ガンダムビルドアウターズ (ク ル ル)
しおりを挟む

1章
1章0話『リュウ・タチバナ』


 黒の画面に映る点ほどの小ささの輝きは一面に広がって、溢れるよう一筋の流星が大きく斜に流れる。それを合図に(ひらめ)く光彩の尾を引いた星々が伝って、また伝って、流星群の様相で暗黒の世界を(はかな)くも(いろど)った。

 暗影(あんえい)の闇と、(うつ)ろに(きら)めく星屑の残り火。現実と隔絶(かくぜつ)された宇宙の凄絶(せいぜつ)に、突如として画面に白が(よぎ)る。

 

『ガンプラバトルリーグワールドコースもいよいよ大詰めぇ~! 残り時間が少ない中、果たして! 勝利の栄光は誰の手に渡るのかぁ~!?』

 

 戦場(フィールド)を映す観戦カメラから機体が離れ、────実況の声に(はや)ったのか、スラスターを(たけ)らせた機体が先の流星もかくやという速度で遠ざかっていく。

 切り替わった画面の向こう、別の宙域を中継するカメラの目の前では太陽を背景に2機の機体が激しい近接戦闘を繰り広げており、両機の一挙手一投足で万の歓声が沸き上がっていた。

 どれもがアニメには登場していないガンプラ、いわゆるミキシングと呼ばれる手法で制作された“俺ガンプラ”達を画面の外から羨望(せんぼう)を含んだ眼差しで見詰める。

 青年は机と向かって作業をしていた。

 ジャンクパーツをマットに散らしたその中心、虫食いのように部位が完成していないガンプラへと視線が戻って()めた視線が突き刺さる。

 

「なんで、作れないんだ」

 

 春立ちの夜風は深夜ということも相俟(あいま)って一層冷たく、停滞(ていたい)しきった思考に拍車をかけて小窓から吹き抜ける。

 体型(プロポーション)はバラバラ、パーツの位置は安直、武装は何処かで見掛ける手頃な物ばかり。まさしく(いびつ)と言うに相応しいガンプラを見詰める瞳は(わず)かに苛立ちを覗かせては揺れて、ゆっくりと頭を抱え込んで机に伏す。くしゃりと髪を掴み、浅い(くま)が刻まれた目元が再び立て掛けられたスマートフォンへと移って眺めた。

 画面では雄々(おお)しく立ち回るミキシングガンプラ達が砲火と剣閃(けんせん)で戦場を咲かせ、気が付けば自らが髪を巻き込んだ手が掴む力が増している。

 

 なんで、作れないんだよ。

 

 一息に。

 作業マットの中心に(たたず)んでいたガンプラが腕に弾かれジャンクパーツと混ざる。机に備わった照明が照らす箇所は空虚(くうきょ)さえ感じる空間が空いて、ぼんやりと視線が宙を捉えた。

 

「…………センスがある奴は良いよな。俺だって、発想さえあれば」

 

 乾いた笑いが1つ吹き出た。

 先ほどの倦怠(けんたい)さとは裏腹、机を片付ける手早さは身軽で見る見るうちに机の上から道具が消えていく。ニッパーに接着剤と、既に零時を迎えいよいよ朝は早いからとケースへ次々に仕舞って、最後に残ったものがスマートフォン。

 画面では今まさに雌雄(しゆう)を決する2機のガンプラが激闘を演じており、激突の火花が閃光として映像を覆ったタイミングで電源が切られた。

 今度こそ黒の画面になった端末を見詰める視線は酷薄(こくはく)で、煌めく蒼の光沢の、英雄の出で立ちとも思える2機のガンプラを思い返して乾いた笑いがもう1つ溢れる。

 

「世界の為に戦ってるとか、思ってるんだろうな。ファンや自分の為に…………ハッ」

 

 彼らの中ではアニメや漫画の機体とも渡り合えるように作られたガンプラであり、その追加された装備で誰もがフィクションの世界を救う等の妄想をしているのだろうと想像する。

 比べて、俺は。

 そこまで思考してベッドに着く。

 今しがたの思考も先程の戦闘も徹夜のせいか直ぐに意識へと溶け込んで消えて、やがて緩やかな眠気が身体に訪れた。

 

 ────俺には世界は救えないよ。

 

 妄想の中ですらその姿を演じる事が出来ず、世界を救う為の機体も形作ることが出来ない。

 押し寄せる劣等感が胸でざわつき、──────リュウ・タチバナは振り切るように部屋の照明を消した。

 

※※※※※※※

 

 目の前で激しく明滅(めいめつ)する装置の照明に、女性は淡い色をした唇をひっそりと噛む。

 異常なまでの潔癖(けっぺき)を思わせる白壁に囲まれた部屋は広く、白亜の研究服に身を包んだ壮年(そうねん)の職員達がみな愁眉(しゅうび)を寄せた表情でそれぞれ目の前の機械と対峙(たいじ)する。

 円形に並んだ機材のその、中心。

 女性が見上げる筒状の装置は透明で、薄水色の液体の中で力無く浮いた()()に女性はきつく視線を見据(みす)える。

 やがてごぽり、と装置の内部に泡が浮いて職員達の表情が険しさを増した。

 

「博士、もう持ちません! このままではもう……!」

 

「2番から5番の電源を入れて頂戴。どうせ学園に生徒は居ないんだから使える手は全て使うわ」

 

 告げられた職員が一瞬躊躇(ためら)いに揺れた瞳のまま装置へ手を掛け、やがて一気に押し倒す。

 重く(うな)るような動作音が増して重奏低音のような響きが部屋を震わせたと思えば、中央装置に満たされた液体が青を増して()()が隠れ、明滅(めいめつ)を繰り返していた装置の照明が安定を示した。

 ──いよいよ、後が無いわね。

 地獄の只中(ただなか)に垂れてきた蜘蛛の糸を掴んだまでは良い、そこから登り上がるか下に落ちるかの分水嶺(ルビコン)が今この瞬間だ。

 

接続者(コネクター)の発見はどうなってるの?」

 

「それがっ、該当者の確認を行っている最中ですがどれも適合係数が低く……」

 

「今日が限界時間(タイムリミット)よ。Nitoro:Nanoparticleは明日まで持たない、発見を急いで」

 

 青がかって全容が知れない装置をじっと見詰め、女性はきつく歯を食い縛る。

 ここで終わりになんてさせてたまるものか。今回が最後だと、そう決められた制約の中ようやく完成が見える場所まで辿り着いた。

 装置に反射した、感情の一切を切り捨てた冷徹(れいてつ)な瞳。今更ここで退くわけにはいかない。

 

「…………誰でも良い。世界を、救って頂戴(ちょうだい)

 

 (こぼ)れた声音は表情に反して弱く、機材の駆動音に紛れて消えた。

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 接着剤を慎重(しんちょう)にパーツへと塗り、呼吸を殺して接着部へと接合する。周囲の喧騒も耳に入らない程に深く集中し、指で押さえたパーツを1ミクロたりとも動かさないよう静止、心の中で数十秒程数え添えていた指をそっと離した。

 すると見事に別々のパーツが接着し、あたかも元から1つのパーツかのような配色・形となり想像通りの出来に思わず吐息が漏れる。

 俗に言う“ミキシング”と言われるガンプラ制作の手法だ。

 

『おぉー』

 

 感嘆(かんたん)の声をあげたのは年端もいかない少年少女達。模型店の制作スペース、ガンプラバトルの筐体の脇に出来た子供達の半円はガンプラを組む少年を取り囲んでおり、固唾(かたず)を飲みながら見守っていた静寂(せいじゃく)がわっと破られる。

 

「リューこれ何のガンプラ!?」

 

「ぼく知ってるー! ガンダムエクシアだよこれー!」

 

「違うわよ! どこから見てもクアンタじゃない!」

 

「アイズガンダム~?」

 

「リボーンズガンダムだー!」

 

「今リボーンズガンダムって言った奴が正解だ! アイズガンダムは惜しいな、こいつはリボーンズガンダムをアイズガンダムカラーで塗ってるから見分けがつきにくいんだ」

 

 平日の朝7時という世界共通で忙しい時間帯に開いている模型店は珍しい。作業用マットが敷かれた机から覗ける道路には職場に向かう人々が行き交って、車が急くよう(うな)りをあげながら通り過ぎる。

 寝起きの寝惚(ねぼ)け眼で家を飛び出してきたリュウは、ぴんと一ヵ所だけ跳ねた寝癖を時々気にしながらパーツ同士を色々な角度で合わせて顔をしかめていた。

 脳内でミキシングを行う両脇で少年少女達の喧騒(けんそう)が耳を突くほど繰り広げられ、それを聞き流しながら模型に(いそ)しむ作業に内心慣れたものだなと口角を(ゆる)く上げる。

 (わず)かに感慨(かんがい)深く目を閉じて模型道具をキャリーケースへと仕舞い、リュウの行動にきょとんとした顔で一団の中の少女が声を掛けた。

 

「きょうも、みきしんぐの、しっぱい? むのう?」

 

「ちっっげぇわ! 誰が無能だっ! ……ほら、そろそろ時間なんだよ」

 

 少女は(あご)で示された方向を見るも、時計の見方は小学校で習っている最中だ。隣で後ろ頭に手を組む男の子が「7時だよ」と唇を(とが)らせて言うものだから少女は根拠の無い不安に駆られてしまう。

 幼い子供特有の丸く、()んだ大きな瞳がリュウを見詰めた。

 

「りゅー、もうかえってこないの?」

 

「帰ってくるぞ! で、次帰ってきたときは俺がプロになった時だ、お前ら祝う準備しとけよ!?」

 

『やだー!』

 

「お前ら本当は俺のこと嫌いだろうっ!?」

 

 笑い声が再び咲く。彼らのこの調子なら少しの間居なくとも大丈夫だろうと、数個積み上げたガンプラを片付けようと抱えて気付いた。

 (そで)を控えげに掴む小さな手。おさげを左右に揺らしながら(うつむ)く少女を見、申し訳無さが込み上げてくる。

 別れに、年齢の差なんて無いのだなと。未だぴんと跳ねた寝癖を手持ち無沙汰(ぶさた)に直してしばし思考する。

 

「……」

 

 やがて何か言うわけでもなくリュウを見上げる。

 気の効いた言葉の1つでも浮かべば良いが早朝は思考が回らない。相手は小学1年生ということもあり感情の許容限界も年相応で、見つめ返すと次第に肩を(ふる)わしながら目の端から大粒の涙が(こぼ)れた。

 

「げんきでねっ! りゅうっ!」

 

 声と同時に膝へ抱き付く少女。

 遂に言葉が浮かばなく仕方無しにその頭へ手を置き、思いきりわしゃわしゃと撫でてやる。

 

「ありがと、行ってくるぜ。元気でな」

 

「うんっ! うんっ……!」

 

「あぁっと、そうだ。じゃあこれ。これとこれも……、こいつもやるか」抱えていた中から手の付けていないガンプラを数個、加えてキャリーケースから取り出した新品の模型道具達を少女と周りの子供に手渡す。「俺が居ない間、良ければこいつらを使ってくれ。んで使ってるとき俺のこと思い出してくれ」

 

「んっ! 分かった! みーんなー! ガンプラつくろー!」

 

『わぁーっ!』

 

「いや今使うなよッ!?」

 

 リュウの制止も聞かず子供達は道具を持って自分達のガンプラが置いてある机へと戻っていく。その小さな後ろ姿達を見守り少女を撫でた手をふと、眺めた。

 次に帰ってくるのはプロになってから。どの口が言うのかと冷たい虚無(きょむ)が心に吹き抜ける。

 今春から最高学年である3年生の、それも日本国内で最強を誇る“萌煌(ほうこう)学園”。在籍することすらガンプラファイター・ガンプラビルダーにとって(ほま)れであるはずの肩書きに、青年の心中は反してどこまでも()めていた。

 今からリュウが向かう場所は、いま最も世界中の注目が集まっている地、学園都市。自らが通う“萌煌(ほうこう)学園”の周囲に立てられた学園都市は最先端技術の結晶で作られ、生産コストを度外視したあらゆるガンプラのシステムが多く備わっているらしい。

 興味が無い訳ではなく、むしろ学園都市に寄せる期待は大きい。

 リュウが嫌悪しているのはむしろ(みずか)らの心持ちで、暗く過った記憶を振り切るように思考を現実へと戻す。

 見れば店内の時計が示す針はいよいよバスが迫る時間を指す間際で、急ぎ足でキャリーケースを引いて広い店内を横切る最中、妙な視線を店の奥から感じて横目を飛ばす。

 狭い通路の端、小柄な少年が複数人の高校生に絡まれており、少年はその小さな身体を更に縮ませていた。

 

「俺らの方がお前の機体を上手く使えっから貸せって、な? 1回だけだからさぁ」

 

 少年を店員からの死角の壁へと追いやる彼らは、最近この地区で有名な街の不良だった。リュウ自身初めて見掛けたが、聞くところでは店員や人目の少ない朝方や深夜を狙い、1人のファイターへと恫喝(どうかつ)(まが)いにガンプラを奪うといった連中で噂になっている。

 見る見るうちに壁へ追いやられ、下卑(げひ)た笑みを浮かべた不良が息が吹き掛けられる程の距離まで少年に顔を寄せる。逃げ場が無くなった少年に出来るのは目線を飛ばすだけで、涙が滲む助けを求めた視線が周囲を(うかが)う。すると立ち止まったリュウと目が合い、視線で訴えてきた。

 

 ───助けてください。

 

 リュウには少年を助けられる程の腕前とガンプラがあった。

 先程の噂には続きがあり、不良達は臆病で1度負かすとその店には訪れないといった話も付いてきている。

 少年と視線が重なり、恐怖でひきつった顔が安堵の色に染まる。

 

「───あっ」

 

 その視線を。一方的にリュウの方から断ち切った。脇目も触れず歩いて、店を出た。

 立ち去るリュウの背中には少年の視線が突き刺さったままで、じんわりと背中に嫌な汗を掻く。少年を見捨てたと自覚したのは模型店前に到着したバスに乗った少し後だった。

 萌煌学園へ向かうバスの客はリュウ一人で、ざわつく心には心地好いその静寂(せいじゃく)

 (しばら)く思考が停滞(ていたい)し、言い知れない感情の(もや)が立ち込める。罪悪感を覚え、だが反対に目を付けられた少年にも非があると座席に座り頬杖を付いた。

 

 見捨てた、と言うよりも。リュウ自身誰かを救えるような器ではないと嫌な程に自覚している。

 無意識に眺める道路の光景。先程の模型店へ向かう子供達の集団が目に入り、思い出すのは自分を送り出した幼い少年少女達。

 俺なんかに期待して。

 何もないのに。

 鼻から抜けた笑いが乗客の居ないバスに小さく(ひび)いて、やがて背もたれへと身体を預ける。

 徹夜明けの身体にバスの振動は心地よく、ざわついた心も思考も溶けて微睡(まどろ)みの中へと消えていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1章1話『力強く芽吹いて』

 駅から学園へ向かうバスを途中で降り、両脇に満開の桜並木が立ち並ぶ上り坂前で足を止める。身体をうんと伸ばし深呼吸し、香る桜の甘い匂いを全身で堪能すれば徹夜明けの眠気も幾らか和らいだ。

 萌煌学園へ続くこの上り坂は生徒の間では悪い意味で有名で、急な傾斜による授業前の疲労、夏場には大量の虫が発生するため生徒が学園へ猛抗議、遂に去年駅前から学園正門まで直接バスが開通され、自分のようなわざわざ上り坂を渡る人間は今では少ない。

 それでも春だけは話が別で、見事に咲き誇る桜は18の歳を経た今でも心に安らぎと余裕を与えてくれた。

 桃色の坂道を見上げていれば、後ろポケットのスマートフォンが振動していることに気が付いて「もうすぐ着く」とSNSに表示され了解の意味のスタンプで返信。画面にちょこんと写された耳をパタパタと可愛らしく動いているキャラクターはアニメ機動戦士ガンダムに登場するマスコットのハロだ。

 

 ──約一ヶ月の春休みだった。

 

 学園周囲の整備が仕上げということもあり例年より長い休日を生徒は貰ったが、学園でも実家でもやることは変わらずガンプラバトル。プロの戦闘を動画サイトで何度も見返し自分のガンプラに工夫を加え、バトルシステムが設置してある模型屋に通う毎日を過ごしていたら一ヶ月という期間は溶けるように過ぎていった。

 その怒濤の日々を過ごす熱意を後押ししていた要因は、今日学園都市で世界に先駆けて実装されるシステム。

 VAGBCS(ヴァーチャルアクションガンプラバトルサイバースペース)、通称電脳世界(アウター)。専用の装置でネット空間に意識をダイブさせ、自分のガンプラを劇中のように動かせる夢の電脳空間、その先行実験として萌煌学園が選ばれたのだ。

 言わばテストプレイヤーであり、自分達が行うバトルがそのまま世界での公式リリースの際に貴重なデータとして反映されるのはいちガンダムビルダーとして(ほま)れ以外の何物でもない。

 知れず、ガンプラが入ったキャリーバックを握る手に力が籠る。自分のバトルが学園都市でどこまで通用するのかが今から楽しみで堪らない。

 

「悪い、遅れた」

 

 にやけるリュウの後ろ頭へ投げ掛けられた声は気丈かつ爽やかだ。幼い頃から一緒に遊んでいた親友の声にリュウは笑みを隠さず振り返る。

 

「おはよ、俺も着いたばかりだから気にすんなって、……ってお前いつまでガンプラ弄ってたんだよ! 寝癖も治ってねぇし!」

 

「いやぁ、朝に面白いガンプラのアイデアが浮かんだから出発ギリギリまで弄ってたら髪治すの忘れてさ」

 

 ガシャガシャと髪型が崩れるのを厭わず髪を乱暴に治し、砕けて笑う。浅く目にクマが付いているがそれでも朗らかに見える表情は彼の性格の良さから出るものだろう。青年エイジ・シヲリは僅かに傾いた眼鏡の位置を直しながら足取り軽く横に付き、お互い言い出すでもなく歩きだした。

 

「なぁリュウ、そういえば。世界中にある学園都市の中でもガンプラ関連に特化したのは世界初らしいな」

 

「そうそう! そうなんだよ!」

 

 興味津々の話題につい脊髄反射で声を上げてしまう。萌煌学園周辺に建設された学園都市は世界中のニュースでも取り上げられており、毎日インターネットで情報をかき集めてはエイジと語り合うこの時間を今か今かと毎日待ち望んでいた。そして今、(はや)る気持ちを抑える事を止め、先に蓋を切ったのはリュウだ。

 

「ガンプラファイター育成を最優先にした施設は数あれど、学園都市そのものをガンプラバトルに力を入れたのは世界初で、学園都市に居住する人間全員がガンプラファイターっていう夢みたいな場所なんだよな!」

 

「しかも、学園都市に入れる人間は希望者の中から抽選で決められて倍率相当ヤバかったって話だ。その点オレ達は運が良かった、初めから萌煌学園の周りに都市を作るって計画だから初めから抽選に受かってるようなものだしな」

 

「萌煌学園に在籍してて初めて感謝したぜ!? 海外からも応募が来てたらしいし世界中がこの学園都市に注目してるってことだな! 早くバトルがしたいぜ…………!!」

 

 お互いが一息で捲し立て、全て言い終わる頃には心臓の音が高鳴っていた。

 思えば意外だった。近年、世界大会やそれに準ずる大きな大会でも日本人勢は期待されていた結果を残すことは少ない。手先だけ器用な国、そう海外の新聞で揶揄(やゆ)されたこともある。

 故に海外の選手は日本のガンプラファイターを見下していると、日本に住むガンプラバトルに興味を持つ人間の多くはそう思っていることだろう。しかし実際は日本人の憶測にしか過ぎず、彼らはただ単純にガンプラバトルに貪欲なのだと思い知らされた。自分が強くなるためならどんな事でも試し、弱小国家の(いわ)れを持つ国が開く学園都市だろうと飛び込んでみる。その挑戦意欲と勝利への想いは並々ではないだろうと学園都市への居住応募者、その海外からの応募数を見て実感した。

 結果だけ見れば全体の1割が海外の当選者だが、これは学園都市側の働きによるもので裏では膨大な数の応募者が全世界から集っていた事が先日テレビで取り上げられていた。

 

「難しいこと考えてるな?」

 

「ん……まぁちょっと」

 

 日本側が学園都市の先行実験参加者を国内の人間で固めたいと思うのは分かる。だがその考え方に何か引っ掛かりエイジの呼び掛けも心どこへやら、桜を眺めながらぼんやりと思考し……ふと心のモヤモヤが口に出てしまう。

 

「……日本が自分達を強くしたいのは分かるけど、自分達だけ強くするって考え方はなんっか違うんじゃねぇかな」

 

「そうも言ってられないのが実情だろ、ガンダムそれにガンプラを発祥した国として後が無いってことだと思うな」

 

 エイジが達観した面持ちで語り、正論。その通りだと理解する、しかし心に未だ残る小さなトゲ、────その正体は恐らく。

 

「日本人選手が強くないって思われてるのが悔しい」

 

「あぁ、勿論オレも同意見だ」

 

 不敵な笑みをお互い浮かべる。

 日本の現状を自分達が変えるなどと大層な事は考えていない、ただこの学園都市での実験が未来に日本が勝てるようにきっかけになれば、自身のガンプラがその一因になればとリュウの心が熱を帯びた。

 

「エイジ」

 

 呼び掛けにエイジは横顔から視線をこちらへ向け、程なく「あぁ」の一言。意図を汲み取って笑みで返してくれる親友には頭が上がらない。 

 

「学園で説明が終わったらだな、リュウ」

 

 春風が1つ、音を立てて桜の息吹く山に吹く。

 桜は風に揺られながらも力強く耐え、花びらを散らさず香りだけが2人の間を心地よく駆け抜けた。

 その情景をどこか俯瞰(ふかん)で眺めているリュウの思考に、今朝の助けを求める少年の顔が(よぎ)って溶け消える。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1章2話『マイバトルルーム』

 萌煌ガンプラ専門学園は3年制研究科制度有りのシステムで、今年春から3年生のリュウは学園生徒全体の召集と自身が選択した科目以外は参加しなくとも良い。本人さえ希望すれば月1回の学園集会以外を全て自分の自由な時間にすることも可能だ。普段通り授業を受けるも良し、プロの試験へ挑戦するも良しと、3年生からは個人の『ガンプラビルダー』及び『ガンプラファイター』として生活することが出来、学園側も生徒1人1人に最大限のバックアップを行うという珍しい校風だ。

 

「で、お前はオレの予想通り選択科目は全て希望しなかったと」

「あったりめーだろ!アウターが今夜から開放されんだから授業なんかやってられるか!」

 

 さも当然かのように言い放ち自慢げに腕を組むリュウ、それをエイジは嘆息をつきながらもどこか嬉しげに作業を続ける。

 体育館で事務的な説明と、理事長の有難い話に睡眠不足だったリュウは集会の半分以上を聞いていない。アウターの説明が始まった際に起こしてくれたエイジには感謝を覚えつつ1ヶ月使われていなかったガンプラバトルスペースを磨く雑巾にかかる力が強まる。

 

 萌煌学園3号棟1階の突き当たりにある部屋、12畳正方形のこの空間は学園側が生徒に開放している予約制貸し切りのガンプラバトル及びガンプラ製作の道具が貸し出されている部屋だ。リュウ、エイジが入学し、当時使われていることが少なかったこの部屋に目を付け、予約を二人で交互に行い続けた結果周囲の人間は完全に2人の縄張りのようなものだと理解したらしく近付く者は居ない。そのため完全に彼らかその身内でしか使われず今では予約をして使うことの方が少ない。

 念のため学園のアプリで予約状況を調べたが、生徒の大多数は学園周りの施設のオープンセールや学園都市の見学に行ったようで見事に予約の席は空席だった。

 

「っし、こんなもんだろ!」

 

 天井の照明が綺麗に反射するまで磨き上げリュウは満足げに額の汗を拭い筐体へ寄りかかり、プラフスキー粒子の状態をチェックしているエイジを眺める。その周辺、いや目を凝らせばガンプラバトルスペース全域か、筐体表面に付いている無数の傷が視線に入り感慨深く指先でなぞる。

 

「入学したときは新品同様でピッカピカだったのに随分傷つけたな俺達」

 

「そうだな、これからも沢山付くとは思うがこいつも本望だろ……よし、こっちも異常なし」

 

 労るように筐体を叩き、お互いにキャリーケースとリュックから箱を取り出す。

 出て来た物はリュウはリボーンズガンダム、エイジはガンダムグシオンのガンプラ、お互い違うのはカラーリングや武装が元々のキットと異なる。

 

 リボーンズガンダム、TVアニメ機動戦士ガンダム00セカンドシーズンのラストボスにおける機体で、作中ではその時点で主人公である刹那が搭乗する機体、ダブルオーガンダムにしか登載されていないツインドライヴシステムを採用している。膨大な粒子生成量を誇るツインドライヴシステムはガンプラバトルでもその効果を十二分に発揮し長時間に渡る稼働時間及び強力なビーム兵器を振るうことが可能だ。

 リュウはこの機体色を薄い蒼色に変更、そしてオリジナルには登載されていない武装、腰に下げられた2振りの大型のソードはダイバーエースユニットに封入されているGNダイバーソードだ。元々上半身に武装が集中しているリボーンズガンダムに大型の実体剣が装備されたことにより機体のシルエットはより刺々しく威圧感を増している。

 

 対するエイジのガンプラはガンダムグシオン。

 カラーリングはグレー、リボーンズガンダムのボリュームにも負けない外見の大きさと曲面装甲は防御の高さが伺え、なにより目を引くのは手に持っている巨大な改造されたハンマー。丸々1つのエイハブリアクターが登載され前面部にはプラスチックの輝きではない正真正銘の金属パーツが攻撃力を主張している。

 

 リュウはグシオンの背丈を大きく越える獲物を見、対MS戦では過剰な破壊力であることを一目で理解した。グシオンハンマーの威力は原作のアニメ上で、宇宙に漂う巨大なデブリに対して一撃でクレーターにも等しい大穴を穿つ程だ、エイジの改造であればその威力を越えてくることは容易く想像出来る。

 

「また、その。ワケわからん武器作ったなエイジ」

 

「お、ナノラミネートヴァイブレイションブルスの事か?」

 

「………は?」

 

「リュウが聞いたのはこのナノラミネートヴァイブレイションブルスの事かな?」

 

 自信満々げに語るエイジに頭を抱え、そう言えばと自分自身に向かってリュウは嘆く。

 エイジは学園でも有名な設定魔兼独自のネーミングセンスの武装を操るガンプラファイターだ、春休みを模型屋と家で殆ど過ごしていたリュウはその事をあろうことか失念していた。

 

「このナノラミネートヴァイブレイションブルスは本編終了後、戦力の縮小を余儀なくされた海賊が武器を多く売り払い、少ないモビルスーツの数で戦力を向上させるために作られたエイハブリアクター使用の試作兵器という設定でな、目玉はなんと……───

 

「分かった分かった!聞いた俺が悪かった!さ!バトルやろうぜ!」

 

 眼鏡を輝かせ捲し立てるエイジを落ち着かせお互い筐体を挟んで向かい合う。

 ガンプラファイターのバトル映像や設定を記録する3角形のデバイスを筐体にセットし、両手を空中に掲げ宙を掴むように待機させる。瞬く間に筐体を中心に部屋全体へプラフスキー粒子が散布され、何とも幻想的な小さい煌めく星のように粒子が部屋を彩る。

 やがてリュウ、エイジの周りにプラフスキー粒子が映し出すホログラムがコックピットを形取り、両者左右正面にモニター、レーダー、機体情報が表示され、宙を掴んでいた両手には、初めからそれを掴んでいたかのように光の球体が現れた。

 

「リュウ・タチバナ!リボーンズガンダム/S!出る!」

 

「エイジ・シヲリ!ガンダムグシオン・轟・パニッシャー!発進する!」

 

 発進シーケンスが終わりリュウ、エイジのガンプラが空へと射出される。

 コックピット内には飛翔するガンプラから生る風切り音が響きわたり、非現実という言葉が毎度のことのようにリュウの頭に浮かぶ。現実からバトル空間に切り替わるこの瞬間、現実から乖離されるこの瞬間が自分がガンプラファイターなのだと実感し笑みが浮かぶのを抑えられない。

 

 降下して数秒、目に入ったのは青々と育てられている野菜畑。それでいて周囲には岩肌、そしてマップ中央に大きな施設が設置されている。

 

 ────機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ、農業プラント。

 

 ランダムのステージから自身のガンプラが活躍する原作のフィールドが現れたのを見て歓喜しているエイジの様子が鮮明に目に浮かぶ、というかコックピット外からの「うおー!」だの「ツイてる!」だの肉声が実際に聞こえる。バトルに没頭するためコックピット内の音量を高め、より重圧な音を肌で感じられるまで上げ、状況を確認。

 

 画面右上、円形状マップには自身のマーカーしか見当たらず、メインモニターにもグシオンは見えない。

 まずは物陰に隠れ作戦を立てることが最優先だと判断し、農業プラント端、峡谷へと向かうためブーストを噴かす。操縦棍を前へ押し倒したその時だった。

 

 リボーンズガンダム後方から勢いよく巻き上がる土煙に心臓が跳ね上がる、ここのフィールドの地面は多少の風で大袈裟に土煙が巻き起こるため、移動をしようとすると敵に位置がバレてしまうことを忘れていた。慌ててブーストを抑え、高度を最低限維持出来る程度に飛行するが明らかに不自然に砂が舞う。

 

「しくった……!」

 

 既にケア出来る規模ではなく遠目からでも気付けるほどの不自然さにまで発展し、このまま高速で峡谷へ移動して誤魔化すか開き直ってグシオンをしらみ潰しにフィールドを駆け回るかの選択肢が浮かび上がった。

 ───その思考を突如発生した強風が吹き飛ばす。

 何事かと機体が風に煽られないよう操縦棍を握る力を強め状況を把握するためモニターに目をやると、ステージギミックの突風が運良くリボーンズガンダム周辺で発生したようで、地表の砂を大きく巻き上げ小さな砂嵐となりフィールドを駆ける。

 好機とばかりにスラスターを噴かしその場を去り、幸運に感謝しつつリボーンズガンダムは峡谷へと徐行で向かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1章3話『ジレンマ』

 リボーンズガンダムの形態の1つにキャノンモードがある。機体前面が変形し、ガンダムヘッドが半分格納される代わりに機体後部からジムタイプのヘッドが展開、その際両腕の武装も機体後方に向きを変え、あたかもそちらが正面であるかのような機体へと変貌するモードだ。この形態は大型GNフィンファングが機体正面に位置するため強力な砲撃が行え、それを最大限活かすためジムタイプのヘッドは遠距離までセンサーが働く。

 リュウは自身の機体をリボーンズキャノンへと変形させ、岩山の影からフィールド全体を見渡しているが未だエイジが駆るグシオンを発見するには至っていない。

 

「普段のエイジならもう仕掛けてきていいのにな」

 

 らしくないとぼやく。

 原作ではMAハシュマルとバルバトスルプスが死闘を繰り広げた峡谷も今は風が通り抜けるだけ。ごうごう、と一際強い風が吹き抜け、モニターが一瞬砂で見えなくなる。

 

「やべ、砂が間接に入ったかなこりゃ」

 

 機体表面を良く見ればサーフェイサーを軽く噴いた状態の様に砂を模したプラフスキー粒子が覆っていた。これが砂塵が舞うステージの特徴でもあり、砂を放っておくとガンプラ内部まで粒子が侵入し動作に齟齬が生じてしまう。機体構造が簡略化された物が多い量産機にとっては大きな問題ではないのだが、変形機構を持つガンプラ達にとっては決して無視できない要素だ。勿論リボーンズガンダムは最たる例でもあり、こまめなケアを行わないと戦闘中に予想だにしないハプニングが生じる危険性を孕む。

 いつの日だったかリボーンズガンダム形態からリボーンズキャノンへ砂を無視して変形しようとした際に、変形機構に障害が発生し結果パーツが折れて一人で勝手に自滅。その後エイジから散々煽られた最悪な思い出を冷や汗混じりに思い出し、装甲内に侵入した砂を取り払うため再び変形しようと───。

 

「ん? …………なッッ!?」

 

