃないよ! ハニーキングだよ!

 深まる謎、ジルの手にした権限、魔王との戦いも見えてきた。


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983年 食券 ウル

「―――先生!」

 

「あー、はいはい」

 

 ジルに腕を引っ張られながら街を歩く。服装はジルも自分も現地に合わせてコーディネートしており、ジーパンにシャツというラフな格好に帽子を被っている此方に対して、ジルの服装は花柄のワンピースに、幅の広い白い帽子を被っていた。最近のジルはバイタリティも凄まじいもので、こうやって彼女から此方を引っ張って歩く事も増えていた。自分が彼女から離れると宣言した以降の話ではあるが。それでもジルも、変わろうとしているのか。

 

 或いは、最後まで楽しもうと決めたのか。

 

 それでも俺はそのジルの変化を好ましく思っていた。少しずつ変わろうとする彼女なら、たぶん……結末を変えられるのかもしれない、と。変わらないと解っていた癖にそう願ってしまったのだ。

 

 

 

 

「懐かしい夢を見たな……」

 

 欠伸を漏らしながらルドぐるみを抱いていた状態から体を持ち上げる。片手で目元をさすりながらもう一度欠伸を漏らし、反対側に今日はラ・バスワルドが下着姿で抱き着いているのを見た。基本的に何時も寝ている間にスラルかラ・バスワルドが抱き着いてきている。スラルは純粋に、まぁ、好きだから……という事なんだろうなぁ、と思っている。うん、深く考えると恥ずかしいので考えない事にする。

 

 本当に、本当に偶に勇者特性(ラッキースケベ)でカムイが突っ込んでいる場合もあるが、大体の場合はカムイが鍛えられた勇者パワーで意地でも回避している。そしてそれ以外のパターンは、ルドぐるみの抱き心地に完全に魅了されているラ・バスワルドがその感触を求めて潜り込んでくる場合だ。

 

 そして最近はその頻度が上がっている。

 

「むにゃむにゃ……」

 

「マジで言う奴が居るのか……」

 

 困惑しながらルドぐるみを抱いて眠っているポンコツ神の姿を確認し、苦笑しながら眠っている頭を軽く撫でてから起き上がる。カーテンを開ければ新鮮な陽の光が部屋の中に入り込み、僅かにラ・バスワルドが身じろぎするが、それでも安眠を選んだのか陽の光を無視して眠り続ける事を選んだ。ふぅ、と息を吐きながら、日光を浴びれば自然と光と重力の化身として、自分の中で力が湧き上がってくるのを感じる。

 

 光と重力を象徴するドラゴンとして、陽の光を浴びるだけで意識が覚醒するのを感じられるのだ。だから朝の意識の覚醒はこれを存分に浴びる事が一番早い。そうなったのも恐らくは《ドラゴンLv2》という技能を使いこなすようになってきたからかもしれない。

 

「ふぅ、目覚めすっきり」

 

「んゆ……」

 

「はいはい、お前はもうちょっと寝てていいよ」

 

 ラ・バスワルドのポンコツっぷりはなんというか―――幼い娘を見ている様な感じで、個人的に母性をくすぐられる。ダメな子程可愛い、という奴だろうか。辛辣に扱ってしまうがどことなく見捨てられない……。本当ならもっと適当に叩き出して社会常識とかを身に着けるべきなんだろうなぁ、と思いつつも、だらだらと面倒を見てしまっている。

 

 俺も、大概人の良さはどうにもならない。

 

 ラ・バスワルドが深い眠りに戻ったのを確認してから軽く上にシャツを着て、部屋の外に出て、軽く口を開けながら欠伸を零し、洗面所を目指す。女の朝というものは男のそれよりも面倒で―――とは言うが、男だった時代の方がもはや短く、そして遥かに遠い。男の頃は俺がどうしていたかなんて、もう忘れてしまっている。今では当然の様に寝起きの髪の手入れとかをする様になってしまったが、

 

「るしあー、るしあー」

 

「はい、ウル様。おはようございます」

 

「おはよ、ルシアー」

 

「はい、では洗面所で何時も通り手入れの準備をしておきますね」

 

「おー」

 

 従者に任せてしまう方が遥かに楽で速い。先にトイレに行って腹の中をスッキリさせたら洗面所で手を洗って、顔を洗って、歯を磨きながら髪の面倒は何時も通り、筆頭従者であるルシアに任せる。一番信頼している腹心が彼女なのだ。なので自然と、筆頭にもなっている。もう何百年、何千年と続いている流れの為、言葉にしなくても大体の事は事前にやってくれる。そうやって朝のあれこれを終わらせれば、朝食の準備に進む。

 

 朝食の準備も従者に任せれば、とは思わなくもない。

 

 だがなんだかんだで料理を作るのも楽しいのだ。暇な時間にレパートリーを増やしてみるのも楽しく、人生をなるべくエンジョイする事を今では考えている為、飯は手伝ってもらいながらも、自分で大体やっている。こうやって苦労したほうが飯が美味しく感じるし。

 

 そして朝食の匂いが厨房から漂い始めると、

 

「あさごはんー……」

 

「アステル、バスワルド様の面倒を」

 

「はいはーい。バスワルド様ー、此方ですよー。歯をピカピカにしましょうねー」

 

「ふぁい……」

 

 ルドぐるみを片腕に抱いたラ・バスワルドがアステルに片手を引かれながら洗面所へと連れていかれている。流石のクソレズ堕天使も相手は選ぶので安心出来る。ともあれ、ラ・バスワルドが歯を磨いて顔を洗っている間に朝食の準備を進めてしまう。メニューはその時の気分で決めるもので、JAPANから醤油や味噌を輸入している事もあって、日本風の和食だって朝には食べる事が出来る。

 

 だけど今回は比較的スタンダードなコカトリスの卵とぶたバンバラのベーコンを使ってベーコンエッグを作り、ククルで作った小麦粉を使ったトースト等でシンプルなブレックファーストを作った。完成されたそれらをテーブルに並べ、

 

「マッハ様も食べますー?」

 

「我輩も食べるぞ! 無論! 食べるぞ! 食べるぞ!」

 

「アピール強い」

 

「無駄に等級の高い化身ばかり作ってまるで遊べない馬鹿二人に対して自慢する内容が増えるのであるからなぁ!」

 

 割と愉快な性格をしているレベル神マッハを召喚して、朝の支度を軽く終えたラ・バスワルドがやってくるのを見た。ラ・バスワルドの手から解放されたルドぐるみが床をふよふよとホバーしながら部屋に勝手に戻っていくのを眺めつつ、

 

「じゃ、いただきます」

 

 何時も通り、いつの間にか食卓に加わっていたスラルと合わせて、朝食を取る。朝食を食べている間にルシアが本日のスケジュールを教えてくれる。

 

「今日は何かあった?」

 

「いえ、今日は仕事が入っておりません。必要な書類仕事などは片付けてあるので。鍛錬の要請もないので、今日一日だけであれば空いています。釣り具の用意をしましょうか?」

 

「んー……いいや。偶には都市内をうろうろするよ」

 

「そうですか」

 

 仕事があるのであればスケジュールに合わせて活動、無ければ大体何時もは釣りに出かけるか、ごろごろやっているか、軽く運動するか、新しい料理でも開発する為に厨房に籠るか、をするのだが。今回はそう言う気分でもなく、自分の街を歩き回りたい気分だったので、今日はそうする事にした。

 

 そんな風に、

 

 ウル・カラーの一日は始まる。

 

 

 

 

 ククルの民は俺の国の民みたいなものである。故に敬うのと同時に、苛烈な手段からある程度の恐怖を持たれている。そういう風に向けられる様に調整しているとはいえ、やや辛いものがある。なので、基本的に外をぶらつく時は、一般市民用の商業区ではなく、戦士や兵士などの為に用意された商業区などを利用している。

 

 当たり前の話だが戦えない人間からすれば()()()()()()()()のだ。だからある程度、戦士たちの生活圏は分かれる様にしなければならないのだ。分けることである程度の衝突を回避する事も出来る様になるからだ。なので、自分が買い物する時は、利用するのは此方側になる。顔なじみが多く、自分に対する理解もあるからだ。

 

 ここら辺をうろつくだけでも、割と楽しい。

 

 ルドぐるみを浮かべてその上に座りながら、ふよふよゆらゆらとゆっくり、浮かんで進んでいく。度々街中をこうやって歩き回っている事もあり、

 

「お、ウル様じゃねぇか! こっち来て飲もうぜー!」

 

「昼間から誰が飲むか馬鹿野郎。もうちょっと肝臓に優しくなれよ」

 

「うぇーい! うぇへへーい! ふぉふぉーい!」

 

「言語機能失いやがった……」

 

 酒場の方から笑いながら酒を飲んでそのままリバースしている馬鹿の姿を見て、苦笑しながらそのまま街中を浮かんで進んで行く。此方の商業区の方は昼間から馬鹿をやっている奴もいれば、次の出撃の準備に物資を漁っている奴の姿も見える。基本的に一緒に戦う連中ばかりである為、恐れるどころか話しかけてくる姿も見え、そこには夫婦で赤ん坊を抱きながら歩く姿も見え、

 

「あ、ウル様! ちょっとこの子を祝福してくれませんか!? どうせ暇でしょう?」

 

「なんだよどうせ暇って。お前ら全員の面倒みてるから基本的に忙しいに決まってんだろボケ。オラ、ガキを見せろ―――おう、可愛いじゃねぇか」

 

 夫婦の抱いている赤ん坊に近づき、指を伸ばして見れば、赤子が笑いながら小さな手を伸ばし、それで指を掴もうと手を揺らしている。その子供の頭を軽く撫でてから、小さく笑う。母親が子へと向ける慈しむ視線を見て、少しだけ、女として憧れを抱く。果たして俺も、そういう風に我が子を抱く時が来るのだろうか……? まだ、想像できないが、平和な時代が来たら変わるのかもしれない。

 

「よしよし、お姉ちゃんが平和に暮らせる時代を作ってやるから安心して寝てろよ」

 

「お……姉ちゃ……ん……? どこ……?」

 

「おう、平和な時代におめーのとーちゃんは辿り着けねぇみたいだけどな」

 

 がっはっは、と笑いながら許して、もう一度赤子の頭を撫でてから、強く、元気に育ってくれと祈ってから再び街中を浮かぼうとしたら、

 

「あ、ウル様!」

 

「ん? お、カムイ君じゃん」

 

 聞き覚えのある声に振り返れば、どことなく品のある服装に身を包んだ今代の勇者カムイが腰にエスクードソードを装着したままの状態で、此方を見かけると嬉しそうに笑みを浮かべながら手を振って近づいてくる。彼、なんというかわんこ系に近いよなぁ、と思って苦笑しつつ、動かずに待ってあげる。

 

 片手を振りながら近づいてくるカムイはもう、その十代も半ばを超えて、少年から青年へ、そして男への道を進み始める年頃だった。幼さの残っていた表情は逞しく、そして更に綺麗に磨かれてきている。

 

「ウル様散歩ですか?」

 

「おう、今日は特に用事もないしな。自分の護っているものを再確認する為でもあるし、今日はゆっくりと街を見て回る予定だよ」

 

 時々ウィンドウショッピングとかしつつも。ククルでは文化の多様性を認める。発展を認める。芸や娯楽に対してパトロンとして金を出資する。それでもっと、今までの時代にはなかった楽しみを覚えて欲しい。だから服装や食事、芸術などは自分の手を完全に離れて進化している。その多様性を眺め、楽しむ為の散歩でもあるのだ。

 

 自分の想像や発想を超えて、育つ文化。それを眺めるのも楽しい。

 

「じゃあ僕もご一緒します。今日は非番なので鍛錬以外はする事もありませんでしたし」

 

「お、そうか? じゃあ、来い来い」

 

 カムイがその返事を貰うと足早に近づき、横に並ぼうとして、

 

「よっと―――暇だし私も一緒に回るわ」

 

「……」

 

 カムイが並ぼうとした横に、スラルが先に割り込んで横を取った。その姿をカムイが一瞬だけ表情と動きを凍らせて停止し、スラルが一瞬だけ、ニヤリ、と笑みを浮かべた。そしてカムイの腰にあるエスクードソード、その内部に居る勇者の魂、アレフが爆笑している。

 

『はーっはっはっはっは! モテる女は辛いな女王様ぁ! はーっはっはっは!』

 

 爆笑しているエスクードソードを全力で投げ捨てたい気持ちだったが、それをぐっとこらえて我慢しながら、牽制し合うスラルとカムイの姿を眺めた。

 

「……スラルさん」

 

「……なにかしら」

 

「大人げなくありません?」

 

「え? そうかしら? 私はそう思わないけど」

 

 スラルとカムイの間に繰り広げられる会話にエスクードソードの爆笑が響き、それに軽く溜息を吐きながら視線を逸らせば、ケッセルリンクに仕えるメイド使徒たちの姿が見えた。此方を見て軽く頭を下げると、そのまま日用品などの購入へと戻って行った。街中に魔人や使徒、悪魔に勇者という存在が溢れているのに、

 

 それでも人々は何もないかのように、何時も通りの生活を続けていた。

 

 

 

 

 最終的に何時の間にか隊の面々が集まり、笑ったり遊んだり酒を飲んでいれば、いつの間にか夜になっている。余り夜更かししていても次の日が辛くなるだけなので総統権限でブーイングを喰らいつつ解散を言い渡して、酔い潰れたラ・バスワルドをルドぐるみの上にのっけて帰ってくる。

 

「ただいまー」

 

「お帰りなさいませ。湯の準備は出来ております」

 

「ひゃっほう」

 

 帰ってくるとルシアが的確に此方の欲しいものを読んで、準備してくれている。体は動かさなくても、酒盛りをしてきた影響で、ちょっとべとつくのを感じる。風呂に入って汗をさっぱりと流したいと思えば、しっかりと用意してくれる従者の存在が頼もしい。しかし口に出していないのに何でこいつそこまで解るんだろうか? とは思わなくもない。

 

 そんなこんなで脱衣所で服を脱ぎ捨て、体を洗い、髪をアップで纏め、

 

 湯船に肩が隠れるまで浸かる。

 

 ルドぐるみが広い浴槽を勝手に泳いでいるのを眺めつつ、ふぅ、と息を吐いて縁に背中を預けながら天井を見上げる。

 

「あー……今日も一日終わっちゃったなぁ……」

 

 そんな、何でもない一日だった。




 ウル様の特に華麗でもなんでもない一日。

 本当に特になにか特別な事があった訳でもない普通の日常の様な様子。普段は何をしているのか、とか。どんな感じなのか、とか。まぁ、基本的にそれなりに緩くやって生きている。

 こんな日常が続けばいいのにね。


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983年 作戦フェイズ 魔人解放作戦

「休暇は十分に楽しんだか? んじゃ、ガルティアを引き込みに行くぞ」

 

 ケッセルリンク加入からしばらく、調整や休暇でたっぷりとコンディションを整えつつ、再び進軍する事が決定した。その間に襲撃して来る魔人はなく、領地から飛び出してくるような魔人もなかった。唯一の気がかりは魔人永劫の剣が飛び出してくる事だったが、これに関しては微動だにせず足を止めている事が確認されている。恐らく強さではそうでなくても、厄介さに限っては魔人の中でも随一を誇る相手だ。戦闘する場合は殺すのみでしか結果を残す事は出来ないであろう為、動かないでいてくれるのは実に助かっていた。

 

 ともあれ、漸く進撃準備も整った為、いよいよガルティア解放のターンであった。983年現在、魔王に挑戦するのが985年として、そろそろ最終戦力を加えたい所だった。最終戦に向けた調整等があるのも事実だ。その為にも最後の戦闘メンバーである、ガルティアを仲間に加える必要があった。そういう訳で、

 

「今回も頼んだぜ、スラル。ガンガンメタ張って楽させてくれよ」

 

「もー、こういう時だけ頼るんだからー」

 

 そう言いながらも、スラルは頼られるのが少し嬉しいようで、微笑を零している。そしてその側にはケッセルリンクの姿もあり、

 

「私が居る限りはスラル様に傷一つ付かぬように注意している。安心するといい」

 

「流石にそこまで心配しなくても大丈夫よ? 私だって危なくなったらワープして逃げるし

 

「逃げんな」

 

 どことなくふざけている様子のスラルを見て、ケッセルリンクは軽く肩を揺らすも、どことなく楽しそうな気配があるのは解っている。良く考えればケッセルリンクが魔軍以外の所属で何かをするのは、或いはスラルと肩を並べて戦うのはこれが初めてなのかもしれない。基本的に魔王だった頃のスラルは徹底したリスクコントロールで引っ込んでいた。だから前線に出る、という事はしなかった。

 

 ……そのことを考えると、確かに、ケッセルリンクとしては守らなくては、と思いながらも肩を並べられるのは嬉しい事なのかもしれない。アイツ今、人生が楽しそうだなぁ、と思える。まぁ、そのスペックは存分に戦闘で振るって貰うとして、ケッセルリンク以外にも今回は味方が増えた。

 

 16歳になった事で才能はあっても死ぬ可能性があったため、参戦出来なかったパンドラの部下の子が参戦してくれた。デスマスクを装着したタキシード姿の少女は《奇術師Lv3》という稀有な技能を保有した子であり、既にパンドラの部下として色々と諜報の為に走り回った事から、戦える十分なスペックを保有している事は判明している。ケッセルリンク共々、正史には存在しなかった新たな仲間の登場である。

 

 ルドぐるみの上に乗って、片足で額を踏む様にしつつ、風に片腕を隠すマントが揺れる。この戦いも後半戦に既に突入している為、自分の服装もそれに合わせて黒を基準とした、闘衣を纏っている。決戦も近い、そろそろ気を引き締めるという意味でも、ある程度整った、戦う為の恰好をする事には意味がある。

 

「うっし―――じゃあ目的地は魔王城西、ガルティアの所だ。はっ倒して仲間にするぞ」

 

「うっす! 了解でっす!」

 

「前回の様に開始早々倒れないように頑張らなくてはな……」

 

「うむ……」

 

「おぉぅ、剣士組がやる気満々だな……」

 

 特にライコウとガイはケッセルリンク戦、開幕ダウンを喰らって最後まで役立たずだった為、今回に限っては凄まじいまでの気合を見せている。二人だけでガルティアを一気に押し切りそうな程の気合を見せながらも、それが空回りしなければいいなぁ、と思いつつ、溜息を吐きながら良し、とルドぐるみの上から声を放つ。

 

「行くぞ、野郎共……魔王城を刺激しない様にな!」

 

「姉御ぉ……」

 

 うるせぇ、俺だってラスボスが唐突にエンカウントしに来たら怖いんだよばぁーか! と心の中で叫びながらガルティアを迎える為に移動を開始する。

 

 

 

 

 途中、カミーラの領地の様子を見たら意外と快適そうに巣を作って引きこもっているカミーラの姿が発見できた。どうやら戦わなくて済む場合にはそれなりに楽しく過ごしている様であり、此方を見かけると露骨に嫌そうな顔をして戦闘の準備をし始めたため、そのまま去る事にした。ノスが嘆かわしいとばかりの表情を浮かべているのが特徴的だった。カミーラは正史の様に弱体化する事はなくても、それでも闘争本能の大部分は薄れている様に思えた。

 

 その他にも永劫の剣の領域を確認したが―――かなり酷かった。

 

 荒野一面が結晶に包まれており、とてもだが人が踏み入る事の出来る領域にはなってなかった。永劫の剣そのものを確認する事も出来ず、動き出さない限りはノータッチで放置しておくのが一番の様に思える。

 

 そして魔王城。

 

 将来ではリーザス城と呼ばれるその城は―――遠巻きに見ても、凄まじいほどの威圧感を放つ場所であった。昔は大量の魔軍を抱えて維持する為に土地が荒廃していたものの、緑化をジルが進めたのか、緑の大地が魔王領周辺では見かけられる様になっており、木々が育つのも見えていた。その意図は測り切れないも、将来に向けて環境を変えているという事だけは解った。

 

 そこになるべく近づかない様に気を使いつつ、魔王城迂回ルートを取りながらガルティアの領地へと向かう。ここまで来ると、それぞれの魔人は与えられた領地で過ごしやすい様に改良しており、既に数十年は引きこもっている事もあり、

 

 ガルティアの領地も、大きく本来の姿から様変わりしていた。

 

 ガルティアが設置された魔王領の領地、そこへと着いて一番最初に見かけるのは()()だった。

 

 魔物兵たちが管理する農園や農場、牧場。それによって大量生産される食糧。そして常にどこからか漂う飯の臭い。ガルティアの所だけ、今まで戦っていた魔人の領地とは、まるで違う空気が漂っていた。

 

「……なんじゃこりゃ」

 

「えーと……魔人ガルティアの領地……ですよね?」

 

 困惑する声を聴きながら隊を率いて領地の中を進んで行けば、即座に魔物兵に見つかる。しかし敵意はなく、此方を見つけると軽く驚きつつも、

 

「おぉ、ガルティア様の言っていた人類軍ですね? ガルティア様から来た場合はお迎えしろ、と言われています。今案内しますね」

 

「おう、任せた」

 

「では此方へどうぞ」

 

 そう言って先導し始める魔物兵の姿を見て、更にえぇ、という声が背後から漏れてくるもので、笑い声を我慢できない。ケッセルリンクもやれやれ、と溜息を吐きながら小さく声を零している。

 

「奴も奴で変わっていないようだな」

 

「魔人ガルティアか」

 

 ケッセルリンクの言葉にガイが頷いた。そしてその言葉に反応し、槍を担ぐエルドが先導する魔物兵に従いながら周りを警戒しつつ、軽く視線は向けても収穫などの作業に没頭する魔物兵たちを見てて、首を傾げながら言葉を作った。

 

「なぁ、旦那たちよ。魔人ガルティアってのは……こう、どういう奴なんだ?」

 

「……話、聞いてなかったの?」

 

「いや、聞いてたけどよ」

 

 テスカの言葉にエルドが反論するが、言葉のニュアンスは伝わっている。そうだな、とガイは声を零し、しかし続けるのはケッセルリンクだ。付き合いで言えば、魔人としてはケッセルリンクが長い。故に簡潔に魔人ガルティアという男を説明した。

 

「戦士だ」

 

「え? あ、いや、それは解るんですけど」

 

「奴は《ムシ使いLv3》技能を持った戦士だ。だが別段、戦士だからと言って戦いを求めている訳ではない。()()()()()()()()というタイプの男だ。別に嫌っている訳でも面倒がっている訳でもない。戦士として武を修めているだけだ。ひとたび剣を抜けば―――」

 

「抜けば?」

 

「アロハな気分にさせられる」

 

「アロハな気分に」

 

「そうね……アロハな気分になるわね」

 

「アロハ……アロハ……?」

 

 ガルティアの使っている剣がハワイアンソードとかいうネタだらけの武器で、斬られるとアロハな気分というか常夏な気持ちで死ねるらしい。ガルティアの様に武器は武器、と完全に割り切れる様な奴でもないと使用しない死ぬほど格好悪い武器の一つだ。そんな事を言ったらルドぐるみを武器にしている俺も俺なんだが。

 

「冗談を抜きにすれば獣の王、等と呼ばれる程度には荒々しくも研ぎ澄まされた剣の使い手だ。敵として相対するのなら《ストマックホール》の存在を合わせ、恐ろしいほどに強い相手になる」

 

「……アロハは?」

 

「ガルティアに殺されるとそうなる」

 

「そうか……俺、死なない様に頑張ろ……」

 

 それが一番だよ。そう思いながら魔物兵の先導に従って進んで行けば、広大な広場へと到着する。様々な料理の匂いが混じって湯気が上がっている環境の中で、広いスペースには巨大なマットが敷かれており、そしてそこにはありえない、とでも表現するような皿が見える。その大量の皿の上には山盛りの料理が乗せられており、

 

 それを一人の男が片っ端から食べ続けていた。

 

「BからFテーブルまで食べ終わったぞ!」

 

「追加持って来たぞ!」

 

「こっちだこっち! 早く回せ!」

 

「肉はどうした!?」

 

「今絞めてるとこだよ! しばらくは魚でやり過ごせ!!」

 

 まさに戦場とも言える様子で魔物兵たちが料理を運び、料理をし、それを片っ端からガルティアが食べていた。いや、或いはそれはもはや飲み込むという言葉に等しい。腹に開いた穴、《ストマックホール》ではなく、人間らしい口から食べるという行いをしているのに、それでもありえない数の料理がその口の中へと消えて行く。当然の様に皿の上に塵の一つも残さずに食べ切りながら、ガルティアの食事は無限に続いていく。

 

「……え、なにこれ」

 

「ムシ使いは体にムシを飼っているからその分の食事を取らなきゃいけない。だけど、まぁ、ガルティアは《ムシ使いLv3》で、ありえない数のムシを飼っているし、それを合体させて使徒にもさせている。それを維持する分を考えると()()()()()()()()()らしいぞ。死なないのは魔人だから、という事で」

 

「マジかよ……」

 

「流石に自分の目で見るとびっくりするわね」

 

「私も毎月、ガルティアの食事に頭を悩ませたもんよ」

 

 いつも厨房に入り浸っていたSS時代のガルティアの話は懐かしい。まさか魔血魂を勢いのまま食べて魔人化されたとか、今になっても誰も信じないだろう、アレは。なんともまぁ、懐かしい話である。

 

 ともあれ、ガルティアも食べながら此方の存在に気付くと、食べ進めていた手の動きを止めた。その姿を見た魔物兵たちがざわざわと声を漏らし始める。

 

「が、ガルティア様が食べるのをやめた……?」

 

「止まったのか!? 本当に止まったのか!? 止まっているぞぉ―――!」

 

「うおぉぉぉ! おお―――!!」

 

「どんだけ食べ続けてたんだよ……」

 

 誰かの漏らす声に苦笑するが、それがガルティアという存在だ。食費に450万Gを消費する男というのは伊達じゃない。そんなガルティアはどうやら、待っている間ひたすら食べ続けていたらしく、口元を軽く拭いながら視線を向けつつ立ち上がった。

 

「ふぅ―――もう俺の出番か? 食い溜めしてきたから何時でも動けるぞ」

 

「食い溜め……食い溜め?」

 

「食い溜めの概念が崩壊し始めてる」

 

 ガルティアの食べる量は尋常じゃない。その上でペースも異常に早い。それを見て食い溜め? とは首をかしげたくなるのも事実だ。だがガルティアが食い溜めと言うレベルの食事に魔物兵たちは付き合わされていたのだ。

 

 ……流石に同情する。

 

「で、これからお前を解放する為に戦おうって話だけど―――」

 

 その言葉に武器を構えようとして、あぁ、待て、とガルティアが言う。立ち上がりながら声を零すと、軽く体を動かし、そして視線を【撃滅隊】へと向けて来る。

 

「まぁ、様子を見れば戦いに来たのは解るが……別に、無駄に戦って味方を減らす必要もないだろ。戦うと腹が減るしな」

 

「……ジルの命令には抜け道があるのか?」

 

「おう」

 

 その言葉に短く返答しながらガルティアは頷き、

 

「ジルは()()()()()って言っただけだ。内容は指定せずにな。だから()()()()()()()()と思える内容だったら別に、なんでもいいんだよ」

 

「んな無茶な……」

 

 という訳で、と、ガルティアが言葉を口にし、そしてニヤリ、と笑った。

 

「ここはひとつ勝負といかないか」

 

 もう、その発言で嫌な予感しか感じない。だがストレートにガルティアと戦うよりはだいぶマシだと判断し、それで、と続きを求める様に催促し、ガルティアはその口を開いた。

 

「勝負の内容は簡単だ―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それだけだ」

 

 ニヤリ、と笑みを浮かべながら平和に、そして何よりもガルティア自身が一番楽しめそうなスマートな内容に、内心で叫んだ。

 

 一番無茶苦茶な要求来たぁ―――!




 魔人ガルティア、戦闘に関しては酷くドライだけど身内に対しては優しく、気さくで、基本的に善良。ただし根本の部分が戦士なので戦うという事になった私情を挟まず、単純に殺すだけというタイプ。

 ガルティア、結構いいキャラしてるんだよなぁ。正史でもスラル、ガルティア、ケッセルリンクと並ぶ姿は見たかった。


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983年 魔人ガルティア

 料理。

 

 これ一つとっても難しい話である。

 

 真に美味しいものを作るのならただ、レシピ通りの物を作るだけでは駄目だ。環境、状況、経験、相手の好み、状態、その全てを把握したうえで作り、自分の持っているポテンシャルを全て注ぎ込んだ上で作らないと真の美食にたどり着く事は出来ない。その他にも材料にもクオリティは左右される。料理、それは一言で解決出来る程簡単な概念ではない。

 

 ガルティアを満足、或いは心の底から敗北を認めさせられるほどの料理。

 

 クッソハードルの高い要求が来た。

 

 だがその発言に喜んでいるのは魔物兵の方だ。

 

「え!? 料理を代わってくれるんですか!?」

 

「俺らの代わりに料理を!?」

 

「ガルティア様に俺達に代わって料理を出してくれるなんて……人類……なんていいやつらなんだ……!」

 

「おい」

 

「いや、まぁ、腹減るし」

 

 まぁ、そういう訳で、

 

 ガルティアを満足させるために飯を作る事となった。

 

 

 

 

「はい―――それでは第一回! ザ・アイアン・ルドシェフを開始する!!」

 

 宴会用の魔道具として用意された拡声マイクを使ってガルティアの領地の中、魔物兵や集まった【撃滅隊】を前に声を響かせながらそれを宣言する。急遽用意された野外ステージとキッチンには人類勇士がエプロン姿で立っている。もうさっそくコレ大丈夫? って思えるぐらいには混沌としているし、魔物兵も必死にガルティアを送り出す為に応援しているからもうこれ、駄目じゃねーかなぁ、と思っている。

 

 だけどステージの最後のチャレンジャーにはスラルがいるのでこれ、出来レースなのだ。ガルティアの一番の好物を掴んでいる女が参戦しているので、全部茶番である。

 

 だがそれでもやる。

 

 そう―――基本的に俺はお祭り好きなのである。

 

「という訳で今宵、ここに集まったのは魔人ガルティアの胃袋を制圧する為に集まった人類勇士と一般魔物兵チャレンジャー! 何故参戦している!? だが細かい事は気にするな! 誰だってブラック環境で働きたくはないのだッ! という訳で此方、ルドラサウム大陸一の大食いであり味にうるさいガルティアを黙らせるコンテストで御座います!!」

 

「うお―――!」

 

「頑張れニンゲン―――!」

 

「早くこの大食いを引き取ってくれ! 本当に! 頼むぅ!」

 

 魔物兵から熱烈なコールが聞こえて来る。まぁ、生産体制も整えていない状態でガルティアの食欲を満たせ、というのは非常に難しい話だろう。【ランス10】においても一国がガルティアの食欲によって滅びそうになっていたのだから、遠慮のないガルティアの食欲を今まで満たすために頑張っていたのだから、これだけのコールも当然なのかもしれない。

 

 まぁ、それはそれとして、

 

 折角やるなら盛り上げた方が見ている方も楽しいだろう、

 

 という事で。

 

「はい! 実況は皆に愛され! そして皆を愛する女王ウル様! そしてスペシャルゲストにはこの二人!」

 

「我輩こそは隊のレベルアップを担当している、今回は解説の7級神マッハである」

 

「同じく解説で悪魔のレガシオだ。俺はちょっと飯には煩いぞ」

 

「軽い気持ちで誘ってみたらノリノリで解説に参加してくれた神魔の二人を揃えて開催だ! マッハ様はまだわかる! なんで来たレガシオ!」

 

「毎度毎度俺抜きで楽しそうな事をしているからな―――俺も混ざりたい!

 

 

「以上! 三魔子の一人からのコメントでしたぁ!」

 

 開幕からぐだぐだ感漂ってきた。だが審査員であるガルティアは片手にフォーク、片手にナイフを装着した状態で、凄まじい食欲を体から放っていた。今、ガルティアに近づけば食われるのではないだろうか……? と思うぐらいには凄まじいオーラに覆われているガルティアの姿を確認し、あっちの解説はいらねぇな、と判断し、

 

「さぁ、それではガルティアに! 食で! 生物は勝利できるのか!? いざ、開始……! なお、食材と設備はわくわく魔王キッチンからの提供だぞ」

 

 魔物兵たちが肩を組みながらサムズアップを向けてきている。その背後では漸くガルティアに飯を補充するという役割から解放された魔物兵たちが死んだように眠り続けている。いやぁ、本当にお疲れ様。これからこいつをククルに引き取って食費を維持すると考えるとちょっと怖くなってくる。だがこれに備えて食料生産をずっと続けてきたのだ。ガルティアを維持するだけの貯蓄はある……筈。

 

 これを見ていると不安になるが。

 

 と、そんな事を考えている間にシェフたちが素早く自分たちの調理に開始した。人類勇士には《料理Lv2》技能持ちもいるし、そうでなくてもLv1だけならそこまで珍しくもない範囲だ。人類全体の技能インフレが原因ではあるが、この場合は助かる話でもある。そう言う事もあリ、それなりの数が参戦しており、

 

 最初に料理を完成させたのは、

 

 日光を装備したJAPANの武士だった。

 

「おぉっと、これはまさかライコウシェフ、一番乗り!」

 

「どんな戦場であれ、一番槍は逃したくないという心意気が見えますなぁ」

 

「自信満々の表情、これは本人の得意料理だな?」

 

 完成された料理をライコウは片手に握りながら、それをガルティアの前に運んで行く。そして、それをガルティアの前の皿の上に乗せた、

 

 そのシンプルに白く、無駄に丸い大きなサイズのそれは、

 

「ふ―――好物の塩おむすびだ……!」

 

 ライコウの発言に声をマイクに吹き込む。

 

「こいつ自分の好物を持ち込んだぞ!! どうなってんだ!」

 

「余程好きな食べ物だったのであろうなぁ……何故これでドヤ顔を見せれるのか我輩には解らないのである」

 

「見ろ、あの完璧にまで丸くて白い姿をよ……何も入ってないぞ……」

 

 実況席からのボイスにライコウは首を傾げる。お前もう一生剣だけ握ってればいいよ、と心の中で思いながら、ガルティアがフォークとナイフを置き、塩おむすびに手を伸ばすのを見た。その姿を全員が無言で見つめ、見守りながら見つめ、

 

 ガルティアがそれを口に入れたのを見た。

 

「い、いった! 食った! 食ったぞ! 流石なんでも食べる男ガルティア! ちゃんと食ってくれたぞ! ごめんね! 馬鹿を参加させて本当にごめんね!」

 

「だが一番重要なのは味である! おむすび、それも塩のみで味付けとなると白米と塩の味がそのままダイレクトで関係するであるなぁ……素材は魔王城提供である。クオリティに関してはSSから続くこだわりと伝統がある筈である……」

 

「となると大事なのはどれだけ素材の味を引き出せるか、って事だ。本来の味の良さ、それをどこまで上手く引き出せるか、ってところだな……こればかりは経験とどれだけ食わせてきたかってところによるな……」

 

「お前らなんで美食家っぽいコメントすらすら出て来るんだよ」

 

 ネタで呼んだのが意外とガチ勢だった時の驚きである。そんなコメントを流している間にもガルティアはつかんだそれを口の中に運び、それを最後の米粒一つまで全て、味わう様に食べてから頷いた。

 

「無駄に強く握り過ぎてて米粒が潰れてる。塩が無駄に多い。もしかして塩が多ければいいとか思ってないか? 大事なのは辛く感じない程度に抑える事だぞ。悪いな、あんまり美味しくなかった」

 

「当然の返答だあ!」

 

「当然であったな」

 

「まぁ、こうなるな」

 

「何がいけなかったのか……?」

 

「全部だろ」

 

 客席からも辛辣なコメントが飛んで来る。納得しかそこには存在せず、ライコウが茶番を演じている間にも他の参加者たちの調理は続く。此方の方はライコウとは違ったガチの参戦者であり、真面目に調理をしている。記憶の彼方へとライコウチャレンジの事を忘れて、

 

「さぁて、シェフ各員の料理が始まりましたが、マッハ様とレガシオ君的には期待したいのは?」

 

「当然Lv2の《料理》技能持ちであるな。技能は才能、それを自覚しているとしていないとで差は歴然である。それを自覚している者が手を出し、修練を積むことで力となり、更に腕前は上がる! いやぁ、考えた奴凄いであるなぁー! 憧れちゃうなぁー! レベル大正義……!」

 

「そこまでにしろよマッハ。……まぁ、言っている事はあながち間違いじゃねぇんだけどな。技能持ってる奴が強いのはメインプレイヤーにおける共通の事項だ。それを自覚、自覚していないの差は大きいが、やっぱ持ってる奴が巧い事に変わりはねぇ。となると勝負を決めるのは必然的にこだわれて、能力を持った奴だ」

 

 だといいよね。

 

 そう思いながら次に出来上がってきたものを見た。

 

「おぉっと、メルーベの料理が完成した様だぁ! 出来上がったもーのーはー……? これはコカトリスの丸焼きだ!」

 

「うーむ、ここまで良い匂いが漂ってくるであるなぁ。香草、スパイス、溢れ出した汁を吸いこんだ野菜の数々にフルーツも盛ってあるな? あの色合いからすると……」

 

「ソースの味が濃い目なんだろう。途中でフルーツを口の中に入れて味わいをリフレッシュしながら変えていく。食べながら楽しめるメニューって訳か……!」

 

「お前らなんでそういうコメント直ぐに出るの」

 

 実はどこかで練習したりしてない? そんな事を考えながらガルティアの方へと視線を向け、その様子を眺める。コカトリスの丸焼き。それをナイフで切り分けながら盛り付けられるのをガルティアが口へと運んで行き、確かめる。再び、先ほどの様にゆっくりと確かめる様に食べながら、その全てをペースを一切落とす事もなく平らげてしまった。作った料理の残骸の前に立ち尽くしながらガルティアの評価を待った。

 

 そして、ガルティアが口を開いた。

 

「―――美味い」

 

 ガルティアの口から出た言葉に会場が沸き上がった。

 

「おぉっと、これは高評価!」

 

「見て解る美味であったな」

 

「あぁ、間違いなく美味しいのは解るぜ。だけどガルティアの目を見てみろ、アレは敗北感から程遠いぜ」

 

「ノリが変わってきたな」

 

 王道料理漫画みたいなノリに変わってきた、そう思いながら食べ終わったガルティアは息を付く。

 

「ふぅ―――美味い。コカトリスは高級食材だ。肉質を壊さず、ソース・こいつは満ち潮の時にしか出現しないオイスター貝を使ってるだろう。それに山の恵みをふんだんに使って味を混ぜ、壊さないように調和している。こいつは確かに普通のコカトリスの丸焼きっては言えねぇな」

 

「おかしい、俺はもっと与太企画風に始めたのに評価が割とガチだ……」

 

「山と森と海の幸のコンビネーション……美味いのは確かだ。いや、巧いとでも表現するか。だけど高級食材のコンビネーションは慣れてる。こいつで俺を敗北させるにはちっと難しいな」

 

「クソォ、渾身の一品だったんだがな……その背景を読めなかったのが敗因か……」

 

 悔しさにエプロンを脱ぎながらまた一人、人類勇士が去って行った。え、これこういうノリなの? 企画したのは自分だけどちょっと表情のガチ具合に引いている。だがこのウル様、

 

「遠慮はせん! 次のチャレンジャーよ、前へ……!」

 

「っしゃー! 一族代々受け継がれた秘伝の担々麺を見せてやるわ!!」

 

「ほう、これは食欲を誘う匂いが風に乗ってくるであるなぁ! 調理中にも肉の大きさ、味噌の配合とかなり気を使っているのが見えたである」

 

「熱いからこそ辛いもんを食う。良いと思うぜ。匂いだけで涎が出始めるなぁ! 辛いもんが好きなんだよ俺」

 

 初めて判明するレガシオ君のパーソナルな情報。今度、辛い物でも作って差し入れるべきだろうか? そんな事を考えながらガルティアは料理を口にし、

 

 そしてそれを食べ尽くした。

 

 そして真摯に評価し、正面から打ち破った。

 

 

 

 

 魔人ガルティアは食という事に対してだけは、凄まじい程に真摯になる。

 

 それはガルティアがムシ使いであり、彼が生きる上では食べるという事の重要性をその身で良く理解しているからだ。ガルティアは絶対に一人で生きる事は出来ない男だ。なぜなら誰かが彼に食事を与えなければ、彼は生きる事が出来ないからだ。彼の体を維持する上で必要な食事量は決して少なくはない。そして個人で調達できる食事に限度がある。そういう事で、ガルティアは常に飢えと戦っていると言っても良い。

 

 だからこそ、食事に対しては絶対に嘘はつかない。

 

 美味しい、不味い。その二つから始まり、

 

 作る上での工程を味わいながら感じ取り、どうしてこうなったかを考え、自分が思う、どうすればいいのかを口にする。決して煽っている訳ではなく、ガルティアなりに応援しているつもりなのだ。ただし、誤解しやすいだけで。確かに気さくで話しやすい男ではあるが、食と武芸だけに関しては嘘をつかない男だ。

 

 嘘をつけない、とも表現できる。

 

 それが原因でガルティアの言葉はどうしてもストレートになってしまう。ムシ使いとしての武芸、そして食は彼の存在そのものを構成するアイデンティティの一種である。だからこそ偽れないという部分もある。故にガルティアを満足、敗北させるという事はその味に対してまず最初に真摯に向き合える人間を用意しなくてはならない。

 

 その上でガルティアの味覚を吹っ飛ばす程の腕前の持ち主でなければならない。

 

 これが恐ろしいほどに無茶だ。

 

 何せ要求されるのは()()()()()()()()()()なのだから。

 

「……ついに、来てしまったのであるなぁ」

 

「……あぁ、来ちまったな」

 

 ガルティアに挑んだ料理人たちは全滅した。一つ一つ丁寧に食べながら一つ一つ何が足りないのか、何故勝てないのかを説明した結果、心が折れる者もいれば、納得して奮起する者もいた。それらの屍を超えて、最後に挑戦するのが、

 

「はい、私が作ったうはぁんよ。久しぶりに作ってみたから形がいびつだけど許してね」

 

 元魔王―――現在は悪魔となっている、スラルだった。彼女が作った、そして抱いているうはぁんと呼ばれる食べ物は、自分がよくスラルに作っている物だ。パイかクッキー、タルト層をベースに、アイスクリームの層、その上に桃りんごの層を重ねて作る菓子の事であり、割と我が家ではメジャーではあるが、世間一般的には超高級菓子にジャンルされるものである。

 

 そのレシピも、作り方も、完全にスラルは記録している。

 

 世界の仕組みを解き明かす事の出来る女の頭脳は、偽りではないのだ。

 

 故にやり方と材料を教えれば、それを完璧に再現できる筈であり、

 

 ―――そのうはぁんは、虹色をしていた。

 

「なんで?」

 

「我輩が知りたい」

 

「盗み食いした悪魔が浄化されたんだよな、一度。次はなぜか悪魔が汚染された」

 

「我輩が、知りたい」

 

 マッハが腕を組みながら滅茶苦茶首を傾げ、スラルの料理の腕前を知っているレガシオも腕を組んで首を傾げ、相変わらず不思議すぎる錬金術を達成してしまっているスラルの料理の腕前に、自分も腕を組んで首を傾げる。

 

「間違いなく俺達は見張っていた筈だ」

 

「そう、作っている所は間違いなく普通であったはずなのである」

 

「だが完成したら何時の間にか虹色だった……!」

 

 それ以外は完全に普通なのだ。だがもはやその見た目からして嫌な予感しかしない。前ドラゴンに食わせた奴は生死の境を彷徨ったが、間違いない。今回のこれは確実に殺せるだけの殺意が生まれている。スラルとは全く関係なく、料理自体が殺意を覚えている。どういう事だ。今までの王道的料理展開はどこへ消えた。

 

 とは思うが、

 

 ガルティアはスラルが運んできた彼女の特製うはぁんを前に、嬉しそうに表情を少しだけ、緩めた。

 

「お、来た来た。俺がお前の為に戦うのは半分ぐらいこれが理由だからな」

 

「認められているようでそうじゃない様なちょっとした複雑な気分ね……さ、食べてとっととこっちに合流しなさい」

 

「まぁ、待て」

 

 食べる事をせかすスラルの前に、ガルティアがゆっくりとうはぁんを片手で掴んだ。その姿を、無言のまま、誰もが視線で追う。食うのか? 明らかに食ってよさそうな気配が皆無だけど本当に食うのかそれ!? 等という視線がガルティアに突き刺さる。だがガルティアはそれに気にする事もなく、

 

 摘まんだうはぁんを、

 

 口元へと近づけ、

 

 噛みついた。

 

「い、逝った!」

 

「魔血魂になったか!?」

 

「いや、まだだ! 魂はまだ消えていないぞ!」

 

「ねぇ、ちょっと私の料理に対して評価酷すぎない?」

 

 スラルが睨み返してくる中でサクッと。音を立てながら虹色のうはぁんに噛みついたガルティアは、そのまま動きをしばらく停止させ、しばらく、噛みついたままの状態で動きを止めていた。だがやがて、少しずつ体を震わせ、

 

「お」

 

 声を零し始める。

 

「お、お……ぉ……」

 

「ガルティアが呻いている……ぞ……?」

 

「これは、これは―――?」

 

 ガルティアは数秒間、小さく声を零しながら、空を見上げた。

 

「ギャラクシー……!」

 

「ギャラクシー」

 

「凄い言葉が飛び出てきた」

 

「宇宙的なヤバさと表現したいんだろうな……」

 

「ねぇ? ちょっと? 聞こえてるんだけど? 自覚してるけども!」

 

 ガルティアがうめき声を漏らしながらゆっくりと、虹色のうはぁんを取り憑かれたように食べていく。少しずつ、もったいぶりながら食べていく姿は今までの他の料理を食べている時よりも遥かに絵面が酷く、周りの連中は完全にドン引きしている。だがそれに気にする事もなく、ガルティアはもったいぶる様に少しずつ食べながら、うはぁんの乗っていた皿を綺麗にしてしまい、食べ終わった上で空を見上げていた。

 

「あぁ、時の果てが見える味だったな……」

 

「麻薬とか混ざってないの? アレで? マジで?」

 

「完全に表情がキメた後の表情であるなぁ!」

 

 もう、その表情のガルティアを見てしまえば、勝敗なんて解り切ったようなもので、魔物兵たちがドン引きしながら虹色のうはぁんでガルティアを沈黙させた女として、新たにスラルという恐怖の化身を見つけ出してしまった。スラルに感謝しながらも全力で距離を空けているのが見えない。

 

「……こうなるのは解ってたけどなんか納得いかないわね」

 

 スラルの呟く姿を見ながら笑い声を零す。

 

 魔人ガルティアは食欲の権化とも表現できる。魔人化した故に、ムシ使いの食欲、或いは食に関する部分も壊れてしまったのかもしれない。彼は魔人となった事で毒が通じなくなり、そしてそれも一つの味のエッセンスとして楽しめる様になった。その結果、彼は《料理Lv-》、料理技能を持たない者が作る失敗料理、或いは劇物を珍味として味わう事が出来る。

 

 スラルに料理技能は存在しない。

 

 何をどうしても絶対に失敗する様になっているのだ。

 

 それは悪魔になっても変わらなかった。

 

 そしてその味をガルティアは愛していたとも言える。なのでこれを食べさせれば一発でノックアウトさせられる事は、当時の魔王城に居た存在であれば、一瞬で解る話だが、

 

 数百年ぶりに食べた影響か、ガルティアの精神が宇宙へと旅立ってしまっていた。

 

「勝者ッ! 冒涜的な虹色のうはぁんを作ったスラルちゃん!」

 

 勝者の宣言に一瞬で会場が沸き立つも、それを見ながらスラルが頷く。

 

「貴方達の顔を全部覚えたからね……」

 

 恨みの声を聴きながら、更に笑い声を零し、一時的な茶番劇に幕を下ろした。

 

 まぁ―――偶にはこんな、魔人戦もきっと悪くないのだろう、と思いながら。




 盛大な茶番。

 毒よりも麻薬よりもやべーと評価されてしまうスラルちゃんの料理は、当然ながら厨房への出入り禁止というルールがあって(

 これでガルティアも加入決定。残された魔人も少なく、しかし面子は揃ったので……。


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984年 食券 マッハ

 スラルの料理によって宇宙の狭間へと意識を吹っ飛ばされたガルティアが心からの敗北感を味わい、それを見た他の料理人たちも料理という概念を再検索し始める事で魔人戦に勝利した。茶番だし出来レースだし、勝利? という概念も怪しくなってくるが、ガルティアが領地から出てククルへと移動する事が出来たため、問題なく勝利と言えるのだ。という訳で人類軍にガルティアが加わった。これにより最初に想定した大軍団での戦闘が行えるようになった。何よりもガルティアの《ストマックホール》が便利だ。

 

 これで魔軍を軽く飲み込めば大軍団の処理と、ガルティアの食事を同時に処理する事が出来る。軍団を一瞬で無力化する事が出来る手段があるのは実に助かる話だ。だがそれ以上に、想定されていた最終戦力を獲得する事が出来たというのも大きい。これによって、戦力は大幅に増えた。

 

 魔人戦力はガイ、ケッセルリンク、ガルティア、ラ・バスワルド、ブリティシュ。

 

 ドラゴン戦力はマギーホア、ノス、俺、ハンティ。

 

 人類最上級戦力に勇者カムイ、武士ライコウ。

 

 神魔から悪魔スラル、ハニーキング、そしてレガシオも参戦してくれると言った。

 

 以下、【撃滅隊】所属人類最強戦力総勢40名。

 

 通常の道理で考えれば、この大陸そのものを粉砕、破壊できるだけのメンバーと戦闘力。未来におけるレベルスタンダードを考えれば()()()()()()()()()()()()を保有しており、Lv2技能をメインにしている、才能、スペック、経験、全てにおいて最上級の戦力ばかりが揃えられている。時代が時代であればこの大陸をそのまま制覇できる人材だ。軍隊を正面から相手して、それでも勝利し続けられる。或いは魔王ナイチサが相手であれば、問題なく勝てる面子だっただろう。

 

 恐らくは人類史上最強のチームだ。

 

 かつて、歴史にこれよりも最強と呼べる面々が揃った事もないだろう。これを超えられるのは―――ランス君が人類を率いる時ぐらいだろう、と思う。だがこれによってついに、初期に想定していた決戦メンバーが揃ってしまった。

 

 984年現在、

 

 人類軍は揃えられたメンバーを合わせ、最終決戦に向けて装備や必殺技のアップグレードに励んでいた。そう、流れは全て、最終決戦へと向かっている。戦力はついに揃えられた。自分が想定していたよりも、戦力は向上している。ブリティシュ、ラ・バスワルド、ハニーキング、レガシオの参入が非常に助かっている。自分が想定していたよりも遥かに強い面子が―――最強の討伐隊が結成された。

 

 これにより、漸く魔王と戦うだけのステージに立てた。不安は確かに多く残るものの、予想していたよりも良い状況でジルと相対するだけの用意をする事が出来た。自分が保有する戦力、そして持てる手札、切り札、鬼札―――最後の手段。その全てを加味し、都合良く物事が進んだとして、最終的な勝率は四割を切るだろう。

 

 ……これ以上勝率を盛るのは、あまりにも都合よく考え過ぎだと思っている。

 

 その全てを、自室の机に向かいながら、計算する。ジルの成長、【ひつじNOTE】から知り得たこの世界に関する情報から増やせる手段。その他の可能性。それらを考え、そして考慮してどれだけジルが成長しているであろうかを考える。

 

 そう、ジルもまた成長しているのだろうと思っている。

 

 少なくとも彼女は()()()()()()だった。目的の為に自分なりの努力でステップを踏みながら成長していく、そういう賢者だったのだ。だからジルは成長する事を忘れない。前にあった時よりも強くなっているだろうと思う。それでも彼女がなにを願っているのか、

 

 それが未だに自分には解らない。

 

「それでいて彼女の師とは笑わせるな……」

 

 小さく呟きながら息を吐き、軽く椅子に寄り掛かる。結局のところ、ジルにハッピーエンドを叩きつけるという宣言はしているが、具体的なプランが非常にあやふやだ。俺に出来る事はジルを倒し、魔血魂を吐き出させて次の魔王を生み出す事ぐらいだ。ガイと二人だけで、このことに関しては話してある。

 

 次世代の魔王。

 

 それは絶対に必要なシステムでもあるのだから。故にガイと相談し、俺かガイ、ジルとの戦いで最終的に動けた方が魔王を継いで、という風にお互いに決めてある。魔王を救うというのは、それ以外に方法がないからだ。魔王を止めさせても、別にそれで死なない事は未来のガイが証明している。大体の場合は魔血魂を受け継がせた後の出来事で死亡するか、死んで継承されているからだ。

 

 だから殺さずに血を大量に吐き出させ、魔血魂を継承したら治療を行う。或いはナイチサが行った、魔王の継承を魔王側からやらせる。それでジルを魔王の役割から解放する事は出来るのだ。唯一の問題は本当にジルに勝てる? という事なのだけであって。ただ、考えれば考える程、解らない事が増えてくる。

 

「ふぅ―――疲れたな」

 

 そう、言葉を漏らすしかなかった。少しだけ、疲れた。自分としてはちょっとだけ珍しい弱音だった。後でマギーホアかスラル辺りに愚痴を聞いてもらおうか、なんて事を考えると、

 

「では全部捨てて逃げてみるか?」

 

 声に振り返る。そこに道化師の神の姿を見るが、

 

「マッハ―――いや、ハーモニット様」

 

 七級神マッハの皮を被っている三超神ハーモニットだった。三超神は下界での活動の為に、それぞれが化身という力を分けた姿を持つ。PLとPCのアバター関係が、表現としては一番近く解りやすいだろう。そうやって化身の姿を持つ事で三超神は様々な活動を行うのだが、

 

 七級神マッハは三超神ハーモニットの化身であり、また三超神が保有する化身の中では一番等級が低く、そして唯一、メインプレイヤーにダイレクトで関わってくる三超神でもあった。普段はマッハというガワを被っていて、その中身を見せる事もないが、今日は珍しくその中身が見えていた。ハーモニットの気配にルドぐるみもはしゃいでベッドの上でびたんびたんと跳ねている。嘘じゃないよ。ほんとだよ。

 

「いや、ここまで来て逃げるとかないですよそりゃ」

 

「本当にか? 実は全て投げ出して逃げたいと思っているのではないか? 或いは違う創造神の支配する異世界であれば干渉されずに生きて行ける、何て事を考えた事はないのか?」

 

「それは……まぁ……」

 

 考えた事はあった。それはまだこの世界に骨を埋める事を決める前の出来事だったが。異世界には異世界の創造神が存在し、そこは違う法則で支配されており、ルドラサウムとは別の創造神がいる。だからもっと善性の強い創造神の居る異世界へと《ゲートコネクト》で逃げる事が出来れば―――それは、この世界の因果から逃れる手段になるのではないか? という考えだった。

 

 あくまでもルドラサウムが絶対的なのは、ルドラサウムがこの大陸と世界の創造神だからだ。その外側へと視線を向ければ、そうでもないらしい。とはいえ、既にこの世界に骨を埋める覚悟を決めているんだ。

 

「今更どの口で逃げるって言うんだ」

 

「辛くてもか?」

 

「生きるのが辛いのは当然だろう?」

 

 生きるのが簡単って、一体どこの異次元で生まれてきたんだ、と言いたい。

 

「苦しいし、悲しいし、痛いし、辛いし―――それでも、その中で幸福を見つけて、それを糧に生きていくのが人生ってもんだろう? 逃げたところで現実は変わらないんだ。だったらそれに立ち向かうしかないだろう―――あ、やべ、敬語外れてました」

 

「気にするな。私としてもお前の様な存在は非常に面白く、好ましい。自由であれ、ウル・カラー。貴様の愉快さは全てそこにある」

 

「言われなくてもそうしますよ。そうしてきたんですから」

 

 ハーモニットだけは身近過ぎるのが原因でちょくちょく言葉遣いを忘れてしまいそうになる。それだけ日常的にマッハとして関わっている、という事実もあるのだが。それにしても、と思う。

 

 視線をマッハーモニットの方へと向けつつ、

 

「そうやって口にするのは珍しいですね」

 

「私が、か? 私としても気に入った玩具が壊されるのは余り面白くない」

 

「やっぱそう言う視線かよ畜生」

 

 まぁ、天上の神々に期待はしてなかったんですけどねー、と思いながらも、そうやって口に出して此方を心配するマッハ、或いはハーモニットの存在は実際に珍しい。失敗すれば大陸を壊してリセットすればいいという価値観の奴らなのに、態々メインプレイヤー一人に気遣い……という言葉はおかしいかもしれないが、こういう風に注意を向けるのは面白いと思った。

 

 大体、個人個人を監視するのはALICEの仕事だからだ。

 

「……マッハーモニット様、メインプレイヤーとして遊ぶの楽しんでいる?」

 

「恐るべきことにな」

 

 マッハの姿をしているハーモニットは楽しそうに声を零した。

 

「主が何故エール・モフスとしての冒険を楽しんだか。それを忘れられないのか。何故変わる事が出来たのか……私はその経験を驚きと共に感じている―――成程、確かに何も知らずに味わえば、永遠に変わるだろう、これは」

 

「そこまで?」

 

「そこまで、だ」

 

 故に、と笑って神は姿を消した。

 

「励め」

 

 それだけ言葉を消してマッハの姿が消えた。忠告でも警告でもなく、ほぼ雑談に近い内容だけを語って消える姿はとても新鮮に見えた。消えた場所をしばらくの間、無言で見つめながらぽつり、と声を零す。

 

「……もしかして、応援したつもりだったのかな?」

 

 マッハとしてではなく、ハーモニットとして?

 

「……」

 

 その可能性を一瞬だけ考慮してから腕で胸を抱える―――これが大体、腕を組む代わりの考えるポーズなのだが―――そして考え、それを止める事にした。まぁ、どちらにしろ、

 

「ハーモニット様がこの戦いの行方を楽しみにしている、という事だしな……俺も負けてられないな」

 

 ジルの顔面にハッピーエンドを叩きつけるという目標、目的、それを簡単に諦めるつもりは一切ない。そもそも、この戦い自体俺が始めたようなものだ。だとすればそれを途中で投げ出す事なんて出来やしない。

 

 人も、神も、魔も。全部全部巻き込んで始めた大戦争なのだから。正直、これが後世に残す影響や、後輩たちへのハードルを考えると少々厳しいものを感じられるが、それでも勝たなければ後の世もクソもないのだ。それに関しては誰だって同意してくれるだろう。

 

「あーあ、またスタバで珈琲でも飲みに行きたいなぁ……」

 

 ジルと二人で異世界のカフェで飲んだり食べたりした事を思い出す。全部終わったらスラルとハンティを含めた女子組で異世界女子会を堪能するのも悪くはないかもしれない。

 

「買い物して、美味しいものを食べて、友達を作るのを手伝って……」

 

 拳を作って握る。だがこの話も全て、計画通りジルを解放出来たら、という話が前提になる。二重人格の魔王だった魔王ガイでさえ、魔王から解放された瞬間に罪悪感で死を選ぶ程、魔王であった時と、本来の時とは性格や或いは、人格そのものが違ってくるのだ。ジルが魔王から解放されたら、彼女が本来の、賢者であった頃の彼女へと戻るとも限らない。

 

 それでも……それでも、

 

「助けるって決めたんだ。俺がやる前から諦めてどうすんだ、って話だよな」

 

 だから諦めない。

 

 もう散々折れるだけ折れ続けて来たんだ。今更になって困難を前にした程度で折れるものか。もう、人類全体も、天上も、そして悪魔も巻き込んだのだ。歴史に名前を残す準備もした。史上最悪、最低の鬼畜女王として後世の歴史には名前が残る様に。もう既に事前準備は全て整えた、整えられるだけ。

 

 無論、気になる事はある。

 

 ルドラサウムの反応、永遠の八神の動向、三超神の思惑、ALICEの監視、魔人レッドアイや魔人レイ等の撃破済みではあるがまだ戦える魔人の行方、魔王ジルが一体何を思っているのか。

 

 だけど物事が理想的に、想定したように動くとは一切限らない。

 

 恐らくは―――いや、ほぼ確実にイレギュラーに直面するだろう。

 

 だがそれを考慮しても、

 

「ジルに勝てるのは今しかない」

 

 今、この時、この瞬間だけ。神も魔も人も、全部巻き込んで最強のチームを編成したこの時だけ。このタイミングを見過ごせば、後は弱くなっていくだけだと思う。だから、今が勝率が一番高い時。

 

 984年現在―――時は後少しで985年へと針を進めそうになっている。

 

 そのタイミングで、

 

「魔王城を攻める」

 

 魔王ジルとの決戦。それに向けた準備ももう、終わりに近い。それが終わり次第出撃の時が来て、決戦の時が来る。その果てに来る結末を、

 

 まだ、俺も―――そして神々も視ていない。

 

 決戦開幕まで、あと僅か―――。




 マッハーモニット様の激励。なんだかんだで一番近く、そしてずっとウル様の活躍を見てきた奴。ある意味、一番のウル様ファンと言えるのはこいつなのかもしれない。

 決戦前夜挟んだらGL期決戦開幕。


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985年 準備フェイズ

「正直な話―――すまないと思っている部分はある」

 

 夕闇が街に掛かる頃、徐々に陽の光が沈み始める頃に、隊の面子に、最終作戦に参加するメンバーだけを集め、翌日に控える魔王城襲撃作戦に備えて、【撃滅隊】のメンバーに普段は開放していない自分の屋敷に全員を集めて、ホールで酒宴を催していた。まぁ、なんというか、明日、生きて帰って来れないかもしれないのだから、これぐらいはやって当然だろう? と思う所もあり、普段はほぼ誰も入れないこの屋敷ではあるものの、今日だけは特別に開放しており、

 

 来れる連中は全員集まっていた。料理も自分やルシアが必死に作ったもので、それを並べているのだが、片っ端からガルティアが既に食べ始めているので、話を聞きながら食べ始めている連中が多い。まぁ、しょうがないよね!

 

 と思ったら《男には容赦しない》がガルティアに刺さった。ガルティアがその場でダウンさせられ、手が止まったのを見て、ケッセルリンクがどうぞ、と先を促す。良し、最初からぐだぐだな気配がしてきたな。

 

「まぁ、真面目な話、ジルが生命根絶を掲げたのは大体、俺が原因だ。それにこの都市の歪なシステム、その根本を構築したのも俺だ。そして、お前らが当然の様に戦い、そして戦友が死んでいく理由も俺が原因だ。今世紀における大体の死因、原因は遡れば俺に理由があるんだよ」

 

 ジルを―――あの時、見捨てなければ。ランスは生まれなかったかもしれないが、それでもランス抜きの未来を考えれば、それで良かったのだ。だけど俺にはそれを選ぶだけの勇気がなかった。度胸がなかった。今の俺はそれを超越できるかどうか、実に怪しい所ではあるものの、

 

 絶対に、ジルは見捨てなかっただろうとは断言できる。ただ、それは今の話だ。かつての事を考えると同じ選択は取れなかっただろう。あの頃の俺は―――そう、あまりにも弱すぎた。ちからではなく、心が。運命の奴隷だったとも表現できる。流されるまま、シナリオ、プロットに従って進んで行くだけの存在だったのだ。

 

 果たして俺はそれから脱却出来たのだろうか?

 

 その答えを自分で見つけるのは恐らく不可能だろう。自分でそうだと決めただけでは到底答えにはたどり着けないからだ。周りからそう見られ、自分でもそういう風に考えられる様になって、その上で結果を出して、

 

 それで初めて、変われたと思えるのかもしれない。自分はまだ、その具体的な成果を上げる事に成功していない。故に―――一つ、魔王ジルとの決着をつける事は、ウル・カラーという女の人生における一つの決着、結末に辿り着く事になる筈だろうと思う。だからこそ、ここは外せない。負けるわけにはいかない。だけど自分一人でどうにもなる事ではないし、自分一人の為の戦いではない事を忘れてはならない。

 

「で、文句を言いたい奴っている?」

 

「今更だろ」

 

「どうでもいいわよ、そんな事」

 

「俺達ゃぁ姐御についてくって決めて戦ってるんすから」

 

「そうそう、気にする必要ないって」

 

「始まりは確かにウル様だったかもしれんけど、今では居なきゃならない存在ですから。僕達は、愚かな指導者に従っている訳じゃないんですよ」

 

「馬鹿しかいねぇなぁ、ほんと……」

 

 だがそんな皆が好きだった。ここに居る馬鹿な連中一人一人が非常に好ましく、そして愛しかった。こんな時間が永遠に続けばいいのに……そんな事をいつもいつも、思っている。だけどダメだ。それは叶ってはならない願いだ。邪悪な願いだ。時は過ぎ去る。そしてだからこそ、次がやってくる。その流れを堰き止めるような事は―――出来ないのだ。

 

「よし―――バカなお前らに朗報だ。俺達の戦いはいよいよ、終わりが来る。明日、魔王城強襲作戦を開始する」

 

 魔王城に行くまで数日かかるので、明日直ぐに戦いが終わるという訳ではない。だがそれでも、明日、作戦を開始すれば終わるまで―――ここに戻ることもないし、これが最後の作戦行動になるだろう。

 

「これが終われば魔王が大地を支配する時代に終わりが来る。魔王ジルの時代が終わり、昔みたいに再び人類が大陸の各地で生活できる時代がやってくる―――だがそれ自体は俺に取っちゃどうでもいい話だ。それでも……それでも、これで最後だ。いや、最後にしなければならねぇ。解るか? ()()()()()()()んだ」

 

 敗北すればそこまで。再編成する余裕なんてない。敗北する時は恐らく、全滅する時だ。そしてそれ以上の戦力を用意する事なんて出来ない。だからこれで最初で最後だ。二度目の魔王への挑戦なんて絶対に用意出来ない。だからこの一度だけで決めねばならない。

 

「覚悟……なんて今更問うもんでもないな。ここに来てくれている以上、そういうもんだと思っている。ちゅーわけで、今夜は俺の奢りだ! 飲め! 食え! そして笑え! それを活動力に魔王城に乗り込むぞお前ら!!」

 

 その言葉と共に歓声が戻ってくる。そして解放された連中が飯に飛びつく。その様子を苦笑しながら眺め、色々と集まった連中の様子を眺めてみる。どの連中も楽しそうに話し合い、肩を組んだり酒を飲んだり、飯を食べたりし始めている。ゴーサインが出た所でガルティアも復活し、再び食べ始めている。その底なしの胃袋を観察しようとして―――一人、ストマックホールに吸い込まれそうになっている。

 

 ケッセルリンクの拳、再び唸る。

 

 それをスラルが呆れながらもどことなく楽しそうに見ている。あぁ、そういえば平和な場所で、スラル、ガルティア、ケッセルリンクという三人が集まる光景は実に稀だ。元々スラルを守る為に魔人となったケッセルリンク、自然とスラルを守る為に剣を取っていたガルティア、その二人が今、スラルの安全を保証出来る場所で、楽しく笑っているのだ。

 

 ……なんとなく、邪魔してはならない気がする。

 

 三人はそのまま放置するとして、マギーホアのいるテーブルを見つけた。マギーホアのテーブルには一緒にハンティと、ライコウの姿が見えた。そこに近づき、ネコモードのマギーホア様に軽く挨拶をする。

 

「む、これはウル殿」

 

「あ、姉さん。ちょっと、ライコウを止めてくれない? この馬鹿、マギーホア様に挑むとか言ってて……」

 

「竜王マギーホア殿、ウル殿さえも超える天上の実力者と聞く。武芸者として、是非に一度は本気で……!」

 

「いやぁ、私も応えてあげたいんだけどね? ほら、ね? ははは……」

 

 マギーホアも完全にライコウからロックオンを受けていた、苦笑を零しながらちょっと、困った様子を浮かべていた。《剣戦闘Lv3》であっても、根本的にマギーホアの実力は次元が違う。戦った所で恐らく、攻撃を受けてもマギーホアが無事な姿を見せてそのまま食い殺すであろう未来が見える。それがライコウもある程度見えているのだろうが、それでも武芸者の本能か、戦いを求めて目を輝かせている。

 

「ウル様も止めてくれませんか? これではライコウが死んでしまいますので」

 

「何を言う日光。JAPAN武士であれば強者との戦いに果てるのは本望。いざ、そこの庭でも……!」

 

「おめー、魔王城で最終決戦やる話を聞いてなかったのかよ」

 

「それはそれ、これはこれ」

 

「《スリープ》」

 

 ハンティと二人でライコウに《スリープ》を叩き込み、二人で手を叩きあってから拳を合わせ、サムズアップを向け合った。一気に睡眠に落ちたライコウはそのまま床に倒れ込むが、それを無視して今度は別のテーブルを見に行く。別のテーブルでは男どもが酒をジョッキに注ぎながら飲み比べをしていたが、

 

 カムイが圧勝していた。一人だけ圧倒的なスピードでジョッキを傾けて、無限に飲み続けていた。

 

「……カムイ君酒豪だっけ?」

 

「勇者特性だってよ」

 

「そんな使い方があるのか勇者特性……」

 

 勇者特性便利に使われ過ぎてない? と思ったらカムイが飲んでいるビールにむせた。そしてそれでそのまま酸欠で喉を押さえ、顔面からテーブルに倒れ込んだ。

 

「勇者特性?」

 

「勇者特性」

 

 不幸な目に遭うのもまた勇者特性の一環である。カムイの任期もあと少しだ―――それが終われば勇者特性もほとんどが失効する。そうもなれば不幸の方は消えるだろうし、多少マシになるとも言えるだろう。まぁ、今は生活が楽しそうだしいいか、と思いながら別のテーブルに移動し、

 

 ひたすらレガシオに接待する月餅を見つけた。

 

「レガシオ様! 此方はどうでしょうか!? あの女帝が作った肉料理との事ですが!?」

 

「うむ……アイツ、普通に料理うめぇよな。偶に作りに来てくれねぇかな。後嫁」

 

「ですよね! ですよね!! 交渉してみますね! 私! ささ、レガシオ様! 此方をどうぞ……!」

 

 サラリーマンが社長を接待するような姿になっていた。JAPANでも悪魔界でも基本的に苦労し続ける悪魔、月餅。君が休まる日は何時になるのだろうか。そう思っているとレガシオがこっそりとウィンクを送ってくるので、気付いていて月餅で遊んでいる様だった。憐れ、月餅。死ぬまで苦労は続きそうである。

 

 放置する。月餅君頑張って。何時かその努力が報われると信じて。

 

 と、次に面白そうな連中を探そうとすると、メイド服姿のラ・バスワルドを発見する。その横にはルシアが付いている。ラ・バスワルドを見てからルシアを見て、ラ・バスワルドを指さす。

 

「いえ……客人でもないのにひたすら何もさせずに置いておくのも問題だと思いまして。このまま放置しておくのも本人への教育を含め、影響が良くありません。ウル様は直ぐに若い者を甘やかそうとしますので、しばし働かせる事にしました」

 

「まぁ、見てなさいってば。この私が華麗に給仕してるところを。こう見えても私元二級神? あ、いや、現役二級神よ! 魔人が本業なんかじゃないんだからねっ!」

 

「もうこの時点でダメそうな気配がする」

 

「しっかり教育します」

 

 そんな事を言っている間にメイドの仕事にとりかかったラ・バスワルドがさっそくエルドの髪の毛のみを《破局崩壊》で消し去った。爆笑と悲鳴が轟き叫び、ラ・バスワルドが涙目になりながら逃げ出す。お前、《無敵結界》があるから逃げなくても平気なんだぞ? と言いたいが、追いかけられる姿が面白いので黙っておくことにする。ラ・バスワルドもかなり人間的というか、生物的というか、

 

 個人、という存在が確立されている様に思える。インストールされた設定よりも多くを覚え、そして更にポンコツになったような気がする。

 

 でもまぁ―――その方が、少女らしさがあっていいと思う。

 

 どうやら突発的に始めた宴だったが、それでも流れは悪くないらしい。各々が何時も通り、騒ぎながら楽しんでいる様子が見れる。

 

 ただ、それを遠巻きに見つめているだけのガイを見つけた。

 

 よ、と片手を上げながら近づけば、真っ先にカオスが反応した。

 

「若い姉ちゃんでいっぱい溢れているのに何で近づいてくるのがお前なの? あー、魔人斬りてぇ……」

 

「お前ほんと安定してるな……」

 

 カオスがあー、魔人斬り殺してぇ、と呟くのは何時もの事だった。だがそんなカオスを腰に帯剣しながら、ガイは腕を組み、背中を壁に預けたまま静かに皆で騒いでいる景色を眺め、呟いた。

 

「……私は、刺し違えてでもジルを殺すつもりだった」

 

 ゆっくりと、口にした。

 

「私が禁呪を行使すれば、レベルを大幅に増やす事も、短時間であれば魔王級の実力を発揮する事も出来る。それでジルを討ち、この世の地獄を終わらせるつもりだった……だが今となってはどうだ。穴だらけの計画に、失敗する未来が見えていた。私はジルという女をあまりにも甘く見ていたのかもしれない。だが―――」

 

 だが、とガイは付け加える。

 

「まさか、魔人である身でこうやって、人の輪にまた関われる時が来るとはな。私は自分の運命がジルを討った所で終わるものだと思っていたのだが……」

 

「ガイ君にはこの後にも盛大に苦労して貰うんだから死んでもらっちゃ困るのさ。なぁ、カオス」

 

「おう。儂を握って他の魔人ぜーんぶぶっ殺して貰わないとな!」

 

 カオスの魔人に対する背景や性格を一切考慮しない殺意というものはブレなさ過ぎてある種の尊敬を覚える。それでもカオスはガイに死ね、とは言わない辺り、ガイに対しては何らかの特別な友情を感じているのかもしれない。

 

「ふっ、その後か……」

 

 ガイはその言葉に小さく笑い声を零しながら、そうだな、と呟く。

 

「ジルを倒した後の事もあるか―――止まってはいられんな」

 

「俺かお前、どちらかが……」

 

「あぁ、恨みはしない」

 

「うし」

 

 ガイと視線を合わせ、頷き合い、視線を外し、人の輪へと戻っていく。

 

 そうやって時は過ぎ去っていく。

 

 騒ぎ、忘れ、馬鹿をし、そして回る。

 

 泣いても笑っても次は来ない、

 

 これより―――最終作戦が始まる。




 という訳で、GL期における全ての準備はおしまい。

 次回からGL期の最後、魔王ジルとの戦いを始めましょう。いよいよ終わるんだなぁ、って。一番長かったGLも終わって、いよいよ次はGIか、或いはULか、それとも別の魔王か……。

 なお、この更新を行っている間は電波が届かない場所に居るので、誤字報告は翌日朝になるよ。


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985年 魔王ジル

 985年。

 

 ついに、人類の魔王に対する大反攻作戦が開始される。

 

 それまでは防衛にのみ徹していた人類軍が()()()()()()()()。それにより、それぞれの魔人の領地へと攻め込み、強制的に魔人を戦闘状態へと持ち込む。一つの魔人に対して割り当てられた軍隊の数は約5万、これが数十年前と比べられると、かなり大きな数である事は明白である。ただし、これが魔人を、《無敵結界》を保有する存在を撃退、或いは撃破する事を考えると、あまりにも少な過ぎる数となる。だが魔軍、及び魔人が人類軍の攻撃を受けてその動きが迎撃に釘付けになった時点で、

 

 作戦は成功した。

 

 また、それと同時に翔竜山で今まで戦闘を行わなかった()()()()()()()()()()()()()()()()。空から一気に魔軍陣営を強襲する姿に対して、魔人メガラスが強制的に動かされ、

 

 人類軍、その戦力の全てをつぎ込んだ反攻作戦は《無敵結界》の存在一つで瓦解する。人類軍には《無敵結界》を容易く貫通できる攻撃手段が存在しない。ドラゴンは強くてもその無敵の護りを突破する手段がない。故に物量をぶつけたとしても、最終的には魔人側が丁寧に戦力を破壊していくことで決着が付く。それが人類と魔軍の戦争における基本的な認識でもある。

 

 だがこの瞬間。

 

 人類が全戦力を投入した事によって、漸く、魔王城とその制空権が喪失する。

 

 百に届くドラゴンの群れからメガラスはダメージは受ける事が出来ないだろう。だが同時に、これだけの数千年生きた修羅を、メガラスは葬る事が出来ず、地上を守る為に、そして魔王ジルの命令を守る為に絶対にドラゴン達を迎撃し続けなければならなく、つまり()()()()()()()()()

 

 これに加え、動き出した魔人永劫の剣を異世界からやってきた無名の緑髪の闘神を名乗る青年が撃退に登場する。永劫の剣を次元を超えて追いかけてきた青年の手によって、その姿が結晶領域から不動のものとなる。

 

 魔人ますぞえ、魔人レキシントン、魔人アイゼル、魔人パイアール、魔人レイ、魔人レッドアイが行動を活発化させ、人類軍への迎撃を開始する。正面からの戦いに1時間が経過した頃には、既に最前線では魔人による蹂躙が開始される。

 

 その時に―――動きだした。

 

 

 

 

「よし―――見えてきたぞ、魔王城だ……!」

 

 ドラゴン空戦部隊に騎乗し、或いはゴンドラに吊り下げて貰って東ルートを大きく迂回する様に主戦場を離れ、メガラスを釘付けにして貰っている間に魔王領へと侵入する。人類軍の数が凄まじい勢いで削られているが、全ての魔人を最前線に引き付ける必要があった。だがそのおかげで魔王城がフリーとなった。全戦力を投入した、対魔王最終作戦によって、

 

 今、魔王城へと空から強襲をかけていた。

 

「よし、そろそろ降ろすぞ!」

 

「頑張れよ人間ども!」

 

「俺達は一緒に戦えないが魂は共にあるぞ」

 

「じゃあな、良き闘争を祈っている」

 

「マギーホア様、武運を祈っています」

 

「うむ―――君達も存分に暴れなさい。世紀の決戦だ」

 

 魔王城付近に近づいた所で高度を降ろし、ゆっくりと移動に協力してくれたドラゴン達が降ろしてくれる。ゴンドラや背中から降りながら魔王城付近の大地に降り立ち、今回作戦に参加するほぼすべてのメンバーがここに集まった。空気に乗る、僅かな緊張感を感じながらも、ドラゴン達は言葉を残しながら仲間たちの戦場へと合流する為に去っていった。

 

 振り返れば、悪魔特有のワープによってレガシオが合流し、ハニーキングが派手なサウンドエフェクトと共に登場した。その姿に少しだけ和みながら、マギーホアを見て、頷きを貰った。

 

 ―――空気に血の匂いを感じる。

 

「うっし―――最後の仲間が待ってる、合流するぞ」

 

 今更、覚悟やどうすればいいか、なんて問うている必要はない。ここに居る時点でもう、全員契約は完了している。故にそれ以上の言葉はなく、仲間たちを率いながらそのまま、魔王城の正面へと向かえば、

 

 魔王城の扉の横に、背中を預ける様に目を瞑り、宝剣イングランドを手にする英雄の姿が見えた。その姿を見て、最初に声を零したのはガイに握られているカオスだった。

 

「ブリティシュ、お前―――いや、それにカフェも。その姿は……」

 

「カオス、それに日光も久しぶり。うん……君達も、きっと僕に言いたい事はたくさんあると思うんだ。だけど今は……いや、ジルとの戦いが終わるまで……待っててくれないかな?」

 

 その言葉に日光とカオスは黙った。それぞれを抜いたガイとライコウは、ちゃんと日光とカオスがカフェとブリティシュを見える様にしており、しかし、日光とカオスはしばし沈黙を保ってから。

 

「……ち、儂らのリーダーの言う事じゃしな」

 

「えぇ、そうですね。ブリティシュなら仕方がないですね」

 

「えー、なんだよその僕なら仕方がないって」

 

「ブリティシュだし」

 

 カフェのその言葉に小さくカオスと日光が笑い、そしてブリティシュが此方へと視線を向ける。

 

「……いけるか?」

 

「元より、僕の剣は人界を守る為にある。エターナルヒーローは崩れて消えた。それでも、まだ残されるものがあるんだ―――ならば、剣を振るって守る事に憂いはない」

 

「がっはっは、良し。お前も俺様が率いてやる。俺に付いて来い!」

 

 手を差し出し、ブリティシュと握手を交わしてから軽くその頭をよしよし、と撫でてやる。良く頑張った、と。それを受けてブリティシュは軽く恥ずかしそうにしていたが、気にする事無く横を抜けて、

 

 久しぶりの、魔王城へと突入する。

 

 途端、凄まじいプレッシャーが城内から漂ってくる。

 

 魔王城全体をすさまじい瘴気が充満しており、それが絡みついている。それこそ心臓の弱い人物であれば、ここに近づくだけで即死するような、そんな邪悪さの入り混じった瘴気だった―――いや―――情報としてだけなら、自分も知っている。将来的にケイブリスが纏う恐瘴気だ。それをもっと邪悪に、そして殺意を磨き上げたような、そんな瘴気を充満させている。

 

 それを浴びながら城内へと、自分の記憶にある姿よりももっと広くなっているその中へと侵入した。

 

「なんだ、この……気持ち悪いのは」

 

「瘴気だけど、ここまで凄まじいのは初めてね」

 

「レベルが低いだけなら即死しそうだな、これ」

 

 ハニーキングへと視線を向ければ、

 

「レベル20以下なら問答無用で即死かなっ!」

 

「人類の大半がやべーんだけどそれ……」

 

「……奥は更に濃度がありそうね」

 

「まさに魔王、って感じだな……」

 

「ま―――今更この程度でビビる連中なんていねぇぜ、大将。死んでも俺達は戦い続けるぜ」

 

「うっし、言ったな? じゃあ行くぞ―――決戦の時だ」

 

 魔王城を進んで行く。数人の魔人に悪魔、竜王、そして人類最強の部隊。自分がこの数十年間で揃えられる最強のチーム、最強の決戦部隊。【撃滅隊】は今、【魔王討伐隊】となった。他の誰にも真似出来ない、一度限りのドリームチーム。

 

 そのトップに立って率いるのは、俺だ。

 

 故に俺が前に立って進む。

 

 黒い、魔王に合わせた装束を纏い、瘴気に片腕を覆うマントを揺らしながら、自分の足で立って歩きながら進んでいく。前よりも広くなった魔王城、恐らくは《ゲートコネクト》の理論で魔王城内部の空間が拡張されている。

 

 全員で戦える広さまで。

 

 その中を進んで行く。

 

 奥へ―――ジルの気配へと向かって。進めば進むほど瘴気が強まっていき、普通の戦士であれば即死する濃度、鍛えた戦士でも死ぬ濃度、才能がある程度であれば死ぬ濃度と瘴気が増していく。

 

 それでも誰も脱落しないのは、これが人類最強のチームだからでしかない。ここに居る全員は、国家最強クラスの最強精鋭しか集められていない。故に少し辛くても、全員がこれを乗り越えられる。或いはこれが()()()()()()()()()()()なのかもしれない。

 

 そんな事を考えながら歩けば―――あまりにもあっさりと、妨害もなにもなく、魔王城を抜けた。

 

 そして到達する、その一番奥、

 

 玉座の間へと。

 

 その姿は更に広く変貌しており―――天井が消えていた。玉座の背後の空間も消えており、その向こう側には血色の空が広がっていた。気持ち悪さと気味の悪さが融合した上で、生理的嫌悪感を感じさせる気配が空間に充満している。それを知っている。

 

 血の記憶だ。

 

 脈打つ血管の様な音が脳裏に響き続ける。

 

 そうやって変質した魔王城の一番奥、玉座に一人、黒ドレスに身を包んだ美しい髪の女が座っている。玉座の横には巨大な骨と棺桶が置いてあり、それを横に並べた状態で目を閉じている。

 

 今なら目を閉じているから殺せる―――なんて、事を考える者は一人としていなかった。その気配が圧倒的過ぎた。もはや生物として本当に表現していいのか、それだけ次元違いの力を感じさせる気配を保有していた。あのマギーホアでさえ、沈黙し、警戒しながら全体を見守る様に足を止めているのだ。その存在の凄まじさは、伝わってくる。

 

 だが、誰も脱落していない。

 

 誰もがこの圧倒的な気配と、そして君臨する絶望を前に立っていた。膝を付く事無く、脱落する事無く、まだ戦える、と、それを証明する様に存在し続けていた。

 

 その気配を前に、

 

 ―――ゆっくりと、魔王が目を開いた。

 

 その姿を見て、喉に詰まっていた言葉を、小さく、しかし、はっきりと口にした。

 

「ジル」

 

 言葉に反応し、魔王が微笑んだ。ぞっとする程美しさと艶のある笑みに、男女関係なく見た者が魅了されるであろう笑みに、しかし堪えながら、視線を向けた。目覚めたジルは、小さく、唇を震わせた。

 

「あぁ……先生か。やっと、来たのか。この時が」

 

 言葉を零しながらジルがゆっくりと視線を持ち上げ、血色の空を見上げる。

 

「先生……私はずっとこの時を待っていた。お前が……人類を率いて来るであろうこの時を、誰よりも、何よりも……ずっと……待っていた」

 

 ジルは空を見上げながら呟く。隙だらけの姿。しかし圧倒的な威圧感がその言葉を邪魔する事を許さない。何時でも戦えるように誰もが武器を握りながらも、視線と耳は、ジルへと向けられていた。

 

「お前は……私にとって母の様な人物であり……姉の様であり、友の様であり……そして、一番最初に私に愛を教えてくれた存在でもあった。私は―――そう、愛を知っている。素晴らしいものだ。美しいものだ。かけがえのないものだ……それを……私は知っている」

 

 呟き、くすりと笑いながらジルは笑い、そしてはっきりと、意識を覚醒させた。

 

「あぁ、だが―――終ぞ、私が手に入れられなかったものでもある」

 

「ジル……」

 

 それを失わせたのは俺である為、何も言い返せない。シナリオの奴隷だったのは事実だ。その言葉に相応しいだけの存在だった。だからこその後悔がある。そして、それを変える為にここにやってきたのだ。だから視線をジルへと向ければ、ジルは、愛しむ様な視線を向けてきているのが解る。

 

「あぁ……だから―――いや、これ以上は語る内容でもないか」

 

 そう告げて、ジルは立ち上がった。戦闘の気配に、ルドぐるみを背負う様に尻尾を握りつつ、よし、と呟く。

 

「ジル」

 

「なんだ」

 

「大人しく負けるつもりはないか?」

 

「く、ふふふ……この期に及んでそんなことを言えるのは先生ぐらいなものか……あぁ、だが先生の言葉なら許そう。だが私は負けるつもりはない。思った事はないか?()()()()()()()、と」

 

 神々の遊戯盤。

 

 どう足掻いても争う人類。

 

 絶対に勝てないゲーム。

 

 決められた悲劇。

 

「くだらん―――実にくだらん。触りしか分かっておらず働いている一級神も。解っていながら何も変えようとしない永遠の八神も。理解しながら盲目のまま従い続ける三超神も。教えられない限り学ぼうとしないルドラサウムにも」

 

 深い、深い憎しみがジルから滲み出す。怒りが空間を震わせ、生物にはありえないとでも表現できる魔力が放たれる。それに抗う様に大地に足をつけたまま、ジルを見た。ジルも此方へと視線を向け、

 

「だから私は決めた―――()()()()()()()()()、と」

 

 創造神の殺害を宣告した。それに即座にハニーキングが言葉を遮った。

 

「残念だけどそれは無理だよ、無理無理。大陸の全ての生物を殺して、リソースを回収した所でルドラサウム様には届かないよ。悪いけど君のそれは意味がない」

 

「ハニーの王か。成程、確かに貴様の言う通りだ。私ではルドラサウムを殺す事は出来ないだろう。だが何時私自身が殺せばいいと言った? 私が何の為に時間を異世界の捜索に割いたと思っている?」

 

 ジルの言葉に、まさか、と声を零した。

 

「……見つけたのか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()を」

 

「あぁ、やはり先生は解ってくれるのか」

 

 嬉しそうにジルはそう言って、

 

 自分の手首を切り裂いた。それにより血が飛び散り、玉座の横にあった骨と、そして棺桶に掛かった。ジルから飛び散った血液が棺桶の中へと入り込み、そして骨の中へと染み込んだ。

 

 それは一瞬の静寂を経て、命を吹き込む。

 

「異世界E9H5には神殺しと呼ばれる戦士がいる。この大陸の全てを滅ぼして得たリソースをそこへと流し、その上で世界を繋げた場合―――面白い事になるとは思わないか?」

 

「ほ、ほー……君、生徒の教育はもうちょっとまともにした方がいいんじゃないかな……」

 

「ぐうの音も出ねぇ」

 

 ハニーキングの言葉に冷や汗を流しながらジルの本気の気配に、覚悟するしかなかった。やる―――この子は本気だ。ルドラサウムを本気で殺すつもりであるし、それを成し遂げようと全力を注ぐだろう。そしてこの世界の全てがルドラサウムから生まれている以上、ルドラサウムが消滅すればこの大陸も永遠に消え去るだろう。

 

 未来もクソもない。

 

 果たしてそれが本当に可能なのかどうか、という言葉はいらない。

 

 それを実現できそうなのが、ジルという存在だ。

 

 そしてジルの気配に呼応し、骨はその骨格を再生させ、肉を纏い、皮を纏い―――そして翼を伸ばした。合わせる様に棺桶の内側から、一つの影が立ち上がる。片方が全身が黒く染まった、巨大な爬虫類の様な姿であり、もう片方はどこまでも無機質な、人間味を欠片も感じさせない男の姿だった。

 

 それは血の記憶に記録された残影。

 

 咆哮を上げながら黒翼を広げるかつて、一つの時代に君臨した元魔王の姿。

 

マギーホアァァ!! 再び争おうぞ! 再び! 何度でも! 殺し合おう! マギーホア! そして今度こそは! 今度は! 俺が、俺の勝利で終わらせてくれる―――!!

 

 静かに、マントを揺らしながら、それが面白いか否かのみを捉え、剣を抜く一つの時代を恐怖に叩き込んだ元魔王の姿。

 

「これもまた良い遊戯になるだろう」

 

 元魔王アベル、元魔王ナイチサ。その二つの姿が血の記憶からジルによって再生された。かつて感じた事のあるアベルやナイチサよりもやや、弱くなっている気がする。それでもその存在が絶望的な程に脅威である事に変わりはなかった。

 

「さて、これで役者も揃った」

 

 玉座から降りて立つジルは腕を広げ、風を受け入れながら魔王の闘気を纏い、そして人類の前に―――或いはこの大陸の、全生命の前に立ちはだかった。

 

「さぁ―――この大陸の行く末を決めようか人類!」

 

 ジルの響く声を前に、これ以上会話が続く事がないのを悟り、

 

 いよいよ、戦いが始まる。

 

「アベル……いや、私もなにも言うまい。私はその権利をもはや喪失している。故に―――今度こそ滅びる時だ、アベル」

 

 マギーホアが猫の姿を捨てる。偽りの姿から真なる姿へと回帰する様に、ネコ人の姿が消失していき、その姿は遥かに巨大な、そして強大な力を秘める紅色の竜王の姿へと変貌していく。そしてその姿は、最終的に一つの時代を完全に制覇した、偉大なる王の姿へと回帰する。

 

「吠え狂えアベル。貴様にくれてやるのは敗北だけだ」

 

 マギーホアがルビードラゴンとしての姿を取り戻す。竜王の咆哮に人類の底力が限界まで解放される。士気が限界を超えて高揚され、力が引き出される。竜の王国を築いた王の号令が熱狂を生み出し、

 

 また同時に宝剣、聖剣、魔剣、古今東西ありとあらゆる武器の類が異次元から引き抜かれた。一斉に魔王城に突き刺さる様に出現したそれを人類勇士に貸し出しながら、三魔子の一人がそれを10の腕で握り締め、そしてかつて、ドラゴン達と戦った時よりも遥かに鍛えられた力で引き抜いた。

 

「毎回終わった後で話を聞かされていてな―――俺も割と誘われるのを楽しみにしてたんだ。暴れさせて貰うぞ」

 

「今日は全力で消し飛ばしていいんでしょ? 任せなさい、それだけは得意だから」

 

「僕の奥義で味方への被害は全部遮断します―――遠慮なく、本気で」

 

「あーあ、ついにここまで来ちゃった……」

 

「ご安心を、必ずお守りいたしますので」

 

「ま、何とかなるだろ」

 

「禁呪にて限界を超えて力を引き出す。行くぞ」

 

「相手は魔王、不足はない……!」

 

「人の未来の為。この大陸の未来の為、負けられないんだ」

 

「ここまで来たんだ。最後までぶっこんでくぞ!」

 

「ウル様、準備は何時でも」

 

 背後から心強い仲間たちの声が聞こえる。誰も逃げようとしない。誰も心が折れたりしない。魔王に元魔王が二体。アベルとナイチサは魔王クラスの能力は持っていなくても、ジルと共に出現しているというだけで状況が地獄と化すだろう。だがそれでも、誰も恐怖に震えていない―――それに立ち向かっている。

 

 故に、

 

行くぞジルッ!

 

魔王ジル

 

支援配置

 

《魔王》
《UL体質》

《GL体質》
《SS式マルチタスク》

《無敵結界》
《竜王の号令》

ブラッド・アベル
《魔子の宝殿》

ブラッド・ナイチサ
《破局崩壊》

《AV体質》
《最硬の守護神》

《NC体質》
《禁呪・限界超越》

《Lv60以下即死》
《ストマックホール》

《魔竜の吐息》
《アモルの闇》

《The Destructor》
《鉄壁ハニーシールド》

【塵モード】

《人の可能性》

 

 ―――そして、戦いが始まった。




 支援配置の数ばっかじゃねーの。なんだお前この数。

 そして揃うアベル&ナイチサ。スラルも居るので実は歴代魔王、ククルククル以外は揃っていたりするんだけど大丈夫? 大陸割れない? 魔王城消し飛ばない?

 とか思ってるけど、決戦なんだから派手じゃないとなぁ、という感じd絵一つ。

 魔王ジル戦、開始。


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985年 第一幕

 決戦開始の幕を上げたのは誰でもなく、

 

 ―――アベルだった。

 

 ドラゴン、それだけで生物として最上位の部類に入る。

 

 元々アベルは臆病であり、ドラゴンという種族の中では賢い生物に入る。偶然ククルククルを殺害してしまったアベルはそれでも、ククルククルの殺害に成功した唯一の生物に入る。つまり、最も一級神に近かった魔王を殺害する事に成功したドラゴンであり、それから膨大な経験値を獲得し、魔王となったドラゴンだった。その所業から勘違いされがちではあるが、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()2()()という位置につく。アベルがドラゴンという種族の性質を自分のベースに考えていたため間違えていただけで、アベルの能力自体は高い。無論、そのスペックを超越していたのが竜王マギーホアであり、マギーホア一人が生物としてあまりにも強過ぎたという話だけであり、アベル自身はそこまで悪くはなかった。王冠であるカミーラを奪う事でドラゴンとしての王権を主張したかった、という部分がアベルの行動にあったのだと解る。

 

 だがそれを超えてドラゴンという種族は愚かで、闘争を第一に掲げる。

 

 故に、絶対不敗の竜王マギーホアを王として掲げ続ける。

 

 王権は強さの中にのみ生まれるのがドラゴンという種族であることをアベルはその臆病さ、そして賢しさから忘れていた。それはある種、魔血魂によって後押しされたものでもあった。だが、アベルは死亡した。そして学んだ―――或いは死亡して漸く思い出した。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()を。

 

 故に初動は、全てアベルが奪った。

 

 弱体化しても根本的に最強生物の一角を担うという事実に一切の変わりはなかった。魔王化が解けて、躯から蘇生された弱体化された魔竜であるという事実を込みにしても、アベルは生前存在しなかった闘争本能を蘇らせた。最もアベルに足りなかったものであり、ドラゴンという種を決定づける要素でもあり、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その速度に反応を行えたのは自分、ハンティ、ライコウ、魔人、悪魔、ハニーキング、

 

 そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 

 消える事のみが瞬間的に知覚できた時にはアベルの動きをマギーホアが阻んだ。紅と黒の残像が閃光を残すだけで一瞬で衝突し、音だけを魔王城内部に連続で響かせながら瞬間的に多方面から衝突の衝撃と轟音を連続で響かせる。その瞬間だけ時間が加速したようにアベルとマギーホアが音速を超過して連続衝突を行い、爪と牙、翼と尻尾、ドラゴン式の闘争術―――己の肉体のみを武器とした原初の闘争で衝突し、そして大きく距離を空ける様に床に爪を立て、引き裂きながら滑る様に動きを停止させた。

 

 アベルの肉体には無数の傷が生まれるが、時間が逆再生を行う様に塞がる。

 

 それを知り、アベルがニヤリ、と悍ましい笑みを浮かべる。

 

「マギーホアぁ……殺す、殺してやるぅ……今度こそ、今度こそは俺が勝つ。そして竜王の座は俺が頂く……!」

 

「ふ……偉く吹っ切れたようだなアベル。貴様には常にどことなく、後の事を考えて動きを止める癖があった。死んだからか、今の貴様にはそれが見えん。あぁ……前よりは遥かにドラゴンらしいな、アベル―――それでも私には届かないがな」

 

「抜かせマギーホア! ここが貴様の死に場所だ。気に入った雌の前で屍を晒せ!」

 

「やれるものならやってみろ」

 

 マギーホアとアベルの咆哮が魔王城を震わせ、再び残像すら残さぬ速度で消え、連続で衝突する。轟音が響く中で、その他の動きが始まる。真っ直ぐ―――迷う事無く一気に飛び込み、ルドぐるみを握って全力で―――それこそ自分の筋力の限界を振り絞る様に振るう。

 

 凄まじい速度の一撃はルドぐるみが柔らかい人形であるという事実を考慮しても、絶対不変の属性を三超神から与えられた創造神のぬいぐるみは、この地上で自分が握った事のある武器で()()()()()()()()()()()()()()()()でもある。故に一切の加減もなく腕を振る。生半可な生物であれば接触した瞬間にひき肉を通り越して血の霧となって消し飛ぶ速度、破壊力、レベル350を超越した生物として最高峰のスペックを、経験から補正しながら全力で振るう。

 

「ウル―――アタックッ!」

 

 広範囲を押し潰すように振り下ろす必殺攻撃が叩き込まれる。アベルとマギーホアの高速戦闘を背景に叩き込まれた一撃は一瞬でナイチサとジルへと到達し、そしてその姿を衝撃波が飲み込んだ。髪が揺れる程度のジルに対して、ナイチサは剣で明確に切り払い、迎撃する事を選んだ。

 

 ―――ナイチサとアベルには《無敵結界》がないのが見えた。

 

 何故だ? 魔人ではないから? 魔王の一部ではないからか? 細かい事実は今は良い。それよりも重要なのは、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()、という点にある。

 

「行け……!」

 

 声を絞り出しながら後続の仲間たちに前に出る様に指示を出す。ナイチサが切り払う動きを止めたのと同時に背後から魔法と斬撃が飛んで来る。放った必殺技に追従する様にレガシオの斬撃が発生する、10の腕から放たれる10連続の斬撃が一瞬で空間を跳躍しながらナイチサとジルに届き、それを魔法の斬撃とナイチサが放つ《魔の渦》が飲み込む。斬撃を超魔力の渦で飲み込みながらも直後、その空間そのものを焼き払う様に《火炎流石弾》が放たれ、

 

 酸素を焼き尽くす炎の中をガイが突き進んだ。

 

「ジル、覚悟―――!」

 

 そこでジルが迫ってくるガイを見て、漸くそれに気づいたような表情を浮かべた。

 

「あぁ……ガイ、か。貴様もいらんな」

 

 禁呪によって限界突破された力を保有するガイがカオスを握って《無敵結界》の破壊の為に動く。斬撃と《火炎流石弾》をカバーに使ったガイの動きはジルの死角より出現し―――それをジルは完全に把握していた。軽く手を前に出し、斬りかかってくるガイの動きをそれだけで止めた。

 

「他愛ないな、ガイ。それで私を倒そうと思っていたのだから実に可愛らしい。どうした? また肉バイブに戻ってみるか? あぁ―――いや、やはりいらんな。殺すか」

 

「うおおおお、ちょっと儂もガイもやばいんだが―――!?」

 

 ジルがガイの方へと伸ばした手を握り締めていく。空間諸共掴んだガイをそのまま手を握り締めて圧縮する前にハニーキングが投げ込まれた。

 

「あぁん」

 

 パリン、という音を響かせながらハニーキングが割れるも、その投入によって全ての魔法が無効化され、打ち消された。同時にガイが解放され、そしてナイチサが魔力による物理現象を引き起こし、魔法無効化では防げない破壊を生み出す。放たれる衝撃が床を引き剥がしながらひっくり返し、土石流を生み出しながら薙ぎ払われてくる。

 

 それに正面からノスが衝突していく。衝突と共に土石流が真っ二つに粉砕され、その隙間を通って前衛が飛び込んで行く。放たれる破壊光線が更に道を広げ、あらゆる支援魔法が一斉に発動する。多重に《魔法バリア》が展開され、あらゆる災厄から身を護る盾が生み出される。

 

 そして総攻撃が始まる。

 

「勇者……だが【塵】ではな」

 

「ち―――!」

 

 勇者が正面からナイチサと切り結ぶ。エスクードソードの内部から殺意が溢れ出し、それがナイチサへと向けられるも、ナイチサが涼しい表情でそれを受け流し、斬撃と斬撃が交差しながら多方面から襲い掛かってくる槍の一撃を受け流す。また、同時にカウンターで悪魔特有の魔法を放ち、破砕を生み出そうとする。

 

 だがそれがレガシオの一喝によって消し去られる。

 

 その間に、ジルへと接敵する。解放されたガイと入れ替わる様に正面に飛び込み、振り上げたルドぐるみを全力で叩きつける。それに対してジルが正面から腕を振るった。魔法の斬撃とルドぐるみが衝突し、周りの床を吹き飛ばしながら衝撃が放たれた。

 

 それを楽しそうにジルが見て、笑った。

 

「ふふ、はは、あぁ、先生……私は滅ぼすぞ。何もかもを」

 

「キマった事を言うじゃねぇか小娘がよ!」

 

 連続で振るって突撃する。腕が繰り出せる限界速度と筋力を連続で振るう事で乱打しつつジルを釘付けにしようとして、その姿が此方の認識を超越して横へと割り込んできた―――いや、その動きは歩く様に出て来るように見えた。

 

「《瞬間移動》―――」

 

 ジルの手が此方に伸びて来る。求める様に、手に入れようとするように。だがそれよりも早く、

 

「大魔法……!」

 

 ハンティが大魔法を放った。同じように《瞬間移動》で潜り込んで接近したハンティの魔法が至近距離からジルに叩き込まれる。炎と光を混ぜ込んだ破壊の大魔法は飲み込んだまま、ダメージを与えられなくてもそのまま姿を衝撃で吹き飛ばし、

 

 そこにライコウとガイが追撃した。

 

 邪魔する様にナイチサが転移してくる。

 

 それを妨害する様にパンドラが八人に分身しながらダートを投擲し、行動を阻害する。ナイチサの動きが停止し、その瞬間にカムイのエスクードソードが閃いた。

 

「おぉぉぉ―――《勇者斬り》ぃぃぃいい―――!!」

 

 逆手に握ったエスクードソードがナイチサの姿を捉え、そのまま両断した。ナイチサの姿が真っ二つに切り裂かれ―――、

 

「無駄だ」

 

 血の塊となって、そこから再生した。一切のダメージ、そういう姿を欠片も見せる事無く再びナイチサはその姿を現し、一瞬で殺害するだけ無駄である事を理解させられ、

 

 ケッセルリンクが舞った。

 

「ならば相手にしなければ良いだろう」

 

 再生復帰するナイチサの真横にケッセルリンクがミスト化を解除し、ナイチサに拳を叩き込んだ。それをナイチサが剣で阻むも、ケッセルリンクの行動は完了しており、ナイチサから力が抜けていく。《骨壊モルルン》によってナイチサの全身の骨から強度が奪われ、まともに機能しなくなる。そしてそこにガルティアが使徒のムシと共に連撃を叩き込み、その姿を飛ばす。

 

 吹き飛ぶナイチサに向かって、空から黒い弾丸が叩きつけられる。空からアベルがマギーホアに捕まった状態のままで床へと叩きつけられ、クレーターを生み出し弾き飛ばされたナイチサを潰す様に押し倒された。そのまま姿を引きずる様に突き放し、床へと押し付ける様に叩きつけてから飛翔する。

 

「消し―――飛べ」

 

 そこに、ラ・バスワルドの《破局崩壊》が一直線に放たれた。綺麗に空間をくりぬきながら全てを消滅させていく破滅の緑光がアベルとナイチサを飲み込んで、その姿を跡形もなく消し飛ばす。

 

 だが空間から滲み出す血色が再び、アベルとナイチサを再生する。完全消滅でさえ殺すに至らない―――《無敵結界》が存在しないだけで、アベルもナイチサも、魔王の外付けユニットの様な、一部とも呼べる存在だった。

 

 殺せない。

 

 相手をするだけ無駄。

 

 ならば、任せるしかない。

 

「レガシオ、マギーホア様、頼む……!」

 

「任せろ」

 

「そして勝利するといい」

 

 復活するアベルの咆哮とナイチサの《魔の渦》に真正面からマギーホアとレガシオが攻撃を叩き込む。元魔王と比べれば過剰とも言える戦力ではあるものの、あの二人を投入しなければあの元魔王たちは抑え込めないというのも、また一つの事実だった。アベルを二度、三度と殺す事は可能だろう。ナイチサの妨害を何度か避ける事も出来るだろう。

 

 だけどそれを継続し続けるのに人間の体力は少なすぎる。

 

 ここは二人に任せるしかない。

 

 顕現した元魔王二体はマギーホアとレガシオに任せ、レガシオの宝殿から放たれた、床に突き刺さった剣をジルへと向かって蹴り飛ばしながら接近する。ジルはそれを動じる事無く()()()()ながら振るわれるカオスと日光を蹴りで弾き、指のスナップで衝撃波を生み出しながら無数の黒い剣を生み出し、浮かべた。

 

 前衛が飛び込む様に入れ替わる。

 

「《ラグナロォォク》!」
「《ラグナロク》」

 

 ジルが指を優雅に振るい、その先から大魔法が放たれ、カラークリスタルを消費しながらカウンターで同じ魔法を叩きつける。大魔法が空間に衝突し、互いを喰らい合いながら捻じ曲げる様に周辺を破壊する。微笑みながら、ジルが指を弾く。

 

「《ラグナロク》っ!」

 

 カラークリスタルを再び追加しながら二撃目を放つ。

 

 ジルが指を音楽に合わせる様に、スナップさせる。

 

「《ラグナ、ロク》……!」

 

 カラークリスタルをじゃらじゃらと零しながら三撃目を放つ。大魔法の連射に全身が悲鳴を上げていくが、それを一切考慮する事無く、楽しそうにジルが指を再び弾こうとする。

 

 それにブリティシュが追いついた。

 

「それはもう、届かない」

 

 ジルが四撃目の《ラグナロク》を放つ前に振るわれたブリティシュの斬撃、その刃が攻撃を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。《ガードLv3》から繰り出される究極の守護術が発生前に攻撃を貫通させる。

 

「ほう……しかし私と先生の間に入り込んだのは聊か不快だな」

 

 言葉と共にブリティシュの背後にジルが出現し、次の瞬間にはその頭が床に叩きつけられていた。連続で行われた《瞬間移動》によってその攻撃動作が吹っ飛んでいる。

 

 そこにハニーフラッシュが放たれる。逃げ場のない攻撃がジルを狙う様に放たれ、その姿をブリティシュから引き剥がす。復活したハニーキングがステッキを掲げながら大胆不敵に笑う。

 

「ふっふっふ、こう見えても私は神魔カウントだから―――」

 

「だから……どうかしたか、土塊? それだけ頑張って傷一つか」

 

 ハニーフラッシュを受けたジルの頬には一筋の傷跡が生まれており、そこから僅かに血が流れる。だがたった一筋の傷跡だ。ここまで連撃に連撃を重ねて、それでもこの程度しかダメージを出す事が出来ていない。

 

「所詮はこの程度か?」

 

「まだだ―――!」

 

 叫びながら勇者の剣が煌めいた。禁呪によって強化されたガイに匹敵する速度、強さによってエスクードソードが振るわれ、それをジルが《無敵結界》で弾いた。だがその衝撃はジルを吹き飛ばすには十分であり、その視線はエスクードソードへと向けられていた。

 

「……【逡巡モード】か? そこまで人間は殺していない筈だったが―――いや、そうか、別に殺さずとも死んだ事と同じ状態にすればエスクードソードは稼働するか」

 

「おい、大将! 渾身の策が見破られてんぞ!」

 

「馬鹿野郎! 見破られた所でどうしろってんだ!」

 

 《神光》を体に纏い、第三の目を開眼させる。ハンティも同じように、ドラゴン・カラーとしての全力を発揮する為に力を引きずり出す。ルドぐるみの頭の上にヘイロゥが出現し、自分の肉体と武器に力がみなぎっていく。その状態で、ルドぐるみを真っ直ぐ、ジルへと突きつけた。

 

「見破られた所で後がねぇんだ―――勝つまで戦い続けるんだよ……!」

 

 その言葉をジルは抱きしめ、嬉しそうに、楽しそうに微笑み、

 

「なら、続きだ―――かかってくると良い」

 

魔王ジル

 

支援配置

 

《魔王》
《UL体質》

《GL体質》
《SS式マルチタスク》

《無敵結界》
《神光》

《ラグナロクフィールド》
《姉妹コンビネーション》

《魔血の暴威》
《破壊の女神》

《Lv65以下即死》
《最硬の守護神》

《削除権限》
《禁呪・限界超越》

《暴食の獣》

《極夜の王》

《王の矜持》

【逡巡モード】

《人の可能性》

 

耐える 進む

敗北する GAME OVER

 

 マギーホアとレガシオを除いた状態で立ち向かう為に更に力を引き出す。だがそれに合わせて遊ぶ様にジルが更に力を引き出してくる―――或いはアベルとナイチサと揃っていた時の方が、まだマシだと思わせるぐらいの暴威を纏って。それでも

 

 ()()()()()

 

 その為にもまだ―――まだ、耐える必要がある。

 

 最低限、【刹那モード】に持ち込む必要がある。そこで漸くジルに対して対抗する事が出来る。その上で賭ける必要がある。故に、存在する生物は全て死亡状態扱いされる異世界へと人々が退避して、ゆっくりとエスクードソードのメモリが上昇し続けている間を、

 

 耐えなくてはならない。

 

「ふぅ、ふぅ、ふぅ―――決戦第二幕、行くぞオラ!」

 

 叫びながら、戦いを続行する為にジルへと踏み込んだ。




 長くなったのでどう足掻いても分割。シチュエーション的に仲間が少しずつ減りながらも相手を分断し、ボスと戦うってシチュエーションにhあやはり、どことなく燃えるものがある。


 次回、ジル決戦第二幕、ウル様の勝算。

 ここからが本番よー。


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985年 第二幕

 突撃して攻撃を叩き込む。

 

 素早く踏み込みながら叩き込む突撃からの一撃は纏う《神光》によって《無敵結界》を突破する。衝撃を叩き込みながらジルが片腕でルドぐるみからのヒットをガードする。ジルがその衝撃からダメージを受けるのを見て、決して肉体そのものは無敵じゃないのを理解する。問題は今の攻撃をジルが()()()()()()事にある。回避しようと思えば回避出来るだけの攻撃だったのだ。それを受けたという事は、

 

 まだ、遊んでいる。

 

「酷いな、先生。私を傷つけるのか?」

 

「そういう話は魔王を止めた後で言いなさい」

 

 振り抜いた後から連続で素早く切り込んでくる味方の姿が見える。此方がジルに叩き込んだ瞬間に動き出すのはカオスマスターのガイと、日光ユーザーのライコウだ。圧倒的なまでの殺意を纏いながら《無敵結界》を割る為に力を極限まで練り上げ、飛び込む。それに【逡巡モード】に入って上級魔人級のスペックを獲得した勇者が混ざる。現在メインプレイヤー最高峰のスペックを揃えた三人が同時に斬りかかる。まだ魔王は殺せないものの、エスクードソードは【逡巡モード】に入った時点で《無敵結界》を、魔人を殺せる力を得た。

 

 それが視界にすら映らない速度で振るわれる。

 

「それ」

 

 ジルが指を曲げた。それに合わせて《ゲートコネクト》が空間を歪めた。斬撃の行方と軌道を捻じ曲げ、斬撃が味方へと戻る様に反射する。

 

「でもだーめ、っと」

 

 それをスラルがブレイクした。事前に用意していた空間干渉術式でジルの行った干渉を即座に破壊し、斬撃がジルへと向かう様に修正された。それにジルが僅かに驚く表情を見せるも、即座に《瞬間移動》で回避し、

 

 《瞬間移動》で同じ空間に潜り込んだハンティが大魔法を連射した。

 

 光と炎の混ざった連続爆撃が空間を粉砕しながらジルを追尾するように爆破し続ける。光そのものが燃えており、燃える光となってジルを覆っていく。その中をガイが禁呪であらゆるダメージを遮断、無効化、自身を強化し、突き進んでジルを狙う。更に深化する禁呪がガイの力を限界を超えて強化する。

 

 限界を振り絞って《無敵結界》を割る為に動こうとして、

 

「ほら、私はここだぞ」

 

「ぶち殺せガイっ!」

 

 ジルが張った《魔法バリア》を多重に割りながらカオスが振り抜かれ―――ジルの正面、数センチという位置で切っ先が停止する。

 

「そぉ―――らぁ―――!」

 

 その柄をエルドが槍の先端で突いた。そのまま全力でカオスがジルへと向かって射出され、ジルがそれを寸前で回避する。笑いながら回避するジルはそれを行ったガイとエルドを殺す為に腕を振るい、黒い爪撃が発生する。空間を飲み込むほどの巨大な爪はガルティアのストマックホールに飲み込まれて消滅し、ケッセルリンクがジルの背後に拳を構えて出現する。

 

「私には容赦してくれる?」

 

「……魔王にも容赦はしない」

 

 ケッセルリンクの拳が振り抜かれた。それをジルが片手で受けながら叩き、受け流しながらケッセルリンクの首を掴んだ。

 

 そのままノータイムでケッセルリンクの首が折られた。

 

「他愛ない」

 

 ゆっくりと床にケッセルリンクの体が倒れていき、その姿を粉砕する為に踏み潰そうとして、パンドラが分身しながらダートを投げた。

 

「そこだな」

 

 その内、分身の本体、その心臓を正確に《Fレーザー》で貫いた。パンドラの分身が消え、胸に穴が開くが、

 

「っ―――!」

 

 ダートが投擲されて落ちた。ジルの行動がキャンセルされ、ケッセルリンクを踏み潰す動きが中断された。そこにエルドが続く。限界を超えた剛撃が両腕の筋肉を引き裂き断裂させながらジルの姿を後ろへと押し込んだ。合わせ、更にガードが前に出る。ブリティシュを筆頭とした剣士たちが前に出る。愉快そうに押し出されたジルにはハニーキングの《ハニーフラッシュ》が叩き込まれ、エスクードソードが続く。それが拳と蹴りによって叩き返されながら、

 

 回避不能の剣豪の斬撃が()()()()()()()ジルに刺さったという結果を刻んだ。

 

「これぞ奥義、《剣禅一如》……」

 

 ジルの纏っていた《無敵結界》がライコウの奥義によって破壊され、同時にライコウの腕が壊れた。指が曲がってはならぬ方向へと曲がり、手首の骨は粉砕された。それでもなお、背後から飛んで来る《ヒーリング》に布を巻きつけて日光を手に固定しながら、

 

「割れたぞ……!」

 

「おぉぉぉぉォォォォ―――!」

 

 仲間の屍を踏み越えて進む。

 

「ふ、は―――なかなかやるな。ならこれはどうだ?」

 

 空間に闇を充満させ、大魔法《ラグナロク》そのものを空間に合わせ、()()()()()()()()()()()()()()()という状況を生み出す。魔法を無効化出来るハニーキングでも一角のみを打ち消せるが、全体ではない。全員を守り切れない。前に出るブリティシュが《ガードLv3》の奥義で守護を完了させるが、その直後に多重に空間に大魔法を展開して飲み込んだ。

 

「ざけんじゃないわよ……!」

 

 《ソリッドブラッド》、元魔王スラルの奥義が放たれた。魔王を止めても引き継いだ超魔力は魔王としては非常に控えめな部類に入っても、それでも生物の分類上は凄まじいスペックに入る。それこそ魔力の量だけであれば間違いなく《魔法Lv3》を名乗れる元魔王の血色の奥義が、大魔法と空間内を衝突し、赤と黒の爆発を連続で生み出す。

 

 マギーホアとアベルの残像が爆発の中を突き抜け、高速で衝突しながら駆け抜けていく。爆裂する空間の中をラ・バスワルドの《破局崩壊》が放たれ、ジルを消し飛ばそうとする。

 

「お前のそれは危険だが―――どうとでもなる」

 

 指先をラ・バスワルドの破局へと放ち―――緑光が削除された。その瞬間をラ・バスワルドとハニーキングが驚愕の表情で見つめた。

 

「馬鹿な! それは私の権限よ!」

 

「メインプレイヤーに許されたものではないよ」

 

「許されるかどうかは貴様らが決める事ではない―――そうだろう? 私は罰されていない。それがルドラサウムの意思だ。白痴の揺り篭で眠る鯨に仕えていろ、滅ぶその時までな」

 

 神々の動きが止まる瞬間に―――ジルの頭上からルドぐるみを叩き落した。

 

 ルドぐるみのサイズを通常のサイズから最大サイズ―――つまり創造神本来のサイズまで巨大化させ、2km級の巨大人形にサイズを変更しながら蹴り飛ばされたそれがジルを押し潰した。その頭上を取る様に黒腕ではない右腕を持ち上げ、ルドぐるみの上を取った。

 

「終わったらお尻ぺんぺんだぞお前―――!」

 

 《高速飛翔》、《飛行》、《瞬間加速》、《シャドウウォーク》、《ファントムライン》、瞬間的に加速する為の魔法と移動魔法を全て同時にマルチ稼働させながらジルを潰した空間へと一気に落下し、

 

 ルドぐるみの上からジルを殴る。衝撃波がルドぐるみを貫通し、きりっとした表情をルドぐるみが浮かべる。そのまま、両手に《ガンマ・レイ》をチャージし、それを交互に放ちながら頭上からルドぐるみを変形させるように、衝撃と砲撃のみを貫通して乱打する。

 

「ハンティ!」

 

「姉さんこそ!」

 

 跳躍して横に着地、ハンティと反対側から挟み込む様にしながら必殺に大魔法を片腕に同時に展開する。長年を共に過ごした姉妹だからこそ可能なコンビネーション、

 

「大魔法―――」

 

「サンドイッチ……!」

 

 それをオリジナルサイズルドぐるみ越しに挟み込む様に全力で叩きつけた。弾け飛んだルドぐるみの下からジルが両側から大魔法を叩き込まれ、その姿が揺れた。黒いドレスが重力極光と光炎に巻き込まれて燃えていき、

 

 ―――その中で微笑んだ。

 

「大魔法サンドイッチで何で生きてるのアレ。アレ、魔人でさえ木っ端微塵にするぐらいの破壊力はある筈よね……」

 

「それが魔王って事なんだろう! オラ、続きぶっこむぞ!」

 

 ジルが大魔法の両面攻撃を内側から粉砕して出て来る。正史よりも遥かに凶悪な攻撃手段、戦力を整え、それでもジルはそれを嗤いながら踏破してくる。否、蹂躙してくる。上から落ちてきたルドぐるみを回収する様に手を伸ばしながら後ろへと跳躍すれば、入れ替わる様にガルティアと日光を手に固定したライコウ、そしてブリティシュが前に出る。

 

「連携を絶やすな!」

 

「続け、続け、続けぇ……!」

 

「戦える間は、体を動かし続けろォ!」

 

 怒号を轟かせながらジルへと向かって、戦闘を続ける為にジルへと武器を手に殺到する。それを見下す様にジルが視線を向け、一切、余裕の笑みを崩さずに魔法で薙ぎ払った。ブリティシュの必殺技と、そしてガルティアのストマックホールで魔法は消滅する。だがその余波だけでも人間には致命傷になる。肥大化し続けるジルの力は段々と抑え切れる程ではなくなってくる。《ハニーフラッシュ》の力が一段階飛ぶ様に強化され、ジルの放つ大魔法を相殺するが、

 

 その直後、五連続で大魔法が放たれる。

 

「く、ぉ―――」

 

 ブリティシュがかかる負荷に呻く。宝剣イングランド一本で守っているブリティシュと、その技能が異常であるのは事実だが―――伝説と表現出来る実力を持っても、それでも魔王の進撃を完全に遮断する事なんて不可能だった。防御側にハニーキングが回り、そこにラ・バスワルドとケッセルリンクが更に追加された。カムイとライコウとガイが攻撃に専念し、それに混ざるようにルドぐるみを振るいながらジルへと向かって突撃する。

 

「この程度で大陸を守ろうと思っているのか? 温いな。お得意のバランスブレイカーはどうした?」

 

 

 無論、使っている。回復アイテムは使える時に使う。バランスブレイカー級の装備は既に装備させている。反則、禁止、チート、そう呼ばれるALICEに回収されそうな道具は全て使っているし、使う準備を整えている。

 

 単純に、使う暇がない。

 

 一瞬でも戦線から離れるか、道具を使おうとすればその瞬間にジルが殺しに来る。

 

 故に一切、止まれない。

 

 踏み込み、細かい連撃と素早い突進を繰り返してジルに接近を繰り返しながら攻撃を叩き込んでいく。余裕で生物を屠れるだけの破壊力を込めながら放つ連続攻撃と連携も、ジルの前では全てが児戯に等しい。攻撃を全力で叩き込んでも、全くダメージらしいダメージにはならず、漸く全力を尽くして斬撃や打撃を重ねて、傷が一つ増える程度のダメージしかない。

 

 攻撃を重ね、重ね続け、ジルの体にも傷が増えていく。

 

 だがそれは一度《ヒーリング》を使ってしまえば治療出来てしまう程度の傷でしかない。

 

「やる気がないなら……一人一人殺していくぞ」

 

 《瞬間移動》で消えるジルを現実世界で空間干渉の魔法を行い、時間同期を行いながら同時に追いかける。ハンティが同時に空間に潜り込んで追跡するも、ジルの方が早い。虚空から出現したジルが後方へと移動し、

 

 スラルの横を取った。瞬間移動で消えるよりも早くジルがスラルを殺す為に腕を振るう。

 

 だがそれにマギーホアが割り込んだ、爪をジルに振るい、スラルを殺そうとした一撃をカットしながらそのまま衝突し、その姿を弾き出した。直後、マギーホアがアベルの一撃を喰らって吹き飛ばされる。

 

「耄碌したかマギーホア! 他者を庇う等とは!」

 

「貴様が闘争心を取り戻したように、私も慈しむ事を取り戻しただけだアベル」

 

 マギーホアがアベルからの攻撃を受けて流血するも、竜体のままにやりと笑い、再び残像となって高速戦闘へと没入する。同時にナイチサとレガシオの戦闘も激化し、連続で放たれる《魔の渦》と連続斬りの余波が此方へと降り注いでくる。

 

 その中を、潜り抜けながら何度も何度もジルへと向かって接近を繰り返す。だがデ・ラ・アドミラル空間を経由した《瞬間移動》に対抗出来るのは同じ魔法を扱えるハンティと、そしてジルの魔法の癖を知っている自分のみ。後は強引にスペックを引き上げているガイ。

 

 あまりにも、数が少な過ぎる。

 

 そして―――あまりにもジルが強過ぎる。

 

「少し間引くか」

 

 言葉と共にジルの姿が知覚出来なくなった。

 

 次の瞬間にはライコウの胴体が真っ二つに引き裂かれ、上半身が消し飛んだ。ブリティシュの姿が音速を超えて弾き飛ばされ、魔王城の外へと弾かれながら大魔法が10連射された。霧になったケッセルリンクが重力球で圧縮確保されて放逐された。ガルティアが大地に叩きつけられてそのまま埋められ、封じられた。

 

 隊員の首がもげた。胴体が引き千切られた。魔法によって跡形もなく消し飛んだ。防御の上から消滅した。仲間の技を空間を捻じ曲げて同士討ちさせた。アベルを手元に召喚してそれで叩き潰した。ナイチサの攻撃のみを召喚し、多重に《魔の渦》を発生させて蹂躙してくる。ハニーキングが割られた直後に破片が別々の異世界へとそれぞれ強制的にゲートの向こう側へと投げ捨てられた。止める為に割り込もうとすれば空間が螺子曲がって辿り着けなくなる。

 

 あらゆる抵抗を絶大な魔力とその魔技によってねじ伏せながら、抵抗を消滅させ、不可能な現象を条理の消滅と削除によって無理矢理成し遂げていた。

 

 その暴威、どうしようもなさ、圧倒的実力はもはや、魔王という言葉一言で説明する他なく、

 

 その一瞬で、戦力が半分にまで減らされていた。

 

「これで、少しは臭くなくなったな……」

 

 虐殺され、そして封じられ、除外され、一気に広く感じる様になった魔王城玉座の間の中で、満身創痍の状態で立ちながら、ジルを見る。息を荒げながら、どう足掻いても戦っていては勝てないという事実を突きつけられている。そんな此方の状態を見て、ジルが変わらぬ微笑を浮かべている。

 

「ここまでしてもまだ闘志が折れないか……流石、とでも言うべきか。だが先生がそこまで白鯨に義理立てする必要もないだろう。我が身と同化して眠れ、もう未来に頭を悩ませる必要はない」

 

 ジルが諦めを促す様に此方へと言葉を向け、手を伸ばした。まだか!

