Fate/Digital traveller (センニチコウ)
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プロローグ 偽りの

 休み明けの月曜日というのは総じて憂鬱なものだ。

 それは学生といえど変わらない。

 

「ふ、わぁ……」

 

 口元を抑えあくびを噛み殺す。

 家を出て数分。目的地である校舎が見えてきた。

 月海原学園。私の通っている、普通の高等学校だ。

 

 しかし、今日はいつもと違って校門の辺りが少し騒がしい。

 なにかあったのかと少し焦ったが、登校してきた生徒が黒い制服の生徒に呼び止められているのを見て安心する。

 

 ああ、そういえば今日から/今日も学内風紀強化月間だっけ。

 

「っ?」

 

 一瞬、ノイズが走ったかのように思考が乱れた。

 不快感に頭を抱えるが、自分が何を考えていたのか思い出せない。

 思い出す必要もないことだと思うが、なにかがひっかかる。

 

「おはよう! 今朝も気持ちのいい晴天だな!」

「お、おはよう、一成」

 

 なんだったかと考え込んでいた私に、彼は元気よくあいさつしてきた。

 柳洞一成。

 この学園の生徒会長であり、私の友人だ。

 

 ……友人?

 私に、人間の?

 

 再び乱れた思考は、すぐに一成の言葉に引き戻された。

 

 

「ん? どうした、そんな驚いた顔をして。今日から学内風紀強化月間に入ると言っておいただろう」

 

 

 その言葉に違和感を感じる。

 原因はすぐにわかった。

 聞いてもいない情報を突然、しかも決まっていたかのように話し出したからだ。

 

 ──気味が悪い。

 さっきまで友人だと思っていた彼に、私はそんな感情を抱いた。

 たった一言、されど一言。小さな違和感が、気味の悪さを胸の中で肥大化させていく。

 

 言葉が出ない私を見つめながら、彼は言葉を続けた。

 

「では、まずは生徒証の確認だな」

 

 それでも言われるがまま、懐から生徒証を取り出す。

 名前は? と知っているだろうことを聞かれた。

 視界がぶれる。眩暈で一日目の朝に戻されそうになる意識を、なんとか繋ぎとめた。

 昨日まではそれで曖昧にされていた質問に、はっきりと答える。

 

「クレア・ヴィオレット」

「よろしい。天災はいつ起こるかわからんものだ」

 

 そう言って、一成は検査を続けようとする。

 しかし、私はもう限界だった。

 

 あまりの気味の悪さから逃げ出すように走り出す。

 乱暴に押しのけられた彼は、それでも自分の役割に徹する。

 

「次は鞄の中身だ……ノート、教科書、筆記用具……」

 

 誰もいない虚空に話しかける姿は、まるで人形のようだと思った。

 

 

 *

 

 

 授業を受け、友人と話して、また授業を受ける。なんの変哲もない普通の日常。

 そう、今まで普通の日常だと思っていた。

 

 けど、違う。

 

 校門での出来事からなぜかそう思うようになった。

 話しかけてくる友達にすら気味の悪さを感じてしまう。教室から逃げ出すように廊下に出ても、それは消えてくれない。

 

 この校舎、いや、この世界にあるすべてが偽物に見える。

 

 早くこの気味の悪い世界から逃げ出してしまいたい。

 しかしどうやってここから抜け出すのか。その方法はわからないし、思い浮かびもしない。

 なら、このままこの世界にいることを許容する?

 ……いいや、だめだ。それだけはしたくない。

 

 わからないのなら調べればいい。ただそれだけのこと。

 もしかしたら、出口が見つかるかもしれない。

 

「よし」

 

 そうと決まれば即行動。考える材料が少ないときは、行動して情報を集めるべし。

 誰かにそう教わった覚えがある。

 

「……あれ?」

 

 誰かって、誰だっけ?

 いや、わからないからそう表したわけだが、考えても全く出てこないのはおかしい。

 誰かだけではない。いつ、どこで教わったのかも思い出せない。

 言葉ははっきりと思い出せるのに、それ以外は朧気にすら出てこない。

 

 ただ忘れただけ。それで終わればいいのに、私は必死に思い出そうと頭を捻る。

 そして、気づいた。

 

 気づいて、しまった。

 

「あ、れ……」

 

 私の母親は誰だ。父親は、兄弟はいたのか?

 家はどこにある。今朝、ここまで来る道はどんな風景だった。

 私は、一体どんな人生を歩んできた?

 

 自分のことも、家族のことも。何一つとして思い出せない。

 その事実に背筋が凍る。不安と恐怖が津波となって襲ってくる。

 このままではいけない。先程より大きくなった思いに従い、早急に動き出す。

 違和感の強い場所を探すんだ。

 

 校庭、弓道場、体育館。校舎の外にあるあらゆる場所を歩き回るが、特に気になる所はない。

 となると、残るは校舎内だけ。昇降口から中に入り、まずは教会に向かってみる。

 

 教会の中は校舎とはまた違う違和感を感じたが、直感的にここが出口ではないと思った。

 一通り見て回る。しかし、やはり出口らしきものは見当たらない。

 少し落胆しながらも次へ行こうと教会から出た。

 

「? 子供?」

 

 教会と校舎を繋ぐ広場。そこにある噴水の向かい側に、見覚えのない少女がいた。

 噴水越しでも分かる、真っ赤な瞳。

 

 少女もこちらに気づいたのだろう。

 子供らしい大きな目が瞬きを繰り返してる。そしてほんの少し考え込んだ後、にこりと輝かしい笑顔を浮かべた。

 癒されるような元気な笑顔に、こちらも微笑み返す。

 

 そして、一瞬の瞬き。

 噴水の向こうにいた少女の姿は消えていた。

 

「え?」

 

 周りを見渡す。

 少女は校舎に入る扉の前でじっと私を見ていた。

 

「お姉さん、こっちだよっ」

 

 そう無邪気に笑った少女は、扉を開けて校舎へと入っていく。

 慌ててその後を追いかけた。

 

 少女は昇降口辺りで立ち止まっていた。しかし、私の姿を確認すると再び走り出す。

 私も走り出すが、元々距離があったせいか追いつくことができない。そのまま追いつけず、少女は廊下の角を曲がり姿を消してしまった。

 だがあの角は何もない行き止まり。なぜそんなところに逃げ込んだのか疑問はあるが、捕まえて事情を聞けばいい。

 

 角を曲がる。

 そこには少女がいる。

 

「なっ!?」

 

 はずだった。

 しかしそこに少女はいない。今まで来た道を振り返ってみても、少女の姿はなかった。

 なにが起きたのか理解できない。確かに私はあの少女を追いかけていたはずなのに。

 

 もう一度少女が消えた場所を見る。

 そうして、気づいた。

 どうしてさっきは気づかなかったんだろう。見ただけでこんなにもわかるのに。

 

 なにもないはずの壁は、明らかに他とは違った。

 歪で、冷たい気配。

 

 怖じ気づく足を奮い立たせ、一歩を踏み出す。

 ここが出口(入り口)だとすぐに分かった。

 根拠はない。ただ、見失った少女は恐らくこの出口の向こうへ行ったのだ。

 それならば消えた理由も分かる。

 

 なぜあの子が私をここまで連れてきたのか。流石にその理由まではわからないが、もし機会があればお礼を言わなければ。

 最後に、後ろを振り返る。きっと今なら引き返すこともできるだろう。

 気味の悪さも、気づいた違和感も。引き返せば記憶の奥底にしまわれる。

 

 でも。

 

 自分が誰なのか、なぜ記憶がないのか。

 それを確かめるには行き止まりの奥に行くしかない。

 ここにいたら終わってしまう。なにも始めないで終わるのは、絶対に嫌だ。

 

 うるさいくらい音をたて始めた心臓を落ち着かせるよう、胸元にあるペンダントを強く握りしめた。

 

 大切なこのペンダントも、誰から貰ったか思い出せない。

 けれどこれの存在を確かめると勇気が出る。頑張れる。

 これを贈ってくれた送り主も確かめなければ。記憶がなくともなんとなく分かる。

 とても大切な人だったんだと。

 

「……行こう」

 

 口に出し、決意を固める。

 なにもなかった壁に扉が表れる。もう怖じ気づくことはない。

 

 扉を抜ける。そこは先程までいた校舎とはまるで違っていた。

 見た目は普通の用具室のように見えるが、室内を蠢く空気が背筋を冷やす。

 特に異質な空気を醸し出しているのが壁に寄りかかっている人形だ。

 無機質なのに、生きているようにも見える。

 

「ようこそ、新たなマスター候補よ」

 

 唐突に、誰かの声が部屋に響いた。

 それと同時にあの人形が嫌な音をたて動き出す。

 気持ち悪い。しかし先程まで過ごしていた日常よりはましだ。

 

 むしろ、私はこちらの気持ち悪さのほうが慣れている。

 そんな気すらした。

 

「それはこの先で君の剣となり、盾となる人形(ドール)だ。命ずればその通り動くだろう」

 

 進め、と。

 私の求めるものはこの先にあると、声は続ける。

 

 ああ、もとよりそのつもりだ。ここまで来て引き返すなんて馬鹿なことはしない。

 奇妙な従者を引き連れ、壁のノイズの先へ行く。そこはもう校舎の面影はなにも残っていなかった。

 先ほどまでいた部屋も異質な雰囲気だったが、あちらの方がまだ校舎の面影はあった。

 ここは校舎というより地下迷宮(ダンジョン)といったところか。

 いつ物陰から怪物が出てきても驚きはしないだろう……いや、驚くけど。

 

 アイテムフォルダ、敵性プログラム(エネミー)、戦闘指示。

 まるでゲームのチュートリアルのような説明を受けながら、通路を通り抜けていく。

 そうして辿り着いたのは、息が詰まるほど綺麗な空間だった。

 穢れたもの、害意あるものは寄せ付けない荘厳さ。この場所こそがゴール。そう思えた。

 

 この場の空気に圧倒されながらも、何かないかと周囲に目を向ける。すると、少し離れた場所で倒れている女子生徒が目に入った。

 声をかける。返事はない。

 もう一度、さっきよりも大きな声で呼びかける。けれどやはり返事はない。

 

 いやな予感が頭をよぎる。

 恐る恐る近づき、横たわる身体に触れて気づいた。

 ────冷たい。

 

 身近に感じる死の感触に血の気が引くのがわかる。

 傍らに蹲るドールはピクリとも動かない。その様子を見て、先程のダンジョンで男が言った言葉を思い出した。

 

 自身を守るものであるドールの敗北。それはすなわち、死である。

 あの声は確かにそう言っていた。

 

 疑っていたわけではない。でも改めて現実を突きつけられ、言葉を失ってしまう。

 呆然とその死体を見つめていると、突然傍らで佇んでいた人形が動き出した。

 慌てて彼女から距離をとる。

 

 こちらのドールが私を守るように前に踊り出ると、主のいない従者はこちらに向かってくる。

 

「っ防いで(GUARD)!」

 

 咄嗟に指示を出す。

 相手の攻撃をギリギリ防いだドールが反撃した。

 だけど敵はふらつく様子もない。元のステータスが違いすぎるんだ。

 こちらが10なら相手は100。そう言ってもいいくらいの差だ。

 

 でも、だったらなんであの女子生徒は負けたんだ?

 こんなにも戦うものが強かったなら、例え指示が粗末でも大抵は勝てるはず。

 それとも、これよりもっと強いやつと戦っていたのか?

 

 戦闘から意識を外した途端、バキンと嫌な音が響いた。

 慌てて思考に沈んでいた意識を前に向けるが、もう遅い。

 こちらのドールが片腕を失っていた。よそ事に気をとられているうちに、攻撃を受けてしまったのだ。

 自分の失態に思わず舌打ちをする。

 

「次は左からの大振りがくる。潜り込んで攻撃(ATTACK)!」

 

 後悔している暇はない。

 次の攻撃を受けてしまう前に指示を出す。

 

 そうして戦い続けて、どれくらいの時間が経ったのだろう。恐らく一時間も経っていないが、精神は既に疲労しきっていた。

 

「っ避けて!」

 

 一瞬の気の緩みが、残っていたドールの片腕を砕かせる。

 もう両腕は使えない。

 

「……はっ、ぁ」

 

 恐怖で乱れる呼吸を整える。

 大丈夫、まだ両足が残ってる。足があれば戦える。

 よく敵を見ろ。隙をつけ。

 ダメージは微弱でも通っているのだ。負けなければ勝てる。

 

 ───────諦めないの? と、突然誰かの声がした。

 

 私をここまで導いた男の声じゃない。冷たく、どこか幼さが残る少女の声だ。

 声だけでも分かる存在感に、冷や汗が背を伝う。

 それでも、その問いに答えるべく口を開く。

 

「諦めないよ」

 

 そうだ、諦めない。諦められる訳がない。

 

 なぜ、と再び少女は問いかけてきた。先程よりも声が近くなった気がする。

 いや、今はそんなことどうでもいい。この問いに答えなければ。

 

 なぜと少女は聞いた。そんなの決まっている。

 

「私はまだ、なにも取り戻していないから……!」

 

 覚えているのは名前だけ。それも本当に親につけられたものなのか定かではない。

 大切な人がいたはずだ。培った思いがあったはずだ。

 それを、私はすべて忘れてしまった。

 

 偽りだったとしても、確かに平和だった日常を捨ててここまでやってきたのは、全てを取り戻すためだ。

 なのに今更諦める? 

 そもそも諦めるくらいならここまで来ていない。あの偽りを許容した。

 いつか終わりがくるとしても、そちらの方が幸せだろうから。

 

「ふーん、諦めの悪い人間って結構いるのね」

 

 声が、近くなる。

 

 ガラスの砕ける音がする。

 

 同時に部屋に光が差し込んだ。光と共にやって来た何かが、私たちが苦戦していた敵をバラバラに切り刻む。攻防とは言えない、一方的な戦闘。

 あれではもう活動することなんてできないだろう。

 

 カツン、と甲高いヒールの音が部屋に響く。

 

「貴女以外に召喚される気配はないし、仕方ないわ」

 

 黒い衣装を靡かせて、ヒールの音を響かせながら少女はこちらに振り返る。

 綺麗な藤色の髪に、それを飾る青のリボン。

 敵を切り刻んだ銀色に輝く鋭利な脚具。

 

 いや、それは正直どうでもいい。

 そう思えるほど、彼女の姿はすごかった。

 

「ろ……っ」

 

 口から出そうになる言葉を飲み込む。

 嫌な予感がしたからだ。

 

 ともかく、彼女の姿はやばかった。

 上半身はいい。手を隠しているのは少し気になるが、大した問題じゃない。

 それより問題は下半身だ。隠されていない腹部。隠されている大事なところ。いや、あれは隠していると言っていいのか。

 

 ああ、この感情はなんと言えばいいんだろう。

 さっきまであったはずの空気が全て消え去った。

 

「問いましょう。あなたが私のマスターね?」

 

 マスター。その単語の意味はわかる。ただ、なぜこの状況で使うのかがわからない。

 だけど。

 

「……ああ、私が君のマスターだ」

 

 頷かなければいけないと思った。

 そうしなければ生きることはできないと。

 

 目の前の少女は不快そうに顔を歪ませる。

 けれどそれも一瞬。次の瞬間には、先程と同じ不適な笑みを浮かべていた。

 

「ええ、ええ。不問としましょう。これは仕方がないことだもの」

 

 まるで言い聞かせるように呟いた後、彼女は言葉を紡ぐ。

 

「私はサーヴァント。貴女の剣となり、盾となるもの。生きたいのなら、精々私を楽しませなさい」

 

 彼女がそう言いきった途端、右手に熱が走った。

 鈍い痛みに歪む私の顔を、目の前の少女は楽しげに見ている。

 ああ、楽しそうだ。うまく考えが纏まらない頭で、そんなことを思った。

 

「手に刻まれたそれは令呪。サーヴァントの主人になった証だ」

 

 再び聞こえた男の声。

 令呪。サーヴァントの力を強め、時には束縛する3つの絶対命令権。

 痛みに耐え、その知識を無理矢理頭に叩き込む。

 聞き逃しは許されない。

 

「同時に聖杯戦争本戦への参加証でもある。令呪を全て失えばマスターは死ぬ。注意することだ」

 

 つまり、実質使えるのは二つというわけだ。使う場面はよく考えなければならない。

 それから、聖杯戦争という言葉に疑問をもった。

 聞き覚えはない。予想はできるが、それもどこまであっているのか。

 

「困惑していることだろう。しかし、まずはおめでとう」

 

 男はそう言うが、声色は今までと変わっていない。

 祝福する気が言葉からは伺えない。校門で会った一成と同じく、決められた言葉を喋っているように感じた。

 それでも、言葉は続いていく。

 

「傷つき、迷い、辿り着いた者よ。主の名のもとに休息を与えよう。とりあえずは、ここがゴールということになる」

 

 ゴール。

 その言葉を聞いた瞬間、体から力が抜ける。

 安心してしまったからだろう。再び立ち上がれる気はしなかった。

 

 それでもやはり、言葉は続く。

 

「では、洗礼を始めよう。君にはその資格がある」

 

 精神的な疲労にあわせ、右手からくる強い痛み。

 今の私にそれが耐えきれる訳もなく、意識は次第に遠のいていく。

 そんな中でも覚えているのは、冷たくこちらを見る少女の目と、私をここまで導いた男の最後の声。

 

 

 

 

 

 

 

「─────それではこれより、聖杯戦争を始めよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第一章 「awakening/artificial life」
第一話 聖杯戦争


 青い空。緑の広がる大地。どこまでも続く海。

 そんなどこにでもあるような自然の中に、気づけば私は立っていた。

 周りを見渡してみるが人影とかは見つからない。ただ綺麗な自然が広がっている。

 

 

 

 ────クレア。

 

 

 

「え」

 

 誰かに呼ばれた気がして、後ろを振り返った。

 遠くに黒い影が見える。

 人の形はしていない。どちらかというと獣のように見えるその姿に、なぜだか懐かしさを覚えた。

 

 あの声はあの子のものだ。

 泣きたくなるくらい懐かしくて。

 幼い声色なのに、どこか力強くてとても頼もしい声。

 

 こんなにも分かるのに、あの子のことを思い出せないのが酷く悲しかった。

 

「君は、誰?」

 

 影は答えない。

 表情もここからはうっすらとも見えない。

 それがなんだか嫌で、近づこうと一歩を踏み出した。

 

 瞬間、視界がぐらりと揺れる。

 

 足場が崩れていく。

 

 すがるように手を伸ばすが、あの子には届かない。

 ならば、と口を開き。

 

 

「───っ!!」

 

 

 名前を呼ぼうとして、失敗した。

 

 ……ああ、そっか。私は、まだ。

 

 あの子の名前すら、思い出せていないんだ────。

 

 

 

 

 唯一見える金色の瞳が、静かにこちらを見ていた。

 

 

 *

 

 

 ────夢を見た。

 懐かしくて、愛おしい誰かの夢。

 

 溢れそうになる涙を抑え周囲を見渡す。どこか見覚えのある天井。周りを囲う白いカーテン。そして、今私が寝ているベッド。

 少し違和感を感じるが、ここは学校の保健室。意識を失った後に運ばれたのか。

 そう結論付け、僅かにだるさが残る体を起こした。

 

 ついさっきまで見ていた夢を思い出す。といっても、どんな内容だったかなんて全く覚えていない。

 けど、とても大事な夢を見ていたのは確かだ。

 

 それがなんなのかも、進み続ければわかるのだろうか。

 

 右手の甲を見る。そこには赤い刺青のようななにかが刻まれていた。

 令呪。そう呼ばれていた刻印が、あの物語のような出来事を思い出させた。

 

 人形との戦い、すごい格好の少女、マスター、サーヴァント。

 未だ状況は全く分からないが、きっとこれからもあのような戦いが続くのだろう。

 これからどうするのかを考えなければ。

 

 しかし、あの少女はどこへ行ったんだろう。周囲を見渡しても人影はどこにもない。

 まさか夢だったのかと考え、それはないと一蹴する。なら、彼女はどこへ?

 

「ようやく目が覚めたのね」

 

 突然、あの少女の声が聞こえた。ベッドの傍に突然人影が現れる。

 強烈な印象を残す格好。間違いない、あの場所で出会った少女だ。

 腕を組み、私を見下ろす目に温もりはない。人を人とさえ見ていないような目に、少し嫌悪感を感じた。

 これ以上目を見るのは気分的にもよくない。少し目線をずらし、目だけは極力見ないよう勤める。

 

「まあいいわ。聖杯戦争の本戦には間に合ったのだし」

「聖杯戦争?」

 

 聖杯戦争。

 何度も聞いた覚えがあるが、やはり知らない言葉だ。

 流石になにも知らないままはまずい。素直に彼女に聞くのが一番だろう。

 

「ごめん、聖杯戦争ってなに?」

「……本気で言ってるの?」

「うん」

「……ハズレを引いたかしら」

 

 聞こえてるぞ。

 そうは思うが口にはしなかった。下手に失言すればどうなるか想像がつかなかったからだ。

 まだ彼女のことはよく知らないが、高圧的な性格をしていることはわかる。もしかしたら逆らうような発言は地雷になるかも。反論すべき所はともかく、今みたいな所で関係を悪化させる訳にはいかない。

 

「はぁ。一度しか説明しないから、よく聞きなさい」

 

 そう言って、彼女は聖杯戦争について説明してくれた。

 

 昔、聖杯という願いが叶う願望機を奪い合うため、魔術師(メイガス)たちが始めた殺し合いが合ったらしい。その戦いの名が聖杯戦争。

 今回私が参加することになったのは、その戦いを模したもの。

 選ばれた魔術師(ウィザード)をマスターとし、サーヴァントを従え一対一の戦いを繰り返す。そして最後の一人になったマスターは聖杯を手にすることができる。

 それが、聖杯戦争。

 

「理解できたわね?」

「ああ、大丈夫」

 

 いくつか知らない単語が出てきたが、それについてはまた後でいいだろう。まだ説明は続くようだし。

 それより問題は殺し合いに参加したということだ。

 そんなつもりはなかった、なんて言ったところでもう戻ることはできない。なら、進むしかない。

 

「次はサーヴァントについてね」

「よろしくお願いします」

 

 サーヴァントはあの人形のようにマスターの剣となり盾となる者、らしい。

 その正体は過去に偉業を成し名を馳せた者。所謂英霊のことだ。といってもサーヴァントは英霊そのものではなく、聖杯によって再現された姿。

 そしてサーヴァントは生前成した偉業によって、七つのクラスというのに分けられる。

 

 剣の英霊(セイバー)

 弓の英霊(アーチャー)

 槍の英霊(ランサー)

 騎乗の英霊(ライダー)

 暗殺の英霊(アサシン)

 魔術師の英霊(キャスター)

 狂戦士の英霊(バーサーカー)

 

 他にもエクストラクラスというのもあるらしいが、詳しくは説明されなかった。

 基本は七クラスみたいだし、必要なら調べるなりすればいいだろう。

 

 しかし、ここで疑問がひとつ。

 彼女はどのクラスに価するのか。それから、どんな英霊なのか。

 あの空間で戦い方を見ることができたが、使っていたのは武器と言えるのかわからない特徴的な具足。剣のような武器は見られなかった。

 

「君のクラスは何になるの?」

「そうね……貴女はなんだと思う?」

 

 え、まさかの逆質問?

 先程された説明と目の前の少女を照らし合わせる。

 バーサーカーとキャスター、アーチャーは違うと思う。となると後はセイバー、ランサー、ライダー、アサシンの四つ。

 彼女の武器であろう足を見る。その鋭い刃から連想する武器は、槍。

 

「……ランサー?」

「そう思うならそう呼びなさい。私はそれでいいわ」

「え!?」

 

 そ、そんな適当でいいのか!?

 思わぬ返答に狼狽え、混乱する。それでもなんとか持ち直し、今度は彼女の名前を聞いてみた。

 

「教えると思って?」

 

 あ、やっぱり。

 なんとなく予想はついていたが、彼女は自分について教える気はないらしい。それでもと追及しようとするが、被せるように彼女が口を開いた。

 

「そうそう。念のため聞いておくけど、魔術師(ウィザード)という言葉に覚えは?」

「……ないです」

「ちっ、本当にハズレじゃない」

 

 先程は小声だった言葉を、今度は堂々と言い切られる。

 少しムッとするが、反論はできない。私は本当になにも知らない。

 勝ち上がるために召喚に応じただろう彼女が私をハズレと言うのは当たり前だ。

 でも、だからと言って言われっぱなしは癪だ。絶対に見返してやる。

 

 そう心意気を新たにしたところで、今度こそベッドから立ち上がった。

 魔術師(ウィザード)とか名前とか、正直聞きたいことはまだ一杯あるけど、あとは自分で調べることにしよう。

 このまま聞き続けても終わりは見えなさそうだし。

 

「と、自己紹介がまだだったね」

 

 忘れていた。

 私も彼女のことはなにも知らないけど、彼女も私のことはなにも知らないはずだ。せめてこちらの名前ぐらいは知ってもらわないと。

 

「私はクレア・ヴィオレット。よろしくね」

 

 握手を求め手を伸ばす。

 しかし彼女は私の手を握ろうとはしなかった。

 

「……馴れ合う気はないの。さっさと行くわよ」

 

 それだけ言い残し、光となって消えてしまう。だがさっきまでとは違い気配は感じられた。

 もしかして、サーヴァントは姿を消すことができるのか? さっき探したときに見つけられなかったのもこれのせいか。

 それに、姿を見せないことで相手に情報を与えない手段でもあるんだろう。彼女の場合、見た目だけでわかるのは武器ぐらいだと思うけど。

 

 ……ああ、そっか。名前がわかっても問題なのか。

 英霊になるのは生前に偉業を成した者。つまり、現在でもその名は語り紡がれている。その中には死んだ原因や弱点なんかも含まれるだろう。

 それを知ることができれば、有利に戦いを進めることができる。

 一対一の戦いになるようだし、情報をうまく扱わないと。

 

「んっ……と、よし」

 

 固くなった体をほぐし、ペンダントがあることも確認する。制服も可笑しな所はないし、そろそろ動こうか。

 閉まっていたカーテンを開ける。

 カーテンの向こう、白い部屋の中央にある椅子。そこに座っていた少女が、カーテンの音に気づいてこちらを見る。

 その子の容姿があまりにもランサーに似ていたものだから、思わず二度見してしまった。

 

「あの、どうかしましたか?」

「あ、ああ。なんでもない、大丈夫」

「そう、ですか? ならよかったです」

 

 穏やかな笑顔がランサーとの違いを感じさせる。

 よく見ると目元やら纏う雰囲気だとか、結構違っていた。

 

「セラフに入られた時に預からせていただいた記憶(メモリー)は返却させていただきました。ご安心ください」

 

 彼女、間桐桜は今までにあったことを説明してくれた。

 聖杯を求めてやってきた魔術師は一旦記憶を消され、あの仮初の日常を送る。その日常から自我を取り戻した者のみが本戦に参加できる。

 あの世界そのものが予選の会場だったということだ。確かに、ここはあそこのような気味悪さは感じない。

 

 そして、彼女は言った。記憶は返却した、と。

 しかし私が覚えているのは自身の名前と仮初の日常だけ。ここに来る前の記憶は全く取り戻せていない。

 そのことについて間桐に聞いてみるが、彼女は少し困った顔で首を振る。

 自分は運営用に作られたAIだと伝えられた。つまり、対処はできないということだ。

 思わず頭を抱える。すぐに記憶が取り戻せると少し期待したが、そうはいかないらしい。

 

「あ、そうだ。これを渡しておきますね」

 

 話題を変えるように、彼女から携帯端末を渡された。

 軽く弄ってみる。どうやらタッチ式のようだ。あ、画面の投影もできる、すごい。

 えーと、使えるのはステータス(Status)マトリクス(Matrix)装備(Equip)アイテム(Item)、あとはメール(Mail)か。

 

「本戦参加者は表示されるメッセージに注意するように、とのことです」

「ん、わかった。ありがとう、間桐」

「桜で構いません。その名は参加者の方の中から勝手に引用させてもらったものですから」

「そう?」

 

 なら、今後は桜と呼ばせてもらおうかな。

 端末を弄るのをやめ、後ろポケットにしまっておく。詳しくは後で調べることにしよう。

 その後軽く会話をしてから保健室を後にする。

 ランサーと同じ容姿をしていたけど、話しやすい子だった。もし何かあったら訪ねてみるのもありかもしれない。

 

 とりあえず、まずは校舎に何があるのか把握しておこう。予選の校舎と違いがあったら大変だ。

 上の階から見て回ろうと歩いていると、突然カソックを着込んだ神父に話しかけられた。

 

「本戦への出場おめでとう。これより君は、正式に聖杯戦争の参加者となる」

 

 胡散臭い。第一印象はまさにその一言に限る。

 声は予選で聞いた声と同じだ。それに見た目という要素が加わっただけでこんなにも胡散臭さが増すとは。

 

「私は言峰。この聖杯戦争の監督役を勤めるNPCだ」

 

 そこから、聖杯戦争のルールについて説明を受ける。といってもそう複雑なものではなかった。

 戦いはトーナメント形式で一対一で行われる。128人のマスターは一回戦から七回戦を戦い抜き、最後の一人を決める。ただそれだけだ。

 

「戦いは七日間で行われる。一日目から六日目までは相手と戦う準備をする猶予期間(モナトリアム)だ」

「猶予期間?」

「敵も同様に君を殺す準備をしているということだ」

 

 猶予期間は六日間。その間で敵の情報を集め、作戦を練る。

 そして、最終日である七日目は。

 

「相手マスターとの最終決戦が行われる。勝者は生き残り、敗者はご退場いただく、ということだ」

 

 ご退場、ね。

 先程保健室で聞いた内容と照り会わせれば、それは恐らく……。

 そこまで考えて、頭をふる。今結論に至るのはやめよう。

 

「何か聞きたいことはあるか? 最低限のルールを聞く権利は等しく与えられるものだからな」

 

 そうは言われても特に思い付くことはない。また思い付いたら聞けばいい。

 首を横に振り否定の意を示す。言峰はそうか、と軽く頷き言葉を続けた。

 

「では、最後にもう一つ。マスターにはそれぞれ個室が与えられている。この認証コードを端末に入力(インストール)してかざせば入ることができる。入り口は2-Bだ」

 

 端末が振動し無機質な音が鳴る。

 取り出し確かめてみると、画面には数字の羅列が並んでいた。これが認証コードみたいだ。

 早速インストールして、と。

 

「さて、これ以上長話をしても仕方がない。アリーナの扉は開けておいた。今日のところはアリーナの空気に慣れておきたまえ」

 

 最後に入り口の場所を口にして、言峰は去っていった。

 神父のくせしてがたいのいい後ろ姿を見送っていると、手に持っていた端末が再び振動する。今度はなんだ?

 

『2階掲示板にて、次の対戦者を発表する』

 

 一文だけ書かれたメールが表示される。

 次の対戦者。私が戦う一回戦目の相手。二回の掲示板を見ればそれがわかる。

 

「……はぁ」

 

 少し、気分が下がる。

 わかっていたことだし、何度も説明は聞いた。

 でもやっぱり、心の整理はつかない。こればっかりは仕方がない。すぐに切り替えることはできなさそうだ。

 今日を含めた六日間の猶予期間。その間に区切りをつけよう。

 

 階段に足を向ける。

 さてと、今度こそ校舎の探索を始めようかな。

 

 




12/2追記 
桜との会話部分、最後辺り少し増やしました。


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第二話 初陣

 あれから予定通り校舎の探索を終わらせ、今は屋上にいる。正確には屋上に続く入り口の上。そこに寝転びながら空を見上げる。

 雲が波のように移ろい、泡のようなものも立ち上っている空は、どちらかというと水面の様。さらに空一面が0と1の羅列で埋め尽くされているため、余計に異質感が醸し出ている。

 

 まるで水中にいるような感覚だ。でもなぜかそれに既視感を感じていて。

 これも、失った記憶の一部なのだろうか。

 

 失った記憶を思い出そうと試みるが、やはり全く思い出せない。返却の不備だと桜は言っていたが、なら私の記憶は今どこにあるのか。まさか、消えたりなんかしていないだろうな。

 我ながら恐ろしい考えに身震いがする。それはないと信じたい。

 

 そこまで考えて、ランサーの気配がする方を見てみる。保健室で話したきり、彼女はなにも言ってこない。こうして時間を無駄にしているのだから怒ったっていいはずなのに。

 ……まあ、何も言わないのならもう少しだけここにいよう。戦いが始まれば、こんなに穏やかに過ごすことなんてできないだろうから。

 目を閉じる。軽く吹いてる風の音がよく聞こえた。それが心地よくて、耳から聞こえる音に集中する。

 

 しばらく風の音を楽しんでいると、扉の開く音がした。誰かがやって来たみたいだ。

 気になったので起き上がり、誰が来たのか確認する。

 下にいたのは私が来たときには既にいた赤い少女。そして、茶色の長髪をした少女の二人。

 確か赤い方は遠坂凛、だったか。容姿端麗、成績優秀のアイドルとかいう噂を聞いたことがあるが、その認識は改めた方がいいらしい。

 ベタベタと無遠慮に茶髪の子を触る姿はどちらかと言えば、そう。

 

「変態みたい」

「だぁれが変態か!!」

 

 うわっ。

 無意識のうちに呟いてしまった。

 でもこの距離で聞こえるとか、地獄耳か……下手に彼女の悪口を言うのはやめよう。

 

 こちらを睨み付ける遠坂凛につられたのか、茶髪の子も私を見る。

 どこかで見た後ろ姿だと思っていたが、顔を見て思い出した。

 

『……──?』

 

 ランサーが誰かの名前を呟く。

 うまく聞こえなかったが、少なくとも彼女の名前ではない。発音は似ていた気がするけど、彼女の名前は。

 

「白乃」

「クレア、あなたも……」

 

 滝波(たきなみ)白乃(しらの)

 予選での偽りの日常。そこで私と彼女は友達だった。もっとも、それが本物だったのか。今となってはわからない。

 

 気まずい空気が流れる。居心地が悪い。

 適当なことを言ってこの場は流そう。

 そう思い、さっきから思っていた言葉を口にした。

 

「そういえば、君はなんで白乃を触ってたの?」

 

 遠坂を見る。

 変態ではないと否定されてしまった。となると、なにか理由でもあったのだろうか。

 

「職業病みたいなものよっ。これだけ精密な仮想世界ないんだから、調べなくてなにがハッカーだっての」

 

 意外と口が悪い。

 しかし、それならなぜ白乃を調べていたのか。彼女はマスターであってキャラではないのに。

 

「そこの彼女が悪いのよ。マスターとは思えない影の薄さとか。一般生徒(モブ)じゃないんだから」

 

 今もほら、見てよ。と、遠坂が白乃の顔を指差す。

 ぼんやりとした顔だ。緊張感や覇気といったものが感じられない。少なくとも、これから殺し合いに参加するとは思えない……って、まさか。

 

「まだ予選の学生気分。まさかとは思うけど、記憶がちゃんと戻ってないんじゃないんでしょうね?」

 

 冗談でも言ったつもりなのだろう。もしかしたら笑われるか、反発されると思ったのかもしれない。

 しかし、白乃は困ったように目を逸らした。

 その反応が示すのは、肯定。

 

「え、うそ。本当に記憶が戻ってないの?」

「……うん、まあ」

「それって……かなりまずいわよ」

 

 そこから続く言葉は、白乃を心配する言葉だった。だがそれもすぐに醒めてしまう。白乃が自分が庇護する相手ではないと思い出したのか。

 茶色の目がこちらに向く。いつも真っ直ぐ前を見据えていた目が不安そうに揺れていた。

 でも、私に掛けられる言葉はない。私も、彼女と敵対するマスターであるのだから。

 

「ま、御愁傷様とだけ言っておくわ。あなた、本戦に来るとき魂のはじっこでもぶつけたんじゃない? ロストしたのかリード不能になっているだけか、後で調べてみれば?」

 

 その言葉は私にもありがたい言葉だった。

 リード不能。地上にいる私とのリンクが途絶えているということか? それなら記憶自体は失われていない。

 後で調べ方を聞いてみよう。運営側が許してくれるかは心配だが、それくらいなら答えてくれるだろう。

 

 考えを膨らましていると、気づけば遠坂と白乃の会話は終わっていた。

 なにを言われたのか、白乃が落ち込んだように顔を俯かせている。しかしそれもほんの数分。

 顔を上げ、いつもと変わらぬ表情で遠坂へと話しかけていた。

 

「遠坂。よければだけど、私にここについて教えてくれないかな? 基本的なことだけで構わないから」

「はあ? なんでわたしが……そっちのに聞きなさい。知り合いなんでしょ」

「え、無理だよ。私も記憶ないし」

「はあ!?」

 

 急に話を振られてしまった。しかもここについて教えてほしい、なんて話題だ。

 そんなのは無理に決まっている。むしろ私が教えて貰いたいくらい。

 

「クレアがもう一人の返却不備者?」

「そうなるのかな。それは桜から?」

「うん。詳しくは教えてくれなかったけど、また不備があるなんて、って」

 

 どうやら彼女は自分と同じ境遇の人間がもう一人いることを知っていたらしい。

 確か保健室で起きた時、隣のカーテンは閉まっていた気がする。あそこには白乃が寝ていたのか。

 

 一人納得していると、呟くような小さな声が聞こえてきた。

 勿論白乃じゃない、遠坂だ。顎に手をあて、ブツブツなにかを呟いている。

 本当にそんなことが、だとか。二人もなんておかしいんじゃ……、だとか。しばらく何かしら呟いた後、突然こちらを見た。

 

「まあ、考えても仕方ないか。いいわ、基本的なことなら教えてあげる。それ以上は自分で調べなさい。セラフにだって調べる場所くらいあるし」

「ありがとう! じゃあ早速、そのセラフについて教えてもらっていい?」

「あ、私も聞きたい」

「……そこからなのね」

 

 呆れられてしまった。反応から見るに、恐らくセラフというのは基本の基本なんだろう。

 実際、セラフというのは今いる仮想空間のことだった。なるほど、そりゃあ呆れるな。

 

 それからセラフについて詳しい説明を聞き、他のことについても尋ねた。

 白乃は聖杯や魔術師、あとなぜか遠坂自身について。

 私はそれに付け加え、説明の途中で出てきた西欧財閥。それから、さっき話していたリード不能を調べる方法を聞いてみる。

 遠坂は根が優しいらしく、自分のこと以外は丁寧に教えてくれた。

 

「ありがとう、遠坂。助かったよ」

「うん、それに分かりやすかった。ありがとう」

 

 素直にお礼を伝えると、遠坂は表情を変えずに返答する。

 

「別に、これぐらい基礎の基礎。お礼を言われる程じゃないわ」

 

 本人はそう言うが、私と白乃はその基礎すら知らなかったのだ。それに教えてもらったんだからお礼を言うのは当たり前だろう。

 白乃もそう思ったみたいだ。同じようなことを口にしていた。

 それを聞き、遠坂は再び呆れたような顔をする。

 

「あんたたち、分かってる? わたしは敵よ。敵にお礼なんて言わないわ」

 

 遠坂の言うことはもっともだと思う。その辺りの自覚がまだ私たちには足りていない。

 でも、遠坂は親切で私たちに色々教えてくれた。やはりお礼は言うべきだろう。

 

「……変わったやつらね、あんたたち」

 

 呆れながらそう言われたが、その表情は少しだけ微笑んでいたように見えた。

 しかしそれも一瞬。彼女は名の通り凛とした表情を見せると、冷たい声で言い放つ。

 

「それでも、わたしとあなたたちは敵同士。馴れ合ってもいいことなんてないわ。こんなところにいないで、精々残された時間を大切にしなさい」

 

 そう言って、彼女は私たちに背を向けた。話すことはもうない、という意志が伺える。

 きっと話しかけても反応はしてくれないだろう。

 そう判断し、私は白乃に話しかけた。

 

「私はもう行くよ。じゃあね、白乃」

「うん、またね」

 

 ……またね、か。白乃らしいと言えばらしいかも。

 二階へ行って掲示板を確認しよう。

 まだ少し怖いが、立ち止まってはいられない。殺す覚悟はなくとも、戦う覚悟は決めなければならない。

 

 ただ、願わくば対戦相手が白乃ではないことを。

 それだけを祈って、階段を降りていく。

 

 掲示板の周りには誰もいなかった。

 部活の紹介ポスターやらが貼ってある掲示板を見る。しかし、どこにも対戦相手など書いてない。

 階でも間違えたか? いや、掲示板があるのは二階だけだ。間違えてなんかいない。

 

 もう一度よく見ようと顔をあげた瞬間、空気が変わる。

 微かながら聞こえていた生徒の話し声が、今は全く聞こえない。周りを見渡しても人影一つなかった。

 まるでここだけ世界から切り離されたような、そんな感覚に陥る。

 

 掲示板を見る。

 先程までテストの成績発表がされていた紙には、二人分の名前と決戦場の名前が載っていた。

 一つは私の名前。そして、もう一つが────。

 

マスター:小鳥遊飛鳥

決戦場:一の月想海

 

 ことり、あそ……?

 いや、いやいやいやっ。絶対違う。

 

「ランサー」

『……なに』

 

 よかった、答えてくれた。

 恥ずかしいが、こればかりは仕方がない。本人の前で間違える方がもっと恥ずかしい。

 

「相手の名前の読み方、教えて」

 

 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。

 その言葉を胸に刻み、バカにするように笑うランサーの声に耐えた。

 

『……っはぁ、笑った。貴女、こんなのも読めないのね』

「漢字は苦手なんだよ」

 

 しばらく笑い続けたランサーは、少し機嫌が良さそうだった。

 いいことだろうが、その理由が私の苦手が知られたことからだと思うと喜べない。

 でも、誰かにこっそり聞いても近くにランサーはいるわけで。結局、漢字があまり読めないことはバレるのだ。

 

『たかなしあすか。そう読むのよ』

小鳥遊(たかなし)飛鳥(あすか)ね」

 

 忘れないようにメモしておこうと端末を取り出すと、マトリクスの項目が勝手に開かれる。

 そこには先程知った相手の名前が既に記入されていた。どうやら、知った情報は勝手に更新されていくらしい。一々メモを取る手間がなくて楽だ。

 念のため他に更新がないことを確認し、端末をしまう。

 

「個室は後にして、先にアリーナへ行こうか」

 

 今度は返事がなかったが反対もない。

 なら別にアリーナに向かっても大丈夫だろう。確か、予選での出口がアリーナの入り口と言っていたな。

 予選で出口のあった場所へ辿り着くと、そこには既に扉があった。

 ここを抜ければアリーナに入ることができる。

 

『そうそう。アリーナに入った後、校舎に戻っても個室以外に入ることはできないわ。購買も利用できなくなる』

「え、そうなの?」

『ええ。だからアイテム補充とか、やり残したことがあれば入る前に終わらせときなさい』

 

 初耳だ。まさかそんな制限があったなんて。

 そういうのは言峰の説明の時に一緒に教えるものなんじゃ……なんかわざと教えてこなかった可能性が否定できないんだけど。

 はあ、これはまだ私の知らないルールがあるかもなぁ。

 

 アイテムというのもそうだ。言峰からはそんな説明を受けていない。まあ、普通に考えてサーヴァントをサポートするためのものだろう。そして先程の会話から推測するに、それは購買で買うことができる。

 手元にそういったものがないのは不安だが、今は買うための資金もない。

 まずはどこかでお金を増やさなければ。

 

「とりあえず行こう。今日は空気に慣れるのが目的だし」

 

 今度こそアリーナへ入るため扉に手を掛ける。すると電子メッセージが取っ手部分から投影された。

 どうやら、アリーナは第一層と第二層に別れているらしい。これまた初耳だ。

 二つの階層に別れていることに意味がないとは思えない。明日にでも言峰に聞いておこう。

 第一層を選択すると、扉が音を立て開いていく。

 

 さあ、初陣だ。

 

 

 *

 

 

 扉をくぐった先に広がるのは、予選で通ったような電子の世界。

 周囲は壁のような何かに囲まれており、それより向こうは行けなくなっている。

 壁の外は暗く、遠くはよく見えない。校舎が海の上部に位置するなら、ここはまるで深海だ。

 

 ランサーが斜め後ろに現れる。

 変わらない姿。未だ見慣れず、あまり直視できない。

 

「そうね……今日はあの敵辺りまで行けばいいでしょう」

 

 そんな私の気持ちは露知らず、ランサーは今日の目標を定めていた。

 彼女が見ている先を確認する。蜂のようなエネミーが彼女が言ったやつなのだろう。他のエネミーとは少し様子が違っていた。

 あれがいる場所はそこまで奥じゃない。一日目に進むにはいい距離だ。

 

 反対することはない。わかったと了承を返し、アリーナを進んでいく。少し歩けば、すぐに開けた場所に出た。

 そこには箱が二つ繋がったようなエネミーが一体。

 初めての敵に身構える。が、そんなことをする前にランサーが飛び出してしまった。

 

「ランサー!?」

「初めは見ていなさい」

 

 エネミーもこちらに気付き、素早く突っ込んでくる。

 避けるよう指示を出すが、彼女は足の刃で受け止めた。そのまま体を捻り回し蹴りを繰り出す。

 指示を無視された驚きと華麗な動きへの感嘆が混ざり合い、逆に思考がクリアになる。そして、すぐに彼女が言った言葉を思い出した。

 

 初めは見ていろ、と彼女は言った。

 あの人形を一瞬で切り刻んでいた彼女が、今は防戦一方。時にカウンターを仕掛けているが、敵にはあまりダメージが入っていないように見える。

 だけど決して苦戦しているとは思わなかった。

 

 ランサーはわざと戦闘を長引かせているんだ。

 なぜ、なんて問わなくても分かる。私のためだ。

 防戦一方なのは敵の行動を見せるため。そして指示に従わないのは、恐らく自分の戦い方を見せるため。

 

 だったら今はこの戦闘に集中しなければ。

 初戦の私の役目は指示を出すことじゃない。ランサーの動きを知り、的確な指示を出せるようになることだ。

 

「……やっぱりだめね。表情がないのはつまらないわ」

 

 一方的だった戦況は、そんな一言で終わりを告げる。

 敵が大きく体を揺らした隙に、ランサーは素早くその懐に入り込んだ。低い姿勢からの一閃。鋭く入った一撃にエネミーは怯む。

 その隙をランサーは逃さない。

 地を蹴り、その勢いのまま敵を蹴りあげた彼女は、宙を舞い私の目の前に着地する。踵から鳴る甲高い音は、まるで戦いの終わりを示しているようで。

 

「次にいくわよ」

「……ああ」

 

 勝利したことに喜びすらせず、彼女は静かに告げる。

 黒いコートの奥で、敵が粒子となり消えていくのが見えた。

 

 これが英霊の、ランサーの戦い方。

 鋭い脚具を用い踊るように敵を翻弄する。特にそのスピードは他と一線を画しているように見えた。

 そうなると、やはりスピードを活かした戦い方が定石だろう。

 

 でも、私は彼女に的確な指示を出せるのか。あんなにも綺麗に戦う彼女の邪魔をしてしまわないだろうか。

 不安になるのを隠しきれず、思わず俯いてしまう。

 

 すると、首もとのペンダントが視界に入ってきた。あの日常を抜け出す時、最後に背を押してくれた誰かからの贈り物。

 それを握り締め前を向く。怖がっていても仕方がない。

 

 アリーナを進みながら、先程の戦闘を振り返る。

 わかったことはいくつかあるが、一番朗報なのは敵性プログラムには行動パターンが設定されていることだ。何度か同じ攻撃を繰り返してきたので間違いないだろう。

 パターンさえ把握できれば、エネミー相手に苦戦することも少なくなる。次同じ敵に遭遇したらもう一度確認しておこう。

 

 次のことを考えているうちに、先程と同じキューブ型のエネミーを見つけた。もしかしたらこの階層はあのエネミーが多いのかもしれない。

 向こうに気づかれないよう距離を保ちながらランサーに話しかける。

 

「行動パターンが同じか確かめたい。さっきみたいに戦闘を長引かせてほしいんだけど」

「……いえ、わかったわ。今度は指示を聞いてあげる。けど、無様な真似は許さないから」

「ああ、尽力するよ」

 

 先程の戦闘が余程つまらなかったらしい。あからさまに嫌そうな顔をしたが、一応了承してくれた。

 だが彼女が不機嫌なのがよく分かる。下手に長引かせず、さっさと倒してしまった方がよさそうだ。

 

 ランサーが綺麗な足音をたてながら歩いていく。

 一定の距離まで近づくと、エネミーもこちらに気づき突進してきた。これも行動パターンの一つなんだろう。

 幾度かの攻防が続く。大振りの攻撃を主とし、時折防御とフェイントが混ざっている。

 それは先程把握した行動パターンと変わりはない。確認はできた。もう戦闘を長引かせる必要はない。

 

「ランサー、次の攻撃を防いだ後斜め右に蹴りこんで!」

 

 一度フェイントを交えたような動きをし、大きく体を揺らし強力な攻撃を繰り返す。このパターンなら次の行動は……!

 

「よしっ」

 

 予想通り右へ動いた敵に攻撃が入る。指示が成功し、思わず声が出た。

 だが浮かれている場合ではない。高揚する気持ちを落ち着かせ、次の指示を出す。

 

 数回の剣戟の後、消滅していく敵にほっと息をついた。

 見ていた限り彼女は攻撃を受けていない。先程の無様な真似は許さないという言葉には答えられたのではないか。

 

 構えを解いたランサーに声を掛けようと一歩を踏み出す。

 瞬間、ぞっとするような悪寒が走った。固まったように足が動かない。

 目の前のランサーはこちらを見て、驚いたように目を見開かせた。

 

「後ろよ!」

 

 焦る声に突き動かされ、慌てて後ろを振り返る。

 先程倒したはずのキューブ型のエネミーがこちらに迫ってきていた。

 咄嗟に腕を組み急所を庇いながら、後ろに向かって飛ぶ。

 

「っく……!」

 

 なんとか衝撃を緩和することができたが、避けきることはできず腕に痛みが走った。

 だが敵が目の前にいる今それを気にしている暇はない。ランサーの隣まで下がりながら、改めて敵を見る。

 キューブ型が二体。復活したのかと一瞬思ったが、新たに現れたやつだ。二対一は辛いかと思いランサーを見るが、その顔に焦りは浮かんでいない。あの程度の敵には負けないという自信があるからだろう。

 ここはまだ一階層。この程度の敵に怖じ気づいていたら今後はやっていけない。二対一だろうが、やるしかないんだ。

 

 それに行動パターンなら先程把握した。イレギュラーがない限り攻撃は読むことができる。

 冷静に立ち回れば、無傷で切り抜けることだって可能なはずだ。

 

 痛む腕を抑え、もう一度ランサーを見る。好戦的な笑みを浮かべた彼女と目が合った。

 

「指示を」

「……ああ」

 

 一言。それには恐らく信頼もなにも籠っていない。

 けど、だからこそ。いつかその声に信頼が色付くように。

 

「行こう、ランサー!」

 

 不思議と、頑張りたいと思ったんだ。

 

 

 



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第三話 束の間の休息

 2-Bの教室の扉に端末をかざすと、軽快な電子音と共に鍵が開く音がした。

 中には予選で過ごした教室と何一つ変わらない光景が広がっている。机もあれば椅子もあるし、黒板に掃除道具入れまである。本当に普通の教室だ。違う点と言えば、人の気配が全くしないことくらいか。

 しかしここで寝泊まりするとなると少し環境が悪い。

 ベッドがないせいで、必然的に寝るのが硬い床か机の上ということになる。疲れをとるためにもそれは避けたい。

 

 いつの間にか姿を現したランサーも、殺風景な教室を見渡して軽く眉をひそめた。

 

「これが個室(マイルーム)? 本当になにもないのね」

 

 彼女もこの様子は想像していなかったらしい。

 私も同感だ。流石にホテルのような内装を期待していた訳ではないが、ここまでなにもないとは思ってもなかった。

 もしかして、家具とかも購買で買えたりするのだろうか。……あ、お風呂はある。

 

「普通の魔術師であれば内装の変更も容易いのでしょうけど……」

「へえ、そうなんだ」

 

 一緒に寄越されたジト目には気づかない振りをしておいた。

 

 それはともかく、先ほどのランサー言葉を思い返す。魔術師であれば、ってことはプログラムを変更するのかな? それなら、屋上で遠阪から教わったあのやり方を工夫すればできるかもしれない。

 手を軽く振るい、水色の画面を投影する。これも遠坂に教わった技術の一つだ。

 あのとき教えてもらったのはリード不能の探り方だが、今回はこの部屋のプログラムを探りだして、と……あった、これか。

 

「……へぇ」

 

 どこをどう弄るか、考えながらキーボードを打っていく。

 ベッドは二つ。大きいものと小さいものを。それから大きな机とそれに合う椅子を用意して。

 

「うん、まあこれぐらいか」

 

 元々あった学習机と椅子は消せば完成だ。壁紙や床は弄ってないためアンバランスさが目立つが、それは後回し。

 今は眠るだけの準備ができていればいいだろう。

 

「驚いた。貴女、多少のプログラミングはできるのね」

「え? ああ、そう言われれば」

 

 ランサーに言われて気づいた。普通にプログラムを変更していたが、私はそんなのを教わった記憶はない。

 それなのにできたということは。

 

「また失くした記憶の方か……」

 

 改めて、覚えていることを確かめてみる。記憶の方は全く思い出せないのに、知識の方は案外スラスラでてきた。

 初歩的な計算から、ハッキングやプログラミングなどの電子関係についてなど、色々な知識が思い出せる。

 しかし、その知識も中途半端なものだ。

 苦手な漢字についてはなぜか予選の授業で習った記憶しかないし、ハッキングを応用してなにかできた気がするのに、それがなんなのか思い出せない。結局、知識の方も忘れていることが多そうだ。

 

「……はぁ」

 

 嬉しいことと悲しいことを同時に知った時の気持ちってこんな感じなのか。

 ため息を隠すようにベッドに寝転がれば、想像以上の柔らかさにさっきまでの憂鬱とした気分が吹っ飛んだ。

 

 おおっ、これは結構いいベッドが作れたんじゃないか?

 いい感じのふわふわ感にごろごろしたい気持ちが沸き上がってくるが、なんとか我慢する。

 ランサーがいなければしたかもしれない。というかした。

 

 しばらくベッドの寝心地を堪能していると、段々と眠気が襲ってきた。うとうとと意識が曖昧になり、瞼が閉じ始める。このままでは寝てしまう。慌てて起き上がり頭を振ると、なんとか眠気を覚ますことができた。

 危ない危ない。まだ明日のことも決めてないのに寝てしまいそうだった。

 いいベッドを作った弊害か。明日の朝は起きるの辛そうだ。

 

 ベッドの縁に腰掛ける。

 ランサーも向かいに作ったベッドに腰掛けており、少しリラックスしているように見えた。これだけでもベッドを作った甲斐があったというものだ。

 

「そういえば、アイテム以外に君をサポートすることはできないの?」

 

 ずっと疑問だったことを口にする。

 

 今日行った初めてのアリーナ探索。

 そこでエネミーを二体同時に相手したとき、指示が遅れて彼女に怪我をさせてしまった。あの時私が敵を動きを止められていたら、と思うと口惜しい。

 アイテムにそういうものはないのかと探したが、今回見つけたのは治療用アイテムとここでの通貨だけ。他に能力強化アイテムなどはないのだろうか。

 

「コードキャストという技術があるわ」

「……聞いたことない」

「でしょうね」

 

 即答は酷い。

 

「コードキャストは魔術師が予めコードを設計・製造し、それに魔力を通して使う簡易術式(プログラム)のことよ。消耗型(ワンオフ)修得型(インストール)に分けられるわ」

 

 ワンオフは外付けのコードキャスト。その名の通り消耗品で、使用回数が決められている。

 インストールは体の霊子構造に組み込んで使う。威力は強力だが、その分術者に大きな影響を与えるため好む魔術師は少ないそうだ。

 

 だが、その二つとも今の私に使えるとは思わない。

 使うのならワンオフもインストールも一から作ることになるだろう。そうなると時間も知識も足りない。

 

「けど二つの中間に位置する礼装は、購買やアリーナで手に入れることができるの。今後使うのはこれね」

 

 礼装、というのは内部にプログラムを埋め込み身に付けることで半永久的に使うことができる代物らしい。しかも術者への影響もなく、素人でも魔力を通せば使える優れもの。他二つのデメリットを抜いて考えても、使いやすいように思える。

 

 ワンオフ型は時間があれば作るのもありだが、基本は礼装を駆使する方がよさそうだ。

 購買は……アリーナに行った後は使えないんだっけ。一応、見に行くだけ見に行ってみよう。

 

「あ、そうだ。ついでにご飯も食べてこようと思うんだけど、ランサーはどうする?」

 

 購買と食堂は同じ場所にあるからちょうどいい。電脳空間だからか空腹感はあまり感じないが、だからって食欲自体が無くなるわけでもないのだ。

 実際に食堂を使えるかどうかも知らないが、それを確かめるためにもこれから行ってみよう。

 

「……そうね、着いてくわ」

 

 少しの間をおいて、ランサーから返事をもらった。

 意外だと思いつつも、それは口に出さずに立ち上がる。

 もしかしたら彼女もなにか買いたいものがあるのかもしれない。あるいは校内で攻撃するマスターを警戒して、とか。後者は他のマスターに自分の情報を取られる可能性があるから少ないとは思うけど。

 

 

 *

 

 

 食堂では多くの生徒が座って食事をしていた。一部NPCと思われる生徒もいるが、その多くはマスターだ。

 近くに変な気配もほんの微かに感じる。やはりみんなサーヴァントを連れているらしい。

 けれど食堂の雰囲気は意外にも穏やかなもので、戦いをしていることを忘れてしまいそうだ。

 

「クレアも食事しに来たの?」

 

 ボーッと食堂を眺めていたら、突然後ろから誰かに話しかけられた。

 聞き覚えのある声。振り返ってみれば、予想通り白乃がそこにいた。

 

「うん、そんなとこ」

「なら一緒に食べない? 私もこれからなんだ」

 

 らしいと言えばいいのか、緊張感がないと言えばいいのか。

 いつもと変わらず接してくる白乃が少し眩しく見える。彼女は、私がマスターの一人だと分かっていないのか。

 

「……白乃は、私のことどう思ってるの?」

 

 気がつけば、そんなめんどくさいことを聞いていた。

 きっと、白乃との関係にちゃんと答えを出しておきたかったんだ。

 予選では友達だった。けどそれは与えられた役割の一つでしかない……本当に?

 

 私は疑っている。あそこでの関係は全て偽者であったと断じれば楽だろうに、彼女との関係を嘘にしたくないと思っている。

 だから白乃の答えを知りたかった。答えを知って、安心したかった。

 

「いきなりどうしたの?」

 

 当たり前の反応である。

 確認したかったとはいえあんな言葉はない。お陰で若干引いた眼で見られてる。

 恥ずかしい。真っ赤だろう顔を隠しながら、さっきの言葉を撤回しようと口を開いた。

 

「ごめん、なんでも」

「友達に決まってるじゃん」

「───」

 

 伝えられたのは、嘘偽りない真っ直ぐな言葉。私が友達だと、彼女は信じて疑っていない。

 ああ、本当に君は……。

 

「そんなことより早く行こう。席がなくなっちゃう」

 

 手を引かれる。

 目の前で揺れる茶色の髪に、思わず笑みが零れた。

 だけどいつまでも引っ張ってもらうわけにはいかない。繋いだ手を離して隣へ並ぶ。

 

 共に食券販売機に向かう途中、ふと彼女が何を食べるのか気になった。

 

「今日はなに食べるの?」

「麻婆豆腐」

「げっ」

 

 思い出すのは予選のときの記憶。あの時も、こうして白乃と共に食堂へきていた。

 そしてその日は普段食券には並んでない商品が並んでいたのだ。それが、麻婆豆腐である。

 鮮やかな赤に豆腐の白が映えたあれは、本当に人が作ったものなのか。見てるだけで感じる辛さに引いた記憶が鮮明に思い出せる。

 うぅ、聞くんじゃなかった。

 

「あれ?」

「っどうした?」

 

 白乃の声に記憶に沈んでいた意識を取り戻す。どうやらあれは私に物凄い印象を与えていたらしい。

 

「麻婆豆腐が、ない」

「……あ、そういえばあれ、期間限定だったっけ」

 

 確かそんなことが書いてあったような……。

 あからさまに落ち込んだ白乃に苦笑いを溢す。正直ほっとしたのだが、そのことがバレたら怒られそうだ。

 

 また食べれるよ、と励ましながら自分の分を選ぶ。色々種類があって悩むが、日替わり定食でいいか。

 出てきた食券を取り、白乃に場所を変わる。

 変わらず落ち込んだ雰囲気を纏いながら彼女が選んだのは、焼きそばパンとその他諸々。どんな心境の変化があって麻婆豆腐から焼きそばパンになったんだ。中華系頼むのかと思ってたのに。

 

「……あなたたち、仲いいのね」

 

 食事を受け取り席について雑談していると、遠坂がトレーを持ってやってきた。その上には白乃と同じ焼きそばパンが乗っている。もしかして流行っているのだろうか。

 

「対戦相手じゃないし、一人で食べても味気ないでしょ?」

「それはまあ、そうね」

「あ、対戦相手クレアじゃないんだ。よかった」

「「え?」」

 

 遠坂と声が被る。

 原因の白乃は気にすることなく焼きそばパンを食べているが、今変なことを言った自覚がないのか?

 

「まさか対戦相手を知らないの? 掲示板は見た?」

「不具合だって。発表は明日」

「……あんた、凄いわね」

 

 記憶の返却不備に対戦相手発表の延期。不憫というかなんというか、運がなさすぎじゃないか。

 

「白乃、これあげる」

「え、いいの? ありがとう」

 

 なんか少し心配になったので、白乃が好きなおかずをあげた。

 開かれた口に放り込んでやれば、幸せそうに顔を緩める。それがなんだか面白くて、もう一つ摘まんで近づけた。一つ目を飲み込んだ彼女は、再び差し出された箸に齧り付く。

 

「ほんっと、仲がいいのね」

「……っは!」

「え?」

 

 あまりに幸せそうに食べるのでもう一つあげようと箸を動かしていると、目の前にいた遠坂が変な視線を送ってきた。それに気づいた白乃が素早い動きで離れていく。

 頬は軽く赤に染まっており、目線は忙しなく泳がせている。加えて慌てたように言い訳をしていた。一体何をそんなに恥ずかしがっているんだ。

 

「これは、そう! クレアのパーソナルスペースが狭いからっ」

「別に普通でしょ」

 

 恨めしそうに見られるが意味がわからない。さっきの何がダメだったと言うのか。ただおかずを分けていただけじゃないか。

 不服だと態度で示すと、二人に揃ってため息をつかれてしまった。解せぬ。

 

 

 しばらくして食事も食べ終わった頃、初めにそれに気づいたのは白乃だった。

 

「ん? なんだか階段辺りが騒がしいね」

 

 驚きと困惑が混ざったざわめきが、確かに階段付近から広がっている。

 そちらに目を向けると、一人のマスターが堂々とサーヴァントを従え、食堂に入ってくる姿が見えた。

 

 赤に染められた学生服。金色の髪に翡翠の瞳。中性的な顔立ちの少年が、自信に満ちた笑みを浮かべ歩いている。

 他のマスターとは全く違う、一度見たら絶対に忘れないであろう圧倒的存在感。

 けれど私は彼の名を知らなければ、顔も見たことがない。校舎であんなに目立つ格好をしていたら、どこかで見ていると思うのだけど。

 

「レオ」

「知り合い?」

「ホームルームで紹介された……って、クレアはその時いなかったね」

 

 どうやら白乃は彼を知っているらしい。

 なんでも、私が逃げ出した日のホームルームで転校生として紹介されたとか。通りで私が知らないわけだ。転校生として役を与えられていたのなら、校舎で彼を見かけるはずがない。

 

「レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ。西欧財閥の次期当主よ」

「西欧財閥……」

 

 屋上で遠坂に教えてもらった言葉だ。

 地上の60%のシェアを管理・運営する巨大財閥。事実上、『世界』という言葉は彼らの管理都市を指しているとか。

 その次期当主がこの場を騒がせている彼。なるほど、そんな大物がくれば誰だって驚く。

 

 うんうんと一人納得していると、彼は周囲に目もくれずこっちに向かって歩いてきた。

 

「貴女ほどの人物も参加しているとは。ふふ、ますますこの戦いが楽しみになりましたよ、遠坂凛」

「御自らのご出陣とはね……いいわ。地上での借り、天上で返してあげる」

 

 周りの注目を浴びながら、二人は睨み合う。というか、実際は遠坂が一方的に睨んでいるだけだ。

 ハーウェイは笑みを浮かべた顔を崩さず悠々としている。自分によほど自信があるのだろう。

 ……いや、違う。自信があるというより、自分が負けるとは思ってすらないような。けれどそれは決して慢心や驕りではなく、彼にとってはただの日常でしかないんだろう。

 一体どんな生活を送ればそうなるのか、少し気になるところだ。

 

「おや、あなたは……」

 

 彼の目が白乃を捉えた。どうやら向こうも彼女を知っているらしい。

 

「やはりあなたも本戦に来たのですね。言ったでしょう、あなたにはまた会えるって」

 

 彼は微笑みながら言い放つ。

 それに白乃は戸惑いながらも頷き返すだけ。そして視線は、彼の後ろにいるサーヴァントに向けられていた。

 

 花の模様が刻まれた白銀の鎧。帯刀している剣は太陽のような暖かさを纏っている。しかしあれが抜刀されたら、その暖かさは灼熱の炎となり敵を焼き付くしてしまうだろう。

 そんな想像が容易についてしまうほど、彼のサーヴァントの存在感は強かった。

 

「ああ、僕としたことが失念していました。ガウェイン、挨拶を」

「従者のガウェインと申します。以後、お見知りおきを」

 

 瞬間、更なるざわめきが食堂を駆け巡った。

 

 彼の真名は英雄について詳しくない私でも知っている。

 ガウェイン卿。アーサー王伝説に出てくる太陽の騎士。あまりにも有名な騎士の名を、ハーウェイは隠すことなく明かす。

 

「あなたも、よろしくお願いします。僕はレオナルド。気軽にレオとお呼びください」

「……クレア・ヴィオレット。私も名前でいいよ」

 

 そして、なんの意図があってか、彼は私にまで話しかけてきた。

 下手に無視することもできず名を名乗る。

 私の名前を聞いたレオは一考するような仕草をした後、にこりと笑みを浮かべた。

 

「それでは僕はこれで。あなたたちと戦える日を楽しみにしています」

 

 その言葉を最後に、レオは去っていった。

 彼はもういないというのに誰も言葉を発しようとはしない。

 張り詰めた空気と嫌な沈黙が部屋に満ちる。

 

「……食事して行かないんだね」

 

 そんな空気を壊したのが、白乃の場違いな言葉だった。その一言がきっかけとなり、再び食堂が喧騒に包まれる。

 話題の多くがレオに関することだったが、さっきまでの静かな空間よりは全然いい。

 ほんと、白乃はすごい。

 

「わたしももう行くわ。あなたたちも精々頑張って生き延びなさい」

 

 遠坂もトレーを持って去っていく。

 その背を見届け隣に目を向けると、白乃がゴミをまとめていた。彼女ももう行くつもりなのだろう。

 私も食器を片付けてしまおうか。

 

「それじゃあクレア、また一緒に食べようね」

「うん、時間が合えばね」

 

 次の約束を交わして、白乃と別れる。

 この次が本当に訪れるのかはわからない。だけど、一つ負けられない理由ができた。いつか彼女と戦うときがくるとしても、せめてその時まではこの約束は守りたい。

 

 さて、マイルームに帰る前に、当初の目的であった購買を見ていこう。

 ランサーの言う通り、購買でアイテムを買うことはできなかった。マイルーム用の家具やデザートは買えるようだけど。聖杯戦争には関係しない商品だからだろうか。

 まあそれはともかく、店番をしているNPCに品ぞろえを確認したいことを伝えてみる。すると、彼女は快く見せてくれた。

 それに感謝しながら、売っているアイテムを確認する。

 なにか、敵の動きを止めるようなものがあると助かるんだけど。

 

 えー、と……売ってるのは『強化体操服』だけなのか。値段は2000ppt。他のアイテムと比べると随分高価だけど、半永久的に使えると思えば妥当な値段だろう。それよりも肝心なのは効果だ。

 

「『boost_mp(50)(魔力強化)』?」

「はい! その名の通り、装備しているだけでマスターの魔力が強化されるコードキャストです」

「マスターの魔力が強化される利点は?」

「そりゃあ勿論、コードキャストの使用回数が増えることですね!」

 

 それもそうだ。

 しかし未だ礼装の一つも入手していない私には不要なものである。

 あと高い。購入はもっと資金を貯めて、他の礼装を見つけてから考えても遅くはないはず。

 とりあえず、明日はアリーナを回って礼装を見つけよう。

 

 礼装は諦め、治療アイテムはいくつか買うものを決めておく。

 明日の朝食のときにでも忘れずに買っておこう。

 

 それから、購買部員さん曰く、試合が進むにつれて商品は増えていくらしい。こまめに品揃えを確認しておいた方がいいだろう。どうせ食事しにくるし、昼間行けなければその時でいいか。

 

 それからマイルームに戻り、ランサーと明日の予定を確認する。と言っても、やれることはまだ少ない。

 敵の情報はマスターの名前のみ。サーヴァントの方はクラスすらわかっていない。

 明日は礼装を探すだけではなく、相手の情報収集もするべきか。

 

「まあ、それが妥当でしょうね」

「なら明日はその方針で行こうか。何かあれば臨機応変に、ね」

 

 無事明日の予定も立ったことだし、今日はもう寝よう。

 元々備え付けられていた蛍光灯のスイッチに手を置き、ランサーを見る。

 

「おやすみ、ランサー」

 

 返事はない。

 これぐらい返してくれてもいいと思うが、まだ一日目。

 少しずつ仲良くなっていくしかない、か。

 

 あまりの塩対応に少し悲しみながらも、電気を消してベッドにもぐる。

 明日への不安を僅かに感じながら、私の聖杯戦争一日目は終わった。

 

 



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第四話 遭遇

 目が覚める。ふかふかベッドの誘惑に負けそうになりながらも、なんとか起き上がった。

 疲れは残ってない。どうやらぐっすりと眠れたみたいだ。

 軽く伸びをして体を解していると、既に起きていたランサーが一言。

 

「早く準備しなさい。さっさと行くわよ」

 

 彼女は既に準備を整えていたらしく、早くするよう目線でも訴えてくる。

 だけど第一声がそれは悲しい。せめて挨拶くらい……あ、なんでもないです。

 脅すように軽く動かされた足に敢え無く屈する。流石に攻撃してくるようなことはないだろうが、ちゃちゃっと準備しよう……脅しだよね?

 

 まあでも、準備と言ってもすることはあまりない。制服に着替え、髪を整えればそれで十分だ。

 うん、変なところなし。

 

 マイルームから出て、朝食をとるためにまずは食堂に向かう。

 ついでに昨日決めておいた回復アイテムを購入すれば、ここでの目的も達成だ。

 

「それじゃあ、情報収集を始めようか」

 

 次にするべきことは情報収集だ。アリーナに行く前に、校舎にいる生徒に対戦相手のことを聞いてみよう。

 

 マイルームから出て、とりあえず視界に入った生徒はNPC、マスター関係なく全員に話しかけてみる。

 一部のマスターとNPC、特に運営に関わる生徒は公平を期すためかそういった情報は教えてくれなかった。

 だが、それを差し引いても今回の情報収集は意味のないものだったと言っていい。なにせ誰もが小鳥遊飛鳥のことを知らないと口を揃えるのだ。

 有名な魔術師ならば性格や来歴などを知ることができたかもしれないが、誰も知らないということは私と同じ無名の魔術師なんだろう。

 

 遠坂からはそれならあなたでも勝てるかもね、なんて皮肉じみたことを言われてしまった。

 だがまあ、一回戦から彼女やレオのような相手ではなくて安心したのは本当だ。これなら勝てるかもしれないと、少し浮かれていた。

 

「無名と言えど、相手はこの月に侵入してきたA級ハッカー。そのままだと無様に死ぬわよ、貴女」

 

 それはまるで、頭に冷水をかけられたような感覚だった。浮かれていた気持ちが一気に冷める。

 全くもってランサーの言う通りだ。

 いくら相手が無名とは言え、ここは電脳空間。A級ハッカーである相手の土俵だということを忘れてはならない。

 頬を叩き、気合いを入れ直す。

 

「ごめん、ありがとうランサー」

 

 お礼を言いながらもアリーナに向け歩を進める。

 校舎でできることはもうない。今できるのは、アリーナで戦闘経験を積むことだけだ。

 

 少しでも多くの経験を積むために早足でアリーナへと向かう……はずだった。

 

「ちょーとまったぁ!!」

「うおっ!?」

 

 突如目の前に現れた人影。

 早足だった私の足は止まることができず激突する。ゴツン、と鈍い音と共に視界がぶれた。

 

「ちょっと!?」

 

 珍しく驚いたランサーの声が、変に頭に残って……。

 

 気づいたら保健室のベッドの上だった。

 

「……えぇ」

 

 痛む頭を抑え起き上がる。

 たんこぶができてる。どんだけ石頭なんだ、あの人は。

 

「あ、よかった。起きられたんですね」

「ご、ごめんねヴィオレットさん!」

「桜……藤村先生」

 

 縞模様のTシャツと、緑のワンピースという教師っぽくない服装。茶髪のショートヘアが彼女の活発ぶりをより際立てている。

 藤村大河。予選の時は私のクラスの担任を勤めていた人だ。

 

 保健委員である桜はともかく、なぜ藤村先生がここに?

 ていうか、彼女は予選だけのNPCじゃなかったのか。

 

「貴女がぶつかったのはそいつよ」

 

 憐れむような目を私に向けていたランサーが、藤村先生に視線を移した。

 その意味を察せないわけはない。

 

「先生……」

「ああっ、そんな目で見ないで! ほんと、このとーり!!」

 

 平謝りする姿に思わずため息が漏れる。

 見た感じ、怪我をしたのは私だけのようだ。それはよかったと言うべきか。

 でもほんとに石頭だな、この人。

 

「で? なんのご用ですか」

 

 未だヒリヒリする頭を擦りながら聞いてみる。

 先生は気まずそうに視線を反らしながらも言葉を繋いだ。

 

「えーと……実は部活用の剣道着がアリーナにあるみたいでね……?」

「……それで」

「取ってきて! 私じゃアリーナに入れないの!」

 

 なんで部活用の剣道着がアリーナにあるんだ。違う意味で頭が痛くなってきた。

 いや、でもないと困るから頼んでるんだろうし……。

 返答に迷う。メリットもなければ、そんな暇もない。だけど、困っている人を放っていくわけにはいかない。結局、答えは最初から決まっていた。

 

「分かりました」

「ほんとに? ありがと!」

 

 先生は満面の笑みを浮かべお礼を言ってくれた。

 その笑顔が見れただけでも頼みを聞いてよかったと思う。この顔を曇らせないためにも頑張らなければ。

 

「私は一階の階段付近にいるから。一回戦の間に届けてくれる? あ、でも私も毎日いる訳じゃないから、気を付けてね」

 

 最後に怪我について謝ってから、先生は保健室から出ていった。

 相変わらず元気な人だったな。

 

 さて、今度こそアリーナへ行かなければ。

 軽く体を動かして調子を確認する。まだ少し頭が痛むが、これもしばらくすれば収まるだろう。

 

「私も行くよ。ベッド貸してくれてありがとう」

「いえ、マスターの体調管理が私の仕事ですので。それからこれを」

 

 そう言って渡されたのは、治療アイテム?

 

「支給品になります。こちらは一回戦毎に渡せますので、ぜひ保健室に寄って行ってください」

「へえ。それは助かる」

 

 再びお礼を言って受け取る。

 エーテルの欠片。ランサー曰く一番効果の薄い治療アイテムだそうだが、ないよりは断然いい。

 お金の節約にもなるし、これからも忘れず受け取りに来た方がいいだろう。それも、勝ち続けないと意味がないのだが。

 

「そういえば、気を失っている間に端末が鳴っていましたよ。確認を怠らないようお願いします」

 

 わざわざ言ってくれる辺り優しいと言うかなんと言うか。

 何から何までお世話になってしまっている。今度お礼で何か贈るべきだろうか。

 とりあえずその場は別れを告げて保健室を出た。お礼はまた考えておこう。

 

 廊下の端で端末を取り出し、メールを確認しようとすると、突然後ろから不機嫌そうな声が聞こえてきた。

 

「……貴女、よく面倒事を請け負ったものね」

「アリーナ探索のついでだよ。それに、困ってるのを見捨てるわけにはいかないし」

 

 元々アリーナは隅々まで見て回る予定だったんだ。アリーナのどこかにあると言っていたし、探索していれば見つかるはず。

 あの子虎のように縋る瞳にやられた、というのはちょっとした秘密だ。

 

 でも、ランサーに相談せずに決めたのは確かに良くなかった。アリーナで私を守るのは彼女なのだから、もし次があるならきちんと相談してから決めよう。

 次がないのが一番いいんだけどね。

 

 っと、桜が言っていたメールはこれか。

 目的のメールを見つけ確認する。しかし、その内容は全く理解できなかった。

 

第一暗号鍵(プライマリトリガー)を生成。第一層にて取得されたし』

 

 この第一暗号鍵というのは一体なんなんだろう?

 最初のルール説明のときには聞かなかったけど……あ。

 

「言峰に聞けばいいんだ」

 

 すっかり忘れていたが、元々言峰にルールを再確認しようと思っていたんだった。

 昨日は一階で話しかけられたが、今日も一階にいるのだろうか。

 周囲を見渡すと、あのカソック姿は意外とすぐに見つかった。やっぱり目立つな、あれ。

 

「言峰。ルールについて聞きたいことがあるんだけど」

「おや、君は……ふむ、どうやら第一暗号鍵が生成されたようだな」

 

 知っていたのか。じゃあなんで最初のときに説明しなかったんだ。

 思わず責めるような目線を向けてしまうが、目の前の神父は何処吹く風。悪びれた様子も見せず、トリガーについて説明を始めた。

 

暗号鍵(トリガー)とはマスター同士が雌雄を決する闘技場の鍵だ。これを二つ揃えなければ決戦の場に入ることは叶わず、電脳死を迎えることになるだろう」

 

 なるほど、トリガーすら取れないマスターに戦う資格はないということか。

 それに二つと彼は言った。つまり、もう一つのトリガーは第二階層にあるのか?

 

「その通りだ。我々はその二つのトリガーを便宜上第一暗号鍵(プライマリトリガー)第二暗号鍵(セカンダリトリガー)と呼んでいる」

 

 礼装やアイテムの回収に対戦相手の情報収集。それに加えてトリガーの入手もしなければならないと思うと、かなり大変かもしれない。体力配分には気を付けて行動していこう。

 

「トリガーの準備ができ次第、聖杯から君の端末に情報を送る。注意して待つがいい」

 

 他に聞きたいことはあるか? と言峰は続ける。

 んー……。

 

「まだ説明されていないルールがあれば教えてほしい」

「ふむ。では決戦場でのルールを教えておこう」

 

 一つ、サーヴァントはサーヴァントにしか攻撃できない。

 二つ、マスターは相手マスター、及び相手サーヴァントの両方に攻撃できる。

 三つ、決着を判断するのは”サーヴァントの死”であり、そこにマスターの生死は含まれない。つまり、マスターが死んでもサーヴァントが生きている限り戦いは続く。

 

「といっても、サーヴァントはマスターからの魔力供給がなければ存在できない。例えマスターを殺されたサーヴァントが勝ち残っても、次に進むことは不可能だろう」

 

 結局のところ、マスターとサーヴァント、両者が生き残らないと意味がないということだ。

 

 それから、サーヴァントはサーヴァント相手にしか攻撃できないというのは朗報だ。これでサーヴァントからの攻撃を受ける心配はなくなった……わけではない。これはあくまでも決戦場でのルール。アリーナには適用されない。

 アリーナでは、サーヴァントによる直接攻撃などを受ける可能性がまだあるということだ。少なくとも、猶予期間の間は注意しなくてはならない。

 

「最後に、七日目に闘技場へ入る前の私闘は禁止されている。万が一アリーナで私闘に及んだ場合、僅なうちにシステム側から強制終了させられるだろう」

 

 最後に伝えられた内容に思わず顔を顰めた。

 決勝までに相手の手の内を知っておきたかったがそれは難しそうだ。まあそれは向こうにも言えることだが。

 その僅かな間でできるだけ多くの情報を集める必要がある。

 

「学園での私闘にはマスターのステータス低下というペナルティが与えられる。気をつけたまえ」

 

 それは辛い。只でさえ弱いというのに、ペナルティまで食らったら更に弱くなってしまう。

 なるべく、というか絶対に学園での私闘は避けて通らなければ。

 

「さて、これで最低限のルールは全て説明した。アリーナに向かいたまえ、時間は有限だぞ」

 

 この男、今"ルールは"って強調したぞ。つまり他にも私が知らない何かがあるということだ。

 聞いてみてもいいが、適切な言葉が見つからない。うまいこと言わなければ誤魔化されてしまいそうな気がするのは何故だろう。

 

 ……まあいい。本当に必要なことであればランサーが教えてくれるはずだ。

 といってもそれがいつになるかわからない。図書館で調べたら出てくるといいんだけど。

 悶々としたまま言峰と別れ、今度こそアリーナに向かった。

 

 

 *

 

 

 扉を潜った先にあるアリーナは、昨日とは違い違和感を覚えた。

 張り詰めた空気がアリーナを包んでいる。

 

「ランサー、これって……」

「ええ、サーヴァントがいる」

 

 ランサー以外のサーヴァント。つまり、対戦相手も今このアリーナを探索しているということだ。

 こちらが気づいたということは向こうも気づいているだろう。

 避けるのも一つの手だが、そうすると情報を集めることはできない。多少のリスクを冒してでも仕掛けるべきだ。

 

「逃げられる前に追い詰めよう。敵の位置はわかる?」

「アリーナの奥地で待ち構えてるわ。考えてることは一緒ね」

 

 どうやら、向こうも迎え撃つ気らしい。

 道中のエネミーを倒した後でのサーヴァントとの戦い。さらに相手が先にいたということは、罠だって仕掛けられているかもしれない。昨日よりも慎重に進んで行こう。

 前回と同じ道、同じエネミーを倒しつつアリーナの奥へと進んでいく。道を塞いでいた蜂型のエネミーはおらず、容易に進むことができた。

 

 そして、開けた場所へ続く一本道。

 その途中で私以外の人間と出会った。

 

 色素に薄い髪に、空を連想する水色の瞳。

 なぜか違和感を覚える健康的な肌。

 どこか儚く見える女性は、傍らに鎧を着込んだ武士を侍らせていた。

 

「クレア・ヴィオレットさんですね」

「小鳥遊、飛鳥……」

 

 思わず名前を呟けば、彼女はクスリと微笑みを浮かべる。

 マスターである彼女からは敵意があまり感じられない。

 でもそれは予選の日常が抜けてないからじゃない。どちらかと言えば、敵意を向け慣れていないと言うべきか。

 

「マスター、いかがなさいますか」

 

 けれどそれはマスターに限った話であり、傍にいるサーヴァントは違う。

 

 鈴のように凛とした声色。

 籠手に包まれた右手には抜き身の刀が握られている。

 自然体にも関わらず、隙は少しも見当たらない。刀と同じ色に輝く緋色の瞳は、明確な殺意を持ってこちらを睨んでいた。

 

「貴女の力、見せつけてあげなさい」

「御意」

 

 空気は一転。緋色の刃がこちらに向けられる。

 

「ランサー」

「わかってるわ」

 

 ランサーの後ろに下がり、いつでもアイテムでサポートできるよう準備する。

 一瞬の静寂の後、先に仕掛けたのはランサーだ。

 

 持ち前のスピードを活かして放った蹴りは、易々と刀に受け止められてしまった。だけどランサーは止まらない。

 何度も手法を変え放たれる猛攻を、相手は的確に捌いている。

 

 だが、その状況も長くは続かなかった。

 無理矢理刀を押し退けたランサーの一撃が、敵の鎧の隙間を縫って入る。擦った程度ではあったが、鋭い踵は肉を裂き血が流れ出した。

 微かに顔を歪めた敵を見て、ランサーは笑みを浮かべる。

 

「くっ……」

「大丈夫!?」

 

 小鳥遊が手を前に突き出す。その手の周りを、何かの羅列が渦巻いて。

 

heal(16)(回復)!」

「あれが、コードキャスト……」

 

 淡い光がサーヴァントを包み、切りつけられた怪我が治る。

 恐らく、治療用のコードキャストだ。今私が持っている治療アイテムよりも回復量が多いのは見て分かった。

 

 敵サーヴァントは礼を言うと再び刀を構える。ランサーも構えを取り、地を蹴り敵へ接近する。

 再び切り合いが始まろうとした、その瞬間。

 

 警告音が鳴り響き、ノイズが走る。

 

 突然の不快感に顔を顰めていると、敵に向かって行ったはずのランサーが私の隣に立っていた。

 それは向こう側も同じだ。敵サーヴァントは刀を持ったまま小鳥遊の隣に立っている。

 

「強制終了ね」

「ああ、言峰が言っていた」

 

 アリーナでの私闘は僅かな間で強制終了させられる、だったか。

 これ以上の私闘は危険だ。警告を無視してペナルティを受けては意味がない。

 

「今日はここまでですね」

 

 彼女も同じことを思ったのだろう。

 自らのサーヴァントに心配の目を向けながら、静かにそんなことを言う。

 

「それでは、また明日」

 

 小さく頭を下げ、小鳥遊飛鳥とそのサーヴァントは一瞬で姿を消した。

 アイテムを使いアリーナの外に出ていったんだ。アリーナを包んでいた緊張感がなくなっている。

 

「ランサー、怪我はない?」

「見ていたならわかるでしょう」

 

 確かにそうだけど、全部を見れたわけじゃない。死角になった所で怪我をしていないか心配なんだ。

 ただでさえ防御力はなさそうなのに。

 

「……ないわよ」

 

 ならよかった……とはならない。

 僅かではあるが切り傷が見えた。隠したかったのか、それとも本当に気づいてないか。どちらにしても私の目は誤魔化せない。

 あれぐらいなら回復量の少ないエーテルの欠片でも完全に治せるだろう。

 

「少しじっとしてて」

 

 アイテム欄から目当てのものを選び、取り出す。

 欠片をランサーに向けると、それはデータとなり傷を治していった。

 全てのデータがランサーに取り込まれるのを見届け、傷口を確認する。血が滲んでいた切り傷は痕もなく消え去っていた。

 

「バカじゃないの? この程度の傷にアイテムを使うなんて」

「効果を試したかったし、まだアリーナの探索は続くんだ。念のためにね」

 

 そう言うと彼女は、興味無さそうに頷いて先に歩き出してしまう。

 嘘は言っていないが、傷を治したのにはもう一つ理由がある。でもそれを言うのは少し恥ずかしいから、あれ以上追求されなかったことに安心した。

 

 一切こちらを振り返ることなく進むランサーの後ろを追いかける。

 隣へ並び、小鳥遊飛鳥とそのサーヴァントについて話し合う。

 

「クラスはセイバー。鎧から見るに、日本の英霊かな?」

「十中八九そうでしょう」

 

 今回の戦いで分かるのはそれだけだが、それでもいい情報だと思う。

 日本の女武士で有名な人物と言えば限られてくるはずだ。こればっかりは調べてみないと分からないが、鎧から年代が判明できるかもしれない。

 明日にでも図書室で調べてみよう。

 

「敵よ」

「ああ」

 

 キューブ型とは違う、羽を広げているようなエネミーだ。

 ……なんでだろう。あれを見てると不快感が募る。

 さっさと倒してしまいたい。が、行動パターンを把握しなければ後々大変になるかもしれないので。

 

「ランサー、悪いけど……」

「わかってるわ。長引かせればいいんでしょう?」

 

 本当に、本当に嫌そうな顔をしてる。

 今回ばかりは同意するが我慢してもらおう。私も我慢する。

 

 ランサーが構え、敵は迫る。

 しかしどういうわけだか、距離を開けて停止したエネミーはそのまま動こうとはしない。

 

「…………」

 

 棒立ちのまま数分が経ち、ようやく攻撃をしてきた。

 それを防ぎカウンター。再び防御の体制を取るランサーと、また攻撃してこないエネミー。

 

「……あー」

 

 ランサーの目に、怒りが満ちた気がした。

 

 力任せに敵を蹴る。

 二手ほどで塵となったそれを見向きもせず、恐ろしいほど冷たい声で彼女は言った。

 

「次、行くわよ」

「は、はいっ!」

 

 こ、こわい……。

 明らかに怒ってる。絶対怒ってる。

 これはなにも言わないのが得策だよな……。

 

「あ」

 

 先程と同じエネミーを見つけた。が、それは一瞬で塵となる。

 

「……」

 

 今度はなにも言わない。

 無言で進むランサーに、とある言葉が思い浮かんだ。

 

 ────触らぬ神に祟りなし。

 

 これから出会うだろうエネミーに合掌しつつ、置いていかれないよう走り出す。

 ……さっきよりも、少し距離を開けて。

 




初めまして、センニチコウと言います。

1回戦はオリキャラとセイバー?との戦いになります。
戦闘描写等ぎこちない文ではありますが、これからも読んでいただけるとうれしいです。

また活動報告の方に、とても些細なことではありますが、この作品についてのご意見を頂きたくアンケートを投稿させてもらいました。
ぜひ、活動報告の方でご意見をお聞かせください。

その他、感想、誤字脱字等のご指摘もお待ちしています。お気軽にどうぞ。

12/15追記
言峰との会話を一部修正しました。


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第五話 探索

 あれから何体もの敵を倒して回った。それこそ、同じ場所を何度も巡ってランサーが満足するまで。

 倒したエネミーの数は優に10体を超えているだろう。

 でもそのお陰でランサーの気分は絶好調、とまではいかないがいつも通りに戻った。

 これで探索も再開できる。

 

 ぐるぐる周っていたエリアから離れ、新たな場所に出る。

 そこにも敵はいたが、何度も倒したせいで行動パターンはすべて把握している。悲しきかな、苦戦することもなく数手でエネミーは消失した。

 

 そして、そのエネミーがまるで守るようにしていた赤いアイテムフォルダ。それは今まであったものと違い、既に開けられていた。

 

「なにこれ」

「……礼装じゃない? さっきの女が使っていたでしょう」

 

 さっきの回復のコードキャストのことか?

 なるほど、あれはここにあった礼装を用いたものだったのか。

 いくら目的の礼装ではなかったといえ、敵に取られたのは痛手だ。今後はこのことも考えて行動しなければ。

 

 この先は行き止まりだったので、来た道を戻り別の分かれ道へ向かう。

 途中出会ったエネミーを倒しながら進むと、再び赤のアイテムフォルダを見つけた。

 

 その中にあったのは剣道着。

 恐らく藤村先生から頼まれたものだろう。面、胴、篭手、垂、そして袴。一式すべて揃っている。

 これで先生の依頼も完了だ。

 

「ん?」

 

 アイテムフォルダにまだ何か残ってる。これは、木刀?

 

「剣道は竹刀じゃなかったっけ」

 

 手に持って見てみるが、どこをどう見てもただの木刀だ。可笑しな所はどこにもない。

 

「それ、礼装ね」

「これが?」

「ええ」

 

 もう一度木刀をよく眺めるが、やはりただの木刀に見える。

 礼装とそうでないものの見分け方を覚えておくべきか。

 

 結局見てるだけでは分からず、一度端末にしまってアイテム項目から調べてみた。

 確かに木刀は礼装に分類されている。あれ、本当に礼装だったんだ。

 やっぱり後で見分け方を教わろう。何かの役に立つかもしれない。

 

 ついでにこのまま二つの解説と効果を調べておこう。

 実はこの項目ではそのアイテムについて一言程度の解説が添えられている。これを読んだりするのが意外と楽しいのだ。

 さて、この木刀と剣道着にはなにが書いてあるんだろう。

 まずは剣道着から。

 

「『部活用の剣道着。実は臭う』……うっわ」

 

 知っていたけど知りたくなかった事実。

 これを着て部活をするんだから、剣道部員はすごい。

 

 気を取り直して、次は木刀だ。

 これは礼装だから剣道着とは違い効果も記されている。解説はおまけみたいなものだ。

 ちなみに解説は『枇杷の木でできた高価な木刀』だった。意外にもレアな木刀らしい。

 

 効果の一つは『boost_mp(10)(魔力強化)』。購買で見た強化体操服と同じ効果だ。こちらの方が効果が弱いみたいだが、つけているだけで魔力強化を受けれるのはいい。

 そしてもう一つは……。

 

「『shock(16)(電撃)』?」

「敵を一定時間行動不能(スタン)にするコードキャストよ」

 

 ランサーから説明が入る。それは私が求めていたコードキャストだった。

 回復用の礼装を取られたのは痛いが、代わりにこっちを手に入れられたのは幸い……って、まずい。

 

「これ、藤村先生に渡さないといけないのかな」

 

 剣道着と一緒に入っていたこれは、藤村先生に頼まれていた一つかもしれない。

 でも竹刀じゃなくて木刀だ。偶然一緒に入ってた、とかならいいなぁ……。

 とりあえず、先生には譲って貰えないか交渉しよう。

 

 だけど、うん。とりあえず今は使わせてもらおう。そう思い、装備項目から礼装を装備する。

 変わったところは特にないが、これでコードキャストが使えるはず。

 敵はいないが試しておこう。コードキャストの使い方にも慣れておきたいし、いい機会だ。

 

 意識して礼装に魔力を流す。

 前に突き出した手の周囲に羅列が渦巻き、それは一つになっていく。

 

shock(16)(電撃)!」

 

 一つとなったコードは勢いよく飛び出し、アリーナの壁に当たって消滅した。

 電撃というよりは銃から飛び出す銃弾のようだ。早さもそれなりにあるし、これなら威嚇としても使えそう。

 魔力消費も少ないので重宝したい。藤村先生への交渉は頑張らないと。

 

 コードキャストの試し撃ちも終わり、残りはトリガーを探すだけとなった。

 といっても行っていないのはこの先だけ。恐らく進んだ先にトリガーもあるだろう。

 再び一本道を進んでいくと、通路の先に蜂型のエネミーがいることを視認する。昨日通路を塞いでいたのと同じ敵だ。

 

 やはりここで出会った二種のエネミーとは違う雰囲気を纏っている。

 もしかしたら行動パターンを読みたい、なんて悠長なことは言っていられないかも。

 ならば。

 

「ランサー、先手必勝だ。様子見せずに倒そう」

 

 危なくなる可能性があるなら、最初からそんなことはしない方がいい。

 敵がこちらに気づく前に攻撃する。それで倒せたら御の字だが、そこまで防御力がない訳はないか。

 

「行くわよ」

 

 ランサーが走り出す。同じタイミングで地を蹴るが、先に敵の許へ辿りついたのはやはり彼女だ。

 相手がこちらに気づくが、動き出す前に蹴りを放つ。

 うろたえる敵へ追撃を促す。しかしそれは素早く羽ばたいた敵に避けられてしまった。

 

 敵は容易に届かない距離を保って飛び続けている。

 ランサーの脚力なら攻撃を届かせることもできるだろうが、避けられた後は無防備になってしまう。それは避けなくてはならない。

 ならばどうするか、なんて決まってる。

 

「動きを止める! その間に羽を切り落として!」

「ええ!」

 

 もう飛べなくしてしまえばいい。

 

 腕を前に突き出し、先程の感覚を思い出す。

 礼装に魔力を流す。コードが現れ、一つになっていく。

 

 敵の動きは一見すると不規則に見えるが、所詮は敵性プログラム。それにもちゃんとパターンがある。

 それを見極めろ。大丈夫、私ならやれる。

 だって、ちゃんと教わったから(・・・・・・)

 

 広げていた掌を銃のように構えて。

 じっと敵の動きを観測する。

 

shock(16)(電撃)!」

 

 指先から放たれたコードキャストは敵の胴体へ。

 空中で動きを止めたそれに向かってランサーが跳躍する。

 

「ふっ!」

 

 片羽を切り落とされた敵は重力に従い落ちてくる。

 大きな音を立て地面に叩きつけられる。敵は再び飛び立とうと体を動かすが、残った羽では自分の体を支えることはできない。

 対照的に華麗に着地を決めたランサーが、ゆっくりと敵に近づいた。

 

 もがく敵を見下ろしていたかと思うと、軽く蹴るように足を動かす。

 その行動だけで、ランサーの鋭い足は残っていた片羽を切り裂いた。

 

「■■■■■───ッ!!!」

 

 声などないはずなのに、苦痛が詰め込まれたような音がアリーナに響く。

 その音に私は顔を顰めるが、ランサーは気にした様子もなく敵を踏み続けている。すぐには殺さないよう気をつけながら、弄ぶようにゆっくりと。

 

 後ろからはランサーの顔を見ることはできない。

 ただ、動けない敵をゆっくりと嬲り殺すその光景を、黙って見てるわけにはいかなかった。

 

shock(16)(電撃)

 

 彼女に当たらないよう場所を変えコードキャストを放つ。

 このコードキャストで与えられるダメージなんて極僅かだろうに、たった一撃で敵はデータへと還っていった。

 

「あら」

 

 彼女はつまらなそうな声を出す。

 けれどすぐに興味を失ったのだろう。一言先に行くと言い残し、奥に見える、恐らく帰還用のポータルへ行ってしまった。

 

「……はあ」

 

 なんとなく察しはついていた。

 でも、まさかここまで彼女に加虐趣味があったとは思ってもいなかった。

 大方、飛ぼうともがく姿が彼女をそそったんだろう。

 

 無我夢中で敵を踏みつける様子は、簡潔に言えば恐ろしかった。

 もしあれが自身に向かったら。そう思うと、彼女の存在自体が恐ろしく感じる。

 

 だけど、ランサーは私に力を貸してくれている。

 確かにあの加虐性は恐ろしいけど、それだって彼女の一部だ。怖がったままでもいい。少しずつ、彼女のことを知っていこう。

 

 それに、大きな問題はそこじゃない。

 問題なのは、彼女が私の放ったコードキャストに気づかなかったことだ。

 気配を隠していたわけじゃない。正直、邪魔をするなと怒られると思っていた。でも彼女は私に気づかず攻撃を続けていた。本当に無我夢中だったんだろう。

 これが戦闘中にでないことを祈るしかないが……。

 

「はぁ」

 

 新たな問題に頭を抱えながら、アイテムフォルダからトリガーを取り出す。

 カードキーのような形のそれを端末にしまいつつ、ランサーが向かったポータルに足を進める。

 

「──────え?」

「どうかしたの」

 

 校舎へ帰ろうとした瞬間、何か妙な気配を感じた。

 懐かしいような、そんな気配だ。

 

「……いや、なんでもない」

 

 だけどその気配がどこから感じたのかわからない。

 今から戻っても見つけられる保証はない。さらにサーヴァントとの戦いとアリーナの踏破で疲れも溜まっている。

 明日、またこの階層にこよう。そのとき今の気配を調べればいい。

 

 そう自分に言い聞かせ、今度こそポータルへ足を踏み入れた。

 

 

 *

 

 

 校舎へ戻ると、窓の外は既に夕焼け色に染まっていた。

 調べものはあるが、図書館はもう使えない。今日はこのまま食事を取りに行こう。

 

 食堂は昨日のように多くの生徒で賑わっていた。

 カウンターで今日の夕食である焼きそばパンを受け取り席を探す。

 

 少し離れた机の端で、一人黙々と食事をしてる白乃の後ろ姿が目に入った。その隣がちょうど空いている。約束もあるし、同席していいか聞いてみよう。

 

「白乃」

「あ、クレア」

「隣、いい?」

「うん……」

 

 小さく頷く姿に違和感を覚えながらも、隣の席に座る。

 今日は確か彼女の対戦相手の発表があったはずだ。気にはなるが、一マスターである私が聞いていいものか。

 かといってこのまま話をしないのもどうかと思う。無難に今日あったことを聞こう。

 

「今日はどうしてたの?」

「……うん」

 

 まさに上の空。答えになってない答えが返ってきて反応に困る。

 確実に何かあった。けどそれは、私が入り込んでいい問題なのか。

 

「……実はね、対戦相手が慎二だったの」

 

 迷っているうちに告げられた内容は、考えもしてなかったものだった。

 

 間桐慎二。彼のことは私も知っている。

 特別仲がよかったわけじゃないが、予選で友達だった男性だ。そして、白乃の友達でもある。

 

 そんな彼が、彼女の対戦相手。

 

「それは……」

 

 言葉が続かない。

 今、私は何を言おうとしていた。

 

 災難だったね?

