とあるHACHIMANがあの世界に行った (はチまン)
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とあるHACHIMANがあの世界に行った

「ぶひひ、あーあ、この馬鹿作者、またクソガハマSS書いてやがる。ムカつく、めちゃくちゃ気分悪い」

 俺はカタカタとキーボードを叩きつつ、画面に表示されたその小説の感想欄にコメントを書き続けた。

 まったくいくら注意しても全然こいつらは成長しねえ。こんなくそみたいなキャラクターで小説書くなよ気分悪い。

 そもそも『俺ガイル』は酷い話しすぎるんだよ。

 主人公の八幡がなんであんなひどい目に遭わなきゃならないんだよ。何も悪くないだろ?

 文化祭の時だって消えた相模のことを、無理矢理平塚に言われて一人で探しにいかされて、それで見つけて正論を言ってやっただけなのに、いいとこ全部葉山に持っていかれて……

 そうだ、葉山だ。

 葉山が全部悪いんだ。

 あいつが全部裏で糸をひいて、八幡を貶めているんだからな。

 まったく、なんで原作原作うるさい原作厨どもにはわからねえんだ? いったいどれだけ葉山がクソかは、今までのたくさんのSSでもう明らかじゃねえか。

 葉山が八幡を貶めるために、アホのガハマを使って誘導して、八幡が最終的に酷い目に遭うように画策しているに決まっている。

 ほーら、この□□さんのアンチSSにだって、『葉山が全部しかけたんだ、もう逃げ隠れ出来ないぞ』って八幡が言って、くふふ、逆上した葉山が殴りかかろうとしてるし。あーあ、葉山。みんな見てるぞ? お前の情けない姿。くっくっく……あーあ、これだからアンチは堪らないぜ、ガハマなに泣いてんだよ? お前がアホなのが悪いんだろうがバーカ。お前みたいなくそビッチは円光でもしてろよ。

 お、それいいかも?

 八幡に告白するふりをして、裏で円光やってましたーにして、それがばれてのたうちわまって……くひひ、そうだ、クラス中の生徒の前で吊るしあげちまおう。当然葉山も一緒にだ。

 あ、で、ヒロインは三浦優美子にすれば、また人気出そうだな。よし、なら早速書き始めるか……

 

 でもその前に、このくそSSに書かねえとな、こんなくだらない誰も見ねえようなSS書いてるんじゃねえよってな、くひひ。

 おーおー!? 早速返信きたぜ。くははは、なにこいつ熱くなってんだよ。何が原作を読めだ。んなもん読まなくたって二次小説とヤフ○知恵袋で十分情報は集まるんだよばーか。

 お!? 早速△△さんも応援コメントしてくれた。よし、このままこいつに現実を教えてやるぜ。

 お前の目障り検索妨害の駄作なんか誰も読まねえから、もう二度と書くんじゃねえってな。

 

 はははははははは……

 

 

 その時、パソコンが急に光って目の前が真っ白になった。

 

 

  ❖

 

 

「なんだよ眩しいな、パソコン壊れたのか? ん?」

 眩しさが少し緩和したところでパソコンを見ようとしたのだが、そこにはパソコンはなかった。

「え? なんだ?」

 何が何やら良く分からず、周りを見て見ればそこは俺の部屋ではなく薄暗い林……いや、この木はなんだっけ……竹?

 ぼんやりと下から照らされた明かりに浮かび上がるのは確かに竹の林のように見えた。

 は? はぁ? なんだこりゃ?

 俺はなんでこんなとこに……

 と思いつつ今度は自分の姿を見て驚愕。さっきまでTシャツパンツ姿でパソコンの前に座っていたはずの俺は真っ黒い服を着ていた。いや、ただの黒い服ではない。俺はこの服のデザインを知っていた。

「これ学生服か?」

 黒字に白の縁取りがされたそれは、まさしく俺ガイルの総武高校の制服のデザインそのもの。

 なんで38の俺がこんな制服を着てるんだよ。

 そう慌てた時だった。

「ずっと前から好きでした。俺とつきあってください」

 え?

 そんな声が近くから聞こえ、その竹林の奥、ライトアップされた先に目を向ければそこに何人かの人の姿が。

 小路の中央に立っているのは一人の女性と二人の男性。そしてその手前の植え込みの左側に隠れているのは二人の女と、右側に男が三人。

 いずれも俺と同じ総武高の制服を着ていた。

 こ、これは……

 なにがなんだか理解は出来なかったが、この場面がいったいなんであるのかだけははっきり分かって、俺はただ

次の彼女の言葉を黙って聞いた。

「ごめんなさい、今は誰とも付き合う気はないよ、話それだけならもういくね」

 そして彼女は歩み去る。

 そして立っていた二人の男子生徒は何か会話をして……

 

 そうだ、

 これはあれだ、あのシーンだ。

 

 俺はこの俺ガイル作品で一番嫌いな場面に居合わせていた。



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二人はやはりあの言葉を言った

 目の前に立っていたのは間違いなく比企谷八幡だった。そしてその隣に居るのは茶髪のチャラ男、戸部か。

 そして向こうへと急ぎ足で去っていくのは海老名さんなのだろう。

 俺には確かにそれが分かった。

 ということはだ、手前の茂みにいる二人の女は、雪ノ下とくそガハマの二人だろう。あれおかしいな、ガハマの髪の毛はピンク色じゃねえのか? 確かにお団子を結っているようだが、そうか! ここは現実だからあんなピンクの髪にはならないってことなんだな。なんだよ、原作通りにもっと頑張れよ、ガハマちゃーん、くく。

 と、そんなことを思っている間に右側に隠れていた葉山グループの連中が次々に戸部の元へと進んでいく。

 それから葉山が何かを八幡に話しているシーンを見て胃の腑が疼くのを感じてしまった。

 てめえはいったい八幡に何を言ってやがるんだよ?

 ああ? あれか? 『こんな結果になってざまあ』とかそんなこと言ってるんだろどうせ。お前は後で絶対生かして置かねえぞ、お前のせいで全部こんな酷いことになってるんだからな。

 おっと、そうだ、この後八幡はこっちへ来るんだっけ……

 

 俺は慌てて小径の壁沿いに身を寄せて、連中から見えない位置に移動した。

 雪ノ下とガハマは俺のすぐそば、八幡ももう目と鼻の先だ。

 二人は小径の中央に拡がる様にして八幡を迎える。八幡はポケットに手を入れたままゆっくりと近づいてきた。

 そして口を開いたのは雪ノ下だ。

「……あなたのやり方、嫌いだわ」

 おお、本当に言いやがった、このテンプレセリフ。お前な、そのセリフ言われてどれだけ傷つくか分かってんのか? じゃあてめえはいったい何をした? 何を言った? ああ? 

 お前は言ったんじゃねえのか!? あなたに全部任せるって。それなのになんだその言い草は、私の方が傷ついたのよアピールなのかよ? 本当に頭の中腐ってるな、常識なさすぎるんだよ、お前は!!

 胸に手を当てて、さも苦しいとでも言うかのようなあざといアピールをする雪ノ下は、そのまま視線を逸らしたまま言った。

「うまく説明ができなくて、もどかしいのだけれど……。あなたのそのやり方、とても嫌い」

「ゆきのん……」

 まじうざい。

 雪ノ下のセリフに只でなくても気分が悪いのに、そこに由比ヶ浜が心配そうな顔で見つめているし。

 本当に、こいつは人の神経を逆なですることにかけては天才的だな。

 言われた八幡はといえば、苦虫をかみつぶしたような顔で地面に視線を落としていた。いや、だからなんで八幡がそんな顔になるんだよ? 全然悪くないじゃないかよ、悪いのは全部こいつらだ。

「……先に戻るわ」

 雪ノ下が胸を抑えたままでその場を立ち去った。

 これも原作通り……なのか?

 残されたのはガハマと八幡の二人。

 いや、これはまじでムカつくシチュエーションだ。

 ここで八幡はガハマからさらなる追い打ちの言葉を投げられて、もっと傷つくことになるんだ。

 くそっ、なんとかしてやりたいが、でもいったいどうやって? 

 俺は今どういう立場なのかまったく分からない。だからここで何かしようにもどうしていいのやら。

 俺が八幡の友達なら間違いなくすぐに助けるのに。

 そんなことを悶々と考えているうちに、ガハマが言った。

「あ、あたしたちも、戻ろっか」

「……そうだな」

 八幡が先に立って歩き、一歩遅れてガハマが。

 俺は二人に気づかれないように隠れつつゆっくり近づいた。すると、小声で明るい感じのガハマの声が。こいつ、こんなつらい状況でなんでそんな嬉しそうなんだよ。

「いやー、あの作戦はダメだったねー。確かに驚いたし、姫菜もタイミング逃しちゃってたけどさ」

「だな」

「けど、うん。結構びっくりだった。一瞬本気かと思っちゃったもん」

「んなわけないだろ」

「だよね。あはは……」

 そしてガハマが止まる。止まって八幡の服の裾を掴んでいた。

「でも……でもさ。……こういうの、もう、なしね」

 ガハマの奴は笑いながら話す。八幡はバカにされたようなその雰囲気のままで気まずそうに視線を合わせないままで口を開いた。

「あれが一番効率良かった、それだけだろ」

「効率とか、そういうことじゃないよ」

「解決を望まない奴もいる。現状維持がいいって奴も当然いて、みんなに都合よくはできないだろ。なら、妥協できるポイントを探すしかない」

 静まり返った竹林の只中で、そう言った八幡にガハマが声を少し大きくして言った。

「とべっちも振られてないし、隼人くんとか男子もなんか仲良さげで。姫菜も気にしなくて済んで……、これで、また明日からいつも通り。変わらないで済むのかもしんない……けど、けどさ……」

 ガハマは一度力が抜けて八幡の袖を離したかに見えた。が、次の瞬間ぐっと更に強く袖を引っ張って、キツイ語調であのセリフを言った。

 

「人の気持ち、もっと考えてよ……」

 

 袖を引かれながら茫然と見下ろしている八幡を目の当たりにして、俺は沸々と怒りがこみあげてくるのを感じていた。

「……なんで、いろいろなことがわかるのに、それがわかんないの?」

 ぐいぐいと乱暴に八幡の袖をひっぱりながら、喚くように叫ぶガハマは、最後にぽそっと捨て台詞を吐いた。

「ああいうの、やだ」

 そして、手を離し、トポトポと歩み去っていく。

 八幡は……ただ、黙って天を仰いでいた。

 

 本当に……

 本当になんなんだあのくそアマは!! 八幡がこんなに打ちひしがれているのに自分のことばかり押し付けるように言いやがって!! お前みたいな自分勝手な女が八幡と釣り合う分けねえだろうが。八幡にはもっと優しくて理解される恋人が必要なんだよ!!

 くそっ! まじでむかついてきた。このままあの女を帰していいのか? あいつこの後、雪ノ下と二人で八幡を拒絶するんだぞ? 

 たしか、修学旅行が終わって部室に行くと、八幡抜きで二人が部室内でひそひそ話合ったりしてるんだよな。『あんなやりかた、見損なったわ』とか、『ヒッキーって、人の気持ち考えられない最低男』とか、『任せるとは言ったけれど、あのやり方を容認したわけではないわ』とかな。

 そもそもお前らが任せたんじゃねえか。

 八幡には一切責任はない。それなのに、二人でこそこそとそんなことを話して、それを聞いた八幡がどう思うかなんて微塵も想像していないよな!

 本当に雪ノ下とガハマは屑だ。やっぱりあいつらと一緒にいたら八幡は不幸になる。

 だから、俺がなんとかしてやらねえとな……

 俺は覚悟を決めて、空を見上げている八幡へと迫った。

 そして近づいて一瞬目があって、そのまま無言で彼へと念じた。

”心配するな、俺がお前を助けてやる”と。

 そして脇をすり抜けた俺は、先ほどゆっくり歩みさったガハマを追いかけて……

 ちょうど竹林の小径の終わりの辺りで両手で顔を抑えていたガハマに追いついて、そのまま思いっきり背中にタックルした。

「きゃ……」

 ガハマの奴は簡単に足をも連れさせて道脇の植え込みへと倒れこんだ。そして驚いた顔で俺を見上げてきた。

 本当にこのアマは自分のしていること……これからすることを何も分かっていない。

 お前こそ最低最悪の女なんだよ。

 だから俺は教えてやった。

 怯えた風を装って俺を見上げてくるそのお団子頭に。

「頭に乗ってんじゃねえよ、くそガハマ。お前みたいな屑が八幡と釣り合うわけねえんだよ」

「え……」

 俺はそのまま奴を放置して大股でその場から離れた。

 最高の気分だった。あのクソガハマに言ってやった。言ってやったんだよ俺は!! お前は屑だってな、くはは。いやあ、最高だぜこの世界。これで俺はくそムカつくあいつらに目にモノ見せてやるよ!!

 学習指導要項で禁止されているのに八幡を強制入部させた平塚。

 自分の価値観を押し付けて罵倒しまくる無礼な女、雪ノ下。

 そして、一年も事故の謝罪をしない非常識で頭のおかしい女、由比ヶ浜。

 この三人だけは絶対許さねえ。

 俺はこの時、そう固く決意した。

  

 



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やはり腐女子がヒロイン枠なのはまちがっている?

 俺の名前は《優木悠斗(ゆうきゆうと)》というらしい。

 なぜそんなことを述べたかといえば、それはこの学生手帳にそう書いてあったからだ。どうやら総武高校2年F組に在籍しているようで、なんと八幡と同じクラス。俺は名も知られぬモブキャラということではあるが、この世界で確固たる立場を確立していたようだ。

 となれば話は早い。訳も分からずに京都の修学旅行中であったが、このまま放置されて路頭に迷う心配はなくなった。クラスではどんなポジションだかは知らないが、大人しくしていれば帰りの新幹線にも乗ることは可能となってホッと一安心となった。

 俺はまず自分のスマホを色々調べて自宅の住所や親の名前を確認した。どうやら一人っ子で両親と同居の様子。これはひとまず住処も安泰と言えそうだ。

 そして交友関係だが、良く通話している奴と、今回の修学旅行のしおりを見比べてみて、数人友人のような存在があることも確認できた。だから後は具合が悪いとか適当に言って、話を合わせつつ静かにしていればいいというわけだ。まじでこんなところで赤の他人に気をつかうなんてまっぴらごめんだからな。

 俺はこの世界を満喫しようなんてさらさら思ってはいない。

 くそムカつくあの女どもに目に物見せて、それこそ絶望させて生き地獄を味合わせてやれればそれでいいのだ。

 そして、八幡には甘いあまーい優しい彼女との高校生活を送らせてやりたい。

 そう、これは俺の心からの願いだった。

 あまりにも不遇な八幡を俺はなんとかしてやりたかったのだ。あの自分のことしか考えていない女どもを地獄に落とし、変わりに優しくて理解してくれる彼女を用意してやりたい。

 それこそ、陽乃や海老名さんや三浦優美子なんかは無条件に八幡を受け容れてくれるはず。だって、その展開は二次小説の鉄板だもの。くっくっく。

 俺は帰りの新幹線を待ちつつ、そのように自分の方針を定めてから周りをみた。そこには楽しそうにお喋りをしている少年少女達。だが、其の中でおどおどしつつ、周囲を警戒するように見渡しながらたまに俺をチラチラ見てくるガハマの姿が。

 だが、目が合った途端にあのバカはにこりと微笑んできやがった。 

 どうやらガハマは昨日の夜、襲い掛かったのが俺だとは気が付いていないようだな。

 そういうこともあるか。何しろあそこは暗かったしな。

 本当にこいつはアホすぎるだろう。まあいいさ。どうせあの程度で済まそうなんて気はさらさらねえ。

 このアホガハマのせいで八幡は散々苦しんだんだからな。

 そもそもこいつが犬の散歩中にリードを放したからあの事故が起きて、それこそあの超高級車を壊して八幡も入院することになったんだ。

 全ての原因はこいつにある。あの高級車の数千万円の修理費用はこいつが本来は払わないといけないんだ。

 呑気に高校になんか通っていないで、さっさと風俗でも行って返せよ、この人でなし。

 まあよ、最終的にはそういう末路もありだよな。

 八幡のことを好きだっていうんなら、それこそあの事故の賠償をきっちり払えば八幡だって嬉しいに決まってる。でもお前が風俗で稼いでいる間に、八幡には新しい彼女が出来るけどな、くっくっく。

 

 よし、大分気分が良くなってきたぞ?

 ガハマとあそこで楽し気にグループ仲間と話している葉山はA級戦犯だからな。地獄に落とすのは確定として、だがこの帰りの新幹線じゃ何もできはしないからな。

 ならこの後の展開として八幡の彼女を用意してやらねえとな。

 候補としては、陽乃、海老名さん、三浦、それにこれから出てくるはずのいろはか?

 さぁて、誰が良いか……

 

 あ、そういえば、この帰りの新幹線を待つ間に、八幡と海老名さんが会っていたはずだ。

 確か京都駅の屋上……は、こっちか?

 どれ、一応確認しておくか。

 俺は屋上へと上がった。

 

 

 

 

「私。ヒキタニくんとならうまく付き合えるかもね」

「冗談でもやめてくれ。あんまり適当なこと言われるとうっかり惚れそうになる」

 お? なんだメッチャいい雰囲気じゃねえか? 海老名さん八幡に惚れちゃってるじゃねえか。それに八幡もまんざらじゃなさそうだしな。

 そうか、ここで上手く繋げてやれば、八姫ルートに入るわけか、なるほどな、海老名さんに八幡とられるとか、結衣の絶望を考えるとメシウマすぎるしな、くふふ。

 よしよしと思いつつ耳をそばだてる。

 すると。

「そうやって、どうでもいいと思っている人間には素直になるとこ嫌いじゃないよ」

「奇遇だな。俺も自分のそういうところが嫌いじゃない」

「私だって、こういう心にもないことすぱっと言えちゃうとこ嫌いじゃない」

 そんなことを言い合いながら微笑み合っている二人は最高の恋人同士に俺には見えた。

 うん、これは上手くいきそうだ。

 そう思っていたところで海老名さん。

「私ね、今の自分とか、自分の周りとかも好きなんだよ。こういうの久しぶりだったから、なくすのは惜しいなって。今いる場所が。一緒にいてくれる人たちが好き」

 彼女は八幡に背を向けて階段を降りようとしていた。降りようとしつつ去り際にもう一言付け足した。

「だから、私は自分が嫌い」

 は? え? 何言ってるんだこの人は? 

 だって、今自分の事好きっていったよな? 自分とか自分の周りとかって、なのになんで嫌いなんて言ったんだ? わけわからねえ。まあ、どうでもいいか。

 それよりもカップリングだカップリング。

 さて、どうやってアプローチするか……

 SSでなら、よくあるパターンはあの告白劇で八幡が被った心の傷を海老名さんが知って、それは可哀そうって慰めつつ、雪ノ下とガハマを糾弾しつつそれで八幡に寄り添って、後々カップルになっていくっていうのが王道だよな。

 だけど今回に関していえば、まだ現状では結衣と雪乃が八幡を罵倒していないし、八幡もまだ海老名さんに相談できるほど一人で不安や悩みを抱えているわけではない。それは奉仕部の部室へ行ってから発生する話だからだ。だとするならば、今カップリング成功の可能性は……

 ふむ……

 十分あるな。

 何しろ、八幡はあの竹林で、雪ノ下とガハマから拒絶されているんだ。しかもそうなった原因は八幡だけに分かるように伝えた海老名さんの依頼が原因。となれば、それをチラつかせれば、海老名さんは罪悪感から八幡に好意を寄せるようになるはず。

 よし、その線で行こう。

「あの、海老名さん」

「え? なに?」

 俺は階段を降りていた海老名さんに偶然を装って声をかけた。

 一応同じクラスの生徒でもあるわけだし、このモブキャラとどういう接点があるのかは知らないが、無碍にはされないだろうとの希望的観測からのアプローチだったわけだが、とにかくまったく嫌がっているというわけでもなさそうだ。

 俺はなるべく困った風を装いながら言った。

「比企谷……のことなんだけどさ、俺聞いちゃったんだよ」

「え、何を?」

 俺の言葉に海老名さんは少し驚いた風になって聞いてきた。おお、これは好感触だ。俺が何を知っているのか気になっている様子。これは心苦しさもあるからってことに違いない。

「昨日、海老名さんが戸部の告白をとめさせてくれって、比企谷に依頼していたこと。それでさ、比企谷はそのことで雪ノ下さんと由比ヶ浜さんから暴言を浴びせられて酷く傷ついているんだよ。だから、比企谷にもっと優しくしてやって欲しいんだ」

 よし、これでほぼOKだろう。

 実際に海老名さんは八幡に頼んだ内容はこの通りだ。八幡が傷ついているってことも今の今まで話していたんだ。この人はそれにも気づいているはずだ。よし、後はこの人の罪悪感に訴えつつ、俺が仲をとりもって……

「ねえ、優木くん」

 ん? 優木? あ、俺のことか。

「あ、ああ、何?」

「そのことを誰に聞いたの?」

「誰に……ってそれは、は、ひ、比企谷から……だよ」

 まあ、間違ってはいないはずだ。俺は比企谷に何が起きたかを知っていたし、その原因も知っていたのだから全くの間違いではない……はずだ。

 だが……

 海老名さんはなぜか不敵に笑いつつ言った。

「そう……なるほどねぇ。優木くんは比企谷君狙いだったんだぁ、じゅる……」

「え? へ? あ、ちが」

「そうだよねぇ、最近比企谷君って戸塚君とばっかり仲良くしちゃってさぁ、あれはあれで最高に美味しいんだけど、もっと葉山君とか戸部君とか周りを巻き込んでぬっちゃぬちゃぬちゃの爛れた関係になってほしかったのよぉ!! そうなんだ!! ここに優木くん参戦なんてもうわたし、わたしも鼻血が止まらな……ひ、ひひひひ」

 な、なんだ? 急にぶっ壊れたぞ海老名さんが。

 だいたい何でいきなりBL展開にそこまでもっていくんだよ、マジできもいよ。

 若干引きつつ海老名さんを見ると、今度は落ち着いた表情で俺を見ていた。

「優木君、本当に誰に聞いたのかはしらないけど、わたし、比企谷君には何も依頼していないよ」

「は? え? でも……え?」

「彼が結衣と雪ノ下さんから怒られているままだったら、そういう事なんだよ」

「え? へ?」

 海老名さんは自信ありげにそんな意味不明なことを言っているのだが。

「でも、そっか……やっぱりそうなっちゃったんだねぇ」

 そんなことを言いながら少し寂しそうに笑った海老名さんは俺に手を上げるとそのまま階段を降りていった。

 俺はそれを見送りつつ。

 やっぱりBL女は扱えないとしみじみ思った。



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比企谷八幡を助けたい

 くそっ……

 朝から憂鬱だぜ。

 修学旅行が終わり、さあいよいよテンプレの『奉仕部崩壊イベ』がスタートする最高のシチュエーションなのに俺は最悪の気分を味わっていた。

 まさか、他人の家があんなにも居心地悪いものだとは思いもしなかったのだ。

 この優木とかいう奴はまめなようで、自宅の住所などをスマホにも書いてあった。それに定期もあったので、それらを頼りに自宅へと向かうと、そこは閑静な住宅街の中の小さな一軒家。

 帰ってみれば40歳程度の母親と思しき貧相な体形の女が居て俺にお帰りとか笑いながら言ったのだ。それから自分の部屋をなんとなく探り当てて入ってみれば、壁一面に頭のわるそうなアイドルグループのポスターが。

 それに書棚にもアイドル関連の書籍がずらり。

 どうやらこいつは相当な1次元オタらしい。まじで気持ち悪い、これは引く。

 だが、我慢だ。ここを追い出されたら俺には生活できるあてはないんだからな、今のところ。

 そう思い自室で耐えつつも、飯になれば呼ばれるわけで、仕方なく行ってみればやはり40くらいだろうか、なんだか貧乏たらしい男が座ってにやにやしながらビールを飲んでいた。うわぁ、こいつ間違いなく優柔不断な社畜野郎だろ。

 俺のリアルの友達だってもっとパリッとしてるぞ。そもそもこんな貧相な女と結婚するくらいだから人生負け組に決まってる。うん、そうだ。

 俺だったらこんな女とは絶対結婚しないな。絶世の美女でなくてもいいが、もっと美人で可愛くて優しくて健気で胸の大きな女を選ぶ。こんな奴じゃとても楽しめないだろ、くくく。

 まあ、負け組のこいつには丁度いい相手なんだろうよ。俺は絶対こいつみたいにはならねえぞ、そのために今、無駄に働かずに小説だけを書いてるんだからな。いつか俺の作品が飛ぶように売れて印税ガポガポな最高の生活を送る予定なんだよ、くくく。

 そうやって気持ちを無理矢理盛り上げつつ、俺は我慢してこの二日間生活してやったのだ。

 だから疲れていて当たり前。

 

 くそっ! くそくそくそっ! なんで俺ばっかりがこんな目に!!

 

 俺は心で悪態をつきつつ総武高の二年F組の教室へと入った。

 さて、今日もマスクをして具合が悪い振りをしなくては。他人の振りなんてまじで面倒くさい。だが、こうでもしなければ頭がおかしい認定されること間違いなしだからな。それだけは譲れない。

 適当な奴に調子が悪いからとか言って自分の席まで連れて行って貰ってすわる。心配してくれているようだから特に違和感はないのだろう。

 俺は席に座ったままで周囲を見渡した。すると、葉山グループがなにやらワイワイ騒いでいた。

 

「ディスティニー本気出しすぎだよな!」

 

 は? 何話してんだこいつら? ディスティニー? 朝から浮かれてんじゃねえよクソどもが! そしてその会話にさらにガハマも加わりだして本気でムカついた。

 こいつ、葉山と言いガハマといい、何もなかったかのように呑気にそんな世間話をしやがって。

 お前らの所為でどれだけ八幡が傷ついたと思っているんだ! お前らが人の気持ちを考えてねえんだろうが!!

 そうマスク越しに睨んでいた時だった。

 ふっとガハマの視線がある一点に向かって硬直しやがった。

 俺はその視線の先にゆっくり首を廻す。すると、そこには真っすぐにガハマを見つめる八幡の姿。だが、彼はすぐに視線を逸らした。そして無理やりに身を捩って眠りについたような格好になる。

 くっそ、だからなんで八幡が逃げなきゃならねえんだよ! まじでムカつく状況だ。これは一刻も早くなんとかせねば!!

 俺は具合が良くないことをいいことに思考をフル回転させる。

 今の状況で考えられる最高の答え、それを見つけなくてはならない。

 一つは八幡の状況回復。

 今の八幡は最悪の心理状態だ。しかもこの後奉仕部女二人の辛辣な陰口を聞くことになるんだ、あの奉仕部の部室で。それなのに原作では我慢して奉仕部の二人の無理難題を解決するんだ。あんなのおかしい、間違っている。

 だから、八幡がその被害に遭わないようにしつつ、さらに二人の悪辣非道を明らかにして、彼へと教えてやらないといけない。だが、その役を果たして俺がやってもいいものかどうか。

 二つ目は八幡を貶めた連中への制裁だ。

 葉山、ガハマ、雪ノ下は言うに及ばず、八幡を強制入部させた暴力教師・平塚も地獄を味合わせてやりたい。それこそ連中の悪事を万人の目の前に晒させて、もう二度と人前に出られないようにしてやりたい、くっくっく。まあ、その方法も既に考えてあるけどな、とにかくのうのうとしていられるのも今のうちだけだ。

 それと三つ目、やはり八幡にはヒロインが必要なんだ。

 色々考えてはみたが、やはり理想的なのは雪ノ下陽乃だろうと思う。個人的には留美ちゃんが良いと思うのだけど、確か都の条例で18歳以下との交際は法律違反にだったはずだし、そんなことで八幡が困ることだけは避けたいし。

 後は折本かおりちゃんとか、城廻、いろはとかそんなところか? 個人的には書記ちゃんも好きなんだが……

 折本は現在のところどこにいるのか全く分からねえのがネックだ。この後八幡と運命の再開を果たすことにはなるけど、一度八幡を振っているんだよな。でも、だからこそ愛が燃え上がる展開になるんだよ。

 八幡に酷いことをしたって理由からの、申し訳ない、許されたいって思いからの献身、最高だよな。できたら玉縄の目の前で八幡と結ばれて欲しい。玉縄ムカつくからな、あいつは泣かしたい。

 初期ちゃんは貴重な巨乳キャラだから是非ともアプローチしたいが、彼女の居場所も分からないしそもそも接点が少なすぎる。

 城廻といろはは……まあ、流れ次第かな? よく考えたらこいつら八幡を侮辱したり、仕事を押し付けたりしているんだよな。折本と同じでそこからの、申し訳ないごめんなさいの告白は涎ものだが……ぬふふ。

 だが、まあ、そう考えてみればみるほど、やはり陽乃が一番のような気がする。

 だってあの姉、八幡大好きだものな。

 八幡が好きだから何度も接触してきたのだし、このあとだってデートしたりするんだもの。これが一番脈がある。

 

 よし、クリアーしなければならない問題はいろいろあるが、これを俺は同時進行でやらないとな。

 なあに心配はない。

 俺は今まで何百作品も俺ガイル小説を読んできたんだからな、ありとあらゆるパターンに対応できる。くくく。

 さて、八幡、俺がお前を助けてやるからな。



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ヒッキーサイテー、マジムカつく! タヒ〇ばいいのに

 その日の放課後、俺は奉仕部の部室へと向かおうとした。八幡があの女どもに嫌味を言われるのを防ぐためだったのだが、確か奉仕部の部室は特別棟? とかにあったはずで、だが、その特別棟は広くどこがその部屋だか俺には分からなかった。

 仕方がないので1階の隅の部屋から順々に巡り確認をして歩くも、どこにも奉仕部などとは書かれていない。

 そういえば、奉仕部の部室はただの空き教室で、あのアホのガハマがシールを貼っていた……

 そう思ってもう一度表札を見上げてみれば、三階の階段そばの教室のそれに、ポップなシールがずらりと貼られていた。

 ここか……

 そう思って近づいてみれば、中から話し声が……

「……来たのね」

「ああ、まぁな」

 くっそ、なんだもう八幡来ちまってるじゃねえか。ということはもうあの二人の陰険な会話を聞いてしまった後か……。なんだよ、間に合わなかった。

 そう、俺は今日、何が何でもこの件だけは防ぎたかったんだ。

『人の気持ちを理解できないあなたなど必要ないわ』

『ヒッキーサイテー、マジムカつく。タヒねばいいのに』

 とか、そんなことを言われたから八幡は心を乱してしまったんだ。くそ、なんで間に合わなかったんだよ、俺。スマン、八幡。

 俺はジッとその場で耳をそばだてることしかできなくなって、一人八幡に謝罪しながら聞いていた。

 すると、今度はガハマの声が。

「あ、そういえば結構みんな普通だったね。その、えっと……みんな……」

 ガハマの声はどんどん小さくなっていく。それを聞きながら俺は憤慨した。

 お前が言うんじゃねえよ!! と。

 そもそも原因はお前じゃねえか! お前が戸部の依頼を受けなければこんなことにはなっていないんだよ!!

「……そうだな、見てる限りじゃなんともなさそうだったな」

「……そう、なら、良いのだけれど」

「いやー、結構ひやひやしてたんだけど、あたしが心配することじゃなかったなーみたいな。みんな、全然、……普通で」

 ガハマは一瞬息を詰まらせた感じに。

「……何考えてるのかよくわからなくなっちゃった」

 俺にはお前が何を考えているのかが一番理解できないがな。八幡を振り回すだけ振り回しておいて、こうなってしまえばもう他人事か? お前は自分の責任を何もわかっちゃいない。お前がまずすべきことは、今すぐに這いつくばって八幡に土下座することだ。それこそ犬のようにな!! だが、それでも俺は許さないが!!

「……もともと。何を考えているかなんて私たちにはわからないわ」

 今度は雪ノ下だ。お前もお前だ、もっとはっきりしろよ!! なんでお前も他人ごとなんだよ!!

「お互いを知っていたとしても、理解できるかはまた別の問題だもの」

 そんな訳の分からないことをいう雪ノ下に八幡の声。

「……そうだな。ま、あんまり気にしすぎてもアレだ。俺たちも普通にしてやるのが一番なんじゃねえの」

 傷ついているはずなのに普段となんら変わらない感じでそう答える八幡。こんなクソ女どものためにお前なんでそこまでフォローしてやるんだよ!! お前優しすぎるだろ。

「あたしたちも普通に……、うん」

「普通、ね。……そう、それがあなたにとっての普通なのね」

「……ああ」

「……変わらないと、そう言うのね」

 雪ノ下がなにやら語気を強めて言い始めた。これは八幡に向かって言っているのか? 何をてめえは!!

「あなたは……、その……」

 雪ノ下がそう何かを言おうとした時だった。

「何をしているんだね、君は」

「は?」

 突然ポンと肩を叩かれて振り返れば、そこには白衣姿で俺を見下ろしている平塚の姿。

「な、な、」

 俺は思いがけず目の前に現れた平塚の姿に息を呑んだ。

 まさかこの俺が背後を取られるとは、いくら中の様子が気になっていたからといって、よりによって一番最悪な暴力教師に不意をつかれるとは。

 だが、こんなことで狼狽える俺ではない。こいつは明確に法律違反をしているんだ。正義は俺にある。

「せ、先生! 教育指導要《項》って知っていますか!?」

「??? いったい何の話だね? 教育指導要《領》なら知っているが?」

「え? い、いやそれはどうでもいいんです! 知っているなら分るでしょう? あなたは……」

 そう続けようとしてその背後を見て驚愕した。

 なんとそこには二人の女子生徒の姿が。

 一人は城廻、確か生徒会長だ。それとその隣にいる小柄な女子は、あ、こいつは一色いろはか。なるほど確かに可愛い……じゃなくて、なんで急に現れるんだよ。きょ、今日があの奉仕部に依頼に来る日だったのか? くそっ! これは予定外だ。まさかここでこいつらと対面する羽目になるとは!

 俺は一度深呼吸をして自分を落ち着かせた。

 とにかく俺はこの教師を地獄へ叩き落とさなければならない。正義は俺にあるんだ! 俺の正義の鉄槌を受けて消沈したこいつの姿を見て、城廻たちもこの女の駄目さ加減を思い知るだろう。

 そしてその後に八幡がどれだけこの暴力教師から被害を受けていたかを知れば、全ての過去の八幡の行為が清算されてきっと惚れるに違いない。いや、それしかないだろう。※※さんの作品とか○○さんの作品はそうだった。

 ならば、衆人環視は殆どない状況だが、ここで平塚に制裁するべきだ!!

 俺はそう思い極め、平塚へと言った。

「せ、先生が比企谷に暴力を振るっているところを、お、僕は見ました。あ、あれは法律に違反する行為です!!」

 よし、よっし! 言ってやった! 言ってやったぞ! この馬鹿教師! てめえのしたことがどれだけ人を傷つけたのか思い知るが良い! お前こそ最低最悪の屑だってことを思い知れ!!

「あーそういうことか。この前校長にも言われたよ、『君が生徒想いなのはわかるがくれぐれも【学校教育法第11条】に反する行いだけはしないでくれ』と皮肉たっぷりにな。君が言いたいことはそういうことだろう? 心配かけてすまなかった。まったく私もまだまだだな、生徒にまで指摘されてしまうとは」

「は? え?」

 な、何を言ってるんだ? え? 学校教育……? な、なに? 

 こいつはいったい何を言っているんだ? 校長から言われた? のに、なんでまだ教師やってるんだよ! こんな展開俺は知らないぞ!

「それで、君はここで何をしているんだ?」

「あ」

 再びそう尋ねられ絶句。だが、なんと言っていいのかわからない。だから思わず普通に答えてしまった。

「だ、だから俺はここに用があって」

「そうか。なら我々は待たせてもらうから君が先に入りたまえ」

「え?」

 そう言われ顔を上げてみれば、俺を見つめてくる平塚と城廻といろはの物珍しそうな顔。いろはは目が合った瞬間ににこりと微笑んで、や、やっぱり可愛かった。

 ではなくて、俺は慌てて言った。

「い、いえ、俺はまた今度でいいです。で、では」

「そうか? なら私たちが先に入らせてもらうからな」

 そう言ってがらがらっと戸を開けた平塚が平然と部屋内へと入っていった。

 俺は言ってしまった手前、階段へと向かっていたのだが、ふと振り向いたそこでは、城廻といろはがぺこりと俺へとお辞儀していた。



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雪ノ下陽乃はとてもかわいい

 奉仕部の部室で平塚のバカに遭遇してしまったがために、俺はその後の話を聞くことが出来なくなってしまった。 

 流石にあのままあそこに留まり姿を見られようものなら、奴らに顔が広く知れてしまい、復讐を行うことが困難になると予想されたからだ。だからこれは戦略的撤退、未来への一手の他ならず次の機会への布石とすべきなのだ。

 ともかくだ、いったいなんでこんなことになる? 俺はテンプレの正論で確実に平塚を降した筈だった。だが、まさかあんな返しがこようとは。

 校長のことも言っていたしな、これはこの学校自体がすでに汚職が蔓延していて腐りきっていたということだろう。そこまでになっていたとは予想外過ぎだ。こんなの何を準備したって間に合うわけないじゃないか。

 まあいい。

 このままにしておけば確実に八幡は苦しむことになるんだ。

 いろはが現れたということは、生徒会長選挙があるわけだな。

 確かあれは……

 あれ? 生徒会長選挙ってどんな話だったっけ? 

 ええと、いろはが奉仕部に来るだろ? で、生徒会長になりたくないって頼んで…… で、代わりに八幡が生徒会長になるんだっけ、他のヒロインと一緒に? いやいや、雪ノ下が生徒会長になって奉仕部で生徒会に……いやあれはムカつく展開だから記憶から消したんだった。 

 いや、待てよ? このあとクリスマスイベの話の時に、いろはが八幡に接近するんだったよな確か。それで留美ちゃん再登場で八留になるからやっぱり生徒会長はいろは……で?、……あれ? おかしい、ストーリーがまとまらないぞ。

 修学旅行で奉仕部崩壊は決定だけど、その後の展開は結構多いんだよな。

 でも、今回俺がいるルートはいったいどれなんだ? 

 希望としては副会長を追い出しての巨乳な書記ちゃんとのラブラブ生徒会が良いのだけど、クリスマスイベで八留に繋がるいろは生徒会長もありなんだよな。

 だが、本当にどのルートなんだ? まさか雪ノ下、葉山生徒会長ルートとかだったら、俺はまじでぶちきれるぞ!

 俺がどう行動するかまじで保証できないからな。

 さて、どんなルートに進むのかは暫く様子を見るしかない。なるようにしかならないからな。その時はその時で、怒りに任せて復讐を達してしまってもいいかもしれない。

 いずれ全員地獄送りで、八幡には幸せになってもらうんだからな。

 

 暫く思案してから、俺はいったん教室へ戻って荷物をとり、再び奉仕部の部室を目指した。

 もう場所は覚えたからな、とにかく今後の展開だけは確認しなければ。

 そう思っていた時だった。

「比企谷」

 急にあのムカつく平塚の声が廊下の向こうから聞こえて、慌てて壁沿いに身を潜めて覗き込んでみれば、そこには平塚と八幡の姿が。そしてふたりで俺の居る柱の脇を通って階段を降り始めた。

「聞くだけむだなのだろうぁ……何かあったのかね?」

「何も」

 ゆっくり降りていく二人を俺は静かに追いかける。平塚が苦笑しているのを見てかなりイラッとしていたのだが。

「そうか、まぁいい。素直に答えるような奴だとは思っていないさ」

 そのまま廊下を二人は並んで無言で歩いていた。そしてまた平塚だ。

「君は優しいからなぁ……。救われた人間だって少なくはない」

「いや、そういうことは……」

「先ほどの評価の通りだよ」

「……それは過大評価ですよ」

 は? なんの『評価』だ? 平塚の奴、また偉そうに八幡に何かレッテルでも貼りやがったのか? まったくこいつは公私混同しまくりの自分勝手野郎だ。 教師風情が生徒の尊厳を踏みにじってんじゃねえよ!!

