犬吠埼風の枕返し (foo先輩)
しおりを挟む

犬吠埼風は初代勇者である
輪廻


枕返し

それは    を創る  である。

その目的はあくまで人類の生存であるが、逆に言えばもはやこの世界は

     だという事なのだろう。

 

だが、  を捨てて魂だけを    というのは結果的に死ぬのと同じではないだろうか。

 

私自身、彼女を    になるのもあまり気分のいいものではない。

          

               

御記

 

 

神世紀三〇〇年、冬──。

 

 

すっかり冷え込んだ寒空の中、風は妹の樹と一緒に学校からの帰り道を歩いていた。

 

樹は今度のクリスマスイベントの学生コーラスで出ることになっているからか、上機嫌に歌を歌っていた。

 

とても澄んだ綺麗な歌声だ。

しかし、この乾燥した中で歌うのはやっぱり喉に負担がかかるんじゃないのかと思う。

 

「いい調子! でも今外でやるのは喉によくないよ~?」

 

「あっ・・・えへへ」

 

それもそうだといったように樹は笑った。

 

「樹のショー楽しみだね~  応援してる!」

 

「だからわたしのじゃないよ~」

 

からかう風に樹は呆れたように言った。

 

「でも・・・ありがと! 頑張る!」

 

「よーし! さすがあたしの妹!」

 

「じゃあ今日は暖かい物作ろうかね!」

 

「うん!」

 

「スーパー寄ってくわよ~」

 

そんな何気ない会話にも幸せを感じていた。

 

勇者としての御役目から解放され、平和な日々が続いていた。

きっとこれからも楽しい日々が続いていくだろう。

 

それにしても今日の夕日はなんだか変な感じがする。まるで空から何かに覗きこまれてるような・・・なんて。

 

そんな事を考えながら横断歩道を歩いていると、やけに騒々しい音がした。

 

ふと横を見ると自動車が猛スピードで迫ってきていた。

 

一瞬目の前で何が起きているのかが分からず、あたしはただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

 

 

 

 

目を覚ますとそこは薄暗くて何もない空間だった。

 

ここはどこなのだろう。 身体もふわふわした妙な感じだ。

 

「お目覚めになりましたか?」

 

背後から少女の声がした。

 

先ほどまで誰もいなかったはずのそこに仮面を被り、巫女衣装のような服を着た人物が立っていた。

 

恰好から察するに大赦の関係者なのかもしれないが、少女はおよそ人とは思えないような青白い光をうっすらと放っていた。

 

「・・・この度はお気の毒でした。あなたの身に起きた不幸を防げなかったことを大変申し訳なく思っております。」

 

突然現れて、まるで人が死んだかのような物言いにむっとした。

 

「あなた大赦の人? 初対面の人に向かって失礼じゃないかしら。」

 

すると少女は一瞬考え込んだ後、何かを察したかのように呟いた。

 

「・・・少し記憶が曖昧になっているようですね。あまり時間がないんですけど。」

 

「どういうこと? それにここはどこなの?」

 

「私は・・・えぇと。神樹様の精霊ってとこです。ここは現世とあの世の中継点といったところですね。」

 

「犬吠埼風さん。 あなたはお亡くなりになられたのです。」

 

少女は重い口調でそう言った。

 

「・・・え?」

 

一瞬、言葉の意味が理解できなかった。あたしが死んだ?

 

うまく回らない頭で必死に記憶を辿った。

 

さっきまであたしは樹と一緒に学校からの帰り道を歩いていて・・・。

 

横断歩道で迫ってくる自動車に・・・。

 

「思い出されたようですね。」

 

「嘘でしょ・・・?あの時あたしは轢かれてそのまま死んじゃったってこと?で、でも確か咄嗟に犬神が飛び出して・・・」

 

そうだ。あの時確かに犬神が出てきてあたしを守ろうとしてくれていたはずだ。

 

「あれはただの事故ではありません。天の神の呪いによって引き起こされたのです。」

 

「そしてこれまで人類を守ってきた神樹様も寿命を迎えようとしています。力の弱まった精霊では抑えきれなかったんです。」

 

天の神の呪い?神樹様の寿命?何が何だか分からなくなってきた。

 

「以前、あなた達が天の神の元へ向かわれた際、結城友奈さんは天の神の呪いを受けてしまったんです。そしてその呪いは関わろうとする者に伝染し、災いを呼びます。」

 

「友奈が呪い受けてたって!? あの子・・・。」

 

なぜ相談してくれなかったのか・・・そこまで考えてハッとした。

 

あたしを呼び出した時、友奈は呪いの事を相談しようとしてたんだ。

 

でも呪いが伝染するのを恐れて結局言いだせなかったんだろう。

 

「あの時ちゃんと話を聞いてあげていれば・・・。」

 

きっと友奈は誰にも言い出せずに抱え込んでいたのだろう。

 

仲間が辛い思いをしていたというのに気付いてあげられなかった自分が情けなかった。

 

結局あたしは彼女達を巻き込んでおいて何もできずに死んでしまった。

 

樹を・・・たった一人の家族を置いて・・・。

 

「・・・わけない」

 

「そんなことできるわけない! 皆を巻き込んでおいて・・・あたしだけ先に死ぬ訳にはいかないのよ・・・!」

 

どれだけ悔やんでも、もはやできることなんてないのかもしれない。

このまま世界が滅びるのをただ待つしかないのだろうか・・・。

 

「一つだけ、この世界を救えるかもしれない方法があります。」

 

「えっ・・・?」

 

「確かにこのままでは神樹様は直に枯れ、人類には滅びの未来が訪れるでしょう。しかし現状、天の神に抗う術はありません・・・。ですが一つだけ変えられるものがあります。」

 

「それは過去です。」

 

過去を変える?そんなことできるはずがない。

 

「過去を変えるですって? それこそ不可能でしょ!?」

 

未来と現在は変える事はできても、過去だけはどうやっても変える事はできない。時間は進みはするが戻る事は決してありえないからだ。

 

「普通に考えれば不可能ですが、神樹様の力を使ってあなたの魂を過去に飛ばすことが可能です。」

 

人の身体や記憶だけでなく時間にまで干渉できるなんて・・・。本当になんでもアリね。

 

「でも過去に行ってどうするの? 過去に行ったからって天の神を倒せる訳じゃないでしょ?」

 

これまであたし達は天の神の使いであるバーテックスの相手ですらギリギリの戦いをしてきたのだから。

 

「直接天の神を討つのは不可能に近いでしょう。ですが過去の勇者達を救う事は可能です。」

 

「天の神を倒すんじゃなくて過去の勇者を助ける?それで未来が変わるっていうの?」

 

「勇者と神樹様の力は繋がっているのです。勇者の犠牲を無くすことでその力を温存し、後世により高い勇者の資質を持った子孫が生まれ、結果的に未来を変えられるかもしれません。」

 

「高い資質を持った勇者の子孫がいれば、未来で天の神と太刀打ちできるかもしれないということ?。」

 

そんなにうまくいくものなのだろうか。

でも、つい最近までは勇者に選ばれるのは大赦の関係者だけだったそうだし、初代勇者の子孫である乃木園子は勇者として高い資質を持っている。

 

案外勇者適正と血筋というのは深い関係にあるのかもしれない。

難しく考える必要はない。過去の勇者を助けるだけだ。

 

「なるほどね・・・大体わかったわ。あたしに任せてちょうだい。」

 

「提案しておいてこんなことを言うのもなんですが・・・。過去に行くともう二度とこちらに戻って来ることはできなくなりますが、それでもよろしいですか?」

 

もう二度と戻る事はできない その言葉に一瞬戸惑ったが、すぐに決心した。

「このままなにもせずくたばってたってしょうがないしね。何か出来る事がひとつでもあるなら、あたしはそれに賭けてみたい! それに勇者部部長として人助けをするなら望むところよ! この世界を守るために戦ってくれた勇者の先輩方を今度はあたしが助けるわ!」

 

もう後悔なんてしたくない。仲間の為に今出来る事を精一杯やりたい。

 

「わかりました。では、風さんを過去に送るにあたって注意点が3つあります。」

 

「ひとつ。どの時代の、どの場所に送られるかは分かりません。ただ、神樹様に蓄積された勇者の力を辿って送られるので現地の勇者と接触するのは問題ないでしょう。」

 

「ふたつ。勇者の力は送られた先の神樹様から授かる事になるので、勇者システムはその時代の物と同程度の性能になります。おそらく現在のシステムより性能は下がることになるでしょう。精霊、バリア等もないものと思ってください。」

 

「みっつ。神樹様の結界内の神聖な場所・・・。神社や神棚等があれば私と会話することができます。分からないことも多々あるとおもいますが、何か不明なことがあればご相談ください。」

 

「あと、これは私からのお願いになりますが・・・。 必ず生き残って下さい。過去ではわたしも干渉する事ができませんので、あまり無理はしないでくださいね。」

 

「死にたくて死んだわけじゃないけどね・・・。まぁ皆の為にもそこは努力するわ。そういえばあなた、あたしを守ってくれてたのよね。ありがと。」

 

「一応それが私の役目でもあったんで。結局、守れませんでしたけど・・・。」

 

そういって少女はしゅんと肩を落とした。

 

あたしを守るのが役目?それに神樹様の精霊っていってたっけ。それってつまり・・・。

 

「あなたもしかして犬神なの?」

 

少女は一瞬驚いた後、少し考えるような仕草をして呟いた。

 

「うーん まぁ大丈夫かな・・・。」

 

「そうです。私、犬神です。」

 

「やっぱり!どうりで犬っぽいと思ったわ!」

 

「そ、そうなんですか・・・?」

 

犬神は訝し気にそう言った

.

「いやー、あんた女の子だったのね! 精霊と会話できる日が来るなんてね~。こんな時じゃなけりゃ大喜びなんだけど。」

 

たった一人で過去に行くのは正直不安だったが、一緒に戦ってきた仲間がついているという事がなんだかとても心強く感じた。

 

もう迷いはない。その覚悟に反応するかのように辺りが白い光に包まれた

 

「・・・どうやら時間がきたみたいですね。」

 

「おっけー。いつでもいけるわ!」

 

風の力強い返事に犬神は大きく頷いた。

 

「わかりました。それでは風さんの魂を過去に送ります。」

 

「どうかご武運を。」

 

もう樹や勇者部の皆と会う事はできなくなるだろう。

 

それでも残された彼女達の為に出来る事があるのなら──

 

「・・・樹。お姉ちゃんちょっと行ってくるね。」

 

身体が浮いたような奇妙な感覚と共に光に包まれた。




読んで下さった方もそうでない方もありがとうございました。

小説初挑戦のため書き方がかなりめちゃくちゃで読みにくかったと思いますが、これからも精一杯頑張りますので是非最後まで付き合ってくだされば幸いです。

ストーリー自体は頭の中で完結してるので、書き方などのアドバイス等して頂けたら嬉しいです。
その他、ご意見、ご感想、質問などお待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

勇者

あの時、あたしに力を貸してくれたのは     だったんだ。

 

……いや、あの時だけじゃない。

 

これまで奇跡の連続だった。

 

きっと色んな所であたし達を助けてくれていたんだろう。

 

今にして思えば、あの場所で目覚めたのも偶然ではなかったのかもしれない。

 

彼女は誰よりも皆と歩む未来を願っていたのだと思うから。

 

 

……本当にあの人には頭が上がらないな。

 

 

勇者御記

 

犬吠埼風記

 

 

【挿絵表示】

 

突如光が差した。

 

眩しさに目を開けるとそこは今にも崩れてしまいそうなくらいボロボロな建物の中だった。

 

やけに眩しいと思ったら天井には大きな穴が空いており、そこからジリジリと日が差していた。

 

室内の装飾等から察するにおそらくここは神社の本殿のようだ。

 

そうだ。もしここが神社の中なら犬神と話せるかもしれない。

 

「犬神ー? きこえるー?」

 

ボロボロの神棚に向かって声をかけたが、返事はなかった。

 

犬神は神樹様の結界内でないと話せないと言っていた。ここが四国から

 

離れた場所なのかもしれない。

 

……あるいはもはや神社として機能していないということか。

 

辺りを見渡すと、まるで大きな災害でもあったかのように周囲にはあらゆる物が散乱していた。

 

「それにしてもひどい有様ね 一体何が……」

 

何が?考えるまでもない。バーテックスの襲撃を受けたのだろう。

 

これまでバーテックスによる被害は神樹様の結界に護られ、自然災害に変化していたのであまり実感がなかったが、こうして直接的に現実世界の被害を目の当たりにすると強い怒りが込み上げてきた。

 

ここにいても仕方がないと思い、外に出た。

 

外はさらに悲惨だった 電柱はなぎ倒され、道路はめくれあがり、ビルや民家は跡形もなく破壊され瓦礫の山と化していた。

 

まるで人の築き上げてきたものを消し去ろうとしているかのようだった。

 

ふと空を見上げると、遠くの方がやけに曇っているのが見えた。

 

いや 違う。

 

あれは……バーテックスの集団だ。

 

「あいつら…!」

 

ポケットからスマホを取り出した。

 

どうやら変身のやり方は未来と変わらないようだ。風は意を決してアプリを起動させた。

 

体が光に包まれ、黄色と白を基調とした勇者装束を身に纏う。

 

勇者装束が以前の物と少し違っていたが、見た目だけでなく、犬神が言っていたように力も少し弱いように感じた。

 

だが、そんなことはどうだっていい。風はバーテックスの群がる場所に向かった。

 

周囲は跡形もなく破壊しつくされているのに、あそこだけ大きな神社が残っていた。

 

おそらくあそこで勇者が戦っているんだ。 急がないと!

 

境内が見えてきた。駆けつけると傷だらけの勇者が戦っていた。すぐ後ろには巫女装束を着た少女がいた。恐らく彼女を庇いながら戦っているのだろう。かなり押されているようだった。

 

 

加勢するために武器を出そうと手を掲げた。

 

「嘘…なんで武器が出ないの!?」

 

この時代の勇者システムの仕様なの? それとも…あたし自身の戦う覚悟が足りてないっていうの!?

 

ふと、自分の手が震えていることに気付いた。

 

武器も無しにあのおびただしい数のバーテックスと戦えるのだろうか。おそらく精霊バリアは使えない。丸腰のまま助けに行ったところで何もできずに死ぬだけなんじゃないか。

 

また、なにもできないまま死ぬ…? それだけは駄目だ。だってあたしは仲間の為、未来の為になにがなんでも生き残らなければならないんだ。

 

──でも、それでもあたしはここで退くわけにはいかない…!

 

だってあたしは勇者だからだ。たとえ無謀だとしても、目の前の人を見捨てる事なんてできない!!

 

震える手を強く握りしめ駆け出した。

 

──勇者部五箇条ひとつ!!

 

「なせば大抵…」

 

「何とかなるっ!!」

 

勇者の背後から襲いかかろうとするバーテックスに向かって叫ぶ

 

「うおおおおおお!!」 

 

「喰らえっ! 勇者、パアァァーンチ!!」

 

バーテックスを全力で殴り飛ばした。

 

腕に特別な力が宿っていた訳ではないし、友奈のように格闘技を習っていた訳でもない。ただ、あの子の言葉が勇気をくれる気がした。

 

バーテックスは多少吹き飛んだが、大したダメージを負わせることはできていないようだった。

 

「くっ……! なら、何度でもお見舞いしてやるわ!!」

 

再び殴りかかろうとした瞬間、突然目の前のバーテックスが轟音と共に消し飛んだ。

 

一瞬、何が起きたのか理解できなかったが、空から何かが降ってきたようだ。

 

「な……何よこれ!?」

 

さっきまでバーテックスのいた所に大剣が突き刺さっていた。

 

空から大剣が降ってくるなんて普通では考えられないが、直感的にその意味を理解し、大剣を引き抜いた。

 

「…これを使えってことね?」

 

神樹様か犬神か、あるいは別の誰かなのか。あたしに力を貸そうとしてくれている誰かがいる。

 

そう思うと不思議と力が湧いてきた!

 

「あ…あなたは?」

 

傷だらけの少女がこちらに声をかけた。

 

「……あたしは讃州中学三年。 勇者部部長!」

 

「犬吠埼風よ!!」

 

「ゆ…ゆうしゃぶ?」

 

聞きなれない言葉に怪訝そうな顔を浮かべる少女に向かって笑顔を向ける。

 

「人の為になる事を勇んでやる!それが勇者部の活動目的よ!!つまり…」 

 

「あなた達を助けに来たわ!!」

 

「な…なるほど…?」

 

少女はいまいち理解できていない様子だったが、助けが来た事に少し安堵しているようだった。

 

大剣で敵を薙ぎ払いながら後方に目をやる。おそらく彼女は大赦の巫女だろう。巫女の少女は心配そうにこちらの様子を伺っていた、

 

「そっちの子は勇者じゃないわよね? とりあえず本殿の中へ避難させてあげて! 外にいるのは危ないわ!」

 

「わ……わかりました!」

 

「それから、こいつらはあたしに任せてあなたは本殿を守ってちょうだい!」

 

「えぇ!? ひとりでこの数を相手にするのは無茶ですよ!!」

 

あたしの提案に勇者の少女は驚いていた。

あなたはその無茶をしていたわけなんだけど…。

 

「その体じゃまともに動けないでしょ? 悪いけど、けが人を庇いながら戦う自信はないわ。

…心配しないで!団体さんのお相手は得意よ!!」

 

勇者の少女は少し悩んでいたが、納得したようだ。

 

「……わかりました。 どうか御無事で!」 

 

「みーちゃん行こう!」

 

「う…うん!」

 

二人は本殿へ向かって駆け出した。

 

「さてと…」

 

空を覆い尽くすバーテックスを睨みつける。

その数はまさに無数。だが、さっきいったように団体の相手は得意だ。

 

数が多いのならいつものように大剣を巨大化させて叩き潰せば一網打尽だ。

 

「纏めて! ぶっ潰す!!」

 

風は天に向かって大剣を大きく掲げた。

 

……が、大剣の大きさは変わらなかった。

 

当然だ。勇者システムの性能は下がっているし、そもそも武器が違うのだから。

 

「あ……あれ? これってもしかしてやばいんじゃない?」

 

あたふたしていると、周囲のバーテックスが一斉に襲い掛かってきた。

 

「やっば!」

 

風は咄嗟に大剣を振り回した。

 

すると一撃で十数体のバーテックスを切り裂いた。よくみると大きさに変化はなかったが、大剣の周りに光の刃が発生していた。

 

この威力ならいけるかもしれない…!

 

「やるしかないか…… 勇者の先輩にかっこ悪いところ見せられないしね! さぁ。どこからでもかかってきなさい!!」

 

 

一体どれだけの時間戦い続けていたんだろうか。

 

なるべく本殿に敵を通さないように無我夢中で敵を斬っていた。

 

神樹様の力があるとはいえ、体力の限界が近づいてきている。

 

だが、無限に湧いてくるのではないかとさえ考えたバーテックスの数も見渡す限りで残り数十体といったところか、ようやく終わりが見えてきた。

 

「あともう少し……!」

 

バーテックスの大半は無暗に襲い掛かってくる通常個体だが、こちらの様子を伺うように後方で微動だにしない明らかに格の違うやつらが突如動き出した。

 

弓矢のような形をしたバーテックスがこちらに向けて矢を放った。

風は咄嗟に大剣を盾にして受け止めた。

 

「くっ!!」

 

凄まじい衝撃が全身を駆け巡った。

 

これを何度も受けるのはまずい… 早々にケリをつけないと!

 

そう思い、近づこうとしたが即座に矢が放たれた。

 

いくらなんでも装填が早すぎる!

よく見ると弓のようなバーテックスは三体並び、さながら戦国時代の火縄銃の如く代わる代わる矢を放ち続けていた。

 

「ぐぅぅ……!!」

 

あまりの衝撃に全身の骨が軋む。一旦退避するべきか考えたが、後ろは本殿だ。避ければ勇者と巫女の二人が無事では済まないだろう。

だが、このままでは自身が倒れるのも時間の問題だ。

 

何とかしなければ…。

必死に打開策を考えていると、スッと隣を何かが通り過ぎて行った。

 

「はぁっ!!」

 

本殿を守っていたはずの勇者の少女が次々とバーテックスに鞭を打ち据えていく。

 

風の方へ照準を向けていて反応が遅れたのか、弓のようなバーテックスはあっけなく打ち滅ぼされた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「ほんと助かったわ…… そっちこそ平気?」

 

「こっちもおおよそ片付きました! 敵は残り僅かですが進化体がいるので協力していきましょう!!」

 

進化体というのはさっきの奴のことだろう。先ほどまでのやつらと比べるとかなり手ごわいようだ。

 

こちらの体力ももうあまり残ってない。ここは一気に畳み掛けた方がいいだろう。

 

「わかったわ! 頼りにしてるわよ!」

 

「オーケー!!」

 

 

共に戦う仲間がいてくれているからか、少し心に余裕ができていた。

風は戦いながらバーテックスを観察していた。

 

進化体と呼ばれる個体は様々な形態を持っているようだ。

 

ムカデのようなものや蛇のようなもの。それらはあたし達が戦ってきた大型のバーテックスの成り損ないのように見えた。

 

……いや、ここは過去の時代だから進化過程といったところか。

そんなことを考えているうちに敵は最後の一体だけになっていた。

 

「こいつでっ! ラストぉ!!」

 

長い角のような進化体を真っ二つに切り裂いた。

 

風は本殿の上に飛び乗り、周辺を見渡した。

 

一匹たりとも残っていない。無事、バーテックスの撃退に成功したようだ。

 

勇者の少女が脚を引きずりながらこちらに近づいてきた。

 

「お…終わったんですか?」

 

「えぇ。 もう一匹もいないわ。」

 

「あたし達の勝利よ!!」

 

その言葉を聞いて安堵したのか、少女はその場で倒れこんだ。

 

「ちょ…ちょっとあなた大丈夫!?」

 

風は驚いて少女に駆け寄った。

 

「ビ…」

 

「ビ?」

 

「ビクトリーーーーーーーーーーー!!」

 

少女が突然大声で叫びだした。

 

「うわっ!? 驚かさないでよ!」

 

「えへへ… すいません! 嬉しくてつい叫んじゃいました!