 そりゃあ災難だと思う。だけどそれは蚊帳の外である私が容易に言っていい言葉じゃない。

 

 かける言葉はうまく見つからない。いや、むしろ何も言わない方がいいのだろうか。

 わからない。こんなとき、どうしたらいいのだろう。

 

「白乃が、後悔しない道を探せばいいと思う」

 

 結局、出てきたのはそんな言葉だった。

 なんの解決にもならない言葉。これなら言わない方がよかったかもしれない。

 

「そう、だよね。うん、ありがとうクレア」

 

 でも、白乃の顔にはいつものように笑ってくれた。

 強がりかもしれない。心配しないよう気を使っているのかもしれない。

 それでも、いつもの笑顔を見ただけで正直安心した。

 

「これからも一緒に食事をしよう。時間が合わないときは仕方ないけど、できるだけ一緒に」

 

 白乃が昨日言ってくれた言葉を、今度は私からも伝える。

 私はこの言葉が生き残る一つの理由になった。だから彼女にも、なんていうのは押しづけがましいか。

 

 だけど私は、白乃に生き残ってほしいと思った。

 だって白乃は、私にとって初めての───。

 

「うん、ここで集合ね」

 

 にこり笑う白乃に笑い返す。

 彼女が小指を差し出してきたときは子供っぽくて少し恥ずかしかったけど、したことがなかったから嬉しくもあった。

 でもそれを悟られるのはやっぱり恥ずかしくて、軽い文句を言う。

 

「しょうがないなぁ」

 

 小指を絡ませる。

 お互いにだけ聞こえるように、約束の歌を歌った。

 

 真っ直ぐで優しい私の友達。

 初戦で友達である慎二と戦う彼女の気持ちを理解することはできない。

 けれど、少しでも支えになれたらいいと思う。

 

 

 *

 

 

「随分仲がいいのね」

「? ……ああ、白乃のこと?」

 

 白乃と別れマイルームに戻った途端、ランサーがそんなことを言い出した。

 いつもと変わらぬ様子で、だけどまるで忠告をするかのように話し出す。

 

「仲良くしない方がいいわよ。戦うときになって嫌だなんて言われたらたまらないし」

「それは、」

 

 ランサーの言っていることは正論だ。

 白乃が勝ち残り、私も勝ち続けていれば戦うときは必ずやってくる。そのとき殺したくない、なんて我が侭は通用しない。

 だから、そう。本当はランサーの言う通り、仲良くなんてしない方がいい。

 

 でも。

 

「ごめん、それは無理だよ」

 

 初めはランサーの言うとおり、それほど仲良くする気はなかった。

 私も白乃もマスターで敵同士。それに友達だったのも予選での話だ。作られた世界で作った関係が本物なのか、私には分からなかった。

 

 だけど、滝波白乃は私の友達だ。

 今はそうはっきり言える。

 今更距離を取ったってその想いは変わらない。変えられない。

 

「大丈夫、聖杯戦争に関することはちゃんとする。こっちが不利益になる情報は漏らさない」

 

 いつかくるかもしれないそのときも、ちゃんと戦うから。

 

「ごめんなさい、ありがとう」

 

 忠告を聞けないことへの謝罪と、してくれたことへのお礼。

 二つの気持ちを伝えれば、彼女はなぜか呆けたように目を瞬かせた。珍しい。

 

「貴女、やっぱり変な人間ね」

「そうかな」

「そうよ、初めて会ったときだって……」

 

 言葉が止まる。

 それから先を、ランサーは口にしなかった。

 

「だって、なに?」

「いいえ、なんでも」

 

 え、待って。すっごい気になるんだけど。

 思わず呼び止めるが、ランサーはそっぽを向いたまま応えてくれない。

 そのまま背を向け、ベッドの方へ歩いて行ってしまった。

 

 せっかく聖杯戦争以外のことで話が続いたというのに。

 んー、あの先を追及したのがいけなかったのか? いや、それとも単に言葉が悪かったか。

 

 会話が途切れた原因を思い浮かべてみるが、中々答えは見つからない。徐々に返答全てが間違っていた気がしてきた。

 

 ……今日はもう寝よう。

 このままじゃ全てがネガティブな方向に行ってしまう気がする。

 

 なぜか唯一備え付けられていたお風呂に入って寝る準備をする。

 ランサーは既にベッドに横になっていた。もしかして、疲れていたのだろうか。

 

「……おやすみ、ランサー」

 

 小さく呟いて電気を消す。

 長い一日が、今日も終わった。

 




これにて二日目終了です。

大河から頼まれた剣道着と、同じアイテムフォルダに入っていた木刀はオリジナルです。
スタン系の礼装は刀だったので、「守り刀」と「破邪刀」の下位互換なら木刀かな、という感じで選びました。


7月にもなり、暑い日も続きます。
Extraは何月くらいに設定されているんですかね? 冬服なのでやはり11月とかでしょうか。
こうも暑いと少し冬が恋しくなりますね。


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第六話 改竄

 3日目の朝。今日はすぐにアリーナには行かず、図書室へ来ていた。

 勿論目的は一つ。敵サーヴァントの情報を集めることだ。

 

 昨日見た小鳥遊のセイバーの容姿を思い出す。

 銀色の髪に緋色の瞳。これだけなら外国人にも見えるが、武装は日本特有の刀と鎧。その格好から相手が日本人であると予想はつく。

 

 まずは鎧から調べてみよう。

 歴史に関する棚は……あった、ここだ。

 目的の本も比較的早く見つかった。題名は『鎧の歴史』。名前からしてぴったりだ。

 

 日本以外にも色々な国の鎧が載っていたが、今回は無視。興味はあるから、時間があるときに読んでみるのもいいかもしれない。

 本は写真と文章で構成されている。載っている写真の中にセイバーが着ていた鎧がないか探してみるが、中々見つからない。

 似たような鎧はいくつかあったから、恐らくその年代の英霊だろう。ただ、なんか違和感を覚える。

 

 写真の鎧にはあって、セイバーの鎧にはなかったもの。

 それは一体なんなのか。答えは、案外すぐに見つかった。

 

「ああ、家紋か」

 

 家紋は日本固有の紋章だ。

 鎧のどこかに印されていることの多いそれが、セイバーからは見つからなかった。

 どうにかして隠しているのだろう。つまり、家紋が分かれば真名が分かるということだ。後で家紋の種類もいくつかメモしておこう。

 

 続いて文章も読んでいく。すると、あれは大鎧と呼ばれる鎧だということがわかった。

 騎射戦が主流であった平安・鎌倉時代に合わせて作られた鎧。主に騎乗の上級武士が着用していたそうだ。その成り立ちから最も格の高い正式な鎧とされており、着背長という美称もある。

 

 他にも色々と書いてあったが、まとめるとこんなところか。

 これで時代を絞ることができた。平安・鎌倉時代辺りに有名な女武士となれば、かなり特定できるだろう。

 

 よし、武士の本を探そう。この近くにあるはずだ。

 鎧の本は持ったまま、次の本を探す。

 

 それっぽい本を一つ取って読んでみると、女武将として名前が出てきたのはたったの二人。

 巴御前と板額御前だ。

 他にはいないのかと探してみるが、少なくともその本には書いてなかった。

 この二人以外はあまり有名ではないのだろうか。

 

 念のため他の本も見てみるが、やはり平安・鎌倉時代の女武将として出てきたのはその二人のみ。

 これは、もう真名にたどり着くことができたんじゃないか?

 

『そう決めつけるのは早計ね。史実で男性と伝えられている奴が実は女だった、なんてのはよくある話よ』

「え、嘘でしょ?」

『本当よ。まあ、かといって候補を増やしすぎても切りがないわ。もっと情報を集めてから決めなさい』

 

 え、ええ。なんで今更……。

 いや、全部調べ終わる前に言われたからましだ。

 

 時代は絞れた。それに最有力候補とも言える二人の人物は把握できた。

 だけどランサーの言う通り、先入観を持ってしまうのはよくない。真名を絞るのはもっと情報を集めてからにしよう。

 とりあえず、他の有名な武士も軽く調べておくぐらいはしないとな。

 

 源義経、平清盛、坂上田村麻呂などなど。ぶっちゃけ振り仮名がなければ読めない名前をメモしていく。

 なんでこんなにも昔の日本人の名前は難しいのか。平清盛とか、どこから"の"が出てきたの?

 

「んー……っ」

 

 頭が痛くなりそうだ。

 もう大分調べたし、今日はここまでにしておこう。

 

 図書室から出て、これからどうするか考える。

 すぐにアリーナへ向かってもいいが、他にやり残したことはないか。アイテムは十分。図書室にも今行った。なら後は……。

 

『教会へ行くわよ』

「え?」

 

 教会?

 なんで今教会へ行かなければならないのだろう。

 

『……そうね、なら一度マイルームに戻りましょか』

 

 思ったことを口にすると、ランサーは小さくため息をついてそう言った。

 またやらかしてしまった。あれは知識がないことに呆れている声色だ。

 だが言い訳をさせてほしい。私だって好きで記憶をなくしたわけじゃないんだ。

 

「設備案内をつけない運営(学校)が悪い」

『校内にそんなのつけるわけないでしょう。あるとしたら新入生向けのパンフレットよ』

 

 ド正論。

 い、いやでも私もある意味新入生じゃない?

 

『そうね。でも、パンフレットを読み込んだ癖にすぐに忘れるバカなタイプじゃない?』

「だから記憶喪失は私のせいじゃ……っ!」

 

 あんまりな言い方にムカついて、言い返そうと声を荒げる。

 だけど振り返った方向にランサーはいない。当たり前だ。少しでも情報を与えないために姿を消しているのだから。その状態だと、声もマスターである私以外には聞こえていない。

 

 つまり周りから見た私は、なにもないところに向かって怒っている状況なわけで。

 

「っ!!」

 

 ここにいる生徒はみんな聖杯戦争の関係者。だから、きっと私が誰に怒っているかは察している。

 そう言い聞かせる。けど、向けられる奇異の目は変わらない。

 

 顔が真っ赤に染まるのが、自覚できた。

 

「う、うう……!」

 

 最初からこれが目的か、あの女!!

 叫びたくなる衝動はなんとか抑え、逃げるようにマイルームに駆け込んだ。

 

「まさか、あんなに簡単にいくとは思ってなかったわ」

「くっそぅ……」

 

 暗に単純だと言われた。うっさい。

 ベッドに顔を押し付け枕で頭を隠す。真っ赤な顔と耳を見られないためだ。

 絶対いつかやりかえす……!

 

「それで、なんで教会なの?」

 

 顔の熱が引いてきたころ、気を取り直すように問いかけた。

 気丈に振舞っているのがばれている。楽しげな色を目に宿したまま、ランサーは問いの答えを一つずつ教えてくれた。

 

「貴女、私のステータスは見た?」

「え? そういえば、見てないかも……」

 

 というか、ぶっちゃけ知らなかった。サーヴァントってステータスに数値が振られてるんだ。

 あ、でも確かにマトリクス項目に彼女の欄があった気がする。

 端末を取り出し、マトリクスを見てみる。サーヴァントリストと書かれた一覧には、”ランサー?”と”セイバー?”と、なんとも曖昧な表現でクラス名が書かれていた。

 今見るのは”ランサー?”の方だ。

 

 

 CLASS:ランサー?

 

 マスター:クレア・ヴィオレット

 

 真名:

 

 宝具:

 

 キーワード:

 

 ステータス:筋力E 耐久E 敏捷E+ 魔力E 幸運E

 

 スキル:騎乗B

 

 

 見事に空白ばかりである。

 そして。

 

「ねえ、ステータスの値って……」

「上からA、B、C、D、E。規格外でEXがあるわ」

 

 つまり、このステータスは最低値ばかりだってことだ。唯一敏捷、つまり素早さに”+”がついているくらい。

 誰のせいか。そんなのは聞かなくても予想はつく。

 

「私のせい、だよね」

「そうね」

 

 ランサーが強いということぐらい分かっている。本来の力が出せていないのだということも、なんとなくだが察していた。

 稀に動きが固く感じられたのは、恐らくこれが原因だろう。

 

 悔しさが生まれると同時に、ほんのちょっとだけ心が躍った。

 すでにあんなにも強いランサーが本来の力を取り戻したら、一体どんな風になるのだろう。

 あんなにも綺麗に踊り戦うランサーが、本来の力を取り戻したら────。

 

 ───どれだけ、綺麗になるんだろう。

 

「ちょっと」

「っあ、ご、ごめん。ボーっとしてた」

 

 頭を振って考えていた妄想を追い払う。

 なんてことを考えていたのか。おかしいな、別に戦闘が好きとかそんなことはないのに。

 そりゃあ、戦うランサーは綺麗だと思ってはいるけど。

 

「それよりっ、この宝具って言うのは?」

「英霊の象徴ともいえる武器や逸話が物質化したものよ。そうね、切り札や必殺技と言ったほうが分かりやすいかしら」

 

 堂々巡りが始まった思考を止めるため、別に気になっていたことをランサーに聞いてみた。

 宝具。英霊の象徴であり切り札。

 ぱっと思い浮かんだのはレオのサーヴァント、ガウェインが帯刀していた剣。恐らく、あれも宝具の一つなんだろう。

 

 となると、ランサーも宝具を持っているということだ。

 彼女の宝具は一体何なのか。気にはなるが、答えてくれないことは容易に想像できる。

 まあ、聞くだけ聞いてみよう。

 

「ランサーの宝具はどんなものなの?」

「……防御ではなく攻撃に使うもの、とだけ言っとくわ」

 

 詳細は教えてくれなかったが、攻撃用と教えてくれただけでも助かる。

 切り札、ということは体力も多く使うはずだ。使い時は考えていかなければならない。

 

「さて、本題よ。教会ではサーヴァントの魂を改竄することによって、ステータスを上げることができるわ」

「改竄、って」

 

 悪い意味じゃないのか、その言葉。

 しかし、なるほど。だからランサーは教会へ行こうとしていたのか。

 ステータスは私のせいで最低値だが、それを上げる方法がある。それなら大変なのは最初だけだ。

 

「詳しくは向こうで教えてもらえるでしょう。行くわよ」

「うん、分かった」

 

 教会は一階にある広場に建っている。学校にあるとは思えない、とても立派な教会だ。

 だがあまり人が出入りしたのは見たことがない。私も予選のあのときに初めて入ったくらいだ。

 そういえば、あのとき校舎とは別の違和感を感じたな。もしかしたらあれは、サーヴァントと関わりがある場所だったから感じたものかもしれない。

 

 

 *

 

 

 教会の大きな扉を開ける。

 薄暗い空間に並ぶ幾つもの長椅子。教会にはステンドガラスがあるのだと思っていたけど、ここにはないらしい。

 少し不気味な雰囲気と、目の前にある光景に思わず足を止めてしまった。

 

 教会の奥、大きな祭壇の上。そこには不規則に回転するキューブ状の青い物体と、それを包みながら同じように回転する二つのリングが浮遊している。

 その両端には二人の女性が座っていた。青い短髪と赤の長髪。まさにま逆といえる容姿をしている。

 見た感じシスターではなさそうだけど、どうしてここにいるんだろうか。

 

「はあい、ようこそ教会へ。君も魂の改竄をしにきたのかな?」

「ん、お前は……まあいいだろう。ようこそ楽園(エデン)死角(ひがし)へ。魂の改竄に来たのだろう?」

 

 二人の問いに頷く。

 ただ知っているのはサーヴァントのステータスを上げれるということだけだ。できればもっと詳しく教えて欲しい。

 そんな私の頼みに先に応えてくれたのは、青髪の女性だった。

 

「簡単にいえば、君の魂とサーヴァントの魂を連結(リンク)させることだ。マスターの魂の位階が上がれば、それだけ強く連結させることもできる。どう連結させるか決めて、直接魂にハッキングを掛けるというわけさ」

 

 つまり、マスターとサーヴァントの繋がりを強くしてステータスをあげる、ということか。

 しかし、やはり改竄と聞くとあまり安心できないのが本音だ。

 魂の改竄というのはサーヴァントの体に悪影響を与えたりはしないのか。それが明確にならなければ、正直進んでやりたくはない。

 

「安心しろ、と言いたいところだが……この女は一度失敗しているしな」

「えっ」

「ちょっ、あれはマスターが悪かったんだってば! 違法スレスレで改竄してくれって言うから、スキルを幾つか付加しただけじゃない!」

 

 距離をとる。

 言い訳にも聞こえることを言っているが、失敗したという事実があるのは安心できない。

 しかも青髪の人曰く、巨大(G)化した挙句ロストって、さらに信用ならない事実が聞こえてきたんだけど。

 

「いいかな、お嬢さん。命が惜しければ、その女の力をあまり過信しない事だ。ま、サーヴァントの失われた霊格を取り戻す程度にしておけ」

 

 彼女の言うとおり、無茶な要求はしないほうがよさそうだ。

 魔術師ではない私でも、赤髪の女性はあまりこの手の作業に向いているとは思えない。どちらかといえば、青髪の人に頼んだほうが安心だと思う。

 

「うん? そりゃあそうだ、改竄は私のほうが上手いよ。青子の十倍は効率よく強化できる」

「ぐっ……悔しいけど、ここは我慢してあげる。橙子の嫌味なんて日常茶飯事だし」

 

 突然出てきた、青子に橙子という名前に首を傾げる。

 が、誰のことを言っているのかすぐにわかった。この場にいるのは三人だけなのだから。

 赤髪の人が青子で、青髪の人が橙子だろう……髪色的には逆なのだけど、聞かないほうがいいかな。

 

 それより、橙子さんの方がうまくできるのなら彼女に頼みたい。

 十倍上手くできるというし、言い方は悪いが、上手な人がいるなら下手な人には頼みたくない。

 

「悪いが、私は私でやることがあってね。君たちの世話を焼いてる暇はない。魂の改竄なら、壊すことしか能のない女に頼むがいい」

 

 ……まあ、やることがあるなら仕方がない。

 不安がないわけではないが、無茶振りをしなければ大丈夫だ、多分。

 早速改竄を頼もう。

 

「じゃあサーヴァントを現界させてもらえる? 魂の改竄をするには、多少そのサーヴァントについて知らないといけないし」

 

 ハッキングをするんだから、その対象を知るのは当たり前のことだ。

 彼女の言うとおり、ランサーに現界するよう頼む。

 姿を現したランサーの姿を見て、二人は驚いたように目を見開かせた。推測だが、彼女の格好に驚いたんだろう。気持ちはすっごい分かる。

 

「え、えーと……クラスを教えてもらえる?」

「多分ランサーです」

「多分? それってどういうこと?」

 

 初日に保健室でした会話を説明する。

 彼女からクラスすら教えてもらってないこと。脚から槍を連想してランサーと予測したら、なぜかそのまま定着したこと。

 全部話し終える頃には、青子さんは興味深そうにランサーを見ていた。

 

 だがそれも数分。

 観察を終えた青子さんはランサーに向けていた視線を外し背を向ける。

 

「よし、始めましょうか」

 

 手元にキーボードを投影しながら、青子さんはランサーに祭壇の前に立つよう指示した。

 赤い壁のようなものが立ち上がり、ランサーを包み込む。体もつられるよう浮き上がり、壁は天井はまで高く延びていた。

 

「リクエストはある?」

「……敏捷は多めに。他は均等に上げることはできますか?」

「OK、それぐらい平気よ。心配しないで、失敗なんかしないから」

 

 ……なんか、そう言われると逆に不安なのだけど。

 だがまあ、作業しているのにそんなこと言って邪魔をするわけにはいかない。

 今は彼女の言葉を信じよう。

 

 カタカタというキーボードを叩く音が、静かな教会内に響く。

 ハッキングによる改竄というだけに、中々時間がかかるようだ。

 立っているのも少し辛くなったので、長椅子に座って待つことにした。

 

 改竄されているランサーの姿を見つめる。

 やることがないから正直暇だ。なにか暇潰しのものでも持ってくるべきだったか。

 

「……あの、なんですか」

「いや、珍しいやつもいるんだと思ってな」

 

 ただボーッとしていたら、妙に鋭い視線を感じてそちらに目を向ける。

 そこにいるのは橙子さんだ。ランサーとは全然違う青い瞳で私を見つめている。

 だけどその瞳にある感情は興味だ。珍しいやつって、一体どういう意味なんだろう。

 

「あの、」

 

 その意味を聞いてみようと声を掛けたとき、タイミングよく、悪く? 青子さんが声をあげた。

 どうやら改竄が終わったらしい。

 

「はい、リクエスト通り改竄をしたよ。ステータスを確認してみて」

 

 言われた通りステータスを確認する。

 敏捷はE+からD+へ。他は均等に分けたせいか変わってはいなかったが、さっきより強くなっていることくらいは見て分かる。

 

「どう、ランサー」

「完璧ではないけど、まあさっきよりはましね」

 

 ランサーはまだ不満の様子だ。

 ましというのも本音だろうが、その表情は満足していない。

 

「マスターの位階って、どうやって上げるんですか?」

「アリーナでエネミーを倒し続けるのが一番よ。そのリソースを使って改竄していくわけだし」

 

 改竄に使うのはリソースだけど、位階が上がらなければ強く連結することはできない。

 その両方を一気に獲得できるのが、エネミーを多く倒すこと。それなら今日みたいな、アリーナを踏破したけど次のトリガーが発生していない日なんかは丁度いい。

 今日はエネミーを倒すことに集中しよう。あと、あの気配も……。

 

「じゃあ、私はもう行きます。ありがとうございました」

「はい、またのお越しを、なんてね」

 

 別れを告げ教会から出る。

 その時にはもう、橙子さんが言っていた言葉のことなんて、すっかり忘れていた。

 

 




橙子と青子の初登場です。
この二人は今後も出していけたらいいと思っています。
ただ二人の口調は少々心配なので、もし変に思われたらご指摘いただけると幸いです。


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第七話 記憶

 アリーナに足を踏み入れる。

 昨日感じた緊迫感はなく、どうやら小鳥遊はいないみたいだ。

 後から来るのか、それとも既に探索を終えているのか。どちらかは分からないが、いないのならそれでいい。

 

 それよりも気になるのは、昨日の帰り際に感じたあの気配だ。

 今もぼんやりと感じ取ることができるが、それがどこにあるのかまでは分からない。

 でも、どうにかして見つけなければ。

 

 道中で会うエネミーを倒しながら、気配の許を探していく。

 それは奥に進むにつれ、より鮮明に感じ取れるようになった。どうやら奥の方にあるらしい。

 逸る気持ちはぐっと抑え込み、ゆっくりと奥へ進む。

 

 本当はすぐにでも走り出してしまいたい。まだ推測の域を出ないが、それでも確信に近いなにかがある。この気配の許はきっと、私が求めているものだと。

 けれどここはアリーナ。一つの間違いが命取りになる場所。そこで勝手に行動するのは、自殺行為と言っても過言ではない。

 

 だから慎重に、それでもできる限り早く先へ。

 気配を頼りに進んでいくと、聞きなれた足音がしないことに気づいた。

 後ろを振り返る。いつもは後ろを歩いているランサーが、数歩離れた場所で立ち止まっていた。

 

「どうしたの?」

「貴女、何処に行くつもり? そっちは行き止まりよ」

 

 怪訝そうな顔をしながら、ランサーは聞いてくる。

 今向かっているのは赤いアイテムフォルダがあったエリアだ。帰還用のポータルもない、ただの行き止まり。

 行くならこっちではないかと、彼女は左へ曲がる分かれ道を手で示す。

 

 確かに、本来ならもう行く理由はない場所だ。

 エネミーを倒すにしても、今来た道を引き返して、再び現れたやつを倒せばいい。わざわざ向こうの方まで行く必要はない。

 

 だけど、それじゃあだめだ。

 

「この向こうに私が求めているものがある。だから、付いてきて欲しい」

 

 一人で行くことはできない。

 死んでしまっては元も子もないから。

 でも、諦めることもできない。

 だって私は、それを取り戻すために一歩を踏み出したんだから。

 

「……いえ、わかった。ただ、意味のないものなら」

「意味はあるよ。私にとっては、だけど」

 

 ランサーに関係はない。

 だけど譲れないものなんだ。これだけは、必ず取り戻しに行く。

 

 少しめんどくさそうにしている姿に一言謝り、先へ進んでいく。

 止んでいた足音は再びアリーナに響きだした。

 

「それで?」

「え?」

「求めているものとは何なの」

 

 ランサーの問いに、すぐに答えることはできなかった。答えはもうほとんど出ているというのに、なぜか言葉が詰まってしまう。

 

「私の……記憶だよ」

 

 なんとか絞り出した声は、今にも消えてしまいそうなくらい小さかった。

 

 恐らく、きっと、多分。

 つけそうになる曖昧な言葉は飲み込む。

 そこから言葉を紡ぐことはできず、会話を続けることはできなかった。折角ランサーが声を掛けてくれたというのに。

 

 彼女も私の言葉になにも返そうとはせず、お互いの間に沈黙が訪れる。

 結局そのまま歩き続けて数分。漸く目的の場所に辿り着いた。

 そこにあるのは、既に開けられた赤のアイテムフォルダだけ。少なくとも、私が目的としているものは見つからない。

 

「行き止まりね」

 

 咎めるようにランサーが私を睨む。

 そう、ここはただの行き止まりだ。

 

 昨日までは、そうだった。

 

「道ならあるよ」

 

 気配は、もうすぐそこにある。

 

 壁に向かって手を伸ばす。

 昨日までなら壁にぶつかるだけだったが、今は違う。まるで元々壁がなかったかのように、手は壁の向こうへすり抜けた。隠し通路だ。

 

「ほら、行こう」

 

 先の見えない一本道。

 本来なら存在しないだろうこの道は、少し構造が不安定な気がした。

 目的のものを手にいれたら、すぐに引き返した方がいいかもしれない。

 

「まさか、一階層でこんな隠し通路があるなんて」

 

 ランサーの言葉に首を傾げる。まるで他の階層にならあるというような言葉だったからだ。

 聞いてみると、恐らくあるという答えが返ってきた。

 今回は気配があったから気づいたけど、探索中に見つけるのは少々骨が折れそうだ。

 

 会話をしながらも、周囲へ警戒を怠らない。しかし、エネミーと会うことは一度もなかった。

 戦いをしないで済むのは楽だが、こうも敵がいないのは少し不吉だ。嵐の前の静けさ、というべきか。

 

 結局敵と出会わないまま、一本道の終わりが見える。

 だが最奥、というわけではない。壁のようなものが道を塞いでいた。その先は壁に隠れて見れない。でも、不思議と不安はなかった。

 

 念のため手で壁に触れ、なにもないことを確認する。

 後ろを歩くランサーに大丈夫だと伝え、その壁を通り抜けた。

 

「きゃぁ!?」

「ランサー!?」

 

 バチリ、電流の走る音がする。

 慌てて振り返るが、そこにランサーの姿はない。

 まさか、壁に阻まれたのか!?

 

 慌てて引き返すと、壁の向こうには傷ついたランサーがいた。 

 エーテルの欠片を使い治療する。幸いそこまで大怪我ではなく、傷は綺麗さっぱりなくなった。

 

「大丈夫?」

「ええ」

 

 どうして彼女はあの壁に阻まれたんだろう。私は普通に通り抜けることができたのに。

 

 もう一度手を伸ばし壁に触れてみるが何も起こらない。

 ランサーも同じように手を伸ばす。その手が壁に触れた瞬間、電流が流れだした。

 だけど触っていた私に痛みはない。どうやら、あの電流が傷つけるのはランサーだけみたいだ。

 

「私は行けないみたいだけど、貴女はどうするの」

 

 その言葉に息を飲む。

 そうだ、ランサーは壁の向こうへ行くことはできない。

 だけど私の求めるものは壁の向こうにある。

 

 一人で、行かないと。

 

「……ごめん、待ってて。すぐ戻ってくる」

 

 アリーナで一人になるのは正直怖い。

 今まではエネミーと遭遇しなかったが、もしこの先で遭遇したら?

 私は一人で対応しなくてはならなくなる。

 

 怖い、けど。

 やっぱり、取り戻せないことの方が怖いんだ。

 

 ランサーを置いて、壁の向こうへ歩きだす。

 後ろから高いヒールの音が聞こえないのが、どこか寂しかった。

 

「……これは」

 

 深い海のような風景が、どんどん緑に変わっていく。

 海の青が空の青へ。

 無機質な床は、生い茂る草原へ。

 

 変化は止まらない。

 更に奥に進んでいくと、周囲に樹木が増えていく。

 草原は森に変わり、青空は木の葉によって隠れてしまう。それでも木々の隙間から入り込む陽の光が、私の進む道を照らしてくれた。

 

 私は、この光景を知っている。

 

「……すごい」

 

 ─────そこには、大きな一本の木があった。

 

 大樹と言っていいほど大きな木の前には、青く輝くなにかが浮いていた。

 あれは、私の求めているものだ。

 

 望んでいたものを目の前にして足がすくむ。冷や汗が流れて止まらない。

 さっきのランサーの問いにすぐに答えられなかった理由が、漸くわかった。

 本当はとても不安だったんだ。ずっと求めていたものなのに、取り戻すのが怖い。

 

 もし、その記憶が苦しいものだったら。

 もし、本当の私が極悪人だったら。

 そんな悪いことばかり考えてしまって、踏み出すことができない。

 さっきまでは気づかなかったのに。些細なことで気づいてしまったその不安は、少しずつ大きくなる。

 

「っは、ぁ」

 

 緊張で息が荒くなるのが分かる。

 不安で怖くて、これ以上先に進むことができない。

 

 いっそ諦めて引き返してしまおうか。

 そんなことすら考えて、足を一歩下げてしまう。

 このまま振り返って、来た道を引き返す。そうすれば、私はこの不安から解放される。

 

「っ」

 

 だけど、それは、ここまで付き合ってくれたランサーへの裏切りだ。

 数日しか付き合いのない、それこそ赤の他人の私のために、彼女は付いてきてくれたんだ。聖杯戦争には全く関係のないことだというのに。

 

「このまま帰ったら、怒られるだろうなぁ」

 

 彼女の鋭い膝を思い出して、思わず苦笑いを零す。

 もしかしたらあれで刺されてしまうかもしれない。そんな物騒な考えも、今は少し安心した。

 

 それから、制服の中に入れていたペンダントを取り出す。

 うん、そうだ。これの贈り主を確かめるためにも、私は記憶を取り戻さなければならない。

 

 それに悲しい過去があるのは当たり前だし、昔の私が今と違っても、今の私が偽物というわけでもない。

 なんだ、不安にはなれど、怖がることなんてないじゃないか。

 

 重かった気持ちが軽くなる。不安が完全になくなったわけではないが、それでも恐怖はない。

 一度だけ深く深呼吸をして、一歩を踏み出した。

 

 それに近づくにつれ、心臓の鼓動は早くなる。

 ドクン、ドクンと波打つ心臓を抑えながら、それに手を伸ばす。

 

 指先が、それに触れた。

 

 

 ─────っと───たね──

 

 

「っ!?」

 

 声が、聞こえた。

 

 

 ───くたち──ずっと───まって───!

 

 

 少しずつはっきりしてくる、二つの声。

 

 聞き覚えのある幼い声。

 

 私は、この声を知っている。

 

 

 ─────クレアと会えるのを、ずっと楽しみにしてたんだ!

 

 

「……あ」

 

 ──気がつけば、私はランサーと共に元のアリーナへと戻ってきていた。

 目の前に大樹もなければ、周囲を囲んでいた森もない。足元も、無機質な青い床に戻っている。

 隠し通路があった壁に触れてみるが、もう手がすり抜けることはない。ただの行き止まりだ。

 

「それで、取り戻せたの?」

「うん。少しだけど、ちゃんとある。思い出せる」

 

 大丈夫、夢じゃない。

 本当に僅かでしかないけど。顔も思い出せなければ、声だってまだ少し曖昧だけど。

 これは、あの子達と出会った日の記憶だ。

 

「ああ、よかった……」

 

 苦しい記憶ではなかった。

 悲しい記憶ではなかった。

 

 むしろ暖かで優しい、そんな記憶だった。

 

 これから取り戻すであろう記憶が全てこうであったらいいけど、そんな訳はない。

 もし次の記憶が悲しいものでもいいように、受け入れる準備をしておこう。

 

「今日はありがとう、ランサー。探索を続けよう」

 

 今日の目的は達成した。

 あとは敵を倒しつつ、校舎へ帰るだけだ。

 

 何度か来た道を戻りながら、疲れるまで敵を倒し続ける。10体目を倒した辺りで、少し息が上がってきた。

 位階も上がったし、今日はここまでかな。

 

「そろそろ帰ろうか」

 

 ランサーが頷いたのを確認して、帰還用ポータルへ向かう。

 

 今回の探索では幸い怪我をすることはなかった。小鳥遊たちの情報は得られなかったが、特に問題はない。

 むしろ一部とはいえ記憶を取り戻せたんだ。いい結果と言えるだろう。

 

 

 *

 

 

 アリーナから出て、端末で時間を確認する。画面には、昨日白乃と決めた時間が映っていた。

 これなら今日も一緒に食事をすることができそうだ。

 

 階段を下りて食堂へ向かう。

 食堂に入れば、すぐ近くの壁に寄りかかった白乃が目に入った。

 

「ごめん、待たせた?」

「ううん、私も今来たところ」

 

 挨拶もそこそこに済ませ、共に食事を受け取りに行く。

 券売機を前に、白乃は忙しなく眼を動かせている。そして目的のものが見つからなかったのか、見るからに落ち込んでしまった。

 口惜しそうに白乃の口から零れた、麻婆豆腐という単語に頬が引きつる。まだ諦めてなかったのか。

 

 あれ、そんなにいいものかなぁ。辛いだけで味なんてわからなそうなのに。

 食べたことないから見た目のイメージだけど、間違ってないと思う。

 

 結局、白乃は私と同じものを頼むことにしたらしい。

 料理が乗ったトレーを受け取り、席に座る。そこからはただの雑談だ。

 お互いある程度気を付けながら、今日あった出来事や他愛のないことを話していく。

 そんな平和な時間が、戦闘で疲れた心を癒してくれた。まあ、内容に物騒な話題が出ることもあるけど。

 

「クレア、今日はなんかご機嫌だね」

「え、そうかな?」

「うん。いつもより笑顔が多い気がする」

 

 うっわ、なにそれ分かりやすい。

 これでもポーカーフェイスにはそれなりの自信があったのだけれど。

 

「あー、実はさ……」

 

 記憶を取り戻したことを言おうとして、やめた。

 言うべきか迷ったからだ。

 私の記憶があったから白乃の記憶もある。そう結論付けるのは早計だ。

 

 確かに私と白乃は記憶を無くしている。だけど、それが同じ工程で無くなったものだとは断定できない。

 もし、アリーナに記憶が落ちているのが私だけならば。これを言うのは、白乃にいらない期待を抱かせてしまうのではないか。

 というか、次も私の記憶がある保証すらないわけで。

 

「え、っと……」

「……クレアはさ、考えすぎなとこあるよね」

「え?」

 

 きゅ、急になに?

 

「いや、また考えすぎて悩んでるんだと思って。違った?」

「ち、違いません……」

 

 全部バレてる……。

 ポーカーフェイスに自信があるとか言っていた自分はなんなんだ。恥ずかしい、全然隠せてない。

 

「なにかいいことあったんでしょ? クレアがよければ教えてよ」

「……うん、あのね」

 

 それから、一部ではあるけど記憶を取り戻せたという話をした。

 一応所々ぼかして話したが、それでも事細かに。

 

 あとそのまま流れで悩んだ理由を話してしまって、かなり呆れられてしまった。

 

「考えすぎ」

「……返す言葉もありません」

「クレアの言うことも分かるけど、ネガティブに考えすぎだよ。もっとポジティブにいこう。クレアのお陰で、私は希望を持てたんだから」

 

 白乃の言葉に、少し肩が軽くなったような気がした。

 安心して、ほっと息をつく。

 

「君の言う通りだね」

 

 きっと、今まで深く考えすぎていたんだ。いらない心配までして、勝手に肩の荷を重くして。

 これからはもっと気軽に、ポジティブに行こう。すぐには難しいかもしれないけど、その方が絶対にいい。

 

「白乃、ありがとう」

「どういたしまして」

 

 戦いの合間の、平穏な一時。

 こんな時間がずっと続けばいいと、そんな叶わない願いを胸に秘めて。今だけは戦いのことを忘れ、友達との談笑を続けた。

 

 




今回は少し短めで。
クレアが記憶を(少し)取り戻しました!
詳しくはまた後日投稿します。


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幕間 Memory No.1




────夢を見ている。






 ここは夢だ。

 そのことに気づくのに、そう時間はかからなかった。

 

 昨日はアリーナの探索を終え食堂へ行った後、ベッドに横になって休んだ筈だ。

 だというのに、なぜか私は今、森の中で立っている。

 一度は敵からの攻撃かと疑いもしたが、敵意は感じられない。さらにマイルームで休んだ記憶もはっきりしている。

 

 そして、周囲は見渡す限り一面の緑。幾つもの背の高い木々が並んでいる。

 青空は木の葉に隠れてしまってよく見えない。だが、葉の隙間から入り込む陽の光のお陰で、森特有の不気味な薄暗さはなかった。むしろ、その光がどこか神秘的な雰囲気を作っている。

 

 こんなにも自然あふれた場所が、今の地上に残っているのだろうか。

 些細な疑問に首をかしげる。しかし、私もそこまで地上に詳しいわけではない。

 知識はある。ただ実際に見たことはない。もしかしたらあるのかもしれないし、ないのかもしれない。

 またそれを今判断する必要はなく、興味もない。今判断すべきは、この光景が夢であるか否か。それだけ。

 

 疑問は頭の外に追いやり、目の前の大きな木を見た。他の木とは比べ物にならないほど大きなそれからは、不可思議な力が感じ取れる。

 

 その大樹の下には、どこか見覚えのある少女と、恐らく生物であろう小さな影が二匹佇んでいた。

 

「き、君たちは……?」

「僕は■■■■!」

「私は■■■■■■!」

 

 ノイズが走る。

 小さな影の名前がうまく聞こえない。あれらは、いったい何と名乗ったのだろう。

 

「■■■■と、■■■■■■?」

 

 復唱する少女の声もノイズまみれだ。どうやら、あれらの名前だけが聞こえないらしい。

 

「僕たちは■■■■■■■■■!」

「ずっと、君を待ってたんだ!」

 

 まただ。

 長い単語だったせいか、先程よりもノイズが酷い。耳につく雑音に、思わずに顔をしかめた。

 大事だろう部分が聞こえない。恐らく、あれに関する言葉にだけにノイズが入っている。

 

 少女が質問し、影が答える。そのほとんどは影やこの森に関することなんだろう。

 こんなノイズだらけの会話を聞いていたって意味がない。この間に、軽く周囲を調べておきましょう。

 

 ノイズが混じる会話を聞きながら、近くの木に向かって手を伸ばす。伸ばした手は、木に触れることなく通り抜けた。

 最近似たような光景を見たわね、なんてどうでもいいことを思う。

 

 しかし、これでは何も調べることはできない。お陰でこれは夢であると確信が持てたけど。

 やることもなく、もう一度大樹の下に視線を向ける。

 先ほどまでそこにいた少女たちの姿はない。だが、すぐにその姿を見つけることはできた。少女は二つの影に案内され、どこかへ向かっているようだ。

 私もその背を追いかける。ついていけば、ここがどこかわかるかもしれない。

 

 少女は先を歩く二つの影を追いながら、周囲の光景に目を奪われていた。

 感嘆の声をあげながら歩く少女は、足元を這う大きな根に気づかない。

 

「わっ!?」

 

 そのまま足を引っかけ、バランスを崩し盛大にこける。そんな少女に、二つの影は慌てたように近寄った。

 騒ぎながらも心配する影に、少女はどこか嬉しそうに笑いかける。

 

「大丈夫、心配してくれてありがとう!」

 

 そう言って元気に立ち上がるが、その膝からは血がとめどなく流れている。

 怪我をした膝を見た影は慌てふためく。一匹は少女の背を押して先を急ぐ。もう一匹は小刻みに体を震わせ……。

 

「し、死んじゃやだああああ!!」

 

 あろうことか、大声で泣きわめき出したのだ。

 

 子供のような高い声が耳に響く。その不快感に思わず声をあげてしまったが、これは夢だ。聞こえるわけもなく、影も泣き止まない。

 

 少女は困ったようにその影を抱き上げた。赤ん坊をあやすように慰めるが、やはり影は泣き止まない。

 結局その泣き声は、少女が怪我の治療を終えるまで続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 森を抜け少し歩けば、小さな村に辿り着いた。影はすぐに少女をとある小屋へ連れていく。

 小屋の中にいたなにかの姿も、ぼやけてうまく見ることはできない。ただ、あの二つの影よりは見やすかった。

 

「これでよし!」

 

 それは初めこそ動揺していたが、少女が怪我をしていることに気づくと、すぐに治療を開始した。丁寧に傷を消毒し、最後に大きなガーゼを貼る。簡易的な治療を終えると、それはどこか満足そうに笑顔を浮かべた。

 少女は礼を言うと、未だ泣き止まない影と向かい合う。

 

「ほら、■■■■。私はもう大丈夫だよ!」

「う、ぅ……っ。ほ、んと?」

「ほんと!」

 

 活発な動きで元気なことをアピールしたいのか、少女は無意味に小屋の中で動き回った。

 影はそれに安心したのだろう。まだ少し掠れた声で、よかったと安心していた。

 

 少女と二つの影は再び礼を言って小屋を出る。

 次に向かったのは、この村の中央に位置する他より少し大きめな小屋。

 

「ただいまー!!」

「お、おじゃまします」

「■ジ■ン、いるー?」

 

 いつも通り、なにかの名前にはノイズが混じる。けれど、影が呼んだ名前は僅かだが聞くことができた。

 だからといって、予想がつくわけではないのだけど。

 

「おお、今日は随分と早いな……おや、君は」

 

 出てきたのは、随分と小さな人型だった。

 微かに見える外見から人の老人を連想する。あれは、人間なのだろうか。

 

「そうかそうか。お前たち、ようやくパートナーを見つけたのだな」

「パートナー?」

 

 少女の疑問に老人は一つ頷くと、近くの椅子に座るよう促した。素直に椅子に座り、少女は先ほどの言葉を意味を問う。

 

「ふむ、パートナーというのはな……」

 

 そこからの会話は今まで以上にノイズが酷く、よく聞き取ることはできなかった。

 ただ分かったのは、影にとって少女は必要不可欠な存在ということ。だから仲良くしてほしい、と老人は言う。

 少女と影は顔を合わせる。そして、とても幸せそうに笑顔を浮かべた。

 

「うん!」

 

 

 *

 

 

 少女が村での生活に慣れてきた頃、影の一つがとある本を持ってきた。

 影と少女は、三人? でその本を眺めている。

 

「えーと……こう、して、せいねんは、……ぼうけんの、たびに」

 

 指で文字を追いながら、少女はゆっくりと本を読む。

 背後から本の内容を覗いてみる。どうやらその本は絵本だったらしく、文字よりも先にイラストが目に入った。さらに書かれている文字は日本語でもなければ英語でもない。この私でも見たことがない文字だ。

 

「そうそう、だいぶ読めるようになったね!」

「■■■■■■の教え方がうまいんだよ」

 

 他愛のない会話を繰り返しながら、少女たちは本を読み進めていく。

 本の内容はどこにでもある冒険の話だ。青年が勇者となって姫を救いに行く、まさしく王道ともいえる話。

 少女は数十分ほどの時間をかけて、全ての内容を読み終えた。

 

「このお話ね、本当はもっと長いんだよ」

「そうなの?」

「うん! 勇者はね、色々な所を冒険するの。海の奥にある神殿とか、一面に広がる砂漠とか!」

 

 本を持ってきた影は声を弾ませる。本当にこの本のことが好きなんだろう。

 私からは見えないが、影の目は眩いほど輝いているのが想像できる。

 

「私もね、この勇者みたいに冒険をしたいんだ。そして、いつか■■■■■■■になるの!」

「■■■■■■■?」

「この世界を守る■■■■のことだよ! すっごいかっこいいんだから!」

 

 力説する影に、少女は少し困ったように笑った。

 一緒に本を読んでいたもう片方は特に興味がないらしく、少女の膝で欠伸をしているほどだ。

 

「じゃあさ」

 

 少女がなにかを提案しようとした、その瞬間。

 

 恐ろしいほど大きな爆発音が鳴り響く。

 

 その衝撃は凄まじく、棚の上にあった小物は地面に落ちる。

 

「な、なにっ!?」

 

 慌てて小屋の外に逃げ出すと、村は炎に包まれていた。

 小屋は既にいくつか焼き払われ、住んでいたものたちは悲鳴をあげ逃げ惑う。平穏だった村が、まるで地獄のような有り様だった。

 

 そんな光景に、少女は言葉を失い震えることしかできない。

 

「こっちだ!」

 

 そんな少女に声をかけたのは、あの老人のようなものだ。

 声に動かされるように駆け出した少女は、老人に誘導され逃げる住民にほっと息をはく。

 

「ね、ねぇ! これはなんなの!?」

「説明はあとじゃ! 今は早く逃げなさい!」

「この村を捨てるの!?」

「村はまた作ればいい!」

 

 どうやら老人は割り切っているらしい。渋る少女と影を説得している。

 だが、それでも少女は割りきれていないようだ。怖がりながらも、炎に包まれた村に目を向ける。

 炎の勢いは強く、既に火の手はすぐそこまで来ていた。それに包まれてしまえば、火傷では済まされない。

 

「そんなの……」

「そんなの、僕は嫌だ!」

「私も!」

 

 二つの影が、炎の中に飛び込んだ。

 少女は影を追うように駆け出す。だが、老人に手を掴まれ引き止められた。

 

「離して!」

「ダメじゃ! こんな炎に飛び込んでどうする!?」

「それでも行かなくちゃ!」

 

 怯えていた瞳に覚悟が宿る。

 その翡翠の瞳を、私は知っている気がした。

 

「私は、あの子たちのパートナーなんだから!!」

 

 引き止める住民の声も聞かず、少女は炎へと飛び込んだ。

 影の名前を呼びながら、少しずつ前に進んでいく。その後ろ姿も、どこか見覚えがあって。

 この後ろ姿は、誰のものだったかしら。

 

 思い出せない背に首をかしげているうちに、少女はさらに先に進んでいく。

 そうしてしばらく歩き続けた少女は、恐らく村の中心部だった広場にまでたどり着いた。元々はなにもない広場だったそこは、崩れた小屋の木材によって埋め尽くされている。

 

 そんな場所に、それはいた。

 

「……なに、あれ」

 

 呆然と呟かれた言葉に宿るのは恐怖だ。

 少女の視線の先には、大きな恐竜のようななにか暴れていた。大きな口から火を吹き、巨大な爪を振り回している。あれがこの村を襲ったのは目に見えて明らかだ。

 

 少女は怖じ気づき後退りする。だが、目の端に影を見つけたのだろう。

 あからさまにほっと息をつき、恐竜にばれないよう影に近づこうと動き出す。けれどその足は、不用意にも地面に落ちた木の枝を踏みつけた。

 

 枝の折れる音が小さく鳴る。その音を、恐竜は逃すことはない。

 血走った青い目に、少女の姿が写る。突如向けられた殺意が籠る目に腰を抜かした少女は、逃げることすらできない。

 

 黒い巨体がこちらに向かってくる。

 恐らく少女はこのまま食べられてしまうのだろう。二つの影が助けに来たとしても、あの小さな身体で戦えるとは思えない。

 

 なんてつまらない終わり方。

 あの老人の言う通り、逃げてしまえばよかったのに。

 

「■■アっ!」

「逃げて!」

 

 予想通り、影は少女を助けるため前に躍り出る。

 小さな体から鉄粒とトゲを吐き出し抵抗するが、あんなのでダメージを与えられるはずもない。ただ鬱陶しいだけだ。

 

 実際、あの恐竜も鬱陶しく思ったのだろう。乱暴に手を振り回し、影を殴り飛ばす。

 

「■リ■■! ■■キ■■ン!!」

 

 悲痛に満ちた声が、炎の中に消えていく。

 

 巨体は近づいてくる。もう守ってくれるものはいない。

 

 少女は迫る恐怖に耐えきれず、目を閉じた。

 

「「■レア!!!」」

 

 そうして視界は、白に染まり───。

 

 

 





───────夢が終わる。





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第八話 「ここはどこ? 私は──」

 夢を見た。

 随分と懐かしい、昔の夢だ。

 

 所々ノイズが混じっていたし、顔もぼやけてよくは見えなかったけど。

 でも、あの子たちのまだ幼い緑と金の瞳は見ることができた。それだけでも十分嬉しい。

 

 夢の内容を振り返る。

 あの子たちと初めて会った森。平穏で温かな村。優しい住人たち。そして、その村を包んだ炎の海。あの地獄のような光景は、正直今でも軽いトラウマだ。

 

「あのときは、大分無茶をしたなぁ」

 

 制止の声を振り切り、燃え盛る炎に飛び込んだ。あのときは無我夢中で、自分のことなんて全く考えていなかった。

 ただあの穏やかな村を見捨てるのが嫌で、あの子達を失うのがとても怖くて。無謀にも、一人飛び出してしまったのだ。

 その癖、いざあの巨体を見ると体が震えて動かない。

 あの子たちを見つけ、安心しきってしまったのも良くなかった。そのせいで足元の木の枝を踏んでしまったわけだし。

 

 こう振り返ってもよく生き残れたな、私。

 あのとき、それからどうしたんだっけ。

 確か、あの子たちが私を守るように前に出てくれて……。ああ、そうだ。あの小さな身体で敵うはずもなく、吹き飛ばされてしまったのだ。

 

 それから、私は迫る死の恐怖に目を瞑って、暖かな光を感じたんだ。

 

 覚えている。あの子たちが私を助けてくれたこと。

 ちゃんと、覚えてる。

 

「……ふふ」

 

 無事生き延びた私たちは、その後揃って村のみんなに怒られた。何であんなことをしたんだ、と。特に村長が一番怒り、泣いてくれたのを覚えている。

 そして長く続く説教の間、私は泣きながら笑っていた。あのとき実感したのだ。私はこの村のとって、大切な存在になっていたのだって。あれは、本当に嬉しかった。

 

「? どうしたの、ランサー?」

「……いえ、なんでも。貴女があまりに情けない顔をしていたものだから、見ていただけよ」

 

 ふと、ランサーが私をじっと見ていることに気づいた。どうかしたのかと声を掛けると、返ってきたのはそんな答え。

 思わず口許を手で隠す。そんなに緩んでいただろうか。全く自覚がない。

 というか、なんか昨日から感情が表情に出やすくなっている気がする。それとも元々だろうか。

 

 ……まあ、いいや。戦闘中は気を付けよう。

 

 準備を整えてマイルームから出る。

 食堂で軽く朝食を済ませていると、端末に運営からの連絡が入った。

 

第二暗号鍵(セカンダリトリガー)を生成。第二層にて取得されたし』

 

 どうやら二つ目の暗号鍵が生成されたらしい。これで第二層にも行くことができるだろう。

 そこにも私の記憶があればいいんだけど……こればかりは行ってみないとわからない。

 

 早速アリーナに向かおうと考え、思いとどまる。

 猶予期間は今日を含めあと三日。一日も無駄にすることはできない。

 なにをすべきかを考える。そして思い浮かんだのは、ランサーのことだった。

 私は彼女のことをあまりに知らなすぎる。実在した人物なのか、それとも神話などの登場人物なのか。それすらもわからない。一度くらい、彼女について調べておいてもいいだろう。

 

 

 *

 

 

 図書室に向かってみると、そこでは白乃と慎二が何かを話しているようだった。といっても、慎二が白乃に向かってほとんど一方的に話しているだけだ。

 慎二らしいというか、なんというか。言葉の端々にサーヴァントの情報が入っていることに気づいてないのだろうか。海賊女って、結構重要な情報だと思うんだけど。

 

「なんだヴィオレット、お前も魔術師だったのか」

「……まあね」

「いや、考えてみれば当然か。お前だって僕の友人に振り当てられていたんだから」

 

 相変わらずの発言に、苦笑いしか零せない。

 慎二は悪い奴ではないのだけど、少々自身過剰なところがある。

 

『……このワカメ、やっぱり気に入らないわ』

 

 唐突に呟かれたランサーの発言に疑問を持つと同時に、強烈な衝撃を受けた。

 慎二の頭を見る。癖の強い、少し緑がかった青色の髪。

 今まで全く気にしていなかったその髪型が、ランサーの一言によってそれにしか見えなくなる。

 

 なんだか気まずくなって、思わず慎二から目を逸らした。

 幸い二人には気づかれてないようでほっとする。髪型がワカメみたいだ、なんて考えてることが慎二にバレたら絶対にうるさい。平常心平常心。

 

「ヴィオレットも、次に僕と当たらないように祈っておくんだな。あはははっ!」

 

 好き勝手言い切った慎二は、どこか満足そうに図書室から出ていった。

 その背を見届け、肩の力を抜く。

 

「慎二は変わらないね」

「そうだね」

 

 彼は予選のときと何一つ変わっていない。自信家なところも、悪態をつくところも。

 ただ、彼が聖杯戦争のことを"ゲーム"と言っていたことが気になった。もしかして、負けたら死が待ち受けていることを知らないのだろうか。

 いいや、そんなことはない。確かにちょっと抜けているところもあるけど、ルールぐらい把握しているはず。

 だとしたら、慎二は……。

 

「いや」

 

 そのことを考えても仕方がない。慎二は私の対戦相手でもないのだから。

 考えていたことを全て振り払い、白乃と別れて本を探す。

 

 といっても、手掛かりになるものはなんにもない。そんな状況で時間を掛けても、ただ無駄に時間を使ってしまうだけだ。

 今日はそれっぽい文献をいくつか読むだけにしよう。

 

 とりあえず、神話の類が置いてある棚から一冊手に取ってみる。

 パラパラと中を流し読みしてみるが、残念ながら足が刃である、という人物や神は見当たらない。見逃しているのか、それとも神話の登場人物ではないのか。

 何度か読み返してみるが、ランサーに近しい人物は見つからなかった。こうも見つからないとなると、神話関連の英霊ではないのかな?

 

「……今日はもういいか」

 

 他の本を手に取ってみるも、結局収穫はなかった。

 セイバーが絞れたからランサーもと思っていたのだけど、そう簡単にはいかないみたいだ。

 しかし、そう思えばセイバーは見た目からわかることがかなり多かった。だけどランサーのように、見た目だけでは全くわからないサーヴァントもいる。今回が少し分かりやすいだけで、情報がないなかで真名を探るのはこんなにも大変なのか。

 改めて情報の大切さを実感し、手にしていた本を棚に戻す。

 

「おや、あなた方は……」

 

 調べ物も終わり、図書室から出ようと扉へ向かう。その途中、精悍な声に呼び止められた。

 振り返ると、そこには本を手にしたレオが立っていた。見たところ、彼も情報を探しに来たのだろう。

 

 呼び止められたのだから無視をするわけにはいかない。

 踵を返しレオのところに向かうと、近くには白乃も一緒にいた。あなた方、というのは私と白乃のことだったらしい。

 

「滝波白乃さん、クレア・ヴィオレットさん。改めて、本戦出場おめでとうございます」

 

 嫌味、ではない。彼は本心から私たちを祝福しているようだ。いつか戦うかもしれない敵同士とはいえ、そう言われるのは悪い気分ではない。 

 

「一回戦はマトウシンジさんと、タカナシアスカさんですか。お二人とも強力なサーヴァントを持っているようですね。お気をつけください」

「……よくご存知で」

 

 白乃の対戦相手を知っているのはいい。図書室にいたということは、さっきの慎二と白乃の会話を見ていたのだろう。

 だけど、私の対戦相手を知っているのは少しおかしい。白乃にも教えていないし、小鳥遊とはアリーナでしか会っていない。唯一知られた可能性が高い情報収集のときも、周囲には彼の影すらなかったというのに。

 一体どこから情報が漏れたんだ。

 

「ふふ、それはトップシークレットというやつです」

 

 自分の情報源をそう簡単に教えてくれるはずもない、か。まあ、NPCが漏らすとは思えない。となると、誰かが話していたのを盗み聞きしたか、他のマスターと手を組んでいる、と考えるのが妥当なところだろう。

 

「それにしても」

 

 と、レオは白乃に不可解そうな目を向ける。

 白乃は突然話の矛先が自分に向かったからか、少し肩を震わせて驚いていた。その様子に思わず笑ってしまう。まるでライオンに睨まれた小動物のようだ。

 

「もしかして、まだ仮初()の学園生活がどういうものだったのか、理解されていないのですか?」

 

 彼の言う学園生活というのは、予選のことだろう。

 それについては桜から話を聞いている。でも、それはルールに関することだけ。思えば、あの世界がどういうものだったかはよく知らないな。

 

 それは白乃も同じだ。恐らく、彼女と私が持つこの世界に関する情報量に、そこまで差はない。

 だから、レオの言葉に頷くのは容易に想像できた。

 

「うん、実はよくわかっていなくて。よければ教えてくれないかな?」

「そうですね……あなたとは縁もある。ええ、僕でよろしければ、少しばかり説明してあげましょう」

 

 クレアさんもよければ、とレオは言ってくれた。

 こちらから頼む手間が省けて助かる。礼を伝え頷くと、彼は近くの椅子に座るよう促した。

 

「お茶の一つでもあればよかったのですが、仕方がありませんね」

 

 軽く冗談を交え、レオも向かいの椅子に腰かける。

 その些細な動作すら洗礼されていて、高貴な雰囲気が感じ取れた。本当に彼と私は住む世界が違うのだと、一層感じさせられる。

 

 しかし、図書室でお茶って。その冗談は少し笑えない。

 万が一、本を少しでも汚してしまったら……ああ、想像するだけで身震いがする。

 

 彼女は怒ると怖いからなぁ。あの説教で何度地獄を見たことか。

 

「……あれ?」

「どうかしましたか?」

「あ、いや、なんでもないよ。気にしないで」

 

 彼女って、誰だっけ?

 本好きだっていうのは分かるんだけど……。

 

「では早速、あなた方は固有結界というものはご存知ですか?」

 

 考え事をしているうちに、レオの話が始まってしまった。慌てて意識を戻し、彼の話に耳を傾ける。

 そして固有結界という、聞き慣れない言葉に首を傾げた。

 

「固有結界とは、強力な魔術を以て、術者の周りの空間をまったく別の空間に作り変える魔術のことです。サーヴァントの中にも、この固有結界を持ち合わせる者がいます」

 

 その説明に驚き、目を見開く。

 空間を作り替える? そんなことができるサーヴァントがいるなんて。一体どんな魔術なのか、想像もできない。

 

「固有結界の維持には大変な熱量を要し、サーヴァントの強力な魔力を以てしても維持するのは難しい。長くて数分が限度です」

 

 だが、やはりデメリットは大きいらしい。

 数分、となると使い所は難しい。さらに、固有結界を展開したあとの消耗は激しそうだ。

 

「そして予選で我々が過ごした学園は、聖杯がその所有者を決める為に作り出した固有結界なのです。予選の学校と同様に、本戦の学園、アリーナ、そして、マスター同士が雌雄を決する決戦場。これらも全て、聖杯がその桁外れな魔力を元に作り出した、個別の固有結界なのです」

 

 あれだけの規模の固有結界を長時間、しかも複数同時に維持するのは、現在ある最新鋭のスパコンでも不可能だと彼は言う。

 サーヴァントでも数分しか保てない固有結界を、ムーンセルは幾つも展開し、維持している。

 それだけ聖杯が有する魔力はすごいということだが、対象が大きすぎてあまり実感はわかなかった。

 

「聖杯戦争に参加した全てのマスターは、一度記憶を完全に削除(デリート)されます」

 

 レオの話は続く。それは、一番初めに桜や言峰から聞いたことだった。

 だが、制限時間が設定されていたとは初耳だ。

 

 横目で白乃の顔を盗み見る。

 彼曰く、予選期間は4日間。私と白乃と知り合ったのは多分予選から。つまり、今日を含めてもまだ8日しか共にいないということだ。

 もう半年近くは一緒にいる感覚なのに。これも、聖杯から与えられた偽りの記憶なのか。

 

 それは少し寂しい。けど、悲観することはない。

 白乃は私を友達だと言ってくれた。私はただ、その言葉を信じればいい。

 

「もっとも、トオサカさんはすぐに役割を抜け出していたようですね」

 

 笑いながら紡がれた言葉に、こちらも笑いが零れた。

 なんて遠坂らしい。きっと、自分ではない自分を演じるのが嫌だったんだろう。

 

 ちなみに、と話は少し脱線した。

 藤村先生や一成はNPC、またはAIであるということまで教えてくれた。

 

 今この校舎にいるのは、マスターとサーヴァント、そしてNPCだけ。

 彼らがマスターでない以上、NPCであることは容易に想像できる。でも、そうか。そういえば、先生や一成はNPCだったな。

 

 私は彼らがNPCであるということをよく忘れてしまう。ここで活動しているNPCが、私たちとあまり変わらないように見えるからだ。確かにどこか機械的な部分があるのは否定できないけど、見た目や考え方、そしてその行動も。人とそう変わらない。彼らは、ここで生きている。

 そんな彼らがNPC、作られた存在だと思うのは、少し違和感を感じるのだ。

 特に藤村先生。彼女の自由気ままな行動の数々を見ていると、どうしても彼女がNPCだと忘れてしまう。

 

 閑話休題。

 レオの話はまだ続く。今は、彼の言葉に集中するとしよう。

 

「予選で役割に気づくことが出来なかったマスター達は、そのまま精神の死、という形で結末を迎えました。悲劇的ですが、弱い者には生きる余地さえ与えられない。それが聖杯戦争です」

 

 まさに弱肉強食。強い者が勝ち上がり、弱い者には生きる権利すら与えられない。

 それがこの世界における掟。それが、聖杯戦争。

 

「この戦いで生き残るには、可能な限りの情報を集めることです。それが、やがてあなた方の力となるでしょう」

 

 レオは最後に笑みを浮かべ、そう締めくくった。

 

 一気に教えられた情報を整理していく。

 固有結界、聖杯、NPC、予選。

 中には知っている情報もあったが、それでも彼らの情報量には及ばない。今回教えてもらった内容も、知らないことの方が多かった。

 やっぱり、私たちは基礎的な知識からして足りていない。この世界についてすら知らないのだ。今後の戦いに役立つかはともかく、これぐらいは知っておいた方がいい。

 また暇を見つけて誰かに尋ねるか、ここでムーンセルについて調べておこう。

 

 レオには改めてお礼を伝える。正直まだ色々と教えてもらいたいことは多いが、そろそろアリーナに行かなくては不味い。またいつかが来ることを期待しよう。

 

 椅子から立ち上がり、別れを告げようとした瞬間、ふと疑問が浮かんだ。

 とても些細な疑問だ。これくらいなら、そう時間も取られない。次の機会があるかもわからないし、聞いてみよう。

 

「レオは、どうして私に話しかけたの?」

「どうして、ですか?」

「そう。あの時、君は食堂で私に話しかけた。その理由がわからない」

 

 私は遠坂のように地上で有名でもなければ、白乃のように彼と交流があったわけではない。それなのに、彼は私に話しかけ、あまつさえ手を差し出した。

 彼が無名のマスターである私に話しかける理由など、一つもないはずなのに。

 

「そう、ですね……あなたは大変興味深い存在だ」

「え?」

「他のマスターとはどこか違う。雰囲気とかではなく、もっと根本的な所から。そんな気がするんです」

 

 私が、他のマスターとは違う?

 思わず隣にいた白乃を観察する。けど、違うところと言えば容姿とか体型とか、そんな当たり前のところだけ。

 彼は一体、何を言っているんだ。

 

「僕はそろそろ行くことにします。また、機会があればお話ししましょう」

 

 レオは最後に軽く一礼して歩きだした。

 引き留めようと手を伸ばす。しかし、待ってという一言が出てこない。

 結局、私は何も言えないまま、彼の背中を見送ることになってしまった。

 

 今にして思えば、昨日教会で橙子さんに言われた"珍しい"という言葉も、彼と同じことを指していたのではないだろうか。

 だけどその真意までは分からない。レオの表現は曖昧だった。橙子さんはどこか確信を持っているような気もするが、もしかしたらレオと同じで、何かを感じ取っているだけかもしれない。

 

 なんてことだ。ただでさえ記憶がないのに、私が何者か、なんて。そんなこと、今は考えている余裕がないというのに。

 

「クレア……?」

 

 白乃が心配そうな顔で覗き込んでくる。

 そんなに酷い顔をしているだろうか。今、自分がどんな表情を浮かべているのか分からない。

 でも、友達のそんな顔は見たくなかった。

 

「大丈夫。ありがとう、白乃」

 

 口角を上げ、笑みを浮かべる。まだ少し心配そうだが、さっきよりは安心させることができた。

 それでも彼女はなにか言おうと口を開くが、言葉が発せられることはない。恐らく、言葉が見つからないんだろう。

 でもなんとなく、励まそうとしてくれているのは分かる。その気持ちが伝わってくるだけで、充分だ。

 

 こうして、誰かが私のことを想ってくれる。心配してくれる。たったそれだけの事実が、不安を軽くしてくれる。

 

 ああ、そうだ。私が何者かなんて、そんなこと考える必要すらなかった。

 

 私は、人間だ。

 




プラバンに手を出したらハマってしまった……。
そのせいで中々執筆が進みません。

でも、なんだかんだ週一更新(ギリギリ)はできているので、今後もそれを目標に頑張りたいと思ってます。

あ、そうそう。話は変わりますが、前回でfate以外のクロスオーバーキャラが出ました。詳しくは活動報告で書いていますが、暫くはああいう感じで登場していきますので、どうかよろしくお願いします。


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第九話 心残り

 今度こそ白乃と別れ、図書室から出る。

 アリーナに向かう前に、念のため一通り校舎を回る。しかし、特に目新しいものは見つからなかった。

 それならさっさとアリーナに向かおう。図書室で予想以上に時間を使ってしまったし。

 そう思い、できるだけ早足で廊下を歩く。

 

 はて、なんかこの状況、前にもあったような気が。

 

「ちょっと待ったぁ!!」

「うわぁ!?」

 

 したのは間違ってなかった!

 

 だがしかし、再び気を失うなんて愚かなことはしない。

 踏み出した足を軸に回転することで、何とか激突は回避する。しかし、相手はそのまま進ませてはくれなかった。

 なぜか私に向かって手が伸ばされる。その手は払いのけ、ぶつかりそうになった相手と向かい合った。その相手は、予想通りの人物。

 

「なにしてんですか、藤村先生」

「いやぁ、ごめんごめん。つい手が出ちゃった」

 

 なんでつい手が出るんだ……。

 それに、なんで私はまたこの人とぶつかりそうになっているんだろう。

 早足か、早足だったのがいけないのか?

 

 いや、落ち着け。早足だった私も悪いけど、藤村先生だって悪い。いきなり人の目の前に飛び出してくるなんて。

 前回があったから避けられたけど、これが私じゃなかったらぶつかっていたんですよ。 

 

「ごめんごめん、この前頼んだものが気になっちゃって。お陰で夜も8時間しか眠れてないのよ!」

 

 私の軽い説得ものらりくらりと躱されてしまった。次から早足はやめよう、と決意する。二度あることは三度あると言うし。それに、また同じことが起こりそうな気もする。

 

 それにしても、8時間睡眠って。とても理想的な睡眠時間じゃないか。

 だがまあ、夜も眠れないなんて言われるよりは遥かにいい。

 生徒からタイガーと呼び慕われていたこの先生が、私のせいでそうなったと思うと……想像しただけで罪悪感が……。

 

「これ、頼まれてた剣道着です」

 

 そうなる前に渡してしまおう。

 端末から剣道着を取り出すと、先生は袋の口を解き中を覗きこんだ。

 

「うん。ちゃんと一式、全部揃ってるわね」

 

 中身の確認を終え、先生は慣れた動作で袋を肩に掛けた。

 助かったと笑う笑顔が見れただけで、これを取りに行った甲斐があるというものだ。

 

 さて、次は私が交渉する番だ。

 

「あと、これが一緒に入っていたんですが……よければ私に譲ってくれませんか?」

 

 装備していた木刀を外し、具現化して先生に見せる。

 先生は木刀を手に持ち様々な角度から眺めると、大きな目をキラキラと輝かせた。

 

「これ、もしかして枇杷の木でできてたりする!?」

「え、ええ。そうみたいですけど……」

 

 急に上がったテンションの高さに、思わず後ずさる。端末に書いてあった説明通り、この木刀はそれなりの代物らしい。

 これはだめかな?

 

「今じゃ中々お目にかかれない代物よ。よかったわね!」

「え、はい」

 

 あっさりと木刀は返された。

 そのまま欲しがると思っていたから、少し拍子抜けだ。いや、くれるのはいいことなのだけど。

 

「あ、その顔、私がその木刀を欲しがると思ってたでしょ」

「うっ」

 

 す、鋭い。この人、洞察力もあるし勘もいいからな。隠し事はあまりできない。

 決して、私の顔に出ていたわけではないと弁解しておく。

 

「そりゃあ、欲しいっちゃあ欲しいわよ? でも、それを見つけたのはヴィオレットさんじゃない。だから、それはあなたのものよ」

 

 大切にしなさい、と先生は言う。

 受け取った木刀を見つめる。たったこれだけのやり取りで、なんだかこの木刀が大切なものに思えてきた。先ほどより輝いて見えるのも、きっと気のせいではない。

 単純だな、私。

 

「はい、大切にします」

 

 だけど、そういうのも悪くない。

 木刀を再び端末にしまい、装備する。

 

 お礼を言おうと先生の顔を見れば、どこか申し訳なさそうな顔で笑っていて。

 なんか、嫌な予感がするぞ。

 

「ところで、もう一つお願いがあるんだけど……」

「え?」

 

 予想は的中した。あはは、と苦笑いを零す先生に頭を抱える。

 少し不安そうな目で見るのもやめてほしい。その目には弱いんだ。

 

「できることなら、まあ」

「ありがとう! 実はね、お弁当を猫に取られちゃって」

 

 猫に!?

 

「アリーナに持っていっちゃったの。多分2階層にあると思うから、取り返してきてもらえないかな?」

「あの、ちなみに中身は……」

「おにぎりよ」

 

 おにぎりなら多少日持ちするし、大丈夫、かな?

 

 猫とおにぎりという、予想もしてなかった言葉に戸惑い、困惑する。それでも、なんとか頷き了承すると、先生は礼を言いながら走り去っていった。

 小さくなっていく背中を見届け、呆然と立ち尽くす。

 まるで、嵐のような出来事だったな……。

 

『……おにぎりくらい食堂で食べなさいよ』

 

 あ、本当だ。でも言うのが遅いよ、ランサー。

 

 

 *

 

 

 第二層に足を踏み入れる。

 何もなかった一層とは違い、周囲にはボロボロの平屋がいくつが沈んでいた。薄暗い海のような空間も相まって、まるで沈没した町を見ている気分だ。

 

 緊迫した空気は感じない。小鳥遊たちはまだ来ていないようだ。

 なら、来る前にアリーナの探索を終えてしまおう。

 

 一つ目の部屋にいた一層と同じ敵を倒していると、視界に違和感を感じ目線をずらす。

 壁の奥に見える小さな部屋。そこは孤立しており、どこからも道は繋がっていない。

 でも、多分これは……。

 

「やっぱり、隠し通路か」

 

 壁に手を当てながら歩けば、それは案外すぐに見つかった。昨日のものと同じ構造だ。

 しかし、こちらの方が構造は安定している気がする。まあ、あっちは元々アリーナに組み込まれたものではないようだったし、そのせいだろう。

 

 隠し通路を通った先にあったのは、青色のアイテムフォルダ。基本購買で買えるアイテムが入っている。

 今回入っているのは、リターンクリスタルか。

 校舎へ帰還するためのアイテム。余程のことがない限り使うつもりはないが、沢山持っていて損はない。

 それは端末にしまいこみ、アリーナ探索を続ける。

 

 道中、道を塞ぐように壁が立っていたが、それは解除スイッチを押すことでなんとかなった。まあ、スイッチの前にいた新型の敵を倒すのに時間をかけてしまったのだか。その分、今後あのタイプに苦戦することは少くなるだろう。

 壁を抜け少し進めば、分かれ道に差し掛かった。真っ直ぐ進む道と、隠し通路を進む道。

 こういうのは、隠してある方に正解の道があるのが定石だよね。行き止まりだったとしても、なにか重要なアイテムがあるだろうし。先にこっちに行ってみよう。

 

 隠し通路を通り抜けると、そこは下り坂になっていた。折り返し地点にいる蜂型のエネミーを相手にしつつ、道を下っていく。

 戦っては下り、また戦っては下る。それを数回繰り返し、ようやく一番下に辿り着いた。

 

「青の、アイテムフォルダ」

 

 思わず口に出してしまった。それぐらい衝撃的だったのだ。

 今下ってきた坂道は長くて急なものだった。しかも曲がり角の度に敵がいるから、ここまで来るのにそれなりの時間と労力を使ったのだ。その結果が、これ一つ?

 いや、まだこの中身は分からない。もしかしたら、購買では中々買えないアイテムが入っているのかも。希望を捨てちゃだめだ。

 

「……1000PPT」

「無駄足ね」

 

 ランサーの言葉が胸に刺さる。否定できないのが辛い。

 確かにお金は購買で買えないけどっ。それなりに大金ではあるだろうけど! もっとこう、別のアイテムがよかった。

 零れ出るため息を隠し切れず、肩を落とす。しかも、帰りはあの長い下り坂が上り坂になるんだ。憂鬱でしかない。

 再び出そうになったため息はなんとか抑える。ため息ばかりではよくない。気持ちを切り替えよう。

 

 隠し通路がないかだけ確かめ、来た道を戻る。幸い、さっき倒したエネミーは復活しておらず、スムーズに元のフロアに戻ることができた。

 でも、やっぱり一気に駆け上がるのは体力的に少しきつい。軽く乱れた息を整えながら、次に行く道を見る。

 

 こっちも坂道だけど、さっきよりは全然ましだ。距離もないし、そこまで急でもない。

 通路の入り口に立って下を見下ろすと、そこには四つ足で歩行する、まるで馬のようなエネミーがいた。今までのエネミーよりもかなり体が大きい。やろうと思えば、その背に乗ることもできそうだ。

 ただ、のしのしと歩く姿から予測すると、スピードはあまりないように思える。だけどその分、攻撃力と耐久力はありそうだ。

 ランサーとは真逆のタイプと言える。攻撃を受けないよう注意が必要だ。

 

「今回は攻撃をなるべく避けていこう。スピードはなさそうだけど、注意して」

 

 ランサーが頷いたのを確認して後ろに下がる。

 敵もこちらに気づき突進してくるが、やはり今までのエネミーと比べると大分遅い。お陰でランサーも、余裕をもって避けることができた。

 軽い攻撃は相殺し、重い攻撃は避ける。それを数回繰り返せば、攻撃パターンは読めてきた。

 

 アリーナで活動している敵性プログラム(エネミー)には攻撃パターンが設定されている。一巡の手数は6。

 6回攻撃してきたら別の、もしくは同じパターンで攻撃する。その繰り返しだ。

 そして今戦っている敵は、とても単純な攻撃パターンをしている。手数を間違えず、一手目さえわかればあとは簡単だ。

 スピードがない分避けられる心配もない。馬のようなエネミーは、なすすべなく消滅した。

 

「ふぅ」

 

 やっぱり戦闘は慣れない。肩に入っていた力を抜き、一息つく。

 だけど、休んでいる暇はない。小鳥遊が来る前に、できるだけアリーナの探索を進めなければ。

 

 さらに奥に進んでいくと、再び分かれ道に差し掛かる。

 直感的には左に行きたいところだけど、さっきは私が選んで間違えちゃったし。ここはランサーに選んでもらおう。

 

「ランサーはどっちに行ったらいいと思う?」

「……右、かしら」

 

 少し考える仕草をして、ランサーは右側の道を選んだ。

 なら先にそっちに行こう。違ったらそれはそれで構わないし、あっていたなら左はまた今度行ってみればいい。

 

 右の通路を進んでいくが、すぐに行き止まりとなってしまった。

 アイテムすらない。ということは、左の道が正解だったのか?

 

「いえ、こちらで合ってるみたいよ」

 

 来た道を戻ろうとする私をランサーが引き留める。

 彼女が立ち止まり視線を向ける先には、先ほどのように孤立した小部屋があった。なるほど、隠し通路か。

 隠し通路を抜けると、そこは和室のような空間になっていた。

 壁はボロボロで、柱も朽ちてしまっている。天井は一応残っているが、少しでも暴れたら落ちてしまいそうな不安定さがある。アリーナである以上崩れることはないだろうが、ここで戦闘はしないでおこう。

 

 和室に設置されたアイテムフォルダは二つ。そのうちの一つ、重要なアイテムが入っているオレンジ色のフォルダを先に開ける。中に入っていたのは礼装だ。

 早速端末にしまい込み、詳細を調べる。

 

「名前は『聖者のモノクル』。効果は『view_status()(解析)』、だって」

「役には立つの?」

「うん。サーヴァントは分からないけど、エネミー相手なら確実に」

 

 ただ、端末には『敵対者の情報を表示する』としか書かれていない。次に出会った敵に使って、どれほどの効果があるのか試してみないと。

 手に入れた礼装を新たに装備しつつ、もう一つのフォルダも回収する。ちなみに、入っていたのは魔力回復の効果がある『魔術結晶の欠片』だった。

 最後に、さっきも見かけたスイッチを押しておく。これがここにあるということは、左の道は壁に阻まれていたのだろう。正解は向こうだけど、一度こっちに来なくては先に進めない。やっぱり、ランサーに選んでもらってよかった。

 

「よし、それじゃあ先に……っ!?」

 

 進もうか。そう言おうとした瞬間、アリーナの空気が一転する。

 これは、まさか。

 

「敵が来たようね」

「そう、みたいだね」

 

 この緊迫した空気は、サーヴァントのものだ。

 小鳥遊がアリーナに踏み込んだのだろう。彼女があの長い坂道を無視するとして、ここまでくるのに十分もかからない程度、だろうか。

 

「どうするの?」

「……今は些細な情報でも欲しい。どこかで身を隠して、様子を見よう」

 

 とはいっても、アリーナの壁は半透明。曲がり角で身を隠しても見つかる可能性がある。

 そうなると、隠れるのは今いるこの和室。ボロボロとはいえ、壁があって外側からは見えないここがいい。大分見にくくはあるが、壁の隙間から周囲の様子もみることができる。

 でも、さすがに会話を聞くことは難しい。盗聴器なんてもの持っているわけないし……。

 

「……アリーナをハッキングしよう」

 

 それなら、と思い付いたのはそんな考え。できる確証もない、咄嗟の思い付き。

 

「へえ、大胆なこと考えるのね」

「場所はひとつ前のフロア。ここにくるために分かれ道があるところ。ここにいても会話が聞こえるように、なんとかしよう」

「なんとか、って」

「それしか方法が考えられないんだ。それとも、他になにかある?」

 

 あるのなら是非とも教えて欲しい。いや、本気で。

 私だってこの案が荒唐無稽だという自覚はある。できるなら、もっと確実な案が欲しいところだ。

 

「いえ、面白いしそれでいきましょう」

 

 面白い、って。それで目的が達成できなかったら困るのだけど。

 まあでも、本当に無理なことだったら彼女だって止めるだろう。それがないということは、案外できるという確証になるのかもしれない。

 

「時間がない。ランサーも手伝って」

「わかったわ」

 

 ペナルティが怖いし慎重に行きたいところだが、やはり時間が足りない。急いでハッキングを進めないと。

 

 そこまで深くハッキングする必要はない。会話が聞こえるようにすればいいだけ。

 

 アリーナの壁の構造に解析をかける。だが、そう簡単に解析を進めることはできない。時間があればこのまま進めればいいのだけど。なんとかして時間短縮が図れないだろうか。

 

「コードキャストを使いなさい。さっき手にいれたでしょう」

「っなるほど」

 

 ついさっき手に入れた礼装のコードキャストは解析。こういうことにも役立つのか!

 

view_status()(解析)

 

 魔力を流し、短く呪文(コード)を唱える。

 視界がハッキリとし、壁の構造が浮かび上がる。モノクルが礼装となっているだけに、視界に影響が出たらしい。少し違和感があるが、これでハッキングが進められる。

 

 ランサーのサポートもあり、想像よりも早くハッキングを終えることができた。

 魔力を通し意識を集中させると、少しずつだが声が聞こえ始めた。どうやら、既に小鳥遊たちはあのフロアに到達していたらしい。エネミーと戦う音も聞こえてくる。

 

「ハッキング完了。どうランサー、聞こえてる?」

「こっちは問題ないわ。でも、音質が悪いわね」

「それは我慢して。もうこれ以上時間はかけられない」

 

 確かに多少ノイズが混じっているが、それも微々たるもの。会話を聞くのに影響はない。むしろ、内容に集中すれば聞こえなくなるくらいには小さい。

 それに、既に小鳥遊たちはそこにいるんだ。これ以上凝っていたら会話を聞くことはできない。

 

 ふいに剣劇の音が途切れ、一際大きく高い音が響いた。どうやらエネミーを倒したらしい。小鳥遊の息をつく声も聞こえてくる。

 さて、できればこのまま立ち止まって、なにか情報になることを喋ってくれると助かるのだけど。

 

「マスター、一度ここで休憩としましょう」

 

 っ来た!

 二人の会話に神経を集中させる。ここからは一言も聞き逃してはいけない。

 

「でも、ヴィオレットさんたちは既にいるのでしょう?」

 

 小鳥遊はセイバーの提案に難色を示す。

 私たちの存在を警戒しているようだ。休憩している間に攻撃されないか心配なのだろう。

 至極まっとうな意見だが、そのつもりはないから休憩してくれ。

 

「はい。ですが無理は禁物です。幸い、すぐ近くにサーヴァントの気配はなく、えねみいのりすぽおんにも時間はある。少しの休憩なら問題ありません」

「……なら、お言葉に甘えるわね」

「はい、周囲の警戒はお任せください」

 

 セイバーの説得の末、小鳥遊は渋々ながらも頷いた。

 しかし、セイバーはよくリスポーンなんて言葉を知っていたな。確かゲーム用語だったと思うんだけど。

 

 まあ、そんなことは置いといて。

 壁の隙間から向こうのフロアを覗く。見にくくはあるが、二人の姿を確認することができた。

 小鳥遊は地面に座り込み、セイバーは刀に手を掛けながら周囲を警戒している。流石に盗聴されていることには気づいていないみたいだ。

 

「あ、そうだわ。ねえ、貴女は聖杯に何を願うの?」

「いきなりどうしたのですか?」

「ちょっとした興味よ。聞かせてちょうだい」

 

 唐突に、小鳥遊が会話を切り出した。突然の話題に、セイバーの声からは困った様子がうかがえる。

 しかし無碍にすることもできず、彼女は軽く周囲を見渡した後、小鳥遊の近くに近寄った。

 

「私に叶えたい願いはありません。既に死した身でありますから」

「そうなの?」

「はい……ただ、そうですね。無念なら、あります」

 

 セイバーの声に、後悔の色が宿った。

 無念。つまり、彼女の心残り。それを知ることができれば、少しは真名に近づくことができるかもしれない。

 

「私は生前、あの方の最期を看取ることができませんでした。無念の極みです」

「知っているわ。本で読んだことがある」

「ああ、そのことは後世にまで伝わっているのですね」

 

 彼女の心残り。それは、誰かの最期を看取れなかったこと。

 あの方、というのが誰かまでは分からないが、セイバーにとって大切な人に違いはない。

 それが分かるくらい、彼女の声色は後悔に満ちていた。

 

 そのことが後世にまで残っていることを知ると、彼女は顔を軽く赤らめ、悲しげに視線を下げた。

 その様子に、小鳥遊は慌てたようにフォローに回ろうとする。

 

「ごめんなさいっ。私、そんな顔をさせるつもりはなかったの」

「構いません。あなたが優しい方なのは存じております」

 

 微笑みながら気にしていないと言うセイバーに、小鳥遊は安心したように礼を言った。

 いいコンビだと思った。主従というよりも、まるで友達のような感じがする。

 羨ましい。少しだけ、二人のそんな関係に嫉妬した。私とランサーは彼女たちほど仲良くなれていないから。いつか、彼女たちのような関係になれるだろうか。

 

「ねえ、その、よければ貴女の生前の話をもっと聞かせて頂戴。貴女のこと、もっと知りたいの」

「ええ、勿論です。ですがマスター、ありいなで話すことではありません。どこで敵に聞かれるかわかりませんから」

「あっ。そ、そうよね、ごめんなさい」

「いえ、私も先程までうっかり口をこぼしてしまいました。お互い様、というやつですね」

 

 笑いあう二人の声が聞こえる。

 セイバーからの指摘もあったし、これ以上の情報は入ってきそうにない。休憩を終えた二人が左の道に入ったのを見届け、魔力を切る。

 

「これでまた絞れそうだね」

「でも、まだ決定打に欠けるわ。まだまだ情報の収集は必要ね」

 

 平安時代の武将で、誰かの最期を看取れなかった人物。

 確かに情報はまだ抽象的で、真名に至るには情報が足りない。

 

「これからどうするの?」

「無視はできない。二人を追いかけよう」

 

 一つでも多くの情報を得るためにも、戦闘は仕掛けた方がいい。

 左にあるだろう壁はさっき開けてしまった。もしかしたらスイッチを押したマスターしか通れない可能性もあるが、実際にどうなっているかはわからない。

 二人が奥深くに行ってしまう前に、追いかけた方がいいだろう。

 

「ランサー」

「行けるわ。くだらないことを聞かないで」

 

 戦えるか聞こうと思ったのだが、ランサーは言葉を被せ不機嫌そうに答える。

 いや、今のは明らかに私が悪い。そんなこと、聞かなくてもわかることだった。

 

「ごめん。愚問だった」

「ふん」

 

 サーヴァントと戦うのは今回で二回目。しかも相手の真名は未だ分からず、謎の方が多い。エネミーとは比べ物にならないくらいの強敵だ。

 正直、不安しかない。だが、今はその不安を少しでもなくすために戦うのだ。

 それに、今回は礼装だってある。前回よりはランサーのサポートもできるだろう。

 

 一度、深く深呼吸をする。吸って、吐いて。

 奥へと進もうとする小鳥遊たちの背を追うため、今度こそ走り出した。




今までで一番長い話になってしまいました。しかし区切りどころもわからなかったのでこのまま投稿。

今回は、原作でいうMatrix2の解放まで。
調べ方が悪いのかあまり情報が集まらず。さらにこの作品自体見切り発車なところもあるので、今回の話は難産でした。

まだ真名は出ていないですが、もしどこかおかしいところがあれば教えてもらえると助かります。


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第十話 炎上

 和室から飛び出し、無機質な通路を駆け抜ける。

 相手もこちらが動き出したことに気づいているはずだ。もしかしたら、待ち伏せをされているかもしれない。

 仮にそうだとして、奇襲を受けたら面倒だ。ランサーに先行してもらい、壁越しにも敵がいないか確認する。

 少なくとも、前のフロアには戻ってきてないようだった。

 

 奥に進んだ可能性を考え、急いで左の通路に入る。

 しかし、その心配は杞憂だったらしい。

 

 遠くにある、空色の瞳と目が合った。

 

「っくるよ!」

 

 一番に動いたのはセイバーだ。刀の柄に手をかけ、ランサーとの距離を詰める。

 小さく鯉口を切る音がしたと思った時には、既に刀は振り抜かれていた。

 あまりの速さに目を見張る。鯉口を切った瞬間に避けたとしても、あの速度では避けきれず切り捨てられてしまうだろう。

 普通の人間なら出せない速度だ。そこは流石英霊というべきか。

 

 だが、ランサーは冷静にその軌道を見極め、最低限の動きで避けてみせた。

 そのままやり返すように蹴りを繰り出すが、切り返した刀に受け止められてしまう。

 

 まるで前回と同じ状況。ランサーが攻撃すればセイバーが受け止め、セイバーが攻撃すればランサーが防ぐ。

 しかし、前回のように刀を無理矢理弾くことはできていない。警戒されているし、なにより以前よりスピードが増している。

 恐らく、あちらも魂の改竄を施したのだろう。

 

 動かない戦況に焦りが出る。このままでは、何の情報も手に入れられずに強制終了させられてしまう。

 それだけは避けなければならない。

 

 その考えは向こうも同じだったらしい。

 セイバーはランサーの脚具を大きく弾くと、小鳥遊の近くまで後退する。仕切り直しのつもりなのだろうか。

 

「このままでは埒があきません。マスター、よろしいですか」

「! ええ、あなたの好きなように」

「はい」

 

 二人の会話に警戒を強める。

 セイバーの纏う雰囲気が少し変化する。先程までは静かだった殺気に、熱が籠った気がした。

 

「……ランサー、警戒して」

 

 強く感じる熱に圧倒されながらも、ランサーに警戒を促す。

 

 もう先程のようにはならない。

 戦況が変わる。そんな確信があった。

 

「───っはあ!」

 

 同時に地を蹴り、金属音がアリーナに響く。

 先程よりも激しくなったセイバーの攻撃に、ランサーは防戦を強いられた。

 今は的確に捌けているが、怪我を負うのも時間の問題だ。

 

 木刀に魔力を通し、タイミングを計る。

 相手は英霊。考えなしにコードキャストを使っても、避けられてしまうのがおちだ。確実に当てるために、セイバーの動きに注目する。

 

「……あれ」

 

 ふと、違和感を感じた。

 

 何かがおかしい。

 セイバーでも、ランサーでもない。二人とは関係のない、だけど無視してはいけない違和感。

 

 それがいったい何なのかは、頬を伝った一筋の雫が教えてくれた。

 

「これは、汗?」

 

 走った直後ならともかく、今汗をかいているのはおかしい。

 なら、なにか別の要因があるということだ。それに気が付ければあとは早い。

 すぐに違和感の正体に気づいた。

 

「アリーナの気温が上がってる……」

 

 今まで戦闘に集中していて気付かなかった。

 冬服の制服でいるには少々暑苦しいほどに、アリーナの気温は上昇していた。

 

 本来ならあり得ないことだ。

 アリーナの気温は一定に設定されている。暑くなければ、寒くもない。人間が活動するのに最適な気温が保たれている。

 それこそ、なにか外的要因がない限り変動しない。

 

 気温が変わったのは、恐らくセイバーが小鳥遊に許可を求めてから。

 つまり、セイバーが何かした可能性が高い。

 

 木刀に流していた魔力を止める。

 今使うべきコードキャストは『shock(16)(こっち)』ではなく、

 

view_status()(解析)

 

 視界に情報が浮かび上がる。

 流石にセイバーのステータスを見ることはできなかった。しかし、その手に持つ刀や身に纏う鎧の情報は浮かんでいた。

 といっても、分かるのは刀身の長さや鎧の名称など、今は必要のないことばかり。

 

 いらない情報を視界から消し、必要な情報のみを深く解析する。

 今回解析するのは気温が上がった原因について。

 案外、それは早く見つかった。

 

 セイバーの武器である緋色の刀。それが持つ魔力が、異常な速度で上がっている。

 コードキャストのお陰でよく見えるようになった刀の周囲には、小さく火花も散っていた。

 

 ランサーの方もよく見てみれば、火花のせいで少し服が焼け焦げている。

 今はまだ服程度で済んでいるが、刀の魔力は今も上昇し続けている。もし、あれが燃え上がるまでに至ったら……。

 

 ぞっとする光景が脳裏をよぎった。

 

「っランサー、刀の火花に注意を───」

 

 その忠告は、もう遅い。

 

 セイバーの刀に火が灯り、炎となって燃え盛る。

 炎は推進力となり、振り下ろされる刀の勢いが増す。

 

 援護しようと再び木刀へ魔力を通すも、モノクルから木刀への変更に僅かなタイムラグができてしまった。

 その間にも刀は振り下ろされ、ランサーに襲い掛かる。

 

「っ舐めないで!」

 

 勢いの増したせいで、回避することは叶わない。

 ならば、とランサーは炎を纏う刀を踵で受け止めた。

 脚具に近い素肌を焼かれながらも、刀を押し返そうと力を込める。

 

 それが、悪手だった。

 

「なっ……!」

 

 あろうことか、セイバーは柄から手を離したのだ。

 均衡していた力が偏り、刀は弾き飛ばされる。しかし、行き場をなくした力は空回りしてしまい、ランサーに隙ができた。

 

 その隙をセイバーは逃さない。

 がら空きになった懐に入り込み、拳を振りかぶる。

 拳を中心に炎が渦巻き、腕に纏わりついていく。セイバーは炎を腕に纏ったまま、拳を鳩尾めがけ振り下ろした。

 

 体制を崩したランサーにそれは避けられない。また、足で受け止めようにも距離が近すぎる。

 絶体絶命とも言えるこの状況で、なぜか私は冷静に行動できた。

 

 咄嗟に手を突き出し、今度こそコードキャストを唱える。

 

shock(16)(電撃)!」

 

 指先から放たれた弾丸は、真っ直ぐセイバーの胴体に飛んでいく。

 行動不能(スタン)状態にかかったセイバーの動きが止まる。だが、相手はサーヴァント。その効果も長くは続かない。

 

「退いて!」

「くっ……!」

 

 寸前で止まった拳から逃れるため、ランサーが後ろへ跳ぶ。しかし、想像以上にスタンの効果は短く、逃げ切ることができない。

 炎を纏った拳が、ランサーの無防備な腹部へ撃ち込まれた。

 

「ぐ、ぅ……っ!!」

 

 バックステップしたことで勢いを殺せたが、炎のダメージは消せていない。遠くからでもわかるほど、彼女の素肌は爛れていた。

 

 端末からエーテルの欠片を取り出す。

 一度体勢を立て直そうとランサーに顔を向け───ギラギラと輝く青を見た。

 

「ぁ……」

 

 彼女が求めているものはこれではない。

 

 直感的にそれを感じとり、視線はセイバーへ移る。

 その手に武器はない。当たり前だ。ついさっき、ランサーがアリーナの端まで吹き飛ばしたのだから。

 

 このチャンスを、逃してはならない。

 

「行って、ランサー! shock(16)(電撃)!!」

 

 刀を失ったセイバーにこのコードキャストを防ぐ手立てはない。

 これは体のどこかに当たった時点で効果が発揮される。そのため、素手で相殺することは不可能だ。

 

「またか……っ!?」

 

 再びスタン状態に陥るセイバーに、ランサーが迫る。

 効果は一瞬。だけど、ランサーの速度なら、

 

「はぁっ!!」

 

 絶対に間に合う!

