刀使ノ巫女 ~信じた思いは煌めく刃となりて~ (巻波 彩灯)
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結成編
第1話 校内予選開始!


 初めましての人は初めまして、巻波彩灯です。この度は最近ハマってしまったアニメ「刀使ノ巫女」の二次創作を書いてしまいました。剣術や刀剣はかなり疎いし、アニメ自体も第2クールから見始めた新参者の為、お目汚しな小説になっているかもしれません。それでも温かい目で見守っていただければ幸いです。


 刀使――それは古来より人に害を為す異形の存在・荒魂を御刀によって斬って祓う神薙ぎの巫女。それ故に女性にしか務まらず、彼女達の多くは成人前の女子学生である。彼女達は全国五ヶ所にある中高一貫の訓練学校に通い、刀使としての技術を学びながら荒魂と戦い人々を守っている。

 

 

 この春、全国五校から選りすぐりの刀使達が集まり、各々の技を競う恒例の剣術大会が開かれる事が決まった。多くの刀使がその大会に出場しようと校内で行なわれる予選に臨んでいた――。

 

 

「よし、これで準備万端だね!」

 少女は身支度を整えると木刀袋を手にした。――彼女の名前は加守(かもり)(あかり)。全国五校の訓練校の一つ、岐阜にある美濃関学院に在籍する中学二年生の刀使であり、校内で行なわれる予選に臨む一人でもある。

「キヨマサ、今日頑張ってくるからね!」

 明は飼育ケースの中にいるカブトムシに向かって言った。カブトムシは彼女の言葉を理解したかの様に右前足を上げる。その様子に彼女は満足し、笑顔になる。

「お姉ちゃーん、早くしないと置いて行くよー!」

「はーい、今行くよー!」

 ドアノックが数回した後に妹の声が。明はキヨマサに「行ってくるよ」と告げ、自室を出た。

 

 武道場に到着するとたくさんの刀使の姿が。道場内はこれから美濃関学院の代表を決める大事な予選を前に緊張や不安、闘志など様々な感情が入り混じり独特な雰囲気になっている。

「いや~、これから始まるんだね~! 楽しみだな~」

「お姉ちゃんは相変わらず緊張していないね」

「私だって緊張ぐらいはするよ。でも、なんとかなるって思えばなんとかなるんだから!」

「あはは、お姉ちゃんらしいや」

 明は開会式が始まるまでの少しの間に妹と話していた。話している様子を見ると妹の言う通り明から緊張の色は見えず、普段と全く同じ様子でいるから緊張していない様に見える。

 それは彼女の周囲の空気に流されないマイペースさ故にだろう。実際彼女はこの独特な雰囲気は大して気にしていない。予選に関して気にしているとすれば、トーナメント表の組み合わせぐらいだ。今回の組み合わせは、彼女にとってとても意外なものであり、楽しみなものである。

「あ、やっと見つけた!」

「ありゃ、みーちゃん。試合はまだだよ?」

 明にみーちゃんと呼ばれた少女は黒をベースに赤のグラデーションが掛かった髪色と黒のオープンフィンガーが特徴的な刀使――安桜(あさくら)美炎(みほの)だ。

「いや、その前に開会式があるでしょ。もうすぐ始まるから整列しなきゃ!」

「あ、そっか。じゃあ、また後でね、千晶(ちあき)

「うん、お姉ちゃん。また後でね」

 明は妹の千晶に別れを告げると美炎に連れられ自分のクラスの場所に整列した。その後、開会式が始まった。 

 

 開会式は手短く済まされ予選に出る刀使達は各々の試合場所に向かう。

「それじゃ、明また後でね」

「うん。でも二人とも勝ったらすぐに会えるけどね」

「そうだね。だからこそ、初戦で負けたら承知しないよ!」

「それはこっちのセリフだよ。みーちゃんも負けないでよね!」

 明も美炎も自分達の試合場所に向かう。今回の予選は二人共、初戦から負けられないのだ。美濃関の代表として大会に出たいのもあるがそれ以前に初戦を勝ち上がった先が二人にとって重要な事だからである。その為にも初戦は何としてでも勝たねばと明は心の中で燃えているであった。

 美炎と別れ試合場所に着いた明は、自分の試合が来るまで先に行なわれている試合を見ていた。

 やはり誰もが勝ち上がりたいが故にその太刀筋には気迫が込められている。気合もまた普段よりも大きく道場内に響き渡る。

 明はその試合の一つ一つの動作に感嘆な声を上げていた。普段あまり目にしない流派の動き、見た事があるが普段とはまた違った流派の動き、見た事のある普段通りの流派の動きと彼女にとってどれも新鮮に感じられたからだ。

 目の前で行なわれていた試合が終わると同時に明の名前が呼ばれ、明は呼ばれた方向に向かう。遂に明の番がやって来たのだ――。

 

 試合場内に立つと空気が一変。妙な静けさが場内全体を包む。しかし、明は気にしていなかった。気にしている程、考えていないといったところだろうか。

 緊張で固まっているのではなく、いつも通り何も考えていないからである。要は元から頭が空っぽだから普段と変わらない。

 対戦相手はそんな明を不気味に思った。明は勿論、そんな事を気にしていない。ただじっと相手を見つめて肘を張り木刀を担ぐ様に構えているだけだ。

「始め!」

 審判の声が聞こえると相手は裂帛した気合と共に上段に構えた木刀を明の上段目掛けて振り下ろす。明は避けられないと判断すると自分の得物で受け止めた。それでも相手の猛攻は続き明は防戦一方。

 しかし、明の顔からは焦りの色はなかった。むしろ笑ってさえいる。その様子に相手はますます明の事を不気味に感じ、一瞬の迷いを見せ太刀筋にブレが生じてしまった。その瞬間を見逃さなかった明は体を右手側に捌き、相手の間合いに強く踏み込んで喉元に突きを決める。実際に突くと危ない為、寸止めではあるが確実に入ったと誰もが分かった。

「そこまで」

 審判の号令で元の位置に二人は戻り、判定を待つ。

「勝者、加守明」

 誰もが分かっていた通り、明に軍配が上がった。そして二人は挨拶した後、試合場から退いた。

 

「あの、ありがとうございました」

「こちらこそありがとうございました。加守さんがあんなに強いと思わなかったよ」

 明は試合が終わった後、対戦相手に礼を言っていた。対戦相手も穏やかに礼を言う。

「そんなに強くないですよ~。ただ今回は絶対に1回戦目は勝たなきゃと思っていただけですから」

「へえ~、加守さんも勝ちたいって思う時があるんだ。ちょっと意外かも。やっぱり御前試合に出たいから?」

「それもありますけど……主な理由は他にありますね」

「そっか。じゃあ、頑張って!」

「はい!」

 対戦相手はその場を去った。明も他の試合を見に行こうとした時、聞き覚えのある声に話し掛けられる。

「あ、明。そっちはどうだった?」

「あ、みーちゃん。もちろん、1回戦は突破したよ!」

「だろうと思った。私も突破したからいよいよだね!」

「うん、いよいよだね」

 美炎も初戦を突破した事を知り、明は嬉しく思う。何故なら次の対戦相手が目の前にいる美炎だからだ。

 美炎とは入学当初からの仲で共に切磋琢磨した良きライバルであり、良き親友である。だからこそ、今回の予選での対決が楽しみで仕方ないのだ。

「早く試合にならないかな? 明にはこの間の手合わせで負けたから早くリベンジしたいだよね!」

「ふふ、そうだね。私も早くみーちゃんと試合がしたいな~! でも、今回も私が勝つからね!」

「いやいや、今度は私が勝つから! 絶対に負けないから!」

「こっちもだよ!」

 二人はそう言い合って笑い合った。互いに負けたくないライバルだからこそでもあり、信頼出来る親友だからこそでもある。

「あ、そうだ。これから千晶の試合を見に行こうよ。私達の試合はまだ先なんだし」

「それ良いね! じゃあ、見に行こう!」

 二人は千晶がいると思われる試合場所まで向かって行った。まだ予選は始まったばかりである――。




 如何だったでしょうか? あまり文章力、知識がないので拙いかもしれませんがこんな感じでやっていきます。
 それととりあえず、キャラ紹介をします。今回は主人公のみです。

加守 明(かもり あかり)/女性/14歳/中2/身長:159cm
在籍校:美濃関学院中等部2年生/刀使
御刀:同田貫清国
構え:八相
容姿:こげ茶のセミショートにハーフアップでまとめ、こげ茶の瞳。少しおっとりとした顔立ち。
性格:呑気でマイペースな楽天主義者。でも、根は正義感が強く人情に厚い。口癖は「なんとかなる」

 明の体得している流派は実際にある流派に設定していますが、伏せときます。ちなみに彼女の流派が分かった方はこっそりとメッセージにてお伝えして頂けると嬉しいです。ただあまりにも多くの人にバレてしまったら出す予定です。まあ、当分は伏せたままになると思いますが。
 後、1名分だけですがオリジナル刀使の募集もしています。元々事前に募集していましたが、現在でも受け付けていますのでアイディアがある方はお気軽に当活動報告までお願いします。

 では、一旦ここら辺で筆を置きます。感想もお待ちしています。


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第2話 親友対決! 美炎VS明

 こんばんは、巻波です。とじみこ最終回の日に滑り込む事が出来ました。とはいえ、物凄く拙い描写は相変わらずです。いや、今回はもっと酷いかも……。


 校内予選はまだ一回戦だが、各試合場所で熱戦が繰り広げられている。

「あ、あれ千晶だ」

「え!?」

 明と美炎はようやく千晶を見つけた。もうすぐ試合が始まろうとしている。千晶の相手は上級生だ。

「うわー、いきなり上級生とか~……しかも、相手は高等部の人だよね? 大丈夫かな?」

 美炎は不安を零した。それもそのはず、千晶はまだ入学した間もない新入生で相手は彼女より何倍も経験を積んできた上級生だ。普通に考えたら、勝ち目は薄い。

「大丈夫だよ、みーちゃん。千晶ならなんとかなるよ」

 しかし、姉は心配していない。一番近くで見てきた彼女の意見に美炎も頷き、試合を静かに見守る事にした。

 

 試合開始の号令も掛けられ、両者間合いを詰めた。そして同時に初太刀を入れる。木刀同士がぶつかり、乾いた音が鳴り響いた。

 鍔迫り合いに発展したが力は互角。しかし、僅かな差で千晶が押し負けた。好機と見た相手は渾身の一撃を放つ。

 千晶は体勢を崩されても動じなかった。相手の一撃を冷静に捌きつつ素早く相手の間合いに入り、喉元に突きを瞬時に決める。――勝負はそこで付いた。

 試合を見ていた刀使達は動揺している。理由は単純に新入生である千晶が格上の上級生に勝ったからだ。

 下級生が上級生に勝つ事は有り得ない訳ではない。しかし、相手は経験もあり腕も確かな実力者を入学したての千晶が倒したのだ。驚かない訳がない。

 そんなどよめきを余所に千晶は試合場を後にした。何事もなかったかのように。

 

「お疲れ様~、千晶~!」

「あ、お姉ちゃん! それに美炎先輩まで!」

 相手との挨拶の済んだ千晶の元に明と美炎が合流した。

「試合、凄かったよ! 千晶がこうスパンと相手に突きを決めてさ!」

 美炎は興奮を抑え切れないといった様子で話す。

「あはは、ありがとうございます。それはたまたま出来ただけなので次は決められないと思います」

「そんなに謙遜しなくて良いってば! まあ、千晶らしくて良いけどね」

 真面目な後輩の姿に美炎は苦笑い。自分や姉とは違うなと感じて。

「いや~、千晶はもっと素直になっても良いんだよ?」

「嬉しいには嬉しいよ。だけど、これがそうそう簡単に決まるわけじゃないんだし、次の相手はもっと強い筈だから気を引き締めないとなって」

「変に真面目だな~」

 お調子者のところがある姉の背中を見てきた故にか、千晶が真面目なのはと美炎は二人を見て改めてそう思うのだった。

「あ、そういえばお姉ちゃんと美炎先輩の試合っていつですか?」

「あれ? いつだったけ、みーちゃん?」

「いや、私に聞かれても……」

 二人ともすっかり忘れていた。しかし、運が良い事に彼女達の名前を呼ぶ声がした。試合の準備を促す様な事を言っている。

「ああ、もう試合じゃん! 行くよ、明!!」

「へっ、ちょっ、みーちゃん!?」

 開会式前と同じく明は美炎に連れて行かれるのであった……。

 

 二人は試合場に入り、向かい合う。明はこの日を楽しみにしていた。

 入学当初から切磋琢磨してきたライバルが今目の前にいる。正直に言えば、それだけで十分だ。しかし、やっぱり負けたくないという気持ちが溢れる。

 その気持ちは試合開始の号令が掛けられた時にすぐに吹き飛んだ。いや、そう考える事を止めたという方が正しい。

 明は一撃一撃を静かに打ち込んでいくのに対し、美炎は炎の様に激しく剣を振った。

 剣撃のタイミングはどちらも同じ。小手先の技など一切使わないただ純粋な力と力の勝負に観戦している刀使達は興奮していた。勿論、二人も楽しくて仕方がない。

 やがて激しい攻防を繰り返していく内に美炎の集中力が切れ始め、終わりが近づいていた。

 終盤になればなる程、明の一太刀が徐々に鋭くなる。美炎も負けじと打ち返した。そして同時に最後の一閃が放たれる。

 ――相討ちに見えたが僅かな差で美炎の得物が先に明の身体を捉えていた。

 

「あ~、負けちゃったな~」

 試合が終わった後、明は負けた後とは思えない程の笑顔で言う。全力を出し切ったから、悔いはない。

「ふう、流石に危なかったぁ。集中力が切れかけていたから、あと少し明がノッていたら負けてたよ」

「確かに、エンジンが掛かるのがもう少し早かったら美炎先輩に勝っていたかも」

「ええ~!? 今日は結構早めにエンジンが掛かっていたと思っていただけどな~……ま、いっか!」

 明はさして自分の弱点を気にしていない様だ。彼女はマイペースなところが原因なのか、スロースターターなところがある。それが原因で短期決戦には弱い。

 勿論、長期戦に持って行ける程の確かな剣術の腕前と集中力、体力はある……のだが、やはり美炎の様な短期決戦型を苦手としている。

「お姉ちゃんのそういう能天気なところは相変わらずだよね……」

「だって、くよくよしたって何の良い事ないもん。なら、前を向かなくちゃ!」

「あはは、明らしいや」

 明の前向きというよりか能天気的なところに千晶は呆れ、美炎は笑う。落ち込むという事は明の頭の中に入っていない。

「まっ、負けちゃった事には変わりないけどね。でも、その分二人の事を応援しているよ!」

「なら、私達は明の分も勝ち上がらなきゃね!」

「はい、そうですね! 私も頑張ります!」

 千晶と美炎は次の試合に向けて気合十分。明自身の予選は二回戦敗退という結果で終わってしまったが、校内予選はますます熱を帯びていく。




 まさかの主人公が二回戦敗退です。もう少し勝ち上がっても良かった気がしないでもないけど……。
 とじともの第二部のメインストーリー早く来ないかな……それによってはこっちもかなり変わるんだよな……ゲーム出来ないけど。あ、ちなみに私はアニメ・ゲーム通して一番好きな子は美炎ちゃんです。「なせばなる!」その言葉と彼女の真っ直ぐで前向きなところが大好きです。
 それと今回もキャラクターのプロフィールを載せておきます。今回は明の妹・千晶です。

加守 千晶(かもり ちあき)/女性/12歳/中1/身長:153cm
在籍校:美濃関学院中等部1年生/刀使
御刀:同田貫正国
構え:八相
容姿:明るい茶色のポニーテール。下ろすと肩甲骨辺りまでに届くくらい長い。こげ茶の瞳。
性格:明るく社交的で活発でありながらも結構真面目でとてもしっかりしている。

 千晶も明と同じ流派です。これで動きは良いのかと悩みながら剣戟のシーンを書いています。素人ながらにですが……。
 では、今回はここら辺で筆を置きます。感想をお待ちしています。


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第3話 衛藤可奈美

 どうも、巻波です。とじみこの最終回をリアルタイムで見て色々と発狂して数日はまともに寝れなかったです。後、刀使祭に行きたかった……。

 話を本編の方に変えますが、先日加守姉妹の御刀について質問があったので改めてこの場で説明します。
 まず、二人の御刀を改めて紹介しますと主人公・明の御刀は同田貫“清国”で、妹・千晶の御刀は同田貫“正国”です。見間違いしやすいですが、同じ御刀ではありません。ただ、同田貫自体は刀工集団で尚且つ量産された刀なのでたくさんあっても不思議ではないと思います。後、二人の御刀を見て分かる通り、この作品は刀剣乱舞の様に習合させて一つとして扱っていないので様々な同田貫の刀工が作った御刀があるとしています。

 とりあえず、以上が質問の返答とさせていただきます。まだ何かありましたら個別にメッセージを送信していただけると嬉しいです。

 前置きがかなり長くなりましたね……では、本編へどうぞ!


 美炎と千晶は順調に校内予選を勝ち上がっていく。やはり、勝ち上がるにつれ対戦する相手の実力も生半可なものではない。美炎は危うい場面をいくつか切り抜けながら勝ち進み、千晶は危な気なく勝ち進んでいた。

 明はその二人の応援をしながら、もう一人気になる人物の試合を見ていた。

 その人物はギリギリで立ち合いながらも安定して勝ち上がっている。また相手の剣術を見る度に目を輝かせ、楽しんでいる様にも見えた。いや、楽しんでいると言い切った方が正しいか。

 とにもかくにも他の刀使と比べて抜きんでいるのが良く分かる。明はトーナメント表が映し出された手元のスマホを確認し、彼女が次の千晶の対戦相手になるかもしれないなと思っていた。

「明、どうしたの? そんな難しい顔をしてさ」

「うん? ああ、トーナメント表を確認してたら……」

 明は美炎にトーナメント表が映っている自分のスマホを見せた。すると、美炎の表情が少し暗くなる。

「まあ、初めて見た時から思っていたけど……高い壁が目の前に迫って来たね」

「でも、なんとかなる、よね?」

「いや、そこはなせばなるっ! でしょ!」

「あはは、その通りだね」

 結局二人には問題ない様だった。前向きで楽天的なところがある二人だからこそだろう。

「ようやく見つけた!」

「千晶、お帰り。っで、友達はどうだったの?」

「一つ上の先輩に負けちゃった……」

「そっか……」

 三人が次の試合に向けて少し話をしていると千晶の名を呼ぶ声がした。

「千晶、頑張ってね~!」

「なせばなる、だよ!」

「うん、分かりました! 行って来ます!」

 

 明達は千晶の試合場に行くと千晶と相手が向かい合っていた。彼女の相手はかなりの長身で上段に構えている。

 ここまで千晶の試合を見てきた明は心の底である事を考えていた。

 それはこれまでの千晶の対戦相手がほとんど上級生で尚且つ確かな実力を持つ者ばかりだという事。勝ち上がれば上級生と当たる確率は高くなっていくから仕方ないが、千晶の場合は最初から上級生と戦っている。

 おまけにそのほとんどが高等部の先輩達だ。今回の彼女の運はかなり悪いと言って良いだろう。

 しかし、それでも勝ち上がってきているのは千晶の腕が相当なものだと言える。

「ねえねえ、明ちゃん。向こうで試合しているのは誰?」

 隣から小声で誰かが話しかけてきた。美炎とは違うものの聞き覚えのある声だ。

「私の妹と高等部の人が戦っているよ」

「明ちゃんの妹って、あのポニーテールの子?」

「うん、良く分かったね。あ、でもかなちゃんなら剣術で分かるか」

「あはは、そうだね。何だか、明ちゃんと似た様な立ち回りしている子がいるな~と思ったから」

 それから二人は試合の方に集中した。

 

 千晶は相手の立ち回りが上手く今まで以上に苦戦している。相手もまたそれなり勝ち上がってきた実力者であり彼女にとって格上の存在。しかし、千晶も負けてはいなかった。

 要所要所で相手を崩して攻めていき、次第に相手の顔に焦りの色が見え始める。それは観戦している明達にも目に見えて分かった。

 遂には相手のペースが崩れ、その隙を見逃す筈もなく千晶は得意の突きを決めて勝利を収める。またもや新入生の千晶が腕に覚えのある上級生を倒したのだ。

 この事実に見ていた観戦者達は動揺する。やはりあの新入生はただ者じゃないと。

 その中で明と美炎は千晶の勝利に喜び、彼女達の隣にいるショートヘアーの少女は千晶に対してとてつもなく目を輝かせていた。

 

 試合が終わった後、急いで明達は千晶の元へ向かう。事を終えた千晶も明達を探していたからすぐに合流出来た。

「さっすが、千晶~! 今回も勝ったね!」

 明が陽気な口調で千晶を褒め、頭を撫でる。千晶は少し苦笑いを浮かべた。

「でも、流石に今回は怖かったよ。やっぱり、ここまで勝ち上がっている人だから油断はしていなかったけど……」

「それでも千晶が勝ったって事は千晶もそれだけ強いって事だよ!」

「あはは、美炎先輩ありがとうございます!」

「そうそう、みーちゃんの言う通り千晶は強いんだからさ、胸張っても良いんだよ!」

「お姉ちゃんも……ありがとう!」

 若干照れながらも快活な笑顔を見せる千晶。やはり姉妹と言うべきか、その笑った顔はどこか明と似ている。

「ところで……お姉ちゃん? 美炎先輩の後ろにいる人は誰?」

「って、事で喋って良いよ。かなちゃん」

 明の雑すぎる合図に呼ばれた少女はいきなり千晶に迫るともの凄い勢いで話し出す。

「ねえねえ、明ちゃんの妹だよね? やっぱり流派は明ちゃんと同じなの? それとあの剣捌きは……」

「あ、えっと……そ、その~」

 少女の勢いに千晶はタジタジ、すかさず姉に助けを求めた。

「かなちゃん、ちょっと落ち着いてよ~。千晶が追い付いていないって」

「あ……ごめん」

「というか、可奈美(かなみ)にいきなり喋らせる明が悪いんじゃ……」

「いや~、かなちゃんがここまでがっつくとは思わなくてさ~」

 呑気な明の言い訳に千晶や美炎は呆れた。流石にそれは分かっていただろうにと。

「じゃあ、気を取り直して自己紹介するね。私は衛藤(えとう)可奈美(かなみ)。明ちゃん達と同じクラスだよ」

「私は加守千晶です。知っての通り、そこにいる呑気な人が私の姉です」

 隣にいる明に指差す。指差された本人は至って気にもしていない様だ。流石の可奈美も苦笑い。

「衛藤先輩……話はお姉ちゃんから聞いていましたけど、本当に剣術の話になるとグイグイ来ますね……」

「えへへ~。あ、私の事は可奈美って呼んで良いからね」

「じゃあ、お言葉に甘えて可奈美先輩で。それでさっき質問したのは流派とかの話でしたよね?」

 ようやく可奈美が話したかった本題へと話が進む。やはり剣術の話になると可奈美の目の色が変わった。

「うん! やっぱり明ちゃんと同じ流派?」

「はい、そうですね。お姉ちゃんと同じ流派です」

「やっぱり、そうだと思ったんだよね! ちょっと独特な八相の構え方とかシンプルな立ち回り方を見て明ちゃんに似ているな~って思っていたんだよ!」

 楽しそうに話す可奈美。そんな彼女につられ千晶も楽しそうに話す。

「あはは、それが私達が使っている流派の特徴ですからね。確かに八相の構え方はちょっと独特かも」

 と可奈美達が楽しそうで話している一方で明と美炎は別の話をしていた。

「いやあ~、千晶この事知ったら驚きそうだな~」

「それで私も勝ち上がったら、この二人のどちらかに当たるだよね。結構厳しいところに当たるな~」

「あははは、ここは踏ん張りどころだよ! みーちゃん」

 明がそう言った後、千晶とその対戦相手の名前が呼ぶ声がした。

「あ、かなちゃん達の名前が呼ばれたよ」

「え、もしかして次の対戦相手って……可奈美先輩!?」

「うん、よろしくね! 千晶ちゃん!」

 

 場内はざわめいていた。実力ある上級生達を次々と倒して勝ち上がってきた千晶と美濃関最強と噂されている実力を持つ可奈美の対決に注目しないはずがない。

「凄い盛り上がっているね。可奈美ちゃんと千晶ちゃん。どっちが勝つのかな?」

「あ、マイマイ。マイマイの試合は?」

 明にマイマイと呼ばれた落ち着いた雰囲気の少女――柳瀬(やなせ)舞衣(まい)は穏やかな表情で答える。

「それなら、さっきやって何とか勝ったよ。決勝戦に行くまでは負けられないからね」

「やっぱり、柳瀬さんも代表目指しているんだね! って、あれ? 何で柳瀬さん、千晶の事を知っているの?」

 美炎が疑問を口にすると舞衣は穏やかな口調で話した。

「部隊が一緒なの。だから、千晶ちゃんの事を知っているし、今回可奈美ちゃんには悪いけど後輩の応援をしようかなって」

 最後辺りはかなり申し訳なさそうな顔で話す。友達想いな舞衣らしいところだ。

「そっか、だから柳瀬さんも千晶の事を知っていたんだね。あ、試合が始まるよ」

 美炎の言葉を最後に三人は会話を止め、可奈美と千晶の試合を静かに見守る。

 

 千晶と可奈美は互いに向き合って構えた。号令が掛かった同時に千晶は一気に可奈美の間合いに飛び込む。可奈美は迎え撃つかの様に竹刀を振った。

 千晶は鋭利な一太刀を木刀で受け流して一閃に繋げる。が、可奈美もその一閃を防いだ。

 それを機に両者目回るしく激しい攻防が始まる。千晶が振り下ろせば可奈美が受け止めて返すと千晶が躱してまた次の一手へと続けた。その繰り返しに観戦している者達は興奮している。

 そんな中、可奈美は笑っていた。千晶の剣術に心躍らせ、その一撃一撃に込められた想いを感じ楽しんでいる。

 一方の千晶は可奈美の笑っている姿にどこか姉と重ねていた。明も立ち合い中に笑う事がある。だからこそ、変に緊張しなかったかもしれないと思っていた。

 この立ち合いに終止符を打つ為、千晶は強く踏み込み渾身の突きを繰り出す。可奈美は咄嗟に避けたが少し体勢を崩した。千晶は当然その隙を狙っていく。しかし、この瞬間を可奈美は狙っていたのだ。

 可奈美は体を向かって右手側に捌き、一撃を放つ。だが、千晶も強引に剣の軌道を変え相討ち覚悟で打ち込んでいく。ほぼ同タイミングでの剣撃。

 僅かな差で可奈美の一撃の方が早かった。この瞬間に場内は最高潮に盛り上がり、興奮に包まれた。

 

 試合が終わり、明達は先程まで試合をしていた二人に話し掛けた。

「お疲れ、可奈美、千晶!」

「可奈美ちゃんと千晶ちゃん、お疲れ様」

「お疲れ~、千晶、かなちゃん!」

「三人とも、ありがとう!」

「ありがとうございます!」

 二人とも激戦だったのにも関わらず、あまり疲労している様子はなく元気だ。話は試合の話になっていく。

「流石、可奈美と言うか……千晶のあの攻撃を笑顔で受け止めるんだからさ……」

「だって、あんな凄い攻撃が来て……しかも、流れる様に繋げていくんだもん! それでワクワクしないはずがないって!」

「可奈美ちゃんらしいね。でも、確かに千晶ちゃんの剣捌きは凄かったね」

「だって、千晶。やっぱり千晶は強いね、お姉ちゃんの自慢の妹だよ!」

 可奈美や舞衣に賞賛されて明の方が自慢げになる。一方の千晶はかなり照れている様だ。

「いや、私の腕はそんなでもないですって……」

「もう照れちゃって……可愛いな、千晶は!」

 美炎にからかわれてますます顔を赤くする千晶。明も便乗して言う。

「そうそう、こういう時素直に照れるから千晶は可愛いよね!」

「もう、お姉ちゃん達これ以上からかわないでよ!」

 抗議する妹を可愛いと言いながら頭を撫でる明に千晶はもっと抗議する。そして調子に乗りすぎた明は妹に撫でていた腕を極められるのであった。

「ふふふ、本当に明ちゃんと千晶ちゃんは仲良いね。でも、ほどほどにね」

「わ、分かっていますよ!」

 舞衣がそう言うと千晶は明を解放する。明はそれなりに痛かったらしく極められた腕を擦る。調子に乗った彼女が悪いので自業自得とも言える。

「話を戻すけど、千晶ちゃんの実力ならもっと上に行ってもおかしくないって思ったよ!」

 可奈美が先程千晶が言っていた事に対して明るい口調で言う。

「あはは、ありがとうございます! でも、ここで負けたって事はまだまだだと思います」

「もう千晶は真面目だな! 可奈美相手にあれだけ立ち合えたんだから自信持って良いって!」

「そうだよ、千晶ちゃん。謙虚なのは良いけど、もう少し自分に自信を持って」

「美炎先輩に舞衣先輩……ありがとうございます!」

 その時、準決勝を始める声がした。呼ばれた三人は各々の試合場所へ向かう。

「って、私の次の対戦相手は可奈美!?」

「よろしくね、美炎ちゃん!」

「舞衣先輩、頑張って来てください!」

「ありがとう、千晶ちゃん」

 彼女達の背中を見届けた後、明と千晶は応援の事について話す。

「千晶はどうするの?」

「う~ん、可奈美先輩と美炎先輩の試合も見たいけど舞衣先輩のも見たいかな」

「なら、行っておいでよ。私はみーちゃん達の試合を見ておくからさ」

「うん、ありがとう! じゃあ、舞衣先輩の所に行って来るね」

 千晶は舞衣の所へ向かい、明もまた親友達の試合を見る為に足を進めた。




 この後の校内予選を書くとしたら結構あっさりになるかなと思っています。ほぼアニメ本編と変わらないので。まず、剣戟シーンは端折りそう……。
 後、またオリキャラの募集をしようかなと考えています。でも、出番は当分先になるし、活躍させる事も出来るかどうか分からないけど……。

 では、この辺で筆を置きます。感想をお待ちしています。


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第4話 予選終了!

