Johnny Joestar's Phantom Blood (桟橋)
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少年期
1話


口調や文体がジョジョっぽく無かったり、こんなのはジョニィじゃない! と思うかも知れません。

また、ジョニィの本名はジョナサンなので最初はジョナサンと呼びますが、ジョジョという呼称が出てきてからはジョジョと呼び替えます。

その他にも、家柄や育ってきた環境は1部の殆どを踏襲したものになるので、7部ジョニィの性格そのままでないことをご了承ください。


 

 

 

 

 ジョースター家の一人息子、ジョナサンは天才騎手と持て囃され幼少の頃からその溢れる才能を発揮していた。

 天性のセンスと技術で様々な賞を勝ち取り、自室には輝かしい成績を表すトロフィーが並ぶ。

 周囲から向けられる称賛と羨望は彼の幼い自尊心を歪んだ形に肥大化させ、挫折を知らない彼は高慢で鼻持ちならない性格へと変わっていった。

 

 高いプライドから周囲を見下した態度で接する彼の周りからはいつしか人が離れていき、彼を敵視する者さえ現れ始めた。彼はますます強気に大胆になっていき、過剰なパフォーマンスを求めて危険な挑戦を繰り返すようになる。無謀なその行動を諌める者も居なくなり、実の親でさえも彼の蛮行を止めることが出来なかった。

 

 ある日、ギャラリーに煽られ暴れ馬に乗せられたジョナサンは、見事に馬を宥めすかし完璧に制御しきる。自分を害するつもりなら更に無理難題を吹っかけてみせろと、逆に挑発を仕返すジョナサンを、物陰から見つめる影が一つ。

 

 馬にまたがるジョナサンを狙い構えられたライフルは、狙撃主の呼吸と共に銃先が揺れていた。

 上下するタイミングを合わせ引き金を引く。火薬が爆発する大きな音がジョナサンを含む周辺の人々の鼓膜を揺らした。

 

 ――撃たれた撃たれた!

 

 騒然とする人だかり――その前でジョナサンを乗せる馬は暴れ出し、捕まりきれなくなったジョナサンは為す術無く落馬した。

 外したか……。痛みに暴れる馬にボロ雑巾のように踏みつけられるジョナサンを見届け、人影は路地裏へ姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 貧民街に住む少年、ディオ・ブランドーは父ダリオの遺言からジョースター家の事を知り、その財産に目をつけた。ジョースター家に息子が1人居る事を知った彼は、自身の計画の障害になるであろうその息子を始末することを決断する。

 強運とイカサマを駆使しスラム街のギャンブルで大金を稼いだ彼は、その若さから舐められながらも裏社会で少しづつ影響力を拡大し、自らの指示を聞く人員と人殺しの武器を手に入れた。

 

 ジョナサンの悪評を利用し彼を殺害する計画を立てたディオは、失敗した時に自らへ辿られぬよう手下を通して殺し屋に金を積み、ジョナサンの殺害を依頼した。

 

 

 

 

 

 

 依頼を請け負った殺し屋は受け取った前金で気性の荒く人気の無い馬を格安で買い叩き、残りの金でギャラリーを先導するサクラを雇いジョナサンを挑発させ目的の馬に乗せる事に成功する。

 予想に反してジョナサンが馬を見事に御して見せるも、冷静に念の為用意していたライフルを構え引き金を引いた。

 

 タイミングを外し放たれた銃弾は馬体へ吸い込まれる。銃声と突如体に走る痛みに驚いた馬はパニックに陥り、自らの上にまたがる騎手を振り落とそうと体を揺らした。

 堪らずジョナサンが落馬し、蹲るジョナサンを成人男性の数倍の体重を持つ馬の蹄が踏み抜く。骨が砕ける音が周囲のギャラリーまで聞こえた。

 

 ――死んだな。

 

 ピクリとも動かなくなったジョナサンを見届けた彼は、騒ぎが落ち着かないうちに任務の成功を依頼主に告げに、1人その場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

「依頼した者から任務の完了の報せがありました。これでジョースター家に入り込めば、家を丸々乗っ取り、ディオ様がジョースター家の遺産を継ぐことが出来るでしょう」

 

「フン……。貴様が依頼した殺し屋は誰だ」

 

「問題が御有りでしょうか」

 

「大有りだ。ジョナサンはつい先程目を覚ましたと言う」

 

「それは……申し訳有りません。ですが、任務に失敗したと評判が流れれば、彼は今後仕事を行うことが困難になるでしょう。命令をいただければ、すぐにでも噂を流してまいりますが」

 

「気に入らんな。すぐにでも殺してやりたいが……。まぁ、聞くところによるとジョナサンは下半身の自由を失ったようだ。命だけは許してやろう。成功報酬の半額を渡したら、噂を流してこの街に居られなくしてしまえ」

 

「はっ、すぐにでも」

 

 小屋から出ていく手下を見届けたディオは、ジョージ・ジョースターへ手紙を認める。

 母親が死に、父のダリオが亡くなった今貧民街に身寄りもなく貧しい暮らしをしている事と、父が死に際に言い遺したジョースター家を頼れという言葉を頼りになけなしの稼ぎで手紙を出す事を書いた。

 薄汚い盗人である父を信じた甘ちゃんならば、この手紙の存在を無視出来ないだろう。

 

 ディオはいつ迎えの使いが来ても良いように手下へ稼いだお金の大半を渡し、残ったお金で身の回りの荷物を用意し父の遺した小さな家に住む貧しい少年に擬態した。

 

 

 

 

 

 

 ジョースター家の屋敷の前に一台の馬車が止まる。不審に思ったジョナサンが車椅子を漕ぎ屋敷の門から出ると、キャビンから荷物が乱暴に投げ出され1人の少年が飛び降りた。

 

「君がジョナサン・ジョースターだね」

 

 ジョナサンに話しかける少年――ディオ・ブランドーは車椅子に乗るジョナサンは歩み寄る。

 こんないけ好かない顔の男は知らない、ジョナサンはそう思った。

 ディオはジョナサンの前に立ち、自身の胸ほどの位置にあるジョナサンの顔を見下ろし手を差し出した。

 

 ジョナサンは自らの眼前に出された、薄汚れた手を見て少年の正体を思い出す。

 父が言っていた、かつての恩人の息子とはコイツのことか……! 湧き上がる感情のままに出された手を払いのけた。

 

「ディオ・ブランドー……! 悪いが、君と仲良くする気はない」

 

 そう言い放ちその場で回転して屋敷に戻ろうとするジョナサンを、プライドを酷く傷つけられたディオは逆上して車椅子ごと蹴り飛ばす。放たれた回し蹴りは車椅子の側面を捉え、ジョナサンごと地面になぎ倒した。

 倒れ伏したジョナサンを見下ろしたディオは、車椅子を起こそうと芋虫のように地面を這いつくばるジョナサンを踏みつけその場から動けないようにする。

 

「ジョナサン! お前のそのムカつく態度を、このぼくが矯正してやるッ!」

 

 ジョナサンに向けて放たれ続けるディオの平手に、ジョナサンは身を捩る事しか出来ず高価な服は地面に擦れボロボロに破け薄汚れてしまった。

 ジョジョを嬲り満足したディオは、蹴り飛ばされて横転した車椅子を起こし、地面に横たわるジョナサンを持ち上げ車椅子に座らせる。

 

「いいか? 君はぼくとの出会い頭に、馴れない車椅子の操作を誤り転倒した。そして、それをぼくが助けた」

 

「ジョースター卿はぼくに感謝し、そして詫びるだろう。不出来な息子が済まないと」

 

「もし君が真実を父親に告げれば、君の父親は君を非難するだろう。なぜ嘘を付くんだ。ディオ君がそんな事をするはずがないだろうと」

 

「君は自らの親からも見放され孤立する。この家に居られなくしてやろう」

 

 痛みに朦朧とする意識の中でジョナサンは思った。

 ――コイツ、ぼくと家の事を知っている……! このままでは、ジョースター家はディオの思うままになってしまう……!

 ディオの狙いに気づき危機感を覚えるも、ジョナサンの車椅子を押し屋敷の扉へ向かうディオを止める術を、ジョナサンは持ち合わせていなかった。

 

 

 

 

 

 

「ジョースター卿、父を亡くし路頭に迷っていたぼくを助けていただき、大変感謝いたします」

 

「いや、当然のことをしたまでだ。君のお父さんが居なければ、私は既に谷底で野垂れ死んでいたのだから。それに、ジョジョのことを助けてくれてありがとう。」

 

 父とにこやかに会話をするディオを、ジョジョは黙って見つめることしか出来なかった。

 

「それよりも、少し汚れている。遠いところから来て疲れただろう。体を流して少し眠ると良い。食事はその後に出そう」

 

「ありがとうございます」

 

「良いんだ。自分の家だと思ってくつろいでくれ」

 

 自らが蚊帳の外にされている事実にジョジョは傷ついた。そして、まんまとディオが父親に取り入っていることを許せなかった。しかしディオが自分にしたことを告げ口することは出来ない。

 汚れた体を洗うため使用人に連れられながら、ジョジョは自らの無力さを嘆いた。

 

 

 

 

 

 

 

「ディオ君、もうこの街には馴れたかい?」

 

「はい、ジョースター卿。新入りのぼくにも優しくしてもらっていて、友だちもできました」

 

「そうか、それなら良いんだ。これから長く暮らすことになるのだから、いずれは故郷のように思うようになるだろう」

 

 ジョジョと父、そしてディオの3人で取る夕食では基本的にジョジョが自分から話すことは無い。

 父はいつからかジョジョとの距離を測りかねていて、気を遣ってはいるようだがここしばらくは親子らしい会話も無かった。

 ディオに関しては、ジョジョに話しかける事はもちろん自分から話を切り出すこともほとんど無く、ジョースター卿から質問が有ってから初めて返答を話すようにしている。

 父がそのディオの態度を好ましく思っているだろうこと、ディオの思い通りになっているだろうことにジョジョは歯噛みして悔しがった。

 

