■■■■は勇者である。 (たむろする猫)
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《ルピナスの花言葉》

「まだだ、まだ!終わってない!!」

 

掠れ行く視界の中、

“彼女”が叫んだ。

周囲は化け物どもに囲まれて、

周りで弱々しくも聞こえていた銃声も、

既に止んでいる。

化け物に喰われるくらいならと、

最後の抵抗でもある自決の爆発音も

もう聞こえなくなっている。

 

化け物共も、今にも襲い掛からんと

最後に残った“彼女”を喰らおうと

じりじりと、“彼女”に近づいている。

 

それなのに、それなのに

そのか細い足で大地に立つ“彼女”の瞳は

まだ死んでいなかった。

“彼女”に治癒の力を与えていた“英霊”は既に去り、

傷付いたその体を癒す力も無くなり、

もうボロボロなのに、

立っているのがやっとの筈なのに

それでも“彼女”は諦めてはいなかった。

“彼女”の心はまだ死んでいなかった。

 

「まだボクは生きている!ボク達はここにいるっ!!まだ“勇者”は死んじゃいないっ!!」

 

すぐ近くに居る化け物では無く、

遥か頭上、天高くに居る相手に訴え掛ける様に

空を睨む彼女は、手に持った銃を

天に突き付けた

 

「全部だ!ボクの全部を持っていけ!!」

 

既に「贄」となる古き“英雄”の数も無く、

その声に応える存在なんていない筈だった。

けれど、その言葉に呼応するかの様に銃が、

彼女自身の身体が淡くそれでいて力強く、

赤く輝き出す。

 

「目に焼き付けろ!記憶に刻み込め!

これが、これこそが!人間だ!勇者だ!■■■■だ!」

 

効かないと、届かないと、

どこかで解って居るかのような台詞。

それに応える“英霊”は居ない?

 

否!

断じて否だ!

 

今日に至るまで“彼女”と共に闘ってきた、

無力だった、何も出来なかった、今だって変わらない?

いいや違う。

燃やせば良い

その命を燃やし尽くさんとする“彼女”と同じ様に

その全てを捧げて

今度こそ“彼女”と一緒に!

 

古き“英霊”達に代わり、

新たな“英霊”達が

“彼女”のたましいの叫び(輝き)に応えた

 

花が咲く

 

その姿は儚げで(誇らしげで)

今にも散ってしまいそうな花の様で(とても気高く)

でもそれでいて(そして)

とても、とても力強かった(美しかった)

“彼女”に寄り添う様に咲いた、赤いルピナス。

 

 

「弾種46cm九一式徹甲弾!目標!天頂“天の神”!!全砲門斉射!!うちーかたっ!はじめぇ!!」

 

9輪のルピナスが輝く

そして

 

轟音と凄まじい閃光

 

余波で周囲の化け物が吹き飛ぶ程の衝撃。

九の凶弾が光を纏い

一直線に天を目指す

天高くの怨敵を撃ち貫かんと

真っ直ぐに登って行く

 

 

 

 

 

その行方を

 

見送ること無く

 

少女は

 

華と散った

 

その身体は

 

花弁となって風に舞い

 

後には何も

 

残らなかった



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《同年代の少女から見た“彼女”》

西暦2016年6月、人は今も生きている。

細々と日々敵の影に怯えながらでも、

ただ生きているだけと言える様な状況でも、

それでもまだ、私達はここで確かに生きている。

今からだいたい1年前人類は未曾有の危機に陥った

曰く「空が落ちて来た」、と。

もちろん、あの空が本当に落ちて来た訳ではない、実際空は今も変わらず私達の頭の上にある。

じゃあ実際に降って来たのは何だったのか?

アレは恐怖だ、絶望そのもので、、、

そして滅びだった。

人は奴等相手に全く歯が立たなかった、

沢山の人が食い殺された、男とか女とか、

若いとか、年寄りだとか、金持ちだとか、貧乏人だとかそんな事関係無く、其れこそとても平等に人間は殺された。

うん、わかってる、じゃあ何で私達は生きてるんだって話しだよね?

それは全部“彼女”のおかげ、そう“勇者様”。

誰が最初にそう呼び出したのかは覚えて無い、確か神社の巫女さん辺りだった気がするけど、まぁ今じゃ皆んながそう呼んでるし、最初が誰かは別に気にする様な事じゃないね。

勇者様、そう勇者様なんだよ“彼女”は。

大人達、自衛隊のムキムキマッチョなおっちゃん達ですら絶望していたのに、“彼女”だけはそうじゃなかった。

私と同い年、その時はまだ小学生だったのに、絶望している私達を叱りつけたんだ、「諦めるなっ!俯くなっ!歩くのを辞めるなっ!まだボクらは生きてるだろう!?」って、何処からか持ってきた古い鉄砲を手に持って、絶望を打ち砕きながら。

 

そうして、人を惹きつける“彼女”に先導されて、

この結界の中にやって来た。

その途中やその後も、“彼女”は沢山の人を助けている。

“彼女”自身は「取り零した命の方が多いよ」って、そう言って悲しそうな顔をするけれど、それでも私達にとってはとても強い勇者様で、希望そのものなんだ。

いつだって笑顔でいようとする“彼女”の姿に、私もとてもとても勇気付けられ、励まされている。

“彼女”はあんなにも生き生きしてるじゃ無い、くよくよなんてしてたらそれこそ、“彼女”に失礼だって。

 

え、化け物の名前?

