魔女の家はまだ食べ足りない (時雨オオカミ)
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魔女の家はまだ食べ足りない


 家の中で人間が死ねば家は幸せになる。
 黒猫も魂を美味しく食べられる。
 私は彼らに美味しい絶望と魂を提供し続ける。
 なぜなら、それが健康な体を手に入れるための通貨だから。
 きっとそれ以上でも、それ以下でもない。
 だって、通貨を稼ぐのに罪悪感を抱くなんておかしなことでしょう?


 ※ 魔女の家の規約は、主に 「世界観を壊さないこと」 と 「エンディングの捏造をしないこと」 に集約されています。
 ※ 胸糞注意


 

 

 

 

 家はまだ食べ足りない。

 

 何度かいわゆるお勤めを終えて、魔法を教えてもらった。

 まだ健康になるための魔法は手に入らない。

 

 それから、また森の中に子供がいるのを知った。

 魔力の扱いに慣れようとして、森の中を退屈紛れに見ていたから。

 

「見つけた」

 

 家もそうだけど、黒猫も喜ぶだろう。

 私の病気を治すためにはたくさんの〝 通貨 〟が必要になる。

 私はまだ家に認められたばかりの新米魔女だから、もっともっとこの家のために、そして私のために子供を誘い込むのだ。

 

 次はなにをしようか。

 家の住民はまだ少ない。

 

「こんにちは。森で迷っちゃったの?」

 

 大きな犬を連れた少年は頷いた。

 私が目を向けると、大きな犬は目を剥いて私を睨みつける。低い唸り声がこちらを脅すように喉から鳴っている。

 そんな恐ろしい様相だけど、私は別に怖くない。

 悪魔や透明な人達と暮らしてる上に、私は魔女だ。

 

「ご、ごめんね。父さんと僕以外にこいつ懐かないんだよ」

「ううん、大丈夫よ。疲れたでしょ? こんな時間じゃお腹も空いてるだろうし、入って。もちろん、その子もおもてなしするから」

 

 私は笑顔で彼を招き入れた。

 最後まで犬は嫌がったけど、彼は 「失礼だろ」 なんて言って犬のリードを無理矢理引っ張った。

 多分犬の反応が正しいんだろうね。だってこれからおもてなしするんだもの。

 

 …… 彼らを、ではなくて。

 彼らでこの家を、だけど。

 

「その子も疲れたでしょ? 水は飲んだ? まだなら、用意するから別室に連れていくわ」

「ああ、いいの? えっと、一緒に行くことは?」

「大きな街から仕入れたケーキがあるのよ。お腹空いてるでしょう? 先にいかが?」

「…… うん、うん。ケーキはいいよね」

 

 ほらね、この森の近くに住んでる子は貧乏な子が多いんだ。

 大きな街に行ったことのある子なんてほとんどいない。もちろん、貧民街に住んでいた私も可愛らしくて甘くて美味しいケーキなんて食べたこともない。

 でも今は黒猫がいつの間にか用意してくれるし、ありふれたものになった。魔女になって少し得したことのひとつだ。

 

「肉料理と魚料理ならどっちが好き?」

「肉」

「男の子ね」

「そりゃあね」

 

 そう来ると思ってた。

 

「食堂はあっち。もうケーキは用意してあるから、先に食べててね」

 

 人の良い顔で扉を指差す。少年は隠しきれない喜びを表しながら足をバタつかせて部屋に向かった。

 私は置いていかれて不安そうな顔をしている犬のリードを持ってキッチンに連れて行き、透明な料理長に預ける。

 

「お客様は肉料理を所望してるわ。お願いね」

「……」

 

 部屋から出て、音を遮断する魔法を使う。

 私にはこの中の音が聞こえるけれど、他の人には決して聞こえない。そんな意地の悪い魔法だ。

 黒猫はよく好んで使う魔法だと言っていた。魂を食べるときは体を割るだけで済むのに、あの黒猫はそうしない。

 十分なBGMと遊びを堪能してから調味料をかけたそれを美味しくいただくんだ。

 この魔法はそのためのものだそうだ。

 使用者にだけ悲鳴が聞こえて、他の人間には何も聞こえない。

 隠蔽も容易な魔法。

 やっぱりあの黒猫の魔法は捻くれていて陰湿だ。

 

 だからこそ便利なんだけど。

 

「○○は?」

「疲れてたみたいね。別室で眠っているわ」

「そっか……」

 

 気にしないのかしら。この少年は案外薄情なのかもしれない。

 

「料理ができたみたい」

 

 どこからともなく、料理がやってくる。

 少年は少し怯えているみたいだけど、肉汁の滴るステーキを見て顔色を変えた。

 

「どうぞ、召し上がれ。後悔しないようにいっぱい食べてね」

 

 そう、後悔のないように。

 すぐにステーキをたいらげた少年は舌なめずりをしながら 「これレアすぎない? 僕はもう少しじっくり焼いたほうが好きだな」 などとのんきなことを言っている。

 もてなされているくせに文句をつけてくるなんて品がない。

 私にも品なんてものはないが、この少年よりはマシだ。

 

「さっきのはメインじゃないわ。これからメインが来るのよ」

「え、そうなの?」

 

 少年の顔色が変わる。

 嬉しそうだが、だんだん顔色が悪くなっていっているみたいだ。

 料理長さんはなにを調味料に入れたんだろう?

