八Pと!! 城ヶ崎 美嘉√  (緑茶P)
しおりを挟む

カリスマJKはアイドルに夢をみるのか

それは、とあるカリスマJKと呼ばれる前の埼玉の女の子の始まり。


 電車に揺られる事40分。埼玉から華の東京までに掛かるこの時間を長いと思うか、短いと思うかは少々意見が分かれそうな所だ。まあ、命短し女子高生としては結構に痛恨なロスタイムではあるのだろうが私はこのぼんやりする時間が嫌いではない。新しい流行に店。たまに参加する読モの撮影は埼玉の片田舎には決して見つからない刺激的な時間。そこで自分がイイナと思ったモノを取り上げて貰える事を想像すれば、この待ち時間も思いのほかあっという間だ。

 

 だが、今日の私の手に握られているのは女子高生を騒がせるファッション誌では無く、ちっぽけな紙切れ一枚。書かれているのは可愛げのなさそうな男の名前と、誰でも一度は聞いたことがある様な大手プロダクションの部署名。何度見直してみたって変わらないその文面に小さく鼻を鳴らしてみる。

 

 前回、撮影で東京まで足を伸ばした帰りに呼び止められ渡されたこの名刺と伝えられた説明会の時間。まあ、もしドラマならばココから才能を開花させてステージを駆けあがって行くようなお涙ちょうだいの展開が始まるのだろうが、そんなご都合展開を期待するにはちょっと現実は厳しい事を知り過ぎている。

 

 定期的に参加している雑誌の撮影だって、カリスマだと銘を打って表紙を飾った事があってもそんなのは一瞬の栄光だ。ちょっと何かの歯車がずれればあっという間にお役御免の儚い役柄。ソレに気がつかずに栄光におぼれて、自分の流行を忘れてた女の子が切られていくのを見送ったのも一度や二度ではない。

 

 自分が輝いていられるウチにやりきって引退。それくらいがせいぜいのポジションなのだ。だから、きっとこの良く分からない男の誘いもソレに準じたものである可能性は高い。良くて新しい雑誌のネームバリューの為の一時的な専属契約。悪くて、まあ、碌でもないお誘いといった所だろうか。妹が騒ぎはするが、自分なんてその程度の存在だという分は守らなきゃいけない。ソレを忘れるなんてちょっと痛すぎる。

 

 大体、渡された名刺と名前だってこの人の下の下の下の、子会社の事務所の社長を紹介するまでの餌でしかないかもしれない。そんな事に頭が回らないほど軽いと見くびられていた事にも腹が立つ。あんまり舐めた態度を取ってくるようなら一発かまして帰ってやろうと心に決めて小さくため息を吐く。

 

 吐きった息を吸い込むように顔を上げればだだっ広い埼玉の空は数多の魔天楼にめった刺しにされ窮屈そうにしているところだった。

 

 

 

 はて、心を弾ませていた東京がこんなにも窮屈に感じる事があるように感じたのは、いつからだったか。

 

 

 

 そんな独白を抱えて”城ヶ崎 美嘉”はもう一度小さくため息をついた。

 

 

――――――――――――――

 

 

「いやいやいや、冗談っしょ?」

 

 紙に書かれた住所を頼りにえっちらおっちらと、そびえ立つビル群を抜けてようやく鳴る携帯からの案内終了の音声。こんなに歩かせやがって、一体どんな所にある喫茶店なんだと強気に睨んでみた先に現れたのは―――お城だった。

 

 赤い煉瓦に包まれ、その頂点から見下ろす荘厳な時計は他のビル群を圧倒する華やかさ。そのダンスホールの様な玄関には多くの人が行きかい、その誰もが自分がなけなしのお小遣いで飾りつけた制服なんて比べるべくもない高価な身なりに身を包んでいる。馬鹿みたいに固まるしかなかった視線を何とか動かして住所と地図を確認してみれば無情にも間違いはなく。

 

 もう一度正面から見直したそのダンスホールの入口に金縁で彩られたその看板。

 

 

”346 プロダクション”

 

 

 その文字に、息を呑む。

 

 さっきまで考えていたような打ち合わせは、普通、本社でなんかやったりしない。事務所がちっちゃくてもあればいい方で、喫茶店でギャラや交通費の話をして、日程を確認するくらいのもんだ。そこまでが一介の読モの許容の範囲内の話だ。

 

 入り口に入ることすら戸惑っている自分が、こんなところで何の打ち合わせをさせられるっていうのか?

 固まる身体に、から回る思考。それでも、周りの視線は嫌というほど感じる。それが悪意ばかりでない事は分かっていても、被害妄想が勝手に追いすがり空回りと羞恥に拍車をかける。それが切っ掛けだったとは思うが、良くは分からない。そんな冷静な自己分析とかそんなん脇に捨てて、今すぐこの場を逃げたかった。それだけを考えて咄嗟に振り返り駆け出そうとし―――

「ぐっ!!」

 

「きゃ!!ご、ごめんなさい!!」

 

 思い切り人に突っ込んでしまった。結構な勢いでぶつかり相手も自分も倒れ込んでしまったが、咄嗟に相手の安否を確認する。すらりとした手足と黒い髪に特徴的なアホ毛が一本。そこそこ悪くない容姿の筈なのに胡乱気にこちらに向けられたその目の濁り具合に一瞬息を呑んでしまう。その間を、なんと取ったのかその人はなんて事のないように立ち上がり手を伸ばしてくれる。

 

「…急に走るとあぶねぇぞ」

 

「あ、はい、ホントに、済みませんでした。…あの、怪我ってありませんか?」

 

「いや、そっちこそ大丈…」

 

「?」

 

 伸ばされた手と存外に柔らかい声音に詰めていた息を吐きながら、その手を取ってもう一度怪我の確認をすると彼が中途半端な所で言葉を留めた。やっぱり何処かを怪我したのかと彼の目線を追えば、あの名刺が落ちているのに気がつく。ぶつかった表紙に落としたのだろうが、ちょっと拾う気にはなれない気分だ。

 

「ああ、ごめんなさい。落としてたみたいですね。まあ、悪戯だったみたいなんでいらないっちゃいらないんですけど…」

 

「ん、悪戯?良く分からんけど、お前が最後の参加者みたいだな。着いてきてくれ」

 

「は?」

 

「いや、時間もギリギリだしさっさと行くぞ。ウチの事務員わりかし時間に厳しいしな…」

 

 ドンドンと進む彼に手を繋いだままの私も引っ張られ、あれだけ萎縮していた玄関ホールもあっさり横切って奥へ奥へと連れて行かれる。様々な疑問と周りの奇異の視線、急な展開に頭も口も上手く動いてくれない。たまに洩らす言葉は彼の見当違いの解答に遮られ、結局なにも分からぬまま引きずられてある扉の前で彼はようやく止まった。

 

 そこで彼は私の手を握ったままだった事に気がついたのか罰が悪そうに”悪い”と呟くように詫びて、扉に向き直った。

 

「比企谷っす。最後の参加者を連れてきました」

 

「どうぞ、入ってください」

 

 軽いノックと問答の末に開かれた扉。その先にいた八人が―――

 生涯、ずっと隣を駆け抜ける戦友になる事を、私はまだ、知らなかった。

 

―――――――――――

 

「ああ、良かったです。何か事故にでもあったのかと心配していましたので。どうぞ、おかけください」

 

「あ、その、遅れてすみませんでし、た」

 

 開かれた扉の向こうに以前、名刺を手渡して来たあの男がいた。そして、見た目と違って低く囁くような声なのに不思議と耳に残るその声に言われて初めて気がついた。そうか、勝手に欠席していたらバックレを疑うものかと思っていたが、この人は、いや、もしかしたら普通の人は最初にそういう心配をするものなのか。そんな当たり前のことに気が回らなかった事が恥ずかしくなり、バックれようと思っていた後ろめたさから素直に頭を下げたくなった。

 

 ソレを見た強面の彼が微かに頷き、もう一度席を勧めてくれたので素直にそれに従って同じくソファに腰を下ろす集まった彼女達をそれとなく眺める。

 

 年齢を感じさせない美女、朝のニュースで見た事のあるオネーさん、目元を髪で隠している寡黙な少女、興味深げに部屋を見回す溌剌とした子、緊張に手を握り締める可愛い子、ふんわりしてるのに何処か儚さを感じる少女、なぜか自信ありげに腕を組んでる変な子、それとオマケに何にもない空間に微笑むヤバい子。

 

 ……いや、マジで何の集まりだコレ?