「私はこう見えて結構えこひいきをするんだ」

「それ教師としてどうなんですか」

「褒めて伸ばす方針でね」

 嘘をつけ!! てめえが居なければ八幡はこんなに不幸にはなっていないんだよ、ばーか。

「とてもそうは思えませんけどね……」

 そら見ろ! 八幡だってちゃんとわかってんじゃねえか、お前みたいな奴の言葉は……

「もちろん、その分叱りもするからな」

 そう言ってから平塚は八幡とは逆方向、職員室の方へと向きを変えて歩き始めた。

 そしてすれ違い様に言った。

「君のやり方では、本当に助けたい誰かにあったとき、助けることができないよ」

 そんな知ったようなことを言い、平塚は遠ざかる。

 八幡はその場にただ、立ったままでいた。

 

 

 

 

 その後俺は八幡を見守ることにした。

 明らかに情緒不安定、明らかに挙動不審。

 そんな状態の八幡に何かあってからでは遅すぎる。

 あの馬鹿どものせいで八幡は本当に酷い目に遭っている。自分の言いたいことを言いまくり、人の気持ちをまったく考えていないバカ女どもと、傍若無人で人を自分の道具にしかおもっていない平塚。

 こいつらに復讐する前に八幡に何かあったら元も子もない。

 だから俺は八幡を追いかけた。自転車で。

 八幡は花見川沿いの並木道をはしりつつ千葉方面へと向かっていた。

 つまりこれはあのイベントのタイミングか?

 千葉の○スタードーナッツで折本と遭遇するあれだ。

 確かあれで折本が昔の行為を反省して、雪ノ下とガハマの前で八幡に告白してからの『ざまあ』がテンプレだったはずだ。

 となれば、その後押しを俺がしなければな……くくく。

 だが、待てよ?

 海老名さんのときも、平塚のときもそうだが、俺にとって予想外の事態が起こって思っていたのと違う展開になってきてしまっている。

 つまり折本に会うにしてもだ、彼女は簡単には八幡に靡かないと考えた方がいいかもしれない。

 そうだな、あまりにも俺にとっては当たり前すぎるから気にもしなかったが、やはりカップリング強度はきつめに設定しておいた方がいいかもしれないな。

 出会って即カップルではなくて、出会っていくつかの困難を乗り越えてからのカップリングと。

 となれば、ファーストコンタクトでは最悪で、二度目三度目で良くなっていく感じ……、ああ、★★さんと☆☆さんの作品がそれだった。折本にバカにされたところで同席の陽乃さんが彼女を叱りつける展開……あれで一度シュンとなった折本が心を入れ替えて、八幡にお詫びにいくんだったな、確か。で、最終的にハーレムだったかな?

 まあいいさ、そんなのはどうでも。八幡が幸せになればそれでいいんだから。

 千葉駅そばの繁華街に入った八幡は本を購入してから映画館のポスターを見たりしていた。あれ? 今日が映画デートの日だったっけ? 一人だし違うよな。

 だが、結局は入らずに向かいのドーナッツショップへ。

 おお! やっぱりそこか、予想通りのイベントだ。

 だけど不思議だな? このドーナッツショップ、確かもう閉店しちゃってるって話だったはず。そんなことを&&さんが教えてくれたんだけど、あれ嘘だったのか? &&の奴め!!

 八幡に続いて店内に入る……と、その時だった。

「君さあ……比企谷君のことつけてるでしょ。ねえ、なんで?」

「へ?」

 背後から声を掛けられ振り向いたそこには、確かこの店内にいるはずだったこのイベのもう一人のヒロイン、雪ノ下陽乃が居て、俺の手を微笑みながらぎゅっと握っていた。



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ヒロイン登場

 ゆ、雪ノ下……陽乃。

 俺は振り返って驚愕した。

 そこにいたのは紛れもなく、俺ガイル作品人気ナンバーワンの座を欲しいままにするあの美女、雪ノ下陽乃その人であった。

 セミロングの黒髪をふわりと揺らして微笑むその笑顔に思わずどきりと心臓が跳ねる。そして彼女に捕まれた自分の左手に視線を送りつつ確認した彼女の服装は、白のブラウスに目の粗いニットのカーディガン、それにロングスカート……そのいで立ちはかつてアニメで観た時、そのままだった。

 や、やばい、なんか超いい匂いするし、頭もくらくらしてきた。

 そ、そうだ……そうなんだよ。彼女だ。彼女こそがこの俺ガイルの正ヒロイン。

 このいで立ち、この可愛さ、まさに至高だ。

 彼女こそが俺が追い求めてきたまさに理想の『恋人』の体現者。そう、彼女と結ばれることこそがこの俺ガイルの最終目的と言っても過言ではないのだ。

 なにしろ、今や俺ガイルSS作品のその殆どは、雪ノ下陽乃エンドになっているのだ。

 もはや万人が見止めるベストヒロインだろう。

 そんな人に手を握ってもらえて、俺はもう最高すぎる。

「ねえ、比企谷君とどういう関係なのかな?」

「え」

 彼女にまたもや質問されて一気に現実に引き戻された。

 い、いかんいかん、目の前に突然女神が現れたからつい浮かれてしまっていた。そうだ、まだ俺は彼女と初対面の状況なんだ。それなのにこんなに一方的に彼女のことを考えていたらやっぱりまずい。いくら焦っていたとはいえ、これはまずかったな。

 そ、それにしてもだ……

 なんでいきなり俺に声をかけるんですか! た、確かに後をつけていたような格好にはなっていたけど、普通知り合いの方に声を掛けるだろう。

 それになんで外からこの人はやってきたんだ? 店の中にいて八幡と話をしてってパターンじゃなかったかな? あれ? 俺の記憶とちょっと違っている気がするぞ。

 そう思っていたら彼女にぐいっと手を引っ張られた。わわ、なんだよこんな美人と手を繋いでいるだけでもドキドキなのにそんなに強引に……

 彼女に引かれ、店脇の側道……ちょうど店の窓のない壁際へと誘導され、そこで再び微笑みながら言われた。

「ねえ、教えて」

「は、はひ」

 俺は緊張から喉がカラカラだったが、なんとか生唾を飲み込んで、後は覚悟を決めて話した。

 そう……

 俺が八幡を救いたいのだという話を……

 

 

 

 

「つまり君は……やることなすこと全部裏目に出ている比企谷君に同情して、彼を助けてあげたい……と、で、その原因の一端に由比ヶ浜ちゃんの存在があって、ガハマちゃんがいるから比企谷君は苦労をしているのだと……そう言いたいわけね?」

 そう指を折りながら口にする陽乃さんの行動のいちいちに俺の心臓は高鳴り続けていた。

 やばい、何この人本当に可愛すぎるんだけど。なんでやることなすこと全部可愛いんだよ。

「ま、まあ概ねそんなところ……です」

「うんうん」

 微笑んだままの陽乃さんは俺の言っている内容に頷きつつ反応してくれた。これは上手く伝わったと思ってよいかもしれない。

 とりあえず八幡の置かれた現状を説明するにあたり、最大の障害は葉山で間違いない。

 だが、よく考えてみれば、葉山と陽乃さんは幼馴染と言ってもいい存在だ。まだ葉山の悪事が露呈してもいないこの状況で葉山を吊り上げてしまえばどうなるか……

 今まで俺が読んだSSではほぼ100%陽乃さんは八幡側に立ってくれる。そして葉山やガハマを糾弾して追い落としてくれるのだ。

 だがここは現実だ。万が一にも葉山擁護に回られてはもう俺の発言は聞いてもらえなくなる可能性の方が高いし、彼女が間違いなく葉山拒絶するポーズを見せるまでは俺だって危険を冒したくはなかった。

 まあ、葉山とガハマは繋がっているからな。ガハマの責任にしておけば、最終的には葉山に辿り着くわけでその時点で葉山に絶望しさえすればいい。そうすれば陽乃さんは可哀そうな八幡を助けたい欲求に駆られ、八陽が完成となることだろう。 

 それと雪ノ下雪乃のことに関してだが、こっちはあくまで彼女の妹だし何も触れない方が良いように思う。下手に触れたら葉山以上に拒絶される可能性があるからだ。雪ノ下についてはもう完全に無視を決め込めばいいだろう。

「本当に君は比企谷君を良く見ているんだね! 同じクラスだったっけ? 友達……ではないんでしょ? 全然違うタイプだしね」

「え、ええ、まあ。えと、か、彼はあれで結構目立ちますからね。話はしていませんが、な、内情を知っているともう放っておけなくて」

「そうなんだぁ、優しいね、君は」

「そ、そうでもないですけど」

 なんというか滅茶苦茶安心した。 

 この人は俺の言う事を全部真摯に聞いてくれている。そして俺が本気で八幡を心配していることにも理解を示してくれた。俺にはそれが何より嬉しかった。

 だから俺は言った。

「えと……お、俺は、陽乃さんみたいな人が八幡の恋人だったらいいなって思ってますよ」

「え? 私が? え」

 一瞬彼女は真顔になって、そしてその直後、俺の顔面目掛けて思いっきり噴出した。

「わ、わたしがぁ!? あーっはははは。そ、そんなの……あはは」

 突然に笑い出して思わず引いてしまうも、彼女は俺の手をがっちり握って放していなかったために俺はその場を動くこともできなかった。だが次の瞬間、彼女は笑い乍ら出てしまった涙を指でこすりつつ言った。

「き、君、面白い事言うねぇ、まさかそんなこと言われると思わなかったよ」

「そう……ですか?」

「そうだよぉ。ふふふ」

 彼女はまだおかしそうに笑っていたが、でもそのままその大きな胸を押さえて深呼吸でもするようにして落ち着かせてそう言った。そしてそのまま俺の手を引いて先ほどのドーナツショップの入口へと向かい店内を覗く。

「おやおやぁ? なんか比企谷君のそばに可愛い女の子が二人近よって話しかけてるよ? あれどう思う? 比企谷君の彼女候補ならあの子達でもいいんじゃない?」

 そう言われ、中を覗いてみれば、そこに居たのは紛れもなく折本かおりとその友達のたしか、仲町千佳? だっけ? その二人だった。

 確かにここに来るまでは、八折エンドもありかなとか思ってはいたが、ことこうやって女神に接触してしまえば、もはや折本の存在など彼女と比べれば『月とすっぽん』、『雲泥の差』、『提灯に釣鐘』だ。

 となれば、ここはもうこの後起こるであろう八幡の被害を陽乃さんによって抑えつつ、八幡ラブに突き進んでくれればいいだけなのだ。

 だが、この人は実際のところどう思っているのだろうか。

 そう心配になってそっと彼女を覗き見た時だった。

「なるほどぉ、あれが私の『恋敵』ということになるのね? 確かに比企谷君を取られるのは癪よねぇ……面白そ!」

「え?」

 予想外に突然そんなことを言った彼女は、俺を見てニマァッと明るく微笑んだ。そして俺の手を握ったままで言った。

「じゃあ、一緒に比企谷君を攻略しなくちゃね!! きちんとフォローしてよ? よろしくね」

「は、はいっ!!」

 彼女の熱の籠ったその掌の感触のせいか、この突然成立したフラグのせいか、俺は……滅茶苦茶興奮しまくっていた。 



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折本かおりは謝る

 店内の八幡は折本かおりに声を掛けられて明らかに嫌そうな顔で反応していた。

 折本はといえば、立ったままで何かを可笑しそうに話しかけているのだが、となりにいる仲町千佳はスマホを取り出して完全にガン無視を決め込んでいるし。

 こいつ……いったいなんだその反応は!? お前結局はイケメン狙いでしかないのかよ!! だから葉山みたいな屑に騙されちまうんだよ!! あーあ、俺、『八仲』も結構好きだったんだけど、こんな反応するならもう二度と応援はしねえ。

 というか、お前はもう粛清対象だ!! 今度俺の小説で嬲ってやるからな!!

「じゃあ、いこっか」

「え?」

 突然そう宣言した陽乃さんが先に立って店内に入っていってしまった。それを俺も慌てて追いかけた。

「へー。いっがーい。頭良かったんだー! あ、でもそういえば比企谷のテストの点とか全然知らないや。比企谷、全然人と話してなかったもんね」

 店内には超お気楽な感じでケラケラ笑っている大声が響いていて、その声の主は当然折本かおり。

 八幡はそれを言われて滅茶苦茶渋い顔になっていた。

 そんなシーンへ唐突に現れるのはこの人だ。

「比企谷くーん。待った―?」

「は?」

 突然超フレンドリーに八幡へと近づいた陽乃さん。彼女は折本たちを無視して本を開いたままで呆気に取られている八幡へと近づくと、完全に身体を密着させて隣の席に座った。

 八幡は超驚いた感じなのだが、何も言えないままに顔を真っ赤にしているし。

「い、いや、待つどころか、そもそも約束すらしていませんが」

「いやだなあ比企谷くーん。この後デートしようって約束したじゃなーい。そ・れ・と・も……そうやって焦らすプレイとか?」

「は? へあ?」

 八幡はすりすりと身体を触ってくる陽乃さんにいよいよ顔が真っ赤だ。

 これはあれだ。八幡もまんざらじゃないって感じだろう。それに陽乃さんもここまでするということはあれか? 結構本気で八幡を獲得しに行っている感じ? というか、そうに違いない。俺はそれを理解し安堵すると同時に、ならばこの後の展開のサポートに移らねばと、静かに彼らに近づいた。

 折本達は、突然現れた陽乃さんの奇行に目を奪われていたが、たまたま視線を泳がせた八幡と目があった瞬間にぽそりと声を出した。

「彼女さん?」

「いや……」

「そう? めっちゃ仲良さそうに見えるけど?」

「い、いや、ただからかわれてるだけだ」

「ええー! こんなに比企谷君のこと好きなのに、ひっどーい」

「いやいやいや明らかに異常ですから、普通の人そんなことしませんから」

「仲良いじゃん、やっぱり彼女なんでしょ? ふはっ! ひ、比企谷に彼女とか、マジウケるんだけど……ぁ……」

 急に吹き出してしまった折本だが、爆笑しかけたところで見上げていた陽乃さんの目を見て凍り付いてしまった。そして小声で……

「あ……ご、ごめんなさい」

 そうすぐに謝ったのだ。

 すげえ、陽乃さんすげえっ!! 一睨みであの傲慢JKを封殺してしまった。やっぱ正ヒロインは違う。八幡に相応しいのはやっぱりこの人だ。この人さえいれば、あのくそムカつく自分勝手な女どもは、みんな何も言えなくなるに違いない、そうに決まっている。俺はこの時そう確信した。

 そうワクワクしながら見守っていたそこで今度は陽乃さんが聞いた。

「もしかして、比企谷くんのお友達?」

 そう聞かれた八幡がぽそりと答える。

「中学の同級生です」

「お、折本かおりです」

「ふーん。あ、わたしは雪ノ下陽乃ね。見ての通り、比企谷君の彼女なの」

 そうにこりと微笑みつつその腕に抱き着く陽乃さん。俺はその姿に静かに歓喜していた。すると、彼女がふっと俺へと視線を寄越したのだ。それに気が付いて、俺は一歩前へでた。

「よ、よぉ比企谷。こんなところで……奇遇だな」

「あん?」

 そう怪訝な眼差しを俺へと向けてきた八幡に、一瞬たじろぐも俺はそのまま笑顔で言った。

「お、おまえ……なんだよお前、こんな美人の彼女いたのかよ。教えろよ、ずりぃな」

 直接話したことなんか当然、ない。だが、俺はお前のことは誰よりも”知っている”んだ。俺はお前が被ってきた数々の不幸からお前を助け出したいんだ。お前は由比ヶ浜や雪ノ下や、訳の分からないその他大勢から迫害されるいわれは一切ないんだ。

 お前はもっと優遇されなければだめなんだ。

 お前はもっと甘やかされていいんだ。

 オマエハモット・・・・・・

 そうして見つめた八幡の目は、まっすぐに俺の目を睨んでいた。まるで俺の全てを見通そうとでもしているかのような目で。

 や、やめろよ、そんな目で見るなよ。俺はただお前の幸せをねがってこうしているだけなんだぞ。

 まあ、いいさ。今は確かにファーストコンタクトだし、元来ボッチのお前が俺を警戒するのは当たり前なんだ。だから俺は気にしない。

 いつかきっとお前が俺に感謝することは明白なんだから!

 俺は再び笑顔で今度は折本や仲町を見た。

 すると、彼女たちは驚いたような感じで俺を見ていた。

「あ、えと、ひょっとして総武高の優木君? ほら千佳、優木くんだよ優木くん」

 とか、折本がそんな感じで声をかけているんだが一体何の話だ? 優木と言えば、それは俺のことだよな。だけどなんでそれで折本がこんなに騒ぎだすんだ? この優木ってやつはいったいだれなんだ。

 そうクエスチョンマークいっぱいのままで様子を見ていれば、顔を真っ赤にした仲町千佳が俺の方をちらちらと見だした。だが、何もしゃべらない。

 それを見て業を煮やしたのか折本が言ったのだ。

「あ、この子総武の陸上部の優木くんに憧れていたんですよ。まさか比企谷の友達だったなんてマジびっくりなんだけど」

 は? 陸上部? 優木が?

 はて、そんな奴まじでいたか? 

 俺はもう何が何やら混乱の極致だったが、仲町が熱い視線を送ってくるのを感じて、彼女があまりにも緊張している様子になにかが身体の奥底からあふれ出してくるのを感じていた。なんといえばいいのかわからないが、こんな感覚を今まで味わったことはない。満足感というか充足感というか、全身の力がみなぎるようなその感覚に俺は戸惑いつつにやけるのを止められなかった。

 その様子を見ていたその場のもう一人の女性が声を出した。

「へえ? 君ってそんなに有名な子だったんだ。隼人とどっちが有名なの? ねえ、あなたたちは知ってる?」

「え? 隼人……って、葉山君ですか? え? うそ、千佳!! 葉山君も紹介してもらえるかもよ!」

「も、もうかおりってば! ゆ、優木くんがいるのに、言わないでよ、そういうこと!!」

 仲町さんはもう耳まで茹で上がってしまったかのように真っ赤になっているし。

 まあ話の感じ、この仲町さんはかなりミーハーなようだな。有名な俺や葉山のことが気になり過ぎているってことだろう。まあ、いいんじゃないかそういうのも。誰かが気になる理由なんてほんのささいなきっかけからなんて、よくあることだろう。見た感じ、この子はあのむかつく葉山を俺の上には見ていないようだしな。

 陽乃さんは八幡へのアタックを始めたし、葉山よりも下に見られなかったこともあって、俺は最高に良い気分だた。

「……ふーん、おもしろそ」

 唐突にそんなことを言ったのは陽乃さんだ。

 彼女はカバンからスマホを取り出すと、それに触れてから手をあげた。

「はーい、お姉さんが紹介しちゃうぞ!」

「「は?」」

 俺と八幡の声が完璧に被った。



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バッドエンド。からの……

 くそっ! 

 話の流れからして、これは葉山隼人がここに来ちゃう展開じゃねえかよ!

 よりによってなんで悪の総本山の葉山に今会わなきゃならないんだよ。こんなの納得できない。

 あいつは裏で画策しまくって八幡を貶めまくっているんだぞ? 頭のいい陽乃さんなら気が付いて居そうなものなのに、こうやって八幡ゲットにむけて動いている最中だっていうのに、呼んでしまうなんて……

 ほら、八幡だって滅茶苦茶嫌そうじゃねえか、なにか必死に小声で陽乃さんに訴えているけど、多分ここに葉山を呼ぶなと説得しようとしているってことだろう。

 それにしてもだ。

 この今の待ち時間という奴は本当にきつい。

 何しろ俺の隣には顔真っ赤な仲町千佳。そして対面には折本かおりがいて、なにやら二人でいろいろお喋りをしつつたまに俺にも振ってくる感じだ。もとより俺だって社交辞令くらいのスキルはあるからな、適当に相槌をいれたり、適当なことを話したりしてあしらってはいるが、なんにしても場がもたねえ。

 良くもまあリア充とか呼ばれている連中はずっと話していられるよ。

 俺だってネットの掲示板だったら誰よりも速く返事しまくれるのだけどな、ヲチスレならガンガンヘイトしまくって下げまくって、相手の苦情を遥か彼方へ消しさる技術はあるのだが。今は使えないスキルだった。

 ま、まあ、隣に女の子がいて、恥ずかしそうに俺を見つめてくるのはなんだかむず痒いというか気持ち良いというかで、ネットの殺伐とした殺し合いよりずっと良いようにも感じるが……むは。

 そうこうしているうちに時間が経過して、周囲を見れば俺達の他には誰もいなくなっていた。

 ん? まだそんなに遅い時間じゃないはずなんだけど、なんだ?

 そう思った時だった。

 

 ガ――……

 

 自動ドアが開いてそっちをみれば、そこに立っていたのは葉山……と由比ヶ浜、雪ノ下、それに平塚の4人? 

 はぁ? いったいなんだこりゃ? どうしてここにくそガハマたちと平塚までが……

 はっ!?

 咄嗟に脳裏に嫌な予感が過ぎって陽乃さんをと見れば、彼女は本当におかしそうに笑っていた。 

 そして言った。

「さあ、君の大嫌いな人たちを全員集めてあげたよ、優木くん」

 そう言いつつ立ち上がると同時に、俺の傍にいた折本と仲町さんの手をひいて遠ざけた。

「え? え? どういうことですか?」

 まったく理解できないと言った具合に周りを見渡して右往左往する仲町さんに陽乃さんが言った。

「せっかく楽しみにしてくれてたのに本当にごめんね。この埋め合わせはきっとするから、この比企谷くんが」

「いや、なんでそこで俺の名前を出すんですか」

「いいからいいから、えっと、説明する時間はあまりないから、君たちはすぐに帰って。ここにいない方がいいから。わかった?」

「え? は、はい。行こ、千佳。あ、比企谷、バイバイまたね」

「お、おお……」

 そう言って手を振った折本が仲町さんの手をひいて店をあとにした。

 残されたのは当然俺と八幡、それに陽乃、葉山、ガハマ、雪ノ下、平塚の7人。まるで俺を取り押さえようとでもしているかのように取り囲んでいた。いや、これはまじで捕まえようとしているのか?

 周囲を改めて見て見れば他の客は遠巻きにこちらを覗っている感じで、店員も見てはいるが、口を挟もうとはしていない様子。

 そうしている俺にむかって雪ノ下陽乃が言った。

「さっき店員さんたちに、すこし奥の方で話し合いをするからって断わってあるの。君があまりにも『不気味』だったからね。さあ、君の『本性』を教えてよ?」

 こ、こいついったい何を言っているんだ? 

 ぶ、不気味? この俺が不気味だって? なんなんだいったい。どうしてだよ、さっきまではあんなに上手く行ってたじゃねえか。なんでこんな展開になるんだよ……

 その場で口を開いたのは平塚だった。

「優木……お前が由比ヶ浜にタックルしたことはもうわかっているんだ。なあ優木、いったいなんでそんなことをした? それにどうして比企谷のことにそこまで拘る? いったいお前と比企谷の間に何があるんだ? 何か思うことがあるのなら聞かせてくれ」

 何がって……なんでそんなことをいちいちてめえに言わなきゃいけねえんだよ。

 というか何か? 言いつけたのはガハマてめえか? お前気が付いてなかったんじゃねえのかよ、知ってて俺に向かって微笑んだのか? ああん!? じゃあなにか? てめえは俺の前で演技していたってのか、このクソ女!! 俺を騙していたっていうのかよ、このくそがっ! だからてめえは人の気持ちがわからねって言ってんだよ。

 イライラがすでにピークを超越していたが、とにかく俺は自分の置かれた状況の把握に努めていた。だが、出てくる考えは『裏切られた』という絶望のみ。

 こいつら俺を罠に嵌めやがって……そのことばかりが頭の中をぐるぐる回って、まったく思考がまとまらなかった。

 そんな中で再び平塚の声が。

「私は、比企谷たちから相談を受けていたのだ。『修学旅行中に由比ヶ浜が誰かに襲われた』とな。その襲った人間は彼女のことを『ガハマ』と呼んだというから、私は最初に陽乃を思い出した。陽乃は由比ヶ浜のことをそう呼んでいたからな。だが、今は君が気になっている。さきほども奉仕部の部室まで来て、私が比企谷に行った暴力の話を持ち出していたし、由比ヶ浜が暴行をうける直前にも君が近くにいたらしいと聞いたからな。だからもし何かあれば連絡するようにと、比企谷と、それに陽乃にも報せて置いたのだ。そして今に至るわけだが……」

「はいはいーい。なら続きはお姉さんが少し補足しちゃうぞ。静ちゃんからそんな連絡があったから当然私は比企谷君を探すじゃない? 丁度千葉に来るって話だったしぃ。そしたら、まさに比企谷君をストーキングしている男の子を見つけたってわけ。で、さっきこのお店に入ろうとしていたから、ならさっさと詳細を聞いてしまおうと思って声をかけたわけよ。うん、君は本当に比企谷君が大好きなんだね。でもストーカーはダメだよ」

 そんなことを陽乃は平然と言ったのだ。

 は? 相談を受けただ?

 は? 暴力だ? ストーキングだ?

 いったいこいつらは何を言ってやがるんだ? この俺を取り囲んで……

 そもそも俺は八幡をくそな展開から救い出そうとしていただけで何も悪いことなんかしてはいない。

 そう考えていた時だった。今まで黙っていた残りの四人が口を開いた。

「優木君ごめんね? あたし何か嫌なこときっとしちゃったんだと思う。でもお願いだからもうやめて、ね?」

 ガハマ……

「悠斗……いったい何があったんだよ。俺で良ければ相談に乗るからなんでも言ってくれ。問題はきっと解決できるから」

 葉山……

「貴方の抱えている問題がなんなのかは分からないのだけれど、少なくとも暴力に訴えるやり方を容認することだけは出来ないわ。これが奉仕部への依頼というなら私達が必ず力になると約束します」

 雪ノ下……

「あー、わりぃ。多分原因は全部俺っぽいよな。お前にどこで何をしちまったのか本当に覚えていないんだが、ムカついてるのは十分理解している。だから何かするなら俺にしろ……でもなるべく痛くしないでね」

 ひ、比企谷……

 連中はそう言いつつ俺へと柔らかい表情を向けて来ていた。

 やめろよ、なんだよその顔は!

 やめろよ、余裕ぶっこいた顔してんじゃねえよ!

 なんだよ大勢で集まったからって寄ってたかって弱い者虐めかよ? 数の論理かよ? 数で集まれば偉いとでもいいたいのか? そんなにして俺を排除したいのか? そんなに俺が嫌いなのか? こんなの間違っている。いくら自分たちが正しいと思っていたとしても、それでその人を追い出していいなんてことにはならない。そもそも俺は間違っていはいない。だって##さんの話みたいに、雪ノ下とガハマと葉山は首を吊って自殺して丁度いいくらいなんだ! あの小説が出たときに、ガハマ厨、葉山厨どもは一斉に##さんにやりすぎだとか、頭おかしいとかほざきやがって、結局渋から##さんは追い出されてしまったが、そもそもそれくらいの悪事をこいつらはしたじゃねえかよ、バーカ。八幡がどれだけ酷い目にあったかきちんと読んでねえくせに、自分の感情で言いたいこと言いまくってんじゃねえよ、ばーか! まじでふざけんなよ! いったい俺が誰の為にこんなに心を折っているとおもってんだよ! そもそも俺は八幡の為に……

 そう思った時、俺の怒りはマックスに達した。



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HACHIMANの反撃

「なんだよ! なんなんだよお前らは!! なんで俺の思い通りにならねえんだよ、ああっ!?」

「優木……」

 俺が連中に向かって叫んだ途端に、全員の表情が険しくなって息を飲むのがわかった。

 だが俺はもうこいつらと『ラブコメごっこ』をするつもりは毛頭ない。もはやこの優木とかいう訳のわからないモブの振りをするつもりもなければ、八幡のために彼女を用意しようなんてこともどうでも良かった。

 今思っているのはただひとつ。

 この糞みたいな全てをぶち壊して終わりにしたい。ただそれだけだ。

 俺の思い通りにならないこんな場所なんて、もはやどうでも良かったから。

「あのなあお前ら。何か勘違いしているようだから教えてやるが、おまえらはみんなただの『アニメのキャラクター』だ。そんなお前らごときが、物語を書く立場のこの俺様……『作者』様に楯突こうなんて100万年早いんだよ」

「優木……? お前はいったい何を言っているんだ?」

「うるせえよ、このクソ平塚!! てめえみてえな暴力教師が偉そうに人に指図とかしようとしてんじゃねえよ!!」

「!?」

 平塚は俺の言葉に絶句して立ちすくんでしまった。くくく。ああ、良い面だぜぇ、俺はお前のそういう歪んだ面が大好きなんだよ。ほれほれ、もっと絶望しやがれ、独り身の負け組アラサー女が。

 さぁて、じゃあここで洗いざらい言いたいことを言ってやることにするかよ。どうせこんな世界には未練はないんだ。

 やることやってさっさとこの『夢の世界』から目を醒まして現実に戻ることにするぜ。

 だがその前に鬱憤を晴らさせてもらう。せっかくこんなにクオリティーの高い夢なんだからな。

「おい、葉山! てめえだてめえ。何を驚いた顔してんだよこのばーか。お前がどれだけ身勝手でどうしようもない屑かってことは、SSを読みまくったこの俺はよぅく分かっているんだぜ」

「え、えすえす? な、なんのことだ?」

「うるせえよばーか。黙って聞け。なにがみんな仲良くだ。てめえは千葉村でも文化祭でも全部失敗してるじゃねえか。結局全部八幡が肩代わりして成功させてよ。それなのになんだあれは! 文化祭では八幡を悪者に祭り上げ、修学旅行のときは八幡に汚れ役を全部押し付けた」

「ヒッキー……、よ、汚れ役ってなんのことなの?」

 八幡へ恐る恐る話しかけるクソガハマにむかつきつつ、俺は怒鳴り付けた。

「勝手に口開くんじゃねえよクソビッチが! てめえみてえな自分勝手な女はな、身ぐるみ剥がされて風俗にでも落ちればいいんだよ、くそガハマ! いいか? 修学旅行のとき葉山とガハマ、お前らは結託して八幡を陥れたんだ。あの戸部の告白を助ける依頼……本来は受ける必要はなかった、それなのにガハマが無理やりあれをひきうけたんだ。なぜか? それは、葉山に頼まれてお前らの関係を壊す必要があったからだ。葉山はな、雪ノ下を狙っていたんだよ。だけどな、仲の良い八幡のことが邪魔だった。だからガハマに無理に依頼を受けさせ、そのうえで八幡にはあの依頼が無かったことになるように頼んだんだ!」

「そんなこと知らないよ」

「言いがかりだ」

「いや、そういうことなんだよ。くくく……なんといってもこの展開は奉仕部崩壊にむけてのテンプレ鉄板ルートだからな、そうじゃないと話がおかしくなるんだよ、くくく」

 俺の発言に誰もなにも反応しなかった。これはつまり正論すぎてぐうの音も出ないってことに他ならないのだろう。そういうことか。

 だったら、もっと教えてやるぜ。

「それに葉山、お前は文化祭の時も八幡を陥れたよな。相模を見つけたあと、あの屋上で八幡がわざと相模をけなす発言をした。八幡なりに頑張ってとった行動じゃねえか。なのにお前は何をした? 訳も考えずにお前は相模達と一緒に八幡を糾弾しただろうが。ああすれば八幡は嫌われ者になることが分かっていたからな。お前は八幡を排除するためにあえてあの場で八幡を悪者にしたんだ。そうだろう? そうなんだよ! なあ、葉山!!」

 どうだ! ぐうの音も出まい。お前の腹黒を俺がこうやって晒してやったんだ。むしろこれは公開処刑に他ならない。 

 ああ、たまらないぜ! 暗躍して自分の地位を確立しようと頑張っていた悪の葉山を、俺はこうして自分の手で粛清しているんだ! 普通のSSだったらここで、『お、お前よくもばらしやがってー』とか言いつつ殴りかかってくるんだよな。ああ、いいぜ! 殴れよ。さっさと俺を殴って自分の馬鹿さ加減を世間様に晒せよ、さあ!!

 だが、葉山は全く動かなかった。いや、動かないどころか表情一つ変えなかった。ただまっすぐに俺を悲し気な顔で見つめているだけ。

 なんだよその顔は! いったいなんでそんな顔をするんだよ! まじでむかつく。

「隼人くんはそんなことしないよ。しないし、何も出来なかったことを後悔しちゃう人だよ」

「ああん?」

 急にガハマが口を開いたので俺は滅茶苦茶頭にきたが、すぐにその隣の雪ノ下も口を開いた。

「そうね。彼はいつだって迷いながらその場の全員にとっての最適解を探している。それが彼の弱さ上の行動であることを他の誰でもない、彼自身が一番よく理解しているの。そんな葉山君が比企谷君を排斥するために陥れるような行為をすると、あなたは本気で考えているのかしら?」

「ゆきの……下さん」

 雪ノ下は俺を射貫くような厳しい視線を向けていた。だが、俺にはそんな視線を受けるいわれはねえ。

「何を知ったような口を聞くんだよ雪ノ下。だいたいてめえが一番の悪じゃねえか。八幡の足を引っ張るのはいつもお前だ。なにもできない癖にしゃしゃりでて、八幡の尻ぬぐいがなければ何も解決できない。そのくせ、なんだ? 『あなたのやり方嫌いだわ』? はんっ! 笑わせるんじゃねえよ! てめえはそもそも何もしていねえじゃねえか! それなのに八幡を糾弾した挙句、悪口まで言いまくりやがって。俺はな! そういうてめえの陰険で陰湿なところが大嫌いなんだよ! この出来損ないが!」

 俺の言にまったく表情を変えない雪ノ下だったが、そのとなりでガハマがみっともなく号泣しながら叫んだ。

「ひ、ひどいよ! なんでそんなこと言うの!? ゆ、ゆきのんはいつだって真剣で一生懸命でだからあたしもヒッキーもゆきのんを助けたいって本気で思って……」

「うるせえよばーか。そもそも何も出来ねえのはお前の方だろうが。存在自体が害悪の最低最悪の屑女。おまえが何をしたのか覚えていないのかこのアホ。そもそもあの入学式の日に、お前が犬のリードを放したせいで、それを助けに飛び込んだ八幡が大けがすることになったんじゃねえか! それなのにお前はなんだ? 一年間もなにもせずにいきなり奉仕部にやって来たかと思ったら、あの木炭みたいなごみを八幡に食わせやがって、お前がしたのはただの自己満足で、そもそも八幡に五体投地で謝罪して許してでももらわない限りは会うことだって本来はだめなはずなんだ。それに雪ノ下の車の修理代。当然お前が払うべきじゃねえかよ! 数千万円。なのになんで平気で学校に通ってんだよ、お前のその考えが異常すぎるってなんでわからねえんだ!!」

 そう怒鳴ったついでに俺は平塚を睨んだ。そして言った。

「てめえもだ平塚!! てめえがそもそも八幡を奉仕部へ強制入部させたことからして違法なんだよ。てめえは教師のくせになんでそんな簡単な犯罪のことも知らねえんだよ。強制入部させた上に体罰をしたお前は当然懲戒解雇処分に決まっている。それなのに校長まで汚職に手を染めさせて、お前こそ最大の戦犯なんだよ。俺は絶対にお前を許さねえ」

 そう言った時だった。

 

「あーははははははははは、あーはっはっはっはっはははははは、あはははははははははあはっははははは」

「お、おい、陽乃……」

 

 急に笑い出したのは陽乃だ。彼女は大口を開けてそれはもうおかしいとお腹を抱えて大爆笑。

 そんな彼女に隣に立つ平塚が声を掛けるも、陽乃の哄笑は一向に止まらない。

 

「何がおかしいんだよ?」

「あははははははは、ご、ごめんごめんね、笑う気はなくて、ぷっ、くくく、くははは、こ、これはだめ、もうだめ、くはは」

 言いつつ本当に笑いが止まらない陽乃に、俺はなんと言っていいかわからないでいたそこへ、彼女の声が響いた。

「ごめんごめん君最高だよぉ。ほんと、いったいどこからそんな話を持ってきてくれたのか、もうね、お腹いたいくらい面白……じゃなくて本当に大変だよね、もうそんな話、大変過ぎて君も本当に大変だと思うからさ……」

 陽乃はそう言いつつ、比企谷の背中をポンと叩いた。

「ということで、比企谷君どうぞ」

「やっぱ、俺すか……」

 はあと、比企谷がため息を吐く。

 そして脇の陽乃へと文句の一つでも言うかと思いきや、彼はまっすぐに冷徹な瞳を向けてきた。

 万人はこの瞳を腐っているだなんだといっているが、俺はそうは思わない。非常に思慮深くて理知的で。だからこそ八幡はどの世界とのクロスオーバーしても映えるのだ。次はどんな作品のヒロインとカップリングさせようかな? とかそんなことを思ってしまっていた。

「なあお前。さっきから聞いてれば色々知っているみたいだな。いったい誰から話を聞いたのかは知らねえが正直良くそれだけ調べたよ、マジですげえと思う。マジで最高だ」

「そ、そんなことは……ないよ」

 真顔の八幡に褒められて、なにやらドギマギしてしまう。こいつやっぱり俺に感謝してるんじゃねえかよ。そうだよな。八幡はいつだって人に認められてこなかったんだもの。やっぱり俺みたいな仲間が必要なんだよ彼には。

 きっと八幡は俺に感謝している。きっとそう。そう確信しながら彼の言葉を待った。

 そして出た言葉、それは……

「お前の調べた内容……一つも合ってねえよ、くそ野郎」

 



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トゥルーバッドエンド(前編)

 八幡は俺をまっすぐに見ていた。

 は? い、いまなんて……言った?

 は……あ? いまなんて言ったんだよ!?