 私は銀のフォークとナイフでステーキを切ったけれど、どちらも霞んでしまったから食べなかった。

 まだ解毒の魔法は覚えていない。そもそも、あの黒猫は解毒の魔法なんて教えられないだろう。

 教えられるとするのなら、カラスの悪魔かな。あの悪魔が私の薬を売ってくれるのだ。

 

「ね、ねえ…… 水はある? ちょっと喉が渇いたよ」

「ええ、水ね」

 

 水を入れて渡す。

 彼は一気に飲み干してむせた。

 さらに顔色が悪くなった。

 

「さあ、メインディッシュよ」

 

 蓋のされた皿を彼の前に差し出す。

 

「メインディッシュ? ステーキじゃなくて?」

 

 彼は困惑していたけど、皿に手を伸ばした。

 蓋を開ける。

 すると、彼は勢いよく椅子を蹴って立ち上がった。そして、その料理から距離を取る。その表情は恐ろしいものを見たような、信じられないものを見てしまったようなものだった。

 皿の上には彼の犬の首を丸焼きにしたものが乗っている。これもちょっと趣味がよくないかもしれないわ。

彼は恐怖心でいっぱいになった顔で皿をひっくり返した。

首はボールのようにはいかずに、その場で嫌な音を立てながら潰れる。掃除も簡単とはいえ、マナーもへったくれもない態度に少しムッとした。

 

 彼には悲しさなんて一欠片も見当たらない。

 やっぱり薄情なのね。

 

「○○!?○○!?!?!?」

 

 キーキーとうるさく叫ぶから、体温が上がって血の巡りが良くなったらしい。

 彼はそのままカエルみたいにひっくり返った。

 毒がすっかり回ったみたいだった。

 

「いい絶望だね」

「ありがとう」

 

 黒猫が言った。

 

「でも不純物入りだ。今度から毒を使うのはやめたほうがいいかもしれないね」

「魂にも毒は回るの?」

「魂に回る毒もあるさ」

「なら、今回は外れね」

「まあ、でもいただくよ。体は要らないから、なにかに使えばいい」

 

 黒猫は胡散臭く笑うとその場から去っていく。

 家が喜んでいる。床に溢れた血が、体が、溶けて消えていくようになくなった。さらに、料理長はもっと張り切るようになったみたい。

 

 体は自由にって言われても、なくなっちゃったわ。

 まあいい。いや、よくない。さすがに暇になったからぬいぐるみのひとつでも作って遊びたい。

 そう思って家を操作する。

 家の一部になった彼らが私の前にテディベアになって現れる。

 

 ワタの代わりにワタが詰まったぬいぐるみ。

 正直趣味じゃないから、すぐに飽きてカゴに放り捨てた。

 

 だってこんな雑事、いつものことだもの。

 早く健康な体になりたい。

 

 愛されたい。

 こんな醜い体じゃ愛されない。

 だから、私は悪魔に魂を提供し続けている。

 

 ずっと、ずっと、ずっと。

 

 インテリな少年はある本を読んで死んだ。

 それからは図書室に居着いてしまってちょっと困っている。

 虫好きな少年は自分の飼っていた蜘蛛に食べられた。

 迷い込んできた親子をカエルに変化させてみた。

 少女とは同じ顔の描かれた壁の場所でかくれんぼをした。彼女は頭が弱かったから、正しい道を選べなくて針に串刺しになってしまった。

 私が魔女だと気づいて逃げ出した少年は、廊下で飛んできたナイフに貫かれて死んだ。

 もう一人の少年は避けられたけれど、私の魔法で飛ばして岩で押し潰した。

 

 いろいろしたら、どんどん家が広くなっていった。

 

 庭の薔薇が一輪、二輪と、増えていく。

 

 それからずっとずっと後。私が気まぐれで逃した子供が大人になって帰ってくるくらい、ずっと長い時間を過ごした。

 まだ家は食べ足りないみたいだけど、やっと黒猫が健康になる魔法を教えてくれた。

 彼の魔法はやっぱり捻くれていて、そう簡単にことは済みそうにない。

 だって、体ごと取り換えなくちゃいけないんだもの。お引越し先を探さなくちゃいけない。

 

「見つけた」

 

 森の上空から、女の子が見えた。

 金の髪を三つ編みにしたとてもとても可愛い子。

 

 あの子に決めた。

 

 

 

 





 IFと言いますか。
 なんとなく暗ーい話を書きたくなったので書籍を参考に罠の一部を使って殺された子を書いてみました。
 ちょっと短絡的だったかもしれませんが、魔女の家を書けて満足。

 原作の雰囲気…… 保ててますよ、ね?


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