助けて頂いてベリーベリーサンキューですっ!」

 

 

さっきまで凛としていた少女はどこへやら。子供のように無邪気な笑みを浮かべてはしゃいでいた。

 

「うたのん!」

 

本殿から巫女の少女が飛び出してきた。

 

「みーちゃん!」

 

「うたのん、こんなに傷だらけになって……」

 

「これくらいノープロブレム! ってアイタタタ…」

 

「だ、大丈夫!?」

 

あたふたしていた巫女の少女は、風に気付くと慌てて深々と頭を下げた。

 

「あっ! ご、ごめんなさい! 助けて頂いたのにお礼も言わずに…この度は本当にありがとうございました。」

 

「いいっていいって! それより早くこの子の手当てをしないと…。とりあえず中に運ぶわよ。」

 

「そ…そうですね! 私、救急箱持ってきます!」

 

本殿に入り応急処置をした。勇者の少女はひどい傷だった。勇者でなければどうなっていたことか。ここにある僅かな治療器具では適切な処置ができない。

 

「やっぱりちゃんと治療できるところに行かないと駄目ね…。」

 

「こんな怪我一晩寝たら回復しますよ!」

 

頭を悩ませる風とは対照的に大けがをしているはずの勇者の少女は随分元気なようだ。

 

少女は急に何かを思い出したかのようにあっ!と声を上げた。

 

「申し遅れました。マイネームイズ白鳥歌野! 中学二年生です!そしてこっちは親友のみーちゃんです!」

 

「うたのん。あだ名じゃわからないよ… 私は巫女をやっている藤森水都と言います。うたのんと同じ中学二年生です。」

 

「おっけー。 歌野に水都ね。」

 

「それじゃ改めて… 中学三年の犬吠埼風よ。よろしくね。」

 

「風さんですね! ナイストゥーミーチュー!」

 

「よろしくお願いします。えっと… 風さん」

 

随分と対照的な二人だが、本当に仲がいいのだろう。なんだか二人を見ていると微笑ましかった。

 

それにしても白鳥と藤森。両家とも西暦の時代で活躍した名家だ。この二人はその子孫ってことだろうか。

 

……いや違う。歌野に水都。これは確か本人の名前だ。つまりこの時代は……。

 

「あのさ… 今年って何年だったっけ?」

 

「急にどうしたんですか? 今年はえーっと……西暦二〇一八年ですね。」

 

「せ…西暦!? 神世紀じゃなくて!?」

 

「しんせいき? なんですかそれ?」

 

どの時代に送られるかわからないといっていたが、まさか西暦の時代まで遡ることになるとは……でもこれはある意味チャンスなのかもしれない。

 

西暦の戦いにおいて多くの勇者が犠牲となった。それを変える事ができたなら、きっと未来も大きく変えることができるだろう。

 

──いや、それ以上にあたしはこの子達に生き延びてほしいと思った。

おそらく、この子達も西暦の戦いの中で亡くなってしまったのだろう。

きっとこの二人にも明るい未来があったはずなのだから。




読んで下さった方も、そうでない方もありがとうございました。

前書きの方に御記的な物を書いているのですが、投稿済みじゃないといじれないみたいでとりあえず予約投稿したのを忘れて一度、未完成で上げてしまいました。
紛らわしい事してすみません(-_-;)


次回から犬吠埼風は初代勇者である

に章名タイトル変更します。

7月9日追記

前置きに西暦仕様の風先輩の全身画像を追加しました。
こちら武器の大剣の詳細になります。

【挿絵表示】

花のイメージは鈴蘭です。
ツイッターの方でちょっとした経緯等をのせてるので、よかったら覗いて行ってください~。

ご意見、ご感想、質問などお待ちしております!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

帰郷

あの人はいつだって変わらなかった。

 

いつも元気に挨拶をしていた。

 

よく寝て、よく食べてた。

 

どんな時も諦めなかった。

 

人の悩みを親身になって聞いてたし、時に不安を口にすることもあった。

 

そして決めた事は大抵何とかしてきた。

 

私も     として彼女のようでありたいと思います。

 

 

 

勇者御記

 

白鳥歌野記

 

 

 

歌野達と話していていくつかわかったことがある。

 

ここは四国から遠く離れた長野の諏訪という地域らしい。

どおりで犬神と会話できないわけだ。

 

とにかく、歌野の怪我を治療する為にも早急に四国に向かうべきだろう。

それにさっきここを襲撃したバーテックスの内の何体かが向こうに流れた可能性もある。

三人は一晩休んだ後、ここを出る事にした。

 

 

風は本殿の屋根の上で辺りを見渡していた。

 

一度退けたとはいえ、またいつバーテックスが襲ってくるかわからない。

これまで夜間の襲撃受けた事はなかったが念のため、傷の浅い風が見張りを引き受けたのだ。

 

「大丈夫ですか?風さん」

軒下から水都が声を掛けた

 

「怪我をされてるのに見張りをお願いしてすみません…」

 

「そんなの気にしないで。歌野はもう寝たの?」

 

「えぇ、風さんが見張ってくれているので安心したんだと思います。ぐっすり眠ってますよ」

 

「それは水都がついてあげてるからよ」

 

「えぇ?私なんてなんの役にも立ってませんよ…」

 

そういって水都はしゅんと肩を落とした。

 

「そんなことないわよ。大事な人が側にいるだけで人は頑張れるもんなのよ!」

 

「私もうたのんの役に立てているのかな…」

 

水都は少し照れくさそうにした後、何かを思い出したようにはっとした。

 

「そうだ。お腹すいてませんか?よかったら何か御馳走しますよ」

 

「おっ!じゃあお願いしちゃおうかな」

 

「少し待っててくださいね」

 

そう言うと水都はまた本殿の中へ入っていった。

 

「どうぞ。ここの名物なんですよ。」

 

「おお、蕎麦ね!」

 

「風さんは香川から来られたんですよね。さっきうたのんと是非ここの信州蕎麦を食べてみてほしいって話してたんですよ」

 

「ほほう、あたしがうどん派と知っての挑戦ということね。その勝負受けて立つわ!!」

 

「いえ、別に勝負とかじゃないんですけど…」

 

困惑する水都を少しからかいながら、風は蕎麦を口にした

 

「こ、これは!!」

 

いくら香川県民とはいえ、蕎麦を食べた事ぐらいはある。

だが、これまで食べてきた蕎麦の中で間違いなく一番美味しかった。

この味はうどんに匹敵するといってもいいかもしれない……!

 

「めちゃくちゃ美味しいじゃない……!!」

 

「ふふっありがとうございます」

 

「ごちそうさま!信州蕎麦……なかなか奥が深いわね」

 

「よろこんでもらえて嬉しいです……ふぁ」

 

水都は小さくあくびをすると、照れながら謝った。

「す、すみません…」

 

「あはは、水都も今日は疲れたでしょ。あたしが見張ってるからもう寝なさい」

 

「…それではお言葉に甘えさせてもらいます。おやすみなさい」

 

「えぇ、おやすみ!」

 

風は水都を見送ると再び屋根の上に飛び乗り、地上を見渡した。

 

何度見てもひどい光景だ。

自分達の日常は多くの人々の犠牲の上で成り立っていたのだ。

これまで何も知らずに生きてきたんだと痛感させられる。

 

犠牲か……。

友奈達は無事だろうか。

そんな事を考えていると大きな不安に駆られる。

 

「それを何とかするためにここに来たんだ」

 

風は自分を励ますように呟いた。

 

 

翌朝

眩しい朝日に歌野は目を覚ました。

起きあがろうとすると、全身に痛みが走った。

 

「いたたた…!」

 

昨日は戦闘の疲労が溜まっていて食事の後、半ば気絶するように眠りについた。

一瞬、自分が死んでしまったのではないかと錯覚したが、この体の痛みは本物だ。

昨晩に比べると動けるくらいにはよくなったようだ。

この回復力も勇者の力あってのものだ。

 

私は生きてるんだ。

昨日のバーテックスの大規模な襲撃で死を覚悟していたが、こうして友人と共に生き延びることができたのはまさに奇跡だ。

風さんに感謝しなくては。

 

「……おはよううたのん」

 

隣で寝ていた水都は先に起きていたようだ。

彼女はやけに暗い顔をしていた。

 

「みーちゃんグッモーニン!どうしたの?変な夢でも見た?」

 

「……神託があったよ。たぶん四国までの道が分かると思う」

 

「アメイジング!これですぐに乃木さん達と合流できるわね! でもみーちゃんはなんで暗い顔してるの?」

 

「諏訪を…うたのんを囮にしたのに 助かったら四国に呼んでまた戦わせるなんて……なんか納得できないよ。」

 

水都は俯きながら拳を握りしめていた。

 

「うーん…。でもあれは土地神様のご意思だしね。人類を守る為には仕方なかったんだよ。それに風さんを呼んでくれたのは神樹様なのかもしれないじゃない?」

 

「……そうだね。変なこと言ってごめん」

 

「大丈夫!向こうには仲間がたくさんいるからきっとなんとかなるわ!!」

 

「うん…!」

 

二人は外に出て屋根上にいる風に声をかけた

 

「おはようございます」

 

「グッモーニン! 見張って頂いてサンクスです!身体の方は大丈夫ですか?」

 

「おはよう。水都が早起きして少し寝かせてもらったから平気よ~ その分だと大分よくなったみたいね」

 

「いえーす! もう完治しましたよ!」

 

歌野は腕をぶんぶん振り回すと、イタタタと肩を抑えた。かなりの重傷だったのだ、いくら勇者といえどそう簡単に治ってはいないだろう。

 

「ほらほら、無茶しないの!」

 

「えへへ、面目ないです…。そういえば!みーちゃんの作った蕎麦はどうでしたか!?」

 

「むむむ…正直侮っていたと言わざるを得ないわね…。まさか蕎麦があれほど美味だとは思わなかったわ…!」

 

「そうでしょう!そうでしょう!それじゃ今度は私が腕によりをかけて蕎麦を……」

 

「あっ、うたのん。昨日作ったのでソバ粉切れちゃったよ…」

 

「なんですと!!おのれバーテックス…!」

 

歌野は恨めしそうに空を見上げた。

 

「仕方ありませんね!こうなったらもう一度ソバを栽培して何が何でも私の作った信州蕎麦食べてもらいますよ!」

 

「あはは、楽しみにしてるわよ~」

 

「四国にソバの栽培に適した土地があるといいんだけど。ちょっと作物の種とか取りに行ってきますね!」

 

そういって歌野は畑の方へ走って行った。

 

相変わらず元気な歌野にやれやれ、とため息をつく風に水都が声をかけた。

 

「風さん。神樹様から神託がおりました。四国までの道が分かると思います」

 

「ほんと?助かったわ~ 流石に地図だけで向こうに行くのはきつかったからね」

 

「おまたせしましたー!」

 

歌野が大きな木箱を抱えて戻ってきた。

 

「なにそれ随分大きな箱ね?」

 

「私の大事な宝物です。ほんとは友人の乃木さんに託す予定だったんですけど、その必要がなくなったのでここに色々入れて持っていきます!」

 

そういって歌野は箱を開けて中に荷物を詰め込んでいった。ふと隙間に手紙のようなものが挟まっているのが見えた。

 

友に託す、か。

彼女もきっと覚悟していたのだろう。

 

「さて、準備完了です!」

 

「よし!それじゃ水都はあたしが運ぶから四国までの案内おねがいね」

 

すると歌野は水都をスッと抱きかかえた

 

「わっ うたのん!?」

 

「こらこら、けが人なんだから無理しないの!」

 

「いえいえ!親友のみーちゃんを運ぶのは私の使命ですので!それに風さん。そんなに大きな剣を背負いながら運ぶのはつらいでしょう?」

少しからかうように歌野は風の背にある大剣を見ながら言った。

 

「う……確かに」

 

どうやらこの時代の武器は神世記と違って出し入れができないらしい。

昨日の戦いで武器が出せなかったのもこのためだろう。

身の丈ほどもある巨大な剣をわざわざ背負っていかなくてはならない上に他の荷物もあるので、水都は歌野にまかせることにした。

 

「それじゃ、出発するわよ」

 

「あっ!ちょっと待ってください!」

 

そう言うと歌野は崩れかけた本殿へ向いて頭を下げた。

 

「……土地神様、今まで私達を守って下さり本当にありがとうございました!いつか必ずこの地を、諏訪を取り戻してみせます……!」

 

「うたのん……」

 

歌野は振り返ると、いつものように笑って見せた。

 

「行きましょう。神樹様の元へ!」

 

「ええ!」

 

「うん!」

 

三人は決意と希望を持って諏訪を後にした。

 

 

──四国までの距離はかなりある。

あまり無理をしない様に何日か野宿をしながら向かうことにした。

 

どこもひどい有様だった。

建築物は完膚なきまでに破壊しつくされ、その瓦礫の上にバーテックスの卵が産み付けられていた。

その異様な光景に吐き気を催すと同時に激しい怒りを覚えた。

風は全て叩き潰してやろうかと考えたが、今は四国へ向かうのが最優先だ。無駄な力は使っていられない。今はただ先を急ごう。

 

道中、少数ではあるが何度かバーテックスと交戦した。

歌野もあまりの惨状に怒っていたのか、怪我を押してかなり無茶な戦いをしていた。

 

出来る限り生存者がいないか確認したが、結局一人も見つかることはなかった。

 

肉体的にも精神的にも限界に近づいていた頃

水都が山奥に指を差していった。

 

「えっと。あそこを抜ければ四国に着くはずです」

 

「やっとたどり着いたのね!ここにくるまで本当にロングな道のりでしたね」

 

「そうね。四国に着いたら大赦に行って向こうの勇者達と合流するわよ!」

 

ようやく見えた目的地に三人は安堵した。

奥に進んでいくと、先ほどまで晴れていた空が急に夜のように暗くなった。

広大な海の向こうに色とりどりの樹木が形成する幻想的な樹海。

その奥で眩い光を放つのは人類の守り神、神樹様だ。

 

その光景に先ほどまでとは打って変わって歌野ははしゃいでいた。

 

「はえー。さすが神樹様のお膝元。随分とファンタスティックな所ね!」

 

「……ってあらら!? みーちゃんがいない!」

 

「へっ?さっきまで抱っこしてたのに?」

 

二人はあたふたしながら周辺を見渡したが、水都はどこにも見当たらなかった。

 

「……てかなんで樹海化してるのかしら?」

 

西暦ではそういうものなのかと思いがちだが、そもそも樹海化するのは現実世界に大きな影響を及ぼすはずだ。

つまり……

 

かなり遠くの方で土煙があがった。

 

「バーテックスと交戦中ってこと!? 歌野、急ぐわよ!」

 

「えぇ!? でもみーちゃんがいないんですけど!」

 

「水都は大丈夫よ。樹海が形成されている時は勇者の力を持たない者は神樹様の結界に護られているの!この中で動けるのはあたし達勇者だけよ!」

 

「了解です!みーちゃんが無事なら私達は戦うのみですね!」

 

風と歌野は急いで戦地へ向かった。

 

敵の数はそう多くない。

ある程度四国の勇者達が片付けたのだろう。

だがその中で異形の大きな板のような……。おそらく進化体だろう。かなり手こずっているようだった。

進化体の大きな板は反射板になっているようで、勇者たちの攻撃を全て弾き返していた。

 

「一回で効かないなら… 百回だって千回だって叩き続ければいい!!」

 

弾かれた桜色の勇者は立ち上がり、自分に言い聞かせるように言って

覚悟を決めた表情で進化体に再び殴りかかった。

 

その勇者に風は見覚えがあった。

 

「あれは……友奈!?」

 

勇者装束こそ違っていたが、赤い髪に顔からなにまで風の知る結城友奈にそっくりであった。

なんであの子がここに!? いや、それよりも…。

 

おそらくあの子はまた無茶をする気だ!

 

彼女は自身の知る友奈ではないのかもしれない。

だが、どうしても彼女を友奈と重ねてしまう。

 

一気に跳躍しながら風は叫んだ。

 

「ちょっとまったあああああ!!」

 

「わあっ!?ど……どちら様ですか!?」

 

友奈によく似た少女が驚いて振り返った隙に、風は勢いよく進化体に斬りかかった。

 

「おりゃああああああ!!」

 

反射板によって凄まじい勢いで弾き返された。

 

「固っ!…ならあたしの渾身の女子力で!!」

 

弾かれた勢いを利用して再び回転しながら大きく薙ぎ払った。

板のような進化体は真っ二つに砕け散り、消滅した。

 

「す……すごい力! あの、ありがとうございました!」

桜色の勇者が風に声を掛けた。

 

近くで見ると本当に友奈そっくりだ。

……あたしの知ってる友奈かどうか確かめてみるか。

 

「ふふふ……気にすることはないわ。あなた達が人々を救うならば、あたしは勇者の窮地を救う者!」

 

「人呼んで女子力の結晶!犬吠埼風よ!!」

風は謎のポーズをとりながらやたらかっこつけてそういった。

 

「かーっこいーーー!!」

 

友奈にによく似た少女は目をキラキラさせながら、興奮していた。

……反応までそっくりだ。

この子やっぱり友奈なんじゃないか?

 

そんな事を考えていると青色の勇者が駆けつけてきた。

 

「友奈大丈夫か!?」

 

精悍な印象の少女は雰囲気こそ違うが、その顔立ちから一目で分かった。

 

彼女は乃木園子のご先祖様であり、西暦の勇者たちのリーダー乃木若葉だろう。

 

「切り札を使おうと思ったんだけど、この人が助けてくれたんだよ!」

 

「あなたは一体……?」

 

え、まじで友奈なの?ってか切り札ってなんなんだ。

まさか満開の事!?

 

分からないことがありすぎて頭が追いつかない。

 

「あたしは……ってちょっとあなた後ろ後ろ!」

 

若葉の背後にはバーテックスが迫っていた。

 

「くっ!」

 

咄嗟に刀を抜こうとした。

……が、間に合わない!

 

「後ろががら空きですよ!」

 

間一髪で歌野が鞭を振るい、バーテックスを打ち倒した。

 

「す……すまない。油断していた」

 

「いえいえ!……というかその声に話し方! あなた乃木さんね!!」

 

「私を知っているのか? ま、まさかあなたは……」

 

「白鳥歌野です!!こうして会えるなんてまさにミラクルね!!」

 

「白鳥さん無事だったのか!本当によかった……」

 

友人が生きていたことに安堵し、うっすらと涙を浮かべていた。

 

「危ないところをそちらの風さんに助けて頂きました!」

 

「あなたが白鳥さんを……。友人を助けて頂いて本当にありがとうございます」

 

「いいっていいって!とりあえず残りのやつちゃっちゃと片付けるわよ!」

 

「はい!」

 

 

全てのバーテックスを倒し終え、勇者たちは集まっていた。

 

「改めて……助太刀して頂いてありがとうございました。犬吠埼さん、白鳥さん」

 

「気にしないで。後、あたしの事は下の名前で呼んでちょうだい!」

 

「私も歌野って読んでください!私も若葉って呼びますので!」

 

「あぁ、承知した!」

 

「でも意外でした!風さんは四国から来たと言っていたので、てっきりみなさんお知り合いなのかと」

 

「「「えっ!?」」」

 

勇者達が一斉にざわついた。

 

「若葉、大社からなんか聞いてるか?」

 

「い、いや。四国に他の勇者がいるなんて聞いた事はなかったが……」

 

「大社の人が知らない間に諏訪に援軍を送っていたんじゃかな?」

 

「……少しでも戦力が必要なこの状況で?」

 

「だ……だからこそ救助しに行った可能性もあるんじゃないですか…?」

 

四国の勇者達はひそひそと小声で話していた。

 

辺りに不穏な空気が漂う。

別に嘘を言ってる訳ではない。だが、これから一緒に戦っていく仲間に疑心を抱かせるのはあまりよくないだろう。

 

──適当なことを言ってもややこしくなるだけだ。

ここは正直に話そう。

 

「実は私は……」

 

「未来の四国からやってきたのよ!!」

風は無駄に気合を入れて言い放った。

 

四国の勇者達の反応は……

 

「未来から!?すすす、すっごーーーい!!」

素直に驚く者。

 

「へー!そんなこともあるんだな!!」

理由は割とどうでもいいといった者。

 

「な……なるほど?」

 

「まるでSF小説みたいですね……」

困惑する者。

 

「危ない人だわ……」

……ドン引きする者。

 

これまでアホな発言は度々してきたけれど、真実を伝えてここまで場が凍りついたのは人生で初めてかもしれない。

 

どうしよう樹。お姉ちゃん心折れそう。

 

「まーまーみなさん!今まさに目の前でこんなファンタスティックワールドが広がってるんですよ?フューチャーから勇者が来ても不思議じゃないですって!」

 

歌野が擁護するように言った。

 

「うんうん!なんかかっこいいしね!」

 

「だな!それに仲間が増えるにこしたことはないだろ?」

 

「……それもそうだな。失礼しました」

 

若葉は申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「へーきへーき、白い目で見られるのは慣れておりますので……」

 

「……大社に戻れば本当の事が分かるんじゃない?」

 

緋色の勇者が吐き捨てるように言った。

彼女からは随分警戒されているようだ。

仕方のない事だが。

 

 

次第に樹海化が解け、元の街の風景に戻った。

目の前にそびえたっていたのは樹海化しても埋もれない程の巨大な建造物。

丸亀城だ。

 

「今はこの丸亀城が我々勇者の拠点となっているんです。」

 

「バーテックスとの戦いは厳しいものになると思います。ですが、四国の人々を守る為、どうか力を貸して頂けますか?」

 

「えぇ!もちろんよ!」

 

「まっかせなさーい!」

 

紆余曲折を経てようやくここまでたどり着くことができて安堵した。

だが、本当の戦いがここから始まるのだ。

 

この中から一人も犠牲者を出させない。

 

風は強く決心した。




読んで下さった方も、そうでない方もありがとうございました。

一話あたり4000文字くらいで考えていたんですが、話を重ねるごとに1000文字づつ増えて行ってなんかバランス悪くてすみません……。

本来ののわゆで起こった出来事と時系列が異なる場合がありますが、過去に介入した影響ってことでご了承ください。(-_-;)

今回ですと、諏訪が堕ちた直後に四国にバーテックスが出現してるようなので、数日かけて四国に渡った風先輩達が初交戦中に出くわすってことはないと思います。

色々調べながら書かせて頂いておりますが、間違い等がありましたら教えて頂けると嬉しいです。


ご意見、ご感想、質問などお待ちしております!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

排斥

私は彼女をどうにも信用する気になれない。

だって適当な嘘を言って素性を一切明かさない人物なんて不気味で仕方がないもの。

 

