Noah's ARC ノアの方舟 (冬 鈴音)
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方舟の帰還
方舟の出現
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2012年
221B Baker Street LONDON U.K.
「行くぞジョン」
「は? 僕は今帰ってきたばかりだぞ」
「待つんだシャーロック。私はまだ説明の途中だぞ」
「…マイクロフト、どうしてここに」
「やぁジョン。弟にとある依頼をね」
「依頼ぃ? そんなもんじゃない! マイクロフトはただただ僕らにゲームをしろと言っているんだ!」
「ゲーム? いいじゃないか平和で。でも一体なんのゲームなんですか?」
ソファに座るワトソンとマイクロフト。
「平和が良いわけあるか! 退屈だ!!」
奥に消えるシャーロック。
「とあるコンピュータプログラムが見つかってね。最初はウィルスだと思われていたんだが、解析していくうちにそれはとあるコードだとわかった。AIのね」
「AI…人工知能ですか」
「そうだ。我々はそれをNoah's ARCと名付けた」
「
「そう、突然出てきたこの方舟を何としてでも使いたい、そして製作者を見つけたい。そのヒントが」
「「ゲーム」」
「そこで、二人にそのゲームをやってもらいたいんだ」
「貴方の所の部下ではダメなんですか?」
「真っ先に試した。でも、エラーが出てね。入れなかったんだよ」
「なるほど」
「引き受けてくれないだろうか」
「僕は構いませんよ」
「何を言ってるんだジョン! そんなつまらないゲームよりも現実の事件だ!! ほら、レストレードに連絡を!」
シャーロックが戻ってきてモバイルを持ってワトソンに見せる。
「たまにはいいじゃないか。息抜きも大事だ。それに、どうしてつまらないなんて言えるんだ?」
「推理ゲームだそうだ、いいか?! 大概のものは直ぐに犯人が分かってしまうのに先へ進めないんだ、これのどこがつまらないと?!」
「推理ゲーム、得意分野じゃないか」
「そんなわけあるか! ものの数十分、いや、お粗末なら数分で終わってしまうだろ!」
「それで済むなら万々歳じゃないか。で、どこでそのゲームすればいいんです? 軍の施設? それともバッキンガム宮殿?」
「MI6本部だ。もちろん、極秘施設でだが」
「それは楽しそうだ」
「楽しいわけあるか!」
「そうそう。言い忘れていたが、舞台は19世紀末のヴィクトリア朝時代、場所はロンドン」
「19世紀末? ロンドン?」
「そう、そこでとある人物を捕まえることが目的らしい」
「ある人物、誰です?」
「ジャックザリッパー」
「ジャックザリッパー? あの?」
「そう、切り裂き魔、ジャックザリッパーだ」
「ジャックザリッパーをゲームで捕まえる…つまらなそうだ!」
「行くぞシャーロック」
「行くのか! バカバカしいゲームをしにMI6へか?!」
「迎えの車を出そう」
「行かないって言ってるだろ!」
方舟の出現
東京。
銀座。
とあるビル。
中流階級からしたら少し手を出しにくい喫茶店。
角のテーブル席。
男性と少年が話す。
「のあずあーく?」
「そうだ」
「たしか1990年代に作られた世界最初のVRゲーム、コクーンの大元となるAIプログラムだったよな? それがどうしたんだ?」
「今でもネットの中を漂っていて、その世界に入れるとしたら?」
「バカバカしい」
「そうかい? 面白そうじゃないか」
「面白そうな世界とか、それ以前の問題だ。既に消去されてるんだろ? ノアズアークってのは」
「確かにノアズアークは完全消去された、そのはずだったんだがね…」
「ならそれでいいじゃないか」
少年はそう言うとケーキを口に持っていく、男性は紅茶をひとくち。
「コクーンの発表日に何が起きたか知っているかい?」
「殺人事件だろ? たしか」
「そう、コクーン開発主任の樫村氏が殺されたんだ。犯人はトマス・シンドラー。シンドラー社を立ち上げた当時の社長」
「社長が社員を殺したのか」
「そう、理由はノアズアーク開発者の自殺、その原因を出資していたシンドラーカンパニーの社長、トマス・シンドラーと樫村氏は考えた。だが証拠がない。そこで、親交の深かった工藤優作氏に調査を依頼したそうだ」
「工藤優作って…」
「そう、日本を代表する推理小説家だよ。
「んで?」
「工藤氏の調査で、シンドラー社長のご先祖様がわかったんだ。それをノアズアークの開発者も知った。これを知ってしまったから、僕も命を狙われる…そう考えたと推測できたそうだ」
「いくらなんでも、それだけで自殺ってのは…」
