風の戦士伝 (理系@セン)
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プロローグ
プロローグ


「う゛あ゛ぁ゛ーーーーーっ!!!!」

 

  中学生にもなって、こんなだっせぇ悲鳴をあげることになるとは、思ってもいなかった。

  まるで子供がおばけでもみて慌てふためいた時に出すような、甲高い声だ。

 

 ……と、言っても仕方ない。

 

 誰でもそうなるだろうから……

 

 なぜなら…………

 

『グァァォっ!!』

 

  低音の雄叫びののち、まるで金属製の何かが衝突したような、キィーンとなるような高音が鳴り響く………

 

「うわぁっ!!く、食う気かよっ!!!」

 

  今、噛まれそうになった……『人型の何か』に…………

 

  サメみたいな歯が俺の背中すれすれを掠め、少し服が裂けた……下手したら俺自身の肉が裂けていたかもしれないと頭に浮かぶと、身震いが止まらない……

 

  ……と、まあ実際にバケモノみてぇなやつに襲われかけてる状況にあるわけだ。

 

『コ、ロ……ス』『グルルルルっ!!』

 

 言ってる事やら態度を見るとますます怖くなってきた。

 

 そして助けなんてないのに、反射的に辺りを見回す……

 

  …………でも目に入る光景に、救いになりそうなものなんて、その片鱗さえ見せてくれなかった。

 

 街はぶっ壊れ、そこらから火柱だの剥き出しの鉄筋だの負傷者だの、はたまたバケモノに喰われたりした死体だとか……そんなものばっかし転がってるだけだ。

 

  さらに空気は重苦しく、鼻には常に、煙たく、かつ血生臭い匂いが流れ込み、何度もむせ返りそうな気分にさせられる。

 

  急いで逃げようと脚を動かす…………だが、途端に力が空回りし、そのまま地面にぶつかってしまった________よく足元を見ると、大きな瓦礫、どうやらこれで転んでしまったみたい……かなりマズイ……

 

 …… 急いで立とうとするが、途端、背筋に強烈な寒気が走る。立つより先に後ろを向いた……もう目の前に獰猛な影が俺を絶望させにきている……

 

『エサ……クウ』『ダサイヤラレカタ…デモウマソー…』『クウ……イヤ、オカス。』

 

 おいまて、なんか最後のやつがいろんな意味でヤバそうなんだが……ま、まあ置いといてだ、このままじゃほんとに喰われる……

 

 ああ、また(・・)か……また喰われる……

 

 死を受け入れるしか、ないのかっ……!!

 

 覚悟なんてできるわけない……

 

 

 …………だがその時「はああああっ!!!!」美しいソプラノボイスが耳に響く。

 

 はっ、と消えかけの意識が蘇って、目を見開く。

 

 ……目の前には金髪の少女____青い瞳に綺麗な肌、ボディラインを映しているふわりとした純白の白装束、そこから見える細い美脚、若干幼げで可愛らしい容姿の、背丈からして同い年のような少女が剣を振りかざし、化け物を素早く斬り殺しているのだ……

 

 その軽々とした動きと素早さ、剣に送った魔力で流れ出る風、そして慣性で遅れて靡く髪から、『金色の風』と形容するにふさわしい。

 

 ……瞬く間に、数多(あまた)のバケモンの穢れた血が宙を舞う……だが彼女は微笑みをみせる。

 返り血を浴びてなお、慈悲を与える女神のような表情。

 狂気を感じざるを得ない、が、その瞳が俺をジッと、ほんの一瞬だが見つめてきた時、目があった時、彼女が戦争の狂犬ではなく、天使であることを再確認させ、怯えた心を落ち着かせてくれる。

 

「……!」彼女が後ろに振り向いた……

 今度は後ろから五体ほど、別のやつがくる。

 

 ……途端、彼女の表情は真剣味を帯びた険しいものになった。

 

「うらぁぁぁぁっ!!」風魔力を剣に流し、身体を捻り一体、また一体と殺していく……また、血が宙に舞った……斬られた奴らの臓物が飛び散ったが、その破片がまだ、奇妙にピクピクと動いている…………

 

 だが、何かおかしい。少しづつ、破片たちが一点に集まるように動いている…………

 

 少しづつその速度も速くなって行く……それに彼女も気づいたようだ。

 

「……自己蘇生!?」

 

 ちいっ、と舌打ちをして、急いで殺り終えたはずの肉塊の元へ走る。軽快なステップ、風魔力で加速しながら迫って行く。

 

 …………その間に、奴らの身体が再構築され、徐々に元の人型へ戻っていった……。

だが、彼女は怯まずそこへ飛び込んで……

 

 グサリ……

 

 剣を人型の胸元へ突き刺した……そして軽くそこを抉る……引き抜くと奴の心臓が出て来た。

 

「えいっ!」剣を上に振り上げ、遠心力で心臓を投げ上げる……そして落ちて来たそれを木っ端微塵に切り裂いた。

 

 他の奴らも徐々に元に戻っている……が、彼女は同じ要領で心臓を確実に貫いていく…………

 

 心臓が弱点か……奴らは蘇生能力を失い、戻りかけの身体はボロボロと崩れ落ちていった……

 

 ………『グルルル……』………

 

 しかし、どこからともなく、俺の近くで唸り声が聞こえる……

 

 急いで首を振った……でも何度振っても見当たらない……

 

 ………が、後ろを見ると、黒い影がそびえ立っていた……!

 

 しまった!!!

 気をとられて…………

 

「う、うわっ……」驚きで喉が詰まって、声が出せない。そして脚が言うことを聞かず、うまく立ち上がれなかった……

 

 それを気にも止めず、ゆーっくり、着々とそいつは近づいてくる……

 

 そして俺のほぼ目の前で、口を大きく開いた……

 

「ひっ…………!!」慌てて腕を顔の前に持って来て、交差させて身構える。

 

 だが……『グルルル……っ!?』いきなり大口から血を吹き出した。その鮮血が俺にもかかる。

 

音速風刃(ソニックウインド)

彼女が剣を遠くで振り、風の刃を放って腹を切り裂いたのだ。

 

 生暖かい血が抜けていき、そのまま力まで抜けたかのように、そいつの身体は俺目掛けて倒れて来た。

 

 急いで右へ転がり、煤を払いながら上体を起こす。

 

 左側にさっきのバケモンの死体が生々しく転がっている……そいつから流れ出てきた血が円状に地に広がって、呆然としてた俺の手元まで来た。

 

 ドロリとした深紅の、生温かい感触を得て、不快感とともに強烈な安心感を覚えた。

 

そしてそんな自分には嫌悪感を感じざるを得ない……化け物の物とは言えど、血だし、生臭さが鼻に残った、というよりは、気持ち悪い塊が心に残ってしまった……

 

 そんな俺の元へ、戦っていた天使が寄ってきた。

 

「……創太さん、もう大丈夫ですよ」

 

 

 

 

 

いや、全然大丈夫じゃねぇよ。

 

 

 

 

 

 

 重苦しい、鼠色の暗雲が立ち込める煙たい空を背景に、眩しく微笑んでこちらを見つめてくる。

 

でもそれが俺の恐怖心を拭い去ってくれた………

 

 

 

 

………ここで目が覚める。いつもの天井、いつもの朝。だが、最近ずっと、こんな夢ばかり見ていた。まあ、この筋書き通りには実際にはいかなかったが、おおよそ同じことが起こったわけだ。俗に言う予知夢やら正夢やら、そんなものだったのだろう。この夢の記憶、特に少女についてはすぐに忘れて何も思い出せずにいたのを覚えている。

 

 でも、今思えば、この事件の元凶といえば、このドジ天使______風を司る天使、ルヒエルとの出会いだ。

 

 

 

 

 彼女との衝撃的な出会い。

 

 

 

 

 それが俺の運命を大きく変化させるとは、その時はまだ思ってもいなかった…………



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すべての始まり
運命の、出会い?


 俺、風谷創太は魔法が全く使えない。

 

 それなのになぜか、国立の魔法中学校に通っている。

 

 通っている、が、当然のことながら魔法が使えないので二年生までの魔法実技に関しての総合成績は五段階評価で異例のゼロだ。

 

 ゼロ、だぜ。

 

 もはや評価じゃないじゃん。

 

 泣けてくるぜ。

 

 まあ、他は群を抜いていい。

 しかし魔法の実技評価がゼロであるゆえ、ある点では優等生、またある点では劣等生扱いだ。

 

 おかげで鬱陶しいいじめだって……

 

 しかも容姿も男としてはある種最悪だ。

 念のため、不細工なんかじゃなく、むしろ逆。

 

 自分で言うのもなんだが、綺麗な方。

 

 綺麗、というか、可愛いとよく言われる、残念ながら。

 

 整った小柄な顔立ち、女性声、空に同化しそうなくらい澄んだ青い瞳と水色の艶やかな長い髪、綺麗な肌、細い身体、美しいくびれ…………。

 

 化粧なんぞしなくても、女子と見間違えられるレベル。

 

 お陰でこちらは女子だの、女男とからかわれる始末。

 

 母親_____魔理亜にでさえ、時々女子用の服を買われるほどだし、クラスの女子には無理矢理女装させられたりだのする。

 

 まあこれはマシだ、イラつかないし。

 

 しかし悲しすぎる。

 

 これを自分で認識し始めた辺り、もう俺も人としてダメなのかもしれない、と感じてることも含め残念だ。

 

 

 

 はあ………

 

 

 

 ………毎日が嫌になりつつある。

 

 

 

 

 ……と言ってもしかし、仲のいい友達も何人かいるし、それが学校に行かせる動機だと言っても過言ではない。

 

 

 

 

 

 そして今日、五月のある日。

 この日はテストがあった。

 

 

 

 

 

 内容は魔導防壁の展開……常人であれば、簡単なものなら簡単に展開できる、が、魔法学校ゆえに強度の面も試される。

 そうなると魔法が使えない俺の評価は始まる前から決まるわけだ。

 それでも参加は強制、やるしかなかった。

 

 魔法が使えない故の副産物か、元から体は丈夫、しかも異常に……。

 おかげで受身に関してはもう慣れっこだ。

 

 とはいえ、それにも限界や、限界を簡単に越えてくるやつもいる。

 

 一応、色々あってわかったことではあるが、高度1万メートルから落下しても耐えられた俺の体。

 

 たが、俺をいじめてくる奴の中に『衝撃波(インパクトウェーブ)』使える奴がいた。

 

 具体的にいえば、自身及び対象に与える衝撃及び波動をコントロールすると言うもので、

 たとえ原子一つ分の波であったとしても打ち消し、衝撃波でも打ち消してしまう。さらには音波、光波までも打ち消してしまい、皮膚が僅かにも歪むことを許さなくする、つまりものが当たっても凹まない。

 

 故に大半の攻撃は無効化、さらに貫通、切断、打撃などの攻撃も体表面に届いたとしても皮膚が凹むこと、歪むことを許さない故、無効化してしまう。

 

 更に衝撃波は打ち消すだけでなく、発生させることも可能という鬼畜仕様であるため、相手に一方的に高エネルギーの波動をブチ込めるため、攻撃も油断できない。

 

 残念なことにテストのペアは言うまでもなくそいつ____石倉武雄だった。

 

 こいつのパンチに強烈な衝撃波を載せられると、流石の丈夫な身体も、奴のフルパワーでなくても大怪我を負ってしまい…………てか実際、ついさっきか、ぶっ飛ばされて身体から沢山の血を流し、保健室まで送られたレベルだったし。

 

 はあ……ついてない。

 

 

 

 

 

 

 

 と、ここまで駄弁ったのだが

 

 

 

 

 

 

 どこだ、ここ…………

 保健室に、おくら、れて……あれ?

 

 

 

 

 

 

 ちょっと唐突すぎるが、マジでわからん。

 周りは暗いが、目の前の遠くの一点だけすごく眩しく輝いている………

 

 

 うーん、

 

 

 

 

 なるほどわからん。

 

 

 

 

 

 もしかしたら、死んだ……?

 

 

 

 

 

 いや、でも死んだのだったら走馬灯の一つや二つ、あってもおかしくないな……

 

 

 

 

 どうすればいいかわかんねぇし、とりあえず光ってる所行くか……

 

 

 

 

 そうして動き出した時だ。

 

『創太さん…………まだ、死んじゃダメっ!!!』

 

 心拍音とともに、どこからともなく俺を呼び止める声が聞こえた。ソプラノボイス、女の子の声だ。

 てか俺やっぱ死にかけなのか…………

 

 

 

 誰?

 

 

 

 そう、聞いてみる。

 だが、再び心臓の鼓動音が一回して、

 

『まだ、やることがあるの!!今死んだら……世界が…………だから、早く!』

 

 え、一体なんのこと?

 

 

 世界?

 

 

 この世界やばいって言うのか?