 内側から湧き上がってくる激昂をそのままに俺は八幡を睨んだ。

 いったいなんだてめえは! 俺がいったい誰の為にこんなに嫌な思いをしていると思っているんだ!? 全部てめえのためじゃねえか! それなのに、それなのに……

 不満は憤懣に変わり、そのまま俺の内を侵食し続ける。それはやがて激しい憎悪と怒りへと転じ始めていた。

 そんな中で、八幡は口を開いた。

「よくわかっていないようだから一つずつ教えてやる。まずは文化祭だ。あの時の俺は確かに最低だった。最低だったがあれが俺にとっての最上だったんだ。勝手に引き受けて勝手に自滅しそうになった雪ノ下のことを、多分俺は助けてやりたかったんだと思う。他に助けを求めず、自分で全てを背負い込み、顔色一つ変えなかった。あの時の雪ノ下は自分の矜持を貫いていたんだと思っている。だから俺も自分を貫きたくなった。あくまで陰険に陰湿に最低に。俺はああすることで俺自身の満足感を得ていたんだよ? 葉山の策略だ? んなもんあるか。俺はあの時葉山をわざと怒らせたんだ。よりもっと俺自身を惨めったらしくするためにな。ふひ……」

「ひ、比企谷、お前……」

 八幡の言葉を聞いて葉山がぐっと唇をかむのが分かった。そして雪ノ下とガハマも静かに震えていた。

「それからなんだっけ? 平塚先生の暴力だっけか? お前な、あんなの暴力のうちに入るかよ。そもそも殴られる原因が俺にまったくないなんて考えられるほど、俺は自分に自信なんかねえよ。それにこの奉仕部に入れられたことだって初めは確かに嫌だったが、ここに残ることを『選択』したのはこの俺自身だ。なんで俺がここにいることまで先生の所為にしねえとならねえんだよ、馬鹿かお前は」

「…………」

 平塚は無言のままで八幡を見ていた。その表情にはなんの焦りも怯えも困惑もない。自信にあふれた眼差しで……

「それから、入学式の朝の事故の件か……それこそ良く調べたな? あの事故を知っている奴がまさかいるなんて夢にも思わなかった。えーと、由比ヶ浜が散歩中の犬のリードを放したせいで俺が事故に遭ったとか言ったよな? まあ、だいたい合ってるがお前、この理論すでに破綻していることに気が付いてないのか?」

 そう言って八幡は頭をぽりぽりと掻いてから呆れたように声を出した。

「そもそも犬が逃げたって人身事故にはならねえんだよ。車の前に犬が飛び出したらな、間に合わなければ車はそのまま犬を轢き殺すだけだ。いいか? ペットだなんだと言ったところで所詮はそれはただの『物』だ。車で轢き殺したら『器物破損』でその分の賠償を請求されるくらいなもんだよ。でも俺はそれを許せなかった、きっとあの時は。目の前で車に引き殺されるあの小さな犬の姿を見たくなかったんだと思う。だから飛び出した。飛び出してあの車にぶつかった。ただ……それだけのことだ」

「ヒッキー……」

「俺はあの事故を飼い主の所為にしようなんて思ったことは一度もない。ただ、自分で車の前に飛び出して大けがをして学校に行けなくなった……俺にとっては間抜け過ぎて恥ずかしくて死にたいくらいの黒歴史ではあるけどな。でも……本当にそれだけなんだよ、由比ヶ浜……お前の犬、助けることができて、本当に良かったよ」

「うん……うん。本当に……本当にありがとうねヒッキー……ひぐっ……ひぐぅっ……」

 ぽろぽろと泣き出した由比ヶ浜を一度見た八幡は、今度は雪ノ下を見た。

 そして言った。

「修学旅行のあの戸部の告白の時……俺は自分の取れる最良の選択をしたにすぎない。俺にとっての大事なポイントは、全ての奴にとって最悪にならない状態を作ってやることだった。振られたくない戸部、今の関係をそのままにしたい海老名さん、葉山、三浦、それに大岡や大和も同様だろうと考えていた。それとお前らだ。雪ノ下、由比ヶ浜。あの時の俺はお前らの拒絶を心のどこかで恐れていた。恐れつつだが、お前らなら無条件に分かってくれるのではないか……そんな期待もどこかでもっていたんだ。だからあれを決行した。あれによってどんな反応が返ってくるのかも予測しながらな。でも……」

 八幡は一度大きくため息をついてから顔を上げた。

「俺は自分が傷つくことを考慮に入れていなかったんだ。それによってお前らがどんな思いをするのかということも……俺はあの時確かに自分のことしか考えていなかった。お前らの言う通りだよ。俺はお前らの気持ちを考えていなかったんだ、わりぃ」

「比企谷君……私……」

 何かを言いかけてぐっと唇を噛んだ雪ノ下をちらっとみた八幡は、そのまま顔を振って俺を再びにらんだ。

「さあ、こっちの話はだいたい終わりだ。悪いがお前が想像しているような葉山、由比ヶ浜陰謀説は微塵もないんだよ、悪いけどな。そもそもそんな陰謀できるくらいなら、最初から全部依頼を終わらせておいてくれって話だろうが。特に由比ヶ浜、お前いつも勝手に依頼持ってきすぎだ。持ってくる前にプランも少しは考えろよ」

「ちょ、ヒッキーひどっ! あ、あたしだってちゃんと考えてるよ!! とべっちの応援だっててきかく? だったでしょ?」

「的確な。あれはただのデートプランだ。根本的な解決にはなにもつながっていない」

「いいでしょ別に! あたしだってあんなデートしたかったんだもん!! ……あ」

「あ」

 と言いつつ、真っ赤になってお互い顔を見つめあう八幡とガハマの二人。

 それを呆れたような顔で見る雪乃と、半笑いの葉山と平塚、そして口を抑えてくっくっくと笑ったままでいる陽乃。 

 それらを見ながら俺は……

 カバンにしまっておいた『アーミーナイフ』を抜き放った。

「言いたいことはそれだけかよお前ら。まじで……まじでふざけやがって……てめえらがそんなぬるいことばっかり言ってるから、俺がイライラするんじゃねえか!! なにが自分の所為だ、なにが人の所為じゃないだ、マジでふざけんなっ! 悪い奴がいるからそいつをぶっころして楽しいんじゃねえか。悪い奴がもっと悪いことをするから殺すときに気持ちいいんじゃねえか! なんでそれがわかんねえんだよっ! ああんっ!?」

「ちょ、おま、やめろよ」

 八幡が俺の前で慌てた顔になり、そして葉山や平塚たち全員の顔が青くなった。

 くくく。いい顔だぜ。そうだよ、最初っからそういういい顔をすれば良かったんだよ。お前らはみんな愚図で最低でカスなんだ。だから、順番に死んで、ああ死んで良かったぜって感じでみんなで馬鹿にしてやるのが最高なんだよ。くくく……くははは。くははははは」

 身体の内から笑いが込みあがってきていた。もうこんな俺の思い通りにならない世界なんて『いらない』。ここまでムカついたのは、ラブラブな八結を読んだ時いらいだ。確かディスティニーデートだったっけ? 結局最後は八幡も告白しなかったように思うが、あんなののいったいどこが面白いんだよ!? 屑ガハマもの書く奴は頭おかしいに決まっているんだ、くくく。ああ、もういいや。

 そう思い極め、俺はすぐに行動に移ることにした。

 ここにいる全員をぶっ殺すことに。

「さぁて、じゃあどいつから……」

 やめろ!!

 突然俺の内から何かの声が聞こえた。その激しい痛みをともなった声に思わず頭を抑え、もう一度前を向くと、ふたたび声が。

 やめろ!! もうやめろ!!

 ええいうるさいっ!! いったいなんだわめくな俺の内側で!!

 うるさいのはお前だ!! いいかげんにしろよ、その身体は……

 はあ? いったいなんだてめえは……

 その身体は……

「僕の身体だぁ!!」

 突然身体を激しく後ろから押された感覚があったかと思うと、俺は一歩まえへと踏み出してしまっていた。

 くそっ! 誰だ俺を押しやがった奴は!? 

 そう思いつつ振り返ってみれば、そこにいるのはまさかの俺?

 いや、正確には俺じゃない。俺ではなくて俺が中に入っていた優木悠斗とかいうガキだった。

 は? なんで目の前に俺の身体があるんだ? そう良くわからないでいた俺がもう一度振り返ってみれば、そこには目を大きく見開いた八幡たち全員のすがた。

 そいつらを順々に見渡してみれば、その全員と視線が交差して……いや、間違いなく全員がこの俺を見ていた。

 俺……俺はいったいどうなって……?

 そう思っていた時だった。

「あ、あなたは何方ですか?」

 そう聞いてきたのは平塚だ。平塚は俺の顔を見上げるようにしているが。

 俺は……優木悠斗……

 と言いかけて、はっとなって自分の身体を見下ろしてみれば、そこにあったのはぶよぶよっとした豊満な腹と俺の手足だった。これは間違いなく、本物の俺の姿。38歳の俺の身体がそこにあった。

 だが、なぜかその身体は少し透き通っていて、床やテーブルやいすが透けて見えているような感じで……

「あんたはいったい誰だよ?」

 今度は八幡の声。そう聞かれ俺は自分の名前を言おうとしたが、まったく声は出なかった。だが……

 よく見てみれば、俺の手には先ほどのアーミーナイフがまだ握られたまま。

 握ってはいても透き通っているせいでナイフの柄の部分も少し見えてしまっているが確かにそれを握りしめ、振り回すことが出来ていた。

 だったらやることは簡単だ。

 俺はガハマへと向き直った。

 とにかく殺してやる。葉山や平塚は殺すのが大変そうだが、このトロそうなガハマなら余裕で殺せるはずだ。

 しね、しね、しね、しねええええええええっ!

 俺はナイフを握ったままドスドスとガハマへと向かって駆けた。

「きゃああああああっ!!」

 ガハマの悲鳴が響き渡るもそんなのはお構いなしに俺はナイフを振り上げる。

 途中平塚と葉山が俺へと抱き着こうとしていたが、透明なせいかスカッとすり抜けてしまい、そのままもんどりうって転がった。

 ふはははは。無様すぎるだろうお前ら。なんだ、今の俺は無敵じゃねえかよ。だったらガハマを殺した後にお前らも殺してやるぜ!! はははははは、しねえええ!!

 そうナイフをガハマ目掛けて突き入れた。

「由比ヶ浜!!」

 

 ドスッ!!

 

 突然由比ヶ浜の前に人影が。見ればそこにいたのは八幡で……

 俺は奴の制服越しで腰の辺りにナイフを突き入れてしまっていた。

 その制服はどんどん水分のようなものがしみだしてきて八幡はそこを抑えつつ床へと膝をついた。

「ひ、ヒッキー!! い、いやああああっ!!」

「比企谷君っ!! しっかり!!」

 倒れこもうとする八幡に抱き着く二人の女子。

 俺はそれを見つつ、全身から力が抜けていくのを感じていた。

 なんだよ、これは。

 なんなんだよ、いったい。

 なんでこうなるんだ……

 俺はムカツクガハマの苦しむ顔が見たかっただけなのに。俺はムカツク葉山の苦しむ顔が見たかっただけなのに。俺はムカツク平塚の苦しむ顔が見たかっただけなのに。

 八幡に『ざまあっ』って言わせたかっただけなのに……

 ちくしょうううううううう!!

 泣いている由比ヶ浜と雪ノ下の姿を見つつ、俺の意識は一気に消滅していった。

 

 

 

 

 



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トゥルーバッドエンド(後編)

続編の投稿ではありません。
諸事情により、この回の話を二話に分割しました。


「いやあ、お疲れお疲れ! さすがだね君は。ここまで自分を曲げないで走り切った人はあんまりいないよ、うん本当にすごい!!」

「は? え?」

 俺の前には長い青髪の綺麗な女が立っている。 

 そして俺に向かって拍手を送っているのだ。ここはどこだ? こいつは誰だ? 俺は……どうなったんだ?

 頭がぼやあっとしたままで思考がまだまとまっていなかったが俺はとにかく目の前の女に状況を聞くことにした。

「あんたは誰だ?」

「はーい、いいよ、なんでも答えてあげるね! 君は最高に私を楽しませてくれたからね、これはご褒美みたいなものだよ!」

 いったいなんだこいつは。まるで雪ノ下陽乃みたいに話しやがって。そう思いつつ見つめていたら奴が口を開いた。

「私は『転生の神』の一人だよ。ぶっちゃけていえば、未練を残して死んでいった人たちを救済する女神ってとこかな? あ、ラノベで私みたいな青髪で超頭のおかしい駄女神がいるみたいだけど、そいつとは別だからね? 別に転生特典で一緒についていってあげたりしないから」

「はあ」

 転生の神? なんだそりゃ。それじゃあまるっきり異世界転生もののファンタジーじゃねえか。死んだわけでもあるまいし……

 そう考えた瞬間に悪寒が走っておれは慌てて顔を上げた。すると青髪の女神が言った。

「ご明察ぅ。君は死んじゃったのだよ残念ながら。でも君は私のところにこれて本当に良かったよ? もしもう一つ向こうの役所に行っていたら超不愛想なメガネのおっさんに査定されて、異世界で過去の偉人たちと殺し合いさせられていたかもだし、この川の上流の大きな役所だったら、金棒担いで地獄の獄卒と閻魔大王様を足蹴にしている冷徹な鬼に小突きまわされて、一瞬で地獄行決定だったもの。ほんと、君はラッキーだよ」

「ちょ、ちょっとまて。つまり俺は本当に死んで……」

「うん、死んだよ。あ、その顔は信じてないな? じゃあ、これね」

 そう言いつつその青髪女神は小さな手鏡を俺の前へと差し出した。

「これは閻魔大王様が持っている浄玻璃鏡の量販品なんだよ。まあ、あんなに凄い性能はないけどね、今の君の身体くらいなら映せるよ、ほら」

 と言われみてみれば、そこは間違いなく俺の家、俺の机。

 その黒くなったパソコンのモニターの前にキーボードを押しつぶすようにして俺の巨体が突っ伏していた。完全に脱力しているし、一見寝ているようではあるが……

「君は一人暮らしなんだね? 仕事もしていないのに親から仕送りもらって一人暮らしなんてリッチだねえ。でもそれが仇になっちゃったかも。心不全で死んでから死後三日だけど、電話はかかってくるけど誰もこの部屋に来ていないからまだ発見してもらえないんだね。電話はそうか、どうせいつも無視してるから、今回も無視してるだけだろうってご両親も心配はしていないってことなんだね。便りがないのは良い便りってね!! 昔の人は良いこと言ったよね! でも大丈夫。そろそろ腐って匂い出るから、きっと誰かが気づいてくれるよ」

「ちょっと待てなんだそりゃ? し、死後三日? 死後三日も経っちゃったのか? そしたらもう俺は生き返れないじゃないかっ!」

「はあ? 何を言っているの? 死んだらもう終わりでしょ? 生き返られるわけないじゃない。だーかーら私がいるのよ。君を転生させるためにね!! だから良かったでしょ?」

「良かったって何がだよ。俺は死んじまったんだぞ? なんで喜ばなきゃいけないんだよ」

「だから生き返らせてあげたじゃない。新しい身体も用意してあげてさ。今回は超優良物件だったんだよ? 優木悠斗君。彼は足も速いし人気もそこそこだったけど、なぜか将来に悲観しちゃってね、毎日死にたい死にたい言っていたから貰うことにしてあげたの。あそこは君の大好きな世界だし、憑依先はイケメンの高校生。それなのに君ってば、たったの3日で追い出されちゃうんだもの。あはっ! 死を決めて消滅を待っていた魂に生きる活力を与えちゃうなんて、君ってば実は凄腕のカウンセラーとか? あはははははははは」

 爆笑している女に心底いらいらしつつ俺は怒りをこめて言った。

「ならわかった。次はどんな奴でも我慢するからもう一度転生させてくれ」

 それを聞いた女神はおかしそうに笑った。

「そんなのもうダメに決まってるじゃなーい。何を言っているの」

「は?」

 一瞬何を言われたかわからなかったが、すぐにその意味を察して俺は詰め寄った。

「た、頼む、も、もういちどだけ」

「だーかーらーダメだってば、チャンスは一度きり。この後君が行くのは三途の川の向こう側、閻魔庁だよ」

「え、えんまって、閻魔大王……地獄の……い、いやだ、いやだいやだそんなとこ行きたくない!!」

「ほらほらまだ地獄に行くって決まったわけじゃないってばぁ。あのね? 閻魔大王様は鬼じゃないのよ、あの鬼には頭が上がらないけど、くふふ」

 女神は何やらツボに入ったらしく口を抑えてしまった。

「ああ、ごめんごめん。えとなんだっけ? そうそう、閻魔大王様は鬼じゃなくて正義の王なのよ。それでね、あなたの人生の全てを見て裁定を下してくれるわけ。地獄に行くも天国に行くも閻魔大王様次第なのよ? あ、人間に生まれ戻るのもある意味地獄の沙汰だからね、閻魔大王様がひょっとしたらあなたを人間にしてくれるかもしれないわよ?」

「ま、まじか? お、俺は本当に人間になれるのか?」

「うんうん、可能性でいえばね。でも閻魔大王様は嘘をつく人が大嫌いなのよ。だからどんなに査定が良くても嘘をついた途端に灼熱地獄行とか結構余裕であるの。だから油断はできないわよ?」

「そ、そうか。う、嘘をつかなきゃいいんだな。うん、よし、俺は嘘はつかない」

「うんうん、素直で宜しい。あ、でももうひとつあるんだった。あのね、閻魔大王様は人を虐げる人が大嫌いなのよねぇ、そういう人の場合は通常裁判じゃなくて……」

 彼女は微笑みつつ、右手の親指と人差し指で開いたり閉じたりして見せた。

「くぎ抜きを使うのよ」

「く、くぎ抜きってなんだ?」

「あ、そっか今の若い子は知らないか? そうね、今風に言えば……ペンチ? みたいな? ほら、聞いたことあるでしょ? 嘘をついたら閻魔様に舌を抜かれるって。あの道具よ」

「そ、それがなんなんだよ? 要は嘘をつかなきゃいいんだろ?」

「ふっふっふーん。ちがうんだなぁそれが。あ、君って小説書くんだったよね? 小説ってさ、何もしゃべらないキャラにしゃべらせたり動かしたりして物語を動かすじゃない? 要は人形劇みたいなものだよね? なにもしゃべれない存在をしゃべらせて命を与えるんだもの!!」

「あ、ああ、そ、それがどうしたんだよ。なんでいきなり話を変えたんだよ」

 女神は更に可笑しそうに微笑んだ。

「全然話は変わってはいないんだけどねえ。でね? 閻魔様ってそういう不埒な人とは口も聞きたくないの。その人が生前どんなことをしてきたのかは『浄玻璃鏡』で生まれてから死ぬまでの全部が見えてるからね、聞くまでもなく分かっているのよ。でも閻魔大王様のお仕事って裁判じゃない? だからきちんと手順を踏んで本人に罪を認めさせて、それで地獄へ送るのよ、つまり~~」

 女神はいよいよおかしいとばかりにケラケラと笑い出した。

「口も聞きたくない人は先に舌を抜いちゃうのよ! それで、『お前はこれこれこういう罪を犯したな、さらにこういう罪を犯したな、二言はないな? あるなら返事をしろ。よし無いようだな!!』って、ぷくく……舌がないから当然喋れないものねえ、あーはははははは。もう閻魔大王様本当にお茶目なんだものぉ……あはははははは」

 この女神は本当に陽乃のように笑い続けていた。

 そしてその綺麗な瞳を細めてぽそりと言った。

 

「君だって何もしゃべれないキャラクター達を弄くりまわしてレイプしまくった物語を書いていたでしょ? それと同じことをされるだけよ。うふふ」

 

 その透き通った声に全身が泡立った。

「ちょ、まって……」

 それ以上言葉が出なかった。

 俺の足がずぶずぶとまるで泥に沈むかのように地面へと埋まっていく。そして喋れないままで俺は薄く微笑む青髪の女神を見続けることしかできなかった。

「三途の川が来ちゃったみたいねえ。じゃあ、バイバイ!! 健闘を期待してるね!!」

 その明るい声が、意識ある俺が聞いた最後の声になった。

 

「さてと、ゴミも片付けたし、後は幸せな『物語』でも見るとしましょうかねぇ」

 

 そう言いつつ、青髪の女神は椅子をどこからともなく取り出してそれに座り、小さな手鏡を目の前に持ってきた。そしてそこに映し出されている膝をつく男の子と、それに寄り添う二人の少女の様子を見守った。



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最終回 八幡とHACHIMAN

【アカウント停止になったピク○ブの現状説明】
※これの投稿の為のサブアカウントも、下記と同様の申し出、理由で、投稿後およそ15分でアカウント停止になりました。

 このメッセージは完全な復垢でお送りしています。
 アカウントが戻り次第このアカウントは消滅させますのでご心配なく。
 ちなみに現在停止中のアカウントは本垢です。普段はなろう民ですよ。念のため。

 まずはシリーズ作をお読みいただいた皆様にお礼を申し上げます。かなり反響があったようで、書いた私としても大満足でございました。
 さて、本日最終話投稿後しばらくして突然作品アカウントが停止いたしました。
 そのため、ピク○ブ運営からのメールを確認すると、以下のような文言が。

~~~~~~~~~~~~
はチまンさん

pix○v事務局です。

複数のユーザーより規約に抵触するという報告が寄せられたため、
システムがアカウントを自動停止しました。

下記のいずれかに抵触する行為が複数報告された場合、
アカウントが自動停止します。

・不適切な作品投稿を行っている
・嫌がらせ・荒らし行為を行っている

上記報告について、事実と異なる場合、詳細な内容を添えて
弊社までご連絡ください。状況を確認させていただき、問題なければ
アカウントの停止を解除させていただきます。

また、上記報告について該当する事実がある場合、ご利用状況の改善を
お願いいたします。改善が完了されましたら、改善状況を添えて
弊社までご連絡ください。

ご連絡は下記のフォームから送信してください。
https://www.pix○v.net/support.php

お手数ではございますが、ご確認のほどよろしくお願いいたします。

~~~~~~~~~~~~

 ということで、私の作品は自動的にアカウント停止になったようです。
 ただ、この文言にはいささか不満があります。

 確かに不適切な~や、嫌がらせ荒し~などの訴えはあったのでしょうが、私の作品のどこどこがどうダメだとは触れられたはいないのです。
 そもそもメールの通り、このアカウント停止はあくまで『自動』
 つまり、とにかく気に入らない作品は大勢で訴えるだけで、自動的に相手の作品などは削除される仕組みと言うわけですね。なるほど、こうやって作品たちは消えていくのですね。

 さて、そこでわたしは現状あの作品に関しては、上記のような規約違反を侵したつもりは一切ないので、再度の閲覧状態への復帰をピク○ブ運営へと出したところです。
 文言によれば大体一週間くらいで回答があるそうなので、そのころまた運営から連絡があることでしょう。

 ここで問題提起ではあるのですが、今回の私の作品をお読みになって確かに不快になられた方は多かったと思います。なにしろ主人公が狂人の上、物語のキャラクターに激しく憎悪し、かつ暴力的な行為に及んで最終的には……
な展開でしたから、気に入らない方が出ても仕方がないと思って書いておりました。
 私が設定したキャラクターはあくまでオリジナル。
 第一話で詳細に書きましたが、俺ガイルのアンチヘイト作品が好きで特定のキャラクターがおとしめられるシーンが大好きな38才の男性。独身無職でネット依存の気があり、凶悪な面もあって、異世界(俺ガイル世界)にあっては殺人までをも行おうとするほどの異常な存在。
 そのようなキャラを私は作り上げ、彼の人生終了後の三日間を描いたにすぎません。
 これのどこがまずいのでしょうか?

 むしろ私は原作キャラはなるべく忠実に再現できるように最新の注意を払いましたし、そのような原作キャラが狂気たるこの主人公から逃げ切り生き延びようとする話。

 ホラーというタグは入れませんでしたが、13日○金曜日やエルム街○悪夢のように主人公、ラスボスであっても問題ないでしょう。

 仮に……
 この主人公に自分が似ていると思ってしまった人がいたとしたら、それこそ問題な気がしますがどうでしょう?

 もしこの主張が認められないのであれば、もはやこの先オリジナルキャラで作品を書くことはできなくなりますね。なにしろ、たまたま作りあげたキャラと設定が被る実在の人が現れる可能性があるわけですから。でしたら、私だけでは不公平です。
 ピク○ブ投稿作品でそのような作品をすべてアカウント停止にしてくださいね、運営さん。

 私は運営の指導があると信じて返信を待つことにします。規約にまったく抵触していないとは私も断言できませんので、指摘箇所は修正して再投稿したいと思います。

 ただ、あくまでこの作品の主人公はオリジナル。
 HACHIMANという、ピク○ブで既存の偏執的なキャラクターにそっくりなだけの私の作りあげた狂人です。

 運営が軽挙妄動に踊らされることなく、厳正に審査指導してくれることを切に願っています。

以上、ピク○ブだとすぐにアカウントを止められるため、こちらに掲載しました。
他サイトの情報を載せ、大変失礼しました。



「ヒッキー!」

「比企谷君!」

 蹲る俺に抱き着いているのは由比ヶ浜と雪ノ下だった。そして少し視線をあげてみれば慌てた様子でこちらへと駆け寄ってくる雪ノ下さんと葉山の姿。平塚先生は慌てて携帯を取り出してそれを操作しようとしていた。

 それから自分の腹を見る。

 そこには制服にめり込むように刺さっているアーミーナイフの刃と柄の部分が。

 俺はそれを見てから由比ヶ浜たちの方へと向けた。

 二人は泣いていた。泣いて動揺して俺の肩を力いっぱいに握りしめていた。

 痛い……

 マジで痛い……

 

「…………」

 

 もう一度腹に視線を送ってみるのだが、その一連の動作全てがまるでスローモーションの様で、俺一人だけが全てを知覚している様で……

 だが、痛みの刺激だけが確実に脳へと送り続けられていた。

 握りしめられている俺の肩から!!

「いや、マジで痛いからお前ら。少し力を緩めろよ」

「へ?」「え?」

 言った途端に雪ノ下達の力が弱まる。と、同時に俺に駆け寄ってきていた連中と平塚先生が何やら呆然となって俺を見下ろした。

「ひ、比企谷? お、お前刺されて……」

 そう言葉にしながら先生たちは俺の腹の水分で滲んだところを見て、そして今度は俺の周囲の床に視線を向けた。

 そこは濡れていた。

 そう、コーヒー色に。

「先生……どうやら俺助かったみたいですよ」

 そう言いながら俺はアーミーナイフを徐に引き抜くと、今度はそれが刺さっていた制服のポケットに入っていたそれを取り出した。

 そこに入れておいたものは当然これだ!!

 刃が刺さり、ぐにゃりと変形しつつ微かな穴の開いた缶コーヒーである。

「いやぁ、さすがトネ・スチールマッカン! 完全に刃を止めてくれたな。これアルミ缶だったら確実に貫通して死んでいた!」

 それは紛れもなくこの世の至高の一品! 世界のトネコーヒーが提供するMAXコーヒー250mLスチール缶コーヒーだった。やぱりスチ缶MAXは最高だ。特に味でだけれども!!

 俺はどぼどぼとコーヒーを垂れ流しているマッカンを片手にみんなを見回した。すると、先生、葉山、雪ノ下さんは脱力した感じでため息を吐いて、両隣のふたりはと言えば、あははと泣き笑いをしている由比ヶ浜と、自分の行動に赤面してしまっている雪ノ下の姿。いや、その反応マジ止めろよ、俺の方が恥ずかしくなるから。

「まあ、そのなんだ。俺は大丈夫だから」

「ヒッキー!!」

 言った瞬間に由比ヶ浜に抱き着かれた。って、デカい! 柔らかい!! いい匂い!?

「お、おいやめろよ」

「ヤダよ、ヤダヤダ!! ヒッキー、ヒッキー―」

 由比ヶ浜はそう言いつつぎゅうぎゅうと抱きしめて放さなかった。それをどうしたものかと思ってあたふたしていた先で雪ノ下と視線が合ったのだが、奴はジトっとした目で俺を見つつポソリと言ったのだ。

「諦めなさい」

「マジか」

「ヒッキー、ヒッキィ……」

 俺は由比ヶ浜をぶら下げたままで立ち上がる。正直めちゃくちゃ恥ずかしかったのではあるが、とにかくみんなに無事な姿を見せることにしたわけだ。

「あーあ、制服に穴が空いちゃったねえ」

「まあ……仕方ないっすよ。」

 俺は穴の開いた制服のポケットに手を入れ、そのまま指を出してくいくい動かしてみたりした。いや、さすがにこれ完全に刺さっていたらどうなっていたのやら。

 俺は今更になって背筋が冷える思いだった。

「比企谷……本当にごめん。ぜんぶ僕がわるいんだ」

「ん?」

 そう言われて振り向いてみれば、そこにいるのは優木悠斗だ。さっきまで暴言を吐きまくって目を血走らせていたあの面影はまったくなく、ただ力なく項垂れていた。

「僕……僕は……」

「いや、まあ、あの、その、なんだ……とりあえずお前は何もやっていないしなにも言っていない。うん。」

「え?」

 俺の言葉に目を見開いた優木を見た後で、俺はその場の全員に向かって言った。

「それでいいよな?」

 すると、銘々頷きつつ口々に……

「確かに優木は何もやっていない。強いて言えば錯乱状態だったというくらいか?」

「そうだねぇ、優木君は何もやっていないでいいんじゃないかな? それよりも比企谷君の方が面白いことになってるし。いいの? 雪乃ちゃーん。このままじゃ比企谷君、由比ヶ浜ちゃんに取られちゃうよ?」

「取られちゃうってなんすか? お、俺は別にものじゃないですし……」

「ヒッキィ……ぐす……」

「別に構わないわ。そんなことよりも私は彼に教えられて目が覚めたわ。目の前の些細なことばかりにかかずらって、結局私は本当に大事なものを見ようとして来なかった。姉さん、私やりたいことがあるの!」

「ゆ、雪乃ちゃん? 雪乃ちゃんが何かに目覚めた!?」

「ま、まあみんなもこう言っていることだし、悠斗、もう大丈夫だから、何も心配しないでいいよ。もしもの時は俺がなんとかするから」

 うっわ葉山。お前この期に及んでまたそんな大言壮語を!! それで出来なかったらどうすんだよ、まったく。

 でもまあ流石だ、その場を収拾させちまうスキル。俺にも分けてくれよ、ってか、俺のこの抱っこちゃん人形状態をなんとか収拾してくれ! おいこらてめえ無視すんな!!

「み、みんな……ありがとう。本当にごめん」

 優木はそう言って泣き出してしまった。その肩を葉山が抱いているわけだが、ここに例の腐女子が居れば完全に鼻血スプラッシュだったな。鉄分採れよな、貧血になるから。

 こんな感じで事態は収束にむかうことになったのだった。

 場所を借りたドーナツショップの人たちには、先ほどまでの騒ぎは学校の舞台の練習の一環だったと適当に誤魔化して説明。はっきりいってナイフも出たし、刺さったし(マッカンに)、罵詈雑言の雨あられのせいで警察を呼ぶ一歩手前だったらしい。

 だが、そのすんでのところで止めることが出来たのでなんとか警察を呼ぶまでの騒ぎにはならなかった。ならなかったが、当然お店の人に滅茶苦茶怒られた。とくに先生が!

 まあ立場的に仕方ないが、今回一番割食ったの先生なんだよな、だってほとんど何もしていないのに、めちゃくちゃキツイこと言われまくる日だったんだから。

 そうして俺達は、さきほどみたあの透明な存在のことを口にしないままでその場を辞したのだ。

 これは後日談になるのだが、どうやらあの騒ぎの一部始終を見ていた店員の一人が、店の防犯カメラも確認してから俺達へとわざわざ教えにきてくれたのだ。

 それは、あの存在のこと。

 あれがナイフを振り回した光景は……ビデオには一切残っていなかった。

 残っていなかっただけでなく、あの場にいた店員もあの姿はみていないとのことだった。

 ただ……ナイフが……

 ひとりでに勝手に浮かんで、俺に刺さるように見えた……と。

 俺達は優木のためにも、アレを茶番だとして処理しようとしていたから当然それは何かの見間違いだと徹底して認めなかったのだが、確かにあれはあそこに存在していたのだ。

 そしてそいつが多分……

 優木を操っていた。

 そうとしか俺達には思えなかった。

 

 

 

 

「結局あれは何だったのかしら」

 奉仕部の部室で徐にそう雪ノ下に言われ、俺は視線を一度ちらりと向けただけで答えた。

「さあ……ただのお化け……にしちゃ色々怨念執念が凄まじかった……ような気がする。あれか? お前何か恨み買うようなことしたんじゃねえのか?」

「あら、なぜそれを私に言うのかしら? 寧ろ人に聞く前に自分の胸に手を当ててみてはどうかしら? 嫌われ者谷君?」

「パッシブで嫌われっぱなしになりそうな名前に勝手に改名しないでね」

 まあ、むしろ改名する以前にまったくその通りの状況ではあるのだが……辛い!

「あたしはヒッキーのこと嫌いになんかならないよ? はい、いろはちゃんの応援アカウントのアドレス、学校中のみんなに送ったからね」

「まじか‼ もう終わったのか?」

「本当なの? 由比ヶ浜さん?」

「へ? うん。だってみんなフェイスブックとかラインとかやってんじゃん。その辺上手く使えば簡単だよ。ほら後はヒッキー、いろはちゃんの公約のまとめの文章、早く頂戴。すぐ流してあげるから。あと、ゆきのんも応援演説の原稿早く書いちゃってね。トピックだけまとめてそれも載せちゃうから」

 そうスマホを操作しつつテキパキと指示出しをしてくる由比ヶ浜。こ、こいつこんなに使える奴だったのか……いや、こいつのコミュニケーション能力マジパナイ。ぱないわぁ、ないわぁあ。とか、戸部みたいになっちまった。てか、なんで今戸部!?

「凄いわね由比ヶ浜さん。これは私も負けてはいられないわね」

「おいおい、雪ノ下まで本気出すんじゃねえよ。こっちはまだ一色自筆の箇条書きの解読すら進んでないんだぞ」

 まったくあの一年坊主は訳の分からない公約をばんばん書きやがって。こんなに書いたって全部どうせ空中分解なるだけだろうが?

 というか余計な公約多すぎだ。

 地域コミュニケーションを図るイベントをたくさん開催しますとかな! これ完全に俺達手ごまに使う気まんまんじゃねえか。破って捨てちまうぞ!

 てへっ!

 脳裏にあの小悪魔めいた可愛い笑い顔が浮かんだのだが、一周まわって、鉄拳で可愛がってやろうかまで想像しそうになった。おっとアブナイアブナイ平塚節は、マジで訴えられそうだから慎重にしないとな。

 

 説明するまでもないことだが、俺達はあの後和解した。

 そして一色の選挙の件に関して三人で真剣に話し合い、満場一致で結論を導きだした。

 それは……

 一色、なめんじゃねえよ!! と。

 まあ、つまりあいつはポップでカルチャーでスポット的なお手軽な肩書だけは欲しい、けど面倒は嫌だとかそういうことを平然と言ってしまえる舐めた女子であるということが、多角的な情報から、いや、特に由比ヶ浜の情報網から集まり、結果、だったらいっそ一色を生徒会長にしてしまえと、そういうことになったのだ。

 愛嬌もあって見た目も可愛い一年の女子が頑張る姿って……たぶん滅茶苦茶みんながときめくよ! とか、そんなことを奉仕部として進言してみたら、一色のやつは、ですよねーとか言って簡単に受諾。こいつやっぱりチョロインだったよ。

 ということで、その交換条件として俺達奉仕部が彼女のサポートをすることになったのだ。

 公約の文章とホームページの作製は俺の担当、雪ノ下は応援演説などの草案の執筆で、由比ヶ浜は広報の仕事になったというわけ。

 で、今に至るのだ。

 おっと、もうひとつ重大な話があるのだが、それは……

「ヒッキー、ねえヒッキーてば」

「お、おお。な、なんだよ?」

 急に由比ヶ浜に顔を近づかされて俺もドギマギしてしまった。ええと? 今何を考えていたんだっけか? と、そんなボヤっとした頭で由比ヶ浜をもう一度見ると、彼女はすぐに口を開いた。

「だから、このまえのあのオバケのおじさんの正体……なんだったのかなって?」

「ああ、そのことか……」

 あの時あれは確かにあそこにいた。

 優木の前に突然現れた大柄な太めの中年男性の姿。その透明な身体の手にはアーミーナイフが握られたままで、あのナイフによって俺は刺殺されるところだったのだ。

 だが、直後奴はナイフを残して消え去った。

 そして優木が正気にもどって……

 ほんと……いったいなんだったんだ、あれは。

 だが俺はなんとなくその正体を理解したような気がしていた。

 いや科学的にとか、個人を特定できただとかそういうことではないんだ。

 俺が理解したのは、あの存在が誰よりも自分を見て欲しいという承認欲求の塊であったのだということ。そしてその想いがどれほど当人を苦しめるのか、そのことを俺は理解していたんだ。

 人間一人ではやはり生きてはいけない。

 どんなに周囲を拒絶したところで、この日本という社会そのものが消えてなくなるわけでもないんだ。

 誰かに見て貰いたい、受け入れてもらいたい、知って貰いたい、理解してもらいたい。

 そんな欲求は誰にでもある。当然俺にだって。

 いや、俺は人並み以上にその欲求が強かったのかもしれない。ただ、それを生かせるだけのスキルを持ち合わせていなかった。だからいつもから周りをして、結局そんな自分に絶望し続けていたんだ。

 あいつはひょっとしたら……

 認めてもらいたかっただけだったのかもしれないな。特にこの俺に……

 同じような苦しみを抱いていたのであろうこの俺に。

 だから化けて出て……

 いやいやいや、だからって化けて出ちゃだめだろう。せめて出る前に行動をリサーチしておけって話だ。迷惑かけんなよな、マジで。危うく俺死んじゃうとこだったんだから。

 はあ、マジでもうマッカンに足向けて寝れねえよ。今度箱買いしても絶対枕もとにおくことにしよう、そうしよう。え? そういうことじゃないって?