 どうも、巻波です。7月中に更新しようと思ったら、8月になっていました。
 今回で予選は終了です。予選で4話も使うのは絶対にこの小説だけだよなぁ。しかも主人公は二回戦で負けているので、特にこれといった活躍が今のところないという……。

 まあ、そんな事は置いて本編に入りましょう! では、また後書きで。


 明は可奈美と美炎の試合を見ていた。

 見た感じ、美炎の方が勢いがある。しかし、可奈美も的確に捌いていた。おまけに笑顔になっている。本当に試合を楽しんでいるだろう。美炎も可奈美につられて笑顔になっていく。

 この二人の剣戟を見て、明は興奮していた。二回戦で負けたのは悔しいところだが、こうして楽しそうな二人を見られるならば負けて良かったとさえ思っている。勿論、自分も戦いたかったという気持ちはあるにはあるが。

 少し経つと美炎の集中力が切れ始めたのか、勢いが急速に落ちていく。たくさん美炎の剣を受けてきた明はそろそろ頃合いだと分かっていた為、大して驚きはしなかった。だが、可奈美や他の刀使達は少し驚いている。ここまで勝ち上がってきたのだから、もう少し長引くだろうと思っていたからだ。

 急速に鋭さを失った美炎の太刀筋はもはや可奈美にとっては敵ではない。それでも美炎は真っ直ぐに立ち向かうが、可奈美の一閃が綺麗に決まり試合はそこで終わった。

 

「ああ~! 悔しい!! あと一歩だったのに……!」

 試合が終わってから親友はこんな様子だ。確かに準決勝を勝ち上がれば、代表として御前試合に出られるから、これ程悔しい事はないだろう。

「まあまあ、みーちゃん落ち着いてよ。これから三位決定戦がある訳じゃん!」

「……そうだね、まだ試合は終わった訳じゃない。むしろ、これからだよね!」

「あれ? でも、勝っても負けても補欠になる事には変わりないんだっけ?」

「もう、明ってば! このタイミングでその事を言わないでよ~!」

「あはは、ごめんごめん!」

 明が悪気あって言った訳ではないのを分かっている為、美炎は大して怒っていない。むしろ、いつも通りなのでこれはこれで安心しているくらいだ。

「お姉ちゃん、美炎先輩! 試合どうでしたか?」

 舞衣の試合を見ていた千晶も合流。千晶に先程の試合の結果を伝えると少し苦笑いを浮かべていた。千晶も分かっていた事だろう。

「やっぱり美炎先輩は集中力の持続が課題ですよね。本当にお姉ちゃんと正反対」

「だよね~。みーちゃんと私って本当に相性がねぇ……今回はかなちゃんが相手だったから余計にみーちゃん分が悪かったし」

「くぅ~、もう少し集中力が続けばな……でも、いつまでも引きずっていられないし、次がまだあるから頑張るよ!」

「そのいきだよ、みーちゃん!」

 二人は拳を突き上げ元気良く声を出す。すると、一人の少女が彼女達のもとへやって来た。

「おお、アンタ達は元気で良いね~! その元気を私にも頂戴よ!!」

「っげ、先輩!?」

「親方、どうして!?」

「え、お姉ちゃん達の知り合い!?」

 千晶は先程の見ていた試合で彼女が次の美炎の対戦相手だという事は知っているが、明と美炎の知り合いだという事は知らなかった。

「知っているも何も、その人は私達の部隊長だもん!」

 美炎がその人物の事を指差して話す。少女は美炎達の態度にちょっと怪訝な顔をする。

「それにしては私に対する態度が酷くない!? まるで魔王がやって来たみたいな顔しちゃってさ……」

「いや、事実じゃん……」

 素直に口に出した明に魔王の拳骨が炸裂。明は頭を抱えて蹲った。

「えっと、アンタがあのアホの妹さんね?」

 少女は千晶に顔を向ける。千晶も少し困惑した様子で答えた。

「はい……加守千晶って言います。えっと、あなたは?」

「私? 私は平賀(ひらが)友希緒(ゆきお)、高等部一年でそこの二人が所属している部隊の部隊長をやっているよ! よろしくね!」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

 二人は握手する。友希緒は明とは違って真面目な対応をしている妹に感心した。姉妹と言ってもやはり性格は違うのだなと。

「そう言えば、他に準決勝戦っていた人って誰か知っている?」

「あ、それは……」

 千晶は美炎に視線を合わせる。美炎は友希緒に苦手意識があるのか、少し苦い顔をしていた。

「え、アンタ準決勝まで勝ち上がっていたんだ……ちょっと意外かも」

「でも、その準決勝で負けたんですけどね」

「って事は次の私の相手は美炎って訳か! 手加減は一切しないから覚悟してね!」

「こっちこそ、負けるつもりありませんよ!」

 さっきと打って変わっていつも通りに明るい顔になる美炎。友希緒もその様子に満足して頷くと踵を返して他の場所に行ってしまった。

「あの……美炎先輩、さっき暗い顔をしていましたけど何でですか?」

 流石に友希緒を目の前にして言う訳にはいかない為、彼女の姿が見えなくなってから千晶は気になっていた事を訊いた。

「私ね……あの人の剣術がどうしても苦手で……三位決定戦であの人に当たると考えると少し不安になっていたんだ」

「そうなんですか……って事は向こうは長期戦が得意なタイプって事ですか?」

「うん。だけど、ここまで来たんだから後はなせばなるっ! って思うんだよね!」

「あはは、美炎先輩のそういうところ本当にお姉ちゃんにそっくり」

 美炎を呼ぶ声がした。決勝が始まる前に三位決定戦が始まるのだ。

「美炎先輩、頑張って!」

「ありがとう、千晶。それじゃあ、行って来るね!」

 そう言うと美炎はそのまま試合場に向かって行った。その背中を見送った後、千晶はずっと黙っていた人物に話し掛ける。

「お姉ちゃん、そろそろ美炎先輩の試合が始まるよ」

「魔王から受けた攻撃が……先に行ってて」

 千晶は溜め息を吐いて、明を置いて試合の観戦に向かった。

「流石にあのゲンコツはやばいって……!」

 復活するのにはもう少し時間が掛かりそうだ。

 

 明が立ち直った時には、もう三位決定戦の試合が始まっていた。決勝が近いだけあって見に来ている者も多い。明はその中をするりと抜けて見える場所までに行った。

 試合の状況は美炎がやや劣勢で彼女の剣がいとも簡単に受け流されていた。

 やはり美炎が苦手としているだけあり、友希緒は簡単に崩れそうにない。上手く美炎の攻撃を受け流して、自分の攻撃に繋げている。

 美炎はそれをどうにか受け止めていた。その一撃はとてつもなく重そうに見える。

 美炎は強引に押し返すと、もう一度一閃を走らせる。それは読まれていて弾かれた。しかし、これだけでは終わらなかった。弾かれた反動を利用してもう一太刀。

 その一太刀にあまりにも速く鋭く友希緒は反応が遅れてしまい、一撃を入れられてしまう。勝者は美炎に決まった。

 

 すぐさま決勝になるのだが、その僅かな時間を利用して明は千晶と合流し試合が終わったばかりの美炎とも合流した。

「みーちゃん、おめでとう!」

「おめでとうございます、美炎先輩!」

「ありがとう、二人とも!」

 美炎はとても嬉しそうな顔をしている。決勝まで行けなかったとは言え、美濃関に在籍している数多くの刀使の中から三位になれた事は素直に嬉しい事だろう。その分、悔しさもあるが。

「次はかなちゃんとマイマイか……どっちが勝つかな?」

「多分、可奈美の方が勝ちそうだけど柳瀬さんも強いからね。正直、予想がつかないな~」

 明と美炎が決勝について話をしていた時、決勝を始めるアナウンスが聞こえた。いよいよ長かったこの予選も残すは決勝のみ。当然、三人はその試合を観戦する。場は静かになった。

 

 可奈美と舞衣がそれぞれの得物を持って対峙している。舞衣は木刀を揺らして正眼に構え、可奈美は竹刀持って無形の型と呼ばれる構え方で相手の出方を窺っていた。

 そして、号令が掛けられる。最初に動いたのは舞衣で穏やかな彼女と思えない様な気迫が篭った一太刀に可奈美や試合を見ている明達も驚く。

 しかし、可奈美は冷静に受け止めて距離を取った。舞衣は素早く間合いを詰め、流れる様に攻撃を繰り出し崩すと渾身の突きを繰り出す。

 可奈美はこの時を待っていたらしく、その突きをするりと避けるとがら空きの胴に一閃を入れた。

 僅かな時間だが、その立ち合いに周りの刀使達は賞賛の拍手を送る。長かった校内予選は可奈美の優勝で幕を閉じた。

 

 予選を終えた明達は寮へと向かっていた。今日は明の部屋で祝勝会をやる事に。祝勝会をやると言い出したのは、その部屋の主だ。

「あれ? あの人は……」

 美炎が指を差すとそこには女子寮の出入り口に美濃関の制服に身を包んだ青年が立っていた。美炎と明とってはかなり見知った顔だ。

「あ~、ケンケン先輩! どうしたんですか?」

「ああ、お前達か」

 明にケンケン先輩と呼ばれたかなり背が高く大きい青年はとても落ち着いた声音で話す。

「実は衛藤に呼び出されてな……この場所に来いと言われた」

「ここに来て平然としている先輩が凄すぎる……」

 美炎の言う通り、ここは女子寮の出入り口前だ。平然としている青年はどこか感覚がズレている。

「お、お姉ちゃん、その人は?」

 まだ彼の事を知らない千晶は声を震わせながら聞いた。明が答える代わりに青年が言う。

「俺は剣持(けんもち)正樹(まさき)だ。柄巻師を専門にしている」

「でも、ケンケン先輩は柄巻師としてだけじゃなくて研師の事も勉強しているんだよ」

「親父が刀匠だったからな」

「そうなんですか……でも、やっぱりここにいるのはおかしくないですか?」

 当たり前の事を言う。しかし、剣持はあまりピンと来ていない様だ。千晶がドン引きの表情を浮かべた瞬間、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「剣持先輩!」

「衛藤か。少し遅かったな」

「ちょっと色んな人と話していて……」

「そうか」

 剣持の表情が先程よりも穏やかになっていた。可奈美もどこか楽しげな表情。察した三人はニヤけるのを我慢しながら二人を見る。でも、空気に耐え切れなくなった明は話に割って入った。

「そうだ、せっかくかなちゃんもケンケン先輩もいるだからこの人数で祝勝会しない?」

「しゅ、祝勝会?」

 突然の提案に驚く剣持。慌てて美炎が説明する。

「今日、校内予選があったの知っていますよね。その打ち上げで元々三人だけでやる予定だったんですけど……」

「へえ、そうだったんだ。私も参加したい! それに舞衣ちゃんも呼ぼうよ」

 可奈美は参加する気満々だ。そして剣持に視線を送ると彼も二つ返事で了承した。どうやら可奈美には敵わない様子。

「じゃあ、私ちょっと準備してくるから待ってってよ。かなちゃん、マイマイに連絡よろしく!」

「あ、待ってお姉ちゃん! 私も行く!」

 姉妹は共同の食堂がある所に向かった。剣持は一旦女子寮を離れて、お菓子やジュースの買い出しに行く。その後、クッキーを焼いて持ってきた舞衣が合流し男女共通の食堂にて全員集まり祝勝会が行なわれると、途中から他の生徒が何名か参加しとても賑やかな打ち上げとなった。




 ふぅ、これで予選は終了。次から御前試合の話になります。ようやく話が動き出しそうです。また事前募集で提供していただいたキャラクター達もチラホラと姿が……?
 後、まだ気が早いですが舞草に所属しているオリキャラを募集しています。気が向いたらで良いので、ご提供してくださると嬉しい限りです。

 あ、ついでに最後に出てきたキャラクターの紹介です。
剣持 正樹(けんもち まさき)/男性/15歳/高1/身長:190cm
在籍校:美濃関学院高等部1年/柄巻師
容姿:黒髪に前髪を上げた短髪、黄色い瞳。精悍な顔立ちをしている。かなり大柄な体をしており体格にかなり恵まれている。制服はきっちり着こなす方。
性格:一本気で真面目で頑固。基本的に頼まれたら断らないタイプでついつい色んな人物に頼まれては断らずにやり通す(それが原因でぶっ倒れる事もしばしば)。女子に対して紳士的な態度は心掛けているが色々とズレている。しかし、不慮の事故に遭った際には奇行に走りやすい。

 では、ここら辺で筆を置きます。モチベーション向上に繋がりますので、感想の方もお待ちしています。最後に一言、ひよよんはBカップ()。


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第5話 嵐が起こる前

 どうも、巻波です。更新がここまで遅くなって申し訳ありません。どうも、ここまでたどり着くのにモチベーションが保てませんでした。……言い訳ですね、はい。

 このキャラの話し方、これで良いんだっけ? と迷いながら書いていましたのでおかしい所があるかと思います。その際は誤字報告してくださると助かります。

 では、後書きでまたお会いしましょう。


 美濃関学院の代表が決まる頃、他の学校の代表も決まった。そして会場である鎌倉へと代表選手が向かう前夜、美濃関学院女子寮の敷地内にて――。

 

「いや~、今日もお月様が綺麗だね~」

 明はTシャツにハーフパンツといった姿で散歩していた。彼女の肩にはカブトムシのキヨマサがいる。

「明日はかなちゃんとマイマイを見送って、明後日には試合か~……今年はどんな人が出てくるんだろうね?」

 肩に乗っているキヨマサに話しかけるが、キヨマサからは何も答えが聞こえて来なかった。しかし、明は気にも留めず話を続ける。

「去年みたいに居合いで戦う人もいるのかな? それとも見た事のない動きをする人がいるのかな? 何にしても楽しみだなぁ~」

 独り言にしか聞こえないが、彼女はキヨマサと会話しているつもりだ。キヨマサも声は出せないが反応はしている。しかし、傍から見れば彼女は大声で独り言を言っている変人にしか見えない。

「私も強くならきゃな~……去年はかなちゃんに、今年はみーちゃんと負けているから来年こそは……!」

 来年への抱負を意気込んだ後、自室に戻る為に建物内へと向かった。今夜は少し長くなりそうだと予感しながら……。

 

 明は自室に戻ろうと廊下を歩いていたら、見知った人物が目の前を歩いていた。

「あれ? マイマイどうしたの?」

「あ、明ちゃん」

 舞衣はワンピース姿であり髪を下の方で結んで下ろしている所為か、普段とは違う雰囲気が感じられた。その手には新幹線のチケットが二人分ある。

「可奈美ちゃんと明日の事を少しね……明ちゃんは散歩帰り?」

「うん、そうだよ」

「やっぱりね」

 相も変わらない明に舞衣は優しく微笑む。対して明は舞衣が手に持っている物を見て改めて舞衣の言った事を理解した。やはり舞衣がそれを持っているんだなと。

「ねえねえ、今からマイマイの部屋に行って良い?」

「良いよ。明ちゃんの事だから言うと思っていたし、それに……」

 舞衣の表情が曇る。何か悩んでいる様子だがすぐに誤魔化す様に笑みを浮かべた。

「私に話したい事でもあるの?」

 舞衣から何かを察した明は穏やかな口調で訊ねる。舞衣はあまり悩みを表に出そうとせず抱え込むところがある事を知っているからだ。

「う、うん。そんなところかな……」

「じゃあ、決まりだね!」

 そう言うと明は強引にこれから向かう部屋の主の腕を引いて、舞衣の部屋へと足を運んだ。

 

 舞衣の部屋に入ると明は早速くつろぐ。まるで自分の部屋の様に。その様子に舞衣は苦笑いを浮かべていた。

「いやあ、マイマイの部屋っていつ見ても綺麗だよね~」

「そうかな……明ちゃんの部屋も綺麗だと思うよ?」

 そう言いながら舞衣は飲み物を用意し運び床に置くとその場に座った。明は礼を言い舞衣が用意した飲み物を一口飲んだ後、話を続ける。

「私の部屋はそんなに物がないだけだよ」

 明は飾り気のない自身の部屋を思い浮かべた。私物はそれなりにはあるが、この寮に来た頃とは荷物の量は大して変わっていない。強いて言えば、教科書やノート、衣類が少し増えたぐらいだ。

「そう言えばそうかも。明ちゃんの部屋ってあまり変わっていないって感じはするね」

 舞衣も納得する。一年前に訪れた時と最近訪れた時と部屋の雰囲気は変わっていないし、そこまで物量も増えていない様に感じていた。

 明はキリが良いと思い、一呼吸後に次の話題へと話を変える。

「ところでマイマイ、話したい事って何?」

 ようやく本題に入った。明は舞衣の事を真っ直ぐ見つめる。舞衣は少し考え込んだ後、口を開いた。

「実はね……どうしたら、可奈美ちゃんに追い付けるのかなって……」

 それを聞いた明は大して驚かず、ただじっと舞衣を見つめていた。舞衣は少し苦笑いをして俯く。

「変かな……? 変だよね……」

「私は何も変だと思わないよ」

「え?」

「私も似た様な事を考えていた事あるから変だとは思わないよ」

 いつになく真剣な表情の明。彼女もまたそう考えさせる人物が近くにいる。

「明ちゃんも……? ちょっと意外かも」

「え? 意外?」

「うん。明ちゃんって、そういう悩みは無さそうに見えたから」

「あ~、確かに。悩んでいる時だって結局はまっ、いっかって考えちゃうし」

 やはり明は明だったと少し安心したと同時に少しだけ羨ましく思う舞衣であった。

「でも、負けたくないと言うか引き離されたくないって言う気持ちはあるよ」

 明は少し恥ずかしそうに後頭部を掻きながら視線を逸らす。呑気な彼女からして珍しい。しかし、彼女もまた人だと言う事を示していた。

「そっか、そうなんだね……私達って意外と似た者同士?」

「そうだね。同じお姉ちゃんだし」

「確かに」

 舞衣の方がお姉さんっぽいが二人とも下に妹がいる姉同士。やはり通じるものがあるのかもしれない。ただ二人が悩みの対象としている人物は違うが。

「あー、それで話戻すけど……マイマイはかなちゃんに追い付きたいんだよね?」

 唐突に話を本題に戻す。少し空気が和やかになったおかげか舞衣の表情もさほど暗くはない。

「うん」

「追い付いても、同じ景色って見えるのかな?」

「え……?」

 舞衣も考えていなかった訳ではないだろうが、改めて言われると少し動揺する。果たして追い付いたとしても可奈美と同じ景色が見えるかどうか……などと。

「あ~いや、何ていうか同じ舞台に立てたとしてもかなちゃんと同じ様に見えないと思うんだ……よく分からないけど」

 明自身は自分が言いたい事を整理しきれていない様子だが、舞衣はその一言を理解した。いや、元から理解していたと言った方が正しいか。

「うんそうだね。でも、見えるかどうかは分からないけど、同じ舞台に立ちたいとは思っているよ」

 先程の動揺は嘘の様に舞衣の目は揺らいでいない。その瞳を見た明は自分が言おうとしている事は野暮だったと気付いた。

「えっと、何か変な事言っちゃったね……ご、ごめん、あはは」

 明は先程まで考えていた事を止め、すぐさま謝った。その笑顔はどこかぎこちない。

「ううん、私も変な事言ったしお互い様だと思うよ。むしろ、こっちこそ話を聞いてくれてありがとう」

 舞衣は全く気にせず、穏やかな笑みで返す。その様子に明も安堵し、いつもの笑顔になる。

「あ、そう言えば、明ちゃん。まだこの後も起きている?」

 話が一段落したところで舞衣が次の話を切り出す。

「起きているよ。あれ? でも、マイマイは?」

 まだ時間的には起きている学生の方が多い。しかし、刀使の学生達は日々荒魂と命のやり取りを行なっている為、休みが取れる時は取れる様に早くに寝る事が多いのだ。

 加えて舞衣は明日御前試合に出場する為、鎌倉へと移動する。彼女が寝坊するという事は極めて無いと思うが、少しでも疲労を残すと試合に影響する可能性はある。その事を考慮して明は舞衣に訊ねた。

「さっき寝ようと思ったけどちょっと眠気が来なくて……だから、今からクッキーを作りに行こうと思うんだ。明ちゃんさえ、良ければ手伝ってくれない?」

「うん、いいよ! じゃあ、作りに行こうか!」

 明達は立ち上がり、出入り口のドアへと向かう。だが、ドアまで数歩という所で先に歩いていた明はピタリと立ち止まった。明の肩に乗っていたキヨマサも危機を感じ、威嚇する様に角を上げる。

「明ちゃん……?」

 不審に思った舞衣が声をかける。どこか思い当たる事があるという表情していながら。

「ドアの向こうに誰かが構えている……」

「明ちゃん、私がドア開けるね」

 明はそう言った舞衣の何かを知っている表情を見ると頷き、舞衣に先頭を譲る。そして、舞衣がドアを開けると――そこには美濃関学院の制服に身を包み少女が正座していた。

 少女を見た瞬間、舞衣は頭を抱えた。またこの人かと。

「舞衣様、御無事で良かったです……」

「あの……思惟(しゆい)さん? 何でここに……?」

 舞衣は少女の名を口にした。思惟と呼ばれた少女は年頃の女の子とは違えた口調で話す。

「先程見知らぬ者と荒魂らしきものと一緒にいる所を見かけた故に、舞衣様の身に何かあったらと思いここに駆け参じました」

 舞衣はこれを聞いて納得した。思惟は元々彼女が体得している流派の教えに則っている為、他の刀使達と交流をしない。それ故に明の事を知らないし、更に明が飼っているカブトムシの事情も知らないのだ。

「マイマイ、その人知り合いなの?」

 舞衣の背後にいる明はひょっこりと顔を出す。明もまた思惟の事を知らない。ただ彼女は先程よりも警戒しておらず、とても穏やかな声音で訊ねてきた。

「うん。ちょっと前に居合いについて教わりに行って……」

「師よ……もしや、その方は師の御友人でありますか?」

 割って入る様に思惟が舞衣に向かって疑問を口にした。舞衣に対する呼び方が明とまた違うが。

「そうですよ……って、思惟さん! その呼び方は止めてくださいって言ってますよね!?」

 舞衣は師と呼ばれた事に困惑しながら注意した。しかし、思惟は悪びれた様子もなく、それが自然だと言わんばかりの表情をしている。彼女にとっての師は舞衣である事は揺るぎない様だ。

「えっと……つまり、これはどういう事なの?」

 まだ事情を知らない明はこの二人のやり取りに置いていかれていた。舞衣は慌てて話の筋を戻す。

「わ、私は居合いについてこの先輩から教わったの……そしたら――」

「私から舞衣様に居合いを教えるなどとんでもない。私の方こそ師から教わったのだ。だから、舞衣様を師と仰いでも問題ない」

 と思惟は言っているが、学年的には舞衣よりも思惟の方が上だ。ましてや一つ違いではなく三つも学年が開いている。そんな上級生から師と呼ばれれば、困惑する事は間違いないはず。

「あ~うん。そういう事なんだね」

 二人の間に何があったのか良く理解出来ていない為か、かなり適当な感じになる明。むしろあまり理解しない方が良いのかもしれない。

「そう言えば、舞衣様の御友人に挨拶をしていませんでしたね。申し遅れました、私は観世(かんぜ)思惟(しゆい)と申す者です。舞衣様にはいつもお世話になっています」

 思惟はそう言うと軽く頭を下げた。しかし、正座をしたままだから視線は低い。

「私は加守明って言います。こちらこそ、あなたの師にお世話になっています」

 明もその場で正座してキヨマサが落ちない様に気を付けながら軽く頭を下げる。その状況にもう舞衣はツッコミを入れない様にした。

 明と思惟は互いに顔を上げると立ち上がった。思惟は明の肩に乗っているキヨマサがとても気になる様子。

「明殿の肩に乗っているカブトムシ……もしや、荒魂……?」

「いや、キヨマサはただのカブトムシですよ」

 明は本当にそうだと言わんばかりに言う。思惟は不審に思うも舞衣のやや困った様な笑みから察し、これ以上は何も言わなかった。

「あ、そうだ。これから私達、クッキーを作りに行くんですけどしゆしゆ先輩もどうですか?」

「し、しゆしゆ?」

 いきなり渾名で呼ばれて思惟は困惑する。いや、明にいきなりそう呼ばれたというのもあるが、そもそも彼女は全く渾名で呼ばれた事がない。その上、彼女が師と仰ぐ舞衣と行動を共にするという事も相まって嬉しさと困惑がごちゃ混ぜになっていた。

「思惟先輩って言うからしゆしゆ先輩って呼んでいるですけど……」

「な、なるほど、心得た。し、しかし、私も師と一緒にクッキーを作っても大丈夫でしょうか?」

「もちろん大丈夫ですよ、思惟さん。少し多めに作ろうと考えていましたし、何より人数が多い方が楽しいですからね」

「ならば、この観世思惟。お供致します」

 思惟の少し大げさな言い回しに苦笑いする舞衣。しかし、彼女の根が真面目が故にそんな話し方をしているのは重々承知している為、何も言及する事はない。

 そんな二人を見て明は微笑ましく思う。彼女達の事情は未だに理解出来ないものの彼女達は互いを尊敬し信頼している事は分かったからだ。

「じゃあ、行こうか」

 舞衣の一言で彼女達は調理室へと向かう。その後、調理室にてクッキーを作るも予定よりも多く作った為、明と思惟はその余分なクッキーをある程度もらった。

 そして後片付けを済ました後、全員自分の部屋へと戻り眠りにつく――何時間か過ぎた後、日が昇り始めた。

 

 朝、美濃関学院の武道場から床を強く蹴る音や竹刀が空気を切る音が聞こえていた。中で竹刀を持った二人の男女が立ち合いをしている。

 少女は制服姿に身を包み青年が繰り出す剣撃をまともに受けずに大きく避けていた。少女を追う青年は剣道着の姿でかなり体格が大きく、持ち前の瞬発力を用いて間合いを詰めて少女を追い詰める。

 しかし、少女の顔に焦りは無かった。むしろ、この状況でさえ楽しんでいて女子とはまた違った男子のならではの動き、彼の鋭利な太刀筋から読み取れる想いを感じて取っている。

 そして、青年の鋭い一振りを躱して死角に回り込むと一撃を入れた――。

 

「相変わらず強いな、衛藤は」

「剣持先輩も凄いですよ!」

 事が終わると二人は穏やかな表情で先程の立ち合いについて話していた。たまに剣持と可奈美はこうして立ち合いをする事がある。

 どうしてこの二人が朝から立ち合いをする事になったかというと約一年前までに遡る。

 きっかけは剣持が武道場で稽古していた可奈美の太刀筋に一目惚れし、稽古を申し込んだ事からだ。また可奈美も剣持の太刀筋を見て、立ち合いたいと思いその申し出を二つ返事で了承して今に至る。