 まさか、これ多分俺の思い込みだろう。

 

 いや、やっぱ死ぬ前になんか変な夢でも見てるんだろうなぁ……

 

『違います!本当に……だから、戻って来て!』

 

 また心拍音……しかし先ほどと違い一回出なく、力強い音が、徐々に激しくなりながら響く。

 

 そして、遠くにあった光が、どんどん激しくなる鼓動とともに、眩しさを増しながらこちらに迫り、何も言う間も無く俺を飲み込んだ………

 

 

 ____________________

 

「…………っ!」

 

 はっ、と目を覚ました。

 

 今度は目の前に、整った白の正方形がいくつも綺麗に並んでる。

 

 知らない天井…………ではないが、場面的にはそんな感じ。

 

 体を起こし、辺りを見渡す。

 

 どうやら保健室らしい。

 白い天井に白い壁、窓から入り込む光で明るく照らされ、そして白の仕切りとなるカーテンが風で煽られている。

 

 そのカーテンに黒く人影が映っている。

 椅子に座る謎の影だ。

 ふと、カーテンが風でめくれ上がり、その後ろの景色が見えた。

 

 

 

 

 そこには幼馴染、緋山龍神の姿。

 赤髪をほんの少し伸ばして、髪留めで左側をバックにしている青目の少年だ。

 

 

 

「おっと、王子様のキスは無用みたいだな、

 創太君(お姫様)、っと」

 

 景気のいい言葉を投げかけてから、パイプ椅子から勢い良く腰を上げ、俺の顔に一気にあいつの顔を寄せてくる。

 

「よしてよ、俺男だから。それに誰が姫だよ、呆れた。」

 

 そう返すとあいつ、ケラケラ笑ってきやがった。

 よほどからかってるのか、不気味な笑み。

 

 腹立つな。

 

「てか………引くわ」

 

「よせ、冒頭から俺のイメージが変な方向に向かうじゃねぇか」

 

 別に変な方向へ向けたつもりはない。

 

「俺は容姿美麗、性癖普通の草食系で世界一のジェントルメェン、あまりの美しさ故に誰もがイチコロの男なんだが?」

 

「それ自分で言う!?」

 

「どっかおかしいか?」平然と聞いてきた。

 

「いやおかしいよ!!初期のキャライメージ変なふうに固められる原因の半分以上自分でつくってんじゃねぇかぁっ!!」

 

「……確かに」

 

 全く。

 と言っても、こんな感じの馬鹿だが龍神はいい奴だ、昔からの良好な仲、時々からかってはくるけども……

 

 でもあいつは勉強も俺ほどでないがそこそこで、魔法だってトップクラス、生まれつきの三属性使い(トリプレット)という赤髪のハイスペ炎使いだ。

 

 どうでもいいけど料理めちゃくちゃ上手いし。

 

 ……俺とは真反対なとこが多い。

 妬ましく思うこともあるが、最も信頼できる友達だ。

 

「さて、お前、二時間目から今________4時までずーっと寝てたわけだけど。」

 

「えっ!?嘘っ!」

 

 急いで上体を起こし、壁がけ時計をみる。

 なんと、針は4時をちょっと回ったところを示していた。

 西陽が窓から流れ込むのもそれで納得がいく。

 

「さすがに寝すぎたな、早く帰んねぇと、っ!」

 

  ちょっと体に電撃が走る。

 激しく咳き込み、呼吸がしづらい。

 軋むような痛みに悶えてしまう。

 

「お、おい!大丈夫か?」

 

 しばらく咳き込んだままだったが、なんとか呼吸を落ち着け、深呼吸を繰り返した。

 

 そして、

「…………あ゛あ゛、大丈夫。」

 少しゼェゼェとしながらも、返事を返す。

 

「なら、いいんだけど………あまり無理すんなよ。」

 

「…………あいよ」

 

 そして多少の痛みを堪えて鞭打って腰を上げた。

 

「あ、服ならそこん籠に洗ったやつ入れといたぞ。」

 

「え……?」

 

 首を下に向けると、服を着てなかった。

 その代わりと言ってはなんだが、包帯が丁寧に身体中に巻かれ、志々雄真実に負けないほどになっていた。

 

 さすがに顔はそこまでではなかったが……

 

「うわっ、これ余程ひどかったんだなぁ……」

 

「そりゃあな。もう内臓が口だけじゃなくて腹部のいたるところからたっぷりとぐしゃぐしゃになって出てきてたしな。」

 

「そんなにかよっ!?」

 

 それこそマジで死んでねぇのが不思議なレベルだわ!!

 

「実際は?」

 

「うん、嘘」

 

「死ね」

 

 ニッコリとした笑顔で言ってやったわ。

 てか驚いたわ。

 ほんと、心臓止まりかけたし……おかげで胸が痛くなったし。

 

「ちなみに服脱がせたのは?」

 

「あー、俺」

 

「!?」

 

 待て待て待て!?

 

「おおお、襲ったり犯したりしてねぇだろうな!?」

 

 慌てて聞き返す。

 最近のこいつは少々信用できない箇所がある、特に目線的に……

 

 表情に何かしらのやばいものを感じざるを得ないのだ。

 

「してねぇよ!!勝手に変態にすんなや!!」と龍神は否定するが。

 

「ほ、ほんと、だな?」

 この点においては信頼がしづらい。

 

「ホントだ、親友(とも)よ」

 

「……わかった」

 

 一応納得はした。

 さすがにね、龍神がマジでやるわけないもんね、ちょっと部屋にイカくさい匂いが漂ってるのも気のせいだよね!!

 

『最低だ、僕は』あたかも俺に聞こえないようにとあいつが小声でぼやくのを聞いた。

 

 うん!気のせいだ!!

 

 もう、そう思うことにした。

 そうでもしないと変な方向にこの話が進んでいきそうだし!!

 

 すると

「ちょっと〜、うるさいわよ、仕事に集中できないじゃなーい。」

 

 突然、ベッドの方にコツ、コツと、ヒールの音を立てながら長身の女性がやってきた。

 

 途端にタバコの匂いが微かに漂う。

 顔を向けるとキャビンを口にくわえ、金髪に、 白衣に手を突っ込んだ保健室の先生、エレオノーラ先生がこちらを見にきていた。

 

 外国人らしいが日本語が上手く、また若々しく艶やかで美人であるが実年齢はもはや彼女の前で口にしても怒られないレベルの歳であり、

 通称美魔女、不死身の少女(アンデットガール)、ロリババアとか色々だ。美魔女はわかるが他の由来がいまいちわからん……まあいいや。

 

「なぁーに男同士でいちゃついてんのよ、気持ち悪い。」

 

 煙たそうに手を払い、少々引き目で俺たちを冷たく見つめる。

 

「いや、ち、違いますよ!これはこの龍神(へんたい)がっ!!」

 

 俺は全力で否定した。

 

「なっ!」

 

 おい、お前否定できないだろ。

 

 しかし先生は

「そんなの知ってるわよ」

 

「へ?」

 

 龍神が青くなる。

 

「ほーんと、龍神くんは友達思いの生徒よね」

 

 意味深そうに先生が言う。

 

 それを聞くとだんだん不安と龍神への軽蔑の意識が芽生えてくる。

 

「待て待て!俺何もしてねぇよ!!!」

 

 慌てふためく姿に、さらに顔をしかめた。

 

「ほんと、オマセさんね、龍神くんは……

 変な声してたから来てみると≪自主規制≫とかしてたし」

 

「してねぇぇぇぇよぉ!!!?」

 変態クソ野郎の断末魔が響いた。

 

 マジかよ。

 

 死ね屑龍神。

 

「なーんて、ね。嘘よ。変な声と≪自主規制≫は隣のベッドのことだし。」

 

「……ホント?」

 

 細目で二人を交互に睨む。

 

「本当よー、でも龍神くん焦るのも無理ないわ。だってその時寝ちゃってたわけだし。」

 

「俺寝落ちしてる間にそんなことが……やり手だな。」

 

 全くその通りである。

 保健室でやっちゃうのは定番っちゃ定番のロマンだろうけど、マジでやったらあかんやろ。

 

 それより……

「先生、ややこしくなるから変な冗談はやめてくださいよ……それに龍神も、俺ほんとに絶交考えかけたんだから……」

 

 かといって、それを鵜呑みにしてた俺も俺だけどさ……

 

「……わーりぃ、気ぃつけるわ♪」

 

「あらら……ごめんね」

 

 相変わらず龍神は反省という言葉を知らないかのよう、陽気に返し、かといって先生も片腕でゴメンと合掌しながら舌をチラっとだしてぶりっ子してる。

 

 まあ、いつもこんな感じだし、いいや。

 しかし、時間も起きてから大分経っただろう。

 

「さて、本当にそろそろ帰らないと……」

 

 身体の痛みはこの話の間に殆ど消え去り、重い気だるさは抜けきっていた。

 

 傷の治りも早いのが、これまた助けになったみたいだ。

 

「行こうぜ、龍神。」

 

「そうだな、帰るか」

 

 そう、二人で話して保健室を出ようとした時だ。

 

「ねぇ、創太君」

 

 窓からやけに冷たく、嫌な風が流れ込む。

 それとともに先生が俺を呼び止めた。

 

 声は先生にしては珍しく、陽気さというか、活発さが感じられない言葉だ。

 

 あまりの不審さに、不安が俺の身体を蝕み始め、冷や汗が背筋や頬を伝う。

 

 それを見てか、先生は遠慮がちに話を続けた。

 

「ちょっと言いづらいんだけど…………なんというか、死相が見えてるのよね、あなたの。」

 

「えっ」

 

 あまりの突然さに理解ができない。

 

 死相って…………死期、近いってことか?

 

 俺、死ぬのか?

 

 そんな馬鹿な。

 今だって怪我やら何やら、すぐに治ったし、事故で死ぬほどの体ではない。

 

 だめだ、考えると理解からどんどん遠ざかる。

 

 死という、実感がわかない言葉が思考回路の迷宮をさまようばかりである。

 

 それでも先生は話を続ける。

 

「と、いってもだけど中々はっきりしたものじゃないのよねー。すごく危険信号発してるんだけど、断定できないくらい曖昧なビジョンだけが見えるの…………」

 

 つまり、死相が曖昧、ってことか。

 

 曖昧である以上、何が起こるかわからない。

 不安が徐々に恐怖を感じさせ、全身が悪寒で震えてきた。

 

 そこに、妙に冷たい風が吹きつけてくるのが、嫌気も煽ってきてしまう。

 

「ただ、一つわかることがあるとすれば……」

 

 この言葉に息を飲んだ。

 

 これが、何か死相を回避する鍵になるかもしれない。

 

 聞き漏らしはしてはいけない…………

 簡単なことなのに、格別な緊張感を感じてしまう。

 

 そして、先生の口から出てきた言葉は……

「頭上に気をつけなさい、ってことね」

 

「「へ?」」

 

 なんだそりゃ。

 

 ポカンとしたまま、龍神と二人で固まる。

 

 そして顔を互いに合わせてから、また先生の方に振り向き、ポカンとした顔を向けた。

 

 それを見てか、先生は

 

「と、とりあえずそういうことよ、これが確実に起こるってこと!それ以外はなんとも言えないわよ……」

 

「ま、マジで?」

 

 龍神が問う。

 

「うん、マジで」あっさり返された。

 

 取り敢えず、もう諦めて頭の上の注意をして過ごすしかないな。

 

「さ、そろそろ帰りなさい。

 何かヤバいことあったら学校に連絡して。

 対応にならいくらでも当たるわ」

 

「は、はい……」

 

 結局、死相を見られ、自身にヤバい危機が迫っている、ということしかわからずじまいのまま、学校を後にせざるを得なかった。

 

 ____________________

 

 さて、帰路に着いてから数分経った。

 西陽が眩しく俺らを照らす。

 空は徐々にオレンジへ染まっていくが、平凡な日を装っているかのようである。

 

 まだ家まで4分の3くらいはあるだろう。

 ここまでは何も起こらなかったが、少し怯えながら歩く。

 

「そういえば……お前に見舞いの品、何個か持ってきてた奴いたな」

 

 と、龍神が思い出し、バッグを漁り始めた。

 

 そして

「そうそう、これだ!」

 

 取り出された紙袋を渡されたので、中身を見ると

『創太へ』と書かれた厚紙、そしてその下には木ノ実、果物が沢山。

 

 厚紙の裏には「これ食べて体治してにゃ〜 ミーシャより」

 

 なるほど、彼女らしいな。

 ミーシャは猫耳族の、緑髪黄眼、華奢な身体の可愛い娘である。

 

 割と活発で、森林とかでも自然環境下でも難なく遊んでいる奴だし、見舞いの中身に納得いく。

 

 そしてもう一つ、こっちにはおにぎり、菓子、そしてエロ本やエログッズ…………

 

「あの………………これ誰からっすか?」

 

「あー、クロシから」

 

 クロシ……か。

 あいつあまり話したことないんだが……普段から無口、静かな奴だし、それくらいしか知らない、というか接点も一回だけ石倉からの一方攻撃から助けてもらったくらいか。

 

 まあ、時々募金活動とか慈善活動とかに参加してるのを見るくらい、だから推測に過ぎないが人に基本的に優しい奴なのだろう。

 

 しかし、そんな奴からエロ本とは……

 キャラ崩壊がちょっと起こってしまったな。

 

 しかも中身……『濡れる幼女特集! 合法ロリたちの淫らな性戯。』『性活一位のエッチな小学一年生 始業式が処女卒業式』

 

 何故だかロリコンだと思われてたらしい。

 

 なんか、悲しくなってくる。

 というか頭痛い。

 

 まあ、いっか。

 

「あららー、お前そんな趣味も加わったのか〜?」うっざい顔で龍神が微笑とともに煽ってきた。

 

「そんな趣味もこんな趣味もねぇよ。」

 

「嘘つけ、お前の部屋にある、数々のエロ本、全部知ってんだぜ」

 

「なっ!?」

 

 そんな馬鹿な!