 ついでに言えば、ヤクザ顔負けの強面の偉丈夫。完全に淀み切った目玉の根暗系のアホ毛さん。能面のように笑顔を崩さない事務員っぽいお姉さん。ココにいる業界側の人も明らかに堅気じゃない雰囲気がプンプンする。え、うっそ、結構マジでヤバ気な打ち合わせだったりする?え、こんなおっきな会社だと逆に揉み消されちゃいそうで怖くなって来た。えー、マジ大丈夫かこれ?

「皆さんが揃いましたので、説明会を始めさせて頂こうと思います。まずは、皆さんにお声掛けさせて頂いたプロデューサーの武内と申します。今日はよろしくお願いいたします」

 

 その声に、そぞろだった彼女達の意識が彼に、武内Pに向けられた。その鋭い視線はその圧を受けても微塵もたじろぐ事もなく、言葉は紡がれていく。

 

武P「まずは、お手元の資料をご覧いただく前に簡単な説明をさせて頂きます。あなた方は346プロが新たに立ち上げる”アイドル部門”の先駆けとなる”シンデレラプロジェクト”の創設メンバーになって頂きたいと思いお誘いさせていただきました」

 

 そのあまりに堂々とした語りに聞き逃しそうになるが、その声には多くの疑問が残る。当然、その疑問はココにいる全員が聞き逃すほど甘くはない。みた事のあるお天気お姉さんが苦笑をかみ殺したように挙手して、発言の意志を示す。

 

武P「どうぞ、瑞樹さん」

 

「あー、まあ、自分で言うのもアレだけど、私や楓ちゃんが"アイドル"ってのを名乗るにはちょっと無理があるんじゃない?おばさん、って程じゃないにしてもお客さんだってみるなら若いこの方がいいでしょ。ましてや、レギュラー番組落とされたオチ目なんか使ったらそれこそ先駆けの汚点になっちゃうわ―――それとも、そういう話題つくりなのかしら?」

 

 上品に笑ってネタとして処理しようとしてくれているのだが、最後のその一言だけは隠しようのないほどに怒りが滲んでいて、部屋の温度が数度下がった気がする。その目は真っ直ぐに武内Pをつら抜かんと向けられるが、彼はソレを真っ直ぐ受け止めて口を開かんとする。

 

「……そもそも、私にも向いていないでしょう。見た目通りの、性格ですから」

 

 開きかけた言葉を紡ぐ前に、ぞっとするような小さな声が部屋に響いた。囁くような声で耳に響くのも武内Pと変らぬのに、ここまで発する人で印象が変るものかと思い知らされる声。

 

「むむ、なんだか難しい話になってますね。良く分かりません!!」

 

「わ、私は!アイドルになれるなら、全力で頑張ります!!」

 

「まあ、僕一人いればそれだけで事足りそうですけどね」

 

 そんな思い思いに発される言葉に、部屋の統制はすぐに無くなってそれぞれが勝手に話しだす。まあ、言ってしまえば”学級崩壊”って奴である。こうなったら、立てなおす事なんてほぼほぼ不可能だ。懸命に語りかける糸口を見つけようとするプロデューサーの熱意は認めるが、ソレだって効果があるかは分からない。

 

 意志が、目的が固まっているからこそ集団は纏まる。それ以外にだって、共通点や話題、性質の近しいモノでなければいつかは必ず分裂する。ましてや、こんなに個性が尖り過ぎている様な連中にあんな言葉を投げかけたならばこうなるのは当然だ。張っていた肩ひじは倦怠感と疲労で緩くおちていく。こんな後味の悪い、良く分からない事の為にココまで来たのか、という感覚がもっとソレを強めるなかでなんとなく考える。

 

 ココまでグチャグチャになった集団を纏める方法なんてたった一つ―――――

 

 

「紅茶の入れ方って、こうちゃう?ふふ、いい出来です。紅茶もダジャレも」

 

 

 圧倒的な支配力を持ったトップ以外、ありはしないだろう、と。

 

 

 浅草色の髪の彼女はいつの間に席を立っていたのか、ふんわりと室内に漂う紅茶の柔らかい薫り。ソレに付随して聞こえて来たギリギリのギャグセンスに喧騒に包まれていた部屋が静まり返った。その呆気にとられているウチに、紅茶がそれぞれの前に手際よくおかれていく。

 

武P「高垣、さん」

 

楓「まあまあ、皆さん初対面でココまで話がはずむのも結構ですけど、プロデューサーのお話を聞いてからでもいいじゃないですか?それから、やるかやらないか決めたって言いわけですし」

 

 けらけらと笑う彼女と紅茶に好き勝手に話していた彼女達がちょっと気まずげに席に着いて、小さくプロデューサーに詫びる事によって、この会議は首の皮一枚で繋がった。その事に戦慄を覚える。

 

楓「あ、そうそう。それと、一番最初の瑞樹ちゃんの質問に対しては大丈夫みたいですよ?この前から、私もこの部署で歌わせてもらってますから!なんでも、年齢とか売れない元モデルとかは関係ないそうで」

 

瑞樹「え、っちょ!?そんなの聞いてないわよ!!てか、騙されてない楓ちゃん!?」

 

楓「むー、信用がありませんねー。あ、あと、挙手しないで勝手にしゃべる悪い子は罰ゲームですからね?ダジャレ三つ発表してもらいますからねー。ではでは、どぞー」

 

 あんまりに軽く閉められたその言葉から、渡されたバトン。小さく、だが、しっかりと頷く彼の目に先ほどのとまどいはない。その目に、各自は言いたい事を一旦ひっこめて聞く体制になる。ソレを確認した彼は再びゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

 

「まず、始めに、自分の説明不足から混乱を招いてしまい申し訳ありませんでした。しかし、自分がここに集まって頂いた皆さんを集めたのは奇をてらってや、酔狂などでは決してありません。私は、本気で、アナタ達に”アイドル”の輝きを見たのです」

 

 

 声量も、口調も、何一つ変わらない。それでも、その声に含まれた焦がれてしまうほどの熱量と意志の固さに全員が息を呑んだ。そんな私達を彼は順番に名を呼んでいく。

 

 

「小日向 美穂さん」

 

「は、はい!!」

 

「オーディションでは緊張して聞く事が出来なかったアナタの歌声を高架下で一人歌っているのをお聞きした時、自分は確かに心を魅かれたのです。優秀ながらも、挫折を何度も知っている貴方の優しい歌声だからこそ人に寄り添うのです」

 

 

「日野 茜さん」

 

「ハイ!!」

 

