平行線のエデン (庫磨鳥)
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epilogue0

――楽園は、この暗闇の果てにあるのかな?

 

静寂の世界に、五月蠅いエンジン音を響かせる車の中。白い長袖のシャツに、白いスカート、肘、膝、肩にプロテクターをはめた、黒髪黒目の少女、アカリが思ったのは、とても淡い願望の入り交じった、誰ともなしの問いだった。

「なんてね……」

なにを馬鹿な事を考えているのだろうと、アカリは自分自身に呆れ返り、ため息を吐く。

そもそも、楽園とは何を持って、楽園と呼ぶべきものか、定義そのものが判っていないのに、そんな曖昧なものを求めている自分がとっても、バカみたいに思えて、アカリは自傷気味に呟いた。

「はぁ……」

「アカリったら、アカリって名前なのに、全然明るくないぞ~ もっとニッコリしなきゃ」

アカリは深いため息を吐いた。それに反応したのは、どことなく影が含まれている、アカリと真逆をイメージさせる陽気な声の持ち主。

アカリの隣に座る、魅入ってしまう程の綺麗な金色の長髪をした少女――ニッコだった。

「そうは言うけど……ちょっと、笑うのは難しいかな」

「それでも、ニッコは、アカリに笑っていてほしいな!」

「なにそれ……」

本人の気分を完全に無視した暴論もいい所だと、笑顔で居てほしい、他人からそう言われるのは、なんだか悪い気分ではないと、アカリは呆れた様な言葉とは裏腹に、内心で少しだけ嬉しいと思ってしまい、苦笑だけはなんとか作る事が出来た。

「あれだね、ニッコは、まさに名前の通りっぽいよね?」

「ふふん、だって、あたしはニッコだもん、ニッコリニコニコ~!」

「――ふふっ!」

アカリが名前をネタにされたことに対し、少しだけ意趣返し的に言うと、ニッコは、自信満々の笑顔で反撃してきた。

そんなニッコに、アカリは敵わないなーと、釣られて、今度こそ自然に口元を緩ませて笑った。

私達の中で二番目に年上の筈なのに、一番身長が低く、性格も子供っぽいけど、誰よりも私達に気を使ってくれているお姉ちゃん。そんなアンバランスな彼女だからこそ、一緒に居れば、どんな状況でも笑っていられそうだと、アカリは楽しげにニッコと笑い合った。

「おやおや~ 今日のアカリ殿は隙だらけですなぁ~?」

「わっ!?」

ニッコと向かい合っていたアカリはしまったと内心で悪態をつく。決して背中を見せてはいけない少女が居たことをどうして忘れてしまっていたのだろうか、自分の迂闊さに若干腹を立てた。

「隙あり、すっきすき~の、アカリのお胸ちゃん~」

アカリの右隣、ニッコの反対側に座る、ピンクのツインテール少女――ナナカドは、ニッコと向かい合っていたアカリの胸を、背後から鷲掴みにして揉みだした。

「ナナカド!? あっ――も、もうやめなさいよっ!」

「ふっふっふ、相変らずアカリは、さいこーのお乳をお持ちですね~」

「んっ! こ、こらっ!」

「うふ~」

強くもなく、かと言って弱くも無いほど、巧みにアカリの胸を揉むナナカドは、とても恍惚した表情をして、手に伝わる感触を堪能する。

アカリは、変な声が出そうになるのを、堪えて、ナナカドを怒るが。いっさい聞いている様子は無く、ナナカドは気持ち悪くにやつきだす。

ナナカドは、仲間のたわわに実ったお胸を揉む趣味を持っており。アカリ達はよく被害にあっていた、ついたあだ名が『セクハラピンク』。

特に、アカリの胸はとてもお気に入り。アカリの胸を揉みだした、その日から、探し求めていた理想の胸だと力説し、それ以降はアカリの胸を毎日揉もうとする。

自分だって、たわわに実っているのに、どうして他人の胸が揉みたくなるのか、アカリにはちっとも理解できなかった。

「もう――ん……い、いい加減にしてっ!」

アカリは抵抗するも狭い空間なので、強く体を動かす事が出来ず、上手く振りほどく事が出来ない。一方ナナカドは調子に乗って、記録更新だと燃え上がり胸を堪能する。

「おふざけは止めてください!」

騒ぐ二人に。ニッコの隣に座る、焦げ茶色の髪の毛を持ち、この中で唯一、褐色の肌を持つ少女が、しびれを切らして怒鳴り声を上げた。

「私達が向かっているのは、誰もが恐れる死地なんですよ? そんな軽い気持ちで居ていいと思っているんですか!?」

「ご、ごめん、トイチ」

彼女――トイチが言う事が正論だと、アカリは謝る。

しかしアカリは完全に被害者なので、謝罪を口にするのは道理ではなく、本来頭を下げるべき加害者である、張本人のナナカドは、トイチにアッカンベーと反抗的に舌を出した。

「なんですか! その態度は!?」

「むしろ緊張とお胸をほぐしてあげたんだよ、変に肩が凝ったままだと、すぐさま『バグ』にバックんちょって食べられちゃうかもね~」

「なんですって!?」

「お胸を二倍にして出直してきな~」

こんなときでも、この二人は喧嘩するんだなあ、とアカリはため息を吐いた。すぐ近くに居る、ニッコは怒声が怖いのか耳を塞いでいる。他人を気にしろ的なことを言った筈のトイチは、ニッコの事などお構いなしにとばかりに、ナナカドと口論しだす。

トイチとナナカド、この二人は、しょっちゅう衝突する。まじめすぎるトイチと、おふざけが過ぎるアカリ。まさに水と油の存在であり、どうして私はこの二人の間に座っているんだろうと、最初適当に座ってしまった、自分を呪うアカリだった。

と言っても、アカリは理由を何となく察している。ナナカドは自分の隣を最初から狙っており、そしてトイチも、また目的の人物の傍に居たいがために、あそこに座ったのだのだと当たりを付けていた。

「――二人とも、もうその辺で終わらせるんだ」

二人の喧騒の中、静かに戒めるような声が不思議と車内に居る全員の耳に入り。それを聞いた喧嘩していた二人はぴたりと口を閉じた。

「イチノさん、でも――」

「でもじゃない、ナナカド、僕達を思っての行動と言うなら、やりかたを選べ。トイチは注意をするにしても、君自身が他者の迷惑になってしまったら意味ないじゃないか」

「うぐっ、ごめんなさい」

「す、すいません」

トイチの正面、反対側の席に座る、青いボブカットの長身の女性が二人を注意すると、自分の意志を曲げず喧嘩をしていた二人は大人しく、頭を下げた。

彼女は、イチノ。アカリ達の中で一番の年長者で有り、その落ち着きがある性格と、聡明さから、リーダーとして皆を纏め上げている。

「アカリ、ナナカドの事は嫌なら、もう少し強く拒絶をしろと何時も言っているだろ?」

「言っているんだけどね……」

アカリは強く拒絶したり、時には物理に頼ったりして、ナナカドを引きはがしていたのだが、ナナカドの辞書に「あきらめる」という文字は無く、彼女はアカリの胸を揉むためなら、ウザがられてもいいと思っている、どうしようもない考えの持ち主で有り、アカリは正直辞めさせるのは諦めていた。

「ナナカドさんは、目の前のスペシャル果実は、たとえ踏まれようが土を付けられようが絶対につかみ取る主義なのだ!」

「ん?」

「いえ、なんでもないです、ごめんなさい」

反省の色を見せず、どうして力説しだしたナナカドだったが、眼を細め睨みつけてくるイチノに怯え、一瞬にして降参した。

「だから、その強烈な眼光は、止めてほしいなって思いまする、はい……」

別にイチノは睨んだわけじゃないんだけどなと思いながら。これでナナカドが大人しくなるならいいかと、アカリは真実を黙秘した。

イチノの目は軽度の乱視で、遠くのものが良く見えないのだ、隣の人物ならともかく、反対の席に座る、アカリ達がぼやけて見えているため、目を細めただけに過ぎない。

アカリはそれを本人に指摘した事があるが、年長者として弱みを見せられないから、黙って欲しいと頼まれた事もあり、イチノの目が悪いのを知っているのはアカリだけである。

だから何も知らないナナカドは、イチノは自分が反論したから睨みつけて来たと思い、肩身を狭くした。

「イチノさん――」

「トイチの注意はなにも間違っていないよ、結果的にはアカリを助けたんだからね」

「うん、トイチ、ありがとう」

「そ、そうですか……よかった」

今にも捨てられそうな子犬の目でイチノを見つめる、トイチは、イチノに自分の行いが間違っていないと言われて、心底安堵した様子で息を吐いた。

アカリは、こっちもまた相変わらずだなと、トイチにお礼を言いながら思った。

トイチはイチノに誰よりも嫌われたくない、何故なら彼女の事が好きだから。それは異性に向けるような、れっきとした恋心であり、トイチが、ニッコの隣に座った理由は、正面にイチノが居たからである。

ちなみにこれも、アカリだけが知っていることだ。他の皆はイチノに心酔しているだけと思っているが、アカリだけは違和感を抱き、趣味の人間観察もあいまり、トイチがイチノに抱いている感情は恋慕のそれだと気づいた。

トイチ自身に確認をとった訳では無いが、間違ってはいないだろうなと、アカリは聞いてしまった時のリスクを考慮して、敢えて尋ねていない。

「ふふっ、どんな状況でも貴方達は変わらないわね。ねえ、ヨツバ?」

「ええ、そうね、ミツバ。五月蠅いのは正直嫌いだけど、こういう時は本当に居てよかったと思うわ」

――そういえば、イチノとトイチを超えて、さらにややこしい関係の二人が居たなと、アカリは思い出した。

それが、私達を見て、まるで鏡合わせの様に笑う、双子のミツバとヨツバ。

「うん、やっぱりどんな時でもニッコリ笑っていた方がいいよね!……えっと、ミツバちゃん?」

「違うわよ、ヨツバはヨツバよ。もうニッコ、貴方は何時になったら私達の見分け方を覚えるようになるのかしら?」

「ううっ、ごめん、だって二人とも本当にそっくりなんだもん」

「それが、双子って言う物よ、ね? ヨツバ?」

「そうね、ミツバの言う通りよ?」

アカリは似てない双子も居ると思ったが、口には出さない、下手に返事を返すと双子に絡まれるのを知っているから。

「しょうがない、物覚えがよろしくない、ニッコにもう一度、ミツバ達の見分け方を教えて上げるわ」

「うん、教えて!」

刺のある言い方にも気にせず、ニッコは笑って頭を下げた。相変らず心が強いなと、毒舌な双子と話すのが苦手なアカリはニッコの強さを羨ましく思った。

「いいこと? 左はミツバ」

「右はヨツバよ、よーく覚えておきなさい」

自分の薄緑の髪を結んだポニーテールをなぞりながら、ニッコに見分け方を教える。違いが無い双子の唯一の見分け方は、ポニーテールの結んだ場所であり、本人が言う通り、左で結んでいるのが、ミツバであり、右で結んでいるのがヨツバである。

「うん、覚えた!」

「ふふっ、今度間違えるのは何時かしら? 明日、明後日?」

「三時間後かもしれないわね?」

双子は、どうせまたすぐに忘れると揶揄うように嗤いながら言った。アカリは双子の言い方が癪に障ったが、何時まで経っても見分け方を覚えない、ニッコの方が悪いのは明白で、むしろ忘れる度に怒らずに教えてくれる、双子達に文句を言うのは筋違いだと、アカリは、一人勝手に沸き上がった心を落ち着かせる。

「しっかし、髪型以外で違いがわかんねぇのは本当、どうにかした方がいいじゃないか? それこそお前らが髪型変えちまえば、本当にどっちか解んねぇし そう思わないかリッカ?」

「…………さあ」

話しに乗って来たのは、ミツバの隣に座る、燃え盛るような赤色の長髪をし、アカリ達の中で誰よりも発育が進んでおり、筋肉質な肉体を持つ女性――ココノエだった。

彼女は自分の隣に座る、水色の三つ編みが特徴の女性――リッカに話をふってみるが適当に返されるだけで終わった。

「あら、だったらどんな特徴がお勧めかしら?」

「そうさな……顔に傷を入れるというのはどうだ? そしたらとってもわかり易い――」

「ふふっ、冗談にしてはとってもつまらないわよ? ねぇヨツバ?」

ココノエとミツバが獰猛な笑みを浮かべ睨みあう、決して仲間に向けてはいけない攻撃的な表情を向け合う二人。アカリ的には態度と口が暴力的なココノエ的の冗談だと理解していており、ヨツバも、冗談だとわかっているため、何も言わないが。彼女の片割れである、ミツバにとって許容できない冗談だったらしく、本気でココノエを睨む。

「こら、ココノエ、冗談が過ぎるぞ。ミツバもやめないか」

イチノから注意を受けて、ココノエは鼻で笑いながらミツバから視線を外したが、ミツバの方は、より目を鋭くしてココノエを睨みつける。例え冗談だとしてもヨツバを傷付ける発言をした、ココノエを許す気はないらしく、その眼は憤怒に満ち溢れていた。

「――やめなさい ミツバ、あまりにも下品よ」

「――っ!? ご、ごめんなさい ヨツバ」

アカリやトイチ等が、流石に静止の声を掛けようとしたら、その前にヨツバが動きだし、ミツバに厳しい言葉を浴びせ睨ませるのを止めさせた。

「ココノエ、その提案は素敵だけども……場合によっては、もうすぐわかり易くなると思うし、お断りさせていただくわ」

「ふん、存外、自信が無いんだな?」

抽象的に返し合う、ヨツバとココノエ。ただし、会話の意味が理解できないものは、この車内には誰も居なかった。

「なにが起こるかわからない、なぜならこの世界は全てが解明されていないから……なら自信なんて付けようがないでしょ?」

「また変な事を……お前の半分の方みたいに、単純な性格だったら可愛げがあるんだけどなぁ」

「――――~!」

「暴れないの、もう、ほら……」

ココノエの挑発に簡単に乗っかり、食って掛かろうとしたミツバをヨツバは胸元に引き寄せて、赤子の様にあやし落ち着かせる。

ヨツバはミツバと違い、どこか独特の世界観を持っていた。時折話していると煙に撒こうとする癖があるのか、理解しづらいことを平然と言う。

アカリが双子を苦手としているのは、実はヨツバのそんな性格が主な原因だったりする、最もミツバのヨツバ大好き過ぎる性格も苦手なのだが。

ちなみに、どちらが姉で妹かは本人も知らないらしく、端から見れば相変らずヨツバの方が姉っぽいと思う、アカリであった。

「――うっ、ゲホっ、げほっ!」

「トヨネ、平気!?」

「は、はい、すいません」

アカリから見て、反対側の席の左端、イチノの隣に座る白髪と、そんな髪に負けず劣らずの不健康だとわかる白肌の少女が、突然せき込みだし、心配そうにアカリが声を荒げ、イチノが少女の背中を撫でる。

白磁の少女――トヨネは体が弱い、それこそ唐突に、その命が終わってもおかしくない程の体の弱さで、アカリはトヨネに対しての心配が尽きない。

「本当に辛かったら言ってね? 膝貸そうか?」

「あたしには胸を貸してほしいでっぶ!?」

「やっぱり辛そうだから、今すぐにでもこっちに来ない?」

急に左に向かって拳を突き出したくなったアカリは、丁度席が空いたと、トヨネを誘う。

アカリは特別、トヨネの事を気にしていた。理由は沢山あるが、その中で強いて言うなら誰よりも優しくて、そしてアカリにとって唯一の年下というのもあり、人一倍気に掛かってしまう存在だった。

「い、いえ、わたしは平気だよ!」

トヨネは両手でガッツポーズを作り、元気アピールをするが、アカリには無理して振る舞っているようにしか見えなかった。

「でも……」

「大丈夫だよ、だってわたしはアカリのお姉ちゃんだから、いつまでも甘えたりはできないよ」

その言葉にアカリはなにも言えなくなってしまう。また内心で我儘なんて叶えなければよかったかもしれないと、自分の判断に後悔の念を沸き始める。

自我が強い私たちの中で、トヨネは自己主張と言う物をしなかった、そんな中で彼女が初めて、アカリの姉になりたいという我儘を言った。

だから、一番年下でありながら、トヨネは、二番目のアカリを妹として扱う。それは姉として弱い所を見せられないと強がり始めた切っ掛けでもあった。

本当は、アカリはナナカドの居る場所に、トヨネを座らせる気だったのだが、姉として妹に甘えられないと、アカリの誘いを断り、イチノの隣に座ったのだった。

「――わかったよ、でも無理はしないでね?」

アカリは不安と心配が消え去る事が無く、トヨネの傍に居たいと思うが。今のところ、トヨネの初めての我儘を聞いてあげたい気持ちが勝り。アカリは心配を押し隠して、笑みを作って言った。

「うん」

「……お話は終わったのかしら? だったらお荷物をお返ししますわ!」

「ただいま~!」

「きゃっ!?」

ナナカドが吹き飛ばされる形でアカリに突撃してきて、さらにニッコを巻き込んで、衝撃を受け止めきれなかった三人は座席から崩れ落ちた。

「いった~い、もうなんなの~!?」

「いたた、ニッコ平気? ――ってこら、ナナカド、人の胸を――ん、揉まないの!」

勢いよく吹き飛ばされたナナカドは、隙ありと言わんばかりに、覆いかぶさるようにアカリの胸を両手で包み、揉みだした。

「ふふふ、例えこの身が砕かれようとも、アカリの胸はあたしの物だ!」

「……邪魔」

「へへっ、相変らずナナカドはおもしれねぇな!」

「ん、そんなこといってっ! ないで助けてよ!」

人が立つことすら難しい座席同士の間に倒れ込んだ三人。リッカは足を置く場所が無くなったと、眉を顰め正直な感想を言い、ココノエは楽しそうに野次を飛ばした。

「いやぁ、やっぱり布越しでもアカリの胸は大きさ、形、感触すべてに置いてあたしのりそ――」

「――いい加減にして……ね?」

「さー、いえっさー!」

ナナカドは、上から重力に従い胸を押さえているが、形を潰すことなく、程よいさじ加減でアカリの胸を堪能するも、アカリに頭を掴まれ、ドスの効いたお願いを素直に聞きいれる。

これは本気で怒っており、これ以上続けたら、自分の脳みそが耳から飛び出ると、大人しく胸を揉むのを止めた。

ナナカドは名残惜しそうに、アカリはニッコの手助けをしながら、自分の席に座り、ナナカドを突き飛ばした犯人に文句を言う。

「トュエルブ、こっちにナナカドを飛ばさないでよ!」

「先に付き飛ばしたのは、貴方の方でしてよ?」

薄暗い電球でありながら、照らされた美しく輝く蜂蜜色の長い髪。まるで西洋人形のように非現実的な可愛さを持つ少女――トュエルヴは、アカリの非難を簡単に流し、自慢の髪を掻き分けた。

「それに、トヨネとのお話が終わるまで、待ってあげたのよ。むしろ礼を言って欲しいくらいだわ」

「うっ……ごめん、ありがとう」

確かにナナカドがリターンして来たのは、トヨネとの話が終わってからで、自分とトヨネの話が終わるまで、ナナカドを拘束してくれたらしいトュエルブに、アカリは謝罪し、礼を言った。

「わかってくだされば結構よ」

トュエルブは自分の髪を弄ることに夢中なのか、そもそも、そんなに怒っていなかったのかさっぱりと話を終わらせた。

「それに、本当に迷惑だったら、何時でも口で言いなさいな、そうしたら排除するの、手伝ってあげてもいいわ」

「あれ!? あたしピンチ!?」

「貴方が騒ぎの原因だから、当たり前でしょ?」

「そんな~」

ナナカドはがっくりと肩を落とすが、自業自得だとアカリは慰めることはしなかった。

「トヨネ、あなたも妹を助けると思って、席を変えてほしいなら遠慮なく言いなさい、ナナカドを排除できる理由が出来るわ」

「げほっ――わ、わかりました」

ナナカドを出汁に使って、トヨネを自分の隣に座る理由を作ったトュエルブに、アカリは内心、感謝と関心を抱いた。

あいかわず言葉が上手いと言うか、人の動かし方を心得ている。トュエルブは、イチノとは違う方向性からアカリ達を纏め上げたり、管理したりしている等、サブリーダー的位置に居る人物だった。

ただし本人はサブリーダー扱いされるのは嫌っており、人の上に立つ立場を嫌っており、あくまで困った時に差し伸べる立場を維持している。

「サミダレ、なにか言いたい事があるのでしたら、今のうち吐き出しておきなさい。貴方は特に怖がりなんだから、溜まった恐怖を出しておかないと心が潰れちゃいますわよ?」

相変らず、態度は偉そうだけど、気遣いが行き届いているトュエルブ。そう言ったちぐはぐな立ち振る舞いや、話し方など、アカリは、トュエルブに対して奇妙な生まれの差、或いは教育されてきたものの違いを感じ取っていた。

だけど、彼女の生まれに関して、アカリは聞いたことが無かった。元々仲間たちの間でも、前の生活について触れるのは暗黙のタブーとされているが、特にトュエルブに関しては、アカリが考えている通りだったら、聞きづらすぎて聞けなかったと言うのもある。

「そ、そ、それがしは――べ、別に怖がってなど」

不意に、タイヤが小石に乗ったのか、車体が跳ねた。

「うひぃ!?」

サミダレはわかりやすく怯える。トュエルブはどの口が言っているのやらと呆れたように眉を顰める。

イチノとリッカの間に座る、まるで動物の耳の様な癖を持つ茶色い髪が特徴の彼女――サミダレは、仲間の中でもとびっきりの怖がりだった。先ほどから両手をせわしなく動かし、貧乏ゆすりもしており、目線は左右動かしっぱなしで、誰が見ても怯えている様子なのは明らかだった。

「サミダレ、落ち着け」

「そ、そうは言うても、お、お、落ち着ける訳がないだろう? む、むしろ皆はどうしてそんなに落ち着いていられるんだ? り、理解が出来ぬ」

「う~ん、考えてもしょうがないし、それなら笑っていたほうがいいじゃん!」

「ニッコの言う通りだ、考えてもしょうがねぇもんはしょうがねぇだろ?」

アカリは、ニッコとココノエの意見に、内心強く同意した。

「――ここまで来たら、何時もの様にしていてリラックスしていたほうが、絶対いいに決まっているよ」

この車に乗ってから、何度も復唱して自分に言い聞かせてきた言葉を、サミダレにそしてもう一度自分に言う。

「理解できぬ……理解できぬよ」

「お前、それでも俺達に名前をくれた人間かよ」

独特なイントネーションで喋る、サミダレは。遠い昔に滅びた島国の伝承や歴史を代々言い伝えて来た一族の末裔、彼女はアカリ達の知らない事をたくさん知っていた。

そして、怯える彼女は仲間達全員の『名づけの親』でもあった。

アカリやイチノ等、サミダレ自身も含め、ここに居る彼女達全員の名前を考えたのが彼女だ。

だからこそココノエは、改めてこんな臆病者から名前貰って、本当によかったのだろうかと、不安になった。

「サミダレ、不安だったら。私の手を掴んでいても構わない」

「イチノ殿……」

「人の温もりを感じれば、多少は恐怖も和らぐだろう」

そう言って、イチノは自分の方から、サミダレの手を取った。

その行為についてアカリはよかったと思っている。手握られたサミダレは少しだけ気が和らいだように見えたからだ……だけど、出来れば、トイチの事を気にしてほしかったなとも思った。

「なんなのよ……」

トイチは沸き上がる嫉妬を隠す事が出来ず、自分の親指の爪を噛みだした。

「あれ~ トイチどうしたの? ほら、そんな怖い顔をしないで笑った方が可愛いよ?」

トイチの内心を知らない、ニッコはトイチに絡みだす。ニッコのバカと心の中でアカリは絶叫にも近いツッコミを入れる。ギロリとニッコを睨み、険悪な雰囲気を醸し出すトイチ、怒声を上げないかとアカリは固唾を飲んだ。

「――イチノ、トイチもまた不安を感じているそうだ、手を握ってやってくれないか?」

「ヤ、ヤメさん!?」

殺気立つトイチの隣に座っているウェーブが掛かった銀髪の女性――ヤメは、イチノに話しかけた。それはトイチとニッコをフォローする内容で、突然の事にトイチは驚きのあまり、殺気を拡散させた。

ヤメは人の輪に入るのが苦手で、基本的にはアカリ達と距離を置いており、車内がもう少し広ければ、間に人一人分の空白を開けて座る人物である。

その一方で、ヤメは仲間の事をちゃんと見ており、トイチの様に険悪な雰囲気など、亀裂を感じると、すかさず影ながらフォローをいれてくれる存在であった。

「そうか、ほら、トイチ」

「は、はい、お、お願いします」

「ふふっ、狭い車内の利点を一つ見つけたよ。トイチの手をこうやって握る事が出来る」

「はぅ……」

イチノが空いている右手を差し出すと、トイチは躊躇いがちにその手を掴んだ。顔を真っ赤にして好きな人の手を堪能しているとイチノが殺し文句を放ち。みごとクリティカルヒット、顔を真っ赤にして悶えた。

「羨ましいわね、ヨツバ、私達も手を繋ぎましょう?」

「もう繋いでいるわよ、ミツバ」

茶化すように双子が笑う。

「ケホ――す、凄いです。ヤメさん」

「そうでもない」

近くの席に座っていたトヨネはトイチから発する険悪な雰囲気を感じ取っており、アカリと一緒に焦り何も出来ないでいた。なのでトイチが爆発するのを見事回避してみたヤメのことを尊敬の目で見つめる。

「ふー……ふー……」

「まだ、怖いか?」

「あ、当たり前だ……!」

恐怖心が収まりきらないサミダレは、呼吸が荒くなり、イチノの左手を両手で強く握りしめる。

「サミダレ、もう少し手の力を弱めなよ、それじゃイチノの手が壊れちゃう」

「あ、ああ……すまない」

「ううん、平気だったからいいよ」

アカリは注意すると、サミダレは謝りながら少し力を緩めた。イチノは笑って許したが、痛そうに眉をひそめているのをアカリは見逃さなかった。

「アハハ、もう、別に心配いらないって、サミダレは本当に怖がりだな」

サミダレの怯える様子を笑った、ニッコとは毛色の違う楽観的な意見が飛び出て来た。

「お主はどうして、そんなに心配なく居られる」

「さぁ、でも実は、この先はすごい天国みたいなところで、私達よりも先に行った人達は帰りたくないから残っているだけかもしれないよぅ?」

「流石にそれは……」

あまりにも楽観的な意見に、アカリは思わず眉をひそめてしまう。トュエルブの隣に居る、黄色の髪を一束に巻いている女性――フミエの余りにも考え無しの言葉に、なにか言おうとしたが、結局口にする事は無かった。

フミエだって、本当は車が行く先に天国が無い事は、ちゃんと分っている。

フミエは、心が弱い、それを普通と言うべきなのだろうが、アカリ達の中では浮いてしまうほど辛い現実に立ち向かう勇気を持っていない。だからこそ、彼女は自分の未来に降り注ぐ脅威について、一切考える事はない、あるのは儚い幸せな夢である。

彼女の発言を何か指摘した所で悪い事にしかならないことを理解しており。むしろ今までの口数の少なさから、彼女もまたサミダレと同じく追い詰められている事を、アカリは感じ取っていた。

「――そうだね、あるといいね」

「うん、本当に楽園があったら、沢山甘いものが食べられる楽園がいいなぁ」

結局アカリははぐらかすように同意を示して、フミエの心の平穏を守る事にした。

「……バカみたい」

「トト……」

「どうせ、みんな死ぬのよ」

 

――アカリ達が、今まで避けて来た言葉を、踵まで届く長すぎる紫の髪の少女――トトは、はっきりと口にした。

 

「ひっ!」

「サミダレ、落ち着いて」

「あっ……」

「もう、そんなこと言わないでよ~、ほら、そんな暗い顔をしているから、悪いことしか考えられないんだよ、頬をつり上げれば気分も上げ上げになるよ?」

「…………」

サミダレがあからさまに怯えて、イチノが何とか落ち着けようとトイチから手を離して、彼女の背中を擦る。手を離されたトイチは名残惜しそうに声を漏らし、原因となったトトを睨みつける。

ニッコは常に暗い空気を醸し出すトトに笑って欲しいと語りかけるが、あからさまに無視した。

トトは人を信用しない、そして悲観的な人間性を持った少女だった。

とても長い髪は人に触れるのを嫌っている証、目の下のクマは私達すら信用しておらず、安眠できない証、極度の人間不信の彼女は、同じ境遇たるアカリ達すらも彼女は忌避する。

故に気遣いなどある筈もなく、ただ周りのフミエの能天気が癪に障った彼女は、自分のイラつきを和らげるために、全員を巻き込んだ。

 

………………………

 

トトの発言を皮切りに全員が口を閉ざず。今まで考えないようにしていた恐怖――死が目の前までに迫っていることを突きつけられた、彼女達は、伝染するように体を震わせる

このままでは良くない、そう感じたアカリは勇気を振り絞り、必死に頭を回転させる。

「――み、みんな!」

全員に聞こえるように、張り上げた大きな声は狭い車の中を反響する。

アカリはパニクって正常に起動しない頭を無理矢理回して言葉を吐き出す。口先が上手な、ヨツバ、イチノ、リッカとは違い、皆と出会うまでろくに会話をしてこなかった、アカリの会話能力はおぼつかないものである。

だけど、皆の為になんか話さなければならない、その思いだけで、アカリの口は半ば無意識で動いていた。

「私達『第96亜空間調査部隊』――『クロ』は亜空間へと来ている」

――突如『地球』には『亜空間』へと繋がる次元の狭間が生まれ、そこから湧いて出て来た、後に『バグ』と呼ばれる『亜空間』の生物によって、人類文化は終わりを告げた。

そしてアカリ達、総勢15名の少女達で構成された部隊、『第96亜空間調査部隊』。通称『クロ』は、生き残った数少ない人類が集った『国』によって結成された『亜空間』を調査名目で作られた物だ。

「私達は……望んで、ここに居る訳じゃない」

だけど、『クロ』の面々は決して、隙こんで調査隊に入った訳でも、『亜空間』を進んでいる訳でもなかった。

「それはとっても不幸な事だと思う。だけど、同時にこれはチャンスだと、私は思っている」

『バグ』という人類を滅ぼした存在が居る、『亜空間』にて、そこは人間にとって命の保証なんてある筈の無い死地だ。だが、その一方で数百年たった今でも、『亜空間』とはどういった存在かは未知の部分が余りにも多かった。そんな未知の領域だからこそ、進む先には希望だってあるかもしれないとアカリは考えた。

「この先には地獄かもしれない、だけどもしかしたら天国もあるかもしれない、だって誰も知らないんだから、その可能性はゼロではないよ」

だから、アカリは自分も含めて皆に言い聞かせるように、未知の場所だからこそ、私達の行きつく先が絶望だけではないと、アカリは声を上げた。

「だから、諦めず先に進もう、絶望せず、希望を持って。みんなで―――――」

 

――みんなで、頑張って生き残ろう。

 

神様が居るなら、他に何もいらない、ただこの願いを叶えてください。

アカリは、神を思うたびに、そう祈りを捧げていた。

だけど、叶えて欲しい、たった一つの願いこそ、この世界では、なによりも儚い物だったのだと、叫び声が反響する車内で、徐々に暗くなる視界の中で、アカリは思い出していた。

 

 



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episode1


『クロ』の中で一番動きやすいなと思ったのは、ナナカドです。


今日から君達は栄誉ある任務へと着くことになる。

【私達はそういって無理矢理ここに連れてこられました】

人類が未だ解明できなかった道への探索、もしもこれを成功したならば、君達は英雄となるだろう。

【なにを持って成功となるのか、その答えは誰もくれませんでした】

我々としても、君達の成果を期待している。

【うそつき、なにも期待していないくせに……】

では、諸君ら『第96亜空間調査部隊』の健闘と無事を祈る

【―――嘘つき】

 

「―――――かはっ!」

意識が戻った、アカリの体は生存本能に従い息を大きく吸った、肺に酸素を送り込んでは、二酸化炭素を吐き出すことを数回、落ち着いて来たアカリはぼやけた思考ながら、自分の状況を理解するため、辺りを見回す。

「うっ……あ――こ、ここは?」

身体が上手く起き上がらない、全身が痛い、だけど激痛とまではいかず、少し無理をすれば動け、アカリはゆっくりと身体を起こす。

「――あ、あれ? ここはどこ……車のなかじゃない?」

ここは自分が居た車内ではないと気づいたアカリ。

正方形の四角い室内、『国』に居た時に、一時期『クロ』の皆と雑魚寝していた部隊部屋に似ている。そんな中でアカリはベッドの様な、台の上に寝かされていた。

「くろ?――クロ――?」

頭がはっきりなるにつれ、頭が晴れていき、自分の身に起きた事を、そして『クロ』について思い出していく。

自分は調査部隊としてみんなと亜空間に送り出されて……みんなと――そうだ! 皆は!? 『クロ』の皆はどうしたんだ、どうして私だけここに居る!?

