Wonderful World!! (ワイバーン)
しおりを挟む

プロローグ
プロローグその1


 誰かに聞かされたこの星の終末の話。余りにも荒唐無稽なその話を私は信じることが出来なかった。しかし、何故だか日に日に不安が積もっていった。このまま何も対策をしないで本当にいいのだろうか。取り返しのつかないことになるのではないか。私は致命的な間違いを犯しているような感覚だった。

 

 そしてその日が来た。朝起きた瞬間から何かがおかしかった。心臓を鷲掴みにされているような、生きた心地がまるでしない。しかし、周りの者たちは普通の一日を送っているように見えた。

 私だけがおかしいのだろうか。いや、きっとそうなのだろう。いつものように私の取り越し苦労なのだ。大丈夫。大丈夫。

 普段ならそう気持ちを平静に保てるはずだった。だが、今日この日だけはそれが出来ない。そして私はとうとうその日が来たのかと悟った。

 

 誰かに聞かされたこの星の終末の話。

 見ただけで気が狂ってしまう、そんな化物たちがこの星を喰らい尽くす物語。

 それが物語ではなく現実のものであると私はようやく確信した。

 

 私が感じる最も嫌な空気を出す場所へと辿り着いた時、私は自分の目を疑った。

 地平線の彼方まで倒壊した建物の瓦礫で埋め尽くされていた。辺りではあちこちで火災も発生している。もうここには命ある者は存在しない。そこまで完膚なきまで破壊されていた。

 

 そして、その瓦礫の中心に恐らくこの大破壊の元凶である存在が佇んでいた。

 それはあまりにも異形であった。それを見ただけで体の底から嫌悪感が湧き出してくる。こんな生き物がこの星にいるのか、いやそもそもあれは本当に生物なのか。

 私は頭の中が混乱で正常な判断がまるで出来ていなかった。それもそうだろう。それの胴体は人間の成人男性の体だ。そこに何も異常性はない、本当に正常そのものだ。その異常性は首から上だ。人間の体にあるはずの頭部がそのまま樹齢数千年の巨木にすり替えられているのだ。

 何の冗談だ、これは。こんなものがこの星に存在してたまるか!

 

「“シン・ガガダイン”!!」

 

 私は問答無用で超級火炎魔術を放つ。たとえ火炎耐性があったとしてもダメージが通る貫通性能持ちの魔術だ。例外もなく全てを燃やし尽くす蒼炎の魔術。これを受けて無事だったものは存在しない。

 しかし、それは何事もなかったかのように平然と立っていた。体に火傷の跡すらなかった。

 

 そして私の攻撃を受けてようやくこちらに気づいたようだった。のっそりとした動きで私のほうに体を向け、木の枝が触手のように私を襲う。そのスピードは大したことない。問題はその触手があまりにも多すぎるのだ。数千、数万、いやそれ以上の触手に視界全てが埋め尽くされ後方へ逃げることしか出来ない。貫通能力を無視するような、そんなデタラメな奴に捕まっては逃げ出すことが出来ないかもしれない。ここは逃げの一手だった。

 

 私は全身に魔力を注ぎ込み【肉体強化】を行う。瞬間、筋肉が増強され生身の肉体では到底出すことの出来ないスピードでその場を離脱する。

 何もない空中を音速すら越える速度で蹴り出せば、そこは足場となり生身ではあり得ない三次元機動を容易く行うことが出来る。

 いくら無数にある触手であろうと自在に空中を飛び交う私を捉えることが出来ない。さらに触手は鈍足、捕まることはあり得ない。

 

 触手を交わしながらようやく頭が冷静に戻ってくる。そして奴を打ち倒す算段を見つけようと頭を巡らせる。

 はっきり言って打ち倒す手段はある。しかし、その魔術を地上で放てば取り返しのつかない大惨事になってしまう。つまりは奴を何とかして遥か上空の宇宙空間へと放り出さなくてはならない。

 しかし、実際問題あんな巨体をどうやって空中へ放り出そうか。恐らく奴は魔術全般に耐性があるのだろう。耐性を貫通する魔術を食らっていながらダメージすら無い。ということは魔術の力無し、物理的に奴を空中へ持ち上げるしかないのだ。

 見た限り、奴の頭部にある巨木は重量数十tは下らないだろう。それを上空へ連れていくのだ。

 

「まあ、不可能だろうな」

 

 自嘲気味に私は呟いた。

 そう、不可能。

 手がない。手詰まりだ。

 だからと言って諦めるなんてもっての他だ。それはつまり我が親友との約束を破ることになる。それだけは絶対にあり得ない。例え私が死ぬことになろうとしてもそれだけは守り通さなくてはならない。それがあの日私が誓ったことだから。

 それにまだ手はある。

 

「"ワームホール"!」

 

 この日のために様々な書物を読んでいて本当に良かった。今使用した魔術、"ワームホール"は空間転移させる時空間魔術。使用者が念じた二つの空間を無理矢理通じさせ移転するというものだ。魔力を使用しているがあくまで空間と空間を繋げる穴を作り出すだけ。穴を通る際は魔力は何ら介していない。

 私の読み通り奴は為す術無く背後に現れた空間の歪みに吸い込まれた。そして、遥か真上の宇宙空間に奴が姿を現す。

 

 奴の正体は気になる。人間共が作り出した生体兵器かもしれない、それともこことは全く違う惑星から辿り着いた未知の生命体かもしれない、もしくは人間が突然変異を起こしたのかもしれない。色々な可能性が湧いてきては思考を邪魔する。

 今やるべき事は奴を打ち倒すこと、その一点だけだ。

 

「消し飛べッ!!

 "ガガディスフ・ドザラガン"!!」

 

 極大魔術という魔術がある。

 曰く、伝説の魔術。

 曰く、滅びの魔術。

 曰く、悪魔の魔術。

 様々な呼び名があり、場所によっては敬畏、畏怖、禁忌といった感情を持たれることがある。多くの場合は負の感情寄りだが。

 その極大魔術に共通していることは【大規模な破壊】を行うことが出来るという部分だ。村や国という規模では断じてない。大陸を容易く吹き飛ばす、という途轍もない威力である。

 それが火炎属性の極大魔術、"ガガディスフ・ドザラガン"である。

 

 極大魔術の爆風が地上に容赦なく降り注ぎ、まるで暴風が通りすぎたように辺りは荒野と化していた。

 遥か上空の奴は跡形もなく消し飛んだ。"空間把握"魔術を発動し、上空にそれらしき反応も見当たらない。

 

「一、二、三、……計五体か」

 

 そう、だからこの場にいる異形の化物たちは上空で消し飛んだ奴とは別個体なのだろう。

 

「いいだろう、貴様らが伝承通りの星を喰らう化物だというなら、相手にとって不足はない!!

 ――――――――――――――【―――――】、貴様らを滅ぼす者の名と知れ!!」

 

 かくしてこの星の命運をかけた戦いが始まった。

 しかし、これでさえもまだ終末の序章であると知るのは先のことだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プロローグその2

―とある魔術師の手記から一部抜粋―

 

第一柱

【闘争】

 

 その神、最初の座の支配者。そして全ての始まり。

 我は神なり、我は絶対者なり、我こそが世界の中心にして全ての起源である。

 その神は歴代の支配者の中で誰よりも荘厳で崇高で厳威であった。誰もがその神に頭を垂れ跪き感極まって涙を流す。ああ、我が神よ、どうか我らをお導きください。地平線の彼方まで信者たちがその神に礼賛する様を見て深く嘆く。

 我が子らはあまりにも脆弱である。自分の道を自分で決断することが出来ず、文字通りの神頼み。これでは駄目だ、心が無い、尊厳が無い、成長が無い、このままでは我が子らは何も無くなってしまう。

 そして渇望する。我が子らよ、喰らうが良い。強者を喰らい、糧とし、更なる強者を喰らえ。そして、我の下へと辿り着き、我を喰らってみせよ。強者のみが生き残り、弱者は淘汰される。これこそが真理なり。

 その渇望【闘争】。

 ここに【闘争】の時代が始まる。

 

第二柱

【規律】

 

 その神、最初に抱いた感情は激しい嫌悪。

 何だこれは、何とも醜い、汚らわしい、気色悪い、こんな奴らが私と同じ生物のはずがない。

 しかし皮肉なことに座の支配者たる力を有していた。その神、深い絶望に陥る。

 私が最も嫌っていた闘争の頂点たる存在こそが私だったのだ。

 そして渇望する。私は認めん、断じて認めん。野蛮な暴力の力ではなく、人の叡知たる法の力こそが絶対である。

 その渇望【規律】。

 ここに【規律】の時代が始まる。

 

第三柱

【二元論】

 

 その神、生物をこよなく愛していた。

 どうして頭ごなしに否定するのですか。どうして分かり合おうとしないのですか。人を傷つける規律は規律ではありません。

 多種多様の規律が蔓延る時代で、その神だけが規律を否定し和平を唱える。

 たが、己の信じる規律こそが至上にして至高、と考える者たちにその神の言葉は届かない。

 そしてその神、遂には和平を信じる身でありながらも体に血を浴びる。

 そして渇望する。私は正しい、私は正しいはずだ。和平という安泰を不要と否定する者は間違っている。そう、私は正義だ。私に斬り捨てられた者たちはどうしようもない悪のはずだ。罪悪感など必要ない、だって私は正義で彼らは悪なのだから。

 その渇望【二元論】。

 ここに【二元論】の時代が始まる。

 

第四柱

【悲劇】

 

 その神、ただの人であった。

 普通に生まれて、普通に育って、普通に死んでいく。人生なんてそんなものだけど、だからこそ素晴らしいと僕は思うんだ。

 しかしその神、戦火に巻き込まれる。理不尽に両親を殺され、無意味に親友たちを殺され、あっけなく普通の日常が殺された。

 奇跡的に生き残ったその神に更なる不条理が襲いかかる。その神は罪人となった。戦に負けた者は罪人、それがこの時代の当たり前だった。

 そして渇望する。何故僕が罪人となる。僕は何も悪いことはしていない。だというのに、貴様らは僕を悪だと言うのか。だけど、これがこの世界の当たり前。この世界は悲劇を求めている。ならば際限なく作り出そう、誰もが納得のいく絶望(悲劇)を。

 その渇望【悲劇】。

 ここに【悲劇】の時代が始まる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

共通ルート
第1話「旅立ち」


ここら本編の共通ルート開始です。


 

 物心ついた時から俺は決まってある夢を見る。それも最低最悪な悪夢をだ。

 小さな女の子が天使のような歌声でこの世の全ての悪意を凝縮させたような歌を歌う。

 それと同時に見たこともないような異形の怪物たちが現れ、次々と人々を喰らっていく。

 親を目の前で食われ、泣き叫ぶ子供。

 目を虚ろにさせ、頭だけとなった我が子を大事そうに抱える母親。

 これは夢だと叫び、自ら頭を地面に叩きつける者。

 地獄という言葉がふさわしいほどの凄惨な光景が目の前に広がる。

 

 そしてこの星はどうあっても助からないとそう思ったとき、彼ら四人が現れた。

 一人は人の身ほどの巨大な剣を持つ中年の男性。

 一人は隻眼隻腕の魔族の女性。

 一人は奇怪な服を着た氷雪族の女性。

 最後は額にもう一つの目を開眼させた男性。

 その四人が現れてこの悪夢は終わる。

 

 ただ一言言えるのはこの四人が集まったとしてもどうにもならないだろうとこと。

 この四人がいれば大抵の困難は乗り越えられるという確信にも近い感覚を覚える。

 だがこの状況だけはどうひっくり返っても無理だ。どうしようもない絶望とはまさしくこのことだろう。

 ただのちっぽけな四人が星を喰らう無限の怪物をどうやって絶滅させられるのだろうか。

 

 だから、ここでこの夢は終わる。

 この星には怪物に喰われて終わりなのだ。

 

 

 

「……」

 

 ひどい目覚めだ。最低最悪の悪夢を見たということは分かるがどういう内容だったかはまるで思い出せない。

 そこだけ霧がかったような感覚だ。

 

 それよりも早く着替えないと。もうそろそろアイツが声をかけてくる時間だ。

 

「レシストー!朝だよー!ご飯できてるから早く降りてきなさーい」

 

 下の一階から幼馴染というか姉のような存在が声を上げる。

 

「起きてるよー。もう少し待っててくれ」

 

 彼女はミューリ。俺が赤ん坊の時、彼女の両親が経営する病院の前に捨てられていたらしい。

 それを不憫に思ったミューリの両親は俺を息子として快く迎え入れてくれた。

 あの二人がいなかったら俺は命がなかっただろう。

 それからは俺とミューリと両親の四人で暮らしている。

 

「着替えにいつまでかかってるの!?私はもう行くからね!」

 

 おっと、昔のことを思い返していたらもうこんなに時間が経っていた。

 俺も時間ギリギリだな。

 

 俺は急いで身支度をし、ささっと朝食を食べて家を出た。

 

 

 

「じゃあ昨日の復習からしていこうか。今、君たちが住んでいるヴァート大陸はすごく危ない状態だ。どういう風に危ないのかわかる子はいるかな?」

 

 はーい、となりの大陸から食べ物が来なくなっています

 

「そうだね、正解だ。もっと詳しく言うなら隣の大陸、つまりインフォース大陸から食べ物や物といった物資が止まってしまっている状況だ。じゃあ次の質問、何故インフォース大陸から物資が止まっているのでしょうか?」

 

 昔、魔族が攻めてきてインフォース大陸を征服したから!

 

「そう、その通りだ。みんなよく復習しているね。先生は優秀な生徒を持って鼻が高いよ」

 

 俺はこの小さな村の学校の先生をしている。そしてさっきこの子たちが言っていた通り、このヴァート大陸は大きな危機に直面していた。

 ヴァート大陸は全域が密林で、まともに暮らせる土地が少ない。さらには世界樹と呼ばれる【ミューリグノム】という巨木がヴァート大陸中に根を張り栄養分を根こそぎ吸い取ってしまう。これにより作物が育たなく食料というものがほとんどない。

 それをありがたいことに隣のインフォース大陸が援助をしてくれ、食料その他物資を提供してくれるのだ。ただその条件としてこちらが魔術を扱えるエルフを提供するというもの。

 なんでもあちらの大陸では魔術を扱える人間はいないらしく、魔術を扱えるエルフが非常に珍しいんだとか。

 

 まあそんなこんなでインフォース大陸とは協力関係だった。

 しかし20年前に突如としてインフォース大陸上空から地上を揺らすほどの凄まじい爆風と衝撃が数回発生した。それと同時にインフォース大陸からの連絡が一切取れなくなってしまった。

 極めつけはインフォース大陸を覆うかのように見えない壁が現れてしまい、入ることすら出来なくなってしまった。こちらの凄腕の魔術師が言うにはこの見えない壁は魔術で作られた高度な結界らしく、その結界を破ることは何世紀をかけても解析することすら出来ないそうだ。

 

 そんな芸当ができるのはこの星の中である一部の種族しか出来ないだろう。

 魔族。俺たちエルフ以上の魔力を持ち、好戦的な種族。

 200年前にインフォース大陸やこのヴァート大陸にも現れ、壊滅状態にされたらしい。

 尽きることのない魔力、火力の違う攻撃魔術、圧倒的な生命力、死ぬまで攻撃を止めない、まさに魔に身を堕とした種族。

 その魔族が再び現れ、インフォース大陸を征服したのだ。

 

 今はまだ保存されている食料があるからいい。だがそれもじきに尽きる。

 俺たちはこのまま緩やかに死ぬ。そんなことはまっぴら御免だ。このまま死ぬしかないなら最後まで足掻いてやろう。

 

「じゃあ復習はおしまい。最初の授業は魔術からだ」

 

 

 

 その日の夜俺はミューリとその両親に魔族を倒しに行くことを話した。

 

「嘘でしょ…?嘘だよね?」

 

「いや、本当だ。このまま何もしないでいたら俺たちは死ぬしかないんだ」

 

「だからってレシストが行く必要ないじゃない!!」

 

「じゃあ他の誰かが何とかしてくれるのか!?今まで20年、あの結界すら解析できないままじゃないか!!」

 

「レシストだってその結界をどうするつもりなのよ!?」

 

「…テンブリス大陸に行く」

 

「なっ!!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ミューリの顔から血の気が引いていく。

 テンブリス大陸。魔族が住んでいるとされる大陸だ。

 

「そんなの、そんなの死にに行くようなものじゃない!!」

 

「それぐらいしないとあの結界を突破することは出来ないんだ」

 

「レシスト、本当に行くのかい?」

 

 ヒートアップしていた俺とミューリの会話を遮るようにミューリの父親が口を開いた。

 

「はい。父さんや母さんが俺を拾ってくれたから、俺はここまで生きてこれた。だから今度は俺が父さんと母さんを助けなくちゃいけない」

 

「私たちはそんなことを思ってお前を育てたわけではないぞ」

 

「そんなことは分かりきってるさ。だからこそ助けたいんだ。打算も考えずに俺を育ててくれた貴方たちの為に!!」

 