 自らはディオの正体を知っていること、それを吹聴して回っても誰も自分の言うことは信じないだろうこと。そのどちらもが分かっているだけに、ジョジョはせめてこれ以上自分の立場が悪くなることがないように努めていた。

 

 

 

 

 

 

「引退したお前を高い金を払って引き取ったのは、まだぼくが競馬の世界を諦めきれて居ないからかも知れないな……」

 

 数々のコンテストを共に戦った愛馬、スロー・ダンサーを撫でながらジョジョは語りかける。

 歳をとり引退したスロー・ダンサーの代わりの馬を探していた矢先に銃撃事件が有り、半身不随になったジョジョは自身に残った多額の賞金の一部でスロー・ダンサーを買い取った。

 自身の高慢さで身の回りの人が離れていき、馬に乗る事が出来なくなって賞金や名声目当ての人が離れていった。いつしか味方が居なくなったジョジョは、利害関係無しに自らに接してくれる馬に縋るしかなくなっていたのかも知れない。

 

「足が動かなくなってから何もかも思い通りにいかない。この屋敷を移動することさえ1人では出来ないんだ」

 

 嘆くジョジョの顔には表情がない。冷たい無表情だが、目の奥には確かに強い意志があった。

 スロー・ダンサーは首を下ろし自身の顔をジョジョに近づけ頬ずりをする。ジョジョは顔をほころばせ年相応の笑顔を見せた。

 

「くすぐったいな。フフ、やめろって」

 

 そんな1人と1匹を、木陰から見つける影が1つ。落ちている木の枝を踏んで折る音をジョジョは聞き逃さなかった。

 

「そこにいるのは誰だッ!」

 

 ジョジョが音のした方向へ振り返る。木陰から覗いていたのは、自分と同じくらいの年齢の女の子だった。

 

「ご、ごめんなさい。邪魔をするつもりは無かったの。ただこんな外れに馬と居るのが不思議だっただけで」

 

 女の子は怯えた様子でジョジョを見ていた。その表情を見てジョジョは警戒を緩め、敵意むき出しの顔から元の無表情に戻った。

 

「すまない、怖がらせるつもりはなかったんだ。えっと、ぼくはジョナサン。君はなんて言うんだ?」

 

 敵意の消えたジョジョの落ち着いた様子に安心した女の子は、ジョジョとスロー・ダンサーの元へ近づいていった。

 

「私はエリナ。ここで何をしていたの?」

 

 ジョジョは自身に偏見なく近づく人の存在に馴れておらず無愛想に答えるが、エリナはそんなジョジョを好ましく思ったのかめげずにジョジョへ何度も話しかける。気づけばジョジョも、そんなエリナの様子に絆され会話を続けていた。

 

 

 

 

 

 




書き溜めは少年期編の終わり(全3話)まであるので毎日投稿します。


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2話

6行空きで場面切り替えしてますが、もし分かりづらければ横線を入れるようなスタイルに変えます。



 

 

 

 

 

「じゃあ、ジョニィは家に居場所がなくて、ここまで来て馬のお世話をしていたの?」

 

「ああ。ぼくは失敗をしたんだ。自分から関わろうとするやつもいなくなった」

 

「へんなの。ジョニィは寂しいと思わないの?」

 

「寂しい……そう思ったことはないな。考えていることは、ぼくを銃で撃とうとした奴に復讐をすることだけ」

 

「それって、すごく寂しいわ。それにつまらないじゃない!」

 

 腰ほどの高さの倒木に腰掛け、ジョジョの話しを聞いていたエリナは何かを思いついたのか、ジョジョの後ろに回り車椅子を押して駆け出す。スロー・ダンサーも連れ、驚くジョジョを尻目にエリナは野原をジョジョと一緒に駆け回った。

 

 しばらくして、疲れ切ったエリナはジョジョを椅子から下ろし、自分もその隣に座り込んだ。

 

「どう? こうやって何も考えずに遊ぶのもすっごく楽しいでしょ?」

 

 ジョジョは認めたくは無いが、かつて初めて馬に跨がり野を駆けた時の事を思い出し、楽しんでいた自分の気持を自覚し無言で頷いた。

 嬉しそうに走り回るスロー・ダンサーを見ながら2人はお互いの事を話し合った。

 

「それじゃあ、ジョニィは足を治す方法を探してるんだ」

 

「幸い、家には本が沢山あるし。ディオはいつも忙しそうに友だちと遊びにいくけど、ぼくには時間も有り余っているからひたすら読み漁ってるんだ」

 

「へぇ、治るかもしれないの?」

 

「それは……まだ分からないけど、家には基本的な医学だけでなく東洋の物もあれば、古代の人体について研究された本もある。全部を読むには時間がかかるだろうけど、いつかはきっと治してみせるさ」

 

「そうね、明るく考えるべきだわ! それに家にこもってるだけじゃ考え事も捗らないでしょ? また一緒に遊びましょう!」

 

 エリナの眩しい笑顔を見て、ジョジョの胸に久しく無かった温かい気持ちが生まれる。もう人と関わるつもりのなかった自分が、大きく変わった気がした。

 

 ジョジョはエリナとまた会う約束をして別れた。ジョジョと忌憚なく接するエリナの存在は、ジョジョの暗く沈んだ心を明るく楽しいものに変えた!

 普段と変わらない帰り道さえなんだか新鮮に思え、ゆっくり横を歩くスロー・ダンサーを置いていくスピードで車椅子を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 足が動かないジョジョは一日の大半を家の中で過ごす。幸い、彼の退屈を癒やしてくれる本は数え切れないほどに有った。元々頭も悪くなく、また貪欲な知識欲も持つジョジョは少しずつ医療書を理解し始め、人間の身体への知識を深めていく。自らを治す手立てを探す内にジョジョはジャンルを問わず本を読み漁り、自身の糧になるように吸収していった。

 

 直情的で短絡的な行動の多かったジョジョは、いつしか思慮深く紳士然とした振る舞いを身につけるようになった。父の指導する教育にも素直に従い、テーブルマナーもジョースター卿は気づいていないようだが以前より洗練された動きになっている。ディオは危機感を抱いた。

 確実にジョジョは父親から疎まれている、それは依然として変わりない事実だ。親として愛情はあるようだがジョジョが命を失いかける事故に至るまで、その行動を止められなかった事が負い目になっているのだろう。

 いずれはこのままジョジョの居場所を無くし、このジョースター家から追放してやろうと考えていた。

 

 だが、最近のジョジョはどうだ。初めて屋敷の前で出会った時とは異なる、強い意志を持った目をしている。

 自分が街へ出ている間に、家に引きこもってしている読書でなにか自身のケガを治す手立てを見つけたのだろうか。

 

 ――いや、それはありえない。ディオは自分の考えを即座に否定する。

 圧倒的な蔵書数を誇るこの屋敷の書庫ならば、確かにジョジョを治す方法は見つかるかも知れないが、以前自分が目を通した限りでは理解することの難しい高等な学問書が多く有ったはずだった。

 自分が読むことの出来ないほど高度な医学書ならば、ジョジョには手が出せるはずもないだろう。そう、ディオは思った。

 ジョースター家の書庫には医学書の他に、貴族の礼儀作法を記した本とジョースター卿の趣味の古代の伝承を纏めた本が多くある。ジョジョの仕草振る舞いが変わった理由は説明できるが、彼の死んでいた目が活力を取り戻した理由は説明不能であった。

 

 そこでディオの頭に1つの心当たりが浮かぶ。

 そう言えばジョジョは、週に一度ほどの頻度で馬を連れて屋敷から外出をしていた。

 競走馬を引き取ったのだから、閉じ込めておくだけではなく運動させることは当たり前で、ディオは特に注意を払っていなかった。

 自身のケガを治すという最大の目的を、おそらく果たす目処すら立っていないはずのジョジョが、何に拠ってその振る舞いを変えるほどの活力を得たのか。

 街で交友関係を広げる予定から、ジョジョを尾行してその原因を解き明かす事に今週の目的を変更した。

 

 

 

 

 

 

 ジョジョはエリナとの待ち合わせの場所へ、逸る気持ちを抑えながらスロー・ダンサーを連れ向かった。

 エリナがジョジョの事をどう思っているのか、気になって仕方ないその疑問がジョジョの背筋を正す。かつては自身に言い寄る人が数え切れないほど居たが、その誰にも好かれたいと思って接したことはなかった。

 ただエリナからは幻滅されたくない。初めて抱くその気持は、ジョジョの礼儀作法を学ぶ気持ちを強め、横暴な振る舞いを正させた。

 初めて会った時から少しづつ変わっていくジョジョの様子を、エリナは好ましいと思っているのか反応は悪くない。幼い恋心が、ジョジョの心で小さく燃えていた。

 

「おーい、ジョニィー! こっちよー!」

 

 木陰に座りジョジョを待っていたエリナが、スロー・ダンサーを連れてこちらに向かうジョジョを見つけ、立ち上がって手を振る。

 ジョジョも手を伸ばし、エリナにはっきりと見えるよう大きく手を振りながら返事をした。

 

「ふぅ……どう? 気持ちいいでしょう?」

 

 陽の当たる原っぱで、仰向けに2人は寝転んでいた。隣で顔をジョジョの方に向け、エリナがそう問いかける。

 ――悪くないな。そうジョジョは思った。

 頬をくすぐる草の柔らかさと、全身に浴びている日差しの暖かさが心地よくジョジョの体を包み込み、隣を向けば笑顔のエリナと目が合い、心の中に温かく優しい気持ちが広がった。

 