「ま、そんな話はどうでもいいだろう」

「ふーん」

 俺はその話を適当に切り上げて仕事へと戻った。

 とにかくあいつは消えたんだ。もう心配ないとは思う。だが……

 

「もういい時間ね、今日はそろそろ終わりにしましょう」

「だな」

「っあー、疲れた!! ねえねえ、ヒッキー今日もうちに来る?」

「うっ……え、えーと、ど、どうしようか……」

「送っていってあげなさいな。それがナイトの役目でしょ」

「う……うう……」

「やたっ! じゃあさ、夕飯も食べていってね。ママも男の子の子供が出来たみたいってヒッキーが来るの超楽しみにして待ってるからさ、えへへ」

「じゃ、じゃあお言葉にあまえて」

「うん」

 そう、こんな感じで俺はほぼ毎日由比ヶ浜を家に送っている。というかもはや完全にお付き合いしているのである。

 もう説明は不要だろう。

 あの事件の直後、俺が刺されてしまったことが本当にショックで、由比ヶ浜は俺から離れられなくなってしまった。そしてその日の夜中、由比ヶ浜は本当に怖かった、俺がいなくなってしまったかと思った、苦しかったと懇々と俺へと思いを訴え続け、そんな由比ヶ浜が本当に愛おしくなって大事すぎて、その雰囲気のままに俺は彼女に愛の告白をしてしまったのだ。

 しまった!! と後悔したが後の祭り。いくらいい雰囲気だからって、いくら由比ヶ浜が可愛すぎたからって、俺の告白が成功する訳がないと思えたのだ。ああ、これでこの関係も御仕舞か……そう思った直後、なんと由比ヶ浜も俺へと告白してきた。

 そしていい雰囲気のままに、なんとすぐにファーストちゅ、ちゅーまで……

 なんだったんだろうかあれは。もう意識がほとんどないままに、ふわふわ、もやもや、まるで夢を見ているような感覚のままで長いキスをして……

 長く感じたが実は一瞬のことだった……とか、そんな表現を普通はしようものだが、実際あれは長かった。だって計測していたからな。俺のファーストキスは12分30秒だった。いや長すぎたな。後半舌を入れてもいいかな? とか考えちゃったし、結局入れなかったけども。

 こうしてお付き合いを始めもう一週間。

 付き合い初めは雪ノ下も飽きれた顔をしていたが、今はもう慣れたもので俺へともっとしっかりしなさいと叱ってくれるまである。

 おまえは一体どこの母親だよ。

 だが、そんな雪ノ下は言うのだ。貴方にはもっと男らしくあって欲しいのだと、私の目標であるのだから……と。

 雪ノ下は俺に幻想を抱きすぎなのだ。

 俺はそんな高尚な人間ではないからな。

 だが、決してそういう立場を譲ろうとしない由比ヶ浜と雪ノ下に、俺も完全に諦めた。いや、その言い方はおかしいな。俺も覚悟を決めたのだ。

 俺は決して二人を裏切らないと。

 由比ヶ浜が俺を恋人として必要とするのなら、当然それに応えられるようになるし、雪ノ下が俺を目標にするのなら、あいつに決して負けない自分になって見せる。そうしなければ俺は彼女達を守ることなど出来ないのだから。

 新たな関係になった俺達……

 雨降って地固まるではないが、もうどんな雨でも負けないようになってやろう。

 二度とてめえの好き勝手にはさせねえからな。

 あの消えた存在に嫌悪しつつも、そんな決心を俺は確かにした。

「さて、では帰るとしましょう」

 雪ノ下のその言葉を合図に俺達は奉仕部を出る。

 誰かに見つめられているような……そんな思い込みを胸に抱きながら……

 




【後書のようなもの】
 これでおしまい。
 この作品は今のpixivの現状を見ていたら居てもたってもいられなくなって思わず書いてしまいました。 
 ポイントは二つ。
 基本のストーリーは原作小説からの引用を多用することで俺ガイルの雰囲気の固定化に努めたことが一点目と、オリキャラ視点での彼の独白に詰め込めるだけ今のHACHIMAN信者の気持ちと実態を詰め込んだってところ。
 ですから原作を一度でも読んだことがある日とでしたら一話目から、『ああこれは相当な皮肉だな』と思えるはずなんですけども、どうやらこれを読まれた方の多くはそれに気づけなかったようで……
 残念でした。
 ともあれ、最後まで読んでくださって本当にありがとう。
 最後はHAHIMANに対してのアンチ・ヘイトで終わりだったけど、彼らっていつも言ってるじゃない。二次なんだから好きに書かせろって。まあそういうことです。
 一つ言いたいのは、今の二次小説書きさん達はみんな勘違いしているようですけど、二次小説ってグレーじゃなくて、真っ黒黒な完全違法行為ですからね、そこは忘れない方が良いと思いますよ。
 例えば『ブラックジャックによろしく』とか『恋姫』とかのような原作が二次創作を許可していれば問題はまったくないけどそうでない作品の場合、その全ての著作権は原作者にあるのですから。
 それを侵害されたと本来訴えることは可能ですが、世の中に二次作品があまりに多くその全ての侵害の度合いを裁判で図ることが困難なため、『あえて見て見ぬふりをしてもらっている』。そういうことです。
 ですからそのことを踏まえて執筆した方が良いということは言うまでもないかな。
 原作を貶めるようなことをして、結果誰も二次小説を書けなくなってもいやじゃない? どんなに自分で考えたのだもの!! って言ってもあくまで原作者は別なんだもの。貴方の作品じゃないからね?
 そんなに自分の好きに書きたいなら、多くの人の様に一次作品を書きなさいよ。そうすれば書籍化したり、アニメ化したりして印税もがっぽがっぽ貰えるかもよ? 
 なんて、他人の作品で好き勝手している人にアイデア出してみたり。
 言いたいことはこれだけです。二次はやっぱり原作ありき、だから節度を持って書いたり読んだりしましょうね。
 と、この話をみんなが理解してくれると嬉しいのだけどなぁ。
 まあ、そういうことです。
 本当にありがとうでした。ばいばい。


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愛しています。

もう少しだけね。


 あの時はただ怖かった……

 

 まるで暗闇に取り残されてしまったかのような絶望感に包まれて、もう何も考えることはできなかった。

 ほんの少しだけ……

 ただの興味本位で始めただけの、気まぐれの冒険…… 

 それだけだったはずなのに、あの突如現れた存在によって奈落へと突き落とされた。

 

『これはゲームであっても、遊びではない』

 

 あの時、あの存在が突き付けた私たちの現実を示唆する言葉。

 けれど、それを聞かされても、無力な私にはどうすることもできなかったのだから。

 

 それから数週間、私は震える身体を抱いてただ助けられることを待ち続けた。

 人づてに聞いた話では、先へと進もうとした多くの人たちが消えてしまったとのこと。

 でも、それを聞いても、あの宿屋に引きこもった私達には恐怖を募らせる要因にしかならなかった。

 なにもせず、ただジッと待つ。

 でも、そうしていても時間は過ぎていき、今こうしている自分は変わらぬ日常を送っているように感じられても、現実の身体はどんどん衰弱していくはず。

 それを理解していても、多くの人は立ち上がることすら出来なかった。

 ただ、ゆっくりと……

 ただ、静かに……

 すべてが腐っていく……

 私は確かにそれを感じていた。

 

 だから……

 

 私は立った。

 

 現実を取り戻すためには戦わなければならない世界なのだから。

 それが例えあの人の思惑のうち、踊らされているだけなのだとしても、助かるためには勝たなくては。

 いいえ、違う。

 多分あの時の私は生きている実感を求めていただけだ。

 

 ただ恐怖に震えて待つだけの人生なんて真っ平だったから。

 

 戦って戦って戦って……

 ただ死を待つだけの恐怖を、死を賭した戦いに身を投じることによって私は解消し続けた。

 戦って勝つことで少しずつ強くなれる。強くなって更に戦う。

 その繰り返し。

 でも、それは自分自身をすり減らしていく行為でもあった。

 それとゲームのことを良く知らない私には限界があったから。

 

 いつか誰かに頼らなくてはならない時がきっとくる。

 でも、頼ってそしてその人が死んでしまったとしたら……

 

 それを思うと胸が苦しく、死ぬのならば自分一人のままの方が良いと、何度も何度も心変わりを繰り返した。

 

 そのようなある日に私は彼と出会った。

 

 私と同じソロプレイヤーであり、あまりしゃべらない寡黙な存在。

 でも、私とは違ってこのゲームのことにも詳しくて、そしてなにより強かった。

 彼との出会いによって私は新たな道を切り開くことができた。

 

 今まで一人では戦うことができなかったレイド戦での振る舞い方や、強力なソードスキルの会得方法……パーティプレイの重要性。

 なにより、彼は私の心の支えになってくれた。

 

 絶え間ない戦いの日々の中で確かに衝突もしたけれど、私にとっては確かにかけがえの無い日々だった。

 二人で解決した圏内殺人事件や、気分転換のつもりの二人パーティでのボス攻略、そして、仲間の裏切りからの彼の救出。

 彼の死を予感したあの時、私は心から願った。

 どうか、この人だけは私から奪わないで……と。

 

 そして私は彼を愛するようになった。

 彼もまた私を愛おしく思うようになってくれた。

  

 私にはそれが堪らなく嬉しかった。

 

 そしてあの運命の日。

 

 私と彼は命を賭けてあの戦いを終らせた。

 

 結局二人して死んでしまったかと思ったあの時、私達は確かにお互いきつくきつく抱き合い、その存在を確かめ合った。

 そうしながら崩壊していくあの世界を見ながら心からの想いを贈ったのだもの。

 

 愛しています……

 

 私は彼を愛しています……と。

 

 そう……

 

 彼、『比企谷八幡』を……

 

 

 

 

 



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比企谷八幡は彼女の頭を撫でる?

 『ぼっち』などと言ったところで人との繋がりを完全に消せるわけもなく、日々生活をしていれば新たな出会い、新たな関係の構築がなされるわけで、その無遠慮な振る舞いは否応なくこの俺にも振りかかってくるのは当然のことだ。

 そのことについて、この俺がとやかく言うつもりなど毛頭ない。

 実際に俺であっても日々新たな人間関係を更新しているわけであり、その先にあって『恋人』という存在を手に入れるに至ったのだから。

 

 だというのに……

 

「ハチくん! 私を見てよ!」

「は……い……?」

 放課後……早めに部活を切り上げて、学校の正門を出ようとしていた俺の腕に、一人の女子が腕を絡めつつ抱き着いてきた。

 その女子は漸くできた俺の彼女……頭にお団子を結った明るい茶髪の由比ヶ浜……ではない!!

 そこにいたのは、長い茶髪の一部を編んで、結んで、上げてある(この複雑怪奇な髪型はいったいなんだ?)、同い年くらいの他校の女子。

 だれだこいつ?

 というか、離れたい、逃げたいのに両腕でひっしと掴まれているために、まったく逃れることが出来ない! 

 できなかったから、瞬間、俺はあんなぼっちについての考察などを頭の中で垂れ流したのだ!! 

 素数を数えるがごとくに!!

「あ、あんたは誰だ?」

 そう尋ねるも、自分の頬を俺の腕へと擦り付けてくるばかりでろくな反応をかえしてもくれない見知らぬ女。

 だから、俺も何もせず、なるべく彼女から遠のこうと、伸ばせるだけ首を伸ばして距離をとってみたりした。

 べらぼーって叫んでみようかしら?

 いや、ホントになんなんだこの人は。

「ふふふー、うふふー、ねえハチくん、あの時みたいに私の頭撫でてよー、ふふ」

 いったいなんの冗談ですか、おねいさん。

 あの時もなにも俺はあんたのことなんか知らねえよ。っていうか、頭撫でるとか、そんなのお兄ちゃんスキル出しちゃった時の、小町ちゃん専用ご褒美だっつーの。そもそも結衣だってまだちゃんと撫でたことないし、キモがられる自信がありすぎる! 

 だというのに、この女は……

 そいつはニコニコ笑顔を俺に向けて甘えるように言った。

「はやく~~~~」

「えー、はい」

 で、彼女の頭へと手を伸ばしかけたその時、その触る寸前にハッと気が付いて俺はその手を引っ込めた。

「いやいやいや、なんで俺が赤の他人のあんたの頭を撫でなきゃならないんですか。というか本当にあんた誰?」

 危ない危ない、危うく何となくで頭を撫でてしまうところだった。

 本当になんなんだこの人は。

 俺はこんな女本当に知らないし、甘えられるいわれもないし、そもそも俺は『ハチくん』なんて呼ばれたことは今までの八幡人生史上一度もない。

 何、俺、忠犬ハチ公とか、ミツバチなんとかとか、ハッチぼっちステ〇ションとかなの? ぼっちなだけに!!

 いや、もうそんなことはどうでもいい。

 抱き着かれているこのシチュエーションを本当になんとかしなくては、まずい! まずすぎる。

 何がまずいって、この人滅茶苦茶美人なのだ。はっきり言って、10人いたら10人ともが可愛いと評するであろう容姿をしていて、しかもかなり発育も宜しくて……というか、めっちゃ当たっているし!!

 これ、由比ヶ浜ほどではないが、かなり裕福なモノをお持ちでいらっしゃる。

 だからまずいのだ。

 こんなシーンを人に見られた日には、男どもには妬み嫉みの反感を確実に喰らうし、女どもには超気持ち悪い! 汚らわしいと罵詈雑言を浴びせられるに決まっている!

 俺の人生マジ終了!! 

 くっ!! ここまでボッチ街道で我が道を無事に進んで来れたのに、こんな訳の分からない女のせいで、この状況に追い込まれちまった。

 俺は!!

 俺は静かにひっそりとしていたいんだよ!!

 と、本気で泣きそうになっていたところに、とどめを刺されたわけだけどな、こいつに。

「あーーーーーー!! ひ、ヒッキー――――!! な、なんで他の女の子と抱きあってるの……」

 そこに立っていたのは俺の彼女こと、結衣。結衣はわなわな震えながら、腕に女をぶら下げたままの俺を見て目を潤ませ始めていた。

「由比ヶ浜!! 違っ!!」

「なんで……なんでそんなこと……」

 そう言いかけた時だった。

「あなたが由比ヶ浜さんなの? あなた、私のハチくんに何をしたか分かっているの?」

「え? え?」

 涙を流しかけていた結衣に向かって、突然俺の手を放したその女が腕を組んだままでそう吠えた。

 俺からは後ろ姿しか見えないが、明らかに彼女は激昂していた。

「あなたが修学旅行の時にハチくんにしたことは本当に最低なことなのよ。あなたに全部任せるわと言ったのに、彼が嘘の告白をしたことが嫌だったからというだけで、人の気持ち、もっと考えてよなんて、よくそんなことがいえたわね。私は貴女を心から軽蔑するわ」

 結衣はそれを茫然と聞きながら、真剣に彼女の顔をまじまじとのぞき込んでいた。流していた涙はとっくに消えているし。どうやら目の前のこの女がどうしてあのことを知っているのかを考えているようだ。

 それは俺も同じで、俺も思い出そうとするのだが、まったくこの女の正体がわからない。

 もっとも可能性が高いのは、葉山たちのグループの関係だろうということ。

 あの中の誰かの友達なのかもしれない。

 だが、ならどうして俺に馴れ馴れしくしたんだ? 陽乃さんがらみか? あの人もたまに無遠慮にボディタッチしまくってくることがあるが、今回のこの女はあれに輪をかけて酷いのだ。まるで恋人にするような振る舞いで……

 そう思った時、この女は結衣に言い放った。

「私は結城明日奈。見ての通りこの最高にかっこいい素敵なハチくんと永遠の愛を誓い合った、彼の『奥さん』よ。もう彼に近づかないで、この泥棒猫」

「「ええっーーーー!?」」

 俺と結衣がほぼ同時に絶叫したがこれは当然だ。

 結衣は直後高速で俺へと首をまわして懇願するような瞳を向けてくるも、俺はそれに高速で首を振って否定することしかできない。

 いや、おかしすぎるだろういくらなんでも。知り合いでも、友達でも、恋人でもなくて、なんで『奥さん』?

 俺いったいいつ婚姻届けなんて書いたんだよ!! っていうか、まだ17だから結婚できねえだろうが!!

 もう本当に訳が分からなくなったその時だった。

「アスナ……」

「キリトくん? ほら、ハチくんにやっと会えたよ。あなたも会いたかったよね、親友だものね」

「ああ、そうだな……」

 そこに立っていたのは黒の革ジャンに身を包んだ小柄な少年……に見えるが、俺よりも明らかに年下だよな。っていうかなに? 親友? 

 あれ? 何もしていないのに、ボッチの俺に奥さんと親友が出来ちゃってるんだが、わーい。

 その目つきの鋭い黒い服の彼がまっすぐに俺へと近づいてくる。そして、そっと俺の耳元に顔を寄せてくると小声で言った。

『悪い……今は話を合わせてくれ』

「ん? あ、お、おお」

 適当に相槌を入れて彼を見てみれば、アスナと呼んだ彼女を向きながら言った。

「アスナ……今は先にALOにログインする方が先だっただろ? ほら、アミュスフィアをエギルの車に用意してあるから、そこでログインしなよ」

「えー、私は愛しいハチくんともっと一緒にいたいよ」

「ハチ……は、今アカウントを失効しているからログインできないんだ。ほら、向こうでリーファ達が待っているだろ? 早く行って、ハチに会えたことを伝えてやれよ」

「そうだね……うん、わかった。じゃあハチくん、また後でね。あ、アバターはスプリガンにしてよね、やっぱり隠者(ハーミット)な君には黒が最高に似合うと思うから。じゃあね」

 そう意味不明なことを言ったアスナさんは、小走りに駆けていき、学校脇に路駐してあったシルバーのバンの後部座席に入った。

 そのバンの運転席を見れば、大柄で禿げあがった頭のいかつい外国人風の男が窓越しに俺を睨んでいた。

 いや、あれマフィアのボスかなんかだろう? 

 や、やめろよ、リアルにこええよ。まだ死にたくなんかねえよ、俺は。

 気が付けば俺のすぐわきに結衣が歩み寄ってきていた。というか、不安げに俺を見上げていた。

 いや、そんな顔されたってな、今の俺に言えることなんかねえよ、何もわからねえんだから。

「本当にすまない。こんなことに巻き込んでしまって……」

 突然そんなことを言ったのはキリトくんだ。

 彼は申し訳なさそうに俺と結衣の顔を見た。

 すると、今度は結衣が言った。

「あ、あの……これはどういうことなんですか? あの人はいったい……」

 そう言いかけて不安げに俺を見てくるのだが、俺はもう首を横に振るしかなかった。

 すると、目の前のキリトくんが大きくため息を吐いてから、口を開いた。

「俺の名前は桐ケ谷和人。彼女は……結城明日奈は、俺と将来を誓い合った最愛の女性なんだ」

「「ええええっ!?」」

 この日二度目の絶叫を俺と結衣はハモったのだった。



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でぃあべる

書く時間が少ないので少しづつね。


「あら、今日はもう帰ったのでなかったの?」

 

 部室の戸をガラガラっと開けて中へと入れば、そこでは雪ノ下が何かをノートに書いていた。というかこいつ勉強していたのか。分厚い何かの資料のような物を眺めつつ、ノートへと書き写していた。

 それを見た由比ヶ浜が慌てた様子で声をかけた。

「や、やー、ごめんねゆきのん、勉強の邪魔をしちゃって」

「別にかまわないわ。私をちらちらイヤらしい腐った目つきで見てくる男がいなくなったから、集中できると思って勉強していただけだもの」

「ちょっとちょっとそこ、さりげなく俺のこと滅茶苦茶ディスるのマジやめてね」

「ヒッキー、ゆきのんのことエッチな目で見てたんだ!?」

 と、急にむぅっと頬を膨らませた結衣が俺を睨んできやがるし。

「いや、だからなんでそうなるんだ、んなわけねーだろ。そもそももしそうだとしたら、俺はとっくの昔に雪ノ下に告白して振られてる」

 ついでに、やらかしたその黒歴史の恥ずかしさに、泣いて喚いて悶絶して学校来れなくまであるが。

「ホントに……なんもない?」

 そう懇願するようなお団子さんに見上げられて俺はただ大きく頷いてみせた。

 すると、少し表情を緩ませた結衣が言う。

「そっか……なら安心した」

 え? それでいいの? 俺が言うのもなんだが、今の俺って相当にクズいとおもうのだが。だって見知らぬ女にあんなことされて、あんなこと言われて……

 っと、そこで思い出した。

「あー、雪ノ下。その、なんだ……依頼人みたいな奴を連れてきた」

「依頼人?」

「ああ、いいぞ、入ってくれ」

 そう入口へと声をかければ、そこから例の黒服のキリト君が部室内へと入ってきた。

 と、なぜか、その後ろからしたり顔の材木座が。

 っていうか、キリト君材木座の方を振り向いてめちゃくちゃビビっているのだが、お前それだけ接近するなら、一言くらい声かけてやれよ。それめちゃくちゃこえーからなそれ。どんだけ人見知りなんだよ!

「材木座。今忙しいんだが、何しに来た」

「ふっふっふっふーん。最近八幡が我を全然かまってくれなくてあまりに寂しすぎてしまってな! いったい放課後に新しく出来た彼女とどんなニャンニャンをいたしているのか、覗きに来てみたというわけだ!!」

 そんなことを眼鏡をきらりんと光らせつつ宣う材木座。覗きにって言っちゃったよこいつ。

 なにこいつ相変わらず空気読めねえな。みろよこの二人の顔。完全にお前を変質者として見ている目だよ、これは。え? なんでそれが分かるって?

 普段から俺も女子にそういう目を向けられているからだ、てへっ!!

「どうどうとデバガメ宣言してんじゃねえよ、マジふざけろ。俺たちは忙しいと言っているだろうが。お前のそのちっこい目玉にはこの依頼者の姿が映らねえのかよ」

 そう言ってみれば、一度キリトくんをチラ見した材木座が腕を組見つつ宣言。

「うむ! ならばよし。我もその相談とやらにのってやろうではないか。なに、心配はするな。我は今……とっても暇なのだ!!」

 むっふんと大きく鼻を膨らませる材木座。

 だったらさっさと帰れよと瞬間突っ込みたくなったが、材木座のやつはさささっと椅子を二つ運んできて、その内のひとつにキリトくんを座らせ、次いで自分もドカッと偉そうに座りやがった。

 こいつ、マジで暇なんだな……

 そんな材木座を見ながら、驚いた感じでキリトくんがぽそりと何やらを言ったのだが、良く聞こえなかった。

 でぃあべる? とかなんとか……? ほんと、なんなんだ?

 俺は頭を掻いてから雪ノ下に向き直った。

「あー、まあいいや。とにかくあれだ。この人はえーと……」

「俺は桐ケ谷和人……です。みんなにはキリトとも呼ばれているけど。今回ここに来たのは俺の……ええと、恋人を助けたいからなんだ」

「というわけだ」

「どういうわけかしら?」

 あらあら雪ノ下さん、察しが悪いですわよ、おほほほほほ。

 いや、俺もまったく理解していないのだけれどな。すまんね、こんなんで。

 雪ノ下は改まってキリト君を見るとまっすぐに見つめて問いかけた。

「あなたの恋人を助ける……主目的は解るのだけれど、現状の説明とどうしてここに来たのかを伺いたいわね」

 とまあ、まさに的確な質問を投げる雪ノ下に、良くわかっていなかった俺と結衣の二人は思わず拍手してしまった。

 やはり、相談事はゆきのんさんに持ってくるに限る。

 マジリスペクトだわぁ。

「わかった。なら最初から説明する。俺は……俺とアスナはSAO生還者なんだ」

 

 

 

 



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SAO事件

「つまり、貴方たちはそのゲームの世界に数年間囚われて、漸く解放されたかと思ったけれど、その……アスナさんはまだ覚醒することができなくて、それでも諦めずに彼女を探して助け出した……と。でも、その後彼女は覚醒後に意味不明な言動が増えて、愛し合ったはずの貴方のことを、ただの知り合いとして扱い、なぜかそこの貧相な顔で、目付きの怪しい、なんとなく残念なこの比企谷君のことを恋人と認定してしまっていたと……そういうことで良いのかしら?」

「あ、ああ……まあ概ね、その通りだ」

 と、キリト君は気まずそうな顔を俺へと向けつつ小声でそう答えた。

 ごめんね、気を遣わせて!!

 俺の隣では真顔で『愛し合った』と言った雪ノ下の隣で、結衣が真っ赤になってきゃーと頬を抑えているのだが、俺はマジで納得いかん。

「雪ノ下さん? なにも確認シーンでまで俺のことディスらないでも良くはありませんこと?」 

「あら……私としては普通の会話のつもりだったのだけれど……次から気をつけることにするわね」

 にこりと微笑む雪ノ下。あー、良い笑顔だなー。こいつ絶対気を付ける気ねーし。

 雪ノ下は顎にてを当てて口を開く。

「可能性としては色々考えられるのだけれど、比企谷君がなにか催眠術のようなものをつかって彼女を操ったか、彼女に現金を渡してあえてそのような演技をさせているか、もしくは、彼女の弱味を握って無理矢理に恋人のように振る舞わせているか……」

「こらこらこら!! なんでその色々が全部俺の犯罪行為になってんだよ。俺がそんなことするわけねえだろうが!!」

「そうね、あなたにそんなことができるなら、私たちの貞操は露と消えていたわね。失言だったわ」

「今のも十分失言ですけどね、お前の中の俺はいったいどうなってんだよ」

「ヒッキー……」

 またもや拗ねた顔になる由比ヶ浜……もうこいつは付き合うようになってから情緒が滅茶苦茶不安定になっている気がするのだが。

「だからするわけねえから、いちいち心配すんな」

「う、うん……」

 それでもやはり何か不安なのか、結衣は俺のそでを摘まんだままで離れようとしない。うう、なんというかこういうのは二人きりだけの時にしてもらいたい。衆人環視マジキツイ。リアルに軽く死ねる!

 俺は頭を掻きつつ雪ノ下を見る。

「ったく、話が進まねえよ。とにかくそういうことだ。理由は分からねえが、そのなんとかってゲームを終えてみたらアスナさんがまるで別人の様になったしまった。でだ、会ったこともない俺にゾッコンでしかも婚約どころかもうすでに結婚までしていると思い込んでいるらしい」

 隣で怯える結衣をわき目に見つつ、そう言ってみれば、今度はキリト君が口を開いた。

「アスナの口からハチ……比企谷さんの話が出るようになってから俺達は色々と調べてみた。当然だが、仲間内にもハチとという存在はいないし、聞いたことすらなかった。それで、アスナが同じように言っていた、『総武高の奉仕部』という名称を元にここに辿り着いたってわけだよ。正直、アスナはただの妄想を垂れ流しているだけかとも思ったのだけど、比企谷さんの存在が分かったからこうして確認の意味もあって面通しでアスナを連れてきたんだ。本当に……これには驚いたってのが素直な感想だよ」

 そう大きく息を吐くキリト君。なんだ、本当に驚いていたのか。結構平然としている風に見えたんだが。

 そりゃそうだよな。

 自分が愛……いや、こいつ良くもまあこんなセリフを人前で言い放ちやがったな、こっちが本気で恥ずかしいよ。まあ、いい。自分の好きな相手が、こんな貧相な俺を見て抱き着きやがったんだからな、普通に考えてかなりムカつくだろう。

 良く耐えている……いや、実はもう俺を殺したくてたまらないのではないか? おいやめてくれよそれだけは。俺絶対キリト君に勝てない自信あるから。さっきから感じる彼の気配から只者ではないことくらい俺にだってわかっているのだからな。マジで逃げたい、帰りたい。

「ふう、話は大体わかったわ」

 ジッと思案していた雪ノ下がそっと伏せていた目を上げてこちらを見た。それからゆっくりとキリト君へと向き直る。

「でもそういうことなら、私達の所ではなく病院などの医療関係に相談すべきではないかしら。彼女の記憶の障害であるなら、まずはそちらが優先でしょう」

 ま、それは当然の考えだし俺もそう考えるが、雪ノ下、俺達が考えつくくらいのことだ。それは当然……

「ああ、もうすでに受診しているよ。でも、特に記憶の改変以外には身体に異常は見られなかった。俺としてはもっと根源的な部分で何か問題があるように思えるんだ」

 そういうことだろうな。

 病院という施設にいけばなんでも治るという考え方はただの暴論だ。

 医者にできることなど、既存の医療知識を元にした回復施術のみ。未知の病気や特定不能の症状に関してはほとんど対応できないことを、現代社会の俺達はもうすでに知っている。

 多分彼は藁にも縋る思いでここに来たという事なのだ。

 当事者であるかもしれないとはいえ、ただの高校生に医者でも分からない症状の改善など、図れようはずがないのだから。

 そう考えていたところで、俺の袖を握ったままの結衣が声をだした。

「じゃあさ、キリトさんはどうしたいと思っているの?」

 キリト君は眉間にしわを寄せて呻くようにつぶやいた。

「分からない……どうしたら良いのか、本当に。何か、少しでもとっかかりのような物でもあれば、それを試してみたいとはおもっているんだけど……」

 彼にとってももうお手上げなのだろう。

 アスナさんのことを思い返してみれば、あの人の振る舞い言動は確かに異常だと思えたが、別になにか問題を抱えている様子ではなかった。ごく自然で……狂人のそれではなく理知的ではあったのだ。

 アレを治す? どうやって?

「うーん」

 もう唸り声しか出ない。

 雪ノ下も顎に手を当てての長考に入ってしまっているしな。こいついったい何手先まで見通そうとしてんだよ。

 まったく、めんどくさい話しになってきやがった。

「そもそも、そのソード……なんとかってゲームはいったいなんなんだよ? ゲームに囚われるとかって、そんなにお前らゲーム漬けの廃人プレイしていたのか? しかも何年も。よくそれで引きこもりにならなかったな」

「え?」

 至極もっともなことを言ったつもりだったが、突然キリト君が驚いたような顔になって俺を見つめてきた。

 雪ノ下たちもその彼の挙動に驚いたのか、そちらを向いたし。

「いや、なんだよ、その顔は。お前ら廃ゲーマーじゃねえのかよ?」

 当たり前のように言ったわけだが、彼は突然俺に言った。

「比企谷さんは、ソードアート・オンラインを、『SAO事件』を聞いたことないのか?」

 SAO事件? 聞いたことあるような、ないような……だいたい、新聞やテレビのニュースって、タイトル用に略称使ったりしちゃうけど、あれ初見だと本当になんのことやらさっぱりな時あるものな。SAOだから、まあ、ソードなんとかの略なんだろうが、ゲームがらみの事件か。なんかあったっけ?

「聞いたこと……は、多分ない」

 そう言ってみれば、雪ノ下と由比ヶ浜も同じように首を振る。

「うむ!! 我もないな!!」

 おっと、居たのか材木座!! いや、いたな、確かにずっと。こいつ実は他人が話している時はずっと静かにしていられる子なんだよな。流石ぼっち、隠密スキルの使い方熟知しすぎている。

「し、信じられない……あんな大事件だったのに……千葉では放送していなかったのか?」

「はあ? 千葉ディスってんじゃねえよ。舐めんな! テレビ番組めちゃくちゃあるわ!!」

 千葉テレビとか千葉テレビとか千葉テレビとか!! 

「そ、そうか……悪い」

 そう謝るキリトくんだが、千葉を出した以上これだけは聞いておかなければ。

「で、キリト君はどこの出身なんだよ?」

 いったいお前がどこの何様かは知らないが、千葉を見下したわけではなさそうだし、ご当地はきちんと把握したうえで尊重しあわなければな。ま、まあもし東京とか言ったなら、ああ東京ね! 千葉にもあるよね、東京ディスティニーとか、新東京国際空港とか‼ って言いつつ仲良くなるのが千葉県民の鉄板だ!!

「あ……えと、埼玉の川越だ」

 埼玉……

 うん、知ってる。

 ああ、知っているとも埼玉。

 ええと、東京の上? で、群馬の下……あれ、栃木の下だっけ? 確か大宮がさいたま市に変わったとかで、春日部防衛隊があって、浦和ファンだけは絶対敵に回しちゃだめだ的なことを、ジェフユナイテッド市原・千葉のファンの人が言ってたなー。うん、知ってる埼玉! (さい)の国埼玉、超リスペクト!!

 と、そこまで想起したがいまいち自信がなかったので相槌のみにしておいた。

「へー」

 そんな俺に白い眼を向けてくるのは雪ノ下だ。なんかこいつにだけは俺の思考を全部読まれている気がするのだが、気のせいですか、そうですか。

「ふう、まあ、比企谷君の話はおいておくとして、そのSAO事件というのはいったいなにかしら? 私たちの不勉強のせいかとは思うのだけれど、一応教えてくれないかしら」

「わ、わかった」

 そして、キリト君が語った。

 

 

 

 

「フルダイブVRMMO? つまり仮想世界に入りこんでゲームをプレイしていたということなの?」

 そう尋ねた雪ノ下にキリトくんも困惑顔だ。

「VRのことも分らないのか……千葉にはアミュスフィアは売って……いや、なんでもない」

 キリト君は俺をチラリとみて言葉を飲み込んだ。『I ❤ 千葉』! これ絶対。

「ふう、話がいよいよ分からなくなってきたわね。私はただのゲーム中毒からの妄想状態になってしまったくらいの話かと思っていたのだけれど」

 雪ノ下……お前もなかなかあけすけに酷いな。

 同い年くらいのあのアスナさんがゲームやりすぎでナチュラル廃になりましたとかって、かなりひどい発想だぞ。まあ、愛してる言っちゃうくらいだから、キリト君も同じような病気なんじゃないかって疑っていたのはここだけの話。

「ゲームだったらヒッキーが詳しいからすぐに解決するかと思ったんだけど……ほら、なんかいっぱいやってるじゃん、もーはん? とか」

「モンハンな! あれはやり込み要素が多すぎでいくらやっても終わらねえだけだよ」

 っていうかマジで終わらねえし。

 俺この半年でいったい何本のモンハンをやっているのやら。

 カプコ○さんマジで力入れすぎだっつーの。たった半年で新作3本以上作らないでください、マジでクリアー間に合いませんから!!

「モンハンは4Gが至高であるな!!」

「材木座、それ廃人にしか言えないセリフだからな。人前言わない方が良いぞ」

 最高は2dだっつーの、なんも分かってねえなこいつは。というか、俺マジでクリアできてないから。

「あなたたちのゲーム談義はどうでも良いのよ。少し黙っていてくれるかしら?」

「「あはい」」

 久々のまじのんマジかっこいい! そこに痺れるあこがれる~~!! いえ、なんでもないです、はい。

 雪ノ下がまっすぐにキリト君を見ていた。

「つまり、4000人もの人がそのゲームをプレイしている最中に死亡して、でもあなたたちは生還したと。そしてそのアスナさんがおかしくなったというわけね。これはPTSD(心的外傷ストレス症)を発症したようにも思うのだけれど、診察を受けているのだからそのこともすでに否定されているということよね」

「うん、そうだよ。アスナの場合はもっと……そう、脳の記憶の改ざん……いや、彼女の存在自体を書き替えられたような感じに思える」

「そんなことが可能とは思えないのだけれど」

「いや、実際にフルダイブMMO自体が脳神経とクラウドネットワークの接続が前提条件になっているから、外部から脳への電磁波による何らかの処置を施すことは理論上可能なんだ。現にその類の研究をしていた人間も最近逮捕されたし。でも……」

「でも?」

 考えつつ話すキリト君に雪ノ下が声を掛ける。

 それを黙って聞きながらキリト君を見ていると、彼は呻くようにつぶやいた。

「今のアスナは……完全に別人なんだ……。記憶を失ったとか書き替えられたとか……そんなレベルではないほどに」

 その時、きゅっと結衣が俺の袖を引く力を強めた。

 チラリと見て見れば泣きそうな顔になってしまっていた。

 彼女にはキリト君のいまの思いが痛烈に伝わってしまっているのだろう。

 自分が心をゆるしていた相手が変わってしまった。それだけでも相当な辛さであるはずだが、それをどうすることも出来ない現実がそこにあるのだ。

 人が死ぬゲームがあって、記憶どころか存在そのものを書き換えられてしまった恋人がいて、しかも会ったこともない赤の他人のことを愛しているという。

 こんなにも胸糞悪い話はない。

 だが、これはどうしようもない。

 医者も手を出せないような事態になってしまっているのだから。そう思っていたのだが。

「なら、話は簡単ね。記憶を書き替えられていた被害者が居て、その被害者の上書された記憶にある恋人も現れた。そうであるなら全ての原因は明らかよ」

「は?」

 その場の全員が薄く微笑んでいる彼女を見ていた。いったい何を言うのかと呆気にとられながら。

 そして彼女は言った。

「すべての原因はそのゲームから始まっている。ならば、みんなでそのゲームをプレイしてみましょう」



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「あ! ハチくーん!!」

 

 俺の目の前にはとんでもなくクオリティーの高い美麗な世界が広がっていた。

 というか、これはいったいなんなんだ? ゲーム? マジでゲームなのか?

 いや、マジかよ。

 目を凝らせば、遠くの山麓に積もる雪までキラキラ光っているように見えるし、パッと見で林に見えるその場所には、確かに一本一本の形の違う木が描かれていて、その集合体で林になっているし。

 もしこれが本当にゲームであるとしたら、作った奴はいったい何を考えてここまで作り込んだのか。まさにこの世界を作った奴は本物の変態でまちがいない。頑張りすぎだ。

 普通ゲームならこんなに作り込まないでテクスチャ貼って終わりだろうに、いったいなんでこんな細かく設定してんだよ。

 俺は足元の土に触れてみたが、そこを掘ることは流石に出来なかったが、落ちている小石は拾えたし、生えている草も触れることが出来た。

 うーん。いや、まじでこれはとんでもねえな。これが本当にゲームなのか。

 

 つい先ほど、奉仕部の部室でのやりとりの中で、雪ノ下の奴が急に、では、ゲームをやってみましょうと言い出したものだから、流石の俺も即反対した。

 聞いた話ではあるが、そのゲームでは既に4000人もの人が死んでいるらしい。

 10000分の4000の死。

 プレイヤ―の40%が死ぬゲームなんて誰がやりたいものか。当然そんな危険なところに俺だけでなく俺の知り合いや彼女を連れていきたいなどとは到底思えなかった。

 だが、平然と雪ノ下は言ったのだ。

『それでも現在キリトさん達はそのゲームをプレイしている。ならば当然安全対策は万全なのでしょう』

 と。

 まあ、言いたいことは分かるのだが、現実問題として人が死んだゲームに行きたくはない。特に精神衛生上。

 だが、キリト君は言った。

 すでにその『SAO(ソードアート・オンライン)』は無くなっているし、多くの人を死に追いやったフルダイブマシン、ナーヴ・ギアも使用は禁止されている、と。現状キリト君達がプレイしているゲームは『ALO(アルヴヘイム・オンライン)』はSAOのシステムを流用はしていても別物だし、フルダイブマシンも今は安全な『アミュスフィア』という低出力の機材に変更されているから、生身へのダメージはないと。

 そもそも何言っているんだこいつ、言っている内容はさっぱりわからん。 中二病拗らせすぎか? とツッコミしかなかったが、要は今は安全だからゲームをプレイしても大丈夫ですよということらしい。

 難しい用語多用するとちょっと頭良く見えるよね、やりすぎると痛いだけだけど。

 などと、ちょっと本気でキリト君の頭を心配し始めていたところで彼が、『エギルのバンに五人分のアミュスフィアがあるから、それでダイブしてみよう』などと、言い始めてしまったので、俺達は顔を見合わせてから、じゃ、じゃあしかたないなと、彼らのバンへと向かったのだった。

 路駐していた車は大きなもので、前に二人掛け、二列目、三列目にはそれぞれ三人並んで座れるタイプのもので、車幅もあるのでかなりゆったり座れる感じ。その二列目の奥には、さきほど俺をハチくん呼ばわりしたアスナさんが、ゴーグルタイプのメガネのような物をかけて静かに寝息を立てていた。

 寝ているのか? とも思ったが、どうやらフルダイブしてのゲーム中のようだな。

 キリト君にエギルと呼ばれたその禿げの男性は、ギルバートいうらしいのだが、彼らは二人してアスナさんが装着しているのと同様のゴーグルを何かの機械に取り付けると、それからそれを俺達へと手渡してきた。そして車に乗り込んだわけだが、一番最後部に俺、結衣、雪ノ下の順に座り、二列目にアスナさんとキリト君、で助手席に材木座が座ってギルバートさんに何やら話しかけられてめちゃくちゃ怖がっていたという感じ。

 別に無理して呼んだわけじゃねえんだからそこで大人しくしていろよ、と思いつつ、俺達は初めてその世界へと足を踏み入れることになったというわけだ。

 

「ねえ、ハチくんってば!!」

「ふあっ!?」

 急になにやら柔らかい感触に抱きしめられ、思わずそっちへと顔を向けてみれば、そこに居たのは青い髪の綺麗な女性……だが、なにやらその顔立ちなどが、あのアスナさんに似ているような気がした。

「ええと、あの、あ、アスナさんですか?」

「そうよ、そう。私よハチくん。ははっ! このアバターであったの初めてだけど、分かってくれるなんて超うれしい!! やっぱり私たちが愛し合っているからだよね」

 いや、単にあんたのそのキャラの顔がリアルの顔に似ていたってだけだから。愛し合ってなんかないから。まじこええよ。猟奇だよ。

 アスナさんは浮かれた様子でまじまじと俺の身体を舐めるように見る。そしてまた抱き着きながら言った。

「お願いした通りスプリガンにしてくれたんだね!! 嬉しい本当に!! やっぱり『黒の剣士』はこうでなくっちゃ!!」

 黒の剣士? いったいなんのこっちゃ?