「……」

 

 父さん、そして母さんは俺の目をじっと見つめる。

 

「分かった」

 

「お父さん!」

 

 父さんの肯定の言葉にミューリは思わず叫んでいた。

 

「本気なの!?」

 

「こうなったらレシストは梃子でも動かないさ。ただし!絶対に生きて帰ってくること。それが条件だ」

 

「…分かった。絶対に生きて帰ってくる!」

 

 そう言うと父さんと母さんは納得したように部屋から出て行った。

 今この場に残っているのは俺とミューリの二人だけだ。

 

「……私も行く」

 

 長い沈黙を破ったのはミューリだったと同時にとんでもないことを言い始めた。

 聞き間違えじゃないならこいつは俺と一緒に行くとか言ったぞ。

 

「おい、正気か!?死にに行くようなもんだぞ!」

 

「それはレシストだって同じじゃない!それに旅の途中に風邪でも引いたらどうするの?それがただの風邪じゃなくて風土病みたいなものだったらどうするの?」

 

「いや、確かにそうだけどさ…」

 

「魔族と戦う前に病で死んでちゃ意味ないでしょ?私は攻撃魔法はヘタクソでも医学の知識はレシストよりあるんだからね!」

 

 やばい、このままじゃコイツも一緒に来ることになるぞ。確かにこいつは独り立ちしている医者だし、10歳になる前に一人で重病人を治した天才だ。だからこそ死にに行くような旅に連れていくことは出来ない。

 

「待て待て、ダメだ!!絶対にダメだ、お前は期待されている医者だろう?お前がいなくなったら父さんと母さんをどうやって支えていくんだよ」

 

「それはレシストも同じでしょ?先生が長期休暇取って誰が代わりに先生をやるのよ?」

 

「おチビたちは親の手伝いでもしてればいいんだよ!俺なんかいなくたって―」

 

「それ本気で言ってる?」

 

 あ、やばい。ミューリがキレた。

 

「レシストがいなくなったらあの子たちは悲しくてきっと泣いてしまう。あの子たちだけじゃないこの村の人もお父さんもお母さんも、それに私だって」

 

「……」

 

「みんな貴方に死んでほしくないのよ。レシストの言うことは分かるよ。このままじゃ絶対にダメなんてこと私だって分かってる。でも、それでも、それ以上に貴方に死んでほしくないのよ」

 

 ミューリは感情が爆発したようで目からポロポロと涙を流していた。

 

「…それでも俺は行く」

 

 コイツが俺を大事に思っているように、俺だって家族のコイツを大事に思っている。

 だからこそ―

 

「俺は絶対に帰ってくるから。魔族を倒して、みんなが笑える暮らしを取り戻してみせる」

 

「…約束だよ」

 

「ああ、勿論だ。俺が約束を破ったことあるか?」

 

「…分かった」

 

「もう遅い、明日も仕事だろ?俺だって朝早くに行く予定だ。もう寝よう」

 

「うん」

 

 なんとかミューリを説得させることが出来たみたいだ。

 そしてこれがここで過ごす最後の夜になるかもしれない。

 

 

 

「あー遅いよレシスト!私1時間以上待ったんだからねー」

 

「んな…」

 

 翌日、朝早くに起きて支度を終え、村の出口に向かうとそこにミューリが何喰わぬ顔でいやがった。

 俺がちょっと感傷に浸っていたらコイツの能天気な笑顔が雰囲気をぶち壊しやがった。

 

「お前!!なんでここにいんだよ!あ、そうか見送りか。朝早くからご苦労なこった。じゃあなミューリ!」

 

「そんなわけないでしょ。昨日お父さんとお母さんに私も行くって説明したし、納得してたから」

 

「ふざけんなテメェ!!俺と昨日約束したこと一瞬で忘れやがったのか!?」

 

「覚えてます!ちゃんと【レシストが帰ってくる】ことでしょ?」

 

「それとお前がここで…待ってるって…」

 

「そんなこと私は一度も約束していません。さっ、それじゃ早く行きましょう?旅は長いんだから」

 

「ふ、ふざけんなー!!」

 

 こうして俺とミューリの旅は始まった。

 




登場人物紹介

レシスト

ハーフエルフの青年。冷静な雰囲気は出しているが素は短気で喧嘩ッ早い性格。
得意魔術は電撃魔術。


ミューリ

ヒロインの一人。
レシストより一歳年上なエルフの女性。一話では真面目な感じだが素はアッパラパーな能天気女。
得意魔術は医療魔術。医療魔術に極振りしすぎたせいで色々残念なことに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話「死の大陸」

 

 あの旅立ちから約二週間が過ぎた。俺たちは今、命の危機に直面している。

 -50℃、荒れ狂う猛吹雪、この星の大自然が今俺たちに牙を向けている。それだけで絶望的な状況であるが、それでもまだ足りないと神が申しているかのようだ。

 目の前には全長3mはゆうにある巨大な白い虎が計四体。なんとか気力だけで立っている俺、そして気絶したミューリの四方を囲んでいる。俺は腰にかけている剣の柄に手をかけ、いつでも抜刀できる状態。

 俺の異様な殺気に野生としての本能が働いているのだろうか、虎たちは唸り声を上げながら辺りをウロウロするだけだ。だが、そう長くは保たない。

 視界は霞み、腕は寒さでガタガタと痙攣している。思考も定まらない。

 何故こんなことになった。

 走馬灯のようにあの旅立ちの日から記憶が甦る。

 

 

 

「それで、どうやってテンブリス大陸に行こうとしてるの?」

 

 ミューリは大きな鞄を揺らしながら能天気に聞いてきた。

 

「ここから西へ30km進めばこの大陸唯一の港町に着く。そこで船を出してもらってテンブリス大陸に行く予定だ」

 

「へー、港町なんてこの大陸にあったんだ。私本でしか読んだことないから凄く楽しみ!」

 

 ミューリはウキウキで道なき道をスキップで進んでいく。そうだった、こいつはアッパラパーの能天気女だ。

 俺や村のみんなが常識なことでもハテナマークが複数個頭の上に出てくるような奴だ。

 料理以外の家事はテンでダメ。仕事場の病院以外に出かけると必ず迷子になる。更に当初の目的を忘れて子供たちと遊びふける。極めつけは遊びに夢中になりすぎて夜になったことすら気づかずに木の上で一夜を明かした。

 コイツの伝説はまだあるが全てを語りだそうとしたらキリがない。確実に夜になってしまう。

 

「ほらー、早く行こうよー」

 

 歩きが遅い俺に焦れたようでチョイチョイと手を招く。

 にへらーという擬音が似合うほどの笑顔。この大陸の未来を考えている俺がバカらしくなるような笑顔だ。

 

「まあ、そんなに気負ってもしょうがないか」

 

「んー、なにー聞こえなかったよ」

 

「お前のアホっぽい顔がオカシイってだけだ。前から言ってるけどホントに俺の一個上なのか?」

 

「あーまたバカにしたね!もう風邪引いても知らないから!」

 

 頬を若干膨らませながらプイッと顔を背ける。本当に子供っぽいよな。

 医者として患者を診るときはあんなに大人びてるのにどうしてこう。

 

「おい、目瞑って歩いてると―」

 

「イダッ!」

 

 言い終える前に木の枝にぶつかりやがった。

 

「イダイヨ-レシストー」

 

「はいはい」

 

 涙目になったミューリの額を擦りながら俺たちは歩を歩めた。

 

 

 

 悪路とミューリの世話をしながらなので大分時間がかかった。というかコイツが一番のロスの原因だ。本来、俺一人でこの港町にたどり着く日数は多く見積もっても五日とみていた。その倍以上、十二日もかかった。

 道も分かっていた。危険な悪路を回避し、安全で且つ最短なルートを通るはずだった。それをコイツの謎スキル迷子で全てが台無しになった。

 

 そんなことは知らぬ顔でミューリは初めての港町に目をキラキラと輝かせていた。

 あぁ、今からでも目に浮かぶ。絶対にここで何かしでかす。絶対だ。必ず何かを起こす。

 今から遭遇するであろうトラブルに頭が痛くなってきた。

 

「ねぇねぇ、あれが船なの?あれ全部木で出来てるんでしょ?うわぁーおっきいなぁー」

 

 俺の袖を掴みブンブン振り回す。

 暴走一歩手前だ。長年付き合ってきたから分かる。ここで止めようとするともっと酷くなる。

 だから―

 

「早く近くで見たいだろうが、少し待て。俺との約束を覚えてるか?」

 

「うん!あの船の中を見学してくる!!」

 

「そうだ、町や村についた時は必ず俺の手を繋いで一緒に行動する。お前の見たいものは全部回ってやるk……はい?」

 

 うん、もう暴走してた。ミューリは俺が約束事を復唱している途中で走って行ってしまった。

 もう帰りたい。父さん、母さん、俺挫折しそうです。

 

 その後のことは語るに及ばず。

 暴走したミューリは勝手に船の中に入り、掃除中の船員の方に見つかりこっぴどく叱られた。

 勿論俺も叱られた。

 

 

 

「うひゃひゃひゃひゃ、いい飲みッぷりだな嬢ちゃん!」

 

「んぐ、んぐ、プハァー!!まだまだたんらいわよ!!樽ごともっれこーい!」

 

「うぉーマジかよ!!まだ飲むのかよ!!」

 

「あったりまえれしょ!あたしとーこのレシストがーこの大陸を救うんらょ?もう飲めらくなるかもしれらいのよ?飲むしかないれしょー!」

 

 もう完全に出来上がってる。

 逃げたい。ただただ、逃げたい。その一点だけだ。

 

「おう、兄ちゃん!あんたあのクソッタレの魔族を倒すんだって!?そんなヒョロヒョロの体にほっそい剣でどうしようってんだい!?」

 

「あの、僕一応魔術を扱えまして…」

 

「ナニー!まじゅちゅ…まじゅちぃ……言いにくいんだよ!!」

 

 酔っぱらい特有の逆ギレである。対処法はない。

 

「そもそも俺はその何とかがダイッキレェなんだよ!男なら腕っぷしだろ!?男は己の拳で価値が決まるんだ!!そうだろう!?野郎共!!」

 

 ウォォオオオ!!!!

 

 酔っぱらい特有の謎の一体感である。対処法はない。

 というかミューリも声あげてやがる。

 

「おうおうおう!兄ちゃん!アンタが本当に魔族を倒そうってんならまず俺を倒してみやがれ!!」

 

「えっ?いや、でも……」

 

「なんだよなんだよ、ビビってんのか?」

 

 ブゥゥゥゥー

 ブゥゥゥゥー

 

  酔っぱらい特有のブーイングである。対処法はない。

 というかミューリもブーイングしてやがる。あの野郎、明日覚えておけよ。

 

「こっしぬけ!!こっしぬけ!!」

 

 こっしぬけ!!こっしぬけ!!

 こっしぬけ!!こっしぬけ!!

 

「皆さん酔いすぎです!悪酔いしすぎですよ!!」

 

「こっしぬけ!!こっしぬけ!!」

 

 こっしぬけ!!こっしぬけ!!

 こっしぬけ!!こっしぬけ!!

 

「皆さん、ここは水でも飲んで―」

 

「こっしぬけ!!こっしぬけ!!」

 

 こっしぬけ!!こっしぬけ!!

 こっしぬけ!!こっしぬけ!!

 

「れいせi……」

 

「こっしぬけ!!こっしぬけ!!」

 

 こっしぬけ!!こっしぬけ!!

 こっしぬけ!!こっしぬけ!!

 

「………」

 

「こっしぬけ!!こっしぬけ!!」

 

 こっしぬけ!!こっしぬけ!!

 こっしぬけ!!こっしぬけ!!

 

 ダァァンッ!!!!

 

「こっし……」

 

 その音はまるで爆発音のように酒場全体に響いた。その音を出したのはレシスト。ただ思い切り持っていたグラスをテーブルに叩き付けただけだ。

 そしてその音で正気に戻った者が一人。ミューリである。

 

(あっ、レシストマジギレしてる)

 

「てめぇら、さっきから人が下手になってりゃ調子に乗りやがって。こちとら長旅でストレス溜まってんだ。いいストレス発散になってくれるんだろうなァッ!!」

 

 そしてレシストは近くにいた船員を殴り飛ばした。

 そこからはもうお祭りみたいだった。殴って殴られて、蹴って蹴り飛ばされて。ボコボコになりながらも立ちあがり、相手を倍以上にボコボコにする。

 レシストはああ見えて短気ですぐに手が出る。殴り合いの喧嘩はそこまで強くないのだが諦めが悪いのだ。それも相当に。

 

 だからボコボコにされても絶対に立ち上がって自分がされた以上にボコボコにするのだ。

 ああなったらもう止められない。だから私は今から大量に怪我人が出るであろうから治療の準備をする。

 

 

 

「ほんっとうに、申し訳ありませんでした!!」

 

 次の日、俺は船長さんと船員の方たちに膝を地面に付け、手を地面に付け、頭を地面に付け謝罪した。

 昨日の出来事はよく覚えている。鮮明に、鮮明すぎるほどに覚えている。

 元はと言えばミューリが勝手に船に立ち入り怒られたのだ。船長さん並びに船員の方たちに非は全くない。

 

 こちらが完全に悪いのだ。

 

「顔を上げてくれや、兄ちゃん」

 

「しかし!」

 

「いいから、顔を上げてくれ」

 

 俺は恐る恐る顔を上げると船長さんはばつが悪そうに笑っていた。

 

「こっちも悪酔いしすぎた。俺らこそ悪かった。それにあそこでぐっすり眠っている嬢ちゃんに全員夜通し手当てを受けちまった。あんなにしこたま殴りあったのに痛みも腫れも全然ない。すげぇ嬢ちゃんだな!」

 

 自分が褒められた筈ではないのに自分のように嬉しかった。

 

「あいつは、少しアッパラパーですけど、凄い医者なんです。寝る暇も惜しんでずっと勉強して、誰よりも努力して、自分の姉であることが誇らしいんです」

 

「そうかい。なら、兄ちゃんは必ず守ってやんな。これからテンブリス大陸に行くんだろ?俺たちの船に乗りな」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「船乗りの男に二言はねぇ!野郎共、出航だぁー!!」

 

 本当に気前のいい人たちだった。

 航海は順調だった。しかしその二日後、突如として発生した嵐と渦潮により船は全壊。俺とミューリは海に投げ出され、この星の南極圏に存在するフリギディッジ大陸に漂流した。

 通称【死の大陸】。年間平均気温-50℃、猛吹雪が大陸中に常に発生し、更には危険生物ホワイトサーペントの生息地。

 しかし、それでも年間一万人の男たちがこの大陸に足を踏み入れる。何故ならこの大陸には絶世の美女しかいないとされる【氷雪族】が住んでいるからだ。

 

 

 

「…スト!!レシスト!!」

 

 ミューリの叫び声で起きると同時に肌に突き刺さるような寒さで眠気が吹き飛んだ。

 このままでは間違いなく死ぬ。

 今まで感じたこともない寒さだった。

 

「【ヒートフィールド】!」

 

 【ヒートフィールド】、所謂生活魔術。冬の時期に使われる暖房魔術だ。

 しかし、これでも寒さが消えない。多少はましになったが、それでもこのままでは死ぬ。

 それもそうだろう。【ヒートフィールド】は部屋を暖かくするだけの魔術。屋外で使われることは想定されていない。この場では本来の十分の一程度の効果しか見込めない。更には精々15℃から20℃までの体感温度が上がるだけだ。

 -50℃の極寒からまるで防げていない。

 

「ごめん、レシスト。私ダメ…かも」

 

 その言葉を最後にミューリは意識を失った。

 

「おい、嘘だろミューリ!」

 

 息はしている。だがこのままでは確実に死ぬ。

 それでようやく俺は気づいた。俺はミューリの厚着を着ていた。そしてミューリは薄い服を二枚しか着ていなかった。

 コイツはいつもそうだった。自分以外の誰かを助けるために自分を犠牲にするような奴だ。

 

「このッ!!」

 

 大バカ野郎と叫びたかった。胸が張りさけびそうになる。だがそんな暇は一秒もない。

 その一秒がミューリにとって命取りだ。俺はミューリと自分の厚着をミューリに着せ、ミューリを背負い走り出した。

 噂に聞いた【氷雪族】。彼女らならばミューリを助けることが出来るかもしれない。

 その一縷の望みに賭け、今は【肉体強化】の魔術で死の大地を駆け巡る。

 

「絶対に、絶対に助けてやるからな!!」

 




特に読まなくても良いコーナー

大陸一覧

インフォース大陸

この星の最大の大陸。主に人間、エルフが住んでいる。
現在、魔族に征服されている。


ヴァート大陸

インフォース大陸から地続きの大陸。世界樹【ミューリグノム】が生えている。
裏設定でミューリグノムから魔力が宿っている極小の花粉を妊娠中の母親が吸い込み、乳児がその花粉に触れることで魔力及び魔術を扱えるようになる。
また花粉すべてに微弱な電気によるネットワークが構築され、母体となるミューリグノムから一定の距離が空くと花粉は死滅する。その距離というのがヴァート大陸をグルッと一周する程度。そのためヴァート大陸にしか魔術を扱える人間・エルフが生まれてくる。