 黙って自分を見つめるジョジョに、エリナは照れくさそうに笑い体を起こす。腕をジョジョの背中に回し体を起こしてくれるエリナを見ながら、やはり足を治す手立てを早く見つけなければとジョジョは強く思った。

 

「他の、お気に入りの場所を教えてあげる! ジョニィもきっと気にいるわよ!」

 

 ジョジョを車椅子に乗せたエリナは、後ろから車椅子を押し、スロー・ダンサーを連れながら自分のお気に入りの場所をジョジョに紹介して回る。代わりにジョジョは、自分がもっと小さな頃に馬で駆けた思い出の道をエリナに教えた。

 

 夕方になり、日が落ちる前に帰るため待ち合わせの場所に戻る2人と1匹。何となくジョジョは、エリナがどうして自分のことをジョジョではなくジョニィと呼ぶのか聞いた。

 

「どうして? みんながジョジョと呼んでいるからって必ずそう呼ぶ必要はないわ。私は、ジョニィの事をジョニィと呼びたいからそう呼ぶの」

 

 ジョジョは自分とエリナとの関係が、なんだか他の人との関係より特別なものの様に感じ、そしてエリナの揺るがない自分を持つ姿に強く憧れを抱いた。

 

 もうじき日が暮れるので早く帰らなければ、そう言って別れを告げるエリナを引き止め、来週もこの時間に来れば会えるかどうかジョジョが聞くと、エリナは待っていると微笑んでから急いで帰ってしまった。

 

 満たされた気持ちでスロー・ダンサーを連れ帰りを急ぐジョジョ。

 

 2人の別れ際のやり取りを、少し離れた場所でディオは見ていた。

 

 

 

 

 

 

 ジョジョが少女と楽しそうに話す姿を見て、ディオは確信する。

 ここ最近のジョジョの変化の訳は、あの女にあると。屋敷では一度も見る事のなかった、ジョジョの自然な笑顔がエリナに向けられている様子を見て、最近の活力にあふれるジョジョの原動力はエリナであると悟った。

 

 エリナという女はジョジョに希望を与える。それはディオにとって自身の計画の邪魔をするという事と同義であった。

 ――奴をジョジョからなんとしてでも遠ざけてやろう。ディオは具体的な計画を、2人を見つめながら練っていた。

 

 ジョジョはエリナに夢中で、エリナはそんなジョジョの事を憎からず思っている。ならばその2人の関係を利用するべきだろう。ディオはそう考えた。

 

 エリナがジョジョから距離を起き、ジョジョがエリナを避けざるを得なくなる方法。

 ディオは自身の脳内で様々な手段を講じ、それによる2人の反応を想像する。さらなる手がかりを求めて、ディオはジョジョと別れた後のエリナを、ひっそりと尾行した。

 

 少しして、帰り道の途中でエリナが立ち止まる。慌ててディオも足を止めた。

 

「はぁ……ジョニィってすっごく面白い人ね。何か影はあるけど、ボクシングなんて野蛮なスポーツに夢中になっている他の男の子とは違って、すごく落ち着いて居てカッコイイし」

 

「本当は週に一度だけではなくもっと会いたいと思っているけれど、ジョニィが本を読む邪魔をする訳にはいかないわよね……」

 

 独り言か……ディオは自身の尾行がバレたわけではないことにホッと胸をなでおろした。

 そして思う。エリナもジョジョに好意を抱いている訳だ、これは使える。

 エリナをジョジョから引き離す策を思いついたディオは、実行に移す準備をするため一先ず家に帰ることにした。

 

 

 

 

 

 

「す、スゴイ! 挑戦者、ディオ・ブランドー! チャンピオンを全く寄せ付けずKOだ!」

 

 ボクシングに飛び入り参加したディオは、足元に倒れ伏した元チャンピオンを見下す。

 スラム仕込みの素早く鋭いスウェーとステップに翻弄された相手は、拳に力を込め巨体を活かした豪腕を振るおうとしたのだが、予備動作である体のひねりと拳の引きを見逃さなかったディオによるカウンターで、顎を撃ち抜かれ地面に沈んだ。

 

 本人は意識があるものの、足に力が入らず起き上がることが出来ない。レフェリーが10カウントを終えると、ディオはリングを出て観衆に声を掛けた。

 

「今のは新しいボクシングの技術を使っただけだ! 興味があるやつには教えてやろう!」

 

 新チャンピオンの誕生に沸いていた観客は、そのディオの言葉に次々と集まる。その様子を見ながらディオは目的通りの展開に1人ほくそ笑んだ。

 

「あぁ、落ち着いてくれ! きちんと全員に教えよう! ただ、彼には教えないでくれよ。教えたやつは信頼できないやつとして扱うからな」

 

 未だに地面に伏せたまま起き上がることの出来ない、元チャンピオンを指さしてディオが言う。そして素直に頷いたものにスウェーやダッキング、ウィービングなど、攻撃を躱す為の技術を教えていく。

 たったの一試合で人気ものになったディオの圧倒的な実力とカリスマに、強く影響された信奉者は自らディオの言葉を喜んで聞くようになる。

 

 都合のいい手下を手に入れ、いよいよ作戦通りだとディオは笑みを深めた。

 

 

 

 

 

 

「へへへ、お嬢ちゃん。ちょっとこっち来てくれよ」

 

「な、なに!?」

 

「おっと、悪いが動かないで貰おうか」

 

 道を歩いていたエリナの前に3人組の男が立ち塞がり、その内2人に逃げられないように両腕を掴まれる。突然の事態に困惑するエリナを尻目に、残った1人の男がエリナへと近づいてきた。

 

「悪いな。アンタに恨みはねぇが、ディオに言われてるからよ」

 

 そのまま男はエリナの頭を掴み強引に口を奪う。必死で顔を背けようとするエリナを掴んだまま離さず、永遠とも思えるような長い時間はエリナが抵抗する力を失うまで続いた。

 

「へっ、どうやらジョジョの野郎と仲良くしているみたいだがどうだ? キスは済ませたのか? まだだろう。お前の初めての相手はこの俺さ」

 

 男は、力なくその場にへたり込んだエリナを見下ろしそう吐き捨てた。エリナはその言葉を聞き、さめざめと涙を流している。せめてもの抵抗にその場にあった水たまりで口を濯いでいた。

 

「こ、コイツっ……! 俺の口がその泥水よりも汚いと言いたいのかァ!?」

 

 激昂した男の手がエリナの頬を叩く。乾いた張り手の音があたりに響いた。

 それでも泥水を口元に運ぶのを止めないエリナに、男は我慢ならず振り切った手を今度は逆向きに払う。手の裏側、ゴツゴツした骨がエリナの顔を吹き飛ばした。

 

「ま、マズイって。流石によォー!」「お、俺は知らねーぞっ! ディオに命令された事をやっただけだ!」

 

 無抵抗の少女に暴力を振るい続ける男の姿に、怖気づいたのか先程までエリナの脇を抑えていた2人の男がその場から走って逃げ去る。エリナに手を出した男も、自分が1人になってその激情は鳴りを潜めたのか、冷静さを取り戻し捨て台詞を吐いてその場を去った。

 

 1人その場に残されたエリナは、口に残った消えない感触に、ジョジョのことを思い涙を流した。

 

 

 

 

 

 




ズキュウウゥンは名場面の1つですが、バレたらマズイことをディオがするだろうかと考えたので間接的に手を出す形にしました。
ただ、子分がディオの事を話してしまっているので無駄ですが。


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3話

 

 

 

 

 

 

「え、エリナ? 居ないのか? おかしいな、約束の日を間違えただろうか……」

 

 待ち合わせ場所の目印である1本の木、その下に在るはずの人影がないことを不思議に思ったジョジョは、スロー・ダンサーを連れてとにかく木のもとへと向かった。

 もしかしたら、エリナが自分をからかっているだけで近づけば物陰から出てきてくれるんじゃないか。そんなジョジョの淡い期待は裏切られる。

 

「へへっ、本当に来たな」

 

 陰で待っていたのは、エリナではなくディオの子分の1人であった。

 彼の下卑た笑みで何となく事情を察したジョジョは、ここにいるはずのエリナをどうしたのかと、男に詰め寄る。

 

「お前の大好きなエリナはここには来ねぇよ! ディオに言われて俺がアイツのファーストキスを奪ったのさ!」

 

 ――ディオ、ディオ! やられたッ! ジョジョは頭に血が上り、正常な判断力を失いかけた。しかし、わずかに残った冷静な部分でこれがディオの策略ではないかと疑い、その疑念が辛うじてジョジョの怒りを留めていた。

 

「何だと……! 本当に、本当に言っているんだな……? オマエは、それを」

 

「嘘なんかじゃねェー! ディオには止められたが、俺は――ジョジョ! テメェのその顔が見たくてここまで全てを伝えに来たんだよォ!」

 

 その時、ジョジョは思い出す。彼はかつて自分の傲慢さによって被害を被った人の1人だ。

 ジョジョに対する復讐、そしてディオの命令。それが彼なりの理由、心情を理解しようと思えば想像には難くなかった。

 

「――だが、許さないッ! スロー・ダンサー! やれッ!」

 

 理解できる事と赦す事、それはジョジョにとって決して同一ではなかった。スロー・ダンサーの横っ腹を手で叩き、目の前の男を指差す。興奮したスロー・ダンサーは指示された男に向かって走り出した。

 

「な、何っ! グアアッ……!! あ、危ないッ」

 

 スロー・ダンサーの突進を腕で防ごうとして吹き飛ばされた男は、地面に倒れたままうめき声を出す。寝転がる自分を踏み抜こうと前足を上げる動きを見て、とっさに男は転がった。

 男を殺しかねないその動きを、ジョジョは止めようとはしなかった。

 

「やめて! ジョジョ!」

 

「――エリナ!?」

 

 突然聞こえたエリナの声に、冷静さを取り戻したジョジョは慌ててスロー・ダンサーの手綱を引き、男に襲いかかろうとするのを止めた。

 間一髪の所で助かった男は、痛めた腕をかばいながら起き上がり逃げ帰ってしまった。

 

「どうして……どうして止めるんだ!」

 

「あのままでは、ジョニィは人殺しになってしまうわ」

 

「あんなクズを生かしておく必要はない!」

 

「ジョニィが捕まる必要もないわ!」

 

 声を荒げるジョジョに対し、気丈に振る舞うもエリナの目には涙が浮かんでいた。それに気づいたジョジョは何も言うことが出来なくなってしまう。

 

「ごめんなさい……もう行くわ」

 

「ま、待ってくれエリナ!」

 

 その場を去るため走り出したエリナは、ジョジョの声に反応し振り返って寂しそうな表情を見せたが、それによって足を止めたジョジョとは対照的にエリナはそれ以降振り返ることはなかった。

 

「……ぼくが浅はかだった……彼による干渉はエリナにまで及んでいたんだ……許せない……絶対に許せないッ!」

 

 思わず振るった拳が横に立つ木に当たり出血していたが、ジョジョは痛みを感じなかった。

 ――せめて、せめてこの拳がディオに届きさえすれば……ッ!