さぁ?四国だったかじゃあ何か名前を付けて呼んでるらしいって、“彼女”は言ってたけれど、正直私は態々名前を気にした事無いし。

“彼女”と自衛隊の人達も、態々名前なんて付けてないって、「ウジムシ」とか「クソども」で通じるって言ってたなぁ。

「何でも名前を付けようとするのは人の悪い癖だよ」とも言ってたっけ?「奴らは「敵」でしか無いんだから、態々名前なんて付けて、敵対心以外の感情を抱く必要なんてないとかどーとか。

正直女の子が口にする言葉として、どうなんだろうって思うけど。

 



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《幼い少年少女から見た“彼女”》

ゆーしゃのねーちゃんはスッゲェカッコイイんだ!

バケモノをこう『ドーンッ!!バーンッ!!』ってやっつけて、俺たちを守ってくれるんだっ!

 

違うよっゆうしゃのおねえちゃんはとってもカワイイんだからっカッコいいとか言っちゃダメッ。

ゆうしゃのお姉さんはね、とっても優しいの。いつもね、ニコニコってしててね、わたしがおかーさんのお手伝いをしてたら、「えらいねー」って頭なでてくれたんだよっ。

お姉さんの手はねっあったかくってとっても大好き!

 

だからっ!ゆーしゃのねーちゃんは強くてカッコいいんだって!

じえいたいのオッチャンとかにーちゃん達も、「勇者様はとても強い」って言ってたし!!

 

うぅ確かにゆーしゃのお洋服着てるおねえちゃんはカッコいいけど〜

でもでもっおねえちゃんは女の子だもんっ、カワイイんだもんっ!カッコイイなんていっちゃダメッ。

 

ママ達がね、甘いおかしのひじょーしょくとかは、「これは勇者様のためのものよ」って言ってね。たまーにしか食べさせてくれないの、だけどねっ昨日ゆーしゃのおねえちゃんが「お母さん達にはナイショだよ?」って言って、クッキーをくれたの!

ちっちゃいのをね、いっこづつだったけどね!いちごのジャムがのってたの!!

あまくてとってもおいしかったの!

 

まえにけっかいの外にこっそり出ようとしたら、すっごくこわい顔をした、ゆうしゃ様が走って来たんだ。

「外に出ちゃダメだって言われてるでしょう!?」ってすごく怒ってたんだ。

怒ってるゆうしゃ様が怖くて泣いちゃって、ごめんなさいごめんなさい、嫌いにならないでって言ったら、ギュッて抱きしめてくれたんだ。

「大きな声を出してごめんね。でもねお姉ちゃんは君の事が嫌いになったんじゃ無いんだよ?君の事が大好きだから、だから危ない事をしようとした君を叱ったんだよ」

って頭を撫でながら優しく言ってくれたんだ。

 

 

 

 

ママにね、「ゆーしゃさまスゴイねっわたしもあんな風になりたいっ」っていったら、ママね、「そうね」っていいながらとっても、かなしそうなお顔してたの。

 

うちのかーちゃんもだぜ。

おれが「ゆーしゃのねーちゃんはスゲェ」って言ってたら、「そうね、勇者様はとてもとても凄い方ね」って言いながら、どっか痛いみたいな顔すんだぜ、どっこも怪我してないのに変なの。

 

おかーさんね、勇者さまのおはなしする時、くるしそうなお顔するの。

わたしが「しんどいの?くるしいの?」って聞いたら、おかーさん「お母さんは大丈夫よ、大丈夫。ホントにホントに苦しいのはお母さんじゃなくて、、、」って言って泣いちゃった。

 

ウチのとーさんは、ゆうしゃ様の姿を見たら、いっつも「すまない、すまない」って言ってるんだ。何で謝ってるんだろう?

とーさんは別にゆうしゃ様に悪いことなんてしてないのに。

ゆうしゃ様だって、とーさんに何も言ってないのに。



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《自衛隊指揮官の独白》

オレ達はきっと、ロクな死に方をしないだろう。

大人が、それも国民の盾であり矛であるべき、オレ達自衛官がその守るべき対象に守られている。

しかもオレ達を守っているその背中は、まだまだ幼い少女の背中だ。

罷り間違ってもこの日本で、平和だったこの国で、銃を手にする事なんて無かっただろう、戦場に立つ事なんてあり得なかっただろう、そんな幼い少女がオレ達を、沢山の本来ならオレ達が守るべき人々を守って、今日も傷付いている。

だって仕方が無かったんだ、オレ達の持つ武器は、銃にしろ砲にしろミサイルに至っても、奴らには効かなかったんだ。

選ばれた存在じゃ無いオレ達に、できる事なんてありはしない。

 

そう言ってしまえば気分は楽になるのだろうか?

 

仕方無いと目を逸らし

無理なんだと喚き散らし

 

自分達には何も出来ないと、全てを諦める。

そうやって逃げた奴もいた、無様に喚いて逃げ出して、結局“彼女”に全部押し付けて。

けれどきっと、それは許されない事だ。

 

“彼女”の力で化け物共に、多少鬱陶しいと思わせる程度の力は得た、それでもそれが有効打になる訳でも無く、精々が戦車にエアガンぶっ放してたのが、弱っちいけん銃に変わった程度でしか無い。

でもそれでも、オレ達は“彼女”独りで戦場に立たせる事は出来なかった。

 

できる事と言えば文字通り餌となって、化け物共を引きつけたり。

“彼女”の死角をカバーして、馬鹿の一つ覚えみたいな連射で、一瞬だけでも化け物の気を引く程度。

勿論、当然の様に犠牲は出る、オレ達はスーパーエリートの特殊部隊でも何でも無い、一介のヒラ自衛官なんだから。

 

