オブリビオン (キャプテン)
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登場人物紹介

適宜更新いたします。


ー魔術師ギルド関係者ー

●カルロッタ=エドゥアエラ・アンドロニカス

(カルエラ・アンドロニカス)

あらゆる分野の学問に秀でたインペリアルのマスターウィザード

●ハンニバル・トレイヴン

タムリエル最高の魔術師であるアークメイジ

●ラミナス・ポラス

アルケイン大学の管理を担当するマスターウィザード

●ヴァンドレイク・エメントラ

変性・神秘学に秀でたインペリアルのウィザード

●ギルベルト・グウィン・キアラン・エル=フレイム

(ギルベルト・フレイ)

召喚学に秀でたブレトンのウィザード

●エイドリアン・ビリーン

スキングラード支部長を務めるイヴォーカー

 

 

ー戦士ギルド関係者ー

●ヴィレナ・ドントン

かつて偉大な女剣士として名を馳せたギルドマスター

●エルマ・シールドメイデン

激しい気性と戦闘スタイルで恐れられるブルーマ支部長のガーディアン

●イルヴァール・アイアンスロート

"声"を操るブルーマ支部のディフェンダー

●ブランビョルン・ペウリアンベア

巨大な戦鎚を軽々と扱うスキングラード支部のウォーダー

●アーリア・レドラン

格闘術を得意とするスキングラード支部のプロテクター

 

 

ーブレイズ関係者ー

●マスター・ジョフリー

皇帝の最側近にして最強の親衛隊長と言われたブレイズマスター

●ステファン

ジョフリーに代わり全てのブレイズを統括するブレイズ騎士団長

●レノルト

シロディール地方のブレイズを統括するブレイズ指揮官

●グレニス・エイリオス

レノルト指揮下のブレイズ

●ファルーク

レノルト指揮下のブレイズ

●エヴァルド・ゲフィオン

レノルト指揮下のブレイズ

●ボーラス

レノルト指揮下のブレイズ

●カシウス・モンフェラート

レノルト指揮下のブレイズ

●ジェナ

ステファン指揮下のブレイズ

●サイラス

ステファン指揮下のブレイズ

 

 

ー帝国関係者ー

●マーティン・セプティム

ユリエル・セプティム七世の遺児

●オカート総書記官

皇帝不在の帝国を統治する執政官

●コルヴァス・デルナリウス・マクシムス

帝国軍総司令官

●アダマス・フィリダ

帝都衛兵隊司令官

●フレデリク・デルピン・エル=フレイム

王宮警備隊長

●アデリアナ・トレイ・ポーレフ

モロウウィンド方面軍団長

●ティアボルト・ハイン

モロウウィンド方面軍団エノーティア師団長

●ブラダマンテ・ヴトン

モロウウィンド方面軍団第8突撃軽騎兵大隊(ブラダマンテ大隊)長

●セリナリウス・トゥウィリ

ヴァレンウッド方面師団第3歩兵連隊(ソール連隊)長

●リッド・ヴァーヒレン

元老院に仕える帝国諜報部長

●マリリアン・レドラン

元老院に仕える帝国諜報部員

 

 

 

ー闇の一党関係者ー

●マシウ・ベラモント

恐るべき"ブラックハンド"の構成員である幹部暗殺者

●ハサン

老いた熟練暗殺者

●ラシード

見習い暗殺者

 

 

ー深遠の暁関係者ー

●メエルーンズ・デイゴン

破壊や変革などを司るデイドラロード

●マンカー・キャモラン

謎多き教祖

●ルマ・キャモラン

破壊魔法と幻惑魔法に秀でた使徒

●レイヴン・キャモラン

召喚魔法と剣術に秀でた使徒

●ファーメリオン

使徒

 

 

ーその他の関係者ー

●メリディア

太陽やあらゆる生命力などと関わり合いがあるとされるデイドラロード

●ジェイナス・ハシルドア

強大な力と優れた政治手腕により長年スキングラードを統治している伯爵

●オルクリッド・モンラヴァル

アンドロニカスの友人

●ゴルドロック

メリディアの祝福を受けたオークの戦士

●ルキウス・オースティン

アンヴィル出身の船乗り

●ウォレヌス・オースティン

ルキウス・オースティンの双子の弟

●アデル・カランサ

ハートランド一帯の山賊団を束ねる頭目

●メイリン・フーンベレク

アデル・カランサの右腕として知られる副頭目

●キーオルン

ルマーレ湖の畔に住む老女



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投獄

懲役200年。

それが『違法召喚魔法行使』及び『召喚魔法による帝国民への傷害等』などの罪で逮捕された魔術師カルエラ・アンドロニカスに下された判決だった。

 

魔術師ギルドが誇るタムリエル最高の魔法研究機関(もっとも、モロウウィンドのひねくれ者やサマーセットの"誇り高き"魔術師達は認めないだろうが。)として名高いアルケイン大学に在籍するカルエラ・アンドロニカスは、魔術師ギルドに在籍するインペリアルであり、若手ながらアークメイジのハンニバル・トレイヴンに次ぐアークメイジ補佐兼魔術師評議会副議長を務める才能豊かな女性である。

なんといっても、まず目を引くのはその美しい容姿だろう。

白金色に輝く長髪に透き通った白肌、アビシアンブルーの大きな瞳、完璧に整った魅力的な顔立ちと体つき。

街を歩けば男も女も振り返った。

年の頃は30代の前半だが、その知識と技量はアルケイン大学の老いた賢者達を遥かに上回り、次期アークメイジの呼び声も高かった。

 

美しく聡明で多くの人々に愛される彼女が薄汚い犯罪者達の楽園へと放り込まれるに至った経緯は、実に不可解なものだった。

逮捕された当日、久々の休暇を取得していたアンドロニカスは、親友であり同僚のヴァンドレイク・エメントラとギルベルト・フレイを伴い、帝都の商業地区を散策していた。

サマーセットの高価な魔術品やブラックマーシュの奇怪な怪物由来の怪しげな薬品が並ぶ魔法の店、金縁の黒檀や碧水晶の鎧をこれ見よがしに飾るスカイリムの鍛治職人の武具店、ここシロディールの上質な絹を用いた煌びやかな夜会衣装を売る仕立屋、高温の肉汁が弾ける音と食欲を掻き立てる香辛料の香りで人々を魅了するヴァレンウッドの肉料理専門の露店。

白大理石でできた純白の街並みを彩る色鮮やかな金属製看板やのぼり旗、各地から集まったあらゆる品々とそれらを売り買いする多種多様な種族で賑わう大市場は、それ自体が白金の塔や闘技場と並んで帝都の見どころのひとつだった。

 

「ねえヴァンドレイク、あそこの露店ってスキングラードのサルモのスイートロールじゃない!?」

 

アンドロニカスは興奮したように数軒先で多くの通行人を捉えて離さない芳香を放つ露店を指差した。

その甘く特徴的な香ばしい香りは、世界最高のパン職人と名高いスキングラードのサルモのスイートロールによるものである事は明白だった。

 

「ああっ、カルエラ・・・なんてこと!間違いない!かつて私が有給を三日も使ってスキングラードに買いに行ったのに売り切れてたスイートロールだ!まさか帝都に売り出しに来るなんて!」

 

小柄で不健康そうな隈が目を縁取るインペリアルのヴァンドレイク・エメントラは栗色の髪をかきむしり、人目も気にせず大声を上げた。

ぐちゃぐちゃに乱れたショートヘアをきちんと整え、ボロボロの怪しげな革コートではなく明るいドレスを身につけ、生きた野生動物にかぶりつくような恐るべき食欲を抑え、思ったことをすぐに吐き出す癖さえなければ、持ち前の美しさで世の男連中を虜にできるのだろうが、残念ながらそんな日はエセリウスに誓ってこないだろう。

 

「・・・よし、ここは僕の出番だな。レディふたりはここで待っててくれ。」

 

多くの女を虜にする金髪青目の美男子、ギルベルト・フレイは、例え相手が白昼堂々往来でわめき立てるような変人であろうと、女性に対する気遣いは忘れない。

ブレトンにも関わらずすらりと背が高く、文武に秀で、高価な金糸をふんだんに用いた鮮やかな緑のシルク服からもわかるとおり、帝国有数の名門貴族出身の大金持ちである。

頭の後ろで長髪をひとつ結びにした髪型、服装、立ち振る舞い、常にすべてが洗練されているようだった。

 

そんなギルベルトが上等な服が汚れるのもお構いなしにごった返す市民の列に並んでスイートロールを買う様子を眺めているアンドロニカスの肩を叩く者がいた。

 

「あの、失礼ですがどちら様でしょうか?」

 

「そなたを知っておる!今年"麗しき帝国の貴婦人"で優勝した女だな?いや、あの時は遠目でしか見られなかったが実に美しい!」

 

その酷く太った貴族風の男がアンドロニカスの腰に大粒の宝石を貼り付けた指輪だらけの手を回すと、遠巻きにアンドロニカスに見とれていた往来の男達が(もちろん貴族風の男に聞こえぬ程度に)口々に不満の声を上げた。

アンドロニカスはとても作り笑いとは思えない自然な笑みを浮かべた。

 

「私になにかご用件が?」

 

男はアンドロニカスの全身をじっとりと眺めた。

今日は当然、魔術師のローブは身につけていない。

おしゃれに粧し込んでいるとはいえ、休日用のなんでもない普段着だ。

 

「その出で立ち、貴族ではないな?ふむ、平民か・・・しかし、そんなものがくだらぬ些事に思えるほどそなたは美しい!まるでミケーレの彫像のごとき美しさ!アールグリス、夜会の支度をさせよ!この女を屋敷に招くのだ!」

 

「仰せのままに、ハムロフッド男爵閣下。」

 

男爵はすぐ後ろに控えていた執事らしき老人に指示を出し、困惑した様子のアンドロニカスの手を握った。

アンドロニカスは決して気弱で奥ゆかしい女性ではない。

金と権力を後ろ盾としたこのような横柄極まりない態度をとれば、得意の護身術で手首を(必要以上に)捻り上げ、大男を泣き喚かせる事すら躊躇しなかった。

しかし、多忙な中ようやく取得できた休日をそのようなくだらない貴族のために費やする事は避けたかった。

 

「あら、男爵閣下。これから仮装パーティーがあるからお忙しいのでは?」

 

「ん?仮装パーティーだと?」

 

「ええ。ほら、早く行かないとパーティーに間に合いませんわよ?」

 

「んん?んんん・・・そうだ、早く行かないとな・・・」

 

「会場は緑皇通り。男爵閣下は確か・・・そう、"裸の王様"の仮装でしたわね。お気をつけて。」

 

「う、うむ。おいアールグリス、衣装を準備しろ。急いで緑皇通りへ行くぞ・・・」

 

「はい・・・かしこまりました・・・」

 

ふらふらとした足取りで立ち去るハムロフッド男爵とその執事を見送ると、アンドロニカスとヴァンドレイクは声を殺して笑った。

 

「くくく、おいおい優等生様よ。幻惑魔法とは怖いなぁ。王宮警備隊の真っ只中を素っ裸で踊らせる気かよ?」

 

「さあ?なんの話しかしらね?」

 

ふたりがくすくす笑いあっていると、そのすぐそばを一匹のスキャンプが通りがかった。

スキャンプとは、オブリビオンの世界に住む下級デイドラだ。

インペリアルの子供くらいの身長だが、土色の肌に茶色の体毛が生え、禿げ上がった頭部には長くとんがった耳、汚らわしい臭いと醜悪な小鬼のような顔、鋭い牙と長い爪。

主にデイドラ・ロードであるメエルーンズ・デイゴンの支配する領域に・・・

 

「・・・はっ?」

 

アンドロニカスは思わず声をあげた。

そう、下級だろうがなんだろうが、召喚魔法の訓練所やはぐれ魔術師が人里離れた隠れ家に護衛として召喚する等の例外を除き、まして大都会の真っ只中にデイドラが現れるはずなどなかった。

そして、それは間違いなく大問題だった。

 

「きゃあああああああああっ!!」

 

スキャンプに気付いた通行人が叫ぶと、それに反応したスキャンプが小さな手のひらに魔力を収束させ始めた。

アンドロニカスは炎球の魔法を瞬時に見抜いた。

 

「炎弾!!」

 

アンドロニカスは指先から凝縮した炎の魔法を弩のごとく高速で放ち、それに額を貫かれたスキャンプは人形のように崩れ落ちた。

 

「うわあああああああっ!!」

 

「助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

「モンスターだ!モンスターがでたぞ!!」

 

スキャンプは一匹だけではなかった。

街の至る所に突如スキャンプの群れが大量発生していた。

 

「・・・ヴァンドレイク、すぐにマスター・トレイブンにしらせて。」

 

「えー!まだスイートロールを食べてない!」

 

「この食欲ばか!この大混乱がわからないのっ!?さっさとしないと焼くわよっ!!」

 

「ちっ・・・へいへい、わかりやしたよ。それよか私も手伝おうか?ちょっとした退屈しのぎにはなりそーだしさ。」

 

「あなたの魔法は街中で使うには危険過ぎる。ここは私に任せて早く行って!」

 

ヴァンドレイクは、恨めしげに何度もサルモの露店に振り向きながらアルケイン大学へと向かって行った。

 

「アンドロニカスっ!」

 

両手にスイートロールを持ったギルベルトが駆け寄ってくる。

 

「ギルベルト、あなたはここで市民の保護をして。もうすぐ衛兵隊とバトルメイジ(魔術師ギルドが保有する魔闘士部隊)が来るはずだから、彼らと共闘をお願い。」

 

「君はどうするんだ?」

 

「こいつらの発生源を突き止める。たぶん、そう遠くない場所に召喚者がいるはずよ。」

 

「レディを一人で行かせるのは心苦しいが・・・君は言っても聞かないだろうな。わかったよ、ここは任せてくれ。」

 

アンドロニカスはギルベルトの甘いウインクをかわし、炎の魔法でスキャンプの群れをなぎ倒しつつ、その発生源を辿った。

しばらく進んだところで、どうやら帝都中に張り巡らされた下水道から這い出てきているらしいということを突き止めた。

 

「暗いわね、それに酷い匂い。」

 

アンドロニカスは開いたマンホールの周りに陣取っていたスキャンプを焼き尽くし、悪臭に満ちた下水道に降りた。

まるでコウモリの群れのように、数えるのも億劫になるほどのおびただしいスキャンプが地上へ出ようとこちらへ向かっているところだった。

スキャンプ、スキャンプ、スキャンプ。

まさにスキャンプ天国。

わけいってもわけいっても臭いスキャンプ。

そんな言葉がアンドロニカスの頭をよぎる。

 

「うっわー、これ多すぎでしょ。」

 

アンドロニカスに気付いたスキャンプの群れは、唾液の滴る口を大きく広げ、不揃いな牙をカチカチと嚙み鳴らしながら一斉に動き出した。

まるで獲物にたかるアリのように。

 

アンドロニカスは両の掌を前面に突き出し、腹の底から湧き上がる恐ろしく低いうなり声を上げた。

 

「大・炎・波!!!」

 

平凡な魔術師が束になっても防ぎきれないであろう、ありったけの炎の魔力が放出され、あらゆる生物を焼き尽くす灼熱の炎が巨大な波となってスキャンプの群れを一瞬のうちに飲み込んだ。

数分後、炎の勢いが弱まる頃には、大量の消し炭と化したスキャンプの残骸が転がっていた。

 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 

急激に大量の魔力を消費したことで大きな疲労感がアンドロニカスの身体にのしかかった。

ふと、アンドロニカスは今の魔法で召喚者まで消し炭にしていたとしたら不味かったかなと考えた。

少なくとも、衛兵隊はいい顔をしないだろう。

連中は正義の名の下に犯罪者を容赦なく斬り殺すが、第三者が執行人となる事については快く思わないからだ。

 

「いやー、すんごい魔法ですねー。やけどしちゃうかと思いましたよ。」

 

振り返る間もなかった。

強力な毒針の呪文だ。

アンドロニカスは木彫り人形のように硬直し、呆気なくその場に倒れ込んだ。

 

「おや?これはすごい!咄嗟に中和の治癒呪文とは・・・普通なら数秒で死に至る呪文ですが、身体の麻痺だけで済んでるようですね。おまけに竜皮の呪文で肌を硬質化している。」

 

カキンッ!!

カキンッ!!

 

声からして若い男のようだが、うつ伏せに倒れ硬直しているアンドロニカスからは相手の顔は見えなかった。

男はアンドロニカスの背に刃物を突き立てているようだが、一部のブレトンが一日に一度だけ行使できる竜皮の呪文は、肌を失われしドラゴンの皮膚のように硬質化でき、並大抵の武器では傷ひとつ付けられない。

 

「貴女はインペリアルでしょう?選ばれしブレトンだけが持つ天賦の魔法まで使いこなすとは、さすがアークメイジ候補といったとこですか。さて、どうしたものかあまり時間はないのですが・・・・・ふむ、いいことを思い付きました。」

 

アンドロニカスにはすべて音でしか判断できなかったが、男は召喚魔法を唱えたようだった。

そして空気が抜けるような特徴的な呼吸音がいくつも聞こえ始め、複数のスキャンプを召喚したのだとわかった。

アンドロニカスは竜皮が解けるまでスキャンプでタコ殴りにするつもりかと考えたが、男は醜い小鬼達に何事かを小声で語りかけるだけだった。

 

「では麗しのアンドロニカス嬢、私はこれで失礼します。ご機嫌よう。」

 

男は複数に入り組んだ下水道の奥深くへと消えて行った。

スキャンプどもはというと、何をするでもなく薄汚い下水道に転がるアンドロニカスの周りに立っているだけのようだった。

あの男、何を考えている?

アンドロニカスはしばらく考えを巡らせていた。

すると、男の毒針の呪文が薄れ始め、少しずつだが身体が動き始めた。

 

「おい見ろ、例のモンスターがいるぞ!!」

 

アンドロニカスが動き始めた首をぎこちなく回して振り返ると、松明を持った数名の衛兵がこちらに向かって来ていた。

 

「キシャアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

「構えろっ!!きっとあの奥にいる女が召喚者だ!!」

 

アンドロニカスは思わずキョトンとした。

 

「突撃ーーーーっ!!」

 

「帝国のためにーーー!!」

 

衛兵隊は果敢にスキャンプどもへと突撃した。

厳しい戦闘訓練を積み、頑丈な重鎧と鋭い白銀の剣で武装した帝都衛兵隊の前には、数匹のスキャンプなど赤子同然だった。

瞬く間に蹴散らしたまでは良かったのだが・・・

 

「脚でも挫いたか?この犯罪者め!」

 

「ま、待ってください。私はカルエラ・アンドロニカス。アルケイン大学でアークメイジ補佐をしています。この状況には理由があって・・・」

 

「そうか!なら俺はアカトシュ聖堂の大司祭様だな!」

 

その時、斬り伏せられていたスキャンプの一体が、最期の力を振り絞って起き上がり、アンドロニカスに詰め寄ろうとしていた衛兵隊の前に立ち塞がった。

まるで追い詰められた主人を守るように。

 

「キシャアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

「な、なんなのこのスキャンプ!?そんなことしたら本当に私が召喚したみたいになるじゃないのーー!!!」

 

「健気にもご主人様を守ろうってか?このオブリビオンの悪魔めがっ!!」

 

スキャンプはあっさり首を刎ねられた。

 

「さて、アークメイジ補佐とか言ったか?この状況にどんな事情があるって?んんっ??」

 

「・・・」

 

嵌められた。

アンドロニカスには帝都の安全を脅かしたとして様々な罪が適用され、懲役200年を言い渡された。

もちろん、取調べでは謎の男と当時の状況について事細かに話した。

アークメイジのハンニバル・トレイブンや同僚達もアンドロニカスを弁護した。

しかし、アンドロニカスが逮捕されて間も無く、帝都衛兵隊司令官のアダマス・フィリダは、帝都中を混乱させた事件の犯人逮捕を宣言した。

それが覆れば、アダマスは面子を失い、市民や身内からの批判は避けられない。

つまり、アダマスからすると、アンドロニカスが犯人でなければ困るのだ。

そんな馬鹿げたことで懲役200年。

どんなにアンドロニカスの仲間達が頑張ろうと、相手は元老院の上級議員達とも懇意にしている帝都衛兵隊の司令官だ。

アンドロニカスは、このまま帝都の地下監獄で一生を終える事を覚悟した。

 

 

 

 

 

 

 

 

なんて諦めると思ったら大間違いだ!!

囚人用のボロを身にまとったアンドロニカスは鼻息を荒くしていた。

魔力の生成を妨害する特殊な手枷をはめられているものの、アンドロニカスほどの魔術師ともなれば、抜け出し方はいくらでもあった。

それより、今は脱獄した後のプランを立てる事が先決だった。

 

「おい犯罪者、お前のメシだ・・・ぺっ!おおっと、こいつは悪い!うっかりツバを吐きかけちまったよ!うひゃひゃひゃひゃ!!」

 

プラン1、こいつ殺す。

 

「そこのインペリアルの別嬪さんよぉ!帝都の獄舎に帝都市民様が入ってるのか?公平で実に結構だねぇ、同族からゴミ扱いされるってのも 情けねぇけどなぁ。さぞや 番兵たちに"特別扱い"してもらえるだろうねぇ。そんであんたはここで死ぬんだよ!帝都市民さんよぉ! 死んでくんだよ!おい!聞いてんのか!?あん!?別嬪さぁーん、どーせ死ぬならよぉ、最期に俺様と忘れられない夜を(以下省略。)」

 

プラン2、こいつ殺す。

 

「おい、今度の新入り見たか?色白のすっげー美人だったぜ?」

 

「ああ、俺なんかあいつがここにブチ込まれた時に囚人服を着せる役だったんだがよ、身体の方もなかなかだったぜ?」

 

「くはーー!!たまんねーーな!!」

 

「どうせここは最下層、上官方も殆ど見回りに来ねぇ。次の夜勤辺りで・・・」

 

「ひひひ、賛成だ。」

 

プラン3、こいつら殺す。

 

アンドロニカスのプランは今のところすべて下心に溢れた下劣な男連中に対する極めて穏やかならぬものだった。

 

「おい犯罪者、面会だぞ。」

 

石造りの薄暗い地下監獄に現れたのは、アンドロニカスがよく見知ったふたりの友人だった。

 

「少しやつれたか、アンドロニカス?しかし、それでも君の美しさは微塵も曇っていないな。」

 

「ありがとうギルベルト。でも少しウエストを絞りたいと思ってたから丁度よかったわ。」

 

ギルベルトはいつものようにキザな口調で軽口を叩いているが、その表情は心底友人を心配しているものだった。

 

「ねぇねぇ犯罪者さん、監獄ではネズミのスープしか食べられないって本当?うひひひひ、私は朝からサルモのスイートロールとコーンスープだったの!美味しかったよーー!!ちなみにお昼は鹿肉のソテーとホクホクのじゃがいも、夜はビーフシチューとオーディル農場の新鮮野菜サラダにするつもりよ?」

 

「・・・しんぱいしてくれてうれしいわヴァンドレイクあははははははーーあなたはさいこうのゆうじんよーー!」

 

アンドロニカスの"プラン"に新たな対象が加わったのは言うまでもなかった。

 

「すまないアンドロニカス、助けになれなくて。アークメイジも大変心を痛めてらっしゃる。」

 

「仕方がないわ、ギルベルト。でも私は大丈夫だから心配しないで。」

 

 

 

 

 

 

夜の帳が下り、双子月が帝都の白い街並みを柔らかく照らしている。

夕食を終えた人々は、就寝前の読書や家族との団らんを楽しみ、思い思いに過ごしている。

 

この時間、普段なら人通りの少ない庭園地区に、フードを目深に被った人々が集まり始めた。

ここだけではない。

エルフガーデン地区、タロス地区、商業地区、そして帝都中の地下に張り巡らされた大下水道。

フードと同じ深紅のローブを身に付けた人々は、身を寄せ合い、口々に囁き合う。

 

 

『暁の到来だ。』

 

『皇帝に死を。セプティム家に死を。』

 

『楽園が我らを待っている。』



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監獄からの脱出

次回からよりオリジナル展開に進みます。たぶん!


それは突然で、本当になんの前触れもなかった。

地下監獄唯一の出入口で堅く閉ざされていた鉄製の扉が強烈な爆音と共に弾け、いまや凶器と成り果てた鉄破片と共に"ある程度"原型をとどめた看守の遺体が吹き飛び、アンドロニカスの牢のすぐそばに叩き付けられた。

ちょうどアンドロニカスの向かいの牢に入れられ、今まさにアンドロニカスへ卑猥な暴言を投げかけようとしていたダークエルフの男は、踏まれ猫のように間抜けな悲鳴を上げてひっくり返った。

地下牢は非常に薄暗いが、男が失禁しているのは一目瞭然だった。

 

「一体なんなのよ・・・」

 

アンドロニカスは手枷から発生している魔力生成妨害の波動と自分の魔力をうまく適合させ、開錠の魔法を発動させる事に成功した。

手枷を外し、外の様子を覗き見る。

破壊された扉の向こうでは大勢の人間が血みどろの争いを繰り広げているようで、帝国と皇帝を称える絶叫、口汚い罵声、怒号、そして剣や破壊魔法による狂乱が聞こえる。

アンドロニカスがどう動くべきか考えていると、その騒音は次第に小さくなり、やがて戦闘は完全に終結したらしく、不気味な静寂があたりを支配した。

 

「こちらです。」

 

有無を言わせぬ鋭い女性の声に続き、数名の足音が近づいてくる。

松明の明かりで彼らの姿が照らし出されると、アンドロニカスは思わず絶句した。

 

異国の技術により鍛えられたアカヴィリ刀と鎧で武装した皇族の親衛隊、帝国最強の戦闘集団"ブレイズ"に守られながら疲れ切った足取りで降りてきたのは、おそらく世界で最も牢獄とは無縁の人物だったからだ。

返り血と煤で汚れた恐ろしく豪華なローブに身を包んだ白髪の老人、皇帝ユリエル・セプティム七世は、どこか浮世離れした虚ろな表情でアンドロニカスを見つめていた。

 

「そこの囚人、壁に向かって手を・・・アン!?お前、なぜこんなところに??」

 

屈強なふたりのブレイズを率いる女指揮官、ブレトンのレノルトはアンドロニカスの知人だった。

帝都軍に入隊した数少ない女性であり、抜群に腕が立つことからあっという間にブレイズに引き抜かれたという女傑だ。

表情に多少の険はあるものの、エメラルドグリーンの瞳と整った顔立ちは戦乙女とは思えないほど美しく、アンドロニカスと同じく"麗しき帝国の貴婦人"にも選ばれた事があった。

 

「ちょっとした手違いよ。それよりこの騒ぎはなんなの?反乱?」

 

アンドロニカスはレノルトや他のブレイズ達を刺激しないように両手を上げて壁際へ移動し、努めて冷静に質問をした。

レノルトはアンドロニカスの目をじっと見つめる。

 

「・・・陛下、この者は私の友人です。投獄されているのはおそらく何らかの手違いでしょう。彼女は卓越した魔術師、必ずや脱出の手助けとなります。」

 

「ちょっと、いきなり何を・・・」

 

「・・・同行を許可しよう。」

 

「ありがたき幸せ。ボーラスは先頭を、グレンロイは背後の守りを頼む。陛下は私の後ろに。アン、私と共に来い。」

 

現れたときと同様に有無を言わさない口調で次々と指示を出すレノルト。

アンドロニカスには言いたい事や聞きたい事が盛り沢山だったが、ここから合法的に脱出できるならそれに越した事はないと考えた。

状況から察するに、反乱か何かで賊が王宮を襲撃、虚を突かれた皇帝陛下は僅かな親衛隊と共に脱出。

わざわざ逃げ場のない地下監獄にやって来たのは、おそらく皇族用の秘密の脱出経路があるのだろう。

ここはとりあえず流れに身を任せ、テンポよく話を進めるためにもレノルトに従った方が良さそうだと結論づけた。

 

ボーラスと呼ばれた精悍な顔つきのレッドガードが牢内の壁に嵌め込まれた複数の石に触れると、機械仕掛けの歯車が動くような音が聞こえ、続いて年代物の壁が扉のようにゆっくりと開き始めた。

奥にはじめじめした重たい空気に満たされた果てしない暗闇が広がっていた。

 

「おいインペリアルの女、レノルト指揮官はお前を信用なさってるようだが、俺はしっかり見張ってるからな?」

 

後方で殿(しんがり)を務めるブレイズは、敵意を隠す事なく囁いた。

アンドロニカスは、皇帝の命を抱えたこの状況でいきなり現れた囚人を信用しろという事がどれだけ無理な注文か十分に理解していたので、その点ではグレンロイと呼ばれた殿のブレイズに同情していた。

先頭のボーラスが用意していた松明をかざし、暗闇を削りながら先へ進む。

 

「余はそなたを知っている。」

 

道中、皇帝は不意にアンドロニカスに声をかけた。

アンドロニカスはグレンロイの小さなため息を無視し、歩きながらどう反応すべきかとどこかで知り合う機会があったのかを考えた。

 

「それは光栄です、皇帝陛下。私がアルケイン大学でアークメイジの補佐をしているからでしょうか?大変失礼ですが、私には・・・」

 

「余には見えるのだ。そなたは余が夢に見た存在。」

 

「は、はあ。」

 

「偉大なる九大神の御心により、余とそなたはここに運命の出会いを果たしたのだ。」

 

「は、はあ。」

 

「今日が余の最期の日となるであろう。そなたは使命を果たせ。やがて大いなる門が開く。タムリエルの運命は託された。」

 

「は、はあ。」

 

おそらく数百年もの間使われてなかった脱出経路は、帝都の地下に複雑に広がる古代アイレイド王朝の遺跡の中を通り、様々な大型ネズミやずる賢いゴブリンを含めた様々な魔物が巣食っていた。

しかし、3人のブレイズは全く意に介さず、卓越した剣技でそれらを次々と撃破していく。

その間、アンドロニカスは何をするでもなく、皇帝の独り言ともとる事ができる意味不明な呟きをひたすら聞かされ続けた。

しかし、セプティム家の者には代々不思議な予知の能力が備わってるらしいという噂は波止場地区のしがない日雇い労働者ですら知っている。

アンドロニカスは万が一にもなにか意味がある内容かもしれないと考え、その呟きを記憶の中に留め置いた。

 

「暁の到来だっ!!!」

 

遺跡のひらけた場所に出た瞬間、仰々しく見るものを威圧する深紅と黒の禍々しい鎧で武装した戦士達が物陰から現れ、皇帝の死を叫びながら一行へ襲いかかった。

 

「陛下をお守りしろっ!!」

 

レノルトとボーラスが前衛を務める。

アンドロニカスは魔力障壁を展開するが、敵の数は思ったより多く、前衛が捌ききれなかった数名が皇帝へと迫った。

 

「螺旋の流火!!」

 

アンドロニカスの掌から軌道の読めない不規則な螺旋状の炎が発射され、激しくうねりながら襲撃者達を次々と貫き燃やしていった。

 

「おおっ!やるじゃないか女っ!」

 

「カルエラ・アンドロニカスよっ!それより気を付けて、後ろからも迫って来てるわ!!」

 

生命探知の魔法を発動すると、背後からも数名の追っ手が迫っているのがわかった。

 

「任せろ!皇帝陛下万歳っ!!」

 

ブレイズは強い。

皇帝直属の親衛隊が使うアカヴィリ刀は極限まで斬れ味を追求した片刃の剣だが、通常の剣よりも刀身が薄いため、素人が扱えばすぐに折れてしまう。

使いこなすには相当な訓練が必要だ。

彼らはこの乱戦でも集中力を乱さず、次々敵を撃破していく。

 

「このままではキリがない!先へ進むぞ!」

 

「レノルト、ここは秘密の脱出経路なんでしょ?皇帝と僅かなブレイズにだけ代々伝えられてきた。そこにこれだけ敵が待ち伏せしてるって事は、つまりこっちの動きは相手に筒抜けで、しかもどんな罠が待ち構えているかわからない。ねえ、このまま進むのは危険じゃない?」

 

「それはわかってる!だが王宮へ引き返すのはもっと危険なんだ!このまま進む!我々なら切り抜けられるはずだ!」

 

アンドロニカスにはレノルトの焦りが伝わってきた。

レノルトは優秀な兵士だ。

これほどの非常事態でなければ判断を誤る事はないだろう。

アンドロニカスがレノルトを諌めようとすると、暗視の魔法が施された視界の片隅に、弓を構える無数の襲撃者達の影が揺らめいた。

 

「みんな伏せてっ!!」

 

アンドロニカスの両手から青白く光る魔力がほとばしり、あらゆる攻撃を防ぐ魔力障壁が展開される。

直後、大量の矢が一行に降り注いだ。

 

「爆散火!!」

 

アンドロニカスは掌から拳大の火の玉を放った。

襲撃者共の足元に着弾した火の玉は目も眩む閃光と共に炸裂し、巨大な爆炎がすべてを吹き飛ばした。

 

「うっ・・・くそ・・・」

 

レノルトは悪態をつき、腹部の鎧の継ぎ目に刺さった矢を引き抜いた。

即効性の毒が塗ってあるのか、レノルトは顔を青ざめさせ、ガクガクと震えながらその場にへたり込んだ。

 

「レノルト指揮官っ!」

 

「う、うろたえるなボーラス。私は・・・大丈夫だ・・・くそっ、いまわしいゴロツキ共め。それより陛下を・・・」

 

「大丈夫じゃないわレノルト。グレンロイだっけ?出口まではどれくらい?」

 

アンドロニカスはレノルトに回復魔法と解毒魔法をかけつつ後衛のブレイズに尋ねた。

 

「あと少しで遺跡地区から下水道地区になる。そこから10分も進めば外に出られる。あとは人目を避けて他のブレイズの拠点へ向かう予定だ。」

 

グレンロイはボーラスよりも経験豊富らしく、上官の負傷にも取り乱す事なく冷静さを保っていた。

 

「ボーラス、レノルトを担いで動ける?皇帝陛下は私とグレンロイで守るから。」

 

「そんな・・・余所者が勝手に・・・」

 

「ボーラス、今は緊急事態だ!この女は確かに余所者だが腕は立ちそうだ。陛下は俺と女で守るから、お前は指揮官を頼む。」

 

「グレンロイ、"アンドロニカス"よ。」

 

「・・・わかりました。指揮官のことはお任せ下さい。」

 

「よし、女っ!!俺が先導する、陛下から離れるなよっ!!」

 

「・・・りょーかい、さっさと行きましょ。」

 

一行は進撃を続けた。

グレンロイはかなりの手練れらしく、襲撃者共に攻撃を許さないほどのスピードで斬り伏せていく。

アンドロニカスはレノルトを抱えたボーラスと皇帝に魔力障壁をかけ続け、時折物陰から現れる襲撃者を炎魔法で始末した。

 

「よし、ここを抜ければ・・・むっ!?」

 

グレンロイの動きが止まる。

その視線の先を見ると、通路が鋼鉄の柵で塞がれていた。

 

「なんだこれは!?こんなものが・・・くそっ!!」

 

グレンロイが柵を激しく揺するがビクともしない。

 

「どいて!!私がやるわっ!!」

 

アンドロニカスは腐食の破壊魔法を発動して柵の破壊を試みるが、対破壊魔法のコーティングが施されているらしく、かなり時間がかかりそうだった。

 

「追い詰めたぞっ!!皆殺しにしろーーーっ!!!」

 

グレンロイとアンドロニカスは同時に舌打ちした。

そこかしこからこれでもかと大量の襲撃者達が現れたからだ。

ここで勝負を決めるつもりらしい。

 

「ちっくしょう!!帝国万歳っ!!!」

 

グレンロイは単身敵の群れに突っ込んだ。

鬼神の如く刀を振るい、その迫力に敵も思わずたじろぐ。

アンドロニカスは援護すべく炎の魔法を放ち、ボーラス達を下がらせる。

 

『きええええええええええええええええええーーーーーっっっっ!!!!!!』

 

数名の敵が獲物を手に一斉にグレンロイへ殺到した。

 

「ぐっ・・・・はっ・・・・」

 

「グレンロイっ!!」

 

敵はグレンロイの身体に何度も剣を突き立てた。

 

「おっ・・・おんなっ・・・・がっ、ぐっ、がふっ・・・・・やれっ!!やるんだっ!!!」

 

アンドロニカスはグレンロイの叫びを理解した。

 

ごめんっ!!!

 

「爆散火っ!!!」

 

炎の玉が爆散し、グレンロイごと大量の敵を吹き飛ばした。

 

「おい貴様っ!!!」

 

ボーラスが非難の声を上げるが、構ってる暇はなかった。

敵はまだ全滅していないからだ。

 

「生命反応・・・後ろっ!?ボーラス!!後ろよっ!!」

 

通路を塞いでいた柵の両側の石の壁が崩れ落ち、中から二人の敵が現れた!!

 

いけないっ!!!

 

襲撃者の凶刃が皇帝に振り下ろされた。

振り返ったボーラスは瞬時に二人の首をはねるが、あと一歩間に合わなかった。

 

皇帝は血を吹き出し、その場に倒れた。

 

アンドロニカスは前面の敵を一掃し、すぐに皇帝へ駆け寄り回復魔法をかけるが、首筋から胸までを深く斬りつけられていて出血が激しい。

もう助からないだろう。

 

「陛下ぁーーーーっっ!!!!」

 

「どうやら、、ここまでのようだ・・・三人の息子も暗殺され、我が血筋は絶える・・・」

 

皇帝は私とボーラスを交互に見つめる。

 

「・・・いや、もう一人いる。ボーラス、アミュレットを・・・・ジョフリーに。タムリエルの命運は・・・必ず・・・・・」

 

皇帝は死んだ。

ボーラスは兜と刀を投げ捨て、その手を取り咽び泣いている。

アンドロニカスは衝撃と混乱に襲われてはいるものの、皇帝に深い思い入れもないため、柱にもたれかかっているレノルトの様子を見る事にした。

敵はさっきのふたりが最後だったようで、生命探知の魔法を張り巡らせるも、この近辺にいるのはアンドロニカスとレノルト、ボーラスだけのようだ。

 

「レノルト、私がわかる?」

 

「・・・・アン、陛下は・・・」

 

「・・・亡くなったわ。ごめんなさい、守りきれなかった。」

 

出血の影響で意識を失いかけていたレノルトは目を見開き、しばらく無言でアンドロニカスを見つめていた。

 

「私のせいだ・・・・私が・・・くそっ・・・・」

 

「レノルト、とにかく味方と合流しないと。脱出した先にブレイズはいるの?」

 

「・・・・・」

 

「レノルトっ!しっかりして、せめてご遺体だけでも守らないといけないでしょう?この先にブレイズはいるの??」

 

冷たいかもしれないが、この状態で敵の新手が来れば一行達は全滅だとアンドロニカスは判断した。

 

「・・・お前にはいつも励まされてばかりだ・・・すまないアン、私がしっかりしないとな・・・この先に味方はいない。あまりに突然でなんの準備もできてなかったんだ。ここを出た後はコロールの近くにあるウェイノン修道院へ避難するつもりだった。」

 

「修道院?九大神の加護で守ってもらおうってわけ?」

 

アンドロニカスは大学の使いでウェイノン修道院を訪れた事があり、禿げ上がったブレトンの修道院長にとれたての野菜をご馳走になった記憶があった。

 

「ウェイノン修道院は我々ブレイズの拠点のひとつだ。そして修道院長はブレイズマスターのジョフリー、ブレイズの総大将だよ。」

 

アンドロニカスは驚きを隠せなかった。

年の割には背筋が伸び、ゆったりした修道僧用のローブの上からでもがっちりした体つきが印象的だったが、まさか帝国屈指の権力を持つ最高の戦士だとは夢にも思わなかった。

 

「ボーラス、こっちへ。」

 

「・・・はい、指揮官。」

 

すっかり憔悴しきったボーラスがふらふらとした足取りで近付いてくる。

 

「ボーラス、陛下は崩御された。その事実は変わらない。しかし我々は動き続けねばならん。陛下はなにか言い遺されたか?」

 

レノルトは痛みと戦いながらボーラスから皇帝の遺言を聞き、今後の動き等を指示している。

 

アンドロニカスはレノルトと同じように石畳に腰を下ろし、柱にもたれかかった。

状況がひと段落し、一日の疲れがどっと押し寄せてきたらしい。

魔法も行使し過ぎたようで、身体の倦怠感はこれまであまり感じた事がないものだった。

 

アンドロニカスは凄惨な現場を横目に、目の前の現実から最もかけ離れた事を考えていた。

 

お風呂に入りたい。

ソファーに寝転んで、ゆっくりして、ワインを飲んで。

それから・・・・

 



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アルケイン大学への訪問者

「おはようございます、マスター・アンドロニカス。」

 

「おはようございます、守衛さん。今日もお疲れ様です。」

 

どんな人種にもある程度築き上げられたイメージがある。

戦士ギルドは暇さえあればビール片手に剣や斧を振り回して武勇を競い合う荒くれ者ばかりで、衛兵は権力を笠に着て威張り散らすがいざという時にはなにもしてくれない。

酒場の主人や物乞いは古今東西のあらゆる噂話を網羅し、陽気な歌と略奪をこよなく愛する船乗りはとにかく汗臭い。

では、魔術師にはどのようなイメージがあるだろうか?

大抵は一般市民が見た事もない複雑怪奇な実験道具が溢れる薄暗い地下室に閉じこもり、カビ臭い分厚い古文書が積み上げられた幅広机の上でキノコや薬草の煎じ薬を作り、身につけたローブの下には恐るべき魔法を繰り出す捻じ曲がった杖を隠している。

彼らが陽に当たる機会はほとんどなく、青白く不健康な妖術師達は研究と陰鬱を友として生涯を閉じる。

 

火のないところに煙は立たないもので、悪意と偏見に満ちた誤ったイメージもあれば、必ずしも否定できない部分もある。

かつてヴァヌス・ガレリオンとライリス十二世の手により立ち上げられた魔術師ギルドはいまやタムリエル中に広がる巨大な組織となり、中には大衆の(あまり好ましくない)イメージ通りの魔術師も存在する。

しかし、アルケイン大学を訪れた事がある者であれば、それらが当てはまるのはごく一部に過ぎないと考えを改める事ができるだろう。

 

「おはようございます!マスター・アンドロニカス!」

 

「おはようシャーリー、今日も元気いっぱいね。」

 

「せ、先生!今日もお美しいですっ!」

 

「ふふ、ありがとう。あなたも素敵よ、アレンティス。」

 

アンドロニカスは教科書を抱えて授業へ向かう学生達に挨拶し、あたたかい日光を浴びた色鮮やかな草木が生い茂る庭園を歩いていた。

各地のギルド支部から推薦された将来有望な若い魔術師達は活気にあふれている。

青空のもと、仲の良い学友同士で錬金術に使われる植物に彩られた庭園のベンチに腰掛け、課題の答え合わせや魔法、符呪、錬金術に関する意見交換を行い、そして学生らしく嫌味な教師への不満や恋愛話に花を咲かせている。

 

人目を避け、禁忌の魔術に手を染めるはぐれ魔術師達と違い、アルケイン大学の魔術師達は大衆が持つ魔術師に対する負のイメージとはかけ離れた存在だった。

 

アンドロニカスはいくつかの階層にわかれた広い敷地を抜け、純白の城壁沿いに作られた建物に入った。

アンドロニカスは他の学者兼教師同様、この大学内に専用の研究室と個室がついた住居を与えられ、基本的にはそこで寝泊まりしていた。

建物は地上二階、地下一階まであり、二階は寝室もある居住スペース、一階は様々な研究用の器具が揃った研究室と応接室、地下が物置となっていて、一人で住むにはかなり広いため、ルームシェア状態の同僚達もいた。

 

「やっぱり家が一番ね。」

 

アンドロニカスはお気に入りの肘掛け椅子に深くもたれかかり、ここ数日の慌ただしさを思い返した。

皇帝暗殺事件。

あの後、生き残ったアンドロニカス、レノルト、ボーラスの3人は、回復したレノルトの導きで地下通路を通り抜け、無事に地上へと戻る事ができた。

アンドロニカスは、当事者のひとりとして元老院や帝国軍に徹底的な事情聴取を受けたが、投獄の件についてはレノルトの口利きにより事実無根の誤認逮捕と認定され、正式に自由の身となった。

元老院の一員であるアークメイジのハンニバル・トレイヴンでさえも覆す事ができなかった今回の冤罪についてだが、アンドロニカスはブレイズの力をありがたい形で実感する事となった。

 

ブレイズは筆頭であるブレイズマスターの下に、各地域を統括する指揮官(レノルトはシロディール担当指揮官であり、スカイリム、モロウウィンド、ブラックマーシュ、エルスウェーア、サマーセット、ハンマーフェル、ハイロック、ヴァレンウッドにもそれぞれ担当指揮官がいる。また、シロディールのどこかに存在するという彼らの本拠地には筆頭指揮官として騎士団長が置かれている。)がいて、それぞれの受け持ち地域を統括している。

王宮で皇帝の警護を受け持つ本来のシロディール担当指揮官は襲撃の夜に戦死したらしく、副官だったレノルトが臨時で指揮官となっていたようだ。(現在は正式に指揮官となった。皇帝は暗殺されたものの、責任は戦死した前指揮官にあり、指揮官不在かつ圧倒的に不利な状況下で皇帝の遺体を僅かな部下と共に守り通し、襲撃者を全滅させたことが評価されたとのこと。)

 

ここで重要なのは、皇帝に直接仕えているブレイズの権力が帝国においてどれほどの影響を持つか、という事である。

帝国の支配体制だが、最高権力者たる皇帝を補佐するために元老院(有力貴族の家長、各地方領主、軍務長官とも呼ばれる帝国軍総司令官や、魔術長官とも呼ばれるアークメイジ、最高神司祭長など複数の権力者により構成されている。)が置かれ、幾万もの役人達の頂点に立ち、現在は執政官として亡き皇帝の代理で帝国を統治しているオカート総書記官が元老院議長を務めている。

元老院議員の権力は絶大で、議長や有力な議員であれば元老院全体の決定権に多大な影響力を有し、帝国や自身に不利益となる事象を徹底的に叩き潰す事ができる。

 

そんな帝国の支配階級といえる元老院ですら干渉を許さず、場合によっては元老院に対する命令権すら有するのが、皇帝直属の親衛隊兼諜報機関のブレイズである。

彼らは皇帝及びその最も重要な腹心のブレイズマスターにのみ仕える独立組織であり、皇帝とブレイズマスター以外でブレイズへの命令権や処分権を持つ者は帝国には存在しない。

 

『おのれ・・・ただで済むと思うなよ。この私をコケにした事を必ず後悔させてやる・・・必ずな。』

 

アンドロニカスは、自身の投獄を強行した帝都衛兵隊司令官のアダマス・フィリダの逆恨みも甚だしい捨て台詞を思い出していた。

帝国軍総司令官の下には複数の将軍がいるが、そのトップに立ち、事実上帝国軍のNo.2として君臨しているのが、他ならぬアダマス・フィリダだった。

しかし、親友が無実の罪で投獄された事を知ったレノルトが手を回し、アダマスは"ブレイズの指示を無視して皇帝の脱出経路たる牢に囚人を配置し、皇帝の迅速な脱出に支障をきたした"罪により、全財産を没収されていた。

元老院への繋がりに加え、これまでの功労と今年で退役するという点が考慮され、死罪は免れたものの、莫大な財産と名声を失った事はアダマスにとって死にもまさる屈辱だった。

 

「面倒な輩に目をつけられちゃったなぁ。またレノルトに色々とお願いしようかしら。」

 

コンコン、と控えめなノックが聞こえた。

アンドロニカスが応じると、柔和な笑みを浮かべた初老の魔術師が扉の向こうに現れた。

 

「浮かない顔ですな。まだ体調が万全ではないのであれば、職務は他の者にお任せすれば良いのでは?」

 

それは、長年大学施設の管理業務に就き、多くの魔術師達から尊敬を集めるマスター・ウィザードのラミナス・ポラスだった。

魔術師ギルドは、軍や他のギルドと同様に階級制を取り入れており、魔法学だけでなく、錬金術や付呪、考古学、ルーン学、神学など、あらゆる魔術関連の学問を極め、ギルドへ貢献する事で昇級できるシステムとなっている。

帝国元老院の一員であり魔術師評議会の長を務めるギルドマスターのアークメイジは、あらゆる魔法を極め、その知識と魔法力はタムリエル中の魔術師達の頂点に立つと言われている。

そしてアークメイジを補佐する魔術師評議会メンバー兼大学上級講師のマスターウィザードは、各分野において突出した才能を持つアンドロニカスを筆頭に、破壊と召喚魔法を主軸とする実戦的魔法学のカラーニャ、古代アイレイド研究の第一人者であるアーラヴ・ジャロル、"神秘の書庫"の管理を務めるター・ミーナなど、名だたる高位魔術師達により構成されている。

そして各地のギルド支部長や大学講師を務めるウィザード、その下にはウォーロック、マジシャン、コンジュラー、イヴォーカー、修行者と続き、一番下は見習いとなっている。

 

見習い時代からアンドロニカスの世話をしてきた年長者のラミナスだが、同じ"マスター・ウィザード"の階級にありながら後輩のアンドロニカスにも丁寧な態度を崩さない紳士だった。

 

「お気遣いに感謝します。でももう大丈夫ですよ。これ以上皆さんに迷惑をかけてかけるわけにはいきませんからね。」

 

「あなたの性格は誰よりも知っているつもりですから、これ以上言っても無駄でしょうな。わかりました。しかしくれぐれも無理をなさらないでくださいよ?」

 

そう言うと、ラミナスは脇に抱えていた書類の束をアンドロニカスの机上に置き、一礼して部屋を出て行った。

 

アンドロニカスの最も重要な役職はアークメイジ補佐(筆頭マスターウィザード)である。

マスターウィザードの上級講師として教壇に立つ事もあれば、研究員として様々な課題に取り組む事もあるが、歴代のアークメイジがそうであったように、魔術師ギルドの未来の指導者としてアークメイジの補佐を務めている。

 

「さて、今日の予定は・・・」

 

アンドロニカスを気遣ってラミナスがまとめてくれたアークメイジの予定表に目を通す。

羊皮紙いっぱいに書き込まれた予定を確認していると、午前中の早い段階で気になる来客の予定があった。

 

"自室にて朝食 〜 食堂に手配済みです"

"大学内の視察 〜 私が同伴します"

"【重要】応接室にて急の来訪予定者の対応(コロールのジョフリー修道院長) 〜 同席をお願いします(紅茶を用意させています)"

※なお、元々来訪予定があったジーリアス最高司祭長官については明日以降へと変更の手配済みです。

"議会の間にて違法魔術行使者に関する審議会への出席 〜 資料を別に添えてますので確認の上で出席してください"

"講堂にて死霊術対策に関する講義 〜 アークメイジご自身で準備済みです"

"白金の塔にてタルタリス、ファラリオン両議員との昼食 〜 マスター・カラーニャと共に同席してください"

 

「コロールのジョフリー修道院長が・・・これって、レノルトが言ってたブレイズマスターよね?うわー、なんだか厄介ごとの匂いがプンプンするなー。」

 

アンドロニカスは行儀悪く革のブーツを脱ぎ捨てて素足を投げ出し、最高司祭長官の来訪予定を退け間近に迫っている"厄介者の来訪"に心底うんざりした。

その曇った心情とは対照的に、青く美しいモザイク装飾ガラスの窓の外からは、授業へ向かう若者達が教室まで競争しているらしい楽しげな声が漏れ聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

「お久しぶりです、ジョフリー修道院長。先日は美味しい季節の野菜をお送りいただきありがとうございました。生徒達も大変喜んでいましたよ。」

 

小柄で、お人好しを体現するかのように穏やかな顔つきの老魔術師、ハンニバル・トレイヴンは、鮮やかな青色のローブの袖から細くシワだらけの手を差し出した。

 

「喜んで頂けてなによりです。我々もギルドからは様々な支援をしていただいて大変お世話になっていますので。」

 

老人とは思えないがっしりした体つきに、禿げ上がってはいるが威厳に満ちた表情のウェイノン修道院長のジョフリーがそれに答えた。

同じブレトンで年齢も近いが、あまりにも対照的なふたりはかたい握手を交わし、いくらかの社交辞令を交わした後、早々に本題へと入った。

先に切り出したのはジョフリーだった。

 

「マスター・トレイブン、本来であれば私の来訪は日頃の支援のお礼と世間話、いくらかの情報交換だけが目的でした。しかし、今は少々状況が異なる。私のことはどこまでご存知で?」

 

「ふむ・・・・ええ、知ってますとも。まさか長閑な田園地帯に佇む修道院の院長がブレイズマスターとは、巡礼者達は夢にも思わないでしょうな。」

 

「さすが、魔術師ギルドの情報網はたいしたものですな。私の正体を知るのは皇帝陛下以外ではブレイズと僅かな元老院議員のみ。本題は当然、陛下の暗殺の件です。」

 

そこでジョフリーは話を区切り、アンドロニカスに向き直った。

 

「君とは何度か会った事があるね。髪も肌も真っ白で、まるでキナレスのような美しさがとても印象に残っている。そして君は私の部下と共に陛下の最期を看取った女性だ。レノルトの話では君がいなければ部下達は全滅していたとか・・・」

 

その目は何かを探り、そして求めるようにアンドロニカスを捕らえて離さない狡猾さと力強さに満ちていた。

そしてジョフリーはトレイヴンへ目線を戻し、唐突に話題を切り替えた。

 

「マスター・トレイヴン、あなたのギルドにはあらゆる魔術を極めた優秀な人材が星の数ほどいらっしゃるはずだ。」

 

「それがなにか?」

 

「では、その中で彼女のように特に実戦にも秀でた魔闘士となればいかがですかな?そしてその中からひとりだけ選ぶとしたら?」

 

「ふむ・・・アンドロニカス、カラーニャ、ヴァンドレイク、ギルベルト、エイドリアン、デルフィン、ボリシアン、ギャスパー・・・多くの優秀な魔闘士が在籍していますが、最も総合的に優れた魔闘士となればアンドロニカスでしょう。彼女は私が見てきた中でも最高の魔術師です。」

 

アンドロニカスは嬉しさと恥ずかしさを表情に出さないように努めた。

 

「ジョフリー殿、あなたが何を言いたいのかわかりました。魔術師ギルドは暗殺の首謀者の捜索に全面的に協力しましょう。しかしカルエラ・アンドロニカスは我がギルドの貴重な人材です。ブレイズへの加入を認めることは出来ません。」

 

これにはさすがのアンドロニカスも驚いた。

ジョフリーの話はなんとも遠回しだったが、トレイヴンはその魂胆をお見通しだったらしい。

 

「加入までは求めていません。いわば短期間の人材交流のようなものです。仕事が終わればすぐにギルドへお戻りいただいて結構です。それに、魔術師ギルドが誇る魔闘士部隊、彼らがブレイズの門外不出の剣技を取り入れられるとすれば有意義な人材交流とは言えませんか?」

 

「確かに、それは非常に有意義なものでしょうな。しかし、なぜ魔術師ギルドなのです?おっと、あなた方が秘密主義なのは知っているが、この場で隠し事は遠慮願いたい。皇帝陛下暗殺事件の犯人を捕まえるためになぜ魔術師が必要なのかを教えていただかないと、大事な部下を行かせる事はできません。」

 

アンドロニカスはトレイヴンが"人材交流"に興味を示した事に思わず目を見開いたが、話の流れによってはそれが実現する事もやむを得ない空気だった。

 

「・・・今回陛下を暗殺した連中は、単なる反帝国組織ではない。おふたりは【深遠の暁】というデイドラ崇拝組織をご存知かな?」

 

博識なトレイブンとアンドロニカスは頭の中の膨大な知識の書を紐解いたが、驚くべき事にアンドロニカスだけでなく、タムリエル随一の賢者ですらそのような組織の名前は聞いた事がなかった。

 

「無理もない事です。なにせ諜報機関でもある我々ブレイズが未だその全貌を掴めていないのですから。話に纏まりがなくて申し訳ないが、皇帝陛下の崩御はこの世界にどんな影響を与えると思いますか?無論、混乱だとかいう話ではありません。」

 

「・・・ドラゴンファイア。」

 

トレイブンとアンドロニカスは同時に呟き、そしてはっと息を呑んだ。

ふたりは事の重大さに気付いてしまったのだった。

帝都の最高神の神殿には巨大な炎が灯されていた。

その名はドラゴンファイア。

人々がデイドラに蹂躙されていた古の時代、シロディール最初の皇帝、聖アレッシアが九大神の長、竜神アカトシュと契約を結び、デイドラの住まうオブリビオンの世界と我らのニルンの世界を隔てる防壁、すなわちドラゴンファイアが作られた。

王者のアミュレットを持つ皇帝の血筋が続く限り消える事のない炎は、皇帝の崩御と共に消えてしまった。

世継ぎが王者のアミュレットを身につけて再び炎を灯せばいいのだか、残念ながら三人の世継ぎは事件の夜に皆暗殺された。

 

皇帝の役割は人々の統治のみに非ず、その真の役割はオブリビオンの悪魔達の侵攻を防ぐ盾だった。

長い年月の間にこの事実を知る者は少なくなったが、魔術師ギルドの知識の中には残っていて、当然、ブレイズを含めた帝国の上層部も同様に把握していることだろう。

 

そして何より、皇帝を暗殺したのはデイドラ崇拝組織。

つまり・・・

 

「彼らの崇拝対象の中心に据えられているのはメエルーンズ・デイゴン。破壊や災害、変革を司り、デイドラ王子の中でも我々に最も害悪を成す存在です。モーンホールドの事件をご存知でしょう?様々な事象が絡み合った結果、遠くモーンホールドの街にデイゴンが召喚されてしまった。街は完全に焼け野原となり、幾千の住民が面白半分に虐殺された。現人神となったソーサ・シルとアルマレクシアの手によってオブリビオンの世界へと戻す事には成功したが、もしこの帝都に奴が現れた場合、我らは果たして現人神のように戦う事が出来るでしょうか?」

 

ジョフリーはブレイズの目的を語った。

深遠の暁を壊滅させ、メエルーンズ・デイゴンの侵攻を阻止する。

そのためには剣術や諜報活動に優れたブレイズだけではなく、高度な技量と知識を持った魔術師の助言が必要だと。

そして、それはアンドロニカスに決心をさせるのに充分過ぎるものだった。

 

「わかりました。ジョフリー様、私の魔術が世界を守るのに少しでも役立つのなら、喜んでお力となります。マスター・トレイブン、いいですね?」

 

「うむ、君の事を誇りに思うよ。くれぐれも気を付けてくれ。それとジョフリー殿、先ほどお話ししたように、我がギルドには他にも優れた魔術師が多く在籍しています。特に、直近で動ける者であれば召喚魔術学のギルベルト・フレイと変性神秘学のヴァンドレイク・エメントラがいいでしょう。今は地方の支部へ出掛けていますが、戻りましたらあなた方のお力になるよう話してみましょう。」

 

「お心遣いに感謝を。アンドロニカス君、申し訳ないが事は急を要する。荷造り等あるだろうが、明日には我らの本拠地へと出発したい。よろしいかな?」

 

「はい、ではさっそく準備に取り掛かります。」

 

 

 

 

 

アンドロニカスは退室し、自分の居住スペースへと戻った。

中に広大な収納スペースが広がる魔法のカバンに衣類やその他の日用品、いくつかの魔道アイテム等を詰め込み、旅立ちの準備を整える。

事情を聞いてやってきたマスター・ウィザード達と相談し、アンドロニカスが受け持っていた授業はラミナス・ポラスが、アークメイジの補佐業務はカラーニャが引き継いでくれる事になったので、それぞれ引き継ぎの書類を作成しなければならなかった。

 

万事整えすべてが片付いた頃にはもう日が暮れていた。

アンドロニカスは夕食を食堂でとることにした。

大学の食堂は、かつて宮廷料理長として名を馳せたオークの女将が相方の炎の精霊と共に切り盛りしていて、噂では帝都最高の料理はこの食堂で食べられると言われるほどだったので、最後の晩餐にも申し分ないものだった。

アンドロニカスが気難しい女将オススメのアルケイン定食を堪能していると、食堂の入り口に見知った顔を見つけた。

 

「レノルトじゃない。こんなところで何してるの?」

 

食堂は一般人でも立ち入る事ができる区画にあるため、その絶品料理を堪能するために大学を訪れた人々でごった返す事も珍しくなかった。

 

「ああ、ここにいると聞いてね。ちょっと話しがあるんだが、同席してもいいかな?」

 

テーブルの向かいの席に座るよう促されたレノルトだったが、ゆっくり腰を落ち着けている時間はないとばかりに腕組みをしてアンドロニカスの側の壁にもたれかかった。

レノルトは珍しく私服だった。

ブレイズの厳つい鎧姿は見慣れたものだが、親友であるアンドロニカスでさえ、こんなに女性らしい姿を見たのは久しぶりだ。

 

「ジョフリー様に聞いたよ。しばらくブレイズと行動を共にするんだろ?」

 

「うん、明日の朝にはブルーマ地方にあるブレイズの本拠地に行くんだって。」

 

「よくオーケーしたな。危険な仕事だぞ?この前も、私が負傷し、部下が戦死したのを見ただろう。」

 

「あれはレノルトが無理矢理協力させたんでしょ?今度だって半ば無理矢理協力させられるようなもんだよ。」

 

「むむむ・・・」

 

アンドロニカスがからかい半分に意地悪く反論してみせると、レノルトは彼女の予想に反して、思いつめたように黙り込んでしまった。

 

「あー・・・でも大丈夫だよ!今度はレノルトに守ってもらうから!あはは!」

 

「・・・今の私は帝都のブレイズ指揮官だ。ブルーマ地方へは行けない。」

 

「あ、そっか。じゃあしばらくはお別れだね。」

 

レノルトはワナワナ震え、突如アンドロニカスの肩をガシッと掴んだ。

 

「アンっ!!!!」

 

「うわ!びっくりした!」

 

「私は本拠地へ 転勤願いを出す!この前の件ではお前に命を救われた。このままでは私のプライドが許さん、次は私がお前を助ける番だ!」

 

「そ、そうでごさいますか。」

 

レノルトは勢いよく立ち上がり、何事かをブツブツと呟きながらスタスタと食堂を出て行った。

アンドロニカスは一瞬、親友がスクゥーマでもやっているのではないかしらと心配したが、とりあえず残った料理を堪能し、部屋に戻って明日に備える事とした。

 

 

 

 

 

 

「アンドロニカスはあっさり釈放されたな。」

 

「いやぁ、まさか数日しか拘束出来ないとは、僕も予想外ですよ。看守に手回しして獄死させる計画もパァですからね。」

 

「しかもブレイズに協力する事になるとは最悪だ。」

 

「曇王の神殿に着かれちゃ厄介ですねぇ。道中で仕掛けちゃいます?」

 

「今は大事の前だ、慎重に行かねば・・・もしまた失敗すれば、教祖様はお怒りになるだろう。」



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曇王の神殿

モーンホールド城の中庭は、燃え盛る炎と化し、その火は沸き立つような雲を突き抜けていった。

厚い煙が通りを駆け抜け、木や紙、燃えそうなものすべてを焼き尽くしていった。

物陰に避難していた住人たちはコウモリに似た生き物たちに襲われ、追い立てられるように表に出たところを今度は死の軍隊に捉えられる事となった。

モーンホールドの完全たる崩壊を唯一妨げていたのは、飛び散っていく濡れた血ぐらいであった。

 

メエルーンズ・デイゴンは崩れいく城を見つめながら、にんまりと微笑み、混乱する街中で声を轟かせて言った。

 

「最高のショーだ。」

 

彼は、赤黒い影の渦巻く空の中に針のように細い閃光のようなものを捉えた。

光を発しているもとに目を追うと、街を見下ろす丘の上にいる男女二人の姿に辿り着いた。

白いローブを身にまとったその男はすぐにソーサ・シルとわかった。

 

「モーンホールドのデュークを探しているなら、残念だがここにはいない。」

 

と、メエルーンズ・デイゴンは笑って答えた。

 

「だが、もしかしたら今度雨が降ったときには彼の破片に会えるかもしれないな。」

 

「デイドラよ、貴方を殺すことはできません。」

 

と、アルマレクシアは決心したように言った。

 

「だが、すぐに後悔することになるでしょう。」

 

その生ける神二人とオブリビオンの王子との戦いの火蓋は、モーンホールドの廃墟の中、切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

ふと、デイゴンはこちらを振り返った。

血に塗れた笑顔が蛇のように身体に絡みついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああああああああああああああああああああっっっっっっ!!!!!!!!」

 

「どうなさいました!?」

 

アンドロニカスの叫びを聞きつけたブレイズが、幌馬車の入り口を開けて中の様子を覗き見た。

 

「はぁ・・・はぁ・・・い、今のは・・・!?」

 

血に染まった四本腕の巨人、燃え上がる街、夥しい死体。

夢にしては生々しい、まるで彼女自身がその場にいたかのような感覚で、気がつくと全身汗だくになっていた。

 

「アンドロニカス殿、大丈夫ですか?」

 

ブレイズの女性は心配そうな表情で再び問いかけた。

 

「え?ああ・・・大丈夫、ちょっとうなされてただけです。お騒がせしてすみません。」

 

アンドロニカスはタオルで汗を拭いながら、夢の内容を思い返していた。

 

"あれは・・・モーンホールドの悲劇?"

