クジュウリ皇子は焔と踊る (フーマ)
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プロローグ・神の座のハク

人生初投稿です。
よろしくお願いします。


 桜の花びらが舞う小高い丘。

 そこに皇族の眠る墓地がある。

 トゥスクル皇家の墓地。

 そのとあるひとつの墓石の前に、ひとりの青年が立っていた。

 

 

「トゥスクル女皇クオン、ここに眠る・・・か」

 

 

 ここには青年―――ハクが『人』であったときに共に過ごし、そして愛した女性が眠っている。

 

 

「遅くなったが全部終わった。会いに来たよクオン」

 

 

 ハクはヤマトでの最後の戦いの後、神の座につき旧人類のタタリ化からの解放に長い時間を費やした。

 トゥスクルやヤマトはもちろん、それ以外のヒトの住まない地に残された遺跡すら。

 すべてのタタリを浄化し終えた時には300年という年月が過ぎていた。

 

 神の座についてからは時の流れがあっという間だった。

 かつての仲間たちはすでに他界。

 その中でも、ヤマトの帝だったアンジュとトゥスクルの女皇クオンは長く生きていた。

 トゥスクルに限っては時折様子を見に来ていた。

 

 あの戦いの後、ハクオロが帰還。

 オボロはクオンに女皇の位を譲ったが、クオンも含め皆の総意でハクオロが皇に戻った。

 クオンとぎこちないながらも親子の絆を育んでいたのを覚えている。

 ハクオロは普通の人間に戻ったため、皆よりも老いるのがはやく、数十年後にはクオンが後を継ぎ、改めて女皇となった。

 クオンから皇の位を継いだのはハクオロとエルルゥの間に生まれた男子。

 クオンは生涯独身を貫いたようだ。

 現在はさらにその息子が皇になっている。

 

 ヤマトにいたってもトゥスクルとの友好は変わらず。

 仲間たちの最後に立ち会えなかったことが本当に悔やまれる。

 

 

「兄貴との約束。全部果たし終えたというのに、何だろうなこの寂しさは」

 

 

 自身はこれより悠久の時を生き、世界を見守り続けることになる。

 タタリの件に決着がついたら、ぐーたら寝て過ごすと決めていたのにハクの胸を占めるのは寂しさのみだった。

 

 

(願うことならまたクオンと、そして皆と・・・)

 

 

 だがそれは神の身だとしても適わぬこと。

 たとえ神だとしても時を越えることはできない。

 未来へは眠ることで可能。だが過去に戻ることは不可能なのだ。

 

 ハクは意識を上位空間へと延ばす。

 この瞬間、墓前に立っていたハクの姿は掻き消えた。

 

 

 

 

 

 何も無い星の輝く空間。

 例えるならば宇宙とも見えるその空間がハクの神としての自分だけの空間。

 ハクが念じると、複数の映像が目の前に姿を現す。

 

 人だった頃のハクとクオンの談笑する様子や、オシュトルの死の間際だったり、自身がオシュトルに成り代わり戦う姿だったり。

 いわゆる過去の記憶だ。

 また自身の記憶以外にも当時の他の場所の様子だって見ることが出来る。

 この能力で、タタリの居場所を全て探しつくした。

 

 だがたとえ過去を映像化できても、そこに転生し人生をやり直すなんて都合のいい事はできない。

 だがほんのわずかな時間なら介入できる。

 

 数分後にオルケに襲われそうな農夫に声をかけ事前に逃がすとか。

 歴史に大きく影響を及ぼさない小さな介入ならば大して神の力を使わずとも可能だ。

 

 

 これがハクが発見した自身が行使できる神の力のひとつ。

 そしてもうひとつ、ヒトそれぞれの生涯の詳細を知ることも出来る。

 

 

「自分"自身"は過去に戻り、歴史を変えるなんてマネはできない。

 だが何か条件が加われば自分が神とならず、人として生涯を終えるなんて結末が作れるんじゃないだろうか」

 

 

 確かにこの「今存在する自分」は神のままだろう。

 だがひとつくらい、自分が人として生きることの出来る並行世界くらい作れるのでは。

 

 ハクはそんなことを思いつき、ここよりしばらく文面化された仲間たちの生涯の詳細を読み漁る。

 面白いのはその歴史を歩んだ詳細のほかに、『もしあの時こうしていたらこうなった』というイフの歴史すら読めることだ。

 

 

 

「キウルは・・・すごいな。エンナカムイに拘ったが、拘りを捨てたら大臣にまで上り詰めていたか」

 

 

 戦後キウルはエンナカムイの皇になった。戦後の復興、そして祖国の発展と守護に人生を費やす。

 シノノンを妻に迎え、『エンナカムイの賢皇』と呼ばれるまで成長し、民に慕われ続けていた。

 だが彼はあくまでエンナカムイという地に留まったが、アンジュの要請に答えていればヤマトの更なる発展に貢献。

 

 

「やっぱり自分たちの弟はすごいよな、オシュトル」

 

 

 ハクは自慢の弟分の映像に微笑みかける。

 他の仲間たちの情報を読んでいくが、女性陣はハクのことを忘れられず皆独身を貫いているのが彼の心を深くえぐった。

 

 

「ん・・・こいつは」

 

 

 その中でハクはとある人物の詳細に目に止まった。

 自分とは一切の接点が無い人物。

 

 

「クジュウリ皇子レキ。ルルティエの2つ上の兄貴か」

 

 青年時の姿の映像が現れる。

 赤みかかった黒髪の長髪を後ろでひとつにまとめている穏やかな表情の男。

 ただ気になるのは、耳の形状がルルティエとはことなりエヴェンクルガのものとなっている。

 外見もそのためか、トウカに似ているように見える。

 

 

 クジュウリ皇オーゼンが第14子。ただし側室の子のため、ルルティエとは異母兄弟。

 幼少時、ルルティエの病を治すために吹雪く雪山に薬草を取りに行き、オルケの集団に襲われ重傷を負う。

 その怪我が原因で左半身が不自由になる。生涯をクジュウリの財政管理に費やす。

 

 

「妹思いの良い兄貴だ。だが、肝心なのは『もしも』も場合だ」

 

 

 もし幼少時重傷を負わなければ――――

 

 

「なんなんだこいつは。なんでこんな英傑は隠れてやがる。だがうまくすれば・・・」

 

 

 ハクはゴクリ、と息を飲む。

 ここまで歴史に関わる人物を助けるなんてマネすれば歴史介入に相当の神の力を使用することになるかもしれない。

 だがやる価値はある。

 

 

 ハクは映像を更なる過去、ルルティエが幼少時の高熱に襲われた時期にまで巻き戻す。

 雪山を捜索。

 オルケの群れに囲まれがけに追い詰められた少年の姿。

 

 

「さてぶっつけ本番。もしもの世界を作ってみようじゃないか」

 

 

 ハクの体は光に包まれ神の空間から姿が掻き消える。

 皇子レキの詳細データの項目が写ったままだが。

 

 

 もし幼少時、重傷を負わなければ―――

 

 八柱将ヴライからオシュトルを守り抜き、采配師ハクと並び戦乱を戦い抜いたエンナカムイ軍副将。

 『焔の将』として人々からうわたれる存在となりえる人物。



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第一章 クジュウリ少年時代編
第一話 クジュウリの少年


 突然だが、僕―――レキは家族が大好きだ。

 僕を生んでくれた母さんは皇である父さんのお傍付を勤めたエヴェンクルガ族の武士だった。

 病で亡くなってしまったけども、母さんは最後まで僕のことを愛してくれた。

 

 家族の中で唯一母の違う僕だけども、父さんももうひとりの母さんも兄弟たちだって変わらず接してくれる。

 力強く豪快な父さん。

 のんびり屋だけど優しく頭のいいもう一人の母さん。

 皆から過保護でお転婆だといわれるが活発で綺麗なシス姉さん。

 クジュウリ一の武芸者として時期皇と期待されているヤシュマ兄さん。

 武芸に秀でてはないが各地の開墾や政(まつりごと)に関わる多くの兄さんたち。

 そして唯一の妹である内気だが健気で優しく可憐なルルティエ。

 

 大家族で兄弟同士の喧嘩だって頻繁に起こる。

 だが民に寄り添って国を治めるその気質に僕だけじゃなく、国民全員が惹かれている。

 誰かが苦しんでるなら、その力となれ。

 それが母の遺言であり、父が体現している言葉であり僕の道しるべ。

 

 僕は本当に、クジュウリの皇族に生まれてよかったと思ってる。

 

 

 

 だから僕は、目の前で高熱で苦しんでいる妹をなんとしても助けたかった。 

 

 

「なんで薬草がないんじゃあ」

 

「申し訳ありません皇・・・。城下の方でも病が蔓延しておりまして民たちの治療分も足りないもので・・・」

 

 

 民の分を回収してまいります、という老薬師・ムラジさまを父オーゼンは手で制する。

 

 

「それはならん。民の治療分が足りぬのならそちらを優先せえ。

 すまんのう、ルルティエ」

 

 

 父はルルティエの手を握る。ルルティエは苦しそうにハァハァと息をしている。

 母は帝都へ、兄さん達は他国への援助の嘆願、また各州に出ている。

 残ってルルティエを看病しているのは父とシス姉さんと僕だけだ。

 姉さんは厨房に立っているため今は席をはずしているが。

 

 

「ムラジよ、ぬしは城下の治療に当たってくれんか」

 

「わかりました、では失礼します」

 

 

 薬師ムラジさまは退室する。

 

 

「父さん、自分も城下の手伝いに行ってくるよ」

 

「そうか、レキよ、ムラジを補佐してやれ」

 

 

 

 

 退室したムラジさまを追いかける。

 

 

「ムラジさま!」

 

「おお、レキ皇子。どうしましたかな」

 

「自分もお手伝いします」

 

「力強いですな。では参りましょうか」

 

 

 ムラジさまはクジュウリ城下で一番の薬師だ。

 かつ父にも重用されており、今回のように皇族の病気の治療にも当たってくれるし父の相談役でもある。

 また僕の学問の指南役も行ってくれていて、いわゆる爺やに当たる人だ。

 家族以外で一番気を許せる人だ。

 

 

「皇子は今年で幾つになりますかな?」

 

「今年で10になります」

 

「おおきくなりましたなあ。ますます母君様に似てきましたな」

 

「そう・・・でしょうか」

 

 

 そう言われて頬が熱くなるのを自覚する。

 自分も母同様エヴェンクルガの血を引いているので立派な武士になるのが目標なのだから。

 だからこそ、妹を助けてやりたい。

 

 

 城を出て雪積もるクジュウリ城下を歩く。

 自分の姿を見た住民は礼をしてくれるが皆、どこか元気がない。

 クジュウリ国内を襲うはやり病が、ここ城下でも蔓延しているためか。

 

 歩きなれた道をすすみ、ムラジが営む診療所にたどり着く。

 

 

「戻ったぞ。アヤメ。処置の方はどうか」

 

「おかえりなさいお爺さま。・・・と皇子さま?」

 

「こんにちはアヤメ姉。手伝いにきたよ」

 

 

 ありがとうと微笑んでくれるのは僕より2つ年上のアヤメという女性。

 ムラジさまの孫であり、僕やルルティエと一緒に学問を習っているため姉のような存在。

 血筋だけあって見習い薬師としてムラジさまの診療所を手伝っている。

 僕の幼なじみで憧れの女性だ。

 

 

「ルルティエさまの様子は?」

 

「とりあえず体力促進の処方は行ってきた。だがやはり特効薬となるコゥハ草がないのが手痛い・・・」

 

 

 ムラジさまは腕を組んで唸る。

 そう・・・。とアヤメ姉も明らかに気落ちしている。

 

 

「成人した男ならばまだ体力で乗り切れるが齢8のルルティエさまでは厳しい。

 とにかく他の患者同様、体力促進の薬で頑張ってもらうしか現状手は無い」

 

 

 動物からの感染のみで、ヒトからヒトに感染しないのが唯一の救いなんだが・・・。

 

 

「ねえムラジさま。コゥハ草ってどこに生えてるんですか?」

 

「ここから南の霊山ですが、この時期積雪がひどく登山は危険です。

 更には群生地の近くはオルケの棲家ですから、いつもは暖かい時期にヤシュマ様の近衛隊の方々に採取をお願いしとります」

 

 

 兄さんか・・・。

 ヤシュマ兄さんとその兵達は今エンナカムイという北の友好国に援助を依頼しにいっており留守だ。

 

 

「レキさま、動ける兵の人たちはいないの?」

 

 

 アヤメ姉の言葉に僕は首を横に振るしかない。

 

 

「唯一姉さんの親衛隊が残ってるけども、姉さんの隊は馬・・・ウォプタルの管理担当なんだ。

 ウォプタル経由で大半が病で倒れてる。残った人たちでなんとか城の運営を回してるから人手が足りない・・・」

 

「そう・・・手詰まりね」

 

「そもそもさっき言ったように、霊山の積雪から登山は無理じゃな・・・。

 今は近隣の国や遠方になるが帝都からの援助を待つのが良いのだろう」

 

 

 ムラジさまの言うことが正しい。

 でも幼いルルティエにもしものことがあったら、と思うと素直に頷けない。

 

 ここからエンナカムイは馬でも4日はかかる距離だと兄さんは出立前に言っていた。

 兄上が出立したのは2日前。

 最短でもあと6日。しかもこの雪だ。遅くなることは十分すぎるくらい考えられる。

 だったら・・・。

 

 

「レキさま、変な気は起こさないようにね」

 

「な、何のこと?」

 

 

 アヤメ姉が突然自分に忠告してくる。心を見透かされてるようでドキッとした。

 

 

「シスさまもだけど、レキさまは特にルルティエさまのことを大切に思ってるの分かるから」

 

 

 やっぱり見透かされてる。

 

 

「・・・だからそのシス姉さんに相談しにいくよ。

 姉さんだったら力になってくれるかもしれないし。

 来たばかりだけどごめんムラジさま。ひとっ走りしてくるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 心配げな表情を見せるアヤメ姉とムラジさまを残し、城の横の訓練施設に立ち寄る。

 そこには僕がヤシュマ兄さんとの武術の鍛錬で使用している愛用の槍が立てかけられている。

 まずは防寒着を着込み、その槍を背にしばる。

 また訓練所に置かれている非常食を腰の布袋に入れる。

 

 

「さて手伝ってくれるか?カント」

 

 

 カントと名づけてる僕専用の青い毛並みのウォプタルの背に手を乗せると、自分の意思に気づいてくれたのか力強く鳴いてくれる。

 ウォプタルに接するとはやり病に感染の恐れがある。

 だが、カントは感染を免れてる。そしてどういうわけか自分は生まれた時から一切の病気にかかったことが無い。

 だからそれを信じ、カントに普通に接している。

 

 準備を終えて、カントにまたがる。

 きっと・・・みんな怒るだろう。

 でも、僕はルルティエを救うためならば少しでも可能性があるならそれに賭けたい。

 

 

「はっ!」

 

 

 掛け声とともにカントを走らせる。

 城下の南口を抜けて、霊山へ一直線へと向かう。

 

 クジュウリは雪が降りしきる最も冷え込む時期のため、特に積雪のあるこの地域にはヒトの通りが一切無い。

 聞こえるのは僕とカントの息遣いと、ビュウッと吹き付ける風だけ。

 

 

 遠くにはうっすら霊山が見える。

 霊山と呼ばれるその場所は、クジュウリの祭事でよく使われる場所だ。

 ただし祭事で使われるのは麓のみ。

 険しい山道とオルケの棲家となっている中腹以降はあまりヒトが入らない。

 でも・・・自分の足で行ける範囲では行ってみよう。

 

 霊山と呼ばれる理由にはクジュウリに伝わる神さまが大きく関わっている。

 特にこの霊山では神さまの逸話が多く残る。

 昔からオルケに教われたときに守り神さまが助けてくれたり、道に迷ったときには神さまが導いてくれるという。

 『マシロさま』と呼ばれるその守り神さまに願う。

 

 

「どうか、コゥハ草を見つけだして、ルルティエを助けられるように見守っていてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つけた。あれが・・・レキってやつか」

 

 

 

 上空からウォプタルを駆る少年を見守る瞳があった。

 マシロさまと呼ばれているハク、その人だった。

 

 

「さて神の力を使っても実体化して干渉できる時間は限られてる。

 『もしもの歴史にする』にはあいつに大怪我させないように干渉しないとな」

 




 本編でルルティエが幼少時高熱を出したというエピソード。
 クジュウリ全域で広まった流行病という設定に変えてます。


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第二話 マシロさまとの出会い

 ウォプタルのカントを麓にとめて、登山を始める。

 防寒着を着込んでも体の芯を突き刺す冷たさ、そして積雪で歩きづらい。

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

 

 

 なによりも体力の消耗が激しい。

 ヤシュマ兄さんの過酷過ぎる地獄の訓練で体力には自信があったのだが想像以上だった。

 登山を甘く見たつもりなかったが、雪山登山の困難さは想定していなかった。

 中腹を越えたのだろうか、積雪は深くなって、自分の腰の部分まで高くなってきている。

 

 

「まだまだ・・・心が折れない限り前に進み続けろ」

 

 

 自分に言い聞かせ一歩一歩上っていく。

 この雪ならばオルケは襲ってこないはずだ。

 歩くことのみに集中しろ。

 今、ルルティエはきっと苦しんでるはずだ。

 だから自分がこの程度の苦しみで嘆いていられるか。

 

 

 視界が雪で真っ白に染まる。

 この山道は基本的に一本道だから迷うことはない。

 だが自分がちゃんと前に進んでいるのかすら疑問になる。

 不安が心を塗りつぶしていく。

 

 

「山頂は・・・まだ・・・か?」

 

 

 脚が動かない。

 槍で体を支えるのが精一杯だ。

 このまま雪に体を預けてしまいそうになる。

 

 

 

『ほら、こんなところで寝てんな。山頂はすぐそこだぞ?』

 

「誰・・・だ?」

 

『ぐうたらするのは帰ってからにしろ、山登りをちゃんと終わらせてからだ』

 

 

 空耳だろうか、聞いたことの無い男の声が、僕を励ます。

 不思議とその男の声を聞くと気力がわいてくる気がする。

 

 ・・・そうだ。止まってられない。何のためにここに来たんだ。

 

 力を振り絞って、一歩踏み出す。

 そしてさらに時間をかけて僕はようやく長い坂を乗り越えて、大きく開けた山頂の広場にたどり着く。

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・コゥハ草、探さないと」

 

『ほらそこだ。あの岩の陰にあんの分かるだろ』

 

 

 山頂はどういうわけか積雪が少なく、普通に歩ける。

 声に従い見回すと、巨岩のそばに琥珀色に輝くコゥハ草が生えていた。

 

 

「見つけ・・・っ!?」

 

 

 歩み寄ろうとすると突然、強烈な敵意を感じて、体に震えが走る。

 背中の槍を抜き、構える。

 

 

「グルルルル・・・」

 

 

 複数の獣・・・オルケだ。

 よりによってここがオルケの棲家か。

 山頂には小さな洞窟があり、そこからオルケが次々と現れる。

 かすんだ視界で捉えただけでも数はざっと10ほど。

 

 

「やる・・・しかないか。うおおおお!!!」

 

 

 飛び掛ってくるオルケの頭を槍で貫く。

 貫いたオルケを、槍を振るって左のオルケにぶつける。

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

 

 思った以上に体力が残っておらず足がプルプルと震える。

 腕にも力が入らず、槍を振るうとそのまま倒れてしまいそうになる。

 それをなんとがグッとこらえる。

 

 2匹は倒した。

 その様子にオルケは警戒したようで僕の周りを囲んでジリジリと距離をつめる。

 

 僕を嬲り殺すつもりか・・・。

 

 

 オルケは3方向から同時に襲い掛かってくる。

 一匹を槍で薙いで弾き飛ばす。

 そして体をわざと倒して飛び掛ってきた一匹のオルケの腹に腰から短刀を抜いて突き刺す。

 3匹目・・・!