 

 心の中でそう叫んだ瞬間、

 

【刹那モード】、起動……!

 

「……っ!」

 

 瞬間、初めてジルの表情が変わった。一瞬でその姿が消えたと思えば青い軌跡を虚空に描き、それが連続で空間に出現しては消え、途切れる様に出現するのを繰り返し、斬撃と衝突する音のみが空間に響き、

 

 やがて、床を破壊する様に二つの姿が弾かれた。

 

 魔王ジル―――そして、エスクードソードを逆手に握って装備する、勇者カムイの姿だった。エスクードソードを構え、蒼いオーラを刀身に纏い、静かな怒りと殺意を研ぎ澄ましながら、

 

 魔王ジルに匹敵する力を授かっていた。

 

 否、

 

 エスクードソードの【刹那モード】は()()()()()()()()()()である、

 

 勇者がその稼働時に得る力は―――魔王を圧倒する。

 

「ふ、ふふ、それがナイチサを瀕死に追いやった【刹那】か……」

 

 ジルがエスクードソードと勇者の存在を捉えるが、勇者はただ一言、

 

「もう、いい―――お前と語る言葉は、僕にはない」

 

 勇者が消え、ジルの姿が消失する。斬撃と粉砕が空間で連続し、ジルと勇者が弾かれる。そして再び加速しながら必殺に必殺を重ね、衝突する。【刹那モード】に入った時点で、魔王に絶対的な死が付きまとう様になった。

 

 漸く、優位が出現し、

 

 ジルの姿が消えた。

 

「戯けが……【刹那】が来ると解っていて対策しないとでも思ったか」

 

 言葉が反応出来る前に背後から来る。黒い両腕が胴体を背後から抱きしめ、ジルの体の感触を背後に感じた。抱きしめてくるジルの体からは血が流れており、それが衣服に付着する。人質に囚われたような状態で、自分の動きも、カムイの動きも、全ての存在の動きが停止する。

 

「ジル、貴様―――」

 

「勇者、お前に好きな女は殺せるか……?」

 

 その言葉を残し、

 

 空間を超えた。




 vsジル戦第二幕。ジル様はウル様が敗北すれば同化して一つになろうとするよ。

 それにしてもネームド、ガンガン死んだなぁ……。


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985年 ジル

 一瞬の闇に全てが包まれてから色調が変異する。

 

 そしてそれが終わる頃には彩色に塗られたような、そんなズレた色をしている空間に立っていた。どことなく見覚えのあるその場所はかつて、賢人たちが集まり、学び、そして発展させようとしたNC期の人類の英知の集合地であり、また同時に魔王ジルという存在を生み出した【賢人会】の研究棟でもあった。懐かしさを覚えるのは、それがGLにはもはや存在しない場所であり、建造物の類はジルが怒りと共に全て破壊し尽くしてしまったからだ。あの優しかった皇帝でさえも塵の様にジルは殺したのだから当然なのだが、

 

 それでもこの場所をまた見るのはある種、懐かしさと共に悲しみもある。

 

 そこに立ち尽くす様に出現した自分は、ここが通常の空間ではなく、異世界か、或いは異空間に近いものだと察していた。《ゲートコネクト》の魔法を応用した、異界創造の魔法だろうか。ジルクラスの魔力と魔王としての力があれば、それこそ異世界の一つを生み出すことさえ可能だろう。それで生み出すのがこの研究棟というのは、

 

「あぁ、いや……そうか」

 

 彼女と一緒に過ごした場所だけ彩色によって塗られており、それ以外の空間は暗い色で塗り潰している。まるで子供の塗り絵のような景色だが、これは的確にジルの心境を、或いはその内面を表しているようだった。

 

「変わったようで、根本的な部分は変わらない、か……」

 

 ジルは頭の回転の速い少女だった。

 

 彼女は賢かった。

 

 彼女は―――天才だった。

 

 だが誰も彼女と同じ視点を持つ事が出来なかった。彼女を理解する事が出来なかった。俺がいなければ、ジルが同じ派閥から排斥されるのも遠くない未来だっただろう。それだけジルの才能は人界において稀有で、突出していた。そんな彼女を、俺だけが護れていた。

 

 そして、同時に見捨てた。

 

「世の中、後悔ばかりだな」

 

 呟き、行くべき所は解っているため、足を止めずに進む。

 

 塗り潰された人影を横切りながら奥へ、歩き慣れた道を進んでゆく。そういえば飛行するための魔法はここで作ったんだっけ、なんてことを思い出しながら歩き進んでゆき、

 

 通り過ぎていく景色に振り返ることもなく、進んだ。

 

 そしてそのまま、間違いなくここにいると、

 

 かつて、ジルが利用していた研究室の扉を、止まる事無く開けた。その向こう側に、背中を開けている、漆黒のドレスを着た彼女の背中姿が見えた。待ち構える様に此方に背を向けているのを確認し、ため息を吐いた。

 

「ジル」

 

「……」

 

「お前―――狂ったフリはやめろ」

 

「……」

 

 手を腰にやりながら、ジルへと言葉を向けた。その言葉にジルは反応せず、背中を此方へと向けたまま、かつて、共に時を過ごしたこの研究室の姿を眺めていた。そう―――ジルは狂ってなんかいない。そもそも魔血魂を完全に支配しているのであれば、魔王人格に汚染されないし、破壊衝動に苛まれることもない。それを超越したからこその《魔王Lv3》であり、魔王ジルの保有する絶対的な力だ。

 

 ゆえに、ここにきて、確信した。

 

 ジルは正気だ。ある程度……その度合までは解らないが、それでも演じている部分がある。ただ、ジルが心底憎んでいるという事実もまた間違ってはいないのだと思う。こうやって、彼女の姿を見れば解ってしまう。だから言葉を待つように視線をジルへと向ければ、ジルが、ゆっくりと口を開いた。

 

「先生は……解ってしまうのだな」

 

「……俺にとっちゃお前は生徒で、妹で、娘のような奴だったからな。手放すべきじゃなかった。今でもずっとそう思ってる。今からお前を救えるもんなら手段を選ばずに助けてやりたい」

 

「だけど時は過ぎ去る。木から離れ落ちる葉が元に戻らぬように、物事は一方にしか流れない」

 

 ジルが振り返る。微笑を失い、エスクードソードを受けて斬撃の入った体は赤く赤く濡れている。致命傷ではないが、間違いなく明確なダメージと呼べるような攻撃が、癒える事無くついていた。血を魔法で止めながらも、傷はそのまま、ジルが言葉を続ける。

 

「もし、時を巻き戻して私を助けようとしても、それはジルではない。また別のジルだ。先生は私を見捨てた。私という私は―――もう、手遅れだ。魔血魂を継承し、魔王ジルとなった。もう振り返ることは出来ない。復讐を果たし、大陸を蹂躙し、そして私は己の所業に満足している」

 

「ジル、お前は……」

 

 憎んでいるのだろう、人類を。憎んでいるのだろう、ルドラサウムを。【ひつじNOTE】を覗いた以上、神々と世界の真実に辿り着いたのであれば、当然の結論だ。誰だってこの地獄のような世界を創造した存在に対して、怒りを感じずにはいられないだろう―――俺だって、かつてはそうだった。今でもまだ、怒りを抱いていないと言えば嘘だろう。だがそれでも、

 

 それと付き合っていく事を、生きるというのではないのだろうか?

 

「止まらないのか」

 

「止まらない。止まれない―――()()()()()()()()()()だ」

 

 それをジルは断言した。

 

「誰も救われない。ルドラサウムが存在し続ける限り、誰も救えない。あの白鯨は死ななくてはならない。生まれてから死ぬまでの間玩具として全生命にあれと? 私の先生をそうしろと? 未来のために囚われ続けろと? 冗談ではない―――ふざけろ、誰がそんな事を許すものか。そんな事の……そんな事の為に私は先生に捨てられたのか!」

 

「……」

 

 その事に関しては言葉もなかった。知識を持ち、そしてそれを実行するだけの力がある者として、未来を保証することは一種の義務だと思っていた。だがこうやって一つ一つ経験し、それを乗り越え、結局それが錯覚だと理解出来た。究極的に、その義務を課していたのは俺自身でしかなかった。あぁ、時を巻き戻したい。巻き戻して何もかもやり直したい。

 

 だけどそれは不可能だ―――俺には、出来ない。

 

 今まで自分が築き上げてきた道を破壊し、それを踏み潰してやり直すなどという事は、到底出来やしない。だから俺に、やり直すという選択肢は取れない。ジルはもう、救えない。あの過去を変える事は出来ない。だがこれからの結果を変えていく事は出来る。ルドぐるみを片手で握り、空いている左手でこぶしを握る。

 

「俺がこの世界の未来に囚われているという事実に対して異論は挟まない―――だけどそれでいい、と思っている。少なくともこれは俺様の人生だ」

 

 だが、これは俺の人生なのだ。

 

「お前が勝手に俺を憐れむなジル! 何時から俺に対して偉そうに言える様になったこの小娘が!」

 

「求めていないことなど知っている! それでも、許せぬ……この怒りは、憎悪は、どうしようもない!」

 

 ジルが腕を振るう。その衝撃により研究室の壁が吹き飛び、その向こう側―――異空間の虚無へと広がり、無限の闇の中に僅かな星のような輝きが見える。ジルの実力は想定をはるかに超えて強力だ。だが()()()()()のだ。床にぺっ、と唾を吐き捨てながら解ってる、と答える。

 

「だから止めに来たぞジル。本気で。解るだろう。完膚なきまでに叩き潰さなければ止まらないってのが―――」

 

 言葉を口にしながら何時もの様にルドぐるみを振りかぶれるように背負い、内心、冷や汗を掻く。

 

 ()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 後は祈るだけだ。

 

 祈りながら構え、本気で戦う為に《神光》を纏い、ジルを見た。それを受けて、ジルはあぁ、と声をこぼした。悲しそうに、憐れむように、嬉しそうに、楽しそうに、そして明確な怒りを抱きながら。

 

「可哀想な先生……どこまでも、邪神に魅入られて自由のない者……やはり、この世界には置いておけない―――我が身に取り込み、一つとなってこの世界を去ろう。そして果ての世界で一つとなったまま、穏やかに生きよう……この世界には、どこまでも救いがない。システムから逃れられる果ての果てまで―――!」

 

 言葉と共にジルが腕を広げ、風景が壊れていく。色彩が失われていき、全てが崩れ、空間が無機質な姿へと、闇とわずかな光の世界の間、その回廊へと投げ出される。

 

 その中を、僅かな風が最初は流れた。ジルが本気で戦う為に世界を移動し、繋げ始めた。自分がカラークリスタルを消費してブーストしたとしても、到底追いつけないような絶望的な差をジルは示しながら、圧倒する様に世界の壁を粉砕した。

 

 僅かな風は、次第に強風となり、世界の壁を越えて風が吹き荒ぶ。

 

 その名を口にする。

 

「【オルケスタの息吹】……!」

 

「そう……異世界オルケスタは存在するだけでその者のレベルを限界まで上昇し続ける」

 

 異世界オルケスタから吹きすさぶ風が回廊を抜けていく。それに触れる己とジルはその恩恵を受ける。奇しくもそれは、【ランス03】においてランスとジルが相対し、ジルが敗北する原因となったものでもあった。世界のバグであるランスにはレベル上限が存在しない。ゆえに無限にレベルアップし続けるランスに対して、ジルはそのまま押し切られて敗北した。それをこの状況で持ち出すのは、

 

「先生……貴様なら、間違いなく私を攻略する札を持っているだろう。ゆえに手加減はしない……全力で、全ての力で、完全なる状態で絶対に倒し、屈服させ、永遠の安寧を得る……!」

 

 そして異世界オルケスタから吹いてくる息吹を浴びる。それを浴びれば、ジルでさえ、魔王でさえレベルは上昇する。【ランス03】の時とは違う。此方は完全体のジルだ。弱ってもいないし、勇者の一撃を受けてもそれだけだ。まだまだ全力で戦える魔王だ。それに加え、ジルが虚空からとある物を取り出していた。

 

 ()()()()()()()だ。

 

「それは」

 

「生物の中で最も神に近く、その力を行使できる者の腕―――先生が太古に失った左腕、それを時と空間を超える《ゲートコネクト》で回収した」

 

 ジルの手の中で、自分の左腕が光の粒子へと変換され、それがジルの体内へと吸収された。そしてそれによりジルは《神光》を完全に纏った。取り込んだ此方の左腕を通して、さらに己の生物としての位階をジルは押し上げた。恐らくそれが切り札。自分よりも遥かに強大な一級神と戦う為の切り札だったのだろう。

 

 ジルの力が、存在感が、果てしなく強くなっていくのが解る。もはや大陸の生物でどうにかなるとは思えないレベルであり、このまま放置すればそれこそ大陸を亡ぼすであろう最狂の魔王として君臨するだろう。

 

 二級神からシステム権限を取得し、

 

 最も神に近づいた竜から《神光》と生物としての格を取り込み、

 

 魔血魂を支配した女。

 

 神、魔、人、三界の力を今、ジルはその手に掴んだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「―――」

 

 膨れ上がるジルの力に―――最初に違和感を感じたのは彼女自身であり、オルケスタからの息吹を感じる彼女だった。

 

「……何故レベルが上がらない?」

 

 ジルの呟きが口から洩れるのと同時に、ジルが胸を押さえ出した。苦しそうに呻きながら目を見開き、自分の体内へと向けて神経を集中させるのが見えた。

 

「がっ、ぐっ、これは―――なぜ、魔血魂が暴れる―――!」

 

 その言葉に、勝算を確信し、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

 来た―――来た、これだ。ここしかない。ここだけが最初で最後のチャンスだ。

 

 【ひつじNOTE】には一部()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。それは書き込まなくても忘れない内容などに関することだ。つまり魔血魂の限界に関しては書いていないのだ。そもそも魔人になる予定もなく、高位神に魔血魂を投入する予定もないのである意味当然といえば当然なのかもしれないが。俺には不要な知識だし、その結果どうなるかさえ分かっていればいい。

 

 ゆえに、【ひつじNOTE】には書き込まなかった内容でもあった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということを。

 

 或いは解りやすいことなのかもしれないが、()()()()()()()()()()()()()()()()()。つまりラ・バスワルドの存在である。魔血魂のギリギリの許容範囲が二級神である事を、ジルは知らなかった。

 

 故に、

 

「お前は完璧を求めるってわかってた。ずっと、昔からそういう子だった。準備に準備を重ね、そして確実であることを確認してから実行する子だった。俺はそれに賭けた」

 

 そう、俺は賭けた。

 

 相手が魔王ではなくジルである事を。最高の状態で相対しようとする彼女を。人、神、魔、その三つを取り込んで超越しようとして、その結果メインプレイヤーから外れて魔血魂を受け付けないであろう領域へと踏み外す時を。

 

「俺の前では格好つけようとするって信じてたぜ……!」

 

 力が沸き上がってくる。過去最高の状態にまでレベルが上昇し続けている。自分の中で、才能の限界を求めて呼吸するたびにレベルが上がっていく。その様子を魔血魂の暴走を抑え込もうとしながら此方を見て、口を開いた。

 

「そうか、貴様か、私の邪魔をしているのはハーモニットォ!!」

 

「はて、吾輩はただのレベル神。レベルアップに不正がないかどうかを確認しているだけであるからなぁ……おや、魔王殿。不正アクセスによるレベルアップはいけませんぞ? ふ、ふふふ……ふふふ、ククク……」

 

 虚空からマッハが出現し、ジルのレベルアップを不正行為として封じ込めている。その間もレベルは上昇し続け―――そして才能上限に達する。オルケスタからの息吹により、生物はその才能、レベルの上限に達する。あり得ないとも表現できる魔力に体内が満たされ、《ドラゴン》技能がそれを完全に吸収し、本来は行えない奇跡にさえ手を届かせる。

 

「ハーモニット、三超神が私と先生の間に割って入るか!」

 

「吾輩が? 冗談もやめてほしい。吾輩は純粋にレベル神としての職務を守っているだけだ。あぁ、それよりも良いのかな、魔王ジル? どうやら貴殿の愛しい人物は―――ついに、追いついたようだぞ」

 

 虚空へとマッハがレベル制限をジルに課したまま、消えていく。それがマッハがレベル神として介入できる最大の譲歩であり、ライン。レベル神としての能力のみを行使しているからこそのセーフ。

 

 マッハの姿が消えゆく中、ルドぐるみを横に投げ捨て、力を解放する。

 

 それに伴い―――肉体が変質する。

 

 今までは実力不足だけではなく、単純に世界法則に囚われているがゆえに絶対に行えなかった事を、この世界の狭間、回廊だからこそ行える事に手を出す。

 

 それにより、クリスタルが再び目として見開く。

 

 皮膚は硬質化し、鱗に覆われながら黄金に輝く。

 

 尻尾が伸び、体が人間を飲み込めるほどの巨大さへと変貌する。

 

 背からは六枚の翼が生え伸び、成体としての完成された肉体を、失われた左腕以外を備えた。翼を全て広げ、漲る力を光として全身から放ち、黄金の光を纏って空間の重力を歪め、狭苦しい空間の全てを粉砕して解放される。かつての残滓を全て翼のはばたきで振り払いながら、

 

「レベル1435、いやぁ、担当神としても鼻が高いですなぁ―――」

 

 マッハの置き言葉が木霊する中、原初の黄金竜の姿を取り戻す。

 

口の端から反転した極光をスパークさせながら漸く、魔血魂の暴走と強化による反動を受けて、大きく力を削ぎ落としたジルと同じラインに立つ。育て上げた人類、揃えられた魔人、カオスと日光、エスクードソード、【刹那モード】、マギーホア、レガシオ、悪魔との契約、今回ここまで打ってきた全ての作戦。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でしかない。

 

 三眼の全てをロックオンする様にジルへと向ける。傷つき、血を流し、魔血魂を暴走させても―――それでもまだ、ジルは健在だった。恐らくは《無敵結界》だってまだ残している。この状態でもまだ、人類を絶滅させることは可能だろう。だからここで、全力で倒せる瞬間に倒すしかない。

 

 この、【ランス03】を模したような、再現したような、1000年前に前倒しにした決戦で。

 

「教えてやる! この! ウル・カラー様を! 超える事は! できねぇ! ってことをなぁ!」

 

「良いだろう! ならその勝算も! 希望も! 全てを打ち砕いて奪っていく! もはや私も止まらない、止まれない……!」

 

 世界回廊の合間に咆哮を同時に轟かせ、それによって世界を震わせる。超魔力と生物としての最上位が放つ覇気に仮初の世界が悲鳴を上げる。

 

 その中で、互いに視線を合わせた。

 

-Gele-

 

決戦配置

 

《魔王》
《UL体質》

《GL体質》
《神光》

《無敵結界》
《神竜》

《魔血魂暴走》
《決戦存在》

《オルケスタの息吹》
《ドラゴンLv■》

《Lv200以下即死》

《The Destructor》

《削除権限》

《決死》

 

「さぁ―――」

 

 それでは、

 

「最終幕を始めようか……!」




 勝算。

 それは相手が魔王ジルではなくジルであること。また、彼女の才能と力を信じること。そして彼女がメインプレイヤーを超越する程に力を何らかの手段でつけられる事を信じられる事。ジルとウル様の関係は、言葉にするには難しい。は

 吐き出せ、その魔血魂を。


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985年 最終幕

「は、ははは―――はーっはっはっは! 震えろ! 怯え―――たらちょっと傷つくからさらに震えろ! そしてもっと震えろ! 俺様一番……!」

 

 人から見れば巨大過ぎる竜の手を拳にせず、その爪の鋭さを証明する様に一気にジルへと向かって腕を振るう。空間を轟音と共に、普段は全身で全力で繰り出す様な速度が軽々と片腕で出せた。発生する衝撃は斬撃となって後方へと抜けていき、異界の残骸を容赦なく真っ二つに引き裂きながら粉砕し、その残骸その物が弾丸となって流星のごとくジルへと向かって降り注ぐ。

 

「くっ、それでも……私は……!」

 

 魔血魂の暴走を精神力で抑え込みながらジルが神魔式の瞬間移動で瞬時に姿を消し、回避しながら頭上を取ってくる。無詠唱で大魔法が放たれ、それが空間を跳躍して襲い掛かってくるのを、背後へと向かって体を翼で羽ばたかせながら、ロールを行う様に移動する。すさまじい魔法抵抗値を保有するドラゴンの肉体―――その中でも最高位に達した肉体は、魔法をほぼ遮断する。バックロールを行いながら尻尾を鈍器としてそのまま振るい、

 

 空間を薙ぎ払う。

 

 尻尾と大魔法が衝突し、尻尾が僅かに焼かれながら大魔法を叩き潰し、そのままジルへと向き直りながら爪を連続で振るう。滞空する爪撃が結界の様に連続で放たれ、一つ一つが必殺技のような殺傷力を誇る。連続で瞬間移動しながらジルが無数に魔法を連続で放ち、それで爆裂させながら距離を開け、大魔法をチャージする。

 

 そこにドラゴンの巨体で高速で接敵する。正面から放たれてくる大魔法を爪を折り畳むように拳を握りながら、

 

「《ラグナロク》……!」

 

「《ウル・アタック》!」

 

 Lv3の大魔法とLv3の必殺技が衝突し、僅かに鱗を焦がす感触と共に大魔法の脅威を突破した。口から反転極光の気炎を漏らしながらジルの真正面にまで接近することにした。片手に魔法剣を生み出しながらジルが口を開く、

 

「なぜ、《槌戦闘》技能を武器もなくっ!」

 

「これが! お前に対して振るう! 愛の鉄槌だからだ……!」

 

「くっ!」

 

 愛の鉄槌(ただのこぶし)が魔法剣と衝突し―――格の違いから、拳が魔法剣を砕きながらジルに初めて、クリーンヒットを叩き込む。

 

「ご、おぉ―――」

 

 ジルをそのままこぶしを振り抜いて殴り飛ばしながら、浮遊する大地に叩きつけて、貫通させる。それに合わせる様に六枚翼を広げ、その前にそれぞれ重力球を浮かべ、それに光を混ぜ、六つの同じ魔法を同時に完成させる。

 

「六連《ガンマ・レイ》……!」

 

 放射される重力の破壊光線が広げて放たれ、それが収束する様にジルへと向かって空間を薙ぎ払う。大地を内側から破壊しながら空間への扉を広げたジルが、破壊光線の先を飲み込んで此方へと放ち返してくる。高速飛翔をしながら放射を続け、飛行しながら射撃と回避を行う。虚空を飛翔しながら駆け抜けて行く、次元の狭間へと漂流する物を遮蔽物にしながら、

 

 尻尾で、大地や建造物を弾き飛ばす。

 

 それが音速を超えた弾丸として―――一つの隕石や流星の様にジルへと向かって降り注ぐ。

 

「がっはっはっは! 漲るぜパワー! 溢れるぜパワー! 止まらないぜパワー!」

 

「力だけか!」

 

「そうとも言う!」

 

 降り注ぐ脅威を前にジルが焦る事無く魔法を超広域展開し、それで空間諸共薙ぎ払ってくる。対応する様に体内で生成するドラゴンのエネルギーを口からブレスとして吐き出し、光のブレスがジルが放つ《ゼットン》《絶対零度》《メタルライン》《雷神雷光》《黒色破壊光線》《白色破壊光線》《ガンマ・レイ》、その全てが混じった連続砲撃と正面から衝突し、

 

 体をひねる様に空中でバレルロールを行いながら回避する。ジルの魔法がブレスを貫通してきた。応戦する様にブレスと《ガンマ・レイ》を複数同時に発生させて連射しながら高速飛翔し、ジルとドッグファイトに持ち込むが、それでもジルの魔力がずば抜けている。

 

 ―――僅かに負けてるか……!

 

 超越とも呼べる段階までレベルを上げ、魔血魂を暴走させ、心を剥き出しにした。それでも基本的に魔王化されたスペックが生物として高過ぎる。そのうえで此方の力もある程度取り込んでいる以上、ジルのスペックは凄まじい―――魔法という領域においては、戦ってもまともには勝てないだろう。

 

 となると、此方の領域で戦う必要がある。

 

「愛の鉄槌、落とすぞ……!」

 

「惜しいが……今は遠慮させて貰おう」

 

 ジルの姿が瞬時に消える。そして瞬間移動で接近する気配に咆哮を轟かせて、空間の流れを歪めて無理やりジルを空間の外へと叩き出し、瞬間移動をキャンセルさせる。だが出現するジルの側には既にゲートが出現しており、

 

 そこから鋼の兵器が姿を見せる。

 

 サイズから持ち出すことを完全に諦めていた鋼の兵器の名前はある次元、或いは異世界、スチールホラーと命名されるそこではこう呼ばれている。

 

()()()()だ」

 

「マジか」

 

 大魔法を放ちながら同時にゲートを繋ぎ、そこから武装を召喚する様に引き出し、ミサイルを連続で放ってくる。流石に喰らったらやばいと解る地球製兵器に、攻撃を放棄して素早く飛翔する。虚空を逃亡する様に翼を畳んで加速し、追いかけて来る魔法をロールした回避をすれば、ミサイルが追ってくる。

 

「俺でさえやらなかったのにこいつ……!」

 

 背後へと向かって《ゼットン》を放つ。ミサイルの爆風が一瞬だけ視界を覆い、直後、頭上に衝撃が来る。額の第三の目で視線を持ち上げれば、その先、角の上に立つジルの姿が見えた。両手でジルが角を掴み、

 

「おい、待て、角は結構敏感だから」

 

「お、あ、ぁ、あ、アァァァ―――!」

 

「がぁ―――く、そォ―――!」

 

 前転する様にジルが角を掴んだまま、魔法と身体のスペックを使って角を引っ張る様に、

 

 ―――体全体を前転して投げる。

 

 虚空に体が勢いよく投げ飛ばされ、追撃に《ラグナロク》が連続で叩きつけられる。全身を焼く大魔法の衝撃に痛みを感じつつも背後の建造物に衝突し、動きを停止させながら振り払うように体を引きずり出そうとしてジルが両手を挙げながら熱の塊を生み出すのが見えた。ゲートにより異世界から熱量を奪いながらそれを圧縮させるまた別の大魔法を放ってくる。それを目視し、翼を広げながら重力球を生み出して、結合し、融合させ、巨大な《ガンマ・レイ》を生み出して放つ。

 

「オォォォォォ、《カオスフレア》ァァァ!」

 

「ぐ、お、お……!」

 

 放たれたそれを即座に迎撃する。だが黒く染まった炎は薄暗く発光しながら重力を燃やしながら迫ってくる。回避すべきなのだろうが、

 

 ここで回避していてはジルに一生届かない事を直感する。咆哮し、空間を震わせながら翼を広げて大魔法へと自分から飛び込んでゆく。勢いに乗って大魔法が叩きつけられ、全身が燃やされる。だがそれを気合と根性と、後は無駄に高くなったレベルで耐え抜いてジルの正面に戻り、超高速で、巨体のまま衝突する。

 

「かはっ」

 

 音速を超えた衝撃にジルが吹き飛ばされる。追撃のために加速しようとすれば全身に突き刺さる痛みに悲鳴が溢れ出る。視線を巡らせれば周囲にはゲートが、そしてそこから突き出す大量の魔法剣の姿が見え、それがアンカーとして体に突き刺さり、動きを止めていた。

 

「少しは、手加減しろォ!」

 

 咆哮しながら束縛を力づくで無理やり粉砕し、開放される。そのまま世界回廊へと落ちながら魔法を紡ぐジルを追いかける様に落下する。見上げるジルが悲鳴に近い声を叫ぶ。

 

「誰も! 先生を救おうとしない!」

 

「頼んじゃいない!」

 

「自分で自分を救おうとしないなら無理やり救うしかない!」

 

「余計なお世話だ!」

 

「そうしなければ! 何も! 報われない……!」

 

 そんなもの、求めてもいない。だけどそう―――俺に罪があるとすれば、ジルにそう思わせてしまったことが俺の罪なのだろうと思う。だから止める。求めてないし、必要もない。ウル・カラーという女はそんなものが必要ないほどに、自由な女であることを教えなくてはならない。

 

 そう、

 

 逃げたければいつでも逃げられたのだ。

 

 ルドラサウムの力が及ばない、遠い異世界へと。何時でも逃げる事が出来た。

 

 それでも俺はそれを選ばなかった。

 

 落下しながら《ガンマ・レイ》とブレスを連射し、迎撃する様に落下し続けながら《ラグナロク》などの大魔法を放ち続けるジルへと少しずつ接近して行く。大魔法が衝突するたびに鱗が焦げ付き、《神光》が僅かに陰っていく。それを防ぐために心の底から勝ちたいと咆哮し、気合を入れて纏い直す。今、ここで頑張らなくて何時頑張るのだ。

 

「俺は―――」

 

 ブレスが魔法を焼き尽くし、その先へと到達する。ジルへと接近しながら爪をこぶしに握り直し、必殺の《ウル・アタック》を放つ。《槌戦闘Lv3》の感触はしない。《魔法戦闘Lv2》の感触も消えている。全てがドラゴンとして回帰した瞬間、それに吸われたか、構成する為のパーツとして食われたような、そんな感触をしていた。だがそれはどうでもいい。重要なのは、

 

 これが、Lv3に相当する力であり、

 

 ジルと戦う為に必要なものであるということだ。

 

 故に必殺技を放つ。ジルという小柄な女の姿に対して人類の知覚を超えるこぶしを放ち、拳だけではなくドラゴンの巨体での蹴りと尻尾による鞭打、そのすべてで《ウル・アタック》を放つ。対抗する様に放たれる大魔法が必殺技との衝突でお互いの体を焼き焦がし、体から血を流させながら炸裂して行く。

 

「―――それでも、お前と会えたこの世界を愛している……!」

 

「っ……!」

 

 ジルの攻撃が一瞬揺らいだ。最速で突進する。頭からジルに衝突し、回廊の漂流物を粉砕しながら突き進み、その姿を吹き飛ばした。弾き飛ばされたジルの全身に裂傷が走り、血を流す。

 

 そう、魔の血を。

 

 どろりと、厄と殺を込められた魔血魂。魔王に宿る最悪の存在。魔王という存在の人格。暴走するそれがジルの体から少しずつ、流れ出す。受けたダメージ、勇者のそれが呼び水となり、この戦闘で蓄積するダメージが魔王から魔血魂を追い出しかけている。後少し、あと少しでジルを魔血魂から解放出来るのを確信する。

 

 そうすれば―――此方の勝ちだ。

 

「だとしてもっ!」

 

 瓦礫の中からジルが立ち上がった。ボロボロのドレスを引きちぎり、涙を流しながら叫ぶ。

 

「だとしても! それは()()()()()()でしかない! 邪神の愉悦に付き合って行く道! この瞬間のためにずっと準備してきた。邪神を満たし、満足させ、そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を作った! 今ならルドラサウムに影響されずに世界を出られる!」

 

「ジル」

 

「神々の愉悦も、救いのない未来も、教えなければ学ばない餓鬼の鯨など必要ない! その上で全てが終われば邪神のものになる魂、死んでも救われないなら私が救うしかない、救うしかないのだ……!」

 

 言葉で語り尽くしても分かり合えないことは明白だった。

 

 勝利し、言葉を押し通すしかない。それしか勝利するカギはない。

 

 故に、全力を繰り出す。翼を広げ、その先端から持てる力を全て圧縮し、目前に光と重力の集合体として生み出し、極限までそこに《神光》を織り交ぜて、圧縮する。同じようにジルも魔法陣を描き、極限まで魔力を引き出し、最大最強の一撃を放つ準備に入る。

 

―――次の一撃で終わらせる……!

 

 相手が同じことを考えていることを悟りながら、

 

 目の前に生み出した極黒球体に噛みついた。

 

 そしてそれを飲み込む。

 

 体内で生成するブレスと合わせ、翼の先端からたぎらせたエネルギーを集中させ、体内で融合させ、昇華させ、それを超越として吐き出す為の準備を整えた。内臓をエネルギーが暴れ回り、内側から激痛が走るのを堪えながら、ドラゴンの身でのみ行える最強の必殺技を放つ為の準備を終わらせた。

 

 視線を、そこからジルへと向け、彼女も同じように大魔法を放つ体勢に入っていたのを見た。

 

「こいつで、終わりにしようぜ……!」

 

「ここから、この世界から絶対に連れ出す―――その為に、私は耐えてきた」

 

 視線が一瞬だけ交差し、互いにその瞬間に必殺技を同時に放つ。ジルは《ラグナロク》を複数の大魔法を織り交ぜて融合し、それを全てのみ込んで生み出した一筋の闇の砲撃。魔王としてジルが磨いたものだけではなく、それ以前の経験も、それからの全ても、学んできたことを諦めずに積み重ね、その先へと進むように進化させた、ジルだけに扱える究極の大魔法。

 

《ラグナロク・デストラクタ》ァァァ!

 

 全てを完全に消し去る、空間消滅のそれは、ジルが最後まで使わなかったシステム権限、《削除権限》のそれを魔法として完全に再現させたものであり、突き進む空間がそれによって消え去っていく。

 

 合わせ、自分が放てる最強の一撃を、ドラゴンとして、ブレスとして口から放った。

 

究極の破局(ウル・アタック)

 

 言葉にならぬ咆哮をブレスと共に放った。黄金から極黒へと反転してから白く染まった咆哮が空間を抜けて行き―――ジルの大魔法と正面から衝突する。本来、戦いにおいてあり得ない拮抗、

 

 だがそれは発生した。

 

「ぐっ」

 

「ぐるるぅっ……!」

 

 必殺と必殺、超越と超越。大陸で行えばどれだけの被害が出たかわからないような奥義が衝突し、拮抗する。だがそれも、

 

「これで―――!」

 

 ジルに軍配が上がる。

 

 少しずつ、少しずつ、吐き出す力が減って行き、ジルの力が押し込んでくる。互いに血を流しながら向き合い、全てを吐き出して叩き続けている。一度天秤が傾けばもはやそれが元に戻る事はあり得ない。

 

 故にジルの大魔法が一気に押し切ろうとして、

 

「―――間に合った」

 

 蒼い流星が回廊を駆け抜けた。超高速で飛翔するそれは()()()()()()()()だった。

 

 エスクードソードによって次元に僅かな裂け目を生み出し、カムイが全力投擲したそれが大魔法で押し切ろうとするジルへと向かって飛翔する。回避不能な速度で迫るそれを、

 

「先生と私の間に入るなァ!」

 

 ジルが片腕でバリアを張り、一瞬で破壊されるも、それを僅かに反らす。勇者、渾身の一撃が失敗に終わる様に見え、

 

 ジルが僅かに反らしたエスクードソードの先に、

 

 ルドぐるみが漂っていた。

 

「しまっ―――」

 

 言葉よりも早く、ルドぐるみの尾びれがエスクードソードを弾き、それをジルへと叩きつけた。威力自体は全くない。だがエスクードソードは【刹那モード】へと突入していた。それ自体が魔王に対するような毒、劇薬、アポトーシスのような存在へと変貌している。

 

 それゆえに、僅かな攻撃でさえ、ジルに対する負担は凄まじいものとなり、

 

 ―――その魔法が揺らいだ。

 

「―――!」

 

 瞬間、残された全ての力を吐き出す様に一気に力を込めた。残された力、そのすべてを《ウル・アタック》へと込めて吐き出し、一瞬で揺れた大魔法を飲み込んで、そのままジルへと迫った。

 

 その景色をジルが目を見開いて見た。

 

「その娘の体から出ていけ」

 

 そして―――ジルの姿が咆哮に飲み込まれた。




 これにて、元賢者ジルとの決戦、決着。

 次回、魔血魂、血の記憶、継承、そして魔王。

 次に来るのはULか、GIか、或いは血の記憶の終わりか。


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985年 一つの結末

 《究極の破局》を吐き出し切った。内臓と外皮の痛みを堪えながら放った一撃は、自分のスペック、経験の全てを利用した最大の一撃、文字通り究極であり、問答無用の最終奥義とも呼べるものだった。むろん、そのまま放てばジルさえも消滅するだろうから、()()()()()()()()()()()()()という技能を完全にコントロール、理解した技術が必要だった。だがそれも長年の研究と鍛錬によって成し遂げた。

 

 無駄な事は何一つとしてなかった。

 

 そしてその結果、

 

 破局を受けたジルの姿が漂流する大地へと落下し、倒れた。

 

 それに追随する様に自分も浮遊しているだけの力を失い、近くの漂流する大地に倒れる様に落ちる。力尽きた、とも表現できる。自分に存在する力の全てを吐き出しきった一撃だった。これで通じないのならもはや諦めるしかないというレベルで全部吐き出した。だが、確かに手ごたえはあった。ジルではなく、その中身のクソを間違いなく焼いた感触が存在していた。これでダメならもう何をやってもだめだ。だから頼む、と倒れて動かないジルの姿を見て、口を動かした。

 

「その娘の中から出て行け―――魔王」

 

 出ろ、出てこい、出て行け、失せろ。

 

 心の中で祈る様に呟きながら赤い三眼を向け続ける。視線をジルへと固定しながら、無限と思えるような刹那を、その姿へと向けて、待つ。すでにその体から意識はノックアウトさせた。そして魔血魂はメインプレイヤーの枠組みから外れたジルから脱しようとする。二級神はバスワルドを見る限り、まだメインプレイヤーの範疇に入るのかもしれない。マギーホアの様にメインプレイヤーで対抗出来ることがその証拠だ。

 

 だが一級神は違う。

 

 そのシステム存在的な領域へと踏み入った場合、魔血魂が適応できない為に、

 

 ―――吐き出される

 

()()か……」

 

 どくん、どくん、と脈打つ音が異空間に響く。ジルの体を中心として、血が滲むような色が溢れ出し、空間を染め上げて行く。今までジルの体内に潜んでいた魔血魂が、ジルが魔王に相応しくない存在に成長してしまったがゆえに、空間を赤く染め上げながら溢れ出し、それが集合しながら肥大化して行く。

 

 やがて、それは一つの巨大な魔血魂となった。

 

 即ち―――血の記憶

 

 ランスとその子供たちが全員で挑み、そして打ち倒す事によってルドラサウム大陸から魔王という存在を永遠に消し去った相手。それがジルから離れ、ジルを超えるサイズにまで大きさを変え、浮かび上がった。流れる血が永久に飛散しては戻りを繰り返し、永久機関として稼働していた。

 

 それはジルから離れた所で、自由となった。

 

 そして、

 

「―――せ」

 

 声が蠢く様に響く。ただ一言、

 

殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ―――

 

 壊れたラジオの様にただ一言、命令を下す様に殺意の言葉を押し付ける。感情もなく、ただ与えられた役割通りに殺せ。医療概念が希薄なルドラサウムにおいて、その存在を的確に表現する言葉はないが、異世界の存在であれば血の記憶をこう表現するだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()、と。

 

 感染し、継承し、発症する。血の記憶はまさしくウィルスと表現できるものである。魔王から魔王へと継承され、そしてその存在を殺戮機構へと神の愉悦の為に作り替えて行く。その果てに生まれるのが魔王だ。魔王という存在であり、人格だ。血の記憶に宿る殺意、染められた、新たな人格だとも言える。

 

 機械的にインプットされたことだけを繰り返しながら血の記憶は暴走をするはずだ―――少なくともエール・モフスの冒険では。アレもかなりのイレギュラーだったが、今回もかなりのイレギュラーだ。どうなるか、そう思いながら視線をまっすぐ、血の記憶へと向ければ、

 

 その気配が、此方へと滲みながら迫ってくるのを感じた。

 

抹殺せよ。塵殺せよ。殺戮せよ

 

「次はULの開始だって? まぁ、確かに未知であるかもしれないな」

 

 血の記憶が空間を侵食する様にジルから此方へと近づいてくるのを感じ取った。この場で唯一メインプレイヤー格の存在として感知したのか、或いは俺に魔王としての資質が存在するのか。どちらにせよ、血の記憶は次の魔王として此方に寄生することを選んだらしい。

 

 まぁ、それはそれで楽しそうだ。毎日ケーちゃんを魔王権限でパワハラ出来るのは間違いなく楽しいと思う。あとはカミーラと自由に遊びに行けるポジションだし。魔軍の改革とか、考えた事もある。だから魔王になってみるのも面白いかもしれない。

 

「だが今日じゃない。そして明日でもない」

 

 呟きながら体を起き上がらせる。それを無言で見守っていた、ルドぐるみの口に咥えられたエスクードソードが語り掛けてくる。

 

『おう、大丈夫か?』

 

「かなり辛い。だけど漸く叩き出せたんだ―――ここで俺が魔王になれば元の木阿弥だ」

 

 魔王なんざいなくてもこの大陸には大量の悪役が存在する。血の記憶なんてもの、神なら簡単にコピーを作れるだろう。そんなことしなくても新しいポジションを生み出すだけで冒険をさらに拡張することだってできる。

 

 だからここで血の記憶をぶち壊しても問題はない。

 

 まぁ、割とブチ切れているのは事実かもしれない。ここで血の記憶を粉砕してやろう、と思うぐらいには。そして侵食して来る血の記憶を吹き飛ばす様に、今の状態で繰り出せる全力の鉄槌をたたき込む。空間に震動と衝撃が轟き、それが浸食して来る血の記憶を弾く。

 

 だがそれが明確なダメージを血の記憶に刻む様な姿は見えなかった。

 

 まるで、もっと強大で、もっと強く、さらに恐ろしい存在を殴りつけたような、そんな感触だった。

 

「……いや、まさかな」

 

 可能性を否定し、血の記憶を睨んだ。さて、どうしたもんか、と考える。そう思った矢先に次元の裂け目が完全に開く。レガシオとマギーホアが物理的に破壊したようだった。そしてそれを目撃し、即座に自分の行う行動を決定した。

 

 残された最後の魔力を放出し、全速力で加速しながら血の記憶に突貫する。こちらに寄生しようと伸ばしてくる血の触手を咆哮と魔法で弾き飛ばしつつ、その直ぐ下で倒れているジルを回収する。

 

「―――」

 

 ジルを巨大化した腕の、掌の上に乗せた。そこからジルの体の感触が伝わり、そして感じられる。彼女の体の状態が。その中身が―――。

 

「っ……!」

 

 歯を食いしばりながら、空間を蹴って更に加速する。次元の裂け目へと向かって飛翔すれば、横にルドぐるみがエスクードソードを咥えたまま並走し、

 

 血の記憶を置いた状態で次元の裂け目を突破する。

 

 異世界の回廊を抜けてルドラサウム大陸へと帰還した瞬間、システムが適用され、無理やりドラゴン化が解除されてヒューマン・カラーの姿へと戻される。名残惜しさを感じつつも姿が戻った所で魔王城の床を片腕にジルを抱えつつ滑り、

 

 ルドぐるみが裂け目を飛び越えた所で叫ぶ。

 

「裂け目を! 閉じろ!!」

 

「言うと思ってたわ」

 

 そう言ってスラルが手を叩きつける様に振るい、魔王城の玉座の間にあった空間の裂け目が閉ざされた。それから離れた所で、帰還を喜ぶ事もなく、無言のまま次元の裂け目があった場所を見つめる。だがそうやって見つめているのは自分一人だけではなく、レガシオ、そしてマギーホアもある程度距離を作りながらその場を見つめていた。その中で、レガシオが口を開いた。

 

「……おい、ウル。なにから逃げてきた」

 

「血の記憶。魔王の体内に宿る魔王の人格の元。叩き出したんだが、どうにもならないから逃げてきた」

 

「そんな事よりもわしにジルを殺させろ! 殺させろ殺させろ殺させろ切りたい切りたい切りたい刻ませろぉ!!」

 

「少し黙っていろカオス」

 

 カオスを握るガイにちょっとだけ同情しながら、マギーホアが視線を変えぬまま、此方へと言葉を向けてくる。

 

「ウル、この気配に間違いがなければ……」

 

「俺も、信じたくはないですけど。殴ってみましたが感触は……」

 

「成程―――これはいかんな」

 

 マギーホアが言葉をそう放つのと同時に、空間から血色が滲みだし始めた。ジルとの戦いが終わった魔王城は元のサイズ、元の色を取り戻していた。だがそれが空間を侵食する様に出現するのと同時に、再び空間が血色に染まり始める。あの吐き気のする血色が再び魔王城に舞い戻る。

 

 その血の臭いは濃く、

 

 ―――感じられる純粋な力は、ジルを上回っている。

 

 やはり、殴った時の感じは間違いではなかった。

 

「こいつが……血の記憶か……?」

 

 距離を開けながら、次元を超えて侵食し、姿を現す血の記憶を全員で見た。アベルの姿もナイチサの姿もなく、どうしているのかを聞き出したい所ではあるものの、そんな余裕は血の記憶を前に吹っ飛んでいた。赤い血の宝玉は浮かびながら新たな魔王を生み出す為に次の存在を求めており、

 

 その矛先は次元を越えて、生物が増えた所で此方に向けられていた。

 

 血の記憶が俺を求めている。ジルを抱えたまま片膝をつき、それを眺める。このまま血の記憶の破壊に移りたいが、ジルを抱えるだけでもはや俺の方も限界だった。【魔王討伐隊】もその役割を果たすも、数は当初の半分にまで減っている。大量に死人が出ており、まだ仲間たちの死体が端の方に転がっている。

 

「なんだ、これ……これがジルの中身だってのか?」

 

「これが、元凶ですか……? なんて……なんて、無色な……殺意」

 

「儂らはこんなものに苦しめられてたのか?」

 

 声がこぼれ、血の記憶へと視線が集まっている。それを受けても血の記憶に変動はない。機械的で事務的な殺意をこぼし続けるだけだ。ひたすらそのために存在し、そしてその為だけに生み出された存在であるが故に。だから血の記憶はそれしか行わない。殺意でのみ構成された物質とでも表現できる、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 そしてそれを今、破壊する無二のチャンスだが、

 

 その前で、誰も動けずにいた。

 

「……」

 

「なに、これ。私の中に居た時はこんなおぞましい強さを持ってなかったわよ」

 

 スラルが零す言葉は血の記憶の気配を肯定する。そう、それだけ圧倒的だった。血の記憶が落とす気配はもっと偉大で、強大で、()()()()()()()()()()()のだ。それは太古の時代に見た者を、その偉大な存在を思い出させるだけの気配をしていた。それを感じ取っているからこそ()()()()()()()()()()()()()()()()()()でいた。

 

 特に―――ずっと戦い続けていたマギーホアは。

 

 ククルククルの気配に動けずにいた。

 

 その気配は相対してしまえばわかる、絶対に勝てないという事実が。故にどうしようもなく動きは停止してしまい、そして、武器を取ろうにも、その次の動きが繰り出せなくなる。

 

 故に血の記憶が迫ってくる。言葉を失い、殺意を囁きながら。

 

「……僕が時間を稼ぎます」

 

 カムイがエスクードソードを握った。蒼い光を纏う刀身はそれがいまだに【刹那モード】に入っており、生物最強格のスペックを保有したままの状態である事を証明していた。カムイはそう言いながらエスクードソードを逆手に握りつつ、前に出た。

 

「勇者特性の特典で僕は死ねません。死んでも即座に魂が補充されます。だから()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「カムイ、それは」

 

「いいんです。僕の恋心が届かないのは知ってますから。それでも貴女の為に戦えた事を誇りに思います。魔王に思うところはあります、ですが貴女の幸福のためであれば―――」

 

「悲観的になるのは聊か早い」

 

 前に出ようとするカムイを押し留めて前に出たのは、

 

「ガイ、おい、何やってるんだ」

 

 魔人ガイの存在だった。カオスを腰に戻した状態で血の記憶の前へと、赤く塗り潰された光景へと進んだ。そこでガイは口を開いた。

 

「元々……私かお前が次代の魔王になるという計画だったな。その役割を果たさせて貰おう」

 

「待て、ガイ」

 

「煩い女だ。お前はいい加減幸せになれ」

 

 言葉を言い返そうとして、口を開こうとするが、ガイの呪術によって言葉が奪われ、反論ができなくなる。それを止めようとする者もおらず、解除しようとする者も居ない。馬鹿しかいないのか、と叫びたく、動きたくても、何も言えず、体も動かない。強く、歯が砕けそうな程に歯を食いしばりながらガイの行方を見つめた。

 

 血の記憶に―――巨大な魔血魂の前に立ったガイが、声を張る。

 

「私が……次の魔王となろう。魔血魂よ、私に宿ると良い!」

 

「ガイ! おい、ガイ聞け! ガイ!」

 

 カオスの静止を振り払い、血の記憶が空間への侵食を停止させ、その呼びかけに機械的に答え、殺意を囁き続けながらそれは凝縮する様にガイの中へと入り込んでいく。染み込む様にガイの中へと向かって魔血魂は溶けて行き、

 

 その全てはガイの中へと飲み込まれて消えた。

 

 その景色を誰もが見守り続けた。そして、新たな魔王誕生の瞬間に立ち会った。

 

 魔王ガイ、誕生の瞬間だった。

 

 先ほどまで存在していた原初の魔王の気配は消え失せ、残されたのは新たな魔王ガイの威圧感だけだった。魔王が生み出す絶対的な威圧感が空間を満たし、その姿に緊張感が漂う。

 

「……ガイ?」

 

 それを確かめる様にカオスが言葉を放ち、

 

「……ふぅ、成程。これが破壊衝動か。事前に話を聞いていなければ飲み込まれていたかもしれないな―――大丈夫だ、全てもう一人の私に押し付けた」

 

「さらっと酷いことしましたね」

 

 ガイが髭を軽く弄りながら自慢げな表情をしているのに緊張感が抜け、魔王の威圧感も霧散する。

 

 それによって、

 

 数十年間人類と魔軍の間で続いた魔王戦争が、漸く終わりを告げた。

 

 長い、とても長い戦いに終わりが来た。その事実に人の口から安堵の息が漏れ、その場に、床に座り込む様な音や、笑い声を上げるような声が響く。そして同時に、

 

 腕の中で、眠っていたジルが眼を覚ますのを見た。

 

 ゆっくりと、目を開きながら、それで此方に目の焦点を合わせてきた。それだけで状況を飲み込み、あぁ、と悲しむ様な声がジルの口から漏れた。

 

「負けて……しまった……か……」

 

「あぁ、俺の勝ちだ、ジル」

 

「そう……か……全力で戦って……負けた……か」

 

 悲しそうに、しかしどことなく満足げにジルは微笑んだ。腕の中に抱くジルの姿はぼろぼろだった。だがそれ以上に、その中身がぐちゃぐちゃになっていた。恐らくは魔血魂だ。血の記憶となって這い出た時にやられたのだろう。魔力が回復する端から《ヒーリング》を使って治療を試みるも、肉体がそれを受け付けていない。

 

 まるでぼろぼろとなった状態が正しいような、そんな感触を受けていた。

 

 ―――これじゃあ1年も持たない……!

 

 片腕に抱く命が、今、漸くこうやって引きずり出せたのに、今も抱いている最中に零れ落ちていくのを幻視する。なんて―――なんて醜悪。そこまでして死を望むのか、血の記憶とは。悪意だ。その創造と存在には悪意しか存在していない。だがまだだ、まだ諦めない。まだ手段はある。そう、ウェンリーナーを探せばいい。或いはセラクロラスでもいい。健康な状態に戻せばいいのだ。そうすればまだ助かるはずだ。この大陸のどこかに隠れていたとしても、無理やり見つけ出して引っ張り出す。

 

「先生……」

 

 そんな、思考を遮ったのはジルの言葉であり、腕に抱かれるジルは長い間見せることなかった、柔らかな笑みを浮かべ、

 

「また……一緒に、夜更かしして、研究して……美味しいもの……食べたいな……」

 

「あぁ、そうだな……誰にも邪魔されない所で、静かに暮らすか」

 

 ジルの姿を抱きしめ、静かに、GLの終わりを感じ取った。全てが全て、救われたわけではないし、完全無欠のハッピーエンドではなかった。大勢の仲間が死んで、そしてジルが殺されない事に不満を思う者も多い。

 

 それでも、これは一つの結末。

 

 限界を超えて協力し合い、そしてつかみ取った一つのエンディング。

 

 それを―――誰にも、否定させはしない。

 

 

 

 

「かくして決戦に天上の観客は大いに沸き上がる。捧げられた茶番に夢を見て、次の茶番まで再び揺り篭にて眠る……ジル、惜しい才能だった。だが事前にあの女に出会ったことが致命的だったな」

 

 蠢く闇の中で、一人、戦いの終わりを見通した者が呟く。それに付き従うのもまた闇であり―――此方は人の姿をしていない。輪郭を、或いは形を完全に失った魔人であった。歴史の表舞台にほぼ立つ事無く潜み続けた悪魔はくすりと笑いながら己の主にして契約者を見合える。

 

「不満そうですわねぇ、ナイチサ様ぁ?」

 

「不満ではない。だが茶番だと言っているだけだ。所詮は神々の愉悦を満たすだけの劇だ。そこに過度な期待を混ぜてどうする? それが胸を打つようであれば褒美も出よう。だがそうだとしても、永遠に輪廻に囚われ続けるだけだ。その合間の刹那に何を求めようが、無意味でしかない」

 

「くすくす、相変わらずナイチサ様は面白いですわぁ」

 

 その言葉に元魔王ナイチサは答えず、魔王城と呼ばれるそれがあった方角へと視線を向け―――興味を失うように視線を外した。

 

 そしてそのまま、闇に消える様に歩き出す。

 

「行くぞサタニア。今のままでは人類が優勢過ぎる」

 

「はぁい、ナイチサ様ぁ。ふふふ、ナイチサ様の為であればどこまでも……」

 

 そして、闇から男と悪魔の存在が完全に消え去った。




 これにてGLはおしまい。

 ジルちゃん、余命一年。魔王ガイ誕生。大筋は正史のまま。しかし野放しになった最悪も存在する訳で。どことなくビターかもしれない。完全無欠ではないけど、それでもそこに確かに救いはあったんじゃないかなぁ、って。

 次回からGI開始。


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GI歴
1年 食券 ジル


 フライパンの上でゆっくりとパンケーキがきつね色に変わっていく。

 

「蜂蜜は軽く溶かして……フルーツのカット終わりましたよ」

 

「よし。もう出来るから皿を並べておいてくれ」

 

「はい」

 

 フライパンの上のパンケーキ二人分、それを焼き続けながら頼めば、まな板の上で切っていたフルーツをボウルに入れてサラダにしてくれる。それをテーブルのほうへと車輪を回しながら運んで行き、並べる。テーブルにそれが並べられたのを確認し、こちらでも出来上がったパンケーキをそれぞれの皿に乗せる。そこに少しだけ溶かしてある蜂蜜をかけて行く。それに新鮮な牛乳をグラスに入れて、一緒に運べば、ちょっと甘めの朝食ができる。それをさっさとテーブルに乗せてしまい、椅子に座る。

 

 テーブルを挟んだ向こう側には車椅子に座った姿がある。少し前までの黒い服装ではなく、清潔感のある、髪に近い淡い水色の服装をしたジルの姿である。見ただけであれば、何も、問題がなさそうには見える―――上辺だけは。

 

「今日も美味しそうに出来ましたね」

 

「ま、俺が作る以上失敗は……あー、たまにする」

 

「解っていますよ。それよりも冷める前に食べちゃいましょう?」

 

「あぁ、そうだな。いただきます」

 

「いただきます」

 

 フォークとナイフをパンケーキに切り込みながら、視線を軽くジルの方へと向ける。長時間握力を保つ事が出来ない為、フルーツをカットした後でちゃんとフォークとナイフで食べられるのかどうかを見ているが、やはり、ちょっと食器を握る手が震えているのが解るため、立ち上がって回り込みつつ、ジルから食器を奪ったらそのままパンケーキを切っていく。

 

「あぁ、もう、一人でも大丈夫ですよ」

 

「強がらない強がらない。俺に遠慮なんて今更だろう」

 

「それは……そうですけど、こうされると申し訳がなくて」

 

「俺は根本的に人を甘やかす方が好きだからほら」

 

 パンケーキを食べやすいサイズに切ったら、それをフォークで刺して、ジルの口元へと運ぶ。ジルは少しだけ恥ずかしそうにするも、口を開いてパンケーキを食べて、嬉しそうな表情を見せる―――うん、君にはそういう表情の方がはるかに似合っていると思う。だから俺も、幸せだ。

 

「このパンケーキ、中に入っているのジャガイモですよね? 良く入れようと思いましたね。似合わなそうな組み合わせですけど……」

 

「俺も長年色々と実験してるからなぁ。まぁ、プロの作ったそれには及ばないけど美味しいだろう?」

 

「私にとっては何よりものごちそうですよ。それよりもほら、先生も自分のを食べないと冷めちゃいますよ。私はもう握力が戻ってきましたから」

 

 そう言ってジルが再びフォークを手に取るのを見て、ちゃんと食べられるのを確認してから自分の席に戻り、自分の分の朝食を食べ始めた。

 

 開け放たれた窓からは新鮮な空気が風と共に入り込み、鳥たちの鳴き声が聞こえてくる。少し離れた家畜小屋では飼っている夫婦のこかとりすの鳴き声が聞こえてくる。それ以外の音は自然が生み出す葉の音などしかなく、非常に静かで、俗世から隔離されている、何もない場所だった。人里からは遠く、結界によって害ある存在も近づけないここは、ペンシルカウとはまた別の聖域とも呼べた。

 

「風、気持ちがいいですね」

 

「あぁ、そうだな……今日も良い日になりそうだ」

 

 朝食を食べながら言ってくるジルに微笑みながら答えた。ここにはほかには誰もいない。二人だけで住んでいる場所だからだ。

 

 

 

 

 魔王ガイ誕生から半年が経過した。

 

 宣言通り、ククルは解体した。指導者を降りて、そのままジルを連れて雲隠れした。そして事前の打ち合わせ通り一度ガイにククルを襲撃して貰い、そこにあった技術を破壊して貰った。人類は勝利したが、それは新たな魔王を生み出すという風に認知させ、魔王戦争に終わりを告げた。そしてそれから半年が経過している。すでに年は開け、年号はGL985年からGI1年へと変わった。

 

 戦いを終えて、酷く疲れた。ジルも取り戻した。最善を尽くし、最上ではないが、それでも結果を出す事が出来た。ウェンリーナーやバランスブレイカーを使って治療する事も考えたが、ジルはそれらを否定した。余命を全力で生きる。それまで俺を独占するだけでいい、とジルが言ってきたのだ。故に治療の捜索は諦め、

 

 月餅の力を借りてJAPAN、誰も人が来ない山の秘境に、こっそりと住居を用意し、そこで二人で暮らしている。山奥に構えた住居はそれこそ飛行でもしない限りは辿り着くことが難しい場所に存在し、それによって外界との接触を自分から出て行かない限りはほぼシャットアウトしている。必要なものは大体育てている。小型亜種のこかとりすを家畜小屋で飼育して、卵を産ませたりもしている。近くには川もあるからそこで釣りをして魚を捕る事もできる。必要なものはその気になればなんだって自分で揃える事は出来るし、足りなければ作ればいい。そして本当に欲しい時は山を下りてJAPANの適当な街で物々交換する。

 

 そうやって、完全に他の人達と交流を断った生活をここで行っている。

 

 ジルと共に彼女の時間を過ごす為に。

 

 魔血魂を失って魔王から人間へと戻ったジルの体はぼろぼろだった。内臓のダメージ、魔力の枯渇、技能の破壊、神経系統のダメージ。《ヒーリング》だけではなく幾つかのアイテムを使って治療して、それで漸くジルがまともな食事がとれるだけの内臓機能と、そして手指を動かせる程度まで回復した。それ以上は奇跡が必要となる領域であり、ウェンリーナーなどの神クラスの力が必要とされていた。

 

 だがそれをジルは断った。

 

 今まで話し合えなかった分、一緒に居たいという要望に応えることにしたのだ。そうやってこのJAPANの秘境で、二人で暮らす事にした。ジルは独占するようで申し訳ないなんて事を言っていたが、そんな事は欠片もなかった。むしろ、遅過ぎるぐらいだったのだ。今までほったらかしにして見捨ててしまった分、なるべくともに時間を過ごす為にも、これが一番都合が良い。

 

 こうやってジルとの共同生活は始まった。

 

 1年だけの共同生活。

 

 そしてそれも、既に半年が終わってしまっていた。ジルはある程度延命できる程度には回復しているものの、それでも数年間生きられる程強い体ではない。魔血魂が新たな魔王へと継承されるうえで、不要となり、なおかつ魔血魂に対して逆らっていたジルはおそらく、魔血魂の意思によって傷つけられた。それゆえにジルの体はどうしようもなく、壊れてしまい、彼女一人では生活する事が出来ない体となった。

 

 歩けはするも、それは室内のような掴まる場所のある所のみ。長時間立つ事さえもできず、移動のほとんどは車椅子によるものとなり、その世話や面倒を全て引き受けて見ている。

 

 そしてそれは時を経て治る―――事はなかった。

 

 

 

 

「今夜はカレーな気分だしな。カレー釣るぞ、カレー」

 

「私はそれでいいですけど、先生は釣れるんですか?」

 

「……知識はあるもん」

 

「ふふふ……じゃあ、私ががんばって釣りますね」

 

「生息地、好きな餌、習性、全部把握しているのになんで毎回俺だけ魚を釣れないんだ」

 

 呟きながら山を流れる川の横、川辺の石場に腰を下ろす。釣竿を二本手に握り、片方をジルに渡して、彼女の横に座り込みながら自分も片腕で釣竿を握る。ルドぐるみが水辺の方から這い上がって、水を吐き出すと後ろにやって来て腰の裏に潜り込んでくる。腰の裏辺りがこれで楽になる。背中を預けることもできるし。だけどなんでお前今、川の方から出てきた。

 

 そんなツッコミを心の中で受け流しながら海釣りの時とは違い、針に餌をつけて釣り針を水面に沈めた。こちらに来てからはジルとも何度もこの川で釣りをしていることもあり、ジルも慣れた手つきで釣り針に餌をつけてそれを水面に投げ込み、

 

 二人で静かに、そのまま座って並び、釣りをする。

 

 むろん、ただ座って釣るだけではなく、事前におやつも用意してある。と言っても材料の問題からあまり凄いものが作れるわけではない。こちらでは桃りんごは育ってないし、育つ事もないので、お得意のうはぁんもなしだ。なので此方で手に入れた蜂蜜を使って果物を漬けていた物を用意した。すぐ目の前に川が流れているので、指が汚れることを考えなくてもいい。

 

 足で釣竿を押さえている間にお菓子を詰めているバスケットに片手を伸ばし、そこから指で蜂蜜漬けで結晶化した果物を口の中に放り込んで、指先を舐めてから再び釣竿を握る。

 

「ジルも食べる?」

 

「余り食べすぎると太っちゃいそうですから……」

 

「少し肉がついている方が健康的だぞ? ほれほれ」

 

「あ、じゃ、少しだけ……」

 

 ジルが軽くお菓子を口の中に放り込んで、そして甘い菓子の味に幸せそうな表情を浮かべる。その横顔を軽く眺め、笑みを小さく零す。うん、やっぱり幸せそうに笑っている表情が誰にも似合う。特にジルはかわいいのだから、笑っている方が似合うに決まっている。

 

 口の中で転がす蜂蜜キャンディに近いレモンを味わう。甘い。

 

「カレー……もうちょっと食べやすくなってくれればいいんだけどなぁ。ターメリックとかガラムマサラとか、絶対にどっかに転がってそうなんだけどなぁ」

 

「先生……カレー、好きですよね」

 

「カレーは好きだけど今のカレー環境は嫌いだな。ぐぬぬぬ、カレー事情を改善したい。俺、スパイスから作ってカレー作りたいわ……なんか、こう、そういう技能持った便利な奴いねぇかなぁ。作ったり応用したりするのが出来る奴」

 

 喉元まで来ている気がするんだけど記憶違いだろうか? うーん、いたような、いなかったような。まぁ、何かあればそのうち思い出すだろう。それよりもそう、カレー事情だ。

 

 この世界、カレーは【カレー】という魚の体液から作り出すのだ。【ひつじNOTE】くんにそう書いてあった。つまりカレーはスパイスの配合ではなく、魚から搾った液体で作られている―――カレーのカレー部分は、完成品がデフォルトなのだ。流石ルドラサウム大陸、実にファンタジー。数多い異世界ファンタジー系統でも魚の体液がカレーになっているという発想は流石狂っているとしか言えない。

 

「レッドチリ、ターメリック、コリアンダー……あとなんだっけ? もう1種ぐらいあれば基本的なスパイスを押さえられるからそれでカレーを作れるんだよなぁ。レッドチリに関しては見つけたし。ターメリックとコリアンダーが皆目見当もつかん……!」

 

「そんなにカレーが食べたいんですか……」

 

「違うんだ、俺はもっと好きな味に調整したいんだ。本格派インディアンカレーとか、この世界にはないんだぞ? やっぱり作って食べてみたくなるじゃないか。というか【カレー】のコンディションや気分で味が左右されるってのが気に入らない。気に入った味が再現できねぇよこれ!」

 

「釣るのじゃあ辞めます?」

 

「釣るぅ」

 

 でもカレー好き。美味しいから好き。個人的にキーマカレーが好きなのだが、【カレー】から作るカレーではアレを再現するのは中々に難しい。やっぱりスパイスから作るのが一番だと思う。まぁ、やり方は知らないのだが。

 

「先生、そういうの好きですよね」

 

「挑戦するの? 楽しいよ。少しずつ成果を残して進んでゆく感覚が楽しいんだよ。長生きしてるからね。刹那的な娯楽よりも長期で楽しめるものの方がずっと楽しめるってのが漸く解ってきたんだ」

 

 釣りとか、料理とか、人の成長を見守るのとか。長い時間の間に少しずつ変わっていくのを見るのがこれ、楽しいのだ。まぁ、価値観ドラゴンなので戦っても楽しいのだが、それでも最近は自分の中の女を自覚する。

 

 ゆっくりと、静かに見守っているのが楽しかったりする。

 

 日々の暮らし、それを眺めているだけでだいぶ満足できる。

 

 まぁ、でもヤッパリ飛び込んで暴れたい欲は尽きないが。

 

「ふぅー……釣れないなぁ」

 

「私も釣れませんね……」

 

 二人で釣り糸を垂らしたまま、水面へと視線を向ければ、そこにカレーが泳いでいるのが見えるが、なぜか綺麗に釣り針と餌だけを回避して泳いでいる。そういえばマッハに鑑定して貰ったらジルは最低限のLv0技能以外は技能が壊滅、それには釣り技能が存在すらしていなかった。

 

 即ち、

 

 二人揃って壊滅的に向いていない。

 

「……」

 

「……先生?」

 

「うん?」

 

「1匹ぐらい釣れるといいですね」

 

「そうだなぁ……まぁ、釣れなかったらオムレツってことで」

 

「あ、私アレ好きです。ご飯の部分が美味しくて」

 

「あ、解る? あれ、こかとりすの肉汁を米を炊く時に使ってるんだよね」

 

「見てます見てます。料理に拘りますよね」

 

「料理は愛! なんてことを抜かす馬鹿が世の中に居るけど、その愛ってのは工夫と、積み重ねてきた試行錯誤の時間の事を言うんだよ。だから美味しいものを作るなら、それだけ拘るもんさ。美味しいものを食べてもらいたいからな」

 

「じゃあ、夕飯も楽しみにしていますね」

 

「アレ? 釣れない前提の話をしてない?」

 

 首をかしげると、ジルに小さく笑われてしまった。だがそれにつられ、自分も小さく笑い声を零す。

 

 肩を寄せ合い、ジルの軽くなってしまった体を軽く支えながら二人で、そのまま、静かに夕食を求めて魚釣りに没頭した。




 GIの始まりだよー。

 なんでもない、何にもない普通な日常。だけどそれが本当に遠かった。


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1年 食券 ジルB

 無論、二人で暮らしている為、食事の準備のほかにもやる事はある。掃除もその一つだが、それよりも面倒なのは間違いなく洗濯だろう。着替えの数は限られているし、こればかりは使い捨てたり簡単に調達できるわけではない。洗濯板を使って川でまとめて着替えを洗濯する必要があるのだ。そうじゃなきゃ不潔だし、当然と言えば当然の話なのだが。魔法を生活に使えばそれで生活は楽になる。

 

 とはいえ、ジルの魔法は、魔力が使えなくなった影響で使用不能になっている。俺とパスをつなげば、魔力を俺経由で使えるが、そこまでして魔法は生きるのに重要ということでもないので、ここで生活している間は本当に必要な時以外は、基本的に魔法を封じて生活している。まぁ、ジルが使えないのに俺が使うのもアレだろう? というとてもシンプルな話である。

 

 無論、何もかも全部俺がやっているわけではない。ジルも不自由な体をしているが、それでも命が尽きるその時までは精一杯生きるつもりでいる。だから食器を洗ったり、掃除したり、時間をかけてもいいから少しずつ進めてはやっている―――なるべく、俺の力を借りずに。

 

「ふぅー、もうちょっとこまめに洗濯するか……溜まり過ぎると一日中洗濯している必要ありそうだし」

 

 額に集まる汗を拭いながら洗い終わった洗濯物を持ってきた籠の中に叩き込む。それを家に持ち帰ったら外で干す必要がある。魔法なしでこれらの作業をやるのは結構難しいもので、生活的にどれだけ魔法で楽していたのかを思い出させる。

 

 でも、まぁ、こういう地に足を付けた生活は嫌いじゃなかった。元々森の中で暮らしていた生き物であるということもあるのかもしれないが、本来の自分という生き物は、騒がしさよりもこういう静けさの中でゆっくり暮らしている方が似合っているのかもしれない―――あぁ、だからペンシルカウに引きこもっていたのか、と、今更納得する。

 

「ふぅ……洗濯終わりっと。さて、あんまり空けてると心配になるし、戻るか」

 

 洗濯籠に洗った洗濯物をダンクし終え川を離れようとした所で、空間の揺らぎを観測する。ここを知っている人物で空間を超えられる人物なんて数が限られているので、揺らぎの方へと視線を向ければ、虚空から悪魔特有の転移でスラルが出現するのが見えた。そうやって来るのを事前に察知した此方の姿を見て、スラルが顔をしかめた。

 

「ますますとんでもなくなってない?」

 

「魔王戦争で派手に暴れてからちょくちょく感覚が鋭くなってな。たぶんほかの技能を栄養分に《ドラゴン》が成長したんだと思うんだけど」

 

「……初めて聞くケースよねぇ」

 

 基本、ルドラサウム大陸で技能は成長しない。これが成長するのは外付けブースターによって成長を促された場合や、強化された場合だ。俺はもう、そういうバランスブレイカーの類を使ってはいない。そういうのに頼るよりもフルスペックを発揮した方が戦闘力が高かったりするからだ。後は純粋に能力に対して道具が付いてこないとか。そういう事でバランスブレイカーを通して成長するということはないのだが、

 

 まぁ、元の姿に戻れたし。

 

 アレが影響しているのかなぁ、という感じはある。

 

 ともあれ、

 

「スラルちゃん」

 

「あぁ、うん。見つけたわよ、ウェンリーナー」

 

 その言葉に期待を込めながらじゃあ、と口に言葉を浮かべる。そこには期待があった。聖女の子モンスター【ウェンリーナー】は命を司る八級神だ。彼女は文字通り、命を操れる。それによって蘇生を行うことさえ可能だ。それがあればジルの傷なども治せる。そうすれば、少なくとも人並みの命を手に入れる事はできるだろう。ジルは必要ないとは言ったが、

 

 それでも、諦め切れなかった。だからスラルにこっそりと探索を頼んでいたのだが、それが漸く8か月目に発見された。

 

 だが、

 

()()()()()()()()。GL984年に」

 

「クソが……」

 

 聖女の子モンスターはその力を使う為にはある程度、力を溜め込む必要がある。そして絶対に孕む様にできている彼女たちは一度孕めば、いったん小さい子供の姿となってその力を振るうことができなくなる。その為、5年間は元の状態にまでは戻れなくなる。その事を考え、984年から時間を換算すると―――間に合わない。

 

 ジルの寿命までに、間に合わない。

 

「……」

 

 無言のままで、どうするべきかを考える。このまま強引にジルに道具や魔法を使った治療で治せるだけ治すか。それともジルの意思に沿うか。

 

「……これに関しては私からは何も言わないわよ?」

 

「解ってる……解ってる。悪い、苦労させたな」

 

「いいわよ、貴女の為なら別に。じゃ、私は悪魔界に戻るわよ。戦死者が大量に出たからしばらくはハードワーク確定なのよねー……」

 

「あぁ、悪い」

 

「だから良いわよ、別に。友達の為なら別に苦労でもなんでもないし」

 

 そう言ってスラルは転移して姿を消した。彼女に関してはいつか、何らかの形でお礼をしなくちゃいけないなぁ、と頭を軽く掻きながら洗濯籠を抱える。とりあえず、ウェンリーナーというルートは潰れてしまった。同時に最大の希望でもあったのだ。これ以外となれば、もはやバランスブレイカーによる治療か、それこそ神に祈るしかない。セラクロラスは探そうとすれば絶対に見つからないし。

 

「……ま、戻るか」

 

 もやもやをある程度抱えたまま、山の家へと戻る事にする。

 

 

 

 

 掃除、洗濯、家畜の面倒、菜園で収穫。本当に魚が食べたい場合は釣るのではなく素手で掴んで捕まえて来る。週の内の数日は、生きるためにいろいろと面倒を見たり片付けたりしているだけで丸一日が終わってしまう。完全に文明と遮断されている環境だとどうしてもそうなってしまう。ただ、まぁ、そういう日常はそういう日常として、不便さを楽しむものだと思っている。

 

 事実、自分もジルもこういう日常に一切の文句がなかった。

 

 武器を手に取る必要はなく、明日はどうやって食べようかというのを生きる場所を整えて、世間から遮断されて暮らしているだけの場所だった。まぁ、それを望んだのがジルだったのだが。

 

 それでも、

 

「痒いところはあるか?」

 

「大丈夫ですよ。あっ」

 

「あぁ、目は閉じておけって……」

 

 苦笑しながら後ろからジルの髪に指を通して、シャンプーやリンスを使って洗っていく。これも自然素材―――と言いたいところなのだが、せっかく女の子の綺麗な肌や髪をしているのだから、その手入れを適当にして放置しているのはあまりにももったいないという理由で、こればかりは街の方から持ち込んだものをストックしておいてある。それでジルの髪の手入れをする。

 

 自分もルシアに風呂場で髪の手入れを任せたりしているので、やり方は自分の身でよく理解している。なので丁寧に髪の手入れを行い、ちゃんとジルが面倒がらずに体を洗うのを確認しながら、自分も体を洗ってしまう。

 

 住んでいる山には温泉が湧く、というかそういう場所を選んだ。

 

 そして態々家の裏に温泉を掘って、そこを風呂場にしている。

 

 二人だけの秘湯というやつである。

 

 すでに額に手ぬぐいを乗せてルドぐるみが湯舟をぷかぷかと浮かんでいるが、アレはノーカウントである。アレはカテゴリーが生物か道具か不明なので。間違いなく魂も何も中に入っていないから妖怪でもなんでもないのは確かなのだが。なんで動いているんだろう、アレ。ほんと。

 

「髪とか適当でいいと思うんですけど」

 

「駄目駄目。せっかく綺麗な髪をしているんだからもったいないわ。もっと大事にしようぜ。まぁ、俺様の金髪のがもっと綺麗だけどな!」

 

「そこですかさずマウント取ってくるあたり、流石先生って感じありますよね」

 

「何を。自信は重要だぞ。俺が俺である事の根拠だからな」

 

 だから自分の生きているという事実に胸を張る。自分の自信、自慢、重ねてきたこと、そのすべてが自分を構成するパーツの一つ一つだ。嫌な出来事も、良かった出来事も、悔しいことも、良いことも、悪いことも、それを全部ひっくるめて俺、というものだと思っている。だから髪一つ、目の色一つ、

 

「それに自信を持つ事は良い事だ」

 

「そうなんです?」

 

「自信があれば……」

 

「あれば?」

 

「俺が偉く見える」

 

「ぷ……なんですかそれ」

 

「だって俺様だぜ?」

 

 軽くポーズを決めつつサムズアップをしてから泡やらをお湯で流し、タオルを頭に巻いて温泉に浸かる。女の体というのはケアやメンテナンスが非常に面倒だ。場合によっては生理痛がセットでやってくるし。あれだけは女の姿になって後悔したことだった。生理痛の間はまともに動けないし。女の体というのは結構大変だ。

 

 だが、まぁ、それでもそれなりに楽しくもある。

 

 湯船に浸かりながら暗くなってきた山の夜空を眺める。人気のない山奥の中、露天風呂で星空を見上げながらこの景色を独占するというのは中々豪華、とでも表現すべきことなのだろうと思う。社会と文明の成長によってこういう場所は地球などの高度成長文明からは失われる。

 

 今となっては完全に自然派であることを考えると、別に文明とか成長しなくていいんじゃないかと思う―――まぁ、ククルでの生活はそれはそれで楽しかったけど。

 

「あー、やっぱり風呂はいいなぁ……どこに行っても絶対にこれだけは確保してる……」

 

「大陸の方では不思議と温泉とかお風呂とかあんまり浸透してないですよね」

 

「これでも藤原石丸の大遠征で多少はマシになったんだぞ……」

 

 石丸が大陸制覇を行おうとする前は、風呂その物に対して必要なの? とか、貴族の娯楽程度にしか認識がなかった覚えがある。だがそれを覆したのが石丸のJAPAN軍だった。それまでは水浴びが主流だったけど、風呂で汗を流す、湯で体を清めるという文化は大体そっちの方から持ち込まれた。

 

「……気がする」

 

「たぶんですか」

 

「うん、たぶん。何分昔のことだから思い出せねぇ……」

 

 こう見えてももう3000年以上生きてるのだから、細かい歴史の出来事とかだいぶ忘れているのだ。必要となれば思い出せるかもしれないが、大体記憶の底で眠っている。思い出すのもたまに面倒になってくるのだ、ここら辺になると。だから一々どの文化がどこで生まれたとか覚えてられるか。それよりも覚えてなきゃいけない大事なことがたくさんあるわけだし。

 

「そういえば先生って歴史をたくさん見てきたんですよね」

 

「まぁな。歴史の動くところは大体見てきてるぞ。なんだ、歴史の授業がしたいのか? いいぞいいぞ、アベル~53点の乱~を説明してやろう」

 

「聞きたいような聞きたくないような……あ、違うんです。そうじゃないんです」

 

 温泉の中から夜空を見上げながら、ジルが言葉をこぼす。

 

「ほら、先生っていっぱい経験しているじゃないですか。処女ですけど」

 

「それ、言う必要あった?」

 

「ふふふ、経験だけは先生に勝っている所ですから」

 

「それ、言う必要はあったの?」

 

 非常に酷いブラックジョークを口にしたジルにちょっとだけ引きながらジルはいやですね、と言葉を置いた。

 

「ほら、先生って出来事とかは忘れるじゃないですか。でも関わって来た人とかは絶対に忘れないじゃないですか」

 

「おう」

 

「だって私も忘れられない訳ですから、良かったなぁ、って」

 

「ジル、それは……」

 

 死への覚悟だった。自分が死ぬという明確な意思、覚悟、そして望みだった。ジルは()()()()()()()()()()()()()()とでも表現できた。明確に自分が死んで終わる事を最終的には望んでいる。ただし、それまでは全力で生きるつもりでもある。矛盾しているようで、それは矛盾していない。

 

 普通の人の生き方だった。

 

「ジル、お前が求めるなら俺は……」

 

「良いんです。これで良いんです先生」

 

 ジルは湯に浸かったまま、両手を星へと伸ばす様に持ち上げた。

 

「魔王になってわかったんです。結局、力を求めたり、大儀の為に奔走したり、理想を追求した所で幸せになれる訳じゃないんだって。むしろそういうことが多々幸せの邪魔になるのがこの世界の仕組みだって事はよく理解しました……」

 

「……」

 

 自分も空を見上げ、ジルの言葉に聞き入る。

 

 この世界の人間は、基本的に愚か者になる様に設計されている。故に人は前に進もうとしない。学習しない。愚かにも同じ過ちを繰り返す。その中にたまに、本当にたまにだけ全てを推し進めることのできる才能のあるものが生まれる。

 

 そしてその者は、周りに凌辱される。

 

 これがこの世界の法則だ。

 

「実は……ちょっとだけ、あの塔に残ったことを後悔してます。正直な話、先生が去ると聞いたときは私も去ろうと思ったんです。もう、ここに残っている意味もないかなぁ、って思ったりもして。だけど私の知識を、知恵を、それで少しでも生活が良くなるならなんて思って……」

 

 うん、とジルは呟いた。

 

「ちょっとだけ、後悔してます。本当にちょっとだけ。だけど―――良いんです。私はね、先生。それを含めて自分が得た人生の全てを認めてるんです」

 

 ジルは、夜空に語る様に言葉を続けた。

 

「出会って、教わって、幸せを知って、裏切られて、犯されて、壊されて、殺して、犯して、壊して―――そしてまた壊されて、幸せになって。人生、凄く迷走しちゃったなぁ、なんてことを思ったりもします。だけど……」

 

 だけど、

 

「私が凌辱された事も、殺されかけた事も、よく考えればよくある悲劇の一つなんです。あの時代ではどこでもあった事でした。それを含めての人生だと思いますし、一々よくある悲劇を嘆いた所でしょうがない。抗って、頑張って、そして向き合った結果がこれだったら―――私は、まぁ、それでいいかなぁ、って思えるんです」

 

 ジルは手を下ろし、笑みを浮かべながら此方へと視線を向けて来た。悟ったような―――末期を受け入れた病人のような儚い笑みを。だから消えないのを確かめる様に頭を軽く撫でれば、ジルが笑った。

 

「だから先生、私は満足しているんです。そしてこれ以上摂理を曲げて長生きするつもりもないんです。それがきっと、本来はジルにも、魔王ジルにも与えられなかった精一杯の幸せで、用意されていたシナリオに対する最大の皮肉だと思うんです」

 

 永遠を生きずに人間として死ぬ。

 

 ()()()

 

 永遠の魔王とならなかったジル。

 

 人に戻り、そして人として死ぬ事が出来るジル。苦しむ必要はなく、幸福の中で、自由に死ぬ事が出来るのだ。確かに、それは一つ―――運命に対する反逆を行ったジルが得た、勝利だとも言える。

 

「だから先生、私は人として最期を迎えたいんです」

 

 そして、

 

「その時は先生、私を……」

 

「……おう」

 

 そうとしか俺には答えられなかった。

 

 逃げる様に夜空を見上げ、ゆっくりと湯に浸かりながら少しずつ、少しずつ迫るジルとの別れを感じ取るしかなかった。

 

 ……なんとも、人生で最も長い、1年間に感じる。




 食券ジル、その2。

 最も長く感じられる1年間。ジルという女の勝利。それは最後には人らしく、人として死ねるという事にある。

 突き抜ける程に特別だったジルが全て捨てた果てで漸く得られるもの。


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1年 食券 ジルC

 ジルとの隠匿10か月目。

 

 ジルの動きが悪くなってきた。

 

 前よりも動きが悪く、握力も弱くなってくる。明確に体が力を失い、死んでゆくという実感が襲いかかってくる。ジルの寝たきり生活がここから始まる。最低限の生活は耐えられるはずだったジルの体も、いよいよ天寿を迎えようとしていた。魔血魂によって壊されたジルの体は、底抜けの桶のようなものだった。命が常にこぼれ行く状態であり、器が根本的に壊れているため、力がそのうち入らなくなり、そのまま息を引き取る。その段階にジルは入りつつあった。今までは零れ落ちて行く命も残されていた。だがそれが尽きそうになっている。

 

 天寿の時が近い。その軽い絶望感とさみしさ、そしてどうしようもなさが自分の胸を打った。そして砕こうとした。何とかしたかった。だけどどうにも出来なかった。それをジルが止めるからだ。

 

 パジャマ姿でベッドの上から微笑みながら、ジルは首を横に振る。

 

「いいんです、先生。私はこれで満足しているんです」

 

「俺は結局お前に、報いることができたかどうか解らないんだ」

 

「なら胸を張って生きてください。先生、貴女は私の誇りでした。貴女は素晴らしい人です。そしてそんな人に教わることができた私は―――《魔法Lv3》を持つ事よりも、ずっと素敵で、そして幸せなことだと思うんです。何度も言いますが先生、私はこれで満たされているんです。諦めでも傍観でもなくて。これを求めているんです」

 

「……それでも、俺はお前に、人並みに生きていて欲しかった」

 

「……そうですね、出来たら素晴らしい事だったと思います」

 

 だけど、とジルは笑った。

 

()()()()()()()()、そうじゃなかったんですよ先生」

 

 ジルは頭を横に振る。

 

「確かに手段を尽くせば私は助けられるのかもしれません。だけど先生、何かの可能性を生む事はまた、別の可能性を潰す事かもしれないんです。先生が本気で動けば私はどうにかなるかもしれません。だけどその場合、本当に必要だった時にその手段が失われる可能性があるかもしれません」

 

「それは確かにそうだ。だけどお前を助けられる事と引き換えなら俺はそれでいいと思う。それぐらいに俺はお前を助けたかったんだ、ジル」

 

「はい、解っていますよ先生。そしてその気持ちは嬉しいです―――嬉しいですけど、ダメです」

 

 頭を横に振る。空いた窓から風が入り込み、ジルの髪を僅かに揺らす。

 

「先生ももう解っているでしょうが、血の記憶は本来の形のそれとは逸脱しています。私が魔王の間に……ラ・バスワルドを受け取る際に、ローベン・パーンとプランナーに干渉されました。あの二柱も前提となるシナリオをベースに、それを超越して物語を構築する事を狙っています。恐らくは化身も既に地上で活動を始めているでしょう」

 

「……」

 

 目を閉じ、ジルの言葉を聞く。考えていたことではある。だが段々と【ひつじNOTE】の内容が通じなくなってきている。あの血の記憶の凶悪さも、正史を前提に三超神が改良を施してきているのであれば当然なのかもしれない。

 

「それでも……」

 

 それでも、と言葉を紡ぎ、

 

「お前には……生きて、幸せになって欲しかった……」

 

 それだけだ。自分の中にある感情はそれですべてだ。幸せに、なって欲しかった。ジルという女の人生に幸福な結末を。俺が望むのはそれだけだった。今はもう、未来とかどうでも良かった。そんなの放っておいてもどうせルドラサウムが勝手に楽しむのは目に見えている。だからせめて、自分の手が届く範囲だけでも幸せでいられれば良かった。そう思いたかった。

 

「だけど……ダメなのか」

 

「はい、ダメです。そしてこれで良いんです、これは……必要な事ですから」

 

 そう言ってジルは窓の外へと視線を向けた。年が明けて入ったGI1年からも数カ月が経過している。雪は溶けて、それが水となって流れ、そしてその下から新緑が育った。それによって山は緑色を取り戻し、今は暖かい春になっている。本当に魔王との戦いが、魔軍との戦争があっただなんて思えないほどに平和で、そして美しさに溢れている景色が窓の外からは広がっている。それを眺め、ジルは呟く。

 

「あぁ……ずっと、こんな穏やかな日々が続けばいいのに……続けば……いいのに……」

 

「ジル」

 

「もっと、もっと生きたかった。もっと先生と歩き回って、買い物して、美味しいものを食べて、遊んで……でもいいんです。私、これが生きるってことだって漸く解ったんです」

 

 私は、とジルは言葉を置いた。

 

「愚かな娘でした。賢過ぎたんです。だから両親に気味悪がられて捨てられました。だから証明したかったんです。私の能力を。それで人の為になるという事を。結局、それはどこにも受け入れられませんでした。最初は味方として受け入れてくれた派閥も私が恨まれていると知ると切り離してきました。裏切られたんです。だけど……私は自分だけを通そうとしていた。彼らを知ろうとしなかった。だからあれは当然の結末だったんです」

 

 誰もが人生に失敗を起こす。

 

 それを経験し、人は成長する。

 

 それでもどうしようもなく、思わずにはいられないのだ、

 

「あぁ、あの頃をやり直せたら……なんて、なんて素晴らしい事なんでしょう」

 

「あぁ、俺も常々思うさ。だけど……俺達は過去に戻れない。変えられない。そうだろう?」

 

「えぇ、そうです。出来ないんです。出来ませんでした。だから……これでいいんです」

 

 後悔はある、とジルは言う。変えたいこともあるとも言った。やりたい事もたくさんある。だけどジルはそれを選択しなかった。救われる道を選ばない。それが必要であるとジルは告げ、そして同時に言うのだ、

 

「先生」

 

「おう」

 

「私―――とっても幸せですよ」

 

「おう」

 

 俺には、そうとしか彼女には答えられなかった。

 

 だから、

 

 約束は守ろう。

 

 

 

 

 11か月目。ジルの寝ている時間が増えている。

 

 起きている時間が減り、死んでいる様に寝ている時間が増える。少し前までは一日中話し合っていたのに、起きていられるだけの生命力が足りないのか、一日のほとんどを眠って過ごしている。その面倒を見ながら日々の家事を一人でこなしてゆく。その事実にジルが申し訳なさそうな表情を浮かべるが、最後まで面倒を見ると決めたのはこちらだ。そんなことを気にする必要はないと、笑いながら返答する。

 

 だが果たして、俺はその時ちゃんと笑えていただろうか。

 

 もうすでに、明確な生活の終わりを感じ取っていた。ジルもそれを理解していたのか、誤魔化す様に笑うことが増えていた。それでも、ジルは楽しそうにしていた。心の底から浮かべる笑みで、この生活を楽しんでいた。

 

 そこに、一切に演技のようなものは感じられなかった。ただそれでも、終わりが近づくにつれ、発狂しそうなほどの胸の苦しさを感じるのは事実だった。なんとかしたい、変えたい。

 

 それでも変えられない。

 

 それには既に遅過ぎるという事を理解していた。だから寝たきりが多くなったジルの面倒を見て、心の中で別れを告げる準備を整えていた。近いうちに来る。近いうちに来るのだ、と覚悟を決める様に自分に言いつけていた。

 

 そして、

 

 生活を始めて13か月目。

 

「―――あぁ、逝ったんだな……ジル」

 

 生活が1年を超えて少ししてから―――眠りからジルは目覚めなかった。予想していた1年よりも長く持ったジルの命は、それから少しして尽きた。彼女の死は穏やかで、ベッドの中で眠ったまま、目覚める事もなく息を引き取っていた。

 

 美しさを残した姿のまま逝ったジルの姿をベッドの脇に腰掛けつつ、その姿を見て、言葉を失った。一日中その姿を眺める様に見つめながら、胸を襲う喪失感にジルの死、そして彼女が永遠に戻ってこないという事実を噛み締めるしかなかった。

 

 もう、助けることも何も出来ない。その事実をなんとか受け入れようとしてジルの頬に手を当て、その頬の冷たさを感じ取った。もう、肉体には体温が宿らない。そして、その身に宿った魂はルドラサウムへと還元される。

 

 だからそうやって彼女の体から魂が離れる前に、

 

 ジルの体から魂を抜き取った。

 

 この世界、その魂はルドラサウムの生命力が元となっている。大陸の全て、生物の全てはルドラサウムの一部でしかない。ルドラサウムから生まれたもの。故にジルの魂も、もとはルドラサウムから生まれ、そして奪われなければルドラサウムへと帰る。だがその魂も、ストレスなどを受けていくことで汚染され、濁っていく。

 

「―――」

 

 だが、ジルの魂は、

 

 ―――欠片も濁っていなかった。

 

「綺麗だな……」

 

 美しいと表現できるほどに穢れがなく、純粋な命の色を映していた。その命は終わりを告げ、残されたのは血肉と魂とのみ。それを眺め、魂を手に取り、持ち上げた。

 

「じゃ―――約束を果たすぞ、ジル」

 

 彼女の生前の約束を果たす為に持ち上げたその魂、エンジェルナイトや悪魔が回収のために出て来る前に、

 

 それを口に近づけ―――飲み込んだ。

 

 

 

 

「ジルの血肉と魂を取り込み同化した気分はどうだ?」

 

「てめぇ……ナイチサか」

 

 全てに始末をつけてから家を出た所で、そこで待ち構える様に元魔王ナイチサの姿が見えた。それだけであれば迷う事無くナイチサを殺しに行っただろうが、それを躊躇させたのはナイチサの格好にあった。彼が魔王の時から纏っていた黒衣だけではなく、今回の彼の片手には花束が握られており、それと合わせるとどことなく―――喪服の様な、そのような感じがナイチサからは見受けられた。その様子が一瞬だけ戸惑わせ、しかし即座に殺すことを止めさせた。

 

「異界の魂にはずれた肉体。システムに挑み続けた結果壊れた技能。それも極上の素質を持つ者の血肉と魂を取り込めばずれていたピントも合わさるだろう。どうだ、至れたか? 竜王マギーホアと同じ《ドラゴンLv3》には」

 

「解説どうも。で、何しに来たナイチサ。お前に対しては恨みしかないから俺は容赦しないぞ。今の俺、かなり機嫌が悪いんだが」

 

 腕を持ち上げて爪を伸ばす。何時でもナイチサを殺せるように。だがナイチサはそれに応えることはなく、戦意や敵意を見せる事もなく花束を此方へと投げ渡してくる。それを掴みながら肩に乗せる様に担ぎながら、

 

「なんのつもりだ」

 

「死者を悼むのであれば花束と私の記憶にあるが」

 

「意味が解って言っているだろう」

 

 睨むように視線をナイチサへと向ければ、さぁ、とナイチサが答える。

 

「ジルは私が魔王としての役割を教えた唯一の子でもあった―――ある意味、私にとっても生徒だった」

 

「お前に情があったとは驚きだな」

 

「果たして情かどうかは……さて」

 

 ナイチサはそう言うと黙り込む。或いはナイチサ自身、なぜ自分がこんな行動を取っているのか、それが解っていないのかもしれない。ナイチサの魔王時代とは違いすぎる姿に一瞬困惑するも、花束自体はどうやらジルに対する純粋な感情の表し方でもある。こいつも、魔王でなければ―――なんて、事を考えるだけ無駄なのだろう。

 

 それでもこいつがジルを魔王にした事実には違いがない。

 

 そして俺がそこまでの道を作ったのも事実だ。

 

 ある意味では、俺とナイチサはどちらも同じ存在だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

 その方向性がプラスかマイナスか―――いや、違う。関わってしまった所でプラスもマイナスもクソもないだろう。究極的には神々の玩具である事に変わりはないのだから……。

 

 それでも、変えられる事はある筈だ。

 

「……」

 

「……」

 

 ナイチサをしばらく見つめてから、口を開いた。

 

「……帰れ」

 

「殺しには来ないのか」

 

「そんな気分じゃねぇ」

 

 爪を戻しながら息を吐く。ナイチサに対する憎悪は本物だが、それでもジルが逝ったばかりの手前、その死の直後に彼女と最期を過ごした場所を他人の血で穢したくはないのも事実だった。故に消えろ、とナイチサに視線を向けて、ナイチサが振り返り、

 

「ではまた……神の愉悦を満たす為に」

 

「お前一人で満たしてろ」

 

 言葉と共に神魔特有の転移で消え去るナイチサの姿を見送ってからトントン、と花束で肩を叩く。ナイチサの持ち込んだ花束をどうするか、という話だった。流石に捨てるのはもったいないし。悪意のない行動なのに敵意を向けるのは―――あぁ、いや、敵だったら敵意を向けるのが普通か、と思い出す。

 

 人類と魔軍を行ったり来たりしているからそこら辺の感覚が薄い。

 

「あー……植えるか」

 

 手入れは絶対にしてやらないけど。それでもナイチサの持ってきた花だ、無駄に生命力が強そうだし、そのうち勝手に花園にでもなっていそうだ。だからこれを植えたら、

 

「ここから出ていくか。引き篭り過ぎも悪いし」

 

 そして―――また冒険だ。

 

 ガイとか元討伐隊の連中を探すのもいいし、魔物界を走り回るのも悪くはないだろう。それともどうせ、数百年間は記憶から消える為に姿を消すつもりなのだ、ペンシルカウでゆっくりするのも悪くはない。あぁ、でもちょっと異世界での冒険も心惹かれる。

 

「ま、楽しくやっていくか」

 

 生きているのなら、何だってできる。渇望する程に明日が欲しくてもそれを手に入れられない奴だっている。だとしたらその分、めいいっぱい人生そのものを楽しむことが一番の供養になるのだろう。

 

 花束を掴んだまま、胸に触れる。それから笑みを浮かべる事にした。泣き顔は自分には似合わない。

 

「―――また、冒険に出ようか」

 

 呟き、明日へと踏み出す為の一歩を踏み出した。きっと、彼女もそうして欲しかっただろうというのを思いながら。まだまだ、

 

 この物語は始まってすらいないのだから。




 ジルの旅路はおしまい。彼女は死を通した献身を選んだ。先を見据えての行動もあった、神への反逆審もあった。後悔も、恐怖も確かにある。何も文句はなく満足! と全てを言えるような聖人ではない。

 それでも、その魂の色が彼女の末期における心を表していた。


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XX年 放浪

「ふぅ―――こっちに来るのも久しぶりになるな、ルドべぇ」

 

 その言葉にルドぐるみが大地の上をびたんびたんと跳ねるので蹴り飛ばして送還する。流石にこれから人類圏を歩くのにルドぐるみと一緒だと一瞬で正体がばれてしまうからだ。個人が特定できなくなるように印象をぼかす魔法を使いつつ、帽子にはキャスケット帽とゴーグル、動きやすい冒険者ルックに黒腕を生やし、その見た目を通常の腕の様に魔法で騙し、変装は完了する。長年磨いてきた変装スキルは人類で戦っている間にパンドラをはじめとした諜報部から学んだ技術でもある。

 

 たとえ技能が存在しなくとも、経験によって自分の行動をコントロールすればなんとかなる。そういうものもある。

 

 ただし、スラルの料理は除く。

 

 なんで虹色に輝くのアレ?

 

 経験でカバー出来るものもあれば、なぜかウルトラCを描いて輝き続ける技能もある。まぁ、そこらへんは創造神であるルドラサウムがぽやぽやしててどことなく適当だししゃーないとも言えるかもしれない。ともあれ、魔法と技術、経験を駆使して変装を行えばちょっと美人さんの冒険者(レンジャー)などという格好が完成される。これなら歩いても美人だからという理由以外で注目を浴びることはないだろう。少なくとも魔法で正確な印象を得る事が出来ない為、自分イコールウル・カラーであるとは通じないだろう。それだけ出来れば十分だ。

 

 GIに入ってしばらくJAPAN圏をうろつき二代目妖怪王とか魔王戦争が終わった後で名乗り始めた妖怪の顔面にウルキックを叩き込んだり、うっかり異世界を彷徨ったり、異世界でウル様大冒険したり、お礼参りしたりしてしまえばそれなりに年月が経過していた。数年なんて昼寝で吹っ飛ぶ程度の時間という認識しかしないが、それでも人間からすれば数年という期間は非常に長い。その長さに関しては少し前に味わったばかりでもあり、

 

 そろそろ、大陸の方も混沌から復帰しているのではないかということから、

 

 JAPANを出る事にした。

 

 天満橋を抜けた先、大陸南東部へと入って向かう場所は無論、自分が終わらせた場所であり、そして現在はどうなっているのか、気になる場所でもあった。正史には存在しなかった俺が作り上げた人類最強の国家でもあり、同時に俺が裏切ったとも言える国家だった。使用された技術の大半は無論、バランスブレイカー認定されているため、ALICEから魔王戦争後は解体指示を出されていた。それをガイに任せることでジルの次の魔王であるガイが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()というイメージを生み出す為にやった、

 

 一種の茶番である。

 

 だがガイは先代の魔王よりもさらに恐ろしいというのを見せつけなくてはならなかった。それは必要な行いだった。人類には敵が必要でもあった。その結果が解体と同時に行うこの茶番だった。そしてその結果、ククルは解体されている筈、なのだが、

 

 JAPANから出て、西へと向かって進む。

 

 そしてかつて存在していた一つの都市を基盤として超国家ククルは解体されており、

 

 それは広い範囲に広がる様にもっと大きな国家、そして複数の都市へといつの間にか姿を変えていた。

 

 JAPANの天満橋から急がず歩いて二日ほどでもう小規模ながら街に到着する事が出来た。ここはいわゆる自由都市地帯と将来的には呼ばれるエリアだったが、既にある程度しっかりとした建築をベースにした都市が建造されていた。ククルの様な戦争と生産を目的とした超都市ではないものの、道路はタイルによって舗装されており、歩きやすく整備されている道路が用意されていた。その光景にちょっとだけ驚いた。

 

「んー、もしかして予想外に結構時間経ってた?」

 

 キャスケット帽を片手で押さえつつ、ぐだぐだやるときは徹底的に時間間隔が狂う自分の種族の性を嘆く。まぁ、それはともあれ、見た感じ10年以上は時間が経過している様に思える。

 

 その事実にちょっとぞっとしない。普段ならもうちょい時間の変化とかに気付くのだが引きこもっていたのがJAPANというのが駄目だったのだろうか? あそこは基本的に人間と妖怪が戦ってるか、或いは人間と人間がずっと殺し合っているだけの環境だから本当にどうしようもない。時間が経過してもやってることが何も変わらないのだ、あそこは。

 

「……うーん、しかしこの感じ、ククル中央は解体されたか?」

 

 まぁ、何年前の話になるんだよ、という話である。まずはどこかで適当に情報収集するか、と久しぶりにJAPANを出てきたところで探索することを開始する。タイル張りの道路の上を歩けば、忙しそうにうし車の行商人が道を抜けて行くのが見える。忙しく資材などを運んでいる姿を見れば、まだまだ街を発展させようとする意志が見える。どうやらこの小さな街も発展させる心づもりらしい。

 

 ……これ、自由都市地域が別の地域にならない? とは思わなくもない。

 

 と、そんな事を考えながら街中を歩く。

 

 やはり天満橋が近い事もあり、JAPAN人の姿が見えるが、それでも多いのは大陸の人間だ。その中にカラーの姿は流石に見えない。配下のカラーには全員、引き上げて森に戻る様に指示を出していたが……流石に逆らうやつもいないだろう。人類は直ぐに目を離せば成長しているなぁ、とその雑草の様な強さに感心しつつ街中を進んでゆく。

 

 とりあえずは、セオリーだ。

 

 酒場だ。情報を求めるのなら酒場を探すのが一番だ。これは古来ファンタジーのお約束ともいえるものであり、同時にこの世界での基本でもある。冒険者共は大体酒場で情報収集するのだ。

 

 なぜなら仕事の後の一杯は美味しいから。

 

「さて、俺が居る間はギルドなんて必要なかったからなぁ……この時代はどうかな」

 

 呟きながら通行人を何人か捕まえ、この街で人の集まる酒場、或いは情報収集の行える場所を聞き出してみる。やはりというべきか、質の良い冒険者が集まる酒場があり、そこで仕事の依頼なども行えるらしい。それを聞いて感謝しつつ酒場へと向かう事にする。

 

 

 

 

 薄暗く汚い店内に怪しい連中が集まっている―――なんて事はなく、開け放たれた窓から日の光を受け入れている酒場の店内の様子はむしろ落ち着いているもので、暇そうにしている冒険者もいれば、掲示板を見て仕事を選んでいるような連中の姿も見える。流石に整った身なりはしていないが、それでもどことなく傷のある装備に注意深く入店する存在を窺う視線、そして情報交換しながら次の行動を決めようとする姿は確かに、冒険者の姿だ。

 

 懐かしい。GLに入ってから冒険者という連中は絶滅危惧種になっていた。何せ、GLの間は魔人が唐突に人間の集落に出現して皆殺しにする時代だったし、人間の大半は家畜だった。あの状況から人類は立ち直れたのだろうか? 少なくともククル周辺は復興している様に思える。まぁ、それでもククルがあった所を見なければ判断するには早過ぎるだろう。

 

 そう判断し、適当な席を取って座る。ミニスカートのウェイトレスが此方が適当に座るのを確認すると、メニューを片手にやってきた。

 

「お姉さん、綺麗な人ですね」

 

「ありがとうよ。エールだ、まずはエールだ。後はお勧めのおつまみセットで」

 

「はーい!」

 

 昼間から飲む事に対する躊躇はない。なのでエールを注文してしまう。最近は清酒ばかりJAPANで飲んでいた記憶もあり、こういう場所へ来るとあの雑なエールの味が恋しくなってしまう。あぁ、でも偶には異世界産の美味しいラガービールも悪くないと思える。今度、異世界に行ったら酒でも買い込もうか。食べ物だけならバランスブレイカーに認定されないし。

 

 あぁ、だがカップ麺は戦時携帯食の事情改善の危険性があるって前ダメって言われたっけ。そこらへんALICEはきっちりしてるよね、とは思う。いや、俺に対して特例が多すぎるだけで本来はもっと残忍なのだろうが。こう思うとなんだかんだで今までやってきたことも無駄ではなかったと思える。なんだかんだで、世界を違う方向へと引っ張る事ができた俺は、それはもうルドラサウムに気に入られている。

 

 鳩のハードル上がってない? と自分の行動を冷静に見直しながら思う。そうであっても、未来へと到達する事そのものが一つの試練だからしゃーないのだが。

 

「あぁ、考え出すと憂鬱になるなぁ……」

 

 やらなくちゃいけないこと、やりたい事、色々とあって大変だ。まぁ、義務と思っていたことの大半は今では投げ捨ててほとんどやりたい事になっている。ランス君が生まれ、そしてがははと笑いながら冒険する様子は俺だって見たい。凄く見たい。物凄く見たい。それはそれとして今更ながら、軽くロリ化した方が変装には適していたのではないだろうか? と気づく。

 

「俺、こういうパターンが多いなぁ……ケアレスミスというか……集中力足りてないのかなぁ……」

 

 はぁ、とため息を吐きながら片腕で額を押さえながらテーブルに肘をつく。運ばれてくる冷えたエールを受け取りながら視線を店内へと巡らせ、そこに見えるものを確認する。酒場の奥には冷蔵庫らしき魔道具が、掲示板は絵だけではなく文字が書かれている。文字が使われているという事は、つまりは教育するための基盤が出来ているということだ。ククルはそこらへんめっちゃ気を使ったのだが、どうやらこのJAPANに近い地域でも結構識字率は高そうである。

 

 まぁ、文字を読める読めないはかなり生活が変わってくるから、効率的に生きる上では必須ともいえる能力なのだが。

 

 あー、ダメだ。考えるの面倒になった。

 

 この先の未来で、自分が再び指導者になる様な流れは来ないはずだ。聖魔教団はMMルーンがいるし、ハンティは関わるかもしれないが俺は興味ない。聖魔教団にカラーが便乗するならそれでいい。俺自身は全く興味ない。まぁ、カラーが便乗するという選択肢を取ったらケツ持ちしてやるだけだ。流石に全部面倒を見る気にはなれない。もう統治者は疲れた。二度とやらない。

 

 いいか、二度とだ。

 

 良し。

 

 心の中でフラグを建設し、エールと一緒に食べられるおつまみを貰った。シンプルなチーズとくるみにサラミのセットだがこういうチープなのもたまには悪くない。とはいえ、こうやってエールを片手に安っぽいつまみを突っついていると、ルシアが作ってくれるおつまみセットが恋しくなってくる。アイツも料理の腕前を上げたもんだよなぁ、としみじみ思わなくもない。俺も久しぶりになんか作りたくなってきた。

 

 外食も楽しいが、自分で作るのもそれはそれで楽しい。

 

 うーん、やはりスパイス探しの旅にでも出るべきか。異世界から輸入するのが早いのだが、それはそれで情緒がないし。やれることは結構あるのであれこれと結構悩んでいる。

 

 時間は無限に有限なのだから、その使い道を考えないと実にもったいない。

 

「とりあえず今がGI何年か調べる所から始めるか……」

 

 エールに口をつける。この安っぽい味、まさに庶民の味だ。だけどこの雑さが嫌いじゃないのだ。上品なものばかり食べていてもつまらないしなぁ、と思っていれば、こちらに寄ってくる人間の姿が見えた。どうやら身なりからそれが冒険者であるのが解るが、明らかに此方を食い物にしようとする視線が見て取れた。

 

 流石にここまでストレートな視線を受けるのはかなり久しぶりだった。この視線を向けられるとあぁ、ルドラサウム大陸に戻って来たな……という感慨深さがある。

 

「よぉ、そこの美人さん」

 

「あん?」

 

「ちょっと俺らの相手をしてくれないか?」

 

「もちろん、ベッドの上でな!」

 

 男の背後の方からのテーブルから下品な笑い声が聞こえる。ここまでストレートな誘いは本当に久しぶりというか、GLでは一切こういう出来事がなかっただけに、もう人間の質が下がってきているのかと思わされることでもあった。

 

 ……あそこまで苦労して築いたククルだったんだがなぁ。

 

 積み上げるのは大変でも、崩れるのは一瞬だ。こういう人間ばかりじゃないとは思うが。

 

「帰れ」

 

「あぁ?」

 

「見て解らないのか? 美人が一人憂鬱な表情で酒を飲んでるんだぞ? ここは絵になる場面だから放っておいて遠くから眺めてろ。それがツウってもんだろ」

 

「お、おぉ……?」

 

 解る、と頷きながら同意している奴がいるが、目の前の男はやや引いてから、此方の姿を捉え、

 

「……口は塞げばどうにかなるか」

 

 そう言って口の端を持ち上げた。明らかに此方に対して強気に出ているのだが、その根拠はどこから来ているのだろうか? 不思議とこんなシチュエーションは経験したことがない為、ちょっとだけ興奮してきた。どうしようか、貴重な経験だ。

 

 このままパンツひん剥いてチンコ採点してやろうか。

 

 ―――良し。

 

 ひん剥こう。そう思った瞬間、下品な冒険者が力を失う様にゆっくりと床に倒れた。そしてそれと入れ替わる様に、長身、初老に入った男の姿が立っていた。

 

「女性を誘うのであれば、もう少し言葉遣いを改めた方がどうかな? ……と」

 

 紳士的にそう告げて冒険者を気絶させた男はこちらへと視線を向け、苦笑した。俺もその笑う姿を見て、相手が誰であるのかを察した。

 

「お前……歳をとったなぁ」

 

「そう言う貴女は変わらず―――いえ、更に美しくなった。顔は解らなくても貴女を知る人は声で解りますからどうにかした方がいいですよ」

 

「あっ」

 

 あちゃー、と片手で額を押さえる。そういえば声も変えないと駄目なのだろうか。ダメだ、下手な事をやるとやっぱり失敗する。ここら辺、技能がないのが関係しているのかなぁ、

 

 そんな事を思いながら、男に答えた。

 

「久しぶりカムイ君。大きくなったね? 白髪も……白髪もってお前元々白かったな」

 

「ははは、お久しぶりです……四十年ぶりに会えましたね」

 

 GLの決戦、あの頃勇者だった少年は青年となり、男となり、そして中年を迎え、それを超えて―――そして今では初老の男性となっていた。

 

 時を経て、昔の仲間との再会だった。




 お散歩気分で40年近く適当に徘徊してたやつ。長命の種の時間感覚という奴は本当に狂ってると思う。

 という訳で40年後のGI、世界はどうなってるのかを60台に入りかけた元勇者に聞こう。


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40年 食券 カムイB

「それにしてもお前は格好良い歳の取り方をしたな」

 

「そうですか? 貴女にそう言われると嬉しいですね」

 

 60代目前に迫ったカムイの姿は大人びて、落ち着いた雰囲気を纏っていた。顔には皴が入り、若い頃に着ていたような動きやすい服装ではなく、ややフォーマリティを感じる、大人らしい服装を着ており、どこからどう見ても立派な大人に成長したのがその姿から見える。少し前までは子供だった筈なんだがなぁ、と酒場を出てカムイと横並びに街を歩きながら思い出す。

 

「俺的には5年ぐらい冒険してた程度なんだけどそうか……40年か……」

 

「相変わらずそこら辺の感覚が狂っていますね」

 

「まぁ、数千年生きているとそこらへんはどうもなぁ」

 

 長く生きていれば生きている分、時間というのはガバガバに過ぎ去っていくものだ。1年間が異様に長く感じる事もあるが、また100年が一瞬で終わるときもある。魔法の研究をしているだけで数百年が経過するなんて時だってあるのだから。時間というものは実に理不尽だ。もうちょい俺の為にもゆっくりと流れて―――あぁ、いや、本当にゆっくり流れそうで怖いから忘れよう。

 

「あの後姿を消しましたが、JAPANですか?」

 

「まぁ、ちょっとな」

 

 少し言いづらそうに視線を逸らしながら答えればいえ、とカムイが言葉をはさんだ。

 

「事情の方はルシアさんから説明されていましたから私は何をしていたか知ってますよ」

 

「……そっか」

 

 片手で軽く後頭部を掻く。とはいえ、自分が悪い事をしたとは全く思っていない。なので言葉だけの謝罪をするようなことは絶対にしない。反省したり謝るなら最初からするな、というだけの話だ。だからか、カムイはそれを見て、小さく微笑んだ。それを横目でチラリとみて、

 

「どうした」

 

「いえ……昔より更に綺麗に、いえ……女性的になられたと思いまして。どことなく仕草が前よりも女性的になりましたね。艶があると言いますか」

 

「ははは……もしかして口説いているのか?」

 

「おっと、失礼。そういうつもりはなかったのですが。これでは妻に怒られてしまいますね」

 

 あぁ、というかやはり、と言うべきか。カムイもこの年齢になっているのだから当然の様に家庭を持っていたらしい。そういう話を聞かされると本当に時間の流れを感じさせられる。そして同時に、自分という存在が常に置いていかれる実感も。嬉しい事ではあるのだが、同時に悲しい話でもある。だからこそ個人と深く寄り添うのは―――結構辛かったりする。

 

「しかし、そうか……結婚したのか、お前は」

 

「えぇ。私にはもったいないほどのしっかり者の妻です」

 

 ついて行くように歩く。その向かう先はどうやら、住宅街らしい。今、カムイが住んでいる家へと案内されているのだろう。そこらへん、特に意識していなかった。この子に関しては昔から信頼を置いているということもあったが、ため息を吐く様に呟く。

 

「お前が結婚かぁ……勇者の任期が終わった後か?」

 

「その2年後ですね」

 

「おや」

 

 この世界の年齢としては比較的に―――いや、16歳で成人すると考えるとむしろ遅いぐらいだった。勇者の任期が終わってから2年後となると、もう既に22歳になるだろう。基本的に戦時だったことも含め、結婚するなら18、19ぐらいには結婚している者が多かった。それだけに22というのは人気者だったカムイの時期としては、遅く感じられるものだった。

 

「お前なら相手はいただろう」

 

「えぇ。ですけど私もフラれて傷心中だったので」

 

「それを持ち出されると弱いんだよなぁ」

 

 そうやって苦笑していると、入った住宅街、2階建て家の前で足を止め、カムイが扉をノックしながら声を出した。それに従って家の中から呼びかけがし、確かめる様に扉を開けば、カムイと同じぐらいの年齢、白髪交じりの髪を見せる女性の姿が扉に出現した。カムイにお帰り、と言葉を向けた所で此方へと視線を向け、驚く様に眼を見開いた。

 

「ウル様……!」

 

「よう……お前は工房の娘か。へぇ、中々いい趣味してるなカムイ君」

 

「……予想以上に恥ずかしいなこれは」

 

 苦笑するカムイを横に、目を丸くして驚いているカムイの妻に軽く挨拶をしながら家に上がらせて貰う。

 

 

 

 

「元々は私の方からアプローチをかけていたんです」

 

「それを私が拒否していたんです。当時はまだウル様に恋心を抱いていましたから。それに……勇者特性のことがありましたからね。簡単に誰かからの好意を受けとる事に一種の忌避感がありました。何よりもあの頃は全く誰かに靡こうとしないウル様に惹かれましたし」

 

「だがフった!」

 

「えぇ、それで落ち込んでいる所を私がプロポーズしたんです。アレは……ウル様が消えてから数か月後の話ですね。落ち込んでいるのが露骨だったので、こうやって、カムイの襟を掴んで引き寄せたんですよ」

 

「ほうほう?」

 

「カムイが勇者特性で自分は異性に好かれるっていうのを嫌っていたのは知っていたので、だからこう言ったんですよ―――あと数年待つ。勇者の任期が終わって、それでも私が貴方を好きでいられたら、一緒になってくださいって」

 

「超男らしい」

 

「ふふふ、工房の一人娘でしたので」

 

「こほんこほん……こうやって目の前でその頃の話をされると流石に恥ずかしいですね……」

 

 カムイが片手で顔を隠し、恥ずかしそうに笑っている。その姿を見ながら淹れてもらった紅茶に口をつけて飲んでいる。勇者だったカムイは卒業し、エスクードソードをコーラへと返却し、全てが終わったら剣術の教師として生活しているらしい。今でもレベル99を維持しており、戦えるらしい。そこは流石元勇者とでも言うべきか。

 

 美しい、年月の重ね方をしたようだった。

 

「二人暮らし?」

 

「えぇ、息子と娘が居るんですけど二人とも結婚して家を出て行きました」

 

「偶に孫を連れて戻ってきますよ。工房は息子が継ぎましたし」

 

「ほぉ、孫まで出来ちまったか」

 

 40年が経った。流石に40年も経過するとこんなにも変わって行くのか、と驚かされるものでもある。あの頃、最前線で戦っていた仲間のほとんどは魔王城で死亡し、その残りの大半も経過した年月を考えればもう死んでいるだろう。60に近くなり、それでもまだ健康的に生きているこの夫婦が中々逞しいだけで。

 

 あぁ、でもこうやって寄り添える相手がいるのは少しだけ、憧れるかもしれない。

 

 俺が甘えて寄り添える相手はどこかに居るのだろうか……?

 

 まぁ、まだ世界は続くのだ。それを考えるにも早いだろう。とりあえず、昔の仲間に会えた所で少しだけ安心した。ほんのわずかではあるが、気がかりでもあったのが解消された。

 

「俺がいなくなって不幸になってないかと思ったが、そんなこともなかったか」

 

「一人で生きていく力を人に教えたのは貴女ですよ。貴女と共に肩を並べ、戦えた事は私の一生の誇りであり、そして誰にも譲れない想い出でした」

 

「言う様になったなぁ、あの子供が……」

 

 ほんと、人間ってば見てない内に直ぐに大きくなり、そのまま消えていくもんだ。寂しくないと言えば嘘だ。だけどその瞬きの間に見せる輝きがやはり、人間が人間であるということの証なのかもしれない。

 

「……しばらく俗世間から切り離されてたから世間知らずになってんだ。今、どうなってるか教えてもらえるか?」

 

「えぇ、では軽くアレから何が起こったのか説明しましょう」

 

 言葉に応える様にカムイが頷き、そして魔王ジル敗北以降の時代―――つまりはGIが始まって以来、何が起きたのかを説明してくれる。

 

 まず初めにククルの崩壊。これに関してはある程度計画通りに進んだらしい。だが一部の連中が国家解体に反対してきた。ここら辺は予見した通りであり、それに対処する様に魔王ガイが魔人を引き連れて襲撃した。これにより大半のバランスブレイカー等、ALICEにしっかりと処分しておけと言われた部分は始末することができたらしい。ただし、思想やシステム、ノウハウ、一部の免れた技術はガイが襲撃する前に持ち出して逃亡したらしく、ククル解体後はルドラサウム大陸に散らばってしまった。

 

 これにより一部バランスブレイカーが流出する。大陸の一部では【ククルの遺産】として扱われ、争奪戦に発展しているらしい。建築技術や都市のプランニングに関してもククルからの技術や思想を流用しており、この地域での発展はそれを応用したものである為に早いのだとか。

 

 ククル自体は解体されたが、その解体後、人員や技術の流出によってこの東部一帯は開拓と発展が行われており、それを潰す様に魔軍が魔王城を拠点に戦争状態にあった。だがこれも少し前までの話であり、現在、魔軍とは停戦状態に入っているらしい。というのも、魔王城に単身で突撃した英雄が存在し、その活躍によって魔軍は大陸最西部まで引き上げたらしい。

 

「成程、シルキィ・リトルレーズンの奮闘に変わりはなかったか」

 

 正史と比べると20年早く戦争が終わってしまった。その結果、GIもまた20年早く開始されてしまった。その事に不安を覚えなくもなかったが、それでもどうやら正史通りシルキィはガイへと突撃し、その身一つで魔軍を魔物界へと追いやる事に成功したようだった。これがないと魔物界への移住が存在せず、人類圏が正史の様な発展を遂げることができない。そのため、なかったらなかったで別の方法でガイをぶち込んでやろうかと思っていたが、どうやらその必要はなくなったらしい。

 

 それはそれとしてシルキィのあの服装は痴女かなにかなの?

 

 というか魔人全体が露出多めとか馬鹿じゃないの?

 

 まともなセンス保持してるのカミーラだけじゃん。

 

「そうか、魔物界に移住したかぁ、連中は」

 

「……知ってましたね?」

 

「まぁ、そうなって欲しい、とは思ってたけど実際そうなるとは思ってなかった。となると人類での群雄割拠の時代が来るな……」

 

「そうですね。恐らくは近いうちに北と西で国家構築が始まるでしょう。もう既にその流れは見えています。ですが同時にこれは大陸で人類が覇権を握るという流れでもありますから。既に西の方ではAL教が復興完了しつつありますし」

 

「相変わらず動きが速ぇな、おい」

 

 ALICEもALICEで人類を管理しなきゃいけないから当然の動きか、とは納得するが。とはいえ、人類の時代が始まるとなると、今度は人間同士での殺し合いが始まる時代になるのだろう。JAPANでは見慣れた景色だが、大陸の方では―――あぁ、いや、NCでは割と見た景色だったな、と思い出す。

 

 だが人間の時代が始まるのか、と思うと感慨深さはある。

 

 これから始まる時代は魔軍の影響なしで人類が熟成する時間なのだから。今までは魔軍との戦争が常に存在していたが、その干渉なしで人類が成長し、そして殺し合う普通の人間の時代なのだ。

 

 やはり、今までとは勝手が違ってくるだろう。

 

 とはいえ、後250年近くは大きな動きはないので、しばらくは平和に、暇にやっていけそうだが。

 

「それでもそうだな……ガイに全部押し付けてしまった訳だし、ガイの様子を見に行くのも悪くはないか」

 

「魔王城まで? 相変わらず散歩気分で気軽に言いますね……」

 

「相変わらず総統は無茶苦茶ですわよね」

 

「ひでぇ」

 

 まぁ、西への横断ルートだったら途中でペンシルカウ、翔竜山と経由する事も可能だ。そこで軽く故郷の連中の様子を見つつ、その前に元ククル跡地を確認し、そして魔物界へと向かえばいいだろう。なんだかんだで魔物界も長年、探索する回数も機会も多かったし、あそこら辺の地理は体に刻んである。

 

 それに《ドラゴンLv3》となった事をマギーホアとも相談したいし。完全に《ドラゴンLv3》という技能を理解するにはやはり、それに一番習熟しているマギーホアの助けが必要だ。

 

 まぁ、なんだかんだでククルククルの気配を感じ取ってしまったのだ、血の記憶との将来的な戦いはまずまともなものにはならないだろう。そのためには自分もひたすら、強くなる必要がある。それこそマギーホアの様に二級神と戦えるレベルにまで。それぐらいあればククルククル相手に即死する事はないだろう。

 

 考えると憂鬱になってくるけど、ドラゴン本能はククルククルと戦いたいと主張している。君、血の記憶の前ではビビってたのにガバガバ過ぎない?