テンブリス大陸

魔族が住むとされている大陸。断崖絶壁なため侵入するのが凄く大変。


ディジェニゲン大陸

大陸全域が荒野となっている。生物は虫でさえ住んでいない。


フリギディッジ大陸

所謂南極大陸。別名死の大陸。
だがこの大陸のどこかに絶世の美女しかいない女だらけの氷雪族が住んでいるとされている。
年間一万人の桃源郷を夢見る男たちが後を絶たない。ちなみに誰一人として帰ってきたものはいない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話「氷雪族」

この話、R-15の限界に挑戦してます。
もしかしたら消されるかも…


 

 一瞬気を失っていた。走馬灯なんてものを初めて見た。

 本当に死にそうになると見るもんなんだな。

 

 辺りを見るとまだホワイトサーペントは俺とミューリを睨みながらウロウロしていた。

 何か様子が変だ。何故襲ってこない。かなりの時間をこうして睨みあっているだけで襲う気配は今まで一度もない。

 

 そして鈍った頭でも正解にたどり着いた。コイツらは俺たちが死ぬのを待っている。わざわざ危険を犯してまで餌にありつく必要もない。

 俺たちはただ待っているだけで死ぬような餌としか見られていないのだろう。

 

 頭にキた。コイツらはただ環境に適しているから危険生物なだけであって、何ら野性味もない。

 

「この、ペットどもがッ!!」

 

 そして俺は動き出した。なけなしの魔力。そしてもう尽きている体力。

 普通なら体が動くはずはない。だが俺は気力だけで体に鞭を打ち、走り出す。

 

「自分から牙をもいだようなお前らなんかに、死んでも俺の肉を喰わせてたまるか!!」

 

 しかし、気力だけではどうにかなるはずがない。ものの100m動いたか動かないかぐらいで、バランスを崩し倒れた。

 もう限界だった。

 あんなに啖呵を切ったというのにここでもう終わりだ。

 まだテンブリス大陸に上陸していないのにここで終わりなのか。

 

 ずしりという雪を踏む音が聞こえる。辺りにあのホワイトサーペントが四体。

 これで本当に終わりだ。

 

「ごめんな、ミューリ……俺、お前を守れ…なかっ……………」

 

 

 

 

「待ちなさい、貴方たち」

 

 その聞いただけでも腹の底から凍えるような声でホワイトサーペントは動きを止めた。

 今まさに指一つも動かせない餌を喰らおうとしていた所だった。それに一切の不満もせず、年端もいかぬ少女の一声で動きを止めたのだ。

 絶対服従の関係がそこにあった。

 

「ふふ、なんと運のよい殿方。ウチがたまたま今日決めた散歩の道で倒れているんですもの」

 

 少女はこの極寒の気温だというのに薄い着物一枚しか着ていない。さらには肩を大胆に出し、本来の着物ではあり得ない(おくみ)の短さ。簡単に言えば、少し動けば下着が見えそうなのだ。

 そんな格好でこの極寒の地を平気な顔で歩いている。

 

「運も実力の内と言いますし、それに…」

 

 そう。彼女こそ噂の氷雪族。

 

「さきの啖呵、痺れたわ。ウチの女陰(ほと)が疼いて仕方ないわ」

 

 別名、

 

「あんさんはこの地を生き残った益荒男(ますらお)。さぞかし濃いお種を恵んでくれるんやろ?」

 

 白いサキュバス。

 

 彼女は発情した顔でレシストの体をまさぐった。

 

「あぁ、これや。久しぶりの男子の体や。さぁ、ウチらの村に案内しよか」

 

 レシスト、そしてミューリはホワイトサーペントの背に乗せられ、吹雪の中に消えていった。

 

 

 

「……チが……きや」

 

「そ……んずるいわ。……ぶりの……やよ?」

 

「そうや…皆で………く食べたらえ…」

 

「イヤや!……」

 

 辺りが騒がしく、徐々に目が覚めてきた。

 目の前には半裸の女性が五人いる。

 全員が全員出るとこ出てるし、顔立ちも整っている。

 多分夢だろう。

 

「あ、起きたん?大丈夫?今あんさんを暖めてあげるからなぁ」

 

 目の前の女性が俺が起きたことに気付くと覆い被さるように抱きついてきた。

 彼女の体はヒンヤリしていて凍えていた俺にはかなりキツイ。

 

「ちょい!何勝手に始めようとしてんねん?皆で分けあうって言うたやんか!!」

 

「やかましい!ウチが見つけたんやで。あんさんのお種を恵んでもらえるんはウチが最初。その後に貴女たちが恵んでもろうたらええのに」

 

「ズルイズルイ!ウチだってもう何年も抱いてもろうてへんのやで!我慢できひん!!」

 

 彼女たちの口喧嘩でようやくこれが現実であると理解できた。

 なんだこれは。全員が全員俺なんかと釣り合う筈がない美女たちで、それが俺を取り合っているようだ。

 うん、こんなのあり得ない。

 

 しかし俺の体にフニフニと柔らかい二つのモノが当たっているため俺を現実逃避させてくれない。

 

「あ、あのー」

 

 俺は未だギャイギャイと口喧嘩している彼女たちに話し掛けた。何とか状況整理しないと。

 

「ああ、堪忍な喧しゅうって」

 

「いえ、それより貴女方が俺を助けてくれたんですよね?」

 

「そやそや。あんさんも凄い度胸の持ち主やなあ。まともな装備も無しでこの大陸に来るなんて自殺行為やで」

 

「まあ、色々ありまして。それでもう一人、俺の連れがいたと思うんですけど」

 

「心配せんでもあの子はうちらで治療してます」

 

 ああ、良かった。本当に良かった。

 

「ありがとうございます。必ずこのご恩を返します」

 

 そして、俺のその一言で彼女たちは動きをピタリと止め、目の色が変わった。

 殺気だとかこちらを害そうとする気配はない。だが、明らかにこの空気は不味いと感じた。

 

「あんな、ウチらは【氷雪族】っちゅう種族でな、女しかおらへんのよ」

 

「男は産まれへんし、産まれてきても必ず女。そもそも子を産むことすら出来ひん」

 

「せやけどウチらは子を残してきた。どないして子を産んだ思う?」

 

「えっと……」

 

「そう、外からの外来者を手厚うもてなして、ウチらを抱いてもらう」

 

「お種を恵んで貰うんや」

 

 ヤバい。彼女たちは発情したみたいに頬を上気させている。そして、何よりもその目だ。獲物を捕らえた捕食者の目をしていた。

 

「この死の大陸を生き残ったあんさんに天国を見せたる」

 

 瞬間、俺は【肉体強化】の魔術を発動させ、覆い被さっていた彼女を引き剥がし、彼女たちと距離を取った。

 

「お願いです。こんなことを言える立場じゃないってことは分かっています。命の恩人である貴女たちを傷付けたくないんだ」

 

 彼女たちはキョトンとし、互いに顔を見合せ次の瞬間にケラケラと笑い出した。

 

「あはは、あんさんは何か勘違いしてんのちゃうん?」

 

「何も取って喰おうとするわけちゃうんよ」

 

「ウチらと気持ちええことをしまひょって言うてんのやで」

 

「ああ、そうか。あんさんもしかして童貞なんやろ?」

 

「何も怖いことはあらへんで。うちらが一人前の男にしたる」

 

 そして彼女たちは何を思ったのか纏っていた服を脱ぎ、生まれたままの姿となった。

 

「な、ななな、何をしているんですか!!」

 

 俺は彼女たちを見てはいけないと目をつぶった。一瞬桜色の何かが見えたような気もしない。

 

「あはは、その反応はほんまに女を知らへんねんなあ。ウチちょいやる気湧いてきたわ」

 

「ウチもウチも。今までの男と違うて可愛すぎる」

 

「分かる分かる。何て言うんやろう、抱き締めたなる」

 

 ああ、クソ。目をつぶっているから彼女たちがどう動いているのか分からない。

 なりふり構わず全力の肉体強化で振り切ることは可能だ。しかし、それでは彼女たちに怪我をさせてしまう。

 

「はい、捕まえた」

 

 そうこうしている内に背後から抱きしめられた。

 

「あは、顔に似合わず立派な物を持ってんちゃう」

 

「あふ、ちょっ、駄目です」

 

 彼女は慣れた手つきで俺の下着の上からまさぐってくる。

 

「あら、ウチがいない間に随分と楽しそなことしてんちゃうん?」

 

 一際幼い声が聞こえた。それと同時にその声の主から凄まじい怒気が発せられる。

 

「あっ、ニクス様」

 

「ねえ、知ってんわよね。外来人来たらまずウチん所に連れてくるって」

 

「そ、そやけど、そないしたらウチらの番になる前に干からびて死んでまうやん」

 

「やかましい!この五人を捕らえな」

 

 そして、そのニクスという子の言葉に命じられ五人はどこかに連れていかれたようだ。

 

「もう目ぇ開けてもええわぁ。堪忍な、あんさん」

 

 そしてようやく目を開けることが出来た。

 目の前には声の主である幼子が立っていた。あの五人も絶世の美女であったが、この子と比べてしまうと霞んで見えてしまう。

 

「ウチは氷雪族の女王、【ニクス】や。あんさんの名を教えてもろてもええか?」

 

 まだ10歳ぐらいの年齢に見えるその子は改まって自己紹介をした。

 

「レシスト、【デスペラティオ・レシスト】と言います」

 

「レシストな。これからよろしゅうな旦那様」

 

「……はい?」

 

 とんでもないことを言い出したぞ、この子。

 




読まなくても良いコーナー

氷雪族

フリギディッジ大陸に住む種族。京都弁で話す。
氷雪族はかなり特殊な種族で子を産んでも女の子しか生まれてこない。しかも成長すれば必ず美女になる。
そして、氷雪族は年間平均気温-50℃に耐えられるよう、自らの体温・体感温度を調整する特殊な魔術が常に発動している。しかもこの魔術は魔力の消費がほぼゼロに近いため、この魔術が切れることはない。

そして、氷雪族全員が全員好色であり、万年男日照りなため、外から男が来たとなるともう大変なことになる。
人口約400人が一斉に牙を剥き、踊り食いされる。
氷雪族の村にたどり着いても生きて帰ってこれないのはそのため。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話「使命」

一か月の間放置してしまい申し訳ありません。
更新スピードは亀のように遅いです。

また次の話は初の戦闘回でその都合で今回の話は短めです。


 

 俺は今絶賛大混乱中だった。

 魔族を倒そうと意気込み村を出て船でテンブリス大陸を目指そうとしたところ、船は嵐で全壊し極寒の地フリギディッジ大陸に漂流。ホワイトサーペントに襲われ死んだと思ったら絶世の美女に囲まれハーレムを形成していた。そして、そこに氷雪族の女王と名乗る【ニクス】が現れ俺を旦那様と呼んだ。

 

 今までの状況整理をしたがまるで意味が分からない。何なのだコレは。夢であってくれ。

 

「うふふ、レシスト。レシストー」

 

 ニクスは俺の腕に抱き付き、しきりに俺の名を呼ぶ。幸せを噛み締めているようで、先程までの威厳のあった顔が見る影もないほどだらけきっている。

 

「ニクスさん?あの私全く状況が掴めていないのですが」

 

「そないな他人行儀なんてイヤやわ。レシストもウチんこと呼び捨てで呼んでや」

 

「…あの、ニクス?」

 

「はーい」

 

 デレデレとニクスは顔を擦り付けてくる。

 

「状況説明をお願いしたいのですが」

 

「んー?状況?ウチがレシストのお嫁はんで、レシストはウチの旦那様や」

 

 わーい、俺いつの間にか結婚してたんだ。

 

「じゃなくて、いつの間に結婚してることになってるの?」

 

「えー、言わせるん?知りたかったらレシストはうちに好きって言うて」

 

「……」

 

 駄目だ、まるで話が通じない。

 

「言うてくれへんの?」

 

 うっ、涙目になりながらの上目遣いはヤバい。元々が美少女なだけにその破壊力は計り知れない。

 現に俺はそれぐらい言ってもいいんじゃないかと思ったほどだ。

 

「ちょっと待ったぁぁ!!」

 

 その時、入り口のから物凄い形相のミューリが飛び込んできた。

 助かった。

 

「レシストッ!あんたこんな小さい子に手を出すなんて犯罪よ!!」

 

 あ、これ全然助かってない。

 

「今すぐあんたを去勢してやる!」

 

「ちょ、ちょっと待て!落ち着け、俺の話を聞け!」

 

「問答無用!天罰覿面!悪・即・斬!」

 

 駄目だ、目がイッてる。既にミューリは人差し指と中指から伸びる魔力メスを作り上げている。

 完全に俺のモノを切り落とす気だ。

 

「待ちいや、部外者は引っ込んどきや」

 

 ニクスは突っ込んでくるミューリを制止し、親の仇を見るような目で睨み付ける。

 先程までの可愛い表情から一変したその様相に、ミューリはおろか俺まで気圧された。

 

「私はあなたのことを思って──」

 

「余計なお世話や。ウチはレシストに操を捧げるって決めたんや」

 

「なっ!」

 

 その発言にミューリはかなり動揺していた。それもそうだろう、見た目は10歳ぐらいの少女が操を捧げるなんて言葉が飛び出してきたのだ。

 

「そんなの駄目よ、そんなのおかしいわ。だってあなたは子供なのよ?」

 

「ウチらとエルフを一緒にしいひんでくれる?ウチらは初潮が来て大人になる。ほんで殿方にお種を恵んでいただいて子孫を残し育て死んでいく。それがウチら氷雪族の一生なんよ!部外者は黙っていなさい!!」

 

 有無を言わせぬ空気が辺りに充満している。10歳の少女がこの空間を支配しているとは信じがたい。

 だが、ニクスは女王。氷雪族という種族の頂点に立つ王なのだ。

 

「…貴女たち氷雪族を意図せず侮辱してしまったのは謝るわ。だけど私とレシストは魔王を倒す旅の途中なのよ。悪いけどこの大陸にずっと居ることは出来ないの」

 

「魔王?」

 

「ええ、そうよ」

 

 そこでようやく俺達の目的を話すことが出来た。しかし、─

 

「へえ、外ではそんなんになっとったのね。やけど、ウチらには関係あらへんわ」

 

「なっ!」

 

 ニクスは笑いながら一蹴した。

 

「貴方たちの目的はえらい立派やわ。せやけどね、ウチは氷雪族の女王。貴方たちの目的と同様にウチには種の繁栄ちゅう目的があるの。その目的に必要な殿方がやって来たなら力ずくでも奪うたる」

 

 ニクスは種の頂点に立つ者であるからこそ、種を残していくという使命がある。

 少女の様相で勘違いしていたがこの子は立派な王だ。

 

「ニクス?」

 

「はーい、なんどすか?」

 

 先程までの威厳が嘘のように可愛らしい少女の顔がそこにあった。さっきまでの殺伐とした空気が嘘のようだった。

 

「すまなかった。俺はニクスが子供だからワガママを言っているだけだと思っていた。でも、違った。ニクスは立派な王だ」

 

「い、いきなりどないしたん?」

 

 ニクスはその真っ白な顔を真っ赤にさせ照れる。

 

「そ、そんなん言うたってレシストはもう逃がさへんよ」

 

「俺はニクスにただ謝りたかっただけだ。それとこれとは別だ」

 

「もう、調子狂うてまうで。なら条件があるわ」

 

 

 

「本当に大丈夫か?」

 

「ええ、任せて。絶対に勝ってくるから」

 

 俺は心配でミューリに声をかける。外面は気丈に振る舞っているが小刻みに震えているのが分かる。

 

 ニクスが出した条件。それはミューリとニクスの一対一による勝負をすること。

 ミューリは争い事が嫌いなため俺が代わりに出ると言ってもニクスは聞かなかった。何でも氷雪族は男性に対して絶対に攻撃してはいけないという掟があるためだ。

 

「ここで負けたら一生出られないからね」

 

「わかった。頼むぞ、ミューリ!」

 

「ええ、任せなさい!」

 

 そしてミューリは目の前で待ち構えているニクスに立ち向かう。

 

 

 

 ニクスは亡き母の言葉を思い返していた。

 

『もし、ニクスが添い遂げたい殿方現れたらなら──』

 

 母様、ウチ本気であの方と一生を過ごしたい。

 

『命を懸けてでも奪うたらええ。我ら氷雪族の寿命は40もあらへん。その短い命を燃やしんさい。そうしたらきっと貴女は後悔なんてしいひんさかい』

 

 母様、それが今この時なのですね。

 

 

 

「貴女、医者なんやろう?戦うことなんて出来るん?」

 

「こっちこそ、ニクスは女王様なんでしょう?降参するなら今のうちよ」

 

「…後悔するとええわ」

 

 ニクスはそう言うと両手に持っていた扇子を開き膨大な魔力を練り上げる。

 

「悪いけど女王として、一人の女として、あの人は渡さへん!