 

 だがもう一匹に対処できずにガブリと左腕にかぶりと噛み付かれる。

 

 

「痛っ~~~~!!」

 

 

 力任せに右手の短刀をオルケの首に突き刺すが、その隙に複数のオルケが足やわき腹に噛み付く。

 振り払う力が残ってない。

 全てのオルケが一斉に僕に飛び掛ってくる。

 くそ、ここまでか。

 

 ごめん・・・ルルティエ。コゥハ草持ち帰れそうにない。

 ごめん・・・アヤメ姉。忠告を無視して。

 

 

 死を覚悟したとき・・・それは起きた。

 

 

 突然僕を食い殺そうと嬲るオルケたちは吹っ飛ぶ。

 そして目の前が光り輝く。

 

 光がやんだ後、一人の男性が立っていた。

 白と黒を基調とした衣装と、風になびく髪。

 そしてなによりも不思議な白い仮面をつけた男のヒト。

 

 オルケを吹き飛ばしたと思われる扇がくるくると宙を舞い、彼の手に戻る。

 

 

「待たせたな。ったく、実体化に時間がかかりすぎた。

 大きく歴史に影響が出るからか、これは・・・」

 

「なっ・・・」

 

 

 

 僕は口をパクパクとするだけでうまく言葉がだせない。

 光がやんだら目の前にヒトが現れた。

 しかもこの声は、山道で僕を励ましてくれたその人そのものだ。

 それにあまりの神々しさに、その『仮面の神さま』をただ見つめるしか出来なかった。

 

 

「はっ!」

 

 

 仮面の神さまは僕に扇を振るう。

 とたんに光が満ちて、気づいたら全身からの出血が止まっていた。

 

 

「立てるか?」

 

「は、はい」

 

「だったらこいつらをさっさと倒して薬草取らないとな」

 

 

 神さまは扇・・・鉄扇をオルケに向け、僕にイタズラっぽい表情で笑う。

 

 

「はい!」

 

 

 僕も槍を再度構える。

 突然の乱入者にオルケは戸惑っている。

 その隙を逃さず神さまはすばやい動きで鉄扇を打ち据えていく。

 

 ヤシュマ兄さんに匹敵・・・いやそれ以上の洗練されたその動きに僕は魅了されてしまう。

 僕も負けずにオルケに槍を突きつけていく。

 

 そしてあっという間にオルケたちは全滅。

 

 

「よし、終わったな。ほらはやく薬草を採取しろって」

 

「はい!」

 

 

 神さまに言われて群生していたコゥハ草を採取して腰の袋に入れていく。

 これでルルティエを含めた多くの人たちを救えるはずだ。

 

 

「マシロさま・・・ですよね?」

 

「はは、確かにそう言われたりするな」

 

 

 神さまにしては親しみやすい笑顔を向けてくる。

 だがその神さまの体がまた突然輝きだす。

 

 

「なっ!?もう時間切れとか嘘だろ・・・。すまん。悪いが自分が関われるのはここまでだ」

 

「え・・・?どういうことですか?」

 

 

 マシロさまは頭をガリガリかくと、しゃがんで僕に視線を合わせて肩に手を置く。

 

 

「いいか。これからお前の人生は波乱に満ちた辛い道になる。

 多くの大切なものを失うことになるだろう。だがな―――」

 

 

 神さまはまるで僕の人生を全て知っているかのような口ぶりだ。

 ・・・事実知っているからこそ助言をしてくれているのかもしれない。

 

 

「忘れんな。最後まで希望を捨てなかったヤツにこそ道ってもんは開ける」

 

 

 二カッと笑って神様は僕の胸に拳を突く。

 その言葉は深く僕の胸に刻まれた。

 

 

「どういう・・・こと?神さま、消えるんですか?」

 

「心配すんな。"また"会える。頼む。アイツを―――」

 

 

 

 言いかけて光が強くなる。思わず目を閉じる。

 そして目を開けると、そこには誰もいない。

 

 アイツを救ってくれ。

 

 そう神さまが最後に言い残した気がした。

 アイツとは一体だれなのか。

 

 

 

「レキー!いるんでしょー!?」

 

「皇子ー!!いるなら返事してー!!」

 

 

 

 シス姉さんとアヤメ姉の声がする。

 振り返ると僕を捜索していたのだろう。シス姉さんとアヤメ姉、複数の兵たちが僕を呼んでいた。

 

 

 神さまに託されたその願いを胸に。

 僕は姉さんたちのいる方へ、足を踏み出した。

 

 




マシロことハクの言った「最後まで希望を捨てなかった者にこそ道は開ける」という言葉。
大河ドラマの真田丸で出た言葉なんですが、私自身の心に刻まれた名言のひとつです。
ゆえに使わせてもらいました。
後にこの言葉は重要な意味を持ってくる予定です。


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第三話 流行病のその後

 

 神さま・・・マシロさまとの出会いと、コゥハ草の採取を終えた僕はシス姉さんたちと再会。

 会うと同時にアヤメ姉から頬に強烈な平手打ちを食らった。

 涙をボロボロとこぼした彼女は「馬鹿・・・」と呟いて大声で泣き出す。

 いつも冷静で大声なんて出さないアヤメ姉がこんなに感情を爆発させるなんて初めてだった。

 本当に、本当に申し訳なくて僕はそれをただ、ごめん。としか返せなかった。

 

 シス姉さんは「私が叱るより、これが一番効くでしょ?」と僕の肩をポンポンと叩く。

 「もう二度とこんな真似はしないように。」と念を押された。

 シス姉さんは僕のわき腹を肘でつっつく。

 アヤメ姉に声をかけろって意味だろう。

 

 

「ごめんねアヤメ姉。約束する。・・・もう二度と、一人で考えなしで突っ走ったりしない」

 

「本当・・・?」

 

「うん。だからもう泣き止んで」

 

 

 

 

 

 アヤメ姉は僕が山向かうことを確信してたようで、すぐにシス姉さんに相談したらしい。

 動ける兵数名を選抜し、共に霊山に向かって、麓に僕のウォプタルのカントを見つけて確信。

 山頂を目指したらしい。

 

 

「積雪がなかった?」

 

「ええ。山を登り始めた途端、雪が止んだの。不思議よね。

 おかげで日が沈む前に無事に山を降りれそう」

 

「神さまが・・・助けてくれたんだ」

 

「神さま?」

 

 

 僕の呟きにシス姉さんは首を傾げる。

 

 

「神さまっていうとクジュウリの各地に伝わるマシロさまっていう神さま?」

 

「そう。それ。山頂でオルケの群れに囲まれたとき、助けてもらったんだ。

 仮面をつけたやさしそうなお兄さんだったよ」

 

 

 またまた~。とシス姉さんと兵達は笑うが、アヤメ姉は何か考え込んでるようだ。

 シス姉さんもその様子に気づく。

 

 

「どうしたのアヤメ?」

 

「え、ええ。レキさまの服、血まみれでオルケに噛まれた穴がたくさんあいてるのに一切傷がないから不思議だなって」

 

「あ、うん。神さまが扇を振るったら傷が塞がったんだ」

 

「ルルティエさまを救いたいっていうレキさまの願いを聞き届けてくれたのかもね」

 

 

 アヤメ姉のその言葉に僕は笑顔で返す。

 

 

「最後まで希望を捨てなかった者にこそ、道は開ける・・・か」

 

 

 頭から離れない神さまからもらった言葉。

 それを口にして考えてみるものの、今の僕にはその言葉の真意が分からなかった。

 だからとりあえずは最後まであきらめない気持ちを持とうと強く思った。

 

 

 

 

 

 

 

 下山する。ウォプタルのカントは僕の姿をみると頬を摺り寄せてくる。

 心配かけたようだ。カントを撫でて背に乗る。急ぎクジュウリ城下へ舞い戻る。

 着いた頃にはあたりは真っ暗だった。

 コゥハ草を薬師のムラジさまに手渡すと早速、特効薬作りに取り掛かった。

 手伝いをするアヤメ姉と別れ、僕はシス姉さんや兵達と城へと戻った。

 

 

「聞いたぞレキ。霊山に単独で行くとは。やるのぅ!」

 

「と、父さん痛いって!」

 

 

 父オーゼン皇は叱るどころか、むしろ誇らしげに僕の頭をワシャワシャと乱暴になでてくる。

 

 

「なにが、『やるのう!』ですか!?父上がそんなんだからレキが無茶するんでしょうが!!」

 

「あわびゅっ!?」

 

 

 シス姉さんの空中回し蹴りで父さんが吹っ飛ぶ。

 

 

「な、なにをするん!シス・・・まったくどんどん凶暴になりおって。

 母さんだって勇敢だと褒めるだろうに」

 

「父上も母上も、というか家族全員甘すぎるんです!」

 

「そういうお前はもっとおおらかに・・・いんや、なんでもない」

 

 

 ギロリとシス姉さんに睨まれて父さんは萎縮してしまう。

 うん、いつもの光景。ここでヤシュマ兄さんが関節技を決められたら完全にいつもの光景だ。

 無事に帰ってきたんだ、と改めて実感する。

 

 

「父さん、ルルティエの様子はどうなの?」

 

「相変わらず息が苦しそうじゃが、ムラジが特効薬を持ってきてくれれば・・・」

 

 

 

 お前が頑張ったんだからもう心配はいらんぞ。という父の言葉を受けてひとまず休息。

 

 ルルティエが心配だがまずはボロボロかつ汗まみれの体を清めることにした。

 青と白を基調とした着物は穴だらけで乾いた血で赤黒く染まっていた。

 傷が癒えても体にも乾いた血がベッタリ残ってる。

 こんな格好じゃルルティエ卒倒しちゃうもんな・・・。

 

 蒸し風呂に入って、僕は改めて自身の体や腕を見る。

 多少は筋肉がついてきたとはいえ、まだまだ武士とは程遠い貧弱な体つきだ。

 無駄のない細身の筋肉の鎧を身にまとっているヤシュマ兄さんには程遠い。

 

 それにしても・・・肉をえぐり骨にまで食い込んでいたオルケの牙。

 癒してもらったとはいえ、その傷痕は初めから存在しなかったように残っていない。

 もし残っていたら、体に障害を残していたかもしれない。

 そうなったらヤシュマ兄さんに並ぶ武士になるって夢は完全に頓挫していただろう。

 

 

(神さまは言ってた・・・僕の人生は苦難に満ちたものだって・・・。

 強くなろう。誰も悲しませないくらい。誰かを守れるように!)

 

 

 ふいにアヤメ姉の泣き顔が思い浮かぶ。

 頭を振るってそれを追い払う。

 

 

 

(もう泣かせるもんか)

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅くなりましたが特効薬です」

 

 

 蒸し風呂から出て新品の着物に着替え終え、女官さんの出してくれた晩御飯を食べ終える。

 ルルティエの部屋に行くとムラジさまが父さんとシス姉さんに特効薬を渡していた。

 

 

「ほらルルティエ、お薬よ。飲める?」

 

 

 朦朧とした意識の中でルルティエは小さく頷く。

 僕は後ろに回りルルティエの体をゆっくりと起こし、シス姉さんは薬の入った器をルルティエの口に近づける。

 少しずつだが飲み干すと、再び体を寝かせる。

 

 しばらく見守っていると、今まで荒かった寝息が嘘のように穏やかなものに変わる。

 

 

「もう、大丈夫ですな。即効性の万能薬ですからな。

 あとは日に1回ずつ同じように薬を飲めばたちまち回復するでしょう」

 

 

 ムラジさまの言葉に僕を含めた全員がほっと息をつく。

 

 

「無茶ではありましたが皇子の頑張りのおかげですな。

 皇子の採ってきてくださったコゥハ草のおかげで20人ほどの特効薬が作れそうです」

 

「あれだけ採っても20人なんですか・・・」

 

 

 革袋いっぱいに詰め込んだのだからもっと大勢の患者を救えると思ったけども全く足りないようだ。

 

 

「こればかりは近隣諸国の援助を待つしかありませぬ。

 まずは幼いもの、老いたものを中心に特効薬を処置します」

 

「うむ、頼んだぞ。苦労をかける」

 

 

 ムラジさまは父さんのねぎらいの言葉に頭をさげる。

 そして僕の方を見て「よく頑張ったね」という優しい目で微笑み、お辞儀をして退室する。

 

 

「これでひとまず安心ね。いろいろあったから疲れたでしょ?今日は早く寝なさい」

 

「姉さんは?」

 

「もう少しルルティエの様子見てから寝るわ。ほらほら男どもは出て行った」

 

 

 僕と父さんはルルティエの部屋から追い出される。

 部屋の前で立ち尽くす僕と父さん。

 父さんは二カッ笑って僕に拳を突き出す。

 僕も笑って、父さんの拳に自分の拳をぶつける。

 

 

「ほんに、よぉ頑張ったなあ。お前は自慢の息子だ」

 

「まだまだだよ。姉さんの言ってたように無茶して周りに迷惑かけたし・・・。

 それにアヤメ姉に泣かれたんだ。

 胸がもやもやするんだ・・・。もう泣かせたくない」

 

 

 それを聞いて父さんは、ガッハッハと豪快に笑い僕の背中をバンバンと叩く。

 

 

「いっちょまえに男になりおってからに。ムラジの孫娘のこと、惚れたか?」

 

「な、な・・・なっ!?」

 

「だったら一歩ずつでええ。強ぉなれ。力だけでなく心もな」

 

「・・・うん」

 

「それに安心せえ。アヤメとの縁、おとんは認めるけえ。ムラジも大歓迎だろうなあ」

 

「だ、だから父さん!そんなんじゃ!」

 

 

 ダッハッハ。と笑いながら父さんは自室へと戻っていく。

 そんないつもの父さんに安心しながら僕も自室へと戻って寝ることにする。

 

 

「ありがとう、父さん・・・」

 

 

 

 

 それから1週間後、ヤシュマ兄さんがエンナカムイから物資援助を受けて帰ってきた。

 またその2日後、母さんが帝都から薬草や特効薬そのものを買い付けて帰還。

 他の兄達やお供をした豪族たちも近隣諸国からの協力を取り付けることに成功。

 多くの薬師たちが各州の援助に回っているそうだ。 

 特効薬が十分な数確保でき、クジュウリ各地の薬師たちに広まる。あっという間にはやり病は終息していった。

 

 

「お兄さま、お茶が入りました」

 

「ルルティエが入れてくれたの?ありがとう」

 

「お母さまに教わりました」

 

 

 ヤシュマ兄さんが帰還したころにはルルティエは全快していた。

 ムラジさまの出してきた算術の宿題に頭を悩ましているときに、ルルティエの出してくれたお茶が嬉しい。

 

 

「ど、どうでしょうか・・・?」

 

「うん。美味しいよ」

 

「お兄さま、今回はその・・・本当に迷惑をかけました」

 

「迷惑なんて思うもんか。妹をどんな時だって助ける。それが兄ちゃんってものだよ」

 

 

 ルルティエは僕の言葉に嬉しそうに微笑む。

 ああ、なんて可愛いんだろう。僕の妹は神さまだって魅了するはずだ。

 

 

「それでお兄さま、すこし相談事があるんですが・・・」

 

「どうしたの?」

 

 

 ルルティエは突然立ち上がって、部屋の外へ行く。

 そしてすぐに入ってくるが、抱えているのは小さなホロロン鳥だ。

 

 

「ココポと名づけました。お母さまが世話をしてみなさいって・・・」

 

 

 そういえば母さんは帝都で特効薬以外にもいろいろ仕入れてたっけ。

 ルルティエの情操教育のために小動物も仕入れていたようだ。

 

 

「ココポかぁ。僕はレキ。よろしく」

 

 

 ココポという名のホロロン鳥は小さく首を傾げさえずる。

 それにしても"小さな"ホロロン鳥だな。生まれたばかりではないようだが平均のサイズよりやや小さい。

 

 ・・・それが後日、あんなに巨大に成長するなんてこのときの僕には想像すらしていなかった。

 

 

 

「それで相談事って?」

 

「お世話の仕方が分からないです・・・どうしたらいいでしょうか」

 

「愛情を持って接する、とか?」

 

「具体的にはどうすればいいんでしょうか」

 

 

 うーん・・・ルルティエの力になりたいけども、さっぱり分からない。

 動物の世話なんてウォプタルのカントくらいしかしたことがない。

 そうかウォプタル!