 車椅子に座っているジョジョを見下ろす、ディオの爬虫類のように鋭い目を持った顔。なんとかしてムカつくその顔を殴り飛ばしてやりたい、そう考えたジョジョはあることに気づく。

 

 ディオはボクシングでチャンピオンになったと言っていなかったか? ジョジョはディオに下されたであろう元チャンピオンを知っていた。彼は天才ジョッキーと持て囃されていた自分に屈することなく、自ら以外の誰にも従おうとはしなかった。

 ディオの支配を受けていない可能性が高い。そう考えたジョジョは、ディオに報復する一手になりうると思い彼を利用する事を考えついた。

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、ディオの下へ逃げ帰った手下の男は、ジョジョに腕を折られた事をディオに報告していた。

 男がエリナに対して自分のしたことをジョジョに告げると、ジョジョがキレて馬をけしかけたという所まで聞いたディオは、ジョジョの評価を脳内で一段階上げた。

 ――車椅子に座って何も出来ないと思っていたが、どうやらキレると手がつけられない様だ。

 

「ただ、アイツ、ディオの名前を出したら悔しそうに下向いてたぜ」

 

「このバカがッ!」

 

 ディオが突然男の腕を取りへし折った。吊るしていた右腕に続いて左腕まで捻り極められた男は、状況を理解できず困惑し左腕に走る激痛に苦悶の声を上げる。

 

「名前を出すことでぼくがどういう立場になるのか分からないのか……? このマヌケがぁ!」

 

 男を蹴り倒したディオは、蔑むような目で見下ろした。

 

「この事を他のやつにも話したら、腕だけでは済まさない。分かったな?」

 

 言葉も出ず頷く男を見届け満足したディオは、他の手下に男を病院まで運ばせた。

 

 

 

 

 

 

「なんだよジョジョじゃねーか! まだくたばってなかったのかぁ?」

 

「君と話すために来たわけじゃない」

 

「ケッ! まだお高く留まってやがるのか」

 

 ボクシングの仮設リングが作られた広場で、ジョジョはディオに下された元チャンピオンを探していた。彼がディオに従うとは思えず、そしてディオが彼を仲間に引き入れるとは思えない。必ずどこかに1人でいるはずだ。そう考えたジョジョは、車椅子を漕いで街中を周ったが見つけられなかったためこの広場に来ていた。

 

 果たして彼は居た。リングで今尚行われている試合には目もくれず、外れた場所で1人トレーニングをしている。ジョジョは急いで向かい、声を掛けた。

 

「ディオに負けたときのことを教えてくれ!」

 

 腕立てをしていた彼の動きが止まり、ジョジョを睨みつけた。

 

「それをお前が知ってどうする」

 

「ぼくにはアイツを負かす秘策がある……!」

 

 ジョジョのそれはハッタリだった。ディオにどうやって負けたか知らない以上、それを克服する秘策なんてものはありえない。ただ、ジョジョには知識がある。人体については人より多少知っている自身があった。

 

「顎を撃ち抜かれたっきり、足に力が入らなくなった。それだけだ」

 

 そう言い切った彼は、ジョジョを無視してトレーニングを続ける。ジョジョは彼の言葉を繰り返し考え、彼の体に何が起こったのか推察した。

 

「もし、ぼくがその対処法を君に伝えたら、ぼくの指示に従って彼と試合をしてくれないか!」

 

 ジョジョの発言に癇に障る事があったのか、彼は突然腕立てを止め起き上がると、車椅子に座ったジョジョの胸ぐらをつかみ持ち上げた。

 

「この、俺に! お前の指示に従えと言うのか!」

 

「……た、頼むッ……」

 

 首を絞め上げられたジョジョは、何とかわずかに声を発する。首を絞める手を緩めようとジョジョが上げた両手の手のひらは、車椅子を漕ぎ続け街中を探し回ったため皮が裂け豆ができ、血で赤く染まっていた。

 

「頼むんだ……君が、この話を受けてくれるまで……ぼくは帰れない……絶対に……」

 

 絞り出すようなかすれた声と、真剣な眼差しが彼に向けられる。

 彼はジョジョから手を離し、車椅子に放り投げた。

 

「話せ……! どうして俺の足が止まったのか、そしてヤツに勝つ秘策を……!」

 

 

 

 

 

 

「待ってたぜーディオーッ!」「もう一度ぶっ飛ばしてやれー!」

 

 ディオは以前下した元チャンピオンからの挑戦を受け、リングに立っていた。周囲のギャラリーはほとんどディオを応援し、賭けのオッズを見ても明らかにディオが人気である。

 

 ディオにとって気になる事と言えば、相手のセコンドに何故かジョジョの姿があることだった。

 おそらく手下がジョジョに漏らした、エリナに関しての件でジョジョは相手に味方しているのだろう。ディオはそう楽観的に受け止めた。

 ジョジョは直接自分へ仕返しが出来ないから、相手に入れ込んでいるだけだ。その解釈はディオの慢心を誘った。

 

「何度挑もうが同じことよッ!」

 

 その言葉を受けた彼は黙したまま何も語らず、レフェリーに促されるままファイティングポーズをとった。

 ディオもその様子を面白くなさそうに見ながら、両腕を上げ同様にファイティングポーズをとる。

 

「いっけーディオー!」

 

 ゴングが鳴り、グローブ越しに相手を見やるディオ。瞬間、相手の姿が視界から消えた。

 ――何ィ!?

 次の瞬間、ディオの腹部に衝撃が走る。頭をかがめて低い姿勢で突進してきた相手は、ディオにしがみついていた。

 

「くッ……この、離れろッ!」

 

 自身の腰にしがみついた相手の背中に対して、パンチを繰り出すもレフェリーに止められてしまい、反則は行えず手が出せないディオ。

 対して、組み付いた相手は少しづつディオを押し込みコーナーを背負わせると、組んだ腕を離し的を絞らせないように頭を振りながら、ディオのボディにひたすら連打を叩き込んでいく。

 

 逃げ場を失い、迎撃しようにも的が絞れないディオは、ひたすら無防備な腹部にフックが刺さりついに膝が折れる。

 ガードが下がり顔面が無防備になったディオに、下から突き上げるようなストレートが突き刺さった。

 

「ああああッ、ディオが! 倒れた!?」

 

 顔面に一発をもらい吹き飛ばされコーナーに背中から叩きつけられたディオは、糸が切れた操り人形のように力なく崩れ落ちた。

 

「テンッ! ナインッ! エイトッ!……セブンッ!」

 

 レフェリーのやけに間延びした10カウントが響く。ボディに集中して攻撃をくらい、体重の乗ったリバーブローを何度も当てられたディオは呼吸が止まり、体を動かそうにも脳からの司令が彼の足を動かすことはなかった。

 

 倒れたまま痙攣するチャンピオンと、それを見下ろす挑戦者。奇しくも、前回の戦いと全く同じ構図になっていた。

 

「スリーッ……トゥー……ワン……」

 

 ついにテンカウントを終えたレフェリーが手を振りゴングが鳴らされる。ディオが立つことはなかった。

 呼吸の仕方を忘れたかのように荒い息で、うずくまったまま肩を揺らすディオにジョジョが近づく。

 リングの端で倒れたままのディオを、ジョジョが見下ろし言った。

 

「彼の戦法はぼくが考えた。君は彼に勝てない」

 

「それと、エリナのことについては君の子分の1人から既に聞き出している。もしこれ以上君がぼくやエリナについて手を出すようなら、君をしかるべき場所に突き出して逮捕してもらおう……」

 

 自らを見つめる冷徹な瞳に、初めてッ! ディオはジョジョに恐怖したッ!