それもどこからともなく突然現れて。まるでバーテックスのようだ。

 

……それはさすがに考えすぎか。

 

それなら上里さんが話していた   の  という可能性の方がまだ高い。

 

どちらにしても気味の悪いことに変わりはないけれど。

 

高嶋さんも安易に関わるべきではないと思う。

 

勇者御記

西暦二〇一八年十月

郡千景記

 

 

 

西暦二〇一八年 九月 

 

樹海化が解けた後、丸亀城で保護されていた水都と合流し、風と歌野の三人は大社の病院で検査と治療を受けた。

 

特に歌野はかなり無理をしていたらしく、しばらく入院することになった。

 

数日後、ある程度回復した風と水都はこれまでの経緯について詳しく話した。

 

大規模な襲撃を受けて諏訪が滅んだ事、四国に着くまでの道中もほぼ壊滅状態でバーテックスの巣になっていた事や生存者は見つからなかった事等、あまり思い出したくない事ばかりだったが、全て話した。

 

大社も外の状況については想像以上だったのだろう。あまりの事態の深刻さに頭を抱えていた。

 

色々と話し合った結果、結界の外について四国の人々には伏せてほしいと頼まれた。

 

水都は不服そうではあったが、市民の不安を募らせない為にも仕方がないと考えたのだろう。二人はその申し出を受け入れた。

 

また、風は結界の外で新たに目覚めた勇者という事になった。

大社の人からは妙な憶測を生まない為といわれたが、やはり未来からやってきたというのは信じてもらえなかったようだ。

 

その後、風と歌野は勇者システムのアップデートがなされた。

歌野は勇者専用のスマホが支給され、他の勇者と同様にスマホでの変身が可能になった。

 

さらに切り札と呼ばれる精霊の力も使えるようになったらしい。

一時的に精霊を体内に宿して強力な力を発揮するが、精霊についてはまだ分かってない部分が多く身体に大きな負担がかかる為、極力使わないようにしてほしいとのことで文字通り最後の切り札という訳だ。

 

 

入院から二週間が過ぎた頃

 

神樹からの神託が下り、近々バーテックスの襲来がある事が予測された。

 

既に完治していた風は何度も加勢を申し出たが、結局検査が終わってない事を理由に許可が下りなかった。

 

風は無理やり抜け出そうかとも考えたが、分析と称して変身用のスマホを取り上げられていた為、丸亀城へ向かうことができず、途方に暮れていた。

 

特にする事もなかった風はここ最近ずっとある場所に通っていた。

 

「……よし、誰もいないわね」

 

キョロキョロと辺りを警戒しながら早足に病院内を駆けていく。

 

傍から見れば脱走でもしようとしてるかのようだが、無論変身できない状態で加勢したところで何の役にも立たないことは分かっている。

 

着いた場所は病院の敷地内にある人気の少ない祠だ。

 

風は周囲に人がいない事を確認してから、祠に向かって声を掛けた。

 

「犬神ー、聞こえる?」

 

「……はい、聞こえてますよ。というか最近毎日いらっしゃいますね」

 

少女の声が頭の中に直接語りかけてくる。

神樹の結界内に入ったことで犬神と交信できるようになったのだ。

 

「だってしょうがないじゃない!歌野にはまだ面会できないし、水都は先に丸亀城に戻ってるし。話し相手がいないのよ!」

 

「はぁ、そうなんですか」

 

バーテックスの襲来が予測されると同時に勇者達と連携をとる為に水都だけは丸亀城へ向かうことになり、それが風の不満を増大させていた。

 

「それにしても歌野は治療中だから仕方ないとして、みんなが戦ってるのにあたしだけ行っちゃいけないなんて大社はどういうつもりなのかしらね?」

 

「まぁ大社からすれば突然現れた風さんの存在は異質ですからね。念のため色々調べておきたいんじゃないですか?」

 

「要は信用されてないってわけね…。四国の人々を守る為に戦っているのに。あたしは悲しいわ!」 

 

風はがばっと顔を両手で覆った。

 

「……本気で言ってます?」

 

そのわざとらしい泣真似に犬神は呆れたように言った。

 

「…冗談よ。あたしだって得体のしれないのが急に出てきて、私はあなた達の味方です!なんて言われてもそう簡単に信用できないわよ」

 

「こんな状況だからこそ慎重にならざるを得ないんでしょうね」

 

「でもあの子達、大丈夫かしら? こないだもらった切り札ってやつ身体に害があるかもしれないそうじゃない」

 

精霊を体内に宿して一時的に戦闘力を大きく向上させる切り札。

風が大社からもらった精霊は二つ。 

 

犬神と鎌鼬。

 

偶然か否かそれらは神世記で風の使役していた精霊であった。 

 

「それについては私も詳しくは分からないんですよね。ただ、神の力を振るう以上なにかしらのリスクはあると思った方がいいですね」

 

犬神は自らの力を用いるというのにまるで他人事のように言った。 

 

「ほんと?一応、あんたの力ももらったんだけど…」

 

「同じ精霊の力を用いてはいますが、そもそも精霊というのは神樹様に蓄積された概念的記録を抽出した力の事を差すんです。西暦と神世記では精霊の構造も使い方も全然違うので名前が同じであっても切り札と呼ばれるものについて私はなにも分からないんですよ。それに…」

 

先ほどまで普通に話していた犬神が突然人が変わったようにペラペラと話し出した。

 

「わかったわかった!小難しい話はもういいわよ!」 

 

「納得していただけましたか」

 

犬神は精霊だが、普段の振る舞いは普通の少女と大して変わらない。

だが、時折スイッチが入ったように難しい話をしだす事がある。

 

なんとか理解しようと細かい部分を聞こうとすると答えられないと言われ、結局よく分からない事が多いので風はこうなると話を切るようにしていた。

 

「まぁ、精霊を託されたという事は戦闘に参加させるつもりはあるって事でしょうから、近々戻ることになるんじゃないですか?そんなに心配する必要はないと思いますよ」

 

「それはわかってるけど……。あの子達、安易に切り札を使ってしまわないかしら。……満開の後遺症みたいな事が起きてからじゃ遅いのよ」

 

「現状、勇者を犠牲にするのは致命的ですからね。そこまでの影響はないと思いますが、可能な限り使わないに越したことはないですね」

 

現に友奈は前の戦いで切り札を使おうとしていた。

 

今回の襲来で誰かが使ってしまうかもしれない。

 

「他の方が心配ですか?」 

 

「まぁね。…っと誰か来たみたいね。今日はこのくらいにしとくわ」

 

背後から微かに話声が聞こえた。

あまり祠に話しかけている所を人に見られると社会的によくないので、交信は誰かが来るまでと決めている。

 

「わかりました。また変な人を見る目で見られたくないですもんね?」

 

ふふっとからかうように犬神は笑った。

 

「うっさいわね!大体なんであんたは頭の中に話しかけてくるのにあたしは声に出さないといけないわけ!?」

 

「それは私が神樹様の力を通じてそちらに干渉してるのに対して、風さんは完全にこちら側との因果が切れているので…」

 

「またよく分からない話でごまかそうとして…!」

 

「あの人また一人で……」

 

「変わった勇者様よね…」

 

二人の看護師が危ない人を見るような目でこちらを見ながらひそひそと話をしている。

 

「ほらほら」

 

「くっ!あんた明日覚えてなさいよ!!」

 

風はベタな捨て台詞を吐いてどこかへ駆けていった。

 

「……明日も来るんですね」

 

苦笑しながら犬神はぽつりと呟いた。

 

 

西暦二〇一八年 十月

 

再び四国にバーテックスが襲来した。

結局風は大社から許可が下りなかったので加勢する事ができず、歌野も万全の状態ではなかった為、丸亀城にいる勇者五人で迎え撃つ事になった。

 

敵の数は前回の襲来よりも圧倒的に多かったが、勇者達は辛くも勝利を収める事ができたと見舞いにきた水都から聞いた。

 

ただ、進化体に対抗するために千景が切り札を使ってしまったらしい。

風はまた大社への不満を吐きだそうと祠へ向かっていた矢先だった。

 

「あっ…千景!」

 

「……何か用かしら?」

 

ちょうど千景が検査室から出てきた。

千景は風の顔を見るなり露骨に顔をしかめる。

 

「身体は大丈夫なの!?」

 

「別に。少し疲れたくらいで大したことないわ」

 

「聞いたわよ。あんた切り札を使ったって。どこか身体に違和感とか…」

 

「大丈夫だと言ってるでしょう?医者も問題ないと言ってるわ。私はもう丸亀城に戻るから」

 

そう言い放つと、千景は見向きもせず足早に去って行った。

風はどんな言葉をかけていいか分からず、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

 

 

「犬神~ 千景ったらひどいのよ~」

 

「はいはい、でも大したことなさそうでよかったですね。切り札を使われたのでしょう?」

 

犬神は少し面倒くさそうに返事をした

 

「あ、さっきの見てた?少しくらいなら平気ってことかしらねー。でも身体に負担がかかるのは確かだし、やっぱりなるべく使わないように言っとかないと」

 

「…風さんが言った所で聞いてくれますかね?」

 

「うっ…。確かに」

 

どうにも彼女は警戒心が強いのか、風は露骨に避けられているように感じた。

他の勇者達とはうまくやっているのだろうか。友奈とは仲が良いようだが、千景はどういう人物なのだろう。

 

西暦の勇者達の事というと以前、乃木園子の家にお邪魔した時に勇者御記を見せてもらったが……。

 

「あれ?そういえば勇者御記に千景の名前って載ってなかったような気がする…」

 

記憶が正しければ神世記において西暦の勇者達の中で彼女の名前だけどこにも残されていない。

 

「そのようですね。郡千景さんは神世記においてその存在を抹消されているようです」

 

「千景が抹消された?まさか東郷みたいに生贄にされたんじゃないでしょうね」

 

「うーん、理由までは分かりかねます……」

 

突然消えたのか、あるいは消されたのか。

 

何が起きたのかは想像もつかないが、確実に何かがあったのだろう。 

 

彼女の事はよく気にかけておかないと。

 

……随分と嫌われているようだが。

どうにか彼女と仲良くできないものだろうか。

 

そういえば夏凜も初めて会った頃は素っ気ない態度だった。

でも一緒にいる内になんだかんだで仲良くなれた。

 

……案外夏凜の時みたいに勢いでなんとかなるんじゃないか?

とにかくこれから彼女とは無理やりにでも交流を深めていこう。

 

「はぁ~。まったく、赤い服着た子は困ったちゃんばっかりね~。頭が痛いわ」

 

そう言って面倒くさそうに背伸びをする風の口調はどこか楽しそうだった。

 

「……そう仰る割りには随分機嫌が良いですね?」

 

犬神の問いに風はふふっと微笑んだ。

 

「まっ、手がかかる子ほど可愛いもんなのよ!」

 

「そういうもんなんですか」

 

「ふっふっふ、さーてどうやって仲良くなってやろうかしらね…!」 

 

「顔と台詞が一致してませんよ?」

 

きっと今は少し誤解されているだけだ。

千景ともいずれは仲良くなれるだろう。

 

 

それから数日後

 

歌野の傷が完治すると風もようやく丸亀城に戻る事になった。

散々長引いた検査とやらの結果を聞いたが、大した情報は得られなかったらしい。

 

「まったく、結局ただ足止めされただけだったわ。心配なのは分かるけどもうちょっと融通をきかせてほしいものね」

 

「あはは、私ももう少し治りが早ければニュー勇者システムでスクランブルに行けたんですけどね!みなさんのようにワンタッチでメタモルフォーゼできるようになりましたし!」

 

「うたのん、まだ治ったばかりなんだから無理しちゃだめだよ」

 

「みーちゃんは心配性だなぁ」

 

「とにかくやっと丸亀城に戻れるのね。戦闘訓練もさせてもらえないんだから体が鈍っちゃうわ」

 

「休んでた分きっちり働かないといけませんね!」

 

「えぇ、これからバーテックスをバッサバッサと倒していくわよ!」

 

「それもそうなんですけど!丸亀城の近くに畑を用意して頂いたので、私は明日から農作業にも精を出そうかと!」

 

「へ? 農作業??」

 

きょとんとする風に水都は苦笑しながら説明した。

 

「これまで諏訪を守ってくれたお礼って事で大社の人が用意してくれたんですよ」

 

「命がけで戦ってお礼が畑って……。あんたは相変わらずね」

 

「いやーそれほどでも!私達人間の手で作物を作る事によって神樹様の負担を少しでも減らせるといいなーと思いまして」

 

「なるほど、確かに重要な事ね。歌野も結構色々考えているのねー」

 

「ふふん、それにこの香川にソバを布教するという使命がありますからね!」

 

「……やっぱそっちが本音か」

 

「オフコース!いずれ風さんには私の作った蕎麦を食べてもらいますので!」

 

「ふっふっふ、望むところよ!なんならその前にあたしのお手製うどんを食べてもらおうじゃないの!!」

 

「かまいませんよ!どこからでもかかってきなさーい!!」

 

「言ったわね!何だったら今ここでうどんについて熱く語って…」

 

「あのー、二人ともそろそろ出発しない?」

 

今にもうどんVSそば論争が勃発しそうな状況に水都が呆れたように言った。

 

「むむ!仕方がありませんね。この勝負はお預けです!!うどんは命拾いしましたね!!」

 

「なぁんですって!?やっぱり今ここで決着を…」

 

「……はぁ」

 

結局始まってしまった論争にため息をつきつつも、内心二人がようやく元気になった事が本当に嬉しかった。

 

こんな日々がずっと続きますように──

 

水都は心からそう願った。

 




読んで下さった方も、そうでない方もありがとうございました。

早速更新が2週間程空いてしまいました…。

一応週一更新を目標にしてますが、用事だったり絵を描いたりすると少し間が空いたりしますがご了承下さい(-_-;)

話を書き終えてから絵を追加する場合がありますが、そういう時は活動報告の方でちゃんと報告させて頂きます。


ご意見、ご感想、質問などお待ちしております!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

育苗

    

この切迫した状況で共に戦う仲間が増えたのは大きい。

 

バーテックスを討つ戦力としてというのもあるが、それ以上に精神面で助けられている。

 

彼女達が加わってから、どこか張り詰めていた雰囲気も良くなった様に感じる。

 

私よりも歌野や風さんの方がリーダーに向いているのかもしれない。

 

 

……こんな事を言ってるとまたひなたに怒られてしまうな。

 

 

そういえば風さんの  は   と非常によく似ているらしい。

 

相変わらず謎の多い人だ。

 

そんな彼女を怪しいという人もいるようだが、

 

きっと今後もうまくやっていけるだろう。

 

 

勇者御記

西暦二〇一八年十一月

乃木若葉記

 

 

【挿絵表示】

 

 

西暦二〇一八年 十一月 

 

まだ日も出ていない早朝に風は目を覚ました。

 

時刻は午前五時頃、以前は家事をする為に早起きをしなければならなかったが、今はもうその必要はない。

しかし身体が覚えているのか、どうにも早朝に起きるようになってしまっているようだ。

 

…一度死んでるから身体ではなく魂か?

 

「ふわぁ…。死んでも体内時計ってのは機能するもんなのね」

 

起きた所で特にする事もないので二度寝をしようかと思ったが、無理に寝ようとすると却って眠れない。

 

風は目を擦りながらベッドから降りて、部屋に祀られている小さな神棚に声を掛けた。

 

「犬神おはよ~」

 

「おはようございます風さん。今日もお早いですね」

 

精霊は眠ったりしないのか、犬神はいつ話しかけても普段と変わらない様子で返事をしてくれる。

 

「なんか身体が勝手に起きちゃってね。家事をするのは大変だったけど結構好きでやってたから無くなったらそれはそれでなんか寂しいものね」

 

風は自嘲気味に笑うと軽く背伸びをした。

 

「まぁ早起きは三文の徳といいますし良い事だと思いますよ。それはそうとこちらでの生活には慣れましたか?」

 

「えぇ。まぁ普通に授業受けて後は戦闘訓練ばっかりだけどね」

 

風、歌野、水都の三人は退院後、丸亀城内の学校に通う事になった。

敷地内にある若葉達の暮らしている寄宿舎は既に満員だった為、三人は新たに建てられた寄宿舎に住んでいる。

 

学校では学年関係なく勇者と巫女が同じ教室で授業を受ける。

勇者は通常の学業とは別に戦闘訓練があり、精神修養等も行う。

巫女の二人は代わりに他の訓練があるようだ。

 

「毎日ガチガチの訓練とかするんじゃないかと冷や冷やしたけど、それなりに自由な時間もあってよかったわ。……特にやる事もないけど」

 

もう妹の世話をやく事もできないし、勇者部の活動もない。

暇な時は他の勇者達と交流を深めているが、これまでの生活の大部分を失った風は自由な時間を持て余していた。

 

「この機会に何か新しい事を始めてみるのもいいかもしれませんね」

 

「新しい事か…。何か考えとこうかしら」

 

どうにも早起きしてしまうから朝の時間に何かできる事があるといいな。

 

身支度をしながら色々考えているうちに気が付けば丁度いい時間になっていた。

 

「それじゃいってきまーす。犬神、留守番頼んだわよ~」

 

「何かあっても私は何もできませんよ…。いってらっしゃい」

 

 

 

十一月に入り外はすっかり冷え込んでいた。まだ薄暗い寒空の中、足早に教室へと向かう。 

 

「おはよー!」

 

風は元気な挨拶と共に教室に入った。

かなり早目に登校したが、既に教室には二人来ていた。

 

「風さん、おはようございます」 

 

乃木若葉

後世に語り継がれる西暦の勇者達のリーダーだ。

非常に生真面目な性格の彼女だが、時折みせる天然な所は乃木園子に似ているかもしれない。

 

「随分お早いですね」

 

上里ひなた

後に乃木家と並ぶ大赦のトップ上里家の巫女だ。気品のある佇まいと何がとは言わないが素晴らしいメガロポリスの持ち主である。

とても中学生とは思えないが、なぜか同じような人物をあたしは知っている。

 

是非、その秘訣を教えて頂きたいものだが、怒らせると怖そうなので聞いてない。

 

「やることなくってね。前まで家事とかで結構早起きしてたんだけど」

 

「まぁ、風さんは家庭的な方なんですね」

 

「なるほど時間を持て余しているのですか」

 

上品に笑うひなたの横で若葉が何やら考え込んでいる。

……少し嫌な予感がするな。

 

話題を変えようと口を開いた瞬間、教室の扉が勢いよく開かれた。

 

「おはよー!! って若葉達だけじゃなく風にまで追い越されてるだと! むー!明日からはもっと早く登校してやるからな!」

 

「タ、タマっち、年上の人を呼び捨てにするのはよくないよ!」

 

土居球子と伊予島杏

球子は体は小さいがとても活発でよく喋る。

まるで小さい犬のような子だ。

 

そんな球子とは対照的に儚げで大人しい性格の杏。

二人は非常に仲が良いようでは気づけばいつも一緒にいる。

 

「なに~?ならタマは杏より年上なんだぞ!ちゃんと杏もタマのことタマっち先輩って呼べ~!!」

 

「歳は一緒だよ~」

 

球子が杏の頬むにむにする。

傍から見るとやんちゃな妹がお姉さんと遊んでるようにしか見えない

 

「朝から賑やかね~。あたしは呼び捨てでもなんでも構わないわよ」

 

風は笑いながら言った。 

 

「ほらみろ!風もいいって言ってるだろ?」

 

「ふふ、風さんは頼れる年上のお姉さんって感じで素敵ですね」

 

「おい!杏のお姉さんはタマだぞ!…まーでも面白いやつが増えてよかったけどな!」

 

未来から来たと言ったせいで、一時は危ない人間だと思われかけたが、なんだかんだでこのクラスにうまく馴染むことができたようだ。

 

……避けられているであろうただ一人を除いて。

 

「つまらない年上で悪かったわね?」

 

教室の扉の前で騒いでいる球子の背後から不機嫌そうにする少女と対照的に微笑ましそうに笑う少女が立っていた。

 

「みんなおっはよー!!」 

 

千景と友奈だ。

 

「ご、ごめんなさい」

 

「おい千景!誰もそんな事言ってないだろ!」

 

咄嗟に謝る杏を庇うように珠子が反発する。

 

「どうだか」

 

郡千景

前の戦いでの傷も癒え、切り札の使用による後遺症も特に無いみたいでよかったが…。

よく分からない存在のあたしを警戒しているようだ。

まぁ、あたしにとっても神世記にその名が残されていない彼女は謎の人物なんだが。

 

高嶋友奈

同じ友奈でも彼女はあたしの知る結城友奈ではなかったようだ。

もしかしたら、友奈は彼女の遠い親戚とかだったのかもしれない。

…親族では納得できない程、容姿や性格が似すぎているがそこはあまり気にしないでおこう。

 

「うんうん!みんな今日も仲良しだね!」

 

どう見ても険悪な雰囲気の中、友奈はなぜか楽しそうに笑っている。

 

「それどういう理屈よ」

 

「だってほら喧嘩をするほど仲が良いっていうじゃないですか?」

 

一点の曇りもない目でそう言う彼女は本気で仲良しだと思っているのだろう。

実際の所、言い争ってる球子と千景もそこまで仲が悪い訳ではなさそうだが。

 

……それにしても普段友奈には風先輩と呼ばれているからか、同じ顔、声で風さんと呼ばれるのは変な感じだ。

なんだか少し距離が遠くなったような寂しさを感じる。

 

友奈と話していると千景がスッと隣を通り過ぎていく。

 

「千景、おはよう」

 

「……おはよう」

 

千景は少し不機嫌そうに返事をすると目も合わせずに席に着いてしまった。

 

「うーん、あたし千景に嫌われてるのかしら?」

 

「そんなことないと思いますよ!」

 

「あいつは友奈以外には大体あんな感じだろ」

 

そんな少し不穏な空気を吹き飛ばすように大きな声が教室に響き渡った。

 

「みなさんグッモーニン!!」

 

「お…おはようございます」

 

歌野と水都だ。

ほぼ毎朝大社からもらった畑で農作業をしている為、彼女達はいつも最後に登校してくる。

 

若葉と歌野は以前から通信でやり取りをしてたらしく、昔からの親友のように仲が良い。

ひなたと水都も巫女という同じ立場からか随分打ち解けたようだ。

 

「おはよう歌野。今日も農作業か?」

 

「いえーす! 四国のみなさんに諏訪のおいしい作物を届けるためにね!」

 