「開発者は軟禁状態だったらしい。友人にも会えず、しかも部屋は監視カメラ付き。でも一番の問題はそのご先祖様なんだよ、桐ヶ谷クン」
「誰なんだ? そのご先祖様ってのは」
「----ジャック・ザ・リッパー。日本では切り裂きジャックとして知られていると思う」
「切り裂きジャック、ねぇ。確かに知られたくはない過去かも知れないな」
「だろう? それを開発者は知ってしまった。弱った心には大きすぎる問題だ。それを知っているのは自分ともう一人……解析していたノアズアークだった」
「………」
「開発者はノアズアークを一般の電話回線に解き放つと窓から飛び降りた…ここまでがコクーン発表日までの前日譚だね」
もうひとくち、紅茶に手をつけて、ケーキを口に運ぶ男性。
「長い前日譚だな」
「申し訳ない。これを言っておかないと物語が始まらないんでね」
「物語?」
「そう、ここからが発表日の話。世間では殺人事件があったことだけ報道されていたけど、実は別の事件もあったんだ。僕もこの職に就くまで知らなかったんだけどね」
「別の事件?」
「コクーン、いや、AIのノアズアークが暴走をしてコクーンを体験していた子供たち50人を人質にとったんだ」
「なんだって?!」
「シーっ、声が大きいよ」
周りの客が彼らを見る。
「……んんっ。ノアズアークは『日本という国のリセット』を企てた。その為に子供たち50人を人質にとった。要求は何もない。ただ、子供たちのうち一人でも自力でゲームをクリアすれば解放する。条件はそれだけ」
「SAOに似ているな」
「報告書を見て僕もそう思った。で、ノアズアークは5つのゲームを子供たちに選ばせた。元々コクーンに入っているものではあったけど、難易度は上げてあった。そのうちのひとつが…」
「今回呼び出した理由か」
「そう。あの時自動消去プログラムで消されたコクーンのゲームが見つかったんだ。しかも唯一クリアされた一つが」
「へぇ」
「口元がにやけ始めてるよ? で、ここからが本題。キミにはこの残ったゲームをやってきて欲しい。もちろんこの前の
「………それだけのはずはないよな? 裏がないとおかしい」
「毒されてるねぇ、まぁ仕方ないか。本当に危険であるなら消去しなきゃならないんだけど、もしかしたら茅場晶彦が参考にした可能性もあるんだ。まぁ、ハード面だけだろうけどね。それにノアズアークは進化するAIなんだよ、君の所のユイちゃんみたいにね。だから消さないでおけるならそれが一番いい」
「んで、中には入れと」
「そう」
少し唸ったあと、少年は答える
「何人か連れて行ってもいいか?」
「もちろん! 検証できるなら何人でもいい。ただし、桐ヶ谷クンと同世代じゃないとダメかもしれない」
「なんでだ?」
「君に話を持って行く前に、ウチの研究施設でも調べようとしたんだ。でも全員はねられた、エラーがでて入ることすらできなかったんだ、開発コードは見れたからザ・シードにコンバートは出来たんだけどね」
「って事はクラインやエギルはダメか……」
「そうだね……あの二人は少し歳が離れてるからね。やってくれるのかい?」
「一度持ち帰らせてくれ、みんなに相談しないと」
「それは構わないよ。ただ早めに連絡が欲しい」
「わかった、来週までには連絡する」
「よろしく頼むよ。おっと、少し時間が立ちすぎた、仕事に戻らないと」
「俺もこれから用事があるから出るよ」
「そうかい? 悪いね、ここのは僕が持つよ」
「当たり前だろ」
席を立つふたり。
そのまま退店し、エレベーターへ。
「そういや、そのゲームの名前は?」
「オールドタイムロンドン。19世紀末を舞台とした推理ゲームさ。報告書では、シャーロック・ホームズとモリアーティ教授、それにジャックザリッパーが出てくるらしい」
「へぇ~。それをクリアした子の名前は?」
「……不明なんだよ。書き換えられていなかったことにされている」
「え?」
方舟の出現
「…工藤クン、今の話って」
「もし本当なら、もう一度体験できるってわけだ。あのロンドンを」
「行くつもりなの?」
「命がかかってたとはいえ、良く出来た世界観だからな」
「でもどうやって行くのよ、どこにあるかわからないのよ?」
「そこは阿笠博士とお前に見つけてもらうさ。とりあえず、アミュスフィアを買いに行こうぜ?」
「もう、他人任せなんじゃない」
男女は席を立つ。あの世界をまた見るために。
男は、平和になってつまらなくなった人生の、暇つぶしに。
女は、そんな男の活躍を見るために。
ゲームを始める。
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