 【コキダイン】!」

 

 氷結系魔術の上級魔術を発動した。

 




読まなくても大丈夫なコーナー

Q.何で氷雪族は-70℃でも平気なのか?

A.氷雪族のみが扱える【断熱魔術】のおかげです。この魔術は常時展開型の魔術でありながらも消費魔力は極端に少ないです。ていうかこの魔術が使えなかったら氷雪族だとしても死にます。
効果は自分に適した温度を保てるとかそんな感じです。


Q.氷雪族に助けられた後、何でレシストとミューリは-70℃でも普通に動けるの?

A.氷雪族の村には村を覆い尽くすように先ほどの【断熱魔術】が展開しているからです。密集した所で【断熱魔術】が多数展開するとドーム状に【断熱魔術】がかかるようになります。
なぜこうなるのか氷雪族でも分かっていない。勿論作者も良く分かってない。
こんな適当で本当に申し訳ない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話「ミューリV.S.ニクス」

 

 攻撃魔術は【火炎】【氷結】【電撃】【衝撃】【無】の五大属性に分かれていて、更に属性の中に【下級】【中級】【上級】とランク分けされている。

 

 下級はその属性が扱える者は誰にでも発動でき消費魔力も少ない。いかんせん威力は低いという欠点はあるが、そこは使用者の扱い方で化けるため侮れない。

 中級は誰でも扱えるというものではなく、ある程度の魔力量と修行を積みさえすれば扱えるようになる。下級と比べ威力は上がっているものの消費魔力も上がっており、考えなしに発動しては魔力が尽きてしまう。

 そして、最後の上級は中級との明確な壁が存在する。目安ではあるが才能有る者が1日約8時間の修行を毎日積むとして修得に10年は最低でもかかるとされている。魔術を扱う者は上級魔術を扱えるようになれば大魔導師と呼ばれるようになる。これは武道の免許皆伝に等しい。それほどまでにこの上級魔術を扱える者は血の滲むような努力を重ねてきたということだ。

 

 そして、その氷結系上級魔術をニクスはその幼い年齢で扱えている。初めて見る上級魔術がまさか俺よりも一回り幼い子が扱うなんて考えてもみなかった。

 【コキダイン】は上空に直径7m程の巨大な氷柱が形成される。その巨大な氷柱はミューリ目掛け襲ってくる。

 

「くっ!」

 

 ミューリは上空に魔力で形成した障壁を作り出す。

 

「そないな薄っぺらい障壁でウチの【コキダイン】は防げへんよ!」

 

 ニクスの言う通りだ。あんな障壁では意図も容易くぶち破れるてしまうだろう。

 しかし、ミューリは器用に障壁を展開しながら全身に魔力を巡らせ【肉体強化】を施した。そして障壁に氷柱が当たったと同時にその場を凄まじいスピードで離脱する。

 

「へえ、なかなか器用やな。せやけどまだ【コキダイン】の攻撃は終わってへんよ!」

 

バキィン

 

 氷柱は障壁に当たると同時に凄まじい破砕音が辺りに鳴り響く。氷柱は内部から爆発したようで、砕かれた氷柱の破片が四方八方に飛び散る。

 その360°無差別な攻撃は破片の小ささも加わり回避不可能な氷柱の弾幕となってミューリに襲う。

 

「きゃあッ!」

 

 その予想だにしない攻撃にミューリは対処が遅れまともに食らってしまう。かろうじて頭は腕でガードしていたようだ。しかし頭を除いた全身は氷柱が突き刺さり血が流れる。

 

「降参したらどや?」

 

 その痛々しい姿を見たニクスはミューリに負けを促す。

 しかし次の瞬間、ミューリの全身から煙が出てきてた。あれは恐らく治癒魔術を使っているのだろう。

 確かにあの攻撃は凄まじいものだ。だが、あんな小さな氷柱では致命傷にもならない。ミューリであればそれぐらいの傷は一瞬で治療出来る。

 ニクスは氷結系魔術の天才だろう。だがミューリも治療魔術の天才なのだ。

 

「まだ降参なんてしないよ!」

 

 ミューリは頭を腕でガードしながらニクスに突っ込んでいく。

 それでいい。喧嘩はビビった方が負けるのだ。

 

「チィッ!【コキダイン】!」

 

 突っ込んでくるミューリに驚いたニクスであったがすぐに気を取り戻しすかさず【コキダイン】を発動する。

 今度は巨大な氷柱ではなく、人間大のサイズの氷柱が無数に出現した。

 

「行きなさい!」

 

 一度に数十本もの氷柱がミューリ目掛け襲ってきた。ミューリはそれに反応し進行方向の横へと回避する。

 

「まだまだ!」

 

 ニクスはミューリが回避した着地点目掛け、また数十本の氷柱を発射させる。しかし肉体強化をしているミューリは、何とかその氷柱の波状攻撃に対応している。

 

 恐らくだがニクスは【コキダイン】を発動している最中は他の魔術を発動できないのだろう。【コキダイン】の氷柱の波状攻撃はニクスが着地点を見定めながらコントロールするため、他の魔術を発動する余裕がないのだろう。

 そして、その事にミューリは気付いているようだ。ニクスと一定の距離を取りながら氷柱を躱すことに専念している。その距離というのがミューリの射程範囲圏内なのだ。

 ニクスの氷柱が尽きたときミューリの反撃が始まるはずだ。

 

「くそ、ちょこまかと!」

 

 対してニクスは焦っていた。恐らく最初の【コキダイン】で終わらせるつもりだったのだろう。だが予想とは裏腹にミューリは治療魔術で回復し、あろうことかいつの間にか防戦一方になっているのだ。

 そして、その焦りは戦闘で致命的だ。焦りは思考を乱し、乱れた思考では正しく判断出来ず攻撃を受けてしまう。

 

「あっ!」

 

 そして、遂にニクスの氷柱が尽きてしまった。その瞬間をミューリは見逃すことはなかった。

 ミューリはニクスの懐へと入り込み、右手の人差し指と中指から魔力メスを伸ばす。そして肩から胴にかけメスで切りかかる。

 その魔力メスは主に手術で使う魔術。魔力でメスを形成させ、更に1秒間で約数万回もの振動を加えることによって人体はたやすく切れてしまう。

 

「勝ったか」

 

 そう俺が呟いたのも束の間、ミューリはすかさずニクスから離れる。それと同時にニクスは、いやニクスだと思っていたものは透明な氷の塊へと変化する。そしてその氷のニクスは爆発し、あたりに細かな氷の破片が四散する。

 ギリギリで退避できたミューリはその氷の破片に巻き込まれることはなかった。

 

「まさか、ウチが【雪月花(せつげっか)万華鏡(まんげきょう)】を使うことになるとは……せやけどこれでお終いや」

 

 そして、ミューリを囲うようにしてニクスが複数、いや複数なんて数じゃない。10、20、30、余りにも数が多すぎてとてもじゃないが数えることができない。

 あのニクスは恐らく氷で出来た分身体なのだろう。そして無数にいる分身体からは微かに魔力反応がある。それが意味することは──

 

「先に言うとくで。そのウチん分身がなんかに触れると内部から爆発して氷の破片飛び散る」

 

 そしてニクスの説明を聞くとミューリは顔が青くなる。

 

「理解できたようなぁ。そう、その飛び散った破片が分身に触れれば、また爆発して氷の破片が飛び散る。相手が行動不能になるまで爆発し続ける」

 

 いくら【肉体強化】を施していようが四方八方を塞がれては躱しようがない。

 詰んだ。

 

「覚悟はええ?【雪月花(せつげっか)桜吹雪(さくらふぶき)】!」

 

 ニクスの言葉を皮切りに、無数に出現した分身体が一気にミューリへと襲いかかる。

 ミューリは逃げようとせずその場にうずくまった。そして無慈悲の爆発が始まった。

 

 

 

「はぁ……はぁ…」

 

 勝った。まさかウチがここまで追い詰められるとは思わへんかった。せやけどウチの【雪月花(せつげっか)桜吹雪(さくらふぶき)】に耐えられた者はおらん。

 魔力はもうほとんど残ってへん。立ってるだけでも怠い。それよりも。

 

「救護班!早うミューリを手当てしたって」

 

「いや、まだ終わりじゃない」

 

「へっ?」

 

 レシストがよう分からへんことを言うた。まだ終わってへん?

 

「せやけどミューリは倒れてピクリとも動かへんで!」

 

「あいつは俺より気合いがあるんだ。あれぐらいじゃ諦めてないぞ?」

 

 レシストの目が真っ直ぐウチを射抜く。ミューリを1mmも疑うてへんその目はウチん胸を貫いたような気がした。

 

「ほら」

 

 レシストはミューリを指差すと、ふらふらになりながらもミューリは立ち上がる。

 

「な、何で?何で立ち上がるのや!」

 

「い、痛かったよ…ニクスちゃん」

 

 訳分からへん。何でミューリは立ち上がる?ウチん【雪月花(せつげっか)桜吹雪(さくらふぶき)】は完璧やった。なのになんで立ち上がる?

 

「そんなの決まってる……気合いだよ!!」

 

 ミューリが突っ込んでくる。うちはもう満足に動くことさえできひん。

 

「ウオオオオォォォォォ!!」

 

 ほんでウチは意識を失うた。

 

 

 

「いや、ウオオオオォォォォォってゴリラかよ」

 

 俺は呆れながらもフラフラになったミューリを支えた。

 

「あ、レシスト。私勝ったよー」

 

「ああ、しっかり見てたよ。お疲れさん」

 

「でもまだもう一仕事あるから」

 

 そう言うと倒れているニクスを治療し始めた。

 ニクスを殴ったとはいっても、顎を微かに殴り脳を揺らしただけ。一応何か異常がないかを看ている。

 

「うん、大丈夫そう。すぐに目を覚ますよ」

 

「おねえ、あんた強いんやなあ。まさかニクス様を倒すなんて思わへんかったで」

 

 治療を終えたミューリに氷雪族の人が話しかけた。

 

「せやけどすぐにここから逃げた方がええで。ニクス様ああ見えて癇癪持ちやさかい、どないなるか分からへんよ?」

 

「そうなんですか?でも私─」

 

 そしてミューリが言葉を紡ごうとした瞬間にニクスの目が開いた。

 

「あ、あれ?ウチ何しとったんやっけ?」

 

「あ、ニクスちゃん。さっきはごめんね。どこか痛いとか気持ち悪いとかクラクラするとかある?」

 

「ミューリ?ああ、そっか。ウチ負けてもうたんだ」

 

「ニクスちゃん?」

 

「嫌や」

 

「へ?」

 

「嫌や嫌や嫌や嫌や嫌や嫌や嫌や!!

 レシストはウチんだ、誰かに取られるなんて嫌や!!」

 

「ちょっ、ちょっとニクスちゃん?」

 

「やかましい!レシスト誰かに取られるんやったら、全部壊したる

 【雪月花(せつげっか)岩屑雪崩(がんせつなだれ)】!」




読まなくても大丈夫なコーナー

今回出てきた魔術の五大属性の簡単な説明。

◇火炎系

炎を魔力で生成する。一般的では球状で生成される。ただ、炎自体に決まった形というのはないので使用者が想像すれば槍だったり剣だったり色んな形に生成することができる。
氷結系に次いで弱い。

下級…ガガ
中級…ガガンガ
上級…ガガダイン


◇氷結系

氷を魔力で生成する。大体は火炎系と同じようなもの。
実は五大属性の中で最弱。
将来の不安を一瞬にして忘れさせるストロングゼ○では断じてない。

下級…コキ
中級…コキール
上級…コキダイン


◇電撃系

雷を魔力で生成する。雷とは言っても電圧はそこまで高くは無い。ただ運が悪ければ死ぬ。速度も常人では反応できない速さ。
ぶっちゃけ五大属性の中で最強に等しい属性。

下級…パギ
中級…パギリラ
上級…パギダイン


◇衝撃系

風を作り出す。炎・氷結属性に対しては風の風圧で吹き飛ばせるため完封することができる。
防御に向いている属性。

下級…ウェン
中級…ウェライン
上級…ウェラダイン


◇無属性

魔力をそのまま出現させる。全ての属性を無へ帰すとかそんなチートはないです。
魔術を扱える者は誰でも扱うことが出来る属性。

下級…ムガ
中級…ムガダラ
上級…ムガダイン



かなり簡単ですがこんな感じです。
えっ?プロローグにあった超級と極大魔術?なんのこったよ?(すっとぼけ)

ちなみに○○ダインは女神転生シリーズからお借りしてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話「紫電一閃」

今回から推奨BGMみたいなものをつけてみます。
下の記号が付いてあるところからBGMをかけてもらえればと思います。

◇1
『Bahasa Palus』─刀語 より─


少し修正しました。


 

「この村はもう駄目だ!皆急いで逃げろ!!」

 

 ニクスが最後の最後で発動させた【雪月花(せつげっか)岩屑雪崩(がんせつなだれ)】は俺が生まれてきたなかで見る最大の魔術だった。これの前では上級魔術なんて赤子のようだ。

 氷雪族の村をゆうに覆い尽くす巨大な氷の塊が出現していた。こんなものが落ちれば人はおろか、村であっても壊滅してしまう。

 

「あっ、あぁ……」

 

 その異様な魔術でミューリは勿論、氷雪族の人たちも動けなかった。

 

「ミューリ!ミューリ!!しっかりしろ!」

 

「レシスト、これじゃあ、皆死んじゃう!」

 

「おい!ニクス!」

 

 しかし、ニクスの反応がない。この魔術で本当に魔力が尽きてしまったのだろう。ニクスはぐったりと地面に倒れていた。

 

「ちくしょう、これじゃあ魔術を解除出来ねぇじゃねぇか」

 

 そしてミューリはなけなしの魔力でもう一度【肉体強化】を施していた。

 

「レシストも、【肉体強化】でもして一人でも多く助けないと!」

 

「あぁ、そうだな」

 

 本当にコイツは。今一番自分が疲れてるのに人を助けることしか考えていない。

 根っからのお人好しだよ。

 

「一人でもじゃなくて、全員をだろ?」

 

 

◇1

 

 だから俺も覚悟を決める。

 コイツと並んで歩けるためにも。

 俺達を助けてくれた氷雪族の皆を救い出す。

 

「【紫電(しでん)】!」

 

 俺は魔術を発動させ、全身から紫色の電気がバチバチと音を立てて放出する。

 

「レシスト!【紫電】は──」

 

「そんなことよりも!早く助けるぞ!!」

 

 ミューリの言葉を無視して俺は地面を蹴りあげる。

 

 この【紫電】は俺が独自に編み出した魔術。近い将来魔族との戦闘で、俺の持てる魔術では決して勝つことは出来ないと思い新術を編み出そうとしていた。

 どんな魔術であれば魔族を倒せることが出来るのか。魔族は驚異的な身体能力、生命力、魔力を持ち、死ぬまで攻撃の手を緩めない。

 魔族の身体能力を超す速さで、かつ一撃で屠る魔術が必要だ。

 魔族の身体能力は【肉体強化】であっても超えることはできないとされている。ならばそれ以上の魔術を編み出すしかなかった。

 

 そう、この【紫電】は簡単に言えば【肉体強化】を超えた【肉体強化】なのだ。

 【紫電】は全身の筋肉に微弱な電気を流すというもの。体が動くということは脳が筋肉に動けという命令を下して動かく。この【紫電】はいちいち脳の命令を待たずに電気で筋肉を刺激させ反射を利用し、強制的に動かすことが出来る。

 故に人間の反射速度をゆうに超し、例え【肉体強化】を施した者であっても先手を取ることが出来る。

 しかし、代償は大きい。微弱とは言っても電気を流すことには変わらず、長時間使用すれば筋肉が焼ききれてしまう。

 そうなれば俺は動くことさえできなくなるだろう。

 

 だがそんなことは関係ない。俺の命を救ってくれた氷雪族の人たちに恩を返す時がきたのだ。

 使用したその瞬間から全身の筋肉が悲鳴をあげる。気が狂うほどの激痛だ。

 だがここで気絶するわけにはいかない。

 

「ウォォォオオオオッッ!!」

 

 俺は上空の氷塊へと飛ぶ。

 そして、腰に帯刀してある刀の鯉口を切る。その次に刀に魔術で発生した電気を流す。

 

 次の魔術も魔族を確実に屠るため編み出した。

 不可避の一撃。来ると分かっていても体が追い付かずに攻撃を受けてしまう。そんな攻撃を考えていた。

 剣術には【居合い】という不可避の一撃があると文献を見た。俺なりに居合いを試してみたがいまいちしっくり来なかった。確かに並みの人間ならば不可避の一撃として通用しただろう。

 しかし、相手は魔族。通用するイメージが湧かなかった。だから俺は一工夫加えた。

 それは【磁力】。電力と磁力はかなり密接した関係であり、電流があれば磁界が生まれる。そして磁界が生まれれば磁極も当然生まれる。

 それを応用し、刀の刀身と鞘をN極とS極にさせ、くっ付けた状態にさせる。そして、射程範囲に入った瞬間に同極へと変化させ反発させあわせる。

 【紫電】の速度に【磁力】による反発力、それらが合わさり不可避の一撃を編み出したのだ。

 

「オオオオオォォォォォッッ!!」

 

 バチバチと電気の放出音がうるさい。体も悲鳴をあげている。

 だというのに俺の思考はクリアとなり、目の前に迫る氷塊をじっと見つめる。

 どこを切れば砕くことが出来るのだろうか。ただその一点しか考えていなかった。

 そして俺は導かれるように氷塊の真下へとたどり着いた。ここだ。

 ここを切れば──

 

「砕けろ!【紫電一閃(しでんいっせん)】!!」

 

 今、この瞬間に【電力】と【磁力】の会わせ技が発生した。

 刀を振り抜き、氷塊へと刀身が食い込む。その常軌を逸脱した速度、そしてその衝撃に氷塊は耐えることは出来なかった。

 

 凄まじい破砕音と共に氷塊は砕かれた。

 

 それと同時に右腕に凄まじい激痛が走った。俺は朦朧としながらも右腕を見てみる。

 右腕は骨が折れ皮膚を突き破っていた。まるでとんでもない圧力で潰されたようだった。

 まあ、それもそうだろう。あれだけの氷塊を砕いたのだ。右腕だけで済んで良かった。

 

 満足感に満ちて俺は気を失った。

 

 

 

「……ん」

 

 目を覚ますとどこかで見たような天井があった。

 ああ、そうだ。俺はあの氷塊を砕いたんだ。

 

「ッッ!!」

 

 辺りの様子を見ようと体を動かそうとしたら、全身に激痛が走った。

 これも【紫電】と【紫電一閃】の代償か。これじゃあ連戦にはとてもじゃないが向いていない。

 まあ、それが分かっただけでも良しとしよう。改良の余地はある。

 

「すみません、誰かいますか?」

 

 返事はない。ていうか喋るだけでも痛い。どれだけ後遺症があるんだよ。

 

 俺は諦めて誰かが来るのを待っていた。

 

「あっ!ミューリはん、龍神様意識を取り戻したみたいどす!」

 

 氷雪族の一人が俺に気付いたようだ。ていうか龍神様?