「毎朝水都さんは大変じゃないですか?」

 

「あはは、ほとんどうたのんがやってくれるから平気だよ」

 

「力仕事は勇者の私におまかせあれ!」

 

「歌野は頼もしいな」  

 

和気藹々と話していると予鈴が鳴り、担任の教師が来た。

皆はすぐに席に着き、午前の学業が始まった。

 

その日は前のバーテックスの襲来時の映像から、反省点や今後の作戦等について色々と話し合った。

 

その後は戦闘訓練の為、巫女二人は別の場所へ移動した。

 

今回は若葉の提案で普段の戦闘訓練とは違い、勇者同士で軽く模擬戦をすることになった。

 

風の相手は若葉だ。

 

おそらく模擬戦というのは建前で、こちらの力量を図ろうというのだろう。

 

「一撃でも受けたらそこで試合終了です。何か質問はありますか?」 

 

「それはいいけど、本当に大丈夫?いくら勇者相手とはいえこれで女の子を叩くのは気が引けるわね…」

 

風は木製の大剣を振りながら言った。

木製とはいえ、かなり大型で重量もある。当たりどころが悪ければ大怪我をするのではないかと気が気でない。

 

「手加減は無用ですよ。それに…」

 

若葉は流れるように木刀構える。

 

「当たらなければ問題ありませんので」

 

口元は微笑んでいるが目が全く笑っていない。

…どうやら手加減なんてしてる余裕はなさそうだ。

 

「それでは始めますよ。 よーい……ドン!」

 

「おりゃあああああ!」

 

レフェリーの杏の合図と共に一気に踏み込んで大剣を振り下ろした。

 

が、若葉は最小限の動きで大剣を避ける。

 

「……」

 

「なんのっ!」

 

風は何度も切りかかるが、若葉はまるで動きが見えているかのように紙一重で避けていく。

 

「…もらった!!」

 

「なっ!?」

 

若葉は間合いを一気に詰めると、そのまま懐までもぐり込んで風の脇腹に一撃をいれた。

 

「うぐっ!?」

 

鋭い衝撃に驚いた風はそのまま地面に倒れこんだ。

 

「はいっ!試合終了です! ……だ、大丈夫ですか風さん?」

 

杏が心配そうに駆け寄る。

あっという間だった。さすが居合の達人といったところか。

いかに勇者といえど変身していない平常時に木刀叩かれればそれなりに痛い。

 

「いたたた…。若葉、あんた早すぎでしょ…」

 

あまりの速さに呆然としている風に向かって若葉が少し言いにくそうにゆっくりと口を開いた。

 

「……風さん、恩人であるあなたにこのような事を言うのは大変心苦しいのですが」

 

「は、はい?」

 

若葉の改まった口調に背筋がゾクリとする。

 

「以前の戦闘の時から思ってましたが、動きに無駄が多すぎます!とにかく当たればいいと思っていませんか!? 剣の振りが大きすぎて隙だらけですよ!」

 

「えぇ!? ち、違うの!前まで使ってた武器は自由自在に大きくなってくれたから問題なかったのよ!…えっと、だからその、今の武器にまだ慣れてないというか…ですね」

 

「問答無用!!」

 

「ひええ……」

 

「いいですか!敵は数で攻めてきます。隙を作ればあっという間にやられてしまいますよ!とにかく早急に正しい剣の扱い方を学ぶべきでしょう!!」

 

一応あたしも大赦である程度訓練はしていたし、実戦経験もあるんだけど…。

しかし、反論しようにもこうもあっさりやられてしまってはぐうの音もでない。

練習不足を認めざるを得ないだろう。

 

「ま、まぁそれは確かにそうね、もっと訓練が必要かもしれないわ…」

 

「そこで風さん今朝、早朝の時間が空いていると仰ってたでしょう。幸い私は剣術に心得がありますので時間がある時は私が指南いたしましょう!」

 

「へっ!? いやいや!あんたの武器は太刀でしょ!! 扱い方とか全然違うでしょ!?」

 

「ふむ。基礎的な部分であれば問題ないと思いますが…」 

 

それも一理あるとでもいうように若葉は考え込んだ。

 

チャンスだ ここで押し切ればいける!

 

「あっ…そういえば私の部屋に西洋剣術の本があったような気がします…」

 

さっきまで隣でおろおろしていた杏が思い出したように呟いた。

 

「なんでそんな本持ってんのよ!」

 

「おぉ!杏、よかったらその本を貸してくれないか?」

 

「本なら大体読みますので…。また探しておきますね~」

 

もう駄目だ。

これは若葉と特訓コース決定だろう きっと毎朝鬼のようにしごかれて第二の人生を終えるんだ…。

 

…冗談は置いといて、冷静に考えてみれば若葉の言うとおりかもしれない。

あたし達の時代では基本的に大型のバーテックスを封印する事を想定して戦っていたが、この西暦の戦いではそれこそとてつもない数のバーテックスを相手にしなくてはいけない上に進化体ともなると一撃が致命傷になりかねない。

 

勇者システムがまだ未発達な分、個人の力量でカバーしなければいけないわけだ。

ここはこれから先の事も考えて素直に若葉から教えを受けるべきだろう。

 

「それもそうね。お願いするわ若葉…いや、若葉先生!」

 

「あぁ!! 共に切磋琢磨し、剣術を磨いていきましょう!! この際ですから居合の方も指南致しますよ!!」

 

「はい! よろしくお願いします!! ……あれ?」

 

なにか関係ない事も教えられそうな気がしたが、些細な事だろう。

とにかくこれから頑張っていこうと思う。

 




読んで下さった方も、そうでない方もありがとうございました。
絵を描くのに手間取って更新が遅れてしまいました(-_-;)
少し長めのお盆休みがとれたので今週中に更新できたらと思っております。

こちら西暦制服の風先輩です~。

【挿絵表示】


ご意見、ご感想、質問などお待ちしております!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

覚醒

この所、風達の様子が変だ。

 

学校が終われば、すぐに歌野と水都の三人でどこかへ出かけているようだ。

 

こっちに来て訓練ばかりでストレスが溜まったせいで遊び呆けているんじゃないかと若葉に言ってやったが、修行中は至って真面目だから問題ないそうだ。

 

別に不満がある訳じゃないが、若葉も大社もなんであの三人には甘いんだろうな?

 

この間、大社から注意された時にそれとなく聞いてみたけど、     ような変な反応だったし……。

 

そりゃ、考えすぎか。

 

こうなったらタマがあいつらの非行を暴いてやるっ!

 

勇者御記

西暦二〇一九年二月

土居球子記

 

 

西暦二〇一九年一月

 

前回の襲来以降、バーテックスが来る事も無く、無事に年を越すことができた。

もちろんそれは喜ばしい事なのだが、風にとっては四国に入った時に交戦してから3か月間、一切戦闘をしていない事に少し不安を感じていた。

 

こういう時は体を動かして気を紛らわせたいところだが、こんな時に限って若葉は用事があるとの事で、朝の修行は無くなってしまった。

 

持て余した時間をどうしようかと考えた結果、歌野と水都がいるであろう畑を覗いてみようと思った風はまだ薄暗い寒空の中、丸亀城から少し離れた場所へと足を運んだ。

 

「おっはよー、なんか手伝える事とかある?」

 

「あれ?おはようございます風さん。珍しいですね」

 

「ひょっとして若葉の修行がハードすぎて逃げ出しちゃいました?」

 

急な来客に二人は驚きつつも、歌野は風をからかうように言った。

 

「んな訳ないでしょ!若葉がなんか用事があるからって今日はお休みなのよ。で、暇になったから様子を見に来たってわけ」

 

「なるほど!それじゃ、お言葉に甘えて手伝ってもらいましょうかね!」

 

風は歌野達の真似をしながら農作業を手伝った。

まだそれほど忙しくない時期とはいえ、二人はほぼ毎日畑仕事をしているのだから驚きだ。

 

「今日はこれでおしまいですね。お疲れ様です、風さん」

 

水都はお礼を言うと、風にお茶を渡した。

 

「ありがと、あんた達、毎朝こんな事してたのね~。大変じゃない?」

 

「いえ!こんなのまだまだ大したことないですよ!春になればもっと忙しくなりますからね!」

 

「へぇ~。まぁ、手が空いてる時はいつでも手伝うわよ」

 

「修業が無い時くらいゆっくり休んだほうがいいんじゃないですか?」

 

「いやぁ、若葉の指導のおかげで自分がいかに未熟だったかを思い知らされてね…。なにもしてないと不安になっちゃうから、なるべく身体を動かしたいのよ」

 

「あ~、ひょっとしてこないだの演武に参加しなかったのってその事だったんですか?」

 

「まぁね。若葉には修行の成果を見せる時でしょうって言われたんだけど。まだ始めて1月くらいしか経ってないし、今回は辞めといたわ」

 

今年の元旦の事だ。

勇者がバーテックスとどのように戦うかを市民に披露する行事が行われた。

今回の行事に参加したのは若葉、歌野、珠子、千景の4人だけで、杏と友奈は人前に出るのが恥ずかしいらしく、風はまだ剣術の修行中なので参加を辞退した。

この演武を見るために四国各地から大勢の見物客が集まり、大きく盛り上がった。

 

「あの時の若葉さんの居合はすごかったですね~」

 

「みーちゃん!私の鞭捌きはどうだった!?」

 

歌野は若葉だけ褒められて悔しかったのか、水都にぐいぐい詰め寄る。

 

「うんうん、うたのんもかっこよかったよ~」

 

「でしょ!?風さんも見てましたか?私の勇姿を!」

 

まるで子供のように舞い上がる歌野に風は思わず笑ってしまった。

 

「あはは、ばっちり見てたわよ~。ああいうのを見る側になるのは久しぶりだからなんか新鮮だったわ」

 

「あら、風さんは演劇でもされてたんですか?」

 

歌野の問いかけに風はしまった、と思った。

未来の話はその場の空気が凍りつくので、あまり言わないようにしていたのだ。

 

「なんていうか、部活動の一環でね~」

 

「あっ!それって前言ってた勇者部ってやつですね!てっきり四国の勇者の皆さんの集まりの事かと思ってましたよ」

 

「えーっとまぁ…あたしが未来にいた頃の部活なんだけど…」

 

「確か、人の為になる事を勇んでやる!!って部活なんですよね!」

 

「なんだかすごく風さんらしいですね。勇者部ではどんな活動をされてたんですか?」

 

どうやら歌野は初めて風と会った時の事を鮮明に覚えているようだ。

水都も勇者部について、とても興味深そうに聞いてくる。

 

「基本的にボランティア活動みたいな感じかしら。幼稚園で演劇をしたり、他の部活の助っ人をしたり…てか二人はあたしが未来から来たって信じてくれてるの?」

 

「??そんなの当たり前じゃないですか。ひょっとして以前、四国のみなさんに冷たい目で見られてたの気にしてたんですか?」

 

「少なくとも私たちは風さんの事を疑ったりしないですよ」

 

「いやぁ、信じてもらえない事が多すぎてちょっと疑心暗鬼になってたわ」

 

さも当然であるかのような顔をする二人に、一人であたふたしていたのが少し恥ずかしく感じると同時になんだか嬉しかった。

 

「それにしても人の為になる事をやる部活、ですか。そういう意味では今まさに風さんは勇者部の部活動をされていたという事になりますね」

 

「あはは、確かにそうかもね。一人で部活動ってのも変な話だけど」

 

「はっ!今、私のインスピレーションが刺激されました!!」

 

歌野は突然声を上げると、ガバっと立ち上がった。

 

「う、うたのん急にどうしたの?」

 

「我々で立ち上げましょうよ!新たな勇者部を!!」

 

「えぇ!?」

 

「あたし達三人で!?」

 

思いがけない発言に驚きを隠せない二人をそっちのけて、歌野はまくしたてるように話し出した。

 

「この前の演武の盛り上がりっぷりを見て思ったんですよ!もっと四国の方々のお役に立ちたいと!」

 

「確かに演武は大盛況だったけど…役に立ちたいって事となんか関係ある?」

 

「今や私達は皆さんにとって希望のシンボルなんですよ!!私達がもっと身近な存在になれば、バーテックスの襲来に脅える人々の心にピースフルをもたらす事ができると思うんですよね!!」

 

歌野達は農作業の合間によく四国の市民と交流を深めていた。

四国には空から飛来したバーテックスの襲撃による恐怖で発症したとされる精神疾患、天空恐怖症候群という病気を患う人が大勢いた。

そういった人々の助けになりたいと歌野は考えたのだろう。

 

「言いたい事は分かるけど…。多分、そういうのは大社がダメって言うんじゃないかしら?ちょうどこの間、あまり目立つ事はするなって怒られたし」

 

杏と珠子の三人で街に出てうどんを食べた時の事だ。

珠子とうどんトークが白熱しすぎて少し騒ぎになってしまい、若葉に注意されたのだ。

結局その後、若葉とうどんトークが白熱しすぎてひなたに滅茶苦茶怒られたのだが。

 

「そこは心配ご無用!!大社の方は四国の皆さんには色々制限をかけているようなのですが、なぜか私達三人にはあまりとやかく言ってこないのです!!その一件も風さんは大社から何も言われなかったでしょう?」

 

「…言われてみれば、大社からは何も言われなかったわね。あたし達だけ扱いが違うのは外部の人間だからかしら」

 

そういえば若葉は勇者のリーダーとして、世間に顔が知れ渡ってるから街にあまり行かない様にいわれてるって言ってたっけ……。

 

「…ってそうよ!そんなの勝手にやったら若葉が黙ってないわよ!バレたら何をされるか……」

 

「まずはバレないように小さな事から始めていきましょう!ある程度市民のみなさんからサポートを得られれば、いくら若葉といえども、やめろとは言えないはずです!」

 

「そんな強引にやって大丈夫かな…」

 

「あんた意外と悪い事考えてるのね…」

 

歌野の無茶苦茶な提案を聞いて唖然としていた二人だったが、風は少し考えた後、ニヤリと笑う。

 

「…まぁでも、そういうの嫌いじゃないわ!」

 

「…ということはつまり!?」

 

風は深呼吸をすると、高らかに宣言した。

 

「えぇ、その話乗ったわ!今ここに、丸亀城勇者部の結成よ!!」

 

「イエエーーーーーーーイ!!」

 

「わ、わぁーーい!」

 

時代をこえて、新たな勇者部が誕生した。

水都は朝から騒ぎ立てる二人にたじろきながら、ふと時計を見ると、とっくに出発時間を過ぎていた。

 

「…って、もうこんな時間!?二人とも学校が始まっちゃうよ!」

 

「おっと!今すごくいいところだったのに。仕方ありませんね!」

 

「急がないと、遅刻なんてしたら若葉先生に殺されるわ!!」

 

「…風さんホント大丈夫ですか?」

 

 

今後の活動について色々話をしながら期待に胸を膨らませていた矢先であった。

 

再びバーテックスの侵攻が起こった。

 

樹海が形成され、木々で覆われた丸亀城に皆は集まっていた。

風はスマホのマップを確認すると、敵の数はそれほど多くないようだ。

ざっと一〇〇体前後だろう。

 

「あら、敵さんは随分少ないわね~」

 

「ふっふっふ!今回は余裕そうですね!」

 

「おいおい二人とも、油断は禁物だぞ」

 

冗談めいた言い回しをする風と歌野に、若葉が半ば呆れたように諫める。

 

「うん?なんか一体だけ変なのがいるみたいですね…」

 

「わわ、このバーテックス他のと違ってすっごく早いよ!!」

 

いち早く杏が異変に気付いた。

まだ遠くにいる通常個体の群れとは完全に別行動をとり、単独でこちらへ向かってくるバーテックスがいた。

そちらの方角へ目をやるとその個体は人の下半身のような姿をし、二足歩行で樹海化され、植物ででこぼこに入り組んだ地上を猛スピードで駆け抜けていた。

 

「あれは…間違いなく進化体ね」

 

「なんかあのバーテックス、少し人間みたいで不気味だよ~」

 

「あのタイプはたしか…」

 

風はあの進化体とよく似た個体を知っている。

こちらを意に介さず、神樹に向かってへ猛スピードで走る双子座のバーテックスだ。

皆にその事を伝えようすると突然、球子が得意げに声を上げた。

 

「みんな!ここはタマにまかせタマえ!!」

 

「…急にどうしたんだ球子」

 

「こんなこともあろうかと、タマは切り札を持ってきたぞ!!」

 

「切り札?タマっち先輩まだ敵の動向が分からない以上、無暗に切り札を使うのはよくないよ…」

 

「そっちの切り札じゃない!この秘密兵器の事だっ!!」

 

球子は進化体の進行方向にむかって何かを投げつけた。

そこにあるのは……『最高級』と書かれたうどん玉だった。

それを見るなり、若葉と風が驚愕する。

 

「「あ、あのうどんはっ!!」」

 

「知ってるの!?若葉ちゃん、風さん!!」

 

「あぁ…、某超有名讃岐うどん職人が、小麦と水に拘りぬいて打ったという究極の最高級手打ちうどん…!」

 

「後継ぎがいなかったせいで未来では失われてしまった伝説の最高級うどん…!球子、あんたまさか……そんな恐ろしい事をしようというの!?」

 

「…どうやら気づいたみたいだな。大社曰く、奴らには知性があるらしい!知性があるという事はあの最高級うどんを目の前にしてその存在を見逃すことはできる訳がない!!奴は必ず隙を見せるはずだ!!」

 

「た…たしかに!」

 

「なるほど…理にかなってるわね」

 

「えぇ……」

 

四国の勇者たちの謎の結束力に歌野は困惑していた。

その確信っぷりはひょっとしたら自分がおかしいのではないか、あの進化体も足を止めるのではないか、と思わせる程だった。

 

しかし、進化体はそこになにも存在しないかのように最高級うどんを無視して通り過ぎて行った。

 

「「「「「!!!?」」」」」

 

四国の勇者達に戦慄が走る。

 

「最高級うどんに何の反応も示さないだと…」

 

「そんな…釜揚げじゃなかったからか…?」

 

「ありえないわ…」

 

最高級うどんへの冒涜にあるものは怒り、あるものは涙した。

普段からうどんへの愛を語っている若葉や風だけでなく、杏や千景までもが悲しみに打ち震えていた。

 

「本当にどうしちゃったんですか…?」

 

その異様な光景に歌野は本気でバーテックスが精神攻撃を仕掛けているのかと思い悩んだ。

このままでは埒が明かないと思い、皆を説得した。

 

「みなさんちょっと落ち着いてください!相手はバーテックスですよ?感情に訴えかけても無駄ですって!」

 

「…いや、タマの作戦は無駄じゃなかったぞ…、今回の事で分かったことがある!!」

 

「えぇ!やつらとは絶対に分かり合えないって事ねっ!!」

 

「最高級うどんの仇をとる!!」

 

うどんの無念を晴らすべく、四国の勇者達は立ち上がった。

立ち直りの速さに歌野は呆れたが、まぁ結果オーライだろう。

 

風は改めて進化体を見ると、皆に伝えようとしていた事を思い出した。

 

「そ、そうだ!あいつの狙いは神樹様よ!早く食い止めないとまずいわ!!」

 

「なんだとっ!?」

 

「急いで止めなきゃ!!」

 

他の勇者達が動きだそうとする中、突然歌野が笑い出した。

 

「ふっふっふ!不甲斐ないですね、うどん派の皆さん?」

 

「何言ってんの歌野!早くしないとまずいわよ!!」

 

一刻を争う状況に焦る風に、歌野は意気揚々と答えた。

 

「もちろんわかってますよ風さん!つまりですね。この状況、私がジョーカーを切る時が来たという事ですよ!!」

 

「ジョーカーですって…?まさかあの最高級うどんを超えるものがあるとでもいうの!?」

 

「やめとけ歌野!うどんが効かなかったんだ!!奴にソバは通用しないぞ!」

 

風と球子の的外れな反応に唖然とした。

 

「ええい、シャーラップ!!そんな事しませんよ!いつまでボケてるんですかっ!とにかく球子さんと杏さんはこちらの援護をお願いしますよ!!」

 

とうとう我慢の限界に達して声を荒げる歌野に、さすがに反省したのか、球子は素直に応じた。

 

「お、おう!タマにまかせタマえ!!」

 

「了解です!」

 

「待て歌野!一体何をする気だ!」

 

「まぁ、見てて!あいつは私が必ずなんとかしますので!他の方は通常個体の方を頼みますよ!!」

 

「えぇ!?危ないよ歌野ちゃん!」

 

「高嶋さん、ここは白鳥さんに任せましょう。何か考えがあるみたいだし…」

 

千景は一緒について行こうとする友奈を引き留め、通常個体の群れに目を向けた。

 

「あちらさんもこっちにきちゃったみたいね!」

 

「くっ、すまないが歌野!そっちは頼んだぞ!!」

 

「オ-ケー、この白鳥歌野にまっかせなさーい!」

 

力強く返事をすると、歌野は走り続ける進化体に向かって突っ込んでいった。

 

今の所、脅威はあの進化体一体のみで、敵の動きはとてつもなく速いが小型。

恐らく耐久力はそれほどないと思われる。

 

私の切り札の出番だ!!

 

歌野は神樹に蓄積された概念的記録にアクセスし、神の力を身体に宿す──

 

その身に纏うは他者の心を読み取る精霊『覚』。

 

まさか歌野が切り札を使うとは思っていなかったのか、後方で構えていた珠子は驚いた。

 

「歌野のやつ、そっちの切り札を使っちまったのか!?」

 

「とにかく歌野さんを援護しないと!」

 

球子と杏が進化体目がけて一斉に攻撃する。

 

「さぁ!イーッツショーターイム!!