 簡潔に言うと二人とも剣術馬鹿だったから成立している話である。

「そう言えば、鎌倉に行くのは今日だったよな?」

 剣術談義も落ち着いた頃に剣持が御前試合の話へと話を変えた。

「はい、今日です。そして明日は……!」

 可奈美は楽しみで仕方ないといった感じで話す声も高くなる。どんな剣術を用いる刀使がいるのか、彼女の最大の関心といったとこか。

「そうか。俺は当日行けないのが悔しいな」

「ええ~!! 剣持先輩来れないんですか~!?」

「ああ、そうだ。それに見送りも行けない。全部授業が被っている」

 彼は刀使の生徒達と違い、刀匠科の生徒の為に当日もまた通常通り授業がある。

「そうなんですか……ちょっと残念だなぁ」

 可奈美は剣持が行けない事に少し落ち込んでいた。一応、彼の事情は分かっているとは言え改めて言われるとへこむと言えばへこむ。

「まあ、その代わり帰ってきたらどんな刀使がいたか話してくれよ」

 そう言うと剣持は可奈美の頭を撫でた。ほんの少ししたら止めたが。

「はい! 帰ってきたらいっぱい話しますから、その時は覚悟してくださいね!」

 可奈美も笑顔で答える。その様子に剣持もつられて笑みを零した。

「ああ、楽しみにしてる。だから、楽しんで来いよ」

 

 それから時間が経ち午前の授業が終わりを告げ、各地の代表者が開催地である鎌倉に向かい始める。勿論、可奈美や舞衣も例外なく移動していた。

 その中、全国五校の訓練校――通称・伍箇伝の一校、鎌倉にある鎌府女学院は御前試合の会場近くにあるだけあって慌しくなっていた。

 鎌府に在籍する一人の少女は友人達と共に明日の事で確認しながら校舎内を歩いていた。

「――で、明日は警備を含めた経路案内だけになるね」

「流石、紗夜(さよ)! よく覚えている~!」

 紗夜と呼ばれた長い茶髪の少女は友人に褒められながら書類を提出しに職員室に向かう途中、白いショートヘアーの少女とすれ違う。

「あ、沙耶香(さやか)ちゃん!」

 紗夜が一声かけると少女は振り返り、じっと見つめる。

「明日の御前試合頑張ってね!」

「うん」

 少女はそれだけ言うとさっさと立ち去ってしまった。

「何、あれ? 本当に感じ悪いったらありゃしないんだから! 紗夜が気にかける事なんてないと思うよ」

「あはは」

 正直すぎる友人の意見に紗夜は苦笑い。しかし、紗夜はずっと気にかけていた。あの少女の現状に自分達の学長が大きく関わっている事を理解している為、どうにか彼女の力になれないかと。

「あ~あ、それにしても今年は紗夜ですら補欠になれないってどんだけレベルの高い大会になるのやら……」

 友人は明日行なわれる御前試合について切り替えた。

「そうだね。今年は獅童(しどう)さんも此花(このはな)さんもいないけど結構レベルの高い大会になりそう……」

 紗夜自身もあまり想像も出来ていない。彼女は昨年代表選手になれたが今年は友人の言う通り補欠にすらなれなかった。彼女の実力が低いというより全体のレベルがかなり上がり彼女より腕が立つ者が増えたというだけの話である。

「去年は抜刀術と迅移を使って戦っていた子がいたし、今年も変わった戦い方をする子がいるのかな?」

「さあ、どうなんだろう……?」

 そうして友人と話を盛り上げていく中、紗夜は心の中である事を願っていた。今年も何事も起きません様にと。

 

 その頃、奈良県の某所にて――。

 着物を着た女性が竹林の中を歩き、目的の人物を見つけると足を止めた。その視線の先には一人の少女が目を瞑って正座をしている。

 白い道着に紺色の袴、その腰には彼女の御刀――義元左文字を佩いている。一歩でも彼女の方へ踏み出せば、その御刀で斬られてしまいそうな雰囲気。

 女性はしばらく待つ事にした。少し間の後、少女から口を開いた。

「……斬りませんよ、五条学長」

「そうならそう言ってくれへんと身が持たないわ……」

 着物を着た女性――平城学館の学長・五条(ごじょう)いろはは、安堵の溜め息を吐くと少女に近づく。

 少女は目を開き、いろはがやって来た事を認めるとゆっくりと立ち上がり向かい合う。

「久し振りやねぇ、玄尚院(げんしょういん)(あきら)さん。元気にしとった?」

「ええ、それなりには」

「それは良かったわ」

 少女――玄尚院玲の様子を見ていろはは笑みを零す。やはり自分の生徒が元気でいてくれる事は嬉しい事だ。

 対して玲は少し怪訝そうな表情をしている。わざわざ学長がここまでやって来るなんて滅多にない事。何かしらあるのだろう。

「……私に何か用ですか?」

「そんな怖い顔して、せっかく別嬪さんやのにもったないで」

「……用件を言ってもらえますか?」

「少しは照れてもええのに……」

 いろはは融通の利かない玲に苦笑いをした後、話を続けた。

「ほな、もうすぐ今年の御前試合が開かれる事は知っとるん?」

「ええ、知っていますよ。時期的にももう平城の代表も決まっているでしょう?」

「そうやねぇ、今年は玄尚院さんとあまり離れていない子達が代表になっとるんよ。それで玄尚院さんにとっておきのプレゼントを……はい」

 いろはは懐から封筒を玲に差し出すが、彼女は左手で制止して受け取らなかった。

「やっぱり昔の事を気にしているん?」

「…………」

「でも、少しは前に進まなきゃいけないと思うんやけど……」

「私にはその資格はありません」

 そうきっぱり断られるといろはは別に気を悪くせず、取り出した封筒を懐へ戻す。玲の決意はかなり固いものだと分かっていたからだ。

 玲の方もいろはが言いたい事が分かっている。しかし、過去に自分が犯した過ちは刀使として恥ずべき事だと思っていた。だからこそ、頑なにいろはの好意を拒んでいる。

「そう言わんといといてぇな……まだ玄尚院さんは刀使やで。少なくともその事を悔いているんなら」

「…………」

 玲の顔色は何一つも変わらない。しかし、思うところがあったのか紫色の瞳がどこか揺らいでいる様に見えた。

 それを感じ取ったいろははこれ以上は何も言わず、踵を返して来た道へと戻って行く。玲はただその背中を見届ける事しか出来なかった。

 

 

 頑なに刀使の職務に戻ろうとしなかった玲だが、この後に起きる大事件をきっかけに刀使としてもう一度戦う事を決意する事になるとは、今はまだ考えてもいなかった――。




 今回は提供してくださったキャラクターが何名か出ていましたがどうだったでしょうか? またオリキャラを提供してくださった提供者の皆さん、大変長らくお待たせしてしまい申し訳ありませんでした。まだ出ていないキャラクターもいると思いますが、そのキャラクターもいずれどこかで登場しますので、その時を気長に待っていただければ幸いです。

 それとまだ舞草のオリキャラを募集しています。ちょっと活動報告欄が埋もれていますが、この話が更新される頃にはもう一度上げますので気軽に提案していただければと嬉しい限りです。

 そして今回のキャラ紹介は提供してくださったオリキャラです。このキャラクターは見た事はある方は見た事あるかもしれません。

観世 思惟(かんぜ しゆい)/女性/高2
在籍校:美濃関学院高等部2年/刀使
御刀:あずき長光。拵えにワンボタンで柄の長さを10センチほど延長してミニ長巻に出来る仕掛けあり。
流派・構え:神明夢想林崎流。林崎夢想流、林崎流、夢想流という感じに略称がある。抜刀術基本。御刀の柄に独自の工夫がなされ、抜刀時、柄尻を握ったり柄中を握ったりして抜刀の軌道やリーチを様々に変える。これは思惟の工夫ではなく、林崎流で用いる刀の柄は常よりも三寸ほど長いから。正々堂々の立合いは一切行わないため、試合と名の付くものには参加しない。戦闘となったら、必殺仕事人の中村主水っぽい立ち回りをすると思われる。
容姿:黒髪ロング。切れ長の目。紫様を細面にした感じ。
性格:融通が利かない上、伍個伝の教えよりも自流、林崎流の教えを優先しており、これにより他人にはあまり近づかず、荒魂退治に積極的に加わることもない。
 とある一件より、柳瀬舞衣を師として敬っているが、思惟自身が高等部で年長なので、舞衣からは恐縮されている。というか人目に付きすぎて困っている。
 手先が器用で、暇になれば木切れを見つけてきてマスコットフィギュアを彫り上げる。割と好評。

 劇中の彼女と舞衣ちゃんの関係を詳しく知りたい方は臣史郎様の作品『究めゆく魂』を読んでみては如何でしょうか?
 また他に提供してくださったオリキャラがいますが、一気に紹介すると混乱すると思いますので今回は一人に限定させていただきました。

 さて、次回はいよいよ御前試合に突入します、多分。そして、事件も起こります、多分。
 今回はここで筆を休めます。また感想や活動報告のコメントもお待ちしています。


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第6話 刀使

 みなさん、どうも巻波です。毎度の事ですが、大幅に更新するのが遅れてしまい申し訳ございませんでした。
 決して、ようやく解禁されたPC版のとじともを遊びまくって遅れたわけではありません。
 ……篝さんのあのプレアブル決定PV良いですよね。マジで引き当てたくなります。でも、石が……。

 そんな事より今回よりアニメやゲーム本編の話に合流します。ただ登場人物が多すぎて、いつも以上に迷文や駄文のタグが働いております。ご注意を。

 では、後書きでまたお会いしましょう。


「まだ眠いなぁ~……」

 やや眠け眼な明は豪快なあくびをした後、体を思いっきり伸ばす。

「あんだけ寝てて、まだ寝たりないのー!?」

「お姉ちゃん、流石に寝すぎだよ~」

 美炎と千晶は先程まで爆睡していた明を見ていた為、その様子に呆れていた。しかし、当の本人は寝起きという事もあってまだ眠たそうにしている。

「それにしても人というか刀使がいっぱいいますね」

 千晶は目の前にいる制服姿に御刀を帯刀している女学生達を見て、少し驚いていた。

 ――刀使は警察庁・特別刀剣類管理局に所属しており、彼女達は御刀を帯刀して良い超法規的な公務員である。制服姿に御刀を帯刀している姿はまさしく彼女達の象徴なのだ。

「だって今日は御前試合当日だからね。おまけに鎌倉は会場だからいっぱい人がいてもおかしくないよ」

 美炎は去年も行った事がある為、特別驚いてはいない。だが、この人いや刀使の人数は異常だと思っている。

 明達は現在鎌倉に来ていて美炎が言っていた通り、今日は御前試合当日の為にたくさんの刀使達が来ていた。他にも別の学科の人達も応援に来ている為、鎌倉駅は学生達で賑やかだ。

「こんな中ではぐれたら、大変そうですね……」

 千晶はどこか不安そうな顔つきになる。この人混みの中ではぐれたら、探すのは困難なのは目に見えて分かるからだ。

「まあ、はぐれてもなるとかなるって!」

 明はあっけらんかんに言ってのけた。その状況を分かっているのかどうかは不明だが、彼女らしいなと千晶は思って少し笑う。

「おーい、美炎達! 早くしないと置いて行くよー!」

 さっきまで用事でいなかった友人達が大きく手を振る。それに気付いた美炎と千晶は走りだした。やや遅れて明も走り出す。

「……お腹空いたなぁ~……」

 新幹線で移動中に食事を取らずに寝てしまったものだから、空腹なのは仕方ない。

 

 明達は警備を兼ねて経路案内を担当している鎌府の学生達の案内を聞きながら、会場を目指していた。

 その道中、空腹な明は近くのコンビニに寄って軽食を買って食べながら歩いていく。

 鎌倉は観光地としても有名であり、ましてや今日は御前試合という刀使達にとって大きなイベントだけあって人がかなり多い。

 誰がはぐれてもおかしくない状況下で、明はマイペースに美炎達の後を追う。本当にはぐれてもなんとかなると思っているからだ。

「明! ちょっと離れすぎだよ! 一瞬マジで見失ったから!!」

 先を行く友人の一人に怒られ、明は苦笑いで返す。

 怒った友人はため息を吐くと強引に明の手を引っ張り、合流させる。

「てか、まだ食べてるの?」

 他の友人が明の手にあるおにぎりを見て言う。買ってからそれなりの時間を歩いているから、食べ終わっていてもおかしくはない。

「うん。まだもう少しあるよ」

 と言って、明はコンビニ袋を掲げて見せる。一、二個は残っている様だ。

 その様子に友人達は苦笑いをするだけ。美炎や千晶も特に気にする事もなく苦笑いに留めた。

 尚、明は特別大食いではない。ただ育ち盛りかつ刀使として日々過酷な状況下で戦っているから一般的な女学生達より食べるというだけだ。

 それでも良く食べる方である事に変わりはないのだが……。

 

 それから彼女達は目的地まで楽しく談笑しながら歩いて行く。明も食べ終わり、途中のコンビニにゴミをあらかた捨てるとその輪の中に入る。

「あれ? あの人達がかなちゃん達の対戦相手かな?」

 明は先を行く少女達に気付き、パーカーを着た小柄な少女を指差す。それに気付いたのか、パーカーを着た少女は不機嫌そうにこちら側を見て口を開いた。

「あん? 何ガンたれてんだよ?」

 慌てて美炎が前に出て話をする。この場合、明が何を言い出すのか分からないから彼女が代わりに話を繋げる事が多い。

「す、すみません。うちのものが失礼しました。あの、その制服って、鎌府ですよね?」

 美炎の言う通り、小柄な少女はパーカーの下に鎌府女学院の制服を着ていた。そして、そのパーカーの裏には短刀が二振りある。

「それで……代表の人ですか?」

 明は直球に聞く。彼女もまた向かっていた方向は同じだから可能性はある。しかし、少女は首を横に振った。

「ちげーよ、アタシはコイツの付き添い。コイツがウチの代表だよ」

 少女は一歩離れた位置にいる白髪の少女を指差す。白髪の少女は無表情で明達を見つめていた。彼女も腰に御刀を佩いている。

「へぇ~、そうなん……!?」

「なんだぁ?」

 周囲の状況が一変。――人々が何かに恐怖して逃げる様に走り出した。

 明達もすぐにその異常な状況に気付く。そして、その混乱の原因を視認する。――古来から人に害を為す異形の存在・荒魂だ。

「みーちゃん達、行くよ!」

 明はそう呼びかけると真っ先に荒魂のいる方向に走り、自分の御刀――同田貫清国を抜刀し写シを張った。同タイミングでパーカーを着た少女と白髪の少女もそれぞれの愛刀を抜く。やや遅れて千晶も同田貫正国を抜刀して構えた。

 美炎は友人達に避難を呼びかけてから加州清光を抜き放ち写シを張り、その場にいた刀使全員が臨戦態勢に入る。

 周りの反応が早かったおかげか、周囲の避難はある程度終わっており荒魂が出現した場所の周辺は民間人は誰一人もいない。

「千晶は大丈夫なの?」

 美炎が千晶に声をかける。明も心配そうに彼女へ視線を送る。いくら千晶が実力があるとはいえ、刀使としての経験はまだ浅い。無理はさせたくない

「私も刀使ですし、何度か荒魂と戦った事があります。サポートぐらいは出来ると思います」

 そう答える千晶は特に気負う事もなくかといって怯える事もなくただ真っ直ぐに荒魂を見つめていた。

 彼女のその真っ直ぐな瞳に明は大丈夫だと確信し、改めて目の前の荒魂に目を向ける。

「分かった。じゃあ、千晶は後ろで私達のサポートをお願いね!」

「はい!」

 背後で行われていたやり取りが終わったと同時に明が迷いのない太刀筋で荒魂を斬り祓った。

 それに続いて美炎も千晶を次々と荒魂を斬っていく。また鎌府の二人も難なく倒していった。

「やるじゃねぇか、美濃関のお前ら! お前らの名前は?」

 パーカーを着た少女は明達の動きに対して素直に賞賛。そして名前を聞いた。

「え? 名前ですか? 私は安桜美炎、二年!」

「私は加守千晶って、言います!」

 二人は襲ってくる荒魂を対処しながら自己紹介をする。しかし、明の声だけが聞こえない。

「おい、あそこで沙耶香みてえに黙々と斬っているヤツは誰だよ?」

 声が届いていない事も考慮して少女は美炎に聞く。

「あそこに、いるのは私と同じ二年の加守明! 千晶のお姉ちゃん、だよ!」

「なるほどな、どおりで顔が似ているワケだぜ。……まぁ、いいや、アタシは七乃里(しちのさと)呼吹(こふき)。中等部三年だ。それでそこにいんのが……」

 と言って、白髪の少女に話を振る。少女は言葉数少なく言った。

糸見(いとみ)沙耶香(さやか)……中等部一年」

 淡々と標的を斬っていく。機械の様に的確に何度も同じ様に。

「って事だ。一つ言っていくが、アタシの取り分を横取りするんじゃねえぞ?」

 呼吹はそう言うと両手に持った短刀を振り回し、荒魂を次から次に切り伏せていく。

「アイシテイルぜっ! 荒魂ちゃん達!!」

 他の刀使達とは違う感性の持ち主だが、その実力は折り紙付きという事が分かる。また沙耶香も千晶と同年代とは思えない程に恐ろしい剣の冴えを見せる。

 それでも美炎や千晶は負けない様に各々の御刀を振るった。千晶も美炎も校内予選でそれなりの結果を残しているだけあって、危なげなく一閃を走らせる。

 そして明はというと相変わらず一言も声を発せないまま事を為していた。その太刀筋は校内予選で見せたものよりも鋭く速い。

 

 しかし、彼女達がいくら倒しても荒魂の数は減らない。それどころか手強いものが増えてきていた。

「……駄目、このままじゃ……」

 違和感に気付いた沙耶香はポツリと言う。表情も厳しくなっている。

「えっ、と、それは、どういう、意味?」

 近くにいた千晶が聞く。途切れ途切れになっているのは荒魂を斬りながら聞いているからだ。

 しかし、沙耶香は答えず目の前の荒魂を斬っている。それには千晶は困惑するばかり。

「ったく、ちゃんと説明しろよな、沙耶香。……アイツが言いたいのはこのパターンはマズイって事だよ」

 フォローする様に呼吹が話す。彼女が言うには少しずつ荒魂が強くなり、数で押してくる事がここ最近多いとの事だ。

 しかし、呼吹はあまり気にしていない。むしろ、そんな状況を楽しんでいる。

「……呼吹、先に行く」

 沙耶香は状況的に更に前へ出た方が良いと感じたのか、そう言って先へ進んだ。その移動速度はこの場にいる刀使達の中で最も速い。

「おい、待てって! アタシの荒魂ちゃんを横取りする気かよ!」

 呼吹も続いていく。その場に残ったのは美濃関の刀使達だけだ。

「連携もあった何もないですよね……」

 千晶はその様子を見て呟く。美炎も同意し、少しため息を吐いた。

「でも、これだけの人数がいるからなんとかなるって」

 ようやく明が口を開く。緊迫とした状況ではあるが、普段とは変わらぬ呑気な声音で話しながら冷静に一閃を走らせる。誰よりも動揺せず、自分のペースを保っていた。

「確かに……明や千晶がいるからなせばなるっ!」

 美炎は相変わらずな親友の様子を見て調子を取り戻す。千晶も同様に落ち着きを取り戻し、正国を振るう。

 明は落ち着いて荒魂の攻撃を捌き、死角となった箇所から容赦なく斬る。荒魂は自分の体が保てなくなり、その存在を消失させた。そしてその場に残ったのは荒魂の元となる物質――ノロと呼ばれるものだけ。

 明はその存在に目もくれず次に襲いかかって来た荒魂の対処に意識を集中させた。そしてまた荒魂をノロへと還す。

 しかし、事は順調とは言い難い状況へとなっていく。疲労が彼女達を襲ってきたのだ。

「くっ……集中力が……!」

 長時間の戦闘の影響により、この中で一番集中力がない美炎は動きを乱していた。次第に太刀筋も鈍くなっていく。

 そして彼女の死角から荒魂が襲いかかる。反応が遅れた美炎は直撃する事を覚悟した。

「みーちゃん!」

「美炎先輩!」

 助けに行きたいが明は他の荒魂達に行く手を阻まれ助けに行く事が出来ず、千晶もまた荒魂の対処に手間取って救援に行けない。

 万事休すかと思いきや凄まじい雄叫びと共に一閃が走り、美炎に襲いかかろうとした荒魂が真っ二つになった。

「大丈夫か!?」

 斬ったのは平城学館の制服に身を包んだ長身の少女。雰囲気からして高等部の者に見える。

「大丈夫です。助けてくれてありがとうございます!」

「なら、良かったぜ。……んで、そこの美濃関の奴らもお前の友達か?」

 少女は遅れて駆け寄って来た加守姉妹を指差す。美炎は指差した方へ顔を向けると二人の安堵した顔を認める。

「良かった。美炎先輩が無事で」

 千晶は本当に安心したと言った声音で言った。明も無言で頷くと、目の前の荒魂を斬る。

「この人が助けてくれたから、何とかね。それよりも早く荒魂を……!」

「そうだな、なら先陣は頂くぜ!」

 少女は荒魂を目にすると真剣な顔つきに戻り、大上段――いわゆる、蜻蛉の構えを取っては勇猛果敢に斬るべき相手を向かって銀色を一筋走らせる。

 その速さはまさしく雲耀。為す術もなく荒魂は二つに分かれてはノロに還った。

「は、速い……!」

 それを見た三人は驚愕する。今まで見た刀使の中で恐らく最も速い太刀筋だったからだ。しかも、全て最初の一太刀で倒している。

「あれでも予選三位なのよ……上には上がいるものよね?」

 落ち着いた声音が聞こえた。同時に洗礼された銀一文字が閃き、彼女達の近くにいた荒魂が倒される。

「まあ、それでも凪沙が強い事には変わりないの確かだわ」

「あの、あなたは?」

 突然、目の前に現れた少女に困惑しながら美炎が訊ねる。少女は柔和な笑顔で答えた。

「私は平城学館高等部二年の佐原(さはら)すみれよ。そして向こうで暴れているのは藤川(ふじかわ)凪沙(なぎさ)、同じ高等部二年」

 それを聞いた後、美炎と千晶は向かって来る荒魂を斬り伏せながら明の分も含め自分たちの事を話す。

 互いの自己紹介を終えるとすみれは彼女達を指示し、的確に荒魂を対処していく。

「おい、アタシの獲物を横取りしてんじゃねーよ!」

 呼吹が不満そうな声を上げる。彼女が狙っていた獲物を狩ってしまった人物が口を開いた。

「んな事言うなよ……こういうもんは早いもん勝ちって言うだろ?」

 先程美炎を助けた少女――藤川凪沙は強気な物言いで返す。早い者も何も荒魂は早急に斬り祓われれば、それに越した事はないのだが。

「……お前、面白い事言うじゃねえか。なら、どっちが多く荒魂ちゃんを狩れるか勝負しようぜ」

「いいぜ、勝負なら負けねえ!」

 根が似ているのか二人はすぐさま意気投合し競争を始めた。

 呼吹からすれば、横取りしてくる凪沙の行動には不満があるが、彼女の言った言葉は納得出来たから勝負を持ちかけたのだ。

 対して凪沙は勝負というものが大好きな為、断る理由もない。だから、成立した。

 そんな二人を見て、残りのメンバーは呆れながらも御刀を振るっていた。

 

 荒魂と戦闘を繰り広げている明達を少し離れた場所から見つめる者が二人。両者共に長船女学園の制服を着用し、御刀を帯刀している。

「なあ、エレン……俺達が加勢しなくても良いと思うんだが……」

 ピンクの髪にツインテールの小柄な少女は多少の問題はあれど上手く事が進んでいる現状を見て冷静に言う。しかし、金髪の背の高い少女は納得せず反対した。

「何を言っているですか、薫! こういう時こそ、助け合いの精神デス!」

「ねねー!」

 自分の頭の上にいる守護獣にも言われると小柄な少女は諦めて賛同する。

「はぁ……仕方ない、働くか……。まぁ、数が多いに越した事はないしな」

 彼女達は各々の愛刀を抜刀し、己の使命を為す為に戦地に向かう。

 

 また助っ人が来るとは知らずに明達は御刀を振るっていた。

 呼吹と凪沙、今まで黙々と動いていた沙耶香が先陣を切って進み、明とすみれが彼女達の背中を守る様にフォローし、千晶と美炎で弱った荒魂を一匹たりとも逃さずに仕留める。

 すみれの的確な指示もあってスムーズに数を減らす事が出来ていた。また呼吹と凪沙が勝負をしている為、加速的に減っているものもある。

 その中で明は目の前の荒魂を斬り伏せ、その奥の荒魂も一突きで倒していた。その剣の冴えは戦闘が始まった頃と比べて鋭くなっている。

 再び目の前の荒魂を斬った時、明の死角となるところからもう一体が襲撃。予想外の位置からの攻撃に明は反応が追い付かず無防備な状態になってしまう。

 しかし、荒魂は何者かの攻撃によって遠くへ吹っ飛んでいった。蹴り飛ばしたのは金髪で背の高い少女だ。

「危ないところでしたネ。お怪我はありませんカ?」

 背の高い少女は明るい笑顔で明に問いかける。

「大丈夫です! えっと、あなたは……?」

「長船女学園高等部一年、古波蔵(こはぐら)エレンと益子(ましこ)(かおる)! 義によって助太刀致しマース!」

 金髪で背の高い少女――古波蔵エレンは朗らかに名乗りを上げると同時に、体を荒魂の方へと向け自分の御刀――越前康継を両手で握って構えた。

「ねー!」

「そうだな、ねねも助太刀に参上だ」

 小柄な少女――益子薫は気だるげながらも自分の家の守護獣である“ねね”の存在を付け加える。彼女の御刀は三尺以上もある大太刀――祢々切丸だ。小柄な体格とは裏腹に尋常じゃないパワーを兼ね備えている事が見て分かる。

 そして彼女も蜻蛉と呼ばれる凪沙と同じ構えを取って間を待つ。

「薫の一撃に巻き込まれない様に、皆さん注意してくださいネー!」

 そう言ってエレンは荒魂のところへ一直線に駆けていくとその体格とは見合わぬ軽いフットワークで相手を翻弄し、正拳突きや回し蹴りを繰り出してから斬っていく。

 エレンの攻撃を受けて足が止まった荒魂は薫の猿叫と共に放たれる一撃によって葬りさられる。

「うおい! 危ねえ!!」

 後、一歩で薫の一太刀に巻き込まれるところだった凪沙。彼女はその太刀が誰のものかというのを確認すると相手に向かって声を荒げた。

「そこの野太刀使い、危ねえだろうが!!」

「知るか。一応警告はしたんだから、そっちが悪いんだろ」

 薫は気だるげながらも正論を言う。

 凪沙は理解すると気を取り直して、己の獲物を倒す。何せ、勝負をしているのだから出来る限りの範囲で全力を尽くさねば面白くない。そう思うと一層気合が入り、猿叫がさらに大きくなる。

「まだまだ遊び足りねえんだ……もっと遊ばせてくれよ、荒魂ちゃん達!!」

 一方の呼吹は嬉々とした表情を浮かべながら荒魂を薙ぎ祓っていく。その様子に薫は小声でねねに隠れるように指示したのは言うまでもない。

 

