軽井沢恵と過ごす日々 (小早川 桂)
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『姫と騎士』

原作6巻が出た頃に書いたものです。


 新たな芽吹きを感じさせる緑は赤色となって人々に色鮮やかな姿を見せつけると、すべてを散らしてまた人間に感動を与えようとしばしばかりの睡眠に入る。

 

 そろそろ温かい飲み物が手放せなくなってきたこの頃。

 

 外は暗闇に染まり、黒さが増している。

 

 夜の読書のおともにキッチンで紅茶を作っていると携帯が軽快な音を鳴らした。

 

 映し出された名前は意外な人物。

 

「どうした、軽井沢?」

 

 オレの協力者――と呼ぶには語弊があるかもしれない――である軽井沢恵からの連絡。

 

 クラスでもトップカーストの彼女とは以前にある接点から関係を構築していた。

 

 自分の感情をコントロールするのに長けている彼女だが、明らかに通話口からの様子はおかしい。

 

 携帯を手放しているのか、曖昧にしか情報が把握できなかった。小さく喚き声のようなものが聞こえ、オレは音量を最大に設定する。

 

 その瞬間、悲鳴が響いた。

 

「助けて、清隆!!」

 

 伝わる明らかな非常事態。

 

 思い当たる節はあった。想定していた内に軽井沢に直接手を出してくる奴にも心当たりがある。

 

 もしかしたら外に出ているかもしれないが、まずは部屋から確認すべきだろう。

 

 すぐさま行動順序を決めると安心させるように返事を返した。

 

「わかった。すぐに向かうからオレが来たら相手してくれ」

 

 オレは急いで服を着替えると、軽井沢の部屋へと階段を駆け上がる。

 

 エレベーターを使えばだれかと鉢合わせる可能性があったし、オレの場合はこっちの方が早い。

 

 大きく肩を上下させながら以前に聞いていた彼女の部屋の前にたどり着くとインターホンを押した。

 

 すると、すぐにドアが開き、涙目の軽井沢の姿が見えるとオレは中へと連れ込まれる。

 

「大丈夫か?」

 

 そういいながらオレは視線を上から下へと動かし彼女の体に傷がないことを確認する。

 

 少しばかり安堵して、どうしてオレに助けを求めたのか尋ねようとすると彼女は胸元へと飛び込んできた。

 

「お、おい。軽井沢?」

 

 彼女らしからぬ行動に動揺する。

 

 というか近い。風呂上りなのかいい匂いがする。密着しているため女の子特有の柔らかさもあった。

 

 しかし、そんな感触を楽しんでいる場合ではない。

 

「軽井沢? 泣いてないで教えてくれ? なにがあった?」

 

「……あ、あれが出たの……」

 

「何が?」

 

「く、黒い奴!」

 

「黒い奴?」

 

 オレは彼女が指さす方向へと目をやる。そこには壁を這うようにカサカサと動く全人類の敵がいた。

 

 ……なるほど。

 

「……もしかしてお前、ゴキ――」

 

「言わないで言わないで! 見るのも嫌! 名前を聞くだけでも嫌! はやくどっかにやってよ!」

 

「ああ。わかったから離してくれないか? すぐに殺すから」

 

「それもいや! あ、あいつ飛べるのよ……。もし私の方に飛んで来たらどうすればいいのよ!?」

 

「そう言っている間に冷蔵庫裏に隠れてしまいそうだぞ」

 

「それはもっといやぁ!!」

 

「じゃあ、はやく」

 

「す、すぐにやってよ!? 絶対だからね!」

 

 念を押す軽井沢を落ち着かせるように背中をポンポンと叩くとオレは慎重にターゲットへと近づく。

 

「雑誌借りるぞ」

 

 了解を待たずにテーブルに散らばっていたファッション誌を手にすると次の移動場所を予測する。

 

 奴のスピードと向きから導き出して動き出した時を逃さずに振り下ろした。

 

 乾いた音が響く。

 

 見事に的中。ただ光景はグロテスクなのでさっさと処理してしまおう。

 

「軽井沢。袋とかないか?」

 

「ひ、引き出しの下にゴミ袋……」

 

「これか。一枚拝借するぞ」

 

 所持していたハンカチを濡らして事後処理を終えるとすべて袋の中に放り込んで封をする。

 

 これで脅威は去った。軽井沢の安眠は約束されただろう。

 

 死体はオレの方で捨てておこう。精神状態にもあまりよくないしな。

 

「終わったぞ」

 

 オレは依頼主に任務終了を告げる。隅で目を閉じながらぷるぷると体を震わす軽井沢の姿は普段とのギャップも相まって可愛らしかった。

 

「ほ、本当?」

 

「ああ。もういいだろう? オレは帰るぞ」

 

 もう少しこの軽井沢を見ていたかったが長居は禁物だ。

 

 表面上、軽井沢は平田と付き合っていることになる。プールの時と違って個室からオレが出てきたとなれば話は違ってくる。

 

 オレとしてもそれは避けたかった。

 

 ゴミ袋を手にして周囲に気を配りながら外に出るタイミングを見計らう。だが、それを邪魔するように袖口を引っ張る手があった。

 

「……まだ何か用か?」

 

「……帰らないで」

 

「は?」

 

 思わず間抜けな声が出てしまう。

 

「だ、だって、他にもいるかもしれないし! そしたらまた私が対処しないとダメじゃん!!」

 

「大丈夫だろ。オレも半年は住んでいるが一匹も見たことないし今回も偶然まぎれこんだみたいなもんだと思うぞ」

 

「わ、私を守ってくれるって言ったし……」

 

 あれはそういう意味じゃないんだがな……。

 

 いや、さすがに軽井沢も理解していないわけじゃないだろう。そのうえでこうやってお願いしてきてるのだ。

 

 この様子だと何を言っても引き下がらないだろう。

 

 かといって他の誰かに頼ることもできない。

 

 ……はぁ。

 

「……わかった。一晩だけだぞ」

 

「……ありがとう」

 

 真っ赤になった顔を見られたくないのか、目を合わせようとしない軽井沢。

 

 それでもお礼を言える辺り、ちゃんと感謝を感じているということだろう。

 

「……そういえばどうして最初にオレを選んだんだ? それこそ平田とか呼べばよかったんじゃ」

 

「……こ、こんな時間に洋介くんに迷惑かけられないし」

 

 オレならばいいということか、そうですか。

 

「それにあんたなら信用できると思ったから……。前のプールの件でも一人だけ興味なさそうだったし……」

 

 ……なるほど。

 

 それを言われると納得もする。どうやら池たちの盗撮行為を阻止したのは思ったより軽井沢の好感度を上げていたらしい。だが、一つだけ訂正しておく必要がある。

 

「オレはちゃんと異性に興味はあるぞ」

 

「そ、それをいま言うわけ? バカじゃない? 身の危険を感じるんですけど」

 

「安心しろ。オレがそんなへまをするような奴やないっていうのもわかってるだろ?」

 

「……そりゃそうだけど」

 

 オレの今までの行動を知っている軽井沢にしか使えない説得。

 

 唇はとがらせていたが彼女は不本意ながらも受け入れたようだ。

 

「あんたの性癖なんかどうでもいいの。それよりもさ……清隆」

 

「なんだ?」

 

「ベッドまで運んで」

 

「訳が分からない」

 

「い、いいから! 早くして!」

 

 まるでどっちの立場が上なのか、わからないなこれじゃあ。

 

 これ以上顰蹙を買うのも厄介だ。今日だけは軽井沢の言うことを聞いてあげることにしよう。

 

「へ、変なところ触ったら怒るから」

 

「おー怖いこと」

 

 オレはゆっくり近づくと彼女の軽い体を持ち上げて、ベッドの上に寝かせる。

 

 あれだけ洋服やアクセサリーを買っているにもかかわらず、しっかりと整理されているようで特に部屋が散らかってはいない。

 

「意外だな」

 

「……なにがよ」

 

「もう少し汚いかと思った」

 

「失礼ね……。あたしだってそれくらいするから。ていうかジロジロ見ないでくれる?」

 

 お前からこっちに来させておいて何をいまさら……いや何も言うまい。

 

 ジト目から逃れるべくオレは彼女から離れようとするが、それを彼女がつかんだ手が許さない。

 

「……何のつもりだ?」

 

「ここで私を守っていて」

 

「それはずっとこのままってことか?」

 

「そ、そうよ。今日だけだから……」

 

 ……なんというか今日の軽井沢はおかしい。

 

 しおらしさが出ているせいか、普段の三倍はかわいく見える。

 

 あまりこういうことを考えたことはないが、なるほど。クラスでもトップが許される容姿というわけだ。

 

 今晩だけはオレはお姫様を守る騎士、か。

 

 半年前の自分が今の状況を見れば何というだろうか。

 

 ……まぁ、少しばかりは学生らしい生活が送れているのかもな。

 

「…‥悪い気分じゃない」

 

「……なにが?」

 

「こうしてお前と一緒にいる時間が」

 

「は、はぁ!? 壊れた!?」

 

「ひどい言い草だな……。正直に感想を述べたまでだ。気分を悪くさせたなら謝るが?」

 

「……ううん、別に嫌じゃないし……むしろ……」

 

「……?」

 

「……なんでもない。あー疲れた。あたしもう寝るから。あっ、入ってきたら通報する」

 

 そう言うと軽井沢は枕に倒れるとピンク色の毛布を頭までかぶった。

 

 どうやらオレはこのままで一夜を明かさなければいけないようだ。

 

 不眠はつらくないがろくに態勢を変えられないのがきつい。

 

 なぜなら軽井沢は眠りに入ってもオレの手を離しはしなかったから。

 

 改めて軽井沢の手は小さく、肌はきめ細やかく、爪先までしっかりと手入れされていた。

 

 ほどよい温かさがオレの手を包む。

 

 元来、手が冷たいオレにはそれが心地よく感じられる。

 

「…………」

 

 視線だけ軽井沢に向ける。

 

 布団に遮られているせいで今の彼女がどんな表情をしているのかはわからない。

 

 安堵して眠っているのか。まだ怒りにこわばらせているのか。

 

 ただ役目を言い渡されたオレとしては一つの結果を望むばかり。

 

「……おやすみ。いい夢、見れるといいな」

 

 独り言に返事はない。

 

 だが、手を握る力が強くなるのを感じて、オレは微笑んだ。

 




基本的に時系列はバラバラです。
現在、Webにアップしている分が尽きたら、完結扱いにしようと思っています。
どうぞよろしくお願いいたします。


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『あたしが貰ってあげる』

基本的に妄想が100%を占めています。


 寄生虫は寄生先と共に生活をしなければならない。

 

 自分を守ってくれる存在。

 

 それのためならばなんだってする。結局は自分の身を守ることに繋がるからだ。

 

 だからといって彼女がオレの部屋にいる理由には全くならないが。

 

「ねぇ、清隆」

 

「………」

 

「……無視するの止めてくんない? さっさとここ教えてよ」

 

「はぁ……」

 

 思わずため息が漏れ出てしまう。

 

 カーテンで遮っていても射し込んでくる日光もだが、主にリビングに居座る軽井沢恵の姿に対して、だ。

 

 テーブルに参考書とノートを開けてつまらなさそうに顔を歪ませている。

 

 彼女もオレに勝る大きな息を吐くと、凝り固まった背筋を伸ばした。

 

 天高く突き上げられた両腕。半袖のせいでちらりと横から汗が垂れる腋。

 

 胸を覆っている黒の布地がほんのすこしだけ覗ける。

 

「……変態」

 

 だが、オレの視線に気づいた軽井沢はすぐに腕で抱きしめるようにして隠す。

 

 そのまま距離を置くように座る位置を動かした。

 

「あんたもやっぱりこういうことに興味あるわけ? だとしたら幻滅なんだけど」

 

「悲しき男の性だ。許してくれ」

 

「嫌。嫌……だけど今は私が頼んでいる立場だしね。早く勉強教えてくれる?」

 

「わかった」

 

 オレは軽井沢の隣に腰を下ろして問題集を見る。彼女の答えと照らし合わせて、間違いの原因を探した。

 

 佐藤からの告白の追求の後、再度軽井沢から連絡を受けた。

 

 それは彼女が理解できなかった問題の解説をする教師役になること。

 

 どうやら今日は夜の部に平田は問題の作成で来れないらしく、オレにその役目が回ってきたらしい。

 

 数週間後にはペーパーシャッフルという新たな試験が待ち受けている。

 

 軽井沢も一学期の試験を経験したことで今のままではいけないことに気づいていた。

 

 彼女なりにオレに頼ってでも少しずつ変わろうとしているのだろう。

 

 変化は良いことだ。

 

 きっと彼女のDクラスでの価値はさらに上がる。

 

 もちろんオレの中でも。

 

 だから、こうして教えているわけだしな。

 

「この公式を当てはめて応用する――で、こうなるわけだ。わかるか?」

 

「うーん、なんとか……って、やっぱり頭もいいんだ」

 

「自慢するほどでもないが、高校程度なら支障はない」

 

「ふーん……。じゃあ、どうしてテストは手を抜いてるのよ。普段通りやった方がいいんじゃないの? 成績も上がるし」

 

「オレは目立たずに過ごしたいんだよ。だから堀北を隠れ蓑にしている。前に言っただろう?」

 

「……まぁ、あんたのことだから何か考えがあるんだろうけどさ」

 

「そういうことにしておいてくれ」

 

 そんな会話を交わしながら彼女のテスト勉強は進んでいく。

 

 集中がおざなりだが、熱心に吸収しようとしているのはオレにもわかる。

 

 まだ秋口とはいえ暑さは中々にしつこく引かない。

 

 ジッと座っていればうっすらと汗も滲む。軽井沢のうなじにもまた一筋の水滴が流れていた。

 

 軽井沢が問題に没頭しているのを確認して、オレはキッチンへと移動する。

 

 冷蔵庫から缶ジュースを取り出すとこっそり背後に回り、無防備な首筋へと当てた。

 

「ひゃんっ!?」

 

 おっ、可愛い声。

 