"昨日ジョフリー様が話してた内容に違いないが、だとしたらあの巨人はメエルーンズ・デイゴンか?"

"しかしなぜそんな夢を・・・モーンホールドには行った事もないし、デイゴンも文献の不正確な挿絵でしか見た事がない。"

 

アンドロニカスは息を整え、混乱する頭を落ち着け、山積みされた荷物に背を預けて目を閉じた。

破壊の王はアンドロニカスを見て笑った。

ソーサ・シルでもアルマレクシアでもない。

最後の場面でデイゴンが見ていたのは間違いなくアンドロニカスだった。

なにか意味がある事なのか・・・彼女にはまだわからなかった。

 

 

 

 

 

 

「あんのぉー、荷車が壊れちまったんでさぁ。どなたかお力をお貸しいただけませんですけぇ?」

 

アンドロニカスとブレイズの一行は帝都北部、ちょうどブルーマと帝都の中間辺りの山岳地帯を進んでいた。

後方を見ると、遥か先に、木々の間から果てしなく続く青空の下で、宝石のように白く輝く帝都の街並みが見えた。

その中央には帝都民の誇りである巨大な白金の塔が、旅人達を導く灯台のようにそびえ立っている。

この辺りには、小さな農村が点在していて、時折、農作物や家畜の肉を帝都やブルーマ、周辺の宿場などに納めに行く農夫を見かけた。

一行に声を掛けてきたのはそんな農夫のひとりらしく、道の真ん中で車輪が破損して傾いた荷車の横に立っていた。

 

「やあご老人、我々でよければお力になりましょう。」

 

先頭を歩くブレイズが農夫に答える。

一行は旅商人に扮していて、アンドロニカスが乗った二頭立ての幌馬車を御者役のジョフリーが操り、先頭には商人役のホルフガー、幌馬車の後方には傭兵役のアークチュラスとジェナが控えていた。

当然、ブレイズの鎧やアカヴィリ刀は幌馬車の中に隠してあり、ジョフリーと商人役は平服に護身用の短剣を、傭兵役のふたりは鉄と革でできたごくありふれた鎧に鋼の剣を身に付けている。

あくまでもアンドロニカスの素人感覚だが、服装から身のこなしに至るまで、とてもブレイズには見えない見事な変装ぶりだった。

 

「ありがてぇ!そんじゃあ、皆さんでこの荷車のこっち側を支えて貰ってもいいですか?」

 

「お安い御用ですよ。おい、お前達も手伝ってくれ。」

 

ホルフガーに促されてアークチュラスとジェナも前にやって来る。

 

「すんませんねぇ、本当に助かり・・・きえええええええええいっ!!!」

 

農夫は袖の中に隠していた短剣を取り出し、ホルフガーに素早く繰り出した。

 

「やはり山賊かっ!!」

 

ホルフガーは目にも留まらぬ早業で繰り出された短剣を奪い取り、流れるような勢いのまま山賊の喉に突き刺し、そのまま横に掻き切った。

 

「ぐひゅっ・・・・!?」

 

山賊が倒れるより早く、アークチュラスとジェナは付近の茂みに短剣を投げた。

何かに突き刺さった音が聞こえ、遅れて二人の山賊が茂みを突き抜けて倒れ込んできた。

ブレイズは戦闘のプロであり、黒い噂が事実であれば暗殺のプロでもある。

農民や軽装の旅人を襲う事しかできない小規模な山賊程度の奇襲では通用しない。

 

「ジョフリー殿。」

 

合法的な所持品検査を終えた死体を茂みに押しやったホルフガーがジョフリーを促した。

 

「うむ、先を急ぐべきだな。」

 

「それは、山賊の仲間がまだいるかも知れないってことですか?」

 

「いいや、アンドロニカス君。奴らの狙いは旅の行商人ではない、我々だ。ここは普段から農夫や旅人の往来がある。普通、山賊どもはもっとひと気の少ない道を狙う。我々の正体を確認し、実力を測るための捨て駒だよ。"そいつら"は、どこかで我々の動きを監視しているに違いない。」

 

ジョフリーは注意深く周囲を確認しながら馬車を進めた。

30分ほど進むと、次第に景色の色合いが変わり始めた。

鮮やかな緑色の木々は雪の積もった枯れ木に、雲ひとつない青空はどんよりと分厚い曇り空に変わっていく。

降雪は徐々に強くなり、あっという間に周囲を白く染めた。

一行はそれぞれふかふかの毛皮の外套を羽織り、すっかり吹雪き始めた道を進んだ。

強い冷気が葉のない裸の木々をカサカサと揺らし、一行を心胆まで凍えさせた。

 

ウオォォォォォォォォォォォォン・・・・・

 

「この鳴き声は狼か。」

 

吹雪の音に混じって獣の鳴き声が聞こえた。

ブルーマ地方には、北方のスカイリム原産のハイイロオオカミが生息している。

彼らは一般的な狼よりも一回り大きな身体と獰猛さを持っていて、時には小型の熊を襲って捕食する事もある危険な猛獣だったが、なにより一番厄介なのは、彼らが常に腹を空かせているという事だった。

 

ウオォォォォォォォォン!!

 

ウオオォォォォォォォンッ!!

 

ホルフガーは顔に激しく吹き付ける雪を煩わしげに振り払い、五感を研ぎ澄ませた。

鳴き声の群れは四方八方から、徐々にその距離を縮めていった。

吹雪が酷くてまだ姿は見えないが、ホルフガーは歴戦のノルドの例に漏れず、捕食者の接近を肌で感じていた。

 

「腹ペコの獣どもめ、こりゃ完全に俺らを狙ってるな。」

 

ホルフガー達はジョフリーからアカヴィリ刀を受け取り、狼の襲撃に備えた。

 

ウオォォォォォォォォォォォォン!!

 

アンドロニカスも幌馬車から身を乗り出し、両手に炎を灯す。

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」

 

吹雪を切り裂いて現れた巨大な影がアークチュラスを吹き飛ばした。

彼は物凄い勢いで幌馬車の荷台に突っ込み、"それ"は、続けて横にいたジェナに襲い掛かろうとした。

 

「化け物めっ!」

 

女戦士のジェナは後ろに倒れ込みながら自らに迫る毛むくじゃらの腕を2本のアカヴィリ短刀で斬り落とした。

さらに続けて舞う様に回転しながら脚を薙ぎ払い、それが悲鳴を上げながら倒れたところでトドメを刺した。

 

「グオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」

 

「ちくしょうめ、ウェアウルフ(人狼)だっ!!」

 

ホルフガーが叫んだ。

 

吹雪の中から現れたのは、8フィート近くある筋骨隆々の身体に黒い体毛と鋭い爪、牙を生やしたウェアウルフだった。

酷い悪臭を放ち、顎先からは高温の唾液をだらしなく滴らせ、充血した目は血と肉に飢えていた。

アンドロニカスが生命探知の魔法を発動すると、一行は10以上のウェアウルフに取り囲まれているようだった。

 

「螺旋の流火!」

 

アンドロニカスは馬車の両側から飛び掛かって来たウェアウルフに、両手からそれぞれ螺旋状の炎を放つ。

1匹は炎が額を貫いたが、もう1匹は素早いステップで炎を躱わし、そのまま爪と牙を剥き出しにして馬車へと襲いかかった。

 

「させんぞっ!!」

 

ジョフリーは優雅で力強い刀捌きでアカヴィリの大刀を振った。

ウェアウルフの筋肉質な身体はその見事な一振りで両断され、怪物はその事実に気付かぬまま息絶えた。

さらにジョフリーは馬車から飛び降り、右手の敵を上段から袈裟斬りし、背後の敵からの攻撃を躱してその腹を薙ぎ、左手から迫り来る数体の敵を次々と斬り伏せていった。

 

「なんて数だ・・・くっ!」

 

ホルフガーは繰り出される巨大な狼の鉤爪を躱わし、深く素早い一撃を脇腹に叩き込んだ。

さらに背後から飛び掛かって来たウェアウルフの顔面に、振り向きざまに切っ先を一閃。

両目を斬られたウェアウルフはその恐るべき脚力で突っ込んで来た勢いのまま地面に激突、苦痛にのたうち回る。

防戦一方だが、敵の数は少しずつ減っていった。

 

アンドロニカスの爆散火で最後の2体を火達磨にしたとき、馬車の周囲には10数体の巨大な狼の死体が転がっていた。

燃えたぎる血が雪を溶かして水蒸気を発しているが、まもなく全てが凍りつくだろう。

 

「ジェナ、アークチュラスはどうだ?」

 

「気を失ってるだけのようです・・・はぁ、ひとりだけ呑気に寝てるなんて許せませんね。これ、私が生きてる限り一生嫌味言ってやりますよ。」

 

ジェナは肩で息しながらアカヴィリ短刀を鞘へと戻した。

 

「生きてるならいいが・・・まぁ、勘弁してやってくれ。ホルフガーとアンドロニカス君は大丈夫か?」

 

「スカイリム出身のノルドが狼に負ける訳にはいかんでしょう。ま、大した事のない擦り傷くらいです。」

 

「私も大丈夫です。皆さんのお陰でなんとか。それにしてもこのウェアウルフ、野生の群れがたまたまスカイリムからジェラール山脈を越えて来たって訳じゃないですよね?」

 

「ああ、間違いなく刺客だな。早く神殿を目指そう。夜になればいよいよ危ない。ホルフガー、アークチュラスを荷台に寝かせろ。毛皮をかけて暖かくしてやるんだぞ。」

 

吹雪の中の行軍はそこからさらにしばらく続いたが、山中にひらけたブルーマの街を通り過ぎ、そこから更に険しい山道を登り、一行はようやく曇王の神殿へと辿り着いた。

アンドロニカスは神殿という名前から、山中にひっそりと佇む修道院の隠れ家を想像していたが、実物は切り立つ険しい山脈を背に高い城壁が突き出た堅牢な城だった。

雪山の中にそびえ立つその堅城は、訪れた者をあたかも眼下に広がるシロディール全体を監視しているように感じさせる荘厳な存在感を放っていた。

その立派な城壁を見上げると、縁に沿っていくつもの篝火が焚かれ、数名のブレイズが女牆の間からこちらの様子を伺っているようだった。

 

「私だ、門を開けよ!」

 

ジョフリーが叫ぶと、金属で補強された巨大な門が重低音を響かせながら開いた。

門の先にはすぐ幅の広い階段が続いていて、そこをレッドガードのブレイズがひとり、安堵の表示で駆け下りてきた。

 

「ジョフリー様!お待ちしておりました!」

 

「うむ。サイラスよ、皆は揃っているか?」

 

「はい、ステファン騎士団長以下、広場でジョフリー様のご到着をお待ちしております。」

 

「よろしい。さて、すまんがそこの馬車の中にアークチュラスがおる。命に別状はないが負傷してな、彼を治癒室へ運んでくれんか?」

 

「かしこまりました。」

 

ジョフリーは馬車とアークチュラスをサイラスに預け、神殿の階段を登った。

 

「うわぁ・・・・」

 

アンドロニカスは階段の先に広がる景色に息を呑んだ。

いくつもの篝火が焚かれた広場の先にあったのは、シロディール帝国様式やアイレイドエルフ様式、彼女が知るあらゆる建築様式とも異なる、アカヴィリ様式の荘厳かつ美しい寺院だった。

アカヴィリ様式の建築物はタムリエルのどの建築様式にも類似したものがない独特なもの(アカヴィリはタムリエル大陸とは違うアカヴィル大陸に存在する獣人国家で、有名なところでは蛇人間のツァエシという種族がいる。)で、アカヴィリ刀やブレイズの鎧にも表れてる様に、洗練された優雅さが特徴だ。

 

「凄いだろ?ここはブレイズの誇りだよ。」

 

ホルフガーは得意げに胸を張り、感慨深げに寺院を見上げた。

 

「入隊直後はみんなここで訓練を受けるんだがな、初めてきた時はそりゃあ胸が踊ったもんさ。お、騎士団長以下お出迎えのようだな。」

 

神殿の前には、数名のブレイズ達が整列していた。

先頭に立つインペリアルが前に歩み出、ジョフリーにこうべを垂れた。

 

「ジョフリー様、アンドロニカス殿、お待ちしておりました。」

 

「うむ。して、例の件はどうだ?」

 

「どうやらクヴァッチで間違いないようです。二つの班を派遣しました。一週間以内にはここへお連れ出来るかと。」

 

アンドロニカスはクヴァッチ云々は理解できなかったが、今はとにかく少しでも早く腰を落ち着けたかった。

 

「わかった。さて、それではアンドロニカス君を客室へ案内してくれ。帝都からの長旅で疲れているだろうからな。」

 

「かしこまりました。アンドロニカス殿、こちらへどうぞ。ホルフガーとジェナもご苦労だったな、しばし身体を休めたまえ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウェアウルフの連中、失敗しちゃいましたねぇー。」

 

「信じられん、あの狂獣どもを退けるとは・・・いよいよ私の出番か。」

 

「僕はどうすれば?」

 

「アンドロニカスに顔は割れてないんだろう?お前には斥候になってもらおう。」



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クヴァッチの衝撃

曇王の神殿に到着したその夜。

疲労感はかなり大きかったが、アンドロニカスはあまり体を休める事ができなかった。

あてがわれた部屋は簡素で、小さな収納と古びた木製机、質素な敷布団が置いてあるだけのものだったが、隅々まで綺麗に掃除されていた。

アンドロニカスは魔法のかばんを広げて私物をいくつか取り出し、厚手の革のブーツを履いたまま布団に寝転んだ。

ジョフリーからは明日に備えて休むように言われていたが、とても休める状態ではなかった。

興奮のせいで脳が覚醒状態にある事もそうだが、なにより極寒のブルーマ地方の中でも最も北に位置するこの場所の恐るべき寒さが問題だった。

神殿自体はしっかりした造りだが、城壁の上にある本殿部分は木造建築なので、やはり寒さを完全に遮断する事は難しいようだった。

寒風酷暑をものともしない厳しい訓練をくぐり抜けてきたブレイズならいざ知らず、いわば一般人同然のアンドロニカスが暖炉の温もりなしにこの部屋で過ごす事は不可能だった。

アンドロニカスは縮こまったまま震える体をむくりと起こし、空中にかざした掌から小さな炎の玉を生み出した。

その炎の玉は天井から僅かに高度を下げた位置で停止し、寒々しい部屋全体に心地よい暖かさを供給し始めた。

 

部屋の温暖化に成功したアンドロニカスは、しばらく荷物の整理や外の景色を眺めていたが、なんとなく手持ち無沙汰になり、神殿の敷地内を散歩してみる事にした。

 

「おや、夜のお散歩ですか?」

 

かつてスカイリムの行商人から仕入れたサーベルキャットの外套を羽織って部屋を出たアンドロニカスは、帝都から一緒に旅をしてきたジェナが扉の前に立っている事に気が付いた。

全身を防寒仕様のブレイズ装備で整えたジェナは、アンドロニカスに軽く会釈した。

年齢はアンドロニカスよりもずっと若いらしく、精悍ながらどこか幼さが残る顔立ちで、もし大学内で私服姿のジェナを見かけたら、新入りの学生と見紛うかもしれないとアンドロニカスは思ったほどだった。

 

「少し散歩でもしようかと。それよりもうお仕事なんですか?」

 

帝都からの長い旅路。

猛吹雪やウェアウルフの群れとの激闘でかなり疲弊してる筈だったが、ジェナは疲れを感じさせない笑顔で答えた。

 

「はい、ここにいる間は貴女の護衛を担当します。お部屋にいらっしゃる間はこの廊下で警備に当たりますし、神殿内を移動される際はもしお邪魔でなければご同行させていただきますので。」

 

「もしかしてブレイズは寝たり休んだりしたら処罰されちゃうんですか?」

 

「あはは、まさか。私は隣の部屋で仮眠と休息を取らせていただきますので。何かありましたらお申し付けください。あと、私はいち護衛に過ぎませんので、どうか敬語などお使いにならないでください。」

 

「敬語か・・・じゃあジェナ、これから長い付き合いなんだから、貴女も言葉遣いとか呼び方とかは好きにしていいのよ?だって貴女はここでの最初の友達なんだから。」

 

ジェナはくすぐったそうに笑い、しばらくうーんと考え込んだ。

 

「わかりました。しかし敬語を崩すのは難しいので、アン姉さんと呼ばせていただくって事でどうでしょうか?」

 

アンドロニカスはこの愛らしく人懐こそうな年下の護衛がこの上なく気に入った。

 

「わかったわジェナ、これからよろしくね。」

 

「はいアン姉さん、よろしくお願いします。では、お散歩に付き添わせていただきますね。」

 

ふたりはすぐに打ち解け、親友か姉妹のようにくすくすと笑いあい、夜の散歩へと出掛けた。

夜の神殿は、僅かな見張りのブレイズが、本殿の入り口と甕城(おうじょう)形の城壁の上に設置された櫓で警戒に当たっている程度で、聞こえるのは山脈を伝って降りてくる冷たい風の音と、あちこちに設置されたかがり火の音くらいの静かな空間だった。

城壁の縁に立って眼下を覗き込むと、ブルーマや近隣の村々、そして遥か下方に帝都の街の灯りが僅かに揺れていた。

 

「綺麗な星空ね。今にも零れ落ちてきそう。」

 

「辛い訓練や任務があっても、ここの美しい夜空を見上げれば頑張れる気がします。この澄んだ空気と星々の輝きが、神殿ならではの神聖さと調和して心が落ち着くんですよ。」

 

「へぇー、おてんば少女かと思いきや、意外にロマンチックな乙女なのね。」

 

「意外にとは失敬な。こう見えても入隊する前は本屋でアルバイトをしてた普通の女子だったんですから。」

 

「どうしてブレイズになったの?」

 

「元々はレノルト指揮官・・・当時の帝国軍のレノルト小隊長に憧れて帝国軍に入隊しました。」

 

「ははーん、なるほどね。」

 

アンドロニカスは、かつてレノルトが"美しすぎる女将校"として黒馬新聞に特集を組まれ、一躍時の人となった事を思い出した。

美しく強いレノルトに憧れ、女性の帝国軍入隊希望が過去最高になったと話題になっていた。

 

「そして幸運にもレノルト指揮官の部隊に配属され、ある大規模な山賊の砦を奇襲する作戦で親玉の首を取ったんです。その件で指揮官には随分と評価をいただきました。そして指揮官がブレイズに引き抜かれた際に推薦していただいて、現在に至るってわけです。」

 

ふたりは本殿前の広場の片隅に置かれた木製のベンチに座り、どこまでも広がる満天の星空を眺めながら色々な話をした。

デイドラの掃討、無実の罪での投獄、皇帝暗殺事件、ブレイズへの仮加入、猛吹雪の行進とウェアウルフとの戦闘。

そういった慌ただしい展開ばかりだったためか、こうしてゆったりと夜空を眺めるという平凡な事が非常に贅沢に感じていた。

 

「そういえば、私って具体的には何をする事になるのかな?ブレイズに戦闘用魔法の訓練をとか言ってたけど。」

 

「あー・・・確かにジョフリー様は我々に戦闘用魔法の手ほどきをしてくださるとおっしゃってました。でも、私が思うにそれは建前で、実際にはデイドラ対策の顧問的な役割がメインかと。」

 

「そっかー。あ、もしかして深遠の暁・・・だっけ?そいつらと戦ったりって展開もあるのかな?それなら、逆に私もブレイズの剣術を教えて貰いたいな。私は魔法でしか戦えないんだけど、魔力を消費しながら魔法だけで戦うのって身体への負荷が結構大きいのよ。魔力が切れたら一時的に何も出来なくなるしね。」

 

「それならジョフリー様に相談してみてはいかがでしょう?ジョフリー様は既に引退された身ですが、元々ブレイズ流剣術の師範です。その腕前は先のウェアウルフ戦でご覧になったでしょう。」

 

確かに、世の中にはかの有名なヴィレナ・ドントンやアリックス・レンコリオのように、我流で剣術の達人となった戦士もいるが、やはり実戦的な戦闘技術となればブレイズが帝国一である事は言うまでもない。

帝国軍式剣術に各地の優れた剣術を加え、それを更に洗練させたと言われている門外不出の戦闘術は、ブレイズの数多い秘密のひとつであり、世界で最も高度な殺人術でもあった。

アンドロニカスは、折を見てジョフリー様に訓練を受けさせて貰えるか相談しようと考えた。

 

「ありがとう。ふぁ・・・少しリラックス出来て眠くなってきちゃった。」

 

「それはなによりです。部屋に戻りましょうか。明日もきっと早いですから。」

 

「うん・・・お、また雪が降ってきた。うぶぶぶ、布団って結構ぺんぺらんだったよなー。やっぱり寒くて眠れないかも。」

 

「後で湯たんぽをお持ちしますので。もしよければ私の毛布もお貸ししますよ。ご安心ください、湯たんぽと毛布のセットでレンタル料は20ゴールドにまけておきますので。」

 

「高っ!帝都のタイバー・セプティムホテルに宿泊出来る値段だわっ!!それにしてもさすがはブレイズ(?)、いきなり客人を弄ってくるとは油断できないわね。」

 

ふたりがそんなやり取りをしていると、城壁の外から蹄の音が聞こえてきた。

かなりのスピードでこちらに向かっているようで、その音はどんどん近づいてくる。

ふたりは顔を見合わせ、急いで城門の上に設置された櫓へと走った。

 

「ベリサリウス!」

 

ジェナは櫓で見張りをしていたブレイズに声をかけた。

ベリサリウスと呼ばれたブレイズは重弓に矢をつがえ、いつでも応戦出来るように体勢を整えたまま、目を細めて暗闇の中から近付いて来る謎の騎手をじっと睨みつけていた。

馬は城門のすぐ近くで止まった。

深緑色のフードを目深に被っていた騎手は両手を挙げ、続けてフードを取って叫んだ。

 

「待てっ!射つな!私だ、ベラギウスだ!!」

 

「おおっ、ベラギウス!ロリアンド、城門を開けろ!」

 

ノルドのブレイズが城門を開くと、ベラギウスと名乗る騎手は巧みな手綱捌きで馬ごと幅広の大階段を駆け上がってきた。

広場には、騒ぎを聞きつけたジョフリーとブレイズの面々が完全武装した状態で集まっていた。

 

「何事だベラギウスよ!?マーティン様を迎えるためクヴァッチへ派遣していた筈だが・・・お主、その身なりは・・・?」

 

ベラギウスは転がるように馬から飛び降り、ジョフリーの前に跪いた。

その着衣は真っ黒な煤で酷く汚れ、所々破けた箇所からは無数の切り傷が覗いていた。

 

「申し訳ございません総大将!!クヴァッチが・・・陥落しました!!」

 

「は・・・・・?」

 

「門が・・・オブリビオンの門が開き、デイドラの軍勢が街を滅ぼしました。僅か数時間でクヴァッチは火の海に・・・」

 

その場にいた全員が絶句した。

オブリビオンの門が開いた。

それはドラゴンファイアの効果が完全に消滅した事を表している。

そして、デイドラの軍勢がこのニルンのどこにでも侵攻出来る事も表している。

皇帝が暗殺されてまだ数日だが、これほど早くニルンとオブリビオンが繋がってしまったことは、ジョフリーもアンドロニカスも想定外だった。

 

「おい、マーティン様はどうした!?まさか・・・」

 

「マーティン様はご無事です。しかし生き残ったクヴァッチの民を全員逃すまでは街を離れないと・・・生き残ったのは私とキャロラインのみ。マーティン様はキャロラインとクヴァッチ衛兵隊のマティウス隊長に任せ、私は援軍を要請すべく戻って参りました。」

 

クヴァッチは帝都に次ぎ、スキングラードと並ぶ城塞都市だった。

領主であるオーメリアス・ゴールドワイン伯爵は武闘派であり、お抱えの衛兵隊も精鋭揃いで有名だが、そのクヴァッチがたったの数時間で火の海になったという報告は、歴戦の猛者であるブレイズ達にも大きな衝撃を与えた。

そして、アンドロニカスは会話の中にでてきた"マーティン"なる人物が何者なのかが気にかかった。

 

「・・・・直ちにクヴァッチへ援軍を送る。ステファン、お主が指揮を執れ。ホルフガー、ジェナ、ベラギウス、フォルティス、ステファンの指揮下でマーティン様をお救いするのだ。それからアンドロニカス君、君も行ってくれるか?」

 

「もちろんです。全力でブレイズの皆さんをサポートします。」

 

「早々にすまないね。それと、可能であればオブリビオンの門についても調べてきて欲しい。今後の手助けとなる何かがあるかもしれないからな。」

 

「アンドロニカス殿、こいつを装備するといい。」

 

髭と無数の傷が粗野な印象を与えるノルドのホルフガーは、鎧の類に慣れていないであろうアンドロニカスのために、ブレイズの斥候用軽装鎧を彼女へ渡した。

ブレイズの鎧は標準的な帝国軍の鎧よりも遥かに軽くて強いアカヴィリ式の板金鎧を改良したものだが、それでも訓練していない一般人が装備するには充分重たかったからだった。

 

騎士団長のステファン率いる一行は、神殿で大事に育てられていたシロディール最高の青毛馬に乗り、深緑色のフードと外套に身を包み、僅かな携行食と装備を持って出発した。

アンドロニカスは乗馬に慣れてはいなかったが、ジェナにサポートしてもらい、なんとか彼らについて行くことが出来た。

街道を、森林を、荒地を、一行はひたすら馬を走らせた。

途中、僅かな休息のために立ち寄った街道沿いの宿場では、既にクヴァッチがデイドラに襲われて壊滅状態だという噂が広まっていた。

 

「街を囲う城壁の目の前に、不気味に燃え盛る巨大なゲートが突然現れたそうだ。」

 

「中から大量のデイドラととんでもなく巨大な鉄の化け物が現れ、あっという間に城壁を破壊したらしい。」

 

「デイドラは残酷だ。奴らは人を喰ったり殺したりするのに楽しみすら感じてるに違いない。衛兵隊もほとんどやられ、住民の僅かな生き残りと共に街の外へ避難しているようだ。」

 

聞こえてくるのは不気味で凄惨な話しばかりだった。

一行は気を引き締め直し、再び馬を走らせた。

そこから先、誰も一言も喋らなかった。

向かう先、遥か南の空はどんよりと曇っていたが、雲は赤黒く染まり、地の底から轟くような雷鳴が響いていた。

 

やがて日が昇り始めた頃、一行はクヴァッチ近辺の街道までやって来たが、辺りは真夜中のように真っ暗で、赤黒く染まった不気味な雲だけが暗闇を照らしていた。

まるで世界が日の光を失ったようだった。

 

「帝国軍だ!!」

 

先頭を走っていたベラギウスが叫んだ。

前方に30騎程の帝国軍騎兵隊が見えたのだ。

 

「止まれ!!この先は危険だ、引き返したまえ!」

 

一行に気付いた騎兵隊の隊長と思しき大柄なインペリアルの兵士が、大きく手を振りながら制止するよう呼びかけた。

ステファン騎士団長が返答する。

 

「我々はブレイズだ!クヴァッチを救うため派遣されている。私は騎士団長のステファン、君がこの隊の隊長か?」

 

ブレイズと聞き、不安げな表情だった騎兵隊の面々は、僅かに弛ませた顔を見合わせ始めた。

 

「おお、ブレイズとは心強い!そのとおり、私が指揮官のナルセスです!もしよければ我々もクヴァッチの解放を手伝わせていただきたい!」

 

「よろしい、君の隊はこれより私の指揮下に入りたまえ。しかし帝国が派遣したのは君達だけか?」

 

ステファンの疑問はもっともだった。

ひとつの街が陥落するほどの大事件に対して、派遣された帝国軍がこれだけというのはどう考えても少な過ぎるからだ。

 

「いや申し訳ない。我々はこの近辺の巡視隊で、正式に派遣された訳ではないのです。既に帝都に一報は送りましたが、軍が到着するにはまだ時間がかかるでしょう。そこで、集められるだけの巡視隊を集めて先遣隊として向かっているのです。」

 

「そうか・・・了解した、ではクヴァッチへ急ごう。」

 

お互いに心強い仲間と合流出来た一行は再びクヴァッチへと馬を進めた。

しばらく進み、小高い丘の上に造られたクヴァッチが視界に入ったとき、一行は目を疑った。

巨大な城壁はあちこちが破壊され、街は文字通り炎に包まれていた。

黒煙を際限無く吐き出す様は、まるで地獄の入り口だった。

肉とあらゆるものが焼けた匂いが遠く離れた場所にまで漂い、さらに重く禍々しい邪悪な魔力の流れがアンドロニカスの身体を突き抜けた。

 

「腕っ・・・俺の腕・・・俺の腕はどこだあああぁぁぁぁぁっ!!!」

 

「私の家が・・・・街が・・・・」

 

「燃えちゃった。お父さんと、お母さん・・・みんな・・・」

 

「あなたっ!!お願いだから返事をしてっ!!あなたあぁぁぁぁっっ!!!」

 

「九大神よ、ワシらが何をしたというのじゃ・・・」

 

街の城門へと続く坂道のふもとには、避難民達の粗末なキャンプが立ち並んでいた。

どのテントからも悶え苦しむ呻き声やすすり泣きが聞こえ、道の端の至る所に無残な状態の遺体が無造作に置かれ、吐き気を催す空気が立ち込めていた。

 

「うっ・・・」

 

アンドロニカスは嘔吐しそうになるのを堪えた。

こんな凄惨な場面を見る日が来るとは思っていなかった。

 

"酷い、酷すぎる。まるで戦争・・・これが皇帝不在の代償!?私が皇帝を守れていれば、クヴァッチは破壊されずに済んだ。この人達は大切な人を失わずに済んだ。この人達は死なずに済んだっ!"

 

罪悪感と自分自身に対する嫌悪感が込み上げ、アンドロニカスは涙を堪える事ができなかった。

 

「・・・大丈夫ですか?」

 

ジェナがアンドロニカスの異変に気付き、そっと手を握った。

 

「クヴァッチ衛兵隊のマティウス隊長はいるかっ!?」

 

ステファン騎士団長は取り乱す事なく、周囲の様子を確認しながら声を上げた。

すると、近くにいた腰の曲がった老人が、疲れ切った様子で蛇のように曲がりくねった坂道の先を指差した。

 

「隊長は僅かな衛兵の生き残りと共にバリケードを築いておられる。デイドラがここを降りてこれんようにな。しかし・・・もはや時間の問題じゃ。」

 

「感謝する、ご老人。ナルセス指揮官、君の部下を数名この難民キャンプに残せ。野盗や野生動物からの保護と秩序の回復に当たらせろ。」

 

「了解しました!」

 

「よし、他の者は私に続けっ!」

 

一行は坂道を駆け上がった。

そしてその先には、想像を絶するさらなる地獄が待ち受けていた。



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デッドランド

「射てーーーっ!!」

 

矢が一斉に放たれ、迫り来る恐るべき怪物達を仕留めていく。

しかし盾のように幅広く頑丈な頭部を持つ四足歩行のデイドラ、クランフィアは、飛来した矢を全て弾き飛ばしながらその突進を緩めなかった。

 

「ちっ、あの盾トカゲの化物共をどうにかしないとっ!」

 

クヴァッチの衛兵隊長、サヴリアン・マティウスが叫ぶのと同時に、その横をステファン率いるブレイズの騎兵隊が駆け抜けていった。

 

「顔面は無理だ!足を狙えっ!!」

 

ブレイズ達は手綱を操り防衛用に築かれた木製の簡易バリケードを飛び越え、高速で駆ける青毛馬から飛び降りた。

そして脇目も振らずに突っ込んできたクランフィアの前足を次から次に薙ぎ、突如足の自由を奪われたクランフィア達は、バランスを崩して地に伏せていった。

突然の援軍に呆気にとられるマティウスだったが、すぐに状況を把握し、部下達に倒れたクランフィアの群れへトドメを刺すよう指示した。

 

「この機を逃すなっ!!」

 

クヴァッチ衛兵隊は即座に弓から剣に持ち替え、マティウスに続いて倒れたクランフィアへ殺到した。

 

「続けっ!!帝国のためにーーーっ!!!」

 

そしてナルセス指揮官率いる帝都騎兵隊も到着し、生き残ったデイドラの群れと交戦を始めた。

 

「団長っ!!あれを見てくださいっ!!」

 

「ああ、とっくに気付いてるよ。しかし、なんて禍々しさだ・・・」

 

ホルフガーが指差す先には、クヴァッチの城門を塞ぐように設置された、なんともおぞましい異世界へのゲートがあった。

地面から突き出た見上げるほど巨大な二本の牙が縦長の楕円形を形作り、その楕円の中には赤く燃え盛るオブリビオンの世界への転移膜が出現していた。

まさにその中からデイドラ達が現れ、街を蹂躙したのだ。

その証拠に、スキャンプやクランフィアといった多くの下級のデイドラ達が、雄叫びを上げながらその門を守るように布陣していた。

 

「団長、私がゲートを閉じます。」

 

アンドロニカスが名乗りを上げた。

 

「しかし・・・可能なのか!?」

 

「残念ながら100%のお約束はできません。しかし、オブリビオンや転移門に関する知識はあります。この門を閉じなければ更なるデイドラの侵攻が考えられます。お願いします、私にやらせてください。」

 

ステファンは一瞬考え込んだが、他に選択肢がない事は明白だった。

 

「わかった、これについては君だけが頼りだ。無事に戻ってくれ。」

 

「団長、門を閉じる為には中に入らないといけません。可能であればどなたか援護を頼みます。」

 

「よく言ったぜ、アンドロニカス殿!団長、俺とジェナで護衛を引き受けます!」

 

ホルフガーとジェナが、群がるスキャンプを斬り倒しつつ、アンドロニカスの両脇を固めた。

 

「ホルフガー、ジェナ、生きて帰る事ができたら特別手当をはずむからな!3人とも武運をっ!!」

 

3人はブレイズや帝都騎兵隊の援護を受け、迫り来るデイドラを蹴散らし、オブリビオンの門へと走った。

スキャンプが放った破壊魔法はアンドロニカスの魔力障壁が防ぎ、クランフィアの突進はホルフガーとジェナが捌いた。

ようやく門の前に到達した3人は、恐ろしい唸りを響かせる異様な魔力の前に足がすくむ思いだった。

生きて帰る事ができる保証はなかったが、3人はこれまでの人生における最大の勇気を振り絞った。

門に飛び込むと、視界を赤く強烈な閃光が支配し、続けてあらゆる感覚が空間の歪みに支配された。

そして次の瞬間、身体から浮遊感が薄れ、気がつくと3人は荒廃した大地へと降り立っていた。

 

雷鳴轟く真っ赤に焼けた空。

溶岩のように高温の赤い川と立ち込める熱気。

あちこちから吹き上がる黒煙。

どこからともなく聞こえてくる野太い叫び声。

見渡す限り赤と黒に支配された荒野は、まさに地獄そのものだった。

 

「これがオブリビオンの世界か・・・なんて所だ。こんなとこにいちゃ気が変になっちまうぜ。」

 

「アン姉さん、私達ここで死ぬんでしょうか・・・・あぁ、私ったら恋人もできずに死んじゃうのね・・・」

 

ホルフガーはこのむせ返る熱気にも関わらず、腕を組んだまま身震いし、ジェナはぼーっと空を眺めながら、短い人生を悔いるように独り言を呟いた。

 

「ちょっとふたりとも、ゆっくりしてる時間はないわよ!あれが見える?」

 

荒廃した大地のあちこちから、オブリビオンの門を形作っていたものと同じ巨大な牙のような岩や、気味悪く歪んだ真っ黒な巨人の影を思わせる塔が立っていた。

アンドロニカスは恐怖と魔術師としての好奇心を振り払い、それらの塔の中でもひと際大きな塔を指差した。

赤黒い靄の中に揺れる黒く邪悪な影は、果てしなく高い巨人のようだった。

 

3人が降り立ったのは、オブリビオンの世界の中で、16柱存在すると言われているデイドラロードの1柱、メエルーンズ・デイゴンが支配する"デッドランド"と呼ばれる空間だった。

アンドロニカスが過去に読んだ古い文献では、この空間は特殊な魔力でニルンの世界と接続されており、その魔力の元を断てば空間を不安定化させ、接続を解除する事ができる可能性があると記されていた。

その魔力の元は"印石"という名称で知られる漆黒の宝玉で、絶大な力を持つアーティファクトだった。

デッドランドは多くの空間で構成されていて、デイゴンより領地(空間)を与えられた高位のデイドラが統治し、領地の最も高い塔に納められた印石を守護しているとされている。

 

アンドロニカスは、その塔にいる領主を倒し、印石を破壊すればオブリビオンの門を閉じる事ができるはずだと説明した。

 

「うーむ、ちんぷんかんぷんだか、要するにあの塔のボスをぶっ殺せばいいんだな?」

 

ホルフガーはアカヴィリ刀をぶんぶんと振り回しながら気勢をあげたが、その表情からは一抹の不安を拭いきれない様子がうかがえた。

 

「・・・あれはなんでしょうか?」

 

ジェナが何かを見つけ目を凝らした。

 

「・・・クヴァッチ兵の装備だわ!助けに行くわよ!」

 

視力強化の魔法を唱えたアンドロニカスが見たのは、3人がいる場所から離れたゆらめく炎の向こう側で戦っているクヴァッチの衛兵だった。

しかし、たったひとり数匹のデイドラに取り囲まれ、盾で身を守る事が精一杯な様子から劣勢は明らかだった。

 

「螺旋の流火っ!!」

 

このままでは間に合わないと判断したアンドロニカスは、螺旋状の炎撃を発射し、クヴァッチ兵を取り囲んでいたデイドラ達の内の数匹を焼き殺した。

おぞましいデイドラの鉤爪が振り下ろされる寸前だったクヴァッチ兵は反撃に転じ、アンドロニカスの破壊魔法に気を取られたデイドラの首を斬り落とした。

クヴァッチ兵の元へたどり着いたホルフガーとジェナが残るデイドラを蹴散らすと、クヴァッチ兵は安堵の表情を浮かべ、息を切らしながらその場に寝転んだ。

 

「助かったぞ!!君達は・・・隊長がよこした援軍か?」

 

イレンドと名乗るクヴァッチ兵は、もう何日も寝ていないように疲れ切っていたが、その目にはまだクヴァッチへの忠誠と希望が宿っていた。

イレンドはサヴリアン・マティウスの命令で門を閉じるために派遣された部隊の生き残りだった。

アンドロニカスがイレンドに回復魔法をかけつつ、ここに至った状況を簡潔に説明した。

 

「そうか、それは心強い援軍だ。しかし私が所属する部隊はゲートを閉じるべく突入したのだが・・・くそ、部隊長のミニアンは捕縛され、私以外は全滅したよ・・・」

 

回復したイレンドはなんとか立ち上がったが、仲間達が殺されていった光景を思い出し、がっくりと肩を落とした。

 

「イレンド、もしよければ手を貸してくれる?ゲートを閉じなければ外で生き残ってる人々も危ないわ。」

 

「・・・ああ、もちろんさ。我が剣と盾に誓って。クヴァッチと人民のためなら死は恐れない。ブレイズのようにはいかないが、先導してくれれば力になれるよ。」

 

イレンドを仲間に加え、一行は塔を目指した。

塔は赤く煮えたぎった巨大な池の真ん中に建っていた。

イレンド曰く、彼らが突入した当初は直近の橋を渡る事ができたそうだが、侵入者に気付いたデイドラ達が橋の両端にある強固な鉄の門を閉じてしまったらしく、遠回りをして別の橋を渡る必要があった。

スキャンプやクランフィアなどのデイドラ、動くものを捉えて火の玉を発射する金属製のトーテム、近づいた瞬間に猛毒の瘴気を吐き出す植物、突如地面から飛び出し道行くものを貫く巨大な岩の爪。

あらゆる困難を乗り越え、遂に塔の真下に辿り着いた。

4人はその曲がりくねった巨大な塔を見上げ、これでもかと暴力的な荒々しさを放つデイドラの建造物に、恐ろしさと一種の神々しささえ感じた。

 

4人が思わず立ち尽くしていると、塔の入口たる巨大な金属の門が、金切り声を響かせながらゆっくりと開いた。

塔の中から現れたのは、ハイエルフのような高い身体に、逞しく筋肉質なオークの体格をあわせ持ち、巨大な大剣や戦鎚を肩に担いだ巨漢の戦士達だった。

 

「奴らだ!奴らに私の仲間達が次々とやられていったんだ!」

 

イレンドは唇を噛み締めながら剣を持つ手に力を込めた。

巨漢の戦士達は、どす黒い未知の金属に赤く脈打つ血が流れるなんとも気味が悪く物々しい形状の重鎧を全身に装着し、その表情は顔全体を覆う刺々しい甲冑で隠されていたが、隙間から赤く光る目が4人を睨みつけていた。

 

「ドレモラ・・・メエルーンズ・デイゴンが従える戦士タイプの上級のデイドラよ。スキャンプやクランフィアとは比べ物にならない強敵ね。」

 

「やっと本格的な敵さんの登場ってわけか。正面の奴は俺に任せろ。ジェナ、イレンド、左右のは任せた。アンドロニカス殿、援護を頼むぜ。」

 

それぞれが頷き、一斉に飛び出した。

 

「殺セ。」

 

先頭のドレモラが短く唸り、それぞれの得物を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

「アークメイジ、ただいま帰還いたしました。」

 

「ふたりとも無事でなによりだ。今回は・・・シェイディンハルとブラヴィルだったな。それぞれの支部の問題は解決したかな?」

 

「ひと段落ついたと言ったところですね。今後も継続して対処すべき案件だと思います。」

 

ギルベルト・フレイは、今回の出張の結果をアークメイジのハンニバル・トレイヴンに報告しつつ、隣で落ち着きなくそわそわしている同僚のヴァンドレイク・エメントラの腕を小突いてたしなめた。

上級ウィザードのふたりは、大学内や各支部で問題が起きた際に、監察官として対処にあたる役割を担っており、今回はシェイディンハル支部でのギルド員失踪事件と、ブラヴィル支部内での盗難事件を調査していた。

トレイヴンが報告書に目を通している間、ギルベルトはアークメイジの執務室内に飾られている杖や魔法器具の数々を眺めていた。

この室内にある杖(例えば、かの有名なフローミルの氷杖など。)1本でタロス地区に豪邸が建つだろうし、一般的な魔術師であれば見た事もないような珍しい魔法器具ひとつで一生何不自由ない生活を送れるだろう。

 

「ところでふたりとも。帰って早々に申し訳ないが、クヴァッチの件は聞いたかな?」

 

ギルベルトはその話題が切り出される事を待ちわびていたが、トレイヴンがあまりにも普段と変わらない様子だったため、その件をまだ知らないのではと考え始めていたところだった。

 

「はい、至る所その話題で持ちきりでした。本当なのですか?デイドラが街を滅ぼしたというのは。」

 

「わからん。だが、クヴァッチへ飛ばした伝書鳩が手紙を渡さずに戻ってきた。通信魔法器も支部員のいずれの魔力も検知できなかった。こんな事は初めてだ。それに、私も経験した事がない物々しい魔力を感じる・・・何かあったのは間違いないらしい。」

 

「アークメイジの・・・ギルドの動きは?」

 

「クヴァッチの支部へバトルメイジ部隊を派遣した。念の為、他の各支部へもだ。そして君達にも動いてもらいたい。ヴァンドレイクはここで帝都及び大学を防衛するバトルメイジの指揮を執って欲しい。ギルベルトは直ちにクヴァッチへ向かい、アンドロニカスと合流して欲しい。」

 

「アンドロニカスが派遣部隊の指揮を?」

 

「いや、実は君達がいない間、アンドロニカスはブレイズに協力して皇帝暗殺事件の首謀者を捕らえることとなったのだ。そして、どうもクヴァッチの件はそれと関係があるらしい。彼女はブレイズと共にクヴァッチ入りしたという情報だよ。」

 

「防衛部隊の指揮なんて面倒っ!アークメイジがやったらいいじゃないですか!それかハゲのアーラヴかカラーニャのおばはん!」

 

「口を慎めヴァンドレイク!!アークメイジ、状況は理解しました。私は最高の駿馬でクヴァッチへ向かい、アンドロニカスとブレイズに協力します。」

 

ギルベルトは一礼し、お腹が空いてご機嫌斜めな様子のヴァンドレイクの頭をポンポンと叩き、大急ぎで部屋をあとにした。

 

「ヴァンドレイクよ。大変な仕事だとは思う。

 

「私はやりませんーっ!」

 

「だがな、この仕事をやり遂げれば君にとって素晴らしい事が待っている。」

 

「ぜーーーったいしませんっ!」

 

「それは・・・プリンだ。」

 

「!!?」

 

「北国スカイリムの健康な牛のミルクと鶏の卵、エルスウェーアの甘い砂糖。その他厳選された素材で作られた最高のプリンだ。」

 

「お・・・おおぉ・・・・」

 

ハンニバル・トレイブンはまるで幻惑魔法をかけるようにヴァンドレイクを引き込んでいく。

 

「さあ、行くのだヴァンドレイク・エメントラ!!バトルメイジと・・・プリンが君を待っている!!」

 

「あ、アークメイジ万歳っ!!うおおおおおおおおおおおおーーーーーーーっっ!!!」

 

ヴァンドレイクが立ち去った後、ハンニバルは黒檀の執務椅子に座り込んだ。

 

「ふぅーーっ、なんて手のかかる子だ。しかし彼女は貴重な戦力。アンドロニカスとギルベルトがいない今、彼女だけが守りの要だ・・・」

 

 

 

 

 

 

「ほんっと最悪。この酷い匂い、洗っても絶対とれないよコレ。」

 

「洗浄の魔法とかってあるんですか?これじゃあ恋人作るどころか誰も寄り付きませんよ。」

 

「まだ生きてるのが嘘みてぇだ。あーあ、もうこの盾は使い物にならんな。」

 

4人は入り口を守るドレモラの戦士達を撃破し、塔に突入した。

内部は1階からかなり上の階層まで突き抜けた造りとなっており、1階中央の床からは、オブリビオンの門と同じ赤く輝く灼熱の光をはなつエネルギーの上昇気流のようなものが、甲高い不快音を響かせながら最上階へと柱のように昇っていた。

 

「ここは何階だろうか、もうかなり昇った筈だが。」

 

終わりの見えない、侵入者を排除しようとする異世界の悪魔達の巣窟。

イレンドが弱音を吐くのも無理はなかった。

塔の頂上を目指す4人は、ドレモラを含めた複数のデイドラ達の襲撃を受け続けていた。

ホルフガーとジェナは無数の数を負い、アンドロニカスは破壊魔法の連続使用により魔力を大幅に消耗し、イレンドは言わずもがなの状態だった。

おまけに塔の内部は吐いた唾さえ見えないほど暗く、所々に灯された血のように燃える炎だけが足下をおぞましく照らし、侵入者をいたぶる残虐な罠の数々が隠れ潜んでいた。

アンドロニカスの罠探知の魔法がなければ、一行はとっくに全滅していてもおかしくなかった。

 

「さて、休憩はこれくらいだ。とっととボスをぶっ飛ばそうや。」

 

「傷はどう?」

 

「アンドロニカス殿の回復魔法のおかげで塞がりましたよ。俺はまだまだ戦えそうです。」

 

「無理はしないで。イレンドとジェナは?」

 

「大丈夫です・・・クヴァッチのために!!」

 

「無理です。絶望です。」

 

「よし、それじゃあ、みんな行くわよ!」

 

「アン姉さん、無視しないでーー!」

 

階層をまたひとつ昇った。

すると、塔内の様子がガラリと変わった。

さっきまでは岩と金属で出来た薄暗い通路がひたすら続いていたが、そこは外のように明るかった。

骨のような白い柱に、壁は真っ赤な肉のような素材でできていた。

そしてその壁はよく見ると呼吸をするかのように動いていて、まるで巨大な生物の体内にいるかのようだった。

ジェナが薄気味悪そうに恐る恐る刀の切っ先を壁に押し当てると、小さな裂け目からは体液のような赤い液体が流れ出た。

 

慎重に進んでいると、1階から発せられた光の柱の終着点が見えた。

握りこぶしよりひと回り大きな丸い石が宙に浮かび、そのエネルギーの上昇気流を一手に受け止め、激しく光り輝いていた。

 

"間違いない。あの強力な魔力を放っている丸い石が印石だ!"

 

アンドロニカスが近付こうとすると、柱の陰から2体のドレモラが現れた。

1体は赤黒い重鎧と6フィートはある巨大な剣を担いだ戦士型、そしてもう1体は黒いローブを纏った魔術師型だった。

魔術師の手が微かに青白く発光した。

アンドロニカスは雷の魔力を感じ取り、すぐさま応戦した。

 

「爆散火っ!!」

 

ドレモラの魔術師の足下でアンドロニカスが放った火球が爆散する。

しかし、ドレモラの魔術師は瞬時に魔力障壁を張って爆炎を防いだ。

 

「死ネ!!愚カナ定命ノモノドモ!!」

 

ドレモラの戦士は巨大な剣を振り上げて突っ込んできた。

ホルフガーとジェナが対応するが、そのドレモラは巨体に見合わないスピードと生まれ持った戦闘センスを駆使し、巧みな剣さばきでふたりと互角に渡り合った。

 

「うっ・・・」

 

後方から短い呻き声が聞こえた。

アンドロニカスは、イレンドの胸から鎖帷子を突き破ったデイドラの矢の恐ろしく太い鏃に驚愕した。

 

「イレンドっ!!!」

 

イレンドに気を取られた瞬間、アンドロニカスは太ももに強い衝撃を受け転倒した。

脚がもげそうな痛みに思わず叫び声を上げたアンドロニカスは、イレンドを射殺したデイドラの矢の残虐な形状に悪態をついた。

アンドロニカスはドレモラの魔術師から放たれる雷を魔力障壁で防ぎつつ、気を失いそうな痛みを堪えながら生命探知の魔法を発動した。

 

「・・・・・そこだっ!!」

 

反応した柱の陰へ爆散火を放つと、火達磨になったドレモラの射手が現れ、苦悶の声を上げながら果てた。

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

断末魔に振り向くと、ドレモラの戦士がジェナのアカヴィリ短刀で腹部を斬り裂かれたところだった。

剣も鎧もボロボロになったホルフガーとジェナは、未だ起き上がる事ができないアンドロニカスの元へ駆け寄り、ドレモラの魔術師と対峙した。

 

「ホルフガー!!その印石を破壊して!!早く!!」

 

大粒の汗を流すアンドロニカスは、次々繰り出される破壊魔法に応戦しながら叫んだ。

ホルフガーは折れたアカヴィリ刀を捨て、落ちていたドレモラの大剣を拾った。

 

「ガアアアアアアアッ!!!」

 

アンドロニカスの炎が魔術師を貫き、ホルフガーが振り下ろした大剣が印石を弾き飛ばしたのはほぼ同時だった。

そして強烈な閃光と炎が塔満ち溢れ、3人の視界は暗転した。

 



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マーティン・セプティム

それは、オブリビオンの門を通り抜けた時と同じ感覚だった。

金属と金属を擦り合わせたような不快な高音が聴覚を、眩い赤の閃光が視覚を、炎のゆらめきが触覚を、あらゆる感覚が非現実的なものに支配され、そして唐突に終わりを迎えた。

3人は地面に投げ出され、煌々と輝いていた転移膜が消え、牙のような外枠だけを残して消滅したオブリビオン の門の前に転がった。

体を打ち付けた痛みに喘ぎながらなんとか立ち上がると、目の前では未だデイドラと味方との激しい戦闘が続き、相変わらず吐き気を催す異臭と煙が立ち込めてはいたものの、デッドランドの環境と比べれば遥かにましなもののように感じられた。

 

「やったぞ!!彼女達が門を閉じたっ!!」

 

クヴァッチ衛兵隊長のマティウスが叫んだ。

残っていたデイドラ達は門の消滅に混乱し、蜘蛛の子のように四方八方へ逃げ出した。

 

「絶対に逃がすなっ!殲滅しろ!」

 

ステファン騎士団長が叫び、ブレイズ、帝都巡視隊、クヴァッチ衛兵隊の連合軍は、逃げ惑うデイドラ達を1匹残らず八つ裂きにした。

特に、故郷や家族、仲間を奪われたクヴァッチ衛兵隊の生存者達は、涙を流しながら既に死骸となったデイドラが細切れになるまで切り刻んだ。

 

「やった・・・門を閉じた・・・」

 

アンドロニカスは射抜かれた太ももに解毒と回復を融合した治癒魔法をかけつつ、その場に腰を下ろした。

 

「またタムリエルの空が拝めるなんて思いませんでした。まあ、オブリビオンの空みたいに赤黒く曇ってますけど。」

 

「今までで一番過酷な任務だった・・・クニのお袋が作ったホーカーのシチューが飲みてぇなあ。」

 

戦闘が終結した頃、3人は満身創痍ながらも無事に帰還できた実感を噛み締めた。

クヴァッチの城門前にいたデイドラは一掃され、激戦を生き抜いた兵士達は3人の勇者に殺到した。

 

「君達は英雄だ!!オブリビオンの門を閉じたなんて信じられない!!」

 

「英雄万歳!!帝国万歳!!」

 

兵士達は剣や盾を高々と掲げ、3人を口々に讃えた。

歓声を上げる部下達をかき分け、血と煤でどろどろに汚れたマティウスが3人の前に進み出た。

 

「本当にありがとう。私はクヴァッチ衛兵隊長のサヴリアン・マティウスだ。クヴァッチの民を代表してお礼を言わせてくれ。それと・・・私の部下達を見かけたか?君達よりも前にオブリビオンの門に入ったんだが・・・」

 

イレンドの言を信じるのであれば、捕縛された部隊長以外の兵士達は戦死した。

そして彼自身もまた、印石を破壊する戦いで死亡した。

 

「・・・マティウス隊長。彼らはクヴァッチを守るため、オブリビオンの門を閉じるために命懸けで戦いました。門を閉じる事ができたのは彼らのおかげです。」

 

マティウスは顔色を変える事なく、アンドロニカスの話しをじっと聞いていた。

そして3人の手を強く握りしめ、深々と頭を下げた。

 

「君達のおかげた。彼らの犠牲に報いてくれてありがとう。」

 

「マティウス隊長。」

 

ステファンは、マティウスの肩に手をかけた。

 

「先へ進もう。城門の先にはまだデイドラが溢れ、逃げ遅れた市民もいるはずだ。」

 

「・・・わかりました。我々クヴァッチ衛兵隊はブレイズの指揮下に入らせていただきます。どうかご命令を!」

 

ブレイズが遥々クヴァッチまで夜通し馬を走らせた最大の目的。

それは、暗殺された皇帝ユリエル・セプティム7世の最後の遺児、マーティン・セプティムを見つける事だった。

アンドロニカスが道中でジェナに聞いた話しによると、皇帝は愛人との間に複数の子がいたが、"不運な事故"により、そのほとんどがこの世を去っていた。

皇帝と後継者たる3人の息子が暗殺された今、本人すらその素性を知らないクヴァッチの九大神司祭マーティンこそ、ドラゴンファイアを灯し、この世界(ムンダス)とオブリビオンを隔てる事ができるセプティム家最後の人物だった。

マーティンを保護し、曇王の神殿に連れて行く事がブレイズの最優先事項だったが、そのためには、マーティンの意向を尊重し、まずクヴァッチのデイドラを一掃して逃げ遅れた市民を救う必要があった。

 

「よし、全員集まれ!5分で装備の点検をしろ!」

 

ステファンの指示で生き残った兵士達が集合した。

ステファン率いるブレイズ、ナルセス率いる帝都巡視隊、そしてマティウス率いるクヴァッチ衛兵隊の連合軍は、数にして50名にも満たないが、アンドロニカスらがオブリビオンの門を閉じた事で勇気を取り戻し、クヴァッチ奪還に燃えていた。

武器が折れた者や鎧が破損した者は、幸か不幸か、クヴァッチを守ろうとして無念の戦死を遂げた衛兵隊や戦士ギルド員の遺体がそこかしこに放置されていたため、物言わぬ勇者達の遺志を受け継ぎ、使える武器防具を探して回った。

 

「アカヴィリ刀が折れちまうなんてよ・・・ちくしょう、ブレイズの名折れだぜ。」

 

「ドレモラ達の鎧は尋常じゃなく頑丈だった。無理もないって。」

 

ホルフガーは名もなき傭兵が握り締めていた鋼の剣を振り、感触を確かめていた。

そしてデッドランドにおいてドレモラの戦鎚による一撃を受けて著しく破損したブレイズの重鎧を脱ぎ捨て、見つける事ができた防具の中で最も状態がいい粗末な革と鎖帷子の鎧を身につけた。

 

「ああくそ、こんなんじゃ死んだひい爺さんのパンチすら防げねえよ。」

 

「ホルフガー、あなたのひいお爺さんはこの前階段で転んで骨折したって言ってなかった?私の記憶が確かならお見舞金を貸したはずだけど・・・?」

 

「ああ・・・そうだ、死んだのはひい婆さんだった!ひい爺さんの方は元気いっぱい、下の方までピンピンしてやがるよ!借りた見舞金も必ず返すから心配すんなって!」

 

ホルフガーとジェナはおそらくそれなりの年齢差があるにも関わらず、長年の友人のような関係らしかった。

ブーツの紐を結び直していたアンドロニカスは、暗い雰囲気の息抜きにも思えるふたりのやり取りを笑いを堪えながら聞いていたが、マティウス、ナルセスと打ち合わせをしていたステファンが、半壊した黒硬鉄の門の前に立つのを見て立ち上がった。

やがて、それに気付いた兵士達もぞろぞろとステファンの前に集まってきた。

 

「諸君、準備はいいか?城門の先に住宅地区に囲まれた聖堂広場がある。そこを制圧した後、数名ずつでグループを作り市街地で逃げ遅れた住民の保護にあたれ。」

 

ステファンは、部下達を死地へ送り込むための耳触りの良い飾り立てた煽り言葉は使わず、長年に渡り鍛え上げられたアカヴィリ刀を兵士達へ向け、怖気付く臆病者は去れと言わんばかりに喝を入れた。

 

「この先はさらに激しい戦闘が予想され、ここにいる多くの者が死ぬだろう!だが、我々は戦わねばならん!帝国とクヴァッチのために・・・行くぞ、私に続けっ!!」

 

連合軍はクヴァッチの中へと突入した。

待ち構えるおびただしいデイドラ達の真っ只中へ。

 

 

 

 

 

 

 

「おぎゃあぁ!!おぎゃあぁ!!」

 

「おい!そのガキを黙らせろ!デイドラ共に見つかっちまうだろ!」

 

クヴァッチの住宅地区にある、崩落したとある民家の地下室。

デイドラの大軍がクヴァッチを陥落させた時、逃げ遅れた人々は建物の中へ避難した。

しかし、大抵は追い詰められたネズミのように殺され、あるいは建物ごと焼き殺された。

この建物も同じように放火され、地上部分にいた避難者は生きながら焼かれたが、別口から出入り出来るこの地下室まではデイドラの手が及んでいなかった。

 

「おぎゃあぁ!!おぎゃあぁ!!おぎゃあぁ!!」

 

「あぁ、お願いよ可愛い坊ちゃん。お願いだから泣かないで。」

 

ブレトンの女性は、他の避難者達の怒りを受けつつ、泣きわめく幼い我が子を必死にあやした。

しかし、火事の影響で街全体の温度が上がり、しかもここは風が通らない暑く息苦しい地下の密室。

おまけに外からは断続的に叫び声や建物が焼け落ちる轟音が聞こえてくる。

大人も子供も、もう限界だった。

 

「衛兵隊は何やってんだよ!俺たちは市民だぞ?とっとと助けに来いってんだよ、あの税金泥棒共が。ちっくしょう、なんで俺がこんな目に・・・おいブレトン!そのガキを黙らせろっつっただろ!殺されてぇのか!?」

 

レッドガードの男は怒りと焦り、そして死の恐怖が頂点に達していた。

赤ん坊をあやすブレトンの女性に詰め寄り、恐ろしい形相で彼女を睨みつけた。

 

「ご、ごめんなさい!あと少しだから・・・」

 

「いいや、これ以上は我慢ならねぇ。見つかれば皆殺されちまう。助かる方法は一つ・・・なあ、みんなそうだろう?」

 

男が鼻息荒く周囲の避難者を見渡すと、彼ら彼女らは一様に頷き始めた。

 

「えっ・・・え?えっ!?」

 

困惑する女性をよそに、男は護身用のナイフを取り出し、未だ泣きわめく赤ん坊に向けて振り上げた。

 