 

 ランサーが放った強力な一撃は鎧を切り裂き、その奥の体さえも深く傷つける。

 溢れ出る血液に、小鳥遊は口を抑え顔色を青くした。

 

「っ追撃を!」

「ええ!」

 

 だけど、手を緩めはしない。

 よろめくセイバーに向かって鋭い蹴りを放つ。

 

 だが、それがセイバーを切り裂くことはなかった。

 

 警告音に不愉快なノイズ。ムーンセルによる、私闘の強制終了がかかった。

 ランサーもセイバーも、お互いのマスターの近くに転移させられている。

 

「すぐに治療するわ……!」

「っ、お願い、します」

 

 小鳥遊が回復のコードキャストを唱えると、セイバーの傷はみるみるうちに塞がっていった。

 それでも血が止まらないあたり、あの一撃がどれほど深かったのかがよくわかる。

 だけどそれも、あと数回コードキャストを使われたら完治してしまうだろう。

 

 それに比べて、こちらはどうだ。

 

「ランサー、その火傷……っ!」

 

 痛々しいほどの火傷の痕は、先ほどよりも悪化しているように見える。

 エーテルの欠片を使い治療を施しすが、あまり意味はなかった。

 このアイテムの回復量は微々たるもの。この傷を治すには、数が全く足りていない。

 今持っているのをすべて使ったとしても、完治させられるかどうか。それほど、セイバーにつけられた火傷は酷かった。

 

「これぐらい痛くもないわ」

「っそんなこと」

 

 あるわけない。強がるのもいい加減にしろ。

 そう怒鳴ろうとして、彼女の顔を見たら言葉に詰まってしまった。

 

 だって、彼女の表情は、いつもと全く変わっていなかったから。

 

 一瞬、呼吸の仕方を忘れてしまう。それぐらいの衝撃が、確かにあった。

 セイバーから受けた火傷は酷いものだ。いくらサーヴァントだとは言え、顔を顰めるくらいの痛さはあるはず。

 それなのに、ランサーの表情はいつもと変わらない。強がっている様子もない。

 まるで、本当に痛みを感じていないような……。

 

「君、まさか……」

「そんなことより、どうするの。あいつら、まだいるようだけど」

 

 ランサーが指さした先には、セイバーに治療を施す小鳥遊の姿があった。

 はぐらかされた気持ちになるが、今は素直に従っておく。そう簡単に踏み込んでいいことだとは思わなかったから。

 

 小鳥遊たちの様子を見る。

 万が一攻撃を仕掛けてくるようなら、対応しなければならない。

 

 だが、小鳥遊の顔色が尋常ではないほど悪い。あの状態で戦闘をするのは難しいだろう。

 セイバーの血を見たのも原因だろうが、あの顔色の悪さはそれだけではない。

 荒い呼吸を繰り返しているし、まさか過呼吸か?

 

「マスター、校舎に帰りましょう。りたあんくりすたるを」

「で、でも……っ」

「マスター」

「……ええ、わかったわ」

 

 セイバーの言う通り、小鳥遊はリターンクリスタルを取り出した。

 次の瞬間、彼女たちの姿がアリーナから消える。

 なくなった緊張感と気配に、ほっと息をついた。

 

 再びランサーの傷口を見る。

 未だ酷い傷に顔を顰め、治療を再開する。

 

「……ごめん」

「……いきなりなに」

「小鳥遊が持つ回復の礼装。あの礼装を取っていれば、その火傷だって……」

 

 少なくとも、今よりは簡単に治すこともできただろう。

 アイテムがあれば十分だと思っていたのがバカだった。十分なわけがない。

 欠片と礼装では、回復量に大きな差がある。それをわかっていたのに、なんていう慢心だ。

 せめて、アイテムをもっと買い込んでおくべきだった。

 

 そんな後悔が胸の中を渦巻く。

 気まずくなって顔を逸らす私に、ランサーは呆れたようにため息をついた。

 

「後悔している暇があるなら、さっさと奥に進むわよ」

「え?」

 

 彼女は一体、何を言っている。

 その火傷でこれ以上先に進むなんて危険だ。

 治しきるにはアイテムも足りない。一度校舎に戻って、体制を整えた方がいい。

 

「これぐらいの怪我で戸惑っていたら、この先勝ち残ることはできない。それにサーヴァントの治癒能力を舐めないで。一晩経てば完治するわ」

「それは、そうなんだろうけど」

 

 このまま進んで大丈夫なのか、という不安が残る。

 だけど、ランサーの言うことは全て正しい。

 

 猶予期間も余裕があるとは言い難い。今日このまま校舎に戻ってしまえば、アリーナに来れるのはあと二回。

 トリガーをゲットし、記憶があったのならそれを取り戻す。さらに、セイバーの対策も考えねばならないと思うと、時間はない。

 今日トリガーを手に入れた方が、余裕を持つことができる。

 

 でも……。

 

「全て取り戻すんでしょう」

 

 その言葉に、うじうじしていた思考が止まった。

 それは、私が今ここにいる理由。戦い、生き残る理由だ。

 

「……ああ」

 

 ランサーを信じよう。

 彼女は強い。ステータスさえ落ちていなければ、きっと一人でも戦い抜くことができる。

 それなのに彼女は、ステータスを落としてまで私の傍にいてくれる。何か理由があるんだろうが、それでもだ。

 傍にいてくれる彼女を、私は信じよう。

 

 今できる治療を施し、左側の通路に入る。壁があっただろう所を抜け、さらに奥へと進んだ。

 道中で合うエネミーに新しいタイプはいなく、苦戦を強いられることもなかった。

 ランサーの動きにも変化がなく、特に問題はないように感じられる。

 だが、それでも早く帰るに越したことはない。

 先程彼女を信じると決めたが、不安があるのもまた事実。できるだけ寄り道せず、真っ直ぐ先へ進む。

 

 途中で見つけたアイテムフォルダには、藤村先生から頼まれたお弁当もあった。

 なんとなく中を覗いてみれば、そこにおにぎりはない。ただ、米粒がくっついて汚れているだけだ。

 

「た、食べられてる」

「猫って、おにぎり食べれたかしら?」

「さぁ……」

 

 まあ、アリーナには入れたってことは普通の猫ではないだろうし。

 うん、深く考えないようにしよう。

 

 とりあえずお弁当は端末にしまい、先を急ぐ。

 小道を抜けた先。そこには四足のエネミーと、お弁当が入っていたものと同じアイテムフォルダが設置されていた。

 四足のエネミーの行動パターンは既に読めている。一手目だけを避け、残りは冷静に対処していく。そうすれば、数回の攻撃で戦闘は終わった。

 

 アイテムフォルダに入っていたのは礼装だ。

 名称は木盾。効果は『protect(16)(防壁)』。言葉通り、防壁を張るためのコードキャストだ。

 これで攻撃と防御、二つのコードキャストを得ることができた。あとは回復があれば最高なのだが、そこは仕方がない。

 今はアイテムを買い込むしか手はないだろう。

 

 さて、これで礼装は3つなった。しかし、端末から装備できるのは2つ。

 戦闘の途中でも変えることはできるが、それは隙ができるから極力やめた方がいいだろう。

 これからは、礼装の取捨選択も大切になってくる。

 

 とりあえず、今は木刀と木盾を装備しておこう。

 やはり使い時が多いのはこの二つだろうし。

 

 本当は効果を確認しておきたいけど、今日は少しでも早く校舎に戻りたいからそれは後回し。

 今はとにかく先を急ぐことを優先する。

 

 礼装を獲得したフロアから少し進めば、奥の方に帰還用のポータルが見えた。

 横にずれた道には、一層にもあった緑のアイテムフォルダもある。一層と同じなら、あれにトリガーが入っているはずだ。

 その付近を闊歩するのは四足のエネミー。動きは単調だが、二体となると少し厄介かもしれない。

 だが、一定の距離を開ければ向こうがこちらに気づくことはない。距離にさえ気を付ければ、一体ずつ仕留めるのも可能なはずだ。

 

「距離に気を付けて一体ずつ倒そう。最悪、トリガーを取ったらポータルに逃げ込むこともできそうだけど……」

「それを、私がすると思っているの?」

「いや、全然」

 

 相手が強敵ならともかく、今まで何体も倒してきた敵相手にはしないだろう。

 いつでも礼装が使えるよう準備を整え、前の方にいる一体に攻撃を仕掛ける。

 

 逃げようとする敵の動きをコードキャストで制限し、その隙にランサーが攻撃する。

 危なげなく一体目を倒して、二体目に移る。 距離の取り方はうまくいったらしく、向こうはまだこちらに気づいていない。

 

 これは好都合だ。

 ランサーは滑るように敵に迫り、膝の鋭い棘を突き刺す。

 反応すらできずそれを食らった敵は、苦しそうな声をあげて消滅した。

 

「一撃……」

「このスキルはまだ使えないようね」

 

 どうやらスキルの確認を行ったらしい。

 スキルというのは、サーヴァントが有する能力のことだ。

 生前の活躍や生前に培った技術。それらが特殊能力として具現化するもの、らしい。

 

 魂の改竄のお陰で、スキルの一つでも使えるようになったと思ったのだが。

 手を強く握りしめる。もっと私に力があれば。そう思わずにはいられない。

 

「他は今度試すとして……早く取ってきなさい、帰るわよ」

「うん、わかった」

 

 脇道に入り、アイテムフォルダを開ける。

 中から出てきたトリガーを手に取り、しっかりと端末に仕舞いこんだ。

 

「それじゃあ、帰ろうか」

 

 トリガーを手に入れ、あとは決勝を待つのみとなった。

 だが、未だセイバーの真名は判明しておらず、記憶もあるかどうかわかっていない。

 決勝まであと二日。この二日をどう過ごすのかが、勝利へのカギとなる。

 

 トリガーと礼装を取った今、もう無理に急ぐ必要はない。

 明日からの方針はまだ決まっていないが、今日はもう休むことにしよう。

 




今回もオリジナル礼装を出してみました。
名称は「木盾」。
最初は「木の盾」だったんですけど、とあるゲームでは木盾で出てるらしいのでこちらに。木刀と対になるようにしました。

ちなみに、コードキャストの「protect(16)」はドラマCDから。

また、ゲームだと戦闘中礼装の切り替えは不可能ですが、実際にできないとおかしいと思いあんな感じに。でも、できる限りゲーム本編のシステムは変えないでいきたいと思っています。


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第十一話 願い

 聖杯戦争も終盤に差し掛かり、決勝戦の日も近づいてきた。

 校舎の空気もピリピリとしたものに変わってきており、居心地がいいとは言いにくい。

 元々そこまでよくなかったけど。

 

 いつも通り食堂で朝食を取り、校内を探索する。

 廊下を歩きながら他のマスターを観察していれば、なんとなくだが彼らの現状を把握することができた。

 未だ真名が分からず焦る者もいるし、既に英霊の弱点は得たと余裕を見せる者もいる。

 流石にここまでくると、真名を把握しているマスターも出てきたようだ。

 私も昨日手に入れた情報を調べなければ。

 

 でも、今日はまず教会に行って改竄をしてこよう。

 二日前に改竄を行ってから、それなりの数のエネミーを倒している。スキルの一つや二つ、取り戻すこともできるだろう。

 それに、あの人に聞かないといけないこともある。

 

 あとは上げるステータスだけど……やはり耐久値はあげといた方がいいだろうか。

 ランサーの装備は限りなく薄い。というか、鎧は腰にしか着けていない。それも、鎧と言っていい類のものか微妙だ。

 まあ、鎧がないのもスピードを落とさないようにするためなのだろうけど。

 

 でも、やっぱり彼女の無防備さは不安だ。

 うん、せめてDくらいまではあげることにしよう。

 もちろん、ランサーに確認をとってから、にはなるけれど。

 

 

 *

 

 

 教会の扉を開き、中に入る。

 中には青子さんと橙子さんの二人しかおらず、他のマスターの姿は見えない。

 これならここで改竄について相談しても大丈夫そうだ。

 

「あっ、君は確か、あのランサーの」

「あ、はは……どうも、改竄をお願いしに来ました」

 

 あのランサーって。

 一体どんな覚えられ方だ。確かに、彼女の姿は一目見たら忘れられないくらいの衝撃があるけど。

 

 思ってもなかった覚えられ方に苦笑いしながらも、早速改竄をお願いする。

 どのステータスを上げるかを問われ、隣に現れたランサーを見上げた。

 

「君は何を上げたい?」

「そうね……やっぱり敏捷かしら。次点で魔力ってところね」

「なるほど」

 

 ランサーは敏捷と魔力を優先して上げたいらしい。

 敏捷に関しては同意するが、私としてはやはり防御力、耐久を優先するべきだと思う。

 

 その事を伝えてみるが、いい顔はされなかった。

 彼女自身はあまり防御力を注視していないようだ。

 気持ちはわかる。ランサーの戦闘スタイルは、敏捷を生かして高速で移動し、踊るように敵を蹴り倒す。決して、攻撃を受けて反撃をするタイプではない。

 けど、だからといって耐久を疎かにするわけにはいかない。全ての攻撃を避け切ることなんて不可能なのだから。

 

「ある程度の耐久値は上げとくべきだよ」

「……たしかに、最低値のままではいけないわね」

 

 そういうことだ。

 一回戦のうちに、なんて無茶を言うつもりはない。だけど、全ステータスをワンランク上に上げたいとは思っている。

 ステータスの値が低いのは私のせいなのに、ランサーに頑張ってもらわなければならないというのは、正直心が痛むけど。そういうことを言っている場合でもないのが現状だ。

 

「それじゃあ、改竄をお願いします」

「オッケー、任せといて」

 

 結局、今回は敏捷と耐久を中心に上げてもらうことにした。

 改竄が始まり、カタカタとキーボードをたたく音が教会に響き渡る。

 私はその様子を横目で見つつ、橙子さんに近づいた。

 

 この前の続きを聞くために。

 

「橙子さん」

「ん? お前は確か……」

「二日前に言った”珍しい”の意味、教えてくれませんか」

 

 あの言葉は、図書室で言っていたレオの言葉と何か関係があるはず。

 

 私は人間だ。そのことについては確信がある。

 だけど、どうしても彼女たちの言葉が心に引っかかってしまう。気がかりは早めに無くしておいた方がいい。

 

「そうだな……いいだろう、少し待っていろ」

 

 そう言って、彼女は展開していたモニターを軽く弄ってから閉じていく。

 どうやら探し物の邪魔をしてしまったらしい。

 一言謝ろうと口を開けば、彼女は手を上げひらひらと動かした。気にするな、ということだろうか?

 この様子だと、お礼も止められそうだ。だったら、と頭を軽く下げ、気持ちを伝えた。

 

「さて、私がお前を珍しいといった理由、だったな」

「はい」

「お前が他のマスターとは違うからだ。言っておくが、性格とか容姿のことじゃないぞ。もっと根本的な所だ」

 

 その言葉に、体が強張るのがわかった。

 レオと言っていることが同じだったからだ。

 でも、彼女はレオと違って確信を持っているようだった。

 私が何者なのか、彼女は知っているのだろうか。

 

「それは……」

 

 声が震える。

 もし、人間でないと言われてしまったら。そう思うと、続く言葉が中々出てこない。

 ようやく出てきた声も、大分震えていた。

 

「私が、人間ではないという意味ですか」

「うん? どうしてそうなる。お前は人間だよ、正真正銘のな」

 

 あっさりと帰ってきた言葉は、私の不安を吹き飛ばした。

 何をバカなことを言っているんだ、というような目線も、今は正直安心する。

 強張っていた体から力が抜け、ほっと息をつく。

 

 でも、それなら橙子さんとレオの言う意味が分からない。

 根本的に違う、と彼女たち言った。一体、その根本とは何のことなんだ。

 

「その答えは自分で見つけろ。ただ、そうだな。ヒントをやろう」

「ヒント?」

「お前はなにかを失くしているだろう? それを見つけろ。そうすれば、答えも見えてくる」

 

 驚きに目を見開く。

 記憶のことなんて一言も言っていないのに。橙子さんはなんでもお見通しのようだ。

 

 どうして知っているのか聞こうとした時、ちょうど改竄が終わってしまった。

 前回もだったけど、タイミングがいいのか悪いのか。

 まあ、知っている理由はいいか。知りたいことは知れたし。

 

 橙子さんにお礼を伝え、ランサーに近づく。

 何かを確かめるように軽く体を動かしている。

 不機嫌ではないから、今回も特に支障なく終わったのだろう。

 

「調子はどう?」

「いいわね。霊格も一つ取り戻したわ」

 

 これならスキルも使えそうだと言うランサーは、いつもより上機嫌だ。

 表情もいつもとは違って明るい。

 そんな顔もするんだ。新たなランサーの表情が見れて、なんだか嬉しくなる。

 

「それで、これからどうするの?」

「図書室で昨日得た情報から真名を調べるよ。アリーナはそれからかな」

 

 残念ながら、私は英霊について詳しくない。

 詳しい人ならあの情報で何人かの武将が思い浮かぶかもしれないが、私は一人も浮かんでこない。

 だから図書室で地道に調べるしかない。

 アリーナに向かうのは、それからでも遅くないはずだ。

 

「今日もありがとうございました。またお願いします」

「もちろんよ。リソースが集まったら来てね」

 

 手を振り見送ってくれる青子さんに頭を下げ、教会から出ていく。

 大きな扉を開けると、眩い光が差し込んできた。

 薄暗さに慣れた目にその光は少し眩しい。軽く目を手で庇いながら、広場に出る。

 

 早速図書室に向かおうと校舎に足を向ける。

 校舎と広場を繋ぐ扉。その扉が開き、広場に誰かが出てきた。

 

「あら、ヴィオレットさん?」

「……小鳥遊」

 

 現れたのは、私の対戦相手。

 少し驚いたように立ち止まった彼女の隣に、セイバーが姿を現した。

 小鳥遊を庇うように少し前に出て、こちらを警戒している。

 

「ここで戦うつもりはないよ」

「それを信じろと?」

「こっちはペナルティを受けたくないんだ。そっちもでしょ?」

 

 正直、小鳥遊の能力はお世辞にも高いとは言えない。

 礼装だってアリーナで手に入れたようだし、戦闘中は一切指示を出していなかった。

 そこから考えるに、彼女は戦闘経験があまりない。いや、もしかしたら一切ないのかもしれない。

 どちらにせよ、ペナルティを受けるのは避けたいはず。

 

 そして、それはこちらも同じだ

 なんとか指示は出せているが、私自身の力は高くない。こんなところでペナルティを受け、更に弱くなるわけなはいかない。

 

「大丈夫よ。彼女、そこまで悪い人ではなさそうだし」

「……わかりました」

 

 小鳥遊の言葉に、セイバーは渋々と姿を消した。

 完全に姿を消す前に睨みつけてきたのは、忠告の一種だろう。

 攻撃をすればその首を刎ねる、とでも言われてる気分だ。

 

「こうして校舎で会うのは初めてですね」

「そう、ですね」

 

 小鳥遊が話しかけてくる。

 その様子があまりにのんびりとしていて、拍子抜けしてしまった。

 一体何の目的があるんだろうか……もしくは、なんの目的もなかったり。

 いや、流石にそれはないか。

 

「ちょっとお話しませんか? 私、あなたと話してみたいです」

 

 チャンスだ、と思った。

 攻撃するつもりはないが、情報を聞き出すことができるかもしれない。

 小鳥遊の提案に頷き、広場にあるベンチに二人で座る。

 

 一体何について話すべきか。

 いきなりサーヴァントについて聞いたって意味がない。むしろ、セイバーを刺激してしまうだけだ。

 じゃあ世間話でもするのか。対戦相手であるマスターと?

 

「ふふ」

 

 何を話そうか唸っていると、隣から笑い声が聞こえてきた。

 思わずそちらを見れば、小鳥遊が口元を抑えクスクスと笑っている。

 なにがそんなに可笑しいんだ。

 

「ごめんなさい。そんなに悩むとは思ってなくて」

「……まあ、悩みますよ」

 

 対戦相手なんだから当たり前だ。

 でも、小鳥遊はそこまで気負った様子はない。

 悪く言えばなにも考えていないと言えるけど……。

 

『クレアは考えすぎなんだよ』

 

 だ、よねぇ。

 

 白乃の言葉を思い出し、思わず肩を落とした。

 気軽に行くのは案外難しい。でも、深く考えすぎて動かけないのは最悪だ。

 とりあえず、今回は無理に情報を聞き出そうとは思わず、聞き出せたらラッキー程度に思っとこう。

 

「ねえ、聞いてもいいかしら」

「え、何をですか?」

「あなたが聖杯を求める理由」

 

 なんの前置きもなく聞かれた質問は、私には答えにくいものだった。

 聖杯を求める理由。そんなものは正直ない。

 

 私はこの戦争に巻き込まれた、恐らくただの一般人。

 そして私が求めるのは聖杯ではなく、その過程にあるだろう記憶だけだ。

 例え聖杯を手に入れたとしても、叶えたい願いなんてものはない。少なくとも、今は。

 

「……そういう貴方はどうなんですか?」

「あら、答えてくれないのね」

 

 だけど、それを言うのは憚られた。

 記憶がないことを伝えて何になる。デメリットもなければ、メリットもない。

 それに、親しくもない人に話すことではない。

 

 結局答えは濁し、逆に質問を返す。

 その質問自体は、私も興味があるからだ。

 

 小鳥遊はどうしてこの聖杯戦争に参加したのか。

 どんな願いを持って、戦うことを選んだのか。

 

 私は、どんな願いを踏みにじろうとしているのか。

 

 それが、どうしても気になった。

 

「私の願い、ね」

 

 小鳥遊は空を見上げる。

 0と1の羅列が並んだ、海のような空を。

 

「生きることよ」

「え?」

「私が叶えたい願い。もう、あなたが聞いたんじゃない」

 

 それは、そうだ。

 だけどまさか答えてくれるなんて思ってなかった。

 

 生きること。

 それが、小鳥遊飛鳥の叶えたい願い。

 

 それを否定するつもりはないけど、生きたいなんて当たり前のことじゃないか?

 わざわざ聖杯に願うほどのことじゃない。というより、生きたいと願うならこんな戦いには参加しないのが普通だ。

 

 ……いや、願わなくては生きていけないのだとしたら。

 

「地上の私はね、病気なの。不治の病らしいわ」

「……だから、聖杯に」

「ええ」

 

 小鳥遊はこちらに顔を向け、にこやかに笑って見せた。

 その表情からは、とても病に罹っているようには見えない。

 

 ああ、でも最初に彼女を見たとき、その健康的な肌に違和感を覚えたっけ。

 恐らくアバターを弄って肌の色を変えているんだろう。

 地上の彼女は、もしかしたらもっと青白いのかもしれない。

 

「電脳世界にダイブするのが趣味だったわ。現実とは違って自由に動けるもの。だけど、やっぱり現実で普通の生活をしてみたかった」

 

 思い出しているのだろう。

 ここではないどこかを見ながら、小鳥遊は語る。

 

「草原の上で寝転がったり、海を泳いでみたり。色々なことをしてみたい」

 

 当たり前のことをできない彼女は、誰もが簡単にできる願いを口にする。

 それは、彼女には夢物語と同じものなのかもしれない。

 

「なんて、ちっぽけな願いだったかしら」

「……いいえ、そんなことは決して」

 

 彼女にとっては、この戦争に参加するほど大きな願いだ。

 その願いがちっぽけなものだなんて、絶対に言ってはならない。

 

 それに私だって人のことは言えない。

 むしろ、目的はあっても願いはない私は、本来ここにいるべきではない存在だ。

 生き残り、記憶を取り戻したいがために人の願いを踏みにじろうとする私が、彼女の願いをバカにすることはできない。

 

「でも、どうしてその話を私に?」

 

 別に言う必要はなかった。

 私と同じように濁すことだってできたのに、どうしてそれをしなかったんだろう。

 

「私のこと、誰かに覚えていてほしかったの。あなたは優しい人だから、きっと覚えてくれると終わったわ」

「私が、優しい?」

「ええ。昨日、過呼吸になった私に近寄ろうとしてくれたじゃない」

 

 そんなこと、しただろうか。

 覚えてない。多分、無意識に動いていたのだろう。

 

 でも、それだけで優しいと思うか? あの状況なら、とどめを刺すために近づいたと考えるだろう。

 流石に警戒心がなさすぎではないか。

 

「いいのよ。私、これでも人の見る目に自信はあるんだから」

 

 彼女はどこか楽しそうに笑って、ベンチから立ち上がった。

 長い髪を翻し、小鳥遊は笑顔を私に向ける。

 

「楽しかったわ。ありがとう、ヴィオレットさん」

「はあ……私、何も話してないですけど」

「誰かとこうして話すのは久しぶりだったの。だから、私は十分楽しかった」

 

 確かに、彼女は変わらず楽しげな表情を浮かべている。

 その笑顔が眩しくて、思わず目を逸らした。

 

 これ以上、彼女のそんな表情を見たらいけない。

 

「それじゃあ、次はアリーナで会いましょう」

 

 その言葉を最後に、小鳥遊は教会の方へ向かっていった。

 元々改竄をするために来ていたようだ。そうじゃないとこっちにはこないか。

 

 小鳥遊を背が教会の中に消えていくのを見届け、私もベンチから立ち上がる。

 やることはまだ残っている。図書室に行って、彼女のサーヴァントの真名を調べないと。

 

「……願い、か」

 

 聖杯にかける願いはない。

 でも、私にもいつか見つかるのだろうか。

 

 聖杯に託したいほど、叶えたい願いが。




今回はクレアとその対戦相手、小鳥遊飛鳥の話でした。
小鳥遊は慎二と同じようにアバターで見た目を変えています。といっても、肌の色くらいですが。

さて、話は変わりますが、昨日からTwitterを始めました。
この作品で出てくるオリジナルキャラのイラスト投稿と、更新報告がメインとなります。
現在は主人公であるクレアの立ち絵のみ上げてますが、一回戦の終盤あたりに小鳥遊飛鳥の立ち絵も載せる予定です。

とか言っていましたが、結局趣味垢と統合することになりました。(8/18追記)
興味のある方は、アカウントページから飛べるので見てみてください。

これからも、よろしくお願いします。


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第十二話 クラス

 図書室に入ると、真っ直ぐ歴史に関する本棚へと向かった。

 本棚から武将に関する本を取り出し、早速中を見る。ちなみに、前に見た本とは違うものだ。

 

 あれは多くの名前が載っていたけど、その分詳細はあまり載っていなかった。これはその逆で、載っている人物は少ない代わりに、詳細が多く載っている。

 最有力候補とも言える女武将の二人も載っているし、今回はこの本で調べるのが最適だろう。

 

 昨日手に入れた情報を思い出す。それは、セイバーが誰かの最期を見取れなかった、ということ。

 酷く曖昧な情報ではあるが、ないよりはましだ。

 

 とにかく、まずはこの本を読んでみよう。

 漢字だらけの文章に気が滅入るが仕方がない。一緒に取ってきた辞書で調べながら、なんとか読み進めていく。

 

 先日調べた源義経や平清盛と言った有名な武将の経歴には、誰かを看取れなかった、というような話はない。

 後世に伝わるほど有名ではない、ということだ。

 

 小鳥遊はあの時、本で読んだことがあると言っていた。

 先程の話を聞いた感じ、小鳥遊飛鳥は一般人。少なくとも、一部の人間しか読めないような文献に載っていたわけではない。

 だから多分、この本にも載っていると思うんだけど。

 

「……見つけた」

 

 順番に読み進めること数十分。

 ようやく似たような記述が乗っている人物がいた。

 

 その武将の名は、巴御前。

 

 平安後期・鎌倉時代前期の武将。

 女性ながら征夷大将軍の位を得た名将であり、木曽義仲の愛妾。

 常に義仲に従い、しばしば戦功を立てた彼女は、一騎当千と謳われる程強かったらしい。

 

 そんな彼女の逸話は、セイバーが言っていた過去の無念と一致する。

 

 粟津の戦い。

 治承・寿永の乱の一つであり、木曽義仲が死亡した戦だ。

 

 宇治川の戦い、そして六条河原の戦いにも敗れた義仲は、わずかの兵を連れて根拠地のある北陸への逃走を試みる。

 義仲軍が近江国粟津に着いたとき、因縁の相手が率いる軍と遭遇。既に戦力として成り立っていなかった義仲軍は潰滅させられた。

 兵の数は減り、いつしか7騎、5騎のみが残る。その中にいた一人が、この巴御前だ。

 

 義仲は最後まで残ろうとする巴御前へと告げる。

『お前は女だから、今のうちに早く逃げろ』と。

 

 もちろん、巴御前はこの言葉を跳ねのけた。

 最期まで共にいようとする彼女を義仲は厳しく諭す。

 結局、義仲の説得に折れた巴御前は、最後の奉公として敵将を打ち取り、鎧を脱ぎ捨て東国へ落ち延びた。

 

 そして、なによりも驚くべき文章がこの本には載っていた。

 

「素手で首をねじ切った、ね」

 

 本曰く、巴御前は敵将を馬から引き釣り下ろし、素手で首をねじ切ったという。

 到底信じられる話ではない。だが、そう伝わっている以上注意しておいて損はないだろう。

 セイバーも肉弾戦を行う。なるべく力勝負はしない方針で行こう。

 

 今まで手に入れた情報と、巴御前の逸話は似ている。ここまで似ている武将は他にいない。

 だけど。

 

「相変わらず、確証がないわね」

 

 そう。セイバーは看取れなかったことが無念だ、と言っていたけど、それが木曽義仲のことを指しているのかまではわからない。

 他に似ている人物はいないが、あまりにも情報が曖昧すぎる。

 あと一つ。なにか分かりやすい情報が得られたらいいのだけど。

 

「とりあえず、アイテム補充したらアリーナへ行こうか」

 

 エーテルの欠片は昨日の怪我でほとんど使ってしまった。

 残っているのは、戦闘ではあまり役に立たないものばかり。

 一度購買に行って……ついでに食事も済ましておこうか。

 

 

 *

 

 

 アイテム補充と食事を終え、一階に戻る。

 階段を登りきると、目の前に見慣れた後姿を見つけた。

 茶色の短髪に緑のワンピース。そう、藤村先生だ。

 

 そういえば、先生から頼まれごとをされていたな。

 昨日アリーナで見つけたお弁当の存在を思い出し、端末に入っているか確認する。

 うん、大丈夫。ちゃんとあるな。

 

「あら、ヴィオレットさん」

「先日ぶりです。頼まれていたもの、持ってきました」

 

 端末からお弁当箱を取り出し先生に差し出せば、キラキラと目を輝かせ始めた。

 

「わっ、もう取ってきてくれたの? ありがとう、助かったわ!」

 

 弁当箱を受け取った先生は、早速風呂敷を解きにかかる。慌てて止めようとするが、時既に遅し。

 先生は既に風呂敷を広げており、弁当箱の蓋を開けていた。

 

「さーて、腐っちゃう前に食べちゃわないとね……って、ないっ!?」

 

 弁当箱の中におにぎりはない。

 あるのは箱の至るところについている米粒と、少し付着している、恐らく猫の毛。

 何が起こったのかは目に見えて明らかだ。

 

「すみません……見つけたときにはもう」

「わ、私の梅おにぎりぃ……」

 

 先生は肩を落として落ち込む。

 よっぽど楽しみにしていたらしい。もしかしたら、かなりいいお米で作ったおにぎりだったのかも。

 

「うぅ……とにかく、取ってきてくれてありがとう。これ、お礼ね」

 

 軽く泣きながら、先生は私の端末に向かってなにかを送ってくれた。

 これは、インテリア?

 

「マイルームに飾ることができるから、使ってみて」

「ありがとうございます」

 

 マイルームに戻ったら置いてみよう。

 部屋の雰囲気に合うといいな。

 

「あ、そうそう!」

 

 突然、先生がなにかを思い付いたかのような声をあげた。

 人差し指をこちらに向け、少し怒った様子で話し出す。

 

「あるマスターがハッキングを仕掛けて、アリーナへ続く扉を塞いじゃったの! 対戦相手への妨害目的だったし、その子がなんとかしてくれてもう解決したんだけど……」

 

 私たちが色々やっている間に、そんなことが起こっていたらしい。

 通りで、いつもよりアリーナ付近の廊下が騒がしいわけだ。

 

「ムーンセルが見逃したからよかったものの、最悪ペナルティを受けちゃうんだからね? ヴィオレットさんは、そんな危ないことしちゃ駄目よ」

「あ、はは……肝に免じておきます」

 

 もうしました、とは流石に言えなかった。

 

 でも、まさか私以外にアリーナをハッキングするマスターがいるとは、思ってもなかった。

 一体誰なんだろう。

 

「ちなみに先生、そのマスターの名前は……」

「あ、だめよ。先生は一生徒を贔屓したりしないの」

 

 やっぱりだめか。

 先生はNPC。つまり運営側の人間だ。そう簡単に教えてくれるはずもない。

 仕方がない。事情を知ってそうなマスターにでも尋ねよう。

 最後に先生と軽く会話を交わし、その場を後にする。

 

 そして、アリーナの扉へと続く廊下の途中。そこで優しそうな顔をしたマスターを見かけた。

 彼ならきっと、何が起こったのかも教えてくれるだろう。

 なんとなくそれを感じ取り、早速話しかけてみる。

 

「あの、アリーナの扉が封鎖されたって聞いたんだけど……なにかあったのか、詳しく教えてもらってもいいかな」

「ん? ああ、実はな……」

 

 予想通り、彼は丁寧に教えてくれた。

 先生が教えてくれなかったマスターのことも。

 

 どうやら、アリーナの扉を封鎖したのは慎二だったようだ。

 慎二がとの付き合いは短くない、わけでもないが。そんな大胆なことをするなんて、あまり想像できない。

 よほど追い詰められているんだろう。

 

 昨日会えなかった白乃を思い浮かべる。

 彼女は大丈夫だろうか。慎二を追い詰めているということは、そこまで心配しなくても大丈夫そうだけど……。

 いや、それでもやっぱり心配だ。今日は一緒に食事を取れるように、なんとかしよう。

 

 

 *

 

 

 アリーナは既に緊迫した雰囲気に包まれていた。

 恐らく、私たちが調べ物や補充を行っている間に来たんだろう。

 

「ランサー、位置は分かる?」

「大分奥の方まで進んでいるわ。このまま逃げられたら間に合わない」

「なら急ごう。道中の敵は無視。最短で一直線に、小鳥遊たちがいる場所まで突っ切るよ」

 

 今装備している礼装を確認し、端末からマップを投影させる。

 一度行った場所を自動で記録し、マップを作ってくれるこの機能は案外便利だ。

 これなら迷うことなく、小鳥遊がいるであろう場所まで向かうことができる。

 

 マップで道を確認しながら、アリーナを駆ける。

 二つ目の赤い壁を抜けた先にある広々としたフロア。その場所で、彼女たちは待ち構えていた。

 

「先刻ぶりね、ヴィオレットさん」

「ああ、そうだね」

 

 セイバーは既に刀を構え、こちらに殺意を向けてくる。

 以前までは隠していた炎も、もう隠すつもりはないのだろう。

 アリーナの気温は上がり、セイバーの周囲には陽炎ができていた。

 

「あら、怖い怖い。そんなにも熱くなるなんて、よほど自分のマスターが心配なのね」

 

 ランサーがまるで挑発するかのように言い放つ。

 その言葉につられ、セイバーの後ろに立つ小鳥遊に目を向ける。

 

 小鳥遊の顔色は、お世辞にもいいとは言えない状態だった。

 額には汗をかき、軽く呼吸を乱している。

 地上の彼女は病弱とは聞いたが、まさかこの電脳空間でもそれが引き継がれているのか?

 

 だが、それはこちらは好都合な情報だ。

 小鳥遊に長期戦はできない。途中で体力が尽きてしまうだろう。

 

「ああ、心配するのは当たり前ね」

 

 挑発はまだ続く。

 楽し気な表情と声色でクスクスと笑っている。

 

「貴女、生前は愛しい人を見捨てたもの。義仲、だったかしら。さしずめ、彼女はそのかわ……!」

 

 その言葉は、言い切る前に止められた。

 金属をぶつけ合う音が鳴り響き、ランサーの足とセイバーの刀が交わる。

 あまりに急な出来事に、小鳥遊は目を白黒させていた。

 

「……それ以上の戯言は許しません」

「あら、図星?」

「っ黙れ!」

 

 セイバーの猛攻が始まる。

 だが、それは今までよりもキレがなく粗が目立つ。

 私でもわかる隙をランサーが逃がす訳もなく、セイバーの体に切り傷が増えていく。

 

「っ、落ちついて、一度下がって!」

 

 刹那、小鳥遊が声を荒げた。

 その声に気づいたセイバーは、ランサーから距離をとろうと後ろに飛ぶ。

 

 だけど、その行動すら隙だらけだ。

 

「ランサー!」

踵の名は魔剣ジゼル(ブリゼ・エトワール)!!」

 

 十字に振られた踵から衝撃波が放たれる。

 教会で取り戻したと言っていたスキルの一つだ。

 

 それは真っ直ぐセイバーに向かい、その体を傷つける。

 しかし、致命傷までには至らない。

 

「っheal()──」

shock(16)(電撃)!」

 

 コードキャストを使わせはしない。

 小鳥遊に向かっていく電撃はセイバーに止められてしまったが、それでも回復を止めることはできた。

 その間にもランサーは距離を縮め、再び戦闘に移る。

 

「っ仕方が、ありませんね!」

 

 刀の軌道を追うように、炎が燃え盛る。

 ランサーの視界が遮られるが、彼女にとってそれは意味がない。

 恐れることなく、ランサーは炎の中を突っ切ろうと足を踏み出した。

 

 セイバーもそのことを予想して、刀を構え────。

 

「──違う! ランサー、避けて!」

 

 『protect(16)(防壁)』を使い、セイバーとランサーの間に壁を作った。

 ランサーの膝と、セイバーの薙刀(・・)が壁にぶつかり、一瞬の間ができる。

 

 その一瞬で状況を把握したランサーは、そのまま壁を蹴り距離をとった。

 

「どうして薙刀が……!」

「セイバーじゃなかったみたいね」

 

 つまり、最初からクラスを間違えていたと。

 でも日本刀使ってたらセイバーだと思うでしょう普通!

 

「……いや、それが目的か」

 

 思い返せば、小鳥遊は一度もセイバーと呼んだことはない。

 というか、彼女はどのクラス名も呼んだことすらないのだ。

 これじゃあ、薙刀を使うからランサーだという考えも間違っている気がしてくる。

 

「クラスを考えるのは後。今は目の前のことに集中なさい」

「……それもそうだ」

 

 ここまで来たら、セイバーだろうがランサーだろうが関係ない。

 ただ、他の武器を警戒する必要ができただけ。

 

「薙刀と刀じゃ間合いが違う。気をつけて」

 

 今一番注意すべきは、セイバーの間合いだ。

 先程、彼女が薙刀を出したときに生じたタイムラグは少ない。

 それは恐らく、刀の時も同じだ。

 手に持っている武器だけに注意していては、僅かな隙にもう片方の武器での攻撃を受けてしまうだろう。

 それだけは避けなければならない。

 

 それに、もし二つの武器を封じたとしても、セイバーは肉弾戦も行える。

 逸話通りだとしたら、彼女の腕力は脅威になるし、炎も厄介ときた。

 まさにオールラウンダー。戦いにくい相手だ。

 

「……っち、面倒、ねっ!!」

 

 薙刀で距離をとられ、ランサーの踵は届かない。

 スキルを使い遠距離攻撃をするも、冷静になったセイバーに対処されてしまう。

 

 さらにセイバーは薙刀に炎を纏わせると、力強く地面を蹴り駆けだす。

 足元から盛る炎は推進力となり、今まで以上の速さでランサーに迫った。

 

protect(16)(防壁)!」

 

 防壁でセイバーの進路を妨害するが、薙刀に切り裂かれ意味をなさない。

 それなら!

 

shock()……っ!!?」

 

 使おうとしたコードキャストを、最後まで紡ぐことは叶わなかった。

 突然、炎が目の前で立ち上がり視界が眩む。

 

「しまった……!」

 

 慌てて炎から離れ戦闘に目を戻すが、セイバーとランサーは接触寸前。

 しかも私の立ち位置が悪い。

 これじゃあコードキャストで援護することができない!

 

「燃えろ!」

 

 セイバーが器用に薙刀を回し、勢いをつけ上段から振り下ろす。

 その攻撃自体を避けることはできたが、アリーナに叩きつけられた刃から炎が吹き上がる。

 予想できなかった猛炎を避けることはできず、ランサーの姿は炎の中に消えた。

 

「ランサー!!」

 

 反応はない。

 まさか、と最悪の状況を想像し、冷や汗が流れる。

 

 しかし、炎の中に影が揺らめくのが見えた。

 それは徐々に大きくなり、こちらに向かって飛びあがる。

 所々服は破れ肌が見えているが、怪我はそこまで酷くない。

 むしろ不機嫌そうな顔が逆に元気に見えて、少し安心した。

 

「ッ、マスター!」

 

 ランサーが地面に着地すると同時に、警告音が鳴り響く。

 ムーンセルによる強制終了。ノイズがないのは、戦闘を行っていなかったからだろう。

 

 そしてセイバーは戦闘が終わったことを悟ると、慌てた様子で小鳥遊に駆け寄った。

 彼女の顔色は先程よりも酷い。立っているだけでも辛そうに見える。

 

「大丈夫よ。行けるわ」

「ですが……っ!」

「お願い、信じて」

 

 いつもはおっとりしている小鳥遊の瞳が、強くセイバーを見つめた。

 強い瞳に見つめられたセイバー一瞬だけ戸惑い、小さく頷く。

 片手に薙刀を持ったまま、小鳥遊の体を支える。武器を持ったままなのは、私たちを警戒してのことだろう。

 

 小鳥遊が最後に私たちに目を向ける。だが何かを言うわけでもなく、そのままアリーナの奥へと歩き始めてしまった。

 その背は無防備で、攻撃をすれば簡単に殺せてしまいそうだ。

 

「どうするの」

「……決勝戦の雰囲気に慣れる必要もある。深追いしなくても問題はない」

 

 だが、このまま見逃すのはもったいない。

 素早く礼装を変え、向こうにバレないよう解析のコードキャストを唱える。

 

 瞬間、目に見える世界が変わった。

 多くの情報を捨て、必要なものを選択する。

 解析するのは、セイバーが手にしている薙刀だ。

 

 僅かな時間で、あの薙刀についていくつか分かった。

 重さに長さ。そして、あの薙刀は巴形と呼ばれる種類だということ。

 

 だけどそれだけでは足りない。

 魔力量を増やし、更に深く解析する。

 入ってくる情報量に顔をしかめたが、なんとか真名に繋がりそうな情報を得ることができた。

 

 急いで魔力を断って目を閉じる。

 次に目を開けたときには、既に彼女たちの姿はなく、世界も元の状態へと戻っていた。

 

 目頭を押さえ疲れをほぐす。

 今回得られた情報は二つ。

 ランサーの挑発のお陰でほとんど確信は得られたが、念のため明日も図書室に行って情報を整理しよう。

 

「さて、私たちもエネミーを倒して帰ろうか」

 

 ランサーの傷の手当てを終わらせ、アリーナの探索を進める。

 昨日は行けなかった脇道にも入ってみよう。

 もしかしたら、どこかに私の記憶があるかもしれないしね。

 

 




というわけで、Matrix3まで。
本当は真名看破までいきたかったんですが、長くなったんでここで切ります。

そして、一昨々日の8/21にクロスオーバーの件で、活動報告を投稿しました。
そちらの方をお読みいただければわかると思いますが、クロス先を公開しています。
気になる方は、そちらを一読ください。


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第十三話 真名

 結局、今日の探索では記憶を見つけることはできなかった。

 ただ微かにあの懐かしい気配を感じとれる。だけど今日はもう遅いし、本格的に探すのは明日になりそうだ。

 というわけで、記憶探しはせずに校舎へと帰ってきた次第である。

 

 その後は食堂へ向かい、白乃と一緒に食事をとった。

 今日あったらしいアリーナの扉を封鎖された時の話や、昨日話せなかったこと。

 そんな他愛もない話をして、その日はそのまま就寝した。

 

 

 *

 

 

 そして翌日、つまり今日は猶予期間の最終日。

 どこか落ち着かない心持ちのまま、私はいつもと変わらない朝を過ごす。

 

 いつも通り食堂で朝食をとり、昨日も行った図書室へと足を運んだ。

 今度こそ、セイバーの真名を確定するために。

 

 向かうのは歴史の本が陳列する棚、ではなく、武具に関する本がある棚。

 昨日の解析した、あの薙刀の情報を探すためだ。

 セイバーが有名な武士であることに間違いはない。だから、きっと彼女の持つ薙刀の情報も後世に残っているはず。

 

 といっても、昨日得られた情報は重さに、長さと種類。そして、「吉次」が在銘してあること。

 たったこれだけ。

 更に言えば、これは彼女の真名があの女武将であることを前提に探すつもりだ。

 見つけるには大分時間がかかってしまうだろう。今回は根気との勝負になる。

 気合を入れ、とりあえず多くの情報が載ってそうな本を手に取った。

 

「───み、つけたぁ……!」

 

 そして、調べ始めてどれぐらいの時間がたっただろう。

 今までよりも一番多く時間がかかったのは確かで、読んだ本の数も一段と多かった。

 

 見つけた本に書いてあるのは、あの薙刀は昔とある場所に保管されており、それには「吉次」の銘がついていたという。

 これだけ分かればいい。

 たったこれだけのために時間を使ったのかと思うと、少し損した気にもなるが。確信を持てたのだからまあいいだろう。

 

 改めて、情報を整理しよう。

 

 対戦相手は小鳥遊飛鳥。

 私と同じ無名のマスター。彼女は地上で不治の病に罹っており、それを治すために聖杯戦争に参加した。

 そして、なぜか彼女はその病弱をこのムーンセルまで引き継いでいる。

 アリーナで戦ってきた結果、長期戦はできないと見ていい。その為、むしろこちらから長期戦を仕掛けるのも一つの手だろう。

 

 そして、彼女のサーヴァント。

 日本の鎧、「大鎧」を身に着けた女性武士。

 片手に日本刀を持って戦う彼女を、私たちはセイバーだと暫定した。

 まあ、昨日その暫定は間違いだったと判明したのだが。

 

 それは置いといて。

 アリーナでの盗み聞きで、セイバーは生前に無念を残していることが判明した。

 その無念と、とある武士の逸話が一致したのだ。

 

 この時点ではまだ半信半疑ではあったが、ランサーの挑発に反応したこと。

 そして、彼女が持つ薙刀の銘が「吉次」であることで確信が持てた。

 

 彼女の真名は、間違いなく────

 

「───巴御前。木曽義仲の愛妾、一騎当千と謡われた女武士」

「そいつで間違いなさそうね」

 

 ランサーの言葉に頷き、本を棚に戻す。

 これでセイバーの真名は判明した。

 今日は巴御前の情報を揃えて、それからアリーナに行くとしよう。

 

 そう決めて別の本を取り出す。

 といっても、巴御前に関する逸話は少ない。

 今まで調べた以外の情報だと、容姿端麗で弓術が優れていることぐらい。

 

「もしかしたらアーチャーかもしれないね」

「そうかもね」

 

 適当だなぁ。

 でも、真名が分かったのなら、クラスは分からなくても問題はない。

 弓に関しては最大限の警戒しておこう。

 実際に使うかわからない今はそれぐらいで十分だ。

 

「それじゃあ、アリーナに行こうか」

 

 

 *

 

 

 アリーナに入った瞬間に感じる気配。

 昨日も微かに感じ取っていたそれは、今日はどこにあるのかわかる程度には強くなっていた。

 

「奥の方に記憶がある」

「ふーん」

 

 興味なさげの返事に、思わずむっとしてしまう。

 私にとっては大事なものだと言うのに、その反応はないじゃないか。

 そりゃあ、付き合ってくれるだけましかもしれないけど。

 

 モヤモヤとした気持ちを胸に、ランサーとアリーナを進んでいく。

 第二層に来るのも既に三回目。エネミーの行動も把握しきっているし、特に苦労はない。

 強いて言うとすれば。

 

「ここか……」

 

 あの長い坂道を下るのがめんどくさいぐらいだ。

 だけど気配はこの先にある。行くしかない。

 

 途中に出会う蜂型エネミーを倒しつつ、坂道を下っていく。

 そして一番下にたどり着くと、早速隠し通路になったであろう場所を手探りで探す。

 元々狭い道なだけあって、それをすぐに見つけることができた。

 

「うん、行けそうだね」

 

 前回と同じように不安定ではあるが、進めないことはない。

 隠し通路に進めることを確認し、ランサーを呼ぶ。

 本来ある薄い壁を通りぬけ、彼女もこちら側にやってきた。

 

 ランサーと共に隠し通路を進んでいくと、程なくして壁まで辿り着いた。

 

 念のため手を伸ばし壁に触れる。

 特に何も起こらない。

 

 でも。

 

「さっさと行ってきなさい」

 

 恐らく、ランサーはこの先に行くことはできない。

 前回がそうだったから、今回もそうだと考えたようだ。

 

「わかった。できる限り早く戻ってくるよ」

 

 壁に寄りかかりながら目を閉じるランサーに一声かけ、壁を抜ける。

 

 今回はどんな記憶を取り戻せるんだろう。

 前のように暖かい記憶か。それとも、今の私を否定してしまうような記憶か。

 期待と不安を胸に秘め、先を急ぐ。

 

 細い道が徐々に広くなっていく。

 けれど、前回のように風景は変わっていかない。

 もしかして、全部が全部変わるわけではないのだろうか。

 

「っ!?」

 

 些細な疑問を持ちながら歩いていると、突然風が吹き上がった。

 思わず目を瞑り、腕で顔を庇う。

 だけど少しすれば突風も止み、普通の風が吹き始めた。

 

 ゆっくりと目を開けば、そこは既に森の中。

 高い木々が連なり、目の前にはあの大樹が聳え立っている。

 だけど、前に見た青く輝く記憶の欠片は見当たらない。気配もこことは違うところから感じるし、この付近にはないようだ。

 

 記憶の気配がする方向には、確か村があったはず。行ってみようか。

 記憶を便りに村に向かう。意外とはっきり覚えているようで、森の中でも迷うことはない。

 足元を這う木の根にだけ注意を払いながら、一歩ずつ足を進めていく。

 

「っわ!」

 

 だけど、どうしても気が付かない根っこもあるわけで。

 思わず足を引っかけた根を睨むように見れば、なんだか見覚えのある根っこだった。

 

 ……ここ、昔私が転んで怪我した場所じゃん。

 まさか同じ場所に足を引っかけるなんて。

 ランサーがいなくて助かった。今のが誰かに見られていたかと思うと、恥ずかしくて顔が真っ赤になってしまう。

 

「って、あれ?」

 

 とにかく村に向かおうと振り向けば、いつの間にか森を抜けていたらしい。目の前に広がるのは、私が過ごしたあの村だ。

 でも、この村ってこんなにも近かったっけ。

 確かもっと歩いた記憶があるんだけど……まあ、時間短縮ができたと思えばいいか。

 

 村に近づいていけば、見辛かった部分も見えてきた。

 一部の小屋は焼けており、焼けてない小屋は作りかけ、というような印象が見て取れた。

 

「そっか。襲われた後の村なんだ」

 

 この村は一度、大きな黒い恐竜によって襲われている。

 村にあった小屋は全て焼かれ、育てていた畑は踏みにじられた。

 今目の前にある村の状況は、恐竜を追い返した後。村の皆と協力して、復興している最中だ。

 

「懐かしい……」

 

 焼けた村を見るのは辛かったけど、復興には楽しいこともあった。

 寝る場所もないからみんなで野宿したり、とりあえず作った大きなプレハブ小屋で雑魚寝したり。

 辛いことも楽しいことも、この村で沢山体験した。

 

「……うん、思い出してきた」

 

 そして風が吹き、村の様子が変わる。

 焼けた小屋は撤去され、まだ数は少ないけど、完成している小屋が増えている。

 

 これは、復興が進んでしばらく経った後の光景だ。

 この頃には畑も耕し初めて、少しずつ元の生活を取り戻していた。

 

「……この頃、だったっけ」

 

 私たちが、初めて喧嘩をしたのも。

 

 理由はただの意見の食い違い。

 村を優先したいと言う彼と、それも大切だけど、自分がしたいこともやりたいと言う彼女。

 私はそんな二人の味方をして、二人と喧嘩をした。

 

 彼女はずっと、好きな物語の主人公のように旅に出たかった。

 でもあの子たちは中々成長することができず、そのせいで旅に出ることを止められていた。

 あの襲撃をきっかけに成長した彼女は、一日でも早く旅に出たかったのだろう。

 村の復興も進んできたタイミングでそれを打ち明け、否定された。

 

 彼の言い分はもっともだった。

 村の復興が進んでいたとはいえ、まだ完璧ではない。

 今はまだ復興を手伝うべきだと、彼は彼女を窘めた。

 

 私は彼女の気持ちも何となくわかったけど、彼の言っていることも正しいと思った。

 だからなんとか妥協案を提案しようとして、空回ってしまったんだ。

 

 彼は復興を手伝い、彼女は一人で村を出ようとした。

 私は二人と仲直りすることもできず、ただ無意味な時間を過ごしていて。

 バラバラになりかけた私たちを繋ぎ止めたのが、村長だった。

 

「っわ!?」

 

 物思いに耽っていると、突然なにかに背を押された。

 なんとかバランスをとり、転ばないようたたらを踏む。

 

 ここには私以外の人間はいない。

 じゃあ、一体だれが……っ!

 

「え、村長?」

 

 そこにいたのは、二つの小さな人影。

 見覚えのある杖をもち、片方はそれをこちらに向けていた。きっと、その杖で背を押したんだ。

 

「あー……さっさと行けって?」

 

 言いそうなことを口に出してみれば、案の定二人は大きく頷いた。

 物思いに耽っている場合ではないぞ、と目を鋭くする。

 

 ああ、思い出した。この人たち、若いうちはとにかく前を向け、とか言うタイプだった。

 まあでも、正にその通り。

 

 いつの間にか手に持っていた青い欠片を大事に包み込む。

 過去を振り返るのは、もういつでもできる。

 

「行ってきます」

 

 最後に二人に挨拶をして。

 もう絶対に忘れるものかと、心に誓った。

 

 さあ、戻ろう。ランサーが待っている。

 

 

 *

 

 

 村から一歩でると、そこは既にアリーナの通路になっていた。

 隣を見上げれば、ランサーが少し驚いたような表情で立っている。

 やっぱり、急に戻されるのは慣れないよね。

 

 溢れそうになる苦笑いを抑えながら、再びアリーナを進んでいく。

 記憶も取り戻せたし、もうアリーナでやるべきことはない。

 後は改竄のためにエネミーを倒し続けるだけだ。

 

 黙々と、まるで作業をするかのようにエネミーを倒していく。

 軽口でも叩き合えたらいいのだが、生憎ランサーとの仲はそこまで深くなっていない。

 何度か話しかけてみるが、ええ、とかそうねとか、そんな返事ばかり。

 これ以上は無駄口を叩くなと言われてしまいそうだったから、口を閉じることにした。

 

「────そいつで最後!」

「っはぁ!!」

 

 アリーナに入って、数十分。

 帰還用のポータルの前にいる敵が、ランサーの一撃で消滅していく。

 アリーナ全域を回ってエネミーを倒し尽くし、さらにリスボーンしたエネミーも倒し尽くした。

 これならステータスの大幅向上も望めそうだ。

 

「小鳥遊たちは見かけなかったね」

「……」

「ランサー?」

 

 なにか会話をしようと小鳥遊たちのことを話題にするも、ランサーは反応を示さない。

 むしろ、手を顎に当て難しそうな顔をしている。

 一体何を考えているのだろう。

 

「ラン、」

「戻るわよ」

「は?」

 

 変な声が出た。

 いや、でもそれぐらいに衝撃的だった。

 

 そんな私の様子を気にすることなく、ランサーは再びアリーナに戻っていく。

 慌ててそれを追いかけ、彼女の前に立ち塞がった。

 

「ちゃんと説明して!」

 

 いつでもリターンクリスタルを取り出せるよう準備をする。

 いざとなったら、無理矢理連れ帰るつもりだ。

 できればそんなことはしたくないけど……。

 

「明日に響かない程度にエネミーを狩りつくすわよ」

「なんでそんなことを? 今日だって十分な数のエネミーは倒したはずだよ」

「足りないわ」

 

 足りない、って。今日だけで二十は倒しているというのに、何を言っているんだ。

 むしろ十分と言ってもいいくらいだ。

 

「…………貴女は相手マスターよりも戦闘指揮はしっかりしてる。まだまし、というくらいだけど」

「え、あ、ありがとう」

「褒めてないわ」

 

 長い沈黙の後、なぜかランサーは急に私のことを褒めだした。

 今までの経験からして絶対言われない言葉に驚くと同時に、素直に感謝の言葉が出る。

 その後すぐに否定されてしまったけど。

 

「そして、そのことに関しては向こうも自覚しているはず。なら、どうやってその差を埋めると思う?」

「……無茶をしてでも魂の改竄を行う?」

 

 咄嗟に思いついたことを口にしたが、それは確実ではない。

 小鳥遊に体力はないからだ。もし彼女が無茶を通そうとしても、その前にセイバーが止めるだろう。

 そうなると、体力ギリギリまでアリーナを巡るとは考えにくい。

 

 なら、どうやって……。

 

「……まさか、令呪?」

 

 視界に映り込んだ赤い刻印。

 サーヴァントに対する絶対命令権。それを使えば、サーヴァントの力を限界まで引き上げることもできる。

 

 だけど、まだ一回戦だぞ?

 こんな序盤で令呪を使ってしまえば、後が苦しくなってしまうのは目に見えている。

 

「それでも使うでしょう。彼女の願いが生きることなら」

「……少しでも、長く生きるために」

 

 ああ、そうだ。きっと、彼女はそういう人間だ。

 生きたいと、彼女はそう言っていた。

 そのためなら誰かを殺してしまっても構わない。そんな思いを持って、この戦いに身を投じた。

 そんな彼女なら、令呪だって躊躇なく使うだろう。

 

「それに、サーヴァントには宝具がある。それを警戒するに越したことはないわ」

「……そうだね。それでステータスを?」

「ええ。でも本命は────」

 

 続いた言葉に、なるほどと納得する。

 それなら、このまま帰るわけにはいかない。

 

「わかった、戻ろう」

 

 明日に響くほど疲れなければいいんだ。

 体力にはそれなりの自信はある。

 とりあえず、あと一周巡るくらいは頑張ろうか。

 

 

 *

 

 

 アリーナから戻った足で、そのままマイルームに向かう。

 校舎の外は真っ暗で、生徒の影一つ見当たらない。

 こりゃあ、アリーナに残っていたのは私たちが最後で間違いないな。

 

「疲れた、もう動きたくない……」

 

 そんな弱音が出るくらいに疲れ切った私は、適当に制服を脱ぎ捨てベッドに飛び込んだ。

 ふかふかな感触に眠気を誘われながらも、向かいに座ったランサーを見る。

 彼女に疲れた様子はなく、足を組んで優雅にベッドに座っていた。

 流石英霊、というところか。

 

「私、もう寝るね……」

「ええ」

 

 脱ぎ捨てた制服は一応拾い、ベッドの傍に作った机に置く。

 本当ならお風呂にも入りたいけど、そんな気力はない。

 明日の朝でいいや……。

 

「ふわぁ」

 

 大きな欠伸を一つ。

 毛布に潜るとすぐに眠気は襲ってきた

 

「おやすみ、ランサー」

 

 その言葉を最後に、私は睡魔に身を委ねた。




と、いうわけで!
今回は色々と展開が進みました。
真名看破にクレアの記憶。文字数のこともあり、一つに纏めてみました

次回は7日目、決戦となります。
できれば一週間更新を保ちたいのですが、次回は戦闘描写が多くなるので遅れてしまうかもしれません。
よろしくお願いします。


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第十四話 開幕

 翌朝、準備を整え廊下に出ると、今までの学校とは様子が違っていた。

 生徒の姿は疎らに見えるが、見た限りマスターの姿はない。全員がNPCだった。

 

「これって……」

「ふむ、起きたか」

 

 いったい何が起きているのか分からず困惑していると、突然隣から渋めの男性の声が聞こえてきた。聞き覚えのある声だったが、あまりに突然のことで体が跳ねる。

 慌てて横を見ると、そこには言峰がニヤニヤした表情で立っていた。

 

 ……こいつ、ランサーと同じタイプの人間か。私がびっくりしたのを見て愉しんでやがる。

 

「他のマスターが見当たらないけど、なにかあったの?」

「いないわけではない。少なくなっただけだ」

 

 言峰曰く、決勝戦当日は猶予期間で過ごした校舎とは、また別の校舎から始まるらしい。

 そこから決戦場に赴き、対戦相手との決着をつける。

 そして勝ち残った者が元の校舎に戻り、再び次に戦いが始まるのだ。

 

 今ここにいるマスターは私を含めて数人。

 その半分は、今日の戦いでいなくなる。

 

「決戦の時刻は端末に転送する。それまでに準備を整えておくといい」

 

 それだけ言うと、言峰は私の前から去っていった。

 もしかしたら、他のマスターにも同じことを伝えに行ったのかもしれない。

 

 その背中を見届けていると、端末から軽快な音が鳴り出す。

 なんの通知なのか確認してみると、先程言峰が言っていた、決戦の時刻を知らせるメールが届いていた。

 

 決勝は夕方から、順次ランダムに始められるらしい。10分前に再び通知がきたマスターは、1階昇降口近くにある用具室に来るように。

 そうメールには書かれていた。

 

 今はまだ朝。夕方までにはたっぷりと時間がある。

 とりあえず、購買に向かうことにしよう。まずは朝食をとって、アイテムの補充をするべきだ。

 

 

 *

 

 

 朝食をとった後、決勝前にすべきことを考える。

 真名については既に昨日判明した。なら、あとは魂の改竄を頼むだけ。その後は、そうだな。マイルームで休むとしよう。昨日の疲れも少しだけど残っているし。

 

 今後のことを決め、教会へと向かう。

 大きな扉を押し教会の中に入ると、早速青い瞳と目があった。

 

「ああ、君か」

「……ん? 貴女、なんか変わった?」

 

 橙子さんはいつもと変わらない挨拶をしてくれたが、青子さんはどこか釈然としない表情をしていた。

 彼女がそんな顔をする原因に、心当たりはある。

 だけど、そんなにもわかるものなんだろうか。特に彼女は、橙子さんの様に私がなにか違うことを知っている訳ではない、はず。

 

「……まあ、決勝当日なんだし雰囲気が違うのは当たり前か。で、貴方たちも改竄?」

「あ、はい」

「ならさっさと終わらせましょ。ご希望は?」

 

 ”貴方たちも”ということは、私以外にも改竄に着たマスターがいたのか。

 いや、決勝直前にステータスを上げられるだけ上げようと思うのは当たり前のことだ。

 

 勝手に一人納得しながら、今回の改竄についてはランサーに任せる。ランサーの要望に頷いた青子さんは、すぐさま作業に入った。

 こうなってしまえば、私にやることはない。

 

 すぐ近くの長椅子に座り、端末に入っている敵の情報を見返す。

 今までの戦闘を思い返しても、小鳥遊自身はあまり脅威ではない。ただ、回復のコードキャストは厄介だから気を付けよう。

 

 そしてセイバーは、刀に薙刀、肉弾戦を使ってくる。

 また、逸話通りならその腕力は凄まじいものだろう。肉弾戦になったとしたら、なるべく捕まらないよう立ち回るしかない。

 さらに、便宜上セイバーと呼んでいるが、本当のクラスは結局わからないまま。候補としてはセイバーに加え、ランサーとアーチャーと浮かんではいるが。

 今までの戦闘では出さなかった弓についても注意が必要だろう。弓についてはとりあえず、頭の片隅にでも置いておこう。

 

「ん?」

 

 タイピング音が止まる。

 顔を上げれば、赤い壁は無くなりランサーは地に足をつけていた。どうやら改竄が終わったらしい。

 

「スキルの方はどう?」

「……ええ、これならいけるわ」

 

 その言葉に、ほっと息をつく。

 これで決勝の不安は一つ減ったし、なにより昨日の苦労が報われた。

 

「ほら、用が終わったならさっさと行った行った。君で最後みたいだし、今日はもう閉店よ」

「はい。ありがとうございます、青子さん」

 

 肩を回す青子さんに礼だけ伝え、教会を出る。

 これで、やれることは全てやった。あとは、決勝直前まで疲れを取ることに専念しよう。

 

 マイルームに戻り、ベッドに飛び込む。

 このまま一眠りしてしまっても余裕があるほど、決勝までの時間はまだある。

 でも実際に眠れるほど神経は図太くないから、もう見慣れた天井を見つめ続けた。

 

「……」

 

 不思議なことに、私はそこまで緊張していなかった。

 心臓の鼓動はいつもよりうるさいし、恐怖だってないわけじゃない。でも、どこか落ち着いている自分がいて。

 

「……はぁ」

 

 上手く言い表せない感情がわき出る。

 昔の私は、こうした命の奪い合いもしていたのだろうか。わからない。だから、取り戻す必要がある。

 

 結局、目的は変わらないってことだ。

 

「……時間か」

 

 気がつけば、空は茜色に焼け初めていた。

 静かだった部屋に、なにかを知らせる機械音が鳴り響く。

 端末を手に取り時間を見ると、一通のメールが届いていた。それを確認することなく、端末の画面を消し立ち上がる。

 

「行こう」

 

 もう、迷いはない。

 

 

 *

 

 

 一階に降りると、用具室の前に言峰が立っているのが見えた。

 彼もこちらに気づいたようで、不適な笑みを浮かべ私に目を向ける。

 

「ようこそ、決戦の地へ。身支度は全て整えてきたかね?」

 

 淡々とした声色で、言峰は最後の確認をする。

 その言葉に頷き、胸元を握りしめた。

 

「扉は一つ、再び校舎に戻るのも一組。覚悟を決めたのなら、闘技場(コロッセオ)の扉を開こう」

 

 その問いにも、しっかりと頷いた。

 覚悟なんてものはもうできている。脆く、弱い覚悟なのかもしれないけど。でも、今この瞬間、最後の一歩を踏み出せるのならそれでも構わない。

 

「よろしい、若き闘士よ。決戦の扉は今、開かれた」

 

 端末からなにかが飛び出した。それは、今まで集めてきたトリガー。

 それは用具室の扉にある穴へと近付き、嵌め込まれていく。

 

「ささやかながら幸運を祈ろう。再びこの校舎に戻れる事を。そして───存分に、殺し合い給え」

 

 トリガーに反応したのか、扉にはなにかしらの紋様が浮かび上がり、巻き付いていた鎖は消滅する。

 一瞬の瞬き。その間に、校舎の扉はエレベーターへと変わっていた。

 音を立て開いたエレベーターの中は暗くてよく見えない。アリーナと同じようで違う、なんとも言い難い雰囲気だけ感じ取れる。

 

 このエレベーターに入ってしまえば、もう後戻りはできない。

 いいや、どうせ乗らなければ死んでしまう。戦うことを選んだ私は、逃げるという選択肢を既に失っている。

 

「……よし」

 

 この六日間のモラトリアムの間に、他にやれることがあったんじゃないかと、そう思うことがある。でも、私が思い付けるだけのことはやったつもりだ。

 あとできるのは、ここまで付き合ってくれたランサーを信じることだけ。

 

 ゆっくり、エレベーターに足を踏み入れる。ランサーが入ったのを目視すると、エレベーターの扉は閉じられてしまった。

 息つく暇もなく動き出したエレベーターは、どうやら下に向かっているらしい。アリーナの更に深海へ向かい、エレベーターは静かに降りていく。

 

 暗闇に目が慣れてきた頃、目の前に誰かがいることに気づいた。

 電気が付き、視界が明るくなる。

 目の前にいる人物は、予想通りの人物。

 

「二日ぶりですね、ヴィオレットさん」

 

 対戦相手である小鳥遊が、壁の向こう側に立っていた。その後ろには、セイバーが鎧をまとった姿で付き添っている。

 大鎧の、確か前板だったか。そこには、以前まではなかったある紋様が描かれていた。

 

「もう隠さないんですね」

「え、ああ……あなたならもう分かっているかと思って」

 

 それは家紋。日本を象徴するそれは、紋様の形で誰なのか判別することができる。

 前板に描かれている家紋は三つ巴。巴御前が使っていたとされるものだ。

 

(てき)を随分と信頼してるようで」

「そう、なるのかしら。あなたは戦い慣れているように見えたから、余計にバレているのだと思ったのよ、きっと」

 

 嫌みのつもりで言った言葉が、なぜだか誉め言葉のようになって返ってきた。こうも純粋に返されると、罪悪感が積もるからやめてほしい。

 なんかやりにくいなぁ。

 

「それに本で読んだのだけど、武士は戦いの前に名乗りを上げるでしょ? いつまでも真名を隠したままなのは、もしかしたら心苦しいんじゃないかって」

「いえ、そんなことは。私の頃はあまり名乗りを挙げたりはなかったですし」

「え!?」

 

 なるほど、と納得したのもつかの間。セイバーから衝撃の事実が知らされた。当時、実際に名乗りを上げることはあまりなかったらしい。

 小鳥遊は軽く頬を染め、どこか恥ずかしそうな顔を見せる。

 間違った知識を本人の前で言ってしまったのが恥ずかしいんだろう。私もそれに関しては知らなかったし、余計なことを言わなくてよかった。

 

「えと……ごめんなさい。余計なお世話だったかしら」

「いいえ、そのようなことは決して。貴女の優しさは弱点でもありますが、長所でもあります。どうか、無くしてしまわないように」

 

 セイバーのどこか矛盾している言葉に、小鳥遊は少し困ったように眉を下げた。ただ、それでも褒められているということは分かったんだろう。眉を下げたまま礼の言葉を口にする。

 

 なんとなく、セイバーの言っている意味が分かる気がした。

 私が小鳥遊と話したのはたったの数回だけど、それでも彼女が優しい人間だということくらいはわかる。

 その優しさは甘さでもあるかもしれないけど、決して悪いものではない。今の状況では、いいものとも言いにくいだけで。

 

 少なくとも、私が昔であった人間よりは───。

 

「……ついた」

 

 ガタン、とエレベーターは音を立て動きを止める。

 エレベーターが示す階は0。ここが最終地点。私たちが戦う決戦場。

 

「こういうときは、いい試合にしましょう、とでも言えばいいのかしら」

「そんなこと言ってる状況ではないと思いますよ」

「ふふ、そうね」

 

 決戦場は目の前だと言うのに、彼女は変わらずマイペースなままだ。やっぱりやりにくい。

 思わず目を逸らすと、彼女の手元が目に入る。その手は、小刻みに震えていた。

 

「行くわよ」

「……そうだね」

 

 既にエレベーターの扉は開いている。

 アリーナと同じ通路に見えるが、その先を見ることはできない。

 それを恐れることなく、ランサーは先へ進んでいく。私も遅れないよう、彼女の後を追いかける。

 

 僅な暗闇を抜けると、そこはアリーナとはまた違う場所だった。

 周囲を囲むように崩れている日本風の家や小屋。セイバーの後ろにある大きな屋敷だけが、唯一綺麗に形が保たれていた。

 

 周りを見渡すが、奥の方まで行ける気はしない。

 どうやら、戦える範囲は決まっているらしい。闘技場(コロッセオ)と呼ばれる理由が分かった気がする。

 まさに一対一の真っ向勝負。暗殺や罠を張ったりするのは、少し難しそうだ。

 

「ここが闘技場(コロセッオ)……」

「観客の一人もいないのね。踊り甲斐がないわ」

 

 ランサーはどこか不満そうだ。

 私としては観客なんてものいない方がいいのだけど、彼女はそうじゃないらしい。

 なにも言うことはできず、目の前の小鳥遊とセイバーを見る。

 

 セイバーはこちらを警戒し既に刀を手にしていたが、小鳥遊はどこか上の空。

 私の方を見ず、空を見上げていた。

 

 つられるように私も上を見る。

 天井はなく、空もない。ただ、壊れた家の破片が漂っているだけ。海が暗いのも相まって、まるで深海の中にいるような気分だ。

 

「?」

 

 今、鳥のようななにかが横切ったような気が……。

 目を擦りもう一度上を見渡すが、先ほど見た影はどこにもない。破片を見間違えてしまったのだろうか。

 

「さて、これで本当に後戻りはできなくなったわ。私とあなた、どちらかが死ぬしかない」

 

 まるで自分に言い聞かせているようだと、そう思った。

 震える腕を抑えつけ、小鳥遊は真っ直ぐと私を見つめている。

 空色の瞳には、隠し切れない恐怖と、前に進もうとする希望が宿っているように見えた。

 

「負けないわ。ええ、そうよ。こんなところで、終わるわけにはいかないの」

「それは、私だって同じだ」

 

 まだ私は全てのの記憶を取り戻していない。

 こんなところで立ち止まるわけにはいかないのだ。

 

 私にも、そして小鳥遊にも譲れないものがある。

 相手を殺してでも、私たちは前に進むことを望んだ。

 だから私たちはここにいる。

 

「無駄話はそこまでよ」

 

 ランサーが、更に一歩前に出る。

 それに反応したセイバーは、手に持っていた刀を構えた。

 

「せいぜい、私を楽しませなさい。そしたら楽に殺してあげるかもね」

「戯言を」

 

 ランサーの言葉は一蹴される。

 セイバーは既に殺意を高め、その周囲には炎を纏わせていた。

 

「巴御前、いざ参る!」

「いいわ、ズタズタに切り裂いてあげる!」

 

 会話はもう必要ない。

 必要なのは戦う意志のみ。

 

 それ以外の感情を、今だけは捨て去ろう。

 情けは不要。生き残れるのはただ一人。

 

 私は私のためだけに、彼女を殺すのだ。

 




前回戦闘描写に時間がかかると言ったが、あれは嘘だ。

と、いうわけで。今回は戦闘まで行くことはできませんでした。
次回が本当に決勝戦開始となります。
さらに最近は少し忙しいこともあり、次回も一週間更新は難しそうです。二週間の間には投稿したいと思っているのですが。

知識の間違いや誤字脱字の指摘、そして感想はいつでもお待ちしております。これからもどうかよろしくお願いします。


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第十五話 死闘

 戦闘が始まり、ランサーの踵とセイバーの刀が鍔迫り合う。

 刀と薙刀から繰り出される不規則な戦い方に翻弄され、あまり攻めることができていない。それに、斬擊を受け止めても、武器にまとわりつく炎が着実にランサーの体力を奪っている。

 このままでは、こちらが負けてしまうのも時間の問題だろう。

 

 一番はあの炎をなんとかすることだが、生憎そんなコードキャストは持っていない。

 対抗策を練ってはきたが、それが通用するのは恐らく一度きり。そんな策をこんな序盤でするのは得策ではない。

 つまり、今はランサーに頑張ってもらうしかないのだ。

 

 甲高い音が闘技場に響き続ける。優勢でも劣勢でもない。お互いに傷付けることは出来ず、体力だけが減っていく。

 そんな状況に痺れを切らしたのは、向こう側だった。

 セイバーが一度距離をとり、その場で刀を振り上げたのだ。

 

「はぁ!!」

 

 力強く振り下ろされた刀から、斬擊が繰り出される。それは炎となって、ランサーに襲いかかった。

 

 巨大な炎に視界を遮られるが、彼女なら簡単に避けられる速度だ。

 実際、ランサーは簡単にその斬擊を避けてみせた。だけど。

 

「ランサー、もう一撃が来る!」

 

 切り返された刀から、再び炎の斬擊が放たれる。

 一撃目と時間を置いて迫るそれに、彼女は反応できない。

 

「ちっ!」

 

 それでも、なんとか直撃は避けることができた。彼女の体の柔らかさがあったからこそできた動きだ。

 そのまま距離をとり、戦闘は一時的に中断される。

 

「ランサーと同じ……」

「始めてやりましたが、案外できるものですね」

 

 なるほど、とセイバーは頷く。

 その言葉に、頬がひきつった。初めてということは、今の斬擊は改竄を行って取り戻したスキルではないということだろう。

 

 英雄というのは、こんなにも規格外の存在なのか。

 改めてその存在に恐怖を抱き、そして少し、憧れた。

 私に彼女たちのような力があったのなら───一体、なにをしたかったんだろう。

 

「集中!」

「っごめん!」

 

 ランサーの渇に意識が戻る。

 どうにも、少しでも記憶の断片に触れるとそちらに気を取られてしまう。これはすぐに直さないといけない。

 頭の片隅でそんなことを考えながらも、意識を戦いに集中させる。

 

 既に飛び出していたランサーは、踊るような動きでセイバーを翻弄している。

 コードキャストで援護も行うが、それは刀によって防がれてしまった。やはり、隙をつかないことには援護は難しい。

 でも、気を反らすことならまだできる。少しの隙さえできれば、ランサーの攻撃も通るはずだ。

 

shock(16)(電撃)!」

 

 威力より量を優先し、少量の魔力で素早く電撃を撃っていく。

 いつもの半分以下の威力だが、その分撃つ速度はいつもの倍になっている。とは言っても、込めている魔力が少ないせいか、威力だけでなくスタン効果すらもほぼないものとなっているみたいだけど。

 

「ち……っ」

 

 だが、これで相手の集中力を乱すことはできた。

 前回のこともあるんだろう。放たれた電撃は全て刀か薙刀で防いでいる。この程度なら籠手でも防げそうだが、それを教えるわけはない。

 

「隙だらけよ!」

 

 それに例え僅かだろうと、敵にできた隙をランサーが逃すことはない。

 防御しようとするセイバーに普通の電撃を撃ち込む。一瞬動きを止めた体に、ランサーの踵が蹴りこまれた。

 

「っheal(16)(回復)!」

 

 だけど、その傷はすぐに小鳥遊によって治されてしまう。やっぱり、敵に回復があるのは厄介だ。

 向こうに耐久力がないことが幸いだろう。もし小鳥遊が病弱じゃなければ、鼬ごっこになっていたかもしれない。

 

「治療は?」

「必要ないわ。それより貴女は向こうの妨害に勤しみなさい。癪だけど、マスター相手に攻撃できるのは貴女だけなのだから」

「わかった」

 

 改めて、今の自分の状態を確かめる。

 結構使ったと思ったけど、魔力はまだ十分。疲れもない。ほぼ万全の状態だ。

 ランサーの傷も深いものではない。

 

 ただ、このまま戦況が動かないのも問題かもしれない。

 今すぐできる対抗策は、やはり昨日考えてきたあれしかない、か。

 

「ランサー、昨日考えたあれ、行けそう?」

「……すぐに思いつくのはそれぐらいね。いいわ、従ってあげる」

 

 隣にいたランサーが飛び出し、再びセイバーとの切り合いが始まった。

 あれではない、これではないと、敵の動きを見ながら判断を下す。

 チャンスは一度。悟られてしまえば、きっと二度目は対策が練られてしまう。

 

 時折サポートをしながら、じっとチャンスが来るのを待つ。

 そして、案外それは早くにやってきた。

 

 ランサーの強烈な蹴りが相手の懐に入ったのだ。肉を切り裂く音が聞こえ、セイバーは大きく後退する。

 そこで小鳥遊が片手を上げた。回復するためにコードキャストを唱えようと口を開いた。

 それを阻止するため、急いで電撃を放つ。

 

「きゃあっ!?」

「マスター!」

 

 ギリギリのところだったが、なんとか阻止することができた。

 自らのマスターの悲鳴に気を取られたところをランサーが追い詰める。

 

「邪魔を、するな!」

 

 しかし、その攻撃はどこか力任せに振られた刀の猛炎に阻まれた。

 そのまま小鳥遊の許に戻ったセイバーは、まるで守るように小鳥遊を自分の体で隠す。これでは回復を阻止することはできない。

 

「切り裂け!」

 

 しかも、セイバーはさっきみたいに刀に炎を纏わせ、まるで地面に叩きつけるかのように刀を振り下ろした。

 斬擊が炎に変わり、ランサーに迫る。

 

 ────きた!

 

「ランサー、今!!」

踵の名は魔剣ジゼル(ブリゼ・エトワール)!」

 

 これを利用しない手はない。

 十字の斬擊を放つランサーのスキル。それにセイバーと同じように水を纏わせ放った斬擊は、炎にぶつかり蒸発した。

 

 昨日のアリーナ探索で、ランサーは戦闘に必要な知識や自分に関することを教えてくれた。まあ、真名とかそれに繋がることは一切教えてくれなかったけど。

 そこで知ったのは、ランサーはセイバーと同じようにある程度水を扱えるということ。

 

 その情報を聞いて思いついたのが、今のこの状況。炎に水をぶつければ、多少の目くらましになるのではないかと思ったのだ。

 ここまで深い霧になってしまうのは、正直予想していなかったけど。でも、これならいくらサーヴァントとは言え相手を黙視することはできない。

 

view_status()(解析)

 

 そして、こちらには解析のコードキャストがある。

 その効果によって視界が鮮明になる。霧の中の状況も、これならよく見れた。

 セイバーは既に小鳥遊の傍を離れている。恐らく巻き込まれないように、と思ったのだろう。

 

 軽く離れた位置で立ち止まり、そこから動こうとはしない。

 それはランサーも同じだ。気配を辿れても、それは完璧ではない。不用意に近づいたら音で気が付かれてしまう。

 

 魔力を溜め、パスを通じランサーに言葉を伝える。これも、昨日彼女に教えてくれた技術の一つ。所謂念話というものだ。

 

(10時の方向、約50m。そこにセイバーがいる)

 

 返事はない。だけど、ランサーが動いたのを目視できた。

 足音を立てないよう、まるで滑るように近づいていく。

 それでも、僅かに音は立つものだ。その僅かな音を聞き取ったセイバーは刀で防御しようと動き出す。だけど、もう遅い。

 

「がっ……!」

「まだよ!」

 

 滑る勢いを乗せた華麗な回し蹴りは、見事セイバーの懐に入り込んだ。

 防御できなかったセイバーは吹き飛ばされ、後ろの城に激突。そこに追撃として放った斬撃がぶつかり、砂煙が舞う。

 

「っァ……!!」

 

 小鳥遊の悲鳴が聞こえる。だけど、どこか無理矢理言葉を止めたようにも聞こえた。

 なぜかそれに引っかかりを覚えながらも、解析で砂煙の先を見つめる。

 

 セイバーは動かない。

 

「勝、った……?」

「油断しないで。まだ終わってないわ」

 

 思わず漏れた言葉は、ランサーに窘められる。

 言われた通り、まだムーンセルから終わりの合図のようなものは来ていない。つまり、戦いはまだ続いているのだ。

 緩めていた気を締め直し、再び砂煙の中の様子を確かめようとして。

 

 耳に、何か風を切る音が届いた。

 

「な……!?」

「ッランサー!!」

 

 それは燃え盛りながら飛来し、ランサーの体に突き刺さった。

 さらに風を切る音がしたと思うと、砂煙の向こうからまた何かが飛んでくる。

 

shock(16)(電撃)!!」

 

 飛んできたそれに電撃をぶつけるも、威力が足りないのか相殺すらできなかった。

 結局、それはランサーの足によって切り裂かれ地面に落ちていく。

 

「あれは、矢?」

 

 砂煙から飛んできた飛来物。その正体は、燃え盛る矢だった。

 誰のものなのか、なんて考えなくてもわかる。

 と、いうことは。

 

「向こうのクラスはアーチャーか」

「そんなの、今更どうでもいいわよ」

「ごもっとも」

 

 砂煙が晴れていく。

 薄っすらと映り始めた影は、先ほどまでのセイバーのシルエットとはどこか違っていた。

 あれは……。

 

「角?」

 

 セイバーの額には、鬼のような二つの角が生えていた。恐らく、今までは隠していたのだろう。

 雰囲気が全然違う。なんというか、存在感が桁違いに増している。

 

「へえ、人間にしては力が強いと思っていたけど、そういうこと。さしずめ、鬼の末裔といったところかしら」

「貴女には関係のないことです」

「それもそうね。興味もないわ」

 

 ただ、とランサーは口許を歪める。

 好戦的な光を宿した青色は、まるで輝いているようだった。

 

「こっちの方が嬲り甲斐がありそう」

 

 楽しそうだな、と感想を抱く前に、ランサーは飛び出してしまった。

 そのサポートをするため、コードキャストを使おうとしている小鳥遊に向かって電撃を放つ。

 だけど、それはいつの間にか小鳥遊の前に立ち塞がったセイバーに防がれてしまった。

 

「っさっきよりもスピード速くない!?」

「身体能力が上がってるんでしょう!」

 

 再び電撃を放つも、それも意味を成さない。

 これじゃあ、最初のように少ない魔力で数を増やしても意味はないだろう。

 

 一点集中すれば当てられるかもしれないが、そうなると小鳥遊への注意ができなくなる。

 今のダメージの差を埋められるのは面倒だ。ここは無理に当てようとはせず、私は小鳥遊の回復に注意しておいた方がいい。

 

 でも、どうにかサポートをしないといけないのも事実だ。

 鬼化、とでも言えばいいのだろうか。彼女の能力が底上げされてから、ランサーが押され始めている。

 

 さらに、セイバーの戦い方が一変したことにうまく対応できていない。

 先程までは刀と薙刀を中心に使っていたが、今は弓を中心に使っている。巴御前は弓と薙刀を主武器としていたと聞くし、元々あっちの方が得意なんだろう。

 弓を主軸にされたことで、中々近づくことができない。こちらの遠距離攻撃はスキルしかないし、圧倒的不利な状況だ。

 

 それに、近づけたとしても刀や薙刀で応戦されてしまう。ステータスが上がったせいで、スピード以外であまり有利が取れなくなったのも痛手だ。

 

 だけど、近づかないことには何も始まらない。

 なんとかしてランサーとセイバーの距離を縮めないと……。

 

「……よし」

 

 戦闘に注意を向けながら、端末の操作を行う。

 礼装が入れ替わったのを確認し、一度ランサーを呼び戻した。

 

「……なに?」

「矢は私が何とかする。だから、信じて突っ込んでほしい」

「そんなこと、貴女にできるの?」

「やってやるよ」

 

 正直、できるかは分からない。当たり前だ、試したことなんてないんだから。

 でも、今はやるしかない。

 

 ただまあ、一応言ってはおこう。

 

「撃ち落とせなかったらごめん!」

「そうなったら後で切り裂いてあげる」

 

 こりゃあ失敗はできないなあ!

 

 ランサーが飛び出し、私は魔力を礼装に流す。

 魔力の流し方でコードキャストの効果や出方が変わるのは既に知っている。だから、あとは魔力の流し方を考えるだけ。

 

 使うコードキャストは『protect(16)(防壁)』。だけど、今までと同じように使えばあの矢でも、簡単に破られてしまうだろう。

 だから一点集中する。魔力を一点にだけ集め、防御力を高めるのだ。その分、効果範囲は縮んでしまうけど。

 

protect(16)(防壁)!」

 

 燃え盛る矢の到達地点を予測し、矢尻が刺さる程度の防壁を張る。

 それは破られることなく、矢を押し留めた。

 

「っ次!」

 

 休んでいる暇はない。

 一体どうやっているのか、次々と矢はランサー目掛けて放たれていく。本来なら番える手間とかがあるはずなんだけどな!

 

 そんな愚痴を吐き捨てながら、ランサーを矢から守っていく。

 元々、そこまで広くはない決戦場。着実に距離は詰められている。

 あと一歩。あれさえ防げれば……!

 

prote()……」

「っあああ!!」

「えっ!?」

 

 近くで、小鳥遊飛鳥の声が聞こえて。胴に来る強い衝撃と共に、視界が回った。

 

「っごめん、援護できない!」

 

 咄嗟にそれだけ叫んで状況を伝える。

 それから急いで衝撃が来た胴体を見れば、そこには色素の薄い長髪が見えた。

 小鳥遊だ。あまりに大胆の行動に、言葉を失う。

 

 いくら遠距離からの妨害ができないからって、飛び込んでくるか普通!?

 

「アーチャーの邪魔は、させない!」

「この……!」

 

 元々病弱なせいか、彼女が私を拘束する力は弱かった。すぐさま振り解き距離を取る。

 ランサーの方も、なんとか距離を詰めることができたようだ。甲高い、金属同士がぶつかる音が聞こえてきた。

 

 小鳥遊と向かい合う。先程の勢いはどうしたのか、彼女から仕掛けてくることはない。

 身体能力の差を自覚しているんだろうか。さっき気づかなかったのは、私がランサーのサポートに集中しすぎたから。

 失態だ。小鳥遊から仕掛けてくることなどないと高を括っていた。自分よりも格下だと、どこかで見下していた。

 もし、小鳥遊がナイフなどの武器を持っていたら……。

 

「っくそ……」

 

 恐怖と後悔。色々な感情を悪態と共に吐き出す。

 自分でもわかるくらいに焦っている。落ち着け、少なくともこうして対面していれば、大丈夫だ。

 

「私は、負けたくないわ」

「……ええ、そうでしょうね」

「だから────」

 

 小鳥遊の視線が私から外れる。

 向かう先では、ランサーとセイバーが戦っている。

 

 私も、小鳥遊の視線を追うようにそちらを見る。見て、しまったのだ。

 

「───令呪をもって命じるわ。勝って、アーチャー!!」

 

 赤い閃光が小鳥遊の手の甲から発せられた。それは令呪の輝き。

 それを阻止することはもうできない。一度小鳥遊から視線を外した時点で、私は彼女に令呪を使う隙を与えてしまった。

 

「ご下命のままに!」

 

 セイバーの魔力が劇的に上昇する。

 それは圧力となり、私たちの体に重く圧し掛かった。息するのすら苦しいほどの威圧感に、冷や汗が流れ出す。

 

 これが、宝具……!

 

「っランサー!」

 

 声を荒げる。だけど、そんなことに意味はない。

 ただ、咄嗟に口に衝いて出ただけ。

 

「聖観世音菩薩……私に、力を!」

 

 セイバーがランサーに迫る。令呪の効果なのだろうか。先程までとは全く違う素早い動きに、ランサーは反応することができない。

 体を掴まれ、そのまま空中に投げ飛ばされてしまった。

 

 ランサーは何とか空中でバランスを取り、セイバーへ向き直る。

 そこには、今までと比にならないほど大きな炎を纏った矢を番うセイバーがいた。

 

「旭の輝きを!」

 

 弓から放たれた灼熱の矢は真っ直ぐランサーに向かっていく。

 それを空中で避けることは、できない。

 

真言・聖観世音菩薩(オン・アロリキヤ・ソワカ)!!」

 

 どうすればいいのか、全く考えが浮かばない。

 どうしたら彼女を助けられるのか、その術が浮かばない。

 

 私はただ、彼女を信じ祈ることしかできない。

 

「っ生きて!!」

 

 必死に魔力だけを回し、そう懇願した。

 

 ランサーが猛炎に飲まれる。膨大な魔力はまるで太陽のように輝き、視界を覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呆然と、目の前の光景をただ見つめる。

 何が起こったのか、視界が光に呑まれていた私には、全くわからない。

 

 ただ、唯一分かるのは。

 

「……負けて、しまったわね」

 

 勝敗が付いたという、結果だけ。

 

 宝具を放ったセイバーの背後から、ランサーの鋭い膝の棘が貫通している。

 目の前の光景を説明するとしたら、それだけのこと。

 だけど、その傷は致命傷だ。棘は身体の急所を的確に貫いている。

 元々ボロボロだった体にあの一撃。もう、セイバーに力は残っていない。

 

 ランサーが棘を引き抜くと、セイバーの体は力なく倒れこんだ。

 慌てた様子で小鳥遊が近づき、入れ替わるようにランサーがこちらに戻ってくる。

 

 よく見ると、ランサーの体もボロボロだ。

 体中の火傷は酷いし、頭のリボンや服はほとんど焼けてしまっている。

 

 少しでも傷を癒すため、エーテルの欠片を使う。

 ランサーからは睨まれてしまったが、これぐらいは許してほしい。結局、この戦いでは一度も治療を施さなかったわけだし。

 

「っ……ランサー、あれは」

「敗者の末路よ。知っているでしょう」

 

 なんとなく、小鳥遊たちの方に目を向けた。

 それに後悔するのは、すぐのことだ。

 

 小鳥遊とセイバーの体が、なにか黒いノイズに侵されていたのだ。

 見るだけで分かる。あれは、いけないものだ。

 

 思わず駆け寄ろうとした私を阻むように、赤い壁のようなものがが私たちの間に現れた。

 壁に手をつくが、もちろん通り抜けるわけはない。

 壊すこともできない、生と死を隔てる赤い壁。

 

「何を狼狽えているの。聖杯戦争で敗れた者は死ぬ。ただそれだけよ」

「そ、んなこと……っ!」

 

 分かっている。分かって、いるけど。

 私が殺したのに、助けたいと思ってしまっているのだ。

 

「本当、貴方は優しいのね」

「……甘いだけですよ」

「そうかもしれないわ。でも、私は好きよ」

 

 たったこれだけで、彼女が死を受け入れていることは分かった。

 あんなにも生きたいと言っていたのに。きっと、それだけの覚悟があったのだ。死を受け入れるだけの覚悟が。

 だからこうして泣き喚きもせず、今までのように穏やかに笑っている。

 

「アーチャー。私ね、一週間だけだったけどとても楽しかったわ」

 

 小鳥遊が倒れているセイバー、アーチャーに向かって話しかける。

 その声はどこか楽しそうだ。でも、なぜだか悲しくなってしまうような、そんな声色をしていた。

 

「生まれてこの方、ベッドに寝るだけの生活だったの。このまま何もせずに死ぬんだって、ずっと思っていた」

 

 彼女は嬉しそうに声を弾ませて語る。

 まるで子供のように、無邪気に話し続ける。

 

 その間にも、ノイズの浸食は止まることはない。

 

「でもね、違ったの。戦いは怖かったわ。でも、あなたと一緒だと思えば楽しかった。不謹慎でしょ?」

「マスター……」

「ありがとう、アーチャー。私に夢を見させてくれて。たったの七日間だったけど、貴女と過ごした一週間は、私には大冒険だったわ」

 

 白銀のアーチャーは、崩れていない手で彼女と手を繋いだ。

 強く、離れないように。

 

「私も、貴女と出会えてよかった。貴女が語る話は、とても楽しかった」

「あら、あんなの又聞きよ」

「それでもです。ありがとう、飛鳥」

「……ええ、こちらこそありがとう、巴」

 

 友達のように語り合った彼女たちは、もう既に体の半分以上が失われている。

 恐いはずなのに、彼女の顔から微笑みが消えることはなかった。

 

「クレアさん」

「……はい」

「私たちの分まで勝ち残ってくださいね。じゃないと私、呪い出ちゃいますから」

「それは、怖いなぁ」

 

 恨んでいるはずだ。憎んでいるはずだ。彼女を殺したのは、他ならぬ私なのだから。

 それでも、やはり彼女は微笑み続ける。

 

 とても、とても優しいひと。

 もっと別の場所で出会えたら、きっと。そんな、意味のない妄想をしてしまう。

 

 顔にもノイズは侵食し始め、体のほとんどは崩れ去っている。

 彼女たちの最期が、もう近い。

 

 小鳥遊が空を見上げる。

 深海にいるような深い青。漂う家の破片。───空とも言えないそこに、鳥が一匹。

 

「……ああ、生きたかったなぁ」

 

 さいごにポツリ、本音を溢して。小鳥遊飛鳥はこの場から、いいや、この世から消えてしまった。

 魂も、存在も、全て。跡形もなく。

 

「───────」

 

 言葉を失う。

 あまりにあっけない最後。なにも残らない終わり方。

 

 ───────だけど私は、その終わり方を知っている。

 

 これが、聖杯戦争。

 

「帰るわよ、クレア」

「……そうだね」

 

 ランサーに促されその場に背を向ける。

 

 ……あれ、もしかして今、名前で呼ばれた?