 

「レシスト…」

 

「お、ミューリか?悪いな全身痛くて上手く喋れないかもしれない──」

 

「レシストォ!!」

 

 ミューリは感極まって俺に抱きついてきた。

 

「イタタタタタ!ミューリ、痛い!!俺怪我人!!」

 

「心配…したんだからねぇ……ばかぁ…」

 

 あっ、痛すぎて意識が……

 

 

 

「はぁっ!?三日間も眠ってたのか!?」

 

「そうだよ。全然起きないから、もうずっと目を覚まさないかと思ったんだからね」

 

 割りとシャレになってねぇよ。どんだけヤバイ魔術なんだよ。いや、俺が編み出した魔術だけどさ。

 ていうかこんな魔術欠陥以外の何でもないよ。

 

「すまなかったな、心配かけて」

 

「ホントだよ。それに右腕なんだけど、一ヶ月は絶対安静だからね」

 

「はぁ!?一ヶ月も!?そんなに酷いのかよ!」

 

「酷いなんてもんじゃないわよ。橈骨は開放骨折、尺骨は剥離と螺旋骨折。手首から先は複雑と亀裂骨折。亀裂の箇所は30から数えてない。上腕骨も亀裂と螺旋骨折」

 

「うん、酷いなんてもんじゃないな。全然理解できないけど、理解したくもない」

 

「だから【紫電】は早いって言ったじゃない」

 

 実は【紫電】の魔術はミューリに頼って編み出したもの。ミューリの医学講座みたいなもので筋肉の動かし方からヒントを得たのだ。

 そして新術を編み出したとミューリに教えたら絶対に使うなと注意されたのだ。その時に筋肉が焼ききれ、一生動かなくなるぞと脅された。

 

「こんなにボロボロになって」

 

「……それで氷雪族は大丈夫か?」

 

「うん、レシストがあの氷塊を粉々に砕いてくれたから。大きな塊もあったけど、氷雪族の人たちが氷結魔術で砕いてた」

 

「そうか。良かった」

 

 それを聞いて一安心した。

 これだけボロボロになった甲斐があった。

 

「なに満足した顔してるのよ。龍神様の方がバカじゃない」

 

「龍神様?ああ、そうだ、氷雪族の人たちが言ってたな」

 

「それレシストのことだよ」

 

 はい?なんて言ったこの人?

 

「龍神様=レシスト。お分かり?」

 

「いや、さっぱりわからん」

 

「【紫電】で紫の電気を纏ったでしょ?それで上空の氷塊を砕いた。天空に昇っていくレシストが雷を纏う龍に見えたんだって」

 

「???」

 

 やめてくれ。冗談抜きで思っくそ恥ずかしい。

 

「良かったじゃない、龍神様?」

 

「お前、からかってんだろ」

 

「そんなわけないじゃない。恐れ多くも龍神様をからかうなんて」

 

「お前、回復したら覚えておけよ」

 

「じゃあ早く寝なさい。治るものも治らないわよ」

 

「ヘイヘイ、分かりましたよ」

 

 実は結構限界だった。

 【紫電】を発動していた時に比べ鈍い痛みだけ。でも、これ以上はもう話すことさえできない。

 

「お休みなさい。ゆっくり休んでね」

 

 ミューリが出ていく所を気配で感じた俺はまた意識を失った。

 

 

 

 その日から一週間後にようやく体を動かせるようになった。

 その間はひっきりなしに氷雪族の人たちが見舞いに来てくれた。その気持ちは嬉しかったのだが、龍神様を連呼されて死ぬほど恥ずかしかった。

 その様子を薄ら笑いで笑っていたミューリはマジでキレた。あの野郎、マジで覚えておけよ。

 

 だが、一つだけ。一つだけ気になったことがあった。

 ニクスが現れなかった。

 

 そして今日、氷雪族の村を発つ。

 いつまでもここで厄介になっては図々しいにも程がある。彼女達は全然気にしていなかったようだが。

 

「お世話になりました」

 

「こちらこそおおきに。それと龍神様?どうかこちらを納めとぉくれやす」

 

 氷雪族の人は一本の刀を俺に差し出した。

 

「いや、ですけど」

 

「あの氷塊を砕くのに龍神様の刀折れてまいました。さかいこらその代わりでございます」

 

「……分かりました。ありがとうございます」

 

「こちらこそおおきに。名は【江雪左文字(こうせつさもんじ)】でございます」

 

 そして俺は刀を受けとるとホワイトサーペントに跨がった。なんでもこのホワイトサーペントは氷雪族のペットらしく海岸まで送ってくれるらしい。

 それに氷雪族しか扱えない【断熱魔術】をかけてもらい寒さもない。至れり尽くせりだった。

 

「ほな龍神様の武運長久を氷雪族全員で祈っとります。また、近くに来た際はお立ち寄りください」

 

 そして最後までニクスには会えなかった。

 

 

 

「あ、レシストー!」

 

「………」

 

 海岸まで着いたと思ったらニクスが手を降っていた。

 デジャヴを感じるな。

 

「一応聞くが、なんでここに?」

 

「あはは、ウチ暴走してもうたやんか?それでレシストに傷を負わせちゃったさかいね……国外追放されてもうた」

 

 テヘッとあざとく舌を出した。

 

「いや、なんか軽いけど全然軽くないからな!めちゃくちゃ重いからな!!」

 

「いや、全然軽いで。ほんまだったらウチ極刑やで」

 

「極刑!?」

 

「そそ。それに世界を旅して王としてあるべきことを勉強したらええって。国外追放って言うたけど体裁上やで?」

 

「ソウデスカ」

 

「ちゅうわけで、氷雪族女王【ウィル・ニクス】。末永うよろしゅうなぁ」

 

 そんなこんなでニクスが旅の仲間として加わった。

 

 

 

 ニクスは海面に手をかざし【コキダイン】を発動した。すると海面は氷漬けになり、俺達はその氷上を歩いていた。

 その途中、凄まじく大きい船と遭遇し乗せてもらった。またヴァート大陸に帰ることになるが仕方ない。

 

 そこで俺は、恐らく俺の人生で後にも先にもないぐらいの、俺の人生観を揺るがす大事件が発生した。

 

「ふぃー、まさか船の中に風呂が有るなんてな。この旅の最中には入れないと覚悟してたんだけどな」

 

「レシスト、背中流したるでー」

 

「ブフッ!ニクス止めろ、入ってくるな!」

 

「もう遅いもんねー」

 

 有無を言わさずニクスは風呂に乱入してきた。

 チラッと見えたじゃねぇ───

 

「………」

 

「やん、もう、そないに見んといて。恥ずかしいで」

 

 言葉を失った。

 俺は無言で頬をつねり、これが悪い夢なんじゃないかと思った。

 

「どないしたん?ほっぺなんてつねって」

 

「いや、夢なんじゃないかと」

 

「まあ確かに嫁入り前で裸を見せるなんてはしたあらへんか思うかもしれへんよなあ。せやけどウチはレシストにゾッコン。他の男に現を抜かさへんさかい安心して」

 

「なあ、ニクス。真剣に答えて欲しいんだが…」

 

「なに?」

 

「股にぶら下がってるものはなんだ?」

 

「なにって、ウチのナニや」

 

「……かっ、……は、はは、な?」

 

「あ、あれ言うてへんかったっけ?ウチ【男】やで」

 

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 天地がひっくり返った。

 




特に見なくても大丈夫なコーナー

Q.女装少年、男の娘、TS、女装子、メスショタ、ふたなり、結局のところ全部ホモでは…?

A.なんだァ?てめェ……

──作者、キレた!!



でも2次元だから許容範囲なだけであると思うんだ……3次はいやぁー、きついっす



キャラクター紹介

【ウィル・ニクス】

ヒロイン?の一人。
氷雪族の女王。だが男だ。
氷雪族は女の子しか産めないのだが数百年に一度の確率で男の子が産まれる。
しかしその美貌は美人しかいない氷雪族の中でも群を抜いて美しい。だが男だ。
まだ10歳であるため色々成長途中。だが男だ。
また氷結魔術に関して天賦の才の持ち主で修行を開始して2年で【コキダイン】を収得している天才。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間

推奨BGM
『Letzte Bataillon』~Dies irae -Acta est Fabula- より~


 

──時は遡り、レシストが氷雪族の村で氷塊を砕いた時

 

「ほぉ」

 

 荒廃した城の玉座に一人の魔族が居座っていた。この者から発する圧は、一般的な魔族のそれとは比べ物にならない。

 何故ならこの者こそがテンブリス大陸を治めている魔王であるからだ。

 

「ディアボロ様、如何されましたか?」

 

 片眼に眼帯、そして片腕がない。隻眼隻腕というハンディキャップがあるにも関わらず、その力は衰えるどころか勢いを増すばかり。

 このディアボロこそ歴代最強の魔王と称される。

 

「フリギディッジ大陸で電撃魔術の魔力反応があってな」

 

 その規格外の魔力、魔術センス、天賦の才、そして惜しみない努力。これらが合わさり、最強の名を手に入れた。

 

「フリギディッジ大陸で電撃魔術?氷雪族にも電撃魔術を扱う者が現れたということですか?」

 

「気になった故【空間探知】で確認してみればハーフエルフがそこにいてな。村を覆い尽くす氷塊を刀の一振で砕きおった」

 

 故にディアボロこそこの星の支配者。その【空間探知】はこの星全域が射程範囲内(・・・・・・・・・・・)

 レシスト達の動向など筒抜けである。

 

「ほぉ」

 

「だがまだまだ荒い。動きに無駄がありすぎる。突き詰めれば氷塊を完全に破壊出来ただろうに。それにあの魔術は欠陥そのもの。一度発動しただけで片腕が使い物にならなくなる」

 

 たった一目見ただけでレシストの【紫電】と【紫電一閃】の欠陥性を見抜いた。

 更に言えば、ディアボロであれば【肉体強化】無しで御せる。これはディアボロだけが特別なわけではなく、魔王軍の精鋭達であれば簡単に対応できる。

 それほどまでに実力差が離れているのだ。

 

「魔王様、嬉しそうですね」

 

「あぁ、嬉しいとも。若い芽が育つ、それは人間にとって、我等魔族にとって良い影響を与えると同義だ。たとえ余に刃向かおうとする者であってもだ」

 

「刃向かう?」

 

「ああ。余を倒し、インフォース大陸を開放したいそうだ」

 

 その瞬間、配下の魔族から凄まじい怒気と殺気が溢れ出す。

 

「なんだ?そんなに怒ることか?」

 

「当たり前です!主を害するものに平静を装えなどできるわけがありません!」

 

「お前の忠義は相変わらずだ」

 

「は!私はあの時魔王様に救っていただかなければここまで生き長らえることはありませんでした!故に私の命は魔王様と共に!死ねと仰ればこの場で首を跳ねる覚悟もございます!!」

 

「馬鹿を申せ。余がそなたにそのようなこと命令するわけなかろう。そんなことをしたらそなたの姉に殺されるわ」

 

「いえ、姉上も理解してくれるはずです」

 

「あー、やめようこの話は。先に進まぬではないか。それよりもそのハーフエルフだ」

 

「はっ!直ちにこの世から消し去ってみせましょう!」

 

「早まるな。そのハーフエルフは人間からすればかなりの手練れだろう。だが我等魔族から見れば良いとこ下の下だ。新兵に毛が生えたにすぎん。何かまだ奥の手があったとしても、あの練度であれば高が知れている」

 

「成る程、ですが─」

 

「そうだ。ハーフエルフでその領域に上り詰めた。もしかすると我等の驚異となるかもしれん。故にそなたにはそのハーフエルフの監視をしてほしい。そなたが直接出向いてもよいし、配下の者に託してもよい。そなたに一任しよう」

 

「は!その命、私の命に代えても遂行致しましょう」

 

「間違っても殺すなよ」

 

「かしこまりました!」

 

 そしてその配下の魔族は音もなくこの場から姿を消した。

 

「さて、いい加減執務にも飽いていた所だ。楽しませてくれよ?」

 

 ディアボロは虚空に向かってレシストに語りかけた。

 

 




というわけで、今回は魔王側の話です。ですのでちょっと短め。すみません。

本文にもあったように、ディアボロ様は歴代最強の魔王でもあり、設定的にこの星最強の存在です。

レシスト君たちが勝つ可能性は天地がひっくり返ってもないです。不意を付いても、完全に不利な状況へ追い込んでも、勝てないです。
それぐらいチートなお方です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話「子供であるが故の傲慢」

前半部分に関しては本当にすみません。
筆がノッてしまって……

ちなみに、ニクスが喋った〇〇の部分の文字が全て分かったそこの君、立派な変態の仲間入りだ




 

 俺は頭が混乱しながらも故郷であるヴァート大陸に戻ってきた。

 はっきり言って感慨もクソもない。船の中のニクスの一件が頭から離れない。

 なんなのだ。アレは一体何だったんだ。

 ニクスは女王だ。女の子だ。だというのに股にぶら下がってるものはなんだ?男が女王であってたまるか!!

 

 だがあの光景が忘れられない。誰がどう見ても美少女。それも百年に一人現れるかどうかの美貌の持ち主だ。

 だというのに付いている。大人のようなグロいものではなく、子供らしく可愛らしいモノだった。ミスマッチすぎて眼福だ。

 

 いや、違うだろ!!正気を保て!

 だが、俺の愚息も……

 

 これ以上はいけない。これは開けてはならない禁断の扉だ。

 俺は考えるのを止めた。

 

「うー、暑い、ムシムシする。こないな所にレシスト達は住んどったん?」

 

 ニクスは初めての他の大陸ということで年相応の子供らしく船の上ではしゃいでいた。しかし、上陸した途端に想像以上の気候の変化でへばっていた。

 

「俺としてはこれくらいが丁度いいんだけどな」

 

「うーん、【断熱魔術】は正常に発動してるのに……あっ!」

 

 ニクスは何か思い付いたように俺達を乗せてくれた船の船長さんに近づいていった。

 

「船長はぁん?」

 

「ど、どうした嬢ちゃん?」

 

 めちゃくちゃ猫撫で声である。それにあの上目遣い。

 アレには俺もやられた。あの美少女にアレをされると男ならコロッと落ちる。まぁ、アイツ男なんだけどな!