「階段を踏み外した少年を迷うことなく助けて、泥だらけなのに笑って去って行くアナタに眩さを感じました。アナタのその輝きがステージで爆発する所が、見てみたいのです」

 

 

「鷺沢 文香さん」

 

「…はい」

 

「比企谷君と本の話をするアナタはとても輝いていた様に見えました。あの輝きをステージで新しい物語にしてみませんか?アナタには十分にヒロインになる資格がある」

 

 

「白坂 小梅さん」

 

「はーい」

 

「早朝の霧深い暁に彷徨うアナタを見たとき、思わず目を見張りました。たった一人、ビル街で踊るステップはまるで誰かとロンドを踊っているように軽やかで、見た事もないそのテンポに可能性を感じました」

 

 

「佐久間 まゆさん」

 

「はぁい」

 

「撮影現場でお話しした時、アナタの柔らかい人柄からは想像ができないほど何か飢えているように感じました。きっと、ソレを埋められた時にアナタは誰にも負けない輝きを放つと確信しています。それがきっとステージにはあると思うのです」

 

 

「輿水 幸子さん」

 

「ふふーん、ようやく僕の番ですかまったく「とても可愛らしいです。そのリアクションはきっと世界に届きます」ちょっとぉ!!

 

「川島 瑞樹さん」

 

「はい」

 

「アナタのアナウンサーとしての実力、気遣い、全てがたゆまぬ努力の上に成り立つものだとお察しします。そして、それが年齢などという小さな問題ですげ変えられるのが自分は堪らなく残念です。しかし、おかげでアナタをこうしてお誘いすることができました。その真摯な姿勢と高い実力で、メンバーをどこまでも導いて貰えないでしょうか?」

 

 

 一人一人に語りかける様なその口調で、彼はゆっくりと選んだ理由を語って行く。その一つ一つは決して特殊な事ではない。だが、間違いなく彼女達の核心に触れるものだった事は問いかけられた後の彼女達の顔を見れば分かる。そんな中で、遂に私の名前が呼ばれる。

 

 

「城ヶ崎 美嘉さん」

 

「…はい」

 

「撮影現場でアナタを見たとき、とても窮屈そうにしていた事を覚えています。人に、流行に、周りの全てに気を使ってファッションを使いこなすアナタは、きっと本当の自分を押し込めているのではないでしょうか?気遣ってあれだけの輝きを見せるアナタが、本当に全力を出したらどれだけ輝くのか、私は見てみたいのです」

 

「―――っつ!!!」

 

 言われた言葉に頭が真っ白になるくらいの怒りが燃え上がった。頭の奥で、ずっと歯がみしていた事をあまりに簡単に見抜かれた羞恥と、ソレが出来ないからそんな思いをしているのだと言う鬱屈していた怒りが目の前の男を睨みつけさせる。言葉を飲み込んだのはほとんど奇跡だ。

 

 睨んだ先のその瞳は一切揺らがずにずっとこちらを見つめて、さらに言葉を重ねる。

 

「私は真剣にアナタ達の”輝き”に惚れこんでお声を掛けさせて頂きました。既存の安っぽい先入観など必要ありません。”アイドル”と言えば誰もがアナタ達を思い浮かべる、そんな概念を創りましょう。それが”シンデレラプロジェクト”なんです」

 

 あまりに大真面目な顔で、目の前の男はそういうのだ。

 

 聞いた人が思わず失笑してしまうような”恥ずかしい理想”をなんの衒いもなく言い切って見せるのだ。

 

 その自分にはない強い意志と、無謀さが、心の奥底に押し込めていたガキっぽい好奇心を、無情な世界に尻込みしていた夢を引きずり出す。流行を先読みし与えられた”仮初のカリスマ”なんてモノではなく、自分こそがその流れなのだと気ままに歩いていく“本物のカリスマ”。改めて考えてみても、あまりに馬鹿らしい理想。妄想と言ってもいい。

 

 だが、この男は、その先を見せてくれと言ってくれるのだ。

 

 ふと、周りを見回してみれば、他のメンバーも迷いながらも、まんざらでもない表情。どうにも自分たちはこの人たらしに乗せられつつあるらしい。

 

 

 だが、自分はそれでもいいかと思ってしまっている。

 

 

 どうせ、枯れると分かっている花を惜しんで萎ませるならば、ぱっと散らしてみるのも悪くないとその瞳を見ていると思ってしまったのだ。

 

 

 あとは、野となれ山となれ。そう思ってちょっとやけっぱちになって口を開く。

 

 

「”城ヶ崎 美嘉”。一応、カリスマJKって事で雑誌にもでてる。何人が残るか分かんないけど―――よろしく」

 

――――――――――――

 

 結局、その場にいる全員が参加を表明し、本来の契約内容や、レッスンスケジュールなどの話しあいが終わった頃には陽は傾いてビルの隙間から眩く差してくるような時間になっていた。ゾロゾロと連れだって出口へ向かって歩いている私たちの先頭を案内役として歩いているアホ毛の人になんとなく歩調を合わせて問いかける。

 

「プロデューサーっていっつもあんな感じなの?」

 

「…困った事にな。まあ、でも」

 

「でも?」

 

「あの人が口に出して実行しなかった所はまだ見た事がねぇなぁ」

 

「…ふーん」

 

 溜息をつきながら苦笑する彼が力なくそういうのを聞いて、こっちも気のない返事しか浮かばない。

 

 きっと、言うほど楽じゃないのは分かってる。

 

 それでも、鬱屈して大好きだったファッションにも諦観をもっていた数時間前よりかはマシな気分だった。

 

 玄関に出たところで、空を見上げれば相変わらず並び立つ魔天楼に押し上げられた空は窮屈そうにしている。でも、きっとコレは自分が地べたで蹲っていじけていたからそう感じるのだろう。

 

 埼玉の様に、明るく、吹き抜けた空をこの都市で見たいのならば、どこまでだって高みに登って一番高い場所に上るしかないのだ。

 

 そう考えると、さっきの選択も悪くはない。

 

 トップアイドルになって、カリスマJK。

 

 そこまで上り詰めたなら、きっと思い切り好きなファッションをしてやろう。

 

 そんな野望を胸に小さく手を空に伸ばし、私”城ヶ崎 美嘉”は小さく笑う。

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 城ヶ崎 美嘉   性別:女   年齢:16歳

 

 埼玉片田舎のなんちゃってカリスマGAL(田舎に一人二人いる感じのおしゃれさん。超一般家庭に生まれ育ったため見た目に反して考え方や思考は常識人でかなり古風。そのため、読モなどに抜擢されてチヤホヤされてもそれが一瞬の事であるとかなり冷めていた(超根暗。しかし、ファッションには強い興味があったため取り上げられるのはやはり嬉しく(ちょろい)せっせと東京に通っていたところを武Pに捕獲されて本編に。処女である。

 

 彼女は、カリスマへの道をいま歩み出したのだ。

 

 

 

 武内P      性別:男    年齢:30前半?

 346の有望な若手プロデューサー。しかし、陰謀渦巻く策略によって大型企画”アイドル部門立ち上げ”という企画を丸投げされた苦労人でもある。ただ、持ち前の生真面目さで仕事に取り組む紳士で情熱の人である。

 ある事情によってちょっといざこざを起こしてしまって以来、社内では”変人”と名高い。

 

 

 

 比企谷君     性別:男   年齢:19歳

 

 大学の先輩に美味しいバイトだと唆され着いてった先が346プロだった。逃げようとするが時給の良さとチッヒの甘言に唆され隷属された。ちょろい。丁度、シンデレラプロジェクトによるアイドル部門立ち上げの事務処理などをしている時に武内Pに効率の良さを認められ、引き抜かれ今に至る。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

”灰かぶり”と”魔法使い”の始まり

デレプロ結成以来、初めてのレッスンに美嘉さんだが―――?