 

歌野は一瞬、進化体を睨みつけると一気に追い越して敵の遥か前方に立ち塞がった。

進化体は変則的に動いて球子達の攻撃をかわし続ける。

 

「くそっ!全然当たんねー!!歌野が抜かれるとまじでやばいぞ!」

 

『ご心配なく!私は抜かれたりしませんので!!』

 

「へっ!?」

 

球子は驚いて辺りを見渡した。

かなり離れた場所にいるはずの歌野の声が聞こえたからだ。

 

「なるほど…わかりました!」

杏は何かを理解したのか突然、連射するのを止めた。

そしてゆっくりと狙いを定めて放った矢は進化体の胴体を貫いた。

 

「おぉ!杏、ナイスショットだ!」

 

杏の射撃に球子が歓声を上げる

 

進化体は体制を崩しつつも、歌野に向かって凄まじい勢いで飛び蹴りをいれようとする。

 

が、歌野はその蹴りを軽やかにかわして、赤く変化した鞭で強烈な一撃を浴びせた。

打ち据えられた進化体は瞬時に朽ち果てて消滅した。

 

「すげー!歌野のやつ本当にやりやがった!」

 

『いやぁ、それほどでも~…ありますかね!!』

 

「うおっ!また歌野の声が!?遠くにいるのになんでだ!?」

 

「歌野さんの切り札の力みたいだね。さっき敵の動きを歌野さんが指示してくれたおかげで矢を当てられたんだよ」

 

『その通り!どうですか私の切り札の力は!」

 

「また頭の中に…って戻ってきてたのか。遠くのやつと会話できるんだな!ぶっタマげたぞ!」

 

精霊『覚』の力を纏った歌野は相手の心を読み取り、瞬時に次の行動を予測する。

精霊の力で情報処理能力が大きく向上した歌野は常に先の未来を予知する事ができると言っても過言ではない。

さらに、他の勇者の心を読み取る事で遠く離れていても脳内で会話をすることができるのだ。

 

「確かにすげーけど、なんか切り札って感じがしないな」

 

「今回みたいに未確認の進化体を相手にする時は助かりますね。ただ、何度も切り札を使うのは身体によくないと思うので、歌野さんに頼りすぎないようにしなくちゃだけど…」

 

「いやいや、どんどん頼っちゃって下さい!…おっと、向こうもおわったみたいですね!」

 

残りの敵を殲滅した勇者達がこちらへ駆けつけてきた。

切り札を使った歌野を見るなり、風達が詰め寄る。

 

「ちょっと歌野!そんな簡単に切り札使っちゃだめでしょ!」

 

「そうだぞ、身体になんの悪影響があるか分かったものではないんだからな!」

 

「もちろん、使いどころは見極めてるつもりですよ!誰かさん達がうどんに夢中でエマージェンシーでしたし!」

 

歌野はからかうように笑みを浮かべながら言った。

 

「そ、そう言われると何も言えないわね…ゴメン」

 

「うむ…すまなかったな」

 

「ふふふ、分かればよろしいです!」

 

勇者達は三度目になるバーテックスの撃退に成功した。

 

切り札を使った歌野が検査から戻ると、三人は本格的に勇者部の活動に

ついて話し合った。

 

幸い、三人の住む宿舎は他の者達と離れていたので、自室を部室代わりにして打ち合わせをする事が出来た。

予定が無い時ははなるべく集まるようにして、まずはゴミ拾いや迷い猫探しといった、すぐに始められるものから取り組んでいく事になった。

 

その日は三人で市内のとある川に集まっていた。

 

「みーちゃん、今日の予定は!」

 

「この河原のゴミ拾いだよ!」

 

「よーし見違えるほど綺麗にしてやるわよ!勇者部、ファイト―ーッ!」

 

「「「オーーーッ!!」」」

 

時間の調整や、他の勇者達に見つかった時はなんと説明するのか、大社に止められたらどうするのかといった事も今後、考えていかなければならない。

 

まだまだ問題は山積みだが、風達は丸亀城勇者部としての新たな一歩を踏み出した。




読んで下さった方も、そうでない方もありがとうございました。

とうとうお盆休みが終わってしまいますね……。

今回、勝手な妄想で切り札『覚』を登場させて頂きました。
能力としては身体機能の向上と未来予知、仲間との通信といった感じです。
ただし、歌野と通信はできても、他の勇者同士ではやり取りできません。

ゆゆゆいのスキルを見るにマジックやトリックなんて単語も入ってるので、もしかしたら幻影を見せたりする事ができるのかもしれませんね。

ご意見、ご感想、質問などお待ちしております!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

犬吠





未来を変える。

 

それは仮に過去へ渡ったとしても、人の力で容易に変えられるものではない。

 

しかし、神の力を振るう勇者だけが成し得る可能性がある。という事だろう。

 

……いや、本当に勇者だけなのか?

 

それは神から生まれた  も同じなのではないだろうか。

 

もしそうだとしたら、こんな事に本当に意味なんてあるのか?

 

結局、人が未来を変える事なんてできないのかもしれない。

 

……いつからこんな風に考えるようになったんだろう。

 

もはや、心も      になりつつあるのか?

 

時々、自分が自分で無くなるような感覚になる事がある。

 

それでも、彼女の行く末を見届けるまでは私であり続けたいと思う。

 

御記

 

西暦二〇一九年一月 下旬

 

神託によりバーテックスの襲撃がしばらく起こらない事が告げられた為、風達は休養として貸切で高松市の大きな温泉旅館に来ていた。

 

普段はいつ敵の襲来が来てもおかしくない状況に神経を尖らせている勇者達も、今回ばかりは遠足へ向かう普通の学生のように皆、浮かれていた。

 

旅館に着くなり、突然球子が『よし、まずは探検だな!!』と言い出して、どこかへ行ってしまい、それに賛同した歌野と二人を心配した杏と水都は館内を見てくると言うので、残った他の皆で先に温泉に入ろうという事になった。

 

「それにしても温泉旅行だなんてラッキーね~。ここんとこ動きっぱなしで、ちょうど身体が悲鳴を上げていた所なのよ」

 

風は荷物を降ろしながら上機嫌に言う。

ここ最近は空いた時間を見つけては三人で勇者部活動に勤しんでいた。

活動自体はまだ小規模とはいえ、朝の特訓、昼の学校を終えてからの部活動に夜間は三人で集まって作戦会議とかなり慌ただしい日々を送っていた為、風は久しぶりに羽を伸ばそうとこの日を楽しみにしていたのだ。

 

「あぁ、言って頂ければたまには特訓をお休みしても大丈夫ですよ?」

 

若葉は朝の訓練の事かと思ったのか、少し申し訳なさそうに言った。

嫌味を言ったつもりはなかったので、風は慌てて訂正する。

 

「あっ、いや!別に若葉の特訓が厳しいって意味じゃないわよ?ゆう……」

 

風はハッとすると、咄嗟に言いかけた言葉を飲み込んだ。

勇者部の事はまだ若葉達には内緒にしていなくてはならない。

 

「ゆう?」

 

「な、なんでもないわ!気を遣わなくてもあたしは今まで通りで問題ないわよ?」

 

慌てて弁解する風に若葉は何かを察したように笑みを浮かべた。

 

「確かに日々の鍛練は大事ですが、風さんにはそれと同じくらい普段の日常を大切にして頂きたいと思っているのですよ」

 

「おぉ?若葉がそういう事言うのはなんか意外ね」

 

「そ、そうですか?まぁ、事前に言ってもらえれば予定は変更しますので」

 

「わかったわ、ありがと!」

 

これといった意図はなく、単に気を使ってくれたのだろう。

普段の特訓で厳しく指導されているせいで、若葉の事を少し誤解していたかもしれない。

 

風は温泉へ向かう準備を済ませると意気揚々と立ち上がった。

 

「よーし!準備オッケー!みんな温泉にれっつご……」

 

「いえーーい!!…って風さん??」

 

急に立ち止まる風に友奈がきょとんとする。

 

「あ~、ゴメン!ちょっと先行っててくれる?」

 

「どうかされましたか?」

 

「あはは。大丈夫よ、すぐ行くから気にしないで~」

 

少し心配そうにするひなたに風は気まずそうに笑う。

 

「そうですか?それではまた後で」

 

「はーい、ごゆっくり~」

 

そう言うと、風を残して皆は温泉へ向かった。

風は周囲に誰もいなくなったのを見計らって部屋の神棚に向かって声を掛けた。

 

「やっほー犬神、いるんでしょ?」

 

「……そりゃいますけど。一緒に行かなくてよかったんですか?」

 

神棚から苦笑交じりの声が返ってきた。

 

「いやー、せっかくの温泉なのに入れてあげらんなくて悪いなーって思ってね」

 

「私の事は気にしなくていいですよ。精霊なので」

 

「勇者システムが神世記仕様なら出してあげられるのにね~。……はっ!スマホを温泉に入れればワンチャン…」

 

スマホを握りながら風は名案を思い付いたような表情を浮かべるが、風の冗談に慣れたのか、犬神は意にも介さずに軽く受け流した。

 

「本当にやめてくださいね、折角の休養なんですからゆっくりくつろいできてくださいよ。この間の戦闘も大変だったでしょう?」

 

「……まぁ、別の意味で大変だったわね。あたし達がわちゃわちゃしてる間に歌野が倒してくれたからよかったけど、あの子ったら切り札を使っちゃってね」

 

「歌野さんのお身体の方は大丈夫なんですか?」

 

「えぇ、千景と一緒でかなり体力を持ってかれたくらいで、精霊の力による後遺症なんかは特になかったらしいわ。みんな怪我は大したことなかったし」

 

「それはよかったです。切り札もここぞという時に使えば大きな力になりますね」

 

「敵もどんどん進化してきているし、いずれあたしもあんたの力を借りる時がくるかもね。頼りにしてるわよ犬神!」

 

風がからかうように言うと、犬神は急に声色を変えて話し出した。

 

「以前もお伝えしましたが、切り札の使用によって得られるのは神樹様の精霊犬神の力であって、今こうしてお話している私の力ではなくて…」

 

「はいはい、細かい事はどうでもいいの!よく分からない力を使うってよりはあんたが力貸してくれてるって思う方がなんとなくいいでしょ?」

 

「風さんがそれでいいならかまいませんが」

 

「ま、そんときはよろしくね~」

 

犬神との会話に夢中になってると突然、スッと部屋の襖が開いた。

 

「あっ、こんな所にいた!」

 

「みんな心配してましたよー」

 

歌野と水都だ。

中々戻って来ないから探しに来たのだろう。

 

「…おっと、んじゃまたね~」

 

「えぇ、どうぞごゆっくり」

 

小声で犬神にそう言うと、風は何事も無かったかのように二人に笑い掛けた。

 

「いやぁ、わざわざ探してもらって悪いわね。ここからの景色が綺麗でね~。つい長居しちゃったのよ」

 

「そうなんですか?誰かと話してたみたいでしたけど…」

 

水都が不思議そうに辺りを見渡す。

神棚と話してる所をがっつり見られてたようだ。

 

「えっ!?気のせいよ気のせい!」

 

風は必死に言い訳をしていると、犬神に聞こえていたのかくすくすと笑い声がする。

 

「ちょっと!なに笑ってんのよ!」

 

犬神の笑い声に反射的に噛みつくが、神棚に向かって突っ込みを入れる風に二人は戸惑う。

 

「…えっと、風さん?」

 

「ひょっとして疲れがたまってイリュージョンでも見えてるんですか?」

 

「あーもう!何でもないわ!早くいきましょ!」

 

騒ぎ立てる風をからかいながら、三人は温泉へと向かった。

他のメンバーは既に揃っているようだが、なにやら球子が騒いでいる。

 

「杏!お前また成長したな!?ゆるさーん!!」

 

「もう、タマっち先輩!温泉は体を調べる場所じゃないよ~!」

 

どうやら球子が大きくなった杏の胸に嫉妬してるようだ。

止めようとする若葉達の言葉に耳を傾ける事なく胸をもみもみと揉んでいる。

 

「ちょっと球子!あんたなにやってんのよ!」

 

「えーい!うるさい!タマにはこの悪魔のブツを退治する権利が……」

 

先ほどまで暴れていた球子が風の方を見るなり固まる。

正確にいうと風の胸を。

 

「…フゥ~……前々から思ってたが、どうやらお前のソレをもぎ取る時が来ちまったみたいだなぁ?」

 

球子は立ち上がり、ゆらゆらと風に近づいていく。

 

「…あらぁ?どうやらあたしの女子力に釘付けのようね?大丈夫よ球子。きっとそのうち大きくなるわ」

 

風はくねくねとセクシーポーズを決めながら球子を煽る。

 

「言ってくれたな!!その乳揉みしだいて後悔させてやるぞおおおお!!」

 

これまでに見たことのない気迫で球子が飛びかかる。

 

「ふふふ、甘いわね!」

 

「なにぃ!?」

 

風は猛スピードで飛び込んでくる球子の腕を掴み取り、温泉の方へ向かって放り投げた。

 

「お~、これはまた派手にやりましたね~」

 

「どうよ!若葉先生からついでに教えてもらったあたしの柔術の腕前は!」

 

「ぷはぁっ!卑怯だぞ風ー!!」

 

「球子が暴れるからだろう。とはいえ、見せびらかすような行動はあまりよくないと思うが…」

 

「はっ!申し訳ありません、若葉先生!!」

 

「稽古以外で先生はやめて下さい!」

 

「稽古中はいいんだ……」

 

温泉の後は豪華な夕食を食べ、トランプや様々なゲームをして大いに盛り上がった。

その後は皆、遊び疲れたのかすぐに眠ってしまった。

風も布団に入ったが、なかなか眠る事ができずにいた。

 

以前、讃州中学勇者部の皆で旅館の泊まった時の事を思い出したからだ。

皆は無事なのだろうか。樹は一人で大丈夫なのだろうか。

天の神の呪いを受けた友奈は……。

 

ふと、隣を見ると友奈の寝顔が目に入った。

もちろん彼女は高嶋友奈であって結城友奈ではない。

しかし、本人と見紛うほど似ている彼女の顔を見ていると胸が締め付けれられる。

 

この時代に来てから、たくさんの仲間ができた。

新たな勇者部も立ち上げた。

戦闘で命を落とす危険がある事とはいえ、こうして幸せな日々を送っている。

 

あたしだけがこんなに幸せでいいのだろうか。

 

……わかっている。そんな事を考えても仕方がない。

この子達を守る事が未来に繋がるはずなのだから。

今出来る事をやるしかないんだ。

 

そう自分に言い聞かせると、風は布団に深く潜り込んで目を閉じた。

 

 

 

西暦2019年2月中旬

 

温泉旅行から半月ほど経った頃、敵の襲来が訪れた。

スマホのマップには凄まじい量の敵の数が表示されている。

 

「うわぁ…なんなのこの数は……」

 

「…おそらく、これまでの十倍以上はいます。敵の数は間違いなく過去最大規模になりますね…」

 

「とうとう敵さんも本気を出してきたって事か」

 

動揺する仲間たちをよそに若葉は颯爽と構えた。

こちらも仲間が増えたとはいえ、この数の敵とまともにやり合うのは危険だ。

ここはリーダーとして敵を多く引きつけて、皆の負担を少しでも減らすべきだろう。

 

「問題ない。私が前に立つ!」

 

そう言い放つと、若葉は一直線に敵の大群へ向かっていった。

 

「ちょっと若葉!一人で行く気!?」

 

「あ、あれ?なんか敵の動きがおかしいよ?全然こっちに来ないし…」

 

敵の大群は二つに分かれ、一方は若葉を取り囲み、もう一方は勇者達の方ではなく……。

 

「あいつら神樹様の方へ向かってる!」

 

「まずいわね…。とにかくあいつらを止めないと……!」

 

神樹が倒れるような事があれば人類は滅んでしまう。

となれば、必然的に神樹側に戦力を回さざるを得ない。

 

「でも若葉ちゃんを放っておけないよ!!」

 

「…そうね、あの堅物リーダーをなんとかして連れ戻しに行かないと」

 

とはいえ、神樹側を手薄にする事はできない。

最悪の場合、取り返しのつかない事になるかもしれないからだ。

 

「若葉はあたしと友奈に任せてちょうだい!残りのメンバーは向こうの奴らを頼んだわ!」

 

「二人だけで大丈夫ですか?」

 

「なんとかするよ!みんな、神樹様をお願い!」

 

「わかった!神樹様はタマ達にまかせタマえ!!」

 

「ほんと…手間を掛けさせてくれるわね……」

 

「若葉にはガツンと言ってやって下さいよ!」

 

友奈と風は若葉の方へ、残りの4人は神樹の防衛へと向かった。

 

 

敵はどんどん成長している。

姿形だけでなく知能も飛躍的に向上していると若葉は感じた。

ただ闇雲に攻めてくるだけでなく、群れを分けてこちら側をかく乱しているのだ。

 

若葉はとてつもない量の敵に囲まれ、苦戦を強いられていた。

いかに若葉が優れていようと、おおよそ一人で相手をできる数ではない。

 

「まずは私を潰す気か……!」

 

圧倒的な数の暴力によって徐々に追い込まれていく。

だが、若葉は引くのをやめなかった。

 

一瞬の隙を突かれ、腕に食らいつかれる。

 

「ぐっ!!……うおおお!」

 

流れ出す血を気にも留めず、若葉はひたすら敵を切り続けた。

これまで人々の受けてきた苦しみは……

 

「こんなものではない!」

 

「勇者ぁ…パァーーンチ!!」

 

意を決した瞬間、突然目の前の敵が吹き飛ぶ。

 

「友奈!?なぜ来たんだ!」

 

「なんでって、そりゃあんたが一人で突っ込むからでしょっ!!」

 

風は呆れるように言うと、後方から襲ってきた敵の攻撃を大剣で防いだ。

 

「風さんまで…ここは危ないぞ!!」

 

「危ないのは若葉ちゃんの方だよ!いつも一人で前に出て……もっと私達を頼りにしてよ!!」

 

「気持ちは分かるけどちょっと突っ走りすぎよ」

 

珍しく怒る友奈と風の言葉に反省したのか、若葉は素直に頭を下げた。

 

「…少し冷静さを欠いていたようだ。二人共、済まなかった」

 

「うん!みんなで力を合わせよう!」

 

「来るわよ!!」

 

数十匹というバーテックスが一斉に襲い掛かる。

隙を見せればあっという間に飲み込まれてしまうだろう。

 

「ほんと容赦ないわね!ちょっとは手加減しなさいよ!」

 

敵の攻撃を風が大剣で防御し、若葉と友奈が隙をついて敵を殲滅する。

これまでの特訓が実を結んだのか、三人は一糸乱れぬ連携で敵は徐々に数を減らしていった。

 

「はぁッ…はぁッ……この調子ならなんとかいけそうだね!」

 

友奈がそう言った矢先だった。

劣性と判断したのか。通常個体のバーテックスが融合し始めた。

複数の進化体が次々と出現する。

 

「……来たか進化体!」

 

「しかもいっぱいいる!」

 

風はチラッと後方へ目を向ける。

歌野達の方でも進化体が発生していた。

 

「……この状況はちょっとまずいかもしれないわね…!」

 

どうやら三人でこの状況を打破しなければならないようだ。

切り札を使うべきか?しかし……

 

風が考えているとスッと友奈が二人の前に出た。

 

「やるしかないよ!だって私達は勇者なんだから!」

 

そういうと、進化体の群れを前に笑って見せた。

 

「あんたまさか……」

 

「よせ友奈!ここは私が……!!」

 

若葉の静止も聞かずに友奈は進化体の群れに向かって駆け出す。

 

友奈は自らの持つ神樹の力を媒介として神樹の概念的記録にアクセスした。

そこに宿る精霊の力をその身に纏う──

 

友奈がその身に宿すは『一目連』。

荒れ狂う暴風の力をその拳に与える。

 

「勇者ぁ…パアアアーーーンチッ!!」

 

竜巻の力を得た友奈が敵の群れに向かって、凄まじい勢いで拳を打ち込んだ。

その圧倒的な威力に進化体は次々に消滅していく。

吹き荒れる暴風に二人は身動きがとれず、ただ見守るしかなかった。

 

「ちょ…こっちまで飛ばされる!」

 

「なんて威力だ…」

 

このまま押し切れる!そう確信した瞬間だった。

 

「気をつけろ友奈!矢が来るぞ!!」

 

後方で構えていた複数の進化体が一斉に矢を放った。

 

「わぁっ!?」

 

若葉の言葉を聞いて咄嗟に避けようとしたものの、放たれた矢の幾つかが友奈の体を掠め取った。

 

「うぐっ!」

 

「友奈!!」

 

精霊の力が解け、友奈は崩れるようにその場に倒れこんだ。

敵はその隙を見逃さず、容赦なく無数の矢が降り注ぐ。

 

「そうはさせないわよっ!!」

 

風はすかさず大剣を盾にして敵の攻撃を受け止めた。

 

「っ……!!」

 

「大丈夫ですか風さん!」

 

若葉は敵を斬りながら風の元へ駆け寄った。

 

「風さん…腕が…!」

 

敵の矢を防ぎきれなかったのか、風の腕には幾つもの矢が突き刺さり、血が流れていた。

 

「あはは…こんくらい平気よ……!」

 

風は笑って平静を装ってはいるが、大剣を持つ両手は震えていた。

それでも敵の攻撃は止むことなく降り続ける。

 

「でも…そう長くは持たないかもね……」

 

若葉は悔やんだ。

バーテックスへの怒りに囚われ、周りが見えていなかった事を痛感した。

その結果、仲間を危険に晒してしまった。

 

「私の招いた結果だ…やはりここは私が……!」

 

「ちょっと待ちなさい…!あんたまた一人で突っ走る気!?」

 

「しかしこのままでは……!」

 

「大丈夫よ…ここはあたしに任せてちょうだい…!」

 

自責の念に押しつぶされ、半ば冷静さを失っていた若葉だったが。

風の決意に満ちた表情に何かを感じ取ったのか、踏みとどまった。

 

「……すみません。また同じ事を繰り返すところでしたね」

 

「まったくよ……また勝手な事しようもんならぶん殴る所だったわよ!」

 

進化体の群れがこちらに向かってくる。

風は前に立つと、二人を守るように血塗れの両手で大剣を構えた。

 

「若葉、友奈を頼んだわよ!」

 

「…承知しました!」

 

若葉は一瞬戸惑ったが、ここは彼女の策を信じる事にした。

 

「私も…いきますっ……!!」

 

友奈が消え入るような声で言った。

全身から血を流しながらも友奈は立ち上がろうとする。

 

「友奈、ここはあたし達に任せて少し休んでなさい」

 

「こんな怪我……何てことないですっ…!」

 

「……あんたは本当にあの子そっくりね」

 

「あの子…?」

 

あたしの知る友奈はいつだってそうだった。

友達や仲間がが傷つく事が何よりも嫌な癖に自分は無茶ばかりする。

仲間を助けたい、ただその一心で。

 

「あたしは身体に悪影響を及ぼすかもしれない切り札を使うなんてよくない……そう思ってたけど」

 

本当は満開に似た力を使う事が怖かっただけだ。

だが、もう迷いは無い。

なぜなら──

 

「仲間を守る為なら自分の身体なんて……どうなったっていいわ!」

 