 

「ウル様? 百面相をしていますが」

 

「あぁ、ごめん。この先の旅も楽しくなりそうだな、って思ってただけだよ。明日にはここを出て西へと向かうつもりだし」

 

「そうでしたか。なら今晩はウチに泊まって行ってください、歓迎しますよ」

 

「そうそう、ウル様なら遠慮する必要もありませんよ」

 

 一瞬、それに甘えていいかどうかを考えるものの、カムイとその妻からは純粋な善意しか感じられなかった。ならそれを断る必要もないだろうと、その好意に甘えることにした。

 

 ―――そうやってその夜は、昔話に花を咲かせ、過ぎ去った時を懐かしんだ。




 綺麗な歳の取り方。

 カムイ君も昔はショタだったのに、結婚して、子供ができて、その子供も結婚して。こういうキャラが加齢して行く姿を書くのは実はすごく好きだったりする。


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40年 食券 黒ローブの男

 自分が家事をする必要がないという環境は割と久しぶりだったと表現出来る。

 

 基本的にジルとの生活では全部自分でやっていて、そのあとうろうろしていても大体は自分でやったり野宿だったりがメインなので、こうやって誰かの家で朝を迎えて目覚めるというのは久しい感覚だった。まぁ、大体自分の家に引きこもるか、それとも野宿で過ごすかの人生だったのだから、確かに他人の家で寝起きするのは割とフレッシュな経験なのかもしれない。とはいえ、ここで長居する予定もない。この幸せな家庭を自分の存在が壊してしまう可能性も大いにある。

 

 だとしたらさっさと出るのが良いだろう。

 

 ベーコン、パンケーキ、サラダ、フルーツ、そして牛乳。シンプルな朝食を食べ終わった所で持っているものは大体身に着けているものばかりなので、置忘れを心配する必要もなく、朝食を食べ終えれば出て行く準備が完了する。

 

「世話になった。子孫には代々ウル様を泊めた事のある家だって語り継いで良いぞ」

 

「ふふ、息子や孫に伝えておきますわ」

 

「ではエルミナ」

 

「はい、貴方。いってらっしゃい」

 

 白髪をオールバックに流し、腰に剣を数本帯剣した、黒いロングコートの旅装姿でカムイが荷物を片手に、此方へと笑みを浮かべながら頷く。

 

「では行きましょうか、ウル様」

 

「いや、その恰好」

 

「ウル様を一人にしておくのも心配ですので。こう、目を放した隙に村の一つでも破壊しそうだと」

 

「俺は通りすがりの破壊神か」

 

 この世界では老体と呼べるような年齢になりながらも背筋はまっすぐ伸び、体のバランスは崩れず―――寧ろ体の揺れ、把握ぐらいは昔よりも遥かに進化している様に感じさせる60代手前の剣士はたぶん、断ってもついて来ようとするだろう。それを理解し、苦笑しながらカムイの荷物を強奪し、それを異空間の中に放り込んでハンズフリーにする。そして視線を彼の妻へと向ける。

 

「悪い、少し借りるな」

 

「えぇ、どうぞ。見た目以上には出来る人ですから」

 

 その言葉に苦笑しながらカムイが口を開いた。

 

「この年になっても冒険が出来るというのは中々嬉しい話ですね……曾孫への良い土産話になりそうです」

 

「お前、後何年生きるつもりだよ……」

 

 

 

 

 一晩だけ泊めて貰ったカムイ邸を出た所で、カムイに案内されるように街の外を目指して歩いて行く。ただ、老体でありながら風格のあるカムイの姿は目を引くようで歩きながらも視線を向けられ、それだけではなくどうやら有名でもあるらしく、軽く挨拶等が向けられてくる。それに対してカムイが微笑みながら軽く時折手を振ったり頷きを返す事で返答している。

 

「ほほぉ、人気者だな?」

 

「えぇ、ククル崩壊後はここに妻と移住して魔軍相手に防衛や、自警団に剣術を教えたりとしていましたからね。おかげで自警団の子達は大体が生徒ですよ。今でも剣術や戦術、魔法も教えていますよ」

 

「勇者は任期が終わっても才能が消える訳じゃねぇからなぁ」

 

「えぇ、おかげである程度生活は楽ですよ。ククルの血はまだ色濃く残っています。おかげで才能に溢れている子も多いですし」

 

「成程な……楽しそうだな」

 

「えぇ、漸く掴んだ平和ですからね。だからこそ全てをガイ殿とウル様に押し付けたようなことが私の中では心苦しく。此度、ウル様と出会えたのはこの胸のしこりを取り払う良い機会かと思いまして」

 

「はっはっは、年を食って口が達者になったな?」

 

「いえいえ、ウル様ほどでは」

 

 くつくつと笑い声をこぼしながら年月の経過を感じ取る。どことなく未熟を感じさせた少年が、こうも変わるのだ。やはり人間という生き物は面白い。我々の様な姿の変わらない種族が、一つの事を学ぶのに数百年という時間を必要とする。その何十分の一という時間で学んで成長する人間の姿はやはり凄い、という言葉しか出てこない。俺もかつては人間だった時もあった。だが今ではその感覚も遠い。なぜ、あんな速さで成長できるのか、今でも謎だ。

 

「それはそれとして、ウル様。どちらへと向かう予定で?」

 

「ククル跡地。今はもう完全な廃墟なんだっけ?」

 

「はい。あそこはガイ殿が念入りに破壊しました。それでもいまだにかつての栄光に縋りつく者が廃墟に住んでいるとも……」

 

「ほーん……ま、とりあえずは見に行くか……」

 

 ククル跡地。ガイは約束通り破壊してくれたようだが、それはそれとしてどうなっているのか気になるのも事実だ。自分が亡ぼす事を命じた国なのだから、自分の目で確認しておかなきゃならないのも一つの事実だろう。まぁ、単純に観光目的であるという事実も正しいのだが。

 

「ふむ……ではうし車をとりますか? ここからククルまでは流石に数日かかりますが」

 

「あぁ、いいよいいよ。ルドべぇに乗ればいいし。うし車と違って浮かんでいるから揺れることもないし快適だぞアイツは」

 

「ウル様がそれで良いのなら私も良いのですが……同乗しても宜しいのでしょうか?」

 

「うちのルドべぇは心優しいから大丈夫。ぬいぐるみなのにな」

 

「はぁ……?」

 

 ルドぐるみだった筈のルドべぇ。なぜオマエは動いているんだ、という世界最大の謎は放置するとして、移動はルドべぇに乗ればいいから何も問題ない。まぁ、なくてもそのまま飛行する事が出来るから、根本的に俺が移動で苦労するという事はない。まぁ、ついでに一緒に他人も浮かべてしまえばいいのだが、それはそれとして騎乗して移動するというのが一番もふもふふかふかなので幸せだ。

 

「まぁ、気にするな。足はどうとでもなる。携帯食料の類もJAPANから持ち込んでるしな」

 

「先ほどの収納魔法ですか」

 

「そうそう。これぐらいならまぁ、俺でも一人で出来る」

 

 それでもストレージ用の異空間を構築できるというのは便利な事だ。空間魔法は本来Lv3の《魔法》技能を保有する魔法使い専用なのだが、これぐらいであれば―――まぁ、何とかなる。《ゲートコネクト》の方は流石に独力ならカラークリスタルを消費する前提になるのだが。それでも選択肢が広がったのはやはり……まぁ、言葉にする必要はないだろう。

 

「ではまずはククル跡地へですね」

 

「おう。さぁて、かつての栄光の残滓はどうなってるものか……」

 

 カムイと談笑しながら街の終わりへと進めば、舗装された道路がそのまま外へ、そして先へと繋がる街道の姿を見せる。これに沿って進んで行けば恐らくは最寄りの街へと辿り着けるのだろう。そう思いながら視線を先へと向ければ、

 

 異様な気配を放つぼろローブの姿が道を邪魔する様に、街の出口を封鎖していた。真っ黒なローブを纏った姿はどことなくぼろぼろでありながら、異様な気配を纏い、あらゆる存在を寄せ付けずにそこに立つ姿が見えた。次元違いとも表現できる異質な雰囲気に、誰も近くには居られず、遠巻きに視線を向けては逃げ出していた。

 

 その姿を見て、軽く頭を掻き、

 

「もしかしてこの街の名物?」

 

「ははは、ご冗談を。あんなものが名物等どこの魔境ですか。いえ、一昔前のククルならアリでしたね」

 

「だよなぁ……」

 

 うん、魔人が多数存在したしいけるいける。とはいえ、明らかに此方を待っている様にしか思えないローブ姿は、明らかに戦意を纏っており、近づいてくるのを出口を封鎖する様に待っている。これがRPGならセーブするところなのだが、あいにくとシステム神は呼び出したとしても嫌な予感しかしないので、諦めて前に踏み出す。やれやれと肩を震わすカムイはどことなく楽しそうに見える。

 

 そしてそのまま前に出て、少しだけ距離を空けた所で黒いぼろローブの存在へと視線を向ける。

 

「えーと……で、どちらさんだ?」

 

「……」

 

 言葉に応える様に、ローブの下から魔力が溢れ出す。人間の魔力量ではない。明らかに魔人、そう呼べるレベルの存在感だけに、カムイが静かに剣を二本抜いて逆手に握った。自分も自然と戦闘態勢に入る様に第三の目を開く。

 

「……見つけたぞ、小娘……いや、ウルだったな」

 

 轟くような声が返ってきた。人の声帯ではない、怪物の声だ。だが言語としては通じるその声色が誰のものであるかを一瞬で察した。

 

「お前……アベルか……?」

 

 ナイチサ同様、血の記憶から蘇生された上で解放されているらしい。元魔王にしてフィジカル面においてはククルククルに次ぐ最強の魔王だったアベルは、純粋な戦闘能力だけで上級魔人を引き裂く程度の強さを持っている。それがここに現れた事実に驚きながら、アベルが見せる殺意混じりの闘気を感じ取って、戦闘を行う準備だけは整えておいた。

 

「何故だ」

 

「あぁ?」

 

「何故貴様は強くなった」

 

「何言ってんだお前」

 

 風が吹き、アベルの素顔を隠すフードが外れる。その下から褐色、黒髪に赤い目の男が出てきた。顔の方は中々点数高いな、と心の中で評価しつつ、アベルの続きの言葉を聞いた。

 

「魔王になり、誇りを捨て、罠に嵌め、鍛え、恥を投げ捨て、それでもまだマギーホアに勝てない。竜王になれない。そして貴様はなぜ、マギーホアと並んだ。聞いたぞ! なぜ! なぜ貴様が!《ドラゴンLv3》に至ったウル・カラァ……! 何故だ!」

 

 この時点でこの話を知っているのは―――まぁ、ナイチサぐらいだろう。となるとナイチサが態々アベルに告げ口したという事だろうか。ほんとうに余計な事しかしない美白クソ野郎だなぁ、と評価しつつ、アベルから沸き上がる純粋な怒りに対する答えはなかった。

 

 まぁ、強いて言うなら、

 

「生まれが悪い」

 

 それしか答えがない。生まれが悪い。そもそもこの世界では最も欲しいものが手に入らない様にできているとさえ思える。手に入りそうで手に入りそうで、しかしその目の前で失う。大体そういう風に物事が回ってくる。

 

 ククルククルは平穏。

 

 マギーホアは王国。

 

 俺はジル。

 

 スラルは安心。

 

 ナイチサは永遠に動き続ける事が前提だから永遠に満たされる事もない。

 

 そしてアベルは強さ。

 

「この世界に生まれた時点で欲しいもんは失う様にできてるんだよ。それに抗うってのなら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。まぁ、俺には不可能だし、きっとお前にも無理だろうけどな」

 

 それに唯一打ち勝てたのが彼女だけだった。だからこそ彼女の意思は尊重する。そして同時に尊敬する。最後の最後でこの世界という悲劇その物に勝利したのだから。だからアベルには無理だと断言する。生まれた時点で詰んでいる。そしてその執着を捨てない限りは絶対に勝利する事も出来ない。

 

 それがルドラサウム大陸だ。

 

 その言葉を受けたアベルは僅かにそうか、と言葉を震わせ、

 

「……気が殺がれた」

 

 言葉を告げるとフードを被り直し、一瞬だけ風が強く吹いたと思えば、次の瞬間には魔竜の姿へと変貌し、空の彼方へとその姿を消し去っていた。第三の目を開いたまま、その姿が完全に視界の中から消え去るまで眺め続けてから、漸く視線を外しながら額の目を閉ざした。

 

 ふぅ、と息を吐く。

 

「てっきり襲い掛かってくるもんかと思ったんだがな……」

 

「間違いなく殺意を抱き込んでいました。久方ぶりに肩を並べて戦える機会かと思いましたが……」

 

「まぁ、ここで戦ったら街への被害が避けられなかっただろうし、戦わないのは嬉しい話でもあるんだけどな」

 

 アベルがマギーホアに完封されている為、そこまで強いかどうか解らないが―――たぶん俺が今戦えばどっこい、という所だろうか? 少なくとも俺かアベルのどちらかが死ぬだろう。なんだかんだで一番マギーホアと本気で殺し合っているのもアベルだ。そこらへん、戦闘経験値が他の生物とは段違いという部分もある。

 

 そもそもマギーホア相手に戦闘が発生するという時点で生物としておかしいのだが。

 

「アイツも……変わり始めてるのか?」

 

 長く生きれば生きる程、変わりづらくなってくる。時間の感覚が伸びて、一瞬と永遠が解らなくなってくる。だから変われない。昨日が今の様に感じてしまう為に、変化その物を意識出来ない。でもその中で変わろうと足掻くのであれば、

 

 頑張れ、としか言葉を贈る事が出来ない。

 

 少なくともアベル君、昔よりは格好良くなっているとは思う。とはいえ、ナイチサ同様生きているのなら将来的にランス君たちに対する強大な壁として立ちはだかるのが見えるのだが。

 

 まぁ、それはそれで面白そうだ。

 

 放置で問題なし。

 

 軽く首の裏を掻いてから再び歩き出す。カムイも剣を鞘に戻し、横に並ぶ様に歩く。

 

「さぁて、旅を始めようか。とりあえず道中なんか名所みたいなのある?」

 

「そうですね……途中にらぁめん? なる物を出す店があるとか」

 

「お、マジ? ラーメンあるの!? おぉ、マジかぁ……こりゃあ食うしかねぇわ……」

 

 新しい同行者と共に新たな冒険へ。今回はひたすら西へ、西へと進んでゆく冒険。しかし不思議と心が躍るのはなぜだろうか。或いは二人だけじゃないかもしれない。時を経て変わりつつある大陸、その社会。

 

 それを見つめつつ旅をするのはきっと楽しい。

 

 新たな冒険を開始する。




 原作の話だけど一部長短い食券とかあった覚えがある。

 という訳でアベル君も生き残ってたよ。ナイチサが居るので当然なのかもしれないが、そしてアベルもアベルで変わり始める。一度死んで、そこから甦ってそれでもマギーホアに勝てないのでアベル君もついに悩みだす。

 その中で一切変化のない美白クソ野郎。お前がナンバーワンだ。


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40年 ククル跡地

「うまうま。やっぱり買い食いも旅の醍醐味だな」

 

「ウル様は昔からよく食べていましたよね」

 

「見た目は華奢だけど中身は完全にドラゴンだからな。食べるときは結構食べるよ、俺」

 

 特に《ドラゴンLv3》になってからは食事の量が一気に増えた気がする。《魔法》も《槌戦闘》もロストして、ほかの戦闘技能も全部食われた結果《ドラゴンLv3》という技能に達した。それは生物として最強格である事を証明する。ドラゴンは神が生み出した失敗作の一つだ。あらゆる能力が高く設定されており、生物として完成されている存在だとも表現できる。

 

 その特徴は―――強さだ。

 

 スペックとして最上級にデザインされた生物。ドラゴンという言葉はそのまま強さを意味する。そして《ドラゴン》技能はそのまま、生物としての格の高さを表現する技能だと思っている。技能レベルが低いとブレスを吐くことさえ一苦労するが、レベルが高くなれば当然の様にブレスが吐き出せる。ドラゴンとして備わった機能、その強さを運用出来る才能、素質、能力を示すのが《ドラゴン》という技能であり、《ドラゴンLv3》というのはつまり、ドラゴンという生物の中で最高位の素質と才能を証明し、その強さでほぼ何でもできるという事を証明するもの……だと思っている。

 

 魔法は使えない。

 

 だが魔法っぽい事は出来る。

 

 武器での必殺技は繰り出せない。

 

 だが武器を握って必殺技っぽい事は出来る。

 

 ようはそういう風にとんでもない、あり得ない、或いは理不尽―――そう、理不尽とでも表現するべき能力と暴れっぷり。まさしくそれこそがドラゴンという生物、そして技能を説明する要素だと思っている。ただ今のところ、技能成長前にできた事しかできていないので、間違いなく能力を腐らせている。マギーホアに後で会おうと思っているのは、そこら辺を学ぶ為でもある。

 

 話がそれた。

 

 ドラゴンは強い。

 

 エネルギーをたくさん使う。

 

 良く食べる。以上。

 

 美味しい。

 

「うまうま」

 

 アカメフルトを噛み千切りながら味わう。縁日や祭り等での基本的な食べ物だが、まさか道中にサービスエリアみたいなスポットがあって売っているなんて思いもしなかった。ここら辺は一足先に文化が育っている地域のようだった。この様子だと定着した文化が自由都市地帯ではなく、別の国家を生み出しそうな気がする。あぁ、いや、それはそれで面白そうだから別に良いのだが。

 

 だが300年後には聖魔教団が出没するはずだ。良く考えたらそっちの方で統一されるから消えるのではないのだろうかこの文明も? まぁ、なんにせよ、自分が表舞台で活躍する時代は過ぎた。

 

 もうすでに色々と滑り出している。種は撒いた。後はそれが芽吹くのを待つだけだ。未来に対する変化の流れはもはや避けられない範囲になっている。ランスが生まれるとして、もうすでに前提となる幾つかの要素が破壊されている。

 

 それらを俺が眺める日も実に楽しみである。

 

 ふよふよと低空で漂うルドべぇは普段よりもやや大きめのサイズとなって自分とカムイを背に乗せていた。その上に乗りながら小走りする程度の姿で進んでいる。ルドべぇもルドべぇでふよふよと浮かんでいる姿はどことなくのんびりとしている様に思える。まぁ、のんびり出来ているのはいい事だ。

 

 アカメフルトを食べつつ、それを飲みこみ、

 

「現実逃避をやめましょうか」

 

「そうだね」

 

 視線を正面、未知の続く先へ―――城塞都市国家ククル跡地へと向ける。まだ、見えてくるのはかつて城塞都市を守っていたその城壁の姿までなのだが、その上が実によろしくない。城壁の向こう側、ククル内部の上空を暗雲が漂っている。そこだけまるで夜になったかのように暗雲が立ち込めて闇が渦を巻いている。

 

「何時から元俺の国ラスダンになったの」

 

「数年前に様子を見に来たときはこうではなかったのですが……」

 

 元俺の国の様子が完全にラストダンジョンのそれとなっていた。たぶんこれ、勇者とその仲間たちが遠くから眺めながらあそこに魔王が……とか言えるような展開になるだろう、そういう感じのオーラを纏っている。完全に魔城とか魔境とか呪われた大地とかそういう感じのオーラを放っていた。その様子を食べ終わったアカメフルトの串を捨てながら見て、首を傾げ、

 

「ククルだよな?」

 

「その筈ですが、この景色を見ていると疑いたくなってきますね」

 

 現実逃避を見ていつの間にかラストダンジョン化していた自分の国を見て、その周辺からも人の気配がないのを感じ取る。歩ける距離にまで近づいた所でルドべぇから降りて立ち上がり、カムイも剣を抜いて立った。ルドべぇの尻尾を握って何時も通り鈍器としてフルスイングする準備を整えた。肩に乗せる様に背負いながらうっし、と声をこぼす。

 

「悪戯した奴がいるかもしれねぇな」

 

「生まれ故郷で悪さをしようという者は少々許せませんなぁ」

 

 ドラゴンと元勇者に見つかったのが運の尽きだな、と思いながらククルへと向かって戦闘態勢を取りながら進んでゆく。その先導をカムイが行う。

 

「正面からはガイ殿が強襲した時に封鎖されました。こちら側から今なら入れるはずです」

 

「頼む」

 

 カムイが正面からではなく回り込む様にククルを囲む城塞の東方面へと向かって移動する。

 

「戦いが終わった後、一部の者はククルを放棄せずにいた為、ガイ殿が約束に従いここを破壊する為に動きました。ですが知っての通り、城壁はククルククルの亡骸から作られたため、余程特殊な攻撃手段でもない限りは突破できません。ですがそれを可能にしたのが魔人ムサシでした」

 

 案内するカムイに従って移動すれば、城壁の一つが縦に大きく割れているのが見える。ムサシの必殺技、《次元斬》は距離、物質の強度関係なく相手を切り裂くことのできる究極の斬撃だと表現できる。ライコウの剣が回避不能の魔剣なら、ムサシの剣は防御不能の魔剣だった。石丸はそこらへん、()()()()()()()()()()()というタイプだったなぁ、というのを思い出す。

 

 しかし死んでいるククルククルでは《次元斬》には勝てなかったか、と理解する。生きていたらどうなんだろうなぁ、とか、ジルが魔人総攻撃をかけてこなくて助かったなぁ、とか、ちょっと戦ってみたいなぁ、と考えたり、割れた城壁の隙間からかつての最強国家の都市内部へと進んでゆく。

 

「……」

 

「ようこそ、そしてお帰りなさい、ククルへと」

 

 中へと踏み込むとカムイがそう声を後ろからかけてきた。それを受け取りながら中へと進み、荒廃したその姿を見た。メガストラクチャーとでも表現すべき構造をしていた建築物は破壊され、崩され、そして誰も住んでいない廃屋が並んでいる。人の気配は消失しており、荒れた大地が広がっている。40年、戦いが終わってから放置していた時間だったが、

 

「40年でこうなるものか」

 

「私の記憶が正しければここまで荒廃していたわけではありませんが……崩壊や廃屋はそのままですね」

 

「ふむ……」

 

 どうやら土地がここまで枯れているのがおかしいらしい。片膝をついて黒碗を生やしながら大地に片手で触れる。まるで栄養を全て吸い上げられたように荒廃している。舗装された足元の大地は大量の亀裂を刻まれており、その合間から見える大地は砂になりつつあった。もう、この場で緑が芽吹くようなことはないだろうと思える。まぁ、ウェンリーナー辺りならその問題も解決できそうだが。死者蘇生ができるならこれぐらいも出来るだろう。暇なときに見つけて頼むのもありかもしれない。

 

 代わりにイケメンの魔物を見つけてくるとかそんな感じで。

 

「一応は偶に流れの者が立ち寄って一晩休む程度には人が居たのですが……その気配もありませんね」

 

「あからさまに何かあったなぁ、これ。……奥に行くぞ」

 

「了解です」

 

 久しぶりに戻ってみればこんな事になるのだから、つくづくトラブルという概念に愛されているなぁ、と思わされる。毎回毎回トラブルばかりってのも困るのだが。トラブルに遭遇して欲しいのはランス君であって、俺ではないのだから。そんなことを考えつつぬいぐるみと武器を手に、昔は知っていた景色を進んでゆく。

 

 崩れた廃屋の姿は流石に、ちょっと辛い。

 

 自分が積み上げて自分の都合で破壊した場所だったが、それでもその景色を見せられると寂しさを覚える。ここにいた頃は毎日がなんだかんだで楽しかった。また、あの頃の様な騒がしさを取り戻せるのは何時になるのだろうか。いや、この地はもう二度とあんな風にはならないのかもしれないのだろうが。

 

 空いている手で軽く頭を掻きつつ市街地から商業区へと抜けて行く。こちらはさらに念入りに破壊されているようで、大規模な戦闘痕が見られる。技術関係は徹底して破壊する必要があった。それがALICEとの契約内容でもある。その為、最新の兵器や道具等を用意していた商業区と研究所は念入りに破壊する様に頼んだ。

 

 その結果がこれなのだから……甘んじて受け入れるべきなのだろう。

 

「しかしなんだこりゃ」

 

「這いずったような跡ですね」

 

 奥へと進んでゆくと荒廃した道路の上に、スライムが這いずったような痕跡が残されていた。しかもかなりの巨体で、引きずり、大地に痕跡を残しながら、周辺の建築物を押し潰し、

 

「溶かしてる……んでしょうか?」

 

「いや、これは吸収だな。これ、地層の断面見てみろ」

 

「あぁ、成程。押し固められているのではなく綺麗に抉られていますね」

 

「うん。跡がまだ綺麗だし、比較的最近だぜこいつは」

 

 つまり、動き、這いずりながら何かが食いつつ移動している。そんな存在が居る。記憶の中にそんな奴いたっけ? と思い出してみる。レズ合体するラ姉妹は違うし、大怪獣クエルプランだってまだ存在していない。いや、あれはそもそも無機吸収とか行わないし。んー? と声をこぼしながら首を傾げる。

 

 流石に歳を食い過ぎた。

 

 【ひつじNOTE】を確認しないとここら辺、全く知識を思い出せない。

 

「参ったな、エンカウントしたことのある範囲だったらするっと思い出せるんだけど……まぁ、昔から勉強は苦手なタイプだったしな、俺は」

 

「とてもそうは思えませんが」

 

「いやぁ、そうでもないんだよなぁ。必要に駆られて覚えたのと、楽しかったから覚えられたのが大半で……」

 

 まぁ、勉強なんてそこに楽しさを覚えられるか否かが判断の範囲だ。楽しければ積極的に覚えようとするだろう。そうじゃなければ覚えようともしない。それだけの事だ。まぁ、人間大半そういうもんだろうけど。

 

「んー、この感じ、奥に進んだか?」

 

「司令部の方ですね」

 

 となるとそっちに何かがあるのだろうか? もう俺のじゃないけど、それでも元俺の国で好き勝手やってくれる奴は全員ぶち殺すと決めている。ただじゃおかんぞ、と思った所、

 

 次の瞬間、危機を察知した。

 

 それを同時に自分だけではなくカムイが察したのも理解し、言葉もなく大地を蹴って跳躍する。

 

 その直後、先ほどまで歩いていた場所に砲撃が叩き込まれた。足場が粉砕され、廃屋が吹き飛び、破片が弾丸の様に飛び散って襲い掛かってくる。それをルドべぇをスイングして弾き飛ばし、カムイは切り払いながら互いに回避する事に成功する。

 

「敵襲とは余程ハイレベルな自殺志願者と見ました」

 

「人類最強と俺様を相手するとは―――っと!」

 

 言葉を続ける前にさらに連打する様に砲撃が叩き込まれてゆく。その方角はバラバラ、異なる方向から連続で砲撃と表現できる爆裂が連続で叩き込まれてゆく。それを素早く身体能力任せに連続で動いて回避し、飛んでくる砲撃をルドべぇでスイングし、飛んできた方向へと向かって叩き返す。だがそれが何かにヒットするような感触はなく、むなしく弾き返せただけだった。

 

 そのまま空中で一回転しつつ着地し、更に連続で叩き込まれてくる攻撃を見る。

 

「カムイ。10秒」

 

「お任せください」

 

 ルドべぇを砲撃の中へと蹴り飛ばしながら両手をフリーにし、それを合わせる。そこに飛び込んでくる全方位砲撃を素早く割り込んだカムイが二刀流で動き回りながら切り払い、爆発に爆発をぶつけて連鎖爆発させる事で相殺し、その衝撃を此方へと届かせない。その間に素早く合わせた手で印を組み、魔法陣を組み合わせ、混ぜながら合体させて、

 

 10秒ほどで空間干渉魔法を完成させる。それにより空間を乱し、空間干渉による魔法が行えなくなる。同時に、

 

「ガ! ン! マ! レイっ! わっしょい!」

 

 《ガンマ・レイ》を拳に纏いながらそれを空間に殴りつける。狭間に隠れていた存在がそれにより空間の外側へと叩き出される。空間を殴り飛ばす様に割って出現するのは、瘴気を纏ったスライムの様な存在であり、

 

 どこかで見た事のある様な武装をその体から変形させるように生やしていた。

 

「あれらは破壊されたはずの……食らって取り込んだのか?」

 

「さて、な。どちらにしろ俺の国での不始末だ。ぶち殺すぞ」

 

 不定形、変形し、兵器を喰らって蠢く瘴気のスライム。その姿を睨み、飛んできたルドべぇの尻尾を掴んだ。

 

?????

 

支援配置

 

《貪食の悪夢》
《UL体質》

《■■体質》
《魔王討伐者》

《不定形》
《竜女王の号令》

《変幻自在》
《剣聖》

《■■の失敗作》

 

 滅びた国の大地に現れた貪食のスライムとの戦いを始める。




 謎の失敗作、一体何なんだ……!

 という訳で新たな敵に登場。まだまだルドラサウム大陸には悪夢みたいな連中が残ってるんだよなぁ。


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40年 次元浸食

「ふっ―――」

 

 一瞬で加速したカムイの姿が不定形の背後へと出現し、同時に不定形の後部が変形して盾を生み出した。それを両断しながら斬撃をカムイが叩き込み、擬態した兵装を背後から粉砕する。それに合わせてルドべぇで《ウル・アタック》を叩き込む。横殴りされた不定形が衝突した衝撃によってバラバラになりながら飛散し、その身から突き出ていた残りの兵装と姿を散らせた。

 

「どうだ……?」

 

 ルドべぇを振り抜いた状態、大地を抉り取る様に放った必殺技に生物が粉微塵に消し飛ぶのは、ドラゴンという生物の腕力を振るう事が出来る自分からすれば当然の結果でもある。だが同時に、この程度で終わるハズもないというどこともない確信が自分の中にはあった。そんな奴が態々こんな場所に来るはずもないだろう。インパクトを叩き込むのと同時にそれを利用した反動で自分の体を後方へと向かって流せば、飛散した不定形が集まって姿を再構築するのが見えた。

 

「こういう物の定石はコアを潰す事ですが見えませんね……」

 

「つまり跡形もなく蒸発するまで消し飛ばせばいいってことだろう。やるぜ」

 

「合わせましょう」

 

 視界の中で不定形のスライムが膨れ上がり、家を一つ飲み込めそうなサイズにまで膨れ上がり―――それをカムイの二刀が一瞬で交差する様に斬り払って押し込んだ。純粋に斬るだけではなく、押し込みながら叩く事でスライムを斬り裂かずに斬撃の衝撃を通し、その巨体を後ろへと押し込んだ。そうやって生み出す動きの始動に《ガンマ・レイ》を一瞬で完成させればスライムが《魔法バリア》を張りながら砲塔を無数に体から出現させ、鎖の様なアンカーを大地へと向かって伸ばしながら体を固定しようとする。

 

「うるせぇ死ねぇ……!」

 

 砲撃と《魔法バリア》の上から《ガンマ・レイ》を放つ。極黒の重力砲撃が光を飲み込みながら貫く。貫通された所からスライムが《ガンマ・レイ》の内側へと向かって飲み込まれていき、着弾個所に重力球体が生み出される。そこに魔法陣を編み込み、黒い霧と風を生み出しながら雷鳴を巻き起こす。

 

「《ラグナロク》」

 

 握り潰す様に完全に包み込んだ不定形の存在を蒸発させるために大魔法を放った。大地を抉りながら放った一撃が不定形をそのまま消滅させるのを魔法の感触で感じ取った。消え去ったのを感じ取りつつ魔法を解除し、ルドべぇを解放しつつ跡地を見る。生命反応はもう感じ取れない。スライムの一片までも完全に蒸発させ、消滅させる事に成功した。

 

「予想外に弱かったな?」

 

「或いは本体ではないのかもしれませんね……よし、剣身には何もついていないな」

 

 ルドベェも一応チェックしてみるが、飛散したスライムの一部がくっついている、という事はなかった。破片からも再生しかねないので念入りにチェックしつつ、カムイと共に相手が飛散した辺りを魔法で焼き払って念入りに消滅を狙う。これで確実に殺したというのを確認する。

 

「こうやって念入りに潰す動きを取ると昔を思い出しますね」

 

「あの頃も割とえげつないゲリラ戦術取ってからな……」

 

 殺せるときに確実に殺す。それがククルでの戦術の基本的な考え方だった。殺し損なった場合、間違いなく地獄を見るのは自分とその仲間だ。そうならない為にも、殺せるタイミングがあればそこまで確実にぶっ殺す様に、こういうタイプの敵は念入りに殺すことを目指す。しかし、予想していたよりも弱かった。

 

 感じられる気配は間違いなくやばいと感じさせるものだったが。

 

「うーん……どっかで聞いた覚えはあるんだよなぁ……」

 

 胸の谷間に手を突っ込んで【ひつじNOTE】を取り出しつつ、ページをめくって内容を確認する。魔物系じゃなかったと思うんだよなぁ、と呟きながら中身をチェックしていく。

 

「相手は解りますか?」

 

「あーん、どこだったかなー。どこらへんかなぁー。魔物系だったっけ? えーと……」

 

「ウル様……」

 

「今思い出す! 思い出すからぁ! あ、あったあった。こいつだ」

 

 ページを開き、トロスと書かれている生物の存在をチェックする。条件に一致しそうなのはこれぐらいだ。進化をする凶悪な生物。

 

「トロス、ですか」

 

「そうそう。試作魔王トロス。弱かったらしいけど原始生物産の存在だった筈だ。丸いものから生まれたと考えればたぶん自己進化する生物だったんだろうけど……こういうことか?」

 

「どうでしょうか? 試作魔王と呼ぶにはあまりにも弱過ぎましたし」

 

「うーん……」

 

 空を見上げる。トロス……トロスなのだろうか? それにしては弱く感じるし、たぶんまた別の生き物なのだろうと思う。まぁ、NOTE内には存在しないまた別の生き物かもしれないし、プランナーかローベン・パーンが新しく生み出した生物なのかもしれない。どちらにしろ、

 

 今のスライムを討伐した所で空の暗雲は消えていない。原因は今のところにはなかったのだ。無駄―――ではないが、それでも余計な時間を食ってしまった。見上げた空の暗雲、その中心点は司令部の上にある様に思える。ここからも既に司令部の姿は見えるが。

 

 が、確かめる必要もある。

 

「行くか」

 

「飽きない旅になりそうです」

 

「はっはっは、刺激のない人生なんざ死んでるのも同じだぜ」

 

「それは身をもって理解していますよ」

 

 小生意気に言い返せるようになったカムイの姿に成長を感じつつ、司令部へと向かって進む。

 

 

 

 

 そして到着した司令部は、当然の様にその姿を変質させていた。

 

 まず、その壁からは結晶の様な鉱石が生えていた。幸い、虹色のアレではない。流石にそうであったらこの大地を全部消し飛ばす必要があった。自分の見た事のない透き通った、水晶の様な輝きの結晶は司令部を覆いながら、地面を伝わって広がっている。その内側からは確かにエネルギーを感じる。明らかにまともではないとその景色を見れば理解できるだろう。そして同時、自分の記憶にもこうなる原因が一切解らないことが理由で、首をかしげる必要があった。だが解るのは、

 

「次元の境界線が揺らいでるの……か? はーん、どっかとゲートが繋がったな、こりゃ」

 

「解りますか?」

 

「なんとなくな。感覚的部分が絡むから断言できねぇけど、このカオス具合は間違いなく《外》から浸食されている時のもんだぜ」

 

 自然現象でそうなるとは思えないし。恐らくは《扉》がククル崩壊後に出現してしまったのだろう。或いは誰かが《ゲートコネクト》で悪さをした、という所か。時空間に乱れを感知しているから、それさえ直せば後はどうにかなるだろうとは思う。とはいえ、その特定までが大変なのだが。ともあれ、この様子だと司令部の中に問題の扉が出現している様に、自分には感じられる。

 

「カムイ、一番安全そうなところを斬って道を作ってくれ。俺がやると手加減出来ずぶっ壊しちまう」

 

「少しは手加減を学んでみたらどうですか?」

 

「いいんだよ、代わりにやってくれる奴がいれば。ほら、今はお前がいるし」

 

「全く、相変わらずどことなく不安にさせますね……ではいきますよ」

 

 そう言うとカムイが水晶で覆われた司令部の壁を斬撃で一瞬で斬り裂いた。それで水晶と鋼鉄の壁を斬り裂き、斬り裂いたところを蹴って向こう側へと押し込む。そしてその向こう側に広がる景色を見て、あちゃぁ、と声を零しながら片手で顔を覆った。カムイもカムイで、あんまり嬉しそうな表情を浮かべていない。

 

 そのまま、確かめる様に中に入る。

 

 瞬間、視界が反転する。

 

 視界は逆さまに、足元は階段を踏んで、周囲には宇宙の様な空間が広がっている。背後の壁が崩れている影響で、虚空の亀裂が広がっており、それが外へと通じる出入口となっている。完全に扉から浸食する何かに飲み込まれた影響で、空間が歪み、変質しながら、

 

「マジで俺の国がダンジョン化してやがる……!」

 

「流石ウル様ですね。後にも先にもこんな事を経験できるのもウル様ぐらいですよ」

 

「何笑ってんだてめー」

 

 後ろから笑っているカムイの姿を見てから、逆さまに踏んでいる階段を見て、それが交差するこの不思議な空間へと視線を向ける。所々、《扉》の存在が確認できる。どうやら複数の異世界へと通じる扉がここには発生しているらしい。どういう事だろうか? とてもじゃないが、自然的にこんな事になるとは思えない。それに、どことなく下の方からは何か、強大な気配を感じる。

 

「……本体の方か? トロス。それとも別の奴か?」

 

 或いはまったく別の異世界からの侵略者か。どちらにしろ、間違いなくロクな存在ではないのは確かだろう。司令部内部を完全にダンジョン化した上で、外側へと向けて侵食も行っている。このまま放置していればそのうち外へと向かって更に広がるだろう。これを放置しては置けないだろうが―――流石に、このまま奥へと進むのはただの自殺志願者だ。

 

「封印するか」

 

「出来るんですか?」

 

「俺を誰だと思ってやがる小僧」

 

 階段を上がって軽くカムイの頭をぽんぽん、と撫でてから外に出る。カムイがそのあとに続いたのを確認し、黒碗を生やした状態で両手を合わせる。そのまま何度か組み合わせを変え、魔法陣を出現させ、それを重ねて融合させていく。また別の魔法をマルチタスクで発動させ、魔法研究用のノートを浮かべる。それを浮かべさせたままぱらぱらとページをめくらせ、空間魔法系統のページを表示させる。

 

 額のクリスタルを開眼させ、第三の目を見開く。

 

「あー、えーと、これをこうして、ここを……あー、こうだったか? えーと、こう……こうだな!」

 

「見ているだけで不安になるんですが」

 

「なぁに、安心しろ。俺様はウル・カラー様だぞ! この程度どうにかしてやるさ! おっととと、アブねアブね……」

 

「ウル様??」

 

「ちょっと手が滑った! だけ! だからっ!」

 

 腕を叩き合わせながら語尾を強く吐き出し、そのたびに魔法陣を拡大させる。そして生み出した虚空に描かれるワイヤーフレームの様な文様。火花の混じった光の線が優美な軌跡を描きながら魔法としての意味を生み出し、それをそのまま正面の司令部へと叩きつける。

 

 貫通するそれは司令部をロックする様に嵌まると、その建物の表面にそのまま文様として刻まれる。

 

 そこから生きるヘビの様に文様は動き始め、司令部の表面を走り抜けながら文様を更に複雑に絡み合う様に描いていき、内側から溢れ出す別次元の力を封じ込ませる様に割り、抑え込みながら、調律していく。そうやって封印術式を完成させて次元ダンジョンを外側から封印する。

 

 両手を合わせた状態、サードアイを開いたままの状態でしばらく、手を組み続けて眺める。

 

「……ウル様?」

 

 カムイが横から声をかけてくる。それを無視しつつ、竜鱗を纏いながら更に魔力を体から引き出しながら本気で力を術に流し込む。魔法陣の色が赤熱化していく。それが太くなり、更に締め付ける様に刻まれてゆく。流し込む様に力を込めながら、完全に内側から溢れ出す波動を抑え込むのに力を注いでゆき、術式を強化し、それを積層させる。複数の同式の術をリンクさせて重ね、効果をマルチに発揮させ、

 

「ふぅー、終わったー……」

 

 部分竜化を解除し、注ぎ込んでいた魔力を切り上げる。疲れた所で後ろにルドべぇが回り込み、座り込んでくる此方のクッションになってくれるのでもふ、っと安心して着地出来る。良い子だ、とルドべぇの頭を―――なんでぬいぐるみの頭を撫でるのだろうかはさておき―――撫でて、軽く一息つく様に力を抜いた。

 

「ウル様、そこまで難しい事でしたか?」

 

「あぁ、いや、時空の封鎖とかそういうのはジルの転移や《ゲートコネクト》対策に腐るほどやったんだけど、内側からの力が馬鹿みたいに強くてな。抑え込む術を安定させるのに手間取っちまったわ」

 

 予想外に浸食の波動とでも言うべきものが強かった。それを完全に魔力で抑え込みながら魔法で安定させるにはそれなりの労力が必要とした。俺か、《魔法Lv3》技能持ちでもなければかなりメンドクサイ事になっていただろう。

 

「が! このウル様が来たことが運の尽きだな!」

 

「……大丈夫ですか?」

 

「あー……定期的に再封印しなきゃダメだなこいつは」

 

 カムイの言葉に立ち上がりつつ真面目に答える。マッハが出現しない辺り、放置した所で苦しむのはメインプレイヤーだけで、ルドラサウム大陸そのものは平気―――或いは俺が死力を尽くせばどうにかなる範囲なのかもしれない。どちらにせよ、自分がここまで苦労して封印したという事は、通常のメインプレイヤーではどうしようもないレベルだ。

 

 だとしたら俺が定期的に再封印の為に来ないと駄目だろう。

 

「強度的に100年に1度ぐらいか? 定期的に様子を見に来ないと駄目だな」

 

「ですがウル様、100年程度なら寝過ごすでしょう?」

 

「カムイ君、歳をとって生意気になってないか? ん? おい、こっち見ろよ」

 

「はっはっはっは」

 

 ったく、と息を吐きながら司令部へと視線を戻す。

 

 ジルの一件で大体の厄ネタは乗り越えたばかりだと思ったのに―――どうやら、まだまだルドラサウム大陸はトラブルを欠かさないようだった。




 という訳で????とはいったい何だったんだろうね!! 何者だったんだ……。

 ジル戦でそれまで積み上げた全てを放出したような勢いだけども、それでもまだまだルドラサウム大陸にはネタがいっぱいあるからね。まだまだ敵はたくさんいるし、ランス君だって楽しんでくれるはず。

 楽しんでくれるはず?

 次回、帰郷。


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40年 発情期

 ククル跡地に外側からももう一段階封印をかけた所で二重に封印を施し、オマケで人除けの結界を張る事で旅人が不用意に近づくのを阻止する。本来の廃墟の状態であれば別に一晩の宿にする程度かまわないのだが、問題は人が迷い込んだ結果、あのスライムの様な存在に食われて何か厄介な能力でもつけられたら困るという部分にある。大体のバランスブレイカーはガイや信頼できる部下が始末してくれた事だろうし、封印さえしておけばそこまで心配する事もない……と思っている。まぁ、自分でも時間の感覚がガバガバなのは良く理解している事なので、そこらへんはぜひともスラルか堕天使たちに告げてリマインダを頼む必要があるだろう。

 

 まぁ、割と良く寝過ごすのは自分でもわかっている事なので、余りカムイの言葉に対して反論することはできない。

 

 とはいえ、封印処理を終わらせてしまえば後は大陸中央部、クリスタルの森と翔竜山へと向かうだけになる。つまりは実家への帰郷である。なんだかんだで人生で一番長く過ごしている場所だと思っているし、生まれ故郷でもあるから落ち着く所でもある。旧ククル領からルドべぇの背中に乗りながら大陸中央、クリスタルの森東部側の入り口を低空飛行で移動する。

 

 そうやって数日が経過する。

 

 

 

 

 旧ククル領から脱出してしばらく、漸くクリスタルの森が見えてくる。故郷の緑の気配にはやはり心躍るものがあったが、内心、そういう場合でもなかった為少々焦っているのも事実だった。体の奥から感じる僅かな微熱にまだ誤魔化せる範囲ではあるものの、僅かに力が入らなくなってきているのを感じていた。時期的にそろそろかと思っていたが、熱を感じる限り、そうらしい。

 

 ―――あかん……!

 

 なるべく早く引き篭れる部屋が必要だった。その為、このタイミングでクリスタルの森が見えてきたのは行幸だった。精神力で熱を押さえ込みながらふぅ、と息を吐きながら視線を森の方へと向ける。優秀な俺の従者たちであれば、主が近づけば迎えに来てくれるだろう。どうやって察知しているかは知らないけど。

 

 ルドべぇがクリスタルの森の気配に楽しそうに尻尾を揺らしている。ククルの人間としてはもはや普通の景色だが、今思うとなんでこのぬいぐるみ動いているんだろうな、という疑問は度々思い出させられる。マッハに回答を求めたときは仕様外である、と震え声で答えられたけど。そんなこともあるんだなー。

 

「ウル様」

 

「うん?」

 

「何かを堪えている様に見えますが」

 

「お前、モテてたの絶対勇者特性関係なかっただろう」

 

「育った環境が良かったものですから」

 

 良くもまぁ、あんな環境でねじ曲がらずにまっすぐ紳士に育ったもんだと感心するしかない。とはいえ、近いうちに自分の方からも余裕は消えそうなので、好意に甘えるとしてさっさと移動してしまう事にする。そういう事でクリスタルの森の前までやってくると、久しぶりに見るメイド堕天使アステルの姿が見える。此方の姿を目撃すると、嬉しそうに一礼する。

 

「お帰りなさいませウル様! そしてようこそ、カムイ様。それでは案内しますね」

 

「おう、ただいま。よきにはからえ」

 

「久しぶりに失礼します」

 

 言葉を返しながらアステルに先導されながらクリスタルの森の中へと進んでゆく。どうやら、また森の内部ルートが変更されたらしい。《ゲートコネクト》の技術を利用されて作られた時空を捻じ曲げた森の迷路は、普通に入っても外へと追い出されるようになっている。そのルートは侵入者対策に定期的に変えられているようだが、この40年の間に変更があったらしい。自分の実力なら無視して入れるが、それで魔法をぐちゃぐちゃにする必要もない。

 

 おとなしくアステルの先導に従って森に入り、そのままそれを抜けて久方ぶりのペンシルカウへと戻ってくる。

 

 ペンシルカウの様子は昔とは変わらず、多くのカラーが住んでいる自然と融和した理想郷としての形を保ち続けている。ここはククルとは違い、ある程度快適な生活を求めたら、それ以降の発展や成長は求めていない状態でストップしている。その為、工業などの近代的な概念が定着していない。それがこの大陸のスタンダードでもあるのだが。まぁ、確かに近代化は重要というか、一定以上の生活水準を求めるのであれば必要な事だろう。

 

 だが別に、そんなことしなくても生きていけるだろう? という考えが根底にはある。それは自分が特別頑丈な体をしているからかもしれないが、少々不便でもこの自然に触れている環境の方が、どちらかというとカラーたちも喜んでいる様に思える。だからこれ以上の発展は必要がない様に思える。

 

 そしてその中、元気に、活き活きと暮らしているカラーたちの姿がペンシルカウにやってくると見える。ルドべぇの上に座っている此方に姿を見ると、通りすがりのカラーが頭を下げて道を開けるのもまた見える。どうやら、俺が俺であると解るらしい。40年なら既にカラーが一世代交代している程度の時代が過ぎている筈なのだが。まぁ、それでも忘れられないのは嬉しい事だ。時間の感覚が何時も通りなので数百年姿を消して忘れられる時があるし。

 

「相変わらずここは穏やかで、静かで、そして力に満ちている場所ですね」

 

「でしょう!? でしょう!? やはりペンシルカウが世界最高の都であるのは確定的に明らかなんですよ。なんて言ったってウル様がずっと支配しておられる場所ですからね! そりゃあもう約束されたようなものですよ、幸せがね……!」

 

「お前のそのテンションはなんなんだ」

 

 苦笑しながらとはいえ、と呟く。

 

「やっぱり暮らす場所は幸せな所がいいよな」

 

「それは……そうですね。えぇ、確かにそれはそうですね」

 

 カムイは納得する様に頷きながら横を歩いている。それを見てからペンシルカウの奥、比較的に翔竜山に近い所にある我が家―――つまりは屋敷の存在を確認するとゴールが見えてきた所で安堵の息が漏れる。そこに感じる僅かな熱の気配に、もうちょい頑張ろうと自分に言い聞かせる。表面上は平静を装いつつ、屋敷の前までやってくると扉が開き、そしてその向こう側から従者筆頭のルシアが姿を見せた。

 

「お帰りなさいませウル様」

 

「ただいま。お客さんは居る?」

 

「バスワルド様が魔王城への帰還を拒否して魔王ガイがそれを考えもせずに即座に返答したので居座られています」

 

「ガイ、あの野郎……!」

 

 魔王になったのにそんなみみっちぃ嫌がらせをするとは。いや、もしかしてそこまでラ・バスワルドの面倒を見るのが嫌だったのかもしれない。とはいえ、魔人の中でも最高クラスの戦闘力がある元女神をほいほい人類圏に投げ捨てるのはどうかと思う。ラ・バスワルドが居ついている事実にやや困惑し、今度魔王城に返却しに行く事を心に軽く誓い、

 

「スラルちゃんは?」

 

「戦後の処理が忙しいようで此方には中々。部屋の方はそろそろ来られると思って掃除したばかりです」

 

「何故解る……」

 

「従者として当然の嗜みです」

 

 背後でアステルがえっ、マジ? みたいな表情を浮かべているが、やっぱりルシアが異様らしい。GPS……は存在しないけど、そんな感じの魔法を仕込まれていないだろうか? 呼べば大体いつでも瞬時に出現するし。確か昔確かめたときは《メイド》技能を保有していなかった筈なのだ。

 

 ……筈、なのだ。

 

 まぁ、いい。ともあれ、

 

「じゃあ、カムイに使える部屋を案内しておいてくれ。俺はしばらく部屋に籠る」

 

「拝承しました。ではカムイ様、此方へとどうぞ」

 

「お邪魔します。ではウル様、後程」

 

「あぁ、しばらくここで休むからゆっくりしとけ」

 

 カムイとルシアが去り、部屋に戻ろうとするとアステルが付いてくる為、適当な窓の外からアステルを蹴り出しながら素早く自分の部屋に戻った所で、

 

 大きく、息を吐き出した。

 

「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」

 

 少しずつ身体の中に生まれた微熱が広がって行くのを感じながら、手遅れになる前に防音の魔法を発動させ、部屋の外に音が漏れ出さない様にする。扉にもロックの魔法をかけ、その上で漸く、気を抜く事が出来る。

 

 体の内側から発生する熱が体温を高めていき、自慰に耽った訳でもないのに興奮が満たされてゆくのを感じる。何とか熱を追い出す様に息を吐き出すが、熱っぽい吐息が口から漏れるだけで、全く体の中から熱が消えない。まだ我慢しながら服に手をかけて脱いでゆく。肌に擦れる服の感触でさえ刺激になっていて、苦しさを覚える。

 

 それらを脱ぎ捨て、下着姿になった所で漸くある程度の煩わしさから解放される。ベッドの上にルドべぇを投げ捨て、その上に飛び込む様に倒れて、食いしばる様にルドべぇの頭に噛みつき、体を巡る熱にじっと耐える。耐えようと思えばまだ耐えられる範囲だ。だがこれが徐々に酷くなって、最終的には頭の中が快楽を得る事だけでいっぱいになる。そうなる事はすでに解っている。

 

 つまりは発情期だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()機能だ。或いはドラゴンとして備わっていた、種としての機能だったと思う。だから定期的に他のドラゴン・カラーはパコパコやっていたんだなぁ、と自分も発情し始めてからは思う様になった。恐らくはジルと同化した件で心魂が整えられたことで、漸くこの世界の生物として機能してきたとか、そういう辺りなのだろうが、

 

 この際、理論はどうでもいい。

 

 問題はこの強制発情だ。

 

 少しでも気を緩めると相手を求めてさまよいそうな程に脳味噌が沸き上がってくる。体を巡る熱が慰められる事を求めて肌の下を撫でて来る。神経を刺激する様に体から力が抜けて行き、足腰に力が入らなくなって行く。だがその代わりに感覚だけが鋭敏になって行き、自分の肌に触れる柔らかいぬいぐるみの感触だけが伝わってくる。

 

「はぁ……ふぅ、ふぅ、駄目だ……しばらくは治まりそうにもないなこれ」

 

 頭を横へずらし、ベッドの反対側に置いてある姿見へと視線を向け、発情で紅潮している自分の様子がそこに見て取れた。目元に涙を浮かばせ、上気した頬を見せ、ぬいぐるみの上に横たわる雌の姿を見れば、どんな不能であろうと一瞬でノックアウトさせるだけの艶姿が見える。それに体がこうなって以来、前よりも体の感度が上がっており、()()()()()()()()。一度でもこの正気を手放してしまうと、それこそ完全に発情が収まって満足し切るまで、他の事を何も考えられずにひたすら耽ってしまうだろう。まぁ、個人的にそういう気持ち良いのは嫌いではないのだが、

 

 それでも今回は前回の様に満足できるまで絶頂させてくれるような相手がいないし。

 

「理性が蒸発したらそのまま押し倒しに行きかねんぞぉ、俺」

 

 一応、本当に一応ぎりぎり処女は残っている。本当に。だが前に発情期に入った時は危うくロストしかけた。それぐらい発情期に入ると酷い。ここだけはジル、余計な事をしやがって、とは思わなくもない。ハンティはたぶん《ドラゴンLv0》なのが影響して発情期が来てないんだろう、アレ。

 

「ふぅー、ふしゅー……ふぅー……」

 

 落ち着こうとするが、段々と快楽を求めようとする本能の方が強くなってくる。鏡に映る自分の艶姿を見て、寧ろ一回イった方が楽になるのでは? なんてことを考え出す。ほぼ確実に余計苦しくなるのは目に見えているのだが、それでも種族的本能が生殖を求める。こうやって発情すると自分がどうしようもなく、心の底から雌であることを自覚させられる。だからと言って屈辱を感じる訳ではないが。いや、むしろ好きというか。気持ち良いのは嫌いじゃない。

 

「駄目だ。我慢できないわ」

 

 ルドべぇの上から転がる様に落ちる。仰向けになりながら左腕を生やし、右手を胸に、左手を下半身へと持って行く。下着を押し上げる様に自分の右胸を掴み、子宮の上を軽くなぞる様に左手指を動かしてから下着の中へと手を滑り込ませる。発情している証として既に膣の方は整っており、濡れていることを指の感触を通して理解する。

 

 そこに一切の躊躇もなく、中指を膣の中に進める。

 

「っ、くぅ……はぁ」

 

 膣に侵入する指の感触と、胸を掴む感触に軽く達しそうになるのを歯を食いしばって耐える。ここで達してもだめだ。もっと、もっと焦らして高められるだけ高めてから絶頂しないと体が満足できない。そもそも今の発情状態は、孕むための準備だ。同じドラゴンを相手にすることを想定した発情なのだ。ただ、絶頂しただけではそのまま続行するだけだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 だから膣壁を指でスリ、胸をつかんで寄せて、勃起する乳首に舌を伸ばす。自慰でなるべく快感を高めてから自分を強く刺激し、絶頂する。それで何とかなるかもしれない、という考えも実際に膣の中に指を滑らせれば半分ぐらい考えが蕩け出す。

 

 と、

 

「あ、帰ってたのね悪戯に―――」

 

 と、聞き覚えのある声がした。虚空から転移で出現した姿を知覚した瞬間、

 

「え? あっ、きゃっ!」

 

 素早くその姿をつかんでベッドに引きずり倒した。息を荒げながらちょうどよい所に飛び込んできてくれた存在に、押し倒す様に捕らえながら、逃がさない様に抑え込む。その姿を押し倒されたスラルが見上げる。

 

「……今度は悪戯で済ませないって―――」

 

 言い終わる前に唇を重ねて言葉を閉ざした。

 

 そのまま、この相手なら安心できると、完全に理性を手放した。




 ついにR18っぽい事してる……。

 そしてついに、発情期の気配を感じ取った馬鹿どもの戦争がはじまる……!


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40年 求婚パニック

 ―――室内に雌の臭いが充満している。

 

 完全に発情した女が理性を吹っ飛ばした状態で絡み合っている。金髪の女―――ウル・カラーは人型の生物としてはあり得ないとも表現すべき膂力で相手を―――悪魔スラルを抑え込みながら唇を重ねている。発情が酷いのか、快楽に目が濁っているウルはそれだけで軽く絶頂しているようで、唇を重ね、口内で舌を絡めるとそれだけで軽く体が震える。それを肌で感じ取るスラルが最初は確認しようとし、しかしウルの方から送られてくる熱情に充てられ、

 

 やがて、言葉を捨てる。

 

 重ねられる唇に唇を重ね、伸ばされる舌に舌を絡め、そして体を寄せ合いながらも服を脱いでゆく。通常であればもう少しスラルも抵抗できただろうが、ウルが辿った変化は生物として、或いは()()()()()()()()()とでも表現できた。肌を撫でればその感触に心地よさを覚え、抱きしめれば熱が伝わってくる。絡み合えばその感触で全身が刺激され、興奮を促される。それに加え、スラルには元々の好意があった。

 

 激しく求められ、それを我慢出来るほどの存在は、非常に少ない。

 

 求められる事にあっさりとスラルは陥落し、ウルが求める。更に強く、快楽を。一度意識が飛ぶほどに絶頂する事を経験しているだけあって、体の方はそれに適応する様に更に経験を吸収している。もっと長く、強く、確実に孕めるように体は発情し、熱を纏いながらスラルを求める。

 

 唇を重ね合いながら裸になった体を擦り付け合い、秘部を何の躊躇もなく寄せ合い、そこでキスする様にくっ付けてから体を合わせる。発情から始まった熱情が伝播し、思考能力を削る。ともに人を超えた体力と耐久力を併せ持つ存在、

 

 快楽を貪る様に身を寄せ合って絶頂しても、それで欠片も満足ができず、更に求めようとする。歯止めを完全に消し飛ばして、

 

 求められるだけお互いを求めていく。

 

 そこに終わりはない。

 

 

 

 

「―――という事になっているだろう」

 

「物凄く具体的ですね、マギーホア様」

 

「うむ、どうしても聞こえてしまうからね。まぁ、私だけだとは思うけどね」

 

 そう言ってマギーホアは優雅に紅茶を飲んでいる。ウル邸の食堂で、ウルが部屋に戻ってから現れたマギーホアが何の事を話しているのかは、大体察せた。音が魔法によって遮断されているが、これでも従者筆頭だ。何が起きているのかは雰囲気と気配で察せるものだ。なので主がスラルと情事に耽っているのは解る。相手は違うが、それでも主の秘め事は前にもあった事だ。

 

 問題は別のところだ。

 

「発情期、でしたっけ」

 

「うむ、そうだ。中々来ないので心配したが、どうやら心と体の問題も改善されたようだし、これからは遠慮なく仔も産めるだろう」

 

 そう言うとマギーホアは先行きを楽しそうに目を細めながら紅茶に口をつける。猫の様な姿をしていながら、その本当の姿はドラゴンである、というのは見た所で理解するのはあまりにも難しい事だろう。その動作と思慮深さはドラゴンらしくなく、主であるウルが尊敬しているのは知っているものの、この存在がドラゴンという生物に結び付けるには、あまりにも違い過ぎてて困惑する。とはいえ、魔王城での戦いのときのその本当の姿を目撃しているだけに、疑う事はない。

 

「マギーホア様、それで何時になれば主の発情期は収まるのでしょうか?」

 

「気絶するほど絶頂するか、或いは孕めば自然と収まるな。発情期の気配を感じて山の者達も求婚しに来る準備を整えていたし、孫が近いうちに見られそうで私としても実に楽しみだ」

 

「……求婚?」

 

「ん? 求婚もなしにくっつくのは私が許さないからな。今頃それぞれがアピールを考えながら此方に来る準備をしているのではないのかな?」

 

 それを聞いて悟った。

 

 場合によってはペンシルカウ、消える。

 

 発情期に入ってもし、望まぬ相手の子を主が身ごもってしまったらどうしようか? いや、主の事なのだ。きっとそれも慈しみをもって育てるであろうことは容易に想像できる。ただ物凄い個人的な理由で、そういう事からパートナーが出来る姿は見たくないと思う部分もある。ウル・カラーという存在は周りに大きな影響力を与える人物だ。もし、子供を孕めばきっと、その子供を愛するし、孕ませた相手にも色々と配慮するだろう。

 

 そしてそんな相手が出来たら周りが黙っていない……!

 

「あぁ、漸く孫の姿が見れるとなるとどうにも落ち着かないな。うーむ、アレは絶対に良い母親になる。うむ、それは私が保証しよう。うむ」

 

「駄目だ、マギーホア様が既に爺ボケを発症しておられる―――アステル」

 

「ふぁい!? あ、いや、抜け駆けなんて考えてませんよ! ほら! ウル様の耐久力じゃ援軍が必要にならない? だったら私が混ざろうかなぁ、って……」

 

ごく潰し(バスワルド)でも投げ入れていなさい。耐久力だけはあるから」

 

 日頃から食っちゃ寝して何もせずにごろごろしているのだからこれぐらいは役に立て。でも混ざったら屋敷諸共揺れないだろうか。壊れたらその時はその時で修理すればいいだろう。だが問題は主に子供ができてしまうという可能性だ。個人的な好悪は別として、今の段階で主に子供ができてしまったら間違いなく本人が色々と諦めてしまうだろう。

 

 種族の事情があるのかもしれないが、主の最大の幸福を願うのが従者という生き物である。場合によっては最終戦争が勃発しかねない。もし、主が子を孕む時が来るとして、それは発情期による結果ではなく、主自身がそう望んで産むべきであると思う。故に仔を持つにはまだ早いと判断する。

 

 世界の平和のためにも。

 

「アステル、どこへ」

 

「あ、いえ、その……ほら、ウル様が気絶するほど気持ちよくなればいいらしいからお手伝いしようかなぁ、なんて……」

 

「他の子達を全員招集してください。堕天使たち全員で迎え撃ちます」

 

「あぁ、やっぱりそんな顔してたと思った……」

 

 早急に、役に立たない猫は放置して、すぐさま行動に移らなくてはならない。ドラゴン共が主をその毒牙にかける前に迎撃態勢を整えなくては……!

 

 そんな事を考え、行動を実行しようとした所で、強大な気配が到来するのを感じ取った。まさか、もう求婚に来たのか、と心の中でドラゴン共の迅速な反応に驚愕する。まさか、もう主を襲いに来たのだろうか?

 

 その事実に隠し切れない焦りを内心抱えつつ、即座にアステルに指示を出す。それを渋々ながらも了承したアステルが他の子達を招集しに行く間に対応するために、ドラゴンの気配がする正面玄関へと回ろうとすれば、老練の元勇者、カムイが腰に剣を装着した状態でついてくる。

 

「ご一緒しましょう」

 

「ありがとうございます」

 

 元勇者が味方に付いてくれるというのであれば助かる。既にエンジェルナイトという肉体で到達できる強さは追求し続けている状態だ。それでもドラゴン相手は厳しいものがある。現代に残っているドラゴンはどれも、単体で魔人級の戦力を保有する存在と戦えるだけの戦闘能力の持ち主だからだ。それが一斉に求婚に向かってくると実に恐ろしい結果になるだろう。

 

 故に覚悟を持って、光槍を片手に、入り口を開け、その前に来ているドラゴンを目視する為に視線を向けた。

 

 玄関外、正面。

 

 そこにサファイア色の鱗を纏った巨大なドラゴンの姿が見える。翼を大きく広げた姿に陽光が煌めき、海に溺れたような色合いを一瞬、周囲に投影する。その景色に一瞬だけ目を奪われ、しかし即座に正気を取り戻しながらこほん、と声を整える。

 

「こちらはウル様のお屋敷です。失礼ですが、何の御用でしょうか」

 

 サファイア色のドラゴンに向けた言葉に、サファイアドラゴンが応えた。

 

 ―――頭を下げて。

 

「こちらこそいきなりの訪問、申し訳ありません。翔竜山に住まうサファイアドラゴンのイエルドと申す者です。此度は発情期を迎えたウルに我が子を産んでもらうべく、求婚しに参りました。現在、発情期の真っただ中で苦しんでいる事は解っていますので、今回は挨拶と此方の方をプレゼントに」

 

 そういうとサファイアドラゴンは背の方から美しい蒼いバラの花束を取り出し、それを正面に置いて下がった。

 

「今はこれを。また今度、話せるときに参ります」

 

 そう告げるとドラゴンが去って行った。おいていった青バラの花束を持ち上げ、造花でもなんでもない、本物のバラであるのを確かめてからそれを手に抱き、

 

「思ってたのと違います……」

 

「もっと、こう、物騒になるものと思っていましたが。流石マギーホア様の薫陶とでもいいましょうか」

 

 カムイのその言葉に頷く。ドラゴンなんて大体脳味噌ドラゴンだからもっとこうストレートにセックス! みたいなノリで突っ込んでくるのかと思ったが、そんなことはなかった。その事実にほっとする。今のサファイアドラゴンの様な紳士なドラゴンが来てくれるなら、全く問題はない。

 

 そう思った直後、音速を超えて弾丸の如く翔竜山の方から赤い鱗のドラゴンが飛翔し、目の前の大地に衝突しながら動きを停止させ、起き上がった。

 

俺の! 子を! 産んでくれ!

 

「前言撤回で」

 

「ですね」

 

 屋敷内のマギーホアの方へと視線を向けるが、出て来る気配も止めようとする気配もない。根本的にドラゴンは強さによって構築される社会なのだから、負けたら子供を孕まされる目にあうのは種族的な価値観としてある意味、当然なのかもしれない。となると余計負けられなくなる。光槍を作り直しながらそれを構え、屋敷の方へと興奮した様子で突撃して来るドラゴンの顔面に勢いよく一撃を叩きつける。それに怯んだ所にカムイが飛び込んで足元の動きを斬り裂いて転ばせる。

 

「お待たせしましたっ!」

 

「畑での作業を切り上げてきましたー」

 

 光で編まれた鎖と杭が興奮するドラゴンの体を大地へと縫い付け、追撃する様に《スリープ》が鍬に纏われた状態で振り下ろされ、ドラゴンの頭に叩きつけられ、魔力抵抗を貫通する様に直接脳内へと叩き込まれた。興奮していた様子のドラゴンは普段、屋敷ではなく別方面で作業している同期の仲間たちの手によって制圧された。

 

「ルシアちゃんお待たせー」

 

「ウル様が大変なんだって? ヘルプに来たよ」

 

「あとはい、アステル」

 

「あぁーん、私も混ざりたいのにー……」

 

「中々姦しくなってきましたね」

 

 元エンジェルナイトの堕天使が一気に増える。堕天使の仲間の数は多くないものの、全員がエンジェルナイトとして鍛えられる範囲で鍛えられるだけ鍛えられている。むろん、翔竜山のドラゴンたちなどを相手にして。その為、ドラゴン連中に対しては何が有効なのであるのか、連中がどういう強さをしているのは良く吹っ飛ばされている経緯から理解している。このメンツが揃えば大体の相手に対してはどうにかなるだろう。

 

 そう思った直後、

 

 空が暗くなった。

 

 見上げればそこには無数のドラゴンが降りてくる姿が見えた。そのまま屋敷に突撃しない辺り、マギーホアの気配を感じ取っているのかもしれないが、地響きを起こしながら突撃し、落下して来る姿は質量の暴力としか表現が出来ず、見ていて深い絶望感しか沸き上がってこない。光槍を片手に、降り注いでくるドラゴンの集団を見上げた。

 

「ルシアさん? ルシアさん? これ、どうにかなります?」

 

「本格的に暴れ始めたらマギーホア様が多分護るために動いてくれますから。流石に戦闘の余波で気絶して発情期終わりとかなったらあの方でも憤慨しそうですし」

 

「もうお屋敷までぶつけるの誘導しません?」

 

「無理です」

 

「ですよね」

 

 だが諦めない。

 

 心は折れない。

 

 従者たる者―――最大の幸福を願うべきなのだ。

 

 求められる事を成すだけではない。最大の幸福を自ら作りに行く。良い未来よりも更に良い未来を。主の為に粉骨砕身悲しませぬように働き、そして確実に成果を出す。それでこそ従者として自信をもって胸を張る事が出来る。

 

「故に諦めません! 主の幸せな家庭の為に、引けません……!」

 

「私達もウル様に仕える身、落第点を通すことはできませんからぁ!」

 

「えー、やるのぉー? 混ざりたい……」

 

「文句を言わない! 私達がやらなきゃ誰がやるの!」

 

 魔王と戦う時なみに覚悟を込めてドラゴン集団へと視線を向け、このドラゴンの波を抑え込む決死の覚悟を決めた所で、聞き覚えのある声が響く、

 

「待て―――!」

 

「レガシオ様!」

 

 悪魔界の大物、三魔子のレガシオが剣を十の腕に握った状態で出現した。その姿に一瞬だけ希望を覚えたが、

 

一番最初に求婚したのは俺だ!

 

「駄目だ、完全に遊びに来てる顔ですアレ」

 

「引っ掻き回す為だけに来ましたね……」

 

 レガシオの気配に釣られてか、マギーホアが外に出てきた。

 

「待て―――同族以外の婚姻は認めない……!」

 

「お義父さん……!」

 

 レガシオの挑発するような遊ぶような声に、マギーホアが迷わず突貫した。レガシオが竜王キックを喰らってドラゴンの集団の中に叩き込まれるのを見て、理解した。派手に暴れ始める集団がブレスを放ったり斬撃を飛ばしたりするのを時折弾きつつ、確信した。

 

「―――これがペンシルカウの滅びですか……!」




 ウル様大人気。でも普段は気の強いウル様が快楽でトロントロンになっているところを襲って卵を産ませたいというドラゴン共の気持ちはよくわかる。だって絶対にえろいもん。

 えっち。

 やっぱりマッハ様はずっと爆笑しながら転がってた。


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40年 ペンシルカウ半壊

「俺! 様! 復活っ!」

 

 拳を掲げながら復活を宣言する。発情期終了を。これで漸く頭が沸騰して理性が消し飛ぶような感覚から解放された。始まってしまうとマジで孕むか気絶するまで続行するから、ドラゴンの性欲任せに動いて、快楽で気絶するまでセックスし通した方がいいのだ、これ。そうでもないとマジで収まらない。そういう訳でひたすらセックス、セックス、そしてセックス!

 

 セックスし通して気絶できた! やった! やったよ皆!

 

「あー……レイプ対策に《避妊結界》仕込んでおいて良かった。なかったら確実に孕んでたわ……」

 

 まぁ、流石に前回の突発的な発情期で困ったというか、()()()()()()()()()()()()()()、前回以降、何時に発情期が来ても良い様に自分に《避妊結界》を仕込んでいる。これがあれば膣に出されても孕まないというご都合主義の様な魔法だ。発情期での的中率はどうやら100%らしい話を聞いたので、まだ流石に子供を作るのは怖い。だから《避妊結界》だけ、自分に張っている。これで突発的な発情期で暴れても大丈夫。

 

 今回、処女膜ぶち破った事を考えると事前に仕込んでおいて正解だったと思う。

 

 しかし発情期は本当に酷かった。完全に自分で自分の体がコントロール出来なくなるぐらいに暴走し始めるのだから。それでもまぁ、結局は満足するまで絶頂しようとする本能に従って、結局は気絶するまでセックスするのだ。気を付けるのは避妊の事だけでいい。

 

 なんというか、発情期に流されて、というのはあったが。それでもやっぱり気持ちがいいのは嫌いじゃない。種族的本能の強い部分もあるかもしれないけど。ただなぁ、やっぱり誰にでも体を開くというのもどうかと思う。

 

 うむ、

 

「俺に勝てる奴……或いは俺が認められるような奴だったらいいかもな」

 

 あんまり、こう、セックスダメダメとか言ってても生物としてどうかと思うし。出来たら自分が好きな相手がいいけど。発情期がある以上、そんなことも言ってられないし。まぁ、そんな所だろう。良し、と自分に言い聞かせて言い訳を完了する。振り返れば完全にダウンして動かなくなったラ・バスワルドとスラルの姿が見える。ちょくちょく、というか割と意識飛ばしたり理性プッツンしているので、その景色を表現するには惨状という言葉しかなく、ベッドシーツの染みはまさしく破瓜によってもたらされたものであるのを証明している。これで俺も処女卒業と思うと、ちょっとした感慨深さがある。

 

 まぁ、勢いだった訳だが。

 

 それはともかく、汗と愛液と様々な体液で体がべとべとしている。流石に風呂に入らないと気持ちが悪い。いったん、風呂に入ってさっぱりしよう、と決める。

 

「ルシアー。ルシアー。風呂はいりたーい」

 

 名前を呼びながら風呂場へと向かうが、ルシアからの返答がない。珍しい。アイツは何が何であろうとも、自分が呼べば絶対に出現して来る従者だったのだが。何か、忙しいのだろうか? そう思っていると風呂場の方からルドべぇがびたんびたんしながらやってきた。そして尾びれを持ち上げてサムズアップっぽいポーズを決める。そういえばお前、途中から部屋の中に居なかったな。

 

「なに? 風呂の準備をしてくれた?」

 

 ルドべぇがびたんびたんとボディランゲージでコミュニケートするので、良しよくやった、と尾びれを掴んで引きずる。ルシアの応答がないのはちょっと不安だったが、ルシアに限って何か失敗するという事もないだろうと信じて。

 

 とりあえずはセックス後の汚れを洗い流す為に風呂へとダイブする。

 

 

 

「ふぅ、いい湯だった。ルドべぇも芸が細かい奴め」

 

 アレでなんで動いているのかさえ発覚すればいいのだが。いまだにルドべぇの存在は謎である。そしてこれからも謎である。アイツがなぜ動くのかは一生解明されなくていい謎の一つだと思っている。故にルドべぇと風呂を楽しんで体をさっぱりさせた所で、下着とジャージを着用した所でお着替えは完了する。今は客と呼べるような存在がいない屋敷内では、変に着飾る必要もない。適度に緩い格好を維持しながら生活すればいいのだが、

 

 相変わらず、ルシアの姿が見えない。それどころかアステルの姿も。普段はあの二人がメインでこの屋敷は維持されている。ルシアは言わずもがな、アステルは重度のレズっ気が強いのが困った所だが、それはそれとして仕事はちゃんとしてくれる子だから心配はいらないはずなのに、二人の姿が見えない。これだけうろうろしていればいつもなら即座に出現しているのだが―――何かあったのだろうか?

 

「……ん? そう言えば家の外からなんか気配いっぱい感じるな」

 

 というか翔竜山の馬鹿共の気配を感じる。なんだろう、遊びにでも来ているのだろうか? だとしたらそっちの対応で忙しいのかもしれない。顔ぐらいは拝んでやるか、と思いながら階段を降りて廊下から玄関まで移動し、

 

 扉を開けてその向こう側の地獄を見た。

 

 見てしまった。

 

イヤッフゥ―――!

 

 叫びながら遠い昔、どこかで見た事のある様なデザインというか姿というかあ、アイツ赤いなぁ、と思ってしまった髭の……? たぶん髭をはやしている大柄のモンスターが昇竜拳を華麗に決めてドラゴンを殴り飛ばしていた。そのまま回転しながら拳を振り回し、ヒップドロップで叩きのめし、尻尾を掴んで回転しながら投げ捨て、すでに地面に埋まっていたレガシオの上にノスを叩き落して、ドラゴンの山を生み出していた。

 

「ヒアウィゴー!」

 

 叫びながら戦う最強のモンスターはそう叫びながら残っていた最後のドラゴンを叩きのめすと、ケツで地面を叩いてから超高速移動して消えていった。その姿を見て、近くにいたルドべぇを掴んで地面に叩きつけた。

 

「ただの配管工じゃねぇか!! お前に何があったトッポスっ!!」

 

 完全にどこからか余計な情報でミーム汚染されてる最強のモンスター、トッポスが魔物界の方向へとケツワープというかケツダッシュを決めているのを見て、間違いなく変な次元とルドラサウム大陸が繋がっているのを確信した。またどっかでゲートが開いているんだろう、きっと。見つけて閉ざす必要がある。ククル跡地も変なゲートが開いていたし。

 

 だが、

 

 それはそれとして、

 

「なんだこれ」

 

 目前の景色では信じたくない状況が繰り広げられていた。大量に倒れているドラゴン、木の上に引っかかっているメイド堕天使。炎上しているペンシルカウの一部。地面に叩き込まれて埋まっているドラゴン。沈黙しているレガシオ。放火後ティータイム中のマギーホア。それを遠くから見つめながら顔を両手で覆うペンシルカウの町長。余りにも混沌としすぎている状況を前に、久しぶりに見る妹の姿を見つけた。

 

「あ、姉さん発情期終わった?」

 

「見ての通りな! 楽しかった」

 

「あ、うん。表情が物凄いすっきりしてるのは解るけど姉さん……」

 

「な、なんだよその表情」

 

「いや、うん……取り敢えずレリアに謝っておこう、な?」

 

 レリア・カラー、現在のペンシルカウの管理者、或いは町長。正史においては女王制だったが、その枠は常に俺が占領している以上、別の名前や役職がつく。都規模のペンシルカウに対しては管理者、或いは管理人と呼ばれる町長ポジションのカラーが存在している。それが端の方で呆然となって燃えるペンシルカウを眺めている。代々、カリスマに優れるカラーがその役割に任命されるが、ペンシルカウのそういう政治的部分は意図的にノータッチで過ごしている為、細かい部分は自分にはわからない。

 

 ただそれはそれとして、この規模の都市を維持するのは結構大変だというのは解る。

 

 そしてそれが半壊レベルにまで追い込まれている。

 

「あいつら、姉さんの発情期に求婚しに来たんだよ」

 

「……」

 

「トッポス連れてくるのに苦労したなぁ。堕天使の子も急いで私を探しに来たんだよなー」

 

「ほんとごめん」

 

 その言動で大体なにがあったか察した。そういえば自分が現状、唯一発情期を迎えるドラゴンであることを思いだした。そうだな、発情期来たら求婚しに来るよな。だってドラゴンだもの。それに思い出せば太古の時代、大体一日中セックスしてぶっ通していた連中とか結構いたし。

 

 性欲の薄いハンティと、今まで完全に発情していなかった俺の方がおかしいのだ。子供産めるようになればご覧のあり様。

 

 ……対策が必要なのかもしれない。とはいえ、次の発情期まで40年あるから、それまでに何か考えればいいだろう。

 

「どうしようこれ……」

 

 片手で顔を抑えながら助けを求めてマギーホアへと視線を向けるが、マギーホアはすでに翔竜山へと向かって逃亡していた。ははーん、もしかしてけしかけたなお前……? 心の中の恨みリストにマギーホア1回、と追加しておきながらこの惨状をどうするか、氷の魔法を使って燃えている森を鎮火しながら考える。

 

「ねーさん?」

 

「はい……復興のお手伝いします……」

 

 逃げる様に視線を逸らすが横から来るハンティのプレッシャーに負けて観念する。流石に自分が原因で炎上してしまったのだから、これをこのまま放置する事も出来ない。それにクリスタルの森の防備もこれで壊れていないか心配でもある。はぁ、とため息を吐きながら片手で顔を覆い、言葉を漏らす。

 

「これ、5年程度ではどうにもならなそうだな……」

 

 最低でも10年、15年はかかりそうなコースだった。少なくとも今日明日完了するという事はない。このまま魔王城方面へと逃亡したいという気持ちもあるが、責任を取るのは当然の話である為、そう簡単に逃亡する事も出来ない。しばらくはペンシルカウに残って復興の手伝いをする事になるだろう。

 

「はぁ、折角冒険できると思ったのになぁ……」

 

「姉さんの冒険がそんなスムーズに進んだ事ないでしょ」

 

「言うじゃねぇかおい」

 

「事実でしょ」

 

 そう言われると何も言い返せない。大体毎回、トラブルを経験しているだけあって、ハンティの言葉は真実を捉えていた。とりあえず転がっているトカゲにケリを入れて退かしつつ、この荒れた大地をどうにかしなくちゃな、と考えていると、

 

「なら私はここまでとなりますね……」

 

 と、カムイの声が聞こえた。そしてそれに納得もする。

 

「あぁ、そう言えばお前ももう爺だしな」

 

 寿命も恐らく、だいぶ近いだろう。死ぬなら家族のいる場所で、と実際にそうやって死ねるのはこの大陸では幸福な事だ。そう思いながら声に従って視線をカムイの方へと向ければ、

 

 上半身裸、地面に倒れた状態で背中にシップを張って貰っているカムイの姿が見えた。

 

「カムイ君」

 

「ほら、私も歳ですから。腰がね……」

 

「カムイ君……」

 

「ウル様との旅は楽しかったですよ……」

 

 地面に倒れてピクリとも体を動かさないカムイが腕だけを動かし、静かにサムズアップを持ち上げるが、看護しているカラーがそれを抑え込んで体を魔法で持ち上げ、そのまま救護室へと運んでいく。人間は年を取ると体が自由に動かなくなってくるから大変だよなぁ、と悲哀と共にその姿を見送っていく。

 

 まさか元勇者の脱落理由が腰痛になるなんて誰が想像しただろうか。

 

 でも、まぁ、普通の老人のようで、どことなく安心する。彼はきっと、今までの勇者たちが味わったような不幸やそんな終わり方を経験する事無く人生を終えるだろう。そういう奴が自分が狂わせてきた人々の中に生まれてくるのだから、少しだけ救われた気分がする。

 

「で、現実逃避は終わった?」

 

「やめるんだハンティ。俺は何から着手すればいいとか考えたくない」

 

「ほら、まずは馬鹿連中を蹴り上げて山に帰して、それが終わったら掃除と整地と植林が待っているよ」

 

「ぐえー……」

 

 現実逃避したいが、それをハンティが許さずに首根っこを掴むと、そのまま作業へと引きずり込んでくる。魔王城の様子、つまりはガイの魔王としての体制が気になる所ではあるものの、流石にペンシルカウが半壊していてはどうしようもない。確かに自分が原因ならここは何とかするしかないだろう。

 

 視界の端で爆笑しながら転がっているマッハにルドべぇを投げつけて吹っ飛ばしてから自分の両足で立ち上がり、軽く腕を伸ばす。しゃーないしゃーない、と自分に言い聞かせながらドラゴンを掴んではそれを投げ捨てる。その下に埋まっているレガシオを見つけて、再びドラゴンを落として潰す。

 

「……なんか、身内でこういうノリも久しぶりだな」

 

 なんだかんだで無茶苦茶はしゃぐという機会はGI以降、一度も存在しなかった。昔はもっともっと馬鹿をやって盛大に暴れていたという感じが強い。こうやって滅茶苦茶になっているペンシルカウを見ると、

 

 やらかした、とは思うものの、また同時に懐かしさを覚える。

 

 まぁ―――いいんじゃないだろうか、こういうのも。

 

「良くない。直せ」

 

「はい……」

 

 だが妹の圧力には勝てない。ここはハンティの圧力に屈するとして、なんとなく、昔の様な懐かしくも騒がしい日常が戻ってきた感じがした。




 処女卒業。本編にエロを差し込むとそれだけで展開クソ重になるからなー。

 なんだかんだでペンシルカウを作ったのはハンティなので、思い入れは人一倍ある模様。という訳で重く苦しい時代は終わったし、その流れもぶった切った。

 という訳でお帰り、何時ものノリ。


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55年 ペンシルカウ

 レイピアを胸元まで持ち上げ、切っ先を上に迎える様に構える。

 

 一度、二度と横に振るってから後ろへと軽く体を回しながら踏み下がり、力を込めてからまっすぐ突き出す様にレイピアを渾身の力で突き出した。姿勢制御、力の込め具合、それらを完全に全て制御して放った一撃に応える様にレイピアは空間を貫き、そして直後にその反動に負けて刀身から砕け散り、柄までぼろぼろに崩れて散った。ぱらぱらと手の中に残るレイピアだった物の塵を払いながら視線を戻せば、

 

「次はこれだ」

 

「ウル様此方を」

 

「うーん、壊れちゃった……むむむ……」

 

 そう言って次の武器を投げ渡される。堕天使ルシアから受け渡された両刃槍を受け取る。数歩離れてから片手でバトンの様に回転させながら握り直し、軽く上に回転させながら投げ、落ちて来るのを掴み、それだけで両刃槍の持ち手が軋む。それに気にする事無く左半身を前に踏み込み、回転で載せた勢いをそのまま放つように右半身を前へと引きずり出しながら振り抜く。

 

 それが完全に振り抜ける前に、塵となって砕け散った。

 

「次を」

 

「此方をどうぞ、ウル様」

 

「うわぁ、それは金剛貝を材料に使ってたんだけどなぁ……」

 

 作製者の悲鳴が轟く中で、ルシアから大斧を受け取る。長さも刃も完全に人間の背丈を超える巨大なサイズの両刃の大斧を距離を空けてから持ち上げ、頭上で回転させてから背後の大地へとたたきつけ、大地を引きずる様に持ち上げてから振り上げ、飛び上がりながら正面、誰もいない大地へと向かって振り下ろす。耐えきれなかった柄が折れ、次に破壊が刃へと伝わり、そして攻撃よりも先に武器が粉砕される。柄だけ、何とかぎりぎり形を保っているが、それも強く握れば塵になって風に消える。

 

「あぁ……持つか!? って一瞬思ったのにぃ……あぁ、さようなら逆鱗……」

 

「次はこっちを」

 

「どうぞ」

 

 マギーホアの指示に従ってルシアが此方に武器を渡してくる。次は刀だった。

 

 離れた所で腰に構え、居合の姿勢から斬撃を放つ。一閃、二閃、三閃と連続で放てば刃が抜刀の瞬間に砕け散った。大きな斬撃の軌跡を空中に描く姿は好きなんだけどなぁ、と思いながら連鎖する様に鞘までが崩壊した。もう、この武器を使うこともできないだろう。塵の山となりつつある武器の残骸をルドべぇが吸い込んでいく。ルドべぇ、バキューム機能搭載。いつの間に。

 

「では次だ」

 

「どうぞ」

 

 ルシアからオーソドックスな片手剣を貰う。そういえば剣とか王道な武器なのに、俺はあんまり使ったことないよなぁ、と思いながら握り直し、柄を両手で掴む。左半身を前に出す様にやや前傾姿勢となって剣を構える。

 

 そこから一気に踏み込む。大地の上をギリギリで滑る様に飛び込み、通り抜けながら虚空を全力で切り抜いた。それに合わせる様に刀身が一瞬だけ歪み、時の遅れを取り戻す様に時間差ですべて砕け散った。柄だけが残った事はある意味、進歩だったかもしれない。それも投げ捨てると、

 

「これで近接武器は全滅ぅ……」

 

「やはりまともな武器で耐え切れるものはないようだね」

 

「全力で振るうとぶっ壊れちまうな」

 

 ペンシルカウ発情求婚パニックから15年が経過した。

 

 面倒な作業が大半だったが、それでもペンシルカウは少しずつ昔の姿を取り戻しつつある。前回の反省を促して都の中に水路をもっと通す事にし、それにより素早く火を消す事が出来る様に、少しずつだがペンシルカウというカラーの都を進化させている。個人的にはヴェネチアみたいな都市にしてみたいなぁ、とか趣味全開で思っていたりするものの、それにはまずここら辺を水没させる必要があるので、とりあえず案としては却下されている。楽しいと思うのだが、水のある都は。

 

 ともあれ、そうやってペンシルカウに滞在しているとやっぱり、個性豊かな奴が育っているのが解る。その中でも特に個性豊かなのが森と自然に生きるカラーとしては非常に珍しく、鋼と炎に魅了されたエルザ・カラーである。ペンシルカウで鍛冶に精を出す彼女は趣味で武器を打っており、その為に様々な事を学んでは自分の作製する武器に技術として盛り込んでいる。ルドラサウム大陸的には間違いなく危険思想の類だろう。だがまだ何も作れていない事実からALICEからはスルーされている模様。

 

 コネによる贔屓とかなんでもなく、こういう部分がALICEの管理下にはある。なんとなくだが大陸を混沌とさせる為の小さな火種を放置する、というレベルの様にも思えるが。

 

 そういう訳で、ペンシルカウに戻って来て復興を手伝ったり新しく区間整備を行っている合間にこうやって自作の武器を持ち込んではそのテストを頼んでくる。そこに立ち会うのが同じ《ドラゴンLv3》を保有するマギーホアであり、いつの間にかそこに存在している従者筆頭のルシアである。

 

 今日もまた、エルザが持ち込んだ近接武器の類は全て振り抜いて破壊した。

 

 これまで此方の攻撃に耐えきれた武器は一つも存在しなかった。全てが全力で振るえばそのまま崩壊している。当然と言えば、まぁ、当然だ。ドラゴンという生物の最強の武器は己の爪と牙、そして肉体だ。それ以外の装飾はむしろ不純物だ。

 

「ドラゴンは肉体的、そして能力的な理不尽、怪物とも表現できる。私達は生物として比喩でもなんでもなく、上位の実力者としてこの大陸に存在している。それ故に武具の類はただの手加減の為の道具にしかならない。私がこうやってこのステッキを振るっているのもその為だ」

 

 マギーホアがそう言いながら何時も使っているステッキを見せてくれる。バランスブレイカーで、かなり頑丈だ。だけどそれ以外の何物でもない。それを壊さない程度に普段は手加減して振るっている。それレベルで振るえば生物を一方的に殺さない、解りやすいラインだと言っていた。まぁ、自分の場合は全力で振るっても壊れないルドべぇがいるから別に武器なんていらないのだが、

 

 それでも自分で作った武器を全力で振るう姿を見たい、との希望だった。だからこうやって付き合っている。根気よく数世代に渡って付き合えば、それなりに面白そうな事になりそうだ、と思いながら。

 

 自分の手を見てぐーぱーと開き閉じを繰り返し感触を確かめる。

 

「呪いとかじゃないと思うんだけどなぁ。たぶん勢いとマッスル」

 

「なんで勢いと腕力だけでここまで粉々に壊せるんですか……普通こんな風にはなりませんよ……」

 

 エルザは自分の作った武器の残骸を確かめながら分析している。それをマギーホアと一緒に視線を合わせて、首をかしげる。

 

「こうなっちゃったしなぁ、としか」

 

「実際それが全てだ。特にLv3の領域は常識から逸脱している。ある意味システムから半歩踏み出しているとも表現出来る。我々ドラゴンは強靭で、身体の理不尽とも表現できる。その極みが《ドラゴンLv3》で、私達にとって武器はこの肉体が最上級。だとすれば、純粋にこう答えられるだろう」

 

 マギーホアがそこで一旦言葉を止め、

 

()()()()()()のだろうね」

 

「格、ですか」

 

「そうそう、武装としての。強度それ自体の問題もあるだろうけど、武器そのものが()()()()()()()()()()のだろう」

 

「なんですかそれは……」

 

「あー……」

 

 でも確かに、【タワーオブファイア】や【クールゴーデス】をぶんぶん振り回すと壊れる事はなかった。衝撃で歪みそうになったらラ・バスワルドに必死に回収されてしまったが。アレ、そういえばこの子が研究用に預かっていたな、という事を思い出す。またぞろ、変な技術でも生まれてこなければいいんだがなぁ、

 

 そんな事を考えながらちょっと離れ、拳を握り、左腕を生やしながら格闘の構えを取り、いくつか昔見て覚えた型をなぞってみる。

 

 《格闘》の領分に入るであろう動きに、ちゃんと体がついてくる。不思議なもので、剣や槍、斧を握ってもそれを振るう事が出来た。この世界の法則的に考えると、保有しない技能に関しては、それを満足に振るうどころか、大失敗に常に繋がってもおかしくはないからだ。例えば《剣戦闘》の技能を保有しない者が剣を握って戦闘をしようとすれば、剣が毎回手をすっぽ抜けて空を飛びながら味方を殺すだろう。

 

 技能が存在しないというのはそういうレベルで失敗を巻き起こす。

 

 俺が釣りをしても全く釣れない、まともに釣れないのはそれが原因だ。技能が存在しない事をやるのがそもそもの間違いなのだが―――自分の技能基準で考えれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事になる。だが現実は違う。

 

 感覚的に言えば武器を振るっている時も、体で格闘を仕掛ける時も、《ドラゴンLv3》技能を使用している感じに近い。とはいえ、本来の使い方ではない分、魔法や武器を使って戦おうとすれば、その分力を発揮し切れないのも感じられる。

 

「技能って、上位であればあるほど、それで他の技能に対して代用できるって感じはあるよな」

 

「私がこのような姿に変わったり、起こす余技の数々も大体はドラゴンの力をそういう風に使える様に苦慮した結果だ。君が魔法や武具を使えるのも本来の使い方ではない、副産物から来るものだろうね……この大陸において、強くなる上では技能そのものの応用方法を探すのもまた一つの手だ」

 

 ただし、とマギーホアが付け加える。

 

「私の経験上、最終的に竜体になって爪や牙、後はブレスで戦うのが何をするよりも強い。魔法も、武器を取るのも、戦術や戦略を練るのも()()()()()()()()()()()()()()()()だろう」

 

「うーむ……確かに」

 

 腕を生やしたままの状態、腕を組みながら首を傾げる。結局のところ、ルドべぇを振り回しているよりも、ドラゴンの姿に回帰して噛み殺したり殴り殺したりする方が遥かに強いというのは解っている。ただし、ドラゴンの姿に戻るには相当エネルギーが必要だ。それを理解しているからこそ、マギーホアは猫人間の姿をしている。自分も、この人間体の姿からドラゴンの姿へと戻る事は、《ドラゴンLv3》へと至った時にある程度自由に変化できるようになった。

 

 それでも人間の姿を維持しているのは今ではこちらの方が馴染み深いのと、ドラゴンの姿はやはり、非常に消耗が激しいという事実がある。それでも、暴れるならドラゴンでの姿の方が人間の姿をしている時よりも遥かに強いというのは事実だ。

 

 ならメインプレイヤーとして、人間として戦う事に意味はないのか? そう問われれば違う、という事になる。この先の時代、自分が本気で戦ってしまえば不都合になるときも来る。なら()()()()()()()()()()()()()()というのも持っていても悪くないだろう。

 

 ほら、

 

 【ランス03】が消えたのだ。

 

 ―――だとしたらノスの代わりにパットンをけしかけてリーザスを奪うのも楽しそうだ。

 

 そうすればランス君と戦える。殺さない様に。しかし全力で戦えるように、一緒に遊ぶ手段を用意しておきたい。

 

 そう、本気で戦えばもはやメインプレイヤーなんてぷちぷち殺せるぐらいの力があるのだ。慢心するわけではないが、自分に制限でも課さなければ、簡単に人間という生物は死んでしまう。そうなるとこう、

 

 なんかの拍子にランス君を殺してしまう。

 

 それはだめだ、実にダメだ。

 

 将来的にランス君とは遊びたい。戦いたいし、一緒に冒険してもみたい。その時に全力で手加減できる武器がなければ困る。ルドべぇはなんか、こう、武器にしてて大丈夫? 本当に? って感じがあるし。

 

 なので、全力で戦えるような武器が欲しい。

 

「ま、長い目で見て期待してるよ、エルザ。俺も俺で気合入れて強くなるから」

 

「私も久しく鍛錬になりそうな相手ができた事だ。レベルアップを目指してみても悪くはないかもしれないな」

 

 まだまだ、強くなれる。レベルが1000程下がっているのだから、ロスした分、まだ強くなれるという事は発覚しているのだ。いずれ、ククルククルが再び復活するとして、メインプレイヤー最強生物をそれまでに出来るだけ強くしておく必要もある。最悪の予想が的中した場合、

 

 復活完全体の血の記憶ククルククルにルドラサウム大陸の全生物が純粋な武力で絶滅するだろう。その事を考えると今から対策と鍛錬を1000年後の未来へと向けて準備し始めていても遅くは―――いや、相手の強さを考えるとやや遅いかもしれない。

 

 まぁ、まだまだとれる手段はある。これからも何世代も生まれては死んでゆくのだ。その間の成長に期待しよう。自分やマギーホアの様な超長命種は、根本的に変化するのが難しい。今を積み重ねて強くなる事しかできない。だから短命な種―――人類のそういう成長に関しては眺めているだけで楽しい。

 

 時折、理解も出来ない事をやらかす辺りが実に。

 

「さて……これで武器のテストは終わった事だしウル」

 

「ん? なんですかマギーホア様」

 

「何時になったら君は番を作るのかな?」

 

 マギーホアが質問をそう投げてきた瞬間、背中を向けて逃げ出す。

 

「やだぁ! 俺様、番はまだやだぁ! 最低でも俺を倒せるような雄じゃないとやだぁ!」

 

「そんな事を言わないでくれ。私だって強制したい訳じゃないんだ。だがな、前回の発情期の事を考えると……」

 

「デリカシー! 雌に向かって発情期の話を切り出すとかデリカシーないですよマギーホア様! 100年絶交で!」

 

「待ちなさい、ウル……ウル! 見合いという形で始めるのはどうかな!?」

 

「うるせー! マギーホア様なんか大っ嫌い!」

 

「待ちなさい、待ちなさい……!」

 

 マギーホアから逃亡しつつも、まだ、大陸に動乱の気配はない。半壊から復興しつつ、

 

 今日もペンシルカウは騒がしかった。




 マギーホア様、そろそろ孫がみたいの巻き。

 翔竜山でも次の発情期はまだか……!? という感じの空気はあるので、それ対策でもあるのだけど、やっぱり一頭でもいいから新しいドラゴンが生まれて来ればそれだけで種族全体の未来が明るいからね。

 やっぱりウル様には卵を産んで欲しい。あといい加減落ち着いてほしい。


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105年 裏庭

「俺様が一人!」

 

「俺様が二人!」

 

「俺様が三人!」

 

「そして消えるッッ!!」

 

「消えるの」

 

「消えるのだ!」

 

 忍者の真似事で久しぶりに《分身の術》とかを使ってみたが、三つに一時的に分身出来る程度で、中身はスカスカ、本場JAPANの忍者の様な綺麗な分身はできなかった。攻撃する事さえ出来ないだろう、これは。分身を作るために印を合わせていた両手を解除しつつ、成程なぁ、とラ・バスワルドの前で行っていた技能チェックを完了させる。分身が消えたのをチェックしてから動く。体を停止させてないと分身出来ない辺り、完全な失敗作だとも言える。とはいえ、《忍者》技能が必要なものだと思えば、それをある程度《ドラゴン》で補えているだけ、まだましなんだろうが。

 

 それでも、

 

「出来る事と出来ないことの範囲が見えてきたな」

 

 ルドべぇの背の上にごろりと倒れ込んでいるラ・バスワルドがそれを聞いて首をかしげる。まるで興味がなさげなごく潰しだった。魔王ガイからさえも管理したくないと放置させられた破壊の元女神の存在に関しては、食費を消費するだけして、仕事をしようとすると全て破壊してしまい、何もしないでもらうのが一番環境とお財布に優しいという悲しすぎる事実が発覚している。だからラ・バスワルドは生きている限り、ごく潰しであることを継続するのが世界の為になる。それはともかく、暇なのでラ・バスワルドをオーディエンスにしていた風に技能チェックを行っていたのだが、これで大体解ってきたこともある。

 

「Lv2やLv3の高位技能で代用できる範囲にもやっぱり限界があるか」

 

「一つの技能で何でも出来るようならそれこそ完全なバランスブレイカーなんだから当然じゃない?」

 

「それでも最上位のLv3技能は結構やれる範囲が多いぞ? それこそ解釈と応用方法でどうにかしてしまうレベルで」

 

 例えば《魔法Lv3》は歴史の中でも一番ユーザーが多い技能である。特徴的なのはLv3で解禁される時空間への干渉能力だ。《魔法Lv3》ともなれば異世界へと扉を開き、そこから道具や人を召喚する事さえ出来る。極論、《魔法Lv3》になればほかの技能が駄目でも、それ一つで召喚やら魔法で操ってどうにかしてしまえばいいのだ。

 

 《執事Lv3》だって執事なだけで魔法があるわけでもないのに、主の為であれば掃除し、侵入者を排除し、魔法を解除し、ワープの真似事までする。

 

 つまり、技能は単純に出来る事の才能だけではなく、そこに複数の技能が格納されているのではないだろうか、という仮説だった。高位技能はそれ自体に複数の技能が組み込まれているという説だったのだが―――これは違った。いろいろと試した結果、純粋に高位技能が他の技能を取り扱う事が出来て、

 

 個人の資質によって出来る事出来ない事、その範囲が左右される。

 

 例えばハンティとジルでは同じ《魔法Lv3》でも出来ることが違う。ジルは繊細な時空系の魔法が得意だったが、ハンティは逆にそういう繊細な魔法は不得意で、逆におおざっぱで高威力な魔法の方が得意だ。これには人間とカラーの違いという部分もあるが、何よりも個人の性格や気質というものが反映された結果の様に思えるのだ。技能は。だからこそ《ドラゴンLv3》という技能をコントロールして、自分の出来る範囲を調べていた。

 

 極論、Lv3の技能となってくると教えられるものではなくなってくる。

 

 Lv3は完全な才覚を超えた領域。才能であればまだ、教えられる範囲も存在するだろう。だがそれを超越したのがLv3という領域になってくる。同じLv3から教わろうにも、教えられるようなものではないのだ。初歩的な部分は学べるかもしれない。だがその先からは感性の問題になってくる……様な気がする。

 

 Lv3は伝説、とも表現出来る技能だ。

 

 それを正確に捉える事は、他人には難しいだろう。

 

 故に個人の力で何ができるのか、というのを把握しなくてはならない。根本は一緒でも、そこからどう変わるのは個人の気質や性質、素質で変わってくる。究極的には、自分とマギーホアの《ドラゴンLv3》という技能は別物だと表現できるからだ。基本的なドラゴンとしての動き方、戦い方、ブレスの吐き方などは教えて貰えた。だがそこからどうやって自分の力を使うかは個人で調べながら育てるしかないのだ。マギーホアはそれが物凄いストレートで、ドラゴンとして、ほかの応用もクソもなく肉体の強さ、その暴力で蹂躙するあり方が恐ろしいほどに強い。他のものが何もいらない。

 

 俺は純粋なドラゴンとしての身体能力よりは、ドラゴンとして備わった光と重力の属性を操る方が得意だ。身体能力でぼこぼこするよりは、属性の力を操った戦い方の方が得意なのかもしれない。だからブレスとか、周辺の空間を捻じ曲げたり、殴ったりするより放ったりする方がもっと()()が良いのだろうと思う。《魔法》技能が《ドラゴン》に食われてから、いまだに魔法をそれっぽく使用出来るのはそういう気質が影響しているから、だと思われる。

 

 逆にマギーホアはブレスはそこまで。肉弾戦メインである為、初級の魔法でさえ使用する事がほとんど出来ない。お互いに《ドラゴンLv3》でありながら発生するこの差は間違いなく、技能以外の要因によるものだと言えるだろう。

 

 そういう訳で自分で出来る事をチェックしていた。

 

「魔法を使ったり武器をぶんぶんするのは結構いけるんだよな」

 

 元々前から使っていただけあって、その延長線上で活用できる感覚だった。ただ間違いなく斧や槌を使った戦闘に関しては劣化したと断言できる。昔ほど技能のキレが良くなくなった。その分、重力や光に対する働きは遥かに向上したし、身体能力も底上げされているから、武器を握るなら殴り飛ばした方が強いという感じがある。

 

「ただその代わりに、細かい技術関係はもう、どーにもならんな、俺は」

 

 《レンジャー》や《忍者》とかを始めとした細かい事に注意を払って成果を生み出す技能や、《技術》をベースとした剣術とか武術とか。そういうのが全般、駄目になっている。いや、完全にダメという訳ではないが、

 

 全体的におおざっぱになっている。

 

 前までは出来ていた細かい技術系統が使えなくなっている。

 

 ただ、まぁ、

 

()()()()()()()()感じはあるんだよな」

 

 なんというか、《ドラゴンLv3》を獲得してからは、()()()()()()()()()()()という感覚が強い。漸く俺になれた、漸く正しい形に戻れた、というか。ジルとの同化は完全にルドラサウム大陸に住まう生物として、本来の形に戻れたような、漸くルドラサウム大陸の住人になれたような、そんな感覚がしている。

 

 たぶんだけど、自分の技能は()()()()()()()()()()なのだろうと思っている。多分中身が俺になった時点で本来とは違う風にスキルが変化してしまっている。或いは《ドラゴンLv3》から技能が分離、或いは分割したとか。

 

 俺が人間的過ぎたから。或いは俺の魂が混入したから。それが原因だと思う。

 

「ま、これで大体俺が何ができるのか、ってのが発覚したからいいか」

 

 戦闘全般は問題なく行使可能、その中でも適性が高いのが武器を振るったり叩きつけたりする事や格闘戦になる。つまり体を使った戦い方だ。その次に適性があるのが魔法であり、基本的には破壊系統、それも重力や光ベースの魔法の方が得意で―――時空系統も、簡単なものであれば単独行使出来る。

 

 ただそれに比べ、ほかの作ったり、修復したり、回復したり、そういう系統が壊滅的になっている。簡単な《ヒーリング》程度であればどうにかなるが、それ以上の回復とかになってくると難しい。楽器での演奏も今では全く指が動かなくなるぐらいには出来なくなってしまった。料理も、得意なもの以外は作りづらさをどことなく感じる。

 

「しかしそれが解った所でどうするの?」

 

「うん?」

 

「いや、だから解った所でどうするの? 何か意味あるの?」

 

「特にない」

 

「特にない」

 

「いや、だって興味を満たしているだけだし」

 

「50年かけて?」

 

「50年かけて」

 

 ペンシルカウに居ると本当にゆっくりと時間が過ぎ去って行くのを自覚する。ラ・バスワルドが言葉を口にしたおかげでもう既に50年がアレから経過しているのだと思い出す。ゆっくり流れているようで外の世界では時間の流れが一瞬だ。こうやって何かに没頭しているだけで気付けば人間一人の一生が終わってしまう。50年なら既に平均寿命を迎えた人間が死んでいるだろう。

 

 もう、ククルの時代に生きていた普通の人間は全員死んでいる筈だ。

 

 そう思うと少しだけ寂しい。

 

 なんだかんだで、皆で暴れていたあの時代は楽しかった。

 

「……」

 

「ウル?」

 

「ん? あぁ、いや……他のみんなは元気にしているかなぁ、って」

 

「そういえばもう100年以上は会ってなかったわね。捨てられてから」

 

「意外と根に持ってるなお前」

 

 ラ・バスワルドが不貞腐れる様にルドべぇの上でぼよんぼよんと体を弾ませる。ルドべぇの顔がやや潰れてから元に戻ったりして見ているのが面白い。しかし元魔王討伐隊、今では普通に魔王ガイの魔人として魔物界に引っ込んでいる連中だが、本当に何をしているのだろうか? ケッセルリンクは一回死亡して、そこから儀式によって復活したという話は聞いた。他の魔人もあの戦いに参加した連中は基本的に大怪我の影響で全く動けなかったとか。ブリティシュだけはまた旅に出たという話を聞いた。多分どこかで英雄として活躍しているだろうとは思う。

 

 ……やっぱ会いたいなぁ、連中と。

 

 視線をラ・バスワルドへと向ける。視線を受けたラ・バスワルドが首をこてん、と傾げる。その姿に向けて中指を突き立てる。

 

「そろそろこの神々最大の不良品を魔王城に返品しに行くか」

 

「私の扱いが酷いんだけど。こう見えても私二級神よ」

 

「元って言葉を付けろよポンコツ」

 

「私に対する敬意足りなくない? 足りなくない……?」

 

 だったらもっと神らしくしてみろよこいつ、と思った所でわー、と漏れる声が聞こえてきた。視線を声の方へと向ければ、チェック用に使っていた屋敷の裏庭に小さな侵入者たちが現れていた。屋敷の裏庭を外から遮断するフェンスとして働く背の高い植込みには目立たないが小さな隙間がある―――それこそ子供が入り込める位の隙間は。

 

 ワザと残してあるのだが。

 

「ウルさまとごくつぶしだー!」

 

「ごくつぶしー!」

 

「その名前で私を覚えるのやめない?」

 

「ごーくつぶしー! それいけー!」

 

 植込みの隙間から出てきたカラーの少女たちはまだまだ幼い子供の姿をしている。カラーの成長は非常に早く、数カ月の間に幼児まで一気に育つ。そこから20歳ぐらいまでは人間同様の速さで育つものの、幼児の間は非常にはしゃぐ子が多い。その為、昔から探検気分でこうやって忍び込んでくる子が多いのだが、

 

 まぁ、ルートを用意すれば飛び込んでくる場所は指定出来る。

 

 そういう事で昔からこの屋敷には、子供の為の忍び込むルートがあったりする。今でもそういう子供が隙間を通って裏庭にやってくると、そのままルドべぇの上に転がっているごく潰しに襲い掛かった。鬱陶しそうにラ・バスワルドが払いのけようとするが、ルドべぇが倒れそうだったり落ちそうな子供を尾びれ等でキャッチするので、適度な遊びになっている。

 

「ウルさまー! あそんであそんでー!」

 

「よーしよし、来い」

 

 わーい、と飛び込んでくる子供を一人掴んで、それを全力で空へと向かって投げる。そこに通りすがりのドラゴンが子供を掴んでそのまま空を飛び回る。キャッキャしている子供たちを前に、片手で数人持ち上げながら片手でジャグリングを始める。楽しそうな笑い声が聞こえる。

 

「よしよし楽しいか? お前らは将来有望だなぁ」

 

「うーん、この違和感があるようで全くない光景」

 

 上からドラゴンが解放して落ちてきた子を重力制御で優しくキャッチし、ジャグリングに加えて遊んでやる。重力の操作はお手の物、落としたとしても一切のけがをする事無くそのまま空へと射出する事が出来る。

 

「もーいっかい! もーいっかい!」

 

「つぎはわたしわたしー!」

 

「え、ぼくのだよー!」

 

「やだー! わたしがやりたーい!」

 

「こらこら、幼馴染だったら仲良くしなきゃダメだろ? そうら」

 

 再び子供たちを空へと放り投げながら空の旅を楽しませる。やっぱり子供たちの相手をするのは楽しく、そして心が安らぐ。ここで生まれ育った子達は全員自分の子供の様な存在だ。それだけでもう、かわいい。

 

「そんなに子供が好きなら自分でも作ったらどうなの?」

 

「流石に自分の子を持つのは怖いしなぁ」

 

 後、これでドラゴンが生まれてくるようであれば―――いや、ヒーロー・ヘルマンの事を考えると恐らく生まれてくるだろう。そうするとドラゴンの数が増えるだろうし、それによって生物のバランスも崩れてしまう。純粋に子を孕むのが怖いというのもあるが、それはそれとして、生物のバランスを崩すのは不味い。

 

「とはいえ、何時かは俺もなぁ……」

 

 子供、欲しいなぁ。種の本能として。或いは自分個人の願望として。何時かは欲しい。そう思える相手は―――どうなのだろうか?

 

 居るのだろうか?

 

 現れるのだろうか?




 ごくつぶしの魔人ごくつぶし。

 子供好きのウル様。やっぱりどことなく自分の子供が欲しいなぁ、と思っているので完全に雌。女、ではなく雌。基本的に価値観が人間じゃなくてドラゴンであることを忘れてはならない。

 子供、は二部へと繋がる要素でかなり重要なもの。

 では不良品は返品で。


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120年 野生

 まぁ、ぶっちゃけ、ラ・バスワルドを魔王城に送り返す必要は皆無なのだ。なんだかんだでこいつが馴染んでいるのは事実だし、こいつ程度の食費で家計が傾くようなこともない。そりゃどれだけ食べた所で一人分の食費でしかないのだ、ガルティアでもないのだからそれで苦しむ様な事はない。だがそれはそれとして、ガイにラ・バスワルドを叩きつけるのは楽しそうだと思っている。それにそろそろ魔王城の様子を見たいというのも事実だった。

 

 つまりラ・バスワルドを口実に魔王城へと飛び込もうという話だった。

 

 歳を取ると行動の一つ一つ理由を付けないと行動出来なくなる。見栄とかを張りたくなってくる。歳をとっていい事なんて一つもない。見栄と意地ばっかり積み重なって中々自由に動けなくなってくる。それを一切持たずに動き回れるランス君が凄い、という話でもあるのだが。あのフットワークの軽さは本当にうらやましい。早く生まれてこないかなぁ、一緒に遊んでみたい。

 

 そんな事からペンシルカウを出る。

 

 大陸中央に存在するペンシルカウ、クリスタルの森は行こうと思えば大陸中央からどの地域へもアクセスする事が出来る。むろん、JAPAN以外に限るが。故に今ではガイがひきこもる大陸西部、魔物界へと進むルートも当然ながら存在する。昔はただの荒れ地と異常繁殖しているだけの地域だが、シルキィ・リトルレーズンによって魔王ガイが西部へと移住してから魔軍も其方へ、魔物の大半も西部へと移動した為、魔物界として認識されている。魔物界は魔王、魔物、魔人の存在する地域でありながら環境もかなりハードである為、人類からはアンタッチャブル扱いされている環境であり、魔王城を新たに建築した魔王を始めとした魔人たちがそこに住まい、

 

 それ以外は開拓されていないと言われている。実際、それは正しい。大陸西部の領域は人間が生きていくには少々厳しすぎる。その為、まだまだ西部へと入り込むルートは少ない。道を選ばなければ入るだけなら入れる。ただやはり、整備されている道を保有しているのはクリスタルの森から進むルートだけになるだろう。

 

 そのため、クリスタルの森から出て西部へと向かうルートは道に沿って行くだけで良いので楽だ。それが終わっても飛行すればいいので、自分とラ・バスワルドだけで移動するなら非常に楽になる。

 

 そういう訳で、魔王城訪問が始まる。

 

 ここら辺は歩くのは面倒なもんで、ルドべぇを少しだけ大きくさせてその背中の上に二人で座って乗っている。こうやって移動するのにももはや慣れたもんで、ゆっくりと宙を泳ぎながらルドべぇが進んでゆく景色を眺めて行く。

 

 とはいえ、

 

「やっぱこっちは荒れてるなぁ。なーんでこんなに荒れてるんだか」

 

「そういえば魔王が住まう地域は段々荒れるって特性があったけど、こっちは最初から荒れてたわよね」

 

「そうなんだよなぁ」

 

 【ひつじNOTE】の見直しで気付いたのだが、どうやら魔王が存在する周辺地域は段々と禍々しく変貌するらしい。旧魔王城だったリーザス周辺地域は常に争いによって周辺環境が破壊され尽くす事が多かったため、環境が禍々しくなる前に全て吹っ飛んでいたから解りづらいが、それでも植生などが大きく変わってきていた。この現在の魔物界は、そういう魔王の影響を受ける前からこうなっていた。それが今、ガイの登場によって更に本格的に禍々しくなってきている。地上を歩く必要があれば、相当苦労するであろう事実は周辺に溢れる魔物の姿を見れば理解できる。

 

「私は数百年の記録しかないんだけど、もっと昔はどうだったの?」

 

「ここら辺か? んー……俺がドラゴンだった時代も結構荒れてたな。今ほどじゃないけど」

 

「へぇ、どうしてなんだろう」

 

「さぁ?」

 

 ルドラサウムが魔物界のデザインを気に入ったとか、そんな適当な理由じゃないのだろうか? そもそもあの創造神はほとんど白痴だ。何かをする上で深く考えているわけじゃない。あ、それ気に入った! と思ったらそれをそのまま愛でるタイプだ。面倒なのは全部三超神の管轄だし。難しい事は大体部下が担当している。アレ、考えてみるとルドラサウム大陸の運営とはブラック企業なのかもしれない。

 

「そんなブラック企業に内定の決まっているドラゴン・カラーがいるそうである」

 

「ウル・ホームラン!」

 

 急に、マッハが、出たから。

 

 尾っぽを掴んでウル・ホームランを叩き込んで魔物の群れに神の姿をデッドボールしたら再び浮かべた状態の背に乗ってふわふわぷかぷかと移動再開する。周辺には戦いの気配を感じ取った魔物がどんどんと集まってくるが、それが集まった時点でラ・バスワルドが《破局崩壊》を打ち込んで悲鳴が漏れる前に蒸発していく。悲鳴が聞こえないので魔物がまだ集まってくる。そしてそれが言葉を放つ前に蒸発していく。そして発生するドロップを適度にルドべぇが口の中にバキュームして回収していく。

 

 便利な道中だった。これでレベリングになるかは微妙だったが。

 

 それでも魔物界らしい道中となっている。これほどフリーの魔物に絡まれるというのも稀に見る、というか経験としては割と珍しい事であった。

 

「ガイが魔王として特別強いわけじゃないんだろうけど……元々あんまり良くない土地だったかもな」

 

「ふーん」

 

「まるで興味なさそうだな、おい」

 

「だって興味ないし。私、楽してゴロゴロして生きて行けるならそれでいいわ」

 

「本当にポンコツニートになりやがってこいつ……」

 

「だって怠惰しているのが一番楽じゃない。無駄に望まなければそれで十分な生活送れるし」

 

 ある意味ラ・バスワルドは真理を突いている。下手に望まなければ不幸になる事もないだろうというのがこの大陸におけるルールだ。行動したり、目立ったりするからこそ不幸になる。人生が狂っていくのだ。それを誰よりも自分が良く経験し、理解している。とはいえ、楽しいイベントが目白押しなのでそれに便乗したくなるのはドラゴンという種族としての本能なので回避のしようがない。まぁ、闘争に関してはもう完全に楽しんでいるところがあるので、聖魔教団が動き出す頃が楽しみである。

 

 闘神シリーズ。

 

 その実力は魔人さえも凌ぐとの噂である。

 

 本稼働された闘神シリーズがどう動くのか、実に興味がある。何よりも現状のペンシルカウの状況を見て、ドラゴンやカラーが聖魔教団に同調するとは欠片も思えない。絶対に無視して引きこもるに決まっている。そして大陸統一のために聖魔教団が此方に手を出して来たら、

 

 そりゃあ魔軍vs聖魔教団vsカラーで三つ巴の戦争を始めるのも楽しそうだ。

 

 人類の未来はイベントが豊富で実に明るい。この先の世界も楽しみが続くだろう。だがその前にはまず、魔王城の様子を見なくてはならない。ガイが歴史通り進むか、それとも歴史から逸脱して行動するのか。既にガイが魔剣カオスを握り続けているというイレギュラーが発生している。それによって既に流れは変わっているのだから、完全に同じとはいかないだろう。流れ次第ではガイがもっと早い段階でホーネットを仕込んでいる、なんてルートもあり得るかもしれない。

 

 しかし父親としてのガイとかまるで想像できない。

 

 それよりも魔人に囲まれた生活でストレスのたまったカオスが殺させろと叫んでいる姿しかイメージ出来ない。

 

 あいつ、未来まで寝かしておく方がいいんじゃないのだろうか。それともどっかに封印とか。現状、存在しているだけでカオスが可哀想な状態になっているのだし。

 

 久しぶりにケッセルリンクやガルティアにも会える。皆、元気に飯食ってるだろうか。ケイブリスもそろそろ良い感じに腐敗してないだろうか。どれだけ強くなったか気になるし。ちょっかいかけてやるのも楽しいかもしれない。またケイブリス、ジョバってくるだろうか? きっとジョバってくれるに違いない、だってケイブリスだし。GLの後期はエンカウント出来なかったし、地味に気になる存在だった。

 

 ペンシルカウの復興は終わったし、ククルの封印の事もルシアに伝えておいた。これで俺がうっかり数百年暇潰しに没頭していたとしても、問題はないだろう。俺は寝過ごし実績があまりにも多いので信用してない。まぁ、言葉を残してきたのだから大丈夫だろう。あと最近お見合いを進めてくるマギーホア。

 

「んー、あんまり景色が良くないなぁ此方は。サクッと魔王城へと飛んでった方が良いか? 個人的には旅をする以上、折角だからゆっくりと楽しみたい所なんだけど」

 

「え、この虐殺を楽しみたいの」

 

「……流石に俺でもそれは嫌だなぁ」

 

 常に魔物に襲われながらそれの蒸発を楽しんでゆく旅。確かに魔物界でしか味わえない経験だが、こんな経験したくもない。片っ端からラ・バスワルドが消滅させているが、それでも段々とめんどくさそうな表情を浮かべている。先ほどから豚バンバラなどが登場している辺り、消さずに殺して肉を得たら鍋にするのも美味しそうだと思いつつ、さっさと移動することを決意する。

 

 ゆっくり移動してもたぶん、ずっと魔物に襲われ続けるだけだし。24時間余裕で戦えるとはいえ、流石に雑魚を消滅させ続けるのは面倒だ。さっさと魔王城に到着して美味い飯でも食べたい所だ。魔王城名物とかあるのだろうか? こう、魔王饅頭とか。歴代魔王人形コレクションとか。

 

 流石に不敬か。今度ペンシルカウで流行らせよう。

 

「ルドラサウム大陸の歴史に登場した偉人、有名人とかをカードゲームのキャラにして販売したらいい感じに売れそうだな……」

 

「また変なことを企んでる……」

 

 失敬な、そう思いながらさっさと空に逃げて、そこから魔王城を目指す事に決めた。そうと決まれば地上に居る理由もない。襲い掛かってくる魔物を無視してルドべぇに高度を上げさせる。それによって基本的に地上を走り回る魔物達はこちらに近づけなくなってくる。それをルドべぇの上からラ・バスワルドが見下す。

 

「ふふふ、やっぱり空から雑魚を見下ろすのは楽しいわねぇ。あぁ、そうよ。やっぱり塵芥は見下ろすに限るわ」

 

「やっぱこの世界の神魔ってどうしようもなくクソだわ」

 

 ラ・バスワルドが怒りを見せながら下から攻撃を届かせようとするも、全てが無意味な抵抗になる魔物の姿を眺めながら笑う。それで久しぶりに怠惰モードから復帰したのか、ラ・バスワルドが片手に《神光》を集めた。

 

「別れの餞別よ。これでも……持って逝きなさいっ!」

 

 そして放った。特大の《破局崩壊》が地表を薙ぎ払い、地層を貫通して大量の魔物を痛みを知覚させる暇もなく問答無用で消滅させた。それを見てラ・バスワルドが舐め腐った表情で地上を見下ろしながら笑っている。自分でまき起こした破壊を見て、

 

「そう! これよ! 私は破壊神ラ・バスワルド」

 

「元な」

 

「そう! 私は元破壊神ラ・バスワルド!」

 

「訂正するのかお前……」

 

 ツッコミをスルーし、ラ・バスワルドは高笑いをしながら塵の様に消し飛んだ地表の痕跡を眺めていた。

 

「私は元々恐怖と暴力に彩られた破壊の女神! 本来はもっと恐れられ、畏れられ、そして崇められる存在! そもそも雑に私が扱われている状況がおかしいのよ!」

 

「そろそろお口チャックしないとご飯はなしだぞ」

 

「はーい」

 

 ラ・バスワルドが素直に座り、膝を抱える様に丸まりながらルドべぇの背の上で黄昏れ始める。元二級神だった頃と比べると明らかに転落しているとしか表現できないラ・バスワルドの姿に関しては全く同情しない。一度お前に消されかけた事実は一生恨んでいるからな、と心の中で唱えつつ、

 

 地の底、ラ・バスワルドが割った大地の底から沸き上がってくる黒い煙と力の塊を感じた。ラ・バスワルドもそれを同時に感知したようで、冷や汗を垂らしながら視線を必死で逸らしているのが見える。そんなラ・バスワルドへと視線を向けていれば、へたくそな口笛で誤魔化そうとし始める。

 

「お前さぁ……」

 

「私は! 悪くないでしょ! それに出てきた所で消し飛ばせばいいんだから」

 

「あ、馬鹿お前そういうフラグはやめ―――」

 

 言葉よりも早く、立ち上がったラ・バスワルドが亀裂の中から出現しそうだった影へと向かって再び《破局崩壊》を放った。それが亀裂の中から出現する影によるビームとぶつかり合う事で間で爆裂する様に相殺し合った。その間に地の底で眠っていた存在は亀裂から飛び出す様に両手で大地を叩いて飛び上がった。

 

 巨大であり、そして異形の姿をした魔()

 

「よーぞーらーの―――」

 

 ラ・バスワルドを蹴り飛ばしながら空中に浮遊する此方を狙う様に拳を振り上げたそれに合わせてルドべぇが伸ばしてきた尾を掴んで自分から飛行し、フルスイングでルドべぇを叩き込む。硬質な感触と質量に、ジャストミートした感触が伝わり、そのまま振り切る。

 

「―――星になれ! 昼間だけど!」

 

 ホームランを叩き込んだつもりだったが、弾き飛ばされながらも巨大な魔神の姿は空中で一回転すると、額の青いクリスタルを輝かせてから大地へと向かって落下し、本編では一切披露されることなかった全身を世界に対して晒す事となった。

 

 本来は遺跡の奥深くに封印され、表に出る事のない強大な力を秘めた魔神。

 

 寄生魔神グナガン。本来であれば迷宮に寄生して無尽蔵に魔物を吐き出し続ける魔神と呼ばれる異界の存在。それがどうやら、ラ・バスワルドの八つ当たりビームを喰らった事によって迷宮から解放されてしまったようだった。白目になりたいのを抑え込みつつ、ラ・バスワルドを見る。

 

「あんなのが埋まってるなんて知らないわよ!」

 

「馬鹿! こ、この馬鹿! ほんと馬鹿! 馬鹿!!」

 

「私は悪くないってばぁ―――!」

 

 お前は本当にもう、とか思いながら出現した魔神グナガンをどう処理するか一瞬考える。だがそう考えた直後、グナガンが此方へと視線を向けたまま大きく跳躍する事で後退した。

 

 そして此方から距離を取ると、

 

 魔物界へと向かってダッシュを始めた。

 

 その姿を浮かんだまま、ラ・バスワルドと共に眺める。魔物界へと全力でダッシュするグナガンが魔物を生み出しながら地形を破壊しながら楽しそうに魔物界へとダッシュしている。

 

「……」

 

「……」

 

 そのまま、魔物界の果てへと消えていく姿を見送る。

 

「……ねぇ、今回見た事は忘れた事にしない?」

 

 ラ・バスワルドのその言葉に腕を生やして組み、首を傾げ、空を見上げ、下へと視線を向ければサムズアップのマッハが見えた。それを見て頷き、

 

「採用! さて、魔王城に行くか!」

 

「魔王城でのご当地グルメが私を待っている!」

 

 魔王城は観光地かよ、とツッコミをラ・バスワルドに叩き込んでから再びルドべぇの上へと乗りこみ、省エネモードで魔王城へと向かった。

 

 なんの問題もなく魔王城に到着できそうだ。




 野生になってしまったグナガン。今までずっと遺跡の奥ばかりで登場するボスだったし、外に開放されたグナガン君はきっとスキップしながら魔物を無尽蔵に生産してくれるでしょう。

 基本、ポンコツ。


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120年 新・魔王城

 豚バンバラの肉を一口大にカットして、すでに準備が整っている鍋の中へと投入。既に浮かんでいる野菜などを別のお椀の中に収穫しつつ、それを醤油に付けてから口の中へと運んで行く。白米が欲しい所だが、流石に魔物界で白米を炊く事は出来ない。そこは素直に諦めるとして、鍋をそのまま単品で楽しむ事にする。

 

「んー、んまい。鍋は多少雑でも食べられるからいいよなぁ」

 

「んまんま」

 

 ラ・バスワルドと二人で魔物界の大地で鍋を食べている。具材は持ち込んだ野菜に現地で収穫した豚バンバラのお肉を使っている。基本的にランクの高い魔物の方が味がある為、結構高位の豚バンバラを狩ったのだが、元女神の魔人と最強種のタッグで殺せない魔物がいればそれは何らかの突然変異を起こしたトッポスぐらいだろう。アレはマジで怖い。

 

 なおこの世で一番恐怖を感じたのはマギーホアのキレた姿である。

 

 バンバラ鍋は作りが雑でもレシピ通りにやれば味にややムラが出ても、基本的には美味しく仕上がる料理だ。どんな料理下手がやっても変なものでも投入しない限りは美味しく作れる為、《ドラゴンLv3》となって不器用となっても、問題なく作ることのできる料理の一つだった。なぜか【うはぁん】だけは昔同様一切の無駄なく完全に作る事が出来るんが不思議なのだが。ともあれ、鍋は雑に作れて、それでいて美味しい料理だ。プロフェッショナルが手を出すとかなり拘る事の出来る料理らしいが、今はそういう話じゃない。

 

 鍋を食べて基本的に満たさなくても良い腹と、燃費が悪いから暴れると大量に食べなきゃいけない腹を満たし、満足気な息を漏らす。やはり食べるという行いは幸せを補給する物だと思う。美味しいものを食べている間はそれだけで心が満たされる気がする。食べ物をただの栄養補給としか考えてない連中とは一生相容れない気がする。それはともあれ、食べた所で満足すると、頭が回り出すので、食事が終わった所で話を始める。鍋と器が空っぽになったのを確認しつつそれを下に置き、

 

「えー、それでは魔王城で何をするかという事に関する会議を始めようかと思います」

 

「わーわー、どんどんぱふぱふー」

 

 ラ・バスワルドがわざとらしくファンファーレを入れて来る。サンキュー、サンキュー、と軽く頭を下げてからもう一度さて、と声をこぼす。

 

「実は特に理由がない」

 

「困ったわね。理由がないと適当な理由で飯が巻き上げられないわ」

 

「それな」

 

 魔王城に行くのは良いのだが、そのまま普通に向かっただけでは非常につまらない。せっかく百数年ぶりに魔王城へと向かっているというのに、ただ普通に魔王城へと向かうっていうのもなしだ。これはあまりにも面白くはない。だからと言ってテロを仕掛けたら《破局崩壊》と《ウル・アタック》でうっかり魔人を殺してしまいかねないだろう。それはそれで非常に困る。特に最近は野生のグナガンが魔物界を走り回っているし。魔物界もこの先が不安になってくる程度には未来から乖離しているのかもしれない。

 

 そんなことを考えつつ、

 

「とりあえず魔王城の下見をするか」

 

「何か美味しいものがあるといいんだけれど」

 

「ほんと飯の味を覚えやがってこの駄女神……」

 

 鍋などを片付けた所で、魔王城までの最後の空路を進んでゆく。

 

 

 

 

 魔物界同様、荒れ果てた大地に禍々しい城を正直な話、イメージしていた。CG等から未来における魔王城のイメージはおぼろげながら理解していた。その為、魔王城がどういう姿をしているかは知っていた。だが魔王城に接近した所で見えたのは、

 

 魔王城とその城下町の姿だった。

 

「何これ」

 

「俺が聞きたい」

 

 魔王城は良い。それはまだ良い。だが問題は魔王城の目前に広がる小規模ながら発展を見せる城下町だった。拙い建築技術によって建てられた、人類の技術を模した建造物によって都市が構築されていた。そこを魔物兵や、普通の男の子モンスターや、女の子モンスターが歩いている姿が見える。それは魔王城の前に広がる、魔物達の都市として存在しているのだった。いや、魔物の街は確かに存在する事は知っていた。魔物界にはそういうコミュニティも存在するのだと。だがこうやって魔王城の前まで、繋がる様に都市ができているのを見るのは初めてだし、知るのも初めてだし、歴史にこんな出来事は無かった。

 

「どうしよう、流石にこれは予想しなかったわ」

 

「食える場所があるならどこでもいいわ」

 

 そういうとラ・バスワルドはルドべぇの背中の上に飛び乗り、そのままだらりと体を動かさず、ルドべぇの移動を待つ。その姿を見て、本当にとことん魔人として活動する事も行動する事も興味がないんだなぁ、というのを理解させられる。この女神、破壊の女神のロールからジルによって解放され、その上で魔人として破壊する事には欠片も興味を持っていない為、ある意味一番救われている存在なのかもしれない。

 

 その代わりにラ姉妹が生まれていない為、既に未来が不確定になっている。

 

 まぁ、そこらへんは今更って話ではあるのだが。

 

「仕方がねぇーなぁー。適当に散策すっぞオラ」

 

「何か美味しそうなものを見つけたら教えて」

 

「魔物界で何を期待してるんだお前……」

 

 軽くラ・バスワルドの反応に呆れつつも、歩き出せばルドべぇがふよふよと空間を泳ぎながらついてくる。その上でだらりとくつろぐラ・バスワルドは他の事に我関せずという様子で、実にめんどくさそうにしている。本当にダメな子だった。

 

 そんな事を考えながら魔王城前の城下町にやってきた。近づけば更にその文明レベルに驚かされる。ルドラサウム大陸の平均的なレベルの建築技術が使われているのではないだろうか? ここまでの建築技能を魔軍側が発揮するなんて自分は初耳だ。少なくとも都市規模へと大きくなりそうな魔軍の都市なんて、今までは存在しなかった。

 

 それに此方が都市にやって来て、魔物達の反応は薄い。此方へと視線を向け、偶に欲情の視線などを向けるが、別に統括している魔物隊長らしい存在によって睨まれ、視線を外している。恐ろしい事に、魔物による文明、文化の構築が行われていた。恐るべき光景だった。人類が唯一、魔軍に対して勝てる要素はそれが人類が文明であるから、という点にあった。だがそれが今、魔軍が都市を築き、そして文明を生み出そうとする姿によって破壊されている。

 

 これは、本格的に放置してはならないものだと、直観的に理解する。このまま残して文明を進歩させれば、それがやがて人間を滅ぼす遠因になる事を理解する。

 

 誰かは知らないが、魔軍に文明を構築し、築き上げる概念を与えたやつはまさしく、バランスブレイカーだ。

 

「―――俺じゃん……!」

 

 一番最初に料理する事の楽しさ、積み上げることの面白さ、努力を教えたのは俺だった。そういえばSS時代にそんな事教えたよなー、俺。あの時の魔物達は誰かの使徒になってるんだろうか? ガルティア辺り飯の為に使徒にしてそうだけど。あ、いや、その前に流石に寿命が尽きただろうか? というかこの広がり具合は俺が原因か、うむ。

 

「滅ぼ―――」

 

 すか、と言葉を告げようとする前に、

 

イヤッフゥ―――!!