 息を深く吸い、頬を張る。じんじんと痛みを伝える頬のせいで滲む視界をキッと見上げれば気どった時計塔がこちらを悠然と見下ろしてくる。そいつから視線を下ろせば、お高い服に身を包んだ社会人がうぞうぞ行きかっている。だが、時計塔が何するものか。お高い服が何ぼのもんか。気後れする必要が全く見当たらない。いったれ、城ヶ崎 美嘉!!そんな激を自分に入れて力強い一歩を―――

 

 

「…お前、玄関ホール前で20分も何の儀式してんの?」

 

「うきゃあっ!!」

 

 踏み込まんとしたその瞬間に声を掛けられ心臓となんかが一緒に出て来た様な声を上げてしまい反射的に振り返れば、この前みた不思議系ヤバい子”白坂 小梅”ちゃんを肩からぶら下げたアホ毛”比企谷”さんが不審げにこちらを見てきているが、自分の状況こそ振り返ってみて頂きたい。なにしてんだ、アンタ?

 

「な、なに!!びっくりさせないでよ!!不審者として通報するよ!!」

 

「いや、俺が声をかけなきゃ今まさに警備さんがお前に声かけるところだったんだけど…まあいいや。視線が痛いからレッスン室に移動しながらだ」

 

 疲れたように失礼な事を呟いて彼が勝手に歩き出してしまうので、渋々とその背に着いていく。―――いや、ちょっとだけ、一人で踏み込むのに怖気ていた訳ではない。文句が言い足りないので着いていくのだ。他意はない。

 

「で、カリスマJK。20分も足を出したり、引っこめたりする謎の儀式はなんだったんだ?埼玉の宗教?」

 

「埼玉を馬鹿にしてんならぶっ飛ばす。…初レッスンへの武者震いって奴よ、武者震い。というか、見てたんなら声かけろし。通報するよ?」

 

「あれが武者震いなら戦国時代の戦がマジべー絵面になるな…。 なに?埼玉はダンスの神様でも信仰してんの?あと、流れる様に通報しようとするの止めてくれる?」

 

「んー。”あの人”は武者震いはあんなんじゃないっていってるよー」

 

「「……あの人?」」

 

 急に少女が発した言葉と、二人で指されるままに指先を追ってみれば立派な観葉植物とお高そうな絵画が飾られるのみである。振り返って確認するように少女に目を向ければ、力強く頷いて微笑んでくる。

 

「…この話題終了」

 

「異議なし」

 

「え、でも”あの人”がまだ何か「「放っておきなさい」」

 

 シュンと残念そうに俯いちゃった少女には悪いが…嘘やん。もう、その曇りなき眼が既に怖すぎる。え、あれだよね。子供特有のイマジナリ―なんとかって奴だよ。きっとそうだ(断定。だから、そのリアルに私たちの隣を歩いてる人を眺める様な視線を逸らしてください。

 

 必死に謎の恐怖体験から意識を逸らすために周りに視線を彷徨わせると、妙な事に気がついた。随分と、周囲の人から視線を集めている。しかも、女の直観に従うならば、良くない雰囲気のソレだ。

 

「…ねぇ、ウチの部署って随分と注目されてるんだね。やっぱ話題になるくらい有名なの?」

 

「そりゃもう良くも、悪くもな」

 

 あっけらかんを通り越して、投げやりにすら聞こえるほど気楽なその肯定に思わず面を喰らってしまう。

 

「嫌味に気付かないのは論外だけど、誤魔化されるもんかと思った…」

 

「別に遠からず耳に入る。ソレに武内さんだって煩わしい思いをさせない様に気は使っても、隠そうとなんて思ってないだろうしな」

 

 前を歩く彼は一つの扉の前で立ち止まって、こちらに気だるげに視線を送ってくる。

 

「何より、誤魔化し続けた先に出来たもんなんて偽物だ」

 

「……」

 

 向けられたその言葉に、淀んだその瞳の奥が一瞬だけナニカがきらめくのを感じて息を呑む。それは、彼らの決意の表明の様であり、こちらの覚悟を問うものだったと遅れて気がつく。試される様にちょっとだけ開けられた扉。

 

「馬鹿に、すんなし」

 

「そりゃ失敬」

 

 彼を押しのけるように扉をあけ、一睨み。苦笑するその顔が憎たらしい。

 

 どうにも――私は、この男が、好きになれそうにない。

 

 

―――――――――――――

 

 

「あら、こんにちわぁ」

 

「…ペコリ」

 

 扉を開けた先にはレッスン開始時間まで結構あると言うのに既に先客が二人もいた。ふわりとした印象の”佐久間 まゆ”ちゃんと、もの静かな”鷺沢 文香”ちゃん。二人とも何をしていた訳でもなく寛いでいたのか、思い思いに本や雑誌を片手に挨拶をして来てくれるので軽くこちらも返す。しかし、少々間が悪かった。あんな込み入った話をココでするわけにもいかないだろうし、日を改めた方がいいだろう。そう思い、彼にアイコンタクトを送ろうとするが―――

 

「で、”シンデレラプロジェクト”の悪目立ちしてる理由を聞きたいんだったか?」

 

「ちょ!!ここでその話すんの!?」

 

 いきなりぶっちゃけてくる彼に思わず突っ込んでしまう。何をいきなり言い始めるのかと睨んでみると彼は小さく肩をすくめるばかりだ。

 

「言ったろ。別に隠すつもりもないし、遠からず耳に入る事だって。それに、まあ、ここにいるメンツならまあ大丈夫そうな気がせんでもない。…知らんけど」

 

 そんな適当な返しにこっちは溜息しか出ない。さっきの妙に気合いの入った問答はなんだったんだ。見れば先にいた二人も顔を見合わせて首を傾げているのだから今さら待ったも効きはしないだろう。落としていた肩を更に落として、目線だけで睨むように先を促す。勝手におっぱじめたのだからそっちで責任持って処理しろ、とそんな意志が伝わったのかどうか彼は”大した話でもない”と前置きをして語り始める。

 

 

 それは、全てを捨てて”シンデレラ”に手を伸ばした愚かな魔法使いのお話だった。

 

―――――――――

 

 

 最初はこの”アイドル部立ち上げ”の大仕事は、かなりの人員・経費が動員される予定の大規模な計画だった。金と人が動けば当然、権力や横領だって起きてくる。それ自体は偉い方々には喜ばしい事だけどな、自分以外の誰かがその席に座るのは我慢できない。でも、自分が座るには邪魔や障害が多すぎる。そんな、やんごとない問題の解決策をどっかの誰かが思いついた。それが、未曾有の大抜擢”武内プロデューサー”の始まりだ。

 

 ざっくり言えば、実績ある若手に泥は全部被せて、皆で美味しい汁を分け合いましょうって寸法だな。黙らせるのも従わせるのも簡単で、問題が起きればしっぽ切りに使って自分達に危害は及ばない。そんな画期的な案は満場一致で採用され、息のかかった駒を送り込んで出来たのがこのアイドル部門だ。

 

 あ?まだ途中なんだから最後まで聞け。んな、怒鳴んなくても聞こえてる。あー、どこまで話したか…ああ、そうそう。

 