 思わずランサーを見るが、彼女の顔にはなんの感情も浮かんではいない。

 これは、認められたと思ってもいいのだろうか。嬉しいけど、今のこの状況だと、うまく喜べないな。

 

 なんとも言えない感情を、息と共に外へ吐き出す。

 

 決戦場から出る前に、一度だけ空を見上げた。

 

 

 ──────飛んでいた鳥は、もういない。

 

 




お待たせしました!!
一日遅れてしまいましたが、なんとか完成。区切るところがわからず、長くなってしまいました。

これにて一回戦は多分終わり。次回は二回戦の初日になる予定です。

さて、二回戦ですが、まだ敵サーヴァントのMatrixとかが考えられてません。そのため、二回戦の更新はMatrixだけでも考えてから投稿しようと思っています。
なので二週間以上更新が空いてしまうと思いますが、できるだけ早く戻ってこれるようにします。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


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幕間 Memory No.2

────それは、まだ幼かった頃のお話。




 ────ああ、また夢か。

 

 私は夢を見ない。昔からそうだったし、今もそう。

 目を閉じて眠ってしまえば最後、目が覚めるまで意識はない。

 

 本来なら、その眠りと言う行為さえ私には不必要なもの。

 それでもこうして眠っているのは、そうしなければ生きてはいけなくなってしまったから。

 なんて面倒な身体になってしまったんだ。そう思うのも、もう何度目のことだろう。

 

 まあ、こうして見てしまったのなら仕方がない。情報収集だと割りきれば、気分的にもまだましだ。

 

 今私がいるここは、前回の夢で見た村と同じはず。あの恐竜のようなもののせいで、大分悲惨な姿になっているようだけど。

 小屋は焼け焦げ、大地は踏み荒らされ。一部作りかけの小屋もあるが、それでも村の様子は悲惨の一言に尽きる。

 あれからあまり時間は経ってないのだろう。結局、ここの村人たちはこの村を捨てることはなかったようだ。

 

 だが、そんなことはどうでもいい。

 これはただの夢。既に終わった過去の出来事を再現しているだけだし、もとより私には関係ない。

 さっさとあいつを見つけて、夢から覚めてしまいましょう。

 

 

 影ばかりのこの村で、唯一はっきりと見える薄紫の髪を探す。前回で見慣れた村を少し歩けば、それはすぐに見つかった。

 そいつはいくつもの影と協力して、大きな木材を持ち上げている。

 私から見れば影でしかなくても、あの少女から見たらちゃんとした生き物に見えているんだろう。だが、影と笑いあう光景は正直不気味だ。

 

 今回の夢は、この村の復興を眺めるだけなんだろうか。それだけなら面白くない。

 前回のように、何か大ごとでも起きないかしら。その方が愉しめるのに。

 

 それからしばらく彼女の行動を眺めていたが、何かが起こる気配はない。やはり、今回の夢には前回ほど愉しめることは起きそうにない。

 ため息をつき、他にやれることはないかと模索する。干渉できないのは知っているが、どこかに座るとかもできないのか。

 周囲に置かれている木材に触れてみようとするが、予想通り手はすり抜ける。歩けるから地面には座れるのだろうけど……そんなことだけはしたくない。

 

 どうにかして時間を潰そうとしていると、私の隣をなにかが通り抜けた。

 真っ黒な二つの影。姿形は違うが、なんとなく分かる。あれは、彼女をこの村に連れてきた二匹だ。

 

「クレア!」

「私たちもこっち手伝うよ!」

 

 前回とは違い、はっきりと聞こえた少女の名前。

 私も知っているその名前に、思わず頭を抱えた。ああ、やっぱりこの夢は……。

 

 分かり切っていたことだが、いざ答えを知ると元々なかった興味が更に失われた。

 しかし、起きるまでこの夢を見なければならないのは決定事項。それなら、トラウマや秘密でも探ってやるとしましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう意気込んだはいいが、残念ながら今回の夢はとことん平和だった。

 村の復興中に多少の言い争いはあるが、それにあいつは関与していない。しかも、内容はただの小競り合い。トラウマになる程のことではない。

 

 ああ、なんてつまらない夢。せめて、あの人の夢であれば、まだ────。

 

「っふざけるな!!」

 

 大きなため息が出そうになったとき、突然怒号が聞こえてきた。

 それを聞いたあいつは、驚いたように目を見開き、声がした方に向かって走り出す。私もその後を追うことにした。

 今の声は、間違いない。

 

 あいつと仲のいい二匹の内の一匹だ。

 今まで大人しかったあの影が、声を荒げるほど激怒している。

 何かが起こったのは明らか。つまらない夢が、少しだけ面白くなりそうだった。

 

 僅かな期待を抱えながら向かった先にいたのは、予想通りあの影たちだ。

 そいつらは互いに向き合い何かを言い争っている。

 

「っなにその言い方、別に今すぐ旅に出たいって言ってるわけじゃない!」

「そうだとしても、今言うべきじゃないよ! みんな復興を頑張ってるのに!」

「夢を口にするのってそんなに悪い!?」

「そんなこと言ってない!」

 

 喧嘩している内容はとてもくだらない。しかし、口論は少しずつ激しくなっていく。

 最初はまだ穏やかだった雰囲気も、どんどん険悪なものとなっていった。

 

「このわからずや、恩知らず!」

「なんだって!?」

 

 その言葉が引き金となり、二匹は鋭く尖った爪だろうものをお互いに向けあう。

 それを見て、今まで狼狽えていただけのあいつも慌てて動き出した。近くにいた影に飛び付くが、向こうの方が力強く、止めることはできていない。

 そして、喧嘩している二匹はお互いのことにしか目に入っていない。必死に止めようとしているあいつに目もくれず、飛び掛かろうとしていた。

 

「なにをしている!!」

 

 互いに大地を踏みしめた瞬間、身体が震えあがるような怒号が鳴り響いた。

 夢だというのに感じる威圧感。そして、サーヴァントである私ですら震えあがるような重圧感。真後ろから聞こえてきたその声の持ち主は、この村で村長と呼ばれている老人だった。

 

「村長……!」

 

 あいつは泣きそうな声色でそいつを呼ぶ。あの二匹も、喧嘩していたのがウソのように怯えていた。

 老人は、雰囲気で分かるほど怒っていた。この私が冷や汗を流すほどの怒気。この村長と呼ばれる老人は、一体どんな生き物なのか。

 

 今まで以上に興味がわいた。この影たちの正体に。そして、そんなのがいるこの世界に。

 あいつに問い詰めるのもいいが、それはなんだか癪な気もする。

 それに、ここはあいつの記憶。ということは、あいつと私は情報を共有しているということだ。私が知らないということは、あいつに聞いてもわからないだろう。

 とりあえず、今はこの夢を最後まで見ることにしよう。

 

「……わかった。とりあえず、お前たちは小屋に戻って反省しておれ」

「僕は復興を……っ!」

「ド■■ン」

「っ!」

 

 影の言葉は、老人の言葉に遮られた。冷たい声に体を震わせ、恐らく顔を俯かせている。

 

「クレア、こいつらを頼んだぞ」

「う、うん……」

 

 行こう、とあいつは手を伸ばした。今まで通り、手を繋ごうとでも考えたのだろう。

 だが、その手は影を掴むことはなかった。

 

「先に戻ってるっ!」

「ッリ■■ダモ■!?」

 

 一匹が私の横を走り抜けていった。あれは、旅に出たいと言っていた方か。

 特徴があるからわかりやすいが、やはり全身真っ黒の生き物が動くのは少し不気味ね。

 

「あんな奴ほっとけばいいよ」

「ド■■ン……」

「ふん」

 

 残った影も、あいつを置いて歩きだしてしまった。

 あいつはなにも言わないまま、そいつの背中を見送る。

 

 その顔には、私の好きな表情が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 小屋に戻った一人と二匹の雰囲気は、見るからに最悪だ。

 少しだが見てきたから、こいつらの仲の良さくらい少しはわかる。だから、彼女たちがこんな雰囲気を作るとは予想もつかなかった。でも、これはこれで面白い。

 

 お互いに背を向け合う影に挟まれ、あいつは挙動不審な行動をしている。

 この雰囲気をどうしようか考えているのだろう。

 なにかを考えるようにしばらく首を傾げ、そして思いついたのか、少し明るい表情を浮かべた。だが、それでも抱いている不安を隠しきれてはいない。

 

「ね、ねえド■■ン」

「……なに」

「リ■■ダモ■も悪気があった訳じゃないんだよ。ただ、舞い上がっちゃっただけで……」

「……悪気がないなら何を言ってもいいの?」

「え?」

 

 微かに見えた金色の瞳はどこか冷たい。

 だけどそれも一瞬。影は顔をそらしたし、なにより見えていた瞳は再び黒い影に隠れてしまった。

 

「……僕、手伝いにいってくる」

「あ……っ」

 

 その言葉を言い残し、それは小屋から出ていってしまう。

 あいつは手を伸ばしたけど、結局影を引き留めることはなく。また、無言のまま背中を見送っていた。

 

 それからのあいつの行動は、まあ酷いのなんの。

 なんとかしようとしているのは分かったが、その行動すべてが裏目に出ていた。片方の味方をすれば、もう片方が不貞腐れるのだ。

 子どもらしい、と言えばそれで済む話。だが、仲直りさせようとしているあいつからしたら最悪な状況に違いない。

 事実、あいつは仲直りさせようと奔走しているが、その全てが無駄に終わっている。むしろ、関係はさらに悪化していっている気がする。

 

 だけど、あいつは諦めない。

 心の奥底になにかしらの恐怖を抱えながら、なんとかしようと前を向いている。

 

 そんな彼女に声を掛けたのは、村長と呼ばれる人影だった。

 

「全く、あやつらはまだ不貞腐れてるのか」

「……ごめんなさい」

「ああ、いや、責めたつもりはないのじゃ。むしろ、すぐに仲直りするだろうと放っておいたワシらにも責任はある。すまなかったの」

 

 老人は小さい体を伸ばし、あいつの頭を撫でた。

 傍から見ると大分滑稽な光景だが、あいつは目元に涙を浮かべ、安心したように笑っている。

 

「随分と苦労を掛けてしまっていたんじゃな……」

「ううん、大丈夫だよ。私がしたかったんだし」

「でも辛かったじゃろう。後は任せなさい」

「……うん」

 

 しばらく老人と抱きしめ合った後、あいつは小屋へと戻っていく。

 その表情は今までと違い晴れやかなもので、不安や恐怖は全て吹き飛んでいた。その代わり、不満や悔しさが浮かんでいたけど。

 

 小屋に着いたあいつは、すぐさまベッドに寝転び目を閉じる。大分疲れていたのだろう。数分もしないうちに眠りにつく。そして、私の視界も暗転した。

 私は彼女の記憶を見ているだけ。つまり、あいつが知らないことは私も知ることはできない。

 

 だが、この後の結末は容易に想像できる。

 どうせ、あの老人が影二匹を説得して仲直りでもさせるのだろう。

 記憶を取り戻した時のあいつの表情がそこまで暗くなかったことから、最悪な形で終わらないことは想定済みだ。

 でもまあ、今回の夢は十分に楽しめた方。私好みの表情も見れたし、興味の対象もできた。それを考えれば、これからの夢も少しは楽しめるだろう。

 

 とはいえ、今回の夢はもう楽しみも少ないだろうけど、ね。

 

 未だ終わらない夢は、再び小屋の風景を映し出す。

 そこに集まっているのは、少女と二つの影だけ。あの老人の姿はない。

 

「あの、ごめん」

「ごめんね、クレア」

「……どうして、二人が謝るの」

「だって、変な意地はって、不貞腐れて……」

「迷惑、かけたよね……?」

 

 影たちはどこか不安そうな声色で、少女に向かって謝っている。

 あいつは静かに首を横に振り、強く影に抱き着いた。

 

「私こそ、かき乱してごめんなさい……」

 

 一人と二匹は謝り合う。この喧嘩は、ここで終わり。

 始まりは些細な食い違い。それがここまで大袈裟になったのは、彼女たちがまだ幼いから。

 それくらいは分かる。分かってはいる、けれど……。

 

 やはり、理解することは難しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの喧嘩から、しばらく経った。

 彼らは最終的には村の復興を優先したらしく、未だにこの町に滞在している。

 だが、旅を諦めたわけではない。村の復興をしながらも、少しずつ旅の準備も進めていた。

 

 そしてこの日、あいつは影たちと共に、この村を旅立つことに決めた。

 

「忘れ物はない? 体調は? やっぱり先延ばしにした方が……」

「し、心配しすぎだよ」

 

 多くの影があいつらの周りを囲っている。

 聞こえる会話から、影があいつらの心配をしているのは確かだ。これで見た目がよければ、まだ見れた光景になるのに。

 

「こほん」

 

 咳ばらいをが一つ、その場に響く。

 それを合図に、あいつらを囲んでいた影は少しずつ離れていく。離れる前に、一言ずつ声を掛けて。

 

「全く……過保護なのも考え物じゃな」

「村長も昨日散々心配してたくせにー」

「ええい、うるさいぞ!」

 

 周囲からヤジが飛ぶ。なんともしまらない光景だが、これはいつものものらしい。

 あいつは近くにいる影たちと笑いあっている。

 今までいた村を旅立つにしては、とても希望に満ち溢れているように見えた。

 

「こほん……昨日言ったことは覚えておるな?」

「もちろん! 森にある大樹のところでお祈りして」

「北にある塔にいるデ■■ンに会いに行く、だよね?」

「うむ。大樹様への祈りはこの村を旅立つときの儀式のようなものじゃ。そう畏まったものではないが、決して忘れてはいかんぞ」

 

 最後に念を押すように、老人は力強く彼女たちに伝える。

 森の大樹というのは、彼女がこいつらと会った場所にあった木のことだろうか。確かに不思議な力を感じたけど……なるほど、もしかしたらこの村にとって、あれは守り神のようなものなのかもしれない。

 

 老人の言葉に頷いた彼女たちは、背負っていた荷物を抱え直す。

 掛け合う言葉は、あと一つ。

 

「それじゃあ」

「ああ、気を付けて行ってきなさい」

「「「行ってきます!」」」

 

 そうして、一人と二匹は村を旅立った。

 時折振り返り手を振りながらも、歩みを止めたりはしない。そして森に足を踏み入れれば、もう振り返ることもなかった。

 

 初めて村に来た時のように、木の根に足を引っかけたりはない。むしろ、どこか慣れた様子で森のデコボコした道を歩いている。

 しばらく森を進めば、開けた場所にでた。そこは、あいつらが初めて出会った場所。

 その中央に聳え立つ大樹の前に、彼女たちは跪き両手を揃える。

 

「これからの旅が、楽しいものでありますように……」

 

 ────瞬間、大樹の周りに光の玉が現れた。

 決して悪いものではない、温かな光。

 

「え、え!?」

 

 あいつらはこの現象についてはなにも聞いてない。それは私も知っている。

 だが、いきなり現れた光に混乱していても警戒はしていない。それが悪いものではないと、本能的に感じているのだ。

 

 光は何かの形を取りながら、少女の目の前に落ちてくる。

 おずおずと伸ばした掌に乗った光は、徐々に弱くなりそのまま消えていってしまった。掌に残ったのは、白色の四角い端末。

 

「……なに、これ」

「なんだろう。リ■■ダモ■は知ってる?」

「ううん、知らない」

 

 どうやら、誰もその端末の正体は分からないようだ。

 私も、それが特別であること以外は分からない。見た目はただの端末だし。

 

 結局、彼女たちはその端末については後回しにした。

 適当なところにしまい込み、再び荷物を背負う。そして、老人に言われた通り北に向かって歩き出した。

 

「あれ……ねえ、どうして北の塔にいるデ■■ンに会いに行くんだっけ?」

「うそ、昨日のジ■モンの話、聞いてなかったの?」

「き、聞いたよ! ただ、ちょっとド忘れしちゃっただけで……っ」

 

 ふいに声を上げたのは、影の片割れ。それに答えるのも、もう片方。

 そして、あいつはその話題が出た瞬間、表情を暗くしていた。

 

「もう……そのデ■■ン、この辺りじゃ魔法使いとして有名なんだって。だから、クレアが元の世界に帰る方法を知ってるかもしれないでしょ? それを聞きに行くんだよ」

「あ、思い出した。帰る方法はちゃんと知っておいた方がいいって、ジ■モンが言ってたね」

「そうだよ! ド■■ンはそういう忘れっぽい所、直した方がいいよ」

「はーい」

 

 影たちはあいつの様子に気づかない。

 明らかに顔を俯かせて、歩みを遅らせているというのに。

 

「……ねえ」

「ん?」

「どうしたの、クレア」

「……んーん、なんでもない! これからが楽しみだね、ド■■ン、リ■■ダモ■」

「「うん!」」

 

 彼女は胸に秘めた思いを口にしないまま、影たちの横に並ぶ。

 あいつは一体、何を言いたかったんだろう。

 

 



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第二章 「rejection/look vicariously」
第十六話 go-live


 一回戦が終わって、二日ほどの時間が過ぎた。

 でも、私の対戦相手は未だ発表されていない。

 

 てっきりすぐにでも二回戦が始まるものだと思っていたが、そういうものではないようだ。

 言峰曰く、二回戦からは開始時期がずれていくらしい。

 なんでも休息とサーヴァントとの交流を深める時間だとか……笑っていたし、どこまでが本当かわかったものじゃないが。

 そして、人によってはこの休息時間が存在せず、既に二回戦が始まっているマスターもいるようだ。アリーナに向かっている人がいたから、それは間違いない。

 

 この休息期間中はアリーナにはいくことができず、やることと言えば食事と調べもの。あとは言峰が言っていた通り、サーヴァントと交流を深めることぐらい。

 だが、残念ながら私はランサーと中々距離を縮められずにいる。

 昨日一日はランサーとの会話を頑張ってみたが、自分のことは話してくれないし、私の話にも興味を示してくれてる様子はない。彼女の真名を知るには、まだまだ先が長そうだった。

 

 とりあえず、今日は食事をしたら図書館に籠ることにしよう。

 ランサーから話が聞けないのなら自力で探すしかない。そしてなにより、私は元々歴史や史実などの知識が少ない。図書館で知識を蓄えた方が、時間を無駄にせずに済むだろう。

 

 

 *

 

 

 時折休憩を挟みながらも図書室に籠り、はや数時間。

 最初はランサーについて調べていたが、全く見つからなくて諦めた。

 唯一わかったことと言えば、彼女が使うスキル、"踵の名は魔剣ジゼル(ブリゼ・エトワール)"という名称がバレエ用語と一致するということくらい。そこからバレエの有名人やら、使われる演目についても調べてみたけど、残念ながら検討はつかず。

 

 次に調べたのは、この戦争を勝ち抜いた者に与えられる聖杯に関すること。一応、元となったものを調べておこうと思ったのだ。

 本来、聖杯というのはキリストの血を受けた杯のことを示すらしい。他にも、アーサー王伝説にも出てくるのだとか。

 

 ……そういえば、レオのサーヴァントであるガウェインはアーサー王伝説の登場人物。名前くらいは知っているけど、詳しくは知らない。

 いい機会だし、調べておこう。

 

 そうして手に取った本は、アーサー王伝説だけではなく、他にイギリスに関する神話や伝承などが載っていた。

 目次から気になる事柄だけをピックアップし、読んでいく。その内容に一貫性はない。

 まあ、ランサーのこと以外調べるものは最初から決めてなかったから、元々そんなものはないのだけど。

 

「……ん?」

 

 途中飛ばしながら本を読んでいると、ポケットにある端末が振動し、音がなった。

 本を棚に戻し、端末を確認する。

 

『2階掲示板にて、次の対戦者を発表する』

 

 それは、一回戦の一日目に届いたメールと同じ内容。

 二回戦が始まる合図。この時点で、戦いはもう始まったようなものだ。

 

「ようやく始まるのね」

「……そうだね」

 

 まるで、待ちくたびれたとでも言いたそうな声色だった。

 私としては、このまま始まってほしくなかった気持ちもある。でも、いつまでも立ち止まってはいられないのが現実だ。

 

 とにかく、掲示板で対戦相手を確かめよう。

 まずはそこから。

 

 図書室から出て、すぐ近くの掲示板の前に立つ。

 前回とは違い、そこには既に私の名前と対戦相手の名前が貼り出されていた。

 

 

マスター:矢上大志

 

決戦場:二の月想海

 

「やかみ、たいし……?」

「惜しい。矢上(やがみ)大志(たいし)だ」

 

 背後から、聞きなれない男性の声がした。

 勢いよく後ろを振り返りながら距離をとる。

 

 そこには、苦笑いを浮かべた男性がいた。

 焦げ茶の髪と目に、眼鏡をかけた普通の男性。

 見た目から予測するに、私よりは年上だろう。少なくとも、学生ではないように見える。

 

「もしかして貴方が……」

「ああ。まさか俺も、君みたいな子が相手だとは思ってなかったよ」

 

 どうやら、彼が次の対戦相手らしい。

 まさか本人の前で名前を間違えるはめになるとは……笑われるのは嫌だからと、ランサーに聞かなかったのが裏目に出た。

 すごく恥ずかしいぞ、これ。

 

「君は……」

「……なんですか?」

 

 なにかを問いかけるように、彼は私に話しかける。

 しかしその語尾を弱まり、目線は逸らされた。そんなにも聞きにくいことなのかと、更に警戒心は高まる。

 

「……君には、覚悟があるか?」

「はい?」

 

 迷った挙句聞かれた質問の意味を、私は理解することができなかった。

 いや、違う。質問の意味自体は分かる。だけど、それを今する意図が掴めない。

 

 そのままの意味で聞いたのか、それともなにか別の意味があるのか。

 初めて会った相手で何もわからないが、警戒するに越したことはない。

 ない、けど……。

 

「いや、答えたくないならいいんだ。ただ、気になっただけだから」

 

 警戒する意味は、なさそうなんだよな。

 そう思ってしまうほど、彼は柔らかな物腰をしていた。

 

「それじゃあ、アリーナで会おう」

 

 結局私の答えを聞かないまま、彼は階段を下りていった。

 

 彼の背中が見えなくなったのを確認し、我慢していたため息をはく。

 それはいつの間にか戻っていたざわめきにかきけされ、誰にも聞かれることはなかった。

 

「……あれ、演技だと助かるんだけど」

 

 可能性は低そうだ。

 どうしてこう、私の対戦相手は……。

 

 それ以上は、口に出すことも思うこともしなかった。それをすれば、今以上に迷ってしまう気がしたから。

 思わず出てきそうなる愚痴は抑え込み、代わりに先程の質問を思い出す。

 

「覚悟があるか、ね」

 

 記憶を取り戻せるならなんでもすると決めた。その覚悟ならある。

 だけど、それが殺せる覚悟と同じかと聞かれたら、それはまた別のものだと思う。

 

 だって私は、小鳥遊飛鳥の死が嘘であればいいと、心のどこかで願っている。あれが本当だと分かっているはずなのに。

 二日間くらいの休憩では、この感情を消化することはできなかった。もっと時間があれば、もしかしたら受け止められたのかもしれない。

 

 だけど、戦いは既に始まった。待ってほしいなんて言葉に意味はない。それが通用するほど、甘い戦いではない。

 今は、前に進む以外の選択肢は存在しないんだ。

 

「……とにかく、軽く情報収集でもしようか」

 

 だから、まずは行動をしよう。

 もうすぐ夕方だが、校舎には多くの生徒がいる。誰か、矢上の情報を教えてくれたらいいのだけど。

 

 とりあえず、話しかけやすくて詳しそうなのは遠坂かな?

 いつも屋上にいるし、見に行ってみよう。

 

 早速階段を上り屋上に出てみると、予想通りいつもの場所に遠坂が立っていた。

 扉の開く音でこちらに気づいた彼女は、なんだか驚いたような表情を浮かべる。

 

「久しぶり、遠坂」

「なんだ、あなたも勝ち上がっていたのね」

 

 貴女()? その言葉は、きっと私以外の勝ち上がった他の人物を指している。

 そして、私と一緒くたにされる人間は一人しか思い浮かばない。

 

「白乃も勝ち上がったんだ」

「え、知らなかったの?」

 

 遠坂は再び驚いた表情を見せた。そんなにも意外だろうか。

 いや、まあ一緒にいた時間は長いし。既にお互いが生きているか確認しているとでも思ったんだろう。

 

 でも、私はこの二日間で白乃に会おうとは思わなかった。

 怖かったんだ。もし、彼女が負けてしまっていたら。そう考えると、探すのが怖かった。

 だから考えないようにして、偶然にも彼女に会うこともなくそのまま今日がやって来た。

 

 でも、そっか。白乃は、まだ生きているんだ。

 

「よかった……」

 

 白乃にとっては、あまりよくないことだとは思う。

 彼女が生きているということは、友人を殺したということなんだから。

 それでも、生きていてくれて嬉しい。今日は、ちゃんと約束の時間に食堂へ行ってみよう。

 

「それで? 私に用があってきたんでしょう」

「え、あ、そう」

 

 白乃が生きているという安心感で、早くも目的を忘れていた。

 気を取り直し、遠坂へ本来の目的を話す。

 下手に隠しても意味はない。率直に情報が欲しいと伝えた。

 予想通り、渋い顔をされたけど。

 

「私が素直に答えると思っているの?」

「いやぁ……」

 

 正直、少しだけ。

 なんだかんだ甘い部分があるのは知っている。もちろん、それは私が対戦相手ではないからだし、敵にならないと判断されているのもあるだろう。

 そう思うと、悔しい気持ちがないわけではない。でも、今は使えるものを使わないと。

 

「そうね……まずはあなたの対戦相手を聞いてからからよ」

 

 なるほど、場合によれば教えてくれるということか。

 なんとなくその場合は予想できるが気にしないでおこう。

 

「矢上大志っていう、眼鏡をかけた茶髪の男性だよ」

「矢上大志…………OK、教えてあげる」

「本当? 助かるよ、ありがとう」

 

 とはいえ、遠坂が教えてくれるということは、相手は私よりも強いということだ。

 私が勝ったら強敵が減って万々歳、みたいな感じなんだろう。じゃないとそう簡単に情報を渡す訳がないし。

 仕方がないとはいえ、やっぱり悔しい。

 

「彼は、ウィザードなら知らない人間はいないくらいには有名なプログラマーよ」

「プログラマー? ハッカーとかウィザードじゃなくて?」

「私の知る限り、そっちで有名になったことはないはずよ。あくまでプログラマーとして有名なだけ。でも、たまにコードキャストの作成委託を受けていたらしいわ。あなたみたいに、決して無知なわけではない」

 

 彼が、ウィザードの間でも有名なプログラマー。見た目だけではとてもそう見えないが、人は見かけによらないということか。

 

 しかし、彼がコードキャストを自作できるとなると、それはとても厄介だ。

 彼が使うコードキャストはここで手に入れられるものじゃなくて、自作のものが多くなるだろう。ここで手に入れたものだけならある程度予想できると思っていたが、自作のものとなれば話は別。いくつ作っているかはわからないけど、私よりは持っている数も確実に多いだろう。

 

 前回は治療だけを警戒していればよかったけど、今回はそうもいかない。

 猶予期間の間で、できるだけコードキャストの種類を把握しておかないといけないな。

 

「私が知っているのはこのくらいかしら。ウィザードとしては有名じゃないからか、あまりいい情報は手に入らなかったのよね。それに、参加するとは思ってなかったから」

「どういうこと?」

「戦争とか争いごとが嫌いだっていう噂があったのよ。けど、所詮は噂だったってことね」

 

 なるほど、と思わず呟いた。

 さっきの態度を思い出す感じ、遠坂が言う噂は本当のことだろう。

 

「ありがとう、遠坂。助かったよ」

 

 思ったよりも分かったことは少ないが、なにもわからなかった前回よりは随分ましだ。コードキャストの警戒はできるし、もしかしたらそれ以外の妨害もあるかもしれない。日常生活でも注意は怠らない方がいいだろう。

 あとは彼のサーヴァントについてだが……これは地道にいくしかないか。

 

「で、報酬は?」

「……え?」

「え、じゃないわよ。まさか、私が見返りなしで情報を渡すとでも思ってたわけ?」

 

 正直思ってました。

 いや、だって前回は特になんも言われなかったし。

 

「前回はサービスよ、サービス。ほら、さっさとなにか寄越しなさい」

「ぐっ……」

 

 浅慮だった。

 彼女と私は敵同士ではないが、決して味方ではない。それに、情報の見返りを求めるのは当たり前だ。

 ここで逃げても、この閉鎖空間に逃げ場はない。それになにより、ここで彼女と敵対するのはよくない。

 なにか、下らなくとも彼女の興味を惹ける情報は……。

 

「なんて、冗談よ」

「え?」

「あの程度の情報は他の奴からでも聞けるだろうし、今のあなたから有益な情報を得られるとは思わないもの。だから、今は(・・)いいわ」

「あ、はは……」

 

 つまり、なにか有益な情報を得たらすぐに教えろ、というわけか。

 今後遠坂に教えを乞うのは控えよう。これ以上借りが増えたら返せなくなりそうだ。

 まあ一応、興味を惹けそうな情報はあると言えばあるけど……これは、後々に残しておこう。

 

 逃げるように遠坂に別れを告げ、屋上から去る。

 一応、他のマスターにも色々と聞いてみようか。……報酬を要求しなさそうな人を探して。

 

 校舎内を見渡しながら階段を降りる。

 途中で雰囲気が柔らかなマスターを見つけたら話しかけ、矢上の情報を得ていく。

 とはいえ、その情報のほとんどは遠坂に教えてもらったものと同じだ。知らなかったことと言えば、彼が家庭を持っているということくらい。しかし、そんなことを知っても戦闘には役に立たない。

 むしろ、少しやり辛くなってしまった。

 

「今はこのくらいか……」

 

 端末で手にいれた情報を整理する。

 改めて文字にすると、今回の相手は強敵だということがよくわかった。

 戦闘指揮についてはまだわからないが、電子技術は圧倒的に相手が上。コードキャストやハッキングなどには十分注意が必要だろう。

 

 今分かるのはこれくらい。しかも、他のマスターからの又聞きだ。

 実際の実力は、戦ってみないと本当には理解できない。

 

 とりあえず、今日の校内探索はこれくらいにしておこう。他に用もないし、アリーナにでも向かおうかな。

 



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第十七話 DevOps

 アリーナに向かうために階段を下る。

 そして二階から一階へ下りようとしたとき、視界の端に紫色が写った。

 

「え?」

 

 ランサーが姿を現したのかと思ったが、あの色は違う。どちらかと言えば、私の髪色の方が近い。

 

 思わずそれを目で追えば、褐色肌を持つ女子生徒の後ろ姿が目に入った。

 月海原学園の制服ではなく、白い上着を羽織った少女。どこか不思議な雰囲気を纏っており、なぜか目が離せなかった。

 

「……なにか御用ですか?」

 

 そして、彼女はNPCではなくマスターの一人。

 私の視線に気づいたのだろう。髪色と同じ色の瞳で私を見ながら、静かに問いかけられる。

 だけど、その問いに対する答えを私は持っていない。ただ、目が惹かれただけなのだから。

 

「えーと……その、髪色が私と似ていたから、つい」

「そうですか」

 

 そうなんです、けど……。

 

 返す言葉が思い浮かばず、彼女も何も言わない。

 気まずい沈黙が彼女との間に流れる。

 

 思わず目を逸らしても、向こうはじっと私を見つめていた。

 このまま立ち去るのも気まずく、なんとか言葉を紡ぐ。

 

「わ、私はクレア・ヴィオレット。君は?」

「……私はラニ。あなたと同様、聖杯を手に入れる使命を負った者」

 

 使命って、私の場合そんな大それたものを持っているわけではないのだけれど……。

 

 ともかく、さっきまでの気まずい雰囲気は柔らかくなった。多少のやりにくさは残っているけど、これくらいなら別れを切り出しても問題はない。

 私が彼女を見つめてしまったのが原因だが、さっさと別れてしまおう。

 

 そう思って別れを切り出そうとした瞬間、彼女が先に口を開いた。

 

「一つ、質問をしてもよろしいでしょうか?」

「え、私に?」

「? 他に、どなたかいらっしゃいますか?」

 

 それはいないけど、私と彼女は初対面。

 少なくとも、そんな相手になにか疑問を持たれるようなことはしていない。見られていたら別だけど、彼女を校舎で見かけたことはなかったし。

 だから、余計に疑問が浮かぶ。むしろなにかをやらかしてしまったのかと不安になった。

 

「あなたを照らす星を見ていました。他のマスターたちも同様に詠んだのですが……あなたはその中でも異質な存在」

「っ!?」

「では、改めて質問を─────あなたは、何なのですか?」

 

 何者ではなく、何なの、ときたか。

 今までも他のマスターとは違うと言われてきたが、まさか人外扱いをされるとは思わなかった。

 このくらいのことでと言われてしまえばそれまでだが、正直かなりのショックだ。本当は、気にしない方がいいんだろうに。

 

「悪いけど、私もそれを探してる途中なんだ」

 

 普通を装って質問に答える。

 私が何者なのかは少し思い出した。だけど、それは完全ではない。わからないことや不確定なことの方が、ずっと多いのだ。

 ましてや相手はマスターであり、生き残れば敵になるかもしれない存在。そんな相手に教えるわけにはいかない。

 万が一彼女に教えることになっても、それは自分に自信が持てるようになってからだ。

 

「嘘を言っているわけではないようですね」

「信じてくれたみたいで助かるよ」

 

 ここで疑われたら何も言えない。それを証明する手段は持ってないのだから。

 まあ、信じてくれたのだからいいだろう。それよりも、私も聞きたいことがある。

 

「私からも質問していいかな?」

「ええ、構いません」

「さっき星を見ていたって言っていたけど、それってどういう意味?」

 

 さっき聞いたとき、意味が分からなかったのだ。

 普通に聞けばちょっと危ない言葉だけど、彼女は魔術師。だから魔術に関係していることくらいは分かるが、それ以外は分からなかった。

 

「見ていた、というのは正確ではありません。私は星が語っていたのを伝えただけ」

 

 正直、よく分からない。

 ただ一つの単語が脳裏に浮かんだ。確か、占星術、だったか。

 詳細についてはよく知らないが、その単語だけは知っていた。違っていたとしても、似たようなものではあるだろう。

 

「私はもっと多くの星を観なければならない。ですので、協力を要請します」

「……はい?」

 

 急な提示に、変な声が出た。

 協力? 今の流れで、どうしてそうなった?

 

「あなたの対戦相手の星を観させてほしい。私は多くの星を知ることができ、あなたは有益な情報を得ることができる……どうでしょう。悪い条件ではないと思いますが」

 

 確かに、悪い条件ではない。

 彼女が求めているのは私の情報ではなく、私の対戦相手の情報。必然的に私の情報を渡す機会も多くなるが、そこは気をつけさえすれば問題ない。

 そして、私は彼女から無償で対戦相手の情報を得ることがある。

 そう考えれば、メリットの方が多いだろう。

 

 とはいえ、私の一存で決めるわけにはいかない。

 ランサーにも確認を取らないと。

 

(どう思う、ランサー)

(貴女の好きにしなさい……でも、そうね。彼女は信頼できるんじゃない?)

 

 は、と一瞬思考が停止する。

 すぐにどういうことか聞き返しても、もう彼女からの返答はない。答える気はないようだ。

 

 確かに、ラニは簡単に人を裏切るような人間ではないだろう。出会ったばかりだが、それは彼女の態度から感じられる。

 少なくとも、対戦相手になるまではいい協力関係を築くことができるはずだ。

 

 でも、未だ私に信頼を寄せてくれないランサーが、初対面のはずのラニを信頼している。

 そう受け取れる彼女の言葉が、想像以上に深く私の心を傷つけた。

 もちろん、ランサーにそんなつもりはないとは思う。思いたい。

 

「……うん、わかった。君に協力するよ、ラニ」

 

 自分でもわからない感情が渦巻く。

 なんとかそれを抑え、ラニへ答えを返した。

 

「それでは、なにか相手の遺物を見つけたら持ってきてください。私は二階の廊下の奥で待っています」

 

 そうすれば、星を観てくれるようだ。

 また、星を観るのにはちゃんとタイミングというものがあるらしい。ラニが言うには、今から五日後が適しているとか。

 それまでには遺物を見つけ、彼女に渡さなければならない。大変そうだが、その分見返りもある。なんとかして遺物を見つけなければ。

 

「それから、もう一人協力関係を築きたい方がいます」

「それ、誰か聞いても大丈夫?」

 

 もちろんだと、ラニは頷く。

 それから無機質な声色で紡がれた名前に、驚きを隠せなかった。

 

「滝波白乃という女子生徒です」

「……茶髪の?」

「ええ、茶髪の」

 

 思わず変な確認をしてしまったが、聞き間違いではなかったようだ。

 ……ああ、だから私に協力を仰ぎたい人間がいることを事前に伝えたのか。

 もしかしたら、彼女と協力関係を築くために私の名前を出そうとしているのかもしれない。

 

 どちらにせよ、白乃なら断らないだろう。ラニは悪い人間には見えないし、白乃はお人よしだし。向こうも情報を得たいだろうからね。

 私としても、白乃が協力者になるのは大歓迎だ。

 

「なにか手伝えることがあるなら言って。なんだったら、私からも言っておくけど」

「……では、反応が乏しければお願いします」

「わかった」

 

 最後にラニは微笑んで、ごきげんようと去って行ってしまった。

 私もその背に別れの言葉を告げる。

 

 最後の最後まで、不思議な少女だった。

 表情や声からは感情が感じ取り辛く、最後の微笑みにもあまり感情が乗っていなかったように思える。

 彼女は一体、どんな人間なんだろう。今度、色々と聞いてみようかな。

 

「っと、なんだ?」

 

 ラニについて考えている最中、唐突に端末から音が鳴り出した。

 さっきしまったばかりの端末を再び取り出し、画面を確認する。どうやら、新しいメールが届いたようだ。

 

第一暗号鍵(プライマリトリガー)を生成。第一層にて取得されたし』

 

 丁度いいタイミングでトリガー生成の通知が来た。これでアリーナに入ることができる。

 すぐに向かえば矢上と鉢合わせすることになるだろうが、それも好都合。むしろ、先に行ってアリーナの構造を把握しておくのもいいかもしれない。

 

 

*

 

 

 アリーナの様子は、一回戦の第一層とそう違いはなかった。違うところは壁の色と構造ぐらいなものだろう。

 雰囲気も、深海のような暗さも全く一緒だ。

 周囲を見渡し、そして頭を抱える。ここには前回の第二層のように、身を隠す障害物になりそうなものがない。敵を観察しようにも、これではすぐに見つかってしまうだろう。

 

 うーん、何もなくても身が隠せるよう、姿を消すようなコードキャストを見つけた方がいいのだろうか。もしくは、視覚と聴覚強化とかでもいいかもしれない。

 そんなコードキャストが実在するかどうかはともかく、何かしらの対策は取っておいた方がいいだろう。

 

 とりあえずそれは後に考えるとして、今はアリーナを進んでいこう。

 幸い、まだ矢上たちはきていないようだ。

 

 そして出入り口のある部屋から出て数分。早速分かれ道に出会ってしまった。

 どっちの道に行こうかと考え、壁の先を確認する。見た感じ、曲がった方が正解だろう。

 

 でも、

 

「一応、あっちも確認しておこうか」

 

 なにかあれば御の字、というやつだ。

 どこか不満げなランサーを説得し、真っ直ぐ続く道に行く。

 

 不機嫌なランサーの顔を見上げながら、効率の悪い行動が嫌いなんだろうと推測する。

 今までも無駄な行動にはあまりいい顔はしていなかった。中には愉しんでいるような反応もあったけど、それは私が不利益を被ったときだけ。人の不幸で飯がうまい、とかいうやつだ、多分。

 

「…………なに?」

「いや、なんでもないよ」

 

 ランサーと共に過ごし初めて、はや一週間とちょっと。少しずつだが彼女のことを知ることができている気がする。表面的なことだけかもしれないが、いいことだ。

 でも、できたらもっと深いことも知りたい……ラニに対する評価のこととか。

 

 ……まあ、それができたら苦労しない。

 親しくもない相手に自分のことを探られて、いい気分になる人間はまずいない。私だって嫌だ。

 しかも相手はランサー。しつこくそんなことをしたら、すぐにあの踵が襲い掛かってくるだろう。

 ならどうするべきか。自力で調べる、地道に交流を深める。今できるのはこれくらいだろうけど、なんとか別の、できればすぐにでも仲良くなれるような方法は……やっぱりないか。

 

「……敵だ」

 

 少し離れた先に、第一回戦でもいたキューブ型のエネミーが見えた。色合いは違うが、見た目も動きも一緒だ。

 先程まで考えていたことは頭から追い出す。今は目の前のことを集中しよう。

 

「よし、じゃあいつも通り」

「様子見でしょう? わかっているわ」

 

 流石に一週間も共に戦っていると、一戦目は私がどうしたいのか理解してくれている。

 とはいえ、ランサーにとっては非常にめんどくさいやり方だ。勝てるだろう相手に、わざわざ防衛に徹してくれている。ストレスも溜まるだろう。

 さっさとパターンを把握して、自由に戦えるようにしよう。彼女を無闇に縛るようなことはしたくない。

 

「ありがとう、ランサー」

 

 楽しそうに踊る彼女は、とても綺麗だから。

 

 幸いにも、キューブ型の敵の行動は一回戦のときと大きな違いはなかった。大振りの攻撃を中心とする攻撃パターン。いくつか初めて見る行動もあったが、傾向は変わらない。

 しかし、前回よりも戦うのが難しくなったのは確かだ。攻撃パターンは増えて読み辛いし、体力や威力も増加している。

 

 攻撃パターンについては、相手が動いてからでもなんとかなる。ランサーの素早さが敵より上回っているからだ。サーヴァント相手には中々通用しないだろう手だが、エネミー相手には十分通用する。

 むしろ、今心配なのは体力と攻撃力の増加の方だ。ステータスのせいもあって、ランサーは攻撃力も防御力もあまりない。

 攻撃力がないと無駄に戦闘が長引いてしまうし、防御力は言わずもがな。

 とはいえ、こればかりは仕方がないとも思っている。ランサーの戦い方はスピードを活かしたものだというのは、前回の戦いで十分に理解した。だからこそ、彼女は筋力と耐久には固執していない。もしかしたら、元々低いステータスだったのかも。

 でも、だからと言ってそのままではいけないだろうし……悩ましいところである。

 

「大分奥まで来たね」

 

 そんなことを考えていても、アリーナ攻略は着々と進んでいた。

 ここまで来るのに出会った敵の攻撃パターンの傾向が、一階層のときと左程変わっていなかったお陰だろう。パターン把握にそこまで時間をかけずに済んだ。

 

 だけど、それもここまで。

 目の前に広がる大きなフロア。そこを徘徊している、見たこともないエネミー。

 しかもそれが数体。下手をすれば、多数の敵を同時に相手することになる。

 怪我無く進むことを考えると、慎重に一体ずつ倒していくのが妥当なところか。

 

「でも、そんな暇はなさそうよ」

 

 ランサーは、後ろを振り返りながらそう言った。

 背後を見つめる鋭い目は、警戒と共に楽しそうな色を灯している。

 私もランサーに倣って後ろを見てみるけど、そこには何もない。

 

 一体何を感じ取ったのか聞こうと口を開き、けれどその問いは口から出る前に意味を失くした。

 アリーナの雰囲気が一変したからだ。この空気感も、一回戦で散々体験している。

 

「来たみたいだけど、どうするの?」

 

 襲撃、奇襲、監視。パッと思いつく限りの候補を脳裏に浮かべる。

 そこから今できることを考えると、選択肢は大分少ない。

 

「情報を得るのが最優先だ。接触は避けられないだろうね」

 

 改めて周囲を見渡しても、身を隠せそうな場所はない。今までの道のりにもそんな場所はなかった。

 罠とかを仕掛けられたらいいのだろうけど、残念ながら私にそんな技術はない。

 リスクはあるけど、戦闘を仕掛けるのが一番楽で手っ取り早い方法だ。

 相手がアサシンで無い限り、透明な壁で囲まれたアリーナでの奇襲は難しいだろうし。

 

「……よし、戻ろう」

 

 まずは一回戦って、戦力差や戦い方を少しでも把握しておこう。

 今やれることは、きっとそれくらいだから。




区切るところがわからなかったのでとりあえずここまで!

2018年最後の投稿となります。
最初の一週間更新からどんどん遠ざかっていますが……なんとか更新できていて少し安心です。
来年はもう少し早い投稿を目指して……

ともかく、今年一年ありがとうございました。
来年もぜひ拙作を読んでいただけると嬉しいです!


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第十八話 trap

 透明な壁の向こうに敵がいないか確認しながら、来た道を戻っていく。

 入った当初は複雑だと思っていたこのアリーナも、一度歩いてしまえばすぐに覚えられた。お陰でマップに気を取られる心配はない。

 

「……嫌な静けさ」

 

 思わず口に出た言葉は、静かなアリーナに溶けていく。

 周囲には誰もいない。エネミーは先ほど倒してしまったから分かるが、矢上たちまで見かけないのは少し不気味だ。

 

 なんだか、嫌な予感がする。

 だけど、周囲に人影はない。殺意もなければ、気配も感じない。

 分かるのはアリーナに渦巻く緊張感だけ。この感覚だけが、矢上たちもここにいるのだと教えてくれる。

 

 結局入り口近くまで戻ってきたが、やはり矢上たちとは遭遇しなかった。

 ランサーも難しい顔をしている。きっと、私と同じことを疑問に感じているんだろう。

 

「この気配の薄さ、相手がアサシンだから?」

「いいえ。アサシンならばこんな中途半端な気配の消し方はしないわ」

 

 そのまま、彼女はアサシンのスキル特性について教えてくれた。

 気配遮断。それは名の通り、自身の気配を消すスキル。欠点は攻撃態勢に移るとランクが大幅に下がること、らしい。とはいえ、その時にはすぐに相手を殺せる位置にいるだろうし、欠点らしい欠点とは思えなかった。

 

 まあとりあえず、相手のクラスがアサシンだったとしても、こんな気配の消し方で暗殺をする気はないだろう、というのがランサーの考えのようだ。

 なるほど、と頷きながら踵を返す。

 

 戦うために戻ってきたのは間違いだったと反省をする。相手に戦うつもりがないのなら、こういうこともあり得るのだ。

 今後はその可能性も考慮して動かないと。

 

 戻ってきた道を、今度は奥に進むため歩いていく。

 突き当たりに差し当たり、曲がろうと一歩を踏み出した、その瞬間。

 

 足元の違和感を感じたのと、身体中を電流が駆け巡るような感覚が襲ってきたのは、ほぼ同時だった。

 

「っが……!?」

 

 視界が点滅する。手足に力が入らず、今自分が立っているのかさえ分からない。

 ただ、その中でも自分に向けられる殺意だけは嫌に感じ取れた。

 

「ぐ、ぅ……っ!」

 

 息が詰まる。

 腹部から激痛のせいで、先ほどとは違う意味で目の前が黒くなる。

 だけど、数秒遅れて聞こえてきた金属音に、今がどんな状況かを悟った。

 

 痺れと激痛で霞む視界で、目の前での出来事をなんとか目に納める。

 ランサーは真っ赤な髪を持つ女性と戦っていた。恐らく、矢上のサーヴァントだろう。

 

 だけど、はっきりとわかるのはそれぐらいだ。

 手に持っている武器でさえ、はっきりと断言はできない。それぐらい、今の視界は酷いものであった。

 このままでは援護をすることもできない。

 

 何もできない、守られているだけの事実が心を蝕む。

 このままでは嫌だ。そうは思っても、身体は動いてくれない。

 

「セイバー!」

「ああ!」

「っく……!」

 

 ランサーが苦戦している。当たり前だ。

 背後にいる私を守りながら、援護もない状態で二人と戦っているのだから。

 

「ラン、サ……」

 

 体中に力を籠める。痺れる腕を動かして、何とか体を支える。

 大丈夫、動かせる。視界も、さっきよりは大分ましだ。

 

 指先を向ける。決して間違えないよう、しっかりと前を見つめる。

 魔力がうまく纏まらない。きっと、これもさっきの痺れのせいだろう。

 だけど、やるしかない。

 

 魔力を纏め、戦況を見極める。

 だけど、そのコードキャストを使うことはなかった。

 

「っ、今日はここまでみたいだね」

 

 強制終了が起こったのだ。

 これで、今日はこれ以上の私闘は許されない。

 

 助かったのだと理解すると同時に、今までの比じゃないほどの疲労と痛みが襲い掛かってくる。

 だけどそれを表情に出さないよう気を付け、気丈にふるまう。

 敵はまだ目の前にいるのだ。私闘はできないにしろ、隙は見せない方がいい。

 

「……行こう、セイバー」

「いいの?」

「ああ。私闘はもうできない……それに、あの怪我じゃあ今日はもう進めないだろうしね」

 

 そう言って、矢上たちはアリーナの奥へと進んで行ってしまった。

 その背中を見えなくなるまで見届け、ほっと息をつく。

 

 ペナルティを恐れずに襲い掛かってきていたら、それこそ危なかったかもしれない。

 改めて息をつき、アリーナの壁に寄りかかる。

 

「怪我は?」

「ない、とは言えないかな」

 

 そんな私の様子を見かねたのか、ランサーは顔を顰めながらも問いかけてきた。

 その問いに、未だ痛みが引かないお腹をさすりながら答える。

 触ると痛いし、もしかしたら痣になっているかもしれない。アリーナから帰ったら、保健室で見てもらおうかな。

 

「悪いけど、今日の探索はここまでにしよう。これ以上はちょっときつい」

 

 痛みもそうだけど、痺れもまだ残っている。

 あの時足元からの違和感を感じたのは、設置型のコードキャスト()に引っかかってしまったから。

 きっと私も持ってる『shock(16)(電撃)』と同じ効果で、より強力な威力を持った罠。あの罠についても、ちゃんと調べないと。

 また引っかかってしまえば今回の二の舞だし、その後のアリーナ探索にも支障が出る。それだけは避けなければならない。

 

 それから。

 

「さっきは助けてくれてありがとう、ランサー」

 

 この腹部の痛みは、ランサーに助けてもらったときのものだ。

 罠に引っかかって動けない私を、咄嗟に蹴り飛ばしたんだろう。

 

「でも、できれば次は投げ飛ばしてくれると助かるかな」

「次があると思っているの?」

「そうだね、ごめん。もうないようにするよ」

 

 軽口を叩きながら、リターンクリスタルを使う。

 掌のクリスタルが砕け、目の前を鮮やかな緑が覆っていく。

 それから、まるで宙に浮いたような感覚。それを感じたときには、もう校舎に戻ってきていた。

 

 保健室、まだ空いてるといいな。

 

 *

 

 

「はい、これで治療は終わりました。気分はどうですか?」

「……うん、痺れも痛みもない。ありがとう、桜。助かったよ」

 

 あの後、無事保健室に入ることができた。

 桜に事情を説明すれば、迅速に治療を施してくれた。お陰で後遺症が残るとかはなく、ほぼ万全の状態にまで回復できた。

 もちろん、疲れが取れたわけではないし、もう今日はアリーナを探索することはできないのだけど。

 

「あ、そうだ。今渡すのもあれなんだけど……」

 

 端末から、購買で買ったものを取り出す。

 一回戦のときから沢山お世話になっている桜に、お礼として渡そうと思っていたデザートだ。

 休息期間中に買っておいたはいいけど、タイミングが見つからず中々渡せずにいた。今渡すのは少しどうかと思ったが、このあと渡せる機会がくるとは限らない。早めに渡せるに越したことはないだろう。

 

「そんな、私はただ自分の役目を果たしただけです。わざわざお礼をいただくことではありません」

「君にとってはそうでも、私はなにかお礼がしたいんだ。だから、迷惑じゃなかったら受け取ってほしい」

「迷惑、ではありませんけど……」

 

 デザートを受け取った桜はどこか困惑気味で、あまり嬉しそうではない。

 やはり迷惑だっただろうか。あんな言い方じゃあ、優しい彼女は断り辛かったのかもしれない。

 

「あの、桜? 気は使わなくてもいいから……」

「い、いえ! 無理はしていません! ただ、今までこういうのを頂いたことがなかったので、その」

 

 恥ずかし気に頬を染める姿は、どこか嬉しそうに見える。

 その表情から、決して迷惑ではなかったのだということが分かってほっとした。

 

 戸惑っている桜に食べるよう促せば、彼女はおずおずとした様子で包装をはがしていく。

 一口デザートを口にすれば、花が咲いたように柔らかな笑みを浮かべた。

 どうやら気に入ってくれたようだ。

 

「これ、おいしいですね」

「でしょ? それ、購買で安く買えるんだ。暇なときにでも買いに行ってみなよ。あそこ、結構品揃えもいいから」

 

 食堂が併設しているせいか、食堂にあるものは大体購買でも売っている。今回桜に渡したデザートだってその一つだ。

 食堂以外で食べるなら購買で買うか持参する。この学校では、それが当たり前だった。

 

「いえ、それはできません」

「え?」

「私は、健康管理AIですから」

 

 桜の言っている言葉の意味を、私は理解することはできなかった。

 だけどそれも一瞬。すぐに、彼女がどんな存在だったかを思い出す。

 

 桜は、彼女自身が言っている通り、健康管理AIだ。

 私たちマスターとは違う、ムーンセルが聖杯戦争のために生み出したNPC。

 だから、そう。きっと、保健室からは基本出られないように設定されているんだろう。彼女がいない間にここを利用するマスターが現れたら、意味がないから。

 

「そ、っか……」

 

 それを可哀そうだと思ってしまうのは、私が桜の境遇を不幸だと思っているからだ。一箇所に縛り付けられるなんて、考えたくもない。

 だけど、それは私の考えで。桜は決して、自分が不幸だとは思っていないだろう。

 だからこんな思い、本当は抱いてしまってはいけないのに。

 

「ヴィオレットさん?」

「……ううん、なんでもない。それより桜、次はどうしようか。また、何か持ってくるよ」

「え、いいんですか?」

「もちろん。私、桜ともっと色んな話をしたいんだ」

 

 それなら、と桜は微笑む。

 断られるんじゃないかと思ったが、大丈夫そうだ。

 

 私も桜に微笑み返し、会話を続けるために適当な話題を上げる。

 彼女との他愛のない会話は、陽が沈み始めるまで続いた。

 

 *

 

 桜との楽しい談笑を終え、時刻は夕方。

 以前まで白乃と食堂で待ち合わせをしていた時間になった。

 

 いつもの場所で彼女を待つ。

 一回戦が終わって二日が経っているし、もしかしたら向こうは私が負けたと思っているかもしれない。

 だから、彼女がここにくる保証なんてない。先に約束を破ったのは私だから、仕方のないことだ。

 でも、できるならもう一度、白乃と話をしたい。

 

「…………クレア?」

 

 ふいに、背後から声をかけられる。

 それが誰かなんて、見なくてもわかる。

 だって私が、この二日間避けてきた友達の声なんだから。

 

「白乃……」

 

 目を見開いて驚いたまま、彼女はなにも言わない。

 本当に、私が死んだと思っていたんだ。

 

 何て言葉をかけようか迷う。

 死んだかもしれないと思うと怖くて、約束を破ったのは私だ。そんな私が、今更なんと声をかければいいんだろう。

 

「生きて、たんだ……」

 

 白乃の声は、こっちが悲しくなるくらい震えていた。

 その声で、私がやったことがどれほど酷いことだったかを察する。

 

 約束をしたのは私からなのに。

 それを理由に頑張ろうと。それが彼女の支えになれたらいいと。そう思ったのは、私だったのに。

 

 ああ、本当に今更だ。

 

「うん。約束、破ってごめん」

「謝るくらいなら、最初からしないで」

 

 震えていた声は、いつの間にかいつもの声色に戻っていた。

 けれど、目の端は少し赤くなっている。

 

 その顔にさらなる罪悪感が生まれる。

 それが表情に出ていたのか、彼女は私の頬を引っ張った。

 突然のことに面食らう私を見ながら、白乃はやはりいつも通りの笑みを浮かべる。

 

「生きてたんならそれでいいよ」

「……相変わらず、君は優しいね」

「そうかな」

 

 そうだよ、と思わず笑みをこぼす。

 白乃は不思議そうに首をかしげているから、優しい自覚はないみたいだ。

 だけど、約束を破って自分を不安にさせた相手をすぐに許しているのだから、大分優しいと思う。

 

「そんなことより早く行こう。今まで来なかった理由とか、色々教えてもらうからね」

 

 ……やっぱり意外と怒っているのかも。

 いや、でも自業自得か。

 

「お手柔らかにお願いします」

「どうしようかなー」

 

 やっぱり、白乃と話すのはとても楽しい。

 さっきまで桜と話してた楽しさとはまた違う楽しさだ。これも、今の私にはかけがえのない大切なもの。

 

 食事を受け取り、席に座る。

 そこでは早速、今まで集合場所に来なかった理由を聞かれた。

 素直に怖かったのだと話せば、白乃から私だって同じだったと怒られてしまった。

 

 普通に考えれば当たり前だ。むしろ、真実を確かめようとしなかった私より、白乃の方が怖かっただろう。

 そう思うと、何とも言えない罪悪感に襲われた。

 もうしないでと念を押す白乃に、力強く頷く。彼女は私の返事に満足したのか、嬉しそうに笑った。

 

 それから、白乃と色々な話をする。

 だけど、こんな生活をしているとそこまで話す話題はない。話は、自然と聖杯戦争に関わることに移っていった。

 

「ダン・ブラックモア……」

「知ってる?」

「全然。でも、地上では有名なんでしょ?」

「そうみたい。狙撃で有名な軍人だったらしいよ」

 

 白乃の対戦相手は、当たり前というか私の記憶にはない人物だった。

 でも、地上では有名な人らしい。

 

 相手が元狙撃手となると、やはり注意すべきは奇襲だろう。

 決戦場まで行けばともかく、アリーナで待ち伏せをされた上に遠距離から攻撃を受けるとなると最悪だ。特に、入るときと出るときは油断もあるだろうし……。

 

「いや、多分、ダンさんからの奇襲はないと思う」

「? どうして?」

「実は……」

 

 白乃は、今日アリーナで会った出来事を教えてくれた。

 アリーナは、毒の結界で覆われていたらしい。毒自体は少しずつ体を蝕むものであったから、結界を壊しアリーナから出た今は特に問題はないという話だったけど……一度保健室で見てもらうよう薦めておいた。何かあってからでは遅いし。

 まあそれはともかく、アリーナを探索中、言い争いをするダンさんと彼のサーヴァントを見かけたそうだ。

 内容は、アリーナを包む毒の結界について。

 話を聞く感じ、ダンさんは正々堂々と。サーヴァントの方は、奇襲や罠といった戦術をとりたい、ということか…………あれ?

 

「ねえ白乃、それってアリーナでの話だよね?」

「え、そうだよ」

「どうやって盗み聞きしたの? 相手は元軍人でしょ。バレたりはしなかった?」

 

 ほんの少し違和感を覚えたのはそこだった。

 白乃は私と同じ記憶喪失。だから、コードキャストはアリーナで拾う礼装に付属しているものしか使えないはずだ。

 でも、彼女はアリーナで相手の情報を得てきた。しかも耳で、だ。盗み聞きと言うと人聞きが悪いけど、隠れる場所の少ないアリーナでそれはとても難しい。

 

「普通に壁の影に隠れて見ていたよ。そりゃあ、気配とかはなるべく消してたけど、特別なにかをした訳じゃないかな」

「……壁って、アリーナの?」

「それ以外になにがあるの」

 

 急にどうしたんだ、とでも言うかのように白乃は首を傾げた。

 それにはなんでもないと曖昧に返し、自分の考えすぎなところには内心頭を抱えた。

 所謂、先入観というやつだ。

 半透明な壁で、向こう側を見ることができる。だから隠れることはできないと思っていたが、ここは電脳世界。人だけを見えなくするプログラムが組み込まれていない、とは言いきれない。

 

 今回も、私が罠にかかったタイミングで彼らは襲ってきた。てっきりコードキャストで姿を隠し様子を伺っていたと思っていたが、もしかしたら壁の影に隠れていただけかもしれない。

 どちらにせよ、確かめないといけないことが増えたことは確かだった。

 

「そういうクレアはどうだったの?」

「私は……」

 

 アリーナであったことを語る。自分の失態を語るのは正直恥ずかしいが、設置型のコードキャストも存在することは白乃にも伝えといた方がいい。

 些細なことだけど、知らないよりはましだから。

 

 ただ、罠に引っかかったことに関しては大分心配をさせてしまった。

 今は大丈夫だと言っても、どこか心配そうで。それがくすぐったくて、少し恥ずかしかった。

 

「それじゃあ、そろそろ戻ろうか」

「だね」

 

 色々なことを沢山話していたら、時間はあっという間だ。 

 陽は完全に沈み、校舎の外はもう真っ暗。校舎の光はあるし人がいるお陰で不気味さはないが、正直あまり出歩きたくないシチュエーションである。

 

 教室の前で白乃と別れ、私も自分のマイルームへと戻っていく。

 なんだか、今日は色々なことが起こったな。

 

 お風呂に入りながら、今日起こった出来事を振り返る。

 そしてそこから、明日やるべきことを考える。

 

 アリーナでの出来事はラニに相談した方がいいだろうし、ラニからの頼みもやり遂げなければ。

 あのサーヴァントの遺物、か。敵が飛び道具使いであれば簡単だが、相手はセイバー。矢上がそう呼んでいたから。ブラフではない限り間違いではない。

 うーん、少し難しいかもしれない。

 

「まあ、なんとかするしかないか」

 

 寝間着を身に包み、髪を手早く乾かす。

 それが終わるころには、ランサーは既にベッドで横になっていた。

 寝ている、のかな?

 

 起こさないよう、足音に気を付け電気を消す。

 

「おやすみ……」

 

 明日は、今日みたいに足手まといにならないように。

 小さな決意を胸に秘め、瞼を閉じた。

 



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第十九話 conference

 二日目。朝の日常を終えた後、ランサーの要望で教会にやってきた。

 一回戦で倒したアーチャーと昨日倒したエネミーの分の改竄をするためだ。

 本当なら、アーチャーの分だけでも昨日のうちにするべきだったのだが、すっかり忘れていた。次からは気を付けようと心に刻む。

 

 教会の中は、相変わらず荘厳な雰囲気に包まれていた。この雰囲気ばかりは、何度来ても慣れない気がする。

 

「おっ、君も勝ち上がっていたんだね。中々こないから、てっきり負けたかと思ってたよ」

 

 私に気づいた青子さんが、朗らかに笑いながらそんなことを言った。負けたかと思ったとは、決して笑いながら言うことではないと思うけど……。

 言葉と表情のギャップに思わず苦笑いがこぼれる。

 ちなみに、橙子さんはチラリとこちらを見ただけですぐに元の作業に戻っていた。

 

「やっぱり、初日に来る人が多いんですか?」

「そりゃあそうよ。一回戦でサーヴァントを倒しているんだから」

 

 曰く、サーヴァントを倒したときに得られるリソースはアリーナのエネミーとは比べ物にならないらしい。

 思いついてはいたが、やっぱり専門家ともいえる彼女から聞くと、その信頼感は大分違った。

 

「位階も大幅に上がっただろうし、その分の強化はしなくちゃ、勝てる戦いにも勝てないわ。というか、今回初日に来なかったのは君だけよ」

「つ、次からは気を付けます……」

 

 昨日の出来事を思い出す。

 もし忘れずに改竄を施していれば、ランサーは一人でもあそこまで苦戦することはなかったかもしれない。

 たった一つの些細なことが、戦闘では大きな影響を及ぼす。それもちゃんと頭に入れておかないければ。

 

「さて、本題に入りましょうか。今日のご要望は?」

「ああ、それなら……」

 

 今日お願いする改竄の要望を伝えると、青子さんはすぐに作業に取り掛かった。

 私はすでに定位置となった椅子に腰かけ、端末でランサーのマトリクスを確認する。

 

 ステータスが変わっているくらいで、追加された項目は一つもない。

 彼女の加虐性と痛みへの無関心さに関する記述が増えていると思っていたのだけど……やはり、そう簡単にはいかないようだ。

 というか、このマトリクスに追加される基準って何なんだろう。実際に目で確認できたあの二つに関しての記述はないくせに、一回も見たことのないスキル、騎乗については最初から記載されていた。

 その違いが分かれば、彼女に近づく一歩にもなりそうなんだけど……。

 

「あ」

 

 ステータスが更新される。

 耐久がEからDへ。他の上昇はない。ただ、うまく行けば二回戦の間には敏捷がC+になりそうだと思った。

 ランサーが戻ってくる。現在のステータスを見せれば、考えるように顎に手を当てた。

 

「耐久と魔力がD。敏捷がD+、ね……」

「幸運と筋力はEのまんまだね。結構均等に分けてると思うんだけど」

「ああ、その二つならそろそろ上がると思うわよ。そうね……少なく見積もっても、エネミー十体分くらいじゃないかしら」

「……結構多いですね」

 

 他も上げたいと思うと相当な量だ。

 でも、二つで十体なら一つ五体。どちらかを後回しにすれば、片方は近いうちにDに上昇するはず。もちろん、この二つをとりあえずDにするのもありだ。

 

「どうする?」

「最悪、筋力はEのままでもいいわ。幸運を優先させましょう」

「え?」

 

 てっきり筋力を優先させるものだと思っていたから、変な声が出た。

 幸運の効果がよくわからないというのもあるけど、筋力なら単純な攻撃力に繋がる、と思う。それはランサーの戦い方でも変わらない。

 でも、そっか。ランサーは幸運を優先させたいのか。

 

 ことごとく真逆のことを考えてるんだな、私たち。

 

「理由を聞いてもいい?」

「貴女と契約する前から、筋力のステータスはEだったのよ。それなら、幸運を優先した方がいいでしょう?」

「なるほど」

 

 彼女は自分の平均ステータスを知っているのだろう。それでも筋力はEだったと。

 そういうことならば、幸運を優先するのも納得できる。

 

「ちなみに、他のステータスはどんな感じだったの?」

「左からE、C、A+、A、B、だったかしら」

「そ、そっか……」

 

 今と比べるとまさに月とすっぽんだ。

 流石に戦い方は変わらないんだろうけど、やっぱり早さは今と段違いなんだろう。今でも十分に速いのに、それ以上と思うと全然想像がつかない。

 彼女の本来の力がどれほどなのか、よくわからなくなってしまった。

 それは正直恐ろしいけど、同時にとても頼りに思う。

 

「へえ、あなた、自分のステータスを把握してるのね」

「え?」

 

 ランサーの本来の力に考えを寄せていると、唐突に青子さんが会話に入ってきた。

 恐らく今までの会話を聞いていたのだ。とても興味深そうな目線でランサーを観察している。

 

「え、っと……本当なら知らないものなんですか?」

「さあ、私はそこまで詳しいわけじゃないし……でも、生前に自分のステータスを知っているわけないでしょう? そういう話は聞いたこともなかったから、珍しいのかなと思ってね」

 

 そりゃあそうだ。

 生きてるときは、まさか自分の力にゲームのような値を振られるとは思いもしないだろう。

 

 私はサーヴァントなら自分の平均ステータスを把握しているのだと思った。だけど、青子さんはそんなことを聞いたことはないと言う。

 一度疑問を抱いてしまえば、さっきのランサーの発言もおかしかったように思えてしまった。

 

 私と契約する前のステータスってなんだ。

 彼女はそれを、一体どこで知ったんだろう。

 

 いつもの考えすぎなだけかもしれない。

 でも、だけど、もしかしたら。

 

「君は、他の誰かと契約を結んだことがあるの……?」

 

 なぜか、不安そうな声色をしていた。

 自分でもどうしてそんな声が出たのかわからない。

 

 ランサーは、いつもと変わらない口調で答える。

 

「その問いに答える義理はあって?」

「それは……」

 

 そんなものはない。

 彼女が以前に誰かと契約を結んでいたとして、今は関係ないことだ。

 だけど、どうしてだろう。なんで、こんな……。

 

「……ううん、大丈夫。変なこと聞いてごめん」

 

 この感情はよくわからない、知らない。なぜだかもやもやする。

 なんか、やだな。

 

「あー、変なこと言っちゃったかな。ごめんね」

「いえ、気にしないでください」

 

 気まずそうにする青子さんに笑みを浮かべる。

 彼女に悪気があったわけではない。ただ、疑問に思ったことを口にしただけだ。

 こんな気持ちになる私が悪いだけで、青子さんは何も悪くない。

 

 ただ、これ以上ここにいるのはこちらも気まずい。今日はこの辺りで失礼させてもらおう。

 思えば、今日は随分ここに居座ってしまった。

 ラニに用事もあるし、早く行かなければ。

 

「今日もありがとうございました。またよろしくお願いします」

 

 最後に頭を下げて、青子さんに背を向ける。

 胸に残るもやもやは、今は気にしないことにした。

 

 

 *

 

 

 ラニは、昨日彼女自身が言っていたように三階の廊下の奥にいた。

 窓から外の空を見上げる姿は、少々近寄りがたい雰囲気を纏っているように見える。

 

 とはいえ、話しかけないという選択肢はない。彼女には用があってきたわけだし。

 でも、なんて話しかけるのが一番なんだろう。

 友達に話しかけるみたいに気軽な感じでいいかな。白乃以外に友達と言える友達がいないから、少し困ってしまう。

 

 変に緊張する気持ちを抑えつつ、とりあえず名前を読んでみることにした。

 

「ラニ、今大丈夫かな?」

「おや、ヴィオレットさん。私に何か用でしょうか」

 

 淡々とした様子で、すぐに要件に入る。

 世間話をする気はないようだ。

 少し残念なような、むしろ緊張せずに済むというか……人と話すのは難しい。

 

「実は、コードキャストについて聞きたいことがあって」

 

 変に話を変えるのも気が引けて、昨日あったことを説明した。

 今回聞きたいのは、実際にトラップ型のコードキャストがあるのか。あったとして、その対策はなんなのか、だ。

 

「アリーナと同化するトラップ型のコードキャストですか……はい、確かにそのようなコードキャストは存在します」

 

 魔術師の間ではそうマイナーなコードキャストではないらしい。むしろ、種類も多くよくある類なのだとか。

 ならば、何かしらの対策があるはずだ。それを教えてもらおう。

 

「それは目視では確認できなかったのですね?」

「うん。違和感も感じなかったかな」

「でしたら、解析系のコードキャストはいかがでしょう。ものによっては、アリーナ全体の情報を見ることができるはずです」

「そんなものもあるの?」

 

 今私が持っている解析のコードキャストは、視界に納めなければ効果が現れないものだ。それだけでも大分役に立っているというのに、まさかアリーナ全体を解析できるものがあるなんて、想像もしてなかった。

 でも、ラニの言うものがあるならぜひ手に入れたい。

 アリーナに入った瞬間になにがあるのか全てを把握できるし、もし構造までわかるなら探索も大分楽になるはずだ。

 

 しかし、朝に一度購買へ行ってみたときには、そんな効果の礼装は売ってなかった。

 つまり、今すぐに手に入れる手段はないということだ。

 どうにかして手に入れるにしても、それまでの間の対策は考えないと。

 

「あ、購買で状態異常用の回復アイテムが売っていたけど、あれをマスターに使うことはできないの?」

「それは、考えたことはありませんでした」

 

 ふと思い浮かんだのは、購買で新たに販売された『治療薬』という回復アイテム。

 中々高価な値段がついていたが、効果は『猛毒、麻痺、呪いの解除』という幅広さ。

 サーヴァントに使うものだと思っていたが、マスターにも使えるのなら、コードキャストを手に入れるまでの対策にはもってこいだ。

 

「申し訳ありません。私も試したことがないので、確かなことは……ただ、可能だとは思います」

「ううん、相談に乗ってくれただけでも助かったよ」

 

 アイテムについては専門家、この場合は購買部のNPCか桜だろうか。その二人に聞いてみればいい。

 少なくとも、対策の案が出てきただけで十分の収穫だ。

 

「そういえば、白乃とはもう会った?」

「はい。無事、協力関係を築くことができました」

「そっか、ならよかった」

 

 素直にそう思った。

 自分が協力している人物が友達と敵対するというのは、あまりいい気分ではない。

 限りある関係だとしても、せめてもっと先のことであってほしいと、そう願う。

 

「よし、私はこれから購買に行くよ。さっきのことを聞いてみる」

「そうですか。では、今日はこれで」

「うん。またね、ラニ」

 

 ラニと別れ、早速購買に向かう。

 時刻はお昼過ぎ。人はまばらで、そこまで多くない。

 これなら、購買前で時間を使っても迷惑にはならなそうだ。

 

「いらっしゃいませー。地獄の沙汰も金次第。月海原学園購買部です!!」

 

 いつもと変わらない、元気で物騒な口文句。

 毎度のことながら、少し怖いから何とかならないものか。

 しかし、突っ込むのも野暮というもの。返事が返ってくるとも限らないし、いつも通り用事を済ませてしまおう。

 

「このアイテムなんだけど、マスター自身に使うことってできないかな」

「治療薬をですか?」

「うん」

「少々お待ちください。すぐに調べますね」

 

 そう言って、部員さんは治療薬を手に取る。

 傍から見ると何もしていないように見えるが、彼女の中では何かが起こっているんだろうか?

 よくわからないが、待つこと数分。輝かしい笑顔と共に、質問の答えが返ってきた。

 

「はい! マスターに使っても問題はありません。ただ、サーヴァント用に調整されたものではありますので、効果が薄くなる可能性があります」

 

 つまり、マスターに使う場合は全快は補償しないということか。

 まあ、少しでも効果があるなら問題ない。

 いつ毒を使う敵と出会うかもわからないし、多めに買っておこう。

 

 ついでに他のアイテムも補充すれば、中々大きな出費になってしまった。

 出し惜しみをするつもりはないが、ある程度は節約しないといけないかな、これは。

 

「校舎でできるのはこれくらいかな?」

『そうね。さっさとアリーナに行きましょう』

 

 やり残したことはないことを確認し、食堂を出る。

 アリーナへ向かうため一階に上がれば、見慣れた二人の姿が目に入った。

 藤村先生と白乃だ。一体、何を話しているんだろう。

 

「あっ、ヴィオレットさん! あなたもいいところに来たわね!」

 

 あ、なんか嫌な予感。

 

「実は、ちょっと大変なことが起きたの。先生のお願い、聞いてくれない?」

 

 これ、一回戦のときと同じパターンだ。

 

 目線だけを白乃に向けてみれば、彼女は少し困ったように笑みを浮かべていた。

 多分、先生から何かを頼まれていた最中だったんだ。

 そこにタイミングよく私が現れて捕まった、と。

 いや、別に迷惑なわけではないからいいんだけど、どうしてこうも先生の周りでは何かしらのハプニングが起きてるんだろう。不思議だ。

 

「あのね、知り合いからもらった柿が手違いで誰かのアリーナに転送されちゃったのよ。誰のアリーナに送られたかわからないから、みんなに声を掛けているんだけど」

「私たちにも探してほしい、と?」

「そう! 話が早いわね!」

 

 内容は、前回とはそう変わらないものだった。おにぎりが柿になったくらい。

 ああ、でもあるかないかはわからないようだし、アリーナ全体を探さないといけないかも。

 ……いや、結局それもいつものことか。

 

「たぶん、二日もしたらエラーとして消去されちゃうだろうから、その前に回収お願いね」

「はい、わかりました」

 

 白乃の返事を聞いた先生は、そのまま他の生徒に向かって歩いて行った。

 きっと柿を探すようお願いしに行ったんだと思う。

 

「今度は柿かぁ……」

「今度はって、白乃も他に頼まれてたの?」

「え、そう言うクレアも?」

 

 お互い目を合わせ、沈黙。

 それから、もう一度他の生徒と話す藤村先生に目を向ける。

 あの嘘だったはずの日常のときと変わらず、笑顔で生徒に接している。それがマスター相手であっても、NPC相手であっても変わらない。

 

「なんか、先生らしいね」

「ほんとにね」

 

 あの人はどこにいても変わらないんだなと、なぜかそんな確信が持てた。

 NPCだからなのかもしれない。それでも、彼女の存在は平和な日常を感じられて、なぜか少し安心する。

 

「お互い、頑張ろうか」

「だね」

 

 あの人とは元気な姿で会いたいと思うのは、きっと間違いじゃない。

 だからそのためにも、まずはトリガーを手に入れよう。

 まだ、戦いは始まったばかりだ。

 




気が付いたらもう一カ月……時間が経つのは早いですね。

復刻CCCコラボも始まりましたね。EXTRA、CCCを知るきっかけとなったストーリーなので、じっくりやりかえしたいなと思いながら全然やってません。流石にそろそろ始めないとなぁ。
ちなみにプロテアは爆死した


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第二十話 reliability

 アリーナに入ってまず確認したのは、透明な壁の性質に関してだった。

 ランサーに壁の向こうに立ってもらい、壁越しに見えるかを確認する。

 想像とは違い、壁の向こうにいるランサーははっきりと目で確認できた。これだと、遠目ならともかく、近くならばすぐに見つかってしまうだろう。

 

「うーん、敵じゃないと意味ないのかな」

 

 それとも、考え通りこの向こうは見えないのだろうか。

 でも、そうだと白乃が見つからなかった理由が分からない。

 相手は元軍人らしいし、こうも丸見えだと、例え完璧に気配を消せたとしてもすぐに見つかるだろう。相手の会話を聞ける距離ならなおさらだ。

 

「とりあえず、これは要確認だね」

 

 こうなったら、一度試してみるしかない。

 幸か不幸か、矢上たちは既にアリーナにいる。

 

 解析のコードキャストとアイテムはいつでも使えるようにして、昨日のような罠には対処できるようにしておく。

 慎重に先に進み初めて早数分。道中に罠が仕掛けてある訳でもなく、スムーズに昨日きた場所まで戻ってこれた。

 

「止まって」

 

 前を走っていたランサーから、制止の声が掛かった。

 音を立てないよう足を緩め、彼女の少し後ろで止まる。

 息を潜め気配を消すランサーに倣い、私もできる限り気配を消す。

 

「あいつらよ」

 

 顎で示された先には、確か大きなフロアがあったはずだ。

 どうやら、そこに矢上たちがいるらしい。

 

 壁に体を隠しながら、覗くようにフロアに目を向ける。

 そこでは、矢上と赤毛のサーヴァントがエネミーと戦っていた。

 

 一度顔を引っ込めて、壁越しにフロアを見てみる。

 エネミーの姿は見えるけど、矢上たちの姿は元からなかったかのように消えていた。

 なるほど。対戦相手の姿は見えないようになっているのか。

 白乃が見つからなかったのもこのお陰だろう。

 

「確認は済んだ? なら、仕掛けるわよ」

「待って。仕掛けるなら、エネミーを倒して油断した瞬間の方がいい」

 

 今にも飛び出しそうなランサーを抑え、向こうの様子を観察する。

 ついでに、フロアに続く一本道に罠が仕掛けてないかも確かめておこう。

 

view_status()(解析)

 

 コードキャスト越しの視界に映る、小さな違和感。

 もっと深く解析してみると、それは昨日と同じ罠であることが確認できた。

 

「君の歩幅で三歩目、かな。そこに昨日の罠が仕掛けられてる」

 

 フロア内も確認するも、見つかった罠はそれだけだった。

 なら、戦闘中は矢上本人からのコードキャストに気を付けるだけで十分だろう。

 あとは、タイミングを見計らうのみ。

 

 セイバーと、ついでにエネミーの動きも観察する。

 エネミーの動きはそこまで複雑ではない。矢上たちも特に苦戦している様子には見えなかった。

 体力が減ったところをと思ったけど、そううまくはいかなそうだ。

 なら、せめて今のうちにセイバーの動きをよく見ておこう。

 

 彼女の武器は片手剣だ。剣を持ってない方の手には、盾が握られている。

 盾でエネミーの攻撃を巧みに防いでいるところを見ると、随分と戦闘慣れしているようだ。もしかしたら、どこかで有名な軍人や戦士なのかもしれない。

 少なくとも、セイバーというクラスに間違いはないように思える。うん、思いたい。

 

 そうこう考えているうちに、セイバーとエネミーの戦いは終わりに近づいていた。

 ランサーがいつでも飛び出せるよう、脚に力を籠める。

 私も、いつでもコードキャストを発動できるよう礼装の準備を整える。

 

 セイバーの剣が、エネミーに振り下ろされた。

 データの海へと還っていく姿を見届けた矢上は、周囲に向けていた警戒を解く。

 

 瞬間、ランサーが壁の影から飛び出した。

 

「っな……!?」

「マスター!」

 

 床に敷かれた罠を悠々と飛び越え、ランサーは敵へと向かって駆け抜ける。

 その先にいるのは、セイバー、ではない。

 

「嘘だろ……っ!?」

 

 予想外にも、ランサーは矢上に攻撃を仕掛けようとしていたのだ。

 考えもしなかった選択に、少々反応が遅れてしまう。それでも何とか準備していたコードキャストを発動し、矢上を守ろうと動いたセイバーへと放つ。

 放たれた『shock(16)(電撃)』は見事セイバーへと当たり、妨害を成功することができた。

 

「ッ、マスター!!」

 

 スピードに乗ったランサーの膝が、矢上を貫こうと迫る。

 一瞬でも動きを止めたセイバーは間に合わない。そして、ただの人間がサーヴァントの一撃に耐えれるわけもない。

 二回戦はここで終了する。そんな考えが、一瞬だけ脳裏をよぎった。

 

protect(32)(防壁)!!」

 

 だけど、矢上は魔術師だ。

 

「それは……!」

 

 矢上の目の前に現れる、大きな一枚の壁。

 それは、間違いなく私の持つコードキャストと同じものだった。しかし、効果はきっと何倍も違う。

 

 ランサーの強烈な一撃を受け止めた防壁は、ヒビが入っただけで、砕け散ることはなかった。

 だけど、もう一度攻撃ができれば……!

 

「ランサー、右!」

 

 セイバーがランサーに迫る。二度目の妨害は通じない。

 矢上に近いことを不利だと考えたのだろう。セイバーの剣を避けたランサーは、そのまま私の近くまで戻ってきた。

 

「まさかマスターを狙ってくるとはね。そんな奴には見えなかったけど」

「あら、人は見掛けによらないって言うでしょう? それに、先に仕掛けたのはそっちじゃない」

 

 ……もしかして、昨日のことを気にしてくれてるんだろうか。

 そうだとしたら嬉しい。でも、正直ああいう仕返しはあまり好きではない。そりゃあ、やらなければいけないならやるけど。

 こういう価値観の違いは、いつか擦り合わせないといけないのかもしれない。

 それも、もっとランサーについて知ってからだ。

 

「クレア、マスターの方は貴女が抑えなさい」

「! うん、任せて」

 

 頼られたのが嬉しくて、思わず声が震えた。

 もしかしたら、少しは私を信頼してくれているのかもしれない。私なら抑えられると、少しは期待してくれているのかもしれない。

 なら、その信頼に応えたい。どれくらいできるか分からないけど、せめてランサーの邪魔だけはさせないようにしないと。

 

 セイバーの向こう側に立っている矢上に注目する。

 彼が使うコードキャストで、今の所判明しているのは二つ。『shock(16)(電撃)』の効果を持つ罠と、私も持つ『protect(16)(防壁)』だ。しかし、両方とも矢上の方が威力が高い。

 罠が張れるということは、弾丸として打つことも可能だろう。私なら一瞬しか止められないサーヴァントの動きを、彼がどれくらい止められるかは予想もつかない。

 だが、私より長いのは考えなくてもわかる。一瞬の隙が生死を分ける戦いで、そんな隙を与えるわけにはいかない。

 

「っ……!」

 

 だけど、これは辛いよ、ランサー!

 

 彼が使っているコードキャストはただ一つ。威力は桁違いだが、指先から放たれる弾丸を見るに、おそらく『shock(16)(電撃)』だろう。それはいい、想像通りだ。

 問題は、私が使うコードキャストの数。向こうの威力が高すぎて、電撃と防壁を組み合わせないと相殺しきれないのだ。

 さらに、そこまでしても、間も置かずに行使されるコードキャストを防ぎきることはできない。いくつかはランサーが避けて対処してくれている状況だ。

 

 視線を反らし、セイバーと戦うランサーを見る。

 苦戦している様子はないが、攻めきれてもいない。その様子から、サーヴァント同士の力の差はあまりないと予想できる。

 

「っくそ……!」

 

 なら、勝敗を決めるのはマスターの差だ。

 そして、その差は目に見えてわかるほど離れている。

 

 地上でプログラマーとして電脳世界に関わってきた矢上と、記憶がなく、多少のプログラミングしかできない私。どちらが優れているかなんて、考えなくてもわかる。

 現に、その差は今のこの状況を作り出していた。

 

「終わりね」

 

 結局何もできないまま、戦闘は終わりを告げる。

 致命傷を与えられず、情報もあまり得られてない。ただ、私と彼の実力差を思い知っただけ。

 

「ごめん、セイバー。援護できなかった」

「気にしないで。相手のマスターを抑えててくれただけ十分さ」

 

 聞こえてくる会話に、思わず唇を噛みしめた。

 抑えきれてはなかったけど、抑えていたつもりだった。少しでもランサーの手助けになればと、頑張ったつもりだった。

 

 でも、違う。そんなのはただの思い上がりだ。

 私が矢上を抑えていたんじゃない。私が、矢上に抑えられていたんだ。

 マスターだけに集中し、サーヴァント同士の戦いに指示を出させないために。

 

 情けない。

 折角、ランサーが私を頼ってくれたのに。それに、応えることはできなかった。

 

「クレア」

「っ、どうしたの、ランサー」

「あいつらは先に進んだわよ。どうするの」

 

 名前を呼ばれ、我に返る。

 確かに、目の前にいたはずの矢上たちは既に姿を消していた。

 ランサーの言う通り先へ進んだのだろう。それに気づかないほど、意識はさっきの戦闘の反省に向けられていた。

 

 このままじゃあだめだ。ちゃんと切り替えよう。

 反省は後でもできる。今は、ここでできることを考えないと。

 

「とりあえず、そこに設置されてるコードキャストを調べよう。もしかしたら、何かわかるかもしれない」

 

 指差すのは、矢上が仕掛けたコードキャストの罠。表面上は見えないが、確かにそこに存在する。

 礼装を変更し、解析を始める。

 

 これは、結構複雑な構造だ。きちんと解析をしようと思うと、結構な時間がかかるだろう。

 解析に集中すれば私は無防備になるし、アリーナの探索も進まない。ただ時間を無駄にするだけだ。

 それは避けたい。プログラムのコピーだけして、解析は校舎に戻ってからにしよう。

 

 コードキャストで見える限りのプログラムを端末に書き写し、間違いがないかだけ確認する。

 うん、大丈夫そうだ。

 

「お待たせ……って、あ」

 

 何もいなかったフロアにエネミーが現れる。

 ついさっき、矢上たちが戦っていたエネミーだ。

 

「リスポーンしたわね」

「……倒そうか」

 

 改竄のリソースになると思えば、まあいいか。ポジティブに行こう。

 幸い、行動パターンはセイバーが戦っていたのを見てもう把握してる。ランサーなら負ける相手じゃない。

 

 実際、ランサーは怪我をすることなく敵をいたぶり尽くした

 その顔がどこか満足気に見えたのは、決して間違いではないだろう。

 

 エネミーを倒しつつ、更にアリーナを進んで行く。

 長い一本道を進んでいると、奥の方に道を塞ぐ扉が見えた。今まで通り、どこかにあるスイッチを押す必要があるようだ。

 見渡せる範囲にはない。横道が多いから、そのどれかだとは思うけど。当たりを見つけるまで、少し時間がかかりそうだ。

 

 とりあえず、一番近かった横道に入ってみた。

 そこの道は長くなかったようで、すぐに奥に辿り着く。そこにあったのは、オレンジのアイテムフォルダ。中身は、礼装だ。

 

「これ、購買に売ってたやつだね」

 

 『強化体操服』。この世界で私が初めて見た礼装だ。あの時はお金もなく、礼装も持っていなかったから購入を諦めたものでもある。

 こうして手に入ったことを思うと、むしろ買わなくて正解だったのか。

 

「それ、使う機会はあるの?」

「……多分、ないんじゃないかな」

 

 この礼装で使えるコードキャストは、魔力強化の一つだけ。その分効果は大きいみたいだけど、二つしか礼装を装備できない以上、あまり役には立たなそうだ。

 購買では売ることもできるみたいだし、本当に必要なかったら売ってしまおう。

 

 礼装を端末にしまいながら、次の横道に入る。その奥にも、アイテムフォルダが置いてあった。

 色的にはトリガーだ。その前に配置されているエネミーは蜂型。

 少し面倒なタイプだが、動きさえ止められれば後は簡単だ。

 

shock(16)(電撃)!」

 

 敵が気づかない距離から電撃を放つ。

 吸い込まれるように当たった電撃は、その効果を発揮させ敵の動きを止める。

 瞬間、後ろにいたランサーがもの凄いスピードで隣を駆け抜けた。

 

 一閃。手始めに羽を切り落とし、動きを制限する。

 そうしてしまえば、もう敵にできることはない。電撃の効果が切れた後でも、飛べない敵は胴体を動かすのみ。

 ランサーが足を振り下ろす。容赦ない攻撃は、一撃で相手を屠り去った。

 

「よし、今日はこれで終わり、かな」

 

 アイテムフォルダからトリガーを取り出す。

 無事に手に入れたことを確認し、端末をしまい込んだ。

 

「記憶は?」

「えー、と……気配は感じるけど、どこにあるかまでは。だから、探すのは明日かな」

 

 前回と同じなら、第二層が開くのは四日目。

 今日が二日目だから、明日はまたここにくることになる。

 記憶を取り戻すのはその時でもいいだろう。

 

 そこから先の道は、特に何もなかった。

 ただ、気配の強さから、記憶がどこにあるのか大体の場所を把握することができた。明日になれば、正確な位置もわかるようになるはず。

 トリガーも手に入ったことだし、今日はここまでにして校舎に戻るとしよう。

 

*

 

 白乃との食事も終え、マイルームへと戻ってきた。

 明日の準備もすれば、窓の外は既に真っ暗。いつもならやることもなく寝てしまうが、今日はコピーしてきた矢上のコードキャストの解析をすることにした。

 

「それ、あいつらのコードキャスト?」

「うん。プログラムだけだから、使うことはできないけど……なにかに使えたらいいと思ってね」

「ふぅん……」

 

 興味なさげに、ランサーが隣からプログラムを覗き込む。

 近づいてきた綺麗な顔に少しドギマギしつつ、意識は解析に集中させる。

 

 コードキャストを使いながら解析を進めるが、順調とは言えなかった。

 決して解析できないわけではない。でも、想像以上に複雑にプログラムが組まれていて、全てを解析するのには大分時間がかかりそうだった。

 少なくとも、今のように夜だけに作業するとなると、時間は確実に足りない。

 どこかで時間を取るべきか、それとも適当な所で切り上げるのか。どちらにすべきか、なるべく早く決めた方がいいだろう。

 

「ねえランサー、少し相談があるんだけど」

 

 というわけで、早速ランサーに相談してみた。

 一人で決めても仕方がない。彼女の意見も聞いて、決まらなければラニや白乃にも意見を乞うつもりだ。

 

「別に、解析をしたって使えるわけではないのでしょう? なら、無理に全部をする必要はないわ。必要となる部分だけをすればいい」

「やっぱり、そう考えるのが妥当な所かな……」

 

 ランサーの答えは、至って正論だった。

 使えるならまだしも、使えないものに時間をかける必要はない。

 とはいえ、これを解析しきれば私の力になることは間違いないだろう。これを基に、コードキャストを自作できるかもしれない。いや、流石にそれは高望みしすぎか。

 

「まあ、何はともあれ、ある程度は進めないと話にならないわ」

 

 またしても正論だ。

 この解析結果が絶対に役立つという保証はない。結局、一度やってみないと分からないのだ。

 

「……よし、とりあえず頑張るか!」

 

 ある程度遅くなっても、明日に響かなければ大丈夫だ。

 今日は、少し夜更かしをすることにしよう。

 






4/28追記
戦闘開始時と、マイルームの文章を少し変更しました。


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第二十一話 security

 いつも通りの朝がやって来た。

 窓から差し込んでくる光に眩しさを覚えながらも、重い体を起こし目を擦る。

 昨日夜更かしをしたせいか、いつもより寝足りない気がする。でもまあ、支障が出るほどではない。

 

「ふ、わぁ……」

 

 さて、今日はどうしよう。

 今の情報程度では、図書室で調べてもいい情報は得られないだろう。後世に伝わっている容姿が間違っている可能性は高いのだから。

 前回の敵、巴御前の容姿を考えたら特にそう思う。彼女も見た目だけなら日本人には見えなかった。

 

 アイテムの補充も必要ない。

 改竄も昨日の今日だ。行く意味はないだろう。

 となると、やることはラニへの相談と、藤村先生へ柿がなかったことの報告ぐらいか。

 今日は早めにアリーナへ行くことになりそうだ。

 

「おはよう、クレア。朝に会うのは珍しいね」

「あ、おはよう白乃」

 

 食堂で並んでいると、後ろから白乃がやってきた。

 どうやら、彼女もこれから朝食らしい。こうやって朝に会うのは、聖杯戦争が始まってからは初めてだ。

 

「いつもこの時間に食べてるの?」

「そうだね、大体この時間かな。白乃も?」

「ううん、私は購買で買ってマイルームで食べる方が多いよ。その方が楽だし」

 

 ああ、だから朝は会わなかったのか。

 しかし今日は食堂で食べたい気分らしい。折角だし、一緒に食べることにした。

 特に話題はなかったけど、白乃との会話はとても楽しかった。いつもは一人寂しい朝食も、今日は美味しく食べられた気がする。

 

 白乃のお陰で眠気も覚めたし、やる気も出た。

 今日も一日頑張るとしよう。

 

 早速、今日の目的を果たすためラニに会いに三階へ向かう。

 階段を上って左へ。廊下の奥で、彼女は窓の外を見ている……と思っていた。

 

「あれ、いない」

 

 いつもの場所に、ラニはいなかった。

 軽く周囲を見渡してみても、その姿は見当たらない。

 

「うーん、早すぎたかなぁ……」

 

 思えば、彼女に会いにここに来るのは、いつも昼を過ぎてからだった。

 今はまだ朝の九時過ぎ。いつも会う時間よりも大分早い。

 それに、ラニにも自分の準備があるはずだ。ずっとここにいるわけはない。

 そのことをすっかり忘れていた。また、昼を過ぎてから会いにこよう。

 

 となると、やるべきことは一つ。藤村先生からの依頼の報告だ。

 しかし、藤村先生も見つからないことがあるからなぁ……校舎を巡ってみて、見つからなかったら図書室で時間を潰そう。なにもしないよりは、知識を蓄えておいた方がいい。

 

「あ、いたいた。藤村先生!」

 

 そう思っていたのもつかの間。一階に降りてみれば、すぐに藤村先生の姿を見つけられた。

 特に誰かと話してる様子もない。どうやら今は一人のようだ。

 

「あらヴィオレットさん。どうしたの?」

「実は、この前の頼まれ事なんですけど」

「見つかったの!?」

「っい、いえ……その、見つからなくてですね……」

 

 言葉を遮られ送られた期待の眼差しに、ちょっとした罪悪感が湧き上がる。

 誤魔化したい気持ちになりながらも、正直にアリーナにはなかったことを話した。

 

「そっかー、なかったならしょうがないわね! 探してくれてありがとう、ヴィオレットさん」

 

 先生は少し落ち込んだものの、すぐに笑顔を浮かべ、いつものように振る舞った。

 落ち込んで見えたのも気のせいだったと感じるくらい、いつも通りの元気な笑顔だった。

 きっと、先生はあまり気にしてはいないんだろう。白乃にも頼んでいたし、他の生徒にも頼みに行っていたから。引き受けてくれた誰かが見つけるだろうと信じている。

 それなら、これ以上私が謝っても、きっと困らせてしまうだけだ。

 

「またなにかあれば言ってください。できることなら手伝いますので」

「あら、いいの? 助かるわ!」

 

 またなにかがあれば手伝うと約束を交わし、先生と別れた。

 

 これで一つ目の用事は済んだ。あとは、ラニに相談をしたいんだけど……。

 端末を取り出し、時間を確認する。そこそこ話し込んだと思ったが、そうでもなかったらしい。時計はまだ昼前を示していた。

 

 なんの対策もせずにアリーナに行くわけにはいかない。もう一度、ラニがいないか確認しよう。いなければ、今度こそ図書室に行けばいい。

 再び階段を上がり、三階へ。そして廊下の先は、変わらず無人。

 

「うん、図書室に行こうか」

 

 そういうわけで、そのまま図書室へやってきた。

 改めて、今回の敵について分かっていることを思い返す。

 

 クラスはセイバーで、武器は剣と盾。容姿は腰まである長い赤毛に碧い瞳。服は白を基調とした軽装だったから、そこから時代や国を推測するのは難しそうだった。

 この程度の情報で調べるとなると、容姿か戦闘スタイルに注目した調べ方しかないだろう。とはいえ、伝わっていることが間違ってないとは言い切れない。

 今回は候補を上げる程度に留めておこう。

 まずは容姿、目立つのはあの真っ赤な髪だろうか。それで有名な人物を調べよう。

 

 ……でも、この莫大な本の中から赤毛の人物だけの情報を探すのは流石に手間がかかる。片っ端から見るのは時間の無駄だし、パソコンみたいに特定のワードだけで抜粋できないものか。

 

「え、できますよ」

「できるんだ」

 

 ずっと図書室で見かけるNPC、名前は『間目智識』というらしい。すごい名前だ。その子に聞いてみたところ、帰ってきた答えはあっけないものだった。

 彼女は慣れた様子で画面を投影し、使い方を教えてくれる。

 操作は簡単だった。というかキーワードを入力して検索するだけだし、面倒なことは何一つない。今後は積極的に使っていくとしよう。

 

 間目さんにお礼を言い、画面の操作権をそのまま譲ってもらう。

 まずは簡潔に、『赤毛』とだけ打って検索をかけてみる。

 

「赤毛で有名な人はあまりいないみたいだね」

 

 ランサーがのぞき込んでくるのを気配で感じ、少し頭をずらす。

 恐らく、後ろから覗き込んでいるのだろう。すぐ近くで相槌を打つような声が聞こえてきた。

 

 一番に出てきたのは、エイリークという人物だ。この人は『赤毛のエイリーク』という通称があるくらいに有名らしい。

 とはいえ、この人物は男として伝わっている。まあ性別は間違って伝わっていることもあるようだし、覚えておいても損はないだろう。

 

 それから、私でも知っているキリストを裏切ったことで有名なユダとか、人類最初の殺人者と言われているカイン。それから、イギリスの女王ブーディカ。

 パッと目に付くのはこれくらいだ。想像以上に人数が少ない。

 この程度の人数なら、軽く調べることもできそうだ。

 

 お昼まで大体あと一時間。どれくらい進められるかな。

 

 *

 

 図書室に籠り、少し空腹感を覚えてきた頃。

 一度食堂で昼食を取り、再び三階へと戻ってきた。

 

「いたいた」

 

 廊下の奥のいつもの位置。そこにラニが立っていた。

 やっぱり、お昼を過ぎてからあそこにいるようにしているんだ。これからはこの時間帯に来るようにしよう。

 

「こんにちは、ラニ。今日も相談していいかな」

「ごきげんよう、ヴィオレットさん。ええ、もちろん構いません」

 

 まずは、この前相談したことについてのお礼を改めて伝えた。

 それから、軽い報告も。前回、ラニは購買のアイテムがマスターに効果があるのかは分からないと言っていた。だから、多少とはいえ効果があることを伝えておこうと思っていたのだ。

 

 その報告も終わり、本題へと入る。

 アリーナで手にいれた、矢上のコードキャストのプログラムについてだ。

 周囲に人影も気配もないことを確認し、端末の画面にコピーしたデータを映す。

 

「これ、この前話したコードキャストのプログラムなんだけど……なにかに活用できないかなと思って。いい案はないかな」

「そうですね……」

 

 ラニは顎に手を当て、考え込むように目線を少し下げた。

 沈黙が訪れて数分。流石にそう簡単に案が浮かぶわけがなく、彼女はまだ何か考えているようだった。

 私も活用方法を頭の片隅で考えながら、ラニの反応が返ってくるのを待つ。

 

「……このデータを基に、設置されている場所が分かるプログラムなら作れるかもしれません」

「っ本当!?」

 

 ラニが提案してくれた案は、今後とても役に立つものだった。

 それがあれば広範囲を解析できるコードキャストは必要ないし、無駄に警戒する必要もなくなる。

 そう簡単に作れるものではないだろうけど、テンプレのようなものができれば他にも応用が利きそうだ。

 

「すごいよラニ! 流石だよ!」

「そうでしょうか」

「うん!」

「そう、ですか……あの、近いです……」

「うん?」

 

 想像もしてなかった発想にテンションが上がり、私はラニの手を取って顔を近づけていた。

 確かに近いけど、そんなにも狼狽えることだろうか。

 

 いや、そういえばこの前も白乃にパーソナルスペースが近いって言われたな。

 そんなことはないと思っているけど、なんだか迷惑そうだし、離れよう。

 

「ごほんっ。それで、そのプログラムの作成なんですが、お手伝いいたしましょうか?」

「え、いいの?」

 

 願ってもない提案に、思わず聞き返してしまった。

 だって、ラニはマスターだ。聖杯を手に入れるために、この聖杯戦争に参加している。

 何度か相談に乗ってもらっておいてあれだが、そこまでする必要はない。

 

「はい。あなたには……いえ、あなた方には他のマスターとはちがう星を見ましたから」

 

 その言葉の意図は、残念ながら分からない。

 ただ、ラニにはラニの理由があって手助けをしてくれるようだ。なら、その言葉に甘えさせてもらうとしよう。

 

「いつもありがとう、ラニ。君もなにかあったら言ってね。私にできることならなんでも手伝うからさ」

「相手の遺物を持ってきてくだされば、私はそれで構いません」

「もちろん、それは持ってくるよ」

 

 それ以外であったら、の話だ。

 散々相談に乗ってもらって、さらには一緒にプログラムを組んでくれるというのだ。なにかお返ししたいと思うのは当然だ。

 とりあえず、プログラムの作成が終わったら、なにかデザートでも奢らせてもらおう。

 

 *

 

 ラニとのプログラム作成は、想像以上に順調に進んだ。

 あのコードキャストの設置位置が端末の地図に表示されるよう、プログラムを改竄するようだ。

 端末情報の改竄なんてしてもいいのかと思ったが、彼女曰く、ムーンセルが不正と判断しない範囲だったら大丈夫らしい。その範囲がいまいち分からないが、まあ一回戦でアリーナの入り口が封鎖されてもペナルティはなかったみたいだし、意外と緩いのかもしれない。

 

 閑話休題。

 ラニの指導の下、無事にプログラムは完成した。

 あとは実際に使ってみないと分からない。今日か明日か、ちゃんと使えるのか確かめておこう。

 ちなみにデザートは断られた。お礼として渡すには安直すぎたらしい、反省だ。

 

 ラニとは別れ、アリーナへと足を踏み入れる。

 作成は順調に進んだとはいえ、やはりそれなりの時間はかかった。今日はここに早めにこれると思っていたが、むしろいつもよりも遅い時間になってしまった。

 矢上の気配もないし、きっともう探索をし終えたんだろう。

 

 先ほど作った地図も確認してみるけれど、反応はない。

 プログラム自体間違っているのか、それとも矢上がいないからコードキャスト自体消えてしまったのか。後者だと助かるのだけど、今は判断することはできない。

 とりあえず、これはまた明日確認しよう。

 

 今日の目的はリソース集めと記憶探しの二つだ。

 記憶は奥の方にあるようだし、その道中のエネミーを倒していれば、今回の目的は果たせるだろう。

 もう歩き慣れた道を、奥へ奥へと進んでいく。

 

 中間地点の大きなフロアに来てしまえば、あとは簡単だ。

 出口までは一方道。横へ続く道も複雑ではないから、記憶があるだろう位置もわかりやすい。

 

 複数ある分かれ道の一つに、迷うことなく入っていく。

 数分もしないうちに行き止まりへと行き着き、私たちはそこで立ち止まった。

  

「ここ?」

「うん。ほら、昨日はなかった隠し通路ができてる」

 

 壁に手を伸ばせば、ぶつかることなく通り抜けた。昨日確認したときは、ここには隠し通路なんてなかったはずなのに。

 まあ、いつものことだ。今までなかったところにある隠し通路。そして、この奥から感じる懐かしい気配。

 この奥に私の記憶があることに間違いはない。

 

 ランサーと共に、新たにできた通路を進んでいく。

 そして、これまたいつもの壁へとたどり着いた。

 

 後ろを振り返る。

 ランサーは既に壁へ寄りかかっており、今回は視線を向けてもくれなかった。

 

「それじゃあ、行ってきます」

 

 それは少し寂しかったけど、一言をかけてから壁の先を目指す。

 

 いつも通り奥へと進んでいると、少しずつ不安な気持ちが湧き上がってきた。 

 記憶を取り戻すことが怖いからではない。もちろん、その不安がないわけではないけど。

 今こうして沸き上がる不安は、恐怖ではなく心細さからくるものだ。

 一人でいるのが、なぜだか無性に寂しく感じる。

 

「ド■■ンっ、リ■■ダモ■っ!」

 

 気がつけば、私は深い森の中を歩いていた。

 だけど、そんなことはあまり気にならない。今はただ、胸を締め付ける寂しさをなくしたかった。

 

「■ーサ■■ン!」

 

 周囲を見渡しながら、信頼する彼らの名前を呼ぶ。

 でも、答えてくれるものがここにはいない。その影すら、見つけることはできない。

 

「─────────っランサー……!」

 

 ここまで守ってくれた彼女も、答えてはくれなかった。

 

 当たり前だ。ランサーは壁に阻まれてここにはこれない。

 そんなことは分かっている、はずなのに。

 どうして私は、彼女のことを呼んだりなんかしたんだろう。

 

「っ!?」

 

 ふいに、すぐ後ろから何かが草を踏む音がした。

 慌てて振り返りながら距離を取る。けれど、そこにはなにもない。

 

 ……いや、違う。

 

「き、みは……」

 

 視線を下げれば、そこにはまだ幼いデジ■ンがいた。

 そして、その子は私が探しているものを持っていて……。

 

「……もしかして、くれるの?」

 

 まるで差し出すように、欠片を私に近づけた。

 怖がらせないように疑問を問いかければ、その子は笑顔を浮かべながら頷いた。

 

「ありがとう、えと……ユキ■■タ■■」

 

 小さな頭を優しく撫でる。

 確か、この子はまだ生まれたばかりで、こうされるのが好きだった。もう大分昔のことなのに、案外覚えているものだな。

 

「……さあ、私はそろそろ行かないと」

 

 頃合いを見て、撫でていた頭から手を離す。

 ユキ■■タ■■はまだ撫でられ足りないのか、不満気な表情を浮かべている。しかし、どこからか聞こえた声に反応し、森の中に消えて行ってしまった。

 

 あの声は確か、あの子の保護者のものだったはず。

 ああ、なんだかとても懐かしい。

 

 いや、でも彼らと出会ってから随分と時間が経った。

 この記憶は、私がまだ幼い頃のもの。懐かしいと思うのも、当たり前だ。

 

「そういえば」

 

 あの子とその保護者は、確か一緒に暮らしていたはず。あれから会った覚えはまだないが、今でも仲良く一緒に暮らしているんだろうか。

 そうであれば嬉しい。彼らは、まるで本当の親子のように仲がよかったから。

 そのまま、二人で幸せに暮らしていてほしい。

 

 

 ─────────決して、私のようにはならないで。

 

 

 





平成最後というわけで、無事投稿できました。

次の投稿になる5月には既に年号も変わっていますね。ちゃんと慣れるかなぁ。

まあそれはともかく、拙作「Fate/Digital traveller」はまだまだ続きます。令和でも、どうかよろしくお願いします!