「――み、みんなはっ! みんなはどこ!? ニッコ! イチノ、ナナカド、ヤメ――」

アカリは皆の名前を呼びかけるが、反応が無い。返事が返ってこないまま全員の名前を言い終えた後、アカリは自分が一人になった事を自覚し、恐怖と寂しさから涙が流れ、赤子の様に泣きじゃくりだす。

「みんなぁ……みんなどこぉ?」

【――起きたか】

母親の元から離れ迷子になってしまった子供の様に泣いていると、不意に誰かの声が聞こえた、しかしそれは女性しか居ない『クロ』ではないとはっきりわかる程の、低く男性の声だった。

「えっ? だ、だれ!?」

【泣いているのか? こんな場所で無ければ気が済むまで泣けばいいと言いたい所なんだがね。補給できる水分が無い以上、脱水症状になるから、今すぐ泣き止んだ方がいい】

「だから、貴方は誰なの!?」

痛みなんて気にしている場合じゃないと、アカリは、軋む体を無理矢理起こし、周囲を警戒する

【何をしている? 俺を探しているのか?】

「どこ、どこなの!?」

【気付いていないのか? ――俺はここだ】

「え――」

室内を反響する様なものではなく、はっきりとアカリのすぐ傍、ベットの壁際から聞こえて来たため、ゆっくりとそちらを向くと――声の主が居た。

其処に居たのは、真っ黒い、人の影の様な存在。だが決して蔭ではない。立体的に浮かび上がる、影の顔にある濃い赤色に光る球体が、アカリをじっと見つめていた。

「わ、――わああああああああああああ!!?」

今まで出した事の無い悲鳴を上げるアカリは、ベットから転げ落ちながら、とにかく黒い影から逃げ出すように距離をとる。

「はっ、はっ、はっ!!」

明確な死の恐怖がアカリを襲う。自分の隣に居たあの黒い影の様な存在は、自分を食いに来た『バグ』ではないかと思ったからだ。

アカリは懐から『感電銃』を取り出して、黒い影に銃口を向けた。

『感電銃』、傷ついた箇所をすぐさま直してしまう、高い再生能力を持つ、『バグ』には通常兵器ではあまり効果が無く。そんなバグの再生能力を阻害した上で、効率よく『バグ』を殺傷できるように開発された武器。

『バグ』は地球上の生物と同じく、脳による電気信号の情報伝達によって肉体を動かしている。それは再生能力も同じであり、肉体に何らかの損傷を受けた場合も脳からの命令で肉体の再生が行われる。これは『たとえバグの脳が半壊したとしても』行われる性質であり、この高すぎる再生能力こそ、人類が敗北した要因ともされている。

そんな中、長年の研究によって『バグ』は、外部からの電撃に弱い事が判明、一定の出力での電気を体内に流すと、脳回路がショート、再生能力に加え、脳が完全に活動を停止する。

つまり電気を流すだけで、『バグ』と言う人間の天敵は簡単に殺す事が出来る。

アカリが黒い影に向ける『感電銃』が放つ弾丸は、触れた物に電力を放電する弾丸を発射する、対バグ特化型の拳銃だった。

『ん? いったいなにごとだ?』

これを撃てばバグは、ひとたまりもない、そう教えられてきたアカリにとって、精神的支柱とも言える武器だった。なので動揺を一切見せない黒い影に、アカリの鼓動は、より一層高鳴る。

いや、そもそも、『バグ』は『感電銃』を理解できていないだけではないのか?、というか『バグ』とはこうやって会話が出来る生物なのだろうか? そもそもこの黒い影は『バグ』なのだろうか? 混乱の中、数多くの疑問が湧き出続けるが、答えは一向に出る事は無かった。

「あ……え? ――な、なんで喋れるの?」

パニックが度を越したアカリは、一周回って、ある種の度胸が付き始め、とにかく真っ先に浮かんだことを、黒い影に質問してみる。

【気になっては居たが……それは、銃なのか?】

だけど、質問を別の質問で返されてしまう。

「し、質問に答えて、あ、貴方は『バグ』なの!?」

【『バグ』? それはなんだ?】

「あ、貴方の事よ!?」

【『バグ』……『バグ』?――ああ! もしかして、『ADI』の事か!?】

黒い影は合点がいったと、赤く光る球体(目玉)?を広げた。それは人の瞳の様に瞳孔が開いたように見え。その動作がとても人間らしくって、アカリは彼の正体について、さらに訳が分からなくなる。

「こ、答えて、貴方は一体なにものなの!?」

頭がそれほどよろしくない自分がいくら考えても、黒い影の正体を解明する事は出来ないと判断したアカリは思い切って当の本人に正体を尋ねる。

【まてまてまて、銃口を向けるな。落ち着け、話し合おう】

「答えて!」

【わかったから、銃口を下げろ! まったく俺を傷付けたら、お前も危ういだろうに】

「きょ、脅迫しているの? それに銃を知っているなんて、本当になにもの?」

【ん?――ああ、こんな狭い所で打てば、跳弾の可能性もあるだろ? まぁ、その件に関しても、ちゃんと話してやるから、平和的な態度で行こうぜ?】

アカリはすぐに警戒をほぐす事が出来なかったが、黒い影の言う事ももっともで、そもそも戦ったら勝てるとは思えず、恐怖をこらえながら『感電銃』を閉まった。

【別に仕舞わなくてもよかったんだがな……さて、まずは自己紹介と行こうか、と言っても生憎、俺は自分の名前を忘れてしまってな、後付の名で悪いが、ミストと呼んでくれ】 

「ミスト?」

【ああ、それっぽいだろ? つってもこんなに黒い霧なんぞ天変地異そのものだがな】

「……?」

【……おい、まさか霧を知らないと言うことはないだろうな?】

首を傾げるアカリに、どこか引き攣ったような声色でミストは尋ねる。

「し、知ってる。シャワーとか熱湯から出るやつだよね?」

【それは湯気だ】

「えっ?」

アカリの霧の知識は湯気と間違ってしまう程度しか持っておらず、黒い影は、マジかと声を漏らして驚愕する。

そもそも、アカリは天候と言うものを知らない、それはアカリがバカと言う訳では無く、『クロ』達だって知識として有しているが見た物は存在しない。なぜなら『国』は巨大な施設で構成されており、外と完全に隔離されている場所である。その中でしか生きた事が無いアカリにとっては、天気なんて文字通りお伽噺の世界のものでしかないのだ。

【――まぁ、ともあれだ。お前の名前は?】

「ア、アカリ」

【アカリ、ふむ、名前のイントネーションからして日系人か? 喋っている言語もそういえば日本語っぽいしな】

「ニッケイジン?……それは解らないけど、このアカリって名前は、私の仲間が付けてくれた――そうだ、私の、私の仲間はどこ!? 無事なの!?」

仲間の事を思い出し、もはやミストの正体なんて、どうでもよくなったアカリは仲間の居場所や安否について必死な形相で尋ねる。

【知らん】

アカリの必死さとは裏腹に、ミストの返事はとても冷たい物だった。

「知らないって……」

【お前を引きずるだけで精一杯だったからな、仲間がどうなったかは俺も判らん】

「そ、そんな……」

顔を真っ青にする、アカリは絶望に心が折れそうになる。

【そもそも、お前は自分の身に何があったか覚えていないのか?】

ミストに指摘をされて、アカリは気を失う前の事を思い出す。

「たしか、あの時――」

皆で頑張って生き残ろう。励ますために『クロ』の皆、そう言おうとした瞬間、視界が高速に回転し出したのだ。

「そうだ、あの時、車が吹き飛んで――」

回転する車内、咄嗟のことでアカリは対応が遅れてしまい。車内に何度も何度も叩きつけられてた。そんな中で唐突に視界の映像が途切れてしまったことアカリは思い出した

【おそらくADM……『バグ』だったな。『バグ』が、君達の乗っている運搬車を襲ったんだろう】

「そ、そんな、みんな――!」

『クロ』の皆は一体どうなったのか、仲間の安否を心配する。アカリは奥歯を噛みしめ、軋む体を奮い立たせて立ち上がろうとする。

【どこへ行こうとする?】

「みんなの元へ行く!」

全身の痛みを我慢しながら、アカリは『部屋』の外へと出ようとする。ミストが呼び止めるように声を掛けると、アカリは止まる気はないと強く言葉を返した。

【……そんなに仲間が大事か?】

「あたりまえだ!!」

『クロ』の皆は人間関係に恵まれなかった、アカリにとってようやく出会えた、大切な、仲間呼べる存在だった。だからアカリはなによりも仲間達の無事を確認したかった。

【そうか、まぁどちらにしろ、ここには水も食料も無い、一度運搬車に行って、装備などが残っているかどうか見に行かないといけないしな】

「……ついて来てくれるの?」

【ん? ――そうだな、それにお前だけでは、どこに車があるか、わからんだろ?】

「うっ」

ミストの指摘に図星を突かれた形で、アカリは強い意志とは裏腹に簡単に足を止めた。

きっとミストが止めなければ、そのまま仲間達と合流することなく『亜空間』を彷徨いだしていたに違いないと、アカリは少しだけ冷静になった。

 

『部屋』のドアを開けて外に出たアカリが生の『亜空間』を目の前にした感想は見たことの無い奇怪な場所だった。

『亜空間』の外側はなんとも形容しがたい所だった。目視ではとらえきれないほどの広大さを誇る空間。どこまでも平らな地面とは裏腹に壁や遠くに見える天井などはかなり歪な形をしており、小さな穴だらけの壁や、大きな四角の中に小さな四角い穴が均等に並んでいる。つららような巨大な石など、アカリにとって全てが目新しい光景だった。

「――うっ」

だけど目新しいからと言って、それが人の目に良く作用するとは限らない。アカリは奇怪な『亜空間』の風景に吐き気を感じる程の気持ち悪さを抱き。言い表せない恐怖と寒気を感じ始めた。

【大丈夫か?】

「う、うん、なんとか」

ここで立ち止まっている訳には行かないと、出来るだけ灰色の景色を気にしないようにアカリは前へと進みだした。

【おい、こっちだ】

「え?」

景色を気にしないようにし過ぎてしまったため、初っ端から迷いかけ、慌ててミストの元へと戻った。

 

「……そういえば、結局ミストは一体なんなの?」

ミストの案内の元、特に『バグ』にも合わず、問題も起きず安全に先へと進んでいく、そんな中でアカリは気になっていた事を思い切って尋ねてみた。

自分と並行するように歩く……ではなく、地面を滑るように進む、ミストを見て、好奇心が抑えらなくなったアカリであるが、このタイミングで尋ねたのは仲間の事が心配し過ぎてはち切れそうな心をガス抜きさせるためでもあった。

【ふむ、まぁ……正直に言ってしまえば、多分、俺は『バグ』だ】

「――え?」

それは曖昧で、だけどはっきりとした物言いだった。

自分はバグだと言うミストに、アカリは反射的に『感電銃』のトリガーに指を掛け、抜けきっていた警戒度を最大限まで上げた。

「――さっき、エーディーアイとか言っていたじゃん……」

慎重にアカリはミストに質問を重ねる。彼女にとって『バグ』というのは、子供の時から教えられ続けた、人類の敵。その名を聞いて警戒してしまうのは至極当然の事だった。

【それは、『バグ』の元の名……いや、別称だ。『another dimension insect』、まぁ、簡単に言えば亜空間の虫ってことだな】

「そんなの……聞いたことないけど?」

【まぁ、とにかく、安心しろよ。少なくともお前の敵じゃない】

たった一言で有ったが、不思議とアカリは、それだけで警戒度を一気に引き下げた。助けられたって言うのもあるが、今は彼に縋るしかない状況も関係しているかもしれない。そしてなによりも知識として有している『バグ』となにもかもが食い違う所が大きいだろう。

会話などの意思疎通は不可能、人を見つければ餌を目の前にした獣の様に食らおうとして来るのが『バグ』という存在。少なくともアカリが座学で聞いたのはバグと言う生物はそういうもので、ミストは教えて貰った情報と一致する物がなにも無く、それこそミストが冗談を言って自分を怖がらせただけではないだろうかという勘ぐってしまうぐらいだ。

【わたし疑っていますって顔だな――まぁ、いいさ。今は取り敢えず先に進もう、外に人が居るのは危険すぎる。下手に時間を掛ければ人を食う方の『バグ』に見つかってしまう】

人を食う方と言うのは、『人を食わない方』のミストなりの冗談なのだろうと、アカリは察する事が出来たが全然笑えなかった。

「わ、わかった」

色々と府に落ちていないが、それでも最優先なのは仲間の安否だとアカリは歩みを再開した。

「――そういえば、ミスト。私達よりも前に人が沢山来ている筈なんだけど、それを見たことはある?」

【少なくとも、俺の記憶には、そんな奴らは見たことはないね】

ミストがあの室内の様な空間に引きこもっていたからか、それともミストに出会う前に皆がバグに食べられてしまったからか、それはどっちの意味を含んだものだろうと、アカリは喉を鳴らした。

ちなみに、アカリはミストの話を聞いた時、車内でフミエが言った『楽園』のことをアカリは思い出す事は無く、この二択しか思いつかなかった。

それは既にどこかしら、そんなものはないと諦めがあったからである。

 

しばらく歩くと、アカリは『亜空間』は、まるで様々なパーツが適当にくっついて出来た空間だと思った。

天井が見えないほどの広い空間を進んだかと思えば、ホースの中の様にトンネル状となっている場所もあり、それらの道を進んでいくと、今度は底が見えない大穴が広がっていたりと統一性が一切見られなかった。

幸運なのは、途中複雑な曲がり角を曲がらず、ひたすら曲がっているだけと言う事で、これなら帰りはミストの案内無しでも行けそうだと言う所だが、何時『バグ』が現れるか分らない恐怖に加え、目によろしくない複雑な道を進んでいくと言うのは、心に多大な負担を蓄積していった。

「――あった」

心労がピークを達しかけていた丁度その時、穴だらけのドーム空間に入ったアカリは、その空間の丁度中央に横たわっている車を見つけた。

それが自分達を運んでいた車だと、アカリは判断し、ちゃんと見つかった事の安堵に息を漏らした。

【ふむ、既に無いかと思っていたが、流石に数時間では消えてはいないか】

「みんなっ!」

【まて、落ち着け】

アカリは、みんなの安否を確認するために車まで走りだそうとするが、ミストに止められる。

「どうして!」

【しっ! よく見ろ……車に『バグ』が張り付いている】

「――っ!?」

アカリは慌てて車の方を見やると、ミストの言う通り、明らかに人ではない生物が一体、車の近くに居た。

――『バグ』だ。

生物の正体に気付いた、アカリは一気に体の温度が下がり、背筋が寒くなる。

【俺達の出た先が尻側だったのが、幸いだったな】

アカリは、あの生物に見覚えがあった、ミストとは違う、あれこそが座学で聞いていた『バグ』。

頭は見えないが八本の細い足を持ち、玉虫色の胴体、その特徴を鑑みて種類は『バグ』の中でもメジャーな『八本虫(スパイダー)』で間違いないと、アカリは確信する。

ちょうどアカリ達が出たのが、『八本虫』のお尻側だったのがミストの言う通り運が良かったと、『八本虫』に気づかれていない事にアカリは安堵をして、止まった息を再開する。

眠っているのか、体を地面に降ろしており、『八本虫』は動かないが、人を簡単に殺せる存在が、そこに居るだけでアカリは怖くて堪らなかった。

【『little:S』か、素早いから、逃げる事も出来んし。下手をすれば仲間も来るし、厄介極まりない】

「え?……『八本虫』じゃないの?」

【ん? ああ、多分、それで間違いないさ】

先程から『バグ』と言い、アカリが教えられたものとは違う『バグ』の名称の事が気になるが。アカリは目の前の脅威へと意識を戻す。

「えっと、えっと……『八歩虫』の特徴は、八本の足での素早い動きが得意のと壁を自在に動けること、あとジャンプ力も高い」

【注意するべきは、気づかれたら逃げられないと言う事だ、100ヤード、三秒は伊達ではない、だから気付かれたら最後殺さなければ、こちらが食われてしまう】

「見つかったら逃げられない……」

ミストの説明の中で、アカリは何よりも心に届いてしまった。震えた体を必死で止めようとするが、体は言う事を聞いてくれない。

アカリは喉を鳴らした。自我を持った日から死の象徴として語られ続けて来た『バグ』が目と鼻の先に居るのだ、恐怖を感じないわけがない。

【どうする? いったんこの場を離れるのもありだと思うぜ?】

「いや……逃げない。戦う」

額から冷や汗が噴き出る、呼吸も少し荒くなる、それでもアカリは逃げないと即答した。あの車の中に少しでも仲間が居る可能性があるなら、彼女は死の象徴と戦うと覚悟を決める。

【わかった、なら作戦を立てよう】

「作戦?」

【ああ、あいつを殺すための作戦だ。だからまず、お前が持っている装備を教えてくれ】

「うん、えっと――」

アカリは自分の所持する唯一の武器、『感電銃』を見せた。

【『感電銃』ねぇ――鼻で笑われた玩具が、『バグ』に最も有効な武器になっているなんてな】

「えっ?」

【いや、なんでもない、昔のセールスマンに対する恨み言だ……射程はどうなっている?】

「射程範囲は15メートルだけど、殺傷可能距離は5メートルぐらい」

【――冗談か?】

「……? こんな時に、冗談は言わないよ」

念入りに教えられてきた知識を冗談扱いされたことで、心外だと、アカリは一瞬状況を忘れて、ミストに対して静かに怒りの声を上げる。

【そうか……まぁ、いい、パチンコにも負けそうな物を銃とは呼びたくないが、『バグ』を簡単に殺せる武器と言うのは、有るだけでありがたい】

「それで、どうするの?」

【難しいことは言わん、わざとこちらに気付かせて、カウンター気味に一発お見舞いしろ】

「そ、そんなこと……」

さっぱりとした物言いでミストが言った作戦は、間違いなく失敗すれば、死ぬもので。アカリは出来ないと言おうとしたが、その前に捲し立てるようにミストが喋り出す。

【勿論、俺もフォローはするし、最悪メインは俺に任せて、お前はとどめを刺すだけで良い。あいつは考え無しに真っ直ぐと向かってくるタイプだ、落ち着いていれば、なにも問題はない】

「――それしかないの?」

アカリはミストの作戦を否定している訳では無いが、初めての戦闘、自分の命を賭けた殺し合いにしては大雑把とも言える簡単な作戦に及び腰になっていた。

【ああ、現在の装備と、お前の能力を鑑みれば、これが最も迅速かつ安全な方法だ】

「――うん……わかった」

こうしている間にも仲間達に身の危険が迫っている。怖がっている場合ではないと自分を奮い立たせて、アカリは『八本虫』に向けて銃を構えた。

【いいか、今から俺の言う通りに動けよ、少しずつ、ゆっくりと距離を詰めろ】

「う、うん――」

ミストの言う通り、アカリは右手で銃を持ち、銃口を『八本虫』に向けながら、ゆっくりと歩き出した。

【最後までばれないとは思うな、あいつは音に敏感だ、足音が聞こえる範囲まで近づいたら、必ずこちらに振り向く。今はいいが決して声を上げるなよ】

「はぁ、はぁ――」

アカリは自らバグに接近してく緊張感によって返事する余裕が無くなっていた。呼吸を荒くし、一歩、一歩、着実に『八本足』に近づいていく。

 

――シャーー

 

『八本足』は細い穴から一気に空気が抜けたかのような音を鳴らし、アカリは反射的に足を止めてしまう。

【安心しろ。ただ喉を鳴らしただけだ、気付かれていない、足を止めるな】

「――っ!」

ミストの声を聞いて、幾分か落ち着きを取り戻した、アカリは歩みを再開する。

『八本足』は尻をこちらに向けて、せわしなく頭を動かしていた。まだ気づいている様子はないと、落ち着け、落ち着けと心の中で何度も復唱しながら歩く。

まだ半分も満たない距離、いつの間にか呼吸を止めていた、アカリは無意識の内に深呼吸をしてしまった。

 

――呼吸音がいやに『亜空間』内に響き、それに反応するかのように『八本虫』は体を起き上がらせた。

 

【走れ!】

ミストが叫んだ。

「――っ! う、うああああああおおおおおおお!!」

考えている暇はないと、アカリは走り出した。

走る、走る、走る! 怖い、怖い、怖い!!

「――あああああああああああああ!!!」

『八本虫』が、アカリの方に向き、八個のエメラルドの様に輝く瞳と眼が合った、

【撃て!!】

「――当たってえええ!!」

アカリはミストの合図と共に、『感電銃』のトリガーを引いた。

カスンっと乾いた音と共に、弾丸が発射された。それは真っ直ぐと『八本虫』に向かっていく。命中すれば『八本虫』を殺傷する事が十分可能な射程で放たれた弾丸だったが、アカリの祈りとは裏腹に、弾丸は『八本虫』の隙間を縫うように通り過ぎていった。

「――あ」

一瞬、バチッと車に電流が走った、『雷撃弾』が当たった時の反応だ。つまり弾丸は『八本虫』に当たる事なく、車に命中してしまったという証明でもあった。アカリは、それを見て絶望する。

そもそも、走っている最中に、それも片手だけで撃った弾丸が当たる方が稀だ。さらに恐怖に心が支配され、アカリの手は酷く震えており、銃身がぶれまくっていた。つまり弾が外れたのは、運が悪かったのではなく、むしろその逆、奇跡が起きなかった、それだけである。

 

――シャアーー!

「――あ」

気が付いたら、自分の頭上よりも高く、跳躍し、襲い掛かって来た『八本虫』が居た。アカリは自分の死を感じ取った。走馬燈を見る事も無く、なにか生き残れる案が一瞬にて思い浮かぶ事も無く、アカリは頭が真っ白にし、体を硬直させた。

 

――死んだと、アカリは恐怖のあまり、目を瞑った

 

【まぁ、予定通りさ】

襲われたにしては、痛みが無く。どうなったのだと目をつぶったまま怯えていると、ミストの声が聞こえて来た。そこでようやくアカリは恐る恐る目を開く。

「えっ? どうして?」

最初に彼女の目が捉えたのは腹部を鋭利なもので切り裂かれた様な傷跡が出来た『八本虫』が後方へと吹き飛んでいく姿だった。

キュウー、キュウー、キュウー!

地面に落ちて、苦しそうにうめき声を上げる、『八本虫』。その腹部には確かに五本の傷跡があり、アカリは一体何があったのかと混乱する。

【すぐに再生するし、仲間も呼び出すから、早くとどめを刺せ】

「えっ? ……あ、う、うん!」

自分は助かったのだろうかと考える暇もなく、ミストに言われるがまま、アカリは『八本虫』に近づき、今度はしっかりと狙いを付けて、トリガーを引いた。

―キュウゥ!―――――

車に当たった時と同じく、銃弾が当たった『八本虫』の体から電気が迸り。叫んで飛び跳ねたと思ったら、一瞬にして完全に動かなくなった。

「し、死んだ?」

【そうだな、ご苦労さん】

「そ、そう――よ、よかった……よかった!」

命の危機が過ぎ去ったことによってアカリは安堵のあまり、その場にへタレこみ泣きそうになる。

「で、でも一体なにが?」

【いっただろ、メインは俺に任せろって】

「ミストがやったの?」

やったとは『八本虫』に付いていた鋭利な刃物で切り裂かれたような爪痕のことだ。真っ黒い影の様なミストを見る限り、あんな切り傷を作れる、刃物や爪などは見えないが、一体どうやったんだろうかと、アカリは疑問に思う。

【まぁ……な、ほら、ここに居続けても、また新たなバグが来るかもしれん、迅速に動け】

「そうだ、みんな!」

勝利の美酒に酔いしれる暇はないと、抜けた腰に力を入れて強引に立ち上がり、車へと近づく。

皆いるの? 確認するのが怖い、でも早く確認しないと――ちぐはぐな考えが、体を鈍くし、足を遅くするも、着実に進んでいく。

「みんな、みんなっ! みん―――な―――?」

 

――なにか、なにか柔らかい物を踏んだ。そこは『八本虫』が、元居た場所。

なにをふんだんだろう、足になにが居るんだろう、そういえばどうして『バグ』は、あそこに居たのだろう、地面に座ってなにをしていたんだろう、何があるか確認しないと、いやだ、見たくはない、でも、はやく、いやだ、だから、いや、みないと、みないと、みないと――

 

「――――ナナカド」

 

アカリが踏んだのは、ピンクのツインテールが特徴の少女、ナナカドの手だった。

「……ナナカド?」

ナナカドの瞳孔が開いた瞳と、アカリの目が合った。何時もいやらしい笑みを浮かべていたその表情に生気は無い。

「ナナカド……どうしてそんなところで寝ているの? なんで……なんで腰から下が無いの?」

アカリは膝を地に付け、ナナカドの手を掴んだ。その手はとっても冷たくって、胸を触られた時に感じていた温もりが無くなっていた。

「ナナカド。返事をして? 今なら好きなだけ胸を揉んでいいから……ね?」

ナナカドは、女性で有りながら、女の胸が好きだ、特にアカリの胸を気に入って、毎日執拗に狙ってきた。そんなナナカドにアカリは仲間相手だと警戒をいつも解いてしまっていて、毎日のように胸を揉まれていた。

いや、それだけじゃない、アカリはある意味、ナナカドの行為を許していた。悪い大人に連れていかれて、調査部隊の隊員に無理矢理させられた時、絶望に身を任せていたアカリの最初の友達になったのが、ナナカドだったからだ。

自分に元気を与えてくれ、胸を揉むという最低な行為だったが、人の温かさを思い出させてくれ、皆に心を開く切っ掛けを与えてくれた、自分を生まれ変わらせてくれたすべての起因は、ナナカドだった。

――アカリの胸を揉むと、お胸パワーが私の中に注入されて、超元気になる。そう力説する彼女に、アカリも、また元気を与えられていたのだ。

そんなナナカドが死んでいる、目は何処までも空虚に天井を見つめ続け、腰から下と片方の腕を『バグ』に食べられて死んでいた。

 

――アカリのお胸に触れば、死んでも生き返りそうだよ――

 

【――諦めろ、すでに……人ではない、体が汚れるだけだ、感染症を避けるために、血だらけの遺体には出来るだけ触れない方がいい】

ミストはナナカドの手を自分の胸に押し当てようとした、アカリを制止させる。

「だって、ナナカドは私の胸を揉んだら、生き返るって言ったんだ……」

【アカリ】

名前を呼ばれただけだったが、その中に含まれている意味を、アカリは全て察した。

死んだ人間は生き返らない、止めておけ。そんな当たり前な事、アカリはわかっている、だけどミストに反論する。

「だけど! だけど……せ、せめて一回だけ試させて? ナ、ナナカドなら、きっと」

【アカリ】

「――ナナカドは! こんな簡単に死ぬ人じゃない! 逃げるのが得意で、チーム戦の時とかはいっつも最後まで残ってっ!……戦うのは苦手だったかもしれないけど、とっても機転が利いて。自分だけ美味しい所をもっていったりもして。ああ、どんな目に合ってもナナカドだけは生き残るだろうなってみんなで笑い合って――ナナカドは……そんな……ナナカドは……言っていたんだ。私の胸に……満足するまで……死ねないって……」

現実を否定し続けていたアカリだが、最後の方では、もはや声が震えてしまっていた。

「あ、あ、う……あ、ナナカド――ナナカドぉ! なんで、なんで死んでるのよ!! ――ななかどぉ……私を置いていかないでよ! うあああああああああああ!!」

ナナカドが死んだことを受け入れてしまったアカリは、腹の底から、喉が壊れるのをお構いなしに叫ぶ。

ナナカドが死んでしまったことにより、アカリの心は欠けてしまったかのように、感じたことのない喪失感に襲われてしまい、その苦しみに耐えられない彼女は泣きじゃくる。

そんなアカリに、ミストは何も言わない。こうなってしまった以上、なにを言っても無駄だと理解しているからだ。彼が出来る事は、叫びに反応して近づいてくる『バグ』が居ないかを注意する事だけである。

諦めて、アカリの気がすむまで、好きにさせよう。そうミストが覚悟をした。

 

――ガン、ガン、ガン! っと、どこからか音が聞こえて来たのは、そんな時だった。

 

【おい、おい! 聞こえるか!?】

「う、あ、うぇ――?」

何度も、何度も、金属を強く叩く音が聞こえて来た。

ミストは慌てて、アカリに声を掛ける、するとアカリもまた音に気付き、まさかと意識を集中する。

「あ……あ……!」

アカリは、無気力となっていた体を奮い立たせて、転げながらも音が鳴る場所へと近づいていく。その音が鳴っているのは、車の中からだった。横倒れに成っている車をよじ登り、アカリは扉に手を掛けた。

「うっ――はぁ!」

内側からロックがかけられており開かなかったので、アカリは力を入れて、扉をこじ開けた。

【うわっ、何かくせぇな……これは血となんだ?】

「誰か居るの!? 居たら返事をして!」

アカリは泣いて乾いた喉を唾液で湿らすよりも前に、車の中に向けて叫んだ。

助けに来たとは、アカリは言えなかった。むしろ彼女の叫びは、自分をどうか助けてくださいという命乞いにも似た願いだった。

「……お願い、誰か居てっ! 返事をしてっ!」

ナナカドを失い、心が弱り切った彼女は、これ以上誰かが死んでいる所が見たくないと縋る様な思いで、叫んだ。

――アカリ?

声が聞こえた時のアカリの喜びは推し量れるものではない。ナナカドの時とは違う意味で泣きそうになる、彼女は車の中に居た二人の人物の名前を口にした。

「トヨネ、ニッコ!」

眩しい蛍光灯に照らされる車内の中、扉から一番距離が遠い隅っこに座る二人……トヨネとニッコに近づく。

「よかった、本当によかった!」

「アカリっ! アカリ!!――ケホッ、ゲホッ!」

トヨネは大声を喘げてしまった、影響でせき込んでしまった。その瞳には涙が浮かんでいるが、それがせき込んで辛いから流しただけの涙ではなかった。

「トヨネ、大丈夫、ああ、本当に生きてて、よかったっ! よかったよ!」

嬉しさのあまり、心が落ち着かない彼女はおぼつかない口調で喜びを表し、毛布にくるまっている二人を覆いかぶさるように抱きしめた。

暖かい。ナナカドから感じた死の冷たさはなく、しっかりと人肌を感じられることに、アカリの心が癒されていく。

「アカリ……? 本当にアカリなの?」

こちらを見ないまま、ニッコは本当にアカリかとトヨネに尋ねる。

「うん、アカリが、アカリが帰ってきたんだ!」

「そ、そうなんだ、無事だった、嬉しい、本当に嬉しいよ!」

ニッコもまた震えた声で本当に嬉しそうに、アカリが生きていたことを祝った。

「えっ、アカリ――それって?」

「それ?」

喜ぶ中で、唐突にトヨネはビクリと驚愕した様子でアカリに尋ねる。アカリは、それとはなにかと自分の左側に目を向ける、トヨネの目線を追っていくと、そこにいたのはミストだった。

「あ……、怖がらなくて平気だよ、この人はミストって言って、私を助けてくれた人なの」

ミストの風貌が怖かったのだろう、怯えた様子で顔を青くしたトヨネの落ちつかせながら、ミストについて、簡易的に説明する。

「……人?」

たしかに人には見えないかと、自分の口下手さ加減に嫌気がさす。

【感動の再開を邪魔して悪いが。お前の叫び声で『バグ』がよってくるかもしれん。こいつらと食料を持ったら、戻るぞ】

「ごめん、後で説明するから、今はここを出よう」

ミストの言う通り、いつ『バグ』が来るかもわからない、この場から出来るだけ早く離れようと二人に話す。

「え、あ……で、でも、一体どこに……」

「だいじょうぶ、安全な所を見つけたんだ」

【あそこはちょっと特殊でな、『バグ』が立ち寄れない場所になっている】

アカリは、そうなのと言いそうになるのを、何とか飲み込んだ。安全と言いながら、『部屋』の事を知らなかったのを知られるのは、二人を不安にさせるだけだと思ったからだ。

「――わかった、アカリに付いていくよ」

「二人とも歩ける?」

「わたしは大丈夫だけど――ケホ、ニッコが……」

「ニッコ? どうしたの、どこか痛いの?」

アカリがそう尋ねると、ニッコはゆっくりとこちらを振り向き、トヨネにうずくまり見えなかった顔を見たアカリは息をのんだ。

「――っ!……ニッコ」

ニッコの顔を見て、アカリは息が詰まる、声を聞いてアカリの正確な位置を知ったニッコは少し振り向き過ぎた顔を戻し、笑みを作った。

そんな彼女の目元には血が付いた包帯が巻かれており、両目が閉ざされていた。

「ご、ごめんね。アカリ、ニッコ、もうアカリの事見えないの……」

目が見えないと笑うニッコ。アカリは震える手で、ニッコの包帯をずらし目元を確認し、息をのんだ。

【……完全に眼球がやられているのか】

「車が倒れた後、真っ先に、みんなの為にってケホッ……外の様子を確認しようと、扉を開けたら、タイミング悪く『バグ』が目の前に居て。そのバグに目をやられちゃったの。その後皆で協力して倒したけど……ケホ、ゲホ!」

「そんな……」

咳き込むトヨネの背を撫でながら、アカリは悲痛な面もちでニッコを見やる。するとニッコはアカリとは正反対に、ニッコリと何時もの様に明るい笑顔を話す。

「で、でも、こうやってアカリと、また会えたから、悪い事ばかりじゃないよ」

「ニッコ……」

ニッコは笑った。その笑顔は無理矢理作られたものではなく、アカリの再開を心の底から喜んでいた。そんなニッコの笑い顔を見て、アカリは少しだけ心が和らぎ、彼女もまた微笑みを浮かべた。

ニッコには昔から人を笑顔にする才能があった。目が見えなくなくなってもなお、その才能が霞んでおらず、自然と笑みを作ったアカリは、ニッコは本当にすごいと思った。

「……ニッコ、歩ける?」

「うん、誰かに手を繋がれながらなら、自分の足で歩けるよ」

「だったら、わたしが繋いでいるよ」

「トヨネ……平気?」

「平気だよ、私もニッコの為に何かしたいし……ケホッ、ケホ!」

そうは言うが、咳き込むトヨネを見た、アカリは余計に不安になった。

だからといって、二人の手を引いて移動するのは、なにかあった際に危険かもしれない。しばらく悩んだ、アカリは断腸の思いで、ニッコの事はトヨネに任せる事にした。

「わかった、周囲の警戒は私とミストに任せて」

【勝手に決められた、まぁいいがな。それと食料があるなら回収を忘れるな】

「そうだ、トヨネ。食べ物とかある?」

「みんなが外に出て行った時に、自分の分はってイチノが置いて行ってくれた分だけ……」

そこにあったのは、二本の水が入ったペットボトルと二袋のクラッカーだけだった。その近くには、空のペットボトルが、一本あり、ここに居る間、トヨネとニッコが食べたようだ。

「みんな、外に出て行ったんだ……」

ナナカドの死体を見て、仲間の生存が絶望的だと思っていたので、この『亜空間』のどこかに居るというのは、アカリにとって朗報でしかなかった。

【しかし、これだけの物資しかないのか?】

「残りは、みんなが全部、ケホ……持って行っちゃった。残ったのはこの箱に入っていたものだけだったよ」

「これって……?」

【段ボール箱か?】

「運転席に置かれていたもの……ケホ。包帯も、この中にはいっていたの」

後部座席から行けず、一度外へと出ないといけない、この車の運転席。しかし運転席と言うには、ハンドルやペダルの類が全て取り除かれており、人の手では何も操作が出来ないようにされている。

トヨネが言うには、そんな運転席に置いてあった箱は、車の中に居残る事になった、トヨネ達の役に立てばとイチノが置いていったらしい。

「この毛布とかも全部、箱の中にあったものだよ」

そう言って、トヨネは毛布に隠れて見えなかった、手に持っていたトンカチをアカリに見せる。トヨネはこれを使って、車を叩き、アカリに自分達が居る事を知らせたのだ。

車に居る時に見た覚えのない、道具があったかと思ったら、そういうことかとアカリは納得し。また、トンカチでトヨネが音を鳴らさなければ、ナナカドが死んでショックを受けていた、自分は車の中を見なかったかもしれないと、道具を置いて行くと言う判断を下した、イチノに感謝の念を送る。