 さらに人手が増えた事によって、荒魂の数が目に見えて減ってきた。そしてようやく機動隊が到着する。

「機動隊二十四名、現場に急行しました。刀使の皆さん、遅れてしまい大変申し訳ありませんでした」

 小隊長らしき隊員が丁寧な言葉遣いで報告。代表してすみれが答える。

「いえ、問題ありません。むしろ丁度良いタイミングでした。早速ですが、誘導の方をお願い出来ますか?」

「はい、これだけ減っていればなら包囲可能です。すぐさま開始します!」

 そう言うと彼は機動隊の隊員達に指示を出し、手際良く荒魂達を包囲していく。

「チッ、面白くねえ……」

 率直に呼吹は不満を漏らす。聞こえた美炎は苦笑いを浮かべた。

「ここは私達に任せて、他の子は会場に向かって良いわ」

 順調に誘導され、包囲されていく様子を見てすみれは他の刀使に声をかける。

「ええ、ワタシ達はそうしマス。薫、急いで会場に向かいマスよ!」

「マジか……走りたくねえ……」

 薫はぶつぶつと文句を言いながらエレンに連れて行かれる。沙耶香も呼吹に言われ、大急ぎで会場に向かって行った。

 彼女達と入れ替わりに数人の刀使達がやって来る。皆、鎌府の制服を着ている。

「遅れてすみません、特祭隊の水上紗夜です! 報告にあった荒魂の集団はどこに?」

 代表として長い茶髪の少女――水上紗夜は隊員から包囲した場所を聞く。そして場所が分かると礼を言い特祭隊のメンバーを連れてその場所へと急行する。

 これで一段落するとある二人を除いて誰もが思った。しかし、隊員から予想もしない事を告げられる。

「あの、大変申し訳ありませんが……どうやら包囲する際に取り逃がしてしまったものがいたらしく、数がそう多くありませんが皆さんご協力頂けないでしょうか?」

 やや歯切れの悪い隊員に対して呼吹と凪沙は顔を明るくする。

「そういう事は早く言えっての! まだ荒魂ちゃんと遊び足りねえんだからよ!」

「ははっ、危うく勝負がチャラになるとこだったぜ! 続行だな!」

 それぞれ理由は違うが、それでもまだ荒魂がいる事に喜び隊員から向かった先を聞く。

「はぁ……こういうところ凪沙の悪い癖よね……」

 凪沙の事を良く知るすみれは彼女の勝負が大好きな性格に頭を抱えながら、先へ行った彼女達の背を追った。

「みーちゃんと千晶はどうする?」

 明は二人に荒魂を追うか聞く。千晶や美炎が疲労している事が分かっているからだ。

「私は行くよ。明だけ行かせるなんて性に合わないもん!」

「私も刀使だから行く」

 二人の意見を聞くと明は特に止める様な事もせず、彼女達と共に逃げた荒魂の行方を追う。

 

 取り逃してしまった荒魂はすぐに見つかり、あっという間に鎮圧した。

 事を終えると呼吹はすぐさま姿を消してしまった為、凪沙は少し不機嫌になる。だが、ここまで戦ってきた美濃関の三人に目を付けると快活な笑みで話しかけた。

「おい、お前らの中で誰でも良いけどよ……この後、手合わせっいでででででで!!」

「駄目よ、凪沙。許可もなしにやってしまえば、また学長に怒られるわよ。それに御前試合間に合わなくなるわ」

 と、相方に止められ耳を引っ張られながら彼女もそのまま立ち去った。

「あー!! 急がないと御前試合が始まっちゃう!!」

 美炎は思い出したかの様に言うと千晶も気付き、急いで走り出す。

「まあ、そんなに急がなくても……」

「いや、急がないと間に合わないから!」

 美炎と千晶に引っ張られ明も会場へと向かって行った。




 今回もオリジナルキャラクター増し増しで登場いたしました。そして前回に引き続き一名だけオリジナルキャラターを紹介したいと思います。

藤川 凪沙(ふじかわ なぎさ)/女性/16歳/高2/身長:173cm
在籍校:平城学館高等部2年生/刀使
御刀:長曽祢虎鉄
流派:示現流
容姿:ややボサボサとした紺色のショートヘアーに橙色の瞳。やや中性的な顔立ち。制服の袖を七分まで捲くっている。
性格:短気で乱暴なところがあるが、面倒見が良い姉御肌。細かい事はあまり気にしない。勝負事が大好き。

 他にも紹介したいと思っていますが、それは次回以降となります。ご了承お願いします。

 それとお知らせを一つ、この場でしたいと思います。
 現在募集している舞草のオリキャラ以外にももう一つオリキャラを募集する欄を設けようと考えています。(またオリキャラ募集するのかよ……)
 この話が更新されている頃だと恐らくまだ設けていないはずですが、次の話を更新するまでには設けたいと思っています。
 どういった内容になるのかは……その活動報告欄が上がってからのお楽しみで。

 では、この辺りで一旦筆を休めます。感想や舞草のオリキャラの案などお待ちしています。


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第7話 決路

 どうも、巻波です。まさかの短い間隔で更新出来ました。……まあ、1話分の話を分割したので更新の間隔がいつもより短くなったってだけですけどね。
 おまけにかなり端折って書いているので、低クオリティな話がさらに低クオリティになっています。

 それとこのタイミングですが、一人オリキャラを紹介しようと思います。提供されたオリキャラです。

水上 紗夜(みかみ さよ)/14歳/中3/身長:165cm
在籍校:鎌府女学院中等部3年生/刀使
御刀:和泉守兼定
流派・構え:天然理心流、中段の構え
容姿:鮮紅色の瞳で、髪はややウェーブのかかった茶髪のロング。
性格:気配り上手で面倒見もよく、他者への配慮を欠かさない穏やかな性格。本気で怒ったら無言になり、指で身体のどこかをトントンとする仕草を見せる。

 提供者様、本当にありがとうございます。では、後書きにてまたお会いしましょう。


 三人は会場に到着すると友人達に呼ばれ合流した。そして彼女達は可奈美や舞衣がいる試合場の方へ顔を向ける。これから始まる試合に向けて各校の代表選手がそれぞれ自分のペースを保つようにその時を待っていた。

「可奈美ー! 舞衣ー!」

 友人の一人が可奈美と舞衣に声をかける。すると可奈美も舞衣も気付き、手を振って応えた。明達も手を振って応援の意を伝える。

 その後、アナウンスが会場内に響くと明達は席に着き、試合が始まる瞬間を待っていた――。

 

 最初の試合は可奈美と先程明達と戦っていた寡黙な少女、沙耶香との一戦だ。

 双方、御刀を媒介とし写シという能力で隠世と言われる異世界にか弱い自身の体を預け、エネルギー体へと変換する。

 この能力のおかげで彼女達は真剣での立ち合いも難なくできる上に荒魂との戦いも可能にしている。多少のデメリットはあれど、彼女達刀使にとって必要不可欠な能力なのだ。

 そして構えの号令が入ると各々の構えを取り、始めという合図で二人動き出した。

 迅移という能力を用いて短距離ながらも素早く間合いを取ったり、詰めたりしている。この能力もまた隠世に通じ、時間の流れが速い層に潜って移動する。これも刀使としては基本的な能力だ。

 それを用いての激しい攻防戦の中、可奈美を見失った沙耶香は死角から巻き上げをもらい御刀を弾き飛ばされて写シを解除させられてしまう。

 勝者は可奈美だ。途中、危うく見えたものの崩されず安定して立ち回れていた事から、やはり彼女の実力は相当なものだと言える。もっとも、応援している明達からすれば、心臓に悪いのだが――。

 

 短時間で試合が決する為、トーナメントはあっという間に進んだ。

 準決勝では舞衣と可奈美が当たり、舞衣は居合いで勝負を仕掛けるものの可奈美に阻止されあえなく敗退。決勝へ駒を進めたのは可奈美と平城学館の代表、十条(じゅうじょう)姫和(ひより)だ。

 決勝になると場所が変わり、白州の方へと移動した。空が曇っているせいか、どこか暗い。

 そんな中、明達は可奈美や舞衣と合流し話し込んでいた。話題はもっぱら準決勝で舞衣と可奈美が対戦した事だ。

「まさか舞衣と可奈美が準決勝で当たるとはねー……」

 友人の一人が残念そうに呟く。明や千晶もそれに同意し、頷いた。勝ち進むにつれ同じ学校の生徒同士で当たる事は仕方ないのだが、どうせなら決勝で当たって欲しかったところ。

「あれ? みーちゃん、どうしたの?」

 明は美炎があまり話題に入っていないのに気付き声をかけた。美炎の顔は少し険しい。

「え? ああ、あそこのスタンドにちぃ姉がいて――」

 と美炎は指差す。明はその方角へと目を向けると先には長船の制服を着た青い髪の少女がいた。

 少女からは随分と大人びた印象を覚える。恐らく、彼女が美炎の言うちぃ姉だろう。その証拠に彼女もこちらに気付いて微笑んでいる。

「酷いよ、ちぃ姉! 何で黙っていたのさ!」

 美炎は少し不機嫌になっていた。明は美炎が立腹している理由が大体の予想が付くとどうにかして彼女をなだめる。

 すると、突然会場の空気が一変する。明と美炎は奥の屋敷の方へと視線を切り替えた。

 そこには彼女達が所属している刀剣類管理局の局長にして、全ての刀使を統べる折神家の当主である折神(おりがみ)(ゆかり)がいた。

 彼女は二十年前に起きた“相模湾大災厄”を鎮圧した部隊の部隊長であり、今尚刀使としての力は衰えず刀使の頂点に君臨する程の実力者である。

 その威厳に満ち溢れた若々しい姿に感嘆のため息を吐く者も少なくない。彼女が宣言した後、椅子に座ると観客は皆も礼を解き席に着いた。

 そして、決勝に残った者が中央で対立する。号令に従い、両者、写シを張っては各々の流派の構えをする。

 可奈美は無形の位という構え方で相手の様子を窺い、姫和は車の構えと呼ばれる大きく脇を見せる攻撃的な姿勢で合図を待つ。しかし、姫和の意識は可奈美に向いておらず、どちらかというと踊り場の方にいる折神紫の方に向いている。

 その事は対峙している可奈美以外は気付いていない。いや、気付いたとしてもそこまで気に留めていない者が多いとも言える。

「――始め!」

 号令と同時に姫和が消えた。観客のほとんどは彼女の姿を視認できない上に突然いなくなった事に困惑する。

 明も正直、目で追えていない。目の前から消えたと思った。しかし、直感で彼女の向かった先に顔を向ける。――その視線の先にあったのは御刀を両手に持った折神紫と攻撃を弾かれた十条姫和の姿だった。

 急いで駆け付けた親衛隊第一席――獅童(しどう)真希(まき)によって姫和は写シを剥がされ、事が終わるかと思われたが寸前で可奈美が獅童の一撃を防いで助けてしまった。そして、可奈美はそのまま姫和を連れて会場から逃げ出して行ったのだ。

 あまりにも突然すぎる出来事で会場全体が困惑と不安で混乱する。その一部始終を見てしまった明はいても立ってもいられず、可奈美達を追う為に走り出した。

「お姉ちゃん、どこ行くの!?」

 千晶は血相変えて飛び出していく姉に酷く驚いた。

「かなちゃん達を追いかけてくる! 千晶はここにいて!」

「いや、お姉ちゃん会場内にいてってアナウンスが――」

「後は頼んだよ!」

 妹の制止も振り切って明はそのまま会場の外へと出てしまった。千晶は明の親友である美炎に助けを求めようと思ったが、彼女もまた会場外へ行ってしまったらしくその場にはいなかった。

「……お姉ちゃんも美炎先輩も行っちゃったよ……」

 千晶はただただこの状況に困惑するばかり――。

 

 明は会場の警備に当たっていた刀使達に引き止められるが強引に迅移で突破し、全力で走り出す。同じ様に美炎と彼女の幼馴染である瀬戸内(せとうち)智恵(ちえ)も迅移で刀使達を抜いたが、明はその事を知らないまま走るペースを上げた。警備の刀使達も迅移を用いて明を追うが、思ったよりも距離が遠い為、追い付けない。その代わりに彼女よりもやや遅れて走っている美炎と智恵が追い付かれてしまったが……。

 親友がまさか追いかけているとは思っていない明の頭の中は怒りで一杯だ。十条姫和が折神紫にしようとしていた事を理解した上に彼女が許せなかった。さらに彼女に加勢した可奈美の真意も知りたい。その思いだけが明を突き動かしていた。

 そして全力で走っている明の前方に追いかけていた人物の姿が見えた。――可奈美と姫和だ。

「かなちゃん!!」

 明は出せる限りの大声で呼ぶ。可奈美はその声に反応し、隣で走っていた姫和に一声掛けて立ち止まった。

「はぁ……はぁ……かなちゃん……」

 明も立ち止まり、呼吸を整えながら可奈美の方をじっと見つめる。その瞳は怒りの炎が静かに燃えていた。

「ごめん、明ちゃん。だけど、この子にも事情がきっとあると思うんだ……だから」

「それぐらい分かるよ!」

 強い語気で遮る。可奈美が庇っている少女に何かしらの事情があるのは察せられる。よっぽど少女が狂っていなければ、理由も無くあの場で折神紫を殺そうとしなかっただろう。

「明ちゃん……」

「かなちゃん、その子に……十条さんに何かしらの事情はあるのは分かるよ。けどさ、私は許せないんだよ。刀使の力を人殺しに使うのなんて……!」

 その表情は普段の彼女から想像が出来ないぐらいに怒りで歪められていた。正義感の強い明には事情があるとしても姫和のした事はとても許せないのだ。

「……それでも私はこの子を、姫和ちゃんを捕まえさせたくない」

「そっか……なら」

 言葉で止められないと判断した明は抜刀し、写シを張っていつもの構えを取る。可奈美も千鳥を抜いて写シを張り、切っ先を明に向ける。

 ――遠方から反逆者を捜す者の声が聞こえてきた。あまり時間は残されていない。それは会話に入っていない姫和の顔にも表れていた。

 一陣の風が通り過ぎ互いが切っ先を合わせようとした瞬間、人や動物とはまた違う声が響く。荒魂が突如目の前に現れたのだ。だが、彼女達の実力なら一人でも対処できる数だ。

 明はすぐさま意識を切り替え、可奈美の隣を通り過ぎて荒魂の方へ一直線に動き御刀を振るう。瞬く間に荒魂は祓われ、ノロへと還っていった。

 目の前に現れた荒魂全てを斬り祓った後、明は周りを見渡す。可奈美も戦っていたのか、明が戦っていた場所から少し離れた場所にノロが地面に広がっていた。

 しかし、彼女達の姿はない。明は恐らく彼女達が逃げたと思われる方向に目を向け、清国の柄をただ強く握り締めていた。

 

 

「お前の方こそ、あれで良いのか?」

 姫和は小さな神社の境内に辿り着くと隠していた自分の荷物を取り出しながら可奈美に訊ねる。

「美炎ちゃんの事?」

 可奈美は周囲を見渡し誰もいない事を確認してから答える。

 明と出会った後に美炎達にも会い、一悶着を起こしていた。しかし、美炎の幼馴染のフォローもあり無事に和解出来た。

「いや、その前の奴だ」

「……明ちゃんの事か……」

 可奈美は珍しく落ち込んだ顔をする。剣を重なり合わせれば理解出来ると、話が出来ると思っていた。だが、切っ先は触れ合う事が無かった。

 自分の思いを伝える事が出来ず、彼女の真意を感じる事も出来ないまま別れてしまった。わだかまりは残したままだ。

「大丈夫だよ、明ちゃんにだって分かってくれると思う……」

 きっと思いが向く先は同じだからと可奈美は信じていた――。




 さて、物語も一つの分岐点に差し掛かってきたかと思います。少なくとも作者的にはそう思っています。
 どのルートへ向かうのかは予想出来る方もいるかもしれませんが、明や千晶がこの先どうするのか温かい目で見守っていただけたら幸いです。

 後、この話が更新されている頃には恐らく新しいオリキャラ募集の活動報告欄が上がっているはずです。
 そちらも興味がありましたら、ぜひ気軽に提案していただけたら嬉しい限りです。


 では、この辺りで筆を休めます。感想や活動報告の方もお待ちしています。


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第8話 集結

 どうも、巻波です。何か筆が乗ったので普段よりか早目に投稿出来ました。同じ月に三話も出したのって実は巻波史上初の快挙だったり……。

 今回はようやく分岐点のお話です。前回と同様、かなりゴタゴタしていますし、展開が急ですが最後まで読んでいただけると幸いです。

 では、また後書きにてお会いしましょう。


 十条姫和と衛藤可奈美が原宿へ逃走している頃、奈良県の某所にて――。

 いつもと変わらず、竹林の中で玲が正座をし目を閉じて気を静めていた。そして一陣の風が吹くと目を見開き、腰に佩いていた御刀を横一文字に抜いては振りかぶり袈裟を斬る。

 シンプルな型だがそれ故に迷いが一つでもあるとその太刀筋がすぐに乱れてしまう。今の彼女の一閃は迷いがない様に見えた。

「腕は鈍ってない様だね」

 どこからか声がした。玲は声がした方へ体を動かし、切っ先を目の前にいた人物へと向ける。

「おっと、私は見ての通り平城学館のものだよ」

 黒髪の様に見える青く長い髪の少女は両手を掲げ戦意や敵意がない事を示した。しかし、掴みどころがない話し方や意図が読み取りづらい細い目が相まってどこか胡散臭くも見える。

「……何者だ?」

 玲は警戒心を緩めずに口を開く。その目は鋭い。

「私は佐倉(さくら)満月(みつき)。さっきも言ったけど平城学館の者だよ……まぁ、君よりか学年は上だけど」

 そんな玲に臆せず佐倉満月と名乗った少女。その隣には小さな銀狼がいた。主人が切っ先を向けられ斬られるかもしれないというのに威嚇する気配がない。

「……先輩が何の用でここに?」

 この一人と一匹の様子に警戒するのも馬鹿らしく感じ、玲は納刀して立ち上がる。

「私は学長に伝言を頼まれてね……玄尚院玲さん、学長がお呼びだよ」

「学長が……?」

 

 久し振りに制服に身を包んだ玲はもう半年近くも通っていない母校へ足を踏み入れ、そのまま学長室へと向かう。

 しかし、行く道先々の周囲の好奇が彼女に集中していた。それもそのはず、玲は学内では次の世代を担う実力の持ち主として半年前まではその名を轟かせていたのだ。

 それがいきなり消えては今頃に姿を現したのだから、人々の好奇が集まるのは当然とも言える。

 だが、玲はその周囲の目を気にせず、学長室へ真っすぐに足を運んだ。

「失礼します」

 ノックをして入室許可が下りると玲は学長室へと入った。その視線の先には相変わらず着物姿でいるいろはがいた。

「昨日ぶりやねぇ、玄尚院さん」

「ええ、そうですね。それで私を呼んだ理由は?」

 仏頂面で本題を切り出す。自分を呼んだのにはそれ相応の理由があるのだろうと思っているからだ。

 相変わらず堅い玲の様子にいろはは少し苦笑いを浮かべた後、真剣な表情になり話をする。

「実はなぁ……平城学館(ウチ)の生徒が紫様に刃を向けて暗殺しようとしたんや。今、その子は美濃関の子に助けられて逃走しているんよ」

 この事実に玲は目を見開く。そして自分が呼ばれた理由を悟った。

「つまり私にその者達を追えと言うのですね?」

 その紫瞳は強い光を放っていた。しかし、鈍く暗い色をしている。

「そういう事やねぇ……玄尚院さんには酷やと思っとるけど……」

「いえ、全く。むしろ、それでも私がお役に立てるというのなら……」

 玲は右手で左の袖を強く握りしめた。もう二度と過ちを繰り返さない為に――。

 

 一方、その頃の鎌倉では――。

「失礼するわ」

 鎌府女学院の制服に身を包んだ少女が扉を開けて部屋に入る。彼女の入った部屋は二つのパイプ椅子が簡素な机を挟んで置かれているだけの殺風景な部屋だ。

 そして美濃関の制服を着ている少女が一人座っている。彼女に対面する様に空いている席に着いた。

「加守明……さんだね?」

 小脇に挟んでいた資料を取り出し、目の前にいる少女の名を確認する。

「……はい」

 明は怒りを押し殺しながら答えた。まだあの一件には納得が出来ていないからだ。

「私は水上紗夜。あなたの尋問の担当よ」

 紗夜は真剣な眼差しで明を見つめる。彼女が十条姫和が御前試合の決勝戦で行った行為に対して静かな怒りを燃やしているのは目に見えて分かった。

「……あなたがどう思っているのかは分からないけど、きっと十条さんにも何か事情があったと思うの。だから――」

「それは分かっています」

 明は静かながらも強い語気で紗夜の言葉を遮る。姫和には理由があるのは推測出来る。それでも刀使の力を殺人に用いろうとしたのが許せないのだ。

「……そっか。じゃあ、衛藤さんは何で彼女に付いて行ったかは分かる?」

 優しく問いかけられると明は無言になり、紗夜と目を合わせる。その瞳は先程とは違い悲しさや悔しさ、困惑が入り混じっていた。

「……分かったわ。あなたの処分については多分また私が伝える事になると思うの。それまではこの部屋で待ってて」

 紗夜は資料を回収すると席を立ち、そのまま部屋を出て行く。

「……かなちゃん……」

 一人残された明はこれ以上にないぐらい強い力で右拳を握っていた。

 

 一人取り残されてしまった千晶は鎌府の生徒から明や美炎達が捕まった事を聞かされていた。飛び出して行った年上二人が無事だったのは安心したが、今度は二人とももしかしたら刀使を辞めさせられるかもしれないという不安が心に広がる。

 ただ明の方は逃げる様な事はしたものの抵抗した訳ではない為、美炎と比べたら罪は軽くなりそうだと聞いていた。

「千晶ちゃんのお姉ちゃん……会えるかな……」

 肩にかかるぐらいのショートヘア―の少女――涼風(すずかぜ)美琴(みこと)が少し不安そうに言う。

「……ん」

 その隣を歩く長い髪を三つ編みにし眼鏡をかけている少女――氷秧(ひおう)重結(かさね)は読書しながら返答していた。

「重結ちゃん、読書しながら歩くと危ないよ?」

「ん……」

 注意されても重結は止めようとしない。幸い、人の通りが少ない為に人とぶつかる事はないが、前を見ていないは周りからすれば不安でしかない。

 そんな二人の少女と千晶は行動を共にしている。せめて姉にだけは会いたいと思い探していたのだが道に迷ってしまったのだ。

 そして道が分からず困っていたところをこの二人と出会い、案内してもらっている最中だ。

「重結ちゃん、本当に読書が好きなんだね……」

 ブレない重結に千晶は感心していた。

「ん……」

 先程から同じ返答の仕方を繰り返す重結。表情も変わらない為、その意図は読み取りづらい。

「そうなんだよね。重結ちゃん、いっつもこんな感じでどこでも本を読んでいるんだよ」

 美琴は少し呆れていた。読書が好きなのは分かるが、流石に歩いている時ぐらいは止めて欲しいと思っているからだ。

 

 しばらくして千晶と美琴の視線の先に二人の人影が見えた。しかし、彼女達が近くにまで行くと一人は立ち去ってしまった。

「紗夜先輩、上条先輩と何話していたんですか?」

 残っていた少女に美琴が声をかける。

「あ、美琴ちゃんに重結ちゃん……とその子は……」

 紗夜は千晶を見て、先程自分が尋問していた少女と似ていると感じていた。

「加守千晶です。美濃関中等部一年で……姉が……」

「もしかして、加守明さんの事?」

 千晶は少し驚く。まだ自分が姉の事を話していないのに彼女が姉の事を分かっていたからだ。

「えっ、あっ、はい」

「さっきまで彼女の尋問を担当していて……もらった資料からね……」

 紗夜は先程目を通していた資料を思い出す。その中に千晶もまた刀使をやっている事が書かれてあった。そして名前を聞いた時に恐らく彼女が明の妹だと推測したのである。

「じゃあ、紗夜先輩。今から千晶ちゃんのお姉ちゃんに会いに行ってもいいですか?」

 美琴は紗夜が明の担当だと知ると早速是非を訊ねた。しかし、紗夜は首を横に振る。

「えー!? 何でですかー?」

「まだ彼女の処遇は決まっていないし、私が決められる事じゃないの……ごめんね」

 紗夜は視線を千晶に合わせて申し訳なさそうにして言った。千晶は特に残念がる様子もなくその事を受け止める。

「……そんな、事より、美琴……」

 唐突に重結が口を開く。本は開いたままだが、可能な限り目を合わせようとした。

「え? 何?」

「……学長の、事……」

「あ、そうだ! 私達、紗夜先輩に伝えなきゃいけない事があったんだ!」

「えっと、学長がどうしたの?」

 紗夜は少し不審に思う。あまり自分が呼ばれる事はない為、このタイミングで呼ばれるという事は何かしら重大な事があるのだろう。……気はあまり進まないが。

「学長が至急学長室に来いって……」

「……はぁ、分かったわ。伝えてくれてありがとう。それと明ちゃんがいる部屋はそのまま真っすぐに行って一番奥の部屋だから」

 その場を立ち去る間際、紗夜は千晶達に場所を教え、そのままの足で学長が待っている所へと向かった。

 また何かしらの問題を押し付けられるのだろうと頭を悩ませながら。

 

 学長室に入室すると紗夜を呼んだ人物がいた。その人物こそ鎌府女学院の学長――高津(たかつ)雪那(ゆきな)である。

 彼女は手腕こそ良けれど性格に難があり、大半の生徒達に敬遠されている。紗夜もまた高津学長を敬遠する生徒の一人だ。

「遅い! どこで油を売っていた!」

 高圧的な態度で紗夜に接する。しかし、紗夜も臆せず丁寧に言い返す。

「申し訳ありません、学長。呼ばれていた事に気づくのが遅く、それに伴って到着が遅れました」

「ふん、まあ良い。今回、お前にはある任務に就いてもらう」

「任務ですか……?」

 紗夜は訝しげに眉を顰める。学長直々に言い渡される事は珍しい訳ではないが、時期が時期だ。何かしらの事が大きい任務になる可能性は高い。

「そうだ。お前も紫様に仇なした逆賊の事は知っているな?」

「ええ、存じ上げていますが……」

「お前にはその逆賊を捕らえる部隊に就いて、そいつらを捕まえろ! 良いな!」

 この言葉に紗夜は少し前に明に言った事を思い出していた。

 “十条姫和には折神紫を討たなければいけない何かしらの事情がある”――その様な事を彼女に言った。つまり、これはその事情を聞く好機なのだ。そして、彼女が再度殺人を行おうとすれば自分が止める。

「分かりました。その任務、お引き受けします」

 強い決意の裏側に寡黙な白髪の少女の事を思い浮かべていた。この事をきっかけに彼女の力になれれば良いなと思いながら。

 

 二台のヘリコプターがヘリポートに降り立つ。そして美濃関、平城の学長がそれぞれ乗っていたヘリコプターから降りた。

 二人が他愛のない会話をしている中、いろはと共に乗っていた玲はやや遅れて降りる。後を追うと学長を出迎えに来た親衛隊の二人がやって来た。

 いろはは今では親衛隊第一席として活躍している教え子を労う。しかし、獅童はその言葉を流した。

 本来なら立ち話の一つもしたいところだろうが、事が事にだけあり余裕はない。

「……!? 玄尚院玲……!?」

 獅童はいろはの背後に隠れる様に立っていた玲に気付き酷く驚いた。

 またその隣にいる親衛隊第二席――此花(このはな)寿々花(すずか)も彼女に気付く。獅童の様には驚いてはいないが彼女がいる事は心外だった様だ。

「お久し振りです、獅童さん……」

 バツ悪く挨拶をする玲。去年、一緒に御前試合の出場していただけあって獅童にはそれなりに気をかけられていた。

 その事もあり、今こうして顔を見せるのは罪悪感がある。何せ、先輩の期待を背いてしまっただから平気な顔は出来ない。

「元気そうで良かった……それで何故、君がここに?」

 相も変わらない後輩の姿にひとまず安堵した獅童はここにいる理由を問う。

 その答えは玲の口ではなくいろはの口から聞こえた。

「それはねぇ……私が推薦したからなんよ。例の部隊のね」

「なるほど、そうだったんですね。では、後で僕の部下に案内させます」

「ほな、よろしくお願いな」

 いろはが言い終わると二人の学長は獅童達に連れられ本部室の方へ向かっていく。当然、玲も付いていくがその瞳は今日の天候と同じ様に鈍く暗かった。

 

 学長達の会合が終わった後、美濃関学院学長――羽島(はしま)江麻(えま)は捕らえられてしまった教え子達を解放しに施設内を歩き回っていた。

 変わらない人も変わってしまった人もいる。江麻は苛烈になってしまった後輩の事を思うと少し頭が痛くなった。

 いろはが言っていた様に昔の方がまだ可愛げがあったのは確かである。

 そんな憂鬱を抱えながら、ある人物がいる部屋の扉の前まで到着した。その人物が余程重要な人物ではない故になのか警備の者がいない。

 絵麻はノックして中の反応を確認する。聞き覚えのある声が返ってきたのを確認すると扉を開けた。

 中に入ると机に突っ伏して爆睡している明と彼女を起こそうとしている千晶の姿が。また違った意味で江麻は頭を悩ませる。

「こんな時にまで寝ているなんて……明さんらしいわね」

「学長……」

 千晶が今にも泣きそうな見つめる。きっと何度も起こそうと頑張っていたのだろう。彼女には酷く同情せざるを得ない。

「分かったわ。私が起こしてみる」

 と言って、江麻は近くまで歩み寄り明の体を強く揺さぶった。しかし、一向に起きる気配がない。

 その様子に江麻は昔学友にやった起こし方を実践しようかと思案した。だが、あの頃とは自分の立場が違うし、あまりやりたくない方法だ。

 ……と、迷っている内に問題児は目を覚ました。

「……あれ? 何で千晶や学長がいるんですか?」

 起きたばかりで状況を理解していない。さっき起こされていた事も知らないだろう。

「お姉ちゃんに会いに来たら、お姉ちゃん寝ているし……羽島学長が来たから起こそうとしても起きなかったんだよ」

 事を一番把握しているであろう千晶が説明する。明は間の抜けた笑顔で返した。

「ああ……ここで待っててって言われたけど、何もする事ないからお昼寝しちゃった」

 そんな事だろうと千晶と江麻は察していた。いつでもどこでも寝れる人間だと理解していたからだ。

「とりあえず、いつもと変わりがないようで良かったわ」

 何せ血相を変えて飛び出して行ったという報告が入っていたものだから、まだ頭に血が昇っているままだと思っていたのだ。しかし、彼女の呑気でマイペースなところを見て安堵する。