 

 

「ここはやっぱり専門家に聞くべきかな」

 

「専門家、ですか?」

 

 

 ルルティエとココポは小さく首を傾げる。

 

 

 

 

 

「それで私に尋ねに来た、わけね」

 

 

 ウォプタルに餌やりをしているシス姉さんのところを訪れた。

 姉さんは動物好き。

 言ってしまえば可愛いもの好きなため、ウォプタルの飼育の責任者としての立場にいる。

 広大なクジュウリを移動するにはウォプタルは欠かせない。

 母さんが帝都から新たに3頭連れて帰ってきたため姉さんはその飼育で忙しいようだ。

 

 

「母上はルルティエ一人で育てろ、なんて言ってないわけだしいいわ。私も協力するわ」

 

「ありがとうシスお姉さま!」

 

 

 ルルティエに微笑みかけられシス姉さんはデレデレだ。

 ココポはルルティエと、彼女と親しそうなシス姉さんを交互に見ている。

 

 

 

「私はシスよー。よろしくねココポ」

 

 

 姉さんはココポに指を出す。握手のつもりなんだろうが―――

 

 

 ガリッ

 

 

 嫉妬に駆られたココポは姉さんの指に思いっきり噛み付いた。

 

 

 

 

「何すんのこの馬鹿ドリーーーー!!」

 

 

 

 姉さんの絶叫が城中にこだました。

 これが姉さんとココポの間で繰り広げられる通称・百年戦争の始まりだということは僕とルルティエだけが知っている。

 

 

 




 本編だとココポって滅多に人に懐かない。
 ハクにいきなり懐いたことにルルティエはびっくりしてましたね。
 アニメ版だとマロロとはライバルみたいな間柄でしたし

 あとオーゼン皇の方言まじりの言葉使いが良く分かりません。
 西郷どん見てても薩摩弁とも違うっぽいし。
 ゲーム再プレイしてても登場シーンが少なくて掴みづらい。
 違和感あると思いますが、流してもらえるとありがたいです。


(オリジナルキャラ設定)
アヤメ 少年時代編のメインヒロイン。2歳年上の幼なじみで薬師見習い。希望の花言葉をもつアヤメが名の由来。
ムラジ アヤメの祖父でクジュウリの老薬師。オーゼンの相談役。有事の際は采配師も兼ねる。



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第四話 エンナカムイのオシュトル

ここから1話ずつの文量増やしていきます。
前話から3年経過。
「偽りの仮面」まであと7年です。


 ルルティエも感染した流行病の一件から、すでに3年の月日が経過した。

 あれ以降はココポの巨大化以外、特に大きな事件もなく平穏で。

 シス姉さんとココポのルルティエを巡る戦以外は・・・うん、平穏で。

 

 僕は13歳の誕生日を迎えていた。

 

 城だけでなく城下全体を上げてのお祭りにやや気は引けるが嬉しく思う。

 なによりもクジュウリ各地で忙殺されている兄たちが帰郷して祝ってくれる。

 こんなに嬉しい日はない。

 

 

「祭りの主役がこんなところに居ていいの?」

 

 

 城下を見渡せる丘に越しかけドンチャン騒ぎを眺めてると、一番会いたかったアヤメ姉が来てくれる。

 

 

「いいんだ。もうたくさん祝ってもらったし。皆が楽しむ番だよ。僕の誕生日は豊作の祝いも兼ねてるんだから」

 

 

 今年も災害はなく田畑から多くのものが収穫できた。

 それに加えてレキ皇子の誕生日なのだから2度めでたいとお祭りになっているんだ。

 もうじきまた寒い季節がやってくる。

 寒い季節は収穫が激減するし、田畑を休ませるところも多い。

 その前に皆めいっぱい楽しんでいる。

 

 

「アヤメ姉も「それ」・・・え?」

 

 

 呼びかけようとしたらなぜか指をさされて言葉を止められる。

 

 

「その姉って言葉・・・そろそろやめない?私達も少しは大人に近づいたし。その呼び方なんだか子供っぽいから。

 それにあなたは立場的には上に立つヒトなんだから」

 

「うん、えっと・・・アヤメ」

 

 

 うわ、うわ・・・呼び捨てにしてしまった。

 なかなかに恥ずかしい。

 それは彼女も同じようで。「ええ」と頷いた後に視線をそらしてなんだか頬を赤くしている。

 

 

「ところで、えっとルルティエから聞いたよ。一人前の薬師としてムラジさまから認められたって。おめでとう!」

 

「あ、ありがとう・・・」

 

「すごいよアヤメは。どんどん夢を実現していくね」

 

「まだまだよ。あくまでひよっこだって言われたもの。まだ助手止まり」

 

 

 僕たちがまだ小さかった頃、2人で将来の夢を語り合ったことがあった。

 お互い一人前の武士、薬師になること。

 先に願いを叶えた方がどんな命令だって言えるし相手が絶対にそれに答えるって約束だ。

 

 

「レキさまのほうはどうなの?ヤシュマさまと打ち合えるようになったと聞いてるわ」

 

「あれは打ち合えてるっていうのかな・・・一方的にぼこぼこにされてるんだけど」

 

 

 

 齢18を超え、ヤシュマ兄さんはクジュウリでは敵無しの武人にまで成長していた。

 そんな兄さん相手では僕なんか太刀打ちできずにいっつも脳天に木刀を食らって終わる。

 

 

「噂で聞くエンナカムイのオシュトルさんとどっちが上なのかってクジュウリ中で噂されるくらいだし」

 

「その名前最近良く聞くわね」

 

 

 3年前の流行病に真っ先に援助に駆けつけてくれたエンナカムイ。

 薬だけでなくその後の田畑の収穫の激減に対する援助すら行ってくれた。

 決して豊かではないのにこの国を助けてくれたこともあり、クジュウリの民はみなエンナカムイに感謝の気持ちを忘れない。

 以降、より親密な友好国として手を取り合っている。

 

 そのエンナカムイにて下位貴族でありながらイラワジ皇に側付に重宝されている若者がいるという。

 その名はオシュトル。

 ヤシュマ兄さんよりもやや年下らしいが齢15にして剣の腕は敵無しだって聞く。

 

 

「きっと兄さんやオシュトルさんのようなヒトが次の世代のヤマトを背負って立つんだと思う。

 だから僕も並び立ちたい。そう思うんだ」

 

 

 あの霊山を遠く見つめ、僕は立ち上がりそう宣言する。

 そんな僕を優しげに見つめるアヤメの視線には気づかなかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エンナカムイへのお供、ですか?」

 

 

 食事の席でヤシュマ兄さんにエンナカムイについて来い。と突然言われる。

 

 

「ああ。毎年この時期にはイラワジ皇に招待されて紅葉を見ながらの茶を共に楽しむことになっている。

 紅葉といえばイズルハだが、エンナカムイも美しさに心奪われるぞ」

 

 

 雅を愛するイラワジ皇と、落ち着いた趣味のヤシュマ兄さんはどこか波長が合うという。

 「本来は父上と共に伺うのだがな」と付け足す。

 父さんは八柱将のお役目のため、今は帝都に滞在されている。

 今国を預かっているのは母さんだ。重鎮たちはもちろんだがヤシュマ兄さんとシス姉さんの2人も補佐をしている。

 

 

「近々帝都にて仕官するというオシュトル殿に一度会ってみたくてな。

 加えて、そろそろお前のことを紹介しておきたい」

 

 

 オシュトルさんの名前がでたが、なにより自分が場違いすぎる気がしてならない。

 

 

「そんな自分なんてまだ・・・兄さんの足元にも及ばない未熟者なのに」

 

「そうやって自分を過小評価するのがお前の欠点だぞ。

 まあ、黙ってついてこい。堅苦しい席には俺が出る。お前には自由時間を多く与えるつもりだ。

 それにな、他の国を訪れるというのは視野を広げてくれるいい経験になろう」

 

 

 そんなトントン拍子で僕の初の他国への遠征・・・になるんだろうか。

 エンナカムイへの旅が決まった。

 

 そして2日過ぎ、あっという間にエンナカムイ来訪の日を迎える。

 

 

 

 

「気をつけて・・・無事に帰ってきてね」

 

「うん、行って来るよアヤメ」

 

 

 

 出発の朝、アヤメに見送りを受けた。

 まさか城門まで来てくれると思ってなかったので・・・うん、とても嬉しい。

 

 

「お兄さま方、お土産はいりません、どうか良き旅を」

 

「大丈夫。絶対に買ってくる!」

 

 

 ルルティエの見送りも心が温かくなる。

 

 

「私はお土産が欲しいわね。

 そうね・・・エンナカムイの地酒「コココココッ」ちょっと邪魔しないでよココポっ」

 

 

 シス姉さんと3年の間に一気に巨大化したココポは体をぶつけ合い、張り合いながら見送りしてくれる。

 僕たちは笑いながらクジュウリの城下を後にした。

 

 

 

 

 僕たちのエンナカムイへの旅は片道約4日。

 一緒に行動するのはヤシュマ兄さんとその護衛の2人。

 兄さんの側近でも特に腕の立つ2人だ。

 いつも訓練で僕と一緒にボコボコにされてて顔なじみでもあって安心だ。

 

 

「ところで弟よ。ムラジ殿のお孫さん、確かアヤメといったか。彼女とは随分親しいみたいだな」

 

「うん、幼馴染だからね。そっか兄さんとはあまり接点なかったね」

 

「ムラジ殿とは良く会うんだがな。しかしそうか。父上から聞いていたが良き縁ではないか」

 

 

 良きかな良きかなと兄は頷く。

 

 

「これは我が兄弟で真っ先に身を固めるのはお前かも知れんな」

 

「ちょ、兄さん僕まだ13だよ!?」

 

「何を言うか。元服まであと2つではないか。

 そしたら大人の仲間入りだ。父だって元服と同時に齢10も満たない母を縁談で娶ったと聞くぞ?

 別に不思議ではあるまい?」

 

「そ、それを言ったら長兄であるヤシュマ兄さんが真っ先に相手を見つけないと」

 

 

 それにはヤシュマ兄さんは「うーん・・・」と頭を悩ます。

 

 

「これまで修練や政務のみに生きてきたせいかこういったことには弱くてな。

 母上がいつも催促してきて敵わん・・・縁があるといいんだがな」

 

 

 結婚相手をみつけること。

 兄さんにとっては、最大の難問のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 4日という旅路は長いと思っていたが実際はあっという間だった。

 旅慣れた兄さん達と共にしてるだけあり、野営の準備は手早かったし、初めての経験である自分にとってはいい勉強になった。

 そして野盗などに出会うことなく、エンナカムイの入り口にあたるルモイの関を越えた。

 そして岩山の間に高くそびえたつエンナカムイの城門にたどり着いた。

 

 

「クジュウリ皇オーゼンが子ヤシュマである。そしてこの者は我が弟レキ。

 イラワジ皇のお招きに預かり参上した」

 

 

 

 兄さんが堅牢な門前でそう告げると閉ざされていた門が大きく開く。

 出迎えてくれたのは兄さんと年の近い、若き武士だった。

 

 

「よくぞ参られましたヤシュマ殿。レキ殿。護衛の方々、歓迎いたす」

 

 

 深く頭を下げ出迎えてくれるその人こそ・・・

 

 

「おお、そなたがオシュトル殿、か。こうして巡り合えた事大変嬉しく思うぞ」

 

「某も同じ気持ちです」

 

 

 兄さん達は堅く握手を交わす。

 武人同士の出会い、いい物だなあ、と感じてしまう。

 

 オシュトルさんに案内されて僕たちはエンナカムイの城門をくぐり城下へと進む。

 ゆっくりとした歩調でウォプタルを進ませるおかげでエンナカムイの風景を堪能できる。

 

 

「うわあ・・・」

 

「どうだレキ。エンナカムイは。クジュウリとはまた違った景色が素晴らしいだろう?」

 

 

 圧倒された僕の反応に兄さんは嬉しげに問いかける。

 

 

「レキ殿は祖国を離れたのは初めてで?」

 

「はい。兄さ―――兄上に勧められ訪れる機会を得ましたが、この景色だけでも来れてよかったと感じてます」

 

「御前にもお伝えください。きっと喜ばれることでしょう」

 

 

 僕の横に並んでオシュトルさんも微笑み、一緒に周囲を見渡す。

 

 

「何でも揃う帝都と比べ、確かにこの地は周囲は山に囲まれ、娯楽も少なく不自由ではあります。

 ですが、ヒトとヒトが寄り添い、力を合わせ生きていく本来のヒトの生き方がこの地には根深く息づいています。

 某はそんなエンナカムイを愛しています」

 

「僕―――いえ、私もオシュトルさんのその気持ち分かります。

 雪に閉ざされて不自由になることは多いけど、民に寄り添って生きるっていう父のクジュウリが大好きですから。

 オシュトルさんもクジュウリに一度来てほしいです」

 

「ふふっ、そうですな。折を見て必ず」

 

 

 

 

 

 城下の様子を見る限り、エンナカムイとクジュウリの気質は似ていると感じた。

 兵たちは収穫の手伝いをしているし、オシュトルさんの言うとおりヒト同士が力を合わせて生きているって理解できる。

 時折小さな子がこっちに手を振ってくれるので手を振り返したけども、どうも僕じゃなくてオシュトルさんに手を振ってたようだ。

 なんか恥ずかしい。

 

 

「オシュトル殿は人気者ですな」

 

「いやお恥ずかしい。御前には取り立てていただいてはいますが、主に城下の力仕事を良くしておりまして。

 あの子たちとはその時に良く話すんですよ」

 

 

 オシュトルさんに案内され僕たちはエンナカムイの城に着く。

 城の作りがまるで違う。床はすべて磨かれた木材で出来ているし厳かな雰囲気に包まれていた。

 さすが雅を愛するイラワジ皇なのだろう。

 廊下を歩くだけども、風情ある作り、金銀輝く下品な装飾は一切なく、質素だが確かに雅というものを感じる。

 

 謁見の間に通されると、オシュトルさんは横に控え、兄さんと僕は中心に。

 一緒に来た兄さんの側近は廊下に控えている。

 こんな謁見・・・初めてだからひどく緊張する。

 

 

「そう緊張するな弟よ。イラワジ皇は父と懇意のお方。そう身構えるものでもないさ」

 

 

 数刻も待たずに奥から足音が聞こえてくる。

 そして優しげな老人が姿を現す。

 

 

「よく来てくれましたなヤシュマ殿。そしてはじめましてレキ殿。イラワジと申す」

 

「御前お久しゅうございます」

 

「お、お初にお目にかかります!レキと申します」

 

 

 兄に習いイラワジ皇・・・御前さまに深く礼をする。

 そしてゆっくりと顔を上げる。

 

 

「ほほほ、良き目をしておる。オーゼン殿の文通り、未来を感じさせてくれるそんな目じゃ。

 では、オシュトル」

 

 

 御前さまはそう微笑み、オシュトルさんに声をかける。

 それにオシュトルさんは一礼し立ち上がる。

 

 

「ささやかではありますが宴を用意してあります」

 

「もう日が暮れますからな。話は食事の席でいたしましょう」

 

 

 

 通された大広間には僕たちクジュウリから来た4人分はもちろんだけども、8席用意されていた。

 オシュトルさんは御前さまの側付のようで隣に控えている。

 さらに2席が空いたままなんだけど・・・。

 

 

「レキ殿がいらっしゃるということなので、会わせたい者がおるのです。はいっておいで」

 

「は、はい!」

 

 

 ふすまが開き現れたのはまだ10歳にも満たないであろう少年だった。

 一見したら女の子と見間違えるくらい幼さが残った顔つき。

 

 

「ちょ、ネコネさん何処行くんですか!?」

 

「私は行きたくないです。場違いなのになんで行かなきゃだめなんですか」 

 

「兄上と約束したじゃないですかー!」

 

 

 なんかさらに小さな女の子と揉めてる。

 小声で説得して、ようやく2人で広間に入ってくる。

 少年は普通に歩いているが、少女の方は尻尾が伸び切っておりガッチガチに緊張している様子。

 あ、左足と左手が同時に出てる・・・。

 

 

「た、大変失礼しました!エンナカムイ皇イラワジが孫、キウルと申します」

 

「ネ、ネコネ・・・なのです」

 

 

 キウルという御前のお孫さん・・・つまりは皇子、とネコネという少女。

 御前が頷いたのを確認して2人は空いた席に座る。

 ネコネはオシュトルさんの方を見ている。緊張しているネコネをオシュトルさんは小さく笑う。

 そういえば、眉毛の形といいどことなく似ている。

 

 

「ネコネは某の妹です。下位とはいえ我が家は貴族。

 このような場を経験させておきたいという御前の心遣いでして。

 昨年、某は任務で離れていましたがヤシュマ殿はネコネにお会いしたそうですね」

 

「ええ。1年の間に大きくなりましたな」

 

 

 僕の視線に気づいてかオシュトルさんは説明してくれる。

 ヤシュマ兄さんとは面識あるみたいだ。

 

 

「久しぶりだねネコネちゃん。昨年話してた本、持って来たよ」

 

「ほ、本当なのですか?ありがとうなのです」

 

 

 そこでゴホンと御前さまが咳払いして皆は姿勢を正す。

 

 

「さて全員揃いましたな。では宴の方を始めましょう」

 

 

 皆が箸をとり、お膳に載せられた食事に手を出していく。

 木の実を使った前菜など食べたことのない触感と甘さで、とんでもなく美味しい。

 クジュウリとはまた違った食文化なんだと実感させられる。

 

 

「では御前、まずは一献」

 

「おお、すみませぬな。ではそちらも・・・」

 

 

 兄さんと御前さまは杯にお酒を満たし、語り合っている。

 謁見の間で出来なかった具体的な話は兄さんが今してくれているようだった。

 

 

「レキ殿は酒は飲めますかな?」

 