「冷たいしっ! なにしてんのよ、あんた……!」

 

 缶ジュースよりも冷たい視線を浴びせてくる軽井沢。

 

 企みが成功したオレはジュースを彼女に手渡すと休憩を告げた。

 

「少し緊張を解してやろうと思った。もう三時間も経ってる。集中するのも良いことだが休息も必要だ」

 

「……それなら普通に言えばいいのに」

 

「これは個人的にだが……お前が困った姿を見たかった……というのもある」

 

「は、はぁ!? なに言ってんのよ、あんた!」

 

 顔を真っ赤にさせる軽井沢。

 

 からかったつもりなんだが……それを言えばまた怒られるので黙っておく。

 

「そろそろいい時間だろう? お前もそれを飲んだら帰れ」

 

「え? もうそんな時間?」

 

 軽井沢は携帯を見やる。画面には20:30と映し出されていた。

 

 いつのまにか夕食時を過ぎていたようだ。

 

「うわ……マジじゃん。全然気がつかなかった……。通りでお腹が空くわけだ」

 

「そういうわけだ。今なら他のクラスメイトもいないし、安心して帰れるぞ――っておい。何してるんだ?」

 

「何って……ご飯作るんだけど」

 

「……お前なぁ」

 

「あたしの手づくり食べれるんだから大人しくしときなさいって。……結構入ってるんだ。自分でも作るの?」

 

「たまにな。基本は惣菜頼りだ」

 

「ふーん。ま、なんでもいいけど。台所借りるわよ」

 

 オレの返事を聞く前に軽井沢は調理を始める。

 

 もう好きにしてくれ……。

 

 オレも諦めて、席についた。

 

 ポニーテールを揺らしながら流行りの歌を口ずさむ軽井沢の手は軽快だ。

 

 見た目に反して家庭的少女である。

 

「軽井沢」

 

「なに?」

 

「料理できたんだな」

 

「ぶん殴るわよ」

 

 そんなユーモアなジョークを絡めながら心地よい調理音を聞くこと数十分。

 

 シンプルながらとても美味しそうなハンバーグが二人ぶんも出てきた。

 

 一丁前にソースも用意したらしく、果物の甘い匂いが食欲をそそる。

 

「……どんな錬金術を使ったんだ?」

 

「とことん失礼ね、あんた……。ちゃんと一から作り上げたんだけど?」

 

「冗談だ。手づくりなんて久しいからな。味わって頂く」

 

「どうぞ」

 

 そう言うと軽井沢の視線はオレの手もとへと注がれる。

 

 そんなに見られると食べにくいんだが……表情から察するに上手く出来ているか不安なんだろうな。

 

 ソースのかかった分厚い肉塊を箸で割ると中から肉汁が溢れる。

 

 食べやすいサイズに切り分けると口へと運んだ。

 

「…………美味い」

 

 噛み締める度にしっかりと主張してくる肉の旨味。

 

 絡まったソースが果実をベースにしてあるのであっさりとしており、いくらでも腹に入りそうな錯覚に陥る。

 

 何よりまた食べたいと思わせる魅力がこのハンバーグにはあった。

 

 顔を上げると軽井沢は輝いていた。

 

 褒められて心底嬉しそうな、彼女らしい曇り一つない素晴らしい笑顔。

 

「でしょ!? ちゃんと勉強してきたんだから!」

 

「勉強?」

 

「あっ、いやだから……な、何でもないから冷めないうちに食べたら!?」

 

「ああ。もちろん」

 

 そこから軽井沢も箸を取り、食事を始める。二人で囲む食卓は少しだけいつもより楽しく思えた。

 

「軽井沢は将来、いいお嫁さんになれるな」

 

「は、はぁ!? これくらい普通だし!」

 

「そうなのか? でも、料理はすごく美味しかったぞ」

「……どれくらい?」

 

「毎日食べたいと思うくらいには」

 

「……私、もう帰るから洗い物はよろしく」

 

 隠すことでもないので正直に感想を告げると軽井沢は一息も入れずに帰宅の準備をする。

 

 ……何か地雷を踏んでしまったか?

 

 もしかしたら、からかっていると捉えられたのかもしれない。

 

 今日は自分でも不思議なくらい饒舌だったしな。

 

 一応、弁解はしておこう。

 

「軽井沢。さっき言ったことは全部本心だからな」

 

「……だから余計に恥ずかしいんじゃん……」

 

「え?」

 

「別に。ただやられっぱなしってのも性に合わないし、一言だけ言わせて」

 

 軽井沢はオレの元へと近寄ると、オレの手を包み込むように握った。

 

 そして、下から照れくさそうに目をそらして確かにこう言った。

 

「もし貰い手がいなかったらあたしが清隆のお嫁さんになってあげる」

 

「……は?」

 

「ぷっ……あははっ! 間抜けないい顔。さっきの仕返しだから本気にしないでよね」

 

「……わかってる」

 

「なら、いいんだけどさ。じゃあ、お疲れ。……また、明日ね」

 

 中途半端にあげられた手が小さく左右に揺れると軽井沢は部屋を出ていく。

 

 色々と言ってやりたいことがあったはずなのにオレは動くことが出来なかった。

 

 さっきの言葉を思いだし、気がつけば頬が緩んでいる。

 ……いや。まさかな。

 

 オレは頭を振ると、火照る体を誤魔化すようにシャワールームへと向かう。

 

 そのせいで聞き取ることは出来なかった。

 

「……なに言っちゃってんだろ、あたし。……バカ」

 

 ドア越しの彼女の呟きを。



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『二人の距離を埋める方法』

「やっと帰ったか……」

 

 夏休み最終日。

 

 青春の暴走は見事に失敗して意気消沈した池たちだったが、悔しさのあまりオレの部屋で反省会という名の打ち上げをやり始めた。

 

 どうせオレに拒否権はないのでおとなしく参加していたが、まさかこんな時間まで続くとは思わなかった。

 

 アルコールが入っていないのに、あんなにもはしゃげるのは若さゆえか。

 

「……オレも同級生なんだよな」

 

 自分の年寄りみたいな感性に少しショックを受けつつ、オレは部屋を掃除する。

 

 打ち上げをしようが勝手だが片付けくらいはしてほしいものだ。

 

 スティック型の掃除機を床に沿って動かしていると、ポケットに入れていた携帯が震える。

 

 受信したメッセージを開くと、新たな来客の存在が映し出されていた。

 

「……こいつまでなんだ?」

 

 オレはいったん掃除機を止めるとエレベーターを使ってエントランスまで向かう。

 

 そこから暗い茂みに続く道へ逸れると呼び出した張本人がいた。

 

 夜が世界を支配する中、金色の髪をしている彼女は特に目立つ。周囲に一目がないことを確認してから声をかけた。

 

「どうした、こんな時間に?」

 

「ちょっとあんたに用事があったの」

 

「なんだ? ちゃんと報酬なら払ったはずだが……?」

 

「そう。報酬。たくさんありがとう。っていうか、こんなにもらってよかったの? ラッシュガードも買ってもらったし、綾小路はお金足りてるわけ?」

 

「あいにくオレは無趣味でな。食費さえあれば事足りる」

 

「……高校生のくせに寂しい人生送ってるわね……」

 

 自覚はあるからそんな憐れみを含んだ目を向けるのはやめてほしい。

 

 なんだかみじめになってしまうだろう。

 

「ふーん……まぁ、いいわ。ついてきて」

 

「どこに?」

 

「自然公園。この時間なら誰もいないし」

 

「……話の流れが見えてこないんだが」

 

「夏休み、最後の一日を半分あんたに譲ってあげたんだから夜は私に付き合ってよね」

 

 そう言うと軽井沢は足元に置いていたバッグの中から派手な色で装飾されたパッケージを取り出した。

 

「…‥花火?」

 

「そ。さっき買ってきたの。そういえば夏なのに一回もやってないなーって」

 

「いかにもって感じだな」

 

「灰色の休みを過ごしたあんたが寂しくないようにあたしが付き合ってあげるんだから感謝してよね」

 

 なんという理不尽。

 

 だが、全く持って軽井沢の言う通りだからオレは何も反論はできなかった。

 

 それにしても……。

 

「お前が言うとなんだか裏があるように感じてしまうな」

 

「なにそれ。ひどくない?」

 

「いや、花火をするならオレじゃなくてもよかったわけだろ? わざわざオレを選ぶ必要があったのか?」

 

「それは……ほら。私、ポイントないって言ったじゃん。それなのに花火なんか買ってたら変に思われるでしょ? だから唯一、事情を知っているあんたを選んだってわけ」

 

 軽井沢は嘘をつくのがへたくそだ。

 

 すぐに視線がさまようし、言葉の端切れも一瞬だが悪くなる。

 

 きっと心の根はいいやつだから、罪悪感が姿を出してしまうのだろう。

 

 軽井沢は反省のできる、過ちを過ちと認めることのできる子だ。

 

「……で。いくの? いかないの?」

 

 少々、不機嫌な声音で尋ねてくる軽井沢。

 

 実質、答えは一択しか用意されていない。

 

 オレが諦めの混じったため息を吐くと、それを了承と受け取った軽井沢はニッと口角をつり上げた。

 

「じゃあ、あっちに行こ。ベンチあるんだけど人通りも少ないから。それにこんな時間だもん」

 

 オレの言いたいことを先回りするように述べた彼女は目的の場所へと歩いていく。

 

 笑っているのも相まって揺れるポニーテールが尻尾のように思えた。

 

 忠犬……というタイプでもないな、軽井沢は。むしろ噛みついてきそうだ。大事に扱おう。

 

「なに? あたしの顔に何かついてる?」

 

「いや。それよりもここでいいのか?」

 

「うん。さっそくやっちゃおう」

 

 自然公園の中にある噴水を中心にドーナツ型の広場。円に並んだベンチの一つに荷物を置くと、袋を破いて一本取り出すとオレへと渡してくる。

 

「そういえば軽井沢。お前、バケツとかは持ってきてないのか」

 

「え、あそこの水を使えばいいじゃん」

 

 そう言って彼女は噴水を指さす。

 

 あんなところに花火の燃えカスを落とせばすぐに問題となってオレたちは容赦なくつるし上げられるだろう。

 

 少なくとも茶柱先生はそうする。

 

 それにオレと軽井沢の関係が周囲にばれるのもよくない。

 

 本来ならこうやって二人きりで話しているのも褒められた状況じゃないが……そうだな、手短に終わらせるか。

 

「駄目だ。今日は中止だな」

 

「はぁ? ここまで来て何もしないとかありえなくない?」

 

「わかった、わかった。じゃあ、これだけな」

 

 オレは袋の中から何とも頼りない小さな花火を取り出す。

 

 線香花火。

 

 派手で色鮮やかなものとは対照的に弱い。なのに、淡く光る橙色はとても幻想的で人々の心を魅了する。

 

「これだけならなんとかなる。ほら、ライター貸してくれ」

 

「……仕方ないか。はい、これ。気を付けてよね、危ないんだから」

 

「優しさが染み入る」

 

「なにそれ、きもっ」

 

 互いに慣れないことを言い放ち、少しの間を空けて破顔する。

 

 自分で言っておいてなんだが、さっきのはオレのキャラじゃなかったな。

 

 だけど、軽井沢。そんな腹を抱えて笑わなくてもいいんじゃないか?

 

「あー、久々に笑ったわ、あんなにも」

 

「……そんなに面白かったか?」

 

「普段の綾小路とのギャップがね。なにキメ顔して言ってんのって感じで。写真撮っておけばよかったかも」

 

「オレもぜひ見てみたかったな。ほら、着いたぞ」

 

 パチパチと音をはじけさせて、小さな灯は短い命を一生懸命に生きようとする。

 

 軽井沢はベンチに腰掛けると、ジッとそれを眺めていた。オレも距離を置いて、横に腰を下ろす。

 

 笑いの余韻が残る中、打って変わって夜本来の静けさが辺りに広がる。

 

 彼女は時を見計らったかのように口を開いた。

 

「用事。聞きたいことがあったんだけどいい?」

 

「オレに答えられることだったらな」

 

「あんたはAクラスを目指してるんだよね」

 

「奇しくもそうなる」

 

 入学したときはそんなことは全く考えてもいなかった。

 

 普通に進学し、普通に学生生活を送り、それこそ軽井沢の言う青春とやらを満喫するつもりだった。

 

 堀北に関わり、須藤の事件を経て、オレはいつの間にか戦場へと自らの足で踏み入れて策を練っている。

 

 結局、本性はなかなか変わらないのだ。

 

 軽井沢もいじめられっ子だった過去を拭い去るために、わざわざこんな閉鎖的で離れた場所を選んだのだろう。

 

 オレと軽井沢は根本的に似ているのかもしれない。

 

 そこまでわかっているからオレもこいつを片棒を担ぐ相手として選んだ。

 

「…………」

 

「……どうした、不安そうな顔して。Aクラスに上がれるのはお前にとっても悪い話じゃないだろう」

 

「……あたしってさ。将来、何かなりたいっていうのがないんだよね。ここを選んだのも中学の奴らと会わなくていいからだし。正直、進学率とか就職率とか興味なかった」

 

「奇遇だな。オレも同じ口だ」

 

「は? やりたいことがあるからAクラスを目指すんじゃないの?」

 

「違うな。オレにとってはAクラスになることに意味があって、それによって生まれる成果には興味がないんだ」

 

 綾小路清隆にとって最も大切なのは『勝者』であることだ。

 

『勝つ』ことがオレにとって最高の報酬であり、最優先事項。

 

 世の中のすべては0か1。それでしかない。

 

 そういう風に育てられてきた。

 

「……あんたのこと余計にわからなくなっちゃった」

 

「よく言われるよ」

 

「変な奴。……でも、これからあんたを知っていくつもりだし」

 

 まだまだ余力のありそうだったオレの花火がポトリと落ちる。

 

 それを見て彼女はにんまりと笑った。してやったりという顔だ。

 

「なに? 動揺したの? あたしにこんなこと言われて嬉しかった?」

 

「……そうだな。軽井沢と仲良くできると思って動揺してしまった。オレも軽井沢のことは好きだからな」

 

 また一つ、小さな光の玉は地面へと迎えられる。

 

 暗闇に目立つ赤色。傍から見てもわかるくらいに顔を紅潮させた軽井沢は口を一文字に結んで、こちらをにらんできた。

 

 だが、そこに全く怖さはない。むしろ、愛嬌がうかがえる。

 

「……もちろん人として、だからな?」

 

「わ、わかってるわよ、それくらい! あー、もうっ! こんな性格の悪い奴とずっと一緒だなんて最悪……!」

 

「ひどい言い草だ。それに大げさだな。たった三年間だろ?」

 

「は? あたしは卒業してもあんたと一緒のつもりだから」

 

 こっちが『は?』と言いたいくらいなんだが……。

 

 よっぽどオレは素っ頓狂な表情をしていたのだろう。軽井沢は自虐するように訳を話す。

 

「だって寄生虫はずっと寄生先に守ってもらわないと生きていけないもの」

 

「……それでいいのか? 軽井沢は」

 

「さっきも言ったじゃん。特にやりたいこともないって。だったら、あんたについていこうと思ったの。悪い?」

 

「いや、お前が構わないなら別に……」

 

 ――と口にしたところで、自分の失言に口を閉ざす。

 

 いつの間にか、当たり前のようにオレは軽井沢を受け入れようとしていた。

 

 どうしてだろうか。

 

 一緒にいて落ち着くから? 