「ちょっと・・・お、お願い・・・・殺さないで・・・・」

 

女性は我が子を庇うように、その背を盾にした。

味方はいない。

この場にいる誰もが、この可愛い我が子の死を望んでいた。

よく買い物に行く食品店の気の良い店主、新聞配達の明るく元気なカジートの青年、いつも声をかけてくれていたお隣の優しい老夫婦。

全員が恐ろしい形相で女性と赤ん坊を睨みつけていた。

彼女は絶望した。

 

「ああそうかい、なら・・・ふたりとも死ねよ。」

 

男がナイフを振り下ろそうとしたその時、爆音が響き、地下室の扉が吹き飛んだ。

突然の出来事に、レッドガードの男を含め全員が仰天し、その場に腰を抜かした者もいた。

燃え盛る街を背に地下室へと降りてきたのは、闇夜のように真っ黒なローブに身を包み、うねる鉄の杖を持ったドレモラの魔術師だった。

 

「ひぃっ!!で、デイドラ・・・」

 

ドレモラは刺青が彫られた真っ青な顔に並ぶ血のように赤い目を動かし、その場にいた避難者達を見渡した。

そして、腰を抜かして目の前にへたり込んだレッドガードの男を見下ろした。

 

「貴様ダナ?先程カラ大キナ声デ喚キ散ラシテイタ男ハ。オ陰デコンナニ沢山ノ餌ヲ見ツケルコトガデキタ。」

 

ドレモラは仔羊を前にした狼の如くニンマリと笑い、鉄杖を突き付けられた男は恐怖で失禁した。

 

「俺・・・?俺の声が・・・?ち、違うよ!俺じゃない!!おい、食うならそこの女とガキにしろよ!俺はなんも悪くねぇんだ!!な?な??」

 

男が卑屈な笑みを浮かべた瞬間、ドレモラの杖から細く鋭い稲妻が放たれ、男の両足の太腿を貫いた。

 

「いぎゃぁああああああああああっっっ!!!???」

 

肉と骨が焼け焦げた匂いが瞬時に室内に充満し、男は激痛にのたうちまわった。

避難者達が恐怖におののく中、ドレモラは心底楽しそうに笑った。

 

「ククク、誰モ逃ガサンヨ。殺シテクレト懇願スルマデイタブルカ?ソレトモ親兄弟ノ目ノ前デ生キタママ解体シテヤロウカ?クククク・・・」

 

それが、人をいたぶり殺す悪魔の最期の言葉だった。

ドレモラは邪悪な笑みをたたえたまま、全身を硬直させてその場に転がった。

 

「炎輪」

 

さらに、ドレモラの背後から現れた女性が手のひらに炎の輪を出現させ、倒れたドレモラの首にかけて一気に引き絞った。

ドレモラの首は鋭利な金属のワイヤーで切断されたかのように胴から離れた。

切断面から止めどなく赤い血が流れ出るが、切断された首は未だに笑顔のままだった。

避難者達が唖然とする中、数名の兵士を引き連れた女性はフードを脱いで彼ら彼女らに声をかけた。

 

「私はカルエラ・アンドロニカス。魔術師ギ・・・あー、今はブレイズか。とにかく、あなた達を助けに来ました。もう大丈夫ですよ。」

 

一瞬の間をおいて、避難者達は歓声をあげた。

 

「助かった!!本当に助かったんだ!!」

 

「ありがとうっ!!このご恩は忘れません!!」

 

「みなさん落ち着いてください!とにかく、ここから移動しましょう。兵士が案内しますので。」

 

アンドロニカスと帝都巡視隊の兵士達は誘導しようとするが、避難者達はお互いを押し退け、我先にと出入り口へ殺到した。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!落ち着いて!危ないから順番に・・・・順番ですっ!」

 

アンドロニカスの手から柔らかな光の波動が発生し、避難者達を包み込んだ。

興奮状態だった人々は、瞬く間に落ち着きを取り戻し、従順な子供のように兵士達の前に整列した。

 

「さすが魔術師殿だ!アンドロニカスさん、あとは我々が街の外まで誘導しますので。」

 

「ありがとうございます。私は他の応援に向かいますので。」

 

避難者達を兵士に引き継ぐと、アンドロニカスはその場に残った足を負傷した男性と、幼子を抱き抱える女性に気づいた。

 

「おいねぇちゃん、いつまで放置しとく気だよ?俺ぁ怪我してんだぜ??魔術師なら早いとこ治療してくれよ!じゃねぇと歩けもしねぇっ!」

 

アンドロニカスは、その女性の横で腰を抜かしたまま失禁したらしいレッドガードの男に呼び止められた。

そのような状況にも関わらず、足を負傷しているその男は非常に高圧的で、アンドロニカスにさえ苛立ちを隠さなかった。

アンドロニカスは内心腹立たしかったが、負傷者をこのまま放っておく訳にはいかず、しゃがみ込んで男の足に回復呪文を唱えようとした。

しかし、隣にいた子連れの女性が、涙を流しながら男を睨みつけている事に気が付いた。

 

「どうしたの?」

 

「おい!?途中でやめんなよ!早く治療しろって!」

 

男の抗議の声を無視し、アンドロニカスはただならぬ様子の女性の肩をそっと撫でた。

そして、この大騒ぎの中、彼女が抱えていた赤ん坊がまったく泣いていない事を不審に思った。

 

「・・・・大変!」

 

生命探知を発動したアンドロニカスは、今にも消え入りそうな赤ん坊の生命反応に顔が青ざめ、すぐに赤ん坊に回復呪文をかけた。

 

「おい!!ふざけんなよ!!俺のが先だろうがよっ!!」

 

「なにがあったの?」

 

「・・・その男、私の赤ちゃん・・・うるさいって、殺そうと・・・」

 

「はあっ!?なに言ってんだ?ただ静かにしてくれって頼んだだけじゃねぇか!!」

 

アンドロニカスは喚く男を睨みつけ、そして女性の瞳をじっと見つめた。

遡りの呪文を唱え、彼女の瞳から少し前に起きた出来事を読み取っていく。

突如壊された平穏、燃え盛る街、次々殺されていく家族と友人、逃げ込んだ地下室、そしてこの男と周囲の人々・・・ドレモラ・・・

 

アンドロニカスは大きくため息をついた。

男が赤ん坊を殺そうとした瞬間、あのドレモラが扉を吹き飛ばした。

驚いた男は赤ん坊を抱えた女性を思わず突き飛ばし、彼女が倒れた拍子に赤ん坊は頭を柱にぶつけたらしい。

 

「・・・大変だったわね。でももう大丈夫よ。あなたの大切な赤ちゃんはすぐによくなるわ。ショックで一時的に意識を失って、このままだったら危なかったけど・・・この回復魔法なら後遺症もなく完全に回復できる。」

 

「本当に?・・・私の大切な赤ちゃん。あぁ、ありがとう。ありがとう。うぅ・・・よかった・・・本当によかった・・・」

 

「おいおいおい!!ぐちゃぐちゃ喋ってんじゃねぇよ!!足が痛くてたまんねぇんだよ!!早く治せっつってんだよのろまっ!!その役に立たねぇガキとどっちが重要なんだよ馬鹿女っ!!」

 

「・・・」

 

「聞こえてんだろ!?こら!!このアホがっ!!痛いんだよ!!わかるか??だったら早く治せよっ!!」

 

「・・・」

 

アンドロニカスが怒りに我を忘れたのは本当に久し振りの事だった。

足に脚力強化と硬質化の呪文をかけ、座り込んでいる男の足めがけて大きく振り上げた足を叩き込んだ。

 

「ぎょへぇえええええええええええええええーーーーっっっ!?!?」

 

強烈な踵落としが直撃した男の足は不快な音を立て、関節の構造を無視して膝から下が真逆に折れ曲がった。

その衝撃で折れた骨が肉を割き、鮮血と骨の破片が床に飛び散った。

 

「いぎぎぎぃいぃぃいいいーーーーっっ!!!!!」

 

「これで怪我したところの痛みはなくなったんじゃない?あなたがあんまり急かすものだから大急ぎで処置させてもらったわ。」

 

「いひぃーっ・・・・いひぃぃーっ・・・・」

 

「さて、他に痛い箇所はあるかしら?遠慮しないで、いくらでも処置してあげるわ。」

 

「いひぃーーーっ・・・・いひぃぃーーーっ・・・・ふ、踏むな・・・・踏まにゃいで・・・・ひいっ、痛い・・・お願いします・・・おね・・・・・」

 

「治療代はまけとくから・・・あら?」

 

男は激痛で気を失ったらしく、泡を吹きながらがっくりと俯き沈黙した。

このまま放置するのは危険だが、アンドロニカスは助ける気にもなれなかった。

 

「ごめんなさい、嫌なもの見せちゃったわね?」

 

「あの・・・いいえ。少し驚いたけど、胸がスッとしました。」

 

「おぎゃあぁ!!おぎゃあぁ!!」

 

「あっ・・・」

 

赤ん坊は意識を取り戻したらしく、元気いっぱいに泣き始めた。

女性は涙を流しながら愛する我が子を抱き締めていた。

 

ブレトンの親子を衛兵に引き継いだアンドロニカスは、ふと立ち止まり、焼け崩れた街並みとそれらを覆う炎と黒煙、避難誘導に従う弱り果てた生存者達、そして数え切れない死体をぼうっと眺めた。

女性の話を聞く限り、あの地下室にいた他の人々もレッドガードの男と同罪だったが、彼女は"彼らの怒り理解できる"とやるせない様子で呟いた。

頬を拭うと、煤と返り血で赤黒く染まった袖がデッドランドを思わせた。

 

 

 

 

 

 

 

「マーティン様っ!!」

 

クヴァッチの街の建物は、その大半が完全に焼け落ちるか全・半壊していたが、石造りの最も頑丈な九大神の大聖堂だけは違った。

巨大な鐘塔がポッキリ折れ、あちこちが崩れ落ちかけてはいるものの、建物はまだ構造の大半を維持し、司祭のマーティンが匿った多くの避難者達が隠れていた。

彼は、九大神の加護が最も及ぶ聖堂内であれば、デイドラの邪悪な攻撃から人々を守る事ができると知っていたのだ。

僅かなクヴァッチ衛兵と多くの避難者達を従える、ボロボロの質素なローブを着た初老のマーティン司祭の前に、ステファン騎士団長は兜を脱ぎ、片膝を地に付けたままアカヴィリ刀を地面に突き立て、ブレイズ特有の臣従の姿勢をとった。

若くしてブレイズの一員となり、長年ユリエル・セプティム7世に仕えてきたステファンは、憂いを秘めた瞳、幅広の鼻と顎、肩まで伸ばした巻き癖のある茶色い髪、そしてセプティム家特有の静かな迫力に、中年期の前君主を思わずにはいられなかった。

 

「あなたがブレイズの援軍か。助かったよ。これでここの人々を街の外へ避難させられる。」

 

マーティンは疲労が混じった柔らかな笑みを浮かべ、冷たい石長椅子からゆっくりと立ち上がった。

 

「報告致します。城門の外に展開されていたオブリビオンの門は閉じ、そこからこの大聖堂までの道のりの安全は確保しています。まずは、安全な避難所まで避難いただきますよう!」

 

既に自身が皇帝の隠し子である事を知らされていたマーティンは、ブレイズ達の仰々しい臣従の姿勢にもすっかり慣れたらしく、困ったような、くすぐったいような表情でステファンの肩に手を添えた。

 

「わかった。しかし、ここから先の地区にはまだ取り残された人々がいるかもしれない。それに、伯爵家の城にはまだゴールドワイン伯爵と臣下達が立て籠もっているはずだ。」

 

「陛下、あとは我々にお任せください。陛下は早く安全な地に・・・」

 

その時、ホルフガーが大聖堂へ飛び込んできた。

 

「陛下、騎士団長!お話し中、大変申し訳ございません!物見から黄金色の鎧を身に付けた謎の一団がこちらに向かっていると報告が!」

 

「なに・・・?」

 

 



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暁の到来

それは、徹底的に訓練された王宮警備隊を彷彿させる、一糸の乱れもない見事な行軍だった。

白い毛並みの牡馬にまたがる指揮官に続き、50名ほどの兵士達が整然と足を進めていた。

ドレモラに勝るとも劣らない立派な体格の長身の女戦士達は、いくつかの急所を守る黄金色の部分鎧と長剣で武装していた。

美しく逞しい腕や脚はコスリンギーに似た金属質の光沢を放ち、翼の意匠が施された甲冑から覗く黒く縁取られた鋭い目は妖しく光って見えた。

 

「ギルベルト!」

 

アンドロニカスは、後ろで一つ結びにした白金色の髪を揺らし、この黄金色の軍団を指揮する親友の元へ駆け寄った。

アークメイジ、マスターウィザードに続くウィザードの階級にありながら、アークメイジをして魔術師ギルド随一の召喚魔法を操ると言わしめた召喚師、ギルベルト・フレイだ。

アンドロニカス、ヴァンドレイクと共にアルケイン大学に同期入学したブレトンの男で、当時からずば抜けた召喚魔法の才能を発揮し、その智勇と献身から、ギルドにおいて絶大な信頼を得ていた。

ギルベルトは警戒と困惑の目を向ける一同に目もくれず、アンドロニカスへ仰々しく頭を下げた。

 

「君も人が悪い。通信魔法で知らせてくれれば、どこにいようと君の元へ飛んできたというのに。」

 

「そうかしら?支部の視察とか言って、あなたを誘惑しようと躍起になってる女の子達のお相手で忙しかったんじゃないの?」

 

「どんなに素晴らしい女性の誘惑も、君の髪をかき分ける何気ない仕草にさえ敵わないさ。おお、麗しのアンドロニカス。」

 

ギルベルトは胸に手を当て、再び仰々しく頭を下げた。

アンドロニカスは胸焼けするような賛辞に苦笑いし、張り詰めていた緊張をいくらかやわらげた。

 

「来てくれて嬉しいわ。ありがとう、ギルベルト。」

 

「お安い御用さ。さて・・・その脚はどうしたんだい?」

 

ギルベルトは、ドレモラの射手に射抜かれたアンドロニカスの脚に目を向けた。

 

「大した事ないわ。ちょっと矢が刺さっただけよ。それにしても、回復魔法で殆ど塞いでるのによく気づいたわね?」

 

「ああ、君が珍しく足を露出させた格好だったもので、つい・・・」

 

アンドロニカスがギルベルトに毒付いていると、痺れを切らした様子のステファンが疑問を口にした。

 

「アンドロニカス君、この者達は一体?」

 

「彼は魔術師ギルドのギルベルト・フレイ。アルケイン大学最高の召喚術師です。そして彼が率いているのは召喚されたゴールデンセイント・・・屈強なデイドラの戦士達です。」

 

「デイドラだとっ!?」

 

仰天した一同が咄嗟にそれぞれの武器を構え殺気を漲らせると、無表情のゴールデンセイント達がそれに応じるように剣と盾を構えた。

 

「待ってください!デイドラといってもメエルーンズ・デイゴンの配下ではありません。彼女達は別のデイドラロードに仕えるデイドラです。それに全員彼が召喚したデイドラなので、彼の命令に背く事はありません。」

 

アンドロニカスが両者間に入って場をとりなす。

通常であれば、召喚された獣や霊体、精霊やデイドラは、熟練の召喚術師の強力な魔力により命令に背く事はできない。

しかし、素人が召喚すればたった一匹のスケルトン(最下級の骨型モンスター)ですら制御できず、逆に襲いかかってくる事もある。

スキャンプなどの下級デイドラを除き、デイドラの召喚は明らかに達人クラスの知識、魔力、精神力を併せた魔導制御力が必要だ。

そしてギルベルトが最高の召喚術師たる最大の所以は、そんな高位デイドラを一度に大量召喚し、何もない所に完全武装した強力な軍団を出現させられることだった。

アンドロニカスやハンニバル・トレイヴンも上級デイドラや精霊を召喚する事ができるが、彼らほどの最上級魔術師であっても、殆どの魔力を一時的に使い切り、ようやく2〜3体の同時召喚が限度だった。

 

「ふむ・・・ここはアンドロニカス君を信じようではないか。ギルベルト・フレイと言ったな。君は魔術師ギルドからの援軍と考えていいのかな?」

 

「いかにも。我が美しきゴールデンセイントの軍はドレモラ如きには遅れは取らない。それに、道中で追い越したがバトルメイジの精鋭部隊もこちらへ向かっている。日没までにはクヴァッチはデイゴンの魔の手から解放されている事だろう。」

 

「・・・マーティン様、いかがなさいますか?」

 

ステファンはマーティンを立てて指示伺いをした。

アンドロニカスは、ブレイズの指揮官が粗末なぼろを纏った司祭に伺いを立てている様子に困惑しているギルベルトに近寄り、マーティンがセプティム家最後の生存者である事を伝えた。

 

「おお、陛下のご子息とは・・・帯剣し馬上のままである無礼をお許しください。」

 

ギルベルトは武器を納めて下馬し、跪いてマーティンに臣従の姿勢をとった。

 

「我が君、竜の血族よ。我が名はギルベルト=グウィン・キアラン・エル=フレイム。エル=フレイム家は代々セプティム家に忠誠を誓ってきました。どうかご命令を。」

 

マーティンは面食らった様子で、アンドロニカスにつられて苦笑いした。

 

「ああ・・・はは、よしてくれよ。しかし、この強力な軍団が仲間に加われば、クヴァッチの解放も不可能ではなさそうだな。ステファン騎士団長、私はしがない司祭に過ぎない。この場の状況判断と指揮は任せていいかね?」

 

「勿論です。万事お任せください。ベラギウス、フォルティス、キャロライン、お前達は命に代えてもマーティン様をお守りしろ。ホルフガー、ジェナ、アンドロニカス君は私に続いてクヴァッチ内のデイドラを殲滅する。目標はクヴァッチ本城。5分後には行動を開始する。聖堂内で使える物があれば調達し、少しでも体を休めておけ。」

 

それぞれが慌ただしく動き始めた。

ゴールデンセイントを含めた連合軍は、ゴールドワイン伯爵が立て籠もる伯爵家のクヴァッチ本城を目指す。

帝都巡視隊は二手に分かれ、一方は連合部隊と行動し、もう一方は制圧した城門〜聖堂間の広場に拠点を作り、私達が進軍中に救助した住民の誘導や、これから到着する各機関からの援軍の受け入れを行う。

兵士達の顔には疲労の色が濃いものの、士気はまだ高く、強力なゴールデンセイントの援軍が加わった事で、クヴァッチ奪還はより現実的なものになった。

 

「アン姉さん、お体は大丈夫ですか?足のお怪我もありますし、ここまで連戦でしたから心配で。」

 

「ありがとう。そこまで心配してくれるなら、帰りはジェナの後ろに乗せて貰おうかな?私、乗馬ってそんなに慣れてないもんだから怖いのよね。」

 

「そのくらいお安い御用です!もしアン姉さんが戦死したら、ご遺体は私が乗せて帰りますので安心してください!」

 

「ちょっ、ちが・・・・」

 

「あは、冗談ですよ。生きててもちゃーんと乗せて帰ってあげますから。ところで、あの金髪のかっこいいお兄さんって、アン姉さんの・・・」

 

「ただの同僚よ。」

 

ジェナの悪戯な含み笑いに、アンドロニカスは手を払うような仕草で応じた。

アンドロニカスは、この頃にはもうジェナとすっかり打ち解けていた。

基本的に男社会のブレイズにおいて、アンドロニカスにとってはジェナがこの先も数少ない気心知れた妹分になりそうな気がしていた。

 

「おうおう、仲がいいようですなーおふたりさん。決戦前だってのに随分肝が座ってらっしゃる。」

 

「あれ?ホルフガーってば、もしかして飲んでるの?」

 

ジェナは赤ら顔のホルフガーに顔を近け、僅かに漂う酒臭を察知して顔をしかめた。

 

「馬鹿、声がデカいんだよ!騎士団長に見つかったら大目玉だ。」

 

「わかるよホルフガー。いっつもノルド、ノルドって威張ってるけど、おっきいのは体だけだもんね。怖いの紛らす為のヤケ酒なんだよね?団長には黙っててあげるから好きなだけ飲みなよ。」

 

「ジェナ、男なんてそんなもんよ。誉れ高きノルドに限らずね。」

 

「おいおいおい、ふたりして随分な・・・」

 

「デイドラだっ!!」

 

束の間の休息を終わらせたのは、白いサーコートが赤と黒に染まりきったクヴァッチ兵の叫び声だった。

衛兵隊長のマティウスは、それが斥候に出していた部下だと気が付き駆け寄った。

 

「隊長!!敵が・・・デイドラが・・・」

 

兵士は血反吐を吐き、前のめりに倒れこんだ。

その背には忌々しいデイドラの矢が3本も突き刺さっていた。

マティウスはすぐに剣を抜き、兵士が駆け込んできた聖堂入り口の扉の外を窺い見た。

そして、瓦礫の山を乗り越え、聖堂へ向けて進軍するドレモラの大軍に絶句した。

 

「武器を取れぇっ!!」

 

状況を察したステファンが叫び、マティウスの副官が聖堂裏に展開していた兵士達を呼ぶ角笛を吹き鳴らした。

 

「ここに籠っていても耐えきれん。このままクヴァッチ城まで一気に攻め立てるぞ。総員、攻撃準備だ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「いや、実に美しい。崩れゆく城、燃え盛る炎、彩の鮮血!くっくっく・・・まったく、惨劇のその瞬間にここにいなかった事が悔やまれる。」

 

赤いローブを纏ったハイエルフの男は、クヴァッチ本城の大広間を見渡し、目の前の惨状に心を躍らせた。

崩れゆく城を眺め、不意に、堪えきれずに吹き出し、声を上げて笑った。

かつてシロディール随一の荘厳さを誇っていたクヴァッチ本城は、天井が崩れ落ち、複雑な彫刻が施された大円柱も倒れ、放たれた炎が高価な壁や調度品、そして人々を焼き、喉を焼くほどの熱気に満ちていた。

この城と伯爵家を守っていた衛兵隊は、既に全滅していた。

伯爵は付近の住民達を城内に匿い、正門を封鎖して立て籠もっていたが、絶え間ない攻撃により正門が破られ、おびただしい数のデイドラの群れが大広間へなだれ込んだ際、数10名の衛兵達は、ドレモラの重装部隊の手によって瞬く間に蹴散らされた。

隠れていた住民や文官、召使い達は生きたまま炎の中に放り込まれ、破れた衛兵達はその首級を槍の先に突き刺され、城の内外に飾られた。

 

「悪魔共め・・・偉大なるアカトシュの裁きが下るぞ!」

 

拘束され、その凄惨な場面を目の当たりにしたオーメリアス・ゴールドワイン伯爵は、目の前のハイエルフに悪態をついた。

 

「くっくっく、アカトシュの裁きだと?」

 

ハイエルフは口元を歪め、くだらない喜劇役者を嘲笑うように吐き捨てた。

 

「エイドラ如きに何が出来る?貴様らは毎日毎日健気に九大神へ祈りを捧げているようだが・・・・おかしいなぁ。その健気な信者共が虐殺されたというのに、我々を裁くどころか姿すら見せん。どうした?アカトシュは糞でもしてるのか?くっくっく、無限の力を持ったデイドラとは違うのだ。貴様らが崇め奉るエイドラとは、所詮その程度の存在なのだ。くっくっく。」

 

ゴールドワイン伯爵は抵抗を試みるが、屈強なドレモラの戦士に体を押さえつけられており、ハイエルフの嘲りに歯をくいしばる事しかできなかった。

 

「さて、外には同胞を助けようと衛兵隊の生き残り達が集まっているようだ。下々の命も守れん役立たずの領主様にも、最期に大切な仕事が待っている。くっくっく・・・」

 

ハイエルフは邪悪な笑みと共に、血の滴る禍々しい短剣を光らせた。

 

 

 

 

 

 

 

「怯むなっ!!射てっ!!」

 

多くの犠牲を払いながらもドレモラの攻撃を打ち破った連合軍は、クヴァッチ本城前の広場まで進撃していた。

クヴァッチ本城は水が張った堀に囲まれ、城壁も高く、中へ入るには吊り橋を渡って強固な正門を突破するしかなかった。

ドレモラの弓兵達は、城壁の女牆(一定間隔に設けられた凸状の壁)に身を隠しつつ、向かってくる連合軍へ矢を浴びせかけた。

アンドロニカスは魔力を極限まで絞り出し、応戦する連合軍全員を覆う巨大な魔力障壁を展開していたが、ドレモラの矢は非常に重く、その一撃一撃が障壁を削っていった。

 

「行けっ!」

 

ギルベルトが手を挙げると、ゴールデンセイントの軍が二手に分かれた。

20名程が身を寄せ合い、それぞれ頭上に盾を構えて強固な守りの姿勢を取り、残りが弓を構えて散開した。

盾の部隊は吊り橋を渡って正門へ向けて進軍し、弓の部隊は盾の部隊を援護するように城壁のドレモラ達へ矢を浴びせかけた。

数名のゴールデンセイントがドレモラの矢の餌食となったが、盾の部隊はなんとか正門に到達した。

そして数秒の間の後、正門が轟音を立ててバラバラに砕け散った。

至近距離で複数のゴールデンセイントが、強力な破城魔法を同時に発動させたのだ。

 

「すげえっ!!」

 

「感心してる場合じゃないでしょ!ホルフガー、私の腰の革ポーチから青い薬瓶を出して!」

 

「はあ?自分で取ったら・・・」

 

「今この障壁から手を離せないのっ!早く取って!!」

 

「わ、わかったよ!ええっと、薬瓶・・・・」

 

「ひっ!?!?」

 

「おわっ、悪い!つい手が当たっちまって、ははは・・・」

 

「この変態オヤジ!アン姉さんの尻触ってんじゃないわよ!ええっと・・・ アン姉さん、この瓶?」

 

ジェナはキラキラと輝く青い液体が満ちた水晶の小瓶を取り出した。

 

「蓋を取って私の口の中に入れて!」

 

アンドロニカスの口に注ぎ込まれた液体は、喉から胃に至るまでの間に肉体に吸収され、尽きかけていた魔力を驚異的な速度で回復させていった。

青く淡く輝く液体は、シロディール中に点在する古代アイレイドエルフの遺跡から発掘されるウェルキンド石を原料とした、魔力の超回復薬だった。

星々の欠片と言われるウェルキンド石を結晶として成形する技術はアイレイドエルフの滅亡と共に失われたが、アルケイン大学では、その結晶を長い時間研磨し続け、僅かに出来た貴重な粉末を用いてこの秘薬を作り出していた。

一口飲めば消費した魔力を全快させ、この小さな小瓶を一本飲み干せば、一時的に魔力を限界以上に底上げできる代物だった。

 

アンドロニカスは、増幅された魔力を使って障壁をその場に固定させ、城内へなだれ込む連合軍の先頭に立った。

 

「みんな下がって!!・・・大・炎・波!!!」

 

城内で待ち受けるデイドラの大軍に、アンドロニカスはありったけの炎の魔力を放った。

アンドロニカスが会得している最大の破壊魔法は、巨大な炎の波動により待ち構えていたデイドラの群れを飲み込み、その爆風で城壁に陣取っていた射手達も吹き飛ばした。

後に残ったのは灰かと思われたが、揺らめく炎の先に蠢く影があった。

数名のドレモラの魔術師達が複合型の魔力障壁を展開し、それに守られたドレモラの戦士達が武器を撃ち鳴らして雄叫びを上げた。

 

「アンドロニカス、あとは我々に任せろ!!さあ黄金の戦乙女達よ、醜いドレモラ共を殲滅せよっ!!」

 

「遅れるなっ!!帝国万歳っ!!」

 

そこから先は血で血を洗う戦いだった。

残ったドレモラの戦士達はクヴァッチ攻略の主力部隊らしく、それぞれが恐るべき力と戦闘技術を持つ勇者達だった。

その大剣や戦鎚のひと振りは盾を粉砕し、体格差で圧倒的に劣る帝都巡視兵やクヴァッチ兵を次々と蹴散らした。

ゴールデンセイントも素晴らしい精鋭揃いだったが、ドレモラ達も決して引けを取らなかった。

 

「うおおおおおおっっ!!」

 

ステファンがドレモラの猛攻を捌き、上段からの隙をついた鋭い一撃でドレモラの首を跳ねた。

その直後、背後から現れた別のドレモラがステファンへ飛び掛かろうとした。

 

「させるかぁあああっ!!」

 

マティウスは盾を前面に構えてそのドレモラに体当たりし、瞬時に対応したステファンが、体勢を崩したドレモラの心臓を突き刺した。

 

「恩にきるっ!!」

 

「ふたりとも伏せてっ!!」

 

アンドロニカスが叫ぶと同時にふたりは身体を倒し、その頭上を螺旋状の炎が走った。

炎は迫っていたドレモラの胸と首を貫き、そのまま吹き飛ばして城壁に叩きつけた。

 

「あうっ!?」

 

ドレモラの一撃がジェナの頭部を襲った。

兜に守られ致命傷にはならなかったものの、額に深い傷ができ、そこから止め処なく血が流れ出ている。

 

「この化け物め、そいつから離れろっ!!」

 

ジェナの援護に入ったホルフガーが剣を振るうが、ドレモラの籠手に防がれ、僅か数撃で刀身が折れてしまった。

 

「くっ・・・このナマクラがっ!!」

 

「ホルフガー!!」

 

アンドロニカスは次々と襲いかかってくるドレモラを蹴散らし、折れた剣で防戦一方のホルフガーの元へ急いだ。

振り下ろされる剣を躱し、なんとか放った炎がホルフガーに迫っていたドレモラの頭部に直撃する。

しかし、高威力の破壊魔法を連続使用したため魔力が大幅に低下していた。

ドレモラはまとわりつく炎を振り払い、怒りに任せて絶叫した。

 

「グオオオオオオオオッッッ!!小賢シイッ!!」

 

「・・・ええい、ちくしょう!!」

 

「ホルフガーっ!?」

 

ホルフガーは、自分が距離をとれば弱ったジェナに矛先が向く事をわかっていた。

おぞましい剣が胸を貫くのと同時に、ホルフガーは腰に差していた短剣を引き抜き、ドレモラの首へ深々と突き刺した。

 

「グッ・・・ガガッ・・・・」

 

「へっ、馬鹿野郎が・・・ぐふっ・・・」

 

相打ちだった。

アンドロニカスは倒れたホルフガーに駆け寄るが、心臓を貫かれたその命は既に停止していた。

 

「そんな・・・」

 

「ホルフガーの死を無駄にするなっ!!まずは生き延びよっ!!」

 

ステファンが叫ぶ。

そう、同胞の死を悼むのは今ではない。

今は戦いのときだ。

アンドロニカスは歯を食いしばり、倒れたジェナに回復魔法をかけ、迫り来るドレモラと対峙した。

 

そして、戦闘は終結へと向かいつつあった。

初めはドレモラの圧倒的な力に押されていたゴールデンセイント達が押し返し始め、僅かに生き残った帝都巡視兵とクヴァッチ兵も、数人がかりで連携してドレモラを仕留めていった。

 

「鎮まれ!!!」

 

その時、城内に力強い声が響いた。

ドレモラ達は戦闘をやめ、それぞれの武器を胸の前に構え、その声の主にこうべを垂れた。

 

「騒がしいぞ、定命の者共めが・・・」

 

城壁の上に現れたのは、真紅のローブをなびかせたハイエルフの男だった。

まるで嵐の前の静けさのように、城内のあらゆる音が消え、嘘のように静まり返った。

 

「我々はここに暁の到来を宣言し、生贄の首を捧げる!!」

 

その手には、血塗れのゴールドワイン伯爵の首が握られていた。



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不滅の血脈

私は無力だった。

 

あらゆる分野の魔法学で最高クラスの知識と魔法を身に付けた私は、アルケイン大学を首席で卒業し、これまでの偉大な先達同様、大学に留まり教鞭をとった。

やがてウェルキンド石を用いた魔法薬の改良、吸血鬼の治療薬に関する研究、生物学関係の系統図の再編、時代に合った魔術師育成の為の教材の大幅な改新等、様々な功績が認められ、この年齢で魔術師ギルドの評議員となり、現在では評議長補佐をしている。

 

それなりに、実戦慣れもしているつもりだった。

研究室に籠るだけでなく、危険が伴う遺跡の調査や法に反する野良魔術師の摘発等、積極的に参加し、実戦でも役立つ魔法の開発にも携わってきた。

 

でも・・・

魔力が切れたら、私はただの役立たず。

目の前で仲間が殺されるのを、指を咥えて見ているしかない。

 

魔法だけじゃ駄目だ。

魔法以外で戦う術も身につけなければ。

魔法以外の・・・・

 

 

 

 

 

『愛しい娘よ、お前には魔力も力もある。どちらもまだ引き出されていないだけだ。』

 

「・・・安っぽい気休めね。」

 

『本当さ。今まで何をしてきた?ちっぽけなギルドでお勉強をしてきただけだろう?』

 

「アルケイン大学はタムリエルの魔術師機関の最高峰よ!あらゆる魔法理論を習得できる!」

 

『傲慢だな。いや、傲慢はいいことだが。しかし世界が見えていない。お前はサイジックと会った事はあるか?奴らは魔術師ギルドなんぞ比べ物にならん厄介な連中だ。いかれ爺のとこに引き抜かれたいかれた女は知ってるか?頭の固いお前達が追放した女だよ。山野に隠れ住む魔女集会の連中は?モロウィンドの偏屈ダンマーは?醜く、薄汚く、ずる賢いスロードは?』

 

「・・・・??」

 

『世界は魔術師ギルドだけじゃない。シロディールだけでもない。タムリエルだけでも、ムンダスだけでもない。世界を見てみろ。実に面白いぞ!』

 

「・・・・・・」

 

『なんなら俺様が・・・いや、今はその時ではないな。とにかく世界を楽しめ!そうすれば、お前は最高の力に目覚めるだろう。期待しているぞ。』

 

「・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

「伯爵っ!!!!」

 

クヴァッチ衛兵隊長のマティウスが絶叫した。

ハイエルフの男は、目を見開きだらしなく顎が開いたゴールドワイン伯爵の首を、まるで屑かごへ放り込むかのように投げ捨てた。

最悪の事態に、全員の動きが一瞬止まった。

 

「蹂躙せよ。」

 

男の呟きに反応したドレモラの戦士達は、再び連合軍に襲いかかってきた。

さらに、城の中からも新手のデイドラ達が大量に飛び出してきた。

 

「ぎぁああっ!!!」

 

「うわああああっ!!!」

 

動揺の隙を突かれ、生き残っていた兵士達は次々とやられていく。

 

「くっ、魔力は・・・・よし!」

 

アンドロニカスは僅かながら魔力の回復を確認した。

 

「螺旋の流火っ!!」

 

すぐ近くまで迫っていたドレモラを始末するが、いかんせん敵の数が多過ぎた。

ギルベルトが率いるゴールデンセイントの軍とは分断された形になり、アンドロニカスの近くで戦えるのはステファン、マティウス、ジェナだけだった。

先ほどまで他の兵士達が戦っていた場所は、刈り取った首級を掲げ雄叫びを上げるドレモラで溢れていた。

右を見ても左を見ても、目に映るのはじりじりと距離を詰めてくるドレモラばかりだった。

4人は背を預けあい、にやにやと不敵な笑みを浮かべるドレモラの包囲網と対峙した。

 

「待て、道を開けろ。」

 

ドレモラをかき分けてやってきたのは、先ほどのハイエルフだった。

他のハイエルフ同様長身で、年齢のわかりにくいエルフ種にしては若い印象を受けた。

血に濡れた金色の長髪は頭の後ろで結び、痩けた頬の上に張り付いたその目付きは鋭く、4人のどんな動きも見逃さないように監視しているようだ。

 

「貴様、よくも伯爵を・・・」

 

ステファンが、ハイエルフに飛びかかろうとするマティウスを抑えた。

 

「なあ、もしかして、万が一にもだが・・・私に一太刀でも浴びせる事ができると思っているのか?」

 

ハイエルフは口元を押さえ、信じられないという表情でマティウスを罵った。

マティウスは剣の柄を血が滲むほど握り締めたが、ハイエルフの言う通り、主君の仇をとるにはあまりに絶望的な状況だった。

アンドロニカスの魔力は回復しつつあるものの、ステファンもマティウスも連戦で疲労は計り知れず、頭部を負傷したジェナは脳震盪の症状が現れていた。

 

「私の名はエルダミル。おやおや、偉大なる皇帝陛下のご子息がいらっしゃらないようだが・・・どちらにおいでかな?おっと、誤魔化しは効かんぞ。マーティン・セプティムの事は調べがついているんだ。」

 

「貴様、深遠の暁だな?まさかマーティン様を狙ってクヴァッチを滅ぼしたのか?」

 

「当然だ、騎士団長ステファンよ。どういう訳か、まだクヴァッチに留まっている事は把握している。差し出せなどと馬鹿げた事は言わない。貴様の手足をもぎ、精神が弱ったところに幻術魔法をかけてやる。意に反して主君の隠れ場所を喋らせてやろう。くっくっく・・・だがその前に・・・」

 

そこでエルダミルは言葉を区切ると、アンドロニカスに視線を移し、ゾッとする粘着質な声を発した。

 

「カルロッタ=エドゥアエラ・アンドロニカス、貴様を待っていた。」

 

アンドロニカスは言い様のない不安に駆られた。

額から流れる冷汗を拭い、エルダミルの様子を慎重に観察した。

 

「・・・何者なの?」

 

エルダミルは大きく息を吐き、ギルベルトさえ閉口するだろう芝居掛かった動きで、大げさに両手を広げながら深々と頭を下げた。

 

「お初にお目にかかる。間近で見るのは初めてだが、噂に違わぬ、ディベラでさえ嫉妬する美貌だ。ここで始末するのは実に勿体無い。」

 

「それはどうも、素敵なハイエルフさん。で、その私の美貌に免じてこの場から立ち去ってくれるってのはどうかしら?」

 

「くっくっく、それはできない相談だ。なにせ我々の標的はマーティン・セプティムだけではない。アンドロニカス、貴様もだよ。いや、私に言わせれば貴様が最優先事項だがね。」

 

「・・・何を言っているの?」

 

アンドロニカスは魔力の消費過多と疲労から、頭がうまく働かなくなっていたのか、エルダミルの言葉を理解するのに時間を要した。

 

「帝都の地下でスキャンプに襲われたな?曇王の神殿に向かう途中ではウェアウルフに襲われた。すべて私の指示だ。アンドロニカス、貴様には退場して貰わなければならないんだよ。だが思ったよりもしぶとい女だった。」

 

「それって、もしかして・・・私も皇帝の隠し子・・・」

 

「はっ!馬鹿か!?勘違いも甚だしいっ!貴様が皇帝の血筋・・・くっくっくっくっ!」

 

アンドロニカスは苛立ちを抑え、エルダミルの真意を測ろうとした。

 

「・・・失礼。まあ、ただひとつ言えるのは、貴様の存在が教祖様の立場を危うくさせるという事だけだ。さて、お喋りが過ぎたようだな。そろそろ消えて貰おう。」

 

エルダミルの手が動く。

生成されているのは凍てつく破壊の魔力だった。

 

「螺旋の流火っ!」

 

「酷薄なる氷撃。」

 

竜のようにうねる螺旋状の炎と流星のような氷とが激しくぶつかり合い、氷が急激に蒸発して発生した大量の水蒸気が辺りを覆い隠した。

アンドロニカスの炎の破壊魔法は魔術師ギルド内でもトップクラスの威力を持つが、エルダミルの氷の破壊魔法はそれを相殺するだけの代物だった。

アンドロニカスは生命探知の魔法を発動し、濃霧の中を見渡した。

エルダミルは先ほどの場所から動いていないようだったが、強力な破壊魔法同士がぶつかり合った余波か、魔力の歪みがあちこちで発生し、探知は不完全なものだった。

 

「うっ・・・!?」

 

「ジェナ!?」

 

アンドロニカスのすぐ後ろにいたジェナの身体が宙に浮き、苦悶の声を漏らし始めた。

アンドロニカスは念動力の魔法に違いないと考えたが、解呪魔法を唱える暇はなかった。

 

「出て来いアンドロニカス!弱ったお仲間を地面に叩きつけられたくなければな!」

 

最終的にはエルダミルが生存者を残す可能性がない事は明らかだった。

 

「わかったわ!そっちに行くから、彼女を降ろしなさい!」

 

アンドロニカスは念動力で周囲の霧を弾き飛ばし、両手を挙げて無抵抗の意思を表示した。

 

「ふむ、残りのふたりが出て来んのは気になるが・・・まあいいだろう。」

 

ジェナの身体がゆっくりと地に降ろされ、アンドロニカスはそれをしっかり受け止めた。

それと同時に、ふたりの背後に魔力障壁が展開された。

ステファンとマティウスが介入できないようにしているようだった。

エルダミルの手に青白い光が具現化し始めた。

先ほどの氷の破壊魔法をも上回るであろう雷の破壊魔法だった。

 

「安心しろ、一瞬さ。」

 

あらゆる生き物を震え上がらせる雷鳴が轟いた。

荒れ狂う稲妻が超高速で放たれ、エルダミルは勝利を確信したが、それがアンドロニカスとジェナを貫く事はなかった。

稲妻がアンドロニカスの身体に触れた瞬間、アメジストのような輝きに包まれ、勢いを殺さずにエルダミルの方へと反転して向かっていったのだ。

反射魔法。

あらゆる魔法をそのまま相手に反射するもので、魔術師ギルドでも数名しか使えない高度な神秘魔法だ。

世界には様々な魔法の力がエンチャント(付呪)された道具が存在しているが、反射のエンチャントが施された道具は数えるほどしか知られていない。

それも、ペライトというデイドラ王子が自ら作成した破呪の盾等の伝説の秘宝級の道具ばかりで、とても値段が付けられるものではない。

つまり、反射魔法はそれくらい高度で珍しい魔法だといえる。

自らが放った必殺の破壊魔法が目の前に迫り驚愕するエルダミルだったが、すぐに魔力障壁を発動し、さらに配下のドレモラ達が肉の壁となった。

 

「爆散火っ!!」

 

高度な反射魔法に魔力を使い過ぎたアンドロニカスは、残った魔力を振り絞って爆散火に込め、エルダミルに叩き込んだ。

稲妻と爆炎がドレモラ達を貫き、吹き飛ばし、燃やし尽くした。

強烈な爆音の後、爆心地に立っていたのはエルダミルと僅かなドレモラだけだった。

 

「ぐうっ・・・お、おのれ・・・」

 

エルダミルは耐えた。

魔力障壁が打ち破られた場合、術者はその衝撃で吹き飛ばされるか、一時的に身体が硬直する等により、行動不能になる。

しかし、エルダミルはあの一瞬に障壁の範囲を調節して自分の周囲だけに縮小し、そのぶん強靭な防御力を持ったものとしたらしく、障壁が破れた様子は見受けられなかった。

 

「はぁ・・・はぁ・・・くっくっく、恐れ入ったよ。まさか反射魔法とはな・・・障壁に魔力を全て注ぎ込んでしまったが、それは貴様も同じだろう?」

 

エルダミルはニヤリと笑った。

そして生き残ったドレモラ達に指示を出した。

 

「殺せ。」

 

しかしドレモラが動くことはなかった。

 

「・・・むっ!?」

 

ドレモラ達は首が無かった。

やがて足元に転がる自分の首に気付いたように、次々とその場に崩れ落ちていった。

 

「なっ・・・お、おのれっ!」

 

「深遠の暁よ、ここまでだ。」

 

ステファンとマティウス、そして回復したジェナが血塗れの剣を突き付ける。

アンドロニカス、エルダミルが非常に優れた魔術師であると判断し、その魔力を一時的にでも枯渇させるため、反射と破壊魔法による連続攻撃を防ぐほどの魔力城壁を展開させたのだった。

アンドロニカスはステファン達と連携していた訳ではなかったが、エルダミルの魔法さえ封じる事ができれば、歴戦のブレイズ騎士団長が隙をついてくれると信じていた。

 

「おや、こちらもパーティータイムは終わりかな?」

 

「ギルベルト!」

 

返り血で黄金色の鎧を赤く染めたギルベルトとゴールデンセイントの軍が、退路を塞ぐ様にエルダミルを包囲した。

ドレモラの大半はゴールデンセイントの軍に向かっていたが、ギルベルト達が抑えていなければこの状況は作り出せなかった。

 

「八方塞がりだな。さて、念のため聞くが大人しく降参するか?それとも我がアカヴィリ刀の錆となるか?」

 

「ステファン殿、このエルフは我らの君主を殺めた仇。どうかこの手で無念を晴らさせて貰えないでしょうか?」

 

「エルダミル、下手な事は考えないで。私も魔力は回復し始めている。少しでも変な動きを見せれば、今度は貴方の目の前で反射させてあげてもいいのよ?」

 

形勢は完全に逆転した。

追い詰められたエルダミルは天を仰いだ。

 

「・・・教祖様、私の仕事は終わりました。エルダミルの魂をどうか楽園へお導きください。」

 

エルダミルは我を忘れて何事かを呟き続けた後、氷のような表情でアンドロニカス達を睨み付けた。

 

「諸君。主の命令によりオブリビオンの門を開き、この街を破壊させたのは私だ。門を閉じた事は褒めてやろう。だが、これで終わりではない!貴様らは間も無く知るであろう!今日の勝利がどれだけちっぽけなものであるかを!!絶望に歪めっ!!暁の帰還は目前だっ!!深遠の暁万歳っ!!!」

 

「っ!?・・・みんな伏せてっ!!!」

 

アンドロニカスはエルダミルの周囲に魔力障壁を展開し、叫んだ。

 

「さらばだ、不滅の血脈よ・・・」

 

その直後、エルダミルの身体が輝き、目も眩む閃光と衝撃、そして血肉が炸裂した。

アンドロニカスの魔力障壁は衝撃の大半を防いだが、数秒耐えた後にガラスのように粉々に砕け散り、溢れ出た爆風が周囲の全てをなぎ倒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます。」

 

「・・・・ジェナ?」

 

目を覚ます。

私は狭いテントの中に寝かされていたようだ。

この簡素なテントの外から聞こえてくる音や匂いから察するに、どうやらクヴァッチの麓にあった避難所らしい。

それにしても不思議な夢を見ていた。

 

「痛っ・・・・!?」

 

腹部に強い痛みを感じた。

服を捲ると、へその辺りに痛々しい傷が残っていた。

 

「動いちゃ駄目ですよ!」

 

ジェナは起き上がろうとした私の体を無理やり寝かせた。

 

「ジェナ、私どうしたの?」

 

「覚えてないんですか?あのハイエルフが自爆した瞬間、アン姉さんが奴の周囲に魔力障壁を発動させたんですよ。魔力障壁は壊れちゃいましたけど、威力を殺してくれたお陰で私達はなんとか無事でした。アン姉さんは吹き飛ばされた石片がお腹に突き刺さったんです。でも安心して下さい。内臓は無事みたいですし、石片は取り除いてブレイズの秘薬で血止めはしました。」

 

「そっか・・・ありがとう、ジェナ。」

 

「それに、衛兵の奴らが手当てするってうるさかったんですけど、男共はみんな追い出して私が手当てしたんで、アン姉さんの裸は誰にも見られてませんよ。」

 

ジェナは親指を立ててウインクする。

しかし男共はこんな時まで男なんだなーと、逞しいんだかアホなんだか・・・やれやれだ。

 

ふと、ホルフガーの事を思い出す。

 

「ジェナ、えっと・・・」

 

「・・・ホルフガーは殉職しました。アン姉さん、聞きにくいだろうから。なんか呆気なかったなって思います。私が入隊してからずっとペアを組んで、色んな任務を一緒にこなしてきました。私の兄貴分だったんです。それがこんなにあっさり・・・」

 

ジェナは膝を抱えて口を尖らせた。

顔は笑みを保っているが、その目は大きな悲しみを堪えていた。

あの時、私の魔力が切れていなければ。

私が剣の達人だったら?

私が弓使いだったら?

いや、もっと強大な魔力を保有していて魔力切れなどという事態にならなければ?

 

後悔しようと思えばきりがない。

とにかく、戦い方の幅が必要だ。

目の前で仲間が殺されるなんて、こんな思いはもうたくさんだ。

 

私はもっと強くなる。

ブレイズの元で剣術や弓術、格闘術を修得しよう。

そして行使する魔法を練り直して燃費を良くする。

魔法力の保有量ももっと上げられないか・・・

 

「ジェナ、私もっと強くなる。」

 

「・・・え?」

 

「もっと強くなって、あなたやみんなを守れるようになる。約束する。そして、深遠の暁をとめましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだ?素晴らしい娘だろう?だがまだこんなもんじゃない。お前らはあいつの底力を知らない・・・俺様もな。さて、すべてがいい方向に進んでいる。どうなるか楽しみだ。」

 

 

 



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ペリナルの剣

"新米戦士を鍛え上げる最良の方法?そりゃあお前さん、ゴブリンしかいないだろうて!何故かって?奴らを見てみりゃわかるさ。小柄なゴブリン、中くらいのゴブリン、大柄なゴブリン。素早い盗賊ゴブリン、戦士ゴブリン、重装オークみてぇなゴブリン。戦闘方法も色々だ。素手、タガー、ロングソード、クレイモア、斧、鎚、弓、おまけに魔法!どうだ?儂が言いたい事がわかっただろ?"

ーーー戦士ギルド訓練教官、ドゥリアン・サルス

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃい。カウンターなら空いてます。お好きな席にどうぞ。」

 

スキングラードの大衆に愛されている酒場兼宿屋の"トゥー・シスターズ"は、農作業を終えた労働者や、付近の洞窟でゴブリン狩りを終えた賞金稼ぎ、黄金街道を使ってアンヴィルの港町と帝都を行き来する旅人達で埋め尽くされていた。

若い女のウェイトレス達は下品なヤジを飛ばす連中をいなしつつ酒や料理を運ぶため忙しなく動き回り、戦士達は多少の誇張を織り交ぜた戦果を祝って歌を歌い、広々とした店内はもれなく活気に満ちていた。

 

「ビールをふたつくれ。お勧めはなにかな?」

 

「あなた達は旅の人?スキングラードはトマトとチーズが名産品なんですよ。あとぶどうとワインも。トマトにチーズとくれば、トゥー・シスターズ名物のピザがビールには相性抜群!もっちもちの生地に濃厚なチーズとトマトの酸味、トッピングされた鹿肉の生ハムの食感がたまりませんよ!」

 

お喋りなオークの女性店主が頬に手を当ててピザを食べる様子をコミカルに演じる。

カウンターに座ったふたりの男女が苦笑いしながら自慢のピザを頼むと、まいど!と張り切って厨房へ注文を告げた。

 

「店主、忙しいところ悪いんだが、私達は人を探しているんだ。この宿に長期滞在していたはずなんだが。」

 

カウンターに座った女が深緑色のフードを脱ぐと、近くのテーブルに座っていた賞金稼ぎの男連中がヒュウと口笛を吹いた。

そのブレトンの女は、美人が多いと言われるブレトンの中でも特に整った顔立ちで、この大衆酒場には似つかわしくない"上玉"だったからだ。

 

「ええ、飲み食いしてくださるお客様のお尋ねならなんでも聞きますよ!仕事柄、人様の顔を覚えるのは得意なんで!」

 

お客の事と聞いて最初はあからさまに顔をしかめた店主だったが、女の隣に座るインペリアルの男が、カウンターの上に竜の紋章が入った金属製の徽章とセプティム金貨を2枚置くと、打って変わって表情を変えた。

オークの店主は、多くの情報を見聞きする仕事柄、その徽章を何度か提示された事があり、また、それを提示する者が帝国の捜査機関関係者である事も知っていたからだ。

 

「髪も肌も真っ白なインペリアルの女だ。服装はわからないが、こんな柄の珍しい形の剣を持っているはずだ。心当たりはあるか?」

 

女は自分の腰に差していた剣の柄を握って少し上げて見せた。

その剣は、シロディールや隣接地域では滅多に人目に触れない、遠い異国で発明された美しい片刃の刀剣、アカヴィリ刀だった。

 

「ああ、あの別嬪さんね!そりゃあなた、あんなに目立つお客様を忘れろって方が無理なはなしですよ。えーっと、ほら、2ヶ月前、収穫の月にクヴァッチの事件があったでしょ?あれからしばらくしてふらっと現れましてね。うちに長期滞在したいって言うもんで、お部屋をお貸ししたんです。それからずーっとゴブリン狩りをされてるみたいですよ。」

 

「ゴブリン狩り?」

 

「ええ、この辺りはゴブリンの氏族がうじゃうじゃいましてね。ハシルドア伯爵の衛兵隊や戦士ギルド、賞金稼ぎの方々がよくゴブリン狩りをされてるんですけど、なかなかいなくならないらしいですよ。奴らは繁殖力がすごいんですって。」

 

「・・・それで、彼女は今もここに?」

 

「それが、先週くらいから部屋に戻ってないんですよ。今月分のお代は前払いでいただいてるので大丈夫なんですけど、音沙汰ないのもそろそろ心配になってきて。確か、最後にお話ししたときは戦士ギルドの誰かと会うって仰ってましたよ。それ以上はわかりかねますね。」

 

そんなやり取りをしているうちに、焼き直したピザが、なんとも芳しい香りを漂わせながら運ばれてきた。

 

「ありがとう店主。さて、戦士ギルドは街のどの区画にあるのかな?」

 

 

 

 

 

 

夕陽が沈む。

辺りが薄暗くなるにつれ、アンヴィルからスキングラードを通って帝都へと通じる黄金街道も、人の往来が少なくなっていく。

かなり広い間隔で設置された街灯に魔法の炎が灯り、周辺を頼りなく照らしている。

 

そんな闇夜に紛れ、街道沿いの草むらを進む者達がいる。

鉄や鋼の重鎧と剣で武装した者もいれば、皮鎧と弓矢で武装した者もいる。

彼らは松明もつけず、極力音を立てないように、進んでいた。

 

「発見。」

 

先頭を進む黄金のたてがみのカジートが呟くと、戦士達は動きを止め、その場の草木と同化した。

サーベルキャットのような風貌を持つ獣人族のカジートは、光のない暗闇でも昼のように視界を明るく保てる眼を持っている。

カジートは目を凝らし、数十フィート先の洞穴の入り口で、粗末な皮の盾と錆び付いた鉄の斧を持った2匹のゴブリンを睨みつけた。

そして、ヴァレンウッドのエルフがこしらえた弓を構えて狙いを定め、番えた2本の矢を同時に放つ。

鋭い鏃は音も無く両のゴブリンの額を射抜き、永遠に沈黙させた。

 

「他に歩哨なし。」

 

カジートが安全を確認すると、背後で息を潜めていたノルドの戦士が静かに号令をかけた。

 

「ゴブリン狩りだ。ペリナルの剣に遅れをとるな。」

 

 

 

 

 

 

「いかぁん、今日も飲み過ぎらぁ〜・・・うへへ」

 

「スキングラードのぉ〜・・・ワインはぁ〜シロディールいちぃ〜っ!!」

 

厳格かつ公正なジェイナス・ハシルドア伯爵が治めるスキングラードは、帝都と崩壊したクヴァッチを除けば、シロディールで最も力のある都市である。

クヴァッチ衛兵隊に勝るとも劣らない多くの精兵を擁し、美しい石造りの建物が立ち並ぶ近代的都市でありながら農業も盛んで、トマト、ぶどう、ワイン、チーズが主要産物である。

また、帝国屈指のパン職人と名高いサルモや、最高品質のワインの生産者で知られるスリリー兄弟とタミカなど、名だたる著名人も在住し、常に旅行者で賑わっている。

 

しかし、それほどまでに栄えているスキングラードの城下町は、夜中になると人通りがなくなり、他の都市なら日常茶飯事といえる、酔っ払い連中が往来を闊歩する光景も殆ど見られなくなる。

帝国で最も厳正な衛兵隊と賞賛され、どんなに末端の兵士でさえ絶対に賄賂を受け取らないというスキングラード衛兵隊が、どんな軽微な犯罪も見逃さぬよう巡回を徹底し、帝国トップの治安を維持しているからだ。

当然、真夜中の往来で酔っ払いが騒ぎ続ける事など出来ない。

 

「君たちは旅行者かね?」

 

厳つい鋼鉄の鎧に身を包み、その上からスキングラードの紋章があしらわれた赤いサーコートを着込んだ巡回中の衛兵が、2人のインペリアルの酔っ払いの前に立ち塞がった。

 

「はいはいそぉーれすよ!アンヴィルから観光でやってきらんら!」

 

すっかり泥酔している若い男達は、腰に差していたワインボトルを上げてその場で飲み始めた。

彼らはアンヴィルの船乗り兄弟で、幸運にも大きな仕事が上手くいったため、成功のお祝いとして初めてスキングラード観光に来たのだ。

様々な観光名所や名物を入念に下調べしてきた彼らだったが、スキングラード衛兵隊の厳格さについてはまったく知らなかったようだった。

 

「ここは公共の場だ。今すぐ大騒ぎをやめて宿に戻りなさい。2回は言わんぞ。」

 

衛兵は表情を崩さず、はっきりとした口調で語りかけるが、アンヴィル波止場地区の喧騒の中で育った酔いどれ達は、意に介さずといった様子で大声を上げた。

 

「かたいかたい!おいちゃんよーー!こんらたのしぃー夜なんら!おいちゃんも飲めっての!」

 

兄の方がボトル片手に直立不動の衛兵に寄りかかり、アルコールをたっぷり含んだ酒臭い息を吐きかけた。

 

「・・・公共の秩序を乱した罪により、君たちを逮捕する。詰所まで来てもらおう。罰金はそれぞれ5ゴールド。衛兵には抵抗する罪人はたとえ軽犯罪であってもその場で処刑する権限が与えられている。理解したかな?」

 

衛兵が淀みなく発した言葉をゆっくりと反芻し、酔いどれ達の顔色はみるみる真っ青になっていった。

 

「へっ・・・しょ、処刑って・・・ちょっと大きな声出したらけれすよ!?」

 

「5ゴールドって!そんらけ払ったら宿屋の宿泊費・・・は、払えなくなっちまう!」

 

一気に酔いが覚めた兄弟は慌てふためいて慈悲を請うが、スキングラード衛兵に犯罪者への慈悲はなかった。

 

「知った事ではない。さあ、詰所に来たまえ。」

 

「ひいいいいいいいい〜〜〜っ!!!たっ、たしゅけてぇええ〜〜〜!!!」

 

衛兵は路上に座り込んで泣き始めた男達の襟首をむんずと掴み、鍛え上げられた腕力でグイグイと引きずり始めた。

 

「こら、暴れるな。大人しく・・・」

 

ガクッ

 

言葉はそれ以上続かなかった。

衛兵の動きが止まり、涙目の兄弟がふと顔を上げると、目の前に無表情のままの首がべちゃりと落ちた。

少し遅れて胴体側の断面からバケツをひっくり返したように鮮血が噴き出し、恐怖に声も出ない兄弟の頭から降りかかった。

 

「いやいやいや、危なかったねーお兄さんたちぃ!大丈夫ぅ?怪我はない〜?」

 

血の滴る曲刀を振るい、暗がりから現れて妙に親しげに声をかけて来たのは、真っ黒な縮れ髪を肩まで伸ばし、真っ赤な口紅が妖艶な雰囲気を醸し出す、浅黒い肌のレッドガードの青年だった。

引き締まった彫刻のような肉体の上に、オオカミの毛皮から作られたベストと夕陽のように色鮮やかな腰巻を身に付け、この凄惨な現場には似つかわしくない大道芸人のような出で立ちだった。

彼は曲刀についた衛兵の血を長い舌でべろりと舐め、心底恍惚の表情を浮かべた。

 

「あぁ・・・・これ、これだよこれぇっ!!俺の喉を潤す新鮮な血っ!!心を満たす真っ赤な血ぃっ!!ねぇ、わかるよねぇ?」

 

青年は震える兄の首筋にそっと曲刀をあて、その大きな目を見開いて顔を近づけた。

 

「あ、兄貴・・・」

 

「我慢出来なかったんだよ。わかるでしょぉ?だって、このおじさん見てよぉ。ガッチリした胸板、太い腕、鎧着ててもはっきりわかる逞しい筋肉・・・・そんな素敵な男性を見かけて、血を飲むなって言う方がおかしいでしょぉ?」

 

「あ・・・・あう・・・・」

 

「お兄さん達もいい身体してるよねぇ〜。その肌の焼け具合、筋肉。無理しておめかししてる感じだけど、磯臭さは取れてないかなぁ。もしかしてアンヴィルの船乗りぃ?当たりぃ?」

 

「こ、殺さないで・・・・助け・・・」

 

「・・・・おやぁ?次の巡回まではもう少し時間がある筈なんだけどなぁ〜・・・それとも君はお散歩中の観光客ぅ?」

 

青年はすっと立ち上がり、月に照らされた道の先を見る。

兄弟はガクガク震えながらも、なんとかその場を離れようと、ナメクジのようにゆっくと後退りをした。

そして、青年が見る先に目をやると、擦り切れたフードを目深に被り、薄汚れたボロに身を包んだ何者かがこちらを見ていた。

 

「あれぇ?お口がないのかなぁ?じゃあ、俺がお口を作ってあげよっかぁ?」

 

青年は舌舐めずりしながら曲刀をぬらりと構え、ゆっくり足を進めた。

 

「・・・・」

 

謎の人物は腰に差してた剣を抜く。

すると、刀身が焼き入れ中の鉄のように真っ赤に輝き始め、見る見る間に燃え盛り始めた。

 

「うわお!なにそれぇっ!?熱くないのぉ??」

 

謎の人物は、剣だけでなく、それを握っている腕ごと燃えているようだったが、まったく意に介していないようだった。

やがて2人の距離はあと数歩のところまで近付いた。

燃え盛る剣が2人を照らした時、兄弟は謎の人物が女性だと初めて気が付いた。

青年はくんくんと鼻を動かす。

 

「うーん、すっごく汗臭いねぇ〜。ちゃんとお風呂入ってるぅ?女の子は身だしなみに気を付けない・・・・とっ!!」

 

青年はなんの予備動作もなしに凄まじい速度で曲刀を一閃させた。

しかし、女は僅かに身を引いてそれを躱すと同時に、目にも留まらぬ速さで炎の剣を掬い上げるように振り上げた。

鋼の刃が青年の胸元を斬り裂き、その周辺を灼熱の炎が焼き焦がした。

 

「いっ・・・・・ぐぅっ・・・!!!」

 

炎が傷口を焼き、常人なら激痛に叫び狂う筈だが、青年は込み上げる叫び声を押し殺した。

 

「くっ、なかなかやるねぇ。お、俺の初撃を躱したのは・・・君が初めてだよぉ。」

 

「・・・」

 

「うふふふふ、女は大っ嫌いなんだけど、君は面白いねぇ。今度会ったときは俺も・・・油断しないっ!」

 

青年は不敵な笑みを浮かべ、血の滲む胸元を押さえながら路地裏へと消えていった。

 

「・・・・立てる?」

 

謎の女はいまだに腰が抜けたままの兄弟2人に声をかけた。

兄弟は思わずビクッとしたが、その声には敵意や恐ろしさは感じられなかった。

兄弟は顔を上げ、女の顔を改めて確認し、息を呑んだ。

輝く白銀の髪、月明かりに映える真っ白な肌。

そして、何より美しかった。

 

「とりあえずあなた達の宿に行きましょう。巡回に見つかったら、間違いなくあなた達も犯人候補になるわよ?それと・・・私、そんなに臭う?。」



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二つの夜明け、そして異端の光

「・・・・」

 

スキングラードが誇る富裕層向けの高級ホテル、ウェストウィルド。

旅人や賞金稼ぎ、一般的な旅行客であれば、大衆向けの酒場兼宿屋であるトゥー・シスターズに宿泊するが、ウェストウィルドは庶民が宿泊するにはちょっと勇気が必要な価格設定のため、主に新婚旅行客か、富裕層などが利用している。

客室には金糸や銀糸で刺繍が施された豪華なベッドに、かつて貴族が愛用していた重厚な存在感を放つテーブルとチェア、さり気なく飾られた調度品。

そしてなんと言っても、各客室には浴室が備えられているから驚きだ。

そんな豪華なホテルのとある客室に、アンヴィルからやってきたインペリアルの船乗り兄弟が宿泊していた。

2人は、先ほど目の前で起きた光景を思い出していた。

目の前で殺人を見たのは初めてであり、大量の血を頭から被ったのも初めてであり、そしてあんな美人を見たのも初めてだった。

 

そして、謎の殺人鬼から助けてくれた謎の美女は、どういうわけか、兄弟の客室に上がり込み、今は浴室で湯浴みをしている。

 

「・・・厄日だぜ。」

 

兄のルキウスが疲れ切った表情でポツリと呟く。

 

「まったくだ。酔いもすっかり覚めちまった。」

 

弟のウォレヌスはベッドの上で仰向けになる。

バーでうまい酒を浴びるほど飲んだところまではよかった。

その帰り道、衛兵に逮捕され、その衛兵が目の前で惨殺され、自分達まで殺されそうになるまでは。

 

「あの人、俺たちを助けてくれた・・・んだよな?」

 

「そりゃあ兄貴よぉ・・・・そりゃあ

・・・たぶん、な。」

 

ガチャッ

 

「・・・っ!?」

 

浴室の扉が開く。

上質なふわふわのバスタオルを身体に巻き付けて出てきた命の恩人は、胸元まで伸びた真っ白な髪から水を滴らせ、髪と同じく真っ白な肌は湯浴みで僅かに火照っていた。

さっきは血と土に塗れて薄汚れた感じだったが、こうして明るい場所で綺麗になった姿を見ると、2人は思わず溜め息をもらすしかなかった。

よく引き締まった筋肉質の身体、男なら思わず目がいく胸の膨らみ、悩ましいくびれ。

それは女神像のようであった。

ただひとつ、気になる事があるとすれば、あちこちに古いものから新しいものまで、大小様々な切り傷がある事だった。

女の青く大きな目が兄弟を交互に見つめる。

 

「あのー、あんまりガン見されると恥ずかしいんだけど・・・」

 

「・・・お姉さん、結婚してください。」

 

「は?」

 

「馬鹿言うな兄貴。お姉さん、俺と結婚してください。」

 

「は?」

 

「おいふざけんなよウォレヌス!このお姉さんに相応しいのは俺だ!」

 

「うっせーよ馬鹿兄!お姉さんは今俺を見てたんだよ!」

 

突然揉め始めた兄弟。

次第に掴み合いの殴り合いのとエスカレートしていく。

バスタオル姿の美女はやれやれと鎮静の呪文を唱える。

すると、大乱闘状態だった兄弟は借りてきた猫のようにおとなしくなり、その場に正座した。

 

「そこまでよ仲良し兄弟さん。お風呂、貸してくれてありがとう。訳あって自分が借りてる部屋には戻れないから助かったわ。さて、私はそろそろ行くわね。あんまり長居してもあなた達に迷惑かかるから。」

 

女は綺麗になった身体の上に再びぼろぼろのローブを纏い、荷物を纏めて部屋を出ようとした。

 

「お、お姉さん!せめてお名前を・・・」

 

足を止めて悪戯っぽく笑った美女は、座り込む兄弟に近付き、耳元で優しく囁いた。

石鹸とほのかな香水のいい香りが鼻をくすぐる。

 

「知らないほうがいいわ。長生きしたいならね。」

 

「まったくだ。もう手遅れだがな。」

 

ヒュンと風を斬る音がした。

女が振り向きざまに繰り出した神速の斬撃は、背後にいた声の主を斬り裂いた。

何もない空間に薄っすらと赤い亀裂が入り、そこから血が噴き出す。

やがて風景が揺らめき、絵の具を垂らしたように、斧を振り上げた状態の謎の男の姿が現れ、絨毯の上に倒れた。

 

「なっ・・・こ、今度はなんだっ!?」

 

兄のルキウスが叫ぶ。

 

ドゴオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!!!