 

 

 

 

 

 

「え、エリナ……! 今日も来ていないのか? クソっ、一体どうして……」

 

 力を示し、人心を掌握していたディオ。ジョジョは常に自分の行動にディオの影を感じていた。

 そのディオを打ち負かしたジョジョは、もうディオに邪魔されることはないという事をエリナに伝えるため、いつも2人が集まっていた木の下へ毎日通っていた。

 

 しかし、その場所をエリナが二度と訪れることはなかった……。

 一日、一日とエリナの姿を見ることがないまま時はたち、季節は巡り彼は成長し馬はさらに年老いた。

 心の拠り所を失ったジョジョは、必要最低限以外の人との関わりを捨て、より学問に熱中していく。

 

 

 

 

 

 

 ――そして、7年の歳月が経過する。

 ジョジョは1人、書庫に籠もり続けどの様に成長していくのだろう。

 屋敷に飾られた石仮面は、2人を見つめ静かに時を待つ。

 

 

 

 

 

 




少年期編はこれで終了です青年期(石仮面)編はまた書き溜めて投稿します。


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青年期
1話


原作沿いで話を進めますが、もちろん独自展開も多々含んでおります。
書き溜めは出来ていませんが、プロットはあるので週に1,2話ずつ投稿できたらなと思います。


 ディオがジョースター家の養子になってから七年が経過した。

 

 ジョジョとディオとの水面下での争いはボクシングでの一件以降すっかり鳴りを潜め、2人は一見すれば互いに友情を育んでいるかのように見えた。

 

 七年の歳月は人を変えるには十分すぎるほどの長い期間で、ディオはジョースター卿を父として呼ぶようになり、より一層ジョースター家に馴染んでいった。

 

 

 

 

 

 

 ディオは狡猾であった。

 親や大人の前では常に紳士であるよう心がけ、行動をする。ジョースター卿はもちろん、街に住んでいる大人まで余すこと無く彼をジョースター家に相応しい紳士と認めるようになった。

 

 しかし、それを見てよく思わないのは思春期の少年だ。自分たちを押さえつける大人に反発をせず、あまつさえ信頼すら抱かれている。彼らはそれを、自分たちに対する裏切り行為であるかのように嫌った。

 

 距離を置かれ、自分から離れていっても、ディオは慌てることはなかった。それは、全てが彼の思い通りになっていたからだ。

 ディオには彼らの気持ちが手に取るようにわかる。彼らが抱く周囲への反骨心は、ディオにとって最上の材料だ。手始めに、彼は自作の爆弾を見せ、その作り方を彼らに教えてやることを宣言した。

 

 少年たちにとって、火は麻薬だ。彼らはたちまち夢中になってディオのもとへ通う。日頃から危険だと言われ、所持をしている所を見つかれば取り上げられる。そんなものを、あのディオが教える。

 

 良い子ちゃんなディオが、悪いことをした。彼らと同じ様に。その気持ちが少年たちの心を捉えて離さなかった。

 強い結束を持った仲間としてディオを受け入れた彼らは、ディオのその人間性に強い影響を受けることになる。

 

 恵まれた体格のスポーツマン、かつ紳士然とした態度。表向きは健全に、その裏では強いカリスマで人を縛り付け、思うままに人を操る悪であった。

 

 ジョジョには友だちができない。そう裏で仕向けていたのはディオであり、彼は常にジョジョを気遣っているかのように周囲に見せた。親友に対して献身的に接している。

 

 この七年間、常に擬態を解かなかった。

 

 

 

 

 

 

 ジョジョの周りに人は集まらない。

 それはディオが仕向けたことでもあり、彼自身の性格によるものでもある。

 半身不随というハンディキャップは、ジョジョの心を折るどころかより歪な形へ強化し、彼の強固な意思に1つの指向性を持たせていた。

 いつかまた、歩けるようになること。それだけが彼の目的だった。

 

 ジョジョはエリナを遠ざけ、エリナもそれを拒むことをしない。ジョジョにはディオが恐ろしかった。彼の預かり知らぬ所でエリナが危害を加えられるかも知れない。そして、自分がこの体ではエリナを守ることが出来ない。

 

 ジョジョが彼の危惧する所を話すと、エリナは身を引くことを告げた。

 エリナは聡い少女だった。自分がジョジョの意思を弱める存在になっていることを感じ取っていた。

 ジョジョがディオに対して抱える弱み、不安へと自身がなっていること。そして、ジョジョの気持ちが自分ではなく、ジョジョ自身の障害に向いていること。

 エリナはいつかまた、ジョジョに会いに来ると告げ、決してジョジョの下へ訪れなかった。

 

 エリナとの離別、それからジョジョは勉強に打ち込んだ。エリナという心の支えでもあり弱み、ある意味でストッパーを失った彼を止めることは出来ない。子供らしさや甘え、それらを失った彼は気が狂ったかのようにのめり込んでいく。

 

 自宅にある蔵書。ほとんどの時間を家で過ごす彼には、ジョースター家が数代掛けて集めた物でさえ物足りない。数千もある分厚い本を数年で読み切ったジョジョは、医学に見切りをつける。

 古くから残された本には、信じるに値しない宗教じみた治療が記され、年代が新しくなる度に情報の正確性は上がる――症例とその療法が載るようになった――が、目覚ましい進歩は内科分野に集中していた。

 病原菌と、それに対するワクチンは彼の足を動かすことはない。

 

 数年掛けて読み込んだ医学書、それがジョジョにもたらしたものは多少の知識と、絶望だった。知られている限りの医学には、彼の足を動かす手立てがない。

 ジョジョは絶望し、諦めの境地に達した。

 次第に無気力になるジョジョだが、数年掛けて得た習慣はジョジョの味方をした。

 

 

 

 

 

 

 本を読むこと。決して途絶えることのなかったジョジョの習慣が、僅かな希望をもたらした。

 回転……!イタリアのある一族に伝わる技術。鉄球の回転を利用し筋肉の反射を引き出す技術であれば、感覚のない足でさえも意思とは別に動かすことが出来るかも知れない。

 その本には書かれている。鉄球の秘密、その伝統を守る一族から方法を聞き出すことは出来なかったが、ほぼすべての生き物が無意識に回転を利用していると。

 

 ”回転は確かに存在する……使おうとする意志を持つなら、なぜそれを使わない?”

 

 自然界に存在するもの。動物はもちろん、意識を持たない昆虫や植物でさえ利用しているという。

 ジョジョは観察をした。かつて、自分が騎手であった時、馬を一日中追いかけそして彼らの呼吸、クセを覚えたように。

 

 回転の動き……久しぶりに家を出て様々な生き物を観察するジョジョの目に、水を飲む為に首を下げ、飲み干して満足気に首を起こす馬の動きが飛び込む。

 引き寄せられるように馬に近づくジョジョは、馬までもうあと一漕ぎの所で道にあった石を踏み転倒する。眼の前で倒れたジョジョに向かって、馬が近づいてきた。

 

 自らの顔を舐める為に首を下ろした馬、その顔にしがみつくジョジョ。顔に触れられた馬が、勢いよくその顔を上げるため頭を跳ね起こすと、ジョジョの体は回転し見事な円を描いて馬の背中に着地した。

 二度と見ることが出来ないはずの馬上の景色。

 手綱など無い馬の上で、すぐに振り落とされたジョジョは地面に倒れ伏しながらも、涙を流していた。

 

 ――僕は、まだマイナスだ……足が動かなければ、一歩を踏み出すことさえ出来ない。しかし、この回転……その中に答えがあるッ……僕が、自分の力で歩き出す為の、答えがッ!

 

 回転……ジョジョはその存在に気づき、利用する事を覚えた。そして新たな意思が生まれる。ツェペリの一族、彼らに話を聞くべきだ……と。

 

 

 

 

 

 

 ジョジョはそれからヨーロッパ各地を回り、ツェペリの一族の伝承を追いかけた。少しずつ、断片的に集まった情報はわずか。『呼吸法』と『石仮面』についてのみだった。

 石仮面! ジョジョの記憶と、初めて鼓膜を揺らすはずのその言葉に奇妙な一致が起きる!

 

 彼はその存在を知っていた!

 古代の民族伝承を纏めた本、その物語の一節に、確かに石仮面の記述があった。曰く、その仮面は人間の秘められた能力を引き出し、驚異的な再生能力と、永遠の命を授けると。

 そして、なんたる偶然か、ジョースターの屋敷には石仮面がある。

 

『回転』、『石仮面』、そして『呼吸法』。

 ジョジョは、古くから伝わるその3つについて次第にのめり込んでいった。再び乗る事が出来るようになった馬。自ら各地に残る伝承を訪ねる傍ら、自作の研究資料を纏めていく。それは大学へ進学してからも変わらず、彼は考古学の道を選択した。

 ジョジョの頭の中には、常に石仮面への疑問があった。

 

 

 

 

 

 

「とったァーッ!」

 

「我がハドソン校の雄、ディオ・ブランドーが後ろから飛び出しているッ!」

 

「パスを受け……抜けたァーッ! 押し寄せる後続を、突き放すッ!」

 

「相変わらず華麗な走りっぷりだッ! 抜ける、躱す、もう追いつくことは出来ないッ!」

 

「トライだッ! 決めたァーッ!」

 

 ラグビー。ディオが出場する大学最後の試合を、ジョジョは応援に来ていた。卒業を目前に控えたディオは、彼の見事なトライで勝利を決めた。

 

「JoJo! 見てくれていたかいっ!?」

 

「もちろんさ、スゴイじゃあないかディオ。君はナンバーワンの選手だよ」

 

「なにを言うんだJoJo! 君が相手の選手のクセを教えてくれたから抜け出せたんだ! 君あってのトライさ!」

 

 チームに勝利をもたらす決勝点を決めたディオは、真っ先にジョジョの下へ駆け寄り、がっしりと握手を交わす。お互いを称えるディオとジョジョの姿は、周りから見守る観客の目に強固な絆で結ばれた、唯一無二の親友として写っていた。

 

「ディオ・ブランドーは法律学部において主席の成績で卒業する予定でありますッ! また、チームの参謀であるジョナサン・ジョースターは考古学の分野で見事な論文を発表しました!」

 

「このラグビーの試合もこの2人あっての勝利と言えるでしょう。2人の友情は我が校の誇りですッ!」

 

 チームメイトと肩を抱き合って喜びを顕にするディオ。彼のもとに学園の広報部の記者が訪れ、インタビューを行った。

 

「君とジョジョとの友情についてぜひ聞かせてくれ!」

 

「友情だって? テレるな。そうだな……何から話そうか……」

 

 にこやかにインタビューを受けるディオを見つめるジョジョ。彼の心境は複雑であった。

 ジョジョは、ディオに友情を感じていない。

 街での人付き合いが殆ど無かったジョジョに、最も献身的に接してくれたのはディオと言えるだろう。

 この七年間で、身の回りの世話を多く買って出てくれたディオには感謝の気持ちがある。

 しかし、友情は感じてはいない。

 その理由は、七年前のエリナを巡るいざこざであろうか。いや、ひょっとしたら、自分とは違って交友関係の広いディオを妬んでいるのかも知れない。

 ジョジョには正確な理由がわからなかったが、確かに、心の奥底でディオの事を嫌っていた。

 

 

 

 

 

 

 ――友情だと!? そんなくだらないものはこのディオには存在しないッ!