 

 違和感ない素の自分を出せるから?

 

 それとも、オレは――。

 

 自問自答を繰り返し、思考の海に潜りかけた時。ふいに手が柔らかい感触に包まれた。

 

 握られることはない。

 

 ただ本当に上に重ねられただけ。

 

 目をやれば顔をこっちに向けないようにしながらも軽井沢が手だけ伸ばしていた。

 

「ねぇ」

 

「……なんだ?」

 

「卒業してもあたしを守ってくれる?」

 

「考えておく」

 

「……もう少しそっちにいっていい?」

 

「……好きにしろ」

 

「ありがと」

 

 そう言うと彼女はほんの少しだけ、オレの方へと座る位置を寄せる。

 

 だが、それでもオレと軽井沢の間にはこぶし一つ分の距離があった。

 

 ……もし、もしオレがこれから軽井沢恵という人間を理解していったなら。お前が綾小路清隆という人間を知っていけたならば。

 

 この距離もいつかはなくなるのか、軽井沢……?

 

 その問いの答えはまだわからない。用意されていない。

 

 だから、これから探っていこうと思う。

 

 答えにたどり着く道を。

 

 そのための一歩として、オレはそっと彼女の手を握った。

 

 夏の暑さとは違う熱が胸を焦がす。

 

 そんな感覚に襲われて。

 



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『好きの自覚』

 この学校には多くの店が立ち並ぶ。趣味、娯楽店ももちろんのこと。

 

 その中でもお気に入りの店であたしは慣れない買い物をしていた。

 

 あたしには似つかないメンズの服を手に二つの商品を見比べる。

 

 そして、清隆のことを思い浮かべてブンブンと頭を振った。

 

 ち、違う、違う! どうしてあいつのこと思い浮かべてんのよ!?

 

 いや、あいつのことなんだけど!

 

「はぁ……どうしてこんなことしようとしてるんだろう、あたし……」

 

 夏に行われたクルーザーでの試験。生まれた奇妙な関係。

 

 綾小路清隆と協力者になり、あたしは彼に守ってもらう。

 

 弱虫で、己の身を守ることもできないあたしには敵を排除してくれる味方が必要だった。

 

 それに名乗り出たのがクラスでも人畜無害で目立たない奴だった清隆。

 

 会話するようになってから本当はキレ者だとわかったし、きっとあいつはまだまだ隠し事をしているのだろう。それは少し寂しいけれど、世話になっているのも実感している。

 

 だから、こうして誕生日プレゼントを選んでいるんだけど……。

 

 先日、あいつからの命令のあと何気なしに眺めていたチャットのアカウント。

 

 操作してみればもうすぐ誕生日だとわかった。

 

 試験のおかげでポイントに困ることはない。それにあいつから貯蓄するようにも言われていたし。

 

「でも、あいつの好みを何も知らないんだよね、あたし」

 

 好みだけじゃない。

 

 好きな料理も、好きな本も、趣味も。

 

 よくよく考えればあたしは清隆のことを何も知らなかった。

 

 聞けば答えてくれるだろうか。

 

 ……ううん、ダメだ。あいつのことだから気が付くかもしれないし……恥ずかしい。

 

「洋介君にもこんなことしてないのになぁ」

 

 ……そういえばどうしてあたしは清隆にプレゼントを贈ろうと思ったんだろう。

 

 誕生日だと知ったから?

 

 いや、それだったら他の男子にもあげている。

 

 清隆だけ特別。

 

「……清隆が好き……とか」

 

 ポツリと呟いてみる。次の瞬間、怒涛の勢いで羞恥が湧き上がり、体温が上昇していくのがわかった。

 

 あ、あいつのことが好きとかそんなのないから!

 

 誰に言い聞かせるわけでもないのに強く否定するあたし。

 

 意識しないようにすればするほど、面白いほど逆作用する。

 

 少なくとも今のあたしの心は清隆一色に染められていた。

 

「お客様。いかがなさいましたか?」

 

「い、いえ。なんでもないです。すみませんっ」

 

 店員に話しかけられてあたしはとっさに服を戻し、店を出ていく。

 

 気を紛らわせようと早足で寮の自室へと駆け込んだ。

 

 バッグを放り投げ、ベッドへ飛び込む。足をばたつかせ、熱が冷めていくまでに数分を要した。

 

 ようやく取り戻した平静。

 

 自嘲気味に深いため息をつく。

 

「なに一人で盛り上がって興奮してるんだろ、あたしは」

 

 あいつはただの協力者で、お互いに利益があるから利用している。それだけの関係。

 

 二人の間に恋愛なんて甘い夢はなくて、ただ現実が転がっているだけだ。

 

 わかっている。受け入れている。

 

 なのに。なのに、どうして……胸がこんなに痛いのだろう。

 

「……ん、佐藤さん?」

 

 通知音が鳴り、パスワードを入力してチャット画面を開く。女子専用のグループチャット。

 

 そこに新しく投稿されたクラスメイトの佐藤摩耶さんの告白。

 

 記された内容を見て、頭を横から殴られたような衝撃に見舞われた。

 

『明日、綾小路君に告白してみようと思う!』

 

 キリキリと締め付けられる感覚。

 

 動揺と焦りが視界を大きく揺らす。

 

 やがて佐藤さんの言っていることが理解できると、次に姿を覗かせたのはどす黒い欲望だった。

 

 ふざけるな。

 

 駄目に決まっている。

 

 守ってもらわないといけないの。

 

 あたしは寄生虫。

 

 いつまでも一心同体なのだから。

 

 あいつはあたしのものだ。

 

 清隆は誰にも渡さない。

 

 次々と出てくる負の感情に任せて否定するような文章を連ねていく。

 

 全て書き終えて、送信ボタンを押す――前にスマホが震えたことで我に返った。

 

 購入の催促メール。普段は鬱陶しいこと、この上なかったが今だけは感謝できる。

 

 あと少しであたしは軽井沢恵を殺すところだった。

 

 深呼吸をして、冷静に努めると当たり障りのないメッセージを打って、また沈み込む。

 

「本当に何してんだろ、あたし……」

 

 いや、わかっている。

 

 あたしは、あたしは綾小路清隆のことが好きなんだ。

 

 一度はっきりと認識してしまえば、考えてしまえば、もう戻ることのできない。

 

 いつしかあたしの気持ちは間違いなく清隆へと向いていたのだ。

 

 あぁ、少しだけ楽になった気分。

 

 犯罪を自白した罪人もこんな気持ちなんだろうか。

 

「別に好きってことが罪でもないだろうに」

 

 自分の気持ちを肯定すると、あっという間に埋め尽くされていく思考。

 

 今はあたしのことを見てもらうために、清隆へのプレゼントを再度考えていた。

 

「……どうせならあたしだけの何かにしたいよね」

 

 多分、清隆の誕生日に気づいているのはあたしだけだ。

 

 あいつは自分のことをあまり話すタイプじゃないし、あの時に堀北さんよりあたしを信用していると言ってくれた。それはつまり、あたしが知りえないことは堀北さんでもわからない。

 

 だったら、これは絶好の機会。

 

 あたしをアピールするチャンスだ。

 

「手作りのお菓子でも作ろうかな」

 

 でも、いつ渡すのか。そもそもあたしと清隆の仲を誰にも知られてはいけない。

 

 だから、過去のチャットの履歴も通話履歴も消している。

 

 さらに加えるならば、好きだとバレてもならない。

 

 清隆のことだから面倒だと思えば切り捨てる可能性も十分にある。

 

「……どうしようもないじゃん」

 

 まさにたった今、口にした通りで。

 

 あたしは結局、ろくな案を思いつくことなく夜を過ごすことになったのであった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 巡ってきた翌日。

 

 言っていた通り、佐藤さんが清隆を連れていく。あたしはその前にあいつにアイコンタクトを図った。すると、向こうも気づいてくれたようだ。

 

 うん、これでいい。あたしは佐藤さんの告白の結果を見届けるまでもなく、教室を後にした。

 

 汗に汚れた体を洗い流し、もろもろの用事を終わらせて、時間が過ぎるのを待った。

 

 そして、ちょうど夜食前。

 

 タイミングを見計らって、清隆に連絡を取る。

 

 ほんの少しの間が永遠に感じられるような緊張感。以前までなら覚えのない感情に戸惑いながらも清隆が出るのを待った。

 

「どうした、軽井沢」

 

 相も変わらず気だるそうな声。

 

 だけど、あたしには愛おしく聞こえるのだから、恋とは人を変える魔法だなと思った。

 

 それはともかく聞きたいことがある。目が合ったから清隆も気づいているはずだ。

 

「あんた、今日、佐藤さんに告白されたでしょう?」

 

「……もう出回ってるのか?」

 

「まぁね。女子のネットワーク舐めたら痛い目にあうわよ。……で、付き合うことになったの?」

 

「それは答える必要があるのか?」

 

「あるに決まってるでしょ。あんたが佐藤さんと付き合ったら誰があたしを守ってくれるのよ」

 

 嘘の中に少し真実を混ぜると信憑性が増す。

 

 本当は付き合っていないという確証が欲しいだけ。

 

 しばしの沈黙の後、あいつは閉じていた口を開く。

 

「連絡先を交換しただけだ。友達から始めようってことになった」

 

 ほっと安堵して、全身から力が抜けるような錯覚をするが、なんとか普段通りを努める。

 

「そ、そう。なら、いいんだけど」

 

「……なんかうれしそうじゃないか?」

 

「き、気のせいよ! そういう感じならいいかな。あんたから連絡することはもちろんないんでしょ?」

 

「そうなるな。オレから特に行動を起こすことはない」

 

「そっか……」

 

「……改めて言っておくが何かあればいつでも連絡しろ。どんな手段を使ってでもオレに任せればお前は助けてやるから」

 

 その言葉に胸が跳ね、喜びがこみあげる。高揚する声を抑えて、返事をした。

 

「うん、ありがとう」

 

「軽井沢から礼を言われると変な気分だな」

 

「どういう意味よ」

 

「いや、忘れてくれ。それからこの後履歴は消しておいてほしい。つながりが記録に残るのはよくない」

 

「それならもうやってるから」

 

「さすがだな。じゃあ、切るぞ」

 

「うん。……おやすみ」

 

「ああ、おやすみ」

 

「――っ」

 

 通話が終わった後も耳に残る清隆の声。脳内で反芻する間、幸福に満たされる。

 

「ははっ。毒されてるなぁ、あたし」

 

 でも、こんな気分も悪くない。

 

 あたしはにへらと頬を緩めながら、清隆とのチャットを開くと、ろうそくを立てたケーキのスタンプを送る。

 

 誕生日を祝うプレゼントが結局、思いつかなかったあたしはこうすることにしたのだ。

 

 それにいきなり贈り物を用意するなんて、やっぱりらしくないしね。

 

 今はこうやって清隆への好意を自覚できただけでも良しとしよう。

 

 そして、いつか堂々と……。

 

「誕生日、祝えたらいいな」

 

 つながりが消えるようで、ちょっとだけ惜しいけれど。

 

 清隆との履歴を消す。けれど、きっとこの気持ちは消えることはないだろう。

 

 あたしは携帯を放り投げると、満たされたまま眠りにつくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、軽井沢さん。リボン変えたんだー?」

 

「うん。誕生日プレゼントで貰ったからさ」

 

「えー? 誰から? 平田君?」

 

「うーん、そうだね……」

 

 

 

 ――大切な人から、かな。

 

 



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『買い物デート』

「なるほど。参考になるな」

 

 独り言をつぶやくと、次のページへ移動する。

 

 白いベールが街を包む季節は終わり、雪化粧は溶け始めたこの頃。

 

 オレは寮の外である人物と待ち合わせをしていた。

 

 彼女が来るまでの間に普段ならば到底、目を通さない記事を読んでいたのだ。

 

「やはりプレゼントなんだから直接渡した方が相手もうれしいか」

 

 それも誕生日だ。

 

 手渡しだと、気持ちが込められていて相手も受け取りやすくなるに決まっている。

 

 慣れないことをしようとしているオレだが、この起因は数か月前にも及ぶ一つのスタンプだった。

 

 唯一、誕生日を祝ってくれた彼女に個人的にお礼がしたいと思ってたオレは今日ここに呼び出している。

 

 もちろん、誕生日プレゼントを渡すためとは言っていない。

 

 いつものように話があると伝えただけだ。

 

 実に嫌そうな声音だったが、彼女は間違いなく来るだろう。

 

 それにはオレとあいつの奇妙な関係が根幹にあるのだが、割愛。

 

 噂をすれば、軽井沢恵が髪を揺らしてやってきた。

 