今日もまた部下が一人戦死した。

不意を突かれた“彼女”を庇って、

化け物の杭に貫かれて呆気なく死んだ。

その部下はまだ若いWAVEだった。

防大を卒業したばかりな上に海自の所属だったのに、紆余曲折あってここで俺の指揮下の部隊に組み込まれていた。

殆ど一緒に居る自衛官の中でも“彼女”に一番歳が近いのと、同じ女性だってのもあってか、“彼女”の事をとても気に掛けていた。

“彼女”も部下の事を姉の様に慕っていた。

仲のいい二人の様子はオレ達に束の間の癒しを与えてくれたりしていた。

 

 

なのにそいつは、“彼女”を守って死んだ時

とても満足気な顔をしてやがったんだ。

 

 

その気持ちが解らない訳じゃ無い、だって結局オレ達は化け物共に対して無力なままなんだ。だけど、そんなオレ達でもハッキリと一つ、「出来ると」言える事が有る。

それは今日死んだ部下がやった様に“彼女”の盾になる事だ。

文字通りの意味で、身体を盾にして“彼女”を守る。

 

これもまた逃げの一つなんだって事は、頭では理解している。

結局“彼女”に色々なものを押し付ける事になるって事も、“彼女”の可愛らしい笑顔を崩してしまうって事も。

 

だけどそれでも、この死に方だけは

何も出来ないオレ達にとっては

 

多分きっと唯一誇らしい死に方なんだ。



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《巫女の語る勇者様》

一方的に守られている立場でありながら、この様な事を口にするのは、分不相応な事だと重々承知の上で申し上げますと。

私達の勇者様のお力は、とても弱いものです。

 

ええ、勿論あのお方の心根の事を言っている訳でも、意思の強さを言っている訳でもありません。

あくまでも、“勇者の力”として見た時、四国に居るという勇者様方や、諏訪の勇者様と比べそのお力は数段劣るものだという話です。

分かりやす例えを挙げるならば、

四国の方々が正規軍。

諏訪のお方が訓練を受けたゲリラ兵。

そして、私達の勇者様は寄せ集めのレジスタンスと言ったところでしょうか。

え、分かりづらいですか?そうですかとても良い例だと思ったのですが。

まぁ四国の勇者>諏訪の勇者>東京の勇者という図式が理解できたのであれば、問題ないでしょう。

そしてこの図式は其々にお力をお貸し下さっている“神”にも、そのまま当てはめる事ができます、四国の神>諏訪の神>東京の神といった具合に。

もっともコレは仕方の無い事でしょう。

四国の神は幾柱もの国津神が一つに合わさった神であり、諏訪の神も全国に広がる信仰の頂点。

対し、私達の神は“神様”と呼んでこそいますが、その正体は靖国に祀られている“英霊”です。社に祀られた事により、準神格化こそしてはいますが元々はただの人間、持ちうる力が劣ってしまうのは当然の事だと言えます。

そしてその力では、何をするのにも代償を必要とします。

 

四国や諏訪がどうであるのかは存じませんが、ここ東京では結界は数人の“英霊”を「贄」とする事により発動しています。その為、常に展開されている訳では無く、敵が接近して来た時にのみ「贄」を捧げ結界が展開されるのです。

勇者様のお力そのものに関しても同じで、人を超えた身体能力や武器から放たれる銃弾にも「贄」を必要とします。

結界を一度展開するのに2〜3人、勇者様の身体能力を維持するのに24時間ごとに3人、勇者様の武器である三八式歩兵銃の5発づつのクリップ二つにつき1人。勇者様を支援する自衛隊の部隊にも一戦闘ごとに1人と、我々は犠牲の上に成り立っています。

 

私達の勇者様が戦っている戦場はまともな戦場ではありません。

物資が尽きてしまえばそれでおしまい、他からの援軍や救援など望むべくもない、誰だって絶望してしまうであろう、そんな戦場です。

 

あのお方は、私達の勇者様はその絶望の只中にあり、誰よりも絶望の近くに居るのにそれなのに、心が折れる様な様子も、全てを諦めてしまう様な様子も有りません。

笑顔を絶やす事なく、明るく誰とも別け隔てなく接し、常に皆んなを勇気付けようとされています。

一度何故そこまで出来るのですか?と、貴女はどうしてそんなにもお強いのですか?とお尋ねした事が有ります。

返って来た言葉はとてもとてもシンプルでした、、、、

 

「だってボクは“勇者”だからね!!」

 

ああ、あぁどうして、どうして貴女はそこまで、、

 

もし、もしも他の地に居られるであろう他の巫女の方と、自分の勇者様に関してお話しする機会があったならば、、、

 

私達の勇者様こそが他の誰にも負けない「一番の勇者様」だと、私はきっと誇らしげに語るでしょう。

 



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「勝利と敗北」

「子供達を四国へ脱出させる」

そんな考えが頭の隅に浮かんだのは、いつの頃からだっただろう?

四国にも“勇者”が居て、あっちの方の“勇者”は5人も居ると聞き及んだ時だっただろうか?

それとも、四国の“勇者”に力を貸している神様は馬鹿でっかい樹で、四国全体を囲う結界を敷いていると聞いた時だっただろうか?