 モニターが赤く点滅、どこからか攻撃が迫っており嫌な高音が周囲に響いた。思考を戦闘へと切り替えて音の正体を記憶の糸から手繰る。

 それは超遠距離砲撃だった。レーダーではグシオンを確認できず、となるとこの距離での砲撃は着弾点をマップに直接座標を入力するタイプだろう。

 リボーンズキャノンをガンダム形態へと変形させ岩山から峡谷の底へとジャンプするように下り、次の瞬間リュウが潜んでいた岩山が大きく爆散した。大きさリボーンズガンダムほどの岩石が幾つも頭上から降り注ぎ、数にして3。その内2つは回避し、最後の1つは直撃コースを免れずリボーンズガンダムを押し潰さんと眼前へと迫る。

 

「仕方ないかッ!」

 

 光る球体型の操縦棍を右手で素早く手慣れた手つきで動かし1番スロット、GNバスターライフルを選択しトリガーを引いた。右肘擬似GNドライブから直接銃身へ擬似GN粒子を模したプラフスキー粒子が供給され、紅の線となって岩石を溶かし貫く。なおも威力が衰えない閃光は空を往き、雲を切り裂いた。

 

 重畳、とGNバスターライフルを下げる。

 

 トリガーを引き発射されるまで0.5秒、未改造のときは発射まで1秒を越えて咄嗟の射撃が行えず不便を感じていたがバスターライフルのコンデンサー部分と銃口部をカスタムした成果もあり半分以下の時間で発射シーケンスが短くなっていた。

 

「その分威力は多少下がるけど元々が大きい威力だから問題なしかな……さて」

 

 何故居場所がバレたのかは既に考えても意味がない、GNバスターライフルを空に放った時点で自分の居場所を正確に教えたようなものだ。

 グシオンが迫っていないか、追撃がないかセンサー及びモニターで警戒するが反応はない。

 

 ───出来ることなら近接戦は避けたい。

 

 HG鉄血のオルフェンズシリーズ特有のナノラミネートアーマーを再現した装甲は、威力の低いビームを装甲正面で拡散させる作用があり、物理的防御力も相当に高い。打破する為にはナノラミネートアーマーの効果が無くなるまでビーム攻撃を当てるか、物理的に大質量で破壊、もしくは斬撃で装甲ごと断ち切る等の対策が当てはまる。腕の良いファイターなら間接を攻撃するのがベターだがグシオンの曲面装甲が上手く間接を隠していること、そしてファイターがエイジであることから推奨される方法ではない。

 ビームと物理防御が高いナノラミネートアーマーはそれらの特性の故にガンプラバトルを行う上でトップクラスに対策が必要な装甲の1つだ、無論デメリットもあり装甲自体が他の装甲に比べ重量が重い為、機動性運動性がナノラミネートアーマーの配分に大きく左右される。ここの比重バランスがガンプラビルダーの個性と技量が試されるポイントだ。

 エイジのグシオンは恐らく装甲増し増しの重戦士タイプだろう、下手に接近してちょっかいをだそうものなら悉くを無視して襲い掛かってくる姿が簡単に思い浮かぶ。

 更にグシオンの獲物が弩級に意味不明なハンマーだ、アレに近付くのはリスクが多い。

 

「方法はあるにはある……」

 

 腰に追加で装備された2対のGNダイバーソード。GNコンデンサーとしての役割を持ちながら大型の実体剣として使えるこの剣ならば強固なナノラミネートアーマーを破ることも叶うだろう。だが仮に、この剣を失ったとすると昨日深夜に思い付いた『お遊び』が出来なくなってしまう。

 近付きたくないが打破するには近付くしかないジレンマに葛藤し、やむなく攻撃を仕掛けることを決め深呼吸。エイジの武器がこちらにとっての未知ならば、こちらの秘策もエイジにとっては未知。やりようはある。

 

 リボーンズガンダムが猛禽類を思わせる眼光でセンサーを巡らせると峡谷の端、ステージギミックのような突風からくる土煙を捉える。意思を持ってこちらに近付いてきているようにも見え、あれがグシオンならば相当に機動性を上げるためスラスターと増設タンクを積んでいることだろう、それほどまでに土煙の勢いが大きい。

 詳細を調べようとマップにエイジのアイコンが載ってないか確認するがレーダーの範囲外。ならばとセンサーのズームを最高倍率へと調整する。

 

 ───グシオンだ。

 

 何故先程ピンポイントで砲撃することが出来たのか不明だがこうしてこちらに向かってきているのは都合が良い。

 リボーンズガンダムを今までのような見付からないための徐行から戦闘時の、後方のバーニアを全て生かした攻撃的なマニューバで接近を試みる。

 GNドライヴ登載機独特の駆動音が高音と共にコックピット内を響かせ、スピード計がみるみる上がるが未だ限界は見えない。この時点で横切る景色から原型は消え失せ、ただ土色の線となって後方へ吹き飛んでいった。

 レーダーがグシオンを捉え両手をハンマーに構えるのを確認し、武装スロットの右端を選択。

 

「どうか上手くいきますように……トランザム!」

 

 左腕のGNドライヴから粒子が吹き荒び、瞬く間に機体が深紅へと彩られていく。

 スピード計が限界手前で点滅し、機体は夜空を駆ける彗星の如く峡谷を駆け抜けた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1章4話『浪漫の魔鎚』

「リュウのやつ、いきなりか!」

 

 機体前方、レーダーでギリギリ捉えられるかの距離で発動したトランザムに驚愕を隠せない。セオリー通りのバトルならトランザム及び特殊なシステムは試合中盤か終盤、試合が傾く際にだめ押しか逆転の為に使われるのが定石だ。

 トランザムはガンプラバトルの鉄則として20秒間のみと絶対のタイムリミットが敷かれており、それを過ぎるとオーバーロードを起こし各種性能がダウンしてしまう。短期決戦でなら即座にトランザムはあり得るが、リュウの試合前での様子でそれは有り得ないと直感が走った。

 

 思惑知れぬ行動に嫌な汗が額から流れ落ちるが、それはこちらも同じ条件であるはずだとナノラミネートヴァイブレイションブルスを構え直す。

 

 ───あと3秒足らずで激突する。

 

 前へ進む速度を更に上げ、両腕で構える姿勢からフルスイングが出来るように姿勢を変えた。リボーンズガンダムがトランザムをしていなかったらこの一撃で試合は終わっていただろう。一撃必殺、初見必撃。それに重点を置いて造られた魔鎚がトランザム状態の相手に命中するかは検証外、その初見殺しを偶然にも回避しようとしているリュウに内心畏怖を覚えつつもエイジはシステムを起動させる為、大きく息を吸い込んだ。

 

「極限開放!エイハブリアクターグラムブルスッッ!!」

 

 朝に考えた最強にカッコいい口上を言い放ち、グシオンはナノラミネートヴァイブレイションブルスを力任せに振るった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 左腰に下がった大型実体剣GNダイバーソードに右手を添え、居合い斬りの姿勢でグシオンへと殺到する。トランザムの機動力に加え粒子が機体全身へと供給された状態での斬撃は、通常のガンプラが相手であれば当たり所が悪ければ間違いなく試合が終わる一撃だ。だが初めからコックピットなどと大穴は狙わない、狙うは左足 。

 大質量の武器を持つ機体は両手両足どれかを潰せば万全な状態で獲物を振るうことが出来ない、グシオンのハンマーはその影響が顕著に現れると踏んだ。

 両機があわや衝突する刹那、導かれるようにトランザムがきらびやかな軌跡となって左足へ斬撃が襲う。グシオンのハンマーは当たる直前で回避は容易!

 

「極限開放!エイハブリアクターグラムブルスッッ!!」

「ッ!?」

 

 数瞬後に左足を斬り飛ばすハズのGNダイバーソードは時間が引き延ばされたかのように届かない。それどころか同時にグシオンの剛撃を回避しようと回転したリボーンズガンダムがグシオンの方へと引き戻された。

 自分の感覚が狂ったのか、まさか徹夜のガンプラ作業がここに来て影響したのかと脳裏をよぎるが、現実としてリボーンズガンダムがハンマーの方へと引き寄せられていることを計器が証明する。

 

「このッ!」

 

 攻撃の為前方方向へ吹かしていたブーストを回避全てに充てる。

 

 ───グシオンがハンマーをフルスイングするのと、リボーンズガンダムが上へ飛び上がるのはほぼ同時だった。

 

 一瞬モニターが乱れ機体状態に目をやる。左足が外れポリキャップが露出している状態、どうやら回避し損ねたらしい。グシオンの後方へと大きく距離を取って着地、機体の重量バランスは変わったが戦闘に大きな支障はないだろう。

 

「良く避けたな、リュウ」

 

 超重量のハンマーを荒々しく振り回し先端をこちらへと向ける、良く見ればあの奇妙なハンマーの姿に変化が見られた。

 エイハブリアクターは暴走寸前を思わせるような挙動で基部を震わし周囲へ稼働音を響かせる。そしてハンマーの先端である金属パーツはこうして注視しなければ分からないほど超振動を起こしていた。

 

「解除!良くやったな、エイハブリアクターグラムブルス!」

 

 エイジの声と共にハンマーの稼働は収まり、周囲は再び峡谷の風音で包まれた。どうやら何かしらの仕掛けがあるらしいが、今は時間が惜しい。トランザムが切れるまで少しでもダメージを与えておかなければ後半に不利になることは必死だ。

 再びあのハンマーの前へ身を投げ出すことに躊躇はあるが、自分のガンプラを傷付けた貸しを返すためとリュウは恐怖を飲み込み笑みへと変える。

 

「フィンファング!」

 

 3番スロットを選択し入力、腰後部、シールドに収納された小型GNフィンファングに該当する無線誘導兵装が合わせて8つ。更に背中の大型GNフィンファング4つを含めた全12基が射出される。

 予め動きをインプットされたフィンファングがそれぞれ異なる挙動で突撃し、グシオンを取り囲むようにあらゆる方向と角度へ配置される。グシオンはそれらを振り切るようにスラスターを吹かすがトランザムの恩恵を受け速度が向上しているフィンファングは逃すことなく一定の距離を保つ。

 グシオンの左後方、死角へ配置された小型のファングが先端にビームスパイクを展開、それに呼応するよう次々と取り囲む小型のファングがビームスパイクを発振させ一斉に突撃した。小型のファングはグシオンの装甲表面で完全に阻まれ進行が止まり、続いて大型のフィンファングが四方からビームの照射を始める。それでも装甲にダメージは入らず、表面で拡散したビームが周囲の地面を無造作に焼き焦がした。

 見ればグシオンはビームのシャワーを浴びているように全身がファングからの粒子で覆われており、それでも貫けない装甲の厚さはなるほど流石グシオンと思わざるを得ない。

 だがビームにも指定方向への力があり今のグシオンはあらゆる方向から圧力がかかっている、即ち身動きが取れない状態だ。

 

「だったら!」

 

 GNバスターライフルを構え、グシオンの右腕の間接へと標準を合わせる。

 フィンファングによって動きを制限されている間接を狙うのは容易だ、まずはハンマーを振るう腕からとトリガーを引こうとした刹那、グシオンの眼光がこちらへ向く。

 

「極限開放!エイハブリアクターグラムブルスッッ!!」

「ッッ!?」

 

 またもや聞こえた言葉と共に再びハンマーがその身を震わせ、グシオンを取り囲み攻撃を続けていたフィンファング全てがハンマーへ吸着される。向きも角度もバラバラで無造作にくっついている様はまるで磁石だ。

 その奇妙な光景に意識を削がれてトリガーを引くのが一瞬遅れ、狙いがずれたまま粒子が放たれる。ビームはリュウの思わぬ方向へ放たれ、あろうことかハンマーへと直撃するコースだ。

 

「なッ!?」

 

 エイジの困惑の声が響き何事かとリボーンズガンダムを身構えさせる。グシオンはハンマーで粒子を受け止めず身を翻し肩の装甲で受け止めた。度重なるフィンファングの攻撃で保持が緩んだ装甲を吹き飛ばし、重厚な装甲からは想像も出来ない華奢なフレームが不格好に覗けた。

 何故ハンマーを庇ったのか、勝利に繋がる何かが隠されているような気がして思考するが答えは出てこない。

 

「貰ったぁ!リュウ!」

「ッ!?」

 

 ───数秒の思考、戦闘においては敵を1機葬るのには充分な時間だ。

 慌ててブーストを後ろへと噴かしかわす動作を取る、トランザムの機動ならば致命傷は避けられる速度だ。スローモーションの景色の中、グシオンが迫りハンマーを凪ぎ払う。それを避けGNダイバーソードで反撃しようと操縦棍にかかる指に力が籠った瞬間だった。

 

「トランザムが?!」

「時間切れだ!トランザムの管理が未だになってないぞ!」

 

 モニターに表示されていたトランザム時特有のアイコンが消え失せ、機体色が深紅から元の蒼白色へと戻る。全身の排気口からは放熱の為プラフスキー粒子が放出され、粒子量を始めとしたあらゆる機体性能が見る見る内に減少していった。

 何か手は。機体状況に目をやろうと視線をモニターへと移す。視界は黒く染まりそれが巨大な鉄塊だと気付いたのは直撃した後だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1章5話『お遊び』

「解除!よくやったな!エイハブリアクターグラムブルスッ!」

 

 モニター画面が空転し、宙に左腕が見える。リボーンズガンダムは殴られた威力を殺すことなく地面に叩き付けられ、数度回転しながら峡谷の絶壁へと激突。

 音と視界が正常に戻り、機体状態へ目をやる。……左腕は肩から先をハンマーで抉り取られ、腰の接続が緩み、全身にはくまなくダメージが入っている。間違いなく大きな回避や近接戦闘は行えないと悟り、自分のうかつさと不甲斐なさに唇を噛みしめる。

 グシオンの位置を確認する。リボーンズガンダム前方、止めを刺そうとこちらへ近付いている最中だ。回避に移ろうにもトランザムが解けた直後だ、全身への負荷を考慮するとグシオンの速度を越えてこの場を離れることは出来ない。まさに絶体絶命というやつだ。

 ───項垂れるリボーンズガンダムの手前でグシオンが止まり、オープン回線でエイジの声が流れる。

 

「どうしたリュウ、何かを試すんじゃ無かったのか?」

 

「いやぁ、今それをやると機体がどうなっちまうか分からない状態なんだよ」

 

「そうか」

 

 短くエイジが返事を返し、モニターに通信画面が表示される。降参を認めるかどうかのメッセージだ。

 

「今夜にはアウターも控えてるし、ここらで切り上げようぜ」

 

「……」

 

「リュウ?」

 

 ごもっともだ、その通りだと心の底から同意する。我ながら馬鹿だと笑みを抑えることなくメッセージを選択し返信した。

 

「悪いなエイジ、まだ勝負は終わってない」

「ったく、意地張んなって、その状態で何が出来るって───

「極限開放!エイハブリアクターグラムブルスッッ!!」

 

 エイジが先程から言っていた奇妙な口上をそっくりそのまま叫んだ。俺の読みが正しければそれは、試合の勝ち負けをここから覆す一手になり得る。

 予想通りグシオンに握られていたハンマーが1人で振動を始め、エイハブリアクターの稼働音が周囲へと鳴り渡る。

 

「リュウ!お前……!?」

「気付いたのはさっきエイジが攻撃する度に口上を叫ばなかったことだ」

 

 そう、リボーンズガンダムを峡谷の壁へと叩き付けた一撃、あの時ハンマーが展開状態であれば謎の吸引で回避不能状態を引き起こしそのままゲームエンドまで持っていけた、にも関わらずそうしなかったのは何か理由があるだろうと直感にも似た思考が走った。

 

「そのハンマーの展開状態は解除から展開の間にクールタイムがある、さっき俺を攻撃したとき展開状態にしなかったのはそれが理由のハズだ」

「……ハハハ!その通りだ!でナノラミネートヴァイブレイションブルスがエイハブリアクターグラムブルス状態になるためには音声認証が必要だってことも気付いたんだな!」

「ほぼ勘だったけどな、やたら必殺技を叫ぶからもしかしたらと思って叫んでみたらビンゴだった、音声認証とかどんな謎技術だよ」

「苦労したんだぜ?……でもなリュウ、この状態からどうやって勝つんだ?お前はトランザムのクールタイム中で動けず、俺は肩の装甲が外れただけで何の損傷もない」

 

 グシオンが一歩一歩と近付いてくる。手に持つハンマーは甲高い駆動音をあげ、狙いをリボーンズガンダムへと定める。

 

「降参しろリュウ、そっちのギミックはまた今度披露してくれ」

「……わりぃ、ギミックなんだけど今見てくんねぇか?」

「何?」

 

 武装スロットの右端、本来なら選択すら出来ないその武装は準備万端とばかりに青々と起動の時を待っていた。大きく息を吸い込み、意気揚々と叫ぶ。

 

「───トランザムッ!」

「は……えっ!?何ぃ!?」

 

 右腕のGNドライヴから粒子が放たれ、機体は一瞬で深紅へと染まり全身へ粒子を展開する。両腰のGNダイバーソードが異様な高音と共に震え、クリアパーツで形成されたコンデンサー部分にひびが入る、もはや一刻の猶予も無かった。

 項垂れた状態、耐久が限界の右腕をトランザムの粒子供給で無理矢理駆動しGNバスターライフルを構える。この距離なら間接が幾ら緩んでいようが外す自信は無いとトリガーを引いた。狙うはハンマー、エイハブリアクターそのものだ。

 

「……負けたよリュウ」

 

 トリガーを引いてから0.5秒で発射されたビームはグシオンがハンマーを逸らす前にエイハブリアクターを貫き、大きく孔を空ける。エイハブリアクターはぐらぐらと今までの振動から崩壊を思わせる不安定な揺れへと徐々に変化し膨張しているように見えた。

 

「ったくそのハンマー無茶苦茶過ぎんだろ」

「いいかリュウ、こいつの名前はハンマー何かじゃない」

 

 膨張は続き、破裂寸前の風船のように大きさを広げた。やがてグシオンと良い勝負のデカさまで膨らみ───そして。

 

「ナノラミネートヴァイブレイションブルスだぁぁぁああああああッッッ!!!!」

 

 眩い閃光が走り、モニターを真っ白に塗り潰す。

 エイジの断末魔と同時にお約束と言わんばかりの大爆発が峡谷を飲み込んだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1章6話『発想>>>操作技術≧改造技術』

「左右のGNドライヴ別々でトランザムを起動ねぇ……試みとしては面白いけど元々のシステムを弄くってるんなら機体に相当負荷が掛かってるんじゃないか?」

「……スクラップ寸前だよ、発想に改造の技術が追い付いてないからGNドライヴの損耗が激しい、こりゃ交換かなぁ」

 

 慎重にGNドライヴを肘から取り外そうとゆっくり力を込めるが、薄いガラス板が徐々にひび割れるように亀裂が入る。なんとか取り外した時には原型を保っておらず内部の基部が露出し再利用は不可能と言わんばかりにぱっくりと真ん中が大きく開いていた。

 機体状態が万全ではない状態での連続でのトランザムだったにしてもこの破損は予想外だ、GNダイバーソードで出力の調整を補う算段だったがそれ以前の問題だということは明らかだ。

 

 ───時刻は夕方5時、太陽は既に傾き春先のこの時間ならではの、ひんやりとした気温が室内に満ち、夕暮れに染まる放課後の校舎はどこかもの悲しい雰囲気を醸し出す、もっとも風景的な意味合いだけでなくリボーンズガンダムを無言で見つめる自分も物寂しい雰囲気を作り出す一因になっているのだが。

 

「くっ!ナノラミネートヴァイブレイションブルス、積め込めれるだけ機能を詰め込んでみたがやはり何かを削るべきか……!」

「いや音声認証はいらねぇだろ、エイジの声じゃなくて俺の声でも反応したし」

「音声認証は必要だ!パイロットの声に応えて武器が!ロボットが変形するって男の浪漫だろ!」

 

 気遣いか自然か、普段の陽気なテンションでまるで幼い子供のように片っ端から否定し木っ端微塵に破損したハンマーの残骸を筐体の上からかき集めエイジはおいおいと泣いていた。先程聞いた話ではあのハンマー、音声認証はエイジでも俺でも作動するようで稼働状態はエイハブリアクターが臨界状態の為僅かに傷つくだけでも大爆発を起こす欠陥兵器だったようだ。

 

「……エイハブリアクターに備わる重力生成機能を特化させた改造か」

 

 目の付け所が違うというか、エイジの発想力には正直驚きを隠せない。この先、模型技術と操作技術が上達して持ち前の柔軟な想像力も発達したらと思うとエイジ対して黒い感情──、若干嫉妬に近い感情が芽生える。

 

「俺は……」

 

 気が付けば欠けたGNドライヴ、全身がボロボロのリボーンズガンダムを再び手の上で転がしていた。

 発想が先行しトランザムの時間さえ管理出来ず、肝心のトランザムも思い返せば無改造の素組みの方が良かったと思えるような始末だ。連続でのトランザムを想定した結果トランザム自体の性能を下げて少しでも負担を減らそうと試みたが、そもそもトランザムを連続で行うという行為が夢物語だった。ガンプラバトルに敷かれた絶対的なルール、特殊システムは原則20秒、クールタイムは必ず必要。その理を覆すには自分の模型技術は果てしなく拙い。

 悪人顔の鋭い印象を覚えた頭部もバトルの影響でアンテナが欠け、どこか間抜けとさえ思えてしまう顔立ちに申し訳無さと自身の不甲斐なさが許せない。

 

「リュウそろそろ帰ろうぜ、寮の周りも結構変わってるみたいだし探索がてら見て回らないか?」

「……」

「リュウ?」

 

 思考に更け込みエイジの声に驚く。ここに居ても仕方ないと自分を奮起させ、傷だらけのリボーンズガンダムを見ないよう手早くキャリーケースへ仕舞った。

 

「わりぃわりぃ、行こうぜ」

 

 ドアを開いてエイジが俺を待っており足早に向かい部屋のドアを施錠する。長い一本道の廊下は部屋の中よりも気温が低く、肌寒さを感じるほどだ。

 

「そういえばエイジ、バトルの始め、どうして俺の位置が分かったんだ?」

「あぁあれか」

 

 得意気な顔でにやけ、視線をこちらに横目で向ける。

 

「音のボリュームを下げてそっちの音を聞いて場所を判断した!」

「あ!きったねテメェ!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1章7話『相棒』

 地下鉄、モノレール、ショッピングモールに自動運転バス、最新鋭のリニアモーターカーと。学園都市開発計画が我が萌煌学園周りで始まり2年、学園生活に慣れ始めた頃には既に急速で工事されていった街並みを授業中配られたジムをやすりがけしながら眺めていたが、それらが遂に解禁された今日、アウターにログインしなければならない1時間前でもSNSに写真を投稿する為、自分のガンプラと自撮りをする人達が多く見られた。エイジと俺は人混みに巻き込まれないよう学園生徒の寮生だけしか知らないであろう抜け道通称【アリアドネ】を通り最短距離で寮へと帰宅。

 

 アリアドネとはただの「森林地帯にある特徴的な樹を目印に寮を囲う塀へと行き、寮を管理するラスタル・エリオンに似たおじさんから気付かれない裏口から侵入出来る経路」であり、名前負けしている感は否めないがそれほど当時この秘路を発見した寮生が興奮し、命名したのだろう。

 アリアドネは寮の門限を過ぎた寮生の先輩たちが開拓した獣道で、いかにして門限が過ぎるまで沢山遊んだ後エリオン公に見付からず寮へ帰宅するかを目的に開拓された裏道だ。そして俺達も過去の偉大なる先輩方の後に続き、見事見付からず寮へ侵入出来た。

 

「アウターギア……アウターギア、ウフフフ」

 

 八畳の部屋の右端、ベッド前の姿鏡に学園から支給されたデバイスを眺めにやついている自分が映る。

 大きさ、形が半分割されたメガネもしくはインカムに近いそれは耳にかけ起動するとエイジいわく、装着した人間の脳へ特殊な電気信号を送り直接VAGPCS(ヴァーチャルアクションガンプラバトルサイバースペース)へ意識を繋げるデバイスらしい。こうして見るとインカム等とはデザインの差違があり本体に走ったラインが仄かに発光しているのが特徴的だ。流線的な外見は装着した人間を外で見ても違和感がないように思える。

 何度も部屋の時計を確認するがログインが出来る時間の19:00まであと1時間もある。既に風呂とコンビニ弁当で夕飯を済ませ後は時間を待つばかりで世界での本アップデート前にβテストへ参加出来るという実感で胸の高鳴りが鳴り止まない。

 

 そういえばと、ログイン前に出撃するガンプラを登録しておけと別れ際に言ったエイジの言葉を思い出し、ベッド前の展示ケースに飾ってある愛機達を眺める。

 アイガンダム、アイズガンダム、リボーンズガンダム、リボーンズガンダムオリジン、リバーシブルガンダム、アイズガンダムの改造機体達と、その殆どは機動戦士ガンダム00の機体群、その中の更に限られた機体に属するガンプラだ。

 どれをアウターに登録するか、1度見渡し目に留まったのは薄い蒼の機体色が目を引くアイズガンダムだ。

 

 ケースを空け、手に取り状態を確認する。放課後のバトルで使用したリボーンズガンダムに近い外見だが、両肘のツインドライヴが背中に1基のGNドライヴへと変わりキャノンモードが存在せずそれに伴いジムタイプのヘッドも撤廃されている。機体背部に搭載されていた大型GNフィンファング、シールド及び腰の小型GNフィンファングも姿を消し、左手に構えた大型シールド、背部には2基のバインダーが特有の存在感を放ち、リボーンズガンダムの面影を残しながらもしっかりと別のモビルスーツと分かる珠玉のデザインだ。

 アイズガンダムには無数の傷があり、瞼を閉じると幼い頃から共に歩んできた思い出が昨日の事のように甦る。

 

「やっぱりお前だな、アイズガンダム」

 

 初めてのアウターは最も使い慣れたガンプラで行こうと心に決める。登録のためデバイスをリュックから取り出そうとまさぐった瞬間だった。

 

「あれ?」

 

 リュックからは見付からず、キャリーケースを調べても、逆さにして揺らしてみても出てくるのは紛れ込んだプラ板のカスばかり。

 先程まで興奮で火照っていた身体が悪寒に1度震え急激に冷えていくのを感じ最後にデバイスを触ったエイジとのバトル後を思い出す。

 

「あぁっ!もしかして学園か!?」

 

 恐らくバトルルームの筐体に設置しっぱなしのまま帰ったのだろう、デバイスが無ければアウターギアの初期設定が行えず起動が出来ない。アウターへのログインに乗り遅れる事だけは、いちガンプラビルダーとしてガンプラファイターとして、そして抽選に落ちて今頃涙を飲んでいるであろう全世界のガンプラファンの方々に示しがつかないと慌てて学園へ向かう支度をする。

 握ったアイズガンダムそのままに、最低限の装備を手に取り外へと出る。昼間の陽気な気温は鳴りを潜め、肌に刺さる冷たさといつもより強い風が頬を撫でた。もう一枚羽織ろうかと逡巡するが今は何よりも時間が惜しく肌寒さに耐えながら夜の森へと駆け出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1章8話『散る夜桜』

 萌煌学園3号棟────昼間エイジとガンプラバトルを行った部屋が備わる建物は学生寮から最も近い建物だ。近いと言っても正門以外森林で囲われている萌煌学園は正面から入るのが一般的であり、密集する森林地帯を走破するには土地勘に優れた学園生徒しか行えない。

 夜闇の中リュウは慣れた様子で森林を駆け抜け、アリアドネ森林トライアル自己ベストを更新した自分に賛辞の声を心の中の自分へと贈っていた。

 雲間に覗いた月に反射する特徴的な三角形のデバイス。

 ガンダムビルドダイバーズに登場するデバイスと同型のそれはガンプラバトルの筐体にセットされたままで、思わず感慨に揺れた声が漏れる。

 

「良かった……! やっぱり置きっぱなしだったか」

 

 突き当たりの独占していた部屋は過去に「深夜にガンプラの性能を試したいけどバトル出来る施設がない、そうだ! 学園を使おう!」とエイジや悪友で部屋を大改造した際に警報装置は外してあり、防音設備も完備されている。この暴挙とも思える行動に過去幾度と無く学園講師側が激怒し、遂に衝突した『学園側』対『ガンプラの性能調整を夜にも行いたい、というのは建前に遊びたい生徒』の衝突、通称『第一次萌煌バトルルーム紛争』は学年主任の介入で学園講師が帰る時間までなら解放という条件でこちら側の要求が飲まれることで一応は終結した。しかしその後深夜に学園へ侵入しバトルをしていたことがバレて再び開戦の火蓋が切られこととなり『第二次萌煌バトルルーム紛争:学年主任武力介入編』が繰り広げられる事になるのだがそれは今は割愛しておく。

 そういった経緯もあり一切の障害なく目的を遂行し、今度こそ忘れないとポケットにデバイスを捩じ込んで森林地帯へ再び足を運ぶ。

 短く一息。気合を入れふくらはぎと太股が筋肉痛になることを覚悟し夜の森を駆け抜けた。

 地面から二股に別れた樹を右に、絡まる木々を左に。迷うことなく目印の樹を目印に右へ左へ曲がり、真っ直ぐ行けば寮へ到着する獣道へ差し掛かる。

 そこへ。

 

「どぅあっ!」

 

 暗闇の中何かにぶつかる。電脳世界へのログインしか考えていなかったリュウにとって足元は死角だった。

 短いうめき声が聞こえ、慌てて見やれば学生服を着た少年だ。

 

「ごめん、君大丈夫!?」

 

「あぁ別に、何も問題は無いよ」

 

 月明かりが樹の若葉で届かず少年の顔は詳しく見れないが、声の限りではどこか怪我をしたようではなく一先ず安心する。

 差し伸ばした手を興味深げに見た少年は、一拍置いてからリュウの手を掴んで立ち上がり、見れば身長はリュウの腹程度までしか無く、声音も相俟った印象はどうやら初等部の生徒にも見えた。

 月明かりが今度こそ少年の姿を晒して、特徴的な深紅(しんく)相眸(そうぼう)がどこか興味深げにリュウを覗く。

 

「へぇ、面白いね君。暗い、深い色だ」

 

 急にそんなことを言われるものだからリュウの思考は電脳世界(アウター)から目の前の少年────(からす)の濡れ羽のような髪と、猫のよう暗がりでも灯る血色の瞳を持つ少年に意識が向いてしまう。

 さしずめアニメの見すぎからの妄言だろうが、リュウもこの少年と同じ年の頃はこういった台詞を良く言っていたもので、感慨深く微笑んで姿勢を低くした。

 

「どこか痛くないか? 今は痛くなくても明日起きたら痛くなってるかも知れないから……。そうだ、スマホ持ってるか? 俺の連絡先渡すからもし病院行くことあったら言ってくれ、俺も着いてくよ」

 

「──────僕の眼を見ても何も無い、と。成程ね、見付けたよ。……お兄さん、だったら今から僕を病院まで連れていってくれるかい?」

 

 自分で言って後悔した。

 今から少年を学園都市の病院に連れていくとなると時間がかなり掛かってしまう。リュウ自身学園都市のどの学区に病院があるか把握もしていないし、確実に電脳世界(アウター)への一斉ログインには間に合わない。

 それでも。

 

「勿論。連れていくよ」

 

 仕方がないな、と。

 近所の模型屋に集まる子供達と同じくらいの年齢か、彼らの姿と重なるこの少年を見過ごす事はどうしても出来なかった。

 ────助けて。そう瞳で呟いた少年は見捨てた癖に。

 

「……連れていって欲しい病院は萌煌学園の研究棟だ」

 

「研究、棟?」

 

「あそこは24時間だれかが居るし、……優秀な保険医も滞在しているしね」

 

 暗い思考に頭を軽く振って記憶を辿る。

 去年最低限の授業しか出席していないリュウにとって学園の施設名は馴染みが薄い。そもそも萌煌学園は先進的技術を取り込んだ施設や授業が多すぎる為、在籍している生徒でも自分の学科以外の建物は知らない者の方が多い───が。確か寮の先輩に研究科に在籍している人がおり1度道具を入口まで届けていた事を外気に頭が冴えたのか朧気(おぼろげ)に景色が見えてくる。

 研究棟は確か研究生が出入りしていた棟だ、となると場所は正門近くの……、と思い出すと記憶の糸が少しずつほどけるように場所が頭に浮かんだ。

 

「分かった。正門をぐるっと回ると白い建物があるから、そこが研究棟だな」

 

「ありがとう」

 

 短く切られた返答に、やはりどこか痛むのかと少年の顔を見れば、先程と同じ興味深そうな顔でリュウを覗いているままだ。

 変な子供だな、と。根が入り組んだ足元に注意しながら踵を返して研究棟へと足を進める。

 夜風にさざめく桜の樹の、咲いた花弁が両者の間に舞った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1章9話『一方通行』