「……お、おはよ」

 

「ああ、おはよう」

 

 彼女はあくびをしながら、挨拶をしてくる。

 

 朝早い集合だったので、眠たいのだろう。それでも服装はきっちり整えている辺りはさすがとしか言えない。

 

「昨日、いきなりあんなメール送ってきたからビックリしたんだけど」

 

「悪いな。至急、ということだ」

 

「まぁ……あんたの頼みだし何でもいいけどさ」

 

「ん? 何か言ったか?」

 

「いいえ、なにも! それで報酬くれるんだっけ」

 

「そうだ。だから、一緒に買いに行くぞ」

 

「あたしとしてはラッキーだけどさ。ちょうど春物買いたかったし。……でも、本当にそれだけで?」

 

「前にもラッシュガードを渡しただろう。あれと同じようなものだ」

 

「ふーん。……まぁ、なんでもいいけど」

 

 以前、ラッシュガードを買ったことで説得力が増して、納得してくれたみたいだ。

 

 助かった。

 

 誕生日を祝いたいなんて言ったら、ついてきてくれなかっただろう。

 

 ただ少し、機嫌が悪そうなのはなぜだろうか。

 

 今迄の言動に彼女を傷つけるようなことはなかったと思うんだが……。

 

「なにぼうっとしてんの。早く行こ」

 

「あ、あぁ、悪い」

 

 思慮にふけっていると、軽井沢はどんどんさきを進んでいた。

 

 オレも駆け足で隣に並び、雑談を繰り広げながら目当ての場所へ行く。

 

「ケヤキモールとは違うんだな」

 

「まぁね。クラスの友達と会ったらあんたも困るでしょ。それにあたしの最近のお気に入りは別なんだよね」

 

 そう言う彼女と向かったのはおそらく隔離された土地の中で寮から最も離れたところにある小さな子洒落た店だった。

 

 この時間帯ならば確かに危険な遭遇はない。

 

「ここ、ちょっと遠いんだけどさ。あたし好みの服そろえてて最近お世話になってるんだよね」

 

「なるほどな」

 

「ちょっと見て回ってきていい? それまで試着室で待ってて」

 

 返事を聞かずに、軽井沢は物色を始め出す。

 

 なので、オレは言われるがまま、試着室で楽しそうに服を選ぶ軽井沢を眺めていた。

 

「彼女さん。綺麗ですね」

 

 すると、客入りがなく暇を持て余しているのか、店員がそんな話題を吹っかけてくる。

 

 ……どうやら軽井沢には聞こえていなさそうだし、いちいち否定するのも面倒くさいから適当に流しておくか。

 

「はぁ、まぁ」

 

「よろしければ彼氏さんも一緒に選んであげてはいかがですか? きっとその方がお喜びになると思いますよ」

 

「そうでしょうか?」

 

「そうですよ! ささ、どうぞ!」

 

 押しの強い店員だな。

 

 オレはしぶしぶ重い足を動かし、軽井沢の隣に並ぶ。

 

「軽井沢」

 

「なに? あっちで待っていてって言ったじゃん」

 

「あー、そのなんだ。オレも選んでもいいか?」

 

 そう言うと軽井沢は信じられないものを見るような目でオレを見ていた。

 

 確かに、オレの性格を知っていたらこんな反応をするよな。

 

「……熱でもあるの?」

 

「健康体だ。それで?」

 

「別に構わないけど……変なの持ってきたら怒るから」

 

「精一杯努力する」

 

 流行に敏感で、ファッションセンスの高い軽井沢が相手だとハードルが高いが、最大限努力はしよう。

 

 そうして二人で店内をうろつくこと十数分。

 

 軽井沢は二着、オレは一着選び抜き、ファッションショーが開演となった。

 

「どう? 似合ってる?」

 

 大きめの桃色のパーカーにショートパンツを組み合わせたボーイッシュなスタイル。

 

 軽井沢の流線の美しい足がほぼ露わになっていて、視線が思わず釘付けになってしまう。

 

 垢ぬけた感じで、可愛いと思った。

 

「ああ。とても」

 

「オッケー。次は……はい。こんな感じ」

 

 今度は正反対に肌の露出を極限に抑えたシャツにロングスカートだった。

 

 水色に薄い桃色と春を連想させる明るい色調は、軽井沢の活気あるイメージをより印象付けている。

 

 クルリと笑いながら、その場で回る軽井沢も結構気に入っているのではないだろうか。

 

「どんな感じ?」

 

「若々しくていいと思う」

 

「あたしはまだおばさんじゃないんだけど! まぁ、いいや。最後は清隆が選んだやつね。……よいしょっと。はい」

 

 袖口にフリルのついた白のトップスに紺色のストライプパンツ。

 

 オレはあえて普段、軽井沢が着ないであろう服の種類を選んだ。

 

 ギャップ効果を狙った形になる。

 

 スタイルのいい軽井沢なら……と思っていたが、想像以上に大人っぽく。それでいて可憐さもある仕上がりになったと思う。

 

「……すごく似合ってるぞ」

 

「あんまりストレートに言われると、こっちまで恥ずかしんだけど……」

 

「す、すまん。それで軽井沢はどれがいいんだ?」

 

 手を口元にあてて恥ずかしがる軽井沢。オレもわざとらしいが話題を切り替える。

 

 どうやら軽井沢としても悩んでいるのか、唸っては何度も鏡で見比べていた。

 

 やがて彼女は三つとも手にもって、オレの方へ振り向くとこんなことを言ってきた。

 

「あたし、どれもいいと思ったから選べない」

 

「確かに甲乙つけがたいな」

 

「そうそう。だからさ、この中から清隆が選んでよ」

 

「オレが?」

 

「そう。あたしの可愛さに清隆が値段をつけるの」

 

 軽井沢はいたずらをする小悪魔のように笑う。

 

 なるほど。

 

 オレは試されているのだろうか。

 

 どれくらい軽井沢を可愛いと思っているか。

 

 どうしてオレがそんなことを考えなければいけないのか、いまいち理解ができないが……。

 

 今日は軽井沢の誕生日だ。

 

 オレも自分の思った通りに答えれば彼女も怒らないはず。

 

「じゃあ、貸してくれ」

 

 オレはそう言うと、軽井沢の手からすべての服を受け取る。

 

 値段は確認しなくても大丈夫だろう。

 

 必要最低限以外のポイントは使っていない。そこそこの量はたまっているからな。

 

「さ~て? 清隆はどれを選んでくれるのかしら?」

 

 やけに嬉しそうに軽井沢はこちらを見てくる。

 

 店に他に誰もいないからなのか、態度も普段通りだ。

 

 学校では絶対に見せてくれない天真爛漫な笑顔。

 

 不意に。

 

 本当に脈絡もなく……どこにいてもオレにその笑顔を向けてほしいと、そう思っていた。

 

「…………」

 

「ちなみに、あたしのお気に入りは最後に着たやつね。……どうかした?」

 

「いや、なんでもない。……でも、オレが可愛いと思ったものでいいんだろう?」

 

「そうね。でも、少しは格好いいところ見せてほしいな~。ん~?」

 

 軽井沢は顔を近づけて、甘い声でお願いしてくる。

 

 オレがしようと思っていたことが、彼女の琴線に触れたらいいが……気にしてもしかたないな。

 

「じゃあ、レジに行くか」

 

「清隆的にはどれが良かったの?」

 

「全部だ」

 

「え?」

 

「どれも軽井沢に似合っていた。……全部、可愛いと思った」

 

 オレがそう言うと、みるみるうちに軽井沢の頬が赤みを帯びていく。

 

 恥ずかしさを覚えた彼女はせわしなく髪の毛を弄りだす。

 

 ……オレもまともに軽井沢に目を向けられないくらいには羞恥を覚えていた。

 

 初めてだからかもしれないが、こういうことをサラリと出来る奴にある種の尊敬が生まれるほどには。

 

「そ、そうなんだ」

 

「ああ、そうだ」

 

「ち、ちなみに具体的な感想は?」

 

「少なくともオレが見てきた女子の中でいちばん可愛いと思った。……これ以上は許してくれ」

 

「あ……うん。あたしも、そろそろ限界……」

 

「……レジ、行くぞ」

 

「……うん、ありがとう」

 

 そこからオレたちは終始、無言のままだった。

 

 レジで相手をしてくれた店員さんには『素敵な彼氏さんですね』と言われ、軽井沢の耳は真っ赤に染まり、オレもあまりにも経験が乏しく何もフォローが出来なかった。

 

 ……もしかしたら、否定したくないという気持ちがあったのかもしれない。

 

 いや、素直に認めよう。

 

 自分の胸に宿った想いを。

 

 わざわざ軽井沢だけ、こうしてリスクまで冒して誕生日を祝おうと思ったのも。

 

 たった一つの気持ちが理由だろう。

 

 

 

 

 こぶし一つ分だけ開いた距離で歩きながら、オレたちはいつもの待ち合わせ場所にたどり着いた。

 

 缶ジュースを買うと、軽井沢に手渡して隣に腰を下ろす。

 

「ほら。ずっと何も飲んでなかっただろ」

 

「……ありがと」

 

 そして、また無言へ。

 

 だが、同じ轍は踏まない。気まずさを覚える前にオレは話を切り出した。

 

「あの」「あのさ」

 

「「…………」」

 

「な、なに? 別にあんたからでいいわよ」

 

「いや、大したことでもない。軽井沢からでいいぞ」

 

「……わかった。じゃあ、質問」

 

「答えられる範囲でな」

 

「今日、あたしを誘った理由って本当に買収のため?」

 

 思わず口に含んだものを吹き出しそうになる。

 

 チラと目をやると、怪訝な視線をこちらへと送っていた。

 

「どうしてそう思うんだ?」

 

「だって、前はポイント渡して『はい、終わり』って感じだったし。なんで今回はついてきたんだろって」

 

「…………」

 

「それにあたしと行動しているところ見られるの、あんたにとってもリスクなんでしょ。おかしいと思うわよ、普通」

 

 嘘を追求する鋭い視線にオレは両手をあげて降参を示す。

 

 軽井沢は大きくため息を吐いた。

 

「そんなところだと思った」

 

「先に弁解しておくと、ちゃんとした理由があったんだ」

 

「なに? ろくなことじゃなかったら、ひっぱたくから」

 

「直接、お前に誕生日プレゼントを渡したかった」

 

「……は?」

 

「今日、誕生日だろ。だから、プレゼントしてやりたくて誘った。それが本当の理由だ」

 

 正直にすべてを話すと軽井沢は手から缶を滑り落とす。

 

 一歩後ずさって飛び跳ねると、信じられないといった口調で問いただしてくる。

 

「ななな……なにそれ! 全然聞いてないんだけど!」

 

「言ってないからな」

 

「はぁ! ていうか、どうしてあたしの誕生日知ってるのよ! 教えてないのに!」

 

「……ちょっと前、オレに誕生日スタンプ送ってくれただろ?」

 

 そう言うと彼女は思い当たる節があって、うなずいた。

 

「誕生日を祝ってもらえて……だから、オレも確認して、祝おうと思った。悪い。気持ち悪かったか」

 

「そんなことない!」

 

「……軽井沢?」

 

「誕生日祝ってくれて、あたしは嬉しかったよ。最初も『もしかしたら』ってちょっとだけ期待してたし!」

 

 息をつく暇もなく彼女は続ける。

 

「か、か、可愛いって言ってくれて、それも嬉しかった。だから、その……ありがとう」

 

 小さく、本当に小さな声で軽井沢はお礼を言ってくれた。

 

 それだけでオレの心も満たされた気分になる。

 

 静寂に辺りが包まれるが、さっきまでの嫌な沈黙じゃない。

 

 初めてお互いの気持ちが通じ合ったような、そんな居心地の良さを錯覚する静けさ。

 

 そこにオレたちは十数秒、身を寄せた。

 

「……そろそろ帰るか」

 

「それもそうね。あまり長居すると誰かに見られるかもだし」

 

「今日はありがとうな。我がままに付き合ってくれて。じゃあ、先に帰ってくれていいぞ。オレは怪しまれないように時間を空けて戻る」

 

「わかった」

 

 軽井沢はそれだけ言い残すと、いつものように立ち上がり――だが、そこから一歩も動こうとはしなかった。

 

「……軽井沢?」

 

「あのさ」

 

 彼女はもう一度オレの隣に座ると、ぎゅっと服の袖を握りしめた。

 

「……また、今度。この服着てあげるから、一緒に……」

 

 尻すぼみになっていくか弱い声。

 

 彼女も頭の中で理解しているのだろう。

 

 オレたちの関係を、損得を考えれば、こんなことを言っても何にも意味がないということを。

 

 だけど、軽井沢は機械じゃなく人間で、感情が理性を飛び越えて先走ることもある。

 

 オレもそんな風に熱くなることを、たった今、覚えた。

 

「来週、オレの部屋に来てくれないか? 人目につかない時間に」

 

「――っ」

 

 オレの答えはどうやら満点だったようだ。

 

 軽井沢は瞳を輝かせると、何度もうなずいてくれる。

 

 どうなってしまったんだと自分でも思う。

 

 だけど、もういいだろう。元から彼女をどんな脅威からも守ると決めていたんだ。

 

 自分に火の粉が降りかかっても軽井沢を守る。

 

 オレのテリトリーの中に軽井沢を迎え入れる。

 

 その覚悟を決めた。

 

「後で連絡するから」

 

「ああ。楽しみにしてる」

 

 返事をすると、軽井沢は今度こそ立ち去ろうとする。

 

 そして、少しだけ歩いてから、こちらへと振り返った。

 

「……またね」

 

 彼女は胸元で、小さく手を振っている。

 

 オレも同じように返すと、軽井沢は小走りで寮へと戻っていく。

 

 その後ろ姿が見えなくなると、オレは天を仰いで息を吐いた。

 

「また、あのサイトに頼らないとな」

 

 自分でも驚くぐらいに、思考は次の彼女と会うことに向けられていたが悪い気分ではない。

 

 むしろ、高揚感で満たされているくらいだ。

 