「申し訳ありません。実は・・・一滴も飲めなくて」

 

 

 オシュトルさんに酌を受けたいが、実は僕はまったくお酒が飲めない。

 体質的に弱いらしく、先日の誕生日の祭りの晩に一口飲んだだけで意識を失ってしまった。

 こんな大切な席で潰れるわけにも行かず、兄さんには酒を飲まないようにと念を押されている。

 

 

「武士を目指すものとして恥ずかしい限りです」

 

「まだレキ殿はお若い。いずれ杯を交わしましょう」

 

「はい。必ず」

 

 

 オシュトルさんは控えていた女官にお茶を出すように指示していた。

 そしてオシュトルさんは僕の隣の兄さんの側近2人に気を使って話をしている。

 そっか・・・オシュトルさんって立場的には彼らに近い立ち位置だし、話が進むんだろう。

 

 

 今後の勉強のために御前と兄さんの会話を聞きながら食事をすすめる。

 すると兄さんは肘で僕のわき腹をつつく。

 小声で、キウル皇子たちに聞こえないように言ってくる。

 

 

「レキ、お前は皇子とネコネちゃんの相手をしてやれ」

 

「ほほほ、実はレキ殿と同じくキウルもこういった席は初めてで。

 皇子という同じ立場もありまして、レキ殿と引き合わせたいと思ったのですよ」

 

「私とキウル殿を・・・ですか?」

 

「オーゼン殿とは良き付き合いをさせていただいておりますが私も高齢・・・。

 次の世代も、クジュウリとエンナカムイが良き関係が・・・未来永劫続けば良いと祈ってます」

 

「お心遣い、感謝します」

 

 

 今後の2国の関係のために、か。

 いずれ皇になるであろうヤシュマ兄さんとキウル皇子の2人で、の方がいいのかもしれない。

 だが比較的年齢が近い僕の方がより良い関係を築けるのかもしれないな。 

 

 見ると周りをキョロキョロ見渡して落ち着きがないキウル皇子。

 オシュトルさんの妹という皇族だらけで場違いと感じて縮こまってるネコネ。

 二人は完全に孤立していた。

 

 

「真っ先に挨拶すべきでしたが遅くなりました。クジュウリ皇オーゼンが子、レキといいます。

 キウル殿、ネコネさん。今後ともよろしくお願いします」

 

 

 お行儀とか知ったことじゃない。

 僕は食事のお膳を二人の間近に移動させて挨拶する。

 

 

「は、はじめましてレキさま。キウルですっ」

 

「はじめましてなのですっレキさま」

 

「そんな緊張しなくてもいいよ。僕もこういった席は初めてだからさ。それに様付けなんてやめてほしい。

 兄さんはともかく僕はそんな大層な立ち位置でもないし」

 

 

 あえて敬語をやめて会話することにした。

 2人もそんな僕の様子に少しは肩の力が抜けたようだった。表情が柔らかくなった。

 

 そして少しずつだけども2人とお互いのことを話す。

 キウルは弓の才能を認められ鍛錬しているらしい。

 武芸に秀でたオシュトルさんも弓だけは不得手らしく、そこだけはいつか追い抜きたい。

 そして背中を任せてもらえる男になるのだと夢見てる。

 僕もヤシュマ兄さんと並ぶ武士になるのが夢だと語ると、キウルは親近感が沸いたのか目を輝かせた。

 

 ネコネは勉学に勤しみ、将来は兄を支えるのが夢だという。

 まだ6つか7つほどの幼さだというのにたいしたものだ。

 オシュトルさんのことを褒めると、「そうなのです、そうなのです」と自分のように胸を張り自慢げだ。

 ・・・少しは打ち解けてくれたようだった。

 

 

「そういえばレキさんはエヴェンクルガ族なのですか」

 

「ちょ、ネコネさんっ!」

 

 

 キウルは触れちゃいけない話題だったと思ってるのか慌ててる。

 御前さまから側室の子、母親はすでに他界してるって詳細は聞いてるのか。

 もしくはクジュウリ皇族ってこともあって世間体には周知の事実なのかも。

 気にしてるようだが僕は笑って答える。

 

 

「あ、うん。もう亡くなってるけど母さんの血を受け継いでね。

 けど良く知ってるね。

 このヤマトではエヴェンクルガ族は少ないはずだけど」

 

 

 僕が知る限りはイズルハに少数ながら一族がいるはずだ。

 けど母さんはイズルハ出身ではなく異国出身。

 トゥスクル建国前の戦乱の時代に海難事故でヤマトに流れ着いたと父さんから聞いたことがある。

 

 

「高地に住む義に厚い一族だと本で読んだのです。

 義はエヴェンクルガにあり。と言われると聞いたこともあるのです」

 

「母さんがそんなヒトだったよ。

 僕はそんな母さんのように、義に篤い武士を目指してる。

 あ、でもオシュトルさんもまさにそんな感じだよね」

 

「そうなのですっ!レキさんは本当に分かってるのです」

 

 

 気を良くしたネコネは尻尾をブンブン振って自分の兄自慢を始める。

 宴が終わるまで僕たちの話は尽きることなく、絆を深めることが出来たと思う。

 

 

 




オシュトルたちエンナカムイ勢登場です。
年齢に関してですが原作では触れられてなかったので年上組は


ヤシュマ 18歳  → 偽りの仮面時 25歳
シス 19歳  → 偽りの仮面時 26歳
オシュトル 15歳 → 偽りの仮面時 22歳


となるように設定してます。
オシュトルは現時点では元服したての若武者という設定。
元服後、帝都にて仕官したと考えてます。

デコイである彼らは長寿で外見と実年齢が一致しないようだけども。
十数年経っても少年のままなドリグラなんかがいい例です。


レキは偽りの仮面時に20歳になる予定です。

また原作「二人の白皇」でヤシュマとオシュトルは初対面になりますが今作品では事前に出会っています。
雪山でハク(マシロ)が世界に干渉したため、異なる世界線に分岐したと考えてください。
そのため、原作では起きなかった出来事が少年時代から立て続けに発生する予定です。


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第五話 暗躍するものたち

 平和そのもののエンナカムイではあるが、その中にも暗躍するものがいた。

 森深くの洞窟の中、彼らはいた。

 

 

「アニキ、本当にやるつもりなのか・・・?」

 

「なんだあ?モズヌてめえ怖気ついたのか」

 

「だ、だがよぉ!いくらなんでもそれは道を外れすぎじゃんよ!」

 

 

 モズヌと呼ばれたまだ10代後半の山賊の少年は自分の山賊の頭目にそう意見する。

 だがその意見は頭目をイラつかせるものだったらしい。

 返答代わりに顔面を思いっきり殴られ吹っ飛ぶ。

 

 

「ああん?てめえ、いつから意見できるほど偉くなったんだ?

 浮浪児だったてめえを拾って育ててやったオレはいわば親だろ。子は親に絶対服従のもんなんだよ。

 舐めた口聞くと殺すぞ」

 

「っ・・・」

 

 

 他の山賊たちもモズヌの様子に「甘ちゃんモズヌ」とケタケタと笑う。

 

 

「クジュウリとエンナカムイの会合の日だ。そん時を狙うぞ」

 

「「へえ!親分!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宴の翌日。朝食を終えた頃。

 エンナカムイの調練場では、皆が息を飲む激闘が繰り広げられていた。

 

 

「はあああああ!!!」

 

「くっ!」

 

 

 ヤシュマ兄さんは掛け声と共に槍で眼にも止まらぬ連続突き。

 それをオシュトルさんは剣でいなしていく。

 

 

「この隙をっ!」

 

「させぬ!」

 

 

 連続突きが収まった瞬間、オシュトルさんが距離をつめるが、それを兄さん槍の柄で払い封じる。

 瞬時に攻防が入れ替わり続け、かつ決定打をお互いに封じあう達人同士の戦いに息すらできない。

 まさかここまでとは思わなかった。

 全力での打ち合いをする兄さんを見るのも初めてだがそれに拮抗するオシュトルさんも桁外れだ。

 だが・・・。

 

 

「・・・オシュトルさんの方が上かな」

 

「え?互角に見えるんですが」

 

 

 キウルは互角だと感じてるようだけども、兄さんの表情には明らかに余裕がなかった。

 

 

「攻撃範囲の長い槍相手に不利な筈の刀剣で競り合ってる。剣同士だと確実にオシュトルさんが上だ」

 

「でもヤシュマさまは槍の名手なんですよね?」

 

「確かにそうだけども、もっとも得意なのは剣術なんだ。

 僕が槍が得意ってことで、今回は僕に手本を見せるって意味で槍を選んだんだ」

 

 

「「うおおおおおおお!!!」」

 

 

 お互いが自分の獲物に全力をこめて打ち合ったとたんに、獲物が壊れる。

 仕方ない。

 模擬戦ってことで互いに大怪我を負わないため、木製の武器なのだから。

 

 

「折れてしまいましたな。ここまでにしましょう」

 

「ええ。しかしこのまま続けていたら確実に私が負けてたな・・・」

 

「何をおっしゃるか。まだ奥の手を隠してらっしゃるのは某には分かっておりまする」

 

 

 オシュトルさんとヤシュマ兄さんは笑いあい堅い握手をする。

 

 

「噂では帝都に仕官すると聞く。きっとその腕ならば敵無しでしょう」

 

「まだ御前から許しは頂いておりませぬが、そうなれるよう精進しましょう!」

 

 

 

 兄さんはこちら側に戻ってくる。

 

 

「ヤシュマさまお疲れ様です」

 

「ああ、ありがとうネコネちゃん」

 

 

 ネコネから手ぬぐいをうけとり兄さんは汗を拭く。

 

 

「ここまでの傑物だったとは・・・。君の兄さんは将来ヤマトを背負って立つ漢に違いない」

 

 

 兄を褒められネコネはまた自慢げに荒くして胸を張っている。

 なんか微笑ましい。

 

 

「さて次はレキ、お前だぞ」

 

「へ?」

 

 

 兄さんは立てかけられてる木製の槍を一本こっちに投げてくる。

 それを反射的に受け取るが・・・どういう意味?

 そういえば兄さんはこっちに戻ってきたけど、オシュトルさんはあの場所に残ったままだ。

 

 

「行って来い。あの雪の日から3年・・・。お前がどれほど強くなったのか俺にみせてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【オシュトルサイド】

 

 

 

 レキ殿はヤシュマ殿から槍を受け取り、緊張した面持ちでこちらに来る。

 赤みがかった黒髪。長髪を後ろで編みまとめた幼げの抜けぬその顔つきは一見したら弱弱しく見える。

 身長もその年の少年にしてはやや小柄だ。体格にも恵まれていない。

 だが、槍を持った途端に目つきが変わる。

 間違いなく目の前の少年は戦士だ。

 

 

「よろしくお願いします」

 

 

 深く礼をして槍をやや下に構える。

 

 

「では、参ろうか」

 

 

 新しい木刀を手に取り、正眼に構える。

 ヤシュマ殿は今朝こう告げていた。

 『あいつは強い。本気で相手をしてやってくれ。数年もすれば俺を越える逸材だ』

 

 ならばその強さ、確かめてみよう。

 

 

 

 レキ殿は深く呼吸をし、気を練る。

 

 

「いきます!」

 

「来い!」

 

 

 瞬間、レキ殿の踏み込みに耐え切れず彼の足元の地面が砕けた。

 そしてすでに目の前に槍の穂先があった。

 

 

(む、疾い)

 

 

 踏み込みと突きの速度はすでにヤシュマ殿以上か。

 突きを紙一重でかわし続け、隙を見つけて槍を剣で弾きとばす。

 レキ殿の槍は手から離れ、彼の背後の地に刺さる。

 

 確かに速いが年相応の荒削りさがある。

 ヤシュマ殿のような正確無比な突きにはまだ到達できていない。

 

 槍を弾かれたことでレキ殿は大きく体勢を崩す。

 それを逃すわけにはいかない。

 踏み込んで横薙ぎ。

 

 

「まだっ終われない!!」

 

 

 某の横薙ぎをレキ殿は地に身を倒し避ける。

 そして地面から足蹴りで私の剣を蹴り飛ばす。

 

 勢いをつけて飛び上がり立ち上がると、徒手空拳のまま構えを取る。

 

 

「なるほど・・・槍よりもそちらの方が得意とみえる」

 

「武器を失った際の戦い方は姉上から徹底的に叩き込まれてるので、まだ戦えます」

 

 

 ふっ・・・いい目をしている。

 レキ殿に頷く。彼も頷き背後の地に突き刺さった槍を抜き再度構える。

 某も転がった木刀を拾い構えなおす。

 

 

「はっ!」

 

 

 今度は某から攻めてみる。

 斬撃と突きを織り交ぜた連続攻撃。

 それを余裕はないようだが確実に防いでくる。

 

 先ほどの吹き飛んだ際のとっさの判断に、この防御。

 力こそ足りないものの反応速度と判断力はヤシュマ殿に迫るものがある。

 これでまだ元服していないというのだから末恐ろしい。

 これがエヴェンクルガの血か。

 

 あと2年で某と同じ年齢。

 2年でどこまで強くなるのかこの目で確かめたくなる。

 間近で成長を見守ることの出来るヤシュマ殿は本当にうらやましい。

 

 だったら某も彼にひとつ手土産を渡したくなる。

 

 某はあえて隙を作る。

 その隙を逃さないとレキ殿は力をこめ全力の突きを放つ。

 だが某は横に軽く避け、槍を下から切り払う。

 そして剣の切っ先をレキ殿のあごに当てる。

 

 

「勝負あり。ですな」

 

「はぁ・・・はぁ・・・あ、ありがとうございました」

 

 

 レキ殿は槍を拾い、「すごいですよレキさん!」と駆け寄ってくるキウルと仲よさそうに話している。

 

 

「お疲れ様なのです兄さま」

 

「うむ、ありがとうネコネ」

 

 

 ネコネから手ぬぐいをもらい汗を拭く。

 

 

「あの・・・オシュトルさん」

 

 

 レキ殿がキウルと共にこちらに歩いてくる。

 

 

「さっきの最後のは・・・」

 

「ああ、レキ殿は正攻法な戦い方しか教わってないようだったからな。

 あえて隙を作り、敵を誘い出し倒す。そういった戦い方もあることを覚えておいて欲しい」

 

「あ、ありがとうございました!」

 

 

 レキ殿は深く礼をする。

 そんな彼に私は手を伸ばす。

 

 

「いずれ、こうしてまた打ち合いたいものです」

 

「はい!必ず!!」

 

 

 レキ殿は感極まった表情で嬉しそうに某の手を握り返してくれる。

 真っ直ぐすぎるそんな姿をまぶしく感じる。

 某は幻視する。

 将来、この者と肩を並べて戦うことを。

 帝都で笑いあい、共に杯を交わすことを。

 そんな未来が来ることを本当に望む。

 

 

 

 

 

 

 

 

【レキサイド】

 

 

 オシュトルさんとの模擬戦を終えて、僕たちは城下の郷にいた。

 キウルがやたら「すごいすごい」と言って来るようになった。

 片時も離れないし。

 どういうわけか彼の好感度がとんでもなく跳ね上がったらしい。

 キウルが兄と慕ってるオシュトルさんに呆気なく負けたというのに、どうしてこうなった。

 

 

「兄さまもレキさんを褒めてたです。元服後が楽しみだ、と笑ってましたですよ」

 

「とてもじゃないけどあと2年であの領域には到達できないよ。

 オシュトルさんはヤマト屈指の傑物だよ」

 

 

 その2年でオシュトルさんは更に強くなるだろうに・・・。

 帰ったらもっと兄さんとの鍛錬に励まないと。

 

 

「ところで・・・僕たちは御前さまたちと一緒に行かなくて良かったのかな?」

 

 

 実は今現在、城では紅葉を眺めながら茶会が開かれている。

 主賓である兄さんも呼ばれてるし、オシュトルさんも御前さまの側付ということで出席している。

 

 

「お爺さまから、レキさんに郷を案内するように言われてます。

 ヤシュマさまからも『姉上のお土産の確保頼んだ』と伝言を頼まれました」

 

「ああ・・・シス姉さんのお土産忘れてた」

 

 

 姉さん出発前にココポに邪魔されながらもエンナカムイの地酒を買ってきてって言ってたな。

 どうせならルルティエの分、アヤメの分も何か買ってあげたい。

 

 ネコネが案内担当するようで、僕とキウルは彼女に従ってゆっくり歩く。

 

 

 

 案内といってもクジュウリ同様、施設はそう多くない。

 住民の集まる食堂だったり、お爺さん達がショーギという遊戯をしていた集会場だったり。

 あとはのどかな田園だったり。

 行く先々で大人たちが饅頭だったり食べなれないお菓子だったりをくれるので空腹に困らない。

 というかみんなネコネを可愛がりすぎでしょ。

 

 

「お腹一杯・・・」

 

「あはは・・・」

 

 

 キウルも僕と同じ状態らしく苦笑い。

 

 

「ではお茶を飲むとするのです。ついてくるといいのです」

 

 

 

 ネコネに案内されたのは田園を越えた先にあるとある一軒家。

 普通の民家にしてはすこし作りがしっかりしてる。

 

 

「ここは?」

 

「私と兄さまのおうちなのです」

 

「え?いきなり来ていいの?」

 

「はいなのです」

 

 

 てくてくと気にせずにネコネは早歩きで扉をあけ「母さま帰ったですよ」と声をかける。

 僕たちもネコネにしたがって、「お邪魔します」と言って玄関に入る。

 

 どこか優しい香りがする。

 アヤメの家とは違うがどこか似た生活の香りが。

 

 

「お客さまをつれてきたです」

 

「おかえりなさいネコネ。それにキウルさまかしら?よくいらっしゃいました」

 

「こんにちわトリコリさん。お邪魔します。あ、これおじいさまからです」

 

 

 壁に手をつけてゆっくり歩いてきたトリコリと呼ばれた女性はネコネのお母さんのようだ。

 キウルはお辞儀して小包みを手渡す。

 小包みを手で触って形を確かめてるようだ。

 ・・・ひょっとしてこのヒト、目が。

 