「わかった、箱は私が持って歩くよ。とりあえず道具とか食料とか全部、箱の中に詰めて」

【なんだこれ? まるでおもちゃ箱みたいだ】

アカリは段ボール箱を開く、中には様々な小道具が、雑多に引き詰められており、統一性が一切無かった。布で出来た小さな女の子の人形に、タンバリン、髪で作られた鳥等など明らかに『亜空間』に持っていくものではないものが、敷き詰められており、ミストはなんのために用意されたものだと首を傾げた。

【ん? おい、アカリ。ちょっとその紙を広げてくれ】

ミストは水等を箱の中に積み込もうとしたアカリに、箱の中に入っていた、折りたたまれた、小さな正方形の紙を広げてほしいと頼み込む。アカリは不思議そうにしながらも、ミストの言う通りに紙を広げた。

「えっと、なんだろう、なにか書かれているけど……」

紙には、くねくねと曲がったものや、まるでなにかに引っ掛けそうなものや、円や円から上や下棒が突き出てたり、円の半分のだけな奴などが書かれていた。それが意味する事を、アカリはわからず、昔暇なときに地面に書いた、落書きを思い出し、それと同じ物かと判断する。

【――『sorry』『good rack』】

「そーりー? ぐっとらっく? それってなに?」

【そうだな……まぁ、お前達のことだよ――そうか……この、車は棺桶か。そしてこれは弔い品……にしたって、もう少し送る言葉があるだろうに――】

ミストが、アカリが言う落書き――文字を見て、そう口にした。アカリは意味が解らず、ミストに尋ねるも、彼は悲しげに曖昧な返事をし、それ以降、アカリを無視して、一人で何かぶつぶつと呟きだした。

ミストの言っていることは、相変らず、なにひとつ理解できなかったが、ミストの悲し気な声色に思う所があり、今はトヨネ達の事もあって、アカリは、それ以上追及はしなかった。

 



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episode2

ミストさんは、たばこが似合いそう


外へと出たニッコとトヨネは、当初の予定と違い、アカリ、トヨネ、ニッコの順に手を繋いで、『亜空間』を進んでいた。

「ごめん、アカリ」

「ううん、見えないなら仕方ないよ、ニッコも平気?」

「うん! ちゃんとトヨネの手を繋いでいるよ」

その問題と言うのは、そもそも目が機能していないニッコは勿論のこと、トヨネもまた『亜空間』内部が見えなかったのだ。

車の外に出て、初めて発覚したことだが、何故かはっきりと『亜空間』内を見えるアカリとは違い、トヨネから見える『亜空間』は完全な暗闇だった。

なので、トヨネはアカリの手を繋いで進む事となった、元々アカリの持つ予定だった、荷物は、現在ミストが持っている。

「でも、どうしてアカリには『亜空間』内が見えるんだろう?」

「わかんない……人によって違うとかあるのかな?」

「アカリはアカリだからかも! サミダレも名は自分をあらわすとか言っていたし」

「ふふっ、そういえば、そんなこと言っていたね」

多分、その言葉を最初に言った当の本人は冗談で言ったものなのに、それを分っておらず、本気でそうかもと思っているニッコに、アカリは吹き出してしまう。

だけど、もし名前が影響して『亜空間』が見えるのが本当なら、サミダレにあったら、この名前を与えてくれた事に礼を言おうとアカリは思う。

遠くの方まで、はっきりと『亜空間』の中が見える、アカリが先導し、ミストに周囲を警戒してもらいながら、三人は『部屋』がある場所へと無事に戻る事が出来た。

 

「――でも、どうして、こんな場所があるの?」

ニッコとトヨネは、元々アカリが寝て居たベットに横になると、緊張と恐怖でかなり疲労していたらしく、すぐに意識を手放した。

熟睡する2人に毛布を掛けながらアカリは、心に余裕も出来たこともあり、ミストに、この『部屋』について尋ねる。

まるで『亜空間』と言う世界から、隔離されているような室内。白い壁に、長方形のテーブルと四人は座れる椅子。そしてアカリが寝かせていた石の様に固い寝台。明らかに『寝室』と言える人工的な場所が、どうして『亜空間』にと、アカリは疑問に思っていた。

【知らん】

「ええ……ミストって、ここで暮らしていたんじゃないの?」

アカリの質問に僅か三文字で話を切った、ミストに文句を言う様にジト目で睨む。

【知っていたが、暮らしては居なかったさ。『バグ』らしく、あっちやふらふら、こっちやふらふらと『亜空間』をさまよっていた筈だ】

「『バグ』……ミストって本当に『バグ』なの?」

【多分な】

「多分って……自分の事なのに、どうしてわからないの?」

最初は性質の悪い冗談かとも思ったが、どうもそうではないらしく、彼は至って本気で曖昧に返答する。

自分の事なのに、そんなに曖昧な答えしか出さないのだろうと、アカリは不思議に思って、さらに質問をぶつけてみる。

【――『亜空間』という環境は、『バグ』しか生きる事を許さんのさぁ】

「どういうこと?」

いまいち、答えになっていないミストの言う事に、アカリはより一層、頭に疑問符を浮かべた。

【そんな難しいことじゃない。この摩訶不思議な空間はな。なんでも生き物を『バグ』に変えちまうのさ】

「……え?」

アカリは一瞬、ミストがなにを言っているのか理解で居なかった。・

バグの時といい、あっけらかんと語られる内容は、余りにも重すぎて、アカリの脳みそは、一度ではかみ砕くことが出来なかった。

【だから、まぁ見た目的にも、俺は『バグ』なんだろうがね。だが、体が無かろうが、感情と言うのが稀薄になってようが、客観的にしか判別できないほど、俺は自分が『バグ』だと言う認識が薄いんだよ。これも『バグ』なった影響と言う奴かね……】

ミストの赤く光る球体が、侘しく揺らいだ。アカリは顔を真っ青にして、震える指でミストを指す

「ちょっとまって、ミスト……あなたは、もしかして――人間、なの?」

【元が付くがな。ああ、そうだ】

信じたくはなかった、出来れば否定してほしかった事実が、ミストの口からはっきりと告げられた。

「ちょ、ちょっとまって、ミストは元人間で、ここに居たから『バグ』になったっていうことは、いずれ私達も……『バグ』に変わるの?」

多大なショックを受けながら、アカリは必死に頭を回転させて、ミストから得られた情報を整理していき、最悪の可能性に行きあたる。

【ああ、そうだ】

アカリは出来れば否定してほしかった問いに、ミストは、これもまたはっきりと躊躇いなく是と答えた。

「そんな……」

【まぁ、心配いらんさ、『バグ』に成るって言っても、完全に変質するには5日か7日は掛かる、お前さんらの場合は、その前に餓死か、あるいは食われるかのどっちかの方が可能性は高いだろうな】

もう何度目か解らない、絶望がアカリを襲う、一応、ミストは落ち込むアカリにフォローをいれるが、それはそれで別の問題が代わりにのしかかっただけに終わってしまった。

「ミスト――この部屋で生活していれば、私達は『亜空間』で暮らしていける?」

【無理だ】

ミストのことをアカリは、何となく理解して来た。正体こそ、多分『バグ』以外、不明の状態であるのは変わりないけど、少なくとも性格は物事に関して、はっきりと口にするタイプらしい。

【俺も分らないが、この部屋は奇跡的に『亜空間』の影響を受けない場所になっている。しかしだ、『亜空間』には人が口に出来る物はなにもないだよ。車から持ち出した食料を三人で分けたとしても、二日も持つまい】

冷酷すぎる現実に、アカリは打ちひしがれる。さらにミストは追い打ちを掛けるように、冷静に状況分析した未来を語った。

「――じゃあ、じゃあどうすればいいの? 私達は何処へ行けばいいの!?」

ここには居ない仲間達と早く再会を果たしたい。だけど、再会した後はどうすればいいのかアカリはこれっぽっちも考え付かなかった。例え、みんながここに集まったとしても、すぐに飢えて死んでしまうのがオチだ。

だったら、ほんの砂粒の可能性でも、フミエが言った、『亜空間』の何処かにあると言われている、楽園を探すしかないが、いったいどこを探せばいいと言うのだろうか?

帰るなんて論外だ。あの大人たちは決して許しはしない。

立ち止まる事も出来ず、前に進むために必要な目印も存在しない。そんな中で仲間達を探しに行くのが、本当に正しい選択なのか。

――最悪……トヨネ、ニッコ達さえいれば……。

そんな暗い気持ちが、アカリの心をかき乱し始める。

【……そういえば、聞いて居なかったが、お前さんら、結局どういった事情で、『亜空間』に来たんだ?】

――ミストの声を聞いて、正気に戻ったアカリは、自分は何を考えていたんだと、意識を切り替えるように首を横に振るい、ミストの質問に答える。

「私達は『第96亜空間調査部隊』、みんなは『クロ』って呼んでいて、この『亜空間』に来たのは一応調査の為になるのかな?」

【調査部隊だと?】

ミストは、アカリ達が『調査部隊』だと、にわかに信じられなかった。そんな反応にアカリは否定する事無く、自傷するように薄暗く笑った。

「そうは見えないよね。だって本当は『亜空間』の事なんてどうでもいいんだもん。調査部隊なんて、私達を『亜空間』に捨てるために作られた理由なの。なんでも、世間体?っていうのが、ただ殺すだけじゃ許してくれないらしくって……本当、面倒だよね」

面倒と言うのは、アカリの本心から来る言葉だった。『亜空間』に送らずとも、その場で殺してくればいいのにと、これまで何度も思っているからだ。

生き残った人類は遠の昔に『亜空間』を知る事を諦めていた、それ故に、『亜空間』の使用方法としては、リサイクルすら不可能な『ゴミ』を放棄する、都合のいい場所ぐらいしか扱われていない。

その『ゴミ』と言うのが、アカリ達『クロ』の様な、将来的に不必要と烙印を押された、年端もいかない子供達であり、つまり『亜空間調査部隊』とは、世間的な目を考慮して出来上がった、都合のいい、口減らしの部隊である。

【なるほどなぁ、そんな学生みたいな服装も、冗談みたいな装備も少なさとか、そういうわけか。……ということは、お前達は捨てられて、ここに居ると言う、俺の予想はあながち間違いと言う訳では無かったのか】

「間違いもなにも、大当たりだったよ」

アカリは熟睡している、トヨネの頭を撫でる。それだけでアカリの心は軽くなるのを感じ、口元が緩むが。ふと思い出すのはナナカドの遺体。寝息を立てている、トヨネの背中には、アカリが抱きしめたさい、ナナカドの手に触れた時に付いた血が手形の様に付着していた。

それが、なんだかトヨネ自身の血に見えてしまい、トヨネ達もまたナナカドのように動かない肉になってしまうのだろうかと、悲痛な未来予想が彼女の精神を削る。

【そうか……帰りの便は用意されているのか?】

「聞いていない」

成果を期待していると言われ送られたが。その成果をどう報告すればいいのかは一辺たりとも聞いたことは無かった。そもそも、悪い大人たちにとって、捨てたモノが帰ってくるなんて、一番嫌がることだ。それを考えれば帰る手段なんて用意されている筈が無かった。

「――アカリ?」

「ニッコ、起きたの?」

ミストとアカリの話し声に反応し、ニッコが微睡みながらアカリの名前を呼んだ。

「アカリ?」

「それは、トヨネだよ」

「あ、そうだったんだね」

ニッコはトヨネの体に触れて、アカリと間違えた。まだ盲目に慣れていないらしく、聞き耳や手探りに何かを測ろうとするも上手く行かない。

「アカリ……」

探しても、探しても、アカリが分らない彼女は、なんだか怖くなって、助けを呼ぶようにアカリの名前を呼んだ。

「私はここだよ、ニッコ」

「あ、アカリだ……」

アカリに手を握られ心底安心したように、満面の笑みを見せるニッコ。見続けて来た変わり映えのしない、暖かい笑顔だ。

だけど血まみれのままに巻かれている包帯で目元を隠した、ニッコの笑顔は、アカリに温かさと共に、悲壮感も与えていた。

アカリは、先ほどとはうって変わって、ちゃんと笑う事が出来なかった。それをニッコに悟られてはいけないと、誤魔化すように話を振るう。

「――もう、体は大丈夫?」

「うん、まだちょっと眠いけど、もう痛みは引いたよ」

「痛かったの?」

「目がちょっとね、熱くなって、すっごく痛かったけど、でももう痛くないよ」

「……そっか、もう痛くないならよかったね」

「うん!」

眼球が無くなってしまう、それがどれだけの痛みと苦しさを生むのか、両目とも未だ健在なアカリは想像が出来ず、ニッコの言う事もどこか客観的に聞き取ってしまった。

アカリが、こんな適当なことしか言えない自分に腹立たしさを感じる一方で、ニッコは嬉しそうに頷いた。

「あう……」

「まだ眠いなら、無理しないで寝よう?」

「でも……アカリと、もっとお話ししたい」

「話しなら、起きてからでいいから……いまはゆっくりと休んで、ね?」

アカリはミストから聞いた情報の衝撃が回復しておらず、正直言えば、あまり精神的余裕は無かった。だからニッコには悪いが、出来ればもう少し寝てほしいというのがアカリの本音である。

「そっか、そうだよね……起きたら、また話せるんだよね」

「ニッコ……」

「アカリが死んだかと思って、本当に悲しかった。だからこうやって、またアカリの声が聞こえて、おしゃべりが出来る事が本当に嬉しい……」

「ニッコ……やっぱりなにか話そう、喋りながらの方がきっといい夢を見れると思うし、私も、ニッコと、すっごいお話ししたい」

「ううん、やっぱいい。アカリとのおしゃべりは起きてからの楽しみにする」

アカリは、心に余裕が無いとはいえニッコと話すのを面倒だと感じた自分を恥じ、内心で自分自身を強く叱りつけた。だから改めて、ニッコに話そうと提案するも断われられた。

「そっか……じゃあ、今はたくさん寝ようか、そして起きたら、一杯お話ししよう?」

間違いなく、ニッコは気を使ってくれたと、改めて自分に嫌気を差しながら、アカリはそう約束を取り付けた。

「うん!……アカリ?」

「なに?」

「いま、ニッコリしてる?」

「――うん! 私ニッコとトヨネに会えて本当に嬉しいよ!」

どうしてニッコ、笑っているかを聞いて来たか、アカリにはわからなかった。咄嗟に笑えていると言う事は出来ず、少し妙な返答となってしまった。

正直、アカリは上手く笑えていなかった。声色だけは何とか明るく振る舞っているが、その顔は今にも泣きそうで、ニッコに本当の事を言う事が出来なかった。

「――そっか、よかった」

それから手を握ったまま、静寂の時間が、しばらく続くと、ニッコは何時の間にか寝息を立てた。

 

「――どうしたらいいの?」

ニッコが寝息を立て始めると、アカリは本音を漏らす。ニッコとトヨネを死なせたくはないと考えるが、現状、体の弱いトヨネ、目が見えないニッコ。そもそも人間が生きていけるように出来ていない『亜空間』で生きる事は不可能に等しく、自分の命を守ることよりも、二人を守るのは、残酷な程難しいことだろうと苦悩する。

アカリは必死に頭を働かせるが、ちっとも思いつかない。そんなアカリに救いの手を差し出したのは、やっぱりミストだった。

【――少しいいか? これはあくまで可能性の話だが、助かりそうな方法を思いついた】

「っ!? 本当!?」

【嘘じゃねぇから、少し声を下げろ、こいつらが起きてもいいのか?】

「あ――」

藁をもすがる勢いで、ミストの言葉に反応してしまい、注意され、慌てて両手で口を閉ざす。トヨネ達を見ると、起きた気配はなく。一安心した後、改めてミストにどういうことかと尋ねる。

「そ、それでその方法って」

【簡単に言えば、成果を持っていけばいいんだよ。そうすれば相手だって無下には出来んだろう】

「成果って、さっきミストが話した『バグ』についてとか?」

【それは、多分悪い大人連中は知っているかもしれんな、話したら、むしろ命をとられかねん】

「…………」

何故駄目なんだろうと、少なくとも私は知らんかったし、貴重な情報ではないかとアカリは思ったが、ミストの説明を聞いて、理解し顔を青くする。

確かに、『バグ』の中には元人間も居ると言う情報は恐怖でしかなく、あの大人達なら知っていて隠していてもおかしくない気がしてきた。

【安心しろ、少なくともこいつらの命が助かりそうな、とっておきの情報を教えてやるよ、ただ口頭だけじゃ説明しづらい、ちょっと外へ出るぞ】

「でも……トヨネ達を置いておけない」

【安心しろ、外と言っても、ここのすぐ裏手だし、ほんの少しだけだ】

「……うー、わ、わかった」

トヨネ達と離れる事が不安なアカリは難色を示すも、目的地が近いことを聞くと、それならと、アカリは二人を起こさないように、出来るだけ音を立てず『部屋』を出た。

 

外に出ると、アカリはミストが示す通りに、『部屋』の裏側に回り込み、アカリは歩いていく。

【まず、お前は『亜空間』の事をどれだけ知っている?】

「あんまり知らない。大昔に突然『地球』と繋がって、そこに生きる『バグ』が沢山襲い掛かってきて、人間がいっぱい殺されたってぐらい」

『亜空間』以前、人類は世界が自分達の物だと、と言うぐらいの文明を気付いており、人口は70億人を超えたとか、大半の人間は食べる物に困らない程の生活が約束されていたと言うが、それは完全な眉唾ものだろうとアカリは思っている。

【間違ってはいないが、本当に必要最低限教えられたって感じだな】

「――他にもいっぱい聞いたけど、あんまり覚えていない」

必要最低限のことしか教えられていない、それはそうなのだろうが、他にも色々と教えられてはしたが、アカリはその大半を覚えては居なかった。

【なんだ、お前、バカだったのか?】

「バ、バカじゃない! ただ、その……いらない知識は覚えないことにしているの」

【なにが必要になるか、よくわかってなさそうな癖に】

「む、むぅ~」

ミストのバカ発言に反論するも、図星を突かれて、アカリは唸る事しか出来なかった。

そういえば、何時も成績がトップのトュエルブと、二位のヤメに教えて貰っていったことを思い出す。

トュエルブは厳しく、間違えるとすぐ怒るが、正解するとちゃんと褒めてくれて、飴と鞭のバランスが絶妙だった。いっぽうヤメは間違えようが正解しようが、感情を動かす事はなく、常に淡々としていた印象だ。

「――――」

アカリは、二人にしごかれて、成績が中途半端ないし悪い人間を集めて開いた、勉強会の風景を思い出す。トュエルブは忙しそうに怒ったり褒めたりし、ヤメはあくまで自分のペースを崩さず、ナナカドはストレス発散と言ってアカリの胸を隙あらば揉もうとして、ニッコが頭を捻り過ぎて笑顔が歪み、ココノエは爆睡していていた。

 

あの頃は、とっても楽しかった。本当に楽しかった。でも、もう戻らない。

 

皆は無事なのだろうかと胸のざわつきが強まるアカリだったが。いまは考えても仕方がないと無理矢理頭の片隅においやり、歩きながらミストの話に集中する。

【『亜空間』というのは、『世界』とは違う、かといって『宇宙』でもない、この空間を種別して名付けるなら、次元の狭間というものだ】

「狭間?」

【ああ、本来は物質が存在しない無の空間なのだが、『世界』の物質を食らって広がってしまったのが、この『亜空間』という場所なんだよ】

「……?」

ミストは、わかりやすく簡潔に話したが、それでもアカリは理解できなかった。それを察して、ミストは、出来るだけアカリにも分るような単語を並べていく。

【つまり俺達が今歩いている、この地はな、元々地球だった場所ってわけだ】

「え? ここが地球? それって本当なの?」

アカリはあたりを見回す、コンクリート色で構成された歪な空間が、元々地球だなんて信じられなかった。アカリ自身、遠い先の世界というのは、壁と天井で遮られていたものだった。そんな中で、一度だけ地球の映像を見たことがあり、生い茂る緑と、とっても広い池に感動した記憶がある。そんなアカリにとって『地球』と言うイメージは、自然豊かな場所と言う認識で有り、こんな退廃的なものではなかった。

【嘘じゃないさ、『亜空間』は、いまでも世界を侵食し続けていて、広がり続けている、俺が人間だったころ、何個か国が食われたのを、この目で見た】

ミストの話にアカリは、形容しがたい漠然とした恐怖に襲われ、思わず喉を鳴らす。国が『亜空間』に食われるって一体どんな光景だったのだろう、ミストはそれをどういった気持ちで見ていたのだろう、段々と聞きたい事が生まれるが、まだ全部を聞ききっていないので、とにかくは大人しくミストの話を聞く。

【そして狭間とはつまり、『何か』と『何か』の間ということだ。二個の物質が並んで出来た隙間があってこそ初めて存在する事が出来る世界こそが――】

「どうしたの――って、わ!」

ミストが喋るのを中断し、移動を止めた。アカリもそれにつられる形で足を止めて、ミストに向けていた視界を真正面に戻すといつのまにか目の前に大きな壁があり、声をあげて驚いた

「もう少し、前に進んでいたらぶつかってた……ミスト、ここが目的地なの?」

【ああ、俺は勝手にグレートウォールなんて呼んでいるがな】

果てまで続く広大な壁(グレートウォール)、高さはアカリの十倍以上あり、研磨されたかのような表面は、人の手では到底登る事は不可能、まるでこれ以上先には無いと言いたげに佇んでいた。

【これを見ろ】

そういって、ミストが示した先にあったのはグレートウォールの一部分、滑らかな壁の表面の中で唯一存在する傷跡だった。

――いや、これは壁の傷ではない、亀裂だ。正面から見た時は、アカリは壁の傷と一瞬目の錯覚で誤認したが、実際は壁の手前の空間に亀裂が走っていた。

「なに……これ?」

【――『亜空間』はAとBの間に構成されている世界。Aが地球だとしたら――これは、Bの世界だ】

「ビーの世界――」

次元の裂け目に近づき、中を覗いた、アカリは心を一瞬にして奪われた。

「―――――」

言葉を無くした、感じたことのない感情が沸き上がり、声なき叫びが口から零れ落ちる。

そこにあったのは、見たことのない世界だった。夕焼け色に支配された空に、落ち行くオレンジ色の太陽、そんな景色に支配されてもなお、黄金色に輝く草木が一面に生え広がっており、穏やかな風に揺らされている。

アカリは、これが現実の景色だとは思えなかった。自分はもう死んでいて、夢を見ているだと、大昔の地球の映像にも無かった、幻想的な世界が広がっている。

それが私達の求める世界にしか見えなかった。

「――楽園」

アカリは、この風景を作っている太陽や草木が、一体なんであるかよくわからない。だからこそ、この世のものではないからと自分の無知を神聖視した。

頬に暖かい物が触れたので、指で確認して、初めて自分が、涙をこぼし、泣いているのだと気づいた。

悲しくないのに、どうして自分はこんなにも泣いているのか、感動を初めて経験する少女にはわからなかった。

「楽園……なの?」

【楽園ではないさ、ここは地球と同じく、ただの世界だ】

アカリは張り裂けそうな胸に手を起き、どうにか言葉を紡いだ。ミストは何時も通り、はっきりとした物言いで『楽園』を否定するが、アカリはミストの言う事を完全に嘘だと、理由も無く結論付けた。

――だって、こんな綺麗な世界が、私達が住んでいた世界と同じはずがない。楽園は本当にあったんだ!

車の中で語った妄言だけの世界が、絶対にある筈の無いと思っていた世界が、目の前で現実となって、現れた。アカリにとって、決して例える事の出来ない衝撃が彼女の全身を駆け巡る。

【この次元の裂け目は、破片程度の穴でしかなく、精々指しか入らないが、恐らく、中には人間が普通に入れるだけのものもある筈だ】

「私達は、この世界に行けるの?」

未だに現実感が無い、疑いの目でミストを見る。この次元の狭間から見える風景は、絵画の中の様で、文字通り生きている『世界』違うアカリは到底、自分では踏み入れられる場所には見えなかったからだ。 

【ああ、大きな裂け目を探せばな……だげど、それは一日、二日でどうにかなるもんじゃない、少なくとも、俺は人間の時に見つけたのは、この小さな裂け目だけだった】

食料を鑑みたタイムリミットは余りにも短い、そんな中で『地球』の大半を食らい、さらには、楽園と評した世界も侵食しているであろう、『亜空間』の広さは想像するだけばかばかしくなるほどの広大だ。ミストが提示した、たった48時間ぽっちで、探せるようなものじゃない。

それに、アカリにはほかにやるべきことがある、ニッコとトヨネ、死んでしまったナナカドを除いた、残り11名の仲間を探がさなければならない。

黒い選択肢が出てしまったが、それでもアカリにとって『クロ』の仲間たちは掛け涯の無い存在だ。やっぱりいち早く見つけて、無事に再開を果たし、皆で生きたいという願望がある。

【落ち着け、なにも、次元の割れ目を見つけよう提案している訳じゃない】

アカリの苦悩を察した、ミストは言い聞かせるように言った。

【これはお前達の命を情報と言う盾だ。お前の言葉を借りて、仮にBの世界を『楽園』と表して説明するとだ。この『楽園』はな、きっと『地球』の人間は誰も知りえていない世界なんだよ】

「――――! 『楽園』の情報を持って帰れば、『国』に戻れるかも!」

【少なくとも無下にはしないだろうよ】

ミストの言いたい事が、アカリにも徐々に理解出来て、先回りする形で話せば、ミストははっきりと肯定した。

「で、でも信じてくれるかどうか……」

【そこら辺は、俺に任せておけよ。悪い大人との話し合いは何度も経験がある】

例え『楽園』の事を話しても、ただ逃げ帰って来ただけかと最悪の未来を想像してしまった、アカリにミストは、そう言って安心させようとするが、ひとつ致命的な懸念があった。

「でも、その姿だと 絶対話しをする前に殺されるよね?」

どうみたって、人外の姿。出会った当初、銃を向けた身として、絶対敵としか認識されないミストの影法師の風貌に嫌な予感しかしない。

【そうなりたくなかったら、交渉上手の奴をエスケープするんだな】

「あ―――そうだ、イチノやトェルブ、ヨツバ達ならきっとっ!」

冗談半分の言葉は、予想以上にアカリに響いた。お先真っ暗の未来に、『楽園』と言う希望の存在が、彼女の心に大きな炎を灯しだす。

今すぐ駆けだしそうな、アカリだが、すぐさまミストに止められる。

【stay、状況は切羽詰まっているが、焦るのは禁物だ、ここは『バグ』が少ないが、数十メートル歩けば、巣窟に出くわすこともあり得る……それに、あいつらを蔑ろにしたままは、お前だって嫌だろう?】

「あ、う、うん!」

ミストに言われて、『部屋』で寝ている二人を思い出し、一気に頭が冷える。起きたらニッコと話すと約束したんだ、それも守らないといけないし、何より黙って去る事だけは絶対にしたくは無かった。

もしかして、もう起きてしまっているだろうか? と急激に不安になると同時に、早く『楽園』の事を二人に話したい衝動に駆られた、アカリは速足で『部屋』に踵を返そうとしたが、

どうしても気になった事があったため、帰る前にミストに尋ねた。

「ミストって、『亜空間』に……『楽園』のことや『バグ』の事とか、凄い詳しいけど、私に出会う前はなにをしていたの?」

【言ったはずだ『バグ』の時は、適当に『亜空間』をさまよっていたってな……だが、人間時代で言うなら】

「言うなら?」

【俺は『亜空間調査隊』だったんだよ――つまりは、お前さんらの先輩だな】

いたずらっ毛が含まれた声色で放たれた言葉に、アカリは驚きのあまり唖然となり口をあんぐりと開けた。

 



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episode3

「『楽園』が?――げほ、本当なの、アカリ?」

「そうなんだ、本当にあったんだよ!」

アカリは『部屋』に戻ると、興奮に満ち溢れた気持ちを抑えきれず、眠っていたトヨネ達を迅速かつ、優しく叩き起こして、自分が見た『楽園』の事を早口に語った。

最初こそ、寝起きで夢現気味に聞いていた、トヨネだが、アカリの話が加速し、理解が及んでいくにつれて伝染したかのように、はしゃぎ出す。

「ケホっ! す、すごい、すごいよ! 本当に――ケホッゲホ! ……楽園があるなんて!」

十ぐらいの年故か、あるいはアカリの事を心の底から信じているのか、トヨネはアカリの話を疑わず、『楽園』の存在を喜び、それを見つけたアカリを褒め称えた。

「私もミストに教えられて知ったんだ、本当にこの世とは思えない光景だったの! オレンジ色のでっかい丸い球体が世界を照らしていて、綺麗な黄金色の草が、一面に沢山広がって風に揺れているんだ! トヨネもニッコも見せてあげたいよ!」

「あ、アカリ――」

「え?――あ……」

アカリは、自分の失言を悟り、気まずそうに、目が見えなくなってしまったニッコを見る。しかし彼女は気にした様子はなく、ニコニコと何時もの様に笑っていた。

「アカリ、その世界は自然の風が吹いているの?」

「え、う、うん、隙間からちょっと冷たい風が顔に掛かったよ、作りものじゃなくって、多分、『自然の風』が吹いていた」

「そっか……、ニッコは『自然の風』をたくさん浴びてみたい」

「ニッコ……」

「地域とか日によって、温かかったり、冷たかったりするんだよね、楽しみだな」

ニッコは気にした様子はなく、目が見えないなりに『楽園』を楽しみだと語った。そんなニッコに痛々しさを感じながらも、彼女が気にしていないというのなら、悲観的な目で見るのはニッコに失礼だと、アカリは気分を入れ替える。

それから、しばらくはアカリの、『楽園』についての一人語りがしばらく続く。小さな亀裂から覗いた景色から得た情報量は、限りなく少ないが、それでもアカリは気が住むまで何度も、何度も同じようなことでも構わず話す。トヨネ達もまた、それを楽しんで聞き続けた。

 

「――ご、ごめん、熱くなっちゃった……」

およそ数十分間話し続けて、喉が渇きを感じ取ったことで冷静になった。アカリは、貴重な水をほんの少しだけ飲み、二人に謝った。

「ううん、アカリの話を聞けて、ニッコも楽しかったよ!」

「わたしも『楽園』、早く見てみたいなあ……」

トヨネとニッコ、アカリは二人の優しさに心が温かくなる。クラッカーを噛みしめるように食べながら。優しい二人を絶対に『楽園』に連れていくと改めて、アカリは決意する。

トヨネの願いは叶えてあげたいが、体調の芳しくない彼女を外に出すのは出来るだけしたくはなく、アカリは今のところは我慢してもらおうと、わざとらしく話を逸らした。

「そういえば、ミストってご飯食べなくていいの?」

クラッカーを食べているのはアカリだけではなく、起きたトヨネとニッコもお腹が空いたとしてクラッカーを食べる。ただ貴重な食料だ。簡単に平らげてはいけないと、全員の了承の元に一枚だけ食べることにした。クラッカーは一袋五枚入り。三人で三枚消費して、残りは7枚となった。

「こんなものしかないけど、ミストも遠慮なく食べてよ」

食事中のアカリの傍で棒達状態のミストに声を掛ける。

ちなみに、ミストに関しては『楽園』の話の中で、アカリが二人に説明した。

ミストの事を聞いた、トヨネは受け入れてはくれたものの、その声色は怯えが混じっており、恐怖の為か時折わざと無視しているかのように振る舞う。だけど『バグ』だし、ミストの見た目は立体的な、ココノエから聞いたことがある『影法師』と呼ばれるお化けそのものということもあり、トヨネの反応は寧ろ当然だとアカリは考えていた。

『バグ』とはいえ、私たちの命の恩人。また『楽園』の事や『八本虫』を倒す時など、全てにおいてミストのおかげであるため、アカリはいつかトヨネがミストに対して心を開いてくれればいいなと考える。

ちなみにニッコは普通に受け入れてくれた。彼女の循応力に、ニッコらしいと思いながらも、驚きを禁じ得なかったアカリである。

【気にすんな、腹も空かんし、お前達だけで食えばいい】

「でも、いざって言うときにお腹が空いたら大変だと思うけど……」

半分は純粋なミストの体調を思っての心配を、もう半分は、ミストに倒れられでもしたら、それこそアカリは途方に暮れるという思いを乗せて、アカリは言うが、ミストは首を横に振った。

【存外優しんだな、まぁ、俺の分もお前さんが食ってくれ】

「そう? それならいいけど……」

実際、食料も水も本当に少ししかないため、アカリはミストの言葉に甘える事にした。特に水に関しては予想よりもはるかに消費が激しく。このままではミストの予想した二日も持たない勢いだった。

「……アカリ――うっ、ゲホっ、ゲホゲッホ!!」

「トヨネ!? 平気!?」

水の消費の多さ、その原因になっているのが、トヨネだった。体の弱い彼女の食道はかなり細く、唾液分泌量も人一倍に少ない。なので固く乾いたクラッカーを食べると喉に引っ掛かりやすく、何度も酷く咳き込んでしまっていた。

「トヨネ、水を飲んで!?」

「ゲホゲホっ、だ、駄目だよゲホッ!――ゲホ、ゲホうっエっ……」

こうなってしまったら、水で流さすまで、ずっとトヨネは咳をし続ける。クラッカー一枚食べるのに、これで三回目、ペットボトルの水は既に三割を切っており、その大半はトヨネが飲んでいた。

「いいから――」

トヨネは申し訳なさそうに、水を飲む事を断わるも、咳が止む事はない。そんなトヨネに、アカリは、少し強引に口の中に水を流し込んだ。トヨネは反射的に水を飲む。そのおかげで、ひっかかったクラッカーは無事に胃の中に流れていったらしく、咳が止まった。