“英霊”経由でそんな話を聞いた時、漠然と考えていた「勝利」が何なのか掴めた気がするのは確かだ。

 

ボク達は今生きている、

確かに今を生きてはいる、

だけど「未来があるのか?」と聞かれたら、「ある」と断言は出来ない様な状況だ。

 

皆んなはきっと驚くだろうな。

いや、もしかしたら怒るかもしれないなぁ。

何せ一番「未来を信じて今を精一杯生きよう」ってそう言っているボクが、“勇者”であるボクが「未来は無い」なんて考えているんだから。

と言っても、ボクの言いたい「未来が無い」って言うのは、このまま座して自分から動く事なく、ただ襲いかかってくるクソどもを倒しているだけじゃ、いずれジリ貧になって終わってしまうって事だ。

 

何せボクの力の終わりは見えているんだから。

 

ボクに力を貸してくれているのは、正真正銘の“土地神様”じゃあ無くて、元々は人間だった“英霊”の皆んなだ。

力を使う度に彼等を犠牲にしなければ成り立たないボクの力は、彼等の存在そのものによって成り立っていて、彼等が居なくなって仕舞えばボクの“勇者”の力は簡単に失われる。

そしてボクの力が失われると言う事は、同時に今ボク達が生きる一応の安全圏を生み出している結界も効力を失うと言う事だ。

そうなって仕舞えばもう抵抗なんて出来やしない、後は蹂躙されて食い散らかされて御仕舞いだ。

その時、なんの行動も起こしていなくて、ただ全滅してしまえばそれはもう一方的な敗北となってしまう。

国土の殆どを国民の殆どを食い荒らされておいてな話ではあるのだけれど、実の所ボク自身は人間が“天の神”とやらに負けたとは思っちゃいない。

仮にも本当に“神様”だって言うのなら、ちっぽけな人間なんて一瞬で踏み潰せて然るべきだろう?

それがどうだい?ボク達は、人はまだ生きている。

ここにいる人数はさして多くは無いけれど、話が本当なら四国には数百万人の人間が生き残っている、筈だよね多分。

その上どうだ、ボク達“勇者”と言う存在の抵抗すら受けてるし。

まぁ、ボクらの存在なんて相手にとっちゃ、文字通り子供の抵抗程度なのかもしれないけれど、直ぐさま排除出来ていない時点で程度が知れるね。

 

確かに戦術的な面では敗北を喫したのは認めるよ。

ボク達“勇者”が出来ているのはあくまでも抵抗(・・)反撃(・・)とはとても言えない事は認めざるを得ないだろうね。

とは言えだよ、それはあくまでも戦術的敗北に過ぎない。

何かしらの戦略目標を制定すれば、まだボク達人類にも勝利の可能性はある(・・・・・・・・・)

じゃあ、その戦略目標は何とするのか?

 

簡単な話だ「人が1人でも生き残っていて未来へ命を繋いでいければ良い」コレを達成する事によってボク達は勝利を得られるだろう。

現実的な話1人だと死んでしまえばそれまでなので、子供を作れる状態で無いといけないから、2人以上の生存者はいるけどね。

 

差し当たって、人類全体の勝利を四国の完全防衛とするとして、東京のボクらの勝利とは何なのかを考えると、冒頭の「子供を四国へ脱出させる」に繋がるわけだ。

未来を繋ぐ子供達、15歳以下位かな?子供を産まないといけない訳だから、女の人はもう少し年上まで入れるべきかなぁ?

え?ボク?やだなぁボクが脱出する訳無いじゃない(・・・・・・・・・・・・・)

まぁとりあえずさ、誰を脱出させるか?どうやって脱出させるか?って辺りの事を一緒に考えてくれると嬉しいな一佐。



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「勝利を得る為に」

「何を言いだすんだこのお嬢さんは?」

はっきり言って“勇者様”から「勝利の為の思惑」とやらを初めて聞いた時の感想はそれだった。

ただ、荒唐無稽な話だと一蹴する事は出来なかった。

一部の者しか知らない話ではあるが、彼女の力に限界があるのは確かな事だ。

四国のことに関しても、島全体が結界という状態なのも概ね間違いない事実であるらしい。

向こうには5人も“勇者様”が居るという話も聞いたし、思わず1人くらい分けてくれと言いそうになった。

この先多くの人類が生き残れる場所として、四国がとてつもなく魅力的である事は、まぁ疑いようも無い事実だろう。

因みに、“勇者様”という立場だからって15歳の彼女が、国家戦略じみた事を語っている事については、違和感は凄いがもう慣れた。彼女は大体最初からこんな感じだった。

 

気に入らない点を挙げるとするならば

「脱出させる子供は15歳以下」

「女性はもう少し年上までを」

そう言っている癖に、そのどちらにもバッチリ当てはまる自分自身をその中に入れていない事。

それどころか自分の事を最初から「未来を繋ぐ子供」の中に入れていない事だろうか。

彼女の事に関して許せない事が有るとするならば、彼女の過剰なまでの「自己犠牲精神」だろうか、高潔で清々しいまでに英雄的だ。

無論、それによって覚える怒りは彼女へ向けたものではなく、彼女にそんな考えを抱かせてしまっている自分自身、15歳の女の子にそんなモノを背負わせている自分達の不甲斐なさに対してだ。

 

それでも、だ。

考えない訳にはいかないだろう。

彼女の掲げる「勝利」へ至る為の道筋を。

 