 

(はい、なのです。母さまは目が不自由なのです)

 

 

 僕の考えてることが分かったようでネコネは疑問に答えてくれる。

 

 

「・・・あら?もう一人いらっしゃるのね」

 

「はい。お初にお目にかかります。クジュウリ皇オーゼンが息子レキと申します」

 

「クジュウリからのお客様ね。このような何もないところにようこそいらっしゃいました」

 

「とんでもない。エンナカムイはとても素晴らしいところです。

 それにこの家も大切にされてる良い優しい香りがします」

 

 

 ネコネはボソッと「恥ずかしいのです・・・」と呟く。

 僕たちはタトコリさんに案内されて居間に座り、お茶を頂く。

 

 

「旨いですね・・・」

 

「あらそうですか。ネコネ良かったわね」

 

「ひょっとしてネコネが?」

 

「そ、そうなのです・・・」

 

 

 うん。ルルティエのお茶も旨いが、ネコネの煎れるお茶も美味しい。

 茶葉が違うということもあるのだろうけど熱過ぎず温すぎずの具合が絶妙だ。

 

 

「最近は目が更に悪くなってネコネがよく家事を手伝ってくれるのですよ」

 

「そうなんですね。ネコネはしっかりものですね」

 

「ええ。・・・ふふ、そうね、レキさまは決まった相手がいるのかしら?」

 

「・・・はい?」

 

 

 トリコリさんはなんだか妙に笑顔でそんなことを聞いてくる。

 

 

「まだ幼いけど、ネコネは将来しっかり者のお嫁さんになると思うわ」

 

「確かに。ネコネは魅力的な女性になると思いますね」

 

「うなっ!?」

 

 

 トリコリさんの言葉に同意してるとネコネは飛び上がってびっくりしている。

 

 

「レキさまのお嫁さんにどうかしら?」

 

「母さまっ!?」

 

「なっなっ・・・!!!」

 

 

 キウルもようやく話が理解できたようで僕とネコネを交互に見てくる。

 

 

「だ、だだだだだ駄目ですよトリコリさん。ネコネさんにはまだ早すぎるお話です」

 

「あらそうかしら?」

 

「そうですよ!!」

 

 

 どうしてそこで必死になるキウル。

 どうして、そんなに妬ましい目でこっちを見るんだ。

 その視線に耐え切れず、僕は咳払いしトリコリさんに対し姿勢を正し返答する。

 

 

「魅力的はお話ですが、今はお断りさせてもらいます」

 

「え・・・?」

 

 

 僕の言葉にネコネとキウルが不思議そうな目でこちらを見る。

 

 

「こういったことは本人の気持ちが大切ですし。

 それに自分には心に決めたヒトがいるんです。だからお受けするわけにはいきません」

 

 

 脳裏に浮かぶのは3年前。雪山で無茶した後に泣きじゃくってた幼馴染の姿。

 あのときから憧れだった年上の幼馴染は、僕の中ではもっとも大切なヒトになっていた。

 父は皇族なら側室を持っても良いものだ。と常々言ってたが、愛するのならば一人だけと決めている。

 

 

「そう。レキさまは真面目で一途な方ですね。でも心変わりしたらいつでも―――」

 

「うなーーーっ、母さま!」

 

 

 あ、ネコネが爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネコネの家を後にして僕たちは城下の中心にまで戻ってくる。

 

 

「ほんっとうに失礼したです」

 

「娘の未来を考えてるいいお母さんだと思うよ」

 

「それはそうなんですが・・・」

 

 

 おせっかいすぎるのです。とブツブツと文句を言ってる。

 僕とキウルはそれに苦笑いする。

 

 

「あはは・・・でもレキさん、恋人がいたんですね」

 

「いやいやただの片思い。向こうは手のかかる年下の幼馴染としか思ってないだろうし」

 

 

 皇族と相談役の孫娘という立場の違いがあるのに一度も敬語使ってきたことないし。

 いつも態度はそっけないし。

 ただの弟分としか見られてないっぽい。

 現状、全くの脈無しだと思うが、負けないぞ。と常に思ってる。

 

 

「僕たち、仲良くなれそうです!」

 

「そ、そうか?」

 

 

 キウルは「同士!」と小さく呟いて握手してくる。

 まあ・・・さっきので分かったけども、キウル、ネコネに片思いしてるんだな。

 

 

「そういえば気になってたんだけど、ネコネのお父さんは?見かけなかったけど・・・」

 

「父さまは・・・もう亡くなってるです」

 

 

 ネコネは目を伏せそう告げる。察するべきだった。

 これは聞いちゃ駄目だった。

 

 

「気にしなくていいのです。お役目を果たし立派な最後だったのです。

 兄さまが帝都に仕官しにいくのだってそんな父さまのような男になるためだと言ってたのです」

 

 

 そう言葉にするネコネだが、幼いときに片親を亡くすのはとても辛い。

 僕だって物心ついたころには母さんは亡くなっていた。

 正室のもう一人の母さんが変わらず愛情を注いでくれたから平気だったけども。

 だけどももし父さんだけだったらきっと寂しかったと思う。

 

 それにしても僕が死んだ母さんの生き方に憧れたように、オシュトルさんも同じだったんだ・・・。

 

 

「ありがとうネコネ。話してくれて」

 

 

 僕は感謝を述べ、ネコネの頭を撫でる。

 

 

「はいなのです。さ、案内も一通り終わりましたし、お土産買いに行くです」

 

 

 ネコネに案内されたのは比較的郷の外れに位置する雑貨屋。

 お土産屋という場所はないが、さまざまなものが揃う店のようだ。

 

 

「あ、地酒発見。姉さんと・・・あと父さんと母さんの3本でいいか」

 

 

 3種類あったからちょうどいい。

 

 

「妹さんのお土産ってこれがいいんじゃないですか」

 

 

 キウルが指差してくれたのは花びらの髪飾り。

 あ、すごくルルティエに似合いそう。

 種類も多かったが、特に似合いそうな桜の花びらの髪飾りにした。

 

 あとは本命・・・アヤメのお土産だ。

 

 

「こればかりは自分で決めないとな・・・」

 

 

 髪飾りなんて感じではないし。

 ルルティエと被ったらおまけで買ってきたって思われそうでそれは嫌だ。

 

 

「結構悩んでますね・・・」

 

「うん。そうだキウルもネコネになにか贈ったらどう?」

 

「な、なななっ・・・!?」

 

 

 周囲を見回す。

 ネコネは外で近所のおばちゃんに捕まって世間話をしてる。

 今ならこっそり買うことができるだろう。

 

 キウルもそれを確認して緊張した面持ちで頷く。

 片思い同盟。ここに行動を開始する。

 

 僕たちはさっきよりも入念に店を物色する。

 血走った目をしたキウルに店の店主も唖然としているが。

 

 

(ん?これって・・・)

 

 

 翠色をした変わった石の首飾りだ。

 触ってみるが妙に艶があって陶器で出来てるんじゃないかっていうくらい軽い。

 だというのに宝石のような輝きがある。

 

 

「ああ、それは隣の島国で作られたものらしいぞ。帝都でも手に入らない一品だ」

 

「島国っていうとトゥスクル?」

 

「ああ、確かそんな名前だったな」

 

 

 店主の親父さんの説明を聞いて、僕はこれを手に取る。

 手持ちの金額的にはギリギリだけども。

 ・・・母さんの生まれ故郷の首飾りか。

 運命めいたものを感じるし、なにより綺麗。

 

 

 

 

 

 僕が買い物を終えてもキウルは「うーん・・・」と悩み続けていた。

 

 

「早くしないとネコネ帰ってくるよ?」

 

「わ、分かってるんですけど・・・」

 

 

 あれ?ネコネがいない。

 

 物色を続けるキウルを置いて店の外に出る。

 すっかり夕ぐれの町並み。

 入り口で世間話をしてたおばちゃんたちはすでに帰ったらしい。

 だったら入り口でネコネが待ってるはずなんだけども。

 

 

「どういうことだ?先に城へ戻った?・・・いや彼女の性格上それはない」

 

 

 だったら自分の家に忘れ物したから戻ったか?

 いや、それも必ず僕たちに報告してから行くだろう。

 

 

「どうしたんですかレキさん」

 

 

 ようやく買い物を終えてキウルが雑貨屋から出てくる。

 

 

 

「ネコネがいないんだ」

 

「僕たちより先に城に―――いえ、それは」

 

 

 キウルもそれはありえないと気づいたんだろう。

 

 

「あ、あれ。ネコネさんのだ」

 

 

 キウルが一枚の布を拾う。

 それはネコネが身に着けていた肩かけだった。

 

 

「ネコネさん・・・ネコネさん!」

 

 

 キウルは異常に気づきネコネを呼びかける。

 

 

「キウル、ここに人さらいなんて来ないよね?」

 

「来るわけないです。ここエンナカムイは事件だって起きない平和そのものの国なんですから」

 

 

 そのとおりなんだろう。

 けど・・・だからこそ思う。その思い込みこそが甘かったんじゃないのか?

 この国の気質は皆が助け合い生きていくというもの。

 だから他人を疑うなんてことはしない。

 犯罪なんて起きないものなのだと。だれもが油断しきってる。

 

 

 

「キウル。オシュトルさんたちに報告しに城までひとっ走り頼む。僕は聞き込みをしてみる」

 

「は、はい!!」

 

 

 

 ・・・目の前が真っ青になる。

 

 ネコネが攫われたかもしれない。

 まだ断定はできないが、もしそうならば・・・僕はどうすればいい。

 

 

 

 




 微妙にネコネルート突入しかけてますが、まだこの時点だとネコネ7歳なので。
 皇族の縁談なら幼くても十分ありえますがお母さん先走りすぎです。

 ネコネは偽りの仮面時で14歳になる予定。本編ではもっと幼そうだけどもしっかり者なので。
 幼すぎたら、殿学士になるための試験すら受けさせてもらえないと思うので。
 最低でも小学生は越えて13歳以降の中学生の年齢あたりじゃないと厳しいんじゃないですかね。
 長寿ゆえに原作でも実年齢が公開されてないところが悩ましいところです。

 書き溜めてたストックがこれで最後なので、次話以降毎週土日での更新になると思います。


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第六話 ネコネとモズヌ

 

 エンナカムイの夕ぐれ時。

 ネコネが忽然と姿を消した。

 ネコネの肩掛けが落ちていたこと。

 城下の外れということもあって僕とキウルはネコネが誘拐されたのでは、と疑う。

 

 キウルにオシュトルさん達への報告を頼み、僕は迷子になったと事情を伏せて住人たちに聞き込みをする。

 僕とキウルが買い物している間に外でネコネと世間話をしていたおばさん達にも聞いた。

 なんでも、晩御飯の買い物の途中だったらしくおばさん達は少し前に店の前から離れたらしい。

 ネコネは僕たちの買い物を待つ、と言っていたらしい。

 他の農作業をしている人たちも僕たちと歩いているところ以外は見ていない、とのこと。

 周囲の聞き込みを終え、最初の雑貨屋の前に戻る。

 陽は落ちかけ、あたりは薄暗くなりつつあった。

 

 

「だとすると・・・」

 

 

 ネコネの肩掛けが落ちていた方向・・・城下の外れ、木々が多い茂る森の方に視線を向ける。

  

 

「レキさーーーん!!!」

 

 

 キウルの大きな呼び声で振り返る。

 彼は僕に手を振り走ってくる。

 その後ろにはヤシュマ兄さんと側近2人。護衛をつれた御前さまがやや急いだ歩幅でこちらに。

 

 

「ネコネさんは?」

 

 

 キウルの問いかけに首を横に振る。

 少しは期待していたんだろう、涙目になっている。

 

 

「御前さま、申し訳ありません。私が傍にいながらこのような事態を招いてしまって・・・」

 

 

 僕は御前さまの前に跪き頭を下げるが、御前さまはそれを手で制する。

 

 

「レキ殿に非はござらん、頭をあげられよ」

 

「はい・・・」

 

 

 僕は皆に聞き込みの結果を報告する。

 御前さまは護衛の一人に声をかけ、その人は足早に城門の方へ駆けていった。

 

 

「兵たちにも聞き込み、見回り、捜索をさせます。ヤシュマ殿、レキ殿、その護衛の方々。

 あとはこちらで行います。どうぞお休みください」

 

 

 御前さまは客人たちを巻き込まないように気を使ってくれる。

 だが・・・。

 

 

「確かに部外者である我らが深入りすべきではないかもしれぬが・・・レキはどうしたい?」

 

 

 兄さんの問いかけと、僕に視線を向ける側近たち。

 不安げなキウルの視線も突き刺さる。

 

 

「御前さま。私にも協力させてください。いえ、協力しなくちゃ駄目なんです。

 ネコネは私の大切な友人です。キウルと共に、私にとても良くしてくださいました。

 それはこの場だけでなく、一生涯・・・。続けていきたい絆です。

 ならば最悪の事態に巻き込まれてるなら微力でも力になりたいんです」

 

「レキさん・・・!」

 

 

 キウルの目に光が戻ったように見えた。

 ヤシュマ兄さんは僕の肩にドンと手を置き、「決まりだな」と側近たちと頷きあう。

 

 

「そういうわけです。私たち全員。捜索に協力させてください」

 

「かたじけない」

 

 

 御前さまは僕たちに深くお辞儀をしてくれる。

 

 

「ところで・・・オシュトルさんは?」

 

 

 ここに来たときからオシュトルさんの姿は見えなかった。

 母のトリコリさんに報告にいってるのか、それとも捜索の陣頭指揮をとっているのか。

 

 

「それが・・・兄上も忽然と姿を消してしまったんです」

 

「な、なんだって!?」

 

 

 キウルの返答に僕はただ呆然となった。

 御前さまからの説明だと、紅葉を見ながらのお茶会には確かに参加していたらしい。

 だがキウルが報告に戻ったときには姿がなかったという。

 

 

「まさかオシュトルさん、一人で助けに行ったんじゃ」

 

「だとしても・・・何の情報もないまま一人で闇雲に突っ走るか?

 オシュトル殿であるならば身内の危機だとしても皆と策を講じ、それで動くとは思うが」

 

 

 兄さんのその言葉には皆が納得して頷く。

 

 

「御前さま。城下の外で何か施設や洞窟などはあるのですか?」

 

「施設ならば山を登った先の湖の近くに清掃用の小屋が。

 洞窟は複数ありますな・・・。だいたいの場所は把握できております」

 

「ならば複数の班に別れ捜索に当たったほうがよろしいでしょう。

 まずはその場所を全てあたりましょう。彼女が監禁されているならそのどこかにいるかもしれません」

 

 

 ヤシュマ兄さんの言葉に御前さまは頷き、護衛の人に視線を向ける。

 

 

「そなたは城の警備に当たっているもの以外の兵をここに集め、郷の男衆にも声をかけよ。

 オシュトルはネコネを人質にとられ呼び出されたかもしれん。

 誘拐犯がいるなら武装しているだろう。皆にも武装を忘れぬように呼びかけよ」

 

「はっ」

 

 

 残りの護衛の人は敬礼し、周囲の野次馬の住民に声をかけ、自身は他の兵を呼びにいった。

 そして程なくして、総勢50名は越える兵や屈強な男衆が終結する。

 

 

「皆、聞いていると思うが、ネコネが誘拐されたかもしれん。

 それと同様にオシュトルも脅迫されて呼び出されておる可能性が高い。

 すまぬが、皆の力を貸してはもらえぬだろうか?」

 

 

 御前さまの言葉に「なにをおっしゃいますか」と民から声があがる。

 

 

「オシュトルさまとネコネちゃんはこのエンナカムイの、われらの宝!皆、気持ちは一緒です!」

 

 

 民や兵から威勢のいい声があがる。

 オシュトルさんとネコネは皆から心底好かれているのだと理解できた。

 

 

「イラワジさま・・・私にもご協力させていただけませんか」

 

「トリコリさん・・・?」

 

 

 女官さんに体を支えられ、オシュトルさん達の母・トリコリさんは男衆の後ろから姿を見せる。

 

 

 

「この通り私は体が弱いですが・・・息子と娘が危機に瀕していて何もしない母がいるでしょうか」

 

「うむ・・・ではトリコリ殿。

 この広間に陣を敷きますゆえ、その準備と女官の指示役を。

 捜索から戻った者、かつ2人が戻った際に暖かい食事を与えたい。皆と炊き出しをお頼み申す」

 

「はい・・・」

 

 

 トリコリさんは御前さまの傍に控えていた僕とキウルの前にやってきて頭を深く下げる。

 

 

「せっかくお越しいただいたのにご迷惑をおかけします・・・」

 

「迷惑なんかじゃないです。御前さまにも伝えましたが、僕にとってネコネは大切な友人です。

 このエンナカムイでネコネとキウルに出会えたことは生涯を通しても重要なことだと思ってます。

 それにオシュトルさんは僕が目指す武人の一人です。

 だからこれからも笑い会えるように2人を必ず助け出します」

 

 

 震えるトリコリさんの手を握り、そう約束する。

 さあ・・・次はその言葉を真実にする番だ。 

 

 

 

 

 

 班分けが終わる。3人一組で行動することになった。

 ヤシュマ兄さんは側近の二人と共に最有力候補の湖方面へと向かうことになった。

 

 

「さてレキ。お前は西方面だったな。分かれるがくれぐれも・・・」

 

「うん。突っ走ったりしない。だから兄さんもご無事で」

 

「野盗程度で返り討ちにあったりはせんよ。例えガウンジに踏まれようが頑丈なのが俺の取り柄だ」

 

 

 じゃあな。と兄さん達は早速、湖方面へと向かう。

 同じ方向を目指す他の班の人たちに案内してもらうようだ。

 

 

「ではレキ皇子、若。自分が道案内いたします」

 

 

 僕とキウルが共に行動するのはエトゥという御前さまの側近の一人だ。

 弓の名手でキウルの教育係の人らしい。学問に加え弓の師匠だという。

 

 すっかり陽が沈み、あたりは真っ暗だ。

 たいまつを手にし、僕たちは敵襲に備え、ゆっくりとした歩幅で警戒しながら森を進む。

 どうかネコネ、オシュトルさんご無事で・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い洞窟の中、ネコネは恐怖と戦っていた。

 泣き出しそうな、震える腕をもう一本の手でギュッと押さえつけて、木箱の上で座り酒を煽る山賊の頭目を睨む。

 

 

「まあ、そう睨むなって。お前の兄貴に用があるだけだ。

 抵抗しなきゃ危害を加えねえよ。ガキのお前に手を出す趣味趣向はねえさ」

 

 

 ギャハハと下品に笑う無精ひげの生えたその男は額に大きな刀傷があった。

 

 

「お、この傷かい?お前の兄貴につけられたんだよ。

 ちょっと人さらいをしてる最中に邪魔しやがって。あの小生意気な小僧」

 

「人・・・さらい?」

 

 

 だったら自分も売られてしまうのか。

 そう思うとネコネは恐怖で尻尾が跳ね上がる。

 

 

「お前の兄貴を始末したら帝都につれてってやるよ。

 どうせこんな田舎にいてもつまらんだろう。いい思いさせてやるよ」

 

「ちょ、ちょっと待つじゃん・・・」

 

「ああ?」

 

 

 下品に笑いあう山賊たちの前に、ネコネの傍にいた苦々しい表情をしてた手下が立つ。

 

 

「なあ、アニキ。もう一度考え直すじゃん・・・。仕返しで始末とか、人の売買とか度を越えてる」

 

 

 恐怖で震えながらその男は頭目に意見する。

 頭目は「そうかそうか」とニタニタしながら歩み寄り、震える男の肩に手を置き・・・

 

 

 バキッ!!!