 

バリィィィィィィィィィィィィィィンッッッ!!!!

 

入口の扉と窓ガラスが破られ、入口からは禍々しい短剣を持った赤いローブ姿の男達が、窓からは黄金色の刺繍が施された白いローブ姿の女達が、それぞれ飛び込んできた。

 

「暁の到来のためにっ!!」

 

「黄金の夜明けだ!!光を灯せっ!!」

 

「もうっ!いい加減にしてっ!」

 

身を屈めた兄弟の頭上で、美女と謎の乱入者との壮絶な戦闘が繰り広げられる。

断末魔が響くたびに豪華な客室を血が彩り、ようやく喧騒が落ち着いた頃には、部屋の中は血と死体と破壊された家具類で見るも無惨な状態となっていた。

 

「ぐっ・・・な、なんて女だ・・・・」

 

この部屋の中で生きているのは4人だけ。

恐怖に震えながら恋人同士のようにしっかりと抱き合った船乗り兄弟、たったひとりで10人近い乱入者をあっという間に斬り伏せてしまった女、そして赤いローブを纏った乱入者の最後の生き残り。

 

「き、貴様は魔術師のはず・・・・それが・・・付け焼き刃でこんな・・・」

 

赤ローブの男は短剣を握り締めていたが、最早それが何の役にも立たないであろう事は理解していた。

血塗れの女は目にも留まらぬ速さで男の短剣を弾き飛ばし、その喉元に鋒を突き付けた。

 

「それで?次はデイドラでも召喚してみる?」

 

「・・・・くくっ、くははははははははっ!!」

 

男は突然大きな声で笑い出した。

そして自分の首からさげていた瞳の形のアミュレットをそっとさすった。

 

「女よ、これが何かわかるか?念波の魔具さ。貴様の顔や戦い方はもう我が同胞達の元へ送られた。勿論、そこにいるお仲間の事もな。」

 

男は兄弟を指差した。

2人は男が何を言っているのか理解できなかったが、とりあえず何か良からぬ流れに巻き込まれつつある事だけは感じ取っていた。

 

「ぶぎゅっ・・・・・!?」

 

アミュレットごと両断され、男はそのまま果てた。

 

「・・・・・」

 

大嵐が過ぎ去ったかのような静けさが部屋を支配した。

しかし、部屋の外からは騒ぎを聞きつけた衛兵やら野次馬やらの声が聞こえ始めていた。

 

「ルキウスとウォレヌス・・・でいいのよね?私の名前はアンドロニカス。ちょっとお風呂を借りるつもりが、厄介ごとに巻き込んじゃってごめんなさい。残念だけど、さっきの連中にあなた達は私の仲間だって認識されちゃったみたい。もし良ければ、私について来てくれないかしら?」

 

 

 

 

 

 

「おおぉ、何という事かっ!我らの戦士達がことごとく返り討ちとなってしまった!」

 

「あの異教者め!我らが神に刃向かうとは何事か!」

 

「夜明けを告げし者よ、その光り輝く剣で我らにお力をお貸しください!」

 

無数の蝋燭が灯された祭壇を囲むように、白ローブの者達が跪く。

瞑想をしていた筋骨隆々のオークが立ち上がり、祭壇に飾られていた魔法剣を手に取った。

すると、刀身が朝日に照らされたかのように眩く光り輝き始め、オークの戦士を力みなぎらせた。

 

「・・・同胞よ、その異教者の元へ案内せよ。メリディアに誓って、無垢なるお前達に害を為す者はこの俺が浄化してやる。」

 

 

 

 

 

 

「アン、探したぞ。」

 

背後から声が発せられる。

唐突な再会だったが、アンドロニカスは、まるでその人物と待ち合わせをしていたかのように笑顔で振り返った。

 

「久しぶりね、レノルト。」

 

「・・・その男達は?」

 

レノルトは、アンドロニカスの背後に隠れてこちらの様子を窺っているインペリアルの兄弟を睨み付けた。

兄弟は猛禽のような鋭い眼光に射抜かれ、怯えた仔犬のように縮こまってしまった。

 

「私のボーイフレンドだから気にしないで。」

 

「・・・・・ほう、面白い冗談だ。」

 

レノルトはその大きな瞳を細め、さらに鋭い目付きで兄弟を睨み付けた。

兄弟は何が何だかよくわからないまま、もう生きた心地がしなかった。

しかし、男の悲しいさがと言うべきか、自分達を睨み付けている張本人はアンドロニカスにも匹敵する美貌の持ち主であり、優しげな雰囲気のアンドロニカスとはまた違った魅力が兄弟の胸を射抜いていた。

 

「まあいい。それより、こんな往来で話すのもなんだ。スキングラード城へ行くぞ。」

 

「スキングラード城?こんな夜中に行ったら追い返されるわよ?」

 

レノルトは得意げに腰に手を当てた。

 

「ふっ、私を誰だと思っている?私の権力を使えば地方伯爵家の客間をおさえるなど造作もない事だ。さあ急げ、お前のために用意した料理が冷めてしまう。」

 

一行はスキングラード城へと向かった。

城門を守っていた衛兵達が制止しようとしたが、ちょうどそのとき、タイミングを見計らったかのように城内からアルゴニアンの執事が現れた。

 

「お話しは伺っております、レノルト指揮官殿。どうぞ、客間へご案内いたします。」

 

アルゴニアンの執事に連れられ、薄暗いスキングラード城内を歩く。

真夜中にもかかわらず多くの衛兵が行き交い、それぞれがネズミ一匹も見逃さないといった様子で目を光らせていた。

アンドロニカスは、先ほどこの兄弟を襲った衛兵殺しのレッドガード関係か、ホテルに押し入った連中の騒動で警戒体制を敷いているのかと思ったが、執事によると、元々伯爵の方針で厳重な警備を行なっているらしい。

 

「こちらです。お連れ様は既にお通ししておりますので。何かあればこの辺りを巡回している衛兵に声をおかけください・・・それでは、これで失礼いたします。」

 

執事は深く頭を下げて去って行った。

部屋に入ると、レノルトと同じく平服の上から深緑色のマントを羽織った大男が、火にかけられた小さな鍋を、これまた小さなおたまでゆっくりとかき混ぜていた。

男はおたまを回す手を止め、レノルトに敬礼した。

 

「おい、敬礼はいいが手を止めるな。私の特製シチューを焦がしたらブラックマーシュ地方へ左遷するぞ。」

 

男は再び敬礼し、慌てておたまを回し始めた。

アンドロニカスは、小柄で可愛らしいレノルトと大柄で強面の男のやり取りに思わず笑ってしまったが、もしかすると、これが近年帝都の企業で問題になっていると黒馬新聞で特集されていた「パワハラ」というやつではないかと思い、タイミングを見てそれとなく注意してあげようと考えた。

 

「まあ座れ、すぐによそうからな。それと・・・おい、そこの男共。お前達は隣の部屋にいろ。いいと言うまで出てくるんじゃないぞ。」

 

借りてきた猫のようにおとなしい兄弟は、レノルトの指示を受けてピンと背筋を伸ばし、急いで隣の物置部屋へと退散して行った。

やがて大男が椀型の器にシチューをよそい、アンドロニカスの前のテーブルにそーっと運んだ。

牛肉と根菜の香りが鼻をくすぐった。

 

「わあ、美味しそうっ!いっただきまーーす!・・・・ん〜〜〜!お、おいひぃ〜〜!!」

 

先ほどまでバッタバッタと人を斬り殺し、血に塗れていた女とは思えない、まるでオモチャを買ってもらった少女のようにはしゃぐアンドロニカス。

柔らかな牛肉から溢れた肉汁が、ホクホクになった人参やジャガイモなどの根菜に染み込み、頬が蕩けてしまうような濃厚な旨味が口中に広がった。

 

喜ぶアンドロニカスを見て満足げなレノルトは、机の下でガッツポーズを決めていた。

そして、アンドロニカスがあっという間にシチューを平らげてしまうと、レノルトは腕を組んで幾分か声のトーンを落として話し始めた。

 

「アン、私達が来た理由はわかってるな?」

 

「・・・・・うん。」

 

「お前からの連絡が途絶え、ジョフリー様もステファン団長も心配なさっている。それにジェナもな。」

 

クヴァッチがデイドラの手により陥落した直後、ブレイズはタムリエル中の各都市へ隊員を派遣していた。

隊員達はそれぞれ賞金稼ぎや出稼ぎ労働者に扮して生活し、デイドラに関する変事があれば、すぐに対応出来るようにしていた。

アンドロニカスは、自ら志願してスキングラードの担当となり、ゴブリン狩りで生計を立てる旅の賞金稼ぎとして生活していた。

当初、グランドマスターのジョフリーはアンドロニカスの単独派遣に難色を示し、代わりに別の隊員を派遣しようと考えていた。

アンドロニカスには、マーティンやジョフリーと共にオブリビオンの門やデイドラに対抗する方法を見出すべく曇王の神殿に残って欲しかったためである。

しかし、剣術を修得したいからと懇願する彼女をステファン騎士団長と手合わせさせた結果は、彼女を即戦力として認識させるに十分なものとなった。

なんと、彼女は初めて剣を握った素人剣士にもかかわらず、熟練の戦士でありブレイズの騎士団長であるステファンを打ち負かしたのだ。

天性の才能と言うべきか、訓練されたものではないため荒削りな戦い方ではあるものの、曇王の神殿にいたブレイズで、アンドロニカスの剣捌きに対応できたのはジョフリーだけだった。

「えーっと、その・・・・け、剣ってとっても扱い易いんですね。びっくりしちゃいました。いや、ほんとに。初めて・・・・なんですけど・・・はは、あははは。」

アンドロニカスの発言は、日々過酷な訓練を重ねるブレイズの面々(特に男性陣)の心を簡単に打ち砕いた。

 

また、アンドロニカスは生まれながら炎に対する完全な耐性を持つ特異体質で、雷と氷の破壊魔法も扱えるが、炎の破壊魔法を最も得意としていた。

そして、炎の魔法と剣術を組み合わせた恐るべき戦闘方法を編み出し、あっという間にブレイズの主要戦力として位置付けられる事となった結果、クヴァッチの次に栄えている大都市スキングラードの守護者となったのだった。

 

「私だって連絡したかった。でも、私が寝泊まりしてた所は全部奴らに見張られて、野宿するしかなくなったの。配達屋に手紙を渡そうにも奴らの監視の目が厳しくて・・・」

 

「奴ら・・・深遠の暁か。」

 

「それだけじゃない。デイドラ王子のメリディアを信奉する夜明けの教団。理由はわからないけど、奴らにも狙われてるの。」

 

「夜明けの教団・・・やれやれ、モテる女は辛いな。」

 

レノルトは肩をすくめた。

 



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三つの星

「俺、レノルト姉様派だわ。」

 

「兄貴も好きだなー。アン姉さんこそ正義だろ!」

 

「言いたい事はわかる。アン姉さんは正統派の美女だ。だがな、弟よ。レノルト姉様を見ろ。あんなにちっちゃくて可愛いのに強気な女王様気質というか・・・あのギャップがたまらんのだ。」

 

「兄貴ぃ、わかるぜ?わかるんだがよ、やっぱ姉様より姉さんよ。理屈じゃないんだ、それだけは譲れねえぜ。」

 

隣の部屋から聞こえてくる兄弟のくだらないやり取りにイライラした様子で、レノルトは大きな咳払いをした。

当然、兄弟の話し声は聞こえなくなった。

 

「ふふっ・・・ところで、よく私を見つけられたわね。」

 

「ああ、お前がゴブリン狩りで戦士ギルドと関わりがあると聞いたんでな。ここのギルド支部でお前が今夜あたり帰ってくるという情報を得たんだ。」

 

「手間かけさせちゃったわね。それで、何から話す?」

 

「夜明けの教団とやらについては私も調べておこう。アン、深遠の暁についてだ。奴らの組織力は計り知れん。潜入捜査を行おうにも、入信の方法どころか接触の方法すら判明していないのが実情だ。」

 

「皇帝暗殺やクヴァッチ陥落をやってのける規模でありながら諜報機関ブレイズが接触の方法すら見つけられない秘密結社って事か。信じられないわね。」

 

大柄なインペリアルのブレイズが淹れてくれたレモンティーを堪能しつつソファーに深く沈み込むアンドロニカスは、レノルトが持参した各地のブレイズからの報告書に目を通していた。

そしてどの報告書にも、目立った動きはないとある。

 

「アン、本当に心当たりはないのか?その報告書を見ればわかるだろうが、クヴァッチの事件以来、奴らに目立った動きはない。それなのにお前を狙ってしつこく襲撃を仕掛けてきている。なぜだ?」

 

深遠の暁の最終的な目的は現時点不明だが、デイドラ崇拝、皇帝暗殺、都市への攻撃などから考えると、帝国の破壊を目論んでいるのは間違いないだろう。

そうなると、セプティム家最後の血筋であり、現在曇王の神殿に匿われているマーティン・セプティムの殺害及び帝都への攻撃も十分考えられる。

 

そのような大事の前に表立った動きを控えているにもかかわらず、アンドロニカスに対してのみ執拗に攻撃をしかけ、わざわざ目立つような行動に出ているのは、恐らく余程の理由があっての事だろう。

レノルトを含め、ブレイズはそこが引っかかっていた。

 

「何度も言ってるけど、私にはわからないわ。クヴァッチを襲ったあのエルダミルってアルトマーも、私が最優先の標的っていう趣旨の発言をしてた。奴らの教祖の立場を脅かすとか・・・」

 

そして、当事者であるアンドロニカス自身もまったく身に覚えがなかった。

麻痺の呪文で何度か襲撃者を生け捕りにしたことはあったが、揃いも揃って自死の呪文を唱え、口を割る前に自殺した。

皇帝暗殺の首謀者の立場を脅かす存在・・・アンドロニカスの事をよく知るレノルトも、まったく想像できなかった。

 

「・・・まあ、わからんものはしょうがない。とにかく、お前の無事が確認出来てよかった。さて、アンよ。実は今回の訪問はお前の安否確認のためだけではない。ジョフリー総大将より伝言を預かっている。至急、曇王の神殿へ戻ってくれ。」

 

「神殿へ?どうして?」

 

「わからん。私は異動願いが叶わず帝都地区の指揮を執っているからな。マーティン様と総大将がお前に用があるそうだ。お前が不在の間、スキングラードはここにいるカシウスが担当する。」

 

大柄なインペリアルはティーポットを持ったままアンドロニカスに一礼した。

 

「ところでアン、馬はあるのか?」

 

「それが、最初の襲撃の後に盗まれちゃって・・・」

 

「そうかそうか、仕方ないな。では、私の後ろに乗れ。私が神殿まで送ろうじゃないか。遠慮はいらんぞ。」

 

「あ、それは心配いらないわ。駿馬の呪文を使えばいつでもどこでも丈夫で足の速い馬を召喚する事が出来るの。凄いでしょ?」

 

「・・・・そうか、それは・・・凄いな。わかった、では私は帝都に帰るとしよう。軽食にサンドイッチも作ってきた。そこのバスケットに入ってるから、道中で腹が減ったら食え。神殿に着いたらジェナによろしく言っておいてくれ。あと、帝都に来る事があれば寄るといい。」

 

そう言ってレノルトは齧っていたパンを口に放り込むと、部下のカシウスにいくつかの指示を出して去って行った。

 

「・・・じゃ、私も出発しようかな。あとはお任せしていいのかしら?」

 

アンドロニカスが尋ねると、寡黙なカシウスはこくこくと頷いた。

 

「あ、それと私が連れてきたインペリアルの兄弟なんだけど、深遠の暁に狙われてるの。このまま曇王の神殿に連れて行くから、防具を手配してくれるかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

月や星々の薄明かりを、厚みのある大きな雲が覆い隠していく。

これは寝てる間にひと雨きそうだぞと、人々は雨戸を閉めて備える。

そんな暗闇の中を、アンドロニカスと船乗り兄弟を乗せた馬が進んでいた。

アンドロニカスが跨るのは、彼女が召喚した立派なたてがみと逞しい筋肉が見事な大きな白馬で、兄弟はその後ろにしがみついていた。

 

スキングラードを出て少し進んだところで、アンドロニカスは馬を止めた。

街道の真ん中に巨大な篝火がいくつも焚かれていたからだ。

その周りには、金の刺繍が施された白いローブ姿の集団、デイドラロードのメリディアを信奉する夜明けの教団がいた。

 

「あ、アン姉さん、あれって・・・」

 

「大丈夫、心配いらないわ。馬から降りないで、ここで待っててね。」

 

馬を降りたアンドロニカスは、兄弟と馬を覆うように魔力障壁の呪文をかけ、篝火に近付いていった。

夜明けの教団はそれぞれ短剣やメイスを持ち、アンドロニカスを睨みけているが、その中央に、ひときわ大きなオークの男が立っていた。

粗末な麻の服の上に簡素な革の胸当てを身に付けた筋骨隆々のオークは、アンドロニカスが歩を進める様子を堂々と眺めていた。

猛獣のように鋭い牙が下顎から突き出ているが、その佇まいは獰猛さを感じさせない、とても落ち着いたものだった。

 

「・・・・・」

 

「こんばんは。もう夜遅いし、雨振りそうだし、家に帰ったらどうかしら?」

 

「・・・ゴルドロックだ。」

 

「そう・・・私は聖アレッシア、これからアカトシュと一緒に最高神の神殿でドラゴンファイアを灯して世界を救わないといけないの。そこを通してくれるかしら。」

 

「お前がカルエラ・アンドロニカスだな?」

 

「ごめんなさい、冗談は嫌いなのね。わかった、じゃあせめて私を狙う理由を聞かせてくれるかしら。」

 

「メリディアに誓って、お前を浄化する。」

 

「メリディアにでもサングインにでもいいから、私を狙う理由はなんなの?」

 

「剣を交えろ。そうすればわかる。」

 

ゴルドロックはただでさえ気難しそうな顔をさらにしかめ、無言で剣を構えた。

すると、黄金色の刀身が鮮やかに輝き始め、聖なる炎の魔力を放出し始めた。

 

「・・・ねえ、そんな無愛想じゃ嫌われちゃうわよ?」

 

「オークは元より嫌われ者・・・そろそろ始めよう。」

 

ぽつり、ぽつりと、微かに雨音が聞こえ始める。

細かな雨粒が霧のように辺りを覆い、二人だけの空間を作り出す。

 

 

ゴルドロックは動いた。

その大柄な体躯からは想像も出来ない、まるで凶暴で素早いキャセイ・ラートのようなスピードでアンドロニカスに肉薄した。

アンドロニカスは即座に身体を炎で包み、更に自らの目の前に炎を纏った魔力障壁を展開した。

しかし、ゴルドロックは躊躇うことなく炎に突っ込み、その豪腕で手にした光の剣を振るった。

 

岩が張り裂けたような凄まじい音と共に、強力な高等破壊魔法でなければ破れないはずの魔力障壁が粉々になる。

一瞬、その反動がアンドロニカスの身体を硬直させた。

 

炎に焼かれながら繰り出された斬撃が、アンドロニカスの胸をとらえた・・・・かに見えたが、直前に竜皮の呪文により皮膚を硬質化していた彼女を貫くことは出来なかった。

剣が弾かれた衝撃で体勢を崩したゴルドロックは一瞬驚いたものの、すぐさま受け身を取り、アンドロニカスの攻撃に備えるべく身構えた。

 

「崩壊の爪!」

 

竜皮で硬質化した燃え輝く左手がゴルドロックの剣を掴む。

その瞬間、ゴルドロックはその輝く手から不穏な魔力を感じ取り、力任せに振り払おうとしたが、インペリアルの女性のものとは思えない驚くべき腕力で押さえ込まれ微動だにしなかった。

また、腕を掴もうとするが、燃えるアンドロニカスの身体は近付くだけで身を焦がす程の超高温になっていて、どうにもならない状態だった。

 

「くっ・・・・・やむを得ん。」

 

ゴルドロックは秘められたオークの力、すなわち緑色の狂戦士(狂戦士の怒り)を解放した。

鍛錬を積んだオークが使えるこのいにしえの秘術は、ただでさえ強靭なオークの肉体を一時的に極限まで強化することで、自身が受けるあらゆるダメージを軽減し、敵への攻撃の威力を倍増させる。

 

恐ろしいオーラを纏ったゴルドロックの剛腕は、アンドロニカスの身体を枯れ葉のように吹き飛ばし、近くの木に衝突させた。

 

「いったたた・・・・なんて怪力なの!」

 

「・・・皮膚の硬質化、光り輝く超高温の炎、強力な物質の腐食、常人を超える力を得る身体能力強化。どれもかなり高位だ。お前は一体いくつの魔法を併用できるんだ?」

 

ゴルドロックが剣の刀身に目を落とすと、アンドロニカスに握られた部分が変色し、僅かに溶けかけていた。

腐食の呪文に加え、超高温になった手の熱で、通常の武器防具であればドロドロに溶かされていたに違いない。

あのまま握られ続けていれば、間違いなく完全に破壊されていただろう。

 

「あなたこそ、私の左手の魔法をあの一瞬で見抜くなんてね。ただのデイドラ信者じゃなさそう。それにしても、その剣って特別製?たったそれだけの損傷で済むなんてビックリよ。」

 

「これはメリディアの加護を受けた秘剣、ドーンブレイカーだ。これだけの損傷を加えられただけでも大したものだ。」

 

 

言うが早いか、二人は同時に地を蹴った。

ゴルドロックは狂戦士の力とドーンブレイカーの魔力を最大出力とし、アンドロニカスは再び左手に光を灯す。

ゴルドロックが刺突の形でドーンブレイカーを突き出し、アンドロニカスの左手がそれに迫る。

 

「解呪・極大っ!!」

 

アンドロニカスは完全に意表を突かれた。

純戦士種族のオークは、一部の例外こそあれど、基本的には魔法を苦手としている。

まして狂戦士の力を解放させ突進してきた恐るべき剛腕のオークの戦士が、高等解呪の魔法を発動させるなど誰が想像出来ただろうか?

 

ゴルドロックの解呪魔法は、突き出されたアンドロニカスの左手に発動していたあらゆる魔法を分解し、そのままその手を掴んだ。

 

アンドロニカスはようやく剣を抜いた。

逆手に持ったアカヴィリ刀でドーンブレイカーの鋭い突きを受け流し、柄でゴルドロックの額を打ち付ける。

一瞬怯んだ隙に距離を取り、硬質化と炎の破壊魔法を瞬時にコーティングさせたアカヴィリ刀を振るう。

剣が交わるたびに篝火の明かりをも飲み込む強烈な閃光が発せられ、周囲を昼間のように照らし出す。

 

船乗り兄弟と夜明けの教団が見守る中、激しい打ち合いは百合にも及んだ。

アンドロニカスは魔法で筋力を強靭化させているため、力は互角。

互いに炎の魔力を秘めた魔法剣の威力も互角。

剣の腕前も互角。

勝負は永遠に決着しないように思われた。

両者の疲労がピークに達し、どちらからともなく距離を取り、やがて両者とも剣を下ろした。

 

「・・・素晴らしい使い手だ。俺はお前のような手練れを知らん。」

 

「はぁ・・・はぁ・・・あなたこそ、私は魔法で筋力とかスタミナとか増強させてるんだけど・・・すごいわね。それで?このまま夜明けまで戦い続けるの?」

 

「・・・・」

 

視線が交差する中、ふいにゴルドロックが目を瞑った。

アンドロニカスが真意を測りかねていると、ゴルドロックは低い声でぼそりと呟いた。

 

「・・・・10・・・15か・・・囲まれている。」

 

風を切る音が無数に響いた。

四方から放たれた矢が夜明けの教団が用意した巨大な篝火に直撃した瞬間、鏃に符呪されていたと思われる氷結魔法が発動し、煌々と燃え盛る炎を瞬く間に鎮火させてしまった。

周囲が闇に包まれ船乗り兄弟と夜明けの教団は動揺の悲鳴を上げた。

 

「双方動くな!!こっちには夜目の利く射手がいつでも矢を放てる状態にあるぞっ!!」

 

豪快な、野太い声が響き渡った。

アンドロニカスは、酒焼けしたようなこの大声の主がノルドだとすぐにわかった。

 

「アンドロニカス。」

 

思慮深い野獣のような声が暗闇から投げかけられた。

 

「ここは引かせて貰う。決着は次回だ。」

 

「ちょっと!まだ話し・・・」

 

「お前はメリディアをどう思ってる?」

 

「メリディア?えっと、 別にどうとも思ってないけど・・・私はデイドラ信仰にも、他人に迷惑をかけないぶんには嫌悪感はないし。」

 

「・・・・そう、か。」

 

 

 

カッッッ!!!!!

 

ゴルドロックがいた方向が一瞬、目も眩む程の強烈な輝きを発し、静寂が訪れた。

 

「明かりを灯せっ!!」

 

「松明っ!」

 

ノルドの大声に続きカジート特有のしゃがれ声が響くと、アンドロニカス達がいた場所を取り囲むように幾つもの松明が灯された。

アンドロニカスは魔力を収束させてアカヴィリ刀を鞘に収め、先程まで激闘を繰り広げていた場所を見たが、ゴルドロックをはじめ、夜明けの教団の姿はどこにもなかった。

スロードが好む転移魔法のようなもので逃げたのかもしれない。

 

「ありがとうブランビョルン、スラッジョ。助かったわ。」

 

「がははははっ!!いいんだペリナルの剣・・・いや、姫よっ!!姫のためなら伯爵だってぶっとばしてやるさ!!なあ、スラッジョ?がはははっ!!」

 

重厚感溢れる鉄の鎧に身を包み、いくつも三つ編みに結われた金色の豊かな髭が目を引く、巨大な戦鎚を持った大柄なノルド戦士が豪快に笑った。

 

「副支部長、立場考える。物騒な発言、厳禁。」

 

革鎧に身を包み、黄金色の立派なタテガミを風になびかせた、細身で小柄なカジートの射手がノルドをたしなめる。

 

「それにしてもこんな夜中にどうしたの?ゴブリン狩り?まさかこの前の狩りの事、まだ根に持ってるの?」

 

「がはははっ!!そりゃそうだ!!なんせこっちは優秀なギルド員が5人もいたんだ!!それがたった1人相手に討伐数で負けたんだからな!!」

 

戦士ギルドは、コロールにギルド本部があり、帝都を除いたシロディールの各都市に支部を構えている。

ネズミ退治から盗賊退治までどんな依頼でもこなすが、支部によって依頼の内容に特色が出る。

例えば雪国のブルーマでは伯爵の依頼で城内や街道の除雪を依頼される事が多く、港町のアンヴィルでは荷降ろしや海賊の警戒を依頼される。

 

タムリエル随一とも言われる多くのゴブリン氏族が存在するスキングラードでは、伯爵がゴブリン1匹につき1ゴールドの賞金をかけており、商人ギルドの依頼と合わせて、戦士ギルドの大きな収入源となっている。

 

アンドロニカスがゴブリン退治を始めた際に、戦士ギルドのグループと共闘した事があったが、彼女がゴブリンの大半を始末してしまった。

それ以来、戦士ギルドはペリナルの剣におくれをとるまいと鼻息荒くゴブリン狩りに精を出していた。

 

「姫、どこ行く?狩りではない?」

 

「ええ、実はスキングラードを離れる事になったの。サヴェラ支部長によろしく伝えておいて。」

 

「そうか、スラッジョは寂しい。」

 

「おお姫よっ!!次はどこでゴブリン狩りをするんだ!?機会があればまた一緒に狩りしようぜ!!」

 

「ゴブリン狩りじゃないの。ちょっと旅に出る事になって、しばらくは会えないわ。スキングラードに来る事があれば顔出すから、2人とも元気でね。」

 

アンドロニカスは雨に濡れてくしゃくしゃになった白髪をかき上げながら空を見上げた。

遠い山の向こうから、もう夜明けの光がシロディールを照らそうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「なぜだ!?なぜあの女の首を取ってこんのだ!?」

 

ゴルドロックは声を荒げる同胞へ静かに目を向けた。

白ローブの男女を率いるリーダー格と思われる初老のインペリアルの男性は、怒りに任せて棍棒を振り下ろした。

ゴルドロックの頭、胸、腕そして腹に棍棒が叩きつけられ、耳を塞ぎたくなるような鈍い音が何度も響いた。

 

「貴様は夜明けを告げし者だ!あのメリディア様のご加護を受けているのだ!ならばペリナルの生まれ変わりを自称し、我らに危害を加えてくる異教徒を抹殺するのが貴様の役目だろう!」

 

「司祭、本当に彼女の方から手を出してきたのか?」

 

ゴルドロックは額から流れる血を拭いながら、司祭と呼ばれた同胞を睨み付けた。

 

「貴様、その目はなんだ!?奴は巡礼中の無抵抗な信徒を惨殺したのだ!」

 

「司祭、俺は彼女と剣を交わした。言葉も交わした。彼女からは悪意を感じられなかった。」

 

「うぬっ・・・おのれ、私の言葉を疑うとは・・・同胞達よ!この裏切り者を始末しろっ!」

 

司祭が叫ぶと、武器を手にした信徒達が続々と集まってきた。

 

「俺はメリディアの忠実なる下僕。司祭である貴方が俺を始末するというのなら、抵抗はしない。」

 

ゴルドロックの実力があれば、この場にいる者達を傷ひとつ負わずに葬る事も可能だが、彼はドーンブレイカーを足下に置き、腕を組んでその場に座り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三つの星が見える。美しく燃え盛る純白の星、荒々しく光り輝く深緑の星、静かに世界を見渡す群青の星。打ち砕かねばならん。急げ、信者達よ。暁の到来は近い。」

 

 



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始動

「彼女は行ったか。」

 

ゴブリンや山賊から黄金街道を守るために日々奮闘している戦士ギルドのスキングラード支部は、アンヴィル港で海賊と戦うアンヴィル支部や、ブラックマーシュ及びヴァレンウッド地方の住人からなる新興傭兵派遣組織のブラックウッド団に対抗するレヤウィン支部と同様、非常に大規模なものだった。

石造りの建物は支部長室やギルド員の居住区域がある地上3階と、訓練所兼鍛冶場となっている地下1階で構成されていて、数多くのギルド員が頻繁に出入りをしている。

 

そんなスキングラード支部の最上階に設けられた支部長室で、重厚感のある肘掛椅子に座り黒馬新聞の朝刊を読んでいたダークエルフの男が、部下からの報告に顔を上げた。

白地の長袖シャツに黒いズボンという非常にシンプルな服装の男は、刈り上げた黒髪を後頭部で結い、顎から頬にかけて短く綺麗に整えられた髭をたくわえ、穏やかな顔つきが印象的な中年エルフだった。

 

「ああ、あんたによろしく伝えてくれってよ。」

 

熊のようなノルドの大男は腹部まで伸びた金色の豊かなヒゲを撫でた。

 

「ブランビョルン、彼女はどこへ行くと言っていた?」

 

「なんにも、賞金稼ぎは根無し草だからなぁ。しかしあれだけ凄腕の戦士がフリーとは勿体無い。我らが戦士ギルドに入ってくれりゃあ百人力なんだが・・・」

 

「・・・賞金稼ぎ、ね。」

 

「なんだサヴェラ?なにか引っかかるのか?」

 

「いや、なんでもないよ。さて、私はそろそろ支度をしようかな。明日は年に1度の支部長会議だ。遅れてまたヴィレナにどやされるのは懲り懲りだよ。」

 

「がはははっ!許せサヴェラ!前回の伝達ミスは本当に悪かった!今度はショールに誓って間違いないよ・・・たぶんな!がはははっ!!」

 

呆れたような笑みを浮かべたあと、サヴェラは窓の外へ目をやった。

ダークエルフ特有の真っ赤な瞳が、遠く北の曇り空をジッと睨みつけていた。

 

「・・・再会は、そう遠くないだろう。そのとき、君は何者でいるんだろうな。」

 

 

 

 

 

 

「マーティン様。カルエラ・アンドロニカス、ただいま戻りました。」

 

アンドロニカスと船乗り兄弟は曇王の神殿へと到着した。

アンヴィルの暖かな気候の中で降り注ぐ太陽の光を浴びながら育った兄弟にとって、ブルーマ近郊に広がる一面の雪景色は物珍しく、またとんでもなく寒いものだった。

アンドロニカスに貰った水筒には魔法で温められた蜂蜜酒が入っていて、それが道中で暖をとる唯一の方法だったが、曇王の神殿の大広間を暖める巨大な暖炉は旅の疲れを癒すように彼らの心身を暖めてくれた。

 

「ご苦労だったね・・・そちらの2人は?」

 

暖炉前の肘掛け椅子に座り、左右に2人のブレイズを従えたマーティン・セプティムは、辺境の修道士のように薄汚れた粗末なローブ姿ではあったが、その瞳と声には威厳と穏やかさが同居していた。

 

「アンヴィルで船乗りとして働いているルキウスとウォレヌスの兄弟です。スキングラードで大勢の暗殺者に襲われていた私を匿ってくれたために命を狙われてしまいました。ことが落ち着くまで神殿に滞在させたいのですが・・・」

 

「おお、なんと勇敢な若者達だ。よかろう、空いている客室を手配させよう。」

 

「ははぁっ・・・あ、ありがたきお言葉。」

 

「あ、ありがたきお言葉・・・です。」

 

平凡な船乗りとして暮らしてきたルキウスとウォレヌスは、その平凡な生涯でまさか皇帝陛下(正式にはまだ皇帝ではない。帝都において戴冠の式を終えて初めてタムリエルの皇帝となるため、ジョフリー以下ブレイズのメンバーは、現時点ではマーティン様と呼んでいる。)に話しかけられる機会があるなどとは想像していなかった。

事前にアンドロニカスから説明を受けていたため、互いにどうご挨拶をするかなどと色々考えていたが、セプティム家のいわゆる威厳に満ちたオーラを感じとり、どうにもしどろもどろになってしまった。

 

「さて、客人には寛いでもらうとして・・・アンドロニカス、悪いがひと休みしたら任務がある。2時間後にまたここへ戻って来てくれ。ジェナが君のために浴室の湯を沸かしているらしいから疲れを癒してくるといい。」

 

アンドロニカスは広間から退出し、与えられていた個室に装備やその他の荷物を放ると、急いで浴室へと向かった。

神殿には皇族用の浴室とブレイズ及び客人用の浴室が用意されていて、ブルーマの寒さで冷え切った体を芯まで温めてくれるこの世の極楽だった。

 

「アン姉さんっ!おかえりなさい!」

 

「ジェナーっ!久し振りね!」

 

アンドロニカスが浴室の脱衣所へ入ると、麻の胴着姿で薪を抱えたジェナが出迎えた。

クヴァッチでドレモラにつけられた額の傷はすっかり塞がっているが、完全には消えなかったらしく、薄っすらと跡が残っていた。

 

「ベストタイミングですよアン姉さん。お湯は十分にあったまってますんで、ゆっくり浸かってください。」

 

「ありがとう。ジェナも一緒にどう?」

 

「えー、いいんですかー?ちょうど今日はお休みなんでご一緒させてもらおーかなー?」

 

「あ、さてはそれが狙いでお湯を沸かしてたな?」

 

「あはは、バレちゃいましたか。」

 

2人で笑い合い、いそいそと服を脱いで湯船へ向かった。

まずは体に湯をかけて汚れを洗い流し、それからゆっくりと湯船に足をつけ、最後に肩まで体を沈めた。

 

極楽。

 

そんな言葉が2人の頭の周りを回っていた。

 

「くうぅ〜〜、極楽ですね〜〜。」

 

「はあぁ〜〜、極楽ね〜〜。」

 

今日は一段と冷え込んでいたので、温かな湯加減がまた格別だった。

 

「それにしても、アン姉さんって本当に真っ白ですよね。羨ましいです。スタイルもいいし、なにか美の秘訣とかってあるんですか?」

 

「な、なによ突然!?美の秘訣って言われても・・・」

 

「だって見てくださいよ、私の日焼けした肌、そしてこのお子ちゃま体型!それに比べてアン姉さんの真っ白なグラマラスボディ・・・ゴクリ。」

 

「ちょっとこのエロ助、じろじろ見ないの!体型はともかく、私が色白なのは生まれつきなのよ。」

 

アンドロニカスは真っ白な腕を指でなぞる。

純白の絹のような体は、温められてほんのり赤みを帯びていた。

生まれた時から髪も肌も真っ白で、炎に対する耐性がある特異体質だった。

幼い頃に拾われたため両親のことは記憶にないが、アルケイン大学で体質を調べてもらった際に遺伝的なものだろうと言われた。

体が真っ白なのはまだわかるが、炎に対する完全な耐性を持つ体質など聞いた事がない。

ダークエルフは種族的に炎に耐性があるが、アンドロニカスのように完全なものではない。

ギルドの一員になってからは研究等で多忙となり気にかける暇もなかったが、やはり気になるものは気になるので、ことが落ち着いた際にはいつか両親について調べてみようと思うようになっていた。

 

「両親か・・・どんな人達なんだろ。」

 

 

 

 

 

 

 

「帝都へ向かって貰いたい。もちろん、深遠の暁に関するものだ。」

 

「なにか掴めたのですか?レノルト指揮官は未だ組織の殆どすべてが謎に包まれているといった事を話していましたが・・・」

 

ひとときの休息の後、アンドロニカスは装備を整えて大広間へと戻っていた。

人払いがされているようで、マーティンの両脇にジョフリーとステファンが控え、他には誰もいなかった。

 

「悪いがそれは嘘だ。」

 

「嘘?」

 

「レノルトと共にスキングラードを訪ねたブレイズがいただろう?彼・・・カシウスは深遠の暁の密偵だ。」

 

「み、密偵!?」

 

さすがのアンドロニカスも動揺を隠せなかった。

帝国が誇るセプティム家の親衛隊兼諜報機関であるブレイズに邪教集団の密偵が潜り込んでいたとなれば一大事。

ブレイズは基本的に帝国軍の中から飛び抜けて優秀な兵士をスカウトするスタイルなので、最初から内通する目的であったとすれば、かなり長期間潜り込んでいた事になる。

ジョフリーが重々しく口を開く。

 

「奴が最初から密偵だったのか、あるいはどこかの時点で本物のカシウスと入れ替わったのかはわからん。入隊当初から知っているが元々寡黙な男だったからな。もし入れ替わっているのであれば、なんらかの高度な幻惑魔法を使って変装しているのかもしれん。」

 

「それはありません。」

 

アンドロニカスは断言した。

 

「確かに幻惑魔法には他者の五感に働きかけて自らをまるで別人のように錯覚させる高等魔法があります。しかし変装している間は常時幻惑魔法を発動し続けている状態で、微量ですが幻惑の魔力を放出し続けています。どんなに巧妙に隠そうとしてもアルケイン大学の評議員クラスであればその魔力を感知出来ます。」

 

「つまり、君がスキングラードで会った時にはそのような兆候は見られなかったと?」

 

「はい。ですから最初から密偵だったか、あるいは幻惑魔法以外のなんらかの方法でなりすましているのではないかと。」

 

マーティンは腕を組んで深く考え込んでいたが、やや疲れた様子で顔を上げた。

 

「わかった。なんにせよ偽者のカシウスには我々が深遠の暁についてなんの手掛かりも得られていないという情報を組織に流して貰わなければならない。しばらくは様子見だ。実際はボーラスが奴らに関する様々な情報を得ているようだ。君には彼に接触して知り得た情報を持ち帰って貰いたい。では、ここからはジョフリーに説明してもらおう。」

 

ジョフリーは前に出て、アンドロニカスに古びた指環を手渡した。

 

「これは?」

 

「帝都に着いたらアンドレアス・マキトゥスというインペリアルを訪ねるんだ。普段は商業地区で小さな書店を営んでいる気難しい老人だが、それはあくまでも表向きの顔、実際はブレイズの年代記編者であり書記官だ。彼がボーラスとの接触の橋渡し役となるだろう。まずは彼にこの指環を見せるんだ。そして『金がないのでこの指環と交換に本を売ってほしい』と言うんだ。それが合言葉だ。くれぐれも間違えるなよ?本当に気難しくて融通が利かない頑固者だからな。一文字違っただけでも取り合ってくれなくなる。」

 

「私みたいな新参者が行って大丈夫なんですか?その・・・ステファン団長みたいに面識がある方が適任なのでは?」

 

ステファンは申し訳なさそうにため息をついた。

 

「すまんなアンドロニカス、私は老マキトゥスに嫌われていてね。あの書記官はたとえ帝国存亡の危機であろうと馬の合わない者には取り合わない捻くれ者なんだ。君のように聡明な者であれば彼も耳を貸してくれるだろうという事での人選だ。悪く思わないでくれ。」

 

「・・・なんかだか物凄く不安ですけどわかりました。騎士団長さえものともしない人嫌いな頑固者とお友達になって世界を救ってきますね。」

 

「まあまあ、そうふてくされないで。路銀ははずむから。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うふ、うふふふふ。あの女ぁ、ぜぇーったいに許さないんだからぁ・・・」

 

妖艶さを漂わせる中性的な顔立ちのレッドガードの青年は、黒衣のはだけた胸元から覗く、筋肉質な胸板に走る傷をそっと撫でた。

その様子を見ていたレッドガードの老人は深くため息をつき、赤黒いハンマーフェルのフードの下から軽蔑の眼差しで青年を睨んだ。

 

「・・・・ラシード、ラシードよ。なぜ衛兵を殺した?道化師に化けて標的の女を始末し、誰にも見られる事なく街を去る。それだけの任務だった筈だ。貴様のせいで兄弟姉妹を危険に晒すところだった。」

 

「ハサン様ぁ、わかっているでしょぉ?血ですよぉ、血ぃ!!獲物が女じゃあ満足出来ないんですよぉ。」

 

「ラシード、我ら闇の一党は大きな仕事を控えておる。これ以上勝手な行動をすれば手練れと言えど容赦せんぞ。」

 

老レッドガードの眼光は鋭かった。

青年はおお怖いとおどけて見せ、命令に背かない事を誓った。

しかし、彼の頭はこの醜く焼け爛れたおぞましい傷をつけた女のことでいっぱいだった。

 

「必ず殺すよぉ・・・・うふ、必ずねぇ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モルドリン支部長、コロールが見えてきましたよーー!!」

 

5人の騎手が両脇に長閑な田園風景が広がる街道を進み、その先頭で馬を走らせていたダークエルフの少女は、道の遥か先に見え始めたコロールの城壁を指差した。

列の中央にいるサヴェラ・モルドリンは、懐かしい景色に思わず顔が綻んだ。

 

「懐かしいな、相変わらずこの辺りは空気がうまい。オレインは元気だろうか。今夜は心ゆくまで酒を酌み交わしたいものだ。」

 

「えーーー!!モルドリン支部長ってお酒飲むんですか!?初耳ですーー!!」

 

「業務に差し支える可能性があるからね。だから普段はお酒は控えているんだよ、アーリア。」

 

戦士ギルドにもいわゆる営業時間というものがあるが、スキングラード支部は突発的なゴブリン退治も受け持つという事情があるため、交代制で出動出来る体制を整えている。

基本的に依頼人から依頼を受けるのは支部長の役目となっているため、深夜に襲われた旅人や商人から依頼があってもいいように、モルドリンはスキングラード支部にいるあいだは断酒を決めていた。

 

「じゃあ今夜はアーリアもご一緒してもいいですかーっ!?」

 

「駄目。アーリア、飲酒、支部長守れない。」

 

金色のたてがみのカジートがダークエルフの少女を咎める。

 

「えーー!!スラッジョがいるからいいじゃんか!!モルドリン支部長とお酒飲みたいーー!!」

 

「アーリア、支部長とお酒、一番大事は?」

 

「むぅーー・・・モルドリン支部長が大事・・・」

 

「なら飲酒駄目。支部長守る、スラッジョ達の役目。」

 

モルドリンはしょんぼりしたアーリアの横に馬を付けて並走させ、彼女の頭を優しく撫でた。

 

「すまないなアーリア。じゃあいつか休みをとって、その時に一緒にお酒を飲もう。だからしょんぼりしないでおくれ。」

 

「モルドリン支部長ぉぉぉ・・・・素敵すぎますぅーーーっ!!」

 

「支部長、また甘やかす。支部長、よくない。」

 

スラッジョは呆れた様子を隠さずにモルドリンを非難した。

 

「はっはっは、許せスラッジョ。モロウィンドに残してきた娘と同じ位なんだ。ちょっとくらい甘くても・・・・・おい、あれは!?」

 

モルドリンは馬を止めた。

慌てて他のギルド員達も馬を止める。

モルドリンは下馬して街道の脇に進み、茂みをかき分けた。

そこには無惨にも斬り殺された数名の男女が転がっていた。

 

「これは・・・なんという事だ・・・・皆伏せろっ!!」

 

モルドリンの叫びに反応して伏せる事が出来たのはスラッジョとアーリアだけだった。

残る2人のギルド員は胸や頭部に矢が刺さり、その場にひっくり返った。

 

「シャーーーッ!!」

 

茂みから飛び出てきたのは黒衣に身を包んだカジートだった。

手にした短剣でアーリアに襲いかかるが、アーリアは素早く身をよじって攻撃を躱し、カジートの脇腹に強烈な蹴りをお見舞いした。

 

ヒュンッ!

ヒュンッ!

 

茂みから再度矢が放たれる。

立ち上がったスラッジョはエルフ製の弓を構え、恐るべき反射神経で矢を叩き落とした。

そして背負った矢筒から翡翠色の矢を2本取り出し、同時に発射した。

矢は茂みに吸い込まれ、まさに次の矢を放とうとしていたウッドエルフの射手2名の眉間を射抜いた。

 

「ごぶっ・・・・」

 

アーリアの拳がカジートの喉を潰す。

カジートは体をビクンと痙攣させ、そのまま力なく崩れ落ちた。

 

「残るはお前だけだ。おとなしく姿を現したらどうだ?」

 

モルドリンは射手が潜んでいたのとは反対側の茂みを睨んだ。

すると、長剣を背負った黒衣のインペリアルの男が姿を現した。

スラッジョは弓を、アーリアは拳を、それぞれ構えて僅かな隙もなくモルドリンの左右を固めた。

 

「くっ、さすがはサヴェラ・モルドリンとその腹心。この程度では子供騙しだっ・・・・う、うぎゃぁぁぁぁぁーーーっ!?」

 

男は顔を押さえた。

横一文字に切り裂かれ、両目が潰された状態となっていた。

鋭く素早い剣技を披露したモルドリンは、手にしていたカトラスを鞘に戻し、苦痛にもがく男の首根っこを掴んだ。

 

「その黒装束、闇の一党だな?そしてそこに横たわっているのは我らが戦士ギルドのレヤウィン支部のメンバーだ。一体何が目的だ?依頼主は誰だ?」

 

 



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押し寄せる災厄

闇の一党。

モロウィンドのモラグ・トングと並び、タムリエル中に畏怖される暗殺を生業とした組織で、俗に暗殺ギルドとも呼ばれている。

常闇の父、シシスという神を崇拝し、黒き聖餐というおぞましい儀式により依頼を受け、標的はどんな手を使ってでも必ず始末するという。

 

その闇の一党の暗殺者が、サヴェラ・モルドリンの目の前にいた。

モルドリンに両目を潰されたその男は、顔面からとめどなく吹き出す鮮血を必死に抑えようともがき苦しんでいる。

 

「ちくしょう!よくもレイヤとウルボグを・・・・相手が悪かったわね下衆っ!モルドリン支部長は戦士ギルド最強の剣士なんだよっ!ばーーっか!!」

 

アーリアは苛立ちながら鼻を鳴らし、男が自死しないよう両手を縛って猿轡代わりに短剣の鞘を口に突っ込んだ。

スラッジョは獣の眼で周囲を注意深く観察し、付近に他の刺客が潜んでいないかを確認している。

 

「うっ、うぶぶっ・・・くほぅ、おえのえあ・・・・」

 

なおももがき続ける男を放り、モルドリンは惨殺された同胞達の亡骸の前に立ち涙を流した。

そして険しい表情でアーリアに向き直った。

 

「・・・アーリア、悪いが先にコロール本部へ向かってくれ。ヴィレナとオレインに知らせるんだ。支部長のウォージャスを含むレヤウィン支部のギルド員、そして私の部下が殺された。他の支部長の身にも危険が迫っているかもしれない。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、せっかくお風呂に入ったのに吹雪の中の強行軍。寒いよぅ。凍えちゃうよぅ。」

 

帝都で情報収集をしているボーラスと接触するため、アンドロニカスはブルーマを南下していた。

ジェナはアンドロニカスの炎耐性の体質を利用して体に火をつけて行ってはどうかなどと冗談半分でからかっていたが、この猛吹雪の中で寒さに追い詰められたアンドロニカスは、案外それもアリだったかもしれないと思い始めていた。

クヴァッチの事件を受けて街道の警備が強化されている関係か、道中は平和そのもので、山賊や凶暴な野生動物の姿も見られなかった。

 

「やあ、市民よ。」

 

「ご機嫌よう、お勤めご苦労様です。」

 

ちょうど、街道を進む帝国軍の巡視隊と遭遇した。

アンドロニカスは目立たないように薄汚れた平服を纏って旅人に扮していたつもりだったが、なにぶん何処にいても目立ってしまう容姿だったので、巡視隊の男共は街まで護衛しましょうかなどと私欲丸出しの提案をしてくる始末だった。

驚くほどしつこい巡視隊の面々からの提案をなんとか丁重にお断りしたアンドロニカスは、気を取り直して再び帝都を目指した。

 

辺りが暗くなり始めた頃には、白金の塔を囲むように建っている帝都の巨大な円形城壁が見えてきた。

帝都はシロディールの中心、ハートランドに広がる巨大なルマーレ湖に囲まれた島に存在するため、帝都の西側に位置するウェイという集落から伸びる巨大な石橋を渡る必要がある。

巨大なルマーレ湖の外周を回り、ようやくウェイに着いた頃にはすっかり日が暮れていた。

 

「最近はなにかと物騒だからね。夜間は帝都衛兵隊が橋を封鎖しているのよ。今夜はここで宿をお探しなさい。」

 

親切な老女がアンドロニカスに忠告してくれた通り、無数の篝火が焚かれた巨大な橋の入り口には、槍と大盾で武装した重装備の衛兵達が仁王立ちしていた。

仕方なく宿を探したが、小さな集落なのですぐに見つけることができた。

このウォーネットという宿屋は酒場付きのため、ウェイの住人やアンドロニカス同様に旅人や商人で帝都に入れなかった人々でごった返していた。

この様子では空き部屋はないだろうと思いつつ、ネルッサというハイエルフの女主人に声をかけたが、案の定すべての部屋が押さえられていた。

アンドロニカスがどうしたものかと考えていると、カウンターから聞き覚えのある声がかけられた。

 

「あれーー?ひょっとしなくてもカルエラじゃないの?あは、相変わらず顔色悪いねぇ。ちゃんと陽に当たってる?」

 

「ヴァンドレイクじゃないの!久しぶりね!」

 

男物のシャツにぼろぼろの革コートを羽織り、くしゃくしゃのショートヘアの下には不健康そうな隈に囲われたクリッとした大きな瞳。

なんとも不気味で近寄り難いオーラを放つヴァンドレイク・エメントラは、アンドロニカスと同時期にアルケイン大学に入学した同期生のウィザードで、現在はアルケイン大学の変性学と神秘学のスペシャリストとして教鞭をとっている。

 

ちなみに、魔術師ギルドは戦士ギルド同様に階級制であり、ギルド長兼ギルド評議長のアークメイジを筆頭に、ギルド評議員兼上級講師のマスターウィザード、支部長や講師を務めるウィザード、それに続いてウォーロック、マジシャン、コンジュラー、イヴォーカー、修行者、見習い、新入りとなっている。

 

昇格するには錬金術や付呪を含めたあらゆるジャンルの魔法の行使や知識に長けている必要があるため、単純な戦力としては必ずしも下位階級の魔術師が上位階級の魔術師に劣るということはないが、ヴァンドレイク・エメントラはギルベルト・フレイと並び、間違いなくマスターウィザード級の力を持つ魔術師だった。

 

「こんなとこで何してんのさ?"お仕事"で戻って来たの?」

 

「まあ、そんな感じね。でも夜に橋が閉鎖されるなんて知らなくて、宿を探してるとこよ。」

 

「へぇー、そうかい。ま、私はここで部屋が取れてるからいいんだけどね。」

 

「ふーん。」

 

「・・・・・」

 

「・・・・・」

 

「・・・・・」

 

「え?一緒に泊まろうって言ってくれないの?」

 

「はぁ?そんなの嫌だよ。私になんのメリットがあるっての?」

 

ヴァンドレイクは意地の悪い笑みを浮かべ、ジョッキに並々注がれたビールを一気に飲み干した。

 

「むむむ、この薄情者め・・・宿代も飲食代も全部私が持つ、これでどう?」

 

「ほーほー、そこまでしてくれるの?いやー、なんだか悪いねぇ。いひひ、持つべきものはやっぱ親友だね。いっひっひ。」

 

アンドロニカスは殴ってやりたい衝動に駆られたが、今の立場は圧倒的に不利なので、とびきりの社交的笑顔を取り繕って拳を収めた。

アンドロニカスが大学に戻ったらマスターウィザードの権限でなにか嫌がらせしてやろうかなどと考えていると、とりあえず部屋で飲もうという話になり、いくつかの酒と料理を頼んで2階へと上がった。

 

「最近の大学はどう?なにか変わった事はあった?」

 

アンドロニカスは塩を振ったジャガイモのほくほく焼きを頬張りながら尋ねた。

大学をこんなに長い日数離れたのは初めてだったので、人事や研究の面で何か変化がないか知りたかったのだ。

 

「私は大学を防衛するバトルメイジ部隊の指揮を任されたよ。まったく面倒くさいクソッタレな任務さ。だいたいそんなのマスターウィザードの仕事でしょ?あんたみたいに野蛮な破壊魔法が得意なカラーニャのおばはんにでもやらせりゃいいのに。ま、見返りに給料アップとおっ高い限定スイーツのご褒美があるんだけどねー。」

 

ヴァンドレイクは肉汁溢れるジューシーな羊肉の炙りに行儀悪くかぶりつき、冷えたビールで流し込んだ。

 

「野蛮で悪かったわね。でもウィザードで防衛部隊の指揮なんてすごいじゃない!アークメイジに信頼されている証拠よ。」

 

「あとはねー、クソ真面目なラミナスのおっさんがマスターウィザード長に任命されたよ。忙しくて禿げそうとか言ってた。」

 

「ラミナスはいろんな分野に精通していて上からも下からも信頼されてるからね。素晴らしい人選だと思うわ。」

 

「私からすれば要らない気を使ったり仕事が増えたりでご愁傷様っつー感じなんだけどねぇ。だいたい私もさー、ウィザードになりたかったわけじゃないのよ。見習いくらいで勉強してるふりして悠々自適に暮らしてやろう思ってたのにさ、周りが馬鹿ばっかだからどんどん昇格しちゃって、気がついたら防衛部隊の指揮官?まじ笑えないっての!ぶっとばすぞ!?けっ!まじでやってらんねー!」

 

ヴァンドレイクは珍しく酔っているようで、アンドロニカスに日頃の不満をぶちまけ始めた。

アンドロニカスがこれも親友(?)の務めだろうとしばらく適度に相づちを打ちつつ聞き流していると、窓の外がやけに騒がしいことに気付いた。

酔っ払いが言い争っているのかとも思ったが、喧騒はどんどん大きくなっていき、ついには悲鳴のようなものまで聞こえ始めた。

 

「なにかしら・・・ちょっとヴァンドレイク、寄りかからないで。外の様子がおかしいの。私見てくるわ。」

 

「・・・いってらさーい・・・ぐぅ・・・」

 

目立つアカヴィリ刀は携帯用の寝袋の中に隠しているので、アンドロニカスは護身用の短剣だけを持ち、外の様子を確認するために部屋を出た。

廊下で不安そうに窓の外を眺める宿泊客達をかきわけて酒場へ通じる階段を下っていると、酒場の方から大勢の叫び声と物が壊されるような音が聞こえ、女主人のネルッサが血相を変えて駆け上がってきた。

 

「だっ、誰か助けてっ!!」

 

その背後には斧を持った山賊風の大男の姿が見えた。

まだ新しい血のついた斧を振り上げ、足を踏み外して転倒したネルッサへ振り下ろそうとした瞬間、アンドロニカスは階段から飛び降り、その勢いで男の喉に短剣を突き刺した。

 

「ぐぼっ・・・!?」

 

男は大量の血の塊を吐き出して後ろに倒れた。

 

「あああ、ありがとうございます!ありがとうございます!」

 

「無事でよかったわ。なにがあったの?」

 

「わ、わかりません。外が騒がしいと思っていたら突然その男が店に入ってきて・・・」

 

アンドロニカスは酒場を見渡す。

入り口付近にいた数名の酔っ払いが血を流して倒れ、机や椅子が乱雑に倒されていた。

この大男がやったのだろう。

奥の方では他の客が食器棚や倒れた机のかげに身を潜めていた。

アンドロニカスはネルッサらに家具や酒樽を使ってバリケードを築くように助言し、店の外へ出た。

 

「ひやっはーーーっ!!へぐしっ!?」

 

「きえぇええーーーっ!!びっ!?」

 

外へ出た途端に2人の男がアンドロニカスに襲いかかった。

剣を振り回しながら突っ込んできた男は足を払って首筋を斬り、槍を繰り出した男は瞬時に間合いに入って喉を斬る。

動きも武装も素人同然、間違いなく山賊の類だった。

しかし、ただの山賊風情が帝都の入り口であるこの集落を襲うだろうか。

アンドロニカスがそんな事を考えていると、橋の入り口を守っていた衛兵隊がようやく到着した。

 

「みなさん!こちらへ避難してください!!」

 

「我々が対処します!住民の皆さんはこちらへ避難を!!」

 