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第二十二話 secret key

本来なら「幕間 Memory No.4」を投稿する前に投稿する話でした。
抜けていることに気づいて、改めて投稿します。
大変申し訳ございませんでした……!


 無事にアリーナから校舎に帰り、胸を撫でおろす。

 特に怪我もなく、更には記憶も取り戻せた。いい収穫だ、と言いたいところだが。

 

「はぁ……」

 

 なんだか、少し気が滅入っている気がする。

 思い浮かぶ原因は、ついさっき取り戻した記憶だけ。でも、大変な記憶ではあっても嫌な記憶ではなかった。

 だから、多分違う原因だと思うけど……。

 

「いや、やめよう」

 

 嫌な予感がする。

 今思い出してしまったら、足元が崩れてしまうような。そんな予感。

 

 はぁ……さっさと食堂に行こう。

 白乃と話せば、この嫌な気分も吹き飛ぶはずだ。

 

 小さなため息を飲み込み、食堂へ行こうと角を曲がる。

 そしてようやく、廊下がざわめいていることに気が付いた。

 また、何かあったんだろうか。

 

「─────白乃?」

 

 少し進んだ先に、友達の後ろ姿が見えた。

 だけど、明らかに様子がおかしい。

 

 いつも真っ直ぐピンとしてる背筋は折れ、足取りはふらついて危なっかしい。

 あのままでは、いつ倒れてもおかしくはない。

 一刻も早く保健室に連れて行かないと……!

 

「っ白乃!!?」

 

 体を支えようと一歩を踏み出した瞬間、彼女の姿をぶれる。

 前に倒れこむ白乃に、手は届かない。

 

「奏者っ!」

 

 だけど、彼女が倒れこむことはなかった。

 突然現れた、真っ赤なドレスを着た金髪の女性。その人が、倒れこむ白乃の体を支えたのだ。

 

 きっと、白乃が契約しているサーヴァントだ。

 倒れそうになるのを見て出てきたのだろう。でも、それはまずい。

 

 ざわめきが大きくなる。

 ただでさえ向けられていた視線が、サーヴァントを観察するようなものに変わってしまった。

 

 慌てて駆け寄り、サーヴァントの姿を隠すように視線の前に立ち塞がる。

 片方からしか隠せないが、ないよりはましなはずだ。

 

「変わります。貴女は、あんまり姿を見せない方がいいと思うから」

「……貴様と奏者(マスター)の仲は知っているつもりだ。しかし……」

 

 警戒している鋭い視線が刺さる。

 そういう視線が向けられることは覚悟していたが、こんなに近いと想像以上に怖い。

 

 だが、こちらも引くわけにはいかない。

 見た目だけで真名に近づく場合もある以上、下手に姿を見せるのはまずい。

 なんとか任せてはくれないだろうか……。

 

「セイ、バー……」

「っなんだ、奏者」

「クレアは……大丈夫、だから……」

「……わかった」

 

 女性、セイバーは納得していないながらも、私に白乃を預けてくれた。

 しっかりと支えれば、セイバーはそれを見届け消えていく。霊体化したのだろう。

 

「歩けそう?」

「う、ん。なんとか……」

「……ごめん。持ち上げるよ」

「えっ……!?」

 

 返事は待たない。

 私としては彼女のことを思ってしたことだが、保健室に行くのを邪魔したのも私だ。

 少しでも早く治療をするためにも、ここは背負っていった方が早い。後できちんと謝ろう。

 

 手早く上着を脱いで、膝裏に腕を差し入れ持ち上げる。

 ついでに脱いだ上着でスカートを覆う。これで、中の下着も見えないはずだ。

 

「ちょっ、クレア……!」

「大丈夫。保健室まですぐだから」

「そういうことじゃ、っぅ……」

 

 白乃の抗議は無視する。

 顔色は悪いし、今だって苦しそうなうめき声をあげた。

 本当なら動くのも辛いんだろう。やっぱり、抱き上げたのは正解だった。

 

 しっかりと抱え込み、廊下を駆け抜ける。

 その勢いのまま保健室に飛び込むと、桜が驚いた顔をしたまま固まっていた。

 

「いきなりごめん! 白乃を見てほしいんだ!」

「は、はい! こちらのベッドへどうぞっ」

 

 案内されたベッドに白乃を寝かせる。そこからは、桜の仕事だ。

 カーテンは閉め切られ、奥で何をやっているかは分からない。

 だけど心配はない。桜は健康管理AIだ。白乃に危害を及ぼすことはありえない。

 とにかく今は、治療が終わるのを待つだけだ。

 

 ……でも、どうして白乃はあんなにも体調が悪かったんだろう。

 少なくとも、朝であったときは体調が悪いようには見えなかった。

 となると、やはりアリーナで何かあったんだ。実際、二の腕辺りに小さな切り傷があった。

 けれど、見た感じそれ以外の怪我はなかった。なら、考えられるのは……。

 

「えと、白乃さんのサーヴァントさん。治療が終わりました」

「セイバーでよい。そやつも余のクラスには気づいておるだろう」

 

 気を遣った桜に、セイバーはそう返す。

 チラリと向けられる鋭い視線に、私は苦笑いで返すしかなかった。

 

「それで、奏者の様子は?」

「今は眠っていますし、傷も二の腕の切り傷だけでした。しかし、随分強力な毒に侵されていました。私の権限(ちから)でどこまで治療できるか……でも、できるかぎりやってみます」

 

 やっぱり、毒か。

 しかも桜の力でも解毒できない可能性があるほど強力なもの。

 そんなものの治療に、私が手伝えることは何もない。

 でも、このまま帰るのも不安だ。帰る前に、一度様子を見ておこう。

 

「桜、セイバー。白乃の様子、見てきてもいいかな」

「あ、はい。起こさないように気を付けてくださいね」

「……」

 

 セイバーからの返事はなかったが、止められもしなかった。

 鋭い視線を背中に受けながら、カーテンの奥にいる白乃のところに向かう。

 

 桜の言う通り、彼女はぐっすりと眠っていた。

 まだ顔色は悪いが、苦しそうではない。むしろ、顔色さえよければ普通に眠っているように見えるくらいだ。

 

『これ、イチイの毒ね』

「分かるの?」

『これでも毒には詳しいの……それにしても、彼女の相手はあのアーチャーなのね』

 

 え……?

 どうして、ランサーがそんなことまで知っているんだ?

 毒のことは分かる。彼女自身が言っている通り、毒に詳しいから分かったんだろう。だから、それはいい。

 

 でも、会ったこともない相手のクラスが分かるのは、いくらなんでもおかしい。

 確かに、相手がアーチャーだと予想できる要素はある。だけど、ランサーは確信を持っているようだった。

 

「どうして、そんなことまで分かるの」

『……さぁ、どうしてかしら』

 

 愉しそうな声色に、答える気が一切ないのだということが分かる。

 ここではこれ以上問い詰めることもできない。

 彼女もそれが分かっていて、あんな下手な誤魔化しをしたんだろう。

 

 はぁ……。

 仕方がない。まだランサーとの仲も深まってない今、下手に問い詰めても関係を悪くするだけだ。

 気になるけど、もっと仲良くなってから聞くことにしよう。

 ……こう思うのも、一体何度目だ。はぁ……。

 

「早く、よくなってよ」

 

 顔色の悪い白乃の頬に手を当てる。

 そして────。

 

「──────────」

 

 …………あれ?

 なんか、今一気に疲れた気がする。

 

 校舎に戻ってから気は滅入っていたし、元々疲れていたのかもしれない。

 今日は何もせずにすぐに休んだ方がよさそうだ。

 

「桜。白乃のこと、お願いします」

「はい、お任せください。クレアさんもお気をつけて」

 

 その会話を最後に、保健室から退室する。

 明日の朝、また様子を見にこよう。

 食事もしてないだろうから、軽いお見舞いの品も持って。その時までに、少しでも元気になっていてほしいな。

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 夜も更け、全ての施設にロックがかかった。

 マスターとサーヴァントは個室(マイルーム)で休息を。NPCも既定の位置で活動を停止している。

 違反行為さえしなければ、今校舎で活動する人間はいないだろう。

 

 とはいえ、今日は例外もいる。

 今現在も保健室で治療を行っている私と、白乃さんとそのサーヴァントだ。

 

 白乃さんを侵しているイチイの毒は凶悪で、夜になっても治療は終わっていない。

 少しずつ解毒は進んでいるけど、このペースで明日までに完治するのか……。

 健康管理AIとしてはなんとかしたいところだけど、この調子じゃちょっと難しいかも。

 

 それに、気になることもある。

 

「やっぱり、おかしいよね……」

 

 二つの身体データを見比べる。

 一つ目は、最初の診察のときに取ったときのデータ。

 二つ目は、その次に取ったデータ。

 

 この二つの間に治療は施してない、はずだ。

 

「毒の量が減ってる」

 

 僅かだが、確かの体内にある毒の量が減っていた。

 治療を施してないのにも関わらずだ。

 決して自然に減ったわけじゃない。なにか、外的要因があるはずだけど。

 

「……まさかね」

 

 なにかをできた人は、ただ一人。クレアさんだけ。

 でも、クレアさんは記憶を失ってて、コードキャストもろくに使えないはずだし……。

 それに、もしあの人がなにかやったとしても、彼女なら報告してくれると思う。

 ならやっぱり、クレアさんは関係ないのかな。

 

「とにかく、今は治療が優先ですね」

 

 決して悪いことではないし、今はとにかく治療だ。

 明日までに、できる限り治療を施しておかないと!

 

 

 

 

 

 

 

 




三日目、アリーナから帰った後の話になります。
文字数は少なめですが、二十一話に追加する量でもないので、新たに投稿しました!

これからはこういった抜けに気を付けて投稿していきたいと思います。
どうか、よろしくお願いします。


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幕間 Memory No.4




────それは、死を目の当たりにした日のお話。




 また、夢が始まった。

 今回もまた森の中にいるようだ。

 でも、最初の森とは雰囲気が違う。生えている木は同じに見えるのに、こうも雰囲気って変わるものなのね。

 まあいい。それよりもあいつは……いた。

 

 幼いクレアが一人、キョロキョロと周囲を見渡しながら歩いていた。

 その表情はどこか不安げで、足取りも決して軽くはない。

 彼女の近くに、一緒に旅に出た二匹の影はいなかった。

 まさか、旅に出て早々はぐれたのかしら。

 

「ド■■ーン! リ■■ダモー■! ■ーサ■■ン!」

 

 あいつは不安な表情を浮かべたまま、大きな声で影の名前を呼ぶ。

 その中に一匹、知らない名前が入っていた。

 

 ノイズが入っているが、以前までの夢では一度も聞いたことがない名前なことは確か。

 森の中を歩いているから、てっきりこの前の続きだと思っていたのだけど……どうやらそうでもないみたい。

 

 よく見れば、服装も少し違っている。

 半袖のパーカーの下には黒のインナーを着ているし、頭には古めのゴーグルをつけている。旅道具を詰め込んで大きくなったはずのリュックもなくなって、小さなウエストポーチだけ腰に残っていた。

 

 恐らく、間の記憶が飛んでいるのだろう。その間で、旅を共にする仲間が増えた。

 取り戻す記憶も、都合よく順番通りというわけでもないのね。

 

「ひっ!?」

「あら」

 

 クレアは、背後から鳴った草を踏む音に驚いて、怯えたように肩を跳ね上げた。

 その顔があまりにも情けなくて、思わず声が漏れる。

 大きい彼女はこの旅で強くなったのか、こんな情けない顔はしたことがない。

 それは私にとっては退屈で、つまらないことだ。もっと泣きそうな顔をしてくれたら、普段の生活でも楽しめそうなのだけど。

 

「な、なんだ……幼■期の子か……」

 

 草むらから出てきたのは、クレアの膝にも届かない黒い塊。

 その姿を確認し、彼女は胸を撫でおろした。

 

「に、人間……?」

「うん、そうだよ。はじめまして、私はクレアっていうの」

 

 慄く影を安心させるためか、クレアは膝をつき目線を合わせる。

 小さく微笑みを浮かべれば、それだけで小さな影は警戒を解いた。

 

「ボクはユキ■■タ■■! よろしくね、クレア!」

「うん、よろしく!」

 

 自己紹介を交わした一人と一匹は、そのまま一緒に森を歩きだす。

 影に歩幅を合わせたせいで歩みは遅いが、先程までの寂しさは感じられない。恐らく、一人でなくなったことに安心感を覚えたのだろう。

 

「クレアはどうしてこの森に?」

「今、仲間と一緒に■■■■■■■の城を目指してるんだ。ここにはその途中で寄ったんだけど、皆とはぐれちゃって」

「■■■■■■■のお城に行くの!? すごい!」

 

 楽しそうに話す彼女たちの会話に、酷いノイズが混ざりだす。

 あまりに醜い雑音に、思わず顔をしかめた。

 

 相変わらず、所々に入る長いノイズには慣れない。

 クレアの記憶が戻ってないのか、それとも私の記憶ではないから聞こえないのか。原因は分からないが、できれば聞きたくない音だ。

 また長いノイズが入る前に、さっさと会話を切り上げてほしいところである。

 

 しかし、そんなことを願っても、これはあくまであいつの記憶。

 ノイズばかりの会話は途切れることなく続いていった。

 

「? どうしたの、クレア」

「いや、なんか……」

 

 そうして、数分もたった頃だろうか。クレアが突然足を止めた。

 黒い塊も釣られるように歩みを止め、振り返る。……実際は全身黒いせいで、どっちが顔なのか分からないけど。

 

「音、しない?」

「音?」

「うん。なんだろう、虫の羽の音、みたいな……」

 

 不安そうな顔を隠そうともせず、彼女は周りを見渡す。

 私も耳を澄ましてみれば、なるほど。微かにだが、虫の羽音が聞こえてきた。

 空気を切り裂く不快な低音。それは、どんどんこちらに近づいてきている。

 

「この音、もしかして……に、逃げなきゃ!!」

「え、逃げる? 一体何か、ら」

 

 疑問の言葉は途中で終わった。

 その答えは、彼女のすぐ後ろのいたからだ。

 

 そいつは、大きいクワガタのような何かだった。

 

 普通のクワガタの何十倍もあるであろう大きさ。

 二つのアゴは鋭く、硬い岩をも切り倒せてしまえそうだ。

 少なくとも、この森にある木程度なら余裕だろう。こいつの背後には、切り倒された木の残骸が見えるし。

 

「っ!!」

「うわぁ!?」

 

 クレアは影を抱き上げ、クワガタに背を向け走り出す。

 そのスピードは、幼い子供とは思えないくらい早い。今と歩幅が違うはずなのに、同じくらいの速度で走っていた。

 

「な、なにあれ!?」

「クワ■■モ■だよ! 凶暴で、しかも本能寄りの個体なんだって!!」

「っ、なら、話し合いは無理そうだね……!」

 

 本能寄り? 

 知らない単語に気を取られるが、それの意味を知っている彼女たちに余裕はない。

 クレアはその言葉の意味を知っているみたいだし、この記憶では意味を知ることはできなさそうね。

 

 意識を戻し、背後から追いかけてくるクワガタに目を向けた。

 子どもにしては早いとはいえ、相手は人外。

 向こうの方がスピードが速く、確実に距離は詰められている。

 

 さて、彼女はどうするのかしら。

 

「ど、どうしようクレア……!」

「大丈夫! なんとかするよ!!」

 

 そう言いながら、怖いのを隠してクレアは笑う。

 ひくつく口角を無理矢理あげて、震える腕は恐怖と共に抑えつける。

 

 後ろを確認し、再び前を向く。

 そうして何かを見つけたのか、突然走るスピードを速くした。

 

「ぐっ、ぅ……!」

 

 木の幹を掴み、無理矢理走る方向を変える。

 クワガタもそれを追うため、大きく旋回を始めた。

 あの図体では鋭い切り返しをすることはできなかったのだろう。クレアも、恐らくそれを狙っていた。

 方向転換をしたまま走り抜けることはせず、相手の動きに合わせて木の陰に隠れたのだ。

 

 息を潜め、音が遠ざかるのをひたすら待つ。

 そうして羽音が聞こえなくなったこと、クワガタとはまた別の方向へと走り出した。

 

「……バレてないかな?」

「多分、大丈夫だと思う……! 一応距離は取っておこう!」

 

 すぐに休むことはせず、彼女たちはしばらく走り続けた。

 落ちてる葉で音が鳴らないよう注意しているところを見るに、用心深いところは昔からみたいだ。

 こういうところは、記憶がなくなっても変わっていないらしい。

 

「っはぁ、はぁ……! ここで、休憩、しよ……!」

「う、うん……クレア、大丈夫?」

「なん、とか……」

 

 音も気配もしなくなったころ、ようやくクレアは立ち止まった。

 肩で息をしながら木の幹へ寄りかかる。

 その顔は随分と辛そうだったが、それでもすぐに息を整え、影を再び抱き上げる。

 心配そうな雰囲気を出す影の頭を撫で、安心させるように笑みを浮かべた。

 

「ド■■ンたちか、君の家族と合流しよう。私たちだけだと危ないからね」

「うんっ!」

 

 周囲を警戒しながら、一人と一匹は森の中を進む。

 あのクワガタが再び襲ってくる気配もしなくなれば、緊張した空気も緩み、警戒も解け始める。

 襲われる前のように、他愛のない会話を交わし始めた。

 

「それにしても、クレアって足が速いんだね。人間ってみんなそうなの?」

「ううん、そんなことはないよ。私は元々運動が好きだったし、それに仲間に■■の使い方を教えてもらったんだ」

「えっ、■■も使えるの!? すごい、すごい!!」

 

 ん? なんだか今の感じ、聞き覚えがあるような……気のせいかしら。

 まあいい。重要そうな単語だし、今後の記憶で分かることだろう。

 

 今は、それよりも重要なことがある。

 

「今度はどうするのか、楽しみね」

 

 手元を口に当てて笑う。

 思った以上に、私は今の状況を楽しんでいるらしい。

 

「っ!?」

 

 なにかに反応して、クレアは背後を勢いよく振り返る。

 驚愕と焦り。そして僅かな恐怖。色々な感情が入り混じったような表情を浮かべながら、彼女は木々が生い茂る森の先を見つめる。

 

 遠くからは、木々が倒れる鈍い音と、虫が羽ばたく不愉快な音が聞こえてきた。

 

「っ逃げるよ!!」

 

 流れるように影を抱き上げ、再び走り出す。

 しかし、その速度は先ほどと比べるととても遅い。まだ疲れが完全に取れてないんだろう。

 そして、クレアもそれを自覚していた。

 

 荒い呼吸は無理矢理整える。

 恐怖と疲労から震える脚に鞭を打ち、ただひたすらに逃げ続けた。

 

 その判断は間違いではない。

 戦う能力のない彼女たちに残された選択肢は、逃げの一択だけなのだから。

 

 だけど、クレアには運がなかったらしい。

 

「っクレア、こっちはだめ!!」

「どうして!?」

「こっちは確か……」

 

 薄暗かった森が徐々に明るくなり始めた。

 木々は減り、クレアが向かう先からはさらに光が漏れ出ている。

 

 森を抜け、その先にあったのは……。

 

「─────崖になってるんだ!」

「うそ……」

 

 まさに断崖絶壁。

 海を挟んだ向こうに陸はあるが、離れすぎていてジャンプで届くことはあり得ない。

 隠れられるような場所もなく、さっきみたいにやり過ごすことも不可能だろう。

 そして、今更引き返すこともできない。

 

 完全に逃げ道が塞がれていた。

 

「どうしよう、どうしようクレアァ……」

「そんなこと、言われたって……!」

 

 今まで強がっていたクレアからも、弱音が漏れる。

 彼女は子どもにしては随分と大人びているし、冷静に状況を把握できる能力も持っている。とは言え、まだまだ幼い子どもだ。

 旅に出てどれくらいの時期なのか分からないが、まだこういう状況の経験は少ないのだろう。

 

「戻る……? 追ってきてるのに、どうやって……それに、もし戻れたとして、また逃げ続けるの。こんな広い森を、当てもなく……!」

 

 実際に、思考が散漫している。

 こういうときこそ冷静に考えなければならないのに、焦りで考えが纏まっていない。

 

 ああ、ほら。そんな無駄なことを考えてるうちに、どんどん音は近づいてきてる。

 どれだけ願ったって、敵は待ってくれないわよ、クレア。

 

「あ……っ」

 

 クワガタが、彼女たちの目の前に姿を現した。

 その距離は今までの比ではないほど近い。

 今までは距離があってあまり意識してなかったが、こうも近づくとクワガタの大きさが異常であることがよくわかる。

 彼女も、それを認識したのだろう。まるで生まれたての小鹿のように足を震わせ、立っているのもやっとな様子だった。

 

 そんな様子を嘲笑うかのように、クワガタは大きなアゴをならし、気味の悪い声をあげる。

 その意味のないようにも思える行動は、明らかにクレアたちの恐怖を煽っていた。

 

 後ろが崖になっているのも忘れ、クレアは後退る。もしかしたら、それすら無自覚に行っていたのかもしれない。

 

 クワガタが近づくと、クレアは一歩後退る。

 それを繰り返しているうちに、ついに崖の縁にまで追い詰められてしまった。

 

「ひっ……!」

「大丈夫……っ。大丈夫、だから……!」

 

 追い詰められても、口から出る言葉は強がりばかり。

 先程溢した弱音はもうその口から漏れ出すことはなかった。

 

 クワガタがアゴを振り上げる。

 

 けれど、クレアは目をそらさない。

 

 振り上げられたアゴが、ものすごいスピードで振り下ろされる。

 

 それでも、クレアは目を瞑らない。

 

 振り下ろされたものは止まらない。

 ならば、それを利用するまでのこと。

 

「───────っ!!」

 

 一瞬の隙。

 もう止められないというタイミングを見計らい、クレアは前方へと飛び込んだ。

 その賭けは見事に成功し、アゴに潰されることなく、彼女たちは生きている。

 

「や、った……!」

 

 思わず漏れた声は、安心と喜びが込められていた。

 

 しかし、ここで安心している暇などない。

 震える足を無理矢理動かし、再び逃げようとして……失敗する。

 

「あ、え……?」

 

 地面に突き刺さったアゴなら亀裂が走り、崖が崩壊を始めたのだ。

 そして彼女たちは、それから逃れることはできなかった。

 こうなることを予想できなかった、クレアの失態だ。

 

 地面はなくなり、彼女たちは重力に従い落ちていく。

 空を飛べるクワガタとは違い、助かる手段は今度こそない。少なくとも、クレアと小さな影はそんな手など持っていないだろう。

 

 だけど、クレアが死ぬことはありえない。

 これが過去であり、今を生きている彼女がいる以上それは絶対だ。

 ならば、彼女を助けるなにかがある。

 

 それが一体なんなのか。今の私は、それを知ることがとても楽しみだった。

 

「「うわああああああああああああ!!!!?」」

 

 落ちる、堕ちる、墜ちる。なす術もなくひたすら落ち続ける。

 恐怖から強く目を瞑り、口からはつんざくような悲鳴をあげる。

 どうやって助かるかなど、考えている余裕もない。

 ただ、それでも、クレアは影を守るように、強く腕の中に抱えていた。

 

「ド■■ン……リ■■ダモ■……っ助けて────!!」

 

 ───瞬間、クレアがしているウエストポーチから、眩い光が漏れ出した。

 

 あの夢と同じ光だ。

 最初の夢で見た、あの暖かな光は一体……? 

 

 いえ、それよりもっ。

 

「……っ?」

「クレア! 大丈夫!?」

「ド■モン……?」

 

 落ちていた体はなにか大きな影にに受け止められた。

 その影の姿は、クレアと共に旅に出た片方とどこか似ている。でも、あの影はこんなに大きくはなかったし、翼なんてものも生えてなかった。いえ、確かに小さいなにかは背中から生えていたけれど、あれは翼なんてものには見えなかったし……これでは、まるでドラゴンのようだ。

 

 別個体ではないかと思ったが、クレアは彼を聞き覚えのある名前で呼んだし、泣きそうなくらい安心した表情を浮かべている。

 そんな表情、信頼しているものが助けに来なければまず浮かべないだろう。

 それに、前回までの記憶でこの影が姿を大きく変えることは知っている。今回も、その現象かしら。

 

「すごい……もしかして、また■化したの?」

「ああ。それに、僕だけじゃない」

「あっ、もしかして!」

 

 顔を上げ、空を見上げる。

 そこには飛んでいるクワガタと、それと戦うように宙を舞う、東洋の竜のような影がいた。

 

「あれは、リ■ウダモ■?」

「そうだよ。でも、詳しい話はあとにしよう」

 

 クレアを乗せたドラゴンは、クワガタとは離れた陸地に降りる。

 そのまま背に乗った彼女たちを降ろし、再び翼を羽ばたかせ飛び立った。

 

「ここで待ってて! すぐに■ーサ■■ンが来てくれるから!!」

「ド■モンは!?」

「僕は、あいつを倒してくる!」

 

 勇ましく言い切ったドラゴンは、その大きな体からは想像できないスピードで竜の加勢に向かう。

 その後ろ姿を、クレアは不安そうに見つめていた。

 

「クレア、無事かい?」

「■ーサ■■ン……」

 

 新たに現れた人型の影が、クレアに話しかけた。

 名前からして、こいつがここまで来る途中で仲間になった奴なのだろう。

 とはいえ、相変わらず外見の形しかわからない。下手したら、クレアの腕にいる小さな影よりも見辛いかも。

 

「そんな不安な顔をしなくてもいい。彼らはクワ■■モ■と同じ■■期だ。■化したてとはいえ、負けることはないよ」

「うん……ねえ、■ーサ■■ン」

 

 悲しそうに空を見上げるその表情は、どこかで見覚えがあるような気がした。

 ああ、でも、どこで見たのだったっけ。

 

「なんだい」

「私は、見てることしかできないんだね」

 

 見上げる先で、影たちは戦っている。

 傷を作り、ぎこちない動きでそれでもと食らいつく。

 その姿は決して美しくない。でも、なぜだかあの人を思い出した。

 

「クレアがいるから彼らは強くなれる。パートナーデ■■ンとはそういう存在だよ。だから、何もできないと自分を責めないで」

「それは、そうかもしれないけど……」

 

 励ましか、それともただの事実か。

 どちらにせよ、クレアは納得できてない様子だ。

 

 人型はそんな彼女を見つめていたように見えたが、少しして戦闘を続ける三体へと目線を変える。

 倣うようにそちらを見れば、もうすぐ決着は着きそうだった。

 

 ドラゴンは空中で停止し、まるで力を溜めるような動作に移る。

 竜はそんなドラゴンを守るためか、素早い動きで敵を翻弄していた。

 

「キャノンボール!」

 

 ドラゴンの口から、大きな鉄球が……鉄球!? 

 おかしい、絶対におかしいわ。あれは生物ではないの? 

 

「徹甲刃!」

 

 さらに竜の口からも長い槍が飛び出した。

 これも絶対にありえない。生物の口から無機物が出るなんて、それこそマジシャンやキャスターでも中々しないと思う。

 ましてや鉄球と槍なんて……この世界では普通なのかしら。

 

「やった!」

 

 クレアの喜びに満ちた声で、現実逃避をしていた思考が戻ってくる。

 改めてクワガタを見れば、大きな鉄球と槍にやられ、崖の壁にその体を沈めていた。

 ピクリとも動かない。どうやら死んでしまったようだ。

 

「……あのクワ■■モ■、死んじゃったの?」

「ああ、そうだね」

「そ、っか」

 

 クワガタの体から、なにやら細かい粒子が溢れ出す。

 それは徐々に数を増し、それに比例するかのように、クワガタの体はまるで糸が解けるかのように消えていった。

 

 まるで、一回戦で負けたあの人間のように。

 

「デ■■ンは死んだらこの世界の糧となる。それが巡り巡って、また新たな命が生まれるんだ」

「世界の、糧に……」

 

 クレアは消えていくクワガタを見つめる。

 一言も喋らず、静かに。まるで、その最期を目に焼き付けるように。

 

 彼女は、クワガタの体がなくなるまでずっと、消えていく様子を見届けた。

 

 



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第二十三話 route

 また、昔の夢を見た。

 記憶を取り戻した日の夢はいつもそうだ。

 まるで映像を見るみたいに、昔あった出来事を夢に見る。

 

 もしかしたら、脳が急に取り戻した記憶を整理しているのかもしれない。その過程で夢を見ている、とか。

 自分こととはいえ、脳科学について詳しくはないからただの推測だけど。案外、間違ってないと思う。

 

「あー……でも、そっか。あれかぁ……」

 

 初めてこの世界での死を見たとき、どこか見覚えがある気がした。だけどどこで見たのかは思い出せず、ずっと疑問だったのだ。

 データに分解されて消えていく死に方を、そう目にすることなんてないはずだから。

 

 でも、そんなものは思い込みでしかなかった。

 黄色い粒子となって跡形もなく消えていく姿を、私は見たことがあったのだ。

 私が昔いた、あの世界で。

 

 なら、あの世界はここと同じ世界なんだろうか。

 恐らく地上、人が住む世界ではないだろう。全く疑問にも思ってなかったが、今までの記憶に人が出てきたことはない。人のような生き物なら何人かいたけど、決して人ではなかった。

 

 もし同じ世界でないのなら、どうして私はここにいるんだろう。

 (ここ)地球(地上)から聖杯を求めてやってきた人間と、ムーンセルが産み出したNPCだけがいるのではないんだろうか。

 それとも記憶がないだけで、私はあそこからここに潜り込んだのか? 

 地上からの接続ではないから、その過程で記憶を失ってしまった。こじつけのようだけど、推測としてはありだろう。

 

 ……だけど、私一人で? 

 それは、ありえない……と思う。

 自信はない。当たり前だ、記憶は全て戻ってないんだから。

 でも、なぜか確信があった。あの子たちならきっと、私に着いてきてくれるって。

 

「クレア」

「っ!」

 

 突然横から名前を呼ばれ、つい肩が跳ねる。

 どうやら、とても深い思考の海に沈んでいたらしい。声をかけられただけでこんなにびっくりするなんて、恥ずかしい。

 

「な、なに?」

「……いえ。さっさと着替えなさい。食堂、混むわよ」

「え、あっ、本当だ」

 

 壁にかけられている時計を見てみると、いつも朝食をとる時間はとっくに過ぎていた。

 この時間だと、下手したら結構並ぶかもしれない。

 今日はすぐに白乃のお見舞いに行きたかったのに、これではかなり時間がかかってしまうかも。

 

 急いで寝巻きを脱ぎ、制服の中に着るインナーに腕を通す。

 スカートを履いて、上着を手に取り……ふと、この間の決戦を思い出した。

 

「ねえランサー。少し聞きたいことがあるんだけど、いいかな」

「なに? くだらないことだったら答えないわよ」

 

 くだらないこと、か。

 もしかしたら、ランサーにとってはくらだないことかもしれない。

 それで機嫌を損ねたら大変だ。でも、それでも聞いてみないことには始まらない。

 

 だから、意を決して疑問を口にした。

 

「ここで死んだ人の命は、どこへ行くの?」

「……どういうこと?」

 

 ランサーの疑問はもっともだ。

 突然こんなことを聞かれたら、誰だってそう返すだろう。

 

 私も、普段だったらそんなこと疑問にも思いやしなかった。

 そんな余裕なかったし、こんな哲学的なことを疑問に思っても仕方がない。

 

 だけど、記憶を取り戻した。

 あの日。きっと私が、始めて死を目の当たりにした日のことを。

 そのとき仲間が言った、あの世界の仕組みを。

 

「私は……私は、幼い頃にここと似た場所にいた、んだと思う」

 

 一瞬、彼女に私の記憶のことを話すか迷った。

 ランサーは私を導いてはくれるけど、信頼はしてくれていない。私だって、彼女のことを全て信じているかと言われたらそんなことはない。

 相変わらず冷たい瞳は苦手だし、自分の正体も話してくれない。そんな相手を信頼しろという方が無理だ。

 白乃だったらともかく、私はそこまで素直にはなれない。

 

 でも、ランサーが今まで私を守ってくれたのも事実だ。どんな理由があれ、私を見捨てないでいた。

 だから信じたいし、信じてほしい。

 そしてそれは、私から心を開かないとだめなんだ……多分。

 

「そこで死んだ生き物は世界に還って、巡り巡って新たな命になるんだって。だったら、それと似たこの世界で死んだ人は……小鳥遊飛鳥の命は、どこへ行くんだろう」

 

 あんなにも凶暴な生き物がいる世界だ。

 きっと私が戦ったのはあれが初めてではないし、最後でもない。

 アリーナで冷静に対処できるのも、『shock(16)(電撃)』を自分の思い通りのところに撃てるのも。多分、あの世界で学んだからだ。

 だとしたら、私は、もっと多くの死を見てきてる。

 

 あの幼い私は、それをどうやって受け止めたんだろう。

 今の私はそれが不思議で仕方がなかった。

 

 幼いから? まだ、死というものを理解していなかったから? 

 ううん、そんなことはきっとない。

 なんとか自分の中で消化して、受け止めたはずだ。憶えてはないけど、覚えてる。

 

 だから、もし私が受け止められた理由があるなら。それが、あの世界で死んだ命がどうなるかを知ったおかげだったら。

 私もこの世界の仕組みを知ることができれば、一歩前に進めると思ったんだ。

 

「……サーヴァントはムーンセルへと還るわ。でも、マスターがどうなるかまでは知らない。ただ一つ言えるのは、地上には帰れないということよ」

「それだけ?」

「それだけよ。人間がどうなるかなんて、興味ないわ」

 

 ああ、なんてランサーらしい。

 

 しかし、これは誤算だ。

 こういうのはルールと一緒に知識として持っているものだと思っていた。

 けど、ランサーははっきり知らないと断言した。これでは、桜や言峰も知らない可能性がある。

 それとも単に、参加者に知らせてはならないようなことなのか。

 

「忘れなさい」

「え」

「あの人間のことよ。憶えていても意味はないし、ただ枷になるだけ。そんな足を引っ張るだけのもの、背負うだけ無駄よ」

 

 ランサーの言っていることは、的を獲ているように感じた。

 確かに死んだ人間のことを憶えていたって、なんの利益にもならないだろう。

 さらに今は聖杯戦争中だ。いくらマイルームとはいえ、戦争中に受け止められず考え込むようでは、無駄と思われるのも仕方がない。

 ……でも。

 

「意味がなくても、憶えていたいんだ」

 

 忘れてはいけない。私が、自分のためだけに殺した人のことを。

 例えそれが重荷になって、足を止めそうになったとしても。全部背負って進めるくらい、強くなるんだ。

 

「……好きにしなさい」

「うん。ありがとう、ランサー」

 

 なんだかんだ、心配してくれているんじゃないかと思う。

 私に興味がなければ、あんなことは言わないだろう。

 とは言え、本心は違うかもしれない。そう思ってくれたら私が嬉しいから、勝手にそう思っておくことにしよう。

 

 そんなほんの少しの喜びと虚しさを感じなから、着かけだった上着を羽織る。最後にリボンを結び、ペンダントも忘れずにつけたら、着替えは完了だ。

 

 年のため鏡の前で少し確認をして、マイルームから外に出る。 

 今日もまた、非日常が始まった。

 

 

 *

 

 

 さっさと朝食と白乃へのお見舞いの品を買い、保健室に向かう。

 食堂から保健室への短い距離が、嫌に長く感じる。

 逸る気持ちを抑えきれず、階段を一段飛ばしで登っていく。

 

 この心配は杞憂で、既に元気になっていると願いたい。だけど、桜は強力な毒だと言っていた。

 もしかしたら、昨日から治療が進んでない可能性もあるわけで……。

 

 ああっ、やっぱり心配だ。

 早く白乃の様子を見に行こう。

 

 階段を上りきり、廊下を早足で歩く。

 ランサーの呆れるような声が聞こえてきた気もするが、無視だ無視。

 

 そして、ようやく保健室にたどり着いた。本当は五分もかかっていないだろうに、今の私には数十分経っているような気までする。

 一刻も早く中へ入ろうと、ドアに向かって手を伸ばす。瞬間、ひとりでに扉が開いた。

 

「失礼」

「あ、いえ……」

 

 中から出てきたのは、緑の服を着た老人。

 彼の芯のある佇まいから、只者でないことが手に取りように分かる。

 

 警戒で強張る身体をずらし、道を譲る。

 彼は一言お礼を言うと、そのまま去って行ってしまった。

 あの人は、一体……。

 

 いや、今は白乃が優先だ。

 あの人が敵になれば厄介だろうが、今は関係ない。

 彼の背中から目を逸らし、保健室に入る。そこには、何事もなかったかのように立つ友達の姿があった。

 

「クレア」

「白乃! もう平気なの?」

「うん。実はさっき色々あってさ。毒も抜けて完璧!」

 

 本当に、まるで何事もなかったかのように笑っている。

 顔色も悪くないし、本当に完治したんだろう。無理をしている様子もない。むしろ前よりも元気なんじゃないかという雰囲気に、さっきまでの心配は跡形もなく吹き飛んだ。

 

「ほんと、元気そうでよかったよ。これ、朝食とお見舞いのお菓子」

「え、いいの?」

「もちろん。むしろもらってくれないと困る」

「そっか、ありがとう。昨日も助けてもらったし、色々とお世話になっちゃってるね」

 

 そう言ってどこか申し訳なさそうに笑うが、そんな顔をしてほしかったわけじゃない。

 今回のことは私が勝手にしただけだ。それに、保健室へ行くのを邪魔したこととか、いきなり抱き上げたこととか。むしろ、そういうところは怒られると思っていた。

 

「あっ。でも、人前で抱き上げるのはなるべくやめて。恥ずかしいから」

「そこかぁ」

 

 想像もしてなかった指摘に、思わず笑みがこぼれた。

 白乃は突然笑いだした私を不服そうに見ているが、笑いは止まらない。

 

「なんでそんなに笑うのさ」

「ごめんごめん。ただ、白乃だなぁって」

「意味わからないよ、もう……」

 

 笑った理由を素直に話せば、白乃も呆れたように笑いだす。

 そんないつものやり取りをしていると、ふとさっきの老人のことを思い出した。

 あの人は一体誰だったんだろう。白乃に聞いたら分かるかな?

 

「白乃。さっき保健室から出てきた人、誰か知ってる?」

「え、ダンさんに会ったの?」

「会ったっていうか、偶然すれ違ったというか……あの人がダンさんなんだ」

 

 なるほど、あの老人が白乃の対戦相手だったのか。

 でも、そうなると色んな疑問が湧き出てくる。

 

 聞いてみようと思った瞬間、白乃は私が来る前に起こった出来事を話してくれた。

 なんでも、彼女に毒を負わせたのはサーヴァントの独断だったらしい。独断だったのは驚きだが、毒については予想がついていたからそこまで驚きはしなかった。しかしその後のことは驚きしかない。

 

「本当に、令呪を使ったの……?」

「うん。そうじゃなかったら、きっとまだベッドで寝込んでいたよ」

 

 あっけらかんと言っているが、そんな風に言うことじゃない。

 そうは思っても、口にすることはできなかった。

 あまりに予想外な令呪の使い方に絶句して、一瞬声を出すことすら忘れてしまっていたからだ。

 

「本当に、正々堂々とした人なんだね……」

 

 ようやく出てきたのは、そんな感想だった。

 

 正直言ってしまえば、私には理解できない。

 もし、ランサーがそのアーチャーと同じ行動をしたとしたら。私は、その状況を利用するだろう。そりゃあ咎めはするし、同じことをしないよう監視もする。でも、それくらいだ。

 令呪を使って解毒させることもなければ、使用を禁じたりすることはありえない。

 

 ダン・ブラックモア。

 こうして話を聞いただけだというのに、彼の強さが伝わってくる。

 すれ違っただけの私には、そんな曖昧なことしか分からないけれど。実際に敵対している白乃には、自身との差を明確に分かってしまっているはずだ。

 

 でも。

 

「白乃」

「なに?」

「勝って、生き残ってね」

「……もちろん。クレアもね」

 

 白乃は諦めない。

 輝きを失わない真っ直ぐな瞳は、それを強く物語っているように見えた。

 

 

 *

 

 

 白乃と別れた後、タイミングよく端末にメールが届いた。

 第二暗号鍵(セカンダリトリガー)が発生したらしい。これで、第二層へも行くことができる。

 

 早速第二層へ行こうと入り口に向かって歩き出す。

 そして、先生に捕まった。

 

「またですか、先生」

「うぅ……ごめんねぇ……!!」

 

 縋り付くように泣く姿は、正直言って情けない。

 だが、ここまでされてお願いを受けないのは人としてどうか。

 元より聞かないという選択肢はほぼないから、まあいいのだけど。

 

 だから泣かないで先生。

 大の大人に泣かれると、どうしたらいいのかわからなくなるから。

 

「実は、今回は生徒からお願いされたことを代わりに聞いてほしくて……」

「生徒から?」

「ええ。その子、アリーナでキーホルダーを落としちゃったらしいの。友達にお揃いで作ってもらった、大切なものなんですって」

 

 ああ、なるほど。確かに、それはとても大切なものだ。

 落としてしまったのはその生徒の不注意だが、どうしても取り戻したかったのだろう。

 だから、先生に頼んだ。

 

 もともと断る気はなかったけど、これは余計断れないなぁ。

 

「そのキーホルダーって、いつまでに持ってこればいいですか?」

「っありがとう! 第二層のアリーナに落としたものだから、二回戦の間に探してあげたら助かるわ」

 

 なら、時間はまだ十分にある。

 丁度今日から二層に行くし、期間中に見つけられそうだ。

 

 「それじゃあ、よろしくね!」

 

 泣いていたのが嘘のような笑顔を浮かべる先生に手を振って別れる。

 そして、今度こそアリーナへ向けて足を進めた。

 

 





今日で無事一周年を迎えましたー!

なんとか更新も続けられています。まだ二回戦と亀進行ではありますが、丁寧に進めていきたいと思っています。

今まで読んでくださった方、ありがとうございました!
そして、これからも拙作「Fate/Digital traveller」をよろしくお願いします!!


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第二十四話 glare

 扉を開け、アリーナに足を踏み入れる……ことはしなかった。

 鍵を開けようとした瞬間、前回の戦いが脳裏をよぎったのだ。妨害を任されたのに、なにもできなかった自分の失態を。

 

 このままなにも考えずに突っ込んでしまえば、前回の二の舞だ。今日中には遺物の回収もしなければならないのに、そうなってしまえば意味はない。

 アリーナに行く前に対策を立てておいた方がいいだろう。

 

 そうと決まれば、向かうのはこの先ではなくマイルームだ。

 あそこなら、誰に聞かれる心配もなく作戦をたてることができる。

 できれば矢上たちより先にアリーナに入っておきたいし、早く対策を練らないと。

 

(ランサー。アリーナに行く前に、マイルームで作戦をたてよう。遺物も手にいれないといけないし)

(……わかっているとは思うけど、先に入られたら地理的に不利になるわよ)

(うん。だから、なるべく急ごう)

 

 走る、と先生に捕まって怒られてしまうので、早足で廊下を進む。

 慣れた操作で扉を開けてマイルームへと入れば、すぐにランサーがその姿を表した。

 ベッドで足を組みながら、彼女から話を切り出す。

 

「それで、今日はどうするつもりなの」

「勿論、遺物の入手が第一だよ。でも、どうやって、何を手に入れるか……」

 

 もしアーチャーとかなら飛び道具を使うだろうし、ある程度楽に回収できたと思う。でも、残念ながら相手はセイバーだ。武器を遺物として手に入れることはできないだろう。

 と、なると。

 

「あのセイバーの遺物になりそうなもので、手に入れられるもの……髪とか?」

「まあ、そういう類になるでしょう。でも、女の命と言われる髪を切れなんて、酷いこと言うのね」

「うっ。しょ、しょうがないじゃん……」

 

 常に持っている剣と盾を奪うことはまず不可能だろうし。となると、あとは服や髪といった身に付けているものしかなくなる。

 でも、セイバーの服に切り取れるような場所はなかった。ランサーみたいに裾が広がっているわけでもない。なら、あとは髪だけだ。

 ……そりゃあ、あんな綺麗な髪を切り落とすのは少し気が引けるけど。自分の命が懸かっているんだ。そんなこと、言っている場合じゃない。

 

「クレア」

「なに?」

「遺物を手にいれたいと思うなら、今度こそ抑えきりなさい。一切、私の邪魔はさせないで」

 

 先ほど私をからかった声と同じとは思えないくらい、その言葉は真剣だった。

 一切の邪魔はさせない。前回のようなことは許されないということだ。

 

「わかってる」

 

 手数が増えたわけではない。購買でも矢上の使うくらいに強力な礼装はなかった。

 一階層で手にいれた礼装も、魔力強化ができるだけで戦いに直接使うことはできない。となると、前回と同じ方法で、今度こそ防ぎきらなければならないのだ。

 

 ……いや、待てよ。

 これは、一回戦のときとよく似ている。あのときも、『shock(16)(電撃)』ではアーチャーが射る矢を止めることはできなかった。だから賭けで『protect(16)(防壁)』一つに集中して、なんとか防げたのだ。

 今回だって、同じ要領でやれば。

 

 ああ、なんで前回気がつかなかったんだろう。気づいていれば、ランサーはもっと余裕をもって戦えたかもしれないのに。

 

「……っよし」

 

 反省は終わり!

 今後対処できればいいんだ。後ろばかりは見ていられない。

 

 とにかく、アーチャーとの戦いを思い出して、今回との違いを見つけよう。その差異を対処しなければ、完全に防ぎきるなんて不可能だ。

 

 まずは武器。当たり前だけど、アーチャーは矢だったけど、矢上が使うのはコードキャスト。

 威力としてはほぼ同等。いや、矢上のコードキャストのほうが少し強いくらいかな。そう思うと、やはりあのアーチャーはランサーと同じように、ステータスが大分下がっていたんだろう。

 

 当たる範囲としては矢尻の方が狭い。『protect(16)(防壁)』の効果範囲を狭めるにしても、前回よりは防ぐのが楽になるはずだ。

 だけど、連射性に関しては矢上の方が上。その分の魔力消費は、どうしても大きくなってしまう。

 

 考えろ、考えろ。

 前回と変わらないのなら、セイバーはランサー一人でも対処できる。私がやるべきことは援護ではなく妨害だ。

 そして、私が完全に防ぎきれると仮定して、勝敗をつける要因となるのは……。

 

「魔力量か」

 

 ならば、今回装備する礼装は木盾と強化体操服の二つ。

 幸い、強化体操服は装備しているだけで魔力量を増やしてくれる。常時発動している必要はない。

 これなら、行けるはずだ。

 

「……決まった?」

「うん、大丈夫。行こう、今度こそ、君を────」

 

 守りきってみせる。

 

 なんて、弱い私がそんなこと思うのは傲慢だろうか。

 

「なら行きましょう。時間はかなり経ったわ。もしかしたら、あいつらは先に入っているかも」

 

 ランサーが言うとおり、マイルームに戻ってからそれなりの時間が経っている。

 できたら地理的有利も取りたかったが、今回はそれも無理そうだ。まだ彼らがアリーナに入っていなかったら万々歳だけど。

 

 とりあえず、まずはアリーナに向かおう。

 作戦は立てられた。これは、決して無駄にはならないはずだ。

 

 マイルームを出て、アリーナに繋がる扉のもとへ歩く。

 今度は止まることはない。出てきたパネルを操作し、ロックを解除した。

 

 先の見えない道に一歩を踏み出す。一瞬の浮遊感と、地に足がつく感覚。

 目の前に広がる光景は、パッと見一層とはそう変わらない。でも、一回戦の二層と同じように、建物のようなものがいくつか立っていた。

 ただ、一回戦は和風だったのに対し、ここは洋風の建物が多い。こういったのは、一体何を基準に決めているのか。少し気になるところだ。

 

 まあ、それはおいおい考えるとして。

 やっぱりというべきか、矢上たちは既にアリーナに来ているようだ。そして、彼らが先にいるということは、罠を仕掛けられている可能性が高いということ。

 それに関してはラニと一緒に作ったプログラムがあるけど、ちゃんと機能してくれるものか。

 

「……よかった。ちゃんと示されてる」

 

 ラニと共に作ったマップには、数ヶ所赤い点が示されている。この点の位置に、初日に引っ掛かったあの罠が仕掛けられているという仕組みだ。

 

 けれど、このマップに反応しているのはあの罠一つだけ。

 念のため類似反応は示すように工夫してはあるが、全く別の罠だったら反応はしない。矢上が使える罠はあれだけであるよう、祈るほかないわけだ。

 

 とりあえず、今はこの反応を目印に進もう。道すがら仕掛けているのなら、矢上のところにたどり着くはず。

 ランサーとマップを共有し、アリーナを駆け抜ける。進む途中で遭遇したエネミーは一階層で見たものがほとんどで、特に苦労はしなかった。

 四足のやつは一層ではいなかったけど、一回戦のときと傾向は変わらない。それが分かれば、パターンの把握にそこまで時間はかからなかった。

 

 罠を追って、奥へ奥へと進む。

 そうして数分。最後の罠を通りすぎた曲がり道。

 遠くの方から、なにかが戦っているような音が聞こえてきた。

 

 ランサーと目を合わせ、慎重に通路の先を伺う。短い通路の先、大きく開けているフロア。そこに、彼らはいた。

 でも。

 

「……なんか、様子がおかしい」

 

 彼らの雰囲気は先日とはどこか違う。

 エネミーと戦うセイバーの剣筋は荒く、この前戦ったときのように洗礼されたものではない。矢上も、そんなセイバーに戸惑いを隠せていないように見えた。

 

 何があったのか気になるところだが、正直こちらとしては好都合だ。

 あんなに荒れているんだったら、普段のように冷静には動けないはず。油断は禁物だが、彼女が冷静を取り戻す前に攻撃をしかけた方がいいかもしれない。

 それなら、前と同じように不意打ちで……。

 

「せ、セイバー、落ち着いて」

「……落ち着く? あいつがいたのに、落ち着けだって?」

「あいつ……?」

「マスターも見ただろう!! あいつだ! 倒れそうになった生徒を助けた、あのサーヴァントを!」

 

 落ち着かせようと声をかけた矢上に、セイバーは怒鳴る。

 今のセイバーは、決して正気ではないだろう。今の言動を見て、はっきりとそれがわかった。

 以前までの雰囲気は欠片もない。ここからでも見える彼女の表情は、憎しみに染まっているように見えた。

 

 果たして、今の彼女と戦ってもいいのだろうか。

 なにかを強く思う気持ちの力は、想像では図れないものだ。その気持ちだけに目がいって隙になることもあれば、逆に想像以上の力を発揮させることもある。例えそれが、憎しみだけだったとしても。

 今のセイバーは、まさにその状態だ。

 ここで仕掛ければ隙をつけるかもしれない。けど、逆にこちらが返り討ちされてしまう可能性だってある。

 そんな不確定な賭けをするより、このまま隠れて状況をうかがった方がメリットも多いかもしれない。

 

 それに、倒れそうになった生徒って……昨日の白乃以外にはいないはずだ。

 なら、このまま情報を得て彼女の真名が分かれば、白乃のサーヴァントの真名だって……。

 

「あいつが、あいつらが! 私から家族を、国を奪ったんだ!!」

「セイバー……」

「マスター、あなたならわかるだろう!?」

 

 え、それってまさか、彼も。

 

「わかるよ……でも、俺には……」

「……ごめん」

 

 ここから矢上の顔を見ることはできない。けれど、セイバーは彼の表情を見て、少しだけ落ち着いていた。

 もしかしたら、相当ひどい表情をしていたのかもしれない。

 二人の間に沈黙が訪れる。もう、これ以上は情報を得ることはできなそうだ。

 

 ……でも正直、この雰囲気の中不意打ちするのはやりづら

 

「行けるわね、クレア」

 

 い。

 ……わかってる、わかってますとも! 

 

「ああ、もちろん」

 

 落ち着いて気持ちを切り替える。

 未だ沈黙していた二人だが、気まずくなったのか、とうとうセイバーが顔を背けた。

 体ごと振り返り、アリーナの先へ行こうと足を踏み出す。

 

 そして、私たちは同時に壁から飛び出した。

 

 矢上たちは振り返る。セイバーは瞬時に状況を判断し、剣と盾を構え、そのままこちらに飛び出してきた。

 

「ランサー、セイバーを離して!」

「わかってる!」

「セイバー、冷静に! 援護は任せろ!」

「ああ!」

 

 お互い、考えることは同じだ。

 

 ランサーはうまいことセイバーを誘導してくれたらしく、戦っている音が背後から聞こえてくる。

 そんな音を聞きながら、私は一人で矢上と向かい合っていた。

 

 正直、不安でたまらない。前回の失敗だけが頭をよぎる。

 今回はちゃんとできるだろうか。先程思いついたあの方法で本当にいいんだろうか。

 不安で埋め尽くされそうになる心を、それでもと奮わせる。

 

 やれないなんて許されない。やるしかないんだ。

 大丈夫、私ならやれる。

 

 私はもう、見ているだけの弱い人間ではないんだから────!

 

「り、お……?」

「……?」

 

 ふいに、矢上の瞳が大きく開かれた。

 その瞳に宿るのは、悲しみの色。そして、その目に映るのは……。

 

「っ!!」

 

 ただただ、不愉快だった。

 そんな目で私を見るなと、叫んでしまいそうだった。

 

 だけど、矢上がそんな目をしていたのはほとんど一瞬で。気づいたときには、いつもと同じように私を見ている。

 それに気づけば、不愉快な思いはすぐに消え去った。今では、どうして自分がそんな感情を抱いたのかさえ分からない。

 だから、今それはどうでもいい。

 ああ、そうだ。不愉快になった理由なんて、知ったところで碌なことになりやしない。そんなの、知りたくない(・・・・・・)

 

 いらない考えは捨てる。

 目の前にいる矢上の行動を見逃さないように集中する。

 

 そして、彼は動いた。

 いくつもの数字の羅列が空中に現れ、小さな弾丸になっていく。少なくとも、片手では足りない数の弾丸が作られた。

 それを見て、礼装に魔力を回す。『shock(16)(電撃)』は放たれたら最後、真っ直ぐに飛ぶだけだ。進行方向を変えられないし、誘導弾でもない。ならば、コードキャストを設置するのは、現在ある位置の正面!

 

shock(36)(電撃)!」

「っprotect(16)(防壁)……!」

 

 私より幾分か大きい『shock(16)(電撃)』が放たれる。それに合わせて、通常より多目の魔力を注いだ『protect(16)(防壁)』を展開した。

 

 弾丸と壁がぶつかり、拮抗する。勢いよく放たれた弾丸は進行を止めようとはせず、行く手を阻む壁を削る。

 パリンと、弾ける音がする。

 ひびは入ったが、まだ砕けることはない。

 注ぐ魔力を増やし、砕けないよう『protect(16)(防壁)』を強化する。

 

 そして、また弾ける音がして。

 壁が壊れると同時に、弾丸も消滅した。

 

「……っは! は、ぁ……!」

 

 ああ、これは燃費が悪すぎる!

 片手で足りないとはいえ、二桁には達しない数だったはず。なのに、たった一回の攻防でこんなにも魔力を消費してしまうなんて!

 だけど、防ぎきれたのは確かだ。後はこれを繰り返すだけ。矢上が手段を変えるか、セラフが戦闘を強制終了させるまで、ずっと。

 

 魔力は足りる? 集中力は? ランサーだって、セイバーに勝てる保証は───。

 

「うるさい……っ。やるよ、やってやるさ……!」

 

 弱音は握り潰して、不安は他の感情で押し潰す。

 戦闘は、まだ終わってない。

 

 弾丸が放たれる。それに合わせて壁を作り出す。

 放たれて、作って、放たれて、また作る。

 それを、何度繰り返しただろう。余裕がなくて覚えてない。

 

 魔力消費の激しさに息が乱れる。

 しかしそれを度外視にして、ひたすら防御に専念していると、ついに戦局が変わった。

 

「っセイバー!」

「……っやってくれたね!!」

 

 突然、矢上が声を荒らげた。

 それとほぼ同時に聞こえてきたセイバーの声は、どこか焦っているようで。

 

 不思議と、ランサーは成功したんだという安心感に包まれた。

 気が抜けそうになる足を踏ん張り、気になっても矢上から目はそらさない。

 

「まだ、使いたくなかったけど……!」

 

 矢上の手に、茶色の本が現れた。

 でも、あれはただの本ではない。あれは、礼装だ!

 

gain_str(32)(筋力強化)gain_agl(32)(敏捷強化)!」

 

 その本から放たれたコードキャストは、二つ。

 つまり、それは……!

 

「三つ目の、コードキャスト……!?」

 

 装備できる礼装は二つのはずだ! それなのに、どうして……。

 いや、それよりも!

 

「ランサー!」

 

 背後を振り返る。

 押し負けたのか、バランスを崩したランサーの姿が見えた。セイバーの剣が無防備な体に近づく。

 

 思わず腕をあげるが、そこから『shock(16)(電撃)』が放たれることはない。

 当たり前だ。今装備しているのは、それが付与された木刀ではないのだから。そして、今更木刀に変えてる時間はもうない。

 

 さらに、背後からは不穏な空気を感じて。

 

「なっ、危ない!!」

「え」

 

 体は、無意識に反応していた。

 

 手への衝撃と、全身を駆け巡る電流。

 初日の比ではないほどの猛烈な痛みを伴ったそれが、一瞬だけ意識を刈り取った。

 

 気がついたときには、もう戦いは終わっていて。ランサーは怪我なく私の隣に立っていた。

 ああ、また強制終了に救われたのか。

 そう察するのに、時間はかからなかった。

 

 けれど、今だ全身を蝕む痛みは引くことはない。

 私に当たったのは、きっと矢上が使う『shock(16)(電撃)』だ。一番弱い威力だろうとサーヴァントの動きを止めるコードキャストを、人間の私が受けたら致命傷だ。むしろ、ここまで思考が回ることだけでも誉めてほしい。

 

 とにかく、治療をしないと。このままでは、校舎に帰ることすらままならない。

 ランサーに……いや、きっと彼女に治癒能力はない。だったら、何とかして端末からアイテムを取り出さないと。

 

「……え?」

 

 どうにか体を動かそうと四苦八苦していると、突然体は軽くなる。

 痺れは全部取れたわけではないが、アイテムで全快する程度までに治されていた。

 

「一体、誰が……」

「あいつよ。どんな心境の変化かしらね」

 

 私の疑問に答えたのは、隣にいたランサーだった。

 彼女の向ける視線の先にいるのは、ただ一人。

 

「マスター」

「ごめん、セイバー……」

 

 矢上だ。

 矢上が、私に向けて腕を伸ばしている。

 

「どうして……」

 

 彼は答えない。だけど、またあの目をしていた。

 

「……礼は言わない」

 

 その目を見たくなくて俯く。

 溢れ出そうになる激情を表に出さないために。情けなく歪む顔を、誰にも見られないために。

 

「……」

 

 そんな私に、矢上もなにも言わなかった。

 そのまま、彼らの気配はアリーナから消えてなくなる。校舎に帰ったのだ。

 残ったのは、私とランサーの間に流れる嫌な沈黙だけ。

 

「それで? このあとはどうするの」

 

 けれど、ランサーはそんなのは気にせず、いつもの調子で問いかけてくる。

 彼女は本当に気にしてないし、なんなら興味もないんだろう。今は、それが救いだった。

 

「大分消耗したし、細かい探索は明日にしよう。でも、そうだな……トリガーだけは取っておこうか」

 

 返事を聞かないまま、先へ進む。

 反対があるなら道中で言うだろうし、今は何より、早く校舎に帰りたかった。

 

 それで、いつも通り白乃と食事をしよう。

 楽しい気持ちで、こんな感情を塗りつぶそう。

 

 ──────一刻も早く、あの目を忘れたい。

 





8/25
戦闘部分の改行修正、文章追加しました。
流れに変化はないかと思います。


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第二十五話 solution

 あのあと、自分でもよく分からない感情を抱えながらトリガーを目指したが、その道中は散々なものだった。

 集中できていないせいでエネミーの発見が遅れるわ、礼装の変更をしてなかったせいで『shock(16)(電撃)』が使えないわ。普段なら絶対にしないだろうと思うようなミスばかり。

 ランサーはランサーで、そんな私を見て嗤っていたし。本当に最悪だ……。

 

 なんとかトリガーを手に入れたが、校舎に戻った時点でもう心はボロボロ。正直マイルームで不貞寝したい気持ちも湧き出ていたが、食堂で白乃が待っている。そう思うと、食堂に行く程度なら、と頑張れた。

 

 そして頑張った結果、いつも通りの白乃との食事でいつも以上に癒された。やっぱり日常の力はすごい。

 他にも、朗らかに笑って今日のことを話す姿は元気そうで、案外それだけで安心できていたのかもしれない。でも、真っ直ぐ私を見る茶色い瞳が、一番私の心を癒してくれた気がする。

 

 不愉快な感情も解消され、マイルームでぐっすり休む。

 そして五日目。ラニとの約束の日になった。

 

「………………やばい」

 

 やらかしたと気づいたときには、もう遅かった。

 なんてことをしたんだという後悔が波の様に襲い掛かる。やらかすにしても、やらかしすぎだ。

 まさか、ランサーが頑張って切り裂いてくれた遺物を回収し忘れるなんて……。

 

 いくらなんでもない。本当にない。謝って済むことじゃない。

 こればっかりは蹴り殺されても文句は言えない、言えるはずがない。いや、むしろこれは蹴り殺されるべきなのでは……?

 

「っぷ、あはっ、あははははははははは!! いつ気づくかと思ったけど、まさか今日になるまで気づかないなんて!」

「え……」

 

 混乱する私を現実に引き戻したのは、ランサーの大きな笑い声だった。今までで一番大きな笑い声をあげ、腹を抱えるほど笑っている。

 でも、残念ながら私は何一つ状況を理解することはできなかった。

 

「え、え……? どういう、こと?」

「はぁ笑った。ほら、両手を出してみなさい」

 

 何も分からない私は、ただ言われたことを行動するしかない。

 恐る恐る両手を差し出してみれば、ランサーが軽く腕を振るう。すると、突然手のひらの上になにかが現れた。

 

「…………は?」

 

 それは、赤い髪だった。長いそれは一つに綺麗にまとめられていて、手から零れ落ちることはない。

 これは、まさか……。

 

「あいつの髪よ。貴女の代わりに回収しておいてあげたの、感謝しなさい」

「う、ん? ありがとう……?」

 

 まだ、いまいち処理が追い付かない。

 数秒経ってようやく脳が動き出して、目の前で起こった出来事を理解し始めた。

 

「よ、よかったぁ……!」

 

 強張っていた体の力が抜け、思わずベッドに腰を下ろす。

 もう一度手の中を確認すれば、そこには間違いなく赤い髪がある。この髪色は、間違いなくセイバーのものだ。

 ああ、本当によかった。

 

「ありがとう、ランサー」

 

 さっきはあまり感情を籠められなかったから、改めて礼を伝える。お陰で約束も守れそうだ。

 そう安心したのも束の間、にやりと笑うランサーの顔に嫌な予感を覚える。

 

「貸し一つね」

「えっ」

「なに、文句あるの?」

 

 いや、ないけど……正直、何を求められるのか不安がないとは言えない。しかし回収を忘れたのは私だ。自業自得なわけだし、私にできることならば何でもしよう。

 そう意気込んでみるが、流石に今すぐ返す必要はないらしい。まあ、今求められても何も返せないので、これは助かる。

 何を言われてもいいよう準備はしておこう。できたらあまり手に入りにくいものはやめてほしいけど……ランサー、サディストだしなぁ。

 うん、今から準備はしておこうかな。主に貯金とか。

 

 とはいえ、今はまだ礼装とアイテムが必要な時期だ。

 特に回復系は礼装もない。幸い、アリーナを闊歩するエネミー相手に怪我を負うことはまずないし、仮に負ったとしても一日で治るような怪我ばかり。消費量が少ないから、補充する必要はあまりない。

 だけど、それがいつまでも続くとは限らない。早めに礼装を手に入れないと、定期的な出費は避けられなくなる。

 まあ、礼装を手に入れても、装備上限があるからアイテムを手放すことは不可能なんだけど。

 

 ……いや、そういえば矢上は三つ目のコードキャストを使っていた。直後に『shock(16)(電撃)』を使っていたし、礼装の変更をしたわけではないだろう。でも、それならどうやって?

 確かに礼装には、基本二つのコードキャストが付与されているが、その片方は魔力強化で埋まっている。購買に売っているものも、今まで手に入れたものも全てそうだ。例外として強化体操服があるけど、あれは魔力強化一つだし。

 他に考えられる可能性としては、消耗型(ワンオフ)のコードキャストを持っていた、ということくらい。そう考えるならつじつまはあう。でも、なんだか違う気もするんだよな……。念のため、ラニにそういう礼装がないかだけでも聞いておこう。私が知らないだけの可能性もある。

 

 うん。今日やることも大体決まった。

 早速ラニのところに、ってまだ朝か。いつもの場所にラニがいるのはお昼頃だけど……一応、見に行ってみるだけ行ってみよう。

 

「あ」

 

 思わず声が出る。

 廊下の奥、いつもの場所。そこにはいないと思っていたラニが、窓の外を見上げながら立っていた。

 彼女はこちらに気づき、小さく頭を下げる。私も、それに応えるように手を振りながら近寄った。

 

「おはよう。今日は早いね」

「おはようございます。本日は約束の日ですので」

 

 なるほど、だからこんな朝早くから。

 ならば、遠慮なく今からいろいろと聞かせてもらうとしよう。まずは礼装について聞いて、遺物はその後だ。

 

「その、早速聞きたいことがあるんだけど」

 

 矢上が二つの礼装で三つのコードキャストを使っていたことをラニへ説明する。ついでに私の考えも伝えて、答え合わせをしてもらうことにした。

 彼女は少し驚いた様子を見せたあと、顎に手を当て考え込む。それを邪魔することはせず、答えが返ってくるのを静かに待つこと数分。返ってきた答えは、私が考えたのと同じものだった。

 

「やはり、消耗型(ワンオフ)のコードキャストを使っているのだと思います。あなたが考えている通り、一つの礼装に一つのコードキャストが基本となりますので。別のコードキャストを同じ礼装に付与することは、まず不可能だと思ってもらって構いません」

「一つの礼装に、一つのコードキャスト? でも、魔力強化は同じ礼装に付与されてる」

「まず不可能、と言った筈です。魔力強化は他のコードキャストとは違い、魔力を流さずともその効果を発揮する。その分、プログラムは簡潔になっています」

「ああ、なるほど。だからもう一つの効果として埋め込める、と」

「はい」

 

 彼女が言うには、礼装の元となる触媒にも良し悪しがあるらしい。いい触媒には高度なコードキャストを付与できる。単純に、埋め込めるプログラム量が多くなるからだ。

 そして、空いた容量に魔力強化のプログラムを埋め込む。ラニの説明を聞く感じ、魔力を流さないで発動するコードキャストなら何でもいいのかもしれない。定番なのが魔力強化なだけだ。

 もしそこに、魔力を流さないと発動しないプログラムを埋め込んだ場合。メインのコードキャストと一緒に反応して、下手をすると暴走してしまうそうだ。少なくとも、ラニは一つの礼装に二つのコードキャストを付与できた例は知らないと言っていた。

 

 となると、やはり矢上が使ったのは消耗型(ワンオフ)なんだろうか。

 でも、あの本は礼装だったと思うし……うーんわからないな!

 とにかく、矢上が複数のコードキャストを同時に使えるということはほぼ確定している。それが消耗型(ワンオフ)か礼装かが問題だけど、どちらにせよ対処方法は考えないといけない。なら、最終的にわからなくても問題はないだろう。

 

「まあ、コードキャストの方はこっちでなんとかしてみる。色々と教えてくれてありがとう」

「いえ、大変興味深い話でした。もし真実が分かれば、ぜひ教えてください」

「もちろん。わかったらちゃんと伝えるよ。」

 

 ここまで相談しといて、結果は教えないなんてことはしない。

 それを知ることができるかは別だが、できる限り真実に近づけるように努力しよう。

 

 コードキャストの話はこの辺りで切り上げ、本題に入る。

 もともとの約束であり目的は、遺物を用いた占星術。それを彼女に行ってもらう。

 

「持ってこれたのはこれくらいなんだけど、大丈夫かな」

「髪、ですか。これだけの量を、よく……」

「うちのサーヴァントが頑張ってくれたんだよ」

 

 私も、今朝受け取った時は驚いたものだ。

 手の中にある髪の束は結構な量になる。思い出してみれば、セイバーの腰まであった髪は肩くらいまで短くなっていた気がする。

 ランサーのことだ。髪も狙っていたんだろうけど、あわよくばと首を切り落とそうしていてもおかしくない。

 

「問題ありません。むしろ、髪は古代より魔力を溜めこむ触媒とされてきました。占星術にも適したものと言えましょう」

「そっか。ならよかった」

 

 不安もあったが、ちゃんと占星術に使えるらしい。しかも、それなりにいい触媒になるという。

 うん、それなら昨日無茶した甲斐があったというものだ。なんだか報われた気がする。

 

 小さく礼を言いながら、ラニへ遺物を渡す。彼女はなんで礼を言われたのか分からないような表情をしていたが、正直私にも分からない。なんだか言いたかったから言っただけなんだ。

 だから笑ってごまかす。彼女は微かに首を傾げていたが、すぐに意識を遺物へと切り替えた。

 髪を包むように手で触り、目を閉じる。そのまま空を仰ぐ姿は、どこか浮世離れしているように見えた。

 

「これは、荒れ地、でしょうか……」

 

 ラニは、空を見上げながらも静かに語る。

 それはあのセイバーの人生。

 

「燃え盛るような赤色。しかし、それは暗く染まっている……」

 

 その言葉で思い出したのは、セイバーの髪色だ。燃え盛るような、それでいて優しさを感じる赤。

 だけど、昨日の彼女からはその優しさを感じることはなかった。彼女を侵していた激情。それは、きっと────。

 

「夫の死、国の裏切り、娘への…………」

 

 珍しく、ラニは口ごもる。それほど言いにくいことなのだろうか。

 彼女が何を詠んだのかは分からないが、言いにくいことならばそれでいい。無理に語る必要はない。

 

「……私が見たものは、けっしていいものとは言えませんでした」

 

 ラニの視線が戻ってくる。彼女の表情は相変わらず読めないが、それでもどこか居心地が悪そうだということはわかった。

 彼女が何を口ごもったのか、残念ながら私には想像ができない

 だけど、それでも一つだけ。あの短い言葉で、何となく確信は持てた。

 

「彼女は、復讐をしたんだね」

「はい。しかし、それを成し遂げることはできなかった」

 

 道半ばで倒れ、さらにはここでその相手がいることを知った。故に隠してきた、もしくは抑えてきた復讐心が爆発したのだろう。

 だから、昨日はあんなに荒れていたんだ。

 

「これも、人のあり方の一つなのでしょうか……」

 

 ポツリ、ラニの口からそんな言葉がこぼれた。

 もしかした、ラニは無意識に呟いてしまったのかもしれない。そう思えるくらいには小さな声だった。

 

 ……人の在り方、か。

 この世界には色々な人がいる。怖い人も、優しい人も、悲しい人も。そんな当たり前のようなことを理解したのは、いくつになってからだったか。

 それすら覚えていない。けど……あの子たちが、教えてくれた気がする。

 

「ありがとうございます。あなたのお陰で、新たな星を観ることができました」

「どういたしまして、でいいのかな。私はあまり役に立たなかった気もするけど」

 

 頑張ったのはランサーだし、最終的に援護を許してしまった。なにより、回収忘れという大失態も犯した。

 とはいえ、ラニにとっては持ってきたのは私たち二人、という認識なのかもしれない。言ってくれたお礼を無下にするのも違うだろう。素直に受け取ろう。

 

 ……ああ、そうだ。最後に一つだけ聞いてみよう。

 

「ラニ、セイバーの星は君が観たいものだった?」

「……いいえ。これは、私が探しているものではないのかもしれません」

「そっか」

 

 それなら、もしもまた遺物のようなものを手に入れたら持ってきたほうがいいだろうか。

 彼女がどんな星を観たいのかは知らないが、多くを観た方が見つけやすいだろうし。適度に意識しておこう。

 

「確かあなたの相手はセイバー、でしたか。彼女の星は第二層から感じられます。もしまだ情報収集が足りなければ、行ってみては?」

「……いや、やめとくよ。真名の心当たりはもうついた」

 

 それにもし再確認にと会いに行けば、こっちが痛い目にあいそうだ。なにより裏付けは既に昨日とれている。

 残りの確認は図書室でも十分行えるはず。

 

「今日は朝からありがとう。私はもう行くけど……今度、また話そう」

「……はい。こちらこそありがとうございました。また、今度」

 

 ごきげんよう、とラニは改めて頭を下げた。私もそれに倣って頭を下げる。

 今日は、そこでラニと別れた。

 

 階段を降りて、図書室に入る。

 向かう棚は、イギリス関係の本が閉まってあるところ。

 ずらりと並ぶ背表紙に目を走らせる。彼女に関しては、この前来たときに軽く来歴を調べてある。確か、年代は一世紀頃だから、この辺りの本に書いてあると思うんだけど……。

 

「これ、かな」

 

 彼女と同じ年代であろう人たちがまとめてある本を見つけた。まだ確定はしてないが、私の考えに間違いがなければあっているはずだ。

 まずは、心当たりのある名前の人をしっかりと調べよう。

 

 目次に目を通し、目的の人の項目までページを飛ばす。

 一面の紙に並ぶ文章を丁寧に、時に辞書を引きながら、読み込む。

 

 彼女はイギリス、当時ブリタニアの王を夫に持ち、娘も二人いた一国の女王。自身の国と民を愛し、幸せな生活を送っていた。

 それが一転したのは、夫が死んでしまったあと。ブリタニアを侵略した国、ローマが重税を課し、土地は奪い民は奴隷として連れ去ったのま。さらには女に王を継ぐ権利はないとされ、娘と一緒に凌辱と暴力をされてきたらしい。……ラニが口ごもったのも、きっとこの部分だ。

 国も家族も奪われた彼女は、復讐を決意する。ローマを、滅ぼすために。

 彼女が行った復讐は過激なものだった。なんの関係もない、ローマに住んでいただけの民を殺した。老人も、女も、子供も、全て。

 結局、彼女は志半ばでその人生を終える。故に、彼女の心にはまだ復讐心が残っているのだろう。一目見ただけで、その心が荒れ狂うほどに。

 

 赤い髪。そして昨日の発言に、ラニが語った人生。それにぴったりと当てはまるのは、やっぱりこの人しかいない。

 

 

 

「──────勝利の女王、ブーディカ」

 

 

 

 それが、セイバーの真名だ。




というわけで、真名が判明しました!
何とか間に合ったぜ……。

真名判断に関するご指摘、もしくはここまでの感想等あればぜひに!


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第二十六話 output

 セイバーの真名が判明した後も、引き続き白乃のサーヴァントについて調べることにした。

 

 セイバーは言っていた。白乃のサーヴァントが、自分から全てを奪ったんだと。彼女の真名がブーティカで、その言葉が真実であるならば。こちらも年代と出身を絞ることはできる。

 年代は一世紀。出身はローマ。そして、イギリスの女王であったセイバーが顔を覚えていたということは、決して一般兵ではないだろう。この前見た服装も大分豪華だったし。

 となると、考えられるのは当時のローマ皇帝かそれに近しい人物。もしくはかなり上の立場の軍人。

 

 今ある情報から想定できるのはこれくらいだろう。けれど、大分絞れた方だと思う。特に年代と出身を知れたのは大きい。

 今のところは、一世紀のローマで有名だった人物を調べるだけに留めておこう。その詳細は、いつか白乃と戦う時が来たら調べればいい。

 ……そんな未来、本当は来てほしくないんだけど。

 

「はぁ」

 

 本を棚に戻して一息つく。

 端末で時間を確認してみれば、すでに針は頂点を回ってしまっていた。お腹も丁度いい具合に空いてきた。そろそろ食事も済ませておこう。

 

 それも終えたら……ああ、そうだ。教会にも行かないと。前に改竄を施したのは二日目。あれから三日分のリソースを溜めているわけだし、もしかしたら新しいスキルも取り戻せるかもしれない。

 うん、そうと決まればまずは食堂だ。

 

 *

 

 何事もなく食事を終え、そのまま教会へと足を進めた。

 大きな扉を開けて中に入れば、いつもの二人もこちらに気づき視線を向けられる。

 

「やあ、三日ぶりだね」

「こんにちは、青子さん、橙子さん」

 

 掛けられる言葉に、軽く頭を下げながら返す。

 大きな音を立て扉が閉まったのを確認すれば、ランサーも霊体化を解き姿を現した。周囲に人がいないこと判断したからだろう。

 

 そういえば、ここに来るといつも他のマスターはいない。

 聖杯戦争に参加するマスターは128名。今はもうその半分になってしまったが、それでも64人。サーヴァントの強化場所であるここは、かなり需要があるはずだ。

 それなのにこうも会わないのは、ムーンセルが特殊な処理をしているからだろうか?

 

「え、ただの偶然よ」

「あ、そうですか」

 

 なんとなしに聞いてみたが、流石に考えすぎだったらしい。少しの気恥ずかしさを感じ、顔が熱くなる。

 誤魔化すように笑みを浮かべる私をフォローするためか、まあ、と青子さんは言葉を続けた。

 

「色んな細工は施されてるわよ」

「色んな細工、ですか?」

「ええ。ここはサーヴァントの改竄を行える唯一の場所だからね。校舎よりも頑丈な作りになっているし、複数の校舎からもこれるようになってるわ」

 

 複数の校舎という不思議な言葉に、思わず首をかしげる。そんな私に彼女は丁寧に説明してくれた。

 曰く、ここ以外にも同じような校舎があり、多くのマスターがそこで同じように猶予期間を過ごしているだとか。つまりは、決戦日のときと同じ仕様ということだろう。

 戦いに区切りがつけばマスターの入れ換えも行われるらしい。ある程度進めば一つに統合される予定だと言うが、それまでは白乃やラニと別々になる可能性もあるわけだ。

 このことは白乃にも教えておこう。もし別になったら、約束の時間に食堂で待っていても意味はないんだし。ラニは……知ってそうだし、大丈夫かな。

 

「話は終わった? なら、さっさと用事を済ませましょう」

「あ、うん。青子さん、今日もよろしくお願いします」

 

 後ろの長椅子に座っていたランサーが立ち上がる。話をしている間、どうやら待たせてしまったらしい。

 申し訳ないと思いつつも、いつも通り青子さんに改竄の要望を伝える。今回は、幸運と筋力を改竄してもらうことにした。

 

 この二日間で、前回教えてもらった二十体分のエネミーは倒してきた。そのアドバイス通りなら、均等に分ければ両方ともランクが上がるはずだ。

 

「OK! それじゃあ、いつも通り待ってて」

 

 そういうと、早速青子さんは改竄の準備に取り掛かった。ランサーが赤い壁のようなものに包まれていくのを見ながら、近くの長椅子に座って待つ。

 改竄が終わるまで、改めてランサーのステータスとかでも見ておこうかな。

 

 端末を取り出し、マテリアルの項目を開く。

 新たにセイバーの欄も増えていたが、これはまた後で見ておくことにしよう。とりあえず、今はランサーだ。

 

 CLASS:ランサー?

 

 マスター:クレア・ヴィオレット

 

 真名:

 

 宝具:

 

 キーワード:

 

 ステータス:筋力D 耐久D 敏捷D+ 魔力D 幸運D

 

 スキル:騎乗B

 

 

 今のところ、ステータスは敏捷が一番高い。セイバー相手に翻弄できるほどの早さは出せてなかったが、かといって遅いわけでもない。こっちが勝っていたのは確かだ。

 とはいえ、このままじゃいけないのも確か。サーヴァントの力は拮抗していても、マスターの力量では負けている。なら、せめて一部分だけでも勝てなければ、不利を強いられるだろう。

 そういう意味では、敏捷はもうワンランク上げておきたい。

 

 スキルもそうだ。現在使えるスキルは二つ。

 一つは攻撃スキルの"踵の名は魔剣ジゼル(ブリゼ・エトワール)"。十字に振るった踵から斬撃を放つスキルだ。攻撃力は低いが、その分魔力消費量は少ない。さらに数少ない遠距離攻撃ということで、今後も使用頻度が多くなるだろう。

 そして、もう一つが回避スキルの……あれ、名称が載ってない。もしかして端末のバグ? それとも、何か理由があってこの表記に? 

 ……うーん、わからない。これは、改竄が終わってから確認をしておいた方がいいな。

 

 とりあえず、今後はまたアリーナに籠ってひたすらエネミー倒しかなぁ。セイバーの真名も判明した今、必要なのは戦力だ。そのためには、エネミーを倒し続けるしかない。

 目標としてはまず全ステータスをDにすること。これは今回達成できると仮定して、できたら敏捷をワンランクアップにスキルを一つ取り戻したい。

 今回の改竄で、幸運と筋力が上がればいい。ついでにスキルも取り戻せたら万々歳、ってところかな。

 

 顔を上げ、改竄途中のランサーの様子を見る。

 赤い壁に囲われながらも、その表情はどこか涼しげだ。最初はあまりいいイメージのない改竄だったが、こうして見てみるとあまり不快感は感じてないように見える。

 ランサーはこういう、自分の体を弄られるのはあまり好きではないと思うのだが……それだけ、青子さんのハッキングがうまいということだろうか。

 

 もし私がその技術を覚えられたら、自分でも改竄をしたりできるのかな。

 いや、でもさっきここが改竄できる唯一の場所だと言っていた。ここ以外では技術があってもできないのかもしれない。

 だけど、そういう知識は持っておいでも損はない、か。次から、すぐ近くで手元を見れないか聞いてみよう。ちゃんと理解できるかはわからないけど。

 

 もうそろそろ終わるかな、と思ったらちょうど赤い壁が消え、ランサーが下りてきた。それを見て、私も椅子から立ち上がり近づく。

 

「お疲れ様。どう、調子は」

「そうね……ステータスは上がったはずよ」

 

 端末を見てみる。確かに、幸運と筋力のステータスが一つずつ上がっていた。

 うん。これで最低限の目標は達成された。なら、残りは二つ。

 

「スキルの方は……まだみたいだね」

「ええ。でも、感覚としてはあと少しじゃないかしら」

 

 本人がそう言うならそうなんだろう。

 なら、二回戦の間でスキルも取り戻せそうだな。

 

「意気込むのもいいけど、ちゃんと休憩もしなさいよ? 貴方たち、かなりハイスペースなんだから」

「え? そうなんですか?」

「ええ。まあ、貴方たちのように全ステータスがEから始まるマスターなんてそういないけど……それでも、今まで私がやってきた中では一番上がってるんじゃない?」

 

 そう、なのか。

 いや、でもレオとか遠坂とかはほぼ完璧な状態のサーヴァントを呼んでそうだし。もしかしたら、この改竄もあまり使ってないかも。……あの二人と比べるのは、比較にすらならないか。

 

 でも、この進捗でハイスピードと言われてもな。あまり自覚はない。 

 私はランサーの先を歩くだけで、戦うのは全てランサーだ。今まで出会ったエネミーの行動パターンはほとんど把握できていて、指示がなくともランサーが負けることはない。私がすることと言えば、極稀に二体を相手する時に援護射撃をするくらい。一対一では、私が出る程のことはまず起きない。

 それでも警戒はしてるから疲れることは疲れるけど、次の日には取れる程度だ。

 

 とはいえ、改竄ペースだけ見るとそう取られるのか。

 

「ありがとうございます。その、善処します」

 

 絶対に休むと言えないのが少し申し訳ない。

 しかも青子さんは私を心配して忠告してくれたんだ。それを無碍にするようなことがないよう、意識しておこう。

 

 ステータスの確認もそこそこに、二人に別れを告げ一度マイルームへと戻った。

 名称の乗ってないスキルのことを聞くのなら、マイルームの方がいいと感じたからだ。

 

「ランサー、ここのスキルなんだけどさ。スキル名が載ってないんだよね。確かに使えるようになったはずなんだけど、心当たりはある?」

「ああ、それ。そのスキル、まだ完璧に取り戻せたわけじゃないの。だからじゃない?」

「? どういうこと?」

「そのままの意味よ。これは、本来ならまだ取り戻せないスキル。無理矢理習得したせいで不完全なの。完全に使えるようになるには、レベルが足りないわ」

 

 なるほど。だからスキル名が載ってなかったんだ。別に端末のバグではない、と。

 でも、あれで不完全なのか。このスキルがあったから、一回戦でアーチャーの宝具に耐えることができたというのに。

 もしあの日、ランサーの言うことを聞かずに校舎に戻っていたら……想像するだけゾッとする。

 

「このスキル、完璧に使えるようになったらどれくらいの攻撃に耐えられる?」

「どんな攻撃にだって避けられるわ。もちろん、その分魔力消費量は多くなってくるから、貴女次第ではあるけれど」

 

 どんな攻撃にもって、そんなにすごいスキルだったのか!?

 だから宝具対策としてこれを……ほんっと、あの日ランサーの言うことを信じてよかった。

 

「なら、次に取り戻せるスキルはこれ?」

「いいえ、また別のものになるはず。これは、まあ当分先ね」

 

 なるほど。そう簡単に取り戻せるスキルではない、と。

 そうなると、次のスキルを取り戻すのにも想像以上に時間がかかるかもしれない。本来の順番を無理矢理変えたわけだし、その反動がないとは言えないのだから。

 教会であと少しと言っていたから、そう遠くもないだろうけど……少なくとも、二回戦の間は無理かもしれないと思っておこう。

 

「それで? 他に聞きたいこともあるんでしょう」

「え、ああ、うん。よくわかったね」

 

 せっかくマイルームに戻ってきたんだ。ついでと言ったらあれだが、彼女からも矢上が使うコードキャストへの対策がないか聞いてみたい。

 そう思ってはいたけど、どうしてわかったんだろう。不思議だけど、スムーズに話が進むしいいかな。

 

「こっちも複数のコードキャストを同時に使うってのがベターなんでしょうけど……貴女にそんなことはできないし」

「やっぱり、それしかないのかな……」

 

 ランサーの言う通り、私は消耗(ワンオフ)型のコードキャストなんて持ってないし、作り方もわからないけど。

 礼装があるから大丈夫だと思っていたが、こうして複数のコードキャストを使う相手がいるとなると、礼装だけでは正直心もとない。

 近々、ちゃんと作り方とかを調べておこう。

 

「今の貴女でもできることと言えば、礼装の変更する際のタイムラグを減らすことくらいじゃないかしら」

「タイムラグを減らす、か」

 

 それは、案外難しいことだ。

 礼装の変更は端末を通して行われる。あらかじめ礼装の画面を開いていたとしても、装備している礼装を選択し、新たに開かれた項目から交換する礼装を選ぶという手順を踏まなければならない。

 今は礼装の種類も少ないからそこまで時間はかからないが、これが増えてしまえば、そこから探すという手順が増えてしまう。とはいえ、礼装を増やさなければ私は援護すらできなくなる。

 しかも間違いなく選ぶためには、端末に目を向ける必要もある。一瞬だけでも戦況から目を離すのは、正直あまりやりたくない行為だ。

 

 戦場から目を離さず、さらに選択する手間も省く。

 それを、するには……─────。

 

「……クレア?」

 

 端末を取り出し、その中身へとアクセスをかける。

 ラニと一緒に端末を改造したのを思い出す。

 それを応用しながら、聖杯戦争のルールに抵触しないようにだけ気を付けてプログラムを組んでいく。

 

 不思議と、構築するプログラムに迷いはなかった。まるで知っているかのように、どんどんプログラムを組んでいく。

 ある程度組んでいくと、無意識のうちに動いていた手が止まった。

 ここから先のプログラムは、知っているけど組むことができない。この端末に適用するよう、ある程度は変えていかないと。

 けど、変えるのにも時間はかかるし……とりあえず、先にアリーナへ行こうか。

 

「ありがとう。即席だからちゃんと使えるか分からないけど……どうにかなりそう」

「……そう。決勝までには形にしてみせなさい」

「もちろん」

 

 決戦日まであと二日。時間はないが、なんとかしてみせよう。

 

「私はこれくらいでいいかな。ランサーは他に用事とかある?」

「いいえ」

「そっか」

 

 じゃあアリーナへ行こうと、座っていた椅子から立ち上がる。

 矢上たちが朝の時点でアリーナにいることは、ラニが教えてくれたから間違いないだろう。となると、もう探索から帰ってきているはず。鉢合わせする心配はまずない。

 ゆっくり、無茶をしない程度にアリーナを回ろう。できたら、今日中にはすべての用事を終わらせてしまいたいものだ。

 




少し遅くなりましたが、今月も無事更新できましたー!
今回は、一回戦決戦で起こったことも少しだけ明かされました。
名前が明かされないスキル、いつ明かされるか楽しみですね!!