 ガンプラ関連の教育機関において日本で最大の所有面積を誇る萌煌学園は初等部・中等部・高等部・研究生と、それぞれ独立した施設を山岳地帯に設けており目当ての建物を探そうものなら半日以上掛かるほどには広い。

 目の前で月光に晒されている施設────研究棟はその白亜の外壁をひっそりと学園敷地内の外れに潜め、多少探すのに手間取ったがなんとか目的地に到着する。

 …………学園研究棟をしっかりと見たのは初めてだ。

 リュウは3年生になった今年でプロへの試験を合格し、そのまま日本の小さな大会から挑んでいこうと決めていた。多くの同期連中がそうであり、そして全国からプロになるために集ったガンプラファイター達が振るいにかけられ全体の2割程がめでたくプロとして活動する。

 しかし中には自分のガンプラ製作技術を高めたり、プラフスキー粒子に興味を持ったり、筐体の仕組みをより詳しく知りたいと思った人間も居るようで、そういった生徒は研究生として加えて2年在籍することが許されている。

 研究棟はそのような研究生の学舎で授業は存在せず、学生とプロの技術者が隔てなく共にガンプラを活躍させる技術を昼夜関係なく研究している機関だ。

 

「ちなみに聞くけど、その保険医ってどんな人か知っていたりするのか?」

 

「……そうだね、君に似ているよ。ほら、ここが入り口だ」

 

 いまいち少年の言うことが理解できず、(あご)で示された自動ドアを漠然(ばくぜん)とした面持ちで見やった。

 自動ドアは近付いても反応せず代わりにドア手前の機械が赤色に点滅する。見たところ入るには鍵となるものが必要らしいが、リュウの掌には丁度学生証の代わりにもなるデバイスが握ってあり、端末にかざすと緑色の点滅へと切り替わり自動ドアが開いた。中は明かりが付いておらず、また付く気配もない。正直言うと不気味な雰囲気を漂わせる暗闇の通路に尻込みしていると後ろから声がかかる。

 

「入ってすぐに電源がある」

 

 少年の言葉に従って施設へ入れば、かつん、と。反響する足音はどうやら研究棟が地下にまで届いてる事を示唆しているらしく音が返ってこないあたりかなり広い。

 少年に言われた通り壁に目を凝らし電源を探すが見当たらず、もう少し奥の方だろうかと足を進めた、その時だった。

 

「……は?」

 

 パシュンと、突然のドアが閉まる音に何事かと慌てて振り替える。

 少年はまだ外で待機しており、再びドアを開くには自分のデバイスが必要だ。内側からドアロックを解除する機械を探すがそれが見当たらない。

 

「ごめんごめん! 今なんとかして開けるから! …………あれ!? 内側からドアが開かないって作ったやつ頭おかしいんじゃねぇか!?」

 

 壁も床も、天井まで虫の目で探すが見付けられず、どうしたものかと少年に相談しようとドアを隔てた外を見る。

 月明かりが少年の顔を照らし、微笑むような嘲笑(ちょうしょう)のような。僅かに嗜虐(しぎゃく)を愉悦するようにも見えたその表情は、灯る真紅(しんく)相眸(そうぼう)相俟(あいま)り思わずぞっとして声が詰まった。

 

「って、あ! 君ちょっと!」

 

 上がった口角のままに一礼して見せ、少年は足取り早く森へと駆けていってしまった。

 状況を上手く理解できず固まるが今は本当に時間が惜しい、電脳世界(アウター)への全体ログインまであと10分を切っている状況に気持ちが焦る。

 

「ったく子供の悪戯にあうとかツイてねぇ……」

 

 ともあれ彼の身体に大事は無いようで、そこだけは唯一リュウにとって安堵出来る点だった。

 振り返れば研究棟の通路は一寸先すら夜闇の影に呑まれて子細を窺う事すら叶わない。

 仕方なしにスマートフォンで明かりを付け、一刻も早くここから脱出するため先が見えない通路へ足を踏み出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1章10話『虚ろな眼』

「かっ、階段!?一本道の通路で下に続く階段とか……下りるしかねぇじゃねぇかこんなの……!」

 

 足下に気を付けながら注意深く暗い通路を走り、たどり着いたのは下にしか続いていない階段。

 外から見た時は他に部屋や上の階があってもおかしくない大きさの建物だったが思い返すと窓がない、窓もなければエレベーターではなくわざわざ階段で地下へ下りるしかない研究棟の作りにただただ困惑する。

 

 進むしかない。

 

 早くこの施設の関係者に入り口のドアを解除してもらって、一言二言この建物の造りに文句を言ってやろうかと思い浮かべ、走ってばかりで疲労が見え始めた膝に鞭を打つ。

 暗い階段を一段飛ばしで下り、踊り場で休むことなく一息で下る、下る。

 ようやく見えた次のフロアをライトで照らして観察する余裕はなく、足音の反響から中々広い空間に出たことを確認し、大きく息を吸う。

 

「すぅ……、ごめんくださああぁぁあああい!!」

 

 かなり大きな空間のようだ、声は遠くまで飛び未だ止まない。

 それでも返事が聞こえないのはもしやこの施設には人がもう居ないのかと疑う、もしそうなら俺は明日の朝までここで過ごしアウターを堪能した研究生と研究員をハンカチを噛み締めながら迎えることになる。

 それだけは必ず避けたい、自慢ではないがこのリュウ・タチバナ、話題に乗り遅れることは今までの人生では極力避け、新しいガンプラが発売されると知ったら予約サイトではなく近所の模型屋に頼み込み発売日に必ず確保してきた。

 唯一過去に金銭的に手に入れる事が出来なかったMG(マスターグレード)ディープストライカーをエイジが自慢気に見せてきたときは嫉妬と金を用意しなかった自分への憤りで1週間口を聞かなかった程だ。

 

「あと5分切った!くそッ!」

 

 走った、突き当たりが見えない空間をライトで照らしながら。

 どれくらい走ったのだろう、短い音と共に隣の壁がスライドして開き、ライトを照らすと白色の壁と同じ色のドアだった。

 

「早く入りなさい」

 

 ドアの向こうから溢れる久しい照明に思わず目を瞑る。

 50~60歳ほどの白衣を纏った……いわゆる研究者然とした男が俺に呼び掛けた。

 

「いや、あの俺ここに間違って入っちゃったと言いますか悪戯に付き合わされたと言いますか───

「皆君を待ってたんだ……全く、遅れたらどう責任を取るつもりだ」

「俺を?……っていやいやいやいや」

 

 手を引かれ室内へ強引に入らされドアが閉まる、振り返るとドアはロックを意味する赤色の点滅をしていた。

 男に説明しようにも俺を部屋に入れるや否やブツブツ何かを言いながら離れていき、学園の教室より多少広い空間をひっきりなしに先程の男と同じような格好の人間が行き交う。

 声をかけこちらに意識を向けさせようにも男達は真剣な眼差しで機材や何に使うか分からない装置を運んでおり、中には汗を浮かべている人もいて躊躇われた。

 一室の人だかり、研究者達に囲まれた空間が部屋の奥にあり、そこをぼんやりと様子を眺める。もはやログインに遅刻するのは確定だ、このおっさん達が一息ついたら文句を垂れてやろうと小声で悪態を吐いた。

 

「え?」

 

 思わず口に出た疑問の言葉、疑問なのか驚いたのか自分でも分からず口に手を当てる。

 研究者達に囲まれたスペースその中央、一瞬見えたそこに居たのは。

 

 ───ベッドに横たわり、拘束服で固定された物言わぬ少女。

 

「ぅうおッッ!?」

 

 虚空を見つめる瞳だった。初めて見た風貌と衝撃で尻餅をつき、俺の叫び声にこの場の全員が振り返る。男達は皆怪訝な顔をしており驚いてる俺が不自然だと言わんばかりだ。もしかして作り物か、ともう一度視線を移すがとてもそうは見えず、隣に置かれた一定の間隔で上下する心電図が現実だと脳に叩きつける。

 だとしたら一体この状況は何だ、一つずつ状況を整理しようと試みる。一般人の思考ながらにあんな小さな女の子を実験動物のように扱って警察が黙っている訳がない、これがマスコミから世界へ発信されたらアウターのβテストどころか萌煌学園の解体になりかねないか、それらの疑問が幾つも浮かんでくる。その疑問とは対比に少女を構う素振りすら見せない研究員達が不気味で仕形がない。

 

 俺から距離を置いた研究者達の顔が少しずつ曇っていき口々に「あれは誰だ」だの「彼じゃないのか?」など訳の分からない事を呟いている。後ろポケットのスマートフォンを悟られないよう慎重に起動し通話を選択、いくら学園都市に在住する人間全員がログインすると言っても学園の警備員には繋がるハズだ。

 

「───騒がしいわね、何が起きたか説明して」

 

 それは良く通る女性の声だった。

 部屋の奥の自動ドアがスライドし、ヒールの音を鳴らしながら女性が周囲を一瞥する。

 女性の登場に研究者達が一斉に詰めよりこちらを指差したり、聞き慣れない単語を口にし、暫くすると女性がこちらへ向き男達はさざ波が引くように分かれる。気付けば向かい合っている状況だ。

 

「今からアンタに選択の余地を与えるわ」

 

 俺の目を見て真っ直ぐにあくまで事務的に、冷徹さえ思えるような声音で女性は告げた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1章11話『偽の善意』

「今からアンタに選択の余地を与えるわ」

 

 時間が止まる、とはこういうことなのだろう。

 研究員達の視線は全て女性へ向けられ、その女性が向ける視線の先は俺だ。女性の言葉の意味を脳内で反復し、ようやく自分がマズイ現場に遭遇してしまった事だけは何とか理解できた。

 美しい女性だった。流れるように肩まで届く濃い藍色の髪、身長は自分より若干低く、事務的な声の印象も合わさり目付きを含めた顔の印象は冷酷ささえ感じる。

 しかし唇の艶と白衣の上からでも静かに強調される恵まれたスタイルから先の冷酷さが滲むほどの妖しさを周囲に放つ女性の美貌はなるほど、俗にいう『女博士』という表現が最も当てはまった。

 

 女性が更に歩み寄りこちらを見下ろす形で口を開く。

 

「アンタ状況を理解できてる?」

 

 声を出そうとするが口の中が緊張で乾燥し、代わりに出てきたのは短い咳だ。

 1度呼吸を正し、威圧的な眼差しで見据える女性に内心怖じ気づきながらも声を張り上げる。

 

「あの子!……なにをやってるんですかここは!?」

 

「それを教えるには条件があるわ、受け入れるなら教えてあげる」

 

 間髪無く言い放つ。

 俺の言うことを予測していたと言わんばかりに言葉を並べる女性に状況の立場を理解し声を抑え返答した。

 

「……なんですか、条件って」

 

「実験に付き合ってもらうの、内容は簡単よ。ナナと接続してアウターへログインしてもらう。──あぁ、ナナってのはあそこで寝てるアレね」

 

 日常会話のように飄々と喋りながら少女を指差す。

 

「あの子と接続?」

 

「アンタはアウターギアでログインするだけでいいわ、あとはこっちで全部やるから」

 

「……条件を飲まなかったら?」

 

「この場で見た、聞いた記憶を装置で消去する。痛みが無いこと、後遺症が無いことは保証するわ、もちろんその後こちらからアンタに接触することはないわよ、この件の慰謝料も送るわ」

 

「そんなの……」

 

 矢継ぎ早に情報が送られ言いどもる。その様子を見、またもや微笑を浮かべながら予想通りと言った顔で見据える。

 

『条件を飲みます』

 

 喉から出かかった言葉だ。だが出なかった。

 この場の異様さとベッドの少女を建前に、薄汚れた馴染み深い本心を心の自分が耳元で囁いた。

 

『見なかった事にしちゃえ』

 

 意識が揺らいだ。最悪の選択だ。───だが、誰でもそうだろう。面倒事は見るのは好きだが巻き込まれるのは御免被りたい。

 もう1人の自分の言葉に反論すること無く沈黙を選んだ。

 女性は身を翻し部下に何やら指示を出し、蜘蛛の子が散るように研究者達が再び作業に取り掛かる。

 

「悪いけど実験が終わるまでここに居てちょうだい、終わったら直ぐにでもアンタを返してあげるから」

 

「……」

 

 何も言わず、言葉に従った。

 機械による記憶の操作に不信感はない。

 近年では精神病の治療法やリラクゼーションとして確立されつつある記憶の末梢及び操作は一般的だ。人格が改変されるほどの深い操作は脳の構造上行えず、あくまで記憶の表面に浮いた新しいシミのようなものを取り除くだけ。

 こんな現場、首を突っ込めば厄介事に巻き込まれるに決まっている、俺はそれ以上言うことなく入り口近くの壁に寄り掛かって実験とやらの様子を眺める。記憶が無くなるなら実験とやらを見てしまおう。

 

「で、ナナの状態は?」

 

「いつでも行けますがリンクが行えないとなると……」

 

「電力を全て回しなさいっての、今日を逃したら次は無いってこと分かってるわよね?投薬も倍よ、後の事なんて考えないで」

 

「はっはい!」

 

 女性が次々と研究者達に指示を出し、それに従いせわしなく動く男達はどこか滑稽に思えた。

 少女にアウターギアがかけられ、白い壁をスクリーン代わりに映像が投影される。その様子に女性を含めた全員が注目する。

 

「起動いくわよ!……今ッ!」

 

 女性の合図に少女の隣、一人の研究者が手に持ったボタンのような物を押す。

 同時にスクリーンには輝く星々、宇宙の様子が表示される。しかし映像にノイズが入りやがて消えてしまう。

 

「……ぅぁぁああああッッ!!」

 

 何事かと声がした方向、少女が横たわるベッドを見る。

 拘束服で抑えられながらも身を捩り目を見開き、シーツを白くか細い手で握りしめる。小さく呻きながらも何を喋っているかは聞き取れない様子は痛々しさを通り越し、見ていたこちらまで戦慄した。

 

「ちょ、ちょっと!!」

 

 意図せず声が出てしまった、これには女性も予想してなかったらしく嘆息をひとつ、見下した視線で短く告げる。

 

「今アンタに構ってる暇ないの!」

 

「いや、あの!その子苦しがってるじゃないですか!」

 

「当然よ!薬物も倍、プラフスキーウェーブも数値の想定以上で危険な状態なんだから!」

 

「だったらやめましょうよ!苦しんでるのにそれを無理矢理って、可哀想じゃないですかッ!?」

 

「ピーピー五月蝿いわね……!ガキは黙って終わるの待ってなさい、アンタにはもう関係ないんだから」

 

「ッ!」

 

 ……そうだ、俺には関係無いことだ。

 あの子が苦しがっている光景も、ここに来たことでさえこの後忘れてしまう。

 ならどうして声を出してしまったのだろうか。疑問を心に問うといつの間にか握った拳に爪が食い込み唇がわななく。

 

 答えなんてとっくに出ていた。あの少女が可哀想だからという一時の同情。

 だが条件を飲まなかった俺が抗議する立場にはない。立場には立っていないのに声だけ大きい、正にガキそのものだった。

 

「クソ……」

 

 逃げたのだ、自分に累が及ぶ事を怖れて、臆病になって。少女を見て見ぬ振りして明日を過ごそうと。

 だとしたらこの胸に刺さるトゲはなんだ。

 思考するまでもなく気付いた、──あの少女を救いたい、だが自分は安全で居たい卑怯な人間だということを。

 

「クソ……!」

 

 偽善者だと心の中の自分がこちらを指差したり嘲笑う、俺は返す言葉を持たずただただ俯いて受け入れた。

 

「安定剤急いで!……再起動はまだなの!?」

 

 こうして自問自答している間にも現場の状況は変化している。

 紫電が一瞬少女を覆うように走るがもはや少女は痛みに身を悶えることさえやめ、虚ろな目で天井を眺めるだけだ。弱々しい心電図の波形が少女の状態を偽りなく示す。

 

 ───ふと、アウターギアを持っている右手とは反対の手、左手に持ったアイズガンダムの感触が鮮明になる。

 

 寮を出るとき何故か一緒に持ち出した物だ、気が動転していたか焦っていたのだろう。

 そのアイズガンダムがこちらを見る、睨んでいるのか、物言わない眼差しが俺に何かを訴えているような気がする。

 

 ───いや、訴えているのだろう。

 

「あのッ!」

 

「五月蝿いってのガキ!」

 

 見向きもせず怒鳴る女性、その背中に再度叫ぶ、先程より大きな声で。

 

「俺が出ればその子の負担は減るんですか!?」

 

 ピタリと女性が動きを止める、それにつられ研究者達も止まり、部屋には弱々しい心電図の音だけが鳴り響く。

 

「……確認するわ、アンタ本気?」

 

「もし負担が減るなら行かせてください、そのあと記憶を消去してもらって構いません!お願いします!」

 

 叫んだ、真正面から女性に向かって。偽善者だと俺を罵った自分の幻影に向かって。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1章12話『強く意識して』

「痛みは実験が終わったら反動として恐らくアンタにくるわ、その分ナナの負担は悪くて半分、良くてそれ以上は減る。これは確実よ」

 

「それさえ聞ければ大丈夫です、始めて下さい」

 

 アウターギアを装着し、少女の隣に用意してもらったベッドに横たわる。

 ベッドの左に隣接する形で簡易的なバトルシステムの筐体が置かれ、デバイスに装着されたアイズガンダムが研究員の手によってアウターギアとの接続が完了する、その様子を達観的に眺めながら視線を少女へ戻す。

 どうして自分でも志願したのか未だぼんやりとしか分からない、分からないがそのきっかけを隣のアイズガンダムがくれた気がする。

 

「起動したら意識を強く持つこと、これは絶対よ。」

 

「強く持たないとどうなるんですか?」

 

「アンタの意識がロストして最悪死ぬわね」

 

「死ぬ……」

 

『死』という単語に自分でも驚くほどに動揺しなかった。怖さを感じないわけでもない、しかしこのような特異な状況の連続で感覚が麻痺をしているのか、フィクションで見掛ける感情の大きな変化は少なくとも感じない。───だが、やがて右手に違和感を感じ手を視界へと運ぶ。小さく指先が震えていた。何故震えているのか分からない事に恐怖を感じた。手先が冷たさを帯び、唇が震えるのを抑えられず、徐々に恐怖が身体を侵食する。

 何かがきっかけで爆発しそうな感情を偽善心で、今尚儚くも抗っている少女を見て必死に蓋をした。

 

「アドバイスとしてはね、そうね」

 

 初めて女性が顎に手を添え、思考する様子を見せる。

 やがて少しだけ笑みの表情を浮かべ小さく告げる。

 

「もしそのガンプラに対して思い出や絆のようなものがあるならそれを強くイメージしなさい、私から言えるのはこれだけ」

 

「……分かりました」

 

 コイツとの思い出なんて腐るほどある、と端に見えるアイズガンダムを眺める。不思議と心が安らぐもので、今この状況に置いては自分にとって唯一の味方とも言える存在だ。

 やがて女性が研究者達へ指示を出し、いよいよかと意識を集中する。

 

「アンタ、名前は?」

 

「へ?」

 

「名前は?」

 

 突然の質問に疑問で返してしまった。

 声を小さく張り、自分を鼓舞するため腹に力を入れる。

 

「リュウ・タチバナです!」

 

「タチバナ、頼んだわよ……意識を集中して!」

 

 目を力いっぱい瞑り、アイズガンダムとの思い出。バトルの記憶、組んだときの記憶、うっかりパーツを折ってしまった記憶、次々と脳裏をよぎる。

 やがてアウターギア周辺が暖かみを帯び、いよいよかと拳を握る。

 

「プラフスキーウェーブ数値良好……、行けるわ!電源いれて!」

 

「はい!1番から3番!電源入れます!」

 

 頭に電気が走ったような刺激が走り、全身の力が抜けていく。

 急激な眠気に襲われるなか、アイズガンダムとの思い出だけは意識し続けようと必死に記憶を手繰り寄せた。アイズガンダムを初めて見た記憶、忘れることが出来ない大事な情景を指でなぞるように回想し、それでも暗闇が思い出を妨げようと意識を侵略してくる。

 必死に抵抗を試みるがやがて意識は黒に呑まれ、浮遊感を身体が覚えたところで記憶は完全に途絶えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1章13話『伸ばされた手』

 上はどこなのか、下はどちらなのか、ここはどこなのか。

 そもそも自分は誰なのか。

 

 ───時間さえ不確かな黒い空間にリュウは存在していた。

 

 辺りを見渡しても黒しか無い、自分が目を閉じているのか疑うほどだ。

 目、そういえばと自分の身体を確認しようと胸に手を当てる。そこに胸はなく体も無かった。

 

 ───自分は意思として空間を漂っている。

 

 不思議と恐怖は無かった。底知れぬ闇も、果てが見えぬ黒もどこか心地よく感じる感覚は生まれる前に誰しも覚えた温もりにさえ思えた。母親の子宮の中で胎児が抱く安らぎのようにこのまま無限にたゆたい目を瞑っていたい。

 

 ───何かを言われた気がする。

 

 大事な何か。思考に靄がかかったように答えは霞み断片しか思い出せない。

 黒い空間に記憶が浮かび上がる。あれは幼い頃の自分か。

 声は聞こえないが何かを買って喜んでいるように見える。同じような絵柄の箱を両手いっぱいに抱えて、リュウ・タチバナは笑っていた。

 

 絵柄に描かれている物ははっきりとは伺えない、だけど知っていた、思い出した。

 自分が抱えた物が何なのか、何のガンプラか。

 

 ───アイズガンダムを想った瞬間、目の前の黒が裂け、より黒い世界が俺の黒を塗り潰した。

 

 そこは感覚として冷たい世界だった。手があり足がある、さっきは触れられなかった胸がある。再び辺りを確認すると先程とは違う様子に気付く。

 あの少女がこちらを見ていた、丁度手を伸ばせば届く近さだ。

 

 薄蒼色の瞳は澄みこちらをただ見る様子はまるで赤ん坊だ。感情を知らない瞳は俺が何者なのか、少女の世界に入ってきた初めて見るこの異物は何なのか、そんなことを思っているに違い無い瞳に感情の色は見えない。

 

 途端に空が裂け、地面が割れ、世界に亀裂が入る。

 バランスを取ろうにも地面が無いのでは何も出来ない。足掻く俺を少女は何一つ変わらない様子で視ていた。先に少女の足場が崩れ、体勢が傾く、このままでは少女が落ちてしまう。

 

「────ッッ!!」

 

 叫んだ。何て叫んだか自分でも分からない。

 叫んで手を伸ばした。少女の視線は俺から初めて伸ばした手へと移った。

 崩れていく足場は底見えぬ空間へ飲まれていき、もはや猶予はない。世界は崩壊し次は虚無がこの世界を飲み込んでしまうだろう。

 

 少女の右手が僅かに動く。

 

 俺が伸ばした手の意味を分からないまま、見よう見まねで手を動かしたのか、そのまま少女は手を俺の方にゆっくりと伸ばし───2人の足場は完全に崩れた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1章14話『電脳世界』

 自分の体ではない体の感覚に、現実の物ではない現実の感覚に、本物ではない本物の感覚に瞼を開く。

 黒い世界。先程の黒とは違い、目映く輝く星が粒となり宙を彩る。暫く思考してここが宇宙、そして自分がコックピットの中に居ることを自覚した。

 正面モニターにはレーダー、機体情報、マップが表示されておりリアルでのガンプラバトルと何ら変わらない。

 だが、何故か息苦しさを感じモニター正面に自分の姿を操縦棍を操作して映す。そこには機動戦士ガンダム00、ソレスタルビーイングのメンバーが着るパイロットースーツとヘルメットを被っている自分が映り、慌てて身体あちこちに手をやる。カラーリングはいわゆるデフォルトといった具合のグレー。肉体は触れられ、息苦しさの原因であるヘルメットを顎下の装置を押し顔を解放。大きく深呼吸し、固定状態から外れたヘルメットが宙に浮かび座っている膝に当たる。

 

「触れる……」

 

 シャボン玉に触れるようにゆっくりとヘルメットに優しく触れると固い感触が返ってくる。そして操縦席、モニターを手で触り喜びのあまりうち震える。

 

「マジかマジかマジか……ホントに電脳世界なんだな」

 

 他人事のようにどこか達観しながら、実体として存在しているヘルメットを興味深く観察していると、モニター左上、本来ならば作戦経過時間が表示されてある場所には∞と映されている、これはトレーニングモードやNPCとの連続バトルの際に使われる時間表記だ。

 

「ってか俺どのくらい寝てたんだ……?」

 

 作戦経過時間が表示されていないんじゃ分からないと誰に向かってかは分からない苛立ちを覚え、記憶を思い返す。

 だが前後の記憶が曖昧だ、黒い空間からここに来てどれくらい経ったのか知る術もない。

 

《5分と28秒です》

 

「とぅわっ !」

 

 耳元で誰かに囁かれる。

 こそばゆい感覚に思わず身を捩り怒鳴ろうと振り返る、しかし操縦席の背もたれが物言わず設置されているだけでこれが声の主だとは到底思えなかった。

 

「なんだ……?ハロにしては静かな声だったけど、って、あ!もしかしてアイズガンダム!お前が喋ってんのか!?マジか!分かる!?俺だぞ、分かるか!?……あれ、もしかして腰の間接緩んでたの嫌だったか?ごめん、俺それを見て「あー、こんなにお前で遊んだんだな……」って想い更けるのが好きだったんだ!許してくれ!でも好きなんだ!」

 

《何を言っているのか分かりません》

 

「じゃあお前誰やねん!」

 

《私はナナです、そう呼ばれていました》

 

 思わず出てしまった関西弁を冷静に突っ込む声。

 記憶の誰とも合致しない物静かな少女の声に首を捻るが直ぐにナナという言葉を思い出す。

 

「……ベッドで苦しんでた女の子?」

 

《苦しんではいません、痛みは認識していましたが》

 

 それを苦しんでいたと言うのでは?と疑問が浮かぶ。姿見えない少女がどこにいるか辺りをもう一度見渡す、が見当たらない。

 

《私は貴方の意識の内側に居ます》

 

「っぇい!いきなり囁くな!驚くわ!って、え? …………今何か凄い事言わなかったか?」

 

《……? 貴方の意識の内側に居ます》

 

「は、て、……え?」

 

 頭が思考を放棄する。自分でも何を喋っているのか理解出来ておらず2度3度の瞬きを繰り返し頬をつねり、痛みが無いことに感動しながらも目の前に浮かぶヘルメットに映った自分の姿に現実へと引き戻された。

 さきの発言もそうだが、俺の思考を読んでいるかのような台詞にまさか、と推測が生まれ実行する。

 

(……俺は!グフカスタムが好きだ!)

 

《……》

 

(……グフカスタムが好きなのは事実だけどシールドガトリングのパーツ取りの為に買ってパーツだけ作って放置している!)

 

《……》

 

(……ついでに言うとそのシールドガトリングは他で代用出来たので使わずに投げている!)

 

《……》

 

(………………何か反応しろ!)

 

《先程外したヘルメットがモニターを遮っています、退かしてください》

 

「聞こえてんじゃねぇか!」

 

 冷静すぎる返しを貰い、言葉に従ってヘルメットを両足で挟む。中々置き場に困る大きさのヘルメットだ。

 状況を整理するため一旦目を閉じ、深く息を吸う。

 

 デバイスを学園に忘れた俺は学園へ行き、帰りに少年と会って研究棟に迷って入ってしまい実験を目撃した、そしてベッドの少女を救うため実験とやらに参加。現在に至る。

 

《私を救うためですか? どうして》

 

 急に自分ではない声が頭の中で小さく疑問を述べる。まだ自分の思考に他人の声が介入することに慣れていないが少女の問いの答えを自分でも探す。少女が可哀想だったからと同情で助けたという気持ちが大きい、そしてそれを偽善だと罵ったもう一人の自分、ソイツを否定する為でもあった。

 思い返してみると何とも直情的で後先考えなしの恥ずかしい理由であり口にするのを躊躇ったが、少女がこの思考でさえも視ているのだろうと諦め、この通りと手を大仰に広げた。

 

《私は助けなんて求めていません》

 

「……は? おいおい、そりゃねぇだろ、こっちは死ぬ覚悟で来てやったのに」

 

《それは貴方の都合ではないですか?少なくとも私はこの任務を1人でこなせます》

 

「お前……!」

 

 いけしゃあしゃあと感情が籠ってない声で続けられ身体の温度が熱くなるのを実感する。感情的に反論しようかと文句が喉まで出かけた所で、少女の言い分にも一理あると言葉を何とか飲み込む。

 確かにこちらの一方的な善意の押し付けや都合で俺はここへやってきたし、そこに少女自身の思考は反映されていない。だがその言い方は如何なものかと反論の用意をするが、この議論はこれ以上有益ではないと判断し、次はこちらが疑問をぶつける。

 

「で、今言った任務ってのは何のことだ?」

 

《アウター内での実戦データ収集です》

 

 そういえばあの思い返すとやたらエロい身体の女博士もアウターで何をすればいいか詳細を伝えなかった。

 

「実戦データ収集って何を……何と戦うんだ?NPCか?それとも今ログインしてるプレイヤー達か?」

 

《それは……》

 

 俺の問い掛けに少女は初めて困惑の息遣いを伺わせた。数秒の沈黙、少女は消え入りそうな声で言葉を続ける。

 

《私も詳細は伺っていません》

 

「いやさっき任務は一人でこなせるって言っただろ」

 

《こなせると博士は私に言いました、なのでこなせます》

 

「いやいやいや……」

 

 無茶苦茶にも程がある。大人びた口調で誤魔化されていたがコイツ相当に負けず嫌いの融通が効かねぇ奴だと、見た目相応の態度を示した印象に少し安堵する。

 少女の会話からどうやら戦闘の必要があると、レーダーで周囲の索敵を開始する。

 無数に浮かぶデブリや、リアルとは桁外れに広いフィールドに驚きながらもレーダーは敵影無しとマップを更新。加えて機体動作の確認のため操縦棍を操作、姿勢制御しながらのバスターライフルでの射撃姿勢、その場でビームを発振していない状態のビームサーベルで大振り。大きく変わらない操作に満足したところで少女の声が横から入る。

 

《あの》

 

「おっどうした、もしかして俺の一連の動きに感動した?」

 

《貴方が機体を操縦する必要はないです、私が動かします》

 

「…………は?」

 

 少女が何を言っているのか、俺の脳はついに理解することを放棄し、情けない言葉疑問の言葉が口から漏れるだけだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1章15話『求めていたものと逆』

「つまり、俺はガンプラ……アイズガンダムの思い出を思い浮かべてれば勝手にそっちが操作するって事だな?」

 

《正確には機体の構造と貴方の『観測』があれば、その情報を参照に私が最適解で敵を殲滅する事が出来ます》

 

「じゃああれか、例えると俺が火器の情報を送る生体ユニット、そっちが機体を動かすパイロット……か?」

 

《その認識で構いません》

 

「逆だよ!求めていたものと逆!普通こういうのって作った俺がパイロットだろ!?」

 

 ガンダムや他のロボット作品では男パイロットが操縦、女性やロボットが火器管制を努めるというのが一般的なはずで逆の例は少ない。リアルでのガンプラバトルでも少数だが2人1組のコンビで活躍するガンプラファイターも存在し多くは男性が機体の操縦、女性が火器管制というのが殆どのケースだ。

 しかしガンプラを作ったガンプラファイターが生体ユニット、その意識内の少女がパイロットとは如何なものか。自分で作ったガンプラは自分で使いたいというのがガンプラファイター兼ガンプラビルダーの性だ、製作したガンプラを自分より上手く使えるから寄越せ、お前は装備を思い浮かべろというのは生殺しにも程がある。

 

「第一、どうやって俺の体を動かすんだ?現に言葉は俺の意思で喋ってるし自由に体を動かせるぜ」

 

《敵を確認したら同調状態に移行します、負担が大きいので今は使用を制限しています》

 

 不安しかない。というか任せる方がおかしい。

 アイズガンダムを製作したのは間違いなく俺であり、カスタムした部分の特性や塗料による防御力の上昇、センサーに塗ったクリアカラーで向上した索敵能力。例をあげれば無数にあるが、それらの素組みとは違う性能を全て把握し、手足のように……とまではいかないが概ねイメージ通りに動かせる自信がある。

 

「条件がある」

 

《はい》

 

「最初は俺がアイズを動かす、もしピンチになったらそっちに操作を委ねるってのはどうだ?」

 

《分かりました》

 

 案外物分かりが良いことに安堵する。

 内心ではアイズガンダムの操縦権を渡すつもりなど毛頭無い。勘繰られる前に話題を変える。

 

「戦闘区域はここであってんのか?センサーは何も示してなかったけど……───

 