 船長さんは子供のニクスに顔を赤くしながら平静を装っている。はっきり言ってバレバレだ。

 

「お願いがあるんやけど、聞いてくれる?」

 

「ああ!何でも言ってくれ!!」

 

 ああ、もう船長さんはニクスの掌の上だ。あとは搾れるだけ搾られるぞ。

 

「うちにこ・お・り、あるだけくれる?」

 

「あ、あるだけ!?1kgで手を打ってくれないか?」

 

 実は氷は貴重な物資だ。何故なら氷結属性の魔術を扱える者が少ないのだ。

 エルフは基本的に衝撃属性、人間は無属性が得意属性。それ以外の属性はハーフエルフがバラバラで扱える。

 ハーフエルフの数自体も少ないため氷結属性が扱える者は極端に少ない。

 

 海で魚を釣る漁師たちはその鮮度が重要なため、氷はいくらあっても足りないのだ。

 だから氷結属性を扱える魔術師はかなりの厚待遇なのだ。

 

 船長さんが言った氷1kgもかなりの価値がある。まあ、一ヶ月間毎日豪勢に飲み食いしてもお釣りがくるぐらいだ。

 

「えー、1kgぽっちじゃウチ満足できひんで」

 

「そ、そんなこと言ってもよ、俺には女房に子供もいるんだよ」

 

 おい!所帯持ちかよ!自分の子供ぐらいの相手に何鼻の下伸ばしてんだよ!

 

「あーあ、ほなしゃあないか。全部氷を出してくれる太っ腹はんにはウチ達氷雪族の村を案内したろう思たのに」

 

 アイツ…

 

「何?」

 

「それに村まで安全に快適に案内したろう思うとったんやけどなぁ」

 

「………」

 

「知ってる、船長はん?ウチ達氷雪族が殿方をどないしてもてなすか?」

 

「ど、どうもてなすんだ?」

 

「食事に入浴、それに下のお世話も。

食事に関してはほんま鳥の雛や。口移しで食べ物運んでくれんで。入浴はウチ達全身を使うて洗うたる。船長はんのあーんなとこやこーんなとこまで垢一つ残さず綺麗にしたる。

下の方はみんな喜んで〇〇になってくれんで。まさに〇〇〇や」

 

「………」

 

 生唾飲み込む音がこっちまで聞こえてきたぞ。

 

「勿論夜伽も。一人や二人ちゃうで。希望であれば五人、十人、それ以上、とっかえひっかえしてくれてええで」

 

「あ、あああ……」

 

「みんな船長はんに従順やで?どないな卑猥な命令であっても絶対答えてくれんで?それこそ目の前で〇〇を見してみぃやったり、〇〇しろやら、船長はんの〇を〇〇〇のだって嫌な顔しいひんよ?

それもこれも船長はんのお種注いでほしいからや。

船長はん?」

 

「はい?」

 

「この世の天国、見せたる」

 

 船長さんの何かが折れたような気がした。

 

「この、バカちん!!」

 

 そこでようやくミューリが拳骨を食らわした。ミューリは憤怒の表情。

 やばい、これ飛び火がかかるぞ。

 

「いったぁー!なにすんねん!!」

 

「なにすんねん、じゃないわよ、この色ボケ!白昼真っ昼間からなんて話してんのよ!」

 

「だって、船長はんが氷くれへんねんもん」

 

「こ・お・りぃぃ!?」

 

 あ、完全にキレたぞあれ。

 

「こんのオオバカ!聞いて呆れた、氷ぐらいあんたの氷結魔術でいくらでも作り出せるでしょ!!」

 

「そんなんしたらウチ疲れるやん」

 

 あーあ、俺もう知ーらね。

 今度は拳をニクスのコメカミに当て力一杯グリグリし始めた。

 

「イダダダダダダダダダ!!ちょぉ、ミューリ!シャレんならんて!!頭割れる!」

 

「あんたの頭を割って、そのピンク色の脳ミソ私が治療してあげるから」

 

 あれマジで痛いんだよな。俺も何回もやられてるからその痛さが分かるぞ。

 頑張れ、ニクス!

 

「それと、レシスト。あんたも話があるから少し待ってなさい」

 

「はい!」

 

 逃げるの遅かった。

 

 

 

 

 あの後、ミューリになぜあんたがいながら止めなかったのかとしこたま怒られた。俺は素直に謝罪をし、拳骨一発で済んだ。

 ニクスは無償で【コキダイン】の巨大な氷塊と、氷塊が溶けにくくなる魔術を施し船長さんにあげた。

 

 ニクスはキレるとミューリはヤバいと理解できたようで、借りてきた猫みたいに大人しくなった。ずっと俺の袖を握りしめ、チラチラとミューリの顔色を窺っていた。

 

 そして俺とニクスは一足先に宿に入った。ミューリは医療器具を新調したいとのことで病院に向かっていった。

 

「何なのよミューリってば!ちょい船長はんをからかっただけなのに」

 

 ニクスはミューリがいないことを良いように不平不満が爆発していた。

 

「まだウチ頭痛んだけど、どないな力してんのよ、ゴリラやで」

 

「まあ、ゴリラについては俺も同意しておこう」

 

 何だろう、日に日にアイツの腕力が増しているような気がする。

 常時【肉体強化】してんのか。

 

「レシストもそう思うやろ?ウチ女王やで!普通しばく?」

 

「んー……」

 

「何よその反応?」

 

 女王じゃなくて王だろ、と突っ込んでいいのだろうか。いや、止めておこう。氷漬けにされる未来しか見えない。

 

「うーん、ほんまは今頃レシストとラブラブになってるはずなんやけど……やっぱしミューリがおるさかい……」

 

 ニクスはゴニョゴニョ何か言ってる。まぁ俺がつれないから一人でミューリの悪口を言ってるんだろうな。

 

「お、ミューリ!」

 

「!!!」

 

 俺がそう呼ぶとニクスは面白いぐらい動揺していた。

 

「ってミューリいーひんやん!」

 

「あはは、悪い悪い。ちょっとからかってみた」

 

「もお!レシスト!」

 

 本気で怖かったみたいで俺にポカポカと殴り付ける。

 

「悪かったって!」

 

「覚えときやで」

 

 やべ墓穴掘っちまったか、顔が笑ってない。

 さてニクスも少しは冷静になったろう。本題に入ろうか。

 

「でもそれ以上は仲間の悪口は許さないぞ」

 

「レ、レシスト?」

 

 俺が口調を変えたもんだから少しニクスは戸惑っていた。でも仕方ない、これもニクスの為だ。

 

「ニクス、お前は氷雪族の女王っていう立場だ」

 

 先程よりも声色を優しくする。女王とは言っても相手は子供。

 俺が怒ってはいないということを声色で伝えないと萎縮して話が聞こえなくなってしまうからな。

 

「確かにその歳で一族の長を勤めるのは俺が想像もつかないほど大変だと思う」

 

 そして相手を頭ごなしで否定してもいけない。子供であっても自我がある。その自我を否定されては面白くない。

 それが大人であってもだ。

 

「今までニクスは一杯努力をしてきたはずだ。本当に偉いと思うよ」

 

「……」

 

 ニクスは俺の言葉をちゃんと聞いてくれている。それに俺が褒めてあげると少し恥ずかしそうにする。

 これはあまり褒められてないな。まあ女王だから仕方ないことかもしれないけどな。

 だけど俺はその教育は気に食わない。だから俺は俺のやり方でやらせてもらう。

 

「けどな、俺達は旅を共にする仲間だ」

 

「仲間?」

 

 ニクスは聞きなれないような言葉らしく俺に尋ねてきた。

 

「そう、仲間だ。女王という立場は一旦忘れるんだ」

 

「せやけど」

 

 まあそりゃ反発するわな。今までずっと女王だったもんな。

 

「ニクス、ミューリは嫌いか?」

 

「そらそうで、ウチは今までいっぺんも負けたことが無かった!それを魔術師ちゃう医者がウチに勝つ?認められへんで」

 

「そっか」

 

 実はこのヴァート大陸に来るまでの船旅で、ニクスはミューリとあまり話すことが無かった。

 しかも、その全てはミューリから話しかけた会話なのだ。ニクスからは一度も話していない。

 何で俺がそんなことを知っているかというとミューリに相談されたからだ。

 

「ニクスはミューリに勝ちたい?」

 

「うん」

 

「でもそのままじゃあ、ニクスは何時までたってもミューリに勝てないよ」

 

「嘘や!ウチん魔術の方強いもん!ウチは上級魔術を使えるんやで!あの時はたまたま負けただけやさかい!」

 

「上級魔術を使えるから強い、ね」

 

 やはりそこか。確かにニクスは魔術の才能がある。それを子供のニクスが驕るなという方が難しいか。

 

「それにレシストも上級魔術は使えへんのやろ?そやさかいウチが三人の中で一番強い!」

 

 この子がこのまま育てば、十中八九自分勝手な子になってしまうだろう。

 これは賭けだ。

 もし、これの判断を誤ってしまえばこの子を壊してしまうかもしれない。

 だが俺は信じている。この子はそんなに弱くない。何せ見知らぬ大地をこの幼い年齢で踏みしめる度胸。大の大人を誑かすふてぶてしさ。

 

 それに何よりも、上級魔術を習得するまで血反吐を吐く修行をこの子はこなしてきたのだ。

 ニクスはこんなところで折れやしない!

 

「じゃあニクス。俺と勝負しようか?」

 

「え?」

 

 俺の言葉にポカンとしていた。

 

「ニクス、俺は君と勝負がしたい」

 

「あ、ああ。何の勝負する?ウチ─」

 

「勿論、魔術のだ」

 

「本気?」

 

「ああ」

 

「せやけど、レシストは男やし怪我人やん!?」

 

「どうした?ここはヴァート大陸だぞ?氷雪族はいない。男を傷付けるなという法なんか気にするな?」

 

「そないなことできひん!」

 

「なんだ、じゃあこの勝負は俺の不戦勝か。怪我人相手にビビったのか?」

 

「ッ!レシスト、ウチ本気で怒るで」

 

「臆病者が怒ったって怖くないさ。何せ俺に攻撃すらできないんだろう?」

 

 我ながら最低な挑発だ。

 全てが終わればキチンとニクスに謝ろう。

 

「レシスト!!後悔せんな?」

 

 自尊心が傷つけられたことでニクスは今まで見せたことのない怒気を纏っていた。

 

「ここじゃあ、人もいるし迷惑になる。出よう」

 

「分かった」

 

 ヤバいな。眠れる獅子を起こしてしまったかもしれない。

 俺も覚悟はしていたが、それ以上に気張らないとな。

 

 




次回、初の主人公戦闘回。
レシスト君、ヒロインに抜かれているぞ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話「独りじゃない」

ニクスはあんな頭ん中ピンク色ですが、かなり闇があります。
今回そのニクスに人生のターニングポイントとなる非常に重要な話となっております。

ちょっと批判が来るかもしれませんが読んでいただけると幸いです。




 

 あれはまだ船旅の途中のことだった。

 

「お願い、ニクスはこのままじゃ身勝手で自己中心的な大人になっちゃう」

 

 俺が寝ようとしたところにミューリが恐る恐るノックをして入ってきた。こういうしおらしい態度を取っているミューリは悩みごとがあるときだ。

 案の定、ニクスのことで頭を悩ませていたらしい。

 

 ミューリは船医として必ず毎朝昼晩と船員の体調状態をチェックしていた。

 それには勿論ニクスも入っており、問診を行おうにも一言、「平気」で済ませてしまうようだ。

 

 ミューリは諦めずにニクスに話しかけるもことごとく撃沈。仕舞いには「ウザい」と逆ギレされてしまったようだ。

 これ以上は自分の手に負えないと判断しニクスと一番中の良い俺に相談に来たというわけだ。

 

「難しいな」

 

「……そっか」

 

 俺の出した答えは難しい。

 あの子の環境は難しすぎる。女王という立場、魔術の才能、それに誰にも負けたことが無いという。

 プライドがガチガチに固まってしまった。

 

「だが、一族の頂点に立つものとして、そういう下の者に舐められないようにするのは大事なことじゃないか?」

 

「レシスト!」

 

 あまりにも冷たく言い放つ俺に信じられないという非難の声。

 

「考えてみろ、あの子は一国の王なんだぞ?それを俺達が良いように曲げてみろ、戦争になるぞ」

 

「だけど!それでレシストは納得しているの!?」

 

「ああ」

 

「ッ!私は!…私は……」

 

 ミューリもその難しさを理解している。人として子供を正しく導きたい。

 しかし、それを行えば何千人もの血が流れるかもしれない。

 一人を取るか、何千人を取るか。

 これはそういう問題だ。

 

「夜遅くにごめん、それと変なことを言って、怒鳴っちゃってごめんね。おやすみ」

 

 ミューリはパタンと弱々しくドアを閉め自分の部屋へと帰っていった。

 

「……そんなの俺だって何とかしたいさ。こう見えても先生なんだぞ」

 

 誰もいない扉に向けて泣き言をぶつけた。

 

 そして翌日、そこにはニクスに諦めず話しかけているミューリの姿があった。

 そうだよな、お前はそういう奴だよ。

 

 

 

 

 俺とニクスは港町から離れたちょっとした広場のようなところに来た。

 

「ルールは簡単だ。相手が気絶するか参ったと降参するか。それでいいか?」

 

「構わへん。そうや、ハンデとして先にレシストから攻撃してもええで。ウチはそれを完璧に防いだるさかい」

 

 自分に対しての絶対の自信。あの歳でこうまでプライドが高い子は見たことがない。

 それも今までの環境のせいだろう。

 

「一瞬で決まっても泣き言言うなよ!」

 

 瞬間、俺は全身に魔力を巡らせる。【肉体強化】を施し一気にニクスとの間合いを詰める。

 対しニクスはそれを見ても怯みもせずに俺を待ち構える。

 ホントどんな度胸の持ち主だよ。10歳でこれはあり得ないぞ。

 

 そんな考えを振り切り、俺はニクスの顎を目掛け拳を振るう。先のミューリが行った脳を揺らす攻撃。

 顔の前まで拳が来ているにも関わらず、ニクスは瞬きせず拳を凝視している。

 瞬間俺は理解した。嵌められた。

 

 もう左拳は止まらない。だが、まだ足と左腕がある。全力で地面を蹴り後方へと退避する。そして左腕で顔を覆うようにして防御を固める。

 

 次の瞬間、ニクスは透き通るような透明な氷塊へと変化した。これはニクスの【雪月花(せつげっか)万華鏡(まんげきょう)】。故に次に起こることも理解している。

 バキィィンという強烈な破砕音と共に氷塊が爆発を起こす。爆発により氷塊は細かな破片となり、四方八方へと爆散する。

 後方へと退避し、左腕でガードをしていたがそれはあまりにも遅すぎた。顔面以外の身体中に破片が突き刺さり、全身に鈍い痛みが走る。

 

 ミューリの奴、これをよく耐えたよな。

 

 そんな間抜けな感想を抱きながら俺はもう地面に這いつくばっていた。

 

「まんまと引っ掛かったなぁ」

 

 どこかに隠れていたニクスが声をかけに来た。

 

「へへ…一杯食わされ…たよ」

 

「かんにんな、痛かったやんか?今ミューリを呼んでくるさかい、ちょい待っとってや」

 

「また…逃げるのか?」

 

 俺は気力を振り絞り、フラフラになりながらも立ち上がる。

 

「ちょ、ちょい!動いちゃ──」

 

「喧嘩はまだ終わってねぇぞ!」

 

 辛うじてまだ握れる左手で拳を作り上げ、ニクスに振るう。だがそれをパンチと言うには余りにも力が籠っていない。

 当然、そんな拳はニクスに届くはずもなく、空振りした勢いで俺はまた地面に転げ落ちる。

 

「レシスト!」

 

「触るなッ!!」

 

 見ていられなくなったニクスは俺に駆け寄ろうとするが、俺の怒鳴り声でその足が止まる。

 

「な、何で?何でや!?もうレシストは血だらけでちゃんと立てへんやん!もうウチん勝ちやんか!?」

 

 ニクスはもう何がなんだか分からなくなってしまったようで、涙声で俺に訴えかける。

 

「勝ちだと?泣きそうな奴が勝ちだと?今にも泣きそうな子供が何言ってんだ!勝った奴はな、負けた奴を見下ろしふてぶてしく笑うんだよ!!」

 

「うっ…うぅ、─」

 

「泣くんじゃねぇ!勝ったんだろ!?笑えよ!!」

 

「で、でぎないよ……でぎるわけあらへんよ!」

 

 ニクスはボロボロ泣きながら俺を心配そうに見続ける。

 

「…ルールは伝えただろ……気絶させるか、降参させるか。俺はまだ気絶もしてねぇし、降参もしてねぇぞ」

 

 そして俺はもう一度立ち上がる。

 その様子を見たニクスは恐怖で顔を歪めている。

 俺は鬼のような形相をしているんだろうな、きっと。

 

「い、嫌や。来いひんで……来いひんで!!」

 

 ニクスはジリジリと後ろへ下がる。

 遂には腰を抜かしたようでその場へペタンと尻をついてしまった。

 

「どうした?何で攻撃して来ない?確かにニクスの言う通り、俺は後一発で倒れるような状態だ。お前は強いんだろう?」

 

「……ッ!ッ!」

 