 絶対バレないよう、しっかりベッドの下に…!

 

「ベッドの下だろ、テンプレすぎて笑えるぜ」大笑いされた。

 

「そ、そんな……」

 

「あと、気づいたの俺じゃなくて麻里亜さんだぜ」

 

「母さんが!?」

 

「ああ、なんかイカくさーい匂いしたから探したら、ホントにテンプレな所にあった、って笑いながら言ってたぜ」

 

「マジかよ……」

 麻里亜、俺の母さんだが、家族を溺愛するだけでなく、察しが良すぎる人だ。

 

 マジでめんどくさいことになったな……

 母さんのそーゆーことへの反応厄介だしなぁ……

 

 いじられ倒され、辱め(女装やら何やら)させられそうだし。

 

 嫌な汗が滴る。

 帰ってからのこと考えるとなぁ…………それに死相も…………

 

 ふと、何となく、じめっとした、身体に纏わりつく気持ち悪い風が吹いている気がし、烏の合唱がさっきよりも耳に響き、さらに数は、歩いていくたびに増えてきた。

 

 西陽も妙な妖しさを帯びてきている。

 これもまた死相の話に関係あるのだろうか…………考えたくもないが、そう考えてしまうのだ。

 

「創太」

 

 いきなり龍神に声かけられて驚いてしまった。

 何度も呼んでいたのか、割と強いトーンだ。

 

「な、何?」

 

「お前、なんか考えすぎ、って感じがしてるぞ。」

 

 どうやら、顔に顕著に現れてたらしい。

 

「もっと気楽にいこうぜ」

 

「……………そうだな」

 

 悪い癖だな。

 

 考えすぎて周りが見えなくなってしまうことが時々。

 話の重要性によるが、重たい話なら気にしすぎてしまうのだ。

 

 龍神は俺の変化に敏感だ。

 昔からの仲、だからか。

 

 割とこれには助けられることがあるのでありがたい。

「さ、はやく帰ろーぜ」

 

「うん」

 

 そして少しペースを上げ、まがりかどに差し掛かった時だ。

 

「「……!」」

 

 足が止まってしまった。

 疲れ、いや、そんなものじゃあない。

 

 

 

 

 

   殺気

 

 

 

 

 

 それが漂ってきたのだ。

 

 恐る恐る曲がった後の真っ直ぐな道の先には、人影が一つ、真ん中にポツンと立っていた、いや、待っていたというべきか。

 

 普通に見るとぼやけて見えるほどの距離だが、それでも十分なくらいの殺気や妖しさを感じてしまう。

 

 何というか、たくさんの夜の闇、闇の恐怖を固めたような存在だ。

 

 ……徐々に迫ってくる。

 距離が近づくたび、恐怖は増す一方。

 

 近づくにつれ、姿がよくわかってきた。

 

 喪服のようなスーツに簡単な服装品、髪は暗いクリーム色、無精髭が生えた30代の痩せた男。

 

 微笑を浮かべる様が、さらなる妙な妖しさを醸し出す。

 

 そして、迫りくる恐怖の塊は、ついに俺たちの目の前に来た。

 

 

 今すぐ逃げてしまいたい。

 

 

 でも、体が動かない。

 動けという命令が拒否される。

 

 とうとう震えさえ許されなくなってしまった。

 

 力を振り絞り、横目で龍神を見ると、全く俺と同じでうごけない。

 

 そこに、ふと風が流れ込む。

 しかしそれでさえ、もう身体では冷酷なものとしか感じられないほどになっていた。

 

 すると男は立ち止まった。

 

 うつむきながら微笑を絶やさないままである。

 

「ふっ、ふっ、フハッ、フハハハハハハハハッ!」

 

 笑い声が大きくなってくる。

 

 何がそんなに愉快なのか、俺たちにはわからない。

 しかし、確かな狂気だけはわかる。

 

 本当に、こいつは殺しにくる!

 目を瞑る。

 

 だが、次の瞬間だ。

 

 

 

 ふと、殺気が消えた。

 

 

 

 恐る恐る目を開けると…………

 残念ながら男はそのまま立っていた。

 異常な蔓延の笑みをこちらに向けて……

 

 逃げたいが足はやはり動かない。

 

 殺気は感じられないのに、さっきので怯んでいるのだ。

 

 男は真っ黒な、年代物の分厚い、銀の逆十字が表紙につけられた本を取り出し、目の前の宙へ浮かべた。

 

 そして詠唱を始める。

 

「我、汝を求む。汝則ち魔王なり。魔王則ちサタンを、我求むなり。

 地獄の最下(コキュースト)に眠る汝の加護を求むなり。

 

 我が御主(サタン)の名の下に我求む。

 我汝の王国臨也(のぞむなり)

 ゆえに我、汝の国を侵すべき愚者へ、汝の怒りを下すこと求めん。

 

 我の眼前、弐敵あり、唯一神に使えし我らの悪なり。

 

 我汝の加護を以て、汝の畏れ多き、暗き慈愛に溢れた闇夜の手を以て彼らを地獄の最下へ落としたもう。

 

 汝代わりに彼らの血を以て力を戻せ。

 

 我賛美する汝よ、願はくば黙せず我が願い受け入れ給へ。」

 

 魔法陣が奴の足元に展開された。

 通常のものと違い、暗黒の禍々しく巨大な魔法陣…………

 しかし、逃げることができない。

 

地獄より、餓鬼共の手(ブラック・ベクター)

 

 詠唱がおわると奴の背中から現われた、暗黒で出来た巨大な手が無数に迫ってきたのだ。

 

 そして俺たちの首根っこを掴む。

 

「かはっ!?」とてつもない力で首を締め付けられる。

 

「くっ……」

 龍神も同じくだ。

 

 しかし、息ができない。

 龍神の方を見ていた視界も、徐々にぼやけて、更にはみしみしと音を立ててた締め付けも、意識の遠のきで聞こえなくなっていた。

 

 ついには、苦しみはもはや消え、どことなく暖かさを感じ始めた。

 

 ___やっべぇ、俺たち死ぬのかな……

 

 あんだけ仲よくやってきた俺たちは、ここで共倒れするのか……

 

 せめて龍神だけでも助かってほしい。

 しかし叶う期待などできない。

 

 首の締め付けは終わらない。

 それに助けも来ない。

 

 俺たちは死ぬ。

 

 そういえば、死相……

 なら納得行くな。

 

 でも、ず、じょう……

 

 だ、だめだ考えが浮かばない。

 

「んっ!」

 

 口から息が漏れる。

 首締めが強くなった。

 血が流れてくるのを感じない。

 

 苦しい。

 

 息を、すい、たい。

 俺の肺は全力で息を吸おうとし、心筋は

 脳へと血を全力で送ろうとし、体はこの腕を外そうと必死に悶える。

 

「か、っ」

 

 しかし意識が徐々に遠のいて行く。

 その度に、当たり前のごとく力が抜けていった。

 

「ぐ、ぐぐっ」

 

 遂に、体に力が入らなくなり、全身が軟体動物の死体のごとく宙で揺れるだけになってしまった。

 

 肺は呼吸を諦め、唯一諦めずに、心筋が激しく鼓動するのを感じるばかりである。

 

 なんというか、生を感じる。

 だが、もう苦を感じることができないまでに、意識が消えかかっていた。

 

「そ、そう、たっ!」

 

 龍神のその一言は、俺を現実にもどした。

 

 苦しい。

 

 苦い、地獄。

 

 もう、死にそう。

 本当の死。

 

 もう、終わり。

 意識はもう……おち、る。

 

「キャアアァァァッ!」

 突然だ、凄く大きな叫び声が聞こえた。

 瞬間、手が緩む。

 

「「ごほっ、げほっ!!」」

 苦しみから解放され激しく咳き込んだ。

 

 何だ、この叫び声……

 あたりを見回すが何もない。

 

「だれかとめてぇぇぇぇぇっ!!!!!」

 

 上から聞こえた。

 すぐに空を向く。

 

 すると、何か人形の黒い点。

 

 よく見ると_________金髪の少女だと!?

 

 慌てふためき、辺りを再び見回すが、気づくと男は消えていた。

 

 しかしそれどころではない。

 彼女は一体……

 

「ああっ!よけてえぇぇぇぇっ!そこのヒトォォォッ!」

 

 そこの人……よくよくかんがえると、俺じゃん!!

 

 彼女は俺の頭上、完璧に真上だったのだ!

 

「マジかッ!やべぇ、受け止めねぇと!!」

 

 どうしようどうしよう。

 

 受け止められるか?

 しかしラピュタのように『親方!空から女の子が』と、落下速度が遅くなるようには思えない。

 

 かといって避けても彼女は間違いなく死ぬだろう。

 

 ___しかし、そうこう考えてるうちに、もう、避けれないとこまで来ていた。

 

 

 その距離、わずが1センチ。

 

 

 世界が、ゆっくり感じられた……

 

「「うわああああぁぁぁっ!!!!!」」

 

 そして、瞬間で、意識が飛んだ。

 ただ覚えてるのは、とてつもなく鈍い音が響いたのだった。

 ____________________

 

「っ!」

 

 気づくと、アスファルトの上で寝ていた。

 

 左を向くと「おい、大丈夫か創太っ!!」

 なんども叫ぶ龍神。

 

 右を向くと、今度は落下してきた死体……って、無傷で、単に目を回して寝ていた。

 

「龍神、あれ、落ちて来たんだよな……」

 

 起き上がりながら訪ねた。

 俺が無傷、納得いくが彼女の無傷がよくわからない。

 

「ああ、落ちて来たよ。」

 

「そうか……」

 

「すごい音がしたけど、何故二人とも無事なのか、俺には理解できねぇよ……」

 

 だよな、俺でさえ理解できないもん。

 

 身体を起こして彼女をまじまじと見る。

 

 彼女___金髪、長い髪、そして卵のようにつるりとした美しい色白の肌、整った顔立ち、小柄な、華奢な身体、そして程よい胸に白の衣……

 しかし、驚くべきことに、それだけでなく、なんと羽根も生え、天使の輪が頭上にあるのだ!

 

 なんだこれは……人、だよな…………

 

 一体これは……

 疑問が残る。

 

 ふと、気づくと彼女の腕、そして目がぴくりと動いていた。

 

「だ、大丈夫か?」

 

「おい、しっかり!」

 

 俺が近くに寄り、龍神が遠くで声をかけた。

 

 すると

「…………ん、っ」

 

 彼女は目を覚ました。

 そして辺りを見渡す。

 

「……あれ、私、誰?」

 

「「いや、それ俺らの質問!!」」

 

 困るわ!