《この座標で正しいです》

 

 ぴしゃりと確信めいた声音。その自信がどこからくるのか興味が湧くが、詮索はやぶ蛇だろうと再びモニターへ視線を移す。

 

「そういえばそっち……ナナって敵を目視出来んのか?」

 

《はい、貴方の身体とリンクしているので視界がそのままこちらにも見えています》

 

 名前で呼ぶのは少し早いかな?と懸念してたが意外にもすんなり流され、調子に乗った俺は思いきり目を瞑る。

 

「見えてる?」

 

《何も見えません》

 

「はい目ぇ開けた!……見えてる?」

 

《見えます》

 

「はい目ぇ瞑った!……見えてる?」

 

《観測の邪魔です》

 

「ごめんなさい」

 

 怒られた、年端のいかない少女にマジのトーンで怒られた。

 謝罪の念を頭いっぱいに思い浮かべイメージを送る、すぐに《あ、いえ》と返答されやや気まずい空気。

 ───ナナはこの状態をリンクしていると言ったが『リュウ・タチバナの身体からくる情報』『リュウ・タチバナが記憶する機体情報をサルベージしそれらを戦闘中に最適解で行使する』、これらの情報を踏まえると完全にパイロット任せのシステムだ。仮に機体への理解が少ないパイロットだった場合、戦闘能力の低下が否めないのは確実だろう。

 

「あ、いや、ナナの事を悪く言うつもりは無いんだ。単純に少し不思議に思っただけで」

 

《……》

 

 返答はなく、再び静寂。

 黒の世界からここへ来て、なんとか場を和ませようとボケ等試したが帰ってくる返事は総じて無機質だ。

 

「ま、まぁ生きて帰ろうぜ?」

 

 口走った言葉に我ながらデリカシーの無さを否めず直ぐに後悔、ヘルメットに反射する馬鹿野郎の顔を睨む。

 年端もいかない少女が痛みに耐え、死ぬかもしれない実験に参加を強制され、恐怖を感じないわけがない。

 ……そしてそんな少女を1度は見捨てようとした自分が居たことを許せず拳を握る。

 

《右方向に極大照射反応!来ます!》

 

 ───けたましいアラームとナナの叫びで自己嫌悪が切り裂かれる。

 

「ぐぅっ!」

 

 握られた操縦棍を半ば条件反射で咄嗟に動かしスラスター、バインダーを展開、全力で上昇を試みる。

 視界が揺れる中、続いて異様な程の高音が聞こえ心臓が飛び跳ねる。ちらりと見えたそれは真紅の閃光だ。デブリを融解させながら尚もアイズガンダムを飲み込まんと迫るそれは嫌なほど知っている武装。

 遂にリュウの足元を抉り取っていった照射はデブリ帯を突き破り次々と破壊の軌跡を作り上げた。

 

《敵機接近しています!》

 

 ナナの声にレーダーへ目を動かす。型式番号が表示。

 やがて見えたシルエットに驚愕を隠せない。

 

「CB-001.5……!アイズガンダム!?」

 

 背部から凶悪とも思える深紅の粒子を続かせ、長年連れ添った機体がリュウへと迫った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1章16話『リンク・アウターズ』

 ───アルヴァアロンキャノン。

 アイズガンダム背部に搭載された2基のバインダーの間にフィールドを展開させ、巨大な砲身とし発射するアイズガンダムの切り札に相当する武装。

 未だ粒子が通過した宙域には飽和したプラフスキー粒子が時折稲妻として走り、並外れた威力の凄まじさを物語る。

 

《来ています!》

 

 一瞬にして眼前へと現れた機体は型式番号の示す通りアイズガンダムだ。GNビームサーベルを振りかぶりながらの接近に対しGNシールドで対応。

 金属音と迸る粒子が炸裂し、鮮烈な光が暗い宇宙を照らす。

 

「当たりがつえぇ……ッ!」

 

 粒子をシールドに最大展開しているにも関わらずパワーが負ける。このままでは体勢を崩された後、追撃が来ることは容易に想像ができた。

 

《下からです!》

 

「何っ!?」

 

 案を練る隙さえ与えて貰えず足払い。

 離脱の為スラスターを噴かした先、一瞬デブリが遠くに見えたと思った刹那、敵機が視界を覆い銃口がモニター越しにこちらを捉える。

 

「終わるッ!?」

 

 紅の粒子が銃口から間もなく噴き上がる。避けようにもスラスターは一定方向を既に指定し、もはや回避方向の変更は不可能だ。

 やけくそと本能が合わさり奇跡的に左スロット2番目を選択。背部バインダーが位置を変え左右へ展開する形で変形し歯を食いしばる。

 

「うぉぉおおおおッッ!!」

 

 絶必の射撃を直撃の刹那、直角に進路を強引に変えることで避け距離を離す。バインダーからは真紅の粒子が荒々しく吹き荒れ、その形はハイスピードモードへと変形していた。

 

「アイズじゃなかったら今ので間違いなく終わってた……!」

 

《何か攻撃を!》

 

「分かってる!」

 

 GNバスターライフルの出力を抑え3連射。頭部だけこちらを睨む敵機は勢いよく放たれた粒子を稲妻の軌道のような回避でその悉くを避けながら接近してくる。ハイスピードモードでの粒子による爆発的な加速の恩恵を利用した悪夢のようなマニューバだ。

 迎撃の用意をする前に瞬く間に目と鼻の先に現れ、踵が無抵抗な腹部にめり込む。

 

「マジかよッ……!」

 

 蹴り飛ばされ漂うデブリに背中から激突。辛うじて背部に粒子制御での力場を形成し衝撃を殺し、モニターに目をやる。突如計器が鳴り響き煙の中からツインアイがぬらりと揺れ、ビームサーベルを突き刺す形で構えている。

 

《避けてくださいっ!》

 

「シールドでッ!」

 

 2度目の激突。シールドがビームサーベルの粒子を根元から拡散し真紅の細線がのたうち回る。

 力負けしないよう操縦棍を前へ前へ、揺れるモニターに敵機の情報が表示される。

 

「なっ?コイツCPU!?あり得ねぇだろその挙動でッ!」

 

 徐々にシールド表面に穴が空き始め閃光が視界を白く染める。このままいくとビームサーベルがアイズガンダムを貫くのは時間の問題だ。

 押し返そうとハイスピードの粒子加速を利用、スロットに指をかけ───

 

 ───シールドに突き立てられたビームサーベルが突如発振を止め、アイズガンダムが身を乗り出してしまう。

 

《Linkを!今ならまだ!》

 

「ッざけんな!それは出来ねぇ───がぁッッ!?」

 

 下から勢いを付けたシールドバッシュ。粒子を纏った大型シールドの腹が右脚、腰を抉り、接続が甘い腰部分が別れた。

 急激に敵機が遠ざかるなか漂う下半身に向けてバスターライフルで射撃、一際大きな爆発と煙が巻き起こる。吹き飛ばされる先にはデブリ帯、何とか逃げれた事に呼吸を忘れていた身体が咳き込む。

 

「アウターのCPUはあんな強ぇのか?リアルの100倍は鬼畜だぞ!」

 

 敵対してみてそれは如実だった。現実でのCPUなら最も強い設定である『ニュータイプ』にも1on1なら互角以上に戦えていたはずだと自負する。今自分を叩きのめしたアイズガンダムは攻撃してから次の挙動までの思考時間が短すぎ、柔軟な思考、的確な攻撃で息つく暇さえ与えてもらえなかった。自分より明らかに強いのは確かだろう。

 大きなデブリに目を付け機体を影に隠し、息も耐え耐えに主機を落とす。

 

「加えてこの機体状況……、今回はログアウトしてまた挑戦って出来ないのか?」

 

《不可能です、今回の戦闘を逃すことは許可されていません》

 

「許可されてねぇって、でも見てただろ!?アイツ相当強ぇぞ!」

 

《戦うのは嫌ですか?》

 

「───ッ!」

 

 皮肉でも蔑みでもなく純粋な問いに言葉が詰まる。誰だってそうだ、そのハズだ、勝てない戦いはしたくない。

 楽して勝ちたいし、楽して何かを得たい。もちろん努力が必要ならそうするが、努力した報酬と楽して得れる報酬が同じなら誰であっても後者を選ぶハズだ。

 

《……貴方はログアウトしてください》

 

「出来るのか!?」

 

《恐らくは可能です、後は私が戦って勝利します》

 

「じゃあ!……いや、でも」

 

 嫌な予感が走る。Linkとやらのシステムは操縦者がいなければ成立しない。

 俺が消えればナナの存在はどうなる?疑問を自分に重ね、──ある確信が浮かぶ。

 

《機体情報のインストールは完了しました。私に任せて下さい》

 

「嘘だな」

 

《……》

 

「Linkってやつが操縦者の脳からガンプラの情報を視て操作するシステムなら、お前は最初『観測』だなんて言葉使わねぇ」

 

《……》

 

「俺はナナ、お前を勝手に無機質な機械みてぇな奴だと思ってたけど、ふざけんな。嘘なんて付いてんじゃねぇ」

 

《嘘は言っていません》

 

「だったら俺がログアウトして、『観測』が出来なくなったらお前はどうなる、説明してみろ」

 

《……観測者の不在によりモニター情報が損失した状態で戦闘します》

 

「勝てるわけねぇだろ!お前もログアウトしろ!」

 

 怒声がコックピットを反響する。声を荒げた自分の姿はどこまでも偽善に満ち、醜かった。

 

《勝利する必要はありません、博士の目的は戦闘データの収集です。それと……》

 

 そんな思考を少女の声が遮る。僅かな不安が香る息遣い、ナナは消え入りそうな声で続けた。

 

《私はこの戦闘に勝利しなければログアウト出来ません》

 

「ッ……負けたらどうなるんだ」

 

《意識と肉体の接続が切れて脳波がロストします》

 

「死ぬってことじゃねぇか……!」

 

 脳波がロスト……ログイン前に女性が言っていた物騒な内容を思い出す。

 この少女は痛みに耐えながら戦闘に駆り出され、負けたら死という不条理を背負わされてる、その上俺はそんな少女に気遣われ自分だけ安全な場所へ逃げようと一瞬思考が迷った。

 

 いつの間にか宙を漂っていたヘルメットには俺が、俺自身を嘲笑っていた。

 

 結局逃げるのだと。

 昔から変わらないと。

 卑怯だと。

 偽善だと。

 

 指差し嗤っていた。

 

「俺な、正直言うとお前を見捨てて実験から逃げようとしたんだ」

 

《……はい》

 

 俺の吐露に、押し黙ったような声で返事をする。

 

「今も自分だけログアウトしようって思った糞みたいな人間なんだ俺、昔からそうなんだよ。色んな事に首は突っ込むし人の助けをするとか好きだし、だけど自分に被害が出る用件は見て見ぬふり、楽して評価や報酬を得たいって人間なんだよ」

 

 

《……》

 

「そうなんだけどさ、苦しんでたお前を見て思わず叫んだんだよ、それで変な女の人に説明されてこんなところまで来てさ」

 

《ならどうして来たのですか、今の話を整理すると貴方はリスクを回避してリターンを得たい人間だと判断しました、それなら博士の説明を受けた時点でなぜ断らなかったのですか》

 

「……俺が俺を嗤ってたんだよ」

 

《…どういうことか分かりません》

 

「なんて言うかな、見て見ぬ振りしたら心の中の俺が悪口言ってきたんだよ。そいつを黙らせるために俺はここまで来たんだと思う、だから完全な自己満足なんだ、ナナのことなんて俺、これっぽっちも考えてなかったんだ」

 

 ナナと自分を天秤にかけ、値踏みをしたような人間。自分で言って自分自身に笑えてくる。

 そしてナナを助けることを建前に本心は自分の都合で動いてるクズだ、カスだ、ゴミなんだろう。

 ───けど。

 

「ナナ、お前が死んだら、救われなきゃ俺の自己満足は終われないんだ、俺自身をぶっ飛ばした事にならないんだ……だから俺に最後の1歩を踏み出すきっかけをくれ!」

 

 涙が滲む。ここまで啖呵を切っておきながら尚も決断出来ない自分自身が情けなくて、仕方がなかった。

 息を吸い込む。あと一押しで吹っ切れる、だがその一押しをリュウは自分では踏み出す勇気を持ち合わせない。

 恥と涙を呑み込み、心の求めるままに叫んだ。

 

「───ナナ!お前が言ったLinkってシステム、今からでも出来るか!?」

 

《可能です》

 

「Link無しで、俺抜きで戦ったらお前が勝てる確率はどのくらいだ!?」

 

《1%未満です》

 

「ならッ、俺とお前がLinkして勝てる確率はどのくらいだ!?」

 

《99%以上です》

 

「上等ッ!」

 

 決心は付いた。高揚感で身体は満たされ、意気揚々と操縦棍を握る。

 すると馴染み深い嫌悪感と自己嫌悪と共にもう一人の、否。心の自分達が囁くように話し合う。

 

 "なら初めからLinkをしていたら良かったのに"

 "プライドが邪魔してガンプラを渡さなかったんだよ"

 "じゃあその場その場で運良く道があっただけじゃん"

 "かっこわるい"ダサい"自分勝手"卑怯もの"

 "お前なんて"

 

 "ここで死ねば良いのに"

 

 黒い墨が人を形取ったようにヘルメットに映る自分の顔が黒く染まる。

 嘲笑に返す言葉が出ない───だけど、と。

 漂うヘルメットを掴む。

 

「そんな気持ちも俺って事だろ」

 

 目を瞑り、一息吸う。

 覚悟を決め、ヘルメットを被った。

 

「第一な、あの子は俺の手を取ったんだよ」

 

 黒の世界。崩れ落ちる最後の瞬間。

 ───少女は俺が伸ばした手を確かに握り、こちらを見ていた。

 痛み以外一切を知らない無垢な瞳で。

 

「あんな顔されりゃあ!救うなって話の方が無茶あんだろッッ!」

 

《……!》

 

「ナナ!Linkするにはどうしたらいいんだ!?」

 

《そちらの意識を私と同調させる必要があるので、何か共通する合図か言葉を……》

 

「こっちで決めていいのか?」

 

《お任せします、思念を読み取るので言葉のタイミングもそちらに委ねます》

 

 燃える。

 これこそロボット物の醍醐味だ。合言葉によってシステムが起動、考えるだけでにやけが止まらない。

 エイジが居れば簡単に何かアイデアをくれるだろうけど、思い付くのが拙くダサいものしか無い自分の知識を恨む。

 

 ───レーダーに反応、アイズガンダムがデブリ帯に接近してきた。

 

《早く!》

 

「だあぁっ!もう行くぞ!これだ!これしか思い浮かばねぇ!」

 

 いざ叫ぶとなると恥ずかしさで頬が熱を帯び、エイジは毎回こんな気持ちに耐えていたのかと心から称賛を送りたい。

 アイズガンダムが俺達の潜むデブリの眼前に近付こうとしている、時間が無いと息を吸い込み、言葉を送る。

 

「行くぞ、ナナ」

 

《はい》

 

 叫んだ。今この状況の理不尽、少女からの情報、全てを込めた言葉を心のまま。

 

『─────リンク・アウターズッッ!』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1章17話『極光』

 意識や思考は変わらず、五感も感じ取れる。覚醒した自分が感じたのはまず手に握る操縦棍の感触だ。

 流れるような目にも留まらぬ速度で指が上下し、端から見ればただ滅茶苦茶に弄っている動作。プロのガンプラファイターの手元動画を見た子供が真似をしてデタラメに操作しているかのような指の動きは全てが予定調和。

 

《誤差修正──完了、挙動修正──完了、敵機攻撃パターン想定────完了》

 

 饒舌に語る少女が踊るような指先でスロットを展開する。

 ───6番スロット、GNフェザー。

 

 バインダーに貯蔵された粒子を開放。原作では建造途中のメメントモリの照射を受け止めた広範囲を守るための武装を、あろうことか攻撃が来てるわけでもなく繰り出した。

 吹き荒れるプラフスキー粒子は尚も勢いを止めず、周囲一帯のデブリを吹き飛ばし、またデブリに巻き込まれ敵機も弾かれるように距離を離す。

 元々はこの武装、広範囲防御用での運用もさることながら敵への視覚的な威圧も兼ねており、デブリを力場でどかし周辺一切を立ち寄れぬ領域を築いたアイズガンダムは、下半身を損失しながらも神々しく、禍々しく、威圧的であった。

 

《加速による機体への負荷──問題なし》

 

 バインダーをフレキシブルに動かしハイスピードモードに以降、そのまま動作を挟まずの突貫に思わず目を瞑ろうとするが悲しいかな、もはや身体は自分のものでは無く、許される行動は情けない声を上げることのみ。

 

「とぅわぁぁああああ!早い早い早いって!!」

 

 前方300メートル。無数のデブリに赤い点が色付き、やがて白熱。迎撃のGNバスターライフル、バインダーライフルでの一斉掃射だ。バスターライフルは本体、バインダーライフルは回避先と念入り具合に置かれ命中は免れない。

 

「シールドで防御!」

 

《こちらの方が早いです》

 

 指が、手が、ピアニストの激奏を連想させる挙動で荒ぶり、機体は更に前進。先程は敵機が行ったマニューバを次はこちらが行い迎撃の魔手を全て掻い潜る。

 観測と機体状況を把握するため目を開けているが、光景としてはプロの戦闘を主観で体験しているようだ。違いを挙げるとすれば被弾し撃墜された場合待ち受けているのは現実での死。

 

「うおおぉぉぉおおッッ!!」

 

 気合一閃、モニターを睨み少しでもナナの負担を下げるため目まぐるしく走る光景を脳裏に焼き付ける。

 目の前で繰り広げられる戦闘はもはや自分の思考では理解できない攻防だった。

 ビームサーベル同士の鍔迫り合い、お互い最大出力での凌ぎは先にビームサーベルが根を上げ同時に破損。敵機の右回し蹴りを飛び越えることで回避し───。

 

《これなら攻撃は届きません》

 

「ズルくねぇかそれ!?」

 

 HGアイズガンダムの弱点である可動域の限界を突き、死角である真上を取る。

 5番スロット、バインダーライフルを両腰に構えての掃射が寸分違わず肩関節を針の穴に糸を通すが如く狙う、が敵機が目の前から軌跡を残して消えた。

 

 真紅の軌跡だった。

 

「トランザム……!」

 

《問題ありません》

 

「ありまくりだっての!早くこっちもやらねぇと殺されるぞ!」

 

《大丈夫です》

 

「ほら! 来てる来てる!」

 

《私を信じて下さい》

 

「あぁーもう! 信じる! やってくれ! 頼むぞ!」

 

《……はい!》

 

 どこか嬉しそうに少女が答えた。

 トランザムの速度を生かし1度戦闘領域ギリギリまで遠退いた敵機が爆発的な加速を以て猛然とこちらへ迫っている。

 少女の意思で指が動き、真紅に染まる敵機へ粒子を展開したGNシールドを遠心力いっぱいに投擲。それを案の定回避しビームサーベルを構え突進してくる。

 少女が何をしているのか間を置いて理解できた。GNバスターライフルの標準を回転するシールドに合わせ最大出力で照射、紅蓮の光線はシールドの動きに合わせ乱反射し、周囲のデブリを何度も焼き斬る。

 光線はこちらの損失した下半身部分を何度も通過するが、背後からの光線の乱反射に曝された敵機は遂に腰後部、GNバスターライフルを被弾。

 それでもバインダーで粒子を展開し防御をしてみせた敵機の挙動に恐怖を覚えた。そのまま勢いを回避に割かれた敵機は軌道を反らし、光線が届かない遥か遠くへ大きく旋回しながら下がる。

 

 ───遠方で紅々と輝くアイズガンダムは正しく魔性の星そのものに思えた。

 

 遠目からバインダーをアタックモードへ変形。放つ気なのだろう、切り札であるアルヴァアロンキャノンを。

 トランザムによる粒子全面解放の恩恵を受けた一撃はモビルスーツの枠を越えた威力だろうと容易に想像が出来、電脳空間にも関わらず冷や汗が頬を伝う錯覚を覚えた。

 俺が何かを言う前にナナはバインダーをハイスピードからアタックモードへ変更。その行為に思わず声が出る。

 

「俺が何を言おうとしてるか分かってるな?」

 

《分かっています》

 

「だったら問題ねぇ……やっちまえッッ!ナナァ!」

 

《はいっ……!》

 

 トランザム状態でのアルヴァアロンキャノンを通常のアルヴァアロンキャノンで相殺することは不可能だ。

 だがもう疑うのはやめた、少女がそれを決めたなら俺はその結果を見届けなければならない、観測者として。手を取った人間として。

 

 ───先に放たれたのは向こうの閃光だ。

 

 大いなる光が軌道上に漂う全てのデータをアウターから消滅させ、迫る。

 その大きさは初撃とは比べ物にならず、もはや回避は確実に間に合わない。迎え撃つ他に助かる道は潰えた。

 

「ぶちかませぇッッ!!」

 

 2基のバインダーが力場を形成しコックピットが震える。

 続いてGNバスターライフルの照射を加えてアルヴァアロンキャノンは放たれた。姿勢制御の為の下半身は既に無く、背部GNドライブで辛うじて体勢を維持している状態だ。

 

 粒子同士が衝突し、完全に相対する方向からのエネルギーは遂に逃げ場をなくし球状の光となって両者の間で拮抗する。

 

 ───それでも押し負けているのはこちらだ。

 

 見る見る内に粒子が勢い負けし、球体が近付く。出力を上げようにも既に計器が赤く点滅し限界を物語る。

 あと数秒でこちらの機体は飲み込まれ、何かを感じる間もなくデータとして消滅してしまうのだろう。

 死が、恐怖が背後で手招いている。死神が嘲笑っている。

 

 ───だけど、手が、腕が、身体は……少女は尚も抗い戦っている!

 

 球体は目の前まで迫り、既に飲み込まれかけていると言っても過言ではない。

 だが今だ、遂に来た。

 観測を続けてから逃してたまるかと心で数えていたあの時間。

 

「今だぁぁああ!! ナナァーッ!!」

 

《はいッ! トランザム!》

 

『─────はああぁぁぁぁあああああッッ!!』

 

 2人は叫んだ。

 プラフスキー粒子全面解放。

 眼前で輝いていた明星はバインダーとGNバスターライフルから送られた膨大な粒子の供給で押し戻される。

 先のナナの攻撃で敵機のバスターライフルを破壊した成果もあり威力は完全にこちらが上だ。粒子の波は敵機を覆うよう超大な奔流となって襲い掛かる。

 火力負けしたと判断したのか、敵機は照射をやめトランザムでの高機動で無理矢理回避しようと試みる、が。

 

 ───トランザムはガンプラバトルの鉄則として20秒間のみと絶対のタイムリミットが敷かれており、それを過ぎるとオーバーロードを起こし各種性能がダウンしてしまう。

 

 機体色が蒼白色へと戻った敵機は逃げること構わず粒子に呑み込まれ、爆発さえ発生せずに存在を消した。

 それでも進む極太の極光は遥か遥か遠く、やがて小さな粒になるまで彼方へと流れていった。

 

「うぉぉぉおおおおお!! 勝った! 勝ったぞナナ! すげぇぞお前! はははは!」

 

 どうだ見たか、やってやったぞ俺の馬鹿野郎。

 勢いよくヘルメットを脱ぎ、反射する自分を見ようと視線を向ける。

 

「はは──……、は?」

 

 目の色が違う。

 ついでに言うと髪の色も違う。

 瞳は薄蒼、髪は白と少女を連想させる色合い。一瞬誰だか分からなかったが世の中舐めているような大嫌いな顔付きは間違いなく俺だ。

 

「ナナさん、あの、俺の外見変化してるんですけど、何か知りませんか?」

 

 角度を変えても自分の色彩に変化はない。戦闘前は俺自身の顔だったことを考え、ようやくこれがLinkしている状態なのだと理解した。

 すると髪、瞳が元に戻る。Linkが解錠されたのだと思ったが、俺は今さっき自分の意思でヘルメットを脱いだ。その時はまだLink状態だったはずだ。

 

 ───嫌な予感がよぎる。

 

「ナナッ!? おいナナッ!?」

 

 意識の片隅に小さく感じていたナナの存在を感知できず、返事もない。

 ふと異変に気付く。

 視界が白味を帯び何事かと身体へ目をやると、自分を構成していた物質……データなのだろうか、煌めく粒子となって身体の末端から消えて行く。ログアウトが始まったのだろうとどこか冷静な自分が告げた。

 少女は救われたのか、消える意識の中そんな疑問を抱きながら───

 

 ───リュウ・タチバナはアウターから存在を消した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1章18話『それでも手を握った』

「ご、エッ……」

 

 覚醒の切っ掛けは途方もない嘔吐感だった。胸から込み上げる異物達は身体が拒絶する前に口内へ侵入し、とっさに飲み込もうとしたときにはもう遅い。

 胃の内容物が顔にかかり、食道は詰まって呼吸が出来ずのたうち回る。

 返ってきたシーツの感覚でようやく自分はベッドの上で苦しんでいるのだと理解した。

 

 口に吸引機を当てられ無理矢理食道を、胃の内容物を吸い上げられ痛覚を陵辱された。涙を流すことも厭わず痛みに叫んだ。

 

 痛いと。

 苦しいと。

 やめてくれと。

 

 痛みと切なさで感情がグチャグチャにされ、どのくらい叫んだのだろう。徐々に引いていく気持ち悪さの中、ベッドで喘いでいる俺を女性は微笑みながら眺めていた。

 

「気分はどう?」

 

「ガハッ!げほッげほっ!……最悪ですよッ!」

 

「そう、それを聞ければ充分よ」

 

 涙を、口許を拭い部屋を見渡す。10人は居たであろう研究員の姿は見えず、部屋にはベッドに横たわる俺と女性しか見えない……少女の姿は無い。

 

「ナナはッ!?」

 

「心配しなくてもいいわよ、ほら」

 

 女性が右へ1歩。

 すると女性が元に居た位置の後ろ、少女が俺をあの瞳で見つめていた。

 

「ナナッ!」

 

「アンタ達随分仲良くなったみたいね」

 

 改めて姿を見るが顔の儚い印象、淡く白い髪、人形のような薄蒼の瞳に目を離せない。

 

「ってか俺どのくらい寝てたんだ……?」

 

「……20分と19秒です」

 

 どこかで聞いたやり取りに思わず笑う。

 少女の声は薄氷の様に脆く澄んだ声音だ。それでも初めて聞いた肉声に頬が緩む。

 

「アンタのお陰でナナを廃棄せずに済んだ、礼を言うわ」

 

「俺は何もしてません。ナナが全部戦って勝ったんですよ、俺の方が足手まといでした」

 

「へぇ……戦闘データは後でナナから聞くわ」

 

 含み笑いでナナを横目で舐め、女性は続ける。

 

「悪いけど今日ここであったことは他言無用でお願い。破ったら学園都市からの追放、アウターへのアクセス権を永久的に凍結するわ。脅迫するようだけどごめんなさい」

 

「こんなヤバイ実験、首を突っ込んだら危ない事ぐらい分かりますよ、誰にも言いません……けど」

 

 謝罪を口にし視線を逸らす女性の態度は今までのような人を食った声音ではなく、懺悔と複雑めいた感情の色が瞳から見てとれた。

 

「俺の記憶を消去しないんですか? 正直そっちの方が他人にしゃべるリスクが小さいんじゃ」

 

「もうアンタの記憶は消去できない領域まで潜ってるわ、無理に消すとどうなるか分からない」

 

 女性がリモコンを操作し、ご丁寧にいつ撮影したのか俺と思われる脳のスキャン画像が壁に天井に付けられた投影機によって映し出される。

 自分のスキャン画像に興味が湧いて眺めるが、どこがどう記憶が潜ってるのか素人目には理解できない。

 

「タチバナ、悪い知らせと良い知らせどっちから聞きたい?」

 

「なんですか急に……大体こういうのは良い知らせからでしょう」

 

「良い知らせはね」

 

 俺の返答が予測通りと言わんばかりに間髪入れずに紡ぐ。

 だが今までの癪に触るそれとは違い口元には皮肉を感じない僅かな笑みが見て取れた。

 

「今回の実験でナナに負担は殆ど見受けられなかったの、相性が良かったのね。アンタがナナを救ったわ」

 

「ッ!本当ですか!?」

 

 感情の僅かな起伏があったのか、勢いよく向いた俺の視線にナナは少し俯く。

 

「で、悪い知らせはね」

 

 艶やかな唇が開いた。

 嫌な予感、いや───直感が身体を走る。

 

「ナナの実験はまだ終わっていない」

 

「……は?」

 

「今後もナナはアウターで戦闘を行うわ、今回より過酷な戦闘も増えるわね」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!じゃああれですか!?もしナナが戦闘で撃墜されたら!───」

 

「───死ぬわね」

 

 耳を疑った。こんなことがあるのだろうか。

 Link状態のナナは圧倒的な戦闘技術だったが、仮に敵機が増えたり不利な地形で戦闘することがあるのなら勝利は絶対だと頷けない。しかもLinkする相手が居なければ、ナナはモニターの情報が見えていない状態で俺のアイズガンダムで戦うことになる。

 

 いつもならここで影が目の前に現れる。

 自分を甘く誘惑するのだろう、逃げてしまえと、もう充分頑張ったと。

 

 その声は聞こえること無く、未だ俯く少女を見据える。

 

「───俺が出ます、実験か何か知りませんが、俺がナナを救います」

 

 顔が上がる。何を考えているか分からない大きく綺麗な瞳が俺を捉えた。

 

「手を取りました。救うって決めたんです」

 

 ここで逃げたら弱く卑怯な自分が再び現れ、恐らく生涯ずっと後ろ指を指してくるのだろう。

 ソイツをぶち倒すため、俺はあの時少女の手を取った。

 

「───ここで逃げたら自分に顔向け出来ません」

 

「そ、じゃあ頼んだわ」

 

 あくまで軽い口調で返す女性から目を逸らさず数秒、やがて踵を返す。

 女性が部屋の出口へ差し掛かった辺りで再び気持ち悪さが意識を、身体を浸食し始めた。

 

「必要があったら呼ぶわ、それじゃ」

 

 揺れる景色のなかドアがスライドし女性が部屋から消える。少女の方へ目をやり、拘束服に隠れた手、握る何かが目に入った。

 ───アイズガンダム。

 愛機の姿を見た途端吐き気は純粋な眠気へと変わり、抗うこと無く意識は再び暗闇の中へと沈んでいった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1章19話『押し掛け幼女』

 何かが聞こえた気がする。

 音の正体が分からぬまま薄目を開けると久しく見る寮の天井が目に入り、朝日が部屋に射し込んでいた。

 目を擦り、何とか身体を反転させ時計を確認。針は5:00を指しており、二度寝を決意。温もりが残る毛布を頭まで被る。

 

《ピンポーン》

 

 何かが聞こえた気がする。

 チャイムの様な音が聞こえた気がするが恐らく気のせいだろう。

 眠気が両手で手招きしている布団の中で意識は虚ろ虚ろと消え、筆舌しがたい幸福感に身を委ねる。

 

《ピンポーン》

 

 何かが聞こえた気がする。

 明らかにチャイムの音が聞こえたが気のせいということにし、目を瞑る。

 春先のひんやりとした朝の温度と羽毛布団内の温度のギャップがいとおしく、身を縮め、毛布の存在に心から感謝しながら意識を睡眠へと向ける。

 

《ピンポーン》

 

 流石に起きる。

 布団をどけ時計を確認、見違えた訳でもなく時刻は5:00、朝早い訪問者に軽い苛立ちを覚えつつ、姿鏡で寝癖を直す。

 ピンと跳ねた前髪を寝惚け眼につまみ矯正し、スマートフォンを取ろうとテーブルを確認する、が姿が見えずポケットを確認。ある。

 何故ポケットに、と回想したところで昨夜の出来事が鮮明に脳裏に浮かんだ。

 

「夢じゃねぇのか……」

 

 研究棟に実験、拘束服の少女ナナにアウターでの戦闘、そのひとつひとつ全てが目に浮かぶ。最後の記憶はベッドに横たわった所で消えており、何故自分が寮で寝ているのかが謎だ。研究員の誰かが運んだのだろうか。

 吸引機を掛けられたところの回想で吐き気を覚え、気を紛らすためスマートフォンを確認、着信が3件、全てエイジだ。

 

《ピンポーン》

 

「となるとこれもエイジか……どうしたんだアイツ」

 

 覚醒していない身体が転ばぬよう注意しながら玄関へ、覗き穴の向こうには予想通りエイジが外で立っていた。扉を開け朝日が顔に直撃する。最悪だ。

 

「……はえぇよお前、どうした」

 

「悪いな、ランニングしてたらお前の事を探してる子がいてよ」

 

「はぁ?」

 

 ランニングウェアを纏い爽やかな汗をかいているエイジが笑顔で横へずれる。

 

「え、は?」

 

「……おはようございます」

 

 一息間を置いてぽつりと呟く声に聞き覚えがありすぎた。ナナだ。拘束服を着て素足のままの格好に思わず声が漏れる。

 やはりと言うべきか明らかに日常から浮いた外見に、基本多くな事に寛容なエイジが若干ひきつった笑顔で続けた。

 

「朝に学園周りを走ってたらこの子が居てさ、「リュウさんはどこですか?」って開口一番言ってきたから連れてきたんだが……この子誰だ?」

 

「いや、ええと」

 

 顔を近付け小声で問い掛けてくるエイジ。

 脳の処理が追い付かず、しどろもどろで誤魔化していると少女が俺を見る。

 

「ナナ……どうしたんだこんな時間に?……まさか」

 

 全身の毛が逆立つ。途端に痛みに苦しむ少女の姿がフラッシュバックし眩暈を覚えた。研究棟で女性は必要があったら呼ぶと言っていたが、まさかもう来てしまったのか。事情を聞こうにも隣でエイジが怪訝な顔でこっちを見ており、踏み入った話が出来ない。

 どうしたものかと寝起きの頭を何とか回していると少女が長い髪を揺らし扉が開いた俺の部屋へ。その様子をエイジと目を合わせながらも「知らない」と手振り身振りで伝え、受け取ったエイジは珍しく固まり耳打ちを仕掛けた。

 

「リュウ、何もんだあの子、明らかに普通じゃないぞ。正直連れてくるか警備員呼ぶか迷った」

 

「それに関してはサンキュー、アイツは知り合いみたいなもんだ。普通じゃないのは重々分かってるんだけど……上手く説明出来ねぇ」

 

 少女が俺の部屋、玄関でくるりと振り返る。

 何をやるのかとエイジと同時に注目、少女が袖をごそごそと動かし中からあるものが現れた。

 

「アイズガンダム!ナナが持ってたのか、昨日からずっと?」

 

「……不満があります」

 

「は?」

 

 突然の不満の一言を面と向かって言い放ち、少女はアイズガンダムを両手で動かしながら更に続ける。

 

「全身の可動域の改善及び各間接部の補強、即応可能な射撃武装の追加を要求します」

 

 子供のお人形遊びに付き合わされている人形の様にアイズガンダムが、腕があらぬ方向、胴体は反転しバインダーも上下逆に弄ばれる。

 仕舞いには小さな手を振り磨耗した胴体接続部が別れ、昨夜の戦闘よろしく下半身がこちらへ飛びそれをキャッチ。

 

「今日からよろしくお願いします」

 

 無駄な挙動が一切無いおじぎ。

 言葉の真意を掴めぬまま手に持ったアイズガンダムに手汗がじっとりと濡れる。

 俺が声をあげる前に隣のエイジが眼鏡を白くしてナナへと声をかけた。

 

「ナナちゃん……だよね?それでその、今日からよろしくお願いしますっていうのはどういうことかな?」

 

「リュウさんと一緒に暮らします」

 

 眼鏡にヒビが入る。エイジが壊れたロボット、爆破寸前満身創痍の量産機を彷彿とさせる動きでこちらへ顔を向けこちらに答えを求めた。

 無い。そんなものは俺にもない。エイジの首の動きに合わせてナナへ顔を向ける。

 

「ナナさん……?俺何も聞かされてないんですけど?」

 

 再び袖を動かし白い紙が出され、それをなぞりながら極限まで薄められた小さく無感情な声でナナが口を開く。

 

「……昨日は私にあんな酷いことを要求したのに」

 

『ぶッッッ!!!!!』

 

 噴き出す俺とエイジ。

 その様子を気にも留める様子もなくナナは更に溢す。

 

「あんなに凄いの初めて、自分が自分じゃ分からなくなった程に身体が熱かった。身体が壊れるかと思うくらい激しかったです。……あの続きを今から始めましょう、来て」

 

 白い紙から目を離さないまま、紙とアイズガンダム両方を片手で持ち、ぎこちなく空いた小さな手のひらが俺へと向けられる。

 完全に誰かの入れ知恵だ。誰かではない、完全にあの女博士の仕業だ。

 

「リュウ、お前がどんな女の子を好きになるか俺はとやかく言わない。幸せにな」

 

「どこ見てんのエイジくん!?遠い空を見上げながら涙流すのやめてねッ!」

 

「だがよ……リュウ」

 

 エイジが青春漫画の1ページの如く朝日に向かって泣いて、踵を返し……走った!