 

 赤い台風がケツワープからのスーパースライドで街へと衝突した。アッパーで魔物兵をミンチにするとそのまま暴風の如く家を引き抜いてそれをハンマーに魔物が作り上げた全てをスクラップ&スクラップして行く。その配管工のオーラを感じる赤いオーラを纏ったトッポスの姿はもはや魔物界の自然災害としか表現できない。その前に立つ魔物兵、魔物隊長は当然の様にミンチになりながら、その進路上の建造物は全てが跡形もなく吹っ飛ぶ。配管工オーラを纏ったトッポスはもはやアンストッパブルだった。ひたすら本来の本能に任せて魔物を虐殺しながら魔軍の生み出した建築と街並みの全てを破壊し続けている。

 

「……魔王城に行こうか」

 

「何も食べられそうにないしね」

 

 お前本当にそれしか考えてないよな、と飛んできた魔物兵の内臓を魔法で消滅させながら降り注ぐ血の雨を消しながら魔王城へと向かって歩き出す。町ではジェノサイドが巻き起こっているが、丁度良いぐらいなので見なかった事にして放置する。ドラゴン本能的にはトッポスと戦ってみるのも楽しそうだが、ここで戦ったら間違いなく魔王城まで巻き込んで収拾がつかなくなるルートに入るだろうし、ここはぐっとこらえて我慢する。

 

 あのトッポスが居る限り、魔軍の文化や文明が大きく育つ事はまずありえないだろうから、安心して殺戮現場を後にして魔王城へと向かった。トッポスがヒアウィゴー! でアピールしているのを無視して先へと進めば、そんな血生臭ささからはやや解放された魔王城前にまで到着して来る。

 

 そのデザインはどことなく旧魔王城に似ているような気もする。旧魔王城をモデルにして新築されている魔王城は、前の魔王城よりも一回り大きく見える。それに前よりも城壁などが堅牢に作られているようで、基本的にスラルが作った魔王城の設計をベースに、現在の建築技術を上乗せする事で更に拠点としての能力を上げた魔王城を作っていた。或いは城下町は建築技術を試す為の場所だったのかもしれない。前よりも立派になった城を見上げる。

 

「頑張ってんなぁ。偉い立派な城になってんじゃん……」

 

「でもお城ってちょっと息が詰まるわよね。私は木造の方が気持ちよく眠れるから好きよ」

 

「解る」

 

 生活していてわかるのだが、木造と石造ではまるで住みやすさが違うのだ。ペンシルカウは豊富な自然から切り出した木材から建築しているのだが、これまた南のゼスと北のヘルマン―――まだ名前はないのだが、その両方の空気が翔竜山によってぶった切られているので、丁度良い感じに気候が調節されているのだ。おかげでペンシルカウは本当に過ごしやすい場所になっている。裏庭の原っぱでごろり、と転がって眠れるぐらいには。

 

「木造魔王城」

 

「良く燃えそう」

 

「寧ろ燃やしてみたい」

 

「気持ちは凄い解る。見ろよ魔王、お前の城が燃えてるぜ! ってやってみたいよね」

 

「楽しそうよね、燃えている魔王城の前で項垂れる魔王を見ながら笑うの」

 

 ラ・バスワルドと熱い握手を交わしながら炎上魔王城の話題で盛り上がり始めると、扉が開き、その向こう側から呆れた表情のカミーラが姿を見せる。その登場にやや驚いた。カミーラといえば魔王戦争のときも一切顔を見せず、引きこもりながら戦いに参加する事もなかった魔人、プラチナドラゴンの魔人だ。しかもかなりのめんどくさがり屋であり、大体引きこもって自堕落な日常を過ごしている魔人だった筈だ。

 

 それが呆れた表情を浮かべているものの、扉を開けて迎えに来るという姿は中々ショッキング―――という言葉は悪いが、それでも驚くべき事だった。

 

「あ、カミーラ」

 

「何時までそこで貴様とその駄女神は遊んでいるんだ。入るならさっさと入れ」

 

 そう言うとカミーラは魔王城の中へと戻って行った。その姿を見てからラ・バスワルドと視線を合わせると、ラ・バスワルドがルドべぇのケツを蹴って先へと進む事を促し、魔王城の中へと向かって進んでゆく。

 

「温かい紅茶と一緒に食べるクッキーの気配がした……!」

 

「なんだお前のその食欲センサーは」

 

 魔王城の中へと入って行くラ・バスワルドの姿には欠片も警戒心が存在せず、遠慮もない。まぁ、今の実家と言えばそうなのだろうが。とはいえ、カミーラを待たせるのも悪いだろう。せっかく迎えに来てくれたのだ。

 

 最近のマギーホアに関する事を愚痴る事に決めた。

 

 一回、カミーラに怒られたらマギーホア滅茶苦茶罪悪感で落ち込んでくれないだろうか?

 

 そんなことを考えながら、新・魔王城に到着した。




 久しぶりに喋って動くカカカさん。今、ポジション的に物凄い複雑なんだよなぁ、ドラゴン関係としては……。久しぶりにお話しできるね。そして最近の父親面に関してもチクれるね。


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120年 食券 カミーラ

 カミーラの部屋はなんというか―――貴族の部屋、とでも表現すべき豪華さがあった。少々煌びやかなものが多いとも言える。とはいえ、ドラゴンは昔からある程度、宝物に対する執着心の様なものを持つ。雄はそこら辺の執着が薄く、マギーホアがコレクションを持っている程度だが、雌はそれなり収集癖みたいなものがある。自分も気づけばバランスブレイカーを探し回ったりするし、ハンティもアレで実家には色々と物を置いている。だからカミーラの部屋の装飾品や調度品に関してはそこまで驚くものでもなかった。とはいえ、もうちょっと装飾とかを質素にして屋敷で暮らしている身としては、流石にこの貴族らしい豪華さは気後れする部分があった。

 

 だがそれも即座にテーブルについてクッキーをもぐもぐと食べ始めるラ・バスワルドを見れば吹っ飛ぶ。遠慮も容赦も持たない元女神の姿をカミーラと共に眺めてから二人で無視することを決めて、テーブルに着く。それに合わせ、魔物兵が紅茶を淹れる。来客を予想してか、既にポットは温められていた。そこから蒸らしながら、心地よい紅茶の匂いが部屋を満たしてゆく。

 

「貴様が料理の仕方を教えた魔物がいただろう?」

 

「あぁ、かなり昔の話だけど」

 

「アレは死んだが技術を継いだ魔物は出てな。これはその技を継いだ一体という訳だ。中々美味く茶を淹れるものだから仕える事を許している」

 

「へぇー。やっぱり魔物でも後に残るものはあるんだな」

 

 それよりもカミーラが魔物兵の様なセンスの欠片も感じない存在をそばに置いていることが驚きではあるのだが。根本的に自分の美的センスに引っかからない存在であれば絶対にそばに置かないのがカミーラだ。というか根本的に面食いなのだ、こいつは。美しいものしか置きたがらない。つまりそれに匹敵するだけの価値をカミーラが紅茶に見出しているという訳であり、

 

 淹れられた紅茶を手に取り、そして香りを楽しんでから口へと運んでみる。

 

「ん……美味しいな」

 

「作法に通じるか」

 

「まぁ、こう見えて教養人の文化人だからね、俺は」

 

 ストレートでそのままを軽く楽しんでから砂糖を投下する。やっぱり味覚が女のそれなので、甘めな方が個人的に好きだ。シュガーキューブを二個だけ投入し、ミルクは抜きで楽しむ事に決める。カミーラの方はどうやら砂糖すら入れずに楽しむようだが。席に着きながら紅茶を片手に、ここが本当に魔王城かどうか疑わしくなるような優美さでティータイムに入る。

 

 なお、お外ではトッポスが虐殺トロフィー獲得に向けて頑張っている模様。

 

 血の雨が降っていることを考えれば一応は魔王城らしい光景なのかもしれない。

 

 並べられているクッキーは少々甘さ控えめの様に感じられるが、それでも舌ざわりが悪くない。紅茶を飲みつつそれを軽く口の中へと運び、咀嚼する。うん、悪くない。ウチのシェフほどではないが、魔物界で育てられている食文化の方も悪くない。そう思える程度には美味しかった。

 

 なおそんな感想もなくパクパク食べているのがラ・バスワルドである。

 

「これ、材料とかどうしてるんだ?」

 

「魔王城を新築する際に農場を作っていた。あまり広くはないが、私達だけで楽しむ分にはある」

 

 支配者の特権、というやつか。ガイが許可を出しているのなら、或いはガイが自分から推し進めたのかもしれない。なんだかんだでアイツもククルでの生活は楽しんでいたような気もするし。まぁ、正直魔物のことは使い捨ての存在も良い所だし、その待遇を深く考えるだけ無駄だ。たまに突然変異が生まれてくる以外では、連中はローコストというか、余り文明とかそういうのを必要としない生物だ。

 

 そういうのが生まれてもトッポスが始末してくれそうだし。

 

「魔王戦争後は会わなかったし、カミーラが気楽にやっているようで良かったよ」

 

「そう言う貴様は少し……女としての自覚が生まれたようだな。所作に女らしさが見れる。いくら教えてもまるで覚える事は無かった動きが今では自然と出ているな」

 

「そう……なのか?」

 

 女らしさと言われても正直ピン、とは来ない。だが所作や仕草、動きが女性らしくなっているという自覚はどことなくある。自分ではわからなくても、向けられる視線が女に対する視線であるのは解るし、どことなく自分がジルの仕草を引き継いでいる部分を偶に、ふと思い出すのだ。まぁ、今では完全に心身共に女だ。生まれ変わって漸く心と魂が体に馴染んだ、という事だろう。

 

 今では男である前世への未練も、執着もない。

 

 或いはそれが、最終的に自分を女にした原因なのかもしれない。

 

 どちらにせよ、私は女性であるという意識はあるし、そう答えることもできる。それがカミーラの方から見てわかるのであれば、良かった。自分の知り合いでメンドクサイ女性ナンバーワンは? と言われたらまず間違いなくその称号はカミーラに与えるし、逆に女という生き物に関してはこのカミーラがお手本でもあった。始めの頃は女性の体に関するアレコレをカミーラから教わった。

 

 髪の洗い方とか、そういう細かい所を、だ。

 

「思えばアレからもう何千年も経過しているのか……」

 

「私としてはいまだに貴様がアレとつるんでいるのが驚きだな。貴様もいい加減雌としても仕上がって来ただろう。最近はアレが番を作れとうるさくはないか」

 

 カミーラが煩わしそうに部屋の隅に置いてある物へと指さした。

 

 そこには貼り付けにされたややボロボロのマギーホア人形が置いてある。SS期にカミーラを虐める時に大量生産してひたすら投げつけたやつだ。非常に懐かしいものであった。多少ボロボロではあるものの、どことなく修繕された形が見える。雑に扱ってから壊れては直し、を何度も繰り返したような、そんな感じがする。

 

 なんというか、憎しみだけでは表現出来ないカミーラのメンドクサイ感情を感じられる。だけど大抵の女とはメンドクサイ生き物だ。

 

 無論、俺も部類で言えばルドラサウム大陸のメンドクサイ生物筆頭に入る。

 

「最近はお見合いを勧められていて……」

 

「だろうな。トロンは潰えたとしても、本質が君臨する者だ。どう足掻いてもお節介を焼きたがる。鬱陶しいのなら顔面に一度鬱陶しいと言ってやれ。昔の様に融通が利かぬわけではなかろう」

 

「間違いなく100%善意で言っているから断りづらいんだよなぁ……」

 

「言わなければ解りもしないだろう。そもそも奴の善意でトロンは滅んだのだから。私は滅んで良かった、としか言えないが」

 

 当時のカミーラのポジションと言えば王冠、つまりはドラゴンを産むためのマギーホア専用肉便器だった。その扱いについて考えるとやはり、カミーラは怒りしか感じないのだろう。今でも憎しみを引きずっている様にも思える。だがそこにあるのは憎しみだけじゃない様にも、彼女の態度からは見て取れる。こう、フィーリング的なものだが、

 

「もっとちゃんと誘って貰いたかった?」

 

「さて、な。今となってはどうでもいい事だ」

 

「そうだな」

 

 紅茶に口を付けながら唇から零してしまった言葉を、これ以上紡ぐ事をやめる。なんにしろ、魔人となってカミーラはずっと魔軍に居る。離反するチャンスはあっただろうし、今となっては魔軍を抜けるのであればガイに話を通せばどうにでもなるだろう。そうであってもカミーラはプラチナドラゴンの魔人として魔軍に残る事を続けているのだ。それが彼女の選択なのだろう。何があっても翔竜山に戻ってくる事はない。

 

「それよりも貴様が見合いを勧められる事の話をしろ」

 

「えー。ウルちゃんはずかしーいー」

 

「その馬鹿みたいな表情を止めろ」

 

 カミーラが呆れの視線を向けて来る。そしてクッキーを軽くつまみつつ、

 

「で、貴様の事だ。番に条件を求めているだろう? どうした」

 

「俺よりも強い奴」

 

「納得の条件だな……」

 

 絶対嫁さん貰うぞー! とやる気になっているドラゴンが力を求めてマギーホアと日夜鍛錬を続けている事から翔竜山の方はだいぶ騒がしくなっている。そして偶にチャレンジャーが此方にやってくることもあるのを殴り返している。俺より強い奴を条件にすると、この大陸から大体の生物を除外する事が出来るので、割とお見合いのハードルをガン上げ出来て楽になった。

 

 しかしそこでカミーラがいや、待て、と言葉を置く。

 

「そもそも貴様……子供作る気はあるのか?」

 

 失敬な、と空になった紅茶のカップを置く。今まで気配を消して控えていた魔物兵が此方のカップを確認し、二杯目が必要かどうかを確認してから用意してくれる。その間にクッキーをつまんで、軽くルドべぇの上で転がりながらごろごろしている元破壊神の姿をチェックしてから話を続ける。

 

「俺だって子供の顔が見たいさ」

 

「本当か? 貴様、昔からどう見ても同性が好きなようにしか見えないからな」

 

「本当に失礼な」

 

 カミーラのその認識を修正する。

 

「俺はレズビアンじゃない。両刀(バイ)だ。そして今の所抱かれてもいいと思えたのがほぼ女ばかりってだけだ」

 

「それはそれでどうかと―――いや、相手を選べているだけいいのか? 発情期はどうしている」

 

「感じ取ったら感度を上げるお薬飲んで一瞬で意識トバして終わらせてる」

 

「その発想はなかったな……」

 

 絶頂しなきゃ終わらないんだったら、一瞬で絶頂すればいいという理論。問題は間違いなく人前では出来ないし、感度を数千倍にする薬なんて一瞬で人間を廃人にするものだ。まさかネタで作ったものがこんなに実用的なものになるとは、誰も思いもしなかっただろう。いや、でも発情期特有の脳味噌が吹っ飛んでひたすらセックスしている感じもアレはアレで楽しいんだけど。

 

「というかカミーラは発情期来てないよな」

 

「あいにくと魔人になってからは一度も経験していないな」

 

 あぁ、やはりそこら辺から調整入っているのだろうか? 肉便器となる事を求められた女が発情も来ずに犯され続けるというのも最高に悲劇的だよなぁ、と思えるのは神々側の視点を理解できてしまうからだろうか? まぁ、あまり考えていて健全な事ではないし、もう忘れても良い類ではある。

 

 二杯目の紅茶に口を付けながら、しかし、と声を零した。

 

「こうやってカミーラと普通に話せる日が来るとは思いもしなかった」

 

「……」

 

 その言葉にカミーラは言葉を返さず、黙り込む。

 

 個人的な話ではあるのだが、

 

「最近父親面しているマギーホア様とつるんでる分、嫌われてるもんだと思ってたけど」

 

 それ以外にも結構、俺にはやらかしが多い。脅迫したりとか。あまり、俺といて良い目をカミーラが見た事は無かったと思うが、カミーラはさて、と声を零す。

 

「そうだな、貴様個人は別段、そこまで好ましくはないな」

 

 だが、とカミーラは言葉を続け、そして小さく笑みを浮かべた。

 

「貴様が昔、一度だけマギーホアを怒りで狂わせたことがあっただろう」

 

「あぁ、左腕吹っ飛ばされた時」

 

「私はアレを見ていた」

 

 カミーラは言葉を続ける。

 

「怒りに咆哮した、あの瞬間だ。私には解る。常に冷静で、そして厳格であり続けた竜王マギーホア。奴が一瞬で全ての仮面と理性を剥ぎ取られた。奴が積み上げてきた全てが崩れ去った瞬間だった。絶望と、狂気と、そして何よりも抑え切れない怒り。アレは()()()()()だった。アレがだぞ? 誰よりも間違えなかったマギーホアがその一瞬で全てを間違えた」

 

 爆笑した。

 

 カミーラはそう言った。

 

「愉悦という言葉があるのなら、あれがそうなのだろう。貴様の甘言に乗り、アベルに連れ出され、魔人となり、だがそれも瞬きの間には終わり、連れ戻され、また倦怠の中で犯され続けるかと思えば―――これだ」

 

 楽しそうに語り、紅茶で口の中を軽く潤してからカミーラが言葉を続ける。

 

「あの景色には、それだけの価値があった」

 

「俺としては忘れて欲しい過去なんだけどね……」

 

「諦めろ」

 

 カミーラはまるで忘れるつもりはないと言わんばかりに足を組み、紅茶を片手に優雅なティータイムを楽しんでいる。そうやってカミーラが口にした事で解ってしまった。こいつ、今度はどういう醜態を見せてくれるのかを楽しみにしているのだ。げんなりとした表情を浮かべる。

 

「お前……趣味が悪くない……?」

 

「神魔に手を出している貴様よりはまともだ。第一アレが父親の真似事だと? 相変わらず面白い話を持ってくるな、貴様。で、アレはどういう風に失敗したんだ」

 

「失敗前提」

 

「貴様が居る所ではなぜかアレは失敗する。なるべく惨めなのから話せ」

 

「カミーラちゃんお前本当にもう……」

 

 趣味の悪さに関しては人の事が言えないでそれ以上何も言わないが、それはそれとして、長年の軽い謎が解けた瞬間でもあった。昔は気にしなかったような事ではあるものの、今になって聞いてしまったのはなぜだろうか。

 

 とはいえ、表面上は和やかで、それなりに意味のある会話は出来るのだ。

 

 彼女との関係はこれで良いのかもしれない。

 

 本命への突撃をかます前にカミーラと近況を報告し合いながら和やかなティータイムを過ごした。




 アベルにされた事もマギーホアにされた事もずっと忘れないし恨んでいるし憎いけど、それはそれとしてそれは過去のことであるし、物凄く笑わせてもらった。女とは複雑怪奇な生き物。

 それにしてもウル様脅威の絶頂術。昔は薬物意味なかったけど今は通じるよ、という事の証でもあったり。

 という訳でそろそろ今期の魔王に会いに行こうか。


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120年 食券 魔王ガイ

「―――と、長居しすぎたな」

 

「ん? あぁ……もう夕刻になっていたか」

 

 気づけば日が落ち始めていた。まぁ、かなりカミーラと話し込んでいたからしょうがなくもある。何せ、久しぶりとカミーラと話していれば、色々と話があう部分もあったのだから。より、意識が女性的になった部分があるというのも理由の一つかもしれない。なにせ、女の視点からドラゴンという種を見る事が出来るのは、今の所自分とカミーラだけなのだから。ハンティに関しては、女性意識が昔の俺並に低い為、話にもならない。そのせいかカミーラはあまり、ハンティとは話さない、というか興味がない様に見える。

 

 まぁ、紅茶も予想外に美味しかった事もあった。おかげでついつい長引いてしまった。元々はガイの様子を見る為に来たのであって、こういうつもりは欠片もなかったのだ。それでもまぁ、悪くはない時間だった。カミーラの此方に対する感情を考慮さえしなければ。堂々と嫌いだけど飲むのは楽しいから話し相手をしてやると言ってやれるカミーラの精神強度は相当レベルが高いと思う。

 

 そういう所、純粋に尊敬する。とはいえ、流石に長居しすぎた。一応、魔王城の家主であるガイの方に泊る前に顔を見せた方が良いだろうとは思う。それが最低限の礼儀という奴だろうとは思う。という訳で話と飲んでいた茶を切り上げる。椅子から立ち上がりながら片手しかないが、その片手をあげて世話になったと挨拶をする。

 

「気にするな。中々愉快な話を聞けたからな」

 

「まぁ、マギーホア様の醜態でいいなら何時でも話をするよ。シリーズはまだまだ数百年分あるし」

 

「そうか……それならそれは次回に回しておくとして」

 

 カミーラの視線が部屋の奥へと向けられ、自分も其方へと視線を向ける。そこでは沢山食べたラ・バスワルドがルドべぇを抱いたまま安らかに寝息を立てていた。それ、俺が三超神から謁見成功した時にもらった報酬―――というか三超神ざまぁ! 曲解できるならやってみろよオラァ! 記念の品なので、なるべく手元に置いておきたい。

 

 ほら。

 

 中に本当にルドラサウムがいたとしても俺だけならある程度安心できるしね……?

 

 いや、大空洞の中から大陸全体を眺める事が出来るし、態々ぬいぐるみになんてならないだろうとは思うけど。それでもハーモニットが声を震わせながら解りませんとか言ってくるぬいぐるみに関しては―――うん、とりあえず忘れよう。それよりも重要なのはしっかりと抱いて眠っている元破壊の女神の姿だ。がっちりとホールドしている辺り、引きはがすのが相当面倒なのが目に見えている。

 

 視線をカミーラへと戻し、指先をラ・バスワルドへと向ける。

 

「これ……置いてっていい?」

 

「……後で取りに来るならな」

 

「泊る部屋を貰ったら引きずって帰るよ」

 

 まぁ、寝相は良いから寝かしておいて問題はないのだが。それでも放っておく事自体にちょっとした罪悪感を覚える。だがよく考えてみればアイツは魔人だ。そもそも最初から俺に監督責任なんて欠片も存在しなかった。面倒を見る必要なんて最初から存在しなかったわ。それを思い出した所でラ・バスワルドを一時的にカミーラに預けることにして、ガイに顔を見せに行くことにする。部屋を出る前に一度だけ振り返る。

 

「じゃ、またねカミーラ」

 

「あぁ、次があるなら、な」

 

 なんともカミーラらしい言い草だった。苦笑しながら扉を出て、魔王城内に感じられる魔王の気配を察知する。この気持ちの悪い、魔血魂の気配の中でも特に強い魔血魂の存在感―――それが魔王の気配だ。魔王城に近づいてからはずっと感じているひときわ大きな魔血魂の気配。だがそれはジルや【血の記憶】だった頃の気配と比べれば、大きくその勢いと気配を失っている様に感じられる。まるで【血の記憶】のままだった時の方が強かったような、解放状態にあったような、そんな感じがした。

 

 あぁ、だがそういえばランスが遠い未来で【血の記憶】と戦ったのだ。

 

 それに向けて【血の記憶】が解放された時、戦えるようにチューンアップされているのかもしれない。

 

 そう考えると魔王は新たな生贄なのかもしれない。【血の記憶】の檻としての。ガイにはその役割を肩代わりさせてしまった。そして魔王戦争の結果、正史と比べて20年、その役割が早くなってしまった。リトルプリンセスが魔王を継承できる歳までの間、誰かが魔血魂を引き継がないといけない。それはガイが裏技でも使って魔王の任期を延長するかもしれないし、

 

 或いは資格があると判断された俺が魔血魂を受け継いでもいい。昔は一発で人格を乗っ取られる気がしたが―――今は、そうでもない。完全にルドラサウムの生物として生きている以上、漸く抗えるような、自分の精神を自立させているような、そんな気がする。まぁ、魔王になって自我が持つかどうかは、実際に経験しない以上はどうともいえない事でもある。ただまじめな話、将来的にも考えておかないとならない話ではある。

 

 空白の20年をどうするのか。

 

「魔王ウル……んー、実に良い響きだ」

 

 UL歴を始めるのも面白そうかもしれない。正史においては魔王リトルプリンセスが魔王に覚醒せずにひたすら逃げ回って、魔人と人類の戦いが発生したのだ。あの時代には人類に魔王と戦うだけの力がなかったのは事実だ。才能や技術的に、GLクラスの人類の強さを発揮できていない。だけど自分も未来に向けて色々と仕込んだのだ。

 

 間違いなく正史よりも人類の強さも、残された遺物の数も多い。全体的に人類の強さそのものが上がっているのだ。だったらちょっとぐらい、魔軍を纏めて人類に喧嘩を売ってもいいんじゃないか?

 

 ランス君全盛期の時代に魔王のいる魔軍とぶつかる―――うん、それはそれで楽しそうだ。

 

 きっと神々も楽しみそうだ。

 

 だけどマギーホアがキレそうだ。あぁ、確かにこれはキレそうだ。キレて止めに来そうだ。それは困る。マギーホアが暴れると割とまじめに負ける気がするし。未だにあのドラゴンにはタイマンで勝てる気がしないのだ。

 

 戦士としての年季が違うから当然なのだが。それでもまぁ、何時か一本は取ってみたいと思わなくもない。

 

 そんな考えはともあれ、

 

 相変わらず、魔血魂の気配は気持ち悪い。

 

 魔血魂の気配が奥へと進めば濃密に感じられる。その気配の強さは歴代魔王と比べると―――そう、大体スラルやナイチサクラスだろうか? ジルから魔王を引き継いだガイとはいえ、そのままジルの強さを引き継いだようではなかった。とはいえ、魔王としての力を備えているだけの気配がある。

 

 とはいえ、伊達や酔狂で最強種を名乗っているわけではない。その頂点とも言えるLv3を冠しているのも飾りではない。今の自分の実力であれば、並みの魔王相手であればそれなりに遊べるのではないかと思っている。

 

 昔、ナイチサを殺そうとした時は完全に遊ばれて戦うという体裁さえ取り繕うことが出来なかったが、ジルの様な規格外でもない限りは、今ならそれなりに戦えると思っている。

 

 ほら、マギーホアが魔王相手に勝てるって話だし。マギーホアが出来るなら俺でもね……?

 

 とはいえ、真実、どこまで戦えたもんか解ったもんじゃない。相手の気配で自分がどれだけ戦えるか察知できるのは、強者の嗅覚だ。ドラゴンの戦闘本能的に、相手の大体の強さは察知出来てしまう。だが魔王と相対すると、魔血魂との気配がごっちゃになっていて大体、そこら辺が上手く読み取れないのだ。

 

 少なくともマギーホアが大体の魔王に勝てるだけの力を持っているのだから、それに並ぶ実力があれば魔王には勝てると思いたい。

 

 ただしククルククルは除外で。

 

 そんなくだらない事を考えている間に魔血魂の気配の大元へといつの間にか到達していた。今なら会う事もなく帰れる―――なんて事を一瞬だけ考えてから、魔王のいる部屋へと続く扉を蹴り開けた。

 

「ウル様だ来たぞ! 涙を流しながら喜んで歓待するのを許す!」

 

 言葉を放ちながら玉座の間―――ではなく、魔王ガイの私室らしき部屋へと入り込んだ。

 

 扉を木っ端みじんに粉砕しつつ。

 

 それを解っていたかのように半身が人間、半身が怪物の姿をしている男、魔王ガイは部屋の奥でデスクに向かって座りつつ、視線をこちらへと向けて、軽い溜息を吐いてから再び視線をデスクの上の書類へと戻した。

 

「久しぶりだな―――よし、帰っていいぞ」

 

「ガイ君が超冷たい。お姉さん泣きそう」

 

「お前はそういう歳でもないだ―――」

 

「言葉には気を付けろよ小僧。女はそこらへんデリケートだからな?」

 

 ガイの直ぐ横の空間に《ガンマ・レイ》を放って壁に大穴を開けながら軽くふしゃー、とドラゴン的に威嚇する。それを見たガイがまた壊れた、とため息を吐きながら片手で顔を覆った。

 

「おいおいおい、ガイ君ちょっとウル様が来たってのに対応が淡泊すぎないか? もっと大歓迎していいんだぞ」

 

「どの世界に破壊魔と厄介者を歓迎する君主が居る。せめて王だった頃の威厳かカリスマは取り戻して来い」

 

「すまんな、アレはジル相手限定なんだ」

 

「だろうな」

 

 そう言ってガイが再び視線をデスクの方へと戻した。忙しいからさっさと帰ってくれ、と言っているのがその背中が姿から解る。なので素早く接近し、座っている椅子の後ろに回り込む。そしてそのまま、デスクの上に広げられているガイの作業を見た。

 

 普通に書類仕事だった。

 

「ここでえっちな本でも読んでたらなー」

 

「正気か……?」

 

「バッドガイ君ならやりそう」

 

「……」

 

 悪ガイが実際にやりそうな事だと悟った善ガイは数秒程、窓の外へと視線を向けてから俯き、現実逃避する様に書類仕事へと戻った。書類を確認すると共用語で陳情や報告が書き込まれているのが読める。スラルの時代にも似たようなことはやっていたが、ガイの手に握られているものは街に関する物だった。

 

「ん? お前、アレを支援してるのか?」

 

「あぁ。壊す事ではなく、作る事や慈しむ事を覚えれば少しは変化があるかと思ってな……まぁ、大体の場合では破壊されるのだが」

 

 通りすがりの配管工風味のトッポスに。まぁ、ガイの言いたいことは解らなくもないが。

 

「魔軍が文化を育むと手が付けられなくなるから程ほどにな」

 

「その場合はお前がどうにかするだろう?」

 

「お前……!」

 

「冗談だ。トッポスが暴れて壊すことを込みでやらせている。何らかの方向性にエネルギーを注いで置かせておけばその分、破壊的な方向へと流れないからな。最終的にどこかで暴発するだろうが、それまでは良い時間稼ぎになる」

 

「お前は?」

 

「私も……そうだな、何時までも耐えられるかどうかは保証がないな」

 

「その時は真っ先に翔竜山にカモン。俺様が前人未到の魔王ソロ討伐を成し遂げるから」

 

 中指を突き出しながら挑発すると、ガイが此方に一瞬だけ顔を向けてから再び視線を書類に戻した。その姿に向けてしばらく中指を突き付け続けたから、

 

「かーまーえー! 俺様に構えよ! ほかの魔王は一応何らかのもうちょいリアクション出してたんだぞ!! なぁ、オイ!!」

 

「誰か、居ないのか? こいつを適当に歓待しておいてくれ」

 

「クッソ! この! ガイ君の分際で! ガイ君の分際で! あー! いいのかお前! あー! お前! お前―――! ガイお前―! 遊びに来たんだからもっと構えよお前―!」

 

「ウル様、はしたないですからそういう言葉遣いはやめた方が宜しいのでは」

 

「うるせぇケッセルリンク!」

 

 ()()姿()()()()()()ケッセルリンクへと中指を突き付けるも、そのまま腕を脇の下に通され、フックされるように部屋の外へと引きずり出されていく。

 

「ガイー! 後悔するなよてめー! 一生恨むからなー!」

 

 ケッセルリンクに半ば引きずられるようにガイの部屋から追い出されつつ、ガイの方を見れば、此方へと視線を向けるまでもなく、片手を持ち上げてしっし、と手を振っていた。アイツ、絶対に泣かしてやるわ。

 

 心の中で固くそう誓いながら、久しぶりの変わらない友人の姿にほっとした。




 ぼちぼち更新再開。コミケ終わるまでは緩めの更新速度になるけどね! それでもウル様の冒険は続くよ。

 という訳でコミケ当選祝いつつ更新再開。


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120年 近況報告

「ガイ君め……魔王の分際で調子に乗りやがって……!」

 

 呟きながらパンをちぎってそれをシチューの中に浸した。ふやけない程度に浸してから持ち上げて口の中へと運び、その味を堪能する。舌の上に感じるのはミルク系統のクリーミーなホワイトシチューの味わいだ。へんでろぱとは別系統のシチューで、此方はクリームっぽさが強い。へんでろぱの場合はちょっと薄めだったりするのだが、それがまたさっぱりと食べやすい。こちらはご飯かパンと一緒に食べる事前提のタイプのシチューだ。

 

 一緒に食べるパンの方もバゲット系の硬いタイプだ。焼きたてのバゲットはまだ熱く、それを手で割って、シチューに浸して食べるのはややふやけた箇所と、シチューの味と、バゲットの香ばしさ、それと同時にあの硬く、サクサクカリカリとした感触を口の中で味わえるので実に幸せなものである。

 

 うん、

 

「うまうま。美味しいぞこれ」

 

 幸せと表現できる味わいだった。この分野に関しては完全に敗北を認める事が出来た。

 

「そうでしたか、ありがとうございます」

 

 そう言って料理を担当していたコックの魔物が頭を軽く下げた。料理を担当しているのはガルティアの下級使徒だ。ガルティアが抱える個人用の料理人、料理の出来る魔物達の内の一人だ。だがその中でもかなり料理の腕前に実力のあるやつで、

 

 新魔王城の厨房前の食堂でガルティア、ケッセルリンク、そして己というメンツで集まっていた。そこには他にもケッセルリンクに仕えるメイドの子達が居たりするものの、働いている魔物達を抜けば大体見知った顔だけが集まっていた。というのも、集まっているのはスラル関係の魔人二人だけに、使徒や下級使徒なのだが。

 

 それでも久々に見る面子だった。

 

 ケッセルリンクは魔王ジル最終戦で一度死亡している。だがケッセルリンクの特性として、彼女は魔血魂の状態から蘇ることが出来る。そしてその結果、男体化の魔法が解けた状態でケッセルリンクは蘇り、今は魔法を使わずに女性の姿のまま魔軍に戻っている。ケッセルリンクが男の姿になったのは、スラルという少女を守るためだったが……もう、スラルを守る必要はなくなったのだろうか? いや、単純に心境の変化かもしれないのだが。

 

 とはいえ、細かい事情は正直どうでもいい。未来が正史と変わってきているのであれば、それはそれで歓迎だ。違う未来、違う物語。大いに大歓迎だ。

 

 ただ、今重要なのは、

 

「飯が美味い。うまうま」

 

 それに尽きる。シチューを食べ終わった所で次の料理が運ばれて来る。口の中をさっぱりさせるために今度はサラダだ。僅かに香る柑橘系の匂いはヒラミレモンのものだろうか? フォークで軽く刺して口へと運ぶ―――お、リンゴも入っている。しゃきしゃきした触感が良い。実に良い。フルーツサラダではなくリンゴの感触と味がアクセントに使用されている。

 

「あー、幸せー。台所事情なら魔王城が一番だなこれ」

 

「だってよ」

 

「ありがとうございます」

 

 ぺこぺことコックの魔物が頭を下げる。ぶっちゃけ、スカウトしてクリスタルの森にまで連れ帰りたいレベルの腕前だったが、ガルティアが間違いなく許さないだろう。まさか魔王城でここまで食文化が伸びているとは思いもしなかった。いや、前々から飯を美味くする事に対して努力をしているのは解っていたし、そこらへんガルティアが力を入れているというのも解っていたのだが。

 

「だけど飯に一番拘っているのはここだよなぁ」

 

「まぁ、魔物界だと取れるもんも限られているからな。輸入を考えても美味しく食べるなら調理の仕方で勝負するしかないからな。必然的にそういう方面で鍛えられる」

 

「何時もの事だけど、この罰ゲームで良くここまで育てたりすることが出来たよな」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()。それは魔王特性とでも呼ぶべき能力であり、デフォルトで備わる機能でもある。意識してオンオフできるものではなく、魔王が存在する限り発生する現象でもある。なので未来でリーザスと呼ばれる大地も、少し前までは不毛の大地となっていたりする。旧魔王城があった地域なのだから、当然と言えば当然だ。とはいえ、今は緑化計画によってそれなりに自然の姿を取り戻しているという話でもある。

 

 今はこの魔物界が魔王の気配と特性によって不毛化し、そして生態系が緩やかに狂っている。元々人が住むことが出来る様な土地ではなかったが、魔王ガイの時代になって住み着いてから、更に凶悪な生態系が構築されているのは、ここに来るまでに見れた。その中で食糧を育てているのだから、相当頑張っているのが解る。

 

「食糧事情に関しては前々の魔王から―――スラル様の時代から続いてきた一種の伝統ですからね」

 

「そうそう、ナイチサもスラルもジルも飯に関してはずっと研究続けてきたからな。畑の維持とかの研究の為だったら割とポンと予算組んでくれたんだよな」

 

「魔王でさえ食欲に勝てなかった」

 

 まぁ、どんだけ強くても美味しい食事の魅力には抗えないから是非もないよね! という感じなのだが。

 

 ともあれ―――この魔王城は見た感じ、平和だった。

 

「ジルの後の治世だし、どんなもんかとちっとは心配してたけど問題はなさそうだな」

 

 ジルの治世は人類と全面的に敵対し、家畜にした治世でもあった。ある意味、最も魔物が魔物らしく、魔軍が魔軍らしくあった時代でもあった。あそこまで徹底して人類と敵対した魔王が初めてだからだ。スラルはある意味で加減していた。ナイチサはそもそも策謀で人間の恐怖と絶望を引き出すことを第一にしていた。その為、魔軍が完全に大陸を支配する様な状況に到達するのは、ジルの代で初めてだ。

 

 その上で生物の根本的な常識とでも呼べる部分が変わった。

 

 人類ではなく魔物が人間を家畜として業務的に飼うという環境の構築。それはこれまでの生物の生態系を大きく変える形だった。それによって生物のサイクルが大きく変わり、常識等も変わった。そういう時代が確かに存在したのだ。その後始末を全部ガイに押し付ける様な形で自分はしばらくの間、俗世から切り離して生活していたのも事実だ。だから大陸がどうなっているか―――というより、魔王領がどうなっているかは疑問があったのだが、

 

「ま、既に100年以上経過しているからな」

 

 骨付き肉に噛り付きながらガルティアが声を零す。

 

 平均的な魔物の寿命はそんなに長くはない。種によってはそれこそ100年以上生きる個体もあるが、魔軍で採用しているのは数だけは多いタイプだ。魔物大将軍とかならそれなりに長生きなのだが、魔物兵に利用される程度の魔物が魔軍を構成する大半であり、こいつらの寿命はそこまで長くはない。突然変異等のタイプを除けばそれこそ既に世代交代を行っているだろう。

 

 環境を変えて世代交代を行えば、それに合わせ常識等も変わってくる。

 

 それを完全に悪用したのが人間牧場だったのだが。

 

 思い出すだけでもあれは悍ましかった。人間を家畜として育てる事が当たり前であり、そこには憎悪も何もなく、ただの作業でしかなかった。その上で終わった後、解放された人類は家畜のまま自由になった。それが普通の人間として生きていける様になるまではまた、何代か代替わりする必要があるだろう。

 

 少なくとも家畜としての教育が完全に記憶から消えるまで。

 

 だがジルの治世から100年以上が経過している。その事を考えると確かに、世代交代でそろそろ違う考え方や習慣が出来てきている頃だ。まぁ、この様子を見ている限り、大丈夫そうかなぁ、という感じはなくもない。

 

「おや、心配していただけているようで」

 

「何を言ってるんだ。魔軍が暴走したら一番最初にぶつかるのは俺だろうが」

 

「そういう事にしておきましょう」

 

「ケッセルリンクの分際で生意気だぞこいつ」

 

 ケッセルリンクの頬でもむにむにと引っ張ってやろうと思ったが、それよりも運ばれてきたチョコレートケーキのほうが美味しそうだったので許した。口の中に広がるビターなチョコレートに、一緒に味わえるほのかな甘み。そしてふわっふわのスポンジの感触。あぁ、こういう絶妙な焼き加減って本当に難しいんだよなぁ、と味わいながら思う。自分もなんだかんだで未だに料理を趣味として続けている。これでも練習を続けているのだが、ルドラサウム大陸の法下だからか、中々実力が成長しない。技能レベルを超える実力を付ける事は、中々に難しい。時間があった所で、成し遂げられるという訳でもない分野だ。

 

 ましてや、今では完全にこの世界の住人だ。

 

 この世界の法則、ルールは守られなければならない。

 

 まぁ、それでも神光なんてズルは出来るのだが。神光も今ではほとんど体の一部の様なものだ。好き勝手変形させたり混ぜたり拡張したりする事も出来る。死後、神として働かされるなら、今のうちにもっとなんか、器用に扱う方法を覚えた方が良いだろうか? いや、でも、まぁ、もう既に良い様に使っている気がする。

 

 そんな事を考えているうちにチョコレートケーキを食べ終わってしまった。残念。

 

「ふいー、ごちそう様。満足満足。ほんと良い感じに料理人育ってるな、お前の所」

 

「だろう? おかげで俺も食べるのに飽きないよ」

 

「お前に食べるのに飽きるって概念が存在する事実に驚いたよ」

 

「食後のお茶をどうぞ」

 

「お、悪いね」

 

 シャロンから食後の茶を貰いながらそれをゆっくりと啜る。こうやって飯を貰っているとあんまり、ペンシルカウに居る時と感覚が変わらないから、旅行してきた感じが薄い。いや、まぁ、だったら少しは介護されている生活を押さえろって話なのだが。基本、楽を覚えるとなるべく自分で働くのが面倒になってしまうのが悪い。

 

「はぁ、実家の様な安心感」

 

「やってる事があっち(ペンシルカウ)に居る時と変わらないからだろ」

 

「まぁ、そうなんだけどさ」

 

 ガルティアはそこらへんずばずば遠慮なく口にするよなぁ、と思いながら軽く椅子の背もたれに寄り掛かり、そういえば、と茶を口に付けながら呟く。

 

「穏健派の面々は大体見て回ったけど―――残りはどうよ?」

 

 魔人レイ、魔人レッドアイ、魔人ムサシ、魔人永劫の剣、魔人ケイブリス等を始めとした武闘派、戦闘力の高い魔人。魔王ガイの治世は言い換えれば親・人間の治世だ。ケイブリスであれば吐き気がすると言うだろうし、それ以外の魔人も自由に戦えない等となるとガイに対する反発力が凄まじいだろう。まぁ、連中では魔王に匹敵する力がないからどうしようもないと思うが。

 

 あとメガラスがどこに居るのか、というのも気になる。

 

「メガラス君とかはどうしているよ」

 

 その言葉にケッセルリンクが確認する様にメイドの方へと視線を向ければ、メイドが軽く頭を下げてから言葉を続ける。

 

「メガラス様でしたら魔王様に許可を頂き、現在北の宇宙船に一時帰還中です。宇宙船修復を行っているそうです」

 

「あー……成程な」

 

 漸く、ホルスを人質にとらない魔王になったから、メガラスも許可をもらって安心して自分の同胞に会いに行けるようになったのだろう。メガラスもメガラスで数千年ぶりのホルスとの再会になるのかもしれない。とはいえ、この大陸の空は高く飛べない様になっている。宇宙船が離脱する様な高度に到達しようとすれば、自然と弾かれてまた墜落だろう。

 

 その事実を告げるかどうかに悩む。

 

 だが今の衰退したホルスの技術力で宇宙船を修復できるとも思えないし、放置で良いのかもしれない。

 

「ケイブリスの奴は相変わらずずっと鍛えてるな。ムサシも琴線に触れるものがあるのかずっと相手してるな」

 

「性根の気に入らないところはありますが……あの純粋に力を求め、鍛え続ける姿勢には敬意を示せる部分がありますね」

 

「へぇ」

 

 ケイブリスがそんな評価を受けているとはちょっと意外だった。未来的に大ボスのポジションを飾るのがケイブリスになるのだから、とびっきり強くなっていてもらわないと困るのだが、それでもストイックな姿勢を今でも貫けているのにはびっくりだった。原点回帰モードがまだまだ継続しているのは個人的にも喜ばしい事だった。

 

 そのまま話を聞くと、レッドアイは現在新しい体を探し放浪中らしい。魔人レイはジルが消えた事にやる気を失って腐り気味、パイアールは何時も通り誰かに興味を持つ事もなくひたすら怪しい機械を作り続けている。

 

 そのほかの連中もそこそこ平和にやっているが、人間を喰らったり闘争本能の強い魔人からはやはり不満が漏れている。それをガイに見せる事も、伝える事もないが、それでもフラストレーションは静かにたまり続けている。

 

 それをどこで、どうやって発散するのか。

 

 ガイの治世の手腕の見せ所だよなぁ、と考えながら懐かしい話に花を咲かせた。

 

 ただ、ちょっとスラルとの関係を聞いてくるケッセルリンクが煩かった。




 素でウル様の脳味噌から消え去るアベルとかいう奴。


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120年 初日終了

 久しぶりにケッセルリンク達で盛り上がった。ケッセルリンクも男の姿に戻る予定は今の所はないらしい。少なくともその必要性を今は感じないとの事だった。これによって将来的にケッセルリンクの使徒がどうなるかは不明だが……まぁ、今更ケッセルリンクが見捨てるなんてこともないだろうし、正史通り増えるだろうと思っている。

 

 なお、ガルティアに関してはほとんど変わっていないので特に語る事もない。ただ、ガルティアの抱える飯炊き部隊の飯は本当に美味しかった。良くもまぁ、この環境であそこまで真面目に飯を作る事に技術を注ぐことが出来るよな、と思う。そこに関しては分野は違えど、並み大抵ではない努力が注ぎ込まれているのが理解できるため、純粋に尊敬する。

 

 そしてもっと食べたかった。ただやっぱり、食べすぎは飽きが来るから宜しくない。そういう事で程ほどに食べるのを切り上げて別れを告げた。

 

 ケッセルリンクやガルティアから魔人に関する近況が聞けた為、大体これで魔王城にやってきた理由もなくなった。元々魔王ガイの治世を確認するのが凡その目的だった。ガイが魔血魂の衝動を発露させるような様子を見せていなかった感じ、恐らく後数百年は様子を見なくても完全に意識を保ったまま活動していられるのが見える。となるとしばらくは魔王城へと来なくてもいいかもしれない。

 

 あまり、人類サイドが何度も何度も魔王城へと行くのもどうかと思うし。

 

 後200年ほどで聖魔教団が活動開始する。そうなると当然、闘将や闘神が動き出してくる。連中を相手に暴れるというのも中々楽しそうだが、俺が相手をすると恐らく、ほぼ確実に破壊してしまう。それは将来的な戦力、そして流れを考えると困る事でもある。出来るならなるべく多くの闘神を完成させ、それで魔軍とぶつかって欲しい。その時、俺が魔軍の味方と思われたら困る。

 

 あぁ、でも闘神とは戦ってみたいよなぁ、とは思う。

 

 小山で轢き潰したら壊れるのだろうか、あいつら? 山を持ち上げて押しつぶすというのは一度はやってみたかった事だ。闘神相手なら出来ると思うんだよなぁ。

 

 そんな事を考えながら魔王城に用意された部屋に到着した。

 

 案内をしていたケッセルリンクの使徒、パレロアが軽く頭を下げてから扉を開き、室内へと案内してくれる。ゲストルームなのか、それなりの広さがある整えられた室内はホテルのスイートを思わせる様な豪華さがある。だがよく考えれば魔王城は魔王と魔人の住まう場所なのだから、豪華なのは当然なのかもしれない。そんな事を考えながら軽く室内を見渡し、ベッドルームを見つけ、

 

 ベッドの上でルドべぇを抱いて眠っているラ・バスワルドを発見した。

 

「これ」

 

「ガイ様が担当はウル様とおっしゃられていたので」

 

「ガイ、あの野郎……!」

 

「すやぁ……」

 

 此方の気を知らずにすやすやとベッドを占領して破壊の元女神がベッドの上で眠っていた。お腹いっぱい、という様子で幸せそうに眠っている姿は、自分が厄介者としてパス回しされていることを一切知らないような表情だった。こいつ、外に廃棄してやろうか―――なんて一瞬だけ考えたが、捨てた所で勝手に戻ってくるのが目に見えている。魔王の命令がなければたぶん、普通に飛んでペンシルカウまで戻ってくるだろうと思っている。

 

 あぁ、でも美味い飯を食わせれば魔王城に残るかもしれない。

 

 そこまで面倒な事をするなら、もう面倒をメイド堕天使たちに押し付けた方が楽だと悟り、片手で顔を覆ってため息を吐く。見た目だけはいいのに、中身は完全に爆弾扱いだよな、こいつ。

 

「ではウル様、何かご用事があればお呼びください」

 

「おう、ケッセルリンクに宜しくな」

 

「はい、では」

 

 パレロアが頭を下げてから出て行く。それを見届けてからベッドの上で眠っているラ・バスワルドをどうしてやろうかと考え、面倒だからもう放置でいいや、と決める。まぁ、実際こいつを野放しにした場合、自分の様に特殊な耐性を保有しない限りは必殺してくるような奴だ。むしろ、防衛本能だけではなく、理性で的確に必殺技を使ってくる分、粛清システムだった時より面倒になっているかもしれない。これが魔王の命令で暴れ出したら聖魔教団もクソもないだろう。

 

 となるとやはり、手元で管理するのが一番になるだろう。

 

「めんどくさい……」

 

 上着や服を脱ぎすてて、下着姿になった所でリビングのソファに座り込む。後はこれでビールか、或いはエールでもあれば良い。無論、酒の意味でのエールだ。だからルドべぇは反応しなくても良いから。そのまま抱き枕としての人生を送っていてくれ。まぁ、ラ・バスワルドに関しては、暴れすぎないように誰かが見張っておかないとならない。それに一番最適なのは間違いなく自分だろうし、そういう意味では此方に投げつけられるのは正しい。

 

 ただ正しいのと納得できるかは別だ。

 

「別にいいけどさ……」

 

 まぁ、俺が強すぎる上に便利すぎるのが罪だと思っておけばいい。そう、強すぎる。強すぎると呼べる領域にまで強くなってしまった。今じゃレベル70以下の人間を即死させられる程度の力がある。そんな事を考えると、やっぱり強くなってしまったんだなぁ、と思える。それでもまだ、強さの上限には達していない。レベルは大幅に下がって、また上げ直している最中だ。

 

 ここまで強くなると、相手出来る存在も限られて来る。

 

 いっその事、そろそろ二級神辺りに喧嘩を売るべきだろうか? 天上の世界に殴り込んで、適当な神々と殴り合うというのも中々脳筋で楽しいとは思わなくもない。少なくとも連中のスペックが魔王級なら、全然戦える範疇だと思う。何気にマギーホアもライバルが二級神に存在するのだから、それを見習って二級神のライバルを作るとか。

 

 あ、楽しそう。

 

「お、やる? やってしまうのであるか??」

 

 マッハが部屋の隅っこでシャドーボクシングを始めていた。その先にはどこぞの三超神の二級神としての化身の人形が設置されており、そこにマッハが拳を叩き込んでいるのが見える。君たち、お互いに友情とかいう概念ないの?

 

 拳を掲げて意気揚々としているマッハを見ている限り、全くなさそうだった。

 

「まぁ、本当に暇になったらね……? ほら、あと数百年待てば聖魔教団ができあがる筈だし」

 

「確かに歴史通り動くのであればそうなるであるなぁ。闘神に闘将、そしてその外にも鉄兵と対魔人戦線。何よりも既に対魔人のノウハウが出来上がっているのである。これを取り入れる事を考えると正史よりも聖魔教団が暴れてくれそうで、実に楽しみである」

 

「マッハ様も楽しみかー」

 

「無論である。ほかにも最近、降りて来ることの楽しみを理解した同僚が増えてちょっと困りものではあるな」

 

 三超神、全員地上で活動する為の化身をどこぞで用意した、という事だろうか? こう、マッハが漏らしてくれる情報って微妙に自分ではどうしようもない類の情報だったりするので、聞かされた所で何かが出来る訳でもない。

 

 しかし、ハーモニット、プランナー、そしてローベン・パーン。三超神の化身が三柱揃って全員、低位の化身を用意して地上で活動を開始する様になったのだろう。軽く考えるだけでも頭の痛い話だ。正史において、この三柱は基本ルドラサウム大陸で行われる物事を上から眺め、調整するGM的な役割として常に姿を見せずに管理していた。

 

 それがついにプレイヤーとしての立場で経験する様になるのだ。ざっくりと様々な事に対する調整が来るんだろうなぁ、というのが見える。

 

「何時の間にか俺も調整側に回されている気がする……」

 

「……」

 

 マッハが無言で【新神(しんじん)募集中】と書かれたプラカードを持ち上げて激しく勧誘をアピールしている。もう一つ取り出した看板には【昇給あり、好待遇約束します!】と書かれた看板を持ち出してきた。本当に中身は偉い神の筈なのに、やっている事はお笑い芸人が完全に馴染んでいた。

 

 その姿を見て苦笑しながら、ベッドの方へと向かい、ごろりと転がる。ラ・バスワルドとルドべぇを挟む様に反対側に転がり、何時も通り、ルドべぇに抱き着く。ルドべぇも抱き着くと、目を細める。よしよし、可愛い奴だ。可愛い奴だからそろそろ中身に何が入っているのか教えて欲しい。

 

「でもそうだなぁ……将来の事を俺も考えておく必要があるか」

 

 この後の事だ。

 

 200年後ぐらいに聖魔教団が出てきて、それで大陸全体を巻き込んで暴れるのだろう。恐らくはカラーが聖魔教団に協力する事はないから、俺は手出し無用で、現代のカラーたちだけで聖魔教団に対処するとして。それが終わったらしばらく戦乱の時代がやってきて、ゼス、ヘルマン、リーザス等が生まれて来るだろう。そしてその先の時代で、魔王リトルプリンセスが登場するまでの事をなんとかして、

 

 ランス君が生まれて、

 

 ランス君の大冒険が始まって、

 

 ルドラサウムも楽しめる様な未来が始まって。

 

 それから―――それから、ランス君も老いて死ぬのだろう。そうやって残された後の時代を、自分はどうやって生きて行けばいいのだろうか? 今まではずっと、身の回りの事や今の事で忙しくて全く考えたことがなかった。

 

 それが考えられる様になったのはある意味、今の自分にも余裕が出来てきたという事なのだろう。だとすれば、どうしたらいいのだろうか?

 

 どうやって生きて行きたいのだろうか?

 

「全部が終わった後か……」

 

 全ての冒険が終わった後はどうしようか。このまま、ドラゴンとして一生ペンシルカウでなんやかんやして生きて行くのもそれなりに楽しいのかもしれないなぁ、とは思わなくもない。だけど同時に、それだけでいいのか? とは思わなくもない。

 

 だって、エールちゃんの冒険に嫉妬しているのは何も、ルドラサウムだけじゃないのだから。

 

 俺だって、あんな冒険がしてみたい。

 

 全部忘れて、知識を失って、それでこの世界の一人の住人として、何も知らない状態で冒険してみたい―――と、想ってしまうのは間違いだろうか? 今、記憶を捨てて冒険に出たとしても自分が強すぎる。力を制限すればいいという話でもない。それではただ、舐めているだけだ。本当の意味では冒険を楽しめない。

 

 カラーだから、死後悪魔や神になるという手段もある。

 

 だがそれとは別に、完全に命を捨てるという選択肢もある。

 

 そして、ルドラサウムの輪廻へと入る。そうやって生まれ直し、何もかも忘れた、新しい人生をこの大陸で過ごすのだ。

 

「……それも悪くないな」

 

 少なくとも、こうやって未来の事を楽しく考えられる程度には今の人生は楽しくなってきた。確かに、死ぬ事は怖い。死にたいという訳でもない。だがそれはそれとして、今のままではあまりにも勿体ない、と感じる部分もある。

 

 少なくともこの人生を遊びつくしたら、次の命でまた楽しむ事も出来る筈だ。

 

 ……死ねるなら。

 

 視線をそっと、部屋の隅に居るマッハへと向ければ、ダブルサムズアップが返ってくる。あの様子を見る限り、恐らく死後は100%神に転生させられて、そのまま部下としてこき使われそうな気配がある。

 

「ま、いいや」

 

 ルドべぇの心地よい感触を確かめるように少しだけ力を入れる。その向こう側でラ・バスワルドの手に触れてしまうが、まぁ、気にしない。ついでに足を蹴って、足を絡める尻尾は此方が貰う。俺のルドべぇなのだから当然である。

 

「強く美しく格好良いんだから、少し脳味噌足りない方がいいよな……」

 

 深く考えて、答えを出した所で人生をつまらなくするだけだ。

 

 ここまで数千年生きてきたが、楽しく生きるコツはあまり深く考えないことだとここ数百年で理解してきた。だからもうちょっと馬鹿になって動いてみようかなぁ、

 

 そんな事を考えながら目を閉じ、眠りについた。




 ウル様死後問題。

 実際、悪魔にも神にもなれるし。そうじゃなくてもドラゴンのままずっと翔竜山かペンシルカウで生活してればいいってのもあるしね。余生をどう過ごすかを考える。

 LPまであと大体1000年と考えると……。


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120年 旧友再会

 目が覚めた。

 

「うぉっ!?」

 

「お、起きた……?」

 

 直感的に目覚めるべきだと判断した瞬間には目が覚めた。見れば自分の部屋に侵入している姿が複数見えた。

 

 全部、雄の魔物だった。

 

 ベッドに寝転んだ状態、まだルドぐるみを抱いている状態で侵入していた魔物どもを見て、視線を逸らして顔を抱き枕に埋めた。

 

「お、お前、しっかり眠ってるって」

 

「ちゃんと睡眠の香は今も焚いている筈だぞ……?」

 

「へ、へへ、構う事はねぇ。このまま犯しちまえよ」

 

 下衆な言葉が聞こえるが、相手するのも面倒だ。まあ抜けない眠さに軽く欠伸を漏らしたらルドぐるみを抱いていた片腕を解放し、

 

 それを無造作に振るった。

 

 近づこうとしていた魔物、その背後の魔物、見守っていた魔物。

 

 その全ての上半身を纏めて血風にするように消し飛ばした。

 

 チンコを出しておっ立てている下半身だけが部屋にオブジェの様に残される。その姿をもう一度見てから腕をルドべぇに回して目を閉じる。

 

「4点……」

 

 おやすみなさい。

 

 

 

 

「と、いう事が今朝あったんだ」

 

「お、おう、そうか」

 

 魔人レイはそうやって今朝の出来事を話してみると、物凄い困った様子を浮かべた。

 

「いやぁ、そのまま寝直したから朝起きたらなんでこいつ4点おっ立てながら死んでるんだ? って一瞬考えちゃってさ、寝ぼけながらぶっ殺したんだったわ、って思い出したんだよ。でもその頃には血も乾いててさ、ケッセルリンクの使徒たちに早く呼んでください! ってすっげぇ怒られたわ。がーっはっはっは!」

 

 今朝がたの経験を笑いながら語ると、レイがやや引き気味なのが目に見えていた。その姿を見てえー、と声を零す。

 

「今のは笑いどころなんだけど」

 

「いや、笑える要素……あったのか? だけど姉御だったら間違いなく笑ってたな……」

 

「ジルだったらその場で乱交しつつ全員吸精で絞り殺してたな」

 

 少なくとも魔王就任後はそういうモードに入ると手が付けられない部分があるし。終わった後はそうじゃなかったが。そういう性質はしっかりと此方に引き継がれているので、どうしようもない。一回ぐらい子供を産めば発情体質も多少はマシになるかなぁ、とは思っているのだが今は相手がいないし困ったもんだ。

 

 ともあれ、魔王城を散策している所で本日は魔人レイを見つけた。

 

 大戦時は魔軍側に立って、ついぞ人類側に加勢する事のなかった魔人レイは魔軍や人類の味方ではなく、どちらかと言うと魔王ジルの味方だった。とはいえ、ジルの記憶を辿るとジルのレイに対する評価は愚かな男だというもんだったが。まぁ、そもそもジル自身レイプされて以来は男に対して完全に心のガードを下ろした事はないし、最初に来るのは疑念だ。それも経歴を考えてしまえば当然と言えば当然なのだが。

 

 だからレイがずっと、ジルに認められる事もなかったというのは一つの事実だ。

 

「ウルの姉御は」

 

「俺か? 俺が体を許す男は1000年に1人レベルの英雄か、或いは俺を倒せるような奴だけだよ。後は俺が認めたやつとか。そうじゃなきゃかわいい子には手を出す」

 

「あぁ、両刀なのは姉御と変わらねぇのか」

 

 まぁ、そこは純粋な趣味の問題になってくる。なんだかんだでえっちするのは楽しいし、嫌いではない。ただ体を許せるほどの相手が世の中には少ないという事だ。だから、まぁ、M・M・ルーンにはちょっと期待している。このGI期、最大最高の英雄と呼ばれる男だ。絶望して堕ちる未来が存在するのもまた事実だが、それでも闘神に闘将を生み出した男だ。

 

 俺を屈服させるだけの力があるのか、それが楽しみだ。

 

 と、そこでレイの視線が此方に向けられているのを感じた。

 

「どうしたレイ。ジルが恋しいか」

 

 だがもう俺のだぞ。どこにも行かないし、誰にも渡さないぞ。

 

「そうじゃねぇよ……ただ惚れ込んだ魔王が求めていたものを俺は最後まで解る事も出来なかったな、って思っただけだよ」

 

 そう言うとレイは軽く手を振って去っていく。もうこれ以上話すつもりもなかった。まぁ、自分も目的地へと向かうついでに話かけただけなのだから別に問題はないのだが。

 

「じゃあな。もう戦う日が来ないのを祈るぜ」

 

「えー、俺を殺しに来いよー」

 

「間違いなく殺される戦いはしたくねぇよ」

 

 ひらひらとレイが手を振りつつ去って行く。タマなし野郎め―――とは言えないだろう、流石に。まぁ、自分も正面から魔軍とぶつかるようなことは恐らく、もうしないと思っている。少なくとも自分の影響力と強さはこの大陸でも有数だ。それが自由に暴れればあっさりと大陸のバランスが崩れて、何ともつまらない物語になってしまうだろう。

 

 それは実に困る。まだまだ、この大陸には楽しい場所でいて貰わなければならないのだから。あの様子を見る限り、レイが此方を殺しに来るようなことは無さそうだ。少し残念だ。アレでかなり武闘派だから期待していたのに。

 

 まぁ、本命は別だ。

 

 寝て頭をすっきりさせた今、気配も匂いも追うことが出来る。レイが去った所で視線を窓の外へと向ける。

 

「あっちの方か」

 

 久しぶりに察知出来た、前よりも更に強くなっている気配に笑みを浮かべてから―――窓を蹴り開けて外へと飛び出した。

 

 ここまで来れば間違える事も迷う事もない。窓から飛び出した所で大きく空を蹴って跳躍し、そのまま自然落下に任せて、目的地へと向かって一気に落下し、地面を陥没させながら着地する。

 

 そうやって魔王城裏手の広大な土地の一角、荒野しか存在せず、しかし暴れるには丁度良い何もなさの空間。そこで剣を二本両手に握った巨大な姿の前に着地した。昔見た姿よりも更にその姿は成長していた。

 

 前は見なかった鎧をまとい、もふもふでどこか愛嬌を残す姿ながら、鍛えられていることが解る強靭な肉体。力は外向きではなく内向きへと圧縮されており、正史に見られた余分なパーツはないが、異形感の強い副腕はそのままとなっていた。もっとスマートになっているとも言えるのは、成長の方向性が違っているからかもしれない。

 

 握っている剣の他に槍、斧という武器を装着しており、それを異なる腕で扱えるような気配も併せ持っている。ドラゴンとしてのセンサーに、ビンビンと強者の気配が引っかかる。

 

 昔見た姿よりも立派で、そして確実に強くなっている魔人ケイブリスの姿を前に、笑みを浮かべて口を開いた。

 

ケーちゃぁーん!!

 

 がおー、と鍛錬中のケイブリスを軽く威嚇し、笑いながらその姿を久方ぶりに見て、笑った。

 

「ケーちゃん大きくなってんじゃん! もう完全に俺よりも背を高くしちゃってさぁ! それになんかかっこよくなってんじゃん? なってるじゃん? もう完全に男の子って感じあるよね、ケーちゃん。もうこれは毛玉扱い出来ないなぁ……とりあえず久しぶりに窓から投げ捨てても良い?」

 

 矢継ぎ早にケイブリスに言葉を叩きつけながら、軽く片手を上げてケイブリスに挨拶をしてみる。だが剣を握った状態のまま、ケイブリスは不動のまま視線をまっすぐ、此方へと向けていた。

 

「ケーちゃん……? もしかして怒って―――」

 

 と、そこでケイブリスの様子を見て察した。

 

「き、気絶してる……!」

 

 

 

 

「お前、俺様を脅かそうとするの止めない?」

 

「ごめんてば」

 

 ケイブリスが気絶から回復した所で半分笑い混じりではあるが、謝った。いや、まぁ、無駄に高ぶってケイブリスを脅してしまった自分が悪いのだし。でも、まぁ、期待させるような成長をしているケイブリスが悪い。うん、やっぱりウル様は何も悪くない。悪いのはクソ雑魚心臓しているケイブリスで終わり。

 

 まぁ、それはともあれ、

 

「久しぶりだな、ケーちゃん」

 

 軽く謝った所で改めてケイブリスを見た。本当にモフ玉リスから良くここまで進化したものだと思う。もう姿としては正史の姿に似ている部分はある。凶暴性が減った分、もっと洗練された暴力が肉体には見え隠れしているような気もする。ケイブリスの事だ。使えない武器を持っている程馬鹿じゃない。使えるからこそ持ち歩いているのだろう。

 

 うん―――物凄い楽しみだ。

 

「いやあ、ケーちゃんが大きく育ったようでママは感激だよ」

 

「誰が俺様のママだってよ。ブチ殺―――あ、無理だわ。糞、見た目は何も変わってねぇくせにまた強くなってやがるなてめぇ!?」

 

「はっはっはっは。このウル様はこの数千年間、一切の成長を止めてないのだ。俺は強くなる。更に、もっと、そして強くなり続ける。人類共と同じだと思うなよ!」

 

 とはいえ、限界は見えてしまったが。ジルと戦った時にレベル上限が。そしてドラゴンとして自分は完成されてしまった。これ以上、劇的に成長する事はもうないだろうと思う。今の自分が、ドラゴンという生物として、カラーという生物としての完成された状態だ。これ以上強くなるにはレベルを上げるか、魔法の手札を増やすかぐらいだろう。それでも劇的な変化ではない。まぁ、既に生物としては最上位の領域に入っているのだから、満足しとけって話ではある。

 

 或いは、

 

 もっと魂を喰らえば強くなれるだろうか?

 

 まぁ、そこまで必死にやって何を成すか、という事もあるのだが。

 

 それはともあれ、

 

「ケーちゃんがまだ強くなろうとする事に感動を覚えるよ」

 

「勝手に覚えてろ。上から見下すてめぇもいつかはぶち殺してやるからな」

 

「あぁ、期待しているよケーちゃん。きっとケーちゃんなら出来るよ。いや、本当に」

 

「けっ」

 

 ケイブリスの瞳に恐怖はある。その本質は変わっていない。だが少なくとも、それを抱きながらも自分に自信を持てる程度には力を付けているのだろう。あぁ、ケイブリスも大きく変化してきた。彼がこれからどういう風に歴史を変えていくのかが、実に楽しみだ。

 

「で、テメェはこんな所に何をしに来たんだよ。いや、お前の事だから顔を見に来たついでに脅かしに来たって言ってもおかしくはないけどよ」

 

「ん? あぁ、ちょっと戦力確認とかガイ君の確認とか、未来に向けた各種確認かなぁ」

 

 そろそろ座りたいなぁ、と思い始めると音速で飛行してきたルドべぇが後ろへとスライディングして椅子代わりになってくれる。その様子をケイブリスがもう、気にするのを止めたような表情で視線を逸らしている。その間にルドべぇの背中に座って、軽く浮かんでおく。やはりこの上に座っているのが一番落ち着く。

 

「ほら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう?」

 

「……昔言ってた神の事とかか」

 

「そうそう。それだけじゃないんだけどな」

 

 ケイブリスにはだいぶ話してあるよなぁ、と今更に思い出しながら笑う。こいつとの付き合いも相当長いもんだ。昔、錯乱していた時代からの付き合いだと考えると本当に長い付き合いだ。

 

 それが正史の流れではあるとは言え、

 

「お前なんで生きてるんだ?」

 

「相変わらず唐突に喧嘩を売るの止めねぇな」

 

 そらそうよ。それがウル・スタイルだ。もう、自重する事も我慢する事もやめた。

 

「そもそも他人の都合に合わせて自分を抑圧するのが馬鹿々々しいと思うんだよ。なんで有象無象の為に俺が苦心しなければならんのだ」

 

 自分が大切にする一部の為であれば、カラーの民の為であれば多少は無茶をしてやれる。だけど人類全体の為とか考えるのはもう、面倒になった。まぁ、適度に大陸を盛り上げておけば神々サイドからも不満が出ないだろうし、それ以外では好き勝手やりゃあ良いだろうと思う。

 

「そして聞けよケーちゃん。GI300ぐらいからはまた人類が大暴れする時代が始まるんだぜ? もうこれは楽しみでしょうがないだろう。絶対悪逆非道の女王が存在するカラーの森に攻め込んでくるよあいつ等! 超楽しみでしょうがねぇ……!」

 

 ケイブリスが明らかにドン引きした様子で此方を見ている。なんて顔をしやがる、失礼な。

 

「ちょっとMっ気があるだけだよ!」

 

「誰も聞いてねぇよ」

 

 身振り手振り、別におかしなことは何もないぞ、とケイブリスへとアピールするが、当のケイブリスは此方を無視して素振りを始めようとしていた。こいつ、こんなにも美女が必死にアピールしているというのに、いっそ食ってやろうか。そんな邪な考えを抱きながら片腕で腕を組むポーズをしながら首を捻る。

 

 ケイブリスと再会できたこの喜びを全身で表現したいのだが―――どうすればいいのだろうか。

 

「あ、そうだ。うむ、そうだ。そうしよう」

 

 言葉をそうやって口にした瞬間、ケイブリスがダッシュで魔王城の方へと向かって逃げ出した。それに此方も一気に加速する事で追いつきつつ、後方からダイブして首の後ろから抱き着いてみる。

 

「ガハハハハ! どうしたんだケーちゃん! ん? いきなり逃げるなんてひどいじゃないか―――俺の乙女心が泣くぜ?」

 

「そんなもんねぇだろお前!! こっち! 来るんじゃねぇ! 冗談じゃねぇからな! こっちに来るな!!」

 

「こうやって俺様に見つかったのが運の尽きだケーちゃん!! 諦めろ!! そして俺様に構え! もっと構え! そして俺と遊べ!」

 

 どうせ数百年は暇なのだ―――楽しいことを思いついたらその内に実行してしまった方が良い。

 

 これからケイブリスと遊ぶ事を脳内で確定させ、嫌がるリスを引きずりながら遠い昔の様に遊びに行くことを決定した。




 ウル様自身はケーちゃんをマブダチだと思ってるよ。ケイブリスは絶対越えなきゃ相手だって認識しているけど。

 たぶん、このルド大陸上で現在生存している存在で、一番ウル様の好感度が稼いでる生物ってケーちゃんだよ。


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120年 大穴

「ふはははは―――!」

 

 笑いながら疾走する。正面からフラッシュが連続で飛来して来る。通常であれば回避不能の攻撃ではあるものの、光という性質である以上、《UL体質》には通じる事がない。故にハニーの集団が密集した状態で放つ超連続自爆ハニーフラッシュがこの体に届くような事はない。そのすべてを無効化しながら振り上げたルドぐるみの姿を全力で振り降ろして叩きつける。それで発生した衝撃波を前の方へと叩き出し、正面の集団を一気に粉砕する。

 

「ウルあたたたた―――っく!」

 

 一切の躊躇なく放たれた攻撃が当然のように陶器のモンスター、ハニーを破壊し、粉砕して行く。連続でぱりんぱりん音を鳴らしながらも、大量に出現しているハニーの姿は未だに衰えない。埋め尽くすとさえも表現できる100をも超えるハニーの大軍団は、それこそハニーフラッシュを連射しながら行進するだけで容易く生活圏を粉砕出来るレベルで凶悪な組み合わせだ。それが狭いダンジョンの中を埋め尽くしながら襲い掛かってくるのだから、当然のように普通の冒険者の類であれば即死するレベルの案件ではある。そしてそんな殺意の高さを本来、ハニーは見せたりはしない。

 

 それこそハニーキングの命令でもなければ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()。つまりハニーが最適解とも呼ばれる行動を自発的に取っている、という事実がここにある。その殺意の高さはゆるキャラとも呼べるハニーには備わっていない筈のものだった。だがその法則を無視して、ハニーは全力の殺意をぶつけていた。

 

 その姿を全力で正面から蹂躙し粉砕して行く。並の冒険者であれば、或いは戦士であれば。ハニーの物量のハニーフラッシュを前にあっけなく散るだろう。だがこの身はドラゴン。人間なんて軽く超越している。それだけではなく光と重力の力を全て無効化する体質も得ている。ハニーが体当たりしてきたり、武器を突き刺そうとしたところでこの体の鱗を通す事はない。

 

 即ち、ただただ、当然のように蹂躙できる。

 

「オラ、オラオラオラオラオラァ! 邪魔なんだよ雑魚共がァ!」

 

 そしてそこに、同じように魔人という生物の肉体、そのスペックの全てを完全に使いこなして暴力のままにあばれる姿がある。正史よりもどことなくスマートなフォルムを得ている、魔人ケイブリス。それが両腕に握った大剣ウスパーとサスパーを乱舞させて、ハニーを複数同時に一撃で薙ぎ払いながら、ハニーフラッシュの瞬間に此方のカバーリング範囲内に入って退避する。そうやって瞬間的に破壊しながら同じようにハニーの軍団を蹂躙突破して行く。

 

 蹂躙、粉砕、虐殺、圧殺。

 

 数の暴力という物を、圧倒的な生物としての格の違いで押し通す。片や最強最古と呼ばれる魔人。そして己はドラゴンとカラーという生物を掛け合わせた中でも最強クラスの生物。共に、このルドラサウム大陸に於いては10本指に入るレベルのプレイヤーになってくる。それが一切遊ぶ事無くスペックを駆使して戦えば、たとえそれが極悪戦術であろうと、

 

 純粋な暴力のみで破壊しつくすことが出来る。

 

「弱い! 弱いぞ! この程度か! この俺様を! 少しは満足させてみろよ! なぁ!」

 

 魔法で薙ぎ払うことが出来ないことがハニーという生き物を相手する上では実に面倒な事ではあるものの、それが出来ないのであれば単純に衝撃波を攻撃に乗せて乱舞すればいい。物理現象であればハニーは無効化することが出来ない。だから単純な暴力のみでハニーを片っ端から粉砕し、ダンジョンを埋め尽くす姿を全ての動きで知覚すらさせずに粉砕して行く。

 

 ただただそれを作業の様に突進して行い、皆殺しにする。

 

 

 

 

「かぁ―――ぺっ」

 

 完全粉砕が終わって残されたのはハニーの残骸のみ。だがその異様としか表現できない数は明らかに異常である。異常ではあるが―――経験値としては非常に美味しい。それ故に少しだけ面倒そうだが、それでも完全には悪態を吐かないケイブリスの姿が見られる。まぁ、それでもレベルアップまでに必要な経験値を考えれば微々たる量だが。それでもいつの時代も軍団戦を経験するのはいいことだ。特にハニーの軍団戦なんて珍しいにも程がある。

 

「ハニーの癖にこいつら、クソみてぇにめんどくせぇ戦い方してたな」

 

「合理的って言えば合理的なんだろうなぁ。俺様でも一度も見た事ねぇけどこんなの」

 

「俺もねぇよ。だがそうか……こいつ等は魔法が効かねぇから盾にするんじゃなくて被害を受けずに自爆させる事も出来たか……」

 

 ハニーの残骸を踏みつぶしながらも、ケイブリスはどことなく今まで見る事がなかったハニーというモンスターの凶悪な面をしっかりと記憶しようとしていた。そのあくなき求道精神はやはり、惚れるという言葉を向けられるレベルで尊敬できる。とはいえ、

 

 このダンジョンはこれで終わりではない。

 

 ハニー坑道を突破すれば、まだ下へと繋がる階段を発見する。ついでに、フロア突破報酬なのか宝箱まで置いてある。それを蹴りで開きながら中身を確認しつつ、軽く息を吐く。

 

「割と軽いノリで裏ダン攻略に乗り出してみたけど、思ってたよりガチだったなー」

 

「お前な。マジさ。マジよぉ、少し考えて動いたらどうなんだ? あぁ? 本当に脳味噌詰まってんのかその中にはよ? おぉ? なぁ、答えてみろよ馬鹿女」

 

「ごめん、昔よりも理性蒸発してるから俺」

 

「クソが」

 

 ケイブリスが苛立つように放った言葉を笑い飛ばす。わっはっはっは、と腰に手を当てながらルドべぇの背に腰掛けながら緩く浮かばせ、ゆっくりと階段へと向けて進ませる。それにケイブリスもついてくる。

 

「だってほら、ここまで深いダンジョンだって思わなかったし。そこは俺は悪くないでしょ」

 

「いや、考えなしに突入したお前が悪い。というかなんで俺を引きずって来たんだよ!!」

 

「ケーちゃんで遊びたかったから」

 

 笑顔でそう答えるとケイブリスが物凄い嫌そうな表情を浮かべる。

 

「お前ほんと何時かぶっ殺してやるからな……」

 

 だけどついてきてくれる。

 

 そこが好き。

 

 今―――魔人ケイブリスと二人で、()()()()()()()()()()()()()を探索している。恐らくはグナガンが封じられていたダンジョン。ルドラサウムのリソースから生み出されるモンスターとはまた別のモンスターが寄生魔神からは生み出され続ける。それがぽんこつ駄女神の一撃によって解放されるまで吐き出され続け、蟲毒の様な環境で育ち続けていたのだ。それこそ裏ダンジョンとでも呼べるような環境になっているに違いない。ちょっとした興味と軽いピクニック気分でグナガン跡地にケイブリスを引っ張って来て遊びに来てみれば、

 

 こうなっていた。

 

 このハニー軍団以外にも狂ったような強さのモンスターや邪悪極まりないハメの様な組み合わせのモンスター。女殺しの様に特定の属性を絶対に殺すことが出来る様なモンスター。

 

 そういうのが待ち構えているダンジョンだった。正直、女殺しで半分死にかけた。ケイブリスが居なければそのまま死んでいたかもしれない。死ぬ事自体はそこまで恐れていないが、こういう所で事故死したら流石に未練が残りまくる。

 

 ともあれ、

 

 グナガンが寄生していたダンジョンにこうやって侵入したものの、予想外の手ごたえに興味を刺激され、こうやってケイブリスとタッグでガンガンダンジョンの攻略を行っていた。

 

 本来の主であるグナガンはもう既に魔物界で人生をエンジョイし始めてしまっている為、このダンジョンのボスは不在となっている。だから一番下まで進んだ所で何かが待ち受けているという訳でもないのだろうが、

 

 手ごわい戦闘の経験というのは割と貴重なもので、ケイブリスも文句を言いながら割とノリノリでモンスターを虐殺していた。なんだかんだでケイブリスの付き合いの良さをそうやって感じ取っていた。いや、或いはもういっそ自分と関わる部分では諦めているだけなのかもしれないのだが。それでもこうやってケイブリスを連れまわせる懐かしさが自分は嫌いじゃなかった。

 

 ただ、このダンジョンはやはり、どことなく歪な気配がする。そもそも今まで攻略されていなかった上に、入り口らしき場所がぽんこつが開けた穴以外に存在していない。つまり完全に密封されたダンジョンだった。酸素とかどうしてるん? と言いたくなる事実とは別に、何で今までこんな場所が解禁されていなかったのか、という疑問もある。

 

 本当に裏ダンジョンの類だったのかもしれない。

 

 そういう場所がこの大陸にはちょくちょく存在しているのも事実だし。割と神の悪戯でこんな所に放り込まれているという可能性は考えられる。まぁ、詳細な答えなんてものは求めてない。それよりも奥へ、奥へと進んで行こうとし、

 

 ダンジョンの奥に、陽の光が見えた。

 

「あー」

 

「こっちも行き止まりか」

 

 そう言ってケイブリスと共に到着したのはダンジョンの中央大穴。

 

 つまりぽんこつが開けた穴である。

 

 空から叩き込まれるように生み出されている大穴は地層を貫通して深く、深く穿った痕跡を見せている。その為、ダンジョンのフロアがぶち抜かれて地上から層が見えるようになっている。降りようと思えば地上から飛び降りて深部まで恐らく降りる事も出来るのだろうが、それではダンジョン攻略の情緒がない、という事で一番浅い層からダンジョン内を探索し、階段で地道に降りてきていた。

 

 ……のだが、

 

「ここも消し飛んでたかー」

 

「あのラ・バスワルドってぽんこつ。つくづく相手したくねぇな」

 

「アイツは俺なら封殺できるし。美味い飯さえ食わせておけば黙っていてくれるからそこまで扱いは面倒じゃないんだよな」

 

 ラ・バスワルド。扱いが面倒なだけで本人自体は割と善性でも悪性でもない、中庸の存在だ。だから適当に満足さえさせておけば完全に無害だ。問題として満足させてやることが非常に面倒なのだが。だから皆で押し付け合っている。アイツ一人でそれなりに被害額増えるし。

 

 それはともあれ、

 

 ダンジョンを抜けて大穴へと戻って来てしまったので、今使用したルートでは下へと行けないことが発覚してしまった。割と残念な話でもある。また違う入り口を探して潜る必要がある。

 

「うーん、どのルートでなら一番奥にまでいけるんだろうか……」

 

「もう直接中央から降りちまえよ」

 

「だからそれは面白くないってば」

 

「ダンジョン攻略に面白さもクソもねぇだろ」

 

 呆れながら言うケイブリスの言葉は正しいのだが、それはそれとしてあまり楽しくはない。もっと、こう、苦戦とか遊べる環境が欲しいのだ。どうせこれからペンシルカウに戻れば聖魔教団が暴れ出すまではペンシルカウに引きこもっている予定なのだし。

 

 だから、ペンシルカウに戻るまではなるべく派手に遊びたいんだよなぁ、という気分だった。

 

「ケーちゃんとかさ」

 

「おう」

 

「俺を殺しに来てくれないの?」

 

「俺が死ぬわクソが」

 

「いやいや、ケーちゃんならいけるいける」

 

「今相手した所じゃ俺に勝ち目がねぇだろ。やらねぇよ」

 

 今、とそこで言う辺り、将来的には殺しに来る予定なのだろうか……? あぁ、でもあと3000年もあれば俺を確実に殺せるだけの強さは持ちそうだよなぁ、とは思わなくもない。

 

 やっぱり、俺を殺す奴がいるとすれば、それはケイブリスになるんだろう。

 

 なんだろう―――やっぱり、その時のことが実に楽しみだ。

 

「うーし、それじゃあそろそろ別のルートを探すか」

 

「まだやるのかよ……」

 

「そう言ってもケーちゃんも楽しんでる癖にー! 神々の傾向からして、クソみたいな報酬が用意されていると思うんだよなー。良い物ほど雑に変なダンジョンに配置して来るし」

 

「ほんと世の中クソだな」

 

 きっと、どっかのダンジョンを探せば自分対策にドラゴンキラー、みたいな武器もあるんじゃないだろうか? 一度でいいからそういう武器を持った英雄相手にガチンコを仕掛けてみたくもあるのだが。

 

 そんな事を考えながら次はどのルートから奥へと向かおうかなぁ、と大穴につながる坑道の端から次の道を物色していると、上の方から気配を感じる。

 

 視線を大穴の外へと向ければ、

 

 どこかで見た事のある黒いローブ姿を目撃する。アレは確か、と気配と匂いから誰かを思い出す。だが瞬きした瞬間にはその姿が消え去った。

 

「おい、どうしたんだよ」

 

「んー……」

 

 別にこのまま放置でも良いんだけどなぁ、と思いながら大穴の外へと視線を向けたまま数秒程考えて無言を保ち、

 

 どっちのが面白そうか結論を付けた。

 

 ウル・カラーは、常に面白そうな方へと己の道を進める。

 

 そういう風に生きる事を、決めているのだ。




 ケーちゃんといっしょっ!

 ケーちゃんはもう、ほとんど反射的にウル様見つかった場合、自分の行動の全てを諦めるモードに入る所がある。

 それはそれとして、ここからは完結までルド転のみを更新し続けるわよー。


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120年 食券 アベル

 素早く大地を駆け抜ける。

 

 消えた気配を追いかけるように残された痕跡だけではなく、()()()()を追いかけて行く。全ての生物が持つ、ルドラサウムの生命力。それがそれぞれ、生物という形で僅かに異なり、個別の匂いや色を与えられる。その違いを、そして気配を追いかける事が出来る。全力疾走に近い速度で一気に大地を駆け抜けながら自分が感知する、魂を追いかける。

 

 最初は解らないものだが、一度この大陸の、世界の創造神と遭遇してしまえば、多少の魂の見分けはついてくる。だから魂の残り香とでも呼ぶべきそれを追いかけて魔物界から未来・ゼス方面へと向かって疾走する。魔物界の植生を抜けて、魔王の気配によって汚染されていない大地へとやってくると渇いた空気へと環境が変わって来る。それと同時に風と共に去った筈の黒いローブの姿を見つけ、

 

 追いついた所で足を止めてその名を呼ぶ。

 

「アベル」

 

「……」

 

 追いつかれた事に観念したのか、黒いローブのドラゴン―――人へと姿を転じているアベルが足を止めた。そして名前を呼ばれてゆっくりと此方へと振り返る。

 

「ウル・カラー」

 

 振り返ったフードの外れたアベルの表情が露わになる。その赤い瞳は此方を捉えてから、背後へと視線を向け、

 

「ケイブリスはどうした」

 

「お前を追うって言ったら途中で逃げ出した」

 

「そういうところは本当に変わらないな、奴は……」

 

 元々、ケイブリスの生存戦略、生存術は他のドラゴンを相手に狡猾に動き回るアベルから学んだものらしい。その為、アベル本人との接触はケイブリスとしても全力で回避したい所なのだろう。だからと言って、あんな風に全力で逃げ出さなくてもいいのになぁ、と思わなくもなかった。途中まではケイブリスの背中にしがみ付いて、もふもふ戦車モードで爆走させていたのに。アイツ、追いかけるのがアベルだと知った直後振り落として全力で逃げやがった。

 

 でも、まぁ、それでケイブリスが一体どこまで付き合ってくれるのか、というのが解ってくる。それに関しては……今はいい。それよりも問題はアベルの方だ。予想に反してアベルの姿は人間のままだった。

 

 ドラゴンの王に―――竜王になる事を目標としていたアベルがそもそも人間の格好、姿をしているという事自体が異常なのだ。アベルからすれば人間なんて塵でしかない。擬態する様な相手でもない。アベルの身体能力について来れる存在と言えば、自分とマギーホアぐらい。それもドラゴンだ。人間ではない。俺も省エネの為に大体人間の姿を維持しているし、マギーホアもそうだ。だがそれすらアベルは嫌いそうだと思っていたのだが、

 

 そんな事はなく、アベルは自然体でいた。

 

 いや、それにしても大人しい。違う。大人しい、ではなく静かだ。荒ぶる様な気配も、殺意もない。そもそもアベルは此方を見かけるだけで、別に襲い掛かってくる事もなかった。今思えばこうやって追いかけてきたのは半ば、反射的な行動だったのかもしれない。ジルが蘇らせた魔竜アベル。その存在を追いかけるように―――ジルの痕跡を無意識に追いかけてしまったのかもしれない。

 

 我ながら女々しい、というのは女だからおかしい表現かもしれない。

 

 ともあれ、こうやって追いついてしまった以上無言という訳にもいかない。どんな言葉を選ぶべきかなぁ、とアベルの姿を捉えつつ何時でも反撃が出来るように心構えながら言葉を選ぼうとしたところで、

 

「貴様は……」

 

 アベルの方から、声が来た。その声に反応するようにアベルの視線を捉えた。

 

「常に、楽しそうだな」

 

 そんな予想外の言葉が、アベルの口から飛んできた。天変地異の前触れなのだろうか? そう疑ってしまいそうなアベルの言葉だったが、

 

「まぁ……俺様は人生を楽しむ事に決めたからな」

 

「……」

 

 その言葉にアベルは何かを考えるように目を閉じた。その、静かな姿は自分の知っているアベルとはやはり違っていた。自分の知っているアベルは臆病で、狡猾で、傲慢でありながらプライドが高い。ドラゴンらしいドラゴンであり、ドラゴンらしからぬドラゴン。それがアベルという存在だった筈だ。だがそのアベルも、死から蘇った事で全てを投げ捨てて、本当のドラゴンとしてマギーホアと戦い、

 

 そして敗北し続けた。

 

 何度も蘇る事を取ってマギーホアに挑み続けて敗北し続けた。そしてそれでも死にきれず、戦いの後には姿を消して、また出会って、

 

 その時はまだ、殺意を向けてきたアベルの姿を覚えている。だがその様な殺意をこのアベルは向けて来ない。そこが本当に、不思議だった。

 

「アベル、お前……どうしたんだ?」

 

「どうした、か」

 

 アベルはその言葉を受けて数秒沈黙した。それから考えるように空を見上げ、

 

「……ナイチサと会った。奴は俺に……正史という物を告げた。そしてこの世界の仕組みを」

 

「ナイチサめ、本当に余計な事しかしないな……」

 

 あいつを見かけないと思っていたが、そうか。そう言えばナイチサもまたジルによって蘇生された存在だ。アレの事だからこの大陸に騒乱を起こす為に裏で暗躍するであろうとは考えていたが、そんな劇薬をアベルに与えていたとはまるで予想もつかなかった。アイツ、やはりどこかで見かけたら確実に始末しておきたい。いや、放置していた方がルドラサウム大陸が盛り上がるんだろうけど。

 

 それはそれとして、アイツは個人的に気に入らない。それだけの理由。

 

 だがナイチサからその話を聞かされれば、アベルの事だから狂って暴れ出す程度の事を考えたのだが、

 

「……俺が大人しい、と思ったか」

 

「まぁ。暴れるかと思った」

 

 見透かされてた事に特に恥ずかしさも感じる、アベルの言葉に素直に応えれば、そうであろうな、と答えてきた。だがアベルは空を見上げ、その向こう側から見ているであろう神の姿を夢想し、そして言葉を続ける。

 

「俺が、ナイチサから話を聞いた時に。怒りや絶望感よりも先に感じたのは納得であった」

 

「納得」

 

「あぁ、納得した」

 

 アベルは言葉を繰り返しながらそうだな、と言葉を続けた。

 

「生まれ、マギーホアにあこがれ、ドラゴンの王という物を目指した。だが俺の中にあったのは怯えだった。何故、ククルククル相手にあそこまで戦える? 何故恐怖を感じない? 死にたいのか? 死んでもいいのか? お前たちの目指す先は、死んでもいい程度のものだったのか?」

 

 俺は死にたくなかった。

 

 アベルはそう告げる。

 

「何をしてでも生き延びたい。死にたくはない。生きてドラゴンの王となりたかった。生き延びて、力をつけ、そしてマギーホアを超える! それが俺が目指した場所だった。俺は、その為に死ねない。死ねなかった」

 

 だが結果はどうだ。

 

「まるで道化ではないか。全てが神の意思? 満足させるための玩具? ……あぁ、確かにそうだ。なにをしてもマギーホアには勝てない。魔王になっても俺はドラゴンの頂点には立てなかった。ドラゴンとしての才能も、素質も伸びる事はなかった。これでは道化だと言われてもしょうがない。あぁ、最強を目指した結果、怯えて戦いを避けるしかない。その果てには一瞬でマギーホアに狩られる。その上で全てを捨て、全力の境地で戦えばどうだ」

 

 それでも、

 

「マギーホアには勝てない。いや、それだけではない。俺が目指した境地に、ドラゴンの頂点の境地に今度は貴様が並んだ」

 

 アベルはそれを語りながらも、そこに重さを感じさせることはなかった。

 

 アベルはそれらを語りながらも、()()()()()()()()()()()()の様に語っていた。故にアベルの話はここから先が本題だ。それを待ち構えるように、アベルの話の続きを待つ。

 

「だから……どうしたんだ?」

 

「だから―――だから、という話でもない」

 

 空を見上げていた顔を降ろし、アベルが真っ直ぐ、此方へと視線を向けて来る。

 

「お前と別れてから、ナイチサと会い―――そして考えた」

 

 怒りを抱くか。絶望するか。嘆くか。無気力となるか。狗になるか。それを考えた。考えて、考えて、考えて―――そして悩んだ。

 

「だが俺には答えが出せなかった。怒りは感じている。だがそれが全てではない。嘆きもある。だがそれは心を満たさない。無気力と呼ぶには何かを俺はしたがっていた。そしてナイチサの狗になる気等毛頭ない。故に俺は……」

 

 アベルがそこで言葉を区切った。そして彼から感じる気配が変わった。殺意はない。だがそこには覇気と呼べるものと、底のない闘志を感じさせるものがあった。

 

「考えた。貴様と別れてからずっと、常に考え続けた。魔竜アベルの中にあるものを。俺の奥底で眠り続けていた物を。策略でマギーホアを超えられず。そして全霊で挑んでも勝てなかった俺に。道化でしかなかった俺に、何が残ったのかを」

 

 アベルは言った。

 

「俺には―――強さへの憧れだけが残った」

 

 それが、アベルを構築する唯一無二だった。

 

「そうだ、そうだった。()()()()()()()()()()()()()()()のだ」

 

 恐らくはこの世界においても最も重要で、最も偉大な存在に対して、アベルは迷う事無くその言葉を吐いた。

 

「ナイチサの策略なんてクソのほども知らん。魔物界? 魔王? 気にしたい奴は勝手に気にしていれば良い。あぁ、知らぬ、存ぜぬ、どうでも良い。世界の真実なんてものは知りたい奴が知れば良いのだ。俺には関係ない。道端の石くれ程度の価値しかない。俺は―――俺は、マギーホアに勝ちたい」

 

 アベルがその言葉を吐き出した。強く、響く様に、その言葉を吐き出した。

 

 それを言ってのけたアベルの表情を見た。今まで見たような魔竜の表情ではなく、どこか達観したような、一皮剥けた様な―――いや、或いは彼の心を蝕み殺し続けていた全ての精神的な負荷から解放されたような表情を浮かべていた。

 

「そう、それが俺を構成する全てだ。笑いたいのなら笑え。俺がケイブリスに生き延び方を教えたのは()()()()()()()()()()だからだ。奴がククルククルを見て憧れ、ひそかに俺に対して殺意を抱いたように。俺もククルククルを相手に戦い続けたマギーホアの姿に憧れたのだ。越えたいと思った。その姿を超えて、ドラゴンの頂点に立ちたかった。たとえ魔王となってドラゴンとしてさらなる強さを得られなくても、そんな事実はどうでも良い」

 

 マギーホアに勝ちたい。

 

 それが―――その心が、

 

「俺にとっての唯一無二の真実だった。それを、お前を見て確信した」

 

「……俺を? マギーホアじゃなくて?」

 

「あぁ、お前をだ」

 

 アベルは此方を指さしてくる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それだけの話だ。そうだ、お前は特別で、誰にも愛され、求められ、そして与えられる。お前は俺が求めていた頂点への資質を得た」

 

 ならば話は簡単だ、とゼスの暑い風にローブを揺らしながらアベルが告げる。

 

「俺は、お前を超えなくてはならない」

 

 視線が真っ直ぐ、心を射抜く様に向けられている。アベルの言葉に、口が動かない。狂うのでもなく、怒りでもなく、静かに、決意をもってそれをアベルは宣言した。この瞬間、アベルの視線は、考えは俺だけを捉えていた。他の全てを忘れ去るように、全てを此方へと向けている。それがアベルの視線から伝わってきた。

 

 本当に……本当に、変わってしまった。ナイチサの言動が、行動がアベルにそのきっかけを与えてしまった。だがそれはどうでも良い事だったのかもしれない。重要なのは、正面からお前だけを見ていると、本気の闘志を見せるアベルの姿に自分の血が、そして心が沸き上がるのを感じている事だった。

 

 こいつは本気だった。

 

 本気で俺に挑むと考えているし、本気で超えると思っている。

 

 負けて、負けて、負け続けて、

 

「あぁ、ドラゴンとしての矜持まで失ったのかもしれない」

 

「だけど……それでも、求めるんだろう?」

 

「無論」

 

 それでも求める。頂点を。正面から。それがアベルに残された最後の矜持。

 

「故にウル・カラー」

 

「おう」

 

「こうやって貴様に巡り合えた事も一つの運命なのだろう。なら宣告する」

 

 ウル・カラー。

 

「100年後に貴様にこの地、この場所で決闘を挑む。答えは」

 

 アベルの真剣な瞳に、魔竜という存在が更に成熟され、強敵となって立ちはだかるのとを感じつつも―――その事実に、興奮せざるを得なかった。

 

 こいつは敵だ。

 

 それも極上の敵だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 今までの様に義務や義理、何かの理由があって殺し合ってきた戦いとは違う。完全に関係のない戦いだ。逃げようと思えば逃げられる。避けようと思えば避けられる。そういう戦いではある。だがドラゴンの闘争を求める本能は目の前の相手を求めている。

 

 殺し合い、喰らい、その血肉を己の物にしろと。

 

 本能を全開にして殺し合える戦いの快楽が待っている。

 

「当然、受けるに決まっているだろう」

 

「なら100年後、再びこの地で会おう」

 

 そうやって、

 

 最強のドラゴンを決める為の戦い―――その一歩目が、歴史の外で始まった。




 アベル覚醒。

 ナイチサ君が裏で色々とこそこそやっていますが、アベル君は最終的に「まぁ、人生いろいろと会ったけど最終的にマギーホアを超えたい」という境地に達したとさ。

 という訳でアベル食券はウル様、マギーホア、アベルで始まるルドラサウム大陸ドラゴン最強決定戦になります。

 果たして、アベル君は生き残れるのか……?


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180年 ペンシルカウ

「ごろごろー」

 

「ごろごろー」

 

「ごろごろー」

 

 スラル、ラ・バスワルド、自分の三人で屋敷のソファでごろごろしていた。一日中鍛錬している訳にもいかないし、気が抜けた時にはこうやってごろごろしている。ラ・バスワルドもいつの間にか魔界から宅急便で送られてきたし。結局、何時も通りのペンシルカウに戻った。長い時を過ごすのであれば、ここペンシルカウの《金鱗館》とカラーからは呼ばれている我が屋敷で過ごすのが一番楽だ。なんだかんだでここで過ごす事も多いし、何より自分のライフスタイルに合わせて大きくカスタマイズしている。だから休んだりする場合はここが一番だ。

 

 根本的に冒険好きで世界をあっちこっち回るのも好きなのだが、それでも安らぐのであればやっぱりマイホームが一番という部分はある。最初、ペンシルカウにあるマイホームが屋敷になっている姿を見たときは驚愕してしまったが、それでもこれだけ長く住んでいればもう慣れる。

 

 そして完全に慣れると、好きな部屋、好きな場所でごろごろしだす。

 

 無駄に広い部屋、リビング、大きなソファ。人をダメにするルドラサウム人形。これが揃ってれば生き物は大体堕落する事が出来る。

 

 という訳で聖魔教団が生まれるまでの数百年を、ペンシルカウで過ごす事にしていた。正確に言えばペンシルカウと、翔竜山だが。

 

 本当はもう一度冒険にでも乗り出しても良いと思っていたのだが、これ以上外に出回って自分の痕跡を地上に残すのは気が引けた。そろそろククルで起きた出来事、そのすべてが伝説だったように、人々の中で風化して欲しい。その為には何代かで人間が忘れられる様に、目撃される事無く大人しくしておく必要がある。

 

 まぁ、その間にアベルと一戦やるのだが。

 

 その事に関しては今から楽しみでしょうがない。

 

 以前、自分がアベルを目撃した時は自分とアベルが本気で殺し合えば恐らくは勝算は()()()()()()()()()であろうと予測していた。ちなみにこれは魔竜としてジルによって蘇生された準魔王から魔王クラスの実力を保持していたアベルに対しての評価である。自分も自分で《ドラゴンLv3》なんてとんでもない技能を保持した上で、ほぼ毎日マギーホアと戦ってその使い方を体で学習している。神光で遊ぶ事だって忘れていない。自分の力を地道に積み上げて行く。

 

 それは生まれてこの方、狂って吐いて苦しんでもずっとやめてきていない事だった。もはや、強さを積み上げて行くというのは自分にとってのライフワークだった。

 

「あー……平和ねー……」

 

「ここ数百年、ちょくちょく戦争とかあるけど大きいのはないからなー」

 

「最近は軍事国家が台頭してきてるらしいけどねー」

 

 女三人でソファの上をそれぞれ別々に雑な恰好でごろごろして休みという概念を堪能しつつ、特に何かをするわけでもない同じ時間を共有していた。気づけばこの三人でセット扱いされているような気もする。

 

「ウル様、お茶を入れてまいりました」

 

「わぁい」

 

「お茶ー」

 

「おかしー」

 

 亡者の様にソファから這い上がりながら座り、ルシアがセットしてくれたお茶セットを前に、少しだけ意識や姿勢をシャキッとさせて、カップを手に取る。ここら辺の礼儀作法、所作に関してはマギーホアから嫌と言う程叩き込まれた部分がある。折角の女王という立場なのだから、やれることはやっておきなさいと叩き込まれたのだ。

 

 まぁ、基本的に使わないのだが。

 

 ペンシルカウではアットホームな女王で通っているのだ。

 

 昔はもうちょっと味の細かい部分とか解ったんだけどなぁ……と思いつつルシアの入れた茶を飲む。相変わらず謎のコネクションを持っているようで、独自のルートで茶葉や茶菓子を仕入れて来る。そのおかげで午後のお茶の時間、飽きる様な事はない。そこら辺の努力に関してはこの堕天使メイド長、一切の妥協という概念を覚える事はないのだ。しかし、長年仕えてくれているし、そろそろ褒美でも出してあげなきゃダメかなぁ、と思ったりもするが。

 

「あー、脳味噌が動いてきた」

 

「一日中ごろごろもしてれば脳味噌ぐらい溶けるわよ」

 

「うまうま」

 

 ラ・バスワルドだけ関係なくずっと脳味噌が溶けているような気もするが、餌さえあげていれば無害なのだ。餌さえあれば。まぁ、ラ・バスワルドもあれはあれで哀れな生き物だ。ラ・ハウゼル、ラ・サイゼルに分かれていないまま人間性を高く獲得しているのが原因でアンバランスなレベルでぽんこつだし。

 

 まぁ、嫌いではない。寧ろ好きだとも言える。だから放っておけないし、ついつい甘やかしてしまう。

 

 ただ、まぁ、それはさておき。

 

 もう既にGI180年だ。

 

「時が流れるのも早いもんだぜ……少し前に何があったっけ?」

 

 その言葉にラ・バスワルドがマカロンをバキュームの様に吸い込んで飲み込み、首を傾げ、

 

「アレじゃない? 魔王ガイが新しい魔人を追加したの。確か魔人ワーグじゃなかったっけ」

 

「あら、貴女が名前を憶えているなんて珍しいわね」

 

「流石にそこまで馬鹿じゃないわよ私も!!」

 

 スラルとラ・バスワルドのやり取りにワーグねぇ、と呟く。

 

 鬼畜王と呼ばれたランスシリーズにおいて、最大のキーともなるキャラクターだった覚えがある。詳しい事はノートを確認しないと何も思い出せないが、それでも彼女がルドラサウムに幸せな夢を見せる事で、あの創造神を幸せに眠らせ続けられることが出来るというのを覚えている。この世界における、一つの答えだ。もう一つがエール・モフスとして生まれて来る事で生きる事、人の楽しさを知る方法だ。

 

 ただ、まぁ、ぶっちゃけどちらも既に知っている以上、同じことを繰り返しても完全には満足しない。だからこそ自分の様な存在が生存を許され、未来を少しずつ変えているのだが。

 

 ワーグはそれでも、ファイナルウェポンとしてなるべくランス君の時代まで生きていて欲しいよなぁ、とは思う。

 

 それ以上は何もないが。

 

 だけど、

 

「ガイ君が魔人を増やすってのは結構意外だよなぁ」

 

 マカロンを指先でつまんで、口の中に放り込みつつ呟く。

 

「そうねぇ。ガイ君って魔人の権威とか強さとか、そういうのを気にするタイプじゃないし。そもそもガイ君自体が人間側の存在だから、人類を脅かす事とか考えてないのよねぇ。だから彼が魔人を増やす理由ってのがちょっと気になるわよね」

 

「だからって流石に遊びに行かないけどな」

 

 しばらくは歴史に出現しない様に気を遣っているし。

 

 だけど、まぁ……ガイが魔人をここから更に増やす事は知っている。スラルも知っている。だからこそ、なんでだろうか? と今更思わなくもない。それなりに魔人の数は既に揃っているし、魔人を作れる数にも上限がある。それに着々と近づきつつあることを考えると、ガイの体から魔血魂が少しずつ失われているという事実が解る。

 

 あぁ、だけどそうか、と納得する。

 

「魔血魂の総量減らしてる?」

 

「魔人を増やして自分の魔血魂分散させてるの? でもそれって根本的に無意味じゃないかしら? 魔血魂が単体で動く様になったらアレ、勝手に魔人から飛び出て集まるでしょ」

 

「あー」

 

 そう言えば遠い未来の巨大魔血魂戦、確か魔人化していた連中は大半が魔血魂を奪われていたというのを思い出す。何故かますぞえとケイブリスの魔血魂だけはそのままだったらしいが。いったい何が条件だったのだろうか? いや、或いは気合とか根性とかそういうのでも割と答えが出て来る気はするものだが。とはいえ、ガイが魔人を増やすというのは魔軍側の戦力増強につながる事でもある。

 

「ガイ君は聖魔教団とかの事は知らねぇんだよなぁ」

 

「まぁ、現状ノートの内容を知っているのは私達だけよね?」

 

 未来の知識を記したノート。これがあるから常に自分は先を読んで行動できるし、大体のタイムスケジュールを組める。だが自分以外にも未来の情報、そして更に多くこの大陸に関する情報を知る事の出来る存在がいる。

 

 賢者、ホ・ラガだ。

 

 自分が知る限り、全知を求めて絶望したあの賢者であれば自分の様に、先読みによる行動で有利を取ることができるだろうとは思っている。だがホ・ラガ自身はその知識に絶望している為、能動的に動く事は一切ない。そもそも彼が与えられている知識も本当に全知か怪しいのだが。少なくとも、エール・モフスの存在やそれによって生まれる未来への希望等を認識する事はなかったらしい。

 

 ただ―――まぁ、ナイチサが色々とべらべら、アベルに言っていたという事実もある。ナイチサもかなり深い部分でこの世界の事を理解していそうに思える。正直殺してやりたいのが本音だが、世界を混沌とさせるという意味ではアレ以上の人材が存在しないのも事実だ。となるとそう簡単に殺していいものか? という疑問も生まれる。

 

 悩ましい。

 

 自分には力がある。それこそ多くを破壊し、好き勝手出来るだけの力がある。その気になれば、人類程度絶滅させる事だって出来る。自分にも、勇者への対抗策は何個か用意してある。これをもってルドラサウム大陸を滅ぼす事だってあり得る。だがしない。したくもない。だが出来てしまう、というのが問題だ。

 

 自分の軽はずみな行動が、全てをご破算にさせてしまう可能性だって存在するのだ。その事を考えたら思い付きのままに行動する事が出来なくなる。

 

 何よりも聖魔教団とM.M.ルーンの存在は、今自分が注目している最大の玩具の一つだ。聖魔教団が生み出す闘神という存在は、それこそ魔人に匹敵するレベルの戦闘力を有する存在だ。魔剣カオス等の結界を突破する手段さえ存在すれば、魔人を何体か殺し切れたのでは? という疑いさえもある。《無敵結界》という反則が存在していることが原因ではあるものの、

 

 それさえなければ魔人を殺せた兵器というのは、実に規格外の存在だ。

 

 そんな連中と戦争が出来ると思うと、実に心が躍る。

 

 踊るのだが―――最近はもっぱら、近いうちにあるもっと楽しみな事が出来てしまった。

 

「んにゅ」

 

「にょい」

 

 数十年後に待ち構える楽しみの事を想像していると、気づけば目の前に回り込んだスラルが両手で頬を引っ張っていた。頬を引っ張られた状態のまま、スラルを見上げながら視線を送る。

 

「にゃんだよー」

 

「なんか、ちょっと気にいらない」

 

 ちょっとだけ不機嫌そうな表情をスラルは浮かべていた。はて、俺が何かしただろうか? と少しだけ考えて止める。こういうのは即座に答えが出て来なかったら、開き直ればいいのだ。そもそも深く考えられるような性格をしていないし。悩むだけ無駄だ、無駄。

 

 だから逆に胸を張った。

 

「はぁ……いや、もう……本当に……」

 

 それを見てどことなく呆れたような表情をスラルは見せてから、横に座ってお茶を飲むのを再開する。

 

 なお、ラ・バスワルドは当然のように我関せずと茶を飲んでお菓子を食べてごろごろしている。こいつだけほんと、セックスするとき以外はマイペースだなぁ、と思う。

 

「ねぇ、ウル」

 

「ん?」

 

「……そんなに楽しみ? アベルと戦うの」

 

「そりゃあそうだよ」

 

 拳をぐっと握る。

 

「今までずっと、誰かの為、何かの為に戦ってきたんだ」

 

 スラルの為、未来の為、ジルの為。そうやって常に誰かの、何かの為に戦ってきた。苦しいし、辛いし、それでも覚悟もあったから戦えた。心が折れた時も、死にかけた時だってあった。だけどそれを乗り越えてきた。その上でここにいるのだ。

 

 だけど思う事はあった。

 

 義理とか義務とか。

 

 覚悟とか。

 

 そういうのを一切全部捨て去って、ただ快楽のままに殺し合いたい。

 

 一番原始的なドラゴンの欲求、本能。強い生物として持ちうる快楽を求める衝動。だからセックスも好きだし、食べるのも好きだし、ぐだぐだと寝るのも好きだし、戦って殺し合うのも好きだ。強くなる事に対する努力だってずっと楽しい。

 

 だけど今まで、戦うという事には常に事情があった。

 

 戦う上で常にそれを楽しむのを阻む様に、フィルターがかかっていた。

 

 だけどこれは違う。

 

 全てを忘れて、()()()()()()()()()()()()()()()戦いなのだ。全力を出し尽くした果てで死ぬのであれば、それはそれで笑いながら満足して死ぬことができる。これはそういう戦いだ。

 

 男も女も、雄も雌もない。

 

 ただ戦い、勝利するべき存在としてアベルは此方を見てくれた。

 

 ただただ、その事実が嬉しいし、そういう風に変わったアベルを見るのも楽しかった。その上で自分が全力を出し尽くして勝利してみたいという強い気持ちがある。そう、勝ちたい。戦いたい。己と同格の存在と競い合って更なる高みを目指したい。

 

 その戦いへの欲求と欲望が、一切邪魔されずに発揮できる戦いなのだこれは。

 

「楽しみだよ」

 

「ふーん」

 

 そう言うとやはり、面白くなさそうにスラルが呟き、頬を突いてくる。

 

「なんだよ」

 

「べっつにー?」

 

 そう言いながら再び頬を突いてくる。

 

「スラルちゃん?」

 

「なんでもないわよ?」

 

 そう言いながらもスラルが頬を突いてくる。どことなくいじけている様にも思える。その事に首を傾げながら、

 

 平穏な午後を過ごした。




 その姿は恋する乙女のようだったらしい。まぁ、ストレートすぎる告白にも近かったからね。


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200年 ペンシルカウ

 クリスタルの森に存在するカラーの都、ペンシルカウは女王ウル・カラーが治める領地にして国である。

 

 まぁ、そんな風に一般的には認識されている。未だにちょくちょく外から人を招いては、カラーが絶滅しない様に繁殖―――というか人口の維持を行っている。増えすぎるとクリスタルの森の恵みと、今育てている家畜や作物では足りなくなってくるからだ。なるべくペンシルカウは外の交易などで食料を賄う事をしない。自分、という女王の威圧があるからこそ人類が攻めてこないが、カラークリスタルの有用性に関しては既に歴史に記録されている。

 

 女王ウル・カラーと、その同盟相手である翔竜山のドラゴン。それがなければ直ぐにでも攻め込んでくるであろうというのは、解りやすい話だった。だから人口を増やして外に食料を頼るようになると、そうすると外と交渉する必要や、付け込まれる可能性が出て来る。やはり一番良いのは一切の関係を持たない事だ。現在はこの状態だ―――まぁ、個人レベルである程度交渉とか、交換とか、仕入れとかは食事などに変化を与える為に許可を出しているのだが。

 

 そんなペンシルカウにはそれなりのカラーが存在し、それがこの地に住む存在の大半である。それ以外にも普通の人間等も居たりするが、あくまでもメインはカラーであるのだ。そして連中は基本的にペンシルカウの国民を自称しており、いつの間にかペンシルカウは国、そしてクリスタルの森が国の領土として認識されている。

 

 名実ともに、ペンシルカウの女王となっているのだ。

 

 とはいえ、政務や管理、方針等に関しては全部、その世代のカラーに投げているのが現状ではある。

 

 なぜなら不老は価値観が固まりやすいという特徴があるからだ。

 

 長く生きていると細かい流れや変化に無頓着であったり鈍感になる為、中々流行という物に乗るのが難しくなってくる。これは数千年を生きる種族が忘却しながら生きて行く為の基本的なスキルであり、細かい事に反応しながら生きていると根本的に精神が持たないという側面もある。

 

 だから長寿、不老は忘れながら生きる。そしてその性質故に政治には向かない。

 

 長期間君臨していると、その分だけ観念などが固定化されてしまうからだ。故に政治には不要。知識を出す存在として残されるのは良いが、それ以上はダメだ。それでは新鮮な空気が国に入ってこなくなる。だから上に立ってはならない。良くて象徴ぐらいだろう。その思想はペンシルカウでも採用している。つまり、自分が政治には関わらないというスタイルだ。

 

 任命もしない。選ばない。ただ君臨する。象徴と武力として。後は偶に手伝う。質問されたら答えて道筋を示す。だがそれを強制しないし、勧めもしない。自分の考えを教えるだけだ。そういうスタイルをペンシルカウは今まで保ってきた。そして今も守っている。これが不死者を抱えた上での健全な政治形態だと思って。

 

 だが、まぁ、

 

「ウル様おはようございます!」

 

「おう、おはよ」

 

「ウル様―! アップルパイ焼いたんです! どうぞ!」

 

「はいはい、一切れ貰うよ」

 

「ウル様! また遊んでくださいよウル様―!」

 

「おう、午後は暇だからそん時にな。デッキ用意しておけよ」

 

 長く生きて一か所にとどまっていると、全員が自分の子供の様な感覚になってくるため、皆可愛いし。それでいて構ってやると楽しそうに、嬉しそうにするものだからついつい構ってしまう。

 

 そういう事で、定期的にペンシルカウ内部を散歩して遊んでいる。そうやって国民、と呼べる彼女たちの話し相手や遊び相手を務めている。ある意味、それが自分に唯一存在する公務なのかもしれない。定期的に武芸の訓練を防衛隊に授けたりするが、基本的にそれは自分の鍛錬の為でもあるし、他人に教える事で新しく見えて来る事もあるからやはり自分の為だ。

 

 だからこうやって、顔を見せて、話を聞いて、一緒に時間を過ごしてあげて、

 

 俺、という存在を教えて覚えてもらうのだ。まぁ、世代交代して顔を忘れられたら悲しいという話だ。不死者の最大の弱点は寂しいと泣いてしまう所だろう。

 

 そんなわけでペンシルカウに住んでいるカラーの顔と名前を今では()()()()()()()()()()。国民の数は5000にも上らないからこそ可能な事ではある。ともあれ、そうやってカラー一人一人を覚え、忘れないように一緒に遊んだり飲んだり笑ったりして過ごしていると、

 

 定期的に発生する事がある。

 

 発生、というよりは湧いてくるという言葉が正しい。

 

「ウル様! 聞いてくださいウル様」

 

「おう、走らなくていいから落ち着いて来いよ」

 

 眼鏡を付けたカラー、エルル・カラーが此方の姿を見かけると、どことなく憤慨したような様子を見せながらやってくる。そして近づいてくると、

 

「聞いてくださいよウル様!」

 

 そう言って詰め寄ってくる。

 

「解ったから落ち着けよ」

 

「ドラゴンの精子で孕もうと一族代々頑張って来たんですけど! やっぱり射精直後のではダメだと私の代で思ったんです! これからはドラゴンカラーセックスの時代ですよウル様! 直接ドラゴンの精液で子宮に射精して貰わないとやっぱ孕めませんよ」

 

「お前ちょっと解る言語で喋ってくれない?」

 

 ペンシルカウでは定期的に変なのが湧いてくる。こういう連中を見るたびに楽しそうにマッハが視界の端で腕を組みながら楽しんでいるのが見える。

 

 

 

 

「―――えー、そういう事で。悲しく番も居ないから普段は一人で寂しくオナネタを提供し合いながらオナってる人生の敗北者である雄ドラゴン共の生存戦略に挑戦しようかと思います」

 

「今の一撃で再起不能になりかけたからもう少しオブラートに包んでくれ」

 

 ペンシルカウには定期的に変なのが湧いてくる。だがこの変なの一族は、代々何とかドラゴンの子供を孕もうと研究、実践し続けてきた相当ワイルドな一族だった。俺、そんな話聞いてないんだけど。

 

 そんなワイルドなドラゴンカラーセックス文化を推し進めていきたいカラーは、いい加減子宮に直接ドラゴン精液を注がれたいらしく、こんな事を言い出した。

 

『ほかのドラゴンはウル様たちの様な人の姿になれないんですか? チンコのサイズが膣に入るサイズなら間違いなく気合で孕むんですけど』

 

 またロックな奴が今世代は育っているなぁ、という感想しか抱くことの出来ないコメントに空を思わず眺めて現実逃避しかけるも、

 

 発狂しているドラ姦カラーはともかく、アイデア自体は悪くなかった。

 

 自分やアベル、マギーホアがそうしている様に、他のドラゴンたちも今のメインプレイヤーのサイズに姿を変化させる事が出来れば、ドラゴンの雌以外と繁殖する事で子供を作る事が出来るかもしれない、という話だ。実際、発情期に入ると同族が煩いし。自分以外の番を見つけることが出来ればこの求婚ラッシュもどうにか出来るかもしれないという邪な願望を抱いた。

 

 いや、結婚は悪くないのだが別に。

 

 それでもスラルやラ・バスワルドと日常的にぐだぐだやっている方が、番を作るよりも個人的には良いと思う。というか生活変わる所が想像できない。そういう事で、

 

「お前らは今日からメインプレイヤーへと変身する方法を何とか身に着けてもらう! お前らも欲しいだろう! いちゃいちゃえろえろ出来る番が!!」

 

「お前が相手してくれよ!」

 

「悪いけど赤い鱗は守備範囲外」

 

 ボルケーノドラゴンが泣いた。その背中を別のドラゴンが叩いて慰めていたと思ったらそのまま翔竜山から投げ捨てた。

 

 ドラゴンの生存競争は身内にも厳しい。

 

 まぁ、空は飛べるし死にはしないだろう。そんな事を考えながらドラゴンに人化の術を教える事にした。とりあえず指をスナップさせてから、

 

「はい、じゃあお前らちょっと人間に変身して見ろよ」

 

 まずは変身してみろよ、と宣告する。それを受けてドラゴンたちがお互いの顔を見渡す。

 

「ノーヒントきた……!」

 

「やるしかねぇなこれ!!」

 

「っしゃああ! 俺の雄姿を見ろぉぉぉ―――!!」

 

 そう言って翼を広げたドラゴンや、尻尾をぴんと伸ばしたドラゴン、地面に転がりながらひらめきを求めるドラゴンの姿が見える。俺達、一体何をやっているんだろう……と、一瞬真面目に考えさせられる光景が目の前で繰り広げられてしまうが、それを無視して腰に手を当て、連中を眺める。

 

「ぬぐ……ぐぐぐぐ! ぐおー! あ、ブレスだ」

 

「やべぇ、クソが漏れそう」

 

「力込める所間違えてるだろうってクサっ! クセぇよ!!」

 

「俺じゃねぇぞ」

 

「悪い、屁こいたわ」

 

「お前さぁ……」

 

 戦犯を神撃で翔竜山から叩き落す。それが翔竜山から落ちて行く姿を眺めながら軽くうなずき、視線を残りのドラゴンへと戻す。

 

「さあ、第二ラウンドだ!」

 

「これを見た後で?」

 

「ごめんごめん。ノリがいいからついつい」

 

 こいつら、話していて面白いリアクションを返してくれるから普通に遊んじゃうんだよなぁ、と思いながら黒腕を生やし、胸を持ち上げるように腕を組む。これが人間相手なら面白いリアクションが見れるのだが、ドラゴン相手だとそうでもない。ドラゴンが相手に求めるのは戦闘力とか、鱗の艶とか、逆鱗の形とかそういう所なのだ。連中、胸の大きさとかはそもそも概念として認識しない。

 

「じゃあ、真面目に話しをするけどお前ら、同族以外で嫁作るつもりあるか?」

 

「どーだろうなぁ……」

 

「そういう話をすると微妙なんだよなぁ」

 

「鱗のない奴の相手をしても……なぁ?」

 

「まぁ、そうなるよなー」

 

 馬鹿連中を前に相手しつつ、真面目に人間化を試すつもりある? という話をするとこうなる。根本的にこいつらに、そういう性癖はない。本当に特殊な一部だけだ。寧ろパットンを恋愛対象にできてしまったハンティの方がおかしいのだ。

 

 人間がタコに欲情するか?