「ゲホ――ごめん、本当に、ごめんっ!」

「ううん、いいよ。トヨネが苦しんでいるよりもずっといい」

「アカリの言う通りだよ、だから泣かないで、こんな時だからこそ笑わなくっちゃ!」

「うん、うん……! 二人ともありがとう」

水を無駄に消費してごめんと、罪悪感に満ち溢れた顔で謝るトヨネに、アカリが優しく慰め、ニッコは彼女らしい暴論で励ます。

だけど、現実問題、水の消費が激しく、悠長にしては居られないと、アカリは覚悟を決めた。

「――トヨネ、ニッコ、話しがあるんだ」

「どうしたの?」

「私――『クロ』の皆を探しに行こうと思うんだ」

「えっ?――ゲホ、ゲホゲッホ!!」

「トヨネ!?」

アカリの発言にトヨネは目を見開き、驚き過ぎて咳き込んでしまう。二ッコが手探りでトヨネに触れて、その背中を擦る。

「――コホッ……本気なの、アカリ?」

「うん、本気だよ。私は皆を探しに行く。そしてみんなで『亜空間』を脱出するんだ」

「脱出?」

そういえば説明していなかったと、アカリは自分がどれだけ『楽園』で浮かれていたのか、少し恥ずかしくなる。

アカリは簡単にミストから提案された『国』への帰還するための方法を語った。

「帰れるの? 私達……帰れる……の?」

希望が湧いたことによって、トヨネは静かに涙を流した。

「うん、上手くいけばだけど……ううん、絶対上手くいくためにも、皆と協力しないと!」

「だから、アカリは皆を探しに行くの?」

「――そうだけど、多分、一番の理由は、ただ私が皆と会いたいだけなんだ」

ニッコの質問を聞いたアカリは改めて、仲間を探しに行く理由を自分自身に問いかけた。その結果出た答えは、もっとも単純明快なもので、ただ皆に会いたい、それだけだった。

だからこそ、アカリはどんなリスクを背負ってでも、仲間を探しに行くつもりだった。例えトヨネ達に止められても、その意思は変えるつもりはなかった。

「そっか……わかったよ。アカリ、皆を……よろしくね」

「ニッコがそういうなら……」

「いいの?」

アカリがそういうと、ニッコは首を縦に振った。

「ううん、いいの……アカリが会いたいって言っているんだから、応援しなきゃ」

「……ごめん、トヨネ、ニッコ。出来るだけ早くみんなと戻ってくるから、幸い『バグ』は、この中には入ってこないって言うから、部屋から出なければ安全だよ」

だとしても、目の見えないニッコと、病弱なトヨネを置いていくのは、本当はしたくなかった。だけど、二人を連れて外に出たとしても『バグ』から守れる自信は一切無い、ミストが居たとしても、なにがあるかわからないのだ。ここに置いていく、それが一番安全だとアカリは不安を消しきれない自分に言い聞かせた。

【そろそろ行くぞ、あまり時間を掛けて手遅れになるのも忍びないだろ?】

心配が行き過ぎて足が動く気配の無かった、アカリはミストに急かされて、ようやく、ドアの前へと立った。

「ごめん、本当にごめん、少しだけ待ってて」

「アカリこそ……怪我しないでね?」

「行ってらっしゃい、アカリ!」

「……うん、行ってきます!」

二人に見送られながら、アカリは、仲間を探しに行きたい心とは裏腹に、上手く動かない足を、なんとか前に進ませながら、外へと出た。

 

「トヨネ……ニッコ……」

【心配するな、少なくとも俺が使っていた時は『バグ』は一匹たりとも入っては来なかった】

「え……でも、ミスト入ってきているよね?」

【俺はちょっと特殊なんだよ】

「特殊って……元人間と関係ある?」

【多分な】

元人間だからこそ『部屋』に居るらしい。そこら辺は多分、言い方から察するに、自分ではあまり理解していないようなので、これ以上は追及しても答えはでなさそうだと、アカリは話しを終わらせて。歩き出した。

【だから、こっちだ】

「あっ」

勝手にあらぬ方向へと行こうとした、アカリはミストに修正されて、『亜空間』へ、改めて進みだした。

 

「――それで、これからどうすればいいの?」

『部屋』の出入り口から真正面、車がある空間へと続く道を歩く中、アカリは今後の方針を尋ねた。

【世界二つ分と言っても過言ではない冗談な広さを持つ『亜空間』ではあるが、人間、一日程度の時間で移動できる距離は、そう遠くはない。今から急げば合流は容易いだろうよ】

「でも、どこ行ったかはわかんないんじゃ……」

車があるドーム型空間は四方八方幾つものトンネルが続いていた。『クロ』の皆は、それのどこかを通り進んだのだろうけど。いったいどのトンネルなのか、皆目見当がつかず、かといって虱潰しに探す時間は無く、運よくみんなが行ったトンネルを当てる自身もアカリにはなかった。

【なに、簡単にわかるさ】

アカリの不安を他所に、ミストはあっけらかんと言った。

「え、どうやって?」

【それは、まぁ口に説明するよか見て貰った方が早いからな、付いたら説明する】

それ以降ミストはだんまりを決め込み、ミストがそう言うなら、到着してから話しを聞こうと、アカリもまた口を閉ざし、ひたすら前へと進んだ。

 

――正直、アカリは車の近くには、ナナカドの死体があるから二度と近づきたくなかった。帰りの時は、トヨネ達が居たからこそ冷静に振る舞えていたが。いま、新ためてナナカドの遺体を見ると、アカリは自分でもどうなってしまうか、わからなかった。

こんな時、トヨネ達の様に、『亜空間』が暗闇で、まわりが見えなかったら、どれだけ良かったと考えるのは、あまりにも我儘だろうかと、アカリはナナカドの遺体を思い出し吐き気を感じながら思った

トヨネ達は、ナナカドの遺体の傍を通過した事を気が付いて居なかった、アカリも教えておらず。そういえばと、アカリはトヨネ達がナナカドが死んでいるのは知っているのだろうかと疑問が湧くが、今考えてもしょうがないと頭の片隅に追いやる。

「――あれ? ナナカドが、いない?」

おそる、おそる、ナナカドの遺体があった場所を見やると、そこには血痕だけが残されており、遺体は跡形もなく消えていた。

【あれから、少しばかり時間も経っている、『バグ』に食われていてもおかしくはないだろうさ】

「……」

大切な仲間の遺体を無残にも食べられてしまったと言う奇妙なやるせなさと、遺体を見なくてよかったという安心が織り交ざった複雑な感情が、アカリの体中をぐるぐると駆け巡る。

【とりあえず、車の近くに寄ってみてくれないか?】

「う、うん」

ミストは、そんなアカリにお構いなしに、あるいはあえて無視するように言った。アカリも心の整理が付かなかったためミストの願いはアカリにとって渡り船だったので、大人しく言う通りに横転した車の傍へと近づいた。

「あれ、なんか、変じゃない?」

最初見た時と、どこか違う車にアカリはしばらく観察する。すると車の下半分が、まるで地面と同じ材質に覆われ始めていることに気が付いた。

「侵食されているの?」

【これが『亜空間』というものだ。非生物は何でも、灰色の『ナニ』かになって、生物は何でも『バグ』になる……ここまで飲み込まれたら、すでに中もかなり進んでいるだろうな――その前にあいつらを助けられたのは幸いだったな】

例外なく『亜空間』は存在を侵食する、その途中経過を見たアカリは改めて『亜空間』の無慈悲さを実感し。ある筈の無い冷たい空気が背中を撫でた気がした。

【……ふむ、想定通り残っていたか】

ミストは地面を見やり、なにかを見つけたらしく、嬉しそうに言う。

「どうしたの? なにかあるの?」

【いわゆる、手がかりと言う奴だな。確かに『亜空間』は全てを世界の一部として取り込むし、生物を全て『バグ』に変えちまう……だが、生物から出た老廃物というのは、どうも消化が苦手らしい】

「これって……。髪の毛?」

ミストが見つめていた場所にあったのは、美しい蜂蜜色の髪の毛だった。アカリはその髪に心当たりがあった。

「その髪は……トュエルブの?」

人生に置いてなによりの自慢としている、蜂蜜色の綺麗な長髪。フミエとかは、その髪を羨んで、落ちた髪をコレクションしていたほどだ。アカリも、また彼女の髪が好きで、よく心を奪われていたから、見間違えるはずが無かった。

【俺が人間時代の頃から、一旦別れた部隊が集まる時に使う方法でな。電波も死ぬし、置物は直ぐに飲まれちまう。だけど髪の毛などの老廃物は、無くなるまで数日は掛かるから、事前に用意した髪の束とかを、わざと落として、目印にしていたんだ】

確かに、良く目を凝らすと、地面には無数の髪の毛が落ちていた、トュエルブの蜂蜜色だけじゃなく、薄緑、茶色、銀、赤、紫、こげ茶、黄 青と、『クロ』達の髪の毛が沢山落ちていた。

「そっか、この落ちている髪の毛を辿っていけば、皆に会える!」

【多分な。周囲の警戒は俺がやる。お前は髪の毛を見つけて、その道を進んでくれ】

「うん!」

 

それからしばらく、髪の毛を追ってアカリ達は進んだ。十人以上居るのが幸をそうしたのか、色彩豊かな髪の毛の道は途切れることなく、アカリに進む道を示し、立ち止まることなく先へと向かう。

【しかし、随分とカラフルだな……まぁ、そのおかげで、光る小石よりもわかり易いがな】

「……? カラフルって、髪の毛のこと? こういうものじゃないの?」

【ちょっとまて、全員地毛なのか?】

アカリは、いまいちミストの言っている事が分らず、自分達の髪色に対してなにをそんなに驚いているのだろうと疑問に思った。

【ふむ……ふつうは黒か金か茶で、白がちょっとな筈なんだがな……時代が変わって、人もまた変わっちまったのかもな】

「……?」

【なんでもないさ……止まれ】

ミストは話しを切ってアカリを呼び止める。『バグ』を見つけた合図だ。これで三度目となるため、アカリは少し慣れたようにすぐさま身をかがめて、周囲を警戒する。

【――今度は近いな】

ミストは面倒そうに呟いている最中、アカリも、また『バグ』を見つけ、自分との距離の近さに戦慄を覚える。

気が付かなかった訳では無い。急な下り坂の先、枝分かれる道の手前に『八本虫』とは違う『バグ』が鎮座していたため、ミストに言われるまで視界に捉える事が出来なかったのだ。

前遭遇した時は、視界の範囲内に居たが、絶対遭遇することはない場所に居たから問題なかったが、今回は進路方向に居る為無視も出来ず。アカリは忌々しく『バグ』の名前を言う。

「――『棘角虫(ワーム)』」

【芋虫の様な形と、体中に生えている無数の角。その見た目は『リーガル・モス』の幼虫と酷似しており、また人並みの大きさにして最高時速は80㎞に到達し、幾多の人間をひき殺してきたことから、ついた名前が『Hickory horned tank』】

「ひっこり? ほん~んど? たんく?」

【……お前達の呼び名でいい、しかし珍しい、本来は群れで行動する奴等なんだが、はぐれか?】

発音とか、なんかもう色々と駄目だったので、ミストは疲れた様子でため息を吐いた。

ちなみに、アカリはミストの言う事はちっとも理解できなかった。状況がこんなんではなかったら、そもそも、リーガルモスやイモムシってなにと聞いていた所だった。

「それで、どうするの?」

【待つしかない、幸いあいつは、数キロ先の目標すら捉える目を持つが。高低差が違う物を見る能力は皆無に等しい、じっとしていればまず見つかる事はない】

「でも!……わかった」

仲間がこの先に居るとわかると、いち早く再開を果たしたい気持ちが強まるアカリは、ここでじっとしていられないと急くが、ミストの無言の圧力に黙って身をかがめて息を潜める。

待つこと数分、アカリにとって最も長く感じ、緊張によって息が上がってきたころ、『棘角虫』は枝分かれした道の左側へとゆっくりと進んでいった。

【――行ったか、もういいぞ】

「――ぶはあ!!」

アカリの目には、まだ『棘角虫』の後ろ姿が見えるが、視界以外の索敵能力が低いので、もう大丈夫だと、ミストが警戒を解くように言うと、アカリは大きく息を吸った。

「はぁ……はぁ……!」

【平気か?】

「うん、ちょっと息を止めちゃってただけ」

緊張の、あまり無意識に呼吸を止めていたアカリは息を整えた後に、髪の毛追跡を再開した。しかし安堵してすぐ、別の問題がすぐさまやってきた。

「……そんな」

――『棘角虫』が居た道の分かれ目にて、髪の毛が両方とも続いていたのだ。

「ど、どっちにいったの?」

【落ち着け。良く見ろ。左と右で、落ちている髪の色が違う。どうやら迂回した訳では無いみたいだ】

「あ……」

左の道に落ちているのは、銀、赤、紫、蜂蜜色の髪の毛。

右の道に落ちているのは、薄緑、こげ茶、茶色、黄色、青の髪の毛だった。

つまり、左には、ヤメ、ココノエ、トト、トュエルブが、右にはミツバ、ヨツバ、トイチ、サミダレ、フミエ、イチノが進んだということだ。

「どうして、別れたんだろう?」

【さぁな】

アカリはどっちを行くべきかを迷う。片方を選べば、数名とは再開を果たし、数名とは合えない事を意味する。勿論、全員に会うつもりなので、どっちを優先すればいいのか、アカリは考えあぐねた。

「ミスト、どっちに行けばいいと思う?」

【――左だ】

困ったアカリが尋ねると、ミストは即答した。

「え?」

どうしてかと、言う前にミストは時間が惜しいと言わんばかりに理由を言った。

【――あの虫を追わないと、取り返しのつかない事になりかねないぞ?】

「―――――っ!!」

アカリはミストに言葉を返さず、『棘角虫』が進んだ、左側の道を駆けだした。何時の間にか視界には『棘角虫』の姿が居ない。

そうだ、『棘角虫』が進んだ左には、トュエルブ達が居るんだ。どうしてこんな簡単な事に気が付かなかったんだとアカリは自分のバカさ加減にとことん嫌になりながら、ひたすら走る。

【っち、速度を上げやがった。なにかを捉えた証拠だ。急ぐぞ!】

「みんな!」

アカリは必死に、ただひたすら走る。

不意にチラつくのは、決して動きしない肉塊となった、ナナカドの事、一生忘れる事はない手の冷たさ。嫌だ! もう二度とあんな思いはしたくはない! お願い間に合って!

【――捉えた!】

体中をくねらせて走る『棘角虫』。その速度は車にも負けず劣らずもので、ミストが人間を多く撥ね殺したというのは決して誇張ではない事がわかる。

「―――――あっ」

さらに言えば、アカリの視界に入ったものは『棘角虫』だけではなかった。

 

「――、い――ら―しれ! こ―――じゃ――れちまう!」

「わかっ――――! ―も、――が!」

「――こ―で、むか――つ」

三人の人影が見えた。見間違う筈の無い、三人が、『バグ』が進む先に居た。

『棘角虫』との三人の差は。それほど遠くは無い。このままいけば、『棘角虫』に跳ね飛ばされるか、体から生えている棘によって串刺しになるか、どちらかが訪れることになるだろう。

 

――ナナカド

 

「あ……ああああああああああああああああ!!」

アカリは、『感電銃』を取り出して、『棘角虫』に向かって跳んだ。

アカリの跳躍は十分に『棘角虫』に届く者だった。しかし強く力を入れすぎたため、放射状に『針角虫』の針が生えている背中に向かって丁度落ちていく。

アカリはしまったとおもうが、もう遅い、その身は刺に向かって落下し、串刺しに――はならなかった。

【世話が焼ける。だがナイスだ】

寸前でアカリの体があたる針のみが何かによって切断された。アカリは横目で、何時の間にか左隣に居た、ミストを見やる、するとその体から真っ黒い鋭利な指先をした人間の手の様な物が生まれていた。

きっと、それこそが自分に襲い掛かった『八本虫』を撃退したものだと同じ物だと理解したのと同時に、アカリは『棘角虫』の背中へと着地した。

「おおおおおおおおおお!!!」

アカリは『棘角虫』から滑り落ちそうになり、慌てて刺を掴む。しかし刺はかなり滑りやすく、すぐさま手が離れてしまった。

「くらええええええええええ!!」

しかし、アカリは、ただでは落ちないと、背中からの落下の寸前、『棘角虫』に向けて、『雷撃銃』の引金を引いた。地面へと投げ出されたアカリは速度を殺しきるまで、地面を転がり続ける。

「うっ――!」

【立て! 油断するな!】

ミストの厳しい叱咤を受けて、地面に背中を強打し、強烈な痛みを伴う体を起き上がらせて、『棘角虫』を見た。

 

――『棘角虫』は、横の壁に激突し、息絶えていた。

 

【――戦闘終了か、まったく無茶をやる。人間時代の俺を見ているようだよ】

ミストが労いながら報告をしてくるが……アカリにとっては、もはやどうでもいいことになっていた。

「あ……あ……あ……」

いつのまにか、こんなに近づいていたなんて、思わなくって、アカリは言葉を失った。

「な、なにがあったというの?」

とっても綺麗な蜂蜜色の髪を持つ少女が居た。

「おい、まさかお前……」

だれよりも体格が良い、赤毛の女性が居た。

「――――うそ、アカリ?」

まぶしい光を放つライトをこちらに向ける、銀色の髪の少女が居た。

「トュエルブ! ココノエ! ヤメ!―――――本当に、会いたかった!!」

アカリは、三人の仲間と再開を果たしたことにただひたすら歓喜し、その眼から涙を流した。

 



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episode4

 

「よかった、無事でよかったっ!……よかったよぅ……」

再開を果たし、余りの嬉しさに、アカリは全身の力が抜け、地面に座り込んでしまい涙を流す

「本当に……。本当にアカリなのか?」

「うん、そうだよ!」

「――っ! そっか、アカリか! うおーー! お前良く生きていたな!」

最初は信じられないように語り掛ける、ココノエだったが、目の前に現れた人物がアカリだと理解すると豪快に喜び、よかったと連呼する。

「まて、ココノエ!」

ヤメはアカリに近づこうとした、ココノエを呼び止める。先ほどからライトの光が眩しい。アカリは照らされるたびに目が眩んでしょうがなかった。

そう思っていると、ヤメはおもむろに『感電銃』を取り出し、アカリに向けた。

「ヤ、ヤメ?」

アカリは、一瞬自分の身に今何が起きたか、理解できたなかった。

「……君は本当に、アカリか?」

どうして、ヤメが自分に銃口を向けているのかわからない、アカリは混乱し、頭を真っ白にする。理由の一つでも尋ねればいいのだろうが、あまりの衝撃で口が上手く回らない。そんなアカリを庇う様に、ココノエがヤメの前に立った。

「おいこら、なんでアカリに銃なんて向けているんだよ! アカリは、アカリだろ! さっきも自分達を助けてくれたじゃねぇか!!」

「ココノエ……」

「ヤメ? どうしたの、私だよ、アカリだよ……わかる、よね?」

ヤメは引金から指を離さない。ココノエに庇われて、幾ばくか落ち着いた、アカリはヤメに問いかけるも、反応は無くなにか熟考している様子だった。

「――アカリ、それはなに?」

ヤメはアカリの質問に答えず、逆に問い返してきた。それとは何だろうかと、目線を向けた先にはミストが居た。

「あ、ああっ! ――ヤメ、心配しないで、この人は……人じゃないけど、ミストって言って、私を助けてくれた『バグ』なの!」

アカリはヤメの警戒の理由にようやく気づき、心の底から安堵した。ヤメが警戒していたのは自分ではなく、ミストだった。それはそうだ、目が見えないニッコはともかく、トヨネも最初はミストを見て、動揺していたのだ、人間とは明らかに違う存在が傍に居て、警戒しない方がおかしいと、アカリは納得して、説明するが。気と共に口が緩み過ぎてしまった。

「『バグ』!?」

ヤメの驚く声を聞き、アカリしまったと顔を青くする。アカリもそうであったが、人にとって『バグ』とは自分達人間をどこまでも追い詰める死の象徴。子供の時から、そう教わっているのは『国』に住むものなら例外ではなく、敵対心を持つなと言う方が狂っている。

どんなに変になってもいいから嘘でも『バグ』であることを隠すべきだったと、アカリは後悔するが、時は既に遅く。ヤメの眼つきが明らかに変わった。

「ヤメ……?」

いままで見たことの無いヤメの鋭い眼光に、アカリは体を震えさせ、仰け反ってしまう。

――もしかして、ヤメはミストを殺すつもりなのだろうか、だとしたら何とか止めないと!

「やめ――」

「おい! やめろ!」

最悪の予想が頭をよぎり、アカリはヤメを声を掛けようとした。しかしその前にココノエが、ヤメに詰め寄り、ヤメの胸倉をつかんだ。

「なにやっているんだよ! てめぇ、もしかしなくても殺す気か!?」

殺す――ヤメの殺気だった本気の発言を聞いて、アカリは自分の事ではない筈なのに、心の奥底が冷たくなるのを感じ、震え上がる。

「……どいて」

「ふざけんな! さっきの見なかったのかよ。それともお前の脳みそは、いつの間にか腐ったのか!?」

「――っ! この世界はなにがあるかわからない!」

「その分らない事が、良い事になってやってきたって、お前は考えないのかよ!?」

「ポジティブになれるほど、私の人生は優しくは無かった!」

「――やめてよ!」

「「…………っ!」」

言い争いをしだす、ヤメとココノエが見て居られなくって、アカリは無我夢中で叫んだ。

「やめてよ、折角会えたのに喧嘩しないでよ……」

先程とは打って変わって、今度は悲しみから涙が出そうになる。そんなアカリにヤメとココノエの両方は、気まずそうに顔をゆがめ、顔を明後日の方向へと逸らした。

【……これは、一旦、この場を離れたほうがいいかもな】

「でも……でも……!」

ミストの提案は、アカリにとって絶対に拒否したいものだったが、それ以外に最善と思える方法も思い浮かばず、だけど心が皆と離れることを拒否し、どうするべきかと頭を手で押さえて考え出す。

「――まったく、アカリは本当に泣き虫ですわね」

「……トュエルブ?」

今すぐ叫びのたうち回りたいほどの苦悩に襲われている、アカリに話しかけたのは、今まで黙ってなりゆきを見守っていた、トュエルブだった。

「貴方はそれでも、わたくしと同じ『クロ』のメンバーですの? もっと自信を持って、前を向いてもらわないと困りますわ」

高圧的で、自分本意の言葉だが、その声色はどこか優しさを含んでいた。

「まって!」

「平気ですわ」

ヤメの制止の声を一蹴し、トュエルブはアカリの目の前まで来て、同じ目線になるように、身をかがめると、アカリを抱きしめた。

「――あ」

「――まさか、再会できるなんて夢にも思わなかったわ。わたくし、とっても嬉しいの、アカリだって、そうですわよね? だったら泣くのでなく、喜んで笑いなさいな」

「……うん!」

「まったく……結局泣いてしまいますのね」

トュエルブはしょうがないと、優しく頭を撫でる。アカリはそうしてもらえたことが、ただ嬉しかった。もう二度としてもらえないと、心の何処かで諦めていた自分が居たからこそ、余計にアカリはトュエルブの温かさが心に伝わる。

「……懐かしいね。私が泣くと、よくトュエルブがこうやって抱きしめてくれた」

「――そうね。たしか十回ぐらいだったかしら?」

「そんなに、おおくないよ、六回だよ」

 

「よく」と曖昧に言っておきながら、アカリは、しっかりと数を覚えていた。アカリにとって仲間達の思い出は、生きる活力そのものだ。例え細かな事であっても忘れはしない、だからアカリはトュエルブに六回抱きしめられた理由から、その時の状況を全てを鮮明に思い出せる。

「あら、そうだったわね……ねぇ、アカリ」

「なに?」

「また会えてうれしいわ」

「私も、また会えてうれしい!」

再会を喜び合う二人、アカリは抱き返して全身でトェウルブの暖かさを感じとる。不意に蜂蜜色の長髪が手に触れて、無意識に撫でる。『亜空間』でも綺麗で、さらさらにした撫で心地は一切変わっておらず、その心地よさに、アカリは夢中になって触った。

【――へぇ、なるほど、知恵者と押す訳だ】

そのため、アカリはミストがトュエルブに対し関心した様子で息を漏らした事に、一切気が付かなかった。

「――アカリ」

トュエルブに抱きしめられ、頭を撫でられていると、ヤメが傍まで寄って来て、アカリの名前を呼んだ。その手には『感電銃』があるが、先ほどとは違い、引金に指は掛かっていなかった。

「ヤメ……、あのね、ミストは、本当に私を助けてくれたの! それに沢山の事を教えてくれたの! 希望を……、『楽園』を教えてくれた! ヤメ達を助ける事が出来たのも、殆どミストのおかげだし、そもそもミストが『棘角針』の事を言わなかったら、皆を助けられていなかったから! だからっ!」

「わかった、わかった」

アカリは必死に過ぎて、稚拙な言葉使いとなりながらも、ミストの事に付いて説明をする、するとヤメもういいと適当に返事をすると、銃をしまった。

「アカリ、こっちこそ銃を向けてごめん……アカリはアカリだった」

そういって、ヤメはアカリに頭を下げ。アカリもまた向かい合う形で、一緒になって頭を下げた。

「ううん、こっちこそ、最初にしっかりと説明できなくて、ごめん!」

「――ふっ、何時も通りのお互いさまと言う訳か。アカリとは引き分けしかなったことがないね」

お互い頭を下げた形となると、ヤメが噴き出した。ヤメとアカリは喧嘩をしない。基本的に仲間内から一歩距離を離れながら、周囲に気を回せるヤメと、基本的に仲間の意志を尊重するアカリは喧嘩の原因を作れない。だけど時折、些細な事故でどっちが悪いかとなった際には、自分が悪いと言い合い収集が付かなくなることが多かったため、こうやって二人して頭を下げたら、それでおしまいと言うルールを作った。

「と言っても、今回ばかりは私の方が悪い、本当にごめん」

「……ううん、ヤメの言う通り、お互い様だよ」

銃を向けられたのは正確には自分ではないし、上手くミストの事を説明できなかったため、非は自分にあるとしか思っていないアカリは、むしろこっちこそと謝罪を口にしかけたが、また謝った所で、無限ループが待っていると思い、落としどころとしてお互い様を強調した。

「……そう言って貰えて幸運だ」

ヤメはアカリの意図を察し、許してもらえた事に本気で安堵したようだった。

【俺の意見は聞かないのかよ、まぁ、口を挟める空気じゃねぇか、いいさ~、別に~……】

「ミスト……少し、拗ねてる?」

殺されかけた張本人なのに無視して話が進んだのが、ちょっと気に入らなかったのか、ミストはわざとらしい間延びした声を出す。

「まったく、ひやひやさせんじゃねぇよ!」

「わっ!」

ココノエが強引に首に手を回してきて、そんな様子を見てヤメは仕方がないなと言った風に、トュエルブは呆れながらも口元を緩ませ、アカリ達は四人で、しばらく笑いあった。

 

「――これが、私にあった出来事全てだよ」

アカリが、これまでの経歴を簡潔に放つと、三人は何とも言えない表情を見せる。特にミストの当たりになると言葉を失ったように愕然としていたが、アカリは『バグ』が人の味方にしているなら、その反応も当然かと考える。

それと『楽園』について、全員が半信半疑だけど、希望の光が見えたとして、全員が縋るように食いつきが良く。アカリはいち早く皆に見せたいと思った。 

「――なぁ、アカリ」

「ココノエ」

「あー、いや……なんでもない、気にするな」

ココノエ、躊躇いがちに何かを言おうとしたのか。しかしトュエルブに強く名前が呼ぶと、少し迷った後、黙ってしまった。

「アカリ、貴方との再会の喜びをもう少し堪能したいですが、そうは行かないほど急いでいるの」

どうしたのだろうかと、アカリは何を言おうとしたのか、ココノエに聞こうとしたのだが、その前にトュエルブが喋り出して、意識をそちらに向けた。

「急いでいる?」

「歩きながら話すわ」

そういって、捲し立てるように一人早い速度で歩きだす、トュエルブ、ヤメとココノエも、トュエルブの言う通りだと言わんばかりに黙ってついていくため、アカリもつられるように、トュエルブの後を追う。

「それで、急いでいるって?」

先頭を歩く、トュエルブに追い付き、アカリは再度尋ねる。

「車が走行中を『バグ』に襲撃されたあと、私達は、このまま車に残っても餓死するだけだと一部の望みを賭けて『亜空間』内を探索する事にしたわ……だけど、途中でトトが、私達から離れて行ってしまったの」

「トトが……」

彼女が皆から離れていった理由は、聞かずともアカリには察する事が出来た。人間不信の彼女だ、どこから来るかもわからない『バグ』よりも、人と一緒に行動するのが耐えられなかったのだろうとアカリは結論付けた。

「それで、俺達はトトを追っているってことさ」

「でも、何で三人だけなの、皆で行動した方が安全なんじゃ……」

『亜空間』というのは、『バグ』という危険なものが、どこもかしこも徘徊し。今を生きる人間の誰よりも『亜空間』にて知識を持つミストでさえ、遠く及ばない未知の空間。目的地も無く徘徊している『クロ』なら、なおさら、どんなことでも分断せずに行動した方がいいのではなかったと思い、アカリは言ったのだが、それを聞いた三人は露骨に顔をしかめた。

「それは……」

「はっきり言えばいい、イチノは、トトを見捨てたんだよ」

言い辛そうにする、ヤメに痺れを切らしたココノエが代わりに、ここに三人しか居ない理由を口にした。

「見捨てたって……イチノが?」

「ニッコやトヨネ達の時だって、そうだよ。俺はあいつらも連れて行こうって言ったのに、イチノの奴と来たら、色んな理由を並び立てやがって……!」

「最後には貴方も納得した事でしょう……」

「後で戻ると言ったからだよ! なのに、あいつは戻る様子もなくひたすら前に進んで、あまつさえ、トトが癇癪起こして離れた時の、仕方がないって見捨てたんだぞ!……ちっ、やっぱ一発でもいいから殴るべきだった」

「貴方が本気で殴ったら、それこそ死人が出かねないわ」

募るココノエに、トュエルブは、否定的な意見しか口に出さないが、彼女の気を紛らわすため、しっかりと受け答えをする。

「イチノが……」

『クロ』のリーダー格である、イチノが仲間を見捨てる判断を下した。正直信じたくはなかったが、同時にイチノだからこそ、トトを、ニッコ達を見捨てたというココノエの言う事が、すんなりと信じられた。

アカリが知る限り、イチノは何処までも合理的な性格だった。戦闘訓練によるチーム戦では、勝利の為なら、よく仲間を囮にしたり、見捨てても居た、教官に御叱りを受けたさいは、それが仲間だった場合は助けないし、自分だった場合は助けを求めない。それが一番早く済むから。イチノは確かに仲間には優しく接し、リーダーに向いていると誰からも認められているほどの統括能力を見せるが、それは必要だからやっていると言う印象が多く。アカリは頼もしいと思うと同時に恐ろしさを感じる事が多かった。

そういえばイチノ達を探しに行くのにトヨネが難色を示したのは、見捨てられ、置いてかれたからかもしれないと、アカリは帰ったら、イチノについて、トヨネ達と話し合おうと心に決めた。

【随分と、冷たい奴なんだな?】

「……そうじゃないよ。確かにイチノは私達が嫌な事を平気でやるけど、イチノは誰もやらないからこそ、自分がやる人なんだよ」

アカリは一度だけ、イチノに、どうして人が嫌がる事を出来るのか聞いた事がある。その時、イチノは人が嫌な事だからこそ自分がやらねばだと、寂しそうに語ったのを鮮明に覚えていた。

きっと彼女は少しでも多くの仲間が生き残るなら、仲間の犠牲を厭わない、この矛盾こそがとってもイチノらしかった。

「もしも、イチノが本当に人を見捨てたなら、きっともうニッコ達は既に死んでいたよ」

正直ニッコ達を置いていったのにはアカリも思う所があるが、あのイチノが見捨てたというのなら、貴重な水等を置いていかないのが彼女だと思っている。いや、そもそもイチノはニッコ達を殺していただろう、アカリは、そう考えると不思議と違和感はなく、イチノらしいと合点がいっていしまう自分が居て驚いた。

戻る気はなかったのかもしれない、だけど、アカリは、そこにイチノの葛藤を垣間見た。

なので、ミストのイチノに対するマイナスの評価を聞いたアカリは、ほんの少しだけ癪に障った。

【……そっか、悪かったな】

「――本当、アカリらしいわね」

「トュエルブ?」

思わず呟かれた言葉。トュエルブの方を見ると彼女は慈愛に満ちた微笑みでアカリを見ていた。

「ココノエが馬鹿正直言ってしまいましたから付け加えますと、わたくしたちはトトを追うと決めた時に、イチノ達と袂を分れましたの」

「たもと……?」

【人と道を分かれる、つまり今後合流する気はなく、こいつらはこいつらで行動すると言う事だ】

「なるほど……ええ!?」

言葉の意味が解らなかった、アカリは、ミストの補足を受けて理解すると同時に声を張り上げた。

「人を見捨てる奴が一番偉い場所にいつまでも居られるかよ。場合に寄っちゃオレ達はあいつの駒として殺されかねないしな」

「ココノエ……トュエルブとヤメも?」

「うん」

「ええ、必要の有無は置いといて、わたくしは誇りを失って生きるつもりはないわ」

ヤメは一言で、トュエルブは独自の美学を語って肯定した。

「…………だけど、ばらばらになって動くのはやっぱり危険だよ」

イチノと言う人物を知っているからこそ、アカリはココノエの言う事が間違っていないと理解できるからこそ、何も言えなくなる。だから彼女に言えたことは、イチノの弁護ではなく、分断行動における危険性だけだった。

「まっ、そうだろうけどよ……でも、その心配はついさっき無くなったぜ!」

「えっ、どうして?」

「だって、アカリが来てくれたからな! 『棘角虫』をぶっ倒す時なんざ、ほんと凄かったぜ! そんなアカリが居れば、オレ達は千人力だ!」

「そ、そうかな?」

アカリが言いたかった事は、そうではない、ココノエの考えに修正を加えるべきであろうが、ミストの存在を持ってしても、滅多に人に褒められなかったアカリは、素直に照れてしまい、話しを変える事が出来なかった。

それに、正確にはミストのおかげなんだけどと思うが、あの時は私もそれなりに頑張ったし、少しだけならいいかと、ココノエの賛辞に身を任せた。

「アカリを称えるのは後にしましょう。喜び過ぎて、時間を掛け過ぎましたわ」

「あ、うん!」

確かにと、アカリは褒められて、少しだけ酔った頭を瞬時に覚ました。すると、むしろ自分の事なんかで時間を削ってしまい、トトに何かあったらと思考がネガティブになる。

「……気にするな」

「ヤメ? わっ?」

「信じてくれないかもしれないけど、ボクもアカリに会えて本当にうれしかったよ」

ヤメは顔を地面へと落としながら歩いているアカリの頭を撫でた。

「うん……ありがとう、ヤメ」

ヤメの手の暖かさに心地よくなりながら、アカリは礼を言った。また、あんな怖い顔をしたとしても、基本は人から一歩引いていて、それでも仲間の事を思いやる彼女のままだったと安堵した。

「そういえば、ヤメ。どうしてライトを持っているの? 車にあったっけ?」

トトの事も気になるが、トュエルブ達と再開して、心の余裕を持ったアカリは、ヤメに出会ってから気になっていたことを問うた。

ヤメが持ち、先頭を歩くトュエルブの先を照らしている、ライトは車内にはなかったものだった。

「ああ、これはボクが懐に隠し持っていたものだ」

「隠し持っていたんだ……」

「ちなみにもう一本ある」

「もう一本あるんだ……なんというか、流石ヤメだよね」

大人たちに言われるがまま、用意された一張羅と『感電銃』だけで車の中に乗り込んだが、ヤメは服の中にライトを隠し持って来たらしい。その逞しさはヤメらしいとアカリは思わず苦笑を浮かべてしまった