 そんな部門だけどなお偉い方々が力を入れただけあってな人材も予算も相当なもんだった。アイドル候補の子は本当にもうプロ級の子ばっかをかき集めてオーディションしてたし、腐っちゃあいたが事務や広報だって優秀だった。得てして、欲望に忠実な人間が優秀てのはよくある話だ。まあ、そんなこんなで、おそらくそのままレールに乗ってりゃ内実はともかく成功間違いなしな状況だった訳だ。まあ、武内さんが汚職を認めていなくても部下の9割が裏切り者なんだ。どうとでもされていただろうな。

 

 そんな美味しい苗床の完成が近づいてきて誰もが舌なめずりをして、皆が諸手を挙げかけた時に事件は起こった。

 

 武内さんが突然、採用予定だった候補者全員を不採用にしたのさ。

 

 会社中が正気を疑った。上司も、お偉いさんも、揃って武内さんを呼び出して怒鳴りつけた。再考をさせようとあの手この手を使った。だが、”選抜・採用の全権は自分にある”とだけしか言わずに頑として首を縦に振らなかったそうだ。極めつけには”本当のアイドルとは、星とは一片の曇りなく輝いていなければならない。ソレを見つけてしまった私には偽物を掲げる事は耐えきれない”だとか言いきって、その場を立ち去ったてんだから、いよいよ偉い人は怒髪天だ。

 

 そんなあの人の周りから、人も金も一瞬で消えさった。あれこそ、俺には圧巻だったがな。100人以上いたプロジェクトが一瞬で10人になった様は狐につままれた様な光景だったぜ。その残った人員も、武内さんが全てを捨ててでも手を伸ばした”シンデレラ”を見て、罵声と共に去って行ったよ。寿命は10代から20代半ばと言われてるこの業界で、彼女は未経験の上に、23歳。その人達を責めるのは少々酷だな。

 

 残ったのは、今いる人間と、その”シンデレラ”だけ。

 

 ”高垣 楓(シンデレラ)”と ”武内 プロデューサー(魔法使い)”。命名権を持ってる偉い人達が、その二人を皮肉って付けられたのが”シンデレラプロジェクト”だ。

 

 

 そこに入ってきた新入りの”灰かぶり”。注目と話題を掻っ攫うには十分な出来事だろ?

 

―――――――――

 

 

 語り終わった彼は備え付けの冷蔵庫に入っていたコーヒーを取り出しつつ、苦笑する。だが、その情報量の濃さに、眩暈がする。そして、何でこんなニッチなメンバーばかりに声が掛かったのかも、謎が解けた。きっと、プロデューサーがあの日言った口説き文句に嘘偽りはない。そんな器用さは持っていない。でも、それでも、このプロジェクトの背景が関係無かった訳でもないのだろう。

 

 いろんな事が頭の中を飛び回る。状況、周囲の視線、これから、目標、彼の事、彼女の事、同期に選ばれてしまった子達の事。

 

 どう考えたって状況は”ハード”を通り越した”鬼”に差し掛かり”フルコンボだドン”とか謎の生物が大声をあげて自分の頭を叩いてくるので頭痛までして来た。とりあえず、ふらつく足元の求めに応じて力なく腰を落として溜息を着いてみる。冷たく硬い床にちょっとだけ救われて呑気に変なコーヒーを啜る男を睨んで文句を一言。

 

「…全然大した話なんだけど。ていうか、ココ来る前に言ってた”良くも悪くも”の”悪い”所しか聞いてないんだけど?」

 

「良い所は俺の口から話したって伝わりそうにないから後で実演してもらえ」

 

「意味分かんない~、も~。死ねばいいのにー」

 

 相も変わらず飄々としたその根暗な目と態度に頭を抱えて子供みたいにジタバタもがいてみる。

 

「……お話、大変興味深かったですね。”事実は小説より奇なり”そんな格言も馬鹿にできません。所で、状況も現状も理解しての単純な興味なのですが、なぜ、ちひろさんと比企谷君は残る事を決めたのでしょう?非常に、興味があります」

 

 頭を抱えて悶えていると冷やりとした声が耳元に滑り込んできて思わず動きを止める。だが、前回の時の様なゾッとさせる様なものではなく、若干の柔らかさと熱を感じさせるもので不思議と心地よい。そんな声が紡いだその言葉にハタと動きを止める。言われてみればその通りだ。97人が辞めていく中で残った理由。それは一体どんなものなのか、非常に気になってしまい、指の隙間から彼の方をそっと窺う。

 

 

 その表情を、なんと表現したものだろうか。

 

 

 遠い昔を懐かしむ様な、失った事を悲しむ様な、何かを慈しむ様な。

 

 

 矛盾した何かを内包するその表情が、何故か私は心の何処か奥深くに入り込んでいき、目を奪われた。

 

 

「……さあな、ちひろさんは知らん。俺は時給1200円が変わらずに支払われてりゃあ、なんでも良かった暇な大学生ってだけだな」

 

「…ふふ、まあ、そういう事にしておきましょうか。書物ですら書かれぬ心理に悩むのに、況や生きてる人の心情など聞いて答えを得ようなど無粋ですね」

 

 

 そんな表情は、瞬きの一瞬で霞みの様に消えていって、いつもの彼の皮肉気な表情に戻って行ってしまって、軽口のような言葉で更にうやむやにされてしまう。その掴みきれないもどかしさに歯がみをしていると、聞き逃せないワードがじわじわと脳内で反芻される。

 

「…時給?…大学生?」

 

 油の切れたブリキ細工のように気だるげな男を見やれば、思いだしたかのように答えてくる。

 

「ああ、そういやお前にだけは自己紹介してなかったな。w大学2年生で”比企谷 八幡”だ。本来は送迎くらいの役割だったが…まあ、最近は庶務・雑務がメインだな。ちなみに、鷺沢も同級だな」

 

「アンタあれだけ雰囲気出しといてバイトなのかよっ!!しかも、地味に偏差値高い所行ってるのが腹立つなぁ!!」

 

「将来の夢は専業主婦だ」

 

「超クズじゃん!!さっきのいい雰囲気台無しだよ!!」 

 

「なんとでもいえ。俺は俺の夢を追いかける。誰が何と言おうがな、やりたい事の為ならどんなに後ろ指されようが、笑われようが構ってなんかいられねぇ。それでも我武者羅に前に進み続けた奴だけが、その覚悟がある奴だけが本物だ」

 

「専業主夫のくだりがなければマトモな台詞のはずなんだけどね…」

 

 無駄なキメ顔をしてくるクズ大学生に深くため息を吐いていれば、”世界一可愛い僕、参・上!!”やら”初レッスン!!体力測定と聞きました!!誰が最高得点出すか、勝負しましょう!!”やら騒がしい面々が入ってくる。能天気に笑って、がけっぷちの現状でけらけらと。一緒に聞いてた面々に目を向けて見ればそっちも、さっきの話など大して気にした風もなく。もしかして、こんなに思い悩んでいるのは自分だけなのだろうか?もしかして、自分が小心過ぎるだけなのではないかと常識が揺らぐ。

 

 だが、もはやサイは投げられた。

 

 こんなとんでもない所に巻き込まれた以上、後戻りなんて出来やしない。前の雑誌だってただ出戻りしたんじゃ使ってなんてくれないだろう。だから、もう、この妙に大物な貫禄を漂わせる同期達が本物である事と、あのクズのいう様に我武者羅に駆けあがって行くしかないのだろう。

 

 ああ、チクショウ。せめて、残された“良い方”が、良い出目である事を祈って置こう。

 

 そうして城ヶ崎 美嘉は本日何度目になるかも分からない溜息を絞り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――本日の蛇足―――――

 

 

 

~わいわいがやがや~

 

 