 

 ドラゴンがカラーを恋愛対象に見るとはそういう事だ。

 

 だからあのカラーがおかしいのであって、これが普通なのだ。いや、一族全員バグってるとかいう話は聞きたくない。本当に性癖の話は業が深い。自分の場合はメインプレイヤーとしてベースの姿が一度、人間へと移っているという背景もあるのだが。それでも、どちらかと言うとドラゴンの方が良いよなぁ、と思う事は多々ある。

 

「お前らがウチの連中を嫁にめとってくれれば話は早いんだけどなぁ」

 

「命令ならやるぜー」

 

「頑張って変身とかマスターしてみるぜ」

 

「だけど、まぁ、ドラゴン以外のお嫁さん欲しいか? って言われたら微妙よ。やっぱり同族と恋愛したいんだけどそこらへんどうよ、女王様」

 

「えー、俺より弱い奴と恋愛はちょっと」

 

「クッソぉ、ハードル高いクッソぉ……」

 

「いや、それよりも時折マギーホア様が拳を握りながら見てきていることの方が問題だと思う。我らの王、絶対に応援しているし期待しているぞアレ」

 

「そろそろ孫が見たいとか言ってたからな……」

 

 マギーホアの言っている事も解るけど、恋愛ぐらいは自由にさせて欲しいよなぁー、とは思わなくもない。まぁ、でも、自分もそろそろ次世代の事を考える必要があるだろうという話もある。

 

 ガイもガイで将来的にホーネットを適当な女に孕ませるだろうし。

 

 俺は俺で、余りにも物語を知りすぎている。

 

 俺が行動した場合、それではただの攻略シナリオになってしまう。となると俺じゃなく、そこそこ強さと才能が有って、珍しい存在―――まぁ、つまりは自分の様に真理に片足を突っ込んでいない、息子や娘の様な存在がランス君等と一緒に冒険するのが理想的だ。

 

 俺はファンだが、一緒に冒険するとなると強さの桁が違いすぎて難しいと思う。

 

 だからせめて、子供には夢を叶えて貰いたい部分がある。

 

 とはいえ、その為に子供を産むのは不純だと思う。だからせめて、自由に恋愛して、子供を産みたいと思って産んであげたい。たぶん卵生だけど。というか卵をこの体でどうやって産むんだろうか。魔王城に連絡を入れて聞き出すべきだろうか、コレ。

 

 ルシア辺りに質問したら数日で魔王城とコンタクト取りそうだが。

 

「まぁ、それはそれとして年末の宴会の一発芸にはなるし、練習すっか!」

 

「暇つぶしにはちょうどいいよなー」

 

「一番最初に変身できた奴が次回のマギーホア様挑戦権獲得な」

 

「あ、マジかよ!」

 

「本気を出すしかねぇ……!」

 

「じゃあ3・2・1・0の前に妨害開始な!」

 

 言葉の直後、ドラゴンが他のドラゴンを蹴り飛ばした。翔竜山バトルロワイヤルが開催した。こいつらに戦闘とは関係のない所で練習とか我慢とか修練させるのは、命令でもない限りは絶対に無理だよなぁ、と滅茶苦茶になりつつある地形を眺めながら笑い、

 

「駄目だこりゃ」

 

 ドラゴンカラーセックス計画は永久封印しよう、と硬く誓った。




 なんだよ、ドラゴンカラーセックスって。ドラゴンカーセックスの親戚か何かかよ。

 そう思いつつ、軽いノリで生きてる人々。


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210年 ペンシルカウ

 爪を立てながら勢いよく腕を振るう。神光を乗せた爪が魔術と合わさり、そのまま空間を引き裂く爪撃となって空間を引き裂いた。そのまま次元を引き裂いて穴を開けながら、あらゆる防御を貫き、強度を関係なく引き裂く一撃が空間に数秒間だけ残留し、静かに消えて行く。《次元爪》、《次元斬》や《ゲート》を自分の形で再現した簡単に繰り出せる防御無視の攻撃である。それを連続で繰り出す様に右腕を振るう。

 

 連続で放たれる爪が空間を引き裂きながら別世界への壁を引き裂き、そして通じる。だがそこに飛び込むわけでもなく、自分の調子を確かめるように、鋭さを更に引き上げるように自分の爪を調整して腕を振るう。そうやって戦闘する為の準備を重ねて行く。自分の一撃をどこまで繰り出せるか、どこまで鋭く放てるか。どれだけ狙って放てるか。それを繰り返し、繰り返してゆく事で肉体に馴染ませて行く。

 

 そもそもドラゴンに()()()()()()()()()()()()()()()なのだから。自分が使える技、必殺技、奥義、スペックを完全に振るう事だけを考えればいいのだ。それがドラゴンにとっての強くなる、という事だ。そもそもドラゴンにとって、人間の姿であるのは制限を付けている事に近い。

 

 実際、自分とマギーホアにとって、人と猫の姿とはつまり、燃費を押さえる為の姿になっている。自分は一度メインプレイヤーで姿をヒューマン・カラーにされているという事実もあるのだが、そこから更にドラゴンの頂点の素質を得た為、そこからドラゴンが本当の姿である事に、事実が回帰している。つまり人間の姿で戦う事には全く意味がない。戦うのであれば―――本気で殺し合うのであれば、ドラゴンの姿に戻る必要がある。

 

 とはいえ、ドラゴンの姿に戻ったら燃費が相当酷い事になる。そして体の使い方、使い込みに関しては人間の姿でやっていてもあまりドラゴンの姿でやっているのと変わらない。肉体の形が違うのだから違う……と思うだろうが、自分たちにとって肉体は肉体でしかないのだ。結局、どっちに姿であっても出来る事は出来るし、体の完全な使い方をマスターすればどっちでも同じだ。

 

 つまり、根本的なスペックが違う事以外は特に大きな変化はないのかもしれない―――あぁ、いや、才能的な補正もある。その事を考えるとやはりドラゴンの姿で動く方がはるかに楽だろう。ただ、鍛えるのなら人間の姿でも全く問題がないのは事実だ。だからこうやって、何度も何度も同じ技を繰り返してひたすらなじませる。その上で振るい続けて使い方を脳ではなく体で記憶する。

 

 ドラゴンの鍛錬とはそんなもんだ。

 

 武術とか、武芸とか、理論とか。そんなものは存在しない。ただひたすら、ドラゴンという生物のスペックを全力で扱えるようになるため、それを引き出して使い続ける。そうする事で唯一、ドラゴンは強くなって行けるのだ。それがドラゴンという生物の鍛錬になる。だから自分も、そうやって爪を振るっている。最もシンプルで簡単な攻撃になる。これが自分の基本攻撃でもあると言える。

 

 打撃、衝撃、粉砕等を肉体で繰り出す事でも出来るだろう。だが神光と、ドラゴン技能と、そしてジルと融合して継承した魂と血肉の全てを得た今、爪を雑に振るって切り裂くのが一番殺傷力が高い。とはいえ、

 

「こればかりじゃ勝てねぇな」

 

 そう呟きながら爪を見る。神光を纏った一撃は《無敵結界》さえも貫通出来る裏技だ。神々の特権として、この地上のシステムには干渉されず、それを逆に利用するだけの力がある。自分もこのシステムという枠組みを半歩、外側に立っている。長年その外側を歩いていたからだろうか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そのおかげで、純粋な神光の細かい操作であればラ・バスワルドにも負けないとは思っている。

 

 とはいえ、全方向完全消滅攻撃なんて明らかな反則技を使えるのはラ・バスワルドぐらいだけだ。あの破壊力と無差別な範囲に関しては一生勝てる気がしない。今は魔人化で弱体化しているから良いものの、再び完全なる神として復帰した場合を考えると頭が痛くなるレベルの相手だ。だからこそ餌付けが必要なのだが。

 

 ……ともあれ。

 

「これだけでアベルは殺せないな」

 

 防御力を、抵抗を無視した爪撃。当たりさえすれば必殺だろうが、アベルなら確実に回避して来るだけの自信があった。そもそもアイツは単純なスペックだけなら自分を超える化け物だ。今は魔王時のスペックを引き継いでいるかどうかは解らないが、それでも純粋な身体的な能力はマギーホアに次ぐ存在だ。

 

 単調な攻撃は見切られる。

 

 身体能力の差でごり押して潰す事も出来ない。となるとアベルとの戦いは、相手を追い込み、攻撃をどうやって叩き込むか、という所に集約される。そうなってくると自分の体を使わずに放てる必殺技をどれだけ持っているかという部分が重要になってくる。

 

 魔法、大魔法、神光による破壊、ブレス。これらが現実的なラインだろう。アベルにも通じるレベルとなってくるともはや大魔法、そして神光を交えた攻撃だけだろう。反則的ではあるものの、そもそも個人で勝てるように設定されているような存在じゃないのだからこれぐらいは良いだろう。

 

「いや……そんな考えじゃ駄目だな」

 

 これぐらいは良いだろう、じゃない。

 

 全霊で殺す。

 

 殺しに行く。

 

 確実に、絶対に、自分の持つ力と可能性の全てで殺しに行く。

 

 義務や義理ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。それが本来の自由なる闘争。ドラゴンという種族の正しい本能だ。ククルククルに対して振るわれていたものだ。それがずっと眠っていたのを、今の自分の中で覚醒しているのが解る。それが楽しみで楽しみでしょうがなく、ついつい力を溢れさせてしまう。

 

 溢れ出す神光をその場で剣の形に形成し、射出して大地に突き刺す。大地に突き刺さった神光の剣は消え去りながら、ノータイムで同じものが無数に浮かび上がり、継続的に射出される。

 

 その数を増やしながら、アベルを想定し、その動きの先読みを考えようとして―――止めた。

 

 良く知りもしない相手を想定するだけ無駄だ。そういう想定を行うと後々想定外の事で失敗するし。ただこれは牽制にはそこそこ使えるだろう。後は数を数十倍にして、常時射出弾幕状態を維持すればいい。後は、追い込みの大ワザとかも必要だが、

 

 《究極の破局》はアレ、間違えるとそのまま地上を薙ぎ払って都市を何個か消し飛ばしかねないから、使えない。

 

 となるやはり、大魔法だろう。

 

 GL大魔法《ラグナロク》、GL大魔法《カオスフレア》、HT(ハンティ)大魔法《メルトクリムゾン》。そして最後にU()L()()()()。AL大魔法も存在するにはするらしいものの、法王専用であり、自分が確認した事は今の所ない。だが広範囲を一瞬で滅ぼす事の出来る超出力攻撃となると、ここら辺が妥当だろう。HT大魔法に関しては属性違いの問題から自分が扱う事は出来ず、《カオスフレア》もそうだ。《ラグナロク》、そしてここ数百年の間に開発したもう一つの大魔法に関しては、問題なく使える。

 

 後は重力制御でどこまで周りの環境を弄りながら破壊して回れるか、という所だろうか。

 

 改めて自分が持つ全ての戦闘用の判断材料を投入し、アベルとの勝率をざっと計算する。完全な魔王スペックのアベルと全てを吐き出し切って戦ったとして勝率は四割から五割ぐらい、と考えている。自分と今のアベルにはそこまで差が無い様に思えた。

 

 つまり戦闘用の材料を全て出した後は、気合と根性と闘争心が全てだ。

 

 滾る。

 

 血が滾る。

 

 近づいてくる十数年という時が待ち遠しいほどに血を熱くさせる。今にも暴発しそうな勢いで興奮する。戦いたい。滅ぼし合いたい。その果てで満足して死にたい。

 

 ある意味、究極の生物と呼べるドラゴン、その実質的な寿命は存在しない。だがその代わり、激しいまでの戦闘本能が存在している。それこそククルククルの様な、強大な存在に対して勝算もないのに戦いを挑む様な。そこまで突き抜けた戦闘本能を兼ね備えている。

 

 個人的には自分はそれを自殺衝動だと思っている。

 

 強く、そして寿命のないドラゴン。それが大陸の上で放置されず、何時かはルドラサウムへと回帰し、還元される為の衝動。戦闘欲求。それが自殺に通じるように、ドラゴンは出来ているのじゃないかと思う。

 

 だからアベルへと戦いを挑むこの本能は、自殺なのかもしれない。

 

 だがソレでもいい。満足して死ねるだろう。それぐらい期待している。きっとアイツもそうだ。今までのアベルではない。それを感じさせる。

 

「まだだ、まだ我慢―――」

 

 後十年。それだけ我慢すれば良いのだ。それだけ我慢すればアベルと本気で殺し合える。この大陸で、こういう風に自分が変わってから。全てを振り絞るように戦うのはこれが初めてになる。その時が待ち遠しくてしょうがない。

 

 自分の全てを燃やし尽くす様な戦いに興じたい。

 

 そう思い、再び爪を振るおうとした所で動きを止め、

 

「ハンティか」

 

「姉さん、殺気を放ちすぎ。子供たちが怯えてるよ」

 

「んぐっ……」

 

 唐突に表れたハンティを魂の気配で感知して発言する前にその姿を捉えたのは、自分の感覚が普段以上に鋭くなっている事に起因するが、無用に殺気を放ちすぎている事をハンティに指摘されて少しだけ、熱を引かせる。片手で頬を掻きながらあー、と声を零す。

 

「悪い」

 

「私は別にいいけどさー、慣れてるから。だけど今の時代の子、平和な時代に生きているから姉さんが本気で戦ってる姿見た事ない連中なんだから。GLの時の連中とは違うんだからね?」

 

「悪かったってば」

 

 ハンティに軽く弄られて自分が作っていた空気を崩し、何時もの軽く気が抜けた感じに戻る。まぁ、必要以上に気分が高揚していたのも事実だ。このままだったらそのどっかに突撃しかねない状態だったし。

 

 軽く気を抜く為の、丁度良いタイミングだったのかもしれない。そう思いながらちょっとだけ意識して、クールダウンする。

 

「というかお前はちょくちょく見かけなくなるけどどこに消えてるんだ」

 

 冒険者姿で出現したハンティの姿を見て、全くペンシルカウで見かけないその姿に軽く呆れる。

 

「私? まぁ、ちょっと冒険に。引きこもっていられるタイプじゃないから、結局ルドラサウム中を歩き回っちゃうんだよな。見知った土地が年月の経過で少しずつ変わって行くのを眺めたり、昔の知り合いの子孫を訪ねてみたり。昔見た秘境の景色を歩いて確かめに行ったり。それだけでも結構楽しいもんだよ?」

 

「本当に一か所にとどまるって事が出来ない娘だなぁ、お前は」

 

「姉さん程破天荒じゃないから許してくれよ」

 

「ひっでぇ」

 

 空を見上げれば、いつの間にか暗くなり始めていた。それに気づく事無く今までずっと、自宅の庭で修練を続けていたらしい。自分も、熱中すると周りが全く見えなくなる癖があるのは直さなければならないというのは解っていても、どうしようもない。

 

 根本的な部分なのかもしれない。うっかり癖。

 

 そう思いながら軽く頭を掻いて、溜息を吐く。

 

「汗かいたし風呂でも入るか……ハンティもどうだ?」

 

「おー、折角だし背中でも流してもらおうかな」

 

「生意気言うようになりやがって、こいつ……」

 

 拳でこつん、と軽くハンティを押す様に殴ると、ハンティの方から殴り返されてきた。昔は可愛かったのに、本当に生意気に育ったなぁ、と思う。昔は俺の方が人間らしく、ハンティがドラゴンらしかったのだが。その立場が今では逆転している。不思議なものだ。

 

「姉さん」

 

「うん?」

 

「……ほんとうにやるの?」

 

「おう。俺が死んだら女王の座は譲るから、頑張って」

 

「真面目に、要らないから絶対に死なないでくれよ」

 

 この妹め……、と笑いながらまたかるくパンチを肩に叩き込みながら屋敷へと戻って行く。

 

 なんだかんだでハンティも不安になったから帰って来てくれたのだろうか? いや、優しい子だしきっとそうなのだろうと思う。だとしたら心配させてしまったかもしれない。ついでにペンシルカウの連中も、明日は思いっきり遊んでやろうと決める。

 

 命は有限であり、

 

 不老でもあっても時は無限に有限だ。

 

 だからこそ、その使い方を俺達は良く考えなきゃならない。

 

 ―――アベルとの戦いの日が近い。




 という訳で次回、アベル戦。やっぱBGM流しながら書くべきか……! というかんじでわりと気合入っている。

 ウル様ドラゴンLv3になってから初の超全力戦闘ですよ。


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220年 食券 アベルB

 久しぶりに衣装に身を通す。

 

 決戦用の戦闘服―――冒険用、ではなく決戦用。本気で戦う時に袖を通す黒い衣装。知っている人間はまるで魔王のそれだ、と言いたくなるような服装は本気で戦う時に着るものでもある。それを久しぶりに着た。まずは形から整えて行くという物である。だがこれを着るとそれだけ身が引き締まるというのもある。形から入るのは悪い事ばかりではない。こうやって着替えるといよいよだ、という意識を引き締めることができる。少なくとも自分の頭を冷静にコントロールすることができる。不思議だと思う。直前まではあれほど高揚していたのに、それが着替えるだけで一気にコントロールできるようになるのだから。

 

「よしよし、お前はお留守番だ。いや、壊れないんだろうけど巻き込むのも悪いしな? ……なんだよ、お前も来るのか」

 

 そう言ってルドべぇの頭をぽんぽんと叩いて、お留守番を命じる。だがその目は絶対に抜け出すという意思を感じさせるものが浮かんでいたのでしょうがない、と諦めながら軽く笑い声を零しながら部屋を出る。ルドべぇがついてくるように地面をびたんびたん跳ねながらやってくるので、仕方がなく浮かべてその背に腰掛ける。

 

 うん―――いつも通りだ。

 

 そのまま空間を泳がせるように進みながら玄関までやってくると、普段は働いている全員が集まり、出て行こうとする此方の姿に整列して頭を下げた。

 

「行ってらっしゃいませ、ウル様」

 

「良きお時間を」

 

「帰りをお待ちしております」

 

「おう、行ってくるわ。飯は豪華なものにしとけよ」

 

 相手の実力を考えれば帰って来れない可能性も十分にある。だがそれを考慮し、最初から死亡前提で話す様な奴に勝機はやってこない。だから帰ってくる。そう言外に宣言しながら自分の家を―――屋敷を出る。

 

 そしてそのまま、夜の空へと飛びあがる。

 

 まだ人々が寝静まっている時間帯、カラー達に注目されないように、起こさないように静かにペンシルカウの地を空から発つ。満月の見える夜空へと飛びあがりながら夜風を浴びて、その感触を楽しみながら約束の地へと向かおうとすると、

 

 音をほとんど殺した翼のはためきを感じた。視線を其方へと向ければ、月光を受けて鱗が神秘的な輝きを帯びたルビードラゴンの姿が見れた。驚いた。普段は力を温存する為、滅多にドラゴンの姿にはならないのに。ルビードラゴンという本来の姿に戻ったマギーホアの姿が見れた。

 

「お、マギーホア様」

 

「ウル」

 

 横に並んで飛翔する様にマギーホアは言葉を放つと、言葉を探す様にしばらく無言を貫いてから口を開いた。

 

「私は正直……複雑な想いだ。ドラゴンらしい姿を喜ぶべきか。それとも娘の様に思っている者が死ぬかもしれない戦いに笑いなら飛び込む姿を嘆くべきか……」

 

 マギーホアのその複雑そうな言葉に、小さく笑い声を零す。

 

「折角義理も義務も未練も後悔もない戦いをするんだから、応援ぐらいしてよマギーホア様」

 

「むぅ……」

 

 マギーホアはその言葉に再び沈黙を作り、頭を横に振った。

 

「そうだな……お前ももう成竜だったな」

 

 マギーホアはそう呟き、軽くうなずいてから広げた翼で旋回し、翔竜山へと戻って行く。

 

「楽しめ、闘争を。そしてアベルを絶対に殺せ。良いか、絶対にだ。跡形も残すな。確実に殺せる時に殺すのだ」

 

「マギーホア様……」

 

 そんなにアベルの事が嫌いだったんだな……。そう思いながらエールを送って翔竜山へと去って行くマギーホアの姿を見送りつつ、

 

 ルドべぇに乗って飛んで行く。

 

 ルドラサウム大陸は、そんなに広くはない。だから歩いて横断する事が出来るし、飛行する事が出来ればそれなりに狭い世界である事が解ってしまう。正直、ルドラサウムはもうちょっとこの大陸を広げて良いんじゃないか? と思っている部分はある。或いはリソース的にそれが難しいのかもしれない。だけどこの大陸をもっと広げれば、それだけ盛り上がるもんだろうなぁ、なんてことは考えたことがある。

 

 ただ、まぁ、自分はそこらへんどうもしない。

 

 それは未来を変えたい場合のルドラサウムが考える事だ。なんでもかんでも甘やかしていたら何も覚えないし。それに自分は割と自分の人生に納得しているし、これはこれでいいと思っている。未来の一端はもう見えた。だから後は時計の針を進ませるだけ、という段階なのだから。

 

 自分は―――自由なのだ。

 

 もう、自分の意思以外に縛られるつもりはなかった。

 

「お、見えてきた見えてきた」

 

 しばらくルドべえの背に乗って飛翔していれば、やがて目的地が見えて来る。魔物界とゼスの境目。まだゼスという国は存在していないが、既に歴史が動いている。段々と人々はそれぞれの国家が生まれるであろう場所に集まり始めている。ここら辺はもう、正史と変わらない流れだろうとは思っている。だけど今はそんな事は良い。

 

 焦らず、しかしゆっくりでもなく。

 

 確かな速度で目的地へと到着し、ルドべぇの背から飛び降りて大地に音もなく着地する。静かに大地の上に立ちながら、そこに待ち構える存在を見た。

 

 黒いローブを纏った、褐色の男の姿を。

 

「よ、待たせたみたいだな」

 

「いや……来るのは解っていたから特に気にしてはいない」

 

「逃げるとは思わなかったのか。後はほら、マギーホア様とか」

 

「貴様はそういう奴ではないし、マギーホアは誰よりもドラゴンらしさを尊重する奴だ。奴自身はそこまでそうでもないのだが、だからこそ種族としての本能を尊重する。だから奴では戦いを止める事は出来ない」

 

 確かに、マギーホアはそういうところがある。

 

「まあ、どうでも良い事だよな、アベル」

 

「あぁ、邪魔しないのであればどうでも良い事だウル・カラー」

 

 互いを認識し、言葉を口にする。目の前にいるドラゴンを認識する。相変わらずその姿はドラゴンのものではなく、此方の様に人間の姿している。違うのは相手が男で、カラーではないという事だろうか。カラー、猫、人間。ドラゴンの変身先もそれなりにバラエティ溢れている物だと思わせられる。とはいえ、重要なのは、

 

 自分が、何だと思っているかという事だ。

 

 己のアイデンティティ。自分は何であるかの認識。それが最も重要な事だ。それ以外はどうでもいいと言える。自己認識がドラゴンである限り、姿かたちなんてどうでも良い。第一、ドラゴンに変態するのであれば何時だって出来る。故に仮初の姿をどうこう言う事は関係ない。

 

 重要な事は、何時だって心と本能が示してくれる。

 

 故に。

 

「アベル」

 

「なんだ、ウル・カラー」

 

「なんとなくだけど俺も感じるんだよなぁ……」

 

 この戦い、単純に勝敗が付くだけではない、と。

 

「俺たちはさ、マギーホアの姿に憧れたんだ」

 

「あぁ……そうだな。奴の強さが、ドラゴンの強さの頂点としての姿がいつまでも脳裏に焼き付いて消えない」

 

「その強さに、輝きに憧れたんだ。俺達もああいう風になりたい、と。だけどそれだけじゃない。アレを超えたいとも思ったんだ。あの姿を超えて頂点に立ちたいと思った」

 

「故に俺達は強くなる。強くなり続ける。妥協はしない。だが同時に、己の力のみを振るわなければならない。何かを使い、それで勝利した所で本当の意味でマギーホアを超えた事にはならない。俺達はただ、自分の肉体と本能のみでマギーホアに勝利しなくてはならない」

 

 そう、それが俺達の信じる頂点への道だった。

 

 一対一、己の肉体のみで戦い、勝利する。そうして得た勝利ではないとマギーホアに本当の意味で勝利したとは言えない。だがその勝利が欲しいのだ。全霊の戦いを挑んで勝利した先が。今までずっと、どことなくマギーホアに勝ちたい。そう思ってきたことはあった。だが実際にそれを本気で考えるようになったのは、アベルを目にしてからかもしれない。

 

 自分以上にマギーホアに対する勝利を求めるドラゴンの姿を。

 

 それを認識し、意識し、自分の温さを自覚する。そう、闘争とは究極的に殺すか殺されるかに尽きるのだ。その殺意が足りない。闘争心が欠けている。アベルとの邂逅、アベルとの会話はその原初の闘争本能を思い出す為のきっかけとなった。そしてその影響でこんな所に体を殺意で火照らせてやって来てしまった。

 

「感じるだろう、アベル? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってのを」

 

「……」

 

 アベルも俺も、マギーホアを倒す事を狙っているという事においては、共通の認識を持っている仲間だろう。だが違うのは、それは一人で倒さなければならない相手。一緒に戦う事は出来ない。だからライバルであり、マギーホアへの勝利、ドラゴン最強の座は一度しか達成の出来ない偉業であるという事実。既に敗北したマギーホアを倒した所で意味はなく、

 

 全てを捨て去って挑んだ戦いでマギーホアに負けた所で、もう二度とマギーホアに勝てる様な事はないだろう。

 

 発狂し、錯乱し、全てを失ったマギーホアならともかく、

 

 このマギーホアはあの時代からずっと最強のままだ。鍛錬を続け、レベルを維持し、最強の状態を維持したまま生きている。弱くなった事なんてない。システム的に翔竜山に可能な限り隔離されている。そういう最強の生物がマギーホアだ。全てを出し切って戦った所で、次からは余裕をもって対処する姿が想像できる。故に本気で戦いを挑むのなら一度。二度目はない。

 

 アベルは既に何度も敗北している。

 

 だがこのアベルは―――まるで別物だ。今までの知っているアベルとはまるで違う。覚悟も、力の抑え方も、恐らくは考え方さえも全部違う。異質だとさえ表現できる。故に違う武器を持つのであれば、マギーホアと競う事も出来るだろうとは思う。

 

 だが果たして、届くのか。

 

 アベルに限った話ではない。自分もそうだ。

 

 果たしてあの至高の頂に俺達は届くだけのものを持っているのか。

 

 憧れ、見上げ、そして追い続けてきた姿を追いこす事が出来るのか。

 

 それが俺達には解らない。だが本気で挑まない限り、結果が出る事もない。

 

 故に、

 

 一瞬でカラーからドラゴンへの変態を終わらせる。言葉も予兆もなく、アベルの姿へと次元を引き裂く爪を放つ。事前動作もなく放つ不意打ちは必殺と表現できる。その上で空間を引き裂く防御不能の攻撃、それを受ければ一瞬で体がバラバラになるだろう結果が見える。故に放った。殺す一撃を。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という絶対の自信を込めて。

 

 故に爪の一撃で大地を粉砕した。爪痕を大地に刻み込みながら音が悲鳴を上げる。それと共に引き裂かれる空間には穴が開き、次元を切り裂く爪というものがどれだけの脅威を生み出すかを示す。

 

「―――」

 

 だがその完全な不意打ちを、当然のようにアベルは回避する。事前にその動作が来るのが解っていたようにギリギリ攻撃が届かない範囲へと体を後ろへと滑らせる。清らかなその動きはアベルがその肉体を完全にコントロール出来ている事を刹那で理解させるものであり、範囲へと逃れたアベルが拳を作る。

 

 爪ではなく、拳だ。

 

 それが無言で振るわれる。

 

 次元を引き裂く魔法を纏う爪に対して、正面からアベルの拳が振るわれる。触れれば引き裂かれる。そういう類の致命傷を引き起こす攻撃に対してアベルが正面から殴り込んだ。ドラゴンの姿ではなく、人の姿のままに。その異常ともとれる行動はしかし、

 

 アベルの拳が爪と打ち合い、弾き合い、そして互いに弾かれながらも無傷である事が、無謀な攻撃ではない事を証明する。

 

 そのまま、ドラゴンと人で連続で攻撃が衝突する。片腕の爪と拳が連続で正面から衝突し、質量差を無視するかのようにアベルの連続拳撃が爪の薙ぎ払いを連続で弾き、潰してゆく。その度に発生する衝撃が辺りを粉砕し、吹き飛ばしながら破壊を生み出してゆき、地形を削って変えて行く。

 

 だが削れて行くのは周りの地形だけであり、その中心に立つアベルは一切のダメージを負う事無く両手を使って攻撃を潰す。

 

 やがて、加速した攻撃を受けてアベルは体を後ろへと飛ばす様に弾き、僅かな滞空から大地の上へと着地した。アベルのその姿を見て、ドラゴンの姿のまま翼を大きく広げて咆哮する。

 

 夜空に響くドラゴンの咆哮が夜空の大気を震わせ、衝撃に耐えきれなかった石榑が音に砕け散る。その中で耐えきるアベルが、ローブを脱いだ。

 

 その背から翼が生え伸び、やや前傾姿勢になるように体を落とし、アベルが構える。鱗を体に軽く纏い、しかしながらドラゴンよりもその姿は人に近い。翼も、翼膜が全て剥ぎ落され、一つ一つの関節から伸びる先が刃の様に鋭く鍛えられている。

 

 まるで、己の肉体そのものを武器として鍛え上げたような輝きを見せる。

 

「フライング悪いな」

 

「いや、体を温めるにはちょうどよかった」

 

「そうか。なら始めようか」

 

「あぁ……頂点に至る闘争を始めようか」

 

 言葉と共に闘争を開始する。

 

 ドラゴンという種の最強、その頂点を目指し、挑むための身勝手な戦いが。未練も、義理も、義務もなく。

 

 ただ、戦いたいから戦う為だけの戦いを始める。




 次回、アベル戦。何故か人間の姿のままのアベル君に一体なにが……!


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220年 Ul vs Avel

Ul vs Avel

 

決闘配置

 

《矜持》
《UL体質》

《覚悟》
《神光:二級》

《元魔王》
《The Destructor》

《暗黒竜》
《覚悟》

《■■Lv3》
《ドラゴンLv3》

 

 アベルとウルの戦い、その戦端は―――ウルが静かに始めた。

 

「極滅界、第一幕」

 

 唸る様な声と共にウルを中心に環境を己の色に染め上げるように力が放たれる。一瞬で地を這いながら広がる力の波動は環境をウル・カラーが有利な戦場へと塗り替えて行く。即ち光と重力の戦場へと。己が最大限のスペックを発揮する為には、まず自分が有利を取る事の出来る環境を支配する必要がある。炎のドラゴンであれば燃え盛る環境を、氷のドラゴンである豪雪の中が、最も強い。だが超重力と光に満ちた環境なんてものはない。

 

 故に、それをウルは生み出す。

 

 第一幕。その言葉と共に広がったのは重力の波動だった。

 

 一瞬で地平を舐めるように這いずりながら、超重力の束縛が空間を支配する。並の戦士であれば即座に倒れて指一つ動けなくなるような拘束力。そしてそれ以下であれば一瞬で体が潰れて挽肉と化す、そういう束縛が生み出される。最低限の実力がない存在は選別されるようにここで即死する。かつて、ジルが生み出したレベル以下の存在を選別して即死させる特性、《ラグナロクフィールド》をウル・カラーに取り込んで再現したものがアベルと戦う為に展開される。

 

「初撃を譲るか―――なら行くぞ」

 

 ウル・カラーの初手は決して侮ったり、先手を譲った訳ではない。

 

 環境を構築するというのは重要な手であり、戦闘を行う上では欠かせないアドバンテージを引き寄せる行いでもある。故に次の手から攻撃を放つという事の準備であり、

 

 結論―――初撃は譲るという形になってしまう。

 

 故にアベルはウルが領域を展開する瞬間に合わせるように左半身を前に、右半身を後ろへと引いた。その手の中に瞬間的に闇が集まり、それが空間に形を形成しながら―――物理的な形を生み出した。

 

 それはドラゴンの素材で完成されている、槍だった。

 

 美しいとも表現できる艶のある漆黒の鱗の槍。見覚えのある色と気配に、ウルがその目を見開いた。

 

「お前、それは―――!」

 

「一番手に馴染むのがこれだったから……なっ!」

 

 言葉を終わらせる前にアベルが人の姿のまま、槍を投擲した。一瞬で人類が感知できる速度を超越した槍は手首の捻り、指のスナップ、体重の乗せ方、そのすべてが完璧とさえ表現できる精度によって放たれたものだった。肉体の使い方に、一切の無駄がない。その姿は人間の姿にドラゴンの要素を混ぜているという、どちらかと言えば人間に近い姿をしている。

 

 だがその姿から放たれる一撃は人間が出せる限界を超えて更新し続けていた。

 

 一瞬で到達すると正面からウルに衝突し、その体を僅かに大地から浮かべるように弾いた。初撃をアベルが奪った。剣の様に引きちぎられ、鍛え直された翼を広げながらアベルが新たに闇を凝縮させ、魔竜の槍を取り出す。そして同時に、逆の手に同じように魔竜の血肉から生み出された剣を手にした。それらの武器は全て、アベルの血肉を犠牲にして生み出され、名工の手によって鍛え上げられた名剣、名槍の類であった。だがアベルの血肉から生み出されたという事実が、そのすべてを魔剣、魔槍へと昇華させる。

 

 生物として最強種のドラゴン、その中でも元魔王であるという身。その素材から装備が生み出される事は()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 だがそれをアベルは躊躇なく行った。

 

 自分の身を裂き、そしてそれを打ち直す事を人間に任せた。

 

 その結果、地上生まれの最強の()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()が生み出された。

 

 そして、完全なる技巧によってコントロールされた、ドラゴンの力が放たれた。あのウルでさえ数千年、鍛錬した所で所詮真似事レベルでしか修める事の出来なかった技術、技巧、武。

 

 それが音速を超える速度でウルに衝突した。

 

 投擲された魔槍はウルの黄金の鱗を即座に削り、抉りながら貫通しようとし―――しかし、その前に弾かれた状態でウルが体を捻った。その動きで攻撃を受け流しながら武器を弾く。だがその瞬間には空中を疾駆するアベルの姿が一瞬で目前まで接近する。

 

 人の、姿のまま。

 

「は」

 

 その姿にウルが笑みを浮かべた。

 

 そしてアベルを光の斬撃が走る。

 

 重力の束縛をまるで存在しない様に振る舞うその姿に、アベルの座標位置を起点に斬撃が発生し、その動きを緩めるのと同時に大量の光の剣が出現し、自動的に雨の様に降り注ぎながらアベルを迎撃する。

 

 同じ時に、ウルに黒い左腕が出現し、両腕による次元を引き裂く爪が連続で振るわれる。

 

「はは―――」

 

 防御を無視して引き裂く連続攻撃に降り注ぐ光の剣の雨、その合間をアベルが疾走して駆け抜けながら両手のリーチの違う武器でそれぞれ、切り払いながら接近し、衝突し合う。最初に見せた迎撃が偽りではない事を証明するように。

 

 その身一つで、貫く様にアベルがウルの眼前へと迫る。

 

 そしてその姿を前に、ウルが爆笑と歓喜の声を響かせる。

 

「はははははは―――!」

 

 接近戦でアベルが一方的に制する。ウルの放つ攻撃を無視し、経験と修練に基づく戦闘理論、戦闘術で肉体を完全に制御しながら攻撃を放つ。それがウルをクロスレンジという領域で完全にねじ伏せる成果を見せる。そもそも、ドラゴンとして近接戦という部類において、アベルは元々ドラゴンの中ではマギーホアの次に強さを見せる存在であった。

 

 それが、ドラゴンにはまずありえない要素を内包したのだ。

 

 ―――純粋な戦士とは言えないウルを相手に接近戦で押し切るのは難しくはない。

 

 故に接近した瞬間からアベルが殺しに入る。剣で切り裂きながら投擲し、新しく槍を取り出しながら足元に斧を取り出して、それを蹴り飛ばしながら空中を疾駆して乱舞を叩き込みながらウルへと高速で飛翔する。いや、飛翔という概念は正しくはない。もはやその背中の翼は二度と飛ぶことができる様な姿を見せてはいない。故に、自分の力を放出する。

 

 ジェット噴射の様に直進にのみ運用できる瞬間加速を使って一気に距離を詰めて攻撃を叩き込む。一つ一つが致命傷を引き起こし、肉体をバラバラに引き裂く魔竜だった男の連撃がウルへと襲い掛かる。

 

「く、は」

 

 それを笑いながら翼で払いのけるように防御しつつ、弾いた。ドラゴンの素材で生み出された武具には同質のものをぶつける。即ちアベルの血肉から生み出されたものは、より高位のドラゴンであるウルの肉体そのものでうまく弾けば良い。それを覆すアベルの技量と武器の完成度を、純粋な異能力の差で埋めて弾く。

 

 そしてそのまま、弾く姿勢から口を開いてブレスを吐いた。

 

 横へと瞬間的に自分の身をアベルが弾く。同時にその横を重力球が吐き出され、駆け抜けた。背後で爆裂する重力の塊が周辺の地形を圧縮しながら巻き込んで穿ち、クレーターを生み出しながら圧縮した土砂を纏めて散弾の様にアベルの背後で破裂させ、襲来させる。

 

「はぁ―――!」

 

 背後からの脅威に対処するようにアベルの翼が動いた。

 

 もはや翼と呼べないそれは翼の膜がはぎ取られ、それを支えられる筈だった骨格が全て潰され、伸ばされ、鍛えられ、背中から刃の翼が生えるように鍛えられており、一本一本がまるで指先の様に変形して動く。それ故に背後から迫ってくる質量の散弾に対してアベルは振り返る事無く刃翼を振るい、両断しながらウルへと高速で接近する。

 

 それを確認するまでもなくウル自身もアベルが倒せるなどとは思っておらず、そのドラゴンの巨体を翼を振るいながら全力で疾走する。重力による反動で加速しながらアベルと距離を開けるように体を動かし、それを上回る速度でアベルが追従する。その両手に血肉から生み出された武器を手に、

 

 再び放つ為に構えた。

 

 そしてその姿が一気に墜落する。

 

「がっ……!」

 

 天から光の柱がアベルを潰した。

 

 頭上から降りてきた光の柱がアベルを叩き潰し、その姿を大地にめり込ませる。だがそれでは終わらず、連続で光の柱が落ちて来る。文字通り光の塊、光の柱。故に光速。物質的に回避できる速度で生み出された攻撃ではない。それが衝撃を伴って出現し、連続でアベルを大地に叩き込んだ。

 

 破壊を生み出す度に大地が抉れ、そして亀裂が広がる。

 

 その隙間に重力の波動が編み込まれ、内側からルドラサウム大陸の表層が粉砕されて行く。

 

 地形が変動する中で、一切の油断なくウルが光の柱を叩き落し、自動生成と射出を行い光の剣を殺到させる。明らかに殺すには過剰とも呼べる暴力を放ちながらもウルは動きを一切止める事無く加速し、

 

「この程度で、俺が殺せるとでも思ったか……!」

 

 大地を割り砕きながらアベルがウルへと向かって直線に加速した。

 

 落ちて来る光の柱を()()()()()()()()直進する。その非常識とも呼べる現象にウルは笑う。

 

「ははは、何時の間にそんなものを覚えたんだよお前!」

 

 より深く、領域が広がるのに合わせて植物が死滅する。水の重量が増し、地表を侵食する様に削る。だがそれを一切気にする事無く、南の方へと大地を蹂躙しながら、哀れにも近づきすぎてしまったモンスター等を知覚させる前に殺害して戦闘を続行する。理解不能な領域で力を放出しながら破壊を撒き散らしながら死の行進を続行する。

 

「あぁ、これか? 昔からあったみたいだがな―――」

 

 接近し、中空でウルと衝突する。爪と槍が衝突し、弾かれ合いながら光が炸裂する。それをアベルが放出されるブレス等に使われるエネルギーを全て、自己の防護に回す事で堪えながら無理やり突破してウルに食らいつく。

 

「まぁ、どうでも良い話だろう」

 

 アベルが振るう武芸という概念はドラゴンには存在しないものだ。

 

 そしてそれは()()()()()()()()()()()()L()v()3()()()()()()()()でもある。

 

 魔王は全て、就任と同時にLv3技能を得る。それはメインプレイヤーに簡単に倒されず、常にルドラサウム大陸を魔王が蹂躙し、楽しませる為のシステムアシストの一種である。ナイチサ、そしてアベルはバグとして蘇った後もその状態が継続している。スラルはメインプレイヤー移行後に魔王のテストケースとして生み出された為にLv3技能を保有し続けている。故にアベルは元々、これらの技巧を繰り出す事が出来た。

 

 武芸、という概念さえ存在すれば。

 

 だが、ドラゴンにそんなものはない。

 

 剣も、槍も、斧も、弓も、そんなものはドラゴンには必要がない。ドラゴンにとっての武器は己の肉体のみだ。爪と牙、そしてブレスさえあれば事足りる。人間の様な細かい技巧を凝らす必要はないし、ドラゴンの怪物的な肉体は細かい技術を体現するにはあまりにも強大で、不器用すぎる。生物のスペックとして使用する事を前提としていないのだ。

 

 だがアベルはそれを異能として得た。

 

 そして使えればそれこそこのように、Lv3のドラゴンと戦う事さえ出来る。

 

 だがそうはならなかった。アベルは一生気づく事はなかった。そして理解した所で、アベルはそれを拒否したであろう。何故ならそれは神々の愉悦の為の悪意だからだ。魔王のシステムアシストという部分に一切の変わりはない。

 

 ドラゴンの誇りから、知った所でアベルは手を出せなかっただろう。知らず、そのまま蹂躙されればそれはそれで面白い。実際、そうなった。

 

 つまり()()()()()()()()()()()()()()()という、神々からのメッセージに他ならない。結局はその試みも不発に終わり、ルドラサウムの退屈によりドラゴンは敗北した。

 

 それで終わる。

 

 それで終わる―――筈だった。

 

 だが蘇った。正史から物語が逸脱する過程でアベルは目覚め、そして自分が触れる事はなかった概念に、ドラゴンが知らない概念に触れた。それはそのまま、ドラゴンであるならば当然のように無視するか、怒りを覚える設定だろう。手を出すのは特に変わり者のウルぐらい。

 

 だがその頃、アベルはもう覚悟していた。

 

「あぁ、実にどうでも良いな」

 

 ()()()()()()

 

 神々の愉悦? 設定? 知った事か。もはや姿かたちは問わない。俺は、勝ちたいのだ。その為にドラゴンの姿では勝てない? 人の姿を取る必要がある? ならそれで良いだろう。俺は戦う為に適応する事を選ぶ。

 

 俺は勝ちたいのだ。

 

 愉悦したいのなら勝手にしろ。

 

 笑いたいのなら勝手にしろ。

 

 利用するも見下すのも自由だ。

 

 全て、どうでもいい。勝手に孤独に笑ってそれで満足していろ。空しい一人笑いで楽しく時を無駄に過ごせ。だが使えるというのなら使わせて貰おう。

 

 アベルはもはや、その辺りを完全に吹っ切っていた。考え、考え、考え抜いて、

 

 最終的に自身に残されたものが頂点へと挑み、勝利する事への渇望のみだと知った。

 

 故にドラゴンの姿を捨てた。勝利の為に。それがアベルにとっての最大の勝機であるが故に。だが同時に、魂までは売りはしない。それこそ契約や対策用の武器を使えば更なる勝機を得られただろう。

 

 だが相手はその身一つで戦っているのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 もはや狂気とさえ表現できる強さへの信仰。

 

 故に、現状のアベルを表現する言葉は一つに縛られる。

 

 ―――脳筋。

 

 アベルはごちゃごちゃ難しい事を考えるのを止めたドラゴンだった。

 

 

 

 

「第二幕」

 

 高速機動での打ち合い、インレンジにおける戦闘は何をどうあがいてもアベルに軍配が上がる。純粋な戦士タイプではなく、身体能力の差で有利を取りながら魔法による近接戦闘を繰り広げるウルはどちらかと言えば魔法戦士タイプに入る。それも周りを破壊、消滅させながら戦うはた迷惑なタイプに。故に一番苦手とするタイプが極限まで極まったインレンジファイターであり、次元爪が通じないのであれば引きはがす必要が出て来る。

 

 故に準備を伴う。

 

 環境変動が更に激化する。重力が更に強くなり、強靭な戦士でさえその肉がつぶれる音が響く程になる。それと同時に光が熱量を伴うように漂う。

 

 ウルを追い、接近し、武器を振り上げるアベルに触れる光が燃える。

 

「ぐぉっ、ぉぉおお―――!」

 

 燃える光が空間に満ちる。呼吸するたびに肺が焼かれる。無理に動けば体力を消耗する。体力を消耗すればそのまま重力に押しつぶされる。何もせずに相手を殺す為の陣が展開される。マギーホアと同じ《ドラゴンLv3》を保有するウルはしかし、マギーホアとはその技能の方向性が違う。

 

 マギーホアは完全にドラゴンとしての身体能力、生物としての強さに注ぎ込まれている。

 

 だがウルはドラゴンとしての異能力、エネルギーやそれを扱う方へと方向性が伸びている。

 

 マギーホアは物理的にシステムを超越し、ウルは魔導的な方向性でシステムを超越する。故に、マギーホアには出来なくともウルであれば環境の上書き、法則をある程度書き換える程度であれば、神光を用いて行う事が出来る。

 

 そしてその戦術や魔法の想定は全て()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 故に大技、消滅技。広範囲を薙ぎ払い消滅させる事に特化されており、アベルの様な極限まで特化して突き抜けた小型の存在と戦う事を全く想定していない。

 

 故に対応するように、更に自分の周辺の環境を喰らい、染め上げ、そして更に凶悪な攻撃を段階的に加速させながら消滅させるように放つ。少しずつギアを上げて行く様に威力を上昇させ、安定させて行く。光の斬撃がアベルを起点に発生しながら、重力の力を帯びて斬られるのと同時に内側へと向かって肉が圧壊される。それによって傷口が瞬時にねじれて壊死する。

 

 それをアベルが即座に放出、纏うエネルギーの分量を増やす事で相殺して対応する。

 

「おぉぉぉ―――!」

 

 次々と自分の血肉を切り出し、人間の―――勇者の血筋の鍛冶師に打たせた武器を使い捨てにする事で一切ペースを落とさない。全身を光に焼かれながらもその中を突き抜けてウルへと接近し、

 

 今まで同様、致命打を武器を破壊しながら叩き込む。

 

 一つ一つが致命傷に匹敵する一撃。それを連続で叩き込む事でウルの全身に傷跡が増えて行く。同様にアベルの全身も絶え間ない光に焼かれ、回避不能の斬撃が叩き込まれる事で傷痕が無数に増えて行く。生物を超越する生命力があって、漸く死なないというレベルの攻撃を双方、ノンストップ、ノーガードで叩き込み続ける。

 

 そして受けた傷の分は生命力を燃焼させる事で補填する。

 

 自分の生命力を燃やし、それで自分の傷を高速再生させる事で対応する。

 

 ニトロを常に爆破させながら全力稼働させるエンジンの勢いで加速し続ける。アベルから少しでも有利を取るようにウルも全力で大地を疾走し、空へと上がりながら加速を繰り返して振り切り、魔法とブレスを放つだけの距離を生もうとする。だがそれを生み出した瞬間、アベルから勝機が消える。

 

 それを察するアベルが全力でウルの姿へと食らいつく。

 

「ははははは―――!」

 

「ふ、くくくく……!」

 

 ウルの首筋に槍が突き刺さる。翼に剣が突き刺さる。腹部に斧が突き刺さる。

 

 同じようにアベルの首筋が抉れる。指が吹っ飛ぶ。腹部が切り裂かれる。

 

 それらの傷を力と生命力を燃焼させて回復しつつ、一切戦闘行動を止めない。ウルが動きながら咆哮する事で光が空間に渦巻くような竜巻となってアベルを飲み込もうとする。それをアベルが大剣を取り出して粉砕しながら蹴り飛ばして放って来る。攻撃の一つ一つが周辺への被害を一切考慮しない、破壊の嵐。

 

 だがその中で、二人は相対しながらも全力で楽しさを堪えきれずに笑っていた。

 

 この相手は強い。

 

 だが強いだけではない。

 

 同格だ。どうしようもなく、同じレベルの相手だ。

 

 全力で戦い、競い、喰らい合い、それでいてもまだ同格のままだ。自分の全力を出し切った所で勝率は五分。そういう相手との戦いは、ドラゴンの闘争本能を限界を超えて満たしてゆく。そしてそれが同時に、好敵手という状況が二人の力を引き出す。

 

 まだだ、と。

 

 まだ、こんなもんじゃない。

 

 相手よりも強く。今の自分よりも更に。

 

 あいつよりももっと―――。

 

 その闘争心がウルとアベルの力を引き出す。

 

 未来・ゼスと呼ばれる大地、魔物界との国境を横断する様に大陸の端へと向かって全力疾走する。放たれる攻撃はもはや一切の加減や、その後の事を考えたものはない。大剣の一振り、槍の投擲で大地が抉れて闇と雷が爆裂する。それに負けぬように咆哮するウルから連続で光線が放たれる。絶え間なく放たれる《ガンマ・レイ》が時折、人里があるであろう方向へと向けられては何かを、或いは誰かを破壊する。

 

 もはや、

 

 二人には殺し合うお互いの姿しか見えていない。

 

「最終幕」

 

 大地が闇色に沈む。燃え盛る光が消えて、蛍の光の様な粒子が風に乗って揺れる。重力に吸い寄せられるように大地へと向かって落ちて行き、

 

 アベルが突き抜けようとして触れ、

 

 接触個所が消滅した。体が光に触れると虫食いの様に消滅して行く。それが即座に回避も防御も不可能な必殺の領域の攻撃であるのを悟る。

 

「は、ははは―――ははははは! 勝つのは俺だ!」

 

 煽るように、しかしまだだ―――まだやれるだろう? そう語りかけるようにウルが叫んだ。

 

 それを前に、アベルが口角を持ち上げながら吠えた。

 

「吠えろウル・カラー! 勝つのは俺だ……!」

 

 アベルが武器を全て捨て去り、持てる力を全て吐き出すように一直線にウルへと向かって接近した。最高、最速の一撃が前傾姿勢の状態で飛んでくる。迎撃する様に後ろへと下がりながらウルが口を開く。

 

 その口から究極の破局が放たれる。

 

 出すまい。そう思って使わなかった破局の一撃。魔王でさえ倒す事を可能としたそれがアベルを飲み込もうと放たれた。直線状にある全てを抵抗関係なく消し去りながら進んで行き、

 

 アベルがその中へと消え―――、

 

「おぉぉぉぉ―――!!」

 

 ―――ない。消えない。その攻撃を回避するように直前に大地を割ってその中へと潜り込んで、それを追うように薙ぎ払うウルの懐へと一気に飛び込んで。

 

 そのまま、背中の刃翼が煌めいた。

 

 全力、至高、最強の一撃。ドラゴンとしての、そしてアベルが神々の悪意によって植え付けられた《武芸Lv3》の技能、そして彼自身の矜持、覚悟、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という執念をつぎ込んだ一撃が放たれる。

 

 刃翼から放たれる一閃がゼロ距離からウルの肉体を貫通する。問答無用で即死させる一撃を放つ。触れた生物は切り口から全身、体内を闇に食われながら侵食し、闇そのものとなって霧散するそれを受けて即死しないのは、ただたんにウル・カラーという生物のスペックがメインプレイヤーの領域からはみ出しているだけに過ぎない。

 

 故に、ウル・カラーはそれを受け止めた。アベルの覚悟に、本気に応じるように。そしてそれを受けた瞬間こそが最も無防備になる瞬間であると超本能的に察知していた。故にアベルの最強の一撃を受けて全身を蹂躙されながら、

 

「■■■■―――!!」

 

 体に満ちる興奮と熱望に身を焦がしながら言語にならぬ咆哮を轟かせて、アベルを大地へと叩きつけるように抑え込んだ。そのまま、全身に満ちる力の全てを、属性も破壊力も一切の遠慮なく大地に打ち込んだアベルへ、

 

 自身諸共、巻き込む様に全てを吐き出すように叩きつけた。

 

 ―――破局が大地を穿ち、全てが閃光に染まった。




 さよならゼス……。


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220年 Ul vs Avel 決着

 爆心地とも呼べる地。

 

 アベルとウルが全力を吐き出し切った地は奈落へと通じそうな巨大な穴が生まれ、そして大地を割りながら広がっていた。永遠に残る傷跡を大地に残しながらその破壊され切った大地にウル・カラーとアベルの両名が力を入れる事も出来ずに倒れ伏していた。

 

 まさしく全力の死闘。魔王というシステムからして最上位を決定された存在との戦いを除けば、歴史上もっとも激しく、そして大陸そのものへの破壊を生み出した戦いでもあった。最上位の存在が一切躊躇や配慮という物を行わずに戦闘を行った場合―――その結果が大地へと刻まれた。そしてその変形した地形を見れば、人間がその恐怖と暴威を忘れる様な事は永劫無いだろう。

 

 ―――愚かでなければ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ぉ」

 

 そう、声を響かせる。

 

 言葉にならない咆哮が漏れる。

 

「ぁ、ぉ、お―――」

 

 ウルか、或いはアベルか。どちらが先に声を上げたのかは判別が出来ない。

 

 だが、

 

 

 

 

 ―――立たなくては、ならない……!

 

 全身が痛む。体内に溜め込んだ魔力の類は全て使い切った。右腕の感触がない。あの一撃をガードするのに差し出したのが原因だろうか。繋がっているだけでも御の字であろう。そう判断しながら口を開き、

 

「おぉぉぉぉおおおおおオオオオ―――!」

 

 全力の咆哮を響かせた。裂かれた大地に反響して混じり合う咆哮が轟き続ける。脳味噌を揺らし、在耳を潰しそうなほどの大音響を喉の底から歓喜と熱と共に吐き出し切りながら立ち上がる。そう、立ち上がらなくてはならない。それがこの、アベルというドラゴンに残された唯一の矜持であるから。

 

「お、お、お……!」

 

 体力? 生命力? 魔力? そんなものは尽きている。だが矜持だ―――そう、矜持。誇りさえも使い捨ての武器として切り取って使い潰した。種族としてのドラゴンは勝つ為に捨てた。そして残されたのは力への信仰と勝利への執念、そして矜持だ。夢見たものを追いかける子供じみた、小さな矜持。だがそれが今、自分に残された全てだった。故に立ち上がる。立ち上がらなくてはならない。

 

 アベルは、ここで立たないとならない―――!

 

 それを自分に言い聞かせて体を動かす。骨が折れている。皮膚が炭化している。だが体は一つだ。ばらばらになっていない。ならまだ動けるだろう。自分の体を突き動かすこの情熱のまま、

 

 

 

 

 立ち上がる。

 

 立ち上がった。立ち上がらなくてはならないから立ち上がる。アベルがよろめきながらも両足で立ち上がる姿を見た。その右腕は張力を無くしてだらりと垂れている。だがその代わりに左腕は拳を作っている。あぁ、本当に最高だよお前。まだ、まだ戦ってくるのか。まだ立ち上がれるのか。

 

 感謝させてくれ。

 

 そして済まない。今までの非礼を詫びさせてくれ。

 

 最高だ。それ以上の言葉が見つからない。お前以上の雄を知らないし、ここまで応えてくれる事に感謝している。故に自分も、その期待に応えないとならない。あぁ、この瞬間だけはマギーホアとか、魔王とか、どうでも良い。この刹那に感じる熱が全てだ。目の前でアベルが立っているのだ。だとすれば、それに応える義務がウル・カラーには存在するのだろう。いや、違う。

 

 応えたいのだ、その心に。

 

 まだだ、まだいけると。

 

 そしてお前もそうだろう。そう信じて拳を握るアベルの姿に、自分が応えたいのだ。誰でもない、自分だけが―――今、応える事が出来る。

 

「ぉ、ぉ、お―――お―――」

 

 故に咆哮を零す。体中が痛い。血を流しているのが見える。景色が血で滲んでいる。後で誰かに怒られそうだ。だけどアベルも血まみれだ。自分と俺の血で体を染め上げながら、それでも拳を握ってくる。

 

 故に、立ち上がった。

 

 そして、足を踏み出す。

 

 

 

 

 一歩目。咆哮を響かせ、反響させながらもゆっくりと、体を前に出す様に踏み込んだ。全てを吐き出し切った後で立ち上がるだけでも重労働だろう。だがそれに構う事なく二人は力を極限まで抑え込んだ、人の姿で拳を握った。血まみれの状態、それでも戦闘が終わっていない。まだ動ける。息の根を止めていない。それを達成する為に、笑みを消し去り、真剣な表情で()()()()()()()()()()()拳を握って踏み出す。

 

 確かめる様な一歩目。体が崩れ落ちそうになるのを歯を砕きながら食いしばって耐える。そしてそのまま、足元を血で汚しながら二歩目を踏み出した。前よりも強い二歩目。確かめるのではなく確信する様な二歩目。踏み出せた。

 

 そう、踏み出せたのであれば問題はない。

 

「おおおおおおお―――!」

 

 確認は終わった―――であるなら、戦える。その事実が二人を突き動かした。

 

 三歩目は遠慮のない前へと向かった疾駆。駆けだしながら互いに片腕、拳を持ち上げて振り上げる。シンプルに殴る、それを伝える様な構えも技巧も必殺もない、ただの拳。それを持ち上げた所で血を撒き散らしながら、

 

 同時に踏み込んだ拳を振るった。

 

 殴打音。

 

「がっ、がはっ」

 

「かぁっ、はぁっ……!」

 

 同時に全力の拳を殴り抜きながら骨を砕く。肉を打つ。血を更に撒き散らしながら出血させる。雄も雌も関係なく全力で、相手を殺す様に拳を振るう。最初の天変地異の如き戦いと比べれば児戯として表現したくなるような戦いだろう。だがそれを見ているもの―――竜王も、魔人も、悪魔もその戦いに笑いの声を挟める者はいない。

 

 誰一人として、その戦いを笑う事は出来ない。

 

 そこにあるのは主義や主張を全て捨て去った果てに残された、最も純粋とも言える渇望。勝利への執念。純粋に、己の肉のみで勝利を掴みたいという願い。それが拳に乗せて叩き込まれていた。故にウルが吐血する。アベルの傷口が開く。

 

 殴り合い、後ろへと弾かれながらも二人が同時に足で大地を踏み、再び前へと向かって全力疾走しながらガードの概念を殴り捨てた本気の拳を叩き込む。

 

「おぉ、ぉ、アベル、アベルゥ……!」

 

「ウル、カラァ……!」

 

 名前を口に、叫びながらもそれ以外の言語を失って、血まみれの体を更に自分と相手の血で染め上げるように殴り合いが続行する。肉が殴打される鈍い音が響き、激痛が両者の体を貫く。だがそれでも気力が続く。既に肉体的に限界を迎えている。苦しみは耐えきれるものではなく、視界は既に霞んでいる。

 

 それでも譲れない物の為に拳を振るい続けて行く。

 

 己は、こんなものじゃない。まだだ、まだだろう。見ていろ―――お前が見ている俺を。

 

 精神だけが肉体を凌駕し、動かし続けている。だが全てを吐き出しての殴り合い、アベルもウルも全力で拳を叩き込み、骨と肉を砕き続けて行く。

 

 その殴り合いに少しずつ、肉体が壊れて行く。

 

 感覚が薄くなり、音が遠くなる。

 

 拳をちゃんと握れているのかどうか解らなくなり、

 

 そして、視界がほとんど、疲れと血で見えなくなってくる。

 

 それでもそいつはそこにいる。そこに立っていると。両足で体を支えながらアベルとウル・カラーは拳を握った。

 

 次だ―――次で殺す。

 

 互いにそう覚悟し、終わらせる為に拳を握り、踏み込んだ。ほぼすべてを吐き出した互角の状態。その状態になって、全てをさらけ出して、それで拳を握った時、

 

 根本的な勝敗を分かつのは()()()()()()になる。

 

 アベル、そしてウル。その両者を比べ、その性能を比べれば―――ドラゴン、その技能のレベルが3に達しているウルが半歩、僅かに半歩だけだがアベルに勝る。故に最後の一撃が入る瞬間、

 

 ウルがアベルよりも先に足を踏み出せた。

 

 それを目撃した瞬間、アベルが察する―――遅れた、と。

 

 僅かに、本当に僅かに。種族の基礎スペック、《ドラゴンLv2》と《ドラゴンLv3》、その僅かな差に敗北するのだ。その事実をアベルは感じ取っていた。半歩だけ先を行くウルが拳を振り上げ、それをアベルへと向けて放とうとする。それを迎撃する様にアベルもまた、最後の一撃を放とうとしていた。自分の敗北は見えた。だがそれは戦いを止める理由にはならなかった。

 

 最後の、命尽きるその瞬間まで戦う。

 

 その矜持にアベルは殉じる。もはや都合の良い蘇生なんてない。死ねばそれまでの運命。それでも避ける事も、逃げる事も、ガードする事もしない。最後の最後まで全力でウルに応える。

 

 その為の拳がウルに半歩分だけ遅れて、

 

「おおおおおおおぉぉぉぉォォォォォ―――!」

 

 ―――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ!?」

 

 拳がウルに直撃し、その姿を殴った。本来であれば、アベルの拳よりも早くウルの拳が届く筈であった。だが結果として先に到達したのはアベルの拳であり、それを受けたウルの姿は殴られ、倒れる。

 

 今度こそ完全に力を失って倒れるウルの体をアベルが今にも倒れそうな体を全力で保ちながら、抱き留めて支えた。全力で攻撃を叩き込み続けてきた雌竜の体の軽さに、アベルは驚きさえ感じられた―――自分が倒そうとした相手が、こんなにも軽く持てる相手だったのか、という事に。

 

 その驚きを胸中にしまい込みながら、

 

「何故だ……何故、最後の瞬間に拳を緩めた! それを振り抜けば、勝てただろう、殺せただろう、終わらせられただろう……俺の事を」

 

 アベルの口から何故、という言葉が漏れる。今のはウルが勝てる戦いだった。間違いなく、あの最後の瞬間、勝っていたのはウルだった。それこそ何らかのズルをしない限りはアベルには覆せなかっただろう。だが結果は違った。ウルの方が、拳を緩めた。明らかに失速したと解る速度まで拳を緩めてしまった。最後の最後の瞬間に行うには余りにも致命的な行いであった。

 

 アベルはウル・カラーという雌竜を、過小評価しない。彼女であれば確実に殴り抜けた。殺せた。それを信じるだけの力を感じていた。そんな相手だからこそ全力を出して戦うことができたのだと信じている。故に声に出してしまう。

 

「何故だ……!」

 

 その問いをウルにしなければならなかった。血で真っ赤に染まった体を抱き留めながら、確かめるように声を放ち、そして薄れゆく意識の中のウルの声を聴いた。

 

「あー……はは……」

 

 苦笑いを零す様な声がアベルの耳に届いた。

 

「なん、というか……さ」

 

「……」

 

 アベルが、聞こえて来るウルの声に黙った。

 

「楽しかった、よな。笑って。全力で。輝いてさ。吐き出してさ」

 

 全力でぶつかった。そして互いに全力でぶつかり切った。それが楽しかった。何よりも嬉しかった。そうやって全力を向け合える相手がいることを。格上でもなく、格下でもなく。完全なる同格。故に勝負が成立した。策も何もなく、本能に任せた全力の戦い。

 

「楽しくてさ」

 

 それがどうしようもなく嬉しくて―――。

 

「なんか、アベルの事殺すの嫌になっちゃった」

 

 ウルが、アベルの腕の中で小さく笑った。それを受けて、アベルが困惑する。ウルの言った言葉の意味が解らなかった。だがそれを理解している様にウルは笑った。

 

「はは……いや、さ。こんなふうに、さ。……全部、吐き出して受け止められるのってさ……お前だけだろう?」

 

「……」

 

「なんか、それが嬉しくてさ。楽しくてさ……かっこよく見えてさ……」

 

「それで、なのか……?」

 

「あぁ、それだけなんだ」

 

 ウルが、負けちゃったなぁ、と力なく呟く。その全身からは既に力が抜けており、完全にアベルに体を預けている状態だった。その目も、もう開けていられないと徐々に閉じて行く。

 

「あー……女として、負けちゃったなー……」

 

「―――」

 

 ウルはそう言葉を零した。そしてその意味を理解できない程、アベルは馬鹿ではなかった。だから困惑し、理解する。

 

 ドラゴンとして、戦闘ではウルが勝利していた。

 

 だがウル・カラーは勝利の直前に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。それがウルの勝利を曇らせた。アベルが勝利する為の最後の一手となってしまった。

 

 女だから―――良い男を、殺したくなかった。

 

「じゃ、そういう事で。後は好きにしてくれ……」

 

 満足げに呟き、未練も後悔もなく。こいつ相手なら何をどう殺されても良い。そう言外に伝えながらウル・カラーは敗北の満足感の中に目を閉ざした。

 

 意識を完全に失ったウルの姿を抱えたままアベルはそこでしばらく、体力を取り戻す様に呼吸を整えて待ち、手の中にある軽い重みを感じていた。

 

 やがて、しばらくしてからドラゴンの戦いが生み出した大陸の傷跡から、その姿が消え去った。




 簡単に言えば、全力で戦って、全力で応えて、それでも死なず、死ねないその姿に乙女回路がキュンキュンしてしまった。

 女としてこの男は殺したくない。そう思ったから負け。


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220年 食券 アベルC

 ―――痛い。

 

 痛みで目覚める。

 

 つまり死んでいないらしい。

 

 痛みを訴える体を動かさず、瞼だけを開く。それで少しずつ光を目の中に取り込みながら、自分の体から魔力の類がすっからかんになっているのを理解した。あぁ、派手に戦ったから当然だ。吐き出し終わった後でまだ殴り続けた。楽しかった。死んでも良かった。だけどまだ、死ねなかった。アレで死ねないのは……贅沢しすぎるな、という誰かのメッセージだろうか? あぁ、いや、それを考えるのは俺じゃない。

 

 ただただ、体に残る余韻の熱を楽しんでいた。楽しかった―――楽しかったんだ。

 

 これ以上なく、楽しかった。それで死ねなかったのなら……まぁ、しょうがない。最終的に負ける事を選んだのは自分なのだから。それで満足できなかったら何で満足できるか、という話になる。いや、そもそもどこまでも満足できない、餓えているような奴がいればそれはそれで生まれた事が間違いなのだろうと思うけど。だから目を開き、見知らぬ天上を見上げた状態で声を零す。

 

「あぁ―――楽しかったなぁ……」

 

 ただ、ただ楽しかった。それを呟くように天井を見上げ、目を閉じる。今でもあの熱狂と興奮を思い出せる。時間にしては短かっただろう。だがその瞬間に、自分のやりたい事の全てが詰まっていたような気がする。だから楽しかった。他に何も考えず、ただ全力で暴れるだけ。たったそれだけだ。

 

 だがそのハードルのなんて高い事なのだろうか。

 

 強くなればなるほど、相手が居なくなる。全力で撃ち合える敵が存在しなくなる。そしてその果てには理由を付けて力を使う事を封じられる。それが社会で生きる、という事だ。だからこそこうやって好き勝手振るう、振る舞う事が出来る事に喜びを感じた。やはり、自分はドラゴンだと思わせられる。ここまで暴れる事に楽しさを覚えるのは人間では無理だろう。

 

 俺はもう、根本がドラゴンなのだ。それを改めて自覚させられる。

 

「はぁ……」

 

 楽しかった、と。そう息に吐いて天井を見上げる。死ななかった……だからまた、暴れられるだろうか? あんな風に戦えるのならまた、戦いたい。あんな風に全力で刹那を生きたい。長く、惰性のまま生きた所で生きていても意味はないのだ。刹那を流星の如く生き抜いてこそ、生物の本懐があるのかもしれない。

 

 そう思いながら閉じた目を開いた所で、自分のものとは別の気配を感じた。

 

 首を横へと動かせば、自分が寝かされているベッドの横の床に背を向けるように腰を落ち着けている背中姿が見えた。その包帯に覆われている背中姿を見て、自分の体へと視線を向ければ、服を脱がされた上で傷口を塞ぐように包帯を巻かれてあった。どうやら彼―――アベルによって治療を施されていたらしい。

 

 アベルもアベルで褐色の肌に大量の傷跡を残している。時間と共に徐々に癒えているのが解るが、それでも全ての生命力を吐き出し切ってからの再生だ。自分も、アベルも完全に調子を取り戻すまでは時間がかかるだろう。そう思って傷だらけのアベルの背中を眺めていると、

 

「……起きたか」

 

「おう」

 

 確認してくる様な声に応える。その声を聴いて、アベルは軽く息を漏らした。そこにはどことなく、安堵の気配を感じられた。

 

「……」

 

「……」

 

 それから、互いに黙ってしまった。

 

 アベルも此方を気を遣っているのが解るし、自分も自分でアベルになんて声をかければいいのかが解らなかった。ちょっと新鮮で、困惑する感じ。なんて、この雄に声をかければ良いのだろうか。こいつは、俺に勝ったのだ。俺に勝利した。だから間違いなく、こいつの方が強いと言っても良い。そこに不満を抱いているのだろうか? それとも喜んでいるのだろうか? 背中姿だけではアベルがどう思っているのかは、よく解らなかった。だからなんて、言葉を口にすればいいのかが解らず黙ってしまった。

 

 だが彼方も同じようで、どこか喋ろうとしては口を閉ざす気配を感じ、

 

「……体は、大丈夫か」

 

「お……おう」

 

「そうか」

 

 そんなやり取りをして、また黙ってしまった。こちらに視線を向ける様な事はなく、視線を外したまま黙り込んでしまった。なんだろう―――なにか、言いたいのだが、それをきりだせない。口に出さないつっかえを感じてた。だがそのもどかしさに耐えきれず、あー、と声を零す。

 

「治療。してくれたんだな」

 

「あぁ……お前を死なせたくはなかった。……そう言ったら笑うか?」

 

「いや、笑わないよ。笑えないよ」

 

 アベルの言葉に対して、体を持ち上げながら答える。笑える訳がないだろう、とも思った。何よりも、

 

「最初にそう思って拳を緩めたのは俺だろう。それで殺したくない、死なせたくはないって……そう思った所で、俺に言える事は何もないよ」

 

「……」

 

 その言葉にアベルが黙る。何かを考えるように、言葉を選ぶ様に。そして数秒、また沈黙を得てからアベルが口を開く。

 

「何故……何故、最後に拳を緩めたんだ」

 

「それは……」

 

 意識が朦朧としている中で告げた言葉を思い出しながら、そうだなぁ、と言葉を零す。

 

「お前に……見惚れたのかもしれないなぁ」

 

「……俺にか?」

 

 アベルの言葉にあぁ、と答える。

 

 知っての通り、ルドラサウム大陸は地獄だ。真面目に生きようとするものほど辛い。そして同時に、裏技や抜け道、バグ技の類は大量に存在する。そう、強くなるだけなら手段は割とある。自分がかつてやったようにバランスブレイカーを発掘するとか。アイテムを使って強化するとか。それこそ再び魔血魂を飲み込むとか。アベルにも手段があっただろう。

 

「だけどさ、お前どれも使わなかったじゃん」

 

 アベルは結局、自分の身一つしか使わなかった。

 

 強さを渇望しながらも、原因を外に求めなかった。

 

 弱いのは相手が強すぎるのが悪いのではない。

 

 弱い自分が悪いのだ。

 

 不器用なほどにストイックだと思う。格好良いほどに馬鹿だと思う。だから自分の翼を削った。だから骨と爪を引き抜いた。今のアベルのドラゴンとしての姿は、到底見ることができる様な状態ではないだろう。だからドラゴンの力を引き出したような、中間の姿にしかなれない。そしてたぶん、戻る様な事もしないのだろう。ドラゴンとしての姿を放棄してからこそ、漸く手にする事が出来た力なのだろうから。今のアベルは強さの為にドラゴンである必要を捨てている。

 

 勝ちたいん、だろう。

 

 その為に自分の信念と矜持以外の全てを燃料と材料とした。

 

 それが、

 

「どうしようもなく格好良かったんだよ。お前の姿が」

 

 自分の身だけで勝とうとする姿に。外道に染めずに強くなろうとした姿に。バグでも裏技でもなく、正面から戦ってきたのだ。一人で。その上で、劣勢でも関係なく立ち上がった。自分の身一つを貫こうと最後まで血反吐吐いて立ち上がる。

 

「その姿にな……見惚れたんだ」

 

 その姿を見て、この男を殺したくないと、そう思わせられたのだ。

 

「うん、俺はそんな感じかな。……なんか、愛の告白しているみたいで悪いな、気持ち悪いだろ」

 

 誤魔化す様に素早く言葉を紡ぎ、苦笑する。何を言っているんだろう、俺は。そう思いながら軽く頬を掻くと、

 

「いや―――おかしくは感じない」

 

 アベルが否定して来る。こちらに視線を向けないまま、アベルがぽつり、ぽつりと呟く。

 

「俺も……最初は殺し、喰らうつもりだった。だが戦ってみれば、感じた事のない充足感が心を満たすのを感じた。これほどまでに誰かに求められ、そして応えて貰えるというのは初めてだった」

 

 呟き、アベルが天上を見上げる。

 

 ドラゴンの中でも臆病者として生まれ、恐怖と憧れから魔王になり、そして蹂躙されて封じられ、死亡した。求められる事はなく、常にマギーホアの影に居たドラゴン。その一生は誰かに求められるものでもなかった。それはアベルが踏み出さなかった事にもあるだろうが、それをアベルは今経験した。踏み出し、変わり、そして求め応じられる事を。

 

「あぁ……そうだな、今となっては自分の変化に驚いている。だが嫌いじゃない。あぁ、嫌いじゃないさ」

 

 アベルはそう言うと、言葉を止めた。それ以上口にするのが恥ずかしくなったのかもしれない。絶対に此方に視線を向けないようにしつつ、俯いている姿が見えた。

 

 なんというか―――本当に、本当に不思議だった。この状況が。お互いに何度か殺し合った事はあった。その度に特に何か、感想を抱く事もなかった。だけど今回本気で殺し合って漸く向き合ったような感じはあった。

 

「アベル」

 

「なんだ」

 

「ごめん」

 

「謝るな。寧ろ誇らせろ。お前程の女を俺は魅入らせたんだ。それだけ俺はきっと……変われたのだろう。ならば俺はそれを誇るさ」

 

 アベルは本当に、変わった。今まで背負っていたものすべてを投げ捨てて、アベルという存在の根本だけを残した。それによって存在していた重荷が消えた元ドラゴンで、人でもない存在は自分の覚悟と信念だけを背負っていた。きっと、それ以外の全ては元々彼にとっては余計だったのかもしれないと、今更ながら思った。

 

 これが本当のアベルという雄なのかもしれない。そう思いながらはぁ、と溜息を吐く。

 

「どうしたもんか」

 

 呟き、苦笑する。それを聞いたアベルが此方へと声を投げて来る。

 

「何が、だ」

 

「いや。ほら、俺は負けただろう? 負けたらさっぱり死ぬつもりだったのにこうやって生き延びちゃったし」

 

「なら帰れば良いだろう。お前にはお前を待っている者が居る筈だ」

 

「そりゃ、そうだろうけどさ」

 

 ちょっとだけ頬を膨らませる。アベルに解らないかなぁ、と声を送る。それを受けてアベルが軽く首を傾げつつ、

 

「何が、だ」

 

「いいか」

 

「……何が、だ」

 

 解らないのかこいつは……そう思いながら、ため息交じりに言葉を口にすることにした。

 

「お前は俺に勝ったんだ」

 

「あぁ、解っている。それを俺は誇りに思っている」

 

「あぁ、だけどそれだけじゃないんだよ。解るか、アベル? 戦って終わり、って訳じゃないだろう」

 

 その言葉にアベルは反論する。

 

「俺は食わないぞ」

 

「殺してくれ、とは頼んでないさ」

 

「ではなんだ」

 

「俺は、お前に負けて。それで俺を殺さないんだ。殺さなかったんだ。なら今の俺を、お前なら好きに出来るって話だよ」

 

「……俺は」

 

 少し低く、唸るようにアベルが声を出す。

 

「もう、二度とそういう風に振る舞うつもりは……ない。俺の欲望とエゴで穢し蹂躙するのは疲れた。無理やり奪って組み伏せた所で満たされるのは虚栄心だけだというのは王冠―――いや、カミーラの件で十分学んだ。俺は」

 

 アベルは少しだけ言い淀み、

 

「……そこまで、価値のある者ではない」

 

「……」

 

 反省するのを通り越して卑屈になっている、とも言える。だけど過去のアベルの所業は確かに酷かった。それを客観視できるだけ成長なのだろう。だけどそれはここで言う言葉ではないし、それは間違っている。

 

 もっと、違うだろう。

 

 俺は―――ウル・カラーは、その姿に心を熱くしたのだ。

 

 求めて、立ち上がって、立った一人で戦った。

 

 神々に笑われ、愉悦され、そして利用され、蹂躙されて。

 

 それでもまた立ち上がったのだ。退場させられた舞台へと再び戻って来て、それで真摯に己と向き合って帰ってきたこの、こいつの、この―――その、姿を、

 

 俺は、()()()()()()

 

 だから負けてもいい、と思ってしまった。

 

 こいつになら、負けてもしょうがないと思えてしまったんだ。

 

 解って、くれないだろうか。

 

 そんな奴初めてだったんだ。衝撃だったんだ。今まで、そうやって激しく求めてくれた雄はいなかったんだ。心にずしん、と響いたんだ。自分が欲しかったものを、与えられたような感じで。

 

 だからさ、そんな事を言わないで欲しい。

 

 まるで俺の趣味が悪いみたいじゃないか。

 

 だから、

 

「おりゃ」

 

「っ? 何を……」

 

 ベッドから落ちるように、背中を向けているアベルに後ろから抱き着いた。服を着ていないから当然のように裸の胸をアベルの背中に押し当て、残されている片腕をアベルの首に回した。そうやって体を密着させる。ちょっと、ドキドキしているかもしれない。同性相手にはそこまで珍しくない事だが―――こうやって、異性に自分からアプローチするのは初めてかもしれない。

 

「正直、これ以上口にするんは恥ずかしい部分あるんだけどさ……」

 

 それで何を言わんとしているのかアベルが察したのか、顔を僅かに此方へと向けて来る。なので笑みを浮かべる。ちゃんと、笑えているだろうか? 包帯がまかれているから変な風じゃないと良いのだが。

 

「俺は……お前に、求められる程良い者じゃない。寧ろ逆だ。どうしようもなく救いがなく、もはやまともなドラゴンでもない。お前に相応しい相手は別に居る」

 

「それを決めるのは俺だ。そして俺は、アベル。お前が良いって思ったんだ。お前が……お前だけが俺を満たしたんだよ。この世で、唯一お前だけが俺を満たしてくれたんだ。そして納得(はいぼく)させてくれたんだ」

 

 納得(はいぼく)

 

 或いはずっと、そうしたかったのかもしれない。勝って、戦って、歩き続ける。人類の、ルドラサウムの住人の最先端として。

 

 その事に、疲れていたのかもしれない。

 

「だからさ、アベル」

 

 だから、

 

 その先の言葉を口の中にしようとした所で、アベルが振り返って此方を抱えた。軽い驚きの間にアベルが持ち上げた此方の姿をベッドの上へと戻し、

 

 頭の横に手を置いて、覆いかぶさった。

 

「愚かである自覚はあるが―――そこまで、鈍いつもりはない」

 

「……じゃあ、どうなんだよ」

 

 お前は、どうなんだよ。

 

 求められたから応じるのか? どうなんだ?

 

 その答えを求めるように視線をアベルへと向ければ、アベルが軽く目を閉じてからそうだな、と呟く。それから目を開き、

 

「俺には……お前以外の雌は考えられない」

 

「カミーラよりも?」

 

「カミーラよりもだ」

 

「ハンティよりも?」

 

「ハンティよりもだ」

 

「そっか」

 

「そうだ」

 

 じゃあ許す。

 

 腕をまた伸ばして、アベルの首に体をぶら下げるようにして、自分の体を引き上げて、

 

 ―――唇を寄せた。




 アベルくん、ほんと成長したね……。

 という訳で次回は皆恩多セって感じだけど君たち、アベル君への殺意大丈夫……?


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バレンタイン短編

Valentines Day 2019 Gele


「ん……ぐぐ……中々、手強い……ですね先生……!」

 

 片手にボウルを抱えながらその中にあるチョコを少しずつクラッシュする様にジルが言った。車椅子に座った状態でボウルを抱えつつもう片手でチョコを潰そうと必死にスパチュラを使ってチョコレートを潰していた。熱を通されているチョコはボウルの中で少しだけ溶けているのだが、ジルの筋力が弱いという事もあり悪戦苦闘しているのが現実だった。

 

 それを横で、自分の分のチョコを砕きながら眺めている。

 

「苦戦してるなら手伝うか?」

 

「いえ……自分の力でやりたいです」

 

「そっか」

 

 頑張って自分のチョコを作ろうとしているジルの姿に軽く微笑みを零し、しかし手伝おうとする事をせずに眺め、自分の分のチョコを先に作ってしまう。レシピの書いてある本は何時でも確認できるように浮かべてあるし、何か問題があるのであれば常にルシアが控えている。筆頭メイドの存在はもう長年連れ添っている従者であるだけに、心の底から信頼している。此方が間違えるようであれば即座に教えてくれるだろうし、そうじゃなければ口出ししないだろう。

 

 本日はバレンタイン・デー。

 

 そんな風習、今のルドラサウム大陸にはないが、ジルと異世界巡りした時に見つけたちょっとした遊びだった。文化そのものをルドラサウム大陸に持って来る意味はないが、折角だからお互いにチョコを作って交換しようという話になった。文化は違うが、それでも互いに楽しめる事はあるのだから。だったらそれを楽しもうという話になる。

 

 毎年やるには流石に長生きしすぎだが、それでも100年に1度ぐらいのペースなら俺達にはちょうどいいんじゃないだろうか? そんな事を考えながらチョコ作りに挑戦する。と言ってもやっているのは異世界で購入してきた製菓用のチョコを溶かしてアレンジする、という簡単な奴だが。

 

 それでもこうやって、二人で並んで何かを作れるようになったというのは嬉しい事だった。

 

 ついつい指先が喜びで踊ってしまう。鼻歌なんかをちょっとだけ口ずさみながらジルと一緒にチョコを作る。

 

 パイシート、クッキー生地、スポンジケーキもある。その気になればちょっとしたお菓子のフルコースが作れそうなものだ。果物もそこそこ良いのが蓄えてあるし、それを放出するのもいい。料理は嫌いじゃないし、特に菓子作りの方が得意だと自負している。だからこの機に今まで手を出す事がなかったものに挑戦してみるのもいいかもしれない。そう思って色々と作っている。だがまずは土台となるチョコの準備だ。定期的にうはぁんを求められて作っているからここらへん、菓子作りに関しては慣れている。

 

 問題は弱っているジルの方だ。

 

 ―――彼女は死ぬ事はなくなったが、それでも弱くなったままだった。

 

 ジルは猛反対したし、最初は口さえもきいてくれなかった。

 

 だがそれでも、死んでほしくなかった。何が何でも死なせたくなかった。ウェンリーナーの力を使う事は出来ず、ジルの体はボロボロのまま死んでゆく。その対策として思いついたのが、魂の共有だった。

 

 このルドラサウム大陸、魂の力、それは全てルドラサウムの生命力から来ている。その為、命が失われて行く体を繋ぎとめる生命力を満たすのであれば、魂を満たせばよいと考えた。だから自分とジルの魂を繋げた。幸い、ドラゴンという生き物は魂を何個か保有する生き物だ。一つ増えたり減ったりした所で、別に何の問題もない。だからそうやって自分の魂を通じて、無理やりジルに生命力を供給した。

 

 どれだけジルが死にそうでも、馬鹿みたいに命で溢れているドラゴンと命を共有すれば、死ななくなる。

 

 それだけの攻略方法だった。

 

 そして峠を越えたら改めてジルの体を治療する。

 

 そうやってジルは助かった―――体が完全に治る事はなかったが。

 

 それでもこうやって、また日常を一緒に過ごすぐらいの事であれば出来るようになったのは幸いだった。車椅子生活は続行で、魔法を使う事も出来ない体でも、ジルは怒った。そしてしばらくしてから仕方がない人だと許された。それ以来、ペンシルカウで暮らす様になった。

 

 そして今、普通に生活を続けている。

 

 もう、特に望むものもない。政治も今後の未来も、外の連中に任せて半ばジルと引きこもり生活をペンシルカウで送り続けている。

 

 そこに後悔なんてものは―――ない。

 

 

 

 

「よっし、出来たな……ちょっと作りすぎちゃったかもしれないけど」

 

「本当にフルコース作る馬鹿がどこにいるのよ……」

 

 ダイニングの上にチョコレートケーキ、プリン、うはぁん、クッキー等チョコレートを使ったお菓子を大量に並べている。それに一足早くスラルが呆れのコメントを出しながら摘まみ、テーブルの端に座っているラ・バスワルドが黙々と食べ続けている。何時も通りの二人の姿も、もはやこの館では日常的なものだ。違和感とか咎めるとか今更な話だろう。

 

「ほら、興が乗った時ってあるじゃん? 作りたい時に作りたいものがあるし」

 

 視線をテーブルの一角へと向ければ、レインボー・コズミックチョコレートの姿が見れる。それをスラルも見て、此方へと視線を戻してから頷いた。

 

「……そうね!」

 

 そう言うと逃げるようにスイーツ巡りへと戻る。その姿を笑って見送りつつ、車椅子を動かして近寄ってくるジルの姿を見つける。そんなジルの姿を見つけ、近くのテーブルからケーキを軽く切って、皿の上に乗せた状態でジルへと、フォークに刺さったケーキを向ける。

 

「ほら、ジルあーん」

 

「は、恥ずかしいですよ先生。スラルさんが見てますし」

 

 振り返り、スラルがじーっと見つめているのが解る。スラルがどういう事を考え、思っているのかは大体解っているつもりだが―――それでも、自分が選んだのは彼女ではなく此方だ。だからジルがなんか言おうとして口を開いている時に素早く、チョコレートケーキをジルの口の中に突っ込んでやる。

 

「んっ、んぐっ!?」

 

 いきなり口の中にケーキを放り込まれたジルが軽く驚きながらも喉をごくりと慣らし、口いっぱいに頬張らされたケーキを食べて行く。口の中に広がるケーキを何とか噛んで飲み込んでゆくジルの姿は、どことなく雛鳥を思わせる様な様子を見せていた。なんか、物凄く可愛い。

 

 いや、なんかじゃない。物凄く可愛い。そう、ウチのジルは可愛いのだ。必死に飲み込もうとする姿に和んでいると、口の中のケーキを食べ終わったジルが軽く頬を膨らませる。

 

「もう、意地悪ですよ先生」

 

「ごめんごめん。でも美味しかっただろ?」

 

「それは……はい」

 

 ジルが軽くうなずき、笑みを浮かべた。

 

「先生の作る菓子の味、とても好きです」

 

「……おう」

 

 真っ直ぐ目を見てそう言われてしまうと、恥じらってしまう。うん……なんというか、恥ずかしいよそりゃ。ただ、真っ直ぐと此方を見て言ってくるもんだから目を逸らす事も出来ないし、逃げられるわけもない。だから正面からジルの言葉を受け止めつつ、二カっと笑ってありがとうと答えた。そうするとでゃ、とジルが声を零す。

 

「私から、先生へのお返しです」

 

 そう言ってジルが取り出したのは、不格好な形のチョコレートだった。形が所々変だが、スラルの作る菓子の様な、コズミックさは見られない普通のチョコレートだった。ラッピングもリボンが曲がっているもののほどこされており、それが先ほどジルが頑張って作っていた物であるのが理解できる。両手で持ち上げたそれをジルが此方へと見せて、手渡してくる。

 

「はい、ハッピーバレンタインです、先生」

 

「ハッピーバレンタイン。ジル。ありがとうな」

 

「いえ、普段からもらっている一部をお返ししただけですから……大したものでもないですから」

 

 ここまでジルがちゃんと指先を動かせ、喋られるようになるのにもかなりの時間を必要とした。そんな彼女がこうやって、何かを作ってプレゼント出来る所まで回復出来た姿には感動を覚える。実際、最初のジルはそのまま自然に身を任せて死のうと考えていたのだ。それを思い止まらせ、仲直りするまでには相当な苦労があった。それを考えるとこうやっている日常が、

 

 どうしようもなく、愛しいのだ。

 

 だから思う、きっとウル・カラーの物語はここで終わるのだろうと。アレだけ、頑張って暴れて、そして漸く掴んだ日常なのだ。これでもう、終わりで良いだろう。後は未来の連中に任せるとして。このどうしようもなく平和で何もない日常を守り続けたい。過ごし続けたい。このペンシルカウが平和でさえあればいい。

 

 心の底からそう思う。

 

「先生」

 

「ん?」

 

 ジルが此方の握っている不格好なチョコに手を伸ばしてくる。軽く手を下げるとその中にジルが手を突っ込み、そこからチョコを一つ引き抜いてくると、此方へと向けて手を伸ばす。

 

「はい、あ、あーん」

 

 恥ずかしがりながら、此方が口の中へと食べさせたようにジルが此方にチョコを食べさせようとしてくる。恥ずかしがっている姿に内心悶えそうになりつつも、軽く視線を合わせてから口を開けて、口の中にチョコを入れて貰う。

 

 口の中に入ったチョコを軽く転がす様に味わう。笑みをジルへと向け、

 

「ありがとう、美味しいよ」

 

「……! はい」

 

 嬉しそうな表情をジルが見せた。形は不格好だが、味はちゃんとしたチョコになっている。中には果物が入っていて、それもちゃんと味わえる。寧ろなんで何をやっても虹色に輝くコズミック料理を生み出してしまうスラルがおかしいのだ。ジルも技能が消滅している筈なのに、こうやって時間をかけて丁寧にやればなんとか、作れている。なのにそれが出来ない。

 

 スラルの料理とはいったい。

 

「先生」

 

 そんな思考に頭の中が流されそうな時、ジルが声を出して意識を引き戻してくる。そこには両手を伸ばしてくる姿が見えた。

 

「ジル?」

 

「今日はほら……特別な日ですから、その……独占させて貰っても、ですね?」

 

 仕方がないなぁ、と呟きながらジルを車椅子から引き抜いて持ち上げる。ジルがその両手を首に回して、此方に掴まる。その状態で此方も、彼女と同じように黒腕を生やし、もう片手でジルを持ち上げたまま、テーブルの上に乗せてある。モノを軽くつまんで、一緒に食べる。

 

 俺にとって、この世界で一番重要なのは彼女だ。

 

 助けてしまった責任が、俺にはある。だから一生面倒を見るつもりだし、ずっと一緒に居ようと思う。

 

 それが、俺の選んだ結末だから。だからこのバレンタインもどきは、

 

「今度はこっちを試そうか」

 

「あ、私こっちが良いです」

 

 アレだコレだ、ラ・バスワルドに全部食われる前に食べてやる。そうはしゃいで時を過ごした。

 

 きっとこの先も、こんな日常が続くだろうという事を願って。

 




 正史ウル様ルートとは違い、此方はもう外では暴れる事もなく、ジルといちゃおちゃ平穏に暮らして世の中に干渉しなくなるので、この先はランス正史ルートに戻ったり。ランスくんがペンシルカウに来たときに師弟で食べられちゃたたり。

 そんなIFのお話。


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220年 食券 アベルEX

 体は、心さえ求めれば簡単に濡れるように準備が整う。なんだかんだで気持ちいことが好きなのは事実だし、快楽に体が慣らされているという事実もあった。体が、心が期待している。自分が女―――雌に落ちているという自覚がある。あぁ、そうだ。今の自分は完全に雌だ。それは認めないとならない。もう、男だって主張するつもりはないし、心が男だなんてことはない。

 

 あの日から少しずつ女性に傾き、そして今ではこうやって完全に心を雄相手にときめかせている雌になってしまった。或いは漸く、なれたのだろうか。不自然だった心と体のバランスが今では完全に解消されている。それどころか自分のしたかった事、抑圧から完全に開放されて、完全なる心の自由を得ている。

 

 だから正面から見下ろすアベルを受け入れる心は出来上がっていた。

 

 ドラゴンのセックスに前戯なんて物はない。ドラゴンにそういう文化がないのと、生物としてそんなものが必要なかったからだ。発情すれば簡単に体が受け入れるように出来ているのだから、必要のない文化だった。だから一気に貫かれることを予想して、見下ろされながらゆっくりと受け入れる為に目を閉じて、

 

 ―――頬に手の感触を感じた。

 

 優しく、優しく―――壊れないように。それを確かめる様な花をめでる様な手つきだった。

 

「まっ、んっ」

 

 てっきり直ぐにセックスを始めると思ったのに、そうじゃなかった。大事な物を扱うように優しく触れて、頬を、首筋を、そして耳の裏を軽く撫でて来る。その手つきが確かめる様な、拙いものから慣れていない事が解る。実際。こいつはすこし前まではドラゴンだったし、人間の文化を理解さえしていなかっただろう。だが今、

 

 その手で此方を撫でるように、愛撫をしていた。

 

 力加減を間違えないように触れて来るから、正直そこまで意味のある行動ではない。だが重要なのはアベルが―――ドラゴンだった筈の雄が、人の真似をするという事ではなく。彼が、此方を想った行動を取ってくれているという事実だった。優しく触れられているという事実に心が燃え上がる。一方通行ではなく、双方向に思いやっているという事がこれで解ってしまう。だからマウントを取られたままの状態で、見上げるように視線をアベルへと向ければ、アベルの顔が見える。

 

 その視線は、此方だけを見ていた。

 

 他の全てが目に入らない様に、自分だけがその瞳に映っている。

 

 あぁ、駄目だ。

 

 増々好きになってしまう。

 

「……可愛らしいな」

 

 何かを呟くアベルの声が良く聞こえなかったが、首筋を伝いながら背中を撫で、アベルの指が腰へと回る。しっかりと腰をホールドしながらアベルが抱き寄せるように体を密着させてくる。裸と裸の肌がふれあい、それを通して熱が伝わってくる。彼の生きている気配を、熱さを感じられる。そして恐らく、自分の滅茶苦茶熱くなっているのだろうと思う。たぶん、耳とか先端まで赤くなってる。

 

「あ、アベル」

 

 名前を呼ぶと、再び唇を重ねて来た。そこから首筋にキスされ、そして空いている手が腹を撫で、臍を下がって行き、下半身へと届く。腹を撫でられる感触に子宮が求めるように疼くのを感じ、息を荒げながら吐息を零す。

 

 そして秘部に彼の指が到達する。

 

 秘部に指が触れる感触に体がびり、と痺れるような甘さを体に感じて震える。それを感じ取るようにアベルが自分の体全体を密着させるように覆いかぶさっており、跳ねそうな此方の体を抑え込む。

 

「こうするのは、初めてだが……喜んでもらえたようだな」

 

「お、お前な……!」

 

 こんな風に扱われるとは思わなかった。もっと荒々しいものを予想していたのに、そうじゃなく、アベルは此方を優しく扱ってくれていた。抱きしめながら左手を秘部へと触れて、濡れているのを確認する様に指で触れてから、その先を中へと滑り込ませてくる。自分の膣の中にアベルの指が入り込んでくるのを感じる。膣壁が指を咥え込みながら抑え込み、しかし奥へと誘いこもうとするように引っ張り込もうとする。中で軽くイキ続けているのを感じる。

 

 全身が蕩ける様な、敏感な感覚の中で、アベルの指を膣の中で感じる。だがそれだけでは物足りない。息を吐きながら、アベルの首筋に吹きかけるように吐き出して。唯一の片腕をアベルの背後へと回し、軽く爪を立てるようにその姿を掴んだ。

 

「アベル……なぁ……」

 

 耳に息を吹きかけながら声を零す。胸が高鳴り、声が震えている様に思えた。それだけ体が火照り、そして期待している。いきなり優しくしてくるのはずるいって。そんなのお前のキャラじゃないだろう、って。いきなりそんな風に扱われたら困るし、困っちゃうし、凄く困る。あぁ、だってこんな風に優しく、女として扱われた事なんてないし。お前ってそういう奴じゃなかったし。なのにいきなりこんな風に、扱われたらそれはやっぱり……困るだろう。

 

「ウル」

 

「……なんだよ」

 

「いいのか?」

 

 確認する様にアベルが声を送ってくる。互いに唇を耳元に寄せ合うようにしながら、囁くように声を送る。

 

「始まれば()()()()()()()()()。止まるつもりもない。確実に孕ませるまで自分を押さえられそうにない―――いいのか?」

 

 アベルの言葉に対して、返答の代わりに首筋にキスを返した。首筋にマーキングする様にキスをして、それからまたキスをして、自分の今の気持ちを伝える為にもう一度キスをした。

 

 その応えに、アベルも言葉を止める。

 

 ゆっくりと此方の体を降ろすと少しだけ体を持ち上げて隙間を作る―――それでアベルのほうも、下半身は既に裸になって露出されており、

 

 逞しい逸物が勃起しているのが見える。太く、そして興奮に限界まで膨張しているそれが今から自分の中に侵入するのだと思うと、一瞬だけ不安になる。だがそれよりも期待と興奮が勝る。

 

 簡単に挿入できるように軽く股を開き、指で膣を開く。

 

 口を開き、音はなく言葉を唇で作る。

 

 ―――頂戴。

 

 その言葉に、アベルが応える。

 

 体を片腕で抑えながらもう片手で肩を押さえ、

 

「ひぎっ―――あっ、くっ」

 

 一気に逸物を膣の奥へと突っ込んできた。膣壁を容赦なく抉り割るように突き進む感触を下腹部に感じ、自分の膣を一瞬で征服する逸物の感触を感じ取る。膣壁に反発する様に硬度を保ったそれを絞り上げようと一気に自分の膣がわななくのを感じる。だが硬さと太さを兼ね備えたそれは見事膣の中に納まり、そして膣奥に到達するまで止まる事はない。それが進む感触に狂う様な快楽を感じ、こつん、と膣奥を叩いた時点で絶頂する。

 

 感じた事のない凄まじい快楽を受け入れて一瞬で体を強張らせながら全身に入る痺れに感じ入る。だがそうやって絶頂した事で、

 

「ぐぉ、こ、れは―――」

 

 アベルに突っ込まれた逸物の先端が堪えきれない、と僅かに膨張するのを感じる。

 

 来る―――。

 

 そう思った直後にはアベルの逸物から放たれた精液に膣内を穢されていた。堪えきれないという様子のアベルが放った精液が腹の中を満たす。その射精される感触にまた軽く絶頂しながらも、まだまだ物足りない。自分だけではなく、アベルもだ。射精した直後だというのに膣の中に納められた逸物はまだ力強く、一切衰える気配を見せない。寧ろ、射精する前よりも硬度を増している様にさえ思える。

 

 故に搾り上げるように腰を、膣を動かす。

 

「この世の者とは思えないっ……はっ、今はどうでもいいな……!」

 

 アベルが呟きながら射精が終わった直後に腰を動かしてくる。腰を引き、限界まで引いた所で腰を突き入れて来る。一気に膣内全体を蹂躙しながら子宮に精液を押し込むように突き入れ、刺激する。その衝撃に目の前がくらくらとする感覚を覚える。絶頂を迎えながらもまだ欲しい、と求めるように此方からも腰を動かす。

 

 膣肉がアベルの精を求めている。隙間を持たずに肉棒を納めながら動くため、膣内全体が動くたびに刷り上げられる。

 

 激しい動きは意識を一瞬吹っ飛ばしそうなほどに心地よい。止まらない絶頂の心地よさに、アベルの射精を膣内で感じ取る。だがそれを動きを止める事無く、射精しながらも腰を動かし続ける。そうやって精液を奥へ、奥へと。子宮の奥へと押し込むようにセックスを続ける。

 

 だが、まだ足りない。

 

「もっと、激しく、荒々しく、蹂躙する様に貪って……!」

 

 途切れそうな息を零しながら、もっと壊す様に扱って欲しいと願う。ぐちゃぐちゃにするような、女を壊す様な抱き方をして欲しい。それにアベルが一瞬だけ迷うが、膣に納められたものを締め上げて求めれば、アベルの動きが更に激しくなる。

 

 並の女であれば間違いなく壊れる様な強さ、荒々しさでアベルが抱いてくる。それこそ股が壊れる様なものだ。だがドラゴンの、それも最上級の雌の肉体はこの程度で壊れたりはしない。寧ろその刺激が、強さが、痛みが心地よい。

 

 正常位で犯され、射精され、逸物を引き抜かれたら体をひっくり返され、体を上から押さえつけられる。

 

「いぐっ、あはっ―――」

 

「望み通り、壊れるまで抱いてやる……!」

 

 そしてそのまま、膣に再び肉棒を叩き込んできた。一気に奥まで押し込み、子宮を潰す様に犯しながら上から体を押さえつけ、空いている手を胸へと回して掴んでくる。後尾から覆いかぶさって獣のように―――あるいは本来のドラゴンの体勢で腰を動かして犯してくる。

 

「いっ、はっ、あっ、くっ……はぁんっ」

 

 全身が性感帯になったように触れられるだけで気持ちが良い。子宮を満たす精液の感触に、まるで腹の中が焼かれている様に感じている。そしてソレに蓋をするようにアベルの腰が動き、逸物が栓となって精液を逃さない。

 

 孕むまで犯し続けるという言葉が偽りではないのをアベルが行動で示す。

 

 自分の肉が蹂躙されるように貪られている事実に更に興奮する。

 

「もっとぉ」

 

 驚くほど、蕩けた声が漏れる。それ以外の声は全て嬌声だと言える程もう、言語が溶けている。その一つ一つの仕草、声、反応がアベルを興奮させているようで、何発か放っている筈なのに衰えや疲れという物を見せない。寧ろ勢いを増して、更に強く犯そうとしてくる。

 

 掴まれる胸も荒々しく揉まれ、爪が食い込んでいる様にさえ感じる。だが絶頂に震える体は敏感なもので、それが快楽になる。犯されながら体をまさぐられる感触に終わりのない絶頂を、女としての悦びを完全に感じ取る。

 

「クソ、腰が止まらない、ずっと犯してられるぞお前は……!」

 

「はは、女冥利に尽きる、な、っ、ぁ」

 

 膣に突き入れられたまま、上下を入れ替えるように居場所を入れ替えられる。犯されたまま、下から支えられる様に持ち上げられて犯される。アベルが此方の要望に応えて、道具の様に好き勝手体を使いながら犯してくる。持ち上げられ、抱きかかえられ、押さえられながら犯され体は天井を見上げながら胸が動きに合わせて激しく揺れる。

 

 だけど頭は快楽でスパークし、背筋を走る電流にただ息を求めて口を開き、嬌声を零し続ける。

 

 アベルの開いている手が下腹部へと向かい、胸を掴まれながら荒々しくクリトリスも触れられ、指で弾かれる。

 

 膣で絶頂し、胸で絶頂し、クリトリスで絶頂する。女がその体で味わえるあらゆる快楽をアベルに刻み込まれるように犯され、感じ取り、そしてそれに悦びを感じている。女同士でのセックスは何度も経験しているが、それでも膣の中にこれほど逞しく、そして収まりの良いものを感じながら絶頂し続けた事はない。

 

 大きすぎず、小さすぎず―――丁度良い相性の良さとでも言うのだから。

 

 アベルの逸物は、自分の膣に丁度良く収まっていた。

 

 故に隙間なく吸い付きながらそのすべてを感じ取るように膣を抉れていた。

 

 仰向けのまま犯されてから膣内に射精される。抑え込まれるようにたっぷりと膣内に精液を流し込まれたら、

 

 今度はこちらから動く。

 

 一度合一を解いてから向き直るようにまた膣内に納めて―――こいつが膣にないと寂しさすら感じる―――一番奥に、騎乗位で納めるように咥えこんでから片手でアベルの手を掴み、

 

 それを自分の首へと導く。

 

 顔を降ろし、腰を動かし始めながらアベルに首を握らせる。自分の気持ちの良い所を重点的に擦り上げようとすれば、アベルが片手で首を掴みながら、もう片手で腰を掴んで下から強く突き上げて来る。その対応に一瞬で余裕を失って主導権を与えてしまう。だがアベルの方も、心地よさに主導権なんて最初から持っておらず、ほぼ暴走している形で此方の肢体を貪っている。

 

 お互いが、お互いを理性もなく、愛だけを持って全力で貪っている。

 

 脳天を快楽が突き抜け、何度目かになる射精の感触を膣の中で感じる。それでも腰を動かし続け、上半身をアベルの上へと倒す。そこで唇を重ねながら、一切腰の動きを止めず、また位置を変える。

 

 そして犯し合う。

 

 ただひたすら、

 

 お互いを壊し合うように、愛し合った。




 運命の女。


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220年 隠竜の庵

 愛し合った。

 

 ただただ愛し続けた。

 

 時間なんてものは気にしないし、日が昇って沈むのを数えるのは遠い昔に止めたから、時間の感覚なんてものは壊れている。だからひたすら意識が続く限り愛し合った。途中でなんで愛し合っているんだろうとふと考えてしまったが、孕むためだったっけ? と思ったりして正気に戻ってからまた愛し合って、セックスして、ひたすらセックスし続けた。何十年、何百年、何千年もパートナーが居なかった状況を上書きする様に、体中をマーキングする様に犯し、犯され、ひたすら愛し続けた。

 

 膣を、尻を、口を、胸を犯し、此方から奉仕する様に犯し返し、理性を溶かし切ってひたすらセックスに励み続けた。ドラゴンという生き物はセックス程度で死ぬような軟弱な生き物じゃないし、疲れて来たら軽く生命力を分け与えれば良い。そうすれば飲まず食わず、ノンストップで互いを犯し続けられる。途中、余りの快楽に心臓が止まっても、強すぎる生命力が勝手に心臓を動かすからショックで死ぬ事も出来ない。

 

 気絶している間もセックスを続行する。

 

 口から言語にならないうめき声の様な喘ぎ声しか出なくなってもセックスする。体位を何度も切り替えては、同じ場所を何度も犯される。特に気に入られたのが後ろから抱えられ、抱きしめられて犯される姿勢だった。抱えられる事で全身を感じられつつ、好き勝手犯されつつも、全身を背後から貫かれつつ弄られる。全身が敏感になり、抜け出したくなっても絶頂から逃げられない。

 

 そうやってセックスを繰り返して、繰り返して、繰り返し続ける。

 

 脳味噌の中身を蒸発させて、匂いも様子も一切気にかけないほどに乱れに乱れ続けて、

 

 ―――そして、気づいた時には終わっていた。

 

 ひたすらセックスし、ベッドも体も部屋も精液と愛液で汚れている。所々血が混じっている所もある。それを魔法で綺麗にして、軽く腹を押せばそこから精液が垂れ落ちて来る。そんな状態でベッドに、並ぶ様に裸のまま倒れ込む。

 

 果たしてどれだけセックスを続けていたのか。それを一瞬だけ考えて、そして考えるのを止める。ベッドに倒れていると逞しい腕に、守られるように抱き込まれる。腕の中に抱かれ、体を軽く丸めるようにしながらベッドの中、魔法で少しだけ清潔にした空間を二人で過ごす。

 

 しばらくは余韻に浸るように無言を貫いていた。

 

 だがその無言も永遠に続かないもので、徐々にセックスの熱が引いてきた所で、少しだけ肌寒さを感じて身を寄せる。そうやってセックスのないふれあいをしばらく続けてから、

 

 漸く、口を開く。

 

「……なぁ」

 

「なんだ」

 

「……ん、いや、なんでもない」

 

「そうか」

 

 アベルが生きている、その鼓動を感じながら再び無言に戻る。そう、こいつは一度死んでいるんだ。そして蘇っている。その果てにこうなっているのだから、実に不思議なものだと思う。だけど、まぁ、何と言えばいいのだろうか。

 

 不思議と幸せだった。

 

 自分がこういう風になるなんて、思いもしなかっただけに割と今、冷静になってショックというよりは驚き……でもなく、なんというか……収まる所に納まった……という感じがあった。自分でも困惑するぐらいに安らいでいるし、安心している。或いはずっと、こういう風に静かに寄り添える相手を待っていたのかもしれない。

 

 戦って戦って戦って、未来の事を考えては何か先の事を考える。

 

 それから解放されることを、待っていたのかもしれない。

 

 こうやって抱かれて、守られるように触れ合っていると心が落ち着く―――漸く、休めるように。

 

「もう、そろそろ引退かなぁ……」

 

「いきなり、どうした」

 

 いやさ、とアベルの腕の中で呟く。

 

「長い間戦ってきた訳だけど……俺様もいよいよメインプレイヤーかどうか、怪しい所になってきた訳だ」

 

 実際、半身程神域に突っ込んでいる。半分ぐらいなら二級神名乗れるんじゃね? と思うぐらいにはシステムから意図して逸脱する事が出来る。それでもまだマギーホアには勝てないのだからあのドラゴンバグよりもバグだよって思う事は多々あるのだが。まぁ、それでも自分は強い、メインプレイヤーが許される範囲を超えているかもしれない。それでも排除されないのは―――まぁ、色々とあるからだろう。そういうことを含めて考えると、

 

「まぁ、なんというか……俺が暴れたら全部簡単に終わっちまうだろうしな」

 

 人間なんて、簡単に殺せる。

 

 戦えたアベルが凄まじいのだ。普通はあの戦いの中で即死する。もはやルドラサウム大陸の中でも最上位の生物の一つに自分をカウントできるだろう。だからこそ、もう戦う意味がない。戦えば勝ててしまう。それこそ魔王にだってやり方さえ選べば、勝てるかもしれない。少なくとも情報をもとに専用対策を組めば勝率は良い所まで持ち込めるだろうとは思っている。だけどそうやって自分が勝利した所で、

 

 あまり、この世界に対する意味はないだろう。

 

 俺が出て倒して終わり。

 

 そのワンパターン。歴史は変わりつつあるし、大きく変わっている部分もある。もはや同じ未来が訪れるとは言えない。だけどそれで良いとは思っている。ただ、そこで発生する物語をメインで楽しむのはもう、

 

 俺じゃない。

 

 自分勝手、好き勝手やるつもりではある。だけどここで敗北して、すっぱりとマギーホアに勝利する執着心を捨てた。その上で、何がしたい? 何を求める? どうなりたいのか。それをちょっと、考えてみた。マギーホアに勝つ程強くなるというのは一つの目標だった。だけどそれをスッパリ諦めたとすれば、

 

「……子育て?」

 

「子育て」

 

 此方の言葉にやや困惑した様子でアベルが聞き返してくるのに、ちょっとだけ焦った。

 

「あぁ、いや、だってさ……ほら、負けたら素直に諦めるって話だろう? となったら何があるかな……って考えてさ。冒険を引退ってのも割と漠然としてた考えなんだよ。なんか、これ以上俺があっちこっち暴れても……なんというか、人類の為にはならない感じがしてさぁー」

 

 それで今、何を一番楽しみにしているのかを考えてみたらさ。

 

「やっぱ、生まれて来る子が一番楽しみかな、って」

 

 散々種を仕込まれた自分の腹に触れる。どれぐらい混じり合っていたかは解らないが、まず間違いなくそこに必要なものは注がれた。ハンティはどうやら卵生だったが、そこらへん自分は割と曖昧だ。ドラゴンだし、カラーだし、半神ぐらいあるし。となると普通に妊娠するかもしれないし、或いは卵を産むのかもしれないだろうし。どちらにしろ、散々アベルにこうやって種を注がれたのだ。

 

 確実に子を孕んでいるだろう。

 

 俺の、子供をだ。

 

 どんな子が生まれて来るのだろうか。男の子か? 女の子か? ドラゴンになるんだろうか。それともカラーだろうか? 或いは普通の人間かもしれないし、ちょっとそこは予測がつかない。だけど出来たら健やかに育って欲しいから、元気に生まれてきて欲しい。あぁ、間違いない。男の子でも女の子でも、どちらであっても愛情をたっぷりと注いであげられる事はまず間違いがない。

 

 うん―――たっぷり愛して育てられると思う。

 

 生まれて来るのが凄い楽しみだ。

 

「えへへ……」

 

 思わず小さく笑い声が零れてしまう。元気に、生まれてくると本当に嬉しい。そう思っているとぎゅっとアベルに抱きしめられた。視線を軽くずらし、アベルの方へと視線を向ければ、アベルが目を瞑りながら、その顔を此方の髪に埋めているのが見えた。

 

「……産んで、くれるのか」

 

「そりゃあ産むさ」

 

「俺の、子でもあるぞ」

 

「なにか、問題でもあるのかよ?」

 

「……俺は」

 

「元魔王とか、裏切り者とか言うなよ」

 

 いいか、とアベルに抱かれたまま口にする。

 

「お前は、俺が惚れたんだ。だったら胸を張れば良いんだよ」

 

「そうか―――いや、そうだな」

 

 両手を回して抱きしめて来るアベルが納得する様に、力強く言葉を返す。

 

「あぁ、そうだな。お前は俺を選んだ。なら俺はお前という女に恥じない雄であるべきだろう。お前に選ばれた俺自身を誇る……そういうことか」

 

「俺は、かっこいい雄に惚れたからな」

 

 だから卑下するな。お前を選んだ俺が馬鹿になっちまうだろうが。道化にしないでくれないか。あの時の格好良い姿が偽物ではないと証明し続けてくれ。そんなお前に惚れてしまったのだから。だからアベル、お前の子供を産むよ俺は。多分そうやって子供を産んで、育てて、そしてこの世界がどれだけ楽しいのかを、伝えてあげたい。

 

「俺はこの世界に産まれてさ、絶望したんだよ」

 

 なんて未来のない世界なのだろうか。そう思った。

 

「絶望して、狂おうと思ったんだ。狂えば何もかも忘れられるから。だけど狂えなくてさ、苦しくてさ。八つ当たりをして、悩んで……そしてずっと苦しんでたんだ」

 

 それを乗り越えた所で、漸く気づけたんだ。

 

 自分はこのルドラサウム大陸を愛している、という事実に。

 

「色々と辛い事があったしさ」

 

「あぁ」

 

「今もめんどくせー、って思っている事もあるよ」

 

「あぁ」

 

「だけどさ……それを全部ひっくるめてさ、それが()()()って事なんだと思うんだ。数千年生きて、漸く出た答えなんだけどな……」

 

 生きる。

 

 ただ茫然と、漠然とではなく、生きるとはいったい? どういう事なのだろう。その答えを自分なりに、理解に至ったと思う。今、この時になるのだが。

 

 俺は―――私達は、今を生きている。

 

 辛い事も苦しい事も沢山ある。努力した所で私たちの頑張りが報われる訳でもないのだろう。時には大事な物を失う事だってあるんだ。だけど、それだけじゃないのだ。明日の空は蒼いし、食べてみた美味しい料理にどうしようもない幸福を感じる事だってある。日常はその積み重ねで、最終的に解ったのはそのすべてをひっくるめて、生きるという事だ。自分の行い、不運、そのすべてを受け入れて、

 

 初めて自分の生という物を楽しめる。

 

 それを知った。

 

 そしてそれを知った上で、

 

「俺、本当に女になっちまったなぁ、って」

 

 こうやって犯されて孕まされて、なのにそれがとても幸福に感じる。そうやって女としての充実を覚えると、もはやかつての自分だった存在とは完全に決別し、今のウル・カラーという個人に完全に落ち着けたんだな、と思える。だから自分の物語の終わりという物を感じている。そしてそれでいいんじゃないかなぁ、とも。

 

 そう思っていると、アベルが口を開いた。

 

「お前は……そういう風にものが考えられるんだな」

 

 俺には、難しい事だとアベルが続ける。

 

「お前と比べれば俺も愚かな男だろうな」

 

「いや、ここまで突き抜けて変われたんだ。お前は格好いいよ。他の誰でもない、俺にそう思わせたんだから。お前はそれで良いんだよ」

 

 個人の主義主張なんて人それぞれだ。誰かにとっての答えが別の奴にとって正しいとは限らない。だったらそれでいいと思う。正しい、正しくないなんて個人で判断すればよい。

 

「それがアベルの出した答えなら、俺は笑って受け入れるよ。少なくともお前は……そう想えるぐらい、素敵だよ今は」

 

 その言葉にアベルがしばし黙り込み、そして小さな声で、

 

「お前が……父親に似なくて良かった」

 

「えっ……アベル君、俺のお父さん知ってるの」

 

 何気ない呟きから、まさか自分の父親が発覚するとは思わなかった。驚きと共に軽く首を回して視線を向ければ、アベルも少しだけ驚いたような様子を見せていた。

 

「てっきりマギーホアの事だから既に言っていると思ったが……?」

 

「えっ、マギーホア様、パパーホアなの」

 

「パパーホア……パパーホア……?」

 

「あ、子供が生まれたらジジーホアか」

 

「ジジーホア」

 

 

 

 

 ―――ルドラサウム大陸の暗き闇の奥底。

 

 そこで蓄音機からクラシックを流しながら紅茶を嗜む肌色の悪い貴族風の男が座っている。その対面側には同じような、貴族の様な風格を持ち合わせる少女の姿が存在し、輪郭があやふやな影法師の様な悪魔が給仕をしている。場所を選ばなければ優雅とも表現できた空間はしかし、長い間無言が保たれていた。男は一切気にする様子はないが、少女の方は牽制する様に、威圧する様に常に睨みを利かせていた。

 

 そんな空間の中で、

 

 影法師の悪魔が沈黙を破った。

 

「あっ、孕んだ」

 

 悪魔の権能によって監視を続けていた悪魔は、その確認を言葉にして、契約通り男へ―――元魔王ナイチサへと告げた。それをナイチサはどことなく楽し気に聞き、

 

 そして相対する少女、元魔王にして悪魔スラルは不機嫌そうな表情で聞いた。

 

「で―――これも予想通りな訳?」

 

 スラルの怒りの込められたような言葉を前に、ナイチサはしかし、受け流す様に明らかな機嫌のよさを見せて返答した。

 

「当初の計画とは僅かに逸れたが―――それでも結論から言えばそうだな。ウル・カラーがアベルの子を孕んだ。その点だけを上げるのなら私の思惑通り、となったな」

 

「アベルが予想外の方向に弾けた時はすこぉーしだけ、焦ってしまったけどねぇ?」

 

「ドラゴンの脳筋っぷりを舐めすぎよ」

 

「痛感した。だが結論から言えば計画通りだ」

 

 持ち上げていた紅茶の入ったカップを降ろし、小さく笑みをナイチサを浮かべた。ナイチサという男の事を良く知る存在であれば、それがどれだけ不吉であり、そしてまた珍しいものであるかを知るだろう。根本的にナイチサが笑みを浮かべる様な事はない。それは彼の愉悦を感じる感性が一般的な感性からかけ離れている事にあるのが一つ、

 

 もう一つ。

 

 彼が喜びを感じる行い―――そのハードルが果てしなく、高い。

 

「そう……まぁ、悪魔として契約された以上、契約内容だけは順守させて貰うわ」

 

 何よりも、自分にとってもそう都合は悪くはないし。そうスラルは言葉を続ける。ただし、ナイチサへと向ける警戒は一切怠らない。当然の備えであり、常にナイチサが何らかのアクションを起こそうと思考した瞬間自分の行動を割り込めるように彼女は備えていた。

 

 だがそんな事はナイチサ自身にはどうでも良かった。

 

「あぁ、これで漸く念願が叶う」

 

 上機嫌そうにナイチサが呟く。

 

「ハーモニットはウル・カラーに肩入れする。ローベン・パーンは中立を保ち、プランナーは()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 三超神。創造神ルドラサウムを抜けばこの世界において最も力を持つ神々。この大陸の根源的な部分を設定し、生み出した存在でもある。それらが一人の女に関する事を争っている。異常とも呼べる事態はしかし、ナイチサからすれば当然の事であった。

 

 あの女は()()()()()()()()()()()()()の一言に尽きる。

 

 そう言葉をナイチサは吐いた。

 

「だがそのおかげでここまでやって来れた。三超神は実質、意見が割れている所にある」

 

 牽制し合っている状態の三超神、その意識が互いに向けられているのであれば、()()()()()()()()()。これはそういう話だ、とナイチサは口にする。

 

「我が創造主は彼女を見ている。話を聞いた。そしてまだ見ぬ未来に魅了されている」

 

 エール・モフスの大冒険。それをルドラサウムは求めている。他の誰でもない、自分だけの冒険を。

 

 だがどうだろうか?