 

「もう一本は使わないの?」

「『亜空間』で充電できるとは思えないからね、切れた時の為の予備にとってある」

「だったら、いま切っていた方がいいじゃない、別に暗くないし、勿体ない気がするよ」

「え?……そういえば、アカリはライトも何も持っていたかったが、まさかこの暗闇が見えているのか?」

「え?」

アカリは、ここで漸く、ヤメがトヨネと同じく、『亜空間』が暗闇に包まれている事を知った。

「トヨネもそうだったけど、ヤメ達も『亜空間』が見えないの?」

「……見えない、むしろどうしてアカリは見えているんだ?」

アカリの目にははっきりと、コンクリートの様な灰色の空間が広がっている。見えないのはヤメだけではない、ライトの先を見る限り、トュエルブ達も見えていないようで、どうして『亜空間』は私しか見えていないのだろうかと、アカリは疑問に思う。

【――すまんが、女子会は一旦お預けだ、少し目線を上にやってみろ】

「どうしたの? ――トュエルブ!」

ミストに言われるがまま上を見上げた、アカリはトュエルブの名前を叫んだ。

「きゃ! ど、どうしたのかしら?」

トュエルブだけじゃなく、アカリの大声に驚いた三人は足を止めた。何事かと珍しく動揺を見せるトュエルブが聞くと、アカリは黙って天井を指で指した。

「天井がどうしたんって言うんだよ?」

「まって……」

『亜空間』が真っ暗にしか見えない、ココノエはアカリが言いたい事が理解できなかったが、ヤメがアカリの指さす頭上にライトを当てると、そこには数匹の『八本虫』が天上に張り付いていた。

「――あっぶねぇ。『バグ』が居たのか」

「それもあんなに大量に……このまま進んでいたら、命が無かったかもしれませんわね」

ココノエとトュエルブは、もしアカリが叫ばず、そのまま進んでいたら、上空から落下して来た『バグ』に食われていたかもしれないと、背筋を凍らせた。

「助かったよ、アカリ」

「ううん、お礼ならミストに言って、私も伝えてくれなかったら気が付かなかった」

「…………」

ミストに礼を言って欲しいと言われた、ヤメは複雑そうな表情をした。やっぱり『バグ』だから、まだ接するのは抵抗があるのかと、アカリは少しだけ寂しくなった。

「アカリ……貴方、夜目が効くの?」

「う、うん。はっきり見えるよ? トュエルブ達は見えないの?」

「ええ、私達はライトの光が無いと見えませんわ……アカリ、はっきりと見えていると言うなら、正確に『バグ』の詳細について、私たちに教えなさい。天井が高すぎてライトだけだと上手く見えないんですの」

「そういうことなら」

「え、マジで、見えんの?」

「見えるよ……えっと、『八本虫』が五匹、密集して天井にくっついている」

キョトンとするココノエに適当に返事を返して、アカリは天井を見やり、トュエルブ達に詳細な情報を伝える。

「他に何か気になることはあります?」

「えっと……『八本虫』全部、じっとこっちに目を合わせている」

「偉そうに待ち伏せているって訳か、クソが!」

『八本虫』のエメラルドの様に翠に輝く、無機質な八つ目――合計四十の瞳がアカリ達を見つめていた。明らかにこちらの動きを監視しており、今か今かと自分(餌)達が真下に来るのを待っていた。

「どうする?」

「迎撃するしかなさそうですね……みなさん、準備を」

トェウルブの号令と共に『感電銃』を構える。そんな中でココノエだけ『感電銃』ではなく、刀身が欠けたナイフを取り出した。

「ココノエ、それは?」

「昔、捨ててあった奴をくすねていた奴を持ってきていたんだよ」

ココノエも、『亜空間』に隠し持ってきていたらしい。ヤメもそうだが、もしかしたら馬鹿正直になにも持ってこなかったのは私だけなのだろうかと、アカリは余計な事を考える。

「どうする、この距離じゃ、当たんねぇぞ?」

天井との距離は30メートル以上、射程距離15メートルしかない『感電銃』では確実に届かない。

「……こっちに襲い掛かって来た所でカウンターを狙うしかない」

「で、出来るかな……」

『八本虫』が襲い掛かって来た時、身動きが取れなかった事を思い出した、アカリは迎撃できる自信が持てなかった。

【ふむ……五匹か】

「どうしたの?」

なにかを思いついたらしい、ミストにアカリは声を掛ける。

【それぐらいなら、俺達でやれるかもしれんな】

「え、ほんと?……ん?」

五匹の『バグ』を相手取れると言うミストに本当かと確認するが、ミストの発言にどこか違和感を抱く、アカリ。しかしそれが何かを知る前に、トュエルブが話しかけて来た。

「アカリ、どうしましたか?」

「えっと、ミストが、迎撃は任せてほしいって」

「か、可能、なんですの?」

【多分な】

「多分って……ちゃんと出来ないと私達死ぬんだけど……」

多分と言う割には、自身が無さそうには見えないが。果たして一体何をやるつもりなのかと不安に思いながらも、今までミストが居たからこそ生きてこられたし、アカリはミストの多分を信じてみる事にした。

「……わかりました、アカリ……そしてミスト、どうか頼みますわ」

「俺も手伝うぜ?」

【いや、三人はとどめを任せたい】

「三人はとどめって……あれ、私も迎撃の方!?」

そういえばあの時、ミストは俺達と言ったと、アカリはようやく、言葉の違和感に気付いた。

【当たり前だろ?】

「なんで!?」

【そりゃ……『バグ』の俺だけ前に出ても反応はしないだろ、誰か囮をやんなきゃな】

「ううっ……わかったよ」

作戦は単純、ミストとアカリは『八本虫』を、わざと襲わせるために前へと進み、落ちてくるところを反撃。殺害ないし動きを止めた後、トュエルブ達三人が傷ついた『八本虫』を『感電銃』で完全に殺しきると言うものだ。

アカリは、囮訳なんて、本当は心底嫌だったが、かといって仲間の誰かにさせるわけにはいかないと、しぶしぶ了承した。

【経験上、落ちてくるのは大股で四歩後だ。カウントダウンをしながら、一歩ずつ歩いていけ】

「そんな急に……」

【前と同じだ、アカリはただの囮だ、なにも考えなくていいから、とりあえず言う通りに歩け】

「う、うん、じゃあ! 行くよ……よん!」

アカリは意を決して大きく踏み出した、トェウルブたちは得物を構えだす。

「さん!」

アカリは『八本虫』との距離を確認するため、上を見ると、エメラルドの瞳と再度目が合ってしまった。

「ビ……に!」

遠近法で『八本虫』はまだ動かない、アカリは恐怖によって言葉が引きずり、上手く発音出来ず、再度言いなおし、一歩進んだ。

「いち……!」

さらに一歩を踏み出したアカリは、あれ、もう一歩『ぜろ』の分も前に進めばいいの?どうすればいいだっけ? と緊張で疲弊した脳みそが妙な回転をしてしまい、体を硬直させてしまう。

「アカリ!」

トュエルブに呼ばれ、はっと意識が現実に戻った、アカリは天井を見ると――『八本虫』がこちらに向かって落下してくる最中だった。

――あ、今度こそ死んだ。

【やっぱ馬鹿だろ?】

硬直するアカリに対して罵倒しながら、針の様な物が五本天井へと飛び、『八本虫』を突き刺した。

「――ふえ?」

【地獄にご案内、最初の名物体験は針山地獄に串刺しだ、クソども】

なにごとかと左を見たアカリ。そこにはミストが、影の体から『八本虫』を突き刺した針を伸ばしていた。

「ミスト……それって?」

【『爪』に形状変化した時に、もしかしてと思ってな。どうやら俺は変幻自在に形を変える事が出来るらしい】

そもそも『バグ』を切り裂くミストの爪は隠していたわけではなく、体を形状変化させて作り出したものだった。変幻自在の肉体、ミストは、そんな自分の肉体の性質を隙あらば、見分しており、イメージさえすれば影の体を変換する事が可能という事を発見した。

「すごい……」

五匹の『バグ』を一瞬にして串刺しになった光景に、全員があんぐりと口を開けた。

【まぁ、ぶっつけ本番だったが、上手く行って何よりだ】

「ええ!?」

もし失敗していたら、どうするつもりだったんだろうと、アカリはジト目でミストを見るが、誤魔化すように黙ってしまった。

「もうっ! いつもははっきり言いすぎるくらいなのに!」

「アカリ、『バグ』に止めを刺すぞ?」

「あ、う、うん!」

そういって、ヤメは『感電銃』の引金を引いた。特に狙ったようには見えないほど連続的に、発射された弾丸は五匹の『八本虫』に一発ずつ見事に命中した。

「すごい……さすがだよ!」

「完璧なるオールマイティ、その名に偽り無しですわね」

「ピュー、さすが、いつも二位のヤメだな!」

「……………」

訓練やテストなどで、常に二位の成績をとりつづけていたヤメ、誰か一人になにか劣りはするものの、多彩な才能は他の残り13人の仲間よりも優れていた。

トュエルブが、そんな彼女につけた異名は『完璧なるオールマイティ』、ココノエは『いつも二位のヤメ』、本人からしたら、どっちも勘弁してほしかった。

「……私を褒めるぐらいなら、アカリを褒めて、彼女が居なければこんな簡単には行かなかった」

「おお、そうだったな! アカリも凄かったぜ! なんだよ、あれは、もうすごいというか、すごいしか言えねぇよ!」

「うわっ、も、もうやめてよ。結局私は囮ぐらいで、『バグ』の動きを止めたのはミストだよ?」

ココノエに首を回され、頭を乱暴に撫でられるアカリは、嬉しさと申し訳なさが入り交じった複雑な心境になる。確かに自分も危ない目にあったから、褒められるのはいいのだが、先ほどからミストの手柄も、まるで自分の物になっているようで、どうにも居心地が悪かった。

「ん?……まぁ、いいじゃねぇか! アカリの手柄はアカリのもの、ミスなんたらの手柄はアカリのものってな!」

「それってどうかとおもう、いた!?」

暴論にツッコミを入れるが、力を強めた、ココノエのなでなで攻撃によって、髪の毛が絡み抜け初め、それどころじゃなくなってしまう。

「こら、貴方のバカ力じゃ、アカリの首がもげちゃいますわ!」

「おっと、へへっ、わりぃな」

「う、うん」

トュエルブに怒られて、ようやくなでなで攻撃から解放されたアカリは、痛くなった首を撫でる。白兵戦で一番強いココノエに力いっぱい頭を揺らされため、アカリは本当に首がもげるのかと思った。

【――まだだ! 一匹生きていた!】

ヤメの弾丸は全てが命中していた、しかしヤメの位置から最も遠かった、『八本虫』が死に切ってはおらず、再生し、起き上がった。

ヤメ自身、勿論念頭には置いていた、殺傷可能範囲にもギリギリ入っていた。だけど知らなかった事がある。例え殺傷可能範囲とはいえ、それはあくまで『バグを殺せる射程』というだけで絶対ではなく、ギリギリともなれば、その確率は三割以下となる。

ただ運が悪かった、『八本虫』が生きていた理由は、それだけである。

シャアア――!!

「くっ!」

『八本虫』が飛びかかってくる、ヤメはすかさず銃口を向けるが、その射線上にアカリとココノエがおり、引金を引くのを躊躇ってしまった。ミストも『爪』を振りかざそうとするが、寸前の所で間に合わない。

「――シャラア!」

そんな中、ココノエはアカリを押しのけ、前へと出ると、宙に浮いている『八本虫』の下へと潜り込み、ナイフで腹を切り裂いた。

「いたた……」

「わりぃわりぃ、平気か?」

尻餅をついて居た、アカリに軽く謝りながら手を貸すココノエ。その傍には腹を掻っ捌かれて『バグ』が苦しみのたうち回っている。

「うん、ココノエこそ無事?」

「俺が、この程度で、やられるタマかよ」

ココノエはガッツポーズを取り、余裕の笑みを見せた。

それにしても、あの唐突な状況で、即座に反応して『バグ』をナイフで切るなんて、なんて反射神経と運動能力の高さだろう、流石白兵戦トップのココノエだと。アカリは感嘆する。

「さて、悪いけど、だれかあいつ殺してくれねぇ?」

「もう、まったく面倒ですわね」

ナイフさばきが一流なココノエだが、バランスをとるように射撃は誰よりも下手くそだった。なので、例え近距離でも当てる自身が無かった彼女は、代わりに『八本虫』に止めを刺してほしいと頼み込む。

キー!

「あっ!」

弾数にまだ余裕がある、トュエルブが狙いを定めていると、『八本虫』は驚異的な速さで、ココノエが付けた切り傷を修復し、体を起き上がらせて、アカリ達から逃げるように先へと言った。

「なんで早く撃たなかった!」

「仕方ないでしょ!? わたくしはしっかり狙いを付けないと当たらないのですわ!」

「ボクが撃てばよかった」

「ええ、その通りですわね!」

喧嘩する三人を、どうにか宥めようとしたアカリだが、ミストの焦った言葉に掻き消える。

【喧嘩なんかしている場合か! 逃げたって事は、仲間を呼びに行った合図だ! 距離を離されると積むぞ!】

「みんな! 喧嘩していないでいくよ!」

『八本虫』は、仲間を呼ぶにあたり、自分に害を成した存在から離れる性質を持つ、一定の距離にたどり着くと、特殊な鳴き声をだして、仲間を呼び出すのだが……その際駆け付ける『八本虫』の数は100から1000とされている。

もし、ここで仲間を呼ばれたら、アカリ達は瞬く間に数の暴力によって、跡形もなく食い散らかされるだろう、言葉の鞭に叩かれたアカリは仲間に声を掛けて、走って追いかける。

「アカリ、ちょっと待ちなさい!」

【構わん、今は『バグ』を狩るのが最優先事項だ!】

「わかった!」

呼び止める声を無視して、アカリは『八本虫』を追う。

 

アカリがトュエルブ達を追って走っている最中、それは聞こえて来た。

――いやあああああああ!!!

「悲鳴……トト!?」

そういえば、この先にはトトが進んでいた事を思い出した。アカリは、聞こえて来た悲鳴がトトのものだと判断した。

【運悪く、逃げたやつと鉢合わせしてしまったか】

「――トト!」

アカリは走る速度を上げる。間に合ってくれと言う焦りが足に込める力加減をばらつかせ、何度か数秒間宙に浮きながら前へと進む。

【――見えたぞ!】

目の前に『八本虫』、そしてその奥に、紫髪の少女が居た。

「トト!!――ミスト!」

【一点集中! 穿てってな!】

ミストから、伸びた一本の『針』は『八本虫』を見事に串刺した。

【おい】

「うん!」

アカリはミストの言いたい事を察して、躊躇わず発砲。『八本虫』は今度こそ絶命した。

【平常心でやれたな、随分となれたようで……】

「そ、そんなことないよ……それよりも、トト!」

アカリは『八本虫』に襲われていた少女に近づく、人に髪を触られるのも恐ろしいという理由で踵まで伸ばした紫色の長髪、周りを警戒し過ぎるあまりに眠れない夜を過ごし出来た濃い目元の隈、間違いないトトだ。

「はぁ――はぁ――!」

「トト! 落ち着いて」

「ひっ!」

「あっ――」

心配して思わず焦ってしまった、アカリは自分の失態に気付き、しまったと足を止めた。

トトは末期の対人恐怖症持ち、それに『バグ』に襲われかけ恐怖によってパニックになっていてもおかしくはない。不用意に近づくと、怯えてまた逃げかねない。なのでアカリは、何時も通りに人間二人分の距離を置いて話かけることにした。

「――トト、不用意に近づいて、ごめん」

「あ、貴方は……?」

「アカリだよ、わからない?」

「アカリ……う、嘘? 嘘よ。だってアカリは――!?」

なにが嘘だと言うのか、トトの言っていることはよくわからないが。アカリはとにかくトトを落ち着かせるために、さらに話しかける。

「嘘じゃない、私はアカリだよ……トト、そんなに怖がらないで、そんなに嫌なら、これ以上近づかないから、話しだけでも聞いて?」

「…………」

「トトが、友達から、家族から、たくさん裏切られてきて、人が怖くなったのを知っているから、私の言葉もあまり信用で居ないのはわかっている……だけど、お願い今は、ただ私の話を聞いて」

「……本当に、アカリなの?」

トトが『クロ』となったのは冤罪によってだった。親友だと思っていた存在からの裏切りによって犯罪者となった。肉親達は警察に連れていかれる彼女を見捨てた。それ故に、トトは他人を極度に怯えるようになった。

アカリだけは、トトから唯一『クロ』に来た理由を教えて貰っていた。つまりはアカリしか知らないトトの事情。だからこそ、その言葉はアカリ自身を示す最もたる証拠となった。

「うん、私はアカリだよ」

「……ふ、ふふ、ふふふふ!」

トトは急に笑い出した。傍から見れば心が壊れたのか疑う場面だが、アカリからすれば、トトが唐突に笑うのはいつものことなので、むしろいつものトトに戻ったと安堵していた。

「――なによ、生きていたじゃない! トイチのやつ! なにが有効活用した方がアカリ達も報われるよ! あの悪魔、やっぱり 私は正しかったわ!」

「トト?」

「そう言って、私達も餌にする気だったに決まっているわ、ふふ、あははは!――ふざけやがって! ふざけやがってふざけやがって!!」

【随分と、まぁ、情緒不安定な奴だな】

「これがトトだからね……」

笑ったと思ったら、急にキレ出すトトを見て、ぼそっと口に出てしまったらしいミストの言葉に否定できず、苦笑してしまうアカリ。

滅多に感情を表に出す子でもないのだが、アカリの前など一定の条件下では、こうやって荒ぶる様に、いままで貯まった物を吐き出すかのように激情する。

ある意味、変わっていないトトに安心感が生まれ、アカリは彼女に話しかける。

「トト。トュエルブ達がもうすぐ来るから、そしたら、少し離れながらでいいから、一緒に付いてきてほしいんだ」

「トュエルブ?……い、いやよ! 例え、アカリの言う事でも、イチノの所には戻らないわ! あいつ、絶対私を餌にするつもりよ、そんなとこに戻ってたまるか!」

トトの疑心暗鬼は、間違っても居なかった。あのイチノなら、必要とあらば、人を囮にすることも躊躇わないだろうから、アカリはトュエルブの時と同じ、否定はしなかった。

「イチノの所にはいかないよ。私、安全な所を見つけたんだ。そこならとりあえず『バグ』に襲われる心配もないし、トトに見せたいものだってあるんだ!」

「み……見せたいもの?」

トトの場合、自分の目で見ない以上は決して物事を信用しないだろうと、『楽園』の事をアカリは適当にぼかした。

「うん、あ、でも安全な場所なんだけど、ちょっと狭いから我慢してね?」

『楽園』の事は一旦置いといて、『部屋』の中は、それほど広くはなく、全員で8人となれば、空間的に人との距離が近づく。トト的には本気で嫌だろうが、そこは少しの辛抱してほしいと伝える。

「ふ、ふん……見くびらないで……ある程度なら我慢できるわよ」

「そう、よかった」

『ある程度』というトトらしい承諾を得た、アカリはよかったと胸をなでおろす。

「――おーい、アカリー!!」

「あ、ココノエ! ここだよ!」

ココノエの声が聞こえて来た、アカリが来た道を振り向くと、アカリの目から見える範囲まで三人が来ていた。

「みんな! トト見つけたよ!」

「お~! まじかぁ! 無事だったか!」

「うん、怪我も無いみたい――わっ」

「――――え?」

大声を上げて、手を振るとヤメのライトがこちらを向いたので、まぶしく思ったアカリは手で光を遮った。

「ん――やっぱり、眩しい」

まるで文字通り光が眼に入ってきている様で、光に当たると痛みを感じる程疼きだす。そういえばライトってこんなに眩しい物だったっけとアカリは疑問に思った。

「――あ――あ――」

「トト……どうしたの?」

「ひっ!」

気が付いたらトトが引き攣る様に過呼吸となっている。一体、自分が振り向いた時に何がったのか、心配したアカリが声を掛けるが、反応が無い。

「トト?」

「アカリ……っ! ヤメ、光を、早く!?」

「ひ……ひっ!」

トュエルブが何かに気付き、焦った様子でヤメに言うが、もう遅い。

声を引き攣らせるトトの目は恐怖に染められており、一体どうしたのだろうかと、アカリは思わず、一歩近づいてしまった。

「う、うああああああああああああああああああああああああ!!!」

「トト!?」

アカリがほんの少し接近したことを皮切りに、トトが恐怖の叫びを上げながら、その場から逃げ出した。アカリが呼び止めるも、もはや耳に届かず、奥へと行ってしまう。

「そんな、どうして? ねぇ、まってトト!」

「やめなさい、止まりなさい……止まって、アカリ!」

アカリは、逃げたトトを追う。トュエルブが制止の声を掛けるが、彼女には聞こえて居なかった。

【おい、一旦落ち着け……おい! 止まれ!】

「で、でも! トトが……っ! 駄目、止まって!」

【アカリ!】

聞いたことの無い、ミストの強めの静止に、アカリはびくつき一旦足を止めるも……トトが走る、その先を見た、アカリは静止を振り切り、走り出す。

「その先は、崖だ!」

「―――あ」

「トト!」

崖……いや、円形の大穴が進路を塞いでおり、トトは、それに気付くことなく、足を踏み外したが、アカリが寸前の所で腕を掴んだ。

「トト! 平気!?」

「う……あ……」

勢いあまって、アカリもトトごと落ちかけたが、地面に倒れながらも、体全体を地面に擦り付けるようにして踏ん張り、止まる事が出来た。トトは大穴に投げ出されており、アカリが手を離せば、其処の見えない深淵に真っ逆さまである。

「い、いや……」

「だれか! 早く来て!! トトが落ちそうなの!」

「アカリ、どこだ!」

ココノエを片手で支えているアカリは自分一人だけでは引き上げられないと、助けを呼ぶが、ココノエたちはアカリがどこにいるか分らず、また『落ちる』という単語から、穴ないし崖が周辺に存在すると判断した、トュエルブ達は落下の危険性を考慮して慎重に動からざる負えなく、足止めを食らってしまう。

「たすけっ! 助けて!」

「助ける、助けるからっ! お願いだから、大人しくして!」

錯乱状態となったトトは、足の付く場所を探すように、もがきだし、支えるアカリの腕に負荷が掛かる。

しかし、トトの全体重を支えているのにも関わらず不思議とアカリは余裕だった、これなら片手でも引き上げられるのだが、トトが暴れている所為で、手が滑りそうになり、引き上げ様にもトトの手を離れないようにするだけで精一杯となっている。

「いやだ……誰か助けて!」

「――トトっ!」

まるで手を引きはがさんとばかりに、暴れる少女。後ろから徐々にトュエルブ達が近づいてくるのが分ったが、もう限界だった。汗ばんだ手は摩擦を徐々になくしていき、トトの手がどんどんずり落ちていく。もうまもなく、彼女の体は奈落へと落ちるのは想像難くなかった。

「片方の腕を出して、はやく!」

だから、アカリは彼女を助ける為に、開いている左腕を出した……出してしまった。

【――そっちを見せるな!】

「アカリ、止めなさい!」

 

――彼女は、自分の違和感になにか一つでも気づくべきだった。

 

トトは、ヤメのライトに照らされた、アカリを見て……空いた手で『感電銃』を取り出し、アカリに向けた。

「ト、トト……?」

どうして、トトは自分に銃を向けているのだろうか? どうしてそんなに恐怖に歪んだ顔を作るのだろうか? まるで敵と言わんばかりの瞳で睨みつけてくるのだろうか?

予想だにしていなかった、トトの行動に、アカリは頭を真っ白にする。

理由も聞く暇もなく、トトはアカリに向けて引金を引いた。

 

「――死ね! ばけものおおおおおおおおお!!」

 

「きゃ!」

アカリは銃弾を避けるために、反射的に体を動かしてしまった。

「――あ」

その際に、トトの体を支えていた手も放す。アカリは慌てて、トトの元へと戻り、手を伸ばすが。

 

その手は空をきり、トトは感情の見えない瞳でアカリを見ながら、奈落の底へと消えた。

 

「い、いやあああああああああああああああああ!!」

トトが死んだ、自分の目の前で、奈落の底へと落ちて死んだ。

「どうして! どうしてどうしてどうして!!?」

「アカリ!」

トュエルブが近づき、声を掛けてくるが、アカリは狂ったようにどうしてと言い続ける。

どうして、トトは、自分の事を『化物』と言った。自分の左腕を見て、『化物』と怯えたのだ。

「―――あ……あ……」

「アカリ、駄目よ!」

アカリは、ゆっくりと自分の左腕を見た。トュエルブが焦ったように声を掛けてくる、変わらず、そこにあったのは自分の……人間の腕の筈……だった。

「――なにこれ?」

【……ショック療法と言うやつか、ここで正気になるとはな……shit】

アカリは自分の左腕を見て愕然とする。いや、正確にはアカリの左腕はなかった。そのかわり真っ黒い影の塊が、むりやり張り合わせたかのようにアカリの腕の代わりにくっついていたのだ。

混乱する、理解が追い付かない。自分の腕はどうなったのだろうか? という発想に行きつく前に、自分の左腕の代わりとなって生えている、その鈍い赤色に光る球体が入った黒い塊の正体に行きついた。

「―――――ミスト?」

【……改めて、haloと言うべきか? アカリ】

「いったい、なに……これ?」

【――俺はお前だ、お前は俺なんだよ……アカリ】

それは、ある種の自己防衛本能だったのかもしれない、完全に個別として認識することによって、己がまだ『人間』だというアイデンティティを守ることにより、平常心を保っていたのかもしれない。

 

――アカリは、トトの死をもって。自身が『バグ』であることを知った。

 



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episode5

「……私は『バグ』なの?」

信じたくない、信じられない。頭の中がごちゃごちゃして、どれだけ現実逃避しようとも、見ないふりが出来ない心が勝手に口を動かしてしまう。

【……そうであり、そうではない。左腕や一部の機能はバグとしての機能を有しているが、主体は人間の筈だ】

彼なりの気遣いだろうか、それとも何時もの様にはっきりと言っているだけだろうか、自分はまだ人間だと言ってくれた。

だけど……『バグ』でもある、その事実が、私の心を酷く抉った。

「なに……それ……なによ」

ミストの言葉は象徴的であり、ただ否定すれば、どれだけ心地のいい幻覚に浸る事が出来ただろうか……そう、幻覚だ。

自分が見ていた、ミストと言う影法師は、幻覚であって。あれは本当の姿ではない。元々、『部屋』で目覚めた時から、ミストは自分の左腕だったのだ。

「――なんで! いったいどうして!?」

【……帰ってから、俺の知る限り全部、話してやる、今はこの場を離れるぞ】

理由を聞きたかった訳じゃなかった、自分がどうしてこんな目に合っているかを聞きたかった訳じゃなかった。叫びと一緒だ、ただ言葉になってしまっただけだった。

「うわ、うわああ――!」

「アカリ」

ミストの提案は聞こえていた、しかしどうしても足に力が入らず、腹の底から這い上がってきた拒絶心を吐き出そうとした時、背後から自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。

「――トュエルブ」

「トトの事は……残念でした。ですが貴方の所為では決してありませんわ」

「ち、近づかないで!」

「アカリ――」

思い出すのは、ヤメが銃口を向けて来た時、あの時はミストだと思っていたが、今ならわかる、あれは私を殺そうとしたんだ!

「私は、私は――!」

怖い、死にたくない、助けて、私は人間だ。言いたい事は沢山ある筈なのに、なにもかもが言葉に出来ない。大切な仲間が、自分に死を与える『バグ』の様に見えて、私の頭の中はいっそうぐちゃぐちゃになる。

【おい、止まれ! お前も真っ逆さまに落ちるぞ!】

ミストが何か言ってくるが、頭に入らない。いますぐ皆の前から姿を消したい。後ろに少しずつ下がる。トトが落ちた穴に少しずつ迫っていく、恐怖に怯えるだけの私は、そのことに気が付かない。

いや、本当は気が付いている。だけど、いっそトトと同じように、落ちてしまえばいいと思ってしまい、私は半ば自分の意志で穴の中に落ちようとしていた。

「――アカリはアカリだよ!」

そんな自分を止めたのは、一度は銃を向けてきたヤメだった。らしくない必死な形相で彼女は叫んだ。

「ヤメ……」

「ああ、そうだよ! アカリはアカリだ! さっきからそう言っているじゃねぇか! てめぇ、何時の間にそんな忘れっぽい脳みそになったんだ! ああ!?」

「ココノエ……」

続くように、ココノエが怒鳴ってくる、だけど、その内容はヤメと同じく自分を肯定してくれるものだった。

「アカリ」

「あ……」

気付かぬうちに、傍によっていたトュエルブが、なんのためらいもなく自分を抱きしめた。そうだ、さっきもこうやって……『バグ』である自分をこうやって、トュエルブは抱きしめてくれたんだ。

「怖がらないでほしいわ。わたくし達はアカリの事をアカリだって、ちゃんと分っていますわ」

アカリはアカリ。その言葉がどれだけ自分を救ったか、きっと私以外は知らないだろう。

例え人間じゃなくっても、『バグ』と言う人類の敵だとしても、私は仲間(クロ)のアカリだと、三人は言ってくれたことが嬉しかった。

「う、うう……」

「もう、やっぱり貴方は泣き虫アカリですわね」

優しい声が、暖かい手の温度が、なによりも自分がアカリだと肯定してくれた言葉が、ぐちゃぐちゃになった心をほぐしていった。

トュエルブの胸元で泣きながら、私は溢れてしまった感情を吐き出すように静かに泣き続けた。

 

 

「――アカリ! お帰り!」

「アカリが帰ってきたの? お帰り!」

「うん……ただいま」

あの後、落ち着いた私は、トュエルブ達を引きつれて『部屋』に戻った。嬉しそうに自分を出迎えてくれるニッコとトヨネだが、私は上手く笑えなかった。

「アカリ……どうしたの?」

「――うん、でも、その前に」

「よーっす、ニッコ! トヨネ!」

ニッコが声色の違いだけで、自分の心境を察して心配してくれるが、それを話す前に私は、後ろに居たココノエたちを『部屋』に招きいれた。

「ココノエ! それに――トュエゲホッ!」

「ああもう、無茶しないでくださいませ!……よく、生きていてくれましたわ」

「ニッコも、無事で何よりだ」

「その声……ココノエ! ヤメ! トエルブ! 生きていたんだね! よかった~」

「トュエルブですわ、その上手く発音できなさを見るに、ニッコで間違いなさそうね」

「えへへ~ ごめん」

トュエルブとニッコのやりとりに、私は思わずニッコとトュエルブを助ける事が出来て本当によかったと顔が綻んだ。

 

私達は、再開を喜び合った後、各々に『部屋』で楽な姿勢となって、話し合いを始めようとしたのだが、皆が皆、誰が口を開くか牽制しあう空気となってしまい静寂の時間がしばらく続いた。

「――まずは私達の事から話しましょうか」

最初に口を開いたのは、トュエルブだった。彼女はニッコ達にも分るように、車から離れた後の事をわざとらしく詳細に話す。それはトュエルブなりに、自分や他の皆に話すことを整理する時間を作ってくれているようにも感じた。

「――と言う訳ですわ」

「そうなの、イチノは居ないんだね……ゲホゲホ!」

トヨネはイチノが居ないと判り、明らかに安心したような反応を見せた。明確な理由はわからないが、置いて行かれたトヨネの気持ちを考えれば、その反応はある意味仕方ないとはいえるが、同じ仲間なのに拒絶するような態度に心の中がざわついてしまう。

「それで――ゲホッ!――トトは?」

一瞬息が止まった。

「あー……トトはな……」

「いいよ、ココノエ……ありがとう、私が話すよ」

私に気遣って誤魔化してくれようとした、ココノエを止めて、私は正直にニッコ達に起きたことを話す事にした。だけど、その前に聞いておかないといけない事がある。

「アカリ?」

「……トヨネ。私の左腕……どうなっている」

「――っ!」

私が、そう尋ねると、トヨネは気まずそうに顔を反らした。その反応だけで十分だった。トヨネもまた、私の左腕の事を……ミストの事を知っていながら黙ってくれて、アカリとして接してくれていたんだ。

「えっ? え? アカリがどうしたの?」

眼が見えない、ニッコは状況を理解できていないらしく、どうやら、トヨネは黙ってくれていたみたいだった。それは私に対するやさしさか……それとも怖かったからか……。

「トトは……私の『これ』を見て、逃げて……その先にあった崖に落ちて死んだ」

「――っ!」

「そんな……トトが」

トヨネが息を飲んだのが分った、ニッコも状況をちゃんと把握は出来ていないなりに、トトが死んだことにショックを受け、笑顔が消え、頬が哀しみに歪んだ。

トトが落ちた時、彼女の表情が記憶に焼き付いている。『化物』と言う言葉が耳から離れない。

「――ごめんね、トヨネ。怖かったよね。こんな手で抱きしめて……」

車で再開を果たした時、私は喜びのあまり彼女を抱きしめた、その時もしかして恐怖を与えてしまったと考えるだけで死にたくなるほどの申し訳なさを感じる。

「そ、そんなことっ――ゲホ、ないよっ! だって……アカリはアカリだったんだもん!――ゲホッゲホッオエっ!」

「もう、無茶しないでくださいな!」

「トヨネ!」

いままで聞いたことの無いほどの大声でトヨネは言った。弱い喉が大声によって傷でもついたのだろうか? 長い間、咳き込んでしまい、近くに居たトュエルブがトヨネの背中を擦る。

私も心配して近くまでよりながら、泣きそうになった。

アカリはアカリ。その言葉がなによりも、自分の存在を認めてくれている様で、心をあっためてくれる。そんな言葉を皆が行ってくれた事が、本当に嬉しかった。

「――私は、あの時……アカリに抱きしめて貰って、本当に嬉しかった……アカリが来てくれなかったら、私達死んでいたから……だから、そんなこと言わないで……」

「トヨネ……」

「よくわかんないけど、ニッコもアカリの事好きだよ?」

「ニッコ……うん、ありがとう」

トヨネは咳に苦しみながらも、自分の想いを言ってくれた。ニッコは事情をよく分からないなりに、私の事を好きと言って笑ってくれる。眼頭が熱くなる。トュエルブの言う通り、私はやっぱ泣き虫だ。

「空気を読めなくて申し訳ないですが、本題に入らせていただきますわ……アカリ、その腕……ミストに付いて説明してくださらないかしら?」

「そ、そうしたいのは山々なんだけど、私もよく知らなくって」

私の右腕について、ミストについて、出来る事なら情報を共有したいと思っているが。なにせ車で気を失って目が覚めたと思ったら、左腕がミストになっていたのだ。

その後と言えば、ミストは自分ではないと信じ込んでいたから、探るも何もない、精々ミストが元人間の『バグ』であることぐらいか。

……そういえば、よくよく考えれば、出会った時恐怖のあまりに『感電銃』をミストに向けていたけど、あれは私自身に銃口を向けていたも同然だったのか。もしも撃っていたら、タダで済まなかったのは私も一緒……よかった、撃たなくて。

「……ミスト、ねぇ、聞こえてる?」

私は自分自身の左腕である黒い粒状の物の塊に話しかける。トュエルブ達に説得されて以降、ミストは無言を貫いている。もしかして自分の認識能力が正常に戻った事で、ミストになにかあったのだろうか? いや、そもそも、ミストというのはちゃんと存在していたのだろうか? もしかして、私の妄想の産物というのも十分にあり得る話――。

【んあ?……ああ、終わったのか?】

思考が深い場所まで行きかけた時、唐突にミストが喋った。び、びっくりした。でも、私の妄想の産物ではないとわかり安心する。

というか、妄想の産物にしては『楽園』の事とか知らない知識をしっているから、ありえないか。

「ミスト……もしかして、寝てた?」

【寝てはいないさ、俺は多分お前が寝ないと眠らない……ちっと考え事に夢中になっていたんだよ】

変わらず、低い男性の声で話す、私の左腕。それを自覚した後、彼の声は耳からではなく、まるで脳内に直接語りかけて来るように聞こえてくるのがわかる。

つまり、ミストは声を発していないと言う事になるんだと思うけど、それだったら……。

「ねぇ、……もしかして、ミストの声って私以外に聞こえていないの?」

「……うん、そして確認なんだけど、ミストって言うのはアカリの左腕の事だよね?」

ここで私は、そもそも皆にしては、ミストと言う存在そのものが怪しまれるものだったと気づいた。それはそうだ、異形の左腕がどうして意思を持っていると考えるだろうか、もしも私だった場合、ヤメと同じ様な結論に達するのは想像難くなかった。

「正直、独り言ぶつぶつ言いだしたりして、気持ち悪かったな」

「あはは――」

「ううっ!」

ココノエの正直すぎる感想と、それに肯定するように苦笑するトヨネの反応にショックを受ける。

【――まぁ、そもそも声を発せる口が無いしなぁ】

「そういえば、そうだね……」

口が無いからそもそも人間みたく喋れない、どうしてこんな簡単な事に気が付かなかったんだろう。

「そっか……私にしか聞こえなかったんだ」

よく考えれば思い当る場面は沢山あった……と思う。ミストは私が他の皆と話している時は基本的に喋らなかったから、その違和感に気付くことが出来なかった。

今思えば、そういったのは全部、左腕の事を気づかせないための配慮だったのだろう。

「ミスト……結局、貴方はなんなの?」

【『バグ』さ】

「それは、わかるけど……」

【わかっている、こうなった以上知る限りを全部話すさ……と言っても、俺もわからないことが多いがな】

「別にいいよ、知っている事全部話して」

と言っても、ミストの声は私しか聞こえないので、いちいち自分達に伝えるのはややこしいとトュエルブに言われ、いったん私がミストの話を聞いてから、皆と話す事になった。

【さて、どこから話そうか……まずは俺自身が元々、人間だと言うのは話したよな?】

「うん、ミストは元々、人で『亜空間』に長い事居たから、『バグ』になったんだよね」

「なっ! それいったい――!」

「ココノエ、後で纏めて聞くと決めたはずですわ。ここは落ち着きなさい」

「――っち、わかったよ!」

ココノエが声を荒げ追求しようとしたが、トュエルブに止められた。だけど皆、私が言った事について、酷く気になっている様で、少し怖い雰囲気になった。

だけど、本題はそこではないので、申し訳ないが。一旦皆を無視して、ミストと話を続ける。

【それで、少し難しい話になるのだが、『バグ』と言うのだな、元の生物によって、どの『バグ』になるかが決まっているんだ】

「…………?」

【例えばお前の言う『八本虫』だったら、元となった生物は昆虫の蜘蛛とか、『棘角虫』なら、蛾の幼虫とかな】

クモやヨウチュウというのが何かはわからないが、『バグ』には、それぞれ元となった生き物が居て。その生き物によって『バグ』の種類が決まると言う事だろうか?