 俺の姿はこのゲームを始めるときに選択する種族のうちのひとつ、『スプリガン』とかいう妖精の身体になっている。たしか、悪戯好きの~~とか、そんなニュアンスの説明書きがあったような気がするが、要はゲームのアバターだ。顔とかは一応元の俺に近くなるように選択したつもりだが、流石に『濁っていて腐った目』は無かったから、なんというか結構キラキラしているせいで、違和感が半端ない。やっぱりもっとクールで鋭い感じの方が……だから俺の目は腐ってねえから。

 とにかくだ、このアスナさんの浮かれた感じが超怖い。目は俺を見ているのだが、どことなく焦点が定まっておらず、テンションが妙に高いままに俺へと纏わりついてきているこの状況は、なにか芝居じみていて、その心境を察することがまったくできない。

 そう考察し背筋に嫌な汗が流れるも、ここで突き放してはせっかく来た意味も何もないと、俺は何も言わずにグッと耐えた。

 さて、どう対応するべきか。このままされるべきで本当に良いのかどうか。

 そう思案していた時だった。

「ヒ、ヒッキー……?」

「比企谷君……と、アスナさんでいいのかしら?」

「お、お前ら……」

 そこに居たのは黄色っぽい服を着た二人の女性のアバター。

 言葉遣いとその表情の見た目からして結衣と雪ノ下の様だが、なんというか、決定的に違う部分が存在していた。

「お前ら、なんで耳と尻尾がついてんだよ」

 そう、結衣と雪ノ下の頭には大きな猫耳……というか犬? 狐? みたいな耳が生えていて、その背後からは長い尻尾が伸びているのだ。で、先ほどから顔は真剣な様子なのだが、雪ノ下のやつはずっと結衣のその耳や尻尾を触り続けていて、ときおり結衣が『ひゃうっ!!』などと声を出しているし。なにそれ、神経通ってるの?

「あ、えーとね、ゆ、ゆきのんが、ひゃんっ!! うう……、ゆきのんがどうしてもこのアバターが良いって、だから」

「そんなことはないわ。私は由比ヶ浜さんと同じ種族にしておいた方が何かと便利なのではないかしらと言っただけなのだけれど」

 あーはいはい、他の種族を選ばせてもらえなかっただけなんですね、由比ヶ浜さんは。そんなふにふにさすりさしりしながら言っても何の説得力もねえよ、雪ノ下。マジ『ねこのした』さんだな。

 結衣はもはや完全に雪ノ下の玩具状態、これはもうなんの役にも立たねえな。

 と、そんな二人のもとに、一番の問題人物が歩み寄った。

「あなたたち……『ユキノシタサン』と『ユイガハマサン』ね? なんであなたたちが私の愛しいハチくんと仲良さそうにしているのかしら? あなたたちのせいでハチくんは心に深い傷を負ったのよ。だからハチくんはあなたたちを拒絶しているの!! なんでそれが分からないの? 『シニナサイ』よ!! 死んでいなくなってわたしたちのまえから。さあ、はやく。わたしとはちくんのじゃまをしないで!!」

 一気にそうまくしたてるアスナさんのその様子は、まるで幽鬼そのもの。感情の発露としての言葉ではなく、まるでただその文言を羅列しているだけのようにさえ聞こえてくる。

 だからなのか、かなりひどいことを言われているというのに、結衣も雪ノ下もどことなく冷静に彼女を見つめ続けていた。まあ、結衣は少し泣きそうになっていたが。

「アスナ……すこし落ち着きなよ」

「放してよリズベット!! わたしはこの二人をゆるせないの!! わたしのハチくんにひどいことしたんだよ!! しんでほしいの!!」

 彼女を抑えようと近づいてきたうちの一人の女の子がそう声をかけるも、アスナさんは微笑みまで浮かべながらそう叫び続けた。

 うわぁ、これ、完全にガチでやばいやつじゃねえかよ。

 目の焦点はあっていないし、叫んでいるときはまるで錆着いたロボットの様にギクシャクしてしまっているし。

 素人目に見ても、間違いなく精神が崩壊しているって分かる症状だ。

 普通じゃあない。

 キリト君はこの子のことを本気で好きだったわけだよな? それなのにこんなに壊れてしまっていてはもう普通に会話することも出来ないわけか。

 いや、俺を好きだとか、そんなことまで言い出してしまうくらいだ。いったいキリト君はどれだけ傷ついていることか。

 初めてのVR体験の感動を味わう間もなく、いきなりこんな修羅場に遭遇してしまって、本当になにがなにやらだったのだけど、ひとりだけまったく空気を読んでいない奴がここにいた。

「みてみてはっちまーん。我、剣豪将軍なだけに鎧着てみたの。長剣もあるし、職業は気持ち的に、〈ナイト〉やってまーす! ふむん!」

 おおう、別の意味で浮かれまくってやがる。

 アスナさんと同じような青髪のなぜか超イケメンの鎧を着たアバターに扮した材木座が、やはり俺にだけ語り掛けてきていた。

 その材木座の姿に遅れてやってきたキリト君がめちゃくちゃ目を丸くしていたのは、どうでもいい話。



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挑発

「よお、あんたが〈ハチ〉かよ? こりゃ驚いた、本当にいたとはな」

「ああ?」

 突然そんなことを言われて振り向けばそこには赤い衣装に鉢巻き姿の背の高い男がいた。何気なくそいつの目を見たわけだが、何故か俺と目が合って仰けぞって逃げているのだが。

「おい……おいおい睨んでんじゃねえよ」

「いや、別に睨んでないっすけど」

「そ、そうか……? ふう、殺されちまうかと思ったぜ。いきなり目を細めながらにやりとか笑うんじゃねえよ、怖えから」

 そいつは何やら安堵したように胸を押さえているし。え? なにその不敵なツラ? それ滅茶苦茶怖いんですけど!! あ、俺の顔だったのか。

 その男は頭を掻いた後にニカっと笑った。

「俺はクラインってんだ。まあ、キリトのマブダチだな」

「もう何を言ってんのよクライン。友達は友達だけど、その前に仲間でしょな・か・ま!」

 そう横から入ってきたのはピンクの髪の毛に桃色の衣装の女。さっき雪ノ下達にアスナさんが飛び掛かろうとした時に止めに入った人だ。

「私はリズベットね、宜しく」

「お、おお……」

 いきなり顔を近づけてきた彼女にドギマギしていると、今度は脇から袖を何かに引かれてそっちを見て見れば、そこにいたのは小さな、とかげ?

「ひえっ!! な、なんだ?」

「ピャッ!」

 跳び退こうとした俺にその小さなトカゲが口を開いて、何かされるのかと思って慌てていたら、そのトカゲを一人の青い衣装の女の子が抱きかかえた。

「やめなさいピナ! 急に飛びついたらびっくりしちゃうでしょ? あ、私はシリカです。この子はピナ。ペットドラゴンです」

「お、おお……え、えーと」

 急に言われたので、今度はその子と反対に顔を向けてみれば、そこには緑色の衣装を着た金髪の女の子がふわふわと浮かんでいて……というか、俺の目線の高さに、その……きょ、きょ、きょ……が!! 乳トン先生――――!!

 おいおい、こいつもかよ! なんというか、この世界の連中恵まれすぎだろう。少しは雪ノ下に……いえなんでもないです。

 急に悪寒が走ったので思考を停止したのだが、そこにその緑の女の声が。

「私はリーファ。ええと、リアルだとキリト君の妹です」

 え? キリトくんお兄ちゃんだったの?

 なんだよ、そうか、お兄ちゃんだったら話は別だ。これからはキリト君のことはお兄ちゃん同士として、赤の他人から知り合いに昇格させてあげよう。うん、お兄ちゃんマジリスペクト。

 適当にそんなことを考えていて感じたのは、連中の俺を射抜くような視線が超痛い。

 や、やめろよ、そんなに見んじゃねえよ。

 急に俺の周りに集まったこの連中を見回しつつ、これはあれだな、自己紹介だなと、ぼっちにとってはめちゃくちゃハードな試練に俺は突如挑むことになった。

 すう……はあぁぁぁ……すぅぅぅ……

 と深呼吸をしてから一言!!

「お、お、おお……俺は比企……ひっきゃ八幡で……す」

 噛んだ……死にたい。

 目の前の連中の頭にクエスチョンマークが浮かび上がるのを幻視しつつ、俺はそいつらから離れようとしたわけだが、一歩下がった俺の傍にその4人がずずい近づいてきた。

「よお、あんたがアスナさんに何かしたのか?」

「もしそうなら、もう許してあげてよ。キリトの落ち込んだ顔もう見ていられなくて」

「キリトさんもアスナさんも本当に頑張って生還したんです。どうか助けてあげてください」

「お兄ちゃんこのままじゃあんまりにも可哀そうだよ。だからどうかもう解放してください」

「え? は?」

 いきなりそんなことを言われて迫られても、俺にはなにも言えやしないっての。

 そもそもマジで初対面なんだよ、俺は、アスナさんに!!

 チラリとアスナさんの方を見れば、今はキリト君と何かを話しているのだが、何度も俺の方に顔を向けて微笑んできているし。いや、そんなに数秒おきにこっちを見なくても、まったく状況は変わっていないから。

 はあ、さて何が何やらだよ本当に。

「申し訳ないのだけれど、彼も私達もここに来ることも、アスナさんと会うのも初めての経験よ。何かを彼女にしたわけではないわ」

「で、でもよぅ……」

 すっと近づいてきた雪ノ下がそう言い放ち、それを聞いたみんなが絶句する中で、クラインとか名乗った男がまだ何かを言おうとしていた。

 だが、雪ノ下はそれを手で制した。

「ただ、何もしないとは言っていないわ。比企谷君?」

「あ? なんだよ」

 急に雪ノ下に呼ばれ返事をすると、奴は俺へとにこりと微笑んだ。

「では早速検証してみましょうか?」

「は?」

 急に何の前触れもなしに。この世界で猫になったゆきのん、略してねこのんが、由比ヶ浜の尻尾をさすりながらそんな宣言をした。っていうか、結衣の奴も完全に猫みたいに雪ノ下になついて気持ちよさそうにごろごろ始めているし。お前らは、ボスとそのペットか!

「いったい何をいきなり言い始めてるんだよ、雪ノ下。そもそもお前このゲームをやったことねえだろうが。知らねえくせに何を検証しようとしてんだよ」

 そう聞いてみれば、雪ノ下は冷めた笑いを浮かべて俺を見た。

「そんなの決まっているじゃない。戦うのよ、アスナさんと」

「は? はいっ!?」

 何を言ってるんだこいつは。いやいや、いったい何を言い出すんだよこいつは!

 そもそもゲームをやったことないよねって、今確認したばかりなんだが。

「お、お前な……初見でいきなり戦えるわけねえだろうが。チュートリアルもまだなんだぞ? しかもここはほれ、これだ。身体動かさなきゃならねえんだぞ? コントローラーでAボタン、Bボタンで戦うわけじゃねえんだから無理にきまってるだろ、やめとけやめとけ」

 そう何も理解していないであろう、テレビゲームなんて庶民の遊びに触れたこともないであろうお嬢様へ、諭してやったわけだが。

「何を勘違いしているのかしら? 戦うのは当然貴方に決まっているでしょう?」

「はぁあああっ!? む、無理に決まってんだろうが、それこそ!」

「あら? モンバンというゲームは得意なのでしょう? あれも剣とか弓で戦うゲームだと由比ヶ浜さんから聞いているわ。なら問題ないでしょう。このゲームも剣や弓や斧やハンマーなどで戦うということだもの」

「モンハンな!! だから、何言っちゃってんのって話だよ、お前。そもそもコントローラーないんだって話したよね」

「ぐだぐだ言わずにすぐに準備をしなさい。それともあなたは男のくせに自分は何もせずに女にその役をやらせるつもりなのかしら?」

「今どきは男のくせには十分セクハラなんですけどね、関係ないですかそうですか。はあ……」

 そもそも戦う相手のアスナさん女なんですけどね。当然ボコられるのは俺ですけど。

 俺は冷たく微笑んでいる俺達のボス、雪ノ下をチラリと見ながらキリト君達の前へと近づいた。

 すぐにアスナさんが喜びを隠しもせずに俺の腕へと抱き着いてくるのだが、俺はそれを極力身体から遠ざけるようにして話した。

「そういうわけなんで、俺アスナさんと戦ってみることになったから」

 そう言ってみたのだが、キリト君はなにやら頬を引くつかせて冷や汗を垂らした。

 え? なにその反応?

「それはちょっと……いくらなんでも無茶じゃないか……な? アスナはSAO時代に最上位ギルド〈KoB〉の副団長で、〈閃光〉の二つ名を持つ最速の剣士だった。いくらALOがレベル無しガチスキル制だとしても、試すどころか向き合うことすら……」

 は? なにそれ、SAO最上位ギルドの副団長で最速? つまり超強いの? この抱き着き人形娘。

 んなもん、試すも何もお話にもならならないだろ。

 そう思って冷や汗を掻いていると、アスナさんが言った。

「え? でも反応速度ならハチくんの方が上だったでしょ? それに特殊ソードスキルの〈運命歪曲〉と〈無限錬成〉があったじゃない。あれでヒースクリフも余裕で倒したんだし」

 え? なにその中二病チックなスキル、マジで恥ずかしすぎるんですけど。

 運命歪曲って、あのどんなことがあっても結果刺さることになっていました的な槍のことだよね? ね?

 で、なに? 無限錬成って、ひょっとして剣とか出し続けちゃうの? なにもないところから?

 わーお、そのスキル剣じゃなくてラーメンとかパンとか出せば一生食事に困らない、というか、それを売って商売すれば元手ただで一財産築けちゃうじゃない。

 あ、ここ仮想世界か。ビットコインとかなら稼げるか?

 などと下らないことを妄想していたのだが、キリト君を見てみれば困惑した顔で首をかしげていた。

 だから近寄って小声で聞いてみれば……

「いや、反応速度がアスナ以上だったのは俺のことなんだ……多分。だからそれは元の記憶がベースなんだろうけど、さっき話していたソードスキルのことは何のことかまったくわからない」

 ほーん。つまり、今のアスナさんは、もともとのキリトくんとの記憶にプラスして、新しい記憶も入れられている……そのキリト君の役の所を俺に置き換えさせられている。そんな感じなのか……

「さあ、では初めて頂戴」

「は?」

 唐突に雪ノ下がそう言ったので顔をあげてみれば、その手に木刀を二本持っていた。

 それはいったいなんなんだと思ってみていれば、雪ノ下は言った。

「これはダメージ係数のほとんどない訓練用の木の棒だそうよ。これならば1000回くらい攻撃を受けなければ死なないということのようね」

 逆にいえば、1000回攻撃されるまで逃げられないということでもあるんだけどね。

「いや、やっぱりやめよう。こんなのおかしいまちがいっている」

「あら、ここまで来てやめてしまおうなんて本当に臆病なのね比企谷君。それで本当にアスナさんの旦那様なの? おへそでお茶が湧くわね」

 いきなり何を言いだしているんだこいつは!! 頼むから逃がしてくれよ!! 死にたくねえよ痛いのいやだよ!! と半ば泣きそうになりつつ、叫びそうになったときのことだった。

「さっきから黙って聞いてれば、私の大事なハチくんに酷いことばかり言って! やっぱりユキノシタサンは最低なクズ女ね、いますぐコロシテヤルわ!!」

 そう言いつつアスナさんが飛びかかろうとしたのだが、そこで雪ノ下。

「あら? 初心者の私を殺すなんて簡単なのだし、いつでも余裕でしょ? そもそも私が言っているのはそこの貧相で弱そうな比企谷くんのことよ。あなたの大事な大事な愛するハチくんは、どうみても弱くてどうしようもない役立たずの屑にしか見えないわ。本当にその死のゲームをクリアしたのかしらね。まあ、貴女自身が、腕試しするまでもなく弱いということを認めているということでしょう。ほらそんな虫けらみたいに貧弱な男、もうどうでもいいからさっさと連れてゆきなさいな。なにもしなくて良いわ、面倒だから」

 ちょっ!! ゆ、雪ノ下!! いったい何を焚き付けてやがる。

 あ、アスナさん顔真っ赤になって今にも爆発しちまいそうだぞ? うわわ、髪の毛が逆立ち始めてるし、いったいどこの怒ったナウ〇カさん!!

 涼しい微笑みを浮かべる雪ノ下と、烈火のごとき仁王のような顔になっているアスナさん。

 で、その二人にぶら下がっている格好の結衣と俺。うう、シュールだ。

「いいわ!! 見ていなさい!! ハチくんがどれだけ凄くてかっこいいかを、その目に焼き付けなさい!! さあ、ハチくん、今日は遠慮はいらないわ!! 私を殺す気で来て!! さあっ!!」

 と言いつつ、俺の手に木刀を放り投げてくるアスナさん。

 彼女は突如、まるでフェンシングでもするかのようなポーズを決めると俺へと殺気剥き出して構えた。

 そのまま、ヒュウウウウンと何かの音が響きだして、木刀が少し光って見える気がするのだが!!

 

 え? ほんと、なんでこうなった。



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ユイ

「いや、ちょっと待って、いやマジで!!」

 俺はもう訳も分からずに木刀を持ったまま、アスナさんにそう切り出すも、俺の方を見た彼女はにんまりと微笑んだ。

「相変わらず斬新な構えね、ハチくん。それでこそ『隠者(ハーミット)』よ! 」

「は!?」

 いや、だからなんでそうなる!! 

 おかしいだろいくら何でも!!

 だって俺今、ただ突っ立って木刀持っていない方の手を出して、やめてくれアピールしまくっていただけなんだぞ?

 っていうか、なに? アスナさんの記憶の中の俺のイメージって、マジでこんななのかよ。やめろよ、もう少しカッコつけておけよ、イメージの中の俺!!

「さあ、行くわよ!!」

 キィィイイイイインとゲームの効果音のような音が響きつつ、彼女の持つ木刀から明らかに攻撃しますよ的な光が放たれ、そして彼女は地面を蹴った。

「はぁああああっ!!」

「ちょまっ」

 とんでもない速さ! つい今まで遠くにいたというのに、瞬間俺の視界いっぱいに突然アスナさんの顔が!!

 その動きを当然俺が追従できるはずもなく、そのまま俺の胴体に彼女の一撃がめり込む……

 

 はずだった!!

 

 ガッキン!!

 

「え?」

 あっと思ったその時にはすでに彼がそこに居た。

 キリト君だ。

 彼は真っ黒な衣装をはためかせて、その右手に握った木刀で彼女のそれを跳ね上げたポーズで俺の前に立っていた。

 え? なに? なんなの? なんで一瞬で俺とアスナさんの間に割り込めるの? 八幡ホントに分かんない。

「邪魔しないでキリト君」

「そうはいかないよ、アスナ」

 キリト君はそのまま跳びはねて後退したアスナさんに一気に迫る! と、そのままとんでもない速度で身体を回転させながら彼女に何連撃も叩きこんだ。

 ように見えた。

 が、その全てをアスナさんは木刀を器用に角度をつけつつ受け流していた。そして、彼の連撃が終わるかと思えたその瞬間に、一気に彼の背後へと回り込んでそのひざ下にまわし蹴り……

 と、それをキリト君は小さく飛んで回避し、捻った上半身の勢いのままに地面すれすれにいたアスナさんに木刀を叩きこむ。

 でも、彼女は回し蹴りのモーションの途中であるにも関わらず、軸にしていた方の足先だけの力で、その場から水平にジャンプ、刹那の中で、彼の一撃を避け、そして回転しつつ着地し再びあのフェンシングのようなポーズ。

 首をキリト君へと廻してみれば、彼は彼で何事もなかったかのように剣を中段に構えて立っていた。

 この間……え? 1秒? 2秒?

 いや、とんでもねえよこの人たち。

 なんでこんな動き出来るんだよ。こんなのもうモンハンのレベルじゃねえよ。どっちかといえばK〇Fか、ストリート〇ァイターだろう!! いや、剣を持ってるからサム〇ピか!?

「大丈夫だったかしら?」「ヒッキー怪我してない?」

「はあ?」

 突然俺の傍に近寄ってきたのは雪ノ下と由比ヶ浜の二人だ。

 こいつらは俺の手を引くとさささっと、アスナさんとキリト君から離れた大きな幹の木の陰にはいった。

 一応、ここからも、砂煙のようなエフェクトを巻き上げながら戦う二人の様子は見えるのだが、何かあればこの木が盾になってくれそうでもある。

 それよりも雪ノ下だ。

「お前な! なんでいきなりあんな風にアスナさんを嗾けたんだよ。あやうく俺死んじゃうところだっただろうが」

 いや、ホントそれな。

 1000回叩かれてライフが尽きようが、現実の生身の身体は死ななかろうがそんなことは関係ない。あんな竜巻みたいなラッシュを浴びたら、精神的に間違いなく死ぬ。

 いや、マジで怖かった。超怖かった。ああ……現実の俺、ちびってねえよな。そっちが怖い。

 そんなことを考えていると雪ノ下が少し伏し目になった。

「それは……悪かったわ。でも、こうするしかなかったのよ。〈この娘〉に頼まれたのだもの。アスナさんを本気にさせてほしいと」

「はあ? この娘? 誰のことだ? 結衣のことか?」

 そう結衣を見てみれば、結衣も気まずそうに、だが言葉を選ぶようにして言った。あ、こいつ、雪ノ下がこうすること知ってやがったな。

「あ、あのね……ほんっとごめんねヒッキー。あの、あの……、これをお願いしたのは確かに〈ゆいちゃん〉なんだけど、あたしのことじゃなくって、あたしじゃないユイちゃんで、えーとえーと」

「は? ゆいちゃん? なんでお前は自分のことをちゃん付けしてるんだよ」

「あ、だからちがくて! そのユイちゃんは人じゃなくて……」

 そんな訳の分からなくなっている結衣の胸元から、その〈小さな奴〉が這い上がってきた。そしてその胸の上に立って俺を見上げてきた。

 っていうか、何気に今結衣の奴たわわチャレンジ成功しちゃってるし!! おいおい雪ノ下!! お前は絶対見ない方が……あ、はい。おれはなにもかんがえてない! ないったらない!

「八幡さん、初めまして。私はSAOカーディナルシステムの『メンタルヘルスカウンセリングプログラム試作1号(MHCP001)・コードネームユイ』です。つまり人工知能(AI)で、今はキリトパパとアスナママの娘です」

 そうデカい胸の上で宣言する小さな妖精のような女の子。

 え?

 は?

 なに?

 AI?

 で、キリトくんがパパで、アスナさんがママ?

 なにキリトくん、お兄ちゃんの上にパパだったの!? どんだけ明るい家族計画なんだよ!? 妄想の中でだぞ、じゃねえの、浦ちゃんみたいに!

 とりあえず俺は結衣のお〇ぱいの上のユイちゃんに釘付けだった。



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ユイの作戦

 ついさきほどまで俺がいた場所では、木刀を光らせながらキリトくんとアスナさんの二人がまさしく乱舞していた。

 とにかく速い速すぎる!! 

 さっきすぐ目の前で見ていてもその動きを追う事さえ困難だったのだが、少し離れた今の位置でさえ、二人の動きを正確に捉えることがまるで出来ない。

 いったいこれはなんの冗談なんだか……

 俺もう少しであの勢いで殴られ続けるところだったのか。

「雪乃さん達にお願いしたのはこの私なんです。すいません」

 戦々恐々としていた俺の気分を感じ取ったりでもしたのか、宙に飛び上がったチョウチョのようなユイちゃんが俺の傍まできてぺこりと頭を下げた。

「い、いや、別にだいじょうぶだ」

 小さな女の子が謝っているんだ。ここはお兄さんとしては毅然と振る舞うべきだろう。

 ん? というか、AIだったっけ? つまりロボットか? 電影少女? はアイちゃんか。

 長い黒髪はまるで雪ノ下の様だが、その下の顔は柔和でおっとりした感じで気の弱そうな印象を漂わせていた。

 そんなユイちゃんが言った。

「ママのアバター基礎データは今、何か得体の知れないプログラムによって浸食されてしまっています。初めはただのシステムのバグかとも思ったのですが、ママの記憶自体が書き換えられてしまっているみたいで……でも、ママの思考アルゴリズムを確認してみると、時おりママ自身の思考の波形も現れていて、どうやら今は、ママのなかにママと別の意識が同居している様なんです。ですから……!」

 何を言っているんだ、この娘ちゃんは。

 キリト君もそうだったが、話している内容が難しすぎてまったく理解出来ない。親子なだけにそっくりだな、おいてけぼり感がマジ半端ない。

 だが、なんとなく解るのは、この子はこの起こっている事態について、その原因のようなものを察しているらしいということ。ならば……

「続けて」

 その俺の反応に、なにやら訝しい目付きで見つめてくる雪ノ下さん。

 いえ、この続けてはテンプレみたいなもので、とくに何か考えての行動ではありませんので……

「はい、続けます」

 おっとユイちゃんが早速反応してくれた。ふ、ふう……ホッとした。 

「ママの中のママの意識を覚醒させたいんです。そうすればきっと、今ママを操っている気持ち悪いプログラムを追い出すことができますから。覚醒させるためにはより極限状態に近い状態まで追い込んで、死を覚悟するほどの状況が必要だったのですけど、ママと対等以上に戦えるのはパパだけです。でもパパは凄く優しいのでママには絶体に剣を向けられなかったんです、だから……」

「オーケーなるほど完全に理解した。キリト君をひっぱりだすためにアスナさんを焚き付ける必要があったわけだな。で俺はその餌のようなものだったと」

「ごめんなさい。でもパパは絶対に助けに来るって分かっていましたから」

 すげえ信頼だなキリト君。実際に助けにきたし、今でも戦っているしな。

 ユイちゃんを見れば、そんなキリト君に視線を向けて安心しきった顔になっているし。

 そこへ難しい顔の雪ノ下が口を挟んできた。

「私はよく解ってはいないのだけれど、アスナさんが覚醒したとしても、そのプログラムが再び彼女の内に戻ってしまったとしたら意味がないのではないかしら」

 そう言った彼女に、ユイちゃんだ。

「そこは多分大丈夫です。一度ママから剥がしさえできたら、後は私がそのプログラムを徹底的に壊しますから。私こう見えて結構いろいろできちゃうんですよ」

 えっへんと胸を反らしたユイちゃんに、多分そういうことなんだろうなと、俺は納得することにした。

 雪ノ下も結衣も同様の感想なのか、微笑みあっているし。

 ならもう問題ないか。

 遠目に見れば、そこではキリト君が素早いアスナさんに対してひたすらに攻撃を避けられているようにも見える。

 でも、木刀が振るわれるたびに、大したことは無いのだろうが、真っ赤な鮮血のようなエフェクトが煌めいていて、アスナさんは止むことのない雨のようなキリト君の猛攻で確かに手傷を負っていた。

 これはキリト君優勢か? そう思えるほどにアスナさんは逃げの一手になってきていた。

 どんどん動きが速くなるキリト君の隣……

 それに合わせて、身体が残像を残すほどの速度で動き続けていたアスナさんの背後に、ついにその〈(もや)〉がうっすらと現れた。

 

 

 

 



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キリトの戦い

突然ですがSAOが始まりますw


 アスナ……

 

 まさか君と戦うことになるなんて……

 

 こんなこと……

 

 したくはなかった……

 

 俺は振り上げた木刀に必殺の殺意を込めて、目の前の青い髪、青い衣装の最愛の存在に向けてそれを振るった。

 ソードスキルを実装していないこのALO(アルヴヘイム・オンライン)において、ガチの対人バトルで物を言うのは、剣技自体のスキルレベルと純粋なバトルセンス。

 センスだけでいえば、アスナはまさに最上級、天賦の才と評しても支障がないほどの力量を有している。

 俺など足元にもおよばない。

 彼女は初見の戦いであっても即時に相手の弱点(ウィークポイント)を見出して、その攻撃の殆どを避けつつ相手に鋭い一太刀を浴びせてしまうのだ。

 多数の死者が出たレイドボスバトルの中にあっても、彼女が攻撃を受けることは殆どなかったのだから。

 そんな芸当俺にはできはしない。

 だが、そんな俺でも彼女を追い込まなければならないとしたなら……

 それは簡単なことだ。

『彼女が避けられなくなるまで攻撃し続ける』……。

 ただ、それだけだ。

 俺は彼女が繰り出す連撃の全ての回避を諦め、その行動の全てを攻撃に回した。

 確かに俺の身体のいたるところに彼女の一撃はクリーンヒットしている。そしてダメージ硬直などのペナルティも確かに発生していた。

 しかし、それも含め、俺は彼女に対しての攻撃の手を緩めなかった。

 使っている剣が訓練用の木刀だから? SAOと違って死ぬことがないALOの世界だから? だから本気を出しているのか?

 いや、そのどれも違う。

 俺はただ、彼女を救いたいと本気で思っているだけだ。

 

 SAOの世界が崩れ去ったあの日……

 俺はこの手に確かに最愛の人を抱きしめていた。

 

 愛しています……

 

 あの時の彼女の言葉を俺は胸に抱いたままで、死を受け入れた。

 でも……

 俺は生還した。

 目を開け、重い身体を引きずって、俺は彼女の元を目指した。目指してそしてまだ覚醒していない彼女と出会って、俺は心に誓ったのだ。

 どんなことがあっても絶対に君を助けると。

 例え何度、君と離ればなれになろうとも、俺は決して諦めない……必ず君を取り戻す……と。

 

 だから……

 

 俺は戦う!

 もう迷いはしない。

 その相手が例え、君自身であったとしても俺は俺の全力で君を倒し、そして救ってみせる。

 例え、それによって君が深く傷ついたのだとしても、それを君が許さなかったとしても、それでも俺は構わない。

 その罪を俺は一生背負っていく。

 そして必ず、君と俺とで幸せをつかんで見せる。

 

 愛しています……

 

 聞こえないはずの彼女の声。

 脳裏に焼き付いたあの時の光景とともに、俺は最愛の存在のことを想った。

 

 アスナ……

 

 アスナ……

 

 アスナ……

 

 俺も……

 

 愛している!!

 

 

 

 

「キリト君なんで私の邪魔をするの!! もうやめて!!」

「…………」

 俺はそのアスナの叫びに反応しないままに、右手の木刀を彼女の急所へと向けて振り下ろし続けた。

 すでに数百の斬撃を放ち続けているが有効打と思えるヒットは数えるほどしかない。

 だがそれでも俺は切り込み続けた。

 あれほどまでに躊躇し、あれほどまでに悩んだというのに、いざ戦いに突入してしまえばこの様。

 俺は自分が戦闘狂と揶揄された過去のことを思い出して思わず苦笑いした。

「わたしはただ、ハチくんを助けたいだけなの! 私を助けてくれたハチくんを私が助けてどうして悪いの? お願いキリト君……わたしたち、〈友達〉でしょ?」

 

 友達……

 

 アスナにそう言われ、胸に激痛が確かに走った。

 だが、その言葉が、ただの〈戯言〉以下のものであることを俺は理解していた。

「友達な……」

 そう呟きつつ、彼女の後方へと回り込んだ俺は、顔が接近するそのときに微笑む彼女の顔を見た。

 彼女はエフェクトを放っている木刀を俺へと高速でつき出してきていた。

「そ、友達……だからもうこんなことやめて、一緒にあのとても酷いことをする二人の女を殺しましょ? あの

娘たちがハチくんを苦しめているのだもの! さあ!」

 彼女の連撃をかわした俺は回転しつつ飛び上がって、今度はそのまま彼女の背中を蹴った。

 剣の軌道を注視していた彼女はその俺の行為に反応できず、たたらを踏んでから体勢を建て直した。

「俺は……君のことを友達と想ったことはなかったな」

「えっ!? ひどっ!!」

 彼女は焦点の定まっていないようなその相貌のままに俺へとにこやかに微笑んでいる。

 何も感じていないのか……

 いや……

 そんなことはないはずだ。

 ここにログインした時にユイは言っていた。

 今のアスナは、何者かに操られているのだと。

 そして、本当のアスナもあの中にまだいるのだと。

 だったら!!

 俺はアスナの繰り出してきた剣を払い除けながら彼女に接近した。

「俺は君のことを誰よりも愛しているよ」

「え……」

 一瞬……ほんの一瞬ではあったが、彼女は息を飲み確かにその瞳に光と灯した。

 俺はそれを見、そして躊躇いなく彼女へと躍りかかった。

 もう片方の手にも木刀をジェネレートさせながら。

「ちょっと、二刀流なんてずるいよ。それにそれをつかっていたのはハチくんだからキリト君には無理……あれ? 二刀流使ってたのはハチくんだよ……ね? あれ?」

 そんなことを呟きながら俺の剣戟を受け流し続けるアスナ。

 俺は……

 更に剣の乱舞を加速した。

 この世界に二刀流ソードスキルは存在しない。

 あの世界で、何度も俺とアスナを助けてくれた、たくさんのあの技の数々をこの世界では使用できないのだ。

 それが仕様、それが仕組み。だけど……

「うわあああああああぁっ!!」

「え? なんで?」

 俺は姿勢を低くしてから一気に彼女へと飛び込んだ。

 そして全ての神経を研ぎ澄ませつつ、あの名前を口にした。

「〈スターバーストストリーム〉!!」

 小さく呟きつつ俺はこの技を繰り出した。

 システムのアシストなんかない上に、それぞれのモーションの区切りや硬直、スキルレベル、その他もろもろの本当に多くの制限を受けつつも、俺はこの体に染み込んだ、俺自身がもっとも頼りにする〈必殺技〉をここに完全再現してみせた。

 アスナは驚愕して俺を見ている。

 その顔には明らかな戸惑いと恐怖の色が浮かんでいた。

 だが、俺は止めなかった。

 むしろ俺の全力でもって彼女へと襲いかかった。

「お前がいったい誰で、なんのためにこんなことをしているのかなんて知らないしどうでもいい。でも……」

 俺は剣を繰り出しながら彼女を切り刻む。

 その白い素肌に無数のダメージエフェクトを走らせて、彼女はされるがまま、打ち付けられつつ浮かび上がった。

「俺は絶対お前を許さない!! アスナから出ていけ!! ゲス野郎!!」

「きゃあああああああああああああっ!!」

 最後の一撃が彼女の身体を凄まじい勢いで吹き飛ばした。

 のけぞり、回転しながら彼女は初めて地面へと転がった。

 そんなアスナに俺は追撃の一撃を放つ為に飛びかかる。

 その瞬間、恐怖に染め上げられ真っ青になった彼女と視線が交差したが、俺はそれを見て今までで一番の殺気を込めて睨み付けたままで切りかかろうとした。

 その時だった。

「ああああああああああああああああああっ!!」

 突然アスナが悲鳴を上げたかと思うと、彼女の背中から黒い靄のようなものが溢れ出した。

 頭を押さえ地面でのたうっている彼女の少し後ろ、彼女の背中からのびるその黒い靄のようなものが次第とその形を変えて、それは丸みを帯びた生物のようになった。

「これは……トロル? いや、オークか」

 丸く大きなその人形は揺らめきながらも頭を手で押さえるような仕草のままに何かを叫んでいるような様子。

 こいつがアスナを……

 そう想った時にはすでに飛び出していた。

 俺はその靄をめったやたらに切り裂いた。

 しかし、それは本当に霧を切っているようでまるで手応えがなく、切っても切ってもそいつは変わらずにそこに存在し続けていた。

 何度目か飛びかかった時のことだった。

「パパ!! このモンスターに身体を与えます!! えいっ!!」

 粒子を巻きながら飛んできたユイが、その靄に向かって手を伸ばす。

 すると、今までただの粒子だったその存在が次第と黒い液状のような身体へと変わっていった。

「パパ、その靄をスライム化しました。今ならパパの剣は通るはずです」

「分かった! ありがとうユイ!! らぁああああっ!!」

 俺は木刀を投げ捨てて、背中に装備していた黒い片手剣を抜き放って、ぶよぶよとしたそいつへと切りかかった。

 そいつは顔の部分に目玉を二つ漂わせてまっすぐに俺を見ていた。表情はまるで読めなかったが、間違いなく恐怖していたのであろう、凝視したまま完全に動きを止めてしまっていたそいつへと、俺は黒剣を振り下ろした。

「終わりだ化け物。消えてなくなれ」

 俺の剣は音もなくそいつを真っ二つに叩ききり、そしてそのまま地面へと剣を叩きつけた。

 凄まじい轟音が響き、そのままそいつは爆散するかのようにバラバラに弾けとんで、空中でその破片の一つ一つが消滅していった。

 残されたのは少し離れた場所のアスナの身体と、地面へと叩きつけた剣がふれている箇所……その少し上に表示されている、〈Immortal Object 〉の赤い文字だけ。

「キリト!!」

「キリトさん!!」

 俺はそう声をかけながら近づいてくるクライン達や、呆気にとられた様子で立ち尽くしている比企谷さん達を眺めつつ、あの存在を消し去ることができたことに安堵していた。

 地面に倒れ、先程まで痙攣していたアスナは……

 

「……ゴポ」



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正体

 とんでもない光景だった。

 いや、これは“凄い”とか“驚いた”とかいう表現では収まらない戦いだった。 

 というか、実はこれが普通なのか? 普通を俺は知らないから何とも言えないが、もしそうならここのプレイヤーみんな頭おかしすぎだろ。

 木刀を持ったキリトくんとアスナさんの二人。何合も打ち合う姿は最初こそ剣道の立ち合いの様でもあった。

 でも違うのだ。

 何が違う……? 

 そう、彼らの全てが“重い”のだ。

 剣の一振り一振りの勢いだけでなく、伝わってくる気迫……それも執念の様な物がにじみ出ているようなその様に俺の足は震えっぱなしだった。

 ただ見ているだけでだぞ? 俺は間違いなく、キリト君に切り殺される様を幻視していた。

 いや、本気でアスナさんを殺してしまうのかとさえ思った。

 まさに恐怖の一時。

 つい今しがた、アスナさんからの一撃を貰うところではあったけど、あれがただの小手調べにもなっていないものだったということが、今なら良く分かる。

 まったく……

 こいつらマジで半端ないっす。

「ねえ、ヒッキー。さっきのあの黒いモヤモヤしたのって……」

「ああ、間違いねえな」

「『彼』に憑依していたあの『オバケ』にそっくりだったわね。これはどういうことかしら」

「…………」

 二人とそう会話し、俺は現状を考えてみた。

 今、目の前で起きたことを正確に思い出すと、まずアスナさんに対してキリト君が猛ラッシュを始めて、そのまま彼女を弾き飛ばして更に二本の木刀を振り上げて彼女へと襲い掛かった。

 もう本当に殺してしまうのではないかとか、見ているこっちがハラハラしていたそこへ、さっきから彼女の背後でモヤモヤしていた〈黒い何か〉が、一気に彼女の背中から溢れるように飛び出してきて、大きな丸い人の形のようなものになったのだ。

 その姿は、まぎれもなくあの〇スタードナッツで優木の中から飛び出してきた透明な中年のおっさんの姿で間違いなかった。それを俺達が間違えようはずがないんだ。なにしろ、俺はあの存在にナイフで刺されたんだからな。刃は腹まで届かなかったけど。

 しかし、まるきりあの時のおっさん幽霊と同じではなかった。

 あの時のお化けは透明ではあったけど、人の姿だったし服も着ていた。そしてその脂ぎった顔に喜怒哀楽を表して、最終的には幸せそうな顔で結衣に向かってナイフを振り上げたのだ。

 その様はまさに人間……かなりイカれて狂っているとしか思えない様だったが、透明であるというだけで、それ以外はまさしく精神に異常をきたした人間だった。

 だが、今回の黒い靄は大分違う。

 確かに遠目に見た感じは、あの時のおっさんにそっくりではあるのだが、輪郭はおろか眼鼻口もどこにあるのか良く分からないくらいに“薄く”て、そう、それこそ“影”の様でしかない。

 だが、俺達のもとから妖精のユイちゃんが飛び出して行ってすぐ、その黒い影はぶよぶよとしたクラゲみたいな身体に変化した。と、そこにキリト君が黒い長い剣を鞘から引き抜いて、一刀両断!