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ルドラサウム大陸で生まれたバグ。その上で神光を操り、神位に近い存在。それに合わせるのは魔王になった事のある、魔王の血を持つ存在。どちらも生物としてルドラサウム最高峰。それから生まれて来るのはメインプレイヤーであり、素質と資質を見るのであればこの大陸で最高と言えるだろう。

 

 それこそ、ルドラサウムが受肉する先として。

 

 或いはエール・モフスよりも。

 

「そうだ。我が主神ルドラサウムを満たすのは三超神ではない―――私だ」

 

「ほんと、貴方。頭おかしいわよ……」

 

 ルドラサウムを楽しませる。

 

 ナイチサという男の全てはそこに集約していた。三超神よりも、初めてルドラサウムの欲求を満たせるかもしれない。その事実だけが、ナイチサの心を満たしていた。

 

「その為にククルの技術を人間に流したり、色々準備しているものねぇ、ナイチサ様は……ふふふ」

 

 狂気、そうとしか表現できないレベルでナイチサは全てを掌握し、完全にルドラサウム大陸を盤上として支配していた。

 

 その相手は絶対に勝利出来ないであろう相手、三超神。

 

 だがそれに対してルドラサウムの心情、愉悦を利用する事で渡り合っていた。

 

「ほんと……どうしようもないわね」

 

 その狂気を前に、どうしようもないとスラルは両手を投げ出していた。

 

 誰も、この男を止められない。




 仲人のナイチサでございます。この披露宴の二次会では美白討滅ゲームを準備しており……。


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221年 食券 ウル

 ―――ほどなくしてウルは一つの卵を産んだ。

 

 彼女と自分の子だった。恐らくはこのルドラサウム大陸において、最後になるかもしれないドラゴンの子だった。数千年前、ドラゴンの粛清が起きてから、雌のドラゴンはウル、ハンティ、カミーラの三体だけとなってしまった。その誰もが伴侶を抱くような事はなかったため、こうやって新たなドラゴンが生まれるようになる事は一種の奇跡だとも言えた。そうやって子供が生まれる未来が決まった所で、感極まって泣いてしまったウルの姿が印象的だった。とはいえ、これでもう、ここにいる理由もないだろう。そう思っていたのだが、

 

「なんだよ……子供の顔、見たくないのか」

 

「そんな事はない」

 

「じゃあ決まりだな。ペンシルカウには戻らないよ」

 

 そんな会話があり、ウルはペンシルカウに戻らずここに居座る事にした。文字通り寝起きする為だけだった一人用の小屋。かつては魔王城が存在した地域は、それから解放された反動か大地が肥え、そして自然が豊かになっていた。その為、深い森の中に小屋を立てれば世間とは関わらずに生きていけるものだと思ってそこに暮らしていた。

 

 だが住んでいる場所が悪い。

 

 そもそもここは自分が一人で雨露をしのぐために用意した場所だった。

 

 風や雨が入ってこない程度に作った小屋であり、家なんてたいそうなものではない。入って、寝る。その為だけの場所であった。食事も何も小屋の外に出て陽の光を浴びながら行う物であり、とてもだが(つがい)を置くことの出来る様な場所ではなかった。少なくとも、これから子供が産まれて来る事を考えるとこんな場所を生家にしたくないのは事実だ。その事を考えればペンシルカウに返すのが一番だが―――己にも、雄としての矜持がある。

 

 ここまで求められ、願われ、そして応えられているのであればやるのみという矜持が。

 

 そう言う訳で、少なくともウルと産まれて来る子を住まわせられるような家を作る事に四苦八苦することになる。問題は建築に関連する技能はなく、それこそ小屋を一つ作るだけでもかなり苦労するという事実である。木を切ったり形を整えたりするだけであれば《武芸》の技能でどうにかなるものの、それを組み立てたりするのは違う技術であり、

 

 しょっぱなから住宅計画は暗礁に乗り上げそうになる。

 

 だがそれを阻止したのが、

 

「お困りの気配を感じたので参りました。お久しぶり―――いえ、ここでは初めましてと申しましょう旦那様」

 

 メイド服の堕天使―――堕天したエンジェルナイトの侍女だった。ウルに仕える堕天使の侍女は主の困った気配を感じ取り即座に直感と侍女の魂で場所を特定してきたという。

 

 ここは大陸の北東、かつては魔軍の領地があった場所。魔王が去った事により今まで死んでいた大地はその反動を受けるように豊かになった。無論、そこには大森林が広がっていたりする。開拓者が増え、徐々に人手が入って行くこの大地はしかし、まだ未開の場所が多い。そういう森林の中に今は住んでいた。未開拓の森の中とは天然の迷路となっており、方向なんてものは簡単に見失ってしまう。

 

 その中を簡単に突破して歩いてやって来た堕天使の従者心、というものにはあきれるほかが無かった。或いは《メイド》の技能でも保有しているのかもしれない。だが彼女の存在には大いに助けられた。やってくると早速小型の家をあっさりと建築してしまう他、卵の育て方などのマニュアルを置いて行き、そのまま戻る様な事を説得せず去って行った。

 

「我が幸福は主の幸福。主の幸福を最大限追及する事が従者の役目です。確かにペンシルカウに戻った方が安全でしょうが、旦那様と引き離す事になりましょう。それはウル様の意思に逆らう事になりますし、安全を確保した所で永遠に納得しないでしょう」

 

 実に出来た従者であった。そして本当に、そのまま去って行った。

 

 そうやって出来上がった住居。住む場所が決まれば次は生活に必要なものを揃え、生きて行く準備をする。自分とウルだけであれば適当なモンスターを襲って食えばそれで事足りるだろう。

 

 だがこれからは子供も産まれるのだ。

 

 その為の準備や、備蓄などはしておきたい。ウルは卵の面倒を見る必要がある為、基本的に出歩く事は出来ない。その為、調達するのは自分の役割となる。

 

 幸い、開拓者のコミュニティは常に物資の不足や、モンスターによる被害に悩まされている。その為、モンスターを狩ったり、護衛等をすれば気前よく報酬をくれる。

 

 この世界の人類は愚かだ。

 

 いや、メインプレイヤーとして設定された全ての存在が愚かだ。

 

 本能的に、或いは本質的にその魂がルドラサウムへと還元する様に自滅する様な思考を根本にインプットされている、という話をナイチサから聞いた。故に生物としての本質は道化。創造神ルドラサウムを楽しませる為だけの生物として生み出された。ルドラサウムの命から生み出された全ての生物は、ルドラサウムの一部である。故に何時かはルドラサウムに還元される。

 

 全ての意思は無意味である。

 

 そういう風に煽られた事もある。

 

 故に、自分も結局は創造神の道化でしかない。確かにそうなのだろう。自分の行動は、その多くは愚かな行いが多かったと言える。間違い続きの命を今まで送り、最後の最後まで間違い続けて死んだ。それから何かの間違いか、蘇って今の様な命を得て、子供まで作った。初めの頃の己が今の己を見た場合、まるで信じられない様な表情を浮かべる事は想像しやすい。

 

 だがその次の表情が解らない。

 

 呆れるか? 羨ましがるか? それとも憎むか。かつてにはない力を今は得ている。あの頃の己よりも強くなったという自覚はある。だがそこにはドラゴン、という生物の形を捨てる必要さえあった。そうやって手にした力を見て、過去の己は何というのだろうか?

 

 今の己にはそれがもう解らない。

 

  だが、生きるという事は存外大変であるという事だけは理解している。

 

 そして今のメインプレイヤーは、ドラゴンがメインプレイヤーだった時よりも遥かに長く生きている。そう、彼らのメインプレイヤーとしての時期は自分達ドラゴンの時よりも遥かに長い。一つ一つの命はああも儚く、小さいのに。彼らの愚かさはしかし、彼らという種を存在させる要素となっている。

 

 彼らは愚かしい。与えた恩を忘れ、刃を当然のように正義として振るってくる。騙しやすく、そして滑稽なほど哀れな存在である。

 

 だが、彼らが持つその逞しさは実に好ましいものだった。

 

「ニイちゃん、見た目は優男なのにやるじゃねぇか!」

 

「もう、こっちで暮らせよお前。奥さんが居るんだっけ? 二人でさ」

 

「もう帰るのか? そうか……またな」

 

 彼らは愚かだが、逞しい。数百年前までは魔王が支配していた死の大地を恐れる事無く開拓している。或いはそこに魔王が居たなんて事をもう忘れているのかもしれない。人の一生は短く、情報は正しく後世まで語り継がれない。だがそれを乗り越えてもなお、前へと向かって進んでゆく。

 

 その精神性は、自分が失っていたものだ。自分が持たないものであった。それを何度でも自分勝手に拾い上げては進んでゆく彼らの姿は―――自分からすれば、羨ましいものがあった。

 

 その弱さを抱えつつ次の時代へと進んでゆく姿に憧れを覚える。

 

 自分が変わる―――変わってゆく。

 

 何が自分を変えたのか。その自覚はある。

 

 だからこそ、それを守りたいと思えるのだろう。そしてそれを何よりも守りたいと思えてしまう。

 

 だから、

 

 

 

 

「戻った」

 

 家の扉を開けて戻ってくる。片腕に荷物袋を抱えている。その中には今回の護衛料で購入したものが詰め込まれている。それを担ぎながら家に帰ると、扉の向こう側にシンプルなチュニックの上にエプロンをかけて、髪を肩の上から前へと向かって流す様に一房に纏めるウルの姿が迎えてきた。

 

「お帰り、アベル君」

 

 前よりも柔らかい笑みを見せてウルが帰宅を迎えてくれる。戦う事に負けて以来、ウルは諦めるようになった。それまでは猛っていたドラゴンの戦闘欲求が、卵を産んでからは一気にその姿を失った。服装も露出を控え、どことなく女の気配が前よりも強まっているのが見ただけで解る。

 

「荷物、持とうか」

 

「その必要はない。お前は体を休めて卵の面倒を見ていればいい」

 

「冬ならともかく、今は暖かいからそこまで付きっ切りじゃなくても大丈夫だよ。ルドべぇが見てくれてるし」

 

「……うむ」

 

 あの鯨の人形の姿を思い出し、アレに本当に大事な卵を任せていて大丈夫なのだろうか? なんてことを思ったりもする。実際、あの姿が創造神と一緒の人形は姿はともかく、善良な気配しか感じさせられない。少なくとも何らかの神の類があの中に居る事は()()()()()()()とは気配でわかる。その手の感覚に関しては覚えがあるだけに間違えはしない。

「なんだよー、ルドべぇじゃ不安かよー」

 

「言葉をぼかして言うと物凄い不安を覚える」

 

「ぼかせてないじゃん」

 

 そう言うと腕を掴んでウルが家の中に引っ張り込んでくる。荷物を勝手に取ろうとする姿を軽く回避しつつ扉を閉めて、中に進んでゆく。その間に荷物を開けて、卵のもとへと戻っていろ、と視線を送る。それを受けてウルが軽く肩を揺らし、呆れの溜息を吐く。

 

「アベル君は俺の事心配しすぎだよ」

 

 そこまで言った所でしまった、という表情をウルは浮かべながら額を叩いた。

 

「私だ、私」

 

「無理をして言葉遣いを変える必要はないぞ。俺は別段、そういうのは気にしない」

 

 自分に言い聞かせるように言ったウルの姿を見て、言葉を向ける。だがウルはやや頬を膨らませ不服の様子を見せている。

 

「俺様だって母親になるんだから、それらしくしたいだろー」

 

「お前はお前らしくあればいい。そういうお前に俺は惚れたんだから」

 

 告げるとウルは視線を逸らしながら恥ずかしそうに頬を掻いた。前までの彼女であれば、それを正面から笑い飛ばしていた……様な気がする。詳しい事は彼女の昔を知る様な連中に聞かなければ解らないだろう。だが個人的に、そこまで彼女の過去を知る様なつもりはなかった。

 

 今があればそれでいい。純粋にそう思えているからだろう。

 

「ほら」

 

「解ったよ、解ったから。アベル君はほんと心配性だなぁー」

 

 笑いながらも卵へと向かうウルの足取りは軽い。その姿が奥へと消えるのを見届けてから、リビングへと入る。そこに持ち込んできた荷物を置いてから彼女が消えた方へと向かう。

 

 そしてその奥で、命が宿っている大きな卵が安置されている部屋に入る。

 

 クッションを敷いて安全を確保しつつ、その直ぐ横には見守るように鯨のぬいぐるみが転がっている。その横にウルが膝を折って座り込み、軽く卵に寄りそう姿が見える。楽しみを堪えきれないという様子で、慈しみの視線を向けているのが見える。本当に彼女が心の底から誕生を待ち望んでいるのが解る。

 

 そして同時に自分も、こうやって新たな命を迎える事に感慨深さを覚えている。殺し、喰らい、そして破壊する事しか頭になかった雄が、良くここまでこれたものだと。

 

 そして自分の様な子を育ててはならないと、そういう想いがある。

 

「なぁ、アベル君」

 

「どうした」

 

「どういう子、産まれて来るかなぁ」

 

「俺とお前の子だ……いや、今のは言葉を間違えた。間違いなく良い子が産まれて来るだろう。あぁ……そう育ってくれたらいいな……」

 

「絶対に産まれはヤンチャそうだよな」

 

 苦笑しながらウルは軽く大きな卵に触れ、それを撫でる。その中にある命を慈しむ姿は間違いなく一人の母としての姿だった。自分が彼女をそういう風に変えたのだ。

 

 その姿を見て、落胆は覚えない。

 

 ただ、この先にある未来に想いを馳せて軽く笑みを零す。

 

「あぁ……だが良い子が生まれるだろう」

 

「そう思う?」

 

「心の底から愛してやるんだろう? なら問題はないだろう」

 

 間違いなく、愛を注げられる。これから産まれて来るのは自分たちの子なのだから。

 

 ドラゴンが、卵でいる時はそう、長くはない。

 

 近い将来に会えるであろう子の存在に期待しつつ、

 

 一緒に時を過ごしてゆく。




 ついに一児のママとなってしまったウル様。ここに来るまで本当に長かったなぁ……。


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222年 暗雲

GI 222年

 

 まだ、子供は生まれていない。

 

「ははは……まぁ、流石に俺とお前の子供なんてイレギュラーすぎるもんな」

 

「命は間違いなく感じる。ただ、まだ準備が整っていないだけだろう。直に産まれるさ」

 

「……だよな!」

 

 そう言ってウルは楽しみにするように卵を撫でた。少しだけ、不安そうな表情を見せているのは中々卵が生まれてこないことにある。既に卵が産まれてから2年近い。こうなってくると、それなりに遅くなってくる。だが遅く産まれて来る子もまた、過去には存在している。そういう者はそうじて体が弱かったり、何らかの欠陥を抱えていたりする。

 

 不安がないと言えばウソになるだろう。だが自分たちの子なのだから、きっと生まれてきてくれるという自信があった。だから少し、手間取っているだけだ。きっとそうなのだと思う事にした。ウルの方も少しだけ不安そうにしているが、それでもちゃんと命の気配を感じられているのだ。

 

 流れている訳じゃない。

 

 子は卵の中で生まれる時を待っている。それが解るからこそ、心がまだ穏やかでいられる。だから誕生を待ち望む様に、何時も通りの二人と産まれて来る子を待ち望む日々を送る事にする。

 

 もう既に家には、産まれ来る子の為の部屋も用意されている。ウルが言うには、間違いなく雌が産まれて来るという事だった。だから、その子に合わせて内装や家具、ベッドや洋服の用意をしながら、何を教えようか。何をしようかというのを二人で日々、相談しながら生活している。

 

「俺とお前の血を継いだ子だ。間違いなく武芸に秀でた強い子になるだろう」

 

「いやいや、俺達がこうやって大いに暴れたからこそ、大人しい子に育ってほしいと思うよ。こう……お嬢様系というか、上品でお淑やかな子に育ってほしいなぁ、って個人的には思ってるんだけど」

 

「お前の娘が」

 

「おい、なんで俺を見てるんだよ。おい、アベル君!」

 

「……口が滑った」

 

「あーべーるーくーん!」

 

「少し出かける」

 

「あ、こら、逃げるな」

 

 それで再び笑い合いながら時を過ごす。この大陸の惨状は酷いが、この瞬間とこの場所は間違いのない幸福が存在しているのだから。遠い未来の事は他の連中に任せればよい。今は自分の、そして彼女の幸福だけに生きたいというのが心の声だった。だから今だけは、今だけは全てを忘れてこの時間を過ごしたい。

 

 

GI226年

 

 子は、まだ生まれない。

 

 3年目を超えたあたりでウルの口数が少なくなった。明らかに不安を覚えるようになり、事あるごとに卵に近寄っては温めるように体を擦り寄らせる。そうやって中にある命が健在であるのを確認していた。まだ生まれて来る筈だ。まだ、まだ。そういう希望を抱いて産まれて来る日を待っていた。

 

 だが5年目になって、ウルは自分を責めるようになった。

 

「俺が悪いのかなぁ……」

 

「お前に悪い事なんて一つもないだろう」

 

 落ち込み、膝を抱えるように卵の横に倒れ込む愛しい女の横に座り、その頭を撫でる。だが5年経過しても産まれて来ないという事実は、原因不明の出来事は彼女の心を蝕んでいた。本当であれば流れて死んでいるか、或いは産まれている頃だ。だがそのどちらでもなく、産まれて来ないことなんて初めて聞く話だった。それだけに中で娘は生きているのか、産まれる事が出来るのか。

 

 その未知がウルを苦しめていた。

 

 当然、同じように自分も不安はあった。だが雄として―――彼女を支える存在として。前よりも女らしくなったことが原因で()()()()()()()()()()()()()()彼女の為に、自分がまいる訳にはいかなかった。そう、ウル・カラーは戦うことを諦め、雌として、女らしく、母となる事を選んだ。

 

 それが原因で、心は前よりも弱くなった。それは自分が原因だと解っている。故に彼女からは、離れられない。自分たちの関係も大っぴらに出来るものではない。故に助けを求めることは出来ない。

 

「だって、俺って女らしくないしさ……」

 

「お前は立派な女だ。少なくとも俺はそう思っている。そして俺にとってそうなら、この世界にとってもそうだ。そうだろう? 胸を張ってくれウル。お前は俺の自慢の女なんだから」

 

「……うん……うん」

 

 呟きながらも、声は弱々しい。何を言おうと母、現実の前には言葉だけでは空しい。誰よりも自分の娘の誕生の事を楽しみにしていたのが事実だ。それ故に、産まれて来ないのかもしれない。その出来事が強く、そして酷くウルを傷つけている。

 

 彼女は、情の強い女だ。

 

 だから、早く子には産まれて来て欲しかった。

 

 何故、何故産まれないのだろうか。

 

 こんなにも待ち望んで、愛を注ぐ準備も整えているのに。

 

 なにが、悪いのだろうか。

 

 ―――その答えは解っているのだろう。

 

 だが口にすることも出来ず、ウルを慰めてまた時が過ぎて行く。

 

 

GI231年

 

 10年経過して―――まだ、子供は産まれてこない。

 

 ウルが良く泣く様になった。自分が悪いのだと責めて、そして卵の周辺から離れなくなった。視界から卵を外すことに不安を覚え、常に一緒に居て自分で温め続けないと気が済まなくなる。もはや、見ていて痛々しい姿を見せている。これがきっと、本来のドラゴンには存在しないカラーらしい、或いは人間らしい母親の愛情なのだろう。だがそれを注ぐ相手はまだ産まれて来ない。行き場のない愛がただ腐り、流れて行く。産まれて欲しいと願っているのに産まれて来ない。

 

 彼女がそうやって、情緒不安定になっている姿を見ているからこそ、自分はまだ冷静で居られるのかもしれない。だからウルのケアをしつつ、冷静にどうするべきなのかを考えている。

 

 まだ卵の中に命の気配はある。

 

 だがそれがちゃんと生物としての形を取っているのか、外に出ても生きていられる姿をしているのか。それが不明である。それ故に外側から割って、迎えるという事が出来ない。それが出来れば果たして、どれだけ楽だったのだろうか……。

 

「俺が、俺がいけないんだ……女らしくなく、母親らしくないから産まれて来ないんだ……」

 

「そんな事はない、そんな事はない……」

 

 抱きしめて言葉を伝えても、初めての子供が産まれてこない事実にずっと、ウルは傷ついて嘆いている。可能であれば原因を探りたい。だがそんな魔法を使えるような技能は持っていない。なら誰かの力を借りるべきなのだろう。だがこういう時、真っ先に現れる筈であろう彼女の友人の悪魔も、従者も出現してこない。

 

 そうなると、誰かがウルに対して、彼女がこうなるように仕向けている存在が居るのかもしれないと判断できる。実際、自分にも彼女にも敵は多い。強力な味方が居れば、それだけ強力な敵も作る。

 

 そこまでは良い。

 

 思考すれば解る事だ。

 

「アベル……アベルぅ……」

 

「あぁ、大丈夫だ。俺はどこにも行かん」

 

「うぅ……」

 

 嘆き、苦しみ、泣いている。助けを求めに生きたいのは事実だ―――だが、ウルをこのまま放置させることも出来ないのは事実だった。彼女は今、非常に不安定な状態にある。既に一度、自分の魂を捧げればそれで産まれて来るのではないかと()()()()()()()()()()()()()()()程に、追い詰められている。そんな状態のウルを一人にして、自分だけ出て行くわけにはいかない。

 

 だがこのまま、時間だけがいたずらに過ぎ去る―――動かなければ、そうなる様な気がしている。

 

 とはいえ、ウルを放置する事は出来ない。

 

 誰か―――誰かの助けが必要だった。そういう風に素直な思考を作りながら、ウルを抱きしめる。自分だけの力では、鍛え上げた力だけではどうしようもない事だった。

 

 だが―――だが、時間はある。

 

「お前が泣き、嘆き続けるならその間は寄り添おう」

 

 どれだけ時間がかかろうとも、その涙が枯れ果てて再び歩き出せるまでは。寄り添えば良い。時間なんてもの、ドラゴンである己たちには関係がない。それこそ立ち直るのに1000年が必要なのであれば、無駄に1000年を過ごせばよい。

 

 その果てで再び立ち上がれるのであれば、それで良い。

 

 少なくとも、今の自分にはそれしかできない。

 

「お前は何も悪くはない……ただ、少し運がなかっただけだ」

 

 そう言って愛しい人の頭を撫でて慰める。

 

 何も、悪くはないのだと告げて。

 

 

 

 

 アベルは、ウル・カラーには罪がないと告げた。

 

 それは嘘だと断言できる。彼女が今まで犯した罪の多くには殺人や強盗などが含まれており、常識的な倫理からすれば虐殺者、極悪の存在だとも表現できる。だがそもそもからして、ルドラサウム大陸の生物は愚かである様に作られている。そして同時に、現代地球で語られるような倫理観がこのルドラサウム大陸に置いては薄い。故に人間を殺した所で、犯した所で、虐殺をした所で、

 

 罪と呼ぶには難しい。

 

 そもそもからして他者を苦しめ、奪うようにこの世界は出来上がっているのだ。限られた環境に放り込まれた疑心暗鬼と憎しみの種。それによって殺し合うことを推奨させられている。この大陸のシステムという物を知る存在は、ルドラサウム大陸に置いて善良な者は蹂躙される為に配置されているのだという事が解るだろう。

 

 そもそもからして主神であるルドラサウムの精神性が幼く、そして一番最初に心地よく感じてしまったのが、失われる悲鳴だった。誰かが苦しみ、蹂躙される景色に愉悦を覚えてしまっている。加虐性癖ではなく、純粋な無知から来る悪性だと言えるものである。

 

 これを、悪であるという概念はそもそも誰が生み出したのか。

 

 無論―――蹂躙される側である。

 

 嘆き、苦しみ、痛みを訴える側がそれを伝え、理解させるからこそ共通の悪という認識が生まれる。つまるところ、これは蹂躙される側の都合である。する側からすれば何を言っているんだという話でもあり、

 

 その話を聞き入れ、理解した時点で敗北と言える。

 

 つまり、これは変えられたという意味になる。

 

 ―――ウル・カラーに、本当に罪はないのだろうか?

 

 ウル・カラーはその生きざまを通して、ルドラサウムから多大な興味を受けた。それこそ彼女はルドラサウムにとってお気に入りの玩具である、という認識を与える程度には彼女が持ち込んだ知識、起こした行動、生み出した結果は魅力的だった。それまではアリを踏みつぶして遊んでいるだけだったルドラサウムは、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のが一つの事実だった。

 

 ルドラサウムはそれまで、眺めている事だけしか知らなかった。

 

 だが彼女を見る事で、物語の中に混ざって感じ取るという概念を理解するに至った。そしてそれは退屈しのぎに大陸を生み出したルドラサウムからすれば、最高の娯楽であった。

 

 故にルドラサウムは夢を見ることを選ぼうとする。

 

 自分の依り代に相応しい肉体を持つ者が生まれるのであれば、それを借りて少し遊べば良いじゃないか。

 

 後も先も考えない、子供らしい―――白痴の鯨の行動。

 

 ()()()()()()()

 

 ウル・カラーには明確な罪がある。

 

 彼女はその生きざまで人を魅了し、行動で変化を示した。それは間違いなく、彼女の運命を良い方向へと変えたのは事実であろう。そしてルドラサウムの存在を導いたのも事実である。

 

 だが、

 

 全ての変化が良い変化であるとは限らない。

 

「―――ウル・カラーは大罪人であり、消去すべきである。ルドラサウム様が眠っている今、一度消去してから完全再現した再現プレイヤーを構築すれば危険性は抹消できる」

 

「否定する。彼女の存在はそのままであるからこそ面白い。再現した所で我々の創造の範疇内のものにしかならない」

 

「それで良い。創造物が創造主に影響を与える事等許されない。我々はルドラサウム様の思うがままであるべきであり、影響を与える事等許されはしない」

 

「中庸。判決を主に求める」

 

「否定。大陸の運営は我らの役割であり、ルドラサウム様を煩わせる事ではない」

 

「同意。ルドラサウム様の手を煩わせる事でもない。我々の間で答えが出せる事だ―――そうだろう、()()()()()

 

「その言葉を肯定する()()()()()()

 

 ウル・カラーは大罪を犯している。本来の、正史であればまずありえないことである。イレギュラーが混じった結果影響を受けたのはルドラサウムだけではない。ルドラサウムが創造したのが管理者の三超神である。だとすれば、

 

 何故、彼らが影響を受けないと言えるのだろうか。

 

 ルドラサウムが不変ではないのに。

 

 何故、三超神が不変ではないと、そう思えたのだろうか。

 

 三超神の円卓は既に割れていた




 ウル様も今では立派な雌。子供がさあ、産まれるぞ! と楽しみにしていたらこれよ。


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3XX年 鉄と魔

 ウルが塞ぎこんでから時間が経過する。

 

 とはいえ、自分の日常は変わり映えしない。ウルの面倒を見て、食料を調達し、家のメンテナンスを行い、そして鍛錬を行う。将来的に、マギーホアへと挑む予定ではある。今の調子では千年先の話かもしれないが。それでも鍛錬を続ける意味はあった。より強くなる事を目指しつつ、嘆く妻の面倒を見て日々を過ごす。

 

 何が正解だなんて解る筈もなく。ただ、努力する事しか己には出来ない。

 

 出来る事と言えば現状維持と未来に備え、体を鍛える事。そもそもそれ以外、特に能のない者でもある。とはいえ、自分が現状に対して、何もできないという事実はそれなりに辛い部分がある。だが自分よりも辛いのは産んで、そして産まれさせることのできない子供を持つウルの方である。そう思うと自然と意識が引き締まる。

 

 ……だがそれでもどかしさが消える訳ではない。

 

 何をするべきか。何ができるのか。それを考えていると思考がぐるぐるとめぐり続けるのが解る。

 

 だが―――待てる。

 

 待ち続けられる。

 

 飽きるほどの時間を、生きていけるのがドラゴンという生き物。今は回復の兆しが見えないが、それでも長く生きていれば忘れられる―――その時を待てば良い。

 

 待ち続ければ良い。

 

 

 

 

「大人しく、放っておいてはくれないか……」

 

 自分とウルが住まう森の周辺も、大分にぎやかになってきた。時を数えることはしてないものの、森の外では集落が村に、村が街に発展していたのを知っている。人間の逞しさは世代を超えながらも受け継がれ、時代を作って行く。だがその精神性が、いずれこの大陸を征服するという野望へと変わる事は、歴史が証明している。根本的な部分でメインプレイヤーが領土を求め、そして支配する事を求めるという気質は、ドラゴンの時代から変わりはない。これでもそれなりに上手く森の外とは付き合えていた気はするのだが、

 

「ここが平和だった時代ももう終わりか」

 

 呟きながら風に混じる鉄の匂いを感じ取る。人間が生み出す武器、兵器、その気配が森の外周から近づいてくるのを感じ取っていた。人間はある程度復興すれば、再び集まって国家へと形式を発展させる。そしてそれは土地の占領、確保、そして蹂躙へと繋がる。そしてやがて、それは人間同士の争いへと発展するだろう。魔軍という明確な脅威が去っている今、

 

 人間は自分達で争う時代へと入るのだろう。

 

「……」

 

 振り返り、家を見る。中にはウルが残っている。少なくとも彼女の精神状態は今、即座に自殺する程のレベルではない。とはいえ、自分が長期的に姿を消せばまた荒れるのは目に見えている。

 

「ならさっさと片付けて戻るのが良いか」

 

 そう結論し、もう一度だけ振り返ってから大きく跳躍する。素早く終わらせて帰れば問題ない。跳躍から空へと飛びあがり、空気を蹴って一気に落下する。空気に混じる鉄の―――血の匂いを嗅ぎ分けながら落下する。そして両足で大地に立ち、森の外延部に広がる景色を見た。

 

 まず最初に見たのは炎であった。

 

 時を経て育っていた街が燃やされ、崩される景色だった。そこから炎が広がり、血の匂いが広がり、そして風に乗って森へと運ばれていた。それ自体は人間の世ではありふれた景色ではある。森へと向かって人々が走り、逃げようとしている姿もまぁ、良い。

 

 問題は人間を殺している姿だ。

魔物ではない。人でもない。

 

 ()だ。

 

 鉄と鋼の塊が人の形をして動いている。それが拳を使って人を一撃で粉砕、殺している。抵抗する様に剣や斧、槍を握った者達が応戦しているがその鋼鉄の体の前に武器は意味をなしていない。弾かれ、砕かれ、そして接近されて殺されている。その景色、その姿はまさしく虐殺という言葉に相応しい。魔軍ではない存在によって人類が蹂躙されている。

 

 そしてその景色の中で、最後の人の気配が鉄の兵士の拳によって粉砕された。

 

 濃密な血と死の匂いが風に乗って運ばれて来る。森の中から動物たちの怯える気配を感じ取り、そして街の住人を殺戮した鋼鉄の兵士たちが此方へとその瞳のない顔を向けるのが見えた。

 

「森へと踏み込むのであれば破壊する。己の身を惜しむのであれば去れ」

 

 忠告だけを送り、虚空から己の骨から作った槍を引き抜く。己の闇―――心から常に絶えず沸き上がる憎悪と怒り。それを源泉として竜の力を合わせて生み出した暗黒を薄く武器の纏って腕を降ろし、鋼の敵―――鉄兵の姿を見る。

 

 語る言葉を持たない兵士たちの視線が此方へと向けられ、その存在しない殺意が此方へと向けられるのを感じ取った。

 

「所詮はガラクタ……意思を持たないか」

 

 言葉を吐き出すのと同時に街をたった4機で滅ぼした鉄兵が大地を蹴るように走り出し、加速して来る。目を持たない故、どうやって探知しているのかは解らぬが、その反応と迷いのなさから或いは、生命力を探知しているのかもしれない。

 

 そう考えた所で跳躍する。

 

 次の瞬間には足元を鉄兵が駆け抜け、拳を振るっている。その拳は背後にあった木々へと衝突し、それを根っこから抉り出す様に粉砕、引き抜いて破壊している。人間の身であればそこそこのレベルがあろうとも、関係なく即死させられるだけの破壊力を持っている。成程、これであれば人間程度容易く蹂躙できるのも道理だ。

 

 考えるのと同時に連携する様に鉄兵が飛び掛かってくる。それに軽く滞空する体めがけて跳躍した鉄兵が拳だけではなく、腕から刃を伸ばす。拳と同時に振るってくる斬撃を空中で体を捻って回避し、そこで回避するのを待っていた3機目と4機目の鉄兵が挟み込むように殺しに来る。

 

「ふん」

 

 両側から来る挟み撃ちを槍と蹴りを繰り出す事で迎撃する。刃と顔面を蹴り飛ばしながら足場にすることで空中で更に回転し、そして方向転換する。そのまま持っていた槍を地上に居る鉄兵めがけて迷う事無く投擲した。

 

 一瞬で加速した槍が鉄兵の対応可能な速度を超えて頭上から突き刺さり、貫通して大地へと串刺しにする。

 

 その勢いのまま体を回転させながら落下する。落ちて来る姿を先に着地した鉄兵が体から引き抜いて回転するノコギリの様な刃で迎撃して来る。その姿めがけて踵落としを落下の威力を乗せながら放つ。鱗を纏った足とノコギリの刃が衝突、

 

 刃が砕けながら足が鉄兵に食い込む。

 

 それを力任せにそのまま下へと引きずり落とし、鋼の肉体を両断する。

 

 そのまま、暗黒を拳に纏って握る。接近して来る鉄兵の顔面に此方から踏み込んで拳を叩きつける。一撃で頭部を粉々に粉砕しながら続けて膝を叩き込んで胴体に穴を開け、そのまま足を伸ばして鉄兵を蹴り飛ばす。地平の彼方へとその姿を転がしながら最後に残された鉄兵が背後から飛び掛かる。

 

 刃翼を生やし、それを振るう。

 

 一瞬で刃翼に五等分に解体された鉄兵がバラバラの部品となって肩を越え、正面に転がる。

 

 破壊し終えた残骸へと視線を向け、軽く呟く。

 

「これで―――」

 

 終わりか、と、言葉を口にしようとしたところで高速で飛来して来る気配を察知した。

 

 素早く視線を南へと向ければ、其方から飛んでくるものが見えた。否、それは先ほど破壊したばかりの鉄兵であった。それが一体、二体、三体、と数を成して流星となって落ちて来る景色だった。破壊したばかりの鉄兵が、破壊された所を補充する様に十数と降り注ぐように落ちて来る。そしてそれが隊列を組みながら手に筒の様な武装を―――ラ・バスワルドが握っていた魔銃を不格好にしたような、そんな武装を手にして歩いてくる。今の人類ではとてもだが対抗する事の出来ない戦力を前に、

 

「森へと踏み込むのであれば破壊する。去れ……俺と彼女を放っておいてくれ」

 

 少しだけ頼む様に言葉を口にする。だがそれを聞き入れない鋼の行進が近づいてくる。銃口が此方へと向けられる。或いはこの一帯の人を、その生命を根絶させることを目的としているのかもしれない。明らかに技術的な発展からはあり得ないレベルの高さが見れるその姿に、Lv3の技能保有者が歴史を動かし始めたという事実を理解し、

 

 また、新たな歴史の節目が来たのだという事を理解させられる。

 

 とはいえ、

 

「俺とウルにはそんな事に興味はない。放っておいてくれ」

 

 ただ、穏やかに暮らしたいだけなんだ。

 

 その言葉を口にする前に、

 

 銃声が響く。

 

 見えてくる弾丸の暴風を前に新たに武器を引き出しながら刃翼を振るって弾丸を弾き飛ばす。弾丸というよりは砲弾に近いその質量を粉砕しつつ、加速した肉体を一気に前へと向かって飛ばしてゆく。一気に増えた鋼の列の姿を前にしかし、脚を止める事も恐れる事もない。

 

 砲弾を嵐のように叩き込んでくる戦列の先頭に両手を槍と斧で塞ぎながら振り上げ、脚から蹴り込むように突進して吹き飛ばす。鋼を紙の様に引きちぎりながら武器を振り回して粉砕し、鉄兵を蹂躙する。

 

 今はただ、ウルと二人で子供を迎えて……家族だけで穏やかに暮らしたいのに。たったそれだけの小さな願いを叶えたいのに。それすらこの大陸では許されないのだろうか? あぁ、きっと許されないのだろう。神々の誰もがそんなものを望んでいない。彼らが求める者はもっと刺激的で、暴力的で、そして絶望的な宴だ。

 

「俺を殺せるのは……ウル・カラーだけだ……!」

 

 粉砕し、滅砕する。正面から鋼の形を滅ぼして消し飛ばす。

 

 自分が彼女の為に出来ることはきっと―――これぐらいしか、ないのだろうから。

 

 

 

 

「お帰り、アベル。大丈夫?」

 

「あぁ、何も問題はない」

 

 全ての鉄兵を粉々に砕いて殲滅した所で、家に戻ればウルが出迎えてくれた。未だに家の外に出られないままだが、それでも卵から少しだけ、離れられる様になった。少なくとも、壁一枚を隔てられる程度には。改善という言葉からは程遠いかもしれないが、未だにちらりと卵の方へと視線を向けている事には変わらないが。それでも迎えてくれるようになったことは嬉しい。

 

 彼女を不安にさせないように、心配させないように傷の類は作らない様にしている。今回も攻撃の類は全て体に傷がつかない様に処理した。面倒な数だったが、所詮は心血の通わない鉄くず―――自分の敵ではない。

 

 だから帰ってきた所でウルの頭を撫でて、自分の無事を伝えた。それを見てウルは安心したようだったが、

 

「何が、あったの? 血の匂いを感じたけど」

 

「……鉄の兵士が街の人達を皆殺しにしていた」

 

 ウルに出来事を誤魔化すかどうかを考えて、素直に話す事にする。そもそもこの手の知識、記憶に関してはウルの方が強い。そもそもこの世の真理に手を触れている女なのだから。そしてその通り、それを聞いてウルは少しだけ考えるように目を伏せ、

 

「……鉄兵、聖魔教団……だな」

 

 自分の遭遇したもの、その答えを出した。

 

「聖魔教団?」

 

 どっかで聞いたことのある気がする名前だった。

 

「んとな……聖魔教団ってのは人類をレイシズムで統一しようとした連中だよ」

 

「レイシズム?」

 

「人種差別だよ。聖魔教団が出て来る前の時代は魔法使いに対する迫害があって、それをなんだっけ……誰かが魔法によって魔法を使えない者を管理、支配する時代に変えたんだよね。このときはまだ聖魔教団って呼ばれてなかったような……」

 

 ウルは思い出そうとして首を捻って、細かい所までは忘れた、と呟いた。

 

「だけどこいつら、闘神や闘将、鉄兵とか言う疲れを知らない兵士を生み出して人類圏を統一したって事は覚えているよ」

 

「そうか、助かった」

 

「いいよ、俺もこれぐらいでしか役に立たないし……アベルに負担ばかり押し付けててごめん」

 

「気にするな……俺はお前の存在に救われている」

 

 項垂れるウルの頭を抱き寄せて、撫でる。そうやって彼女を抱きしめながらも、ここでの生活はそろそろ限界にあるのかもしれないというのを察する。あの大軍は間違いなく、鉄兵を迎撃した自分を察知して送り込まれたものだろう。

 

 となると、再びあの大軍が来るかもしれない。

 

 あの鉄くずがいくら集まろうとも自分たちの鱗を砕ける訳ではない。1000体集まろうとも全て破壊しつくすだけの力が自分にはある。

 

 だがそうなると、ウルと―――その卵が、危ない。もし卵が戦闘に巻き込まれて砕かれるようであれば今度こそ完全に彼女は壊れてしまうだろう。

 

 それを回避するためにはもはやここにはいられない。

 

 ……この大陸で、恐らく一番安全な場所へと彼女を送る必要があるだろう。或いは、そこでなら原因が見つかるのかもしれない。

 

「……送るしか、ないか」

 

「アベル?」

 

「……なんでもない」

 

 彼女をそこに送れば……自分はもう、彼女と一緒に居られないだろう。少なくとも、マギーホアはそれを認めないし、俺自身もそれを認めることは出来ないだろう。少なくとも、あの場所へと自分が踏み込んで居られる様になるにはあの竜王を倒す必要がある。そしてそれが出来ない今、

 

 ペンシルカウに、翔竜山に向かう事はウルとの別れを意味する。

 

 だがそれでも―――それでも、

 

 彼女を、ペンシルカウに送らなければならないだろう。




 ドラゴンは細かい年代を記録しない。

 さぁ、時代が盛り上がってまいりましたね。ウル様が元気であれば聖魔教団相手に遊べたかもしれないけど、今の状態だと到底無理でしょう。その上で歴史そのものが変わっているので、聖魔教団の技術関連も……。

 という訳で、ペンシルカウへれっつらー。


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転換点

「……もう、ここでの生活は無理、なのか?」

 

「あぁ……ペンシルカウに行く必要がある」

 

 その言葉を向けた時、ウルの表情に影がかかるのが見えた。別に、彼女がペンシルカウに戻る事を忌避している訳ではない。彼女があの場所を故郷だと、そして落ち着く場所であると認識しているのは良く理解している。だからこそ、彼女がそんな表情を浮かべたのに驚いた。彼女がペンシルカウに戻るという話をして、そんな表情を浮かべるとは欠片も思わなかっただけに、言葉にそこから詰まってしまった。

 

「戻らなきゃ……駄目、なのかな……?」

 

「少なくとも、俺にはこの問題を解決する知恵も力もない。俺が知っている以上、ドラゴンという生物に最も詳しいのはマギーホアだ」

 

 となると、マギーホアに聞きに行かなければならないだろう。その言葉を出さずとも、ウルはその意味を理解し、項垂れる。何故、仔が産まれて来ないのか。卵のままなのか。それが理解できず、解決できそうなのは奴だけなのだ。非常に苦しく、そして辛いのは事実だ。だが仔の為とあらば、一切の躊躇はない。マギーホアに頭を下げる事も、翼をまた捥がれる事もその為であれば許容する事が出来る。

 

 ……いや、違う。許容ではない。

 

 頼むのだ、此方が。

 

 故に、ペンシルカウへと戻す必要があった―――ウルと、卵を。

 

「だけど、そうなったらアベル……」

 

 ウルが手を伸ばし、此方の頬に手を添えて来る。それを片手で抑えるように触れる。少しだけ震える手を押さえながらもその手の熱を感じ取りながら、視線を合わせる。恐れる様な、弱い雌の瞳が見えた。それを見て良かった、と思えるのは自分もまた、弱くなってしまったのかもしれない。そんな事を考えながらも、もう片手でウルの頬に触れる。

 

「言いたい事は解っている。だが、もはやここでは解決の出来ない事だ」

 

「でも、そうしたら……」

 

「解っている……解っている。だがそれでも、お前と仔には健やかであって欲しい」

 

 ごく普通の、親としての感情。産まれて来る命に対して、己の家族に対する責任を取る。雄として、守る者として当然の責務でもある。責任。己にはそういうものが長らく欠けていた。こんな状態になって漸くそれを理解する日が来るとは思いもしなかった。だが悪いものではないと……そう思っている。

 

「ペンシルカウへと行けばマギーホアが俺を許さないだろう。恐らく、こうやって放置してくれているのは奴の温情だろう。俺が直接赴けば無視はもう、無理だろう」

 

「それなら!」

 

「それでも、だ。俺にはお前を選んだ責任がある。いずれは向き合わなくてはならないことだった。それで、お前と仔の為になるのであれば俺は負けない」

 

 場合によってはマギーホアとぶつかる事もあるかもしれない。それでもまだ、負けるつもりはない。いや、負ける気もしない。故にペンシルカウへと戻す。そしてそこで産まれて来る可能性を模索する。少なくとも、状況がここで好転する様な事はあり得ない。自分達しかおらず、そして出来ることをした後でこの始末だ。これ以上ここに残る事は……難しいだろう。

 

 だから、

 

「ペンシルカウに行こう、ウル」

 

「アベル……俺、は……平和で、穏やかな日々があればそれだけで良かったんだ……」

 

 あぁ、解っている。良く、解っている。それを知っているからこそ歯がゆい。この大陸ではそれを求める者こそが不幸に陥り、破滅する。だったら神を殺せばいい? そんな事をすればこの大陸が亡ぶ。

 

 都合の良い話なんてものはない、という事は自分が理解している。

 

 その理不尽に今までの生を狂わされてきたのだから。

 

 それでも、自分たちは生きるしかない。それが産まれてしまった以上、自分たちが成し遂げられる唯一の事なのだから。故に生きる。生きて最善を尽くす。それ以上のものはない。そして自分達にできる範囲で、成せることを成す。その果てに幸いがあるという事を信じて。故に、自分の最善を尽くす。それにはペンシルカウへと行く必要がある。

 

「……少しだけ、考えさせて」

 

「あぁ、ゆっくり考えてくれ。俺は準備を進めて来る」

 

「うん……」

 

 一度、頬に口づけしてから軽く抱きしめ、震えを止めてからゆっくりと離れる。名残惜しむ番の姿を見てから、彼女では出来ない事を―――今は、自分にしか出来ない事を成す為に立ち上がって歩き出す。ペンシルカウには卵を運んでいく必要がある為、徒歩や飛行で向かう事は出来ない。そうなると、乗り物を用意する必要がある。

 

 ウルを置いて部屋を出る。落ち込んでいるが、前よりは持ち直している。今すぐどうこうという状態にはならない筈だ。となると、その間に何か乗り物を調達して来る必要があるだろう。

 

「……うし車か?」

 

 一番メジャーな乗り物だ。だが荷台部分と、うしその物をどこで調達してくるか、という問題も出て来る。無論、森の中で調達できるものではない。そして、調達できそうな一番近くの村はあの鉄人形共によって蹂躙されてしまっている。なるべくであれば、遠出したくないのも事実だ。となると、自作するしかないのだろうか……?

 

 移動手段を考える為に腕を組み、家を出た所で空を見上げ、軽く息を吐く。

 

「もっと、もっと強くあらねばならない。そう思って生きてきた」

 

 だが必要なのは強さではない……ような気もする。強さだけではどうにもならない。志だけでもどうにもならない。その両方を兼ね備えていても―――このルドラサウム大陸ではどうしようもない。ルドラサウムという法則が存在する限り自分たちに本当の意味での安寧はないのかもしれない。

 

「或いは―――いっそ、この世界を捨てるのもありかもしれないな」

 

 本当に、仔とウルの事を想うのであれば。

 

 このルドラサウムという世界そのものを捨てて、どこかの善神を求めて次元を超える旅に出てもいいのかもしれない。寧ろ、それが我々に与えられた唯一の解決策とも言えるだろうと思う。だが問題がこの世界の神々が自分たちを……いや、ウル・カラーという女を解放するであろうか、という事実だ。

 

 彼女がルドラサウムのお気に入り、であるという事実は重々承知している。だがそれだけではなく、彼女の影響力は大きい。何よりもその出自、彼女から聞かされている彼女の知識―――この世界の真理、根幹とも言える部分。彼女は余りにもそれに触れすぎている。このルドラサウム大陸から本当の意味で離れられるか、それが怪しい。

 

「問題は、解決策が見えてこない事だ……」

 

 この大陸で幸福を本当の意味で掴むためには―――。

 

 

 

 

 ―――根本的にこの大陸の抱える問題を解決しなくてはならない。

 

「知ってた、筈なんだけどね……」

 

 横に倒れ、卵を抱きかかえるように呟く。

 

 誰よりも自分がこのルドラサウム大陸の事を知っていた筈だ。本当の意味で幸せになれる存在なんていない。根本的な部分でこの大陸のルールは変わらない。どれだけ苦労し、そして幸せを求める権利を得たとしても()()()()()()()()()()()()()()という事実を。

 

 むしろ逆だ。

 

 ルドラサウムではもはや概念的なレベルで()()()()()()()()()()()様なルールが敷かれている。神がそれを調整しているケースもあるが、そうではなく自然と破滅する様に向かっている。そういう風に全体が動いている部分がある。そういう風に、無意識的に生物が調整されているのだろうか。或いはそういう法則が存在するのか。どちらにせよ、

 

 幸福を願って静かに生きようとした所で、報われるわけがない。

 

 良く知っていた筈だ。

 

 なのに、普通である事を求めてしまった。

 

 自分に間違いがあるとすれば、恐らくそれなのだろう。

 

「やっぱり―――俺が、何とかしなきゃいけなかったんだろうなぁ」

 

 思えば、それだけが解決方法だったのだろう。未来が確約されたから、と投げだすのが間違っていたのかもしれない。今更そんな事を―――いや、今だからこそそんな事を考えているのだろう。アベルと結ばれて、それで幸せになって。それで……その幸せが、ずっと続けばいいのだと思ってしまったから。だからこそ、ここに自分たちの子が欲しい。子と一緒にこの日常を過ごしてほしい。

 

 アベルとも、別れるかもしれない。

 

 その恐怖が心の中に芽生える。

 

 だがそれは同時に、自分の中に強い意志を覚醒させるものでもあった。

 

 もう、自由に生きたい。囚われたくはない。自分と愛しい人の事だけを考えて生きれば良い。本能のままに、そのまま生きれば良い。そうすればよいと思っていた。ランスに未来を任せれば、もう終わりだ。そう思っていた。

 

 卵を抱きかかえながら、呟く。

 

「あぁ、そうだ。俺が……私がルドラサウムを変えない限りは、どうしようもない」

 

 解っていたことなのに、解っていたはずなのに。それでも忘れてしまっていた。それこそがこの世界の生物に与えられた、潜在的な愚かさなのかもしれない。だがそれを自覚し、そして理解してしまった以上はどうしようもない。

 

 離れたくない。別れたくはない。

 

 だから、どうにかしなくてはならない。

 

 どうにかしなければ―――親子三人でいられる未来がない、というのを確信できてしまった。

 

「あぁ、結局こうなるんだねジル……貴女が何故そこまで必死になったのか、漸く本当の意味で分かったかもしれない……」

 

 ジルは本当の意味でルドラサウムから解放される手段を取ろうとしていたのだろう。この次元ではない、遠くの次元へと去って完全につながりを断つ。その仕方が解っていたのかもしれない。いなくなってしまった今、その手段も方法も解らない。だから、自分には自分の出来ることをしなくてはならない。

 

「そうだよね、ルーシェ……」

 

 横に倒れ込んだまま、丸まるように卵を抱く。

 

 私と、アベルの大事な子供。未来に託す光()()()()

 

 彼女が、私達―――だけではなく、この大陸の希望でもある。どん詰まりで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()世界の希望。だが、一番重要なのは()()が自分たちの娘であるという事だ。血の繋がった、唯一の子。本当に本当に大事な子。ルドラサウムの為ではない。この子の為に、そして家族で暮らし続ける為にも、

 

 いい加減、幸せな夢だけを見ているのはもう……止めにした方が、良いのだろう。

 

 あぁ、そうだ。いい加減に目を覚ます時なのだろう。

 

 夢と幸せに浸っているだけではどうにもならないのだ。

 

 だとしたら―――今度こそ、全てを変える為に。終わらせる為に。その為に、自分から前に踏み出さないといけないのだろう。

 

 そうやって、漸く私の物語が完結する。

 

「あぁ……本当に、貴女の未来は絶対に私が作るから……」

 

 呟くように卵を抱きしめ。浅く呼吸を繰り返し、目を閉じる。静かに自分の中にある力を確認し、まだ衰えていないのを認識する―――レベルは下がっているだろうが、それでも根本的な部分での弱体化は入っていない。セーフ、だろうか。いや、関係ない。こちらには神光がある。それを利用すれば、システムと法則の悪用は出来る。なら後はそれを正しく実行するだけだ。

 

 ……だがこれを、一人でこなすことはできない。

 

 久しく冷静に考え出す頭はこれから何をすべきか、どう動くべきなのか、何を目指すべきか。そして何を利用し、何を信じるべきなのか。

 

 ゆっくりと体を持ち上げ、座り直しながら窓の外へと視線を向ける。暖かな日差しが入り込んでくるのが見える。

 

 と、そこで近づいてくる足音が聞こえ、視線を入り口の方へと向ける。そちらの方から、アベルが戻って来たのが見えた。

 

「ウル、俺は少し調達の為に―――」

 

 そこまで言った所でアベルは此方の顔を見て、言葉を止めた。そして、小さく笑みを零した。

 

「気分は、良いのか?」

 

「うん……自分が何をすべきか、漸く理解できた気がする……遅くなってごめん」

 

「気にするな……俺は特に気にしてはいない」

 

 アベルの方へと手を伸ばすと、理解したアベルが手を伸ばし、此方の脇の下に手を通し、体を引き上げてくれる。そのまま、片腕でアベルを抱きしめ、両腕で抱きしめ返されながら、アベルの耳元で囁く。

 

「結局、自分達でどうにかしない限りはこの世界は、自分たちの事も、どうにもならないんだ」

 

「あぁ、そうだ。だが俺にはそれをどうにかするだけの考えも知恵もない。出来る事と言えば、暴力を成す事だけだ……その事だけでは、お前以外には負けるつもりはない」

 

 だったらさ。

 

 だったらさ、アベル。

 

 囁くように、呟くように、確かめるように。

 

 抱きしめ合いながら、愛を囁くように口にする。

 

「……私を、信じてくれる?」

 

 その言葉に、帰ってくる言葉に迷いはなく。

 

「―――無論」

 

 意思だけでは。力だけでも。()()()()()()()()()なのだ。ここ、ルドラサウムでは。既に天は割れている。そして救いは遠い未来。今、この瞬間を救ってくれる神様はいないのだ。

 

 だったら、それがどれだけ荒唐無稽で、

 

 無茶苦茶で、

 

 そしてズルだったとしても―――成し遂げるしかないのだ。

 

 今までの敵は、同じ領域の存在だったが、今度は違う。

 

 このルドラサウムというシステムそのもの。この次元の世界。そして連なる現実。それをどうにかしない限り、自分たちにも、娘にも、そしてこれからの未来なんてものはない。

 

 だから、

 

 変えよう、ここから。

 

 幸福は待っていても訪れないと解ったから。

 

 ―――ここからは、もう、容赦も遠慮も手段も選ばない。

 

 

 

 

 それからほどなくして、

 

 ルドラサウム大陸に、数千年ぶりとなるドラゴンが生まれた。その日、その命の誕生を感じ取ったドラゴンたちによる咆哮により大陸そのものが震えた。

 

 新たな時代、新たな悲劇、

 

 そして新たな歴史が確実に始まろうとしていた。

 

 もはや、同じ未来はやってこない。




 たっぷり休んだし、そろそろ仕込んだ諸々の伏線とか回収していくかー、って感じで。次回から娘ちゃんもついに登場。

 結局、ウル様を奮い立たせる覚悟ってのは世界の為とか、じじーほあの激励とかじゃなく、物凄い個人的な事で家族と居たいってだけの話なのよね。やはり根が女性的という。


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XXX年 ???

 花園を走る。

 

 靴が花園の大地を踏みしめるたびに花びらが舞う。ふわりと、足を出してなるべく足元の花を踏みつぶさないように少女の姿が頑張っていた。だが走ってみれば宙に舞い上がる花びらが多く、そしてそれが風に乗って運ばれてゆく鮮やかな色彩が美しく、そして幻想的な光景が少女の琴線に触れる。何が面白いのかもわからず、少女は楽しそうな声をこぼしながらステップを踏み、くるりと花畑で一回転する。黒のラインが混じった金髪が陽光の中で煌めいて、鮮やかな花びらの舞いよりも美しく宙を漂っていた。

 

 花びらが風で舞い、蝶がその合間を漂う。甘い香りを漂わせながら日光の下、秘された花畑の存在は楽園だった。まるでここだけ、世界から切り離されたような穏やかさを保っていた。脅威となるものはなにもなく、脅かすようなもはなく、ただただそこは幸福で満ちていた。

 

 少女は花畑を駆ける。花びらの合間を縫うように、踊るようにステップを踏む。それとともに小さい口を開き、声を出す。

 

「―――」

 

 かわいらしい少女の声が出る。自分の感じる世界を表現するように。自分の感性を通して触れたこの花畑、狭い世界を音によって表現する。正しく誰かから技術として学んだものではない。天性のセンス、あるいは才能。そう呼べるもので表現される歌声は明確な歌詞が存在しない。だが放たれる声、その音を聞けばその声に秘められた意味が、意思が直接心へと響いてくるものがあった。

 

 全霊で集中したような熱唱ではない。

 

 花畑を踊りながらの、鼻歌だ。スキップするように足を進めながら鼻歌を歌っている。その音色に惹かれるように枝に足を止めていた小鳥が近寄り、少女の方に乗って囀る―――彼女の声に合わせるように。

 

 花の蜜を啜っていた蝶は歌声に舞い、

 

 暖かな日差しを思わせる歌声に森の中で獰猛な獣がゆっくりと目を閉じて眠る。

 

 魅了されるように歌声を聞いた者たちが集まり、そして音色に揺蕩う。それはある種、混沌であり、秩序的でもあると言える景色だった。それを少女はほとんど無自覚に行ており、だからこそその音は強く、どこまでも染み渡るように伝わった。その危険性も、幼さゆえにまるで理解が進んでいない。ゆえに歌唱へと変わったそれは熱量を伴ってやがて、さらに響かせようとして―――。

 

「―――ルーシェ」

 

「ぁ」

 

 少女の名を呼ぶ声がした。その声に一瞬で少女は声を止め、小さく音を漏らしてから視線を音源へと向けた。少女が視線を向けた先で見る姿に、少女は笑みを浮かべながら全力で走ってゆく。その先にいる姿は、シンプルなチュニックとロングスカートに身を包み、編んだ金色の髪を肩に乗せた女だ。

 

 ルーシェは全速力で名を呼んだ人の下へと走り、そしてその胸の中へと飛び込んだ。それなりの勢いと、小さな体からは想像もつかない力があるにも関わらず女性は羽毛を受け止めるようにルーシェを受け止めた。そのまま胸に飛び込んだルーシェを女性は片腕で抱きしめるように持ち上げると、ルーシェも女性を抱き返しながら笑い声を零した。

 

「ママ!」

 

「ふふ、ルーシェちゃんのママよー」

 

 片手でルーシェを軽くスイングさせるように抱きしめると、楽しそうな声を漏らすルーシェが母と呼ぶ女性の首に両手を回す。二人の髪色は、ルーシェの髪に黒い、漆黒を思わせるような色のラインが入っていなければ全く一緒となる。それが何よりも彼女たちの親子関係を語っていた。

 

 そうやって娘を抱きしめる母は、微笑みながら愛娘の姿を見て、

 

「さ、そろそろおうちに帰りましょ」

 

 と、帰宅することを告げた。だがその言葉に不満を抱いたルーシェの頬が膨らんだ。目がばってんになったのではないかというほど苦そうな表情を浮かべ、

 

「やだー! かえりたくなーい! まだあそびたーい!」

 

 抗議の声を上げた。それを受けても母の表情は崩れず、

 

「あら……じゃあ、お祝いしなくていいの?」

 

 と、声をかければ即座に今日が何という日なのかをルーシェが思い出す。

 

「帰る! 早く帰ろ! ボク先に帰る!」

 

 そこからの行動は早く、母の腕から抜け出したルーシェが駆け足で花園を出てゆき、森へと続く道を進もうとする。だが途中で足を止めて、振り返りながら母の方へと振り返る。

 

「ママ、早く早く!」

 

「はいはい、ルーシェちゃんはせっかちさんねぇ」

 

 ふふふ、と声をこぼしながら女性が歩く。軽く待ちきれないとばかりに飛び跳ねているルーシェの下まで歩くと、残された片腕を差し出す。それをルーシェが手を伸ばすようにしてつかみ、手を繋いで状態で森の道を歩く。軽く手を揺らすように、しかし娘との歩幅を合わせて母が歩く。ルーシェもペースのあった速度に疲れる事はなく歩いていた。

 

 そもそもの、生物としての違いとして―――彼女たちに走りまわった程度で、疲れるという概念が適応されるかは怪しいが。

 

 それでも母子は互いをいたわるように、しかし楽し気に林道を歩いていた。

 

 森の動物たちを除けば、彼女たち以外の存在の気配のない道を。

 

「楽しみね、ルーシェちゃん」

 

「うん! パパも帰ってくるんだよね?」

 

「もう帰っているかもしれないわねー?」

 

 楽しそうに語る二人が争いとは無縁の林道を歩いてゆく。なんの危険にも晒されず、何を心配する事もないときが過ぎてゆく。歩くルーシェはこの先の出来事を夢想し、期待に胸を膨らませながら鼻歌を零す。ルーシェが鼻歌をこぼすようになってからその足跡に、花が咲き始める。

 

「やっぱり、お誕生日は楽しみかしら?」

 

「うん! ふわふわとかしゅわしゅわとかのとか、普段は食べられないものいっぱい食べられるもん」

 

「ルーシェちゃんは食いしん坊ねぇー。一体誰に似ちゃったのかしら」

 

「ママー!」

 

「うーん……」

 

 困ったような様子を浮かべるも、本当に困っているというわけではなく、親子で会話を楽しんでいるのが解る。他愛もない会話が続く傍らで、ルーシェが自分の誕生日である事を、前々から楽しみにしていたことがわかる。

 

 ここは人界からは切り離された秘境。

 

 あるいは異郷。

 

 もはやそこに、呼び込まれた者以外で入り込める者はいない隔絶された場所。

 

 秘密の花園が誰の目に留まらぬように秘されているように、この場所もまたそうなっていた。幸せな親子が存在し、存在し続ける限りは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であった。ゆえに、ここにはすべてがあって何もない。平穏と平和は存在し、それ以外の何物も存在していない。

 

 ゆえに、この時、この日を、ルーシェは楽しみにしていた。

 

 この森で暮らし、生きてゆく分には何も不足はなく、その生活を楽しんでいた。

 

 だが、

 

「今日はパパ、何を持ってくるかな?」

 

「何か面白そうなものを持ってくるわよ」

 

「ふわふわなの?」

 

「そうね、ふわふわなのとか」

 

「ぱちぱちしそうなのとか?」

 

「めらめらしそうなのとか」

 

「うぅ……気になる……」

 

 父が、何を買って待っているのか。それを想像するだけでルーシェの歩みが少しだけ、早くなる。その様子にあらあら、と母が軽く微笑みながら歩幅を合わせて歩く。そうやって期待を膨らませながら林道は森の中の一軒家へとつながる。木造の一軒家は二階まで存在するが、しかし一家が住むにはちょうど良い程度の大きさとなっている。その作りからして嵐でも来れば薙ぎ払われてしまいそうに思えるが、

 

 その家は新品同様の輝きを発していた。

 

 そして家に近づくに連れて、空気に美味しそうな匂いが漂うのをルーシェが察知した。それを感じ取った瞬間、母と繋いでいた手を放して一気に家へと向かって駆けだす。しょうがない子だ、と呟くようにため息を母親が吐き出して、ルーシェの行く先を見た。

 

 先に一人で走ってゆくルーシェは入口へとつながる階段を軽く飛び越えて扉の前に立ち、手を伸ばして扉を開ける。そのまま勢いよく家の中へと雪崩れ込む。それでも、良くしつけられているのか家の中に入ってからはあまりどたばたと走ることをせず、小走り程度の速さで玄関を抜けて、

 

 リビングからダイニングへと向かう。

 

 そして、そこでテーブルの上に並べられる数々の料理を見た。

 

 その横にはエプロンを装着した、褐色姿の男の姿がある。両手にはミトンを装着し、大きなプレートを抱えている。愛娘の存在に少しだけ眉をひそめた。

 

「ルーシェ、家の中では……」

 

「ただいまパパ!」

 

 彼女が母へとそうやったように、今度は頭から父親の腹へと突進を行った。両手にプレートを握った父はそれを大きく上へと掲げるように持ち上げ、腹筋に一瞬だけ力を入れてルーシェの突進に耐えた。

 

 ルーシェの頭と父親の腹筋が衝突し、鈍い音がする。

 

 腹筋に突進をはじかれたルーシェが軽くふらつくように頭を押さえながらもプレートを持ち上げる父の姿を見た。

 

「お帰りパパ!」

 

「……ただいま、ルーシェ」

 

 片手にプレートを持ち替えテーブルに置きつつ、空いた片手のミトンをわきに挟んで抜き取り、ルーシェの頭を父親の大きな手が撫でた。壊れないように、大事な宝石に触れるような優しい手つきでルーシェの頭をなでると、ルーシェの表情がにへら、と崩れた。そして今度こそ、と父親の胴体に飛び込むように抱き着いた。

 

 そこで母が帰宅した。玄関を抜けてリビングまでやってくると、抱き着かれているエプロン姿の夫を目撃し、幸せそうにその景色を眺めながら口を開いた。

 

「おかえりなさい、アベル君」

 

「ただいま、ウル」

 

 母―――ウル・カラーが穏やかな表情で夫・アベルを迎えた。抱き着いているルーシェを挟み込むようにアベルに近づくと、軽く抱きしめてからその唇に口づけを交わした。それを見ていたルーシェがあー、と声をこぼす。

 

「ずるい! ボクもボクもー!」

 

 そう言って飛び跳ねるルーシェをアベルが苦笑をこぼしながら両手で持ち上げ、そしてその頬に口づけした。それに喜ぶルーシェが両手を広げて喜びながら首に手を回して抱き着いた。アベルに抱き着いておきながら、現金なものでその視線はすでにテーブルの上へと向けられ、並べられている数々の料理に目を輝かせていた。同じようにテーブルの上にあるものを見ると、あら、とウルが声を零した。

 

「中々珍しいものもあるわね?」

 

「今年は特別な年だから、とガルティアやノスから多少押し付けられた。恐らくアレに関してはノス経由だがたぶんマギーホアからだろうな……」

 

「お父さん、未だにアベル君に会おうとしないものねー」

 

「仕方があるまい。ルーシェのことに関してはもはや馬鹿爺の一言で済ませられるが、それでも奴と俺の間には埋まらない溝がある。平和に相対するのは生きている間は無理だろう」

 

「仕方がないとは思うけどいつかはどうにかならないものかしら……」

 

 テーブルの上には一際、異質な輝きを見せる果物や、まるで彫刻の様な菓子が置かれてある。そんな物をノスというドラゴンが用意できるとは思えない以上、アベルはそれをマギーホアが孫娘のためにどうにか調達したものだと確信していた。そしてウルもまた、マギーホアの孫かわいがりを考えるとありえなくはないだろうと思っていた。ただ一人、昔のマギーホアを知らないルーシェにとってマギーホアは、いつも可愛がってくれる優しいお爺ちゃんだった。

 

 その事実を地獄の閻魔が知れば、きっとその事実だけで閻魔は笑いで窒息するだろう。

 

 そんな大人たちの事を無視し、テーブルを眺めていたルーシェがアベルへと向き直った。

 

「あ、パパ、しゅわしゅわ買った?」

 

「あぁ、なんか知らないうちにいろいろと増えてたからな……適当にいくつか買ってきたぞ」

 

「やった!」

 

 森の中では手に入れることのできない炭酸のジュースは、この時だけ飲むことのできるルーシェにとってのごちそうの一つだった。普段から美味しい料理を作ってくれるウルには何も文句はなかった。だがあるいは、女の子の本能的な部分で、健康からはかけ離れたジャンク的な甘さや面白さみたいなものを求める部分があった。

 

 そして誕生日、それは森の異郷から出ることのないルーシェが唯一それを口にすることができる日であった。

 

 アベルの腕の中から抜け出したルーシェがスカートが翻るのも気にせずにテーブルに両手をつき食い入るように並べられたそれを見つめ続けている。それに即座に飛びつかないあたりは、彼女の育ちの良さを表している。だがまるで尻尾が揺れているのを幻視できそうな姿に、アベルとウルは並んで手を繋いだまま、微笑んだ。

 

「……それじゃあ、少し早いけどルーシェちゃんのお誕生会を始めちゃおうかしら?」

 

「もう待てなさそうだしな、そうするか」

 

「……!」

 

 その言葉にルーシェが勢いよく振り返る。少女の両目が期待に爛々と輝いてるのをアベルとウルは見てから、口を開いた。

 

「―――ルーシェ、1()0()0()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉に少女、ルーシェ・カラーは満面の笑みで答えた。

 

「ありがとう、パパ、ママ!」

 

 あらゆる俗世、外界の争乱、混沌から切り離され、

 

 そこは―――楽園だった。




 ルーシェ・カラー、登場。

 完全なる不老であるドラゴン・カラーと、そして死を超越した暗黒竜アベルの間に生まれた恐らくは唯一の純粋なドラゴン・カラー。

 主役交代の時だ。


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XXX年 パパとママ

 ママは、物知りで優しく、綺麗だ。

 

「……こう?」

 

「うーん、もうちょっと指を丸めて……うん、そうそう」

 

 猫の手―――と、ママは言う。指先を丸めてそれを野菜に乗せ、ゆっくりと包丁を下ろして切る。指を切らないように、気を付けながら一回一回包丁を下ろしてママに料理の仕方を教えてもらう。ママはいつも、おいしい料理を作ってくれる。お家の裏では菜園もある。ママが、そしてたまにパパが手伝っている菜園でとれた野菜や果物を包丁でカットして簡単なフルーツサラダの作り方を教えて貰っている。

 

 お手本を見せてくれるママの手つきは丁寧で、綺麗だ。躊躇がなく、ほとんど流れ作業のように簡単にやっている。そこには何度も何度も繰り返してきたからこそ染みついた動きというものが見えた。

 

 それを真似してみようとすると、自分の指を切らないかどうかが少しだけ、不安になってくる。だからちょっとだけ、躊躇してしまう。だけどママは、そんなこっちの様子を見ながら微笑む。

 

「少しぐらいなら指に当たっちゃっても大丈夫よ。何せ私たちの体は頑丈よ。ただの包丁や武器じゃ傷をつける事は出来ないんだから」

 

「でも……なんか、失敗したくない!」

 

「そうね、出来たら失敗しないほうが良いわよね」

 

 ママを見上げながらそう返すと、頭を軽く撫でられた。暖かく、優しいママの手の熱を感じる。こうやってママに撫でられると安心するし、心が落ち着いてくる。ずっと、こうやって撫でられていたいと思っちゃう。だけどそのまま眠ってしまいそうで、ちょっとだけ時間が勿体ない。だから軽く手をずらすように視線を上げる。見下ろすママの顔が見える。

 

「でもね、ルーシェちゃん。失敗は大事なのよ」

 

「そうなの?」

 

 えぇ、とママが頷く。

 

「失敗しないと何が悪いの、というのが解らないわ。だから失敗して、ちょっとだけ苦い思いをして、それでそこを治すのよ。だから失敗を恐れないで。取り返しがつくときに、失敗しちゃえばいいのよ。……まぁ、失敗すると恥ずかしいのは変わらないけどね?」

 

「むぅー」

 

 小さく笑うようにママが告げた言葉に少しだけ頬を膨らませたりする。だけど、失敗してもいいんだよ。その言葉は少しだけ心を楽にしてくれる。そうだ、包丁で指を切る事なんてないのだから、失敗する心配はいらない。もし、切っちゃってもすぐに治る体だし。

 

 だけど、ママの前で失敗するのはちょっとだけ恥ずかしい。

 

 いつも優しく微笑んでくれるママは、私の理想の姿。いつもみんなをぽかぽかと太陽の照らしてくれる。そんなママの前で失敗するのはちょっと、心が苦しいかもしれない。

 

 だけど、

 

「失敗を……恐れない」

 

 自分に向かって呟きながら再びキッチンのまな板へと向き合いながら、包丁を手に取ってカッティングを再開する。

 

 ママは優しくて、色々と知っている。

 

 いつも、こうやって私に知らないことや新しいことを教えてくれる。そうやって自分の知らない事、出来ないことを一つずつ知っていくことが楽しい。

 

 だけどそうやって、新しいことを一つずつ知るごとに、

 

 どんどんと、膨らんでくる気持ちがある。

 

 包丁で指を切らないように気を付けながら、視線を前に向けたまま、ママに質問するために口を開く。

 

「ねぇ、ママ」

 

「何かしらルーシェちゃん」

 

 うんとね、と言葉を置いてから、

 

「―――ママ、こういう事も《外》で習ってきたの……?」

 

「うーん、そうねー」

 

 ママは、《外》の話になると少しだけ渋る。それでも一瞬の事で、ちゃんと答えてくれる。

 

「そうね、ママも昔はよく旅をしたわ。色んな所を見て、感じて……そして旅をしている間に自分で勉強したりもしたわねぇ」

 

「旅……」

 

 旅―――それはかつて、ママが経験した事らしい。いろいろと土地をめぐって、知らない事を知って、それを楽しむ。大変かもしれないし、楽しいことばかりじゃないかもしれない。でも旅をしていたころの話をするママの表情は、いつもどことなく楽しそうだった。それをいつも眺めるボクとしては、

 

 すごく、気になってくる。

 

 旅の事が。外の世界を歩き回る、という事の楽しさを。

 

 その経験を得たママが、羨ましい。

 

「ママは誰かに教わったりしなかったの……?」

 

「そうねぇ、ママはたぶん人類で一番最初にお料理した人だからねー」

 

「えー、それは絶対嘘だってボクでもわかるよー!」

 

「嘘じゃないわよ? まぁ、その後はコックさんや旅先でお勉強させてもらったりしたんだけどね。ママ、これでも結構練習とお勉強し続けるのは得意なのよ」

 

「ママはがんばりやさん!」

 

 いつもいつもボクとパパのために料理、洗濯、掃除、庭の手入れ、菜園の世話、そして僕のお勉強まで見てくれているママは、一日中忙しくしている。なのに一度も疲れたとは言わないし、ボクと遊んでくれる。

 

 本当に大丈夫かな? と思うときもあるけどママはいつも笑顔で大丈夫だって言ってくる。

 

 そんなママだから、いつかこの大変さを軽くしてあげたい。

 

 力になってあげたい。そうなる為には早く、大人になりたい。

 

 でもどうやったら大人になるんだろう? パパもママも、そのうち、時が来たら大人になれるといつも言ってる。だけどその時はまだ、来ない。ボクの何かが足りないのだろうか?

 

「だけどそうねー……ルーシェちゃんも、色々と憧れる年ごろなのかしら?」

 

「ボクはいつもパパとママに憧れているよ?」

 

「そういう事じゃないんだけど……うーん、そうねぇ……」

 

 ママはそう言うと首を傾げる。少しだけ考えるように言葉を止めてから、

 

「でも……ルーシェちゃん、何時かは旅に出たいのよね?」

 

「うん!」

 

 旅! かつて、ママが世界を歩いたように、ボクも世界を歩いて回りたい。パパとママが出会ったこの世界を見て回るんだ。そしてまだ知らないいっぱいいっぱいを知りたい。そのためにはやっぱり、大人にならないとダメなんだと思う。だから早くなりたい。

 

 大人に。

 

「そうね……ルーシェちゃんがもう少し大きくなったら、ママもルーシェちゃんの旅に出る許可を出すわ」

 

 その言葉がうれしくて、ママの顔を見上げると、そこには少しだけ、寂しそうなママの表情が見えた。寂しそうに、

 

「そうね……何時かは旅に出るものなのよね……」

 

「ママ……?」

 

 どこか、遠くを見るようなママの視線は、まるで魂がここにないような気がして……少しだけ、不安になった。だから、両手でママのエプロンを掴んだ。そして大きく笑みを浮かべた。

 

「大丈夫だよママ! ボクの一番好きな場所、帰る場所はここしかないから、ずーっとママの娘として絶対に帰ってくるよ! というかママも一緒に旅をしようよー!」

 

 その言葉を聞いて、ママは微笑んでくれる。

 

「そうね……えぇ、そうね……旅は始まり、そして終わるものよね……」

 

 そう言うママはどことなく納得しながらも寂しそうだった。何かに、困っているんだろうか? こんなにも綺麗で、なんでも知っていて、すごいのに。ママでも困るようなことがあるのかもしれない。

 

 なら何時か、大きくなったら、大好きなママの力になってあげたい。

 

 そう思いながら、ボクは今日も努力する。

 

 

 

 

「だからパパー! 早く大人になりたいからボクにまた《外》のお話してー!」

 

「全く因果関係を見いだせない気がするんだが……」

 

 パパはそう言いながら優しいから持ち上げて膝の上に乗せてくれる。居間のソファは結構大きいし、皆で並んで座ることができるぐらいの広さはある。ボクだけなら寝転がっても余裕。だけどやっぱり、ママとパパのお膝の上に座るのが一番良い。

 

 確かにソファの方がふかふかで気持ちいいんだけど、やっぱりパパとママのお膝の上に座るのが一番落ち着く。だからパパの膝の上に座って、背中に寄りかかりながら上を見上げると、パパの顎がちょうど額のところにやってくるので軽く頭で顎をつつく。

 

「楽しいか?」

 

「うん!」

 

「そうか……」

 

 子供は良くわからないなぁ、とつぶやきながらパパは頭を撫でてくれる。パパの手はママのと違って大きくて、そしてちょっと硬い。だけど頭を撫でてくれるときはママよりもすごく慎重に、ゆっくりと触ってくる。

 

 パパは、あまり喋ろうとはしない。

 

 喋る事が凄い不得意らしい。こっちから話しかけないとパパはいつも言葉に困っちゃう。でも、こっちから話しかけるといつもちゃんと答えてくれる。

 

 パパは不器用だってママが言ってた。

 

 ちょっと、わかる。でもパパが優しい人だってことは、ボクが良く知っている。だからパパの事はママと同じぐらい大好き。それにこうやってお願いすると、パパは少しだけ頑張ってから、

 

「……解った、少しだけだぞ」

 

「やったー!」

 

 こうやって、お願いを聞いてくれる。ママは昔のパパはもっと不愛想だったというけど、本当にそうなのだろうか? ボクが知っているパパは確かにすごーく解りづらいけど、微妙に表情を動かしているのがわかる。今のパパとか、なるべく表情を変えずにいるけど笑顔なのが自分には解る。ママも、パパの変化はすぐに解っちゃうからパパも隠すだけ無駄だと思う。

 

 だから、

 

「お話してー!」

 

「解った、解った。なんの話が良い」

 

 パパには、ママよりも甘えちゃう。ママは助けてあげたい。だけどパパはいつもかっこつけて、良く外にお出かけしている。だから家に帰ってきたらめいいっぱいボクの方から構ってあげるの。

 

「外の生活! どんなものがあるの? どういう風に暮らしてるの? みんなは何を食べて生きてるの? ボクもっと知りたい!」

 

「む……そうだな……」

 

 パパは良く、外に出る。私とママがこの森で生活している中で、どうしても足りないものはパパが買いに出たりしている。その時にいろいろと持って帰ってきてくれる。だけど一番のお土産は、外の世界のお話だ。パパがいつも持ってくるお話は自分の知っている森の中の世界とは全然違っていて、すごく気になる。

 

「今、というよりここ100年で外の生活水準は大幅に上昇したのは知っているな?」

 

「うん! せーま教団っていうのが人類を統一したんだよね!」

 

「そうだ。カラーとドラゴン、JAPAN、後はホルス。それだけが聖魔教団に恭順していないが、それ以外の全ては闘神M・M・ルーンに従っている世の中となっている。そしてこの100年間、常に魔軍と戦い続けている」

 

「魔王とーばつをルーンって人がしようとしているんだよね?」

 

「あぁ、その為に聖刀日光をどうにか手に入れたらしいが……まぁ、ここら辺の話は血生臭い。飛ばそう」

 

「うん」

 

 ボクも、あまり戦いのお話とかは好きじゃない。なんでみんな、仲良くできないんだろうなぁ? といつも思ってしまう。戦っていることよりも一緒に歌って、料理して遊んでいる方がずっと楽しいのに。

 

「聖魔教団の高い科学力の影響で高い生活水準を手に入れた各都市では高層建築が始まっている。元は浮遊都市を作成する計画だったらしいが……まぁ、カラーとドラゴンの協力を得られなかった影響だろうな」

 

「みんな、どんなもの食べてるの? 普段は何をしているの?」

 

「食べ物は……なんだったか……ビタミン剤? ひたすら毎日鉄兵の材料を生産していたな……」

 

「えー、なにそれ。楽しくなさそう」

 

「そうだな……楽しくなさそうではあったな。だから聖魔教団の話はこれまでだ。次は北の大地で見た光のカーテンの話をしよう……」

 

「なにそれ!? パパそんなものを見たの!? ずーるーいー!」

 

「お前も旅に出れば、何時かは見られるさ……綺麗な世の中を」

 

「うん……うん……!」

 

 パパの話を聞けば今の世界を見るのが楽しみになってくるし、ママの話を聞けば過去、何があったのかを知りたくなってくる。

 

 世界にはいっぱい、ボクの知らない事やまだ見つかってないことがたくさんあるはずなんだ。それを自分の脚で、目で、確かめていきたい。

 

 この森での生活に不満なんてない。毎日が幸せで、そして楽しい。だけど、その気持ちとは別に、

 

 外へ―――外へ行かないといけない。

 

 日に日にその思いが胸の中に落ち葉のように重なり、溜まってゆく。この思いはきっと旅立ちの風が胸の中に吹くまで溜まり続ける。だから僕はきっといつか、

 

 ―――いつの日か、旅に出るだろう。




 ルーシェちゃんは、パパとママが大好き。

 それが彼女にとっての世界。


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XXX年 夢を見る

「ふぁぁー……眠い……」

 

 目をこすりながらうとうとしだす頭を何とか起こそうと頭を振るが、髪が揺れるだけで特に目が覚めることはない。今日はパパに弓と格闘のお稽古をつけて貰っていっぱい遊んだから、全身くたくたで物凄く眠い。だけど物凄い心地の良いくたくた感だ。もうお風呂も歯磨きも終わったし、何時寝ても問題はない。

 

 ないんだけれど、

 

「うぅー……」

 

「ほら、眠いならもう寝なさい」

 

「もったいないー……」

 

 その言葉にパパとママは顔を見合わせ、少しだけ笑った。あのパパが、笑った。ちょっとだけ驚いて、そして首を傾げてしまった。なんで笑ったんだろう、と。そう思っている間にママが片腕でボクの事を抱き上げてきた。そしてそのまま、ベッドまで運んでしまう。腕の中でちょっと抵抗しようかと思ったけど、ママの腕の中は安心感が凄くて、少しずつ眠くなってきて、抵抗する力が起きなかった。

 

 だからそのまま、ママにベッドにまで運ばれて、シーツをかけられてしまった。軽く手を出して伸ばすと、そこにママが鯨さんのぬいぐるみを抱かせてくれる。ボクの大事な、ずっと一緒のぬいぐるみ。この子を抱いて眠るといつも気持ちよく眠れちゃう。だからこの子を抱くとすぐに睡魔が襲ってくる。瞼が少しずつ閉じてゆく中で、ママの手が頭を撫でるのを感じる。

 

「時が勿体なく感じるのね」

 

「うん……」

 

「でも大丈夫よ、もしもったいなく感じるのなら……」

 

「感じるなら……?」

 

「夢を見ればいいわ」

 

 ママはそう言って、ほっぺにチューしてくる。

 

「ゆ……め……」

 

 そう、夢、という声が聞こえる。

 

「―――鯨でさえ眠れば夢を見るのよ、ルーシェちゃん。だったら貴女も、遠い冒険の夢を見ればいいわ。貴女が見たことのない景色を、それを夢見ればいいのよ……」

 

「……ふぁ……ぁ……ぅ……」

 

 ママの言葉には答えられなかった。それよりもすさまじい睡魔が襲い掛かってきたからだ。だから返答するのをあきらめてあくびをこぼし、軽く目元をさすりながらふかふかふわふわのぬいぐるみに顔を埋めながら、完全に目を閉じた。

 

「おやす……」

 

「おやすみ、ルーシェちゃん。良い夢」

 

 その言葉と共に、完全に意識を―――。

 

 

 

 

「―――さて」

 

 空を見上げた。

 

 汗が漏れるほどに熱い。それでも夜空は爛々と星々の輝きによってまばゆく、美しく輝いていた。

 

「都市の夜景を地上の星と評するか……この景色を見てしまえばそのような陳腐なものと一緒にしないでくれ、と言いたくなる気持ちが出てくる。第一、この夜空は空というキャンバスに自然が絵筆を取って描いたものだ―――一緒にするのも烏滸がましいだろう」

 

 左半身を隠すマントを装着している男が一人、夜空を見上げていた。夜中であろうと暑苦しい熱気を感じられる中、まるで通じないと言わんばかりに黒と青に染められた男の格好は、魔導士とも、あるいは軍服とも取れた。だがひどく白い肌をしており、とてもだが激しい運動に耐えられるような健康さは見れない―――それこそ、死人の様な肌の色をしている。それはどことなく、怪しげな魅力さえも宿っている。

 

 男は見上げていた視線を下ろすと、憂うような表情を浮かべ、マントの下から一冊の本を取り出し、広げる。

 

「さて、かの聖魔将であれば輝きは人の発展、その営みより生まれるとでも言うのだろうがやはり、過ぎたるもの……とでも言うのだろうな」

 

 男は本の内容を確認すると、それを再び腰のバインダーへと戻した。視線をその前方、崖から広がる眼下の光景へと向けた。

 

 そこに広がるのは大量の鉄くず、そして積み重ねられた魔物の残骸だった。

 

 この100年間、積み重ねられてきた聖魔教団と魔軍の残骸、残骸、残骸。それが視線の届く限り、ずっと続いている。もはや戦場というよりは墓場という言葉さえ似あう場所となっていた。男が立っているその場所も、巨大な残骸の上であり―――それらが壊れ、積み重なり、一つの地形となっていた。

 

「かつて、ドラゴンが争って生み出した絶景もこうなってしまえば昔はどうだったのか、解りさえしないな。だが時は流れ、すべては変わり行く。流動と滅びもまた一つの美しさ……とは誰の言葉だったか」

 

 男は誰かが言った言葉を口にする。偉人か、作家か、あるいはどこぞの劇場の役者だったかもしれない。それを思い出す必要は……また、暇な時にしようと判断していた。どちらにしろ、答えなんてものはないのだから。男にとって疑問とは自らに問うものであり、そしてまた同時に永遠に答えの出ないものであった。自分に問うて、そしてそれでひたすら答えを転がし続ける。そんな無駄な事をし続けるのが男の趣味であり、ライフワークでもあった。

 

「さて」

 

 男はもう一度さて、と声をこぼしながら残骸渓谷へと視線を向ける。

 

 そこでは火花が散り、夜にも関わらず爆発や怒号が遠くから聞こえてくる。安らぎ、安寧という言葉からは程遠い戦いが常に行われてきた。そこには聖魔教団製の量産型闘将の姿や、量産型闘神の姿が見え、魔軍側も無限に魔物を前線に送り込むことで昼夜問わず戦い続けていた。

 

「今日こそ目的の相手を見つけることができれば良いんだが」

 

 男は己の目標を再確認しながら、戦場を俯瞰する。100年間続いた戦いは地形を変え、そして環境も変えている。ここには残骸や市街だけではなく、そこから生まれた怪異や現象さえも存在している魔境となりつつある。だが魔軍と聖魔教団の最前線である以上、双方引けずに100年間、休むこと毎日殺し合い続けている。果たして尽きるのは資源か、それともモンスターの生産か。

 

「或いは聖女の子モンスターの胎が壊れるか……いや、神なのだからそんな事にはならないか。どちらにせよ、虎穴に入らずんば虎子を得ずとJAPANでは言っているしな。探しに行くか」

 

 男はそう言うと片膝を大地につくように立て、

 

 ―――一瞬で戦場の中へと景色を変えた。

 

 すぐ頭上では砲撃が飛んで行く。それが横にいた魔軍に衝突し、その姿を粉々に砕きながら新たな残骸を積み上げる。砲撃を回避してからゆっくりと立ち上がり、爆風によって舞い上がった埃をマントから叩き落とす。

 

「一番禍々しい気配は……こっちか」

 

 感覚を研がせ、戦場全体で最も()()が反応する方向へと向かって、軽く走るように気配へと向かい始める。周辺では我関せずと聖魔教団と魔軍が殺し合いを続けている。その合間の隙間を抜けるように残骸の丘を抜けて、平原へと出る。

 

 かつて、神に近づいたといわれるドラゴンが殺しあった結果、大地は抉れ、そして高低差の激しい地域がここに生まれた。そして残骸が詰まれど、その高低差の激しい地域であることに変わりはなく、崖から飛び降りては反対側へとつながる残骸の橋を渡って進んでゆく。

 

 戦場の、ど真ん中を。

 

人の本質とは獣である……だがこれを見ている限り、魔物も人もそう大差はないな。果たして真に獣なのは人の本性か? いや、或いは生物をそれに駆り立てる衝動こそが真の獣なのかもしれないな」

 

 誰かに意味のある言葉ではなく、自分へと問いかけるように男は戦場を駆け抜けてゆき―――夜闇に紛れそうな姿を、魔軍が発見する。赤魔物兵の集団が正面から斧を手に迫ってくる姿が見える。

 

「生身の教団兵!? まぁいい、死ね人間―――!」

 

「おいおい、人違いだよ。勘弁してくれ」

 

 男の言葉に魔物兵は返答することも無く、咆哮と殺意だけで答える。

 

「ある意味、これが今の大陸の本質か……嘆かわしい」

 

 正面から自分を圧殺できる数を前に男は一切減速する事なく正面から突っ込むように踏み込み、その左手を腰のバインダーに格納されている本に触れる。魔物兵から正面衝突する数秒の間に、素早く唇が動く。

 

征服せよ、眼前に大地あり―――藤原石丸の言葉を知っているか? いや、知る訳もないか」

 

 正面に斧が来る―――そしてそれが男の首元に突き刺さった。深々と突き刺さる斧は一撃で即死させるだけの殺傷性を誇っている。だが深々と突き刺さった個所からは血の類のものは流れず、深い闇と穢れのみが溢れている。闘将や鉄兵とも、そして人間とも違う感触に攻撃を加えた魔物兵と、そして後続の魔物兵の動きが止まる。その反応を待っていたとばかりに男は右手を伸ばし、その手を魔物兵の頭に添えた。

 

「じゃあな」

 

 魔物兵の頭が消し飛んだ。無色の爆発が襲い、空間に波紋が生まれる。頭が消し飛んだ個所からは男と違って血が溢れ出し、即死した事実を証明していた。そのショックによって動き出した魔物兵が男を殺すために動き出す。だが最初からそう来るのを理解していた男が最小限の動作で、軽く体を揺らすように斧による攻撃を回避し、カウンターとしてそのまま体に手を添え、

 

 ゼロ距離からの爆破で魔物兵を屠る。

 

 10を超える集団は男が反対側へと抜けるころには全滅しており、その間に追ったダメージは時間の経過とともに時間を巻き戻すように衣服ともども修繕されてゆく。

 

「こっちか?」

 

 戦闘音が最も激しい方向へと向かって走ってゆく。広く遮蔽のない空間は魔物と鉄兵、そして量産型闘将で溢れている、身を隠すものがない空間では一瞬で姿がセンサーに引っ掛かり、捉えられる。

 

「生存反応―――なし、死人、ゾンビタイプの魔物と判断する。攻撃を開始する」

 

「活きの良い死体だろう? こう見えて一応は生きてるんだぜ」

 

 反応が極限まで機械的ではあるが人を材料とした自己判断可能な闘将―――量産型闘将が男を発見するのと同時にその鋼鉄の拳で遅いかかってくる。やれやれと言わんばかりの声を男は零しながら横へと飛びのき、すぐ横を闘将が突き抜けるのを確認した。その背後で残骸を吹き飛ばし粉砕する姿を見れば、死ねない肉体であろうとも関係なく粉々に粉砕される未来が男には想像できた。

 

「そらよっ」

 

 振り返りながら男が手を振るう。放たれる魔法は炎でも、氷でも、雷でも光でも闇でもない。再び無色の衝撃が空間を超えて通り過ぎた闘将の背に叩き込まれ、着弾と同時に炸裂する。その背中を大きく砕きながらコアを露出させる。時間とともにその背中の傷がふさがる前に素早き叩き込まれた二回目の衝撃によって闘将の機能が停止し、倒れる。

 

「生物を蝕む獣性は怨嗟と絶望しか生まない。もうすでに大陸全土に憎悪の禍根は植え付けられている。この世界ももう終わりかもしれないな……」

 

 闘将を処理した所で一気に平原を駆け抜ける。そのまま残骸の背後へと隠れ、魔物隊長が率いる部隊が闘将と衝突する戦場を眺める。闘神が振るう蹴りが魔物兵を一瞬でバラバラにし、魔物兵が闘神へと飛びついてプチハニーを起爆させる。自爆特攻をとって闘神を殺しにかかろうとするも、闘神がそれに構う事無く魔物兵を、そして魔物隊長を蹂躙する。闘神という別格の機工に対して、魔物や魔物兵ではあまりにも格が違いすぎる。到底相手にはならない。

 

「闘神が出てくるとは参ったな……」

 

 闘神。聖魔教団が誇る最高戦力の一つ。M・M・ルーンが最強の存在であれば、その下にあるのが闘神だ。量産型とは違い、こちらは常にアップデートと改修が施され、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。その相手をするのは正直な話、生身の人間では不可能だろう。

 

 通常であれば。

 

「とはいえ消し飛ばされてから黄泉路を戻ってくるのも面倒だしな……さて、この先に行くにはどうしたもんか……ん?」

 

 闘神をどうやり過ごして奥へ行くかと男が思案した時、凄まじいまでに禍々しい気配が急接近するのを感じ取った。反射的に男は飛びのき、転がりながら片膝をつくように体勢を整えた。その直後、空を見上げれば、

 

 凄まじい質量が闘神めがけて落ちてくるのが見えた。

 

 砲弾、と思いかねない速度と質量は一瞬で闘神へと到達するとその巨体に蹴りを叩き込んで吹き飛ばす。寸前に反応の間に合った闘神は両腕を交差することでガードしながら、その頭に装着された機構から光の砲撃を放った。

 

 戦場を貫き、横断するように光の柱が放たれた。

 

「遅ぇんだよ雑魚」

 

 雑魚、そう闘神を評した存在は右手に大剣を、左手に大剣を、それとは別に体から生えた人の胴体程はあるであろう腕とは別に持つ、人ほどの大きさな副腕にそれぞれ槍を一本ずつ握っていた。体を部分的に覆う鎧を装着し、鋭い目つきはそれだけで心臓を止めそうなほど威圧感がある。

 

 薄皮一枚ほどの狂いそうな瘴気を圧縮して纏い、踏む大地を腐らせている。良く見れば闘神の両腕は既に腐り始めている。光の柱を回避した魔人は片腕の大剣を振り上げながら闘神に接近する。砲撃を放った闘神はそれを回避する為に硬直が蝕む体を無理やり引きずるように横へと動かして柱で戦場を無差別に薙ぎ払う。

 

 だがそれに魔人は構わない。

 

 薙ぎ払われる光を大地を踏み腐らせて砕き、そこに生まれた隙間に体を落としながら光を掻い潜る。そしてそのまま一直線に闘神に接近し、

 

 大剣で殴った。

 

 闘神の巨体が宙を舞いながら吹き飛び、魔軍と聖魔教団を無差別に衝突させ、潰してゆく。

 

 その姿を眺めながら、立ち上がり、再生するのを待つ様に魔人は、

 

「見つけたぞ―――魔人ケイブリス……!」

 

 最強の魔人、ケイブリスは戦場に現れた。

 

「立てよ雑魚が。お前らが本気で戦わなきゃ俺様の経験値にならねぇだろうがぁ―――!!」

 

 傲慢としか呼べない咆哮をとどろかせながら、或いは魔王よりも恨まれる魔人が構えた。

 

 これぞ最前線。

 

 これが今の大陸。

 

 これが―――未来のない闘争。

 

 その夢であった。

 

 そう、夢。

 

 それが自覚された瞬間、すべてははじける水泡となって消えた。

 

 僅か喉奥に残る苦さと気持ち悪さだけを残して―――夢は、何も痕跡を残さない。




 この後怖い夢を見た! 起きたルーシェちゃんはパパとママ挟まれて朝までぐっすり眠りました。


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XXX年 力、って

「いいか―――こうだ」

 

 そう言ってパパは矢を射る。

 

 木からロープで吊るされた木鳥は不規則に揺れて、ちょっとねじれている。固定しているわけじゃないけど、木の上にいる小さなまるがぴょんぴょん跳ねて枝を揺らしているのが原因だ。ここにいるモンスターはみんないい子だから、襲ってくるようなこともしないし、頼めば手伝ってくれる。そういう事で不規則に揺れている木鳥に視線を向けず、パパはこっちに視線を向けていいか、と言った。

 

「うん」

 

 答えるとパパは振り返り、弓に矢を番える。だけどそこから構え、射るまでの時間が恐ろしく早い。構えてから射るまでの時間、もうほとんど狙っているようには思えなかった。だけどパパの射った矢は当然のように木鳥の目に吸い込まれて命中した。それを確認したパパが弓を下ろした。

 

「弓矢を使う以上は……いや、射撃道具を使う以上は、命中させることは()()()()()だ。()()()()()()ようではないと意味がない」

 

「パパが滅茶苦茶言ってる……」

 

 パパが作った手作りの木弓を手に、弓を構える。弦を弾くことは難しくない。矢を構えて、姿勢を維持するのも難しくはない。パパは、ボクの構えは本能的に最適な形をとっているから、そこを指導する必要はないって言ってたけど、パパと同じことができるとは全く思えなかった。

 

 だけどパパは頭を横に振った。

 

「お前になら出来る。弓に関しては言葉では表現しきれない才能がある。一番は歌と演奏だが……俺が教えられるのはこちらだけだからな」

 

 パパはそう言うと膝をついて、ボクの横に並ぶ。すぐ近くでいいか、と同じように木鳥の方へと視線を向けながら、構えるボクを手伝ってくれる。

 

「射れば、当たるものだ」

 

「絶対にそんな事ないよ……」

 

「いいや、出来る。まずはそう思う事から始めるんだ。己が成し遂げられるというイメージを最初に作るんだ」

 

「できる、イメージ……」

 

 そう言われて思い出すのは……やっぱり、パパの姿だった。あんな風に矢を中てる事をパパは当然のようにやってた。アレを見れば、パパにとって命中させることは当然の行いだというのが解る。動いていても、動いていなくても、命中するんだからパパにとっては何も変わらない。構えたら中る。そういうものだとパパは本当に思っていた。そこがパパは凄いと思う。ボクには無理だと思う。

 

 だけどパパがそう言うなら……ちょっとだけ、頑張る。

 

 弓を構えて、矢を番えて、そして良く狙う。

 

 揺れる木鳥を目標に。視線を合わせ、背筋を伸ばし、足を開いて体を固定しながら弓のブレを押さえて―――しっかりと目視した所を認識し、鏃が吸い込まれるのを幻視する。それに合わせて弦から指を外せば、

 

 矢は一直線に飛翔し、木鳥の胴体に突き刺さった。

 

「あっ……」

 

 だが、狙ったところはパパと同じ木鳥の目だった。そこからわずかに外れ、胴体に突き刺さった矢を見た。刺さったのはうれしいけど、狙った通りのところに刺さらなかったのは、ちょっと落ち込む所だった。どう、反応したらいいのか、ちょっとわからなくて低い声でうなりながら弓を下げる。

 

「うぅぅー……」

 

「上出来だ」

 

 だけどパパは嬉しそうに、頭をぽんぽんと撫でてくれる。

 

「でも……」

 

「良い。誰もが最初から物事を完璧にこなせる訳ではない……素質が優れていようともな」

 

 だから失敗しても良い、とパパは言う。失敗してもいい……と言われても、やっぱり思い通りいかないとちょっと悔しい。次は、成功させたいと思う。思うけれども、

 

 弓を見る。

 

 これは、誰かを傷つけるための道具だ。

 

「……やはり、武芸を鍛えるのは嫌か?」

 

 その言葉に小さくうなずいてしまう。

 

「パパと練習するのは楽しいんだけど……戦う力はあんまり好きじゃない……かな……」

 

 結局のところ、武器は誰かを傷つける道具だ。強くなれば強くなるほど、誰かを傷つける力が増すと考えると……いい気持にはなれない。体を動かすのは楽しい。だけどそれが誰かを傷つける力だと思うと、正直良いと思えることはなかった。だからこうやって教わる時、いやな気持と楽しいという気持ちの半分半分でちょっと複雑な気分だった。

 

「そうだな……武器を、武芸を学ぶ事は結局のところ、誰かを傷つける為になるのだろうな」

 

 ボクの気持ちを察してか、パパは膝を折って視線を合わせてくる。片手で頭を撫でつつ、ちゃんとボクの目を見てくれる。

 

「武器はしょせん道具だ」

 

「うん」

 

「使い方は人で選ぶ―――と、誰かは言うだろう」

 

「うん」

 

「だがそれは所詮、現実を見てない奴の戯言だ」

 

「えー……」

 

 パパはここら辺、一切隠せない性格をしてた。だけどパパは嘘をつかない。

 

「力は、結局のところ何をどうあがいても暴力へと通じる。抑止の為、誰かを助ける為、何かを手伝うため……そう言い訳した所で力というものの本質が変わる訳ではない。戦うための力は結局のところ、戦うためでしか報われない。だから力を学ぶことは究極的に誰かを傷つけることに近づくだろう」

 

「じゃあ……」

 

 力の使い方は、学ばないほうが良いんじゃないか、と口にしようとした。だけどパパは何かを言いたそうにしている。だから、パパが言う言葉を待つ。

 

「……だがな」

 

「うん」

 

「力がなければ救えないものがある」

 

「力がないと……」

 

「そうだ」

 

 力がないと、出来ない事がある。パパはそう言う。それは、どういうことなのだろうか?

 

「ルーシェ……外の世界は、ここほど優しい場所ではない。それは分かっている事だろう?」

 

 その言葉に頷いた。

 

 外の世界は戦争をしているらしい。良くわからないけど―――人と人が、そしてモンスターと人がいつも戦っている。夢で見た景色は全く知らない人たちが、苦しみながら武器を向けあっている姿だった。それを楽しんでいる人たちもいた。だけど、皆苦しそうにしていたのが印象的だった。なんでみんな、そんな事をするんだろうと思わずにはいられなかった。

 

「人は愚かだ。欲望のために奪い、殺し、そして食いつぶす。今、この大陸はそういう人間によって食いつぶされようとしている―――自分が正義であると、そう信じる善意の愚かさによって世界は滅びるのかもしれない」

 

 だがそれ以前の問題だ、と言ってくる

 

「街道は賊であふれ返っている。モンスターの類は見かけた瞬間襲い掛かってくる。力がなければ、そいつらに殺されて終わるだけだ。戦うための力は、生きる上で必須だと言える」

 

「……」

 

 パパの口から語られることは、とても酷い内容だった。外の世界は、ボクたちの住んでいるこの場所のように平和じゃないんだ、と。外に出れば当然のように襲われてしまう。当然のように殺しに来るんだって、怖い事をパパは言う。

 

「当然、そういう連中ばかりではない。だがこの大陸の大半はそういう存在で埋められている。そして力がなければ抵抗する事も、やりたいことを実行する事も出来ない。お前が将来、大陸を旅して回りたいというのであれば……それなりの力が必要になる」

 

 パパは頭を横に振る。

 

「俺は……パパは、別にルーシェの願いを否定したりはしない」

 

「……うん」

 

「今はただ、漠然と外を見たいという気持ちだけだろう。だが何時か、おまえにも何をしたい、という明確な夢ができるかもしれない。その時、ルーシェが好きにできるように、自由に生きていけるように手伝いをするのが父親としての俺の仕事だと思っている。だからお前が外を旅してみたいというのなら、俺はお前に武芸を教え込む。それが生きてゆく上では大事な事だからだ。そして俺がお前のために残せる一番のものだと思うからだ」

 

 パパは言う。

 

 そもそもの前提として、力がないと何もなせないのだ、と。

 

「だからお前が、この外に出たいと言うのなら―――俺は、俺が教えられる全てを教える。それは俺がお前に、ここを出てから失敗してほしくない、後悔してほしくないという気持ちから来ている。それは、忘れないでくれ。止めたいのならいつでも止めていい。無理強いをするつもりはない」

 

 パパの言葉に、少しだけ俯いて考える。

 

 力があると酷い事ができる。

 

 だけど、そういうことがしたい訳じゃない。

 

 でも力がないと、そういう矛先を向けられたときに、何もできなくなっちゃう。

 

 だからそのためにも―――力が必要だ。

 

 理屈は分かる。だけど完全に納得できる……という訳じゃない。やっぱり力を持つことは怖いし、それで誰かを傷つけたくはない。だけど、

 

「強くなれば、傷つけずにいられないの……?」

 

「いや……力があれば、誰かを傷つけずに逃げる事だって出来る。力は暴力でしかない。だがそれは同時に選択する余裕を与えてくれる。忘れるなルーシェ」

 

 パパは真剣な表情で行ってくる。

 

「―――戦う事は、結果でしかない。それが手段になってはならない」

 

 

 

 

 夜、リビングのソファにアベルが座っている。その横に、階段を下りてきたウルが座ってくる。自然な動作で肩が触れ合うほどに身を寄せ合って座る二人に、欺瞞の類は一切なく、互いを感じられる時間を大切にしている、という事が良くわかる。

 

「ルーシェは?」

 

「頭と体を一杯動かして疲れちゃったみたいね。すぐに眠っちゃったわ」

 

「そうか……今日は色々と難しい話をしたから」

 

「心配だった?」

 

「あぁ」

 

 だけど、とアベルは言葉を続ける。

 

「あの子は、何時かここを出ねばならない」

 

「私も、ずっといられる訳じゃないからね」

 

 ウルのつぶやきにアベルが指を絡めるようにウルの手を握った。それに、ウルが無言で応える。しばし無言で身を寄せ合ったまま、何をするわけでもなく沈黙を保つ。永遠であるものは―――ない。全ては時の流れで変わり続ける。そう、神でさえも時の果てでは変化するのだから。それはウル・カラーにも通じる話だった。

 

「もう、ルーシェちゃんが生まれて100年以上が過ぎるわね」

 

「あぁ……ドラゴンでも既に育っている頃だ。それでもルーシェが成長しないのは―――」

 

「彼女の世界がここだけだから、ね」

 

 ルーシェ・カラーは、この世で最も純粋なドラゴン・カラーになる。ドラゴンと、そしてドラゴン・カラーから生まれた唯一の純正のドラゴン・カラーだと言える。彼女の存在はドラゴンにも近く、カラーにも近い。だが何よりも、

 

 その心の奥底、魂とも呼べる存在に一番、存在が影響されている。

 

 彼女が幼いのは―――彼女の心が、幼いからだ。

 

 まだ穢れを知らぬ童女。

 

 穢れを理解せぬ童女。ゆえに、成長をしない。

 

「彼女の世界を、そろそろ広げる必要があるわ。聖魔教団と魔軍の戦いもあと十数年以内で終わりそうだし……」

 

「となると、どうする? ペンシルカウにでも連れてゆくか?」

 

「あそこは、ちょっとあの子には刺激が強すぎると思うのよねー。まだ、ちょっとお外デビューするには早いかなぁ、なんて」

 

 アベルがウルに、娘を公園デビューさせるみたいなノリだなこいつ……なんて感想を抱きながらも、ではどうするのか、と彼女に問うた。

 

「時間は、そう多くは残されていないのだろう」

 

「それでも丁寧にやるしかないわ……あの子の未来の為に。丁寧に、時間をかけて……ちゃんと、育てるのよ―――それが、親としての私の義務よ」

 

 昔のウルを知る人間がいれば、その変化をどう見るか。あるいは、気持ち悪いか怖いと表現するか―――それこそ、彼女という存在を原初から良く知る者からすれば、更に遠くへと進んでしまったと感じるかもしれない。そんな彼女を手放さないようにアベルは握る手に少しだけ手を込めて、ウルはそれに微笑んだ。

 

「大丈夫よ……まだ、行けないわ」

 

「行かれたら困る……それよりも、どうするつもりだ?」

 

 ルーシェ・カラーの世界を広げなくてはならない。この狭い箱庭は、彼女を育成する為に用意された楽園でもあった。だがここにいる限り、少女は成長できなかった。ゆえに、ルーシェ・カラーを成長するための()()が必要となる。

 

 それはつまり、

 

「外の風が、必要ね」

 

「外か……」

 

 ルーシェ・カラーが、この楽園の外の存在とコンタクトをとる必要がある、という事に繋がる。彼女の世界を広げる為にも。彼女の未来の為にも、

 

 楽園の扉が開かれる必要があった。

 

 そしてそれにより少しずつ、終わりの足音が聞こえ始めていた。

 

 全ては、愛の為に―――。




 大陸の西の果てには絶対にたどり着けない森があるらしい。燃やそうと切り倒そうといつの間にか森が戻っているその場所は、

 時折聞こえてくる少女の歌声が木々の間から響いてくる。

 ゆえに、その先には妖精郷があるのだと、冒険者の間では語られていた。


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XXX年 お留守番?

「それじゃ、ママは数日留守にするけどルーシェちゃんはいい子でいるのよ?」

 

「うん! パパの面倒はしっかり見ておくよ!」

 

「俺が面倒を見られる方なのか……」

 

 本当に、本当に珍しい事で。

 

 ママが、お出かけすることになった。

 

 なんか、ちょっと遠出してくるとしかママは言わないけど、いつもボクの相手をしてくれて疲れるときもあると思うから。こういうときはいっぱい遊んできてほしいと思ってる。でも出来たらじいじからお菓子とか貰ってくれると嬉しいかなぁ、なんて思う。だってじいじはいつも美味しいものを送ってきてくれる。

 

 外に出たら、会いに行きたい。うん、行こう。

 

 そんなことを計画しながらパパと二人で、しばらくはお留守番する事になった。パパがいるからお留守番という言葉もおかしいかもしれないけど。それでも、ママが出かける事なんて滅多にないから感覚的にはお留守番に近い。

 

 そう、お留守番である!

 

「ふんすふんす……!」

 

「気合いっぱいだな」

 

 ママが家にいない、という事はつまり普段は家事などをやっている人が家にいないという事になるのだ。その時はパパと二人で役割分担しながら色々と家の問題を片づけてゆくのだが、今回のボクには大いなる野望があったりするのだ。

 

 だから胸を張り、拳を作ってポンと胸を叩いた。

 

「任せてパパ―――今回はボクがどれだけ成長したのかをパパとママに見せるから!」

 

「ほう」

 

 片眉を挙げて軽く試すような視線を送ってくるパパに対して自信ありげな表情を送る。何と言ったって、この100年間、ボクだってただパパとママに甘えていた訳じゃない。甘えながら何時か、パパとママの助けになるようにいろんなことを覚えてきたんだ。普段はずっとお仕事しているママがいない今こそ、ついに僕がどこまでできるのかというのを証明する時なんじゃないかと思う。だってパパ、どこからどう見ても不器用だし。パパに家の事を任せていたら絶対にお皿とか扉とかを掃除で壊しかねない!

 

 だったらやっぱり、ここはボクが家の安全を守らなくちゃいけない。

 

「ママが帰ってきた時、驚くぐらいいつも通りの姿をそれで見せるの!」

 

「そうか……上手く行くといいな……」

 

 パパの言い方がちょっとだけ気になったりするけど、それでも自分の力で何とかなるようにしなくちゃいけないのは将来的に旅に出た時の事を考えて当然の備えだった。少なくとも料理ぐらい自分の力だけでできるようにならなきゃ意味がない。だけどそれだけじゃ意味がないし、とりあえずは家の事ができるようになりたい。

 

 だからママがいない、今こそがチャンス。

 

 ママがいるといつの間にか仕事が終わっていて、手伝ったり仕事を奪ったりすることが全くできないのだから。だからママがいないこの間に、ボク一人でできるという事を証明しなくてはならない。

 

「やるぞー、やってやるぞー!」

 

「ふ……応援してるぞ」

 

 パパのエールを背に受けながら、ボクはママ抜きでのこの家の世話を始めることにした。

 

 

 

 

 まず一番最初にやらなくちゃいけないのが家庭菜園の世話だ。

 

 うちには家庭菜園がある。日々、食べる野菜や果物の大半は家庭菜園で育てている。森の中にも結構色々と生えているけど、やっぱり家の近くにあったほうが色々と便利だ、という事で普段はママが手入れをしている。ママは小食だけど、ボクとパパは結構食べる分、それなりの大きさの畑がある。これをママは毎朝、ボクが起きる前に世話をして終わらせている。早起きしてママが手入れしているところを見た事があるけど、本当にてきぱきと迷うこともなく、あっさりと終わらせちゃうものだから凄く驚いた。だけどママがいないのなら、ボクがやらないとだめだ。

 

 動きやすいオーバーオールに着替えて、ストローハットをかぶりお着換え完了。畑に脚を取られても良いように、ブーツを履くのも忘れちゃいけない。

 

「よっし、ママの真似をして、っと……」

 

 如雨露の中にお水をたくさん入れて、それを撒いてゆく―――撒いて―――撒いて―――撒いて……。

 

 水が切れたら注いで、また撒いてゆく。そしてまた切れるので撒いてゆく。

 

「そこ、水を与えすぎだぞ」

 

「わ、解ってるよ! パパはちょっと静かにしてて」

 

「そうか……」

 

 水を与えすぎちゃだめだから適度に水を与えるのを止めつつ、何とか畑の一列目に水を与える事を終えて、額の汗をぬぐいながら空になった如雨露を見て、

 

 そして大量に残された畑の姿を見る。

 

 自分が終わらせた量と、残された量を見てしばし、固まる。

 

「ルーシェ……パパが手伝おうか?」

 

「……」

 

 数秒ほど、どうしようかと考えてからがっくりと肩を下ろし、

 

「うん……パパ助けて……」

 

「よし、任せろ」

 

 結局、パパの力を借りる事となってしまった。

 

 

 

 

「良し! 失敗は成功の元! 次成功すればいいのいいの!」

 

 窓の外を見ればせっせと水撒きをしているパパの姿が見えた。ボクがやるよりもはるかに手際の良い姿は、パパが畑の世話に慣れているという事を証明している。当然だけど、ママがお出かけしている間は大体の事をパパがやってくれている。だからパパがこういうことができるのは、当然だったりする。だからそっちはパパに任せるとして、今度は絶対に失敗しない事をする。

 

 そう、お掃除である。

 

 こっちは度々ママと交代してやっているから何も問題はない。やり方も、道具も、全部どうすればいいか分かっている。こっちは畑の方とは違ってすぐに終わらせられる自信がある。

 

「まずはクローゼットから掃除機を取ってー」

 

 ママが普段から使っている掃除機! これはマナバッテリーによって駆動しているから、普段バッテリーに魔力を充電しておけば本体が壊れない限りはちゃんと動き続ける、簡単にお掃除ができる必須アイテム。これがあるからボクでも簡単にお掃除ができるのだ。一応先に掃除機の中に入ってるごみ袋が空っぽなのを確かめてからスイッチオン。

 

 がーがー音を鳴らしながら掃除機を動かし始める。

 

「すいすいー」

 

 フローリングの上を滑らせて、ちゃんと部屋の隅っこの方まで掃除機を滑らせるのを忘れない。本当に届かない角の角の方や、ほそーい所は掃除機に備え付けのチューブを使って吸い込む。地味に部屋が多かったりするので、掃除しなきゃいけない範囲は広い。だけど掃除機の掃除は凄い楽なので、そんなのは関係なくすいすい進んでゆく。リビングを終わらせたらダイニングへ。そこから廊下に出てトイレ、洗面所、そしてパパとママのベッドルームに自分の部屋の床を掃除機ですいすいと掃除してしまう。

 

 そう、ボク一人でもできるもん。

 

 一通り掃除機での掃除が終われば中のごみ袋を取って、その口を結んでからごみ袋をごみ箱の中へと捨て去り、新しいごみ袋を中にセットして完了。

 

 普段から家を綺麗に使っているのは事実だが、それでも生活していれば少しずつ汚れてくるのは事実だ。だから定期的に掃除する必要がある。とはいえ、普段から綺麗にしているからそんなに掃除する必要なんて元々なかったから、簡単に掃除するだけで綺麗になる。

 

 でもこうなってくると少し物足りなさが出てくる。

 

 もうちょっとお家を綺麗にお掃除したくなる。

 

 となるとやっぱり窓の掃除だろうか?

 

 それともキッチンの掃除だろうか?

 

 でも正直、キッチンの掃除はやることが多すぎてママの手際を見ていても何をすればいいのか、全くわからない。それに火の回りを勝手に触ると危ないって怒られる。となると窓の掃除をするのがいいのかもしれない。窓の掃除だったらちょっとパパの力を借りる必要があるかもしれないが、一日で全部綺麗にすることができるはずだ。

 

 そうとなれば、やる事は決まった。バケツや雑巾を用意しなきゃならない。

 

「よーし、やるぞー」

 

 と、気合を入れた所で、

 

「ルーシェ。そろそろ昼の準備をするから切り上げておけ」

 

「あ、はーい!」

 

 パパの声に一時的にお掃除を中断する。手を洗ってきたパパと一緒にキッチンに向かいながら、冷蔵庫の中をチェックする。ママが出ていく前に事前にいろいろと用意してくれたり、作り置きを用意してくれている。それから手を付けるのも別にいいのだが―――やっぱり、折角ママがいないのだから、自分で何かを作りたいという欲が強い。幸い、自分でも簡単に作れるものがある。材料も冷蔵庫の中に揃っている。

 

「どうする?」

 

「サンドイッチ作る!」

 

「ならパンを切ろう」

 

「じゃあ具の用意する!」

 

「その前にちゃんと手を洗っておけ」

 

「はーい」

 

 パパに促され、手を洗ってから昼食の準備に、パパと一緒に入る。そこにママはいないけど、やっぱりパパと一緒に何かをする、というのは物凄い新鮮だ。いつもはママとやっていることばかりに、同じことでも違う風に感じられる。この少しの変化が、楽しいのだ。

 

 ママが家にいないのはちょっぴり寂しいけど―――やっぱり、少しだけ感じる非日常は楽しい。

 

 

 

 

 それから数日間は、パパとお留守番をした。

 

 数日間家をママが空けるというのは本当に珍しかった。何かがあるようなら、必要なら、というのは大体パパがやってくれる。長期で外に出るのは大体パパで、ママでも長い間外に出るような事はなかったからだ。だからすぐに帰ってくると思って実行した、《お帰り、家はピカピカにしておいたよ》作戦は失敗したものの、しばらくはパパと二人の生活で、家のあれこれをやっていた。

 

 やっていてわかるのは、一人でなんでもかんでもやろうとすると、すぐに時間が無くなってしまうという事だった。

 

 自分でやれることはやろうとして―――頑張ってみたらいつの間にか日が暮れていた。

 

 最近は歌を歌ったり、パパに買ってもらった楽器でちょっと演奏してみたり、楽譜の読み方を覚えてみたり、色々とやりたい事が多かった。なんというか、これが一番楽しい! というものがようやく見つかった感じがあるからそれをする時間も欲しい。

 

 だけど家の事をやると、それだけで一日の時間が潰れてしまう。そうすると練習する時間も、遊ぶ時間も、勉強する時間も無くなってしまう。

 

 だから本当に、本当に……しょうがないけど、パパと役割分担して、家の事を片づけることにした。一人でなんでもかんでもやろうとすると、全く時間が足りないし、パパが凄い寂しそうな顔をしている事も解ったからだ。

 

 決して、もっと遊ぶ時間が欲しいからという理由じゃない。

 

 だけどこうやってママがいない時に全部やろうとして解るのは、これを普段からママは何も文句を言わずに、しかもちゃんと時間以内に終わらせられるように一人でやっているという事だった。

 

 意外と……というか、結構な重労働だ。

 

 それをママは何も文句を言わずに全部、毎日毎日やっているのだ。

 

 改めてそうやってママがやっていることを自分で感じると、感謝の言葉しかなかった。ママはいつもいつも笑顔で、そして飽きる事もなくボクとパパの面倒を見ている。

 

 純粋に凄いなぁ、と思う。

 

 ボクだったら毎日そんな風に我慢する事は出来ない。だから家にママが帰ってきたら、思いっきり抱きしめてお疲れ様、お帰り、そしてありがとうの言葉を伝えないといけないと思った。

 

 この感謝の気持ちを、どうにかしてママに伝えなきゃいけない。だけどどうすればこの心いっぱいの気持ちを伝える事ができるんだろう?

 

 そんなことを考えている間に、森が少しだけざわめいた。

 

 それでママがこの森に帰ってきたんだ、というのが解ってしまった。

 

 家の中で読んでいた本を椅子の上へと置いてから家の外へと向かって走って飛び出し、家へと向かって林道を歩いてやってくるいつも通りの、変わらないママの姿を見つけた。その姿を見て、自分が寂しさを感じていた事を自覚しながら、それがママの帰還と共に払拭されたのを感じつつ笑みを浮かべて、近づこうとしたところで、

 

 ママのすぐ横、足にしがみつくように半分隠れるようにいる子の姿を見つけた。

 

 綺麗な、長い緑髪の女の子―――どこか、おどおどとしている様子の、子。

 

 初めて見る、自分よりも小さな人。

 

 初めて会う、パパとママ以外の誰か。

 

 助けを求めるようにママを見上げたのは、ボクだけじゃなかった。

 

 だけどママはボクと彼女を見る顔へ笑みを浮かべて、何も言わない。だからボクは……たぶん、彼女よりも年上だから、歩いて近づきながら、

 

「あ、あの」

 

 と、声をかけて。その声に彼女はちょっとびくり、と体を震わせてから消え入りそうな声で答えてきた。

 

「は、はい」

 

「ぼ、ボクはルーシェ。き、君の名前は?」

 

「わ、私は―――」

 

 彼女は、少しおびえるように、しかし覚悟を込めるようにママの後ろから出てきて、頑張るように―――、

 

「ほ、ホーネットでしゅ!」

 

 噛んだ。




 でしゅ。

 ロリホーネットよ~。


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XXX年 友達!

「ふふふ、ホーちゃんこっち! こっち!」

 

「ま、待ってくださいルーちゃん!」

 

 ふふふ、と笑いながらホーネットと軽く距離を開けて走る。後ろから追いかけてくるホーネットは少しだけ本気を出すように、魔力を使って肉体を強化して追いすがってくる。だがこちらも追いかけっこには中々自信がある。追いかけてくるホーネットを振りきるように足に力を込めて跳ぶ。追い付きそうなホーネットに対して距離を開けながら花畑の大地に着地する。それを見たホーネットが軽く頬を膨らませながら、

 

「《粘着地面》!」

 

 と、いきなり反則技を使ってくる。

 

 ……が、問題はない。

 

 ホーネットと自分がやっている追いかけっこは、フライング3秒前、反則ありの問答無用ルールなのだ。魔法ぐらい使われたって反則だけど問題ないのだ。

 

 ……反則だけど。

 

 全く問題ないのだ!

 

 ホーネットが着地する所に設置するねばねばする地面を、そのまま強く足を叩きつける事で破壊してしまう。ねばねばするのがちょっとだけ靴の裏にくっついちゃうけど、それでも強く踏めばそれも剥がれる。花畑もちょっとだけ荒れるけどなぜか次の日には綺麗に戻っているし、気にする必要はない。だってここは、そういう場所だってママが言っていたから。だから楽しむように笑って、声を出して、魔法を踏みつぶすとホーネットがもう目の前にいた。

 

「あ」

 

「隙あり、ですよルーちゃん」

 

 と、地面を破壊している間に追い付かれたホーネットにタッチされてしまった。ぺちり、と頭を叩かれて、うー、と声をこぼしながらそのままそこに立って、ホーネットが逃げ出すのを待つ。

 

「いーち、にーい、さーん、しーい、ごろくしはくじゅ!」

 

「ずるい!」

 

「ずるいもーん!」

 

「じゃあ飛びます」

 

「あ―――!」

 

 ホーネットがママ直伝の飛行魔法で飛び始めた。ボクは、ホーネットみたいに魔法が使えないからママから魔法を教えて貰えたホーネットの事が少しだけ、羨ましい。だけど自分の方がいっぱいママから教わっている。だからそれを考えたら自分の方が上だ。何で上、とかは良くわからないけど。自分の方が上なのでオッケー。

 

 なのでホーネットが飛び上がって逃亡するのを見て、同時に追いかけ始める。勢いよく地面をけって跳躍し、ホーネットへと向かうが、ホーネットが急降下し、こちらの下へと潜り込み、上へと飛んでゆくのを少しだけ面白そうに眺めているのが見えた。空を飛べないと、空を飛ぶホーネット相手には物凄く不利になるというかまともに追い付ける気がしない。

 

 だからずるをするしかない。

 

 そう、これは仕方がない事なのである!

 

 ホーネットを超えるように着地すると、ホーネットは距離を開けずにいつでもよけられるように、一定の距離を開けた状態で浮かんだまま、こちらの動きを待っている。だからそれに対抗するように、手を森の方へと向ける。

 

「おいで!」

 

 声を張って、呼び出す。

 

「……」

 

「……」

 

 手を突き出した姿勢のまま、少しだけ無言で待つ。ホーネットがこちらに視線を送ってくる。

 

「大丈夫ですか?」

 

「も、もう少しだけ待ってて! たぶん迷子になってるだけだから」

 

「迷子」

 

 手をもう一度力強く森の方へと押し出すと、木々の間から回転しながら弓が飛んでくる。それを突き出した手で掴み取り、掲げるようにポーズを決めれば、ホーネットの目が少しだけ輝いているのが見える。うんうん、かっこいいよね。ボクもこれを決めるためにかなり練習したもん。そして()()()()()()()が手元に来たら問題は解決する。

 

 複数の弦が琴のようについた弓はセットとなる矢が存在せず、普通の弓を構えるように弓を構えられる。何をするのか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()はすぐに察して、魔法を発動させる。待っていた分ホーネットの方が早くて、風を起こして花びらを舞い上げ、こちらの視界を奪ってくる。

 

 だけど、()()()()()()()()()()()()()

 

「しゃららーん!」

 

 小指で弦を抑えながら中指で弾き、音の波を作る。小指で抑える強さによって音の波が、強く弱く低く高くなったりする。その変化が面白い。だけどそれだけじゃなくて、音はどこにでも響くものだから、たとえ見えなくても、聞こえてしまう。

 

「わぷっ、くしゅん!」

 

「えへへ、成功」

 

 花びらを音で弾いて、ホーネットの顔に当てた。それによってホーネットの魔法が狂う。これでホーネットが落ちてくる―――!