「……よくわかっていないけど、それはつまり、人間だったら、人間からなる『バグ』が居るってこと?」

【ああ……それでだ、その人間が成る『バグ』と言うのが。『Parasite』】

「パラ……サイト……?」

初めて聞く名前だ、いや、そもそもミストは私達とは違う呼び方で『バグ』を呼んでいた

【若干和英発音だが、まぁいいか……その『parasite』と言うのはな、中々にしてエグイ『バグ』でな、ようは生きた人を操っちまう奴なんだよ】

「操るって……」

もしかして自分はミストに操られている状態なのかと思ってしまい、私は背中に大量の冷や汗を流し、体を震え上がらせる。そんな私の反応を予想していたのか、ミストは呆れた様子で否定する。

【安心しろよ。本来なら自我意識なんて無く、ゾンビの様に生きた屍になるのが普通だ。泣きまくる寄生された奴なんて、初めて見たよ】

「そ、そんなに泣いていないよ!」

「いや、泣いているだろ」

会話が聞こえていない、ココノエに突っ込まれた、泣きそう。

「ううっ、で、でもじゃあ、いまどうして私の左腕になっているの?」

【そこなんだよなぁ、俺もまったくわからん】

「ええ、そんな……」

【だけど、予想は出来るさ……おそらくだが、俺は気を失っている、お前に『バグ』として本能のままに寄生しようとした。だがなんらかの原因で、それは中途半端に終わり、その結果、何故だか俺は人間の時の自我を取り戻し、お前の左腕となった】

「えぇ……」

【わからんところが多いと言っただろ】

「多すぎない?」

【人間の時に少なくとも聞いたことが無い事例だからなぁ……】

なにもかもが曖昧だ、結局肝心な所は何もわかっていない。ミストの言うことが本当なら、『パラサイト』にキセイされた人間は、ゾンビ……? 多分、心を無くすのが普通らしいが、私はそうならず、ミストもまた心を取り戻した。

どうしてそうなったのかは、ミスト自身一切分らず、肝心な所がまったくもっての不明で終わってしまった。

【そういえばだ。俺もお前に聞きたい事があった】

「どうしたの?」

ミストが逆に私に質問をしてきた。答えられるようなものは無いと思うけど、いったいなんだろう?

【俺が自我に目覚め、自分の置かれた状況がわかり、人間時代の記憶を頼りに、お前を引きずって『ここ』へと避難したんだが……あの時、お前は車の中ではなく外に居た。最初こそは車から放り投げられたと勘ぐったが、あの車の横転状況を見る限りは、可能性は低い……お前はどうして、外に居たんだ?】

「どうしてって、言われても……私はずっと気を失っていたからわかんないよ」

【それは知っている、俺がせっせと這いずるように運んだんだからな、気を失う最後の光景は覚えているか?】

「えっと、すっごい衝撃と共に車が回転し出して、色んな所に体をぶつけたかな?」

【ふむ…………】

『バグ』に襲われた後、私は車の外で気を失っていたらしいが、どうしてかは私も分らず、むしろ教えてほしかった。最後に見た光景はぐるぐると回る車内の中、それと何度か壁か天井にぶつかった衝撃ぐらいで、思い当る者は一切無かった。

「アカリ。話が終わったなら、わたくし達にも内容を聞かせてくれないかしら?」

「あ、うん」

ミストが考えこみ、私が黙った事で、トュエルブは話しは終わったのだと判断したらしく、説明を求めた。

私はミストとの会話を皆に話す。しかし上手く説明できず、結局上手く伝わらなかったところは、ミストが補佐してくれて、これじゃあどのみち二度手間だったと言われてしまった。

……ヤメの時もそうだったけど、どうしたら説明って上手くなるんだろ?

【……おい、あの事を聞いておけ、こいつらなら何か知っているだろ】

あの事とは、私が外で気を失っていた事だろう、断わる理由も無いので、私はトキュエルブに尋ねた。

「それでなんだけど……車が『バグ』に襲われて、私が気を失った後の事を聞きたいんだけど……」

「――」

「トュエルブ?」

話しを振った途端、深刻そうに髪を弄りだし、苦悩するトュエルブ。いや、彼女だけではなく、自分とミスト以外のこの場に居る全員が何かを悩んでいる様子だった。

「みんな、いったいどうしたの?」

「アカリ……ミストに聞きたい事がある……」

「えっと、なに?」

ミストの声が聞こえないヤメが私を通して、ミストに何か聞きたいようだが。どうしたんだろう、彼女は心なしか震えており、上手く言葉も発せていない、明らかに聞くことを躊躇っている様だった。

「……どれだけ、考えても上手い言葉が見つからないか……トュエルブ」

「私も同じですわ……ちなみに、一応で聞きますが、ココノエ達はどうですが?」

「お前達が思いつかないなら、脳筋のオレが思いつく訳ねぇだろ」

「…………」

「えっ? どうしたのみんな?」

「――ごめん、本当はアカリに言いたい事があるんだ」

「な、なに、言いたい事って?」

再開した時、ミストの事を聞いて来た時と同じぐらい真剣な表情のヤメ。私は緊張のあまりに喉を鳴らして。いったい何事かと内心で少しパニックとなる。

「車で移動中、『バグ』に襲われた際……アカリ……君は死んでいるんだ」

「―――え?」

一瞬、なにを言われたか理解できなかった。

死んでる? 私が、どういうこと? 死んでるならどうして私はここで生きているの?

私の心はたった一言で掻き乱れ、口の底から水分がどっかへといってしまったかのように乾きだした。

「な、なにを言っているの? 死んでるって……私が?」

「……『バグ』が襲い掛かって来て、車が吹き飛ばされたあの時、投げ出された君は当たり所が悪くって……死んだんだ」

「で、でも! 本当は生きていたんじゃないかな!? だって死んで生き返るなんて普通はありえないよね!?」

ニッコが必死にフォローをいれてくれるが、それをトュエルブが静かに首を横に振って否定する。

「いえ、あのときわたくしとイチノが確認しましたが、アカリは間違いなく死んでいましたわ……息が止まって、瞬きをしなくなって、首があらぬ方向を曲がって……見間違う筈がありませんわ」

トュエルブは気丈に振る舞っているように見えるが、私の死体を見たことを思い出した

その顔は青くなっており、髪を弄る手も酷く雑だ。

「私は……死んだの?」

「――ああ」

「外に居たのは、どうして?」

「遺体を……『バグ』避けに利用したんだ」

それを提案したのは、きっとイチノなんだろうと自然と思い当った。きっとナナカドが外に居たのも同じ理由だろう、皆は私とナナカドの遺体を外に放り出して、バグが食いつている内に車の外へと逃げ出したのだ。

「………………」

「アカリ?」

「……しばらく、一人にして」

私は静かに席を立ち、外に出ようとする。トヨネに呼び止められるが、一言返すのが精いっぱいで、私はふらふらな足取りで『部屋』の扉を開け、外へと出た。

 

【まぁ、なんだ、一切気晴らしにはならんだろうが、とにかく聞け。あの話が本当なら大雑把だが仮説が作れる】

『部屋』の壁に背中を預け、膝を抱える私に、ミストが唐突に話し出した。

【元々『パラサイト』と言うのは『生きた人間』にしか興味の無い存在だが。死の定義は脳死していた場合の話だ。恐らくお前は心臓が止まっていて、死んではいたが、脳はまだ生きていた。だから『パラサイト』である、俺はお前に寄生したが、既に死へと向かっていため、このまま寄生しても一緒に死を迎えるだけだと察知した俺は、寄生するエネルギーを、『バグ』の再生能力として活用、その事によってお前は蘇生し、エネルギーを使い果たした俺は、中途半端に寄生する事となり、今に至ると言う事だ】

「………………」

【つっても、ドラマやアニメを見て思いついたものだから、あっているかどうかも知らんし、どうして俺は自我を取り戻したかも全然わからん……つまりは結局、分らない事だらけということだ、意味ないな、ははっ!】

「………………」

【……無視は寂しいぜ?】

「ねぇ……ミスト」

【お、なんだ?】

「……トトは、私の所為で死んだんだよね?」

自分が死んだのは確かにショックだった。だけど一人になってすぐさまそれはどうでも良くなった。『死』と言う恐怖が反応して、私にある事を思い出させていた。

皆と居て、誤魔化す事が出来ていたもの、いま、私の頭の頭の中はトトの事だった。

【――お前の所為じゃない、あれは誰の所為でもない】

「私の所為だよ」

口に出していて、おかしいと自分でも思うが、私はミストの聞いた訳ではなく、自分自身に問いかけた物だった。あの時、ヤメに照らされて自分の左腕を見るまでは、トトは私の声を聞いてくれていた。

あのまま上手く行けば、トトは死なずに『部屋』へと戻って来れたんだ。

だけど、そうはならなかった、それは誰の所為? ココノエはなにも関係ない、トュエルブはずっと私を気遣いながらも止めてくれた、正直言って欲しかったなんて言うのは絶対に間違っている。ヤメも違う、彼女は、ただライトを当てただけ、だったら、仲間に怯えたトト? そんな訳がない。『バグ』に怯えただけで彼女の反応は正しい。だったら、ミストが全部悪い、いや、ミストが居なければ、私は既に死んでいた。つまり――

「馬鹿で、心の弱い私が全部悪いんだよ」

【そんなことは……】

「私が、ミストの事をきちんと見て居れば、自分の事を自覚していれば、皆の反応に少しでも聞いて居れば。きっとこんなことにはならなかった!」

気付けるチャンスは幾らでもあったのに、『亜空間』内が見える事だってそうだ、どうして見えない事の方がおかしいと考えたのも、現実から目を反らしてたかだろう。私は自分が『バグ』と言う真実を気づく事が眼を背けた所為で、トトは私に襲われたと勘違いして死んだ。そうだ全部私の所為だ、私がもっと賢くって、心が強かったら、対応を間違えなかったんだ。

【それは違う】

「ミスト?」

ミストは私の叫びをはっきりと否定した。

【人間である自分が『バグ』になる、そんな状況になれば、そうなるのも仕方がない、お前はやるだけのことをやった、トトの事は残念だったかもしれないが、『部屋』の中に居る五人は間違いなくお前が救ったんだ、それは誇るべきことだろ?】

「でも……それは全部ミストが」

【俺はお前の手でしかない、それ以外は、お前が全て動かした……誇っていい。お前は確かに仲間を救う為に、『亜空間』を進み、『バグ』を倒し、成し遂げたんだからな】

そんなことはない……筈だ。ニッコとトヨネを助けられたのも、トュエルブ達を助けられたのも、すべてに置いて私はミストが活躍したおかげで、私はただ、そんなミストを運んだだけの車の様な存在だ。褒められるのはおかしい。

 

そのはずなのに、私はどうしようもなく嬉しいと思ってしまった。

 

【お前は本当に泣き虫だなぁ】

「し、しかたないでしょ!」

気恥ずかしくって反射的に反論する私に、呆れたように、でも少し楽しそうに言う。

【まぁ、本来涙を流す事は悪くないことだ】

そういって、ミストは黙ってしまい、いきなり場が静かになってしまった。

トトのあの目も、あのセリフも、忘れる事は出来ないがミストの御蔭で幾分が心が軽くなった、私は静寂の中『楽園』について思いを馳せた。

 

「――『楽園』にいったら何をしようかな?」

今まで見たことの無い風景、車内の空間と大差ない『国』とは違う、本物の世界と言うもの、初めて感じた自然の風はすこし冷たくって、でも心地よかった。

「ニッコと風を浴びたいな……」

【それには説得を成功させないとな】

ミストが私の独り言に乗ってきた……説得……よく考えると『楽園』の事を話せば本当に、あの悪い大人たちは私達を助けてくれるの?

……ううん、今はその方法しかないんだ。信じるしかない。

「あ、でも……」

【どうした?】

「こんなんじゃ、私は帰れないよね……」

【…………】

私が困ったように言うと、珍しく、ミストは黙ってしまった。左腕が『バグ』の私は、きっと大人たちの説得が成功したとしても『国』には帰れない。帰れたとしてもきっと碌でもない扱いされるだろう。

「でも……とりあえずは、ニッコ達をどうにかしないとね」

ただ包帯を巻いただけの状態だと危険だとミストは言った。『国』に帰ったら、まずニッコの目とどうにかして、そしてあわよくばトヨネの体調を良くする薬が欲しい。だけど最高級品は流石にくれないか。

【……お前は『亜空間』に置いてきぼりになってもいいのか?】

その声色は優しさと心配が含まれたものだった。私がこの『亜空間』で、ひとりぼっちになる事を心配してくれているようで、ちょっと嬉しく思った。

「うん……だって、上手く行けば、きっと皆戻ってくるよね?」

【まぁ……そうだな。案内役が必要になるから、再開も果たせるだろう。確証がないがな】

「確証が無くてもいいよ。どうせこのままだと皆お腹空いて死んじゃうし……それぐらいなら、私だけ残ってもいい」

トュエルブ達が所持していた水と食料を含めても、人数が多くなったいま、食料はともかく水は後一日分もない。私は『バグ』になった影響か、水も食べ物もそれほど要らないと、今ならわかるけど、ニッコ達はそうはいかない。得にやっぱりトヨネだろう、最近、彼女の体はさらに悪化しているようにしか見えなかった、少なくとも咳が多くなったのは間違いない。ニッコだって、ちゃんとした事も出来ていない状態で、血だらけの包帯を巻いたままなんていいはずがない。

自分が一人になるからって考える暇はない。今は一刻も早く皆を『国』に戻れるようにしないと。

【そうか……偉いんだな。お前は】

――といっても、実際は一人にはならないんだけどね。

「偉くなんかないよ。だって私はミストが居てくれるから、きっと少しだけ皆と離れる事が出来るんだもん」

私にはミストと言う存在が居から、皆とほんの少しだけ離れてもいいって選択がとれるんだ。

【そうか――まぁ、今の俺はお前の腕さ、お前の言う通りに動くさ】

「じゃあ、皆が無事に戻れたら。ナナカドとトトのお墓作り手伝って」

【ああ、そこら辺の『バグ』を狩って、その素材で豪華なのを作ろうぜ】

「えぇ……『バグ』と戦うのは怖いよ」

【いつものようでいいさ、大体俺に任せて、お前は止めをさすだけでいい】

 

それから、私達はたわいもない、されどお互いの事を知る為に会話をする。皆と離れた時の練習のつもりだったかもしれない。

「そういえば、ミストは人間だった時、どんな人だったの? この前、私達の先輩……調査部隊だったって聞いたけど?」

『楽園』の事で頭がいっぱいになっていて、そういえばと気になっていた事を尋ねた。

【そうだな……アメリカってわかるか?】

「ううん、知らない」

【そうか、まぁ昔、世界にはアメリカっていうどでかい国があってだな、俺はそこに住んでいたんだ】

「へー!」

大昔、『国』以外にも国家があって、それこそ名前で識別しないといけないほど沢山あったと聞いた。アメリカと言うのはその中の一つなのかな?

【当時は、世界で一番の大国だった。バカみたいででかい土地の中にバカみたいに人が居て、いろんな人種が暮らしていてな、喧騒と喧嘩がいつも絶えない楽しい町だったよ】

「おー!」

わかりやすいほど興味を持ち始めた私は、ミストの話に目を輝かせて相槌を打つ。

【俺が生まれた頃はAIの発達によって、単純作業の殆どは機械にうって変わられたよ】

「お、おー?」

【労働の大半が機会に変わられた分、スポーツやゲーム、いわゆる遊び文化が発達してな、イベントだらけだったさ。仕事が無くなかったから遊びに力を注ぎ始めた、歴史の授業でそれを聞いた時、人間の生きる活力って言うのはどこまでも続くんだと知ったね】

「お、おぅ?」

まったくもって、聞いたことのない言葉の羅列に首を傾げながらも、すごいと言う事だけはわかった。

【人が進化し辛くなった世界だったが、環境問題もエネルギー問題も解決の目途が立ち始め、そんな世界に生きられる自分はなんて幸せだろうかと歌ったものさ……『亜空間』という絶望を目の前にしながらもな】

「ミスト……」

【政府やお偉いさんは、『亜空間』に、平気だと、地球温暖化でさえ、人類を滅ぼす事が出来なかったと言って、俺はそれを鵜呑みにして、笑っていたんだ……『バグ』が数十万の人間を食いちらかし、徐々に世界が食われていくのを目にするまではな】

人間だったころの思い出に触れているのか、話す声は、どことなく感傷的だった。

「あ、そうだ……ミストは、どんな理由で『亜空間』へ連れていかれたの?」

口減らしの為とはいえ、私達『クロ』は色んな理由で集められていた、知っているだけでもトトは冤罪で、ニッコは知能が低いという理由で、少なくとも嫌な思い出でしかないので、自分から聞くのは禁止していたのだが、私は話題を変えるため、どうしてはぐらかすだろうという考えで、軽い気持ちで尋ねたのだが。

予想に反して、ミストは酷く気まずそうに口を開いた。

【あー、お前達には想像できないかもしれないが、俺は自分で志願して『亜空間』へと赴いたんだ】

「え?……正気?」

自分から好きで『亜空間』に来たなんて、あまりにも予想外過ぎて驚きのあまり、本気と言おうといたが、おもわず口が滑ってしまった。

【やかましいわ!】

「ご、ごめん」

【まったく、正気を疑われるレベルまで行くとは思わなかったわ】

「だって……」

『亜空間』は怖がり、絶対に避けて通る場所、そこにわざわざ自分から向かうなんて、考えられなかったんだもん……と言う前に、ミストはまぁいいとぼやき話を戻した。

【このまま放っておけば、世界は食われるのは目に見えていたしな、誰かが『亜空間』の正体を突き止めて、浸食を止めなければ、世界は終わると思った、だから俺は『調査部隊』に志願したってわけさ】

「でも、別にミストが行かなくてもよかったんじゃ……?」

【まぁ、俺もどうにかしたい理由は当たってことだ。その点に関してはお前と一緒なのかもな】

「一緒って?」

【俺が、『亜空間』の侵食を止めたかった理由はな、俺の大切な人間を守りたかっただけなんだよ……ほら、お前と一緒だろ】

仲間を助けるために『亜空間』へと乗り込んだミストと、仲間を助ける為に『亜空間』へといち早く出たい私……誰かを助けたいというのは確かに一緒だ。

でも、全然違う、私は目先の事しか考えていない、仲間が助かればそれでいいと思っている、だけどミストは仲間を助けるために『亜空間』そのものをどうにかしようと思ったんだ。

「――凄いな」

うまく言葉には出来ない、なんて表現していいかもわからいけど、なんだかミストが凄い存在に見えて、私は思わず呟いてしまっていた。

【まぁ、結局は数あるうちの脱落者になっちまったがな……だからよ、俺の持ち得た情報を、俺の証が無駄じゃない事を証明する為にも、俺はお前達を返して『楽園』の存在を知らしめたい】

ミストは人間の時に出来なかった事を、いまやろうとしているんだ。私達を『国』に帰らそうとする理由が分って、私はより一層トュエルブ達を『国』に帰らせないとという意思を強くする。それがミストの恩返しにもなるから。

「そっか……無事成功するといいね」

【するといいね、じゃねぇ、するんだろ?】

「――うん!」

ミストと話していた時、まるで仲間といるようで、とても心地が良く、また自分の知らない事が段々と出てきて、とっても楽しかった。

 

……欠けてしまった、心が、ほんの少しだけ埋まったような気がした。

 

それから、話しに夢中となった私は、ミストと喋り続けてしまい、長い間帰らないと心配した、トュエルブ達が来て心配かけるなとしこたま怒られてしまい、ミストとのお喋り会はこうしてお開きとなった。。

 

「これは……」

「うおおおお、すげー、すげーー!!」

「なるほど、これが『楽園』、名前に偽り無しですわね」

「ふわぁ……」

私は、『国』に戻る計画を説明するのにあたり、皆に『楽園』を見せた。『楽園』の風景は先ほどとは違い、世界を照らす大きな球体……ミスト曰く、タイヨウと呼ぶ者が無くなっており、その代わり、暗闇の中に静かに世界を照らすツキが昇っており。私が見たあの時とはまた違った幻想的な世界が広がっていた。

ヤメは言葉も無いほどに、ココノエは子供のようにはしゃぎ、トュエルブは冷静に見えて声が弾んでしまっており、トヨネは言葉にならないように、皆がそれぞれ違う形で感動していた。

「ちょ、ちょっとみんな、気持ちはわかるけど、いったんどいてー!」

片目で見れるか、見れないかぐらいの小さな空間の裂け目しかないため、『楽園』を見ようと押し合う皆を落ち着かせて、手を繋いでいたニッコを前に出した。

「ニッコ……どう?」

「――冷たい風、でも、気持ちいい……」

「そっか……よかった」

本当は、ニッコとトヨネは『部屋』に居てほしかったが、どうしてもと言ったので、私が折れた形で連れてきたのだが、まるで私と同じ生きる希望が見つかったようなニッコを見て、連れてきてよかったと思った。

いまは一人の顔ぐらいしか浴びれない風だけど、いつかニッコと……皆とこの風を全身で感じ取ってみたいと強く思った。

「アカリ、ここに連れて来てくれてありがとう!」

「もういいの……って、あはは」

ニッコが満足したのか下がったら、またみんなで押し合う様に『楽園』を乱して、思わず苦笑いが出てしまう。

【さて、ここまで大人数で密集していると、『バグ』が餌場と間違えて寄ってくるかもしれん、早々に部屋に戻るぞ】

「えぇ……そういうのは、もっと先に言ってよ!」

「アカリ、ミストはなんて?」

皆からしたら、いきなり一人大声で驚きだした私だが、もう皆はミストの事を知ってるので、私が何か話しだしたら、こうやって聞いてくるようになった。

「ここに居ると『バグ』が来るかもだから、もう『部屋』に戻った方がいいって」

「ええー、もうちょっとだけいいだろ?」

「私ももうちょっと見ていたいな……ゲホッゲホッ!」

「いや、油断は禁物だし、トヨネの体にも障る、今回はもうこれで終わりにしよう」

「そうですわね、少々名残惜しいですが、『バグ』の巣窟というのを忘れてはいけませんでしたわ」

ニッコ以外の全員が『楽園』をもう少し見て居たかったのか、すごく名残惜しそうにしていたが、死なない事がなによりだとみんなで『部屋』へと戻った。

だけど、『楽園』を見た興奮は全然、冷めなくって。みんなして、あの小さな隙間から見える世界の事を熱く語りあった。

その中で私はと言うと……みんなの状態には酷く見覚えがあると言うか、さっきトヨネ達に散々『楽園』の事を語った時はこうなったのかと少しだけ恥ずかしくなって、輪から外れて皆を見ているだけにとどまった。

 

「――なるほど、確かにあれだけの情報なら、大人たちも私達を価値あるものとして回収してくれるかもしれませんわね」

語りつくして落ち着きだした後、食事を摂る事になった。みんなでちまちまとクラッカーをかじって、水を少しずつ飲みまわしていると、トュエルブが顎に手を当てながら言った。

どうやら、トュエルブから見ても可能性がある話らしく、頭の良い彼女が出来かもしれないと言うと、がぜん希望が湧いて来た。

「でも、本当に俺達を助けてくれるか?」

「どちらにしろ、このままではもうすぐ死ぬだけだ。賭けてみる価値はあると思う……だが、同じ賭けなら、その残された時間を使い、『楽園』へと行ける穴を探すのもありかもしれない」

「私も、そう思ったんだけど。ミストが言うには、ここら辺いったいは見つけられなかったらしくって、到底時間が足りないって」

「そうか……」

ココノエは否定的な意見を出すが、単に『国』の大人たちを悪く言っている様だった。ヤメは私と同じようなことを言ったので、前にミストに聞いたことをそのまま伝えると、残念そうに眉をひそめた。

 

「……いつか、役に立つ情報は、決して幸せの未来を予知するものではないという事ですわね」

「トュエルブ……?」

「なんでもないですわ」

自虐的な笑みを作る、トュエルブを心配するが、はぐらかされてしまい、何時もの様に髪を弄りだした。

「さて、であるなら早めに動いた方がいいですわね。休憩も兼ねて一回寝たら、すぐにでも私達を『亜空間』へと落とした、『穴』へと行きましょう」

「場所は解るのか?」

「車の後ろの道を行けば、自ずと辿りつけると思いますわ……ですが、『国』に繋がる道を探す意味でも、出来るだけ出発は早い方がいいですわね」

「『穴』にたどり着いたとしても、会話の手段が無いかもしれない、もしも普通の手段が無いなら、それを探す時間だって取られる」

「休眠する余裕も無いと言う事ですわね……」

「……あの!」

私はどうしてもいわないといけない事があって、トュエルブとヤメの話し合いに割って入った。二人だけではなく、みんなの視線を感じて、少しためらうが、意を決して私の想いを伝える。

「みんなが寝て居る時の間だけ、私、外に出るよ」

「……イチノ達を探しに行くのか?」

あからさまにみんなの表情が変わった。特にココノエはわかり易く顔をしかめており、今にも怒りそうな表情だった。

「ボクは……反対だ」

怒られると、私が身を竦ませた時、最初に反対意見を出したのは、予想外にもヤメだった。

「あまりも危険すぎる」

「そ、そんな事無いよ。ミストも居るし、気を付けて進めば『バグ』と戦わずに進めると思う」

実際『針角虫』がヤメ達に襲い掛からなかったら、戦う事は無かったし。さっきのように進めば、よほどの事が無い限り、戦闘にはならないだろう。そう考えていたが、ヤメが言いたい事はそうじゃなかった。

「違う、『バグ』じゃない。ボクが危険だと言っているのは……イチノ達の事だ」

「………………」

それは背けていたものを目の前に差し出されたようなものだった。

「ボクは、ココノエとトュエルブが居たからこそ、君を撃たずに済んだ。だけどイチノは違う、彼女は君を撃つかもしれない」

「……そんなの、会ってみないとわからないじゃんか」

「そうだけど……イチノだけじゃない、フミエもサミダレも君に怯えて、アカリとして見てくれない筈だ。あの双子はなにをしでかすかわからない」

「だから、そんなの会ってみないと!」

「誰よりもボク達を見て来た、君が一番知ってるだろ!!」

初めて聞いたヤメの怒鳴り声。とっても怖くて、そしてその内容に何も言えなくなってしまう。そしてヤメの言う事に私はなにひとつ否定できる要素が無かった。

距離を置いているからこそ、遠目で『クロ』を見ていたヤメは、よく私達の事を知っている。だからイチノ達の評価は私も間違っていないと断言できる。

「……イチノは、ちゃんと話してくれればわかってくれるよ。そしたらフミエも私だってわかってくれるし、サミダレ……はミストを見せなければ大丈夫だと思う。ミツバはヨツバさえいれば大人しいと思うし、そのヨツバはきっと私を受けいれてくれるよ」

「……全部希望的観測だろ!」

自分の意見を否定された私は、カッと頭に血が上る。

「ヤメ達は受け入れてくれたじゃん!」

「さっきも言ったがボクだって、トュエルブ達が居なければ……君を撃っていた!」

心に何かが刺さり、私の感情は一層燃え上がる。

「それでも……仲間だもん! 放ってはおけないよ! なんで、なんで助けに行っちゃいけないの! 私に何かあると困るから!?」

「それはちがうっ!」

「なにがちがうんだ!」

「―――っ!」

そういうと口が動く前に、ほんのわずかに左腕が動いた。別に意識しってやった訳じゃない、怒りのあまりに体が知らないうちに動いてしまっただけだ――だけなのに、ヤメは怯えた様子に体を仰け反らした。

「――あ、ちがうんだ……アカリ!」

「アカリ!!」

……私はなにも言わず、『部屋』を出ていく。皆が呼び止める声が耳に入ってきたが、足は止まる事は無かった。

 

【おい、あいつは――】

「わかってる!」

【だったら、止まれって、『亜空間』を考え無しで進むのは】

「わかってるって!」

『バグ』にばれないように声をあげてはいけないのもちゃんと分っている。

「ヤメが私の事を心配して、あんなことも言ったのも、ヤメも私と同じで体が勝手に動いただけなのも、全部わかってるよ!」

【だったら、さっさと謝りに行けよ】

「……ねぇ、ミスト、そんなに仲間を助けに行くことが駄目な事なのかな?」

【……それは、俺も答えを持っていないな】

「持っていないって……ミストは、仲間を見捨てたことがあるの?」

ミストの言い方に違和感を覚えた私は、もしかしてと思って尋ねた……ミストは何も言わない、だけど、それが私はそうだと言っているように思えた。

【――仕方ないときだってあった。だけど仲間を見捨てるという選択は何時だって悪だ】

それは一概に私が正しく聞こえて、そしてヤメが悪いと言っているように思えて、認められたはずなのに、私は少しいらっとした。

「ヤメの言っている事は、間違っていないよ」

【そうさな……それを踏まえてお前はどうするんだ? いっそこのまま他の仲間に会いに行くか?】

ずるいと思った、きっとミストは私がどんな反応をするのかわかって言った。そんなの決まっている。

「――ううん、ヤメに謝ってから、行く……」

【そうか、ならばさっさと戻らんとな、時間は一秒でも惜しい】

そうだ、なにを馬鹿な事をやっているんだろう、こうしている内にイチノ達が危ない目にもあっているかもしれないのに、それにトヨネ達の体調も悪化するだけだ、さっきも『部屋』を出て行って、心配を掛けさせたばかりじゃないか、早く帰って、ヤメ達に謝って、もう一回イチノ達を探すことを許してもらおう。

「……そういえば、ヤメと喧嘩するの初めてかも」

それ以前に、ああも声をあげたのはヤメとの喧嘩が初めてかもしれない。そう思ったら、少しだけ笑いが込み上げて来た。ちゃんと私から謝ろう、そう気持ちを切り替えて『部屋』に戻ろうとした時だった。

「アカリ?」

「え?」

誰かが私の名前を読んだ。後ろを振り向くとそこに居たのは……。

「――リッカ?」

水色の三つ編みの少女、リッカだった。

 



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episode6

授業の内容が正しければ、必ず『バグ』は彼女達に群がる筈だ。私達はその隙に脱出する。

ふざけんな、そんな使い方が、許されるとおもってんのかよ!