そう言うと風は群がるバーテックスを切り裂いた。

その一瞬の隙を見計らったかのように、進化体が一斉に襲い掛かる。

 

「風さん!」

 

「…大丈夫よ……あんた達はあたしが守るから!!」

 

そう、仲間助けるのに理由なんて必要ない。

 

だからこそ今ここで

 

切り札を使う──

 

風は意識を集中させ、神樹の概念的記録にアクセスし、そこに宿る精霊の力を引き出した。

 

「力を貸してもらうわよ!犬神!」

 

その身に宿した精霊は──『犬神』

勇者装束が変化し、持っていた大剣は二つに分かれ、巨大な手甲となって両腕に装着された。

 

「うおおおお!!」

 

手甲から獣のような光の爪を発生させ、次々とバーテックスを切り裂いていく。

 

「風さん!矢が来ます!」

 

複数の進化体が風に向かって立て続けに矢を放った。

 

「悪いけどそれはもう通用しないわよ!」

 

風は両手を交差させると、建造物を容易に吹き飛ばす矢を受け止めて、そのまま弾き返した。

自身の放った矢に射抜かれた進化体は砕け散り、消滅していく。

 

『犬神』それは使役する者にをもたらし、仇なす者に憑りついて災いを呼ぶ憑神である。

伝承における犬神の如く、その力を纏う者は堅牢な霊力の鎧で護られ、害を与える者にはそれを弾き返す力を持つ。

 

空を覆い尽くす程いた敵の数も徐々に減っていき、残り僅かという所で板状の進化体が立ち塞がる。

 

風と若葉が切りかかるが、大したダメージを与えられない。

 

「くっ!やはり固いな…!!」

 

「あれま…前はぶっ壊せたんだけどね……」

 

武器が小型化した分、威力が落ちてるのかもしれない。

そんな事を考えていると角のような進化体がこちらへ突っ込んできた。

 

「危なっ!」

 

間一髪で受け止めると、風は何かを思いついたのかニヤリと笑う。

 

「これでも…喰らいなさい!!」

 

風は掴んだ進化体を振り回し、角のような部位を板状の進化体に叩きつけた。

凄まじい勢いで叩きつけられた二体の進化体は跡形もなく砕け散った。

 

「わぁ……すごい力技」

 

「ふっふっふ、これも若葉先生から教わった柔術のおかげよ!」

 

「そんな技を教えた覚えはないぞ……」

 

若葉は苦笑しつつも安堵した。

これで残りは通常個体ばかりだ。

 

「とにかく、あともう少しです!一気に片を付けましょう!」

 

「…私も…頑張るよ!!」

 

「無理すんじゃないわよ!」

 

風と若葉は手負いの友奈を守りながら、群がる敵を切り続けた。

そして──

 

「うおおおおお!!」

 

若葉が最後の一体を切り裂いた。

 

「はぁっ…はぁっ…お…終わった?」

 

「…どうやら…そうみたいね…あっ」

 

風は精霊の力が解け、その場に倒れこんだ。

 

「風さん!大丈夫ですか!?」

 

「へーきへーき…ちょっと疲れただけよ…」

 

若葉は神樹の方へ目をやると、歌野がこちらに向かってVサインを掲げていた。

 

「…どうやら向こうも片付いたようだな」

 

「……みんな無事でよかったぁ……」

 

「ほんとよー…誰かさんが一人で突っ走るからどうなるかとおもったわぁ」

 

風がからかうように言うと、若葉は神妙な顔つきで二人の前に立った。

 

「あっ、いやっ!違うんですよ若葉先生!ちょっとした冗談ですよ冗談!!」

 

若葉を怒らせたのかと思った風はしどろもどろになりながら弁解をする。

しかし、若葉は顔色一つ変える事なくその場で二人に向かって頭を下げた。

 

「二人共、本当にすまなかった!」

 

「わあああ!お許しをー……ってあれ?」

 

「…そんなに謝らなくてもいいんだよ?」

 

一人で騒ぐ風とは対照的に友奈は微笑んでいた。

 

「これまでの私はバーテックスへの怒りに囚われ、周りが見えていなかった。どこか一人で戦っているような気になっていた。その結果、自分どころか皆を危険な目に遭わせてしまった事を痛感した」

 

友奈は若葉の言葉に優しく頷いた。

 

「…うん。……でもそれもなるべく敵を引き付けようっていう若葉ちゃんなりの頑張りだったんだよね」

 

「…いや、そんな大層なものではない。結局は私の自己満足に過ぎなかったのだろう」

 

「だが、これからは過去に囚われたりはしない。復讐の為じゃなく、仲間を、今いる四国の皆を守る為に全力を尽くそうと思う!」

 

「まだまだ頼りない私だが……これからも共に戦ってくれないか」

 

若葉の言葉に友奈と風は目を合わせると、二人は頷いた。

 

「そんなのあったり前だよ!これからも一緒に頑張ろうねっ若葉ちゃん!!」

 

「みんなあんたを頼りにしてるんだからね!頑張んなさいよリーダー!!」

 

「…あぁ!!」

 

二人の言葉に安心したのか、若葉はその場に倒れこんだ。

 

「わぁ!?若葉ちゃんはいっつも無理しすぎだよ!」

 

「ははは…面目ないな…」

 

「ていうか…友奈は人の事言えないしね~?あんたもすぐ無茶するんだから気をつけなさいよ!」

 

「えぇ!?それを言うなら風さんだってすぐ敵に突っ込むじゃないですかっ!!」

 

散々無茶をしていた風からの忠告に納得がいかないのか、友奈が反論する。

 

「あたしは盾があるからいいの!!」

 

「そんなのずるいっ!!」

 

「…二人とも随分元気だな……」

 

今回の戦いで勇者として、リーダーとして、まだまだ未熟な部分が多い事を思い知らされた。

ただ目の前の敵を斬る事だけが全てではない。

 

「もっと周りの人の事を良く見ろ……か」

 

温泉旅行の夜にひなたの言っていたのはこの事だったんだな。

仲間を、今を生きる人を守る事がきっと散って行った人々への手向けになるだろう。

 

この機会に仲間ともっと向き合ってみるのもいいかもしれないな。

そんな事を考えながら、二人の子供みたいな口喧嘩を若葉は微笑ましそうに眺めていた。




読んで下さった方も、そうでない方もありがとうございました。

今回は切り札『犬神』を登場させました。
犬神は本編でも風先輩を守ってましたし、ゆゆゆいのスキルでも防御よりなので防御特化にしました。

一応、守りの精霊なので威力と攻撃範囲は通常時より下がるっていう設定です。

読み直しをする度に違和感を感じて、何度も修正していたら滅茶苦茶日が空いてしまいました。
文字数もこの話だけやけに多くて申し訳ありません(-_-;)

連休で空いた分を取り戻せたらなと思っております……!

ご意見、ご感想、質問などお待ちしております!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

暗影

内気な私と違って、うたのんと風さんはいつでも明るくて社交的だ。

 

そういう所も勇者に選ばれるのに必要な素質の一つだったりするのかな。

 

勇者である二人と違って私は力仕事も得意じゃない。

 

私が出来る事は二人にもできるけど、二人の出来る事を私はできない。

 

私は本当に勇者部にいてもいいのかな?

 

 

……いや、勇者だからできて勇者じゃないからできないなんてそんなの二人に失礼だ。

 

すぐにネガティブになるのは私の悪い癖だ。

 

私にしかできない事をやろう。

 

今、それが無いなら、作ればいい。

 

私も丸亀城勇者部の勇者なんだから。

 

……実際に文字にしてみたら、なんだかすっきりした。

 

忘れない様に後で消しておかないと。

 

勇者部活動報告

西暦二〇一九年二月

藤森水都記

 

 

【挿絵表示】

 

 

西暦二〇一九年二月下旬

 

勇者の拠点となった丸亀城の敷地内には勇者達の住まう寄宿舎がある。

しかし、長野襲撃から逃れてきた風達三人の住むスペースが無く、急遽そこから少し離れた場所に三人の住む宿舎が建てられた。

                    

大社はいずれ同じ寄宿舎に住めるようにするつもりだったようだが、風達は適当な理由をつけて断った。

なぜなら、いまやこの小さな宿舎は三人にとって、丸亀城勇者部の部室と化しているからだ。

 

この日も夕飯、入浴を終え、他の勇者達が眠りに着こうとする時間に風達は部活動を始めるのだった

 

「よーし!それじゃ、作戦会議始めるわよー」

 

「イエッサー!」

 

「ちょっとうたのん、声大きいよ。夜なんだから静かにしないと…」

 

水都はしーっと人刺し指を口に当てながら窓の外に目を向けた。

 

「何言ってるのみーちゃん!最近、部活動も忙しくなってきたんだから、気合をいれていかないとやられちゃうよ!」

 

「誰にやられるの…」

 

歌野の謎のテンションについていけない水都は助けを求めるように風の方へ目を向ける。

すると風はふっふっふと笑いながら得意気に言い放った。

 

「それはもちろん自分自身に……でしょ?」

 

「イグザクトリー!さすが風さん!」

 

「…はぁ」

 

水都はため息をついた。

 

正直、二人の元気っぷりには呆れる以上に尊敬する。

早朝から訓練、農作業に夕方からは部活動、夜は作戦会議とかなりハードな日常を送っている。

水都は勇者である二人と違い、人並みの体力しかなく、力仕事になると任せきりになってしまう事が多かった。

 

時折、水都は自分が勇者部の足を引っ張っているのではないかと不安に駆られることがあった。

 

「まぁ、おふざけはこれくらいにして……こないだの人形劇は大成功だったわね~ご苦労様!」

 

「いや~ちょっと心配でしたけど、いっぱい見に来て下さってよかったですね!声をかけまくった甲斐があったってもんですよ!」

 

今回は以前から勇者部を利用してくれている人を中心に声を掛けて、人形劇を行った。

初めは数人程度を想定して公園で行う予定だったが、よくお世話になっている方がご厚意でちゃんとした場所を用意して下さった上に、想像以上に人が集まり、ハードルがかなり上がる事になったが、劇は大いに盛り上がり、結果は大成功だった。

 

「まっ!これも立案者の水都のおかげね!!」

 

「えぇ!?そんなたいしたことじゃ…風さんが以前、劇をやってたって聞いたのを真似してみただけですし……」

 

風からの突然の賞賛に驚いてしまう。

褒められるのは嫌いというわけではないが少し苦手だ。

 

今回、人形劇をやろうと言い出したのは水都からだった。

他の依頼と並行して準備を進めていた為、忙しい二人に代わって水都が劇に必要な道具の大部分を仕上げていたのだ。

それでも二人に比べると自分なんて大したことないと思ってしまう。

 

「何言ってるの!人形作りとかストーリーとかほぼみーちゃんが作ったじゃない!大したことありまくりだよ!」

 

「そんなこと……」

 

歌野のキラキラした瞳から逃げるように視線を逸らすと窓に映る自分と目があった。

窓の向こうにいる自分はひどく自信の無さそうな顔をしていた。

 

……いけない。

またネガティブになっていた。

 

「……そんなことあるかも。もっと褒めていいよ。なんてね」

 

水都は少し得意気に言うと、照れたように笑った。

 

「うんうん!その意気よ、水都!!」

 

「さすが私のフューチャーワイフ!!」

 

「えへへ…。そういえば風さん。以前、言ってたのがようやく完成しましたよ」

 

「まじか!でかしたわ水都!早速見せてもらってもいいかしら?」

 

「もちろんです。ちょっと待っててくださいね…」

 

そういうと水都はノートパソコンを取り出した。

 

「みーちゃん何か作ってたの?」

 

「うん。うたのんにも少し話したと思うけど…」

 

歌野は少し考え込むと、突然電流でも流れたかのようにビクっとした。

 

「……ま、まさか前から計画してた四国のうどん派の人々をそば派に変える最終兵器がついに完成したのね…!」

 

なんだその恐ろしい兵器は。

またいつもの冗談かと風は呆れた。

 

「それはまだ……」

 

「…まだ?」

 

もしかして本気なのかこの二人は……?

風が問い詰めようとするのを遮るように、水都はパソコンの画面をこちらに向けた。

 

「はい。これが私達、勇者部のホームページです!」

 

パソコンの画面には丸亀城勇者部と表示されていた。

シンプルながらも依頼受付や相談窓口等を備えた立派なホームページだ。

 

「すごい!これ全部みーちゃんが作ったの!?」

 

「うん。力仕事は二人に任せっきりだから私もなんかできないかなって思ってね。杏さんにパソコンの本を借りて勉強してたの」

 

「そんなの気にしなくてもいいのに!みーちゃんは本当いい子だなぁ!」

 

「あれ?でも今は大社にバレないように活動してるのにホームページ作っちゃって大丈夫なの?」

 

「アクセス制限をかけてるから大丈夫だと思うよ……多分」

 

「まっ、勇者部の知名度も上がってきてるしね。そろそろ大きく動きだしてもいいんじゃないかしら?」

 

今回の劇の効果で勇者部への依頼も増えるだろう。

このタイミングでホームページが完成したのは非常に助かる。

 

「よーし、これから忙しくなるわよ!!」

 

「私たちの戦いはこれからだ!!」

 

「あの、すごく気合入ってるところ悪いんですけど…」

 

再び活気づく二人に水都は申し訳なさそうに手を挙げた。

 

「実は私、大社の本部から呼び出しを受けていまして…。少しの間、部活動をお休みしないといけないんです…」

 

「あらま、本部から呼び出しなんて珍しいわね。なんかあったの?」

 

「それが…理由を教えてもらえないんですよね…」

 

「ひょっとしてみーちゃん何かしちゃった?お説教とかだったりして」

 

「思い当たる事といえば……」

 

水都がチラっとパソコンの方へ目を向ける。

 

「……まさか早速ばれちゃった?」

 

「ええっ!ちょっと早すぎない!?」

 

「ちょっとここ見てもらっていいですか?」

 

水都はパソコンの画面の今日のアクセス数という所を指差した。

カウンターは【2】となっている。

 

「わお、早速二人も見に来てくれたのね!」

 

「…いや、アクセス制限かけてるっていったでしょ…。パスワードを誰かに教えたりは……」

 

「してません。昨晩出来上がったばかりですし…」

 

「つまり、あたし達は大社に見張られてる…!」

 

「オーマイガー!!」

 

先程まで活気づいていた部屋がシーンと静まり返る。

決して悪い事をしている訳ではないのだから焦る事はない。

しかし、水都だけを呼び出すとはどういうつもりなのだろう。

これまでこちらの活動に不干渉だっただけになおさら不気味だ。

 

「……まぁ、ひなたさんも呼ばれてるそうなので、多分、巫女の御役目だと思うんですけど…」

 

「ぐぬぬぬ……みーちゃん!こうなったら私もついて行くわ!」

 

「いやいや、こんな時だからこそ問題起こしちゃダメでしょ。こちとらやることやってるんだから口出しされる筋合いはない訳だしね」

 

「そうですよね。きっと神託あたりでしょう」

 

「もしなんかされたら言ってきなさい。そんときはあたし達が大社を潰してやるからっ!!」

 

「いえーーす!!」

 

「あはは……。頼もしいなぁ」

 

やけに物騒な励まし方だったが、それがなんだかおかしくて不安もどこかへいってしまったようだ。

 

勇者の二人はとても眩しいけど、その眩しさは暖かくて心地がいい。

いつか私も二人みたいになれるだろうか。

 

西暦二〇一九年三月

 

水都、ひなたが大社本部に向かったため、教室の人数が減っていた。

教室にいないのは巫女の二人だけではない。

前回の戦闘で大きな傷を負った友奈もまだ入院中だった。

 

その日の依頼が病院の近くだった事もあり、風と歌野は巫女の二人の分までお見舞いに行こうという事になった。

 

「友奈さーん!ハウアーユー!?」

 

「こらこら歌野、病院で騒がないの。お見舞いにきたわよ~」

 

「風さんに歌野ちゃん!今日はお客さんがいっぱいで嬉しいな~」

 

二人でいっぱい?

相変わらず友奈は大げさだなぁと思った矢先、友奈のベッドの隣には球子と杏が座っていた。

 

「あら、球子達もきてたのね」

 

「ふっふっふ。見舞いはタマ達の方が早かったな!」

 

「早さは関係ないと思うよ…。ひなたさん達も心配してましたから」

 

「ぐんちゃんも来てたんだよ!」

 

千景もか。

なんだかんだで彼女とはまだ打ち解けられていないし、もっと早く来ればよかったかもしれない。

 

「なんなら一緒に行けばよかったわね~」

 

「お誘いしようかと思ったんですけど、最近お二人共随分と忙しそうだったので……」

 

何気ない杏の言葉に風達はぎくりとした。

大社はともかく、他の勇者達だけにはばれないようにしていた。

なぜなら、風は若葉には頭が上がらないからだ。

部活動の事が若葉の耳に入るのだけはなんとしても避けたかったのだ。

 

「え!!そ、そうかしら~?別にそんなことないわよ~?」

 

「そうですか?近頃、水都さんがよく本を借りにいらっしゃるので,てっきりなにかされてるのかと思いましたが」

 

「みーちゃんは本が大好きなんですよ!」

 

歌野がすかさずフォローする。

 

「そうでしたか!今度おすすめの小説とか聞いてみようかな…。あ、でも水都さんが読んでるのって実用的な本が多いかな」

 

「みーちゃんはパソコンも大好きなんですよ!」

 

「あっ、水都さんにお貸しした本ご存知なんですね」

 

「歌野ちゃんはみーちゃんの事ならなんでも知ってるね!」

 

「当然ですよ!みーちゃんは私のベストフレンドですので!」

 

歌野はえっへんと得意気に胸を張った。

 

……なんとか話題を逸らせたようだ。

風は胸をなでおろした。

 

「…それにしても水都はパソコンの本なんか借りてなにやってんだろうな?普通に使うだけなら本とかいらないもんな。なんかすっげー事やってんだろうな~?」

 

球子が薄ら笑いを浮かべながら、あからさまに探るような言い方で歌野に問いかける。

 

まずい!どこまでかはわからないが、恐らく球子は勇者部について感づいている!

歌野の嫁自慢を利用して誘導尋問しているのだ!

進化体へのうどん誘導作戦の時から思っていたが、球子……恐ろしい子!!

 

焦る風をよそに歌野は待っていましたと言わんばかりに目を輝かせる。

 

「ふっふっふ、知りたいでしょう!!なんと!み-ちゃんはたった一人で我々勇者部の…むぐっ」

 

「あはは!うるさくしちゃってごめんね友奈!歌野ったら水都がいなくて暴走しちゃってるのよ!近いうちにまた来るからゆっくり休んでなさいよ~?それじゃ皆、ごゆっくり!!」

 

風は畳み掛けるように言うと、歌野を抱えて逃げるようにその場を去った。

 

「おいこら風!話は終わってないぞ!!」

 

球子は二人を追うようにして病室から飛び出していった。

 

「ちょっとタマっち!病院で走っちゃダメだよ!」

 

「あはは、まさに風のようにいっちゃったね~。明日で退院って言いそびれちゃったな~」

 

「お騒がせしてごめんなさい。私の方からお伝えしておきますね」

 

杏はこれからどうしたものかと考えているとふいに病室の扉が開いた。

そこには唖然とした様子の若葉が立っていた。

 

「友奈の見舞いに来たんだが…。突然、風さんが歌野を抱えて病院から飛び出て来て何事かと思ったら、ちょうど病室の前で球子が看護師の方に怒られていてな。…一体何があったんだ?」

 

「もう、だから言ったのに!ちょっといってきますね!友奈さんお大事に」

 

「あ、あぁ…」

 

「アンちゃんまたね~」

 

杏は軽く挨拶を済ませると珠子の荷物を持って病室を出た。

病室の前で球子は恨めしそうに病院の出口の方を眺めていた。

 

「ぐぬぬぬ……なぜタマだけ怒られないといけないんだ…!!ってか、あいつらやっぱりなんか隠してやがる…」

 

「ほらタマっち。もう帰ろう?」

 

球子はなにやらぶつぶつと文句を言っていたが、杏を見るなり、すがるように飛びついてきた。

 

「おい杏!水都はどんな本を借りてたんだ?」

 

「え、えっと?ん~、それは個人的な事だからちょっと……。風さん達は言いたくないみたいだし、無理に知る必要はないんじゃないかな?誰にだって秘密にしておきたい事ってあるものだし…」

 

「…そうだな。とりあえず出るか」

 

球子は納得したのか杏の手を引き、早足で病院を出た。

杏はようやく落ち着いたのかと安堵したが、球子は帰り道とは違う方向へ進んでいく。

 

「ちょっとタマっち?帰り道はこっちじゃないよ…」

 

「そうだな。ここらでいいか」

 

随分と人気のない路地裏に着くと、球子は杏の肩を掴んだ。

 

「ど、どうしたのタマっち!?こんな誰もいないところで……」

 

「いいか、よく聞け杏!ここだけの話だぞ…」

 

慌てふためく杏をよそに球子はやけに真剣な表情をしていた。

 

「わ、私まだ心の準備が……!」

 

「あいつら相当やばい事を企んでやがるぞ…!!」

 

「……はい?」

 

「だから!あいつら相当やばい事を企んでるんだって…!!どうやら気付いているのはタマだけみたいだがな…!!」

 

まだ続いてたのかその話。

 

変に期待した分、肩透かしを食らった気分だ。

 

「ついこないだあいつらの非行を暴いてやろうかと風達の宿舎に張り込んでいた時の事だ……」

 

「なにやってるのタマっち…」

 

非行を暴こうと非行をする球子に杏はもはやまともに話を聞く気になれないでいた。

 

「タマは聞いちまったんだ!!あいつらがこっそりと進めている恐ろしい計画をな!!」

 

「……どうやら『四国のうどん派の人々をそば派に変える最終兵器』ってのを作っているらしい……!!」

 

「!!!?」

 

杏は衝撃のあまり一瞬、言葉を失った。

 

「……ようやく事態の重さを理解してくれたようだな…」 

 

「う…嘘…だよね……?あの三人がそんな……。き、きっとちょっとした冗談だよ!歌野さんはよく蕎麦を広めたいって言ってるし…」

 

長野出身の歌野は蕎麦が好きだし、実際に栽培している。

いずれは四国にも広めたいというのを少し大げさに言っているだけだろう。

 

……まさか四国を蕎麦で支配してうどんを根絶やしにしよう等とするような人ではないはずだ。

 

「タマも最初は冗談だと思ったんだ…。でもな、歌野が完成したのかって聞いた時に水都は『それはまだ』って言ったんだ…!冗談って感じじゃねぇガチなトーンでな……!!」

 

「っ!!」

 

水都はあまり冗談を言うような性格ではない事はよく知っている。

球子の言葉に杏はとてつもないショックを受けた。

最近は本を貸したりしていく内にすっかり仲良くなれたと感じていたからだ。

 

「で、でも風さんは…?確か香川出身で若葉さんと同じくらいうどん好きだったはずだよね…?」

 

「それがな…水都のそれはまだって言葉に風の奴は『…まだ?』って言ってたんだ…!そりゃもう心底呆れたような声でな!信じたくはなかったが、タマには『なんだまだできてないのか』って失望してるようにしか聞こえなかった……!!」

 

「っっ!!!!」

 

そんな…香川で生まれ育ったはずの風さんまで……!