 

 と、思ったのも束の間。

 

 ホーネットから瞬間的に大量の魔力が放出された。

 

「あ゛っ」

 

「え? あっ」

 

 ホーネットから瞬間的に放出された魔力が行き場を求めて暴走する。ホーネットは、凄まじい魔力を持っていて普段はそれをコントロールしているのだが、どうやら今ので完全にコントロールを失ってしまったらしく、ホーネットが滅茶苦茶おろおろしながら見渡している。自分も肥大化を続ける魔力を前に、弓を握った手を大きく振っている。

 

「静まれー! 静まりたまえー! 魔力さん静まって―――!」

 

「たぶんそれじゃ静まらないです―――!」

 

「ほんと!?」

 

「本当に!」

 

 静まらないらしい。降りて―――というよりは顔面から落ちてきたホーネットと一緒に地上でわたわたドゥーム・デイの到来を絶望しながら眺めていれば、

 

「―――全く、何をやっているんだ」

 

 頼りになる声が、ちょっと苦笑交じりにやってきた。

 

 視界に映らない速度で出現した影は、登場と同時に一撃で破裂寸前だった魔力を消し去って、余波も何も残さず消滅させて―――しかし、魔力を暴走させているホーネットがまだ残っている。ホッとしたところで今度は魔法が暴発しそうになり、

 

 それをパパが軽いデコピンをホーネットの額に叩き込んで止めた。ついでにと言わんばかりにパパがこっちにもデコピンを叩き込んでくる。軽くその衝撃によろけながら額を抑える。滅茶苦茶痛い。ちょっと涙が出ちゃう。

 

 ちゃんと痛いというのを確認するようにパパがボクとホーネットを見て、腕を組む。

 

「遊びに夢中になるのはいいが、ちゃんと注意を払うべきところには注意を払っておけ。全く、落ち着くまで魔力は消しておくからな」

 

「はい、ごめんなさい……」

 

「はーい!」

 

「本当に反省しているのか……」

 

 パパがあきれた視線をこちらに向けてくるが、大丈夫大丈夫、今回はちょっと咬み合わせが悪かっただけだ。次回はこう……詠唱キャンセルとか、そんな感じの大道芸を狙っていけば面白いのかもしれない。声に対して音をぶつけることで無音を作る……そうすれば魔法とか完全に抑え込めるんじゃないだろうか? まぁ、ホーネットが魔法を使わずに魔力をぶっ放してきたらどうしようもないけど。

 

 それでもこのエクストリーム追いかけっこの探求は、止まらない……!

 

「反省してない顔だなこれは」

 

「あ痛っ」

 

 パパにげんこつを貰ってしまった。

 

 

 

 

 ホーちゃんが、ホーネットがうちにやってきてから一年が経った。

 

 なんでも、ホーネットは《外》の世界では物凄く強く、そして魔王とかいう人物の娘らしい。ホーネットが解る頃にはホーネットのママは死んでいて、ホーネットのパパの魔王が部下の決戦リンク? とかいう人に頼んで面倒を見て貰ってたらしい。ママが言うには、別にホーネットは嫌われている訳じゃなかったらしい。魔王も偶にホーネットに会いに来ては色々とプレゼントしてたらしい。

 

 パパが不器用な奴だ、と言っていたのをママが物凄い視線で見てたのが面白かった。

 

 しかし、外の世界で起きている戦争もこれからは激しくなっていくらしい。なんでも、クライマックスとの事。これから更に激しく、そして一部を除いた大陸全土で今までにない規模の大戦争が発生するらしい。

 

 まおー様は城を出て戦う。決戦リンクさんもそうらしい。魔人と呼ばれる人たちは皆、戦うらしい。そうなると誰も、ホーネットと一緒にいられない。だからそこをママが連れてきた、という話だった。戦争が終わるまで、大体の見通して10年ぐらいという話。その間、信頼して安全だと解る場所にホーネットを預かるという事で、ホーネットはうちにいる。

 

 そんな訳で一年、一緒だった。

 

 最初のころはなんというか……凄い、テンパってた。なんでもかんでもできる! という事を見せようとしたり、お父さんである魔王を心配させないようにしているのがボクからでも解っていた。だから良く噛んでいたし、転んだりする姿も見えて、たまに泣きそうになっていた。だけどそれをホーネットは堪えていた。やっぱり、寂しいんだったと思う。初めてお父さんから離れて遠くで暮らすことになって。

 

 ホーネットは、ボクが知っている限りとても頭の良い子だから。きっと、彼女がわがままを言ってはいけない、言えないという事が解っていたんだと思う。それでも寂しさというものはごまかせるものでも、我慢できるものでもない。だからそれを忘れようとして空回って頑張ろうとする姿は―――うん、少し前に自分でもやったなぁ、というのを思い出す。

 

 ともあれ、それから一年が経過したのである。

 

 ここまでくると、流石に気を張り続けるのも難しいという事で、ホーネットもちょっとだけ頑張るのをやめた。でも元が頑張り屋さんみたいで、いつも何かできないか、というのをパパとママに聞いてくる。だけどホーネットにもちろん、ボクも負けてはいられない。ホーネットがパパとママに何かできないかと聞くのなら、ボクもパパとママに何かできないか、と詰め寄る。

 

 そうやって、ボクとホーネットは競い合うようになった。

 

 どっちが役に立てるか、からどっちのが凄いのかへ変わった。

 

 そうなってくると、ホーネットもだいぶ遠慮というものがなくなってくる。ホーネットはお嬢様だから、そういう風に教育を受けたらしいから、口調はボクなんかと違って物凄く丁寧で、おしとやかな感じだ。でも、彼女の根本の部分はそうじゃない。物凄いお転婆……なのはボクと一緒。だから体を動かしたり、一緒に遊んで回るのは凄く楽しい。

 

 何よりも、初めて自分と比べ、競い合える友達は凄く、嬉しい。

 

 今までは自分ひとりで頑張って、パパとママに教わるだけだったけど、今はホーネットがいるから一人で頑張るだけじゃない。自分がどれだけ成長したのかを図って勝負できる相手がいる。

 

 それがたまらなく、楽しかった。

 

 この一年間の毎日が本当に本当に楽しくて、走って遊んだり、武器の練習も今までは嫌だったけど楽しくなってくる。歌を一緒に歌ったり、森の動物さんたちと混ざってお昼寝とかもしている。

 

 こんな日々がずっと、ずっと続けばいいのに。

 

 楽しい毎日が、ずっと続けばいいのに。

 

 遊んで学び、競い合いながら毎日を過ごす。

 

 

 

 

 ルーシェ・カラーとホーネットが、同じベッドの中に入って眠っている。遊び疲れからか、深い眠りに落ちている二人は夢さえも見る事のない深い眠りに落ちている。安らかな表情は、その日がどれだけ満ち足りているのかを表現するものでもあった。手を繋ぎ、一緒に眠る姿はまるで姉妹のように見れる。

 

 ルーシェ・カラーと、ホーネットは同年代の子供ではない。

 

 ルーシェ・カラーはホーネットよりもはるか昔に生まれ、少女のまま時を過ごしている。少女が少女である限り、ルーシェの時は止まったままとして進みはしない。

 

 だがそれが通じるのはルーシェ・カラーだけである。

 

 チクタク、壁に掛けられた時計の針が音を立てながら進んでゆく。

 

 来たときはまだ、ルーシェよりも少し背が低い程度だったホーネットは―――この一年で、その身長がわずかに伸びていた。

 

 少しずつ、

 

 少しずつ、大人へと向けて成長していた。




 次回、ルドラサウムは今日も地獄です ~2時間スペシャル~

 特別ゲストに魔王ガイ、魔人ケイブリス、絶・闘神M・M・ルーン等を迎えてお送りいたします。


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XXX年 聖魔決戦

 緑光の剣が降り注ぐ。

 

 それは分かりやすい破壊と破滅。触れた瞬間消滅が確定する破壊神の剣。本来であれば拡散されるように放たれる緑光はしかし、それを振るう者の意思によって完全なコントロールを得られていた。すなわちさらに密度を、質を上昇させることによって物質化を果たしていた。それは女神が振るうにふさわしい剣という形を取り、十の剣となって射出され、振るわれる。そして今、それが剣弾となって頭上から降り注ぐように落ちてくる。必滅の剣が描くのは即死という結末にほかならない。

 

 破壊の女神ラ・バスワルドに睨まれた存在には、死という結末のみが残される。

 

 故に降り注ぐ先で、死は確定する。

 

 一瞬で光に到達する光剣は防ぐ手段がなく―――、

 

「―――おいおい、そんな物騒な事はやめてくれよっ!」

 

 男の放つ言葉と共に、完全に遮断された。

 

 それはあり得ない光景だった。男が左手で広げる本、そこから引き抜かれた頁が浮かび上がりながら盾になるように動き、男に届くはずであった攻撃に衝突し、傷つく事もなく遮断して無効化した。腕を振るう動きに合わせて展開された頁が障壁となって防ぎながら、不可視の領域から放たれた必殺の重力砲撃を弾く。ほぼ連続、防御から攻撃へと移る瞬間を狙うように放たれた一撃を男は()()()()()()()()()()()()()()()()防いでいた。

 

 その魔法と権能による波状攻撃が収まった瞬間を狙うように、

 

 髑髏顔の機構が周囲に浮かべたビット型機構を通し、砲撃を放った。

 

 三段重ねの遅延攻撃に男の反応は遅れる―――事もなく、射線をギリギリかすめる程度の距離だけ体を滑らせ、回避している。その左手が本を広げている状態に変わりはなく、その身から禍々しい汚染の証である穢れを隠す事もなく、

 

 完全汚染人間の男は、ハンティ・カラー達の前に立ちはだかっていた。

 

 構えていた方の手を下げた状態で正面、ハンティ・カラー、ラ・バスワルド、そして闘神Ωに騎乗しているフリーク・パラフィンが相対し、僅かな沈黙が流れる。それこそフリーのプレイヤーであれば、必殺とも呼べる人材と布陣であった。この組み合わせと戦う事の出来るメインプレイヤーなんて、大陸で片手で数える程度しか見つからないだろう。だが男はその戦力を相手に、

 

 生き延びていた。

 

 連続攻撃が終わった瞬間に男の姿が一瞬だけ喪失し、次の瞬間には力の塊を片手に、闘神Ωへと接近していた。その合間にラ・バスワルドが割込み、緑光の鎧を纏いながら男の一撃を受けた。

 

 当然のように、男の攻撃はその腕もろとも光に触れた個所から消えてゆく。そのまま勢いがあれば体が衝突するようにラ・バスワルドの光の鎧に飲まれて消えるが―――それよりも早く、男の姿が喪失し、闘神Ωの背面に出現する。その腕は肘から先が失われており、完全に消滅している。これでラ・バスワルドの権能が機能していれば男の再生は始まらない。

 

 始まらないはずが―――闇が凝固し、男の腕を形作るように再生してゆく。

 

「《ガンマレイ》!」

 

「おっと」

 

 頭上から魔法が落ちてくるのを男が見る事もなく転がって回避し、続けて振るわれる剣による攻撃を片手で地面をたたき、体を飛ばしてさらに回避する。起き上がった瞬間を狙いすますように緑光の剣が周囲を囲むように出現し、男を狙うと一気に飛翔して襲い掛かってくる。その攻撃のみ、男は迷うことなく頁を周囲に展開するように腕を伸ばし、闇が完全に人肉と破けた衣類を修復再生するのと同時に弾いた。

 

「《ディメンション・バースト》」

 

 ()()()()()()()()()()がカウンターとして叩き込まれる。それをラ・バスワルドは鎧で、ハンティは竜鱗で、そしてΩは純粋なスペックと強度で自己再生しながら耐え抜き、爆破を受けた数秒後にはダメージを完全に回復しながら連続攻撃を男に向かって叩き込む。

 

「やれやれ、本当に容赦がない」

 

 軽い口調で苦笑を零しながらも、男は何かを見るような視線を止めずに動き続ける。それが常にラ・バスワルドの攻撃を先読みし、そしてハンティとΩの動きをギリギリの範囲で避けるか、直ぐに再生できる範囲で受けるかに留められている。一瞬で出現しては消え、奇襲染みた攻撃をΩ、そしてハンティに男は繰り返し行おうとする。だが完全なる緑光の制御を行うラ・バスワルド相手に中級程度の魔法では当てた所で大したダメージにすらならない。

 

 その程度のダメージしか出せないのに、

 

 こと、防衛戦という領域でだけは、男は異常な実力を発揮していた。

 

 その動きはまるで最初から何が来るのかが見えているかのようであり、破壊神の権能である消滅を部分的に受けてもその全身が消えないというのは、

 

 ―――解りやすい、異常性だった。

 

 それでありながら、戦場を一切動かす事なく、三人を前へと進ませていなかった。男は自分がそうである、と指定した防衛線を一切下げることなく攻防をこなしていたのだ。そして今も、

 

 まるでそうなるのが当然のように立った場所は戦いが始まる時、男が立ちはだかった場所である。

 

 魔と人の境界線の戦場。

 

 遠くが見通せるその場で、男は一人で英雄を前に、ひたすら戦場の停滞を行っていた。だがその異様さ、異質さにラ・バスワルドの声が漏れた。

 

「あんた……ナニ……?」

 

 男の存在を理解できないラ・バスワルドが声に疑問を出した。ラ・バスワルドのセンサーには、男が汚染が完了した、完全汚染人間であることを認識していた。だとすればそれはラ・バスワルドの権能が破壊する対象である。彼女の権能が最も有効な存在であるハズ。であるのに、彼女の権能は中途半端な成果しか生み出す事はなく、更に攻撃力に特化するように磨き上げさせられてしまった。それは破壊者としての自負があるラ・バスワルドの自尊心を傷つけるものでもあった。

 

 そんな女神の言葉に、

 

「俺か?」

 

 本は構えたまま、何時でも頁を滑らせられるようにしながらも男は答えた。

 

「哲学者だよ。なんてことはない。自分以外にとっては全く無意味で、無価値で……そして自分にとっても特に意味もない。そんなことを続ける無駄な生き物さ」

 

「無駄に生きてるなら別に、私たちの邪魔をする必要もないよね?」

 

「おっと、これは一本取られたな」

 

 ハンティの言葉に対して哲学者は笑いながら答えつつ、指をスナップさせる。背後から出現した剣を頁でガードし、弾く。それには視線すら向けない。だがそれを目撃したからこそ、見えたものがあった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事実であった。

 

 その動作から、即死を簡単に狙うのは難しいという事を理解し、攻撃の手が止まる。そして男と三人の間で膠着状態が始まる。そもそもからして、男の使う術は時空属性、《魔法Lv3》を要求される上に、それ自体の相性が要求される超高等技能だ。なのに、ハンティは男からはLv2相当の魔力しか感知できていなかった。その汚染人間としての性質、扱っている魔術、先読みの原理を含め、不明点が多すぎる。

 

 謎すぎる敵の存在に戦力などを図り切れていなかった。

 

 そこに、男の笑みが差す。

 

「あぁ、そうだ。そのままおとなしくしていてくれると助かる。時には待つ事も答えであるとは言ったものだろう? 別に永遠に通るなって話じゃないんだ。半日ぐらいゆっくりとここでティータイムでも過ごしたらどうだ?」

 

「冗談を言わんでおくれ。儂らはルーンを止めねばならんのだ。彼がこの先にいるのは解っておる。邪魔をせんでくれんか?」

 

 闘神Ωの言葉に哲学者は即答した。

 

「無理な相談だ。いや、半日後であれば通してやれるんだが……そうだな、所謂最悪のタイミングというやつだ。本当になんでこうもギリギリで来てくれるんだ。俺としても出来たら高みの見物としゃれこみたい所だったのにな。ともあれ……答えはノーだ。残念、もうしばらくここを通してはやれないな」

 

 Ωからの言葉を切り捨てながらも、哲学者は大胆不敵ともとれる態度を貫いていた。戦力差は歴然であり、長期戦に持ち込めば疲弊する分、最終的に男が負けるだろうというのは、見えている。それが見えている中で、一切崩れない余裕に対する違和感が三人を前へと踏み出すことを躊躇させ、

 

 それが男の狙い通りに、状況を膠着へと持ち込んでいる。

 

 その中で、ハンティが今にも全力の緑光でこの周辺全てを更地にしそうなラ・バスワルドを視線で抑えながら口を開く。

 

「なぁ、アンタさ。なら何が目的なんだよ。別段、ルーンの味方……って風には見えないし」

 

「俺か? 俺の目的か……まぁ、そうだな」

 

 そう質問されたことに対して、小さくだが喜びの感情を男は表した。あるいはそういう風に誰かに接されたことがないのかもしれない。どことなく相手の反応を引き出す振る舞いは、相手と語り合うため、という意思表示にもとれる。

 

 そこで男は、応える。

 

「真なる神の名を知る事」

 

「……はぁ?」

 

 そんな、頓珍漢な答えが男から出た。その言葉に当然のようにハンティとΩが首を傾げる事となり、ラ・バスワルドが反応した。

 

「ルドラサウム様の事?」

 

 創造神、ルドラサウム。その名が出た。このルドラサウム大陸には数多くの神々が存在する。だが真、という符号をつけて語れる神は一柱しか存在しない。それこそ創造神ルドラサウム。大陸の名となった神。この次元におけるすべてを自らの身で生み出した存在。その名を口にできるのは、真実に近いもの、或いは上位の神々。魔人となって零落したともとれるラ・バスワルドではあるものの、それでもその元の格は二級神。遥か天上の存在になる。ルドラサウムの存在は当然として、知っている。

 

 その名に対して男は笑みを浮かべた。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

「は?」

 

 今度はラ・バスワルドが開口する番であった。真なる神、と呼べるのはルドラサウムしかない。だが男はそれを否定したし、ルドラサウムを的確に表現する言葉を使った以上その存在を理解している筈だ。いや、そもそもからしてルドラサウムの存在を理解し、そして表現できる事がおかしい。それほどの賢人であるならば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()筈なのだ。

 

 なのに、その態度からして好き勝手動いているようにしか見えない。

 

 大陸の法としてはまずありえないものだ。

 

 創造神の名前にたどり着ける程有能ならば、必ず破滅している。

 

 その上で無名であるのがおかしい。

 

 それは神々サイドの視点から理解できる事であった。

 

 だが男は頭を横に振った。

 

「いや、俺の言っている事が解らないのであれば別に良い。期待していない事だしな。やはり、その足跡を追うしかないか……」

 

 期待外れであると言外に語りつつ、男は自分にしか意味の解らない言葉を口にする。それを聞いてハンティ達はあぁ、なるほどこの自己完結するやり口はまさに求道者、学者、哲学者と言われて違和感のない性質だった。

 

 とはいえ、それで何らかの結論が出るわけでもない。

 

 結局のところ、

 

「通さない、か」

 

「然り。まぁ、あきらめてくれると嬉しい。今は……な」

 

 どうする? という視線をハンティがΩへと送る。戦意をたぎらせるラ・バスワルドに関しては聞かなくても解るとして、ここにきているのは闘神Ω―――フリーク・パラフィンの意向が大きい。フリークが半日待てると言うのであればこの気味の悪い男もやり過ごせるというのがハンティの考えではあったが、

 

「残念じゃがそれは難しい……ルーンがもはや己の身を顧みずに前線を押し上げる事に決めて最前線に来ている。恐らくルーンだけと儂らが会える、戦える時は今だけじゃろう。時間が経てばほかの闘神や魔軍とぶつかるじゃろう」

 

 ルーンを討つチャンスは今しかない。ハンティの伝手を使い、最強の闘神である闘神M・M・ルーンを問答無用で消滅させられるラ・バスワルドを引き連れたのだ。通常の戦力であれば通じないルーンも、ラ・バスワルドという鬼札であれば余裕で対応できる。闘神の再生能力も、その全身を一瞬で破壊の緑光で包み込んでしまえば意味はない。学習も、改良も行えずに消滅する結末しか残されない。

 

 故に、ここしかない。ラ・バスワルドの消滅光が万が一にでも解析されれば―――それこそ、完全なる闘神が誕生してしまう。

 

 そうなっては遅い。

 

 それに、またこの女神を連れ出せるとも限らない。

 

 その為、フリークにとっては今、この時だけがルーンを倒せる時であった。それゆえフリークはこの場を引く事が出来ない。前に進み、ルーンと相対しなくてはならない。己の教え子が生み出した不始末を、これまでずっと目をそらし続けていた事実に直視する時が来たのだ。

 

 もはや、逃げる事は出来ない。

 

「退いては、くれんかな」

 

「交渉決裂とは実に残念だ。俺もこんな無益で辛い争いを続けたくはないのだが、こうなってしまえば仕方あるまい」

 

 とことんやりあおうか、という言葉を構えなおしながら示す男に対して、ハンティ達もこの男を突破する為に魔力を高まらせる。

 

 衝突は必須。回避のできない結末に、それぞれが動きを始めようとした瞬間、

 

「っ!?」

 

 ―――激震が大地を揺らした。

 

 それと共に空が赤く染まるほどの炎柱が発生し、戦場の一角が変質したのをその場にいる誰もが感じ取った。その反応と共に即座に男は三人から視線を外し、振り返った―――戦場、その争乱の中心点へと。その場かあらまるで見えているかのように、喜悦の表情を浮かべた。

 

「あぁ……ついに始まった。これでまた歴史が変わる」

 

 本を覗き込み、確認するように視線を巡らせてから男は正面、もはや元には戻らない流れを見た。正史、と呼ばれるはずの流れからはもうすでに逸脱している。完全にそれがもとに戻る事が出来ない流れが、ここに男の妨害によって完成されてしまった。ハンティ達がたどり着けば、或いはまだ本来の流れに沿う事は出来たのかもしれない。

 

 だが、もう遅い。

 

 男がその流れを完全にここで断ち切った、パラレル、或いはIFと呼ばれる流れを新しい歴史として、本来の歴史の上書きに成功した瞬間でもある。

 

「これにより真なる神の存在は完全なるものとなる。新たな維持神としての地位は確固となり、もはや何者にも止められず、染められない至高の存在となった。あぁ、真なる神よ。願わくばお前の名を知りたいところだが―――」

 

 男は成し遂げたことに酔うように言葉を放ち、腕を広げて動きを止め、そしておっと、と声を零す。振り返りながら三人を見渡し、

 

「あぁ、すまない。俺の用事はもう済んだか―――」

 

 と、言葉の途中を緑光が薙ぎ払った。

 

 完全に上半身を飲み込んだ緑光は問答無用で男の上下を分断しながら消し飛ばし、足と本だけを残して綺麗に消滅させた。

 

「バスワルド!!」

 

「え、今の私が悪いの? いや、だって明らかに隙だらけだったし……」

 

「いや、うん。悪くはないんじゃと思うんだけど……うん、やっぱり今のはちょっとひどいと思うわい……」

 

「えぇー……」

 

 男の残骸を三人が眺めながら軽く息を抜けば、即座に大気が震えるのを感じ取れる。濃密な魔力と殺気が常に殺意と闘争心渦巻く戦場の中で突き抜けるように感じ取られる。ここに来て、三人は男が一体何を待ち望み、そして時間を稼ごうとしていたのかを理解する。

 

 その魔力の質を知り、読む事の出来るハンティはその主の名前を口に出す。

 

「―――ガイか!」

 

 

 

 

「《ラグナロク》」

 

 魔剣カオスを手に握り、生命と魔力を燃焼させる事で超越的な力を手にする禁呪を斬撃と魔法、織り交ぜて放つ。その融合と昇華、同時にコントロールする技術はもはや、ガイにしか行えないものであり、その破壊力は溜めや詠唱を必要とする大魔法に匹敵するものの、その性質から()()()()()()()()()という点が、ほかの全てを凌駕していた。

 

 剣を振るい落とす。

 

 それだけで大地が砕けて割れ、黒い衝撃波が戦場を拓く。それに合わせて振り上げる剣が大地から黒い爪を生み出し、対象を大地から串刺しにしながら粉砕する。

 

 たったそれだけの攻撃で闘神が数体、再生不可能な状態にまで粉砕された。漆黒の魔力を纏う半人半魔の男―――魔王ガイの前に、その程度の障害は、敵として立つ資格さえなかった。

 

 ガイが闘神を滅し、歩き出すのと同時にその前方をかすめるように闘神の残骸が吹き飛んだ。瓦礫の山となった闘神達を吹き飛ばしながら、巨大なリスの魔人、ケイブリスが出現する。ギリギリ闘神がガイを掠めたのを見て、

 

「ちっ」

 

 聞こえるように舌打ちを放った。それを見てガイがケイブリスへと視線を向ける。

 

「今、当たりそうだったのだが」

 

「当たれば良かったな。そうすりゃあ俺様が魔王だ」

 

 ガイが転がっている闘神の残骸へと視線を向けてから、ケイブリスへと視線を戻す。

 

「あの程度では無理だ」

 

 そこでいったん言葉を止め、両手でカオスを握ったガイがそれを振り下ろした。出没する鉄の即席兵士、マジックポーンを大地から生み出した無数の漆黒の剣で串刺しにし、真っ二つに粉砕しながらその破片を魔力で溶かしつくした。

 

 それから、視線がケイブリスへと戻る。

 

「最低限これぐらいして貰わねば無理だ」

 

「そういう意味じゃねぇよ……」

 

「それに魔王はホーネットに継がせる。貴様には無理だ」

 

「解った、てめぇ俺様を煽ってるな?」

 

 ケイブリスのその言葉にガイが首を傾げ、ケイブリスの額に青筋が浮かぶ。その様子に殺せと喚くカオスの声は―――しない。魔剣カオスに映されているその顔の姿は目を閉じて眠っているように見える。

 

 ケイブリスにそんなリアクションを向けてからさて、とガイは声を零し、

 

 その視線を正面へと戻した。

 

 その先にある、巨大な機構を見据えるように、カオスを正面の大地に突き刺しながら両手を乗せた。

 

「さて……待たせてしまったか?」

 

「いや、気にする必要はない」

 

 巨大さでいえば、それは最大級の闘神に匹敵するだけの大きさはない。全長8m程、しかしケイブリスやガイからすれば十分なほどに大きい機構である。だが重要なのはその大きさではなく、

 

 ―――気迫だ。

 

 魔王が放つ瘴気、ケイブリスが纏う瘴気。それを意思のみで超越するほどの気迫をこの闘神―――M・M・ルーンは纏っていた。

 

「今日終わる、という事を考えれば多少待っても問題はない、何もない」

 

 己の実力を一切疑わず、自分がたどるであろう結末にも疑いはない。そんな闘神となったルーンが魔王と、そして最強の魔人と相対している。間違いなく現在の人類最強と呼べる存在を前にガイも成程、と声を零す。その様子をケイブリスは全く興味なさげに大剣を二刀、腰から引き抜いて大地に叩きつけるように落とした。

 

「人界の覇者に聞こう」

 

「答えよう」

 

「矛を、収めるつもりはないか」

 

「愚問。私は亡ぼす。魔の全てを。そして人類の黄金時代を取り戻す」

 

 ルーンのメカアイがガイをとらえる。

 

「この大陸に―――貴様らは不要だ。特に裏切り者(ガイ)、貴様はな」

 

「成程」

 

 ルーンの言葉に対し、ガイは一瞬だけ何のことかを悩んだ。だが裏切り、という言葉に覚えはあった。自分が人類を裏切った時は一度。それが大陸の存続のために必要だった……とは、絶対に人に言える事ではない。もし、その時の事をルーンはどうにかして知ってしまっているのであれば―――或いは、ルーンから発せられる怒りというものは、そこから来ているのかもしれなく、

 

 だとすれば、ルーンの怒りと言動には、そう、正当性があるのだろう。

 

 だからと言って、ガイは負ける事が出来なかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()になる。また、自分が倒れ、魔軍が完全に殲滅されるような事があれば、それこそ前に教えられた文明のリセットが行われかねない。その地獄を当時のドラゴンから、ガイは話を聞いている。ゆえに自分に敗北は許されないという事実を、ガイは認識していた。

 

「ならば戦うしかないか」

 

 その言葉に大気が震えだす。ガイが戦う意思を見せたことに呼応し、魔力が高まる。戦闘態勢に入るようにガイがカオスを大地から抜き、それを騎士がするように、正面に構えた。そのガイを見て、横に唾を吐き捨てたケイブリスが大剣ウスパー、そしてサスパーを肩に担ぐ。

 

「で、茶番は終わったのか? ごちゃごちゃうるせぇ事言ってねぇで始めるならとっとと始めるぞ」

 

 ガイと協調する気が皆無のケイブリスは眠そうにそう言葉を放ち、二人が言葉を放ち終わるのを待っていた。結局のところ、最も魔物らしいケイブリスに個人の主義や主張なんて関係はない。

 

 強者である以上、殺して糧にする。

 

 その事しか考えていない。

 

「これより審判を下す。我ら聖魔教団が、この地より魔軍の全てを亡ぼし人類の明日を取り戻すために―――!」

 

 吠えた。

 

 M・M・ルーンがその鋼の肉体の全身で吠える。大気を震わすガイの魔力に対抗するように機甲が振動と()で震える。その身から溢れ出す魔力がガイと衝突し、僅かに押されながら―――光の粒子がその身から漏れ出す。銀色の粒子が魔力と反応して弾ける。その衝撃がガイとケイブリスに届き、その身を守る《無敵結界》を破壊する。

 

「は?」

 

「……日光か」

 

 その正体をガイは見抜き、かつての戦友がどういう風に利用されているのかを理解し、

 

  

 ―――迷うことなくカオスを振りぬいた。

 

 漆黒の斬撃が大地を薙ぎ払いながらルーンへと到達し、その姿に衝突するも、ルーン側はまるでダメージを受けていないような様子を見せ、その鋼の機構を動かす。

 

 前へ、前へと向かって。怨敵であるガイを亡ぼす為に一歩一歩で大地を粉砕しながら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。対魔王を想定しているのが闘神M・M・ルーンという存在であるが故、魔王の攻撃を受けても崩壊しないのは当然の設計である。

 

 動き出したその姿は鋼の拳を、矛を、盾を生み出し、

 

「死ねオラ!」

 

 一切の事情を考慮しない、ただ単に殺しに来たケイブリスと衝突した。正面から振り下ろされるケイブリスの大剣がルーンの盾と衝突し、盾を砕きながらその身に刃を食い込ませ、双方の前進する動きが止まる。

 

「そっちばっか見てねぇで俺様の相手しろよなぁ? よそ見ばっかで簡単に死んだら経験値になりゃしねぇからなァ!」

 

「邪魔、だ……!」

 

 ケイブリスとルーンが拮抗するように見え―――ルーンの背面が開く。そこからミサイルが発射され、空へと穿たれてからゆっくりと、落下を開始する。その合間に接近してくるガイに対抗するようにルーンが腕を増やし、武器を増やし、ケイブリスと同時に相手する準備を開始し、

 

 暴力と、魔力と破壊が衝突する。

 

 ミサイルと魔力の爆破地点から三者が飛び出し、距離を開ける。

 

「無間連続の闇よ……落ちろ」

 

 一番早く反応を示したのはガイだった。戦闘をしながら()()()()()()()()()()()()()()魔法を常に詠唱と発動を行えるガイは、その行動がほかの者と比べて半歩、早い。

 

 故に放たれた牽制の一撃がルーンを飲み込み、その内側から閃光が見える。ルーンの全身から圧縮された光が―――即ち、レーザーが全方位へと向かってあらゆる物質を貫通しながら放たれる。視界を覆う光がそのまま熱量となってあたりを炎で満たし、その中をケイブリスが突き抜ける。

 

 自身の体を覆う狂瘴気、それを圧縮させた瘴気の鎧と呼べるものでレーザーによる影響力をカットしながら、魔法を完全に捨て去り、その怪物的な身体能力で剣を振るい、

 

 叩きつける。

 

 致命傷へと繋がるダメージだけを見切り、自身の生命力を計算し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()する。

 

 そのあまりにも怪物的な戦い方は、考えてないように見えて―――違う。

 

 それは怪物として最適化されたケイブリスという魔人の戦い方であった。ガイが魔法と剣に秀でる結果、それを融合させた魔剣術を振るうように、ルーンが超越された化学と魔法の力で闘神を生み出したように、ケイブリスも自身の強さを求めた。

 

 それは圧倒的なフィジカルと経験から来る強み。

 

「行くぞオラっ! 行くぞオラっ! 行くぞオラッッ!」

 

 制圧、蹂躙、粉砕。

 

 結局のところで、ケイブリスの武器はその圧倒的なフィジカルの高さにある。武芸? 高度な魔法? 策謀? それは魔物の戦い方ではない。

 

 ケイブリスにある戦い方は一つ―――正面から粉砕する事のみ。

 

 最低限の動作で、最大限己の力を叩き込み続ける。

 

 そのために武芸を見た。学んだ。覚えた。体で知って、覚えた。

 

 なら後はそれを察知してよけながら叩き込み続けるのみ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 おそらくは、この大陸で神を抜きにすれば、最も古代から最も多くの戦いを目にしてきた者。それゆえに何が危険か、どう対処すればいいのか、そういう経験則の塊がケイブリスという存在である。

 

 その為、どんな奇抜で、新しい攻撃手段であれ、その大半がケイブリスからすれば、既知の範疇に入る。

 

 未知であれ、過去の経験則からどう対処すればいいのかというのが即座に出現する。

 

 ゆえにケイブリスは迷わない。あらゆる攻撃を経験から最適な対処法を導き―――ルーンの体に正面から攻撃を叩き込む。巨体がケイブリスの膂力によって持ち上がり、吹き飛ばされながら瓦礫の山に粉砕するように衝突し、その向こう側へと姿が消える。

 

「《ラグナロク》」

 

 瓦礫の雨の中へと向かってガイの必殺技が叩き込まれる。漆黒の破壊と爪が同時に空間を襲い、あらゆる物質を粉砕する。連携ではなく、個人の動きを適当に組み合わせて行動する二人は、特別仲が良いわけではない。息が合う訳でもない。

 

 だが、単純に強い。

 

 恐ろしいぐらいに強い。

 

 一定のレベルを超越した怪物であるケイブリスとガイにとって、他人との連携は()()()()()()()()()()()()になってくる。その為、フルスペックで戦うのであれば寧ろ考慮するための他者が邪魔。

 

 ならば個人の動きを突き抜けさせ、その結果最適な行動に繋がるように動けば良い。

 

 長らく戦っているものであれば、その場の空気である程度最善を取る事ができる。

 

 ケイブリスとガイの組み合わせとはそういうものであり―――普通に考えれば、これに対応できるような存在はない。

 

 そう、普通であれば。

 

 瓦礫を蒸発させるような破壊の中、ルーンの姿が出現する。その肉体は()()()()()()()()()()()()()()()()()。その大きさも前よりも一回り巨大化しており、足元の闘神の残骸がゆっくりと溶けて、液状になってからルーンに組み込まれ、新たな装甲を形成するのがケイブリスとガイの目に映る。

 

「自己進化―――改造―――改良―――プログラム修正―――補正、情報取得完了」

 

 自己改造を完了させたルーンの姿は、ガイとケイブリスと戦う為に改良するように凶悪化していく。そしてそれを魔軍最強の二柱は気にせず武器を構え、相談する事もなく、

 

 突貫する。

 

 ここに、聖魔教団が築いた人類の時代を終わらせる戦いが始まった。




 日光さんは刀身を折られたら再生させられて、また折られてを繰り返して無敵結界を貫通できる素材を提供(隠語)させられてたらしいね? なんてエコなんだ聖魔教団……!


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XXX年 ホーとルー

「起きて―――ねぇ、起きて」

 

「あと二日……」

 

「いえ、後二日って何ですか。あ、でも生態的に普通に二日眠れそう……じゃないです! ルーちゃん! 眠ってると朝の紅茶飲めなくなりますよ! もぅ!」

 

「あ、それはダメ起きる」

 

 勢いよく上半身を持ち上げると髪が前に吹っ飛んで顔を覆い隠した。軽く息を吐いて前髪を跳ねのけるが、ホーネットがため息を零しながらベッドに起き上がったこちらの後ろに回ると、既に用意していたブラシで髪を梳き始める。

 

「もう、本当にこういうところはものぐさなんですから……」

 

「ぽけー」

 

 しばらく上半身を持ち上げた状態でぼけっとしていると、ホーネットが慣れた手つきで髪を梳き終わる。そうするといつも通りのツインテールに髪形を整えられる。そのころにはこっちの意識も覚醒し始めているので、軽く頭を振って意識を再確認しつつ、ベッドから降りる。寝ている間に凝り固まった体をほぐすように軽く体を伸ばしてから、洗面所へと歯を磨いて、顔を洗うために向かう。シャワーとかは紅茶の後でいいや、と思っている。

 

「おはようホーちゃん! 歯を磨いてくる」

 

「おはよう、ルーちゃん」

 

 一時の別れをホーネットに告げて、窓から入り込む新鮮な空気を感じながら洗面所へと走る。

 

 今日も、変わらない一日がやってきた。今日は、どんなことをして遊ぼうか?

 

 

 

 

 切り株に腰掛けながらベルトのバインダーにセットされている小型の竪琴を取り出す。パパが言うマジックアイテムであるこれは、お願いすればサイズを変えてくれるから持ち運びに便利なもので、直ぐに大きく、竪琴からハープと呼べるサイズに変わってくれる。そうやって大きくなったハープを目の前に置いて、軽く指を弦に乗せてから弾く。イメージするのは癒しの一曲。ここで即興で生み出す為に、自分にとって安らぐ事、穏やかな事をイメージし、

 

 心に浮かんでくる情景をそのまま、指を通して表現させる。

 

 ゆっくりと動く指が弦をはじいて、音を空気に染み込ませる。

 

 癒しを奏でる歌は正面の大地で傷ついて倒れているまるの傷を、まるで魔法を使っているかのように徐々に癒して行く。その様子をホーネットが横で座って眺めているのが見える。その表情は真剣なもので、奏でる音楽が生み出す結果を眺めていた。指の動きを一切止めることなく、

 

「どうホーちゃん? ボク凄いでしょ?」

 

 むっふー、とドヤ顔を浮かべながらホーネットへと言えば、

 

「いえ、私が回復魔法を使った方が早いですから別に……」

 

「ボクは音が聞こえる範囲ならどこまでも効果あるし!」

 

「それを言うなら私だって魔力を増やせば効果範囲を伸ばせますし」

 

 むむむ、ぐぬぬぬ、と軽く睨み合っていると、倒れていたまるが起き上がった。傷一つない姿を見せるまるは傷だけではなく、演奏を通して体力も回復し元気に跳ね回る。それを見て微笑むと、近寄ってきたまるの頭を軽く撫でて、森の方へと帰す。

 

「もう危ない事しちゃだめだよー。ばいばーい」

 

 片手を持ち上げて手を振る。ぴょんぴょんと跳ねるまるが森の奥へと消えるのを見てからぴん、と張ったハープの弦を軽く弾いた。心地よい音が森の奥にまで響く。今日はどんな歌を作ろうか? 何を想って詩を綴ろうか? あれもこれもやりたい事がたくさんあって物凄く困っちゃう。練習したい事も、試したい事もたくさんあるのだから。だから軽く頭を空っぽにしながら調子を確かめるようにハープの弦を弾いていると、

 

「私の方が凄いのは確実なんですけど……ルーちゃんのその演奏は謎が多いですよね」

 

「ホーちゃんのそういう自分の自信が絶対のところボク好きだよ。でもボクの方が凄いという事実は覚えていて欲しいかな。で、謎って?」

 

 ホーネットは腕を組みながら此方の奏でるハープと、そして姿を眺めてくる。

 

「いえ、バリエーション的に考えるとやっぱり魔法の方がアドバンテージが多いのは事実なんでやっぱり私の方が魔力と相まって凄いので諦めてください。だってルーちゃんの演奏って良く考えてみると魔力は乗っていても、特別な必殺技とか術を使っている訳じゃないのに、演奏の仕方一つでいろんな効果を発揮しているじゃないですか? やっぱりおかしいですよ」

 

 ホーネットの言葉に対して首を傾げる。それは……どうなのだろうか? あんまり深く考えた事はなかった。

 

「ボクは楽しいから演奏しているだけなんだけどなぁ。なんで? って言われても、なんとなーくやろうと思ったらできる! って感じがするからやっているんだよね……。それはそれとして、ホーちゃんの魔法は結局ほかに魔法が使える人やママにだってできる事だから、オンリー&ナンバーワンのボクの方が凄いと思うんだ。いや、凄いんだよ」

 

「原理が必殺技とかと一緒ですね……。ですが、そう考えるとウルさんも使えるって事で魔法の方が優秀である事実が確定しますね?」

 

「これだから卑怯な魔法使いは……」

 

「今、卑怯と言いませんでしたか」

 

「言ったー!」

 

 その言葉にホーネットが飛びかかってきた。リーチでは圧倒的に負けているので、飛びかかるホーネットに反応してつかみ返そうと思ったが、失敗してそのまま切り株から落ちるように投げ出され、もみ合いになりながら草むらを転がる。そのまましばらくもみ合いになっててんやわんやと騒いでから、髪がぐしゃぐしゃになって葉っぱだらけになったところで、とりあえず今回は引き分けにするという事で合意した。

 

 第189次休戦協定である。

 

 草の上に荒げた息を整える為に軽く寝ころんだ状態で青空を見上げながら、はぁ、と息を吐く。

 

 毎日が楽しい。ホーネットが来てから、今までできなかった事、やろうとは思わなかった、やるとは思えなかったことがいっぱいできるようになった。パパとママも優しいし、一杯遊んでくれる。だけどこうやって向きになって力一杯遊んでくれる相手は、ホーネットだけだった。友達、という存在を示すのなら間違いなくホーネットの事だろうと思っている。そして実際にそうなのだろう。

 

 友達。

 

 これが、友達なんだろうと思えた。

 

「ねぇねぇ、ホーちゃん」

 

「どうしたんですかルーちゃん?」

 

「んとね」

 

 なんて、言えば良いのだろうか? ううん、こういうのは音楽と一緒だ。自分の素直な気持ちを言葉にして伝えればいいんだと思う。だって、ボクはいつだってそれを演奏して響かせている。だったら言葉にするのも一緒だ。大事なのは、ちゃんと伝える事なんだと思う。

 

「ボクの友達になってくれてありがとう、ホーちゃん」

 

 その言葉にホーネットが少し恥ずかしそうに頬を赤くしてから、目を閉じた。

 

「私……実は最初、お父様に嫌われたのかと思ってました」

 

 目を閉じたまま、ホーネットが語りだす。

 

「戦争が始まるから遠くへ……というのは解るんです。ですけどお父様は私を遠ざけようとしたんです。私にとっての育ての親はケッセルリンク様とその使徒の方々でした」

 

「決戦リンクさん……」

 

「ケッセルリンクです。……解っててやってますね?」

 

 此方に向けられるホーネットの視線に、てへぺろ、とリアクションを返すとホーネットがあきれのため息を吐き出しながら話を続ける。

 

「ですけど、私はちゃんとお父様の愛を感じていました。不器用ながら頭を撫でててくれました……それだけで、お父様が決して私を見捨てたわけでないのは解っていたんです。だけど急に預けるって話を聞かされた時はどうして!? ってお父様に……」

 

 だけど、とホーネットは言葉を続ける。

 

「私、ここに来れて良かったです。私も……ルーちゃんという親友が作れて良かった思ってます」

 

 たぶん、それは、

 

「魔王城にいては私が絶対に作る事が出来ない、経験する事もなかったものだと思いますから」

 

 

 

 

 思い出す。

 

 魔王城にいたころの生活を。

 

 あの頃の生活は恵まれていた。ケッセルリンクやその使徒が色々と自分に、次の魔王としての教育や必要な力の使い方を良く教えてくれていた。あの頃の生活は悪くはなかったが―――あえて言うなら、自由ではなかったのだろう。別に悪いことじゃないし、あの頃はアレが普通なのだと思っていた。だけど今の生活と比べると、父がいない事を除けばこっちにいる生活の方がはるかに楽しいし、充実している。

 

 だから私は、今の生活で満足しているし、こっちに来れて良かったと思っている。きっと、魔王城にいたら学べなかった事はたくさんあるし、あそこだけで育ったらきっと自分は今のように笑う事も、そしてルーシェとはしゃいで取っ組み合って遊ぶような事もなかった。或いは―――魔王城に存在する身内以外、すべての存在をわんわんのように見下すようになっていたかもしれない。

 

 魔王になるのなら、それが正しいのかもしれない。

 

 魔王として育つのであれば、いらないのかもしれない。

 

 それでもよかったと思う。私は、ここでルーシェにあえて良かったと、心の底から思える。この記憶を永遠に胸の中に、魔王として父の後を継げると思っている。不思議と、その事に対する疑問はなかった。

 

 そう、きっとだ。

 

 きっと、私は次の魔王になるだろう。

 

 父はきっと、そのつもりで私をケッセルリンクに預けた。その為の教育を私は受けた。帝王学、と呼ばれるものを。しかしその一切がこの生活では必要がない。それを気にしない、本当に普通の女の子としての日常がここにはある。だがそれを終えて、私は何時か魔王になると思う。きっと、戻れる頃には私は魔人にされるのだろうと思う。

 

 魔王になる為の下準備として。

 

 だけど私はそれで良い、と思う。

 

 私は、自分が魔王になる事を既に覚悟してある。

 

 だけどその前に、こうやって最高の友人と、人としての生活を行えた事に対して感謝している。おかげで魔王としての人生をこの思い出で一生を生きていける。

 

 だから、

 

「ルーちゃん」

 

「うん?」

 

「ありがとう。私ルーちゃんの事大好きです」

 

「ボクも大好きだよー」

 

 えへへ、と笑いあいながら空を見上げる。ルーシェの歌が大好きだ。ウルさんの優しさが好きだ。アベルさんの不器用さが好きだ。この一家のところへと来れて、良かったと思う。

 

「私が、大人になって……魔王になっても、ここで過ごした時を永劫忘れたりはしません」

 

 絶対に。

 

 そしてきっと、私はこういう時間を守る為に魔王になるんだと思う。

 

 起き上がって、体に負った土と葉っぱを払いながら起き上がる。そうやって立ち上がった自分の姿と、寝ころんでいるルーシェの姿を見る。もうすでに彼女と出会ってから5()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()ままだった。

 

 その5年間の間に、私は大きくなった。

 

 前はルーシェと同じぐらいだった身長も、今では彼女を見下ろすぐらいに伸びた。

 

 ルーシェは、出会った時から成長していなかった。そして今も成長していないのだろう。

 

 だけど私は成長し、彼女を置いて行く。魔人になれば成長は止まるのだろうと思う。それでも、その時ルーシェは―――。

 

「ホーちゃん」

 

「うん」

 

 思考をルーシェの言葉に中断する。視線をルーシェの方へと向ければ、彼女は青空を眺めていた。

 

「ホーちゃんはさ」

 

「うん」

 

「……今のママじゃダメ、なの?」

 

「それは……」

 

 ルーシェの言葉に、詰まった。

 

 簡単に返答してはならないと、自分の中の何かが警告していた。ここで、どう答えるかが非常に重要であると。自分の直感が告げていた。或いは、魔王城にいたころの自分であればそのままでいいんじゃないだろうか、とすぐに答えてしまったかもしれない。だけど今の自分は、

 

 ―――今の自分は、魔王城から踏み出した自分なのだ。

 

 もっと別の、広い世界を見てしまった自分。

 

 あの中にいるだけではきっと、知る事も感じる事も出来なかった多くを知ってしまった自分なのだ。踏み出した先にあるものを、あるかもしれない可能性を自分は知ってしまった。だけど、

 

 ……ルーシェはきっと、魔王城にいた頃の自分なのでしょうね。

 

 外が怖い。変化が怖い。変わるという事が、そのまま受け入れられない。()()()()()()()()()()()()()()()なんだと思う。彼女は心が成長を望んでいない。だからずっと、このまま。変わらない。育たない。変化のない、ルーシェのままだ。

 

 だから、

 

 きっと、

 

 誰かが、教えなきゃいけない。

 

 ―――ウルさんが私を連れてきたのはその為なんでしょうか……?

 

 そんな考えが頭をよぎり、直ぐに追い払う。たとえそうだとしても私にはルーシェに言わなくてはならない事がある。伝えなくてはならない事がある。それはきっと、これからのルーシェを変える事になるだろう。

 

 だけどそれでも、

 

「私は―――」

 

 私が知った事を、この心の温かさを、ルーシェのように上手く表現する事は出来ないけど。それでも、伝えたかった。伝えなくてはならない。

 

 だから、

 

「ルーちゃん、私は大人になりたいです」

 

 なんで、とルーシェが問いかけてくる。

 

 それに答える。

 

「私、知ってますから」

 

 踏み出す、という事は怖い。それでもその恐怖は永遠にあるものだ―――踏み出さない限り。何時だって前に進むことが良い事である訳じゃない。踏み出した結果、傷つくかもしれない。何かを失うかもしれない。それでも、それだけじゃないのだ。踏み出した先には今まで見えなかったものだってある。だけどそれは決して、得るだけのものではないのだ。

 

 私たちは失いながら成長する。

 

 子供を失う事で大人になる。

 

「私も、今、子供という時間を失いながら大人になろうとしています―――」

 

 それは、守られ、教えられる時が終わるという事だろう。今までのように何でも頼る事は出来なくなるだろう。ここを離れる必要が出てくるだろう。私が魔王になれば、世界の全てが私の敵になる。そうしたら私は父の後を継いで人類を効率的に間引き続けなければならないだろう。そうなったら私は正気のままでいられるのだろうか? 父のように、いつも通りの自分でいられるのだろうか?

 

 その恐怖がこれからは常に付きまとう。魔王になったらここの善き人たちを傷つけてしまうかもしれない事。この時の事を忘れてしまうかもしれないという事実。私が私ではなくなるという事実。

 

 だけどそれでも、

 

「私は……ルーちゃんと会えた事に後悔はないです。出会えて、心の底から良かったと思ってます」

 

 恐怖があっても、失うかもしれない事実があっても。

 

 それでも、前に進んでよかった。

 

 私は心の底から―――そう、思った。

 

 それをありったけの心を込めて、静かに、ゆっくりとルーシェに伝えた。青空を見上げながら寝ころぶ彼女はそのまま、目を閉じて、そして唇を動かした。

 

「そっか」

 

 ただ一言、そうとだけ零した。




 二人は仲良し。

 友情は永遠に。


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XXX年 ティータイム

「……良し、いい匂い」

 

 ティーポットの蓋を開けてその匂いを嗅ぐ。そこから香ってくる安らぐ匂いに頷く。少なくとも匂いという点においてはクリアしている。紅茶にはゴールデンルールが存在する、というのがママの言葉だった。特定のやり方、淹れ方、そして事前準備に道具の選び方。その一つ一つの要素を守って手順に従うだけで、紅茶の味は大きく上がるという事だった。それを守っているか……という訳じゃないけど、ママの淹れる紅茶は凄く、物凄く美味しい。だから朝、これを一杯飲まないと起きられない程中毒になってしまっているのはしょうがない物だと思っているけど、

 

 一人で旅をする時に、ママがいないから紅茶が飲めない。それでは困る。

 

 だから前々から、ママに頼んで紅茶の美味しい淹れ方を教えて貰って、練習してきた。その為のティーポット選び、茶葉選び、練習も重ねてきた。その成果をここで、いよいよという形で発揮して見せる。そんな事を考えながらなんとか二人前の紅茶を用意する事に成功した。

 

 カップに注がれ、ソーサーの上に置いたそれをママとホーネットの前に並べる。非常に癪だが、ホーネットは育ちが良いから舌が大変肥えている。料理に関しては滅茶苦茶煩い。ただ、それもママの料理の前では黙るので満足しているのは間違いがない。ともあれ、ママとホーネットの合格ラインに届いているか否かが今の問題だ。

 

 だからどきどきする胸を抑えながら、ゆっくりと紅茶に口をつける二人を見た。静かに、無言のまま口をつけ、香りを楽しんで味わう姿を固唾をのんで見守る。

 

 やがて、紅茶を飲み終わったママとホーネットの姿を見て、

 

「ど、どうだった……?」

 

 そう、声をかけた。

 

 それに、ホーネットが軽くカップを覗き込んでいた姿をツインテールを揺らしながら持ち上げた。

 

「そうですね……及第点、という所でしょうか」

 

「え、辛辣」

 

「当然です。これではまだまだ、ウルさんの紅茶には遠く及びません」

 

「むむむ」

 

 紅茶を優雅に飲むホーネットから辛辣な言葉が飛んできた。とはいえ、どこからどう見ても楽しそうに紅茶を飲んでいるように見える。ホーネットは割とそういうキャラづくり大事にするタイプだからなぁ、と思いながら視線をホーネットからママへと変えれば、ソーサーをテーブルの上に置く姿を見た。そうやって落ち着いてそうねぇ、と声を零す。

 

「今までのと比べれば大きく成長しているし、確かにほかの人に出しても問題のないレベルになっているわね。これならほかの人にのませるのに恥ずかしくないレベルねー」

 

 ママのその言葉にホッ、と息を零す。少なくともママがそういうのであれば恥ずかしくないレベルに達せたという事だろう。良かった。練習と努力を続けてきただけのかいがあったというものだ。だがそれはそれとして、

 

「どこを改善できたのかな?」

 

 腕を組みながら質問を投げかけると、

 

「お湯の温度ですね」

 

「あとは蒸らす時間かしらね。ここら辺、結構細かく思えるけど微調整は経験と勘の賜物よ」

 

「とはいえ、及第点は及第点です。これなら飲める領域です」

 

「ホーちゃんめっちゃ上から目線」

 

「拘りは捨てられないので」

 

 にやりーん、と笑みを浮かべる紅茶狂いのホーネット。しかし、そのホーネットが及第点を出すのであれば十分なレベルだろう。ゆくゆくはママレベルの腕前を目指すとして、ひたすら勉強と練習を繰り返せば到達できると信じて続けるしかない。

 

 ママ曰く、積み重ねた努力だけは裏切らない。だから努力をすることに意味はある。どれだけ努力をしても報われない時はあるかもしれない。だけど積み重ねた事はまた、別のところで使う事もできる。技能というのはそれだけ選択肢を広げるものだから。だからこそ、努力は裏切らない。

 

 ママの紅茶の味を完全にものにする為に始めた練習と修行は、中々難しくもちゃんと進歩を経ていた。これで()()()()()()()()()()()()()()()()()だけの腕前がついてきた。

 

 また一つ、旅に出た時の準備が進んでゆく。

 

 とりあえず紅茶の練習は一日に一度、それ以上は茶葉が勿体ない。自分も淹れた紅茶を飲むように席について、ついでにキッチンの方からレモンケーキを持って来て食べる。我が家の女性三人でのティータイムにそこから突入する。

 

 残念ながらレディーオンリーイベントなので、パパは参加できない。

 

「ふぅー……だけど、こっちに来てからもう7年は経過しているんですね」

 

「完全にうちの子みたいなものになってしまったわねぇ」

 

「ホーちゃんはもう妹みたいなものだよね」

 

「それを言うならルーちゃんの方が妹っぽいかと私は思うんですけれど?」

 

「ボクの方が年上だからね」

 

「大きくなったのは私が先ですけど」

 

 ホーネットとにらみ合い、そしてママがそれを見てあらあらと声を零し、片手でティーカップを持ち上げたままため息を吐いた。

 

「ルーシェちゃんも、ホーネットちゃんも仲が良くて本当に良かったわ―――だけど、こうやって二人がじゃれあっている姿を見れるのもあと少しだけなのよねー……」

 

「それは―――仕方がありません、ウルさん。戦争は終わったのですから」

 

 戦争は終わった……らしい。

 

 少なくともパパはそう言っているし、それを確認してきたらしい。自分自身が確認した事実ではなく、この森の中では常に平和で、穏やかだから戦争があったという実感も薄いのだが……それでも、戦争は終わって人類と魔軍の衝突は一時的に終わりを迎えたらしい。

 

 ()()()()()で。

 

「お父様が勝利したのであれば、私がこちらに避難している意味もなくなってきます……そろそろ戻らないとお父様が寂しさで泣き出すかもしれないですから」

 

「ホーちゃんのパパって、ホーちゃんの話を聞く限りはかなり愉快な人だよね。ボクも一回会ってみたいなぁ」

 

「ガイ君は面白さの塊みたいな人だからねぇー」

 

「そうなの?」

 

 その言葉にママがうなずく。

 

「二重人格で魔人、魔王になってからの方が弱くなったなんて、ガイ君ぐらいだからねぇ。まぁ、そんなガイ君だからこそ今の時代が維持できているんだけど……。ガイ君以外が魔王だった時代ってかなり酷かったのよ?」

 

「確かウルさんは他の時代の魔王をすべて知っているんですよね?」

 

 えぇ、とママが応えた。何せ、ママは最古のドラゴン・カラーだ。この世界で一番古く、そして一番多くを見てきたカラー。だからこの世界でトップに入る知恵者だってパパが自慢していた。ママはこの話をすると、竜生のほとんどを無駄に長く生きてきただけ、だと言っているけどそんなことはないと思う。やっぱりボクのママは凄いんだ、という自信と誇りが胸の中に溢れてくる。

 

 ただ、まぁ、それはそれとして、

 

「ホーちゃん帰っちゃうんだよねー……はぁ―――……」

 

 ホーネットが魔王城に帰ってしまう。何時かはそうなるんだとは思っていた。だがそれが現実として目前まで迫ってくると、少し憂鬱になる。解っていた事だし、覚悟していた事だった。だがホーネットが来てからの数年間の生活は本当に、本当に楽しかった。それだけにホーネットが去ってしまうというのを考えると酷い喪失感を感じてしまう。思い出すだけでぐったりとテーブルの上に倒れてしまいそうだ。

 

「もう、そんな顔をしないでください。別に私だって平気だという訳じゃないんですから」

 

「本当の姉妹のように仲良しだものね、二人とも」

 

 本当に、ここまで楽しかった事なんてなかった。だけど、それでも、時は過ぎ去って行くのだ。待ち望んでも止まっていてはくれないのだから。だったら……この限られた時間を大切にして、どこまでも楽しめるようにしなくてはならない。きっと、それが正しいことなのだろうと思う。いや、少なくとも自分にとってはそれが正しいのだろう。悩んで、それなりに頭をひねったのだが。

 

 この先、今よりももっと楽しい日常が待っているのかもしれない。

 

 その可能性を潰してしまうのは……ちょっと、勿体ない。うん、勿体ないのだ。この先、もっといっぱい面白い物を見れるかもしれないのにそれを捨てるのが。だから寂しいし、悲しいがホーネットには別れを告げないといけない。

 

 それはそれとして、物凄く落ち込むけど。

 

「やっぱりホーちゃん帰らないでぇー」

 

「無理を言わないでくださいよ……それよりも私なしで朝は大丈夫ですか? ちゃんと起きれますか?」

 

「起きれる……」

 

「だったらシャキっとしてください、シャキっと。もう、今からこの状態となると帰る日はどれだけボロボロになっているのか想像もつきません……」

 

 たぶんぼろぼろに泣く。凄い泣く。物凄く泣く。これでもか、というぐらいには泣くと思う。少なくともそれだけは想像できる。だって初めての友達とのお別れなのだから。それぐらいするだろう。

 

 だけど、それでは終わりじゃないのだ。

 

「ボク、絶対にホーちゃんに会いに行くからね」

 

「ふふ、魔王城に歓迎しますよ。永劫の剣は倉庫に押し込んでおくとして」

 

「アレ、一応は対処不能な唯一無二の必殺攻撃持ちの魔人なのに扱いは雑なのよね」

 

 食事も睡眠も必要としない魔人、永劫の剣。魔王が命令を出すと活動して敵を一撃で吸収したり結晶にして葬る凄い魔人らしい。ただ魔軍からの扱いはそれはひどい物らしく、ホーネットが言うには普段は魔王城の彫像のフリをさせられて飾られているか、邪魔だと思われたらほかの道具と一緒に魔王城の倉庫にしまわれているらしい。天使、悪魔、神すら関係なく一撃で倒せてしまう凄い魔人なのに、扱いがここまで酷いのはちょっとかわいそうに思える。

 

 でも、まぁ、実際にはどういう物なのかは見てみたい。

 

 それ以外もいっぱい、見てみたいものはある。

 

「私も、少しだけ今の魔王城には興味があります。今回の戦争で新たな魔人も増えたらしいですし……いずれ、私が統べるのだから上下関係を叩き込みませんと」

 

「女帝発言」

 

「私、偉いですから」

 

 実際、魔王の娘というポジションを考えてみればホーネットは凄く偉いのだろう。普段の生活を見ていると全くそんなことは思えない、ただの紅茶キチなのに。

 

「ホーネットちゃんもルーシェちゃんも仲良しだし、ママは将来の心配がなくて良かったわ。人間、友達もいなくて一人ぼっちだとどうしても考えが悪い方向に流れがちだからねー。貴方達も、困ったら素直に信頼できる相手に頼るのよ?」

 

「はーい」

 

「はい、ウルさん。でもその時はルーちゃん以外の誰かに頼ります。この子、勢いに任せる所が時々あるので」

 

「それを言うならホーちゃんだって間違えを自覚しても意固地になってそのまま突撃して大失敗するでしょ」

 

 お互い、この数年間毎日顔を突き合わせて叫んだりつかみあったり遊んできたから、性格を実によく把握している。もはや最初のころに、恐れるがままだったホーネットの姿なんて物はない。彼女がここを出たとしても、この性格であれば何も問題なくやっていられるだろうという確信がある。

 

 だから、うん、と声を零す。

 

「ホーちゃんが魔王城に戻ってから数年したら……ボクも、旅に出るよ。まず最初の目標はホーちゃんに会いに行くこと。それがボクの最初の旅……の予定!」

 

 それは少し前から決めていた事だった。ママからはようやく紅茶で及第を貰った。後はパパから弓の護身術に関する合格点を貰ったら、一人で旅に出る。そう、そうすればついにボクは念願の、外の世界を見る事ができるのだ。

 

 外、はるかに広がる大地と空。

 

 まだ見ぬ人、文化、料理、音、そして営み。

 

 この森の中は広いようで―――狭い。

 

 成長して、大きくなれば成程、自分がどれだけ小さな世界で満足していたのかが解ってくる。だからこそここを飛びだして、もっと広い世界を見たくなってくる。ママやパパが、生きてきた大地を見てみたい。

 

 マギーホアお爺ちゃんに挨拶しに行きたいし、人類で最も栄えている街というのも見てみたい。きっと、クリスタルの森は素敵な場所なんだろうなぁ、と思うしほかのカラー族はどういう人たちなのか物凄い気になる。

 

 ここを出て旅をする毎日は、楽しい日々になるんだと思って疑っていない。

 

 もちろん、楽しい事ばかりじゃないだろうけど……それでも、それを乗り越えればボクはまた一つ、成長できる。

 

 そこにきっと、旅のだいご味があるんだと思う。

 

「だけどやっぱり寂しいからホーちゃんもうちょっと残っていかない……?」

 

「本当にもう……」

 

 情けない言葉に、ホーネットが仕方なさそうな声を放ってくる。それを見ていたママが、

 

「ルーシェちゃんが一人で旅に出るようになれば、私もいよいよお役御免かしらねぇ」

 

 ママの言葉に背筋をシャキっと伸ばし、

 

「ふふーん、ボクが旅に出たらママが経験したことのないような大冒険をするけど、ちゃーんと家に帰ってくるから。安心して」

 

 サムズアップを見せる。

 

 どんな冒険をして、どれだけ遠くに行っても。

 

 ボクの帰る場所はここ、一つだけ。だから絶対に帰ってくる。冒険を一つ終えたら家に。そしてまた旅立つ。それがボクがこれから冒険をする上でのルール……という事にしよう。

 

「本当に一人でできる……?」

 

「ホーちゃん疑い過ぎ!」

 

 ティーポットの中身も空に、ティータイムは終わる。わーわーきゃーきゃーとホーネットと言いあいながら今日こそどっちが上なのか決める為に勝負をしようと外へと誘うとした所で、ママが声をかけてきた。

 

「ルーシェちゃん」

 

「うん?」

 

 ホーネットとつかみ合いながら外に出ようとしたところで足を止め、振り返り、

 

「楽しい?」

 

 その言葉に頷きを返した。

 

「うん!」

 

 笑みと共に応えれば、軽くママが笑った。

 

「そう―――なら、安心ね。怪我には気を付けてね」

 

「はーい!」

 

 返答し、再びホーネットとにらみ合いながら家の外に出る。

 

 一緒にいられる時間はあと少しだけど―――そこに、後悔はないだろうと思う。




 なお、聖魔戦争の決め手。

 無限改造と自己強化を行うルーンにキレて魔血魂を再生中のルーンの中に投げ込んだ魔王の勝利。


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XXX年 挑戦・パパ

 一瞬の影が頭上に差した。

 

 瞬間的に落下してくる姿に反応して体が横に向かって飛ぶ。受けない―――受けてはならない。膂力の差は歴然。たとえ、自分の身体能力が優れていたとしても、最上の結果は自分が一切ダメージを受けず、そして道具を一切損耗せずに勝利を得る事だ。つまりガード、防御するという行動は次善策に近い。回避が可能である状況ならば常に回避する事でダメージを減らすのが理想的だ。

 

 だから大きく横に飛ぶ。経験上、ぎりぎりで避けるとそこからコンボが続いて一気に意識を持っていかれるので大きく、武器のリーチから完全に逃れるように回避するのが理想的だ。

 

「良い判断だ」

 

 上から落ちてきた姿は上半身が裸で、両手に槍と斧槍を握ったパパの姿だ。着地と同時に自分の周囲に斬撃の壁を生み出して、着地狩りなんてさせないように攻撃と防御を同時に徹底している。あんな姿に突っ込んだら最後、お気に入りの服がボロボロになってしまう。それだけは絶対に避けないとならない。だから横に飛びながら腰から引き抜いた矢を軽く指で回転させながら弓に番えるのと同時に放った。

 

 まるで最初から障害が存在しなかったかのように斬撃をすり抜けてパパの顔面へと向かって矢は飛翔し、

 

 それを噛んでパパは受け止めた。

 

「甘い」

 

「手加減してよもぉ―――!!」

 

 転がりながら片膝をつくように足を止めるのと同時に完全に槍の矛先が突きつけられるのを、横にずれて回避する。そこから連続で素早い動きが放たれ、此方を立ち上がらせないように追い詰めてくる。これ、3手で詰む奴だ、と経験から察すると選択肢が生まれてくる。

 

 歌うか、否か。

 

 弓だけではこの状況を打破できない。

 

 だけど戦うのに歌や音楽を巻き込みたくはない。

 

 でも、ここでパパに合格をもらえなければそもそも、ここから出る時が遠のいて行く。

 

 その苦悩を避ける一手の間にゆっくりと考え、回避を成功させたところで息を吸い込んだ。

 

「―――」

 

「む」

 

 強く口笛を吹いた。

 

 高い音が森の中に響くように貫き、音が次の一手に差し込まれるように入った。音が到達するのと同時にパパの動きが硬直する。それはそうだ。今口笛で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。ただし、口笛というのは媒体として非常に弱い為、それで拘束できるのはコンマ一秒程度の時間でしかない。しかも本気をまだまだ欠片も出していないパパが筋力で突破できる程度の拘束力。だが本気ではないのであれば、自分にとっては十分な時間稼ぎとなる。大地をけって上半身を持ち上げながら素早くパパから距離を取る。右手で弓を抜いたまま、左手でハーモニカを抜いて、小指で弦を引きながら弓の角で腰から矢を弾くように引き抜き、矢を放つ。それがどういう結果を生むのであれ、パパがそれに対処するには避けるか、弾くかをしなくてはならない。

 

 つまりワンアクション稼げる。

 

 その間にハーモニカを吹く。複雑な音を作れる楽器はそれだけでよい。理想はリュートか、フルート辺りだけどそっちは両手を開けないとさすがに難しい。軽く喉で音を調整してから息をハーモニカに吹き込む。七色の音色が鳴り響きながら浸透する。

 

 それをパパが一閃―――空気の壁を切断する事で()()()()()()()()()事で無効化する。

 

 極論、音による干渉は音の伝達を阻止すればその時点で無効化できる、という弱点が存在する。そこら辺を一切遠慮なく、パパは突いてくる。こんなこと、そもそも音速以上の知覚を発揮できるドラゴンでもないとできない事なのだが、パパはそれを()()()()()()()()()()()()()()()()という困ったさんである。

 

 大人げないにもほどがある。

 

 だけどそれでさらにワンアクション、時間ができる。ハーモニカ破棄。距離を開けたので弓と矢に武器を集中させて、弦を弾く。矢をまっすぐに放ちながらパパの姿から距離を開けるように後ろへとバックステップを取る。横に残像を生み出すように滑るパパの姿が最小限で矢を回避しながら一気に距離を詰めてくる。その速度はあらゆる点で此方を超えて早い。

 

 身体スペックが根本からして違い過ぎる。

 

「まだだ、甘い。もっと力を引き出せる筈だ」

 

「割と頑張ってるよ!!」

 

 第三の目を開く。振るわれる槍と斧槍のコンビネーションを蹴りとスウェーで対応する。第三の目を開いた事によって上昇した動体視力と身体能力が、パパの放ってくる連続攻撃をギリギリのところで反応する事を許す。槍を下へと向かって蹴りながら、斧槍は大振りになるようにそのまま流し押し込む。武器の重量が大きければ大きい程戻すときの時間、そして労力が増す。パパの身体能力からすれば些事でしかないが、それでも一つ一つ積み重ねる事が最終的に大きな変化へとつながる。そうやって生み出す流れが戦闘の結末を生む。

 

 だから諦めない。

 

 ぎりぎりのところでパパの武芸を受け流しながら矢を放つ。風を纏った矢がパパの武器によって弾かれ、纏っていた風がそのまま裂傷となるように体に絡みつく。その間にも常にパパから鋭い、首や急所を狙う連続攻撃が放たれてくる。

 

 その速度が徐々に、反応するたびに加速する。

 

「まだだ」

 

「つ、辛い……!」

 

 弓を握っているのに距離を取らせて貰えない事実があまりにも絶望的だ。パパの武器を蹴って後ろへと飛ぼうとすれば、その瞬間に空中で滞空している時間を狙って一気に落としに来るだろう。だから重要なのは常に攻撃を近距離でさばきながら攻撃を続ける事だ。

 

 必然、加速する連撃の中で此方も連続で矢を射る。

 

 もう、矢筒から一本一本矢を抜くのが面倒だ。

 

 矢筒をワンアクションで外し、落下する物を後ろへと向かって踵で蹴り上げる。中から吐き出されるように散らばる矢を後ろへと向かって連撃から逃亡しつつ一つ一つ、つかんでは連続で矢を放つ。偶に魔力を矢に絡める事で、弓に番える事なくその場から槍のように発射する。瞬間的に放つ矢は全部5本が上限、それ以下の矢を素早く連射する形になる。数は少ないように見えるが―――重要なのは威力、そして正確性。

 

 連続で放つ矢をパパが槍と斧槍を正確に振るって叩き落す。金属と金属が連続で衝突する音が響き渡り、鏃が削れて火花が散る。

 

 火花が舞い散る森の中で、パパの姿が徐々に接近する。第三の目だけでは足りず、鱗を片腕に纏っていてもまだ、力を欠片も使っていないパパには敵わない。

 

 故にパパは当然のように接近する。

 

 蹂躙、圧殺、制圧。

 

 まさにそれを肉体と技術の全てで体現する様に、正面からあらゆる障害を踏み越えてゆく。その姿に対応するように矢が放った直後に消滅し、その力だけが放たれる一撃を連射する。

 

 だがそれすら正面からものともせずに踏み込んでくる。

 

 無理だ。

 

 絶対に無理。

 

 どんな手段であろうとも、パパを武器を使って、足を止める事なんて不可能だ。それは解り切った結果だ。パパが弓の使い方を教えてくれて、戦い方の考えや技術を鍛えてくれたのだ。そこからさらに発展させようとパパの能力を武芸方面で越えるというのは不可能だろう。だからどれだけ矢を射った所で、パパの足を止める事は出来ない。徐々に加速するペースにも対応しきれなくなってきている。その事を考えればそろそろ限界に到達する。

 

 だがそれよりも矢が早く枯渇する。魔力矢であれば本数を気にせずに使う事もできるが、アクションとして発動させるのに一手かかる。その事を考えれば矢が尽きた時点で詰む。

 

 故に次の矢に手を伸ばそうとして何もない状態が生まれた時、

 

「さて、どうする?」

 

 詰む、

 

「こうするよっ!」

 

 には、ちょっと早い。

 

 ()()()()()。矢がなくなってしまった以上はデッドウェイトだ。そしてパパが繰り出す連撃を空いた両手で受け流しながら、一発だけ自分からダメージを減らすように意識しながら受ける。その衝撃で軽く背後へと飛ばされながら―――両手を叩く。

 

調停者、争乱の地に身を立てて暴威を止める

 

「ふむ」

 

 言葉を口にし、手を叩き、最後に必要だった要素を埋める事で詩吟を完成させる。詩吟が示すように、完成し、発動した瞬間()()()()()()()()()()()。言葉の完結を待つ前に放たれた追撃の一撃が体に衝突する。だが詩吟は完了している。全ての力が失われた戦場で、攻撃の意味は双方に存在しない。

 

 つまり、パパからの攻撃はすべて、無力化される。

 

 全力で山を砕くほどの威力を繰り出しても、それがボクに対する結果を生み出す事はない。また同時に、ボクがこの間に攻撃を繰り出しても意味は持たない。これはそういう楽曲。世界に直接訴えかけて成立させる()()()()()()()というもの。とっておきの一つである調停者(ローベン・パーン)諧謔曲(スケルツォ)。文字通り、戦いなんてまるで無意味だと証明するふざけた詩吟。これで戦闘を強制中断させてからの、

 

「こーれーで―――」

 

 フルートを取り出す。口につけて音を鳴らす。リズムに合わせて序曲から入り、音を素早く加速させて流し、完成させる。

 

「へーいーわーの―――歌!」

 

 自分の中にある愛を、楽しさを、心の温かさを伝える事で戦う気持ちを消し去る歌。それを超至近距離からパパの中へと叩き込んで、心の中で完全に決まった! とガッツポーズを取る。《調停者の諧謔曲》の効果が切れたところでフルートに口をつけたまま、動きを止めてパパの方へと視線を向ける。

 

「パパ! やっぱり暴力はいけないと思うんだ、ボク」

 

「これは暴力ではなく愛の鉄拳だから問題ないな」

 

「あう」

 

 デコピンを食らって一発で倒された。

 

 

 

 

「自分の奥義の類が通ればそのまま勝てるという甘い考えは捨てろ。上位であればそうであるほど、生物としての理や、その制限から外れる。都合の良い願い程叶わないものだ」

 

「厳しい……」

 

 家のすぐ近くの森の中で、パパとの訓練が終わった所で、両足を広げるように葉のクッションの中に座り込んでいる。パパはその前で腕を組んで見下ろしている。地味に食らったデコピンがいまだに痛い。

 

「だが……今回は悪くなかった。能動的に音楽も詩も戦いに取り入れていたな」

 

「本当は嫌だけど……すっご―――く! 嫌だけど! だけど使わないとパパ相手に1%でもいいから勝ち目を作れないもんボク!」

 

「まぁ、使ったところで俺は負けないが」

 

「ひどい」

 

 強くてずるーい、と文句を上げると、パパが本当に、本当に珍しく大きな笑みを浮かべた。

 

「お前の父親だからな。この世界で一番強いぞ」

 

「うーん、これは勝てない」

 

 まぁ、パパがそういうなら勝てないよなぁ、って納得はある。とはいえ、今回はそれなりに本気でやった。ホーネットから学んだ魔法の矢も、連続矢も、ホーミングも、行動阻害も影縫いも全部混ぜたうえで歌って敗北した。正直、かなりショックだ。パパが本気を出していないのは知っているが、それでもまさか勝率0%だとは思いもしなかった。ずるい。ずるいけど許す。娘だもん。

 

「いいか、ルーシェ、主義主張を持つのは別に良い。だがそれを押し通せるのはそれ相応の力を持っている場合だけの話だ。お前がこの大陸でもそこそこの実力を得たとしても、音楽を戦いに使いたくないという思いを簡単に踏みにじってくる存在は割と多い。ナイチサとか、ナイチサとか、ナイチサとか、ナイチサとか」

 

「パパ、それ個人指名してるだけだよ」

 

「いや、すべて別名義のナイチサだ」

 

「別名義」

 

 そこに関してはあまり、踏み込まないようにしよう。踏み込めばそれだけなんか、話が長くなりそうな気がする。とはいえ、

 

「あーあ……でも負けちゃったー……」

 

「だが良い具合だ。外に送り出しても、心配しなくて良いぐらいにはな」

 

 パパのその言葉に即座に起き上がりながら詰め寄る。

 

「本当に!? 本当に大丈夫なの!?」

 

 その圧に負けそうなのか。パパはこちらを軽く両手で抑えてくる。それにちょっと、はしゃぎ過ぎたかもしれない、と手を後ろに回してパパから離れた。

 

「その……本当なの!?」

 

「圧が変わっていない……が、まぁ、良いだろう。それぐらいの腕前があれば、困らされることもないだろう。本当に厄介な生き物―――魔人や魔王に関してはこっちの身内に近い存在だしな。となると後は人類だが」

 

 人間は、あんまり強くないらしい。少なくとも矢を一発打ち込めば、爆発四散するレベルで弱いらしい。そんな弱くてどうやって生きていられるのだろう……? という疑問はあるのだが、それはそれ。旅をする上ではまぁ、問題はないという話だ。

 

 うん、つまり、

 

「こ、これでパパとママの許可を取れた―――!!」

 

 やったー、と両手を上げながら万歳する。

 

 生まれてから百年と十何年。

 

 ボクはようやく―――外の世界が、見られるようになる。




 世代交代もそろそろ完全に終わりそうだなぁ……。


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XXX年 許可が下りたー!

「うむ―――まぁ、これぐらいなら良いだろう」

 

「そうね、これぐらい出来るなら……良いかしらね?」

 

 そう言ってパパとママからとりあえずのオーケーサインが出た。パパとママが認める、最低ラインを越せた。その為に数年間、みっちりいろんなことを教わり、そして練習し、勉強してきた。その積み重ねた努力が今、漸く形になって実った。その感覚が喜びと共に自分を満たしている。だから両手で拳を作り、ガッツポーズを居間で作った。

 

「よーし! 念願の外の世界が見れる―――!」

 

 苦節、生まれてから100年。これまで外を見ることなく生活してきた。だが漸く、その外にある世界を見る事ができるようになる。この森の外の世界は、この森とは全く違う姿、形をしているらしい。地形も全然違っているらしい。それを知っているのは、言葉でだけだ。だけどそれを漸く、自分の目で確かめる事ができる。

 

 漸く、だ。漸くそれを現実として認識できる。

 

 その喜びとワクワクがひたすら胸の中を満たす。

 

 果たして、外の世界はどんなふうになっているのか。

 

「ただ、いきなり遠出するのはやめた方が良いだろうな」

 

「あ、うーん……そう……だよね……」

 

「あらら、露骨にテンションが落ちたわねぇ」

 

 いきなり長旅をしてはいけない、と言われてちょっとだけ落ち込む。だけど言っていることは正しい。いきなり長旅をしたところで、旅歩きという事自体に慣れていないのだから、経験不足やらなにやらで大失敗をしそうな気がする。その考えで冷静さや落ち着きを取り戻し、個人用のソファに座り込む。パパは腕を組みながらふむ、と声を零し、

 

「そうだな……最寄りの街の……ダッヅの街が、ここから大体二刻程の距離だな。往復で四刻、あっちで昼食をとって帰ってくればこっちで夕食が取れる……日帰りの丁度良い練習にもなるだろう」

 

「おぉ……それがボクの最初の冒険だね!」

 

「最初の冒険……そうね。それが良いわね」

 

 最初の冒険。と言っても本当に近所を軽く回って戻ってくる程度の冒険だ。冒険とも言えないかもしれない。だけど初めてここから出て、外を歩くという意味では丁度良いぐらいだとボク自身も思えた。少なくとも、いきなり大陸の反対側を目指す旅を始めるのは色々と危険だなぁ、と思う程度には馬鹿じゃない。西の方では対魔軍の防衛線が存在する。魔王城へ、ホーネットへと会いに行くために旅をするという事はその防衛線を突破する方法を考えなくてはいけないという事でもあるし、

 

 そんな長旅を最初からやると、寂しさで死んじゃうかもしれない。

 

 だから、まぁ、最初は近場でいいのだ、近場で。

 

 そして付近で慣らしてから少しずつ遠くへと行けるように練習を重ね、やがて大陸の反対側を目指す。どうせホーネットも魔人になって待っているという話なんだ。

 

 100年ぐらい練習したって問題はない。

 

 だけどそれはそれとして、楽しみである事実は間違いない。

 

 パパとママが言うには()()()()()()()()()()()()()()()()()()()らしい。一体どういう風に違うのかは聞いたことはないが、最寄りの街まではすぐ近くに街道があるので、それを伝っていけるらしい。だからそれを目指しつつ、何がどう違うのかを見たい。

 

 ダメだ。

 

 いったんその事を考え出すと、楽しみで仕方がなくなってくる。

 

「ボク準備してくる!」

 

「さすがに今日は許可できないぞ」

 

「解ってるってパパ!」

 

「ふふ、本当にかわいいはしゃぎようね」

 

 パパとママの声を後ろにおいて、そのまま自分の部屋に駆け込んでゆく。この日の為に事前にありとあらゆる冒険に便利そうな道具を集めたり作ったり買って貰ったりしてあったのだ。道具の揃え具合だけならかなり用意周到になっていると思う。

 

 自分の部屋に駆け込んで、そのままの勢いでベッドへとダイブ。喜びに鯨のぬいぐるみを抱きしめて顔をうずめて、軽くゴロゴロと転がってから―――ぬいぐるみを投げ捨てて体を持ち上げる。

 

「よっし、何をもっていこうかなっ!」

 

 ベッドから降りながら部屋の隅にかたずけてある鞄に近づいて確認する。ここには何個か鞄の類を置いてある。何度も何度もこの中に何を詰め込むのかを考えてきて、そのたびに本番にならないと何を詰め込めばいいのか、それが解らずに中にものを詰めてから毎回引っ張り出している。そしてそのまま、旅をする準備の為の鞄だけが置き去りにされている。何度も何度も、アレを見てはどうしようか、と悩んだものだが、

 

 今日は、本当に何を持っていくのかを悩む事になる。

 

「あぁ、どうしようかな、どうしようかなー」

 

 悩むような言葉を選びながらも満面の笑みをこらえきれないのは、鏡を見なくても解る。だって楽しみだもん普通に。

 

「うーん、今回は日帰りになるから……あまり大きな鞄を使うのはダメだよね? 着替えも必要ないし、身軽のままで良さそう」

 

 うん、下手に大きな鞄を持ち歩いても邪魔なだけだ。となるとポーチバッグ辺りが良いサイズになるんじゃないだろうか? 着替えも、食糧も必要はないだろうし。とはいえ、片道二刻もかかるのを考えると、途中で絶対に喉が渇いたりするだろう。となると水筒と、ジャーキーぐらいは用意した方がいいんじゃないだろうか?

 

「うーん……」

 

 腕を組んで考える。ベッドに腰掛けながらぬいぐるみを抱き、頭を悩ませる。

 

「往復で四刻……と考えると結構な移動になるんだよねー。帰りは途中までうしを使ってもいいんだけど、それはそれで味気ないし。となると歩いている間どうしようか、って事なんだよねー」

 

 歩くだけは暇……という事もないだろう。だけど正直、歩いているだけなのは勿体ない。未知の景色をスケッチしたい。思った事を言葉として、詩として残したい。感じた事を音に乗せて運びたい。となると楽器は外せない。一番得意な楽器はそれこそ、バイオリンだ。アレとリュートが自分のお気に入りともいえる、一番得意なものだ。だけどこの規模の道のりとなるとバイオリンを運ぶのはちょっともったいないし、今回はリュートだけでいいかなぁ、なんて考える。

 

 水筒と、軽いおやつと、リュート。

 

 後は財布だ、財布を忘れちゃだめだ。街に行ったらパパとママに、お土産を買って帰りたい。いや、そう考えたらポーチじゃちょっと辛いかもしれない? サイズにちょっと制限を加えればやれなくもなさそうだ。まぁ、最初なのだ。気負わず、気負わず。

 

 自分に何度もそう言う。近所を散歩して戻ってくるようなものだ、と。

 

 だけどそれでも、漸く自分が得られた自由なのだ。それを想像するとどうしても興奮してしまう。鞄の中に何をいれるのか。それだけ盛り上がれてしまうのだから。

 

「うーん、うーん……」

 

 横に、ベッドに倒れこみながら頭を悩ませていると、扉をノックする音が聞こえた。

 

「はーい!」

 

「少しいいかしらー?」

 

「どーぞどーぞ」

 

 声からすぐにママと解ったので、ベッドから体を持ち上げながら座って待っていると、部屋の中にママがやってきた。ベッドの端に座っている此方の姿を見るとママはあら、と声を零した。

 

「ご機嫌そうねー」

 

「うん! そりゃあ当然だよ。やっと外の世界が見れるんだもん」

 

「そうね、そうよね」

 

 そう言いながらママは横に座ってきた。なんというか、今日のママは少しだけ雰囲気が静かのように感じられる。ぬいぐるみを抱いたまま、視線を横にママへと向けた。

 

「……どうしたのママ? あまり元気じゃないけど」

 

「そうねー、」

 

 ママはそう言うと、目を閉じて考えるように首を傾げる。

 

「いよいよルーシェちゃんもこの森の外に出られるだけ大きくなったわ。今は近所だけになってるけど、それが終われば少し大きな旅に出ても大丈夫じゃないかなぁ、って思っているのよ」

 

「うん」

 

 それだけ、自分が信頼されていると思うと嬉しくなってくる。だけど、そう言うママの表情はどことなく優れていなかった。だからママの言葉を待つ様に、視線を向けたまま、ちょっと座る距離を詰めてママの言葉を待つ。

 

 しばらくしてからそうね、と声を零してママが続ける。

 

「私ね、昔はいーっぱい失敗とかを繰り返して、それを覚えながら旅をしていたのよ。いっぱい楽しいこともあれば、嫌な事もそれだけあったわ。それだけじゃなくて、私もいっぱい人が嫌がるような事もしたわね……うん、私も色々と若かったわね」

 

「うん。でもボクはそういう話を聞いて旅に出たいと思ったんだよ」

 

 きっと、失敗も成功もたくさんあるだろう。だけどそれを全部ひっくるめて、人生は楽しいのだと思う。ボクもボクで、自分だけの物語を描きたい。きっと、ほかの誰にも負けない楽しい物語になるだろうと思っている。だから、旅に出たいと思ったんだ。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいわよ? でもね、そうやってルーシェちゃんを良い子に、良い子に育てようとしてもしかして、私たちの理想を押し付けてしまったんじゃないか、って事が心残りだったの」

 

 それは、きっと、ママの本音だったんだろう。もしかして、初めて聞いたママの弱音でもあるかもしれない。少しだけ困った様子で、ママは自分がやってきたことが正しかったのだろうか、なんてことを考えていた。それに対するボクの答えはちょっと、難しい。

 

 なんだろう、

 

 なんて言えば良いのだろうか。

 

「ボクにも……解らないなぁ……」

 

「そう?」

 

「うん。外に出れないことが窮屈だって思った事はあるよ。なんでボクは外に出ちゃいけないんだろうって思ったよ。ホーちゃんに会えるまでは寂しかった部分もあるかなー」

 

 その言葉にママは少しだけ俯く。だからでもね、と声を置いた。

 

「でもね」

 

 それだけじゃないんだ。

 

「確かに、不便だと思ったりちょっと嫌だなー、って思う事はあったよ。でもね、パパもママも優しかったんだ。一緒にいれば、どれだけボクを愛して、ボクの為にやってくれているのか、言ってくれているんだ……って事が良く伝わってくるよ」

 

 そう、常に親の愛は感じていた。

 

 多少の不便はある。多少の不満はある。それは仕方のない事だろう。何もかもが完璧、というのはどうしようもなく無理な話だ。もしそこに、本当に完全無欠で無敵で完璧という存在があれば、それはもう存在して良い物ではないと思う。欠点があって、欠けているものがあって、だからこそ面白いんじゃないかと思う。ボクだって最初から音楽が完全に完璧だったとしたら、こんなにもこれを楽しめるとは思えない。

 

 だから、

 

「大丈夫だよ、ママ。ボクはちゃんとこうなって良かった、って思えているから」

 

「そう?」

 

「うん。ボクは……パパとママの娘で良かったと思っているよ」

 

「そう……そうなのね……」

 

 その言葉に安心したのか、ママの体から力が抜けて、此方に寄りかかってくる。昔は大きく、そして重く感じたママの体。だけど今では寄りかかられても支えられるぐらいには軽く感じられる。そこに自分も成長したんだなぁ、という感慨を感じられた。だけどそうか、ボクももうそれぐらい大きくなったんだと改めて実感させられてしまった。

 

「ねぇ、ルーシェちゃん」

 

「なぁに、ママ」

 

「お外に一人で旅に出たら……もう、パパとママは助けられないわよ? それでも本当に大丈夫?」

 

「大丈夫大丈夫。その為にずっと、何度も練習してきたんだから」

 

「本当に大丈夫?」

 

「心配し過ぎだってば。ボクだってもう何もできない子供ってわけじゃないんだから」

 

「ママからすればまだまだルーシェちゃんは若いんだけどなぁー」

 

「ママはもう数千歳じゃん……ボクまだ100歳超えたばかりだよ……?」

 

 流石にママの年齢と比べられると困る。それでも、一生懸命パパとママが伝えようとしてくれるものを受け止めて、頑張ってきたんだ。必死に覚えて、それを形にしてきたんだ。だから、

 

「大丈夫だよ、ママ。ママとパパが教えてくれた事はボクちゃーんと覚えてるから」

 

「……うん、そうね。ルーシェちゃんがそう言うなら私も信じるわ。だって自慢の娘ですもの」

 

 ママはそう言ってボクを片腕で抱きしめて、頭を撫でてくる。ぎゅー、っと抱きしめてくるママの力は少し強いけど、それでもママの温かさというのは、小さいころから感じてきたもので、心地が良い。このまま目を閉じれば眠っちゃいそうなほどに。だけどママはしばらくぎゅーっと抱きしめた後は、解放してくれる。

 

「うぅぅ……一日のほとんどルーシェちゃんを見れないと思うとママ、ちょっと寂しくなってきたんだけど……やっぱり、ママと一緒にでかけ―――」

 

「ない!」

 

「えぇー! ママと一緒に出掛けましょうよー」

 

「ダメったらダメ! ボクの初めての旅は一人でやるよ!」

 

 とんでもない事を言うママを部屋から追い出し、小さく笑い声を零しながら明日、という日を求めて再び鞄のところへと戻る。

 

 さあ―――未知は目の前だ。




 次回、ルーシェ、初めての外出。

 ついにここまで来た、という感じで。ルド転はウル様の物語なので完全に世代交代終わったら完結なので、後はもう8話以内で終りそうですねー……。

 長かった転生異聞も、終わりが。


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XXX年 一歩目

 一歩、一歩を踏み出す。

 

 この一歩が果てしなく遠く、そして重く感じる。だがこれは確かな一歩だ。今までの自分が経験したことなかったことへの、未知への一歩だ。それを確かめるように確かな一歩を踏み出すように前へ、前へと体を押し出してゆく。最初は軽かった足取りが、森の終わりに近づいてくるたびに少しずつ重くなってゆく感覚は、純粋に自分の心に恐怖があるのだろう。未知への恐怖だ。今までは、ずっと解っていることばかりだった。知っていること、経験している事。そういうことばかりだった。だから進むことに恐怖を感じなかったのだろう。

 

 だが今、初めてこの森の外へと向かって足を踏み出そうとしている。

 

 未知である。それはつまり経験したことのないこと。その先に何があるのか、その恐怖は実際に経験しない限りは終わらない。だから今日、その恐怖を終わらせるために踏み出すのだ。この一歩目が自分の人生、そのすべてを変えるものになるんだと信じて。

 

 そう、信じて。

 

 一歩を踏み出す。言葉もなく、大きな一歩を。

 

 森の木々が終わる、道の終わりへ。

 

 森の箱庭から、外の世界へと向けて―――踏み出した。

 

 踏み出す足は森の緑地から、土が剥き出しになった大地へと変わる。ブーツの裏から感じる大地の感触は森のそれとは違った固く、しっかりとした手ごたえが返ってくる。濃かった森の空気は薄れ、そして花や木々の匂いが遠ざかる。あれだけ穏やかだった空気は一瞬で乾いたような気さえした。その感触に自分がついに、森の庇護下から離れたのであったという事実を理解した。

 

「あっ……」

 

 森を抜けて空が見える。乾いた空気が頬をなでる。

 

「これが……」

 

 言葉を失い、涙が出てくる。やっていることはただ簡単に、呼吸することだ。全身で森の外を出ただけ。それで世界が劇的に変わったわけではない。景色が、変わった程度の出来事だ。だがその衝撃と言えば、言葉にはできない。心臓がバクバクとその存在を主張するように音を立てている。あぁ、うるさいほどに良く聞こえる。あぁ、でもしょうがないかもしれない。だってこの興奮は、

 

 今、ここでしか味わえない。

 

 この未知と遭遇した、初めて感じる感動は―――。

 

「これが、外の世界……」

 

 美しいというわけではないのだが。それでもただ、存在している。それだけで十分だった。踏み出した事実は、自分が成長した証でもあり、この外の世界の広さはどこまでも自分が歩ける場所だった。この大地は、自分が知っている森よりもはるかに広い。この先にはたくさんの出会いが待っている。その事実がどうしようもなく自分の心を高揚させる。多くの未知が自分の前には存在する。

 

 それを解き明かし、踏破し、自分の物語として歌にする―――これほど、楽しいこともない。

 

「ボクは、ついに外に出られたんだ……!」

 

 まだ、森を出たばかりだし夜には森に帰る。だけどその森がすべてだった自分にとって、これはまさに大冒険でしかない。目の端を伝って落ちる涙を片手で拭いながら、前へと向かって歩き出す。最寄りの街へと行く方法は教えて貰っている。街道まではそう遠くはない。まずは街道へと出て、それからそれに沿って行けば良い。そうすればやがて、街へとたどり着く。

 

 たどり着いたら……たどり着いたらどうしよう?

 

 そんな事を悩みながら軽く感じる足取りを前へと急がせる。あぁ、いや、焦っちゃだめだ。この時間を楽しめないのは勿体ない。だから早くなる足取りを意識してゆっくりとしたものに落とす。それでもどうしても軽やかに、少しずつ速度が上がってしまう。

 

「ふふふ……はは……」

 

 肌で感じられる未知に想いが抑えきれない。もっと遠くへ、もっとたくさん。冒険と未知を求めるように、走らないと決めていたのに走りだしてしまう。腰に下げているポーチと、背に背負うリュートが揺れて、その重みを感じながらも駆け出してしまう。街はどういう姿をしているんだろうか? どういう人たちがいるんだろうか? 何を食べているんだろうか? 冒険者と呼ばれる人たちは本当にいるのだろうか?

 

 話だけで聞いていて、実際に見たことはない数多くの出来事や物事。

 

 それをようやく、自分の目で確かめられる。

 

「よぉーし! やるぞぉー!」

 

 声を出して響かせながら、堪えきれない笑い声を飛ばして疾走する。街までは二刻ほどかかるという話だったが、この調子だとそれよりもはるかに早く到着してしまいそうだった。それが解っていても足を止めることができない。

 

 ただただ、この走って大地を靴の裏に感じる瞬間が楽しかった。

 

「あ」

 

 足を止める。

 

 そうだ、思いついた。その考えと共に背に背負っていたリュートを取り出し、走るスピードを一気に落としながら両手でリュートを手に、その弦を指で弾いて音を作る。今感じる気持ちを表現するように、音を一つ一つ確かめてゆく。そうやって生まれる音を重ねながら、音を風に乗せて混じらせる。そのために足を止め、空を見上げながら、笑い声をこぼして再び歩き出す。ボクの冒険の第一歩は、たった今ここで始まったのだから。それを噛みしめるように、自分の心が赴くままに進んだ。

 

 

 

 

 そうやって、旅に出た娘の姿を見送った。

 

 常に守られてきた雛鳥が、初めてその巣の外に出る。大事に、大事に育てられた彼女は漸く世界の広さをこれで知ることができるだろう。そしてそれを一度知ってしまえば、二度と同じものには戻れない。大地と空の広さを知ってしまったルーシェは、これから導かれるように、はるかな大地の果てを目指して何度も何度も旅に出ていくだろう。自分から未知を求めるその姿勢はうれしくも、寂しいものを感じられた。いよいよ、ルーシェの幼年期の終わりがやってきたのだ。ルーシェは自立する一歩手前の所に来ている。まだ殻を被った雛鳥だと思っていたのも少し前のことだ。

 

 魔王の息女、ホーネットとの交流には少しだけ不安を覚えるも、双方に良い方向に影響を与えてくれた。果たして彼女が血の記憶の衝動に抗えるのかどうか、それはいまだに自分には解らない事ではあるものの、少なくとも未来を信じないまま生きてゆくのは辛い。

 

 人は、己は、何かに縋り、信じて生きてゆくものだ。

 

 何も信じず生きることは、死んでいる事に等しい。

 

「……行ってしまったな」

 

「そうね、行っちゃったわね」

 

 自然と覚える寂しさからそんな言葉が口からこぼれてしまった。これはまだ最初の、予習とも言えるものだ。今夜にはルーシェが帰ってくるだろう。だがその慣らしを終わらせてしまえば、次は本格的な旅に出るための準備に入るだろう。親の目から見ても、今のルーシェが旅に出ることに問題はなく見える。多少のトラブルも、彼女が持ち合わせる力と知識でどうにかなる範囲だろう。それこそ、魔王が今すぐ殺しに来ない限りはどうとでもなる。少なくともそれだけの力はある。そういう風に容赦なく鍛えてきたのだから当然の事だろう。

 

 だから、帰ってきたら半年以内にルーシェは本格的な旅に出るだろう。そして長命な種がそうであるように、あいまいな時間間隔に任せて数十年、と帰ってくる事もなく放浪するに違いない。そうなるとこちらから会いに行かない限りはルーシェの姿を見ることもできなくなる。

 

 それを考えると、本当に辛い。

 

 ……自分も、そういう風に考えるようになって長くなった。まさか、娘の親離れよりも親の子離れのほうが問題になりそうだとは思いもしなかった。だが決して、悪い気分ではないのだ。むしろ、こうやって育てた子が世に飛び立てる事、

 

 その誇らしさの何たることか。

 

 だがルーシェの幼年期が終わるということは、親としての自分たちの役割が終わるという事でもある。もはやルドラサウム大陸はかつてとは違っている。その()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから、当然と言えば当然だ。

 

 それを見て回るような時間の余裕は―――ない。自分も自分で、やるべき事がある。そのための時間が必要だ。ルーシェが旅立てば平穏の時間は終わる。それからはこの世界の未来を決める為の旅が始まるのだから。そのために自分が出来る事はすべてなさなければならない。

 

 再び、家族全員で集まれるように。

 

「ルーシェにもたくさん、友達が出来ればいいのだけれど……」

 

「できるさ。あの子は俺と違って明るい子だ。すぐに誰とでも打ち解けられる。そういうところに天性のものを持っている」

 

「そう……そうよね。心配は必要ないわよね」

 

 ウルとともに森の中から、街道へと出た娘の姿を眺めていた。そろそろ距離が離れ、飛ばないと見えなくなってくる。だがそこまで過保護に見守ったところで、ルーシェの助けにはならない。彼女はこの先、一人で生きてゆく時間が増えるのだ。だから、いつまでも手を出して助けている訳にはいかない。

 

「……」

 

「アベル君? もしかして寂しがってる?」

 

「……そんな事はない」

 

 直ぐに否定するが、面白がるようにウルが近づいて片腕で抱き着いてくる。少しだけ恥ずかしく、視線を逸らすも心を見透かされるように手を握られる。いや、まぁ、確かに寂しさはあるのだ。だけどそれを顔に出していたのでは俺らしくもない。それだけの事なのだが、

 

「顔に出てたか?」

 

「私なら解る、かな」

 

「ならいいか」

 

 自分の女ぐらいには、弱さを見せてもよい。今は素直にそう思える。だからこそ、握るウルの手に少しだけ力を込める。今更、なんていえばいいのだろうか。彼女と過ごしてきた時間は、長い。だが全体からすればほんのわずかな時間だろう。もっと早く、この想いや気持ちにたどり着けていれば、と思わなくもない。

 

 だが己の過去に後悔を抱くことはない。

 

 今までがあり、その間違いがあったからこその結末だ。ここまで自分がこれたのは全て、これまでの積み重ねだ。一つでも違えばここに到達することもなかったかもしれない。そう考えれば、自分の過去は間違っていたとは言えない。

 

 だから思う。

 

 自分の人生をやり直せたとして、

 

 俺は絶対に、同じ過ちを繰り返すだろうと。

 

 だから、

 

「ウル―――」

 

 愛しい人の名前を呼んで、視線を向けて、

 

 ―――()()姿()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ウル!」

 

 急いで両手で確かめるように抱き寄せる。腕の中で、消えないように強く。腕の中にある感触は確かにあって、そして再び確認する姿は半透明ではなくなっていた。片手で頬に手を当てながら、感触をもう一度確かめる。視線の先でウルが困ったように笑みを零した。

 

「大丈夫よ、アベル君。えぇ、まだあの子を送り出さなきゃいけないのだから。それまでは気合で持たせるから」

 

「いきなり、そんな姿を見せないでくれ。俺は……」

 

「解ってる、解ってるわ。でも全部、あの子が生まれてくる時に決めた事よ……そうでしょ?」

 

「……っ」

 

 そうだ、ウルの事はルーシェが生まれる為に話し合って決めた事だ。最初から()()()()()()()()()()()()()()()のだ。もはや、残された時間は少ない。ルーシェの一人立ちがそれまでに間に合ったという事だ。

 

 だが、

 

 それを全て、完全に飲み込める訳でもない。

 

「信じましょ、あの子を……あの子が決める未来を」

 

 すでに覚悟を決めている妻の言葉に黙ることしかなく、彼女の言葉に目を閉じて弱音を押し殺す。そして目を開き、森の外へと視線を向ける。

 

 果たして、我らの娘は今、何をしているのだろうか。

 

 彼女の初の道行き―――それが幸に満ちていればいいのだが。

 

 

 

 

 その頃、ルーシェ・カラーは街道で手帳を広げた状態、片手にペンを手にしてその中に旅の記録を書き込む様子を完全に凍り付かせながら停止していた。その視線は目の前、街道に転がっているものへと向けられており。その対応が脳のキャパシティを超越していたが故に、最初の冒険を続けられずにいた。

 

「おぉっと、そこの道行く素敵なレディ。あぁ、いや、レディと判断したのはただ単純に俺がそうであったらいいな、と思っているからだ。ほら、常に希望を胸に足を進めよと言うものだろう?」

 

 言葉を発するのは人の姿。顔面から街道に倒れながら、小粋なトークを披露する姿は、そのまま起き上がらず、顔面を街道にたたきつけた状態のままでルーシェへと語りかける。

 

「いや、まぁ、その足が今の俺にはないんだがな。はっはっはっは」

 

 男の言葉の通り、足のあるべき部分は喪失しており、傷口から血ではなく闇のようなものが漏れ出していた。その常識に当てはまらない姿に、ルーシェは完全に停止し、しかし外の世界ではこういう人たちが普通なのかもしれないという新しいインプットを入力していた。

 

「え、えーと……大丈夫……ですか……?」

 

「なぁに、希望を歩むための足がなくなっただけだ。とはいえ、このまま突っ伏しているのも辛いので出来たら俺の足を奪って逃げたハニー達から足を取り戻して欲しい」

 

「え、えぇ……」

 

 アベルとウルが未来と娘への思いにはせていた頃、ルーシェは足を盗まれた不審者と遭遇してた。




 ついに、ご近所のお散歩が解禁! いやぁ、完全無欠のハッピーな展開ですよこれは!


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XXX年 道中にて

「俺も不死者だからと高を括って街道沿いで居眠りなんてするのが悪かったのだが、まさかハニーなんぞに両足を持っていかれるとはな……まさに笑うしかない、というやつだ。笑うが良い、このふがいなさを。取り戻そうとは思ったのだが魔法が通じない種族だったからな、おかげで手も足も出なかった。いや、手は残ってたんだけどな」

 

 そういって元足なし男は笑っていた。

 

 なんというか―――本当に、ハニーが足を持っていたのだ。それで何をしているのかと思えば遊んでいた。人の足で、だ。まるでおもちゃの様に。ちょっとした異文化ショックを受けてしまった。森の外は自分が想像するよりもはるかに野蛮だったという事実を、そのショックで改めて知らされてしまった。それに最初は平和的に取り返そうとしたら眼鏡をかけていないなら生かす価値なし! とか言われて襲い掛かられるし。

 

 反射的に全部砕いてしまった。いや、これが正当防衛という奴なのだからしょうがないのだが。だけど実力だけを見れば自分のほうが圧倒的に上だったんだから、足を奪ってそのまま逃げてくれば良かった。いや、でも放置してたらまた犠牲者が増えそうだったしアレはアレでいいのかな……? そんな事を考えさせられる足の奪還だった。正直自分で何をやっていたのかちょっと困惑するところだけど。だけどそのおかげで道路に倒れていた彼は足をくっつけて立ち上がる事ができるようになっていた。こういう人間が存在するとは聞いていなかったのだが。

 

 まぁ、危険な気配は感じないしいっかー、という気持ちだった。

 

「うんうん、それは良かった。最初は驚いちゃったけど、流石に目の前で困った人がいるのを見過ごせるほどボクは無関心にはなれないからね」

 

 困っているようで自分が出来る範囲なら何とかする。少なくとも他人にやさしくできる人のほうが、他人にやさしくできない人よりは全然良い。 無論、そこには限度があるだろう。だがそれはそれとして、何もしないのは見捨てているのも同然で、自分には気持ちの悪いことの様に思える。

 

 それを聞いた彼は少し驚いたような様子を見せた。

 

「ほう、今の時代には珍しい善性の塊のような人……いや、カラーだな」

 

「そうなの?」

 

 あぁ、そうだともと彼は頷く。

 

 街道を歩きながら話を続ける。行く方向は一緒だったらしい。

 

「あぁ。今の時代、人々の心はむしろ醜いばかりだ。十数年前に聖魔戦争が終結したのを知っているか?」

 

 男のその言葉にうなずく。魔軍と聖魔教団が衝突し、地形や常識、人の在り方を大きく変えた戦争だったらしい。らしい、と言うのは自分が実際にそれを目撃したのではなく人づてに聞いただけでだからだ。だが、そうか、と納得する。もうすでに戦争が終わって十数年経過してたんだなぁ、と思い出す。時が経つというのは本当に早いものだ。気が付けば何もかも変わっている。

 

「聖魔教団の崩壊に伴う文明社会の崩壊は人々から生活の余裕を奪って暴徒へと落とした。こっちの方は恐ろしいぐらいに平和だが、聖魔教団が管理していた街は今ではどこでも教団狩りの最中だ。連中が使っていた技術、道具、力、財を手に入れようとだれもが必死に疑って殺しあっている。聖魔教団を叩き潰した魔軍が去ったからな……次は人間同士で殺しあう時代だ」

 

「そんなことになってるんだ……」

 

「あぁ。聖魔教団は魔法を使えるものを優遇し、使えないものを蛮人として奴隷のように扱った……まぁ、つまりは差別と区別を駆使した特権階級に力を集中させる事で力あるものを維持していた訳だ。これが常識だと思う人間が増えればやがて逆らうような者もいなくなる。昔、魔王ジルの時代に似たようなことがあったらしいが……まぁ、今回はちょっと違う。聖魔教団の環境が完成される前に魔軍との衝突、そして反乱が始まったからな」

 

 聞けば聞くほど世の中は乱れているらしい。

 

 戦争が終わったから平和になる―――なんて、世の中は簡単にできていなかった。戦争が終われば抑圧されていた蛮人と呼ばれていた普通の人たちが開放されて、今まで受けていた仕打ちをやり返す為に聖魔教団の魔法使いを探して殺して回っている。それだけじゃなくて憎かったものを破壊して、生きるために奪う。自分で作って生み出そうと考える事はせずにひたすら奪って、くらって、殺して、まだ奪う。外の世界では今はそんな事ばかりになっているらしい。

 

 ほんと、酷い世の中だ。

 

「だから、君のその善性はこの時代においては得難いものだ。どうやって今まで保ってきたかは解からないが」

 

「そうかなぁ? まぁ、ボクは所謂”箱入り”って言葉が付く生活してたしなぁ。パパとママに教えられたからね」

 

「ほう、何をだ?」

 

 男は興味深そうにこちらを見ているので、笑って答える。

 

「関係のないところだからこそ、幸せでいてもらったほうが気持ちよくない?」

 

 関係のない人、関係のない事、興味のない事。そういうものがあるのは当然だし、しょうがない事だ。だけど、どうせならそういうものが幸せでいたほうが世の中……もう少し、楽しいんじゃないのだろうか? 少なくともボクは、興味もない知らない誰かが不幸そうな表情ばかりを浮かべているような場所を歩きたいとは思えない。どうせだったらだれもが楽しそうに生きる世界を旅して歩きたい。

 

「だってそのほうが絶対に楽しいし」

 

「楽しい、か。……成程、確かに。成程確かにそれは大事だ。あぁ、いや、まったくだな。楽しいという気持ち以上に重要なものはないとも」

 

 何が面白かったのか、男は今の返答に何か面白さを感じてか笑っていた。変な人だなぁ? と思いつつ眺めているとすまない、と返答が返ってきた。目の端の涙を軽く拭いながら横に並んで、街道の先にある街を目指して歩いている。未だ地平の先に街の姿は見えなくとも、知らない人と出会ってお話をしているという状況は確かに胸を躍らせていた。

 

「ところで」

 

「うん? なにかな」

 

「名前、聞いても良い? ボクはルーシェ、ルーシェ・カラー」

 

 短い旅とはいえ、せっかく知り合った誰かの名前を知らないのは経験的に勿体なさすぎる。だから、軽く自分の名前を告げながら名前を聞いてみれば、相手のほうが少し驚き、ショックを受けたような表情をしていた。

 

「……いや、そうか。俺とした事が少々無作法を犯してしまったようだな。いや、本当に済まない。名を出されたのであればそれに応えるのが作法というもの」

 

 男は、それから小さく息を吸い込み、

 

「―――アルシエル」

 

 名乗った。

 

「アルシエル・イスエル。何でもない、ただの不死な哲学者さ」

 

 それがアルシエルという個性的すぎる男との出会いだった。

 

 

 

 

「ほう、ルーシェ嬢は旅をする事自体が目的なのか」

 

「うん! ボクはずっと森の中で住んでたからねー。こうやって外に出て歩くだけでも楽しいんだよ。さっきから歩いているだけで次々と詩のネタが思いつくし……あぁ、足を止めてそれをまとめる時間がないことが勿体ないというかじれったいというか! 日帰りの予定だからあんまり寄り道とかできないんだよね、ボク」

 

 だから詩を纏めたり、曲をつくったりするのは家に帰ってから! と決めている。完全にここら辺は自分の趣味の問題なのだから、それでパパやママを困らせたくはない。

 

「成程、な。旅が目的でもあり、同時に手段でもある。古の賢人曰く目的と手段が一致するものは永遠に満たされることはない、何故ならそこに終わりはないからだ等と言われているが、俺にはその気持ちは解らないでもない。俺も似たような人生を送っているしな」

 

「アルシエルもそうなの?」

 

「あぁ、哲学の探求は俺にとってのライフワークさ」

 

 ただ歩いているのも暇なので、当然のように話し合う。話題は自分のやっている事、したい事、好きな事、興味のある事。当たり障りのない会話だが、見知らぬ誰かと行う会話は新しい発見がいっぱいだった。哲学者、なんて存在は知識の中でしかいなかったのに。今、自分の横ではそんな存在が旅をしながら探求を続けているとの事だ。

 

 ちらり、と横を歩く肌が青白い男を見て、視線を前へと戻す。少しずつだけ街に近づいてきただろうか? まだっぽい。

 

「まぁ、説明したところでまるで理解されないし、理解されたところで他人にとってはまるで意味のない無価値なものだけどな」

 

 アルシエルはそれを無価値だと言っているが、ボクはそうは思わなかった。首をかしげながら、

 

「だけどアルシエルさんはそれを探求して追及してるなら、アルシエルさんにとっては価値のある事なんでしょう?」

 

「あぁ」

 

「だったらそれでいいんじゃないかなぁ。それが他人に迷惑をかけない範囲なら、別に理解されなくたって何も問題はないと思うけどなぁ」

 

 その言葉にアルシエルはくつくつと笑い声を零す。横を見れば、楽し気な表情を浮かべている。

 

「然り、然り。ただそう割り切れる者の方が少ないのが世の中だ。結局、多くの者が見返りを求めている。名声だったり、金銭だったり。己の努力が何らかの形で報われることを求めている。趣味だから、好きだから別に何かを求めている訳じゃない……という奴は、基本的に稀だ。その感性を大事にすると良い。求道者の得難い性質だ」

 

「ありがとう?」

 

 褒められているのかどうかは微妙なのだが、一応その言葉は受け取っておく。

 

 だがそれはそれとして、

 

「アルシエルさんは、哲学者としてライフワークに挑んでいるんだよね? 命題みたいなものはあるの?」

 

「あるぞ。常に取り組んでいると飽きるから定期的に休みの年を何年か挟み込みながらやっているが。追い求めているものはある」

 

「ほえー」

 

 真剣そうな表情に言葉は、アルシエルが本気で追い求めるものがあるのを証明していた。興が乗ったのか、アルシエルはその続きを求めなくても話を続けてくる。

 

「俺はな、神の証明が行いたいんだ」

 

「神の証明って……アレ?」

 

 道路脇を指させば、道化の恰好をしたレベル神が横からスライドするようにやってきた。何が気持ち悪いって、完全に正座した不動の状態なのに氷の上を滑っているかのような清らかさでやってきた事だ。我が家でレベルアップを担当しているレベル神のマッハさんである。ちなみに紹介されたのはつい最近の事で、外に出ている時にレベルアップをしたければマッハを呼べばいいよ、とママに教えられた。

 

「お呼びですかなルーシェ様!!」

 

「うん、特に用事はないから帰ってもいいよ」

 

「ははー! これが噂の悪戯コールってやつですな!」

 

 そう告げると出現したときの様に正座のままスライドして消えていった。その姿を見送ってからアルシエルへと視線を向ければ、

 

「いや、ああいうイロモノではない。アレはアレでなかなか興味深い存在だが。だが違う」

 

 愉快なレベル神ではない、と言って。語る。

 

「俺が求めるのは()()()だ」

 

「真の神様……?」

 

 神の真も偽もあるのだろうか? と考えてから、真の神様がいるとすればそれは―――、

 

「……創造神ルドラサウムの事?」

 

 自分の知識を動員し、一番それっぽい答えを彼に示してみる。それを聞いたアルシエルはしかし、驚いたような様子を見せてから小さく笑った。

 

「その名を知っているか……いやはや、驚いた。滅多な事では表に出る事の無い名前だから知っている者は極僅かなのだが……」

 

「あ、違うっぽい」

 

「あぁ、残念だが不正解だ。俺が求めているのはルドラサウムではないからな」

 

 そこでアルシエルは言葉を区切り、正確には表現が違うかもしれないなぁ、と呟いた。その意味が解らず、首を傾げる。アルシエルは腰のバインダーから本を一冊抜き取った。どことなく懐かしさを感じるその本を広げ、その中を覗き込みながら言葉をつづけた。

 

「俺が真なる神と呼んでいるのは()()()()()()()()()()()()()だ」

 

「……アレ、それがルドラサウムじゃないの?」

 

「少し前まではそうだった。だが代替わりしたよ」

 

「神様って代替わりするんだー」

 

「不思議な事にな。ルドラサウムの代わりに今のこの大陸を支え、そして運営しているのはその神だ」

 

 本を閉じて、それをバインダーに戻した。男はため息を吐きながら憂鬱そうな表情を浮かべる。

 

「俺は、知りたいのさ。彼女の名を。真なる神の名を。そして問いたいのさ」

 

「問いたい……?」

 

 それは、と言う言葉でアルシエルは区切り、口元へと指を持って行った。

 

「秘密だ」

 

「えー!」

 

「くっくっくっく……何、誰も一つぐらい秘密にしておきたい事があるのさ。俺の求めるものなんて他人に自慢できるほど面白いものでもないから気にするな」

 

「いや、それは無理があるよ。ねぇ!」

 

「はは、ほら、俺の事は良いから―――見えてきたぞ」

 

「え?」

 

 アルシエルに促され視線を正面へと戻せば、遠くに古めかしい城の姿と、その近くに広がる街の姿が見える。お城! あんなものがこんな近くにあったんだ! 初めて現実に見る実物の城の威容に一瞬で心奪われながらも森では感じる事がなかった大量の人が密集する事で生まれる熱気と生活感を風に感じ始める。アレが、人の住む街―――。

 

 アレが、

 

「まだ王政もなく、王族もなく、発展途中の街―――リーザスだ」

 

 ついに、人の街に入る。




 ついに発覚、哲学者さんの名前。

 どっかで聞いたことのある名前してますねぇ……?


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XXX年 リーザスの街

「おー……ココがリーザス!」

 

 初めて到着する外の世界の街に心は踊っている。街の中へと一歩踏み込んで見て見れば、もうそこは世界が違うとでも言うのだろうか? もう見えているものが全く違う。さっきまでは間違いなく荒野だらけの荒れ地を進んでいたのに、ここは比較的に緑が存在するように見える。また、街の外れ、一番奥ともいえる場所には大きなお城が残っているのが見える。遠目には封鎖されているようにも感じられるが……ちょっと、覗いてみたい気持ちもある。だがそれ以上に街の姿だ。

 

 まるで自分の家とは違う!

 

「凄い、使っている材料も道路もまるで違う!」

 

「この町の周辺は御覧の通り、荒れ地と荒野ばかりだ。この街から少し距離を開けないと木材が手に入らない関係上、自然と石材を利用した建築が発展したらしい。タイルを使った道路の舗装や、建築のデザインに関しては昔からここに存在していたあの城―――魔王城を参考にした、という話だ」

 

「……魔王城」

 

 ホーネットの父、そしてホーネットが将来次ぐであろう名。今の代ではなく過去の代の魔王のお城だったのだろうが、それでも魔王がここで人類と戦うために暮らしていたんだなぁ、なんてことを考えると不思議に思えてくる場所だ。かつては魔王が住んでいた場所も、こうやって人が根付いて暮らすと参考書代わりに扱われてしまうのだから。時の移ろいはいつか、過去にあった惨劇も生活の一部へと変えてしまうのだろう。その傷跡を時と共に風化させて。

 

 だけど自分達の様な、長命の者がそれをずっと覚えている。

 

 果たして、当時を生きてきた人たちはこの景色を、そして人々のバイタリティを見て何を思うのだろうか?

 

「少し調べたら詩にできそうかなぁ」

 

 自分の思った事をメモにする為に、ウェストポーチから手帳を取り出す、付属のペンで軽く書き込む。そのまま邪魔にならないように道の端へと移動すると、入口から見たリーザスの様子を軽くスケッチするように描き始める。と、スケッチしている直ぐ横で、覗き込むように此方の作業を眺めている。

 

「あれ……アルシエルさん、どこか行かないの?」

 

「俺か? いや、別にここに何か用事があるという訳じゃないからな……。それに何時も必死に同じことを繰り返していたら飽きるしな」

 

「ライフワークなのに?」

 

「ライフワークだからこそ、だ。何事も適度に休息と気分転換を入れるべきなんだよ。それが使命だから、好きだから、と同じことばかりしていると飽きるのが人って生き物さ。だったらいっそのこと、面白そうな事に首を突っ込んで忘れたほうが良いんだよ……それにしても絵が上手いな」

 

「ありがとう。やっぱり旅の思い出を一番解りやすく残せるのは絵だからね」

 

 と、答えながら簡単な街のスケッチを終わらせる。

 

 やっぱり、後から情景を思い出すうえで言葉よりも、絵が一番思い出しやすい。詩はそれはそれで中々素敵なものなのだが、後から見返す時は絵を見たほうが当時の事を思い出しやすいと思う。だからこうやって、手帳に少しずつ旅の軌跡を描こうと思っている。まずはこれが一歩目だ。次は……あの魔王城をスケッチしてみたいなぁ、なんて事を思っている。だけどその前に街中を歩き回ってみたいとも思っている。

 

 うーん、悩ましい……。

 

「あ、そうだアルシエルさん」

 

「何かな?」

 

「付き合ってくれてありがとう」

 

 手帳をしまいつつそう言うと、アルシエルは少しだけ驚いたような顔をしてから、小さく苦笑を零した。

 

「本当に、育ちが良いんだな」

 

「うーん?」

 

 その言葉が良く理解できずに首を傾げるが、気にするなと言わんばかりにアルシエルが手を振った。

 

「いいや……大したことじゃないから気にする必要はない。それよりもどこか行く予定の場所はあるのか?」

 

 そう言われてうーん、と首を傾げる。予定としてはパパとママにお土産を買って帰る予定なのだ。少なくとも何か、自分の予算内で購入できるものが良いと思う。少し足が出るなら演奏でおひねりでも稼ごうかなぁ、なんてことを考えている。だがやっぱり、何かあまり高くないお土産を買って、ここで昼食をとって、それで帰るって感じのコースだろう。

 

「ふむ、成程」

 

 アルシエルは腰のバインダーから本を取り出すと、それをぱらぱら、とめくって中を確認するように頷く。何を見ているのか気になって覗き込もうとするが、アルシエルが横にズレて中身を見せないように逃げる。それをちょっとだけ追いかけてみるが、体を軽く回して視線から逃れ、本を閉じる。

 

「なら道具屋で何か消費出来るものを購入するのが良いだろう」

 

「消費出来るもの?」

 

 あぁ、とアルシエルが頷いた。

 

「贈り物は基本的に消費出来る物の方が喜ばれる。形が残るものは一般的に”重い”ってされるからな。それにこういう贈り物をこれからも積み重ねて行くなら、古いものから少しずつ埃被って行く……お前がこの先も旅を続けて、行く場所行く場所でお土産を買うならそれが溜まって行くんだろう? だったら消費出来る物を用意した方が後々助かる」

 

「なーるほど」

 

 そう言われるとそうかも? となるところがある。元々はこう、何かトーテム的な物を買おうかと考えていたのだが、確かに言われてみるとこれからもっと買って帰ると積み重ねて場所に困りそうだ。だったらお菓子とか買えばいいのかな、と考える。それだったらお茶の時間にみんなで一緒に食べられるはずだ。

 

 うん、悪くない。なによりも、自分も一緒に食べられるところが一番いい。

 

「よっし、じゃあ道具屋さん? にいこっか!」

 

「場所を確認したら、な」

 

「ううん、確認はいらないよ―――その方が楽しいし!」

 

 だってせっかく来たのだから。自分の足で見て探したい。何もかも答えを教えられて探した所で意味はないのだ。だって、それでは何も覚えない。自分は、自分の力で、自分の足でもっとたくさんたくさん見て覚えて知って理解して―――そして、その意味を知る為に生きているのだから。それは漠然と感じる衝動。

 

 ()()()()()()()()()()()()()。そんな衝動。

 

 だがただの知識欲じゃない。自分の体を前へと突き動かすような衝動だ。知らない事を自分の足と目と心で見たいという気持ち。ずっと、ずっと昔からそんなことを感じていた。

 

 だから今、こうやって探すように歩き回ろうとする瞬間が本当に楽しい。

 

「道具屋さん、道具屋さん……どこだろう?」

 

 呟きながら歩き出すと、横に並んでついてくるアルシエルが肩を揺らす。

 

「看板を探すんだお嬢」

 

「……お嬢?」

 

 足を止めて、横のアルシエルへと視線を向ければ、肩を軽く揺らして手を広げていた。

 

「世間一般じゃ育ちと家の良い娘の事をお嬢って呼ぶのさ。ぴったりのあだ名だろう?」

 

 その説明に納得がいって頷く。

 

「確かに」

 

「ついでに言えば俺の事も別に”さん”付けする必要はない。アルでもなんでも好きに呼んでくれ」

 

 そこでアルシエルは笑みを浮かべた。

 

「―――なんだか、長い付き合いになりそうだからな」

 

 

 

 

 道具屋というのは意外と簡単に見つかった。

 

 アルシエルに言われた通り、道具屋というのは大きな看板を下げてアピールしていたので解りやすかった。ただ置いてあるものは結構面白いものが色々とあって、首を傾げさせられた。まず基本的な日常雑貨や道具、そのほかにも保存食、武器、防具みたいなものまで揃えてあった。面白いのは傷を治すための薬草や解毒薬までそろえており、節操がないとでも表現したくなるラインナップを狭い店内に色々と広げていた。

 

 その様子が珍しく、ついつい店内を歩き回って一つ一つ確認してしまう。

 

「武器はなんで置いてあるんですか?」

 

「ここら辺から大きな町に行くのは結構危険だからねぇ。必然的にモンスターと遭遇するし、自衛能力がない奴は遠出できないんだよ」

 

「これはなんですか?」

 

「それはゴッドハイパーマキシマム兵器の模型だねぇ」

 

「これ、見た事がない楽器!」

 

「サックスフォンだよぉ。行商人が鈍器だと思ってたものを引き取ったんだよ」

 

 本当に色々と置いてあった。この中からパパとママに送るプレゼントを探すとなると、相当難しい。第一、自分には予算の都合もある。正直物珍しさから欲しいものは結構ある。だがこの中で購入するのはまずはお土産と思い出の品だ。高くなく、そして運びやすく、仕舞いやすく、一目で旅の思い出とわかるようなアイテムが良い。

 

 リーザスの街に特産物と呼べるような工芸品があれば良いのだろうが、そういうものがあるような気配はなさそうだ。そもそもあるならパパが既にお土産として購入していると思う。だからここはパパとママが普段は見ないようなものを、珍しいものを何か買いたい。だがそういうものは基本的に値が張る。

 

「むむむむ……どうしよ……」

 

「お困りかな」

 

 後ろの方でアルシエルが手助けしようと声をかけてくるが、それに振り返りながら手を差し出す。

 

「ストップ! すとーっぷ! こういうのは悩んでるところも楽しいの! だから悩まさせて!」

 

「ではどうぞ、ご自由に」

 

 基本的に消費出来る物が良い、とアルシエルは言っていた。だけど本当にそれで良いのかなあ? なんてことを考えながら棚を見る。消費出来る物となるとやっぱり石鹸とかお菓子とかになってしまうだろう。後はお酒だろうか?