「15歳以下の子供」と言う条件に当てはまるのは現在32名。

その内、最年長の15歳が彼女と彼女に侍る“巫女”の少女を含めて5人。

それより下の年齢は割と均等で、最年少が厄災の始まった当時赤ん坊で現在2歳半なのが2人。

彼女自身は別として、恐らく“巫女”も最後まで彼女の側に居ることを選ぶだろうから、脱出させる子供の数は30人。

それに適齢期の女性、この先の事を考えると出来るだけ若い女性を選ぶとして、子供と同数の30人ばかり選出するべきだろう。

移動手段の確保も必要だ。

東京から四国までの距離は直線距離で700km以上。

高速道路を車でぶっ飛ばしたとして9時間半程の道のりだ。

世界が平和なら9時間半かけてゆっくり行っても良いが、いつ襲われるか判らない状態で、襲われれば逃げる以外に何も出来ない状態で、呑気にえっちらおっちら陸路を行く何てやってられない。

となると空路、あるいは海路となる訳だが果たしてどちらが適切か。

 

 

「手段が確保できるなら、どっちも使えばいいんじゃないかな?」

 

さて如何したものかと思っていると彼女はあっさりとそう行った

 

「そもそも、全員を同じルートでって言うのは危険だよね?」

 

彼女の主張は詰まる所リスク分散をするべきだと言う事だ。

“勇者様”という最高戦力が同道出来ない以上、移動時の護衛戦力は彼女の“力”が込められた銃弾ですら贅沢なものだろう。

そうなると、化け物共と遭遇すればそれはもう必死こいて逃げるしかない。

 

「ただ、ひとつ問題として。飛行機なり船なりがあったとしても、3年近く整備も無しに放置されてて動くものなの?」

 

そういえばそうだ。

キチンと整備されていたのならまだしも、野晒しで放置されているんだからマトモに動かせるとは思えない。

車とかバイク辺りなら、何とか動きそうな気もするし最悪整備もできるが、流石に飛行機や船となるとそれも難しい。

くそ、そうなると脱出なんて絶望的に不可能だ。

徒歩での移動なんてまず不可能だ、子供達と女性だけでなんて論外だし、“勇者様”が一緒に向かって更に俺たち自衛官が盾になって子供達を守りつつ移動したとして、700km以上の距離と数日という移動期間は絶望的な数字だ。

 

諦めるしかないのか?

 

本当にそうか?

 

なにか、なにか有るんじゃないか?

 

考えろ!

考えろ考えろ!

 

「そうだ、そういえば2機だけなら!」

「へ?」



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《ある女性自衛官の絶望》

「箱舟作戦」

“勇者様”と隊長が考案した人類勝利の為の作戦。

概要は結界内に2機存在して、いつか何かに使うかもしれないと、この3年近く限りある物資を使って動態保存されてきたCH-47JA・チヌーク輸送ヘリコプターを使用し18歳以下の子供と、女性を30人年齢の若い順に選出して2機に分乗、四国を目指すというもの。

 

元々は15歳以下の子供達と女性だったのが、18歳以下の子供達にまで選出年齢が上げられたのは、チヌークが使えると分かったかららしい(ただその子供達の中に“勇者様”自身は当然かの様に含まれていない)。

私は本来年齢から考えると選出から漏れるのだけれど、脱出メンバーに選ばれた。

選ばれた理由は単純、私がチヌークのパイロットだったから。

当時「いつか、いつか何かに使う時が来るかもしれない」と未練がましく、チヌークの動態保存を主張したのも、それ以降数機あった機体をパーツの関係上ニコイチする様な形で整備して、保存状態を保ってきたのも私だ。

この作戦は私の主張が正しかった事の証明だ、正しく「その時」が来た訳だ。

 

なのに、それなのに、心は全く晴れない

 

何故か?解りきっている“勇者様”を15歳の少女を置いて行かなければならないからだ。

 

隊長の提案でチヌークが使えるか?と確認しにきた2人に、問題なく使えると報告した時の、最大搭乗人数を聞かれ答えた時の“勇者様”の心底嬉しそうな顔が、15歳以下としていた子供達の年齢を18歳以下へと引き下げられる、僅かばかりでも希望の数を増やせると、そんな嬉しそうな笑顔がー

 

頭から離れそうに無い

 

四国へ向かう旅路に“勇者様”は同道しない。

彼女は飛び立つ「箱舟」の出発を援護し、その後はココに残される人々を最後まで守るのだと言う。

誰もが、ココで暮らす誰もが一番「生きて欲しい」と「この先の未来でも笑っていて欲しい」とそう願っている“勇者様”自身が、誰よりも生き急いでいる。

 

「ボクは“勇者”だよ、最後の1人になっても見捨てはしない、ボクが守るよ」

 

四国への旅路「“勇者様”の力が無ければ危険だ」と「未来へ繋げると言うのなら、“勇者様”が同道した方が確率は上がる」とそう主張した誰かに、彼女はそう返した。

 

「確かに四国への道は決して楽なものじゃないだろうね。もしかするとどちらかは墜ちるかもしれ無い。だけど、希望がある。残される人達は頭でわかっていても心が受け入れられるとは限らない。そんな中でボクまで居なくなってしまえば、彼らは本当に絶望してしまうでしょ?だからボクは行けない、見捨てられないから」

 

子供とは思えなかった

 

本当にならば、オシャレだとか恋愛だとか、そう言うものに興味を持って、友達とはしゃいで学校帰りに寄り道したりして、そんな歳の少女の筈だ。

 

まだまだ、大人に守られているべき幼い子供の筈だった。

 

何が彼女をそうさせたのか。

その小さな肩に多くの人の命を乗せて、

その小さな背中に人々の希望を背負わせて、

幼い少女に縋り付いて生きてきた私達がそうさせたのか。

 