「いやぁ~それほどでも……」

「お姉ちゃんは少し罪悪感ってものを覚えた方が良いと思うよ」

 呑気に照れる姉とその姉の態度にツッコミを入れる妹。江麻はこの二人のやり取りにどこか懐かしさを覚える。

 ――昔、彼女達もこんな感じでやり取りしていたなと。

「それで羽島学長は何しにここに?」

「ああ、それはね……あなた達をある部隊に推薦する為に来たのよ」

 ようやく江麻が伝えたかった話題に切り換わった。二人も真剣に話を聞こうと耳を傾けている。

「十条さんと衛藤さんを追う部隊に美濃関から二名ほど推薦せよとお達しが来たの。それで私はあなた達を推薦しようと思ったのよ」

「それだったら、舞衣先輩や美炎先輩が適任ではないんですか?」

 当然の疑問を口にする。普通に考えれば、校内予選で上位を取った実力のある刀使に任せるのが妥当だろう。

 千晶こそ上位八位の中に入ったが、明は二回戦負けを喫している。実力で言えば、不安が残る人選だ。

「その事については柳瀬さんにも確認を取ったけど断られてしまったの……私よりも任せられる人がいるって事であなた達の名前が挙がったのよ」

 二人は納得した。どういった経緯で舞衣が断ったのかは知らないが、自分達が推薦されたのだからきっと彼女なりの考え方があるのだろう。

 そして彼女は自分達を信頼しているのだなと分かって、その事については詳しく聞く気にはなれかった。

「でも、みーちゃんは?」

 先程の話で挙がったのは舞衣だけで美炎については何も聞かされていない。少し不安になる。

「安桜さんについてはあなた達と別の部隊に配属する事になったの。親衛隊や警備の刀使に反抗した罪を帳消しにしてもらう代わりにね」

「え? みーちゃん、何かやったの?」

 明は美炎が親衛隊と一悶着起こしていた事をまだ知らないし、聞かされていてもいなかった。江麻は自分が受けた報告を簡潔に伝える。

 それを聞いて明は親友の身に何が起こっていたのかを理解した。そして彼女もまた大変な事に巻き込まれたなと呑気に考える。

「まあ、そういう事もあってあなた達二人を追跡隊へ推薦したいと思うの。どうかしら?」

 江麻は話が一段落したと思うと改めて二人の意思を確認する。

 すると、明の表情は一変し真剣な顔つきになった。拳を強く握りしめ、その瞳は強い光を放っている。

「私は十条さんやかなちゃん達を追いかけます。そして十条さんのやろうとしている事を止めたい」

 強くはっきりとした口調で自分の意思を伝える。その思いを確かに受け取った江麻は視線を千晶の方へ合わせる。

「私もお願いします」

「別に断っても良いのよ?」

「私は可奈美先輩や十条さんが何をしようとしているのか知りたいし、お姉ちゃんと同じく十条さんのやろうとしている事を止めたいんです」

 千晶もはっきりと言う。性格が似ていない姉妹だが、こういう意志の強さはそっくりだ。

 江麻は再び学生時代の事を思い出しながらも今の彼女達の思いを聞き入れると穏やかな声音で話す。

「そう、ありがとう二人共。じゃあ、集合場所を教えるわね……」

 江麻から集合場所を教えてもらうと二人はその場所へ向かう為に部屋を出て行った。

「あ、そういえば清国は?」

 千晶は姉の腰にない愛刀の事を訊く。明も制止を聞かずに飛び出してしまったのだから、流石に御刀を取り上げられている。

「あーー!! 取り上げられたままだったの忘れてたー!」

 すっかり忘れていて焦ったが、一瞬後には向こうに行って回収すればいいだろうと思った明だった。

 

 

 彼女達が向かったのは近くのとある研究棟。そこに部隊を招集した人物がいるという。

「会議室みたいなところに集合かと思いきや、全然違う場所に呼び出されたね」

 明は今向かっている先に対して正直な感想を述べる。向かっている場所が場所なだけあり、少し場違いな気がしないでもない。

「もしかしたら、可奈美先輩達を追う以外にも任務があるかもしれないね」

 千晶は推測を立てた。そう考えても不思議ではないといえば不思議ではないだろう。

 二人は他愛ない会話をしながら、目的の部屋へと到着した。カメラかセンサー類で彼女達を認識したのか、扉は自動で開く。

 部屋の中には機材がいくつかあり、奥の方にも扉が見える。そして、視線の先には先に着いていた紗夜と玲の姿があった。紗夜の手には明の御刀――同田貫清国が握られている。

「あ、やっぱりあなた達が来たのね」

 紗夜は明達に気づくと近くに歩み寄る。明達も扉の前から離れる様に彼女の近くに行く。

「えっと、何であなたが清国を……?」

「これは親衛隊の人から預かったの。候補としてあなたの名前が挙がっているから、もし来たら渡してくれって……」

 と言って紗夜は明に清国を手渡す。明は返してもらった清国の鞘にある“大切な物”が外れていないか確認すると手慣れた様子で帯刀した。

「そのお守りはあなたのお母さんからくれたものなの?」

 明の“大切なもの”に指を差す。明は頷くとその事情を話す。

「私が刀使になる時にお母さんがくれたものです……結構年季が入っていますけど……」

 明の言う通り、彼女が持っているお守りは随分と古びた印象を覚える。かなり前に買ったものだろう。

「そっか……良いお母さんだね!」

「いつも怒られてばっかりですけどね……」

「それはお姉ちゃんが怒らせる事ばっかりしているからだよ」

 妹の容赦のないツッコミに明は言い返せない。そんな二人をよそに紗夜は輪に入っていない人物に話しかける。

「そういえば、玄尚院さんはまだ二人の事知らないよね……?」

「……ええ、知りませんね」

 玲も輪に入り、二人と対面する。千晶は初対面だから全く見覚えのない人物だが、明は見知っていた。

「あ~っ! 去年の御前試合に出てた抜刀術の人だー!」

 先程までは少し分からなかったが、近くで見て改めて分かった。そして、明の様子に玲は少し居心地悪そうにする。

「……そうだな。去年、出ていた」

「ちなみに私も去年の御前試合に出ていたんだけど……覚えてもらえてないよね……」

 紗夜は苦笑いを浮かべた。いくら代表選手になれても知名度は低い。原因は同じ年に出ていた獅童、寿々花、玲などがあまりにも注目を集めてしまったからだ。

「……すみません、その時の私は自分の試合に集中していましたからあまり……」

「私もあまり覚えていないですね……あの時、獅童さんと此花さんの試合が結構盛り上がっていたのは覚えていますけど」

「そっか……そうだよね……まあ、そんな事も気にしても仕方ないか!」

 紗夜は両手を軽く叩き、その話題を締めくくる。そして玲に自己紹介をする様に促した。

 それを受けた玲は軽く咳払いをすると真剣な顔つきで言う。

「私は玄尚院玲、平城学館中等部二年に在籍している」

「私は加守明! よろしくね、あっちゃん!」

「あ、あっちゃん!?」

 いきなりあだ名で呼ばれた事に対して玲はかなり動揺する。

 ここ最近、学友達と顔を見合わせていない反動が原因だと思われる。また友人と呼べる親しい者が少ない為、ことさら珍しく思えたのだ。

「えっと、お姉ちゃんはすぐに他人の事をあだ名で呼ぶ人なんですよ……」

 千晶は助け船を出すかの様に口を開く。その顔には苦笑いを浮かべていた。

「……そうなのか……」

「そうなんだよ、あっちゃん」

「いや、何でお姉ちゃんが自慢げに言うのさ」

 何故か胸を張って堂々と肯定する明とそれにツッコミを入れる千晶。

 その様子に玲は明の言葉に困惑しながらも彼女達の仲は良いのだなと感じていた。

「あ、私は加守千晶って言います。お姉ちゃんの一つ下で中等部一年です」

 気を取り直して千晶が自己紹介をする。年下ながらも姉よりもしっかりとしている印象を覚える。

「ああ、よろしく頼む」

 硬い声音だが、少しでも親しみやすい様に出来るだけ柔らかく言った為か、先程よりもほんの少しだけ玲の声が優しくなる。

 しかし、表情はかなり硬く不愛想な顔つきのままだ。

「あっちゃん、そんな顔してちゃ怖がられるよ」

 明は容赦なく玲の頬を引っ張り、無理やり笑わそうとする。しかし、玲が激しく抵抗した為、すぐに中断させられた。

「笑った方が、あっちゃん可愛く見えるよ~」

「う、うるさい! 昔からこんな感じだったのだから仕方ないだろ……!」

 明と玲が言い合っている間に扉が開く音がした。全員の視線が入室した人間へと集中する。

「いやぁ~、ここは広いよな~。迷っちまったぜ」

 紺色のショートヘアーで長身な少女――藤川凪沙だ。しかし、その隣にいる少女は明達が御前試合前で共に戦った佐原すみれではなかった。

「アンタのおかげで助かったぜ。ありがとな!」

「いいえ、とんでもない! たまたま行く先が一緒だっただけで……それに美少女とご一緒出来るだけでもうそれだけで満足だし……」

 最後辺りは周囲の人間には聞き取れないぐらいの声の大きさになっていたが、その時の表情で玲は少女を危険人物だと判断した。

 そして紗夜はというと彼女が自分の学校の先輩だという事もあり、頭を抱えていた。

「それにしても、どんな面子が集まっているのかと思いきや……皆、顔見たことある奴ばっかだな」

 少女の事は大して気にせず、凪沙は招集されたメンバーの顔ぶれを見る。その中には最近顔を見ていなかった後輩の姿もあった。

「へ~、玄尚院。お前も呼ばれたのか?」

「ええ、まあ……」

「ま、お前ぐらいがいれば心強いし、頼りにしているぜ」

 凪沙は玲の細かい事情など構いなく彼女の実力そのものに信頼を置いている様だ。

 玲も不安は多少あるけれど変に気を遣われるよりかは気が楽だと思っていた。あまり過去の事は掘り起こしたくないし、新しい仲間にも妙な気遣いをされてしまっては息苦しい。

「ええ、ご期待に添える様に頑張ります」

「かてぇ~よ、その言い回し。せっかく一緒の部隊になったんだから、もっと気楽に行こうぜ」

「はぁ……」

 気楽に……生真面目に物事を考えてしまう玲にとっては当分難しい。しかし、少しでも新しい部隊に馴染める様に努力しようと思った。

 幸い、いきなりあだ名で呼んでくれた同級生や細かい事は気にしない先輩がいるのだから……。

「おっ、全員揃っているね……何か一人、報告された覚えのない人間がいるけれども」

 奥の扉から白衣を羽織った男性が出てきた。その後ろには少女が遅れて入ってくる。伍箇伝の制服には身を包んでおらず、親衛隊の様な茶色のブレザー姿だった。

「別件とはいえ、貴方に呼ばれたんですケド……」

「あ、そういう事か。それなら、少し待っていてくれ。先に済ませたい事があるから」

「は~い」

 少女の返答は軽かった。しかし、男は気に留める事なく話を続ける。

「それじゃあ、気を取り直して……君達に集まってもらったのは、他でもない十条姫和と衛藤可奈美の両名を捕まえる事だ」

 男は全員の顔をしっかりと見ながら、止まる事なく話し続ける。その場にいた全員は男の説明に真剣に耳を傾けていた。

「親衛隊だけでも十分かもしれないが、自由に動ける手はいくつかあった方が良い……そういう事で今回追撃部隊を作る事になった。僕の分野外なところが多いけどね」

 そういうと男は自嘲するかの様に笑う。見た目からして畑違いも良いところ。

「では、何故あなたがこの部隊を?」

 紗夜が口を開く。男も自分の事が場違いだと思っているのなら、なおさらだ。

「まあ、これはこれから僕個人でお願いする事もあってにご当主様に頼んだんだよ。あ、申し遅れて悪いね。僕は桜庭(さくらば)和宗(かずむね)、折神家の分家の者だよ……見ての通り研究職の者だけどね」

 桜庭和宗と名乗った男はにこやかに笑う。年齢を重ねている様に見える彼だが、笑うとかなり若々しく見える。

「なるほど……それで私達はあなたの研究のためにデータを取るみたいな事をするんですか?」

 聡明な紗夜はこれまでの話と和宗の事を考え、先の事を読んでいた。しかし、和宗は首を横に振る。

「話が早くて助かるけど、違うな……僕がお願いというか任務としてこれから言い渡す事はある組織の調査さ。最近、反折神派の組織が活発に動き出してね……」

「反折神派……? そんな人達がいるんですか?」

 明が訊ねる。その様な勢力がいる事に驚きはしているものの、ショックはあまり受けている様子はない。

「そうだね、世の中にもご当主様の事を酷く気に入らない人達もいるから反対勢力はあってもおかしくはない。しかし、その度を越している……つまりはテロ組織そのものだね」

「って事はアタイらがそのテロ組織をどうにかしろって事かよ?」

「そうではないよ。ただ僕らの周辺に矛を構えて包囲しようとしている人間達がいる。その人間達の牽制または捕縛を頼みたいんだ……これ以上、痛くもない腹を探られて疑われるのは快くないからね」

「……あなたが言いたい事は分かりました。ちなみにその組織の名前は分かっているのでしょうか?」

 対象の事情をより詳しく知りたいと思った玲は話を少し広げる。追うにしても、手掛かりがないのとあるのとでは大違いだ。

「その組織名は残念ながらさっぱりと……悪いね、ここまでは力になれなくて」

 和宗は申し訳なさそうな笑みで謝る。玲もそれ以上は何も追及はしなかった。

「話を切り換えて、君達に紹介しよう。僕の隣にいる子は清水(しみず)美咲希(みさき)、僕の秘書も担当してくれてる」

「紹介に預かりました清水美咲希です。今回、貴方達の部隊の上司にあたる者です。以後、お見知りおきを」

 隣にいる少女――清水美咲希は淡々と述べると丁寧に一礼した。その様子はまるで機械が人間の真似をしている様な無機質な所作に見える。

「それで君達の近くにいる子は富張(とばり)鳳蝶(あげは)って子で……本来は紫様の方の人間だけど、今回の件で君達をサポートしてもらう様に頼んだんだよ」

「という事でアタシ、富張鳳蝶が君達のサポートしちゃうゾ!」

 そう言って、富張鳳蝶は軽くおどけてウィンクした。美咲希とは全く正反対に明るく快活そうな印象だ。

「まあ、今日は君達との顔合わせの為に呼んだ訳じゃないけど、早目に合わせられて良かったかもね」

「そうですね! 早くもこんな美少女達を拝めて、アタシ幸せ!」

 己の欲望を口に出す鳳蝶。しかも、顔も変質者そのものになっているのだから、流石にその場にいた全員が引いていた。

「今のは聞かなかった事にして……とりあえず、君達にはこれから東京、原宿の方へ向かってもらうよ」

 その場の空気を断ち切る為に和宗が次の話を出す。変態も真剣な話だと分かった瞬間、恍惚とした笑みを消して真剣な顔つきになった。

 その豹変ぶりに周りは少し困惑するが、気にしない事にした。いや、気にしたら負けだ。

「どうやら彼女達は東京の方へ逃げたという噂程度の情報が流れていてね……確証はないけども行方が分かる情報はこれだけ……言いたい事は分かるよね?」

「つまり、原宿に向かって調査せよと仰るのですね」

 玲がその先を言う。和宗は頷いた。

「そういう事だよ。原宿には青砥館があるし、空振りに終わってしまう事になっても何かしらの情報は得られるかもしれないね。それじゃあ、頼んだよ」

 と、言って和宗はこの話題を切り上げては来た道へと戻っていく。美咲希は何も言わず彼の後を追っていく。

「あ、アタシの事は~!?」

 鳳蝶は呼ばれたのにも関わらず置いてけぼりにされそうになる。そして急いで彼らの背中を追う様に部屋から出て行った。

「……まあ、色々細けえ事はさっぱしだけど、これからよろしくな!」

 取り残された五人の中で一番最初に凪沙が口を開く。

「とりあえず、ここに残っているより原宿に向かいながら話していこっか」

 続いて、紗夜が動き出す様に促した。この場に居続けても何の得もない。

「そうですね。その方が良いと思います」

 千晶は同意し、他のメンバーも賛同した。そして追跡隊は確かではない情報の元に提示された目的へと歩み出した。

 ――この部隊が向かう先に彼女達の想像を超える困難が待ち受けている事など、今の彼女達には知る由もない。




 如何でしょうか? 可奈美達とは敵対するサイドながらも少し違った視点にこれからはなっていくのではないかと思います。

 話題を変えて、この場にて発表したい事があります。
 この話が更新される頃にはまだ追記していないかもしれませんが、折神家や親衛隊サイドのオリキャラを募集している活動報告にて、明達が所属する追跡隊のメンバーを追加募集します。
 詳しくは当該活動報告をご確認していただければ幸いです。また形式も変わってくると思いますから、ご提案する際はご注意を。

 では、追跡隊の現メンバーでまだ紹介していない最後の一人を紹介させていただきます。こちらのキャラクターはご提供されたものです。

玄尚院 玲(げんしょういん あきら)/中2/身長:161cm
在籍校:平城学館中等部2年/刀使
御刀:義元左文字
流派・構え:常に上段で構える。
容姿:黒髪紫目の少女。顔立ちが物凄く整っている。
性格:寡黙で融通が利かないことも多々あるが、彼女は彼女なりに皆と親交を深めようと努力はしている模様。また、甘い物が好きだったり、少女漫画を1冊だけとはいえ持っている(彼女曰くバイブル)など、少女らしい一面もある。

 改めまして、提供者様ありがとうございました。
 では、この辺りで筆を休めたいと思います。感想や活動報告の方もお待ちしています。


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追跡編
第9話 原宿へ


 皆さん、こんにちは。巻波です。今の時期はジューンブライドという事でとじともも例外なく(?)刀使達が素敵な花嫁姿になって登場しましたね。
 とにもかくにも皆、綺麗だし可愛いなと和んでいたら、月初めのイベントストーリーのタイトルとあらすじが……山城は盗みに働く人間ではありませんが、危険人物です。はい。
 といった感じで、六月入って初っ端から山城に腹筋を崩壊させられました。本当に山城って奴は……。

 ちなみに先月のレヴュースタァライトのコラボは99期生はひかり、双葉、純那、ばななを残す結果に……メインはミルヤさんとふっきーが当たりました。
 メインは高望みしていなかったので当たっただけでも良かったのですが、あのコラボ衣装を纏った寿々花さんのイラスト好きだったのでどうせなら当てたかったなと思っていたり、思っていなかったり。

 後、レヴュースタァライトとコラボしている時期にその作品の全話が一挙配信されていたので連休を利用して見て、早速絵を描くぐらいにはハマりました。
 また大バディ×大ヴァンガ祭&しろくろフェスに参加していた時に舞台版のレヴュースタァライトの衣装が展示されていたので、それもばっちりと目に焼き付けてきました。

 以上が近況報告です。クソ長い前書きで申し訳ありませんでした。
 では、また後書きの方にてお会いしましょう。


「え? 新しい部隊に配属されたからしばらくキヨマサを預かってくれって?」

 剣持は驚いていた。授業が終わり、自分の部屋に戻るといきなり後輩から電話がかかってきては事情を聞かされ、ペットの飼育を頼まれたからだ。

『すみません、ケンケン先輩~! 頼める人がケンケン先輩だけなんですよ~!』

 携帯電話の向こう側から後輩の情けない声が聞こえる。……元々、数日間だけ預かる予定がさらに長くなるという事になってしまったのだ。

 しかし、頼まれた事を断らない性分の剣持は断る理由が見つからないし、見つける気もない。

 ましてや、仲の良い後輩からの頼み事だ。余計、無下にする事など彼には出来ない。

「分かった。お前が帰っていくるまでは俺が預かる」

『ありがとうございます! じゃあ、キヨマサの事をよろしくお願いします!』

 後輩の声はとても明るくなる。その声を聞いて剣持は安堵した。そして一つ話題を切り出す。

「ああ、分かっている。……最後に一つ良いか?」

『何ですか?』

「……もし、衛藤に会ったら……帰りを待っていると伝えといてくれ」

 一瞬間、沈黙が生まれた。それは向こうも何かしらの思いがあるのだろう。わずかな時間だが答えが返ってくるまで少し長く感じられた。

『分かりました……かなちゃんに会ったら伝えます』

「……すまない、ありがとう」

『良いですよ、それぐらい。私も先輩にキヨマサの事を頼んでいますし……じゃあ、電話切りますね」

「ああ。気を付けろよ」

 そう言い切った後、電話が切れた事を知らせる電子音が鳴る。電子音を止めると勉強机の上にある飼育ケースに目を向けた。

 飼育ケースには黒光りしている体にオレンジ色の不思議な模様が描かれているカブトムシが元気に過ごしている。

「……お前、本当にただのカブトムシなのか……?」

 剣持の問いに返答する声はなかった。

 

 一方、明は電話を切ると追跡隊のメンバーに合流した。今、彼女達がいるのは鎌倉駅のホームでこれから原宿に向けて出立するところだ。

「お姉ちゃん、電話終わったの?」

「うん。ケンケン先輩、キヨマサの事まだ預かってくれるって」

「良かったね」

 電話で会話した事を伝える。だが、キヨマサがどの様なものか知らない玲達は頭に疑問符を浮かべていた。

「あ……キヨマサって言うのはお姉ちゃんが飼っているカブトムシの名前なんです」

 状況を察した千晶がすかさず説明する。玲や紗夜は納得するが、凪沙は顔を少し強張らせていた。

「どうしたんですか? そんな顔をして?」

 紗夜が凪沙の様子がどこか変だと気付き声をかける。

「……虫、苦手なんだよ」

 凪沙は恥ずかしがる事もなく正直に答えた。すると、周りは目を見開いて彼女の方へさらに視線を集中させる。

 人は誰でも苦手なものはあるけれど、凪沙の様な男性的な言動が多い少女が虫を苦手としているのは予想が付いていても驚く。それ程に意外な話なのだ。

「んだよ、その顔は?」

 流石に居心地が悪い為、凪沙は少し口調を強めに話して不機嫌だという事を伝える。

「ごめんなさい。少し意外だなって思っちゃって……」

 紗夜が真っ先に謝る。特別怒っていた訳ではないにしても相手に嫌な思いをさせてしまったのは確かだ。

 しかし、それを引きずる凪沙でもない為、すぐに彼女は明るい表情に戻る。

「別に問題ねえよ。ま、そりゃ意外だろうけどな」

 そう言っては活発な笑みを浮かべる凪沙。紗夜もその笑顔につられて微笑む。

「それにしても今時カブトムシなんか飼うヤツがいるとはな……お前、顔のわりには結構野生児だな」

 凪沙は話を切り換え、明に向かってかなり正直な意見を述べた。

 今時分、虫が苦手な同年代が多い。しかも、明は顔立ちが少しおっとりとしていて虫が得意そうに見えない。

 だが、活発な見た目をしている凪沙よりも虫を平気としているのだから驚くし、畏怖の念を少しばかりか覚えなくもない。

「そうですか? そんな気はしないけど……」

「野生児というより変人だと思いますよ。だって。あの黒くてカサカサ動く虫とか平気で素手で触っちゃうし……」

 千晶の口から明かされた衝撃の事実が凪沙達の背筋を凍らせる。

 あの口にする事すらおぞましい人類にとって永遠の敵である虫を触れる事自体、稀有だ。ましてや、素手で触れるのだから明という存在が如何程に恐ろしい人間か、それ以上は言うまい。

 とはいえ、この事実を平然と明かす千晶も千晶なのだが……彼女の場合はその姉の姿を間近で見ていた為か、慣れてしまったのだろう。

「え? ゴキブリ触ったって刺される訳でもないし、噛まれる訳でもないから平気でしょ?」

 明本人は何がおかしいのかが全く理解出来ず自分の意見を言う。彼女からすれば、ゴキブリもそれほど大した事ではない。

 むしろ、同じ人類の敵でも自分達が日夜相手にしている荒魂の方が人を殺せる分、質が悪い。そんな考え方をしているのだ。

「え、あ、いや、そうだけど……なんて言うか、すごいなって……」

 紗夜はとにかく言葉に困っていた。虫が平気な人間は見た事あるけれど、流石にゴキブリまで平気な人間は見た事ない。

 先程まで尋問していた相手とは思えないギャップに困惑を隠せない。

 そんな空気の中、東京へ向かう電車がやって来る。加守姉妹以外のメンバーの動きが若干ぎこちなかったのは言うまでもない。

 

 電車を乗り継ぎ二時間近くで原宿にやって来た一行。やはり、都内の中でも有名な地名なだけにそこを行き交う人の量も多い。

 鎌倉に学校がある紗夜はともかく岐阜や奈良の学校に通っている加守姉妹や凪沙、玲はその人の多さに目が少し慣れない。ましてや千晶は初めて来た為、一際驚いていた。

「いやぁ、いつ原宿行っても見慣れねえな」

「でも、鎌倉もそれなりに人が多いはずですけど?」

 ぼやく凪沙にツッコミを入れる紗夜。

 紗夜の言う通り、鎌倉もまた観光名所の一つなのだから人は多いし、今日に至っては御前試合という大きな催しもあったぐらいなのだからこの場にも負けてはいない。

 それでも場所が変われば、目が情報を追えない。しかも、慣れない人混みの中だ。それなりに疲労が溜まり、酔ってしまう。

「それで、この人混みの中で逃走者達を捜すのですか?」

 今まで沈黙を貫いていた玲が口を開く。噂程度の話だといえ、電車を使っていても日がある内には到着出来るのだから、ここに可奈美や姫和が逃げていてもおかしくはない。

 しかも、この人の量なら身を潜めながら行動するのには打ってつけの場所だ。捜す側の骨が折れる。

「ああ、そういう事になるな。支部の連中か警察に聞きに行って、情報を得てからだろうけど」

「それに泊まる宿を見つけないとね。明日はともかく今日はここに泊まる事は確定だと思うし……」

 最年長の凪沙と彼女に次いで年長に当たる紗夜の意見により今後の方針が決まった。

 

「結局、支部の連中も警察も駄目だったな……」 

「まだ噂段階でしかないのだから、仕方ないと思いますよ」

 何の成果を得られなかった事に対し嘆く凪沙。その言葉に対して、玲は冷静に現状を言葉にして返す。

「まあ、また明日捜せば良いじゃないですか!」

 と、明は呑気に言う。今のところ、足で稼ぐしかないのだからそうとしか言えないもあり、誰も彼女の意見には反発しなかった。

 だが、状況を理解しているのか分からない態度が故に生真面目な玲は少々眉を顰める。前向きなのは良い事だと思うがいささか能天気すぎるのではないかと。

「それにしても何で原宿に行ったじゃないかって話が流れたんだろう?」

 玲の思いをよそに千晶が疑問を口にする。噂程度でも行く方面がそれなりに明示されていた事には違和感を持っていた。

「確かに。まだそこまでの情報は流れる段階ではないと思う……」

 紗夜も千晶に言われ、その違和感に気付く。目撃証言があったのだろうが、いくら何でもここまで辿り着くとは予想出来ない。ただ鎌倉から脱出せねば、その内に親衛隊や自分達に捕まってしまうのだから遠方へ向かう心理は理解出来る。