まだまだ二回戦は続いていきます。
これからもデジトラをよろしくお願いします。


10/3追記
最後の一文を修正しました。


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第二十七話 recovery

 昨日と同じように、第二層への扉を開けた。

 目の前に広がる光景は昨日と同じだけど、アリーナを包む雰囲気は微かに違うものになっている。理由は明白。矢上たちがいないからだ。

 

 だけど、彼らは私たちより先にここに入ってきている。つまり、何か罠が仕掛けられていてもおかしくはない、ということだ。

 というわけで、念のために罠があるか確認してみる。すると、地図上にはいくつかの赤い点が示された。その内の数個はまだ行ったことがない場所にあるらしく、空白の上で示している。

 これを目印にアリーナを探索するのもありだろう。今までの解析のおかげで、電撃が付与された罠は魔術師が魔力を流さなければ作動しないことは分かっている。術者である矢上がアリーナにいない今なら、これを辿った方がむしろ安全かもしれない。

 勿論、万が一を考えて罠の上を歩くのはなるべく避けるけど。

 

 とりあえず、まずは行ってない通路に入ってみよう。昨日は運よく一直線でトリガーまで行けたから、実は探索はあまり進んでない。

 ん? となると、アリーナの広さによっては白乃と一緒にご飯を食べられないかも。

 やらかしたなぁ。来る前に一言言っておけばよかった。

 

 今度からは気を付けよう、と頭の隅で考えながら、昨日は行かなかった分かれ道の片方へ足を進める。

 そちらは長く続く一本道のようで、もちろんエネミーもいた。既に行動パターンは把握している種類で、そこまで苦戦する相手ではない。ただ、人が二人通れる程度の幅の通路での連戦には、微かに不安もある。

 

 しかし、その不安もすぐになくなった。ランサーは自身の柔らかい身体をうまく使い、狭い通路でも綺麗に踊ってみせたからだ。

 服も含めれば、彼女の全身はかなり大きい。けれど、それをものともしない動きに改めて驚きを感じた。

 敵と壁の間を潜り抜けたと思えば、その身体は宙を舞っていたり。時には、人にはできないだろうと思えるような身体の捻りで蹴りを放ったり。

 狭い通路という限られた空間が、今までもしてきた動きをいつも以上に魅せていた。

 

「……きれい」

 

 やっぱり、ランサーの戦い方はとても綺麗だ。

 薄暗いアリーナの中で、銀色の具足が輝く。藤色の髪も、腰から延びる黒いコートも、まるで羽のように靡いてる。

 きっと、見慣れる日なんてやってこないだろう。何度見ても、きっと見惚れる。例えそれが戦いに用いられる残酷なものだったとしても。彼女の踊りは、こんなにもきれいなんだから。

 

 ああ、でも戦闘中なんだからなるべく見惚れないように気を付けないと。

 見惚れて敵の行動を見逃しました、なんて愚かという他ない。今回はエネミー相手だから余裕があるだけだ。サーヴァント相手にこんなことをしていたら、すぐに負けてしまうだろう。

 ここら辺の意識の入れ替えは、自分で何とかしなければならないことだ。

 

 そんな考え事をしながらも先に進んでいれば、ようやく曲がり角にまで辿り着いた。

 そこにあったのは一つのアイテムフォルダ。中には小さなキーホルダーが入っている。

 

「これ、藤村先生に頼まれてたものかな」

 

 キーホルダーの紐の部分は千切れており、これが落とした原因なんだろうというのが一目でわかる。よく見ると、繋がっているくまのぬいぐるみも微かに汚れていた。

 きっと何年も大事に付けていたのだろう。それこそ紐が千切れてしまうくらいに。

 

 これは、絶対に届けなければならない。不思議とそう思った。

 キーホルダーを端末にしまい込む……前に、ふとランサーがこちらをじっと見つめていることに気づいた。

 いや、目線が向かってるのは私じゃなくて、キーホルダーか?

 

「……もしかして、これがほしいの?」

 

 あまりに熱心に見ているものだから、思わずそう聞いてしまった。仮に頷かれても、渡せないから困るのに。

 

「別に。ただ、良くできたものだと思っていただけ。…………この制作者、私専属の職人にできないかしら……」

「? ごめん、最後の方なんか言った?」

「貴女には関係ないことよ」

 

 あ、はい。

 ここは素直に引き下がる。もしかしたら、私に聞かれたくないことだったかもしれない。

 

 にしても……なるほど。このぬいぐるみ、確かにいい出来だ。

 さっきは気づかなかったが、縫い目は均等で歪みもない。中の綿も今は少し潰れてしまっているが、元々は均等に入っていたんだろう。

 さらに驚くべきは、後ろに刺繍されている名前。恐らく落とした生徒のものなんだろうけど……。これがあるということは、このぬいぐるみは手作りである可能性が高い。

 

 その事に一瞬で気づくとは……。さてはランサー、結構なマニアだな?

 

「ぬいぐるみ、好きなんだね」

 

 これくらいなら許されるだろう。いや、というか許されたい。という希望を捨てきれず、少し突っ込んでみた。

 ランサーは自分のことについて、基本話してはくれない。ステータスやスキルは戦闘に必要だから教えてくれるだけ。

 だから、趣味に関する質問だとしても、彼女が答えてくれるかわからない。

 ただ、やっぱり私は彼女のことをもっと知りたいから。せっかくできたチャンスを、逃したくはなかった。

 

「ぬいぐるみ、というよりは人形かしら」

「人形?」

「ええ! 人形はいいわ。ひたすら愛しても文句を言わない、不満をこぼさない、変わらない」

 

 そこから語られたマシンガントークは、正直よくわからないものだった。

 でも、ランサーの声色は今まで聞いたことがないくらい楽しそうで。表情も生き生きしていて、口角は上がりっぱなし。

 内容はわからなくとも、もっと聞いていたい。楽し気なその表情も、もっと見ていたい。

 

 しかし、ふいにその語りは止まってしまった。

 すごい勢いで紡がれていた言葉が突然止まり、逆に驚いてしまう。いったいなにがあったんだ?

 

「……取り乱したわ。貴女に話しても意味なんてないのに」

「えっ!?」

 

 ど、どうしてそうなった!?

 確かに、話してる内容のほとんどは理解できなかったけど! 好きなのはすごい伝わったし、なんなら語る顔を見るだけでもすごい楽しかったし!

 

 だから、だから、えと……!

 

「私は楽しかったよ! だから、その、また話してくれると、嬉しい、です……」

 

 とは言っても、結局彼女が楽しくなければ意味がないわけで。その事に気づいてしまえば、咄嗟に出た言葉はどんどん小さくなってしまった。

 何で私はこんなにもコミュニケーションが苦手なんだ……。

 

「……貴女、人形に興味があるの?」

「え、あ、うん。そう、だね。全然詳しくないけど、興味は沸いたよ」

 

 ランサー、本当に楽しそうに話してたし。

 あれだけ楽しそうにされたら、興味も沸いてくるものだ。

 

「へえ、いい趣味してるじゃない!」

「へっ、ありがとう……?」

 

 想像してなかった返答に、思わず変な声が出た。

 ランサーの顔は先ほどではないにしろ、明るくどこか楽しそうだ。

 

「貴女、手先は器用そうだし、ガレキを作ってみるのもいいんじゃ……いえ、初心者にいきなりガレキを組み立てさせるのは酷かしら……やっぱり最初は人形の観賞から……」

「え、ーと。その、がれきってなに?」

「ガレージキットの略称よ。簡単に言えば、自分で組み立てて塗装するフィギュアのこと」

 

 へえ、そんなものもあるのか。なんだか難しそうだ。

 ……でも、ランサーは私ならできるかもしれないと思ってくれてるんだ。それは、うん。悪くない。

 落ち着いたら一度調べてみよう。フィギュアも人形も、きっと私が思っている以上に奥が深い。

 

 それに、もっと人形の知識を蓄えたら、あのマシンガントークにもついていけるかも。

 興味があるもので、ランサーとの仲も深められる、かもしれない。これは、いいこと尽くしじゃないか?

 

 突っ込んでみてよかった、と気分は急上昇だ。

 浮き立つ気持ちのまま、続く一本道を進んでいく。結局来た方向へと続く道を見るに、きっと昨日矢上たちと戦ったフロア辺りにでも繋がっているのだろう。あのフロアには右へと行ける道があった気がするし。

 

 うん、地図を見る感じその推測は間違ってはなさそうだ。

 隠し通路もなかったと思うし、これでアリーナの右半分は全部確かめられた……あ、横道あった。

 壁から奥を覗いてみる。そこには小さなフロアが広がっていた。あるのはアイテムフォルダだけで、エネミーも見当たらない。

 

「中身は、礼装だね」

 

 名称は『癒しの香木』。付与されているコードキャストは『cure()(解除)』。猛毒、麻痺、呪いといった状態異常を治してくれるコードキャストらしい。

 欲を言えば、もうちょっと早くに手に入れたかった礼装だ。とはいえ、他のコードキャストで枠が埋まってしまう現状では、アイテムの方が使い勝手はいい。もっと早くに手に入れていても、使えなかったかもしれない。

 まあなんにせよ、とても便利なコードキャストに間違いはない。手に入れておいて損はないだろう。

 

 さっさと礼装を仕舞い込み、再び元の道を戻る。地図に記録されている大きなフロアはもう目の前だ。

 そして、そこに近づくにつれて大きくなる懐かしい気配。

 

 マップを確認する。アリーナの中央の一番大きなフロアが、昨日矢上たちと戦った場所。そこからさらに左、まだマップにも記録されていない空白部分。そこには、矢上が設置した罠を示す赤い点が数か所だけ点在していた。

 恐らく、私の記憶もこのまだ記録されていない場所にあるんだろうと当たりをつける。

 

 これで、四つ目。

 また一つ記憶を取り戻せるという興奮と、微かに感じる恐怖感。

 竦みそうになる足を、一歩ずつ前に進ませる。

 

 そして、アリーナの左端に辿り着いた。

 間違いない、ここだ。でも、なんか今までよりわかりにくいな……。

 

 今までは細い行き止まりに隠し通路が作られていたが、今回は横に広がる壁に作られてる、と思う。この横に広がる壁から、たった一つの隠し通路を見つけなきゃならないのか。んー、しらみつぶしにやるしかないよなぁ。

 手を壁に付けて、触れながらゆっくりと歩いていく。 そして、曲がり角に到達する直前。ようやく手が壁をすり抜けた。

 

「っ……」

 

 息を飲む。

 無意識に、胸元のペンダントを握りしめた。再度深呼吸を数回して、覚悟を決める。

 

「よし……!」

 

 そして、記憶へと続く道へと踏み出した。

 歩く道は変わらない。暗い道をひたすら真っ直ぐ進んでいく。すると、やっぱりと言うべきか、いつもの赤い壁が見えてきた。

 

 後ろで響いていたランサーの足音が止まる。

 これもいつも通り。彼女とは、ここで一旦お別れだ。

 

「じゃあ、また後で」

「……ええ」

「!!」

 

 返事を、してくれた。

 

 どうしよう。なんだかとっても嬉しい。

 たかだか返事一つ。でも、今までランサーはどんな挨拶にも返してくれなかった。いつも無言で、さらには目線も向けてくれない。それがとても寂しくて、いつか返してくれたらと少し夢見てた。

 それが、今叶ったんだ。

 

「ふふっ」

 

 少しずつ、本当に少しずつだけど。ちゃんと前に進めてる。

 記憶も、ランサーとの関係も。微かだけど、いい方向に進展してる。もちろん、いいことだけではないけれど。まだ進めていない部分も多いけれど。

 この喜びを、忘れないよう噛み締めたい。

 

 だから、どうか。

 今回の記憶も、いいものでありますように──────。

 

「────こ、こは……」

 

 目の前に広がるのは広大な湖。

 水平線も見えるそこは、湖というよりも海のようだ。

 

 ああ、そうだ。ここは、彼の故郷だ。

 懐かしい。彼に出会ったのは、旅に慣れてきた頃だったっけ。

 確か、そう。ここから結構離れた場所で、倒れている彼を見つけたんだ。

 

「あ」

 

 遠くの方に、湖から伸びるいくつもの長細い影が見えた。

 そのうちの一つがこちらをじっと見ている、気がする。もしかして彼、かな?

 確証はなかったが、とりあえず手を軽く振ってみる。すると、こっちをじっと見ていたと思われる影が、突然湖に潜ってしまった。

 

 あっ、これまずいやつでは?

 慌てて湖から離れようとしたが、時すでに遅し。私の目の前に、その影が現れた。……水の中から。

 

「わぶっ!!?」

 

 影と共に巨大な水しぶきが上がり、私に襲い掛かった。

 巨大なそれを避けられるわけもなく、頭から水をかぶる。お陰で下から上まで、更に言うなら中身までびしょ濡れだ。

 

 うへぇ、服が張り付いて気持ち悪い。

 

「うん? ああ、大丈夫大丈夫! 濡れただけだよ」

 

 とりあえず水分を逃がそうと服を絞っていると、影が大きな顔を近づけてきた。

 どこか申し訳なさそうに、そして心配そうな雰囲気を感じる。きっと、私に水をかけてしまったからだろう。

 とはいえ、本当に濡れただけで怪我とかはない。むしろ、彼が少し抜けているのを忘れて逃げ遅れた私も私だし。

 

 平気だと笑いながら、彼の頭を撫でる。

 片手から伝わる堅い感触が懐かしくて、残った方の手も伸ばした。冷たいけど暖かい、そんな体温も懐かしい。

 できたら、こうしてまだ彼と触れ合っていたい。でも、私は行かなくちゃ。

 

 ランサーが待ってるから。

 

「■ード■モン、行ってきます」

 

 彼は何も言わない。ただ、持っていた欠片を私に渡してくれた。

 それをしっかりと受け取り、彼から離れた。もう一度手を振って、踵を返す。瞬間、いつも通りのアリーナに戻ってきていた。

 

「っへくしゅ!」

「……なんでそんなにびしょ濡れなのよ」

「……ちょっと、色々あって」

 

 まさか濡れたまま帰る羽目になるとは……風邪ひいたらまずいし、今日は帰ろう。

 

 

 *

 

 

 アリーナから戻ってきて、すぐにマイルームへと直行した。流石に濡れたまま校舎を歩くのは憚られたからだ。

 そのままお風呂に入って髪を乾かす。そして、購買で部屋で食べられるものを適当に買ってきた。

 

 菓子パンを片手に、二日目にコピーしたコードキャストのプログラムを開く。

 空いた時間に解析は進めていて、既にあともうちょっとのところまで来ている。今日中にこれの解析を完了させてしまおう。

 ゆっくり、丁寧に解析を進めていく。そして、どれぐらい時間が経ったのか分からなくなってきた頃。ようやくすべての解析が終わった。

 

「これって……」

 

 そうして分かったことは、正直信じられないものだった。

 困惑と、微かな怒りがこみ上げる。

 

 どうして、矢上は……。

 

「明日、きちんと確かめよう」

 

 もしかしたら、これが間違いだってこともあるかもしれない。

 でも、間違いで無かったら……ああ、もう! やめだやめ。間違いであってもなくても、私に彼の意図を察することなんてできやしない。

 意図を聞くにしても、全部が終わってからだ。

 

 明かりを消し、布団を被る。そしていつも通り、小さくランサーへを挨拶を投げかけた。

 

「…………おやすみ」

 

 曖昧な意識の中、何とか拾えた小さな言葉。

 それは彼女のものであったらいいと、心の底から思った。

 

 



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幕間 Memory No.5

────それは、力を求めた日のお話。





 目を開けると、そこは緑が生い茂る広大な大地だった。見渡す限り地平線が広がっていて、この草原がかなり広いことがわかる。

 

 そんな場所を、クレアは影たちと共に歩いていた。

 周りを歩く影たちの数は、前回の夢と変わらない。身体的に成長している部分も見当たらない。となると、前回の夢からそこまで時間は経っていないのかもしれないわね。

 

 しばらく後をつけてみるが、特になにかが起こったりはしなかった。

 ただ楽しげに会話を交わしながら草原を歩くだけ。早くなにか起こらないかしらと期待しても、都合よくなにかが起こることはなかった。

 

「ねぇねぇ、ちょっと休憩しない? 私、お腹すいちゃった」

 

 ふいに、影の一つが休憩を求めた。周りも足を止め、その影を見つめる。それからお互いに顔を見合わせたあと、それもそうだ、と賛同の声をあげた。

 

「なら、あそこまで休もうか」

 

 人型の影が示すのは、大きな川のほとり。距離も然程遠くなく、近くには水がある。休憩するにはうってつけの場所だ。

 彼女たちもそう思ったのだろう。特になにも言わず、川のほとりに向かって歩いていく。

 

「クレア、頼むよ」

「うん」

 

 川の近くまでやって来ると、クレアが一歩だけ前に出る。そして、腰のウエストポーチから何かを取り出した。

 その手の中にあったのは、一番最初の大樹の前で手に入れた不思議な端末。あの時は真っ白だった端末は、なぜか薄い水色になっていた。それに、うまくは言えないけど、なにかが変わっているような……まあ、今はいいでしょう。

 それより、あの端末で一体何をする気なのかしら。

 

「リロード」

 

 たった一言。その言葉を口にしただけで、端末からなにかが飛び出した。

 シンプルな柄のレジャーシートに、小さい透明なコップ。そして、中身の見えない大きめの箱。

 

 一度に出てきた品々に思わず驚くが、きっと今のクレアも持っている端末と似たようなものなんだろうと結論付ける。

 まあ、あれは一言での取り出しなんて出来ないのだけど。こうやって一言で全てが行えたら、探索とかも大分楽に……あら? もしかして、マイルームで端末に施していた改造って、まさか……。

 

「水は川のものでよさそう?」

「ああ、綺麗な川だ。ろ過する必要もないだろう」

 

 ……あの改造がどんなものかは、この夢が覚めてからでいいわね。

 

 それにしても、いつのまに水質なんて調べたのかしら。あの影、ついさっきまでクレアの横にいたはずなのに。

 そんな些細なことを疑問に思っていれば、いつのまにか昼食の準備は整っていた。コップには川の水が汲まれ、大きめの箱に入っていたらしい大量のサンドイッチが紙の上に並べられている。

 

 いただきます、と彼女たちは声を揃えた。そして、各々好きなサンドイッチに手を伸ばす。

 これは、食べ終わるまで時間がかかりそうね。

 

 することもなく、唯一顔が見えるクレアを眺めてみた。

 談笑に花を咲かせ、幼さが残る顔で明るい笑顔を浮かべる。それは、友達だという滝波白乃にも見せたことがないような、なんともだらしのない笑顔だった。

 今より幼いからか。それとも、滝波白乃をあの影たちほど信用してないのか。

 

 ……ああ、どうしてこんな下らないことを考えているんだろう。私はただ、知ることができたらいいだけなのに。

 

「っ、ド■■ン」

「……うん、わかってるよ、リ■■ダモ■」

 

 昼食も取り終わり、そろそろ先に進もうと片付けを始めた頃。突然、二つの影が警戒するように川の向こうを睨み付けた。

 そんな二匹の様子に気づいたクレアも、倣うように川上を見つめる。

 

 微かに、なにかが見える。ゆっくりとこちらに向かってくるそれは、とても大きな蛇のような影だった。

 ゆらゆらと水に揺られる姿に気力はない。微動だにせず、それは流されてくる。

 

「大変だ。あのデジ■ン、怪我してる!」

「うそ!?」

 

 その声をきっかけに、全員が走り出した。

 大きく長い体を必死に陸に引き上げると、人型がすぐさま怪我をしている部分へと駆け寄った。

 

「ひどいな……」

「治せそう?」

「治すことはできる。だが……いや、今はとにかく治療だ。クレア、救急箱は■ジ■■■スに入っていたな?」

「うん! すぐに出すよ」

 

 先程と変わらない一言で、今度は救急箱が飛び出した。クレアはその蓋を即座に開け、必要なものを取り出し始める。手持ち無沙汰となった残りの二匹は、周囲の警戒をしながら、時おり心配そうな目を蛇に向けていた。

 

 そんな周りの様子を確かめながらも、人型はてきぱきと患部を確認していた。そして、その小さな手を幹部に近づけ、小さな声でなにかを呟く。

 すると、突然手と患部の間に淡く暖かな光が現れた。

 

 その淡い光を、私はどこかで見たことがある。

 ……そうだ。この光は、治療系の低級コードキャストに似ている。

 じゃあ、これは。

 

「もしかして、魔術?」

 

 コードキャストじゃないのはわかった。発する光は似ているが、同じものではない。

 興味を引かれ、その光をじっと見てみる。よく見ると、引き裂かれていた皮膚が徐々に塞がっていた。しかし、範囲が広く、すべて塞がるには大幅な時間がかかるだろう。

 

 しばらくじっと眺めてみるが、どんな理屈で傷が治っているのか、全くわからなかった。

 わからないなら、これ以上見ていても意味がない。また、適当なところで待ってるとしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 治療が終わったのは、太陽が沈んだ頃だった。傷は大体塞がったが、完治した訳ではないらしい。蛇が目を覚ます様子もなく、クレアたちはここで一夜を明かすことになった。

 

 そして蛇が目覚めたのは、次の日の朝。彼女たちが朝食を取り終わった後。

 今まで微動だにしなかった大きな体が、微かに動いた。

 

「! 起きたのっ?」

 

 目ざとくそれに気づいたのはクレアだ。

 相手を驚かせない程度の距離を保ちながら、蛇の顔を伺う。ゆっくりと、閉じられていた瞳が開いていく、気がした。

 

「こ、こは……?」

「■■■■■■周辺の大草原に流れる川のほとりさ。私は■ーサ■■ン。そして、こっちの人間が……」

「クレアです。この子たちは私のパートナー」

「僕はド■■ン」

「私はリ■■ダモ■! よろしくね!」

 

 相も変わらず、クレア以外の名称は聞こえてこない。それは、蛇の方も変わらなかった。

 

「俺は■ード■モン。この川を上った先にある湖、の……!!!」

 

 その言葉が最後まで紡がれることはなかった。蛇が突然飛び起きたからだ。

 それは慌てたように川に戻ろうと踵を返す。しかし、まだ怪我が完全に治ったわけではなかったのだろう。振り返った瞬間、すぐにバランスを崩し、崩れ落ちてしまった。

 

「だ、大丈夫!?」

「傷は塞げたが、完璧じゃないんだ! しばらくは安静にしていろ!」

「だめ、だ……! それじゃあ、間に合わない……!!」

 

 様々な感情が混じったような声。無理矢理体を動かす大きな蛇を、小さなクレアが止められるはずがない。

 そのまま蛇は川に戻ろうとして……竜に止められた。

 

「ギ■リュ■■ン……!」

「落ち着いて、何があったのか教えて。そうじゃないと、怪我してる君を行かせることなんてできない」

 

 体の大きさは、明らかに蛇の方が大きかった。それでも怪我をしているせいか、竜を押しのけることはしなかい。というより、できないと言った方が正しいわね。

 

 渋々と蛇は事情を説明した。

 どうやら、蛇の故郷が何者かに襲撃を受けたらしい。この蛇は仲間に逃がされたが、怪我で意識を失い、ここまで流されてしまったようだ。

 

「クレア」

「……っ。止めても、行くんでしょ?」

「うん、ありがとう!」

 

 私たちが行くよ、と竜は言った。

 先程の名前を呼んだのは、許可を求めるためだったらしい。

 よくわかったものだと感心すると共に、一瞬だけ顔にしかめたクレアの反応に、少し違和感を覚えた。

 

 クレアはお人好しだ。無視すればいいのに、藤村大河の頼みをよく聞いている。いつか対戦相手になるだろう滝波白乃を友と呼び、ラニ=VIIIには協力する。

 そして、一回戦では対戦相手だった小鳥遊飛鳥のことも、口には出さずとも心配していた。

 

 だから、私はクレア・ヴィオレットをお人好しだと思っている。けれど、幼い彼女は助けにいくことに一瞬とはいえ難色を示した。今もあまり乗り気ではない。

 その反応は、私の知るクレアと違っていて。なんとも言えない違和感を、私の中に刻み付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 助けにいくと決めたあとの行動は早かった。

 クレアたちは蛇に湖までの道を聞くと、すぐさま湖に向かって歩きだす。

 

 その傍らに、蛇の姿はない。

 クレアの持つ不思議な端末に吸い込まれたからだ。

 

 どうやら、あの端末には影をしまいこめる機能があるらしい。同意の上でないとできないみたいだけど。でも、あの大きな体が小さな端末に吸い込まれていったのは流石に驚いたわ。

 しかも中から外は見えるし、声も出せる。うまく活用できれば、とても便利な機能ね。

 

 とはいえ、こっちでは必要ないでしょう。あったとして、いったい何をしまいこむ……もしかして、立場的には私……? 

 ぜっっったいに嫌。もしこの機能をつけようとしたら、溶かしてでも阻止しましょう。ええ、それがいい。

 

 少々起こり得そうな未来への対策を思い浮かべていると、一瞬だけ変な違和感を感じた。瞬間、クレアたちの足が止まる。周囲にはいつのまにやら木々が生えていて、彼女たちは木の影に隠れるように身を潜めた。

 どうやら、いつのまにやら湖の近くまで来ていたらしい。夢ならではの移動方法というか、まるで瞬間移動ね。

 

 ここは所詮は夢だからと、私は堂々と湖を見てみる。湖の前には大きな影が二つと、その半分程度の大きさの気持ち悪い影が一つ。その奥に今クレアの端末に入っている蛇と同じ形の影と、小さなペンギンみたいなやつがが何匹も集まっていた。

 なるほど、皆殺しにしているわけではないみたいね。何匹か湖の上を揺蕩っているけど……データになっていないところを見ると、死んでいないのかも。

 

「……まずいな」

「どうしたの?」

「あの真ん中のやつが見えるか。あれは、完■体だ」

 

 かん、なに? 

 

「それって、確かみんなの一つ上の……」

「ああ。両端の二体だけならどうにかなっただろうが……完■体がいるとなると、どうするべきだ……?」

 

 相変わらず不親切な夢。だけど、どうやらここにいる彼女たちが、あの気持ち悪いやつより劣っているのはわかった。

 じっと、クレアたちを悩ませるやつを観察してみる。すると、確かにあれが残りの二体に向かって指示している様子が見てとれた。強さも、並みのサーヴァントよりは確実に強いだろう。

 完璧な私なら取るに足らない相手。だけど、今の私なら……。ああ、嫌だ嫌だ。早く力を取り戻しましょう。

 まだわからないのだから、二回戦なんかで負けていられないのだし。

 まあ、それも目が覚めてからでいい。今は、仕方がないからこの夢を見てあげましょう。

 

 さて、絶対に敵わない相手がいるなら、撤退するのが定石。情報を持ち帰って、どこかで救援でも呼べばいい。

 

 あ、でもああなると撤退はしないわね。

 

「や、めっ……! やめて、殺さないで!!」

 

 一匹でも殺されそうになってしまえば、そ見捨てて撤退なんて選択、彼女たちにはできないでしょうし。

 

「「やめろぉ!!!!」」

 

 予想通り、とでもいうべきか。影が二つ、叫びながら飛び出した。

 敵は予想外の襲来だったのか、手を振り上げた姿で固まっている。それはたった一瞬だっけど、二匹には十分な時間だ。

 途中で姿を変えたドラゴンと竜は素早く距離を詰め、零距離で鉄球と槍を突きだした。

 

 勢いをつけられた上に零距離での攻撃。大きな敵は面白いぐらい吹き飛んでいった。大きな木にぶつかり止まった影たちは、それからピクリとも動かない。

 

 ずいぶんと弱い敵。まあ、強いと言われていた気持ち悪いのがまだ残っているのだけど……。

 

「二人とも、後ろ!」

 

 速いな、と素直にそう思った。とはいえ、目で追えない速さではない。

 敵を吹き飛ばした衝撃で浮かび上がった二匹の着地を狙い接近してきたそれは、触手のようななにかで二匹を殴り飛ばした。

 これまた面白いほどに吹き飛ぶが、二匹ともうまく空中で体制を整える。けれど、遅い。敵は既に二匹の目の前に……あら? 

 

「っ助かった!」

「ありがとう■ーサ■■ン!!」

 

 背後を振り返る。そこには、杖をこちらに向けた人型がいた。

 急に氷が落ちてきて邪魔をしたかと思えば、あれは魔術だったのね。

 

 ふむ。ドラゴンと竜が前衛。人型が後方支援、ってところかしら。で、人間であるクレアは……。

 

「クレア! 君は彼らを■ジ■■■スに! せめて成■期以下の子を匿ってくれ!!」

「わ、わかった!」

 

 非戦闘員。今と違って援護もできやしない。他の役目はあるとしても、戦闘に関してはただのお荷物、ってところかしら。

 なら、クレアの方を眺めていてもつまらない。ならば、戦闘を眺めていた方がずっとましだ。

 

 再び戦闘をしている彼らに目を向ける。

 気持ち悪いのは消耗している様子はないが、竜とドラゴンの方は身体を上下に揺らし、大きく呼吸を繰り返していた。

 敵との力の差がありすぎる。何度か攻撃を加えられているようだが、そこまでダメージになってないように見えた。

 このままだと明らかに負けるだろう。何かのきっかけでもない限り、絶対に。

 

 二匹もそれを察している様子だけど、逃げようとはしない。むしろ、鋭い瞳で敵を睨んでいる。

 結局、そのまま戦闘は進んで行く。敵に確実なダメージも与えることができず、ついにドラゴンが膝をついてしまった。

 

「ドル■■ン!?」

 

 龍がこちらに向かって空を飛ぶ。しかし、直前に離されてしまったせいで、到底間に合う距離ではない。人型の魔術も、明らかに間に合っていなかった。

 

 まあ、どうせ死にはしないでしょう。

 

「サンダージャベリン!」

 

 想定通り、敵の攻撃が届く前に何かが飛んできた。バチバチとうるさいそれは、まるで雷だ。

 ドラゴンを害そうと伸ばされた触手に、その雷は直撃する。さらに、触手を伝って体にまでダメージを与えた。

 

 雷撃が飛んできた方を見る。そこには、あの蛇よりもさらに大きな蛇の形をした影がいた。それの頭部についている鋭い刃には、小さな電気がちらついている。

 

「いけるな、■ード■モン」

「おう!」

 

 それの傍らには、恐らく最初に出会っただろう蛇とクレアがいた。

 おそらく、あれがここのリーダー。他のものと明らかに気配が違う。きっと、あの気持ち悪いのと同じのかんなんとか、というやつなんだろう。

 

 味方が二匹の増えたことを期に、一気に戦況が変わった。

 敵はたったの一匹。元より、数の利はクレアたちの方にある。それでも今まで苦戦していたのは、三匹の力であの一匹の力に及ばなかったからだ。そこに同格の影が味方になったことで、力の差は埋まったと言っていい。なら、あとは単純だ。ただ、数の多さが有利となる。

 

 初めての共闘とは思えない程度の連携をしながら、着実に敵を追い詰めていく。

 そして─────ようやく、彼女たちは勝利した。

 

 こういうのを、辛勝というのかしら。戦ってないクレア以外はボロボロで、立ち上がっているだけでも辛そうだ。

 それでも、彼女たちの雰囲気は明るい。あの敵に犠牲なくして勝てたからだろう。クレアもどこか安心したように体の力を抜き、影たちに近寄っていく。

 

 そんな彼女を横目に、私は傷だらけの影を見上げた。

 戦いには犠牲が付き物だということを、彼女はきっと、まだ知らなかったのだ。

 

 大きな影が、ふらりと揺れる。

 

「え……」

 

 地響きのような音が、嫌なほどその場に広がった。

 誰も動かない。目の前の光景が認識できないのか、したくないのか。

 そんな静寂を破ったのは、あの人型だった。

 

「クレア! 治療だ!」

「え、あ……?」

「クレアッ!!」

「は、はい!」

 

 呆然と立ち尽くすクレアを呼び戻す。ようやく目の前の出来事を認識できたのか、彼女は慌てたように動き出した。

 端末を取り出し、中から救急箱を出す。そしてその中身を見て、再び固まった。

 

「ど、どうしよう■ーサ■■ン!? もう治療薬の数が……っ!」

「っ、なら私が魔■を……!」

「……もう、いい」

 

 混乱に包まれていく空気に、小さな声が響く。

 その声は、倒れた影本体のものだった。

 

「メ■、■ード■モン……?」

「そんな、そんなこと言わないでくれよ!」

 

 泣きそうな声で名前を呼ぶ。

 蛇も必死に呼び掛けているが、リーダーと呼ばれたそれは、静かに首を降るだけだった。

 

「どうか、最期に……みんなに、会わせてくれないか」

「っ、ぁ……わ、かった……」

 

 なにかを言おうとして、彼女はそれを言葉にしなかった。ただ、静かに端末から匿っていた影たちを呼び出す。

 小さな影も、大きな影も、出てきた瞬間一斉に駆け出した。泣き混じりの震えた声で名前を呼び、死なないでと請う。

 よほど慕われていたのだろう。けれど、その言葉は届かない。

 

 データが、光のように輝く。

 キラキラと、太陽に照らされながら空へ上っていくその光景は、皮肉にもとても綺麗なものだった。

 

「────ソーサリモン」

 

 ふいに、知っている声が聞こえてきた。思わず後ろを振り返る。幼いクレアは、目を背けることなく影の死に際を見ていた。

 悲しみの色を宿しながら、それでもまっすぐに。その顔を、私は知っている。

 

 だから、そう。そのあとに紡がれる言葉を、私は容易に想像することができた。

 

「私に、魔■を教えて」

 

 彼女は、私の知るクレア・ヴィオレットと同じ人間なのだから。

 



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第二十八話 cut over

 明朝、窓の外の光がカーテンの隙間から差し込んだ。瞼越しでも感じられる眩しさに目を隠す。

 目覚めは、あまりいいものではなかった。

 

「────」

 

 彼の名前を呼ぼうとして、未だ曖昧にしか思い出せないことに自嘲する。

 私たちを助けてくれて、群れの長として故郷を守った誇り高い後ろ姿。今の私に思い出せるのは、そのくらいだった。

 

 ああ、でも。たった一人だけど、名前を思い出せた。それは素直に嬉しい。

 彼女の名前はソーサリモン。村を出て向かった塔の中で出会った、優しい白き魔法使い。残念ながら、その塔でなにがあって、なんで一緒についてきてくれることになったのかはまだ思い出せていない。だけど、旅を始めたばかりでなにも知らない私たちに、色々と教えてくれたことは覚えてる。

 私にとって、彼女は先生のような存在だった。

 

 思い出せたことが嬉しくて、悲しい。

 わかっていた。生きているのなら、楽しく嬉しい記憶ばかりではない。悲しくて辛いこともいっぱいある。それでも、取り戻すと決めたのは私だ。

 

 その、はずなのに。

 

「……嫌だなぁ」

 

 これからもこんな思いをするのだと、改めて思い知った。

 だから、ほんの少しだけ。もう記憶を取り戻したくないと、そう思ってしまったんだ。

 

「っだめだめ」

 

 記憶を取り戻す。それが、私の戦う理由だ。

 そのために、あの偽りながらも平和な日常を捨てて。そのために、全く関係のないランサーに無理矢理付き合ってもらって。

 

 そのためだけに、私は小鳥遊飛鳥の願いを、踏みにじったんだ。

 

 だから、そう。今さら取り戻したくないなんて、そんなのは許されない。

 前を向け。戦うと決めたのは私だ。相手を殺すと決めたのは私だ。彼女を忘れないと、その死を背負うと決めたのも。全部、私の選んだ道だ。

 

「……っよし!」

 

 今日は猶予期間(モナトリアム)最終日。決戦日が明日に迫っている以上、落ち込んでいる暇はない。

 矢上たちに勝つためにも、今日中にできることは全てやっておかなければ。

 

 幸い、今日はいつもより早くに起きることができた。おかげでお昼までの時間は大分ある。

 お昼頃には藤村先生にキーホルダーを届けたいから、それまでにはプログラムを完成させる。やりたいことは今回の夢で見ることができた。今の進捗ならいけるはずだ。

 そのあとにアリーナに行って、エネミー狩りとプログラムの試運転、かな。流石にぶっつけ本番は避けたいし、違和感があればできる限り調整もしていきたい。そう考えると、早めにアリーナに行った方がいいんだけど……他にも気になることが、あと一つ。これを確かめるには、矢上たちより後に、さらにできたら彼らがいない状態のアリーナに行く必要がある。

 

「はぁ……」

 

 別に、絶対に確かめなくてはならないものではない。役に立つことに間違いはないけど、なくても支障はないだろう。強いて言えば、私が気になってしまうことくらいか。

 それも、気にしないようにすればいい。本当ならそれが一番、なんだけど。

 

 これはきっと、私が知らなきゃいけないことにも繋がっている。不思議と、そう思ったから。無視するなんてことは、できそうにはなかった。

 

 *

 

 太陽がてっぺんまで上がりそうになったころ、ようやくプログラムが完成した。

 

「つ、っかれたぁ……」

 

 体中から力を抜いて、椅子の背にだらしなく体を預けた。

 流石に休憩なしのぶっ続けはやばかったかなぁ。なんとも言えない疲労感が……。

 まあ、お陰で夢で見たものもできたし、それに関してはよかった、かな?

 

 とりあえず、早速試してみよう。

 

「リロード」

 

 端末をポケットに入れたまま、夢と同じ言葉を口にする。刹那、利き手の上に『エーテルの欠片』が現れた。

 きちんとそれが本物であることを確認し、ほっと息をつく。

 

 よかった、成功だ。

 見た目の変化もないし、データの破損もない。これならなんの問題なく回復に使えるだろう。

 

 ただ、完成したと言っても、夢のものと全く一緒の仕組みではない。あっちは言葉一つで色々な道具を出していたけど、これはまだ事前に設定した一アイテムだけしか取り出せないのだ。

 そして、それは礼装の方も同じ。

 基本となる仕組みは変わらない。違いは手の上に出てくるか、自動的に礼装が変更されるかという点だけ。

 

 だから、まだ使い勝手はよくない。戦闘前に設定しとかないといけないし、設定したもの以外を取り出すには、結局端末の操作が必要になってくる。故に、もし設定するアイテムを見誤りでもすれば、戦闘中はほとんど役に立たなくなってしまう。

 そういうことを起こさないためにも、できたら言葉一つで取り出せるようになるのが理想だ。けれど、そこまで端末を改造して、ペナルティを受けてしまわないか不安もある。

 改造は進めていくつもりだけど、ペナルティを受けないよう様子見をしながらになるから、大分時間がかかるだろう。 

 

 そして、残念ながら今は時間がない。

 試運転したあとに改造しても、それ以をもう試す場所がない。下手に改造してぶっつけ本番になるよりも、試運転したままの状態で決勝戦にいった方がいい。

 なんて。どちらにせよ、ちゃんと作動するか確認しなきゃ始まらない。

 

 とりあえず、藤村先生にキーホルダーを届けにいこう。それから、白乃にも今日は食堂にいけないこと話しておかなきゃ。どこかで会えるといいんだけど。

 ……そういえばこの端末、マスター同士のメールのやり取りはできないんだろうか? できるようになったら楽になるし。うん、白乃と試そう。

 

「出掛けるのね」

「うん。ごめんね、暇だったでしょ」

「そんなのどうでもいいわ。進捗は?」

「完成はしたけど、完璧とは言えないよ。だから、これからも調整していく予定」

 

 思えば、今日は朝の挨拶をしたくらいでランサーとは何の会話もしていない。

 私は朝っぱらからプログラムに掛かりっきりだったし、ランサーはただ静かにベッドの上に座っていた。一応机の上に菓子パン類は置いておいたけど、それも食べてないみたいだし。

 サーヴァントは食事が必要はないとは聞いてるけど、一緒に食べてくれたら私は嬉しいんだけどなぁ……。まあ、私個人の思いだし、強要なんてできないんだけど。

 

 今後、同じようなことが起きないとは限らないし、なにか暇を潰せるものでも考えよう。本、いや、ランサーなら人形の方がいいかもしれない。こだわりは強いだろうから、適当なもの渡したら怒られそうだけど。

 もし購買とかでいいものが見つかったら買っておこう。

 

 と、そうこう考えているうちに見慣れた後ろ姿が。

 

「藤村先生、こんにちは」

「あらヴィオレットさん、こんにちは。どうした……あ! もしかして、頼んでいたものを取ってきてくれたの?」

「はい。これであってますか?」

 

 端末からキーホルダーを差し出す。それは間違いなく先生が頼まれた生徒のものだったらしい。

 安心したような表情をした後、ありがとうと朗らかな笑顔を見せてくれた。

 

「あの子たちも喜ぶと思うわ。これ、今回のお礼ね!」

 

 そう言って手渡されたのは、前回とはまた違うインテリアだった。ちなみに前回はライトで、今回はお花らしい。これは、机の上にでも飾っておこうかな。

 それを受け取ると、先生は挨拶もそこそこに歩いて行ってしまった。

 

 その背を見送っていると、不意にぐぅ、という低めの音が聞こえてきた。

 思わずお腹を抑え、周囲を見渡す。見てる人はいない、と。

 ほっと息をつく。ほんと、聞いてる人がいなくてよかっ……はっ!

 

 バッと後ろを振り返る。

 そこには誰もいない、見えない。けれど、そう。確かに、そこには彼女がいる。

 何も言わない。すぐそこにいるのに聞いていないなんてことはないだろう。いや、まあわざわざ追及するようなことではない。ないのだけど、なぜだろう。言われないのがなぜだかとても恥ずかしい。

 

「……食堂、行こ」

 

 小さく呟いた言葉を拾う人間は、やっぱりいなかった。

 

 *

 

 いつもより多めの食事をとっていると、偶然にも白乃と出会うことができた。

 ちょっと驚いたような目で料理を見られたけど、仕方ない。私はお腹がすいたんだ。

 

「昨日はどうしたの?」

「ごめん、アリーナから帰ってくるのが遅くなっちゃって。今日もそうなりそうだから、時間にこなかったら待たなくても大丈夫」

「ん、わかった。気を付けてね」

「白乃もね」

 

 それから、色々な話をして。メールのことも相談すれば、簡単に端末を差し出してくれた。でも、流石にそれは怒った。めちゃくちゃ怒った。

 いくらなんでも、まだマスターである私に簡単に渡していいものじゃない。信頼されてると思えば、すごく嬉しいけど。それはそれ、これはこれ。

 

「とりあえず、送れるのは文章だけに設定しておくから。でも、ちゃんと自分で確認するんだよ」

「設定してくれたクレアがそれ言っちゃうの?」

「そういう作戦ってこともあるでしょ。信じてくれるのは嬉しいけど、だからこそ疑わなきゃ」

 

 端末を返して、しっかりと言い聞かせる。

 別に白乃の警戒心が皆無だとは思ってない。でも、なぜか私とか遠坂辺りには随分と甘いような気がする。それはいけないことではないけど、まずいことではある。

 だから、私たちに対しても警戒心というものを持ってほしい。少しでいいから。

 

「……クレアのこと、警戒してないわけじゃないよ」

「え?」

「ここで私のこと一番知ってるのはクレアだし、やるときはどんなことでもやるってことも知ってる。でも、対戦相手じゃない私を、守ってくれてるのも知ってる」

 

 守ってる? 守って、いるんだろうか。

 確かにこの前保健室へ行くのは助けたけど、守ったと言えることはそれくらいで。それ以外は、ただ一緒に食事をするだけ。

 それを、守ったと言えるんだろうか。

 

「守ってくれてるよ。クレアがいるから、私はこの戦いの中でも平穏な日常を過ごせてる」

「それは、私も一緒だよ」

 

 白乃がいてくれて、他愛のない会話をしてくれる。内容は、少し物騒なのも混じるけど。それでも、友達と話すということは、それだけで荒れた心を癒してくれる。

 

「生き抜いていけば、いつか戦う日は来ちゃう。でも、だからこそ。そのときまでは、友達として君を信じていたいの」

 

 そんな言葉を、真っ直ぐ言われたら。私は、何も言えなくなってしまった。

 

「……ずるいよ、白乃」

「え、なにが?」

 

 無自覚とか、少し怖いよ……。

 

 *

 

 なんとか白乃を誤魔化し、逃げるようにアリーナへとやってきた。

 矢上たちとはすれ違いだったらしい。入ってきた瞬間はサーヴァントの気配があったが、それもすぐになくなった。

 だから、安心して確認したいことが確かめられる。

 

 マップを呼び出し、目的のものが残っているのか確認する。

 赤い点がいくつかマップ上に表示された。近くのものは、ここか。

 

「ランサー、お願いがあるんだけど……」

 

 アリーナに進む前に、やりたいことを説明する。

 すると、ランサーは思いっきり顔を顰めた。確かに、彼女にとってはすごくつまらないことだろう。それでもやりたいのだと、言葉を紡いで説得する。

 少し時間はかかったが、説得は成功した。でも、本当に嫌そうだから一発で成功させないと。

 

 とりあえず、一番近い点を目指して進む。

 道中の敵はすでに相手ではない。作ったプログラムの試運転も行いながら、確実に葬り去っていく。

 うん、プログラムの方は特に問題はない、かな。

 

 なら、確かめることはあと一つ。

 ちょうど目的の場所まで着いたし、早速準備をしなくちゃ。

 

view_status()(解析)

 

 コードキャストが仕掛けられてる正確な位置を確認する。敵もいないし、大丈夫かな。

 膝をつき、罠に手を置く。すでにこのコードキャストの解析は隅々まで終わっている。なら、ハッキングだって可能なはずだ。

 

 手を振り、コンソールを呼び出す。

 コードキャストのプログラムに侵入し、自分のものへと作り替えていく。根本的な所を変えては意味がない。ただ、所有権と操作権だけ奪うだけでいい。

 だから、ここの文字を変えていけば……。

 

「……よし!」

 

 なにかと繋がる感覚がする。どうやら無事に成功したみたいだ。

 この繋がりを伝うように魔力を流せば罠が作動するはず。あとは、その獲物をこの上に誘導してくるだけ。

 

「ランサー、お願いしてもいいかな」

「……わかってるわよ」

 

 うわぁ、不機嫌そう。これで失敗しました、なんてことは許されないぞ。

 気を引き締めろ、私!

 

 気合を入れ直し、エネミーを引き寄せるために少しフロアを移動する。

 一番最初に見つけたのは、四つ足の馬のようなエネミー。罠からそう離れてないし、あれをおびき寄せるのがいいかもしれない。

 ランサーに目線を向けると、彼女は小さく頷いてそのまま飛び出した。

 

 彼女にしては大分弱い蹴りが放たれる。それを身に受けた敵はこちらを認識し、そのまま追いかけてきた。

 適度な距離を保ちながら、罠の方まで下がっていく。プログラムのせいか、持ち場に戻ろうとするたびに弱い攻撃で気を引き、それを繰り返していく。

 

 ああ、後ろ姿だけで分かる。というか気配だけで分かる。

 ランサー、めっちゃ不機嫌だ。怖い、恐ろしい。これは、今日のエネミー狩りが長くなるなぁ……。

 

 とりあえず、なんとかエネミーを罠のあるフロアまで誘導できた。あとは簡単だ。私は罠から離れた位置に走り、ランサーも敵を罠の上に来るよう動く。

 そして、エネミーの体が完全のコードキャストの上にきた瞬間、魔力を流した。

 

trap_shock(32)(電気ショック)

 

 流す魔力の量は、少なすぎず多すぎず。プログラムに記された、丁度いい魔力量だけ。

 それでも、バチッ、と大きな音が鳴った。エネミーの体に電気が絡みつき、痺れさせて動きを止める、だけのはずだった。

 コードキャストはエネミーの動きを止めるだけでは収まらず、消滅まで持って行ってしまったのだ。

 

 誘導するために攻撃を与えていたとはいえ、その威力は弱めにしてもらっていた。体力を減らしていたとしても、半分もいってないはず。

 だけど、敵はコードキャスト一つで消滅してしまった。それは、それだけこの罠の威力が高かったという証明に他ならない。

 

 そう、つまり。一日目のあのとき、私は死ぬはず(・・・・)だった。

 

 このコードキャスト『trap_shock(32)(電気ショック)』に必要な魔力量は多い。何度も発動することはできないだろうが、一度や二度くらいなら矢上でも余裕なはず。

 あのとき、私は無防備に罠に引っかかってしまっていた。そして示された通りの魔力量を流せば、エネミーすらも消滅させてしまう威力を発揮するコードキャスト。ただの人間が、無防備な状態で高威力の攻撃に耐えられるわけがない。

 それでも今こうして生きているならば、理由はただ一つ。矢上が、意図的に威力を抑えたんだ。

 

 手加減をされた? なぜ、どうして?

 

 そのお陰で生きているのだから、感謝をすべきだ。喜ぶべきだ。

 なのに、どうしてこんなにも腹が立つんだろう。

 

 彼は、願いをかなえるためにこの戦争に参加したのではないんだろうか。

 だから誰かを殺したんじゃないのか。戦いが嫌いなくせに、それでも諦めきれない願いあるから参加したんじゃないのか。だったら、だったら……!

 

「クレア」

「っ?!」

「先、進むわよ」

「う、うん……ありがとう、ランサー」

 

 ……落ち着け。こんな気持ちでアリーナを進むなんて危険すぎる。落ち着いて、ちゃんと生き残れるように行動しなきゃ。

 矢上のあの目を見てから、なんだか色々とおかしい。心が乱されてるというか、なんというか。うまく表せない感情が、ずっと残ってる。

 いつか、この感情の原因も思い出す日が来るんだろうか……。

 

「……────」

「なにか言った?」

「え?」

「……なにもないならいいわ」

 

 自分は今なにか言ってたのか。全然気づかなかった。

 しかも、ランサーに聞こえなかったくらいの小声で。うーん、気になるけど、まあいっか。

 とりあえず、今はアリーナ探索を優先しよう。




今年最後の投稿、ギリギリ間に合いました~!

次回はようやく二回戦七日目。流石に来年になりますが、つまりは来年も投稿するということ!ポジティブにいこう()

ということで、来年もよろしくお願いしますー!


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第二十九話 seed stage

 遠くの方から、なんだか甲高い音が聞こえてきた。

 軽快ながらも耳障りなそれに刺激されたのか、沈んでいた意識が浮かびあがる。

 

「ん、むぅ……」

 

 朦朧とする意識のなか、重い瞼をうっすらと持ち上げる。瞬間、窓から差し込む光に目がやられた。

 思わず呻き声をだし、同時に腕で目を隠す。

 

 寝起きの目に太陽の光は眩しすぎる……。でも、お陰で少しだけ意識がはっきりした。

 未だ鳴り響く不快な音を止めるために、端末に手を伸ばす。いつもの定位置にあるそれは、目で確認せずとも手の中に納まった。

 いつも通り操作をすれば、アラームはすぐに止まる。そのまま端末を引き寄せ、時間を確認した。

 端末が示す時間も、いつも起きる時間とそう変わらない。そりゃあそうだ、アラームの設定は弄ってないんだから。

 

 二度寝したい気持ちを抑え込み、身体を起こす。ピントが合わずぼやけた目を擦ってしばらく、ようやく目の前がはっきりと見えてきた。

 

 固く冷たい床に足をつけ、窓の外を見る。

 外に広がるのは校庭だ。そしてその上を覆うのは、皮肉なほど清々しい、少し変わった青空。

 

 決戦日当日。いつもとは違う、最期になるかもしれない朝。それでも、いつもと変わらない朝がやって来た。

 

 *

 

 朝食ついでにアイテムの補充を終わらせ、教会へと向かう。最後の改竄を施してもらうためだ。

 

「「あ」」

「白乃」

「クレア」

 

 教会の扉を開ければ、バッタリ白乃と鉢合わせた。

 改竄しに来た、いや、入り口に向かってきてたということは、もう終わったのかな?

 

「白乃も改竄を?」

「うん、丁度終わったところ」

 

 やっぱり。

 これから改竄をするわけじゃないのは、少し安心した。もし改竄の途中で鉢合わせたらと思うと、少し気まずい。

 

「……ねえ」

「ん?」

「この後さ、時間あるかな。もし校舎が一緒なら、その、ご飯でもどうかなぁ、って……」

 

 そう誘ってくれる彼女の顔は、どこか不安げだ。

 こんな状況で誘ったからなのか、申し訳なさそうに俯きながらもこちらを伺っている。

 その姿はいつものまっすぐな姿とは真逆で、なんだか小動物のように見えてくる。

 制服の色合いもあって、そう。まるでリスみたい。

 

 かわいらしいなぁ、なんて考えながら、誘いを受けるか断るか頭を悩ませる。

 用事は特にない。しかし今日は決戦日。この後はできたら作戦会議といきたいところだけど……。

 

「……クレア?」

 

 せっかく頼ってくれているのに、断るわけにはいかないよね。

 

「そんなに時間はとれないけど、それでもいいのなら喜んで」

「あ、ありがとう!」

 

 俯きがちだった顔は上がり、不安と申し訳なさで暗かった表情は笑顔で明るくなった。

 うん。やっぱり、白乃は笑ってる方がいい。

 

「それじゃあ、先に食堂で待ってるね!」

「うん。終わったらすぐに向かうよ」

 

 手を振り、元気になった背中を見送る。

 これで校舎が別々だったら最悪だ。だけど、こればかりは私にはどうにもできない。どうか一緒でありますように、なんてお願いを心の中でしてみる。

 

 扉が閉まるまで見届けて、ここにきた本来の目的を果たそうと振り返る。

 瞬間、なぜかこっちをじっと見ていた青子さんの赤い瞳とかち合った。

 いつもは近づくまでこちらを見ないのに、どうして今日はこんなにも見られてるんだ……。無言でじっと見られるのは少し怖い。

 

「仲いいのね」

「え、ええ。友達ですから」

「そう、友達……」

 

 青子さんは小さくなにかを呟いて、それ以降は黙ってしまう。

 さっきから一体何なのだろう。じっと見つめてきたかと思えば、今度は黙ってしまった。

 首をかしげてみるも、こちらを見てないから反応はない。橙子さんに目線を向けても、彼女は何かの画面に釘付けでこちらを見ようともしない。いや、見ていたとしても助けてくれるかは微妙だが。

 

「いや、無関係な私が口に出すことじゃない、か」

 

 あれ、これはもしかして、心配してくれた?

 いやいやいや、流石にそれは自惚れている気がする。まあでも、何か言おうとしてくれたのは間違いない。だったら。

 

「覚悟はしてます。私も、白乃も」

「……そう、ならいいわ」

 

 ちゃんとわかっている、と無事伝わったみたいだ。

 先程まで無表情だった青子さんの顔には、いつも通りの笑みが浮かんでいた。その笑顔に安心して、ほっと息を吐き出す。

 

「待たせたわね。さっさと本題を終わらせましょう。で、ご要望はある?」

「はい。今日は……」

 

 *

 

 改竄も終わらせ、再び食堂へと戻ってきた。

 お昼をするにはまだ早く、人の姿はあまり見かけない。お陰で、目当ての人物はすぐに見つかった。

 

「お待たせ、待った?」

「クレア! ううん、全然」

「よかった」

 

 挨拶もそこそこに、白乃の隣の椅子に手をかける。ふと、彼女の前に何も置いてないことに気づいた。もしかして、ずっとただ座って待っていたんだろうか。

 

 それなら、と一旦席から離れ、端に設置してある自販機に向かう。

 えーと、白乃の好きな飲み物は確か……。

 

「ちょっ! 自分の分くらい自分で買うよ」

「あ、もう二つ買っちゃった」

「ええ……」

 

 慌てたように止めに来たが、残念ながら遅い。二つのジュースを見せてみれば、どこか呆れたようにため息をつかれる。

 でもジュースを差し出せば受け取ってくれたから、悪い意味のため息ではなかったのかも。

 

「ねえ、クレアはどうして、いつも奢ってくれるの?」

「え?」

 

 席について、ジュースを一口。喉を潤して何を話そうか考えていたら、唐突にそんなことを言われた。

 確かに今は奢った形になるけど、いつもって、そんなに頻繁だろうか。

 

「そんなに奢った覚えはないけど……」

「コーラにりんごジュース。クッキーとプレミアムロールケーキ、ジャムパンと……」

「わかったからちょっと待って」

 

 全て覚えがある。全部白乃の好物で、一度は渡したことのあるものだ。それで、ようやく自覚した。

 あ、私めっちゃ奢ってる、と。

 しかし、どうしてと聞かれても意味はない。だから自覚もなかったし、覚えてもなかった。

 

「別に、深い意味はないよ。ただ、誰かの好きなものを見ると、その人のことが浮かんでくるから」

「つい買っちゃう?」

「うん。喜ぶかなぁ、って」

 

 強いて言うなら、それが理由か。

 友達が、白乃が喜んでくれたらそれでいい。今はともかく、学生生活を送っていたときはほしいものとかはなかったし。

 それに、今はアリーナで稼げてる分あのときより懐は暖かい。ジュースの一本や二本、痛くもかゆくもないのだ。

 

「気持ちは嬉しいけど、やっぱり申し訳ないよ。だから、もうちょっと抑えてくれると助かるな」

「あ、うん」

 

 とはいえ、そう言われてしまえば頷くしかない。

 喜ぶといいな、と思って渡したもので困らせていたら、そんなのは本末転倒だ。

 実際、奢ったものを列挙されると奢りすぎかな、とは思わなくなかったし。これからは過度にならないよう気を付けよう。

 

 それから、お昼ご飯を食べ終わるまで食堂で話し続けた。

 話の内容はなんてことのない日常の話。偽りでも楽しかった学校生活の話もしたりして、なんだかその頃に戻った気分ですごく楽しかった。

 そんな楽しい時間はあっという間で、もう別れる時間になってしまった。

 

 かといって食堂で別れるのも名残惜しくて、一緒にマイルームの入り口である教室にやってきた。

 

「あ、先にいいよ」

「もう、ありがとう」

 

 いつもの癖で先を譲る。

 こうやって私が先を譲るのもいつものことで、白乃はちょっと呆れた顔をしていた。けど、断ることはない。ここで断っても譲り合いになることは、きっと彼女もわかってるから。

 

 白乃が端末を取り出し、扉に掲げる。小さな電子音が鳴った後、扉に手をかけた。

 瞬間、ふいに教会で俯く白乃の姿を思い出して。

 

「白乃」

「ん?」

 

 思わず、引き留めてしまった。

 白乃は不思議そうに私を見てる。そんな彼女に何て言おうか迷い、そういえばまだ別れの挨拶をしていないことに気づいた。

 

「また、明日」

「っうん。明日は私が奢るから、ちゃんと欲しいもの考えといてよ!」

「わかった。ちゃんと、考えとくよ」

 

 小さく手を振り、白乃を見送る。

 マイルームへと入っていく白乃の顔は明るくて、声をかけてよかったと胸を撫でおろした。

 

 私も端末を扉に掲げマイルームへと入る。

 ベッドに腰を下ろし、先ほどの自分の言葉を思い出した。

 

「……また明日、か」

 

 私は明日を迎えられるんだろうか。そんな不安が脳裏を掠めた。

 慌ててそんな考えは振り払う。今はそんなことよりも、これからの戦いに備えなければ。

 気持ちを切り替えて、今まで集めた情報を取り出す。これを一つずつまとめながら、改めて対策を練っていこう。

 

 まずは、マスターについて。

 彼の名前は矢上(やがみ)大志(たいし)。地上ではプログラマーとして有名で、戦争嫌いというのはよく知られているようだ。

 遠坂は聖杯戦争に参加していることから、戦争嫌いというのはただの噂だと思っていたみたいだが、接してみればすぐにわかる。あの人は、確かに戦いを厭っていた。

 それでも戦争に参加したと言うことは、それほど叶えたい願いがあると言うこと。それは、小鳥遊と変わらない。

 ここではない違う場所で出会っていたら、少なくとも命を奪い合う関係にはならなかっただろう。そう思えるくらい、彼はいい人だ。……好きになれるかは、わからないけど。

 

 しかし、戦争嫌いというわりには、マスターとしての能力はかなりのものだ。

 特にコードキャストについては、いくつ持っているのか想像もつかない。彼はプログラマーだし、いくつかは彼オリジナルのものもあるだろう。

 ただ、やはり戦闘経験がないせいか、判断能力はないように感じる。

 

 アリーナで彼と戦った最後の日に判明した、三つ目のコードキャストの使用。あれは間違いなく彼らの切り札だ。本人も、ここで出すつもりはなかったようだし。

 そして、それをあの場面で出したのは間違いなく悪手だ。あの時点で、強制終了の時間はすでに迫っていた。セイバーに与えた損害も精々髪を切り落とした程度。体力の消耗はあっただろうが、それはこちらも同じ。

 故に、あのときにあの切り札を切る必要はなかった。その判断をあの場でできなかったということは、言い方は悪いがその程度、ということでもある。

 

 けれど、あの時は私も人のことを馬鹿にできないほどの失態を犯していた。

 敵に背を向けるわ、感情を抑えられず遺物の回収を忘れるわ。振り返れば頭を抱えることしかできない失態だ。よく生き残れたな、と本気で思う。

 そういう意味では、矢上の人のよさに感謝すべきなんだろうけど……。

 

「……やっぱり、解せない」

 

 矢上にも願いがある。それは、彼が嫌っているはずの戦争に参加するほどの願い。

 私や白乃のように、訳もわからず参加したわけではないだろう。慎二のように、ただのゲームだと思って参加したわけでもないはずだ。

 なら、なぜ彼は手加減をするのだろう。どれだけ考えても、それだけがわからなかった。

 

 いや、わからないことをいつまで考えても仕方がない。

 とりあえず、矢上の情報はこれくらいか。他に思い出すことは……うん、大丈夫。

 

「注意すべきはコードキャストの多種類使用……うまく対応できればいいけど……」

 

 対抗するために作ったプログラムは試運転もばっちりだ。しかし、矢上相手に使うのは今回が初めて。うまく活用できるかはいまだ分からない。

 そして、セットする礼装を間違えれば、なんの意味のないプログラムとなってしまう。あの後、改良を施してセットできる数を二つにできたものの、ここは慎重にに決めなければならない。

 

 現在所有している礼装は木刀、聖者のモノクル、木盾、強化体操服、癒しの香木の五つ。改めて見ると、やっぱり数が少ない。とはいえ、今はこの数の少なさに感謝だ。お陰で必要ない礼装が一つに絞れる。

 まず、木刀と木盾は戦闘では非常に役立つ礼装だ。この二つは必ず入れたい。

 となると、残りは二枠。しかし、残ったどれもが捨てがたい礼装だ。強化体操服は『shock(16)(電撃)』の雨を防ぐのには必要だし、聖者のモノクルは罠の判別に必要。癒しの香木も、アイテム枠を考えると入れておきたい。

 

「うーん……」

「なにを唸っているの」

「あ、ランサー」

 

 今まで沈黙していたランサーが、突然話しかけてきた。なんだか変な顔をしているが、そんなに唸る私は変だったのか……。

 まあいい。出てきてくれたんだ、ランサーに意見を乞おう。

 

 セットする礼装を悩んでいると言えば、彼女は目の前に写し出された礼装一覧へと目を移す。

 上から下まで一巡。たったそれだけで判断したのか、すぐに一つの礼装を選んでしまった。

 

「いらないのはこれね」

「でも、それがないと魔力量が足りなくなると思うんだけど」

「……まさか、自覚してないの?」

「え?」

 

 ありえない、というようにランサーは私を見た。しかし、一体なんのことを言っているのか見当もつかない私は、きょとんとするだけ。

 はぁ、と大きなため息が彼女の口からこぼれた。

 

「貴女の魔力量、最初の頃より大分増えてるわよ」

「うそ!?」

「そんなくだらないこと、私がすると思ってるの?」

 

 いやっ、それは全く思わないけど!

 でも、魔力量が増えるなんて、そんなことがあるの?

 

「位階が上がるということは、その分成長するということ。だから、魔力量が上がることもここでは珍しくないわ。まあ、貴女の場合別の要因もあるみたいだけど」

「……もしかして、記憶のこと?」

「ええ。記憶を取り戻すにつれ、貴女の魔力は大幅に上がっている。元々、かなりの魔力を保有していたのでしょう。それがどういうわけだか、今はちっぽけなものになっているけど」

 

 今の私よりも、多くの魔力を……。

 記憶がないのはどうしようもないとはいえ、過去の幼い自分が今の私よりも強かったというのは、正直とてもショックだった。いや、ショックというよりは悔しい、だろうか。

 

「まあ、そういうことよ。今の貴女なら、少なくとも枯渇するようなことはないわ」

「なるほど」

 

 ランサーがそう言うなら、それを信じよう。

 聖者のモノクルと癒しの香木をセットし、ちゃんと交換が行えるか確認する。……問題はなし、と。

 

「ありがとう、ランサー。助かった」

「こんなのに時間をかけるなんて無駄なこと、したくなかったからよ」

 

 彼女らしい答えだ、なんて思いながら次の情報を映し出す。

 サーヴァント、セイバーについてだ。

 

 真名はブリタニアの勝利の女王、ブーディカ。

 幸せな日常を送っていたが、それは夫の死と共に終わりを迎える。ローマ帝国に全てを奪われた彼女は復讐を誓った。結局、その復讐は志半ばで終えることになる。けれど、復讐を諦めたわけでないのは、あの日見た姿から簡単に察せられた。

 

 そんな彼女が使う武器は片手剣。左腕に装備した盾で攻撃をいなし、剣で素早く切りつける。

 セイバーというだけあって、彼女の剣は速くて鋭い。けど、それ以上に厄介なのはあの盾裁きだ。エネミーの攻撃も、ランサーからの攻撃も、ほとんど盾で防ぎきっていた。

 

 あの盾を何とかしない限り、なかなか攻撃を当てることなんてできないだろう。

 うーん、どうすべきか。

 

「定石なのは、頭部や足元への攻撃ね。でも、それだけじゃ足りないわ」

「だよねぇ」

 

 ランサーの言うとおり、防ぎにくい場所への攻撃なんて相手も慣れているだろう。

 効果がないわけではないだろうが、それだけで倒せる相手ではない。

 

「まあ、盾に関しては私に任せない。貴女の出る幕はないわ」

「……君が、そう言うなら」

 

 ランサーは、戦闘に関して嘘はつかない。だから、彼女がないと言うなら、本当に出る幕はないのだろう。

 不満がないわけではないが、それはどうしようもできない自分に対するものだ。ここでそれを表に出したって、どうしようもない。

 

 なので、さっさと次のまとめへと移る。

 残るは戦闘能力についてだ。これに関しては、ほぼ同じと見ていいだろう。勝っている部分もあれば、負けている部分もある。

 問題は、向こうにはその差を埋める術があるということ。あのとき使っていたのは、筋力強化と敏捷強化の二つだったか。きっと、他にも防御や幸運といったステータスをあげるコードキャストもあるはずだ。

 

 とはいえ、これも対策という対策はとれない。唯一できることが、発動する前に止めることだからだ。

 発動させてしまえば最後。どこまでの強化がされるか分からないが、押し負けたのを考えると、それなりの差がついてしまう。

 

 でもこれ、効果はどれくらい続くんだろうか。永続だったら最悪だな。

 

「というわけで、身体強化系の効果継続時間ってどれくらいかわかる?」

「……ものによって違うけど、最長で十分程度かしら」

 

 結構長いな。

 やっぱり、できるだけ発動させないよう行動しよう。

 

 ……さて、まとめる情報はこれくらいかな。

 矢上のこと、彼が使うコードキャストについて。そして、セイバーの戦い方に戦闘能力。まとめ残しはない。

 

 一息ついて、座っていたベッドに倒れこむ。それから、投影した画面を自分の前に持ってきた。 

 こうして見ると、かなりの情報量だ。約一週間で手に入ったとは到底思えない。

 でも、私たちは実際にこれだけの情報を手に入れた。勝つために、生き残るために。

 あとは、これを戦闘で役立てるだけ。それができるかどうかは、私たち自身の力量にかかっている。

 

 勝たなくてはならない。

 明日、白乃との約束を守るために。また、記憶を取り戻すために。

 それは矢上の願いを踏みにじることだと、ちゃんと理解したうえで。私は、彼を殺しに行こう。

 




なぜだか、ながくなったよ……。

アリーナまで行くつもりだったんだ……なのにいかなかったんだ……。
でも友達と仲良くするのは大事だもんね! 仕方ないね!(開き直り)


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第三十話 Commit

 静かだったマイルームに、端末の着信音が鳴り響く。確認してみれば、運営からのメールが一通届いていた。

 そのメールを開き、中を見る。内容は想像通りというべきか、決戦十分前を知らせるものだった。他に書いてあることはなにもない、簡潔なメール。

 

 ……あと、たったの十分。

 十分経てば、今度こそ本気の殺し合いが始まってしまう。どちらかが死ぬまで終わらない、殺し合いが。

 

「っ……!」

 

 それを自覚した瞬間、体が強張るのが手に取るようにわかった。

 気づかないふりをしていた恐怖が、波のように襲いかかる。かすかに震える体を抱きしめ、落ち着こうと深呼吸を繰り返した。

 

「大丈夫……大丈夫……」

 

 自分に言い聞かせるように小さく呟く。でも、それだけじゃ震えは止まらない。

 どうしてこんなにも怖いんだろう。一回戦のときは、ここまで怖くはなかったはずなのに。

 むしろ、一回戦を経験して、どこかで戦っていた記憶を取り戻した。そんな今の自分の方が、恐怖は感じないだろうに。

 

 恐怖から逃れるために目を閉じる。すると、なぜか目蓋に小鳥遊の最期が思い浮かんだ。

 彼女はノイズに身体を侵され、苦痛の表情を浮かべてる。そして最期には、何も残せずに、消えて……。

 

「っ違う」

 

 何も残らなかったわけじゃない。想いも、呪いも、この恐怖だって。あの人は確かに、色々なものを残していった。

 だから、何も残らなかったなんて、私だけは思っちゃいけない。

 

 そして、それを知っているのは私たちだけなんだ。

 私が負ければ、あの彼女の覚えている人はいなくなってしまう。それだけは絶対に嫌だ。

 だから、負けちゃいけない。負けたくない。私は、私はまだ────

 

「───クレア」

「ぁ……ランサー?」

 

 名前を、呼ばれる。

 目の前には、いつの間にかランサーが立っていた。

 

 彼女の青い瞳が、私を貫く。吸い込まれて、そのまま溺れてしまいそうなほど深い青色。

 その色が、まさに思考の海に沈んでいた私を引き上げてくれた。

 

「何を立ち止まっているの」

 

 冷たい言葉に息が詰まる。

 なにか言わなければと口を開くも、何も言葉が出てこない。

 

 そんな自分に焦って、考えが纏まらなくなったとき、ふと、先日彼女に言われた言葉を思い出した。

 あの日、私が記憶を夢見た日。ランサーは小鳥遊のことを忘れたらいいと言った。

 覚えていても意味はないと。足枷になるくらいなら、忘れてしまえと。

 

 それは間違いなく甘い誘惑だった。実際、彼女の言葉は間違ってないと今でも思う。

 でも、だからこそ。私は背負わなければならないと、あの時そう感じたんだ。

 

 生きるためとはいえ、人を殺したという事実を。

 記憶を取り戻すために、誰かの願いを潰したという事実を。

 彼女が、小鳥遊飛鳥が遺した想いを。

 全部背負えるくらい強くなると、そう決めたのに。この体たらくはなんだ。

 

 結局、遺したものは何一つ背負えてなくて。ランサーの言う通り、ただの足枷にしてしまった。

 

「……ごめん。もう、大丈夫」

 

 ああ。本当に、ランサーは間違ったことは言わない。

 でも、でもねランサー。もう、ただのわがままにしかなっていなくても。私はやっぱり、忘れたくないんだよ。

 

「行こう」

 

 もう絶対、足枷になんてしないから。

 

 マイルームを出て、エレベーターのある昇降口に向かう。その道中は不気味なほど静かで、誰とも会わなかった。

 私たちが最後なのか、もしくはまた空間が隔離されているのか。わからないが、背筋が凍るようなうすら寒さを感じてしまう。

 

 だからか、言峰の姿を見て少しだけほっとしてしまった。決して明るい雰囲気ではないが、人がいるという事実に安心したのだ。

 

「ようこそ、決戦の地へ。身支度は全て整えてきたかね?」

 

 不敵な笑みを浮かべ、言峰は前回と変わらない言葉を紡ぐ。

 一句一文字同じ言葉を話すその姿は、今この場所の雰囲気に相まって、少々不気味に感じた。

 そんな私の想いなんて知るわけもない彼は、ただ黙々を言葉を繋ぐ。

 

「決戦の扉は今、開かれた」

 

 その言葉を合図に、端末から二つのトリガーが飛び出す。

 トリガーに反応して扉が開く。その先の見えない闇に、足が竦んだ。

 

 怖い。恐ろしい。でも、進まなきゃ。

 胸元のペンダントを強く握りしめ、小さく息をつく。そして、目の前の闇に向かって一歩を踏み出した。

 

 私たちを乗せたエレベーターは、下層へ向かって動き出す。

 暗闇の中、下へ降りていく感覚だけが感じられた。

 

 そして、その暗闇に目が慣れてきた頃。目の前に人影が現れる。

 そこにいるのは、今回の対戦相手とそのサーヴァント。矢上とセイバーが、こちらを見ながら立っていた。

 

 久しぶりに見たセイバーの姿に、思わずぎょっとした。

 腰まであったはず長髪が、想像以上に短くなっていたからだ。結んでいるからよくわからないが、肩まであるかどうかすら怪しい。

 

 戦いだから仕方がない。とはいえ、罪悪感がないわけでもなく。

 ちょっと見てられなくて、セイバーから顔を逸らす。

 

 すると、なぜだか矢上と目が合った。

 メガネレンズの向こうの茶色の瞳。白乃と似てるようで、よく見ると全く似ていない。

 思わずじっと見つめていると、ふいに彼が目を細めた。

 

「っ!」

 

 ────また、この目だ。

 見ていたくなくて、顔ごと俯かせる。

 沸き上がってくる苛立ちには無理矢理蓋をする。今、この感情に支配されるのはまずい。

 落ち着け、考えるな。目を逸らせば、あれは見ずにすむ。昔のように(・・・・・)、そうすれば────。

 

「もう一度、聞いてもいいかい」

「……何を?」

 

 唐突に、矢上が話しかけてきた。

 無視することはできたけど、それをしてしまえばこれ以降会話をすることなんてできないだろう。

 私にも聞きたいことはある以上に、それはいただけない。

 

 故に顔をあげ、問いかけを返す。

 再び見た茶色の瞳に、あの嫌な感情はない。

 

「君には覚悟が……人を殺す覚悟が、ある?」

 

 それは、確かに初日に聞かれた質問だった。

 でも、あの時とは違い、はっきりと人を殺す覚悟があるかと聞かれる。

 前も同じように聞けばよかったのにと考え、どうせ答えられなかったか、とあの時の自分を思い返した。

 

 あの時はまだ、負ければ死ぬということを理解はしていても、受け入れられていなかった。

 でも、今は違う。さらに戦いを経験して、戦っていた過去の記憶を取り戻した。

 生きたい理由も、生きなきゃいけない理由も増えた。

 

 だから。

 

「あるよ」

 

 覚悟ならもうできてる。

 例え相手に恨まれたとしても。例え、───例え、あの子たちに失望されてしまったとしても。

 これが、私の選んだ道だ。

 

「そうか……君は、強いね」

 

 そう呟く矢上の顔は、俯いていてよく見えない。

 ただ先程の呟きと今の姿から微かに感じられるものに、思わず眉を潜める。

 

「貴方は、叶えたい願いがあってここにきたんじゃないの?」

 

 迷っているようだと、そう感じたのだ。

 ここまできて、彼の心はこの場所ではないどこかに向いている。本来なら、それに私がどうこう言う権利はない。

 でも、なぜだろう。自分でもわからないけど、私はそんな矢上に酷く腹を立てていた。

 

「俺は……」

 

 矢上が何かを口にしようとした瞬間、大きな音と激しい振動がエレベーター全体に走る。

 エレベーターが示す階数は、0。どうやら闘技場についてしまったらしい。なんてタイミングの悪い。

 あのまま喋らせれば、聞きたいことが聞けたかもしれないのに。

 

 思わず舌打ちしそうになった時、矢上たちの方からパチンッ、と肌を叩く音が鳴り響いた。

 あまりに突然の音に肩を震わせる。

 

「ほらマスター! そんな辛気臭い顔はしない」

「せ、セイバー?」

「大丈夫。あなたには私がついてるよ」

 

 どうやら、セイバーが矢上の頬を両手で挟んだときに鳴った音だったようだ。

 セイバーに励まされた彼は、先程とは全く違う表情を見せる。まだ戸惑いはあるように思えたけど、それでもしっかりと前を見つめていた。

 

「話は全部終わってからにしよう」

 

 その言葉を最後に、矢上は闘技場へと歩いて行ってしまう。

 結局、何も聞くことはできなかった。

 

 矢上は先に行ってしまったし、向こうで問いかけたとしても、答えてはくれないだろう。全部終わってからだと、本人も言っていた。

 なら、一旦この事は頭の隅に追いやっておかなければ。集中すべきは、今から起きる戦いのみ。

 

 前を見据える。闘技場に続く道の先は真っ暗で何も見えない。

 でも、大丈夫だ。怖いけれど、怯えることはもうない。

 

 しっかりと大地を踏みしめて前に進む。

 暗闇に入ってから間もないうちに、微かな違和感を感じる。瞬間、私たちは闘技場の中央に立っていた。

 

 周囲を囲むのはボロボロな建物。一回戦のときは和風のものが多かったが、今回は洋風な建物が散在している。所々には矢が刺さっており、旗のようなものも見えた。

 

 そして、目の前には矢上とセイバー()がいる。

 

「行けるね、マスター」

「ああ、勿論さ。俺はちゃんと、戦えるよ」

 

 再び、矢上と目が合った。

 その瞳は私を(・・)貫いている。あの時のような感情も、浮かんでない。

 

 ……そうだ、それでいい。

 ここにいるのは私だ。他の誰でもない、クレア・ヴィオレットなんだ。

 

「全く。ほんと、余計なことしてくれたわね」

 

 そして、矢上のその様子を見てか、今まで沈黙を保っていたランサーが突然話し出した。

 

「今回は簡単に勝てると思っていたのに」

 

 馬鹿にするように、煽るようにランサーは嗤う。

 それに反応するのはセイバーだ。自身のマスターに向けていた優しい眼差しとは一転。鋭く、どこか怒ったようにこちらを睨む。

 

「それ、バカにしてる?」

「あら、わからなかったの?」

 

 凄い視線を向けられているというのに、ランサーの表情は一体変わらない。

 むしろ、どこか楽しそうに言葉を紡いでいく。

 

「マスターはよそ見ばかり。サーヴァントも別事で平常心を削いでいたし……これで負けると思う方が無理じゃない?」

 

 あ、今一瞬こっち見た。貴女もよ、って言っているかのようだ。

 しかし何も否定できない。今回、私は間違いなく戦いに集中できていなかった。

 ごめんと、小さく呟く。また後で、ちゃんと謝ろう。

 

「お前っ!」

「セイバー!」

「っ……分かってるよマスター。冷静に、でしょう」

 

 今にも飛び出しそうなセイバーに待ったをかけたのは、矢上だった。たった一言。それだけで、セイバーの動きは止まる。

 勢いのまま飛び出してくれたら、多少は有利に動けただろうに。

 

 しかし、挑発に乗らなかったのならしょうがない。

 ランサーもそう思ったのだろう。一切表情を変えることなく、いつでも動けるよう軽く身構える。向かいにいる矢上たちも、同じようにしてるのが見えた。

 

 殺意と緊張に包まれ、闘技場に沈黙が流れる。

 そんな空間を壊したのは、果たしてどちらだっただろう。どこからか地面を踏みしめるような音がしたかと思えば、ランサーの背中はもう遠くなっていた。

 

 ランサーの踵とセイバーの剣が甲高い音を立てながらせめぎ合う。

 お互いに一歩も譲らない戦況は、一回戦のときを思い出させた。

 

 あの時は薙刀と刀という二種類の武器に翻弄されていた分、剣一本のセイバーの方が戦いやすくはある。だけど、それはあくまで今だけの話。

 矢上に身体能力を強化されてしまえば、その時点でこちらは競り負けるだろう。

 

「っぅ、しつこいな……!」

「それはお互い様でしょう!」

 

 だから私は、徹底的に矢上の妨害を続ける。

shock(16)(電撃)』には『protect(16)(防壁)』で。強化系のコードキャストには『shock(16)(電撃)』で。

 

 彼も出し惜しみをするつもりはないらしく、最初からあの本を片手にいくつものコードキャスを駆使してきた。

 しかし、『shock(16)(電撃)』を撃つときは集中しているらしく、強化系のコードキャストを併用することはない。

 そのお陰で、今のところはなんとか対処できている。でも、これがいつまで続くのかはわからない。

 

 それに、私も矢上にかかりっきりで、セイバーへ妨害ができていない。一応戦況は把握できているが、その程度だ。

 その戦況も、初めから何も動いてない。

 

 一度退いて、態勢を立て直す? いや、それをしてしまうと、相手にも強化をかける時間を与えることになる。正直、あまり得策とは言えない。

 

 なら他の方法を考えろ。矢上とセイバーを同時に妨害する方法を考えるんだ。

 戦うランサーのサポートをする。それが、本来の私の役目なんだから。

 

 妨害するなら、『shock(16)(電撃)』で動きを止めるのが当たり前。だけど、セイバーには簡単に防がれてしまうし、まず矢上がそれを許さないだろう。

 というより、『shock(16)(電撃)』を当てることを優先して彼への妨害を疎かにしては本末転倒だ。

 彼は今、少なくとも強化系のコードキャストを使うのを控えている。諦めたわけではないだろうが、確実に意識を割かれてしまう『shock(16)(電撃)』での攻撃を優先してるのは確かだ。

 

 お陰で、私が防御に必死で攻撃に転じる暇が…………いや、違う。

 無理に攻撃をする必要なんてない。私はただ、セイバーの動きに隙を作ればいい。私が敵を攻撃する必要なんて、どこにもない。妨害と攻撃はイコールではないんだ。

 

 なら、なら!

 チャンスは一瞬。成功するとは限らない。

 それでも、それが勝利に近づく可能性になるなら、試さない理由はない。

 

 そのチャンスを悟られないよう、そして妨害を途切れなせないよう、ひたすらにコードキャストを紡ぐ。

 矢上から放たれる大量の『shock(16)(電撃)』を防いで、防いで、防いで……。

 

 その瞬間が、やって来た。

 

protect(16)(防壁)!!」

 

 もう何度目かわからない防壁のコードキャストを発動する。矢上の『shock(16)(電撃)』の正面と、セイバーの足元(・・)に。

 

「えっ……!?」

 

 小さく張られた壁に、セイバーの足が引っかかる。

 バランスを崩し、その身体は前のめりに倒れ込んだ。

 

「今だっ!!」

「はぁっ!」

 

 思わず言葉が口衝くと同時に、セイバーの体にランサーの膝が突き刺さった。

 

 

 




遅くなりましたが、投稿できましたー!
今回は戦闘の途中まで!

続きはこの勢いのまま書きたいけど、イラストも描きたい……。

と、とにかく次回! 二回戦がやっと終わります、多分!




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第三十一話 EOL

 タイミングはバッチリだった。

 躓き体制を崩したセイバーは隙だらけで、ランサーが攻撃に移ったのも決して遅くはない。彼女の鋭い棘はセイバーの心臓へと突き刺さる、はずだった。

 

「こ、んのぉぉぉ!!!」

 

 ───不自然な爆風が、ランサーたちの間で巻き上がらなければ。

 

「セイバー!」

「ランサー!」

 

 爆風によって巻き上げられた砂埃が、ランサーたちの姿を覆い隠す。

 声を張り上げて呼び掛けるも返答はない。もしかして、と最悪の想像が脳裏をよぎった。

 慌ててパスを確認する。ランサーとの繋がりは、まだ消えていない。

 

 その事実に安心するも、すぐに意識を切り替える。

 生きていることがわかっても、未だ彼女の姿を目視することは叶わない。攻撃は届いたのか、それとも反撃されているのか。それを把握しないことには、これからの行動は考えられない。

 

「リプレ……」

 

 端末に魔力を流してキーワードを口にする、直前。砂埃に大きな影が一つ、映し出された。

 咄嗟に魔力の流れを礼装へと変える。いつでも『shock(16)(電撃)』を撃てるよう身構えるも、それは杞憂に終わった。

 徐々に鮮明になってくる影の形は、今までずっと見てきたものだったから。

 

 影はどんどん大きくなり、そのまま砂埃から飛び出してきた。

 長い黒衣をはためかせ、ランサーは舞うようにして私の元に降り立った。

 

「ちっ、しくったわね」

 

 戻ってきて早々、彼女は忌々しそうに砂埃を睨んでいる。正確には、その向こうにいるであろうセイバーを。

 やはり、あの一撃で勝負を決することはできなかったのだ。

 それはいい。問題は、どうやってあの攻撃を避けたのか。

 

 間近で見ていたランサーならわかるはずだ。対策をたてるためにも、まずは情報共有を……っ! 

 

「クレア!」

「大丈夫! 見えるし、避けられる!!」

 

 突然、多くの光弾が襲いかかってきた。咄嗟に『protect(16)(防壁)』を張るも、留めることすらできず砕かれてしまう。

 あの様子じゃあ、アーチャーの時のような対策も意味はないだろう。幸いなのは、目で追える速度のお陰で避けられるということくらい。

 そしてその出所は、もちろん決まっている。

 

 砂埃が晴れる。向かい合うように立つセイバーの周りには、先程襲ってきた光弾が生成されていた。

 

「貫く直前、あの魔力の塊を地面に叩きつけられたのよ」

「なるほど。その勢いで、ってことか」

「ええ」

 

 とはいえ、さすがに何もせずに離れたわけではないようだ。

 セイバーの左腕には、大きな切り傷が付いていた。避けられたとき、咄嗟に切りつけたか何かしたのだろう。決して軽い傷ではない。

 だが、重傷というほどでもなかった。まだあの腕は十分に動く。

 

「まあ、上出来かしら……」

「え?」

 

 だと言うのに、ランサーはあの切り傷を上出来と称した。

 その意味を問おうとした瞬間、ランサーは身を屈め私に向かって言葉を放つ。

 

「クレア、貴女は今まで通りマスターの妨害でもしてなさい」

「……わかってる。今の私にできることなんて、それぐらいしかないし」

「あら、よく分かっているじゃない」

 

 軽口を叩いて、自分の中で余裕を作る。

 疑問は、置いておいていいだろう。私の力が必要ならば、ランサーはきちんと言ってくれる、はずだ。

 でも、彼女はマスターの妨害をしろと言った。なら、それが私がやるべきこと。

 私の役割を、間違ってはいけない。

 

「……それじゃあ、よろしくねマスター!」

「っわかった。行くぞ、セイバー!」

 

 向こうの会話も終わったらしい。

 こうして、戦闘は再開する。

 

 セイバーとランサーが飛び出すと同時に、矢上の持つ本に魔力が集まり始めた。

 すぐさま『shock(16)(電撃)』を放つも、それはセイバーの周りにあった光弾に撃ち抜かれた。

 そのままこちらに向かってくる弾を避けている間に、術式は完成してしまった。

 

gain_str(32)(筋力強化)gain_def(32)(耐久強化)!」

 

 紡がれたコードは筋力と耐久の強化の二つ。前回と違う術式を選んだのには、何か理由があるはず。

 それがわかれば、彼らの作戦を先読みすることも可能なのだけど……流石に、考察する材料が少なすぎる。

 なら、それを考えるのは後だ。

 

 思考を切り替え、セイバーへ『shock(16)(電撃)』を放つ。

 もちろん、単調な攻撃が当たるとは思ってない。ただ、少しでも気が引ければいい。

 

 セイバーは最小限の動きで弾丸を避ける。

 その際に発生した僅かなラグすら見逃さず、ランサーは迅速に迫った。

 放たれる光弾を華麗に避けながら、左側から連撃を放つ。

 

 しかし、そのほとんどは盾に防がれてしまっている。

 盾にすら傷がつきにくいのは、耐久強化をうけた影響だろうか。

 

「……あれ」

 

 セイバーの動きに、微かな違和感を感じた。先程までと比べると、どこかぎこちなく見える。

 よくよく観察してみると、時折、左腕の動きが麻痺したように止まることに気がついた。それは見間違いだと思えるほど一瞬で、防御に影響があるようには見えない。

 けれど、確かにセイバーの動きは鈍っている。

 

 そして、それは攻撃をしているランサーが一番察していた。

 動きの鈍い左を中心に攻撃を仕掛け続ける。反撃や光弾によって傷つくこともあったが、セイバーへ攻撃が届き始めていた。

 

 そして、私の方も戦況を伺える程度には余裕が出てきた。もちろん油断しているわけじゃない。しかし、矢上は『shock(16)(電撃)』以外のコードキャストを使ってこないのだ。

 この状況で手加減しているというわけではないだろう。なら、考えられるのはただの経験不足。

 元々戦争嫌いの矢上は、使い慣れているコードキャストはきっとこれくらいなんだ。

 

 徐々に勝機が見えてくる。現状、有利なのは明らかにこちらだ。

 そして、それは向こうも理解しているはず。このままこの状況が続くとは、到底考えられなかった。

 

 警戒は怠らず、今はひたすら現状を維持させる。

 それが起こったのは、そんなときだった。

 

「な、に……っ!?」

「セイバー!?」

「……なんだ、あれ」

「ふふっ、ようやくね」

 

 セイバーの持っていた盾が、溶けた。

 まるで泥のように、今まで数々の攻撃を受けていたとは思えないほど簡単に。

 その現象に目を見開く。矢上もセイバーも、私も。何が起こったのかわかっていない。

 唯一笑うランサーだけが、目の前の出来事を把握していた。

 

「一体、何をした……!」

「あら、怖い怖い。そう簡単に教えるわけない、と言いたいところだけど……いいわ、気分がいいし教えてあげる」

 

 言葉通り、本当に気分がいいのだろう。声色も口元も、全てが楽しそうだ。

 

「この世界は全てデータで構成されているわ。それは、私たちでさえも変わらない」

 

 それはここの常識。

 普段は意識していないが、ここにいる私たちはアバターだ。地上の姿とは違う姿をしているマスターだっているだろう。

 

 しかし、なぜ今そんな当たり前のことを口にするのか。

 そんな疑問は、次に発せられた言葉によって解消される。

 

「なら、それに干渉できさえすれば、やりたい放題でしょう?」

 

 それは、つまり……。

 

「まさか、ハッキングしたのか!?」

「そう思ってくれて構わないわ。まあ、想像以上に時間はかかってしまったけど」

 

 矢上も同じ発想に至ったらしい。ランサーも、矢上の言葉に頷いた。

 それがどれほど難しいことなのか、彼はこの場で一番理解しているのだろう。呆然と、あり得ないものを見るような目でランサーを見つめた。

 

 彼女がさっき言っていた上出来というのは、このことだったんだ。

 そして昨日言っていた盾の対策というのも。確かに、これで邪魔な盾を意識することはない。

 あとは、上手くセイバーに攻撃を与えることができたら……!

 

「さあ、舞台はまだ続いているわよっ!」

「くっ……!」

 

 ランサーが一方的な蹂躙が、始まった。

 盾をなくしたセイバーに、それを捌く術は剣のみ。それに、先ほどよりも明らかに彼女の動きが鈍っていた。恐らく、盾を溶かしたのと同じものが体を侵しているのだろう。

 その起点となっていると思われる左腕は、もうほとんど動いてなかった。

 

 ここまでくれば、あとは時間の問題だ。

 盾がなくなったせいもあり、セイバーは防戦一方。反撃の数も見るからに減っている。

 もう、私たちが負ける可能性は限りなくないと言ってもいいだろう。

 

 なのに、なにかがひっかかる。このままではいけないと、頭のどこかが警告を鳴らす。

 ……そう。私たちは有利で、矢上たちは不利だ。それなのに、矢上はコードキャストを変えることはしない。

 使い慣れていないから? 例えそうだとしても、この状況を変えるためには、賭けでもなんでもやるべきだ。それなのに、彼は今まで通り、『shock(16)(電撃)』と『protect(16)(防壁)』くらいしか使わない。

 

 どうして彼は賭けに出ない?

 機会を伺っているのか。なんの? 考えても考えても、答えは出てこない。ただ、ひしひしと嫌な予感だけが感じ取れる。

 こういう直感を、無視することはできない。

 

(ランサー、一旦様子を見よう。なんだか嫌な予感が……ランサー?)

 

 反応はない。パスが繋がってないのかと疑うが、そんなことはない。

 魔力パスはしっかりと繋がっている。だから、念話は問題なく伝わっている筈だ。

 大きくなっていく嫌な予感に、冷や汗が背筋を伝う。

 

「ランサー!」

「ふふっ、あははははは!」

 

 名前を呼ぶ。けれど、彼女は笑うだけで、反応の一つも返してはくれなかった。

 その様子に恐怖を覚えると同時に、一回戦での出来事を思い出した。

 アリーナであった、蜂型のエネミーとの初戦。あのとき、彼女は動けない敵を弄ぶように攻撃していた。そのときも、私の動きに一切気づいていなかった。

 

 あのとき想像した最悪の状況が、まさに今、目の前で繰り広げられている。

 

「ランサーッ!!!」

 

 叫ぶように、もう一度名前を呼ぶ。だけど彼女は止まらない。

 私の声は、ランサーには届かない。

 

「っ……!」

 

 それが嫌で、でもどうすることもできなくて。

 湧き上がる衝動に駆られるまま、無我夢中で走り出した。

 

 私は、なにをしているのだろう。今のランサーに近づいても、声の届かなかった私に止められるとは思えない。

 最悪、彼女がこちらに攻撃してくる可能性だってあるというのに。

 愚かで、無意味だとわかっているのに。見ているだけは、嫌だった。

 

「───trap_shock(32)(電気ショック)

「っきゃあ!?」

 

 唱えられたコードに、誘導されたことにようやく気づいた。

 いつ仕掛けたのかはわからない。けれどきっと、最初からこれが目的だったのだ。

 警戒していた筈なのに、いつの間にか意識の外に追いやってしまっていた。

 

「かかった……! セイバー!!」

「ああっ!」

 

 痺れて動けない彼女に、銀色の刃が振り下される。

 あと、少し。あと少しなのに、もう間に合わ─────

 

─────────大丈夫。君なら、間に合うさ。

 

「────ッ!!!」

 

 足を魔力で強化する(・・・・・・・・・)

 そのまま強く地を蹴り、ランサーとセイバーの間に体を滑り込ませた。

 

「な、に……!?」

 

 気づけば手に持っていた木刀を、振り下ろされる刃に滑らせる。

 バキッ、と、木刀にヒビが入る音がした。だから魔力を流す。木刀本体の強化と、中の簡易術式(プログラム)を発動させるために。

 

shock(16)(電撃)!!」

 

 いくら英霊とはいえ、ほぼゼロ距離の弾丸を避けることはできない。

 目的にぶつかり弾ける弾丸をしっかりと目で捉えながら、次の行動に移る。今は、一瞬一秒も無駄にするわけにはいかない。

 

「リプレイス!」

 

 それは、今日のために構築したプログラム。礼装を手間なく付け替えるための呪文(キーワード)

 変更するのは、木盾と癒しの香木。麻痺を治す、まさに今必要なコードキャストだ。

 

cure()(解除)shock(16)(電撃)!」

 

 駄目押しとばかりに『shock(16)(電撃)』を浴びせ、横に飛ぶ。

 瞬間、黒い影が私がいた場所に躍り出る。

 

 それを横目に確認しながら、私は手に持つ木刀を投げつけた。

 

cur()……っ!?」

 

 ────矢上が同じコードキャストを持ってないなんて、そんなこと思うわけない。

 

 セイバーに目を向ける。コードキャストの発動は無事に阻止できたようだ。先程と同じ姿勢のまま、彼女の動きは止まっている。

 

「貫け、ランサーッ!」

 

 もう逃げ場はない。 

 ランサーの鋭い棘は、今度こそセイバーの心臓を貫いた。

 

 

 *

 

 

 ゆっくり、胸元に刺さった棘が引き抜かれる。

 支えるものがなくなったセイバーの体は倒れ伏せ、そのまま動かない。立ち上がる気配も、ない。

 

 静かにその場を離れると、まるで待っていたかのように赤い壁が出現した。

 勝者と敗者を隔てる死の壁。これが出現した時点で、もう勝敗は揺るがない。

 私は、今回も無事に生き残ることができたのだ。

 

 その事実に安心すると同時に、改めて覚悟を決める。

 私たちは勝って生き残った。なら、敗者である彼らの結末は、死だけだ。

 終わりを見届けるため、壁の向こうに目を向ける。二人の体は、既に黒いノイズに侵され始めていた。

 

 矢上に、聞きたいことがあった。

 一日目、どうして手加減をしたのか。それを聞いてみたかった。

 でも、全てが終わってしまった今、その質問は無意味だ。

 

 だから静かに見届ける。

 矢上大志という、人間の最期を。

 

 彼は倒れているセイバーに近づくと、膝をついてその手を取った。

 その表情は、こちらからは伺えない。

 

「セイバー、すまない……結局、俺は……っ」

「謝ること、ない……マスターは、ちゃんと戦ってくれた。むしろ、謝るのはあたしの方だよ……」

 

 体を動かす力なんてもう残っていないだろうに。セイバーは力なく笑って、矢上の頬に手を伸ばす。

 

「ごめんね、マスター。あなたに、勝利を届けられなくて……」

「っそれこそ、謝る必要なんてない。君は俺に色んなことを教え、与えてくれた。もう、十分だ」

「……ふふ。慰め方が、下手だねぇ……でも、マスターらしいよ……」

 

 本当に、もう限界だったのだ。彼らの仲は、外から見ても悪いものではなかった。

 だからきっと、話したいことは沢山あっただろうに。

 たった数回言葉を交わしただけで、碧色の瞳は閉じられてしまった。もう、その瞼が開くことはない。

 

 けれど、矢上は何も言わない。ただ静かに、セイバーの顔を見つめている。

 その間も、ノイズはどんどん矢上たちを蝕んだ。残された時間は、あと数分もないだろう。

 

「俺に、何か聞きたいことがあったんだろう?」

 

 ふいに、彼はそんな話を切り出した。

 まるで世間話をするような声色と表情で私を見ている。けれどその体は、小刻みに震えていた。

 

「……どうしてそれを?」

「なんとなくだよ。これでも、それなりに生きているからね……最期なんだ。なんでもいい。会話に、付き合ってくれないか?」

 

 死が、怖いのだろう。

 当たり前だ。死ぬのが怖くない人間なんて、早々いるわけがない。

 きっと、会話で少しでもその恐怖を紛らわしたいのだ。

 

 その相手が私しかいないというのは、なんとも皮肉なことか。

 でも、それが最期の望みと言うならば。私は、仕舞おうと思っていた質問を彼にぶつけた。

 

猶予期間(モナトリアム)の一日目。あのときどうして、手加減なんてしたんですか」

「……ああ、気づいていたんだね」

 

 彼は目を伏せる。

 そして少しの沈黙の後、静かに語り始めた。

 

「俺には、娘がいてね。生きていれば、きっと君と同い年だった」

「…………は」

 

 理解が、できなかった。

 何を言っているんだとすら思った。そんな下らない理由でと、心が理解を拒んだ。

 

 いや、本当は分かっている。彼にとっては、勝ちを逃してしまうくらいに重要な理由だったのだろう。

 それに、彼は生きていればと言っていた。これに今までの情報を加えれば、矢上大志の願いもある程度想像できる。恐らく、娘との再会といったところか。

 

 わかっている。でも、やはりどうしても理解できなかった。

 

「娘は、母親に似て綺麗な瞳の色をしていてね」

 

 ───────────ちがう。理解できないのではない。理解したくないのだ。

 だって、だってそれを理解してしまえば。私の嫌いなあの瞳は。

 

「君に、よく似た緑の……」

「──────私はあなたの娘じゃない!!!」

 

 口から衝いて出た言葉に、自分自身で驚く。

 言うつもりなどなかった。ううん、そもそもそんなこと考えてすらなかった、はずだ。

 自分がさっきまで何を考えていたのかすら、今の私にはわからなくなっていた。

 

「……ああ、そうだね。君と娘を重ねるなんて、本当にバカなことをした」

 

 すまないと、謝られる。

 私はその言葉に何も返すことはできなかった。

 許すも許さないも、今の私には、判断することができなかったから。

 

「どうか、生き続けてくれ。君のような子どもが死なないことを、俺は願っているよ」

 

 そう言って、彼は穏やかに笑顔を浮かべた。

 目の焦点が合っていない。既に意識も曖昧なのだろう。

 

 だから、そう。彼が最期の最期にあの瞳をしたのは、仕方がないことなんだ。

 

「私は、あなたの娘じゃないってば……」

 

 そんな悪態をつく相手は、もういない。

 目の前には、戦闘で無茶苦茶になった闘技場だけが広がっていた。

 

「ふふ」

「……なに、笑ってるのさ」

 

 ふいに、ランサーが笑い声を零した。

 それさえも今は苛立たしくて、思わず不機嫌な声色で返してしまう。

 けれど、彼女はそんな声色さえも嗤った。

 

「いいえ? ただ、貴女もそんな顔をするのだと思ってね」

 

 そんな顔、か。

 ああ。確かに、今の私は随分と酷い顔をしてるんだろうな。

 

「もう、帰ろう」

「ええ」

 

 全ては終わった。

 ここにいても意味はない。さっさと帰って、すぐに眠ろう。

 明日になれば、私を見てくれる人に会えるとそう信じて。私たちは、闘技場を後にした。

 





というわけで投稿です!