 

「そういう事はお互い大人になってからやってくれぇぇええ!!」

 

「ヤってねぇよ!誤解だ誤解!」

 

「えっち!ロリコン!末永く爆発しろぉぉぉおおお!!」

 

「昨日今日でお前キャラクターブレすぎじゃね!?あぁ畜生!姿がもう小さく!」

 

 嘆きも虚しく森の中へと消えていくエイジ。

 朝から騒ぎすぎたせいか他の寮生が住む部屋からも物音が聞こえ始め、とりあえずは部屋へと戻る。

 朝日の明かりを失った室内は別段暗く見え、少女の蒼い瞳が夜の獣のように際立って見えた。

 

「……機動性運動性は問題ないです、要望は先程言った通り」

 

「待て待て待て、まずどこまでが本気なんだお前」

 

「質問の意図が分かりません、どこまでとは?」

 

「急に押し掛けて同棲とか意味分かんねぇよ、どういうつもりだ」

 

「博士が言っていました」

 

「なんて?」

 

「同棲しろと」

 

「同棲する意味が聞きたいの!ナナくん!」

 

「……」

 

 会話終了。埒が明かない。

 ナナの事だ、あの女博士の言われたままを鵜呑みして行動に移した事は概ね理解した。

 立ち話もなんだと部屋の奥へ招き入れ座布団を適当に敷き、飲み物を出そうと冷蔵庫を探る。丁度良いペットボトルのカフェオレが目に入った。

 

『で、同棲する意味が知りたいのよね?』

 

「うぉおッ!?痛っ!!はぁ!?」

 

 驚きの連続で立ち上がる拍子に取っ手が頭に激突。

 声が聞こえた方向はナナしか居ない、そのナナが袖をこちらへ向けている。

 

『朝からうるさいわね』

 

「そりゃうるさくもなるわっ!朝から驚愕の連続っすよ!ほんと何者なんだよアンタ!」

 

『天才よ』

 

「なんだ天才か、なら問題な……いやちょっと待った」

 

 袖の中身は暗く確認できないが、恐らく通信機的な物で音声を飛ばしてるのだろう。

 カフェオレをコップに注ぎナナの手元へ置き、正面に座る。たんこぶになった頭を擦っているとカフェオレを凝視するナナの袖からまたもや声が。

 

『同棲の理由は簡単よ、アンタとナナのLink係数を高めるためにはお互い一緒に居る時間が多い方が良いの』

 

「急過ぎますよ!こっちは準備も出来てないし、そもそも男子寮ですよここ!」

 

『アンタの事情よりナナの方が遥かに大事なのよ、アウターにとっても。……それともナナを救うってのは嘘なわけ?』

 

 声音が変わる。

 考えてみれば稼働初日のアウターで人命に関わるような実験をしている人だ、目的は分からないがかなり暗部な面までアウターに通じているのは想像に容易い。

 

『アンタ今年から3年でしょ、しかも選択科目は取ってないし丁度良いじゃない』

 

「……調べたんですか」

 

『調べたというか、まぁそうね。寮にも許可は取ったし同棲することで外面を気にする必要は無いわ』

 

「ほんとなにもんだよ……」

 

『溜め息ばかりね、ネガティブな感情はLinkに悪影響を及ぼすわ』

 

 溜め息も出るわ、と突っ込む気にもなれず、コップのカフェオレを飲み下す。

 

「俺はじゃあこの際良いですよ、ならナナの事情はどうなんですか?家に返さないとでしょう?」

 

 返事が返ってくる訳でもなく無言。

 ナナの大きな袖口を注視していると、ナナもこちらを見ている事に気付いた。カフェオレが入ってたコップだ。

 

「どうした、それナナのだぞ。もしかして嫌いだったか?」

 

「初めて見た飲み物」

 

 

 アイズガンダムを置き、コップの温度を確かめながら恐る恐る両手で支え、舌で舐めた。

 

「苦いです」

 

「マジかよ……」

 

 空のペットボトルを確認。生乳70%配合の謳い文句と原材料名の2番目に表記された砂糖の文字。何より先程飲んだ味からは苦さは殆ど感じず、むしろ俺のような甘党の為に作られた飲み物と思えた。しかし10歳にも満たない少女的には苦いと思うのだろうか?

 

『あははははっ!アンタまだ気付いてないの?』

 

「うわ、何ですか急に」

 

 突然の通信音。女性が演技をしているわけにも聞こえず笑い出し若干引く。

 

「まぁいいわ、今度会ったら教える。ナナの家は大丈夫よ、親御さんからも許可を頂いてるから安心して同棲しなさい」

 

「分かりました分かりましたよ、どうせ俺が文句言おうと全て対策してるんですよね?」

 

「良く分かったわね、その通りよ」

 

「はぁ~~~」

 

 先程目覚めてから何度目の溜め息だろうか、この数十分だけで白髪が増えてそうで気が滅入る。

 目の前のナナは苦いと言いながらもちびちびと舐めながらカフェオレを堪能しており心なしか嬉しそうにも見えた。

 

『タチバナ』

 

「今度は何ですか」

 

『───ナナの事、頼んだわよ』

 

 告げられた言葉には力があった。

 通信越しでも伝わる意志、迫力、そして託されたという事実が実感として初めて感じた。

 

「んなこと言われたら……、断れないですよ」

 

『なら良かった、心を込めた甲斐があったわ』

 

「あ!それとですね、何ですかさっきナナに読ませた手紙の内容!あれで完全に友達から誤解されたんですよ!」

 

『──しまった!妨害電波!タチバナ悪いけどここで通信を切るわ、何かあったら呼ぶから!』

 

「誤魔化したッ!今のは俺でも分かりましたよ!説明してくださいよ!ちょっと!」

 

『……』

 

「マイペースかッ!」

 

 一方的に通信を切られ、後ろのベッドへもたれかかるとどっと疲れが押し寄せてきた。

 正直このまま2度寝を決め込みたいが、口にカフェオレのひげを作った少女が視線を嫌なほど送っており、無下にもできず「どうした」と天井を眺めがら問う。

 

「……おかわり」

 

「苦いんじゃねぇのかい!」

 

「苦いと美味しいは別問題、世の中には苦味がある食べ物が多くありそれらを好んで食べる人間も───」

 

「あー!分かった分かった!おかわりな!?」

 

 少女の長くなりそうな言い訳を遮り再び冷蔵庫へ。頭を打った際に軽く変形した棚を微妙な心境で眺めながら扉を開ける。カフェオレは無い。

 

「悪いナナ、カフェオレ切れた」

 

「……」

 

「無言で睨むな!昨日から言おうとしたけど怖ぇよそれ!」

 

 俺が元の位置に戻るため移動しているときも、一昔前のロボットが人を認知したときのように視線は俺から離れない。

 

 ───問題は山積みだ。

 

 同棲する為の生活用品の購入、ガンプラの修理、補強、改造。ナナの年齢も考えコンビニ弁当ではなく料理を作らなくてはならず、その為の食材も買わなければならない。

 

「そういえばナナくん、きみ服は他にあるの?」

 

「ないです」

 

「ガッデスッッ!!」

 

 頭を表現過多で抱える。どうやらナナの服もどうにかしなければいけないらしい。

 あの女博士、俺が貯金を蓄えている常識人じゃなかったらどうしてたのだろうか。

 

「ともあれ、これから何をするか決まったなナナ」

 

 思いきり身体を伸ばし大きく欠伸。朝日を浴びた影響もあり、頭にこびりついた眠気も僅かだ。

 

「買い物いくぞ!……学園都市探索だ!」

 

「了解です」

 

 想像通りのやる気を感じない一辺倒の返答に危うくこちらのやる気までも下がりそうになる。今目の前の問題を片付けるには買い物は絶対必要な急務だ、そして昨日オープンしたばかりの学園都市内のショッピングモール、昼頃いけば見物客や新しく移住してきた人達で溢れかえっているだろうが今の時間から向かえば人が少ない内に買い物が出来るだろう。

 何より女性はああ言ったがナナを他の寮生に見られるのが追求もされそうで面倒だ、早いうちに出てしまって早いうちに帰ってくるとしよう。

 思いもよらない同棲という宣告で、アウターや学園都市での生活、そしてプロを目指すためのスケジュールに早くも影が差したが。

 

「どうかしましたか」

 

「いんや、何でもない」

 

 成り行きから救うと決めた少女、そしてこの先待ち受ける実戦と呼ばれていた命を懸けた戦闘。

 

「これからよろしくな、ナナ」

 

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 

 ───不謹慎ながらも新しく取り巻いた事情にどこか嬉しい気持ちが沸いてくるのが抑えられなかった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 Nitoro:Nanoparticle起動実験中の事故について

 当該接続者の任務放棄及び非任務参加者での緊急臨時認証試験。

 

 ───精神汚染……無

 ───記憶障害……微

 

 ・……実験継続に問題無いと判断し非任務参加者を今後正式な接続者とする。

 ・……過去に被験体αとの接触経験有り。概要する記憶を消去すると共にプロテクトし経過の観察を継続。

 ・……情報の外部漏洩及びNitoro:Nanoparticleが制御不能に陥った場合は機密保持の為、国家禁則法3条により殺害を許可する。また前接続者の行方は未だ特定出来ず引き続き捜索を続ける。

 

 ───以後接続者をリュウ・タチバナとしNitoro:Nanoparticle被験体とする。

 

 本案件は国家最重要機密の為、確認次第メールを処分されたし。




【1章あとがき】
 ガンダムビルドアウターズ1章を最後までご覧いただき誠にありがとうございます。
 折角あとがきという項目があるのでこの小説が創られた経緯をつらつらと自分語りしていきたいと思います。

 ──ビルドアウターズを書こうと思ったきっかけは今年春に行ったオフ会。

 ガンダムビルドファイターズの興奮が冷めぬまま早4年近い年月が経ち、その間脳内で物語を構想しつつも途中で投げ出す事が続いていた訳ですが、オフ会を行った当時も1つの構想を抱えたまま「考える分は面白いけどまた少しずつ薄れていって捨てちゃうんだろうなあ」と考えておりました。

 ──その方は心から尊敬するモデラーの方の1人で、正直2人きりで会うのは胃が口から飛び出そうなほど緊張していたのを覚えています。

 その方と模型店を巡り適当なラーメン屋で昼食を済ませ我が家の自室へ、大きめなキャリーケースから慎重に出されたガンプラを運ぶケースに興奮しながら遂にご開帳。Twitterで見た憧れの作品が目の前にあることに感動し快く自分のガンプラとの撮影を許可してくれました。

 話をする内に徐々に打ち解け話題は『俺ガンプラ』へ移行、自分達がお互い俺ガンプラの詳細や機体性能、武装の特徴、大きさ、作られた経緯、パイロット等等を話し尽くし午後1時から始められた俺ガンプラ紹介の終わりは夕方6時でした。
 飲料水をお互い買わない痛恨のミスで喉もカラカラのまま、文字通りノンストップで語りあう妄想の場は端から見れば変態そのものでしょう、それほどの熱量と内容の深さでした。

 ──オフ会は余熱を残したまま終了し次の月、今度は他の方とオフ会。

 宇宙世紀の機体を好む印象の彼はまたマニアックな機体を完成させ、先のオフ会のようにお互い語り尽くしあいました。
 その時思いました。彼らの俺ガンプラは彼らの中で確かに動き、アニメさながらの機動で戦場を駆け抜けているのだと。そしてそれは自分も同じでした。

 ──何か出来ることはないか。

 ガンプラを初めて早5年、惰性で過ぎ去った日々が大半ですがそれでも自分はガンプラが好きで、この界隈に何か自分が出来ることは無いかと探しておりました。
 そこで気付いたのは、自分は他人より拙文ではあるが文章が書けること。他人のガンプラとそのガンプラを語っている人が好きなことでした。

 それからいつしか捨てられる妄想であった「ガンプラ小説」が自分の中で確かに形付けられ本格的に構想を始めようと決意、この時点で2018年4月半ば。
 多くの人に読んでもらう工夫を無い頭で考え、まずはキャラクターだろうと知り合いの絵師に連絡し直接会って意見を述べて、絵を描いてくれることを快く引き受けてくれました。

 それから様々なガンプラをTwitterで拝見し好きなガンプラには遠慮なくコメント。製作者が語る俺ガンプラへの愛を小説を自分なりに噛み砕き、咀嚼し、糧として仕事休憩や仕事終わりそれから休日と執筆の毎日。
 1章が書き終わった時点でフォロワー様に連絡をとり(内容としてはこちらから「貴方の作品かっこいいです!好きです!小説に出させて下さい!との突然の爆弾発言、殆どテロでした……驚かれた方にはこの場で御詫びします」)小説をTwitterで宣伝するタイミングで参戦俺ガンプラを告知。参戦を許可してくださった方々には感謝しかありません。それから文章を修正しながらいつの間にか1章が完成して、今に至るわけであります。

 そして現在、嬉しいことにこちらからお声がけした以外の方々から「自分のガンプラを小説に出してください」とリプライを頂くことが増え嬉しい悲鳴をあげております、勿論画像を頂いたガンプラ全機体を描写させて頂きます。
 ネット小説というジャンルの中でもマイナーなガンプラ小説界隈ですが、そちらに一石投じることが出来れば本望です。

 重ね重ねになりますがガンダムビルドアウターズ1章を最後までご覧いただき誠にありがとうございました。来月またお会いできることを楽しみにしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2章
2章1話『第3学区でお買い物』


 ───リュウが春休みの際に行った調査によれば『学園都市第3学区』は萌煌学園と隣接した学区の1つであり、土地の広さは60.03平方キロメートルと他の学区と比べてやや小さいのが特徴の1つだ。

 将来的にガンプラに関する職業を目指す生徒が在籍しているエスカレーター式の中学校、高等学校が学区端に建てられておりこれは全国の応募から当選した中高一貫の学校が丸ごと移設されている形だ。第3学区に限った話ではないが学区に存在している教育機関の生徒はほぼ全員学校から貸し出されている寮に集団で生活しており、その数平均300人。校舎は数年の工事で新たに建設されたもので、学校の広さは萌煌学園と比べれば大きく劣るが設備は最新鋭の物が取り揃えられ、中でもここ第3学区の【爛苗(らんびょう)学園】はガンプラで行うショーやパレードといった催し事に特化しているのが特徴だ。更に第3学区は商業施設にも力が加えられており、世界最大規模の広さ誇るガンプラショップを初めとした大型ショッピング街が敷地の大半を占めている。

 当初懸念されていたのは通勤や生徒の登校ラッシュによる交通機関の渋滞だがリニアモーターカー、無人バス地下鉄その他多くの交通機関が24時間ノンストップで動いており、配布されたアウターギアを持っているだけで乗車手続きの手間は必要ない。これらの画期的かつ実験的な要素が含まれた学区のシステムは学園都市解禁前からマスコミによって大きく報道され学園都市が世界から注目される要因の1つとなった。

 

 ───そして現在時刻は9:30。

 

「お待たせいたしました。こちらでしたらとてもお似合いになると思います」

 

「うぉお……似合うだってよナナ、その服でいいか?」

 

「問題ないです」

 

 女性スタッフがカーテンを開き、今までの拘束服から一変、少女が相変わらずの無表情でしかし服は様変わりしていた。

 

 一言で言えば可憐な印象だ。黒を基調としドレスの様な意匠が随所見られる洋服にすらりと伸びた脚。日本人が着ればやや浮いた印象からコスプレに見えるであろう服の外見は、艶やかかつ淡い白色の髪と薄蒼の瞳を持つ少女が着ることによって見事幼さとドレスの彩りが放つ淑女らしさが高次元で両立されている。リュウは試着室から出てきた少女の劇的な変わり様を喜びと驚きの感情でまじまじと眺め、少なくとも拘束服よりはよっぽど年相応の少女らしいと笑顔を店員へ向けた。

 

「この服でお願いします」

「ありがとうございます、会計はこちらで」

 

 動作一つ一つにマナーの良さが滲む店員に思わずこちらも笑顔で返してしまう。普段こういった店に入ることは少なくないのだが店員の接客態度が群を抜いてこの店は高く、女性が姿勢に足取りと男の自分でも見とれるような振る舞いでエスコートし水鳥の雛のように俺とナナが後に続く。

 衣料品店【エクターゼ】はスマートフォンによると、この第3学区で最も大きな衣料品店だ。全3階までなる建物には日本のメーカーは勿論のこと世界でも有名なブランド衣料も取り揃えており、価格も学生に優しく良心的と至り尽くせりの名店だ。日本に【エクターゼ】が出来て5年程だが、今では全国へ規模の拡大を続け各都道府県の大きな都市には大体見かける程に一般的かつ人気店である。

 

 それでも会計で表示された金額は普段単発のアルバイトをこなしてやや豊かな生活費と模型費分しか稼いでいない自分には手痛い出費であり断腸の思いで紙幣を数枚支払う事となった。

 

「っかしいなぁ、ガンプラの出費と生活費の出費、値段は同じはずなのにどうしてこうも金銭感覚が違うんだろう……」

 

 店を出る間際、店員の挨拶もおざなりに疑問を溢す。──第3学区に来た目的の内1つであるナナの衣類等の購入を済ませ、残すは模型店での買い物……なのだが、これで買って良かったと思えるような買い物なら心持ちも違うのだろうが隣の少女は喜ぶ様子もなく、ただただ自分の動きに合わせて付いてくるだけ。服の事についての言及なし。

 

「まぁ女の子だしそこら辺は色々複雑なのか?」

 

「?」

 

 僅かに首を傾かせ疑問の意をこちらに示すがそれを少女の頭に手を置き受け流す。

 そもそも自分は少女──ナナの事を何も知らない。出自から好きな食べ物、年齢さえも知らずナナも俺の事は同様に知らない。頭に置かれた手に異を唱えることもなくこちらを見つめる薄蒼の瞳からは少なくとも感情の色が伺えなかった。

 

「ナナは俺みたいな何も知らない奴と一緒に暮らせって言われて平気なのか?」

 

「問題ありません、博士が決めたことです」

 

「さいですか」

 

 視線も合わせず淡々と告げる。言葉に棘を感じないのは本人が本心からそう思っているに違いない。……違いない。

 時間を見付け女博士から聞き出すことは多そうだと、衣類と生活用品がいっぱいになった袋を持ち上げたその時、食い込んだ持ち手から来る痛みと共に見慣れた人影が道路を挟んだ正面の店から出てくる。

 

「リュウ! ここの模型店凄いぞ、品揃えが地元とダンチだ!」

 

「マジかエイジでかした! すぐ行くから待ってくれ! ナナ、行くぞ!」

 

 エイジが満面の笑みで手をぶんぶんと振ってくる。こちらも手を振り返し、ふと隣のナナを横目で見る。少女は少し間を置いて手を小さく動かし何かをしようとするが、本人自体が行動の意味を理解していないのか手の動きはどうもぎこちない。

 

「ナナ、こうやって」

 

「……?」

 

 少女の手を取り、何倍にも大きく動きを増幅させる。先程は何をしているのか分からない動作も今見れば立派な手を振る挨拶だ。

 

「これはまぁ、あいさつって言うんだが、分かるか?」

 

「あい……さつ」

 

 初めて口にしたものをゆっくりと飲み込むように言葉を反復した。少女に添えた手を慎重に離し少女は1人でに小さな手を動かす。ひらひらと続けられる動作は表情のギャップも相まってどこか微笑ましい。

 片手で服の裾を小さく摘まむ仕草から言葉で表現できない大事な何かが少女の心で動いているような気がしてならなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2章2話『バウトシステム』

「リュウ、それにしても良くオレを誘えたな?」

 

「だからそっちの誤解だって、さっき話しただろ?人に言えない事情で俺とナナは同棲することになったの!」

 

 台詞に毒を含めながら横目でこちらへと投げ掛ける。全くもって誤解そのものなのだが事情が事情のため説明しずらく、第3学区探索という名目を建前になし崩しの形でエイジに同行するよう懇願した。渋々承諾した後合流した際に見たエイジの顔は形容しがたい表情をしており今でも思い出しただけで笑いが込み上げてくる。

 

「誘拐犯でももう少しマトモな嘘をつくな」

 

「仕方ねーだろ!本当の事なんだから!」

 

 何度繰り返したか、少なくとも4度目を迎えるエイジの追及をありのまま弁解する。女博士に他言無用と言われた以上、ナナの事を他人に話すわけにはいかず、自分の友人関係を把握している幼馴染みのエイジにもその制約は当てはまってしまう。ならばいっそ誤魔化す事を止め、同棲することだけにポイントを絞って伝えたがかえって不審がられた。

 

「ナナちゃん? この男に弱味を握られてるなら正直に言ってごらん、お兄さんが今すぐお巡りさんを呼んであげるからね」

 

「……詳細は言えませんが同棲することは事実です。リュウさんが同棲すると言ったら私はそれに従います」

 

「もしもし警察ですか?」

 

「エイジくん!? 携帯を耳にかざすの止めてね!?」

 

 店内で魂からの叫びが木霊し何事かと覗いてきたお客さんや店員に全力で謝り倒す。やがてエイジが携帯を仕舞い、リュウとナナを見比べて軽く吹き出した。

 

「冗談だよ、お前が本気な事くらいオレに分かる。事情が言えないなら仕方ないな」

 

「エイジ……」

 

「話せるときが来たら話してくれよ? 流石に逮捕されてからじゃ何も出来ないからな」

 

「誘拐から離れろお前!」

 

 お互い笑い合う。他人には話せない事情があるときほど親友という存在の大きさに助けられる。エイジは学園生活でも最も過ごした時間が多かった為、まずはエイジに事情を説明しておかないと後々面倒になることは必至だった。

 

 ───気を取り直して目の前の棚、豊富なキットからアイズガンダムの改造に使えそうな物を選ぶ。

 

 目を付けたのは機動戦士ガンダム00シリーズの機体。同作品内ということもありキットの構造上改造しやすく、武装も規格が同じものが多いため取り付けやすい。視界に入るだけでも、火力向上に一役買う武装が豊富なガンダムヴァーチェ、機動力運動性のアヴァランチエクシアダッシュ、無線誘導兵装と大型剣を持つガンダムスローネツヴァイ、この他にも数多く機動戦士ガンダム00のガンプラが棚に番号順で並べられており時間が許すのであればこれら全てのガンプラとアイズガンダムの相性を試したい気に駆られる。

 アイズガンダムは背中のバインダーを外すとアイガンダムとなり高性能汎用機としても運用できる。アイガンダムは様々な武装や改造を施すことによって近接戦闘重視や射撃戦闘重視といった様々なガンプラになれるポテンシャルを持つ反面、キットに封入されたGNドライブでは無改造の場合出力が抑えめの為特化機体には遅れを取ってしまう、悪く言えば器用貧乏な機体だ。

 故にファイター、ビルダーの腕と技量が試される機体なのだが自分自身アイガンダムの改造は未だ完成を見ず、代わりにアイズガンダムや機体性能が似た別の機体を愛機としてバトルを行ってきた。

 

「これも運命かね」

 

 らしくない台詞と自嘲しつつも小さく溢す。

 行き詰まっていて放置をしていたアイガンダム、アイズガンダムの強化と改造を要求してきたナナ。この機会に改造しろと言わんばかりのシチュエーションだ。手始めに幾つか候補を買い物カートに放り込む。この時のポイントはインスピレーションが働いたキットを見掛けたら迷いなく購入することだ、経験上店内でじっくり脳内ミキシングを行ったキットを購入した際、日にちが経つと大体何故購入したのか分からないキットが生まれてしまう。それよりか直感的に良いと反応したキットの方が改造には個人的に役立つ事が多い。……エイジはこの自論とは真逆の思考を持つため下手に言葉に出すと喧嘩に勃発すること請け負いだ。

 ガデッサの箱を眺めがら思い更けていると隣、ナナが膨大な量のガンプラに視線を右往左往させていた。そんな少女に近付き、腰を低くして少女と同じ目線でガンプラを眺める。

 

「好きなガンプラ1つ買ってやるぞ?」

 

「……好きなガンプラはありません、こうしてガンプラが売られている所を見たのは初めてです」

 

「え、マジ?」

 

「付け加えるならばガンダムという作品も見たことがありません」

 

 いつか見た時を彷彿とするような、申し訳なさそうに俯くナナ。だとすればこの少女は知らないアニメの知らないロボットを命令されて動かせと言われたのか。少女の経緯を勝手ながら想像すると拳に掛かる力が強まった。

 

「おし分かった、もしも欲しいガンプラがあったら言ってくれな、俺が買ってやる」

 

「あり……がとうございます。では探してきます」

 

 返答短く少女が隣を離れる。ガンプラに興味自体が無かったらどうしたものかと内心肝を冷やしていたが、棚の始めに向かった事を見るとその心配は無いようだ。

 同じように様子を伺っていたエイジが小声で話しかけてくる。

 

「ナナちゃん、ガンダムそのものを知らないんだな」

 

「らしいな、学園都市に居る人間は殆どがファイターのハズだけど、ナナは例外なのか?」

 

「なのかって、それは知らないのかよリュウ」

 

「事情が複雑なもんで」

 

 手に持ったガデッサをカートへ入れる。気付けば多くのキットが小山になっている状況に財布の中身を心配した、──最後の砦であるクレジットカードがあるため幾分か気持ちは紛れるが、それでも今日の出費の量は1人暮らし始めたとき以来久し振りの金額だ。

 

「まぁナナちゃん女の子だから欲しいのはベアッガイシリーズやプチッガイ系統だろ」

 

「だよなー、売り手も女性をターゲットとして売り出すくらいには可愛いしな」

 

「……リュウさん、欲しいガンプラが見付かりました」

 

 談笑しているとナナが隣の定位置へ。ナナが向かっていったコーナーはプチッガイが置いてある棚とは違うハズだが、他に可愛いガンプラでも見付けたのだろうか。咄嗟に思い付いたのはジオン水泳部やグーン、カプルといった水中用モビルスーツ。

 「こっちです」と案内され付いていくと宇宙世紀コーナーへ。予想通り水泳部かと思ったがナナの視線は棚の一番上を指していた。

 

「リュウさん、あのガンプラが欲しいです」

 

『デ……デ』

 

 ───有り得ない、そんな事はあるハズないと自分の中の常識が音を立てて崩れる。隣のエイジも戦慄の表情で2人揃って今日一番の大声をあげた。

 

『デンドロビウムぅぅうッッ!?』

 

「ダメ……でしょうか」

 

 再び何事かと様子を見に来た店員とお客さんに全力で謝り倒し、経緯を聞くためナナへ。

 好きなガンプラを1つ買ってやると言った手前少女の申し出を断るのは気が引ける、だがデンドロビウム。圧倒的存在感を放つ棚最上段のキットをなぜ少女が選んだのか、言葉を選び一息置いてから慎重に聞き出した。

 

「ちなみにナナさん。あの、どういった理由でデンドロビウムを選んだのでしょうか」

 

「MSとしても高性能なステイメンをコアユニットとし、多種多様な兵装で敵を撃破する……機動性も高く接近されてもコアユニットであるステイメンが赴けば対応可能な万能機、総じて様々な戦闘任務を圧倒的な火力で成功に導ける機体だと思ったからです、駄目でしょうか」

 

「デ、デンドロビウムのことを知ってたような口振りだけど、もしかして以前に何かあった?」

 

「いえ、ここから箱に書かれている説明を読みました」

 

 目を凝らす。ここからでは点でしか見えない文字だがナナには見えたのだろうか。自分の視力は1.2と健康そのものだがそれでもやはり何が書かれているかは把握できない。

 驚いたのはそれだけではなく少女がこの上なく饒舌にデンドロビウムを語っていた事だ、自分の予想通りなら少女は……。

 

「ナナ、他のキットに変える気は?」

 

「ありません」

 

 きっぱりと突っぱねられた。アウター内でも年相応の強情な面を見せた事を思い出し頭痛が甦る。こうなるとナナはテコでも動かないと溜め息を大きく吐いた。どうせ買うのは可愛いキットだろうと決めつけていた数分前の自分を怒鳴り付けたい。

 

「ちなみにナナ、ガンプラにはそれぞれレギュレーションってのが設定されてあるんだが、それは知ってるか?」

 