黙りなさい! イチノさんの言う事に逆らうんですか!? それに何か問題なんです? すでに彼女達は……。

黙りなさい、情無き人間に従うほど、私は安くはないわ。

……どちらにしろ、車の中に放置していいものではない。

私はいいよ……少しでも、一緒に居たいから……

粗末に使えば、祟られると聞く。事を決めるのは慎重に……

これは私達が生き残るために、必要な事なんだ。それに彼女達なら、きっと許してくれるさ。

 

うん、いいよ。許してあげる。だから、そのかわり――。

 

――

 

「………………はぁ」

「あら、意外な人物から聞いたことのないような、ため息が漏れましたわね」

「言ってくれるな、自分でも感情的になったと後悔している」

椅子に腰かけて盛大にため息を吐く、ヤメにトュエルブ揶揄う様に話しかける。

「お前とアカリが喧嘩するのはなんだかんだで初めてか?」

「そうだな……そうかもしれない」

愉快そうなココノエの言葉に、ヤメはそう言えばアカリと初めて喧嘩したんだと思い当った。それがアカリを心配して発生するとは予想外すぎる状況に、どうしてこうなったとヤメはもう一度盛大なため息を吐いた。

「んーーー」

ベットに寝そべりながら、ニッコは膨れっ面となり、ヤメを非難するように睨む。

「ニッコ、ヤメは決してわざとああいった行動をとったわけではないわ」

「わかっ……てるけど……」

「いや、ニッコの怒りももっともだ、わざとじゃなくても、あの態度はするべきではなかった」

アカリが怒声を発した時、『左腕(ミスト)』がほんの僅か動いた事で、思わず体が反応してしまい、拒絶する様な態度をとってしまった事をヤメは深く後悔していた。

「アカリ、凄く傷ついていた……」

ヤメは人付き合いが苦手だった。輪に入れなかいわけではないが、治らない天然のマイペースさを持つ彼女は、正直すぎる故に、ことごとく輪を乱してきた。その事が徒となり、『クロ』へと来てしまった彼女は、人と距離を置くようになった。

ヤメ自身、それ知っていた筈なのに、アカリをこのままに行かせてはいけないと感情に流される形で否定的な言葉を投げかけてしまい、その結果、泣いてほしくないと引き留めたのにも関わらず、なによりも傷付けてしまった行動をとった自分がとことん嫌気がさした。

「あのアカリですわ。きっとヤメも本意ではないとわかっているとおもうわ」

「そうだよ、だってアカリだもん!」

「二人とも……」

根拠のあるなし関わらず、トュエルブとニッコの言い分を聞いて、ヤメは少し気分が戻ってきた。

「……そういえば、アカリはあの事を知っているのか?」

「あのこと?」

「彼女が、彼女達が死んだときのことについて……」

頭の回転が正常になったことで、ヤメはそういえば話していなかった事があった事に思い当った。

トトの死んだ事と、一度死んだ事を告げた時、これ以上、アカリの心労を避けるために無意識に避けていたことがあった。

「そういえば、まだですわね」

「不味いな、早めに話しておいた方がいい」

トュエルブがなにかを思い当り、強引でも早いうちに話しておくべきだったと後悔する。

もしもイチノ達を探しにいき、その時にこのことを知ったらアカリはどう思うだろうか、考えるだけで、心が苦しくなる。

「――『バグ』に襲われた時、死んだのはアカリだけじゃない。ナナカドと――」

 

「リッカ!」

目の前に現れた少女。後ろ首部分から三つ編みにしている水色の髪。間違いないリッカだ!

「アカリ?……アカリなのか?」

リッカは自分の身を守るように距離を置き、確認するように名前を呼んでくる。

そうか、私は元々死んでいたんだっけ、それならリッカがあんな風なのも納得する。

リッカは怖がり……というか警戒心が強い子だった。トトの様に人間だけではなく、どんなものでも、それが危険なものかどうかが分るまで自分で動かさないのだ。

仲間達の中で彼女に付いて、よく話題になるのは『感電銃』による初めての射撃訓練時。ちょっと様子がおかしいと、近くに居たフミエに渡してから、試し撃ちさせて、正常に弾が発射されると。気の所為だと、その銃を返してもらい、撃ち始めたのだ。

ちなみにその銃はそれ以降調子がおかしいことは無かった。

そんなリッカは、私が本当にアカリだとわかるまで、決して彼女は近づいてこないだろう。

「うん、その……信じてほしいんだけど、私はアカリで間違いないよ」

「その腕は……?」

「あ、これは……ミストと言って、その……今はちょっと説明しづらいけど……」

『バグ』で私の左腕と言いかけたが、ヤメ、そしてトトの事を思い出した私は言葉を濁す。

「そうなんだ……」

リッカがこちらに少し近づいて来た。少し警戒心を解いてくれたのかもしれないと、安堵する。

「―――リッカ?」

様子がおかしい? 少なくともリッカはこんな簡単に警戒心を解く人間だったっけ?

【止まれ】

「ミスト?」

こちらに近づいてくる、リッカの元へと駆け寄ろうとしたら、ミストに止められた。

「どうしたの?」

【なぁ、アカリ、不思議に思わないか?】

「不思議ってなにが?」

不思議と言えば一人で居ることに疑問に思うが、リッカもトュエルブ達と同じようにイチノ達と離れて行動して、たまたま私と再開を果たしただけじゃないだろうか?

【もっと単純な話さ……どうして、あいつは俺の事を見えている】

「見えているって……あ」

そうだ、リッカはライトなど光る物を持っていない、自分がアカリである事は声で判別出来たとしても、どうしてリッカはミストの事が見えているのか?

ふと彼女の感情が読み取れない目と交わった。リッカは……私の事が完全に見えている。

「リ、リッカ……」

おかしい、どうしてか私は仲間であるリッカに怯え始めた。

「……ねぇ! リッカ、イチノ達と一緒に行動していたの!?」

「……そういうアカリはどうなんだい?」

「私はニッコ達と……」

【下手に情報を与えるな!】

試すように言った質問は逆に質問で帰って来て、思わず私はニッコの名前を出した。それがどうしようもなく失敗だと思ったのは、ミストに怒られただけではなく、心の奥底の何かが疼いたからだ。

「そっか、ニッコ達が居るんだ……ねぇ、アカリ」

「な、なに?」

リッカの声色が変わった。まるで甘える時に出すような聞いたことの無い甲高い声。そもそも彼女はこれだけ喋る人間じゃなかったはずだ。

「私、全部食べちゃってお腹空いたの……ちょっと分けてくれない?」

「う、うん、いいよ……水はもうあんまりないけど、まだちょっと食べ物は残っているから、食べていいよ」

「そう――」

彼女の様子がおかしいのはお腹が空いているからと自分自身を誤魔化しながら、そう言うと、彼女は嬉しそうに頬を釣り上げた。

リッカの笑顔、それを見た私は、悪魔と呼びそうになった。

「――じゃあ、ちょっとつまみ食いさせて?」

「え?」

【後ろへ跳べ!】

ミストの怒声に驚き、私は反射的に後ろへと跳んだ。その瞬間、リッカの背中から生えた四本の太い枝の様な物が地面へと突き刺さった。

 

「―――――――――――リッカ?」

「なんでよけるのぅ、たべてぃいっていったじゃなぁいぃ!」

 

そこに居たのはリッカじゃなかった、背中から伸ばす『バグ』の様な四本の『足』、そこら中の皮膚から衣服を貫通させひし形の刺の様な物が湧き出てくる。額に角が生えた顔は凶悪な笑みを浮かばせ、まるで金属が擦れたような声をだし、目の白い部分を真っ黒にさせ、三つ編みを解いた髪はまるで一本一本が自分の意志を持っているかのように動く……化物だった。

「ひっ!」

恐怖のあまり、自分でもどうやって出したか解らない程の引き攣った声が出た。

【まさか、アカリと同じ……?】

「私と同じって……一度死んで、ミストの様なものがくっついたってこと?」

それにしても様子がおかしすぎる、あんなのリッカじゃない。

彼女は必要な事でもなんでも、一言で済ます人間で、こんな風に喋るなんてありえなかった。いや、もはや彼女の体は果たして人間って言っていいものなのか?

【ああ……それにしても、どうしてあれだけ狂っている? まさか……】

「リ、リッカ、どうしたの、さっきまで普通に話していたよね!?」

「んー、まぁふつうぅはたべられたくないよねぇ、にんげんのぅところだったらぁちょっといいかなぁとおもったけどぅ」

言っていることが何一つ理解できない、体中がまるで凍るような恐怖に見舞われる。

食べられたくない? 食べる? リッカは何をいっているんだろう?

【――例えばだ、俺はお前を主に置いているとすると、あいつは逆の現象が起きた】

「逆ってなにが!?」

【なにが違ったのかは解らない、だが、『パラサイト』に寄生されたさい、お前は『人間』のままで、あいつは人の機能を有した『バグ』となったんだ】

ミストの言っていることはよくわからなかった、だけど、たった一つ、これだけは解った。

「リッカは……もうリッカじゃないの?」

【お前に問うが、あれはお前の知る人間か?】

確かに見た目も正確もなにもかも、リッカとは言えない。だけど、私の名前を確かに呼んだんだ、さっきまでは間違いなくリッカだった。

リッカじゃないと言われても、そんなの納得できるわけがない!

「ねぇ、アカリぃ、だれとはなしているかしらないけどぅ、わたしのはななしをきいてぇ_」

「リッカ……なに、なにを聞きたいの?」

そうだ、『バグ』と違ってリッカは話しが通じる、もしかしたらちゃんと話をすれば、また普通のリッカに戻ってくれるかもしれない。

「ほんのちょっとぅ、ほんのちょっとだけでぇいいのぅ――あなたの溜めたごはん少し頂戴?」

「だ、だから、いくらでも……」

きゅっとこれ以上は駄目だと言わんばかりに喉がつまり、言葉が出なくなった。そして、なぜだか私の声を止めたのはミストだと自覚出来た。

そんな事が出来たのかという驚きと恐怖は不思議と湧かず、むしろ、止めてくれたことに安堵した。

その答えを知るのには、時間はかからなかった。

「ちょっとだけぇ、ほんのちょっとだけでいいのぅ、ニッコかぁトヨネぇどっちかわたしにぃちょうだいぃ?」

「頂戴って……なにいってんの?」

「あれぇ? もしかしてぇもうたべちゃったぁ?」

食べちゃった、食べた……今度はちゃんと頭の中に入って来た。だからこそ、頭の中が余計にぐちゃぐちゃになる。

彼女は『バグ』と同じ、人間を、ニッコ達を食べたいと言った。さっきも私を食べようとしていたんだ、それに、さも私がニッコ達を食べたかのように語ってくる。もう訳が分らな過ぎて吐きそうになる。

「食べない、食べる訳がない、なにを言っているの! 私達仲間だよ! 『クロ』だよ!? なんでそんな事が言えるの!?」

「だって、おなかすいたんだもんぅ、なにかたべぇないとしんじゃうでしょうぅ、しぬのはぁいやだしぃおなかすいたらなにかたべないとぅ」

 

――……死ぬのだけは嫌。

どうして、そんなに物事を警戒するのか、リッカに聞いたときの答えが、頭をよぎった。

死ぬのが嫌、だけどお腹が空けば死ぬ、だから仲間(人間)を食べたい。ああ、なんてリッカらしいんだろう、彼女なら言いそうだ……。

だけど、到底理解できるものではなかった。

『バグ』を超えたナニか、サミダレから聞いたことがある、人間を食べる『鬼』というものを思い出した。

【おい、どうする?……おい、しっかりしろ!】

ミストの声に反応出来ず、恐怖に打ち震える中、ふと、リッカの発言が気になった私は、恐る恐る問いかけた。

「ね、ねぇ、リッカ全部食べたってなにを……食べたの?」

まさか、そんなはずはないよね――――?

「イ、イチノ達じゃないよね?」

どうしてかイチノの名前が出た。リッカの答えは――

「――――――きひっ!」

それだけで十分だった。リッカは、イチノ達を食べた……食べてしまったんだ! トュエルブ達が別れたあの後にみんなを、お腹が空いたからという理由だけで!

「あ……あ――」

【おい! 気をしっかりもて!】

視界がぼやける、体の力が抜け、膝から崩れ落ちそうになるところを、ミストが私の体を支える。

 

「さいしょはぁ、フミエだったぁ、けいかいしなくってちかづいてきたからこまぎれにしてちゃべたぁ、おなかすきすぎてあじわなかったことがぁほんとうにぃしっぱいだったなぁ

フミエたべたらぁ、サミダレがにげだしてぇおいかけて、こんどはゆっくりとたべたのぅ、いがいとにくしつがよくってとってもおいしかった。

いっかいみうしなっちゃったけど、なんだかしんじゃっていたヨツバがいたの、たべようとしたら、ちかくにミツバがいたからいっしょにたべたぁ。ちょっとふたりともおなじはごたえだったけどぅヨツバのほうがいがざらざらしていたかもぅ?

つぎはトイチだったんだけど、おもしろいことがおきたんだぁ、なんとトイチったら、にげようとしたイチノことつかまえてくれたんだぁ、ひとりでしにたくないぃ、せめてあなたとぅしにたいとかいってぇ、ちゃんとありがとうありがとうといいながらぁたべたよぅ、でもぅしょうじきイチノはかたくてぇあんまりぃおいしくなかったかもぅ?」

 

聞きたくない、聞きたくない、聞きたくない、聞きたくない、聞きたくない!!

「はぁ……はぁ……!!」

【とりあえず自分で立て! このままだとお前も食われるぞ!?】

動けない、体が言う事を聞いてくれない、さむい、誰か助けて……。

「――あ、そういえばぁ、もうひとりたべたんだったぁ いっけないわすれてたぁ」

「一人?」

「みんなをたべてこれから、どうしようとおもって、そういえばくるまにニッコたちがいたっておもいだしてねぇ、きおくをたどりにもどったのよぅ、そしたら――ナナカドがおいてたのぅ」

「…………あ」

二度目の時、ナナカドの遺体が無かったのは、リッカが食べたから……。

「ごめんねぇ、アカリがだいじにとっておいたぁじょうはんしんたべちゃったぁ、どうしてもおなかすいていたからぁとまらなかったのぅ」

頭の中のなにかがブチ切れた

「――あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」

ナナカドを食べたのを心底、申し訳なさそうに謝ってくるリッカへと駆けだして、殺す気で『ミスト』を振るった。

【ばかやろう!!】

ミストが叫んだが、止まらない。もうなにも考えていない、ただリッカの腹を掻っ捌いて、中の物を取り出したいという衝動に身を任せる。

【ちぃ!】

飛びかかろうとしたとき、『ミスト』は体を変化させて、地面へと針を突き刺し、無理矢理私を引き留めた。

「じゃまするなぁ!!」

【よくみろ馬鹿が!】

ミストが止めてくれなかったら、私は降り注ぐリッカの『足』に串刺しになっていが関係ない。

「あ~おしぃいなぁ」

【いいから、いったん冷静になれ!】

五月蠅い、関係ない、例えリッカが四本の『足』を先ほどの様に私に突き刺そうと待ち構えていたとしても、私はリッカの――『人食い鬼(リッカ)』の腹の中から。

「みんなを助けるんだああああああああああ!!」

地面に突き刺さった針を力ずくで抜いてリッカに襲い掛かった。『足』が私を突き刺そうと弾丸のような速度でむかってくるが関係ない。その隙間を掻い潜りながら接近し、『ミスト』を『爪』に変化させて振るった。

「つぅかぁまぁえぇたぁ~」

『爪』は『人食い鬼』の腹を切り裂くことは無かった。『爪』が届く寸前、『人食い鬼』の横脇腹から大きな牙の様なものが体から飛び出して来て、私を突き刺した。

「ごふぅ……あ……う」

【アカリ!? しっかりしろ!】

まるで人間の『肋骨』のような六本のそれは、私の体に深々と食い込んだ。胃から何かが込み上げてきて、思わず口に吐き出す。それは血だった。『人食いに鬼』の顔に掛かり、彼女は嬉しそうについた血を舐めまわす。

「うぅん? ちょっとへんなぁあじがぁするけどぅ、おいしいぃ」

 

――痛い、痛い、痛い? 徐々に痛みが引いたきがして、でも気の所為だった。拘束を解こうと体を動かすと、さらに食い込み、体中に激痛が走った。

「あ、あぁぁああああああああ!!」

「ああいぃいかもぅ、たぶんまぜものねぇこれ、くせになるぅあじぃ」

人食い鬼は心底美味しそうに私から噴き出る血を飲みだした。その顔はとっても幸せそうだった。

 

体中が痛い、血が出てる、辛い、苦しい、辛い、痛い、心が痛い。死んだ、いっぱい死んだ。辛いよ、痛いよ、もうみんなに会えないよ、左腕が無い、もう人間とはよべない、一緒に帰れない――ああ、私はなんでこんな目にあっているのだろう?

 

【いってぇなぁ、くそが!】

ミストが『棘』となり、『人食い鬼』に攻撃を加えるが、それをミストは器用に『足』を動かして受け流す。

 

――あのころは楽しかったな、たった二か月ぐらいだったけど、『クロ』の皆と出会ってからは、まるで『楽園』に居る様だった。

 

「ふふっ、なにやってるのぅ? あんまりうごかないほうがいいんじゃないぃすぐしんじゃいうようぅ、もったいないぃなぁ?」

ミストと『人食い鬼』の攻防はしばらく続くミストは『棘』だけじゃなく、変幻自在に形を変えて応戦するも、体質状左側からしか攻撃を加えられないため、予測されやすく。その全てを『足』で防御されていた。

 

――ナナカドはいつも私の胸を必要に狙ってくるが、たまにつまみ食いと言って、私以外を狙っていた。ある日トイチを狙った際、顔面に廻し蹴りを受けた時は思わず大笑いした。

 

「うぅん? ちょっとじゃまかもぅ? でもぅアカリのいちぶだかぁらほかのとはちがってぇきっとおいしぃんだとおもうんだよねぇ?」

【こいつ、『バグ』も食っていたのかよ! その化け物具合はそういうことか!】

 

――サミダレに日本の事を教えて貰うのが好きだった。その中でお化けの話も沢山あって、よく怖くて寝れなくなった、ニッコと一緒に寝た。それが楽しみで、わざと一緒に聞こうと誘ったりしていたのは内緒だ。

 

「いみないとおもうぅよう? そろそろあきらめたらぁ?」

【――はっ】

「あっ」

 

ミストは自分の一部を分離させて、弾丸のように射出させ、それが『人食い鬼』の目に命中した。『人食い鬼』は思わず、『肋骨』を引っ込めて痛そうに目元を押さえながら仰け反ったため、私は地面に投げ出された。

 

【本場を舐めんじゃねぇ、パチンコの真似事なんぞ朝飯前だ】

「いったぁぁあああぃいいいぃぃいい!!」

 

――戦闘訓練の時は本当につらかったけど、何時もヤメやココノエが助けてくれて嬉しかった。皆でトヨネとコンビを組んだ時は手を抜くって決めあって、それをトヨネ自身が一番不服そうにしていたんだよね。みんなで拗ねたトヨネを説得したんだったっけ?

 

【おい、アカリ、立てるか!? 気をしっかり持てよ!】

身体は動かない、大怪我を負っているからではなく、なんというか心がどっか行ってしまった様で、体の動かし方を忘れた。

【体は既に再生仕切っている筈だ! 意識が飛んじまっているのか!?】

 

――ある日、トュエルブいきなりお茶会をしようと言い出した。どこからともなく、高級品のお菓子を持ってきて、数人で食べあった。あのお菓子の味は今でも忘れていない。その時に蜂蜜ってものを知ったんだ。それから数日の間フミエと一緒にトュエルブの髪も蜂蜜で甘いのか話し合った。結果は美味しくなくって二人して苦い顔したんだっけ。

 

「なにすんのぅ……うん、きめたぁそのひだりうでぇやっぱりさきにきるぅ」

 

――ほんの数日だけけど、双子当てクイズなんて流行った。その日の夕食を掛けて、どっちがミツバか当てるの、私は得意だった。それだけがイチノに唯一勝てるものだったから、皆やらなくなった時は本当に残念だった。

 

「いやぁ、やっぱりいまたべちゃうぅばぐぅとアカリふたつがあわさるとぅどんなおあじになるかなぁ? おいしいかなぁ」

【糞が!】

「もうまんたいぃ~」

【ダメージ無視で進んで来る!? ああもう、お前は『バグ』だったな!】

 

――トトと■■■と三人になった時は、勝手に気まずくなったっけ? それで何とか二人と話そうと頑張って、空回りして落ち込んで。そしたら最後にだけ、二人して私を慰めてくれた、それが本当に嬉しかった。

 

「――もうがまんできないぃ、いただきまぁす」

気が付いたら、目の前には『人食い鬼』が居た。口を大きく開いている。ミストがなにか叫んでいるが、もうどうでもいい。

「――本当に、楽しかったんだ」

私は全てを諦め静かに瞼を閉じた。

 

パシュンパシュンパシュン

「―――!」

聞き覚えのある乾いた音と誰かの声が聞こえた、ミストや『人食い鬼』じゃない。一体だれだろう、結構近くに居る筈なのに、その声の主が私にはわからなかった。

「――――――! ――――――――――――――――――!」

「――、――――――」

誰かに体を触れられたような気がする。地面の冷たい感触が無くなり、体に人に触れたときの様な温かさを感じたからだ。誰かを確認しようと目を開こうとするが、力が入らない。

「―――! ――――」

段々と心地よくなってきた、忘れていた何かを思い出しかける、でもずっとこの温かさに浸っていたい。

【……おい】

なに? いま幸せなの、邪魔しないでほしい。

【おいっ! 目を覚ませ!?】

うらうさいな、なにがいいたいの?

【今すぐ目を開けろ】

いやだ、外を見たって辛いだけだ。

【今すぐ耳を傾けろって!】

いやだ、外を聞いたって苦しいだけだ。

【――お前はもう、大切なものをこれ以上失いたくないんだろう!?】

大切なもの? 私の大切なものは、あの日の思い出、辛くても苦しくても、笑う事が出来た皆で過ごした、あの日の思い出だけだったはず。

……あ、ちがう。まだ私には、他にあったはずだ。

【みんなで行くんだろう? あの『楽園』によ? なぁ、だから目を覚ませよ!】

そうだ、みんなで行くって決めたんだ。あの素晴らしい景色の世界へ。だから……だから……もう少しだけ、――がんばってみようかな?

「――もうむりだ、追い付かれる!」

「にがさないぁああ、お腹空いたのぅたべさせてぇ!」

「ココノエ……アカリをよろしく頼む」

「ふざけんな、お前も一緒に逃げるんだよ!」

「ごめん……そう、アカリに伝えておいて」

 

私が目を開けてみた光景は、誰かの後ろ姿だった。今にも消えてしまいそうな、そんな彼女――ヤメに、『人食い鬼』の『足』が襲い掛かる。

咄嗟だった、どうしてここにヤメとココノエが居るかなんて、どうでもいい。私は『ミスト』をヤメの方へと向けると、形を変えて『足』の全てを受け止めた。

「アカリ?」

「アカリ、気が付いたか!? 怪我は平気なのかよ、血だらけだぞ!?」

「あぁあ、おしいぃどうしてじゃまをぅするのぅ」

「――――るの」

「あんぅん?」

「なにやっているの!?」

私は『足』を振り払うと、『人食い鬼』に向かって跳び出した。

許せない、私の大切な仲間を殺そうとしたことを、許せない! 引き裂いてやる! 『人食い鬼』め、殺してやる!

「またきてくれたのぅ、うれしいぃい!」

『人食い鬼』は、私を受け入れるように両手を広げて、とっても嬉しそうに待ち構えていた。『足』は未だ伸びきっており、既に懐に入ったが、『足先』が私の背中を刺しに来ているのが感じ取れた。

だけど、不思議と不安は無かった。どうしてそう思ったのか、その理由はすぐに訪れた。

パシュンパシュンパシュンパシュン

「きゃっ!」

四回の乾いた音が鳴り響くと、『人食い鬼』は悲鳴を上げた。

【――いい腕だ、よく見えていない筈だろうに当てやがった】

後ろでヤメが『足』四本すべてを狙撃したのだ、ダメージは入らなかったけど、電気が『足』から伝わり痺れた『人食い鬼』は体を硬直させる。

「いたぁい――あ」

「死ね」

涙を浮かべて隙だらけとなった、『人食い鬼』に私は容赦なく『爪』を振るった。私の接近に気付いた『人食い鬼』は『肋骨』を出すが、もう遅い。

「――っ! いたああああぁぁぁあああぁぁぁあああいいいいぃぃぃぃ!!!」

『爪』は深々と『人食い鬼』を切り裂いた。『人食い鬼』は抉れた顔や胸元を押さえて叫びながら逃げ出した。

「逃がさない!」

【追うな】

「どうして、あいつは、ヤメを殺そうとした、それに早く殺さないと私達が食べられる!」

【一人で突っ込んだところで、二の舞だ。それにその大事なお仲間をお前はこんな所に置いていくと言うのか?】

「あ、そうだ、ヤメ!」

私を引き留めたミストに抗議するが、反論を聞いて。一気に頭が冷えた、私はヤメの事に駆け付ける。

「無事な――の?」

「……無事ではないかな?」

ヤメの体は血だらけだった、色んな所から血が流れており、顔色が酷く悪い。詳しい事は解らないが、このままでは血が流れ過ぎて死ぬ。それだけは明らかだった。

「ち、致命傷は避けたんだけど、流石に攻撃を受け過ぎたな……」

「ヤメ!」

崩れるように倒れ込んだヤメの傍に慌ててかけよった。近くでみてみると本当に酷い状態だった。体中に怪我を負っており、『人食い鬼』の『足』に何度も体を貫かれていた。

「ど、どうして、どうしてここに来たの!?」

「どうしてだぁ? ヤメはお前を心配して、ここまで来たんだよ!」

「えっ」

「それだけじゃねぇ、お前を守ろうと、あいつは無理矢理割って入ったんだよ!」

ヤメがどうしてここへ来て、『人食い鬼』の前に立ちはだかったか理解出来ないでいると、ココノエに胸倉を掴まれながら怒鳴られる。

「そんな……」

事情を知った私は、ヤメがこうなったのは自分の所為だと実感し、ショックを受ける。

また……また、私はトトの様に、仲間をっ!

「ココノエ、止めて……」

「だけど!」

「元を辿れば……ボクの所為だ……」

「そんなことない! 私が素直だったらこんなことにはならなかった!」

私は強引にココノエの腕をほどくと、ヤメに顔を見つめながら叫んだ。

あの時、私が一人で勝手に機嫌を悪くして、外にさえ出なかったら、ヤメは傷つく事は無かった。何一つヤメが悪い所なんてない。

だけど、ヤメは静かに首を振るった。

「いや、ボクの所為だ……ボクは二回、君にしてはいけない事をしてしまった」

「していない、ヤメはなにもしていないよ!」

「君に再会したとき……僕は君を殺そうとした……」

「あれは、しかたないってそういったじゃん!」

「……ボクは君を拒絶してしまった」

「それも、私が勝手にっ!」

「君は……ボクが銃を向けたから、あれだけ怯えたんじゃないのか?」

「――っ!?」

私は図星を突かれて言葉が詰まった。確かにヤメに拒否されるような態度をとられたことにショックだったけど、あの時、私がなにより感じたのはヤメに銃を向けられるのではないかという恐怖だった。

だから、私はヤメに殺されるかもしれないという恐怖から逃げ出すように『部屋』へと出て行ったんだ。

ヤメは私の心を、ちゃんと分っていたんだっ!

「これは……友達を撃とうとしたボクに与えられた――罰だ」

「罰ってなに!? 私は許すっていったじゃない! 誰がヤメに罰を与えるっていうの!?」

「…………」

ヤメはなにも答えず、指を絡めるように手を組み、目をゆっくりと閉じようとしていた。

「――だめ、閉じちゃだめ!」

「おい、しっかりしろよ! お前がこんな所でくたばるやつかよ!?」

目を閉じてしまったら、もうヤメには二度と会えないと確信した、私は必死に彼女に呼びかける。

嫌だ、もう嫌だ! これ以上居なくならないで! これ以上私の心を消さないで!

「平気……だよ」

「平気って、なにが? もうそんなに声に力が無いのにっ!?」

息も絶え絶えで掠れた声にしか出せていないのに、血がどこも止まらないのに、どこをどうみれば平気と言って納得できるはずが――――――いや。

――本当に、ヤメの言う通り、実は平気なのかもしれない、私が『人食い鬼』の攻撃をうけても平気だったように、ヤメも少し休めば元気になるかもしれない。

「――――――…………ほ、本当に平気なの?」

「あ、なにいってんだよ!?」

「ああ、少し眠れば……また起きるから、それまで寝かせてくれ」

ほら――ヤメもこう言っているし、次起きたら怪我も全部治っていて、また何時もの様に、私達を一歩離れた場所で見守ってくれるんだ。

「ヤメ……どれくらいになったら起こせばいい? 十分後? 一時間後?」

「そうだね……みんなが『国』に帰るときにでも……起こして」

結構長い間寝るんだね、それもそうか、怪我もそうだけど、『亜空間』では一睡もしていないようだし、疲れているはずだ。

「うん……わかった。その時はちゃんと起きてね。ヤメってば気づいていないかもしれないけど、人が起こすと長い間不機嫌になるんだから」

「そうだったんだ……気を付けるよ…………ねぇ、アカリ」

「なに?」

「――――ごめんね」

なにに謝ったんだろう、不機嫌になって迷惑かけた事かな? 別にいいのに、ヤメを起こすのはちょっと楽しかったから、時々変な寝言を言っていて、本人が居ない所でそれを話題にする事もあった。

いま考えれば、とても悪い気がしてきた。私もヤメが起きたら謝らなきゃ、本人が知らない所で寝言を話題にしてごめんって言おう。いや、やっぱりいま言おうかな?

「私もごめんね……もう寝ちゃったの?」

返事はない、もう寝てしまったのか……とっても静かに寝て居る、幸せそうだ。

だから起きたら、もう一度謝ろう、そうしないとお互い様って終わらすことが出来ないから。

「『国』に帰れる時に……ちゃんと起こさないとね。その前にまた変な寝言を言ったら、教えてあげようかな?」

「――――っ!? おいっ!」

「どうしたの、ココノエ?」

ココノエは悲痛な面持ちで、私に手を伸ばそうとして、目が合った途端、その手を止めた。

「……ああ、そうだな……また、変な寝言を言ったら、ものすごくからかってやろうぜ?」

「えぇ……もう、やりすぎないでよね?」

ココノエってやり過ぎるからことが多いから、ヤメと本気で喧嘩しそうで出来れば勘弁してほしい。トュエルブが止めてくれればいいけど、多分知らんぷりするだろうから、私が止めるしかなくなる。

「本当に良く寝てるね……」

いびきすら通り越して、寝息が聞こえない程とっても静かに寝ている。

「――本当によく寝てる」

 

【……ああ、神よ、どうして、貴方は愛してくれないのですか?――】

 

唐突にミストが、なにかに訴えるように叫んだ。

「なにいっているの? そんなことよりもヤメを運ぶのを手伝って?――ああ、でも、その前に――」

私は自分の上空に向けて、『爪』となった『左腕』を伸ばす。するとズブリと何かが深々と刺さった。

「なっ!」

「――――へ?」

二つの唖然とした声が聞こえた。私はゆっくりと見上げ、上空から落下して来た『モノ』を冷たい瞳で見つめた。

「い、いたああああああああああああああああああああ!!?」

「――うるさいっ! 叫ぶな、ヤメが起きるだろ!」

「こいつは、さっきのっ、もう治っちまったのか!?」

ココノエは上空から落ちて来たものが、『人食い鬼』だと判ると、ナイフを取り出して構えた。私は『人食い鬼』を投げ捨てると、勢いが強かったのか、何度か地面に跳ねてから止まった。

「よくもっ!……アカリ? おいっ!」

ココノエの呼び止める、声も無視して、ゆっくりと私は『人食い鬼』の元へと歩く。

「どうしてぇ、わたしがいるってわかったのぅ!?」

「どうしてだろう、なんだかお前ならそうするって不思議とわかったよ」

まるでこいつの性格を知っているかのように、私は襲ってくるタイミングがわかった、理由なんて覚えていない。

「ただ、お前の事を考えたら、勝手に体が動いたんだよ」

「ひっ――あ、ああああ!!?」

自分のとは思えない程低い声で言うと、『人食い鬼』は怯えたように、四本の『足』で私を突き刺そうと襲い掛かってきたが、並行に並んだときを見計らい、横一線に抉り取った。

「ぎゃ、あああああああああああああ!?!?」

「自分がピンチになると、焦って動きが単調になるの、治らなかったんだね」

私達の中でも器用だったけど、訓練の時とか劣勢になると、焦ってすぐに倒されていた。

「……?」

どうして私は、こいつの事を知っているんだろう、上空から襲い掛かってくると判ったときだってそうだ……私はこの『人食い鬼』の事を知っている気がする。

「ひ、はっ!――はっ!?」

眼と眼が合った、『人食い鬼』は酷く怯えた目をして私を見ていた。その眼に少しだけ心がざわついたけど、もうどうでもいい。

「――はぁ、はぁ……ま、まってよ……私だよ、アカリ……見えるでしょ?」

「なっ、お前、■■■だったのか!?」

『人食い鬼』の事、ココノエは知っている様だった。もしかしたら私と合流する前に会っていたのかもしれないけど、どうでもいい。

『人食い鬼』の姿が変わったようだけど、どうでもいい。

私はゆっくりとした歩調で『人食い鬼』に近づく。

「ご、ごめんなさい。わ、私、そんなに怒るとは思わなかったの。アカリってば何時も優しいから、頼めば少し分けて貰えると思って、ア、アカリだってわかるでしょ!? お腹が空くって、まわりが見えなくなると言うか……あの、その、えっとえっとえっと……アカリ! たすけ――」

涙を流し、顔を酷く歪ませる『人食い鬼』。良く見たら、その顔はどっかで見たことがある、誰かに似ている……でも、もう、どうでもいいや。

「ま、まっ―――」

私は『爪』を振りかぶり、『人食い鬼』の腹を掻っ捌いた。

「あぎゃ、ぎゃああああああああ!!? がっがっ……あっ!」

『人食い鬼』の腹の中に爪をいれて、遠慮なくほじくり返すように動かす。

「ない……ない……」

「いだい゛、いっだい! やめ――やめぇでごぼぁ!?」

「いない……居ないな……」

腸を引き摺り出し、胃を切り裂き、腹の中の内臓を掻きわけながら、腹の中を探すが――どこにも居ない。

「――あれ? お腹の中になにがいると思ったんだろう?」

どうして、私はこいつの腹の中を見ようと思たのだろう、記憶にない。なにか大事な事を忘れているような――そうだ、どうしてかイチノ達が中に居ると思ったんだ。居るはずないのにね、どうしてそうおもったんだろう?