 ……もうここまでくれば勘違いではないだろう。

 

 受け入れてしまえば、意外と簡単なものだ。

 

「……さて、と」

 

 オレも次までに覚悟を決めておくとするか。

 

 一週間後、彼女に良い返事をもらえるように。



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『お家デート』

 他人からすればオレの部屋というのは何も面白みがなく、質素なものらしい。

 

 オレに言わせれば、必要性がないので別に問題はないように思える。そう答えると「つまんねー」と言われた。

 

 それが数か月前の話。

 

 だが、今はどうだろうか。

 

 カーペットにハート型の大きなクッション。隅には雑誌を保管するラックが置かれており、ベッドには無造作に水色のパーカーが放り投げられている。

 

 オレは二つのマグカップに淹れたての紅茶を注ぐと、リビングで映画鑑賞を楽しんでいる彼女の前に差し出した。

 

「…‥軽井沢。お前、私物を持ち込みすぎじゃないか?」

 

「ちょっと静かにして。今、いいところだから」

 

 マジトーンで怒られてしまった。

 

 ……ここはオレの部屋なんだけどな。

 

 とはいえ、逆らうのは吉ではない。おとなしく隣でオレも見ておくとしよう。

 

 流れているのは先日、愛里たちと見に行ったのと同じもの。

 

 レンタルしてきたみたいで、それだけを手に部屋へと転がり込んできた。

 

 身分の差から隠れて交際を続けていた主人公とヒロインはキスをして、皆に祝福される。

 

 ありきたりな終わり方だが、女子に好評だったのを覚えている。

 

 だがしかし、メンバーの中で唯一面白くなさげな顔をしていたのが軽井沢だ。

 

 なのに、もう一度わざわざオレの部屋で見た意味。

 

 なんとなくではあるが、察していた。

 

 エンドロールが流れ、すべての映像が流れ終えると、軽井沢はうんっと背を伸ばす。

 

「あー、終わったぁ」

 

 そのままオレの方へ倒れこむと、自然と膝枕をする形になる。

 

 彼女の整えられた金色の髪がくすぐったい。

 

「清隆。撫でて」

 

 彼女のお願いにため息で返すと、仕方なしに軽井沢の頭を腰まで伸びる髪に沿って撫でる。

 

 以前までなら考えられない行動。

 

 だが、オレたちの関係性はまた変わったのだ。

 

 協力者から恋人同士へ。

 

 利害など関係なしに相手の力になる。オレと軽井沢はいつの間にか、そういったつながりになっていた。

 

 ただ、曖昧なきっかけでもはっきりと言えるのは。

 

 オレは軽井沢恵を心から好きだということだ。

 

「軽井沢」

 

「二人きりだけど」

 

「……恵」

 

「なに、清隆?」

 

「来年。必ずお前と堂々と外を歩けるようにするから。もう少しだけ待っていてくれ」

 

 そう言うと、恵は頬を紅葉させ、小さく相槌を打つ。

 

 空いている手を重ね、上から握りしめた。

 

 そう。現段階でオレと恵の関係が明るみに出るのは非常にまずいことだった。

 

 Dクラスにとっても。軽井沢恵にとっても。

 

 だが、こうやって今日はオレの部屋を訪ねるという大胆な行動を取れているのには理由があった。

 

 寮内一斉の水道点検だ。

 

 事前に通告された時間帯は水の供給がストップされる。

 

 そのため、どの生徒たちも自室におらず、町へと繰り出しているだろう。

 

 人の数がまばらであれば、それだけ負うリスクは少ない。

 

 リスクと私欲。

 

 オレは生まれて初めて私欲を優先した。

 

 1か0。

 

 そんな世界が嫌で、抜け出してきたオレが手に入れた大切な存在。

 

「……そんなに見つめられると恥ずかしいんだけど」

 

 我慢比べに負けた恵は目をそらす。

 

 存外、彼女は照れ屋だ。

 

 みんなに持たれているイメージとは裏腹に清純な性格をしていて、仄暗い過去を持つ。

 

 それらもまた軽井沢恵を形成する魅力の一つなのだと思う。

 

 ただオレが惚れて、盲目になっているだけかもしれないが。

 

「それで今日はどうする?」

 

「んー、朝までいるつもり。三時くらいに自室に戻ろうかな」

 

「シャワーは?」

 

「借りる。もう終わってる頃だし、水道止まってるの」

 

 時刻は深夜12時を回っていた。

 

 楽しい時間は早く過ぎるとはよく言ったものだ。

 

 毎日が退屈だったあの頃は永遠のように感じられたのに。

 

「そうだな。だが、着替えは持ってるのか? 何も持ってきていなかったよな?」

 

「清隆のシャツでいい」

 

「え? でも、匂いとか」

 

「清隆のシャツでいいの」

 

 有無を言わせない迫力を感じ、オレは素直に引き下がる。

 

 女子高生はこういうのに敏感なのかと思っていたが、杞憂だったみたいだ。

 

「それじゃあ、オレの置いておくよ。さすがに下着は」

 

 オレのは貸せないぞ。

 

 そう伝え終わる前にクッションを顔面にぶつけられた。

 

 物を投げ終えたフォームの恵。

 

「変態」

 

 ただの悪口なのに、なぜか興奮した。

 

「冗談だ。オレも常識くらい持ち合わせている」

 

「あんた、いつも真顔だからまだわからない時があるのよ。……そういえば、あたしといるときも笑った顔、見たことないかも」

 

「そうか。オレ的には笑っていると思うんだけどな」

 

「本当に? 嫌とか思ってない?」

 

 さっきまでの強気な態度とは正反対に瞳にのぞける不安。

 

 軽井沢恵の本質。

 

 寄生虫であると。

 

 誰かに依存しなければ生きていけないと思い込んでいる可哀想な少女。

 

 長く、長く刷りこまれた意識はそう簡単に消えはしない。

 

 けれど、それでもいいとオレは思っている。

 

 ずっとオレがそばにいてやればいい。

 

 ただそれだけの問題だからだ。

 

「ああ。オレは恵が好きだからな」

 

 そう言って、オレは恵を抱きしめる。

 

 腰に回した腕に力を込めれば、折れてしまいそうに錯覚するほど気力がない。

 

「……あたしも好き」

 

 恵は体を預けるように寄り添ってくる。

 

 どうやら本当に落ち込んでいるようだ。

 

 ここはオレのジョークで場を和ませることにしよう。

 

「そうだな。ここはお互いの気持ちを確認するためにも一緒に入るか?」

 

 オレの言葉に恵は顔を上げる。

 

 ほんのりと朱色に染めた頬。

 

 動揺に揺れる瞳。

 

 震える唇が紡ぎだした言葉は、オレの予測するのとは違う結果を生み出した。

 

「……いいわよ」

 

「え?」

 

「あたしには清隆しかいないから。それに気持ちに嘘をつきたくない。いつかそういうことをする日が来るとも思ってた。それが今日だけって話。まぁ、最初が浴室っていうのもあれだけど……誰かに聞かれるよりはそっちの方がいいよね」

 

 恵はオレの腕を引っ張ると、そのまま浴室へと連れ込む。

 

 バタンと音を立てて、ドアが閉められる。

 

 ここだけ外の世界と隔離された。

 

「……ドキドキしてきた」

 

 それはオレのセリフなんだけどな。

 

 間違えてお酒を飲ませてしまった、ということもなさそうだ。

 

 目の焦点は定まっている。匂いもしない。

 

 つまり、正気で恵は行動しているということ。

 

「あんまりジロジロ見たら怒るから」

 

 そう言って彼女は服を脱ぎ始める。

 

 腹部から徐々にあらわになる白く、きめ細かな肌。

 

 外見に気を使う彼女の腰にはくびれが出来ており、間違いなくモデルよりも完成されたラインを作り上げていた。

 

 そのまま眺め続けたい絶景だったが、めくりあげられるセーターが脇腹辺りに差し掛かったところで、オレは目を閉じる。

 

 恵には人に隠している傷がある。

 

 そこには彼女の嫌な思い出が詰まっており、負の遺産ともいえるだろう。

 

 オレと彼女の関係を築き上げたのも、この傷があったからというのは少しばかり皮肉が効いている。

 

 どちらにせよ、あまり見られて気分のいいものではないはずだ。

 

「……そういうところ優しいよね、清隆って」

 

「最低限の礼儀だ。誰だってこれくらいはできるさ」

 

「男子って女子の裸を見たら、襲い掛かるものなんじゃないの?」

 

「自分で言うのもなんだが、オレは一般から離れているらしいからな。参考になるかはわからないが……オレはかなり我慢しているぞ」

 

 池たちがよくグラビア雑誌を見て、話していたがいまいちオレにはわからないでいた。

 

 だが、今ならあいつらが騒いでいたのが理解できる。

 

 オレは間違いなく軽井沢恵に性的興奮を覚えているからだ。

 

「……それはあたしの体に魅力があるってことでいいわけ?」

 

「恥ずかしいが、まさにその通りだ」

 

「そう。……じゃあ、いいわよ。眼を開けて、好きなことしても……」

 

「ほ、本当にいいのか?」

 

「いいからっ。あたしも恥ずかしいんだから早くして」

 

「わ、わかった」

 

 目の前に一糸まとわぬ恵の姿がある。

 

 そんな風に想像しただけで体が熱くなるのを感じる。

 

 ……よし。

 

 希望と、欲望を込めて瞼を開けた。

 

「……あれ?」

 

 しかし、視界に飛び込んできたのは、予想と反してさっきまでと同じセーターを着ている恵だった。

 

 脱いだ形跡など、どこにもない。

 

 そして、彼女がニヤニヤと無邪気な笑みを浮かべているのを見て、ようやく気付いた。

 

「大成功~」

 

 小悪魔はピースをすると、嬉しそうにオレの顔をのぞき込んでくる。

 

「どう? あたしの名演技は。本気だと思ったでしょ?」

 

「……ああ。騙されたよ。もてあそばれた」

 

「最初に仕掛けてきた清隆が悪いのよ」

 

 ガクリと肩を落とす。

 

 よくよく思い返せば服を脱ぐ音も、下着を外す音もしていなかった。

 

 してやられたというわけだ。

 

「はぁ……」

 

「なになに。そんなにショック受けてるの? 冗談に決まっているじゃない。変態の清隆さん」

 

「オレもかなり緊張したんだからな? 覚悟を決めたり、いろいろと……。それをもてあそばれた……」

 

「……そんなにあたしとそういうことしたかった?」

 

 その質問に正直に言おうか、はぐらかそうか。

 

 どちらを選ぶべきなのか、迷って……オレは素直になることを選択した。

 

「したくないと言えば嘘になるな」

 

「したかった?」

 

「……したかった」

 

「最初からそう言えばよかったのに。……素直じゃないんだから、バカ」

 

 不意に、ぐいっと袖を引かれる。

 

 抵抗なく、前へと傾く体。

 

 重なる唇。

 

 一秒にも満たないやわらかな感触。

 

 何をしたのか、訳も分からず尋ねようとすると、人差し指で止められる。

 

「今はこれだけ。そういうのはここを卒業してからだから。……ほら、早く出て。いつまで見てるの。これ以上は料金が発生するわよ」

 

 恵に背中を押されて、オレは追いやられる。

 

 緊張感が解けると、情けなくもその場に座り込んでしまう。

 

 恋とはなんと恐ろしい代物なのだ。

 

 まさかオレがこうも骨抜きにされるとは。

 

 全く情けない。情けないが……。

 

「やっぱりかわいいな、オレの彼女」

 

 この気持ちに溺れているのも悪くはない。

 

 不思議とそう思うのであった。




読んでいただいてありがとうございます


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『ずっと一緒に』

 私は春が好きだ。

 

 桜が散る様子がきれいとか、そんな高尚な理由じゃなくて、単純に別れが訪れるから。

 

 強制的に、関係をリセットできる。

 

 新たな出会いには期待したことがない。

 

 私を虐めていた奴らとのことしか考えたことなかったから。

 

 だから、私は春が好きだった(・・・)。

 

 そんな別れの季節がやってきた。

 

    ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 来る学園最後の日。

 

 三年間を過ごした教室は喧騒に包まれていたけど、すでに静けさが到来していた。

 

 卒業式を終えた私たちはこの後、学園内のレストランでサヨナラ会を開く予定で、みんなはそっちに向かったんだろう。

 

 私ももちろん呼ばれているが、その前に大切な用事があったので、ここへ来ていた。

 

 夕焼け色に染められた室内に、私を呼び出した男が壁にもたれかかっていた。

 

 私は隣の机に腰を下ろすと、背中をポンと叩く。

 

「お待たせ、清隆」

 

「いや、俺も来たばかりだ、恵」

 

 私の想い人である綾小路清隆は相変わらず生気の感じられない表情で、そう返す。

 

 ……なんだか、このやりとり、恋人みたいだ――と、胸がドキドキすることはない。

 

 もう何度もしてきた応答。

 

 あたしは清隆のパートナーとして、ずっと裏で彼を支え続け(少なくとも、あたしはそう思っている)、彼もまたあたしが困っているときは手を差し伸べてくれた。

 

 そもそもが清隆の策略から始まった関係だけど、今では冗談も言い合える仲になっていた。

 

 この学園において、最も心の距離が近いのは彼と言っても間違いではないと思う。

 

「佐倉さんたちは良かったの?」

 

「忘れ物をしたから先に向かっておいてくれって言っておいた。そっちは?」

 

「同じ感じね。着いてきそうだったから、ちょっと手間取っちゃたけど」

 

「そうか。なら、なるべく早く戻った方がよさそうだな」

 

「わざわざ呼び出しておいて、しょうもない要件だったら怒るから」

 

「そうはならないから安心してくれ」

 

 あたしもメールで一方的に伝えられただけだから、詳しくはわかっていないのだ。

 

 こいつに恋心を自覚したときのあたしなら、勝手に妄想を繰り広げて、居ても立っても居られなかっただろうけど、もう三年の付き合いになれば耐性も、予想もできる。

 