 恐怖でもう言葉すら出なくなったようだった。

 誰がどう見てもニクスは戦意喪失していることは明白。ならばニクスのためにも早くこの悪夢を終わらせよう。

 

「なんだ、もう声も出ないのか?なら、俺の勝ちだな!!」

 

 そして俺がニクスの肩に手を置いた瞬間に、恐怖の臨界点を越えたようで気絶した。

 

 

 

 俺もようやく治癒魔術を発動させる。ミューリ並みの瞬間治癒ではないが15分もあれば完治できる。

 

 なぜ俺が治癒魔術を発動させなかったか。それは血だらけの方が迫力が増すだろうと思ったからだ。

 この戦闘でニクスには二つのことを学んでほしかった。

 一つ、それは自分が格下に思っている相手に負けること。

 もう一つ、それは戦闘が怖いことを知ってほしかった。

 

 ニクスはプライドの塊だ。このままでは人間的にネジ曲がってしまう。それに戦闘にも影響され、油断して負けてしまうこと。それを知ってほしかった。

 そして、これから魔族と戦うことになるのだ。血だらけになりながらも自分を殺そうと殺気を当てられる、なんてざらのことになるだろう。そして結果はこの通り、俺相手でも恐怖で気絶してしまうのだ。

 

 俺は気絶したニクスを背負い宿へと戻っていく。

 

 

 

「…ん…、……言っ………よね!絶対…静だっ…!!なんで医…の言う………聞けないの!?」

 

「い…、お…えが…クスが─」

 

「御託は…い!」

 

「はい」

 

 なんややかましいなぁ。

 やかましくて寝ていられへんわぁ。

 目ぇ覚ますと、どうやらレシストミューリに怒られてるようだ。

 

「あっ気付いた、ニクスちゃん?ごめんねウチのバカが。恐かったでしょ?」

 

 するとミューリは優しゅうウチんおつむを撫ぜた。なんか昔母様に撫ぜられたことを思い出すかのようやった。

 レシストは心配そうにウチを見てる。せやけどあの鬼のような顔忘れられず、目ぇ逸らしてまう。

 

「ほら、ニクスちゃん怯えちゃってるじゃない!あんたは出てきなさい!」

 

「あっ、ちょっ!ミューリ待て!俺はニクスに─」

 

 レシストは言葉の途中で部屋を追い出された。

 いらへんお世話やといつものウチなら言うていたやろう。せやけど今は助かった。あの顔がちらついてウチは上手く喋られへんかったやろう。

 

「ニクスちゃん、ホントごめんね」

 

「な、なんで…」

 

「うん?」

 

「なんでレシストはあんなんしたん?ウチんことが好かんのかいな?」

 

 もしそうやとしたらどないしよう。レシストに嫌われたらウチどうしたらええのやろう。

 

「そんなことないよ」

 

 ミューリは優しゅうウチを抱き締めた。

 この人はなんでウチに優しゅうしてくれるのやろう。ウチはこの人にあないに酷いことをしたのに。

 なんで。わからへんことだらけや。

 

「それはね、レシストがニクスちゃんを心配だからだよ。ニクスちゃんを思ってあんなことをしたの」

 

 いっこも分からへんかった。意味がわからへん。

 

「わからへん。いっこも分からへんよ!?

ウチを思うならもっと優しゅうしてや!あんなんされたら、ウチんことを好かん思うで!

もうわからへん!わからへんで!!

うっ、うぅ、うぁぁぁああああん!!」

 

 溜め込んどったなんかが爆発したようやった。

 

「よしよし、そうだよね。分からないよね。今は思いっきり泣きなさい?」

 

「うぁぁぁああああん!!いややぁ!わからへん!わからへんよ!ぁぁああああ!アアアアアアン!!」

 

 

 

 宿の廊下に座り込み、ニクスの泣いている声を聞いていた。

 ホントに爆発寸前だったんだな。思いっきり泣いて少しはスッキリしてくれればいいけど。

 ミューリには助かりっぱなしだ。俺だけじゃあニクスを助けられなかったな。

 

 

 

 ニクスちゃんは泣き疲れてベッドでぐっすりと眠っていた。それも右手の親指を吸いながら。

 それは孤独感やストレスを感じるとおしゃぶりをする赤ん坊の名残。つまりニクスちゃんは過度なストレス、そして孤独感に苛まれていた。10歳にもなってこれは本当に危ない。

 遅かれ早かれ壊れてしまう。

 荒療治かもしれないがレシストのしたことは、こうして泣くという感情をリセットさせることになり、結果的には良かった。だけどあのバカ、一歩間違えれば大変なことになっていた。

 だからといって、私だけではこの子を救えなかった。私は壊さないようにしようと必死になって進展しなかったろう。

 

 絶対に救い出す。医者として、一人の人間として。

 身近な人を救えないで何が医者だ。

 

 私が決意を新たにしていると、そっとドアが開きレシストが入ってきた。

 

「ニクスは?」

 

 とはいっても顔を除かせる程度。

 レシストもニクスちゃんのことを気にかけている。

 

「泣き疲れて眠っちゃった。私はこの子と一緒に寝るから」

 

「そうか。ニクスのことよろしく頼む」

 

「当たり前よ!私は医者よ!」

 

 そしてレシストは音を立てないよう静かにドアを閉めた。

 私もニクスちゃんが眠るベッドに入り、ニクスちゃんの頭を眠るまで撫で続けた。

 

 

 

 その日ウチは夢を見た。

 いつもの夢や。真っ暗な暗闇にウチだけがおる。誰かを呼んでも返事はのうて、どこまで行っても無限の闇。

 ほんでウチは怖うなり泣きながらその場でうずくまる。目ぇ覚ますまでこの闇が私を覆う。このままウチは闇に溶かされてまい死んでまうかと気狂うほど泣き叫ぶ。せやけどそれも空しゅう一層闇深まり、ほんで気づくとウチは目ぇ覚ます。

 せやけど、この日だけは違うた。優しゅうウチを抱き締める誰か。その人の顔も見れず、ウチん首も回らへん。

 せやけど不思議と恐怖は無かった。とても安心する。まるで、まるで─

 

 

 

「母様?」

 

 せやけど目の前にはアホ面のミューリが寝とった。

 ちゅうかウチはミューリと一緒に寝たん?

 

「~~~~ッ!!」

 

 凄い恥ずかしゅうなりウチは声にならへん声をあげながら飛び起きた。

 

「あ、ニクスちゃん、おは、よう~」

 

 起きた思たらすぐに寝直した。

 

「ちょい!起きなさい!状況を説明しなさいよ!!」

 

 ウチん大声は宿屋に響いた。

 

「えへへ、ニクスちゃん~」

 

 

 

 

 ニクスのモーニングコールに飛び起きた俺は厄介事はごめんなのでのんびりと支度をした。

 部屋を出て朝食を取ろうと食堂を見ているとミューリとニクスがこちらをチョイチョイと手で招いている。

 どうやらニクスは普段通りの様子だ。

 昨日はあんなことをしたから、一生目を合わせてもらえないかと思っていた。

 

「昨日は本当にすまなかった!」

 

 俺はすぐさまニクスに謝った。誠心誠意を込めた謝罪だ。

 ニクスは俺の様子に戸惑っていた。

 

「それに俺はまだニクスに本当のことを伝えてないんだ」

 

「な、何?」

 

 俺はあのニクスにぶつかっていくミューリの姿を見てニクスを正そうと思ったわけじゃない。

 ニクスの芯がとても純粋だから。

 自分の知らないことには興味津々でその顔は生き生きしている。そしてそれを理解したときの嬉しそうな笑顔。天真爛漫とは正にこの子のことだ。

 その笑顔が、俺達が手を差し伸べず知らぬ存ぜぬで責任を放棄して、永劫失われても良いのか。

 あの子が将来、圧政を引いてしまい、他の氷雪族から指差されて良いのか?

 そんなことは断じて許されない!

 

 だが、これは俺がニクスに一番伝えたいことではない。

 俺が一番伝えたかったこと、それは─

 

「俺達は仲間なんだ!だからニクスはもう一人じゃないんだ!!」

 

 俺は我慢できずにニクスを力一杯抱き締めた。お前はもう一人じゃないんだとわからせるため。

 

「レシ…スト……ふっ」

 

「寂しかったろ?辛かったろう?だけど、これからはそんなこと一人で背負うな!俺達が一緒に背負ってやるから!!

俺達は支え合っていかないと生きていけない生き物なんだから!」

 

「レシスト…れしすと……れしすとぉ!」

 

「ああ、お前はもう一人じゃない!」

 

「うぁぁぁああああん!!うぁぁぁああああん!!」

 

 






──レシストが降りてくる少し前

「……ったく、あいつ遅いな。何やってんだか」

「あ、あのね、ミューリ?」

「うん?」

「今までひどいことしてごめんなさい。ウチを許してくれる?」

「よく言えました!とは言っても許すも何も私は最初から怒ってないけどね」

「ほ、ホント?良かったぁ。
それと、一つお願いがあるんやけど…」

「なになに?私でよければ聞くけど?」

「笑わんといてくれる?
あ、あのね、……これからも……時々でいいから……………………一緒に寝てくれる?」

「……えへへー」

「あぁー、ひどい!笑わんといてって言うたのに!もう知らへん!」

「あー、ごめん、ごめんなさい」

「知らへんもん!」

「ごめんなさいニクスちゃん。ゆるしてーなんでもするから!」

「……ほな、一緒に寝てくれる?」

「勿論だよ!あっ、あのバカようやく降りてきた!ほらニクスちゃん!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話「荒廃した大陸」

 

「うぁー、恥ずかしい。恥ずかしい恥ずかしい!」

 

「なんだよ、そんなに恥ずかしいのか?」

 

「当たり前やんか!周囲に大勢人がおるっていうのにウチギャン泣きしたんやで!うぁーー、穴があったら入りたい」

 

 とこんな感じでさっきっからニクスは身を抱きながらウンウン唸っていた。

 

「まあでもあれは恥ずかしいわな…」

 

「うわぁー、忘れろ!今すぐ記憶から消せ!お願いやから忘れとぉくれやす!」

 

「これ以上ややこしくしないでよ…」

 

 ミューリが朝の定期問診を終えたようだ。うんざりしている顔で俺を睨み付ける。

 

 実は今、再びテンブリス大陸を目指すべく船の上にいる。ニクスがからかった船長さんが大量の氷のお礼ということで乗っていけとのこと。

 俺達はその好意に甘えることにした。

 

「あ、ミューリぃー。レシストウチを苛めるんや。助けてやー」

 

「レシスト!ヴァート大陸を出て何回ニクスちゃんをからかっているのよ」

 

 そしてあれ以降ミューリとニクスの仲は解消したようだった。今では姉妹かと思うぐらい仲がいいし息も合っている。

 

「こいつの反応面白いんだもん」

 

「いい加減にしなさいよね」

 

 ミューリはニッコリと笑みを浮かべながら魔力メスを作り出す。

 

「わ、悪かった。悪かったからそいつをこっちに向けるな!お前はそれでも医者かよ!」

 

 俺かニクスがどちらかをからかいミューリがそれを止める。最近はこれがいつもの流れとして定着している。

 命を捨てる旅をする意気込んでいた俺だったが、こんな穏やかな心で旅をしていてもいいのだろうか。

 

 そんなことを考えていると、何だか船の先頭部分が騒がしくなっていた。

 どうやら問題が起こっているらしい。

 

「どうされました?」

 

 俺は船長さんに声をかける。かなり焦っているようだった。

 

「ああ、兄ちゃんか。実はな、舵が効かないんだよ」

 

「え、舵が効かない?」

 

 俺はその様子を探ろうと甲板から顔を出してみる。特に異変はないように感じる。それに天候自体もこれといって異常はない。船旅に最適な快晴そのものだ。風が異常に強いということも無い。

 

「異常はないよう感じるんですが?」

 

「ああ、だから困っているんだ。それにこの進路だとディジェニゲン大陸にたどり着く」

 

 ディジェニゲン大陸だと?確か生物が全くいない、全域に荒野が広がっている大陸だったはず。

 なぜそんな大陸に?

 もしや魔族の仕業なのか?

 

「レシスト?」

 

 騒ぎを見ていたミューリが不安そうに俺を見つめる。何とかミューリやニクス、船員の人たちを安心させたい。

 しかし、この状況は安易な気休めの言葉が命取りになるかもしれない。だから俺は最悪な未来の可能性を話すことしか出来ない。

 

「恐らく魔族だ」

 

 俺の一言でこの場の空気が一瞬で変わった。

 

「こんな芸当出来るのは魔族しかいない」

 

 言わずもがな、ここは海のど真ん中。そして地平線の彼方まで陸地が視認できない。

 そんな場所にある船をどうして操ることができる。恐らくだが遥か遠方の陸地からこの船を操っているのだ。

 ふざけるのも大概にしろ。陸地からこの船まで何十㎞離れていると思っている。下手をすれば数百㎞も離れているかもしれない。

 そんな高度な技術を持つ魔族に改めて恐怖を抱く。もう一度魔族に対しての認識を改めなければならない。

 

 しかし、疑問もある。

 何故こんなまどろっこしい手段を取っているのか。魔族であればこの船を破壊することぐらい呼吸をするよりも簡単なはず。

 それをわざわざ船を操り、しかも自分達の大陸ではないディジェニゲン大陸へと誘き出すのか。

 その場所に何か確実に俺達を殺せる罠が仕掛けているのか。いや、それは魔族らしくない。俺が聞いていた魔族というのは猪突猛進的な性格。策を用いてどうこうということはあり得ないはずだ。

 

「ちょっとレシスト?聞いているの?」

 

「ああ、すまない。とにかく、いつ魔族が襲ってきてもいいように皆警戒しておいてくれ」

 

 全員が唾を飲み込む音が聞こえる。だがそれ以上にパニックを起こす船員たちはいなかった。

 海の男は想像以上に肝が座っている。

 このまま何も起こらなければいいが。

 

 

 

 あの異常事態が起きてから半日が過ぎた。日は沈み、辺りは波の音しか聞こえない。

 あれから魔族が襲ってくることは無く、舵が効かない以外は正常そのもの。半日も緊張が解けず、全員が憔悴している。ただ一人を除いて。

 

「スー……スー……」

 

 ニクスは呑気に寝ていた。全員が警戒していたというのにニクスは我関せずといった感じで眠くなったらすぐに寝てしまった。

 あの騒動をニクスも聞いていたというのにどういう神経してんだ。というか度胸が座りすぎている。寝る直前も─

 

「その魔族っていうのが出てきたら起こして。ウチん【コキダイン】で凍らせてあげるさかい。そないに怖がらへんでもウチが守ったるさかい」

 

 ─と自信満々に語っていた。

 この船で最年少であるにも関わらず一番の度胸の持ち主であることがわかった。

 

「!!」

 

 その瞬間、ニクスがガバッと起き上がった。目を見開きどこか一点を睨み付けている。

 

「ど、どうした?」

 

「見てる」

 

「え?」

 

「誰かがウチらを見てる」

 

 それと一瞬遅れて船員の誰かの叫び声が聞こえた。

 

「ディジェニゲン大陸が見えたぞ!!」

 

 ミューリとニクスに目配せをして甲板に飛び出す。

 船員の誰かが生活魔術である【ブライトリング】で地平線を照らしている。そしてその先に陸地が見えた。

 あれが誰も住んでいないという大陸。

 魔族の罠が仕掛けているともう一度気を引きしめる。

 

 そして船が陸地に接地し、俺達はディジェニゲン大陸に立った。この大陸を踏んだ印象として第一に感じたのは、強烈な違和感だった。確かに足を踏みしめ、この大陸に立っている。だというのにあまりにも実感がない。浮いているような感覚なのだ。

 なんと言うか、余りにも薄い。存在が希薄していると言えば良いのか。この大陸は本当に存在しているのか?そんな疑問が沸いてくるのだ。

 

 そんなことを頭の隅に追いやり、いつでも戦闘が出来るように刀の鯉口に手をかける。

 気配を探っても反応はない。しかし相手は魔族だ。気配を無くすようなことは当たり前にできるのかもしれない。

 

(………か)

 

「え?」

 

「どうしたの?」

 

 ミューリは不思議そうに俺を見つめる。

 今のは緊張で幻聴が聞こえただけか。

 

(聞こえるか?)

 

「!!」

 

 今はっきりと聞こえた。ミューリやニクス、船員の人たちが気づく訳がない。

 これは俺の頭に直接話しかけているのだ。

 

(そうだ、我は直接お前に話しかけている)

 

 しかもこいつは俺の思考まで分かるっていうのか。

 

(その通りだ。お前の脳波を特定し、その脳波に我とお前の思念を統合している。とは言ってもお前には脳波を解析する術がない。それ故お前は我の思念を読み取ることが出来ない。理解したか?)

 

 へ、悪いな。一つも理解できないね。

 

(…ふん、予測はしていたがここまでも低能だとはな。何故我がこのような奴に興味を惹かれる、我の思考プロセスにも異常があるというのか)

 

 …で、あんたは魔族なのか?