 

「いいか杏…。タマだってうどん派だの蕎麦派だので争う必要なんて無いと思ってんだ…!香川に蕎麦があったっていい!蕎麦が一番だって言うやつが居たっていいんだ…!タマも香川出身じゃないしな」

 

「タマっち……」

 

俯きながら静かに話す球子の肩は震えていた。

 

「でもっ…!元々そこにある物を…その地で愛されて育ってきた物を根こそぎ滅ぼして…自分達の選んだ物だけを無理やり押しつけるなんて……そんなの…そんなのバーテックス共と同じじゃねぇか!!そんなやり方……タマは絶対許せねぇ……!!」

 

そう言い放つと球子は拳を強く握り、顔を上げた。

目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 

「でもな…!あいつらがそんなひどい事をする奴らだなんてタマは思えないんだ…!!だってわざわざ長野から助けに来てくれたんだぞ?それにあいつらのおかげで教室も随分にぎやかになったしな…。だから確かめたいんだよ!!嘘だってことを…!!」

 

その涙の意味は怒りではなく悲しみだった。

友を疑いたくないという自責の念に球子はずっと苛まれていた。

 

「怪我人の友奈には心配をかけたくねぇ…。千景の奴は何をしでかすかわかんねーし、若葉の耳に入ったら下手したらやりかねない……!だからタマ達だけで解決するしかないんだ!……仮にあいつらがそんな恐ろしい事を考えていたとしても…説得できるかもしれねえ!!……辛いかもしれねえが…頼む、杏!手伝ってくれ!!」

 

そういうと球子は深々と頭を下げた。

球子にとって今、頼りになるのは杏しかいないのだ。

 

「…うん、いいよ。私も手伝う」

 

杏は球子を優しく抱きしめると、力強く言い放った。

 

「私も…風さん達を信じたいから!!」

 

「杏……!!」

 

風達は自分たちに隠れて一体何をしているのか。

本当にこの四国を蕎麦で支配するつもりなのか。

その真意を確かめる為、少女たちはついに動き出した。

 

 

 

 

 

 

 




読んで下さった方も、そうでない方もありがとうございました。

大変、間が空いてしまい本当に申し訳ありません。
返す言葉もございません(-_-;)

絵の方のストックが出来ているので、次話はそこまで空いたりしないはずです。

こちら切り札【犬神】の風の全体像です~。

【挿絵表示】


以前、ツイッターに上げたやつの背景が気に入らなかったので少し変わってます。

ご意見、ご感想、質問などお待ちしております!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

相反

あの人を見ていると時々、とても懐かしい気持ちになる。

懐かしい。

そう感じるのは私も過去に同じような経験をした事があるという事だ。

 

……いや、  で、だろうか。

もう随分と色々なものを失くしてしまったけれど。

 

私は確かに  だった。

 

御記

 

 

西暦二〇一九年三月上旬

 

友奈が無事退院してから数日後、ひなたと水都も大社本部から戻り、丸亀城にようやくいつものメンバーが揃った。

巫女の二人が大社に呼ばれたのは現状の報告の他に、より重大な神託を受ける為だった。

 

皆が揃った喜びも束の間、ひなたから告げられた言葉に教室内は緊迫した空気に包まれていた。

 

「近々、バーテックスの襲撃が起きます。それもかつてない規模でこの四国を襲う…というものでした」

 

「つまり、バーテックスの総攻撃……ですね」

 

長野を滅ぼされた時の光景が水都の脳裏をよぎった。

空を覆いつくすほどのおびただしい数のバーテックスの群れがこの地を襲う……。

そう考えるだけで背筋が凍りつくような思いに駆られた。

 

「大丈夫だよ。みーちゃん!」

 

「うたのん…」

 

怯える水都を安心させるかのように歌野が肩に手を置いた。

 

「私もあれからパワーアップしてるし!神樹様もついてる!それにこんなに大勢の仲間がいるんだからね!!」

 

そう言うと、歌野はいつものように笑って見せた。

 

「そうだな。歌野の言う通りだ。我々が力を合わせれば、バーテックス等、恐れるに足りないだろう!」

 

「うんうん!皆がいればへっちゃらだよ!」

 

「敵が来るのなら迎え撃つまでよ」

 

「よーし、気合入れていくわよ!」

 

皆の士気が高まっている中で、普段は騒々しい球子が考え込むように浮かない顔をしていた。

 

「…ん?どうしたんだ球子。今日はやけに大人しいじゃないか?」

 

「そ、そうか?気のせいだろ」

 

「ふむ。……まぁ、なんだ。皆も何か問題があるなら遠慮なく言ってくれ。……私に出来る事ならいつでも相談に乗るぞ」

 

「まぁ!若葉ちゃんったら少し見ない間に随分立派になって…!!」

 

「な、大袈裟だな。わ、私も一応リーダーだからな。少しくらいは…って、写真を撮るな!」

 

「あはは、頼りにしてるよリーダー!!」

 

「問題……」

 

杏は小さく呟くと、一瞬、風の方へ目を向けた。

 

「ん?杏、どうかしたかしら?」

 

「あ、いえ…なんでもないですよ…」

 

「そ、そう?ならいいけど…」

 

病院での騒動以降、風は球子から明らかに距離を置かれているように感じていた。

球子からなにか聞いたのか、杏もどこかぎこちない。

仲間同士で力を合わせなければならないこの状況で疑心を抱かれているのはまずいのではないか。

 

風は少し不穏な空気を感じながらも、次の襲来に向けての作戦会議に集中した。

会議はいつもよりも長時間に及び、ようやく終わりを迎えたと思ったのも束の間、勇者部の三人は部室と化した風の部屋でひっそりと部活動についての作戦会議を開いていた。

 

「うーむ。まさか部活動が忙しくなってきたって時にバーテックスが来るとは…」

 

風は部活のスケジュールを組むのに頭を抱えていた。

 

前回の人形劇のおかげで勇者部の知名度が高まり、ホームページができた事もあって依頼が急増していた。

 

急増したといっても、讃州中の時に比べれば大した量ではないのだが、ここ最近は水都がいなかった事もあり、活動できる時間と部員の少なさが問題になっていた。

 

今も幼稚園からの依頼のあったレクリエーションの準備に追われている。

 

「全くもってバッドタイミングですよね!…はっ、まさかバーテックスは我々の活動を邪魔をするために来たのでは!?」

 

「それはないと思う…まぁ、間接的に邪魔されてるけどね…」 

 

水都はため息交じりに言うと、力なく笑った。

 

「そういえば結局、水都が大社に呼び出れたのは重要な神託を受ける為だけだったの?」

 

「えぇ。……といっても実際に受けたのはひなたさんで、私はなにもしてないんですけどね…。一応、諏訪の事や、こちらの状況を色々聞かれましたけど、勇者部の事は特に触れられませんでしたよ」

 

「ふむ。てことは、やっぱり大社の人は部活動に気付いてないんですかね?」

 

「それは無いでしょうね。最近は公共の施設でも活動してるし、さすがに気付いてると思うわ。その上で何も言わないって事は見逃しててくれてるかとりあえず様子見って事なのかもね」

 

勇者部のホームページを開設して以降、ずっと誰かがサイトにアクセスしていた。何者かが監視しているのは明らかだろう。

 

「やっぱりバレちゃってるんですね……。だとしたら、慎重に行動していかないといけませんね…」

 

大社からのお咎めが無かった事に水都は内心ほっとしていたのだが、結局のところ、状況はあまり変わってないようだ。

 

「何言ってるのみーちゃん!ここはむしろ、積極的に動いて大社に私達の勇姿を見せつけるべきだわ!」

 

「えぇ…?でも、もし活動禁止とかになっちゃったら……」

 

「いいえ、水都!恐れていては前に進めないわ!あたし達は人の為になる事を勇んでやる勇者よ!権力には決して屈さないわ!大社がなんぼのもんだってのよ!!」

 

風の明らかに私怨の籠った物言いに水都は困惑する。

 

「前から思ってましたけど、風さん大社になにか恨みでもあるんですか…?」

 

「今は無いけどいずれあるわ!!」

 

「どういう事ですか……」

 

「でも、みーちゃんが無事でよかった~。全然連絡が無いから大社に拷問でもされてるんじゃないかと思って、心配でしょうがなかったのよ?」

 

「拷問って…大げさだなぁ。向こうで安芸さんっていう巫女の人と仲良くなってね。休憩時間はずっと話してて連絡するの忘れちゃってたよ」

 

「なんですと!みーちゃんの浮気者!」

 

安芸真鈴。水都が大社に向かった際に出会った一つ年上の巫女だ。

彼女は大社に保護されるまで球子と杏と共に行動していたらしく、二人の事をとても気にかけていた。

 

「あはは、ごめんね。でも安芸さんすごくいい人だったよ。球子さんと杏さんのお知り合いみたいですごく心配してたよ」

 

「ほほう、水都がそんなに気に入ったんなら一度会って話してみたいわね~。……球子と杏について詳しく聞きたいなぁ…」

 

「二人の攻略方法とかあったら聞きたいですよね…」

 

先程までの無駄な元気はどこへやら。

球子の名を聞いた途端、二人は急に意気消沈した。

 

「攻略…?なんかあったの?」

 

「実は勇者部の活動が球子達にばれてるかもしれないのよ」

 

「うん?さっきそれは別に問題ないって言ってませんでしたっけ…」

 

「大社にばれるのは構わないのよ。もし文句言われたら潰すまでだし。でも球子が若葉に部活動の事を話したりしたら、それはもうとんでもなくまずいわ…」

 

さらっととんでもない事を言う風にもはや慣れたのか、水都はあえて触れない事にした。

 

「なんでですか?」

 

「あたしが叩き潰されるからよ!」

 

「えぇ……」

 

「…まぁ、叩き潰されるかはとりあえず置いといて、若葉は結構頑固ですからね~。今みたいな襲撃が予想されている時にばれたらこの非常時に~って言われて部活動できなくなる可能性は高いと思うな」

 

「うーん、確かにそう言われるとそんな気も…」

 

「それに勇者の中に部活動を良く思わない子がいたら不和の原因にもなりかねないわ。ある程度、実績が無いと遊んでるって言われてもしょうがないしね。街の人から支持してもらえるようになれば誰も文句言わないでしょ」

 

「つまり、今を乗り切れば!」

 

「そう!これまでの部活動が実を結んできているこの現状さえ乗り切れば!堂々と活動していけるってわけよ!!」

 

「なるほど……!」

 

「今が踏ん張り時よ!気合いれていくわよー!!勇者部、ファイトーーッ!!」

 

「「「オーーーッ!!」」」

 

一人で悩んでいてもしょうがない。

悩んだら相談 だ。

例え、答えが見つからなくても勇気が湧いてくる。

風は改めて仲間とは心強いものだと感じた。

 

 

水都が帰ってきた事もあってか作業が順調に進み、なんとかレクリエーションの準備を済ませる事ができた。

 

「よーし。それじゃ、今度のレクリエーションはこんな感じで頼んだわよ」

 

「ラジャー!!」

 

「なんとか間に合いましたね」

 

「二人が頑張ってくれたおかげで遅れていた分も取り戻せたわ~」

 

ふと時計を見ると、もう随分と時間が経っていた。

 

「あら、もうこんな時間じゃない。キリもいいし今日はこの辺でお開きにしましょうか。明日も農作業でしょ?つき合わせちゃってごめんね」

 

「いえいえ!こんなの全然へっちゃらですよ!」

 

「風さんこそ朝から特訓があるじゃないですか。無理せず休んでくださいね?」

 

さすがに疲れが顔に出てたのだろうか、水都が釘を刺すように言った。

 

「あはは、そうさせてもらうわ~。二人ともお疲れ様!」

 

「グッナーイ!!」

 

「おやすみなさい」

 

 

風は二人が自室に入るまで見送ると、再びパソコンを開いた。

 

「さて、もう一仕事…」

 

「寝ないんですか?」

 

「ギャーーーッ!!」

 

誰もいないはずの部屋で声を掛けられた風はお手本のような悲鳴を上げた。

その悲鳴を聞きつけたのか、駆けつけた歌野達が慌ただしくドアを叩く。

 

「ど、どうしたんですか風さん!大丈夫ですか!?」

 

「バーテックスでもでましたか!?」

 

二人の心配そうな声がする

風は一瞬、幽霊でも湧いて出たのかと恐怖したが、すぐにこの部屋には人ならざる者が常に居る事を思い出した。

 

「あ~…いや、変な声がしておばけが出たのかと思ってびっくりしまして…。気のせいだったわ。騒いでごめんね?」

 

「そ、そうですか。お大事に…」

 

「あはは、何事もなくて良かったです」

 

「いや~、面目ない」

 

二人はあまりの下らなさに苦笑しつつも、大したことではなくてよかったと安堵し、再び自室へ戻っていった。

風は部屋に戻ると、神棚に向かってため息交じりに語りかけた。

 

「……犬神」

 

「はい?」

 

「はいじゃないわよ!!いきなり話しかけられたらびっくりするでしょーが!!」

 

「あまり大きな声を出すとまたお二人が心配されますよ?」

 

「ぐぬぬ……まぁいいわ…」

 

風は言いたいことは山程あったが、あえて飲み込んだ。

これまでの経験から犬神と言い争ってもロクな事にならないのは目に見えているからだ。

 

「風さん、ここ最近の忙しさでかなり疲労がたまっているのでは?」

 

「いや…それはさっきあんたに驚かされたせいだと思う……」

 

「それは失礼しました。しかし、さっき遅れた分は取り戻したって言ってませんでした?」

 

「あくまで今度のレクリエーションの準備ができたってだけだからね。その先のスケジュールも組んでおかないと……」

 

これからさらに忙しくなる可能性は高い。

なるべくできる事は少しでも多くやっておきたい。

 

「お気持ちは分かりますけど休んだほうがいいですよ。顔色も少しよくないですし」

 

「あとちょっとだけ。今が頑張り時なのよ」

 

「風さんの部活動に対する姿勢には尊敬するような呆れるような……」

 

とにかく、今は何を言っても休むつもりはないという事は分かった。

 

「それにしても、勇者部の活動もようやく軌道に乗ってきたんですね」

 

「まぁね~。ただ、予想以上に評判が広まってくれたおかげで、人手が足りないのよね……」

 

「そのようですね」

 

「ほんと猫の手でも…なんなら犬の手でも借りたいくらいよ~?」

 

風は犬神に向かってなにやら期待の眼差しを向けた。

 

「…そんな目で見ても私、何もできませんよ。前にもお伝えしたように、私はこちらの世界には一切干渉できないんですよ。私の主な役目は風さんが過去に渡って勇者として行動するにあたって、不都合が生じないようにご案内する事ですので、四国に辿り着いた時点で私の役目はほとんど終わってるんですよね」

 

「なによなによー、勇者部の活動は勇者としての行動に入らないっていうの?勇者の手助けをしてくれるのが精霊じゃなかったの!?職務放棄だわ!神樹様に訴えてやるんだから!!」

 

疲れているからか、風は支離滅裂な言葉で騒ぎ立てる。

 

……このままではまた歌野達が心配してきてしまうかもしれない。

 

「…まぁ、直接お手伝いはできませんが、相談に乗ることくらいならできますよ。私の個人的な意見でよければ」

 

「お、なんかいいアイデアでもあるの?あたしに神託をちょうだい!!」

 

「大袈裟ですね…、要は依頼が増えすぎて人手が足りないのでしょう?」

 

「そうそう、そういうこと!」

 

「単純に部員を増やせばいいんじゃないですか?さすがに毎日は難しいと思いますが、少しでも手伝って下さる方がいればすごく助かりますよね」

 

 

「……う、うん…それもそうね?」

 

「え、何ですかその微妙な反応は」

 

「いや、神樹様の精霊の案にしてはあまりに普通すぎて…」

 

「…もう相談に乗りませんよ?」

 

「うそうそ、冗談よ冗談!……でも手伝ってくれそうな子か~。友奈は引き受けてくれそうだけど、退院したばっかりだしね…」

 

部活動が重労働というわけでもないが、まだ安静にしているべきだろう。

 

若葉は……少なくとも襲撃が予想されている今の状況でそんなこと言えないし…。

 

ひなたは正直読めない。あっさり手伝ってくれそうな気もするが、下手したら若葉以上に恐ろしい事になりそうな気もする。

 

千景は……断られるのが目に見えている。が、親交を深める意味でも、頃合いを見計らって誘ってみてもいいかもしれないな。

 

杏は頼めば手伝ってくれそうだけど……球子が黙ってないだろう。

 

「うーむ。正直、球子と衝突するとは思ってなかったなぁ…」

 

「この間、風さん達が病院で騒いでた時の事ですか?まぁ、あの去り方は怪しまれて当然だと思いますよ」

 

「げっ、見られてたのね……」

 

「一度、ちゃんとお話されたほうがいいと思いますよ。先ほども外にいらしてたみたいですし」

 

「うーん、話すにしても朝の様子から察するに、あんまりいい印象をもたれてなさそうだし……」

 

 

……ん?

 

「……え?犬神、今、誰が外にいたって?」

 

「あれ、気づいてなかったんですか?球子さんが窓から覗いてるのが見えましたよ」

 

「ギャーーーッ!!」

 

さっきまでそこにいた!?

いったい何の為に!?

 

風は窓の外を確認した。

……誰もいないようだ。

 

「さっき歌野さん達が帰った時に居なくなりましたよ」

 

「いやいやいや!気づいてたなら教えなさいよ!!」

 

「気づいた時にはもういらっしゃらなかったので」

 

「窓から覗いてる時点でおかしいでしょ…」

 

いや、そんなことよりなぜ球子はこんな夜中にここへ来た?

なにか用事があるだけなら窓から覗く必要なんてないはずだ。

 

つまり、あたし達の部活動は完全にバレていて、探られているという事だろう。

 

「……もうこれ以上誤魔化すのは無理みたいね」

 

こうなったら、変な誤解を生む前にきっちり話し合うしかない……!

 

「いや、もう誤解されてると思うけど…」

 

どう話すべきか考えていると突然、扉をノックする音がした。

 

「風さーん、大丈夫ですか?」

 

歌野と水都だ。

悲鳴を聞いて駆けつけたのだろう。

先程の理由が幼稚だったからか、二人とも苦笑を浮かべている。

 

「あー、二人共ごめんね。また変な声出しちゃって……」

 

「ふふふ、またおばけがでちゃいましたか?」

 

「…ちがうわ……もっと恐ろしいものよ!まだおばけの方がまだよかったかもしれないわ……たぶん」

 

「もっと恐ろしいもの?」

 

「…ゴキブリとかですか?」

 

「あたしの事バカにしてるでしょ!!」

 

「バカになんてしてませんよ~。ナイトメアーでも見たんなら私が一緒に…」

 

「じゃなくて!球子がここに来てたのよ!もし、会話を聞かれていたら次の活動場所や内容が知られてるかもしれないわね…」

 

「なんですと!!」

 

明らかに風をからかっていた歌野も事の重大さを理解したのか、激しく動揺する。

 

「つ、つまり、球子さんが今度のレクリエーションをぶち壊しにくるかもしれないと!?」

 

「さすがにぶち壊したりはしないと思うけど…。でも、勇者部の事を気にしてるようですし、様子は見に来るかもしれませんね。……実際に部活動を見てもらえば案外、納得してもらえたりしませんかね?」

 

なるほど、別に悪い事してるわけではないのだから見られたら困る訳ではないし。

むしろ実際に子供達の喜ぶところを見せればあるいは……。

 

「…いやでも、1回見たくらいで納得してもらえるのかしら?変な所を見られて逆に誤解を生む可能性だってなくはないし…」

 

今後の事を考えるとなるべく早く和解しておきたい所だが……。

 

「勇者部の活動って、言ってしまえばボランティアですし、そんなに反感買うような事ではないでしょう。やっぱり、一度ちゃんとお話しましょうよ」

 

「まぁでも、こればっかりはやってみないと分からないやりがいってもんがありますからね!」

 

「それだわ!!」

 

「おぉ?風さん何かグッドアイデアでも浮かんだんですか?」」

 

「えぇ、二人のおかげで勇者部の事を知ってもらうとっておきの作戦を思いついたわ…!でも、今日は遅いから詳細はまた明日って事で!」

 

「おっけーです!それでは今度こそグッナーイ!」

 

「お、おやすみなさい…」

 

ふっふっふ、と怪しげに笑う風に水都はどことなく不安を感じるのだった。




読んで下さった方も、そうでない方もありがとうございました。

文章が8割程度しかできていないのに12000文字くらいあったので、キリのいいところで一旦終わる事にしました。

そのせいで話があまり進んでおらず申し訳ございません(-_-;)

というか更新が遅くなって本当に申し訳ございません(-_-;)

もっと文章力と集中力を養いたい所存です…。

追記
投稿前に文章の確認をし忘れてまして、誤字脱字がすごかったので所々修正しました。
投稿直後に閲覧された方は申し訳ございません(-_-;)

ご意見、ご感想、質問などお待ちしております!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

春嵐

私達の想像以上にバーテックスの進化速度は速くなっているようです。

 

あまり気は進みませんが、切り札を使う事を前提とした作戦も必要になってくるかもしれません。

 

風さんはバーテックスについてよく知っているようで、作戦を立てる上でとても参考になります。

 

…でも、まだ出会った覚えのない進化態の存在を知ってたりするのはどうしてでしょう?

 

ここに辿り着くまでに、どこかで遭遇したのでしょうか?