 おおかた、自分の存在を伏せておくように念押しをするってところかしら。

 

 あたしと清隆の進む道はきっと違うでしょうし。

 

「俺たちはAクラスにまで上り詰めて、自由に未来を選択できるようになったのは覚えているよな」

 

「まぁね。それが学園から提示される最大の魅力だし」

 

 あたしは国内最高峰の大学への進学が決まっている。

 

 進学してから、振り落とされないように今も勉学に励んでいるところだ。

 

 元々、上のクラスを目指すうえで下手くそながら自習もしていたんだけど、三年になってからは清隆による授業を受けている。

 

 おかげで、入学当初からは想像できない成績を得ることができた。

 

 ……そのモチベーションが清隆と二人きりでいられるから、というのは内緒の話だったり。

 

「恵は結局、どうしたんだ? 大学進学のままか?」

 

「当たり前でしょ。学歴はあっても困らないし。清隆は何を選んだの? 大学?」

 

「俺は国外企業への入社を選択した」

 

「ふーん、そうなんだ」

 

「驚かないんだな」

 

「あんたの実力を知っている者としては、確かに清隆は国内にいる器じゃないって思うもん。でも、よく決まったね」

 

「それだけ学園が有しているつながりが広いってことだろ」

 

 清隆は平静に返す。

 

 きっと前から海外には目を付けていたんだろう。

 

 日本ではしがらみが多すぎるし、海を渡れば確かに実力至上主義の世界があちこちに存在すると思う。

 

 まさに清隆にとっては、うってつけの場所ってわけだ。

 

「……そっか。清隆。外国に行っちゃうんだ」

 

 呟いて、ズキリと胸が痛んだ。

 

 一緒にはいれなくても、会う機会くらいはあると思っていたから。

 

 それこそ、今までとは違う。

 

 任務を全うするパートナーではなく、遊んだり、旅行したり。他にも、やりたいことは浮かび上がってくる。

 

 こっそりと、あたしが夢見ていたこと。

 

 それらは泡しぶきのように消えていく。

 

「ああ。前から考えていたんだ」

 

「ふぅん。いつから決めてたの?」

 

「二年の最後。Aクラスになるためにいろんな奴らとかかわってきて、少し価値観が変わった」

 

 清隆は手をぎゅっと握りしめる。

 

 こぶしを見つめる瞳には、かつてないほどに決意と覚悟が込められていた。

 

 ここにきて、初めて見た彼の生き生きとした表情に思わず笑みをこぼしてしまう。

 

「……で? 清隆の気持ちはわかったけど、どうしてあたしはここに呼ばれたわけ? 清隆の所信表明を聞かされただけなんだけど」

 

「……恵。俺はさっき言ったよな。価値観が変わったって」

 

「それがどうしたって言うの?」

 

「今までになかった感情が芽生えたんだ。最初はなにかの勘違いかと思ったが、どうやらそうでもないらしい」

 

 そう言うと、清隆はあたしの手をぐっと引っ張る。

 

 予期していない行動にあたしはされるがままとなり、背中には壁があった。

 

 そして、目の前には清隆の顔があった。

 

「き、清隆?」

 

 名前を呼ぶも、返事はない。

 

 彼はあたしを逃がさないように、まだ手を握ったままだ。

 

 というか、動けないに決まっている。

 

 お互いの吐息がかかるような距離で、清隆にジッと見つめられて、あたしから何か出来るわけがなかった。

 

 鼓動がどんどん速くなっていく。血が巡って、体が熱い。

 

 顔もきっと真っ赤だ。

 

「恵。お前を俺だけのものにしたい」

 

 えっ、えっ。

 

「好きだ。だから、俺についてきてくれないか?」

 

 ――あっ、やばい。

 

 そんなこと言われたら、今までくすぶっていた胸底にたまっていた感情が爆発して――。

 

「んっ」

 

 あたしは気が付けば、清隆にキスをしていた。

 

 彼のたくましい体に抱き着いて、唇を重ねている。

 

 だけど、恥ずかしさはどこにもなくて。

 

 それは彼もまた腰に腕を回して、力強く抱きしめてくれたからなのかもしれない。

 

 苦しくなって、一度離れる。

 

 だけど、すぐに今度は清隆からあたしを求めてきた。

 

 ポケットでスマホが震えている。きっと心配してくれた友達が電話をかけてくれているんだろう。

 

 でも、そんなことはどうでもいい。

 

 今は、この幸せに溺れていたかった。

 

 念願叶った、幸福に。

 

    ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

「……やばいかもね、これ」

 

「……だな。ちょっとやりすぎた」

 

 あれからあたしと清隆は何度もキスを繰り返した。

 

 止まったのは、清隆のスマホに連絡が入ってからだ。

 

 どうやら、もうみんな会場についているらしい。

 

 いないのは、あたしと清隆だけ。

 

「邪稚されても反論できない……」

 

「……いいんじゃないか。もう間違いじゃないだろ」

 

 そう言って、清隆は指を絡めあった手を掲げる。

 

「そ、それはそうなんだけどさ」

 

「もし不安ならそばにいたらいい。そうすればフォローもできるしな」

 

「……うん。そうする」

 

 ……やばい。

 

 意識しないと、頬が緩んでしまいそうだ。

 

 想像以上に強い清隆のアプローチに、あたしは話題転換を図る。

 

「いつから考えてたの? あたしを連れていくこと」

 

「俺が海外へ行くことを決めた時から。そのために恵の教師役も買って出た」

 

「……そんな時から意識してくれてたんだ」

 

「いつしか不可欠な存在になっていて、改めて考えて、俺は恵が好きなんだって結論に至った」

 

「なにそれ、機械みたい」

 

 ついおかしくて、笑ってしまった。

 

 清隆はどこかむっとしている気がする。

 

 こんな感情豊かな彼を見るのは、初めてだ。

 

「……それで話は戻すが、一緒に来てくれるんだな?」

 

「うん。あたしも清隆とずっと一緒にいたい」

 

「今更だが、そのセリフはいささか恥ずかしいな」

 

「初めにこう言って口説いてきたのは清隆なんだけど」

 

「……でも、嘘はついていない」

 

「うん、あたしも」

 

 そんな風に会話を交わすうちに、いつの間にか会場前にたどり着いてしまっていた。

 

 ちらりと清隆の様子をうかがう。

 

「……このままでいいよね?」

 

「ああ。どうせからかわれるのは一緒なんだ。なら、堂々としておいた方がいいだろ」

 

「そうね。……ねぇ、清隆」

 

「なんだ?」

 

「好き。あたし、清隆のこと、大好きだよ」

 

「…………」

 

 ポリポリと照れを隠すように彼は頬をかいた。

 

 返事はないけど、今はこれで許してあげる。

 

 だって、これからきっとたくさん聞けるだろうから。

 

「じゃ、いこっか」

 

 そう言うと、あたしは店のドアを開ける。

 

 あたしたちは新たな関係になって、明るい未来を描くための一歩を踏み出した。

 



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『不意打ち』

 招き入れられた部屋は、外と区別がつかないくらい真っ暗だった。

 

 鍵がかかっていない扉を開けて、中へ進むも電気はついていない。

 

 仄かな橙色だけが視界の道標だ。

 

 テーブルには、白のクリームでデコレーションされたホールケーキに、紅茶の入ったマグカップが二つ。

 

 ケーキにはロウソクが一本立っていて、ゆらゆらと揺れる火がチョコに描かれたメッセージを照らしていた。

 

「誕生日おめでとう、恵」

 

 清隆から発せられたお祝いの言葉が信じられず、あたしは思わず清隆の頬を叩いたのであった。

 

 

 

「……どうしてオレは倒れているんだ?」

 

「ご、ごめんって言ってるじゃん。清隆がこんなことするとは思わなくって」

 

 あたしはすぐに清隆に駆け寄ると、体を起こさせる。

 

「だから、たたくのか?」

 

「偽物だったら怖いじゃん」

 

「ちゃんとメールしても疑われるのか、オレは」

 

 うっ。それを言われると、何も反論できないんだけど。

 

 あたしがこんな夜更けに清隆の部屋を訪れたのは、今朝に私の元へ連絡が入ったからだ。

 

『深夜を超える頃、オレの部屋に来い』

 

 これだけ聞くと、まるで恋人が甘い一時を過ごそうとしている風にも捉えられるけど、相手はあの綾小路清隆。

 

 期待する方がおかしい。

 

 おかしかったんだけど……。

 

 だって、夢だと思うじゃん。

 

 相手の感情に疎い清隆がわざわざ誕生日を祝おうとしてくれていたなんてさ。

 

 正直、泣きそうになっていた。

 

 こんな不意打ち、ずるいし。

 

「……ていうか、あたしの誕生日知ってたんだ?」

 

「以前、お前がスタンプ送ってくれた時に」

 

「調べたの?」

 

「そうなるな。気持ち悪かったか?」

 

 ブンブンと首を振る。

 

 そんなことない。

 

 誕生日を祝ってもらえるなんて、嬉しいしかない。

 

 中学時代まで、こんなことありえなかったから。

 

 目頭が熱くなる。 

 

 それを見せたくなくて、顔を逸らした。

 

「で、でも。なんでこんな時間に? 放課後でも良かったんじゃないの?」

 

「オレが最初に祝ってやろうと思ったからだ」

 

 ……はえっ!?

 

 思わず思考がフリーズしてしまった。

 

 清隆の言葉を反芻する。

 

 オレが最初に祝ってやろうと思ったからだ……オレが最初に祝いたいと思ったからだ…………オレが恵の初めてを祝いたいんだ……。

 

「も、もう! 清隆のバカ!」

 

「だから、なんでオレは叩かれるんだ……」

 

「あっ、ごめん、ごめん」

 

 あたしは手を合わせて謝ると、清隆の隣に腰を下ろす。

 

 いつもは少し開ける距離も……今日だけはいいよね?

 

 そっと寄り添うと、肩に頭を乗せる。

 

 せ、攻めちゃってるよ、あたし! だ、大胆すぎたかも……?

 

「ふ、ふーん? てっきり、誰かに見つからないように、この時間を選んだと思ってた」

 

「それを不安視するなら、こうやって部屋に呼んでないだろ」

 

「……あたしのこと優先してくれたんだ」

 

「恵とは、いい関係を築きたいからな」

 

「今さらすぎ。そう簡単に好感度は上がらないから」

 

 動揺を隠して、軽口で誤魔化す。

 

 こうでもしないと、鼓動がドンドン加速して、あたしが死んでしまうかもしれないからだ。

 

 どうも、あたしはこういった恋事に慣れていないらしい。

 

 いくら中学までの間、経験がゼロだとはいえ、まさかこんなにも自分がうぶだと思わなかった。

 

「自分がしてきたことはわかっている。それも覚悟の上だ」

 

「で? こうやってあたしのご機嫌取りってわけ?」

 

「いや、違う。これはなんというか……お礼だ」

 

「……あたし、何かしてあげたっけ?」

 

「誕生日」

 

 そう言うと、清隆はスマホを取り出して、渡してくる。

 

 画面にはスクショされたあたしとのやり取り。

 

 ……そういえば、あの時、スタンプ送ったんだっけ。

 

 ていうか、清隆。わざわざこうやって残してくれたんだ。

 

 ……普段、無頓着のくせにこうやって女心をつかむようなことはするんだから。

 

「つながりを残すなって言ってたのに、自分はこんなことしてたんだ」

 

「確かにな。……でも、自分でもわからない気持ちになったんだ」

 

「……清隆?」

 

「初めてだったんだ。誰かに祝ってもらうのは」

 

 壁にもたれかかる清隆は、どこか自嘲気味に笑いながら語りだす。

 

「オレの家は少し複雑でな。気にかけられたこともなかったんだ」

 

「と、友達にも?」

 

「オレの性格を知っていたら、なんとなくわかるだろ?」

 

「それもそうね」

 

「即座に肯定されるのも、それはそれで癪だな……」

 

「あはは……」

 

 笑って、誤魔化す。

 

 我ながら、今の対応はひどかったかもしれない。

 

「……まぁ、そういうわけだから」

 

「どういうわけよ」

 

「……嬉しかったんだ。存在を認められたような気がして」

 

 清隆はそう言うと、あたしの手を握りしめる。

 

 まるで、親から離れたくない赤子みたいに。優しく、力強く。

 

「オレがこの世に生まれてきた日を喜んでもらえて、初めて祝ってもらえて……ああ、オレはここに居ていいんだって、そう思った。それが……嬉しかったんだ」

 

「……清隆らしくないわね」

 

「かもな。でも、こんなに饒舌になるのは恵だけだ」

 

「なんで?」

 

「恵だけは、他人のように思えなかったから」

 

「……あたしたち、似た者同士なのかもね」

 

 清隆の過去なんて知らなかった。

 

 でも、彼もあたしたちと同じように悩んで、過去を持っている。

 

 どんなに頭が切れても、けんかが強くても、同い年の男の子なんだ。

 

 そう思うと、頼もしさだけじゃなくて、愛おしさも感じる。

 

 ……ダメだ、あたし。

 

 どんどんスパイラルにはまってるじゃん。

 

 冬休みに自覚した感情。

 

 だけど、封印しようとしていた想い。

 

 ……もう、どうしようもなく止められなくなっていた。

 

「……あたしもさ、同じだよ」

 

 思い返す、辛かった過去。

 

 でも、もう乗り越えた思い出だ。

 

「小学校から中学までずっといじめられて、『おめでとう』も言われたことなんてなかった」

 

 否定されるばかりの日々。

 

 そんな世界が嫌で、偽りの自分を被って、この学園にやってきて。

 

「だからね、すごく、すごくうれしいよ」

 

 本物のあたしを見つけて、あなたは肯定してくれた。

 

「大好き、清隆」

 

 あふれ出る涙と好きの気持ち。

 

 彼は何も言わず、手でそっと涙をぬぐうと、震えるあたしの体を抱きしめてくれた。

 

「……恵」

 

「……なに?」

 

「今も、これからも……オレはお前が好きだ」

 

「……だから、ずるいって。バカ」

 

 そのまま、あたしは清隆に覆いかぶさる。

 

 それからの出来事はあたしたち二人きりの世界で起きたことで、誰も覗かせないようにろうそくの火はおのずと消えた。




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『壁ドン』

「なぁ、恵。壁ドンってなんだ?」

 

「……はぁ?」

 

 あたしの手から抜け落ちたスマホが鈍い音を出して、熱いアスファルトの上を二転三転する。

 

 足先にぶつかって止まったそれを拾うと、清隆は自販機にかざしてあたしが買おうとしていた清涼飲料水を購入した。

 

「これでよかったか?」

 

「え、あ、うん。ありがと……って、これ、あたしのポイントじゃん」

 

「一人で漫才とは、暑さで頭でもやられたか?」

 

「ちゃんと正常だけど」

 

「そうか。それで、壁ドンってなにか教えてくれないか?」

 

「さっきの言葉、そっくりそのまま返すわよ」

 

 さすがの完璧男でも、この照り付けるような太陽様には敵わないらしい。

 

 とりあえず、水が滴る冷えたペットボトルを額に当ててあげる。

 

「……これは新手のいやがらせか?」

 

「親切心。よっぽど参っているみたいだし」

 

「確かに心地はいいが、脳に問題はないぞ」

 

「嘘。あんたがわざわざ『壁ドンがなにか』なんて質問しないでしょ」

 

「いや、普通に知らないから教えてほしいんだが……」

 

 困った風に頭をガシガシとかく清隆。

 

 ……え? 本当に?