 なんでか知らないけど、切った瞬間に大爆発して、あのクラゲみたいになったおじさんの影が爆裂四散! 飛び散りながら消えていった。

 これはどう考えれば良い?

 あの時のお化けが再び現れたのか?

 それとも、あれとは別の存在で、アスナさんを狙った怪物だったのか?

 うーん。

 そんなことを思って見守っていれば、地面に伏していたアスナさんを抱き上げたキリト君が、クラインさんやリーファさんたちを従えてこちらへと歩み寄ってくるところだった。

 俺たちは三人並んで彼らを出迎える。

 そして、近づいてきたキリト君が俺の前に立って、穏やかな顔で言った。

「終わったよ……多分、これで。比企谷さんたちには迷惑かけたな」

「い、いや……俺たちは何も……」

 本当に何もしていないので何も言うことはないのだけど、とりあえず意識を失っているアスナさんを抱きかかえた安心したようなキリト君の様子に俺たちもホッと安堵した。

「ま、良かったんじゃねえの? 何がなんだか全く分からねえけど、それよりも……」

「うん?」

 俺が話を変えたことに、キリト君は不思議そうな顔になって俺を見た。

「少し聞きたいんだが、さっきのあのぶよぶよのクラゲみたいになった奴、あれやったのユイちゃんなんだろうけど、お前らあのおっさんの正体を知らねえか?」

 そう聞いてみれば、みんなは顔を見合わせての思案顔に。

「おっさん? あれ人だったのか? 俺はただのオークとかトロルとかのモンスターかと思ったんだけど」

「いや、あれは人の形だっただろう。現に俺たちはあれと同じ容姿のお化けに一度会っているし」

「え!? お化け?」

 そう一斉に驚くキリト君たちへ、俺と結衣と雪ノ下の三人であの時の出来事の事を説明した。

 

 

 

 

「つまり、比企谷さんのクラスメートの一人が、あのおじさんのお化けに操られて……最終的には由比ヶ浜さんや比企谷さんを殺そうとしたと?」

「まあ、あの時の話しぶりからだと、殺したいのは俺以外の連中だったみたいだけどな。結局は結衣をかばって俺が刺されそうになって……結局刺さらなかったけど、ショックを受けたお化けは消えてしまったというわけだ」

 そう説明してみるも、思い出せば思い出すほどに身の毛がよだつ。

 だって、あのぶよぶよのおっさん、要は俺推しだったわけだよな!! だから俺以外の連中を狙ったわけだし、おい、やめろよ。俺おっさんラブに興味はねえよ!

「えーと、比企谷さんって、そっち系?」

「だからちげー!!!!」

 キリト妹が口を抑えながら真っ赤になってそんなことを言ってきたから、当然全力で否定しましたよ。マジやめて、軽く死ねる。

 そんなやりとりをしていると、雪ノ下が補足するように話した。

「理由は良くわからないのだけれど、あのお化けの男性は比企谷君のことを溺愛していたことは間違いないわね」

「おい、やめろ!! まじでやめて!!」

 雪ノ下はちらりと俺を見ただけで何も言わずに再びキリト君たちを見た。

 無視ですか、そうですか、いえなんでもないです。

「そして、今回アスナさんを狙って現れたあの存在の容姿は確かにそっくりではあった。けれど、私たちの前に現れた時にはもっと明確な殺意をむき出しにしていたし、同じ存在であるとは言い難いのよ」

 それを聞いたキリト君が話した。

「残念だけど、俺たちにもあれがなんなのかは見当がつかないんだ。今の今まであんなのがアスナの中に入っているなんて信じられなかったし。でも……」

 キリト君がちらりと肩に停まっているユイちゃんに視線を向けると、今度は彼女が口を開いた。

「パパが戦っているときに、私、あのお化けのプログラムソースを読み取ってみたんです。そうしたら、『設定』とか、『結城明日奈、プレイヤーネーム〈アスナ〉』とか、『命を助けられた八幡が大好きで、キリトは友達』とか、そんな大量の文字と、見たことも無いwebページのアドレスが、キャラクター自律プログラムに組み込まれていたんです。ひょっとしたらママは、このデータを上書きされたせいで現実の記憶もおかしくなってしまったのではないかと……」

「設定? プレイヤーネーム? なんだよそれ……それじゃあまるでゲームとか小説とかのキャラクター紹介じゃねえかよ」

「ちょっと待ってヒッキー。今のユイちゃんの言った内容って、実際にアスナさんが話していたいた内容と一緒だよね?」

「そのようね。つまりその設定というものがアスナさんの性格の改変のキーとなった可能性があるわね。比企谷君由比ヶ浜さん、覚えているかしら? あの時のあのお化けの言葉。彼は私たちに言ったのよ、自分は作者で、お前らはただのアニメのキャラクターだって」

「ああ、良く覚えてるよ」

 あいつは人を見下したような顔でそんなことを宣いやがったんだ、確かにあの時。

 つまり、今の話を総合して考えられる答えは……

「あいつがこの世界を創った……神様。そういうことなのか」

 俺がぽつりと言った言葉に、キリト君たちも息を呑んでいる。

 はっきり言えば、理解できていないという顔なのだろう。それは当然で、俺だってそんなことは信じたくはない。

 だけど、あいつが普通ではなかったことだけは確かなのだ。

 今ここに生きている俺たちの存在がどういうものなのかも含めてだが、とてもではないがあんな自分の事しか考えていない殺人者を崇め奉る気にはなれない。

 生きるためにあれのご機嫌をうかがうなんてまっぴらだからな。俺は俺の自由に生きたい。

 だが、雪ノ下は俺とは違うことを発想していた。

「神様……と呼ぶことが相応しいかは不明だけれど、あの男が一人でこの世界を創ったとは思えないわね。あれほど身勝手に人を殺めようとした存在に、私たちのいるこの世界を創造できるとは思えないわね。確かに超常の存在ではあるのでしょうが……むしろあれは悪魔でしょう」

 悪魔ね……

 まさにそれだ。

 あいつは自分の身勝手に俺たちの役割を決めつけて、その筋に沿わせて動かそうとしたということだろう。

 今回のアスナさんの件だって、多分あいつが画策した呪いのようなものだ。

 アスナさんの持つ『歴史』を書き換えて、キリト君との思い出をなかったことにした上で、あいつの思い通りの筋書きで踊らせようとした。

 まさに悪魔の所業だ。到底許せるようなものじゃない。

 だが……

「まあ、でも、これでとりあえず一安心なのは間違いないんじゃないか? キリト君がアスナさんの中のあのお化けをやっつけてくれたみたいだし、見ていた感じ、あのお化けはただの残りカスだったみたいだしな。ひとまずこれで落ち着くんじゃねえの?」

 そう気楽に言った時だった。

「キリトくん……」

「あ、アスナ! アスナ! もう……もう大丈夫だ!!」

 腕の中で震えていたアスナさんを見ながら、キリト君がそう叫んでいる。

 どうやら意識も戻って、これで漸く彼女も元通りに……

 そんな希望は……

 簡単には訪れなかった。

「お、お願い……私を……殺してっ!! ごぷっ! ごぽっ!」

 懇願する様にそう言った直後、アスナさんは……

 

 その口や鼻、目や耳から、大量の黒いドロドロを噴き出した。



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HACHIMANズ

「アスナッ!!」

 

 キリト君の悲鳴のようなその叫びを最後に俺達はその黒いドロドロに一気に押し流された。

 まるで間欠泉の様に噴き上がる続ける黒いドロドロは、その殆どが真上に向かって逆さの瀑布の如き勢いで遥か上方の〈空〉へと落ち続け、空全体を黒一色で塗りつぶしていく。

 そしてそのまま黒色に変わると同時にハニカム柄が現れて周囲一面全てで警戒の文字が。

 光も次第と失われていき、周囲が黒く、淀んだような景色に変わったところで、漸く俺達はどろどろの中から身体を起すことができた。

「これは……どうなってんだ? おい、結衣! 雪ノ下! どこだ?」

 そう慌てて背後を見て見れば、ドロドロに浸かったままで抱き合っている二人の姿が。

「こ、ここだよ、ヒッキー」

「おう、ちょっと待て、今引っ張り上げる」

 そう言って、結衣の手を引っ張れば、もう全身がドロに塗れて真っ黒だ。

 丁度、田んぼの田植えの時に転んでしまったかのような見た目だが、やはりこれはただの泥ではないのか、起き上がり流れ落ちるともう何もなかったかのように汚れていない素肌が。

「すげえな、これは洗濯機いらねえな」

 これは泥が普通じゃないのか、俺達の服が高性能なのか、これテレビショッピングで披露したらおばちゃんたちがおおっ! ってなるやつで間違いないな。しつこい汚れに~~

「バカなことを言っていないで、ちゃんと警戒しなさい」

「あっはい」

 雪ノ下さんに普通に怒られてしまったので周りへと視線を向けてみる。

 先ほどまで、アスナさんの身体から噴き出していたどろどろの勢いはだいぶ弱まっているようで、轟音を響かせた泥の噴射の光景はすでにない。

 だが、辺りはもうどろに塗れて、綺麗だった風景のその殆どが黒で塗りつぶされてしまっていた。

 では、そのアスナさんやキリト君はどこに……

 と思って顔を巡らせてみれば、こんもりと盛り上がった5mくらいの泥の山の上に、アスナさんの上半身らしき姿が、両手と胴の腰から下を泥にめり込ませて固定されたまま眠ってでもいるのか、長い青い髪を垂らして項垂れてしまっている。

 先ほどの様にその口などから泥は出てきていない。でも、彼女がめり込んでいるその泥は確かにまだ溢れてきているらしく、溶けたチョコレートが波打つように、彼女を中心に拡がり続けていた。

「アスナっ!!」

 そう声がして俺はアスナさんのいる山から視線を右の方へ動かした。

 そこには泥の上を高速で駆けるキリト君の姿。彼はアスナさんへと一気に近づこうとしていた。 

 でも……

「パパッ気をつけて!! なにかいます!!」

 そんなユイちゃんの声が聞こえたかと思うと、キリト君のすぐ前方にいくつもの黒い塊が盛り上がった。

 そして、それはやがて人の形になって……

「ジャマをするなぁあああっ!!」

 そう吠えつつキリト君はその黒い塊に切りかかった。

 が!

「あー、めんどくせえ」

「マジうぜえ」

「なんで俺がこんなことしなくちゃならねえんだよ」

「かえりてえ」

 キリト君が切り込んだその塊り達……そいつらがそんなことを言いながら彼の一撃を……受けなかった。

 人の形をなしたその塊りは、それぞれの手に金や黒の剣を召喚でもしているのか、急に出現させて、それでもってキリト君の剣を打ち返した。

 って、こいつらまさか……

「こ、これは……〈エクスキャリバー〉に……〈エリュシデータ〉なのか……? くっ!」

 そう言いつつキリト君は身を翻して構えを取った。 

 その光景に俺は唖然となった。

 いや、俺だけではない、俺の隣にいる雪ノ下も結衣も俺と同様に唖然となって開いた口がふさがっていなかった。

 でもそれは仕方ないことなのだ。だって、俺だって同じ感想だもの。

 なぜならそこにいたのは、その身体のほとんどがまだ泥状のままだけど、紛れもなく『俺』の姿だったのだから。

 

 いや、まるっきり俺と同じであったわけではない。

 その顔は確かに俺のようではあるが、何かスッキリと整っていてどことなく理知的な感じもするイケメンなのだ。というか、猫背はどうした! なんでそんなに剣を持つ立ち姿がサマになってんだよ。俺いままでコスプレした時に試しで布団たたきを剣みたいに構えてみたりしたことはあったけど、あれを母ちゃんに見られてマジで死にたくなったからそれ以来やってねえはずなんだけどなぁ。

 それと、その頭の上でひょこひょこ動いている寝ぐせはいったいなんのつもりだ?

 人前にカッコつけて出てくるなら、せめて寝ぐせくらいは直せよな。なんでちょっと俺カッコいいだろみたいキメ顔してんだよ、まじでキメぇ。

 あと、あの端っこのやつ、なんで眼鏡? 俺眼鏡かけるほど視力低くねえよ。むしろめちゃくちゃ良いまである。

 くっそ、みればみるほどになんなんだこいつらは。

 どうして全員微妙に俺に似ているんだよ、俺への当てつけか? ほんと、中二病拗らせていたときの古傷にマジダイレクトアタックされてる気分だ。頼むから、せめてその俺イケてるやつ風の話し方マジ止めて! お願い、しゃべらずに静かにしていて!

「あら、大分気分が悪いようね比企谷君。あれはやはりあなたの分身ということで良いのかしら?」

「んなわけねえだろ、俺はあんなに気持ち悪くはねえ」

「そう? かなり顔が整っているようだし、一見ハンサムに見えるのだけれど……あなたの首もあれに()げ換えてもらえば良いのではないかしら」

「そうやって人の遺伝子否定するのやめて貰えますかね」

「もう、二人とも、そんなこと言ってる場合じゃないよ。ほら、見て!! みてよ!!」

 そう結衣に言われて、改めてキリト君の方を見れば、そこでは新たな黒い人形がにょきにょきと生えまくっていた。その数、数十体。

「あー、だりい」

「まじむかつく」

 かっこつけてでもいるのか、いちいちそんなことを言いつつ現れ出てくる、俺のそっくりさん(イケメン補正)。

 やめて!! 俺の顔でそんなセリフ言わないで!! それカッコよくないから、寒いから、俺そんなこと言わないから!!

 身体のその殆どが泥のままの俺のそっくりさんズ!!

 無数のそいつらが同じような剣を構えて、キリト君をみているのだが、これはいくらなんでも多勢に無勢すぎる。

 そもそもあのとんでもないキリト君の攻撃を、この泥八幡は簡単にしのいだのだ、しかも涼しい顔で! お、思い出すだけで鳥肌が、いちいちかっこつけんな頼むから。

 で、でだ、そんなチートな八幡ズだけではないかったのだ。

 その周囲には、どこかで見たことあるような人型も新たに浮かび上がっていた。

「あ、あれは……姉さん?」

「陽乃さん?」

 そう、雪ノ下の姉の姿がそこに現れていた、ドロに塗れていただけだけど。

 その胸元を大きくはだけさせた恥ずかし衣装で、両手にナイフ……確かククリナイフとかいうアサシンが持っているようなナイフを手にしている。

 と、それだけではなかった。さらに新しく出てきた泥の人形はそれぞれ、クラインさんやリズベットさん、リーファさんなど……俺だけでなく、キリト君の仲間さんの姿もどことなく違う雰囲気のままに出てきて、最終的には……

「ゆきのんあれ!」

「ええ……あれは……私達ね」

 そう、二人が凝視した先には、いくつものお団子頭と黒髪の泥人形が。

 それらは間違いなく結衣と雪ノ下だった。

 泥の結衣たちはどことなく目の焦点が合っておらず、まるで気でも触れてしまったかのようなその様子は、先ほどまでの操られていたアスナさんに酷似していた。

 これは本当にどういうことなんだよ。

 もはや俺達の周囲はその泥の俺達によって埋め尽くされてしまっているのだ。

 そして、最初に現れた八幡ズの一人が声を出した。

「キリト……俺らともだちだろ? 何を歯向かおうとしてんだよ」

「くっ」

 キリト君へそんなことを言いつつ見下す様の……俺。だからやめて! 超やめて!!

 キリト君は姿勢を低くしながら泥の俺を睨んでいる。

 これは飛び掛かるつもりなのだろうか? 

 だが、どう考えてもこれはもう“詰んで”いる。

 多勢に無勢の話どころではない。キリト君の攻撃を簡単にいなした俺だけでも数十体、それ以外にも結衣たちやクラインさん達も含めれば、その数倍を超す泥人形がここに存在しているのだ。

 もう負けは確定している。

 そのような状態で息を飲むキリト君が見ているのはただひとつ。

 泥の発生源ともなっているアスナさんの姿だけだ。

 何もしゃべらずただ見上げるだけのキリト君。彼に泥八幡が言った。

「いくら友達でも、“俺の”アスナを狙うなんて許せねえぜ。キリト、お前もさっさと“元”に戻れよ」

 そうニヤリと笑った時だった。

「パパっ!! 後ろです!!」

「!?」

 その声に反応したキリト君が一気に跳躍して身を翻した。 

 その瞬間に、彼が立っていたところの周囲から泥が遅い掛かり、その場に泥だまりを作る。

 どうやら、キリト君を泥で飲み込もうとしたようだが……そこで俺はそれを見た。 

 襲い掛かった泥……それは他の泥人形と同じようににょきにょきと盛り上がって人形を取る。そしてそれは小柄な少年の姿へと変わった。

 黒いコートを羽織ったようなアバターのその姿……紛れもなくキリト君だった。

 その泥キリトは飛び上がり浮遊しているキリト君を見てにんまりと笑った。

「逃げるなよ、せっかく元通りにしてやろうとしているんだから」

 そう言いつつ、彼が抜き放った剣は、先ほど泥八幡が抜いた金色の剣と同じものだった。

 あれ、相当強そうな武器だけど、なんでこんなに何本もあるんだよ?

 とにかく今が絶対絶命だとだけ理解し、息を飲んだその時、ユイちゃんが叫んだ。

「みなさん気を付けてください!! この人たちは“改変プログラム”の塊です。この人たちに取り付かれたら、さっきのママみたいになっちゃいます!!」

「なんだって!」

「そんな」

 クラインさん達が少し離れたところで絶望的な声を漏らしていた。

 マジで……

 最悪だ。

「いう事聞かねえなら、力づくだ、キリト」

 泥八幡ズとその他大勢が俺達へと一斉に襲い掛かってきた。




沢山のご感想ありがとうございました。
これからもきちんとご返信いたしますね。


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マスター……

 一斉に襲い掛かってきた俺のそっくりさん連中に、陽乃さんやら、クラインさんやらの集団。

 彼らは手にした様々な武器を振り上げ、まずは一番近くにいたキリトくんへと襲い掛かった。が彼はすぐに空中へと飛び上がり、前方へと飛び出した。

「アスナっ!!」

 目指しているのは泥の中心で埋まってしまっているアスナさんなのだろうが、即座にそれを追いかけた泥八幡は数人しかいない。どうやら、飛べる奴と飛べない奴がいるようではあるが、当然のごとくキリト君は辿り着くことは出来なかった。

 突然キリト君の右足が“消し”飛んだのだ。

 目を凝らしてみれば、一人の泥八幡が手に長大な武器……あれはなんだ? 対戦車ライフル? そんな最早ファンタジー関係なしの武器を手で構えてその銃口から煙を立ち上らせていた。

 まさかあれ撃ったのかよ……

「う……が……」

 悲鳴を上げつつ失速し墜落を始めるキリト君。そこに泥八幡達が群がるように待ち構えていたのだが……

「パパ」

「お兄ちゃん!!」

「キリトっ!!」

 そんな声を掛けながら落下するキリト君を抱き止めたリーファさんとクラインさん達。彼らはキリト君を抱えたままで真っすぐ一番遠くにいた俺達の元へと向かっていた。

 俺達の傍には、すでにリズベットさんやシリカさん達が来ていて、襲い掛かってきている泥の自分達と戦っている。

「なにこいつら、超強い。武器の性能も段違いだし」

「リズさん!! 助けてください! あ、ピナ、無理しちゃだめっ!」

「ぴいいいいっ!!」

 シリカさんのドラゴンが口を大きく開け、そこから炎を吐き出した。

 それに焼かれた泥たちの一部が後退するも、背後から無傷のそいつらがザッザッザッと余裕の笑みをその頬に貼りつけたまま歩みよってくる。

 これはまさにゾンビ映画さながらのホラーだ、。

 向かってくるその殆どが俺だし。

 いやいやいや何を俺は自分のことゾンビ扱いしてんだよ、ちげーよ腐ってねえよ、ただちょこっと人よりも人間観察とかで使いすぎているから目が発酵していそうってだけだよ……やっぱ腐ってるじゃねえか。

 もういいや。

 そうではなくて、ゾンビ映画とかなら知能がないから直線的な動きばかりで逃げようがあったりもするのだけど、ことこいつらに関しては逃げようがないのだ。

 しゃべってもいるし、意思もあるしな。

 でもだからって話し合いをしたいとは考えていなそうだ。

 とにかく俺達へと襲い掛かろうとする、いや、先ほどのユイちゃんの話だと、俺達を取り込もうとしているのか……

 そう考えゾッとした俺の近くに、キリト君を連れたクラインさんやリーファさんが降り立った。

 キリト君はぐったりはしているが、意識はあるようで、唇を噛んだままアスナさんを見つめていた。

「銃を持ってるやつがいやがる。なんでこのALOに近代兵器を持ち込みやがるんだよ、ったく、めちゃくちゃだぜ。八幡さん達は岩陰とかに隠れた方がいい。ジッとしていたら狙撃されるだろうからな」

 そう言いつつ、クラインさんが日本刀のような武器を抜いて前へ出た。

 それと、何か魔法のような物をつかったリーファさんがキリト君を見ていた。

 彼の足は既に復元している。

「お兄ちゃん、これで足はもう大丈夫だよ」

「ありがとう、スグ……」

 にこりと微笑み合った兄妹の二人。彼らもまた剣を引き抜いて前へと出た。そして襲いくる泥八幡達へと切り込んでいった。

「ねえヒッキー、あたし達何もできないのかな」

 そう俺の隣で結衣が声を漏らすも、そんなことを言われてもって話でしかない。

「そもそも俺達はこのゲームをやったことがない。戦う以前に、武器をどう入手すれば良いかもわからんし、持ったところで玄人のキリト君達が苦戦しているような相手だ。勝負になるはずがない」

「うん……そう……だよね……」

 消沈して項垂れる由比ヶ浜。

 気持ちは分かる。なんとかしたいって思いは俺にだってある。

 だけどな、なんとかしたいからってだけで、何も出来ないくせに飛び込むのはただの自己満足でしかない。

 そんなことをして、傷つかなくてもよかったはずの人にまで不幸を押し付けることにでもなれば、それはただの害悪だ。

 それと……もし先ほどのユイちゃんの話が正しいのならば、あの泥の自分に浸食されれば、自我を失うことにもなる。アスナさんのようにな。

 あんな操り人形になった結衣や雪ノ下を見たくなんかない……

 だけど、何もできないこのイライラをいったいどうすれば……

 くっそ。

「だいたい分かったわ」

「え?」

「は?」

 突然俺の隣でそんな声がして結衣と二人で見て見れば、そこでは雪ノ下が何やら空間に画面を表示させて、指で

ページを送りながら何かを読んでいた。

 そしてブツブツと何かを呟きつつ、その手に銀色の長剣を出現させた。

「フライトエンジンは背中で方向指示を意識することでもコントロールできるようね。そこだけは不安なのだけれど、すぐに慣れるでしょ」

「お、おい、雪ノ下……どうする気だ?」

 そう聞いた俺に彼女はにこりと微笑んだ。

「決まっているでしょう? 私も戦うことにするわ。だってこのまま何も出来ないで蹂躙されるなんて最低の気分だもの。あの気持ち悪い比企谷君たちに」

 こいつ、なんでこんな時まで俺のことディスりますかね。

「っていうか、お前だってこのゲームやったことねえだろうが。それでどうやって戦うっていうんだよ」

「プレイ方法の説明書は全部読んで頭に入れたわ。それにもう何度も『見た』わ。この目で、実際の激しい戦いを」

 そう不敵に笑う雪ノ下が言っているのは、先ほどまでのキリト君達の戦いのことだろう。

 あれは木刀ではあったけど、完全な殺し合いだった。

 あれを見たから大丈夫? 出来るって?

 平然としている雪ノ下を見つつ、冷や汗が出るような感じを味わっていたのだけど、次の瞬間にはそれが杞憂だったことを思い知らされた。

「では行ってくるわね」

 そう言って少しだけ宙に浮かび上がった雪ノ下が右手に剣を構えて高速で泥八幡の一体に向かって直進した。

 って、それ『ホバー走法』かよ!? そんなことも出来るのか!!

 駆けるでも飛ぶでもなく、高速の水平移動。だけど、どう考えてもキリト君達が押されるほどの相手……雪ノ下が相手出来るわけが……

「はああああああああっ!!」

 掛け声と共に雪ノ下が一閃。泥八幡は横を向いていたとはいえ、確実に雪ノ下を捉えていて、近づく瞬間に高速でその剣で斜めに雪ノ下を薙いだ……はずなのだが、彼女はそれを潜り躱しながらその八幡を切り裂いた。

「ぎゃああああっ、って俺じゃないな」

 思わずそんな悲鳴を上げてしまったのだが仕方ない。

 だって雪ノ下の奴、勢いのままにその泥八幡の股関節から切り上げてそのまま両断してしまったのだもの。止めて!! マジでトラウマだよ、その映像!!

 俺と同じように絶叫したその泥八幡は身体を保てなくなってそのまま崩れる。

 と、雪ノ下は次なる相手、その先で剣を構えていた陽乃さんを標的に据えた。

「姉さん……」

 さすがに躊躇するかと思い、俺は心配していたのだが。

「たまには姉さんを圧倒するのも悪くはないわね」

 っておい。

 何の躊躇もなくその斬撃の全てを躱して、逆に陽乃さんを切り刻んで泥に戻してしまった。で、その後、俺、雪ノ下、俺、由比ヶ浜、俺と、なんだか俺を切るのが中休み的になっているのがほのかに不満だが、雪ノ下の奴は一太刀も浴びないままに、自分や結衣の泥人形も遠慮なく切り捨ててまわる。辺りには泥人形が持っていた武器だけが散乱し、泥の池が広がった。

 躊躇なさすぎだろ。

 いや、マジで凄い。凄すぎる。

 それで最近になるまですっかり忘れていたのだけど、そういえば雪ノ下って一度体験すれば何でもマスタークラスになれるマスターアジアさんだった。

 確か三日くらい死ぬ気で練習してからのことだとばかり思っていたのだが、そもそもこいつマスターできる時点でマジで天才だったか。

「おいおいおい! なんだよ彼女!! 雪ノ下さんめちゃくちゃ強いじゃねえか!!」

 そう泥八幡の剣を押し返したクラインさんが雪ノ下を見ながら驚嘆している。

 それは彼だけではないらしく、チラ見したリズベットさんやリーファさんも目を見開いてしまっている。

「すごい……まるでキリトさんとかアスナさんが戦ってるみたい……ううん、それ以上。二人の良いところだけ合わせて戦っている感じ」

 そんなことをシリカさんが言っているのだが、俺はそんな良いところだけではないことをすでに知っている。

「おい雪ノ下。ちょっと飛ばし過ぎじゃねえか?」

 そうこいつはガンガン行くのは良いが、体力的な部分が最弱なので、あっという間にポンコツになる。

 トップアスリートクラスの身体能力を持ちながらも、高校の体育の授業ですら満足に貫徹できない残念さんなのだ。

 そう思って言ってみたのだが。

「今はまったく問題ないわね。身体を使っているわけではないので、このままずっと戦っていられそうだわ」

 さいですか。

 なんだよ、だったらマジで最強じゃねえか!

 体力問題を克服してしまって、しかもお手本にしているのがキリト君とアスナさんのバトルスタイルで、さっきの話だと、アスナさんが最上位クラスということだったから、これはもうキリト君でも敵わないレベルなのでは?

 いや、もう本当にやばいだろう、今の雪ノ下。

 だって全ての攻撃を避けての、一撃必殺の急所抉りだもの。

 まさに蝶のように舞い、蜂の様に刺すを地で行ってやがる。

 そのうち戦いながら、『当たらなければどうということはない!』とか言っちゃいそうだし。

 雪ノ下の圧倒的な蹂躙に勇気を得たのか、キリト君もクラインさんもみんな盛り返して泥八幡たちを少しづつ押し返し始めた。

「これはもう、大丈夫なんじゃねえか?」

 と、思わず呟いてしまったのが、運の尽き。

 死亡フラグってマジであるんだなと、実感してしまった俺が見ていたのは、地面からふたたびにょきにょき生え始めた泥八幡たちの姿。

 せっかく雪ノ下が片付けたはずのあのメガネの俺とか、ライフルみたいなものを持っていた俺とか、ほとんど俺なのだが、そいつらがまたニヤニヤしながら立ち上がったのだ。

 これにはさすがの雪ノ下もげっそりした表情に変わってしまっているし。

「きゃああああっ!」

「シリカっ!」

 一瞬足を止めてしまったシリカさんに、泥シリカ3人が襲い掛かり一緒に泥に沈んだ。



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全滅の刻

「シリカ……きゃっ! きゃああああっ!」

 シリカさんが泥に沈みこみ、そこに気を取られたリズベットさんが今度は泥リズベットに押し潰されるように飲まれた。

「お、お兄ちゃん!! あぶな……」

 側面で二人の仲間が泥に消えたことにやはり動揺していたのだろう、いつの間にかキリトくんの背後にも泥キリトの集団が……

 でも、一瞬早くリーファさんが押し飛ばしたおかげで、キリトくんは空中へと逃れるも、そのまま彼女が身代わりとなって泥に沈んでしまった。

「リーファっ!!」

 叫ぶキリト君にさらに泥八幡と泥キリトが襲いかかるが、キリトくんはかわし続けた。

「おいおいおい、いよいよやべえぞキリトっ!!」

 クラインさんが敵の攻撃をいなしつつ、一時的に難を逃れたキリト君へと声をかけるが、そんな彼には先程の数倍する泥人形が迫っていた。そのほとんどはクラインさんの模倣のようなものだったが、そのどれもが長い日本刀を持って振り回していた。

 そして雪ノ下だ。

 さきほどは、いくらでも戦えるようなことを言っていたこいつだが、見ている間に、その身体に傷を負ってダメージの光を漏らしているのが解る。

 どうやら、敵の数が多すぎる上に、雪ノ下自身もこのなれない環境下での長時間の戦闘に精神をすり減らして来てしまっているようだ。

 当然のことだな。

 いくら体力を使わないからといったところで、持久戦や長期戦はその精神力によって支えているわけで、いつ果てるともしれないこの状況は紛れもなく過大なストレスになる。

 これが初心者とベテランの違いなのかもしれない。

 確かに雪ノ下は必要最低限の動きで省エネ状態で戦い続けてはいるのだろう、でも、倒しても倒してもにょきにょきと生えてくる泥の敵達に疲弊を余儀なくされていた。

 対してキリトくんやクラインさんはミスも確かにあるだろうが、戦意はまだまだ高いように見える。

 きっと潜ってきた修羅場の違いなのだろうと考えたその時だった。

「しまっ……」

「雪ノ下!!」

 俺の目の前で雪ノ下が足を滑らせて尻餅をついた。

 と、当然それを見逃さない泥雪ノ下ズ。

 制服姿でなにも装備していないそのままに、雪ノ下に群がってそのまま押し潰した。

「ゆきのん!!」

 そう泣きそうに叫んだ結衣の手を俺はとった。そして走り出そうとしたのだが、結衣の足に泥の結衣の腕がしがみついていた。

「い、いやぁああっ!」

 そう結衣が叫んだ瞬間、その這いつくばっている泥の結衣の腕がポロリと離れた。 

 というか、その腕が切断されていた。

「おい、比企谷さん、由比ヶ浜さん、ほれ逃げろ!」

「クラインさん……」

 降り下ろした日本刀を振り上げつつにかっと笑ったクラインさん。飛び込んだ彼の一撃で結衣は難を逃れたようだが、では走ろうとしたその時、囲んでいた泥達がクラインさんをそのまま飲み込んだ。

 それを見ながらも、俺はとにかく結衣の手をひいた。

 くそっ!! くそくそくそっ!!

 ほんとどうなってんだよ。なんなんだこいつらは! なんで俺たちがこんな目に遭うんだよ、畜生っ!!

 走った。

 とにかく走った。

 走ってそして、ふと振り返った時、俺はそれを見た。

 まるで巨大な津波のようになった泥が、そこかしこにいた泥人形達を次々に飲み込みながら俺たちへと迫ってきていた。

 そして次の瞬間……

「結衣!!」

「ヒッキー……」

 とっさに結衣を抱き締めたままで、俺たちはその泥に一気に飲まれた。

 

 

 

 

「うう……」

 いったいどれだけ意識を失っていたのか……泥に飲まれ必死に結衣を抱いたままでいたはずの俺はその時覚醒した。

 時間にしてどれくらいだったのだろうか、数秒? それとも数時間か……

 もしそうだったら……という恐怖に震えつつ俺は目を開けた。

 すると、そこにはまだ結衣の姿が……それにホッと安堵しながらその少し先を見上げて俺は今度は恐怖に震えることになった。

 そこにいたのは泥八幡の一人。

 だが、そいつは今までのようなただ笑顔を張り付けたような気持ち悪さではなく、微笑みもせずに俺を冷たい視線で見下ろしていた。

 そして、その自分の泥の腕を変形させながら、俺から結衣を剥ぎ取ろうとしていた。

「驚いた。まさか一瞬で覚醒するとは……いい加減この俺にすべてを委ねろよ。そうすればお前は最高にハッピーな展開でベストエンディングを迎えられるんだから」

 ベストエンディングね……

 泥の八幡は今はただ一人だ。

 他の連中はどこへやったのか……たぶん泥の中か……

 今はたった一人しかいないが、戦えない俺からすればもうとっくに詰んでいる、ゲームオーバー、バッドエンド、おしまいだ。

 その泥八幡は俺が抱えている意識のない結衣の首を掴み、握り混みながら俺から引き抜こうとしている。

 これがもし現実であるなら、結衣はいつ死んでもおかしくない状態だ。だが、ここはゲームの世界だ。そう簡単には死なないということだろう。

 やつはとんでもない怪力で結衣の首を引っ張りあげた。

 俺はさすがに結衣を掴んでいられなくなって離してしまった。

 と、やつはそのまま結衣を泥の中に沈めようとしていたので、咄嗟に俺は叫んだ。

「ひ、ひとつだけ教えろよ!」

 泥八幡はその動きを止めてちらりと俺を見る。

 そして口を開いた。

「お前に話す必要などなにもない。どのみち俺とお前は融合してひとつになる。そうすれば万事解決するんだからな」

 本当に何をカッコつけて言っているんだよ、この恥ずかしい俺は。

「まあ、そう言うなよ。本当に一つだけだ。それくらいいいだろ? どうせ戦えない俺はもうどうしようもねえんだ。意識があるうちによ、どうしても納得したいんだ。なあ、頼む」

 俺の言葉に一瞬動きを止めた泥八幡がこくりと頷いた。

 俺はそれを見てホッと安堵すると同時に、高速で思考を巡らせた。

 いったい、何を聞けば最良なのか。このせっかくのチャンスをどう生かせば良いか……

 時間はない……

 だが、これにすがるしかない。

 要はこの黒い泥の中で俺たちの〈思考〉や〈考え方〉や〈記憶〉を改竄して……というか、たぶんあの泥たちと融合することによって、あのアスナさんのような〈操り人形〉としようとしているのだろうな。

 すでに、シリカさんやリズベットさんたち、それに雪ノ下も泥に沈んだのだ。彼らはまさに今、〈作り変えられている〉最中ということか……

 あのときは、アスナさんは一人だけ異常だった。

 それは彼らの仲間や、俺たちと、考え方や記憶を共有できていなかったからだ。

 だが、これが全員の記憶を書き換えられた後だったとしたら……

 アスナさんの方こそが正常となるのだ。

 誰もが同じ思い、同じ記憶を共有しているのだから。

 くそっ! 考えただけで虫酸が走る。

 だが、落ち着くんだ、俺。

 こんな状況、普通ではあり得ない。ここがゲームの世界の中だということを差し引いたとしても、ありえてしまうことこそが異常。

 だが、そうなることを前提に考えた時、一番の問題はなにか?

 それは……

 それは間違いなく結衣や雪ノ下の処遇だ。

 この泥八幡の正体はいまいち掴めていない。

 だが、なんとなくでも解るのは、きっとあいつが絡んでいるのだということだ。

 あの優木の中に入っていたあのおっさんのお化け。

 あいつは嫌っていた……雪ノ下と結衣のことを。特に結衣のことは死んでも良いくらいまで言っていたんだ。もしそうだとしたら、この泥八幡の考え方も……

 あいつが消え、この泥八幡が現れた。もしこいつがあのお化けとイコール、もしくはニアイコールの存在であるとしたなら……

 こいつがもっとも忌み嫌う存在は『結衣』ということになる。

 ならば……

 俺は一度ちらりと首を締められ持ち上げられているぐったりとした結衣を見た。現実であれば完全に死亡しているであろう状態の今の彼女を見て奥歯を噛みつつ、心の中で詫びながら口を開いた。

「なあ俺の彼女はやっぱりアスナさんなのか? 出来たらよ、ハーレムが良いんだけど、雪ノ下さんとか一色とか海老名さんとかは彼女にならねえのかよ」

 いったい俺は何を聞いているんだと、自分自身に吐き気を覚えつつ、だがこうすることでこの目の前の気持ち悪い俺の真意をきっと引き出せるとそう信じて堪えた。

 泥八幡はそれに薄く笑うと、俺をまっすぐに見下ろすようにして言った。

「陽乃さん……〈良い身体〉しているものなぁ。それに一色も〈可愛い〉し、夜の相手させるならさぞや楽しいだろうな」

 俺はそれを聞いて全身に悪寒が走った。

 いや、もうそんなようなことを言うだろうとは察していたんだ。こいつは俺のような見た目をしているが、その実まったくの別物……それこそあのおっさんと同一の存在だろうとな……

 今のでそれもはっきりした。

 こいつは俺の〈ガワ〉をしているだけのまったくの別物だ。それで、その内は手前勝手な醜い欲望をたぎらせているだけの〈獣〉だった。

 雪ノ下さんや一色をまるでペットか人形か何かのように評して、そしてその手では結衣をごみのように扱って……

 俺は沸き上がりかける激情を必死に押さえ込んで次の言葉を吐き出した。

「……でも、ここには雪ノ下さんたちはいねえぞ。いったいどうする気だ? どうやって雪ノ下さんたちを洗脳するんだよ」

 そう、俺はこれを聞きだしたかったのだ。

 こいつがあのお化けと同一の存在だというのなら、改変の影響はこのゲームの世界だけにはとどまらない。そう、あのアスナさんのように、まるで別人格になってしまうのだろう。

 しかし、この場にいない存在までをも改変できるのであれば、それは何らかの超常現象に他ならず、その一端でも知ることが出来れば、なんらかの対抗策を打てるかもしれない。

 俺はそう考えたのだ。 

 あのお化けは言った。

 自分は『作者』だと。

 だとすれば俺たちは奴によって描かれたキャラクターということになる。

 そんなこと考えたくはないが、それが真実であると前提することで、新たな解決法も出てくるのだ。

 そう、奴が俺たちを書き換えたように、俺たちもなんらかの方法で元の俺たちへと書き直すことができるのではないかということ。

 外部からの介入によってアスナさんは変わってしまった。

 そうであるならば、俺たちもその力を手にして元に戻すことも……

 荒唐無稽なことだとは思う。

 だが、このまま手をこまねいていたくはなかったのだ。

 そう思いつつ、俺はやつをみた。

 泥八幡は……

「知らねえよ。そんなこと俺が知るものか」

「は?」

 思わず変な声が出た。

 でも、目の前の泥八幡はさも当然とばかりに言ったのだ。

「俺はもともとあの豚によって産み出されたただのキャラクターだ。あいつが用意したこの身体に入って、あいつが用意したしゃべり方で、あいつが用意したストーリーを演じる……それだけだったからな。あいつがどうやって他のキャラクターを操っていたかなんて、あの豚が死んじまった今となっては俺だってわからねえよ」

「し、死んだ? お、おい、あの豚って、例のおっさんのことだよな。死んだってどういうことだよ」

 慌ててそう聞いてみればやつはにやりと笑いやがった。

「ああそうだぜ。あいつは死んだんだよ。あっさりと心筋梗塞でな。だがそのおかげで俺もこんなに自由に動けるようになったのかもしれねえな。気がついたらアスナの身体のなかにいて、この世界に来ていたんだからよ」

「お、おまえ……ほ、ほんとうに作られたキャラクターだったのかよ」

「おまえの方こそ似たようなもんだと思うがな」

 そんなやり取りをしつつ、俺は挫けそうになるの踏ん張って堪えた。

「じゃあ、なんでおまえはまだこんなことをしているんだよ。作者が死んで自由になったんだろ? だったら好きなことしていればいいじゃねえか」

 その俺の言をやつは花で笑った。

「俺がやりてえことだから、こんなことやってんだよ」

 そう泥八幡は言い切って笑った。

「あの豚はかなりこだわりがあったからな、胸のでかい女が頗る好きで、言うことをきかない女は殺しても良いくらいに思っていたからな。その思考は俺も同じなんだ。今まで俺は何人も女をレイプしてきたぜ。そうすればあの〈豚〉と、その〈取り巻き〉どもがよろこんだからな。あははは。ま、だから俺としてはこのガハマも勿体ないとは思うんだが、なにしろ『作者』様の死ぬ間際のお言いつけだ。仕方がねえから殺すしかねえんだよ」

 そう言って、泥八幡は結衣を投げ捨てた。

 泥の上にべちゃりと倒れる結衣。その周囲から泥の結衣が二人その身体を持ち上げて、ゆっくり彼女を抱くように飲み込んでいった。

 俺はそれを、心の中で謝りつつ見送った。

「さて、じゃあ最後はお前だ、比企谷八幡。俺もいい加減この身体じゃあ楽しめるものも楽しめねえからな。おまえとひとつになって、女どもを蹂躙してやることにするよ。なに、お前もずっと俺の目を通して眺めていられるはずだからな。陽乃やいろはやアスナを犯すシーンもたっぷり楽しめるぜ。それと、ガハマと雪ノ下が絶望して制裁を受けるシーンもたっぷり拝ませてやるからな! 女子高生が絶望する姿は本当に最高だぜ、ははははははははははははははははははははははは」

 哄笑しつつゆっくりと俺へと近づいてくる泥八幡。

 その手がいよいよ俺へと届こうかというその時に、俺は最後の言葉を言った。

「やっぱりてめえはあいつと同じ、最低のクソヤローだったよ!! 『ユイ』ちゃんっ!! 今だ!!」

「はいっ!! 今です!!」

「なんだ?」

 俺が叫ぶと同時にやつの背後の泥の山の一部が大きく盛り上がる……

 その泥の内側から青白い輝きが漏れ始め……

 そしてそこに『彼ら』が現れた!!