 インタビューを受けるディオの内心は荒んでいた。卒業を間近に控え、ジョースター卿の援助を必要としなくなるこのタイミング。

 ディオはジョースター家の財産を乗っ取ろうと目論んでいた。

 

 ジョジョと表向き仲良くし続けたのはそのためである。ジョジョの警戒心を解き、自らが動きやすい状態でジョースター卿を殺害する。遺書には確実に財産を折半する様に書かれているだろう。お人好しのジョースター卿の考えを予想することはディオにとって朝飯前だった。

 

 ジョースター卿が死に、ジョジョとディオで遺産を分ける。この時にジョジョを事故死に見せかけて始末する。ジョジョ、その余計な知識が邪魔をしないように七年掛けて警戒を解いていた。

 加えて、わざわざ殺しまでしなくてもジョジョを社会的に抹殺することさえ出来る。有りもしないデタラメをでっち上げたとしても、世間が信じるのは、人付き合いの無く怪しい考古学者ではなく、評判のいい好青年のディオだ。

 自分には法学の知識がある。ジョジョを牢屋にブチ込むこともたやすく出来るだろう。

 

 七年越しの壮大な計画。ジョジョを懐柔し、財産を自由にできる年齢になること。

 その次に行う計画として、ジョースター卿の毒殺。病死に見せかける為に、ディオ自らが取り寄せた特製品だ。

 ディオは、自身が家長としてジョースター家を乗っ取る事を思い浮かべ、獰猛に笑った。



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2話

 ジョジョは各地に残る民族伝承を探し求める旅に出ていた。大学を卒業した彼は、講義や単位の事を気にすること無く研究に没頭することが出来るようになり、石仮面の伝承を探しにイタリアに向かっていた。

 

 大学に在籍している四年の間、ジョジョが何も調べていなかったわけでは無く、世俗民俗学の教授と懇意になって研究を手伝う傍ら、大学に所蔵されている貴重な資料を閲覧出来るよう取り計らってもらっていた。

 本として出回っていないような情報が多く載っているそれらの資料には、断片的にではあるが石仮面とそれを人間にもたらした悪魔、それらの強大な力に立ち向かった一族のことなど、多くの興味深い話が記されていた。

 

 より詳しくその内容を聞くためには、現地まで向かうのが一番であるだろう。そう思った彼は、身の回りの世話をする召使いと共に馬車でイタリアのある村へ来ていた。

 大学時代に数年掛けて書き上げた石仮面についての論文、その資料となった調査書には、確かにこの村に石仮面と関わりのある一族が居るとのことだったが……。

 

「石仮面について探しているのかい?」

 

「知っているんですか!?」

 

 村で聞き込みを行っている最中、外れにある家への道中を車椅子で向かっていると、シルクハットにスーツを着込んだ男が話しかけてきた。

 

「知っているとも……私のは常に石仮面を追っている」

 

 塀に腰掛けていた男はそう言うと、座っていた姿勢から突然宙を舞いジョジョの方へ飛んで来る。

 

「なにッ!」

 

 とっさにジョジョは車椅子に仕込んでいたナイフを構える。飛来してくる男に向け、ジョジョが伸ばした手を男はありえない距離で掴んでいた。シュルシュルと縮んでいく彼の手に引かれ、ジョジョは車椅子から起き上がる。

 

「君のことを傷つけるわけではないよ。ただ、君がなぜ石仮面の事を知り、どんな目的でそれを調べているのかを教えてもらおうッ!」

 

 男の腕に吊るされたジョジョは、全身の血液が沸騰するような体の熱さを感じた。感情を爆発させた眼の前の男から、何かが自らの体に流れ込んでくるようであり、全身に波及したそのエネルギーは感覚を持たない足すらも脈打つ程の血潮の流れを起こさせた。

 

 

 

 

 

 

「ディオ……すまないな、付きっきりで看病をしてもらって」

 

「気にしないでください父さん。僕は早く良くなってほしいです」

 

「そうか、本当にありがとう」

 

「これが薬です。飲んで、ゆっくり休んでください」

 

「ああ。そうするよ」

 

 ディオは、ジョジョが使用人を連れ旅に出た為ジョースター卿と2人で生活をしていた。何時も通り歳を重ねたジョースター卿の世話をしていたある日、突然ジョースター卿が病に倒れてしまう。

 

 ジョジョがイタリアで滞在すると言っていたホテルにすぐ手紙を送ったが、ジョジョがその手紙を受け取ってこの屋敷まで帰ってくるのは当分先だろう、そうディオは考えていた。

 

 日に日に弱っていくジョースター卿の様子に、手の尽くしようが無くこのまま衰弱しきり亡くなってしまうというのが医者の診断であった。

 気休めとして出された薬を毒薬にすり替えながら、ディオはジョースター卿が死んだ先の事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

「ジョジョ、君が自身の障害を乗り越えるために石仮面に目をつけたのは分かったよ。確かに石仮面は人の秘められた能力を引き出し、超人的な力を授ける。ただそれは、人間を辞め怪物になるということなのだ」

 

「怪物……それはどういう事ですか?」

 

「君が道を踏み外さぬよう、私の過去の話をしよう……そう、私がかつて石仮面を発掘した時の話……」

 

 ジョジョを自身の小屋に招いた男は、自らをツェペリ男爵と名乗った。そして、彼の悲しい過去を語りだしたのだ。

 

「私は学者の家に生まれ、世界の未知を探求することに限りない興味を持っていた……父の遺跡発掘に参加し、エジプトやインドなど各国を旅して回っていたんだ」

 

「ある時、私達はアステカの地下遺跡を発掘するためメキシコに向かった。そして、その中に石仮面が眠っていたのだ……そう、石仮面を発掘したのは私なのだ」

 

 ツェペリが石仮面と言葉に出すたび、苦痛に顔を歪める様がジョジョには気になっていた。石仮面……伝承によれば、その仮面は永遠の命と超人的な力をもたらすものであるはずだったからだ。

 

「その帰国途中のことだ……大西洋上、船の上で発掘隊の一員である友人の首が、バックリと……断ち切られていた……もう1人の友人、その眼球が船室の天井まで飛び跳ね音を立てて潰れた!!」

 

「発掘隊の内、何者かが仮面を被りその力を発現させたのだ!」

 

「58人居たはずの船内には、私とそいつ以外居なくなっていた……皆殺しだった。そいつは凄まじいパワーで、自分の腕を砕きながら殺戮を続けていた……人間らしい心は欠片すらも残ってなどいない、やつは血に飢えていた!」

 

「1人残った私は命からがら海へ飛び込んだが、やつは私を追ってきていた……すぐに追いつかれ、やつに血を吸われるその瞬間! 夜が明けた! 光が差したのだ……朝日の光で私はソイツの顔を見た……見たんだ……」

 

「ツェペリさん……」

 

 ジョジョはツェペリが仮面の下に誰の顔を見たのか、言いよどむ彼の様子から何となく分かってしまった。

 

「発掘隊の隊長……私の父だった」

 

 俯き、涙を流すツェペリの顔には深い悲しみと激しい憎しみが表れていた。

 

「私の父は船員の血を吸い、当時の私ほどまで若返っていた……しかし、その顔は朝日に当たりボロボロに崩れ気化して消えた。日光に弱いということらしい」

 

「そのまま私は何日も漂流して漁船に助けられた……しかし、私の頭の中にあったのは石仮面を積んだまま沈没した船のことだった。その石仮面が、どこに行ったのかは知れないが私が破壊せねばなるまい……そう考えていたのだよ……」

 

 自らの過去を話し終えたツェペリは、座っていた椅子から立ち上がりジョジョの前に立った。

 

「もし、君がこの話を聞いて石仮面を探すつもりがあるのなら、私に協力して欲しい。私は、また誰かが石仮面を被ることで私のような目に遭うことを無くしたいのだ」

 

 そのツェペリの言葉にジョジョは素直にうなずいたが、自らの馬車に積んである石仮面の事を話そうとはしなかった。さらに、そこに罪悪感も感じてはいなかったのだ。

 むしろジョジョの心には歓喜の感情すら浮かんでいた。なぜなら、石仮面の伝説は真実であることが分かったからだ。

 

 ツェペリの話の通りであれば、石仮面が持つ力さえあればジョジョの足さえ動き出す、そうジョジョは考えていた。もし、彼に石仮面の場所を教えれば彼はその石仮面を粉々に砕いてしまうだろう。

 それではジョジョにとって良くないことだ。ジョジョを突き動かす意思は、ツェペリのように誇り高き心ではなく、純粋に彼自身の為どんなことさえしてみせる漆黒の意思だからだ。

 

 表面上はツェペリ男爵に協力的な態度を見せながら、ジョジョは彼と別れホテルに戻った。

 彼は上機嫌で、浮足立っていた。何によって石仮面の力が発現するのか。それさえ突き止めることが出来れば、もう一度彼は自力で歩くことさえ出来るかも知れないのだから。

 