まゆ「まゆの探し求めていたのは、アナタだったんですねぇ?」

 

 

"ガシッ"

 

ハチ「へ?」

 

 

まゆ「まゆはずーっと、ず~~~っと探してたんです!!」ギリギリ

 

ハチ「え、いや、ごめん、何の話し?(いや、手の力めちゃくちゃつよくない!?」

 

まゆ「今まで、いっぱいの人に誓いをしてきましたけど、みーんな嘘つきだったんですぅ!!」

 

ハチ「……」

 

まゆ「まゆがちょっと都合が悪くなると皆、裏切って別の所に言っちゃうんですよぉ(ハイライトOFF」 

 

ハチ「え、いや、ごめん。マジでどういう事?」

 

まゆ「でも、そんな状況でも裏切らずに傍にいる様な人こそまゆの理想です!!」

 

ハチ「……え、あ、あの」

 

まゆ「大丈夫ですよぉ。ゆっくり、はじめていきましょう…ね?また、今度ゆっくり~」(サワサワ、スッ

 

はち「ひ、ひぇっ(ゾクッ」

 

 

 

 

 佐久間 まゆルートが開通されました(強制)

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決意

茜「ボンバー!!」

 

 快活な声が晴れ渡った公園に響き渡り、用意していた白線を橙色のきらめく髪が力強く駆け抜けていく。それを皮切りに、悔しそうな表情を浮かべる少女や、息も絶え絶えなメンツが続々とその白線を越えて行って力尽きたように芝生へと倒れ込んでいく。

 

美穂「体力には、自信があったのに、最後まで追いつけませんでした」

 

茜「ふふん、私。昔から駆けっことマラソン、タックルにかけては負けた事がないのです!!ですが、美穂さんの食いつきに久々に冷やりとしました!!流石です!!」

 

美穂「え、えへへへ、茜さんも凄かったです」

 

 爽やかに笑いあってお互いの健闘をたたえ合う美少女達の輝かしさに思わず目を眇めてしまう。なに、なんならこのままカメラに収めてCMに使っちゃえそうなくらいに爽やかな空間だ。なんなんこの人たち。あ、アイドルだった。

 

まゆ「あら、まけちゃいましたねぇ?」

 

幸子「ふへ、ひぃ、せ、世界いち可愛い僕が、遅れを取るとは」

 

小梅「あ、あついなぁ」

 

瑞樹「ふう、運動は欠かした事はないのだけど、やっぱり張りあうのはきついわ―」

 

美嘉「はぁ、はぁ、ちょ、誰か、げっほ。水…ちょうだい、げほ」

 

 その爽やか空間のちょっと横に目をやれば思い思いに力尽きている彼女達に苦笑を洩らしつつ、それぞれの記録を記して行く。今まで実施してきた各種目に目を通して行くと、まあ、概ね予想通りな順位だろう。

 

 文句なしのトップには日野と小日向。運動経験者とスクールに通っていた事もあるのだろうが、ソレにしたってこの記録ならばアスリートとしても十分やってイケそうなレベルである。次点では、佐久間・幸子・小梅が並んでいる。彼女達の年齢では平均的な記録ではあるので問題はなさそうだ。その次は、まあ、年齢にしては好タイムな川島さんと平均より軒並み下回ってる城ヶ崎。だが、それより問題なのは――――

 

 

ルキトレ「文香ちゃん、頑張って!!ゴールは目前だよ!!」

 

文香「フーフー、カヒュ、ケホケホ、ヒューヒュー」

 

 もはやルキトレさんの肩に寄りかかりながら生命の危険すら感じる呼気を漏らして這ってくる鷺沢を見て眉間が痛くなってくる。運動公園を五周という簡単なノルマでまさかの未達成者が出てくるとは思いもしなかった。

 

ルキトレ「文香ちゃん!!ゴールよ!!アナタはいま、やり切ったのよ!!」

 

文香「ヒューヒュー、もう、立ち止まっても、いいのでしょうか?ゲッホ」

 

茜「うおーー!!ナイスガッツです!!文香さん!!」

 

美穂「感動しました!!私、大切な何かを学びました!!」

 

幸子「僕には及びませんが、なかなかの走りでしたね!!」

 

小梅「お、おめでと」

 

瑞樹「いいわ!これこそフレッシュさね!!」

 

 そして、達成されていないにも関わらずフルマラソンを走り切った様な歓声と賞賛が彼女を包み、ルキトレさんが大粒の涙をこぼしつつ鷺沢に力の限り抱きしめている。……なんだこれ。そんな大騒ぎをしている彼女達に雷を思わせる様な一喝が響き渡る。

 

「なにを馬鹿な事やっている!さっさとストレッチに移れ!!あと、文香には酸素を吸入しておけケイ!!」

 

「「「「「「は、はい!!」」」」」」」

 

 持っていたハリセンを鳴り響かせ轟いた一喝。たったそれだけで従順にストレッチに移って行き、そんな彼女達に細かい指導をしていた妙齢の女性がこちらにやってきて記録帳を寄こすように手を伸ばす。

 

八「お疲れ様です。マストレさん」

 

マストレ「うむ、記録御苦労。……まあ、こっちは順当な所か。」

 

八「意外と焦りもなさそうっすね?」

 

 記録にざっと目を通した彼女はなんてことないようにそう呟くのを聞き、少々意外に思ってしまった。上位はともかく、川島さんの年齢差や、鷺沢の体力の無さにもっと渋面を浮かべるものだと思っていた。そんな内心が漏れ出ていたのか彼女は軽く笑って記録帳を肩にあてて答えてくれる。

 

マストレ「ある程度はプロフィールを貰った時に覚悟はしていたからな。文香も持久力がないだけで筋力値だけを見ればトップクラス。時間はかかるがやり様はいくらでもある。それに、これだけで決まらないのが”アイドル”の難しい所だ」

 

八「…といいますと?」

 

マストレ「ボイストレーニングやダンスレッスンも午前中にやってみたがな、経験者の美穂を除けばダンストップはまゆと美嘉。ボイスは瑞樹と文香がトップだ。茜は鋭さがあっても大雑把。幸子はまだ音程のコントロールが未熟。まあ、それぞれに課題はあるものの、どれも素材としては中々悪くない」

 

 ”もちろん、トレーナー泣かせな個性だがな”と笑う彼女にこちらも苦笑を洩らしてしまう。日本どころが、世界からも声が掛かるほど優秀な彼女がこう太鼓判を押してくれているのだから素人の俺よりずっと安心できる。

 

「アナタにそういって頂けると私も安心できますね」

 

マストレ「む、嫌な奴が来たな。面倒事を毎回持ち込んでくるお前が言えた義理ではないだろう、武内」

 

 後ろから掛けられた声に振り向けば鋭い眼光を携えた偉丈夫と、その後ろで手を振る楓さんが朗らかに笑っている。あけすけな嫌味の割には棘がなく冗談だと分かるその口調に武内さんは首に手を添えながら苦笑してこちらに近づいてくる。

 

武内P「そう言われると耳が痛い限りです。ですが、まあ、彼女達の個性を潰さずに伸ばしてくださる優秀なトレーナーの知り合いなどアナタしかいないのです。そして、それを疑った事は一度だってありません」

 

マストレ「…これだよ。無自覚で毎回こんなことを女に言って回る癖をそろそろ直したまえ。刺されてからでは遅いぞ、なあ、楓?」

 

楓「ふふふ、流石は刺す側は言う事が違いますね…ふふ、まあまあの出来ですね」

 