数十名の衛兵達はいくつかの部隊にわかれて制圧を開始し、宿屋だけでなく、周辺の民家や商店に立て籠もっていた人達の避難誘導も始まった。

こうなるといよいよ山賊連中に勝ち目はなく、よく訓練された重武装の衛兵隊の前に次々と撃破され、屍の山を築いていった。

やがて騒動は終結したが、現場検証やさらなる襲撃に対応出来るよう、応援の衛兵隊がウェイに駐留し、住民や旅人達は帝都内に入る事となった。

旅人達は帝都内の宿へ散らばり、住民は国指定の公共避難所へ行くか、知人宅を訪ねて行くかのどちらかだった。

 

アンドロニカスは未だうつらうつらしているヴァンドレイクに肩を貸し、懐かしのアルケイン大学へと戻った。

本当ならラミナス・ポラスに昇格のお祝いの言葉を伝えたりアークメイジや同僚達の顔を見たりしたかったが、まずはブレイズとしての務めを優先すべきだと考え、ヴァンドレイクを入り口の守衛に預けるとすぐに引き上げた。

まずはボーラスとの接触の仲介をしてくれるブレイズの書記官兼年代記編者のアンドレアス・マキトゥスを探す必要があった。

アンドロニカスは山賊の襲撃で騒がしくなり始めている夜の帝都の闇に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思いのほか上手くいったな。」

 

同じ頃、多くの商船が係留されている帝都波止場地区の一画で、山のように積まれた木箱や木樽のかげで、黒衣を纏った男女が何事かを話し合っていた。

 

「はい、目先の事しか考えていない奴らを騙すのは簡単です。あとはこれを何度か繰り返せば・・・」

 

「業を煮やしたアダマス・フィリダは山賊共の殲滅に乗り出すだろうな。そうなればあとは・・・くくく、奴の恐怖に歪む顔が眼に浮かぶ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・夜明けか。」

 

空が白み始める。

朝日に照らされて美しく色づきだした草木生い茂る丘を、1人のオークが歩いていた。

黄金色の美しい剣を携え、全身に返り血を浴びたそのオークの名はゴルドロック。

恐ろしい風貌でありながら深い知性を秘めたその眼は、遥か先で朝日が反射して白く美しく輝く純白の帝都を捉えていた。

 

 

 

 

 



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接触

「おはようございます。」

 

「・・・いらっしゃい。」

 

帝都商業地区の片隅に古びた本屋があった。

飾り気の無いぼろぼろの看板には『ひやかしお断り』の文字が乱雑に書き込まれている。

室内は本屋というよりも王宮や大学の普段使われていないくたびれた資料庫といった感じで、古びた大量の書物があちこちにうずたかく積まれている。

そんな本の山の奥に見える小さなカウンターに座った老店主が、建て付けが悪くなり酷く軋むドアを開けて入店したアンドロニカスをジロリと品定めするように見た。

 

「なにかお探しで?」

 

齢80にもなろうかという深いシワを顔中に刻み込んでいる白髪の老店主は、腰が曲がって子供のような背丈でありながら、ひとたび凄めば衛兵でさえたじろがせそうな迫力があった。

 

「あ、えーっと・・・」

 

アンドロニカスは、とりあえず一番近い所にあるテーブルの上で山積みにされていた本の中から適当な本を選んで取り出し、曇王の神殿で貰った指環と共に差し出した。

 

「これ、お金がないのでこの指環と交換に本を売ってほしい。」

 

「・・・・はぁ?金がないのか?ならあんたは客じゃあない、さっさと帰んな。」

 

老店主はまるで酔っ払いをあしらうかのようにアンドロニカスを睨みつけ、邪魔くさそうに手を振った。

しかしアンドロニカスは、ジョフリー達に教わったように余計な事を言わないように心掛けた。

 

「お金がないのでこの指環と交換に本を売って欲しい。」

 

「しつこいぞお嬢ちゃん、衛兵を呼ばれたいのか?」

 

「お金がないのでこの指環と交換に本を売って欲しい!」

 

「ええい帰れっ!これ以上わしを怒らせるなっ!!」

 

「お金がないのでこの指環と交換に本を売って欲しいっ!!」

 

アンドロニカスと老店主の視線がぶつかり合う。

僅かな沈黙が続いた後、苛立たしげに顔をしかめていた老店主は表情を緩めて大きく咳払いをすると、カウンターの下から一冊の本を取り出してニヤリと笑った。

 

「ふん、少しは骨があるようじゃな。その本じゃなくてこいつを持っていけ。」

 

「あの、私は・・・」

 

「大丈夫じゃ、ちゃんとわかっとるよ。その本を読め、探し物が見つかるじゃろう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦士ギルドのコロール本部では、毎年恒例の支部長会議が開かれていた。

会議用の巨大な円卓には9つの席が用意されており、コロールの本部からはギルドマスターのヴィレナ・ドンドンとチャンピオンのモドリン・オレインが、そしてクヴァッチ、スキングラード、アンヴィル、レヤウィン、シェイディンハル、ブルーマ、ブラヴィルの各支部からはそれぞれの支部長であるガーディアン達が出席することになっている。

しかし、現在この場に揃っているのは、ヴィレナ・ドンドン、モドリン・オレイン、スキングラード支部長のサヴェラ・モルドリン、アンヴィル支部長のアザーン、シェイディンハル支部長のバーズ・グロ=キャッシュ、ブルーマ支部長のエルマ・シールドメイデンの6名だけだった。

 

クヴァッチ支部はクヴァッチが壊滅した際に全滅し、レヤウィン支部長はコロール付近で闇の一党に暗殺され、ブラヴィル支部長も帝都の南西で遺体となって発見された。

モルドリンの指示を受けたアーリアの警告により、コロール本部の戦士達及びコロール衛兵隊が各支部方面へ派遣され、本部へ向かっていた各支部長の一団と合流した事で警戒されたのか、他の支部長への襲撃はなかった。

 

「由々しき事態だヴィレナ。支部長が2人も殺されるなど・・・それに撃退こそしたものの、モルドリンも襲撃を受けている。多くのギルド員が犠牲となった。」

 

戦士ギルドのNo.2、チャンピオンの階級にあるダークエルフのオレインは立場上冷静を装っているものの、その内心は激しい怒りに満ちていた。

 

「雇い主はブラックウッド団に決まってる!あの屑共は俺達を目の敵にしてやがるからな!」

 

シェイディンハル支部長のバーズは机を激しく叩きつけた。

様々な猛獣の毛皮から作られた鎧が見る者を威圧するオークの熟練戦士は、怒りの余り太く鋭い牙をむき出しにしていた。

 

「いや、私はそれはあり得ないと思う。ブラックウッド団と我らが仕事上対立しているのは世間に広く知れ渡っている。だからこそ暗殺などという凶行に及べば真っ先に疑われる事になる。奴らは頭が回る、こんな事はしないさ。」

 

「確かに。誰もが真っ先に思いつくのはブラックウッド団だ。あるいはそう思わせるのが狙いか?とにかく情報を集めねばな。」

 

洗練された鋼鉄の鎧を纏ったレッドガード、アンヴィル支部長のアザーンが冷静に異論を唱え、モルドリンもそれに同意した。

 

「本部からの援軍のおかげか、結果として我々は襲撃されなかったわけだが、これだけの襲撃であれば依頼金は相当な額になる筈だ。依頼主は金持ちかそれなりの組織といったところか。ブラックウッド団でなければ一体なにが目的なのかは知らんが、戦士ギルドに手を出した事を徹底的に後悔させてやる必要があるな。」

 

若きブルーマの女支部長、灰色熊の毛皮から作られた兜と外套に身を包んだエルマが、怒りに歪んだ薄ら笑いを浮かべながら手にしていた胡桃の殻を粉々に握りつぶした。

円卓を囲むように周囲で会議の様子を見守っていた各支部の護衛ギルド員達は、バーズやエルマの激しい怒りを受けて知らず知らずの内に後ずさりをしていた。

そして、今まで黙って会議の成り行きを見ていたギルドマスターのヴィレナが口を開いた。

 

「オレイン、組織体制の変更を行います。モルドリン、エルマ、あなた達は特命部隊を組織して今回の件の解決に当たりなさい。捕らえた暗殺者の生き残りについては自害防止の徹底を図ること。モルドリンを部隊長、エルマを副長とするように。先程話にも上がったようにブラックウッド団は無関係かも知れませんが、念のため彼らの背後も調べなさい。スキングラード、レヤウィン、ブルーマ、ブラヴィルの依頼は本部が指揮を執って処理します。アザーンとバーズはこれまで通りアンヴィルとシェイディンハルの依頼を処理なさい。オレイン、私は先の派兵に関する礼を言うためにアリアナ・ヴァルガ伯爵夫人の元へ向かいます。戦死したギルド員達の家族への連絡と葬儀は貴方に任せますので抜かりなくお願いします。では、今回の支部長会議はこれまで。非常時にこそ我々の力が試される、各自与えられた仕事を確実にこなしなさい。」

 

ヴィレナはオレインと各支部長に次々と指示を出し、会議は早々に解散した。

普段なら各支部の情勢報告やギルドの方針決定などを行うのだが、この非常事態がそれを許さなかった。

 

「モルドリン殿、ご一緒させていただくのは久しぶりだな。」

 

ギルド員でごった返し慌ただしくなっている中、戦士種族のノルドがいかにも好みそうな鋼鉄の斧と巨大な丸盾を背負ったエルマが、同じくらいのノルドの青年を連れてモルドリンに一礼した。

 

「この男は我がブルーマ支部のギルド員であり我が従者、イルヴァール・アイアンスロートだ。大人しいが勇猛な戦士だよ。」

 

エルマに促され、背の高い金髪のノルドの青年は深く一礼した。

 

「おお、君があの"鉄の喉"か。勇猛さはスキングラードにも知れ渡っている、頼りにしているよ。こっちのカジートは射手のスラッジョ、そしてこっちのダークエルフが拳闘士のアーリア、どちらも優秀な戦士だ。さて、顔合わせは終わりだな。エルマ、簡単に口を割るとは思えないが、まずは我々が捕らえた暗殺者の尋問をしよう。少しでも情報が得られるかもしれん。」

 

「承知した。なぁに、片手の指が無くなる頃には饒舌になるだろう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「オカート総書記官、レノルト指揮官がお見えです。」

 

「わかった、応接間へお通ししろ。」

 

帝都の中心にそびえ立つ白金の塔。

その上層階に、帝都執政官の執務室兼居住区があった。

かつてユリエル・セプティム七世に仕えたオカート書記官は、ブレイズが見つけ出した皇帝の遺児、マーティン・セプティムが戴冠するまでの間、総書記官兼元老院議長として、元老院や各長官らと共に帝国の運営を任されていた。

そして、現在帝都のブレイズを統括しているレノルト指揮官と連絡を密にし、皇帝を暗殺した深遠の暁に関する情報のやり取りを行なっている。

勿論、皇帝に直接仕えるブレイズは執政官の指揮下にはないため、すべての情報を得る事が出来るわけではない。

ブレイズの総大将であるジョフリーが提供不要と判断した情報は、たとえ帝国の現最高権力者であっても、無理に引き出すことは出来なかった。

 

「こちらへどうぞ。」

 

「うむ。」

 

オカートと同じく帝国王宮魔闘士であり、現在は彼の護衛官を務めるエヴァンジェリン・ビニクが総書記官室の扉を開き、廊下で待っていたレノルトを招き入れた。

それから数分後、議員用の赤いシルクのローブをまとい、身なりを正したオカートが応接間に現れた。

ハイエルフの男性とブレトンの女性では頭2つ分ほども身長が違ったが、オカートはこの小さなブレイズの指揮官にいつも圧倒されていた。

初めこそオカートはブレイズとの関係で主導権を握ろうと考えていたが、目の前で腕組みしながら油断なくこちらを観察してくるレノルトは、可愛らしい見た目とは裏腹に、交渉の場では一切の妥協を許さないしたたかな女傑だった。

総書記官にまで上り詰めたオカートが今ではすっかり主導権を握られ、情報の交換というよりも、一方的にブレイズへ情報を提供している状態にまで持っていかれていた。

 

「遅くなり申し訳ありません、レノルト指揮官。なにぶん処理すべき政が山のようにありまして。」

 

「お気遣いなく。オカート殿も大変な重責ですな。帝国の政治は正常に機能しているので?」

 

「勿論です。皇帝陛下が崩御されたとはいえ、帝国行政の停滞は帝国の混乱に繋がりますからな。私を中心に元老院と各長官が各地方の混乱を鎮めるべく奔走しているところですよ。」

 

「ふむ、オカート殿が総書記官に就任した事を快く思わない古株議員もいたと聞いたが・・・最近、その議員は急病で議会の病欠が続いているそうですな。なにかご存知かな?」

 

「・・・・」

 

レノルトの視線がねっとりとオカートに絡みつく。

オカートは笑顔を繕って平静を装ったが、今日の会談も出だしからレノルトが主導権を握っていた。

 

「はっはっは、まあ、そんな噂もありますね。さて、本日はどのようなご用件で?」

 

オカートはサマーセットから輸入した紅茶を差し出し、話を進めるよう促す。

 

「それこそ元老院議員についてですよ。我々が入念に調査した結果、元老院内部にも深遠の暁の内通者がいる事がわかりました。まだ特定は出来ていませんがね。」

 

「なっ・・・そ、そのような事が・・・」

 

「オカート殿、このような事を言うのは主義に反しているのだが、我々はあなたを信用している。先の暗殺では陛下と御子息を含む皇族全員が暗殺されたが、あなたを含めた帝国の要人にも暗殺者の魔の手が伸びないとも限らない。」

 

「・・・で、私にどうしろと?」

 

「本来の任務とはかけ離れているが、あなたにブレイズの護衛をつけさせてもらいます。もちろん、あなたや護衛官のエヴァンジェリン殿が強力な魔闘士である事は存じています。しかし、念には念を入れ、執務室と廊下にそれぞれ信頼できる優秀な部下を配置させてもらいます。異論は?」

 

「・・・お心遣いに感謝します。」

 

オカートは頭を下げたが、彼は気付いていた。

ブレイズは間違いなくオカートにも疑いの目を向けていた。

'"支配者"ヴェルシデュ・シャイエの例もある。

護衛というのは建前で、実際にはオカートの監視役としてブレイズを送り込むのだろう。

 

「今日はそれだけです。では、また何かあればお知らせください。ブレイズはこれからも、陛下の御意志を継ぐあなたと共にあります。」

 

レノルトは顔に貼り付けたような微笑を残し、応接間を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスター、今日のランチは何かしら?」

 

「今日はコロール野菜の新鮮サラダ、コンソメスープに焼きたてパン。メインはスローターフィッシュの揚げ物に焼きトウモロコシの付け合わせ、デザートに蜂蜜のマフィンがつきます・・・ってお客様さん!よだれ!よだれ!」

 

「はっ!?ご、ごめんなさい。つい・・・じゃあ、それお願いします。」

 

帝都のエルフガーデン地区にある宿屋、ルーサーのボーディングハウス。

ちょうど昼時という事もあり、一階の食堂では店主のルーサーと従業員が多くの客を相手に忙しなく動き回っていた。

カウンターで美味しそうな料理を注文したアンドロニカスがエールを飲みながら待っていると、隣の席に中年のレッドガードの男が腰掛けた。

 

「ようマスター、冷えたビールくれや。あと適当にツマミも。」

 

男は肉汁溢れる熱々の腸詰めにかぶりつき、よく冷えたビールを飲み干す。

 

「くあぁぁあああ〜〜〜〜〜っ!!・・・・最っ高だなぁ、昼間っから冷えたビールってのは。ん?おぉ?こりゃ別嬪の姉ちゃんじゃねえか。なあ、俺と一緒に飲まねえ?」

 

「あらごめんなさい。私、呑んだくれじゃなくて真面目で誠実で逞しい人がタイプなの。」

 

アンドロニカスが素っ気なく返すと、男は袖をまくって腕の筋肉を見せつけた。

 

「へへっ、俺だって逞しさなら自信あるぜ!ほら、この腕の筋肉を見てみなよ!」

 

「はいはい・・・あ、スープが来た。それじゃあね、逞しいお兄さん。私は料理はできたての美味しいうちに食べたいの。邪魔したらぶん殴るわよ。」

 

「けっ、つれねぇなぁ・・・・うっ、おいマスター、ちょいとトイレ借りるぜ。」

 

もよおした様子の男は、マスターに断ってトイレがある地下室へと降りて行った。

すると、店の片隅で黒馬新聞を読んでいた身なりのいい男が、酔っ払いの後を追うように地下室へと降りて行った。

 

アンドロニカスはその様子をじっと眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃい、何かお探し・・・」

 

「アンドレアス・マキトゥスだな?」

 

「・・・なんだい、藪から棒に。客じゃないなら・・・」

 

「暁の到来のために。」

 

「っ!?」



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沈みゆく月

「指揮官、ただいま戻りました。」

 

アカヴィリ式の甲冑に身を包んだブレイズの隊員がレノルトの執務室を訪れた。

皇帝の寝室に隣接しているこの執務室は、かつてシロディール担当指揮官を含め、常時数名のブレイズが待機している親衛隊待機室だった。

しかし、皇帝が暗殺されて以降はレノルトの執務室となり、皇帝不在の帝国を監視する拠点となっていた。

 

「うむ。どうだった?」

 

暖炉の揺らめく明かりに照らされたレノルトが報告を促す。

顎と額に大きな古傷を持つブレイズの男は、室内の薄暗さが際立たせるレノルトの軍人らしからぬ妖艶さに感嘆しつつ、任されていた調査案件の報告をした。

 

「やはり数名、深遠の暁の息がかかった議員及び軍関係者がいるようです。まだ調査中ですが、現時点で確実なのはこの連中です。」

 

ブレイズの男は、小さく折り畳まれた紙を懐から取り出し、急かすレノルトに手渡した。

 

「そうか・・・ご苦労だった、もう下がっていいぞ。しばらく休んでくれ。」

 

「指揮官は残業ですか?」

 

「たった今、お前が仕事を持って来てくれたからな。」

 

レノルトは頬杖をつき、手渡された紙を親指と人差し指でつまんでヒラヒラさせ、意地悪げな笑みを浮かべた。

 

「指揮官も性格が・・・いえ、なんでもありません。それならせめてもの償いにコーヒーでも淹れましょうか?エルスウェーアのコーヒー豆がありますよ。」

 

「性格が、ってなんだ性格が、って!まあいい、コーヒーを淹れてくれるならそれで勘弁してやろう。熱くて濃くて美味いやつを頼むぞ。」

 

「了解しました。」

 

扉が閉められた後、レノルトは手渡された紙に書かれている議員の名前に目を通した。

 

「・・・・・ほう、これはこれは。」

 

しばらく目を通した後、レノルトは記された名前を全て記憶し、紙は丸めて暖炉の火の中へと放り込んだ。

座面に滑らかな鹿の毛皮をはったお気に入りの椅子から立ち上がり、アーチ状の窓から外を眺めると、空一面に星屑の海が広がっていた。

 

「さて、どう動くか・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、暁の・・・到来・・・・」

 

首を締め上げられて意識を失った小綺麗な身なりの男をその場に寝かせ、黒髪を短く刈り込んだレッドガードの中年男はアンドロニカスへと向き直った。

 

「久しぶりね、ボーラス。」

 

「あの薄汚れた下水道での共闘が遠い昔のようだ。まさかあんたがブレイズに入隊するとはな。名前は・・・カルエラ・アンドロニカスだったな。」

 

ボーラスはアンドロニカスと固い握手を交わす。

先ほど力自慢でアンドロニカスに見せつけた浅黒い右腕には、小さな字で『俺の後、密偵、続け』と書かれていた。

 

「あんたが気付いてくれてよかったよ。仕事柄、酒はあんまり飲まないんでね、酔っ払いのフリってのは難しいもんだ。」

 

「本当に"フリ"だったのかしら?結構お酒臭かったけど。」

 

「ははっ、まあ細かいことは気にするな。しかしよく俺を見つけられたな。マキトゥス爺さんに虐められなかったか?」

 

「あなたと同じでとっても紳士的なお爺様だったわ。貰った本にあなたとの接触の方法が書いてあったから・・・もしかして、私が来るまでずっとここで呑んだくれてたわけじゃないわよね?」

 

「あんたの絡みでアダマス・フィリダ司令官から没収した財産が山ほどあるからな。飲食の資金は潤沢にある、とだけ言っておくよ。さて、そろそろ仕事の話しだが・・・まずは場所を移ろうか。」

 

「この男は?どうするの?」

 

「私が処理しよう。」

 

2人が振り返ると、店主のルーサーが階段を下ってきた。

ルーサーは慣れた手つきで猿轡と縄で気絶した男を拘束し、部屋の端に置かれていた巨大な樽の中へ放り込んだ。

 

「驚いた、ブレイズの協力者ってあちこちにいるのね。」

 

「ブレイズは金払いがいいからな。こいつ1人片付けるだけで1週間分の稼ぎにはなる。なあ、ボーラス?」

 

「まったく、あんたは大した"協力者"だよ。方法は任せる。抜かりなくやれよ?」

 

「お安い御用さ。さあさ、そこの通路から路地裏へ出られる。さっさと行きな。」

 

ルーサーに促され、抜け道を通ってエルフガーデン地区の人気のない裏通りへと脱出した。

 

「でもよかったの?あの男から何か手がかりを引き出すことができたんじゃ・・・」

 

「あいつは俺の始末のためだけに送り込まれた入信間もないチンピラだ。何も知らんよ。だが安心しろ、俺は奴らの幹部との接触方法を既に入手している。」

 

「幹部を捕まえて情報を引き出す事が出来ればかなりの進展ね。で、どうやって接触する?」

 

「タイミングがいい。実は、今夜奴らが集会を開く事になっているんだ。その集会に潜入し、幹部をひっ捕らえてやろう。」

 

そう上手くいくかしら、とアンドロニカスは考えたが、他に方法がないのも事実だった。

2人は準備を整えるため、ボーラスが拠点にしている地下水道へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コソコソ這いずり回る屑にしては、なかなか根性がある奴だ。お陰で折る指が無くなってしまった。後は足か・・・」

 

モルドリンは、賛同する訳ではないものの、エルマの行き過ぎた尋問に苦言を呈する事はなかった。

相手はタムリエルに恐怖を振り撒き、また同胞の命を奪った非情の暗殺者の一員だったからだ。

しかし、せっかく生け捕りにした情報源に死なれては元も子もないため、魔術師ギルドに自白薬の作成を依頼する事にした。

帝国の法律では非人道的と見なされる薬であり、(建前上は)軍でも使用される事は稀だったが、足の指まで折らせる事と比べれば随分人道的だった。

モルドリンがギルドマスターであるヴィレナ・ドンドンの署名がされた依頼状と金貨を戦士ギルド本部に隣接する魔術師ギルドのコロール支部へ持参して数時間が経過していた。

客室で支部長のティーキーウスと話をしていると、珍しいレッドガードの魔術師が銀の盆を持って現れた。

盆の上には薄緑色に淡く輝く妖しげな薬瓶があった。

 

「調合が済んだようですな。なにぶん我々も作り慣れていないもので・・・」

 

受け取った薬瓶をまじまじと見つめたティーキーウスは、アルゴニアン独特のしゃがれ声で呟きながら、それをモルドリンへと手渡した。

 

「効果が十全に発揮される事を願っています。」

 

「発揮されなければ・・・」

 

モルドリンは僅かに間を空けて続けた。

 

「私の部下が少々骨を折る事になりますね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都の地下に張り巡らされた広大な地下水道は、相変わらず鼻につく臭いと汚らしいドブネズミに満ちていた。

たまに盗賊や何処からか潜り込んだゴブリンが寝床を作っている事もあるが、少なくとも地下水道の主要区画は年に数回、帝都衛兵隊がゴロツキ掃除を行うため、危険は少なかった。

 

「アンドロニカス、深遠の暁の集会場所はもうすぐ。俺の調べではレイブン・キャモランというアルトマーの男がその集会を取り仕切っている。」

 

ボーラスを先頭に、2人はアンドロニカスの暗視魔法で視力を暗闇に適応させ、迷路のように張り巡らされた広大な地下水道を延々と歩いていた。

 

「以前戦ったアルトマーの幹部は強力な破壊魔法の使い手だったわ。そのレイブン・キャモランってアルトマーの情報は?」

 

「武装召喚魔法と剣術の達人だそうだ。デイドラ由来の魔法の武具を召喚できるとかなんとか。元々ゴロツキの溜まり場だった場所をたった一人で一掃して拠点にしたのもそのアルトマーらしいぞ。」

 

アンドロニカスはボーラスの情報収集能力に改めて感心させられた。

 

「凄いわねボーラス。ブレイズ全体がまだ把握してない幹部の情報まで。凄腕諜報員さんはどんな手を使ったのかしら?」

 

ボーラスは得意げに鼻を鳴らした。

 

「なに、簡単な事さ。ここに出入りしてた信者の一人をとっ捕まえたんだ。自殺されちゃかなわんので気絶させた上で素っ裸にしてやった。あとは冷水につけて優しく頭を撫でてやっただけで聞いてもない事までベラベラ喋ったよ。レイブン・キャモランの好物がイチゴだって事までな。」

 

アンドロニカスは思わず苦笑いした。

 

「あら、それならイチゴの差し入れを持ってくるべきだったわね。」

 

互いに小声で無駄口を叩いていると、ボーラスは錆びだらけの古びた鉄扉の前で足を止めた。

 

「着いたぞ。この扉の先だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「話が違うぞ!ウォージャスとトレヴァーだけじゃない、モルドリンも標的だ!失敗した、だと?けっ、何が闇の一党だ、ダンマーひとり殺せねえのかよ!」

 

ウッドエルフの若い男は怒りに任せて机を叩いた。

目の前に立つ黒衣の3人組はウッドエルフが怒鳴り散らす様を微動だにせず眺めていたが、やがて中央に立っていた猫背の男が静かに口を開いた。

 

「依頼人よ、どうか早まらないでいただきたい。これはあくまで経過報告、我々は依頼を受けた以上必ずやり遂げる。確かに不出来な部下が標的を1人始末し損なった。だが、まだ暗殺の機会はある。」

 

そのブレトンの男は、眉ひとつ動かさず冷めた表情でウッドエルフを見、淡々とした事務的な口調で言葉をかけた。

黒いフードの下から覗く肌は病的な程に白く、頬のこけた顔に貼り付いた目はただただ冷たかった。

 

「とにかく、依頼通りブラヴィルとレヤウィンの支部長は片付けた。スキングラード支部長は・・・今度は私が直接手を下そう。案ずるな依頼人よ、次は成功させる。必ずな。」

 

「あんたらに依頼するためにギルドから金をちょろまかしてきたんだ!もし今度失敗するようなら金は・・・」

 

黒衣の男達はまだ何か言いたげな依頼人の言葉を遮り、その場から文字通り姿を消した。

仰天するウッドエルフを尻目に、透明化した3人は足音もなく会合の場を後にした。

 

「生意気なガキですね。マシウ様にあのような口を・・・」

 

「所詮は素人じゃ。ブラックハンドの恐ろしさを感じる事すら出来ん程にな。」

 

「余計な事は言うな。ところでハサン、貴様の聖域には優秀な教え子がいるそうだな?」

 

ブレトンの男は隣を歩くレッドガードの老人に尋ねた。

 

「はっ、それはラシードの事ですか?確かに腕は立ちますが・・・」

 

「しばらく貸せ。今回の任務に同行させよう。」

 

「しかし・・・いえ、かしこまりました。マシウ・ベラモント様のお望みのままに。」

 

ブレトンの男、マシウ・ベラモントはつぶやく。

 

「サヴェラ・モルドリン、シシスの冷たい抱擁が待っているぞ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

清々しい風が開け放たれた窓から室内を吹き抜けていく。

アルケイン大学の中心にそびえ立つアークメイジの塔の最上階に設けられた魔術師ギルド評議会の会議室では、ハンニバル・トレイヴンの招集を受けたマスターウィザード達が円卓を囲んでいた。

 

黄金の天秤に乗せられた魂石の結晶とウェルキンド石、宝石のように輝く泡をはき出しては室内に花の香りを漂わせる魔法の硝子花瓶、錬金術に用いられる最上の焼炉や蒸留器、真鍮の歯車とピストンで構成された機械仕掛けの不思議な器具。

室内には一般人が目にした事もないような不思議な魔術具類が溢れていた。

 

「これはかつてモロウィンドでソーサ・シルに頂いた品でね。この無骨な真鍮の機械はただひたすら時を刻むだけだが、理論上は永遠に動き続け、しかも精巧さを欠く事がない。」

 

トレイヴンは子供のように目を輝かせ、愛おしそうに真鍮の機械を眺めている。

 

「トレイヴン評議長、そろそろお時間ですが・・・」

 

評議長補佐を務めるハイエルフのカラーニャが声をかけると、トレイヴンはゆったりとした足取りで自分の席へと戻った。

 

「・・・諸君、すでに聞き及んでいるだろうが、ブレイズ及び総書記官から情報提供があった。近い将来、デッドランドのオブリビオンの門がタムリエルの至る所で開かれる可能性が非常に高い。」

 

議場は騒然とした。

クヴァッチの壊滅の際に開かれたと言われている門の数は断定されていない。

帝国議会の指示により派遣された魔術師ギルド員達が現地調査を行なったが、何もかもが焼け爛れていたために調査は難航していた。

一説には1つの巨大な門がクヴァッチ城の正門を破壊し、その後通常の門が2〜3開き、デイドラの軍勢をはき出したという。

 

それがタムリエル中に開くとなれば、かつて人々がアイレイドエルフとデイドラに蹂躙されていた古の暗黒時代が再び訪れるであろう事は目に見えていた。

 

「評議長、ブレイズの調査はどこまで進んでいるのですか?」

 

アイレイド研究部門長のアーラヴ・ジャロルが苛立った様子でトレイヴンに詰め寄る。

 

「前評議長補佐のカルエラ・アンドロニカスを派遣されてた筈ですが、貢献といいますか・・・なにか収穫はあったのでしょうか?」

 

書庫部門長のター・ミーナも疑問を呈する。

他の評議員達も次々に声を上げようとするが、トレイヴンが手を挙げてそれらを制した。

 

「諸君、取り乱してはいけない。ブレイズの調査についてはアンドロニカス君が中心となって進められている。進捗状況については・・・正直言ってまだまだといったところらしい。しかし、我らも必要に応じて彼らへの協力が求められる事は間違いない。」

 

「評議長、アンドロニカスの派遣は正しかったのでしょうか?そもそも学術探究機関である我々が関与すべき事なのでしょうか?"パンはパン屋"という言葉もあります。反帝国組織の取り締まりはブレイズと軍に任せるべきなのではないでしょうか?」

 

「アーラヴ、君ほどの男が愚かな事を言うでない。」

 

トレイヴンは静かに、しかし若干の怒気を含めた口調でアーラヴを非難した。

 

「反帝国だとかブレイズだとか、組織間の問題ではない。これはタムリエルに生きる全ての人々の問題なのだ。アーラヴ、地上にデイドラが溢れ、人々が殺戮される地獄の世の中になったとしても、君は大学の机上で研究や実験をするつもりかね?それならここから去りたまえ。我々の初心を、高潔なるヴァヌス・ガレリオンの志を忘れてはいかん。ギルドは我々のためにあるのではない、人々のためにあるのだ。」

 

アーラヴはバツが悪そうに俯き、彼に賛同しかけていた数名の評議員達も押し黙った。

 

「今日、諸君を集めたのはこのような不毛な議論をするためではない。オブリビオンの門が開かれた場合、それらにどのように対処するかを話し合う必要がある。先日の帝国議会の場で、マクシムス帝国軍総司令官よりバトルメイジ部隊の運用についても話が上がった。"その時"が来れば、諸君を含めたウィザード以上の地位にあるギルド員にはバトルメイジを率いて戦場に赴いてもらう必要がある。」

 

トレイヴンは断言した。

誰の目にも恐怖と驚愕が入り混じっていたが、反論出来る者はいなかった。

ここに至ってようやく、彼らは暗い時代への歩みが逃れられない運命だと言う事に気付いた。

 



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死の抱擁

「自白薬の効果はいかかだった?」

 

地下室から上がってきたモルドリンを見た"盾の乙女"エルマは、残忍な鈍い光沢を放つ斧を手入れしながら声をかけた。

 

「残念ながら奴は命令を受けただけで、依頼人については知らないようだ。だが薬の効果はてきめん、知ってる事は洗いざらい吐かせられたよ。しかし、ここの地下室は随分暑いな。」

 

モルドリンはくたびれた様子で首元のボタンを外して額の汗を拭う。

助手をしていたアーリアがすかさず清潔なタオルと水で満たされたコップを手渡した。

 

「あふぅ〜〜!!汗を拭うモルドリン支部長も素敵ですーーっ!!」

 

「おいダンマーの娘、いちいちクネクネするな。で、モルドリン殿、奴は何を吐いたのかな?」

 

「奴らの目的はブラヴィル支部長のトレヴァーとレヤウィン支部長のウォージャス、そしてスキングラード支部長である私の3人・・・らしい。」

 

しばらく沈黙が流れる。

それぞれが3人の共通点を考えるが、思い浮かぶのは支部長という事だけ。

モルドリンはダークエルフ、ウォージャスはアルゴニアンなので、それぞれ帝国民に差別される事もある種族だが、トレヴァーは上流階級にも数多く存在するブレトンであり、差別主義者による犯行であればむしろシェイディンハル支部長であるバーズが狙われるはずである。

退治した悪党による報復も考えられたが、隣接するブラヴィルとレヤウィンはまだしも、スキングラードは管轄地域が離れ過ぎているため、同一の犯罪組織に狙われるとは考えにくい。

 

「あともうひとつ、面白い事を聞いた。」

 

モルドリンが話を続ける。

 

「失敗した私の暗殺についてだが、次は幹部クラスの凄腕暗殺者が投入される可能性が高いそうだ。」

 

「それは面白・・・おも・・・面白いですか?」

 

「はっはっはっはっ!!」

 

アーリアが間の抜けた声を漏らすと、エルマが心底楽しそうに笑い、拳の骨を鳴らし始めた。

 

「自ら囮となり幹部を捕らえるおつもりだな?さすがは英雄の血筋、剛毅なことだ。」

 

「そんな、危険ですモルドリン支部長!!幹部クラスの凄腕暗殺者って・・・」

 

「ならお前が守ればよかろう。何のための護衛だ?」

 

「むっ・・・エルマ支部長、意地悪です!」

 

「事実だろう。して、どうなさるおつもりか?グレートオークの大樹の下に寝転んで狙われるのを待つわけでもあるまい。自然かつ狙われやすくとなれば、やはり支部への帰還途中だと思われるが。」

 

「私もそう思っていた。すぐにでも他の支部長と同様に自分の支部へ戻ろうと思う。支部に戻れば闇の一党といえど手出しし難くなる。ならばその道中が奴らにとって絶好のチャンスとなるはず。」

 

「ふむ、ならば私とイルヴァールは離れた場所から後を追うとしよう。異変があれば直ぐに駆け付けるからな。おい、イルヴァール!出発の準備をしろ!」

 

エルマは巨大な丸盾と斧を軽々と肩に担ぎ、各支部長に割り当てられた客間へ戻ろうとしたが、モルドリンがそれを制止した。

 

「待ってくれ。自白剤の効果が本物なら捕虜の話に偽りはないだろうが、下っ端が計画の全てを把握しているとも限らない。偽の情報を掴ませてこちらを撹乱し、ギルド本部の殲滅を目論んでいる可能性もある。ヴィレナとオレインに限って大丈夫だとは思うが、君とイルヴァールは万が一に備えてここを守っていてくれ。」

 

「ふむ、確かに一理あるな。わかった、我々はここで待機しよう。」

 

「モルドリン支部長・・・」

 

「すまないアーリア。君とスラッジョを危険に晒すことになってしまって。」

 

「私達のことじゃありません!支部長が・・・」

 

「私のことは大丈夫、自分の身は自分で守れるよ。それに、殺された仲間達の為にも黒幕を引きずり出さなければならない。わかってくれ。」

 

 

 

 

 

 

「よくぞここまで辿り着いた!この集会所を見つけることが我らの教団へ参加する試験なのだ!そして諸君はこうして私の言葉に耳を傾けている・・・・さあ歓迎しよう、深遠の暁へ!」

 

「あれがレイヴン・キャモランか・・・」

 

真紅のローブをまとったハイエルフの男、レイヴン・キャモランは、まるで演劇の役者のように声高々と歓迎の言葉を述べている。

アンドロニカスは無造作に積み上げられた古い木箱の裏手に身を隠し、集会の様子を見守っていた。

新入りへの演説を続けるレイヴンの前に並ぶ数名の男女の中には、ボロ姿に護身用の短剣だけを隠し持ったボーラスが紛れ込んでいて、集会所内にいる信者達の動向をつぶさに観察していた。

 

ボーラスの作戦では、この後に予定されているレイヴンと新人との個人面接でレイヴンを捕え、連中の本拠地や今後の計画等を聞き出すつもりだった。

アンドロニカスが見たところ、素人の新入りはさておき、集会所内にいる信者はレイヴンを含めてたったの4名だった。

幹部のレイヴンはそれなりの実力者だろうが、ボーラスの短剣にはブレイズ御用達の強力な痺れ薬が塗布されている。

擦り傷ひとつ負わせることが出来れば、レイヴンは声を発する間も無く全身の自由を奪われるだろう。

あとはアンドロニカスが幻惑魔法で信者連中を一網打尽にすれば任務完了だ。

 

「・・・なに、この感覚?」

 

アンドロニカスはレイヴン・キャモランに妙な感覚を感じ取っていた。

どこかで会ったのか、たまたま道ですれ違ったのか。

とにかく、初めて見たアルトマーを、ボーラスからの事前情報があったにせよ、レイヴン・キャモランだとすんなり認識できた。

なんとも言えない、ただただ妙な感覚としか言いようがなかったが、まずは任務に集中しようと頭を振った。

 

レイヴンの妙に嫌味たらしい演説が終わり、新入りの面接が始まろうとしたとき、アンドロニカスは僅かな魔力の揺らめきを感じた。

ふと辺りを見渡したとき、ボーラスを含めた新入り達が集まっている箇所の数フィート頭上に音もなく展開された召喚陣のサークルを発見した。

 

「そこから離れてっ!!」

 

アンドロニカスの叫びを聞き、ボーラスは他の新入りを掻き分けてその場から飛び退いた。

それと同時に、サークルから大量の剣が降り注ぎ、残された新入り達を全員串刺しにした。

 

「取り押さえろっ!」

 

レイヴンの指示で3人の信者達がボーラスに襲いかかる。

それぞれが武装召喚の魔法を唱え、全身を覆う異形の鎧とメイスで武装していたが、アンドロニカスが放り投げたアカヴィリ刀を受け取ったボーラスはそれらを瞬時に打ち倒し、演説台の上で尊大な態度を崩さないレイヴンへ刀を向けた。

 

「なんだか予定と違うけど、ある意味結果オーライかしら?」

 

アンドロニカスも姿を現し、アカヴィリ刀を抜いた。

 

「まあな。スマートには行かなかったが、こいつさえ取っ捕まえられればいい。レイヴン・キャモラン、皇帝陛下暗殺の件で聞きたいことがある。大人しくお縄を頂戴しな。」

 

「・・・ふん、やはり紛れ込んでおったな、穢らわしいブレイズの犬コロめが。まさかたった2人で・・・・・お・・・おおぉ・・・・・」

 

長身アルトマーの身の丈ほどもあるデイドラのクレイモアを召喚したレイヴンは、アンドロニカスを見て硬直した。

そして構えていたクレイモアをおろし、神に祈るかのように跪いてこうべを垂れた。

ボーラスは状況が飲み込めず困惑するが、アンドロニカスはそのまま足を進め、レイヴンの首元に刀を突きつけた。

 

「レイヴン・キャモラン、私はなんなの?」

 

「おい、いきなりなにを・・・」

 

「ごめんなさいボーラス、少しだけ時間を頂戴。もう一度聞くわ。レイヴン・キャモラン、私はなに?」

 

「貴女は・・・いや・・・」

 

静かに、はっきりと、力を込めた口調でアンドロニカスは問いただした。

レイヴンは何かを言いかけたがすぐに口を閉ざした。

 

「レイヴン・キャモラン、私はあなたたち深遠の暁と関係があるの?」

 

「・・・」

 

「エルダミル。あなたたちの仲間でしょう?彼は私が最優先事項だと言ってた。そしてあなたのその態度。それと、初対面のはずだけど、あなたをどこかで見たような気がするの。ねぇ、私はなんなの?」

 

アンドロニカスはアカヴィリ刀を捨ててレイヴンの胸倉を思い切り掴む。

訳もわからず成り行きを見守っていたボーラスが止めに入ろうとしたとき、アンドロニカスの周囲の空気が妙にピリついている事に気が付いた。

 

「貴女は・・・」

 

「私は?」

 

「・・・」

 

レイヴンは跪いた姿勢から顔を上げ、その金色の瞳がアンドロニカスの青い瞳を見つめた。

その時、鈍い衝撃がアンドロニカスを襲った。

頭の中に魔力の塊が流入するような感覚に続き、様々な光景が目に浮かび始めた。

それはクヴァッチで見たメエルーンズ・デイゴンのオブリビオンの世界、燃えた血の赤が支配するデッドランドだった。

青いローブを着たアルトマーの老人と女性、そして自分。

その前には愉快そうに顔を歪ませた赤い巨人とその傍に控える女性型のドレモラの戦士。

そのドレモラと目が合い、アンドロニカスの意識は何事もなかったかのように現実へと引き戻された。

 

「・・・・・」

 

「これ以上は、お見せできません。」

 

「・・・・・」

 

「貴女は・・・・・貴女は死ななければならない。御免っ!」

 

レイヴンは両手にデイドラの短剣を召喚し、アンドロニカスの首を突き刺そうとしたが、その瞬間にアンドロニカスの体が発火し、ほとんど密着状態だったレイヴンは灼熱の炎に身を焼かれた。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!」

 

広大な帝都地下水道全体に響き渡るほどの獣のような絶叫にボーラスは思わず耳を塞いだ。

炎はすぐに鎮火したが、後に残ったのはレイヴン・キャモランだった消し炭と、衣服燃え尽き裸の状態となったアンドロニカスだけだった。

ボーラスは信者の死体から赤いローブを剥ぎ取り、恐る恐るアンドロニカスの体に纏わせた。

 

「おい、大丈夫か?」

 

アンドロニカスは激しく動揺しているらしく、目を見開いて肩で息をしていた。

やがて呼吸を整え、いつもの柔和な笑みを浮かべてボーラスへ向き直った。

 

「・・・え、ええ。ごめんなさいボーラス、レイヴン・キャモランが・・・」

 

「もういい、とりあえずここを出よう。次の手を考えるのはそれからだ。歩けるか?」

 

 

 

 

 

 

日が暮れようとしていた。

野盗や凶暴なモンスターを避ける為、茜色に染まり始めた街道を行き交う人々も少なくなり始めていた。

 

「止まれっ!」

 

モルドリンが声を上げ、 後ろに続いていた3人の騎手も馬を止めた。

彼らの行く手を阻むように壊れた馬車が街道を塞ぎ、その周囲には散乱した荷物と複数の死体が横たわっていたからだった。

 

「モルドリン殿、野盗の襲撃でしょうか?」

 

最後尾を務めていた戦士ギルド本部からの支援員が疑問の声を上げる。

 

「わからん。スラッジョ、周囲はどうだ?」

 

カジートの射手は金色に光る獣の眼で周囲を見渡し、それから目を閉じて耳を立てた。

 

「・・・・・大丈夫、気配なし。」

 

「よし。アーリア、ギャラン、馬車と彼らを調べろ。スラッジョは警戒を続けろ。」

 

アーリアとギャランは馬を降り、破壊された馬車と死体の検分を始めた。

 

「これは・・・モルドリン支部長、野盗の仕業にしては変ですよ。この死体につけられた傷、鋭利な刃物ってのは当然ですけど、少なくとも野盗みたいなゴロツキにつけられるものじゃないです。剣の扱いと殺しに慣れてるみたい。」

 

「それに他の状況もおかしいですぞ。野盗の犯行なら積荷は奪われ、女は連れ去られるはず。しかし積荷はそのまま、女も斬り殺されて・・・・ん?」

 

死体の状態を確かめていたギャランは、腹部に冷たい感覚を覚えた。

やがてそれが焼けるような痛みに変わる頃になり、ようやく目の前のレッドガードの若者が死体でないことに気付いた。

 

「ひぃやっはあぁぁぁーーーーっっ!!!」

 

妖艶なるレッドガードの男、ラシードはギャランの腹部に突き刺した曲刀を抜き取り、奇声を上げながら舞い踊るように彼の首を刎ねた。

 

「ギャランっ!?」

 

「退がれアーリア!!!」

 

一瞬の惨劇に驚愕するアーリアにモルドリンが叫びかけるが、ギャランの血飛沫を浴びたラシードは恐るべき脚力でアーリアへ肉薄した。

アーリアは鋭い一撃をすんでのところで回避し、次の攻撃を格闘用の鉄籠手で受け止めた。

ラシードは曲芸師のような動きから予測不能の攻撃を次々と繰り出すが、アーリアも鉄籠手と鉄ブーツを使った得意の格闘術で応戦する。

 

「かっ・・・ぶっ・・・」

 

背後から聞こえる苦悶の声、それに続けて背中に走る強烈な痛み。

モルドリンは風を切る音に合わせ、振り向きざまにカトラスを振った。

剣と剣が交差し、激しく火花が散った。

スラッジョから奪い取ったであろう馬を駆り、血に濡れた銀の短剣を持つ黒衣の男は、あらゆる生を凍てつかせる目でモルドリンを見据えていた。

モルドリンは黒衣の男の後方、喉を裂かれ目を見開いたまま落馬したスラッジョに目をやるが、生きているようには到底見えなかった。

 

黒衣の男は喜怒哀楽とは無縁の無機質な顔つきで、死人か金属の人形を思わせた。

鋭く、しかしひたすらに淡々と繰り出される剣を凌ぐモルドリンだが、背に深く突き刺さった短剣には麻痺毒が塗布されているらしく、全身を駆け巡る痺れと共に、徐々に体中の感覚を奪っていった。

 

(一体どこから現れた?スラッジョが接近に気付かないとは考えられん・・・くそ、アーリアの援護に向かいたいが・・・か、体が・・・)

 

2人は激しく斬り結ぶ。

モルドリンが振り下ろしたカトラスを、黒衣の男は右の短剣で防ぎ、そのまま体を左側に倒して馬から身を乗り出し、左手の短剣をラシードと戦うアーリアの背に投げつけようとした。

モルドリンは手綱を握る手で短剣を受け止め、投擲を防いだ。

素早く体勢を立て直そうとしたモルドリンだったが、もはや全身を侵食した麻痺毒がそれを許さなかった。

体勢を崩したモルドリンはそのまま落馬し、黒衣の男は間髪いれずに飛びかかり、白銀の剣が更なる血を啜った。

 

目の前の敵から目を逸らし絶叫するアーリア。

ラシードはその隙を逃さずハンマーフェルの曲刀を振るい、アーリアの防具に覆われていない右肩から先を切り落とした。

アーリアは血を吹き出しながらその場に倒れこんだ。

想像を絶する激痛に顔を歪ませながらも、震える左手で傷口を押さえ、ミミズのように這ってモルドリンの元へ向かおうとした。

 

「いひゃああああっ!!!きっ、汚いっ・・・女の血ぃっ!!!早く、早く洗い流さないとぉっ!!!」

 

ラシードは体に吹きかかったアーリアの血飛沫に嫌悪感を剥き出し、なおも這い続けるアーリアの背に曲刀を突き刺した。

少し痙攣した後、アーリアの体は動きを止めた。

 

「終わったか?」

 

黒衣の男が白銀の剣についた血を振り払いつつラシードの首尾を確認した。

 

「勿論ですよぉ、マシウ様ぁ。それより早く引き上げましょうよぉ!早く帰って体を綺麗にしないとぉ!」

 

漆黒の暗殺者、マシウ・ベラモントとラシードは、現れた時と同じように速やかに引き上げた。

残された凄惨な現場は、数時間後、街道を旅する商人により発見された。

戦士ギルド幹部の連続暗殺事件は瞬く間に世間を賑わせ、同ギルドの信用失墜に繋がる事となった。

 

 

 



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奮起

『このたわけ者めが!あれは破壊ではなく浄化の炎、私の血をわけた娘だ!』

 

 

『ふざけるなよ阿婆擦れが!!あいつは俺様が見出し、育て、力を与えた!!貴様の思い通りにはならん!!』

 

 

『いやいやいや、まあ落ち着け虫ケラ共め。あの右の中指と骨盤の形を見るんだ。そうすればわしの坊やであると一目でわかるだろ!違うか?ん?いや待てっ!!中指ではないっ!!あれは・・・薬指だ!』

 

 

『星々が動いておる。破壊と変革がなされ、最後の竜の化身が新たなる歴史の始まりを告げる。その娘は中心。時の欠片に運命は刻まれた。お前達とてその流れには逆らえまい。』

 

 

『皆さんは何を言い争っているのかしら?・・・なるほど、例の娘についてですね。まったく無関係そうなお方もいらっしゃいますが・・・ふふ、彼女は知る由も無いでしょうね。自身の存在が嵐の目になるであろう事など。』

 

 

 

 

 

 

 

「待てグレイフォックス!!逮捕だーーー!!」

 

「はっはっは!私は待てと言われて待つほど素直じゃないんでね。そらっ!」

 

「ぬわぁーーーーーっ!!?」

 

灰色の頭巾で顔を隠した男が、優雅な猿のようにスラム街の複雑に入り組んだボロ屋を駆け抜けて行く。

それを追うのは、帝都衛兵隊の隊長と王宮警備隊のみ着用を許される、純白の華やかな鎧に身を包むインペリアルの衛兵。

灰色頭巾が廃屋に立て掛けられていた木材のひとつを蹴ると、他の木材を巻き込んで雪崩のように次々と道に倒れ、その背後を走っていた衛兵は木材の山と土煙の中に姿を消した。

 

「ぐ・・・ぐぬぬぬ、覚えてろっ!!グレイフォックス!!次こそは、次こそは貴様を牢にぶち込んでやるからなーーーっ!!」

 

「楽しみにしておこう・・・さらばだ!」

 

自身のトレードマークである顔をすっかり覆ってしまう灰色の頭巾は、かつてデイドラロードから盗み出したと噂される伝説の大盗賊グレイフォックス。

かけられた罪状は窃盗、着服、捏造、スリ、偽造、不法侵入、窃盗共謀、重窃盗、脱税、虚偽の流言、詐欺、背信行為、不敬と多岐にわたり、懸賞金も計り知れない。

その正体は謎に包まれており、数千年の時を生きるデイドラだとか、自身が後継者を見つけ代々継承される存在だとか、とにかくその神秘のベールと金持ちからしか盗まないというスタンスが大衆受けし、このように(スラム街とはいえ)街中での大捕物であっても人々が協力する事は無かった。

 

「レックス隊長っ!」

 

遅れてやってきた衛兵達が材木を持ち上げ、下敷きとなっていた衛兵隊長のヒエロニムス・レックスを救助した。

帝都衛兵隊に在籍する複数の衛兵隊長の中でも、レックスの勤勉さと国民への献身は随一だが、グレイフォックスが絡むと周囲が見えなくなり暴走する事でも知られている。

これまで多くの衛兵や名だたる賞金稼ぎ達が彼の捕縛を試みたがことごとく失敗に終わり、一生遊んで暮らせるほどの賞金が掛けられているにも関わらず、今では彼を追うのはヒエロニムス・レックスただ1人となっていた。

レックスに従う部下達も、内心では本当に逮捕できるなどとは思っていなかった。

 

「ええい!!他の部隊はどうした!?早く港と他の地区への行き来を封鎖させるんだ!!」

 

「そ、それが、先ほどウェイへの山賊の襲撃に対応するためにアダマス総司令官が非常事態宣言を発令されまして。それでその、我々以外の部隊はタロス地区へと向かいました。」

 

レックスは顔を真っ赤にしてわなわなと怒りに震えたが、数名の衛兵を引き連れてこちらへ向かってくる高齢将校の姿を見て背筋を伸ばした。

 

「ヒエロニムス・レックス隊長、偉大なる帝国から支給された純白の鎧をスラム街の薄汚い土埃で汚して何をしているのかね?」

 

深いシワを顔中に刻み込んだ帝都衛兵隊の総司令官、アダマス・フィリダは、粘着質な威圧感を含ませた静かな声でレックスを問いただした。

 

「アダマス総司令官、実はグレイフォックスが・・・」

 

「ほう?グレイフォックスだと?」

 

アダマスはレックスの言葉を遮り、鼻と鼻が接触しそうなほどに顔を近づけた。

目を細めてレックスの気まずそうな顔を睨みつけ、咳払いをしてレックスの部下達を見渡した。

 

「諸君に尋ねよう。この中でグレイフォックスを見たものはいるのかね?」

 

アダマスは後ろ手を組み、直立不動で姿勢を正している衛兵達の前を行き来した。

誰も口を開けずにいるのには理由があった。

帝国軍上層部は、グレイフォックスを一種の伝説のようなものであると考えていた。

存在しないとは言わないが、決して捕らえる事のできない、実体のないゴーストのようなものである。

労力と時間の無駄という理由から、帝国軍において、捕まえられるはずのないグレイフォックスを追うことは半ばタブー視されていた。

 

「"無能な"レックス隊長、頭を冷やしたまえ。君がグレイフォックスに狂信的なまでに執着している事は知っているが、どうせ捕まえられん。君がやってる事はすべて無駄だ。現実を見たまえ、現実を。奴が及ぼす被害は稀に現れて金持ちから僅かばかりの金品を奪うくらいのものだ。だが山賊共の襲撃となればそうはいかん。わかるな?命令違反を犯してまでスラム街で盗っ人と追いかけっこを続けたいなら自由にするがいい。」

 

「しかし、奴を野放しには・・・」

 

アダマスは軽く手を挙げ、再びレックスの言葉を遮った。

 

「ヒエロニムス・レックス、わしが忠告するのはこれで最後だと思いたまえ。これ以上失望させるようなら、レヤウィン辺りで長い休暇をとる事になるぞ。わかったかね?」

 

事実上の左遷をちらつかせレックスを黙らせたアダマスは、それ以上言葉が出ない部下へ残酷な笑みを残して去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「衛兵さんよ、何か事件でもあったのかい?」

 

「見ての通り、古い書店が火事になったんだ。私は現場検証の担当ではないから詳しくは知らんよ。とにかく、捜査の邪魔になるから野次馬は勘弁してくれ。」

 

帝都地下水道から出たボーラスとアンドロニカスは、アンドレアス・マキトゥスの古書店へ向かったが、そこで目にしたのは、通行規制を敷く衛兵隊と、常にゴシップを求めている帝都市民の野次馬の群れ、そしてもくもくと絶え間なく黒煙を吐き続ける古書店の焼け跡だった。

やがて覆いをかけられた担架が運び出されたが、そこからダラリと垂れ下がった腕は黒く炭化して見るも無惨なものだった。

 

「ひどい・・・」

 

「この群衆の中にも奴らの手の者がいるかもしれんな。おい、こっちだ。」

 

ボーラスはアンドロニカスの腕を引き、野次馬の群れからひと気のない路地裏へと向かった。

 

「くそ、マキトゥスのじいさんがやられるとは・・・きっと殺される間際に自分で火を放ったんだろう。じいさんはブレイズの秘密を守ろうとしたんだ。しかし帝都での活動もいよいよ危なくなってきたな。俺達も曇王の神殿に行くべきなのかもしれん。」

 

ボーラスはくたびれた様子でため息混じりに呟いた。

 

「これからどうする?レノルトと合流する?」

 

「難しいな。陛下が暗殺されて以来、白金の塔は民間人の立ち入りを禁止している。俺は元々レノルト指揮官のように陛下の護衛をしたりブレイズの指揮を執ったり表立って行動する要員じゃない。本来なら今回のような諜報活動がメインなんだ。」

 

「だから民間人立入禁止の白金の塔を訪ねて目立つような事は今後の諜報活動に影響するからできないって事ね。」

 

「それに、マキトゥスのじいさんは俺のように帝都で一般人に紛れて活動するブレイズすべてを把握していた。何らかの形で奴らがその情報を得ていないとも限らん。他の拠点へ寄るのも危険だ。とにかく曇王の神殿へ行くにしても、しばらく身を隠す必要があるな。」

 

「それならいい場所があるわ。外からは隔離されていて衣食住完備、安全安心で強力な仲間達が大勢いる場所。その気になれば曇王の神殿とも連絡が取り合える。」

 

「なに?そんな場所が本当にあるのか?」

 

アンドロニカスはボーラスに人差し指を向けて得意げに胸を張った。

 

「アルケイン大学よ。マーティン様は魔法に随分精通していらっしゃるわ。通信魔法で意思疎通をする為には距離的な問題や魔術師間の精神的繋がりが大事なんだけど、アルケイン大学には通信魔法の精度を増幅させる器具がある。それを使えばマーティン様との意思疎通が可能になるはずよ。」

 

「お前・・・通信魔法が使えるのか!?」

 

エリート集団であるブレイズの一員として魔法関係の知識も有しているボーラスだが、記憶が正しければ、通信魔法はごく一部の高位魔術師か、皇帝直属の帝国魔闘士しか扱えない超高等魔法に分類される。

ボーラスは改めて次期アークメイジと目されるアンドロニカスの魔術師としての才能に感心した。

 

「滅多に使わないけどね。通信魔法は魔力の消耗が激しい上にかなりの集中力が必要なの。」

 

「マーティン様は通信魔法にも詳しいのか?お前だけが使えても意味が無いんだろう?」

 

「それを補うために大学へ行くのよ。大学の通信魔法器具を使えば、ある程度の魔力を持った魔術師と通信魔法でやり取りができるようになるの。さあ、そろそろ行きましょう。早く大学へ行かないと、色々と事前準備に時間がかかるわ。」

 

 

 

 

 

 

「お前が好きなオレシのトマトだ。もぎたてで美味いぞ?ほら、ガブッとかぶりつけよ。」

 

戦士ギルドのスキングラード支部。

"大熊"のブランビョルンは、スキングラードの名産品であるウンデナ・オレシの新鮮なトマトを美味しそうに頬張る仕草をして見せた。

虚ろな表情でベッドに横たわるダンマーの少女アーリアは、瀕死の状態でここへ運ばれてから3日になるが、食べ物はおろか水の一滴すら口にしていなかった。

闇の一党に殺された戦士ギルドの英雄、サヴェラ・モルドリンは、長年仕え続けた最も信頼できる上司であり、身寄りのないアーリアを幼少期から育てた父親同然の存在であった。

目の前で惨殺された事、護衛という立場にいながら何もできなかった事、そして自身も片腕を失った事。

様々なショックが重なり、肉体的にも精神的にも深刻なダメージを負っていた。

 

モルドリンの尊敬すべき友人であり、副官として苦楽を共にしてきた副支部長のブランビョルンは、他の支部員のように落ち込んではいなかった。

モルドリンほどの素晴らしい戦士が死後に悪いようになる事はないと信じていたからだ。

古来より、勇敢に戦い死んでいったノルドの戦士の魂は、死後、ソブンガルデという英雄達の楽園へと導かれると信じられていた。

モルドリンはノルドではないし、ダークエルフの宗教や死後の世界観については詳しくなかったが、それでもブランビョルンはいつかソブンガルデでモルドリンと再会できると信じていた。

そして、友と再会するまでにやらなければならない事があった。

それは友の死を悲しむのではなく、友の仇を討つ事だった。

 

「・・・アーリアよ、辛い目にあわせちまったなぁ。俺は、俺はもうすぐギルドを抜ける。サヴェラやスラッジョ達の仇を討つんだ。ヴィレナは副支部長としてスキングラード支部を取りまとめるのが最優先だっていうがな、そんな事は誰にでもできる。だがあいつらの仇を討つのは俺の役目だ。早く元気になれなんて無茶は言わん。だが、お前さんが早く自分の人生を歩める事を祈ってるぜ。」

 

アーリアの頭をグシャグシャと撫でたブランビョルンは、トマトが入ったバスケットをベッド脇のサイドテーブルに乗せ、溜め息を残して部屋を出て行った。

木製の扉を閉める悲しそうな軋みの音がやみ、部屋には静寂が訪れた。

白いレースカーテンを透かして射し込む青空の光も、太陽の恵みをいっぱいに受けた美味しそうなトマトの赤色も、アーリアの心を躍らせる事はなかった。

 

「・・・」

 

ただ時間だけが過ぎて行く。

チラリと自分の右腕に視線を落とすが、柔らかな毛布が力なくうなだれているだけだった。

 

コンコンコン!