 

 

 骨に響くような音がした。

 ネコネが恐る恐る視線を上げると、意見した男は頭目に頬を思いっきり殴られネコネの横に倒れる。

 

 

「何度言えば気が済むモズヌ。俺に意見してんじゃねえよ。

 てめえは所詮俺の子飼いだ。それによ」

 

 

 モズヌと呼ばれた意見した男の頬にかすり傷をつけるように曲刀を地面に突き刺す。

 

 

「俺の生まれ故郷、ナ・トゥンクじゃ人身売買は当たり前のことだったんだぜ?

 このヤマトだって表じゃ人身売買は禁じているが、裏ではそれを受け入れてるものだって多数いる」

 

 

 曲刀を引き抜き、いやらしくニタァと大将は笑う。

 

 

「いずれは味方を増やし、あの偽善ぶったトゥスクルを破壊してやる。

 ナ・トゥンクの侍大将だったこの俺を貶めたあの偽善者どもを皆殺しにしてやる。

 それが俺の復讐だ。てめえはそのコマにすぎないんだよ」

 

 

 ハッハッハと笑い、頭目は洞窟の奥へと姿を消す。

 

 

「大丈夫・・・なのですか?血を拭くです・・・」

 

 

 ネコネはこの人物だけは敵だとしてもヒトとして信用できると思い、髪を結んでいた布を解く。

 その布でモズヌの血を拭う。

 

 

「おめえ・・・すまねえ」

 

 

 震えながらも敵のはずを自分を手当てするネコネの姿にモズヌは「うっうっ・・・」と涙を流す。

 それをみた他の手下たちは「弱虫モズヌにはガキがお似合いだ」とギャハハと笑う。

 

 

(折を見て逃がす。だから心配すんな・・・)

 

 

 モズヌのそんな言葉に、幼いながらもネコネは感じ取った。 

 この人は、あの山賊の頭目と刺し違えるつもりなんだと。

 

 

 

 その後もネコネが恐怖に負けないようにモズヌはいろいろと話しかけた。

 好きな食べ物だったり、嫌いな食べ物はなんだ、とか。

 行ってみたい場所はあるのか? とか。

 

 

「クジュウリに行ってみたいのです・・・」

 

「クジュウリっつうと南の豪雪地帯か?なんでまた」

 

「エンナカムイと同じ人の温かさがあるそうなのです。

 昨日、知り合った人がそう言ってたのです・・・」

 

 

 ネコネの視界に浮かぶのは緊張した自分とキウルを気遣い身分に関係なくやさしく接してくれたレキだった。

 努力家で思いやりにあふれた好感の持てるヒトだった。

 兄といろいろと重なるところがあった。

 

 

「ふーん、男かそいつ?」

 

「そうなのです。兄さまより年下でしたが素敵なヒトだったです・・・」

 

「なるほどなるほど惚れてるわけか」

 

「そっ・・・そんなんじゃないです・・・」

 

 

 思わず大声を上げそうになったが、周囲の山賊たちに悟られないように声を小さくした。

 そんな姿にモズヌは微笑ましく思った。

 

 

「モズヌさんはどうなのです。大切なヒトはいないのですか?」

 

「大切なヒトか・・・覚えてねえ」

 

 

 モズヌは岩壁に背を預け、思い出そうと目をつむる。

 

 

「ヤマトがウズールッシャに度々攻め込まれてるのは知ってるか?」

 

「はいなのです。でもすぐに戦は終息すると聞いたことあるのです」

 

「まあ、小さな小競り合いなんだがよ。

 俺の生まれ故郷が戦場に巻き込まれたらしい。

 お前さんより小さな頃だから覚えてねえが、生存者は俺だけだったらしい。

 その後数年いろんな場所に流れた。

 そんで行き倒れてたところをあの大将に拾われてな・・・認めたくねえがヤツが俺の親代わりさ」

 

 

 そこでモズヌは言葉を区切って、ため息つく。

 

 

「はぁー・・・俺、大切なヒト誰もいねえじゃん」

 

 

 がっくりと肩を落とす。

 この人はきっと山賊という生き方しかしらなかったんだろう。

 だけども良心がその生き方を邪魔する。

 ネコネは、モズヌは山賊にまったく向いていないのだと心底思った。

 

 

「お前さんの兄貴がうらやましいぜ。妹や、仕える皇だっているわけだしな」

 

「生きていればそれも叶うのです。だから・・・早まった真似はしないでほしいのです」

 

「おめえ・・・」

 

 

 モズヌは目の前の少女が、自分のやろうとしていることを見抜いているように感じた。

 その時、ザワザワと盗賊たちがざわつきだす。

 奥で休んでいた頭目は曲刀を片手にこちらに来る。

 

 

「おいガキ。来い。お前の兄貴がきたぜ?」

 

「兄さま・・・?」

 

 

 

 

 

 

 

「ネコネ!」

 

「あ、兄さま!!」

 

 

 ネコネは駆け寄ろうとしたが手下の一人に手をつかまれる。

 それを邪魔しようとするが、他の手下たちに阻まれモズヌは身動きが取れない。

 

 

「この文にあったように、一人で来た。無論、誰にも知らせていない」

 

「ほう、律儀に守ったわけか。偉い、偉いね」

 

 

 パチパチとわざとらしく拍手する。

 

 

「貴公・・・たしかイクルバといったな。近隣の多くの山賊の元締めと聞く」

 

「あれから俺のこと調べていたか」

 

「某が捕縛したのだから当然だ。

 まさかその後、他の盗賊共たちの襲撃を受け帝都への護送から逃げ出すとは思わなかったがな。

 さて・・・ネコネを返してもらおうか。

 約束どおり一人で来た。ネコネに用はないはずだ」

 

 

 山賊の頭目・イクルバは、肩をすくめ「やなこった」と返答する。

 

 

「まずはその刀を地面において、腕を後ろに組め」

 

 

 ネコネの首筋に短刀が触れる。

 それを見たオシュトルに選択肢はなかった。

 言われたように刀を地面に置き、腕を後ろに組む。

 

 そして配下たちがオシュトルの体を調べるが、他の武器はなかった。

 完全な丸腰だと分かり、イクルバはニタニタ笑い、オシュトルの腹部に強烈な蹴りを入れる。

 

 

「ぐっ・・・」

 

「てめえにはこれから俺たちの玩具になってもらう。無論死ぬまでな」

 

「そんな・・・」

 

 

 ネコネは顔面蒼白になる。

 確かに兄は武勇に優れる。だがこんな無抵抗な状態ではなんの意味ももたない。

 

 

「てめえもだモズヌ。下手なことは考えんな。ガキが死ぬかどうかはてめえの行動次第だ」

 

 

 腰から刀を抜こうとしていたモズヌはその行動を見抜かれていたようだった。

 

 

「くっそぉ・・・」

 

 

 イクルバに体当たりして刺し違えることはできるかもしれないがネコネが殺される。

 ネコネを解放しない限りどうしようもない。

 彼女に情が移ったモズヌには無視して刺し違えるという行動が取れなかった。

 

 

 

 眼前ではオシュトルが何の抵抗も出来ずにいたぶられている。

 

 

 

「やめて・・・やめてください・・・兄さまを殺さないで・・・」

 

 

 

 どうして自分は何も出来ないのか。

 どうして自分のせいで兄は殺されようとしているのか。

 ネコネは自分自身をとことん恨んだ。

 

 

「助けて・・・誰か、助けてください・・・」

 

 

 その声にこたえるかのように、ネコネに短刀を当てていた手下の額にストン、と矢が一本突き刺さる。

 

 

「的中。さらに・・・」

 

 

 もう一人ネコネを拘束している者。オシュトルを囲んでいる者にも。

 

 

「見事です、若」

 

 

 

 落ち着いた声がする。ネコネとモズヌが目を凝らすと、闇の中から弓を構えた中年の男性。

 隣には幼いながら緊張した面持ちで師エトゥと同じく弓を構えるキウルの姿。

 

 

 

「おおおおおおおおっ!!!」

 

 

 そしてその2人の間を割ってまるでつむじ風のように跳躍し、オシュトルを痛めつけているイクルバにとび蹴りをし吹き飛ばす少年の姿。

 

 

「あ、ああ・・・」

 

 

 ネコネはその姿に涙をポロポロとあふれさせる。

 

 

「もう大丈夫。助けに来たよ、ネコネ!」

 

 

 ネコネを庇うように立つその少年は槍をクルクルと回し、そしてイクルバを見据えて構える。

 

 

「レキさぁん・・・」

 

 

 少女にとっては英雄の後姿だった。

 緊張はほどけ、ネコネは涙をこぼしながら彼の後姿をただ、見つめた。

 

 

 




 エンナカムイの兵達は実戦経験が全くない素人で、城勤めの者も素人に毛が生えた程度と本編で描写ありましたね。
 一応は、皇の身辺警護をする数名ほどが戦の経験はなくとも腕は立つ、という設定にしています。
 キウルの弓の手ほどきをした人物も欲しかったし、エトゥという師を登場させてみました。


(独自設定キャラ)
モズヌ もはや別キャラなので。
    偽りの仮面で出会った敵キャラの若かりし時代。
    まだ心が悪に染まってません。

イクルバ 「散り逝く者への子守唄」で滅びたナ・トゥンクの元侍大将。
     スオンカスが敗れたと知り戦場から逃げ出した。
     ヤマトに流れ着き、山賊に落ちぶれていた卑劣漢。


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第七話 命の重さ

 

 僕はネコネを下がらせ、傷ついたオシュトルさんの傍に行かせる。そして槍の切っ先を敵の首魁に向ける。

 

 まさか本命と思われていた湖方面でなく、不便極まりない森の奥地を拠点にしているなんて。でも自分自身で2人の危機に駆けつけ、さらに無事であることを真っ先に確認できてよかった。

 

 

「レキ殿・・・すまぬ」

 

「話は御前さま達の所に戻ってからです。まずは彼らを捕まえましょう。キウル、エトゥさん」

 

「ええ。レキ皇子はあの首魁を頼みます」

 

 

 エトゥさんは弓から刀に武器を切り替え、取り囲む背後の集団を。ヨロヨロと立ち上がったオシュトルさんは刀を拾い、側面の複数の敵を。

 キウルは弓を引き絞り、僕たちをを守るように周囲の敵に向く。

 

 僕たちは円陣を組むように山賊たちに相対する。

 

 

「ガキがこの俺を相手だと?舐められたもんだ。それに蹴りが軽い。貧弱な蹴りだ」

 

 

 イクルバは曲刀で肩をトントンと叩きながら僕を睨みつける。渾身のとび蹴りだったけど、体格差があり大した影響はなかったようだ。筋肉質なイクルバという男は、大柄な父さんよりも更に大きかった。

 

 

「その耳、てめえ・・・エヴェンクルガか」

 

「それがどうした?」

 

「くくっ、ついてるぜ。俺が2番目に嫌いな種族だ。殺し甲斐がありそうだ」

 

 

 1番目は・・・と問いかけるつもりはない。卑劣極まりないこの男との問答は不要だ。

 

 

 イクルバは鎖をブンブンと振り回す。敵は鎖鎌使い・・・。遠心力をつけた分胴をこちらに振ってくる。それを槍の柄で弾き、一気に距離をつめる。

 

 否、詰めようとした寸前で悪寒が走り足を止める。弾いた分胴だが何事もなかったようにこちらに再度振り回してくる。もし詰め寄っていたら僕の頭蓋は砕かれていた。

 

 

「ほう察知したか。ガキ特有の突進のみかと思いきや勘はいいみたいだな」

 

 

 山賊とはいえ、凄まじい使い手だと感じる。間合いを計り、ジリジリと距離をつめる。

 その間にもキウルたちは周囲の山賊たちと戦い続けていた。

 数が劣勢のはずだったが僕たちが確実に圧していた。

 だが・・・眼前のこの男だけは違う。この男だけでも戦局をひっくり返せる力がある。

 

 

 

「レキさん・・・」

 

「大丈夫。ネコネ。心配なんていらない」

 

 

 下手な小細工は通用しない。だったら真っ向から攻めるのみ。

 

 

「ガキ特有の突進・・・ね。だったらそれを実践してみようか」

 

 

 

 槍の柄部分を前に据え、体勢を低く構える。そして一気に地面を踏み込む。足に多大な負荷がかかるがそれを無視し、敵の懐に飛び込む。

 

 爆発的な加速力。

 これが僕が最もヤシュマ兄さんに褒められている点だ。誰よりも下半身の鍛錬に費やしたことが実現させた技だ。武具を巧く扱うことも大事だが、戦いという

 

のは全身を使い行うもの。

 その中で下半身というものは最も重要な部位。踏み込みひとつで一撃の威力は大きく変わる。

 

 

 それが兄の教え。

 それを最も重要視し、ひたすら走りこみを続けた結果、爆発的な加速力が可能となった。一足の踏み込みで懐に到達した僕に、イクルバは目を見開く。

 

 鎖鎌を持つ手に槍の石突きを勢い良く当てて手から弾き飛ばす。

 そして槍を反転させて切っ先をイクルバの眼前に向ける。

 

 

「勝負あり。投降してほしい」

 

「くっくっく、そういう甘さがガキなんだよ」

 

「な・・・に?」

 

 

 僕の腹部にはイクルバの腕輪から伸びた仕込み刃が突き刺さっていた。

 

 

「正攻法しか知らないようだから教えてやる。山賊の戦い方ってのは騙してなんぼだ」

 

 

 その刃を引き抜き、刃についた血をイクルバは満足げに眺める。

 腹部が熱い。出血がひどいようだ。

 

 更に鉄製の靴も仕込みのようで刃が伸び、僕の眼前に蹴りを放つ。それを槍で受け止め、距離をとるが、とたんに足に力が入らなくなる。

 

 

「即効性の痺れ薬を仕込んでいる。

 オシュトルをいたぶるためにあえて即死の毒じゃなく、だ。ありがたく思うんだな」

 

 

 僕はひざをつく。

 一瞬の油断が・・・この結果を招いた。

 初の対人戦でこの無様さ。

 

 

(最後まで希望を捨てなかったヤツにこそ道ってもんは開ける)

 

 

 ふと雪山でマシロさまに言われた言葉が脳裏によみがえる。

 そうだ・・・まだ、まだ諦めてたまるか。

 無理やり。痺れを無視し、ついたひざに鞭打って立ち上がる。

 

 

「下がるんだレキ殿!」

 

 

 オシュトルさんは手下を切り伏せながらそう叫ぶ。

 敵が多くてこちらに駆け寄れない状態だ。

 

 遠方からキウルが矢を放つがたやすく弾かれてしまう。

 

 下がれない。

 下がったら、背後のネコネに危険が及ぶじゃないか。だったら今、僕がやるのはひとつ。眼前の敵を倒すのみ。

 

 

 その時、眼前のイクルバに隙が生じる。

 背後にいた配下と思われる男に突然羽交い絞めにされていた。

 

 

「俺ごとやれ!レキって小僧!この人でなしをぶっ倒せ!」

 

「モズヌてめえ!!」

 

 

 配下の裏切りにイクルバが怒りに震える。モズヌと呼ばれた男の羽交い絞めは力が足りず続かない。筋肉の鎧を纏ったイクルバは力任せに体を振り回し、モズヌの拘束を振りほどく。

 

 

「死にたいようだな」

 

「もう我慢ならねえ!畜生に落ちるくらいならここで死を選ぶじゃんよ!」

 

 

 腰の刀を抜き、モズヌは積年の恨みを込めるかのごとく飛びかかるがイクルバはつまらない物をみるかのように仕込み刃で剣を弾き飛ばす。

 そして刃をモズヌの顔面に振るう。

 

 

「ぐあああっ!」

 

「道具にすらなれないゴミめ。だったら死ね」

 

 

 左目が切り裂かれた激痛でモズヌは絶叫を上げ倒れこむ。

 

 

「ふざけんな・・・!ヒトをゴミ扱いしてるてめえこそ、ゴミそのものじゃん・・・!ぜってえ、はなさねえ・・・」

 

 

 倒れてもイクルバの足にしがみつき、僕に隙を作ろうともがく。

 そしてトドメを刺そうとしたとき。

 

 ズブリ。

 

 イクルバに胸には槍が貫通していた。

 

 配下の裏切りに周囲が見えないほど怒り、痺れ薬でフラフラの僕を敵と認識していなかった。

 イクルバの見せた背中に思いっきり、残った力全てを込めて槍を突いたのだった。

 

 