マストレ「なんだ、そんなにレッスンに禁酒制限を設けて欲しかったのか?早く言ってk「あっ!私、皆に差し入れ持ってきますねー!!」……ちっ、逃げたか」

 

 ワザとらしく舌打ちして悪態を吐く彼女に思わず俺と武内さんが笑ってしまう。いつものお決まりと言えばそうだが、最近忙しかったせいで随分と久しいそのやり取りにちょっとだけ気持ちが和らぐ。そうして、ひとしきり笑った所で武内さんは遠くで差し入れに色めき立つ彼女達に目を向け、真剣な表情に切り替える。

 

武内P「素質に疑いはありません。…青木さん。アナタが付きっきりで指導するとして、彼女達をステージに上げられるのはどれくらい掛かりそうでしょうか?」

 

 その真剣な問いかけに朗らかに笑っていた彼女は胡乱気な視線をこちらに向けて深くため息をつく。

 

マストレ「どんなに詰め込んでも3カ月はかかるだろうな。…脱落者と個性のすり潰しを容認すれば、もう少し早まるがね?」

 

武内P「いえ、それでも十分に早すぎる程の工程でしょう。半年から一年すら覚悟していましたから。後者の方法を選ぶならば、私はあんな無茶をする必要など無かった」

 

 試すように投げかけられたその問いと視線に、真っ直ぐに返す武内さんは小さく微笑んだあとで深くため息をついてその胸に指を突き立てた。

 

マストレ「半年も一年も成果なしで周りを納得させられるような状況では無い事は百も承知だろう。馬鹿者」

 

武内P「それは私の都合であって、彼女達に無茶をさせる理由にはなり得ません」

 

マストレ「…はぁ。君は本当に変わらないな。―――二ヶ月だ。あくまで、バックダンサーとしての出演に限るなら二ヶ月でステージに立てるようにしてやる。ソロでのステージやライブに上げるにはやはり三カ月はかかるが、まあ、場馴れと実感を持つにはちょうどいい誤差だろう。それに、あまり楓だけを長いこと表舞台に上げているというのもプロジェクトとしては問題があるだろう」

 

武内P「―――心遣い、感謝します」

 

 胸に突きたてられた手をそのまま握り、深く頭を下げる武内さんにマストレさんは鬱陶しげに手を払って邪険にするがその頬は楽しげに緩められていて楽しげだ。

 

 春も賑やいで来た公園には若々しい新緑の匂いが立ちこめ、姦しく楽しげな少女達の声と共に風がそれらを運んでいく。

 

 きっとこれから始まる事の中にはつらい事だって、苦しい事だって山ほどある筈だ。だが、どうか、その先に今日の様な穏やかな日がまっているようにと願って俺は小さく目を瞑った。

 

 

 ―――――――――――

 

 

 さてはて、そんな感動的な体力測定も終わって本日最後のイベント”収録見学”へと向けての準備をするために姦しい彼女達を移動用の車両に詰め込んで一旦、本社のシャワー室へと送り届ける。女の人特有のいい匂いが残る車内に落ち着かない気分になりながら彼女達をまち、ゾロゾロと出て来た彼女達をまた詰め込んで車を走らせる。あれだけ動いてくたびれ切っていたはずなのに、お出かけとなると女性の体力は別口の様で、車内は彼女達の会話が途切れる事がない。普段は無口に近い鷺沢まで言葉を交わし笑いあっているのだから、少々意外であった。

 

 思い返せば、大学に上がったばかりの頃に雪ノ下や由比ヶ浜、小町など知り合いを乗せて旅行に行った時も女性陣は常に会話が絶えなかったのだからそういうものなのかもしれない。男と違い、女性に備わる華やかさが彼女達にそうさせるのだろう。なんとなく、そんな事を考えつつ彼女達の声をBGMに車を走らせていれば目的地が見えてきて、緩やかにスピードを落としてパーキングへと入って行く。先に現場入りしている武内さんにメールを送って見ればもう入っても大丈夫とのこと。

 

八「分かってると思いますけど、収録とはいえ騒がしくしない様に。あと、今から渡す名札は必ず見える所に着けて、纏まって行動をお願いします」

 

全員「「「はーい」」」

 

 素直な御返事に頭ン中で花丸をつけつつ、それぞれに”スタッフ”と書かれた名札を配って確認。問題がなさそうだと判断すると、ゆっくりと収録しているはずの箱を目指して歩き始める。ぞろぞろと広くはない廊下を歩いていると背中を軽くつつかれ、歩みを止めないまま振り返れば城ヶ崎が落ち着かなそうな様子で後ろに付いていた。

 

八「なんだよ、トイレか?」

 

美嘉「違う!!」

 

 だから騒ぐなっちゅうに、と目線に載せて訴えかけてみれば納得いかなさそうに憤然とした彼女がこちらを睨んでいる。からかいがあって大変結構なのだが、今は用件だけを簡潔に済ませる事にする。

 

八「で、なんだ?」

 

美嘉「…いや、この前に聞いた話の割には楓さんがテレビにもう出てるって事はそこまで切羽詰まってないのかって聞きたくて」

 

 ちょっとだけの気まずさと安堵がないまぜになった様な顔に期待する様な色が混じった視線。その視線になんと答えるべきか思案してみるが、どうにもなんと説明するべきかは上手い事出てこない。なので、知ってる事実以外は勝手に補って貰う事にした。

 

八「テレビって言っても深夜のちょっとした時間にやってる小さな番組だ。それだって地道にやって、必死に頭を下げて入れさせてもらってるってんだからなんとも云えん。それに、そっから先はお前が楓さんを見て自分で決める事だろうからな。そのための見学なんだろ?」

 

美嘉「…説明になってないんだけど」

 

八「説明してないからな―――もう着くぞ。後は自分で判断してくれ」

 

 俺の方に不満げな視線を向けてくる彼女に苦笑を洩らしつつ、赤いランプの点いた扉をこじ開ける。一瞬だけスタッフ陣の視線がこちらに集まるのを感じるが、すぐさまそれは霧散して彼らは収録中の番組へと意識を戻して行く。音を立てない様に静かに室内に全員を入れれば、武内さんが静かに手招きをしてスタジオが見る事のできる場所に呼んでくれたのでそちらに集まり、用意されていた椅子に腰下ろした。

 

八「もう、そろそろですね。楓さんは大丈夫そうでしたか?」

 

武内P「…”利口かつ狡猾に、こう勝つってなもんですよ"との事です。大丈夫かちょっとだけ不安になってきました」

 

 俺の問いかけに苦笑しながら首筋を抑える武内さんに思わず肩を落としてしまう。ていうか、あのギリギリのギャグセンスさえなければ文句なしの絶世の美女なのになぜこうもちょくちょく残念なのか…。痛む頭を抱える俺に武内さんは笑いつつも言葉を掛ける。

 

武内P「まあ、ここまできたら我々が出来る事もありません。信じて待つより無いですし…彼女ならばきっと輝いてくれるでしょう」

 

 そう短く言葉を紡いだ彼の顔には揺るがぬ信頼と見守る強さが見てとれ、俺としては溜息を吐くしかない。そんな顔を浮かべてなにが”不安”なのだか。俺の呆れを余所に司会者の声が彼女の名前を呼び、ステージの明かりが落とされる。

 

 真っ暗になったステージにただ一点、輝く淡いその光。

 

 魔法使いが全てを擲って守ったその微かな灯は人々にどんな篝火を灯すのか。

 

 今はただ、見守ろう。

 

 

――――――――――――――――

 名前を呼ばれた瞬間にスタジオの照明を一身に受け、ちょっとだけ目を眇めてゆったりと周囲を見回す。たくさんの機材に、怖い顔をしたディレクターさん。心配そうなスタッフさんに、期待と不安を織り交ぜた様な仲間達。