 

扉をノックする音が聞こえた。

アーリアが小さく弱々しい声で返事をすると、同僚のカ・グーンが顔を覗かせた。

 

「アーリア、お前にお客さんだぜ。俺らの身内でイルヴァールってノルドだ。ここに通して大丈夫か?」

 

ぬらぬらした鱗に覆われたアルゴニアンの表情は人間やエルフにはわかりづらいものだが、アーリアには「嫌なら追い返してもいいんだぞ?」という同僚の気遣いが伝わってきた。

 

「大丈夫だよ、こんな状態で申し訳ないけどね・・・」

 

アーリアは、来客が彼女の知っているイルヴァールと同一人物なら、それはブルーマ支部長のエルマの遣いだろうと考えた。

あの事件以来、犯人捜しがどうなったかは誰からも知らされていなかった。

心身ともに深い傷を負ったアーリアに配慮しての事だったが、事実、彼女自身、仇討ちよりももっと大きな悲しみの感情に押しつぶされ、今にも窒息してしまいそうだった。

もう何もかもが嫌になり、できることなら眠っている間に消えて無くなってしまいたい気分だった。

 

「そうか、わかった。だが無理すんなよ?俺もいるからな、気分が悪くなったら教えてくれ。」

 

グーンが顔を引っ込めて少し経ち、再び扉をノックする音が聞こえた。

やがて見慣れたアルゴニアンの姿が現れ、ブランビョルンに勝るとも劣らない巨体のノルドの青年がそれに続いた。

青年は一礼し、それから彼の横で腕組みをして壁に寄りかかっているグーンをジロリと見た。

グーンは不愉快げに目を細め、しばらくイルヴァールと睨み合っていたが、アーリアが声をかけると、深くため息をつき、諦めたように手を振って部屋を出て行った。

扉が閉まり、イルヴァールはようやく口を開いた。

 

「・・・アーリア、彼らの事は、残念だった。」

 

イルヴァールはひとつひとつの言葉を慎重に吟味するように、言葉と言葉を区切り、ゆっくりはっきりと呟いた。

大柄な体格からは想像もできない小さな呟きだったが、不思議と力強さが込められた、よく聞き取れる確かな声だった。

 

「エルマは、君の、復帰を、望んでいる。君が、立ち上がる事を、望んでいる。」

 

イルヴァールは岩のようにゴツゴツした左手をアーリアに差し出した。

しかし、アーリアはそれに応えようとしなかった。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

イルヴァールは黙ったまま、ただじっとアーリアを見ていた。

その視線はアーリアの置かれた状況を哀れんでいるようにも、どこか見下しているようにも見えた。

あまりに長い沈黙とその視線に耐えられず、先に声を発したのはアーリアの方だった。

 

「・・・出て行って。」

 

「・・・」

 

主を守れなかった出来損ないの戦士に失望されたように感じた。

無性に腹が立ち、それと同時に、無言の訪問者に八つ当たりともいえるこの怒りをぶちまける気力すら残ってない事に気づいた。

 

「・・・もう、やめて。帰って。もうなにも考えたくない・・・」

 

布団に潜り込み、弱々しく声を振り絞る。

長い長い数十秒が経過した後、ドアノブに手をかけ、扉を開ける音がした。

薄暗い布団の中で、次に聞こえてくるであろう、音を待つ。

 

「彼らは、見ている。今の君を。」

 

「・・・」

 

「守れなかった、者達を、これ以上、苦しませるな。」

 

「えっ・・・?」

 

扉が閉められた。

部屋の外では、グーンがイルヴァールになにやら詰問しているようだった。

アーリアはベッドからゆっくりと立ち上がり、壁掛けの鏡の前へ向かった。

ボサボサの髪にひどくやつれた顔。

モルドリンは生前、アーリアの黒髪がとても綺麗で、少し癖毛のショートカットもよく似合っていると褒めてくれた。

物乞いだったアーリアを拾った際には、ひとまわりも年下の子供程度の体重しかない状態に心を痛め、これからは飢える事がないようにと戦士ギルドに加入させ、常に仕事を与えて食うものに困らないようにしてくれた。

 

「・・・モルドリン支部長・・・こんなアーリア、見たくない・・・よね?悲しませちゃうよね?」

 

枯れ果てたと思っていた涙が頬をつたった。

アーリアは、ここで腐るわけにはいかなかった。

涙を拭き、ダンマー特有の炎のように真っ赤な眼が弱々しい少女を睨みつける。

 

「悲劇の女の子ぶるのは終わりだよアーリア。立ち上がらなくちゃ。」

 

 

 

 

 

 

帝都波止場地区のスラム街。

城壁内とは異なり、木造の(それも大抵は壁や天井に所々ひび割れや穴の空いた)小屋が建ち並ぶ薄暗い地域の片隅に、その日暮らしの労働者、落ちぶれた物乞い、商船と偽って入港した海賊、秘密の取引を行う裏社会の住民まで、多くの人種が集う酒場があった。

店内には安酒と脂ぎった料理が並び、口汚い暴言や喧嘩の騒音で満たされていた。

 

「・・・注文は?」

 

「狐だ。いるか?」

 

「ああ・・・狐ね。そんなら奥の部屋に行きな。」

 

恐ろしい風貌のオークの男が店の奥へと歩いていく。

雨も降っていないのに全身ずぶ濡れなのも、ある程度は洗い流したのだろうが着衣が大量の血でドス黒く変色しているのも、店主も店内の他の客も気にする様子はない。

帝都の正門を通る事ができない訳ありの類が波止場地区を囲むルマーレ湖を泳いで渡ってくる事も、暴力沙汰で法を犯した者が一時的に身を隠すためにここを訪れる事も、馴染みの連中にとっては珍しい事ではなかった。

 

店内の奥まった場所に設けられた個室の前には、見るからに堅気ではない様子のダンマーの男が座り込んで睨みを利かせていた。

オークが近づくと、ダンマーは壁に立てかけていた木製の棍棒に手を伸ばそうとしたが、オークは巨体からは想像もつかない素早い動きでダンマーの首根っこを掴み、扉に叩きつけた。

一瞬、その音に反応した客が一斉にオークの方を向くが、すぐに興味をなくし、くだらない罵り合いや怪しい商取引へと戻ってしまった。

オークは気を失ったダンマーを床に放り、錠がかかった扉を蹴破った。

 

「おいおい、なんだあんた?随分と行儀が悪いな。」

 

「こんな所に行儀の良い奴などおるまい。」

 

「はっ、そりゃそうだ。俺もあんたも、このシロディールでは底辺の屑野郎さ。」

 

個室の中には、椅子に腰掛けたレッドガードの中年男と、その横に立つボズマーの若い女がいた。

レッドガードの男は労働者階級の質素な服装だったが、この辺りの生活水準ではまずお目にかかれないダイヤの指輪を嵌め、髪や髭も驚くほどきっちりと整え、さも本来の素性を偽っているかのようだった。

レッドガードはオークの粗暴な訪問にも慌てふためく事はなく、それどころか実にふてぶてしい態度で椅子の背もたれに寄り掛かり、品定めするようにオークを睨みつけた。

軽装の革鎧を身につけたボズマーの女が腰の短剣を抜いたが、レッドガードがそれを手で制した。

 

「さて、扉を壊すためだけに来たわけじゃないだろう?厳ついオークの旦那、俺に何の用だ?金さえ積んでもらえるなら、このシロディールで俺に出来ない事はほとんどない。指名手配の解除、各種特権の利用、専売事業への参入、元老院との癒着の手助けまでお安い御用だ。」

 

「興味がない。グレイフォックスはどこだ?」

 

「・・・ははん、あんたそういう手合いか。残念だが・・・」

 

「いいんだアーマンド。その男に隠し立ては無用だ。」

 

声が聞こえた部屋の隅の方へ、オークがゆっくりと振り向いた。

そこには背もたれのない簡素な椅子が置かれているだけだった。

しかし、影が揺れた瞬間、椅子に腰掛けた人物の姿が現れた。

 

「・・・懐かしい顔だ。久しぶりだな、ゴルドロックよ。」

 

「"カジートの指輪"か、使いこなしているな。」

 

立ち上がったグレイフォックスはゴルドロックと固い握手を交わす。

 

「アーマンド、メスレデル、悪いが2人きりにしてくれ。心配するな、こいつとは古くからの付き合いなんだ。」

 

「却下。悪いけどねボス、こんな野蛮で危険そうな奴と2人きりになんて出来ないよ。」

 

「メスレデルの言う通りだ。大抵の物語じゃ久し振りに再会した古い友人ってのは裏切り者と決まってんだ。あんたを残しちゃ行けないな。」

 

「・・・」

 

黙り込むグレイフォックス。

常に感情を表に出さないゴルドロックも思わず苦笑いした。

 

「ふっ、俺は別に構わん。簡潔に言うとお前の情報網が必要だ。」

 

「せっかちで無愛想なのは相変わらずだな。で、探し人か?」

 

「カルエラ・アンドロニカスというインペリアルの女だ。知ってるか?」

 

 

 



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評論・ザルクセスの神秘の書

『おお、我が愛しい娘よ。そのように血と死に塗れ、いったい何をもがいている?早く我が腕の中へ戻れ。我が光を灯せ。』

 

「教えて。私はなんなの?」

 

『愛しい娘、お前は光の申し子。過ぎ去りし栄光の光と星々に遣わされし暴虐の光が創り出した者!』

 

「私はただの人よ!」

 

『愛しい娘、いずれわかるだろう。憎き災厄が忍び寄っている。我が使徒と共に破滅を切り抜けよ!我が光をその魂に抱け!』

 

「私は・・・私は・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

『我が血より生まれし戦士よ、勇者よ。君の道を行け。運命に縛られてはならん。』

 

 

 

 

 

 

『・・・そろそろ思い出すか?なあ、俺様の愛しい娘、恐るべき怪物よ。共に堪能しよう。血と炎、炭と黒煙、赤と黒に彩られた地獄を・・・』

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンドロニカス君、元気そうで良かった。」

 

「マスター・トレイヴン、お久しぶりです。」

 

タムリエルの叡智が集う魔術師ギルドのアルケイン大学。

多くの時間を大学で過ごしたアンドロニカスにとって、ここは家族同然の仲間達が暮らす故郷のようなものだが、ブレイズとしての立場上、彼女の帰省を歓迎したのはアークメイジと数名の上級魔術師だけだった。

 

「ふむ、どうやら一緒にゆっくり紅茶を飲む時間もないようだね。遠慮はいらない、何か我々にできる事があるのかな?」

 

「はい。本拠地の仲間と連絡を取りたいのです。通信魔法器の使用を許可いただけないでしょうか?」

 

「すぐに準備させよう。ああそれと、ギルベルトに会っておくといい。彼には各地で情報収集にあたってもらっているんだが、先程帰ってきたと報告があった。君達にとって有益な情報があるかもしれない。客間へ向かうように伝えておくから。」

 

「ありがとうございます。」

 

アークメイジは数名の魔術師に命じて通信魔法器を準備させ、アンドロニカスとボーラスを客間へと通した。

 

「帝国に仕え続けて長いが、アルケイン大学に入るのは初めてだよ。」

 

ボーラスは廊下や客間の様子を興味深そうに眺めていた。

 

「大学は基本的に帝国軍の介入を受け付けないから、ブレイズでもなかなか入れないわね。」

 

「アークメイジの権限はかなり強いからなぁ。俺も、未来のアークメイジ様と仲良くしてりゃ出世に繋がりそうだな。」

 

「そうね。私がアークメイジになったらあなたを大学の門番に推薦してあげるわ。お礼ならいいから。」

 

「けっ、役に立たないアークメイジ候補ならブレイズの十八番の暗殺で片付けるか。」

 

「・・・それは笑っていいのかしら?」

 

コンコン。

扉がノックされる。

アンドロニカスが声をかけると、流行りのシルク服に笑顔が爽やかなギルベルトと、怪しげなコートに不潔な身なりのヴァンドレイクが入ってきた。

 

「おおアンドロニカス、久しぶりの再会だ。君は変わらず見目麗しいな。」

 

「よう、皇帝のお犬様じゃないか。元気で尻尾振ってるかい?」

 

ギルベルトはともかく、ヴァンドレイクの発言に若干顔をしかめたボーラスに、アンドロニカスは申し訳なさそうに目配せした。

 

「アークメイジから話は伺っている。私はギルベルト、彼女はヴァンドレイク。共にアンドロニカスの同期であり、大学で教鞭を執っている。」

 

「ボーラスだ、よろしく。君達の話も聞いてるよ。協力に感謝する。」

 

2人は握手を交わしたが、ヴァンドレイクはボーラスを無視して客用の豪華なソファーに乱暴に腰かけた。

 

「ボーラス、どうか気を悪くしないでくれ。彼女はなんというか・・・そう、疲れているんだ。」

 

「横柄で重篤な社会不適格者なだけよ。気にしないで。」

 

「おおアンドロニカス、その容赦ない毒舌も相変わらずでなによりだ。」

 

「ちょっと、薔薇の花なんていらないから!召喚魔法の無駄使いはやめなさい!」

 

「社会不適格者だって?ぶぁーか、私はただムーンシュガーが好きなだけだよ!本当はカジートなんだ!けけけ!」

 

「・・・ムーンシュガー発言には目をつぶるとして、君達が仲が良いのはよくわかった。ところで、アークメイジ殿によると情報収集の担当をしているそうだが・・・?」

 

ギルベルトは手に抱えていた薔薇の花束を消失させ、懐から数枚の羊皮紙を取り出してボーラスへと手渡した。

 

「これを見てくれ。各地のギルド支部で計測された直近の魔力の歪みに関する報告書だ。そして、最後の報告書はクヴァッチが破壊される数日前にクヴァッチ支部で計測されたものだ。崩壊した支部の中から発見された。」

 

「これは・・・?すまない、魔術関係でも多少の知識はあるが、あまりにも専門的な事となると疎いもので・・・」

 

「・・・これ、最悪の状況よ。」

 

アンドロニカスの顔がみるみる曇っていく。

 

「各地でムンダスとは別次元の魔力を捉えられるほどの歪みが起きているわ。以前、タムリエル中にクヴァッチを滅ぼしたようなオブリビオンの門が開く可能性について議論されたけど、思ってたよりも早くなりそうね。この様子だと・・・もういつどこでクヴァッチの惨劇が繰り返されてもおかしくない状態よ。」

 

「なんてこった。こっちはまだ有効な手立てが見つかってないってのに・・・」

 

「おいカルエラよぉ、あんたに言ってるわけじゃないんだけどさー、ただの宗教団体相手に為すすべもないってのは名高きブレイズ様としてはどうなのよ?まだ内情もよくわかってないんでしょ?」

 

ソファーにだらしなく寝転んだまま、ヴァンドレイクはコートの内ポケットから取り出した水筒の中身を飲み始めた。

 

「私にとっちゃ皇帝陛下様の仇討ちだの世界の救済だのはどーでもいいんだけどさ。同期のよしみでアドバイスでもしてやろうか?」

 

「アドバイスだと?悪いが君にこの状況を打開できるすべがあるとは思えんがね。」

 

疲労と焦りからか、亡き主君やブレイズを軽んじる発言に不快感をあらわにするボーラスは、横柄な態度を崩さないヴァンドレイクに噛み付いたが、ヴァンドレイクは子供でもあやすようなふざけたジェスチャーでボーラスの発言をあしらった。

そして、まるで手品のようにどこからともなく取り出した4冊の本をコーヒーテーブルの上に並べた。

それは、紫の地に金の意匠がなされた装丁の、どこか神秘的かつ心惹きつける不思議な本だった。

 

「こ、これは・・・」

 

「評論・ザルクセスの神秘の書。なんだ、物珍しげに?深遠の暁の信者共の教本だよ、見た事くらいあるだろうに。」

 

「当然だ!だがしかし俺が驚いているのはそこじゃない!3巻と4巻だと!?まさか続きが存在していたとは・・・どこでこれを??」

 

それは、深遠の暁の信者が必ず一冊は持ち歩いている、彼らの教本と考えられているものだった。

マンカー・キャモランなる人物が書き記したとされるこの本は、深遠の暁の思想等について記載されていると考えられているが、あまりにも抽象的かつ脈絡のない内容であり、暗号的規則性も無いことから、宗教団体の教本の範疇を超えないものとして認識されていた。

この本からわかる事といえば、マンカー・キャモランが深遠の暁の教祖だろうという事、そして彼らがやはりメエルーンズ・デイゴンを信奉しているのだろうという事くらいであった。

しかし、これまでブレイズが確認した"評論"は第1巻と第2巻だけであり、今回ヴァンドレイクが提示した第3巻と第4巻は存在すら知られていなかった。

 

「けけけ、私はいろんな"友達"がいるんだよ。奴らに接触するのは容易じゃない。でも本気で入信したい馬鹿の所にはさぁ、連中の方から接触してくるんだってよ。」

 

ヴァンドレイクは得意げに第3巻と第4巻をパラパラとめくり始めた。

 

「真面目なブレイズ様の事だから第1巻も第2巻も隅々まで読み尽くしたんだろ?カルエラ、あんたの見解は?」

 

「私が調べた限りでは、宗教的価値観を訴えかけてくるよくある教本。重要な手がかりはなかったわ。」

 

「そりゃそうさ。これは第1巻から第4巻までをすべて揃えて初めて意味があるんだ。私が徹底的に調べ上げた結果・・・」

 

そこまで言うと、ヴァンドレイクはあっけに取られた様子のボーラスに悪魔のような微笑みを向けた。

 

「続きは100万ゴールドだ。」

 

「な・・・こ、この愚か者めが・・・この非常事態に金を要求するとは!自分が何を言ってるのかわかってるのか!?」

 

ボーラスはヴァンドレイクに掴みかかりそうになるのをなんとか堪え、怒りに震える声を絞り出した。

そして常識的な援軍を得ようとアンドロニカスとギルベルトをうかがうが、2人ともまるで我関せずといった具合に目を逸らした。

 

「お、おい・・・」

 

「ごめんなさいボーラス、ヴァンドレイクの"取引"には口を出さないの。理由は聞かないで。」

 

「けけけ、わかってねーのはオッサンのほうだろ?ブレイズ様の命令とくりゃあ誰でも無償で協力すると思ったら大間違いだよ。で、何を迷ってる?100万であんたらが血眼になって探してる連中の手がかりが手にはいるんだぜぇ?」

 

「おいヴァンドレイク、その辺にしておけ。」

 

「やだね!この情報を掴むまでに私だってそれなりの対価を払ったんだ。ギルベルト、あとカルエラも口を出すなよ?オッサン、アルケイン大学は関係ない。私とあんたの取引だ。どうする?」

 

「む、むむ・・・・いいだろう。この金の亡者め!金などくれてやる!」

 

ボーラスはヴァンドレイクが取り出した羊皮紙をふんだくると、帝国の名の下、彼女に100万ゴールドを支払う旨の誓約書を作成した。

最後に、指にはめていた指輪の盤面を回転させ、浮かび上がったブレイズの紋章を印代わりにした。

ヴァンドレイクはニヤリと笑い、投げ渡された誓約書に恍惚の表情を浮かべながら小さなメモを手渡した。

 

「緑皇通りに行きな。時間帯は正午、カマリル王子の墓に答えが浮かび上がる。奴らの本拠地がわかるだろうよ。」

 

 

 

 

 

 

「それではご機嫌よう、キャモラン議員。」

 

来客の対応を終えたセリア・キャモラン議員は、天井を仰ぎ見てソファに深く沈み込んだ。

 

「ルマ様、あやつはまさか・・・」

 

来客と入れ違いとなる形でキャモラン議員の個室に入った小男は、扉が完全に閉まった事を確認してから口を開いた。

 

「ふん、ブレイズのレノルトだ。忌々しい女狐め。探りを入れに来たんだろうが・・・あの様子だと、間違いなく私に目星をつけている。」

 

「どうなさいますか?」

 

「早々に始末したい。動ける者はいるか?」

 

「それが、アンドロニカスや例のレッドガードのブレイズへの刺客がすべて始末された関係でここにはもう手駒がいないのです。本部に要請すれば・・・」

 

「いや、父上の手を借りるわけにはいかない。レイヴンが殺され、"標的"の始末もできていない。カシウスとも音信不通だ。これだけ失態を重ねた上に自分の身に降りかかった火の粉も払えないとなれば、父上はお怒りになるだろう。しかしレノルトは放置するにはあまりに危険な女だ。ブレイズに不審を抱かれようとも、あの女は必ず始末しておく必要がある。」

 

セリア・キャモラン改めルマ・キャモランは、眉間にしわを寄せた怒りの表情のまましばし目を瞑った。

従者がその様子を恐る恐る窺っていると、ルマの口から低く重苦しい独り言が漏れ出た。

 

「癪だが、闇の一党へ依頼するしかない・・・か。」

 

「闇の一党ですと?本気ですか?"黒き聖餐"の準備や連中が依頼を受けてから実際に仕事をするまでに時間がかかります。」

 

「正規の手順は踏まないさ。案ずるな、私には直接幹部に依頼するルートがある。ハサン議員を呼んでくれ。キャモランから至急の用件だと伝えろ。」

 

 

 

 

 

 

「マーティン様、見えますか?」

 

『ううむ・・・・お、おお、見えたぞ!シロディールの地図、そして暁のシンボルだ!』

 

「我々の調査では、おそらくアリアス湖の近辺と思われます。そこが深遠の暁の本拠地です。」

 

帝都の中心に位置する緑皇通りには、白金の塔を囲むように、皇族や有力者達の先祖代々の墓が並んでいる。

アンドロニカスとボーラスはヴァンドレイクに言われたとおり、カマリル王子の墓を見つけ、日が最も高く昇る正午まで待機した。

すると、墓石の裏側、人目につかない箇所に、シロディールの地図と帝都から遥か北東に位置する場所に暁を表す真っ赤なシンボルが浮かび上がった。

それは、深遠の暁の本拠地を指し示すものだった。

 

『確かか?』

 

「間違いありません。アルケイン大学の同僚が協力してくれました。奴らの教本である"評論"の続きを発見・提供してもらい、隠された暗号を解明してもらった結果です。マーティン様、今後のご指示を。」

 

『ふむ・・・・よし。本拠地への対処は我々が行う。ボーラスを曇王の神殿へ向かわせてくれ。それからアンドロニカス君、君は大学で2、3日休んでいたまえ。まだ他にも対処してもらいたい案件がいくつかある。各種調整が済むまで待ってくれ。』

 

「わかりました。」

 

『追って連絡する。ではまた。』

 

通信魔法を終えると、アンドロニカスはボーラスにマーティンの伝言通り、曇王の神殿へ向かうよう伝えた。

また、定期的にアークメイジの使者として白金の塔へ向かうラミナス・ポラスには、現状を書き記した書状をレノルトへ渡すよう依頼した。

 

「しばらくお別れだな。あんたとの冒険はスリリングだったよ。大事な標的を黒焦げにされた時は流石にびっくりしたもんだ。」

 

「そ、その件については謝ったじゃない。ほら、結果的に敵の本拠地もわかったことだし・・・」

 

「おやぁ?そーいえば、本拠地を割り出したのはあんたの同僚だったよな?」

 

「・・・はいはい、どうせ私はなにもしてませんよーだ。」

 

ボーラスがアンドロニカスをいじめ倒していると、にやにや顔のヴァンドレイクが近寄って来た。

ボーラスは少しムッとした顔をしたが、すぐに気持ちを切り替えたのか、ヴァンドレイクに握手を求めた。

 

「君のおかげだ。我々の任務も大いに捗ることだろう。それと・・・さっきはすまなかった。」

 

「ほぅ?」

 

「つい感情的になってしまった。俺の悪い癖だ。君の言ったことが正しいよ。俺はブレイズってだけで、国民の誰もが対価なしに協力する事が当たり前だと思っていたんだ。まったく・・・とんだ傲慢だな。許してくれ。」

 

これは予想外の反応だったのか、面食らった様子のヴァンドレイクは若干照れ臭そうにボーラスの手を払い除けた。

 

「な、なんだ、意外に素直じゃないか。私は権力を振りかざすお役人様は大っっっ嫌いだけど、オッサンは面白い奴だな。ま、次に協力してやるときは情報料まけてやるよ。99万8千ゴールドくらいにね。」

 

「おい、全然まけてくれてないじゃないか!」

 

アンドロニカスが2人のやり取りを笑いを堪えながら見守っていると、通信魔法室の扉を開けるノックする音が聞こえた。

 

「マスター・アンドロニカス、お客様がいらっしゃってます。」

 

「お客様?誰かしら?」

 

「アーリアという名前のダークエルフの少女です。スキングラードから急ぎの要件で来たと申しておりますが。」

 

守衛の言葉に、アンドロニカスはギクリと顔を曇らせた。

 

 

 

 

 

 

「ああ、アーリア!なんて事なの!!」

 

アンドロニカスは客間の椅子に落ち着かない様子で座っていたアーリアへ駆け寄り、思い切り抱きしめた。

そして腕を失った右肩を優しくさすり、涙を流しながらもう一度強く抱きしめた。

アンドロニカスがスキングラードに滞在していた間、短い期間ではあったが、戦士ギルドのスキングラード支部と交流があり、年下で人懐っこいアーリアからは姉のように慕われていた。

黒馬新聞でモルドリンと複数のメンバーが暗殺された事を知っていたアンドロニカスは、彼を父親のように慕っていたアーリアの事がずっと気がかりだった。

 

「く、苦しいですよ、姉さん!」

 

アンドロニカスの胸で窒息しかけたアーリアは必死に抵抗し、体を捻ってなんとか拘束から抜け出した。

 

「無事でよかった。新聞でモルドリン支部長やギルドの現状は知ってる・・・本当に残念だわ。」

 

「姉さん、今日お邪魔させてもらったのはその件についてなんです。スキングラードに来てもらえませんか?私達に姉さんの力を貸して欲しいんです。」

 

「スキングラードに?」

 

「いきなり押しかけておいてごめんなさい。でも、姉さんの力が必要なんです。ギルドでは闇の一党への依頼主が身内であるって考えています。その犯人捜しに協力して欲しいんです。」

 

 

 

 

 

 

「マシウ様、帝都衛兵隊による大規模な山賊討伐部隊が結成されました。近く、アダマス・フィリダ自ら指揮を執ってハートランド一帯の大掃除を行うようです。」

 

頭を下げたまま、へりくだって報告を行うレッドガードの老人。

その目の前で、腰掛けている石の椅子と同化したように冷たい表情を崩さない色白の男は、瞬きも、視線を動かす事も、呼吸すらしていないかのように微動だにしなかった。

 

「・・・マシウ様、なにか?」

 

「ハサン、キャモランの婆から接触があったそうだな。」

 

「ははっ、つい先ほどですが、ブレイズのレノルト指揮官を対象とした暗殺依頼がありまして・・・」

 

「暗殺を得意とする暁が、暗殺を生業とする犬を暗殺して欲しいと?ふん、笑えるな。」

 

ハサンからはマシウの表情は窺い知れなかったが、笑顔でない事だけは確かだった。

 

「・・・」

 

魔術師ギルドにおける支部と同等の"聖域"の管理者であるハサンが支部長なら、闇の一党の中枢たる"ブラックハンド"の一員であるマシウ・ベラモントは評議会メンバーのようなものである。

仲間を傷つけるなかれという他のギルド同様の戒律もある闇の一党だが、"暗殺ギルド"が他と決定的に異なるのは、下っ端であろうと聖域管理者であろうと、ブラックハンドの機嫌を損ねる事があれば、不敬罪として簡単に処刑されるという点だった。

それ程までにブラックハンドは絶対的な存在であった。

マシウの感情が読み取れないハサンは、気に障る余計な事は言うまいと沈黙を保った。

 

「案ずるな。聖餐を経ていない依頼であろうと私は気にしない。貴様の好きにするがいい。」

 

ハサンはほっと胸を撫で下ろした。

 

「しかし王宮に忍び込むのは骨だ。アダマス・フィリダの山賊討伐に絡める事はできんのか?」

 

「おお、それではマシウ様のお力添えをいただけると?」

 

「段取りは貴様らにまかせよう。アダマス・フィリダのついでに始末してやるさ。」

 

 

 

 

 

 

「ここはアルケイン大学です。戦士ギルドでも闘技場でもありません。それで・・・オーク殿、何か御用ですか?」

 

「守衛よ、カルエラ・アンドロニカスに会いたい。」

 



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妄執の末路

静まり返り、息を飲む音すら許されない緊張感が張り詰めた室内。

様々な魔法器具が所狭しと置かれたカイロナジウムにおいて、最も重宝されている"付呪の祭壇"を扱っているのは、世界中のあらゆる魔法を極め、アルケイン大学最高の付呪師でもあるハンニバル・トレイヴンその人だった。

 

「・・・」

 

アンドロニカスと数名の魔術師が見守る中、トレイヴンが祭壇に手を当てて呪文を唱えると、祭壇に設置された青白く輝く魂石から魔力に変換された魂のエネルギーが姿を現わす。

 

「静まれ・・・そう、いい子だ・・・」

 

トレイヴンはタガが外れたように膨張しそうになる魂のエネルギーを巧みに制御し、アンドロニカスから受け取ったアカヴィリ刀へとまとわりつかせる。

布に水が染み込むように、魂のエネルギーが刀身に浸透していくタイミングを見計らい、トレイヴンは自らの魔力を込めて鍛冶用のハンマーで打ち鍛え、付呪を完成させた。

 

「素晴らしい。さすがアークメイジ殿、なんて見事な付呪だ。」

 

「まさかあの魂石で付呪をやってのけるとは・・・」

 

数名の魔術師達が賞賛の言葉を口にする。

 

「ふぅー・・・久し振りの付呪だったが、なんとかうまくいったようだ。」

 

アンドロニカスは汗だくのトレイヴンから淡く輝くアカヴィリ刀を受け取る。

手にした瞬間、想像以上に高度な付呪が施されている事がはっきりと伝わってきた。

 

「すごい・・・こんな高度な付呪は初めてです。」

 

「もはや、地上でその剣を砕けるものは存在しない。そしてその剣はあらゆる邪悪な存在を滅する力を君に与えるだろう。今回使った魂石には、かつてニルンで悪名を轟かせたズィヴィライの魂が封じられていた。その激しさゆえ、今まで使われる事なく封印されていたが、君なら問題なく制御する事ができるだろう。」

 

アカヴィリ刀を振るってみたアンドロニカスは、トレイヴンが柄にもなく豪語する通り、この付呪にはそれだけの力が秘められているであろう事を感じ取った。

 

「ありがとうございます、マスター・トレイヴン。なんとお礼を言えばよいか。」

 

「気にすることはない。すべてが片付いたときに、甘くて美味しいミルクティーを煎れてくれれば大満足だよ。」

 

「それだけじゃ足りません。お茶請けに手作りの焼き菓子もつけさせていただきます。」

 

「はっはっは、楽しみにしてるよ。さあ、行きたまえ。君のすべき事を成し遂げるんだ。」

 

アンドロニカスはトレイヴンに頭を下げ、カイロナジウムを後にした。

 

 

 

 

 

 

「おまたせ、アーリア。ちょっと準備を・・・うぇ?」

 

アンドロニカスは硬直した。

客間で待たせていたアーリアの隣で仏頂面のまま腕組みしている筋骨隆々のオークに見覚えがあったからだ。

 

「やっと会えたな、カルエラ・アンドロニカス。」

 

「え?ちょっと、嘘でしょう?なんでこんなところにいるのよ!?」

 

アンドロニカスがアカヴィリ刀の柄に手をかけると、側に控えていた守衛が慌てて間に入った。

 

「あ、あの、マスター・アンドロニカスのご友人という事でしたので私がお通ししたのですが・・・」

 

「冗談!この男は私を・・・」

 

「も、もしかして姉さんのストーカーですかーっ!?この筋肉オーク!姉さんに近付いたらてめぇのタマ蹴り潰してやっからな!!」

 

「待て、今日は争うために来たのではない。あの後、俺はメリディアより神託を受けた。しばらくの間、お前に同行させてもらうぞ。」

 

「・・・」

 

つい先日、理由も語らずに人を攻撃しておきながら、今度は同行したいというあまりにも身勝手な言動に、アンドロニカスは何かを言いかけたが、ゴルドロックの顔をまじまじと見つめた後、ファイティングポーズをとるアーリアをなだめて客間のソファーを指差した。

 

「なんとなく、本当に争う気がないのはわかったわ。理由は後で聞くから、そこに座ってじっとしてて。準備ができたら出発するから。」

 

ゴルドロックは意外そうな顔をした。

 

「ほう、拒絶しないのか?」

 

アンドロニカスは深くため息を吐いた。

 

「だって拒絶しても絶対についてくるでしょう?もう、なんと言うか、"人の言う事なんて絶対に聞かない!"ってオーラが満々だもの。本当は何もしなくてもついて来られるだけで嫌なんだけど、私達急いでるからあなたと言い争う暇もないの。じゃ、10分くらいで戻って来るから。」

 

アンドロニカスは有無を言わせずゴルドロックをソファーに座らせ、守衛に見張りをお願いして客間を後にした。

 

「追い返さなくていいんですか?あの筋肉オーク、見るからに堅気じゃない感じでしたけどー。そもそもどういう関係・・・も、もしかして、姉さんの元カレとかですか!?」

 

「何故そうなる。ま、確かに見た目は悪くないけどね。」

 

「・・・・姉さんマジっすか。ちょっと色々聞きたいことが出てきたんですけどー。」

 

「ほら、ついたわよ。さあ早く入って。」

 

アンドロニカスは長い廊下の一番奥にある扉を開き、アーリアを招き入れた。

そこは、アルケイン大学が誇る神秘の書庫には劣るものの、通常の書店とは比べ物にならないほどの書物が納められた多数の本棚と、一般人であるアーリアが見たこともない様々な魔法器具が整然と並べられた研究室のような部屋だった。

 

「あ、お邪魔しますー。えーっと、ここは?」

 

「私の研究室よ。そこに座ってて。急いで持ってくるから。」

 

アンドロニカスは机の横に置いてあった大きな木の保管庫を開き、中から真鍮色の機械のようなものを取り出した。

それは複数のパイプやプレートなどで構成され、ドゥーマー製の鎧の腕部分のようにも見える形状だった。

 

「アーリア、見せて。」

 

アンドロニカスは椅子に腰掛けているアーリアの上着に手をかけ、ボタンを外し始めた。

これにはアーリアも仰天して体を仰け反らせた。

 

「ちょ!ちょっと姉さん!?わ、私そっちの趣味ないですからーっ!!」

 

「ばか、ふざけないの。ほら、右肩を出して。嫌かもしれないけど、斬られた箇所を見せてごらん。」

 

アンドロニカスは追い剥ぎのように、涙目のアーリアから上着を引ったくり、きつく巻き付けられた包帯を外した。

 

「うーん・・・ふむ、うん。これなら大丈夫かな。」

 

「あ・・・あの、何をするんですか?」

 

「アーリア、ドゥーマーの機械仕掛けの兵士・・・オートマトンは知ってる?」

 

「オートマトン、なんとなく・・・本で読んだ事があるような・・・」

 

わけもわからない状況のまま、アーリアは頭をフル回転させた。

ドゥーマーについて調査した歴史研究家や魔術学者達の本の中で、蒸気や魔力が込められた核により、まるで生命を得たかのように動く金属の生命なき兵士として紹介されていた。

今は亡き主人達の遺跡を守るため、数千年が経った今でも動き続ける金属製の殺戮兵器というのが世間一般の認識であるが、ドゥーマーがシロディール地方には進出していなかったのか、それらをこの一帯で見かける事は皆無だった。

 

「これはオートマトンの腕部分を応用して作った義手よ。」

 

「ぎしゅ?」

 

「簡単に言うと仮の手ね。じっとしてて。最初は少し変な感覚になると思うけど。」

 

アンドロニカスは、腕を失ったアーリアの右肩の切断面に治癒と疾病除去の魔法を唱えつつ、機械仕掛けの義手をゆっくりと取り付けた。

そして義手のプレート内に設置された核に魔力を流し込み、最後にベルトでしっかりと固定させた。

 

「あうっ・・・な、なんか変な感じですー!」

 

「右手、動かしてみて?」

 

「うぅぅ〜・・・・・う?え?・・・手・・・動いた??ええっ!?」

 

アーリアはまたも仰天した。

右肩に取り付けられたそれを、手を動かすのとほとんど同じ感覚で、アーリアの意思に基づいて動かす事ができたからだ。

 

「指まで動く・・・な、なんなんですかこれーっ!?すっごいです!!手、私の手なんですか!?」

 

「私が作ったドゥーマー式の義手よ。昔ドゥーマー工学について研究してた時、戦争で手足を失った軍人さんのために開発してたの。結局、コストがかかりすぎて実用化に至らなかったんだけどね。丈夫だからある程度の攻撃にも耐えられるし、魔力を込めた核で動いてるから毎日キチンと手入れをすれば半永久的に動かせるわよ。」

 

「姉さん、マジ凄いっす!!剣の腕も凄くて、魔法もバリバリで、図書館レベルの知識もあって、それでこんなものまで作れるなんて!!しかも超絶美人で優しくてカッコよくて!!神さま?神さまなんですか!?」

 

「す、少し落ち着きましょうか?はい、深呼吸して。」

 

「すーはー、すーはー・・・ああ、姉さんのいい香りが。」

 

「変態か。まあ、大丈夫そうね。慣れるまでに少し時間がかかると思うけど、日常生活も問題なくおくれるようになるから。」

 

アーリアは失くした手を取り戻したかのように大はしゃぎし、その勢いでアンドロニカスに飛びついた。

そして、アンドロニカスの腕の中でわんわんと大きな声で泣き始めた。

 

「よしよし、大丈夫だからね。私がついてるわ。」

 

「ひっく・・・・あり・・がとう・・・ううっ・・・」

 

「ほーら、私の服はハンカチじゃないんだから。さてと、それじゃ、そろそろスキングラードへ向かいましょうか。仲間殺しの犯人探し、早いとこケリをつけましょう。」

 

 

 

 

 

 

「不愉快だ。」

 

大半を闇が支配する部屋。

僅かな蝋燭の灯りに照らされた老人が、赤く染まったワインをすすりながら不機嫌そうに呟いた。

 

「・・・どうなさいました?」

 

アルゴニアンの側近が問う。

 

「ここ数日、街の中から異常な魔力の歪みを感じる。」

 

「・・・例の"オブリビオンの門"でしょうか?」

 

クヴァッチを壊滅させた忌々しいデイドラの侵攻がアルゴニアンの頭を過るが、老人はさらに不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「ふん、私は腑抜けのゴールドワインとは違う。デイゴンの馬鹿の軍勢が攻めて来たらただじゃおかんさ。しかし、これはオブリビオンの歪みではない。もっと別の忌々しさを感じる。」

 

「ディオン隊長に調査させますか?」

 

「必要ない。それより親衛隊に指示を出せ。いつでも出撃できるよう待機しておけとな。これについては私自ら対処する。それより、ワインの代わりを持ってこい。ボトルが空になった。」

 

「そちらもご自分で対処なさってください。お部屋を真っ暗にされるものですから、ワイン棚がどこにあるのかさっぱりわかりませんので。」

 

「むむ、生意気な女執事め・・・いつかクビにしてやるからな。」

 

「ご自由に、お困りになるのはあなた様の方でしょうから。」

 

老人はいつものようにアルゴニアンに悪態をつき、空のグラスを持って音もなく暗闇の中へと姿を消した。

 

 

 

 

 

 

「・・・って事で、殺害された支部長達の共通点を徹底的に洗い直したところ、同じ新入りメンバーへギルド員不適格通告を出していたって事がわかったんです。」

 

アーリアは完全には拭いきれない悲しみを堪えながら、捜査の状況を説明した。

 

「マグリールって名前のウッドエルフの新入りなんです。そんなに年若いわけじゃないんですけど、お金にがめついくせに責任感がなくて、平気で依頼を不履行にするような男なんです。戦士ギルドは信用第一ですから、一度でも不履行が発生すれば請け負ったギルド員には支部長名で不適格通告を出すんです。該当者には仕事の斡旋が制限されて、三回出されると除名処分になるんです。レヤウィン支部とブラヴィル支部で不適格通告を出されたマグリールを・・・モルドリン支部長は受け入れました。辛抱強く指導し続けました。でも、依頼人や他のギルド員に迷惑をかけ続けて、最終的には三度目の通告を出したんです。」

 

「それで逆恨みをして闇の一党へ暗殺を依頼したってこと?」

 

「ギルドはマグリールを容疑者としてスキングラードの借家を捜索しました。その地下室で、"黒き聖餐"の跡を発見したんです。当然、マグリールの姿はありませんでした。」

 

"黒き聖餐"は、闇の一党の"ギルドマスター"とも言うべき"夜母"へ、暗殺の依頼を行うための一種の儀式のようなものだった。

公然の秘密と言うべきか、儀式の謎めいた内容については、ある程度世間一般に広く知れ渡っていた。

人の死体、又は骨と屍肉を人型に形作り、供物を捧げ、死体の心臓に刃を突き立てながら夜母への懇願を口にし続け、超常の力を持つ夜母からの語りかけを待つというものだった。

当然、帝国の法律では黒き聖餐は禁じられており、実際に闇の一党への依頼がなされたか否かに関わらず、凶悪犯として長期投獄は免れない。

 

「でも、そこまで行き着いたなら、私が手助け出来る事なんて無いと思うけど?」

 

アンドロニカスが当然の疑問を口にすると、アーリアは困った表情を見せ、意外な事実を告げた。

 

「実は、マグリールの居所はわかっているんです。」

 

「わかってるの?」

 

「はい。実は最近、スキングラード周辺でウッドエルフが行方不明になる事件が発生しているんです。衛兵が調査したところ、グラアシアという名のウッドエルフが行方不明者達と直前に接していた事がわかりました。」

 

「マグリールも行方を眩ます前に接触していたってわけね。」

 

「はい。目撃情報がいくつかありました。で、衛兵隊と一緒にグラアシアの屋敷を訪ねたんですけど、強力な魔法の結界だかなんだかが張られていて中に入る事ができなかったんです。魔術師ギルドの方にも手伝っていただいたんですけどダメでした。でも、その方がアルケイン大学にいるアークメイジかマスターウィザードの方々なら結界を破壊できるかもしれないって教えてくれたんです。」

 

「それで私に行き着いたわけね。でも、スキングラードにいる間は魔術師ギルドのメンバーって事は秘密にしてたんだけどなー。」

 

「いやいや、姉さんみたいな人がフリーの傭兵だなんて信じてたのはブランビョルン副支部長くらいですよ!野郎共はすぐに姉さんの事調べまくってましたからねー。独身だってわかったときはみんな狂喜してましたよ。」

 

「やだこわい。」

 

「ま、ほとんど私が調べ上げたんですけどね。」

 

「おのれは探偵か。」

 

アンドロニカスはそこまで言うと、隣で並走しているゴルドロックをちらりと見た。

ゴルドロックは馬の手綱も握らず、相変わらず仏頂面のまま腕組みをしている。

 

「で、あなたはなんなのかしら?」

 

「何が知りたい?」

 

「そうねえ、たいしたことじゃないわ・・・夜明けの教団がどうして私を殺そうとしたのか、そして今度はどういう風の吹き回しで凶悪極まりない人相の強面が私に同行してるのか。」

 

「ペリナル・ホワイトストレークについては知ってるな?」

 

「ええ、アイレイドに虐げられていた人々を救うため、キナレスが遣わした白髪の英雄。あなた達が信奉するメリディアと同盟を結んだ魔術王ウマリルを打ち倒し、人々を勝利に導いた。」

 

「その通り。少し前から教団の中で恐ろしい噂が広まっていた。ペリナルの生まれ変わりを自負する白髪の女剣士が、スキングラード周辺で目撃されたとな。俺たちはメリディアにどうすべきかを尋ねたが、なぜかメリディアは沈黙したままだった。やがて、司祭長からその女が巡礼中の使徒を殺害したと発表があった。メリディアが沈黙している以上、俺たちは司祭長の指示に従うしかなかったのだ。」

 

「とんだ言いがかりね。確かに私は白髪だし、炎の魔法を使えば"ホワイトストレーク"のように光り輝く手に見えるでしょうけど。でも私はペリナルの生まれ変わりだなんて言った覚えはないし、"ペリナルの剣"って通称も戦士ギルドが勝手につけたのよ。」

 

アンドロニカスは何度目かわからない深いため息を吐き、恨めしげにアーリアを見た。

 

「それに教団の仲間を殺したってのも、完全にそっちから仕掛けて来たから正当防衛しただけだし。」

 

「心配するな。疑いは既に晴れている。任務失敗と反逆の罪で司祭長の手で処刑されかけた俺に対し、メリディアは真実を与えた。一連の件はすべて、司祭長が教団内での発言権を増すために仕組んだ事だったのだ。俺はメリディアに従い、堕落した愚かな同胞達をひとり残らず処刑した。そしてメリディアはこう続けた。"我が娘を守れ"と。」

 

 

 

 

 

 

「主は約束した。タムリエルへの帰還が成功した暁には、もっとも信心深く忠実な者たちを受け入れるとな。そして従わぬ者たちには死すら許されん凄惨な運命を与えるだろう。」

 

帝都の遥か北東にあるアリアス湖。

険しい山の中に開けた美しい湖は知る人ぞ知る風光明媚な観光地として人気だったが、そこから少し山を登った場所に、人目を避けるように岩陰にひっそりと隠れている洞窟の入り口があった。

 

「偉大なる主の帰還は近い。来るべき日に備えよ。主はそなた達の行いを御覧になっている。」

 

洞窟内は驚くほど広く、中心には無数の篝火に照らされた祭壇と8フィートはある巨大な石像があり、その周囲を全身赤いローブで覆った深遠の暁の信者達が取り囲んでいた。

そして、祭壇の上には気絶させられたアルゴニアンが横たわり、青いローブ姿のハイエルフの老人が演説をしていた。

 

「じきにブルーマに大いなる門が開かれる。そこで曇王の神殿に立て籠もっている愚かなセプティム家の残党とブレイズ共を殲滅し、勢いに乗って帝都を陥落させるのだ。」

 

洞窟内を歓声が支配する。

深遠の暁の信者達は雄叫びをあげ、口々にセプティム家とタムリエル帝国への憎悪と呪いの言葉を吐き出し、目前となったメエルーンズ・デイゴンの"帰還"を祝福した。

 

そして、その雄叫びは断末魔の叫びへと変わった。

突如、祭壇の周囲へ無数の矢が浴びせかけられ、勇ましく拳を突き上げていた深遠の暁の信者達は悲鳴を上げて次々と倒れていった。

 

「うぬ、何事か!?」

 

ハイエルフの老人の隣に控える、同じくハイエルフの青年が声を上げると、それに応えるように、緑色のローブをまとった鎧武者達が姿を現した。

 

「くそっ、歩哨はどうしたんだ!?」

 

「おのれ、暁の到来のためにっ!」

 

生き残った信者達は異世界の武具を召喚して武装し、鎧武者達へと突撃した。

しかし、力量の差は歴然だった。

鎧武者達は美しくも強力なアカヴィリ刀を抜き放ち、迫り来る信者と武器を交える事もなく斬り捨てていった。

 

「マンカー・キャモラン、名乗るまでもなかろうが、我々はセプティム家に仕えしブレイズだ!皇帝陛下暗殺の件で聞きたいことがある!大人しく降参しろ!」

 

最後の信者が他に伏せると、ステファン騎士団長は緑色のローブを脱ぎ捨て、祭壇の上で事態を静観していた老人、マンカー・キャモランへ刀を向けた。

 

「おのれ・・・ぐふぅ!?」

 

ハイエルフの青年が武装召喚をするが、武具が具現化する直前にブレイズのサイラスが放った矢が喉に突き刺さり、血と呻き声を吐きながら絶命した。

 

「残るは貴様だけだな。」

 

マンカー・キャモランは薄ら笑いを浮かべながらステファンとブレイズの面々を見渡し、両手をゆっくりと広げた。

 

「ふふふ・・・諸君、私は戻ってくる。必ずな。」

 

強烈な光がマンカー・キャモランを包み込む。

風景が歪み、次元の裂け目のような魔力の波が光と同化する。

狙いを定めていたサイラスがなんとか矢を放ったが、寸前のところで光は消え失せ、既にマンカー・キャモランの姿もなかった。

 

「くそ、逃げられたか!キャロライン、ペラギウス、フェラムは周囲を警戒しろ。まだ生き残りがいるかもしれん。ロリアンドとサイラスは私に続け。」

 

ステファンは祭壇へ上がり、生け贄のアルゴニアンの様子を確認する。

 

「まだ生きているな。ロリアンド、ここから降ろして介抱してやるんだ。私は・・・?」

 

ステファンは巨大な石像の前に置かれている本に注目した。

白い装丁の中心には、まるでオブリビオンの門を思わせる不気味な模様が刻まれ、常人でも感じ取ることができるほどの禍々しい魔力が溢れ出していた。

 

 

 

 

 

 

「ここがグラアシアの屋敷です。いやあ、アルケイン大学のマスターウィザードが来てくださったとなれば百人力です。」

 

衛兵隊長のディオンに案内され、一行はグラアシアの屋敷へとやってきた。

戦士ギルドからはカ・グーンと2名のギルド員が駆けつけ、スキングラード衛兵隊長のディオンは6名の部下を引き連れていた。

アンドロニカスも、スキングラード滞在中にグラアシアの奇行についてはよく見聞きしていた。

直接他人に危害を加える事はないものの、重度の妄執癖があり、常に疑心暗鬼で、ある時は街の住民を尾行し、またある時は窓から家の中を覗くなどしていた。

衛兵も他人に直接危害を加えない限りは取り締まれずにいたが、連続行方不明事件の容疑者となれば話は別だった。

 

「マスターウィザード殿、お願いします。」

 

「ではさっそく。」

 

ディオンに促され、アンドロニカスは作業に取り掛かったが、頭の中は別の事でいっぱいだった。

 

"我が娘を守れ"、その言葉が意味するものはゴルドロックにもわからないとのことであったが、深遠の暁との関係といい、メリディアとの関係といい、アンドロニカスは自分という存在がわからなくなって来ていた。

確かに、幼少期の記憶はほとんどなかった。

明白な記憶として遡って思い出せるのは、10代の頃にアルケイン大学に預けられたときまでだった。

しかし、それでも自分にデイドラとのつながりがあるとは思えなかった。

とにかく、様々なゴタゴタが解決した際には、長い休暇を取って自分自身について調べてみようと考えていたが、今はアーリアのため、マグリールを発見して事件の全貌を暴く事が最優先だった。

 

「この結界、このパターンは・・・ふむ・・・なるほどね。それなら・・・この波動に合わせて・・・・・よし、解除したわ。」

 

「早い!さすが姉さんっ!」

 

「いやはや、やはりマスターウィザード殿は違うな!」

 

アーリア達の賛辞を受けつつ、アンドロニカスは慎重に玄関の扉を開いた。

内部は雑然としていた。

大量に積み重ねられた本の山、無造作に放られた斧や鈍器、所狭しと並べられた家具、散乱している食器類。

 

「グラアシア、いるなら返事をするんだ!連続行方不明事件の重要参考人として、話を聞きたい!」

 

ディオンが呼びかけると、返事がない代わりに、奥の部屋からものを引きずるような音が聞こえた。

ディオンが目配せをすると、衛兵達が制圧用の棍棒と盾を構えて慎重に進んでいく。

 

「隊長、誰か倒れています!」

 

「生きているようだ。グラアシアの被害者か?」

 

「あっ・・・マグリール!!」

 

雑然とした部屋の片隅でうつ伏せに倒れていたのは、アーリア達が探していたウッドエルフのマグリールだった。

アーリアは衛兵の制止を振り切ってマグリールに掴みかかった。

 

「おいコラっ!!ギルドメンバーの暗殺事件、依頼人はテメェだな!?全部バレてるんだよ!!」

 

「お、おいアーリア落ち着くんだ!」

 

カ・グーンは慌ててアーリアを引き離した。

マグリールは随分と衰弱しているようで、アーリアに締められた首元を押さえて小さく咳き込んでいる。

 

「アーリア、少しだけ待って頂戴。幻惑魔法で真実を語らせるから。マグリール、私の目を見て。」

 

アンドロニカスはマグリールを壁にもたれかからせ、虚ろな目をじっと見つめた。

 

「マグリール、戦士ギルドメンバーの暗殺事件の依頼人はあなたね?」

 

「・・・・はい、そうです。」

 

マグリールは夢にうなされるように声を絞り出した。

 

「どうしてそんな事をしたの?」

 

「あいつら・・・・俺から、仕事を、奪った。小言ばかり・・・・ムカついた・・・」

 

「それだけの理由?」

 

「うぅ、う・・・」

 

「マグリール、答えなさい。」

 

「うう・・・こ、声が聞こえる。」

 

「声?」

 

 

 

「これは・・・」

 

ゴルドロックは机の上に無造作に置かれていたグラアシアのものとみられる日記を見つけた。

 

『陰謀についての現時点での見解

選ばれしマラカティーー一番怪しい!冷酷で秘密主義のやつらだ。俺の幾度とない警戒は間違いなくやつらの敵意を買っているだろう。

ブレイズーー帝都の衛兵を装っている。疑問点:俺がやつらの秘密を知っているのは気づかれているのか?すべてはそれ次第だろう。

深遠の暁ーーこいつらのことはもっとよく調べなくては!!!いろいろな情報源からのあいまいな手がかりを総合すると、こいつらが3団体の中で一番危険だ。疑問点:俺を殺そうとする理由は?

追記:俺の家に忍び込んだ、カシウスとかいう怪しい大男を捕まえた。大枚をはたいて完成させた麻痺毒の罠のおかげだ!俺への刺客に違いない。こうなれば例の計画を実行に移す必要がある。まずはボズマーを集めるんだ。俺もたたじゃ済まないだろうが、戦いもせずに終わる俺じゃないって事を思い知らせてやる!

イニシエノケモノニモドリスベテノテキヲクイツクス』

 

 

 

「待って。何かしら?足下から何か聞こえるわ・・・」

 

アンドロニカスの呟きに、全員が動きを止めて耳をすませた。

 

・・・・・so cxium・・・・onataj kunve・・・nauw ・・・・・sed nature anko・・・ix pri aliaj aktuasoj ak・・・・・

 

「これは・・・なんだ?」

 

「地鳴り?いや、何かの話し声じゃないか?」

 

地の底から滲み出るように漏れてくる不快な雑音は、微かにではあるが、誰の耳にも聞こえ始めた。

 

tivecauw so soc・・・ieto! Ne malofte enahkstas ・・・krome plej diversas・・・pekta materialo eduka oix distra!!

 

雑音は次第に大きく、はっきりと聞こえ始めた。

しかし、それは言語学に精通しているアンドロニカスでも、聞いたことのない言葉だった。

 

「ひ、ひいぃいっ・・・ま、またあれだ・・・・」

 

正気に戻ったのか、マグリールは頭を抱えて縮こまった。

アンドロニカスはマグリールの様子が尋常でない事に気付いた。

小刻みに震え、見開いた目は焦点が定まらず、しきりに身体中を掻きむしっている。

 

「どこだ?どこから聞こえる?」

 

「隊長、あれを見てください。地下室へ続く扉かと思われます。」

 

衛兵が頑丈に補強された真新しい扉を指差した。

 

「グラアシアの奴め、何を企んでいるか知らんがここまでだ。よし、地下室へ突入するぞ。相手は狂人、十分注意しろ。」

 

 

So interreta Kvako retletera !!kaj verjheauw ahkstas!unufsonke alternativaj kanasouw !por distribui!!

 

声はさらに大きく、

 

so enhavon so papera Kva!!KvakSed alifsonke so enhavauw!! so diversaj verjheauw !!!

 

遂には地鳴りのように、

 

antoixvible ne povas !!!kaj ecx ne vus cxiam!!!!ahksti centprocente so sama!!!!!

 

それはもはや絶叫に近かった。

 

「な、なんだか凄まじいな。」

 

「早いとこ片付けちまおう。行くぞ。」

 

「だめだっ!!」

 

マグリールが叫ぶ。

 

「頼むよぉ、ここから出してくれよぉ!!やっと抜け出せたんだ!!そ、そこを開けちゃダメなんだ!!はやく、はやくここから逃がしてくれえぇぇっ!!!」

 

懇願し、半ば狂乱したように喚き散らすマグリール。

ディオンはマグリールを無視し、部下に地下室へ向かうよう指示を出した。

 

「やめてぇぇええええっ!!!助けてぇぇええええっ!!!」

 

そして衛兵がドアノブに手をかけたその時だった。

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・!!!???」

 

 

 

 

扉の向こう側、そして絶叫するマグリールから炸裂する眩い光、白炎、目に見えない力、そしておぞましい雄叫び。

重い扉も、石造りの壁も、頑丈な太い柱も、すべてが火花のように吹き飛んだ。

アンドロニカスが咄嗟に展開した魔力障壁でカバーできたのは、ゴルドロック、アーリア、カ・グーン、そして3名の衛兵達だけだった。

衛兵隊長のディオンを含め、扉の付近とマグリールの付近にいてアンドロニカスから離れていた衛兵や戦士ギルドメンバーは跡形もなく消え去っていた。

 

「なっ、何が起きたんだっ!?」

 

カ・グーンはすぐさま自慢の鉄槍を構え、アーリアや生き残った衛兵達もそれに続いた。

ゴルドロックは腕組みしたまま、先ほどまでマグリールがいた場所、粉塵の中で異様な動きをしている"大きな影"を睨みつけた。

 

 

 

「ワイルドハント・・・」

 

 



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スキングラードの不死伯爵

「おやおや、まだアレをやろうってボズマーがいるとは怖いもんだ。最後に感じたのは20年前・・・いや、20年後だったかね?とにかく恐ろしいよ。書に刻まれるのは・・・」

 

 

 

 

 

 

「アヴヴェヴェーーーーー!!!イヴァヴァーーーー!!!」

 

ウッドエルフ、またはボズマーと呼ばれるエルフ種は、ヴァレンウッド地方を故郷とする種族である。

元々は彼らが崇める巨大な樹木の上に住み、大いなる契約により植物を傷付けることを禁じ、狩猟により生計を立てていた。

もちろん、あらゆる種族があらゆる地方へ進出した現代では、ヴァレンウッド以外を故郷とするボズマーも多数いるため、いわゆる"グリーン・パクト"に縛られない彼らを目にすることの方が圧倒的に多いだろう。

さて、どこまで本当かは知られていないが、ボズマーは太古の昔、常に姿形を変化させる(又は姿形を一定に保っていられなかった)存在だったと言われている。

グリーン・パクトは、彼らに植物への加害を禁ずるだけでなく、彼らが恐ろしい獣へと変化する事も禁じた。

しかし、大変稀な事ではあるが、歴史上、ボズマーの集団が恐ろしい"ワイルドハント(荒野の狩人)"へと意図的に肉体を変化させ、ただひたすら"食い散らかす"殺戮を成した事実は存在する。

 

冒涜的な姿の巨大な怪物達。

無数の触手をうねらせる爬虫類、口から得体の知れない煙を吐き出すドロドロとした粘液状の生き物、鎧のような甲殻と鋭利な牙をもつ大ムカデ、そして神々の顔を持った霧状の魔物。

既に失われた太古の儀式は、彼らに混沌への回帰を成し遂げさせ、その肉体をあらゆる姿の怪物へと永遠に変化させ、目にする全てを破壊し喰らい続ける。

 

「たっ、助け・・・・っ!?」

 

ゴキッ!!

 

パキッ!!

 

ゴリッ・・・ゴリッ・・・

 

鞭のようにしなる触手で絡め取られた衛兵は、無数の歯がゾッとするほど規則正しく並んだ巨大な口の中に放り込まれ、鎧ごと噛み砕かれた。

ゆっくり肉と骨を砕く咀嚼音が全員の耳に絡みついた。

 

「炎弾!!」

 

アンドロニカスの指先から灼熱の炎の雨が放たれ、"マグリールだった"触手の怪物に降り注いだ。

怪物は大地を揺るがす苦悶の叫び声を上げ、丸みを帯びた巨体を転がしながらアンドロニカスに迫った。

 

「あなた達は下がってて!!」

 

アンドロニカスはアーリア達へ叫び、目の前に巨大な炎の魔力障壁を出現させた。

障壁はけたたましい音を立てながら衝突した怪物を捕らえ、炎はその肉を焼き焦がし、吐き気をもよおす激臭とおぞましい絶叫が振りまかれた。

崩壊した建物の周囲に集まり始めた野次馬達は、その両方に耐えられず散り散りに逃げ去った。

 

「ゴルドロック!!」

 

アンドロニカスは手中に燃え盛る炎の鞭を構築しながら叫ぶ。

崩れ落ちた柱や瓦礫の山を駆け上がり大きく跳躍したゴルドロックは、光り輝くドーンブレイカーを、炎の障壁に阻まれた怪物の頭部と思われる箇所へ突き刺した。

怪物は無数の触手を激しく振り回して暴れまわろうとするが、それらはアンドロニカスが振るった炎の鞭によりことごとく焼き切られた。

 

「浄化の炎よ。」

 

ゴルドロックがドーンブレイカーの力を解き放つ。

刀身から放たれる聖なる炎は怪物の体内を瞬く間に駆け巡り、血の一滴まで焼き焦がした。

怪物はのたうち回り踊るように痙攣したかと思うと、目や口、その他体から突き出た不気味な突起口から大量の黒煙を吐き出して絶命した。

 

「うえぇっ・・・すっごい臭い・・・」

 

「こ、こりゃたまらん!」

 

グロテスクな怪物の死体に目を奪われたアーリアとグーンは、足下の石畳に亀裂が走った事に気付いていなかった。

 

「アーリア!!!」

 

アンドロニカスがそう叫び、やむを得ず魔力の衝撃波でふたりを吹き飛ばした直後、石畳を突き破って現れた恐るべき速さの"なにか"が彼女を襲った。

 

「くっ!?」

 

咄嗟に魔力障壁で身を守ったアンドロニカスは、うねうねと胴体をくねらせる巨大なムカデの怪物と対峙した。

まさに鎧と呼ぶに相応しい強固な甲殻に覆われたその怪物は、いびつな棘と毒々しい体液にまみれた尾を高速で振り回し、今度はアーリアたちへと襲いかかった。

 

「行かせないわよ!!」

 

アンドロニカスは再び炎の鞭を出現させると、巨大ムカデの背後からその胴体をとらえて拘束した。

甲殻を焼き焦がしながら身体中に食い込んでくる炎の鞭に、巨大ムカデは狂ったように苦悶の叫びを上げたが、その光のない真っ黒な目玉をギョロリと動かすと、その身が焼き千切れるのもおかまいなしに目の前の獲物へと突進した。

アーリアとグーンは身構えたが、どう見ても渡り合える相手ではなかった。

アンドロニカスの脳裏に、目の前で崩れ落ちたウルフガーの最期が浮かんだ。

 

「アヴイヴォーーーーー!!!ヴァヴァーーーーー!!!」

 

アンドロニカスは炎の鞭を締め上げつつ、もう片方の手でアカヴィリ刀を抜き放った。

ハンニバル・トレイヴンの付呪により鍛えられた刀身が淡く輝きを発し、アンドロニカスの全身を炎の魔力が覆った。

その魔力の熱気は凄まじく、ゴルドロック達は肌がジリジリと焼けつく感覚に襲われた。

 

"これ以上殺させない!!"