 

 だけど石鹸はこの村からパパがいつも買ってきているし、お菓子はママが作るものが美味しい。お酒だってパパが自作しているから態々買ってくる必要もないんだよねぇー、と呟く。こうやって外に出てみると意外とウチでの生活って結構豪華にやってたんだ、と値段を確認しながら驚いたりする。

 

 実はボクは、かなり恵まれているかもしれない。いや、実際恵まれているんだろうなぁ、と実感する。そしてこういう事は外に出て、もっとたくさん知って旅をすればする程実感するものなんじゃないかと思う。

 

 今までは当たり前の様にパパとママがくれたものを受け入れていただけだった。

 

 だけどこうやって外に出て、売られている物を見て、そして何がいいかを考える。

 

 値段を、品質を、手に入るかどうかを考えてそれを自分の生活に当てはめるのだ。そうすると、自分の生活がどれだけ満ち溢れていたものなのかが解ってくる。自分の人生が、生活が、家での日々がパパとママによってどれだけ用意されていたのか。自分の今持っているちっぽけなお金では到底生活できる程じゃない。だけど家で使っている数々の物はこんなお金では揃えられないものばかりだ。

 

 改めて、今までの生活と注いでもらった愛にありがとう、と感謝の気持ちを伝えたくなった。

 

「あっ」

 

 そんな事を考えていると、面白いものを商品棚に見つけた。自分の家では使わないし、見ないものだが話で聞いて知ったものだ。偶にママが書いているのを見ているから知っている物でもある。それを棚から手に取って、かかげて見る。

 

 手に取ったのは薄い、一枚の紙だ。窓から差し込む光にかかげて見ればわずかに透けてその向こう側が見える。まだ新鮮な木の香りがする紙は薄く絵も描かれており、観賞用としても悪くはない。これに描かれているのは荘厳な古城の姿だった。

 

 これを眺めていると、背後から声がしてくる。

 

「ふーむ、便箋か。観光地にはよくあるものだな」

 

 そう、便箋だ。家にもいくつかあるが、こういう風に絵が描いてある奴は初めて見た。

 

「観光地にはよくある……ものなの?」

 

「まぁな。民芸品を取り扱ってないような所でもなぜか置いてあるぞ。流石に小さな村となるとないが、この規模の街なら職業での職人がいるからな。この手のもんを作ってたりするもんだ。理由は俺に聞くな。そういうもんらしい」

 

「そうなんだ」

 

 不思議な世界だよなぁ、と首を傾げるアルシエルの反応を見つつ、自分の心はこれに釘付けになっていた。お土産に何を選ぶかを悩んでいたのもこれを見た瞬間に吹っ飛んでしまった。これだ、これが一番いいお土産になるという事を確信した。

 

「どうやらお嬢の中では何を購入するか決まったみたいだな?」

 

「うん! アドバイスを無視しちゃって申し訳なさがあるけど……」

 

「いや、良いさ。何が良いなんて明確は答えがないんだ。だとすれば後は個人的なフィーリングの問題だろう。それより便箋を選ぶという事は……」

 

 うん、と頷いて答える。

 

「ボク、パパとママに手紙を書くよ。この便箋で」

 

 普段は恥ずかしくて口に言えないような気持ちを手紙にして二人に渡す。

 

 それがボクの、最初の旅のお土産だ。これから一生忘れられない初めての試みになる。




 これ本当にランス世界かぁ? って言いたくなる平和さ。なおこの時大陸のいたる所では聖魔教団狩りが発生していてNOUMIN達が日々、落ち武者狩りにヒャッハーしていたりします。そしてそれに反逆する残党たちが襲撃を繰り返していたりも。

 ルドラサウム大陸は今日も地獄に変わりはない。


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XXX年 リーザス観光

「ん―――、美味しかった!」

 

「それは結構な事だ。うちの飯は当時、魔軍の厨房を扱ってた連中が魔王に献上する時に料理していたもんのレシピを引き継いで使ってるからな! まぁ、高級食材が多すぎて作りやすいように色々とアレンジさせて貰っちゃいるが。それでもお嬢さんの口に合ったのならうれしい話だ」

 

 そう言って頭にバンダナを撒いた、酒場の中年店主は腕を組み、満足げに頷いた。雑貨屋でお土産を購入した後で来たのがここだった。なんでもこの街唯一の酒場らしい。街規模なら他にも酒場や食べる所があるんじゃないかな、と思ったりもしたのだがそうでもないらしい。このリーザスの街というのは今の所発展途中の街であり、漸く村という規模から抜け出せたばかり。これから更に発展させるにはもっと外から人を呼び寄せなきゃいけないらしい。そしてその為には旧魔王城を観光資源として扱う必要がある、

 

 ……と、アルシエルが言っていた。

 

 まだ村という規模を抜け出したばかり、それも主流から外れた辺境とも言える地の街ではそう多くの物は期待できないらしい。まぁ、でも、それぐらいが自分にとっては丁度良い最初の旅の目的地なのかもしれない。いきなり大きな街に行ってきても、正直色々と迷ってしまう様な気がしてしまう。だからこれぐらいで良い。今は。これが終わって次の旅は、もうちょっと遠くを目指す。そう、これが終わったら本格的な旅立ちが自分を待っているのだから。

 

 しかし、

 

「うーん、こういう街が大きくなるのってどれぐらいかかるんだろう……」

 

「うん? 街の発展か? そうだな……大体はマンパワーと金で解決できる話だな。住人のやる気があればそれこそ十数年以内に一気に大規模な開拓もできるだろう。ここは立地も悪くはない。後は先導するリーダーが出現さえすればとんとん拍子で進むだろうが―――」

 

「だろうけど?」

 

「……ま、最低で百数年は”首都”という形になるまでは時間がかかるだろうな」

 

「そっか、そんなに時間がかかるんだ」

 

「あぁ。金、人、モチベーションが必要だからな。まずは音頭を取るリーダーが必要不可欠だ。その上で自分の世代だけではなく、次の世代に目を向ける事の出来る先見性が必要だ。残念ながら今、人類全体が今の自分がどうやって生き抜くのか考えるのに必死だろうからな。それだけの事に意識を回す余裕はないだろう」

 

 食事にまで付き合ってくれたアルシエルはそうやって色々と説明してくれていた。店主の作ってくれたピザを片手に、足を組みながら摘まんで教えてくれている。ここまで親身になって教えてくれるのはちょっとだけ、申し訳ないなんて事を思う。だけど足がなくて困っていたのを助けたし、そんなもんかなー? と思っていたりする。

 

 それにアルシエル自身が全く気にしてない様子で、楽しんでいるように見える。

 

 元から自分の知識をひけらかすのが好きなタイプなのかもしれない。

 

「少し前まで戦争してたんだっけ? だからだよね。ボクは今まで外に出た事がないからまったく実感がないけど……」

 

「ほー、嬢ちゃんは箱入り娘か。まぁ、アベルの旦那は家族を大事にしてそうだしそうもなるか……」

 

 店主の言葉に視線を向けて、首を傾げる。その視線に店主は笑った。

 

「旦那はよ、むかーしからここと付き合いがあるんだよ。うちの爺さんの代からかなぁ……? 自警団に戦い方を教えてくれたり、近辺の野盗の類を掃討してくれたりな。もう長い付き合いなんだけど、早く家に帰りたいって理由で毎回飲みに誘ってもうちに来ないんだよなぁ」

 

「お嬢愛されてるな」

 

「でしょ?」

 

 胸を張ると店主とアルシエルが視線を合わせてやれやれ、と呟いた。

 

「親が親なら子も子、か」

 

「悪い事ではないだろう。寧ろ今の時代では珍しいぐらい良い事だ」

 

「違いない」

 

 アルシエルと店主の言っている事はちょっと解んないが、バカにされている感じはしないのでそれはそれでよしとする。果実水を両手で抱えてちびちびと飲みながら、話は発展と戦争に戻る。アルシエルは本を片手に、得意そうに話を続ける。

 

「えーと、そうだそうだ、戦争の話だったな……。簡単に言ってしまえば聖魔教団の敗北と解体でそこに集っていた魔法使いや技術、兵器の類がルドラサウム中に散ったのが問題だな。連中、元々は魔軍と戦う為に兵器開発をしていたから。闘神もその為の兵器だ。それらが今、無秩序となって世に放たれてるんだ。しかも所属していた魔法使いの大半は魔軍のみならず、自分たちの支配を拒む非魔法使いの人類に恨みを抱いている。結果、暴徒となって街や村を襲ってるって訳だ」

 

「ここら辺は旦那の睨みが効いてるし、うちの自警団は対魔法使い向けの戦術ってのもあるからな。そこらの魔法使い相手にはまぁ、負けないぜ。だからこのご時世、ちょっとずつ大きくなってんだが。それでもやっぱ、怖いもんは怖いからな」

 

「聖魔教団の残党をどうにかしない限りは世の中が落ち着く事はないだろう。ただ、まぁ、AL教も本腰を入れて動き出したみたいだしその内収まるだろう」

 

「うーん、世の中結構複雑なんだなぁ」

 

 思ってたよりも世の中は混沌としていた。だけどそういう風になったり、どうなっているからこうなる、みたいな事は一度も考えた事がなくて、その事がちょっとだけ恥ずかしくなってきた。だけどそれを否定するようにアルシエルは頭を横に振る。

 

「生きていく上では別に知る必要もない事だからな、そこまで気にする事じゃない。ただ知っているほうが人生が豊かになるという話だ」

 

「人生が?」

 

「そうだ。人生とは未知を既知に変える旅路でもある。未知を既知に作り替える作業でもある。故に知れば知るほど人生は豊かに、そして肥えるのさ」

 

 哲学的な物言いにうーん、と考えるが、深く考えない方が理解できるかもしれない、と考える事を放棄する。だけど世の中はまだ混沌としているんだなぁ、と思うとパパやママが外に送り出す事に渋っていた理由も分かる。確かに今の状況で外に出るのはちょっと危ないかもしれない。ただそれ込みでも、自分はもっと、世界を見たいと思ってしまう。危険であっても未知がそこに待っている。自分が踏破できる世界が待っているのだ。そう思うと、わくわくとドキドキが止まらなくなるのを感じる。

 

「ふぅ―――ご馳走様でした。美味しかったです」

 

「お粗末様。嬢ちゃんはこの後どうするんだい?」

 

「ボク? うーん……そろそろ帰ろうかなぁ、って」

 

 日帰り旅行みたいなスケジュール予定だったし。そろそろ帰り始めればゆっくり歩きながら暗くなる前に帰れるかなぁ、という計算だった。遅くなると間違いなくパパとママが心配するし、約束を破るような事はしたくない。そろそろ帰り始めるかなぁ、と考えていた。

 

 そこにアルシエルが声を挟んできた。

 

「なら最後にせめて旧魔王城でも見てきたらどうだ? 外から軽く眺めるだけなら時間があるだろう?」

 

「あー……うん、どうしようかな」

 

 旧魔王城。昔、魔王が住んでいた場所。ホーネットのお父さんの前の代の魔王とかが拠点にしていた場所だ。今では誰も住んでいなくて、危険もない場所だというのは既に聞いていた。それでいて何かに使えるかもしれない、と放置されているのも。さっきの話を聞く限りは観光資源にしちゃうのかなぁ、という感じではあるが。

 

 だけど少しぐらいなら……寄り道しても大丈夫な程度には余裕がある。正直、気にならないと言えばウソになるし。そうと決まれば行動は早い。お代を支払いながら立ち上がり、拳を握る。

 

「良し、見に行く!」

 

「そうか、なら俺は別の用事があるからここでお別れだな」

 

「え? そうなの? 今まで大変お世話になりました」

 

「いや、此方こそ大変楽しい時間を過ごさせて貰った。縁があるならまた会おう。……どうせ、互いに悠久を生きる身だしな」

 

 アルシエルと両手を握って握手をしたらさようならを告げて、酒場を出て別れる。本来の予定にはなかったが……少し位寄り道したところでも、余裕はあるし、もし長居してしまったとしても全力ダッシュで帰れば十分間に合う。

 

 そう、何らかの理由で全力で見学してしまったとしても、間に合うのだ!

 

 自分にそう言い訳しながら、街の奥、そのちょっと離れた場所にある旧魔王城へと足を向けた。

 

 

 

 

 旧魔王城は、想っているよりも遥かに作りが良いというか―――センスの良さを感じる建造物だ。

 

 魔王、という言葉には負のイメージがどうしても付きまとう。パパが言うには魔王という存在は世界の犠牲者で、システムという枠の被害者らしい。何をどうあがいても暴れる事しかできない存在。その例外がホーネットのお父さんだとか。そんな魔王が人類と戦う為に住んでいた場所がここで、今では誰もここには住んでいない。昔はこの周りに畑とかもっと細かい施設もあったらしいけど、それは取り壊されたり今のリーザスに組み込む形で再利用されている。ここで暮らしている人々はどうやら、かなり逞しいようだ。

 

「だけど結構細かいお花とか草とか生えてきてるよね」

 

 辺りを見渡しながらそんな事をぽろ、っと呟く。

 

 魔王が存在する場所では草木が生えなくなり、異形の植物が生えてくる。少なくともホーネットが言うには魔物界はそういう場所になっているらしい。だけど今見た感じ、そういう植物が育っているようには見えない。除去されたのか、それとも魔王が去ったから正常化されたのだろうか……? でも街の周りは割と荒野でいっぱいだった。となるとこのお城だけが特別なのだろうか? どっちにしろ、今は綺麗なお城になっていた。城自体が今も丁寧に維持されているのだろうか? 壊れていたり、崩れていたりする場所が見当たらない。

 

 ……いや、違うかな。

 

「保存の魔法がかかってるのかな、これ? 凄く強いの」

 

 旧魔王城の壁まで近寄り、軽く拳でこんこん、と叩く。硬質な感触は物理的なものだけではなく、魔法的なものも感じる。恐らく魔法によって保存されている。それもかなり昔から。相当強い魔法によって行われているから、多分は魔王が使った魔法なのだろうと思う……何時の時代のものかは解らないが。

 

 ただこうやって間近で旧魔王城を見てしまうと、その内部まで気になってしまう。この城は相当大きい。当時利用されていた頃は相当な人数が内部にはいただろうし、この周りでは人のものではない、魔軍特有の生活が繰り広げられていたのだろう。

 

 そこに好奇心を刺激される。こうやって外を眺めてしまうと、中の方がどうなっているのかが気になってしまう。新しいインスピレーションをもしかして、中を覗けば得られるかもしれない。そう思うと疼いた好奇心が止められなくなる。

 

「……帰りは走って帰れば良いよね」

 

 言い訳完了。女は度胸。早速、中の方も見学させて貰おうと正面の扉に手をかけ、

 

「―――そこの乙女よ、待ちなさい。その扉はみだりに開けるべきものではありません」

 

「え?」

 

 呼び止められ振り返れば、背中から翼を生やした女性が立っていた。長い蒼髪を持つ女性の姿は美しく、白い服装と蒼い軽鎧の組み合わせを装着した姿は天使、というよりは戦乙女とでも表現すべき凛として気配の持ち主だった。気配のない登場に驚いてしまったが、その声と視線は真面目なものだったので、扉にかけていた手を取る。

 

「えーと……ごめんなさい?」

 

「いえ、謝る程のものではありません。ただその扉の向こう側は未だに魔王の穢れで満ちています。中に入れば汚染される程ではありませんが、それでも多少体調を悪くする事もあるでしょう。特に貴女の様な一片の穢れを持たぬ者であればなおさらです」

 

 その言葉でこの女性が自分の事を案じて現れたのに気づいたので、直ぐに頭を下げる。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 危ないので扉から数歩離れ、蒼髪の女性に振り返る。

 

「えーと、エンジェルナイトさん?」

 

「ご存じでしたか」

 

 女性―――神の使いであるエンジェルナイトはこくり、と頷いた。

 

「粛清局所属のミストです」

 

 粛清局、聞き覚えのないものだった。恐らくは神界に関わる事の一つなのだろうが、そっち方面はあまり知識が豊かではないので、首を傾げるしかない。だが目の前のエンジェルナイト・ミストは此方の意を汲んで説明してくれる。

 

「粛清局はぽんこ―――こほんっ、ラ・バスワルド様が職務ほう―――任務で地上に降りてからというものの、一切の仕事を放棄して行わなくなった為に編成された部署です」

 

「言い直しきれてない」

 

 ラ・バスワルドなら良く知っている名前だ。パパやママが昔の事を話す時に良く出てくる名前だ。なんかいつも失敗したり、迷惑をかけたり、泣きわめいてばっかりの話をよく聞く。後はなんか、物凄いものぐさな人物だとか。

 

「バスワルド様には元々地上の穢れを祓うという役割があったのですが、全く進んでいない現状その代役が必要でして―――その為に我々の様な穢れを祓う事に特化した、力の強いエンジェルナイトが代わりにバスワルド様のしりぬぐいをしています」

 

「言っちゃった」

 

「ですので乙女よ、それには触れぬように。我々の仕事を増やさないでください」

 

 神様の世界も大変なんだなぁ、というのを今、心の底から良く理解した。特に求めていた理解でもないのだが。ただそう言われるとこの旧魔王城は、未だに呪われた場所なんだな、というのが解った。どれだけ時間が経っても、消えない傷跡というものもあるのかもしれない。

 

「失礼、拘束してしまいましたね。その身が穢される前に早くこの地を去った方が宜しいでしょう。なぜかは解りませんが、恐ろしいほどに煮詰まった穢れの気配が付近から感じられますからね……」

 

 その言葉で真っ先に頭に浮かぶのはアルシエルの存在だった。夜空を見上げれば笑顔でサムズアップしている様子さえ思い浮かぶ。ただ、まぁ、アルシエルが善良な事はなんとなくだが感じ取っていた。なんというか、()()()()()()()()()()()()とでも言うのだろうか。少なくとも悪い人ではないと思うので、手を挙げる。

 

「はーい。じゃあボク帰ります」

 

 心の中で小さくごめんなさい、と謝っておきつつ、帰る事にした。それを聞いてミストは頷き、笑みを浮かべた。

 

「えぇ、それが良いでしょう。それでは良い一日を」

 

 手を振ると振り返してくるエンジェルナイトに、思ってたよりも天使さんって優しいんだなぁ、と思いながら帰路についた。

 

 今日は家に帰ったら、いっぱいいっぱい伝えなくちゃいけない事がある。

 

 今夜中に全て語り終える事が出来るか、ちょっとだけ不安。だけどそれ以上に楽しかった一日にひたすら胸は高鳴る。

 

 きっと、こんな日がこれからは続くのだろう―――いつまでも。




 ほらぁ! バスワルドちゃんサボってるから部下が大変そうにしてるじゃない!!


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XXX年 ただいま!

「色々とあったけど楽しい一日だったなぁ」

 

 リーザスを去り、家に通じる荒野の道を一人で進みながらそんな事を呟く。片手にはノート、もう片手にはペン。そこには今日の出来事で感じた事、見た事、聞いたことを書き込んである。言ってしまえば自分の冒険手帳、これまでの、そしてこれからの冒険の記録をつける為のアイテム。これを何冊も消費する規模で冒険と旅を続けるのが自分の目標になる。それだけ多くの物が見れれば、きっと人生が豊かになるに違いない。とりあえずは、歩きながら今日の事を思い返し、書き込む。パパとママ宛の手紙はもう、酒場で昼食が出るのを待っている間に勢いで書いてしまったから心配する必要もない。

 

 だからノートを片手に、耳を周囲に傾けつつ歩いていた。

 

 街での生活、お店、食事、そして旧魔王城。そう言えば街ではちょっとだけ、パパやママの話が聞けたのも楽しかったなぁ、と思う。今度来るときはもうちょっとゆっくりと色々と眺めたい。だけど一番面白かったのはアルシエルの事だろう。

 

「まさか両足がない状態だったからなぁ。アレは絶対に忘れられないね」

 

 アレは絶対に一般的な出会い方じゃないだろう。おかげで忘れられない出会いになってしまった。だけどかなり良い人だったし、また会えたら楽しいだろうとは思う。こういう出会いがこれからもいっぱいあると思うとやっぱり、外の世界への好奇心が抑えられない。早く、もっと遠くへと旅に出てみたい。パパやママが語ってくれた外の世界をもっと見て回りたい。きっと、自分の求めるものがそこにある筈なのだから。

 

「この心を絶対に忘れないで、帰ったら一曲作っちゃお」

 

 寧ろ今、歩きながら一曲作ってしまうのも良いのかもしれない。そう考えてノートの中に横線を引いて、口笛で音を調整しながら楽譜を作ろうとしたところで、耳が聞きなれない音を拾い上げた。少なくとも結構離れた場所ではあるが、どうやら鋼の軋むような音がする。その音源は―――どうやら自分が行く先、家のある森の方からしているようだった。中々聞きなれない音なだけに少し首を傾げてしまうが、進んでしまえば解る事だ。

 

 好奇心に触発され、帰宅する為に歩む進みをちょっとだけ早めてみる。

 

 

 

 

 様子を見る為に少し走るように家の付近までやってくる。ここまでくると景色は少しだけ切り替わって、周辺に緑が増えてくる。見慣れた景色にどことなく安心感を覚えつつも、ここまでやってきて確認できるのは見慣れない鋼の姿だった。つまり、自分の耳が拾い上げた音が正確だったことを証明する。家に通じる森の前に立ち尽くしているのは巨大な鋼の姿が一つ、そしてその横には人の姿がある。全身を覆うローブに握っている杖の姿はまさしく魔法使い、という格好だ。だがウチの森の前にいるというのは……お客さんだろうか?

 

 足の歩みを緩めながら、耳を澄ませる。

 

 基本的にウチは外から隔離されている場所だし、パパもママも外からの人を中に入れる様な事はない。そして巨大な鋼の姿と魔法使いは森に入ろうとしていた。だが木々を蹴り飛ばそうとして踏み込む巨大な鋼の姿はその蹴りが木々をすり抜け、森の中へと入り込めば―――姿が見えなくなるぐらいに踏み込んだ時には、森から追い出されるように瞬きの間に立ち尽くしていた。

 

「うーん……嫌な音」

 

 嫌な音がする。焦り、憎しみ、怒り、そして害意。何かを傷つけようとする低く、暗い音。重く苦しい音にチョークボードを引っ掻いたような色を混ぜた()()()がする。どれだけ姿は取り繕っていても、人が持つ音は誤魔化せない。優しい人が持つ心地の良い旋律とは真反対、不協和音を詰め込んだような音には顔を顰めるしかない。

 

 悪い人たちだ、とそれで判断する。

 

 家の前で暴れているのは正直あんまりして欲しくはないのだが、ママがかけた術がここにはある。それによってママが認めた人しかこの森の中には入ってこれないから、どれだけ物理的に破壊しようと無駄なのだ。だから少し回り道して、別の所から森に入ろうと決める。こっそりとみつかる前に後ろへと下がろうとするが、

 

「―――おい、アレを見ろよ」

 

『おぉ? 金髪のカラー……もしかして伝説のカラーってやつじゃねぇか?』

 

「あぁ……見つかっちゃった……ボクもボクで無警戒に近づきすぎたのが悪いけど」

 

 あちゃあ、と呟きながら頭を押さえる。でもいきなり知らない人を悪い人だと言って否定するのは良くない事だよね、と思い、笑みを浮かべて手を上げる。

 

「こんにちわ! ボクの家に何か用事ですか!」

 

『伝説と呼ばれるカラーのクリスタルならそれこそ魔王級の力が発揮できるだろうし、これで蛮族共をこの地上から一掃できる……!』

 

「だけどクリスタルを抜く前に体の方で楽しませて貰おうぜ」

 

「あうぅ……駄目だった……」

 

 両手で頭を押さえた。やっぱり悪い人たちだったんだなぁ、とその言動から察せてしまった。いくら自分が経験の足りない娘でもこの人たちに捕まってはいけないというのは非常によくわかる。しかもどちらもそれなりにレベルの高そうな相手だ。魔法はやれる事が多く、使い方次第では状況を簡単に覆すし、あの鋼の巨人―――見た事がないからたぶんとしか言えないが、アレが闘神と言う奴なのだろうと思う。

 

 自分がどこまで通じるか、と言うのは正直解らない。そしてそれを試すつもりもない。

 

 なので此方へと近づいてくる巨人と魔法使いの姿を見て、迷う事無くポーチの中にしまっておいた楽器、

 

 ―――ホイッスルを抜いた。

 

「なんだあい―――」

 

「まーえなーらえっ!」

 

 言葉が続く前に、息をホイッスルに吹き込んだ。短く、そして単純な命令(コマンド)。音が空気の振動として動きを超える速度で伝播し、それが脳と魂に直接届く。命令を受けた魔法使いと巨人はその意思に反し、直ぐに同じ方向を向く様に―――つまりは森の方へと180度ターンするように直立姿勢で向き直った。

 

「な、なんだこりゃ!?」

 

『なんかの魔法か!? カラーの呪術か!』

 

「向け―――右っ!」

 

 ぴっ! と再びホイッスルの音を響かせる。指示通り右へと一気に体を方向転換させると、そのままホイッスルをぴっ、ぴっ、ぴっ、ぴっ、と音をリズミカルに鳴らす。それに合わせて一人と一体の足が交互に一二、一二、とマーチをするように上下する。意思に反していきなりその場でマーチをするものだから、当然相手は困惑しているだろうし、止めたくて必死に止めようとしているが音が通じた時点で意味はない。これが心を持たぬ無生物であればまるで意味はないのだが、魂か心を持った時点で通じるから抵抗する事は出来ない。

 

 仕上げに全力で息を込める。

 

「全力疾走―――!」

 

「うおおおおおお―――止めろおおおお―――!」

 

 ホイッスルの音が荒野に鳴り響く。全力で荒野へと向けて巨人と魔法使いが走り始めている。背筋をピンと伸ばし、膝を高く持ち上げて走る姿は美しいフォームとさえ見れるだろう。だがその動きを強制されている本人たちは気が気ではないだろう。

 

「うーん、それなりに力を込めたし。一刻経つか気絶するまでは止まらないかなぁー?」

 

 走り去ったほうへと視線を向けつつ、地平線の向こう側にその姿が消え去ったのを確認してからうん、と頷く。

 

「できる事なら誰も傷つかないほうが良いよね」

 

 パパなら容赦なく殺しちゃいそうだけど。それでも人が一人減ればその分世界の寂しさが増す様な気もする。それでも戦いが避けられないときはしょうがないけど、それでも殺さなくて済むのならそれが一番だ。なので未だに全力疾走しているであろう方向へと向けて軽くばいばーい、と手を振ったらそのまま家に通じる森の中へと入る。一歩踏み込めば少し離れていただけなのに、強い懐かしさと安心感を覚える匂いに包まれる。

 

 半日、ほぼ半日しかここを出ていないのに、いつの間にかこの匂いと空間が恋しくなっていた。これじゃあ遠出した時にはホームシックになっちゃうなぁ、なんてことを考えながら少し前に進めば、森の中の道が見えてくる。同時に道を遮るように育っていた木々も間を開ける様になり、その合間を通って行けば、

 

 直ぐに木造の実家が見えてくる。家の中から聞こえてくる音に、パパとママが居るのを確信し、走り出しながら声を上げる。

 

「パパ―――! ママ―――! ただいま―――!」

 

 手を振りながら声を出せば、家の扉が開いてママが出てくるのが見える。その姿向かって全力で走って、広げた腕の中へと向かって一気に飛び込み、抱きしめる。

 

「ただいま、ママ」

 

「おかえりなさい、ルーシェちゃん」

 

 抱きしめながら胸に顔を押し付けると、ママが頭を撫でてくれる。この感触に家に帰ってきたんだ、というものを強く感じ取った。嗅ぎなれた家の匂い、ママの服に染みついた料理の匂い、そして聞きなれたパパとママの音。その全てがボクの心に安心感を生んでくれる。それをたっぷりと感じ取ってから顔を上げて、笑顔で受け入れたママの顔を見た。

 

「聞いて聞いて! 今日はいっぱい新しいものを見て、知ったんだよ! 新しい知り合いもできたし! 面白い事もたくさんあったんだよ!」

 

「えぇ、そうね。ここで聞くのは勿体ないし、リビングの方でゆっくり聞かせて貰いましょ?」

 

「うん!」

 

 外の世界も楽しいけど―――やっぱり、この家が一番好きだ。外を見て、少しだけ経験して、そしてここに戻ってきてそれを改めて感じ取りながら今日の楽しさを分かち合う為にリビングへと向かう。きっとそこには表情に変化がなくても、そわそわしているパパの姿もあるはずだから。

 

 だから速足でリビングへと行けば、腕を組んでどことなく落ち着きのないパパの姿があって、ちょっと笑ってしまった。

 

「ただいま、パパ!」

 

「あぁ、お帰りルーシェ」

 

 でもその落ち着きのなさも顔を見せた瞬間にはなくなってしまった、安心したような様子を見せた。やってきたママも話をゆっくり聞く為に紅茶を淹れてくれて、

 

 それからたっぷり、三人で座って今日の出来事を話した。

 

 道路で倒れていたアルシエルの事から。あの人はちょくちょく本を取り出してみていたけど、アレは何だったんだろう? そんな事を思い出しながら話して、リーザスという街の話をする。そこからお土産屋に入って、色々とみて―――そしてもちろん買ってきた日頃の感謝を綴った手紙をプレゼントした。会心の出来だっただけに、パパもママも喜びながら受け取ってくれた。こうやって自分で用意したもの、それで喜んでもらえるというのは本当に嬉しい事だった。

 

 そしてそこからは旧魔王城とミストの話。初めて出会ったエンジェルナイトの人。それから帰り道で遭遇してしまった恐らくは聖魔教団の残党。

 

 本当にいろんなことがたくさん起きた日だった。楽しくて楽しくてしょうがなく、今夜はその事を思い返すだけで眠れるのかどうかわからない程楽しい日だった。もう、帰ってきてからパパとママに語っている間は興奮してしょうがなくて、次の冒険か、旅に早く行きたいという気持ちがまるで抑えきれない。

 

 本当に―――本当に、楽しい一日だった。

 

 

 

 

「ルーシェは?」

 

「直ぐに寝ちゃったわ。遊び疲れちゃったみたいね。小さな冒険は大成功ね」

 

 くすり、と笑う。本人は全く気付いてなかった様だが。それでも初めての外出と経験で、自分が思っているよりもずっと消耗しているものだ。まだ若いドラゴン・カラーの小さな冒険を微笑ましく思いつつ、リビングのテーブルの上に置いてある土産の手紙に手を伸ばしその中身を再び確認する。そこには普段は口にしない、ルーシェの感謝の気持ちが綴られている。シンプルで、照れ臭く、そしていざ伝えようとすると中々伝えられない心。それがしっかりと形になってストレートに伝わってくる。自分から生まれたにしては真っすぐで素直な、良い子に育ってくれたと本当に心の底から安心し、感謝している。

 

 あの子が土産として選び、形にしてプレゼントしてきた宝物を胸に抱きしめて、呟く。

 

「エンジェルナイトに聖魔教団の残党ねー。どちらも()()()()()()()()()()()()()よね」

 

 呟きながらアベルの横に座ると、アベルが腰に手を回して、抱き寄せてくる。

 

「ルーシェの動き出しに合わせて世界そのものが回り始めているんだろう。彼女が今この世界の中心点だ。冒険と物語を求めるなら世界もそういう風に無意識的に回り始めるだろうな」

 

 ルーシェ・カラーは、その正体は―――もはや、語るまでもない。それを自分とアベルは良く理解している。そして理解しているからこそ愛情を注いできた。いつか、あの子がこの世界の全てを救うであろうと信じて。だがそれは絶対に口にしないし、感じ取らせない。そういう重い期待の類は全て、彼女にはふさわしくはない。

 

 ただの我が子として愛し、そしてこの世界をあるがままに愛して欲しい。

 

 自分にある思いはそれだけだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。ルーシェが旅立つ日は近い。そしてその日が自分の最後の日でもあるだろう。

 

 そう、もう、私の物語は終わりに近い。

 

 長く続いたウル・カラーの物語は、主役の交代によって終わりを告げる。

 

 主役は母から子へと、ウルからルーシェへと。想いを継承して引き継がれる。だからルーシェ・カラーが冒険に旅立つその日、彼女の物語が本当の意味で始まる。そしてその時がウル・カラーとしての物語が終わり、

 

 正史から外れたこの転生異聞録の序章が終わる。

 

 アベルに身を預け、寄りかかり、体でその熱を感じた、息を吐く。

 

「あーあ……終わり、近いわね」

 

「……そうだな。終わって、しまうな」

 

 その悲しみを、言葉にする事は難しい。だけどここまでずっと、お互いに覚悟してやってきたことなのだ。それが世界の為であり、そして子の為でもあると信じて。だから私たちは祈る。

 

 未来に幸あれ、と。




 ルーシェちゃんが世界の中心。彼女が動き出せば当然、物語も動き出す。即ち低確率で起きるはずの事が当然の様に起きる様になる。主役が舞台に上がるとはそういう事でもある。

 物事はもっとドラマティックに。


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4XX年 旅立ちの時

 ―――それから二か月間、ルーシェは本当に真剣に準備した。

 

 余程、最初の体験が楽しかったのだろう。それからは何度も何度も地図を見直しながら移動ルート、どこに寄るのか、何を用意するのか、どうやって運ぶのか、そういうのを真剣に考える様になってしまった。今までは漠然と、夢を追いかけるだけだったルーシェの姿が、現実を見て行動する為の姿へと変わっていた。彼女はそこに助けを求めようとする事はしなかった。自分が出来る事は自分でできる範囲でやって、少しずつ準備を積み重ねて行く。それは今までの百を超える年数の気が遠くなるような積み重ねではなく、現実的な、人らしい積み重ね方だった。

 

 ルーシェが成長し、巣立ってゆく。それが今、形として見え始めていた。そして実際に巣立つときはもう、目前まで来ていた。ここに来るまで物凄い長い時を過ごした。自分が主役として時を駆け抜けてきた。それが何年も何年も何年も。

 

 死ぬことを恐れ、負ける事を恐れ、自分を失う事を恐れ―――本当に、長い時を過ごしてきた。だけどそれも徐々に変わっていった。思い返せば自分の旅路は多くの出来事で溢れている。多くの出会いで溢れている。そして忘れられない出来事で溢れている。それらすべてがあって……今のウル、と言う存在が出来上がったのだろう。そう思うと途端に懐かしさを感じ、そしてそこに老いを感じられた。思い返すほどに過去を積み重ねてきたことの証でもある。だけどそうやって思い返すようになってしまえば、もう終わりだ。

 

 ウル・カラーの物語はエンディングに来ている。それを誰よりも自覚しているのは自分自身だった。そしてそれで良い、と思っている。

 

 未知を知って、冒険して、大陸を端から端まで歩いて渡るのは忘れられないほどに楽しかった。今やっても同じく楽しめるだろう。だけど、

 

 それ以上に、娘に、ルーシェにこの楽しみを知って欲しい。解って欲しい。覚えていて欲しい。自分自身が心の中からそう思える様になってしまったのだ。冒険ではなく、心が安寧を求めている。自分が前に出るのではなくそれを送り出す姿の方が安心感と楽しみを覚えている。それを感じて、自分がもう時代を引っ張って行く時は終わったのだ、と言うのを心の底から感じ取っていた。そしてルーシェの成長と、彼女がこれから通って行く旅路で覚える事が楽しみになっていた。

 

 こうなってしまえば完全におしまいだ。

 

 もう、私は―――主役に戻れない。

 

 世代交代の時が来た。これまでかぶっていた主役の冠を、娘へと手渡して、その姿を見守る時が来たのだと認めなくてはならない。

 

 そうやって見守っていた娘は大きく育ち、夢を見て、現実を知りながら前に進み、そして少しずつ少女から女へと変わる、その狭間に立った。それから更に大人の女性になるまでには長い時間を必要とするだろう。だけど間違いなくその一歩目は踏み出している。これからを生き抜いてゆくだけの力を既にルーシェは身に着けていた。もう、その事に不安はない。

 

 だから、ルーシェを応援した。

 

 次の旅は、本当に旅立ちだ。次旅立てば本格的に大陸を渡る為、当分の間ルーシェが家に戻る事はないだろう。そしてそれもルーシェは重々承知で、準備を進めている。

 

 そんなルーシェの姿を日々眺めながら、家族と共に時間を過ごして、

 

 ―――私は、終幕を感じ取っていた。

 

 

 

 

 そして、二か月が経過した。

 

「うーん―――良い朝!」

 

 家の前、旅立ちの朝、その時。ルーシェは全身で喜びを表すように両手を空へと伸ばしていた。

 

 旅装に全身を覆うマントとブロードフェザーハットを被り、ルーシェの額のクリスタルは見えづらくなっている。まだ世の中は乱れている為、近所でならともかく、ここから遠く離れている地へと行くなら余計な問題を起こさない為にもカラーは額のクリスタルを基本的に隠すほうが賢い。何よりも聖魔教団にはカラーのクリスタル、その価値が伝わっている。滅多な方法で手に入れる事は出来ないが、それでもその魔性の魅力に手を伸ばそうとする愚者はまだいる。だからルーシェの被るブロードフェザーハットはそういう意味もある。

 

 だが一番重要なのは恰好で旅人だとわかる事だ。特に見た目が詩人染みているのが良い。吟遊詩人と言う職業は知恵のある人間でないとできない事だ。それ故に各地の情報を知り、詳細に話せ、そして知識を持っているから価値が解るだけの脳のある相手であれば、丁重に扱ってくるだろう。だからルーシェの恰好は基本的な詩人をベースとして旅装になっている。それに長旅をするから物もそれなりに持てるようにしないとならない為、自分で作った道具袋と指輪をセットで渡した。道具袋は中が異空間になっていて大量に道具を入れられるし、指輪を装着していれば魔力を通す事で道具袋から入れたものを手元へ転送する事が出来る様になっている。一種のバランスブレイカーだろう。

 

 ()()()A()L()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろうが。

 

「ママ、どうかな? 似合ってる……?」

 

「もちろん似合ってるわよ。心配しなくても大丈夫よ」

 

「お前はどこに出しても恥ずかしくない俺達の娘だ、安心すると良い」

 

「うん!」

 

 ワクワクを抑えきれないような表情を浮かべたルーシェは今にも飛び出して行きそうな気配をしている。楽しみで楽しみでしょうがない、という様子はまだまだ彼女が子供らしいところを表しており、本当の意味で育つのはまだまだ先になるだろうなぁ、と思わせた。だがそういう微笑ましい姿が見れて嬉しかった。本当にこの子は何もない状態から育った、私の子であるという事が感じられた。

 

 私は―――母親としての自分を、この日まで真っ当する事ができたのだから。

 

 前に出て、両手でルーシェの頬を掴んだ。軽く膝を曲げて、ルーシェとの視線を合わせる。

 

「良い、ルーシェ」

 

「うん」

 

「ここから外に出ればもう貴女は自由よ。それを私も、パパも止めはしないわ。だけどそれは私もパパも助ける事が出来ないという事でもあるの。ここを出て一人で旅を始めたら全て自己責任になるわ……解るわね?」

 

 その言葉にルーシェはしっかりとした瞳で頷きを返した。もう心配する必要もないだろう。きっと、この子は自分の力を駆使して生き抜くだろう。そしてきっと、素敵な仲間や友達をいっぱい作り、楽しい彼女だけの冒険を繰り広げるだろう。それでも心配してしまうのは、この子が自分の娘だからだろう。

 

 そう、私はちゃんとこの子を愛せた。心の底から、この子が何であるかを理解しながらその全てを背負ってちゃんと母親としてふるまう事が出来た。だからこそここまでたどり着く事が出来た。もはや原作、正史、そんなキーワードが全く意味をなさなくなった世界で、未来へと繋げる灯を生み出せたのだ。

 

 だからこそ、この子が愛しくて、愛しくて、ただひたすらに愛しく―――その幸いを祈っている。

 

 それが母親として、この子の為にできる事だから。

 

「良し、良い子ね。まずはクリスタルの森を目指すと良いわ。あそこにはお爺ちゃんもハンティ叔母さんもいるからね」

 

 娘にキスしてから立ち上がって後ろへと下がる。それに合わせてアベルが前に出て、同じようにルーシェの頬にキスをして、数秒間、強く抱きしめた。きっと、アベルも寂しいのだろう。初めて得た子供、それが巣立ちの時を迎えるのだ。それを今のアベルが、寂しく思わないとは思えなかった。だからきっと彼も、一人の父親として成長してここに至ったのだろう。

 

 それはきっと、本来の歴史と比べて良かったのかどうかは解らない。確実に救いはあっただろう。だけど意図してこの未来を求めたわけでもない。だけどこうやってアベルが父として娘に接する姿は……言葉にできない程嬉しく、心が温かい。少なくとも私は、自分の選択肢、選んだ道に後悔はない、とこの姿を見て断言できる。それだけの価値があるものだ。

 

「お前がどこに行こうとも、俺達の心は常に共にある……安心して一歩を踏み出すと良い」

 

「うん!」

 

 抱擁を終えるとルーシェが一歩後ろへと踏み出し、それから数歩、森の外へと向かって歩き出して、足を止めて振り返る。

 

「行ってきます!」

 

「行ってらっしゃい」

 

「あぁ、行ってらっしゃい」

 

 手を振るルーシェに手を振り返すように見送り、森の奥へと向かう背中姿を見送ろうとして―――ルーシェの足が止まった。

 

「あら?」

 

「何か忘れものでもしたか……?」

 

 アベルと並んで足を止めたルーシェを眺めていると、勢いよく振り返ったルーシェが此方へと向かって走ってきて、手を広げるとアベルとまとめて抱き着いてきた。

 

「ごめんなさい、後少し……後少しだけ」

 

 抱き着いてそう言ってくるルーシェに対して小さく笑みを零しつつ、

 

「良いのよ、別に今日旅立たなくても。また別の日にしちゃう?」

 

 試すように言葉を投げる。それを受けたルーシェはううん、と否定しながらゆっくりと離れた。

 

「今日行かなかったらきっと一生行けない気がするから……お土産期待してて! じゃあね!」

 

 そう言うと今度こそ、振り切るようにルーシェが走りだした。今度は脚を止める事もなく、そのまま真っすぐ森の外へと向かって一直線、全てを振り切るように外の世界へと向かって―――旅立った。最後までその姿が振り返る事はなく、立ち止まることもなかった。彼女は今、この瞬間に私たちの庇護から離れ、一人の冒険者としてこの巣から去ったのだ。

 

 またいつか、疲れた日には安らぎを得る為に帰ってくるだろう。だけどそれはここに留まる為ではない。今、ルーシェの世界はこの森の外へと向かって開かれた。彼女は今、この瞬間にこの世界の住人に、本当の意味で成ったのだから。

 

「……」

 

「……」

 

 その姿が森の外へと消えて、街道に出たのを理解しても、しばらくそのまま、住み慣れた家の前で立っていた。アベルと共に無言のままルーシェの旅立ちに思いをはせて立ち尽くしていた。これで私たちは、その役割を終えた。いや、父と母の役割は永劫終わる事はないだろう。だが彼女を育てるという人生最大の大仕事はついに終わってしまった。その達成感と安堵が胸を包み、

 

 同時に寂しさが胸を満たした。

 

「あーあ、終わっちゃったわね」

 

「そうだな……良き日々だった」

 

 本当に、楽しい日々だった。

 

 子育てに右往左往する日々。何を食べさせたらいいのかを調べて、今までやってこなかったことに手を伸ばして。会いに来たがっていたマギーホアや他の連中を追い出して。ルーシェに一つ一つ大事なことを教えてその情緒をゆっくりと育んで。

 

 本当にここまで、長い道のりだった。

 

 男としてのアイデンティティを捨てきれなかった自分が、女になって子供を授かってそれを育てて見送って―――本当に、一つの人生を駆け抜けた、という感触がここにあった。

 

「ふぅ―――これでもう、人生に悔いはないわね……」

 

 目を閉じて、静かに呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんて言うとでも思ったか

 

「良し―――私のエンディングを始めに行きますか」

 

 ルーシェが見えなくなった事で、母親から一人の女に戻る。役割は終わって、後はこの世界の未来は彼女次第だ。だけどこれは元々私の物語であり、私が主役だった世界だ。だとしたらそれにはそれで、相応しいエンディングがあるはずだ。これで自分の人生が終わってしまうのは、ちょっと許せない。

 

 次の主人公を見送って静かに消えて行くエンド。

 

 ファック、ファック、ファック! である。

 

「はぁ……やれやれ」

 

 此方の内心を完全に見抜いているアベルは楽しそうにやれやれ、と呟くと家へと戻って行く。呆れ半分、しかしどことなく嬉しそうに見える姿に笑みを零しながら、自分の手へと視線を戻す。この体は今、三超神との約束を果たし、そしてその結果行ったことによって消えかかっている。ここにあるのはもはやウル・カラーと言う女の搾りかすの様なものだろう。だがそれでも、ウル・カラーと言う女である以上、静かに退場するという事は絶対に許されない。

 

 そう、いつだって自分勝手に、派手に、我儘に生きてきたのだ。

 

 だったら退場する時だって、そうでなければならない。誰の記憶にも鮮烈に、強烈に、しかし劇的に楽しく残るような奴でないと自分の物語のエンディングには相応しくない。

 

 だとしたら人生の最後にやる事なんて決まっている。

 

 着ている、家服に手をかけ、それを一息で脱ぎ去るように引きはがす。その代わりに魔法によって一瞬で身にまとうのは黒い衣装―――どことなく魔王の姿を思わせる黒い服装は過去に暴れまわる時に袖を通していた物。

 

 もう、二度と俺、と自分の事を呼ぶことはできないが。

 

()()が真の主役だってことを一発、世界に叩き込んでやっかぁ!」

 

 ウル・カラーのエンディングをここに開始する。

 

 震えろ世界、これがこの世で一番好き勝手やってきたドラゴンの姿だ。




 エンドロールが終わり、タイトル画面が出るまで主役は変わらない。


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4XX年 主役は私だ!

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう、私の転化は既に終わっている。或いは転生。二度目の転生だ。

 

 一度目は人からドラゴン・カラーへ。次がドラゴン・カラーから■■■■■■へ。二度の死を迎えている。

 

 そう、カラーにとって転化とは死だ。転化を迎えるという事はカラーとして死に、その代わりに神か、或いは悪魔としての新たな生を得る事になる。それまでの記憶は全て消え去り、新たな存在として世界を運営する為に歩き出す。そういう風にシステムに組み込まれているのがカラーと言う種族。その中でも自分は、所謂神の失敗作という側面を持っていた。遠い昔に自覚していた事、しかし今となってはそれも長い長い伏線だったのかもしれない。だが結論から言ってしまえば簡単だ。ウル・カラーは失敗作ではあった、だが長い旅路の果てにその役割は完結を得た。

 

 つまり、転化を迎えて神として完成されたという事だ。忘れ、失い、抜け去り―――そしてその果てに混ざり合い、新たな神となる。そうやって完成された神が今、天上にいる。ここにいる私は、その時に分かたれた一部でしかない。もはや天上にいる、新たな神が本体だと言っていい。ここにあるのはそれに細く繋がった末端。三超神との契約により、消えなかった記憶。ルーシェ・カラーを育てる為だけに残された本体の触覚だ。いや、本体が見る夢だと言っても良い。だがその夢ももう終わりに来ている。

 

 目が覚めればその瞬間に消えてしまうだけの存在。

 

 そして夢は今から終わる。

 

 だがこの刹那だけは、逃せない。

 

 ウル・カラーとしての最後の瞬間。最も存在が希薄で、しかしルール無用の滅茶苦茶の状態。神としての存在が許されているのは今のこの瞬間だけ。過ぎ去ってしまえば二度とこの意識も、記憶も戻ってこない。それを最後に、ルーシェに告げずにいたのは本当に、心が痛む。だけど私は信じている。いつか、きっと。私の可愛い可愛い愛娘が成長し、自分が何であるのかを自覚して、そしてその果てに完全無欠のハッピーエンドを選んで、生み出してくれることを。それを信じているからこそ、今は滅茶苦茶が出来る。

 

 エンディングは目前だ。

 

 だからと言ってお行儀よく終わりを迎えろ、と言う事にはならない。

 

「さぁて、世界にいっちょ私様がいたって事を忘れられないほどに刻んでから―――」

 

 そう言葉を口に出し、扉が開いたのを見た。そこから飛び出してきたのは白いクジラの人形―――ルドべぇの存在だった。

 

 ぺちんぺちんと音を立てながら扉を抜けるとそのまま、森の外へと向けて、ルーシェを追いかける様にルドべぇは進み、いったん姿を止めると尾っぽを振ってから再びルーシェを追いかける様に跳ねていった。

 

 神魔にのみ許された転移の術、最高位の魔法使いにのみ許されたそれではなく本物の転移の準備をしながら、ルドべぇの去った方向を見つめる。

 

「……結局、ルドべぇってなんだったんだろうなぁ」

 

 謎。

 

 

 

 

 まず最初に跳んだ先はJAPANだった。普通に飛行したり、跳躍して移動すれば真っ先にルーシェにバレてしまう。そうすると今まで積み上げてきた母親としてのイメージが完全に崩れてしまう為、それを防ぐためにも神魔式の転移で一気に跳んだ。神魔式の転移というのは実に便利なもので、指のスナップを終えた次の瞬間には目的地に到達する。

 

 足元は草地から一変し、草の生えぬ岩場と荒れ地へと変貌する。視界が続く限り広がる岩場には穢れの気配もあり、穢れを嫌う天の種族達は近寄ろうとする事はないだろう。穢れの濃度がそんなでもないのは間違いなくここが定期的に浄化の対象となっているからであろう。ラ・バスワルドが近年完全に仕事を放棄していることを考えれば、後任の誰かが汚れ仕事を請け負っているのだろう。ラ・バスワルド以下の神であれば穢れの影響も受けてしまう辺り、本当に貧乏くじを引かされている感じが哀れだ。

 

「しっかしここも全く変わらないなぁ」

 

 目の前に広がるのは大穴。穢れが満ちる空間の周辺に存在するのは頭から角を生やした人の姿。人、と表現するが肌の色は人のそれではなく、その体に満ちている力と穢れも普通の人が持つものではない。それらは鬼と呼ばれる存在であり、またそう振舞う存在であった。ここしばらくは全く見ていなかったが、どうやらこの地―――死国から全く離れる事なく存在していたらしい。地獄とこの死国は地続きになっているものの、定期的な穢れの浄化と大穴そのものにかかっている神による封印によって多くの鬼が出てこれないようになっている。それでもあふれ出ている辺りが神の管理能力の杜撰さ、とでも言うのだろうか。

 

「お、別嬪―――」

 

「おっと、私は人妻だからおさわりは厳禁だぞ、と」

 

 拳を後ろに叩き込めば、視界の外で鬼の上半身が消し飛んで即死する。脆い―――のではなく、単純に自分が強すぎるだけだ。そしてそれを察して周りにいる鬼たちが近寄ろうとせずにある程度距離を保っている―――いや、穢れで頭をおかしくした鬼が何体かいる。それは真っすぐ性欲のままに襲い掛かろうとしてくる。だがその姿が到達する前に指のスナップで光の斬撃を放ち真っ二つにする。

 

「懐かしいなぁ、ぽんこつとはここで初めて会ったんだよなぁ」

 

 笑いながら手を腰に当て、あの頃を思い出す。初めて出会った頃はその強さと、問答の無用さにビビりもしたものだ。だが今となってはそれも良い思い出だろう。気づけばジルによって人格を植え付けられ、定着させられていたラ・バスワルドはポンコツの極みに至っていた。それにここで鬼たちに凌辱されていたエンジェルナイトたちが今では自分の従者となり、手足として働いてくれている。

 

 そんな彼女たちは今、ペンシルカウでルーシェの到着を心待ちにしている。自分の後は彼女に仕える様に言い含めてある。だから大人しく到着を待ってくれているだろう。

 

「んじゃ、さっそく大事業を始めちゃうかぁ~」

 

 よっし、と懐古の気持ちを振り払いながら残されている唯一の腕を大きく回し、肩を解す。武器は―――ルドべぇがルーシェの後を追ってしまったのでない。ここは適当に借りる……と言ってももう既に自分の一部となっている物を使おう。そう思い掌を上に向ける様に差し出せば、次の瞬間には武器が現れる。

 

 目が眩むほどの美しさを持った直剣。黄金の鍔に革製の握り。僅かに光を纏った剣はその材質が先から端まで全て謎、地上にある物質で生み出されているのかさえ怪しい。それこそが最上位の神造製というものであり、地上に敵うもののない武器。それが握られることもなく掌に浮かび、手の動きに合わせて指揮者のタクトの様に揺れ動く。その輝きに根源的な恐怖を刺激された鬼たちが距離を更に開けて離れる。

 

「うーん、今度は天使の子も人もいないかぁ。遠慮なくやれるな」

 

 手を大きく振るい、剣が舞う。そこに魔法を重ね、剣そのものが発光するように光に包まれる。光量は物質を伴い剣の姿を覆い隠し、破壊をその存在そのものに束ねる。空間に一度、二度、三度と薙ぐ様に振るえば剣が分身するように増え、その姿が四本にまで増える。

 

「刮目せよ! これぞまさに世界を侵す非常の一撃―――」

 

 必殺技を即興で作って振るうなんて数百年ぶりの行いだ。できるかなぁ? なんて事を考えてしまうが、大事なのは気合とイメージだ。やれると思えば大体のことはできる。なのでそのまま振るいあげた四つの剣を拳を握るように力を籠め、四方へと向かって一気に振り下ろした。

 

「《境界砕き》! は―――っはっはっは! 砕け散れぇ!」

 

 四つの剣がふるい落とされた。付近にいた鬼が一瞬で蒸発し、消滅する。叩き落される剣の刀身が一瞬で大地に食い込み、そして亀裂を大地に生み出す。注ぎ込まれた光は大地から吹き上げる様に荒れ狂いながら浸食し、空間そのものに噛みつく様に破壊を生み出す。だが破壊されるのは大地ではない。あくまで大地に発生する破壊は()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけである。

 

 ここは最も彼岸に近い場所。故に空間が最も不安定な地域の一つ。そこに神光を込めた一撃が叩き込まれれば当然の様に空間の―――その境界線が悲鳴を上げる。咆哮の様な音が死国の大穴から響き、次の瞬間には砕け散る。大穴を封じていた力が崩壊し、その姿が拡張される。大穴と死国、JAPANと地獄を防いでいた境界線が崩れる事によって()()()J()A()P()A()N()()()()()()()()()()()()()()

 

 大穴から爆発するように水飛沫が上がる。だが水の色は無色透明でもなければ、青くもなく、どこまでも血色を思わせる様な赤色をしている。それが間欠泉の様に大穴から流れ出しながら大穴の周辺を赤い色に染め上げる。先ほどの破壊によって大きく砕け、そして陥没したこの大地に何時かは血の湖と賽の河原を生み出すだろう。だがそれは始まりでしかない。数百と言う時間をかけている間に境界の崩れた地獄とJAPANは融合し、この死国は地獄という土地へと変わるだろう。

 

「ごめんねぇ、アマテラスちゃん。管理の面倒増えるけどきっと将来的にこうした方が面白くなるから。まぁ、鬼王はこっちのほうが楽しめるでしょ? お父さん(マギーホア)に挑みたくなったらこれで挑めるわね……?」

 

 がっはっは、と笑いながら文字通り地獄へと変貌し始めた死国に背を向ける。まだ行くべき場所があるし、やりたい事がある。大穴から這い上がってくる鬼達を横目に歩き出す。

 

「JAPANの皆も、いつまでも内乱していると地獄の極卒達に攻め滅ぼされちゃうかもしれないし、早く統一か連合しないと危ないわよ? ま、どうなってもルーシェちゃんが冒険する舞台は変わってくるでしょ」

 

 なぞるだけの物語に意味はない。

 

 同じ軌跡を歩くことに価値はない。

 

 冒険をするなら、未知に挑むのであれば―――それこそ、何もかも違う方が楽しめる。もはや思想による拘束も、物理的な拘束も自分には存在しない。将来のことは何も解らなくても、信じていることがある。ならそれを信じて、未来を完全に変革させるために動き出すだけだ。とりあえずこれで一手だ。JAPAN方面は変化が正史とまるでなかった。だからこの際、それを完全に変える為の行動を実行した。これで将来的にJAPANでの冒険も、物語も、まったく違うものになるだろう。

 

「さーて、次はどっちに行こうかしら? ヘルマンもリーザスも今は影も形もないのよねぇ。となると回るのはゼスと自由都市国家と魔物界? うーん……あ、そうだ。あの魔血魂が腐ってるし、何もしないのなら再利用しちゃおうかしら」

 

 思い立ったら即日実行。アマテラスの悲鳴が聞こえ始めるのを無視して次の転移を実行する。

 

 一瞬で視界は血の雨の降る死国から切り替わり―――そして深い闇の底へと切り替わる。

 

 深い、深い闇の底。光すら届かず、人の知恵が届かず、あらゆる声が深淵にかき消される深淵の領域。

 

 奈落、その場所に到達する。

 

 所在すら不明だと言われるこの領域、神魔であればそのような制約は関係なく侵入できる。そしてその他の生物から身を隠し続けるにはちょうど良い場所でもあるこの領域に、知っている姿が二つある。一つは肌が色白の男であり、もう一人は人よりも大きな人型のハニーの姿。そこにもう一つ、見慣れない男とも女とも取れない、どっちにも見えてどっちにも見えない人型の姿がある。共通しているのはどれもが魔人に属しながら魔王ガイに従わない存在。

 

 そしてその姿は此方を見かけた瞬間に停止する。だが即座に動き出すのが色白―――ナイチサであり、その口が開く。

 

「これは―――」

 

「まずはグーパンな」

 

 元魔王、魔人ナイチサが喋り続ける前にその顔面に拳を叩き込んで殴り飛ばす。抵抗もできずに殴り飛ばされたナイチサの姿を背面に転移で回り込み、掴んでそのまま奈落の岩壁に叩き込み、陥没させる。《無敵結界》なんてものは、もうこの身には意味はない。故にその抵抗を無視して一瞬で積年の恨みを晴らす。頭を岩に埋めた状態のまま、一発だけ股間に蹴りを叩き込んでから解放する。

 

「良し、お前はここで許してやろう。ただしルーシェちゃんに定期的にイベントとシナリオをちゃんと用意しておけよ」

 

 聞こえてるかは解らないが。いや、こいつの事だし言わなくても勝手にやるだろうから心配はしてないのだが。そして次は悪魔の魔人へと視線を向け、

 

「お座り」

 

「きゃんっ!」

 

 子犬に変身し、お行儀よくお座りをした。そういうプライドを一瞬で捨てられる子、嫌いじゃないよ。そんな事を考えながら視線は最後に残された魔人、ハニーの魔人であるますぞゑへと向けられる。視線を受けたますぞゑは静かにドリルのついたような杖、トグロットを手に、抵抗するように構えた。

 

「へぇ、自分が怠惰である自覚はあるのか」

 

「……」

 

 言葉はない。だが明確に、やられるだけではないというのを意思表示するように魔人ますぞゑの戦意が一瞬で練り上げられ、高められた。その姿に完全に腐っている訳ではないと、笑みを浮かべた。

 

「いいぜ、抵抗しても―――抵抗できるならなぁ!」

 

 笑いながら拳を握ってやや前傾姿勢に、獲物へと食らいつこうとする竜の様に構える。

 

 さあ―――新たな世界の誕生に散る贄となるが良い。何もせず、毒にも薬にもならない魔人等これからの物語には不要なのだから。

 

 その魔血魂(いのち)を差し出せ。




 ルドべぇ……いったいなんだったんだ……。

 主役の座を一瞬で奪い返した母親、何もかも無視して一切合切滅茶苦茶にし始める。いやぁ、戻ってきましたねあの頃のキレ……。


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4XX年 主役は私だ! Ⅱ

 迷う事無く前へと向かって突き進む。魔人が相手であれば絶対に取れない行動だ。《無敵結界》を保有する魔人は通常の方法で傷つける事は出来ない。故に正面から戦う前に、その身を守る《無敵結界》をどうにかせねば、魔人に傷をつける事等できない。それは三超神から魔人、魔王に与えられた呪いでもあり、祝福でもある。メインプレイヤーという縛りが存在する以上は絶対に守られるそのルールも、この身が神魔のカテゴリーに到達したことでまったくの無意味となる。

 

 つまり突っ込んで、魔人ますぞゑの体に触れて、

 

「えいっ」

 

 そのまま纏っている《無敵結界》だけをビニールを引きはがすように掴んで投げ捨てた。

 

「……!?」

 

 戦闘開始直後、投げ捨てられた《無敵結界》を、破壊された訳でもなく、掴んで投げ捨てられたそれを見た。二度、確認するように地面に転がっている《無敵結界》の存在を見て、ますぞゑがトグロットを構えた。当然ながらその動きは遅い。いや、魔人なのだから早いと言えば早いだろう。だが今の自分のスペックと比べてしまうと遅すぎると言えるほどに遅い。ますぞゑが動く前に此方の行動を挟み込むことができるからだ。だから当然の様に《無敵結界》を剥がした後でますぞゑを掴んで、

 

 その姿を岩盤に叩きつけた。

 

「お、流石にこれじゃ砕けないか。魔人は頑丈だよなー」

 

 笑いながら岩盤に叩きつけた反動で、ますぞゑの体から無限に生み出されるプチハニーが誘爆する。爆発を連続で発生させながら叩きつけられるますぞゑの体が跳ねた。純粋に叩きつけられた反動を岩盤に叩きつけるだけでは消費しきれず、それが反響し、反射して跳ねているだけだ。当然、それを手放して吹き飛ぶのを眺める。プチハニーを撒き散らしながら吹き飛ぶ魔人の姿を見て笑って、手を差し出す。

 

「《ガンマ・レイ》……ってあぁ、魔法は通じないんだったな」

 

 だが発射してしまう。奈落を光が満たす。光の砲撃が一瞬でますぞゑを飲み込むも、その体質によってダメージはかき消されてしまう。失敗したなぁ、と思いながら吹き飛んだますぞゑの方へと掌を向け、そのまま掴む様に虚空に拳を作った。当然の様に吹き飛んでいたますぞゑの体は中空で停止し、それを引き寄せる様に後ろへと向かって拳を振るった。

 

 その方角へとますぞゑが発射された。背後でますぞゑの姿が叩きつけられるのを岩盤の砕ける音で認識しつつ、腕を乱雑に振るう。連続でますぞゑの姿が岩盤に、床に、天蓋に叩きつけられて爆発する。体から生み出されるプチハニーが散乱し、その爆炎で姿を隠そうと、掴みを外そうと足掻くが―――無駄。その程度で外れる程神の掌握というものは安くはない。

 

「いやぁ、ほんと。力の差って怖いよね。昔ならこの立場逆だったぜ? まぁ、今の私様は制限解除のチート状態だからしょうがないんだけどなっ!」

 

 まぁ、常にこの状態だったらすぐに人生に飽きると思うから、風前の灯が一瞬だけ燃え上がるライクな、そんな状況での刹那の輝きだからこそ許せるものなのだが。だから、まぁ、さっさと砕けてしまえという話だ。

 

「別にさぁ……人類ぶち殺したりして暴れたり、魔王に反旗翻して人類守るとかさぁ。どっちでもいいからそういう行動取ってりゃあ問題ない訳よ。どっち側でも人類からすれば面倒だけど。シナリオフックとしては十分だろう?」

 

 ますぞゑを叩き、叩き、叩きつける。何度も何度も、その陶器の体を砕く為に爆発させながら叩きつける。

 

「だけどさ、何もしないってのは存在する意味ねぇよな」

 

 ますぞゑに対するこの攻撃と答えは全てそれに尽きる。こいつは生きていても、まったく変わらない。基本的に奈落に引きこもって時を過ごすだけ。人類を脅かすのも富ませるのも道化になるのも良いだろう。だけどますぞゑはここにいるだけだ。それ以外何もせず、変化もない。たとえ外から呼び出しを受けたとしても、それに答えるのに時間をかける。ますぞゑは一言で評価を与えるなら怠惰、に尽きる。これではまるで面白味もない。魔王に命令されない限りは動かないだろうし、ガイもホーネットも、そういう魔王ではないだろう。

 

 つまりこいつを能動的に動かす奴がいない。こいつも動く気はない。だったら生きている意味もない。

 

「という訳で死んじゃおう、な!」

 

 叩きつけて跳ね返った姿を片手で掴み、それを大地に叩きつけてから顔面を踏む。流石の魔人と言えども、頭を砕いてしまえば余程特殊な存在でもなければ即死する。それを理解しているからこそますぞゑも抵抗する。最初に握っていたトグロットは既に折れて使い物にならない。だからプチハニーによる自爆、そして両腕で抵抗しようとしてくる。だがその腕が届く前に片手を振るえば神剣が出現し、片腕を斬り飛ばす。プチハニーの自爆なぞ痛くもなければ、痒くもない。無意味な抵抗だ。かつては自分がこの手の暴力を受けていた時もあったなぁ、と思い出しながら逆の手も斬り飛ばす。逃げられないように両足も切断し、ダルマになった状態のますぞゑを殺す為に力を籠める。

 

「じゃあな。安心しろよ。魔血魂はしっかりリセットしておくから」

 

 足に力を込めようとして、空間に増えた神の気配に、力を籠めるのを停止した。視線を横へと向ければ、白いハニワの姿―――ハニーキングの姿がそこに見えた。姿が確認できたのはジル戦以来の出来事だ。欠けていない姿を見るに、姿を完全に取り戻すことに成功しているらしい。

 

「はにほー! やあ、久しぶりだね女王ちゃん!」

 

「いやぁ、お久しぶりですハニーキング様。じゃっ」

 

「うわああああ!?」

 

 足に力を込めようとしてハニーキングがスライディングで飛び込んでくる。

 

「いや、待ってよ! 待ってね? 少しは待ってくれても良いんじゃないかな! うん! ほら! ますぞゑ君も決して悪い子じゃないからね?」

 

「だから始末するんじゃないですかやだなぁ~」

 

「うっわ、当然の様に言ってる……うわっ、待って! 本当に待って! ね! 少し待とう!」

 

 踏んでいた足から力を抜いて―――と見せかけと力を籠めるとハニーキングが再びうわぁああ、と叫ぶ。それを見て足を停止し、再び力を籠めると悲鳴がハニーキングの方から出てくる。

 

「え、ナニコレ面白い……」

 

「遊ぶのやめないかね!? ほら、こっちからますぞゑ君には言うからさ……彼が行動を改めてくれれば考え直してくれるだろう?」

 

「うーん」

 

 ハニーキングと魔人ますぞゑは確か交友関係があって、定期的に交流していた筈だ、と知識から引っ張り出す。まぁ、ハニーの王であるハニーキングがますぞゑに言い含めればどうにかなる範囲ではあるか、と考える。それにハニーキングにはジル戦の時に手伝ってもらった恩もある。それを思い出すとハニーキングの願いを蹴り飛ばすのは躊躇する。そういう考えから足をますぞゑの上から外す。

 

「まぁ、んじゃ良いか。ハニーキング様はしっかりそこんとこ宜しく頼むぜ」

 

「うんうん、解ってる解ってる。まーかせなさい!」

 

「叩き割ってやろうかこの陶器共……」

 

 まぁ、ハニーなんぞに真面目に対応する方がおかしいか。そう小さく溜息を呟いて奈落に背を向けた。ここでやるべきことは終わらせた―――次の現場へと向かう事にする。ナイチサは放置していても勝手に役割を果たすだろうし、残す言葉もない。

 

 もうここに用はない。

 

 時間が残されている内に次に行く。

 

 再び踏み出し、神魔の転移術で世界を渡る。暗き奈落の底から一瞬で視界は切り替わる。奈落ではだいぶ無駄な時間を過ごしてしまった。残されている時間は段々と削られている。残された時間で、この世界の未来を変えて行く。

 

 その為に次に跳んだ先は奈落よりは明るいが、それでもまだ薄暗さの残る空間であった。ただし、奈落とは違い美しく装飾されており、まるで宇宙に浮かんでいるような、そんな事を思わせる異質すぎる空間でもある。この場所はある意味で奈落とは同等、もしくはそれ以上の狂った場所であった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()到達するその部屋には、一人の男の姿がある。

 

 白い、最も高い地位にある事を証明する法衣を纏った、男の姿だ。髭を生やし、髪色が白く染まる男の目には狂気が渦巻いており、その年齢は既に初老を過ぎてながらも人ならぬ活力に満ちていた。

 

「オ! ハ! ヨ! ウ! ございます!!

 

 室内に反響するような爆音を口から放った男はまさしく狂っているように見えて―――正気だった。或いは狂気を超越しすぎて正気に至ったのか。ともあれ、男は狂気にありながら正気にある異常な者だった。此方の登場と同時に大声で朝の挨拶を放った男は笑いながら両手を広げる。

 

「あぁ!! それともこんばんわでしたか! 或いはこんにちわ! グーテンターク! ここにいると朝も夜も昼も解りませんからなぁ! もはや時間なんてものはそう! 私にとっては些細な事! 最も大事なのはそう―――愛! Love! ジュテーム! それこそ我らが最も捧げなくてはならない大事なもの! 所でバナナはおやつのカテゴリーに入るのか? そう! 入るのである! 故に私は愛で満ちている! おぉ、世界よ、本日もこの大地を我らが神々の愛で満たしたまえ……!」

 

「……」

 

 数秒、無言で男を眺めていると、男はやがてゆっくりと腕を下ろし、満面の笑みを浮かべた。

 

「おぉ、我らが大いなる神―――()()A()L()I()C()E()よ。信託もなく、託宣もなく、今宵は我ら迷える子羊に一体どのような要件であろうか? 新たな苦痛がご所望か? 新たな悲劇をご所望か? 或いはその逆であろうか? この法王マティス・グレッグ我が神の要望にこの命、この魂の全霊を以ってお応えしよう! それこそ我らがAL教の存在意義、存在理由なのだから!」

 

「ここ、魔血魂保管してたっけ?」

 

「はい、此方に」

 

 シンプルな質問に普通のテンションに戻った法王マティスは袖の下から魔血魂を取り出した。それを受け取り、色艶、輝きを見て本物であるのを確認しながら神光をその中に叩き込んでリセットする。何が記録しているかは忘れたが、これでこの前は何だったのかなんて関係ない。とりあえずこれでフリーになった魔血魂が一個出来上がった。これで魔王も知らない完全フリーな魔人を一体生み出せる。

 

 ……いや、そうじゃないだろ。

 

「マティス君なんでコレ持ち歩いてたの?」

 

「ふふふふ……はーっはっはっは! 当然ですとも女神ALICEよ! 我が愛に区別はありませんとも! たとえそれが魔血魂となった元魔人であろうと封印しているだけでは寂しいであろうからこの私が! 懐に入れて! 温めていたのです!」

 

「そう……」

 

「そう、この世界に存在するありとあらゆる命、生物、存在、その全てが我らの神による愛で満ちている! 我らはその愛によって作られ、愛によって維持されている! あぁ、所詮は愛玩の存在! されど愛玩されることで我らは生き抜いている! であらばこの愛を広めなくてどうするというのであろうかぁ! ふは、ふはは、ふははははは―――あ、所で女神よ。次の法王はどういたしましょう?」

 

「んー、お前ぐらい面白い奴が良いかな」

 

「成程成程成程……うーむ、試験内容に困りますな。ですがぁ! ご安心を! お任せあれ女神よぉぉぉおおお―――!!」

 

「人生楽しそうだなぁ、マティス君は」

 

 その言葉に無論ですとも、マティスは答えた。

 

「我らは生きているのですから。であればこの奇跡を楽しまずしてどうしようというのだろうか。次の瞬間には癇癪で消されるかも解らぬ命―――だがだがだがだが! だぁーがぁー? 我らは生きている!」

 

 涙を流しながらマティスは笑う。

 

「このような愚かな男が法王となる事を許され、愚かな民衆で世界が支えられることを許し、そして天は我らをこんなにもいじらしくも助けてくださる! なんという、なんという愚昧さ! なんという滑稽さ! あぁ、こんな世の中楽しまない等とは、あまりにも勿体ない。故、私はこうやって息を吸って感謝を吐き出しているのですよ女神」

 

 今代の法王は歴代の中でもトップをぶっちぎって頭がおかしいが、これはこれで有能なので悪くはない。魔血魂を懐で温めているという日常には正直ドン引きする部分もあるのだが、それはそれ、これはこれ。役に立ったので適当に褒めてこの場を去る。

 

 再び踏み出し、今度は適当な森の中へ。最終目的地へと赴く前に、胸の合間に手を突っ込んで、

 

「よっと」

 

 鱗を一枚、引きはがした。

 

 心臓に最も近い一枚の鱗―――逆鱗。

 

 引きはがしたそれを魔血魂の中に差し込めば、与えられた素材を起点に魔血魂が新たな魔人を生み出そうと変形を始める。そうやって脈動する魔血魂を放棄するように投げ捨てる。何がどう転ぼうが、絶対に面白いことになるのを確信しつつ、

 

 再び、世界を渡るように歩き出す。

 

 次の―――最後の目的地へと向かって。




 法王マティス君はあの部屋で大半の時間を過ごし、風呂とトイレと仕事の時だけ出ているという生活を送っている。生粋のキチガイ。


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4XX年 主役は私だ! Ⅲ

 最初にJAPANの死国を改造した。地獄は本来の【ランス】シナリオとは全く関係のない世界だ。間接的にかかわってくる部分はあるものの、それが大っぴらに関わる事はない。この影響でもはや【戦国ランス】において、そのまま帝レースが繰り広げられることはないだろう。恐らく二級神アマテラスが何らかの修復や修繕を働かせようとするだろうが、()()()()()()()()()()()()()()()()。だからJAPANは将来的に地獄と陸続きになるだろう。死国は原作―――いや、正史以上に人の住めない場所になるだろう。賽の河原、血の池、針の山……それらが存在するJAPANと繋がった、融合した地獄が生まれるだろう。そこには鬼王もいるだろうし、多くの鬼が魂を浄化する為に存在するだろう。これは間違いなく人々の認識と、そして起こす問題を大きく変えて行くだろう。それによって引き起こされる新しい物語が楽しみだ。

 

 そして新しい魔血魂によって生み出された魔人。魔王も知らず、私がこっそりと生んだ新しい枠は半分、魔人というカテゴリーから踏み出しているかもしれない。或いは、ルーシェの妹だと呼べるかもしれない存在だ。魔人は存在するだけで混沌と災厄を呼び寄せる。魔人ますぞゑの件は本当にしょうがないが……あのやる気なしを始末出来なかったのは本当に残念だが、ハニーキングが庇うのならしょうがない。どうせ、あの場で話をナイチサも聞いていたのだ、あの男であれば此方の意図を察して勝手に動いてくれるだろう。あの男が魂をささげて信仰しているのはルドラサウム、つまりは私の娘ルーシェだ。ルーシェの成長と喜びの為であれば全てを駒として動かし地獄を形成しようとするだろう。性格はクソの一言に尽きるが、シナリオメイカー、GMとしての優秀さはおそらくこの大陸随一だ。

 

 これでルドラサウム大陸に大きな変化を生み出せた。将来的にこれで大陸が本来の歴史をトレースするような未来を辿る事はないだろう。もうちょっと早い段階でこういう事をやれるぐらい突き抜ければ良かったのになあ、と思う部分はある。だけどそれこそが人生というものの常だ。

 

 過去は変えられない。変えた時点で分岐し、それはパラレルの未来だ。それはもう……どうしようもない事だ。その未来はなくなるしかないのだ。だから過去は変えられないという事実を受け入れて、前に進んで行くしかない。過去に後悔するのではなく、それを背負って未来をより良くする為に生きて行くのだ。

 

 ウル・カラーの人生はこれから完結する。

 

 長い、長い時を過ごしてきた。

 

 そして或いは―――ずっと、この瞬間を待っていたのかもしれない。

 

 転生者というどこかの誰かの残滓なんかじゃなくて。この世界、大地、歴史に両足をつけてウル・カラーという人物として生きた人生を全うするその瞬間を。

 

 そう、私はウル・カラーだ。カラーの女王だ。ここに来て漸くその人生を歩んでいるという実感が体を満たしていた。だから、それを全うする為に、

 

 自分の娘の為に未来の全てをささげる覚悟で動く。

 

 後向かうべき場所は一か所だけだ。

 

 JAPANは変わる。リーザスは手を入れなくても別に問題はないだろう。あそこには自分の家がある関係で未来が微妙に変わるだろう。ヘルマンはシナリオフックとして優秀だしそのまま放置するので問題はない、それにあっち方面には将来的にハンティが向かうだろうし。ゼス……ゼスは魔軍と聖魔教団の主戦場となった地域だ。今では大量のジャンクの破棄場所になっていて、一足進んだテクノロジーが存在するアンバランスな地域になっている。ある程度抑制されるとはいえ、どこぞのSFで見る様なスラムな景色が繰り広げられている。アレはもう、魔法至上主義のゼスになるとは思えないだろう。地形変えちゃったし。

 

 自由都市国家は―――うん、アレは自分の国がベースにある。将来的にあそこがベースになって発展するだろう。後数百年もすればあそこを侵食する元も大人しくなるだろうし。そうすれば元々あった土台をベースに再び国家か、都市が建設されるだろう。そこから育って正史には存在しないものが出来上がるだろう。

 

 となると、干渉する先はもう一つしか残されていない。ただひたすらに未来の形を砕いて新しく作り直して、唯一残されている形を目指して踏み出す。

 

 視界は切り替わる。神魔の力は便利だ。便利過ぎて慣れると溺れてしまうだろう。明らかにプレイヤーと隔絶したこの力は使えば使うほど自分が特別だと思い込まされてしまう。実際、運営する側としてこれぐらいの力がないとやっていられないのは当たり前の話だ。だけどこの特別感は心を歪ませる。だから神魔は当然の様にプレイヤーを見下し、そして愚かなプレイヤーは当然の様に受け入れて地獄を生み出す。

 

 何も救われないこの大陸の未来は、果たして変わるのだろうか?

 

 それが解るのは未来の子たちだけだ。

 

 そこに、自分はいないけど。

 

 それでもそんな未来を目指す為の布石、フラグ、伏線は残してゆく。

 

 ()()()()()()()()()と信じているから。

 

 だから踏み出して景色を変える。どこぞの森から景色は切り替わり、出てくるのが先ほどとは違う人工物だ。ここに暗さはなく、陽の光によって明るく照らされた大広間へと出た。AL教の秘密の部屋とは違って外から新鮮な空気が入り込んでくる空間は装飾が施され、そして綺麗に整えられた主の為の広間だ。登場と同時に自動的に動きだす存在が侵入者を認識する前に動き出し、その手の剣を使って斬撃を放つ。広間の主が認識し、声を送る前に放たれる斬撃はまさにプレイヤーとして天元に届く一撃。

 

 だがそれを二本の指で掴んだ。触れるのと同時に発生する強制的な《付与》を無効化しつつ、追加で放たれた斬撃を白羽取りする手を強引に横へと引っ張り、直ぐ横の指と指の間の隙間に落として掴む。

 

 その様子を少し驚いたような様子で主―――魔王ガイが見ていた。

 

 だが魔人永劫の剣が一瞬で無力化されたのを見て、安堵の息を吐いた。

 

「驚いたぞ……何時からそんな風に現れられるようになった」

 

「うーん、正確には百年以上前かなぁ。もう既にその時には色々と終えていたし。ただ、使う必要もなかったからやらなかっただけだけど。まぁ、そんな事はどうでも良いんだよ―――久しぶり、ガイ君」

 

「あぁ、久しぶりだなウル」

 

 ガイに久しぶりの挨拶をしながら指で刃を弾いて、拳を作る。それをそのまま一気に永劫の剣に叩き込んで―――沈み込ませる。砕き、貫通はしない。文字通り沈む様に拳が永劫の剣の中へと潜り込んだ。そのまま、その体の中を弄り回すように手を動かして探り、感じられた手ごたえに掴んで一気に手を引きずりだす。

 

 永劫の剣から腕を引っこ抜けば、手は永劫の剣の中に《付与》される形で取り込まれていた二つの姿を引きずり出す。青い髪のカラーと、緑髪の青年の姿の二つだ。どちらも永劫の剣に付与されていた影響で身を覆う物はなく、全裸になっている。まぁ、そこはしょうがないかー。と思いながら放り捨てる様に指をスナップする。

 

 永劫の剣の内部からサルベージされた二人の姿が消え去る。片目を閉じて軽く確認し、二人の姿がペンシルカウに到達したのを確認して目を開く。永劫の剣は引っこ抜かれた衝撃でその場に倒れている。まぁ、護衛としては優秀だしこいつ、殺すのは勘弁してやろう。

 

「うっし、これで良し……っと」

 

 その様子を魔王ガイはずっと、玉座に座ったまま無言で見ていた。ただ此方がそうやって永劫の剣から重要人物を引き抜いて保護したのを見て、息を吐いた。

 

「もう、終わりが近いのか」

 

「終わりが近いのか、と言うよりは今日が終わりの日だよガイ。私はこれ以上無理だ。最後の仕事を終わらせに来ているだけだよ」

 

「……ホーネットに顔を見せられないか?」

 

 ガイの親としての表情に、苦笑してしまう。この男も正史とはかけ離れた運命をたどる事になった者の一人だ。正史において彼が娘、ホーネットに対して親としての側面をまともに見せる様な事はなかった。そしてその結果、罪悪感から死を迎える。だがその未来はほぼ存在しないようなものだろう。ガイがホーネットを置いて死を選ぶような未来を見るとは思えない。そういう意味ではこの男に対する干渉は実の所、一つもない。

 

 ただ、

 

「ごめんね。私も割と今ぎりぎりだから寄り道してる暇はないんだ。あの子はもうここを目指して旅に出た……ガイ君も覚悟しておいてね」

 

「400年足らずの玉座か……いや、中継ぎとしては良くやった方か」

 

 歴代魔王で最も大人しく、最も平和で、最も親・人類だった魔王ガイ。彼が自分から魔軍を引き連れて人類の領域に踏み込み、襲ったことはない。ガイに人類を脅かす様な意図は一切ないのだ。その覚悟と決意を背負って彼は魔王になったのだから。こっちが世代交代を果たすように、彼も世代交代を果たすだろう。

 

 それも近いうちに。その事実を口に出さなくても元戦友として、その考えを共有できる。このことに関して心配する事は何もない。ガイもガイで、すでに覚悟は出来上がっていたようだった。正史に存在したホーネットの魔王適性問題、これも既にクリアされている。

 

 ……何も問題なく、魔王の世代交代は果たされるだろう。本当に珍しく。

 

 思えば歴代魔王は全てが戦乱と混沌の中での継承だったのだ。親から子へと、何のトラブルもなく継承が発生するのはこれが初めてなのかもしれない。そう考えると魔軍から見ても、ガイの行う安定した魔王継承は偉業と考えられるかもしれないが……その結末を見る事はない。

 

「じゃあな、ガイ。元気にやれよ」

 

「あぁ……本当に良いのか?」

 

「私の心配している場合じゃないだろ、お前は」

 

 まったく、と苦笑しながらガイに背を向け、手をひらひらと振ってから去る。また一歩踏み出して場所を変える。

 

 風の当たる場所―――魔王城の屋根の上へと移動した。ここからは魔物界の姿が良く見える。魔王の存在によって荒廃する大地は地形が、植生が、環境が狂う。それによってまともな生物は住み着く事が出来ない。だが魔物達はこの環境の中で、逞しくも生きている。ガイの主導か、或いは魔人の主導なのか、魔王城を中心とした城下町は昔見た時よりも遥かに発展している。また定期的にトッポスが発生しているんだろうなぁ、と思うとくすりと笑いが零れてしまう。

 

 この魔物界もだいぶ変わってきている。まるで文明的な生活は無理だったはずの軍団が、人類に負けないぐらいの文明を構築している。農業や牧畜を始めている辺り、略奪一辺倒だった彼らの文化は変わってくるだろう。奪う事だけではなく生み出せることが解れば、それだけで生活や考えが変わってくる。

 

「まぁ、それでも本質が愚かなのはしょうがないんだけど」

 

 それでも魔物は、モンスターは人を襲うだろうなぁ、と考える。その対立構造だけはどうしようもないし、変えてはならない部分だ。ここを修正してしまうとこの世界が平和になりすぎてしまう。まだまだ、人類と魔軍には対立して貰わないと困るし、その為には魔人に暴れて貰わないとならない。穏健派と過激派で良い感じに割れていてくれると個人的には助かるのだが―――さて、正史において存在していた魔人とはもはやラインナップが違う。今更同じ様に対立してくれる事を祈るだけでは無駄だろう。

 

「ま、それでも間違いなく火種は燻ぶってるし。良い感じに盛り上がってくれるだろう」

 

 そこらへん、手足としてAL教が動くだろうし、必要ならナイチサも炎上させるだろう。少なくとも退屈になるという事はない。これからの時代は人類の発展の時代で、国家の形成から群雄割拠の時代になるだろう。

 

 その中央をルーシェが今から突っ切るように旅をすると考える……ちょっと大変そうだが、良い経験になるだろうと思う。

 

 まぁ、アベルがいるし。多分こっそり遠くから護衛してるだろうアイツ。私に負けないレベルで子煩悩だし。

 

「お父さんがなぁ。はしゃぎ過ぎないと良いんだけどなぁ」

 

 まぁ、そこはアベルに任せるとして。

 

 だいぶ、存在が薄くなってきた。ふと力を抜いて手を掲げてみれば、指先から一気に肩口まで姿が透けて、消えそうになる。なので再び気合を入れて存在を復活させる。もはや気合と根性だけで姿を維持しているのに近い。だがそれも限界がある。残されたタイムリミットは後1時間ぐらいかなぁ、という所だ。

 

 この残された1時間をどうしたもんか。

 

 そう思って魔物界を眺めていた所で―――見つけた。

 

 魔王城裏手、体を動かす為に確保された、何もないスペース。

 

 そこに一人で立ち、武器を振るい続ける魔人の姿に。古代から少しずつ姿を変え、成長し、未だに成長し続ける魔人筆頭の姿を。

 

 その姿を見つけて小さく笑い声を零し、城の上から会いに行くために飛び降りた。

 

「最初に冒険を初めた奴と冒険を終わらせるのも一興か」

 

 最後の時を過ごす相手が、決まった。




 次回、最終話


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XXX年 ばいばい

 ケイブリス。

 

 最古の魔人。

 

 すべての魔王に仕えた魔人。最強最古の魔人。最弱だった身をただひたすら鍛錬に鍛錬を重ね続ける事で自分を高め続けてきた魔人。その歴史は最も長く、そして最も屈辱に満ちているだろう。媚を売る事数えきれないほど。ひたすら生き残るためになんでもやってきた男だった。ケイブリスは生き延びる為にあらゆる手段を取って、そして生き延びた。そのたびに歴史を見て、覚え、忘れず成長してきた。偶に長く生きすぎて忘れそうな時があっても―――原点を思い出した。だからケイブリスは強い。この物語のIFの最大の影響を受けた存在でもあると断言できる。彼は正史よりも早く己の原点を思い出した。原点を思い出してストイックに強さを求めた。

 

 改心した訳ではない。ケイブリスの心はケイブリスのままだ。ただ、元々何を望んでいたのかを思い出して忘れないようにしただけだ。

 

 だがそれがケイブリスの強さだ。忘れず、続けて、そして成長し続ける。それがどれだけ遅くても成長し続ける。それを最古の時代から延々と続けている。逆説的に言えば、

 

 彼は全魔人の中で最も戦いを見てきた魔人でもある。

 

 故に―――純粋な経験、勘、構築、センス。

 

 そういう面においてはある種の才能を凌駕する部分を持つ。

 

 

 

 

「《メテオイントルード》」

 

 軽く試す。

 

 魔王城の上から自分そのものを隕石として高速落下する。わざと衝撃波が広がるように、大地を粉砕するように上から落下して体を大地に叩きつける。無論、狙うのはケイブリス一人。孤独に鍛錬を続ける姿を狙って落下して放った一撃は、ケイブリスの体に触れる事はなく、

 

 落下地点の5メートル横にウスパーを振り上げるケイブリスの姿によってダメージが否定された。《メテオイントルード》によるエントリーはどうやらサスパーを盾にする事で乗り切ったようだった。流石に直接ぶち込まない衝撃のみの攻撃ではほぼダメージが通らないレベルで肉体が鍛えられている。

 

「今日よぉ、朝起きたらなーんか嫌な予感がしたんだよなぁ!」

 

 一歩。

 

 ケイブリスが踏み込んだ距離だ。

 

 ()()()()()()()()()5()()()()()()()()()()()()()。ウスパーを振り上げてから振り下ろし。シンプルな動作ですさまじい身体能力のごり押しをしてくる。だが観察すれば身体能力のごり押しだけではなく、体幹を一切ブレさせず、剣を真っすぐ、攻撃が来た時にそれを割れる様に叩き込みに来ているのが見える。サスパーも下から振り上げる様に準備しているのは攻撃と防御、それをいつでも好きなタイミングで差し込めるようにしているからだ。魔人としての暴力的な身体能力に鍛えられた武芸者の動き。それが高いレベルで合わさって今、ケイブリスの力を証明する。

 

 それに対して避けるなんて無粋なことは絶対にしない。そもそも避ける必要性もない。だから当然の選択として右腕を出して、振るわれてくるウスパー、ワンテンポ遅れてくるサスパーに合わせて叩き合わせる。盾を構える様に右腕を差し出しケイブリスの超人的な膂力―――それも他の魔人を凌駕するものを片腕で抑える。上と下、挟み込む様に押し込んでくる大剣を片腕で鍔ぜり合う様に押し付けながら顔を寄せる。

 

「よぉ、ケーちゃん。どうやら忘れずに毎日励んでいるようで結構結構」

 

「はっ、誰に物を言ってやがるこのクソが? あぁ!?」

 

 腕を弾き、ウスパーサスパーを弾く。距離を開けて着地しながら首に手を回し、軽く二度音を鳴らす。視線をケイブリスと合わせれば、ケイブリスも大きく腕を回し、戦闘に入る為の軽い柔軟を行っている。こいつとの付き合いは長い。

 

 今更、語るような言葉もない。

 

 

魔人ケイブリス/ウル・カラー

 

支援配置

 

《魔人》
《気合》

《無頼無骨》
《根性》

《無敵結界》
《フィナーレ》

 

 

 向き合い、指の骨を鳴らした瞬間―――ケイブリスが飛び込んできた。ウスパーを躊躇もなく顔面に叩き込んでくる動きは間違いなく殺す為の一撃であり、それを避ける事も受ける事もしない。当然の様に顔面に叩き込まれた大剣は顔面に衝突し、そして弾かれる。渾身全力の一撃を放てばそれだけで腕がしびれる。手が使い物にならなくなる。だがそんな理屈はケイブリスになんて通じるはずもなく、これまた古代のケイブリスには想像できない程綺麗な軌跡を描きながら豪快な斬撃を叩き込んでくる。砕くような斬撃は接触で発生する衝撃を強く叩き込むことを目的としたもの。

 

 つまりは斬撃が通らなかった時点で攻撃手段を叩く、砕く事へと切り替えたという事でもある。

 

 それが無呼吸の五連打から始まり、息をつくまでもなく継続する。自身のスペック、そして性質を良く理解した丁寧な正面からのごり押し。

 

 そのケイブリスの動きに応える様に腕を持ち上げ、

 

「来い、幻体」

 

 己の幻体を生み出した。背後に出現するのはドラゴン状態の己の姿。肉が伴っていない分半透明となっているが、放つ一撃は本物と何も変わらない。その口が開き、ブレスの照準はケイブリスへと合わされ、

 

「《ドラァ・ブロゥ》」

 

 己を巻き込む様にバーストが放たれた。

 

 ドラゴンのブレスは総じて三種類にカテゴライズされる。炎や氷を吐き出す放射タイプ。光や雷などの光線タイプ。そして最後―――これは爆裂するタイプのブレス。口からブレスが塊としてはなたれ、接触することで爆発するタイプの攻撃だ。ブレスの中で最も破壊力を持ち、そして殺傷力が高いそれがケイブリスの頭上へと叩き落される。光の塊が一瞬でケイブリスへと到達して飲み込んで炸裂する。

 

 一撃目。

 

 だがケイブリスの動きは止まらない。全身に纏っている《無敵結界》は既に砕け散って役目を果たさない。だがその代わりに《恐瘴気》を纏っている。正史であれば自分よりも格下相手を徹底して殺す為の防御であったそれは、今では完全に異なる進化を遂げている。自分よりも強い相手を―――()()()()()()()()()使()()()()()()()()進化している。即ちもっと密度を、もっと破壊力を。小範囲で良いから確実に格上さえも脅かせる程のものをケイブリスは纏う。それが攻撃が届くのを防ぎ、

 

 二撃目、着弾。

 

 三撃目。

 

 四撃目。

 

 五撃目。

 

 五度のバーストを終えて幻体が消え去り、それでも息を衰えさせないケイブリスの斬撃がこちらの体を持ち上げて吹き飛ばした。

 

 普段であればここらで一つ軽口でも飛ばすのであるが―――そんな事はせずに、迷う事無く腕をケイブリスに向け、《ガンマ・レイ》を放つ。一直線に放たれる閃光が大地を消し飛ばしながらケイブリスを正面から飲み込み、その体に纏われる瘴気を引きはがし、また同時に魔法攻撃に対する耐性をずたずたに引き裂く。そこから一瞬の溜めを作り、

 

 二射目。

 

 身を守るものを失ったケイブリスを消し飛ばす為の二射目が放たれる。一射目で魔法耐性と瘴気を引きはがされたケイブリスが受ければ、次の瞬間には体力と血肉の全てを蒸発させられる様に消え去るだろう。それだけの容赦ない威力をこめて魔法砲撃。それを一直線に向けられたケイブリスは、避けない。

 

 前進する動きはそのまま、踏み込みと同時に足を大地に叩きつけ、それで抉り出しながら前へと向かって蹴り上げる。それによって生み出されたのは大地の防壁。それこそプレートとでも表現したくなる分厚く、そして頑強な魔王城の土台に使われる大地の盾。それがケイブリスの前に押し出され、《ガンマ・レイ》と衝突する。魔法と盾が衝突し、大地が砕け散る。魔法よりも強度が低いのだから当然と言えば当然の結果だ。

 

 だがその時間の間に瘴気を纏いなおしたケイブリスが砕け散る盾をそのまま前へとけり出しながら、瞬間的なインパクトを失った砲撃へと突っ込み、そのまま突っ切って肉薄する。

 

「オラオラオラオラオラ! どうしたオラ!」

 

「ははは」

 

 正面から肉薄するケイブリスの動きに迷いも偽りもない。その必要もない。正面から圧殺、蹂躙するのが最も強い彼の戦い方だから。叩きつけてくるウスパーとサスパーも瘴気を纏い、片腕で防御しても徐々に浸食するように此方に瘴気が伸びてくる。正史には存在しない獰猛さ、そして勝利への貪欲さ、更には戦闘中の攻撃対処へのクレバーさが見える。変わったなぁ、と思う。良いか悪いかは別として。

 

 その変化は嫌いじゃなかった。

 

「砕け散れ」

 

 ケイブリスの二刀両手剣を片腕で防御し、はじき返しながら指をスナップする。足元を中心に光の亀裂が広がり、一帯を飲み込む様に吹き上げる光が爆裂する。逃げ場のない攻撃は着実にケイブリスの体力と身を削る。回復手段がなければ逃げようのない攻撃は敗北へと続く一手だ。そしてケイブリスはその手の魔法が使える器用さはない。だからケイブリスの動きは変わらず、己の肉体で耐え、耐えれる攻撃を極限まで耐えながら正面からぶつかる。

 

 生き残ることに卑怯な手段を取ることに一切の躊躇を見せなかったケイブリスが、その強みを押し出す為に得た戦闘スタイルがこれだ―――元々の性格、手段から乖離したその姿が面白いの一言に尽きる。

 

 そしてその力を惜しみもなく、此方に振るい証明してくれるのは……楽しい。

 

 まだまだ、ギアが上がり切っていない。ケイブリスも本気を出しきれていない。底力の底を見せられていない。追い込めば追い込むほど強くなるであろうケイブリスの努力と才能を前に、笑みを深くしながら拳を握る。もっと強く、もっと楽しく盛り上げられそうだ。

 

 そう思って、更に力を引き出そうとして、

 

 体が、揺れた。

 

 不意に足の感触が消えていたことに気が付き、体が倒れかけていた。

 

「おぉ、と。危ない危ない」

 

 食いしばるように呟きながら力を籠めて消え去ろうとしていた右足に一気に活力を漲らせて大地を踏む。そのまま踏んだ大地を陥没させて両足で立ち、次の魔法を放つ為に拳を作って―――ケイブリスが剣をしまうのを見た。背中を向けて完全に戦意を失っている姿は、先ほどまで獰猛に牙を向けてきた男と同じ様には見えなかった。

 

「止めだ止め。死にかけのクソ女一人ぶっ殺した所で面白くもねぇ」

 

 そんな事を言って戦いを、ケイブリスの方から切り上げてきた。その本来であればありえない、寧ろ喜んで追撃とかトドメを刺してきそうなやつがそんな事を言ったことに呆然としながら動きを止めて腹を抱えて笑い声を零してしまう。

 

「はーっはっはっは、なんだよそれ! お前そんなキャラだったっけ」

 

「うるせぇな。元々お前なんかと戦いたくねぇんだよ俺様は。お前を相手するだけ損だろ! いつもいつも迷惑と余計な事ばかり持ち込んできやがってよぉ」

 

「は、は、は。違いねぇ」

 

 ケイブリスの言葉に同意しながら軽く笑い声を零し、ふぅ、と息を吐く。そろそろ限界だなぁ、と自覚する。どれだけ気合と根性で体を保たせようとしても、持たない。もうそれでは補えない段階にまで来てしまっていた。唯一の手を見れば、どれだけ力を込めてもそれが半透明になり、透け始めている。今の戦闘で派手に立ち回ったのが駄目だったのだろう。

 

 だけど……まぁ、そこに後悔はない。湿っぽいのは苦手だし。これで私らしくて良かったと思う。

 

 だから、

 

「……」

 

 うーん、なんて言葉を残そうかなぁ、と考える。だけどケイブリスとの付き合いは長いし、今更細かい言葉を向ける様な事もない。

 

 そう考えると、こいつに向ける言葉はこれだけ。

 

「ばいばい、ケーちゃん。()、ケーちゃんと遊べて楽しかったぜ」

 

「ケ、俺はいい迷惑だったぜ」

 

 ばいばい。

 

 笑いながら手を振り、体から力を抜く。

 

 そして―――目を閉じた。

 

 

 

 

「―――って、アレ。消えたと思ったんだけど」

 

 確かに消え去った感触があった筈なのに。そう思いながら目を開ければ飛び込んでくるのは緑色の姿。即ち森の中に立っていた。だけど己の身を見て見れば姿は半透明。今、確実にこの場で消え去っていた。だがその現象は不自然に停止しており、これ以上の消滅が進行しない状態にあった。とはいえ、力の方はすっからかんで何かができる状態でもない。半消滅状態で無理矢理停止させられたような状況だった。確かに、力を抜いた筈だったのだ。そして残された力のまま、消滅する筈であった。だがこれが停止している以上、何者かが介入しているというのが事実だろう。そしてこれに介入できる存在は限られている。

 

 そもそもこれは三超神とした契約だ。

 

 ルーシェがこの世に生まれてこれるように―――というだけではない。

 

 三超神との間に交わした契約にはもう一つ、意味がある。

 

 それはこのルドラサウムという世界の未来を維持する事にある。三超神には恐れている事があったのだ。そしてそれはルドラサウムという存在そのものの意義、継続、そして守護に関する話になっていた。この契約を果たしたことによってその不安から三超神たちは解放される。その為に三超神は私という存在を最終的には求めた。私も、その契約に乗る事は大いに意義があった。ルーシェを、そしてあの子の未来を守る為にも必要な事であると同意して契約は結ばれた。

 

 だからもう、消える筈だった。

 

 ここに残されているウル・カラーは天にいる■■■■■■の残滓でしかない。地上で働く為の分身。本体の影。搾りかす。残りカス。ルーシェを育てる為に残された猶予期間を過ごす為の体。本質で言えば既に終了している。だけど契約の為に残された最後の姿だった。もう既に本質は天でその役割を果たしている最中だ。だからここで消えても問題はない。いや、寧ろ消えないと困る。そうしなければルーシェの成長を促し、彼女の冒険を後押しする事が出来ない。

 

 だからこんな不自然な状態で地上に残されているのは今、困る事になる。

 

 まるで亡霊の様な状態ではなく。完全に消滅しなければならない。既にこの記憶と経験も、本体の方が認識しているだろう。つまりこの状態は本体の意思によるものになる。

 

「……何もできない」

 

 力がない。魔力がない。変身もできなければ転移もできない。つまり本当に存在するだけの状態だ。そんな状態でここに存在するという事は何か、見せたいのだろうという事なのだろう。

 

「そもそもここどこだ……?」

 

 頭を掻きながら辺りを見渡し、空を見上げる。見覚えのない地形だ。ルドラサウム中を走り回ったり飛んで回っているから、大陸の全容を頭に叩き込んでいる筈なのに、ここは見た事のない森だった。それはそもそもからしてありえない話なのだが―――となると、特殊な場所か状況にあると推測できる。だからそのまま、軽く探るように感覚を走らせれば、

 

「あ、時間軸が違うのか」

 

 自分のいた時代から、かなり進んだ時間軸である事が理解できた。消滅寸前の状態で一度未来に飛ばされたようだった。

 

 それで何をさせたいのだろうか、まったく予想が付かない所で、

 

 森の中に響く声が聞こえてきた。

 

「ガッハッハッハッハ! 遅れていると置いていくぞ!」

 

 それは、聞いたことのない男の声だった。だがその声が聞こえるのと同時に、胸が締め付けられるものを感じた。知らない……知らない声だけど、知っている声だ。

 

「あぁ……」

 

 胸を締め付ける思いに思わず胸で拳を作って抱いて、近くの木に背を預ける様に倒れ込む。そのまま、音の方へと視線を向け、そこに森の中を続く道があるのを見つける。

 

 その上を走るのは一人の男の姿と、一人の女の姿だった。

 

 少女に見える様な女を引き離すように緑の鎧姿の男―――戦士は走っていた。何が楽しいのかは解らないが、或いは感じられることすべてが楽しいのかもしれない。旅立つように、未知へと向かって踏み出すように男はまだ見ぬ冒険と未来へと向かって全力疾走する。それを後ろから桃色の髪の子が追いかける。置いて行かれないように全力を出しているが、到底追いつける速度が出ていない。それを理解しているのか男は定期的に振り返ると煽るように、或いは馬鹿にするように言葉を送る。だがそれは同時にちゃんと彼女が追い付くのを待っているのだというのが解る。

 

 彼はその子を置いて先へと進んで行くつもりが、一切なかった。

 

「遅いぞ馬鹿シィルめ。この俺様に合わせられないとは何事だ」

 

「ひんひん、そう言ってもランス様ー」

 

 そうやって森を抜けて行く二人の姿を眺めていれば、いつの間にか涙を流している己に気づいた。ゆっくりと目を閉じて。木に背を預けた状態のまま、自分がずっと昔から切望していた人を、景色を見られて。背負ってきた重荷と旅路の全てが報われた気がして。漸く―――漸く、本当の終わりにたどり着けたのだと思えて。

 

「あぁ……なんて……なんて酷い夢」

 

 最後の最期で、こんなものを見せるなんて。なんて酷い神様。

 

 できる事なら一緒に冒険したかった。一緒に遊んでみたかった。一緒に戦ってみたかった。だけど駄目だ。ウル・カラーの冒険はここで終わりなのだ。鬼畜戦士とその旅路は交わらない。彼が生まれてくる頃には既に消え去っている。だからこれまでだ。これが神からの最大の恩情であり、そして最後のプレゼントだった。

 

 後はもう、ルーシェを信じるしかない。

 

 彼女が何時か、自分が誰なのかを。自分がなんであるのかを、それを長い長い旅路の果てに自覚してくれるのを。

 

 彼女がそうやって子供から本当の意味での大人になった時―――。

 

「うん……信じてるわよ、ルーシェちゃん。貴女なら何時かきっと……」

 

 信じている。娘の軌跡を。私が居なくても大丈夫だってことを。成し遂げられることを。

 

 その思いを胸に目を閉じたまま、

 

 今度こそ。

 

 何かを残す事もなく。

 

 最初から存在しなかったように。

 

 ―――消えた。

 

 

 

 

「……そう、逝ったのね。ウル」

 

 スラルは寂しそうにそう呟いた。

 

 心の底から感じる悲しみをスラルはしかし、飲み込んだ。ウル・カラーの消滅と共にこれで計画は始動した。もはや止める事は出来ない。スラルにできる事は脱線した時の修正と、誘導、後は祈る事だけだ。故にスラル―――元魔王にして悪魔である彼女は、静かに目をつむり親友の死に黙祷した。古く、そして最愛の友であったウルの死は少なくない悲しみをもたらしている。だが同時に、スラルには最も重い役割が彼女より与えられていた。その事実を前に、スラルは休むことができなかった。既にこのルドラサウム大陸は新たな神と新たな秩序によって回り始めていた。

 

 既存のルドラサウム大陸ではダメなのだ。

 

 正史のままでもダメだ。

 

 未知が必要だ。新たな刺激、新たなシナリオ、新たな大地、新たな出会い、新たな役者。

 

 既存のまま物事を進めても、正史の面白さに勝利できるとは思っていなかった。故に新たな物語が、新鮮さが必要とされていた。だからここからは完全に正史と乖離するように物事を調整しなくてはならない。三超神はそういう意味では妄信的であるが故に無能だとスラルは思っている。同じようにナイチサも判断している。だからここら辺の調整に関しては生物的に頭脳がずば抜けて、事情を理解している者達の出番だった。

 

 故に、悲しみを抱えながらもスラルは前を向く。ここで前進することを諦めれば、それこそ本当の意味で全てが終わるからだ。ここで足を止めずに前に進めば……親友がいつの日話したかのように、また会える日が来るかもしれない。

 

 だからその未来へと向けて、全ての計画を進める。

 

 大空洞―――神の座。

 

 そこにスラルはいた。侍る三超神の姿はそこにない。本来であれば主神を補佐するべき姿は既に姿形を変え、主の物語を盛り上げる為の役者として舞台に潜り込んだ。故にここに残されているのはスラル、そしてこの世の支配者だけだった。星と宙が満ちる大空洞、この世界の中心でスラルは座へと繋がる階段の上に座り込んでいた。それに意見する者は何一つとしてない。ただ静かな悲しみを沈め終わった彼女はゆっくりと起き上がり、

 

 そして階段を上った。

 

 その先にある神の姿を見る為に。

 

 一歩、一歩、永遠にも感じられる階段を上って行けば空間に満ちる神聖さが段違いになるのを彼女は肌で感じられる。或いは穢れそのものが蒸発して消えそうな程の存在としての別格さ。存在としての位階、次元の違い。それとも、存在としてのフォーマットの違いによるものなのかもしれない。として完成され、引き継いだことによりそれは特性として、或いは法則として満ちていた。その中をスラルは許されているが故に影響を受けずにいられた。

 

 そして到達する頂上。

 

 矮小なる身が謁見することを許された小さな岩場の上に到達したスラルが、その先にある姿を見た。

 

 そこにいたのは、一柱の女神だ。

 

 美しく、成熟した女性の姿が光に満ち、美しく身よりも長く伸びる黄昏色の髪がまるで光そのものの様になびいている。薄く、しかし上品で飾られたドレスはその身の神聖さを表すようであり、この世の物とは思えない美しさを本体から引き出す。その姿を見れば地上での美しさ等もはや石くれにしか見えず、生物として完成された美を持っていた。その黄金、黄昏色、そしてその衣服は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だがそれはその女神を構成する一つの要素でしかなかった。

 

 何よりも特徴的なのは額の赤い水晶体。その周辺を光で編まれた小龍が遊ぶように、舞う様に光の軌跡を描いて飛翔する。眠り続ける様に閉じたその両目は顔と共に胸元へと向けられており、

 

 その両腕の中には、一頭の鯨の姿があった。

 

 その力は、かつて振るわれていた頃と比べるとあまりにも少ない。

 

 当然だ。その力は今、ルーシェ・カラーという形、枠に収まり、運営する為の力は全て女神へと譲渡されている。

 

 故に鯨は夢を見て聖母に抱かれ眠り続ける。いつか夢の中で見た冒険がその魂の成長という概念を与えるまで。その幼少期を終えて目覚めるその次の瞬間まで―――鯨は、聖母の腕に抱かれて眠り続ける。

 

 その姿をスラルは眺め、そして口を開いた。

 

「おはよう、神様。エンディングが終わって、エピローグも過ぎ去ったわ。始まったわよ。あの子の冒険が」

 

 スラルの放った言葉に地上におけるすべての活動を終了させた女神が目を開いた。そこにはウルと呼ばれた女性らしさはない。そこにはALICEと呼ばれた存在らしさはない。外なる魂と神性を合わせる事で生み出された新たなる維持神は世界を運営、維持、守護する為に生み出された存在であるが故に、その過去とは切り離されている。ただの記録としてかつてを知っているだけであり、完全に別の存在。

 

 三超神が最も恐れた事に対する存在。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 同じ上位世界から落下してきた女を材料として生み出す事で生まれた対抗神。それがその神の存在であり、役割であった。故に神は引き継いだものとして君臨した。世界を守護する為に。このルドラサウムという存在を守る為に。ルドラサウムという揺りかごを維持する為に―――ルドラサウムを、成長させる為に。

 

 その為に、目を開き、目覚めた。

 

「―――えぇ」

 

 開いた口から洩れる声は誰かの面影を持つようで―――耐性がなければ、その音だけで脳髄が蕩ける。

 

「新たな、物語(シナリオ)を始めましょう」

 

 そして歯車は本当の意味で回り出す。夢は終わり、ルドラサウムの転生はここに成った。スラルはその瞬間を見届けた。長い、とてつもなく長かったウル・カラーによるその前日譚を。彼女の長く、苦しく、しかし幸いに満ちた旅路はここで完結した。そしてルーシェ・カラーが主役のバトンを引き継いだ……新たな生という形だ。

 

 ここからどうなるか、等もはや神にすら解らない。すべては手探り。すべては試行錯誤。だがそれでも世界は、ルドラサウムという大陸は運営され、生き続ける。

 

 正史から外れて歩まれる物語は正しく異聞の物。だが正史であろうと、なかろうと、そこに真偽の差等ない。

 

 あるのは物語まつわる全ての命が己の物語に対して真摯に生きているという事実であり、また、それに終わりはないという事。

 

 ルドラサウムの転生異聞は、ここに成った。

 

 故に、この物語は終わる。

 

 ウル・カラーの存在と共に。

 

 そして始まる。

 

 未知と母親を求める一人の少女の旅路が―――。




 これにて完結です。質問があれば感想の返信かあとがきでお応えします。

 それはそれとしていつも常にいた神様がいるというおはなし。ずっと前からしてたけどおそらく誰も気づかなかっただろうからここで簡単なネタばらししておくかな……。

 ルシア=Lecia=aLice


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あとがき

 いやぁ、終わった終わった! 終わりましたよ! ついに! 100話ぐらいで終わらせる予定だったんですけどね……なんや171話って……。

 

 長引けば長引くほど終わらせ辛くなるというのを理解してたんですけどねー。

 

 という訳でお疲れさまでした、ウル・カラーの物語はこれでおしまいです。

 

 途中でいったんお休みしたり、零式に逃げたり、絶に行ったり、世界に夜の闇を取り戻しに行ったりしましたけども。まぁ、割と実のところでは予定通りの終わり方になったかなぁ、って感じです。元々ランス10とか原作まで含めると相当時間とリソース削れるのでそこまでやる予定ないです。

 

 なので良い感じの落としどころ欲しいなぁ、って考えてたどり着いた形ですね。

 

 という訳でルド転話、始まります。

 

 元々は「はぁ、俺が納得できるTSもんってものを書きてぇなあ! ランス10クッソ面白いわ!! はぁ……でもランスで二次って無謀だよなぁ。解るマン」ってなっていた時期がありまして。その時に目撃してしまったのがエレボス氏のTOKIOでしたね。いやぁ、やばいのなんの。面白いし、良く練られているし、熱意もヤバイわでこりゃすげぇってなりましたわ。ランス二次オリ主系統の原作改変捏造系統で一番面白いんじゃないかなぁ、アレ。そんな感じで眺めてたら自分の中でもふつふつと「あ、ランス二次やりたいやりたいやりたい」って気持ちがあふれ出てきて。

 

 そういう事で始まったのがこれ、ルド転です。

 

 そこからちょいリサーチを入れて、ある程度他のランス二次を見て通して需要や開始、キャラ付けや種族が被らない物を探したりして、独自性を加えて面白そうなのはな~に~か~な~……と、探った所で考えたのがドラゴン・カラーでの最古の時代スタートですね。

 

 ウル、Ulのモデルはグラブルからアルティメットバハムートから来てたり。とりあえず見た目からしてドラゴン! ってのをピックして、そこからイメージや姿かたちを膨らませてキャラ付けを始めましたねー。

 

 やっぱりランス世界、メインプレイヤーじゃないと神々に踊らされる愚か者を演出することが難しいので、魔王には勝てないレベルで強く、それでいて適度に愚か、哀れ、だけどTSっぽい性格とキャラ付けを押し出して……我ながら割とキャラ付け濃いなぁ、と思いつつ出来上がったのがウル様ってキャラですね。

 

 ベースとなった性格は勿論男性の物です。ですがTSものなので、男から見れば未知の体験、経験、そういうものを一つ一つ経験させながら徐々にフェミニンな気配を増やしていけなかったのがちょっと辛かったですね。ぶっちゃけ、最初から最後までずっと男っぽい口調やキャラを維持しているとソレを完全なるTSと言えるかどうかは怪しいなぁ、と思う部分はあったので。

 

 個人的なTSの解釈は精神的な変化を含めてのもので、変化しての経験とか経緯とか、そういうものも全部やっていかないとTSとしては認めんぞ???? というめんどくさいTSオタクな部分との戦いでもあった……。

 

 えーと……話を戻しますと、そうそう。主人公は不快感を与えないレベルでの愚かさを発揮しなきゃいけないんですよ。つまり物語のピエロとしての役割ですね。読まれていて応援できるけど、何かがから回っている感覚。これがランス世界の主役には必要なスキルだと思うんですよ。適度な不幸とかも。ランス君? アレは別格。法則とかそういうの考えるほうが馬鹿々々しいし……。

 

 そういう訳でウル・カラーの冒険は始まります。基本的なイベントと歴史を抑えながら。だけど着地点は絶対に正史、つまりゲーム本編と乖離させることを予定していました。何故なら二次である以上、それが原作のトレース、或いはその軌跡をなぞるだけである場合、個人的にはもうそりゃあ原作遊んだほうが面白いんじゃないかなぁ……ってなってしまうからです。二次である以上、恐れずにガンガン変えちゃおう! そういう気持ちで取り組んでいます。

 

 そういう訳でウル様の冒険は徐々に恐れながらも、原作から乖離し始めます。一番変化が大きかったのはドラゴン関係、魔人関係ですかねー。ラ・バスワルドちゃんはその中でもお気に入りですわ。こっちでは多分公開してないけど無知シチュでラ・バスワルドxウルえっちみたいなものも書いてたりする程度にはお気に入りの子でしたねぇ! ラ・バスワルドちゃんもっと出番増やさない? 可愛いよ? このぽんこつ女神もっと使いたいけど物語はこれで終わりなんですよね……はい……もう二度と出てくる事はないんですよ……好きなのになぁ。

 

 皆もぽんこつ女神もっと書いて。

 

 あ、ちなみに公開予定はないです。残念。

 

 そんなわけで最終的にウルちゃまの行動は未来を変える事へと変わり、その結果生まれるのがルーシェちゃんです。Lucheから来てルーシェですね。そんな事でルーシェちゃんを産む事で明確に未来を変えます。子を孕み、産み、そして育てる。それは男にはできない事であり、完全に女に変貌したからこそ行える事です。ここら辺がTSとしてのゴールなのかなぁ、って個人的には思っていた部分ですね。なのでここまでやるのは頭の中で大体確定していた事ですね。後は後からこれをゴールとして、バトンタッチすれば結構綺麗に話がまとまるだろうなぁ……って思ってた部分もあります。

 

 だからTSものとしてのゴールが子供を作る事であり、ランス的に見れば子供が出来れば二部へのチケットが生まれる事なので、ランス的にも丁度良いゴールの作り方かなぁ、という考えでした。

 

 あんまり、頭の中がここら辺固まってないんで言葉がやや取っ散らかってますがソーリー。ルド転は関わりや進行で色々と思う所があってうまく言葉が纏められない部分があります。今ここに書いている言葉も割とダイレクトに脳みそに浮かんだものをそのままという形に近いですね……。

 

 一時期の休載はアレ、本当に申し訳ない部分ありますね。

 

 モチベの低下と更新ちょい怖くなったなぁ、ってのがありましたね。アマゾン経由でばんばん支援されたり。支援絵の大量投下とか。GIFアニメ貰う経験ちょっと初めてでしたよマジで。そういうのがあったのと、ちょっと仲良くさせて貰っていた先と楽しくコラボしてたら評価コメントの方で辛辣な言葉貰って、それで萎えていた部分もありますね……。

 

 そういう時は無理して筆を執っても悪化するもんだから完全放置で冷却してました。おかげで1年近く休んじゃいましたけども。

 

 でもこうやって暖かい感想やコメントが来ているのを見ると皆、待っていてくれたんだなぁ……と。

 

 その上で付き合いのあった他の作者さんや絵師さんには本当に感謝です。ちょっと気後れした部分はあるものの、大変うれしく、楽しくやらせていただきました。

 

 特にエレボス氏とその周りの皆さんには凄いお世話になりました。また何か交流出来たらいいなぁ……あ、TOKIOの完結おめでとうございます、そしてお疲れさまでした。次回作楽しみにしています。

 

 じゃ、まぁ、ここからは軽く感想で拾った疑問とかの回答を。

 

 聖刀日光さんはM.M.ルーンが魔人となった後で人類に回収されました。勇者とはまた別、剣聖の家系がありまして。ウルが対ジルの時に育て上げた剣士の家系の子孫ですね。そこが回収し、代々管理、維持することになってます。なので日光さんは割とこの後の扱いは良い。ただしこれ以降、新しい剣聖と毎回セックスする宿命にあるから剣聖の家の童貞食い係になってしまう。ひでぇなこいつ。

 

 ルーシェが出立した後はまず古・リーザスへと到着しますね。そこで出待ちしていたアルシエルと合流しつつ、社畜脱走悪魔も道中でパーティー・イン、聖魔教団の残党に時折襲われながら西へ、クリスタルの森を目指します。ラスボスはクローン闘神。それを乗り越えて最初の冒険は魔王城へと到着し、魔王となる前のホーネットと再会した所で終わります。この後、ルーシェは帰宅、そして家に帰ってきて母親が失踪したことにショックを受けて、しばらく引きこもって寝込みます。

 

 まぁ、たったの数十年ですけど。終わると再び、母を求めて世界を回る。この母を求めての旅の積み重ねがルーシェの旅の本質になります。

 

 探し求め、そしてその旅に心が、情緒が、考えが豊かになります。もっと知る事は自分を知る事でもあります。その旅を積み重ねる事でルーシェが何時か、自分の正体がルドラサウムである事に気づく事がウルの目的であり、計画です。

 

 神・ルドラサウムは幼く、そして幼稚です。ルドラサウムが作った世界内ではほぼ無敵に近いですが、異世界の神殺しや上位神と比べればまだ強い方とは言えません。それ故に世界を守る為に、そして生まれてきたルーシェという子を守る為の計画がこれです。

 

 即ち、ルドラサウムの成長計画。

 

 成長しない筈である神のルドラサウムを、旅と経験を積み重ねる事で心身ともに成長させることでこれまでよりも強い神にするという計画です。これによってルドラサウム世界は更に永遠を約束されることになる……との予測です。

 

 ですがこの計画には大きな恐れがありました。

 

 つまりはアリスソフトとその社員、それに観測世界の事です。

 

 つまり読者、プレイヤー、PCの存在です。その存在がルドラサウム世界に特権を持って介入しているのは、作中の通り何度か確認されています。ルドラサウムはそれらを認知せずとも、それらが三超神の最大の恐怖でした。つまりゲームの電源を何時切られるか解らない。ルドラサウムが空想の産物であれば、超越する存在によって消されるかもしれないのが、何時か解らない。だからそれに備えばならない。

 

 だがどうやって?

 

 それを利用したのがウル・カラーでした。

 

 ご存じの通り、ウルは初期においてはフォーマットが正しくなく、神々からも正しく鑑賞が出来ず、神としても生物としても失敗作でした。これが正しくフォーマットされたのはルドラサウムの創造物である、ジルの魂と混ざった時からです。つまり、それまでは純粋なウルの魂のみであり、その状態では干渉出来ない存在でした。

 

 つまり、ウル・カラーの魂は同位階にあるという憶測が立てられます。

 

 三超神がウルに持ちかけた契約はこれでした。ウル自身を神として、それもこの世界の維持・運営の最高神として昇華させます。それによって彼女の存在そのものを揺りかごとしてルドラサウムを守護し、この世界の維持と運営に充てるという契約でした。そしてウルはルーシェの為である、と納得して了承しました。

 

 それによって生み出されたのが最終話に登場した聖母の女神になります。アレはルシアとして扮して常に一緒に居た女神、ALICEとも混ざって生み出されたものです。まぁ、ウル単体だと純粋に出力や格が足りないのとえっちだからてんぞーが勝手に詰め込んだ趣味です。融合とかえっちじゃん。

 

 この聖母状態はもう、別の存在です。ウルでもなければALICEでもない、別の守護神です。そしてルドラサウムの力の多くも運営の為に継いでいます。実質的に次代の神でもあります。それも本来の神であるルドラサウムが帰還するまで、という制約で、ですが。ですがこの新たな女神は昇華して生まれているが故に、記録としてALICEやらウルの旅路を知っていますが、経験したものではないので当然別人です。

 

 カラーの運命として、転化した後は記憶を失うというルールは絶対であり、ここもそれは適応されています。

 

 ですが、それでも尚、ウルは賭けました。

 

 すべての旅路が終わってルーシェが己を自覚した時に。彼女は自分がルドラサウムであると自覚しながらも、ルーシェ・カラーのままとして、成長したその力で完全無欠のハッピーエンドをどうにかしてもたらしてくれると。

 

 ある意味では完全にぶん投げているとも言えるそれは、心の底から娘を信じ切っている親としての愛情でもありました。それを育み、そして信じられる様になったのがウル・カラー、最大の成長にして女性としての変化なんじゃないのかなぁ、と思ってます。

 

 ……後なんか言う事あったっけ。

 

 まぁ、最近はコロナの影響もあって仕事が大変だったり疲れやすくなったりしていますが。それでも創作活動を辞めるつもりは一切ありません。ルド転はゴールまで結構時間がかかってしまいましたものの、楽しくやらせていただきました。

 

 改めて関わってくださった皆様に感謝を。そして読んでいる皆が楽しく創作できる事を祈りつつ、今回はここまで。また近日中に別作品を更新予定という事で、

 

 お付き合い、ありがとうございました。



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