 

「……清隆って、なんでも知ってるくせに、世間知らずなのね」

 

「その勝ち誇った顔が少し腹立たしいな」

 

「えー、別に? そんな表情してないけど?」

 

 多分、今のあたしはとても誇らしげな顔をしているだろう。

 

 だって、あたしが清隆に有利な立場なんて珍しいし。

 

 恋愛経験なんて全くないけど、人づてに聞いた話や漫画なんかで、どんなものかはわかる。

 

 一時はブームになり、テレビでも取り上げられていたしね。

 

 だからこそ、俗世離れっぷりが際立つ。

 

 本当に謎の組織に育てられたエージェントだったりして。

 

 そんな妄想はさておき、あたしは清隆にどうしてそんなことが知りたいのか尋ねた。

 

 すると、彼はカバンの中から一冊の本を取り出す。

 

「博士から借りたライトノベルに出てきたんだが、あいにくシチュエーションが想像できなくてな」

 

「ライトノベル? なにそれ?」

 

「布教だとか言われて渡されたからオレも詳しくない。ただ小説ではある」

 

「だったら、どんなことをしたか書かれているんじゃないの?」

 

「いや、『オレは彼女に壁ドンした』としか描写されていなかった」

 

「それはそれですごいわね、その本……」

 

「愛里にも聞いたんだが、答えが返ってこなくてな」

 

「あー……」

 

 あの子なら照れて、そのまま黙っちゃいそうだしね。

 

 ていうか、佐倉さんとちゃっかり親交を深めていたんだ。

 

 ……でも、今はいいや。

 

 あの子が踏み込めるようになるには、まだまだ勇気も時間も足りていないってわかった。

 

 それに……思いもよらないチャンスがあたしにもめぐってきたわけだし。

 

「……いいわ。仕方ないから教えてあげる。てっとり早く実演でいい?」

 

「ああ、かまわないぞ」

 

「じゃあ、こっち来て」

 

 あたしは大きな木陰で覆われた壁に寄ると、清隆も後についてくる。

 

 今更だけど……だ、大胆かな?

 

 いやいや、そんなことはない!

 

 清隆の周りには、どんどん女の子が増えている。

 

 それもかわいい子ばかり。

 

 清隆を好きだと自覚した以上、アピールを緩める選択肢はない。

 

 ない……けど……。

 

 チラと清隆を見やる。

 

「それにしても熱いな……」

 

 首を伝って垂れる汗のせいで、いつもよりも色っぽく映る。

 

 腕まくりをしているので、屈強な腕が覗けているのも男らしさを感じさせた。

 

 ……やばい、やばい、やばい。

 

 熱さで思考回路がおかしくなっているのは、あたしの方じゃん。

 

「……で、オレはなにをすればいいんだ?」

 

「……ちょっとこっちに寄ってきて」

 

 暴走した本能は止まらない。

 

 理性を振り切ったあたしは、もうブレーキを踏まずに行けるところまで走り切ることにした。

 

「いい? あたしが壁に追いやられるから、そしたら清隆が……」

 

「オレが……?」

 

「き、清隆が……」

 

 あぁー、ムリムリ!

 

 さっきまでは覚悟を決めていたけど、いざ対面すると恥ずかしさでおかしくなる!

 

 だ、だって、こんな近くに清隆の顔があって、今からあたしに壁ドンをしようとしているって……普通に考えて意味が分からないでしょ!

 

 だいたい、わからなかったら自分で調べたらいい癖に、どうしてあたしがこんな実演を……って自分でこういう流れに持ち込んだんだけど…………あれ?

 

 ハッと浮かんだ疑問は、留まることなく口から漏れる。

 

「……ねぇ、清隆」

 

「なんだ?」

 

「どうして、あたしに聞いたの? それこそネットでも調べられるんじゃ……」

 

 そう言って、おそるおそる顔を上げる。

 

 彼からの返答はない。

 

 ただ、清隆はいつもより真剣な面持ちをしていた。

 

「……実はな、さっきまでの件はぜんぶ嘘だ」

 

「……えっ? それって、どういう」

 

「こういうことだ」

 

 腕が伸びて、顔の隣をドンと力強く突いた。

 

 彼が知りたがっていた壁ドンはあっけなく完成する。

 

 というか、顔が近い近い近い!!

 

 ダ、ダメだって、こんなの死んじゃうから! あたしが!

 

「き、き、清隆!?」

 

「この前、橋本にもされただろ?」

 

「そ、そうだけど……」

 

 清隆にバレンタインチョコを渡した日。

 

 あたしはAクラスの橋本とかいう男に絡まれたのだ。

 

 だけど、あの時は清隆もいたし、あたしも変な対応はしていないはずだ。

 

 それとも何か清隆には失敗したと思われたのだろうか。

 

 わからないけど……この状況はあたしの心臓がもたない。

 

 さっきからどんどん鼓動が加速して、今にも破裂してしまいそう。

 

「あの時、少しだけ感じたことがある」

 

「な、なにが……?」

 

「恵が他の奴にこんなことをされるのが嫌だと思った」

 

「それって……嫉妬してくれたわけ?」

 

「嫉妬……そうだな。ああ、オレは橋本に嫉妬したんだ」

 

 ということは……清隆はあたしをす、すすすす好きってことに……!?

 

「き、清隆っ」

 

「なんだ?」

 

「ほっぺたつねってみて。夢から覚めるから」

 

「残念ながら、現実だ」

 

 そう言って清隆は空いている手であたしの髪に触れ、沿うように下ろしていき、熱を帯びた頬に添える。

 

「いいか、恵。これが最後のチャンスだ」

 

「どういうことよ」

 

 なけなしの理性を振り絞って、あたしは意味を問う。

 

「今、オレを拒絶すればお前は自由になれる。だが、受け入れてしまえば永遠にオレのものだ」

 

「……意外。清隆って独占欲強すぎでしょ」

 

「自分でも驚いている。だが、こんな変化を嫌っていないオレがいるのも事実だ」

 

「じゃあ、聞くけどさ。……清隆はあたしをどうしたいの?」

 

「言ったばかりなんだけどな」

 

「いいから早く」

 

「死ぬまで、恵にはオレの隣にいてほしい」

 

 あまりにも愚直な欲求はあたしの心を見事に射抜いていく。

 

 そこまで言われて、素直にならないほどあたしはバカじゃない。

 

 何よりもさっきからあたしを見つめる瞳は真剣そのものだった。

 

「す、好きにすればいいじゃん……」

 

 清隆に選択肢を譲って、あたしは目をつむる。

 

 それが何を意味するのか、いくら清隆でもわかるはず。

 

「……恵」

 

 耳元で名前をささやかれる。

 

 それだけであたしの幸福度はグンと上がり、いつでも受け入れる準備が出来上がった。

 

 つ、ついにファーストキス卒業……!

 

「…………?」

 

 しかし、一向に口づけされる気配はない。

 

 近くにあった清隆の暖かさも離れている気がした。

 

 おそるおそる目を開く。

 

「戻るぞ、恵」

 

 用は済ませたと言わんばかりの態度で、彼はあたしを見ていた。

 

 こ、こいつ……!

 

「あんたねぇ……! あそこまで期待させておいて何もしないとか本当に男子!?」

 

「いや、あれを見てみろ」

 

「はぁ!?」

 

 清隆はさっき飲み物を買った自販機を指さす。

 

 そこには見知らぬ女子生徒たちが会話に花を咲かせながら、暑さを過ごすためのドリンクを買っていた。

 

 今は清隆であたしの顔は隠れているけど、もしキスでもしていたら瞬く間に噂は広がっていただろう。

 

「タイミングが悪かったってやつだ」

 

「……恨む」

 

「神様をな。もういなくなったみたいだし、オレたちも帰るか」

 

「……今ならバレないんじゃないの?」

 

「一度でも危険があった場所でするつもりはない」

 

 取りつく島もない。

 

 清隆はもう切り替えたようだ。

 

 モヤモヤしたまま、あたしも後をついていく。

 

「不服そうだな」

 

「当たり前でしょ。あーあ。やな感じ」

 

「まるで、してほしかったみたいな言い草だ」

 

「うっ……それは、その……うん」

 

 指摘された時には、すでに遅し。

 

 誤魔化しもせず、素直に認めた。

 

 そんなあたしに驚いたのか、清隆はわずかに見開くと、ポンとあたしの頭に手を置いた。

 

「……恵が嫌がらない限りは機会はあるだろ。これから一緒にいるのなら、いくらでも」

 

 清隆らしくない慰めに、顔がにやける。

 

 自覚がある清隆の歩く速度はどんどん速くなっていった。

 

 彼がどんな気持ちなのか。

 

 バカなあたしにだって、照れているのはまるわかりだった。

 

 だって、赤くなった耳は隠せていないもん。

 

 めいっぱいからかってやろう。

 

 あたしは清隆の隣に並んで、声をかける。

 

「じゃあ、今夜、清隆の部屋に遊びに行くから」

 

 今度こそ、清隆の顔は真っ赤になっていた。

 



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『つながったままで』

 ……どうしてこうなった。

 

「ほら、動くんじゃないわよ」

 

「……すまん」

 

 上から降ってくる声に、オレはむずがゆさを我慢する。

 

「あー、やっぱり溜まってる」

 

「そうか? 自覚はないんだが」

 

「嘘ついてどうするのよ。じゃあ、ジッとしてて。あたしに任せてね」

 

「わかった」

 

「大丈夫。すぐに気持ちよくしてあげるから」

 

 彼女の垂れた髪から、ふわりと甘い香りがする。

 

 思わず逃げようとしてしまうが、肩を抑えられたオレはおとなしく所定の位置に戻った。

 

 恥ずかしさと気持ちよさが同居していたが、我慢するしかない。

 

 今のオレに拒否権はないのだ。

 

「すごい。いっぱい出てくる」

 

「……次から自分でも処理するように気を付けるか」

 

「……別にあたしがしてあげてもいいけど?」

 

「いや、それは流石に」

 

「なに、文句でもあるの」

 

「……ありません」

 

「よろしい」

 

 見ることができないが、きっと今、恵はいい笑顔をしているだろう。

 

 龍園との一件以来、尻に敷かれている気がする。

 

 オレが後ろめたさを感じているからなのか。恵が強気になったのか。

 

 どっちにしろ、オレは大人しくしていた方がよさそうだ。

 

「じゃあ、再開するわよ。――耳かき」

 

 カリコリと耳の中がきれいになっていく感覚がする。

 

 ペリペリと剥がれていくのが心地よい。

 

 目を閉じたら、ふと眠ってしまいそうだ。

 

 ……本来ならオレが恵に奉仕をしてやらないといけない立場なのにな。

 

 今日は軽井沢恵の誕生日である。

 

 以前に祝ってもらったし、普段から荒い仕事の頼みをしているからお礼に何か欲しいと聞いたら、とある雑誌に書かれている内容を実践させてほしいという何とも珍妙な内容だった。

 

 もう平田とは別れている彼女なのだから――そもそも本当の恋人関係ではなかったが――こんなことをして意味があるのだろうか。

 

 とはいえ、言及するのも憚られたので流されるままオレは膝の上に寝転んでいる。

 

「よいしょっ……と。はい、終わったわよ」

 

 仕上げにローションで湿らせた綿棒で拭き取られ、耳掃除は終了した。

 

 人生で初めて耳かきをしてもらったが、何とも言えない多幸感に包まれている。

 

 耳元がすっきりすると、こんなに気分がクリアになるとは思わぬ発見だった。

 

「次は一か月後ね」

 

「……わかった」

 

 さっき断ったら凄みをきかせていたし、受け入れよう。

 

 オレたちの関係が誰にもバレないという前提があるが、恵が自分の価値を落とす真似をするわけがない。

 

 互いに信頼を置ける程度には時間を重ねてきたはずだ。

 

「それで、この後はあるのか? 室内でできることに限られるが、済ませてしまおう」

 

「なーんか仕事でもしてるって感じで、さっさと終わらせたいように思えるんだけど?」

 

「そんなつもりはない。……けど、そうだな。恋人なんていたことがないから、いまいち要領がつかめていないっていうのが正直なところだ」

 

「……確かに恋人なんかできるわけないかもね」

 

 そう言うと彼女はからかうような笑みを見せて、冬の出来事を掘り返す。

 

「女の子を役立つか否かでフる冷たい男だもんね、清隆は」

 

「……佐藤との件を突っ込むのはやめてくれ」

 

「それも辛いからとかじゃなくて、反論できないからでしょ」

 

「……わかってるじゃないか」

 