「……知らないです」

 

「エイジくん、説明よろしく」

 

 後ろで未だナナとデンドロビウムを交互に視線を動かしていたエイジへと説明をバトンタッチ。ガンプラバトルのルールは自分よりもエイジが詳しく、初心者に教えるならエイジが適任だ。説明を振られたエイジが咳払いを1つ、ジェスチャーを交えながら口を開いた。

 

「レギュレーションは全部で5つあって、それぞれ200、400、600、800、1000オーバーとあるんだけど、ナナちゃんが選んだデンドロビウムのレギュレーションは800。ここまでは理解できるかな」

 

 エイジの説明に迷いなく頷く、エイジもそれを笑顔で返し説明を続けた。

 

「基本的に公式大会やイベントではレギュレーションを分けられるんだけど、デンドロビウムが入ってるレギュレーション800には他にも強力な機体が沢山属しているコストなんだ。だから何が言いたいのかというと……」

 

 エイジが一瞬言葉を続けるのを俊巡する。

 

「うん。デンドロビウムを使う以上は他の人も強力なガンプラで挑んでくるっていうこと、初心者であるナナちゃんが選ぶにしては少し荷が重いレギュレーションなんだ、分かるかな」

 

「熟練者向けのレギュレーションということですね、バトルの仕様を理解した状態でないと試合すら成立しない、こういうことでしょうか」

 

 目を見開く。エイジの言葉から返答まで間隔が無かったが、もしかすると聞いたことを脳内で理解するスピードが相当に早いのか、ナナが変わらぬ表情でエイジへと告げた。

 

「それでも私はデンドロビウムが欲しいです」

 

「リュウ、ナナちゃんは本当にアレが欲しいらしい、諦めろ」

 

「マジかよ……」

 

 ガンプラを初めて購入する人間がデンドロビウムを選んだなんて話を聞いたことがない。ナナを見ると視線はデンドロビウムに戻っており、心なしか瞳は輝いているようだった。

 覚悟を決め棚へと手を伸ばす。予想よりも重い箱は数多いガンプラの中でも最大級の大きさを誇り、手にしたときの重みが凄まじい。

 悲しいかな、箱の重さとは裏腹に財布はどんどん軽くなっていくような気がしてならなかった。

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 春の陽気な陽射しが照り付け額に汗の粒が滲む。歩道に設置されてある新品の長椅子に腰掛け喉の乾きを缶ジュースで潤す自分に、リュウは向かいのカフェで高そうな飲み物を嗜む人達と自分達を比べ心に貧しさを若干覚える。

 500㎜の缶ジュースを勿体ないとちびちびと飲む傍ら、すぐ隣を座り本人曰く人生初めて飲むココアに舌鼓を打つ少女の様子を介護センターの老人のようにエイジとリュウはほのぼのとした心境で眺めていた。

 

「リュウさん、早く家に向かいガンプラを組みましょう」

 

「うん、ちょっとだけ休ませてねナナくん。心の傷を癒す時間が少しだけ欲しいな俺」

 

 予想外過ぎる出費に財布の残金は雀の涙、プチッガイ600円を遥かに上回るデンドロビウムの金額に半ば放心気味にリュウは答える。クレジットカードの残高を考えながら向かいの歩道を闊歩する鳩をぼんやりと眺める視界の傍ら、少女が巨大な箱が入った袋に興味津々なのは喜ばしいことこの上ない、むしろその反応だけが救いだった。

 

「デンドロビウムは組むの大変だぞ、投げ出さないって約束出来るか?」

 

「出来ます、最後まで組みます」

 

「ペットをねだる子供みてぇだな」

 

 普段より2割増しの返事で確固たる意思を示し、鼻息荒くこちらを向いた少女にリュウは観念した。

 

「そんな財布事情がお困りのリュウくんに耳寄りの情報があるんだな」

 

 エイジが視界に割り込み含んだ笑みを浮かべる、その顔には普段かけている眼鏡が見当たらず、代わりにアウターギアが掛けられていた。わざとらしい演技口調に苛立ちを覚えつつも視線で返答する。

 

「リュウ、アウターギア持ってきてるか」

 

「アウターギア? 確かあるぞ」

 

 バッグを漁り特徴的な形状であるアウターギアを取り出した。眼鏡を半分割にしたようなフォルム、細いラインがサイコフレームのように発光しているデザインは、学園都市に在籍している証でもあり電脳世界アウターへログインするための端末だ。カラーは複数から選ぶことが出来、白と蒼のカラーリングで彩られたアウターギアはリュウのトレードカラーでもある。

 

 エイジが促し言われるがまま装着。こんな街中でログインするのかと疑問を覚えるがエイジがアウターギアの側面に幾つか存在するボタンを指で叩き意図に気づく。

 直感でログインする際に入力するものとは違うボタンを起動、すると片側の視界がホロスクリーンに覆われエイジの頭上にステータスのようなものが表示された。

 

「すげぇ!なんだこれ!」

 

「アウターギアはアウターへログインする機能だけじゃなくて他にも便利で画期的な要素が多く備わってる、学園の説明会を寝てたから知らないと思ってたが予想通りだったな」

 

 腹が立つどや顔に何か言い返そうとする気も目の前の光景にすぐさま消え失せる。カフェでくつろぐ客、歩道を歩くカップル、そしてエイジと等しく頭上に表示されているのは恐らく戦績、そして使用しているガンプラのデータだ。エイジには10戦7勝、カフェの客は5戦2勝と表記され視線でフリックすると団体戦、フォース戦、ミッション成功率といった具合にその人物のアウターでの記録が映される。視界右下に映されている1戦1勝は自分の戦績だろうとリュウは機能に感心した。

 

「すげぇ、すげぇけど俺の財布事情とアウターギアがどういう繋がりがあるんだ?」

 

「こういう繋がりがある」

 

「は?───え?」

 

 〔〔Eijiからガンプラバトルを申し込まれています〕〕

 

 表示された文字に目を疑った。訳がわからず表示を見つめると試合形式が細かく掲載されたページが開き、戦闘区域には現実世界でリュウが今まさしく立っている場が表記されている。視線で画面が操作できるのか。

 

「リュウ」

 

 エイジが荷物を置いてその場から後退しやがて止まる、そして両手を宙に構える姿勢には嫌と言うほど見覚えがあった。

 視線をフリックしバトルを受ける項目に視線を合わせエイジを見据える。

 

「世界でもこの学園都市にしか搭載されていないシステム」

 

 つい先程まで歩道だった地面が波紋と共に一瞬明滅し空間へきらびやかな結晶が散りばめられる。粒子はエイジとリュウを挟んで集まり、バトルフィールド【プラクティス】が見る見るうちに形成された。本来ならデバイスとガンプラを設置するスペースには蛍が集う様に粒子が収束する。やがて形が変化し愛機──アイズガンダムが姿を現した。

 

「学園都市を構成する全てにプラフスキー粒子、バトルシステムが内蔵され道行く人とその場でガンプラバトルが出来る夢のシステム───そう、これが!」

 

 見ればアイズガンダムは素組みではなく寮に置いてきたアイズガンダムと同じ改造が施されている、察するにアウターギアに登録されたガンプラのデータをプラフスキー粒子が象っている、ということなのだろうか。

 

「学園都市限定適用路上ガンプラバトルシステム、【バウトシステム】だ!……行くぞリュウッ!」

 

 状況を掴めないまま操縦棍を握り、アイズガンダムは筐体でのバトルと遜色無く変わらぬ雄々しい姿でバトルフィールドへと飛翔した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2章3話『ビームコーティング』

 正方形モノクロの空間に無機質な床、空は灰色。フィールド四方隅に点在する形で設置されたモビルスーツ大のブロック。主に機体練習やCPUとのバトルで使用されるバトルフィールド【プラクティス】と呼ばれるこのステージは1on1でのガンプラバトルの際にランダムで選ばれるステージの1つだ。その中央、格闘を仕掛けるには遠く射撃戦を始めるには近い位置で相対する2機のモビルスーツは片方がアイズガンダム、もう片方は紫に光るモノアイで睨みを利かせていた。灰色の機体色にワンポイントの赤色が彼のパーソナルカラーであり、リュウが知るエイジの相棒である。

 

 ───型式番号BAMX-011機体名ザクⅢ・ウェポティカルアームズ。

 

 まず目を引くのは武器腕に換装された左腕。バックパックのタンクから直接ケーブルでエネルギーを供給される大型のビームガトリングに複数の実弾火器が取り付けられたこの装備は、武器腕のメリットである超重量大型兵器を片手に装備可能な点を最大限活かした兵装だ。通常のモビルスーツでは担ぐ事しか出来ないこの弩級兵器は見た目に違わず強力な威力を誇り、ガトリングと実弾火器の掃射のみで射線上の対象を悉く殲滅可能である。

 近接戦闘を想定されたヒートサーベルは右腕に装備され、右肩部には大型ワイヤーアンカー、継続戦闘能力を向上させる追加のプロペラントタンクは腰後部に取り付けられている。

 以上の点から機体重量の増加と機動力の低下が懸念されるが、ザクⅢが元から持つ恵まれた推進力及び空力を考えられてシャープ化された各部によって機体速度は大きなシルエットから想像される速度よりかは断然早い。

 

 リュウは久しく見るエイジの愛機に懐かしさと多くの敗北した経験が脳裏に焼き付く。

 アイズガンダムのバインダーをいつでもハイスピードモードへ移行できるよう左手に力を込め、幾多の敗北を味あわされたガトリングを警戒する。

 

「リュウ、バウトシステムについての説明は聞くか?」

 

 オープン回線でエイジの声がコックピットに響き、左操縦棍から手を離さずこちらも回線を開いた。

 

「知ってるだけ教えてくれ、後になって知らなかったから損をしたなんて嫌だぞ」

 

「おーけー了解。だが何ぶん情報が多くてな、今回のバトルに関わりそうな事だけ教える」

 

 するとモニターに項目が表示される。どうやら先程エイジが口に出したバウトシステムと呼ばれるルールの詳細らしい。エイジのやり取りに騙し討ちの気配が無いと判断し画面へと意識を集中させる。

 

 ──【バウトシステム】、学園都市内でのガンプラバトルに適用されるルール。バトルを行う事によってアウター及び学園都市で使用可能な仮想通貨通称【GP】を獲得出来、勝者敗者どちらもGPを学園都市から進呈される。

 1日に稼げるGPには限度が存在するが、1度のバトルでGPの額が増える判定が複数ありそれらはバトル終了時リザルト画面と共に表示される形式だ。基本的にはバトルでの最低限獲得GPに加え追加ボーナスとしてファイターに進呈されるシステムらしい。

 

 追加ボーナスの判定は数多くあり目についた項目をあげるだけで、

 ・戦闘時間

 ・敵機が装備している武器の破壊

 ・自機の損傷具合

 ・バトル終了時のプラフスキー粒子残量

 ・他ファイターとの連携

 ・バックアタック

 ・撃墜数

 と他にも膨大な量の項目が書かれてある。

 

「つまり、どれだけこっちに損傷なく相手を倒せるかで貰えるGPが増えるって事か?」

 

「そういうことだ、因みに最低限両者に進呈されるGPは300GPでそのまま300円と考えて貰えれば良い」

 

「300GP……、遅延を考えず1試合長くて10分から1時間。昼から夕方まで連戦すればかなり稼げるな」

 

 時給換算すれば下手なバイトよりも効率が良いがとりあえず限度額が気になるところだ、上手く立ち回れば今日散財した分を多少はマシに出来るかもしれない。

 しかしプロの公式試合でもないのにガンプラバトルをして更にお金を稼げる、こんな旨い話が存在していいのかと思考を走らせ興奮と驚愕の最中エイジが見透かしたようにリュウへと続ける。

 

「要は学園都市のファイター全員が【バウトシステム】のデバッカーなんだよ。学園都市としては貴重な実戦データが収集出来るわけだし両者に得がある関係だな、1日で稼げるのは限度として3000GP、1度のバトルで最高1000GPが貰える。ちなみに同じ相手と戦っても2回目以降はGPを獲得出来ない」

 

「凄ぇな。【アウター】が世界にアップデートされたらGPはどうなるんだ?」

 

「勿論βテスターである俺達はGPを引き継ぐことが出来る。後々【バウトシステム】は世界中で適用されるらしいが国連はガンプラバトルに相当力を入れてるらしいな」

 

 仮想通貨にはさほど詳しくないが、現金と違いネットワーク間でやりとりされる為現金より扱いが楽で輸送費も掛からない。少なくともあらゆる点で現在における現金の管理より人件費が少なく、国が1日で発行出来る仮想通貨の限度額を制限する事でインフレを抑えている……確かこんなことを以前インターネットのどこかで見た記憶がある。

 

「とまぁ、バウトシステムについてはこんなもんだ。そして学園都市限定機能としてアウターギアに登録されたガンプラをプラフスキー粒子で完全再現が可能、壊れるのを気にせず連戦が出来るって事だ」

 

「至り尽くせりだな、デメリットは何もないのか?」

 

「一応あるな、バウトシステムが適用出来る時間帯と出来ない時間帯がある。大体人が混み合う時間と曜日だな……さて」

 

 ザクⅢ・ウェポティカルアームズの胸ダクトから勢いよく放熱され、モノアイが音をあげ妖しく光る。

 語ることはもう何も無いと言わんばかりの挙動にアイズガンダムもまたバインダーをスタンバイモードから回避に秀でたハイスピードモードへと姿を変え、粒子が機体内部を循環し雄々しくも鋭い眼差しが輝いた。

 互いに鯉口を切った形で数秒、リュウは永く感じる時の流れに耐えきれず喉を大きく鳴らし眼前の機体を注視する。

 

 ───ガトリングが緩やかに回転を始め銃口がこちらに向いた。

 

「まずはッッ!」

 

 脊髄反射とも言うべき反応でガトリングに向けGNバスターライフルを構え、迷いなくトリガーを引いた。

 先のリボーンズガンダムと同じく改造を施されている長銃は発射までのラグを半分以下にまで短縮され、朱色の閃光がガトリングへと直撃する。これでまず最大限警戒すべき武装は潰した。

 確信と共にGNシールドを前面に構え突撃する姿勢を取り、即座に前へ滑空──そこで気付く。

 

「ガトリングが……、無傷ッ!?」

 

「弱点をそのままにしておくほど間抜けじゃないぞッ!」

 

 鈍い金属色に輝くガトリングが勢いよく回転し、初動の隙で回避行動が取れないアイズガンダムは自分から突っ込む形で弾幕に曝された。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2章4話『不足、擬態、金色の翼』

「やらかしたやらかしたやらかしたッ!」

 

 前方に展開されたGNシールドが音をあげてガトリングの豪雨をその身に浴びた。エネルギー直結式のビームガトリングは伊達ではなく、シールドに粒子を展開しているにも関わらず粒子の壁を突き破りシールド本体にダメージが蓄積、モニター左下に表示されたシールド耐久値が見る見る内に減少していく。

 加えて1発1発弾着時の衝撃が凄まじく、こちらはザクⅢに向かっている軌道のはずが規格外の発射レートにより、まるで向かい風を飛んでいる鳥が如くその場で飛行の姿勢を取っているだけで前には進んでいない。

 

 操縦棍を半ば強引に後ろへ引き倒しガトリングの掃射から距離を取って上へと回避、ガンダム00シリーズに多く見られる太陽炉搭載機の飛行能力の恩恵に感謝しつつ機体状態へと目をやる。シールドは今の攻撃だけで耐久値が半分を下回り防御が行き届いていない機体下部にもダメージが見受けられた。

 

 ───警告音と共にモニターが赤く点滅。

 

 無誘導のロケット弾が寸分違わずアイズガンダムへ迫る。これをシールドで弾き眼前で爆散、煙が空中で大きく広がりやがてアイズガンダムがステージ端のブロックへ突っ切るように降下した。

 

「空中の敵に無誘導兵器を当てるとかヤベェだろエイジ……クソッ、早くもピンチか?」

 

 爆発の衝撃で全身にくまなくダメージ、モニターにも異常発生、シールドに至っては耐久値が極僅かで小突かれただけで原型を無くすだろう。

 初動の判断ミスからの流れに奥歯を噛み締める。前回およそ3ヶ月前のバトルではガトリングの破壊が決め手でこちらが勝利を収めたのだが、その方法をなぞろうとガトリングを破壊することに固執し、こうしてエイジの策に嵌まってしまった結果にリュウは苦虫を潰した表情でモニターを睨む。

 

 幸いレーダーは死んでおらずザクⅢの距離はガトリングの有効射程範囲外、だからと言って安心できる相手ではなくガトリングに装備された実弾装備のなかには誘導兵器も多く存在し、物陰に隠れた敵をミサイルで燻り出した後にガトリングで蜂の巣にするといった合理的で強力な択をエイジは所有している。

 対してアイズガンダムは誘導兵器の類を一切持ち合わせず、GNバスターライフルに背部バインダー内臓火器とどちらも素直な性能だ。つまり仕掛けるにはザクⅢの前に身を投げ出さなくてはいけない訳だがガトリングにはビームコーティングが施されており、1度防がれれば報復として苛烈な弾幕が牙を剥くだろう。

 そしてアルヴァアロンキャノンはチャージ中は身動きが取れず格好の的、消去法で考えていくと最も危険なビームサーベルでの白兵戦に道を絞られた。

 

「懐に入りさえすれば……」

 

 ──運動性の違いで勝ち目はある。全身に備えられた装備が至近距離では災いし取り回しが効かないことはザクⅢの外見を見れば明らかだ。

 とすれば後は接近するイメージを走らせ、脳内に写る自分の幻影と同じ動きをするだけ。

 1度瞼を閉じて想像に集中する。ガトリングと実弾火器の弾幕を掻い潜り懐に飛び込む方法、思考をし断念。思考をし、これも断念。幾つも思考し最適解を探る。

 やがて1つのイメージがぼんやりと姿を現す、霞がかかって全貌が伺えないそのイメージは自分の動きではない。──このイメージは。

 

 ───警告音で目を開ける。アイズガンダムへ迫るマーカー4つ、ミサイルだ。

 

「だぁああッッ! もう少しで掴めそうだったのに! ぶっつけ本番かよ!」

 

 弾薬を惜しまないエイジのサービス精神に涙が溢れ、大小それぞれ形が異なるミサイルがブロックを覆うような挙動で迫る。まずはこれを真上への跳躍で回避し、続いて聞こえるのはガトリングの回転音。ハイスピードモードへと変形させたバインダーの粒子制御によりガトリングの火線を2、3度空転しタイミングを図り、弾幕がバラけた隙にバーニアとバインダーを後方へ向け爆発的な加速でザクⅢへと殺到した。

 

 しかしそうは逃さないと再び火線がアイズガンダムへと収束、1秒にも満たない前進にリュウは笑顔を浮かべ舌打ちを鳴らしもはや使い物にならないGNシールドを構える。数度の金属音の後シールドが僅かに膨張、アイズガンダムが前方へとシールドを投擲し弾幕に曝された大盾は空中で大仰に回転、爆発した。

 煙がアイズガンダムを包むが尚も回転する金属の砲身は煙に無数の穴を開け、策を講じる猶予さえ与えずこのまま戦闘を終わらせようと発射音が鳴り響く。煙を穿ち、穿ち。最後の一塊に狙いを定めたその時、突如としてガトリングの捉えた煙が破裂した。

 

「こっから先はイメージしてねぇぞぉぉおおッ!!」

 

 真紅の軌跡を描きながらアイズガンダムはザクⅢ目掛け殺到し、間髪いれずにガトリングが迎撃を開始する、が。アイズガンダムの軌道後にトランザム特有の残像が空中に残り中々標準が定まらない。

 エイジは躊躇せず武装スロットを滑るように展開させ面制圧のシュツルムファウスト、サブマシンガン、無誘導ロケット弾を同時に展開させた、外付け火器を全て使用したフルバーストだ。

 

 これが走馬灯かと、リュウは目の前の光景とは対極的にスローモーションで昨日の戦闘が頭に浮かぶ。

 ナナとのLinkの際繰り広げられた人外同士の戦闘、目を開いているにも関わらず何が起きているか把握すら出来ない攻防。

 

 ───アレに比べれば今のこの状況、何てことはない。

 

 弾速が最も速いのはロケット弾、続いて2発のシュツルムファウスト。サブマシンガンとガトリングは火線が別々に展開されており、面としては逃げ場は見当たらないが立体として捉えると穴はあった。針の穴と呼ぶに相応しい極僅かな点が。

 

「……ナナならどうする」

 

 景色が変わりアウターでの戦闘へ。脳裏に死の記憶としてこびりついたあの戦闘が巻き戻るように再生され、1つのシーンが切り取られる。

 

「……ナナならどうするッ」

 

 あれはGNフェザーを行った後だろうか、ナナがバインダーをハイスピードモードに変形させ敵のアイズガンダムへ向かった時、迎撃の攻撃全てを回避したあのマニューバ。

 ジリジリと頭が焦げ付くような錯覚を覚えながら再生を続ける。あの挙動、あの速度、それをなぞるように。

 鼻の奥から血の臭いが香り、意識の時間が走馬灯から現実へと引き戻された。

 

「───ナナなら、こうするッッ!!」

 

 バインダーの貯蔵粒子を指定方向へ爆発、アイズガンダムは瞬間的に右へと機体をずらしロケット弾が肩を掠める。続いてシュツルムファウストが目の前に現れ、初速の慣性を無視する形で再びバインダーの粒子を噴かし機体は右方向への移動を止める。シュツルムファウストはアイズガンダムの真上、紙一枚を通り抜け後方で爆散し衝撃が機体を大きく揺らした。

 息つく暇なくサブマシンガン、ガトリングの火線が別々にアイズガンダムを捉えようと蛇の様な火線でうねりながら迫り、これを1度上へと避け、充分に引き付けてから右下左下とフェイントを交えつつ地面ほぼ表面を滑空。ガトリングとサブマシンガンの弾幕は空中の紅い残影を捉えたままだ。

 

「はああぁぁぁあああッッ!!」

 

 眼前のザクⅢが後ずさる。その隙に指を5番スロットGNビームサーベルへと走らせ一閃。下から上に振り抜いた紅い斬撃と共に大型ガトリングが宙を舞い、勢いそのままに振り上げた腕をコックピットへ突き立てようとビームサーベルを逆手に構え直した。

 

「今のマニューバ、想定外だったぜ。リュウ」

 

 どこか余裕を感じさせる声だった。思わず眉を潜めながらも既に機体の挙動を変えることは叶わない。サーベルからの粒子が低い音を唸らせながらザクⅢに降り下ろされる瞬間、モノアイが音をあげて妖しく光った。

 

「なッッ───にっ!?」

 

 数瞬後にコックピットを貫くはずのビームサーベルは構えた右腕諸共宙を舞い空しく眼前で空振り。違和感と殺気に似た悪寒で肌が粟立ちながらこの異常な事態を把握しようと別の思考が片隅で走る。

 近接武器のヒートブレードは片手に構えたままで使用された形跡は無い、運動性が低いザクⅢが何故トランザム状態のアイズガンダムに近接攻撃を加えることが出来たのか、ここまで考えたところで冗談を聞かされたかのように小さな声で思考が漏れ出た。

 

「誘い……出された?」

 

「ご明察。お前は何らかの手段を講じてザクⅢを接近戦で倒しに来る、初めから俺はそう踏んでいた」

 

 斬り落としたはずのザクⅢの左腕。ガトリングとの接続アームとも言うべき細い基部の先端に煌々と輝く粒子の刃、───隠し腕。

 咄嗟に間合いを取ろうと操縦棍を後ろへと引き、ライフルを構えるが最早この勝負はエイジの思惑通りに進んでいると心がどこかで理解してしまっている。まとわりつく敗北感を拭わないま1番スロットGNバスターライフルにかかる指を強めた。

 

 目の前で閃光が瞬いたと感じた次にはチャージ限界まで貯めたライフルが構えた腕毎地面へと落ちる。驚きに口を開いたまま最早それは確信として声に出ていた。

 

「そ、そのザクⅢ……駆動系が前回とまるで違ぇ。全身の装備を外せば近接格闘機体ってことかッ!?」

 

「そこまで看破されてんのか、流石だな。……じゃあこれで終いだ!」

 

 謙虚が度を超え皮肉にも取れる言葉に怒りを感じる間もなく、一瞬の内にザクⅢがアイズガンダムとの距離を詰める。その速度、脳裏によぎったのはアクトザクと呼ばれるザクタイプの機体だ。見た目はザクだが中身は相当に手を加えられた機体でファイターからは「見た目はザクだが中身は別物」と評される要注意機体だ。目の前のザクⅢが繰り出す挙動の目覚ましさは最早元の機体速度を大きく上回り文字通り別機体の挙動だった。

 

 ヒートサーベルを突き出す為手前へ引く腕をどこか達観的に眺め、今度こそ敗北を覚悟する。手の内は尽き、対応できる武装も何もない。ただ突き立てられる刃をこの身に受けるだけだ。

 目を瞑る。一杯食わせたエイジの勝ちだとリュウは笑みさえ浮かべ受け入れた。

 

 ───モニターに警告音が響く前に事態を察知したのはエイジだった。

 

 突きはコックピットを逸れてバインダーを貫き即座にアイズガンダムから距離を取る。撃墜音が聞こえないことからリュウは怪訝に目を開きモニターの表示に目を疑った。

 

「これ……Emergency、乱入者ッ!?」

 

 向かい合うアイズガンダムとザクⅢが同じタイミングで同じ方向を見る。

 

 ───空中で静止した機体は重心のブレを感じさせず、噴き荒れるバーニアからは高い機動性が一目で感じられた。表面装甲は目映い黄金の内部装甲が僅かな面積ながらも存在感を主張し、機体各所にはデカールが彩られている。

 大きな翼、綺麗な機体、早そうな機体、強そうな機体。リュウは童心ながらに突如現れた乱入者に目を奪われ、続いて浮かんだ機体の印象を無意識ながらに口が紡いでいた。

 

「……可愛いかっこいい」

 

 ───SDストライクフリーダムガンダムは荘厳たる面立ちでこちらを空から見据え未だ動く気配無し。

 そもそも乱入者とは何か、その疑問が走ったと同時に目の前のザクⅢから回線が走る。

 

「バウトシステムには乱入システムがある、乱入者側は自分を除いた機体を全て撃破すれば通常よりも多いGPが手に入り、乱入された側は乱入者側を撃破出来れば獲得GPに上乗せがされる」

 

「解説どうも。ただそうなると俺のアイズガンダムは役立ちそうにねぇな、見ての通り満身創痍だ」

 

 見れば武装の全てが破壊されており、バトル前にエイジが語ったGPにボーナスが入る項目が満たされていることに気付く。ここまでエイジが計算していたと考えると空恐ろしい。

 時間にして十数秒か、互いが攻撃をせずに相対する構図が続き、唾を飲み込む。

 短い電子音がストライクフリーダム側からの回線──オープン回線が開かれたことを示し身構えた。

 

「あー、てすてす。よしっ。マイク良好ですねっ」

 

 どうやら乱入者は少女らしい、数度の咳払いの後スピーカーから大きな深呼吸の声が聞こえどこか毒気を抜かれる感覚を覚える。

 

「全国の視聴者の皆さんこんにちはっ!アウターtuberアイドルのゆななだよ~っ!今日は皆さんお待ちかねの学園都市バウトシステム編っ!」

 

 スピーカーからの猫撫で声にただただ唖然とするリュウとエイジ。聞き慣れない単語の羅列に僅かに顔をしかめるが更なる驚愕がポップな音楽と共に戦場へ鳴り渡った。

 

「それじゃあいくよ~っ! スタートナンバー。『恋してっ!ガンプLOVEっ!』」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2章5話『量産機乗り』

 体皮を刺激されても、薬品を投与されても、身体に電流が流れても、この痛みに似た感覚は少女にとって初めてだった。

 外界からの痛みではなく身体の中心部に鋭いものが触れる感覚。息を吸えば鋭利な物が胸にずぶずぶと侵入するような予感。目の前の光景を目の当たりにし、少女──ナナはスカートを無意識に小さく、強く握っていた。

 

「ごめ、んなさい……」

 

 許されたのは吐息と聞き間違えるかのような小さな呟き。

 事前に聞かされていた。申し訳無いと思った。事情を飲み込んだ上で他人と接続(コネクト)するとナナは決めた、そのはずだった。

 

 しかし数瞬前に行われた攻防、リュウが駆るアイズガンダムの機動を見て覚悟を決めたはずの意志は脆くも崩れ去る。

 青年とLinkした際ナナはリュウが有する機動パターン攻撃パターン、あらゆる戦略を彼の中で感じ理解した。無駄の多い挙動、青年がアイズガンダムを動かしている時ナナが抱いた感想はそれだった。

 

 ───だからこそ今、彼がLink状態の機動を取った瞬間ズキリと胸が痛んだ。

 

 博士が言っていた進行が始まっている証拠だ、Linkした際彼の脳内にはあの機動パターンは存在していなかった。

 ふと手をスカートから離す。いつの間にか新品の生地には皺が出来ており伸ばさなければ直らない程だ。慌てて表面を撫でるように伸ばす、が。

 

「……ごめん、なさい」

 

 1度付いた皺は中々取れずに少女は何度も撫でる。2度目に触れた彼の手は暖かかった。更衣室から出たとき彼の顔は優しかった。ガンプラを買ってくれた彼の背中は大きかった。

 

 ───そんな彼を騙している自分が何とも嫌だった。

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 1分が経とうとしていた。曲調からして恐らく終盤。少女の猫撫で声とこちらを見下ろすSDストライクフリーダムの対比がシュールさを突き抜けており、バトルはシステム上開始されているのだがあちらからは攻撃される気配は無く、こちらもまた無い。リュウが駆るアイズガンダムは武装が全滅しているが健在だったとしても攻撃は行わなかっただろうと機体損傷甚大を示す赤いモニターを眺めながら耽っていた。

 

『アナタを見るとクラクラしちゃうのぉ~っ!恋? シンナー? どっちのせいか分からないよ~ぅ!』

 

 エレキギターの一掻きと共に徐々に音楽がフェードアウト。周囲に静寂が波立たぬ水面のように張り詰める、受けなかったギャグをかました後に訪れる無言の間に似てる否、そのものだった。

 歌詞は特徴的で個性的で、表す言葉を持たないリュウは一応の拍手をとりあえずスピーカー越しの少女へと送る。そしてエイジもまたリュウと同じだった。

 

「おぉっ!? 相手方からも拍手を頂きましたぁっ!ありがとうございますっ!ありがとうございますっ!」

 

 拍手の意味を知らない少女の甘い声に罪悪感を胸に覚えるがこれは無視。

 ここで初めてストライクフリーダムが動き、軽く上体を捻る形でアイズガンダムを見据える。

 

「じゃあっ! これでおしまいですぅ!」

 

「ガラッゾッ!?」

 

 予想だにしていないMA-M21KF 高エネルギービームライフルによる先制射撃がアイズガンダムへと発射され反応が遅れる。

 緑光の閃光は機体の右脛、左膝を穿ち、3発目を撃とうと銃口が光を宿した所で右手に構えたビームライフルに刃が突き刺さる───ザクⅢのヒートサーベルだ。

 

「脅威の少ない相手から狙うのは合理的だが、オレを無視するなよ?」

 

 全身のスラスターを稼働させ巨体が地面からゆっくりと離れる。推力を集中させるのと同時に地面を蹴り、ザクⅢはビームサーベルを発振させストライクフリーダムへと跳躍。ガトリングを装備していた状態とは比較にならない速度だ。

 

「なっ、ちょっ!? ゆなは今あの青いガンダム倒そうとしてたのにぃ!」

 

 スピーカーに返答せず接近を続ける。片手に構えたビームライフルから数発の迎撃が放たれるが咄嗟に撃ったのか標準はザクⅢを捉えること無く地面を穿ち、着弾点が大きく爆発。

 エイジはヒートサーベルを胴体に見舞おうと逆袈裟の形で間合いに侵入し居合い一閃。ストライクフリーダムは恵まれた運動性でこれを後方へと回避しザクⅢは浮遊力の限界の為追撃に注意を割きながらも再び地面へと下降する。

 

 そして予想通り追撃の一手。先程より高出力のビームがザクⅢ目掛け飛来し、機体を空転させる形で避け事無きを得た。

 ビームが地表を焼き僅かな間ののちに爆発、噴煙がザクⅢ、少し離れたアイズガンダムにまで及ぶ。

 

「レギュレーション400の分際でゆなのストライクフリーダムに歯向かうなんてっ!」

 