「ごほっ、ごほっ! だ、だずげ――」

口から血を噴き出しながら、なにか言ってくるが、アカリはよく聞こえなかったので、気にせず『左腕』を動かす。さっきから体がすごい震えてひどく探し辛いし、抜き出した内臓が再生しかかっている。

「――やっぱり、いないね」

「あ゛……あ゛……ぐふっ!」

三回ぐらい胃腸を抜き取ったあたりで、諦めの付いた私は腹の中から手を引っこ抜いた。腹の穴が再生しかかっており、手を引っこ抜く際、引っかかったが少し力を籠めたら、普通に抜け出せた。

「ごっ……ごっ……!」

「……甘い?」

口元に血らしきものが付いたので、思わず舐めとってみる、あの独特の苦みが口の中に広がると思ったが、その液体はほんのり甘かった。これならもうちょっと舐めてみたいかも?

しかし、お腹の中には誰も居なかった……視線がふと『人食い鬼』の上を見やる。

「そうだ……お腹に居ないなら、胸とかにいるかな?」

「ひっ」

「――おい、ア、アカリ?」

「そこに居なかったら、今度はもっと上の――脳みそを」

「アカリ!」

「あ、えっと……どうしたのココノエ?」

ココノエの呼ぶ声に気付いた私は後ろを振り向いた。ココノエは顔を覗くと、心なしか肌の色が真っ青になっており、口元が震えている気がする。

「もういい……早く済ませて、みんなの所に帰ろうぜ?」

「でも……まだ、探していない」

「その……ト、トュエルブ達が、オレ達の帰りを待っている……だから早く帰ろうぜ」

そういえば、勝手に出て行ったままだった。トュエルブきっとカンカンに怒っている。

うう、正直帰りたくないけど……。

「ヤメをちゃんとベットで寝かさないと」

「――ああ、そうだな……」

ココノエは、まるですべてを諦めたような、見たことのない微笑みを浮かべる。私の前へと乗りだし、『人食い鬼』へと接近する。

「危ないよ?」

「すぐにすむ」

そういって、ココノエは零距離で『人食い鬼』の眉間に銃口を向けた。

「や、やめて、死にたくない……私は死にたくない……ただ、それだけなの」

「お前……本当に■■■らしいな」

「そ、そうだよ、わたしだから……ぜ、全部謝る! お腹が空いたのも我慢する! 皆の言う事ならなんだって言う事聞くよ!……だから――たすけて」

『人食い鬼』の口から出たのは懇願だった、すでに再生仕切った『足』も動く気配がない。既に戦う気は無いようなのは確からしい……でも。

「……■■■―――悪いな、お前はヤメを■■したんだ。その仇は撃つよ、オレとあいつは友達だったんだ」

「や、やだ、たすけ――!」

パシュン、もう聞き慣れた音と共に、『人食い鬼』は倒れ伏し、あっけない最期を迎えた。

あまりにもあっけなさすぎて、本当に死んだのか疑った私は、顔を望み込む、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった歪んだその顔を見て、間違いなく死んだと確信した。

「別に言ってくれたなら。私が殺したのに」

どうして、わざわざ苦手な銃を撃って、殺したんだろう、あそこまで近づいたら危ないのに、それぐらいなら、私が止めを刺した。

「――なんでだろうな」

「……?」

「ほら、さっさと帰ろうぜ。お前はヤメを運んでくれ、ほら、お前が動かねぇと俺も帰れからさっさと動け」

「う、うん、そうだね」

ココノエに捲し立てられるように言われて、私はヤメを抱きかかえると、『部屋』へと帰路に付いた。

ココノエは少し距離を離して、付いてきているのを確認しながら、私は前に進み、そういえば道合っているかと、ミストに話しかける。

「――あ、ミスト、この道で合っていたっけ?」

【…………ああ、それとだ、言いたい事がある】

「なに?」

【俺は、お前の腕だ、お前の言う通りに動く。だからよ、これから先お前の全てを受け入れる……それが、きっと俺に課せられた義務と贖罪だ】

それは、前に聞いた台詞だった。ただし前は言わなかった続きがあり、言っている意味は、よくわからなかったが、まるでなんらかの覚悟を決めたように聞こえた。

「いきなり、どうしたのミスト?」

【いや、なんでもないさ……ほら、そのまままっすぐ行けば、もうすぐ着く】

「う、うん……よいしょ」

適当にはぐらかされた、私はこれ以上追及せず、崩れかけていたヤメを持ち直して、先へと進んだ。

右腕と『左腕』のバランスをとるのが結構難しく、大きく揺らしているのに、ヤメは起きる気配が無い。宣言通り、『国』に帰れるようになるまで眠るらしい。

「――本当、まるで……すごく眠っている」

私は、静かに眠っているヤメを見て、ふと言葉を漏らした。

 

「――と言う訳なんだ。だからヤメも『国』に帰るまで、ここに居る事になったよ」

「そうなんだ、皆が無事でよかったよ!」

案の定、『部屋』に入ると、扉の前で待機していた、トュエルブに叱られた。だけどトュエルブはヤメが眠っているとわかると、すぐに静かになった。顔を青くしていたことからきっとうるさくして起こしてしまったかもしれないと思ったのかもしれない。

それから、低く怖い声で、なにがあったのと訊かれたので、私は大まかに、外で起きた事を話した。

「――どうしたの、みんな?」

私の話を聞いた、ニッコ以外のみんなが急に黙り込んでしまった。その表情は悲しさと絶望を織り交ぜたような気がするが、気の所為だろうか?

「あ、トヨネ、ニッコ。悪いんだけど、もう少し詰めてくれない? ヤメを寝かせないと」

「あ、そうだよね、今下がるから、えっと……こっち?」

「え?……う、うん、げほっ……わ、わかった」

ニッコは気が付なかったと即座に、トヨネは遠慮がちに、悪く言えば嫌そうに横にずれた。

「トヨネ……ごめんね。ちょっと狭くなるけど、少しの辛抱だから我慢してね?」

「わかった……わかったから……」

トヨネは顔を真っ青にしている。それほどベットが狭くなるのが嫌だったのだろうか? いや、トヨネの事だ。そんなことで嫌がったりはしないだろう、もしかしたら体調が悪いのかもしれない。

「トヨネ、平気?」

「――っ! 平気じゃないの――――――――げほっ、げほっ!!」

「え、今、なんて言ったの?」

トヨネ、いま一体なんて言ったんだろう、咳き込んだためか上手く聞き取れなかった。

「もう、いきなり大声出してどうしたの? これじゃヤメが起きちゃうよ」

多分、ニッコはトヨネの背中を擦ろうと手を動かしたが、居る場所がわかる、ニッコの手はしばらく虚空を彷徨ったのち、ヤメの顔に触れた。

「――――え、なに……これ?」

「わ、わ、ニッコ、早く手をどけて、ヤメが起きちゃう!」

いま自分が何に触っているのか確認するために、ヤメの顔を触りまくる、ニッコに私は慌てて止めるように言った。

「え、これがヤメ?――だって……そんな……」

「――アカリ!」

「は、はい!」

トュエルブが、いきなり大声を出したので、私は驚いて反射的に背筋を伸ばして返事した。

こ、怖かった。まるで教官みたいな威圧感があったよ。

「……さすがに勝手な行動は目に余るわ、たとえ形式なものでも罰は必要でしょう、外にでて、わたくしが言いと言うまで立っていなさい」

「――はい」

『部屋』の外に出るのは、正直怖いけど。トェウルブの言う事は最もなので、私は見張りも兼ねて、大人しく外に出る事にした。

 

しばらく、立っていた私は地面に座った。立っているのが疲れた訳じゃないが、どうにも心のざわつきが収まらず、私はそれを落ち着かせようと体制を変えた。『クロ』に入ってからは、滅多にしなくなったが、親と一緒に暮らしていた時は、部屋の隅でいつもこうしてた。

久しぶりだからか、胸のざわつきは収まらなかった。いったい何が原因なのか、自分の心に問いかける。すると浮かんだ光景は『クロ』のみんなの顔。

「……ふふっ」

皆の顔を浮かべただけで、なんだか楽しくなってきた私は、もっと強く皆の事を思い浮かべる。

「イチノ、ニッコ、ミツバ、ヨツバ、サミダレ、ナナカド、ヤメ、ココノエ、トト、トイチ、トュエルブ、フミエ、トヨネ。」

私は指を折りながら、みんなの名前を読んだ。私の大切な人達で、大切だった人達も居る。私を私としてくれた思い出を沢山くれた、かけがえのない、十四人の名前達。

「……あれ?」

片手では足りず、折って立てては折って、指の数は十三本、おかしい、たしか『クロ』は私を覗いて、十四、一人足りない。

誰の名前を呼び忘れたのか、私は頭を捻って、必死に抜けた名前を思い出そうとする。

――■■■

 

私が誰か呼ぶ声と共に、どうしてか私が思い出したのは『人食い鬼』の死んだ顔だった。

その顔はとても誰かに似ており、なにかが思い出せそうな、気がする。あと一人、名前はたしか――

【アカリ】

「えっ? あ、どうしたの? ミスト?」

私、いま何を思いだそうとしただろ?……まぁいいか、それにしても、ミストが私の名前を呼ぶなんて、なんか大事な話だろうか?

【仲間を『亜空間』から脱出させたら、お前はなにをするんだ?】

「なにって、帰ってきた、みんなと協力して『楽園』に入れる大きな穴を見つけるんじゃ?」

【その仲間が帰ってくるまでの時間の事だよ】

「え?」

【お前達が言う『国』に帰ったとしても、すぐに『亜空間』に戻って来れるとは限らない、情報の正誤を判断する会議を開き、調査部隊の人員と装備と予算をかき集めるだけでも相当な時間はかかるだろうよ】

「ど、どれくらいかかるの?」

【昔の経験で語らせてもらうには、最短で二か月ぐらいかね。だが、追い詰められて『亜空間』に保守的になっているところを考えれば、あるいは半年以上かかるかもしれん】

目の前が一瞬真っ暗になった。長くても、七日間ぐらいで再会できるかな、としか考えて居なかったので、ミストが言った、日数はとても許容できるものではなかった。

ミストが居る……だけど、それで半年間、こんな誰も居ない世界で生きられるの?

『亜空間』に入る前日の時と似た様な、それ以上の未知の恐怖と孤独感が湧き出てくる。

いや、そもそも、本当に『国』に帰った、みんなと再会する事ができるのだろうか?

「みんな……」

――地獄から抜け出した、彼女達は、私に会いに、もう一度、地獄へと降り立ってくれるのだろうか?

「――っ!」

吐きそうになった口を手で閉じて、喉までせり上がってきたものを必死に押し込める。

想像するだけで気が触れそうなほどの寂しさが、すこし落ち着きだした私は、耐え切れず泣きだした。

「――いやだ」

そんなはずはない、トュエルブ達は私にもう一度会いに来てくれる、そう口にして心を落ち着かせようとしたが、声になったのは、とっても短い本音だけだった。

【……アカリ】

「いやだっ! いやだっ! いやだっ!……いやだ……」

一度吐き出してしまったら、もう止める事は出来なかった。あれだけ仲間の為に、頑張れると言った自分はもうどこにも居なく、ただみんなと離れたくないと、私は泣きじゃくる。

「もういやだ! みんなと離れたくない! どうしてこんな目に合わないといけないの、私もみんなと帰りたい!」

心の底からの本音を叫んだ。離れたくなんてない、だって私は、アカリという人間はみんなが居て、初めて存在しているんだから。そんなみんなが居なくなってしまった、世界なんて考えられる筈がない。

一瞬、左腕が元に戻った様に見えたが、幻はほんの一瞬だけ。瞬きしたらいつもの『左腕』だった。

「――っ! こんな、こんな……うあ、うっ、うう!」

口に仕掛けた八つ当たりの言葉は、言葉にならずにうめき声に変わった。

【…………すまない、俺は別にお前が望むなら、切除されてもいいと思っている……だがな、無理なんだ。俺はどうしてお前と会話できるか、そもそも自我が戻ったのか、ずっと考えていた】

ミストがとても悲しそうな声で静かに語りかけて来る。

【詳細なメカニズムは専門で無いから解らん。だが『パラサイト』は人間の脳に触手を指して寄生する虫だ。それを考えれば、アカリ、俺はお前の脳に何らかの干渉を行っているのだろう。生物学における絶対的なブラックボックス。そんな脳みそに干渉しているからこそ、脳内に直接語り掛ける事が出来、自分の意識でお前の体を動かす事も出来た……多分だがな】

つまり、なにがいいたいの?

【ただの左腕なら良かった……だけど、俺はもうお前と運命共同体なんだ。脳に干渉できていると言う事は『パラサイト』の触手は既に脳に突き刺さっちまっている筈だ……それを抜くと人間の脳は傷つくように出来ていて、一度取り除かれた『パラサイト』も絶命する、つまりどちらかに何かがあれば、どちらとも死ぬと言う訳だ】

やっぱり、ミストの言う事は難しくてよくわかけど、最後の一言でなんとなく言いたい事はわかった。

【だらか、すまないな……俺は、お前の望み通りにしてやれない】

「……望んでないよ。なんでそんなこと言うの? ミストだって……私の仲間だから」

望んでないと言うのは嘘だ、ミストが居なければって考えてしまった。だけど、私はもうミストの事をみんなと同じぐらい、大切な存在だと思っているのも本当だ。

「ごめん……ごめんね……」

【いいさ、仕方がない】

謝る私に、ミストは優しい言葉で慰めてくれる。こんなにも優しいミストを居なければなんて、自分は最低な人間だ。

「――アカリっ!?」

手で涙を拭いていると、トェウルブが慌てた様子で出て来た。

「トュエルブ、どうしたの?」

「……トヨネの容体が悪化しましたわ」

「――え?」

それは最も恐れていた、出来事だった

 

「トヨネ!?」

「――ヒュー ヒュー、コホォッ、コホォ――!」

明らかに普通の呼吸ではない、咳も乾ききっている。とても苦しそうに息を吸って吐くその姿は、今にも呼吸が止まりそうだった。

時折、発作はあったが、ここまでの酷い状態は見たことが無い。

「先ほど、話している途中に症状が急激に悪化しましたの、原因は……恐らく『亜空間』での劣悪な環境が原因ですわね」

ニッコが背中を撫で続けるが、落ち着く素振りは無い。限界……そうとしか見えなかった。

「トヨネ、返事をして、トヨネ!」

「落ち着きなさい!」

「で、でも……」

「名前を呼び、近づくだけでは、なにも解決しませんわ、それは貴方だって重々承知の上ですわよね!?」

トュエルブの言う通りだ。だけど、このまま何もしなかったら、間違いなくトヨネは死ぬ。

全身から汗を拭きださせ、縋りつくように毛布を握りしめながら、なんとか息をしようと必死にもがく彼女を見やると、さらに焦りが増していく。

「――ヒュー――ヒュー――た、ヒュー――たすけ――コフっコフゥッ!!」

息も絶え絶えの中、トヨネは助けを求めてきた。だけど、私達はどうする子も出来ずに、ただ顔を歪ませる。

「どうしよう……どうすればいいの!? ねぇ、ミスト!」

【――ここではどうもできん、恐らく喘息の類だ。薬がなきゃ後はもう、神頼みだ】

何時だって知恵を出してくれたが、『亜空間(こんなところ)』に薬なんて最高級品がある筈も無く、何もしてくれない神様に祈るしかないと言う。つまりは、私達にはどうすることも出来ないと言われ、絶望に視界が眩みだす。

「ミストはなんて言いましたの?」

「もう神に頼るしかないって……、私達じゃどうにもならないって……いやだよ、これ以上失いたくないよ――トュエルブ、なにかないの!?」

別にココノエかニッコだってよかった。私は縋れるものならばなんだってよかった。

私はトュエルブに懇願するように、トヨネの救える方法は無いかと問いかける。

「…………思いついたことは有りますわ」

「ほんと!?」

誰もが見ても、それを口にしたのは強い葛藤と苦渋の上だった事が分るが、私は気付かず、トュエルブの思い付きを希望の光だと信じて疑わず、顔をほころばせた。

「それはどんな……」

「ここでは、上手く頭を整理できませんわ、外に出て話しましょう、ニッコ、トヨネの事よろしく頼みますわ。ココノエはわたくし達と共に外へ」

「わかった、ニッコ、トヨネをよろしく。ヤメは――」

「彼女を起こすのは忍びないですわ。このまま寝かせてあげましょう」

「う、うん、わかった……」

流石に緊急事態と言う事もあり、トヨネの横で静かに寝て居るヤメを起こそうとしたが、トュエルブに止められてしまう。ヤメなら良い案を出してくれそうだが、トュエルブが思いつている以上、起こす必要性は確かに無いのかもしれない。

「うん……」

「あ、ああ……」

全員が全員、戸惑いを含んだ返事をし終わった後、私とトュエルブ、ココノエの三人は、一旦外へと出た。

トヨネを助けたい……それだけを胸に、私は顔の見えないトュエルブの、彼女の背中に付いていった。

「ねぇ、トュエルブ、トヨネを助ける方法、早く教えてよ」

「…………」

「トュエルブ?」

「――――アカリ」

彼女は蜂蜜色の長髪をしばらく弄ると振り向き、私の名前を読んだ。

 



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episode End

「――も、もう、信じられないよ!」

「どうして、そんな事言うの? 私達、仲間だよ!?」

「だって、みんなもゴホっ!――っ見たでしょ!? それにヤメの事だって」

「それ以上言うな……もしかしたら聞いているかもしれないだろ……」

「それに彼女無しでは、わたくし達は死ぬしかないですわ……受け入れなさい、彼女は彼女、口にした以上、それを守り続けなければなりませんわ、例え原型がなくなろうとも……」

「……私は……わた……しは……」

「トヨネ?」

「――コホッ――こほっ!? コホッコホッコフッ――!」

「トヨネ!?」

「おい、大丈夫かよ!?」

「しっかりしなさい!」

 

――トヨネは、アカリを否定したから、こうなった、そんな考えが頭を過った。

「――トヨネ」

苦しそうに呼吸と咳を繰り返すトヨネの背中を、少しでもマシになればと撫で続ける。

彼女が、苦しみ出したのは、本音……アカリが怖いと言ってからだった。

「――っ!」

右手が疲れたので、左手に入れ替えて撫でようとした時、目が見えないので間違え、冷たく固いけど弾力性のあるものに触れたため、反射的に手を引っ込めた。

手に残った、冷たい感覚に恐怖を覚え、それを必死に振り払い、改めて、探し当てた、トヨネの背中を再度撫でる。

――トヨネは、アカリがみんなを探しに行った時、本音を話した。

「本当は、アカリの事すっごく怖いの、あの左腕も、その左腕を普通だと思っているアカリも、左腕と話すアカリも、暗闇を見える事が普通だと思っているアカリも、私達を見ている様で見ていないあの目も、全部が怖いの!」

トヨネは、とっても怯えていた。そこにはアカリの姉と喜んでいた姿はなく、お化けに怯える一番年下の女の子が居た。

アカリはアカリ、だけどトヨネの目には彼女は人間には見えなかったらしく、終始彼女のご機嫌を取る為に、再会を果たしてから、必死に普通を演じて接していたらしい。

それを聞いて、とても悲しくなった。どうして仲間なのに、そんなに怯えないといけないのかと、しかし自分はアカリが見えないから、下手な事を言えるはずも無く。ニッコはただ、トヨネの事を『慰めた』。

……だけど、ヤメらしき冷たい物に触れて、アカリが怖がる理由が少しだけ理解できてしまった。

トュエルブの機転で、アカリが外に出なかったら、私もトヨネと同じ耐え切れず叫んでいたかもしれない。

「……トヨネ」

頑張って背中を撫で続けるが、それでもトヨネの症状が緩和されている様子はない。

だったら、バスの中でトヨネがやってくれたように『慰め』たら、苦しみを忘れられるかもしれない。

口は駄目だ、いま閉じてしまったら本当に呼吸が止まりかねない、また陰核を舐めようとおもったけど、トヨネが導いてくれないと場所が分らない。

ニッコの現状はサミダレが言った、諺の八方塞がりそのものだった。自分は今、苦しむトヨネに、とことん無力だった。

「笑うこと」と「バカになること」、それだけを求められた親の『人』であった自分、飽きたと捨てられてからもなにも変わっていない自分に怒りを覚える。

そんな何もしていない自分だが、せめて、少しでもトヨネの苦しみを緩和させよう、今自分に出来る事、どこでもいいから、とにかく彼女の体を舐めようと、舌を出しかけた、その時。

がちゃり……

扉が空いた音が聞こえたので、咄嗟に舌を引っ込め、止まっていた手を再開させる。

「も、もうお話はいいの?」

どうしてか、わからないが、行為を見られる事に抵抗感があり、ばれるのは恥ずかしいと思った、自分は誤魔化すように、話しかけた。

もう、とは言ったが、撫で疲れによって手を交代した回数を数えれば、実際はけっこう時間が経っているように感じた、おそらく数十分は話し込んでいたと思う。

「……………」

「――みんな、どうしたの?」

改めて声を掛けるが、反応は無い。誰か居る気配があるけど……もう一度声を掛けてみよう。

「なにか……あったの……?」

すると、カツ、カツ、カツ、とこちらに近づいてくる足音が聞こえる。だけど声は聞こえず、自分は徐々に正体不明の存在に怯え始める。

「だ、だれ!? アカリ? トュエルブ!? ココノエ!? 返事をしてよ!」

それでも返事は無く、足音は息も絶え絶えな、トヨネの近くで止まった。

「ト、トヨネ!」

私は咄嗟に、トヨネを守ろうと彼女の前に出ようとしたが、焦ってしまい、どこにいるか見失ってしまう。

「ひっ!」

謎の存在が、私達の寝るベッドへと上がってきたのを感じ取り、少しでも距離を離そうと、後ろへと下がったため、腕が空を切り、ベットから落ちそうになって、ようやく自分がベットの端っこへと到達してしまった事に気が付いた。

恐怖のあまり、喉がカラカラになり、呼吸が乱れ、耳に入ってくる呼吸音がトヨネのか、自分のかわからなくなる。

「……誰、誰なの!? そこに居るのは誰!?」

やはり声は無く、ただ謎の存在の動く音とトヨネの呼吸、その二つだけが耳に入ってくる。

「ヒュー……ヒュー……ヒュッ!?」

そんな中、唐突に、本当に唐突に苦しそうな呼吸が止まった……トヨネの息が止まったのだ。

「………………………!」

「――トヨネ?」

呼吸が正常に戻ったわけではない、まるで息そのものが無くなったように、トヨネの音が聞こえなくなった。

「………、………!……う……あ……」

「トヨネ? 返事をして? いま、どうなってるの? ねぇってば!?」

呼吸の音が無くなったと思えば、聞こえて来たのはトヨネが発していると思われる、うめき声。しかし何が起きているのか、目が見えないからなにも、見えない、わからない。

 

怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい!!!

 

「トヨネ! トュエルブ、ココノエ……アカリ! 誰でもいいから、返事をして、お願いっ! お願いだからっ!」

目が見えない事が、いま起きている事がなにもわからないなんて、これほど怖かったんだ!

誰でもいい、返事をしてほしい、自分を押しつぶしてしまいそうな未知の恐怖をほんの少しでもいいから取り除いてほしい!

「に……に……こ………」

「トヨネ? ニ、ニッコの名前を読んだの? ど、どうしたの、いまなにをしているの?」

 

――に げ て

 

それは言葉になっていなかった。喉の隙間から漏れ出した空気が、トヨネの意志を伝えたかのように、ニッコの耳に入っていき、言葉として認識した。

そして……それが、トヨネの最後に残した言葉だと、わかった。

「あ、ああああああああああああ!!」

それから、私はベットに転げ落ち、とにかくその場から離れようと、這いつくばり、手足を使って、その場から離れようとする。

しかし、元々狭い室内、椅子か机かに体を強くぶつかりながらも、必死に進んだが、すぐに壁際へと到達していしまい、仕方なしに壁を伝い、走りだすが、角へと到達するのには時間がかからなかった。

……自分以外の音が死んだ。

苦痛が伝わってくる呼吸は聞こえない。その代わりか、まるでトヨネの苦痛が感染したかのように、こんどは自分が上手く呼吸が出来なくなる。

逃げたい、でも、どこに逃げる、逃げ場所なんかない、誰か助けて!

あまりの恐怖によって、頭が正常助からず、言葉になっていない助けを呼ぶが、音は生き返る気配はない。

「――うっ……うっうっ……」

発狂しそうな程の沈黙を破ったのは、何かのすすり無く声だった。

誰とは、思わなかった。その鳴き声にはとても見覚えがある、自分達が一緒になって過ごした二カ月間の中で何度も聞いたことがあるものだった。

どうして彼女が、彼女だからか、相反する考えが衝突しあったせいで、自分は致命的にも考えを整理するため意識を内部へと集中させてしまい……彼女の接近に気が付かなかった。

「……ア、ア――っ!」

なにかが目の前に立った気配を感じて、声を掛けようとしたが、もう遅かった。

彼女は自分の足を掴むと壁から話し、そして上に乗ってきた。

「おねがいまっ――!」

これから起きる事を予想した私は、彼女に止めてと叫ぶが、行為が止む事は無かった。

 

私は強い力で首を絞められた。

 

喉をざらつきが強いなにかに締め付けられる、強く、強く、自分の喉を絞めていき、気道を閉ざしていき、息を止める。

「カ……ア……!」

助けて、このままだと死んじゃう。お願い、誰か助けて!

「い……い……や」

生きたい、死にたくないと、必死にもがくが締め付ける力を弱める事が出来ない。

どうして、どうしての!? なんで自分を……トヨネを!?……

「ア……ア……」

お願い止めて、どうして、こんなことするの? いやだ、苦しい、苦しいよ。息が出来ない、トヨネはこんなにも苦しい目にあっていたんだ、ごめん、なにもわかっていなかった、だから止めてください、許してください、謝るから、謝りたいから息がしたい!

「う……ううっ……うう……」

――聞こえる――ああ、彼女が泣いている。自分はただ、笑って――欲しかったのに、お母さんは自分が――笑っても、笑って――くれることは無か――った。だからみん――なが笑顔にな――ってくれるのが、とて――も嬉―――しくって、い―――つもニッコリ――――と言っていた―――それを言えば――――笑ってくれたから。

だから、自分は貴方と居ると本当に幸せでした。

「――あ―――か――――り―――」

自分は彼女の名前を読んだ。どんなふうに聞こえたのかはわからない。ほんの一瞬、首に掛かる力が緩んだ気がした。

「――ごめんね。ごめんねぇ、ニッコ……ごめんね、ごめんね……ごめんね――」

意識が――薄れる――中……アカリは――自分―――に謝り続――けた。

ああ――よかった――――それを――きいて――――あんしんした―――だって――アカリは――や――っぱり―――アカリ―――だったから。

……いいよ、こっちこそごめんね。アカリを泣かせちゃったから、ヤメの様に、これでお互い様にしよう?

ちゃん――と―――伝わった――かな?――めが見えないの―ほ――んとふべ――んだね――もう――な――んだか―――ねむく―――なって――――きたな――さいご――は―――わ――て―――そ――れ―――ば――アカリ――――も――わら――る―よ――ね?

 

 

ほら、ニッコリ、こうやって笑って!

こ、こう、かな?

うん! とってもかわいいよ! むむむ、私より可愛いかも!

そ、そうかな……でも、

でも?

私、ニッコの、その顔とっても好きだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ああ、よかった。泣き止んでくれたね。

 

 

 

「――ねぇ、ココノエ」

トュエルブは何時もの癖で、自慢の蜂蜜色の髪を弄ろうとしたが、いつもの場所に髪が無く、数秒程悩む素振りをして、手を引っ込めた。

「…………なんだ?」

弱弱しく疲れ切った返事だった。もはや欠片たりとも、トュエルブの知るココノエの声ではなかった。

「わたくしの方からお願いするわ……死ぬまで殴って頂戴」

「……出来る訳ねぇだろ、出来る訳ねぇだろ!」

とんでもないお願いだから、断わった訳では無い。ココノエも、また殴る資格がないからこそ、叫んだ。

両手で顔をぐちゃぐちゃに弄るココノエ、まるで自分の頭の中の混沌を表しているかのようだった。

「……悪かったわ」

彼女の内心を理解できるトュエルブは、この状況だからこそ不謹慎な願いだったと、素直に謝った。

「……俺さ、アカリが、リッカの腹の中をぐちゃぐちゃにしていた時に、思っちまったんだよ……ああ、こいつは、もう化物なんだってな」

ココノエは確かに、ミストが付いたアカリの事を、それでもアカリだと考え、彼女の事を普通に受け入れていた。だけど人間にはどこかしらに限界がある。精神性に異常が見られ、理由はどうであれ、リッカのお腹を無慈悲に無表情に弄繰り回し出したアカリを見た、ココノエは背後で、その凶器の現場を見て発狂しかけていた。

叫ばず正常を保てていたのは、ヤメの最後の優しさを感じ取ったからだ。もっともヤメの死こそが、引金であったのだが……。

「馬鹿みたいだろ、アカリはアカリなんて恰好付けた事言っておきながら、もう俺にはあいつがアカリには見えなくなった……正直助かったぜ、トヨネがあそこで大声を上げなければ、俺が叫んでいた……もっとも、アカリには聞こえないようになっているみたいだがな……はは……」

 

――平気じゃないのは、アカリのほうでしょ!

 

我慢できずに出してしまった、トヨネの本音、大声であれだけ近かったのに、アカリは、認識することが出来ていなかった。

もはやアカリは心を守るために夢現の世界からもう戻ってきはしないだろう。彼女は正真正銘、『亜空間(狭間)』の住人となってしまったのだ。

 

「元々、誰よりも一番心の弱い子でしたわ。私達に『クロ』に縋って初めて生を得られる子、私達が一人死ぬたびに、彼女の心は欠けていったんでしょうね……」

「重すぎだよ、あいつには」

生き残ったのは、たったの四名……いや、アカリの中では五名、もはや彼女は限界だった。故にヤメが死んだとき、彼女は自分の心を守るために壊れてしまったのだ。

たとえ、どれだけおぞましくなろうとも、人の心は完全に壊れない限り稼働する。それが『人間』と呼べるものかはさておき。

「俺はもう、あいつをアカリとは思えねぇ……近くに居るだけで、怖いんだ。いつあの爪に切り裂かれないか気が気じゃないんだ……」

「――そうね」

憔悴しきったココノエに、トュエルブもまた、力の無い声で同意をしめした。

「――お前は、これからどうする? 戻って、仲間に入れてもらうのか?」

「……貴方はどうしますの?」

答えは返さなかった、つまりそれは完全に見捨てたと同異議である。

「オレは……オレは人間として死にたい…………リッカの様にも、アカリの様にもオレはなりたくない……」

それこそがココノエの本音だった。完全な『バグ』になってしまい、悲惨な最後を迎えたリッカ。人間のままだが精神が狂ってしまったアカリ。それと同類になるのが、ココノエにとって死よりも怖い物と感じてしまったのだ。

そして、それはトュエルブにも言えることだった。

「そうね。だけどやるべきことはやりますわ」

「なんだ、てっきり方便かと思っていたよ」

「約束は守りますわ……それがわたくしに残された人としてのプライドですもの……最後だからこそ、これだけは守って見せるわ」

そういって、トュエルブは『亜空間』を進みだした。それにココノエも力なく付いていく。

二人の手には遺品のライトが

「……なぁ、お前は『国』に帰れると思うか?」

「――昔ね、対価ありきだったけど、お菓子をくれた人が居たの」

「あん?」

「その人はね、『亜空間』に続く『門』の管理人をやっていまして――逃げ帰って来た子供を撃ち殺すのが趣味らしいですわ」

「……へっ、そうかよ」

門に近づいた調査部隊は、門番によって殺される……問答無用。あちら側には声すら届かない距離にキルラインが引かれており、そこを超えた瞬間、出口から銃口がこちらを狙い、トリガーが引かれるのだ。

希望の光は捕食者の囮でしかなかったのかもしれない。

だけど、その明かりに向けて、二人は進む。例え食べられると分っていても、もう一つの『明かり』から離れられるための目印として、釣り餌の光へと。

やがて二人は『亜空間』の暗闇に溶け込むように姿を消した。

 

――――

 

「アカリ、このままでトヨネは死んでしまいますわ……そんな彼女を……いえ、彼女達を助けるには、これしかありません」

「なに? はやく教えてよ!?」

「やるべき事は簡単ですわ……アカリ、あの二人を貴方自身と同じ様にすればいいのよ」

「わたし……と一緒?」

「ええ、彼女達を『パラサイト』にわざと寄生させるのですわ」

「―――――え?」

「アカリ、貴方自身は気付いているかどうかは怪しく思えますが、その腕だけではなく肉体面でもかなり強化されているようね。なにせ全力疾走の『棘角虫』に追い付けるほどなんですもの」

「う、うん、でも、トヨネに『バグ』を寄生させるって……」

「寄生された人間は身体能力が向上する、その点を踏まえ『パラサイト』を寄生させるんですわ……そうすれば、彼女は強い体を手に入れて、健康になりますわ。そうすれば症状が治って死ぬ危険性はなくなるでしょう?」

「そ、そうだけど思うけど、でも……ミストも、すごい反対しているし」

「あなたと一緒に『亜空間』で、過ごせますわよ?」

「……あ」

「このままでは、悲しい別れになってしまいますわ。それは嫌でしょう? だったら同じ存在となって、一緒に生活するのが貴方にとっても、トヨネにとってもいい選択だと、わたくしは思いますわ」

「…………」

「それに、トヨネだけではないですわ。ニッコにも『パラサイト』を寄生させませんと」

「え、ニ、ニッコも?」

「彼女は『国』に帰れたとしましても、両目が無い事から、不遇な扱いを受けますわ。そのくらいなら、アカリと一緒に『亜空間』に住んだ方が、わたくしも安心するというものですわ」

「……そう、かな?」

「正直、アカリも一人で、ここに残るのは寂しいですわよね?」

「う……ん……それは、そうだけど」

 

「だったら、みんなの願いを叶えるのに、とっても最適だとは思いませんか?」

「アカリは、一人で待つ必要もなくなり」

「トヨネは、苦しみから解放されますわ」

「ニッコも場合によっては、目が見えるようになるかもしれませんわね」

「でも、ミストの話では、『パラサイト』は生きた人間に寄生させてしまいますと、生きる屍になるらしいですわね」

「だから――身が張り裂けそうな思いでも……二人を一度殺しなさい」

「平気よ、心配しないで。辛いのは一時だけ、二人を無事に同類に出来れば、アカリ自身が幸せになるわ?」

「失敗することはないわ。だって、アカリが成功したんだもの、他の二人が失敗しないわけがないじゃないの?」

「あと、わたくし達は、当初の予定通り『国』に帰ろうと思いますの」

「なにもかも余裕がないいま、これ以上先延ばしにするわけにもいきません」

「心配しないでアカリ」

「大丈夫、わたくしを信じて……わたくしが間違ったことないですわよね? アカリ、仲間たる私の言う事を信じてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――うん、わかった」

 






この作品は一応これにて終いです
ありがとうございました


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