 だが、あの急に飛び出した二人に当てがあるのだろうか……そんな疑問も浮かび上がる。

「ねえ、お姉ちゃん。可奈美先輩に何か当てがあるのか知っている?」

 明と可奈美の仲を知っている千晶が問いかける。明は言葉を発せず、首を横に振って答える。

「藤川先輩、十条姫和については何か知っていますか?」

 玲は半年間訳あって学校に通っていなかった為、同じ学校の生徒である十条姫和の事をあまり知らない。

「んあ? 玄尚院は知らねえのか……つってもアタイもアイツの事に関しては剣術の腕がアタイより上って事ぐらいしか分かんねえんだよな」

「そうなんですか。じゃあ、誰もあの二人の当てが分からないと……」

 玲の言葉には呻るしかない。どうにもこうにも情報が不足しすぎているという現状を認めざるを得ない。

「明日は青砥館にでも行くか……そうすりゃあ、何か分かんだろ。十条達の事とかテロ組織の事とか」

「でも、陽司さんとか陽菜先輩はその事知っているかな……? 十条さん達の事はともかくテロ組織については何も知らなさそう……」

 専攻科目は違えど同じ学校に通う先輩とその父親。他のメンバーよりも二人と付き合いがある紗夜は心当たりがありそうとは思えなかった。

 確かに刀使との交流が多い場所で得る情報も多そうではあるが、流石に今日起きたばかりの事件についてはそんなに情報は回っていないだろうし、ましてやテロ組織の話だなんて本当に噂程度で実情なぞ分からぬだろう。

「んいや、案外ああいう場所はテロの隠れ蓑になっているかもしれねえぜ? まあ、陽司さんのとこには良くしてもらっているから、そんな事なんて考えたくもねえけど」

 否定するかの様に凪沙は言う。けれど、彼女もまた人の情というものがあり、無闇に疑いたくない。

 それにまだ憶測の域での話だ。真実はその時に分かるだろう。

「……桜庭さんも青砥館に行けば、何か分かるかもって言っていた事だし、行ってみない事はないですね」

 紗夜は少し考えを整理した後、凪沙の提案した案に賛同する。他のメンバーも特に反対する事もなく明日の予定が成立した。

 

 ちなみに彼女達が今いるのは刀剣類管理局の支部。その中の一室を宛がわれ、話し合っていた。また今夜宿泊する場所でもある。

 民間の宿泊施設に泊まる事も検討したが、最年長である凪沙でさえまだ十六歳である為、仮に見つけても宿に泊まれない可能性がある。

 彼女達が公務員だからとしても、まだ投票権も得ていない年頃だ。子供扱いになる施設があってもおかしくない。

 それに支部の方にいれば何かしらの情報は得やすいし、いざとなったら協力も得られるだろう。

 それらが理由となり、追跡隊は支部に泊まる事となる。

 

 翌朝、お世話になった支部の職員と所属している刀使達に挨拶し街中に出る追跡隊。目指すは青砥館だ。

「あんまし離れるなよ。この人混みの中、はぐれちまったら見つけんの大変だからよ」

 凪沙の一言で千晶の表情が一層強張る。ただでさえ初めて訪れた場所だ。こんなところで迷子になったら、堪らないだろう。

 それに彼女には連絡手段というものが……自覚がしている故に千晶は何としてでも皆からはぐれない様にしようと心に決める。

 そんな妹の隣で姉は呑気は辺りを見回す。逃走者らしき人影は見当たらない。だが、いくつか美味しそうな飲食店が建ち並んでいる。

 任務ではなく休暇であれば寄っていたなと思いながら次々と目を移す。その様子に玲はやや怪訝に思っていた。

「おい、明。周りを見渡しすぎるのも良くないぞ」

「え?」

「逃走者達に気付かれたら、どうする? それに迷子になったら、元も子もないんだぞ?」

「かなちゃん達に気付かれたら大変だけど、迷子はなんとかなるって!」

 玲はため息をついた。そして頭を抱えた。まさかここまで呑気な人間だとは思わなかった。しかし、気を取り直す。

「だが、ほどほどにしとけよ」

 そう言って玲も前を歩く凪沙と紗夜を見失わない程度に逃走者達を捜す。やはり見つからない。噂は噂でしかなかったのかもしれないと早くに思う。

 だが、まだまだ日があるし、ここにまだ到着していないだけで実は向かって来ている可能性もある。

 もしその二人に出会ったら――先を考えると自然と左袖を強く握り締めていた。その下にあるのは過去への悔恨。もう二度と過ちは繰り返したくない。

「あっちゃん?」

 明の声で現実に呼び戻される。彼女は少し心配そうな顔をしている。

「大丈夫だ。少し昔の事を思い出していた」

「そっか。じゃっ、大丈夫だね」

 あっけらかんに笑う明。何が大丈夫なのかは分からないが、玲はその能天気さに救われた。やはり仲間に変な気を遣わせたくない。

 明からすれば玲が急に難しい顔になっていた為、何かあったのかと思ったが過去を思い出していただけなら別に何とも思わなかった。

 他人の過去を突っ込む事ほど、野暮なものはない。それは友人達を見てきて良く分かる話。さらに明自身も他人の過去にさして興味がない。だから、何も言わない。

 その二人の間にいる千晶は玲の様子に気付くも明と同様に言及はしなかった。しかし、姉とは違い、それでも玲が眉を顰めている様子を見て少し心配になる。

 上級生二人はというと後ろにいる下級生達が迷子にならないか気を配りながら、可奈美達を捜していた。

「やっぱり、この人の多さじゃあ見つけにくいな」

「帯刀しているからすぐ分かるかと思いましたけど、それなら目立つ物は真っ先に隠しますよね……」

 会話を交わしつつ先導して行く。通りの人の多さも相まって神経が疲れる。

 

 一行は慣れない環境の中で逃走者達を捜索していると急激に場の空気が変わった。人や動物と違えた声が響き渡る。

「このタイミングで荒魂かよ!? ツイてねえぜ!」

 凪沙は声がした方面へ顔を向ける。そこには無数の荒魂が出現していた。

「支部の刀使達が到着するまできっと時間がかかりますよ? どうします?」

 玲は既に柄を握り締め構えていた。明も千晶も臨戦態勢だ。

「どうするもこうするもやるしかねえだろ。水上、指揮任せて良いか?」

「ええ、大丈夫です」

 紗夜はそう言うと抜刀し、目に意識を集中する。すると彼女の目が青く輝き、その先のものまで見通そうしていた。

「まずは民間人の避難を最優先にします! 凪沙さん、玲ちゃんは荒魂を引き付けて! 明ちゃんと千晶ちゃんは避難誘導をお願い!」

「了解!」

 紗夜の指示通りに凪沙と玲が先陣を切って荒魂と戦い引き付けている間に、明と千晶はその場から逃げ切れていない人達を安全な場所まで誘導する。

 紗夜は全体を見ながら凪沙や玲の攻撃から抜け出してきた荒魂を斬り、民間人に被害が及ばない様に気を配る。

 数分後には明と千晶が戻ってくる。まだ完全に避難が出来た訳ではないが、追跡隊の面々がある程度動けるだけの余裕を確保した為、戦線に復帰したのだ。

「明ちゃんは前線で戦っている二人の背中を守って! 千晶ちゃんは三人が倒しきれなかった荒魂を!」

 二人は指示に従って動く。明は凪沙や玲のフォローをし、千晶は弱っている荒魂を確実に仕留める。

 紗夜も指示を出しながら軽快に動いては斬り、周りや先を見渡していく。

 彼女の目は明眼という能力により変質し、より遠くを見渡したり、暗い場所での探索などが出来る様になっている。それにより、様々な動きを見極める事が出来るのだ。

「……!? 荒魂がこっち側に増えて……!? いや、刀使もこっちにやって来る!」

 その目で遠くからやって来るもの達を見つける。まるでこちら側に刀使が誘導しているかの様に荒魂が押し寄せて来た。

「凪沙さん、玲ちゃん! 荒魂が増えます!! 明ちゃんも積極的に動いて!」

「っ!?」

「はあ!? マジかよ!」

 平城の二人は各々の反応を示し、明は無言でペースを上げる。紗夜もさらに動き回り、千晶も弱ってない荒魂を斬り祓う。

 さらに数が増えた事により負担は大きくなったが、それでも危なげなく討つ事が出来ているのは全員の実力が一定の水準より上で安定しているからだろう。

 恐らくこの中で一番弱いと思われる明も集中力やスタミナの持続力は他のメンバーには負けていない為、荒魂討伐においては比較的問題はない。

 誰より経験が浅い千晶も今年に入学したばかりとは思えない機敏な動きで次々と荒魂を倒していく。

「キエェェェェ、うおおおお!?」

 猿叫が中途半端に止まった。凪沙が目の前の荒魂を斬った瞬間、パーカーを着た短刀二刀流の刀使が襲い掛かって来たのだ。

 間一髪、その刀使が軌道修正をした事により事無き事を得た。しかし、短気な二人は気が立つ。

「てめえ、アタイを斬る気か!」

「はぁ!? そっちこそ、アタシの荒魂ちゃんを横取りするじゃねえよ!」

 睨み合う両者。事態に気付いた玲は止めに入ろうと思ったが、手が空かない。流石にこんな状況の中、刀使同士で争うのは不毛すぎる。

 しかし、玲が間に入る必要はなかった。向こうからまた刀使が一人やって来たからだ。

「何をやっている七之里呼吹! 今すぐ隊列に戻れ!」

 呼吹に声をかけた少女は凪沙に負けないぐらいに背が高く、銀髪のロングヘア―と日本人とは思えない端麗な目鼻立ちから、とても印象に残りやすい。

 尚、その少女が身を包んでいる制服は綾小路武芸学舎だ。呼吹とは違う学校の刀使である。

「木寅じゃねえか! 何でお前がここに!?」

 少女の顔を知っている凪沙は彼女の名前を呼ぶ。少女――木寅(きとら)ミルヤは凪沙の顔を見て驚く。

「藤川凪沙……あなたがどうして、ここに? いえ、そんな事より今は荒魂討伐が最優先ですね。ここをお任せてしてもよろしいでしょうか?」

「相変わらず話が早くて助かるぜ。もちろん、ここはアタイ達に任せとけって!」

 凪沙の言葉に何か違和感を覚えたミルヤだが、すぐに意味を理解した。

 彼女の周りに戦っている所属が別々な刀使達……今の自分が置かれている境遇に似ている。だからこそ、分かったのだ。

「では、よろしくお願いします。七之里呼吹、急いで戻るぞ!」

「はぁ、何でだよ? こんなにいっぱい荒魂ちゃんがいるところから離れなきゃいけねえんだよ。アタシは遊びたいの!」

「なら、隊に戻ったら今回の騒動の親玉を討伐しに行くと約束しましょう。それで手を打ってくれますか?」

「……チッ、それなら仕方ねえ。戻ってやるよ」

 この一連のやり取りを見て、凪沙は相変わらずミルヤの人心掌握が上手いなと感じていた。それ程にミルヤは人の扱いに長けている。

 程なくしてミルヤと呼吹は来た道を戻って行った。ただし、呼吹が追い込んだせいで荒魂がこっちに多量に残っているが。

 いらん置き土産を……と思いながら凪沙も自分の為す事に集中していく。とはいえ、対処出来ない程の数ではない為、荒魂は減っていく一方だ。

 それから少し時間が経過すると機動隊と管轄の刀使達が現場に到着した。機動隊の隊長らしき中年の男性が紗夜に声をかける。

「機動隊、ただいま到着しました! 後は任せてください!」

「分かりました! では、お願いします!」

 先程戦っていた荒魂達は機動隊に誘導され、より民間人から遠ざかって行った。また回収部隊も現場に到着した為、ノロの回収も心配なく行われた。

 管轄の刀使達との現場の引き継ぎも滞りなく済む。追跡隊がスムーズに連携して数を減らしたおかげで、その場に出現した荒魂達が討滅されるのも時間の問題だろう。ひとまずは一段落だ。

「これでアタイ達の仕事は終わりだな」

「そうですね。現場の引き継ぎは終わりましたし、ノロの回収の方も全部大丈夫そうです」

 凪沙と紗夜が落ち着いた事態に会話を交わす。既に能力を解いて御刀も鞘に納めている。

「やっぱり、あっちゃん凄いね! スパスパと荒魂を斬ってさ……」

「別に私なんかは……それより千晶の方が凄いだろ。お前、本当に中等部の一年生か?」

「いや中等部の一年生ですよ。私よりも玲先輩の方が……」

 一方の年少組は納刀すると先程の戦いについて互いの感想を述べていた。

 玲は褒められると照れ、その矛先を千晶に変えようとしたら返され再び照れる。素直に賞賛されると嬉しくないはずがない。

「おい、いつまでそこに突っ立ているつもりだよ? このまま青砥館に行くぞ!」

 凪沙の一声で明達は歩き出す。凪沙も紗夜も年少組がはぐれない様にしながら先頭を歩いて行く。

 非日常が終わりを告げるかの様に鎮圧完了の放送が流れ、少しずつ通りに喧噪が戻ってきて日常に切り替わった。

 

「だぁー! やっぱり見つかんねえな!」

 人の流れの切れ目を凝らして見るけれど、一向にそれらしき人物が見当たらない。流石に気が荒くなる。

「はぁ……どうやら噂は噂だったみたいですね。仕方ないと言えば仕方ないと思いますよ」

 紗夜は凪沙をなだめる様に言う。元々信憑性の低い情報、そこまで当てにしていても疲れるだけだ。

「なら、なおさら青砥館での情報が重要になってきますね」

 冷静に玲が事の状態を告げる。噂が空振りに終わったのだから、当然今向かっている場所でどれだけの情報が得られるか掛かっている。

「でも、案外私達と歩いているルートと違うだけでここにいるってものありそうだけですけど」

 明はあくまで前向きかつ諦めずに噂を信じる。人の縁という不思議なものが遠ざけているというのはあり得る話。

 そう考えると追跡隊としてはあまり良くない縁起だ。しかし、こればかりは人間の手ではどうしようもない。

「まっ、どれもこれも陽司さんのところでちったぁ分かんだろ」

 凪沙が総括する。とりあえずの目的地である青砥館まではもう少しだ。

 

 目の前に和風の建物が一つ。刀剣を扱っている店らしくショーウィンドウには鞘や鍔などの拵えが展示されていた。

 看板には「青砥館」という文字が……そう、目の前にある建物は彼女達が目指していた青砥館なのだ。

 初めて来店する加守姉妹はその装いに目を見開く。数多くの刀使や拵え師が憧れを抱く場所である青砥館が自分の目の前にあるのだから感銘を覚える。

 その様子に年長二人は苦笑いをしていた。しかし、紗夜はともかく凪沙も滅多に来られない為、気持ちは分かる。

 その中、玲だけはどうにも浮かない顔をしていた。去年、御前試合が終わった後に友人に無理やり連れられては色々と面倒を見てもらった。

 それには感謝しているし、また機会があればお願いしようと思っていた。気掛かりなのは……友人の事。出来れば触れられたくない。

「おい、玄尚院。何、気難しい顔してんだよ? 陽司さんはノリは軽いおじさんだけど、良い人だから変な事はしないぜ?」

「え? ああ、はい。そうですか……」

「そうだぜ、玲ちゃん。もうちっと笑わねえとその可愛い顔がもったないぜ」

 店前で話しているところ、扉から店主らしき男性が出てきた。それなり年を重ねている相貌だが、凪沙の言う通り陽気で軽い物腰で接してくる。

「私の名前を……?」

「そりゃあ、可愛いのにあんだけ無愛想な顔つきで話していたんだから覚えているさ」

「えっ? あっちゃん、ここ来た事あるの?」

 明は玲の方に振り向く。玲はその視線に少し居心地悪そうにしながら、問いに答える。

「ああ、去年な……」

「相変わらず表情が硬いなぁ……凪沙ちゃんも紗夜ちゃんも久し振りだなぁ、去年よりまた一段と可愛くなったねえ」

「お久し振りです、陽司さん。また世話になるぜ」

「陽司さんの方こそ相変わらず元気そうですね。陽菜先輩に怒られますよ?」

 過去に来た事のある凪沙と紗夜も挨拶を済ませる。彼女達が「陽司さん」と呼んでいる男性こそ、青砥館の店主である青砥(あおと)陽司(ようじ)だ。

 彼の愛娘が紗夜と同じ学校に通っており、紗夜の二年先輩に当たり研師として日夜修行している。

「まあ、少し空いてきた時間だから別に問題ないさ。それより、そこの美濃関のお二人さんは姉妹かい?」

「そうですね。私は加守千晶って言います。それで隣にいるのは私のお姉ちゃんです」

「加守明って言います。よろしくお願いします、ヨージさん」

 姉があだ名を付けず名前で呼んだ為、千晶や玲は驚いた。誰でも彼でも付けそうなイメージがあったが故になおさらだ。

「ははは、初対面からそう呼んでもらえるなんて嬉しいねえ!」

 二人の驚きをよそに陽司は嬉しそうに笑う。店先で談笑している声を聞きつけたのか、戸が開き看板娘が顔を出す。

「おとん! いつまで油売っているつもりなの! いくら人が空いてきたからって、そんなに余裕がある訳じゃないんだからね!」

「おおっと鬼がやって来たと思ったら、陽菜か。今戻るから……さっお嬢ちゃん達も中にお入り」

 陽司に促されて明達は青砥館へと入って行った。

 

 中は数多くの拵えが展示してあり、客である刀使の数もそれなりに多い。しかし、今年は事件が起きたせい故に人の出入りはこの時期にしては少ない。

 御前試合を見に来た刀使の大半がバスで強制的に自分の学校へと帰っただからだろう。それでも繁盛期である事は変わりなく多くの刀使が来店していた。

 その証拠に職人達や店員達の動きが忙しない。次から次へと御刀の受け渡しが為される。これでも落ち着いた方だと言うのだから、もっと混んできた時期を考えると想像もしたくなくなる。

「さて、お嬢さん方は御刀の面倒を見て欲しくて来たのか? それとも拵えの新調か?」

「御刀のメンテナンスで良いよな?」

 凪沙が全員に確認を取る。すると玲が口を開く。

「私は柄巻きの方も新調したいです。少し手元が……」

「そうかい、ならこの陽司さんに任せな。ちゃんと馴染む様に調整してやるから」

「ありがとうございます」

 全員、腰のアタッチメントから御刀を外し陽司に預ける。それを持って陽司は奥の作業場に持って行った。

「あれ? 明、千晶?」

 聞き慣れた声が加守姉妹の名前を呼ぶ。二人は声がした方に顔を向けるとそこには馴染みのある友人の姿があった。

「みーちゃん!?」

「美炎先輩!?」

「あ、やっぱり明と千晶だ! さっき陽司さんが手に持っていた御刀の中に清国と正国みたいなのがあったからさ、もしかしたらと思って……」

「へぇ~良く分かったね」

 素直に関心する明。流石は親友と言うべきだろう。千晶も自分の御刀の拵えを覚えていてもらっていた事には嬉しく思う。

「千晶のはちょっと不安だったけど、明のは鞘にお守りが付いているからね。それですぐに分かったんだよ」

「ああ、なるほど。ところで何でみーちゃんがここに?」

「それは……」

「それはここのお手伝いをしているからなのよ」

 美炎の背後から長船の制服を来た青い髪の少女が出てきた。明はその少女に見覚えがあった。

「あ、ちぃ姉さん!」

「あら? 私の事、知っていたの? 嬉しいわ」

 心外だった故にとても嬉しそうに微笑む少女。その大人びた笑みは確かに姉というものを感じさせる。

「お姉ちゃん、知っているの?」

「御前試合でみーちゃんに教えてもらったんだ。それよりも前に話には聞いていたけどね」

「そうだね。明にはちぃ姉の事話していたもんね。ちぃ姉、この二人は私の友達でこっちの大きいのが明で私とおんなじくらいの子が千晶っていうの」

「美炎ちゃんの幼馴染の瀬戸内(せとうち)智恵(ちえ)よ、よろしくね。姉妹というだけあって二人とも顔が似ているわね」

 智恵は加守姉妹と初対面ではあったが美炎からそれなりに聞いていた為、二人の顔を見てそれとなく分かった。

「瀬戸内? 瀬戸内がいんの?」

 近くの刀使達に聞き込みをしていた凪沙が気付き、こちらへと近づく。紗夜も話に付き合う為に明達のところへ寄る。

「あら? 凪沙さんも……えっと隣の子は?」

「初めまして、水上紗夜です。訳あって、凪沙さんと同じ部隊で活動しています」

 丁寧に紗夜が自己紹介をした。智恵も自分の事を伝える。

 だが、凪沙の隣に彼女の幼馴染がいない理由は聞かない。知っているからだ。だからこそ、迂闊に口が開けない。

「それで何で明達がここにいるの? 特務隊にしては所属がバラバラだと思うけど……?」

 美炎が直球にものを訊ねる。事情を知らない故に彼女の性格からして素直に訊いてしまうのは仕方のない事だろう。

「あー……それは……」

 言葉を濁す明。この事を率直に伝えて良いものか考えてしまう。

 世間的に姫和や可奈美は犯罪者だと言われているのだから、自分の任務を伝えても何の問題はないのかもしれない。 

 だが、やはり自分の友人を悪く言うのは快くない。それに可奈美はもちろん姫和も根っからの悪人には思えないし、何か事情があるが故の犯行だと思う為、どう伝えて良いのか分からない。

「十条姫和さんと衛藤可奈美さんを追っているんです。それで、お二人は心当たりがありま……すよね?」

 明が言い辛そうにしているところを見て紗夜が見かねて言う。二人と特に接点がない自分がこの事を伝えれば、誰も心に何かしらのものが残らずに済むと思っての事だ。

 それに智恵の名前には聞き覚えがある。事件当日に明とは別に捕まった刀使の名前だ。もう一人と一緒に親衛隊に抵抗したと言われている。

 またその時の供述の資料にも目に通してある為、彼女なら何か知り得ている情報があると考えての事だ。

「……ええ、そうね。でも、美炎ちゃんも私も詳しい事情は分からないわ。ね、美炎ちゃん」

「うん。ただ事件が起きて可奈美を追いかけて会った時、十条さんを捕まえさせないって言っていた……可奈美なりに何か考えがあると思うんです」

「みーちゃん、かなちゃんと会っていたんだ……」

 事件当日の事を改めて話す美炎。明はようやく当時の彼女の動きを知る。何せ、怒りで頭が一杯だったが故にそこまで気を配る事は出来なかった。

 もっとも美炎の方も明が可奈美に会っていた事は知らない。追いかけていた事は先を見ていたのだから知っているのだが、途中見失った為に実際に会えたかどうかまでは聞いていないのだ。

「えっと、明も可奈美には会ったの……?」

「その当日には……後は知らない」

 珍しく明の顔が浮かない。十条の事は許せないにしても可奈美の事は分からないのだから、考える事もある。それなりに深い付き合いをしてきた美炎にはそう見て取れた。

「明……今の私には可奈美を追う事が出来ない。可奈美の事が分かったら……明に任せるよ」

「みーちゃん?」

「明は可奈美が悪い事をしていたら、きっと止めてくれると思うから……だから、私は明に任せる」

 屈託のない美炎の笑顔に明もつられて笑みを零す。その裏には親友の為にも一刻も早く可奈美達に捜し出そうという思いを刻んで。

 

 明達が話に盛り上がっている最中、玲はその集まりから一歩引いて眺めていた。

 単純に話に入り辛い。明の知り合いなのだから、簡単に輪の中に入れてくれるだろう。しかし、気持ちが前へ進まない。

 人との付き合いをあまりしてこなった弊害なのかもしれない。そう嘆く玲に一声。

「あの……玄尚院さんですよね……?」

 背後から声がし、振り返ると同じ平城学館の制服を着ている黒髪のショートヘアーの少女がいつの間にか立っていた。

 流石の玲もこれには驚き小さく声を上げる。気配に気付かなかったからだ。

「その……人違いでしたら、ごめんなさい……!」

「いや、人違いではありません。すみません、気付かなくて」

「いいえ、私よく影薄いって言われるので……」

 諦めたかの様な表情を見せる少女。玲はその少女の顔を知っている。刀使なのに戦う事を嫌っている事で有名で半年前まで同じクラスにいた同級生。

「ええっと、もしかして六角(むすみ)さん?」

「そうです。よく覚えていてくれましたね。皆、私の事覚えていてくれない事が多いのに……」

 元来なのか分からないが影が薄いからなのだろう。現に玲が気配を感じ取れない程に消えていたのだから、人によっては覚えていてはいない可能性がある。

「ええ、まあ……半年前まで同じクラスでしたし、一応は……それよりも逆に私の事をよく覚えていましたね」

「それは玄尚院さんは私達の代では最も強いって言われていますし、去年御前試合にも出場したくらいだから覚えていますよ」

 やはり自分はそういう扱いを今でも受けていたのかと苦笑いをする玲。半年もいなくなれば、少しは薄くなると思っていたが未だに色濃い。

「あの……話変えるようで悪いんですけど、何で玄尚院さんがここに?」

「十条姫和と衛藤可奈美を捕まえるためです」

 率直に物事を伝える。出来るだけ過去を思い出さない様にしながら。

「そう、なんですか……玄尚院さんも大変な任務を任されたんですね……」

「六角さんも何か任務でここに……?」

「はい。赤羽刀を調査する部隊に編入されて……はぁ、怖くないお仕事だと思ったのに……」

 玲は彼女の暗い表情から彼女なりに苦労しているのだなと感じる。多分、先程の荒魂の騒動に居合わせてしまったのだろう。でなければ、そんな事を口にしないと思われる。

「……そうですか。荒魂に遭遇すると大変だと思いますが、お互い頑張りましょう」

 彼女なりの励まし方で六角(むすみ)清香(きよか)を励まそうとする。清香も玲が気を遣っているのが分かるから、困った様な笑みを浮かべながらも感謝を口にする。

 一方、玲は同級生と未だにどう接して良いのか分からず、感謝の意を仏頂面で受け止めるしかなかった。




 今回は謎が増える回になったかと思います、恐らく。でも、ちょっとは明達の身辺が分かったのかなという気もしますけどね。

 次回はもし入れたら山狩り編まで進めると思います。そろそろ舞草編で募集したキャラも動き出すかも……?

 後、お気付きになった方はいらっしゃるかと思いますが、今回から章タイトルを付けさせていただきました。
 雰囲気的に付けた方が良いなという漠然とした理由ですが、今後もこんな感じで付けていくと思います。

 では、この辺りで筆を休めたいと思います。
 舞草編も後一人ぐらいしか枠が残っていませんので案がある方はお早目に。また折神家側の募集も近い内に締め切ろうと思います。
 感想の方もお待ちしています。


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10話 動き出し、交わる影達

 皆さん、長らくお待たせしました。巻波です。

 随分と前にですが、遂に岩倉さんがとじともに参戦しましたね。しかも、プレアブルキャラとして参戦しましたね……岩倉オタク達の圧、恐るべし()。
 また先月はゆゆゆコラボ第二弾目が来ましたね。復刻ガチャに前回のストーリーも見れるので前回参戦できなかったユーザーにとって嬉しいコラボ。
 私もボチボチ石集めて新規コラボガチャを引いたら、これまた新規コラボのみほっちを当てました。やったね!