今回で二回戦は無事終了しましたー!
ラストなのでちょっと長めですが、ここまで読んでいただきありがとうございます。

次回から三回戦が始まる、予定です。
次もせめて一カ月で、頑張ります、はい。

改めまして、ここまで読んでくださってありがとうございました!
次回もどうかよろしくお願いいたします。


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第三章 「awake/Ability in memory」
第三十二話 始まりの刻


 決戦が終わった、次の日。

 朝起きて最初にしたことは、白乃へのメールだった。

 無事に生き残れたこと。それから、朝ごはんを一緒に食べたい旨を書いてメールを送る。エラーは、でない。

 

 エラーなく送れたということは、彼女は生きているという解釈でいいんだろうか。受信する端末がないなら、エラーが出るはずだし。

 でも、やっぱり不安は残る。安心するのは、返事が来てからにしよう。

 

 とりあえず、一度受信箱を見てみる。新たなメールが届いてないことを確認して閉じる。それからしばらく待って、また開いて、閉じて。開いて、閉じて……。

 

「……なにやってるんだろう、私」

 

 それを何度か繰り返して、ハッと我に返った。

 そもそも、こんな早くに返事が来るわけがない。送ったのはほんの数秒前だ。

 

 よしっ、端末は一旦置いておこう。歯磨きとか、色々して時間を潰せばメールも来るはずだ。

 ベッドから立ち上がり、端末は布の上に投げ捨てる。

 それからつい手を伸ばしそうになる気持ちを抑え、そそくさと洗面台へと足を進めた。

 

 歯を磨き、髪型を整えようと櫛を手に取る。

 軽くついた寝癖に櫛を通しているうちに、ふと、左側にはねる前髪が気になった。

 それは、いつもならそのままにしてる髪の癖。思ってみれば、これを直そうとしたことはない。せっかくだし、直せるか試してみよう。

 

「ん、ぬぅ……?」

 

 何度も何度も髪に櫛を通す。が、癖毛は落ちつかない。

 いや、まあ昔からこうだし、無理して落ちつけたいわけじゃないから別にいいんだけど……なんでこんなにも頑固なんだろう。

 そうは思っても、直らないものは仕方ない。寝癖だけ直して、癖毛は諦めよう。

 

 そうと決めてしまえば、あとは簡単だ。

 これでも女の子。髪を整えるのは得意である。

 素早く寝癖を直し、いつも通りになったことを確認する。そして、インナーと制服を身につけてベッドに戻った。

 

 布団に埋もれていた端末には、通知が一つ。急いで確認してみれば、それは白乃からの返信だった。

 戻ってきたメールにほっと胸を撫で下ろし、早速中身を見てみる。

 

 内容は私が送ったものと差ほど変わりはない。

 自身の無事を知らせる文章と、誘いへの承諾。それに加え、待ち合わせの時間も書かれていた。

 それに対する了承のメールを送り返し、早速部屋を出る準備をする。

 白乃が提示してきたのは十分後。でも、はやる気持ちは抑えきれず、私はすぐに食堂へと向かった。

 

 階段を駆け降り、いつもの場所についたのはメールが届いてからわずか数分。

 約束の時間まであと五分以上はある。のんびり待つとしよう。

 

 そう思いながらも、心は浮き足立って落ち着かない。

 自分で早くに来たくせに、何度も何度も時間を確認して。一秒でも早く、無事な姿を見せてほしい。

 

「クレア!」

 

 そして、約束の時間の数分前。

 待ち人はいつもと同じように現れた。

 

「白乃!」

 

 手を振る姿は元気そうで、ほっと胸を撫で下ろす。

 もしまた毒にでもやられていたら。そう考えると気が気ではなかったけれど、そういうこともなさそうだ。

 

「よかった。勝てたんだね」

「なんとか、ね」

 

 苦笑いを浮かべる姿にすら安心する。

 なにより、その茶色の瞳だ。あいつと似ているようで違う瞳。

 真っ直ぐ()を見てくれるそれに、ひどく安心した。

 

「……なにかあった?」

「んーん、なんでも。そういう白乃こそ、なんだか変わったね」

 

 うまくは言えないけど、存在感が増したと言うか。

 顔つきも、なんだか前よりも凛々しく見える気がする。

 

「……うん。私がこれからどうするべきか、少し見えた気がするんだ」

「そっか」

 

 きっと、ダン・ブラックモアとなにかがあったんだろう。

 そしてそれが、彼女にいい影響を与えた。

 戦争をしたからこそだと言えば、皮肉なものだけど。友達がいい方向へと向かったのなら、それは喜ばしいことだ。

 

「とりあえず、朝御飯食べようよ。もうお腹ベコペコでさ」

「ふふっ、そうだね」

 

 時間も八時を回り、食堂も人で混みあってきた。

 人が並ぶ前にさっさと食券を買い、朝ごはんを受けとる。ちなみに白乃は和風定食、私はモーニングセットを頼んだ。

 

「「いただきます」」

 

 二人で他愛もない会話をしながら食事を始める。

 これがおいしいと言われて一口貰ったり、こっちからも少し分けたり。

 そんなことをしていれば、あっという間に食べきってしまった。

 

 足りない、なんてことはない。お腹いっぱいとは言わないが、朝ごはんとしては十分な量を食べた。

 でも、会話の方はまだしたりないというのが本音だ。もっと色んな会話をしたいし、なにより白乃と一緒にいたい。

 とはいえ、食堂が混み合うこの時間に長時間居座るのはちょっと憚られるのも事実。

 適当な所で話そうと提案すべきか。いや、でも白乃にだってやりたいことはあるだろうし……。

 

「ねえクレア。この後広場に行かない? もっと、色々話したいんだ」

「いいの?」

「もちろん! ほら、飲み物を買って行こう。今回は私が奢るんだから」

 

 悩む私に気づいたのか、それとも彼女もそう思ってくれていたのか。

 どちらにせよすごく嬉しい。もっと、白乃と一緒にいられるんだ。

 

「うん。じゃあ、お願いしちゃおうかな」

 

 ジュースを奢ってもらって、教会前の広場へ移動する。

 そこにあるベンチに座りながら、再び二人で会話を続けた。

 不思議と話題は絶えない。多少物騒なことでも、白乃との会話はとても楽しかった。

 

「……クレア。私に、プログラミングを教えてくれないかな」

 

 丁度話していた話題にも区切りがつき、次は何を話そうかと思っていたとき。突然、白乃がそんなことを言い出した。 

 まさかそんなことを言われるとは思ってなくて、ついびっくりしてしまう。

 

 彼女の言うプログラミングは、戦争で役立つハッキングとかのことだろう。 

 断る理由はない、わけでない。未来のことを考えたら、教えない方がいいのは当然だ。

 けれど、私は白乃に助けられている。特に精神面では、もういなくてはならないと言ってもいいかもしれない。

 ここで断って、それがなくなるのは得策ではない。

 

 と、ランサーには言っておけばいいだろう。あながち嘘ではないし。

 けど、そんな建前がなくったって断るつもりは毛頭ない。

 それに、断ったとしても白乃は一緒にいてくれるだろう。彼女はそういう人間だ。

 

「私でよければ、喜んで。でも、付け焼刃程度にしかならないと思うよ」

「それでも、知らないよりはましでしょ?」

「確かに」

 

 相変わらず真っ直ぐだ。

 そういうところが好きなんだけど。

 

 というわけで、楽しい会話はたのしい授業へと変わっていった。

 まずは基本的なことから。これが分からなければ、ハッキングなんて夢のまた夢だ。

 一つ一つ、できるだけ丁寧に教えていく。ちゃんと伝わっているのかは不安だけど、止められたりはしないから大丈夫かな?

 

 ……それにしても、呑み込みが早い。

 私が誰かに教わった時は、こんなにもさくさく進められたっけ。まあ、その記憶もないんだけどさ。

 誰かに教えられた知識であることはわかっているのに、その誰かが分からないだなんて。やっぱり、なんかいやだなぁ。

 

「あれ。クレア、ここなんだけど……」

「ん? ああ、そこは……」

 

 分からないところが出たらしいけど、そこも一回の説明で納得できたようだ。

 うーん。これはもしかして、余計なことをしちゃったかも?

 教えないという選択肢はなかったけれど、ここまで呑み込みが早いと、ちょっと後悔しちゃいそうだ。

 

「こわいなぁ……」

「え、なにが?」

「白乃が」

「えっ、なんで!?」

 

 あー、こわいこわい。

 

 何かやらかしたかなぁ、なんて首をかしげる白乃を横目に、次教えることの画面を作る。

 それを見せてみれば、すぐに白乃はその画面に釘付けになった。

 よし、なんとか誤魔化せた。まさか、彼女の切り替えの良さがこんなところで役立つとは。

 

 なんて、そんなじゃれあいもそこそこしながら、白乃と授業を始めて数時間。

 ついにお昼時になってしまった。朝からここまで、彼女とずっと一緒だったということだ。

 

「んーっ! なんか、甘いもの食べたくなってきたなぁ」

「頭使ったからじゃない。お昼時だし、ロールケーキ奢ろうか?」

「遠慮します!!」

「流石にそこまで全力で拒否されるのは悲しいんだけど……」

 

 冗談だよ、冗談。

 そう伝えてみるが、白乃の視線はなんか呆れている。

 

 私、そこまで信用ない? あ、そう……。

 

 *

 

 白乃と共に昼食も食べ終え、今度は図書館で授業をしてみようと話していた時だった。

 私の端末に、一通のメールが届いたのは。

 

「ごめん、ちょっと確認するね」

 

 一言断りを入れ、届いたメールを確認する。

 そこには、見慣れた一文が書かれていた。

 

『2階掲示板にて、次の対戦者を発表する』

 

 きた。一応、昨日決戦を終えたばかりだったんだけどな。

 心の中でそんなことを愚痴っても、実際に文句は言う手段はない。白乃には悪いが、今日はここで別れさせてもらおう。

 

「ごめん。私、三回戦が始まったみたい」

 

 メールを見せながら、苦笑いを浮かべてみる。

 心配されないようにと笑顔を浮かべたが、あまり意味はなかったらしい。

 まあ、そりゃあそうか。殺し合いに向かいますと言っているようなものだし。

 

 そう思っていたが、白乃が心配してくれたところは、他にもあったらしい。

 

「クレア、大丈夫なの?」

 

 真剣な瞳で彼女は私を見つめる。 

 その言葉に、白乃は私の様子がおかしかったのに気づいていたのだと、今更ながらに察した。

 

「うん、もう大丈夫。白乃のお陰だよ」

 

 だから、今度こそ安心させるために笑顔を浮かべる。

 さっきみたいにぎこちないものではなく、自然と浮かんできたものを。

 

 白乃は私を私として見て、接してくれた。

 私のわがままにも付き合ってくれた。それだけで、もう十分に心は安らいだ。

 だから、次も目標のために頑張れる。

 

「そ、っか……気を付けてね、クレア」

「もちろん。また後でね、白乃」

 

 手を振り合い、彼女とはそこで別れた。

 そのまま二階に向かい、掲示板を確認する。

 

 

マスター:ハーレン・トエシュガーレ

 

決戦場:三の月想海

 

「ハーレン・トエシュガーレ……」

 

 当たり前だが、やはり聞いたことのない名前だ。いつも通り、アリーナに行く前に情報収集をしておこう。

 遠坂、は見返りが少し怖いな。まだ前回の借りを返せていないし。やはり、ここは善良そうなマスターとラニに……。

 

「────────っ!?」

 

 突然、背筋に悪寒が走る。

 身に覚えのある(・・・・・・・)恐怖に、無意識に身体は反応する。

 飛び退きながら背後を振り返れば、そこには一人の男性が立っていた。

 

「……お前が、相手か」

 

 呟かれた言葉には、なんの感情も乗ってはいなかった。戸惑いも、決意も敵意も。

 思わず、彼の瞳を見てしまう。

 

 目は口程に物を言う。その言葉に間違いはないと思っているからこそ、彼の瞳から何かを読み取ろうと思ったのだ。

 けれど、その目にすらなんの感情も乗っていなかった。

 

 だというのに、背筋に走る悪寒は収まらない。

 感情を持たないまま、彼は私に殺気を向けている。それが、酷く恐ろしいと思った。

 

「……」

 

 ただ、お互いに無言の時間が過ぎていく。

 それから、一体どれぐらいの時間が経ったんだろう。

 

 結局彼は一言も話さないまま、そのまま踵を返しどこかへと行ってしまった。

 

「っは、ぁ……!」

 

 詰まっていた息を吐く。強張っていた体の力が抜ける。

 座り込みたくなるのは我慢して、ゆっくり深呼吸を繰り返した。

 

「今回は、ちょっと厳しそうだな……」

 

 思わずそう呟いてしまう程度には、衝撃的な出会いだった。

 まさか初っ端から殺気を向けられるとは、正直思っていなかった。

 でもきっと、これが普通なんだろう。今までの二人が温厚だったから、あんなにも穏やかな出会いだった。聖杯戦争としてはこれが正常で、今までが異常だったのだ。

 これからは認識を改めないといけない。きっと今回の戦いは、今までよりも過激なものとなるだろう。

 

「……よし!」

 

 気合を入れ替える。

 まずはアリーナに行く前に情報収集と、アイテムの確認だ。

 今日から始まるのは予想外で、アイテムの補充はまだやっていない。木刀の代わりとなるものを探さないといけないし、一度は購買に行くべきだ。

 

 そうと決まれば、早速向かおう。その途中で情報も集めていけば、少しは時間短縮を図れる。

 今回は特に時間を大切にしなければならない。不思議と、そんな確信があった。

 

 




 というわけで、ついに三回戦が始まりました!
 今回はほのぼの話。区切りのいいところで切ったので、いつもよりは少なめですが。
 ぜひ二人の仲の良さを知っていただけたらなぁと思います。

 ちなみに作者はこれのヒロインは白乃だったっけと勘違いしそうになりました()


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第三十三話 存在意義

 情報を集めるため、校内を巡ること数分。

 本命であるラニには出会えなかったが、何人かの生徒に話しかけることができた。

 しかし、収穫はない。誰もが”ハーレン・トエシュガーレ”のことは知らないと首を振ったからだ。

 

 この結果からは、彼は小鳥遊と同じただの一般人だと推測できる、けど。

 

「一般人があんな殺気を出すとは思えない」

 

 引っかかるのはその一点だけ。でも、彼が一般人だと思えない理由には十分だ。

 私には、彼がある程度殺しに慣れた人間のように見えた。

 だから、その方向で考えるとして……名前が知られてないとなると、暗殺者とかかもしれない。秘匿主義なイメージあるし。

 

 とはいえ、結局は第一印象から来る予想、いや、妄想だ。

 だからこそ、ラニにも話を聞かなければ。誰も知らなかったことでも、彼女なら知っているはずだ。

 

 けれどもし、彼女が情報を持っていなかったら。その時は、遠坂やレオを頼ることになるだろう。

 遠坂には既に借りを作っているし、レオに関しては気軽に頼れる仲ですらないけど……トエシュガーレは、そうも言っていられない相手だ。

 

 まあでも、今日できる情報収集はここまでだ。

 次は探索準備のため、再び購買へと向かう。木刀の代わりとなる礼装を探すためだ。

 

 矢上との戦いで投げつけてしまった木刀は、今は手元にすらない。もしあったなら、何か再利用できたかもしれないのに。

 いくら必死だったとはいえ、あとのことを考えずに行動したのは失敗だった。

 せめて、似たような効果の礼装を手に入れられると一番なんだけど。

 

「いらっしゃいませー!」

 

 物騒な謳い文句は聞き流し、並ぶ商品に目を通す。

 アイテム類の品揃えに変化はないが、礼装は一つ増えていた。

 

「『空気撃ち/一の太刀』?」

 

 今までは物の名称だったのに、なんでこれは技の名前なんだろう。

 ……まあ、それも効果を聞けばわかるか。さすがに関係ない名前をつけたりはしないだろうし。 

 

「あの、この礼装の効果を教えてほしいのだけど」

「はい! えーと、そちらはスキル付与の礼装になります!」

「スキル付与?」

 

 初めて聞く単語に思わず首をかしげる。すると、購買部員は慣れたようにスキル付与の説明をしてくれた。

 曰く、サーヴァントに新たなスキルを付与できるらしい。まさに読んで字のごとし、ってやつだ。

 

 しかし、流石は購買部員。疑問を抱いた瞬間に答えるとは。

 些か早口ではあったけれど、聞き取りやすくわかりやすかった。

 

 閑話休題(それはともかく)。 

 それだけ聞くと、これはすごい礼装だ。

 サーヴァントへのハッキングを、魔力を流すだけでできるのだから。

 ただ、肝心なところはまだ聞けていない。この礼装が付与するスキルは、どんなスキルなんだろう。

 

「これで付与できるスキルは『release_mgi(c)(魔力放出)』。敵に向かって放てば、スタン効果も発揮する仕様となってます! ただ、使用できるのは一度きり。もう一度スキルを使いたい場合は、再度付与していただく形になります」

 

 ふむ。効果は永続ではない、と。

 まあ、一時的でもスキルを付与できるのはいい。色々検証は必要だが、うまく行けば戦闘の幅は広げられるだろう。

 けど、求めていたものかと言われると、少し微妙だ。

 

 効果自体は、求めていたものに違いない。むしろ、同じものが手に入るとは思っていなかったから、そこに関しては喜ばしい。

 問題は使用者だ。話を聞く感じ、これはあくまでサーヴァント用。マスターが放つことは想定していないだろう。

 私が『shock(16)(電撃)』を放っていたからこそできていた動きが、これではできなくなる可能性が高い。

 

「じゃあこれと、あとは治療薬を」

「ご購入、ありがとうございます!」

 

 とはいえ、買わないという選択肢はない。礼装の他にも、消費したアイテムを購入することにした。

 軽快な音と共に決済は完了し、残り金額を確認する。

 

 うわっ、流石は礼装。貯めていたお金が一気に減った。まだある程度は残っているけど……今後も礼装での出費は酷そうだ。

 できるかぎりアリーナで稼いでおこう。

 

「ん?」

 

第一暗号鍵(プライマリトリガー)を生成。第一層にて取得されたし』

 

 そしてタイミングよく、暗号鍵(トリガー)作成のメールが届いた。

 これで私たちはアリーナへ行ける。それは、相手も同じだ。

 

 彼よりも先にアリーナへ行って、アイテムとかを取っておこう。もし礼装を取られてしまえば、その分こっちが不利になる。それを防ぐためにも、早速向かうとしよう。

 

 *

 

 今回のアリーナは、今までとはだいぶ様子が違っていた。

 フロアを繋ぐ廊下がなく、一つ一つがまるで宙に浮いているようだ。

 とはいえ、本当に廊下がないわけではない。目に見えない、つまり、隠し通路なだけ。

 

 とはいっても、目に見えないと咄嗟に逃げるのは難しい気がする。

 道は覚えて、そんな状況にもならないように注意しないと。

 それから、敵の行動パターンも新しくなってるし、相手が来ないうちにそれも覚えておきたい。

 

 うーん。やっぱり、一日目はやることでいっぱいだ。

 地道に数をこなしていくしかないかぁ。

 

「ねえ、さっき買ったばかりの礼装を試してみてもいい?」

「……そうね、敵が来る前にやっておきましょう」

「ありがとう」

 

 それじゃあ、と丁度目の前にいた箱型のエネミーを指し示す。

 周囲に敵は見当たらない。礼装を試すにはいい状況だ。

 

release_mgi(c)(魔力放出)

 

 ランサーに向かって礼装を発動するも、変わった様子は見られない。

 まあスキル付与だし、目には見えないものなんだろう。となると、確認は端末でかな?

 早速端末を取り出し、ランサーのステータス欄を確認する。そこには、”魔力放出E”の記載が増えていた。

 

「ふぅん……」

 

 彼女は軽く体を動かした後、踊るように足を振るう。

 そこから放たれた魔力の衝撃波は、吸い込まれるようにエネミーに向かっていった。

 

「おお」

「悪くはないわね」

 

 衝撃波が直撃したエネミーの動きは止まっている。

 店員さんが言っていた通り、スタン効果が働いているんだろう。効果時間は、木刀より少し長いかな?

 動作はランサーの遠距離スキルと同じ動きでよさそうだし、フェイントで使えそう。問題はサーヴァント相手へどれくらい効くのか、か。まあ、使い勝手は悪くない礼装だ。

 よし、それじゃあ次は自分に向かって発動してみよう。

 

 やり方は同じで、発動先を変えて魔力を流す。

 瞬間、なにかが弾け飛んだような音が聞こえた、気がした。

 

「────────!?」

 

 一瞬、何が起こったのか、理解できなかった。

 気づけば全身に激痛が走り、魔力の動きを止めていた。恐らく、防衛本能が働いたんだと思う。

 

「なにをしているの!!」

 

 魔力を流したのは、ほんの一瞬。しかも、発動にすら至らない量だったはずだ。

 なのに、身体が悲鳴を上げた。

 もし、防衛本能が働かなかったら……。

 

「それはサーヴァント用よ。私たちと貴女たちはセキュリティの高さが違う。それなのに、同じハッキングを受ければ」

「他のところも壊される、と……ぃった」

「自業自得よ」

 

 そりゃあそうだ。よく考えればわかることだった。

 それなのに、気づけなかった。いや、考えようとしなかったのかもしれない。

 

「焦ってるのかなぁ……」

 

 今回の相手は強敵だ。

 前回強敵だと感じた矢上以上だと、そう思っている。

 

 だから、なんとしてでも攻撃手段を手に入れたかった。その結果がこれとは、なんと情けない。

 

「……っよし!」

 

 頬を打ち、呼吸を整える。

 地道に進むしかないと、そう思ったばかりじゃないか。 

 

 攻撃手段に関しては、アリーナにある礼装に賭けよう。購買ではもう増えないだろうし。

 とりあえず、今は前に進むしかないのだ。

 

「ごめん、もう大丈夫。先に進もう」

 

 『空気撃ち/一の太刀』の使い方もわかった。今はそれだけで十分だ。

 だから、次はエネミーの行動パターンを……!

 

「っランサー」

「ええ、わかってるわ」

 

 空気が変わる。

 でも、それは一瞬で元に戻ってしまった。

 

 一瞬感じた気配は、間違いなくサーヴァントのものだ。なのに、すぐに感じ取れなくなった。

 今までも感じ辛いことはあったが、それでも微かならわかったのに。今は一欠けらも感じ取れない。

 

 と、いうことは。

 

「アサシンでしょうね」

「やっぱり」

 

 前回教えてもらったアサシンのスキル。この状況は、きっとそれが作用しているのだろう。

 なら、警戒すべきは奇襲。そして狙うなら私だ。

 

 防御で必須な礼装、『木盾』を装備しているのを確認する。

 いつでも発動できるように準備をしながら、足を進めた。

 

 そして数分。現在地は恐らくアリーナの半分程度。

 エネミーを避けながら進んだおかげか、ここまで簡単にくることができた。

 本当は攻撃パターンの調査がしたかったけど、今回ばかりはそうも言ってられない。通路がすべて隠れているこの階層では、地形把握が重要だ。

 さらにトエシュガーレたちもアリーナに入ってきており、サーヴァントはアサシンと予想される。そんな状況の今、優先すべきがどちらかは明白だ。

 

 だからこそ、先に進んでいたのだけど。ここまでなにもないのは、少し不気味だ。

 相手からの奇襲を想定してマッピングを優先したが、向こうから仕掛けてくる気はないんだろうか。もしそうならば、こちらから攻めるしかないけど……今日はやめておこう。

 こちらから仕掛けるには、戻って彼らを見つけなければならない。奇襲がないという確信が持てない現状で、それをするのは悪手だ。

 とりあえず、今日はこのまま校舎に────。

 

「クレアッ!」

「っprotect(16)(防壁)!!」

 

 背中に悪寒が走り、礼装を発動しながらその場を飛びのく。

 ほとんど無意識での行動だったが、逆にそれが功を制した。

 

「いっ……!」

 

 迫る刃が『protect(16)(防壁)』に阻まれ動きを止める。けれど、それも一瞬。次の瞬間には、まるで豆腐のように切り裂かれてしまう。

 それでも、その一瞬でなんとか急所を避けることはできた。

 

 それさえできれば、追撃はランサーが対処してくれる。

 弾き合う金属の音を耳にしながら、できるだけ距離を取った。 

 

 首元を伝う液体が気持ち悪い。

 深い傷ではないが、決して浅いわけではない。この程度の傷ですんでよかったと、ついほっと息をついた。

 

「怪我は?」

「そこまで深くはないけど、首だし保健室に行きたいな」

「そう、無駄口を叩く余裕があるなら平気ね」

 

 少しはノってくれてもいいのに、なんてのは心の中に留めておく。さっきの無駄口で、少しは鼓動も落ち着いた。

 本当は、今でも脚が震えそうなくらい怖いけど。

 

「ほーら、だから言ったじゃないですか。奇襲なんてつまらないことやめよう、って」

「黙れアサシン。貴様、手を抜いたな」

「そんなわけありませんよ! そりゃあ、ここで終わるのはつまらないと思いましたけど……私はあなたに逆らえない。そうでしょう、マスター」

 

 トエシュガーレの隣にいる彼が、アサシンのサーヴァント。

 見た目は、普通のスーツをきた中老の男性だ。言葉遣いも丁寧で、温厚な紳士に見える。

 でもさっき振るわれた刃は、死とはまた違う恐怖を感じさせられるものだった。そんなものを向けてきた彼が、普通なわけがない。

 

「まあいい、行け」

「はい」

「え」

 

 殺意も、予備動作すらなかった。

 気づけばランサーが飛び出していて、鋭い足を蹴り上げる。

 軽い身のこなしでそれを避けたアサシンが、ナイフを突き刺そうと動くのを見て、咄嗟に手を伸ばした。

 

protect(16)(防壁)!」

 

 狙うは切っ先。範囲は狭く、その代わりに強度を上げて。

 さっきはいとも簡単に切り裂かれてしまったが、これなら……!

 

「嘘でしょ……!?」

 

 ナイフが止まったのは、ほんの数秒だけ。

 先程よりは長い時間止めることができたのは確かだ。けれど、それだけ。完全に受け止めることはできなかった。

 

 数秒さえあれば、ランサーは避けられる。だから別に悪いわけではない。

 でも、止められる自信があった分、突き崩されたのがショックだった。

 攻撃手段はなく、防御も不完全。そんな私が、戦闘に参加する意味なんて……。

 

「そんなことない……!」

 

 自分の考えを振り払うよう、悪態をつく。

 悔しくて、情けなくて俯きそうになる顔を上げる。

 意味はあるはずだと。私は、ランサーの役に立っているんだと。そう信じたくて、コードキャストを紡いでいく。

 礼装を変え、手段を変え。何度も何度も、ただひたすらに。

 

 ────でも、ランサーの刃は、相手に届くことはなかった。

 

「……この程度か」

 

 戦闘が終わる。

 息を切らす私と対照的に、トエシュガーレはなに一つの乱れもなくその場に立っていた。

 そして、いくつか切り傷を作ってしまったランサーとほぼ無傷なアサシン。

 力量の差は、はっきりとしていた。

 

「戻るぞ」

「おや、いいのですか?」

「あの程度ならいつでも殺せる」

「そうですか。私はもっと楽しみたかったのですが……残念」

 

 なのに、あいつらは無防備に背中をさらす。

 私なんか見向きもせず、そのまま来た道を戻っていった。

 

 私は、それを見つめることしかできない。

 

「っくそ!」

 

 私だけのせいではない。

 ランサーだけの力でも、あのアサシンには届かなかった。それは間違いない。

 

 間違いない、けど。そうさせてしまったのは、私だ。

 もしマスターがラニや遠坂なら、彼女は本来の力をもって現界した。

 その力さえあれば、きっとこんな結果は残さない。

 私が弱いから、ランサーも弱くなった。その事実が、死にたくなるくらい嫌だった。

 

「クレア」

「っ!」

「いつまで俯いているの。行くわよ」

 

 ランサーが話す声色は、変わらない。

 悔しくないのだろうか。私が、憎くないのだろうか。

 弱くなったのは私のせいだと、そう罵ってくれたら楽になるのに……。

 

「ぁ……」

 

 ふいに、冷たいきれいな青の瞳と目があった。

 私の心を見透かすような、まっすぐな瞳。

 

 でも、その目に私は、映ってない。

 

「っ!」

 

 ───────強くなりたい。

 

 今までは弱い力を工夫することで何とかやってこれた。

 だれどそれでは、今回の敵には通じない。

 

 だから、力が欲しい。

 この綺麗な人が、なんの障害もなく、自由に美しく舞えるように。

 守られるだけじゃなくて、私がランサーを守れるように。

 

 そんな力を手にいれたら、彼女は私を、映してくれるんだろうか。

 

 





 今回は、クレアさん惨敗回。
 そして彼女が力が欲しいと明確に思ったのは、なんだかんだ初めてな気がしますね。気のせいかもしれないけど()

 とにかく、三回戦が本格始動! これからの展開をお楽しみにしていただければな、と思います。


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第三十四話 獅子の協力

 高ぶった感情を落ち着かせ、先に行ってしまったランサーの後を追いかける。

 行くぞと言われ動き出したものの、ランサーも私もボロボロだ。一度校舎に戻った方がいいのでは、と思うほどに。

 とはいえ、そんな提案をしても彼女は頷いてくれないだろう。

 今日中にトリガーを取っておいた方がいいのは、私もわかってる。

 

 今回のアリーナは、今までと比べるととても広い。まだ緑色のアイテムボックスは見かけてないから、この奥にあるのは確実。

 一度に校舎戻り、もう一度ここまでくるのは正直面倒だ。

 

 そしてなにより、トエシュガーレがまた見逃してくれるとは限らない。

 マスター同士の戦闘が制限されてる今、トリガーを入手するのに最適なのはどう考えても明らか。

 

 だからと言って、ボロボロなのは少々不安だ。

 この階層の敵のパターン把握はまだ完璧ではないし、なにかトラブルが起きるかもしれない。やっぱり、少しでも治療させてもらおう。

 

「ランサー、少し止まって。治療しよう」

「必要ないわ」

「必要だよ」

 

 そう返しても、残念ながらランサーは歩みを止めてくれない。だけど、その行動は想定済みだ。

 

「ランサー!」

「……はぁ、なに。つまらないことだったら」

 

 さっきよりも強めに名前を呼ぶ。

 そうすれば、彼女は煩わしそうにしながらも振り返った。

 

 その瞬間を狙い、『エーテルの塊』を使う。

 手の中で砕けた塊は粒子になって、ランサーの中に入っていく。すると、身体中にあった傷はおろか、切り裂かれた服まで直っていた。恐らく、傷を治しても余った魔力が服装にいったんだろう。

 

 欠片と塊では、魔力量がかなり違うようだ。

 今後はどちらを使うか見極めないと。欠片で十分な怪我に塊を使っていては、少々もったいない。決して安い訳ではないのだし。

 

 とりあえず、自分の怪我は『エーテルの欠片』で治しておく。

 恐る恐る傷口に触れてみれば、普段通りの感触が伝わってくる。まるで、元から傷なんてなかったかのようだ。

 

 回復アイテムは、マスターにも十分な効果を発揮するらしい。

 これはいい情報だ。まあ、自分に使うことなんてあまりないだろうけど。

 

「貴女、私がエネミーごときに負けるとでも思っているの?」

「そういう訳じゃないよ。でも、万が一があったらと思うとね。君が死ねば、私も死んでしまうんだから」

 

 ランサーが強いことも、エネミーに負けないことも。隣でずっと見てきたのだから、十分わかっている。

 だけど、それとこれとは別だ。

 

 もしも、怪我が原因で動きが鈍れば。

 もしも、エネミーが私たちの予想もつかない動きをしたら。

 そんなことを考えてしまえば、正直終わりがない。

 

「慎重すぎる」

「悪いことではないでしょ?」

「いいだけじゃないわよ」

「そうだね。だから、気を付けるよ」

 

 慎重すぎて判断が遅れては意味がない。

 それに、時には大胆に動くことだって必要だ。その切り替えだけは、間違えちゃいけない。

 

「わかってるならいいわ」

 

 そう言うと、ランサーは再び足を進めた。

 冷たい態度に少し悲しくなりながら、彼女の後を追いかける。

 

 十分も歩かないうちに、トリガーが入っている緑のアイテムボックスを見つけた。

 そして、その前を闊歩する大きな敵も。

 

 この階層で初めて見た鳥のようなエネミー。

 まだ行動パターンが把握できてないうえ、空を飛び回る厄介な敵だ。

 『木刀』があれば動きを止めて、その間に片翼を堕とせば簡単に倒せただろうけど……ないものばかり考えても仕方ない。

 

「さっさと終わらせて帰りましょう」

「ふふ、そうだね」

 

 負けるとは思ってないような自信満々な声。

 その頼りがいのある声に、酷く安心する。

 

 とはいえ、頼りっぱなしは嫌だ。

 本当は今すぐにでも力を手に入れて、援護をしたい。

 だけど、所詮それは理想でしかない。さっきも考えた、ないものねだり。

 私が強くなれるために今できることは、経験を積むことだけ。

 

「よし、やろう!」

 

 とにかく、今はできることをひたすらやるしかない。

 強くなるためにも。

 

 *

 

 あの後、無事にトリガーを手に入れ、校舎へと戻ることができた。

 念のために保健室へ向かったこと以外はいつも通り。白乃と共に食事を取り、マイルームで眠りにつく。

 

 そして、二日目の朝。

 朝食を食べるために食堂へ向かう道中で、それは起こった。

 

「お久しぶりです、クレアさん。一回戦の図書室以来でしょうか」

「レオ?」

 

 レオが、にこやかに声を掛けてきたのだ。

 一体なんの用だろうか、と心当たりを探してみるが、残念ながら思い当たる節はない。

 そもそも、彼の言う通り話すのは一回戦以来だ。別に避けていた訳ではないが、タイミングが悪いのか、それ以降会うことがなかった。

 

「そう、だね。久しぶり、どうしたの?」

 

 とりあえず、無難な返事を返しておく。

 無視する理由はないし、下手に接して目をつけられるのは面倒だ。

 

 ……ああいや、もう目はつけられているんだっけ。

 

「いえ、そんな大した用ではありませんよ。ただ、お話ついでに食事でも、と思いまして」

「話?」

「はい。そうですね、あなたの対戦相手について、とか」

「!」

 

 ほんと、どこで仕入れてくるんだ、その情報は。

 

「……いいよ。場所は食堂でいい?」

「ええ、構いません」

 

 もし何かあってもいいように食堂を選んだが、彼はなんの迷いもなく快諾した。どうやら、周りに聞かれて困るような話ではないらしい。

 

 まあ、それはそうか。

 話の一つが私の対戦相手についてであることは確定している。

 そしてその話は、恐らく私にとって悪い話ではないと思う。ただの勘でしかないけど、レオから嫌な感覚はしない。

 

 それに、仮に彼がトエシュガーレと親しい仲であるとしても。私に負けてくれ、なんてことを頼むような人間ではない。 

 そもそも、私の方が実力的に負けている。それを知らぬ彼ではないだろう。

 他に考えられる話としては、トエシュガーレの情報を提供してくれることだけど。さすがに希望的観測だな、これは。

 

「───では、本題に入りましょう」

 

 互いに買った朝食を食べ終えた頃、ようやくレオが話を切り出した。

 

「ハーレン・トエシュガーレの情報をお渡しします。対価は要りません。あなたはただ、彼に勝てばいい。悪い話ではないでしょう?」

「……いい話しすぎて、逆に疑ってしまうけどね」

 

 希望的観測だと切り捨てた推測が当たるなんて、思ってもいなかった。

 しかも、こちらにデメリットは一切ない。

 

 目的はなんだ? 

 貸しも作らず、どうしてレオは私を生き残らせようとする? 

 

 ……いや、そういえば、前にも似たようなことがあったな。

 そうだ。あれは、二回戦のときに……。

 

「そんなに、トエシュガーレに勝ち進められたくないの?」

「おや、バレましたか」

 

 遠坂のときと同じだ。

 彼女は矢上と私、どちらが生き残れば自分に有利かを考え、私を選んだ。

 レオもそうだ。トエシュガーレを評価しているからこそ、私に勝てと言ったんだ。

 自分の労力を使わずに、自分の障害をなくすために。

 

 そのことに対して、なんの感情も湧かないわけではない。

 だけど、与えられる情報に助けられるのは私自身だ。苛立ちと言う小さな感情を発散するために、自分の命を投げ出すなんて愚の骨頂。

 ここは、彼の提案を受けるべきだろう。

 

「いいよ。君の言う通り、絶対に勝ってみせる」

「期待してますよ、クレアさん」

 

 挑発的な笑みを浮かべてみれば、彼はただにっこりと笑った。

 

 ……いつかその余裕そうな表情を崩してやるんだから。

 

「さて、彼の本名はハーレン・トエシュガーレ。殺し屋です」

「殺し屋……」

「元々はとある傭兵について紛争地帯を回っていましたが、ある日を境に一人で行動するようになったそうで。その傭兵と考えの違いにより仲違いした、など様々な噂はありますが、定かではありません」

 

 ああ、だからトエシュガーレの立ち姿はしっかりとしてたんだ。

 戦闘中はこちらを見ているだけだったけど、隙もなくいつでも動けるようにしていた。

 紛争地帯を巡っていたというなら、あの姿勢にも納得ができる。

 

 しかし、こうして聞くと彼の名前があまり知られてないのが不思議だ。

 色々な噂が広まるくらいなんだから、ある程度の知名度はあると思うんだけど。レオが集めた情報が多いから、そう思えるだけだろうか。

 うん、聞いてみよう。

 

「ああ、彼は有名ですよ。なんせ、依頼達成率はほぼ百%ですから」

「百%!?」

 

 そんな凄腕の殺し屋が、私の相手? 

 うぅ、ただでさえ今は余裕がないのに。本格的にどうにかしないとまずいな……。

 

 って、あれ? 

 そんなに有名なら、やっぱり彼の名前を知ってる人がいてもおかしくはない筈。なのに、なんで誰も知らなかったんだろう。

 

「一般的に出回っているのは偽名や通り名の方ですよ。あなたが聞き回ったのは本名でしたので、皆さん首を横に振ったのかと」

「ほんっと、そんな情報どこで手に入れるの」

「くす、トップシークレット、です」

 

 あ、そう。

 前回と同じはぐらかし方に、思わずため息が出た。

 まあ、追求できる気はしないので放っておこう。いつかわかる日が来るかもしれないし。

 

「話を戻しましょう。彼が聖杯戦争に参加した理由。それは国からの依頼です」

「国から、殺し屋に?」

「ええ、彼は有名ですから。その腕を買って、いろんな国が彼に依頼を出しました」

「そして、その一つを受けた」

「はい。厄介なのが、その国が我々西欧財閥の敵対国ということです」

 

 あー、なるほど。

 そこで偶然にもトエシュガーレの対戦相手となり、知り合いであった私に接触してきたわけか。

 

「さて、ではその他の詳細を……と思いましたが、流石に目立ちすぎましたね」

「え?」

 

 横を向くレオに釣られ、私も同じ方向に顔を向ける。

 いつのまにか、遠巻きに私たちを見つめる生徒たちがそれなりにいた。

 

 何人かに遠巻きにされていたのは分かっていたけど、いつの間にこんなに人が増えたんだろう。

 レオと話してるだけでこんなんになるとは、思ってもいなかった。

 

「クレアさん、これを」

「ん? なにこれ」

「我々が集めた彼に関する情報です。今日はこの辺りで解散としましょう」

 

 まあ、これだけ目立てばそうなるか。

 トエシュガーレがくる可能性だってあるわけだし。

 

 机の上に置かれた小さな補助記憶装置をしまい込み、椅子から立ち上がる。

 これはマイルームでゆっくりと見させてもらうことにしよう。

 

「あ、そうだクレアさん」

 

 ふと、レオが今思い出したかのように私の名前を呼ぶ。

 なに? と一言返せば、彼はにこやかに続きを口にした。

 

「先程言ったことも本当ですが、僕はあなたが今死ぬのは惜しいと思ったのでその情報を渡しました。無駄にしないでくださいね」

 

 それでは、とレオはそのまま食堂を出て行ってしまった。

 思わぬ発言に呆然とする、私を置いて。

 

「……は、あぁぁ」

 

 大きくため息をついて、引いたままだった椅子に座り込む。

 

「完全に目をつけられたなぁ」

 

 目をつけられた理由は、あの日図書室で言われたことだろう。あまりに衝撃的だったあの言葉は、今でもはっきりと思い出せる。

 

 

『他のマスターとはどこか違う。雰囲気とかではなく、もっと根本的な所から。そんな気がするんです』

 

 

 他のマスターとは、根本的に違う、かぁ……。

 

「私は私だよ、レオ……」

 

 思わず呟いた言葉を拾う人は、もうここにはいなかった。

 

 *

 

 マイルームに戻り、レオから渡された記憶装置を取り出す。

 この中に、ハーレン・トエシュガーレのデータがある。

 

 あの話を聞いた感じ、レオがこれに小細工をしているとは思わない。

 だけど、そのままインストールできるほど彼への信頼があるわけではない。

 

 面倒だけど、まずはウイルスの確認から始めよう。

 

view_status()(解析)

 

 流石に中の内容までは見えないけど、内部のプログラムが目に映る。

 特に変なものは入ってない。文章と少しの画像が入っているだけのようだ。

 

 流石に杞憂だったか。安心安心。

 じゃあ、これを端末の方に繋げて、と。

 

「よし、成功だ」

 

 こうやって他の機械と繋げるのは初めてだったけど、うまくいってよかった。

 あとは、貰った資料を読み込もう。なにか役に立つ情報もあるかもしれない。

 

 本名と彼の素顔写真。偽名に通り名、使用する武器。今までこなした依頼内容の一部。

 重要な情報から、一見くだらないと思えるようなものまで。想像以上のデータ量が、この資料には詰まっていた。

 

「西欧財閥、やばいな……」

 

 殺し屋である彼は、恐らく色々バレないように動いていたはずだ。なのに、こんな情報まで手に入れるなんて。

 一般人だったら、本人が知らない癖とかまで調べ上げられそう。

 

 簡単に敵に回しちゃいけないやつだ。

 もし今後地上へ行くことがあれば注意しよう。

 

 そんな軽い現実逃避をしながらも、資料をスクロールしていく。

 これだけ莫大な情報は、さっさと読まないと時間が足りなくなってしまう。

 さて、次のやつは─────

 

 

 

「──────あー」

 

 

 

 資料を全て読み終えて、ベッドに倒れ込む。

 腕を広げ大の字に寝転がり、先ほど読んだ内容を思い出した。

 

「……どうしよう」

 

 仕方がなかった、とは思う。

 情報は必要だ。例え戦闘に関係なくても、些細なことが戦闘に影響する。

 それがどんなにくだらないことでも、知っておいて損はない。

 

 ただ、今回は少し踏み込みすぎた、かもしれない。

 

 ハーレン・トエシュガーレの過去が綴られた文字を指でなぞる。

 彼はどうして、こんなことをしていたんだろう。

 彼はどうして、その道を選んだんだろう。

 

「……やめよう」

 

 考えても仕方がないし、なにより私には時間がない。

 今私がすべきことは、強くなること。トエシュガーレの気持ちを考えることじゃない。

 

「よしっ。ランサー、教会へ行こう!」

 

 ベッドから飛び起き、気持ちを切り替える。

 とりあえず、まずは魂の改竄だ。なにを強化するのか、ランサーと決めておかないとね。

 




 なんとか書き終えました~!
 レオの口調が難しい。もしなにか違和感とかあれば、ご指摘いただけると幸いです


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第三十五話 最善を尽くす

 教会に行く前に、どのステータスを上げるか決めておこう、とランサーに話しかける。

 魂の改竄は、ランサーが戦いやすいようになるためのシステムだ。何度でも言うが、私が魔術師(ウィザード)として優れていればいらなかったものである。

 だからこそ、できる限り彼女が求めるステータスにしたいと思っている。

 

 だけど、想定外の提案には、正直口を挟みたくなるものだ。  

 

「本気で言ってる?」

 

 思わず口を出たのはそんな言葉。

 こういう冗談を言うタイプではないと知っているのに、こんなことを聞いてしまうなんて。自分が思っている以上に、私は混乱してるらしい。

 

「私が冗談でこんなこと言うとでも?」

「いや、思わないよ。ただ、あまりに想定外すぎたから、つい」

 

 まさか、敏捷に全てのリソースを注ぎたいって言うとは思わないじゃん。

 そりゃあ、彼女が敏捷を優先したいの知っているけど……一点集中したい程とは思ってすらなかった。

 

「理由を聞いても?」

 

 ランサーは、意味がない行動はあまりしない。

 だからこそ、この選択にも何か理由があると思えた。

 もしその理由に納得できなければ、せめて少しは他に分けるよう説得するつもりだ。

 

「私の本来のステータスは覚えているわね?」

「うん。確か左からE、C、A+、A、B、だったよね」

「ええ」

 

 今でも大分上がったと思うけど、これと比べるとまだまだ弱く感じてしまう。

 特に敏捷、魔力は両方ともA。そこまで上げるのに、どれ程のリソースが必要なのか。正直、考えたくもない。

 

「私にとっては、このステータスが一番戦いやすい状態よ。それが変動することはなかったわ。今まで、ね」

「っ!」

「正直、俊敏のステータス低下の影響が酷いわ。今まで騙し騙しやってきたけど、それも限界よ」

「だから、せめて元の数値に近づけたい、と」

 

 今までも動きにぎこちなさを感じることはあったが、私はそれを重要なこととは考えてなかった。

 問題なく戦えているように見えた身体。でも、それはあくまでランサーが頑張ってくれていただけ。

 それに無理が来たんなら、私にはもう何も言えない。

 

「わかった。今回はそれで行こう」

「……驚いた。てっきり反対するかと思ったわ」

「んぐっ……確かに最初は反対だったけど、理由は納得できたし」

 

 というか、あの理由を聞いて尚断れる人がいれば見てみたい。

 よほどのことがないと反対できないでしょ、あれは。

 

 それに。

 

「やっぱり、君の戦いやすいステータスにするのが一番でしょう」

「……そう。なら、今後の配分は私が決めていいのね?」

「え、それは、まあ。いや、絶対に口を出さないとは約束できないけど」

 

 あまりに偏ってたら、何か言うかも。

 そう言ったら、ランサーはどこか呆れたような目をした。

 

 *

 

 遅めの昼食を取り、それから教会へと向かう。

 そして要望通りの改竄を終えるころには、空は少しオレンジ色に染まっていた。

 

 アリーナに行くのにはちょっと遅めの時間帯だ。

 もしかしたら、トエシュガーレと戦わずに済むかもしれない。

 今日はエネミーのパターン把握を優先したいから、そうなったらいいけど……向こうも同じ考えだったら嫌だな。

 

 ……いやいや、やめよう。こういうのを人はフラグと呼ぶんだ。

 余計なことは考えず、アリーナへ行こう。

 

「あっ、ヴィオレットさーん!」

 

 変な考えを振り払いながら歩いていれば、ふいに誰かに名前を呼ばれた。

 明るいこの声には、聞き覚えがある。

 

「藤村先生、こんにちは」

「ええ、こんにちは!」

 

 少し先にいるのは藤村先生だ。

 相変わらず元気で、笑顔も輝いている。

 

 さて、わざわざ私の名前を呼んだと言うことは、なにか用事があるのだろう。

 何かやらかした覚えはない。だから、今呼ばれる理由があるとすれば。

 

「会えて良かった。実はまた、探し物をお願いしたいの」

 

 やっぱり。

 これまた予想的中だ。

 

「もちろん、大丈夫ですよ。今度はなにを探せばいいですか?」

「っありがとう! 今回は望遠鏡を探してほしいの」

 

 なんでも、天文学部の部室から突然紛失してしまったらしい。

 校内では見つからなかったから、もしかしたらアリーナにあるのではないか、というのは先生の考えだ。

 

「二日後のお昼頃はここにいる予定だから、それまでに持ってきてほしいの。いいかしら?」

「……うん、それなら大丈夫そうです」

 

 二日後までなら、アリーナに行けるのは今日を含めて二回。

 それだけ時間があれば、きっと探し物も見つかるはずだ。まあ、私の行くアリーナにあればの話だけれど。

 

 前回の柿は見つけられなかったし、今回は見つかるといいな。

 先生の落ち込んだ顔をもう一度見るのは、できるだけ遠慮したい。

 

「それじゃあ、私はいきますね。また二日後に」

「ええ! 引き留めて悪かったわね」

 

 軽く会釈をして、先生と別れる。

 今日もまた、一度アリーナ全体を回ってみよう。二日後にとは言ったが、なんだって早い方がいい。今日見つけられたら、明日は別のことに集中できるし。

 

 そんなことを考えながら、アリーナの入り口の前に立つ。

 浮かび上がるコンソールパネルを操り、向かうは三の月想海、第一層。

 

 開いた扉へ足を踏み出し、一転。

 一瞬の瞬きの後、目の前に広がる光景は変わっていた。

 

 まず最初にマップを開き、改めて地形を頭に叩き込む。

 それから、望遠鏡がありそうな場所もいくつかピックアップしておいた。今日はこれを中心に回ってみよう。

 

 そして前回は無視した敵も今回は徹底的に相手にしていく。見つければ戦い、なんだったら回り道をして。

 そうまでして戦う目的は二つ。

 一つは、やはり行動パターンの把握だ。これをしておかないと、道中のエネミーに負けるなんてこともあるかもしれない。

 少なくとも、やっておけば不安要素が一つ減らせるのは確かだ。

 

 そしてもう一つは、エネミーから入手できるリソース、ゲームで言う経験値を手に入れること。

 これを手にいれることで位階は上がっていく。位階が上がれば、その分魂の改竄が出来る。

 今回の改竄で振り分ける予定だったリソースを、できるだけアリーナで回収しておきたい。

 

 もちろん、ランサーの体調やら気分やらに合わせて戦う数は調整するけど……今日はまだまだいけそうだ。

 いつもよりペースが速いのに、全然疲れが見えない。それに、機嫌も悪くない。

 やっぱり、思っている通りに身体が動くのが嬉しいんだろうか。

 

 彼女が楽しそうにしているのを見ると、なんだか私も嬉しくなる。

 しばらくは口出しせず、彼女の戦闘を眺めるのもいいかもしれない。

 珍しく機嫌のいい彼女を、私も見ていたいし。

 

 なんて、そんな呑気なことを考えていたから、罰が当たったんだろうか。 

 

「え?」

 

 一瞬だけ変わった空気に、思わず声が出た。

 たった今感じた気配が信じられず、ランサーを見上げてしまう。

 

 彼女は、酷く楽しそうな笑みを浮かべていた。

 あ、これ、やっぱり気のせいじゃなかったんだ。

 

「まさか、今更入ってくるなんて」

「きっと私たちがいない頃合いを狙って来たんでしょうね。まあ、いるわけだけど」

 

 だろうね。

 

 恐らく、向こうは昨日の戦闘で私たちの相手をする必要はないと考えたんだろう。

 だからこんな遅い時間を狙ってアリーナにきた。私が思ったようなことを、トエシュガーレも考えていたわけだ。

 ああ、きっとこういうのをフラグ回収っていうんだろうなぁ。

 

「丁度いいわ。戦いに行きましょうか」

「え、でも……」

「クレア」

 

 静かに名前を呼ばれる。

 私を映してないくせに、自信に満ち溢れた青い瞳が私を貫く。

 負ける気はないと、その瞳は雄弁に語っていた。

 

「……わかったよ。行こう」

 

 不安があるのは当たり前だ。昨日、あんな敗北を味わったのだから。

 それに、まだ私には戦う手段がない。そんな状況で、積極的に戦いたいわけがない。

 

 だけど、ここで戦闘をしに行くメリットはある。

 今回の改竄が、戦闘にどれほどの影響を及ぼすのか。サーヴァントであるアサシンと戦った方が、それをより理解できるだろう。

 

 臆するな。

 彼女の選択は、決して間違いじゃない。

 なら、それをサポートするのも私の仕事だ。

 

 頬を叩き、気合を入れ直す。 

 ランサーを先頭にしながら、ゆっくりと来た道を戻っていく。

 

 事態が動いたのは、いくつかのフロアを通り過ぎ、何度目かの隠し通路を通っていたときだった。

 微かに風を切る音が耳に届く。それと同時に、ランサーも動いた。

 甲高い音と共に打ち上げられた飛来物は、鈍く光る小型のナイフだ。

 

 間違いない。敵はこの先のフロアにいる。

 どうする。下がるか、攻めるか。

 

 ナイフでの遠距離攻撃をしてきたということは、あちらはこっちに気づいている。

 それでも攻めてこないのは、攻撃をはじかれたからか。もしくは、私たちが攻めてくるのを待ち構えているのか。

 どちらにせよ、罠には警戒した方がいい。

 

 考えろ、考えろ。

 どの選択肢が最適だ。他に、どんな可能性が考慮できる……!

 

 ────思い出すのは前回の戦い。

 あの時の罠も、一度通ったときは発動しなかった。それが今回もないとは限らない。

 敵に背を向けて逃げられない以上、これ以上下がるのは危険だ。

 

 でも、前に進むのであれば、敵の様子を伺いながら罠の有無も確認できる。

 今できる最善は、臆せず前に進むこと!

 

「っスキルで牽制して! 攻めるよ!」

「ええ!」

「リプレイス、view_status()(解析)

 

 『空気撃ち/一の太刀』と交換した礼装で、周囲の様子を一度見渡す。

 視界の一部が鈍く光る。そこは、今まさにランサーが踏み出そうとしている床。

 

「跳んで!」

 

 唐突な指示にも関わらず、彼女はその場で空高く跳びあがった。

 罠を通りすぎ、空中で体を捻る。その勢いを利用した強烈な踵落としが、アサシンへと襲い掛かった。

 

「おやおや。これは、また」

「さぁ、再演といきましょう?」

 

 その言葉を合図に、ランサーとアサシンの攻防が始まる。

 敏捷を上げただけのステータスで、どこまで戦えるのか。微かに残っていたそんな不安は、目の前の戦闘を見てすぐに吹き飛んだ。

 

 別に優位を取れているわけではない。それは、まだ他に劣っているステータスがあるからだろう。

 それでも、前回は傷一つ付けられなかったアサシンと善戦できている。

 浅くはあるが、きちんと攻撃が通っている。

 

 敏捷というステータスが、どれほどランサーの戦い方に影響を及ぼすのか。この結果を見て、初めて理解した。

 

 力任せの攻撃で押し切るタイプではないから、筋力はさほど必要ではなく。

 攻撃を受けて反撃するタイプじゃないから、耐久も必要ない。

 魔力と幸運はスキルやそのほかに影響を及ぼすけど、戦闘への直接的関連性は少ない。

 

 でも、敏捷は違う。

 機動力を生かした、踊るような戦闘スタイル。それを活かすために必要なステータスは、敏捷ただ一つ。

 ステータスがたった一つ、しかもワンランクあがっただけなのに。彼女は、こんなにも強くなれるんだ。

 

 私もこのままじゃいられない。

 とにかく、今できるサポートを……!

 

「っ!?」

 

 視界の端に何かが映る。

 思わずその場を飛びのけば、目の前を小さな何かが通り過ぎて行った。

 

 今のは、もしかして……。

 

「今のを避けるか」

「……やっぱり、拳銃」

 

 何かが飛んできた方向を見れば、そこにはトエシュガーレがいた。

 拳銃を片手に持ち、こちらを睨みつけている。

 

「詠唱なしの身体強化……コードキャストではないな。今のはなんだ、クレア・ヴィオレット」

「まさか、敵に教えるとでも思ってるの?」

 

 というか、ぶっちゃけ私も詳しくないし。

 今のは明らかに無意識だ。やり方なんて、なんとなくしかわかってない。

 

 だけど、これはいいブラフになるかもしれない。

 トエシュガーレも知らない未知の力。

 それを警戒して、ある程度消極的になってくれると助かるのだけど……。

 

「なら、見極めさせてもらおう」

「っマジか……!」

 

 まあそうなる場合もあるよねー!

 小さな現実逃避は、口に出ることなく消えていった。

 

 拳銃から放たれる弾丸を避けながら、あの武器について考える。

 見た感じ、本物ではないようだ。恐らく礼装の類だろう。

 ただ、弾丸に魔力が込められているのが怖い。もし『shock(16)(電撃)』のような効果が付与されていたら最悪だ。

 本物ではないからか、速度がそこまで出ていないのが幸いだけど。正直、ずっと避けられる自信はない。

 

 というか、もう20は撃ってるくせにリロードしないのか!

 リロードする隙さえあれば、ランサーのサポートだの、反撃だのできるかもしれないのに。一体どんな構造をしているんだ、あの拳銃はっ。

 

「なるほど、目がいいのか。厄介だな」

「っ!?」

 

 しかも、着実にこっちの情報を奪っていってる。

 厄介だなはこっちの台詞だ!

 

「くそ!」

 

 このままじゃ、またなにもできないまま終わってしまう。

 なんとか、なんとかして反撃をしないと……!

 

 ──────本当に、それは正しいのか?

 

 ふいに、そんな疑問が、どこからか湧き出てきた。

 

 なにを思っているんだと、自分でその疑問を馬鹿にする。

 けれど、どうやっても疑問が消えることはない。

 

 だから、頭の片隅で考えてみる。

 なにかしらの方法で反撃したとして、そのあとどうなるのか。

 もしトエシュガーレの命を奪うほどのことが出来るのなら、この場で三回戦を終わらせることが出来る。それは、おそらく一番の手であることに間違いはないだろう。

 

 けれど私にそれほどの力はない。

 反撃できたとしても、精々傷をつける程度。しかも、それはすぐに治せるようなものだろうことが予想できる。

 

 じゃあ、じゃあ。

 私が反撃するメリットなんて、ないも当然ではないか?

 そりゃあ、気分は晴れるだろう。自信にはなるだろう。

 だけど、言ってしまえばそれだけだ。

 

 私が考えるべきは、これから先のこと。

 こんな序盤で情報を与えてしまえばどうなるかなんて、考えなくてもわかる。

 

 今はまだ、戦う時じゃない。

 耐えろ。死ななければ負けじゃない。例えここで不利になろうが、決戦で勝てればいいんだ。

 今できる最善は、情報を渡さないこと。そして、一つでも多くの情報を得ることだ。

 

 だったら!

 

protect(16)(防壁)!」

 

 今までで一番大きな壁を作る。強度も従来のものになるよう作っているからか、一気に魔力を持ってかれた。

 だけど、これでいい。

 

 トエシュガーレから視線を外し、一度ランサーたちを見る。

 そして、指先をそちらに向けて。

 

「ちっ」

 

 小さな音が、トエシュガーレの方からするのが聞こえた。

 目を向ける。拳銃の銃口がこちらに向いている。

 

 そして、その口には、中型の光弾が灯っていた。

 

「やっば……!」

 

 慌ててその場から離れるのと、光弾が放たれるのはほぼ同時だった。

 放たれた光弾は『protect(16)(防壁)』をいとも簡単に砕き、そのまま少し直進した後に消滅した。

 もしあのままあそこにいたら、あの弾に当たり大怪我を負っていただろう。

 

 なにかに当たるだけじゃ止まらないっていうのは、少し厄介だな。

 あれを止めるためには、いくつかの『protect(16)(防壁)』を重ねて張る必要がありそうだ。

 

 この調子で他の情報を得られたら、ほんの僅かでも実力差を埋めてくれるはず。

 とにかく、次の情報を……!

 

「あっ」

 

 突然、警告音がアリーナ中に鳴り響く。

 ノイズが視界を遮ったのは一瞬。

 視界が戻ると、対面するようにトエシュガーレたちが立っている姿見が見えた。

 

「っち、終わりか」

 

 その小さな舌打ちは、静かなアリーナに響いた。

 アサシンはケラケラ笑っているが、彼はそれを意に介さない。

 そして、そのままこちらに向かって歩いてきた。

 

 警戒はするが、これ以上の戦闘はない。

 ランサーに目配せをして、道を譲るように横にずれる。

 

「……」

「……」

 

 交わす言葉はない。

 黒い瞳と目が合った気はしたが、それだけ。

 

 トエシュガーレとアサシンは、そのままアリーナの奥へと消えていった。

 

「……はぁ」

 

 後ろ姿が見えなくなったのを確認して、身体から力を抜く。

 それから、ランサーの姿を見た。

 前回ほど多くはないが、微かに傷ついている。さっき見たアサシンも同じような感じだったから、きっとそこまで実力差はなかったんだろうと予測ができた。

 

 でも、それはそれ。

 実際はどうだったのか、本人に問いかける。

 

「ランサーの方はどうだった」

「身体が思い通り動くようになって、大分ましになったわ。でも、敵マスターのサポートが入れば簡単にひっくりかえるでしょうね」

「そっか」

 

 やっぱり、今回も勝敗を決めるのは私たちマスターの実力になりそうだ。

 そして、実力差もはっきりしている。

 

 この差を埋めるために、今思い浮かぶ手段は二つ。

 一つは攻撃ができる礼装を手にいれること。

 そしてもう一つは、自分でも良くわかっていない未知の力について思い出すこと。 

 

 両方とも、見つかるかは完全に運任せだ。

 礼装に関しては二層になければないし、次の思い出す記憶がその未知の力に関するものとは限らない。

 

 けれど、どちらかを手にしなければ、また別の方法を探さなければならなくなる。

 時間が限られている現状、出来るだけそれは避けたい。

 

 だから、どんなことをしても手にしなければならない。

 私が強くなるための、どちらかの手段を。




 気づいたら締め切りを過ぎていた……ごめんなさい……。
 それでも! 昨日無理に投稿するよりは内容も良くできたんじゃないかなと思います!()

 次回の投稿は流石に余裕をもってやりたいと思っております。
 これからも、どうかよろしくお願いします。


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第三十六話 もう一つの約束

 猶予期間(モナトリアム)三日目。

 いつも通り身だしなみを整えながら、昨日の収穫を思いだし、それにあわせて今日の行動を考える。

 

 昨日の収穫はいくつかあるが、やはり一番はレオから貰ったハーレン・トエシュガーレの情報だろう。

 彼の過去から家族構成、更には使用する武器まで。本当に色んな情報が書かれていた。

 でも、その中に戦闘で使用していた銃に関しての情報はなかった。他のものは種類まで書いてあったのにも関わらず、だ。

 

 そこから考えられるのは、レオから貰った情報に欠けがあったか、もしくはこの戦いのために新調してきたかの二択。

 まあ、恐らく後者だろうとは思う。でも、貰った情報になかったのもまた事実。

 やっぱり、全てを鵜呑みにはできない。参考程度に留めておこう。

 

 にしても、あの銃は一体なんなのだろう。

 普通の拳銃なら、何発か撃てばリロードが入る。だけど、トエシュガーレがそれをしている様子はなかった。

 弾丸も普通のものではなかったし。どっちかと言うと『shock(16)(電撃)』みたい、な……。

 

「あ、あれ魔力か」

 

 今まで悩んでたのが嘘みたいに、すぐに答えは出てきた。

 魔力を銃弾のように撃ちだしているのだと思えば、最後のも納得できる。

 

 あれも礼装の一種、なのかな? 

 まあ違ったとしても、ああいうのもあると知れたのはよかった。

 次にあの銃をとりだしてきたら、『view_status()(解析)』を掛けてみるのもありかもしれない。

 

 でも解析して理解するには、結構な集中力を使う。今の実力では戦闘中にそんなことはできない。

 そう思うと、『view_status()(解析)』を掛けられるようになるのは、結構夢のまた夢かもしれないな。

 別の方法も考えておこう。

 

 それ以外で手に入れたのは、頼まれていた望遠鏡と、私の記憶の気配。

 望遠鏡は明日届ける約束だが、記憶の方は今日取り戻せるかもしれない。

 

 校舎でやることはないし、今日は早めにアリーナに行こうかな。

 今回の記憶があの不思議な術に関することなら、アリーナで試せるだろうし。

 

 とはいえ、校舎でなにもしないままアリーナへ行くのも、少々もったいない。

 アリーナに行ってしまえば、帰ってきたあとの行動を制限されてしまうからだ。

 午前中くらいは、校舎でなにかやっておいた方がいいだろう。

 そう、だな……確か、桜のところに行けばアイテムがもらえるはずだ。

 うん。他にやることはないし、保健室でアイテムを貰ってこよう。

 

 *

 

 朝食ついでに買ったお土産を手に階段を登る。

 最後の一段を登り切ったとき、突然上の方からバタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。

 

 思わず、二階に続く階段を見上げる。

 そこで見たのは、どこか急いだ様子で階段を駆け下りる女の子だった。

 

「わっ」

「あ、ごめんなさい! ケガはないかしら?」

 

 まさか女の子が駆け下りてくるなんて思わず、つい声を上げてしまった。

 それに気づいた少女は、眉を落とし心配そうに声を掛けてくれる。

 

「だ、大丈夫。ぶつかってもないし、怪我はないよ」

 

 足を曲げ、視線を合わせてほほ笑む。

 少女は安心したように息を吐き出してから、礼儀正しく頭を下げた。

 

「本当にごめんなさい」

「そんなに気にしないで。でも、階段を駆け下りるのは危ないよ」

「はぁい……」

 

 軽く注意をすれば、少女は反省したように返事をした。

 本人も危ないことは分かってそうだし、これ以上はいいだろう。

 それに、この子もきっとマスターだ。万が一のときはサーヴァントが助けるはずだ。

 

「そういえば急いでたみたいだけど、時間は大丈夫?」

「あっ、そうよ! あたし(ありす)、ウサギさんとおにごっこしてたんだわ!」

「兎さん?」

 

 不思議な言葉に首を傾げるが、少女の意識は既にこちらにはなかった。

 可愛らしいドレスを翻し、校舎の外に続く昇降口へと駆けていく。

 

「それじゃあ、また会いましょう。紫のお姉ちゃん!」

 

 最後に笑顔を見せた少女は、そのまま外へ走って行ってしまった。

 小さく手を振ってみたが、きっと気づいてないだろう。

 

 それにしても。

 

「紫のお姉ちゃん、って」

 

 中々に不思議な呼称だ。まあ、自己紹介してなかったから、そう呼ばれるのも仕方がないのかもしれない。

 彼女は自分のことを『アリス』と呼んでいたから、多分それが名前なんだろうけど。

 次出会ったら、ちゃんと自己紹介をしよう。

 

 さて、じゃあ今度こそ桜のところへ……あれ? 

 今の子、走るときの足音はあまり大きくなかった。でも、バタバタしていた音は間違いなく上からしていたし……あれは一体なんだったんだ? 

 

「待て待てー!!!!」

 

 そんな微かな違和感に気づいた、まさにその瞬間。

 また上から音が聞こえてきた。

 

 再び階段を見上げる。

 駆け下りてくるのは、先ほどの子とは真逆の色合いをした少女。その足音も、さっきとは違うとても大きなものだった。

 

「あ」

「あ」

 

 真っ赤な瞳と目が合ったのは一瞬。

 少女の体は前に倒れて───。

 

「うわああああッ!!???」

 

 落ちてくると気づいたと同時に、絶叫が口から衝いて出た。

 慌てて腕を伸ばし、落下地点に走り出す。

 

 強い衝撃と痛みが同時に腕に走る。

 でも、そんなの気にしちゃいられない。

 そのまま腕を抱え込み、倒れる前に足を組み替える。

 

「ぐっ……!」

 

 勢いよく臀部が床に打ち付けられ、そこからくる痛みに耐えきれず声が漏れた。

 だけど、それもまだいい。

 

 痛みに閉じた瞼を開く。

 腕の中には、階段から落ちた少女が驚いた表情で収まったいた。

 

「よ、かったぁ」

 

 強張っていた体から力が抜ける。

 汚いけれど、思わず階段に背中を預けた。

 

「あ、ありがとう……?」

「……どういたしまして」

 

 まだ状況がうまく理解できてないのか、どこか呆けた表情の少女がお礼を言う。

 本当は怒らなきゃいけないんだろうけど、怒る気力もなく。とりあえず、無難な返事をしておいた。

 

 軽く息をついて、少女を腕から降ろす。

 少し痛む腕を軽く振り回し、調子を確認する。

 

 痛みはあるけど、違和感はない。

 いくら鍛えているとはいえ、子供一人受け止めたんだ。どこか違和感があってもおかしくはないんだけど……もしかしたら、また咄嗟に身体強化でもしていたのかも。

 でもまあ、このあと保健室に行くことだし、ついでに診てもらおうか。

 

 ……いやほんと、桜の世話になりすぎだな、私。

 

「あ、あの!」

「ん?」

「えと、助けてくれてありがとう。怪我はないようだけど、痛くない? 大丈夫?」

 

 落ちてきた少女は、真っ直ぐこちらを見ながら問いかける。

 その瞳になぜだか違和感を覚えながらも、笑って返事をしてみせた。

 

「大丈夫、痛いところはないよ。君は?」

「ボクも大丈夫!」

「そう、ならよかった。これからは階段を走らないようにね」

「う、うん。気を付けるよ」

 

 ドレスの少女にした注意をこの子にも投げかける。

 あの子のようにしっかりと頷いたわけではないけど、今を状況を思うとそれも仕方ない。気を付けると言ってくれただけいいものだ。

 

「……ね、ねえ」

「どうかした?」

「えと、その……頭……」

 

 頭? 

 ……あ! 

 

「ご、ごめん。つい」

 

 気が付けば、私は少女の頭に手を乗せていた。

 ふわふわとした髪の毛は触っていて心地いいが、初対面の少女にしていいことではない。

 慌てて手を引こうとした瞬間、それは小さな手に阻まれた。

 

「ううん。もっとしていいよ」

 

 アリスって子は兎さんって言っていたけど、目を細めて手にすり寄る姿は、まるで猫みたいだ。

 あの子はどこを見てウサギって言ったんだろう。やっぱり、あの真っ赤な瞳かな。

 

 って、赤? 

 そういえばこの子のこと、私どこかで見た覚えがある。どこでだっけ……。

 

「あっ! 君、予選のときの!」

「え、気づいてなかったの!?」

 

 驚いて指摘すれば逆に驚かれてしまった。

 この子はこの子で、私は気づいていると思っていたらしい。

 いや、あんな状況で気づけと言う方が無理だと思う。

 

「まあいいや。ボクはホムラ。ホムラ・エカラットっていうんだ」

「私はクレア・ヴィオレット。よろしくね、ホムラ」

「うん!」

 

 本当に嬉しそうに笑うホムラに、思わず笑みがこぼれた。

 改めて、予選のときのお礼を伝える。

 あの時ホムラがいなければ、私はここにいなかったかもしれない。私が今ここに生きているのは、間違いなくホムラのお陰だ。

 

「だからありがとう、ホムラ」

「う、えへへ……どういたしまして、お姉ちゃん!」

 

 さっきとは逆だな、なんてことを思いながらまたその頭に手を伸ばした。

 んー、この感触、癖になっちゃいそうだ。

 

 でも、ほどほどのところで止めておこう。

 すっかり忘れていたけど、ホムラはアリスって子を追いかけていたはずだ。

 

「それで、ホムラ。あの子、アリスを追いかけなくていいの? 鬼ごっこしてるって言ってたけど」

「っ忘れてた!!」

 

 あんなことがあって忘れていたんだろう。

 慌てて周囲を見渡すホムラに、あの子が逃げていった方向を教える。

 

「あの子なら校舎から出ていったよ」

「あ、ありがとう。でも……」

 

 ホムラはすぐに駆け出そうとはせず、どうしようかと視線を泳がせた。

 私と外を交互に見ていることから、私を心配してくれていることは伺える。

 それは嬉しいけれど、遊んでいた友達を待たせるのはいいことではないはずだ。

 だから、安心させるよう軽快に笑ってみせる。

 

「私はもう大丈夫だよ、ね?」

「それは、わかるけど……」

 

 あれ?

 じゃあ、一体何を心配してくれているんだろう。

 

「ねえ、お姉ちゃん」

「なあに」

「また、話せる?」

 

 ……ああ、なるほど。心配していたのはそれか。

 ここで別れたら、それっきりになってしまうと思ったんだろう。

 

「もちろん。いつでも話しかけに来ていいし、私からも話しかけるよ。そうだな、今度はお茶でもしながらゆっくり話そう?」

「っうん! 約束だよ」

「勿論、約束だ」

 

 小さな小指と己の小指を絡ませる。

 歌を歌ってから話せば、ホムラは本当に嬉しそうに笑った。

 

「それじゃあ、またね!」

「またね」

 

 手を振って、昇降口の向こうに消えていくホムラを見送る。

 

「よし」

 

 また一つ、約束事が増えた。

 それはつまり、負けられない理由も増えたということ。

 

「頑張らないとな……」

 

 決意を新たに、とりあえず保健室に向かうことにした。

 

 *

 

 桜との談話を楽しんだあと、そのままアリーナへとやってきた。

 昨日は微かに感じ取れていた記憶の気配も、今日は色濃く感じられる。 

 

 地図を広げ、気配の位置から記憶の場所にアタリを付ける。

 その場所をランサーと共有し、早速先に進むことにした。

 

 道中に現れるエネミーは、もうランサーの敵ではない。

 後からトエシュガーレたちが来ることも考えて、今日は記憶を優先し一直線に目的地へ向かう。

 

 そして、歩き始めて早十何分。

 記憶があるだろう場所にいたエネミーに止めを差せば、目的地へ到着だ。

 

 フロアの壁に手をつきながら歩く。

 その一部に手が沈んだのを確認し、腕を下ろした。

 

「この先?」

「多分ね。昨日まで、ここに隠し通路はなかったはずだし」

 

 見逃してなければ、になるけど。

 でも、ここが一番気配を感じる場所であることに間違いはない。

 もしここではなかったとしても、近くにはあるだろう。

 

「とにかく、まずはここに行ってみよう」

 

 先を確かめてみないことには始まらない。

 

 軽く眉を潜めるランサーを尻目に、記憶の隠し通路に足を踏み入れる。

 瞬間、今まで感じたことのない悪寒が背筋を駆けあがった。

 

「っひ……」

 

 思わず声が出る。

 自分で出した声とは思わなくて、つい口元を隠した。

 それでも悪寒は収まらない。

 

「クレア?」

「っ、大丈夫」

 

 嘘だ。なんでかはわからないけど、本当はすぐにでも逃げてしまいたい。

 でも、だけど。全て背負えるくらい強くなると、そう決めた。

 

 それはなにも、小鳥遊や矢上だけのことじゃない。 

 記憶を失くすという形で投げ出してしまった、嫌な過去のことも。ちゃんと受け止めないと、意味がない。

 だから。

 

「っ……!!」

 

 前に進む。

 気持ち悪くなるくらいの恐怖で足が竦んでも、ゆっくりでいいから足を踏み出した。

 

 気が付いたら、後ろにいたはずのランサーはいなくなっていた。

 いつも別れる赤い壁を、いつのまにか超えていたんだろう。

 

 目の前に広がる光景は、あまりいいものではない。

 崩れた瓦礫がそこら中にあって、多くの影も周辺に倒れている。彼らが動くことは、もうない。

 

 でも、そう。こんな廃墟当然のところにも、生き残った子たちもいたんだ。

 それで、私たちは怪我人の治療に駆けつけて、それで…………。

 

「っひっく……う、うぅ……!」

 

 ……そうだ。誰かの泣き声が、聞こえたんだ。

 

 だから、助けなきゃ────声を掛けちゃだめだ。

 だって泣いてる、怪我してる────そうだとしても、報告が先だ。

 彼らは他の怪我人で手一杯だ。手の空いてる私が、せめて安心させなきゃ────。

 

 

 

 

「────その身勝手が、彼女を■■■のに?」

 

 

 

 

「─────────ックレア!!!」

「っ……ラン、サー?」

 

 目に映るのは、見慣れた藤色。

 青い瞳が、いつもと違う色で私を見ている。 

 

「……顔色、悪いわよ」

「ご、ごめん……」

 

 頭が少しくらくらする。

 うまく思考が回ってないのが、自分でもわかった。

 

「ごめん。今日は、もう帰ってもいいかな……」

「……その方がよさそうね」

 

 深いため息がつかれるが、今は全く気にならない。

 そんなことより、身体を侵す気持ち悪さをどうにかしたかった。

 

 ─────私は今、どんな記憶を取り戻したんだろう。

 いつもならわかるはずのそれすら、今はわからなかった。

 







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幕間 Memory No.8

 五度目の夢は、今までとはかなり雰囲気が違っていた。

 建物だっただろう瓦礫はそこら中に散らばり、所々から煙が上がっている。

 地面には何体もの影が転がっていて、そのほとんどに動く気配はない。さらに、大きな爪痕や足も至るところに残っている。

 

 この街がなにか大きなものに襲われたと言うことは、一目瞭然だった。 

 

「なに、これ……」

 

 聞きなれた声が耳に届く。

 後ろを振り返れば、クレアとその仲間だろう影たちが呆然と立ち尽くしていた。

 

 その影も、いつの間にか二匹増えている。

 一匹は前回に見た蛇。もう一匹は、今までの記憶では出てきてない小人のようなもの。

 蛇がいるということは、前回より前の記憶ではないのは確かね。

 

「……あら」

 

 思わず声が漏れる。

 影の中の一匹が、今回は色や顔立ちがはっきりと見える。他はまだ黒く塗り潰されているが、その色も少し薄くなっている気がする。

 思い返せば、前回の最後にクレアが出した名前には、ノイズが走ってなかった。

 これは、クレアの記憶が戻ってきてる証拠、なのかしら。

 

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 じっと、はっきり見えるようになった人型……クレアは『ソーサリモン』と呼んでたかしら。それを観察する。

 

 白の三角帽子を被り、白のマントを身に纏うそれは、パッと見人間に見えた。

 けれど、よく見るとそれが人間ではないことがわかる。

 微かに覗く耳は尖っているし、まず顔の色が灰色だ。人間の色でない。

 そして、手には杖を持っている。それを用いて、魔術のようなものを使っていたのは前回確認済み。

 

「まるで、人間が考える魔法使いね」

 

 三角帽子にマントなんて、最もたるものじゃない?

 まあ、そういうわかりやすい象徴は大事だけど。

 

「っあ! ■■■■■■!」

 

 そんなことを考えているうちも、記憶は止まらない。

 

 立ち尽くしていたはずのクレアたちは、何かの名前を呼びながら駆け出していく。

 彼女たちが向かう先にいたのは、今まで見てきた影と比べても随分大きいもの。

 そいつの記憶はまだなにもないのか、仲間たちと比べるとシルエットしか分からない。ただ、そのシルエットからはまるで騎士のような姿をしていると、そう思った。

 

「この惨状は一体……何があったの!?」

「クレア、どうして貴女がここに」

 

 どうやら、彼女たちは知り合いらしい。

 その記憶も見てはないから、今は取り戻してない記憶で知り合ったのだろう。

 

 騎士はクレアたちがここにくるのは知らなかったらしく、驚いた声が聞こえてきた。

 だが、それも一瞬。すぐに考えをまとめたのか、騎士はクレアたちと向き直る。

 

「いえ、丁度いい。説明は後でします。とにかく、今は手伝ってください」

「っわかった。私たちにできることなら、なんでも言って」

 

 緊迫した要請に戸惑いながらも、クレアはすぐに頷いた。

 相談もせずに決めるのかと思ったが、微かに見える仲間たちは誰も嫌な顔をしていない。

 類は友を呼ぶとは、よく言ったものね。

 

「ええ、頼りにしています」

 

 まるで微笑んでいるかのような声は、その言葉と共に一変。厳かで体に響くような指示が、騎士のもとから出された。

 付き従うように騎士の後ろにいた影たちが動き出す。そして、それはクレアたちも同じだ。

 端末から救急箱を取り出すと、それを近くにいたドラゴンに渡した。

 

「数とかは気にしなくていいよ。瓦礫とかには気を付けて、無茶はしないでね」

「それはこっちの台詞。クレアも、無茶はしないでね!」

 

 ドラゴンたちは救急箱を抱え走り出す。

 クレアはそれを見送り、自身も動こうと足を踏み出し。

 

「クレア」

「? はい!」

 

 駆け出す前に、騎士に呼び止められた。

 突然呼び止められたクレアはどこか不思議そうに、けれど真剣に返事をする。

 

「何かあれば必ず報告を。それから、持ち場からあまり離れないように。いいですね?」

「は、はい……?」

 

 そんな当たり前のことで念を押されるなんて、思ってもなかったのでしょう。

 返事をしたクレアの声は、困惑の色を灯していた。

 

 けれど、騎士はそれ以上なにも言わずにどこかへと行ってしまった。 

 そうなってしまえば、クレアも追求することはできない。

 実際にそう思ったのか、彼女は不思議そうに首を傾げながらも、改めて自分の持ち場へと向かった。

 

 彼女が向かった先には、恐らく騎士たちが作ったであろう簡易テントがあった。

 そして、テント下に引かれた布には、街の住民だろう影たちが何体も横たわっている。

 影が濃くて見えないが、ここにいるのは重傷者なのだろう。近くにいるものたちは、前回の記憶で見た治癒魔術をかけているようだった。

 

 所謂、簡易療養所ということね。

 ここにクレアが任された、ということは、もしかして。

 

「クレアッ、こっちだ!」

「ソーサリモン!」

 

 思考は、大きな声に中断される。

 白い魔法使い、ソーサリモンがクレアを呼んだようだ。

 その姿を確認した彼女は、治療の邪魔はしないよう、けれど素早く影の間をすり抜けていく。

 

「ひどい……っ」

 

 ソーサリモンの近くにも、怪我をしてるだろう影が寝かされていた。

 思わずといった風に声が漏れるのを見て、そんなに酷い様子なのかと目を凝らす。

 やはりと言うべきか、怪我の様子はうまく見えなかったけど。

 

「クレアはそこの傷を。私はこっちを治す。できるな?」

「っうん!」

 

 影の傍へ座り込み、小さく息を吐く。

 今とは違う長い前髪から覗く横顔は、酷く緊張しているように見えた。

 

 影に向かって腕を伸ばす。それと同時に紡がれた言葉は、残念ながら私の耳には言葉として届かなかった。

 この部分の記憶は、今回取り戻した分にはなかったらしい。

 けれど、ノイズ塗れの言葉に魔力が籠められているのは分かった。

 

 クレアの手に淡い光が灯る。

 隣にいるソーサリモンと比べれば、その光は小さく、輝きも足りない。だが、間違いなく同一のものだ。

 

「治癒魔術……」

 

 まさか、クレアが礼装を使わずに魔術を使うなんて……。

 

 いえ、前例はあったわね。

 二回戦の決戦のとき、クレアは長距離を一気に詰めてきた。恐らく、あれは身体強化などを使っていたんだろう。

 しかも、無自覚に。もし自覚があれば、彼女は私に報告するはずだ。

 それがないということは、未だこの魔術らしきものに関する記憶を取り戻してないと行くこと。

 

 なら、もし完璧にクレアがこれの記憶を取り戻したら。さらに、それがムーンセルでも同じように使えたら。

 私たちしか知らない魔術。それは、戦闘において大きなアドバンテージとなるだろう。

 

 これからは、記憶の捜索も真面目にやりましょうか。

 記憶を取り戻すことで戦闘に役立つのなら、そうした方がいいに決まっている。

 

 治癒魔術だけじゃなくて攻撃用の魔術が使えると最高なのだけど……そこばかりは、記憶を取り戻してからじゃないと分からないかしら。

 

「おい、クレア」

「ここは、こうして……」

「クレアッ!」

「っ!?」

 

 びくり、と肩が跳ねる。

 恐る恐ると背後を振り向くクレアに、ソーサリモンは鋭い視線を向けた。

 

「気負いすぎだ。肩の力を抜いて……そう、それでいい」

 

 今まで揺らいでいた魔術の光が安定する。

 瞬間、見てわかるくらい光を形成してる魔力濃度が上がった。

 

「いいか。君はもう治癒魔■の基礎はできてる。その状態で下手に考えても、逆にできなくなるだけだ」

「……うん」

「難しいだろうが、落ち着いて治療すればいい。お前なら、それができる」

「うん、うん……ごめん、ソーサリモン。ありがとう」

 

 強ばっていたクレアの体から力が抜けた。

 それから小さく呼吸を整え、目の前の治療に専念し始める。

 

 それから、わずか数分。魔術の行使をやめたクレアは、ほっとしたように口許を緩めた。

 完全にはないにしても、命に危険はない程度には治ったのだろう。

 

「安心するのはまだ早い。怪我人は、私たちが思ってる以上にいるぞ。魔力はまだ残ってるか?」

「もちろん、まだまだいけるよ。私の魔力量は、君のお墨付きだしね」

「ふっ、そうだったな」

 

 それからも、彼女たちは治療を続けた。

 ただ、どれくらいの時間が経ったのかはわからない。気がつけば、クレアの顔色は少し青くなっていた。

 

「……ここまでだな。クレア、お前は先に休息をとれ」

「まだ大丈夫。せめて、この子は……!」

「ダメだ」

「っなんで!?」

 

 力強い否定の言葉に、彼女は鋭い視線をソーサリモンに投げつける。

 しかし、ソーサリモンはそれを一瞥しただけで取り合おうとはしなかった。

 

「魔力切れを起こしたらどうなるかは、教えたな?」

「…………はい」

「わかってるなら行け。この子も、もう大丈夫だ」

 

 その言葉に魔術の止めたクレアは、じっと横たわる影を見つめる。

 冷静に怪我の具合を確かめて、少しは納得したのだろう。どこか不満げな表情ながらも、小さく頷いた。

 

「……わかった。じゃあ、後はお願いね」

「ああ、任せてくれ」

 

 そう言葉を残して、彼女はこの場から立ち去った。

 とはいえ、あの騎士に離れないよう言われているからか、そう遠くまでは行っていない。邪魔にならないところに移動した程度だ。

 

「はぁ……」

 

 よけられた瓦礫に座り込み、深くため息をつく。

 両手で顔を覆う姿は、自己嫌悪しているように見えた。

 

「どうしたの、クレア」

「ド■モン……」

 

 そんなクレアに声を掛けたのは、どこかへ行っていたはずのドラゴンたちだった。

 どうやら、軽傷者の治療はあらかた終わったらしい。

 

「そう、なんだ」

 

 話を聞いたクレアは、先ほどまで自分がいた場所に目を向ける。

 ソーサリモンや影たちは、まだ治療行為を続けていた。

 それは、つまり。

 

「うん。重傷者の方が多いんだって……」

 

 それに、誰も返事はしなかった。いえ、できなかったというべきかしら。

 悲しみや悔しさ。そして、この街を襲った何かへの怒り。色々な感情が入り混じった瞳が、クレアの心情を物語っていた。

 

「それで、クレアは何があったの?」

「え、あ、ああ。私は、その……ソーサリモンに八つ当たりしちゃって」

「自己嫌悪中?」

「正解」

 

 突然話を振られたクレアは、戸惑いながらも言葉を返す。

 やっぱり、自分がしたことを反省していたらしい。まあ、睨みつけるのは明らかに八つ当たりだったしね。

 

「────あれ?」

 

 ふいに、近くにいた竜が声を上げた。

 周囲を見渡し始めるそれに、クレアたちは不思議そうに首をかしげる。

 

「どうしたの、リ■ウダモ■」

「いや……なんか聞こえない? 子供の声みたいな」

「子供の声?」

 

 目を閉じ耳を澄ませるも、子供の声なんてものは聞こえてこない。

 それは、クレアたちも同じのようだ。

 

「私には聞こえないけど、ド■モンと■イモ■は?」

「ボクはなにも……」

「オレも」

 

 竜以外の全員が聞こえないと口にすると、竜はひどく驚いた。

 そんなことはないと、更に集中し始める。

 

「やっぱり聞こえる……これ、多分泣き声だよ!」

「泣き声って……」

 

 全員で顔を見合わせる。

 誰も竜の空耳だとは思っていないらしい。

 

「探しに行こう。きっと、寂しくて泣いてるんだ」

 

 竜が力強く提案する。

 その目を見て、クレアは意見を求めるようにドラゴンへと視線を向ける。

 

「行こう。嫌な予感がする」

「……ド■モンの予感は、嫌なくらい当たるからなぁ」

 

 そんなことを小さく呟いて。

 顔を上げたクレアの目に、もう迷いはなかった。

 

「■イモ■。ソーサリモンと、あと■■■■■■に伝言を頼んでいいかな」

「えっ、オレはついて行っちゃダメなのか?」

「ダメってわけじゃないけど。流石に一言も言わずに離れるのはまずいでしょ」

「それは、そうか……分かった、任せろ!」

 

 持ち場を離れることへの謝罪と、何かの機械を小人に託したクレアは、いつもの二匹ともに街の中へと走っていく。

 先頭は泣き声が聞こえるという竜に任せ、どんどん奥へと進んで行く。

 しばらく走っていれば、私の耳にも確かに泣き声が届き始めた。

 

「っひぐ……! ししょぉ……みんなぁ……っ!」

 

 泣きながら誰かを呼ぶ幼い声。

 その声が聞こえた瞬間、一人と二匹はさらに速いスピードで走り出す。

 

「いた!」

 

 瓦礫に囲まれた街の中、一人で歩く影がいた。

 大きな声で呼びかければ、小さな影はびくりと肩を跳ねさせた。

 

「ひっ!」

「あ、ああ! 大丈夫、これ以上は近づかないよ!!」

 

 怯える影に、竜は慌てたように足を止めた。

 安心させるように穏やかな声を出しながら、必要以上に近づかないよう気を付けている。

 少しずつ、穏やかに声を掛けて、影の警戒を解いていく。

 

「……わかった。ほんとうに、みんないるの?」

「もちろん。絶対に君をみんなの許に連れていくよ。約束する」

 

 どうやら、影の説得は終わったらしい。

 ほっと息をつくクレアは、そのまま影に近づこうと歩を進めて。

 

「っひっく……う、うぅ……!」

 

 その足は、もう一つの泣き声によって止められた。

 

 声がする方を振り返る。

 そこにも、泣いている小さな影がいた。

 

 私は、それにひどい違和感を思えた。

 この泣き声は、どうして今まで聞こえなかった?

 遠くにいる泣き声を聞き取れるほどの耳を持つ竜が、なぜこっちの泣き声に気づかなかった? 

 

「大丈夫?」

 

 跪き、手を差し出す。

 

「? どうしたのクレア」

 

 伸ばした手は、影をすり抜けた。

 

「そこに、誰かいるの?」

「────え?」

 

 視界は、暗転する。

 

 

 

 











 意識が浮上する。
 その動作に逆らうことはせず、閉じていた瞼を上げた。

「なるほど、ね」

 見ていた夢を、記憶を思い出す。
 なんとなく、クレアが顔を青くしていたわけが分かった気がした。

「おはよう、ランサー。もう起きたの?」
「!?」

 うそ……私が、人間の気配に気づかなかった……?

「どうしたの? 珍しい顔してる」
「……なんでもないわよ」

 別に、特別気配を隠している様子はない。
 私を起こさないようにと気を遣いそうだから、それはしたかもしれないけれど。
 それだけなら、私が感じ取れないほど気配を殺すことはないはず。

 ということは、考える結論はただ一つ。
 私が、気を抜いていたんだ。この、人間の前で。

「ねえ、ランサー」
「……なに」

 些か受け入れにくい事実を突きつけられた私に、クレアは視線を寄越した。
 そこで今日初めて、目線が交わる。

「君は、私を……」

 いつもとは、なにかが違った。
 こちらを見る緑の瞳も。陰ることはあれ、最後には前を向く顔も。
 なにもかもが、曇ってる。

「…………ううん! やっぱりなんでもない。君は、あんなことやらないだろうし」

 笑う。嗤う。わらう。
 いつもと違うクレアが、いつものようにわらった。


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第三十七話 錬金術師

 さて、今日はこれからどうしようか。

 昨日はあまりエネミーを倒せなかったから、魂の改竄はしなくてもそこまで変わらない。

 敵の情報は言わずもがな。

 やることと言えば藤村先生の望遠鏡を渡すぐらいで、それ以外は浮かばない。

 

 かと言って、用事を済ませてすぐにアリーナへ行くわけにもいかなかったりする。

 施設が使えなくなるのはもちろん、今日は二階層が解放されるはずだからだ。

 しかも、今日は猶予期間(モナトリアム)四日目。

 今日から二階層に行かなければ、暗号鍵(トリガー)を手に入れる時間が二日だけになってしまう。

 そう考えると、メールが届くまでは校舎で時間を潰しておくべきだろう。

 

 となれば、やっぱり図書室で知識を蓄えておくのがいいかな。知識は多いに越したことはないし。

 うん。そうと決まれば、さっそく向かおう。

 校舎内で唯一情報を集められる場所だからか、意外と満席になったりするのだ。できることなら、席に座ってゆっくり調べたい。

 

 あと、行く途中で先生がいつもいる場所も見ておこう。

 いれば渡せばいいし、いなかったらそのまま図書室に行けばいい。それだけのことだ。

 

 一階の階段前。そこがいつも藤村先生がいる場所だ。

 

「まあ、いないか」

 

 だけどそこに、先生の姿はなかった。

 これは想定通り。今は午前中で、いつも見かけるのは昼過ぎだ。いないのはある意味当然かもしれない。

 

 やっぱり図書室で時間を潰して、またお昼にでもこようかな。

 

「ん?」

 

 今、誰かに名前を呼ばれたような気が……。

 えと、声がしたのはあっちかな?

 

「あっ! おーい、ヴィオレットさーん!」

「あ、先生」

 

 誰かに呼ばれたのは間違いなかったらしい。それがまさか藤村先生だとは思ってもなかったけど。

 でも、丁度よかった。

 ここで望遠鏡を渡せば、先生から依頼は完了だ。

 

「わっ、ちょっと待って。今は取り出さなくても大丈夫よ!」

「え?」

 

 端末から望遠鏡を取り出そうとした瞬間、先生から制止が入った。

 もしかして、呼び止めたのはこれが目的ではないのだろうか。

 でも、望遠鏡の件以外に呼び止められることはない、よな? え、もしかして知らぬ間にやらかした?