 空を斡旋し存在を周囲へと誇示する金色の輝きからは機体の圧倒的ポテンシャルを誰しもが伺えた。リュウはモニターに表示されたSDストライクフリーダムに視線を強く細める、すると機体詳細がアウターギアから為るホロスクリーンへ投影され機体レギュレーションが映し出された。

 

 ───レギュレーションが800、それがSDストライクフリーダムのレギュレーションだ。

 

 レギュレーションは全てで5つ。200、400、600、800、1000オーバーに分けられており200が劇中やられ役と評される量産機、400は高性能量産機、600は主に劇中ワンオフ機、800は極めて高性能なワンオフ機もしくはそれに類する機体、1000オーバーはガンプラバトル運営から殿堂入りに分類された兵器やシステムを搭載している機体達だ。

 見たところゆなを名乗る少女が駆るSDストライクフリーダムのレギュレーションは800、だが素組みではなく各所のパーツが差し替えられたりディテールが追加されている関係かレギュレーション800を表示する文字が赤い。これは彼女の機体がレギュレーション800の中でも上位に位置している事を示していた。

 

 機体間でのレギュレーションの壁は大きく、上の機体を打ち負かすには下位の機体では大きくマシンパワーが足りない。リュウが駆るアイズガンダムはレギュレーション600、対してエイジのザクⅢは400。

 通常、まともにやりあえば負けるのはエイジの方だが。

 

「───レギュレーション400の分際、今そう言ったのかな?」

 

 静かな声がオープン回線を通じて周囲に発せられる。リュウは知っていた、少女が彼の地雷を踏んだことを。

 

「そうですよっ!ザクなんてガンダムにぼろっカスにやられる雑魚じゃないですかっ!雑魚は雑魚らしく大人しくここでゆなに倒されて動画視聴率の糧になってくださいっ!」

 

 ゆらり、と。噴煙の中からザクⅢが姿をシルエットとして現れ一つ目の巨人が特徴的な音と共に眼差しを光らせる。

 ヒートサーベルを持たない右手がゆっくりとバックパックへと伸びハッチを開け、じゃらりと重量感を孕んだ鈍い金属音を伴わせながらそれは地面へと落ちた。

 

 ───チェーンマインをだらりとぶら下げたザクⅢのシルエットは乗り手のただならぬ怒りを感じさせる風貌だった。

 

「ならオレが教えてあげよう」

 

 噴煙が晴れ、空に佇むSDストライクフリーダムをモノアイが睨む。

 一瞬静寂が走り、空気が張り詰めたところでエイジは言葉を続けた。

 

「レギュレーションの差がガンプラバトルにおける絶対的な優位性ではないという事をッ!」

 

 ───少女は知らない、エイジが世間では珍しい低レギュレーション乗りだということ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2章6話『紅い閃光』

 そもそもレギュレーションフリーのバトルにおいて、性能が抑えられた量産機を使う人間は少ない。

 主に量産機が属するレギュレーションは200、400であり1000オーバー以外のレギュレーションを自由に選べるフリーバトルではレギュレーション600、800を使用するのが一般的だ。

 元々のキットに設定されたレギュレーションは追加装備無しの改造では変動せず、如何に改造を凝らしても上のレギュレーションキットは元々のポテンシャルが高い為に性能を抜くのは一筋縄ではいかない。

 故に勝利のみを求める場合はレギュレーションが高い機体を使うのが手っ取り早い、それが世界中のガンプラファイターの共通認識だろう。

 

 ───しかしガンプラはあくまでアニメや書籍が出展の商品。

 

 雄々しく無双する主人公機が好きな人も居れば卑怯な敵役の機体が好きな人も居る。

 であれば、儚くも散る量産機に魅せられた人が居るのも道理だろう。

 

 自分だけの量産機で劇中苦汁を飲まされた主人公機体を倒すために知恵を絞り、戦略を練り、プラ板を加工する。低レギュレーションの機体で上のレギュレーション機体を倒そうとすればそれらの作業は上レギュレーションの機体と比べ膨大な時間を必要とし、ガンプラを制作するにはビルダーの愛と意志が何よりも不可欠。

 

 ───エイジはそんな、劇中で主人公機体に撃破される機体を愛してしまう。罪深き低レギュレーション乗りだ。

 

「でっ! ゆなに何を教えるって言いましたっ!? 逃げてばかりじゃないですかっ!」

 

「逃げていない! 戦術的転進だッ!」

 

 地を滑るようにザクⅢが【プラクティス】を右へ左へ滑走し、上空から降り注ぐビームをやり過ごす。向かう先はフィールドに設置されたブロック、その内の1つだ。ザクⅢを狙う粒子は回避せずとも当たらない物が多く、難なくブロック影へ到達。障害物で射線を塞がれるもブロックに構わず撃ち込まれるビームにエイジは苦笑いを浮かべる。

 

「流石レギュレーション800赤文字……ビームライフルの威力が桁違いだな」

 

 冷や汗が額から頬へと伝う。ザクⅢの装甲はプラ板や艶消しで装甲性能を上昇させているが、あのビームライフルを1発でも貰えば被弾箇所はただでは済まない。幸いパイロットの腕がお世辞にも高いとは言えずそれが要因で致命傷を負わずにいられているが、それに甘えたマニューバを取れば思わぬ被弾で敗北が狭まるだろうと慢心を殺し操縦棍を握り直す。

 チェーンマインを鳴らし右手で掲げ大きく振り回す、その様は端から見ればカウボーイの綱回しに見えた。充分遠心力が付いたところでブロックを加速で抜け、突如姿を現した敵機にSDストライクフリーダムは射撃を反射で行う、が。やはり狙いを定めずに撃ったビームはザクⅢを大きく外した。

 

「ふッ!」

 

 遠心力を増幅させ、最大の所でトリガーを引く。並んだチェーンマインの内、先端の3つがストライクフリーダムへと投擲され、これを迎撃するためビームライフルで標準を合わせた。

 迫る素直な弾道にゆなを名乗る少女は鼻で笑いながら最も近い円盤を撃ち抜き、気付く。

 

「煙幕っ!?」

 

 炸裂した円盤から白い煙が瞬く間に広がり、続く放たれた2基も爆発。計3発のスモークに視界が機能を停止し、次の行動が躊躇われる。数秒の思考の後、敵機であるザクⅢの武装を考え後退すべくストライクフリーダムのバーニアを噴かした。

 相対するザクⅢの武装は今のところ全て近接武器でチェーンマインを今の様に投げるには予備動作が必須。つまり距離を取ればこちらを仕留める術を持たない。

 煙が吹き荒れSDストライクフリーダムが後方へと抜ける。移動の余波で煙幕が全て掻き消える様は機体の恐るべきスペックが否が応でも見て分かる。

 煙を抜け、ザクⅢの位置を確認するため右上のレーダーを確認しようと───。

 

「随分と出てくるのが遅かったな、読みが外れたのかと思った」

 

「なん……でっ!?」

 

 煙幕から抜け出したストライクフリーダム、それを待っていたかの様にザクⅢが背後へと回っていた。迫る奇襲の刃にビームサーベルでの反撃。ビームサーベル同士が反発し迸る。

 力比べのこの状況ならば機体性能が物を言う、ストライクフリーダムが姿勢を構え直し押し切る形でザクⅢのビームサーベルを斬り破り、そのままサブアーム毎腕を落とす。

 

「動きを読んだってザクじゃゆなのストライクフリーダムに勝てないですよっ!」

 

 ザクⅢがチェーンマインを振るうが、それを根本から粒子の刃で断ち斬り、そのままがら空きの胴体へ突進。桁外れの推力から成る体当たりを受けたザクⅢが地面へと激突し背部プロペラントタンクが潰れ爆発した。

 

「視聴者さんっ! 見ましたっ今の!? ゆなかっこよくなかったですか!?」

 

 先程までの脅威はどこへ消えたのかと、黒い煙が立ち込める中そんな事を思う。堕ちた敵機を追うようにゆっくりと下降し、着地。満身創痍のザクⅢその手前まで歩く。

 見れば敵ながら悲惨な状況だ、爆発でスラスターは潰れ片腕は無い。両足は黒く燻りアンテナは真ん中で折れている。

 

「やっぱり撮れ高といったらビームサーベルでのとどめですよねっ! ……最後に何か言うことはありますか~っ動きだけは良かったザクの人~?」

 

 ビームサーベルが音を立て空気を震わし、ザクⅢの喉元へと突き付けられる。誰が見ても圧倒的な優劣の構図に少女は笑みを浮かべ、ノイズの入り交じった通信音声に唇を舌で濡らしながらスピーカーへと耳を向けた。

 

「……ゆ……ゆなちゃんだっけ?」

 

「はぁ~いっ、ゆなですよぉっ!」

 

「ゆなちゃんさ…………に……るよ」

 

「えぇっ? なんですかぁっ、聞こえないのでもう1度言ってくださいっ!」

 

 スピーカーへと耳を寄せる。

 ゆな自身ザクⅢが繰り出していた挙動には驚いており、その相手を倒せたことに声がうわずっていた。

 

「───ゆなちゃんさ、芸人に向いてるよ」

 

「な……──は?」

 

 言われた言葉の意味が分からずに素で聞き返す。

 瞬間ザクⅢが後方へ引き摺られるように遠ざかった。嫌な予感がよぎり、驚異的な加速を持って瀕死の敵機へと接近。見ればザクⅢのアンカーがブロックへと突き刺さっており、巻き付けを回収する形で地面を高速に移動している。

 だがSDストライクフリーダム、オリジナルのストライクフリーダムよりもフォルムの関係上空気抵抗が小さく、集中したバーニアの恩恵もあって一瞬でザクⅢの眼前へと追い付く。

 

「悪あがきはそこまでですっ!」

 

「あぁ、悪あがきはこれで終わりだ」

 

 ───どこか余裕を感じさせる声だった。思わず眉を潜めながらも既に機体の挙動を変えることは叶わない。

 ビームサーベルをコックピットへ突き立てようと降り下ろしたその時、有り得ない光景が視界に飛び込んだ。

 

 ───紅い、閃光。

 

 事態を理解する前にGNバスターライフルから放たれた光線に胴体を撃ち抜かれ、SDストライクフリーダムは胴体を膨らませた。

 

「なっなんで、その武器……そこで倒れてる青いガンダムのっ」

 

「そうだな、リュウが発射する寸前にオレが斬り落としたGNバスターライフルだ」

 

 まさか、まさかまさか、まさか。

 まさかと、開いた口は驚きを表すため言葉を出そうとするが次々と思い浮かぶ驚愕の連続にただ口を開閉させるだけだ。

 

「ゆなちゃんを油断させて、バスターライフルの地点まで誘導したのさ」

 

「───っ!」

 

 気障な口調に頭に血が昇るのを実感する。しかし機体は既に操作を受け付けない。

 ハッと、戦闘を生放送モードに変えていたこと、今この状況が全世界に中継されていることを思い出す。ほぼ反射的に表情を笑顔に変え、カメラに向けて……叫んだ!

 

「次回の放送も楽しみにしててねぇ~っ! 以上っ学園都市バウトシステム編でしたぁ~っ!」

 

 放送を切るのと、機体が爆発するのはほぼ同時。

 SDストライクフリーダムから目映い光が漏れ出て、プラクティスを爆発音と共に白く染めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2章7話『Result』

「と、まぁバウトシステムについてはこんな感じだな、リザルト画面で手に入れたGPが分かるはずだ。それと──」

 

 衝撃が3つ、リュウの中で激しく渦巻いていた。

 まず【プラクティス】を構成していた粒子が輝きと共に空間へ溶け、半透明になったフィールドには元々の歩道が透けて見える。幻想的という感想を超えた言い様のない感動が胸に湧き、自分が学園都市での先行実験に参加している実感に手が汗を滲ませる。

 

 次にアウターギアが映し出すホロスクリーンに表示された約600GPの表記。本当に今のバトルで仮想通貨を得れたのか何度もアウターギアを再起動させるが、変わらずに表記は続く。

 

 最期の衝撃は、今しがた行われていたエイジとゆなを名乗ったファイターの戦闘内容だ。SDストライクフリーダム側のパイロットによる操作ミスが目立ったが、搭乗した機体のレギュレーションは800赤文字。レギュレーションの中でも更に性能の指標となる文字色だが低い方から緑文字、青文字、紫文字、赤文字と4つの区分に分かれておりSDストライクフリーダムはレギュレーション800に相応しい機動性、射撃火力を誇る機体だった。

 対してザクⅢ・ウェポショナリーアームズのレギュレーションは400青文字、マトモにやりあえば劇中よろしく即撃破されるマッチングだがそれを持ち前の読みで勝敗を覆した試合結果に震えと感動と、黒い感情が芽生えるのを抑えられない。

 

「ってことなんだが、……リュウ今の聞いてたか?」

 

「──あ、悪い。聞いてなかった」

 

「もっかい話すぞ?つまりザクⅢ・ウェポショナリーアームズはザクⅢに元々内蔵されてたビーム兵器を撤廃し、そこに回してたエネルギーを駆動系に送ることで運動性が向上していて……」

 

「あれ!? さっきまでGPの説明してなかった!?」

 

「リュウさん大丈夫です。リュウさんが説明を間抜けに……あっ呆けて……あのっ考え事して聞いていなかった分を私が記憶しています」

 

「間抜けでいいよッ! 優しいフォローがかえってキズを増やしてるからねナナくん!?」

 

 思いがけないナナからの無自覚な罵倒に心が損害甚大。空に嘆いていると少女がこちらへ近付き視線がリュウを捉える。おずおずと少女が手を伸ばし、そのまま人差し指と中指をその手に握られる。何事かと小さな手から顔へと視線を移し、こちらを見つめる少女の目は微かに潤んでいるようだった。

 

「……何ともないですか?」

 

「お、おう? バウトシステムへの感動とエイジに対しての嫉妬心が沸いている以外は大丈夫だぞ?」

 

 返答に少女は答えないが、目を逸らされ淡い綺麗な髪が揺れる。

 握られた手は力を増して小さく震えていた。

 

「ロリコン」

 

「今のは言われても仕方ねぇと思ったけど言わせてもらう! これは違う!」

 

「まぁいい、そろそろここから離れないとオレ達も巻き込まれるな」

 

 茶化すエイジが顎で視線を促す。見れば道行く通行人が今のバトルを観戦していたようで皆興奮した面持ちでアウターギアを耳へかけており、少し離れた場所では既に1on1のバトルが行われているのを伺えた。

 

 ──バトルシティという表現が咄嗟に浮かび、それがあながち間違いでもないとアウターギアの電源を切る。

 

 このままバウトシステムに明け暮れるのも悪くないが多くの荷物があるのと購入したガンプラを早く帰って組みたいであろうナナが居ることからそれは躊躇われた。

 

「ん?あの女の子」

 

 脇に避けた荷物を持とうとしたところ、1人の少女が明らかにこちらへと向かってきているのを視界に捉える。腕を大仰に振る様子からは怒っているようにも見えた。

 というか明らかに怒っている、でないならばあそこまで鼻息荒く大股で近付いてくる人間が居るものかと思わず後ずさる。

 

「ちょっと! エイジって人はどっちですかっ!」

 

「こっちです」

 

「俺を指差すな!」

 

 いけしゃあしゃあと笑顔で向けられた指を強引に突き返す。

 交互に掛けられた視線がエイジへと収束し、少女が1歩更に近付いた。

 

「あなたがエイジさんですか?」

 

「そういう……ことになるな、ご用件はなんでしょうか」

 

 視線を少女から外すが、逆に少女からの視線が強まる。

 笑顔がひきつる表情が何とも愉快だ。

 

「決まってるじゃないですか!ゆなの生放送を台無しにした責任、取って貰いますからねっ!」

 

 腰に手を当て、少女は良く通る声で薄い胸を張った。

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「リュウ配達サービスに時間かけすぎだぞ、いつからあるサービスだと思ってんだよ」

 

「昨日出来たばかりのサービスだよ!? スマホで簡単操作とかなんだこれ、便利!」

 

 学園都市のサイトからアプリをダウンロード。スマホの指示に従えばあら不思議、指定されたGPを支払えばドローンが飛んできて荷物を自宅まで届けてくれる便利な機能だ。荷物の量が量だけに獲得したGPの残りは心許ないが元より泡銭の様なものなので目を瞑る。

 世界最先端技術が多く備わった学園都市の恩恵に感謝しながら最後の荷物───デンドロビウムの箱が空へと飛んでいった。

 

「で、エイジさん質問なんですが。どうして俺とナナも連行されるのでしょうか?」

 

「頼むよリュウ、こんな意味不明自称アイドルの少女と一緒に行動するなんて何されるかわかったもんじゃないだろ」

 

「誰が自称アイドルですかっ! ユナは正真正銘のアイドル、アウターtuberアイドルゆななですっ!」

 

 小声で会話するエイジが隣から噛み付かれる。

 自称アウターtuberアイドル──ユナがエイジをじろりと睨み、それを興奮した動物を宥めるようにエイジが手で制す。

 

「ユナちゃんは第3学区の学園生徒なのかな?」

 

「そうですよ、【爛苗(らんびょう)ガンプラ学園】期待の1年生ユナ・ホシハラですっ!あっ、サインは1枚300GPですよ」

 

 自己紹介と共に少女がウィンクとポーズを取る。

 言われてみれば見れば整えられたネイルに薄いメイク、デフォルメされたザフトのロゴがワンポイントに光る黄色のノースリーブと首に掛けられた大きめのヘッドフォンから成るファッションは一般人とは確かに違う芸能人然とした風貌だ。

 ──【爛苗学園】、ガンプラによるショーやタレントの育成を主点に置いた学園だったはずと記憶を掘り起こす。

 

「それでぇ、学園都市解禁2日目の昼間から学校をサボっているお2人はどこの不良学園の生徒なんですか?」

 

 深々とブーメランが突き刺さっている発言を無視し、エイジが後ろ頭を掻きながらそれとなく告げる。

 

「オレとリュウは萌煌学園3年生で今年プロを目指しているガンプラビルダー兼ファイターだ」

 

「──ほぅッッ!?」

 

 ジャングルに生息してる鳥のような奇声をあげ、少女は身を硬直させる。

 見開いた大きな瞳を1度瞬きし、言葉を発しようとしているのか口が開閉をする、が。驚きのあまり言葉が出てこないといった具合にただ口をぱくぱくとしているだけだ。

 

「ほ、ほぅっ! ほほっ、ほほーっ! ほうほぉほぅッッ……! 萌煌学園!? 萌煌学園と言いましたか今ッ!?」

 

「そんなに驚くことじゃないでしょユナちゃん」

 

「驚きますよっ!萌煌学園といえば『技量は衰え、力は弱まり、されど日本に萌煌あり』と海外選手に言わしめた学園じゃないですか!ユナの大好きなあの人も居る学園ですっ!……そっかぁ、それなら爛苗学園の生徒と比べて桁違いに強いわけですよ」

 

 言葉尻が徐々に小さくなりユナが肩を大きく落とす、その様子をエイジと顔を見合せ苦笑いをお互い浮かべた。───確かに世間一般が抱く萌煌学園のイメージは今ユナが言ったような印象が大きいだろう。

 ガンプラの製作とバトルを第一に置いた校風と授業、それらに厳しい校訓が加わることで在籍している生徒全員の技量は他学園と比べても卓越していると言っても過言ではない。

 更に萌煌学園生徒の強さを後押ししている要因として年2回の学内試験が有名だ、成績が近い人間同士ランダムに選ばれた2人がガンプラバトルで潰し合い、負けが続くと退学を余儀無くされる総当たり戦。この残酷なふるいは『萌煌』というブランド名に釣られて入学した生徒や入学したことで慢心した生徒を落とすシステムで、それらを潜り抜けた人間が晴れて3年生へと進級することが出来る。

 リュウ自身も『萌煌』のブランドに目が眩んで入学した1人で、周囲の生徒が抱く志の違いで自己嫌悪に陥ったことが記憶にある。

 

「──プロと、アマチュアの違い……」

 

 漏れ出た言葉に口を手で抑える。顔を見合せているエイジは変わらず苦笑いを続けており今の言葉は聞こえていない様子だ。

 悟られないよう苦笑いを張り付けて「その評価は盛りすぎだよ」とユナへと告げる、そう言った自分の顔がひきつってないか、心中で何度も確認を行った。

 

 ──黒い記憶が、思い出したくない記憶がふつふつと甦り脳裏を掠める。

 

「萌煌学園の生徒が2人。これは良い動画が撮れる気がしますよーぅ!」

 

 高らかな声と共に歩みを再開し、エイジもそれに続く。

 取り残された形でその場に立ち尽くし、照り付ける日射しのせいか汗が頬を伝った。鼓動の音が脳内に響き、呼吸する息遣いですらやけに大きく聞こえる。

 

「リュウさん」

 

 思考の靄が声で掻き消える。ナナの瞳は変わらずリュウを捉えて呼び掛けた声はどこか案じてるようにも聞こえた。

 

「わり、ありがとナナ」

 

 頭を振り、空いた片手で思いきり頬を叩いた、今はそんなことを思い出している場合じゃない。

 乾いた音が真新しい歩道に響き、道行く通行人がこちらを何事かといった様子で視線を送る。それを礼で謝り倒し、握られた手を前へと引いた。

 

「行こうぜ」

 

「はい、リュウさん」

 

 見れば今の音でこちらを見据える影が前方に2つ。

 茶化されると覚悟しながらも少女の手が離れないようリードしながら前へと歩みを始めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2章8話『正体を隠して』

「さっすがオープンしたてのファミレス!美味しそうなものが沢山ありますねっ」

 

「……!」

 

 目を輝かせテーブルに置かれたメニュー表を食い入る様にユナが見つめ、その向かい席のナナも表記された色鮮やかな料理やデザートに瞬き1つせず見惚れている。こう見れば微笑ましい年相応の少女そのものだ。

 そんな様子をコップに汲まれた水で喉を潤しながら長閑に眺める。

 

 昨日オープンしたばかりの店内は全ての設備や備品が真新しく、輝かしい白を照明が更に際立たせており入店した際は本当にファミリーレストランか入口で戸惑ったほどだ。

 第3学区と他の学区を繋ぐ唯一の駅その正面ビル、──ファミリーレストラン【リミッデ】はビルの4階に店を開いており第3学区を一望出来る景色とガンダムを強く意識したメニューが売り。と、エイジが席に着くや否や店の評価が書かれたスマホの画面を机に置く。

 

「他の学区からもアクセスしやすいし場所も良い、ここなら確かに強いファイターが来てもおかしくないな」

 

「その通りですっ。ユナのチャンネルは猛者を求めてます! 猛者を!」

 

「オレやリュウが戦わないと本人が操作へなちょこで勝てないからな───いっだぁッッ!?」

 

 机の下、ユナのヒールがエイジの足甲を抉る。

 エイジにとどめを刺されたのがよほど悔しかったのか、同行してからのユナがエイジへと向ける態度がやたらと尖っていた。友人の身としては初対面とっつきにくいエイジに物怖じせず意見するユナは中々相性が良いように思えて何よりだ。ちなみにリュウの事は格下だと思っていることを先程面と向かって言われナイーブな心に冷や水が染みる。

 

「爛苗生徒相手なら無敗でしたよ!ユナのストライクフリーダム!」

 

「そりゃ爛苗学園はバトルメインの学校じゃないからだろうな、きっと性能に物言わせたゴリ押しで勝てていたんだろ。違うか?」

 

「てりゃっ」

 

「おぉふッッ!」

 

 学ばないエイジが再び悶える。鼻を鳴らしメニュー表へと視線を移す彼女、リュウの視線はどうしても服のワンポイントとして主張するロゴが気になって仕方がない。ガンダムSEEDシリーズに登場する勢力【ザフト】を示すロゴはユナが操作していたストライクフリーダムが所属していた組織だが、彼女の言動や振舞いからとある疑問がリュウの中で生まれ横顔にそれを投げ掛けた。

 

「少し失礼な事を聞くんだけど、もしかしてユナってストライクフリーダム以外ガンダムを知らなかったりする?」

 

「ん?そうですよ。あ、でもストライクフリーダムじゃなくて、このSDタイプのストライクフリーダム以外興味ないですかねぇ……かんわゆいですよっこの子!」

 

 惚気た表情でポーチからSDストライクフリーダムを取り出す。机に置かれた機体は戦闘での印象通りかなり手が加えられてあり、元々のキットには見られない装甲の分割や細かい部分の塗装、更には等身の拡張が行われておりレギュレーション800赤文字も頷ける作品だ。

 驚くべきは塗り分けの繊細さで、こうして間近で見ても各箇所に塗られた塗料には一切の滲みが見られずセンサーやメインカメラを際立たせる光沢はバトルで大いに効果を発揮することだろう。SDにこれだけの情報量を詰め込ませながらも破綻が無く、格好良さと可愛さが両立している機体に思わずうなり声が出てしまう。そしてそれは彼女の隣からも同様に漏れていた。

 

「これは……外見もそうだが性能も相当チューンされてるな。オレの記憶が正しければ爛苗学園はガンプラでのショーやパフォーマンスを主体とした学校のはずだが、何故ここまで実戦向けのチューンを?……本当にユナちゃんが作ったのか?」

 

「エイジさん最後の一言が毎回余計ですよ!……ユナが意識した訳じゃないですよ。SDストライクフリーダムの魅力を引き出そうとして弄ってたらこうなっちゃいましたね、先生からはもう少し可愛くしろって指摘されるんですけど断固拒否ですよもうっ、ね?ストライクフリーダムっ」

 

 指がSD特有の大きな頭に触れて僅かに顎が下がる。

 ──つまり彼女の話を要約すると、バトルを想定せずに改造を続けていった結果偶然にも超高性能に仕上がってしまったという事になる。

 だが悲しいかなユナが通う爛苗では実戦向けの改造は推奨されていない事に加え、ユナ自身が自分の作り上げたガンプラの性能に振り回されている。これはファイターとビルダーを主に置いているリュウからすると何とも歯痒い状況だ。

 

「そう言うエイジさんもアレですね、ザクで良くやりますよねー」

 

「薄々感付いたんだがユナちゃんもしかして……ザクの種類分からない感じか?」

 

「失礼なっ! 少しは分かりますよ!? 目が1つでガンダムじゃない奴がザクですよねっ?」

 

「該当する機体が多すぎるッ!」

 

 ユナの『言ってやった!』という顔にエイジが天井へと叫ぶ。設定魔のエイジからしたら彼女の発言に頭を抱えるのは充分理解出来るが、機体対策の為にガンプラを覚えなければいけない萌煌とは違い爛苗は個人の好きなガンプラを伸ばすという方向性なのだろう、そうであると信じたい。

 

 アイズガンダムを青いガンダム呼ばわりされた事に胸が一抹の寂しさを覚えるが堪えて咳払い。視線がリュウへと集中してまずは、と胸の内は晒した。

 

「……とりあえず何か頼まねぇか?」

 

 カウンターからこちらを伺うウェイトレス。その意図を察してテーブル中央の押しボタンを気恥ずかしく押したのだった。

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 どれくらい時間が経ったのか。

 ナナが初めての外食だった事に席が盛り上がったり、ユナの量産機体を蔑ろにした発言でエイジの地雷を踏んだりと。少なくともナナが食後のデザートとして注文した規格外の化け物パフェを食べ終わって、一同そろそろ席を立つかと話した頃合いに店の扉が開いて店内に静かな鈴の音が広がる。

 

 ───大きな男性だった。

 

 リュウから丁度見える店の入口、普段なら談笑と共に意識から消える客に目が止まった。

 ここからでは横顔しか確認出来ないが、その風貌は見る人間の視線を捉えて離さず学園都市でガンプラビルダーガンプラファイターを嗜んでいる人間ならば誰でも動揺が走るだろう。それだけ僅かに見える褐色の肌と艶めく銀の頭髪は特徴的だった。

 

 軍人が羽織るような黒と銀を基調にしたロングコートに物々しいブーツ。コートの上から見ても確かに分かる盛り上がりは発達した筋肉による物で、おおよそ日本人離れしたその身体付きは恐らく外国人だ。外国人と断定が出来ないのは男性が顔の上半分が隠れたマスクを装着しており顔付きを詳細に伺えない。

 

 シャア・アズナブルのマスクを被った男性が店員に案内され席へと向かう。足取りはこちらの席に向かい、あろうことか奇怪なコスプレをした男性はリュウの真後ろの席へと座った。

 その圧倒的な存在感に向かいの2人も会話の声がフェードアウトし、固まった表情で男性が席へと座る工程に目が釘付けになる。

 

「──見せてもらおうか、学園都市のファミリーレストランの性能とやらを……!」

 

 やべぇ人だ、振り返るわけにもいかず耳で男性の子細を伺う。突き刺す様な冷たい声から放たれた劇中の名台詞、そのギャップが異様なシュールさを醸し出しており突っ込みを思わず入れてしまいそうになる欲求を自制した。

 やがて男性が小さな声で店員へ注文をし、示し合わせる訳でもなくこちらは日常を装って観察を続ける。耳を男性に傾ける中向かいのユナが顔を近付けてきて耳打ちし、リュウも最小の声で応じた。

 

「……リュウさんっ動画のネタにぴったりの人が来ましたよ」

 

「動画どころか存在がネタだよ! 店員も動揺を隠しきれてなかったぞ!」

 

「あの人を動画のサムネにしたらインパクト間違いなしです、じゃリュウさん。コンタクトお願いします」

 

「なんで俺なの!? 隣の野郎に頼めよ……っていつの間にか居ねぇしクソ! 逃げやがった!」

 

 トイレへと向かってるエイジが意味深な顔でリュウへと笑いかける。人を馬鹿にした顔に殺意が湧くが、ぐっと拳と共に抑えて背もたれへと掛ける。話を切り出そうにもタイミングが掴めずどうしたものかと腕を組みながら作戦を練っていると店員が男性の席へとカートを押して料理を運んできた、肉が焼けている良い匂いだ。

 

「お、お子様ランチです…………フフっ」

 

「──ありがとう」

 

 あくまで自然体を装う男性に女性店員が負け、笑いを抑えて顔が愉快なことになっている店員が足早に席を離れる。

 釣られて笑いが出そうになるのを堪えながらも男性へと話し掛けるタイミング引き続き探った。

 

「───食材は最大限に活かす、それが私の主義だ」

 

「ぶふぉうッ……!」

 

 鉄板にソースを掛けたのか香ばしい匂いと共に食欲のそそる音が後ろから鮮明に聞こえる。いちいちシャアの台詞を言いながら行動を行うのが腹筋に悪い。

 

「───勝利の栄光を! 私に!」

 

 堪えた。唇を接ぐんで、下唇を噛んで。震える腹筋を呼吸で正常に戻そうとゆっくりと息を吐く。笑ったらいけないと目を目一杯瞑る。

 これはいけない、と拳を更に握る。握りながらも次はどんな台詞が男性の口から出るのか気になって仕方がない。

 食器の音が聞こえ一口目が食べ終わった様だ、更なる笑いを堪えるため息を止め──そして。

 

「───美味しい」

 

「そこは『ええぃ! ファミリーレストランのお子様ランチは化け物か!』だろうッ!!」

 

 席を立ち、叫んだ。店内に声が響きカウンターの店員の視線がリュウへと刺さる。

 やってしまった事の大きさを徐々に冷や汗として実感し、ゆっくりと後ろを振り返った。

 

「───」

 

「あ、あの……」

 

 言いどもる。もはやこうなってしまっては仕方ないと観念し男性へ事情を伝えた。リュウの話を聞こうとする姿勢から想像以上にマトモだな、と思いながらも男性につられたのか胸の内に1つの台詞が浮かび上がった、後先考えずに突っ込みを入れてしまった自分に対する台詞が。

 

 ──認めたくないものだな、自分自身の、若さ故の過ちというものを。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2章9話『数の有利』

 見渡せばぐるりと山々が望み、視線の意識を僅かに下げるとそこには世界最高峰の技術が集結した学園都市が視界に広がっており大小様々な建物がどれも汚れを知らない新しさを纏っていた。

 

 駅前ビルは20階建てという第3学区どころか学園都市でも最大級の高さを誇り、屋上ともなれば地上との気温は肌で違いが感じられるほどに冷たい。

 薄着のユナが両肩を自分で抱き締めながら対峙するエイジ、リュウと仮面の男を静観する、ナナは当然の位置と主張するようリュウの隣に付き無言で行方を見守っていた。やがて仮面の男が顎に手をやって今しがた説明された事情を再度確認するように口を開く。

 

「君達の要求は私とガンプラバトルをすること、もう1つはその戦闘を撮影する事、これでいいのか?」

 

「そうです。いきなりこんなこと頼んで申し訳ありません、俺とエイジどちらかが戦うかはこれから直ぐに決めるので───」

 

「──2人纏めてで構わない」

 