 記憶障害とか。

 

「創太、もういっちょ殴りゃ治るんじゃ……」

 

「阿呆、この娘に悪いわ。」

 全く、龍神のこの調子は。バカなことを考えるもんだぜ。

 

 殴ってみろ、下手したらもっと酷くなる。

 

「待って待って待って待って、じぶんのことくらいわかりますからぁぁぁぁっ!!」

 

 どうやら、自分のことはわかるらしい。

 最初からそうしてほしいものである。

 

「じゃあ、はじめに、だ。君は誰?」

 聞いて見る。

 すると

「私は天使、風を司る天使ルヒエルです。

この世には、ある預言を、ある人たちに伝え、使命をあたえるために天界から降りて来ました。」

 

 なんというか、話が壮大すぎてなんとも言えない。

 

 思うような回答が、出せず、阿呆面(あほづら)していること以外全くできなかった。

 

「お前、頭大丈夫か?いい脳外科、紹介しようか?」

 

 だけど、本当にごく普通の回答を返したのは龍神だった。

 言われてみればだが、先の激突で頭がおかしくなった可能性もあるな。

 

 でも、ルヒエルは非常に焦って反論してきた。

 

「そ、そんな、ヒドイです……信じてくださいよ、緋山龍神さん!」

 

 衝撃が、走った。

「な、なんで、俺のフルネーム知ってるんだよ……」

 

 俺はもちろん、龍神は名前を一言も言ってないのに、おかしすぎる。

 

「ま、まさか本当に……」

 

 断定するには早すぎるが、可能性は無くはない。

 

 でも、何かしらの魔法で知った可能性もある。

 

 だが、彼女の身体を見てみろ。

 羽根が生えてるわ光輪が頭の上に浮いているわ、普通の人間ではない。

 あと、羽根もどうやら魔法で出現させてるわけではなさそうだし。

 

「し、信じてもらえますか?創太さん?」

 

 一瞬名前を呼ばれ驚いた、が、よくよく考えればこの娘には筒抜けなんだよなぁ……

 

 いやー、信じる、ねぇ…………

 どうしよう、判断しづれぇし。

 

「……創太ぁ、待て」

 

 妙に低い声の龍神が俺を止めた。

 

 そして

「おい、そこの自称天使。」

 

「なっ、じ、自称じゃないですよ!」と、少し怒って反論。

 

 気にせず龍神は話を続ける。

「お前……どっかの国のスパイかなんかだろ?KGB? CIA?」

 

 龍神、今すぐお前が脳外科行ってこい。

 お前の方がよほど重症じゃねぇか。

 

「スパイ……す、す…………」

 なんかルヒエルはルヒエルで要らぬ悩みをひたすら考え出したし。

 

「じ、じゃあKGBで。」

 

 おい!

 答えちゃダメだろ!?

 

「待て待て待て、なんで選んだんだよ!?」

 身体が勝手にツッコミを入れた。

 

「んー、なんかこっちの方が美味しそうだったし」

 

 なんで特殊部隊の名前を美味しそうだったかどうかで決めてんだよ!?

 

「スパイスの話ですよね?これ?」

 

「どうしてスパイスとスパイ間違えるんだよ!?」

 

 根本から焦点がズレてたわ。

 にしてもわからねぇなら答えるなよ!?

 

 てか、この娘も脳外科行った方が良さそうだな。

 

「まあまあ、話戻そうぜ!」

 

「お前が話濁したんだろうがっ!!」

 

 てか、なんだよその妙に腹立つドヤ顔。

 ドヤれることなんもしてねぇくせに。

 

「ま、話は戻すか」

 取り敢えず俺から切り出した。

 じゃないと(らち)あかないし。

 

「まず手始めに、ルヒエル、お前はなんで空から落ちてきたんだ?」

 

 簡単なものから、まず聞く。

 

「えーっと、確か、天界から降りてすぐかな、とーっても高いところから飛んで地上まで降りようとしてた時ですけど、その時にヒコーキ、って大きな金属の白い鳥とぶつかってしまって……」

 

「……よく生きてられたな。」

 

 てか、ヒコーキは何かわからねぇのかよ。

 俺らのことは知ってたくせに。

 

「さて、次にルヒエルが本当に天使だとして、さっき言った目的の通りだとして、だ。預言の内容、そしてそれを誰に伝えるか、それを聞きたい。」

 

 というのも、死相のことになにか関わりがありそうだから聞いたのだが、有る無し関わらず結局、俺たちに関連する何かが起こるかもしれないわけだ。

 聞いておいて損はない。

 

「そそそ、そんな、預言はしかるべき人以外に言うなんてできませんよ!!お気持ちは察しますが……」

 

 まあ、そうなるわ。

 こればかりは彼女の義務らしき何かを果たしたまでだ。責めることはできない。

 

「そんじゃあ、お前が預言を渡すべき、そのしかるべき人ってのは誰だ?」

 

 今度は龍神が問う。

 

 こっちは、聞くことができたら探すのくらい、ある程度は手伝えるしね。

 

「えーっと、誰だったかなぁ…………思い出せないな…………」

 

 頭ぶつけたせいかもしれないが、思い出すのに苦労しているようだ。

 

 数秒頭を傾げてから

「た、確か………………か、風谷創太、さん………………あ。」

 

「「あっ」」

 

 完全に三人ともフリーズ。

 口を少し開き、驚いたまま時が止まってしまった。

 

「あーーーーーーっ!いたーーーーーっ!!」

 

「ええええっ!?お、俺かよ!!!」

 

 かなり大慌てだ。

 もう何が何だか……

 

 龍神は相変わらずポカンとしてるが……

 

「え、じゃあさっきの預言とやら、俺に?」

 

「はい!」

 

 まさか、こんなことが俺に起こるなんて。

 しかし、なんとなく死相のことに関連してそうなのが嫌なところだ。

 

「創太さん、さっきはすみません。」

 突然、謝り出してきた。

 

「え、何が?」

 

「創太さん、最初見た時にすぐ預言を渡せなかったことにです。最初、名前を知っていたのに、あなたの見た目が、本当に可愛らしい女の子にしか見えなかったので、何故か創太さんだと思えなかったんです。」

 

「え゛?」

 

 待て、俺そんなに女子に見えたんすか?

 

 ちょっと、心折れそうになってきた。

 非常にがっくしきたのか、かなり俯いた。

 

「そう考えると、龍神さんと創太さんて、何も知らないで見るとお似合いのカップルですよね!」

 

 さらに傷口を悪気なく抉ってくるのだが。

 もう、ヘタレて体育座りのまま動きたくない。

 

「あれ、どうしてそんなに凹んでるんですか?」

 

「お前の妄想のせいだよっ!」

 

 最早俺は涙目です。

 

 助けてください天使様。

 て言ってもその天使様が、目の前のメンタルブレイカーだしなぁ。

 

「な、なあ、そんな話置いといて、さっさと預言の話、移ろうぜ。」

 

 だよな、龍神……

 て、こいつ顔赤いし。

 何照れてんだよおい。

 

「そ、そうですね。一応、龍神さんも預言の対象入ってるんですが、本来なら他の天使が来るはずなのですが、先に私と会ったのでついでに話します。」

 

「え、俺もか……」

 驚くのも無理はない。

 自分はこの件関わることない、と思ってて当然だろうし。

 

「では、話します。預言の内容。」

 

 息を飲む。

 

「預言の内容……それは、終末の到来、世界の終わりが訪れること。これから、徐々に世界が終わりに向かって進みます、神すら望まぬ終わり方で。」

 

「世界が……」

 

「終わる……だと」

 

 全く、信じられない話だ。

 しかし、死相との関連、それを加味して考えると、まさかとは思うがスケールがでかい故の曖昧さ、それならば話が通らないこともない。

 

「そして、あなたたちに預言を託した理由、それはあなたたちが終末の預言を止める為の存在、偉大なる魔導士『戦士』に選ばれたからです。故に、あなたたちにはこれから先、未知との戦いを、してもらいます……」

 

「うそ、でしょ……あの戦士を、やれ、って……」

 

いきなりすぎて、信じることなど、俺にはできなかった。



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御子の目覚めた日 1

すみません、また長いです

もう少し短くするよう工夫します


 戦士になれ、って、言われても……………話は色々聞いたことはある、でも、どれもこれも、逸話やらおとぎ話やら言い伝えやら、そんなもんばっかで史実なんかじゃないって言われてたな。話としては有名なんだけど、信憑性にはイマイチ欠けるし、都市伝説云々、色々言われてるし、なぁ…………

 

 しかしそれでも、クラスのオカルト好きの仲良い奴にオカルト雑誌のページを見せてもらった時に『今年は伝説が現実になる!?戦士、今年現る』とかいう記事あったな……。

 

 確か過去の文献を漁って戦士が現れる年代を算出してみたらたまたま今年、って話だっけかな。

 

 これをふと思い出し、脳裏によぎるものがあった______________これは本当に起こったことなのではないか?

 

 顔から血が少しずつ引いて行くのを感じる。

 嫌な感じ、悪寒、謎の恐怖。

 

 体が少しだけ震え上がるが、しかしその後、一瞬これを現実と捉えていただけの、ただの錯覚だ、と言い聞かせて思考を戻す。

 

 考えてみろ、戦士の話が出たところでまだ実在が確認されたなんてなかったんだ。

 

 そんなことばを、耳元で大音量リピート再生させるかのようにして、消えないように己に刷り込んだ。

 

 そう、これはあくまで伝説、架空、仮説……

 

 そんな、架空の存在になれ、と眼前の架空らしき少女が言ってきたわけで、当然信じがたい話、鵜呑みになんてできやしないんだ。

 

 怪訝な顔でそんなことを考え、親指で顎を支えていた左腕を俯く己の(こうべ)を支えるようにしてから龍神を覗き込むように見た。

 

 龍神の顔は引きつり、驚愕、先々の不安、しかしそれでいて僅かな嘲笑の意もあるような表情で、

 

「そんな、まさかな……。戦士なんて伝説だろ!それを、やれってか?」

 

 考え自体は俺と変わらないみたいだ。

 

 ニコリ、と、彼女は俺たちがあたかも全てを納得してるかのように、自信ありげに、

 

「はい、それをやってもらいます!!」

 目を光らせながらきっぱり言い放った。

 嘘をつく者の目ではなく、確信をもって言っていた。

 

 これだけはっきり言われると、喉元まで『わかった、やる』と言う言葉が出てきて、何も考えずに首を縦に振りたくはなるな。

 

 …………でも、だ。

 

 左腕を下ろし、顔をあげて、

「…………さすがに信じられないな。」

 

「それな、超嘘くさいぜ……」

 

 あまりにも唐突に、あたかも普通のこと当然のことのように話を提示した彼女に、俺らがきっぱりと断るような回答をするのは少し心苦しいが、どうしてもこうする要素しか思いつかない。

 

「……えっ?」

 

 予想外の回答なのか、自信満々で嬉しそうに喋ってた彼女が固まった。

 

 対してこちらは気が楽になり、硬くなってた口が動かしやすくなってたので、話を続けた。

 

「…………そもそも、ルヒエルとは初対面なわけじゃん」

 

「え、ま、まあそうですけど……」

 

「初対面の相手を信用できるか?」

 

「うっ」

 

 彼女は、何か弱いところを突かれたかのような声をあげ、力なく頭が垂れる。

 

 そんな事気にせず、俺は話を続け、

 

「それでいて、自分の正体を架空の存在のはずの天使と言って、本当に天使かどうかの証明やら証拠なんてものもないし」

 

「うぐっ……」

 

 今度は腕も力なく垂れ、猫背に。

 

 話を戻すが、彼女が正体不明であることに変わりなく、身分を表す何かが欠けている。

 

 その欠けてる中、天使なんて自称されてみろ。

 

 俺らは(客観的に見ると自分でも自分たちが馬鹿らしくなってくるが)半信半疑が続いているが、もっと酷いやつならその場で笑いこけて相手にせず無視して去っていき、もっと相手が悪けりゃ頭が悪いと見くびられ、そのまま変なところに連れていかれて(まわ)され、

 薬漬けに(キメ◯ク)されて男達(みんな)の大好きオ◯ネタ(今夜のオカズ)行きだぜ。

 

 俺たちだって、現実味なく空から落ちてきてなけりゃ、ここまでこんな話の相手になってなかっただろう。

 

 それに、だ。

 

「戦士なんざ都市伝説云々の類、全くもってお化けみたいな扱いして信じてない、なんて言うつもりはないけど、なーんか、無理があるんだよなぁ」

 

「うぐぐっ」

 ルヒエル撃沈、とうとう地面にうつ伏せで倒れた。

 

 

 ……戦士に関して、『戦士がいた』なんて言える明確な証拠がやはりこの場にない。

 

 信用に足る文献も見たことないし。

 

 仮に国のお偉いさんが文書管理してるなんて言われても、ありきたりの噂話としてしか見れないし。

 

「あと、俺魔法使えないんだけど………」

 

 最後の最後に、超根本的な問題ではあるが、そもそも戦士をするに値しないということだ。

 どこに魔法使えない人間で超重要なポジションを任される人がいるのでしょうか、どこぞの体術を極めまくって死門まで開けるようになった熱血教師のような人しか俺は知らないのですが。

 

 残念ながら俺はそのポジションに入れるだけのものはない!!

 

「………あ、それなら確か何とかなったような……」

 

「マジで!?」

 

 態度一転、こんなにうまい話が転がり込んでくるとは……

 

「はやく、早く何とかしてくれ、な、な、な!!」

 

「ちょ、ちょっとま、う、うわあっ、ゆゆゆゆ、揺らさないで下さ……ううっ!」

 

 彼女の肩を両手でつかみ強く揺らしまくって急かした。

 だってこれほどおいしい話はないんだ、なにせ生まれて十三年、一切の魔法を使えなかったんだし!