 

 その中で、一個だけ揺るがないでこちらを見つめる視線とかち合う。楽しそうに、嬉しそうに。普段の厳めしさからは考えられないくらい無邪気な顔でこちらを見てくるその人。

 

 笑う事を長らく忘れてしまっていた私に、”アナタの歌が聞きたいと”顔を真っ赤にして迫って来た不思議な人。

 

 結構な苦労をしてここまで来た気もするが、そんな顔をしてくれるならばその甲斐だってあったのだろう。そう思って、くすりと笑った所で伴奏が大音量で流される。ソレに合わせて大きくなる胸の高鳴りの原因は完全に私的な感情によるもの。そんな不謹慎な自分にもっと笑いそうになって何とか噛み殺す。

 

 だがまあ、丁度いい。今から歌う曲を歌うにはこれくらい自分に酔っていた方がよい。なんせ”恋”なんて素面でやろうとするにはちょっとてれ臭すぎるのだから。

 

 際限なく高まる胸の高鳴りが自然と伴奏と重なり、唄となる。

 

 その名は”恋風”。

 

 この気持ちが、一欠片でもアナタに届けばいい。そう願って歌を歌おう。

 

 

―――――――――――――――

 

「ねぇ、ちょっといい?」

 

 無事に収録が終わり、各関係者へのあいさつ回りが終わった頃に後ろから声を掛けられる。張りがありつつも力強さを感じるその声を、スカウトした自分が間違える事など絶対にありはしない。振り返った先にいたのは若年層の流行を全身にさりげなく忍ばせたピンク髪の女子高生”城ヶ崎 美嘉”だった。

 

武内P「はい、どうかされましたか。城ヶ崎さん?」

 

美嘉「…美嘉でいいよ。あんま他人行儀なの好きじゃないし」

 

武内P「そ、そうですか。以後、気をつけます」

 

 どうにも上手く返せない自分に”まだ硬いんだよな~”と苦笑する彼女に申し訳なくて首筋を抑えてしまう。そんな弱り果てていると彼女が下から覗きこむようにこちらを見つめてくる。

 

美嘉「楓さんの歌、すっごく良かった。正直、ちょっと舐めてたけど、本当にすごいなって思った」

 

 その一言と真剣な瞳に背筋が伸びる。自分個人の評判などどうでも良いが、彼女のプロデューサーとして情けない姿をいつまでも晒している訳にもいかない。そんな自分を見た彼女は小さく深呼吸をして、ちょっとの逡巡を挟んで言葉を紡いだ。

 

美嘉「比企谷さんに色々聞いてかなり鬱だったんだけど、アイツの言ってた”良い注目されてる理由”ってのが今日、はっきり分かった。あんな歌を聞かされたら、難しい事なんて全部ぶっ飛ばして応援したくなるもん」

 

武内P「…すみません。騙すつもりは決して無かったのですが、そういって頂ける事をプロデューサーとして嬉しく思います」

 

美嘉「いや、その事を責めてるわけじゃなくて…。えっとさ、聞きたい事があって…」

 

 慌てたように手を前で振った彼女が気まずげに手を後ろに組み、戸惑ったように言葉を選ぶのを静かに待つ。きっと、彼女は自分の中にある様々な感情を必死に噛み砕いて纏めようとしてくれている。それを邪魔することなど、決してしてはならない。そうして、しばしの時間をまっていると彼女は意を決したように顔を上げ自分の顔を見つめてくる。

 

美嘉「私も!!私なんかでも、あんな風になれるのかな!!いろんな煩わしい事なんて関係なくなっちゃうくらいに凄いアイドルに!!」

 

武内P「……!!」

 

 その微かで弱々しくも、確かに煌めくその輝きに息を呑む。

 

 仮初の星には決して出せぬ、心の全てを魅了するその至高の光を、彼女は間違いなく持っている。

 

 ならば、いや、最初から自分の答えなど決まり切っている。だからこそ自分は彼女達に全てを捧げたのだから。

 

 膝を突き、震えるほど強く握られたその手を出来る限りそっと取り、誓いを改める様に言葉を紡ぐ。

 

武内P「もちろんです。始めに言った言葉に嘘偽りなど一片もありません。皆さんは、美嘉さんは世界を塗り替えるだけの力を秘めている最高の原石です。誰よりも苛烈な情熱を秘めたアナタは誰よりも強く輝いて人を引き付ける」

 

 この一言に籠めた自分の気持ちが、どれだけ伝える事が出来ただろうか?こんな不甲斐ない自分の言葉が信用してもらえるだろうか?そんな不安に自分がさい悩まされ始めた頃に彼女がようやく動き始める。

 

美嘉「ぷ、プロデューサー…」

 

武内P「はい」

 

美嘉「手、はなして」

 

武内P「っ!すみません!御不快でしたか!!」

 

美嘉「あ、いやっ、違くて!!そういんじゃなくて!!男の人の手とか初めてで!!恥ずかしくて!!」

 

武内P「いえ、やはりすみません。少々、軽率でした」

 

美嘉「だから、そういうんじゃないって!!うう~、もう!!」

 

 気遣ってくれてはいるのだろうが、顔をあれだけ真っ赤にしているのだから相当に怒っている事は簡単に見てとれる。自分のこういう所にうんざりして嫌気がさしてしまう。その証拠に彼女は苛立たしげに唸り声を上げてそっぽまで向いてしまった。こうなると自分なんかではどうしたらいいのか分からなくなって右往左往してしまうしかない。

 

美嘉「…ねぇ、プロデューサー」

 

武内P「はい」

 

 困り果てた自分に彼女が小さく声を掛けてくれる。

 

美嘉「トップアイドルになってみせるから、しっかり見ててよね?」

 

武内P「…ずっと見ています。貴女のプロデューサーなのですから」

 

美嘉「よろしい!!」

 

 その返答が彼女にどう響いたのか自分には分からない。だが、弾ける様な笑顔でうなずいてくれたのならば、きっと間違った返答では無かったのだろう。

 

 この笑顔をステージまで送り届けると、再び心に誓って自分は力強く頷き返した。

 

 

―――――――――――

 

プロフという名のあらすじ

 

 

 

 青木 麗    性別:女   年齢:28歳

 

 トレーナー姉妹のヤベ―方。”マスタートレーナー”の名で親しまれ、出てくる謎のドリンクと笑顔のごり押しに、ハリセンによる容赦ない指導でどんな問題児も調きょ ゲフンゲフン 指導して一線に送り込んでくる事で名を馳せる名トレーナー。346でゴタゴタを起こした武内にそっぽを向かずに付き合ってくれている貴重な人脈でもあり、時たまビジネス以上の表情を見せる事から何か昔あったような事を匂わせる。

 

 ちなみに、厳しいのはレッスンの時のみでひとたび終われば頼り気のあるおねーさん。―――だが、出される飲み物には気をつけろ。

 

 

 

 青木 慶    性別:女   年齢:19歳

 

 トレーナー姉妹のあざとい方(天然モノ)。”ルーキートレーナー”の名で親しまれ、見習いという事でアイドル達と特訓を共にすることが多く最も親しく接している。なんならうっかりステージに上げてもバレなさそうなまである。

 

 そんな彼女ではあるが、昔から結構特殊なレッスンをする姉たちにべったりで育っていたため色々常識がナチュラルにぶっ飛んでいる時があるので注意が必要である――――出されたお菓子とお茶には絶対に手をつけるな。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。