或いは最初からそうだったからこそ、

私たちは何の疑問も抱かずに彼女を“勇者様”だと、「守られる側」では無く「守る側」であるとしてしまったのか。

 

どちらが正しいのか、どちらも正しく無いのかは判らない、けれども

私達が幼い少女を“勇者様”にしてしまった、その事実は覆しようが無い。

 

そして、彼女はこう言った

 

「それに、残るからって絶望する必要だって無いよ。皆んなが問題なく四国に着けば、向こうの“勇者”にボクらの事が伝わるでしょう?そうすれば、向こうから助けに来てくれるかも知れない、なら待っている間はきっと、今までで一番希望のある時間だと思うんだ」

 

 



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箱舟が行く1

保管されていた物資をひっくり返して、東京中を“化け物”の目を掻い潜り、或いは“勇者様”がなぎ倒して掻き集めた物資を総動員して、漸く準備の整った輸送ヘリ(はこぶね)が2機、ローターの音を響かせながら飛び立つ時を今か今かと待ちわびている。

 

「箱舟作戦」の概要は以下の通り

2機のチヌーク輸送ヘリにパイロットを除いて女性15人づつ、18歳以下の子供を20人づつ合計70人(パイロットを含めると74人)を分譲させ四国を目指す。

2機はリスク分散の為、同じルートは取らず1号機が真っ直ぐ直線で四国を目指すルート、2号機が航続距離ギリギリまで海上を回り込むようにして四国を目指すルートを取る。

 

2号機のルートに海上が選択されたのは、これまでの経験から“化け物”は人の多い所に引き寄せられる性質が有るのでは無いかと、分析された事からまず生き残りが居ないであろう海上ルートを取ることとなった。

尚2機共に海上ルートを選択しなかったのは、接敵の可能性は低いと予想されるものの、時間が掛かるという懸念から1機は最短距離を行くべきと判断された為だ。

 

脱出メンバーに選ばれた人達が残して行く家族や友人との別れを済ませ、一人また一人と乗り込んで行く。

半数以上の人が涙を流しているが、事情が解っていないであろう小さな子供の中には、お出かけにでも出掛けるかのようにはしゃいでいる子もいる。

 

最初この作戦が“勇者様”から語られた時、大きな反響があった。

それはそうだ、世界がこんな事になってそれでも共に生き残った家族や友人と引き離される、まだ幼い我が子だけを結果の分からない箱舟に乗せなければならないと言われて、ハイそうですかと直ぐに納得できる筈もない。

それでも“勇者様”が一人づつ、向かい合って説得して大半の理解を得る事が出来た。

最後まで反発していたのは、“勇者様”と年の頃が同じくらいの少年達だった。

彼等にとって“勇者様”はアイドルの様な存在だった。

同じ年頃の女の子相手にカッコつけたい年頃の彼等にとって、女の子である“勇者様”に護られているという事実は、もしかすると大人達以上に重くのしかかるものだったのかも知れない。

年長者の中には自衛隊に志願して“勇者様”を庇って死んだ者も居た。

そういう姿に青臭い憧れもあったのかもしれない、元々は18歳未満は認めないとされていた自衛隊への志願について、事ここに至っては制限する必要もない筈だ、「最後」こそオレ達も一緒に戦うと、彼等はそう主張した。

 

「今更君達なんて役に立たないよ」

 

主張を続ける彼等を黙らせたのは、流石に止めるべきかと声を上げようとした隊長を押し退けて“勇者様”の放った一言だった。

一瞬誰が言ったのか分からなかった程、“勇者様”らしく無い言葉と声音だった。

 

「今更君達が加わったとして、一体何の役にたつって言うんだい?」

 

誰も何も言えなくなった。

自分達も戦うと主張していた少年達だけでなく、隊長含め周りにいた自衛官(我々)もだ、“勇者様”の言葉には明確な拒絶が見えた。

 

「まともに戦えなくったって!君の盾にな

 

ーパァンッ!ー

 

張り飛ばされたのは“勇者様”のクラスメイトだったと言う少年だった

 

「最初からボクの為に死のうとする奴と一緒に戦いたいなんてこれっぽっちも思わないよ。そんな命の使い方は間違いだ、間違いなんだよッ」

 

今度こそ誰も反論なんて出来なかった

だって泣いていたから、いつも元気で誰よりも強い

そんな彼女が、“勇者様”が泣く事なんて無いんだと、

誰もがそう思ってしまっていたから。

 

“勇者様”が泣いているのを見たのはそれが最初で最後だった

 

その涙は

 

強い“勇者”の涙なんかじゃなくて

 

ひとりの小さな女の子の

 

涙だった。



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箱舟が行く2

「あの日」の事は今もハッキリと覚えてる。

大好きなお父さんが死んだあの日。

陸上自衛隊の幹部自衛官で何時も忙しかったお父さん。

久し振りの休みの日、特別にって学校を休んで二人でお出かけした帰り道の事だった。

 

空が墜ちてきた

 

部隊の指揮官だったお父さんは「原隊に復帰する必要がある」そう言って、ボクを連れたまま陸自の駐屯地に向かった。

けど、結局駐屯地に辿り着く事は出来なかった、あっちへこっちへと誰もかれもが混乱して、車をまともに走らせられなかったからお父さんはボクを背負って自分で走る事を選んだ。

そうして古ぼけた神社の前に差し掛かった時、空から降ってきた“化け物”が子供を襲おうとしている所に遭遇した。

お父さんの判断は一瞬だった、ボクが自分からお父さんの背中から飛び退いた事もあって、お父さんは子供を助ける為に飛び出した。

 