 

アンドロニカスが炎の鞭を思い切り引っ張ると同時に大きく跳躍した瞬間、彼女の全身を覆っていた炎が弾け、爆発的な推進力を生み出した。

燃える流星の如きアンドロニカスと巨大ムカデの体が交差し、真っ二つに両断された怪物の巨体が黄緑色の肉片を撒き散らしながら転がった。

 

「す、すごい・・・・」

 

アーリアは、灼熱の炎を身に纏うアンドロニカスの力を目の当たりにして、ただただ呆気にとられるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

地面と水平に構えられた弓幹に小さなモリツグミがとまった。

葉や蔦が絡みついた外套に身を包んだその射手は、微動だにせず森の息遣いや木々の間を吹き抜ける風と同化し、警戒心の強い小動物達すらその気配を感じ取れないようだった。

そして、なんの前触れもなく矢が放たれた。

微かな振動に驚いたモリツグミが弓幹から飛び立つのと、キイチゴを頬張っていた大鹿が急所に矢を生やして倒れたのとはほとんど同時だった。

 

「ひえぇっ!?」

 

同じ大鹿を狙っていた別の老狩人は、自分の頭のすぐ真横を通り過ぎた矢に一瞬遅れて反応し、驚きのあまりその場に尻餅をついてしまった。

射手は、慣れた手つきで弓の弦を外し、血抜きをすべく腰に差した翡翠装飾の美しい短剣を抜いて獲物に近付いた。

 

「あ、あんた!危ないじゃないか!それに、あれはワシが狙っとった獲物じゃぞい!」

 

老狩人は、まるで他人事のように素知らぬ顔で通り過ぎようとした射手に抗議したが、フードの下に隠された黄金色の鋭い瞳に一瞥され、その物静かな気迫に押されて思わず口をつぐんでしまった。

 

「・・・・カルロッタ?」

 

ふと、射手は木々の間から顔を覗かせる南の空に目を向けた。

曇り空を押しのけるように、その方角からは快晴の如き熱気を帯びた魔力の波長が微かに感じられた。

その男は怪訝な様子の老狩人や仕留めた大鹿の存在すら忘れたように、冷たい黄金色の瞳を細め、酷く無愛想な表情を緩ませた。

 

 

 

 

 

 

「たいしたもんだ。」

 

ゴルドロックは焼き爛れた巨大ムカデの残骸をまじまじと眺めた。

刀への強力な付呪と爆発的な推進力だけではなく、跳躍の寸前、アンドロニカス自身にも様々な身体能力強化の魔法がかけられていた事をゴルドロックは見逃さなかった。

 

「俺ごときの護衛などいらんように見受けられるな。」

 

「"護衛"ね。そこら辺の詳細は全部片付いてから聞かせてもらうわ。あなたの奢りでワインでも飲みながら。」

 

「・・・そう、すべて片付いたらいくらでも教えてやる。構えろ、まだ出てくるぞ。」

 

ゴルドロックは、巨大ムカデが出てきた悪魔の口のようにぽっかり空いた縦穴から離れ、"緑色の狂戦士"の力を発動した。

その直後、縦穴の奥底から耳をつんざく咆哮が轟き、その周囲にメキメキと轟音を立てながら亀裂が入り、火山が噴火するように地面を突き破った怪物達が姿を現した。

それは、想像力豊かな子供やスクゥーマ中毒者が見る悪夢を体現したかのような光景だった。

空腹と殺戮の衝動に突き動かされた異形の怪物達は、我先にと大地の裂け目から這い出し、力の限り叫び散らし、そして目につく者への攻撃を開始した。

アンドロニカスは間髪入れずに炎の魔法を放ち、ゴルドロックは怪物達の間を縫うように駆け抜け、更なる強靭化を果たした豪腕で剣を振るった。

カ・グーンとアーリアは、生き残った衛兵ふたりと共にゴルドロックの援護をした。

 

「空を飛んでる!!」

 

アーリアが指差す先には、丸々と太った黄褐色の体に小さな羽根が生えた、まるでクマバチのような怪物がいた。

怪物は羽根を高速で振動させ、ゆっくりと空中へ飛び立とうとしていた。

 

「外に出しちゃだめっ!!」

 

アンドロニカスは魔力障壁で怪物達の攻撃をくぐり抜け、炎魔法で飛翔怪物を撃ち落とした。

 

「ぎゃっ!?」

 

衛兵のひとりが上半身を黒い霧のようなものに覆われ、ゆっくりと宙に浮いた。

初めは両足をばたつかせて抵抗していたものの、ビクンと痙攣して動きを止め、そのまま吸い取られるように霧の中へ消えていった。

その霧には不自然に貼り付いた彫像の如き顔面が微笑みを浮かべ、その半開きの口からは、吸い込まれた衛兵のものと思われる腕のような何かがはみ出ていた。

 

「こっ・・・こいつら、なんなのよ!?」

 

アーリアが口元を押さえてながら悲鳴を上げた。

地下から溢れ出る怪物達の中には、既存の何かに例える事すら難しい異形の存在もいた。

 

「ヴジュルルルルルルル!!!ヴェエエエエヴァア!!!」

 

「う、あぁ・・・うわああああああああーー!!」

 

最後の衛兵は恐怖に駆られ、武器を捨てて走り出した。

しかし、ドロドロしたゼリー状の怪物が吐き出した唾液が必死に逃げ去る衛兵の背に直撃し、衛兵は全身をブクブクと泡立たせながら倒れ込み、あっという間に鎖帷子の下から骨と肉が覗き始めた。

 

「ちくしょう!この化け物め!!」

 

グーンは数多のゴブリン退治で鍛えられたであろう槍術でもって果敢に怪物に立ち向かうが、単なる鉄の槍では霧の怪物にもゼリー状の怪物にもダメージを与えられなかった。

グーンは怪物の反撃を見事な身のこなしで躱していくが、瓦礫に足を取られ、転倒した拍子に槍を落としてしまった。

 

「くそ・・・クランフィア!」

 

追い詰められたグーンが叫ぶと、怪物の目の前に、骨質のフリルと鋭い角が突き出た爬虫類型のデイドラ、クランフィアが召喚された。

クランフィアは雄叫びを上げ、自分よりも遥かに巨大な怪物に恐れる事なく襲いかかった。

 

「こっちへ!!」

 

アンドロニカスは怪物達が僅かに怯んだ隙にグーンを下がらせ、上段にアカヴィリ刀を構えた。

クランフィアは瞬く間に蹴散らされ、怪物達はそびえ立つ巨大な壁のように迫りつつあった。

 

「さっきは一匹ずつだったけど、これだけ大勢いると厄介ね。」

 

「・・・カルエラ・アンドロニカス、ここは俺が食い止めよう。一旦離れて衛兵隊やギルドの連中を待つんだ。きっと騒ぎを聞きつけてやってくるだろう。このままではあまりに多勢に無勢・・・」

 

「衛兵詰所も両ギルドも街の反対側だ!!とても間に合わねぇよ!!」

 

「ちくしょう・・・レドラン家の戦士は戦わずに殺されはしないんだから!」

 

そのときだった。

彼らの間を黒い風のようなものが通り抜け、今まさに毒液にまみれた舌を振り回そうとしていた怪物を多数の斬撃が襲った。

それは、夜のように真っ黒で優雅な黒檀の鎧に全身を包んだ騎士達だった。

彼らは鎧の重さを感じさせない、蜂のように素早い動きで剣を振るい、巨大なヒキガエルのような怪物をたちまち細切れにしてみせた。

 

「援軍か?しかしあれは・・・」

 

その中でも、彼らを率いている騎士の戦い方は際立って見事なものだった。

顔をすっぽり覆う兜は赤く染めた馬毛で装飾され、濃紫の外套をたなびかせるその騎士は、白銀の長剣を巧みに操り、怪物達の猛攻を受け流したかと思えば、優雅かつ力強い巧みな剣術で迫り来る巨体を斬り裂いた。

 

「貴様らはカカシか?突っ立ってないで戦え!」

 

外套の騎士の一喝でそれぞれが動き出した。

 

「螺旋の流火!!」

 

外套の騎士の背後に迫っていた岩のような怪物に、アンドロニカスの魔法が直撃する。

怪物は見た目通り岩のように頑強な表皮で灼熱の炎に耐えきったが、直撃の反動で動きが一瞬止まり、それに気づいた外套の騎士と脇から援護に入ったゴルドロックの斬撃を受けて崩れ落ちた。

外套の騎士はアンドロニカスには目もくれず、次の怪物へと襲いかかった。

 

「姉さん!衛兵隊とギルドのみんなが助けに来ましたよーっ!」

 

アーリアが指差す先には、瓦礫の山を乗り越えて剣や弓を構える衛兵隊と戦士ギルドのメンバー、そして他の市街地への被害を防ぐため、魔術師ギルドのメンバー達が展開しているであろう巨大な魔力障壁が見えた。

 

「耳を塞いで伏せろっ!!」

 

どこからともなく発せられた声に全員が従った次の瞬間、凄まじい轟音と衝撃波が一行の頭上を通り抜けた。

衝撃波は嵐のようにレンガや木材の瓦礫を巻き込みながら怪物達を襲った。

アンドロニカス、ゴルドロック、そして黒檀の騎士達はこの隙を逃さなかった。

体勢を崩した怪物達に疾風の如く攻撃をしかけ、続いてギルドや衛兵隊がその援護をした。

多数の被害を出しながらもついに最後の怪物が仕留められ、スキングラード市街を襲った大惨事は収束した。

衛兵隊と戦士ギルドのメンバーは周辺の規制を、魔術師ギルドのメンバーは負傷者の手当てを、それぞれが組織の垣根を超えて協力しあった。

また、アーリアとグーンはギルドの上官に事の次第を報告している一方で、仏頂面を崩さないゴルドロックがまるで関係のない部外者のように衛兵隊からの事情聴取を突っぱねている様子に、アンドロニカスは苦笑いせざるを得なかった。

 

「どうだ、なにかわかったことはあるか?」

 

腐臭漂う怪物の死骸を調べるアンドロニカスは、鼻を覆いながらかなり離れた位置から様子をうかがっている衛兵隊長のディナス・アルテリアン(死亡したディオンは市街の治安を担う衛兵隊長であり、アルテリアンはスキングラード城内の警備を担当する衛兵隊長だった。)の問いかけに肩をすくめた。

 

「もちろんありますわ、アルテリアン隊長。でもこの仔猫みたいな愛らしい外見からは想像もつかないでしょうけど、この怪物達の死骸は正気を失いそうなくらい酷い臭いなんですのよ。そこからおわかりになるかしら?」

 

「・・・ああ、私が悪かった。そう皮肉を言うのはよしてくれ。しょうがないだろう?スキングラード城お抱えの魔術師や薬草医は怪物の解剖なんて専門外なんだ。おたくのギルドの支部員もしかり。ここは生物学に秀でてるって評判のあんたに頼るしかないのさ。」

 

「そんな評判を垂れ流したお方を恨むわ。」

 

アンドロニカスは泡立つ粘液状の血液でベトベトになった手をタオルで拭き、アルテリアンの横で召喚した魔法の椅子に腰掛けている魔術師ギルドのスキングラード支部長エイドリアン・ビリーンを睨みつけた。

その吊り上がった目と険しい表情には似合わない可愛らしく明るい三つ編みを揺らすエイドリアンは、青いドレスについた埃を払いながら艶めかしい視線をアンドロニカスに返した。

 

「あらあら、マスターウィザード様は恐ろしいわね。でも口じゃなくて手を動かす方が利口なんじゃない?その醜悪な怪物の死体がひとりでに解剖されてくれるなら話は別だけど。」

 

「"自動解剖"の魔法を使った魔術医の話をご存知ないようね。魔法が目の前の検体と魔術医の区別がつかなくて・・・」

 

「生きながらに解体されたって間抜けの話でしょ?そのくらい"学のない"私でも知ってるわ。で、お忙しいマスターウィザード様はまだ無駄口を叩き合いたいわけ?」

 

「わかった、私が悪かったわエイドリアン。文句言ってる場合じゃないわよね。でももしよければお手伝いいただけないかしら"先生"?」

 

「遠慮させていただくわ。そんな汚らしい肉塊なんて近付きたくもないの。ドゥージャ、ちょっとドゥージャ!こっちへ来てちょうだい!このお美しいマスターウィザード様を手伝ってあげなさい!」

 

アンドロニカスとエイドリアンのやり取りを遠くから見守っていたアルゴニアンの女性魔術師は、ため息をつきながら観念したように解剖現場へと近付いた。

ドゥージャは申し訳ない様子でアンドロニカスへ頭を下げた。

 

破壊魔法の達人であり危険人物として魔術師ギルドに懸賞金をかけられている在野の魔術師、ブラルサ・アンダレン。

アルケイン大学における最高クラスの魔闘士であり、破壊魔法の権威として名高いマスターウィザードのカラーニャ。

"撃滅"と恐れられる破壊魔法の上級教官を務めるデルフィン・ジェンド。

それら大魔術師と並びシロディール有数の破壊魔法の使い手として名高いエイドリアンは、かつてアンドロニカスに破壊魔法の手ほどきをした熟練魔術師だった。

多彩かつ強大な魔法を操るエイドリアンは、昇進に伴う政治的性質の付加を嫌い、見習いに毛が生えた程度のイヴォーカーの階級に留まり続ける変わり者でありながら、その知識と実力を高く評価され支部長(通常はイヴォーカーより四つ上の階級のウィザードが支部長を務める。)にまで抜擢された女傑だった。

 

師弟関係にあるエイドリアンとアンドロニカスだが、その不仲はスキングラード支部において知らない者がいないほど知れ渡っていた。

 

「マスター・アンドロニカス、お手伝いできて光栄です。生物学に関する書物をいくつか持ってきたのでご参考になれば幸いです。それと、あの、支部長については・・・」

 

「いいのよ、ドゥージャ。ありがとう。」

 

経験豊かで温和な魔術師のドゥージャは、エイドリアンに聞かれないように蚊の鳴くような小声で謝罪した。

 

「魔術師殿、私も手伝おうか。こう見えても、その化物達を見るのは初めてじゃないんだ。」

 

名乗りを上げたのは戦士ギルドのア・マルズだった。

見た目よりもずっと歳をとっているこのアルゴニアンの戦士は、かつてヴァレンウッドでワイルドハントに蹂躙された村に遭遇した事があり、偉大なるシルヴェナールの衛兵隊や傭兵仲間と共にその殲滅に協力した経験があった。

心強いふたりの助手を得たアンドロニカスは、マルズの助言や異形の生物学における膨大な知識を最大限に活用し、当分の間落ちないであろう悪臭が体に染み付くのと引き換えに、なんとか怪物の解剖調査を終える事ができた。

 

「結論は出たかね?」

 

すぐ近くで部下の騎士達に囲まれていた外套の騎士は怪物の血に塗れた剣の手入れを終え、黒檀の兜の中で炎のように燃える目をアンドロニカスへ向けた。

 

「はい、伯爵。帝国治癒師会の報告書や信憑性の高い歴史書、なによりア・マルズの経験から総合的に判断するなら、この怪物達はワイルドハントで間違いないようです。それに、随所に僅かながらウッドエルフだった頃の身体的特徴が残っているようです。」

 

アンドロニカスは恭しく跪いて調査結果を報告し、作業を中断したドゥージャとマルズもそれに続いた。

 

「"不死伯爵"閣下、か。お目にかかれて光栄だ。」

 

仁王立ちしたまま不遜な態度をとるゴルドロックに、騎士達は物言わず各々の剣の柄に手をかけたが、甲冑越しに厳格な統治者としての威厳を発する外套の騎士、ジェイナス・ハシルドア伯爵がそれを制した。

 

「不死伯爵だと?ふん、不死など領民が面白おかしく作り上げた噂話さ。確かに、大抵の者よりは少々長生きかもしれんがな。」

 

デイドラの侵攻により滅びたクヴァッチと肩を並べるほどの精強な衛兵隊と豊かな資源・産業を有し、いまやシロディールにおいて帝都に次ぐ大都市となったスキングラードを治める領主、ハシルドア伯爵については、その人間種離れした長命から様々な噂が囁かれてはいるものの、厳格かつ公正な統治は貴賎を問わず領民から絶大な信頼を受けていた。

極度の人嫌いから他者との関わりをほとんど持たないため、アークメイジ補佐として各地の領主とも面識があるアンドロニカスでさえ、ハシルドアと会うのはこれが初めてだった。

 

「私が欲しい情報はふたつだ。まず、このワイルドハントが引き起こされた原因。そして、更なるワイルドハントが引き起こされる可能性の有無だ。」

 

ハシルドアはアンドロニカスだけでなく、その場にいた衛兵隊、魔術師ギルド、戦士ギルドの全員を見渡し問いかけた。

 

「原因は例の変人、ボズマーのグラアシアです。」

 

情報収集に徹していたアルテリアンが声を上げた。

そして、戦士ギルドとアンドロニカスの証言から今回のワイルドハントの発生に至る経緯について報告した。

報告を受けたハシルドアの表情は甲冑に隠されていたが、報告の大半を占めるギルド内のいざこざや変人の与太話には興味がないらしく、ふいに顔を上げてアンドロニカスやエイドリアン、マルズを手招きした。

 

「おおよそわかった。簡潔にまとめると古代秘術の知識を有する終末論者の暴走という事だな。だが、念のために当事者達が見聞きした事や見解を記録に取っておきたい。ここが片付いたら城へ来たまえ。無礼な女執事のハル=リューズか、お喋りなオークのシャム・グロ=ヤラクに声をかけるといい。」

 

ハシルドアは剣を鞘に納めて立ち上がり、アルテリアンにいくつかの指示を出すと、親衛隊を引き連れて城へと戻り始めた。

 

「君とはいずれ話をしたいと思っていた。共通の知人についてな。」

 

すれ違いざま、ハシルドアはアンドロニカスの耳元で囁いた。

 

 

 

 

 

 

「アーリア、グーン、よくやったぞ。」

 

"大熊"と"鉄の喉"、ふたりのノルドの巨漢を両脇に従え、アーリアとグーンの報告を受けているのは、戦士ギルドブルーマ支部長のエルマ・シールドメイデンだった。

大小様々な傷跡、灰色熊の頭部で拵えられた毛皮の兜、子供程の大きさがある戦斧、激しい気性をそのまま表した荒々しさが威圧的な印象に事欠かないエルマは、暗殺されたモルドリンに代わり、ギルド員連続暗殺事件を捜査する特命部隊長に任命され、事件の真相を追っていた。

その後、他の支部長への攻撃が発生しなかった事から、エルマは暗殺された3人の支部長の共通点を徹底的に調べ上げた結果、契約不履行の常習者であるマグリールに行き着いたのだった。

 

「エルマ支部長のお陰です!マグリールの馬鹿はもういないけど、まだモルドリン支部長を手にかけた張本人が・・・」

 

エルマはアーリアの口元に人差し指をあてた。

困惑した様子のアーリアが黙り込むと、エルマはしかめっ面の険を更に深めながら溜息をついた。

 

「アーリア。モルドリン殿を暗殺したのは闇の一党で間違いない。そして依頼者がマグリールとかいう屑なのも疑いようがない。だが、私はどうにも腑に落ちんのだ。職にあぶれた若造が、大掛かりな暗殺を3件も依頼できるほどの財力があったとは思えん。」

 

「それは・・・ギルドから盗んだお金で・・・」

 

「そんなものはオマケに過ぎん。色々調べた結果から推察するに、闇の一党への依頼は今回程度の規模になると数千ゴールドにもなる。」

 

「そ、そんなにするんですかーー!?」

 

アーリアの自信なさげな反論を一蹴したエルマは、腐臭を放つワイルドハントの死骸に悪態をついた。

 

「くそ、なんて悪臭だ・・・とにかく、私はマグリールを背後から支援している者、又は組織がいると考えている。マグリールはその私怨を利用されたに過ぎん。」

 

「エルマ支部長。」

 

エルマの脇に控えていたブランビョルンが、自分より若年の女戦士に恐る恐る声をかける様子は、普段の自己主張が激しい豪快な性格を知っているアーリアの目を丸くさせた。

それはまさに借りてきた猫のようだったが、かつてブルーマ支部に在籍していたブランビョルンにとって、デイドラのように恐ろしい上官だったエルマは未だ畏怖の対象だった。

 

「なんだ"大熊"?」

 

「闇の一党については俺にやらせてくだせぇ。サヴェラの仇だけは、どうしても俺が討たにゃ気が済まんのです。」

 

ブランビョルンは、暴君に意見具申する文官のように跪き懇願した。

 

「おい、それは何度も言っただろう?お前の戦鎚はオーガさえ一撃で葬る事ができるが、素早い暗殺者相手には役に立たん。闇の一党についてはイルヴァールが対処する。」

 

「そんなら俺は・・・」

 

「辞めたければ好きにするがいい。前回は引き留めたが二度目はないぞ。アーリア、グーン、お前たちは次の指示があるまでここの支部で待機しておけ。」

 

エルマは寡黙なイルヴァールを伴い去っていった。

アーリアは、取り残されがっくりとうなだれた大きな背中をぽんぽんと叩いた。

 

「落ち込むなんて、らしくないですよ副支部長。モルドリン支部長の仇は私達で討ちましょうよ!」

 

ブランビョルンは目に涙を滲ませ、アーリアにがっちりと抱きついた。

そして、鼻水を垂れ流しながらおいおいと泣き始めた。

 

「アーリアよ!!俺は無力で大馬鹿もんだ!!親友が殺されたってのになにもできねぇっ!!うおおおぉぉぉーーーーーん!!」

 

ノルドの戦士が好むゴツゴツした鎧金具を体に押し付けられ、アーリアは拷問を受けているかのような痛みに失神寸前だった。

 

「ぐぇ・・・く、苦し・・・・ぎゅう・・・」

 

「そうだ!!今辞めたって俺ひとりじゃなんもできねぇ!!エルマ支部長みてぇに指揮をとってくれるお人がいないとダメなんだっ!!アーリア、俺は残るぞ!!辛抱して辛抱して・・・最後にはサヴェラの仇をとるんだ!!!」

 

 

 

 

 

 

「日記でもつけてるの?」

 

燭台の上ですっかり背丈が縮んだ蝋燭の灯りに照らされていた人物は、羽根ペンを置いて声の主に振り返った。

 

「なにか?」

 

「ああ、そうか。"報告書"を書いているのね?」

 

「・・・なんの事かさっぱり・・・」

 

「そうやって、いつまでとぼけていられるかしら?」

 

 



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塔の中の交錯

"有名どころで言うなら、フレデリク・デルピン・エル=フレイム将軍、戦士ギルドのヴィレナ・ドントンにサヴェラ・モルドリン、剣闘士のグレイ・プリンス・・・そうだ、確かひと昔前に引退したイサベルって女剣闘士も敵無しの強さだった。あとは当代随一の冒険家、バロルク・グロ=ヴォドラク。真の剣の達人ってのはそう何人もいない。だが、これだけは断言できる。アデル・カランサこそがシロディール最強の剣士だ。我が母に誓ってもいい。なんならマーサお婆ちゃんにもな。剣の殺しであの男に敵う奴なんていない。絶対にだ。"

ーーー剣術家、アリックス・レンコリオ

 

 

 

 

小規模とはいえ、帝国軍の方面軍の守備部隊を率いる部隊長にまで出世したリアラス・マニラウスにも、狩猟で収穫がなければ野草や木の根のスープをすするしかないという貧しい日々を送り、"アイレイドの遺跡に法なし"ということわざすら知らない少年時代があった。

ウェストウィルド南東の森で父親と狩りをしていたある冬の日の出来事だった。

それは見事な雌鹿を追い、白大理石製の巨大なアーチ状のモニュメントが連なるアイレイドの遺跡に足を踏み入れてしまった思慮浅い少年は、貧しい狩人にしては教養のある父親が諫めるのも聞かずに遺跡内を駆け回り、なんらかの拍子に悪しき遺産を作動させてしまった。

実に奇妙でリズミカルな重低音が響くと、父親は祖父から受け継いだ大事な狩道具を放り捨ててリアラスを抱きかかえ、もと来た道を大慌てで駆け戻った。

雌鹿が罠にかかった狩人親子をあざ笑うようにひと鳴きして走り去ると、遺跡を取り囲むカエデよりも高い立派な古代エルフの戦士像が倒れ、間髪入れず、複雑な迷路を構成していた壁がドミノ倒しとなり、規則的に立ち並んでいた柱は音を立てて崩れ、最後には広範囲にわたる地面が陥没して大きな口を開け、遺跡の名残りを地中深くへと飲み込んでしまった。

巨大な石造建築物が倒壊する雷鳴のような轟音、激しく揺れ張り裂ける大地と激流のように舞い上がる土埃。

父親と同じ年齢になった今でも、その世界の終わりを思わせる体験は悪夢としてリアラスの中に刻み込まれていた。

 

「くそ・・・頭が・・・ああっ!これは一体なんなんだ!?」

 

亡霊の海の荒波のように燃え盛る瓦礫の山の中、運良く倒れた柱と柱の間にできた空間で難を逃れたリアラスは、夜間哨戒の仮眠時間に見た少年時代の夢の続きを見ているのかと錯覚しそうになった。

大地から吐き出される爆炎、倒壊する側防塔と雷鳴のような轟音、胸壁から落ちてくる哨戒兵達とその断末魔、爆音と共に吹き飛ぶ石垣。

雪深い山中に築かれた砦は、ありとあらゆる天災が一気に襲いかかってきたかのように崩れ去ってしまった。

 

「まさか攻城兵器・・・いや、こんな山奥にそんなものが来るはずが・・・!?」

 

リアラスはどこかに酷く打ち付け朦朧とする頭で必死に状況を把握しようと努めたが、耳鳴りだと思っていた異音が、瓦礫の下敷きになり炎に焼かれている部下達のうめき声だと気付いて我に返った。

リアラスはすぐ側の瓦礫を押しのけ、その下から突き出た腕を引っ張ったが、予想に反してなんの抵抗もなくすっぽりと抜けたために盛大に尻餅をつき、そしてその腕の先を見て夕食に食べた堅パンとジャガイモのスープを吐き出しそうになった。

 

「・・リ・・・ラス・・た、隊長・・・」

 

リアラスは口元を拭い、怖気付いている場合ではないと頬をきつく叩くと、自分を呼ぶ部下達の声に耳をすませた。

そして片っ端から声の主達の救出を試みたが、とうとう胃の中身を半分ほど吐き出した頃には、もう助かる見込みのある仲間はいないのだろうと結論づけざるを得なかった。

リアラスは今まさに死にゆく多数のうめき声から逃れるように瓦礫の山を乗り越え、砦の中庭があった場所を息を切らしながら見下ろした。

まるで巨人が積み木玩具でできた砦を乱暴に叩き壊し、付属品の人形や小道具をばら撒いたような有様だった。

馬小屋や材木置き場からは黒煙が上がり、吹き飛ばされた大量の石垣や人間が散乱していた。

防水材木に塗布されたタールや死体を焼き焦がす臭いが鼻をつき、そのおぞましさに絶句するリアラスはこめかみの辺りに激しい刺激を覚え、その場に座り込んでしまった。

 

凍てつく風が砦の外柵や石垣の間を駆け抜け、スカイリムの夜空へと吸い込まれていった。

荒波のごとく炎を踊り盛らせ、多くの人を殺し続け、燃えるものはなんでも燃やし、砦を形作っていたものを崩し続けた。

そして、誰のものともわからぬ獣じみた慟哭が闇夜に響き渡った。

目を凝らすと、焼け焦げ、あるいはズタズタに斬り裂かれたおびただしい肉塊の中心に、恐ろしく大柄で太陽のように光り輝く剣を持ったオークの男が立っているのが見えた。

雪を散らし絶え間なく吹き付ける夜風が煮えたぎる肉体とぶつかり、オークの深い柳色の肌は脈打ち蒸気を纏うように揺らめいていた。

その姿を見た途端、リアラスは雷に打たれたように立ち上がると、胸壁から転落死したと思われる部下からニレの簡素な丸木弓とキツネの毛皮に覆われた矢筒、そして合皮の薄っぺらい官給品の外套を拝借し、滑り落ちるように中庭へ下っていった。

 

「この裏切り者め!貴様の仕業だな!!」

 

リアラスは片膝をついて矢を番え、有無を言わせずオークに狙いを定めた。

純白の矢羽が風を切り、傷だらけの甲冑に覆われた頭部をさっと掠めたが、驚くほど動じるそぶりも見せない血塗れのオークは、墓から這い出した亡者のような足取りで膝下まで積もった雪を踏み固めながら進み続けた。

リアラスはその距離をゆるりと詰めてくる無言の男を罵り、かじかむ手でなんとか背中の矢筒をさぐった。

弓の名手として名高いリアラスは、たとえ夜間でも50歩先のニワトリすら易々と仕留める事ができたし、標的を照らす炎を灯した死体がいくつもあるこの状況で大柄なオークを仕留め損なう事など考えられなかった。

 

「今度こそ・・・くそ!なんでだ!?」

 

最初の矢は見当違いの方向へ飛び去り、次の矢は甲冑に弾かれた。

リアラスは三度目の正直を番えようと奮闘したが、凍傷寸前の指先の今にももぎ取れそうな激痛がその途方も無い作業を断念させた。

そして、彼にとっては最後の砦となった鋼の軍剣を抜き放ち、呼吸を整え、体の右側前面から胸板の少し前に引き寄せて鍔を地面と水平に保ち、帝国軍式の迎撃の構えをとった。

リアラスはカラカラに乾いた口の中で僅かに滲み出た唾をゴクリと飲み込んだが、目と鼻の先まで迫ったオークが不意によろけ膝をつくや否や、恐怖に震える自らを鼓舞する雄叫びを上げ、この遠征期間中に訓練用の巻藁相手にしか打ち込まなかった剣を振り上げた。

日頃の訓練の成果か、リアラスは熟練の士官らしく無駄のない動きで右上段から左斜め下方向へ軍剣を鋭く振り下ろした。

しかし、オークは雪の上を素早く横に転がり、不安定な体勢から鋭い突き上げの一撃を繰り出し、吹き出した血が雪を彩った。

左顎から右後頭部を貫く厚みのある刃は、リアラスの端正な顔を醜く歪め、初めはこめかみと唇が、そして瞬く間に全身が、釣り上げられた小魚のようにビクビクとばたつき痙攣し始めた。

上下に不自然な反射運動を繰り返す手から滑り落ちた軍剣は、中庭の雪の中に埋もれていった。

オークはもはや生命を失ったリアラスの体を押しのけ、剣を支えに立ち上がって周囲を見渡すと、運び手のいなくなった荷馬車の陰に隠れていたかなり若いインペリアルの兵士を発見した。

その青年は、まるで乳幼児のように手足をばたつかせていた父親が動かなくなった様子を呆然と見つめ、荷馬車から滑り落ちた木箱の間からのっぺりと身を乗り出した。

オークは容赦しなかった。

今度は確かな足取りで踏み込み、何かを叫ぼうとした青年に対して、憎しみを込めて力任せに剣を振った。

 

赤く染まった雪に埋もれつつある兵士達の断末魔に歪んだ顔。

凍りついた血に塗れた眼球、鎧ごと飴のように切り裂かれた体。

巨大な木杭に磔にされ矢を浴びせかけられたオーク達。

テントや軍需物資を焼く炎、黒煙、散乱する瓦礫、今しがたできあがったばかりの新鮮な食事にありつこうと頭上を旋回するユキガラスとカモメの群れ。

激しさを増す降雪の中で立ち尽くすオークは、ぼろぼろになった甲冑を脱ぎ捨て、故郷の伝統にのっとり頭頂部で結い上げていた長髪を振り乱し、絶叫した。

そして爪が食い込むほど拳を握ると、自らの鋼鉄の胸当てを何度も激しく殴りつけ、しまいには卵の殻のように割れるまで、激しい流血をものともせず怒りの狂乱を続けた。

遂に痛みと寒さで体のほとんどの感覚がなくなると、最後の力を振り絞り四つん這いでのろのろ進み、倒壊した主塔の中に潜り込んで吹雪をしのいだ。

 

"お前は目的を果たした。"

 

頭に声が響いた。

帝国軍将校の赤いマントの中で寒さに凍え、赤子のように丸まった血塗れのオークは、下顎から突き出た牙をピクリと動かすだけで、否定も肯定もしなかった。

 

"見所ある男よ。お前には力を与えた。そして復讐の機会も。約束通り、お前には我が戦士となってもらうぞ。"

 

その日、ひとりのオークの男が、あらゆる名声と同胞、主君、そして心を失い、大いなる庇護者とひと振りの輝く剣を手に入れた。又は、それを背負う宿命を受け入れた。

凍てつく風が砦の外柵や石垣の間を駆け抜け、スカイリムの夜空へと吸い込まれていった。

荒波のごとく踊り盛っていた炎は雪に閉ざされ、多くの人が死に、燃えるものは悪臭を放つ黒炭となり、砦を形作っていたものはすべてが崩れ去った。

そして、誰のものともわからぬ獣じみた慟哭が闇夜に繰り返し響き渡った。

 

 

 

 

 

机に突っ伏していたレノルトは、扉の向こう側へ迫る鎧武者達の騒々しい足音で目が覚めた。

皇帝暗殺事件捜査の主軸であるレノルト指揮官率いるブレイズのシロディール班は、連日の徹夜作業で疲労困ぱいだった。

レノルトは足音の主達がこの部屋を通り過ぎてくれる事を願ったが、この先にあるのはグレートフォレストを越えて遠くコロヴィア台地までを望む事ができる小洒落た展望テラスだけなので望みは薄かった。

もっとも、重装鎧姿の強面兵士達が、僅かな休憩時間に連れ立って美しい景色に心をときめかせる事が隠れた日課であるのならば話は別だった。

 

コンコン

 

案の定ノックされた扉にうんざりしつつも、レノルトは寝癖だらけの髪を頭の後ろで束ね、なだらかな胸元をはだけてさせていたよれよれのシャツのボタンをとめた。

ふと、今使ったバーチを形どった髪留めは、何年か前の誕生祝いにアンドロニカスから貰ったものだという事を思い出し、思わず口元を緩ませた。

 

「なんだ?」

 

「指揮官、アダマス・フィリダ帝都衛兵隊司令官です。いかがなさいますか?」

 

アダマスほどの大物軍人ともなれば、元老院議員でさえその訪問を無下にする事はできないが、ブレイズの一部隊を率いるレノルトには関係ない事だった。

レノルトは外で入り口を守っている部下からの問いかけに数秒沈黙した後、特に断る理由はないと判断した。

机上に山積みされた書類を背後の戸棚に押込み、申し分程度に身なりを正して部下に声をかけた。

 

「通せ。」

 

「了解。アダマス司令官、お通りください。」

 

扉がゆっくり開き、帝国軍上級将校用の純白鎧を身につけたアダマスが現れた。

数名の部下を引き連れていたようだが、守衛のブレイズに阻まれ、入室したのはアダマスひとりだけだった。

アダマスはかつて誤認逮捕されたアンドロニカスの懲役刑執行を強行したため、その報復としてレノルトが関係機関に手を回して全財産を没収した経緯から、レノルトに対する怨嗟の念は並々ならないものがあった。

そもそも、昔気質のアダマスにとって、年若くしかも女でありながら常に気位が高くすました態度のレノルトは、運良く出世できた世間知らずの小娘程度の認識だった。

 

「ご機嫌よう、レノルト指揮官殿。今日も一段とお美しいですな。世の男どもが放っておかないでしょう。」

 

「それはどうも。アダマス司令官殿。確かに放っておいてはくれないようだが、なんせろくな男がいませんのでね。特に、この白金の塔には。」

 

蔑む視線を受けたアダマスは額に刻まれたしわを僅かに深めたが、すぐに取り繕った笑顔で返し、レノルトの事務机の前に置かれた肘掛け椅子に腰を下ろした。

 

「昨日は大変な騒動でしたな。まさか、元老院や軍内部に皇帝陛下暗殺のカルト教団と繋がりがある者達がいたとは。」

 

アダマスは沈痛な面持ちで両手を擦り合わせた。

 

「元老院はともかく、軍の内通者についてはあなた方の内部調査が不十分だったと言わざるを得ない。まあ、今回の逮捕者がすべてとは限りませんがね。」

 

レノルトは昨日の大捕物を思い返した。

曇王の神殿にいるジョフリーの許可を得たレノルトは、これまでにない強権を行使し、帝都内の粛清を行なっていた。

レノルト率いるブレイズは、皇帝暗殺事件に僅かでも関わっている可能性がある人間を徹底的に調べ上げた。

事件当日、白金の塔もしくは帝都内にいた政治家、軍人、請願者、使用人、石鹸の納品に来た商人から近くをうろつく物乞いまで、その対象者は数千人にも及んだが、皇帝暗殺を防げなかったレノルトの執念は凄まじく、遂に十数名の容疑者の逮捕に至った。

中にはセリア・キャモランなどの大物元老院議員や軍の関係者もおり、改めて深遠の暁の組織規模と入念な計画が明らかとなった。

 

「それで、今日のご用向きはなんでしょうか?」

 

レノルトは話題を変え、ぶっきらぼうに尋ねた。

 

「実は指揮官殿のお力をお借りしたく参りました。」

 

アダマスは懐から書簡を取り出し、レノルトに手渡した。

その書簡の竜とレッドダイアモンドを型どった封蝋に気付き、レノルトは自分を思いもよらない面倒な企みに巻き込むため、にやけ顔のアダマスがあちこちへ手を回し、今や皇帝の代理人として元老院を支配するオカートの裁可を得た経緯に内心毒づきながら開封した。

そして、真新しい紙面に几帳面な文字で細々と記載されたインクの羅列の内容は、疲労の限界をとうに超えていたレノルトを苛立たせるには十分過ぎるものだった。

 

「度重なる山賊どもの襲撃に帝都民は恐れおののいています。これを討伐するためには大規模な掃討作戦が必要なのです。デイドラの脅威に備えるため倍に増やした巡視隊の報告では、帝都の南側に複数の山賊の隠れ家が点在しているようなので、帝都正門大橋を渡り、ルマーレ湖沿いを南東方向へ進み、ニベン川の河口付近までをしらみつぶしにする予定です。」

 

「それはご苦労な事ですな。さて、私の目がおかしいのでしょうか?ここにはあなたを手伝って山賊討伐をしろと書いてある。ははん、さては暗号文か。実際のところ、少しは休んで疲れをとれとかなんとか書いてあるんでしょうな。さて、各段落の頭の文字を縦に読むと・・・」

 

「これはご冗談を。はは、何もおかしくありませんよ。そこに書いてある通りです。ご存知でしょうが、私は傲慢にも職権を乱用し、指揮官殿のご友人を不当に投獄しました。今ではその件を心より後悔し、誠実に職務につかせていただいてます。しかし、元老院の中にはまだ私を信用できない方々が大勢いらっしゃるようで・・・」

 

アダマスは呆れるほどわざとらしく悲壮感に満ちた表情で肩を落とした。

 

「しかし、お恥ずかしながら私にも帝都の治安維持を司る者としてのプライドがあります。この件を他の将軍に任せる事はできません。そこで、元老院は条件を出しました。聡明かつ高潔なレノルト指揮官殿に私の顧問・補佐役を務めていただくのです。」

 

レノルトはこんなに馬鹿げた芝居を見たのは初めてだった。

確かにブレイズの指揮官は、特殊な任務に従事する将軍に顧問・補佐役としてつく事はあったが、帝都衛兵隊司令官の、しかも大規模とはいえ山賊討伐ごときで補佐役を務めるなど前代未聞だった。

レノルトを誘い出して亡き者にしようという意図は明白で、アダマスの私怨を利用してこの大掛かりな芝居をしつらえたのが何者であるか、おおよその見当はついた。

しかし、罠だとわかっていようとも、元老院において裁可され、オカートが署名した公文書に逆らう事は好ましくなかった。

強権を持つブレイズであっても、皇帝の代理人の指示・依頼を(しかもこのご時世に)無下にする事は(不可能ではないが)国家への反逆を疑われる恐れがあったからだ。

 

「やれやれ、次は私に何をさせるおつもりかな?赤ん坊に指のしゃぶりかたを教えろとでも?」

 

「ついでに乳の吸いかたでも教えてあげたらいかがですか?冗談はさておき・・・指揮官殿、お引き受けいただけますね?」

 

アダマスは、諦めたように無言で頷くレノルトを見るや満足そうに立ち上がり、派兵の事前準備から日程関係の段取りは全て自分が整える旨を告げると、幾分か自信に満ちた足取りで帰っていった。

鎧武者達の騒々しい足音が遠ざかると、"帝国年代記編全集"や"コダス・カロヌスの半生"、"イオニスの報告と議会対応"といった堅苦しく分厚い本がぎっしりつまった本棚が回転し、その奥の隠し部屋からふたりのブレイズが姿を現した。

 

「オカートに圧力をかけて撤回させましょう。」

 

レノルトの顔を見るなり、顎先と額に傷のあるインペリアルのブレイズ、グレニス・エイリオスが憤慨した口調で進言した。

 

「いえ、むしろこれを機会と捉えるべきです。」

 

背が高く立派な口髭を蓄えたレッドガードのブレイズ、ファルークが冷静に異議を唱えた。

 

「気取られないよう罠を張り、返り討ちにするのです。敵にこのような姑息な手段に思い至らないよう牽制できます。また、下っ端なりを捕らえればそこから飼い主を辿る事ができるかもしれません。」

 

「しかし指揮官を危険に晒す事になる。承認できん。」

 

グレニスは、断固反対といった口調でファルークを指差したが、当の本人は優雅にカールした口髭に指を這わせるだけで、まるで"話しているのはお前じゃない"と言わんばかりだった。

 

「おい、そのイカした口髭を撫でるのはやめろ。いちいち癪に触る奴だ。まったく忌々しい。」

 

「なら君はそのイカした傷でも撫でてろ。好きなだけな。私はそれを咎めたりはせんよ。」

 

「まあ待て、指揮官の考えを聞こうじゃないか。」

 

柱の裏で息を潜めていたノルドの女ブレイズ、"雌牛"のエヴァルドが、言い争いの絶えない双方の間をとりなすように声を上げ、飼い主の様子をうかがう猫のようにそっとレノルトを覗き見た。

レノルトは、いつにも増して不機嫌そうに顔をしかめ、期待と主張を込めた部下達の視線に舌打ちをした。

 

「・・・まんまと乗ってみよう。ご老人がせっせと仕組んだ策にな。グレニス、お前の気遣いは嬉しいが、これを拒否すれば今度はさらに手の込んだ策を講じてくるやもしれん。」

 

レノルトは、なおも食い下がろうとするグレニスを制し、引き出しから取り出した地図を机上に広げた。

 

「アダマスから詳細の報告が入り次第、それに合わせた策を練ろう。グレニス、元老院と軍に潜り込ませている間者にはどんな些細な事でも報告するよう念押ししろ。ファルーク、この地図にウェイからニベン河口までの地理関係を詳細に書き記せ。洞窟、林、間道、伏兵から用を足すのに適した場所まで全てだ。エヴァルド、我々が何も動かんとかえって連中に怪しまれるだろう。私は今回の件についてオカートを問い質す。お前は適当な議員や将校にカマをかけろ。程度は任せる。」

 

表情はそれぞれ異なるが、指揮官がそれほど気長でない事を知る3人はきびきびと敬礼し、答礼を待って与えられた指示に従った。

勅書をちり紙のように放り投げたレノルトは、退室しようとした3人の中からグレニスを呼び止め、内密の話に耳を貸すよう手招きした。

 

「なんでしょう指揮官。乳の吸いかたでも教えていただけるんですか?」

 

グレニスはアダマスの下品な冗談を引用したが、用件がそれであっても一向に構わないと考えた。

 

「どうだろうな。なにしろ、白金の塔にはろくな男がいない。」

 

まるで動じないレノルトは、にこりともせずにグレニスの腹を小突くと、その襟元を掴んでぐいと思いきり引き寄せた。

 

「帝国のために死んでくれるか?」

 

甘い吐息と共に耳元で囁かれた言葉は、客に絶頂をもたらす娼婦の猫なで声にも、部下を死地へ送り込もうとする上官の非情な宣告にも聞こえた。

グレニスはレノルトの腰に手を回し、自分より遥かに小柄な上官と口を重ね、恋人のようにそっと囁いた。

 

「忠誠の誓いを忘れた事はありません。」

 

灰色がかった壁の僅かな亀裂から覗く嫉妬と興奮の入り混じった目は、かの有名なブレイズの麗しきレノルトと、その部下のスキャンダルに釘付けになっていた。

木製シャンデリアの灯りに照らされた男女、布擦れとブーツのぶつかり合う音、漏れ出る吐息。

それらは、ブレイズのどんな秘密をも見逃すまいとはり込む熟達した間者の目と耳にひとときの職務放棄を促した。

最後に名残惜しげな口づけを交わし意気揚々と部屋を出たグレニスは、薄暗い石積みの廊下を歩きつつ、周囲に誰もいない事を確認して口の中から小さく折り畳まれた紙片を取り出した。

その内側に記された内容に目を通したグレニスは、紙欠を小さく丸めて再び口に放り込むと、そのままゴクリと飲み込んだ。

採光用の小窓から吹き込んだ風が、長い円形回廊を照らす突き出し燭台の松明を揺らした。

レノルトの副官にしてブレイズの想像を絶する重圧を引き受けるグレニスの表情を窺い知る者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

いつもと変わらない朝を迎えたスキングラードは、つい先日までの平穏が嘘のような騒々しさに溢れていた。

衛兵隊があちこちを走り回っていたかと思うと、偏屈老エルフの家を破壊して誰も見た事がない奇怪な怪物達が姿を現した。

怪物達はジェイナス・ハシルドア伯爵率いる親衛隊やギルドの協力により殲滅されたものの、今度は同じ地区で真夜中の宿屋が爆発し、焼け跡からは焼死体が発見された。

衛兵隊はまたもや往来の規制を行い、普段は上品ぶった上流区画の紳士淑女を野次馬に駆り立てた。

 

「おい君、死人が出たってのは本当かい!?一体何があったんだね!?」

 

ゆったりしたローブ姿の恰幅の良い紳士が、玩具を見つけて興奮した子供のような口調で衛兵に問いかけた。

 

「現在捜査中です。」

 

融通の利かない頑固さを顔に貼り付けたような表情の衛兵は、この数分間で舌が乾いてしまうほど繰り返してきた定例句を口にした。

そして、これが一般市民の居住区画であればどんなに楽な規制だったかと溜息をついた。

心配事のひとつもなく、暇を持て余した富裕層ばかりが住む上流区画の住民は、その日の生計を立てる事に忙しい一般市民と違い、常に面白おかしい噂話の種を求めてやまないからだった。

 

「もしかして、あの気色悪い怪物の生き残りがまだいるんじゃないのかしら?」

 

「さあな。ただ、噂じゃあ焼死体がふたり分発見されたそうだ。私が思うに、少し前に夜間巡回の衛兵が殺された事件と関係がありそうだ。」

 

「まさか"オービリオン"の悪魔じゃなかろうな?ええ?わしゃクヴァッチの二の舞いはごめんじゃ!」

 

「"オブリビオン"よ、お父様。でも大丈夫、だってここにはハシルドア伯爵がいらっしゃるんですもの。デイドラだろうと怪物だろうと、伯爵がすぐに退治してくれるはずよ。」

 

「わしの記憶が正しければ、ここからそう遠くない森の中にサングインだかモラグ・バルだかの祠があったはずだ。連中の仕業じゃないかね?」

 

「では外れだな、ご老人。あなたの記憶が正しかったためしはない。それよりわたしの考えだが、怪しいのはブレイズだ。最近、例のアカヴィリの剣を引っさげた連中を見かけるようになった。大きな声じゃ言えんが、彼らは闇の一党と変わらん暗殺者集団だ。きっと、その焼死体というのは帝国にとって不都合な存在だったのだろうな。」

 

「いいや、私が思うにだな・・・」

 

厚化粧の老貴婦人の言葉に続き瞬く間に探偵と化した周囲の野次馬達は、不確かな情報と聞きかじった程度の知識をたよりに自慢の推理を披露しあい、事の真偽はさておき大いに盛り上がりをみせた。

ふと、生ぬるいビールほどの価値もないやりとりに辟易した衛兵の視界の端を、怪しげな人影がよぎった。

衛兵は話し込む野次馬を丁重に押し退け、その怪しげな人影を視認しようとしたが、まるで蜃気楼の揺らめきに惑わされたかのように消え失せてしまった。

 

 

 

 

 

「遅かったな。このまま冬まで待たされるのかと思ったぞ。」

 

ジェイナス・ハシルドア伯爵は申し分程度に配置された蝋燭の灯りに照らされ、老いてなお端正な顔をしかめてみせた。

 

「女性が待ち合わせに遅れるのは相手の気を引きたいからですわ。ハシルドア伯爵。」

 

アンドロニカスは片膝をつき、魔術師ギルド式よりも遥かに複雑かつ形式ばった帝国式の仰々しいお辞儀で応えた。

 

「私は性別で人に差をつける事はしない。そして民衆の言葉を借りるなら、男が待ち合わせに遅れるのは交渉の主導権を得たいからだ。それより、君が謁見室に入ってきたときから気になっていたのだが、これは人の血の匂いだ・・・何があったか話したまえ。」

 

ハシルドア伯爵は今まさに喉を通っていったタミカの399年もののワインの余韻を堪能しつつ、離れた位置で謁見に臨むアンドロニカスから漂うかすかな血臭を、超人的な嗅覚で感じ取った。

 

「どこからお話しすべきですか?」

 

「最初からだ。君が・・・帝都地下監獄に投獄された日からだ。」

 

ハシルドア伯爵は静かだが一切の嘘ごまかしを許さない口調で詰め寄った。

 

「・・・・・説明には長い時間が必要になるでしょう。」

 

 

 

 

 

「教祖様、ルマ様がブレイズに逮捕されました。」

 

赤装束に身を包んだ男は、道端の石ころほども関心のなさそうな老人の前に跪いた。

老人は亡霊のように佇み、手の中で真紅の輝きを放つ宝石に魅入っていた。

 

「白金の塔の主要内通者は全員逮捕され、帝都内に"門"を開くには今しばらく時間が必要です。ブレイズは想像以上に執念深く有能・・・どうかご指示を。」

 

「素晴らしい。」

 

赤装束の男は頭を下げたまま、悦に入る老人の発言の真意を測ろうとしたが、その答えはすぐに帰ってきた。

 

「アカトシュはオブリビオンのもつれた"かせ"を心血滴る腱でもって縫い上げ、これを創り出したそうだ。そして、ムンダスとオブリビオンを隔絶すべく人間如きの売女に与えたとな・・・・くだらん。これは"帰還"を妨げる悪しき遺産。だが私の手に渡った以上、なんの障害にもならん。」

 

老人は姿の見えない"内通者"を労った。

 

「よくやった、我が信者よ。次の指令をこなすがいい。案ずるな、お前を待つのは栄光、偉大なる主の抱擁、そして楽園だ。」

 



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再会

星々の輝きを残す濃紺色の空に、赤みを帯びた黄金色に燃える光がゆっくり広がり始めた。

薄明の空を横断する丸みを帯びた薄茶色の小鳥達の透き通った鳴き声が、一面雪に覆われ静まり返ったジェラール山地一帯に響き渡った。

曇王の神殿の中庭に設置された篝火で暖をとるルキウスと双子の弟のウォレヌスは、麻の質素な胴着の上からユキグマの毛皮の外套を羽織り、雪払いのために拵えた枝箒を大事そうに抱え、はるか遠方で山の腹面を優雅に飛行する鳥の群れに目を凝らした。

 

「おい見ろよ、コマドリだ!」

 

ルキウスが声を上げると、ウォレヌスが袖で鼻水を拭いながら反論した。

 

「耳に雪が詰まってんじゃねえのか兄貴?あの鳴き声はミソサザイだ。」

 

「いや、だが・・・ああ、そうだな。くそ、確かにミソサザイだ。だがこんなに薄暗くなけりゃ、俺にだってわかるさ。」

 

ルキウスは腹立たしげに足元の雪を蹴り飛ばした。

 

「そりゃこんだけ暗けりゃと男と女の区別もつかねぇだろうよ。俺が言ってるのは鳴き声だよ、鳴き声。コマドリとは全然違う。」

 

「わかったわかった、お前のカジートみたいな耳には敵わんよ。だが男と女の区別がつかねぇのはお前の方だからな。前にサマーセット港の娼館で自分が選んだ相手を思い出してみろよ。」

 

「あれは・・・質の悪い蒸留酒で悪酔いしてたんだ!それに、あのエルフは女みたいに可愛らしい顔で・・・」

 

「おふたりとも、夜明け前だというのに随分とお元気ですね。」

 

尻尾を踏まれた野良猫よろしく飛び上がったオースティン兄弟は、ブレイズの軽装防寒鎧の上から白い外套を羽織った、手練れの斥候兵らしくたっぷり日焼けしたキャロラインの前に整列した。

 

「ルキウスさん、私は別に気にしませんがジェナやフェラムのような若手にとって娼館だとかいう言葉は教育上良くありません。猥談は小さな声で、ひと気のない場所でお願いします。」

 

キャロラインは自分より少しだけ背が高いルキウスに鼻先が触れ合いそうな程に顔を近づけ、その切れ長の目で非難するように睨みつけると、笑いをこらえるために口元を歪ませるウォレヌスになにやら物騒なジェスチャーを示して立ち去った。

ルキウスは日焼けした顔を真っ赤にして口ごもり、ついに噴き出したウォレヌスは双子の兄の脇腹を小突いた。

やがて、どこからともなく少々気が早いオンドリが夜明けを告げる鳴き声が聞こえ始めた。

オースティン兄弟は見張櫓から目を細めなくても、それが山をずっと下っていった先にあるブルーマの街からのものだと知っていた。

 

「なあ兄貴、あれはなんの鳴き声かわかるか?」

 

「オンドリに決まってる。馬鹿にするな、それくらい俺の耳でもわかるさ。」

 

「どうかな?前に三日三晩飲み続けて泥酔した俺の兄弟が海に落ちたとき、あんな声を出しながらベソをかいてた事があった。」

 

ルキウスはにやけ顔の弟に雪玉を投げつけた。

ウォレヌスがそれに応戦し、雪玉が飛び交う兄弟喧嘩が勃発したが、遠くからこちらを睨みつけるキャロラインの視線に気付いたふたりはしぶしぶ停戦に合意し、日課の早朝雪払いへと向かった。

 

「あんまりキャロラインを怒らせるなよ。今日はあいつと組手の訓練があるんだからな。」

 

見張櫓で大きなくしゃみをしたサイラスは、弓弦を外した立派な弓の手入れをしつつ、雪払いに来たオースティン兄弟に釘を刺した。

サイラスは一般的なレッドガードしのようにしなやかな体つきでも魅惑的な顔立ちでもなく、ノルドのようにごつごつした体とどこか愛嬌のある顔立ちで、どういうわけか馬が合ったオースティン兄弟とは非常に親しくなっていた。

 

「でっかい弓だな!武器商人が仕入れるノルドの弓より頑丈そうだ!」

 

「それに見ろよ!こんな形状の弓は初めて見たぜ!これはシルヴェナールのでもない、アリノールのでもない、ましてやソリチュードのでもない・・・」

 

船乗りとして山のような貿易品を見て得た知識を持つふたりは、サイラス自慢の特異な形状の弓の出所について考え込んだ。

 

「残念ながらどれもハズレだな。こいつはセンチネルの職人がマツとミノタウロスの角と腱で作った複合弓だ。こうやってトロールの脂肪から抽出した油を塗っておけば湿気にも強くなる。天候次第ではここの見張櫓からブルーマ聖堂の鐘を射ち鳴らす事だってできるぞ。」

 

サイラスが矢まで取り出して得意げに解説を始めたときだった。

慌てて飛び立つ小鳥、狂ったようにいななき始めた青毛馬、そして一瞬の間をおいて襲いかかる強烈な衝撃。

ルキウスはひっくり返り、城壁の外へ落ちかけたウォレヌスを間一髪サイラスが助けた。

 

「な、ななななんだ!?」

 

「ひいぃ!!地震か!?火山の噴火か!?」

 

「ふたりとも落ち着け!おいアークチュラス!何事だ!?」

 

サイラスが叫ぶと、本殿から飛び出してきたアークチュラスが慌てた様子で手招きをした。

サイラスはオースティン兄弟に見張櫓を任せると、異様な雰囲気が漂う本殿へと駆けて行った。

残されたふたりは顔を見合わせた。

敵の本拠地を襲撃して以来、ブレイズ達は慌ただしく動いており、マーティンやジョフリーも例外ではなかった。

ひょんな事からアンドロニカスと出会い、そして巻き込まれる形で故郷から遠く離れた曇王の神殿までやってきた兄弟は、未だにタムリエルが瀕している危機やブレイズの使命について十分に理解できていなかったが、ひとつ確かな事があるとすれば、今しがたの衝撃で雪払いの仕事が片付いてしまったという事ぐらいだった。

このアンヴィル出身の貧しい船乗り兄弟は、近い将来に自分達が辿る運命をまだ知る由もなかった。

 

 

 

 

 

「日記でもつけてるの?」

 

燭台の上ですっかり背丈が縮んだ蝋燭の灯りに照らされていた人物は、羽根ペンを置いて声の主に振り返った。

 

「なにか?」

 

「ああ、そうか。"報告書"を書いているのね?」

 

「・・・なんの事かさっぱり・・・」

 

「そうやって、いつまでとぼけていられるかしら?」

 

バルコニーの扉から音も無く忍び込んだ男は、カ・グーンの首元に短剣を突き付けた。

グーンは鱗に覆われた尻尾を振り回し、叩きつけ、激しく抵抗しようとしたが、突然、辛うじて呼吸ができるほどの強烈な痺れが全身を襲い、椅子に座ったまま硬直してしまった。

 

「この前のお返しよ。でも安心して。同じ毒針の魔法でも、これはあなたの命を奪うような事はしないから。」

 

「ぐぅ・・・ぐっ・・・」

 

ブレイズのカシウス・モンフェラートは、帝都監獄でも使用されている対魔法仕様のミスリル銀鋼製手錠でグーンを拘束し、釣り上げられた魚のように床に転がした。

 

「私の前で召喚魔法を使ったのはまずかったわね。あなたの声、どこかで聞いた事があるような気はしてたんだけど、魔力の波長ではっきりわかったわ。」

 

暗闇に揺れる白銀の長髪は、闇夜を駆けるユニコーンの尾を思わせた。

アンドロニカスは部屋全体に探知魔法をかけて不意の介入者に備え、月夜の刺繍が施されたサテン生地のドレープカーテンを閉めきった。

哀れなアルゴニアンは意外にも大人しくなり抵抗を諦めた。(大柄なカシウスが馬乗りになったからかもしれないが。)

そして、錆び付いたブリキ人形のようにぎこちなく首を動かし、蝋燭の灯りに照らされたアンドロニカスの妖艶な顔を睨み付けた。

 

「"意思剥奪"」

 

屈み込んだアンドロニカスはグーンの額に翡翠色に輝く手をかざし、その意識をまどろみの中に沈み込ませた。

先日、アルケイン大学でアークメイジに伝授された強力な幻惑魔法で、強固な意思や幻惑耐性の魔法でプロテクトされている対象であっても、容易に口を割らせる事ができる禁呪だった。

 

「カシウス、今更だけど信用していいのよね?」

 

カシウスはアンドロニカスの目をじっと見つめ、自嘲気味に笑みを浮かべた。

 

「あなたは凄腕の魔術師殿だ。レノルト指揮官はまるでご自分の事のように自慢なさってました。その気になれば容易に口を割らせる事ができるんでしょう?このアルゴニアンみたいに。お疑いであれば抵抗はしません。お好きになさってください。」

 

 

 

「あの醜く不愉快な怪物共のくだりまではわかった。」

 

ジェイナス・ハシルドアはクルミの芳香を漂わせる燻製チーズをひとかけら、そして2杯目のワインを口に含み、長い沈黙の後に口を開いた。

 

「さて、君の説明と私の記憶が正しければカシウス・モンフェラートは深遠の暁がブレイズに潜り込ませた裏切り者のはずだ・・・ああ、隠さなくていい。こう見えても我が情報網はブレイズや元老院の諜報部にひけを取らない。そして例のグラアシアとかいう狂人の自宅・・・正確にはその"残骸"から発見された日記が正しければ、彼は何らかの事情でその狂人の自宅に忍び込み、それ以降姿を見た者はいない。違うかね?」

 

アンドロニカスは一瞬迷ったが、ハシルドアの黄金色の瞳には、抗い難い魔法めいた魅力と、どこか見覚えのある、心許せる何かがあった。

アンドロニカスの頭に、ふと"魔法にかかった魔術師"という間抜けを指すことわざが浮かんだ。

 

「・・・その通りです、ハシルドア伯爵。しかし事態はもっと複雑です。私が投獄されるきっかけとなったデイドラ召喚魔法の行使者が、スキングラード滞在中に知り合ったカ・グーンと同一人物だとわかりました。他のギルド支部員にも確認しましたが、彼は私がスキングラード入りする少し前にここの支部に配置転換を出したそうです。事実、スキングラードでは私の動きを察知しているかのように、深遠の暁が立て続けに襲ってきました。まあ、襲ってきたのは彼らだけではなかったのですが・・・」

 

アンドロニカスは少し離れた場所でいつもの仏頂面のまま仁王立ちしているゴルドロックに視線を移した。

 

「そこで問題が出てきました。カ・グーンがスキングラードへの配置転換を申し出たのは、私のスキングラード入りが決定した直後でした。そして、カシウスが深遠の暁のまわし者だという情報についても。彼はグラアシアの目を盗んで脱走し、グーンについて調べていた私に接触してきました。そして、様々な話を聞く事ができました。」

 

「なるほど。君の仮説が見えてきたぞ。」

 

ハシルドアは執事のハル=リューズを呼び、空になったワインボトルをさげさせた。

 

「ブレイズの、それも曇王の神殿の中に裏切り者がいる。君のスキングラード入りを仲間に伝え、そして・・・理由はわからんが、無実のカシウス・モンフェラートに濡れ衣を着せた。」

 

「彼はレノルト指揮官の密命を受け、ブレイズ内部の身辺調査を行なっていたそうです。恐らく、敵にそれを察知されてしまい、裏切り者に仕立て上げられた。私はレノルトやジョフリー様に頼んで潔白を訴えるように助言しました。」

 

 

 

「あなたが我々ブレイズのどのような面をご覧になっているのかはわかりません。しかし、ブレイズは決して公明正大でも聖人君子の集まりでもありません。もちろん、マスター・ジョフリーやレノルト指揮官は高潔な方々です。しかし、どのような証拠や証言が示されたにせよ、そう簡単にひっくり返せる状況ではないのです。」

 

カシウスは切実さの滲む声で訴え、アンドロニカスはそれ以上何も聞かなかった。

そして、組織に疑われながらも職務を忠実にこなすカシウスをどこか哀れにさえ思った。

 

「わかったわ。じゃあさっそくだけど、グーン?それが本名かもわからないけど、便宜上そう呼ばせてもらうわね。あなたは深遠の暁の信者で間違いないのかしら?」

 

グーンは虚ろな表情でこくりと頷いた。

 

「帝都で私を襲ったのは何のため?あなたが悪臭漂うスキャンプを大量に召喚したときよ。」

 

「あなたを、誘い出して・・・殺す、つもりでした。うまく・・・いかなかった。なので、計画を変更・・・しました。獄死させる、手筈でした。」

 

「なぜ私を狙うの?私と深遠の暁にどんな繋がりが?」

 

「わ、わから・・・ない。僕は、え、エルダミルの・・・エルダミルの指示に従った、だけです。僕は・・・なにも、し、知らない。」

 

アンドロニカスの脳裏に、クヴァッチを滅ぼし、ゴールドワイン伯爵と多くの人々の命を奪ったハイエルフの邪悪な笑みが浮かんだ。

 

「最近は私に対する襲撃がやんだ。何か方針転換でもあったのかしら?」

 

「我々は、さ、最後の目標へ・・・セプティム家の、だ、断絶と・・・帝都の破壊を、達成する、必要が・・・必要があります。同志達は、あ、あなたに、こだわり過ぎた。もう、時間と、人的余裕がない。」

 

「・・・じゃあ最後にもうひとつ、ブレイズにもあなた達の内通者がいるの?」

 

「い、いる。教祖様は、その、内通者を・・・信頼している。」

 

カシウスが舌打ちし、"他人の家畜とヤるくそったれ"を意味する隠語で毒づいた。

そして横から割り込み、鱗と無数の太い棘に覆われた頭を持ち上げた。

 

「内通者は誰だ?その者の名前を言え!」

 

「その下っ端アルゴニアンは知らないわ。残念だけど。」

 