 

「早く、早く!! さっきまで信用してなかったこと謝りますからお願いします天使さん!!」

 

「ちょちょちょ、まっ、ストップ!!!」

 

 我ながら気移りするのが早すぎる気がしないでもないが、一刻も早くしてもらいたいという一心でルヒエルを高速で揺らしまくる。

 

「はやくして頼……」

 

「…………おい、創太!」

 

 興奮が冷めない俺に、冷水をぶっかけるような言葉が届く。

 そのまま止まった俺はくらくらになったルヒエルを離して龍神のほうへ視線を寄せた。

 

「なーにその気になってんだよ、全く………都合のいいこと聞いたくらいで気変わりするか?」

 

 正論。

 

「確かにそうだけど……な、なら俺が魔法使えるようにしてもらったら信用するってことにしようよ……」

 

「……わーったよ、じゃあそうするか」

 

 少々納得のいってないような表情でため息をつかれた。

 ちょうどいいことに、これで是非を決められる。

 

「じゃあ『自称』天使さんよ、こいつを魔法使えるようにしてやってくれ」

 

「頼む、ほんと頼む!」

 

 俺は藁にすがる気持ちで、対して龍神は皮肉を込めた、凍った笑いを交えて頼み込んだ。

 

「……うう、わかりました。じゃあ……」

 

 振り回された彼女は白い布袋を魔法で引き出し、そこに手を入れてドラえもんさながら、何かを取り出そうとする。

 

 ………………………する、が。

 

 ……………………見つからない、みたいだ。

 

「あ、あれぇ……み、見つからない…………なんで、え、ど、どこだぁ……」

 

「「……」」

 

「ええ、あ、どこだぁ、見つからないよぉぉ……」

 

「「……」」

 

 どうやらドラえもんを上回るポンコツだったみたい。

 

「……ほらな、創太、見ての通りだ。」

 

「…………むぅ」

 

 時間にして五分程。

 時間切れってやつだ。

 

「ううっ、信用してもらえないんですか……」

 力なく地面に伏した彼女の声はくぐもっていた。

 ついでに彼女に残る信頼のかけらも地に落ちた。

 

 うん、もう信用しないです。

 

 彼女は地に伏したまま、はぁ、と最後の力を振り絞り溜息をつくと、今度は文句ありげなのかゴモゴモと小声を出し、手足をばたつかせ地面をポカポカと叩き出した。

 

 なんか、駄々をこねる子供みたいだな……

 

 だが駄々をこねたいのは俺とて同じで、期待をあっさり裏切られたわけだ。

 繊維のように複雑に絡まった悲しい気持ちが俺を包み込んだみたいで、明るいのにもかかわらず視界が薄暗く感じるようだ。

 

 そんな中、近くを通行人が通る。

 当然のことながら、ちょっと視線が痛い。

 

 そちらをチラと見ると、オバさん2人が何かコソコソ話してるので、耳を傾けてみたところ……

 

『…………ちょっと、何あれ?』

 

『うわっ、地面に寝転んでるわよ……どう見ても小学生でもないのに、恥ずかしくないのかしら?』

 

 ……恥ずかしいです、はい。

 

『きっと教養がないのよ、ほら、かわいそうな子よ……』

 

『あら?よく見ると女の子が寝てて、男2人が囲んでるわよ……。もしかして、レイp……』

 

『うわぁ、こんな真昼間に……警察呼ぼうかしら?』

 

 ……違います!!

 決してそういうわけではない!!

 

 ああ゛っ!!

 これと同類だと思われたくないし、これを信用しかねるのでさっさとどっかに行きたい!

 でも俺たちとてこの娘を放っとくわけにはいかないし、この感じだと行くあてがないだろうし!

 

 もうヤケクソでそんな事考える。

 とにかく気まずいので、顔をしかめて、

「龍神!とにかくどっか行くぞ!!」

 

「俺もさっさと行きてえけどよ、こいつどうする?」

 

「……なんで信じないんだろ○$%÷々〆♪.……呪おうかしら……神様に頼んd……」

 

「あーっ!めんどくせぇ!けど連れてく!!」

 もうヤケクソ、ほんとヤケクソです。

 

「まあ落ち着けや、らしくない……あっ、いいこと思いついた。」

 

「ん?何?」

 

「まあ、移動しなくても、『見えなくして』続きやろうや。」

 

 そう言って龍神は魔力を練り、右手を開き地面につけると、

 

生霊空間(レイスルーム)

 

 魔法陣が展開され、そこから出る光に包まれる。

 

 一瞬眩しくて、目を細めて体を構えるが、瞬く間に光は無くなったのであたりを見渡す。

 

 俺たちのいた場所も何も変わらないように見える、そこにある建物、道路、人、空の全てが変わらない。

 

 しかし、決定的に変わった点が一つある。

 

 それは、

『うっ…………あら?き、消えたわ……』

 

『ほ、ほんとだわ……転移(テレポーション)?』

 

 そう、原則誰からも(・・・・)見えなくなるのだ。

 

 これが、龍神の持つ三属性のうちの一つ『霊術(ゴースト)』だ。

 

 ちなみに今使われたのは、魔法陣範囲内の魂を持つ生物を、肉体ごと生き霊にして、霊体だけが存在できる不可視の並行空間をその場に形成し、閉じ込めるという魔法だ。

 

 この状態だと、同じ魔法にかかった人、霊全般、同属性の魔法を使える人、霊視ができる人、カメラで撮影される、一部の瞳術瞳力で無ければ実体を捉えることができなくなるのだ。(霊感が強いと気配だけは感知できる)

 

 また、地面を除いて体は基本全て透過するようになるというおまけ付き。

 

 おばちゃんたちは案の定その場を後にした。

 こうなったからにはもう、心置きなく話を進められるだろう。

 

「はぁーっ、これで話進められる……」

 

「……ああ、そうだな」

 

 二人で疲れたのでその場に胡座で座り込んだ。

 

「…………呪う、なにしよ、フフフフフフ」

 

 ルヒエルはまだ愚痴ってる、というか、呪うとか言ってるけど、大丈夫かこれで?

 

「ちょ、物騒だなぁ……やめてくれよ、呪うとか」

 

「いいじゃないですか……主は何をしてでもやらせればいいとおっしゃっておりますし」

 

「にしても物騒すぎるぜエセ天使さんよぉ……」

 

「……じゃあ信じてくれますか?」

 

「「それはない」」

 

「…………そうですか。では、『聖釘(せいてい)』……」

 

 彼女の右手から魔法陣が現れ、そこから奇麗な水晶のようなものでできた、尖ったものが出てきた、おそらくこれが『聖釘』いうものだろう。

 

「「……………!」」

 

 物自体はわずか2,30cmほどの長さだが、そこからあふれ出る気配はそんなものではない。

 

 恐れざるを得ない、恐怖というよりかは、畏怖に近いもの。

 あまりの神々しさに、怯まざるを得ないし、言葉を放つことさえ許してくれないほどだ。

 

 今、時間は無限であるかのように引き伸ばされ、何もかもが長く感じる。

 そして視界も歪み、重力は下からだけでなく、様々な方向から働くようだ。

 空間に酔い、今すぐ倒れてしまいそうだが、体は鋼鉄製の自分の型にはめ込まれたかのようで、立つことしかさせられない。

 

 ただ唯一、歪まずに目に映るのは聖釘のみである。

 

 ……ルヒエルが歪む空間の中を、亀に化けてゆっくりと獲物に近づく獅子のようにこちらに迫る。

 後ずさりできない俺たちは無限大の時が経過するのを待つしかない。

 

 しかし、長い長い時間をかけて、遅く遅く迫ってきているはずなのに、彼女は気づけばもう目の前だ。

 (こうべ)を垂らす彼女の手の中にある威光の化身が、俺たちの目に映る。

 歪みはとうとう体の間隔までもゆがめてしまう。

 

 今、体は体でない。

 

 視覚は当然のことながら、聴覚、嗅覚、痛覚、味覚までもが狂い、耳障りの妙な音、心地の良い音が不定期に入れ替わるように聞こえ、何もないのに刺激臭や柑橘系のさわやかな香り、腐卵臭、ラベンダーの香り、焼香のにおいなどが鼻を目まぐるしく駆け巡り、全身のあらゆるところが痛めつけられたり、切られたり、さらには性感帯を愛撫されるような感覚を外からも内側からも与えられ気がおかしくなりそうになり、口に何も含まないのに辛み、甘み、酸味などを感じるのだ。

 

 体という自分の入れ物は歪み、形がなくなってしまったかのようである。

 感じる時間の長さは異常極まりない。

 

『―呪い(anathema)―』

 

 白い光が高度な多重魔法陣を形成し、溢れ出る魔力を集中させた。

 それだけでなく、大気中の魔力までも吸収し、畏れの塊として牙を向けてくる。

 

生命の樹(Sephirothic tree)

 

 俺らの足元から突如として木が生え、勢い良く成長しながら枝で俺たちを縛り上げ、十字の磔にした。

 その俺たちの両手両足に、聖釘の光から放たれた杭が刺し込まれ、激痛が走る。

 

「「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!!!!!!!」」

 

 ようやく音を上げられ、この時、幸か不幸か体を縛っていたような緊張はほどけていた。

 しかし、目の前の歪む景色は変わらない。

 それどころか、耳には様々な声が聞こえる。

 赤ん坊の泣き声、賛美歌、断末魔、中世の人々のような台詞、性行為時の淫らな喘ぎ声、天皇万歳の大声、玉音放送、恐竜の遠吠え、海のさざ波の音等々、目、耳ともにおかしくさせられる。

 

 焦る、どうやってこの場を乗り切るか、焦り焦り呼吸が荒くなり、瞳孔は開きっぱなしで尋常じゃないだけの汗が滝のように溢れ出る。

 

 手足から流れ出る血が地面に滴り、その度に木は徐々に成長を遂げていく。

 

「ふふふ、それは『セフィロトの樹』、生命の樹そのものの種子を召喚して、創太さんと龍神さん二人の血から生命力を得て呪殺することのできるの」

 

 不気味な笑顔をこちらに向けて狂気に満ちた笑いを見せる。

 病んでる、そんな感じだ。

 

「はやく『戦士になります』て言わないと、どんどん木が成長して血を搾り取られますよ、フフッ」

 

 確かに先ほどより締め付けがきつい。

 

「ほーら、速くしてください、私だってあなたたちをぶち殺すのは本望ではないんですよ」

 

 少々艶やかに淫らに体をくねらせて、誘ってくるようにこちらへ問うた。

 

「……………なら、は、早く魔法を使えるようにしてくれよ」

 

「……………確かに」

 

 もとはといえばこいつが魔法を使えるようにするといっておいて結果そうならなかったからこうなっているのだ、俺は何も悪くはない。

 

「はやく、かはっ……魔法使いたいから……」

 

「え、えーと」先ほどの狂気があたかも嘘であるかのように元に戻る。

 

 そして彼女はまた袋の中をガサガサとまさぐり

「……………………やっぱないから言うの待つ」

 

「「悪いのお前のドジじゃねぇか!!!」」

 

 なんだよあいつ、期待ばっかさせやがって!

 

「う、うるさいうるさーい!!わ、私のドジだけど言わないほうも悪いもん!!」

 

「あ゛―っ、やってられない!!龍神、焼き払えるか?」

 

「そうだ、そうすれば!!」

 

発火(アルデント)

 

 予測済みのことで何度も見たことがあるが、相も変わらず驚いてしまう。

 

 龍神の体から火が出てやがるんだもの。

 

 異常という言葉がしっくりくるが、これが少なくてもこの世界の基本(スタンダード)であり普通のこと。

 

 これらの(魔法)使えない(・・・・)俺のほうが異常な(おかしい)だけだ。

 だから驚き、そしてわずかに嫉妬してしまう、毎回毎回、慣れたはずで慣れていない。

 

 火は木へ燃え移る。

 そして勢いを増して燃やしていく。

 

 …………だが、何故か木から煙がでない。

 それどころか燃え盛る炎を自ら消して言っているかのようである。

 冷や汗を垂れ流す龍神を無視して、どんどん木から炎の手は引いていき、挙句の果てには完全に沈下されてしまった。

 

 炭のようになったところは一か所もないどころか、むしろ太くなっている。

「んな、馬鹿なっ!!!!」

 

 これくらいなら余裕で焼き切れるはずなのにっ!!!

 

「無理ですよ、神級の上位魔法でも使わない限り生命の樹なんて一か所も燃やせないですよ、なんせ無限の命を司る樹ですから」

 

 そんな、チートすぎんだろ、こいつ……

 

「ほらほら、はやくしないと絞りつくしちゃいますよぉー」

 

 激おこ天使さんはちょっとSっ気を無理に漂わせてくる。

 悪役よりも悪役してるんじゃねぇか?