「はあああああああああああっ!!」

「やあああああああああああっ!!」

 漆黒の泥を突き破って現れたその二つの影。

 それを端的に表すのであれば〈銀〉と〈黒〉。

 その二つの影は泥の上を高速で疾走して一瞬で泥八幡へと肉薄した。そしてそれぞれの剣が激しく煌めくと同時に言い放った。

「私は絶対あなたを許さないっ! 『閃光』の二つ名にかけて必ず貴方を滅ぼす!!」

「俺たちが受けた苦しみ、その全て返させてもらう!!」

 アスナさんとキリト君。

 二人の激しい怒りの輝きが、次の瞬間には泥八幡をずたずたに切り裂いた。

 奴は……

 その瞳を怒らせてながら泥へと消えた。



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泥が見せる夢

 その場で形を崩して消えた泥八幡。

 その様子を切り刻んだその二人の剣士も見ていた。彼らはまだ緊張した顔のまま、周囲を警戒しているということだろうとは思うが、厳しい視線で奴の沈んだ場所を睨んでいた。

「八幡さん、タイミングぱっちりでした。時間稼ぎありがとうございました。でも、そのせいで結衣さんが……」

「…………」

 俺の側へと飛んできたユイちゃんが表情を曇らせた。

 俺はそれを見てから、先程結衣が放り投げられた辺りに視線を向けた。

 もうそこにはただのチョコレートのような泥の地面が広がっているだけだ。

「気にするな。結衣もわかっていたことだよ」

「はい……」

 そう項垂れるユイちゃんはゆっくりとキリト君たちの方へと戻って行った。

 そう、これは予定通りの行動だった。

 泥の俺たちが出現したあの時、猛攻を受けていたキリト君がユイちゃん経由で俺へと告げたのだ。

『アスナさんを取り返すために囮になってほしい……』と。

 正直俺には、そんなこと出来るとは思えなかった。囮もなにも、何度も言うが俺はこのゲームは初めてだ。どうしたらよいかなんて分かるわけがない。

 でも、みんなが次々に泥人形たちに襲われ続けるなか、結衣が俺の袖を引きながら言ったのだ。

『あたしたちもやれることしよ』

 その決意の籠った目を見て、俺も決心した。

 どっちにしたってこのままなんて俺も嫌だったから。

 だから逃げた。逃げて結局結衣をあんな目に遭わせてしまって……

 後悔したってどうしようもない。

 決めたのも、そうしたのも俺達だ。だから今それを言うのは、犠牲になった結衣に対しての冒涜にほかならない。

 でもやはり、この現状は受け入れがたかった。

「ふんっ!」

 俺は一度両頬を思いっきり手で叩いた。

 気合を込めると同時に今のもやもやした気分を晴らしたかったから。実際に叩いてみて、少し痛みがあったことに驚いたが、これですっきりはできた。

 そんな俺に、青い髪の彼女が歩み寄ってきた。

 それで気まずそうに瞳を伏せつつ俺へと頭を下げた。

「本当に……本当にごめんなさい。わ、わたし失礼なことばかりしてしまって……あなた達まで巻き込んでしまって本当に……」

 そう言うのはアスナさんだ。

 これは完全にあのわけのわからないお化けのおっさんから解放されたということで間違いないのだろうな。

 俺はとくに何かを彼女に対して思っていたわけではないが、俺に対していちゃいちゃしていた時の記憶も残ったままなんだな、この様子からは……とか思ったら、なにやら俺の方が死にたくなってきた。

 マジでもう全部忘れてくれ。

「あー、あれだ。元通りになって良かったんじゃねーの。そ、それよりもだ、キリト君。よくアスナさんを助けられたな」

 居た堪れなくなって、まだ警戒態勢のままのキリト君へとそう声を掛けると、彼は言った。

「ユイから……アスナの意識がもうあのドロドロから切り離されたということを教えられたんだ。だから俺はまずアスナの奪還をさせてもらった。この泥は異常だけど、剣が通らないわけではなかったから、後は滅茶苦茶切りまくってアスナを分離させてから覚醒させたんだよ」

「ふ、ふーん」

 ほんと何言っているのか良く分からない。

 まあ、あの泥からアスナさんを引きぬいて、目を覚まさせたということだな。詳細は理解できていないけど。

「パパとママを助けられたのも、今この泥の動きを止めることが出来たのも全部八幡さん達のおかげです」

 そんなことを言ってくれるユイちゃんだが、ほんと俺達は大したことしていない。だから何を言えなかったわけだが、彼女は今度は俺達三人に向かって、飛びながら話し始めた。

「この泥は改変プログラムの塊であると同時に、たくさんの『意識の集合体』でもあったみたいなんです。見たこともないURL情報とともに、『渋』とか『笛』とかいう文言を含んだたくさんの文字列が、さっきまではママの中へと注ぎこまれ続けていました。でも、切り離された後は、この泥全体にその情報が溢れかえっている状態で……それで様々な八幡さんたちが出てきていた感じたったのですけど、それも今は一つにまとまっているようで……」

 彼女の言うことは本当に理解が追い付かないが、つまるところアスナさんに封じ込められていた、もしくは注がれ続けていた〈情報(もの)〉が泥になってあふれ出して、最初は別個人の八幡たちとして発生したが、それも集合しつつあると……

「それがさっき俺が話していた、俺のそっくりさんってわけか」

 それにユイちゃんはコクリと頷いた。

「この存在が何なのかは私にも良くは分かりません。でも一つ言えることは、これは誰かの明らかな〈意思〉によって誕生した〈人工物〉であるということです。ママを略取し、八幡さんたちを貶めるために想像された人造の存在……」

「AI……ユイと同じなのか?」

 そのキリト君の言に、ユイちゃんは静かに頭を振った。

「それも分かりません。でもパパ、あの泥の八幡さんたちは確かに〈自我〉を持っています。それも人を害することを能わない凶悪な感情や意思を。ママはいつあの存在に遭遇したのですか?」

 そう問われたアスナさんも困惑しつつ首を振った。

「分からないの。多分ALOから生還して、みんなでパーティをした後くらいだとは思うけど、ずっと頭がモヤモヤしたみたいになって、キリト君の悲しそうな顔が見えて……。凄く苦しかったけどどうしようもできなくて……」

 はっきりとはわかってはいないのだな。

 だけど、だからこそ解ることもある。

「なあアスナさん。あんたあのおっさんに操られていた時の記憶が少しはあるんだよな」

 そう聞いてみれば、彼女は眉を潜めて頷いてみせた。

 だから俺が続けた。

「そうしたら教えてほしいんだが、あの時のあんたは何を見た? どんな景色を見ていたんだ? いや抽象的なことではなくて、具体的にどんな未来をイメージしていた?」

 それに彼女は口許に指を当てつつ言った。

「〈雪ノ下〉さんと〈由比ヶ浜〉さん、それに〈葉山〉くんという人が、共謀してハチくん……比企谷さんを学校で虐めていて、それでSAO内でハチくんと三人が再会して、ハチくんを口封じに殺そうとしたところを私が助けて、私が三人を殺して……うぷ……」

 集中してひとつひとつ思い浮かべてくれたアスナさんがついにそこで吐き気を堪えるように口を手で押さえた。それをキリト君がそっと抱き抱えた。

 多分やつが彼女に見せたイメージの中に、結衣達を惨殺するシーンもあったのだろう。

 それは想像に難くない。なにしろ、あのおっさんは完全にイカれていたからな。

「わりぃ、そこまでで良い。よく分かった。つまりこのまま行けば、結衣たちはまさにそのシナリオ通りに動くように脳みその中を弄くられることになるわけだよ」

 今まさにその改造手術の真っ只中なのだろう。それを思うといても立っても居られないが、とにかく俺は今出来ることを必死に考えた。

 いつもなら……

 俺は俺一人でできることを選ぶはずだ。

 俺という存在を他の誰にも委ねたくなんかはないし、俺という人間の価値を他人に決められたくもないから。

 俺が出来るその時の最高の選択を、俺がいつだって選んできたのだから。

 でも、それではダメなのだということを俺はもう知っている。

『君のやり方では、本当に助けたい誰かにあったとき、助けることができないよ』

 あの時先生がくれたあの言葉。

 俺は俺だけのために俺という人間を使ってはダメなのだ。

 守りたいもの、助けたいものがあるから。

 だから俺は……新しい俺になる。

 俺は大きく深呼吸してから妖精のユイちゃんを見た。

「ユイちゃん。今あの黒いドロドロの意思はひとつに統合されてきているとか言っていたよな。なら、その核みたいなものとかはないのか?」

「あるにはあります。さっきアスナママが捕まっていたあの場所。あそこはこのALOの運営の設置したターミナルポイントで、そこを通して膨大な量のデータが泥として流入しているのですけど、そのターミナルポイント付近にデータを吸い上げている存在がいるみたいなんです。でも……」

 そう何かを言いかけたユイちゃんがチラリとキリトくんを見た。

 彼はユイちゃんを慰めるように、そっとその頭を撫でていた。

 お、お兄ちゃんスキル発動しちゃってる!! いやお父さんスキルか! 傍目に見るとなんというか、かなり恥ずかしいな!

 ドギマギしていた俺に関係なしに、キリトくんは平然と言った。

「さっきアスナを助けようと泥に突入したけど、あそこにいたあれはまるでレイドボスだよ。必死にアスナだけを助けたけど、あの触手の連打にはちょっと太刀打ちできそうにない」

「触手!?」

 それってあのウネウネして、美人戦士とかをイヤーンさせちゃう系のあれじゃあないよな。

 どっちかというと、あれは宇宙に漂うもののけに見える的な、ふははははは、怖かろう……の方だよな!

 なんだよ、それ。超怖いじゃん。

 レイドボスってことはあれだよな、100人がかりとか、1000人がかりとかで倒すっていうあれだよな。

 ならもう無理じゃねえか。

 そもそも今はユイチャンを入れたって4人しかいねえ。

 しかもそのうち戦えるのは二人だけ。

 くっそ……他に手はねえのか……

「せめてあのターミナルポイントを直接攻撃出来たらよかったのですけど」

 そのユイちゃんのその言葉に俺はすぐに顔をあげた。

「そのレイドボスを倒さなくても良いってことか?」

「え? あ、はい。一応は後では倒さなくてはなりませんけど、問題は流入し続けている泥の……膨大な情報の方なんです。そのせいでシステムがエラーを起こしてしまっていて、対抗プログラムが動かないんです」

「だから、その入り口を壊せば良い……と……」

 そう呟いてみてから、俺はキリトくんとアスナさんを見た。

「なら、俺がもう一度囮をやる。必ずそいつの気を逸らすから、その内にそのターミナルなんとかをぶっ壊してくれ」



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レイプ

 俺は泥の中心ともいうべき、あの盛り上がった山へと駆けた。そこは先程までアスナさんが上半身だけだしていた場所。

 そこにはとんでもないボスモンスターのような存在がいるということだが、当然俺にはそんなもの倒せやしない。

 そもそも戦えない。

 だが俺は走った。

 囮になるために。

 これはただの自殺行為なのではないか? これはいたずらに足掻いて惨めな姿をさらしているだけなのではないか?

 様々な葛藤がたしかにあったが、俺はたったひとつ、その事だけを思って走り続けた。

 

『助けたい……』

 

 そう、それだけだった。今俺の心のなかにあったのは。

 ヒーロー願望があったわけでも、カッコつけたかったわけでもない。

 俺は脳裏にこびりつくように残っていたあの言葉を忘れられなかっただけだ。

『もし、ゆきのんが困ってたら、助けてあげてね』

 あの時、彼女が俺へと言った言葉。記憶のそこに打ち捨ててしまっても良いような、ただの一言。いつだってあいつは誰かのために心を砕いた。

 そしてそれは今回だって……

 なにも出来ないくせになにかをしようと考えて、結局は自分を犠牲にして……

 苦悶の表情のままで泥に没していった彼女の顔が忘れられない。

『君のやり方では……助けることはできないよ』

 ええ、わかっていますよ先生。

 助けたい願望……助けたい気持ちがあったって、結局その人を絶望に染めてしまえば助けられなかったことと同じだ。

 だから俺はくたばる訳にはいかない。

 あいつらを助けた後で、もし俺がいなかったのなら、それはあいつらを悲しませることにしかならないのだから。

 俺はもうそれを知っている。

 だからこれは〈自殺〉じゃあない。

 俺がするのは奴との……

 〈交渉〉!

 そう、交渉だ。

 この状況でとてもそんなこと出来るわけがないというのに、それでも出来る気がして、無性に笑えた。

 さっきあれだけあいつを罵ったというのにな。

 俺はひとりほくそ笑みながら、例の山の麓まで来て、そこで大声で叫んだ。

「話があるんだけど出てきてくれねえか? おーい、俺は比企谷八幡だよ。おーい」

 俺の背後で泥の山が振動して大きな音が立ったが俺はそれを気にしなかった。

 そして……

 四方で急にせり上がった泥が俺めがけて降ってきた。

 俺は……

 ついに泥に沈んだ。

 

 

 

 

 これは……

 

 なんだ……?

 

 音も光もない、感覚すらないその世界で、俺はただ自分の意識をしっかり保とうと踏ん張っていた。

 俺が今どんな状態なのかはわからない。だが、眠たくなるような、意識を刈り取られるような、そんな感覚が全身を支配していた。

 それはまるで眠りにつく前の布団の中にいるような感覚……

 だが、こんなことに屈する訳にはいかない。

 眠いとしたって、今だけは簡単に思い通りになってやるわけにはいかねえんだ。

『おい、聞けよ! もうひとりの俺! 俺は交渉にきただけだ。お前のいうことをなんでも聞いてやるからよ、少しでいいから俺につきあえよ』

 当然だが返事はない。

 というか声が出ているのか? 感覚はないが、だが眠気を払うように俺は続けた。

『なあ、お前が無類の女好きなのは分かった。よく分かった。だからよ、俺の好きなラノベの嫁談義につきあってくれよ。やっぱり最高だよな二次元嫁は』

 今まで読んだたくさんのラノベのヒロイン達を頭に浮かべつつ、俺はやつへと言ってみた。

 だがそれにも反応はない。

 くっそ、これもダメか……

 あいつ夏目漱石とか、芥川とかの方が良かったのか?……一応俺が今まで読んで来た作品をもっと教えてやってみようか。うーん、どの辺がいいのか、推理もの? サスペンス? それとも恋愛ものか?

 ひたすらにそんなことを思い浮かべていた時だった。

 唐突にその画面が現れた。

 なんだこれは?

 と、思う間もなく、その場面に映像が……

 そこにいたのは……

 

 俺だった。

 

 

❖ 

 

 

「あなたのやりかたきらいだわ!」

「人の気持ちもっと考えてよ!」

 

 そんなことを言う二人の女は雪ノ下と由比ヶ浜か……

 これはあの修学旅行の時に俺が言われた言葉の様だけど、なんだか違うような気もするし、どことなくこの二人も変だ。

 目はつり上がって俺をにらんでいるのだが、その顔に表情は無く、まるで蝋人形のようだ。

 その佇まいが異様で気持ち悪かった。

 そして唐突に俺の脳内に何かのアナウンスが流れる。

『なんで頑張ったこの俺がこんなことを言われなきゃならないんだ。俺は嫌だったけどこいつらが任せると言ったから損な役を受け持ってやっただけじゃないか。責められるなんて理不尽だ』

 は? なんだこのアナウンスは?

 ええと、これはあれか? 俺の『モノローグ』ってやつか? え? は? 何言ってんだこのバカは。

 そもそもなんで受動態。

 頼まれたからやってやったんだよ的なこと言ってるけど、お前あの修学旅行の時は俺が勝手にやらかしただけだぞ?

 なのになんでそれをこいつらのせいだ風に言ってんだよ、被害妄想甚だしすぎだろ!

 お前な……

 そうツッこもうとした時にはもう場面が切り替わっていた。

 そこは……ん? ここは奉仕部の部室の引き戸か? 

 上の表札に結衣の貼ったシールもあるし間違い無さそうだが……

 その扉を開けもせずにただ立ち尽くしている、たぶん俺の耳に、よく通る二人の声が聞こえてきた。

〈もう二度と部室に来ないで欲しいよね、あんな人の気持ちの解らない最低最悪の男。私はもうヒッキーの顔二度と見たくないわ〉

〈ええ、まったくそうよね。あんなやり方しか出来ない男はもう必要ないわ。平塚先生に言って、すぐに退部させましょう。これでようやく、あの気持ち悪い男から解放されてせいせいするわ〉

 は?

 なんだこの会話。

 ええと、結衣と雪ノ下なんだろうけど、口調が全然違うし、言っている内容がおかしすぎる。

 二人がそんなことを少しでも思っていたのなら、俺はとうの昔に退部しているに決まっている。なんだかんだ俺はこの部に半年間いたんだ。

 毎日夕方、だいたい二時間……とくに何をするわけでもない日がほとんどだったが、俺はあの空間でこいつらと一緒に居た。そこに確かにこいつらとの

絆はあった。

 二人があんなことを言わないことくらい、悩むまでもない。

 だというのに……

『もう、ここに俺の居場所はねえな……』

 なんでだよ!!

 おい、そこの偽八幡くんよ。お前なんも分かってねえじゃねえか。そもそもへこむんじゃねえよ。よくもまあ、そんな程度のメンタルで半年間そこに居られたな、おい。

 と、慌ててそう言おうとしたらまた場面転換。

 今度は駐輪場そばの校舎の陰。

 俺はどうやら自転車に乗ろうとしているみたいだが、なにやら男女の話声を聞いていた。

「ねえ、葉山君。私今回とっても頑張ったよ。ご褒美にまた抱いてくれる?」

「ああ、いいぜ、結衣。お前はこれからもずっと俺のセフレだ。だけど、本妻は雪乃ちゃんだからな。そこを間違えるなよ」

「オーケーよ。これであのむかつくヒッキーももう御仕舞だよ。さっき学校中に、あの嘘告白のこと言いふらしてきたから、これであいつはもう学校これないよ」

「よしよしいい子だ。今晩抱いてやるからな」

 …………

 うーむ。すごい内容の会話だ……

 だけど、誰だこいつら、まさか葉山と結衣のつもりなのか? 結衣の口でとんでもない台詞を言わせやがって……

 マジで許せねえが、いったいどんなシナリオだ? 不倫? もはや俺達の今までの奉仕部活動関係なくなっちゃってるじゃねえか。

 オーケーでもだいたいわかってきた、ここのルール。

 つまりこの世界は、さっきアスナさんが言っていた、彼女が俺に惚れるシナリオをなぞっているわけだ。

 となれば、次に出てくるのは……

「あ、ハチくーん、あれ? どうしたの? 暗い顔して?」

 ほら出てきたアスナさんだ。

 なんでこの人が総武高の制服を着て、小走りに俺を追いかけてくるんだよ。この人埼玉の人じゃねえのか? ん? そういや埼玉はキリト君か? どっちにしたって、この人総武高生ではない。

 だが、さっき聞いた時はゲーム内で出会ったようなことを言っていた気が……え? どういうことだ?

『俺のことを理解してくれるのは、もう彼女しかいないないのだ。彼女の名前は結城明日菜。俺の幼馴染で、俺の彼女だ』

 うっは……でた彼女設定。っていうか、幼馴染? おいおい俺を真似てんじゃねえのかよ。俺にはそんな可愛い幼馴染なんかいねえよ。いたらボッチなんかしてねえし。

 随分とご都合主義の展開だな。これはいったい誰のシナリオなんだよ。 

 そこにいる俺は暗い顔のままで先ほどまでの話を全てアスナさんへと話した。

 それを聞いたアスナさんは憤慨した。

「許せない、その雪ノ下さんと由比ヶ浜さん。私のハチくんにそんな酷い事するなんて、わたし絶対そのふたり許さないから」

 と、まあ、それはそれは烈火の如き勢いでお怒りあそばせているアスナさん。

 それを見て、ああ、俺の本物はここにあったんだとか、そんなわけのわからないことを宣う偽八幡君。

 いやいや、何が本物だよ。滅茶苦茶偽物じゃねえかよ!! 

 くっそ、なんていうかツッコミどころ多すぎて……いや、ツッコミどころしかなくて眩暈がしそうだ。

 とか思っていたら今度は俺の部屋だ。

 場面転換多すぎだ。勘弁しろよ。

 偽八幡は何やらヘルメットのような物を被って、ベッドに横になって呟いた。

「リンクスタート」

 あ、これは俺もさっきやったから分かるけど、あのヘルメット、アミュスフィアみたいな道具なんだな。

 なるほど、これからゲームの世界なわけか。

 そして場面が変わると、俺はやはりゲームの世界にいた。

 すぐにアスナさんと合流した偽俺は、どうもベータテスターという事前に体験版をプレイした存在であったようだ。で、アスナさんにプレイ方法を教えていると、いきなり広場に移動。でかくて黒い、なんだか良く分からない奴が出てきて、これはゲームではあるが遊びではないとかなんとか言って、ここから出たければ100階層をクリアしろと宣言。

 それを聞いて同じベータテスターだったらしいキリトくんとも合流して、アスナさんとイチャイチャしつつ三人でレベル上げ。

 一か月後(早いな……ってか一瞬だった!)漸く一階層のボスエリアを発見して、その攻略会議に三人で出席。

 舞台で話しているのはどこかで見たような青い装備のイケメン。あれ? あいつどっかで見たような気がするけど、ま、気のせいだな。

 そのままボス攻略に進むも、偽俺とキリトくんとアスナさんの三人で難なく倒して、誰一人の脱落もなしに二階層に。

 なんだかんだでアルゴという女の子や、リズベットさんやシリカさんを仲間にいれて、いつの間にか6人パーティ。

 その女ばかりのパーティメンバーの全員に手をつけた偽八幡(クソヤロウ)……何をどう手をつけたのかはまったく見てないし理解したくもないが、本妻がアスナさん、でそれ以外全員セフレらしい。こいつ間違いなく人間の屑だ、いったいどこのプレイボーイ(死語)だよ!! んなわけねーだろ、いったいどんなハイブリッドボッチだよ、そんなぼっちいるか!!

 一緒にいるキリト君お構いなしに女の子たちといちゃいちゃし続ける偽八幡。

 こいつ……めちゃくちゃムカついてきた。

 他のパーティと遭遇して、転移結晶の効かないトラップルームから誰も犠牲を出さずに脱出したり、階層ボスを倒したり、新しい家を買って女の子たちとイチャイチャしたりとか、そんなことをしていたある日、葉山、雪ノ下、結衣の三人のパーティと遭遇する。

 なんだかんだといちゃもんをつけてきた三人に向かってアスナさんが、罵詈雑言吐きまくり。それを追いかけるように他の仲間たちも、葉山たちを罵倒しまくり。

 それに逆上した葉山達がまさにザ・チンピラな感じで逆ギレして切りかかってくるも、アスナさんが返り討ちにして、全員を縛ったままフィールドに放り捨てて、ハチくんをいたぶった報いをうけなさいとか、冷徹な瞳を向けて言い放った。

 そして、近くにいたモンスターが葉山、雪ノ下、結衣に近寄って襲い掛かろうとしているのを、満面の笑顔で眺めながら―――――

 

「てめえっ!! もういい加減にしやがれ!! マジで勘弁ならねえ、絶対てめえをぶっ殺す!!」

 

 そう全力で叫んだ瞬間、目の前のスクリーンの中にいた偽八幡がくるりと俺を振り返った。

 

「これは驚いたぜ。まさか意識を保ち続けていたとはな。もう少しで最高の良いシーンになるんだ。じゃまをするなよな」

 凶悪に歪んだ微笑みで俺を見たそいつに俺は全力で唾を吐いた。

 奴の顔にべちゃりと俺の唾がかかる。

「ざまあみやがれ、この偽物が!! てめえみてえな根暗な妄想バカは、とっとと消えちまえ!! このボケナス八幡!!」

 それに奴は反応した。

 無表情の顔のままで、腕で俺の唾を拭ってから剣を引き抜く。

 そして地面に転がっている結衣や雪ノ下のもとに歩いていった。

「何する気だ!!」

「気が変わった。こいつらは俺がぶちころす」

 その声に背筋が凍るも、俺は床にころがる結衣や雪ノ下へと声を掛けた。

「お前ら!! 今助けるから!」

 それに彼女達はぴくりと微かに反応した。

 表情は乏しく、反応も薄いが、確かに彼女達はそこにいたのだ。

 結衣の無表情のその瞳からは、一条の涙が確かに流れていた。




HACHIMAN作者はアンケートなどで、『ヒロインは誰が良いですか?』などと読者に問い合わせして、誰と誰が良いです! と、その声のままに八幡とくっつけます。
今回はアンケートなしなので、全員とくっついています。
それと、導入でアスナが語った八幡との出会いと今回の出会いは変わっていますが、これはこの作品のギミックのひとつであって、内容を変更したわけではありません。
分かりづらくてすいません。


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本物

「やめてよヒッキー、もう私はあなたを裏切らないから。あなたの言うことなんでも聞いてあげるから」

 そう無表情で叫ぶ結衣に、偽八幡がゆっくり近づきつつ、剣を振り上げた。

「ふはははははは、おもしれえな。こんな反応になるのか。おっと、台詞だったな……『俺はもうお前らを信じられない』。くふふ、ふはは……」

 偽俺は剣を逆手に持って振り上げた。

 そして愉悦に表情を歪ませる。

「死ねぇええええっ」

「やめろっ」

 結衣に向かって剣を走らせる奴に、俺は叫んでいた。

 ドス。

 そして剣が突き刺さる。

 結衣の心臓に深々と……

「あ……」

 その口から小さく声を漏らして、目を見開く結衣……

 ひたすらに沸き上がるのは悔恨と怒りと哀しみ。

 絶望に俺は沈みそうだった。

 だが……

「これはただの〈シミュレーション〉だよ。くくく」

「は?」

 偽八幡はそんなことを宣いながら手を大きく動かした。

 するとそこにあった全ての景色が黒一色の背景に溶けるように消えていった。 

 明日奈さんやリズベットさんたち、葉山や雪ノ下や、そして結衣もきえてしまった。

「死んだと思ったか? んなわけねーだろ、俺はまだお前の身体を手にしてねえんだから。ま、一応洗脳中のガハマどもにも今の映像は送り込んではいたけどな。自分の行く末を見て、あいつらも諦めがつくだろうよ」

 暗闇の画面の中でそんなことを言う偽八幡は、俺へ向かいつつ、その画面の枠に手をかけてこちら側へとやってきた。

「あのブタが死んだし、他の作者どものシナリオも大量に流し込まれたからな、より俺好みの展開に『作品』を書き直していたんだよ。やっぱり明日奈とか女どもとイチャイチャしていた方が俺も楽しめるしな。ま、お前があんまりにも反抗的だから仕方がねぇ。由比ヶ浜と雪ノ下は最初に始末する展開にしてやるぜ。そうだな……一般生徒(モブ)どもに輪姦(まわ)されてから殺されるようにしてやろうかな、それも序盤でな。惨めったらしい、こいつらにぴったりの最後だぜ。くははははははははははははははははははは」

 俺はもう何も言えなかった。

 こいつはマジで狂ってやがる。

 貶めた人の不幸を喜んで愉悦に浸りつつ、自分だけはそれ以上の狂気でもって人を支配して快楽を得ようとは……

 紛れもなくこいつは最低最悪の存在だ。あのオバケのおっさんに似ているかとも思ったが、それよりももっと酷い。あのおっさんの言動も狂ってはいたが、あいつはただ思い通りにいかなくて憤っていただけだった。

 だが、この偽八幡はさらに人を操る術を手にしてしまっている様子。

 洗脳とか言っていたしな……その通りだとしたら本当に時間がない。

 俺はさっき涙を流した能面のような顔の結衣のことを思い出していた。

 アスナさんがそうなってしまったように、結衣たちが操られるままにあいつの言った〈シナリオ〉を辿らされちまうとしたら、もう御仕舞だ。

 考えろ。

 このくそ野郎をなんとかするための方法を。

 なにかあるはずだ。

 アスナさんだってあの泥を吐いてから正気には戻れた。

 なら、他の奴らだってきっと……

 思い出せ。

 あの時なにが起こったのか……

 考えろ。

 

〈シミュレーション〉

〈作品〉

 

 あ……

 唐突に閃いたのは正に荒唐無稽な思い付き。

 でも、今のこの現状……泥に呑まれて夢を見ているようなこの場にいることこそがまさに異常。

 で、あるならば、その異常を異常で上書したところでさして問題はないのではないか。

 そう思いつき、俺は必死に記憶を呼び覚ました。

 これは賭けだ。

 もはや一か八かどころの騒ぎではない、砂漠で米粒を一粒拾えるかどうかというほどの賭け。

 だけど、こんな異常な世界で俺に出来る正規のルートの攻略法など存在しないのだ。

 酷い睡魔に、操られているあいつらの姿。それに絶望的な暴力の存在が俺の心を衰弱させている。

 そんな中での賭け。

 俺はそれを決意した。

「よし、ならもういいよな。お前もここに来たんだ。その身体貰ってやるよ。まあ、今まで舐めた口きいたことは水にながしてやるぜ。お前にも俺が良い思いするところをたっぷり見せてやるからな、ひひひひ」

 そう言った奴が、俺の身体へと入ってきた。

 強烈な異物感……

 全身に寒気が走り、身体の内側を虫に食い破られてでもいるかのような怖気を感じながら、次第と意識が遠のいていくことを感じていた。

 そして薄れゆく意識の中で、奴の高笑いを耳にした……

「ひひひ、やったぜ、これでようやく〈シナリオ〉を始められるぜ!! さぁて、じゃあ最初は修学旅行のところからだな。世界観は……もうどうでもいいや。この場にいる全員を使ってSAOクリアまでを再現してやろう。それで、現実世界にもどったら葉山を殺して、三浦を寝取って、平塚を社会的に抹殺してそれから……」

 そこで言葉が途切れた。

 奴は何かの違和感を感じたのか、口を押えてその場にしゃがみこんだ。そしてそのまま口から大量の『泥』を吐き出した。

「おぇええっ、おぅぇええええええっ、げぇぇえええええええ」

 奴の口……ではないな、俺の口から大量の泥が吐き出され続けている。

「な、なんだこれ……うぇえええ……おうぇえええっ」

 苦悶の表情の奴が泥を吐き出し続ける口を押えて悶絶しまくるなか、俺はその真っ暗な世界を脱した。

 

 

 

 

 目の前にはあの泥の山がそびえていた。

 そして俺はその少し手前……泥の中にしゃがみ込んで、自分の口を押えつつ泥を吐き出していた。

 そのあまりの気持ち悪さに脳内で必死に再生し続けている『あの光景』を途切れさせてしまいそうになり、吐き気に負けそうになるのを堪えつつとにかく意識を保ち続けた。

 まあ、でも本当に辛いのは今のこの身体の持ち主の方だろう。直接的な痛みはどうも奴の方へと流れているようだからな。

「くそ、なんだ、これは……なんで、こんな……『見たくもない映像』が頭の中に流れ続ているんだ……おぅえええええええええっ」

 そんなに気持ち悪くなるのかよ、お前には。

 そもそもその反応に傷つくけどな俺は。

 視界は俺の自由にはならないが、偽八幡は身体から泥を吐き出しつつ頭を振りながら呻いている。

 その時、俺の視界には、泥の山と俺を視界に収めたキリトくんとアスナさんの二人の姿が映っていた。

 よし、ポジショニングは万全のようだな。ならもう一息だ。

 俺は自分の中で散在していた様々な〈ピース〉をかき集め、それを組み立てて作り上げていたのだ。

 そう、ここに至るまでの、『俺の本物の物語』を。

 それは人に見せるような代物では到底ないものだ。

 なにしろ、俺はいままで、一度だって人に褒められるようなことを為してきたことはないのだから。

 それは高校に入学してからだって変わりはしなかった。

 友達もいない、人より優れていると自慢できるようなこともない、だから俺は自分から他人を拒絶し続ける道を選んだ。

 誰かが俺を必要としてくれる、そんなことはないし、ありえないこと。

 俺がすべきことは人との関わりの中で友情をはぐくむことでも、男を磨いて女の子に存在感をアピールすることでも、何かになれるかもしれないと期待をしながら、その何かになるための努力をすることでもなかった。

 友人も、彼女も、夢も、そのどれも全て等しく現実と理想は違っていて、その違っていたことに気が付いた時に絶望するものなのだから。

 だから俺はそれをしないことにした。

 裏切られ、苦しむくらいなら、そんなものは最初からない方が良いのだと、俺はもう知っていたから。

 その世界が変わってしまった。

 俺は変わるつもりはなかったんだ。

 でも、確かに変えられてしまった。

 見ないようにしてきた。知らない振りをしてきた。気が付かない振りも、無関心ささえも装ってきた。

 それなのに、俺の内にはたしかに残ってしまった。

『彼女たちとの絆』が……

 奉仕部という得体のしれないあの部活に入れられて、俺はそれまでの16年間の人生では経験しえなかった場面に遭遇し続けた。

 誰とも関わる気なんて、本当になかった。

 でも、部活だ、仕方がないと、その場その場で場当たり的な解決を目指して俺はやってきた。

 それでよかったのだ。

 本当の解決など必要ない。ただその問題が解消され、俺はどうでも良い風を装えさえすれば、それで。

 でも、そうではなかった。

 心が……痛かったから……

 人の話に耳を傾けない頑なな彼女。

 嫌な事でも自分から飛び込んで心を砕く彼女。

 俺はそんな彼女達を見て、そして確かに心が痛かったんだ。

「……あなたのやり方、嫌いだわ」

「人の気持ち、もっと考えてよ……」

 あの時の二人の言葉は俺の心を確かに抉った。

 でもそれは……

 彼女達を憎んだからということでは決してない。

 俺はあのとき初めて突き付けられたのだ。

 俺という存在が彼女達の内にも存在していたのだという事実を。

 彼女達が思う俺の姿がそこにあったのだということを。

 それが本当に恐ろしかった。

 俺は俺一人の為にいれば良かったはずだった。

 何度も求めて、何度も失って、諦めてきたそんな関係。俺にとってそんなものは不要であるとさえ思ってきた。

 見せかけの友情や、恋愛感情など、そんなものはまやかしでしかない。

 取り繕って、我慢して、努力して手に入れた関係。

 そんなものは欺瞞だ。

 俺が求めたのはそんなものではなかった。

 いつかきっと手にはいるかもしれないと信じて、そしていつの間にか諦めてしまっていたそれ。

 どうせ無駄な労力だ、見せかけのハリボテだ、手に入るわけがない。

 そうだったというのに、それはもうすぐそこにあったのだ。

 お前はこれを失ってもいいのか?

 これは偽りなのか?

 お前は信じるつもりはないのか?

 葛藤は葛藤を呼び、自分を信じられない俺はただずっと苦しんだ。

 でも……

 だからこそ俺は……

 その答えを……

「もうっ! もうやめろー!! そ、そんな戯言聞きたくはないっ!! そんなくだらねえストーリーはいらねええっ! クソ雪乃とクソガハマは死ねばいいんだよっ!! くだらねえこといってんじゃねええっ!! おぇええええええええええええっ」

 絶叫とも言っていい悲鳴を上げつつ、奴は最後の一滴までその泥の全てを吐いた。

 俺は。

 そして覚醒した。

 

 

 

 

『ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲッ』

 

 山が鳴動した。 

 俺のすぐ目の前で泥の山は震えながらまるで雄叫びのような絶叫を上げていた。

「比企谷さん!!」

 腕で口を拭った俺のそばにキリト君が走り寄ってきた。

 俺はふらつく足を踏ん張りながら立ち上がって、キリト君へと笑ってみせた。

 その瞬間彼の表情が少し凍り付いた気がしたわけだが、なんだよ失礼な奴だな。俺の笑顔ってそんなにひでえのかよ。

 彼はすぐに顔を元に戻すと俺の手をひいて走り出した。なんだよ変わり身早えな。

「いったいどうやったんだ? 泥に呑まれたかと思ったら、急に出てきて今度は泥を吐きまくって……、見ていてかなり心配だったよ」

「そ、そうか」

 そりゃそうだな。大量の泥を吐き続けるマーライオンな俺を見れば流石にひくわな。いったいどんなだったんだ。モザイクかけないとまずい絵面だろ、間違いなく。

 俺は走りながら彼へと説明することにした。

「まあ、単純な話なんだが、あの泥はどうも〈物語〉とか〈シナリオ〉とかいうものらしいんだわ。だからあいつが泥と一緒に俺の中へ入ってきたときに、必死に抵抗して逆に頭の中で〈ストーリー〉を……それも、あいつが一番嫌いそうな実話を垂れ流し続けてやったんだよ。そうしたらさっきのザマだ。あの偽物は気持ち悪がって吐きまくった挙句、俺から泥諸共出て行ったというわけだ」

「そ、そうか。すごいな。比企谷さんはそうなることがわかっていたのか?」

「んなわけねえよ。でも、さっきアスナさんから泥が出て行く前、キリト君が操っていた存在を滅茶苦茶ビビらせただろう? それこそ殺す気満々だったじゃねえか。あれでなんとなくあの泥は感情の影響を受けやすいんじゃないかと思ってな……ま、とりあえず上手くいって良かったって感じではあるな」

「そこまで考察したのか。いや、本当にすごいよ」

 やめろよ手放しでほめるのは。そういうのまだ慣れてないんだからよ。裏があるかもって勘ぐっちゃうだろ?