 

(我が魔族?低能であるが故に礼節にも欠けるというのか。全くもって度し難い。まあよい、話をしよう。色々と聞きたいことがあるのだろう、ハーフエルフのデスペラティオ・レシスト)

 

 その瞬間目の前の空間からパリンという音が聞こえた。

 俺は自分の目を疑った。空間が割れている。比喩でもなんでもなく言葉の意味通りだ。

 空間が割れた先にはこの荒廃した大陸とは全く正反対の、緑が生い茂る草原が広がっていた。

 

(お前の前に位相空間へと介入する次元の亀裂を作り出した。その中に入ってこい。その先に我はいる)

 

 その光景は俺だけの幻覚じゃなかった。全員がこの光景を見て言葉が出てこない。脳の処理が追い付いていないのだ。

 

「ふーん、誘うてるってわけね。ええやん、乗ったるわ。ウチをねぶったこと高うつくわぁ」

 

 そしてニクスだけがその光景を見ても動じず、その空間の亀裂に入っていった。

 

「あ、ちょっと、ニクスちゃん!」

 

 それに着いていくようにミューリも入っていく。

 

「くそ、皆さんは危ないと感じたら俺たちを待たずに逃げても構いませんから」

 

 俺はそれだけを言うと亀裂の中に入っていく。

 そして目的の人物が入っていくのを確認したのか、亀裂は小さくなっていき無くなった。

 

 

 

(まずは歓迎しよう。我ら以外の存在がこの位相空間に入り込んだのは数千年ぶりだ)

 

 目の前には背の高い男が一人。

 身長はゆうに2mは超している。だがそこは異常でも何でもない。

 真に異常なのは背中から三対六枚の純白の翼を生やしているのだ。さらには二つの目を閉じている代わりに額の第三の目が俺たちをじっと見つめている。

 これだけで俺たちハーフエルフやエルフ、氷雪族とはまた違った種族であると認識させられる。しかし魔族とも違うような感覚である。

 この男からは暴力という概念を取り払ったような気配がするのだ。

 

「あんた、一体何者だ」

 

(ふん、お前たちの紹介がまだだというのに我から紹介させるのか。知能も知性も礼節ない、まさに獣だな)

 

「て、てめぇさっきから言いたい放題しやがって」

 

「ま、まあまあ落ち着いて。紹介が遅れてしまいすみません。私はエルフのディア・ミューリと言います」

 

「ウチは氷雪族の女王ニクスや。それで貴方は?」

 

(我の種族は神族。とはいっても貴様ら人間やエルフが我らをそう呼んでいたためそう名乗っているがな。正式な種族名は知らん。そして名は【マキナ】だ)

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話「神族」

説明回です。
簡潔にまとめようとしましたがだらだらと長くなってしまいました。


 

「色々あんたに聞きたいことがあるんだけど、まず第一に俺達をここまで誘き寄せたのはあんたか?」

 

 目の前には自分のことを神族と呼ぶ男が一人。敵意やこちらを害するような気配は無いが警戒するにこしたことはないだろう。

 

(ああ、その通りだ。我はお前に興味が湧いたゆえな。直に話してみたくここへ招いた)

 

 こいつの言葉を鵜呑みにするなら魔族の心配はない。しかし、こいつが魔族よりも厄介な可能性もある。というかその可能性が高いだろう。

 船を遥か遠方から操り、人の脳波を操り直接脳に語りかけ、極めつけはディジェニゲン大陸という荒廃した大地から緑豊かな地へと一瞬で転移させる力。

 

 厄介所じゃない。

 下手をすれば俺達は一瞬で全滅する。

 

(ふむ、魔族との戦闘に備え常に警戒をするその心構えは得策だ。しかし、この場では警戒をする必要はない)

 

「なに?」

 

(まず第一に、ここは魔族であっても出入り出来ない)

 

「その根拠はなんだ?」

 

(お前はここをあの惑星のどこかにある地だと思い込んでいるがそれは違う。ここはお前たちの住む惑星ではない)

 

「はい?」

 

 こいつは今何と言った?

 ここは俺達の住む惑星ではないだと。

 こいつの発言にはミューリにニクスも呆れていた。

 

(己の理解の許容範囲を超えると途端に拒絶反応か。だがこれが現実だ、理解しろ。ここは次元の狭間。お前たちの住む次元から一段階下の次元だ)

 

「………」

 

(ふむ、獣共には難解すぎるか。分かりやすい例えをしてやる。この世界を樹木の年輪に見立てよう)

 

「ね、年輪?」

 

(……呆れて言葉も出ないとはこのことなのだな。お前はハーフエルフだろう?毎日を樹木で過ごしているにも関わらず年輪も知らないのか)

 

「レシスト、流石に私もドン引きだよ」

 

「う、うるせー!俺以外にも一人分かってない奴がいるじゃないか!」

 

 俺がニクスを指差すとバカにされたことを理解したのか顔を真っ赤にして怒りだした。

 

「な、何や!ウチにだって知らへんことぐらいあるもん!」

 

「ニクスちゃんはしょうがないじゃない!木が生えてない所で育ったんだから!」

 

「うっ」

 

 それを言われると弱い。

 そうだよ、年輪なんて知らないよ!

 

(そして開き直りか。それで子を指導する者とはな。まあよい、年輪とは樹木の幹を横に輪切りし、その切断面に描かれている円状の模様のことだ。主に樹木の樹齢を知るときに見る)

 

 こいつの説明でようやく理解できた。あの模様のことを年輪って言うのか。

 

(樹木が成長すればするほどその輪は増えていく。その幾重にもある輪の一つ一つがこの世界を形成する次元というわけだ。そして、お前たちが住んでいた次元というのは年輪で言うならば一番端にあるもの。そして、この場所はその一つ内側にある年輪という訳だ)

 

「何となく分かったような分からないような……」

 

(まあ、理解せずともよい。説明を続けよう。次元を一つ下に降りようとするならば、それは並大抵のことでは出来ない。これは時空間魔術であっても出来ない芸当だ。この技術を身に付けようとするならば、お前たち基準の時間感覚で瞑想だけを300年間続けて身に付くだろう)

 

「300年!?で、でもよ、俺達はその次元を一つ降りてこの場所にいるんだろ?300年間も瞑想なんてしてないんだが?」

 

(それはお前たちが資格を有しているということだ)

 

「資格?」

 

(これ以上は我の記憶領域に載っていない。諦めてくれ)

 

 …何というか、肝心な部分が分からないってどういうことだよ。

 こんな、全てを知っていますみたいな雰囲気出してるのに分からないってポンコツみたいだなこいつ。

 

(我はポンコツではない。それに我はお前たちよりも遥かに高性能だ)

 

「へ、どうだか?」

 

(レシスト、お前は自分の出生が気にならないか?)

 

「何だと?」

 

(我はあの惑星の全てを見てきた。文字通り全てだ。そこのミューリ、ニクスが何時にどこにいて何をしていたのかを全て把握している。お前たちだけではない、あの惑星に住む全ての生命体を監視し把握している)

 

 それと同時に俺達は一斉にマキナという男から距離を取った。マキナが言うことは余りにも出鱈目すぎる。

 しかし、その荒唐無稽な言葉が余りにも現実味を帯びているのだ。

 

(まだ疑いが深いか。ならば、まずはレシスト。お前が今までそこのミューリに叱られた回数は247回。内158回は拳骨を食らった回数だ。最初に叱られた理由は友達と喧嘩したため。その理由はミューリをバカにされたためだ。次に初めて魔術を覚えたのはお前が生まれて7年8カ月14日5時間24分51秒後、使用魔術は電撃初級魔術の【パギ】)

 

(ミューリは生まれてから5年3カ月22日14時間36分22秒後、初めて両親の病院へと行き怪我をしたエルフの子供を手当てした。それ以降医学を学び9年10カ月26日13時間6分33秒後、出血性脳卒中の患者を一人で手術した。手術にかかった時間は3時間46分18秒。手術は成功し、克つあの惑星で出血性脳卒中の手術に成功した最年少となった)

 

(ニクスは4年2カ月11日6時間58分41秒後に母親を亡くした。それ以降母親の侍女がお前の世話をしていた。それと同時に氷結魔術を学びその2年11カ月19日14時間31分28秒後、氷結系上級魔術である【コキダイン】を取得した。以降は母親の女王を継承し、氷雪族の女王となる。その性別を隠してな)

 

(どうだ理解したろう?我はあの惑星の全てを把握している)

 

「ああ、あんたが相当ヤベー奴だってことがな!」

 

 俺は掌に魔力を集中させ電撃系中級魔術の発動を行う。そして俺と同時にニクスはコキダインを発動させた。

 

「【パギリラ】!」

 

「【コキダイン】!」

 

 俺のパギリラはマキナへ向けて一直線に電気が走る。常人ならば対応できない速さだ。

 それにニクスのコキダインの援護もあり当たることは間違いないだろう。

 

(【ウェラダイン】)

 

 マキナから尋常じゃない魔力が溢れ出す。俺やニクス、ミューリの魔力を合わせたとしても届くかどうかの量だ。

 そしてマキナから衝撃系上級魔術である【ウェラダイン】が発動する。その余りにも強力な風にニクスのコキダインは彼方へと吹き飛ばされる。

 しかし、俺のパギリラはその嵐のような突風には関係ない。いくら風が強かろうが電撃の軌道は変えられない。

 電撃は確実にマキナへと当たった。

 

(仕方ない、あまりこれは使いたくなかったのだがな。お前たちが抵抗するならばしようがない)

 

 その瞬間、俺の体全身に悪寒が走った。そして脂汗が噴き出してくる。

 マキナからは尋常じゃない何かを発している。俺の生き物としての本能が警報を鳴らしていた。

 それはミューリやニクスも俺と同じ感覚だったのだろう。一斉にマキナへと攻撃を行おうとしていた。

 俺は未だ癒えていない肉体のことを忘れ【紫電】を発動させようとした。

 

 だがもう遅かった。

 

『跪け』

 

 瞬間、何が起こったのか分からなかった。

 初めてマキナが口で言葉を発した?そんなことではない。

 体の制御が全く効かない。見えない力で無理矢理体を押さえつけられているかのように、俺達は膝をついていた。

 指一本も動かすことが出来ない。

 一体何なのだ。

 

(これは我が【マントラ】。我が直接口に発した言葉を聞いた瞬間にその言葉通りの動きをするという、我ら神族の共通能力だ)

 

 何だと?魔術なんかよりもよっぽど危険な力じゃないか。

 

(ああそうだ。この力はあまりにも危険だ。故に我らはこの【マントラ】を極力使わないようにしている)

 

 ……使わないように?お前は俺達をどうするつもりだ。

 

(だから最初に言っただろう。話がしたいと)

 

 …はい?本当にそれだけなのか?

 

(そうだ、お前たちが勝手に勘違いしたのだろう)

 

 や、ややこしいんだよお前は!!いきなり他人が知りもしない自分の過去のことをベラベラ喋りやがって!

 そんなことされたら普通は警戒するだろう!

 

(だからといっていきなり攻撃するとはな。お前たちはこれから獣と名乗ってもよいぞ)

 

 ウガァー!この野郎!!さっさとこの【マントラ】を解きやがれ!

 

 

 

 ようやく落ち着いた俺達はマキナがこちらを攻撃するという意思がないことを認識した。

 

「それでさっきマキナが言ってたがよ、俺達が住む惑星を監視していたんだろ?」

 

(いかにも)

 

「疑問が二つある。まず一つ、何で俺達の惑星を監視していたんだ?それと魔族に征服されたインフォース大陸は今どうなっている?」

 

 そう、マキナが何故監視していたのかという至極当然な疑問。とはいってもこれはオマケみたいなもんだ。

 真に聞きたいことは後者。もしインフォース大陸の現状を知ればあの結界を解く鍵があるかもしれない。

 そうなればわざわざテンブリス大陸なんていう地獄に行く理由もなくなる。

 

(……)

 

「マキナ?」

 

 今まで饒舌だったこいつが黙るなんて、どういうことだ。

 

(ついて来い)

 

 それだけを言ってマキナは歩いていく。俺達は顔を見合せ仕方なくマキナについていった。

 

 そこは小高い丘だった。空がよく見え、静かな場所だった。

 そしてそこにマキナと同じような神族たちが肩を並ばせて眠っていた。数が結構多く、数えてみると計26人もの神族がそこに眠っていた。

 そして違和感も感じる。

 

(そこに眠っているのは我の同胞だ)

 

 ポツリとマキナは語りかけてきた。

 

(お前たちにはどう見える?)

 

「どう見えるって、眠っているんじゃないか?」

 

(……152万7152年226日18時間26分11秒。この数字が何だか分かるか?)

 

「?」

 

(一番最後に眠った我の同胞の睡眠時間だ)

 

「そんな、ありえない!」

 

 ミューリが叫ぶ。

 

「そんな時間を生きているのは不可能よ!」

 

(生きている…か。それは生命体に対しての言葉だ。我らに相応しい言葉は活動時間だ)

 

「活動時間って、そんな言葉は─」

 

(まるで機械みたい─か。その通りだ。我は機械だ)

 

 そう言ってマキナは自らの顔に手をかけ、顔の皮を剥がす。

 その余りにも無惨な光景にミューリとニクスは目を覆った。

 

 だがそこには筋肉すらなく、鈍く光輝く銀色の機械があった。

 そこでようやく理解できた。目の前の男は命の無い機械なのだと。

 

(我らは長い時間をかけて惑星の始まりから終わりを見届け、その観測対象の惑星が無くなればまた別の惑星を見つけまた観測する。生命体を監視しろ、それが我らの最初で最後の命令だ。誰に命令され、何故監視するのか、それすらも忘れた機械だ)

 

 あまりにもスケールの違いすぎる話をするマキナ。今まで無表情で淡々と話している様子だったが、この瞬間だけだがどこか自分で自分を貶し笑っているかのようだった。

 

(故にお前の最初の質問に答えることはできない。そして最後の質問にも答えられない)

 

「え、だってお前は─」

 

(そう、あの惑星を全て監視していた。しかし、205年147日14時間28分41秒前からテンブリス大陸全域を監視できなくなった)

 

「は、はい?監視できなくなった?」

 

(正確に言うなれば我の第三の目に気づいた者がいた)

 

「……」

 

 絶句した。俺達はマキナの監視を今の今まで気付かなかった。

 それを見破った奴が魔族にいるというのか。

 

(そうだ、レシストの考えている通り、魔族に我の監視の目に気づいた者がいた。その者の名はテンブリス大陸第十三代目魔王【ディアボロ】。歴代最強の魔王だ)

 

「ディ、ディアボロ?」

 

(そうだ。我の目に気づいた時に奴は確かにこう言った。「覗きとは悪趣味な奴だ。余を覗きたいのであれば堂々とこちらに出向いてみよ。安全圏から覗きとは男の度量が知れるぞ」とな。我は目を疑った。我が起動してから今まで一度も我の監視に気づいた者はいなかった)

 

 余りにも規格外過ぎる。

 

(そして濁流のような魔力を直接流し込まれた。我の記憶領域、中枢回路が破壊されそうで、シャットダウンを止む無く行った。再起動したのは約二十年前だ。そしてもう一度テンブリス大陸を監視しようとしたら高度な結界を張っていて監視すらできなかった。お前たちが知りたがっていたインフォース大陸にも同様な結界が張っていた)

 

 くそ、これじゃあ手がかりなしか。

 いや、そんな甘くはないということだろうな。

 

(そこでだ。我に下された命令は生命体の監視、それが現状できていない。どうだ、我をお前たちの旅に同行させるというのは)

 

「ま、マジでか?お前は本当にいいのか?」

 

(ああ、お前たちはテンブリス大陸、そしてインフォース大陸に行くのだろう?我もその二大陸を監視できていない現状は非常に不味い。故に同行させてほしいのだ)

 

「いや、俺達の方こそ助かる。宜しく頼むよ」

 

(では改めて、我は神族の【マキナ】である。以後宜しく頼む)

 

 思わぬ場所で思わぬ人物が仲間になった。後はテンブリス大陸に行き、インフォース大陸にかかっている結界の解き方を知るだけだ。

 

 

 

 




特に読まなくても大丈夫なコーナー

【マキナ】

神族の男性。伸長2m20㎝、背中に三対六枚の純白な羽を生やし、両の目は常に閉じていてその代わりに額に第三の目を開眼させている。
作中でもあったようにマキナ自身機械の体で何時、どこで、誰に作られたのか、余りにも年月が経ちすぎていて忘れている。ただ一つ「生命体の監視」という命令を忠実に遂行している。
マキナ以外の神族は全員活動時間が切れており、マキナが最後の一体。
【マントラ】という魔術とはまた違った力を扱い、魔術なんかよりも相当危険。直接口で発した言葉の通りに相手を操るという力。実はマキナが言葉を発するというのが【マントラ】の発動条件であり、その際対象がその言葉を理解できない・聞かなくても発動する。
【マントラ】を防ぐ方法はあるのだがそれは作中でいずれやりますので想像してみてください。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。