 

「小僧・・・貴様・・・ごふっ」

 

 

 心臓を貫いた。

 さっきまでの威勢が嘘のようにイクルバは血を吐く。

 力なく倒れこみ、そして大量の血が地面への水溜りを作っていく。

 

 

 

「さよならじゃん・・・アニキ。最低だったがここまで生かしてことだけは感謝するぜ」

 

 

 切り裂かれた左目を抑えながらモズヌは地面に座りこむ。

 彼はあごでクイクイと合図を送ってくる。それに気づいたネコネは慌てて僕に駆け寄る。

 

 

「怪我みせてほしいです・・・レキさん」

 

「・・・」

 

「レキさん・・・?」

 

 

 

 僕はネコネに返答できなかった。

 血の水溜りの中心で横たわり、死んでいる敵の首魁の姿だけしか見れなかった。

 

 

「僕が・・・殺した・・・?」

 

 

 敵とは言え、ヒトの命を奪った。

 戦いで命の奪い合いは、この世界では当然のこと。

 理屈では分かっている。

 なのに、体の震えが止まらない。

 

 

「レキ皇子。これをお飲みください。

 御前が念のための対策として所持するよう言われた解毒剤です」

 

 

 エトゥさんに水筒と丸薬を渡される。

 

 

「皇子はヒトの命を奪ったのは初めてのご様子。ですが、これは戦う道を選んだあなた自身が背負う業です。気を強くお持ちなされ」

 

 

 エトゥさんは僕の肩に手を置き、そう叱咤する。

 

 

「その震えこそ命の重さを理解している証拠。そう命は重いのです。ですが、周囲をごらんください」

 

 

 エトゥさんに言われ周囲を見回す。

 そこには涙目で僕の傷を手当するネコネ。

 しゃがんで心配そうに見つめるキウル。

 敵の残りを倒し終え、縄で縛っている傷だらけのオシュトルさん。

 大切な友人たちがたしかにそこにいた。

 

 

「命を奪ったことに違いはないでしょう。

 ですが、それ以上に多くのものを守り抜いたのですよ。あなたは」

 

 

 友を守り敵の首魁を討った。

 その敵の命を心に刻み、僕は喜ぶべきなんだろうな。

 

 

「さて・・・残るは貴公のみだが」

 

 

 オシュトルさんとエトゥさんはモズヌの前に立つ。

 

 

「ま、待って欲しいのです!」

 

 

 僕の傍にいたネコネは慌てて駆けて行き、モズヌの前で手を広げて庇う。

 

 

「この人は悪くないのです。私を助けてくれたのです。

 他の山賊の人たちに無理やり従わされていただけなのです」

 

「嬢ちゃん・・・」

 

 

 オシュトルさんとエトゥさんは顔を見合わせ、頷く。

 

 

「承知しました。まずは目の止血を行いましょう」

 

 

 モズヌはエトゥさんの治療に身を任せるのだった。

 そして僕は・・・エトゥさんから受け取った丸薬を飲んで、キウルに支えられて立ち上がる。

 

 そして他の捜索班の応援も来て、捕縛した盗賊と首魁の遺体を運ぶ。

 負傷した僕たちはゆっくりと案内されてエンナカムイ城下へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 戻った頃には夜明け前。真っ暗だった空はほんのりと明るくなりかけていた。

 オシュトルさんとネコネはトリコリさんと抱き合い再会を喜んでいた。

 僕とヤシュマ兄さんは拳をぶつけ合い、健闘を称えあった。

 

 トリコリさんたちが用意してくれた暖かな食事を終えたころには夜は明けていた。

 住民達は喜び合い、そして日常へと戻っていった。

 

 そして日が昇りきった正午。少しばかりの仮眠を終えた僕たちは城の大広間に通された。

 

 御前さまとオシュトルさんとネコネ、キウル。僕たちクジュウリ勢。そしてエトゥさんら側近の兵に左右を挟まれたモズヌ。

 

 

「さて・・・まずは皆、ごくろうだった。皆の尽力のおかげで無事に解決にいたることができた」

 

 

 そう感謝を述べる御前さまに皆頭を下げる。

 

 

「そしてレキ殿・・・客人に怪我を負わせてしまったこと真に申しわけなく・・・」

 

「いいんです。これは自分の落ち度ですから。お気になさらないでください」

 

 

 これは夜明け前に何度も御前さまと繰り返した言葉だ。

 だから御前さまもそれ以上は言葉にしなかった。

 

 そして全容の詳細が語られた。

 

 山賊イクルバは人さらいの現場を1年前にオシュトルさんに抑えられ、そして捕縛されたが山賊の仲間が帝都への護送を襲撃。逃げ出し潜伏。ずっとオシュトルさんへの復讐を画策していたという。

 

 僕たちが目を離している隙にネコネを誘拐。オシュトルさんには矢文でネコネ誘拐を知らせ単独で来るように指示したという。さらに今回捕縛した山賊以外もモズヌの証言で判明した各地の拠点を一斉に抑えるらしい。

 

 

 

「さてモズヌよ」

 

「は・・・はっ!」

 

 

 御前さまに呼ばれモズヌは床に額をつけるように深く頭を下げる。顔半分を包帯でぐるぐる巻きにされており、痛々しい。

 

 

「そなたはイクルバの意に反するとはいえ、山賊の一員だったことに変わりはない。

 協力したとしても無罪とするわけにいかぬ」

 

 

 ・・・当然だ。

 ネコネを助けてくれたり、イクルバに反抗したとしても無罪放免とはいかない。山賊とは似つかわしくない精神の持ち主だとしても、山賊という経歴は消えないのだ。彼の過去はネコネから聞いている。

 だからこそ―――

 

 

「よってそなたにはエンナカムイを離れクジュウリの地にいってもらう」

 

「・・・は?」

 

「レキ殿」

 

「はい」

 

 

 死罪くらいの覚悟でいたんだろう・・・脂汗をかいていたモズヌは御前さまの言葉に唖然としていた。

 

 

「ここから先は僕から伝える。

 モズヌ、僕はあなたの優しさと勇気。それを眠らすには惜しいと思ってる。兄さんとも話し合ったけども、その力・・・クジュウリの発展に使うつもりはないかな」

 

 

 エンナカムイの発展には使えない。なにしろ国に仇なした元・山賊なんだから。

 

 

「発展といわれても・・・俺・・・自分、知識も素養も何もないっすから・・・」

 

「それはこれからいくらでも学べる。それに何より僕はあなたに感謝してるんだから」

 

 

 僕はモズヌの手を握る。

 

 

「ネコネに優しくしてくれてありがとう。イクルバに立ち向かってくれてありがとう。ネコネが、僕がこうして健在なのはあなたの存在があってこそだから。

 だから―――僕の家臣になってほしい」

 

 

 例え山賊だったとしても、純粋に僕は彼のことが気に入った。

 「皇族だったらそろそろ家臣の一人ももったらどうだ?」と以前から兄さんから言われてたことだ。そして家臣に加えたいと思った人物にようやく出会えた。

 

 僕のその言葉に、モズヌは目に涙を湛え、深く頭を下げる。

 

 

「は、ははーっ、これよりこのモズヌ。レキ皇子の家臣として忠誠を誓います」

 

「うん、よろしく」

 

 

 元山賊。義侠の男モズヌ。

 僕の第一の家臣が誕生した瞬間だった。

 

 

 

「さて・・・次にオシュトルよ」

 

「はい」

 

 

 オシュトルさんは御前さまに深々と礼をする。

 

 

「いくら妹が危機に瀕していても単独で敵地に踏み入るその未熟さ。正直残念に思うぞ」

 

「お言葉、返すことも出来ません」

 

「ゆえに我が側付の任をはずし、当面の間暇を与える」

 

「はっ」

 

 

 まさかの御前さまの勅命に僕やネコネ、キウルは息を呑む。

 

 

「ま、ままま・・・待ってください!おじい様・・・いえ御前!なにとぞ兄上への温情をお願いします」

 

「そ、そうなのです・・・元はというと私に非があるのです」

 

「いえ、ネコネの誘拐は私の油断が招いたこと、非なら私にあります」

 

「レキさんじゃありません。僕のほうこそ平和な城下だと油断してました」

 

「キウルは悪くないのです。私が悪いのです」

 

 

 僕たち3人はお互いに庇いあいながら意見する。それに御前さまは「ほっほっほ」と笑う。

 

 

「分かっておるよキウル、ネコネ、レキ殿。まあ、形式めいたことだ。

 ゆえにオシュトルよ。その暇を活用せよ。エンナカムイを離れ帝都に上り、仕官することを認める。未熟さを恥じるならば自らを鍛え上げるのだ。そなたの亡き父上のようにな」

 

「御前のお心遣い感謝いたします」

 

 

 残りの山賊の件はエトゥさん達が責任を持って抑えるらしい。

 モズヌも僕の家臣になった。

 オシュトルさんも帝都へ仕官。

 

 こうしてさまざまな結果を残したこの事件は幕を下ろした。

 そして翌日―――

 

 

 

 

 

 

 

「もう帰ってしまうんですね・・・」

 

「寂しいのです・・・」

 

 

 御前さまとの挨拶を終えても、城門まで見送りに来てくれたキウルとネコネと別れの挨拶をする。ネコネの手にはヤシュマ兄さんが手土産にと渡しそびれてた学術書があった。その兄さんは隣でオシュトルさんといろいろと話し合っている。

 

 

「僕もだよ。そうだ、今度は2人がクジュウリに遊びにおいで。

 その時は僕が案内するよ」

 

「か、必ず行くです!」

 

「ぜひ。その時はレキさんの片思い相手ともお会いしたいですね」

 

 

 うな!?とネコネはなんかキウルの言葉に大きく身を震わせていた。

 

 

「は、恥ずかしいけど。あと妹も紹介したいし」

 

 

 うん。ルルティエとネコネはいい友達になれると思うし。

 

 

「モズヌさんもお達者で」

 

「おう。嬢ちゃんも元気でな。先にクジュウリの人の温かさってやつ楽しんでくるぜ」

 

 

 ネコネとモズヌは握手。キウルも同じく握手。そして最後に僕、ネコネ、キウルは三人で手を合わせあう。

 

 

「必ず再会しよう」

 

「はいなのです」

 

「はい、必ず」

 

 

 

 そして視線はオシュトルさんに向く。オシュトルさんはお傍付としての仕事の引継ぎが終わり次第帝都に発つそうだ。

 

 

「某の方はクジュウリの訪問はまた後日ということになりそうだ」

 

「待ってますよ。仕官のほう、頑張ってください」

 

「本当なら、レキ殿も帝都に来て欲しかったんだがな・・・。立場上、それは無理な話か。もし帝都に来たときは真っ先に訪ねてほしい」

 

 

 僕とオシュトルさんも再会を約束し、堅い握手を交わす。

 

 

「レキ皇子。帝都で待っている」

 

「オシュトルさん・・・」

 

 

 そろそろ発つぞ。という兄さんの言葉に頷き、僕は馬を進ませる。

 

 背後を振り向くと、ずっと手を振り続けているキウルの姿があった。

 

 

 

(生涯の友・・・か)

 

 

 御前さまから言われたときはあくまで国交上の付き合いだけの存在だと思った。だけども今ならば、彼らとはそんな浅い付き合いで済まないと実感している。

 次会うときにはもっと大きな男になろう。

 そう誓い、隣を走る兄さんにもっとキツイ訓練を頼むことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クジュウリの友人たちをオシュトルとネコネとキウルは姿が見えなくなるまで見送った。

 そしてキウルは「頑張らないと」と息巻く。

 気合を入れてオシュトルとネコネの先を歩く。

 

 

「気持ちの良い者達であったな」

 

「はいなのです。・・・兄さま、母さまが言ってた件、前向きに考えてみるです」

 

「母上の件・・・?」

 

 

 オシュトルは初耳のため首を傾げる。

 そして彼はその日の夕刻に母から聞かされ仰天することになる。

 

 茶目っ気を出した母が冗談めいて発言した「ネコネのレキ殿への嫁入り」

 

 それをネコネは前向きに考えると。

 

 ネコネは、クジュウリ皇子にはじめての恋心を抱いたのだった。

 

 

 




 少年時代のエンナカムイ編、完結です。
 戦闘描写って書くの難しいですね。

 ちなみにイクルバの1番嫌いな種族はギリアギナ族です。
 主君のスオンカスを討ち国を立ち上げたデリホウライを憎んでます。

 そして片思い同盟を組んでいるレキがネコネの想い人だと気づかないキウル哀れ。
 本来の歴史よりもキウルのネコネルートは攻略不可能なほどに難易度上がりました。
 いいじゃないかシノノンで。


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第八話 マシロ、再び

 大雨で住居の浸水被害。引越しを余儀なくされました。家電関連水没したのでほぼ全滅。
 引っ越したばかりで荷解きも何も出来てない状態ですが、息抜きを込めてニューPCで更新。



 エンナカムイからの遠征から戻ってきたレキ達を出迎えたのは仁王立ちでしかめっ面の長女シスだった。ヤシュマが早馬で文をクジュウリに届けていたため、シスは事件の詳細をすでに把握していたのだった。

 賓客が率先して事件に首を突っ込んだこと。

 その末に末弟のレキは腹部に重傷を負った。

 そして兄ヤシュマの許可を得たとはいえクジュウリ側に確認も取らずに自分の家臣を作ったこと。それも山賊一味出身。

 それらの事実はシスに怒りの焔を灯すには十分だった。

 

 

「い、いいではないか姉上。レキもこうして無事。首魁を打ち倒す大手柄。御前さまも感謝をしていたのだ。悪いことはあるまい?」

 

「あ?」

 

 

 ヤシュマは弟を庇い弁解するが、シスの一睨みで「な、なんでもないです・・・」と肩を落とし撃沈。最強の姉シスには武士であるヤシュマも太刀打ちは無理だった。

 

 

「姉さん・・・兄さんを責めないでください。これは僕が懇願したことなんです。僕はどうしても誘拐された大切な友達を助けたかった。僕のわがままでクジュウリに迷惑をかけてしまったのなら、元凶は僕です。罰するなら僕にしてください」

 

 

 すみませんでした!とレキは深々と頭を下げる。

 いつも人懐っこくて敬語なんて使わずに慕ってくれる可愛い弟の、そんな真髄な謝罪をシスは数秒間、複雑な心境で見つめ、そして「ああもう!」と声を上げる。

 

 

「罰するつもりなんてないから。要は国家同士の大切な席で軽率すぎるってことを言いたいの。レキ、あんたのしたことはヒトとして正しい。でもね、それだけですべてが上手くいかないのが国交ってものなのよ。もし、あんたが命を落とすことになってたらきっと父上だって笑って済ますことは出来ない。下手したらクジュウリとエンナカムイの友好関係は断裂して戦争になってたかもしれないのよ」

 

 

 戦争・・・。そんな最悪な事態を想定していなかったレキは背筋に寒いものを感じ、頭を上げて姉を見る。

 

 

「確かにレキは皇位継承とは程遠い立ち位置にいる。堅苦しいのは全部ヤシュマに放り投げても構わないわ」

 

「ちょ、それ横暴―――」

 

 

 反論しようとするヤシュマの脳天にシスは手刀を落とし、無慈悲に黙らせる。そしてレキの両肩に手を置いて真剣な眼で言葉を続ける。

 

 

「アンタが武芸にひたむきで立派な武士になろうとしてるのは分かってる。でもね・・・アンタは皇族なのよ。その責任からは決して逃れられない。だから動くのであれば、ちゃんと考えてそれからにしなさい。いいわね?」

 

「はい、肝に銘じます」

 

「よし、ならお姉ちゃんの説教はおしまい。こんな時に限って父上も母上も留守なんだから、まったく」

 

「えっと父上と母上は?」

 

「父上は八柱将のお勤めでまだまだ帝都に滞在しなきゃならないみたいだし。母上はシシリ州の方にちょっとね。害虫・・・ギギリによる農作物の被害拡大を食い止めるための指揮をとっていられるわ」

 

 

 それで。とシスは言葉を切って、レキやヤシュマたち皇族から離れたところで恐縮して立っているモズヌのほうに視線を向ける。自分に視線が向いたことでモズヌは息を呑んでピンと姿勢を正す。

 

 

「あんたが文に書かれていた元山賊のモズヌね。ふーん・・・」

 

「は、はいぃぃ!俺、いや自分がモズヌであります!」

 

 

 厳しい視線のままシスはモズヌの周囲をぐるぐる回って、腕やら腰などをつかんで品定め。

 モズヌは緊張のあまりガチガチに固まっており、汗もダラダラ流れている。

 

 

「うーん・・・貧弱な体つきねえ。本当に山賊やってたの?」

 

 

 貧弱。と言われモズヌはガックリと肩を落とす。

 

 

「うっす・・・主に食事当番とか酒の買出しとかやってたっす・・・」

 

「なんだ使いっ走りか」

 

「そ、その通りっす・・・」

 

 

 モズヌはすでに涙目。

 ヤシュマもレキも「うわあ・・・」と表情を引きつらせている。

 

 

「レキが認めたからには私もレキの家臣入りを反対する気はないわ。だけども今のままじゃ任せられないわね。今のあんたじゃ護衛すら勤まらない。よって―――」

 

 

 シスは殺気を放つ。傍にいるレキとヤシュマの二人すら、背筋がゾクリとするほどの殺気だ。

 モズヌの顔面に正拳突きを寸止めで行う。モズヌの髪が風圧で揺れる。

 モズヌは足をガクガクと震わせるが、その恐怖に耐え抜いた。

 

 

「腰を抜かさないだけマシか。今日から私とヤシュマで貴方を徹底的に鍛え上げるわ。レキの家臣に就くのはそれからよ。ヤシュマも異論はないわね」

 

「それはもちろんだが、モズヌは片目に重傷を負っている。まずは怪我の治療が先でしょう」

 

 

 モズヌの片目には変わらず包帯が厳重に巻かれている。やせ我慢をしていたがエンナカムイからの帰路の間も、激痛に悩まされていたのはレキはもちろんだがヤシュマも知っていた。