 キリト君の褒め殺しにまんざらでも無くなっていた俺がどんな顔をしていたのか想像もしたくないが、そんな余裕は一瞬で消えることになった。

「パパっ! 八幡さん! 泥の山が襲ってきます」

 それはもうすっかり聞きなれたユイちゃんの声。

 かなり嫌だったが、ふっと後ろを振り返ってみて驚愕した。

 そこに迫っていたのは超巨大な単眼の塊。

 その身体中からはウネウネと蠢く無数のヒモ……というかあれが触手か。

 いったいなんなんだよあの数は。

 それこそ100本200本じゃきかないぞ? 巨大な胴体の周囲から伸びるその触手の気持ち悪さよ。

 あれはまさかバッ〇ベアードか? アメリカ妖怪かよ。俺はロリコンじゃねえからな!!

 それはどうかしらね……とかいう雪ノ下達の幻聴を聞きつつもその巨大な泥の塊の発する声に全身が震えた。

『ヲヲヲヲヲヲヲヲヲ……はチまン……コろス……』

 奴はその場からは動かずにその触手を一気に周囲全体へと駆け巡らせた。




本物の解釈はいろいろあるでしょうが、これは原作の本物発言前後の八幡のモノローグなどを元に考察しただけにしています。結論までは辿り着いていませんので悪しからず。


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決着

「アスナッ、避けろ」

 凄まじい勢いで宙を舞って襲い来る無数の触手。それを寸でのところで躱し続けるキリトくんが俺の手を引きつつりも後方のアスナさんへもそう叫んだ。

 彼女は丁度泥の怪物の反対側にいたはずだが、揺れる視線を向けた時には彼女は遥か上方へと身を躍らせて、空中で射られた矢のようになった触手の射線を高速で移動しながら避けていた。

 これはもう弾幕ゲームの様相だ。

 逃げられる場所は本当に限られていて、やっとこ避けたその先へも触手の追撃が迫るのだ。

「比企谷さん走れ!!」

「え? え?」

 俺は背中を思いっきりキリト君に突き飛ばされた。その瞬間、俺の立っていた場所へと何本もの触手が突き刺さって破壊不能のはずの地面を貫通して辺りに爆音をまき散らした。

 その余波で身体がよろめくも、そのままでは触手の餌食になってしまうと察して、俺は言われるままに全力で駆けた。

「うわ、わあわわっわわわわわ」

 必死に走る背後には確かに何かが襲い来る気配があって、でも振り返ることも出来ずに行くしかなかった。

 はっはっはっはっは……

 背後でガキンガキンと何か金属がかち合う様な音が聞こえたその時、俺は足をもつれさせてその場に転んだ。

 瞬間死を予感して、背筋に嫌な汗が流れるのを感じるも、だが例の触手の槍攻撃は来なかった。

 恐る恐る顔を上げてみれば……

「はあああああっ!!」

「やあぁああああっ!!」

 キリトくんとアスナさんの二人が触手の合間を残像を残すほどの高速ですり抜けて、その都度触手を切り落として周る。その二人のあまりにも速い挙動に、触手はまったく追従できていなかった。

 し、質量を持った残像だとでもいうのか……

 いやなんでもないです。

 とにかく速い速すぎる。

 いったい何をどうすればあんな動きが出来るんだよ。何あの二人。何名人なの? 冒険島なの? アメイジングすぎる。

『エえいッ! チョコまかトチョコザイな!』

 おっと、出ちゃったねオヤジギャグ。そこでチョコだけにチョコッとだけとか言い出したら更に完ぺきだったのに。

 どうでも良いが、何故か調子にのっている戸部が頭に浮かんだはここだけの話。

 俺もだいぶ戸部に毒されてるなあ。ケーキ屋のバイト頑張れよな戸部。

 あまりにも一方的な二人の立ち居振る舞いに、俺はなにやら安心感を得てしまっていたわけだが、そうは問屋が卸さなかったわけだな。

「きゃっ」

「アスナっ!」

 一瞬のスキを突かれて、アスナさんの身体に触手が巻き付いた。

 そして間髪入れずに彼女の胸当てが引きはがされ、手にしていた剣も弾き飛ばされた。

 それを助けようと急行しようとしたキリト君だったが、今まで以上の数の触手にその行く手を阻まれて近寄ることが出来ない。

「じゃまだああああああっ!」

 彼はもう一本、その手に剣をジェネレートさせて、その二振りの剣で立ちはだかる触手の多くを切り捨てた。

 そして漸く締上げられているアスナさんが見えたかと思ったその時、彼の前に動けないあいつの姿が浮かび上がった。

「うう……」

 そこに居たのは触手にグルグル巻きにされて宙へと持ち上げられている黒髪の優等生の姿。

「雪ノ下っ!」

 思わずそう叫んだ俺は更に息を飲んだ。

 そこに居たのは雪ノ下だけではなかった。

 先ほど泥に飲まれた、リーファさんやリズベットさん、シリカさん、クラインさんも……そして、結衣の姿もそこにあった。

「くっ……」

 彼らの身体をまるで肉の壁としてアスナさんの前へと持ち上げる目玉の塊。

 そいつはその全身を鳴動させてまるでキリト君を嘲り笑うかの如く不快な音をたてつづけた。

 キリト君はなんとか彼らを捕えている触手を切断しようと試みるも、四方八方から立て続けに触手の連打を浴び、流石にその全ての回避も追いつかなくなっていた。

「みんなを放せぇっ!」

 二振りの剣に青白いエフェクトを纏わせたキリト君の高速の剣の乱舞が炸裂した。

 無数の触手のその悉くを切払い、まるで瀑布の如き勢いの触手の猛攻のそのほとんどを切り崩して、そしてようやくクラインさん達を縛り付けていた触手も切断した。

 だが……まだアスナさんと……雪ノ下、結衣が残っている。

 キリト君は更に突進して彼女達を救い出そうとするも、今度は別の角度から放たれた光の槍によってその態勢を崩すことになった。

「くっ……なんだ?」

 彼は顔をその光の方向へと向けた。

 そこにあったのはあの巨大な一つ目。

 その目玉はもう一度輝きを増すと同時に彼へと向けて光線を放つ。

 咄嗟に身を翻したキリト君は、その極太の光の柱をくぐって、落下したクラインさんやリーファさん達を抱えて一旦退いた。

 その巨大な塊は、半ば宙に浮いたままで無数の触手を蠢かせながら巨大な一つ目をぎょろぎょろと忙しなく蠢かせた。

 マジであれは半端じゃねえな。

 大量の触手で包囲殲滅、目玉の光線砲で一点集中破壊。

 こいつマジで死角がねえ。

 俺の居る位置より少し離れたところに仲間達を下ろしたキリト君は肩に停まっていたユイちゃんに何かを告げると再びあの一つ目に突進していった。

 でもその直後、キリト君がいた場所からキラキラと光る何かがまっすぐに俺へと飛んできた。

 当然彼女だ。

「八幡さん、パパから伝言です。なんとかあのモンスターを動かすから、あのモンスターの下にあるターミナルポイントを破壊してください。お願いします」

 そう必死の形相で懇願してくるユイちゃんだが、俺はそれ以上に顔を歪めることになった。

「なんとかしてくれと言われてもだな……実際何をどうすれば良いかということで……」

 ホントどうしていいのか分かんない。

 このゲームでも役に立たないし、現実問題コンピューター関連なんてさっぱりだ。

 そうだというのに、いったいどうやって対処すれば良いというのか……

「大丈夫です。座標は私が分かります。後は近づいてその剣で切りまくればいいだけです」

 そう言われて手にある銀の剣を見て見るも、そもそもどうやって振ればいいのか……

 でもな、目の前でこんな小さな子(物理的に)が必死に頼んでいて、さらに助けを求める仲間がいて、しかもそのうちの一人が彼女だし、これは無理だからさよならなんて言っていい場面ではないことだけは分かる。

 実際問題無理なんだけども。

「お願いします!!」

「う……」

 もう一度ユイちゃんにそう頼まれた。

 そんな目で見るなって……

 ああ、分かってる、分かってるよ。

「そんなのやるに決まってるだろ。そもそも最初に囮をやると言ったのは俺なんだ。まったく囮できてなかったけどな」

「そ、それじゃあ」

「だけど、マジで期待するなよ。俺は本気も本気で素人だからな。ここでなんとかできるなんて保証はできねえからな」

「大丈夫です。私がサポートしますから」

 ふんっと鼻息荒く、ユイちゃんが小さく両手でガッツポーズ。

 くそ、めちゃくちゃ可愛いじゃねえか。

「やってやるよ! さあいこうぜ」

「はいっ!」

 俺を導くように先を飛ぶユイちゃん。

 そして、見上げた先で、あの巨大な目玉の攻撃を躱しつつ攻撃を当て続けて推しまくるキリト君の姿。それに、触手に締め付けられている、アスナさん、雪ノ下、結衣の姿……

 これで助けられたらマジでナイトだな。やられたらただの間抜けだけど、はは。

 そう思いながら、俺はあの一つ目のすぐ傍まで来ていた。

 そしてその時は突然来た。

 あの一つ目の巨体がぐらりと揺れたのだ。

 見上げれば、キリト君が途轍もない猛ラッシュを奴への胴体へと叩き込んでいるところだった。

「今です!!」

 ユイちゃんの大声にハッと我に返った俺は、剣を振り上げて奴の浮かんだ胴体の真下に向かって走った。

 そこには確かに何かのコンソールパネルのような物があった。

 丁度俺の腰ほどの高さの円柱状のそれの少し斜めになった上面には、なにやらパソコンのキーボードのような模様が刻まれている。

 アレを壊せばいいということかよ。

「わあああああああああああっ」

 俺は無我夢中でそれに向かって飛び掛かろうとした。

 が、その時!

「あ? ダメです。戻って!!」

「うわ」

 突然耳元でユイちゃんの大声がして咄嗟にブレーキ。すると、俺の目の前にあの巨体がドスンとまた落ちてきやがった。

 俺はそれにぶつかって弾き飛ばされる。

 と、ほぼ同時に、再び触手が俺へと襲い掛かってきた。

「わわわ、どうなって……」

「比企谷さん! ご、ごめん、失敗した」

 飛んできたキリト君が俺を抱えて再び飛んだ。

 俺は彼の両手を見る。すると、その手には折れ砕かれて、今にも消えようとしている二振りの剣の残滓が……

「もう一息のところで、剣が二つとも折れた」

「なんてこった」

 あれだけの猛ラッシュだもの、ゲーム内で剣の耐久度とかの設定があるとしたらそれは間違いなく相当なものだよな。

「予備はあるのかよ?」

「ある。だからもう一度頼む」

 そう俺を下ろしながら言ったキリト君だが、その表情は険しい。

 キリト君が囮となって俺がターゲットを破壊する。

 この作戦はすでに相手に知れてしまっているのだ。普通の思考の持ち主であれば警戒して当たり前だ。もちろん、さっきの様に簡単に近づくことはできないだろう。

 だけど……ここで諦める選択はない。

「わかった。頑張れよ」

「ああ、頼む」

 そう言葉を交わした直後キリト君は再び奴の光線を避けつつ接近を図った。

 そして俺も走ろうとした……

 その時だった。

「むふぅん。どうやら我の出番というわけのようであるな」

 そんな声がきこえたかと思うと、俺の肩にポンとその手が置かれた。

 振り返ったそこにいたのは、イケメンマスクのあの青い衣装……になってはいるが実際は指ぬきグローブにコート姿のただのデブ。

 俺はそいつを思いっきり睨んでやった。

「てめえ、今までどこで何していやがった」

「こっちの方で急に戦闘が始まったのでな……巻き込まれないようにと、ちと、向こうの方へ……」

「いい度胸だなこのブタ」

「酷い! 八幡酷い! 今はスマート、我今とってもすまーとぉ!! ふっ、まあ良い。八幡よ今こそ共闘するときよ! これを見よ!!」

「お、おまえ!! そ、それは……!!」

 俺は奴が手にしたそれを見て滅茶苦茶驚いた。

「そ、それをどうしたんだよ」

 恐る恐るそう聞いてみれば、奴はその白い歯をむき出しにしてきらりんと光らせて微笑んだ。

「ふっ……さっきそこでたまたま拾ったのだ」

「まあ、そんなとこだろうとは思ったよ」

 そんな奴が手にしていたのは、あの最初に出てきた泥八幡の一人が持っていた、長尺の対戦車ライフルだった。

 

 

 

 

 そしてなんというか流れが変わった……

 

「俺は生きる! 生きてア〇ナと添い遂げるっ!」

「おい! 変なとこで伏字にすんじゃねえよ、それじゃあアスナさんと添い遂げちゃうみたいじゃねえかよ!」

「……う、うむ……そうであるな……では……」

 おっほんと、一度咳き込んでから銃を構え直して、カっと目を見開く青髪のイケメン、中身デブ。

「俺は生きる! 生きて〇イナと添い遂げるっ!」

「お前もうそれ、伏せる意味無くなっちゃってるからね」

「良いヨい! これで良いのだ八幡! 必ず生きて帰れ! これは命令だ!!」

「うるせえよ、分かってるよこの馬鹿」

「180mmキャノン、発射っぁあああああああ」

「そんなにぶっとい弾入ってねえよ」

 ドッゴーーーーンと炸裂音を伴って発射される、地面に立てた方形シールドを台座にして構えた対戦車ライフルの弾。

 確かさっきステータスを確認してみたら、この銃の名前は『PGM ヘカートII』とかって出てたな。

 一応公式の武器ってことなのか? このファンタジー世界で? うーん、わからんが、とにかく撃ちまくりだ!

 そう、この武器、めちゃくちゃ威力が凄かった。

 あの巨大な一つ目の胴体に直撃した瞬間大穴を開けると同時に、奴を傾けさせたのだ。

 これはめちゃくちゃ凄い威力だ。とんでもねえ。

 奴はただでなくともキリト君の猛攻に四苦八苦していたのだ。

 そこをこの材木座の登場によっていよいよ混乱の境地に達しようとしていた。

 奴の位置からはここまで触手が届かないのはもう確認済み。

 届くのはあの目の怪光線だが、あれは相当に溜めがいるようで、そんなことをしようものならキリト君の猛攻を受けまくることに。奴は初めてここで焦りの色を見せていた。

『ヲヲヲヲヲヲ……ユるセン……オまエらジャマをシヤがッテ』

「うるせえ。そもそも最初に余計なことしてきたのはてめえの方だろうが」

「八幡さん。今ならいけます」

「お、おう」

 ユイちゃんにそう声を掛けられて俺は再び走り出す。

 そして振り向きざま材木座へと言った。

「てめえ遊んでねえで、全弾撃ち込めよ」

「当然である。この後雪山でお風呂に入るのだからな!! むふ」

 そんな訳の分からないことを宣う材木座を無視して、俺はとにかく走った。

 目指すは奴の直下、あの何かの操作盤だ。

 それを壊しさえすれば……

 きっと終わるのだ……

 奴はキリト君と材木座の両方向からの攻撃に浮足立っていた。その巨体もふらふらと揺れて、ターゲットも見え隠れしているし。

 なにより、近寄る俺へと一本の触手を向ける余裕もないようだった。

 これは……いけるのか……

 俺はユイちゃんに導かれるままにとにかく走った。

 そしてようやく辿り着く、目的の場所へ。

 それはもうすぐ目の前にあった。

 もう手にした剣を振れば当たる距離……

 俺は緊張しながら、あの巨体が浮いた今この瞬間しかこれを破壊できないのだと思い極め、そして息を吸いながら剣を振り上げた。

「ヒッキー……」

「ゆ、結衣……」

 唐突だった。

 あまりに唐突に、俺のすぐ目の前……唇と唇が触れてしまいそうな距離に彼女が……結衣が現れた。

 俺は彼女のその顔を見たまま、振りかぶった手が止まってしまった。

 彼女はにこりと微笑んだ。

「ねえ、ヒッキー、もうやめよ? こんなことしても誰も喜ばないよ。私もうこんなのいやだ」

 そう微笑みながら言いつつ、彼女は俺の腰へと手を伸ばしてそのまま抱き着くような格好になって……

 だから俺は言った。

「結衣……俺はお前が好きだよ。だから……」

 俺は自分の手にした剣の柄を一気にきつくきつく握り込んだ。

「もう二度と結衣の真似をするんじゃねえよ、この腐れ外道がっ!!」

 俺は一気に剣を斜めに振り下ろした。

 その軌道には当然結衣の身体もある。

 驚愕に目を見開いた結衣の胴体をごと俺はその背後にあったターミナルポイントの端末を両断した。

 そこにいた結衣は……

 すぐに『俺』の顔になった。

 そう、そこに居たのは奴……偽八幡だった。

「な、なぜだ……なぜ、躊躇いなく……切った。お前はガハマが好きだったんじゃねえのか……」

 そう身体を泥に戻していく偽八幡に俺は言ってやった。

「ああ、好きだよ。好きだから俺は結衣の話し方だって仕草だってなんだって知っている。結衣の一人称は〈私〉じゃなくて〈あたし〉だ。それに結衣がそんな俺みたいな気色悪い笑顔するもんかよ、この馬鹿野郎」

「そ、そんなことで……そんなどうでもいいこどで……ぼでぁ……」

 泥八幡は泥に戻りつつ、俺を睨み続けていた。

 俺は……

 そんな奴が完全に沈むまで見続けた。

 

「そんなどうでもいいことの集まりこそが……大事なんじゃねえかよ」

 

 黒一色に染まっていた周囲には何処からともなく光が差し込み始めていた。

 地面を覆っていた泥は徐々に消え始め、そこかしこで緑の草原が現れ始めていた。

「システムの修復復興プログラムが起動しました。これでみんな元にもどります」

 ユイちゃんのその声に目を覚ましていたクラインさん達の歓声が上がった。

 首を振ってみれば、そこには泣いているアスナさんを抱きしめているキリト君の姿が。

 本当に嬉しそうに笑ってるな……

 そんな風に思っていた時だった。

「ヒッキー……」

「比企谷君……」

 振り向けばやはりそこには涙を流した彼女の姿が。俺はその傍へゆっくり近づいて……

 えと……こういう場合ってどうすればいいんだよ?

 ま、まさかキリト君みたいに? この公衆の面前で!

 多分めちゃくちゃ挙動不審だったのだろう、俺の前でジッと俺を見上げて震えている結衣と、横目に三白眼を向けてきている雪ノ下。

「いいから早く抱きしめてあげなさい」

「マジか」

 雪ノ下に言われるままにおずおずと結衣の背中に手を廻した俺。そんな俺の胸に顔を埋めて、結衣はひたすら泣きじゃくった。

 いつも通りではあるのだが……

 やはり俺だけでは締まらなかった。

「八幡、我も……」

 当然だがもう聞こえないし、何も見えないし、寧ろ蹴っ飛ばしてやろうかと思った。




後、一話です。


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俺たちの進む道

 俺たちは現実世界へと帰還した。

 それはもう簡単に。

 なにしろ、ただログアウトボタンを押しただけだからな。

 おっと、その前に、連中との最後のやりとりがあったんだった。

 俺たちは帰還する前に生き返った(?)クラインさんたちに猛烈に歓喜された。

 それはそうだろう。だって自分達の仲間全員があの泥にやられちまったんだ。

 操られたアスナさんを取り返せたわけでもなかったし、敵に迫ることすら出来なかった。

 それに止めを刺したのが理由や推移がどうあれ、なんと俺。彼らからすれば、気がついた時には、俺があの怪物を仕留めた様にしか見えなかったのだろうしな、これに関してはいろいろともの申したいところもあるのだけど、やったのは俺じゃない、キリトくんだ!! と主張しても頑なにそれを固辞。

 もうどうしても俺を祭り上げないと気がすまないようだった。

 そしてクラインさんが言ったのだ。

「あのよう、八の字。こうやって知り合えたのもの何かの縁だ。俺らとこれからも仲良くやっていかねえか? その無理にとは言わねえ……けどよ」

 そんなことを、肩を抱かれながら言われたわけだが、いやいや近いよ密着するなよ緊張しちゃうだろ。

 でもほんと、こういう付き合いったって、たった一回このゲームで出くわしただけだしな、どうすりゃいいのか……

 と、そう答えに詰まっていると、いつでも頼りになるのはこの人、ゆきのんさん。俺の肩を抱くクラインさんへと語りかけた。

「私たちは来年大学受験を控えています。すぐに会えますとはなかなか約束はしがたいのですけれど」

 おお! それそれ! その答えだよ、ゆっきのーん。

 そんな毎回遊びに来るなんて、ぼっちの俺には気軽に約束なんかできやしねえよ。

「そうか……そりゃ残念」

 しょんぼりとうなだれたクラインさん。俺は漸く解放されるのかと思って安堵していた訳だが。

「ま、たまに息抜きに来るくらいはよいのではないかしら?」

「そうこなくっちゃなー!」

 と、ぐいいいいいっ!と更に首を強く締め上げられた俺。いや、ちょっと待て。俺の意見はなんで聞かねえんだよ。ま、どうせ言う気もなかったけど。

 俺は彼の腕を軽くタップしてそれを放させた。

 そして、改めて向かいあって言った。

「ま、ほんと、たまに……だからな」

「おう、たまにたまぁにだ」

 ニヤリと笑った野武士顔のクラインさんはグッと親指を立てた。

 すると、今度はリーファさんやリズベットさん、シリカさんたちが集まってきた。

「八幡さん! 今度片手剣スキル練習手伝うからね!」

「お、おう……」

「あんたの剣……ただの初期支給品じゃなぁい。いいわ。今度あんた用にこの私が剣を一振り作ってあげる! 期待して待っててよね」

「さ、サンキュ……」

「あの……私たち今新生アインクラッドを攻略中なんです。今度是非ご一緒しましょうね」

「ピィッ」

「わ、わかった」

 矢次早に顔を近づかされてそんなことを言われて、ほんともう逃げたかったのだが、首を捻ったそこには、少し頬を膨らませた結衣のドアップの顔。お、おい……キスしちゃうぞ、その距離じゃ。

「ヒッキー顔にやけてるし、なんかムカつく」

「無茶言うな、勘弁しろし」

 頬を膨らませた結衣はそのまま俺の手をぎゅっと握った。握ってそして……

「ひゃうっ! も、もうゆきのんってばぁ」

「なにかしら? 泣くのなら『にゃー』の方が似合うとおもうのだけれど」

「お前、今回全然ぶれねえな」

 もう周りの空気お構いなしに結衣の尻尾をさすりまくる雪ノ下に俺ももう何もいえねえ。

 ただ、俺の手をぎゅうぎゅうと握ったままぴくぴく震えてこらえている結衣の姿になんというか嗜虐心が刺激されて……

 はっ! いかんいかんこのままではあの変態と一緒になっちまう。

 でも……

 なんというか俺に身を寄せてトロンとした目付きに変わってしまっている結衣の姿に俺はすでに陥落寸前ではあったのだが。

 

 

 

 

「このお礼は、いつか精神的に!!」

 そんな掛け声とともに手を振るクラインさんたちに見送られながら俺たちは全員帰還したわけだ。

 眠りから覚めたばかりのようなぼんやりとした感覚のままで目を開けてみれば、そこにはあの大きなバンの中の白い天井が広がっていた。

 それを知覚しつつ額に取り付けてあったゴーグルのような装置を外してみれば、隣では結衣も覚醒して俺へとにこりと微笑んでいた。

 それを見てから周囲を確認する。結衣の更に隣の雪ノ下も不機嫌そうにゴーグルを取り外して、何やら結衣の背中あたりをしげしげと見つめていた。

 おいおい、お前はそんなにあの尻尾気に入っちゃったのかよ? 勝手に結衣に頼めよな、俺の知らないところでな、知らなかったふりしてやるから。

 前へと視線を向ければ、起き上がったアスナさんをきつく抱き締めるキリト君の姿。 

 おっとこれはめちゃくちゃ目の毒だ。

 眼前でやらないでよね、その……いろいろふにゅうって変形しちゃってるからね。

 それで視線を更に前へとむければ、あの大柄な黒人男性がニヤリと笑っていて、アスナさんを放したキリトくんと今度はがっちりと手を組んでのハイタッチ。

 おお、まさに男の友情ってシーンだ。

 あ、材木座がめっちゃいたたまれなくなって小さくなってやがった。

 こいつにコミュニケーションを求めるのは酷すぎたな。

 そうして俺たちは車から降りて、現実世界の地面へと足を下ろした。

「うわぁ、なんか変な感じぃ。自分の体じゃないみたい」

 結衣がそんなことをいいながら何度か足踏みをしている。

 それを見ていた雪ノ下も同感なのか、少し首をかしげながら何度か跳び跳ねていた。

「そうね、体が妙に重く感じて酷い違和感ね。このまま空へ飛び上がれそうなのに」

 そう言った雪ノ下の言にはまったく同感だ。

 あの世界で俺たちは走り回って飛び回っていた。俺は飛ぶまではできなかったけどな、とにかく、あの世界の俺たちは間違いなく〈超人〉だったんだ。

 まあ? 

 俺たちというか、あの世界にいるやつら全員がそうだったわけだけどな。

「仕方ないよ。あの世界でアバターを動かしていたのは紛れもなくあなたたちの脳だ。この世界で歩くのも、あの世界で歩くのも命令の出所は一緒だから。慣れるまでは乗り物酔いみたいになるかもしれないな」

「そ、それは遠慮願いたいわね……」

「うえぇ、あたしも酔うの嫌い」

 青い顔をしている雪ノ下と結衣の二人。

 そっちを見ていた俺の前に誰かが立った。

「あの……比企谷さん? 本当に今回はすいませんでした。わたし……わたし……本当に自分ではどうしようもできなくて」

そう言いつつ、腕を前に回して俺へとお辞儀。

 いやいやそのポーズめちゃくちゃヤバイから。

 あんたのおっきいの、両腕で挟み込んじゃってるからっ!

 俺は慌ててプイと顔を背けつつ、頭を掻きつつ言った。

「も、もう向こうの世界でさんざん謝ってもらった。だからほんともう気にしなくていいから。こっちの方こそ悪かったと思ってるし」

「うう……」

 真っ赤になって動けなくなってしまったアスナさん。ほんとどうすればいいんだよと、急いでキリト君をみれば、彼も困惑顔で俺へと微笑んでいた。

 もうなんでもいいからさっさと俺を解放してくれよ。

 心のなかで念じまくっていると、それが伝わったのか、彼はアスナさんの肩を抱いて俺へと言った。

「今回のこと、本当に感謝してる。精神的には当然だけど、リアルでもきちんとお礼をさせてもらうよ。御徒町でエギルがバーをやってるからそこで。こんどまたそこ貸しきりだからな」

「ああ、いいぜ。うちはいつでもウェルカムだ」

 そうニカッと笑う黒人エギルさん。

 なんだ、御徒町か、京成ですぐじゃねえか。

「うん! 絶対いくよ! いくいく! ねヒッキー、ゆきのん」

「お、おま……」

「由比ヶ浜さん……誰も行くなどとは言ってはいないのだけれど」

「ええー! いこうよ、ゆきのん。ヒッキーも行きたいって行ってるし」

いえ、まだ行きたいとは言ってはいませんけどね。まあ、どうせいくことにはなるんだなと腹は括っていますけどね。

 と、達観してみていたそこで、ゆきのんさんもあっという間に陥落して今度彼らのパーティに招待されることになった。

 そして再び車に乗り込むキリト君たち。

 アスナさんは最後の最後まで気まずそうではあったが、あれはもう仕方ないだろう。

 こんな赤の他人の俺へラブコールしまくっていたのだからな。

 いくら今は覚醒して元に戻ったからといって、あんなことをしてしまった傷はそうそう癒えやしないだろう。

 でも、俺はそんなに心配はしていなかった。

 キリトくんのアスナさんへの思いは本物だ。

 彼女がどんなに苦しんだとしても、彼は絶対にアスナさんを守るし、助けるだろう。

 だから俺はもう気にしないことにした。

 ほんと……

 マジであのときラブチュッチュとかしなくて本当に良かったぁ!! も、もしなにかしでかしてたら、それこそ今すぐ死ななきゃなんないとこだったぁ!! っていうか確実に死ぬ!!

 心からそう思って冷や汗を吹き飛ばしながら、俺は彼らが車で帰るのを見送った。

 それからしばらくして、結衣が口を開いた。

「行っちゃったね」

「ああ」

「そうね」

 まあ、なんにせよだ、これで全部終わった。 

 あの訳のわからないアスナさんの奇行も、お化けのおっさんの件も、泥の偽八幡も、全部。

 これで終わったんだ。

 ……

 たぶん?

 いやでも、本当にあれはなんだったんだよ?

 あのお化けのおっさんは〈作者〉だとか言ったし、あの泥八幡は自分と俺たちのことを〈キャラクター〉と言った。

 雪ノ下の言葉ではないが、神様か悪魔か、そんな訳のわからない存在に俺たちは今回蹂躙されたわけだな。

 それでも、キリト君たちの協力とか、こいつらの必死の抵抗とか、足掻きに足掻いてなんとかここに立っているのは間違いないのだ。

 もしあのとき、俺が諦めてしまっていたら……

 ここには俺たちとは似ても似つかない、あの泥人形のような存在が立っていたのかもしれない……

 そしてあのシミュレーションの中で見させられた胸くそ悪い物語を再現させられていたのかも……

 そう思った時、俺はいてもたってもいられなくなって、結衣の手をぎゅっと握っていた。

 彼女は俺の方を向いてポッと頬を赤らめている。

 俺はそんな俺にだけみせてくれる初々しい反応に胸が高鳴った。

「そういえばさ、あの操られていたときあたしと偽物の隼人君が話をしていたんだけど、あの時隼人くんが言った、『せふれ』……って、なに? あたしそんなにお金持ちじゃないんだけど」

「は?」

「は?」

 なんというか、突然結衣がでっかい爆弾を放り込んできやがった。

 せ、せふれってそれは……

 っていうか、お金持ちの方は『セレブ』だろうが!! 

 いや……

 いやいや、ここはいっそセレブで通してしまった方が……

『あははー、ばかだなー結衣は。お前が金持ちだから葉山もセレブだぞって言っただけだって』

 って、ばかーーーーーーーーーーーーーーーー!!

 んなわけあるか、だったらもっとセレブの雪ノ下にそれを言うはずだろうが!! 雪ノ下無視して結衣をセレブとか……そんなの首を傾げられて、GUGUられでもしたら、それこそ一貫の終わり……絶対結衣がめちゃくちゃ傷つくに決まってる。

「由比ヶ浜さん……せふれというのは要するに……もがもが」

 俺はとっさに真顔で話始めようとした雪ノ下の口に俺の鞄を押し当てた。

 そしてそのままぎゅうぎゅうと押しながら結衣から距離を取る。

「あははー、ばかだなー、あのとき葉山は……ええと……そう! 『サブレ』!! サブレって言ったんだよ! お前の飼ってる犬の?」

 そう閃きのままにとにかく俺はそれをごり押し。

 すると、結衣は少し首を傾げつつ聞いてきた。

「サブレ? え、なんでサブレ?」

 納得しようよー、もうっ!

「えーと、そ、それはあれだ……ほら、お前ってちょっと抜けてて犬っぽいところがあるから……」

「ええー!? あの隼人くんあたしのことそんな風に見てたの!? ひどくないっ!」

「……じゃなくてだな、お前のこと、サブレみたいに仲良くなりたいっていうか、サブレってほら、なんとなく愛嬌があるというか、ぺろぺろ舐めてくれるところとかかわいいというか、懐いてくれるし、ふさふさだし、犬だし……」

「比企谷君、一体あなたは何を言いたいのかしら?」

「言っててなんだが、だんだんわかんなくなってきたところだ……」

 と、ぽそぽそと雪ノ下と囁きあっていたそこへ、結衣が大きく頷いた。

「うん、よく分かったよ!」

「「え、分かったの!?」」

 愕然となっている俺と雪ノ下の前で結衣がにこりと微笑んで俺へと顔を近づけてきた。

「つまり、隼人くんはあたしがサブレと仲良くしているみたいな感じで、仲良しでいようねって言ったんだよね!」

「ん? んん? ま、まあそう……ああ、そうだ! そうなんだよ! その通り!! いやぁ、よくわかってるじゃねえか結衣。ま、まあ、あの葉山もかなリ酷い感じではあったからな、ほんと、お前に何も被害がなくて、良かった‼ マジで良かった!」

 冷や汗たらたらで、そんな感じのフォローを入れると、結衣はススっと俺へと近づいてきた。

 そして身を寄せて俺へ一言。

「ほんとありがとね、ヒッキー……でもあたし、ヒッキーになら……」

 そのまま結衣は俺の耳元へとその唇を近づけてきた。

「ヒッキー専用のサブレになら、なってあげてもいいよ」

「「!!!!!!!!!!!」」

 俺だけでなく、俺の直近にいた雪ノ下も真っ赤になっちまってるし。

 ばっちり聞こえちゃってるじゃねえか! 耳に口寄せる意味なさすぎだ!!

 もう本当にこいつは……

 頬が火照って滅茶苦茶熱い。何か一言言い返してやろうとかそう思っていたのだけどな……

「ふふー、ヒッキー、ゆきのん、行こっ!!」

 いつだって俺たちは何かをしようとする最初の一歩を恐れてしまう。

 その一歩がいったいどこへと続いているのか、今の俺たちには本当にわからないから。

 分からないこと、知らないことほど恐ろしいことはないのだから。

 でも……

 そんな俺たちだって、掴みたい、進みたい未来は確かにある。そしてそこに行くためには自分たちで歩んで行かくしかない。そうしなければそこへ辿り着けないことを俺たちはもう知っている。

 そう、俺たちだけの……欲しい未来。

 そこへ行くために。

 そして俺と雪ノ下は結衣に手を取られて歩み出す。

 この一歩がきっと、俺たちの目指す先に続いていると信じて……

 結衣と雪ノ下は笑顔だった。

 二人のその笑顔をいつまでも見ていたいと……

 夕闇が迫る中で、柄にもなく俺はそんなことを思ってしまっていた。

 

 ふと目を向けた正門そばの壁際で……

 材木座が真っ赤になって頭から湯気を出して倒れていたが、せっかくのエンディング気分に水を差されそうだったので無視することにした。

 もうデバガメすんじゃねえぞ。

 

了 

 




これで本当に最後です。
完全な蛇足であることは重々承知の上で書きましたが、これで私がHACHIMANというものに対して思っていることの全ては書くことが出来たと思っています。
いつからこのようなタグが生じたのか……
詳しいことは承知していませんが、実際のところこのタグはあまり機能していないのではないかと少々不満に思ってはいました。
このタグの本来の意味は、他の作品に使われるところの、『原作ヘイト』、『ヘイト創作』、『○○ヘイト』、『キャラヘイト』と同様の使用方法であるように思ってはいました。
ところが、今回のこの物語を書くにあたって様々なHACHIMAN作品と呼ばれるものを読みましたが、そのどれもが、アンチのカテゴリーであると作者も読者も認識していて、本来相手を糾弾すべき立場の人間であっても、そのアンチ作品はHACHIMANだ! とそのような指摘にとどまっていました。
これは解釈の問題なのかもしれませんが、某サイトにおける俺ガイルの二次小説は、HACHIMANというカテゴリーのおかげで免罪符をうけて、本来ヘイトとして糾弾されなければいけなかったところを、アンチ作品としての認識でとどまってしまっているのでは……
調べていくうちにそのような危惧を抱くに至りました。
現状、某サイトで流行っている、他作品と俺ガイルのキャラクターを貶めている作品群は、総じて『ヘイト作品』になります。
クロスオーバーと称して多くの作品のキャラ名、設定名称を使用しながら、その存在を魔改造したうえで好き勝手に動かして、本来のその作品の原作とはまったく異色の作品に作り直す。
ヒロインを寝取ったり、キャラクターを殺したり、原作の設定自体を捻じ曲げたり……
これらは本来、著作権の生じている作品に対しては忌避すべき行為となることは、すでに多くの方は承知していることだと思います。
にも拘わらず、『他の人がやっているから』『創作は自由だから』『嫌なら見るな』などのモラルのかけらもない発言を繰り返しながら、その類のヘイト作品の創作を行い続ける二次作者たち。
言われないから罪になっていないはずだと彼らは信じているようですが、そもそもそこへ介入されたときには『時すでに遅し』に至っているのだということになぜ気が付けないのか。
そのような作品を書きたいのであれば、一次創作で好きなだけ書けばよいだけ……
まあ、そのようなやりとりは実は方々で為されていますが、楽に読者とフォロワーを集められてしまった彼らの耳にはもう届かないでしょうね。
そもそも一次創作で10人のフォロワーをつくる為に、いったい何回スクラップビルドと試行錯誤を繰り返すことになるのか……経験者として思いますが、それができるだけの気概のある人はさっさと、そっちへ移り、我が道を進むはずですね。
それをする気がない、もしくは挫折して諦めた人たちが、俺ガイルアンチというぬるま湯に浸って、キャラヘイトを繰り返しているというのが現実であるのだとも思っています。

さて、話を戻しますが、このHACHIMANというタグは実際に機能しているとは言い難いのです。
ですので、直接作品を糾弾しようとするのであれば、タグや感想欄に『ヘイト創作』や、『俺ガイルキャラクターヘイト』と、明確な状態を記して訴えるべきだと思うのです。
ある方に、『この作品はヘイトですよね』と、HACHIMAN作品の作者に対してつきつけたところ、その方は『私としてはアンチだとおもっています』と返答がありました。
実際のところ、HACHIMAN作者や読者の方の認識はこの程度のものなのだと思います。
だからと言って、これを皆さんにしてほしいと言っているわけではありません。
あくまで私個人の見解であって、私が今後指摘する際はそのようにすると言いたいだけですので。
HACHIMANというカテゴリーに関しては大分分かりやすいとは思いますけどね。葉山が暗躍して、雪ノ下と由比ヶ浜が修学旅行で八幡と決別して、彼らを制裁して、真ヒロインと八幡がいちゃいちゃする。HACHIMANとはこういう作品だと私は思っていますし。
でも……みなさん良くこの展開に飽きませんよね?
何回同じような作品を読めば気が済むのでしょう。
私なら、もうこれ読んだから、もういいやになるのですけどね。どうせならもっと別の作品を読みたいですし。
要は、集まったヘイト好きの人たちで、ヘイト談義の花を咲かせたいというだけのことなんだと思います。実際のところは知りませんが。

さて、ではかなり長くなったのでこの辺までにしますね。
某サイトのアカウントはいまだ連絡がないので復活はもう絶望的です。
ま、もう向こうのアカウントは諦めましょうかね? 自動停止なところがかなり悔しいですけれど。
ではみなさん、御機嫌よう。


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