 

 でもこのままじゃ死んでしまう。

 なんとか漬け込んで、せめて樹だけでもほどくようにしねぇと……

 

 痛みは増していく、意識も少し朦朧とする。

 

 それでも考えろ創太……何とか乗り切る方法はあるはず……

 考えろ、俺にあるのは丈夫さと頭なんだから……

 

 まず奴、洋JCくらいのドジ(・・)天使さんからだ………………………………ん、待てよ。

 

 そういやあいつドジだったな。

 

 意外に簡単に何とかできそうな気がする。

 

「な、なあ……かはっ……っ」

 まじか、吐血しやがった。

 こりゃマズいな…………はやくしねぇと……。

 

「何ですか創太さん、早死にでも……?」

 

「ちがうちがう!!もしも、もしもだ、もし俺らが『戦士になる』って言ったとして、セフィロトの樹の呪い(こいつ)をどうするつもりだ?」

 

「当然、解除しますが、それがどうかしましたか?」

 

「へぇー」

 

 よくもまあ自信満々で言えるな。

 

「な、なんですか……?」

 

「本当にドジに解除できんの?」

 

 嘲笑ってやった。

 すると地雷を踏んだのか、すぐ反応して

 

「なにいってるんですか!!!で、できるに決まってんじゃないですか!!!」

 

 顔を赤くして必死である。

 

「ほんとぉ?」

 

「ほんとです!!なんなら証拠見せますよ!!」

 

 そういって右手を翳すと、俺たちに刺さる聖釘は再び彼女の手元で一つになり、それを消すと自然と俺たちを縛る生命の樹は消えていった。

 

 それから俺たちは目を合わせる。

 

「ナイス、創太」

 

「予想A、大成功」小声で成功を祝った。

 ちなみに予想Bはこのポンコツが魔法を解除できないというオチ。

 そうはならなかったのは嬉しい限り。

 

「ほら、どうですか!!ちゃんと私でもできるんですよ!!」

 

 と、自信満々の鳥頭が誇ってきた。

 

「おー、すごい!!やればできんじゃん」

 

 当然棒読み。

 

「いやーん、それほどでもぉー」

 

「おかげで助かったよ」

 

「ああ、俺からも例をいうぜ、鳥頭天使さん」

 

「え、ええ、あっ、あ゛――――――っ!は、嵌められたっ!!」

 

 まさかこんな単純なノリでここまで親切にしてくれるとはね……

 

「じゃあなー馬鹿天使―」

 

「ま、まてぇっ!の、呪うぞぉ!!」半べそかきながら天使らしくない言葉。

 

「はいはい、勝手に呪ってろ、天使らしくない言葉使わないでさっさと帰って小鳥のクソの上で寝てな!!」

 

「りゅ、龍神さんのほうがらしくない言葉ですよぉ!!」

 

『生霊空間解除!』

 

 さっきの空間は消え、元の空間へ戻ってきた。

 ああ、さっき生命力を吸い取られたせいか体がふらつく。

 まあ、天使らしいのはなんとなくわかったが、あの天使はほっといて帰ろう、ほんとに今度は死ぬ。

 

 それに魔法使えるようにならないのでは関わる意味がまるでない。

 

 重い体を動かして、帰路に就く。

 

 しかし、歩いてすぐに違和感に気づく。

 

 悪寒。

 

 これ以外の何物でもない。

 隠す気のない気配は前から。

 

「ちっ!マジかよ!!こんなんじゃ動けねぇじゃねえか!!」

 龍神が舌を鳴らす。

 

「ど、どうする……?」

 

 まったく、今日はなんでこんなにやばいことが起こるんだよ!

 ふらつく頭は正常な判断にかけ、後ろに戻るという選択をなかなかとらせてくれない。

 

「……創太、やべぇぜ、後ろの天使も消えてやがる」

 振り向くと確かに消えてやがる。

「そりゃ、あいつは生命力とられてないし」

 

「だよな……」

 

 そのまま、また前を向く、が……「グルルッ!!」

 

 理解ができなかった。さっきまで目の前になかった気配の正体が現れた、大口を開け、今にも喰わんとしているのだ。

 

「「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!」」

 

 恐怖で頭が犯される。後ろに下がろうとするが、生まれたてのヤギのような脚にはとっさの動きは厳しく、そのまま尻餅をつく。

 

 おわった、ほんとに……でも現実を受け止めたがらない。

 眼前の化物はそんな俺たちに迫り、牙から唾を垂らして俺たちに飛び掛かる。

 …………視界が落ちる。身構えてこんなことをしても意味ないのに……

 

 そして鋭い何かが振り下ろされる音が聞こえる。

 ああ、食われた……………………そう、悟る。

 

「……………………グエェェッ!!!!!!」

 

 しかし、悲鳴を上げたのは俺らでない。

 

「……っ!」

 

 目を開けると、そこにいたのは真っ直ぐ縦に切られたのか、血飛沫を体の軸から噴き出す化物だった。

 

「お、おい、龍神」

 

「…………ま、まじかよ!」

 

 そしてよく見ると、化物の前で立つ金髪の女の子(・・・・・・)が一人。

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 少女はその場で化物をさらに横に切る。

 

「グウウゥゥッ!!!」

 

 悲鳴を上げる化物を背に「二人とも、大丈夫ですか?」

 化物があげる血飛沫が十字架を(えが)く。

 それを背にこんな優しい言葉をかけてくる天使(ルヒエル)には、感謝と畏怖を同時に抱かざるを得なかった。

 



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御子の目覚めた日  2

 血飛沫が顔にかかってやっと、あの化物が倒され、確実に死んだのだと体が理解する。途端、緊張がゆるんでその場で座り込んでしまう。いつもの灰色の塀や道、深緑の草木に生臭い深紅の塗料が広がっていく光景には、違和感しか覚えない。

 

「あ、ありがとう」先ほどまでの現実味のない出来事に、しかしまだ混乱していて、激しい息遣いの中でこれ以上の言葉が出ず、型にはまりきったような言葉になってしまう。呼吸が収まる気配はなく、さらに龍神はそのまま息苦しそうに胸を押さえて四つん這いのような格好になった。

 

「いえいえ、気にしないでください」対照的に彼女はというと、あたかもこれが日常茶飯事のことのように気にせずに、返り血をたくさん浴びながらも怖気(おじけ)ることなくその場でニコニコしていやがった。ただ一瞬だけ、自信なさげで、光無き彼女の瞳を見たような気がした。

 

 ここまで歪な光景を、実際に見るなんて思ってもいなかったからか、感じるものは複雑極まりない。さっき殺されかけたことを加味すると、彼女に対しての危険視、感謝、自信の安心感が混ざって歪んで、よくわからなくなってくる。自分の感情をどこから対処するべきか、よくわからない、おかげで自分がいまどんな格好、どんな表情をしているかが、まるでわからない。

 

 しかしだ、彼女が来なければ確実に死んでいた。それだけははっきりとわかる。彼女には感謝してもしきれないって、わかる。さっきの言葉だけじゃ、まるで何にも足りないってことも。

 

 ……感謝をちゃんと伝えることばかりを考える、が、気づけば感謝の念でなく、先に押し殺していた安堵を目から垂れ流していた。涙を流して、やっと気づく。

 

「うっ……うううっ……」声まで押し殺せなくなる。抑えようとしても、無理に声を出さないよう意地を張るほどかえってつらくなる。

 

「あ、あれ、どどど、どうしたんですか!?」慌てて天使が駆け寄ってくる。

 

 しかし俺はそのまま崩れ、仰向けになって目を腕で隠した。あいつの方からは呻きの代わりに、荒く激しすぎる息遣いが聞こえてくるほどで、平静を保っているとはとても思えなかった。そして、自分も、呼吸が苦しくなっていく。

 

「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ……」14歳の泣き声と、自分でも思えない声が出た。

 

「あわわ……ふ、ふたりとも落ち着いてください!だだだ、大丈夫ですからっ、はやく落ち着いて!!」

 

「て゛も゛お゛っ、さ゛っき゛………………(し゛)に゛そ゛う゛に゛な゛った゛も゛ん゛……」

 

「だ、大丈夫です、とりあえずあいつは殺りましたから!」

 

「…………ほ゛ん゛と゛?」

 

「ホントですよ!」

 

「うううっ…………あ゛り゛か゛と゛ぉ゛っ……」

 

「…………」焦る彼女が一瞬フリーズ。少し頬が赤くなっていくのは見えた。

 

 そして「…………どういたしまして!」天使は嬉しそうに、そういった。なんとなく、さっきと違い光がある瞳だった気がした。

 

 ……やっと、やっとしっかり伝えられた気がする。自己満足かもしれないけれど、これでいい。ただ、まだ気が収まることはなく、涙は止まることを知らないみたいだ。涼しく、優しく頬を撫でる風が吹き抜けるが、そこに鉄の香りが混じり、結局状況が変わることはなかった。

 

「……さて、ふたりとも、少し無理やり落ち着かせますね、ちょっと時間がなさそうなんで」この状況に見かねてか、手を軽く地面にかざす。

 

安らぎ(tranquillitas animi)』緑の魔法陣から、同色の光の波紋が出てきた。当たると自然と落ち着いてくる。さっきまでの涙も、心の乱れもなくなっていく。

 

「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ………………ハァ、ハァ、ハァ…………ハァ……ハァ……ハァ……」どうやら、龍神の呼吸も落ち着いてきたみたいだ。汗だくのあいつは、そのまま一度、地面に仰向けになった。遅れて、顔から苦悶の表情が消えた。

 

「………わりぃな、何度も……」力なく伏して、そうつぶやく。その姿は、らしくない。すぐにあいつの周りの地面が色濃くなる。聞くまでもなく、やはりらしからぬ焦りが伝わってきた。

 

「いえいえ……ただ、本当にもう時間がないです。ちょっとでも安全に話ができる場所に移動しないと……………………っ!?」彼女が何かを察したように、ビクンとなる。

 

 ……すると突然だ、大きな爆発音。最初は遠くから、しかし同時多発的に起こっていき、爆風とともに俺たちがいる方へ迫ってきているのを察した。日常が壊れゆく音、

 

「そこから離れてください、はやくっ!!!!!!」急いで立ち上がろうとする、が、簡単に体が動かない。まるで休みの日、ソファーで半日ぐうたらした後のようで、動かす気がなかなか起きないというべき状態だった。

 

「あっ!!ま、魔法かけ過ぎたぁっ!!」バカヤロ――――――!逃げれなきゃ元も子もないじゃねぇかっ!

 

 その言葉を聞くのを最後に、薄れゆく意識の中、俺は爆風に飲み込まれ、思いっきり吹き飛ばされる感覚を味わった…………………

 

 

 

「ううっ……」

 

 目を覚ますと、目の前が真っ暗だった。これだと意識が戻った、というべきかもしれない。少し頭が痛い、そして体もだ。自分が今うつ伏せであること、そして、圧迫感を感じることに、やっと気づいた。動かそうとしても体が一ミリも動かない。

 

「よいしょ、っ」少し力を入れてみる。すると、ガラッ、と石のような何かが転がる音がする。それに体に少し余裕ができ、わずかに暗い光が差し込んだ。どうやらがれきの下敷きになっているらしく、しかしそこまで俺の上にたくさんあるわけでもなさそうなので、もう一度、今度は手を胸のあたりにちゃんと持ってきて、思いっきり力を入れる。

 

 今度は大きな音とともにがれきをよけることができた。そして、そのまま立ち上がり、下をむいたまま埃や煤を払って顔を上げる。

 

 ……………すぐに、顔を上げたことを大きく後悔した。呆然と立ち尽くす気力もなく、崩れ落ちる。見なければよかった、これが現実、いやそんなわけがない、そう思いたくなるほどのものが目の前に広がっている。自分が死んだんじゃないかとまで思った、でも痛みまだ感じてるからそれはない。「うっ!?」回復した嗅覚で血なまぐささを感じ、むせかえりそうになる。嫌だ、気持ち悪い。体がこの現実に対して拒絶する。絶望、悲観、苦痛、嫌悪、これ以上見せないでくれ、希望のないこの世界を。拒絶してるはずの体は、皮肉なことに、これを見ることを強制してくる。やり場のない負の感情でできた巨大で冷たい鉄球が、とうとう俺の中の『希望』という言葉を滅茶苦茶に破壊した。

 

 

 

 

 

 ああ、ああ、ああ!

 

 

 

 

 

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 

 

 

嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼。

 

 

 

 泣き叫ぶ(でも泣いているかさえわからない)

 

 

 

嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼。

 

 

 

 絶望する(でも絶望がでかすぎて、何が何だかわからない)

 

 

 

嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼。

 

 

 

 誰がこの光景に耐えられる?(いや、耐えられるはずがあるもんか!?)