ほとばしる極細の稲妻はグーンの腹を貫き、体内で瞬時に膨張し、炸裂した。

探知と同時に自身とカシウスを保護する魔力障壁を展開していたアンドロニカスは、遠距離式の麻痺魔法を放ったが、相手が同じく展開した魔力障壁に阻まれた。

 

「暁の到来のためにっ!」

 

 

 

「襲撃者は"神嫌いのエルス"というノルドの女性で、即座に応戦したカシウスは彼女を打ちすえて捕縛を試みました。しかし、エルスは敵わないと見るや自死用の炎魔法を発動させ、激しい爆発を引き起こしました。私とカシウスはなんとか脱出に成功しましたが、重要な情報源になり得たグーンはバラバラに弾け飛び、黒炭になってしまいました。」

 

「ふむ・・・・さて、君はこれからどうするのかな?」

 

「私が今申し上げた内容について、ハシルドア伯爵がどうされるのかはわかりませんが、私にはあまり時間がありません。もしよろしければ、"共通の知人"について、ぜひお話しを聞かせていただければ幸いです。そして、その後はすぐにでも帝都へ向かい、曇王の神殿からの、指示を待ちたいと思います。」

 

アンドロニカスは深々と頭を下げた。

 

「その通りだ。彼女は急いでいる。質問責めはやめて、そろそろ"共通の知人"について話してもいいだろう。」

 

アンドロニカスの頭から指先までに、稲妻のごとき衝撃が駆け巡った。

まだ姿は見えない。

しかし、この声の主を忘れた事などなかった。

アンドロニカスが振り返った先にいたのは、深いワイン色の髪と黄金色の瞳、そして頬を走る裂傷が目を引く長身の男だった。

アンドロニカスの表情は咄嗟に言葉も出ないほどの驚きと様々な感情が入り乱れ、ハシルドア伯爵の存在も忘れて立ち尽くした。

 

「オルクリッド・・・ああ、まさか、オルクリッドなの?」

 

「輝く美しさ、アビシアンブルーの瞳、そしてこれは・・・ああ、甘く魅惑的なゲッカコウの香油だ。カルロッタ、君は変わらないな。」

 

 

 

 

 

 

大ぶりな生牡蠣の前菜を堪能したリッド・ヴァーヒレンは、複雑に絡み合う蔦のような流線彫刻が美しいアイレイド王朝時代のナイフとフォークを使い、ほのかに土の香りが残るタマネギのローストへと取り掛かった。

 

「前菜は見事だった。ニンニクの香りをきかせたトマトソースの酸味が生牡蠣とよく合う。そしてこの甘く豊潤としか言いようのないタマネギについても文句なしの美味さだ。」

 

白いビロードのプールポワンを着こなしたリッドは、後ろに撫で付けた髪と同じくきっちり整えた口髭のホワイトソースを拭き取り、満足げに目を閉じた。

給仕を担当するダークエルフの女にとって、料理を褒められようが貶されようが知った事ではなかったが、少なくとも今日は舌が肥えた気難しい老人の八つ当たりに近い文句に辟易する心配はなさそうだった。

女は無作法にも黒くうねる前髪をかき分け、白い前掛けの縁を弄りながら素っ気なくあくびをした。

 

「さて、今日のメインは・・・おい、何をしている?早く報告しろ。間抜けのように突っ立っているんじゃない。」

 

リッドは諜報部長室の入り口でまごついている小男をじろりと睨みつけた。

 

「はい、あのぅ、わ、わたくしめの事でございましょうか?」

 

飢えた野良犬のように痩せ細り、白髪混じりの脂ぎった長髪を揺らすファラゴン・クリフは、時折口ごもりつつ酷いしゃがれ声で応じた。

 

「こりゃ驚いた!"わたくしめの事でございましょうか"だと?他に誰がいるというのだ?まさか給仕係に探らせていたメインディッシュの隠し味の秘密を報告させるとでも?さあ、馬鹿を言ってないでこっちへ来い。」

 

リッドはこのどうしようもなく頭と舌の回らない部下が気に食わなくて仕方がなかったが、それでもどんな場所にでも(たとえブレイズの執務室だろうと)潜入し、そこで見聞きした事を詳細に至るまで記憶できる能力については不本意ながら高く評価していた。

 

「で、ブレイズの動きは?レノルトは了承したのか?」

 

「あのぅ、はい。レノルト指揮官はりょ、了承しました。でも、そのぅ・・・」

 

「でも、なんだ?」

 

リッドはなおもまごつくファラゴンの返答を辛抱強く待った。

 

「レノルト指揮官と、副官のグレニスは、わ、別れ際に・・・見たんです。だ、男女の仲で・・・」

 

「なに?」

 

リッドが聞き返したのは、類稀なる美貌で知られるレノルトが同性愛者もしくは恋愛関係に全く興味がないともっぱらの噂だったからでも、熟練の諜報員であるファラゴンが最近視力専門の治癒士にかかっているからでもなかった。

 

「そのぅ、抱き締め合って、く、口付けを・・・へへ。」

 

「どっちからだ?」

 

「・・・あのぅ、どっちとは?」

 

「どっちから先に誘ったんだと聞いている。」

 

リッドはメインの牛タン赤ワイン煮込みが緩やかに冷めていく様を横目に、努めて冷静に尋ねた。

 

「えっと、あのぅ、レノルト指揮官・・・からです。」

 

「では、グレニスはその後どうした?後をつけたか?」

 

「いやぁ、わ、わたくしは、その場にの、残りました。」

 

リッドの表情は夕陽のようにみるみる赤く染まり、いつのまにか左手に握っていた白銀の短剣をファラゴン目掛けて投げつけた。

短剣が目の前の床に突き刺さり、ファラゴンは間の抜けたライチョウのような唸り声を漏らした。

 

「グレニスに張り付け!奴の行動を徹底的に監視しろ!・・・・まだわからんか!?この間抜けめ!レノルトがブレイズの身内にすら秘密の任務をグレニスに与えたに決まっておるだろう!極秘の指令をそっと下着の中に忍ばせたか、接吻の際に舌で送り出したか、あるいはケツに突っ込んだのかは知らん。だがそこは問題ではない。さあ行け!これ以上私を苛立たせるな!」

 

リッドは急いで退室したファラゴンに悪態をつき、いつのまにか上げていた腰をゆっくりと下ろした。

そして給仕を担当する女に視線を移すと、腹立たしげに重たいため息を吐き出した。

 

「あの間抜けはお前の2倍の給料をもらっとる。信じられるか?わたしは滅多に人を褒めたりはしないが、お前は賢くて的確な状況判断ができ、私の護衛を務めるほど優秀な拳闘士だ。まったく、過去の業績や勤続年数がなんだというのだ!これからは実力主義であるべきだ、断じて・・・断じてだ!違うか?」

 

優秀な諜報員にして諜報部長付き護衛官兼給仕係のマリリアン・レドランは、ダークエルフ特有の炎のように燃える目でリッドを見た。

いつものように会話に興味のないフリをしたが、その目には少しの驚きと誇らしげな感情が見て取れた。

 

「私は政治の駆け引きとやらが嫌いだ。」

 

マリリアンはいつものように唐突な話題の切り替えにうんざりしたが、上司がつい口にした自身への評価に気を良くしていたため、無視して皿を下げるような事はしなかった。

 

「オブリビオンの脅威が迫るこの非常事態にも関わらず、なぜ我々はブレイズと対立している?なぜ諜報部の予算が3倍に増えた?元老院のお偉方は何をしている?帝国は今こそ団結して共通の敵に立ち向かうべきではないのか?はぁ・・・悩みの種は尽きん。」

 

リッドはシロディールブランデーを水のように流し込み、誰に対するものともわからない悪態をついた。

 

「・・・モロウウィンドから山を越えてシェイディンハルの東の森に多くの旗が集結しつつある。最も目を引くのはスマラグの紋章旗とキャラック船の紋章旗だ。勇猛なエノーティア師団と海戦連隊を有するスケリア師団、アデリアナ・トレイ・ポーレフが率いるモロウウィンド方面軍団だ。そしてスキングラードの南にはモーリス・ドリエンスが率いるチェルヴス師団の枝角の紋章旗が見え始めた。方面統括師団長のレオクス・アナクレメネスは国軍総司令官の密命にいの一番に反応したそうだが、やはりヴァレンウッドのジャングルは行軍には不向きらしいな。」

 

リッドは冷え切って脂が固まった牛タンをひと切れだけ口に入れると、魚の骨が詰まったように顔をしかめ、シワひとつない清潔なナプキンの中に吐き出した。

 

「これがどんな結末をもたらすかわかるか?既にモロウウィンドでは現地民の武力による抗議活動が表面化している。サマーセットに至っては帝都製品の不買運動を起こす始末だ。くそったれのエルフ共め!・・・ああ、すまん。今のは失言だった。もちろん、お前とお前の一族ほど優秀なダークエルフはいない。本当だとも。」

 

マリリアンには愛国者であるリッドの立腹の理由がわかっていた。

元老院はオブリビオンの脅威に備え、各地方に駐留している方面軍に一部の守備隊を残して撤収するよう密命を出した。

当然の事だが、早々にそれを察知した各地方の反発は激しかった。

様々な名目で多額の税金を徴収し我が物顔で住民の故郷を闊歩している帝国軍が、今まさに迫り来るオブリビオンの脅威を前に帝都を守るためにさっさと撤収を開始したからだ。

また、皇帝の隠された遺児であるマーティン・セプティムを保護したブレイズは、ドラゴンファイアを灯す方法を調べていると主張しているが、マーティン即位後になんとか主導権を握ろうと画策する数名の元老院議員は、皇帝暗殺を防げなかったブレイズが権力基盤を固めようと企んでいると邪推し、諜報部を総動員して保身と政争に明け暮れている。(元老院は非常事態に対応する緊急予算を計上したが、振り分けられたのは防衛施設整備費でも緊急徴兵費でも装備調達費でもなく、諜報部に当てられる機密費だった。)

 

「まあ座れ。愚痴はいくらでもある。お前も飲むか?」

 

すっかり食欲が失せたリッドは縦縞木目が流れる馬の尾のように美しいホワイトヒースのパイプをふかし、マリリアンに椅子に腰掛けるよう促した。

決して聞き上手とは言えないはずのマリリアンは長い溜め息を隠しもせず、ひとり長丁場を覚悟した。

 

 

 

 

 

一般的にハートランド一帯の山賊は大胆で腕が立つと認識されている。

シロディールの各都市を結ぶ主要街道は、帝都衛兵隊に属する街道巡視隊が昼夜を問わず行き来し、狼やインプ、トロールといった獰猛な野生生物やそれ以上に獣じみた薄汚い山賊の脅威から商人や旅人を守っている。

当然、皇帝のお膝元である帝都に近付くほど、その巡視網は密度を増していく。

それは主要街道だけではなく、誰がなんのために作ったのかすらわからない小道や林道にまで及ぶ。(もっとも、巡視隊の中では"ご褒美"と呼ばれるそれらの取るに足らない道々の巡視は、彼らが上官にばれずに堂々とサボる事ができるシフトとして重宝されている。)

そのような(ならず者にとっては)活動し難い帝都周辺のハートランド一帯をあえて縄張りとして荒らし回っているのが、他でもないアデル・カランサの山賊連合だった。

 

「お前達の働きは素晴らしい。」

 

フードにローブ、手袋からブーツに至るまで、まるで闇夜の中の黒馬のように全身黒づくめの女は、すらりと伸びる脚を組んで尻を突き出し、血のように真っ赤な唇を長い舌で舐めまわした。

その官能的な仕草に、女を囲んでいる男達は鼻息荒く興奮し、中には下品にも自らの股間をまさぐろうとしている者さえいた。

しかし、男は惨たらしく殺し、女と金目のものは奪い、子供は奴隷商人に売り飛ばし、老人とガラクタは打ち捨てるような人殺しのならず者達の中に、その女に手を出そうとする者はいなかった。

その理由を明らかにした男達は、少し離れたならず者達の粗雑な共同墓地に眠っていた。

そして、ならず者達は女の唇に塗りたくられているのが口紅ではなく人間の血である事も知っていた。

 

「そりゃどうも。だがあんまりこの屑共を挑発せんでくれ。俺でさえ、誰彼構わず犯したくなりそうだ。」

 

酷いゴールドコースト訛りの男は、所々欠けたり抜けたりしている歯を噛み合わせて死刑執行人か慈善活動家のような笑みを浮かべた。

 

「それは失礼。さて、この有意義な会話を終わらせる事は大変残念で名残惜しいが本題に入ろう。カランサ卿?」

 

アデル・カランサは深く頷き、部下達をギロリと睨みつけて人払いをした。

女は腰に差した長剣の柄の感触を確かめつつ、目の前の薄汚いインペリアルを油断なく見た。

腐った性根が滲み出たような顔の上の暗い髪はほとんど頭頂部まで後退し、小柄で痩せてはいるが筋肉質な体つきは人間の大きさまで成長してしまった羽の無いインプを思わせた。

バックル付きの古びた革ブーツに紫がかったエナメル塗装のレース付き革ズボン、あちこちが擦り切れた薄いオリーブ色の胴着の上からは革ベルトと鉄片の胸当てを身に付け、いかにも略奪で生計を立てる山賊らしい身なりだった。

そして、腰には使い込まれ、しかしよく手入れされた長剣が差してあった。

 

「次が最後の仕事だ。」

 

「ほう、いよいよあんたらがご執着の将軍様が出張って来るわけか。おめでとさん。」

 

「近いうちにお前達を討伐するために衛兵隊が出陣する。ウェイの近辺からニベン河口まで段階的に撤退し、合図を待って大暴れしてくれ。そしてタイミングを見計らって撤退してくれればいい。そこで一連の仕事は完了だ。」

 

女は喉が渇いたのか、懐から小さな瓶を取り出して喉に流し込んだ。

アデル・カランサは嗅ぎ慣れた新鮮な血の香りに鼻を鳴らし、舌舐めずりし、おもむろに剣を抜くとバッタのごとき跳躍で女に肉迫した。

女はすべてを察知していたように剣を抜き、火花を散らせた。

アデル・カランサが跳躍したのと、周囲の背景が不自然に揺れ、まるで何もない空間から飛び出したかのように現れた3人の黒衣の剣士達が飛びかかったのはほぼ同時だった。

つまり、より優れた剣士がその場を完全に制することができた。

 

そして死の舞踏が始まった。

アデル・カランサの動きには一切の躊躇がなく、鍔で競り合っていた女を蹴り倒すと、続けて顎を蹴り上げ、僅かに踏み込みが早かった左前方の敵へ獰猛に斬りかかった。

 

「ほれ行くぞ!」

 

アデル・カランサは鋭い一撃で"1人目"の剣を握った指を3本斬り落とし、その勢いを殺さず、振り向きざまに背後に迫っていた"2人目"の頭部目がけて剣を振り下ろした。

 

「ダンスは嫌いか?どうだ!?」

 

"2人目"は反射的に飛び退いて躱したが、アデル・カランサのフェイントを織り交ぜた複雑なステップと剣技に翻弄され、"3人目"の援護も虚しく、右胸を狙った突きを受け流そうと構えた際に脛を斬りつけられ、怯んだ隙に柄頭で片目を潰された。

 

「四分の二拍子だ!左、右、左、右!胸、脛、頭、胸!ほらっ!ワン、ツー、ワン、ツー!」

 

"3人目"の足捌きを見たアデル・カランサは、一転して片足を軸に華麗に舞った。

女がようやく立ち上がった頃には、"3人目"は上唇から額までの肉を斬り落とされ、声にならない絶叫を上げた後、肺を突き破る鋭い刺突を受けて息絶えた。

 

「ここでターン、そこ!」

 

そして、利き手の指を失った"1人目"が短剣を手に飛びかかったが、アデル・カランサは事もなげに身を翻し、勢い余って通り過ぎた背を袈裟斬りにした。

女はぐらつく頭を抑え、片目片足を潰されて苦悶に喘ぐ"2人目"を横目に剣を構えた。

 

「・・・何が望みだ?」

 

「何が望みか?おいおい・・・メイリン!!屑共に出撃の準備をさせろ!!」

 

アデル・カランサが叫ぶと、副頭目のメイリン・フーンベレクは剣を掲げて部下達に指示を出し始めた。

 

「いいか、よく聞け人殺しのろくでなしめ。いや・・・ちょっと待ってろ。」

 

おもむろにズボンをずり下げたアデル・カランサは、血塗れで訳の分からない呻き声を漏らす"1人目"の背に放尿した。

"1人目"は背をナナメに走る傷の中で泡立つ激痛に一瞬絶叫したが、失神したのか息絶えたのか、すぐにピクリとも動かなくなった。

 

「すまんな。依頼人の、それも女の前で放尿するなんざ無礼極まりないだろうが、ずっと我慢しててもう限界だったんだ。許してくれ。」

 

アデル・カランサはズボンを上げた。

 

「俺達は薄汚い山賊だが傭兵みたいなもんで、金さえ貰えるなら何だってやる。帝都衛兵隊に喧嘩を売る事だってな。最後の仕事もきっちりやるつもりさ。だが、あんた達、もしくはその依頼人が腹の底でなにを考えてるかは容易に想像できる。」

 

女は袖の中に仕込んだ装着式の小型弩の引き金に触れつつ口を開いた。

 

「何を言ってるんだ?」

 

アデル・カランサは唾を吐き、激しく咳き込み、もう一度唾を吐いた。

 

「ひとつだけ言わせてもらうなら、俺達はコトのついでにやられるようなタマじゃないって事だ。少なくとも俺はな。誰でも好きに殺すがいいさ。だが、俺は誰にも殺せない。俺はアデル・カランサだ。闇の一党だろうがブレイズだろうが恐れはしない。今回は見逃してやるが次は無い。それを覚えておけ。」



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破壊と変革の時

「彼は行ってしまったのね。」

 

ハートランドを見渡す丘の上に立ち、血濡れの鉄鎧をまとった美しき指導者ペリフは、雷鳴轟く雲の隙間から差し込む太陽の光に照らされ、荒れ果てた大地の上に神々しく輝く白金の塔を見た。

その目には自由への強い意志、強大な敵への恐怖、そして盟友を留め置く事ができなかった無力さが混同していた。

 

"臆病者共め!!"

 

分別無き怒りに満ちた表情と罵声が槍の如く彼女の胸を貫いた。

 

「こうなると、もう誰にも彼を止める事はできない。」

 

半神半牛の戦士モーリアウスは、矢の雨を受けて傷ついた体に鞭打って立ち上がり、なんでもないような表情を繕ってペリフに並んだ。

これほど離れていながら、敵を斬り裂き、打ち砕き、彼らの祖先を激しく罵るおぞましい絶叫が驚くほど鮮明に聞こえてきた。

木片や革、錆だらけの金属鎧等で武装した志願兵達は恐怖にすくみ、丘に上がる事もできず、ただ不安げにペリフとモーリアウスを仰ぎ見るだけだった。

 

「パラヴァニア。」

 

モーリアウスは鋭くうねった双角を天へ向け、岩のようにゴツゴツした大きな手で、愛しきペリフの肩をそっと抱き寄せた。

土色の髪の間から覗く瞳には、今にもはち切れんばかりの感情が渦巻いていた。

 

「もし俺が戻らなければ逃げろ。可能な限り遠くへ逃げるんだ。皆を導け。俺は行く。この目ですべてを確かめる。」

 

小雨の中、モーリアウスは鈍く輝く戦鎚と矛を担ぎ、ひとり死に彩られた道を歩き始めた。

すでに争いの音は消え、神秘的なほどの静寂に包まれていた。

アイレイドエルフが誇る美しき白大理石の街並みは血と炎、破壊に侵され、吹き抜ける暗い風には異様な重みがあった。

アイレイドエルフの諸王と勇猛なるその戦士達、メリディアに遣わされし黄金色に輝く恐ろしきオーロランの軍勢。

それらが、まるで彼らを上回る魔王の大軍に攻め立てられたかのように、激しく殺され、おびただしく死に、そして見るも無惨に転がっていた。

しかしモーリアウスは、彼らを皆殺しにしたのは数万の大軍でも邪悪な悪魔の化身でもないと知っていた。

エルフの残酷な統治より人々を救いし救世主、神々が使わした聖戦士、輝く手を持つ恐るべきエルフ殺し、モーリアウスの親愛なる盟友、ペリナル・ホワイトストレークだ。

モーリアウスが塔に到着したとき、すべては終わっていた。

誰のものともわからぬ大きな血溜まりの中、力尽きた巨大な黄金の魔人の傍らに、八つ裂きにされた盟友の姿があった。

アイレイドエルフによる暗黒の統治と共に、神々の戦いも終わった。

 

 

 

胸が・・・・胸が、苦しい・・・

吐きそう!頭が、割れる!!痛いっ!!

 

 

 

「貴様は真に異形の存在だ。しかし、我々を率いるに値する尊敬すべき戦士だ。」

 

悪魔のように青黒く荒々しいドレモラの戦士達は、自らを打ち倒した、まるで女のような風貌の白いドレモラを讃えた。

 

「イフリ、白く輝く炎の戦士。我々は貴様に従う。」

 

戦士達は悪魔の牙の如き大剣や刺々しい戦鎚、捻じ曲がったメイスを振り上げ、傷つけ合い、血を流し、新たな戦士の誕生を祝って力の限り叫んだ。

 

「強く美しき大公イフリよ。」

 

青いローブを纏ったハイエルフの老人は、顔立ちが似通ったふたりのハイエルフを引き連れ、臣従の姿勢を示した。

 

「あなたの指揮の下、我らが主の帰還へ向けた取り組みは淀みなく進む事でしょう。」

 

 

 

「おいイサベル、本当の事を言うんだ。」

 

「本当の事だって?いかれてんのかい!?私に男なんていない!くそオヤジにこの血みどろの世界に放り込まれて以来ね!」

 

「そんな事ありえないだろう!?俺はお前の味方だ。それとも俺を信用できないってのか?」

 

「・・・・あんた以外に話せるはずないだろ。私は誰も信用しない。でも・・・あんたは他の連中よりマシだ。あんた以外にはこんな事話せっこないよ。」

 

「わかった、わかったよ・・・なあ、力になれるならなんでも言ってくれ。だが、その子はどうするんだ?」

 

「この子は・・・・そりゃあ、私が育てるさ。教えられるのは剣の扱い方くらいだけだけど、きっと生きていくには役に立つはずだ・・・きっとね。」

 

 

 

「なあ、あんた魔術師なんだろ!?この子を助けておくれよ!」

 

「はぁ?やれやれ、最近の一般人は野蛮で礼儀も弁えてないのか?私が暇人に見えるかね?これから透明化の研究が・・・・こ、こら待て!何をするつもりだ!?」

 

「研究好きの魔術師!この剣が見えるかい!?こいつはこれまで何百人もの血を吸ってきた!そしてついさっきも、げっぷが出るくらい大量の血を吸った!あんたの血も吸わせてみるか!?」

 

「わかったわかった!!なんでもするからそいつをしまってくれ!頼むから!私に何をしろというんだ!?」

 

 

 

『あそこから始まったのだ!我が光り輝く愛しい炎の娘!ペリナルとウマリルの・・・滴り落ちた光り輝く不死の血より生まれし混血の半神!貴様がそれを奪い去った!!』

 

『あれほどの強い力だ。俺が鍛え上げ、さらに強力な存在となった。我が娘、おお可愛いイフリ!だがなぜだ!なぜ俺の元へ戻ってこんのだ!キャモラン、使えぬ定命の者共め!!』

 

『かの者の魂は4000年以上の時を経てムンダスへ、ニルンへと戻った。すべてはキナレスの介入によるものだ。今や愚かしく脆い定命の肉体に縛られておる。』

 

『だが、その魂はいささかも衰えてはおらん!』

 

『貴様がタムリエルに執心しておる理由はそれか!ははっ!こいつは傑作だ!あの娘ひとりのために?明日の朝刊のトップニュースだな!嬉しくて顎が取れてしまいそうだ!無論、貴様のな!』

 

『帰還は近い。待っていろよ・・・』

 

 

 

 

 

 

「気分はどうだ?」

 

「・・・オルクリッド?」

 

アンドロニカスは体をゆっくり起こし、清潔で触り心地のよいシーツの感触に肌を涼ませつつ、心配そうに覗き込んでいたオルクリッド・モンラヴァルのハンサムな顔をぼんやりと眺めた。

髪色と同じ深いワイン色のシャツはみっともないくらいにシワだらけで、首から下げた三日月のアミュレットと青白い頬を走る裂傷、そして黄金色の瞳は、最初に出逢った頃とまったく変わっていなかった。

部屋には窓が無く昼か夜かもわからなかったが、四方の壁に掛けられた三連燭台と木製シャンデリアの灯りは、かつての恋人のどこかよそよそしい表情を照らし出すには十分だった。

 

「君は気を失っていた。」

 

オルクリッドはいくぶんか安堵の表情を浮かべると、アンドロニカスの頬へためらいがちに手を伸ばし、雛鳥を慈しむように指先でそっと撫でた。

 

「どれくらい?ここはどこ?あなたが運んでくれたの?」

 

アンドロニカスはオルクリッドの驚くほど冷たい手に自らの手を重ね、赤らんだ顔を誤魔化すように質問を並べ立てた。

 

「もうすぐ夜明けだ。ここはまだスキングラード城で、ジェイナスにあてがわれた私の部屋だ。あの無礼なオークと大柄なインペリアルは大広間の隅のベンチで寝てるよ。」

 

「ああ・・・ゴルドロックの所へ行かないと。彼の話の続きを聞かないといけないの。」

 

「やめておけ、カルロッタ。君はあのオークの話を聞いた直後、自分がどうなったか覚えてないのか?」

 

オルクリッドはベッドから立ち上がろうとするアンドロニカスを押しとどめた。

 

「私がなに?記憶が・・・あまり覚えてないわ。」

 

「君の名誉のために多くは語らないが、少なくとも皆の目の前で嘔吐した。それもかなり激しくな。そして卒倒した。悪い事は言わない。」

 

アンドロニカスはますます顔を赤らめた。

 

「でもあなたも聞いてたでしょう?私は・・・私の本質は普通じゃない。私は・・・」

 

「カルロッタ、あんな戯言を信じているのか?なぜあのオークがそんな事を知っているというんだ?仮に奴がメリディアから神託を受けたというのが本当だったとして、その内容が真実かどうかまではわからない。君も、私も、あのオークもな。デイドラの言う事なんて政治家よりも信用できない。」

 

「それなら、これはどう説明したらいいの?」

 

アンドロニカスは自らの手に炎を灯した。

白くすらりと美しい手は灼熱の炎魔法に包まれたが、アンドロニカスが持つ他に類を見ない特性は、皮膚に赤みを帯びさせる事すらなかった。

 

「ずっと不思議だった。炎の精霊や怪物ならともかく、炎に対する完全な耐性を持つ種族なんて聞いた事もなかった。浄化の炎の特性を持つメリディア、神々に遣わされし光り輝く炎の手を持つペリナル・ホワイトストレーク、灼熱のデッドランドに生きるメエルーンズ・デイゴン配下のドレモラ。それらの特性が掛け合わされて私の炎に対する親和性が生まれたのよ。」

 

「あくまでも仮説だ。確実ではない。」

 

「それならデイドラにでも聞いて確かめるといいわ!」

 

アンドロニカスは自分でも驚くほど苛立ちを込めて叫び、すぐに自己嫌悪にかられた。

 

「ごめんなさい。」

 

「謝る事はないよ。いくらでも話を聞かせてくれ。」

 

「・・・記憶があるわけじゃない。あなたが言うようになんの確証があるわけでもない。でも、感じるの。これはきっと、私の魂の中に刻まれた事実よ。」

 

しばらく沈黙が続いた。

アンドロニカスは物憂げに俯き、オルクリッドはベッド横の丸椅子に腰掛けてなにか気の利いた事を言おうと考え込んだ。

 

「もう何年になるかしら?」

 

このような状況で会話を切り出せる男は少ない。

アンドロニカスの助け船に、オルクリッドは胸を撫で下ろしつつアミュレットを握りしめた。

 

「13年だ。まだ君はアルケイン大学を卒業したばかりの新米教師だった。」

 

「私も歳をとったわね。」

 

「だがその輝くような美しさには一点の曇りもない。」

 

「ふふふ・・・今までどこにいたの?」

 

「あてもなく放浪していた。その、私達が・・・」

 

「・・・別れてから?」

 

「・・・・ああ、そうだ。それからはタムリエル中を旅した。君のおかげであの忌々しい連中の呪縛から解放されたからな。だが正直に言うと、君と別れたのは・・・・いや、とにかく・・・私はシロディールを離れたかったんだ。本当のところ、自由だとかそんなものとは関係ない。私は未熟で愚かだった。だから・・・ああ、許してくれ、カルロッタ。」

 

アンドロニカスはオルクリッドの困り果てた顔を見て噴き出しそうになったが、同時にこの上ない罪悪感も湧き上がってきた。

 

「聞いてくれ。また君と一緒にいられるなら何だってできる。せっかく再会できたんだ。カルロッタ、君と一緒にいたい。」

 

アンドロニカスはいよいよ鎮静魔法で自身の心を落ち着ける必要にかられ、もはや平静を装って男を振った女でい続ける事はできなかった。

オルクリッドの黄金色の瞳はアンドロニカスの心をとらえ、どこまでも青く晴れ渡る夏空の下、まだ大人になったばかりだった頃の燃えるような感情を蘇らせた。

 

コンコン

 

ふたりの唇が触れかけたその時、まるで見計らったかのように無神経にもその場を白けさせるノック音が響いた。

ふたりは慌てて身を起こすと、今や最も憎たらしく招かれざる来訪者が扉を開けるのを待った。

 

「お目覚めのようですね。」

 

頑健なノルドにも劣らない体格のカシウスは、自身が溢れんばかりの憎しみを向けられているとも知らず、意識を取り戻したアンドロニカスを見て嬉しそうにお辞儀をした。

 

「早速で申し訳ないのですが、よければすぐにでも荷物をまとめて出発しましょう。」

 

アンドロニカスは頭を捻り、自身が気を失う前の記憶を緩やかに手繰り寄せていった。

ハシルドア伯爵が語った共通の知人とは、もちろん彼自身の正体と密接な関係を有する友であり良き理解者でもある"青のオルクリッド"の事だったが、同時にもうひとり、ブレイズマスター・ジョフリーの事でもあった。

ハシルドア伯爵とブレイズとの繋がりは、ジョフリーの先々代のブレイズマスターの時代にまで遡った。

社会の表裏を問わず、幅広い人脈とそれに付随した権力や情報を有し、しかも優れた判断力と良識を併せ持ったハシルドア伯爵は、ブレイズにとって重要なパートナーであった。

 

"ジョフリーから君あてに伝言だ。至急曇王の神殿に戻りたまえ。なにやらマスターウィザード殿の力を借りる必要があるそうだ。"

 

「そうだ・・・急いで神殿に行かないと。」

 

「裏切り者の存在についても報告しなければいけませんからね。出発は早い方がいい。ところで・・・ご友人殿はなぜ私を睨んでいるのですか?」

 

 

 

朝露が薄明の中にきらめき、冷たく澄んだ空気を伝うトラツグミの美しい鳴き声が夜明けを告げた。

濃紺色の草木と大地は、顔を見せ始めた朝日に照らされ赤々と燃え始め、鋤鍬を担いだ農民達は大きなあくびと共に朝の畑仕事へ向かい、放牧された羊達はメェメェと大合唱を始めた。

タムリエルの夜明けと共に、アンドロニカスと3人の男達は曇王の神殿へ向けて旅立った。

なるべく目立たぬよう、黄金街道の主要道から外れた農道や旧道を通り、時にはゴールドコーストの荒地やグレートフォレストを進んだ。

シラカバの森を抜けてルマーレ湖北西の開けた砂地に出たとき、アンドロニカスの耳に野太い罵声が飛び込んできた。

周囲を見回すと、ルマーレの畔に佇む小さな木造小屋の前に、牛追い棒や鉄爪の熊手を持った物々しい様子の男達が群がっていた。

 

「出てこいババア!」

 

「やい!顔を見せねぇとひどいぞ!」

 

アンドロニカスは先頭を駆けていたカシウスに声をかけ、口汚く声を上げる男達の方向へ進路変更をした。

木造小屋は様々な板切れを貼り合わせて作られたガラクタを思わせる外観で、忘れ去られた文明の名残りのように蔦系の植物や苔に覆われていたが、煙突から立ち昇る炊煙や外壁に立て掛けられている使ったばかりの釣り竿とバケツが生活感を醸し出していた。

 

「このババア!だんまりしてないで出てきやがれってんだ!」

 

粗末な麻服を着た農民風の男達はかなり気が立っているらしく、近寄る一行へ敵意の眼差しを向けたが、お世辞にも堅気には見えないゴルドロックとオルクリッドが剣に手をかけると、しぶしぶ寄せ集めの武器を下ろした。

 

「なにがあった?」

 

カシウスが声をかけると、年老いて歯がぼろぼろになった農夫が声を荒げた。

 

「ここには魔法使いのババアが住んどる!」

 

老農夫の口からは勢いよく唾が飛び散り、馬に跨るカシウスの顔にまでかかった。

 

「奴はワシらから雨を奪った!連日の日照りで野菜も家畜もすっかりダメになっちまったんじゃ!」

 

「その魔術師のおばあさんが雨を奪ったって言うの?証拠は?」

 

「証拠じゃと!?そんなもん、魔法使いだからに決まっとる!魔法使いはいつだってロクでもない事を企んどる!」

 

老農夫が盛大に唾を撒き散らすと、他の農民達もそうだそうだと声を揃えて叫び、こぶしを振り上げた。

 

「どうしてそんなに魔術師を嫌うの?」

 

「さっきから質問ばっかりじゃなぁ、めんこい姉ちゃんよ!そりゃあ嫌うさ!昔ここいらにいたナントカってエルフの魔法使いは最悪じゃった!自分の研究の事しか考えとらんし、ワシらに迷惑をかけようと知らんぷりときた!」

 

「だから、ここしばらく雨が降らないのは魔法使いのせいなんだ!」

 

「魔法使いは身勝手で邪悪な生き物だ!なんで帝国はあの連中の存在を許してんだかな!」

 

「とにかく、この日照りだって魔法使いのせいに決まってる!だから俺達はここに住んでる魔法使いの婆さんに会いにきたんだ!」

 

農民達が騒ぎ立てていると、蔦が垂れ下がる小屋の扉が音もなく開き、中から腰は曲がっているが背の高い老女が姿を現した。

その老女と目が合い、アンドロニカスは思わずギョッとしてしまった。

所々あて布をした土色のローブには小屋と同じように植物が絡みつき、複雑に編み込んだ白髪の上には艶やかな大ネズミの毛皮の帽子、手にはねじれ木の杖が握られていた。

しかしアンドロニカスの目を引いたのは、シワだらけのその顔立ちだった。

アンドロニカスはかつて"各地方における種族間の交わりと遺伝的特性の優先"という論文により、アルケイン大学の文明的種族学におけるアークメイジ賞を受賞した事があったが、そんな彼女でさえ、その老女が既知のどの種族に該当するのかが判断できなかった。

一般的に見て決して驚くべき風貌というわけではなかったが、インペリアル、ノルド、ブレトン、レッドガードからなる人間系統なのか、ハイエルフ、ウッドエルフ、ダークエルフ、オーク(オークをエルフ系統とする事には異論もあるだろうが。)からなるエルフ系統なのか、さすがにアルゴニアンやカジートといった獣人系統には見えないが、とにかくアンドロニカスにとっては異質な外見だった。

 

「やいババア!この胡散臭い魔法使いめ!」

 

狼避けの棍棒を持った農夫が老女に詰め寄り、続いて残りの農民達も、まるで配給に群がるように殺到した。

 

「よくもワシらから雨を奪ったな!」

 

「あんたのせいで豆もボロネギもカラカラだ!さっさと雨を降らせてくれよ!」

 

「やれやれ、身勝手な連中だねぇ。」

 

老女はねじれ木の杖で肩を叩くと、呆れたように深くため息をついた。

 

「私がいつ雨を奪った?あんた達に頼まれて腹下しに効く薬や質のいい肥料を提供はしたがね、お天気を変えるなんて乱暴な事はしてないし、そんな事できもしないよ。」

 

「そんなの嘘だ!」

 

「おやおや、随分元気がいいじゃないかアスラン。あんたに調合してあげた精力剤のおかげかねぇ?」

 

老女がにやりと笑うと、棍棒を持った農夫はギクリと表情を変えた。

 

「あ、そ、それは・・・!」

 

「マチルダもさぞ喜んだだろ?ほら、あの金髪で胸が大きなダレリウス自慢の嫁御だよ。」

 

「おいアスラン、なんの話だ!?」

 

「なん・・・いや、ダレリウス、これは違うんだ!」

 

棍棒の農夫の横で熊手を持った農夫が声を荒げると、老女は畳み掛けるように話を続けた。

 

「フェンデイア、あんたにゃひと月ほど前に雑草の根腐れ薬をやったけど、ありゃ効果抜群だったろう?まあ、間違ってジャガイモ畑にでも撒こうもんなら全部枯れちまうだろうけどね?」

 

「ひと月前・・・ジャガイモ・・・フェンデイア!あれはお前の仕業か!?俺の畑のジャガイモが全滅したのは!?」

 

「ち、違うよ!俺じゃないよ!」

 

農民達は互いに罵り合い、遂には掴み合いの喧嘩に発展した。

老女はその様子を楽しそうに眺めていたが、農民達はアンドロニカスが放った鎮静・暗示魔法によりすっかり落ち着きを取り戻した。

 

「みなさん、そろそろ家に帰る時間ですよ。」

 

「う・・・む、家に、帰る・・・時間?」

 

「そうです。天候については魔術師が改善できる問題ではありません。水量豊富なルマーレ湖から水を引く作業を帝都の土木工ギルドに依頼する事をお勧めします。村に帰ってみなさんで相談してみてください。」

 

「ああ、それは・・・いい、考えだ。みんな、帰ろう・・・」

 

ぞろぞろと帰り出した農民達を見送ると、老女はパチパチと手を叩いた。

 

「たいしたもんだよあんた。鎮静も暗示もかなり高度なレベルだった。さすがはアルケイン大学のマスターウィザードだね。」

 

老女はシワだらけの手でアンドロニカスの肩を撫でた。

 

「私を知ってるんですか?」

 

「なに言ってんだい?一緒にお茶した仲じゃないか。」

 

「お茶?えっと、ごめんなさい。あなたと会ったのは始めてだと思うんですけど。」

 

老女は目を丸くすると、何事かをぶつぶつと呟きながら頭をかきはじめた。

 

「おかしいねぇ。あれはいつだったか・・・もうちょっと先の話だったかねぇ?あははは、いやぁ〜悪いねぇ。私も歳をとったもんで、過去の話だか未来の話だかわかんなくなっちまうのさ。」

 

アンドロニカスはすっかりわけがわからなくなってしまった。

しかし、カシウスは構ってる場合ではないとばかりに首を横にふり、アンドロニカス自身も老女がなにかしら勘違いをしているとしか思えなかったので、本来の目的に戻って曇王の神殿へと急ぐ事にした。

 

「それでは、私はそろそろ行きます。」

 

「ああ、元気でね。また遊びにおいで。」

 

「・・・あの、もしよければお名前を教えていただけませんか?」

 

「私かい?私はキーオルン。みんなからは"土のキーオルン"って呼ばれてるよ。」

 

 

 

 

 

 

「部長っ!!」

 

元老院に次ぐ権力を持つリッド・ヴァーヒレンの諜報部長室は、白金の塔の中でもレノルトの執務室と肩を並べるほど恐ろしい場所である事は言うまでもない。

そんな執務室に大胆にもノックすらせずに転がり込む者は、誰であろうともリッドの罵倒と彼の最強の懐刀であるマリリアン・レドランの鋭い格闘術の洗礼を受ける事になるだろう。

帝国諜報員はもれなく格闘術を含めた様々な戦闘方法に秀でており、シル・ラスマンも例外ではなかったが、最もすばしっこいキャセイ・ラートの如きマリリアンの身のこなしの前に、受け身をとる事すらできずに組み伏せられてしまった。

 

「驚いたぞ親愛なるラスマンよ!お前とは仲良くやっていけていると思っていたが、まさかノックもせずに私の部屋に入ってくるほど親密になっていたとはな。私は意図せずに部下と親睦を深める達人らしい。さて、それほど深い仲ならば、私が今のお前にどんな感情を持っているかもわかるだろう?」

 

「あ、ああ・・・部長、どうかお許しを!」

 

マリリアンに後ろ手を締め上げられる痛みに喘ぎつつも、シルはなんとか謝罪の言葉を絞り出した。

 

「しかし部長!至急の報告があります!一大事なのです!」

 

「そうだろうよ。一大事でないのならお前はとっくに絞首刑だ。さあ、私の気が変わらない内に報告しろ。何が起きた?」

 

「ファラゴンがブレイズのグレニス・エイリオスを殺害し、深遠の暁の一員として囚われていたセリアことルマ・キャモランを解放しました!」

 

リッドは絶句し、手にしていた鷲の羽ペンを書きかけの羊皮紙の上に落とした。

インクがにじむように、リッドの顔はみるみる紅潮していった。

 

「順を追って説明しろ。」

 

リッドに習い、シルは呼吸を整えながらことの顛末を話し始めた。

 

「ルマ・キャモランの監獄を見張っていたグレニスが倒れているのを巡回の看守2名が発見しました。彼らが駆け寄ったとき、柱の裏に隠れていたルマ・キャモランとファラゴンが飛び出して来たそうです。ひとりはルマ・キャモランの魔法で焼き殺されましたが、もうひとりはファラゴンに突き飛ばされただけで生き延びました。」

 

「看守など知った事ではない!逃走したふたりはどうしたんだ?」

 

「も、申し訳ありません・・・ファラゴンは他の看守に射殺され、ルマ・キャモランは監獄地区内で姿を消しました。感知術師の探査魔法にも引っ掛かりません。」

 

「それはどれくらい前の話だ?」

 

「つい10分ほど前の出来事です。」

 

「10分だと?この帝都内で起きた事件はどんな些事でも5分以内に私の耳に入らねばならん!最高神の神殿で物乞いがクソを漏らしたとか、アレッシア・オッタスが改心して自分の指を切り落としたとか、我らが諜報員がブレイズの指揮官補佐を殺して重罪人を逃したとかな!クソったれめ!・・・・マリリアン、私について来い。現場を確認し、それからレノルトに会おう。ラスマン、現場保存はどうなっている?」

 

「デオンとアンドレが仕切っています。しかしブレイズが来れば長くは・・・」

 

「よし、さっさと案内しろ。ああ、それから私のパイプを忘れるなよ?あれが無いとストレスでやってられんからな。」

 

リッドはファラゴンの不可解な行動に考えを巡らせていた。

仕事柄、部下の身辺把握については徹底的に行ってきた。

家族関係、交友関係、信条、趣味、人間性、各種傾向、能力。

一般的に上司が部下の全てを把握する事は不可能だと言われているが、リッドに限ってはそう言わせない確固たる裏付けに基づいた自信があった。

 

"あの間抜けが深遠の暁?あり得んな。断じて。まったくもって馬鹿馬鹿しい。奴は特異記憶力を除けば欲深く間抜けで応用力がない愚か者だが、少なくとも帝国に忠誠を誓っていた。間違いなく。"

 

リッドは薄暗くジメジメした石の廊下を急ぎつつ、いくつかの仮定を組み立てていた。

 

"グレニスはレノルトの部下でも最も腕が立つ剣士だ。それをあの間抜けが殺した?不意打ちにせよそれも考えにくい。別の者が殺し、クリフに罪をなすりつけ、幻惑魔法か薬物で操ったか?しかしなんのために?"

 

帝国諜報部には、"不可解な事象の対処にあたっては、まずブレイズの関与を疑え"という格言があり、リッドは諜報員としての長年の経験から、それを嫌というほど実感してきた。

 

"やはり怪しむべきはレノルトか。しかし優秀なグレニスを捨ててまで皇帝暗殺の関与者を逃す理由はなんだ?それともオカートか元老院が何かしら・・・クソったれめ、私も老いたな。頭が思うように働かん・・・"

 

 

 

 

 

「ふふふふ・・・・ふ、ふふふ、ふふ・・・・ふははははははははははははっ!!!」

 

帝都の地下に広がる古代アイレイドの地下迷宮に、ハイエルフの女の甲高い笑い声が反響した。

 

「ふは、ふは・・・ひ、ひははははははははははははははっ!!!」

 

女は狂ったように笑い続けた。

 

「グロリエ・テンプス・エニム・プロペスト、アリクアム・レディトゥス!レヴィス・ウンブラ・テジット!ミア・ヴィタ・インモータレン!!ミア・ヴィタ・インモータレン!!!」

 

 

 

 

 

 

「お待ちください!モロウウィンド方面軍団とお見受けいたしますが!」

 

土煙を上げ行進する騎兵隊の前に、刺々しい茨の紋章盾と装飾付きの剣で武装した2騎の重騎兵を従えた、立派な飾鞍の白馬に跨がり誇らしげに胸を張ったダークエルフが駆け寄った。

 

「いかにも。その紋章・・・シェイディンハル城の者か?」

 

顔の縦横に走る無数の傷がガラスのひび割れを思わせる黒い短髪の女騎兵は、青い袖なし外套をはためかせながら左手を挙げた。

すると、後方に延々と続く騎兵達はピタリと行軍をやめ、鎧の音ひとつ立てずに軍馬を御した。

 

「いかにも、まったくもってその通りでございます。わたくしめはシェイディンハルの偉大なる統治者にして由緒正しきフラール家の一員、アンデル・インダリス伯爵の使者でございます。アデリアナ・トレイ・ポーレフ方面軍団長にお目通り願いたいのですが。」

 

傷のせいもあるが酷く醜い顔立ちの女騎兵は裂傷で潰れていない方の目を細め、黒地に金の茨の刺繍を施した文官用のローブ姿のダークエルフを品定めするように睨み付けた。

 

「用件は?」

 

使者は下士官と思わしき女騎兵の無礼な物言いに気分を害したが、多くの使者がそうであるように、例え礼儀を知らない粗暴な下級兵士が交渉相手であっても、シェイディンハルの威光を損なわないように品位ある態度に努めた。

 

「ええ、はい。アンデル・インダリス伯爵閣下はシロディール防衛のために帰国なさったポーレフ方面軍団長を慰労するため、シェイディンハル城にて粗宴を設けさせていただきました。わたくしめはそのご招待に・・・」

 

「却下。お前達は行軍の妨げとなっている。速やかに道を開けるように。」

 

使者はあんぐりと口を開け、しばらく何も言い返す事ができなかったが、彼の名誉のために言うなら、それは隻眼の女騎兵の迫力に怯んだからでも、使者らしく上品に反論する言葉が見つからなかったからでもなく、これほどの壮絶な無礼を受けた経験がなかったからであった。

なぜなら、使者は物乞いでも卑しい庶民でもなく(彼にとってはどちらも大して変わらない存在だったが)インダリス伯爵専属の使者であり、シェイディンハル城の筆頭書記官だったからだ。

 

「由々しき事態だ!まったくもって、このような無礼は前例がない!」

 

使者は抗議の意思を示して騎兵隊の前に立ちはだかり、インダリス伯爵の書簡を高々と掲げた。

 

「まったくもって不愉快だ!私はインダリス伯爵直々に書簡を託された使者だぞ!?まったくもって、貴様のごとき下士官の戯言に付き合っている暇はない!さあ、ポーレフ方面軍団長のもとへ案内せよ!愚かにも、ここが我らがシェイディンハル領である事を忘れていないのであればな!」

 

「"まったくもって"、ポーレフ方面軍団長はエノーティア師団を率いるハイン師団長に今回の行軍の全権を託しておられる。」

 

女騎兵はゆっくりと馬を進めた。

体格のいい牝の鹿毛馬は主人と同じく傷だらけの険しい表情で、使者の若い牡の白毛馬を威嚇するようにいなないた。

そして、女騎兵が後方の騎兵が掲げる青い炎の軍旗を指差すと、それを見た使者は何事かを考え込んだ後、氷水に投げ込まれたようにはっと息を呑んだ。

 

「あの旗が見えるか?師団長は我が第8突撃軽騎兵大隊に先鋒を命じられた。私にはこの行軍におけるあらゆる障害を排除し、全軍を迅速に帝都へ到着させる義務があるのだ。フラール家のインダリス伯爵、シェイディンハル領、書簡を携えたまったくもって偉大なる使者・・・それがどうした?この行軍を妨げるほどの価値があるのか?」

 

使者は顔を強張らせた。

青い炎の紋章旗を掲げる第8突撃軽騎兵"ブラダマンテ"大隊とその女指揮官であるブラダマンテ・ヴトンは、未だ帝国の実質的な統治へ抵抗するダークエルフの反乱分子の徹底的な鎮圧で名を挙げ、モロウウィンド方面軍団の敵対勢力との戦闘において常に最前線で戦い続けてきた。

そして、かつて新兵時代に敵前逃亡した上官を斬り殺したとか、一度歯向かった者は子供であれ降伏すら許さないとか、とにかく物騒な噂話は(虚実相半ばしているとはいえ)遠く離れたシロディール内の上流階級の耳にも届いていた。

 

「は、え・・・わ、わたくしはインダリス伯爵の・・・偉大なる・・・」

 

使者はようやく気付いた。

まったくもって由々しき事に、相手はあの悪名高きブラダマンテであり、理性ある者であれば容易にひれ伏すであろうシェイディンハル伯爵の威光などまったくもって毛ほども気にしていないのだと。

 

「フォークロー!アレス!使者殿は混乱しているようだ。丁重に引き返してもらえ。」

 

使者に近づくふたりの騎兵は見るも恐ろしげな風貌だった。

金髪のノルドは口が真横に引き裂かれ、忙しなくギョロリと回転する片方の義眼は昆虫の複眼のようだった。

若いインペリアルは頭部に受けた無数の傷により髪がまばらとなり、片腕片脚は鋲付きの鉄製義手足に置き換えられてた。

ガタガタと震える使者は書簡を命綱のようにぎゅっと抱きしめ、シェイディンハルへの道を慌てて引き返していった。

 

 

 

 

 

白金の塔内部の王宮警備隊詰所は、波止場地区の汗臭い大衆酒場と見紛うほどの慌ただしさに襲われていた。

複数の伝令がひっきりなしに行き来し、幹部は新たな情報が入るたびに修正指示を出し、兵士達は装備の点検と遺書のしたために追われ、ネズミ達は詰所で飼育されている老黒猫のネロに追いかけ回されていた。

しかし、この慌ただしさは他の帝都衛兵隊詰所も同様らしく、現にこの場にはエルフガーデン地区警備隊の伝令やタロス広場地区警備隊の伝令、挙句の果てには森林警備隊の伝令まで紛れていた。

 

数時間前にアルケイン大学が帝都周辺の異様な魔力の歪みを発表し、元老院と帝国軍上層部はデイドラの攻撃が間近である事を認めざるを得なかった。

帝都をぐるりと囲む城壁の上には投石機や大弩、大量の矢、夜戦用の篝火や油が運び込まれ、帝都衛兵隊や血気盛んな若い志願兵、バトルメイジ、アルケイン大学の通信魔術師などがひしめき合っていた。

そして主なき白金の塔を守る王宮警備隊も、城壁が突破された際の各防衛ラインの守備につくため、各警備隊の要請に応じて部隊編成を急いでいる最中だった。

 

「この先、民間人の立ち入りは禁止されています。どうかお引き取りを。」

 

「おお、宝飾煌びやかな鎧に身を包みし無知なる兵士よ。エル=フレイム隊長に取り次ぎたまえ。」

 

王宮警備隊の鎧を着て誇らしげに胸を張る門番は、この緊急事態に突然現れたいかにも貴族風の男、ギルベルトの行く手を遮りつつ警告を発した。

ギルベルトは白シャツの上に緑金刺繍の華やかなベストを着こなし、レース付きのシルクズボンと光沢のある革靴とのコーディネートは帝都の優雅な上流階級の中でも一際洗練されたものだった。

 

「・・・どちらの高貴なお方かは存じませぬが、お立場上を利用したその手の物言いは隊長が最も嫌う類のものです。ここでは隊長の方針でどんな権力もその特権を失います。さあ、どうかお引き取りを。」

 

「なんと、無知の上に礼儀知らずときたか!我が名はギルベルト・グウィン・キアラン・エル=フレイム。もう一度言おう、王宮警備隊長のフレデリク・デルピン・エル=フレイムに取り次ぎたまえ。兄が来たと伝えよ。」

 

「ま・・・そ、そんな!ご兄弟とは!少々お待ちを、すぐに取り次ぎますので・・・」

 

「それが君のためだ。」

 

白金の塔の守護者である王宮警備隊長にして帝国軍随一の剣士として名高いフレデリク・デルピン・エル=フレイムは、道行く女性がため息を漏らすほど美しいギルベルトにも劣らない美男子だったが、兄とは違い厳つい印象を与える威厳たっぷりの金色の顎鬚をたくわえ、性格も水と油ほど違って苛烈で完全に相容れない存在だった。

 

「この非常事態に何の用だ?」

 

フレデリクには兄との数年ぶりの再会を祝うつもりは毛頭無いらしく、まるで人でなしの罪人に唾を吐きかけるかのように冷たい口調だった。

 

「おお、我が弟よ。数年ぶりの兄に対する第一声とは思えんな。私はお前をそのような無作法者に育てた覚えはない。」

 

「くだらん。用件はなんだ?見てわかると思うが私は忙しい。」

 

「そう急くな。お前は素晴らしい才能に溢れた弟だが、その短気は致命的な欠点だ。帝国士官としても、エル=フレイム家の一員としても。」

 

「・・・鍛治師ギルドは剣や槍を研いで志願兵用の鎧を作り、料理人ギルドは兵士達の食事や清潔な布を提供し、土木工ギルドは城壁の補修や簡易防衛施設の建造に勤しんでいる。魔術師ギルドにも魔闘士や治癒師を手配する義務があるはずだ。それなのにお前はこんな所で何をしている?」

 

「その魔闘士の指揮官がこうして打ち合わせに来たのだ。少しは敬意を払ったらどうだ?」

 

「お前が指揮官だと?本気か?ふん、魔術師ギルドは人材不足か?それともご老体のアークメイジ殿はボケが酷くなったのか?」

 

フレデリクに剣の柄頭で胸を小突かれ、ギルベルトは不快そうに顔をしかめた。

 

「・・・アークメイジを貶すのはやめろ。」

 

「ほう、やっと癪に触るにやけ面をやめたな?で、バトルメイジの指揮官殿、なにか言いたい事があったんじゃないのかな?」

 

ギルベルトは気を取り直し、魔術師ギルドの魔闘士や通信魔術師、治癒師等の編成が事細かに記された編成図を取り出した。

 

「エル=フレイム隊長殿、これが我々の編成図だ。総指揮を執るアークメイジとマスター・カラーニャは白金の塔で待機される。私の部隊は君達と共に白金の塔の守備にあたらせてもらう。」

 

「マスター・エル=フレイム殿。せいぜい我々の足を引っ張らんようにしたまえ。戦場では流れ矢に気をつけられよ。くれぐれもな。」

 

 

 

 

 

 

「城壁の外で戦うのは危険過ぎるのではないですか?それよりも守りを固めるべきかと。」

 

帝都衛兵隊副司令官のジョヴァンニ・シヴェロは疑問を口にした。

 

「いや、総司令官は敵を勢いづかせたまま城壁に近付けるなというお考えのようだ。複数の部隊で敵の先鋒を挫き、戦況に応じて追撃するなり撤退するなりを選べばいい。」

 

アダマス・フィリダは帝都周辺の地図に記載された複数の戦闘予想地点を指し示した。

イティアス・ハインは腕を組んでうんうんと唸った。

 

「確かに、敵の士気が高いままでは防衛が難しい。どちらにせよ、総司令官のご命令では従うしかないでしょう。フィリダ司令官、どのような編成を?」

 

「右翼にクインティリアス、左翼にレックス、中央にトルエンド。それぞれ拠点大隊を率いて布陣せよ。ハイン、アヴィディウス、シヴェロは重騎兵大隊を率いて待機し、私の指示を待て。万が一私が戦死した場合、現場指揮権はシヴェロが持つ。」

 

アダマスは各部隊長の不安を隠しきれない顔を見渡した。

 

「諸君の気持ちはわかる。我々の中に戦争の経験がある者は少ない。もっぱら城壁の外では山賊や野生動物の退治、中では酔っ払いやゴロツキの取り締まりくらいだからな。戦争の経験のある者はほとんどが方面軍団や方面師団の一員として地方へ駆り出されている。」

 

各部隊長は恥ずかしながら頷く事しかできなかった。

 

「だが、我々はやらねばならん。我々は栄誉ある帝都衛兵隊だ。白金の塔がそびえ立つ帝都とその住民を守る事が我々の役目だ。それに、東からはモロウウィンド方面軍団が、南西からはヴァレンウッド方面師団が、それぞれすぐ近くまで来ているそうだ。他の方面部隊も続々とシロディールへ戻りつつある。いいかね?我々は必ず勝利する。必ず・・・」

 

アダマスは鼓舞の演説を始めようとしたその時だった。

大地を揺るがす恐ろしい地鳴りが響き、続いて帝都衛兵隊本部の建物が激しい揺れに襲われた。

壁に立て掛けられていた剣や盾は落下し、机椅子は倒れ、兵士達は踏ん張りきれずにその場に尻をついた。

 

「気をつけろっ!!」

 

木製シャンデリアが落下し、衝撃で飛び立った蝋燭が床に散乱した書類や木製家具に火をつけた。

 

「水だ!!水を持ってこーーいっ!!」

 

「火事になるぞ!!早く水をっ!!」

 

立っていられないほどの揺れがようやく収まり、アダマスは這いずるように窓から外の様子を確認し、そして絶句した。

 

 

 

 

 

「レノルト指揮官!!ご無事ですか!?」

 

「ああ・・・どうやら始まったようだな。」

 

レノルトはエヴァルドに支えられながら立ち上がり、窓から外を覗き見た。

 

「いよいよだ。陛下と、死んでいった仲間達の仇をとるぞ。」

 

 

 

 

 

帝都エルフガーデン地区のとある民家。

外からは人々の叫び声と衛兵隊が駆け回る音が絶え間なく聞こえてくる。

 

「ボス、一体なにが起きたんだろうね?」

 

「ふむ、ただの地震ってわけじゃなさそうだ。魔術師ギルドが発表した件や衛兵隊が慌ただしくなっていた件と関係があるかもな。おい、誰か外の様子を確認してこい。それからアーマンドと連絡を取れ。」

 

ウッドエルフの女は革鎧のベルトを締め直しながら腰の短剣を探り、灰色の頭巾を被った男は不安げに外の様子をうかがう部下達に指示を出した。

 

「ボス、どうする?」

 

「デイドラが攻めてきたのだとすれば、我々にできる事は少ない。とにかく、今は仲間達の安否を確認し、情報が入るのを待とう。動くのはそれからだ。」

 

 

 

 

 

「一体なにが起きたんだ!?おい、メイリン!」

 

アデル・カランサは自身に覆い被さっていたアルゴニアンの女を押しのけ、ベッドの下に置いていた長剣を掴んで部下を呼びつけた。

 

「大変だ頭目!!早く外に来てくれ!!」

 

「おい、俺の下着はどこだ・・・くそ!おい、ここにいるんだ。続きは俺が戻ってきてからだ。」

 

アデル・カランサは不安げな様子の女にシーツを被せ、裸のまま洞窟の外へと飛び出した。

 

 

 

 

 

 

大地が弾け飛び、地の底より雷鳴轟く灼熱の空へ向けて2本の巨大な牙が出現した。

やがてそれらは歪な楕円形を形成し、まるで地獄の亡者達の絶叫のような、不快極まる高異音と共に炎の如く輝く転移膜を呼び出した。

 

タムリエルに生きる全ての生命を脅かす破壊と変革の時が来た。

獣の如き炎が山野を焼き尽くし、降り注ぐ雷が塔を打ち砕き、"門"から溢れ出た悪魔の軍勢が死を振り撒く。

鳥のさえずりは消え、燃え盛る大地に雄叫びが響き渡る。

おびただしい死体が川をせき止め、蓮子の群生のように湖に浮かび、タムリエルの地を赤黒く染める。

 

「シラベインの聖壁!!」

 

ハンニバル・トレイヴンは頭上へ両手を突き出し、眩く輝く光球を放った。

光球は白金の塔の上で弾け、巨大な光のカーテンとなって帝都全体をすっぽりと覆った。

 

「まったく、勲章が多過ぎるのも考えものだな。」

 

深いシワが無数に刻まれた顔から立派な鷲鼻を伸ばした高齢のインペリアルは、赤い袖なし外套の下に着込んだ純白の鎧と色とりどりの勲章の重さが体に堪えるらしく、オーク材に艶やかな光沢を発する黒檀の握り手を取り付けた杖に体を預けた。

 

「しかしハンニバル、我が友よ。お前はまこと稀代の大魔術師だな。わしは単なる軍人で魔術師ではないが、この魔法がどれだけ凄いかは想像がつく。」

 

「これで奴らは帝都の中に門を開く事はできない。私の魔力と命が続く限りはね。」

 

トレイヴンは同じ元老院議員であり、帝国軍の総司令官であるコルヴァス・デルナリウス・マクシムスに苦笑いを返した。

マクシムスは護衛の兵士に体を支えられ、白金の塔の頂上から下界を見下ろした。

帝都をぐるりと囲むルマーレ湖の外縁から600ヤードほどの場所に、いくつものオブリビオンの門が開いていた。

自然豊かなハートランドの景色は一変し、草木は燃え、大地は砕け、水は赤く濁り、空は灼熱の分厚い雷雲に覆われていた。

悪魔の口の如き門からはおぞましい絶叫が響き、禍々しい鎧に身を包んだおびただしい数の屈強なドレモラの戦士達が吐き出され、その赤い眼光が無数にうごめいた。

 

「忌まわしい。あれがクヴァッチの報告にあったオブリビオンの門か・・・やれやれ、なぜわしが総司令官を務める代でこのような一大事が起きたんだか・・・」

 

「九大神は人に乗り越えられない試練は課さないと言われている。」

 

「ああそうだろうとも。九大神は慈悲深い。デイドラの大軍がわしらを蹂躙する事など屁でもない"試練"だと思っておる。ありがたい事だな。」

 

「コルヴァス、過ぎた暴言だぞ。神々を軽んじてはいけない。」

 

「ほうほう、過ぎた暴言だと?はん!我がマクシムス一族は代々口が悪いんだ。血統書付きのお上品なトレイヴン一族とは違ってな。さあ、くだらん神秘主義討論はここまでにしよう。続きはこの戦争を生き延びてからだ。」

 

マクシムスは兵士に信号旗を振らせ、帝都の城壁の上で警戒にあたる部隊と城壁の外に布陣する部隊へ指示を出した。

 

「さあ、開戦だ。オブリビオンの悪魔どもを地獄へ送り返してやろう。」



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