 

なんにせよ、事前に対策を講じる事ができるのは非常に助かります。

 

勇者御記

西暦二〇一九年三月

伊予島杏記

 

西暦二〇一九年三月上旬

 

風が何かを良からぬ事を企む一方で、四国の勇者達の暮らす寄宿舎の一室でも怪しげな会議が開かれようとしていた。

部屋の照明は点いておらず、ランタンの薄暗い明りだけがユラユラと揺れていた。

 

「よし、どうやら気付かれずに済んだみたいだな…」

 

球子は窓の外を確認すると安堵したように呟いた。

 

「……協力するって言っといてなんだけど…やっぱり盗み聞きはどうかと思うよ」

 

杏が心苦しそうにため息をつく。

 

「まぁ、言い訳はしないさ。でも首を突っ込んだ以上はちゃんと確かめねーと。早速始めるぞ。念の為、声は小さめでな」

 

「う、うん…」

 

そう言うと球子と杏はノートを広げた。

二人のノートにはびっしりと文字が並んでいる。

 

「んじゃ、タマのこれまでの調査の結果をまとめるぞ。例の蕎麦過激派のメンバーは風、歌野、水都の三人だけ。あいつらは丸亀城勇者部って名乗ってるらしい。で、訓練の合間を縫ってボランティア活動なんかをしているようだな。街での評判はかなり良いみたいだ。……今のところ蕎麦の布教とかをしてる感じではなかったな。杏の方はどうだ?」

 

「えぇっと…」

 

杏は少しためらった。

非常時とはいえ、個人的な情報を漏らす事に抵抗があったからだ。

 

しかし、球子は面白半分ではなく本気で仲間の為を思ってやっているのだ。

自分も仲間の為を思うなら、最大限の協力をしなければならないだろう。

 

「……私が水都さんに貸した本はパソコンの入門書、ウェブサイト作成、手芸の教本、子供とできる遊び方の本、自己啓発本が主だね。そこから察するに……単に趣味のホームページを作りたかったんじゃないかと思うけど…」

 

貸した本に怪しい物はなかったはず。

……そもそも、うどん派を蕎麦派にするのに使えそうな本って何なのだろう。

 

「いや、水都は自分のじゃなくて、その勇者部のホームページを作ったみたいだ。パスワードがわからんから中身はわからんが…。あと最近、街で人形劇をやって評判になったらしい。手芸の方はその劇に使う小道具を作る為って事だな」

 

「なるほど…。っていうかタマっち先輩すごい調べたんだね…」

 

球子が思いのほか、ちゃんと情報収集していた事に素直に驚く。

 

「へへっ。張り込みに聞き込み、色々やったぞ!うどんの危機は人類の危機だからな!」

 

「確かにそうかもしれないけど……さっきタマっち先輩が言ってたように、うどんや蕎麦に関しての動きは全く無かったんだよね?だったら単にボランティア活動をしてるだけなんじゃないかな…」

 

「…いいや!安心するのはまだ早いぞ。隠れて活動してる理由がまだ分かってないからな。あいつらはタマ達…というより若葉にバレるのを恐れてるみたいだった。それに大社の動きもなんか妙だ」

 

「うーん…大社が変だと思うのは同意見だけど…。案外、風さんは若葉さんが怖いだけだったりするんじゃないかなぁ?」

 

「そうかもしれんが、やつらが蕎麦過激派である可能性もゼロではないからな。最悪の事態を想定するとやっぱり…」

 

やけに食い下がる球子。

杏もうどん派として当然、球子の気持ちは理解していた。

しかし、今はそれ以上に明白な危機が迫っているのだ。

 

「…ねぇ、タマっち先輩。風さん達の事が気になるのは分かるけど、バーテックスの襲撃が予想されたんだよ?今はこんな事やってる場合じゃないと思う……やっぱり仲間を疑うなんて良くないよ……」

 

今は疑うよりも、目の前の脅威に立ち向かうために結束するべきだと。

だが、実際のところ、それも建前でしかなく、やはり仲間を探ることに後ろめたさを感じていた。

 

「…いいや!こんな時だからこそ白黒はっきりさせねーといけねーんだ!」

 

球子が声を荒げる。

その顔は真剣そのものだった。

 

「仲間を疑ったまま一緒に戦うなんてタマにはできねぇ。それにただのボランティアだとしたら他のやつらに隠す理由ってなんだ?大社はよくて、若葉にはバレちゃまずい理由ってなんだよ?それを確かめねー事にはタマは納得できねーんだ…」

 

「タマっち先輩……」

 

後ろめたさを感じていたのは球子も同じだったのだ。

 

「……三日後だ」

 

「えっ?」

 

「三日後、あいつらは街の幼稚園でレクリエーションをやるらしい。そこにタマ達も直接行く!……そこで何事も無ければ…そん時は探偵ごっこは終わりだ」

 

「!」

 

その言葉の意味を杏は瞬時に理解した。

 

「それってつまり…風さん達を信じるって事だね!」

 

「あぁ。……タマだってあいつらを悪者にしたいわけじゃねーんだ。ただ、今度の活動場所が幼稚園ってのが少し引っかかってただけだ」

 

「たしかに。もし、小さい子供達に何かあったら大変だもんね…!」

 

「タマもあれから頭を冷やして色々考えた。もしただの勘違いだったってんなら、それが一番良い。そん時はタマもこれまでの事、全部話して疑って悪かったってあいつらに頭を下げる!!」

 

「……うん、わかったよ!でもその時はタマっち先輩だけじゃない。私も一緒に風さん達に謝る!」

 

「おいおい!杏は関係ねーだろ?タマが全部悪いんだ!」

 

「誘っておいて関係無いなんてひどいなぁ。私も水都さんの事、話しちゃったし同罪だよ!だからちゃんと一緒に謝ろ?」

 

「……ったく、しょうがねーな!蕎麦派にされちまっても知らねーぞ?」

 

「もー!またそんな事言って!!」

 

「へへっ!まぁ、話もまとまった事だし、そろそろ寝るか!」

 

時計を見るともうとっくに〇時を過ぎていた。

 

「もうこんな時間かぁ。明日起きられるかな……」

 

「なーに、タマが起こしてやるから安心しタマえ!」

 

「あはは、頼りにしてるよ」

 

結局、杏はそのまま球子の部屋に泊まることにした。

普段よりも夜更かししたからか、あるいは風達との関係が回復に向かった安心感からか、杏はすぐに眠りについた。

 

そんな杏の安らかな寝顔を見ながら、球子はいらぬ気苦労を掛けさせたと反省した。

よくよく考えたら蕎麦で四国を支配するなんておかしな話だ。以前からの疑心が積み重なって意地になっていたのかもしれない。

 

思えば、街の人に話を聞いた時、皆、彼女たちの事を頼りになると楽しそうに話していた。

 

実際に勇者部の活動を見届ければ、きっとそれで納得できるだろう。

そしてちゃんと謝ろう。

球子も不安が払拭されたからか、その日は久しぶりに熟睡する事ができた。

 

翌日、二人は遅刻ギリギリで登校することになった。

 

 

 

西暦二〇一九年三月上旬

 

バーテックスによる襲撃が無いまま、ついに勇者部がレクリエーションを行う日が来た。

球子と杏は適当な理由をつけて丸亀城を抜け出し、幼稚園の近くまで来ていた。

 

「よーし、あそこの幼稚園だな。予定通りなら後、10分くらいで始まるはずだ」

 

「ん~、自転車があるから三人はもう中にいるのかな?でも開始時間なんてよく分かったね」

 

「へへっ、あそこに通ってる子の親御さんに今日の予定表見せてもらったから間違いないぞ!」

 

「またそんな事して…不審に思われても知らないよ?……まぁ、今の状況も十分怪しいけど」

 

現在、二人は幼稚園から少し離れた場所にある祠の影から、双眼鏡で幼稚園の中を伺っている。

おまけにサングラスとマスクで顔を隠した姿は不審者そのものだ。

 

「しょうがないだろ!大丈夫だ。誰か通りかかったらここで参拝してるフリしときゃ怪しまれねーって!」

 

「うう……神樹様ごめんなさい…決して邪な気持ちで覗いてる訳では……はっ!!か、可愛い幼女がいっぱいいるよ!!四国の未来は明るいね!?」

 

杏は双眼鏡を覗くやいなや、何かに取りつかれたかのようにはしゃぎ出した。

 

「おい馬鹿!あんま大声出すなって…」

 

「ちょっとそこの君たち何してるのかな~?」

 

球子が必死に抑えようとしていると、その様子を見ていたのか突然、誰かに声を掛けられた。

 

「「!!?」」

 

今の状況を見れば怪しいと思うのは当然だろう。

しかし、勇者部の活動を見届けるまではここを離れるわけにはいかない。

 

何としてでも誤魔化さないと……

 

「あー、いや別に怪しい者じゃないですよ?……タマ達はここで参拝してるだけでして……」

 

「そそ、そうですよ!?べべべ、別に盗撮なんかしてませんし!!」

 

かなり無理のある言い訳をしながら振り返ると、そこには見慣れた人物が立っていた。

 

「ふ、風さん……」

 

「あら!球子に杏じゃない!二人ともこんなところで会うなんて奇遇ね~」

 

「お。お前、なんでここに…」

 

幼稚園にいるはずの風がそこにいた。

風はあからさまに驚いた振りをしながら、薄ら笑いを浮かべている、

 

「そんなに驚かなくてもいいじゃない。あたしがここにいるのがそんなに変かしら?」

 

「そりゃそうだろ!だってお前はもうすぐ……」

 

「もうすぐ?」

 

「あ、いや……」

 

「も、もうすぐバーテックスが来るかもしれないのに何してるんですかっ!」

 

「いやいや、そういうあんた達こそ何してるのよ?」

 

「うっ……」

 

病院で取り乱していた時とは違い、やけに冷静な風の態度に球子達は困惑する、

 

その様子がおかしかったのか、風は突然大声で笑い出した。

 

「…あははは!」

 

「な、なんだよ急に!」

 

「あー面白かった。あんた達、尾行するにしてもその恰好はないと思うわ」

 

「えぇ!?」

 

「ふふふ!悪いけど、あんた達が探っている事も、ここにいる事も見抜いていたわ!!このあたしの精霊眼がね!!」

 

風は右目を手で覆うと、したり顔で謎の決めポーズをとった。

 

「最初からタマ達の計画がバレてたってのか…!?」

 

部屋の前で張り込んでた時に見つかっていた?

しかし、仮にそうだとしても、ここにいる事がどうして分かったんだ?

…本当に透視でもしていたというのだろうか。

 

「そういう事になるわね。二人共、勇者部の事が知りたいんでしょ?ついてきて。あたし達の活動をみせてあげるわ!」

 

「…タマっち先輩、どうする?」

 

「見つかっちまった以上、行くしかねーだろ」

 

色々と驚きはしたが、向こうから見せてくれるというのならこちらとしても願ったり叶ったりだ。

球子と杏は変装用アイテムを外し、大人しく付いていくことにした。

 

風は幼稚園の前に着くと、ピタッと足を止めた。

 

「もう知ってるかもしれないけど、今日はここでレクリエーションをさせてもらうのよ」

 

「…あぁ、色々調べさせてもらったからな。歌野と水都はどうしたんだよ?」

 

「二人は中で準備中。……ってか、もうその感じだと勇者部の事は大体知ってるみたいね?」

 

「えぇ、まぁ…。勇者部というのは主にボランティア活動をする部活……という認識でいいんですよね?」

 

「ん~、厳密に言えばちょっと違うんだけど、まぁ大体そんな感じね~」

 

ちょっと違う、というのはどういう意味だろう。

ボランティアとは別の目的があるという風に捉えられなくもない。

 

「この非常時になんでまたボランティアなんかしてんだよ?」

 

なぜ、少ない自由時間を削ってまで街の為に働くのか。

よほどの理由があるのではないか。

 

「あ~、襲撃が予想されてるって時に何してんだって感じよね?」

 

「いえいえ!とても立派な事だと思いますよ!」

 

「あはは、ありがと。そうね…うまく言えないけど。こんな時だからこそやるべき事、なんじゃないかしら?」

 

「なるほど…?」

 

二人は風のいまいちはっきりしない物言いに却って疑問を抱くばかりだった。

 

「まぁ歌野の口車にうまく乗せられちゃったみたいな所あるけどね」

 

歌野の口車に乗せられた?

それってつまり…

 

「そ、蕎麦の事か…?」

 

「へ?蕎麦?……あぁ、でも今日のやつは子供達に蕎麦を知ってもらういい機会になるかもしれないわね~」

 

「「っ!!」」

 

風のその一言に二人の疑問が確信へと変わる。

 

本気でやるつもりだ…!!

しかもまだ幼い子供相手に…!!

 

「で、わざわざ二人に来てもらったのは、ちょっとお願いがあってね~」

 

「…なんでしょうか」

 

「勇者部は現状、あたしと歌野と水都の三人だけしかいなくってね。今回はちょっと人手が足りないのよ~。だから二人に手伝ってもらえないかと…」

 

「タマ達に蕎麦の布教をか?…冗談だろ?」

 

「いやいや、布教だなんてそんな大げさな…」

 

「いいえ!幼い子供達相手に…そんな事、絶対にできません…!!」

 

普段の気弱な性格からは想像できない程の杏の毅然した態度に説得は無理だと悟ったのか、風はあっさり妥協した。

 

「…はぁ。しょうがないわね~。そんなに蕎麦がダメならうどんの方はどう?」

 

うどんの方というのはどういう意味だろうか。

こちらにチャンスを与えた上で勝つつもりなのか?

 

どちらにせよ、このまま黙って引き下がる訳にはいかなくなった。

 

「…いいぞ。そっちがその気なら望むところだ!!」

 

「四国の将来の為にも、私達が風さん達を止めます!!」

 

「あら!随分と威勢がいいわね~。それじゃ、二人には頑張ってもらおうじゃないの!!」

 

そう言うと、風は不敵に笑いながら教室の扉を開いた。

風達に向かって園児達の視線が一気に集まる。

思わずたじろぐ球子と杏をよそに風が声を張り上げた。

 

「良い子のみんなー!!こんにちはーーーー!!」

 

「「「こんにちはーーー!!」」」

 

風の声に負けじと大きな声で挨拶する園児達に杏は少し頬を緩めるも、教室内の異様な状態に気付く。

園児達は教室の中心に向かって輪を作るように椅子を並べて座っていた。

 

「…なに…これ」

 

さながら何かの儀式のようだ。

 

「ちょっと、風さん遅いですよ!」

 

「わ、球子さんと杏さん本当に来たんだね」

 

部屋の隅で準備をしていたであろう歌野と水都がやってきた。

二人も球子と杏がいる事にそれ程、驚いてはいないようだった。

 

「ごめんごめん、ちょっと話し込んじゃって」

 

「…二人はどうでした?」

 

「やっぱり蕎麦は駄目だったわ。でもうどんなら手伝ってくれるってさ」

 

「では、予定通り進めましょうか」

 

園児のはしゃぐ声の裏で三人がひそひそと小声で話すのが聞こえた。

……予定通りだと?

 

「まるでこうなる事が全て分かってたみてーに言ってくれるじゃないか」

 

「あはは、少し残念ですけど、お二人はうどん派ですしね」

 

「まぁどちらにせよ、この場は我々の信州蕎麦が制する事になるのは既に決まってますけどね!!」

 

やはりそういう事か…!

ここでうどん派のタマ達を潰して置くって訳だ。

 

「とうとう尻尾を出しやがったな!!」

 

「そんな事…絶対にさせません!!」

 

「おーおー!、二人共気合十分ね!それじゃ、みんなー始めるわよー!!」

 

 

「フルーツバスケットを!!」

 

「「「わーーーー!!!」」」

 

「「えっ」」

 

テンションが高まる園児達とは対照的に凍りつく球子と杏。

 

「どうしたの球子?」

 

「杏さんも」

 

「……フルーツバスケット?」

 

「あら、知らない?フルーツバスケットっていうのはね…」

 

「いやいや!それくらい知っとるわ!」

 

「なら、問題ないですね。お二人はあの子達の天ぷらうどんチームに入ってください」

 

「て、天ぷら?…そうじゃなくて!蕎麦はフルーツじゃ……」

 

未だ状況が呑み込めず、狼狽える杏の手を誰かが引いた。

振り向くと、そこにいたのは天ぷらうどんチームの子供達だった

 

「がんばろうね、おねーちゃん!」

 

園児達の無邪気な笑顔に杏は考えるのをやめる事にした。

 

「うんっ!皆で一緒に頑張ろうね!!」

 

「杏!?」

 

「さぁ!うどんと蕎麦、互いのソウルフードへの愛と誇りにかけて!全力でぶつかり合おうじゃないですか!!」

 

つまり、この場を蕎麦が制するというのは単純にこの遊びで優勝するぞという事。

ただそれだけの事だったようだ。

 

「お、お前ら……」

 

「全員かかってこいやあああああああ!!!」

 

球子も考えるのをやめた。

 

「おー、球子も気合十分ね!それじゃ、始めるわよー!!」

 

「「「わーーーー!!!」」」

 

その後、園児相手に全力でフルーツバスケットをする勇者達の姿がそこにはあった。

 

 

 

 

「みんなご苦労様~!すっごく盛り上がったわね~!!」

 

「ふははーー!!見たか歌野!四国のうどんタマしいってやつをよ!!」

 

「ぐぬぬ…ですが!我々の蕎麦チームが3人しかいないというのに、他のチームは5人って、こちらが圧倒的に不利じゃないですか…!!」

 

最終的に残った歌野と球子の熾烈な頂上決戦の末、球子が勝利し、天ぷらうどんチームが優勝した。

蕎麦が幼稚園を制する事ができなかったのがよほど悔しいのか、歌野は先程から延々と愚痴をこぼしていた。

 

「というか6チーム中5チームが肉ぶっかけうどんやらきつねうどんやらでうどん連合軍組まれて私達、実質25人対3人だったんですけど!!」

 

「それはまぁ、ここ香川ですしね……というかなんでフルーツバスケットに蕎麦とうどんが出てくるんですか…」

 

杏がもっともな疑問を投げかけた。

おかげで訳の分からない勘違いをしてしまったのが恥ずかしい。

 

「えっと、どうせならフルーツ限定じゃなくて、子供達の好きな食べ物でチーム分けしようってなったんですよ」

 

「そうなると、我々勇者部チームは部員の皆が好きな食べ物…つまり信州蕎麦チームになるのは至極当然という訳ですね!!」

 

「結局、風は蕎麦派になったのかよ?」

 

「いやぁ、信州蕎麦がおいしかったのは事実だけど、あたしはうどん愛を捨てた覚えはないわよ…。今回は人数の都合があったからね、本当は球子と杏に入ってもらってバランス取りたかったんだけど」

 

「なんだ、ただの人数合わせだったんだな。てっきりタマ達を蕎麦派にしようって魂胆なのかと思ったぞ」

 

「ふっふっふ、そう言っていられるのも今のうちですよ!いずれ信州蕎麦の美味しさにひれ伏す事になるでしょう!!」

 

「ってか、わざわざ蕎麦派とかうどん派とかで分ける必要ないでしょ。あたしはどっちも好きよ?」

 

分ける必要はない…か。

 

「……確かにそうだな!」

 

「…うん!」

 

「あら?二人共、随分素直じゃない…」

 

「ごめん!!」

 

「ごめんなさい!!」

 

「へっ!?」

 

球子と杏は三人の方へ向き直ると、深々と頭を下げた。

突然の出来事に戸惑う三人。

 

「き、急にどうしたんですか?」

 

「タマはお前らの事、誤解してた。下らない事で疑ったりして本当に悪かった!!」

 

「私も変な勘違いをしてしまって、ごめんなさい!」

 

「いやいや、そんな謝んなくてもいいわよ!謝るのはむしろこっちの方よ!」

 

「そ、そうですよ!我々が隠れてコソコソやってたのがよくなかったんです!」

 

「こっちの方こそ心配かけてごめんなさい」

 

勇者部の三人も慌てて深々と頭を下げた。

球子と杏は顔を見合わせると、その様子に思わず笑った。

結局のところ、球子と杏のように勇者部の三人も隠れて活動してる事を気にかけていたのだ。

 

「…んじゃ、お互い恨みっこなしだな!」

 

「いえーす!!」

 

「んじゃ、お互いのわだかまりが解けたって事で!改めて聞きたいんだけど……二人はどうだったかしら?丸亀城勇者部の活動は」

 

「ん…そうだな…」

 

前までの勇者部の印象はというと単にボランティア活動をする部活といったものだった。

しかし、実際に活動に参加して感じたのはそれだけじゃなかった。

人に感謝される事でもっと人の役に立ちたいと思った。

子供達の楽しそうな姿に元気をもらった。

仲間と競い合って友情を育んだ。

そして何よりも……

 

「…楽しかったな!」

 

「…うん、すごく楽しかったね!」

 

「あはは、そう言ってくれるとあたしも嬉しいわ。それで…もしよかったら、また手伝ってくれないかしら?」

 

「…あぁ、なるほどな」

 

わざわざタマ達を捕まえて部活動に参加させた本当の理由は……

 

「勧誘する為だったんですね…」

 

「ご名答!」

 

「丸亀城勇者部、部員募集中ですよ!」

 

「お暇な時だけでもよければ~」

 

部員総出でグイグイ来る三人に苦笑しつつも、二人の答えは既に決まっていた。

 

「…ったく、しょうがねーな!そこまでいうならこのタマにまかせタマえ!!」

 

「ふふふ、お誘いが無ければこちらからお願いするところでした。こちらこそよろしくお願いします!」

 

「よーーっし!!それじゃ、新入部員の歓迎会と部活動の打ち上げも兼ねて、うどん食べに行くわよ!勇者部、ファイト―ーッ!」」

 

「「「「「オーーーーー!!!」」」」」

 

幼稚園でのレクリエーションは無事成功した。

ずっと懸念していた球子と杏との誤解は解け、人員不足だった部員が二人も増えた。

それ以上に今回の出来事で仲間との結束がより強いものになったように思う。

 

後は直に訪れるであろうバーテックスの襲撃に専念するのみだ。

 

 




読んで下さった方も、そうでない方もありがとうございました。

元々、今回の話と前話で合わせて一話で収める予定だったのですが、延々と長引きそうだったので話をかなり圧縮しました(-_-;)

のわゆがアニメ化しそう?な感じですし、絵もそこそこ出来てるので盆休み辺りで一気に遅れを取り戻したい所存です(-_-;)


ご意見、ご感想、質問などお待ちしております!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 50~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。