 

「あの、先生。私、なにかやっちゃいましたか」

「え、違う違う! 呼び止めたのは、その望遠鏡のことで話があったからなの」

 

 先生曰く、今日の朝に突然やるべき仕事が大量に降って湧いたんだとか。

 仕事の締め切りも近く、今日一日はそれに集中したいらしい。

 

「だから、悪いんだけど私の代わりに望遠鏡を届けてほしくて」

「今日、ですか?」

「ええ。元々、今日までに見つけてほしいって頼まれていたから」

 

 確かに、私に頼んだときも先生はそんなことを言ってた。

 私も今日は比較的暇な方だし、断る理由もない。

 

「わかりました。どこに届ければいいですか?」

「お昼の13時に3-Aの教室で渡す約束をしてるわ。茶髪の眼鏡をかけた男の子よ」

 

 茶髪で眼鏡をかけた男子生徒って結構いそうだけど……まあ、なんとかなるだろう。

 もう一度頷き返事をすると、先生は少しほっとしたように息をついた。

 

「それじゃあ、悪いけどよろしくね!」

 

 その言葉を最後に、先生は駆け足で去っていった。

 普段廊下を走るなと注意する彼女が、こんなにも急いでいるなんて。相当仕事ができたんだろう……先生も大変だ。

 

 にしても、お昼の13時か。

 まだまだ時間はある。予定通り図書室に行って、知識を蓄えておこう。

 

 *

 

 時間が経つのは早いもので、気がついたときには約束の時間の十分前になっていた。

 慌てて本を元あった棚に戻し、図書室を出る。

 

 昼食を取ってから行こうと思っていたのに、我ながらなんて集中力。

 これからは時計を見るのを癖つけた方がいいかもしれない。

 

 閑話休題(そんなことはさておき)

 廊下を怒られないように駆け抜け、3-Aの教室へと辿り着く。

 扉を開け中を覗く。教室にはいくらか生徒がいて、各々が好きなことをして過ごしていた。

 

 その中から、茶髪で眼鏡をかけた男子生徒を探す。

 目当ての人物は、案外早くに見つかった。他に同じ特徴の生徒がいないから、恐らく彼が天文学部の生徒だろう。

 もし間違っていたら怖いけど、ここで怖気付いていてはなにも始まらない。

 勇気を持って行くんだ、私!

 

「あの、すみません。天文学部の部員の方ですか?」

「ん、ああ。君がクレア・ヴィオレットさんか。藤村先生から話は聞いてるよ」

 

 どうやら先に話を通してくれていたらしい。

 それなら話は早い。早速端末から望遠鏡を取り出し、彼に渡した。

 

「うん……うん……」

 

 望遠鏡を受け取った彼は、汚れがないか隅々まで確認を始めた。

 見つけてから一度も取り出してないから、壊れてたりはしていないと思うけど……なんか少し怖いな。

 

「ああ、間違いなくうちの望遠鏡だ。壊れている箇所もない」

 

 だから、その言葉には芯底ほっとした。

 

「正直、壊れてるのは覚悟していたんだが……いや、本当に助かったよ。これ、よかったら貰ってくれ」

 

 そう渡されたのは二つ。

 一つはインテリア。恐らく、これは藤村先生からのお礼だろう。いつも貰うインテリアと系統が似ている。

 もう一つは……石?

 

「あの、これは?」

「天体観測をしているときに見つけてな。ただ、何の石か分からなくて購買でも買い取ってくれなかったんだよ」

「……もしかして、いらないやつ押し付けられてます?」

「あっはっは」

 

 いや笑い事じゃないですけど。

 ……まあ、いっか。この石、どっかで見たことがあるような気もするし。

 

「流石に冗談だよ。こっちがちゃんとしたお礼さ」

「え」

「え?」

 

 微かな沈黙が訪れた。

 なんだか気まずくなって目を逸らした私に、彼は優しく話しかけてくれる。

 

「よかったら、それもあげようか?」

「……ありがたく頂きます」

 

 結局、ちゃんとしたお礼だという『エーテルの塊』と謎の石を受け取って、その場は後にした。

 なんか最後にやらかした気がしなくもないが、先生からの依頼は達成した。次は食べ損ねた昼食でも食べに行こう。

 

 *

 

 遅くなった昼食をゆっくりと食べていると、ふと聞き慣れた声が聞こえてきた。

 思わずその方へ目を向ける。そこにいたのは、想像通り白乃だった。

 

 なにか購買部員と話しこんでいるようだ。

 正直内容は気になるが、私の前にはまだ美味しいご飯が残っている。

 

 ……ま、聞くなら後でいっか。話せることなら教えてくれるだろうし。

 今は目の前ご飯に集中しよう。

 んーっ、おいしい。

 

 

「────ごちそうさまでした」

 

 最後の一口を堪能し、小さく手を合わせる。

 今日も食堂のご飯はおいしかったな。夜ご飯は何を食べようか、考えるだけで楽しみだ。

 

「あれ、また来てる」

 

 なんとなく購買の方へ目を向けると、先程どこかへ行ったはずの白乃が戻ってきていた。

 そして、今も購買部員と話している。

 本当、なにをしているんだろう。せっかくだし聞いてみよう。

 

 ……あ、そうだ。

 

「よーし」

 

 ちょっと遠回りして、白乃の後ろを取る。

 彼女はまだこちらには気づいてない。

 なにやら買い物はしているようだから、それが終わるのを待つ。

 そして、数分もしないうちに微かに軽快な音が聞こえ、白乃が端末をしまった。

 

 今だ!

 

「しーらのっ!」

「っうわぁ!!?」

「うおっ、そんなに驚く?」

 

 想像以上のリアクションに、私まで驚いてしまった。

 そんなに集中していたんだろうか。

 

「な、なんだ、クレアか。びっくりしたぁ……」

「私はあそこまでびっくりされるとは思ってなかったよ」

 

 軽く驚かすつもりだったから、気配とかも消してなかったし。

 まあ、そんなこと今はいい。

 今私が知りたいのは、どうして彼女がここにいるのかだ。

 

「白乃はここで何してるの? なんか行き来してるみたいだけど」

「ん、ああ。欲しいものがあったんだけど、高かったから……」

「あっ! お客さん、しーっ、しーっ!」

 

 ……ははーん。

 なるほどなるほど。こりゃあ、金銭での売買ではなかったな?

 ふむ、少し強請ってみるか。

 

「で、何と何を交換してもらったの?」

「え、よくわかったね! 宝石と桜の手作り弁当を」

「ああっ! お客さーん!!」

 

 わあお。これもまた想定外。

 宝石と弁当って、なかなか釣り合いがとれるものじゃないぞ。

 軽く強請ったつもりが、大きな強請りになってしまった。やめる気はないけど。

 

「あ、あのぉお二方。この件についてはどうかご内密に……」

「んー、どうしようかなぁ」

「つ、次いらしたときいくらか割り引きますので……!」

 

 よし、言質獲得っと。

 

「その言葉、忘れないでね」

「うぅ、はい……」

「うっわぁ」

 

 白乃の引いた声なんて聞こえなーい。

 落ち込む購買部員に手を振ってその場を後にする。

 今は買うものがないけど、次来る時までにはちゃんと考えておこう。

 

「……クレアってさ、結構狡賢いとこあるよね」

「正道だけじゃ生きていけないってだけだよ」

「それはまあ、そうなんだろうけどさぁ」

 

 白乃はどこか気まずそうにしていた。

 私がああやった原因が自分にあることを気にしているんだろう。

 確かに、私もあの言葉がなければ強請ったりはしなかったし……。

 

「あー、その、大丈夫だよ。私もそこまで大量に買うつもりはないし」

「……フォローが下手」

 

 うぐっ。

 

「あっ! そういえば何買ったの? 高いものって言ってたけどっ」

「この流れでその話題に行く?」

 

 うぐぅ!

 

「っぷ、あはははは! ほんっと、クレアって会話が下手だねぇ」

「し、仕方ないじゃん。友達なんて、白乃が初めてだもん……」

「え、あ、そうだったんだ。へぇ……」

 

 え、それだけ?

 もっとこう、会話が続く言葉を。

 

「……白乃。なんか、顔赤くない?」

「っそういうところ!」

「なにが!?」

「いや、あなたたちがなにやってるのよ」

「「あ」」

 

 気が付けば大分歩いていたようで、目の前では遠坂が呆れた目でこちらを見ていた。

 

 *

 

 結局、白乃は一から全部教えてくれた。

 対戦相手の使い魔? を倒すため、錬金術が使えるラニに武器の作成を依頼したらしい。

 そのための素材を持っているのが遠坂で、遠坂からの交換条件として出されたのが購買の大粒のルビー。ついでにそのルビーと交換で要求されたのが桜の弁当……。

 

「なんというか、結構大変だったんだね」

「あはは……」

 

 必要な武器を手に入れるためとはいえ、随分と遠回りをしたものだ。

 でも、本来なら手に入れられることはなかった武器だろう。

 ラニも遠坂も、きっと白乃だから協力してくれたんだと思う。彼女はお人好しで、真っ直ぐだから。

 

「にしても錬金術か。ちょっと気になるな」

「ラニに言ったら見せてくれるんじゃない?」

「いや、流石にそれはないでしょ」

 

 ああでも、聞くだけ聞いてみようかな。

 断られるのは目に見えてるけど、聞くのはタダだし。 

 

「───ああ、別に構いませんよ」

「「いいんだ!?」」

 

 思わず出た言葉に、ラニは不思議そうに首を傾げた。

 いやいや。錬金術とか、そういうのは門外不出の技術だったりするでしょう。知らないけど。

 

「これから私が行う錬金術は、アトラス院の者でなくても使えるような基本のものです。私なりの工夫はありますが、見られて困ることはありません」

「そ、そうなんだ……」

 

 それならまあ、折角だし見せて貰おうかな。

 いい勉強になるかもしれないし。

 

「それでは、始めます」

 

 校舎では少し目立つからと、場所は変えて。

 あまり人目のつかないところで、ラニの錬金術は行使される。

 

「……すごい」

 

 それは、本当に一瞬だった。

 マカライトが爆ぜたかと思えば、その手に一本の剣が握られていたのだ。

 

 だけど、なんとなく。

 あの一瞬で何をしたかは、理解できたと思う。

 

「マカライトを解析して、データコードを書き換えた……?」

「おや、よくわかりましたね。とはいえ、細かく言えばそれだけではないのですが……まあ、その考え方でも間違いではありません」

 

 それをあの一瞬で?

 いや、もしかしたら白乃がマカライトを持ってくる間に、どうやって造るのかを考えていた可能性は高いけれど。

 だからと言って、一瞬で行使できるようなもののようには見えなかった。

 

 ラニの実力を、きっと見誤っていたのだろう。

 彼女は、レオや遠坂にも引けを取らない実力者だ。それを、忘れないようにしよう。

 

「これが、『ヴォーパルの剣』……」

「はい。私の力では、これを使えるのは恐らく一度きり。よく考えてお使いください」

 

 剣が白乃に手渡された。

 大きく重量がありそうなその剣は、正直白乃にはあまり似合っていない気がする。

 でも、彼女はしっかりと柄を握りしめていた。

 

「ありがとう、ラニ。これでまだ戦える」

「いえ、どうかご武運を」

「うん! それじゃあ私は行くね。クレアもまた後で!」

 

 きっと、アリーナへ向かうのだろう。

 手を振りながら去っていく白乃を、同じく手を振りながら見送った。

 彼女の後姿が見えなくなるまで手を振る私を、ラニはどこか不思議そうに見ている。

 

「あなた方は、仲がとても良いのですね」

「そう見える?」

「はい」

「まあ、友達だからね。うん」

 

 にやつく口元を抑え、なんとか返事をする。

 外から見たら、私たちはそれほどまで仲良く見えるのか。それは、単純に嬉しい。

 

「なぜ、そこまで仲良くできるのですか」

「え?」

「あなた方が食堂で一緒に食事しているのをよく見ます。いつかは敵になる者同士。なぜ、一線を置かないのですか」

 

 それを君が言うのかとも思ったけれど、ラニとは協力関係であるだけで、白乃ほど仲がいいわけではない。

 きちんと一線を置いているラニにとって、私たちの関係はおかしく見えたのだろうか。気持はわからなくもないけど。

 

「心配してくれてるの?」

「いえ、ただ疑問だっただけです」

 

 誤魔化すように茶化しても、ラニは冷静なまま。

 よほど不思議なんだろう。目も逸らしてくれない。

 言いたくないわけではないけど、なんだか気恥ずかしい。的外れな回答するのも嫌だし。

 でも、答えないと帰してはくれなさそうだよなぁ。

 

「えーと、後悔しないのかって話だよね」

「はい」

「それなら、後悔はすると思うよ」

 

 そう言うことならと、正直に思っていることを口にする。

 ラニは、私がそう思っているとは考えてなかったのだろう。少し驚いたように目を見開いていた。

 

「白乃が死ねば絶対に後悔する。どうして仲良くなったんだろうって、きっと思っちゃう」

 

 いつか戦うことになった時も、もしかしたらそう思っちゃうかもしれない。

 でも。

 

「今仲良くしなかったら、もっと仲良くすればよかったって後悔するよ」

「そういうものでしょうか」

「そういうものだと思うよ。だから、せめて楽しい思い出を増やしたいなって」

 

 本当ならどこかへ遊びに行ったりするんだろうけど、ここではそんなことはできないし。

 一緒に食事をして、楽しい話をして。そういう些細なことでも、友達となら、白乃となら、きっと楽しい思い出として残ってくれる。

 

「まあ結局、一番は白乃といるのが楽しいからだよ。仲良くする理由なんて、それだけでいいと思う」

「そう、ですか」

「うん。答えにはなったかな」

「……はい。参考にさせていただきます」

 

 他にも理由は色々あるけど、結局はその一つに収まる。

 好きだから、楽しいから一緒にいるだけだ。

 

 この答えがラニの疑問を解消する何かになればいいと思う。

 まだ、少し不思議そうにしているし。

 

「時間を取らせました。あなたも、そろそろアリーナへ行くべきでしょう」

「え、あっ。もうこんな時間か」

 

 指摘され、あれから結構時間が経っていたことに気づく。

 そろそろアリーナへ行かなければ、帰ってくるのが遅くなってしまうだろう。

 

「私ももう行くよ。ラニはどうするの?」

「私は……もう少し、ここにいます」

「そっか」

 

 彼女は軽く空を見上げる。

 倣うように私も空を見上げたが、私には0と1が羅列したいつもの空にしか見えなかった。

 

 だけど、きっとラニにはまた違うように見えているのだろう。

 もしかしたら、空ではなく星を観ているのかもしれない。

 

「それじゃあ、またね、ラニ」

「……ええ。また、会いましょう。クレアさん」

 

 あ。こうして挨拶を返してくれたのって、なんだかんだ初めてじゃないか?

 いつもはお辞儀するだけだったし。

 

 嬉しくて、笑みが零れる。

 今度はそれを、隠すことはしなかった。



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第三十八話 フラッシュバック

 アリーナに入って、まずは軽く周囲を見渡す。

 一層とは違って通路は隠れていない。でもその代わり、フロアの数が少ないように見えた。

 

 全体的にこの構造だと、少し不味いかも。

 今まで通路での戦闘を避けてきたせいで、狭い空間での戦い方を私は知らない。

 ランサーは分かっているかもしれないけど、彼女が対処できないことは私がしなくてはならないわけだし。まさかこんな形で自分の苦手を知ることになるなんて、思いもしなかった。

 

「なんとかしないとなぁ……」

 

 とりあえず、通路で遭遇したエネミーとはそのまま戦ってみよう。

 練習するならそこからだ。別に一度も狭い場所での戦闘をしてこなかったわけではないから、なんとかなるはず。

 

 たった今決めた方針をランサーに伝えつつ、まずはここから見えるフロアに向かってみることにした。

 そこにいたのは蜂型のエネミー。一層にもいたやつだ。

 

 基本、同じタイプの敵の行動パターンは増えるだけで変わることはない。

 増えたパターンを探りつつ、いつも通り戦えば何とかなる。

 

 なんて考えているうちに、敵がこちらに気づいた。

 それに反応してか、ランサーも後ろから飛び出していく。

 

 鋭い針の突撃を膝で受け流し、重いカウンターを返す。

 その一撃がいいところに入ったのか、敵は痺れたように動かなくなった。もしかしたら、セイバーにしたようにハッキングを仕掛けたのかもしれないけれど。

 そんなの今はどうでもいい。

 

 動けない敵に、ランサーは容赦なく追撃を加えた。

 回し蹴りによる一閃は、容易く蜂の翅を奪う。いつもの対処法だ。

 こうなってしまえば、あのタイプの敵にできることはない。堕ちた敵にとどめを刺せば戦闘は終わりだ。私が援護する隙もない。

 

 何か一声かけたいと思うも、これくらいでお疲れ様、なんて言ったら怒られてしまう。

 だから今この場で最適で、無難な言葉は……。

 

「ありがとう、ランサー。流石だね」

「当然よ。あの程度の敵に遅れを取るはずないわ」

 

 そうして投げかけた無難な言葉には、ランサーらしい言葉が返ってきた。

 あまりに自信満々な言葉に思わず苦笑いが零れるが、彼女の言うこともわかる。

 

 エネミーは行動パターンが設定されているから、動きが単調だ。そんな相手に、ランサーが負けることはまずない。

 その中でも、蜂型は比較的倒しやすいエネミーだ。

 

 蜂特有の翅による素早い動きは厄介ではあるけど、問題はない。

エネミーにプログラミングされたパターンが、その特徴を殺しているからだ。

 動く方向、攻撃の方法、そしてそのタイミング。全て把握していれば、素早さに翻弄されることはない。

 さらに、蜂型の移動手段は背中の翅のみ。それを切り落としてしまえば、動くこともままならない。

 そんな弱点だらけの蜂型は、私の中では最弱のエネミーだ。

 

 逆に、厄介なのは馬型。

 さっき言った通り、全てが決まってるから負けることはない。だけど、戦えば体力は消耗する。

 

 馬型は今まで出会った敵の中で一番装甲が厚い。ランサーの攻撃力では一撃で仕留めることは難しく、戦闘が長引いてしまうのだ。

 倒せても体力は消耗するし、できればあまり戦いたくない相手である。

 

 特に一部屋に四体設置してある所とかは最悪だ。

 そう、まさに目の前にある部屋みたいに……。

 

「まじか」

 

 比較的広めのフロアを闊歩する敵の数は四。先程まで考えていた、最悪な敵の配置だ。

 

 蜂型が二、新種が二の四体構成。

 広めのフロアとはいえ、エネミー同士の距離はそこまで離れていない。

 一撃で仕留めなければ他の敵が近づいてくるだろう。最悪、挟み撃ちに合うかもしれない。

 それだけは避けなければならない。こんなところで終わるなんて、まっぴらごめんだ。

 

「どうするの?」

 

 ランサーが私に問いかける。

 彼女ならここの切り抜け方も思いついているだろうに。

 でも、聞いてくれるのは悪い気はしない。むしろ、頼られているみたいで嬉しいかも。

 

 敵を動きを観察し、作戦を考える。

 闊歩してるときの移動距離、往復地点、歩く速度。何度かそれを確認し、頭の中でまとめていく。

 ……よし。

 

「まずは蜂型の翅を切り落とそう。攻撃できないようにしてしまえば、止めは後でいい」

 

 幸い、同種は対角になるよう配置されてる。

 対角同士の距離なら、こっちに気づくのも多少の時間がかかるはずだ。

 

 まずは蜂の動きを止め、その間に新種の一体を倒す。

 もし新種を相手している間にもう一体の蜂型が邪魔してきても、翅を切り落とせばまた一対一にできる。

 あとは、対角にいる敵がこっちに気づかないよう調整すればいい。

 各個撃破は基本中の基本だ。

 

「確実に切り落とせるよう、『release_mgi(c)(魔力放出)』でスキルを付与するよ。どうかな?」

「……ええ、いいでしょう。ちょっと手間な気はするけど、貴女らしい作戦なのかもね」

 

 お、これは褒められてる。

 でも確かに、彼女好みの作戦ではないのかもしれない。ランサーは、手間のかからないスマートなやり方の方が好きそうだし。

 とはいえ、私にはまだそんな作戦ができる力はない。しばらくは我慢してもらうことになるだろう。

 いつか、彼女が一番動きやすい作戦を立てられるようになりたいものだ。

 

 それはさておき。

 妥協点はもらえた。あとは、作戦を成功させるためにサポートに徹しよう。

 

release_mgi(c)(魔力放出)

 

 まずはランサーにコードキャストを掛ける。

 それが完全にかかったのを確認すると、彼女と視線が交わった。

 

 あ。

 

 気づいたら、脚に魔力を溜めていた。

 先に飛び出したランサーを追いかけるよう、地を蹴り走り出す。

 

 一声くらいかけてくれてもいいのに……!

 心の中の文句は聞こえてないはずだろうに、後ろから微かに見える口元は笑ってるように見えた。

 

「さぁ、行くわよ!」

 

 声と共に振るった踵から魔力が放たれる。

 礼装による魔力とランサー自身の魔力(みず)を纏った斬撃は、スタンだけではなくダメージまで与えたらしい。

 地面に堕とされたエネミーは、想像以上に傷ついていた。

 

「タイミングは好きなように! release_mgi(c)(魔力放出)!」

 

 だけど、今はそれを気にしている場合ではない。

 もう一度スキル付与をかけ、次の敵に視線を向ける。

 

 新種の敵はまだ行動パターンが読めてない。

 動きから攻撃を予測して、素早く倒さないと。

 

「速いな……!」

 

 新種が動く速度は、姿からは思いつかないくらいに速かった。

 もちろんランサーには負けるけど、その分攻撃が重い。だけど……!

 

「ランサー、後ろから蜂型!」

「わかってる!」

 

 気がつけば、残ったもう一体の蜂型がこちらに向かって飛んできていた。

 何度でも思う。今ここに、『木刀』がないのが歯がゆい。あれがあれば、私が動きを止めることができたのに。

 

「一歩下がってから上に跳んで!」

 

 針を向けながら飛んできた蜂の位置を確認し、咄嗟に指示が出る。

 ランサーは、疑うことなくそれに従ってくれた。

 

 跳びあがった彼女の目の前には新種がいる。なら、後ろから突進してきた蜂を避ければ。

 新種が振り落とした腕と、蜂の針がうまくぶつかった。

 

「そのまま!」

「終わりよ!!」

 

 落下する勢いを乗せた足が落とされる。

 新種はその一撃で消滅し、残されたのは叩き落された蜂のみ。どれほど強く叩きつけられたのか知らないが、未だ起きる気配はない。

 

「やっぱり、装甲は薄かったんだ」

 

 咄嗟の指示がうまくいったことに、ほっと胸を撫でおろす。

 戦っている最中で、ランサーの攻撃が想像以上に通ることに気づけたのがよかった。他のエネミーと比べたら頑丈な方だとは思うが、馬型ほどではない。

 落下の勢いを利用できたのもよかっただろう。ステータス以上の威力を出せたお陰で、あの一撃で沈めることができた。

 

 途中で襲ってきた蜂も、ランサーが踏んだことで消滅した。

 あとは置いてきたもう一匹の蜂を始末して、それから新種の攻撃パターンを読もう。

 幸い、トエシュガーレたちはまだ来ていないようだし。それくらいの時間はあるはずだ。

 

 後ろを振り返る。

 そこには放置した蜂がいる、はずだった。

 

「あれ」

 

 思わず首をかしげる。

 そこに蜂の姿は見えず、ただいつものアリーナの床が広がっていた。

 もしかして、さっきの一撃が想像以上のダメージを出していたんだろうか。それとも、私を脅かすためにランサーがハッキングで毒のようなものでも付与していたとか。

 それがないと言いきれないのは、これまでの彼女を見てきたからだよなぁ。うん、聞いてみよう。

 

「ねえランサー、もしかして蜂に毒とかの付与を」

 

 していないか。

 そう言うはずだったのに、口から出たのは別の言葉だった。

 

「っランサー!!!」

 

 目に映る光景は、想定外のものだったから。

 遠くにいたはずのエネミーが、いつのまにかこちらを認識できる距離まで近寄っていたのだ。

 

 徘徊ルートは確認していた。

 だからこそ、戦闘を終え落ち着いて次の行動が考えていたのに。

 今私たちがいるこの場所は、どんなに敵が動き回ろうと認識できない距離にあるはずだったから。

 

 だけど敵はすぐそこにいる。こちらに気づいて、一番最初に行う突撃をしてきている。

 

protect(16)(防壁)!!」

 

 敵の進行を『protect(16)(防壁)』で邪魔して、ランサーが対処できる時間を作る。

 同時に、どうして敵があそこにいたのかを考えた。

 

 距離の把握を間違えたのか?

 いや、それはありえない。確かに時間はかけなかったけど、何度か往復するのを確認した。

 ある程度のランダム制があっても、大きく離れた行動はしない。今までのアリーナでもそうだったし、この階層でもそれに変わりはなかった。

 

 だから、もしルートが変わることがあるなら。それは、外的要因があるはずなんだ。

 例えば、いつか私たちがしたように攻撃をして誘導を────!

 

「気をつけてっ、近くにアサシンがいる!」

「! ちっ、いつのまに……!」

 

 エネミーの肩付近に、小さな切り傷が付いていま。

 ランサーの攻撃ではつかない傷だ。それは、私たち以外の者がこの付近にいる証拠。

 まだエネミーは倒しきってないが、それを気にしてる暇はない。

 

 多少の危険は承知でランサーの側に近寄る。

 今は彼女の近くにいた方が安全だ。

 

 周りを見渡す。

 目に映るのは倒していないエネミーだけ。アサシンの姿は見えないどころか、気配すら感じない。

 

「……とにかくエネミーを倒すわ。邪魔にならない程度に近くにいなさい」

「わかった。今はそれしかなさそうだね」

 

 どれだけ周囲を警戒しても、アサシンの気配は感じられない。

 それなら、まずは目に見える危険を排除しよう。

 

 エネミーが仕掛けてくる攻撃を『protect(16)(防壁)』で受け止め、その隙にランサーが重い一撃を与える。

 だけど、それで消滅するほど敵の体力は少なくない。

 ランサーがそのまま攻撃を繰り出そうと体を捻り────そのまま地を蹴った。

 

 刹那、ランサーがいた場所をナイフが横切る。

 それは見事にエネミーの中心へと刺さり、ナイフごとデータへと還っていった。

 

 その光景を見届けることなく、ナイフが飛んできた方角に目を向ける。そこには、先程まで見当たらなかったアサシンが、堂々と立っていた。

 

「クレア」

「うん、お願い」

 

 姿が見えたなら、今度は下手にランサーの近くにいない方がいい。

 戦闘に巻き込まれでもしたら、人間である私は即死だろう。

 かといって、離れすぎたら援護ができなくなる。近すぎず、離れすぎない。

 これまでの戦闘で考えた、最適の位置まで移動する。

 

 ランサーはいつでも飛び出せるように身を微かに屈ませる。

 私もいつでもサポートができるよう、端末と礼装に魔力を回した。

 

 数分、いや、数秒にも満たないにらみ合い。

 いつまでも動く気配のないアサシンに、ランサーは先手を打とうと足に力を込めた瞬間。ふいに、彼は静かな声で話し始めた。

 

「───電脳世界というのは、とても便利だとは思いませんか?」

「……なに、雑談? 悪いけど、貴方と話す暇はないの」

「? 待ってランサー、なんか、様子が……」

 

 ほんの少しの、気づかないような違和感。

 それは、アサシンの身体にノイズという形になって表れた。

 砂嵐のような不愉快な音が、どんどん大きくなって周囲に反響する。

 それに比例するように、アサシンに走るノイズはどんどん大きくなっていって。

 

 

 

 

「こんなにも簡単に、英霊を騙せるのだから」

 

 

 

 

 そこにいたのは、ハーレン・トエシュガーレだった。

 

「ックレア!!」

「え」

 

 殺意が全身に突き刺さる。

 前からではなく、後ろから。

 

「全く、私は嫌だって言ったんですよ」

 

 聞こえる声は近い。

 思わず体を翻す。そんなことより、この場から逃げることを優先すべきだったのに。

 私は、選択を間違えた。

 

「暗殺より、虐殺の方が好きですし」

 

 あ、だめだ。これ、死─────。

 

「っぐ、ぅ……!」

「……え?」

 

 藤色が視界を覆う。

 私はこの色を知っている。当たり前だ。だって毎日見ている。

 私よりも鮮やかで美しい長い髪が、いつもきれいに流れているから。

 

「ら、んさー?」

 

 なんで、彼女が私の目の前にいるの。

そんなの決まってる。

 

 どうして、私は怪我をしていない。

君は、こんなことしないと思ってた。

 

 なんで、どうして、彼女が怪我をしているの?

私が、また間違えたから。

 

「あ、ぁああ」

 

 視界がぶれる。

 ランサーの後ろ姿がなにかと重なって。

 

「■■■■■ッ!!!」

 

 目の前が、真っ赤に染まった。

 

 






彼女が呼んだのは、誰の名前?




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第三十九話 決意を口に

 ぼうっとした意識が、少しずつしっかりとしたものに変わっていく。

 それに伴って、自分がなにか暖かいものに包まれていることに気づいた。

 

「……こ、こは」

 

 見慣れた白い天井が目に入る。

 マイルーム、ではない。だけど、見たことのある天井だ。

 確か、そう。初めてこの世界で目覚めたときも、こんな白い天井を見た気がする。

 ならここは、保健室のベッドの上?

 

 どうして、私はまたこんなところで寝ているんだろう。

 今日は、いや、もう昨日だろうか。校舎で一通り用事を済ませてからアリーナへ行って、探索を始めて。途中でアサシンと遭遇して、でもそれはトエシュガーレで……?

 それから、それから…………私が間違えて……っ。

 

「ッランサー!」

 

 なんで、なんで忘れていた! 

 彼女は私を庇って……!

 

「なによ、騒々しいわね」

 

 そんな言葉と共に、ランサーはすぐ隣に現れた。慌てて距離を詰め、彼女の身体を観察する。

 珍しく困惑した表情を浮かべていた気がするが、気にしている暇はない。

 

「怪我は?」

「あの程度、もう治ってるわよ」

「そ、っか……」

 

 ほっと息をつく。安心したのか体から力が抜けてしまった。

 少なくとも心配するような怪我ではなかったようだ。

 

「それより、貴女の怪我は治ったの?」

「え?」

 

 私の怪我?

 ランサーが庇ってくれたから、私は怪我なんてしてないはずだけど。

 

「……左腕。まさか気づいてないの」

 

 指摘された左腕を見てみる。そこには確かに包帯が巻かれていた。

 こんな包帯を巻かれるほどの怪我をした覚えはない。だけど、認識した途端に駆け巡った痛みがそこに怪我があることを教えてくれた。

 見た目ほど痛くはないが、思わず腕を抑えてしまう。

 

 私は、なんでこんな怪我を負っているんだろう。

 アリーナでの記憶を遡っても、怪我の心当たりは見当たらない。

 でも、ランサーが庇ってくれたあとの記憶が曖昧だ。怪我をしたのであればそのときだけど……。 

 

「君に庇ってもらってからの記憶がないんだ。教えてもらってもいいかな」

「ええ」

 

 ランサーが私を庇ってくれた後、私の様子がおかしくなったらしい。

 顔は青ざめ、目の焦点はあっていない。見るにも耐えない顔色だったと彼女は言った。

 そして誰かの名前を叫んだと思ったら、私を中心に炎がアリーナを覆い始めた、と。

 敵は撤退。気を失った私を抱え、なんとか校舎へ連れ帰ってきたらしい。

 

 それが私の記憶にないアリーナでの出来事。

 彼女の言葉を疑うわけではない。でも、話を聞くだけでは信じられないことがあるのも事実だ。

 

「アリーナが炎に包まれたって、本当なの?」

「本当よ。あれがなんなのか、貴女が一番知っているのではなくて?」

「……心当たりならあるけど」

 

 その不思議な出来事に身に覚えがない、わけではない。きっと、無自覚にしていた身体強化と同じ類のものだろう。

 でも、取り戻した記憶は完璧ではない。失っている記憶の中に、その炎がなんなのかの答えがあるはずだ。

 

「私ってどれくらい眠っていた?」

「保健室に来て一晩よ。一日も無駄にはしてないわ」

「ならよかった」

 

 ほっと、胸を撫で下ろす。

 昨日は四日目だったから、今日は五日目。猶予期間(モナトリアム)はあと二日。

 時間はない。トリガーを手に入れ、記憶を取り戻し、さらにアサシンの真名を探る。もう、一秒も無駄にはできない。 

 

「…………ねえ、ランサー」

 

 ……聞きたいことが、本当はもう一つある。

 聞くつもりはなかった。聞きたくはなかった。

 だけど、気づけば私の口からはその言葉がこぼれ落ちていた。

 

「どうして、庇ったの。君は、あんなことしないと思ってたのに」

 

 彼女は、私のことが好きではない。

 嫌いという言葉もあってはないと思うけど、どちらかといわれたら嫌われている方だと思ってる。

 だから、嫌いな私を庇う理由が、ランサーにはない筈なのに。

 

「……そんなに庇われるのが嫌いなら、強くなりなさい」

「なに、それ。私、庇ってくれた理由を聞いたのに」

「それが解らない貴女ではないでしょう」

 

 ……解ってる。

 きっと、ランサーには聖杯戦争に勝ち残りたい理由がある。

 でも、彼女は一人で聖杯戦争に参加できるわけではない。私が、マスターという人間がいて初めてここに存在できる。

 だから彼女は私を導き、守ってくれる。

 

 そんなことくらい解ってる。

 だけど違う。違うんだ。

 私が知りたいのは、それじゃなくて。

 

「そんなに、自分のせいで誰かが死ぬのは嫌?」

「っそんなの、当たり前でしょ」

 

 誰だって、自分が原因で大切な誰かを失うのは嫌に決まってる。

 しかもそれが、どうにかできたかもしれない状況で。私がもっとちゃんとしてれば、彼女は、君は───。

 

「死なずに済んだのに、って?」

「は」

 

 なんで、どうして。どうして、なんでっ。

 

「な、んで、知ってるの……!?」

「混乱しすぎよ、貴女」

 

 愉快そうにランサーは嗤う。

 それが、なんだか嫌に鼻についた。

 

「ッランサー……!」

「───クレア?」

「!!」

 

 詰め寄ろうとした勢いは、突然聞こえてきた声に抑えられた。

 この声は……白乃?

 

「起きたの? カーテン、開けてもいい?」

「え、あ……」

「……私は行くわ。貴女をここまでつれてきたの、彼女だから。礼は言っときなさい」

「っまって!」

 

 まだ、聞きたいことが……!

 

 伸ばした手は宙をきる。

 もうそこには誰もいない。ランサーは霊体化してしまった。

 

「クレア……?」

「っ」

 

 落ち着け、落ち着け。

 私は今、冷静さを失っている。

 普段は苛つかないランサーの嗤い方が鼻についたのも、冷静じゃないからだ。

 彼女との話ならいつでもできる。だから落ち着け、クレア・ヴィオレット。

 

「……ごめん白乃。もう開けても大丈夫」

「そう?」

 

 軽い音と共に、カーテンが開かれる。

 カーテンが開けた先では、白野が心配そうな顔で立っていた。

 

「ごめん、取り込み中だったかな」

「いや、正直助かったよ」

 

 あの状態のまま話しても、きっとなにも受け入れることはできなかっただろう。

 白乃が途中で声をかけてくれて、ランサーが話を切り上げてくれたからこそ、冷静になることができた。

 だから、今はこれでいい。

 

「白乃がここに運んでくれたって聞いたよ。ありがとう」

「そんなの気にしなくていいよ。それより、左腕は大丈夫? 大分ひどい火傷だったけど……」

 

 白乃の目線が左腕に移る。

 釣られるように目をそちらに向けながら、軽く腕を動かしてみた。

 動かす度に軽い痛みは走るけど、我慢できないほどじゃない。

 

「大丈夫。少しヒリヒリするけど……これくらいなら平気」

「なら、いいけど……無茶はしないでよ」

「うん。ちゃんと気を付ける」

 

 だからそんな疑うような目線を向けないでよ。

 本当に気を付けるからさ。

 

 誤魔化すように笑って、違う話題を振ることにした。

 そういえば、白乃がここにいるということは、もしかして桜は出払っているんだろうか。

 彼女には怪我の状況を聞きたいし、どこにいるか聞いてみよう。

 

「桜はいる?」

「うん、すぐそこにいるよ。呼ぼうか?」

「いや、私から行くよ。身体動かしておきたいし」

 

 別に出払っているわけではないようだ。

 すぐそこにいるなら、私から行こう。保健室のベットに寝たままってのも落ち着かないし。

 

 布団をどかしてベットから降りる。

 脱がされていた上着を羽織ってボタンを留めるけど、包帯が邪魔でうまく指先が動かない。

 もうちょっと薄く巻き直せないか、桜に相談してみよう。

 

「あ、おはようございます、クレアさん。怪我の具合はどうですか?」

「おはよう、桜。お陰で痛みは少ないよ。ただ、包帯のせいで指が動かしにくくて」

「でしたら薄く巻き直します。怪我の状態について話がしたいですし、こちらへ」

 

 促されるがまま、桜に向かい合う形で椅子に座る。

 左腕を差し出せば、彼女の手が優しく添えられた。そのまま、傷に障らないようゆっくりと包帯が解かれていく。

 

「左腕は完治はしてませんが、探索に支障はありません。ただ、戦闘での酷使は控えてください。悪化する場合があります」

「うん。約束はできないけど、気を付けるよ」

「はい。そして、大変言い辛いのですが……なぜか、アバターの修復が完全には行えませんでした。完治はしても、火傷の痕は残ってしまうかと」

 

 言いにくそうに、どこか悔しそうな表情をしながらも桜ははっきりとそう言った。

 包帯が解かれ露になった左腕を確認する。

 

 広範囲に広がる火傷の痕は痛々しい。だけど、私が想像していたよりは酷くない。

 きっと、桜が頑張って治療してくれたんだろう。

 確かに痕は残ってしまうだろうが、時間が経てば薄くなっていく程度にはなってる。

 

 私としては、ここまで治してくれたことに感謝しかない。

 だけど、桜は健康管理AIだ。こうして患者に痕が残ってしまうのが、悔しいのかもしれない。

 医者ではないし、私としてはこれで十分なんだけど。

 

「これぐらい気にしないで。きちんとケアすれば薄くなるだろうし、十分だよ」

「いえ、みなさんの健康を管理する者として、治せないものがあるというのはいけません!」

「そういうもの?」

「そういうものです!」

 

 でもこれ、多分自業自得(・・・・)なんだよなぁ。

 だから本当、桜が気にすることではないんだけど……彼女には彼女なりのプライドとかがあるのかも。下手に口出しすることじゃないか。

 

「できれば、定期的に怪我の経過を見せに来ていただきたいです。痕が消せるよう、なんとかしますから」

「……ありがとう。甘えさせてもらうね」

 

 それから、改めて包帯を薄く巻き直してもらったり、替えと痛み止めを受け取ったり。あとは、生活する上での最低限の注意を受けた。

 忘れないよう端末で軽くメモを取り、改めて内容を見直す。包帯を変える時期だとか、お風呂への入り方だとか。そう言った簡単な注意事項だ。

 この程度なら、守りながら生活ができるだろう。

 

「どうか無理はせず。これ以上痛みが増すようならすぐに来てください」

「私のことも頼ってよ。できることならなんでも手伝うから」

「うん。本当にありがとう、二人とも」

 

 恵まれているなと、心の底からそう思う。

 私を心配して、一生懸命治療を施してくれる桜。

 怪我した私を保健室まで運んでくれて、そのあとも様子を見に来てくれた白乃。

 それが例え役割でも、いつか敵になる友達でも。こうして心配してくれる心は、本物だと信じれる。 

 

「あ、そうだ桜。実は一つ、聞きたいことがあるんだけど」

「はい、何ですか?」

「実は────」

 

 心は安らいだ。

 だから大丈夫、とは思わないけど。さっきよりは、落ち着いて話ができるはずだ。

 

 だから、だから─────。 

 

「話をしよう、ランサー」

「……なんの話を?」

「うーん、色々?」

「なによそれ」

 

 心底訳が分からないとでも言いそうな声色を聞きながら、私は少しホッとしていた。

 さっきあんな会話をしたから、こんな軽口に応えてくれるとは思ってなかった。彼女はそのつもりはないのかもしれないけど、私はそう思ったのだから勝手に安心しとこう。

 

「桜に聞いたよ。マスターとサーヴァントは夢で記憶を共有することがあるって。見てたんなら、言ってくれたらよかったのに」

「言う必要があって?」

「それを言われると困るけど……」

 

 でも、見てるって知ってたなら勝手に相談とかしてたかも。

 いや、知らなくても相談したことあるな? あの時、あの場所について説明したけど、ランサーは知ってたのか……。

 気恥ずかしいというか、なんというか。不思議な感覚だ。

 

「それで、本題は?」

「……もうちょっと雑談に付き合ってくれない?」

「そんな時間はないわ」

 

 正論すぎる。

 まあでも、正直そこまで真面目な話かというと、そうでもないのだ。

 ただ私が、ランサーに伝えたいことがあっただけ。

 

「記憶を見たなら知ってると思うけど、私、庇われるのって嫌いなの」

「……」

「強くなった気でいたんだ。強いのは私じゃなくて、周りにいるみんなだったのに。それを理解しないで一人で行動して、間違えて……そのせいで、名前もまだ思い出せない大切な彼女は、私を庇って死んだ」

 

 彼女は強かった。

 あの頃の私たちが束になっても勝てないくらいに。

 

 でも、そんな彼女はあっけなく死んでしまった。

 私が弱いせいで足を引っ張って、最期は私を庇って死んだ。

 あの時は、酷く自分を責めたのを覚えてる。

 

 私がちゃんとあの子たちから離れなければ、彼女が助けに来るようなことはなかった。

 私が一人でも戦えるくらい強ければ、足を引っ張ることはなかった。

 せめて、せめて身を守るくらいの力があれば────。

 

「何度も何度も後悔して、それからどうしたかは、まだ思い出せてないけど」

 

 だけどきっと、今の、今までの私と同じことを思った筈だ。

 

「強くなるよ。もう二度と、君に庇ってもらわないように。自分の身を自分で守るために」

「……まさか、そんなことを言うためにわざわざ時間を取ったの?」

「うん」

「呆れた」

「ごめんね。ただ、ちゃんと伝えておきたかったんだ。守られてばかりは、嫌なんだって」

 

 君にとっては、意味のないことだろうけど。

 私の気持ちを知ってほしいっていう、ただのわがままだ。

 

「はぁ……私には関係ないわ。好きにしなさい」

 

 その言葉を最後にランサーは霊体化して、見えなくなってしまった。

 口元が緩むのが自分でもわかる。彼女は呆れていたけど、声色に嫌悪感は感じられなかった。

 

「……強くなるよ。絶対に、私が弱いせいで君を負けさせたりはしないから」

 

 そのために、まずは記憶を取り戻そう。

 なんとなくわかる。次取り戻す記憶は、今の私が求めてやまない力だ。



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第四十話 魔法使い

 アリーナに入り、まずは周囲の気配を探ってみる。

 感じ取れる気配は、隣にいるランサーのものだけだった。

 

「ランサー、トエシュガーレたちがいるか分かる?」

「……いえ、気配は感じないわ」

 

 そっか、ランサーにも感じ取れないか。

 ならいないのか、それとも完全に遮断されているのか。どちらかは分からない。

 でも、昨日はいつも感じていた空気の変化がなかった。となると、彼らが先にアリーナにいたと考えられる。

 気配が感じられないからいないと決めつけるのは早計だ。

 今日は、トエシュガーレたちがいると仮定して進んだ方がいいだろう。

 

 幸い、昨日行ったフロアまでは横道が少ないし隠し通路もなかった。

 あそこまでなら奇襲の心配はあまりしなくてもよさそうだ。問題はそこからだけど……こればかりはどうしようもない。

 とにかく先に進もう。できれば、今日中に記憶とトリガーを入手しておきたい。

 

「……クレア、今回は記憶を優先していいわよ」

「え?」

 

 歩いている途中、ふいにランサーがそんなことを言い出した。

 想像もしていなかった言葉に、思わず彼女を見る。

 ランサーは、真剣な表情で私を見ていた。

 

「貴女、アサシンの戦い方は見た?」

「ううん。ちゃんと見れたのは一日目だけ。他の戦闘じゃあ、トエシュガーレにばかり目が行ってたから」

「そう。ならわからないかもしれないけど、アサシンは弱いわよ」

「……え?」

 

 唐突に断言されたその言葉が、うまく頭に入ってこない。

 弱い? 誰が、アサシンが? 一日目の戦闘で、何もできなかったのに?

 

「っ確かに攻撃は当たらなかったけど、それは向こうも同じよ! 大体、私のステータスが下がっているのは誰のせいだと……!」

「ごめんなさい! それを言われると何も言えないです!!」

 

 珍しく声を荒らげたランサーに、頭を下げながら謝った。

 もう本当、ステータスの件は言い訳もできない。完全に私の非でしかないからだ。

 謝る以外の選択肢なんてなかった。

 

「……はぁ、話を続けるわよ」

「お願いします……」

「武器としてナイフを扱っているけど、その扱いはお世辞にもうまいとは言えないわ。戦闘経験もなさそうだし、恐らく近代、戦争が終わった後の時代の英霊でしょう」

 

 戦争が終わった後。つまり、平和な時代の人間。

 そんな人間でも、サーヴァントになればあんなに戦えるんだ……少し、羨ましいと思ってしまう。

 

「それでも勝てないのはステータスのせいもあるけど……一番の原因は身体強化かしら。あれ、下手したらサーヴァントでも痛みを感じるくらい強くかけられてるわよ」

「え、戦闘中ずっと?」

「恐らくね」

 

 ランサーの言うことだ。きっと嘘はない。

 でも、そんなコードキャストを使ってる様子なんて今まで一度も……いや、トエシュガーレのことだ。会敵する前にかけてるんだろう。

 

 今聞いた話を、改めて整理する。

 サーヴァント個人の実力は、総合的にランサーが上らしい。それでも勝てないのは、マスターのサポートの差が原因。

 

 この状況は、矢上のときと同じだ。

 けど矢上にはなくて、トエシュガーレには持っているものがある。それが、戦闘経験の差。

 有名のプログラマーではあったがただの一般人だった矢上と、元傭兵で現殺し屋のトエシュガーレ。

 どちらが上回っているかなんて、考えなくてもわかる。

 

「戦闘経験に扱うコードキャストの量。この力の差はすぐに埋められるものではないわ。本来なら、ね」

「でも私には、すぐにそれを埋められるものがある」

「ええ」

 

 二回戦の決戦から使えるようになった身体強化。そして、昨日私の中心に発生したという炎。

 それを使いこなせさえすれば、サボ-ト力の差は埋められる……!

 

 でも

 

「本当にいいの? 今回の記憶が、力に関するものなんて確証はないのに」

「でも、確信はあるんでしょう」

「─────」

 

 え、え? えっ?

 

「? なに呆けているの。さっさと進むわよ」

「えっ! う、うん!」

 

 今のは、私を信用してくれたってこと、だよね。

 え、どうしよう。すっごく嬉しい。

 にやけているのはバレてない、よね?

 

 ああもう、落ち着け落ち着け。前にも似たようなことがあった気がしなくもないけど、アリーナは危険がいっぱいなんだ。

 浮かれてる場合じゃないぞ、クレア。

 

「……よーし」

 

 一度ゆっくりと呼吸をして、気持ちを切り替える。

 目を閉じて、改めて目の前に広がる光景を視界に入れる。

 

 昨日最後に戦ったフロアは既に通りすぎたが、まだまだアリーナは広い。

 でも、着実に前に進んでいるのはわかる。

 少しずつ、記憶の気配が強くなっているからだ。

 

 今までと同じ感覚なら、あと十分もしないうちに記憶へと続く隠し通路にたどり着くだろう。

 問題は、相変わらずトエシュガーレたちの気配がしないこと。

 いないならそれでいい。だけど、もしいたとして、今この瞬間も暗殺の機会を探っているのだとしたら。

 

 ……厄介だな。隠し通路に入る場所は、できるなら見られたくない。

 彼らが途中にある壁を通り抜けられるとは思わないけど、そこにはいつもランサーが一人で待っていてくれている。

 一対二は、いくら彼女でも辛いだろう。

 

 記憶のある場所まで、あと少し。

 それまでに、なんとか敵の場所を……。

 

「っランサー!」

「何をしている、アサシン!」

 

 突然浴びせられた猛烈な殺気。

 反射的に彼女の名前を呼べば、同時に男性の焦ったような声も聞こえてきた。

 

 瞬間、響くのは刃同士がぶつかる金属音。

 その音がする方に目を向ければ、そこにはトエシュガーレたちがいた。

 

 やはり先にいて姿を隠していたのかと納得を得たのと同時に、小さな疑問がいくつか浮かぶ。

 どうして、こんなタイミングで襲ってきたのか。

 どうして、あんな焦ったような声をだしていたのか。

 

 そんな些細な疑問の答えは、すぐにアサシンの口から叫び出た。

 

「なぜ、って。そんな、酷いですマスター! 私をこんなに痛めつけて、その上我慢しろだなんて……!」

 

 アサシンは上気した顔に笑みを浮かべ、震える己の体を抱きしめている。

 その様子がなんだか異質で、でもどこかで見たことのあるような気も……。

 

「ただのドMじゃない」

「ああっ、その声、表情っ! やはり私と貴女は相性がいいと思うのです! どうでしょう、私たち……!」

「ぜっったい、お断りよ。貴方は趣味じゃないわ」

 

 ああ、確かにランサーはSだもんな……。

 なんて、現実逃避気味にそんなことを考える。

 

 しかし、今の誘いをランサーが受けなくてよかった。

 もし受けてたらと思うと……うん、嫌だ。考えるのも嫌だ。

 

「はぁ……まあいい。おいアサシン、やる気はあるんだな?」

「当然です! こんなにも昂った感情を抑えることなんて、私にはできません!」

「ならいい。予定を狂わせたんだ、確実に仕留めろ」

 

 鋭い眼光がこちらを貫く。

 向こうは明らかにやる気だ。本当は暗殺で仕留めるつもりだったところを、アサシンが暴走したって感じかな。

 それは好都合。だけど、記憶がまだ……。

 

「クレア」

「なに、ランサー」

「行きなさい」

 

 っ!? 本気で言って、るよなぁ。

 こんな時に冗談を言うタイプではないのは分かる。こんな無茶を言った理由も、なんとなくあたりはつく。

 

 相手は本気だ。下手を打てば、記憶すら取り戻せないまま校舎に戻ることになるだろう。

 時間がない今、それだけは避けなければならない。

 

「できるだけ、早く帰ってくるから」

「別に遅くても構わないわよ」

「私が嫌だよ……無茶はしないでね」

 

 不安だらけの感情を抑えつけて、なんとか言葉を絞り出す。

 本当は行きたくなんてない。一緒に戦いたい。だけど、私がいてもそう変わらないのは分かってる。

 

 だから、魔力を足に回す。

 それにトエシュガーレが反応して身構えた隙に、私は彼らとは反対方向に地を蹴った。

 

「っ行かせるな!」

「あら、よそ見するなんて余裕ねっ!」

 

 声が遠ざかる。

 自分でも驚くほどのスピードで、アリーナを駆け抜けた。

 

 最深へと続いているだろう道を逸れ、気配のするわき道に入る。

 奥は行き止まり。アイテムボックスと、それを守るようにエネミーが配置されていた。

 

 私の目的はそれじゃない。

 細い道を闊歩するエネミーを飛び越え、アイテムボックスを無視して。その先の行き止まり(隠し通路)へと、足を踏み入れた。

 

「っうっそでしょう……!?」

 

 背後から感じる気配に、思わず口から感情が漏れる。

 軽く後ろを振り返ってみれば、アイテムボックスの前に配置されていたはずのエネミーが、私を追いかけてきていた。

 そりゃあそうなるという冷静な感想と、冗談じゃないという本音が入り混じる。

 

「ああ、もう……!」

 

 ただでさえランサーを一人にして不安だというのに、本当勘弁してほしい。

 でも大丈夫。幸い、あのエネミーの動く速度はそこまで速くない。このスピードを維持していれば、追いつかれることはないだろう。

 

 だから、いつもの壁まで走れば、きっと……大丈夫、だよね?

 一人でエネミーに追いかけられているから、だろうか。恐怖と不安が、なぜかいつもより大きく感じる。

 

 大丈夫だと自分に言い聞かせて、本当に大丈夫なのかと自分で問うている。

 意味のないことだと分かっているのに、そのループを止めることはできない。

 

 ……でも不思議だ。感情はぐちゃぐちゃなのに、なぜだか懐かしい気もする。

 あの時もこうやって、必死にみんなで逃げて。それで、それで────。

 

「クリスタルクラウド!」

 

 冷たい吹雪が私の真後ろを吹き抜ける。

 それに直撃したエネミー(デジ■ン)は、一瞬で凍り付いた。

 

 ─────ああ、そうだ。そうだった。

 

「こうやって、君に助けてもらったんだよね……ソーサリモン」

 

 懐かしい顔が、そこにはいた。

 白の三角帽子に、口元も覆う白いマント。手に持つは氷の結晶の杖。

 喋ってはくれない。ここにいる彼女は、あくまで私の記憶が作った彼女だから。

 でも、酷く懐かしくて、会えたのがすごく嬉しかった。

 

 けれど、喜びに浸っている余裕はない。

 今この瞬間も、ランサーは一人で戦っている。

 

「力を取り戻したい。君に教わった、誰かを助けて守るための力を」

 

 まっすぐ、ソーサリモンの蒼い瞳を見つめる。

 そんな私を彼女はどこか呆れたように笑って、大きな手を差し出した。

 その掌にあるのは、私の記憶の欠片。

 

「もう忘れないから……行ってきます」

 

 無くさないよう欠片を握りしめ、目を閉じる。

 目を開ければ、そこが今の私が戦う場所だ。

 

「っ急がなきゃ」

 

 頭が痛い。きっと、色んな知識を取り戻したせいだろう。でも、我慢できない痛みじゃない。

 それよりも、記憶を取り戻したおかげでさっきよりも魔力の巡りがよくなった気がする。

 

「ランサー……!」

 

 大地を蹴る。先程よりもスピードは出たけど、驚きはない。

 記憶もあれば、体も覚えてる。なにより、速く走れるようになったのは魔力操作が前みたいに(・・・・・)できるようになった証拠だ。

 これなら大丈夫。行ける!

 

「────集うは、大地をも裂く風の牙」

 

 言葉に魔力を籠める。

 そうすることで散々やってきた、世界への干渉(ハッキング)

 

 その手ごたえは、世界が違うムーンセルでも感じられた。

 ならやり方は変わらない。私はただ、ソーサリモンに教わった通りやればいい!

 

 前を向く。視界にいつもの黒い背中が映る。

 彼女は、ボロボロだった。

 背後からでは詳しい状況は分からない。だけど、いつもピンとした背中は確かに傷ついていて。

 

「ッランサー、引いて!!」

 

 なんとか、彼女にその場を引くよう指示を出す。

 ランサーは突然の言葉だったというのに、すぐに反応して空へと飛びあがった。

 

 苛立つくらい笑ってるアサシンの姿が、正面からよく見えた。 

 

「切り刻め、ウインドクロウ!」

 

 苛立つ顔を標的に、最後の一節を口にする。

 その瞬間、風がないはずののアリーナに、風が吹き荒れた。

 

「っなんだ!?」

「できた!」

 

 吹き荒れる風は、まるで牙のように鋭く、引き裂くようにアサシンに襲い掛かった。

 その様子に思わず声が出る。我ながら、未だ半信半疑だったらしい。

 だけど、これで確証も得た。この世界でも、私は魔法(・・)が使えるんだ!

 

「これはまた、面白い力を取り戻したのね」

「あ、ランサー、怪我は……!」

「平気よ、このくらい」

 

 確かにどれだけ見ても大きな怪我は見当たらない。けど、細かい切り傷は幾つもできていた。

 別に、私がいたとしても怪我をさせないことなんて無理だ。小さな傷なんて、気にしていたらきりもない。

 そんなことは分かっているのに、なんでだろう。今はなぜか、その小さな傷があるのが嫌だった。

 

「じっとしてて……ヒール」

 

 怪我に手をかざし、魔力を籠める。軽い光に包まれた傷は、小さなものから順に消えていった。

 よかった、これも成功だ。ほっと胸を撫でおろしながら、どんどん治療を進めていく。

 

 だけど、こっちばかりに集中してはいられない。

 魔法の行使を続けながらも、改めて敵に目を向ける。

 トエシュガーレは、どこか驚いたようにこちらを見つめていた。

 

「コードキャスト……? いや、違う……」

 

 ぶつぶつと何かを呟いてるのが耳に届く。

 やっぱり、見ただけであれがコードキャストじゃないと分かるんだ。今回は仕方ないけど、次からは決戦まで取っておいた方がいいかもしれない。

 

「……いや、いい。アサシン、行くぞ」

「ええ!? 私、まだやり足りないのですが!」

「黙れ。どうせすぐムーンセルの干渉が来る。やり合っても時間の無駄だ」

 

 アサシンはまだ何かを言っているようだが、トエシュガーレはそれに応えることはなく歩いていく。

 彼は流石にマスターの援護なしで勝てるとは思わなかったのか、どこか落ち込んだ様子でその後ろについていった。

 

 彼らの後ろ姿は見えなくなり、先ほどまであった気配も既に感じられななくなる。

 アリーナから出たわけではなさそうだし、もしかしたら気配を消すコードキャストでもあるのかもしれない。そうでなければ、ここまで完璧に気配を消すことはまず不可能だろう。

 

「それで、さっきのあれ、説明してくれるんでしょうね?」

「勿論。でも、ここじゃあ彼らに聞かれるかもしれないし……マイルームに戻ったらちゃんと説明するよ」

「そう。ならいいわ」

 

 そう話しているうちに、彼女にできた傷は全て完治できた。念のため『view_status()(解析)』も使ってランサーの状態も確認しておく。

 ……うん、問題はない。これでランサーはいつも通りの動きができるはずだ。

 私はまだ少し頭が痛いけど、さっきよりは随分ましになった。魔力もまだ十分に残ってる。

 これからの探索に支障はでないだろう。

 

「よし。改めて、トリガーを目指そう!」

 

 ついでに、今の私がどれくらい魔法を使えるのか試したい。

 取り戻したばかりの力だし、なにより環境も違う。

 昔と今の違いを確認するのは大切だ。今のうちに、やれることは全てやっておこう。

 

 それはきっと、次のための力になるから。

 

 





 なんとか投稿できました!遅れて申し訳ございません。

 今回は難産でした。
 魔法の技名はゲームの継承技から。詠唱はオリジナルです。もしかしたら変えるかもしれません。変えないかもしれない。


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第四十一話 故郷と魔法

 端末をかざしドアを開けば、そこはもう私たちの世界。

 入り口のすぐ横にある電源を入れたら、真っ暗だった部屋に電気が灯った。

 

「ふぅ」

 

 首元を緩めて、ベッドで一息つく。

 今日はなんだか長い一日だった。いつもとはちょっと違う方法で記憶を取り戻したから、余計そう感じるのかもしれない。

 正直お風呂とか諸々は明日にして、もう寝てしまいたいけど……。

 

「で、説明はしてくれるんでしょうね」

「……もちろん」

 

 だよねぇ。

 まあ、部屋に戻ったら教えると言ったのは私だもんね。

 とはいえ、いざ説明するとなるとどこから話したものか。

 いや、まずそもそもの話、彼女は魔法の何を知りたいのだろう。

 

 効果とか戦術への応用の仕方とか、そういったのを知りたいんだろうなと想像つく。

 けど、それ以外は? 意外と、成り立ちとかに興味があったりするんだろうか。

 分からない。から、本人に聞いてみよう。

 

「ランサーは魔法の何が知りたいの?」

「……そうね。そもそも、私の知ってる魔法と貴女のいう魔法は、指しているものが違うわ」

 

 曰く、魔法というのは実現不可能な出来事を可能にする魔術のことを指すらしい。

 例をあげるなら時間跳躍(タイムリープ)。電子機器が発達した現代でも、タイムマシンなどの開発できていない。

 故に、タイムリープを可能とする魔術があるのなら、それは魔法と呼ばれるのだとか。

 

 確かに、私の呼ぶ魔法とは全く別のものだ。

 私が、私たちが魔法と呼ぶものは、そんな大層なものではない。

 きちんと学べば基本的に誰でもできる、ここと比べれば簡単なものだ。

 

「私たちがいう魔法は、そうだね。ハッキングの一種だと思ってもらって大丈夫」

「魔法が、ハッキング?」

「うん。魔力、ええと、私たちはデータを変質させることができるエネルギーのことをそう呼んでるんだけど。そのエネルギーを使ってデータをハッキング、改竄して炎や風とかに変換する技術のことを魔法と呼んでいるんだ」

 

 こんな風に、と手のひらに軽く魔力を集める。すると、どこからともなく小さな水球が手のひらの上に現れた。

 実験も兼ねた実演だったが、無事成功したみたいだ。

 これもアリーナでの実践があったおかげだな。どうせバレているからと、隠すことなく色々な魔法を試しておいてよかった。

 完璧とは言わないが、大分感を取り戻すことができたんじゃないだろうか。

 

「今のには呪文がないのね」

「呪文、詠唱のこと? まあ、これくらいはね。それに、水属性の魔法は得意な方だから」

 

 作り出した水をキッチンに向けて投げるように放つ。

 弧を描いて飛んで行ったそれは、途中で崩れることなく流し台に消えた。

 うん、手元を離れても維持は完璧と。

 

 よし、簡単な実験も成功したことだし説明に戻ろう。

 あと説明するなら、詠唱と属性に関することだろうか。

 先にどっちが聞きたいかは、ランサーに決めてもらうことにしよう。

 

「あと私が教えられることは、魔法の種類に属性、それから発動に必要な詠唱ぐらいかな。ランサーはどれからが聞きたい?」

「……種類からから教えて」

「ん、わかった。なら属性も一緒に教えちゃうね。ちょっと待ってて」

 

 一言断って、目の前に無地の画面を投影する。

 そこに指で文字を描けるようにして、過去に散々見た図を描き起こしていく。

 

 魔法の種類は攻撃と補助の二つだけだが、攻撃魔法は九種類の属性に分けることができる。さらには有利不利の相性もあったりと、少しややこしい。

 それは口頭で説明するより、図に表した方が分かりやすい。少なくとも私はそうだった。

 

 まあ、ランサーが相性まで知りたいかは分からないけど、一応。

 覚える気がないなら、覚えなきゃいいだけだ。

 ムーンセル(ここ)では活用することはなさそうだし。

 

「種類は攻撃と補助の二つ。補助は回復とか身体強化とか、そういう類のものを補助魔法と総称してる。こっちに属性はないけど」

「攻撃魔法には九種類の属性が振り分けられてる、と」

「うん。相性表も書いたけど、それは魔法同士が打ち合った時に作用されるものだから、ここでは意味ないかも」

 

 だから覚えなくてもいいと言うけど、ランサーの耳に届いているかはわからない。

 ただ、じっと私の作ったデータを無言で見つめていた。

 

「で、貴女が使えるのはどれ?」

「私は補助魔法がメイン。攻撃の方も一応全部扱えるよ。得意不得意はあるけど」

「……こういうのって、一部は使えないんじゃないの」

「本当はそうらしいね。魔力にも変質させやすい属性があるとか」

 

 だから、自分で言うのもあれだけど私は大分特殊な方だ。

 これで全属性極められたらいいのだけど、現実はそこまで甘くはなく。

 

「私が得意な属性は風、水、電気、無、地面、草木、闇、光、火の順。ああでも、一番苦手な火属性の魔法は基本失敗するものだと思って。改竄まではできるんだけど、扱いが難しくて」

「ふぅん。ねえ、じゃあ昨日のあの炎は」

「うっ……!」

 

 さ、察しがいい……!

 

「あ、あれは、その……魔力暴走を起こして、一番苦手な属性に変質した挙句操作できずに燃え広がっちゃって……」

 

 あれは一種の黒歴史だ。

 魔法を使う者として、一番やってはいけないことをしてしまったのだから。

 私に魔法を教えてくれたソーサリモンに知られでもしたら、説教だけでは済まない。このことは、ランサーにもぜひ墓まで持って行って欲しい。

 

「その、あの事は内緒にしていただけると……」

「内緒も何も、誰に話せばいいのよ」

「そ、それもそっか」

 

 ソーサリモンたちはここにいないし、白乃たちに話すわけにはいかないもんね。

 安心したような、いないことが寂しいような。不思議な感覚だ。

 

「それより、さっさと続きを」

「あ、ああ。次は詠唱についてだね」

 

 ごほん、と咳払いで気持ちを整える。

 

「基本的に、魔法を使うには詠唱が必要なんだ。魔力はデータを変質させる力を持っているけど、それだけ。どんな風に変質させるかは、私たちが決めなきゃいけない」

「そのために使われるのが詠唱なのね」

「そう。詠唱以外にも方法はあるんだけど、言葉が一番方向性を決めやすいんだって」

 

 とはいっても、魔法の行使に詠唱が必ず必要なわけではない。

 感覚さえ掴めれば、無詠唱で自分の望む形にデータを変換することができる。

 さっき私が実演した水の生成も無詠唱の一種だ。

 

「私も補助と風、水属性は基本無詠唱で使うことができる。だから主に使うのはこの辺り。他は火属性以外なら一応詠唱ありなら使えるよ。威力は期待しないでほしいけど」

 

 苦手というのはつまり、私の魔力とはあまり相性がよくないということ。

 データを改竄して変換するところまではできるけど、そこからの制御が途端に難しくなるのだ。

 

 火属性なんてその最もたるもの。

 ろうそくに火をつけたりとか、焚き火の火種にするとか。それくらいのものなら制御ができる。だけど、攻撃に使うほどのデータになるとまず無理だ。

 成功したことがないわけではないが、記憶を思い返す限りそう多くない。

 だから、周りからは火属性の攻撃魔法は絶対に使うなと何度も厳しく言われてきた。

 

「おおまかな所はコードキャストとあまり変わりなさそうね」

「んー、まあ、確かにそうかも」

 

 コードキャストも、簡易術式(プログラム)を用いたハッキングと言ってもいいし。

 違う箇所を上げるとすれば、コードキャストには触媒が必要で、魔法にはいらないところ。あと、魔法には魔力相性があるけど、コードキャストにはない点とか。

 ふむ。そう考えると、両方をうまく使えれば互いのデメリットをなくせるかもしれない。

 今まで通り、コードキャストの回収も怠らないようにしよう。あって困るものではないし。

 

 閑話休題(それはともかく)

 魔法に関してはこんなところだろうか。

 

 他にも魔法陣とか、それを用いた魔法具の作成とかの説明もできなくはないが、あそこらへんは実際に作りながら説明した方がわからやすいだろう。

 一応そういう類いのものがあるとだけ伝え、説明は必要になったときにさせてほしい。

 

 そう言えば、ランサーはどこか不満そうにしながらも頷いてくれた。

 単純に興味があったのかもしれない。作る気はなかったけど、材料を揃えてなにか作ってみるのはありかも。 

 まあ、それも時間を見つけてからだね。

 

「じゃあ、魔法に関してはこんな感じで。もし他にもなにか聞きたいことがあるなら話すよ。今回の記憶のお陰で、知識だけは大分取り戻せたから」

 

 せっかくの機会だし、とそんなことを口にしてみる。

 私の記憶を見ているのなら、その中で疑問に思ったことや興味を惹かれるようなことがあっても不思議ではない。

 というか、興味があったから記憶を取り戻すことに協力してくれていたのかも。記憶の共有を知った今だからそう思う。

 

「なら、貴女がいた世界について聞かせて」

 

 でも、どうやら私の予想は当たっていたようだ。

 彼女が興味のないことを私に聞くはずがない。少なからず、私のいた世界に興味を持ってくれているらしい。

 少し、嬉しいかも。

 

「私のいた世界の名前はデジタルワールド。何となく察しはついていると思うけど」

「ここと同じ電脳世界、でしょ?」

 

 言葉を遮るように、ランサーが続きを答える。

 正直遮られるとは思ってなかったから、思わず彼女を見つめてしまった。

 

 彼女はそんな私を嗤うように目を細める。

 そんなに私、変な顔をしてた? 全く自覚がない。

 

「うん。デジタル生命体であるデジタルモンスター、略してデジモンだけが住む世界。私は人間だったけど」

「デジタル生命体だけの世界、ね。なんで貴女はそんなところに?」

「残念ながら、まだ。でも、私はデジタルワールドで生まれた訳じゃないよ。それだけは確か」

 

 私があの世界にいた理由は、まだ思い出せていない。

 ただわかるのは、私は人間の世界からデジタルワールドに行ったという事実のみ。

 不可抗力だったのか、それとも自分の意思で行ったのか。それすらもわかってない。

 

「わからないことを聞いても仕方ないわね……いいわ。じゃあ次はデジモンについて教えなさい」

「デジモンについてね。えーと……まず、デジモンは卵生」

「卵生……?」

 

 コテリ、とランサーの顔が横に倒れた。

 おそらく無意識に出たんだろう可愛らしい仕草に、なんだか微笑ましい気持ちになる。

 が、それが彼女にはバレないよう表情を引き締める。バレないようにしたのは何となくだ。

 何となく、バレたらもうしてくれないような気がしたから。

 

「デジタルワールドには、いくつか『始まりのまち』と呼ばれる場所があるんだ。そこでデジモンが生まれる卵、デジタマが世界から構築される」

「……デジモンは死んだらデータになって世界の糧になり、そしてデジタマとしてまた産まれる」

「うん。私は、そうやって教わった」

 

 初めてデジモンの死を見たとき教わったそれを、最初は理解していなかったけれど。

 理解してもなお、受け入れられない死を見たこともあったけど。

 この教えは、確かに私の支えになっていた。

 

「説明を続けるね。生まれたデジモンはプログラムやデータを食べて成長して、”進化”と呼ばれる生体変化を行うんだ。進化は、私の記憶で何回か見ていると思うけど……」

「身体の形を変えたり、翼が生えたりしたあれ?」

「うん。デジモンの進化には階級があってね、赤ちゃんの幼年期Ⅰ。少し成長した幼年期Ⅱ。ここで自我が生まれる子が多いかな。それから、自立心が生まれ始める成長期。力が強くなり始める成熟期。その後に完全体、究極体とあるけど、そこまで進化する子は稀で、大体が成熟期で進化が止まるんだ」

 

 とりあえず進化に関する概要を語り、そこで一旦区切ってランサーの様子を見る。

 何かを考えるように見えたのは数秒で、すぐに視線は私へと戻ってきた。結構一気にしゃべったつもりだったけど、もう整理がついたらしい。

 

 そして彼女は、また別の疑問を口にする。

 

「いつだかの記憶で言ってた、本能寄りの個体って何?」

「また細かいところを覚えてるね」

 

 ランサーがその言葉を聞いたのは、多分クワガーモンに追いかけられた時の記憶かな?

 そういえば、あの子たちが二度目の進化をしたのもあの時だったっけ。

 彼女もそのことを思い出して、そこから繋がった質問なのかもしれない。

 

「デジモンって根本的に闘争心が高いらしいんだ。今では理性を持って街で暮らしている子も多いけど、みんながみんなそうじゃない。本能に従って、手当たり次第に誰かを襲うデジモンもいる。そういう理性のないデジモンのことを、本能寄りって言ったりしてるよ」

 

 私がいた頃はその数も少なくなったらしいけど、全体の半数は本能寄りの個体だったんじゃないかと思う。

 旅をしているとき何度襲われたことか。会話もできないから戦闘を避けることもできないし、本当大変だった覚えがある。

 

「なるほどね」

「デジモンに関する概要はこんなとこだけど、他に聞きたいことは?」

「……いえ、今のところはこれくらいでいいかしら」

 

 まあ、あとは個体差とかそういう話で長くなりそうだし、この辺りで一旦終わらせるのがいいかもしれない。

 私も、流石にそろそろ眠いし……ふわぁ……。

 

「もしまた疑問が生まれたら聞いて。答えられることは答えるから」

「はいはい……眠いんでしょう。明日に響く前に寝なさい」

「……うん。ありがとう、ランサー」

 

 最近、こうして声をかけてくれることが多くなってる気がする。

 声を掛けていいと、そう思われるくらいには仲良くなれているんだろう。

 その事実が、ただただ嬉しい。

 

 だから今日は、小さな確信をもって言葉を投げかけた。

 

「ランサー、おやすみ」

「……ええ、おやすみ」

 

 






 遅くなりましたすみません!
 今回は説明回ということで、クロスオーバー先であるデジタルワールドとデジモン、そしてオリジナル設定である魔法などについてを。
 今月はまた月末にもう一話投稿したいと思ってます。思ってます!


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幕間 Memory No.3





────それは、白き魔法使いとの出会い。







 木々の隙間を、三つの小さな影が駆け抜ける。

 そしてそれを追いかける大きな影も一つ。

 

 始まり早々、物騒な光景ね。

 

「ど、ド■モン、大丈夫? 重くない?」

「クレアは軽いからへーき! そんなことより、僕たちなんで追いかけられてるの!?」

「わかんないっ。私たち、なにもしてないはずだよ!」

 

 狼のようなデジモンから逃げる一人と二匹の姿は、今までのように影で覆われてはいなかった。

 初めてはっきりと形になった彼らを、じっと観察してみる。

 

 クレアを背に乗せ逃げているのは、紫の体毛をした獣のようなデジモン。

 背には小さな羽があり、額には宝石のような何かがついている。

 こちらが、恐らくあの鉄球を放つドラゴン。

 

 その横を並走しているのは、身体中に鎧を纏ったデジモンだ。

 兜も被っていて、まるで武士のような出で立ちをしている。そして、このデジモンの額にも宝石のようななにかがはめられていた。

 あちらがドラゴンなら、こっちがあの竜ね。

 

 この二匹が、クレアが初めて会ったデジモン。

 クレアの、パートナー。

 

「な、なんか撃ってくるっ! 避けてぇ!!」

「っしっかり捕まってて!」

 

 背後の様子を見ていたクレアが声を荒げる。

 釣られて後ろに目を向ければ、狼の口の隙間から青い炎が溢れ出ていた。

 そのことを認識するとほぼ同時に、口内に蓄えられた炎は一直線にクレアたちに向かって放たれる。

 

 距離はそれなりにあるはずなのに、放たれた炎が消えることはない。

 ほんと、なんでもありね。

 

「くっ……!」

「ッリ■ウダモ■!」

「大丈夫、へーきだよ!」

 

 避けきれなかった攻撃が、竜の足を掠めた。

 それでも彼らは足を止めることはしない。

 時折放たれる攻撃を避けつつ、ひたすらに逃げ続けた。

 

 だけど、どれだけ走っても相手との距離が広がることはない。むしろ、歩幅の関係かどんどん縮まってきている。

 このままでは、追い付かれるのも時間の問題だろう。

 

「っここは私が足止めするから、二人は先に……!」

「「ダメだ!!」」

「足痛いくせに無茶言うなバカ!」

「君一人置いてくくらいなら、みんなで戦った方がいいよ!」

 

 提案は即座に切り捨てられた。

 馬鹿なんじゃないかと、率直にそう思う。

 

 彼女たちが逃げているということは、この二匹ではあの狼に敵わないということ。対抗できるなら戦っているだろうし。

 戦っても勝てる見込みはなく、逃げきれてもいない現状なら、一匹を囮にするのも悪い作戦ではない。

 

 クレアもそれをわかって、はなさそうね。

 服装が最近見ていたものと違う。リュックも背負っているし、ソーサリモンとかいうデジモンもいない。

 恐らく、この記憶は旅を始めたばかりの頃のものだ。

 だから幼い。だから、勝てない相手に挑む無茶をしようとする。

 

 ドラゴンと竜が反撃しようと足を止め、そのまま背後を振り返り───。

 

「─────クリスタルクラウド!」

 

 目前を、大量の冷気が吹き抜けた。

 吹雪にも思えるそれは、追いかけてきていたデジモンを軽々と吹き飛ばす。

 

 彼女たちは呆然とその光景に目を奪われた。

 自分達を追い詰めていた敵があっという間に吹き飛ばされたのだから、そうなるのも無理はない。

 

「こっちだ!」

「っ行こう!」

 

 けれど、決断は早かった。

 

 呼び寄せる声が聞こえたときには、クレアたちはその声のもとへ走り出していた。

 視界に白いなにかが映る。

 私には見覚えのある後ろ姿を見失わないよう、クレアたちは必死にそのデジモンを追いかける。

 

 そうしてしばらく、走り抜けた先にあったのは、少し古ぼけた塔だった。

 

「す、ごい……こんな高い塔、外から見えたっけ……」

「ここら一帯は結界が貼ってある。だから、もし外から見えたら問題さ」

 

 塔の前には、クレアたちをここまで誘導したデジモンが立っていた。

 白いロープに三角帽子。そして、身の丈ほどある杖。

 今までの記憶でも見たことがある、クレアたちからソーサリモンと呼ばれていたデジモンだ。

 

「私はソーサリモン。この塔で生活している、ただのデジモンさ」

「ソーサリモン、って確か……」

「ジジモンが言ってた、物知りの……」

 

 名前を聞いた途端、クレアたちは何かを確認するよう互いに顔を見合わせた。

 溢れた言葉から、もう一週間以上も前に見た彼女の記憶を思い出す。

 

 そういえばこの子たち、北の塔にいるデジモンに会いにあの村を出たんだったわ。

 いろんな記憶を見たせいで忘れていた。

 

「あ、あの! 私たち、あなたに聞きたいことがあってここに来たの!」

「おや、そうなのかい? なら家にくるといい。そこの君の治療もしなくちゃいけないしね」

 

 そう言いながら塔の中へと入っていった彼……彼女? にならい、クレアたちも戸惑いながら塔へと入っていく。

 塔の内装は、私の想像していたものとは全く違っていた。

 

 壁一面には本棚が並び、その中身は様々なジャンルの本がぎっしりと詰まっている。

 中央付近にポツンと机と椅子だけが置かれ、その横にある螺旋階段が上の階まで繋がっているようだ。

 まるで、本を読むためだけに作られた部屋のよう。

 

「本がいっぱいだ、すごい」

「村にあったやつもあるよ。あれとか、ジジモンがよく読んでた気がする」

「ユキダルモンが読んでたやつもある! ほら、あれっ」

 

 螺旋階段をのぼりながらも、クレアたちは自分たちが知っている本を見つけては盛り上がっている。

 こんなことで騒ぐなんて、やっぱりまだ幼い。

 でも、クレアにもこんな時期があったのだと思うとすこし面白いかも。

 

「ここが客室だ。怪我した君はこっちに座って」

 

 案内された部屋には、流石に本棚は置いてなかった。簡素なベッドと机や椅子が置かれたシンプルな客室だ。

 そこに置かれた椅子に座った竜の脚に、ソーサリモンは手をかざす。

 

「うん、これくらいならすぐ治せるね。そのまま動かないように」

 

 軽い注意と共に呟かれた呪文は、アリーナでクレアが私に使った治癒魔法と同じものだった。

 淡い光が患部を包み込み、つけられた傷は瞬く間に消えてなくなっていく。

 

「っこれ、魔法!? 魔法も使えるの!?」

「ああ。種族柄、こういったものには少し腕に覚えがあるんだ」

「すっごい!」

 

 二匹は二匹でなんだか盛り上がってる。

 が、残った一人と一匹は蚊帳の外だった。

 

「ねえド■モン」

「なぁにクレア」

「魔法ってなに?」

「僕もそんなに詳しくないんだけど……データをハッキングしてなんとかかんとか」

「ふぅん……それで、ハッキングってなに?」

「「「「えっ?」」」」

 

 思わず声が出た。

 だって、まさかハッキングを知らないなんて思ってもなかったから。

 

 でも、冷静に考えたら当たり前なのかもしれない。

 この記憶のクレアが何歳かは知らないが、大体小学生くらいだろうと予測は付く。

 魔術師(ウィザード)なら彼女ぐらいの年齢でも知っているだろうが、一般人ならハッキングなんて専門用語は知らなくても無理はない。

 けれど、今ではそれなりの技術を持っているのに……この頃はハッキングの意味すら知らなかったなんて、想像もつかないわ。

 

「そうか、君はまだ幼い人間だったね。それなら知らないのも無理はない」

 

 何かを考えるよう、ソーサリモンは視線を動かす。

 クレアを見て、その隣に座るドラゴンを映し、最後には近くにいる竜へと視線を向けた。

 

「……よし、私でよければ色々な知識を教えよう。魔法についても知りたいようだしね」

「いいの?」

「もちろん。その代わり、君たちのことも教えてくれ」

 

 唯一見えるソーサリモンの目が輝く。

 その瞳から伺える感情は、隠し切れない知的好奇心。

 

「デジモンと人間のパートナー関係について、昔から興味があったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わらず、同じ塔の一階。

 気づけばそこにいた彼女たちは、一つの水晶を囲っていた。

 

「……すごい、すごいよクレア! まさか全属性に適応する魔力を持ってるなんて!!」

 

 興奮を隠し切れない様子のソーサリモンに、クレアたちはどこか引き気味だ。

 当人であるクレアも何を言ってるか理解できないらしく、手を握られたまま居心地悪そうにしている。

 

「え、と……そんなにすごいの?」

「すごいとも! デジモンが適応する属性は二つや三つが基本だ! 特に、闇と光なんて特定の種族にしか適応しない属性だぞ!!」

「そ、そーなんだ」

 

 力説するも、彼女にはあまりその凄さが伝わってないらしい。

 おそらく、このときは魔法自体にあまり興味がなかったのだろう。

 まだ旅も始まったばかりの時期だろうし、強くなりたいと思ってもいないのかもしれない。

 

「これで君が人間じゃなければ魔法を極めることを薦めたのだが……残念だ」

「あはは……」

「クレアは魔法なんて覚えなくても大丈夫だよ! なんたって、僕らがいるからね」

「そうそう。闘いは私たちに任せて!」

 

 ……くだらないわね。

 

 自信ありげに胸を張る二匹も。言われた言葉をただ受け入れるクレアも。

 なぜか分からないけど、いやに不快だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔法を教えてほしいなんて、突然だね」

 

 夜、焚火で温まりながらクレアはソーサリモンと話していた。

 周囲で眠る大勢のデジモンたちに見覚えがある。

 ここは、クレアたちが蛇のデジモンを助けた記憶で見た場所だ。

 

「クワガーモンに襲われた日から、ずっと考えてはいたんだ。でも、私にはまだ必要ないものだって思ってた」

 

 記憶と記憶が繋がっていく。

 思い出すのはクレアが初めて死を目の当たりにした日。

 きっとあの日を境に、彼女は少しずつ変わっていった。

 

「それが間違いだった。私が魔法を覚えていれば、怪我してたメガシードラモンの治療ができてたら、彼は……!!」

 

 泣きそうな顔で、絞り出すような声で。

 クレアは懺悔する。

 

 助けたかったと、私にはそう聞こえた。

 

「……教えるのは補助魔法だけだ。攻撃魔法は、君にはいらない」

「っでも……!」

「クレアは私たちが守る。君が戦う必要はないんだ」

 

 ここまで訴えても、ソーサリモンはクレアに魔法を教える気はあまりないらしい。

 塔で出会った時は魔法を教えたそうにしていたが……旅をして、何か心境の変化でもあったのだろうか。

 

 まあ、何かしら彼女なりの考えがあるのは確か。

 記憶でしか知らないが、クレアの想いをいたずらに無碍にするような性格をしているようには思えない。

 それがクレアのためになるとは、思えないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「教えてよ、ソーサリモン……」

 

 泣いている。

 

「クレア……」

「彼女はあんな敵に殺されるようなデジモンじゃない! それなのに死んだのは私のせいだ! 戦えない私を守りながら戦ったから、だから、あんな……!!」

 

 命の奪い合いをすることになっても、どんな記憶を取り戻しても泣かなかったクレアが、ボロボロと涙をこぼしている。

 

「もう、嫌だよ……私のせいで誰かが死ぬのは、もうやだ……っ」

 

 ああ、でも、それでも。

 

「だから、教えて。私に、だれかを守る力を、魔法をっ、教えて、ください……!」

 

 クレアがこうして前に進もうとするのは、なんでだろう。

 人間って、こんなにも諦め悪い生物だったかしら。

 

 



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第四十二話 勝機を掴みとる

 朝、いつもより少し遅めの起床。

 なんだか少し居心地が悪くて、起き上がらずに隣のベッドから背を向ける。

 

 この居心地の悪さは、今日見た夢の内容が原因だった。

 別に、今回の記憶が悪いものであったというわけじゃない。

 確かに悲しいことも多かったけれど、みんなが私を大切にしてくれていたことが分かる幸せな夢でもあった。

 

 だから、今も悲しくて居心地が悪いわけじゃない。

 ただ、恥ずかしいのだ。

 

 夢の中で、私はボロボロに泣いていた

 私のせいで誰かが死ぬのは嫌だと。弱い自分のままではいたくないと。

 泣き喚いて、ソーサリモンに縋り付いていた。

 

 悲しかったから泣くのは当たり前だ。

 今の私でも、大切な彼らが死んだら耐えられるかは分からない。

 

 問題なのは、それがランサーにも見られたであろうこと。

 どうしようもないことだとは分かっているけど、泣き顔を見られるのは流石に恥ずかしい。

 

「……なに寝たふりしてるのよ、貴女は」

「うっ」

 

 な、なんでバレてるんだ……。

 普通に反応しちゃったし、もう寝たふりを続けららない。

 

 なんでこう、戦闘以外になるとうまくいかないんだろう。

 せめて気持ちが落ち着くまでは反応しないこともできたのに。 

 

 なんて、ぐちぐち考えてる間も向けられる視線は鋭くなっていき。

 渋々ベッドから起き上がる。

 

「お、おはよう、ランサー」

「おはよう。さっさと準備しなさい」

「う、うん!」

 

 こっちの気持ちもなんのその。

 彼女はいつもと同じ様子で、いつもは返してくれない返事をしてくれた。

 

 それが嬉しくて声が少し大きくなってしまったけど、仕方がない。 

 ベッドから立ち上がって、制服へと手を伸ばした。

 

 にしても、揶揄ってきたりとかはしないんだな。

 ランサーは結構サディストな所があるから、泣き顔で揶揄ってきそうな気もしたんだが……。

 まあ、触れられないならいい。もしかしたら見られてないのかも。

 

「じゃあ、とりあえず朝ごはん食べに行こう」

 

 なんだかお腹もすいたし。

 まずは腹ごしらえをして、それからやることをしよう。

 

「あ、そうそう。貴女の泣き顔、中々よかったわよ、クレア」

「……はぁ!?」

 

 慌ててランサーを見ても、なぜか彼女の姿は見えない。

 まさか、わざわざ霊体化したのか。私を揶揄うためだけに……!?

 

「ら、ランサー……っ!!」

 

 様々な感情が混ざりあった私の叫び声は、空しくマイルームに響いた。

 

 

 

 *

 

 

 

 食堂で気持を整え、再びマイルームへと戻る。

 カチャンという音と共にかかるロック音を聞きながら、首元のリボンを外した。

 

「ふぅ」

 

 この制服特有の圧迫感も慣れたものだが、やっぱり首元を緩めると大分楽になる。

 外に出るときはまた着けることになるけど、今くらいは楽にしよう。

 

 と、そこまで考えて、ふと思った。

 別に、この月海原制服を律儀に着続ける必要なんてないんじゃないか、と。

 思い返してみれば、結構私服を着ている人も多い。

 私も、制服じゃない服にしてみようか。個人的に、スカートよりパンツスタイルの方が動きやすいし。

 

 でも、問題は服がどこで売ってるかだよなぁ。

 購買で体操服は売っていたけど、あれは礼装だったし。

 私服を着てる人たちは、どこで服を手に入れたんだろう。記憶の返還と共に、ここに来た時の服にしてもらったのかな?

 

 ……もしそうなら、記憶がない私には無理そうだ。大人しく制服のままでいよう。

 まあ、これで戦うのにも慣れてきたしね。下手に変えるよりはいいはずだ、うん。

 

 さて、そんなことは置いといて、今日やることについて考えよう。

 猶予期間(モナトリアム)ももう最終日。やり残したことはまだ沢山ある。

 

 情報整理、魂の改竄、買い出し、あとは一応桜に火傷を見てもらって……まあ、今浮かぶのはこれくらいか。

 全て明日に回してもいい内容だが、決戦開始時間は明日決まる。もし一番最初に呼ばれたら、こんなことやってる暇はない。

 できる限り、今日中に全部終わらせたいところだ。

 

 だから、まずは情報の整理から始めよう。

 いつもなら敵サーヴァントの真名に心当たりがついている時期だけど……今回はまだ当たりもつけれていない。

 今ある情報で真名に辿り着けるか不安はあるが、とにかく私の持ってる情報からまとめてみよう。

 

 最初に、相手のクラスはアサシン。

 武器はそこら辺にあるようなナイフ。見た限り、特別魔力も籠ってなかった。

 性格は恐らくマゾヒスト、しかもドMとか言われる類いのやつだ。あとは暗殺者(アサシン)とはいうけど、彼は虐殺の方が好きらしい。

 

 ……やばい。本当に情報がない。

 こんな抽象的なもので、本当に真名に辿り着けるのか?

 

 とりあえず、ランサーに他に情報がないか聞こう。

 今回は、私よりも彼女の方がよく知ってそうだ。

 

「いや、知らないわよ」

「え」

「戦闘中にお喋りなんてするわけないじゃない」

 

 ごもっとも……!

 反論する隙もない正論だった。

 

 しかし、こうなると本格的に真名に辿り着ける気がしなくなってきた。

 一応、図書室でキーワード検索くらいはしておこう。もしかしたら、何か手掛かりが出てくるかもしれない。

 

 よし、そうとなればすぐに向かおう。幸い、マイルームと図書室は同じ階にある。

 情報が少ないのはもうどうしようもないから、さっさと調べてやることを終わらせていこう。

 

「図書室で軽く調べて、それから教会に行こうか」

「ええ」

 

 軽く行き先を伝えながら、リボンを結ぶ。

 身だしなみを鏡で確認して、それからマイルームを出た。

 

 まだ朝早い時間だからか、図書室は結構空いていた。

 これなら、ゆっくり集中して情報の検索もできるだろう。

 

 配置してある椅子に座って、以前教わった検索画面を投影する。

 表れる検索画面に、とりあえず思いついたキーワードを二つ入力してみた。

 

「……まあ、こんなので出たら苦労はしないか」

 

 結果は惨敗。

 出てきたのは昔の漫画作品だとかで、歴史的な検索結果はぱっと見なさそうだった。

 

『キーワードがよくないんじゃない?』

 

 突然、頭の中にランサーの声が響いた。

 それに少し驚きながらも、念話で返事をする。

 キーワードがよくないとは、一体どういうことだろう。ちなみに、今回入力したのは「暗殺者 マゾヒスト」という単語だ。

 

『あいつは暗殺者じゃないわ。言ったでしょう。戦闘もしたことないような近代の人間だって』

 

 確かに、昨日アリーナでそんなことを言っていたけど。

 なら、なんて言葉で検索をしたらいいのだろう。

 

 もう一つの方には言及しなかったから、いけなかったのは恐らく暗殺者という単語だけ。

 あのアサシンが好きなのは暗殺ではなく虐殺。それは本人が言っていたことだ。

 

 あの時、彼はどんな声色でああ言っていたっけ。

 ……確か、残念そうな声だったと思う。じゃあ、一体なにが残念だったのか。

 

 虐殺。意味は惨いやり方で人を殺すこと。

 つまりアサシンは、暗殺者のように一撃ではなく、相手を痛めつけて殺したかった。

 ただ一人殺しただけなら、歴史には残らない。ムーンセルに、歴史に名が刻まれるほどに彼は多くの人を殺したのだろう。

 

 そんな殺人犯に付けられる一般的な名称は……。

 

「これで、出てくるんだ」

 

 たった一つ。『暗殺者』という単語を『殺人鬼』に変えただけで、一番上に出てきた名前があった。

 

 アルバート・ハミルトン・フィッシュ。

 アメリカ史上最悪の殺人鬼と呼ばれた男の名前だ。

 

(本当にこれがアサシンの真名?)

『確証なんてないわ。でも、当てがないよりはましでしょう?』

(それは、そうかもしれないけど)

 

 まあ、真名解明への不安が少し取り除かれたのは確かだ。

 

 とはいえ、確証がない以上、このアルバートという人物とアサシンが同一人物だと決めつけるのはいけない。

 先入観を持ったら、違った時にどうなるかわからないから。

 だから、今はこの人を中心に近代の殺人鬼の情報にも目を通しておくくらいがいいだろう。

 

「ぅん~……!」

 

 ────様々な資料を読むこと数時間。

 流石に、殺人鬼の来歴ばかりを読むのは気が滅入る。

 アルバート・フィッシュに関しては一通り目を通せたし、この辺りにしておこう。

 

「もうお昼過ぎか」

 

 時計を見れば、針は既に頂点を回っていた。

 今の時間帯に食堂に行っても、混んでいて座れなさそうだ。

 

 幸い、朝に買っておいた食べ物が少しあるし、教会前の広場で食べるのもありかもしれない。

 魂の改竄を行って、それから広場で昼食。もし足りないようなら、改めて食堂で食べればいい、かな。

 

 教会にはここ数日行っていないし、昨日は魔法の実験も兼ねてかなりの数のエネミーを倒した。ステータスアップは期待してもいいだろう。

 

「こんにちは。お久しぶりです、青子さん」

「あら、いらっしゃい……って、あれ?」

 

 こちらを見て首を傾げた青子さんに、私も思わず首を傾げた。

 はて、なにかやってしまったんだろうか。やらかした覚えはないのだけど。

 

「三日会わざればなんとやらとは言うけど……アナタ、何かあった?」

「へ?」

「なんか存在感が違うっていうか……なにかしら、これ」

 

 どうやら、青子さんには私がなにか変わったように見えているらしい。

 しかし、私自身に自覚はない。毎日会っているランサーや白乃にも、そのようなことは言われてない。

 

「なんだ青子、お前まだ気づかないのか」

「なにその言い方。まさか、アンタはこの違和感がなんなのか知ってるわけ?」

「当然さ。私を誰だと思っている」

「ぐぬぬ……!」

 

 あ、これはまずい。

 二人のこういう会話を聞くのは初めてだが、まずいのは流石にわかる!

 

「あ、あの! 改竄をしてほしいんですけど」

「……ええ、そうね。そのために来たのだものね」

 

 大きな声で間に入れば、青子さんはすぐに意識をこちらに向けてくれた。

 橙子さんの方は、まるで最初からなにもなかったかのように自らの作業に戻っている。

 

「それじゃあ改めて。今日のご注文は?」

 

 いつもと同じ問いかけに、今回考えた振り分けを話した。

 図書室で情報を集めながら、ランサーと決めた振り分けだ。これで、ステータスが上がるといいんだけど。

 

「オーケー。それじゃあ、早速取りかかりましょうか」

 

 さて、こうなると私は暇だ。

 ちなみに、以前考えてた改竄中の青子さんの手元を覗くのは断られた。

 なんでも企業秘密なんだとか。

 

 改竄してもらっている身である私は、それを言われてしまえば引き下がるしかなく。

 結局、いつも通り後ろの長椅子に座りながら改竄の様子を眺めていた。

 

 ぼぉっとしながら、なんとなくさっきの橙子さんと青子さんの会話を思い返す。

 やっぱり、橙子さんは私自身も知らない私のなにかを知っている。そして、青子さんもそれに気づきつつある。

 でも、肝心の私にはそれがわからない。

 

 気にならないと言えば嘘になるが、橙子さんに聞いても答えてはくれないだろう。

 初めて会った時みたいに、自分で探せと言われそうだ。

 

 私も知らない私の秘密、かぁ。

 それは一体なんなのだろう。嫌なことではなければいいんだけど……。

 

 なんて、そんなどうしようもないことを考えていれば、いつの間にか改竄は終わっていた。

 考え事をしていると、時間が過ぎるのはあっという間だ。気をつけないとな、と思うのももう何度目か。

 

「すごいわね。ステータスが二つも一緒に上がるなんて、中々ないわよ」

「っホントですか?」

 

 青子さんの言葉に、慌てて端末でランサーのマトリクスを確認する。

 

  

 ステータス:筋力D 耐久D 敏捷C++ 魔力C 幸運D

 

 

 端末に映るステータスに、思わず口許が緩む。

 偏らないよう振り分けたから大幅上昇したものはないが、今までと比べると雲泥の差がある。

 

「本当だ。敏捷と魔力が上がってる」

「他のもあと少しで上がりそうよ。勝ち残れば、四回戦中には上がるでしょう」

 

 これなら、アサシンたち相手にある程度余裕のある戦いができるかもしれない。

 それに、今の私なら魔法でのサポートもできる。

 

 絶望的だった戦況に、少しずつ勝機が見えてきた。

 このまま油断せず戦えば、勝利を掴みとることができる筈だ。

 

「……勝たなくちゃ」

 

 ここまで来たんだ。負けられない。負けたくない。

 白乃とホムラとの約束がある。取り戻してない記憶も、まだ沢山ある。

 絶対に、こんなところで終わってなるもんか。



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