 上機嫌で滞在先のホテルにたどり着いたジョジョに、フロントが手紙を手渡した。

 差出人はディオ・ブランドー。冷水を浴びせられたかのように気分を落とされたジョジョは、気の進まないままに手紙を読み進める……それは、父の急病を知らせる手紙であった。

 ホテルを飛び出し、急いで馬車を飛ばすジョジョには、石仮面の事を研究する事は二の次であった。

 

 

 

 

 

 

 ジョジョが屋敷に戻り父の部屋に入った時、ジョースター卿はディオから薬を受け取って飲んでいる最中だった。激しく咳き込みながらも何とか水とともに飲み下し、息をつくと少しだけ容態が落ち着いたように見えた。

 

「お父さん、ご気分はいかがですか?」

 

 ディオがジョースター卿にそう問いかけると、ジョースター卿はこちらを落ち着かせるような穏やかな表情をして答えた。

 

「うむ……だいぶ、良くなったようだ……医者は今日にも入院をするよう勧めて来ていたがな……」

 

「入院? それはしないほうが良いです。馴れない環境に行く方が体調に障るでしょう」

 

「そうか……分かったよディオ。家で休むことにしよう……お前やジョジョにも気を遣わせてしまうかもしれないが……」

 

 そういう父の顔が、ジョジョには少し喜んでいるように見えた。病で体力が落ちて弱気になっているのか、入院せず家に居てほしいと言われて穏やかな笑顔を見せた。

 

「僕たちの事は気にしないでいいよ、父さん。多分風邪が悪化しただけだから」

 

 ジョジョは父に優しく声を掛ける。この七年間、ディオ以外とはあまり関わりを持たず一人ぼっちであったジョジョだが、父は勉強に没頭するジョジョを陰ながら支えていた。それは、幼い頃のジョジョの暴走を止められなかった後悔からかも知れない。

 それでもジョジョにはその愛情が嬉しかった。自分に積極的に関わってこなかった父を、初めて父として認められた。彼にはたった1人、本当の家族だったのだ。

 

 このまま死なせるわけにはいかない。必ず原因を突き止めて、自分が直してやる……ジョジョはそう思った。

 

 そして、自分の体を治すための医学知識が役に立つとしたら、これほど嬉しいことはなく、大怪我をして歩くことが出来なくなってから初めて父へ恩返しが出来るような気がした。

 

 

 

 

 

 

「ディオ、父の看病は僕がするよ」

 

 そのジョジョの言葉に、ディオは密かに歯噛みした。ディオには、ジョジョのその反応は計算外だった。

 

 自分が初めてこの屋敷を訪れた時、明らかにジョースター卿とジョジョの間には溝があった。その時は都合がいいとしか思っていなかったが、後々になってジョースター卿から直接ジョジョに対しての後悔の念を聞き、ジョジョのことを頼むとお願いされてこれは使えると思い直したのだ。

 

 自分がジョジョの親友として支えてやれば、ジョースター卿に愛を感じていないジョジョを自らに依存させる事ができ、ジョースター卿もジョジョとの関係を修復できず、引け目を感じたままジョジョに接する事になるだろうと。

 

 現に、ディオの眼の前でジョースター卿とジョジョが親しげに会話をしているところは見たことがなかったのだ。ディオは人付き合いが良く、よく屋敷から出ていた事もあるかも知れないが、2人の様子を見ていて直接的に繋がりを感じるものはなかった。

 

 実際には、ディオが興味をもつことのなかった屋敷の蔵書を、ジョースター卿は頻繁にジョジョのために買い集めていて、さらにジョジョが大学で専攻を選ぶ際に助言をしたのもジョースター卿だった。

 ジョースター卿が本を買い付けている姿を見て、ディオはそれが趣味の一環であると考えていたし、大学の学部を法学部にしたことを伝えたときも、ジョジョの時より喜んでいるように見ていた。

 

 とにかく、ジョジョが彼の父の看病を買って出ることはディオの想定外だったのだ。

 ディオは苦肉の策として交代制で行う事を提案したが、毒薬にすり替える機会は減りジョースター卿の顔色も少しずつ回復しているように見えた。

 さらに、ジョジョは父の容態を医学書と照らし合わせて病因を特定しようとしている。自分が呼んだ医者はヤブ医者だったために毒薬の特有の症状に気づかなかったが、屋敷にある難解な医学書を全て読破したジョジョであれば気がつく可能性があったのだ。

 

 どうにかして、ジョジョが自身の策略に気がつく前に排除しなければ……そう考えながらジョジョがジョースター卿の看病をしている間に彼の部屋に忍び込んでいた。

 何か、何かジョジョを排除する事が出来る機会は無いだろうか……多少怪しくても構わない、自分の障害となるジョジョを排除できれば……焦りを感じながらジョジョの私室を探るディオは、机の上に置かれていたジョジョのトランクを床に落としてしまった。

 閉じられていなかったトランクからは不気味な仮面が転がり出て、ディオの目線に飛び込んでくる。

 ディオにはその仮面……屋敷に飾られていたものをジョジョがやけに真剣に観察しているのを見たことがあった。

 

 仮面と共に床にぶちまけられたノートに急いで目を通すディオは、目的のモノを見つける。ジョジョが数年を掛けて調べ上げた調査記録、その最新のページにはツェペリ男爵という男の話した石仮面の恐ろしさについて書かれていた。

 

 石仮面……被ったものに永遠の若さと超人的な力を与える悪魔の道具。このディオにこそ、その力は相応しい。

 そう考えたディオは、解明されていない石仮面の起動法を見つけてやろうと、拾い上げた石仮面を懐にしまいジョジョの部屋を出た。

 

 ジョースター卿の容態を確認しようと、スラム街で調達した毒薬を盆に載せ部屋へ向かったディオは、丁度青い顔をしながら部屋を出たジョジョとすれ違う……

 

 ――瞬間、ジョジョはディオの腕を掴んだ。

 

「ディオ、その薬。()から手に入れたものなんだ?」

 

ディオを見上げるその視線は、強い疑念の光を放っていた。



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3話

「なにかと思ったらジョジョ……悪いが、医者から処方されたこの薬の出処を俺は知らない」

 

 腕を掴まれたディオは、一切の動揺を見せずそう言い切った。ジョジョはその瞳を覗き込みディオが本当のことを言っているのか見透かそうとする。まっすぐ見つめ返すディオの目は泳がなかった。

 

「父さんは病気じゃない。誰かに毒薬を盛られている……そのクスリを渡してもらおうか」

 

 ジョジョはディオの手首を握り、脈を取る。どんなに冷静に見えても必ず緊張は体に表れるはずで、ディオが犯人であることに半ば確信があったからだ。

 ディオの表情に変化はない……しかし、呼吸は浅く、心臓の拍動は明らかに加速していた。

 

「クソッ……その薄汚い手を離せッ!」

 

「馬脚を現したな! そうはさせないッ!」

 

 ジョジョに向かって薬を乗せた盆を放り投げ、空いた手でパンチを繰り出したディオ。その動き、力を入れ筋肉が硬直する瞬間、動き出しを見抜いたジョジョは、ディオが盆から手を離した瞬間を狙いみぞおちに鋭い突きを捻り込む。

 廊下、階段の手すりの傍で行われたその攻防で、ディオは突き出され手すりごと階下へ落下した。

 その激しい物音に使用人が集まってくるが、ディオは背中を打ち付けた衝撃で息がつまり声をだすことが出来ない。

 

「何でもない! ディオは不注意で落下しただけだ!」

 

 心配そうにディオの下へ集まる使用人に、ジョジョが上から声を掛ける。荒い呼吸を何とか整え、声を出せるようになったディオに真実を告げることは出来なかった。

 

「そうだ、何でもない……」

 

 自身の企てが暴かれるからではなく、ジョジョに恐怖していること……ありえない、このディオがっ……階段の上から自分を見下ろすジョジョの冷たい視線に、七年前を思い出した。

 

 忘れていた……この爆発力! もう少しで財産を乗っ取ることが出来たはずなのにッ! ジョジョが薬の証拠を掴むのに数日は掛かるだろう……その間に、必ず始末しなければッ!

 

 痛むからだを引きずりディオは私室へ戻った。

 

 

 

 

 

 

「父さん! 僕は数日の間ロンドンへ向かいます! その間、僕が手配した医師に看護をしてもらいます。この者たちから受け取るもの以外は口にしないでくださいッ!」

 

 ジョジョは自分の僅かな人脈……大学を頼り、屋敷に呼ぶことの出来る最高峰の医者を揃えた。もう、間違いがあってはならない。ディオに懐柔されている使用人たちでは信用することが出来なかったのだ。

 

 自分たちの看護を当てにしないと宣言したジョジョに、使用人たちはショックを受けていたがジョースター卿は息子を疑わなかった。

 

「そうか……きっと考えがあってのことだろう。私は息子を信じるよ」

 

 初めて表に出された父親の信頼を胸に、ジョジョはロンドンへ向かった。

 必ず、父を救うという決意を胸に。

 

 

 

 

 

 

「ジョジョお坊ちゃま……随分変わられましたね」

 

 ジョースター卿の寝室からジョジョが出ていった後、残された使用人はそうこぼした。

 

「かつては、この部屋に足を踏み入れることさえ無かったのに……」

 

「私をジョジョが避けるようになったのは、私の責任だよ。まだ幼い頃、卓越した騎乗の才能を見せてジョジョは、私に認められたかったんだろう。だが、私はアイツに構ってやらなかった」

 

 ジョースター卿は後悔を語りだす。親として、ジョジョを認めて褒める時は褒め、調子に乗りすぎた時は諌める。普通の対応をしてあげられなかったことはジョースター卿にとって、辛い記憶であった。

 

「ジョジョが怪我をして足が動かなくなった時、ハッキリ言って私は安心したんだよ。調子に乗っていたジョジョがこれに懲りて危険なことをしなくなると。」

 