 

 

 

 

 

 …………街は瓦礫と化し、炎が燃え盛り、黒煙が空を覆い、死体、肉片、骨が至る所にあり、地面は殆ど血で赤く染められ、空は煙が炎の赤を乱反射させて不気味な輝きを放っている。こんな光景、今すぐにでも夢としてしまいたい。しかし網膜に刺青をされたように残るこの光景は、ちゃんと現実なのだ。「うっ、おえぇぇっ!!!」再び吐き気に襲われた。酸味と気持ち悪さが口の中で広がり、いくらそれを地面にぶちまけても、次から次へと嘔吐物が昇ってくるのでキリがない。「ゴホッ……ッ、ま、まさか、龍神も……そんな、わけ……グゥッ!!」龍神の安否の最悪の想定でさらに吐き気がひどくなった。とうとう吐き出せるものがなくなり、口から出てくるのはわずかに口の中を支配していた胃酸だけだというのに、まだまだ吐き気は収まらず、内臓まで飛び出してくるんじゃないかと思うほど苦しい。それに呼吸を邪魔され、息苦しさも、とんでもなくなってきた。

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ、あぁぁ、あああっ」他人の悲鳴で、嘔吐感から我に返る。受け入れがたい現実を突きつけられながら悲鳴が聞こえた方を向くと、何かに追われている女性を見つけた。重たすぎる足を動かして近づこうとするが、三歩進めて、何に追われているか気づく。

 

 …………………さっきの化物だ。体の一部と思われる、ツヤのあるバイザーを付けたような黒い目、恐ろしい牙を隠し持った口、甲殻類の殻のような茶色い皮膚の引き締まった体の人型生物。血をところどころにまとって、走って追いかけるそれがいた。

 

「えっ?」…………突然、さっきの恐怖が蘇り、足が止まる。近づいたら殺される、っていうのを体が先に理解したのだろう。そして脳裏に、殺されるというイメージが浮かんでくると、足が震えて一切言うことを聞かなくなった。

 

 震えは体を蝕み、立つことさえもできなくなって跪く。呼吸は荒く、汗が止まらず、視界が歪み始めた。地面を見ても真っ赤なまま。「ぐぇほぉっ!!」再び気持ち悪くなり(くう)を吐いた。瞼が落ちかけ、そのまま倒れそうになる。だが、女性の方から再び悲鳴が聞こえ、また顔を上げた。視界がぼやけるのを何とか抑えて、ピントを合わせる。なんとなく、女性が転んでいるのだとわかる。「きゃああぁぁっ、やめて、こないでっ、く、来るな、来るな来るな来るな来るな来るなあぁぁっ!」化物は女の叫びを受け流して、ゆっくり、ゆっくりと足を運んでいった。そして、女の目の前で止まり、泣きわめく女を他所に大口を開いて自慢げに血濡れた牙を見せ、首筋へ突き刺した。

 

 ……悲鳴は聞こえてこない。が、表情からは声なき声が聞き取れるようであった。生への欲求が死への絶望へ変わる。しかし、声の聞き手は悲劇的に喰いにかかっている化物と力など一切合切持ち合わせていない俺しかいなかった。鮮やかに舞う鮮血が深紅一色の虹を作り出し、赤塗りの世界に新たな装飾(グラデーション)を加えていく。血濡れた化物は女の首の肉を噛み千切り、深紅の絵の具の塊のような赤身を露わにさせる。圧倒的無力感、圧倒的罪悪感で体が押しつぶされてうつ伏せになった。何も見ていない、それでも骨を噛み砕く音、みずみずしい肉から血が溢れ出る音で容易に想像がついてしまい、頭から離れなくなってしまった。

 

 そこへ行っても、何もできなかったかもしれない。ただ喰われて死んでいたかもしれない。それでも目の前で人が、それも惨殺されているのを、指をくわえて客観的に見つめているだけというのは辛過ぎる。辛さ、恐怖、悔しさが感情の坩堝でぐちゃぐちゃにかき混ぜられて、涙に変わっていった。

 

 だが、それもつかの間、顔を上げたとき、化物と目が合ってしまった。そのまま、静かな時が少しだけ流れる。おそらく、二秒くらいか、被食者と捕食者の見つめあいは、前者が逃げだすという形で終わりをつげ、そのまま逃走中の火ぶたが切られるという形になってしまう。

 

 煤と血の臭いが舞う中を、俺は全力で進んでいった。足場は血濡れで滑るところや粘ついて進みにくいところがたくさんあった。しかし、化物はそんなの関係なく追い続けてくる。

 

「うわあっ!」しまった、後ろに気を取られすぎた…………転ぶと死体になった気分だ。いや、このままだと本当に死体になっちまう。「うぐっ……っ!?」立ち上がることもできず、振り返ると既に目の前まで来ていた。身体を仰向けにして後ずさる。ああ、まずい、奴は鋭い爪と歯をむき出し、手に風を纏わせ今にも切らんとしている。「グルルルッ……」その低い声には狂気しか浮かばない。嫌だ、嫌だ、俺も死んじまう……「ああっ、やめろっ、くるなっ!」だが後退りも虚しく、黒い影は近づき、大きくなっていく。そして、気づけば死を与えるための手が飛んできていた。「くっ!!」身構え、歯をくいしばる。せめてもの祈りは、痛みが一瞬であってほしいということくらい。だが、きっと苦しいだろうな……

 

 ……あれ、来ない。「えっ?」だが代わりに高い金属が擦れる音が耳に来た。「なんだ、これ……」目の前で半透明の板、いや、布……どちらとも言えない何かによって化物との仕切りができていた。金属ではないはずなのに、丈夫で、火花が飛び散る。「グルッ!?」そして、どういうわけか化物を弾き飛ばした。「俺を、守ってくれたのか……?」そして、半透明な大きな壁は次の瞬間には形を変え、一枚の細長い布に変わった。「……うわっ、な、なんだ!?」すると、俺の首に、勝手にマフラーのように巻かさっていく。巻き終わると、突然頭の中に、何かが浮かんでくる。……この布の過去から現在までの経緯、どういうものであるか、使い方。最後に、謎の神々しい魔法陣。封印的な何かだろうが、複雑すぎて理解不能。それに対して鍵のようなものが中央に溶け込んで行き、次の瞬間には魔法陣ごと消えて無くなり、途端に強烈な風、そしてどこからともなく身体に溢れ出した魔力とともに現実へと戻された。

 

 時間にして僅か一瞬の話だろう、こうなる前に見た光景となんら変わりない。だが、唯一違うことがある。それは……「これが…………?」身体中から今まで知らなかった、魔力の流れを感じることだ。今まで全く分からなかった感覚、どうにも掴めなかったもの。未だに憶測の域を過ぎないが、魔法を使えるようになったはずなのだ。「……だが」俺は今まで使ったことがない。うまく使えるか、それにいきなり実戦だし、さらに言うと本当に使えるようになった保証などない。もし勘違いだったら恥じる間も無くあの世行き。不安で不安で仕方ない。失敗への恐怖にかられ、体が言う事を聞きそうにない。だけど……だけどっ!!!

 

「……やらなきゃ、何にも始まらない!」体の震えを止め、そして力を込めて、こう叫ぶ。『神器解放!!』俺の周りに風が吹き、『御子の大聖骸布(トリノ・シュラウド)!!』神器(マフラー)が靡く。これが神器、御子の大聖骸布。ここから、自信がなくなる前に一気に「『御子の大聖骸布 第1形態・聖遺物収納庫(デュランダル)』!!」マフラーの片方の先端が細胞分裂するときのようなくびれが生まれ、そこから剣のような形の布ができて、材質が変わり綺麗な西洋の鉄剣と化す。それを握りしめ、化物と対峙。お互い見つめ合い、長く短い時が過ぎてから「はあああっ!!」お互い駆け出し、目の前のモノを殺さんと、死の刃を構えた。「グルルッ!!」奴はさっきと同様、爪に魔力を込め、握り潰すような形で飛びかかる。対して、こちらの刃にも、魔力を流し込み、「はあぁぁぁっ……『断岩斬(ローラン)』!!」魔法陣が剣に貫かれるように展開され高密度の風が剣に集まり、それを真っ直ぐに振り下ろす。斬撃が飛び、「……グギャッ!!」飛びかかる奴の身体を真っ二つにするように貫き、かなり遠くまで吹き飛ばしていった。「はあ……はあっ」地面までも割いた斬撃の先を見つめると、奴の血が飛び散り、次の瞬間には十字形の血飛沫が吹き上げた。やっと、化物の血で赤い虹が生まれた。そして降り注ぐ『血』は、今度は皮肉にも希望の光になる綺麗な虹を作ったのだった。

 

 



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御子の目覚めた日  3

「はぁ……はぁ……」緊張が解れ、そのまま遠くを眺めた。自分でも驚きを隠せない。たまたまうまくいっただけかもしれない力とはいえ、さっきまで大虐殺を行っていた化物をぶっ飛ばした挙句、地面もろとも真っ二つにしたわけですし…………

 「グルルッ……」「ガルゥッ……」再び、聞きたくないあの唸り声がした……まただ、化物だ。「やっべえ、多いな……」辺りを見渡すまでもなく、音だけでどれくらいマズいのかが分かる。「グゥウウウ……」「ガルウゥゥゥゥ……」「……コロス」……え、ちょ、待って「……犯ス」おい、ちょっといろいろな意味で待て。「お前ら喋れるんかい」…………一斉に頷くなよ、やりづれぇ。「……ナア、ハヤクコロソーゼ」「ソーシヨソーシヨ」「ウマソー、食ベヨ」「ソーシヨソーシヨ」何やら物騒なこと話してるな……嫌だぜ、食い殺されるなんて……「イヤ、犯ス」この一体だけさっきから別の意味で物騒なこと言ってるんですが!?

「……イクゾ」もうどっちの意味かわかんないけどこっちに来やがった!!「うわあぁぁっ、来るなよ!!」ということで、鬼ごっこの幕開けである。左へ行ったりー右へ行ったりー、何度も繰り返して、その中で「グギャァッ!!「ギャハァッ!!」何度も何度も聖遺物収納庫(デュランダル)を振り回してとにかく適当に切り刻んでいった。「やあぁっ!!」「はあぁっ!!」「「ギュグッ!」」もう血飛沫が飛ぼうがどうなろうか関係ない。焦ってそんなの気にする暇なんてないし。例え腕や内臓が飛び散ろうと、生きるのに必死だった。

 気づけば、辺りは血と臓物で溢れかえっていた。但し、今回は人間のそれではなく、さっきまで人間をまるで蟻を踏み潰すような感覚で殺していた化物のものだ。そして、臓物の中に一人たたずむ。「ハァ……ハァ……」膝に手をのせ、荒くなった呼吸を落ち着けようとした。さすがに、疲れた……汗もかいて気持ち悪い。呼吸が落ち着いたところで、我に返り自分の作り上げた不気味な肉片アートをみて、「うぐっ……!?」再び気持ち悪くなり、地面に何かをぶちまけた。「げぼっ、げぼぉっ……ぐっ……」いくら敵のモノとは言え、心地よいものではない。この短時間で嫌というほど目に焼き付けられたが、出来れば二度とごめんである。

吐き出すものも吐き出し、胸いっぱいにむせかえりそうな空気で深呼吸。大きなため息をつき、一瞬このため息の積み重ねで幸せが逃げて云々考えたが、それだとつじつまが合わないこと——————謎の力、この化物どもから身を守れた力だ。もう、わかってるはずだ、これが何か……ただ信じられないだけ…………今まで自分が求めてきた力、これが使えないせいで嫌な思いをするきっかけになった力、時に友人にまで嫉妬を抱くほどであった力、そして何より、もっとも大いなる力……「こ、これが……」自分の手を見つめた。この手で、実際使ったんだよ、俺は。何も握られていないこの手には、確かに強い力を感じる。「これが、これがっ……」顔を空に向けた。「はい!これが魔法です!!」「うわあぁっ!!」突然横から奇麗な声音して、鳥肌が立った。「び、びっくりした!!ルヒエル、いつからそこにいたんだよ……」右に金髪の天使————ルヒエルがいた。彼女は、この状況とは裏腹に見とれそうなほどの笑顔である。どうやら、こっちがなぜ少し身をそらして一歩引きさがったのか不思議なようである。「なあ、いつからそこにいたんだ?」「ひっどーい、さっきからずーっといましたよ!!」気づいてもらえていなかったことにご立腹らしい。いや、ゆうても絶対気づいてもらえてないこと自体に気づけたと思うんだけどなぁ……まあいいや。「あ、そういえば創太さん。そのマフラーどこで手に入れたんですか?」マフラー…………忘れてた、そういやこれ付けてたな……「それ、私から渡そうと思っていたものだったんですけど…………」この言葉に、少し前に彼女がドラえもんのようにあれこれ袋の中を探す光景を思い出した。「やっぱ、こいつドジでポンコツだ」心の中で、そう呟いた。