 とまあ、前置きで少し話したかったのこれぐらいですね。では、後書きの方でお会いしましょう。


 同刻、別所にて動き出した者がいた。目的は折神紫の現在の体制を崩す事――いや、それは組織の目的であり、彼女達の目的ではない。

 彼女達の目的は可奈美と姫和の保護……というよりは追手を振り払う事だ。その為には何をすべきかと佐原すみれは部隊を率いれながら考える。

「隊長、真庭学長から次の命令が下りました」

 暗く長い若草色の髪を二つに結んだ少女が携帯を操作しながら伝令の内容を伝える。原宿に急行せよと。

「原宿ですか……滅多に行かないので楽しみですね」

「あの……ラーナさん、遊びに行く訳ではないですからね?」

「分かっていますよぉ」

 長船の制服を身に付けている少女二人が会話を交わす。彼女達は基本的に岡山を中心に中国・四国地方で活動している事が多い。

 だからこそ、関東に来る事自体珍しい上に余程の任務でない限り、東京に行く機会はないに等しいのだ。

「せっかくだから、楽しむ時間もあれば良いけどね……ねっ、礼堂さん」

「そうですね。私達も遠いと言えば遠いので、できれば楽しみたいですよね」

 と穏やかそうな笑顔を浮かべた少女はすみれと同じく平城学館の制服を着ていた。腰には二振りの御刀がマウントされている。

「さて、お喋りはここまでにして、命令通り急いで原宿に行くわよ」

 指揮を執るすみれの脳裏にはある人物の姿がチラついてた。任務とはいえ道を違えてしまったガサツで好戦的な幼馴染。

 例え、彼女と切っ先を向い合せ、激しくぶつかり合うとしても構わない。そう思わなければ、願いは叶わないのだから。

 

 一方、追跡隊は御刀の調子を見てもらった後、二手に分かれてミルヤや陽司と談笑していた。情報収集という本分がその裏に潜めながら。

「しかし、同田貫一派でまさか清国の御刀をお目にかかれるとは思いもしませんでした」

「あれ? 清国ってそんなに珍しい御刀なんですか? 同田貫って確か量産されて数が多い御刀って聞いていたから、そこまで珍しくないと思っていましたけど」

「清国は一代限りで終わっている刀工です。なので必然的に他の同田貫の刀工達と比べて数が少なく、打った刀の本数自体もそんなにありません」

「ほへぇ~、そうなんだぁ~」

 ミルヤの講義に明や千晶と玲、美炎と清香が耳を傾ける。特に明は聞いている内容が自分の御刀の事だから、疑問を投げかけたり、相槌を打って大きく反応を示したりした。

「それに清国が作刀した多くは“同田貫”と銘を切らず、“肥州住(ひしゅうずみ)藤原(ふじわらの)清国(きよくに)”と銘を切っています」

「……という事は厳密には“同田貫清国”という御刀はないと?」

 玲も口を開く。自分の御刀の事ではないにしろ、かなり興味深い話をしている。好奇心が止まらない。

 その質問を受けてミルヤは肯定するが、「ですが」と言って続ける。

「それでも“同田貫清国”と呼んでも便宜上は差し支えないでしょう。清国もまた同田貫一派の刀工ですから」

「じゃあ、いつ通り清国って呼んでも……って、私いつも清国の事、清国って呼んでたね」

 持ち主がそう言うと玲以外は笑った。明は後頭部に手を回して掻いて、少し苦笑いを浮かべる。

「自分が呼びやすい形でいいと思います」

 ミルヤはそう言った後、思い当たる事があったのか、少し考え込む様な表情になる。

「あの……どうしたんですか……?」

 清香が少し細い声で尋ねる。他のメンバーもミルヤの表情に困惑していたり、頭に疑問符を浮かべたりしていた。

「いえ、少し思った事がありまして……加守明、加守千晶の両名がよろしければ、お話ししようと思いますが……」

 ミルヤは遠慮気味に二人の事を見る。彼女ならではの行き着いてしまった考えがあるのだろう。

 明も千晶も特段気にせず、それぞれ肯定の言葉を吐く。「では」とミルヤは真剣な声音で話を切り出した。

「お二人はご存知かどうかは分かりませんが、正国と清国は血の繋がった兄弟です」

 二人はコクリと頷く。その様子にミルヤはまだ話を続けても大丈夫だと感じ、続ける。

「あなた方も血の繋がった姉妹と聞き及んでいます。しかも、加守明が清国を、加守千晶が正国を……考えすぎかもしれませんが、随分とできた偶然だと思います」

「ああ、そういえば、そうだ」

 明は感嘆な声を上げた。姉である自分が兄が打った刀に選ばれ、妹の千晶は弟が鍛えた刀に選ばれている。随分と不思議な偶然だと思う。

 しかし、千晶はそう呑気に考えられなかった。先程の清国の話……いや、それだけはなく脳裏にチラつくものがあり、それらを総括するとミルヤが言わんとしている事が分かってしまったからだ。

「……加守千晶は分かってしまったようですね」

「はい……つまり、これから先の運命を示しているかもしれないって事ですよね?」

「その通りです。もう既にそれらしい事は起きているかもしれませんが」

 ミルヤと千晶の会話で玲と美炎は察してしまった。確かにそれらしい事は起きている――それは剣術の腕前。

 玲はどちらかが強いかは分からないが、千晶の太刀筋が明らかに一年生のものではない感じていた。

 美炎に至っては二人の実力を熟知している。だからこそ、ミルヤの推測は当たっていると思ったのだ。

「ほえ~……ミルミル先輩、すごいなぁ~。結構当たっているかも……」

 当事者の一人は泰然とその推測を受け止めた。思い当たる節はいくつかある。

 だけど、それらを重く受け入れても仕方がない。それだけ、彼女はものを悲観的に考えられないのだ。

 明の反応にミルヤと清香以外は通常通りだと思う。むしろ、これぐらい平然としてくれなければ彼女ではないだろう。

 付き合いが短い玲でさえ、そう思えた。何せ、ここに来るまでに能天気な調子で話していたのだから、そう思わざるを得ない。

「そうですか」

 明の様子を見て自分の心配が杞憂だと思ったミルヤ。安堵の笑みを浮かべた。

 一方、清香はその手の話を聞いて不安にもならない明の精神力を不思議に思った。どうして、そこまで平然と受け止められるのだろう。自分ならば、不安となるかもしれないが、彼女は微塵も動揺していない。

 その事がただ不思議で仕方なかった。いや、不気味に思えたのかもしれない。

 

 話が区切られると隣で陽司や智恵との談笑をしていた凪沙と紗夜が声をかけてきた。

 もう出立するという事で明達は別れの言葉と礼を言い、先に出た凪沙達の後を追いかける様に店を出た。

「うお、雨が降っていやがる。ツイてないぜ」

 外はいつの間にか曇天になり、雨が降っていた。あいにく雨具を持っていない追跡隊は店先の軒下を移動しながら、捜索を再開。

 けれど、道中で激しく動いた事もあり、全員は空腹を覚えていた。この悪天候の中、強行しても意味がないと判断し、一行は休憩がてら少し古びた喫茶店に入る。

 

 喫茶店内は客がおらず、寂れていた。マスターと思わしき中年の男性が新聞を読んでいて、来客に気付くと彼女達を空いている席に案内する。

 追跡隊は大人数用の席に案内され、席に着きそれぞれ注文する。事を終え、マスターが厨房へ姿を消すと配膳されたお冷を口にしながら、青砥館で得た情報を整理する。

「そっちは木寅の刀剣談義で盛り上がって、大した情報はないと……」

「ええ、木寅さんからは何もありませんでしたね……すみません」

「いや、別にいいって! 赤羽刀を調査する部隊にいるって言っていたし、流石にテロ組織の事とか分かんねえだろ」

 凪沙は申し訳なさそうにしている後輩を慰める。元々、ミルヤから何か情報を得られるとは思っていなかったから、特段気にはしていない。赤羽刀を調査する任務については興味があるが……。

「それで、紗夜先輩達はどうだったんですか?」

 千晶は話を紗夜達に振る。すると、彼女達の表情が少し険しくなった――これは何かあったのかもしれないと年少組は察する。

 紗夜は周囲に誰もいない事を確認してから、声のボリュームを落とし「これはあくまで推測だけど……」と話し始めた。

「青砥館はテロ組織と繋がっていると思うの」

 その一言に明達は息を呑む。まさか、あの気の良い陽司が関わっているとは思えないし、凪沙の勘が的中するとは思っていなかったからだ。

「ちょいとその手の話を振ったらよ……ほんの少しだけ、表情が変化してたんだ」

 凪沙の言葉に紗夜は肯定する。彼女達は刀使と同時に対人を意識した剣術を体得している剣客でもある。

 些細な変化に敏感ではなければ生き残れない剣士としての本能が、わずかな表情の変化を見逃さなかったのだ。

「何か勘付かれてはマズイという感じの表情だった……けど、すぐにいつも通りになったわ」

「なるほど……あれ? でも、隣にはちぃ姉さんいましたよね? ちぃ姉さんの方はどうだったんですか?」

 明が訊ねる。陽司だけでなく智恵もまたその手の話を聞いていたはずだ。ならば、彼女の表情の変化をこの二人が見逃す訳がない。

 すると、凪沙は後頭部を掻きむしる。恐らく、彼女が困った時に出る癖なのだろう。その証拠にその表情は困惑を浮かべている。

「あ~……瀬戸内も黒だと思う。陽司さんと同じ様な……いや、少し睨まれた気がする……」

「……私も瀬戸内さんは黒だと思う」

 紗夜は記憶を呼び起こしながら言う。部隊に編入する前に見た事件の資料……そして、二手に分かれる前に話した時の彼女の表情や言葉。これらから、智恵がテロ組織に関与している可能性が高いと予測したのだ。

 そして智恵はこの事件の詳しい内情を知っているはず。ひいては主犯である姫和の身辺もあの中で一番知っているだろう。

 何にせよ、彼女が一番組織に近い存在なのは違いないと紗夜を見当を付けるのであった。

 

 凪沙もまたある可能性を考えていた。それは幼馴染である佐原すみれがテロ組織に関与しているのではないかという事。

 彼女は凪沙と一緒に智恵と会った事があるし、幼馴染である事も話した。刀使である以上、常に一緒であるという訳ではないが、仲が良い人間が傍にいない事を質問しなくとも気にしないはずがない。

 考えすぎだと思うが、そんな予感がしてしまう。普段考え事をしない分、少し神経質になっただけだと思い、凪沙は思考の海から脱する。

 

 それからマスターが注文した料理を運んできて、テーブルの上に並べられると各自手を付けて口に運んだ。

 パスタやカレーなどの昼食からケーキやパフェ類のデザートまで様々な食べ物に舌鼓打ちながら、彼女達は談笑する。

「あっちゃん、甘いものばっかりだね?」

「うっ、うるさい! そういうのが好きで何が悪い!」

「悪いって言っていないよ。ただあっちゃんもそういうところ、あったんだなって思っただけだよ」

「お前は私を何だと思っていたんだ……」

 心底玲は衝撃を受けていた。そこまで私は堅い人間だと思われていたのかと。ただ明の事だから、特に深い考えはないのかもしれない。

「お前ら、食いすぎるなよ?」

「分かっています。あっ、お姉ちゃん、それ食べていい?」

「良いよ~」

「私のも……た、食べて良い……ぞ?」

 釘は刺したは良いものの年少組は色々と注文したものを交換し合っている。それを見て年長組は微笑ましいなと思っていた。

「アタイ達も何か交換するか?」

「交換しようにも凪咲さんはもう食べ終わっているじゃないですか」

 紗夜に指摘された通り、凪沙の前にある皿は何もない。その事に関して、凪沙は笑ってごまかす。

「まぁまぁ、同じ部隊の好なんだし、一つぐらいくれよ」

「食べすぎるなって言ったの、誰でしたっけ?」

 その一言で多分、紗夜にも頭が上がらなくなるなと薄々感じる凪咲であった。

 

 道中、追跡隊は雨に打たれるもの厭わず急いでいた。全員の食事が済んだ後、荒魂の出現を知らせる伝令が入ったからだ。場所もそう遠くはない。

 そんな彼女達の目の前には人影が立っていた。雨天の中では確認しづらい為、ただ単に見間違いの可能性がある。

 先頭を走っていた凪沙はそう思った瞬間、チラリと銀色が光って見えた。隊員達に指示を出して、足を止める。

 自分も柄に手をかけ、その人影へと歩み寄る。すると五つの影が立ちふさがるように各々の得物を抜き放ち、写シと思われるものの仄かな光に包まれていた。

「おい! お前ら、何もんだ?! アタイら、急いでいるんだよ!」

 影は答えない。よくよく見ると五人とも黒いフードを被っていて顔がよく見えない上にその場から動こうとする気配もない。

「……どうやら、向こうはその気ですね」

 玲はもう既に抜刀し、写シを張っている。その眼光は鋭い。

 紗夜や千晶も柄は握っている状態だ。明はまだ戦闘態勢に入っていないが、強引に突破するのも致し方なしと意味を込めて凪沙に視線を送っている。

「チッ、仕方ねえな。強行突破だ!」

 その号令に合わせて抜いていないメンバーはそれぞれの愛刀を鞘から抜いて、写シを張る。

 向こうも各々動き出し、それに合わせて追跡隊も動き出した。

 初太刀を入れたのは凪沙、しかし、その太刀はものの見事に受け止められた。彼女は補欠とはいえ、御前試合の代表選手の一人。実力は低い訳がない。

 しかし、それでも凪沙の一閃を受け止めたという事は実力は同等、それ以上と考えて良いだろう。

「へっ! やるじゃねえか!」

 先を急いでいると言っていたわりにはどこか楽しそうな表情を浮かべる凪沙。勝負となれば心が躍る。ただし、今回は雌雄を決するのが目的ではない。

「……っ!? こいつら、強い!」

 玲は活路を開く為に前へと出て相手を翻弄しようとするが、他の黒フードの刀使に追いつかれる。そして攻撃を義元左文字で受けた。

 重さはないが、鋭さはある。気を抜けば、斬られる。

 彼女の言葉の通り、明と千晶はそれぞれ対峙した相手に苦戦、自分の事で手一杯の様子だ。

「そう簡単には先に行かせてくれない……っか」

 そう言って紗夜は競り合っていた相手の腹に前蹴りを蹴り込む。相手は予想だにしていなかったのか、無防備なまま蹴られ後ろへ下がる。

 手応えはあったが、相手は写シを解除するほどダメージを負っていない。予想通りと言えば、予想通りだが。

 何故ならば、一瞬でも隙が作れれば良いのだから。間隙縫って紗夜は相手に迫り、一文字を走らせる。

 しかし、その刃は相手の身に届く事はなかった。明の相手をしていた二刀使いが目の前に現れて受け止めたからだ。

 マズイと感じた紗夜。向こうは立て直してしまった上、刹那的に二対一という状況が生み出されてしまった。

 迅移を使って逃れようとするが、間に合わないだろう。だが、もう一人が救援に来るという事はこちらにも救援が来るという事。

 二刀使いを追いかけていた明が襲いかかる。先程、紗夜の相手をしていた刀使がその一太刀を捌く。

「ありがとう、明ちゃん!」

 紗夜は素直に礼を言う。当の明は反応はするが、言葉を返せる程の余裕はなく何とか相手の攻撃を凌いでいるところ。

 だからと言って、紗夜もそのまま助けには入れない。目の前には二刀流の刀使がいるのだから。

 

 一方で凪沙は何本か打ち合わせて気付く。向こうの太刀筋は自分が知っている太刀筋だと。いや、知っているどころか一番重ね合わせた回数が多い太刀筋だ。

「お前……!」

 もう一度切っ先がぶつかる。相手は凪沙の太刀の速さに対して反応できている。しかも、その次の手も知っているかのように潰しにかかってきた。

 受け太刀をしっかりと決め、凪沙も返す。その繰り返しの中で彼女は名前を口にする。

「お前、すみれだろ!?」

 相手はその名前を呼ばれ、一瞬間だけ止まった。その間を見逃さず、凪沙は容赦なく一撃を浴びせる。写シは剥がれた。

「何で、こんな事しやがるんだ!」

 まだ切っ先を向ける。まさか、自分の幼馴染がこんな事をするとは思えない。半信半疑だ。

「…………」

 フードに隠されている目元は何を思って凪沙を見つめているだろうか。一瞬間だけ沈黙する。

「……撤退よ」

 耳元に手を当て連絡らしきものを受け取ると凪沙の目の前にいた少女は一言だけ呟く。彼女の命令に合わせて他のメンバーも迅移と八幡力を駆使して、少女の元へと集結し、その場から立ち去る。

「……何だって言うんだよ、てめぇは……」

 やるせない気持ちで凪沙はその先を見つめていた。

 

 その後、オペレーターにより荒魂が討伐された事を報告された。

 また現場に居合わせたらしい柳瀬舞衣から衛藤可奈美と十条姫和の両名を発見したとも連絡を受ける。しかし、荒魂討伐の混乱に乗じて見失ったとも言われた。

「ああ……今日は何て日だって言うんだよ……」

 昨夜泊まった支部に戻って来た追跡隊。雨の中、雨具一つも用意せず活動してしまったが故に全員の制服はずぶ濡れ。その為、全員ジャージを借りて着替えていた。

「ですね。衛藤可奈美達とは接触できなかったどころか謎の部隊に邪魔されましたし」

 玲は窓の外を眺めながら言葉を返す。ここまで縁がないのは追跡隊としてどうなのだろうか、命令とはいえこうも簡単に引き上げて良いのだろうかと思いながら。

「……しかも、腕の立つ連中だったな」

 凪沙はどこかぼんやりとした声音で言う。他の人間は知らないが、少なくとも自分と刃を重ね合わせた人物は分かる。様々な感情が渦巻く。

「ええ、勝てないという訳ではないですけど、相手にするのは苦しいと思った人はいました」

 二名程の刀使と刃を重ねた紗夜はその時の事を思い返す。最初に相手した刀使はそうでもなかったが、次に対峙した二刀使いは純粋な立ち合いのみでは厳しいと感じていた。

 あれは自分よりも経験を積んでいる刀使の可能性が高い。一応、紗夜自身は去年は御前試合の代表選手になった程の腕前はある。だから、特別弱いという事はない。

 けれど、勝つのが困難だと感じたという事は向こうの技量は極めて高いという事だ。今度切っ先を重ねる時になったら、純粋に立ち合う訳にはいかなくなる。

「……私もまだまだだな……」

 千晶は自分の掌を見つめて呟く。彼女が対決した相手は自分よりも一回りは大きい相手だった上に剣の冴えも尋常ではなかった。

 これまで校内予選にて数々の上級生を打ち破ってきたぐらいには千晶も実力はある。しかし、それよりも上だと感じてしまった。まるで遥かに高い壁を見ている気分だった。

「なぁに言ってんのさ~、千晶は十分強いよ~」

 慰めのつもりなのか明が能天気に声をかける。一番危うかった人物が一番危機感を持っていない。

「でも、あの人と戦えるって気がしなかった」

「ああ、そうだろうな。あれはかなりの手練れだっただろうし」

 玲は肯定する。別に千晶の実力を過小に評価している訳ではない。むしろ、あれだけの練度を誇る者を相手に負けなかったのだから、褒めるべきだろう。

「千晶よりも明、お前が一番心配だよ、私は」

 それよりも気にかけなければならない相手がいる。この中で最も弱いであろう人物に目を向けた。

「へ? 私?」

「はぁ……何でお前はそこまで自覚がないんだ……」

 明の能天気ぶりには呆れてしまう。よくこの部隊に配属できたなとも思う。しかし、逆にこれが彼女の強さかもしれない。

「次もなんとかなると思うよ、なんとか」

 その言葉に対してため息だけを返す玲だった。

 

 その後、今日の出来事を和宗に報告。引き続き、可奈美達の捜索と反折神派の牽制をするのかと思いきや、折神紫からの伝令で明日は命令があるまで待機せよと彼の口から告げられた。

 追跡隊は意図が読み取れず困惑するが受け止めた。そして、通信を切ると各々明日に備え休む事にした。

 

 夜――研究棟にて、和宗は追跡隊の報告を受け取った後、とある調査資料に目を通していた。

 それには青砥館が反折神派の組織と繋がっているという調査結果が記されている。日付は追跡隊が報告を行うよりもずっと前だ。

「やっぱり、あそこは黒だったね」

 誰かに話しかけるかの様な口調で独り話す。隣には美咲希がいるのだが、彼女はとても寡黙で必要最低限度にしか口を開かない為、話が続かない。

 しかし、彼は特に気にせず続ける。

「まっ、前もって調査していたから結果は知っていたけど、こうも分かりやすいとはね……それに長船もアウトっぽいし」

 前々から噂に聞いていた。長船の刀使達も反折神派に協力していると……これもまた調査済みだが。

「この様子だと平城学館は生徒個人で協力している奴が多いのかな? でも、あの学長の事だから中立の立場にいながら何かしでかしてくるかもなぁ……」

 過去の記憶を呼び起こす。自分の腹を探ってきたあの平城学館の刀使……丁度良いところに試したい試験品があったからそれで始末したが、その試験品も駄目にされた。今でも笑える話だ。

「それでもまさか柊の血を受け継ぐ者がね……それに美濃関の子の御刀は千鳥か……今年はあの災厄でも起こるのかね」

 それはそれで楽しみだと言わんばかりに和宗の口元は緩み、笑い声を漏らしていた。

「…………」

 美咲希は彼の楽しそうな姿に一切の興味を示さない。彼女が興味があるのはただ一つ、この世界の――。

 

 

 翌朝、追跡隊のメンバーは支部の武道場を借りて文字通り朝飯前の稽古に励んでいた。

 各々手にしているのは御刀。さらには写シを張っての立ち合いを行っている。

「はぁ!」

 玲が剣を振るう。受けるのは明だ。しかし、受けるという動作は一切せず、相討ち覚悟で明も一閃を走らせる。

 実力差が少なければ相討ちもあったかもしれないが、その差は歴然で玲の方が早く明を斬った。

「勝負ありってとこだな」

 端で見守っていた凪沙が口を開く。何故、亥の一番で誰かと立ち合うであろう彼女が見守る立場になったかというと、左隣のいる紗夜に止められてしまったからである。この手の人間には弱いのかと凪沙は薄々感じていた。

「やっぱり玲ちゃんが勝ちましたね」

「ですね。お姉ちゃんの実力だと難しいと思いました」

 紗夜の言葉に千晶が反応する。姉の実力で御前試合の代表まで登りつめた事のある玲に、打ち勝つ事はできないだろうと冷静に予想していた。

 だが、それは純粋な立ち合いでの話。刀使としての実戦になれば……予想が付かない。

「やあ~、あっちゃん強いね~」

 相変わらず気の抜けた声音で話す明。写シは玲に斬られた時に解除しており、生身の状態だ。

「……お前はもっと鍛錬しろ」

 玲は言葉が見つからず、つい厳しい口調で言葉を投げかける。しかし、その奥では疑念が渦巻く。

 今のは本気だっただろうが、何故かそうではない気がする。斬った時の手応えは確かにあったが、それだけでは完全に彼女を倒せた気がしない。

 剣士としての、刀使としての直感がそう知らせる。確実に何かありそうな、そんな予感が。

「あ~、まぁ~そうだね」

 当の明は厳しい調子で言われてもへこたれず、呑気なまま肯定する。鍛錬は特別サボっている訳ではない。

 真面目に鍛錬はこなしている方だが、玲どころか妹の千晶にボロ負けをしている程の実力。

 流石に妹にまで負けているのはどうかと思っているものの、今は負けを楽しむ時期なのだろうとすぐに切り換え、結局は深く根まで悩まない。

「さて、次はアタシと千晶だな!」

「はい! よろしくお願いします!」

 話が一段落したところで凪沙と千晶が中央へ歩み寄る。それと入れ替えに明と玲は隅に寄り、二人の立ち合いを見守る。

 こうして全員が総当たりして立ち合いを繰り返し、朝食の時間まで各々技量を確かめ合っていた。

 

 別所――すみれ達は宿で朝食を取りながら、今後の事を話し合っていた。

「……っで、ひとまずは恩田さんのところに行けたのね?」

 すみれは真向かいにいる暗い緑髪の少女――次元(つぐもと)(はる)()に訊ねる。基本、本部からの連絡は彼女が受け持っているからだ。

「はい、ただ場所もすぐにバレるかと……そんな気もします」

「そう、なら今夜辺りは周辺にいた方が良いわね」

 と、言いつつすみれはパンを一口食べる。香ばしいバターの味が口の中で広がった。

「それにしても昨日戦った折神家の部隊……実はそこまで強くないかもね」

 礼堂(れいどう)()(ふゆ)はスープを一口飲んだ後、昨日の事を振り返る。あの部隊との付き合いは長くなりそうだが、一戦交えた感じではそこまで警戒しなくとも良いのではと思っていた。もちろん、油断は禁物だが。

「そうですかね……私はそうも思わなかったですよ~、面白い子がいましたし」

 この部隊唯一の外国人、スヴェトラーナ・ソコロフはどこか楽しげな笑顔を浮かべていた。彼女と刃を重ねた相手はまだまだ伸びしろがあるだろう。今度また立ち合う事になれば、かなり楽しみだ。

「ラーナさん、一応敵ですよ。任務忘れないでくださいね?」

 そうたしなめるのは部隊最年少の皆藤(かいどう)(えち)()。中学一年生にして、それなりの腕が立つという事で推薦されて参入した。

「ふふ、分かっていますよ~。越後は真面目なんですから~」

「真面目って……私はラーナさんが暴走しないか心配なだけですよ」

「暴走なんてしませんよ~、熱くなる事はありますけど」

「だから、それが暴走なんですって」

 年少二人が微笑ましく会話を交わしている中、高等部組も高等部組で話し合う。

「隊長は大丈夫なんですか?」

「次元さん、何が?」

「向こうの部隊の部隊長さんの事……」

 春音はじっとすみれを見つめる。すみれは何事もなく水を口に付けた後に話す。

「大丈夫よ、心配はいらないわ。お互い、任務でこうなったもの……仕方ないわ」

「隊長、灰色ですよ」

「?」

 すみれは首を傾げた。春音はたまに色を使って意見を言う。しかし、どうにも話が掴めない事が多い。

「灰色って、心が曇天って捉えていいのかな?」

 美冬が自分なりの解釈を口にする。春音は首を縦に振った。

「曇天ね……でも、本当にこうなった以上は仕方ないのよ」

 そう言って窓の外を見る。昨日の雨が嘘のように晴れ渡っている事が逆に不穏さを表しているかのように思えた。

 

「本当にここに来るんでしょうか?」

 千晶は恐らく敵が来るのではないかと思われる方向に視線を向けながら、疑問を口にする。

「分かんねえ。けど、ご当主様直々の命令だからな。何かあるんだろ」

 明眼は使えなくとも目視で捉えようと目を凝らす凪沙。今までになく目つきが鋭い。

 夕方頃、和宗から連絡が入り、彼の口から折神紫直々に伝令が下った。

 そして、指定された場所に追跡隊は出動し、見張っているのだ。日は暮れ、辺りは暗い。

「今、連絡が入りましたけど……衛藤さんや十条さん達が潜伏しているところが分かって、鎌府から一人がそっちに向かっているって」

「それ、アタシ達の仕事じゃねえのか? 何でこっちに情報を回せねえんだよ」

「私に聞かれても……」

 紗夜は言葉を交わしていく中で脳裏に一人の少女の顔を思い浮かべていた。

 可奈美や姫和はまがりになりにも御前試合の代表選手。それどころか決勝まで勝ち進んだ刀使達だ。並の刀使では太刀打ちできないだろう。

 しかし、鎌府から一人だけを出すとしたら――まさかだと思うが、彼女ではないだろうか?