 

お父さんの最後は、あの日世界のあちこちで見ることの出来たソレと同じだった

 

それでもお父さんは襲われていた子を確かに救っていた。

でもすぐ側にはお父さんを喰い殺したばかりの“化け物”が。

ソイツはお父さんを中途半端に齧った後、邪魔された続きだとでも言いたげに、子供に襲いかかろうとした。

 

頭に血が昇るのを感じた

 

ーその子はボクのお父さんが命を懸けて救ったんだー

 

ブチンと何かが切れる音がした

 

ーお前なんかが触れていいものじゃないー

 

そこからの事は実を言うとハッキリ覚えてない。

気が付けばその子を抱え上げて、右手に古めかしい銃を持って、

“化け物”どもを殺し回っていた。

そうしたらいつの間にか“勇者様”なんて呼ばれるようになって、3年近くが経った。

 

ボクみたいな子供を“勇者様”だとか言って祭り上げて、頼り切るというのはハッキリ言って歪だったと思う。

だけど、ボク自身はその事に歓喜を覚えた、だって子供であるボクが護って戦う事を否定されないから。

それに、嬉しかった事はもう一つ。

お父さんと同じ自衛官の人達が、その本分を捨てず己の職分を全うしようと在り続けていてくれた事が何よりも嬉しかった。

 

だけど、ボクみたいに直接戦うことの出来ない彼等には、そして彼等に僅かながら力を与えられるボクの力の源泉にも限界は存在して、それはもう遠くないうちにやってくる。

だからこそ、その限界がやってくる前に最後の賭けに出る。

 

「「箱舟」の出発準備完了しましたっ!脱出予定者は間違い無く全員の乗り込みを確認!問題ありません!」

「了解」

 

無線機が役に立たなくなって久しいので、走ってやって来た伝令がボクと1佐に準備完了を報告する。

 

「1佐、覚悟はいい?」

「今更聞くか?そんな事。覚悟は自衛官になった時にしたさ」

 

周りを見回して、ここに居る全員が1佐と同じ様これまでと変わらない“戦士”の顔をしている事に思わず頰が緩む。

 

「それじゃあ始めようかっ!」

「よしっ!狼煙を上げろっ!」

 

ードカンッー

 

1佐の号令に合わせて“化け物”共の注意を引く為に、ビルがなけなしの爆薬で吹き飛ばされる。

今から走って伝えに行く訳にもいかないので、これが「箱舟」に出発を告げる号令のかわりだ。

 

「総員戦闘準備!!」

「お嬢、最後だ一つ演説でもどうだ?」

 

何時も真面目な1佐らしからぬ提案だ。

でもまぁ様式美ってヤツなのかもしれない、とは言え

 

「いきなり演説って言われてもなぁ」

「なに、長々と語る必要なんて無いさ。なんなら決意表明みたいなもんでも良い」

「えー今更決意表明?」

 

どうしよう?と皆んなを見ると期待した視線を向けらる。

 

「うぬぬ、じゃあまあちょっとだけ」

「よぉし!全員傾注!」

 

無駄にビシッと揃って気をつけの姿勢になる皆んな、こんなとこで練度を発揮しなくてもと思うけど、きっとこれが最後になると皆んな分かっているからこそなんだろう。

 

「すぅはぁ、遠からん者は音に聞け!近くば寄って目にもみよっ!!我等こそ(・・・・)東京を守護せし“勇者”なり!!天地に蠢き人を喰らう“化け物”共よ!我等の魂の輝きを!!決して陰る事の無いその輝きを!!しかとその目に焼き付けよ!!そして我等は今ここに!死して護国の鬼とならん!!」

 

ーウォオオオオ!!!ー

 

遠くに聞こえるヘリの音を背に

 

ボクたちは最後の戦いを始める

 

 

 

 

見ててねお父さん

 



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種は飛び立った

どれほど時間が経っただろう?

 

箱舟はどちらも無事に飛び立てただろうか?

 

最初の狼煙以降、大きな爆発音が聞こえてくる事は無かったから、多分最初の関門は突破したと思う。

周囲から聞こえてくる銃声も少なくなった。

聞こえてくる爆発音は人1人が死ぬのがやっとくらいの、自決の音。“化け物”に喰われずに人としての尊厳を保ったまま死ぬための音。

 

ズキン

 

身体中が痛い。

さっきから視界の半分が赤いし、軍刀を握ってた筈の左手は肘から先の感触が無い、見てみれば肘から先は綺麗に無くなっている。

視界が赤いのもさっき“化け物”の槍を避け損ねて転んだ時に、思いっきり頭を打ったせいだろう。

 

「ぐんそー、取り敢えず手は止血だけで良いから、頭の方治してくれる?」

 

頭がクラクラして、あとついでに無いはずな左手が痛くて痛くて仕方な......

 

うん?いたい?

 

頭を打って、左手が肘から無くて、身体中切り傷やら擦り傷だらけになってるんだ、そりゃ痛いに決まってる。

 

いたい

 

イタイ

 

痛い痛い痛い痛い痛い!

 

身体中が痛くてしょうがないっ!?