「……え、突然、勝手に、ですか?」「ああ、そうだ。突然目の前に現れて、首に巻かさったんだよ」「へえ……マフラーにそんな機能まであったなんて……」とりあえずざっくりと彼女に経緯を話した。話していく中で、どうやら彼女自身もこうなった理由に思い当たることがなさそうなのがわかった。「いままで、さすがにそこまでは起こらなかったんですけどね……」「そうか……まあ、本物の神器ってことはわかったし、よかったー」おかげで安心して魔法(この力)を使えるってわけですし。これで、周りのやつや龍神に……はっ!「そうだ!!おいルヒエル、龍神はどうした!!」「ふぇっ!!」「なあ、どこだ、どこにいるんだよっ!!」はやくはやく、はやく!!あいつをみつけないと……あいつは、あいつは「俺のダチなんだ!!なあ、どこだよ……どこにいるんだよ!!」「ふぇぇぇ……あお、落ち着いてください!!ほ、ほら、そこに……」指さす方向には人影——————龍神だ。「落ち着け、俺なら無事だ」「はぁ……よかった……そうだ、家族は、父さんと魔理亜(まりあ)、姉さんに弟、妹は?」こっちも心配であるが、父さんと母さん(魔理亜)の組み合わせだ、多分……「無事よ、あなたの家族」龍神のいた方から人影、よく見るとルヒエルと同じく、光の輪と羽がついている、赤毛で背の低い、その割に胸のでかい女の子だ。龍神が彼女に向ける視線は、少々不安交じりであるので、俺自身も嫌な予感しかしない。「あ、あの……この方は?」「あ、ああ……この娘は……」「……なにが『この娘』よ!!私は熾天使にして神の炎そのもの、ウリエルよ!!覚えておきなさい、このグズ!!」プライド高いな……こういうタイプ、ちょっと苦手。「青髪、なんか文句あるの?」「い、いえ無いです」やっぱ相手しづらいな……

 「さて、この先、あなたたちは『戦士』として、この化物—————リリンやエグリゴリ共と戦わなければならないわ、拒否権なんてないけどね。」二人の天使からは、真剣さが感じられた。「これは神が意図せず、しかしながら試練として課されたものよ。あなたたちは先陣を切って奴らと戦い、人類を導かなければならないの。当然、今までにないほどつらく厳しいことがある。人は死ぬし、あなたたち自身も、簡単に殺されるかもしれない。」二人で唾をのんだ。そうだ、さっきまで嘘だと思って軽く見ていたものだったのに、結局命まで脅かされるものだったわけだ。今度は恐怖で首を縦に振りたくない。「さあ、答えて。あなたたちは、戦う覚悟ができているのか、それとも指をくわえたまま人類が悪魔のモノになるのを待つか……」確かに、俺たちがやらないと、みんな死ぬ。だけど、付け焼刃のような力で、俺がまともに戦えるとは思えない。俺らより強く、リリンと戦える奴だってきっといる。俺なんかじゃ役に立たず、腐った木片のように簡単にボロボロになるんじゃないか、そう思って頷けなかった。「おい、創太」俯く俺に「俺は、やるぞ。」「えっ?」気づけば、いつもの彼が戻っていた。自信を持ち、突き進むあいつだ。「何もしないで死ぬより、何かしてからにしようぜ、そっちの方が、後味わるくないだろ」「……」黙り込んだ。決心が、自分でもつかない。まだ迷う、どちらをとっても死ぬかもしれない……それでも、死ぬのは嫌だ。なら、イチかバチか……「ああ、やろう」天使ふたりはほっとしたような笑みを浮かべ「では、さっそくですが……」「戦うわよ、ほらさっさと行くわよ!!」そうして俺たちは『戦士』として、悪魔どもとの戦いに身を投じることになった。

 

 




母親が呼び捨てになってるところは意図的です。


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初陣 1

 この地獄に、あまりにも心もとない小隊がひとつ——————俺たちだ。一人は臆病者で戦うはおろか魔法を使うのは今日が初、一人は非常に強い魔法使い、一人はドジ天使、一人は高貴で短気な天使さんだ。後者二人は地獄なんざ慣れっこといった具合で突き進み、前者ふたり——————俺たちはというと…………「ゲボォッ……」「オエェッ……」大量にゲロをぶちまけていた。「だ、大丈夫ですか」「……うん、なんと……ウッ、ゲロォ…………」「そ、創太……ハァ、ハァ、情けねぇな、吐いてば……ゲロォ……」ルヒエルの心配もむなしく、再び吐いた。先に進めば進むほど、血肉、臓物、人骨が増えていき、とてもじゃないが耐えられるようなものではなかった。どんなにグロテスクなものでも、これに匹敵するものや上回るものなんてそう多くはないだろう。そんな中、「はぁ……情けないわねぇ、このくらいで何へばってんのよ!!まだ何もしてないのよ!!ああ、こんなのじゃ先が思いやられるわ!」気高い熾天使さん(ウリエル)からヤジが飛んでくる。そういわれても困るよ……人の惨殺死体の山だ。へばるな、情けないって言われても無理だ。少々にらみつけるような目で熾天使を見つめるが……「うぐっ!!」やはり吐く。「ああ、いい加減にしなさいよ!なんでまだ吐くのよ!ルヒエル、あんたもなんか言ったら?」「そ、そういわれても、私たちと違って(・・・・・・・)彼らは死体の山なんて初めてなんですよ!!さすがに無理を言いす…………グェロォォォォォォォ」「なんであんたまで吐くのよ!?」俺らを庇うつもりが貰いゲロ。「あぁ、この役立たずども、吐き過ぎよ!さっさと慣れなさ……ウゲェッ…………」————なんでおまえまで貰いゲロするんだよおぉぉぉ!————ヒーローとヒロイン改め、ゲーローとゲロインがここに誕生した。

 ————2000年後(Two thousand years later)、というのは冗談で数分後、「……全員スッキリした?」「……そうみえますか、熾天使さんよぉ」「……私も同感です、創太さんは?」「……まだ無理」全員、気持ち悪さを抱えたままだった。「……ルヒエル、アレ」「……『安らぎ(tranquillitas animi)』」先ほどの回復魔法でとりあえず気持ち悪さを取り除き、ゲロ臭さが少し残るが、「……先に進むわよ、時間ないんだし」と先へ進もうとした時だ。「……やっぱ止まって、その場で伏せろ!!」ウリエルはいきなり命令し、炎に包まれた弓を俺たちに向けてきた。「まじかっ!!」よく見ると臨戦態勢に入ってるのはルヒエルもだった。どうやらお説教ではなく、ガチらしい。二人で急いで伏せた途端、後ろからリリン共が飛び掛かってくるではないか。先ほどよりも厄介で、手などに魔法で作った火やら風やら水やらを纏ったり、攻撃用の魔法陣展開などをしている。「汚らわしいわね、さっさと焼かれて爆ぜなさい!!『神炎焼却・浄悪火矢(Incineratio Dei・Purificacionem ignis)』」魔力で形成された炎の矢は、放たれると同時にリリンの数———5本に分裂して、それぞれ胸のど真ん中に突き刺さる、と同時にリリンの全身が炎で飲み込まれ、ものの1秒ほどで十字の炎を上げながら塵ひとつ残らず焼き消されてしまった。「はあぁぁぁぁっ!『風精霊の舞踏会(Syldhides` chorus)』!!」ルヒエルが剣を振るうと、纏っていた風が魔法陣を通してたくさんの青白い少女の精霊として実体化し、どこからともなく聞こえる美しい歌声、子供っぽい笑い声とともにリリンに向かい、触れるたびに奴らの体を軽快に切り傷をつけていく、まるで舞踏会でダンスを踊るかの如く…………「ルヒエル、まだ来るわよ!」「きゃっ、ほ、ほんとだ……じゃあ精霊さん、今のやつもお願い!あー、あと『聖なる風よ、我が主の敵を打ち砕け(Sanctus venti, interficere diabolus)』」「援護するわ!!『魔を追い殺せ、太陽よ(Tracking sagitta)』」今度は精霊たちはルヒエルの指示通りに飛び回る。さらには大きな風が吹き、敵を刻むだけでなく吹き飛ばして叩きつけた。ウリエルの放った矢は宙に舞った敵を、たとえ直線状でなくとも追尾していき焼き殺していく。「す、すっげぇ」俺が尊敬する、あの龍神でさえこの反応だ。間違いなく、ここで繰り広げられているのはなかなかお目にかかれない、高度な魔法戦闘。次々に、しかし無駄なく魔法と武器を使う。あれほどドジなルヒエルも、精霊任せでなく自身も剣を振るい、その美しい殺陣に見惚れてしまうほどの戦いっぷりである。

 「なあ、創太……俺、体、震えちまってるぜ」「……え?」よく見ると、今までにない震え方。「体が、全身が、やべぇって言ってきやがるんだ……」だが、見たところ、恐怖による(・・・・・)震えじゃない。「わかるか……もう、こういうレベル(たっけ)えこと、俺もしたくてウズウズしちまってんだ!!」おそらく、リスク承知でのことだろう、彼の表情には好奇心ただそれのみが見受けられた。「りゅ、龍神お前……」「ああ、死にたかねぇさ、だけどここまで見せられちゃ、エンジンかかってきちまうんだ!!」瞳を覗く、どうやら軽いノリではなく、本気(マジ)。なら、変に調子はこかないだろうから、心配は無用だ。俺も、ここで腹を括る。さすがに無駄に戦闘意欲があるわけではないが、魔法を使うには十分だ。「そこでへばってる愚図共!!いつまで寝てんのよ、早く戦闘に参加しなさい!!」「よし、行くぞっ!!」「おうよ!!かましてやるぜ!!」熾天使の怒号を合図に、俺たちのデビュー戦が開幕した。

 起き上がってすぐ、「龍神、右!!」「おうよ!『炎を宿せ我が拳(バーニング)』!!」右拳でアッパーを食らわせて、そのまま「『発火(アルデント)!!』」体から炎を出し、奴に着火し、「『火脚・突蹴(ひきゃく・とっしゅう)!』」蹴り飛ばす。「まだ来るぜ、創太、お前の方もだ!」左手には別に二体。「うぉあ、マジか!」「グルル……ガウ!!」「バアァ!!」噛みつきの斬撃と、別のやつが口からはいた火の玉が飛んでくる。「やっべ!」急いで横へ飛び、「龍神、後ろ!!」「あいよ、攻撃だろ……なら」そのまま突っ立って、直撃。だが、何ら驚くことはない。なぜなら……「へへー、わりいな化物……」彼の体は……「炎になれるんだ(・・・・・・・)、俺」たった今、炎そのものに変わった(・・・・)からである。「『状態変化・炎』、俺の体はこんなんじゃやられねぇ!!」状態変化は超高度な魔法の一で、まず自らを構成するものの性質を丸々変え、さらに形状変化・維持などなど、それに集中力も必要なほどであり、慣れてないと、もって数秒だ。それをあいつは長時間、激しい戦闘でも乱れず、形状まで高い自由度をもって変化させたり、部分的に変化、解除を行う、自身の状態変化が元の炎を体の周りに大量に纏わせるなどもできるうえ魔法陣展開や詠唱もすっ飛ばして扱える。時々魔法陣無しに展開する魔法も、もとは彼の体から出した炎の時もあるくらいだ。もはや、無意識的領域。この年であまり苦労せずにここまで使える人は、そう多くはいない。「さあ、お返しだ!」そのまま左右の腕付近を炎にし、炎を纏った二つの拳を胸のど真ん中にめり込ませた。断末魔が響き渡り、釣られて」湧いてくるように別のやつも来る。「よおし、俺だって…………『御子の大聖骸布(トリノ・シュラウド):第一形態・聖遺物収納庫(デュランダル)』」まずはこれ。次に「『同時展開:第二形態・罪人よ、赦しを請え(ディバインド)』」マフラーの先が敵に向かって伸び、周りを囲み、本体から独立してから一気に締め上げる。「グギッ!!」この拘束はよほどの魔法攻撃でない限り無理やり外すことはできない。人であれば悔い改めるまで解けることはなく(そのため当然ながら罪人、悪党にしか使えない)、悪魔(リリン)超の付くほどの悪党(エグリゴリ)に関しては絶対にほどけることはない。少々ずるいが、一方的な攻撃ができる。「『風刃剣』」先と違い、しっかりとした風の刃を聖遺物収納庫に纏わせ「やあああああぁぁっ!」動けない敵を斬る。後ろから足音、それにも反応して「せいやあぁぁっ!」斬る。血が飛び散り不快だが、何とか戦える。「はあ、はあ」とはいえ、慣れてない動き。どうにも座学知識だけではわからならないことのおかげで大変だ。だが、この調子でいけば必ず乗り切れる。そう思いながら一体、また一体と、地獄に送り返してやった。

 




アルファベット表記:グーグル翻訳を使ったラテン語

ディバインド:造語


技名考えるのだるシング


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