「清隆の考えそうなことなんて、すぐにわかるわよ。本性を知っていたらね」

 

 どうやら恵との口論には勝てそうにないな。

 

 両手を上げて、首を左右に振る。

 

「じゃあ、次はこれをするわよ」

 

 気分を良くした恵は雑誌を突き出す。

 

 折り目を付けた『デートで彼を喜ばせる五つの方法』の特集が組まれたページではなく、隣の『ハグで彼に癒してもらおう!』のページを指さしていた。

 

「……本気か?」

 

「ほ、本気よ! それに抱き着くのはあたしじゃなくて、清隆だから!」

 

「どっちにしろキツいのは変わらないだろ……」

 

「な、何よ。男に二言があるの?」

 

 そういう問題じゃないんだが……こうなったら意地でも恵は引かないのも確実だ。

 

「……正面からは勘弁してくれ」

 

「……! わ、わかった!」

 

 お互いに見つめあうこと数分。

 

 やはり折れるのはオレで、胡坐をかくとポンポンと膝を叩く。

 

 彼女はオレに背中を預けるように座ると、そのまま寄りかかってきた。

 

 ふわりと漂う甘い香りにたじろぐが、なんとかこらえて手を腰に回す。

 

 オレのとは比べ物にならない柔らかな感触に、手が勝手に動き出しそうになるのを我慢した。

 

「……これでいいか?」

 

「……もっとぎゅっとできない?」

 

「これ以上はオレもキツいのが本音だ」

 

「あたしも……少しやりすぎたかもって……。で、でも、後悔してるとかじゃないから」

 

 オレの頑張りも無駄にならなくて何よりだ。

 

 ……いつまで、とか聞くのは野暮なんだろうな。

 

 恵が満足するまで、こうしておくか。

 

 こうやって人と触れ合う時間は、今までほとんどなかった。

 

 生きていくうえで必要がなかったし、オレも欲していなかった。

 

 ……だが、こういうのも悪くない。

 

 カチカチと秒針が動く音が大きく聞こえる。

 

 お互いの心音まで届くのではないか。そんな静寂に身を任せて、恵と二人だけの時間を過ごしていく。

 

「……清隆にはさ」

 

「ああ」

 

「恋人なんかできないって言ったじゃない?」

 

「改めてひどい評価だ。これでも告白されているのにな」

 

「あんた側の問題だからでしょ。清隆の性格を知って、付き合える女の子ってなかなかいないと思うから」

 

「それは……妥当な評価、か」

 

「……でも、清隆にはあたしがいるから」

 

 ぎゅっと腰に置いた手の上から、恵の小さな手が重ねられる。

 

 つながった二人が離れないように、ぎゅっと強く。

 

「もしもの時は、あたしが清隆のそばにいてあげるから、そんなに心配しなくてもいいんじゃない?」

 

 決して顔をこっちに覗かせるわけでもなく、恵はうつむいたままそう言った。

 

 余裕のない、わずかに上ずった声。隠せていない耳の[[rb:紅葉 > こうよう]]。

 

 恵はしっかりと自分の意思を持った女性だ。

 

 軽はずみに、こんな発言をしたりはしない。

 

 ならば、きっと本心が込められているのだろう。

 

 そう確信していいほどに思い出を共にし、だからこそ、不誠実な言葉を返したくはなかった。

 

 奇しくも佐藤に告白されたあの日。

 

 オレはふと頭によぎらせた未来。

 

 全てのしがらみが解けた後のオレと恵との関係は友人以上のものになっていて、オレはそれを悪くないと思えたのだ。

 

「……恵」

 

「なに?」

 

「Aクラスになったら、二人で外に遊びに行くか」

 

「……わかった。楽しみにしておくから」

 

 相変わらず表情はわからなかったが、彼女の声は弾んで聞こえた。



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『幸せな想像』

 昨日、あたしは清隆と付き合うことになった。

 

 もう気が動転して告白された時はどうしようかと思ったけど、自分の気持ちに素直になれた。

 

 そして今はベッドの上で、ようやくじわじわと沸いてきた実感に悶えている。

 

「〜〜〜〜っ!」

 

 年甲斐もなく、ジタバタと足をばたつかせる。

 

 昨日から落ち着く気配を見せない、行き場のないこの感情をどうにか発散させたかった。

 

 外に出る気分にはなれず、春休み最終日をずっと家で過ごしている。

 

「噂の誤解を解くために出かけたのに、まさか噂を認めることになるなんて誰も予想できないわよ……」

 

 正直に言って、どんな話をしたのかはよく覚えていない。

 

 ただ付き合っていること。清隆から告白されたことだけは話した記憶がある。

 

 あたし自身も衝撃が強くて……あと、幸せな感情が溢れてしまって、上手く思考がまとまらなかった。

 

「……クラスにはバレてるよね……」

 

 昨晩からポンッ、ポンッと通知音が鳴り止まない。

 

 もうクラスだけじゃないかも……。

 

 あたしと清隆が恋人だという噂は瞬く間に広がっていく。

 

 もう止めることはできない。

 

「……いや、別にしなくてもいいんだけどさ」

 

 あたしとあいつは実際付き合ってるわけだし……。

 

 ……そっか。これからはコソコソしなくてもいいんだ。

 

 色々と起きすぎて、つい抜け落ちていたけど。

 

「きょ、教室でも清隆と喋っていいのよね」

 

 今まではジッと見つめるしかできなかった。

 

 だけどあたしから話しかけても、清隆からでも誰に文句を言われない。言わせない。

 

 夢にまで見たシチュエーションに妄想が膨らむ。

 

『清隆っ』『なんだ、恵』『なんでもなーい』

 

 何気なく名前で呼んだり。

 

『清隆。ご飯いこ?』

 

 休み時間を二人きりで過ごしたり。

 

『恵。帰りにどこか寄っていくか?』

 

 放課後。青春の思い出を作り上げたり。

 

 ……あいつにそこまで期待するのは酷かもしれないけど、告白してきたのは向こうだし……ちょっとくらい希望を持ってもいいはずだ。

 

『オレは軽井沢恵が好きだ』

 

「……あんなにはっきり言ってくれたんだから」

 

 ぎゅっと枕に顔を押しつける。

 

 もう今日は何も手につかないだろうし、このまま寝てしまおう。

 

「うるさいこれだけ済ませて、はやく寝よ」

 

 働き者の端末を手にとって、アプリを開く。

 

 一覧のトップには綾小路清隆の名前があった。

 

「っ!」

 

 他には目をくれず、アイコンをタップする。

 

 相変わらず短いけど、間違いなく今までのあいつとは違うメッセージが送られていた。

 

『明日の朝。待ち合わせしないか』

 

「…………えっ」

 

 信じられず、まぶたをこする。

 

 しかし、一文字たりとも変わっていない。

 

 つ、つまり、一緒に登校しようってお誘いよね……! 

 

 みんなに見られる恥ずかしさと清隆と少しでも隣に居られる嬉しさを天秤にかけて、すぐに結論は出た。

 

「……何時にしたらいいの?」

 

『恵に合わせる』

 

 メッセージを送ると、すぐに返信は返ってきた。

 

 清隆も気にかけてくれているのかと思うと、ちょっと嬉しい。

 

「じゃあ、7時半」

 

『部屋の前まで迎えに行った方がいいか?』

 

「そ、それは無理! 恥ずかしすぎるから!」

 

『なら、ロビーで』

 

「わかった。……おやすみ、清隆」

 

『ああ。おやすみ、恵』

 

 やり取りも終わり、電源を落とした端末をクッションに放り投げた。

 

 この幸福感を味わっていたかったから。

 

「……変な気をつかったりなんかしてさ……」

 

 清隆なりに恋人とはどんな関係なのか考えてくれたんだろう。

 

 それこそ前のプレゼントみたいにネットの受け売り通りに行動してるかもだけど……。

 

 清隆があたしのために調べて、彼氏であろうとしてくれる事実だけで喜んでしまう。

 

「……あたしも思ってたより単純なのかも」

 

 またふつふつと羞恥心が出てくる。

 

 熱くなった顔を冷ますようにあたしは洗面台に向かうと、顔を洗った。

 

 ついでに寝る準備も済ませてしまう。

 

 どうせ明日の朝にはバレるんだから返事はいいでしょ。

 

 こういうのは相手をしてもキリがない。

 

 女子の恋愛に対する好奇心は走り出したら、なかなか止まれないもの。

 

 教室についたら絶対に質問攻めにあうのもわかっているし、その時に説明しよう。

 

 再びベッドに寝転び、部屋の電気を消す。

 

 清隆と通学デートかぁ。通学デート……。

 

「……やばい。寝れない」

 

 想像をしただけで目がさえてしまう。

 

 遠足前の小学生じゃないって言うのに……どれだけ楽しみなのよ、あたし。

 

「……いや、めっちゃ嬉しいけどさ」

 

 明日の朝は早めに起きてシャワー浴びて、ちゃんと化粧も整えて……。

 

 清隆にもらったネックレスもつけていこうかな。

 

 ……ハート形なんて流石にバカップルすぎるけど、清隆がせっかく誕生日プレゼントでくれたものだし着けておきたい。

 

 やることが多いのに、今からこんな状態じゃ絶対に時間が足りなくなっちゃう。

 

「……アラームかけとこ」

 

 絶対に寝坊したくないあたしは普段ならベッドに潜っている時間から10分おきにアラームを設定した。

 

 これで大丈夫。……大丈夫だと思うけど、一度心配になってしまうとなかなか不安はぬぐい切れない。

 

「……清隆におはようコールしてもらって……」

 

 そこまで口にしてブンブンと首を振った。

 

 い、今のあたしはちょっとおかしかった! ていうか、ここまで緊張しすぎ! 

 

 相手はあの清隆よ!? 

 

 これまでさんざん迷惑かけられてきたんだから、ちょっとくらい遅れたって文句を言われる筋合いはないわ! 

 

 そう思ったら、なんだか緊張がほぐれてきた気がした。

 

 毛布をがばっと頭部まで収まるように引っ張って、目を閉じる。

 

 こうしていればいつのまにか寝てるでしょ。

 

 だけど、思いとは裏腹にあたしが眠りに落ちたのはそれから1時間以上経ってからだった。

 

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ふわぁ……ねむた」

 

 眠りが浅かったあたしはあくびを手で隠しながらエレベーターから降りる。

 

 まぁ、そのおかげでばっちりと準備もできたんだけどさ。

 

 不幸中の幸いってやつ? 

 

 なんにせよ約束の時間には間に合った。

 

「……もう来てるし」

 

 見渡せば、目当ての人物は本を読みながら立っていた。

 

 小さくあくびをして、目元をこすりながら。

 

 意外な一面にあたしはびっくりして、少しだけ笑ってしまう。

 

 もしかしたら、清隆もあたしと同じように柄にもなく緊張したのかもしれない。

 

 そんな想像をしたら、ニヤけてしまうのが抑えられなかった。

 

 あたしは足を速めると、清隆に声をかけた。

 

「おはよ、清隆」

 

「ああ、おはよう、恵」

 

 彼は本を閉じると、学生鞄にしまって歩き出す。

 

 あたしも隣に並んだ。今は、これがあたしたちの自然な形だから。

 

「清隆にしては珍しいんじゃない?」

 

「何の話だ?」

 

「さっき、あくびしてたじゃない。あたし、清隆のそんな人間っぽいところ初めて見たかも」

 

「見られていたのか。……オレはロボットじゃないぞ」

 

「感情の希薄さはロボット顔負けだけどね」

 

 口では勝てないと踏んだのか、清隆は目をそらして会話を打ち切る。

 

 そして、あたしの追及を逃れるように新しい話題を振ってきた。

 

「ジロジロ見て、なにが面白いんだろうな」

 

「人間はね。恋話が大好物なのよ、ロボットくん」

 

「……今は何をやっても敵わないな」

 

「なんか優越感あるかも」

 

「存分に浸ってくれ。……話は戻すが、恵は気にならないのか?」

 

「注目されるのには慣れてるし。あとは開き直りかも」

 

 平田くんとの関わる中で避けて通れなかった道だし、一晩経ったらある程度は覚悟できていた。

 

「あとは……」

 

「なんだ?」

 

「……清隆とこうやって居れるのが嬉しいから、かも」

 

 清隆と腕を組む。手を伸ばして、指を絡める。

 

 あたしだけに許される、彼女の特権。

 

 あんまりがっつきすぎるのは嫌がられるかと思ったけど、これくらいなら問題ないと思う。

 

 この前は抱きしめられたわけだし。

 

 心臓はバクバクとうるさいけど、あの時に比べたらまだ余裕があった。

 

「……思っていた以上に緊張するな」

 

「本当に?」

 

「街中でよくあんな普通にできるなと、他のカップルを尊敬するくらいには」

 

「なにそれ」

 

「オレも一介の男子高校生と変わらないってことだ」

 

 きっと今のはさっきの意趣返しだ。

 

 どこまでもロボット扱いは気に障るみたい。

 

 それならもうこのいじりはやめてあげよう。

 

「気を張り詰めすぎて、授業中に寝ないようにね」

 

「安心してくれ。ロボットは眠たくならない」

 

「うわっ。性格わるー」

 

「冗談だ。だが、教室についても一息つく暇もなさそうだな」

 

「男子の方でも話題になってるんだ?」

 

「どうやら同じ目に遭いそうだ」

 

「……まぁ、いいんじゃない? それも込みで、清隆はあたしに告白してくれたわけでしょ?」

 

「そうだ。あの言葉に嘘はない」

 

 あたしの探るような質問に、清隆は即答する。

 

 なお一層、あたしの気分はよくなった。

 

「ほら、もう学校に着いちゃうし。うじうじしてるのも性に合わないでしょ」

 

「……恵の言う通りだな。なるようになる、か」

 

 清隆の手を握る力がちょっとだけ強くなる。

 

 あたしもぎゅっと握り返す。

 

 また明日もこうして幸せな朝を迎えられますように。

 

 今まで知らなかった清隆の手の温かさを感じながら、あたしたちは校門をくぐった。



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