 

 

「そうね。だけども知識として学ぶことはいくらでもあるわ。並行して一般教養も叩き込むわ。覚悟なさい。今この瞬間から地獄の日々が始まると思いなさい」

 

「まあ・・・覚悟を決めてくれ、手を抜くわけにはいかんからな」

 

 

 厳しい鬼教官であるシスとヤシュマに、モズヌも「うっす・・・」と頷く。これもエンナカムイで、レキに家臣になってほしいといわれた時から覚悟は決めていたことだった。

 

 

「僕も一緒に付き合うからさ。頑張って」

 

「当然っすよ、若殿」

 

 

 

 レキの励ましにモズヌはニヤリと笑って返答する。

 弱い過去から脱却して、隣の主君にふさわしい家臣になってやる。

 モズヌは人生で初めて、身震いするくらいの決意で心がいっぱいだった。

 

 

「じゃあ今後の方針をこれから三人で煮詰めるとして・・・。レキ、あんたはムラジさまのところに行ってきなさいな。帰ってからまだ顔を見せてないんでしょ?あの子、ものすごく心配してたわよ」

 

 

 シスに指摘されて、レキの脳裏には3年前の雪山で見せた幼なじみの泣き顔が浮かんだ。

 

 

「ルルティエもムラジさまのお手伝いでそっちにいってるから、三人にきちんと謝ること」

 

 

 

 

 

 

 

 

 今後のモズヌの教育に関して、本人を含めてシスとヤシュマは話し合う。その間にレキは姉に言われたとおりに城下へと足を運ぶ。歩き慣れた道を歩き、途中で声をかけてくれる住民たちと軽く言葉を交わしながら、大通りの一角に位置するムラジの診療所にたどり着く。

 

 

「いやあココポのおかげで荷運びが随分と楽にすんだよ。ありがとうルルティエさま」

 

「いえ・・・お役に立てて嬉しいです。ココポもよく頑張ったね」

 

 

 ムラジは孫娘当然に可愛がっているルルティエの頭を撫でる。

 今日はルルティエが自分からムラジの手伝いを志願した。

 薬石が大量にはいった箱や、薬草でぎっしりの籠など。仕入れた物資の運搬。また倉庫に農作物を運ぶのをココポが荷車を引いた。高齢による腰痛の悪化でムラジが満足に動けないため、ルルティエは学問の師として慕うムラジの手伝いを懸命に頑張った。

 

 ルルティエ自身も褒められたことが嬉しかったようで、頬を赤く染めて相棒であり親友の巨大なホロロン鳥のココポの背を撫でる。ココポは嬉しそうにルルティエに頬ずりする。そしてココポは動物的な感で、背後を振り向く。

 

 

「ココ~~~っ!!」

 

 

 ココポは目を輝かせて、そこに立っていた人物に駆け寄り、ルルティエ同様に頬ずりする。

 

 

「痛てて、ココポただいま。ちょっとおちついて頭噛まないの」

 

「え・・・お、お兄さま!?」

 

 

 ルルティエが振り向くとそこには2つ上で一番大好きな兄であるレキがココポを撫でていた。働きづめだったため、兄が帰っているとは知らずルルティエは心底驚いた。

 

 

「ただいまルルティエ」

 

「お兄さまっ、お兄さまっ!!」

 

 

 ルルティエは走って駆け寄ってレキに正面から抱きつく。普段のおとなしい妹からは想像できない、初めての積極的な行動にレキは唖然とするが、妹の目から涙が流れていることに気づき、改めて胸を痛めた。

 

 

「ご無事でよかったです・・・」

 

「うん、ごめんな。兄ちゃん心配かけたけど、もう大丈夫だから」

 

 

 2日前に早馬でエンナカムイでの事件の詳細が記された手紙が届けられ、シスと共にルルティエも目を通した。兄が大怪我を負ったことも知っている。それに気づき、ルルティエは慌てて体を離す。

 

 

「あ・・・ごめんなさい、お怪我に触りますね」

 

「大丈夫だよ。もう痛みは特にないから」

 

「お腹を刃物で刺されたと聞きました・・・我慢なさらないでください」

 

「うん。ありがとな」

 

 

 レキはルルティエの頭を撫でる。

 そして姿勢を正し、ムラジに頭を下げる。

 

 

「ムラジさまもご心配をおかけしました」

 

「詳細はシスさまから聞いております。・・・良き、お顔になられましたな」

 

「はい・・・ありがとうございます」

 

 

 ムラジは、レキが敵の首魁を打ち倒しその命を奪ってしまったことを知っていた。命のやり取りなど当然の世界ではあるが、それでも命の重さを受け止めてそれでも前に進もうとするレキの表情から、もはや理想に燃えるただの少年ではなく一介の武士だと。ムラジは感じ入っていた。

 

 

「それで、えっと・・・アヤメは?」

 

 

 レキの問いかけにムラジは微笑み、診療所の道を挟んでの隣に位置する旅籠屋を指差す。

 

 

「まあ、見ていただければお分かりかと」

 

 

 

 

 ムラジとルルティエに案内されて、レキは旅籠屋に入る。

 女将に案内された一室は晩には宴会場として使われている場所だった。昼間使われていないその場所を間借りして、多くの子ども達が席に座っていた。子ども達の手には書物があり、読み書きを教わっている様子だった。

 そして子ども達に教えているのは、レキの想い人でもあるアヤメその人だった。

 

 

「ムラジさまこれっていったい・・・」

 

「ほほほ、私がレキさまやルルティエさまに行っていることと同じですな。・・・以前よりオーゼンさまより皇族だけでなく市井の子ども達にも学問を教える場を設けたいと相談されておりましてな。孫娘がそれを買って出てくれたわけです」

 

 

 レキとルルティエの兄妹はムラジにより幼少から読み書きや算術、政治などを教わっている。加えてレキは兄ヤシュマから武術、父オーゼンからは兵法を。ルルティエは姉シスや母から芸術なども、だが。それでも皇族以外の一般の民たちには学ぶ場というものが設けられていないのが現実だった。クジュウリは知識よりも田畑での仕事の方が重要視されており子ども達も幼い頃から両親の手伝いをしている。そのため他国よりも素養が低いことが悩みのひとつだった。

 

 子ども達の将来を思って学ぶ場所を設ける。

 

 オーゼンとムラジが中心となって始めた計画の第一号と呼べるものが、この旅籠屋の一室を間借りしての小さな学び舎だった。アヤメも今年で15歳。成人入りを果たし、ムラジの孫娘というだけあり知識も豊富だ。人見知りなところもあるが教師としてはうってつけの人材だった。

 

 

「あー!皇子さまとお姫さまだー!」

 

 

 部屋の外から覗いていたのだが、子ども達に見つかってしまう。

 レキとルルティエは顔を見合わせ、微笑み合いアヤメに小さく手を振る。

 レキの姿を見たアヤメは目を大きく開けて驚くが、嬉しそうな柔らかな笑顔を見せる。

 

 

「先生の未来の旦那さまだー!先生行かなくていいのー?」

「ええーアヤメお姉ちゃんとレキ皇子ってそういう関係だったの!?」

「おいおい知らないのか、将来を誓い合った仲らしいぞ」

 

「ちょっ、おませな事言わないの!みんなちゃんと席につく!」

 

 

 子ども達の言葉に赤面しつつ、授業を再開させる。

 邪魔をしないように、部屋の外に出てレキ達三人はムラジの診療所に戻り授業が終わるのを待つ。

 

 しばらくすると、旅籠屋から多くの子ども達の声がする。

 授業が終わって子ども達は皆、帰っていく。そしてアヤメが診療所に戻ってくる。

 

 

 

 

 

 

「しかし驚いたよ。アヤメが先生やってるだなんて」

 

「本当はお爺ちゃんのお役目だけど、せっかくの機会だからやってみようと思って。何事も挑戦してみないと」

 

 

 大したものだ、とレキは歓心する。

 引っ込み思案なルルティエも自分から率先してムラジの手伝いをし、アヤメだって人付き合いが苦手なはずなのに新しいことに挑戦している。

 

 

(変わってないのは・・・僕だけだな)

 

 

 3年前の雪山に後先考えずに薬草を取りにいきオルケに殺されそうになったり、先ほど姉に叱られたばかりだが数日前に友人を助けるためとはいえ国同士のことを考えずに山賊とやりあって大怪我を負ったり、昔から何一つ成長していない。レキは自分が情けなく思えてしまう。

 

 

「お兄さま・・・?どうかされましたか?」

 

「ん?いや二人がすごいな、と思っただけだよ」

 

 

 レキの表情の陰りをルルティエは察して訊ねるが、レキは誤魔化して笑う。

 

 

「それよりもレキさま。お腹の傷、深いってシスさまから聞いてるわ。包帯、替えましょうか」

 

 

 着物を脱ぎ、ムラジに包帯を解いてもらう。

 ルルティエとアヤメも、そこには痛々しい刃物による傷跡があると覚悟していた。

 

 ・・・だが包帯を解いたレキの腹部には傷跡らしきものは残っていなかった。若干傷跡らしき痣が出来ている程度だった。

 

 

「これは一体・・・レキさま。治癒術でも受けてきましたかな?」

 

「いえ、特には」

 

 

 レキ自身も不可思議だった。

 数日前に深々と痺れ毒を塗られた刃が突き刺さってかなりの出血をしたのは間違いない。エンナカムイの薬師には「奇跡的に臓器を外しての傷だが完治にはしばらくかかる」と言われたばかりだった。包帯も素人が触ってもどうかと思ったため、クジュウリに戻る道中の4日間は変えずにそのままの状態だ。痛み止めの丸薬を毎日飲んでいるからこその、痛みを感じないものだと思っていたがまさか傷が塞がっているとは。

 

 

「まるであの時みたい・・・」

 

「あの時ですか?」

 

 

 アヤメの呟きにルルティエは首を傾げる。

 

 

「ルルティエさまが病に倒れた3年前。レキさまが雪山に薬草を取りに行った時のことよ。オルケの大群に襲われて全身を噛み付かれたはずだったのに。噛まれた傷跡はなくなっていた。服には破れた箇所もおびただしい血の跡もあったのに」

 

 

 レキも言われて、あの時と状況がまるで同じだと気づいた。

 

 

「クジュウリ皇家には自然治癒の体質でもあるのかしら」

 

「えっと・・・あれば苦労しないんですけど・・・」

 

 

 ルルティエの指には料理の際に包丁で指を切ってしまい、その治療の際に巻かれた包帯があった。

 まだ痛いようでルルティエにはレキのような自然治癒が備わってないことが分かる。

 

 

「レキさまは思い当たることはあるのですかな?」

 

「・・・マシロさま、かな」

 

「「マシロさま?」」

 

 

 ルルティエとアヤメは同時にレキに聞き返す。

 ムラジに問われて、レキが思い当たったことはあのオルケの大群から救ってくれた『仮面の神さま』であるマシロさまだ。

 

 

「うん。姉さん達は笑って信じてくれなかったけども、オルケの大群から助けてくれた人がいたんだ。真っ白い仮面を被った神さまが。その人が扇を一振りすると僕の体が輝いて。そして気づいたら全身の傷が癒えていたんだ」

 

 

 レキの言葉に、三人とも言葉を失う。

 

 

「それって実話だったんですか。シス姉さまが冗談めいて説明したものだと思ってました」

 

「マシロさま・・・マシロさまか。本当にいるのかしら」

 

 

 ルルティエとアヤメの言葉にムラジは、うーむ・・・と考え込む。

 

 

「ふむ・・・仮面となると、仮面の者(アクルトゥルカ)でしょうか」

 

「アクルトゥルカ、ですか?」

 

 

 レキの問いかけにムラジは頷く。

 

 

「このヤマトを統べる帝が認めた最高の武人に与えられる仮面(アクルカ)。身に着けるだけで常人離れした力を得ると聞きます。その方たちの1人が来ていた・・・とは思えませぬが」

 

「そんなものがあるんですか」

 

「八柱将たるオーゼンさまならば詳しいでしょうが・・・しかしありえないですな・・・」

 

 

 しかしレキにはそのような存在だったとは思えない。

 目の前に光と共に現れ、そして光と共に消えていった。

 あの仮面の人は・・・どう考えても、自分達よりも上位の存在。神さまだとしか思えなかった。

 

 もしかしたらあの神さまが自分に加護を与えてくれてるんじゃないか、と。

 

 

「ムラジさま。確かあの霊山、オルケはもういないんですよね?」

 

「ええ。ヤシュマさまの定期的な掃討で完全にいなくなったようです」

 

「・・・なら、一度確かめに行って来ようかと思います」

 

 

 神さまに会えないとしても、もう一度あの場所に行ったら何かつかめるんじゃないか。

 レキには何故かそんな確証があった。

 

 

「レキさま、私も行くわ。一人で行かせるのは怖いもの」

 

「信用・・・ないなあ」

 

「当たり前です。どういうわけだからレキさまは不運を引き寄せるみたいだから」

 

 

 アヤメの言葉にレキは肩を落とす。

 行く先々で傷を負い、日々の特訓でヤシュマにボコボコにされて彼女が見るレキはいつもボロボロなのだから。そしてルルティエも手を上げる。

 

 

「お兄さま、アヤメさま。私も行きますっ。

 戦いになった時はココポはきっと役に立ちます」

 

「うん、分かった。けどもあの時と違って、ちゃんとシス姉さん達に報告してから行こう。じゃないとまた説教地獄だ」

 

 

 

 

 

 

 

 冬の到来の前ということで霊山にはまだ雪は積もっていなかった。麓の祭壇には行事で何度か訪れたが、登山に関してはあの日以来だ。雪を?き分けて数時間かけて少しずつ登ったあの日とは違いすんなりと歩いていける。そしてあの日とは違い、レキの後ろでは賑やかな女性陣の話し声がする。

 

 

「で・・・なんでこんな大所帯になったのさ」

 

 

 先頭を歩くシスとルルティエとアヤメの三人娘はにこやかに会話しており、レキの後ろ、殿(しんがり)にはヤシュマが周囲を警戒しつつココポを引きながら歩いており、レキの隣には息を切らせながら歩いている怪我人のモズヌまでいる。  

 

 

「まあ良いではないか。たまには忙しさから解放されてのんびりと登山も悪くない」

 

 

 後ろのヤシュマはレキの問いかけに、すっきりとした表情でそう言う。

 

 

「兄さん、政務放り投げてきたの?」

 

「さ、さあ何のことやら」

 

 

 知らないよなココポ。とヤシュマはココポに話しかけるがココポは無反応。

 ココポは基本、ルルティエとレキとしか親しく接しない。ルルティエにデレデレ接するシスは嫉妬心から敵視されているがヤシュマはガン無視されている。まあ、まだマシなのだとヤシュマは諦めている。

 

 

「それにしてもモズヌ・・・着いてこなくてよかったんだよ?怪我に響くでしょ?」

 

「俺だけが留守番って寂しいじゃん。

 若殿の行くところであればどこであれ供しますぜ」

 

 

 片目の包帯が痛々しいが、モズヌは自分の胸をドンと叩いて勇ましく笑う。

 

 

「ところで・・・若殿(わかとの)って何?」

 

「レキさまのことでさあ。殿、と呼びたいがまだ元服前。つーことで若殿」

 

「あー、うん。普通に呼んでくれてもいいんだけどね・・・」

 

 

 先頭を歩く三人娘の会話から時々自分の名前が出てくることにレキはモヤモヤする。

 微妙に距離があり会話まで聞き取れないのが非常に気になる。

 

 

 

(そういえば・・・これ、まだ渡せていないな)

 

 

 

 懐にはエンナカムイで買ったおみやげ。

 ルルティエへ贈る花びらの髪飾り。

 アヤメに贈るトゥスクル産の首飾り。

 

 どこで渡そうか、と思案している間に山頂にたどり着く。

 

 

 

「うわあー・・・絶景ー!」

 

 

 シスは山頂から見える景色に「やっほー!」とありきたりな大声を上げる。

 アヤメはルルティエを終始気遣って歩いており二人で、3年前に自分が採った万能薬の素材であるコゥハ草を摘んでいる。

 ヤシュマはオルケの棲家だった洞窟に槍を持って見に行っており、残されたのはレキとモズヌだけだ。

 

 

「ここが若殿の目的地っすか?」

 

「うん。そして僕はここで・・・マシロさまに救われた」

 

 

 雪がなく景色が変わったとしても一寸の狂いもなくレキは覚えていた。あの日のことは心の奥底に刻み込まれていた。

 

 

「ここが僕の、原点ともいえる場所なんだ」

 

「原点っすか」

 

 

 レキは、ルルティエと楽しそうに笑うアヤメを見る。

 あの日、年上の幼なじみの泣きじゃくる顔を見て・・・強くなろうと決意した。

 もう泣かせない、と誓った。

 その誓いはまだまだ果たせそうにない。と未熟な自分に対してレキはため息をつきたくなる。

 

 

(ねえ、神さま。あの時から僕は少しでも強くなれたのかな)

 

 

 

 

 

『ああ、強くなれたとも』

 

 

 

 キーン・・・という耳鳴りと共に、レキにはその声が聞こえた。

 視界は灰色に染まり、隣のモズヌや、ルルティエやアヤメも灰色に染まる。

 そして身動きひとつとらず、固まっている。

 まるで時間が止まったかのように。

 

 

『ああ、時間は止まってる。今動けるのは自分とお前さんだけだ』

 

「あ・・・」

 

 

 レキの目の前には、白い仮面と、神々しい衣をまとった忘れらない人物が立っていた。

 

 

『久しぶり、ということになるのかね。成長したな。レキ』

 

「マシロさま!」

 

 

 

 3年ぶりに命の恩人と再会した瞬間だった。

 

 

 

 




 次回で少しだけハク(マシロ)が動く予定。

 そういえばガンダムの新作でアヤメっていう子がいるみたいですね。
 放送されてないのでトレンド上がってるのをチラッと見た程度ですが。
 うちの子は犬夜叉のアニオリキャラから名前貰ってます。


 生活環境整えるのを優先するので、次回更新はちょっと遅れます。


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