 

「ぐんそー!ぐんそー!?」

 

呼び掛ける声に反応は無い。

同時にふと気付く、さっき頭を打った時。

あの時確かに死を確信した、頭から何かが潰れる音が聞こえたから。これで終わってしまうんだと、そう思った筈だった。

 

「ぐんそー、治してくれたんだ」

 

冷静になって探ってみれば、何時も体の中に感じた力が一つ、居なくなっている事に気がついた。

ポッカリと穴が空いたような感覚だ。

 

「今までありがとうぐんそー」

 

“彼”はボクの致命傷を治して、最後の力を使って逝ってしまった。

だから“彼”の存在によって成り立っていた超常的な回復能力(・・・・・・・・)が失われた。

はは、痛いなんてどれくらいぶりだろう。

致命傷は治ったけれど完全じゃ無い、今も身体から命が流れ出して行く感覚がある。

 

さむい

 

どんどんと身体が冷えて行くような感じだ。

さむい寒いよ、怖いよお父さん。

 

「お嬢!?」

 

初めて感じた恐怖(・・・・・・・・)に膝の力が抜けて、崩れ落ちそうになった所を誰かに抱きとめられた。

 

あったかい

 

「大丈夫かお嬢!?」

「1佐、あったかいね」

「お嬢?」

 

抱き止めてくれたのは1佐だった。

お父さんの部下だった人で、3年前のあの頃からずっと側に居て一緒に戦ってくれた人。

 

「身体が痛いんだ。痛くて痛くて、それで寒いんだ」

「ッ!?」

 

クルリと体を回して1佐に抱きつきながらそう言うと、息を呑む音が聞こえた。

1佐もボクの超回復は知っているから、ボクが痛みを感じていると言う事実に驚いているのだろう。

なんて思ってるんだろう?初めて怪我をしても痛くないしすぐ治るって解った時は「まるで呪いだ」って言われたっけ?ボクを戦場に繫ぎ止める為の呪いみたいだって。

 

「皆んなすごいなぁ、“化け物”だけじゃ無くて、こんな痛いのと怖いのにずっとずっと、戦ってたんだよね」

 

「痛みを感じない」「怪我が直ぐ治る」って言うのはただそれだけじゃ無くて、戦う事に関する恐怖も薄れさせてくれていた。

それが無くなって今、ボクは漸く戦う事への恐怖を感じている。

 

「ボクなんかよりずっとずっと、皆んなの方が凄いよ」

「お嬢......」

 

ダメだって頭ではわかっていても、もうこのまま居たいってそう思う。抱きついた1佐の体は大きくてあったかくて、お父さんみたいな安心する匂いがして、このまま

 

「くそっ!」

「っ!?」

 

いきなり突き飛ばされた。

ゴロゴロと転がって、瓦礫に背中を打って止まる。

 

「つぅっ!いっさ!?ボクの話し聞いてた!?今いたいん、だっ、て......」

 

文句を言いながら1佐の方を見ると、そこには胸から槍を生やした彼が居た。それは丁度ボクの頭があった辺りで、

 

「1佐!いっさ!いっさぁ!」

 

まただ、また誰かがボクを庇って居なくなる。

「護る存在」はボクの筈なのに、ボクを護って皆んなが死んでいく。

 

「まだ、だ。まだ終わって、無い!そう、だろう?最後、まで。たたかう、んだろう?」

「1佐」

 

そう言われて、まだ皆んなが戦っている音がする事に気づいた

 

ボクと1佐を助けようとこっちに向かってくる姿が見えた

 

ボクと1佐を喰おうと近付いてくる“化け物”が居る

 

情け無い!

本当に情け無い!!

皆んなはずっと戦ってきた!

それなのに!

自分の事を“勇者”だと言っている癖に!!

回復能力が無くなっただけでこれかっ!!

 

震える足を叱りつけて立ち上がる。

震える手を叱りつけて銃を取る。

そうだ、そうだとも!

 

「まだだ、まだ!終わってない!!」

 

“化け物”共が更に近寄って来るのが見える。

そんなにボク達が喰いたいか!

ボクがもう何も出来ないとでも思っているのか!

 

「まだボクは生きている!ボク達はここにいるっ!!まだ“勇者”は死んじゃいないっ!!」

 

そうだ、回復能力が無くても、

“英霊”達がもう居なくとも

使えるものはまだ有る

 

「全部だ!ボクの全部を持っていけ!!」

 

ボクの全てを

この身体も

この魂も

全てを燃やそう

 

赤い輝きが視界に映る

血の赤とは違う、力強い赤。

 

「目に焼き付けろ!記憶に刻み込め!

これが、これこそが!人間だ!勇者だ!■■■■だ!」

 

喉が枯れそうだ、ぶっちゃけ何を叫んでいるのかも誰に言っているのかもわからない。

でも感じるんだ、何時もの“英霊”達の力がみなぎって来るのと同じようで、どこか違う懐かしい気配。

 

そうだ、これは皆んなだ。

 

皆んながもう一度ボクに力を貸してくれている。

 

花が咲いた

赤いルピナスの花が

 

“化け物”の正体は知らない。

けど、どこから来てどんな奴がそこ(・・)に居るのかは知っている。

さぁ皆んなでやろう

皆んなで一泡吹かせてやろう

 

「弾種46cm九一式徹甲弾!目標!天頂“天の神”!!全砲門斉射!!うちーかたっ!はじめぇ!!」

 

身体から力が抜けて、意識が溶けて行く。

 

最後に感じたのは、お父さんにぎゅーって抱きしめてもらった時の、温もりと安心感だった。

 




本作にお付き合い頂いた方、
ありがとうございました。
名も無き勇者と英雄のお話しは取り敢えずこれでお終いです。
花結いのきらめきについては、どうするかわかりません。
そのうちしれっと投稿するかも?

活動報告の方に「ある文章」を掲載します。
よろしければ是非。



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