 人に認められたい、誰よりも自らの父から。その一心で挑戦を繰り返すジョジョを、ジョースター卿は止めることが出来なかったのだ。今はうまくいっている挑戦も、いつかは自身の力量を越えて危険な目に遭うだろうと分かっていながら。

 

 そして、事件は起こった。ジョジョに対して殺意を抱いていたであろう何者かが、物陰から発砲しジョジョは落馬、大怪我を負い歩くことができなくなる。

 

「ジョジョは何日か、抜け殻のように過ごしていた。ご飯も食べようとせず自室にこもるジョジョに、私はまたしても声をかけることが出来なかったのだ。」

 

 その後、ジョジョは未だ絶望しながらも部屋から出ていく。まだ死んだわけではなく、こんな所で自分の人生が終わって言い訳がない。かすかな希望だけがジョジョの頼りで、それでもまだ意思がなかった。

 

「養子にとったディオに、ジョジョと仲良くしてやってくれとは言ったが、私にはそんな事言う資格はなかったのかも知れないな」

 

「そんな事ないです! ジョジョお坊ちゃまが書庫に籠もって勉強を始めた時、お坊ちゃまを一番に気遣って居たのは旦那様でした! お坊ちゃまの体の心配をしながら、自らのことは顧みずに長旅をして坊ちゃまの望む本を手に入れたり、

 身障者の入学を拒んだ学校に頼み込んで入学させてもらったり、今の坊ちゃまがあるのは旦那様のおかげでしょう!」

 

「そんな事は親として当然のことだろう……そこに罪悪感があるのは、親として失格なんだ」

 

 自らを悔いるように顔を伏せるジョースター卿を見て、長年この屋敷に勤めてきた使用人たちは心を痛めた。自分たちも普通の家族よりも長い間を過ごしてきて、ジョジョにしてあげられた事は沢山あったはずなのに……。

 

「しかし、旦那さまがジョジョお坊ちゃまにしてあげた事は、間違いではありませんでした! ジョジョお坊ちゃまは立派に大学を卒業なされ、そして今、青年として相応しい顔つきをなさっている。お坊ちゃまは変わられた! 確実に前よりもたくましく!」

 

 咳き込みながら、ジョースター卿はその言葉に頷いた。確かに、自分のことを思ってロンドンへ向かったジョジョからは、成長を感じていた。体の大きさだけではなくその強い意思に。

 未来に希望のある、若者の顔をしていたのだ。義憤に駆られるその表情を見て、我が子が大人になったことを思い、ジョースター卿は静かに涙を流した。

 

 もし、この病が治り、自分がもう少し長く生きられるなら。息子の行く先を見てみたい。

 

 ジョースター卿の哀愁。その心中を察し、使用人たちも涙を流した。

 

 

 

 

 

 

「着いたか……食屍鬼街」

 

 冬のロンドン、ジョジョは馬車を飛ばしていた。ジョジョの知る限り毒薬によって出ていた父の症状は、東洋の毒薬特有のもの……体の循環機能を弱らせ、全身を蝕んでいく……その危険な毒薬をディオが英国で手にするとすれば、この街以外にありえない。

 

 毒薬があるとすれば、解毒薬も存在するはず。父の症状は深刻で、一刻も早く手に入れなければならなかった。

 

「僕はここから、1人で行く……僕が行かなければならないんだ……あなたは入らなくてもいい」

 

「ま、待ってくだせえ! ホントに行くんですか!? この先は呪われている……ジョースターさんの行くようなところじゃ――」

 

 引き止める御者は、振り返ってこちらを見やるジョジョの眼、その強い眼差しに二の句が告げなくなる。

 ジョジョは覚悟を決めていた。何に変えても解毒薬を持ち帰る。瞳には、有無を言わさぬ意思が在った。

 

 雪の降りしきる中、お世辞にも整備されているとは言えない道を進んでいくジョジョ。

 慣れない場所で土地勘のないジョジョは、迷路のように複雑な食屍鬼街を彷徨っていた。

 小さな子犬を咥え、引きちぎる猫。為す術もなく苦しみながら絶命した子犬は、弱肉強食のこの街を象徴しているように、ジョジョは感じた。

 

 宛もなくさまよい続けるジョジョを、物陰から見つめる影が数人。彼らはジョジョの来ている服、金属が輝く車椅子を見て、とんだカモがネギを背負って現れたと獰猛な笑みを浮かべた。

 

「おい、あんちゃん! ここはアンタのようなんが来る場所じゃないぜ!」

 

 物陰から飛び出てジョジョの前に立ちふさがった男たち。下卑た笑みを浮かべるその姿に対して、ジョジョは依然として無表情だった。

 

「このっスカしやがって! さっさと金を差し出しやがれーッ!」

 

 驚く様子もないジョジョに腹を立て逆上した男が、ナイフで襲いかかる。男が接近し、手が届く距離まで来た瞬間、懐から石を取り出したジョジョは男の顔めがけて投擲する。

 果たして、ジョジョが投げた石は男の顔に的中した。

 顔を抑え呻く男のナイフを取り上げ、そのまま遠くで立っているもう1人の男へ投擲した。

 鋭く飛んで行ったナイフは、狙い通り男の右肩へ突き刺さる。

 

「今のはわざと外したッ! お前たちがこのまま襲いかかってくるのなら、命を奪う!」

 

 肩を抑えて蹲る仲間の男の前に、残された1人の男が立ちふさがった。

 

「わざと外しただって!? 殺す覚悟がないだけだろう! 金持ちのアマちゃんがァー!」

 

 大男は被っていた帽子を振りかぶり、ジョジョに向かって投げる。回転する帽子のつばは、ジョジョの腕に食い込んだ。

 

「ハッ! 刃が骨まで達した音! ご自慢の腕がやられちゃあ武器を投げることも出来ないなぁ!」

 

 笑う男の視界に映ったのは、ジョジョが腕に帽子を食い込ませたまま車椅子に仕込んであったナイフを振りかぶる姿だった。

 

「なにィ!? グハッ……」

 

 投げられたナイフが腹部に刺さり膝を折る男。その背後から、騒ぎを聞きつけたのか十数人ほどのならず者たちが駆けつけてきた。

 思わぬ増援に、戦う構えをとるジョジョ。自身の後ろから現れたならず者たちに気づいた男は、声を上げた。

 

「やめろーッ! そいつに手を出すやつは、このスピードワゴンが許さねぇ!」

 

 腹部からナイフを抜き、横に捨てた男――スピードワゴンと名乗ったその男は、立ち上がり、ジョジョの前に立った。

 

「1つ聞きたい! アンタは俺の顔をナイフで刺すことが出来た。痛みで手が狂ったわけではないだろう! なぜ外した!」

 

「なぜ……? この3人の中でマトモに口が聞けそうなのは君だけだからだ。他のやつは痛みにうずくまったままで動けない。君を殺してしまえば、解毒薬の場所を聞きに来た目的が達成できない」

 

 スピードワゴンは悟った。この男は、最初から人を殺す覚悟が出来ている……! 貴族の坊っちゃんだと思って掛かった自分の方が、よっぽど覚悟が足りなかったのだと。

 

「だが、だが! それならばなぜ俺の仲間を殺さなかった! 話を聞くならば1人で充分だっただろう!」

 

「僕は……ここに父を救うために来た……君の仲間にも家族がいるだろう」

 

 スピードワゴンは自分の耳を疑った。人を殺す事が出来る覚悟が有りながら、命と命のやり取りをしている最中に相手のことを考えていたとは。外見や服装だけではなく、目の前の男が正真正銘の紳士だと思った。

 

「アンタは……この上ないアマちゃんだ……だが、気に入った! 解毒薬を探していると言ったな! このスピードワゴンが店まで案内してやろうッ!」

 

「店を知っているのか!?」

 

「あぁ! おっと、その前にアンタと仲間の手当をしなくちゃな。ところで、アンタの名前を聞かせてくれよ」

 

「僕は、ジョナサン・ジョースター」

 

「ジョースターさん……俺はロバート・E・O・スピードワゴン!」

 

 自らに向かって差し出された手を、ジョジョはなんの疑いもなく握る。出会ったのはついさっきのことで、お互いに命を奪い合ったが、不思議なことに友情を感じた。

 ディオには感じることのなかった、その思いはジョジョにとって新鮮だった。

 

 

 

 

 

 

「ジョジョが食屍鬼街に1人で入っていった?」

 

「はい、あっしは必死で止めたんですが……」

 

 ジョースター卿に心配を掛けないよう、秘密にしておこうとお互いに話し合う使用人をよそに、ディオは1人ほくそ笑んでいた。

 もし毒薬の証拠を持って帰ってきたら必ず始末しなければならないが、その必要はなさそうだ。自分から死んでくれるのなら都合がいい。

 

 ディオはその場を去り自室に戻った。

 

「ジョジョが突き止めていない、石仮面の起動法……早く見つけなければ」

 

 ジョジョの荷物から抜き取っておいた石仮面を眺めながらつぶやく。ジョジョのせいで何もかもうまくいっていない。苛立つ心を抱えながらディオは街へ繰り出した。

 

 最近の自分はどうもおかしい。順調だったはずのディオの人生は、ジョジョのせいで崩れ始めていた。

 ジョジョが食屍鬼街で野垂れ死んだのか、それとも毒薬の証拠を掴んだのか。気になって落ち着かず、ディオは酒を呷った。自ら愚かだと思った父と同じ行動をしていることも、気持ちをささくれ立たせた。

 

 ふらついた拍子に、通りがかった男に肩がぶつかる。

 こちらへ凄んでくる浮浪者の男が何かをいっているようだが、ディオの耳には届かなかった。

 

「丁度いい被検体だな……人体実験だ」







残り1,2話です。


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