 だとしたら、学長は何を考えて――いや、学長の事を考えてみれば分かる事か。

 自分の世界から帰ってくると同時に彼女の青白く光る目には人影が映った。

「今、御刀を持った人間がこっちに来るのが見えました」

「人数は?」

「五人です」

「すみれんとこのヤツだろうな……ご当主様、まさかこれが狙いだったって事かよ!?」

 凪沙はそう言いつつも抜刀し、写シを張る。柄を握っていた千晶も紗夜の報告を聞いて正国を抜き放つ。

「…………」

「あっちゃん?」

 どこか引っかかているのか少し気が遠い玲に明が声をかける。玲はその声に現実に戻った。

 今は過去の悔恨よりも立ち向かってくる敵をどうにかしなければいけない。

 そう思い、玲は柄を握りしめ鯉口を切る。最も得意とする構え、多少は向こうも隙が生まれるはず。

 玲の様子にやや不安を覚えながら、明も御刀を構えた。

「来ました」

 紗夜の声を合図に玲が真っ先に飛び出す。そして抜刀し、捉えた人影に銀色を走らせる。

 しかし、甲高い金属音が鳴った。

「これは手厚い歓迎ですね」

 刃を受け止めた春音は落ち着いた調子で言う。玲は左手も柄を握り、力負けしないように踏ん張る。

「あなた一人で飛び込むなんて、とんだ無謀を」

「私一人ではない。考えなしに突っ込む訳ないだろう」

 玲の背後を斬ろうとした美冬の剣をすんでのところで明が受け止める。迅移の速度は一段階程度しか使えないが、それでも十分間に合う距離だった為、こうして玲の背後を守れたのだ。

「キェェェェェ!!」

 続いて凪沙の猿叫が響く。切っ先は美冬に向けられたが、すみれが割って入って防いだ。

「やっぱりお前だったんだな、昨日のは!」

「ええ、そうよ。だけど、これは任務……お互い恨みっこなしよ!」

「望むところだ!」

 二人は迅移を使い、互いに距離を取る。その次にラーナと千晶、越後と紗夜が刃を重ねていた。

「ふふ、待っていましたよ……あなたと再び立ち合うのを!」

「っ!」

 ラーナは楽しそうな、千晶は厳しい表情を浮かべていくつも剣撃を重ね合う。千晶の方が劣勢だ。

「どうしたのです? あなたの力はこんなものですか?」

「……まだまだ!」

「ふふっ、その目……良いですねぇ!」

 幾度も千晶の鋭い攻撃を捌きながら余裕を崩さないラーナ。少しずつ修正されていく太刀筋、増えていく引き出しの幅、これには歓喜せずにはいられないという正直な思いが彼女の心を躍らせる。

 千晶はラーナの太刀捌きに攻めあぐねてはいたが、瞬時に戦略を組み立て直し、機を少しずつ手繰り寄せていく。

 その目は普段の彼女から想像もできないような鋭く力強い光が放たれていた。まるで飢えている狼が如く。

 

 一方で明と玲はというと何とか協力して春音と美冬を相手にしていた。

「昨日と比べたらやるね」

 美冬は明の剣を受けて冷静に言う。明の実力は大した事ないと前回の立ち合いで感じていたが、玲のサポートで少し手間取っている。

 明と数合い、剣を重ねて感じる。自分の心に黒い感情が生まれてくる。自分の大切なものを奪った折神紫に協力する人物は今ここで確実に倒したい。それが復讐すべき相手ではなかったとしても――。

「だが、それだけでは終わらない!」

「それはこっちも同じです!」

 玲の援護を春音が潰す。上手く救援に行けなかった玲は歯がゆい思いをしながら、春音の一閃を捌く。

「折神家の関係者……今ここで引導を……っ!」

 左手にある獅子王で明の攻撃を弾き、体勢を崩したところを右手の姫鶴一文字で彼女の体を斬りつけよう一文字が閃いた。

 美冬の瞳は敵意通り越して殺意とも取れる眼光で明を射貫き、一閃には憎しみにも似た感情を乗せる。

 そして確実に明を斬った――はずだった。

「何で……っ!?」

 今目の前に起こっている事が信じられない。確かに斬ったはずだった。けれど、明は写シを保ったままだ。

 これには玲も春音も驚く。通常、刀使は斬られると写シを解除される事が多い。しかし、明は平然と立っていた。

 明は無言のまま美冬に肉薄する。美冬は先程の動揺が響き、手元が狂って一太刀を捌き切れなかった。

 そのまま明の一閃が決まる。美冬の写シは剥がされてしまった。

「礼堂さんっ!」

 春音は美冬を助ける為に彼女の元へと駆け寄ろうとするが、そうはさせまいと目の前の人物が動く。

「行かせると思ったか!」

 一瞬の隙を付いて玲の剣撃が春音の体を捉えて斬る。春音も写シを解除してしまった。

 しかし、それも厭わず迅移で美冬の元へ近寄り、彼女を守るように剣先を明に向ける。もう一度写シも張って。

 明は元々写シを張らず、立ち向かってくる様子がなければ何もしないつもりだった。だから、再度御刀を構える羽目になる。

 春音の後ろにいた美冬も体勢を立て直し、写シを張り終えていた。勝負はまだまだ終わらない……かと思いきや。

「ご当主様からの命令です! 撤退せよと!」

 紗夜の声が響く。恐らく、凪沙に向けられた言葉だろうが明達の耳元まで聞こえてきた。続いて、「こっちも撤退よ」とすみれの声が聞こえる。

 

 両者、顔を見合わせる。先に退いたはすみれ達の部隊の方だった。

「何で、このタイミングなんだよ!」

 凪沙は不満を紗夜にぶつける。紗夜は動じる事なく落ち着いた声音で言葉を返す。

「分かりません。ただ今は手を引けと……」

「クソッ! 決着付けずじまいになっちまったじゃねえかよ!」

「……それは……何とも……」

 それ以上の言葉は見つからなかった。ただ紗夜には嫌な予感がある。

 あの部隊ともう一度切っ先を重ねるのではないかという予感。できれば、避けたい壁だが避けられない運命なのだろう。

 もう一つ頭によぎるものがある。鎌府から派遣された刀使が可奈美達を捕縛する事ができなかったのではないか。

 自分達が囮または露払いのように扱われたなら、本隊はそこにあるのだろう。そして、目的が達成できなかったと。

 だから、自分達に撤退の命令が下ったのではないかと推察する。

「……紗耶香ちゃん……」

 すみれ達が去っていた先を見つめ、静かにその名を口にした。

 

「何故、さっさとトドメを刺さなかった?」

 凪沙や紗夜から少し離れたところ玲は明を問い詰めていた。もしかしたら、同じ過ちを繰り返していたかもしれないという恐怖心を内に秘めながら。

「何でって……何で、写シがない無抵抗な人を斬る必要があるの?」

 明は玲の真意を掴み損ねている様子で珍しく眉を顰める。斬らない選択をするのが当然だろうと。

「はぁ……アイツらが敵対勢力である事は間違いないんだぞ」

 その記憶にはかつてのトラウマが蘇る。写シがなく無抵抗かと思えば、斬られ挙句は――玲は無意識に右手で左袖を強く握りしめていた。

「それでも関係ないよ」

 ハッキリと言う明。そして、続けて力強く言葉を吐く。

「だって、刀使の力は人殺しの為に使う力じゃない。守る為に使う力なんだよ」

 ――それが加守明という刀使の信念だから。




 如何だったでしょうか? ちょいちょい色んなキャラクター達が動き始めたかと思います……というよりファーストコンタクト回と言った方が合っていますね。

 話を変えるのですが、皆さんはもうとじみこのノベライズの方を拝読されたのでしょうか?
 私も購入し拝読しました。まさしく刀使ノ巫女でした。
 これからはこちらも参照にしながら、物語を書いていくつもりです。
 

 後、活動報告の方で私のオリキャラのデータを後書きで書いたものよりも詳しく書いたものを上げました。そちらも覗いていただけたら、幸いです。
 ……まぁ、公式と流派が被ったのは予想外でしたけど……。

 それとたくさんのオリキャラのご提案、ありがとうございました。
 凄く濃いメンバーが集まっているおかげでウチのメンバーが霞んでしまわないか心配です。
 その辺りの感想はこれまた活動報告の方にも書いています。これに関しては……何でも許せる方向けですので、大丈夫な方だけでよろしくお願いします。

 では、簡素なオリキャラのデータを一つ。

名前:佐原 すみれ(さはら すみれ)/女性/16歳/身長:160cm
在籍校:平城学館高等部2年生/刀使
流派:薩摩影之流
御刀:奥和泉守忠重
容姿:茜色のストレートロングに瑠璃色の瞳、ややタレ目。制服は黒いハイソックスとローファー以外に目立った特徴はない。
性格:心優しく、穏やかで面倒見が良い。周りに気配り過ぎて、自分の気持ちを押し殺してしまうところがある。一人称は「私」


 この辺りで筆を休めたいと思います。感想の方もお待ちしています。


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第11話 一時の休息

 長らくはお待たせしました。どうも、巻波です。
 最近は新作小説の設定に勤しんでいました。でも、更新の事は忘れていませんでしたよ。

 ゲームの方ではちょいちょい動きがありますね……今月でアーカイブスのイベントストーリーも終わりですよね。全然やれていない()

 今回も果てしなくグダっています。それでも読んでやるぜという猛者は本編へどうぞ。
 では、また後書きの方でお会いしましょう。


「ぐわ~! まさかとんぼ返りするとは思わなかったぜ……!」

 車から降りると凪沙は体を伸ばす。一、二時間程度狭い場所に閉じ込められ窮屈な思いをしていた。

 彼女の性分的に車移動は苦手なのだが、命令で東京から鎌倉まで乗せられたのだから仕方ない。

「そうですね。このまま、単独行動するのかと思いました」

 紗夜も続けて降りる。彼女の隣には白髪のショートヘアの小柄な少女が俯いていた。

 与えられた任務を失敗したという気まずさもあるのだろうが、そもそも人と話すが得意ではない事も起因しており、他人とはあまり顔を合わせたくないようだ。

 しかし、紗夜は彼女の意をあえて無視して話しかける。

「紗耶香ちゃんはこれから学長と……だよね?」

「うん、多分」

 あの高津学長のお気に入りである沙耶香とはすぐさま別れてしまうだろう。もう少しだけ話をしたい。

 紗夜がそう思った矢先、例の人物が現れる。――高津雪那だ。

「紗耶香! 無事で何よりだわ」

 雪那は脇目も振らず紗耶香のところへ駆け寄り、彼女を抱きしめる。

 近くにいる凪沙や紗夜、ここまで彼女達を運んできた管理局員に労いの言葉一つもかけない。

 それどころか、高圧的な態度で罵りの言葉を一つ二つと言い連ねた。あらかた罵詈雑言を言い終えた後、沙耶香を連れて立ち去っていく。

「相変わらず、いけ好かねえババアだぜ」

 凪沙の発言に紗夜はただ苦笑いを浮かべるしかなかった。口は悪いが概ね彼女の意見には賛成している。

 それでも自分が在籍している学校の学長だ。いや、その地位でなくとも表に出すのはいささか気が引ける。

 紗夜は言葉を素直に吐ける凪沙が羨ましくも思っていた。

 

 一方で年少組は車内で爆睡していた明を起こすのに苦戦していた。

「おい、起きろ明!」

「起きてよ! お姉ちゃん!」

 先程から激しく体を揺さぶり、彼女の耳元にそれなりに大きな声量で声をかけているのだが、一向に起きる気配がしない。本人は夢心地に浸っているのか、とても幸せそうかつ満足そうな顔をして眠っている。

「はぁ……これはダメだな」

 玲は匙を投げ、車から降りると建物がある方角へ目を向けた。そしてこう思った。ここがかの高津雪那が学長を務める鎌府女学院かと。

 玲は折神家の敷地に行く事はあったけれど鎌府女学院に行く機会には恵まれず、行った事がなかった。しかし、噂は兼ねてから聞き及んでいる。あれこれ黒い噂が立ち込めていると。

 そこまで信じていなかったし、気にも留めない。それよりも明がいつまで寝ているつもりなのかの方が気掛かりだ。

 とはいえ、手段は出し尽くしている。まだ起きないだろうと判断した玲は彼女を背負って運ぶ事を思案しながら、ここまでの経緯を振り返る事にした。

 

 敵対している部隊と交戦した後、和宗からの命令で紗耶香を保護しに行く事になった。

 無事に彼女を保護したら、和宗に連絡し派遣された管理局員が運転する車二台と合流。二手に分かれて乗車し、ここに辿り着いた。

 車に乗るとすぐに明は眠ってしまった。元々戦闘で切り込まれていたのにも関わらず、写シを剥がさなかった反動だろう。だから、そのまま放っておいた。それが今の状況にも繋がる。

 

 もっと早目に起こしていた方が良かったのだろうかと少々後悔したところで間の抜けた声が聞こえてきた。

「いやぁ~、よく寝ちゃったよ~」

 声がした方向に顔を向けると加守姉妹が並び立っている。方や疲れ切った表情で隣の人物を見つめ、もう片方はその視線の意を解せず体を伸ばす。

 玲は伸びを行っている明に歩み寄り、怒気を静かに孕ませながら一言。

「ようやく起きたか、寝坊助」

 

 日は昇っており、鎌府女学院の生徒達があちらこちらへと行き交っている。その中で明は校内を見て周っていた。

 校舎内は解放感溢れる食堂と美濃関とはまた違った趣がある図書室だけを周り、その後は武道場を覗いていただけ。

 大して周っていると言い難いが、彼女は気ままに散歩しているだけだから特に気にしないだろう。いや、気にするはずがないと言った方が正しいか。

 千晶や玲などのここ数日行動を共にしていたメンバーは隣にいない。皆、昨日までの疲労が溜まっており寮で休息を取っている。明だけいつでもどこでも爆睡していた為、日がある内に起きて行動できているのだ。

「昨日の戦いは大変だったな~」

 少し休憩で近くにあったベンチに座る。そして昨日の事を思い出す。

 昨日は恐らくテロ組織側と思われる部隊と交戦。その中で明は二刀を扱う刀使と戦った。実力差は大きくあり、玲のフォローがなければ、まともに立ち合う事ができなかった。

 だからと言って悲観的にはならない。悲観的に捉えたところですぐに強くなれる訳でもないからだ。

 それなら前向きに考えていた方が良いだろう。と考えるのだが、これはこれで玲に怒られそうだなとも思った。

 自分がそこまで考える事はしない分、彼女はもっと考えている。こればかりはもう少し見習った方が良いかもしれない。

「おねーさん、そこで何してるの?」

 不意に呼びかけられ、自分の世界から脱する。声がした方に視線を合わせると自分より小柄で幼げが残る少女が目の前に立っていた。

 少女は腰に御刀を携えている。つまり、刀使だ。身に纏っている服装は鎌府女学院のものではなく、茶色を基調とした制服。似たような服装をどこかで見た事がある。

「私? 私は日向ぼっこしているんだよ~」

「何それ? つまんなくない?」

「う~ん、こうやってお日様に当たっているのは気持ち良いよ? 後、お昼寝もできるし」

「おねーさん、絶対後の方が目的でしょ」

 少女は呆れたように明を見つめる。薄紫のロングヘアーが風でふわりと揺れた。

「あ~、バレちゃったか~」

 明は少女の言葉に緩く笑った。そこまで考えていなかったが、結局そうなるだろうから肯定するしかない。

 ここに来ても彼女のペースは変わらず、至って普段通りに過ごしているだけ。ある意味、才能と言って差し支えないだろう。

 場所や状況が変われば、人は今までのペースを大小関わらず崩す。酷い者には寝る事さえままならないという者さえいるのだ。

 特に刀使は向かう先により環境の変化が激しい。それだけに彼女のマイペースさは刀使に向いていると言える。

「刀使らしくないよね、おねーさん」

「そうかな~? そうかもしれない」

 明は刀使らしくないという言葉は聞き慣れていた。自分でもそう思う。ここまで呑気でのんびりとしている人間はそうそういないだろうと。だからと言って、今さら変える気もないのだが。

「そういえば、おねーさん。鎌府女学院の人じゃないよね?」

「それ、今聞く?」

「うん、今聞くの。おねーさん、弱そうだから相手にしないけど面白いから案内してあげよっかな~って」

「ほへ~、そうなんだ。じゃあ、お言葉に甘えて案内してもらおうかな」

 弱そうという単語は聞き流し、少女の提案に乗る明。実際、御前試合に出場する為の予選では二回戦負けをしているし、昨日の朝に行われた稽古でもボコボコにされていたから弱いのは否定しない。いや、否定できない。

 だから、弱そうと言われても何も言わない。言っても意味がないのは自分が一番分かっているからだ。

「にひひ、じゃ結芽のとっておきの場所へ案内するね」

 結芽と自分の事を差した少女はとても悪戯っぽく笑い、先を行く。明はベンチから立ち上がり、少女の後ろを付いて行くように歩みを進めた。

 

 結芽という少女が案内してくれた先は鎌府女学院よりも古くに建てられたと思われる建築物の軒下。折神家の屋敷の一部だろう。

 目の前には脚立を使い天井に向かって何か作業している茶髪の少女が一人見える。

「刹那おねーさーん! 何しているの~!」

 その呼びかけに応じるように作業していた人物は振り返って、こちらを見つめる。近眼なのかは不明だが、赤い瞳が睨み付けるかの様にも見えた。

 そんな彼女だが鎌府女学院の制服に御刀を佩いている姿から刀使である事は間違いないだろう。

「結芽様……結芽様こそ私に何の用でしょうか?」

「もう! 刹那おねーさん、相変わらずカタイ―! って、あれ?」

 刹那と呼ばれた少女の背後には、土や草などで固められた鳥の巣があった。その巣の中には雛鳥が何匹もいる様子が窺える。何の鳥の巣だろうかと結芽が思った瞬間、

「燕の巣だね~、縁起が良いね」

 と一緒に来ていた明が口を開く。実家にも燕の巣があったなと懐かしみがら。

「ええ、そうです。……今はそれの保全作業をしていました」

 刹那の説明を聞いて明はなるほどと思った。燕の巣の周りには落下防止や風よけ用に張られた桶や板がある。確かにこれは実家にもあった光景だ。

「あれが燕の巣なんだねー、初めて見たかも」

 結芽は二人の会話を聞いて疑問が解決したと同時に少し親近感のようなものが湧いていた。自分の苗字が「燕」、その鳥を意味する漢字を使っているからだ。

「……近頃は確かに見かける事はないですね。私も地元では見かけませんでしたし」

「でも、私はたまにコンビニとかで見かけるよ~」

「え? おねーさん、もしかして燕ハンター?」

 結芽は明に顔を向ける。偶然出会って気まぐれに案内をしている相手が目敏い方だとは思わなかった為、意外だと感じた。それほどに結芽にとっては燕という鳥は珍しいものだと考えていたからだ。

「そうかな~? 多分、住んでいる地域とか任務の問題だと思うよ?」

 明は肯定はしなかった。美濃関付近の地域ではそこまで見なかったが、遠征任務で赴いた先の民家や商店でそれなりに見かけている。しかし、活動している地域によってはほとんど見ない事もある為、一概にも自分が燕を見つけやすいとは思えない。

 ただ幸運の印を見かけるのはとても良い事だろう。燕は住み着いたところに福を与えるが、見た者にもきっと恩恵はある。そう前向きに思えるのが明だ。

「そっかー、ここら辺は古いのにあまり見かけないもんねー」

「環境の変化もあるでしょうけど、そういう風習が廃れていると風の噂で流れている程ですから……」

 と刹那は少し落ち込んだ表情を見せる。荒魂の襲撃で巣が壊れたのを見かけたり、邪魔だからと撤去したという話を聞いたりした日には涙が溢れ出そうな思いをした。

 それだけ彼女は心優しい。だから、今あるものを守っていきたいと思ったのだ。

「でも、ここに巣があるんだし、それで良いんじゃない?」

 無責任で他人事とも取れる明の発言。しかし、刹那は肯定した。

「ええ、そうですね。私やこの事を知っているメンバーで大事にしようと思います」

 話が一段落したところで、遠くから人を呼ぶ声がする。明達は声がした方に目を向けると、顔や背格好が良く似ている二人組の少女達がこちらへやって来るのを視認できた。

「上条先輩、ここにいたんですね! ……って、燕様もいるじゃないですか!」

「え、何? 私にも用があるの?」

 この二人の事を知っている結芽は自分に用事があるとは思ってもいなかった。

 何せ、この二人は自分のお目付け役ではなく、親衛隊第一席と第二席の部下。あるとしたら、一席の部下である刹那にだけだろう。

「ええっと、燕様に用事があると言えばありますけど……」

 一人は表情を次々に変化させる。元から感情の起伏が大きい性分なのだろう。

 しかし、方やもう一方は特に顔色を変えず、話題を切り出す。

「燕様、風折(かざおり)先輩が捜していました。後、上条先輩、綿貫先輩がお呼びになっています」

「……綿貫先輩が? 獅童様は何か遠征に行かれるのですか?」

「その様です。詳しい話は集合した後に……」

「分かりました。向かいましょう」

 そう言って刹那は結芽に「すみません、結芽様。お話はまた後で」と告げ、双子の刀使達と一緒に立ち去った。

「刹那おねーさんも忙しそうだなぁ~……」

 結芽の声は少し寂しげなにトーンだった。ここ数日、遊び相手や話し相手が減ってきたせいで少し退屈な思いをしてきているからだ。

「らしいね~、でも君も何か呼ばれてなかった?」

「あっ、そういえば恋歌おねーさんが捜しているって言ってたね……って事は……」

 噂をすれば、結芽の事を呼ぶ声が聞こえてきた。随分と荒々しく怒鳴っているの様にも聞こえる。

「やっば、見つかると面倒だから逃げよっと」

「え?」

「じゃあね、おねーさん。今度会ったら、遊ぼうね~!」

「あ、う、うん?」

 急に置いていかれるという展開に流石の明も戸惑う。そもそも結芽が案内すると言い出して付いてきただけだから、この事態は想定していない。だが、そこまで気にせず再び敷地内探索しようと切り換えた。

「さてと、もうちょっと歩いていこうかな」

 ……彼女は気付いていない。先程まで話していた結芽という少女が折神家親衛隊第四席、燕結芽である事を。

 そんな事に気付いたところで特別意識する彼女ではないのだが、それでもこれはこれで鈍感すぎるだろう。

 明はその事実に興味を向けないまま、呑気で気ままに敷地内探索を楽しんでいた。

 

 夕刻、明達は夕食を済ませた後に和宗がいる研究棟に集まっていた。次の任務に向けて招集がかかったからだ。

「お集まりいただきましたね。では、あなた達の任務について説明します」

 小さな会議室で美咲希が部屋の一番奥に立ち、淡々と話を進める。追跡隊は各々好きな席に座って、耳を傾けていた。

 しかし、この部屋にはもう一人いる。褐色の肌に長い黒髪を一つに結わえた少女が場を盛り上げようと口を開いた。

「美咲希さん~、そんな冷たい声だとアタシやる気出ないぞ~」

「余計な事は口に出さないでください、富張さん。質疑応答は後で行いますから」

「いや~ん、美咲希さん、冷た~い!」

 口ではそう言っているものの富張(とばり)鳳蝶(あげは)の顔は美少女と話せて楽しいと言わんばかりに笑顔を浮かべている。

 美咲希は全くもって彼女の反応を無視して話を続けた。

「昨夜、衛藤可奈美、十条姫和の両名が乗っていたと思わしき車を特定しました。そしてその両名が向かったされる場所も推定しました」

 美咲希は言い終えた後、デバイスを操作してスクリーンを起動させると地図を画面に出した。逃走者達が現在いるであろう場所に赤いマークが示している。

「ここは……静岡ですか……?」

 紗夜が確認の為に質問する。真面目な玲や千晶もその場所を凝視していた。

「はい、そうです。静岡県伊豆市にある山に彼女達は逃げ込んだのではないかと思われています」

「思われていますって、またアタイらはあやふやな情報に振り回されなきゃいけねえのかよ?」

「いいえ、今度は違います。親衛隊も出撃するとの事なので、比較的信憑性が高い情報だと信用してもらって構いません」

「親衛隊が? 獅童達が出るのか?」

 凪沙は眉間に皺を寄せる。親衛隊が現場に出るのは、よっぽどの限りでないと機会はない。自分達の不甲斐なさもあるのだろうが、折神家自体もこの案件を重く見ているのが確かだと窺える。

 これは思っていたより大事だぞと凪沙は改めて感じた。何せ、親衛隊まで出動するのだから。

「はい、獅童さん、此花さん、皐月さんが現場に行くと連絡が来ました」

「それもあってアタシも呼ばれたんだよね~。まだ見ぬ美少女達に会えるのも楽しみだし、マキマキ達のお手伝いもできるのって最高!」

「富張さん、口を慎んでください。まだ説明が終わっていません」

 辛辣とも取れる一言が美咲希の口から発せられるが、鳳蝶は特に気に留めていない様子。それどころか恍惚な表情で美咲希を見つめているものだから、周りの人間に引かれてしまっている。

「それであなた達、追跡隊には親衛隊と共に伊豆に向かって逃走者達の捜索及びその身柄の確保をお願いしたいと思います」

「やる事は変わらないと捉えて良いんですね?」

 玲は無機質な美咲希の目を見て言う。任務の内容はこの部隊が結成された時と同じ、増えたのは人数だけだ。

「はい、そうです。他にもあなた達が遭遇した部隊との交戦も想定してもらえばかと」

「そうですよね……私達がいて、あの人達がいないとは限りませんよね……」

 千晶は少し不安そうな顔で呟く。個人差はあれど技量的には向こうの方が上だ。

 その根拠に自分は外国人のような刀使と刃を重ね押されていた。勝つ可能性はないのかもしれないが、厳しいのは目に見えている。

「今回限りですが、戦力増強として富張さんにも出動してもらう予定です」

「という事で、アタシ富張鳳蝶をよろしくね!」

 キラッという効果音が似合いそうな程の決め顔でアピールする鳳蝶。ただ追跡隊の大半はどう受けて止めて良いのか分からず、困惑するばかり。

「話の合間に答えてしまいましたが、質問はありますか?」

 美咲希は何事もなかったかように進行を進める。鳳蝶がどんなに変人だろうが、興味はない。ただ和宗から言い渡された情報を彼女達に伝えるだけで良い。

「あ~、あんたには質問ねえが富張に聞きたい。お前、強いんだろ? 後でアタシと手合わせしようぜ!」

 凪沙は左隣にいる鳳蝶と顔を合わせる。元々親衛隊の部下、そして今回の助っ人。つまりは確かな腕を持っていると信用しても良い。

 しかも、今日は止める役がいないから誘っても怒られる心配もない。後は本人の意思だけだ。

「ふふっふー、良いよー! 私も凪沙ちゃんのような子に攻められるのは悪くないからね!」

「っしゃ、決まりだな! この後すぐにやろうぜ!」

「他に質問がある方はいますか?」

 勝手に事を進めている二人を傍目に美咲希は他のメンバーにも質問がないか確認を行う。大体の事は分かっているから質問する必要がないと紗夜が代表して伝えた。

 その意に美咲希は「そうですか。では、出発まで各自準備を整えてください」と言った後に解散を宣言する。

 宣言後、各々が行動を起こしている中、鳳蝶は見つめていた。会議中、一言も話さなかった明を。

 

 明は作戦会議が終わった後、寮の自室には戻らず外へ散策に出ていた。美濃関にいた頃も事が落ち着いたら夜の間に散歩をしていた。今は肩に相棒がいないだけで何も変わりもしない日課。

「みーつけた!」

 急に声が聞こえたかと思えば、背後から誰かに抱き着かれた。明は特に動揺せず「誰?」と言い返しては抱き着いてきた腕を見る。

 肘までの長さ白い手袋に鎌府女学院の制服……先程見たばかりのものだと考えていたら、相手が返答した。

「むふふ、誰でしょう?」

 声質からして少女のものだが、調子が完全にセクハラを楽しむおじさんだ。明の中でそんな話し方をする人間は一人しか思い浮かばない。

「アゲアゲ……?」

「せいかーい! アタシは明ちゃんのアゲアゲだよー!」

「何でこっちに? ナギナギ先輩とはどうしたの?」

 自分の用件をさっさと口にする明に鳳蝶は思った以上に読めない子だなと感じながら言う。

「それは後にしてもらったんだよ~。明ちゃんの事が心配でさ~」

「あれ? 私、アゲアゲに自己紹介したっけ?」

「そんな細かい事は良いんだよ! アタシは元気のない美少女が放っておけないの!」

 と言い、鳳蝶は顔を明の顔に近づける。明は特に拒まないし、気にもしない。

「ねえねえ、明ちゃんはちゃんと休めたの?」

「休めたというか、結構寝たよ」

「そう? そのわりには少し疲れている感じがするんだけど」

 先程の欲望丸出しとは打って変わって、本当に心配そうな顔をする鳳蝶。何となくだが、今の明は元気がない。そんな気がする。

「おかしいな~、車の中で寝ていたし、部屋に入った後もすぐに寝たんだだけど……」

 明はそう言われるのが不思議だと言わんばかりの調子で言う。車の中ではかなり熟睡していて、着いてからも起きなかったと玲や千晶に言われた。部屋でも横になって休んでいたら目が覚めた頃には朝を迎えていた程だった。

 まだ昨日のダメージが残っているのだろうか。確かに写シを剥がされる程に切り込まれては耐えていたのだから、精神的な疲労はどこかにあるかもしれない。

 けれど、いつだろうとどこだろうと寝れるし、寝ていたのだから疲労はほぼ回復しきっているはずだ。

 ……こんな事を気にしても疲れるだけから、それ以上は考えもしないように明は究明を止めた。

「なんとかなるんじゃないかな。そんなに動きが重たいって感じていないし」

「うーん、そっか」

 鳳蝶は明の答えを聞くと彼女を解放する代わりに眼前へと躍り出た。

 背も高くスタイルも抜群な美少女なのに、口を開けば願望に正直な言葉が飛び出る鳳蝶。今の彼女はどこか寂しげで大人びた表情をしている。

 そんな彼女を明はじっと見つめた。何事も受け止める茶瞳が静かに鳳蝶の言葉を待つ。

「でも、無茶しちゃ駄目だよ? その為にアタシがいるんだから」

「分かっているよ、かなちゃん達の事を止めるまでは倒れるつもりはないから」

 明の瞳には強い光が一筋通っていた。




 次からはようやく山狩りに入ります。マジで長かった……。

 それとちょっと質問なんですが、ウチの明についての事をお聞きしたいなと思っています。活動報告を設けていますので、気が向いたら何か書いてくださると嬉しいです。

当該する活動報告→https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=226193&uid=201775

 では、今回はこの辺で筆を休めたいと思います。感想もお待ちしております。


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