 一瞬何を言われたのか理解が出来なかった。

【リミッデ】からここまで上がる途中に男性の戦績をアウターギア越しに覗いたが戦績は0戦0勝、つまり昨日の『アウター』でのシュミレーションバトルとやらにも参加していない。

 実力はもしかしたら強いのかも知れない、だが1対2はそもそも勝負になるかどうかも怪しい、それは隣のエイジも同じ事を思っているだろう。

 

 ───戦力の最小単位である1人に対して2人、アドバンテージはいわずもがな圧倒的に2人の方にある。1人が1人に意識を向けている間にもう1人が闇討ちする戦法や前衛後衛をスイッチして戦闘、そこにはフィクションによく見られる1で人多数を圧倒する大立ち回りは本来起こり得ない。何故ならお互い使う機体はフリーバトルの設定上性能が近く、同じ人間であるからだ。

 例外をあげるとすれば多数側が素人の腕前のような実力がかけ離れたマッチングであることが挙げられるが、それもリュウ自身とエイジの実力からは考えられない。

 戦術教程を一通りこなした2人の脳内には当たり前のように1人対多数の戦術が叩き込まれてある、故に男性の言葉をやんわりと変えさせようと言葉を考えた時だった。

 

「2人纏めてで構わないよ」

 

 再度言いのけた男性に言葉を飲み込む。仮面からは驕りも恐怖も何一つ読み取れなかったが、その変化の無さこそが不気味であった。

 

「分かりました、後で恨まないで下さいよ?」

 

「努力をしよう。学園都市初めてのガンプラバトルが君達のようなファイターで良かったよ」

 

 仮面の下からは嬉しさの様な表情が感じられたがすぐに切り替わる。もはや語る言葉はないと男性が宙に腕を構え、リュウとエイジもアウターギアを起動、両手を構えた。闘志昂るファイターに応えるように両者の間にプラフスキー粒子が煌めき散りばめられ、後はホロスクリーンに表示された言葉を放つだけ、横目でエイジとアイコンタクトをして短い呼吸で斬るように紡いだ。

 

『バウトシステムッ! スタンバイッ!』

 

 3人の声に呼応して粒子が屋上に噴き上がる。

 途端に粒子が構築を開始し、瞬く間にバトルフィールド【ジャブロー(地上)】が形成された。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「わりぃなユナ、相手があの条件を飲んだんだ。動画映えはしねぇがこれでチャラだぜ」

 

「仕方ありませんねっ、あ。じゃあ動画を盛り上げる為にリュウさんかエイジさんがやられれば良いんですよっ!」

 

「ユナちゃんそこは大丈夫だ、リュウはトランザムしたと思ったら勝手に自滅するから」

 

「えぇ~? トランザムってあの紅い光る奴ですよねっ? あれ早いからカメラで追えるかなぁ……、リュウさんやっぱりここは高速移動中に石で転んでダイナミックに機体をスクラップにする方向にしましょう!」

 

「自滅もしねぇしスクラップにもならねぇよ!? お前ら俺に対しての評価段々酷くなってない!?」

 

 左上のスワイプに表示されたユナが心底残念そうに口を尖らせる。

 誰が初心者でも起こり得ない凡ミスを全世界配信の動画で晒すかと内心溢し、今立っているバトルフィールドの把握に努めた。

 

 ───【ジャブロー(地上)】。熱帯のジャングルが舞台であり水中用モビルスーツも窮屈しない川がフィールドを縫うように流れている。地上は雨が降っている事もあり足場がぬかるみ、生い茂った森林は視界情報を大幅に遮る。

 これらの特性から奇襲用水中用陸戦型モビルスーツを運用されることが推奨されるが幸いリュウとエイジはお互いに汎用機、フィールドを選ばない万能機だ。

 

「リュウ、作戦は何か考えてるか?」

 

「思い浮かんだのは3つ、まず1つはお互い固まって行動しサーチ&デストロイ。敵の戦力が分からない以上別れるのが怖いって理由だな、この作戦のデメリットは罠が仕込まれてた場合2機共サヨナラする可能性があるってところだな」

 

「ん、続けてくれ」

 

「おーけー。次は1対2って数を活かしたL字戦法だ、俺とエイジで敵を囲んで退路を塞ぐって作戦。デメリットは……そうだな、火力による一点突破が怖いってところか。で最後は太陽炉搭載機で空から索敵、地上のエイジが奇襲って作戦だな。このデメリットは敵からアイズガンダムが丸見えってところ……今思い付くのはこんなもんだ」

 

「えぇ……? 今更頭が良い設定を付けるんですかリュウさん? 大人しく馬鹿キャラのまま行きましょう?」

 

「ユナてめぇ後で100回負かしてやるから覚えてろ」

 

 横槍を入れるユナを睨んで黙らせる。春休みの間殆どを試合観戦とガンプラバトルに注ぎ込んだ情熱を舐めないで欲しい、もっともその結果アイガンダムの改造案は浮かばずこうして長い相棒であるアイズガンダムを使っている訳なのだがそこには目を瞑ろう。

 数秒の沈黙が続き、エイジが多少渋ったような声で、

 

「L字だな」

 

 と短く告げた。

 操縦棍を操作しモニターにジャブローのマップを最大サイズで表示、現在自分達がいる地点の南西にマーカーを付ける。そして敵が居ると思われる北東に続けてマーカーを付け画面をエイジへと送信。

 戦術教程の授業を思い出すような手順に懐かしさと学園生活の苦さを抱いていると、またしても左上のスワイプのユナが口を開く。

 

「なんだよ、また茶々入れに来たのか」

 

「や~そうしようと思ったんですけどね、本当に感心してました。プロを目指してるってあれマジだったんですね」

 

「お前な……、あとちなみに普段のバトルならこんなことやらずに口頭で伝えるからな。動画だから視聴者が分かりやすい様に演出してる俺達の配慮だぞ~」

 

「きゃー! リュウさんありがとうございますっ! 撮れ高きてますよその画面……。あ、やば。今までずっとユナの顔を撮影してたみたいです」

 

「ザメルッ!!」

 

 空振った配慮に胸を痛める。

 すると画面に新たなマップが表示され、そこには索敵ルートが追記されてあった。ご丁寧にルート上に広がる森林地帯の大まかなサイズや川の幅、想定される深さが書き加えられており几帳面なエイジの性格が現れている。

 

「俺はこのまま南から攻める、リュウは北へ迂回した後東へ向かってくれ。一応お互いにフォローが届く距離が良いからあまり離れないよう頼む」

 

「了解。機動力はアイズの方が上だから何かあったら通信をくれ、直ぐに向かう」

 

 音声から嬉しさのような物が滲み聞こえ、リュウも頬が緩む。

 地元が同じのエイジとは2on2の際に良くタッグを組んで今のように連携のやり取りをしていたことを思い出す。やはり頭の回転はエイジの方が早いが、咄嗟の判断と思考はリュウに軍配が上がることもあり、こうしてリュウが思い付いた戦術にエイジの分析を加えて最終的な判断を下すのがリュウとエイジが組む際の鉄板だった。

 

「……リュウさん」

 

 ふと、隣に佇むナナが口を開き何事かと視線を送る。

 

「お?どうした、何か作戦変だったか?」

 

「いえ、あの。……頑張って下さい」

 

 思わぬ方向からのエールだった。

 ちらちらとこちらを伺う少女へ円柱状のプラフスキー粒子で出来た仮想コクピットから手を伸ばし、ナナが手へと目をやる。意図に気付いたのか数瞬の躊躇いの後手を握り光の空間へと招いた。

 

「ありがとなナナ。外からじゃあまり見えないから、良かったらここで俺達の戦い見ていてくれ」

 

「はい……!」

 

 ぴたり、とすぐ横に気配を感じる。

 アウター内でリンクした状態の様な、妙な違和感と安心感は意識の妨げにならずむしろ心地よかった。

 

「リュウ、準備はいいか?」

 

「おう。いつでも」

 

「っし、ザクⅢの機動力の関係上俺が先行する。15秒後指定したルートに進行してくれ!」

 

 言うや否やザクⅢがホバーを噴かし泥水が跳ね上がる。絶妙な速度で鬱蒼とした森林地帯へ溶け込むように消えていくのを見届け、作戦時間へと目をやる──残り3秒。

 隣からの視線に急かされたのか自分でも早く操縦棍へと力を込めた、バインダーが敵に即応出来るようスタンバイモードへと変形しアイズガンダムのカメラアイに鋭い光が音を立てて灯る。

 

「リュウ・タチバナ、アイズガンダム──索敵を開始する」

 

 機体が僅かに浮かび上がり、GN粒子が各スラスターへと充填される。

 機体状態オールグリーン、と。軽やかな機動でエイジが向かった森林地帯とは対照的に、景色が拓けた川へと前進を開始した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2章10話『戦慄のジャブロー』

「エイジさん、ちなみにどうしてL字戦法とやらを選んだんですか?」

 

 通信が入りモニター左上スワイプが開く。

 視界に映る緑の景色に敵機は見えず光学迷彩の気配もない。丁度良いと移動中の息抜きの為張り詰めた緊張を1度解いて頭を軽く振り、ユナの問い掛けに頬を緩めた。

 

「そういえば言ってなかったな。ええと、ジャブローは広いステージだから一旦隠れられると発見が困難になる、纏まって索敵するのはそのリスクが高いし、地上と空からの索敵はアイズガンダムに任せる負担が大きいから不安だったんだ──、だからL字戦法。ステージ端に追い詰めるように索敵を行うから敵を見付けやすいし、囲う事によって別方向から攻撃を展開出来るんだ」

 

「別方向から攻撃を展開?強いんですかそれ、ユナ的には見付けて合流はいドーン! の方が強そうなんですけど」

 

「それは敵を確実に倒せる場合だけだな。L字はそう……、例えばリュウが敵を見付けて攻撃を行うとしよう、で敵が攻撃を左右どちらかに避けた、ここまでは良いな?」

 

「流石に分かりますよっ!」

 

「で、L字。この場合十字戦法とも言うか、敵が避けた方向には俺が放った攻撃が置かれているから、敵からすると左右への回避が出来ない上に注意をどちらにも割かなければならない訳だ。続いて敵が取る行動は上へ逃げたり強行突破が主なんだが次にこちらが打つ手は───」

 

「なんかズルい戦法ですね、エイジさんらしい」

 

「そりゃ1対2だからな、ズルくもなるさ。ユナちゃんはもう少しガンプラバトルを勉強した方がいいかな」

 

 あっけからんと皮肉を混じえて答えるエイジにスワイプのユナが口をへの字に曲げる。

 反論しようにもガンプラバトルで負けた事実があるため、何か言ってもそこを突かれること請け負いだ。

 

 森林地帯へ進行を開始して数分、未だ敵の気配は無い。モビルスーツより若干低い木々がフィールド端まで広がっており、その途中には小さな山々も点在する。このゲリラ戦にうってつけの地形をエイジは本命と踏んでおりレーダー、モニターへと索敵を怠らない。

 もう何度目になるだろうか、視線でモニターをフリック。リュウへと回線を繋ぐ。

 

「こっちはそろそろ岩場に入る、リュウの方はどうだ?」

 

「今のところな~んも無ぇ。多分そっちが本命だな、何かあったらすぐに通信くれよ?」

 

「了解。かといって油断するなよ、そのルートで敵が潜伏している可能性があるのは───」

 

「水中だろ。大丈夫、渡されたマップから狙撃できるポイントを俺なりに洗い出して通らないようにしてるつもりだ」

 

「──フっ」

 

「あっ! 何で笑ったてめぇ!」

 

「何でもない、岩場が近いから通信切るぞ」

 

 スピーカーから続くリュウからの通信を一方的に切断し、今しがた行われたやりとりを思い出す。

 エイジが他人と関係を持つ際に自分ではどうにもならない癖のようなものがあるのだが。自分の思考を敢えて伝えず相手が自分の意図を察するかどうか、そんなシニカルな態度を取ってしまうこの癖はエイジ自身もあまり褒められたものではないと自負している。

 相手がどういった人物かをその回答である程度見切りをつけて、そこを初期値にして関係性を構築するのがエイジの処世術だ。

 

 リュウは今と同じような質問を春休み前にしたことを覚えているだろうか?

 

 その時はエイジの作戦の意図を気付けず後から説明をする事になってしまったが、今回は違った。自分が考えてる戦略と同じ答えを見付け、自発的に行動している。それはリュウが以前より成長しているなによりの証拠だった。

 

「こりゃ、うかうかしてられないな」

 

 リュウを下に見ているつもりなど微塵もない。ただ足りない面を友人としてやんわりと指摘し本人が気付き成長の助けになればと、素直に物事を伝えられないエイジの本心だ。

 

 そういえばと、今の会話の後にちょっかいの1つでも送ってくるかと思っていたが左上のスワイプは開かない。

 リュウに回線を繋いでいるのかと、あの煩い少女の相手をしているリュウを胸中で労った。

 

 ───突如レーダーを砂嵐が覆う。

 

 リュウ、ユナへと通信を試すが応答なし。マップにもノイズが走っておりどこの方角へ向かっているのかも把握が出来ない。

 これが敵からの電波妨害なのは火を見るよりも明らかだ。

 かといって心はエイジ自身驚くほどに平静を保っている、そもそも相手が1対2を許容した時点で搦め手を使用してくるのは想定済みだ。

 

「問題は相手がどんな機体かだな」

 

 岩場のエリアが間近に迫り、視線を泳がせた視界の傍ら。最も高い岩山に1機が自らを隠すことなく主張していた。

 高所から周囲を見渡しているのか、やがてせわしなくギョロつく頭部センサーが特徴的な挙動でエイジを捉える。

 

 ───グレイズランサー、レギュレーション400。

 

 モニターに捉えた機体の情報がアウターギアを通して伝わり、ホロスクリーンに投影される。

 

 まず目を引いたのは右手に構えた大型の突撃槍だ。鋭く、そして長く伸びた先端から根本へ目をやると砲門が姿を見せ、『射撃で牽制し本命の槍で敵を倒す』という堅実な設計が一目で汲み取れた。

 そして大型の槍を支える為か一般的なモビルスーツの脚部とは異なり4脚、さながらケンタウロスの様に見える機体は深い青のカラーリングも合わさり彫像を思わせるシルエットに見える。

 

 駆ける直前の馬のように前肢で2度地面を蹴り、大型槍の先端をこちらへと向けた。それに示し合わせるかの様に操縦棍を操作し1番スロット──ウェポティカルアームズを展開、ガトリングの回転音が岩場周辺に大きく響く。

 

「お手並み拝見といきますか……!」

 

 グレイズランサーの頭部センサー、ザクⅢのモノアイが同時に光った。瞬間、駿馬が逞しい4脚を蹴りガトリングに怯むことなく殺到する。スラスターと脚部からくる運動エネルギーはもはや機体1つが大きな突撃槍そのものだ。こちらもロックオンマーカーを寸分違わず機体の中心へと捉えトリガーを引く。操縦棍をしっかりと握らなければ即座に狙いが逸れるような反動に歯を噛み締めながらも、遭遇したことの無いガンプラを相手にエイジの口角は無自覚につり上がっていった。

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 4脚のメリットの1つとしてまず挙げられるのは高い走破性だろう。

 安定した機体バランスにより凹凸の激しい地形でも安定した機動力を持ち、踏み締める4つの脚部はぬかるんだ地面を難なく捉える。その点熱帯であるジャブローとはまさしく相性が良く、目の前でガトリングの火線を驚異的な跳躍で左右前後と避ける様は心臓に悪い。

 

「加えて素体がグレイズときた、機動性運動性はあっちが上か」

 

 ザクⅢのガトリングを避けながら囲う様に、グレイズランサーが跳躍で徐々に距離を縮める。上下前後左右と俊敏な機体をガトリングで追うだけでザクⅢ側は手一杯だが、あちらは回避しながら固定砲台と化しているザクⅢに対して一方的に射撃を行うことができる。

 

 今のところは右肩のシールドで耐えているがこれもいつまで持つか分からない。いっそ回避に専念しようとバーニアを噴かしても機動性はあちらが上、追い付かれるのが必定だろう。

 

「で、あればだ」

 

 ガトリングから砲撃が止む。突然の攻撃中止にグレイズランサーが僅かに止まるが、直ぐに大型槍を構えて突撃を溜め───大地を蹴る。バーニアと4脚を総動員した加速は瞬く間にザクⅢの眼前へと迫り、鋭利な先端はコクピットを穿とうとインパクトの瞬間腕を更に突きだした。

 

 鈍い金属音。

 

 グレイズランサーは尚も走りを止めず、半円を描きながら次第に減速を始める。

 手応えはあった、だが軽い。

 違和感の正体を探るようにザクⅢが居た場所へとセンサーを光らせる、視線を向けるその途中槍の先端に何かが突き刺さっていた。

 

 ───ガトリングの銃身だ。

 

「流石4脚、運動性機動性は相当に高い。だがな」

 

 背後からのオープン回線だった。声の発生源へ大型槍を振り回そうと腕を振るうが何かに縛られたように軋みをあげる。直後、機械的な吸着音が連鎖的に聞こえ───。

 

「旋回性は人型の方が上だな……!」

 

 爆発が連なり、衝撃で周囲の木々が吹き飛ぶ。

 チェーンマイン全てをくくりつけての起爆はレギュレーション1000オーバーであろうと容易く木っ端微塵にする威力だ、如何にナノラミネートアーマーといえども耐えきるのは不可能。

 

 グレイズランサーの頭部がザクⅢの足元へ落ち、機体が見事にバラバラになったことを告げた。噴煙立ち込める爆心地に背を向けてバトル終了の画面を待つ中、2人に何と言おうか脳内で画策する。とりあえずこれでユナの機嫌は多少良くなりエイジへの風当たりも弱まるはずだ。

 

「ッ?」

 

 モニターが揺れ、何かが映る。

 それはマニュピレーター。機体の掌だ。

 ザクⅢの物ではないそれは自機から生えているように見え、思考が定まらない。

 

 まさか、と。

 

 緩んでいた手で再び操縦棍を握り締め操作、右腕でそのマニュピレーターを掴む。ザクⅢから引き抜こうとする腕を全駆動系を駆使して遮った。

 

「もう1機居たとはな……しくったぜこれは」

 

 背後からの抜き手、それはザクⅢの腹部を貫通し動力炉を破壊していた。間もなく機体は爆散し画面にLOSEの文字が映される事だろう。

 だが掴まえた。機体の活動が終わるまで、全身に残された粒子をフルで使いその腕を固定する。

 

 相手がどのような策を練ったのかは知らないが、それも知る必要は無い。操縦棍を素早く弄りモニターに警告の画面が大きく表示されるが、迷わず警告を無視し決定の入力を行った。

 

 元より1対2、こちら1機が減ろうと敵を倒してしまえば勝利はこちらのものだ。

 コクピットが揺れ、間もなくザクⅢはその身を背後の敵機諸共吹き飛ばすことだろう、だが見事な奇襲だったとファイターの男性を思い浮かべる。

 

 思い浮かべようとモニターに目をやった。

 

「なっ───……!?」

 

 目の前の光景に言葉を無くす。脳の処理が追い付かず、驚愕が口から漏れるだけだ。

 絶句だ。あり得ない。驚きに開いた口は塞がらず頬を冷や汗が流れ落ちる。

 

 だとしたら今背後に居る機体は何だ?先程倒したグレイズランサーは何だ?

 

 視線の先、グレイズランサーとは違う。明らかにこちらが本命だと言わんばかりの存在感。

 こちらを見据える青銅色の機体が白く染まり行く視界の中淡く消えていく。

 最後に見た景色はそれだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2章11話『掌の上で』

「どおおぉぉぉおなってんだよこれ! 何だ!? 忍者か!? 分身の術か!?」

 

 アイズガンダムのバインダーをディフェンスモードへと変形させ地上からの射撃をやり過ごす。

 嫌な話だ、電波妨害が走ったと思ったら川の中からグレイズランサーが現れ相手をしていたら2機目、3機目と続いて水中から姿を現した。

 しかもそれぞれの俊敏性が尋常ではなくGNバスターライフルの射撃は今のところ全て外してる。

 

「リュウさん、右後ろ方向。跳躍したグレイズランサーが!」

 

「おうよ! 見えてるぜ!」

 

 大型ランスを前方へと突き出しアイズガンダムの死角を捉える。

 だが予め撒いておいた餌だ、意図的に死角を作り出し敵の突進が来ないものかと誘ったが早速効果があった。

 タイミングを合わせ操縦棍を前へと押し倒し、

 

「突進ってのは威力が高い分小回りが効かねぇからな!」

 

 アイズガンダムが僅かに体を逸らす。1度進路を決めたグレイズランサーの突進は宙を穿ち、今度は自分が死角を晒す。だが絶好の機会を前にしてアイズガンダムはナノラミネートアーマーに対し即応して致命打を与える手段を持たない、ならばと。

 

「この暴れ馬ッもう少し行儀良く走れ!」

 

 スラスターを全開、後ろから抱き付く形でグレイズランサーへと取り付く。激しく空中で身じろぎを行いアイズガンダムを振り払おうとするが見事に乗馬をする形でしがみつき、上半身を羽交い締めした。

 

 ───スロットを展開、7番スロットアルヴァアロンキャノンを選択。

 

 バインダーがフレキシブルに真下を向き、破壊の閃光が2基の間で迸り解放の時を待つ。

 狙いは後ろ足、ここを破壊してしまえば大型ランスのサイズ上取り回しが出来なくなり戦力は激減するはずだ。

 

「これをあと2機か、骨が折れるぜッ」

 

 これから予想される仕事の多さに辟易しながらトリガーを引く。

 深紅の照射が真下の川を斬り裂き膨大な熱量で熱せられた水分が水柱としてエネルギーを解き放った。

 

 ───だがその軌道上にグレイズランサーの姿は無い。

 

 何事かと空中に放り出されたアイズガンダム、しかしその手はしっかりとグレイズランサーを羽交い締めしている。突然の異常事態に行動を迷い思考を巡らせる……ならば胴体はどこへ消えたのか。

 

「リュウさん! 後ろです!」

 

「ッ!」

 

 叫びにも似たナナの声に従うままグレイズランサーごと後ろを向くその瞬間、モニターが大きく揺れた。

 

「な、はぁ!? 分離ぃ!?」

 

 グレイズランサーが抜き手で貫かれる。それを行った敵、それは先程までアイズガンダムが座っていた胴体。

 ───後ろ足へと変形していたレギンレイズだった。

 

 じきに爆発するグレイズランサーを前へと蹴り飛ばし即座に距離を離すためバーニアを後ろへと噴かす、空中飛行能力を持たないレギンレイズは身を膨らませたグレイズランサーを抱えたまま地面へと落ち水中へ。大きく水柱が上がった。

 

「元から2機で1機を装ってたのか、すると地上でこっちを睨んでるあいつらも……」

 

 恐る恐る目をやる。

 リュウの懸念に応えるかのように地上のグレイズランサーが次々と変形、大型槍を携える1機と鋭いマニュピレーターを開きアイズガンダムを睨むレギンレイズが1機。合計4機が空中のアイズガンダムを取り囲むよう地上で待機していた。

 

 1対4。元々はこちらが数の有利を誇るはずの戦況が引っくり返っており、顔から温度が失われていくのを感じる。

 

「これ下に降りたらブルデュエルも真っ青な惨状が待ってるよな」

 

「……ブルデュエル?」

 

「沢山のわんちゃん達にかじられた機体、家帰ったら見るか」

 

 絶望的な状況を紛らわすように軽口を隣に溢す。

 冗談でもなく、仮に地上で戦うことを想定したら間違いなく脳内イメージ通りの光景がアイズガンダムを襲うだろう。グレイズの頭部センサーがトラウマになること必至だ。

 

 初めのグレイズランサーを倒してからこちらを睨むグレイズ達に動きが見られず、振り切るため移動すると一定の距離を保って付いてくる。それらの奇妙な挙動も一切乱れず決められた動作の1つの様だった。

 

「このバトル、何かおかしいぞ」

 

 違和感が思考をなぞる。

 ガンプラを破壊したにも関わらず終わらないバトル、相手は1人のはずなのに圧倒的な敵の数。

 そして一切乱れないグレイズ達の挙動。

 

「──あ」

 

「どうしました?リュウさん」

 

「ちげぇ、これちげぇぞ。」

 

 繋がった。

 思い返せば空中での攻防で横槍が入らなかったのもこの仮説が正しければ頷ける。

 

「距離だ、受信範囲。でも電波妨害の中?……そうか、機体間を通じて」

 

「リュウさん?」

 

「分かった……! あのグレイズ達、ファンネルと同じだ。───親玉がどっかに潜んでやがる!」

 

 思考が、弾けた。

 仮説としてはこうだ。機体を破壊したにも関わらず終わらないバトル、これはガンダムXに登場するGビットと呼ばれる機体のように本体からの脳波受信で動くファンネルと同じのモビルスーツだ。

 恐らくこのグレイズ達はパターン化された挙動の他に親機が手動で操作出来る様に改造されているのだろう、そして今は全機体共通の挙動を取っている。

 そして電波妨害の中動いているグレイズ達の謎、考えるにグレイズ達を子機として電波接続をし繋げているはずだ、距離を詰めようとしなかった2機のグレイズランサー達にも納得がいく。

 

「だとしたら、今は全機待機状態みたいなもんか。本体はどっかしらで俺を狙っている。」

 

 グレイズ達へ電波を届けさせるために親玉は付近に潜伏しているはずだ。

 地上は陸地と川しかない見渡しの良い地形、モビルスーツが居れば一目で分かるはずだが姿は見えない、光学迷彩か……それとも。

 

 射撃音が思考を切り裂く。

 

 地上のグレイズ達が一斉に大型ランスを空中へ向けアイズガンダムを狙う。動きあり、と敵の狙いを探るよう注意しながら空中を旋回。予想通り偏差射撃をしてくるグレイズが居ないことから自動標準射撃の可能性が高い、これらの射撃だけなら単独飛行能力を持つアイズガンダムなら避け続けるのは容易だ。

 

 その中の1機がランスを構え、槍先をこちらへと向ける。グレイズランサーにパイロットが乗っていない事を考えると迎撃するかどうか迷ったが、今は4脚では無く2脚、いわゆる通常のモビルスーツ形態。先程のように分離からの奇襲も無く好機だ。

 繰り出される突進を避け交錯時に間接を狙おうと、GNシールドからビームサーベルを引き抜く。

 

 グレイズランサーが跳躍。想像通り突進の挙動は単純だ、機体を2分にしたことにより突進速度は弱まり対処は容易。ビームサーベルの出力を最大に震わし槍先を回転する事で回避、後ろから遠心力に任せるまま鉄血のオルフェンズ機体に多く見られる細い腰接続部を凪ぎ払った。

 

「っし!」

 

 グレイズは身を文字通り2つに分けられアイズガンダムの後方で爆発、衝撃が機体を心地よく揺らす。

 故に気付けなかった。敵の戦略を、意図を。

 

「な──アラームッ!? どっから!」

 

 けたましく鳴り響く警告音。普段なら攻撃が迫る方向をモニターが表示してくれるのだが今は電波妨害もありアラームしか鳴らない。

 すぐさま地上のグレイズ達へと目をやるが攻撃をしている気配はなく、それどころかグレイズ達はどこか項垂れるように力なく直立をしている。まるで機能を停止しているかのようだ。

 

「本当に──良いファイターだ君達は」

 

「上ッ!?」

 

 オープン回線から聞こえた声はあの男性の声だ。

 それは空中のアイズガンダムより上から聞こえ、今まで地上に釘付けだったせいもあり反応が遅れた。

 

 体勢を構える暇も無いまま高高度からの奇襲にアイズガンダムは身をジャブローへと墜とした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2章12話『軍略のニヴルヘイム』

 バインダーが2基とも破壊されたことによる機動性の低下と背部GNドライブ破損による飛行能力の低下、考えうるに状況は最悪だ。

 余程上からの衝撃が強かったのかアイズガンダムは機体を地面へとめり込ませ、空を仰ぐ。

 

「だがまぁ、バスターライフルとGNシールド。それとビームサーベルは無事か」

 

 背中から落ちたのが不幸中の幸いで機体前面の武装に不具合は見られない、聞こえ良く言うならば地上用のアイガンダムと言うべきか。

 脚部スラスターを噴かし、それを助力に勢い良く起き上がる。アイズガンダムを叩き付けた機体がどんなものか拝んでやろうと土がこびりついたアイセンサーを光らせ索敵、目当ての機体は直ぐに見つかり川を挟んだ向こう、陸地からアイズガンダムを静観していた。

 その後方には分離したグレイズが並び、数は8機。これだけでも悪夢めいた光景だが、中心に佇むその機体をリュウが見るのは初めてではない。

 

「そうか。いやなるほど、参ったな」

 

 ストン、と。妙な納得が胸に落ちた。

 圧し殺さずとも乾いた笑いが漏れる。これが笑わずにいられるものか。

 学園都市側が行った海外からの抽選者の選別、ガンプラバトルファンの予想では海外で力を持つファイターやビルダーが選ばれるはずだとインターネットで議論になったが正しくその通りだったらしい。

 

 青銅色の機体色。周りのグレイズより一回り大きな体躯、手にした日本刀。特徴的な前垂れに刻まれたギャラルホルンの刻印。

 

 春休み何度も見返した動画の中にその機体は映っていた。

 2043年ガンプラバトルトーナメントレギュレーション600の部、世界大会ベスト8。生きる伝説、弐武両道。ドイツの英雄。

 

 通り名は幾つもあるが、世間一般で語られる呼び名はただ1つだ。主に世界大会で優秀な成績を残した機体にガンプラバトル運営から付けられる言わば称号、絶対的な強者の証。

 

 引きつった笑みをそのままに、未だ信じられない光景を自分で確かめるよう言葉を紡いだ。

 

「───軍略のニヴルヘイムッ……!」

 

「そうか、君は私の機体を知っていたか。いちガンプラビルダーとして嬉しく思うよ」

 

 悠然と語りかける口調、片手に日本刀を持ち直立する姿は隙だらけといった具合だが、攻撃を仕掛けようにもイメージが湧かない。

 脳内のニヴルヘイムが繰り出す迎撃の1手でアイズガンダムが悉く斬り捨てられているからだ。

 

「謙遜が過ぎますよ……!日本でプロ目指してるファイターでアンタを知らない人間なんていない」

 

「と、なると。君はプロを目指してるのか───良いだろう」

 

 ニヴルヘイムの両肩に装備された長方形状の装備が金属音と共に外され落下。それに呼応するように後ろに控えたグレイズ達が皆項垂れ、地面に片膝を付いた。

 そしてゆっくりと日本刀を正眼に構え、切っ先をアイズガンダムの喉元へと向ける。

 間合いは充分に遠い、否。リュウが遠いと感じているだけでニヴルヘイムにとってはもはや間合いの中なのだろう、刀の切っ先がアイズガンダムを通じてリュウに突き付けられているかのような錯覚に陥り喉が音を立てて鳴った。

 

 確実に斬られる。そして一刀の元に両断されることを覚悟した。

 

 ならば何をしても無駄だろう、如何に足掻こうと結果が同じなら労力の少ない方が良い。今までそうやって過ごしてきたではないか。

 

「──リュウさん」

 

 少女の小さな手が服を握った。

 意識が鮮明に晴れ、直前の思考が消え失せる。そうだ。

 

「ありがとな、ナナ。折角お前から大事なこと教えてもらったのにまた繰り返すところだった」

 

 妥協と怠慢の日々を瞼の裏に思い出す。

 手が届く物だけを選び、少しだけ遠い物を理由を付けて遠ざけていた昨日までの日々。そんな日々から意図せずとも連れ出してくれたナナとの出会い、昨夜の出来事には今までのような妥協と怠慢は許されていなかったはずだ。

 少女の頭を撫で、視線をゆっくりとモニターへ戻す。

 

 操縦棍を操作、構えたGNシールドとGNバスターライフルが離れて地面へと落ち、ビームサーベルを両手に構えた。

 

「待たせてしまってすみません」

 

「気にすることはない。聞いていて心地よかったよ、日本の若き戦士よ。───いざ」

 

 短く切られた言葉を最後に無音が両機を包む。ビームサーベルを柳の形に構え、最大出力で刀身を震わせる。大型GNビームサーベルと銘打っているだけあり刃の幅は通常のビームサーベルとは2回りほど大きい。

 問題は何処を狙うかだが、ニヴルヘイムの正眼に構えられた日本刀が相当に厄介だ。両肩に装備されたシールドで左右は守られ、心中線になぞられた頭と胴体には鈍い輝きを放つ日本刀が瞭然と立っており全身に隙がない。

 

 破るならば正面からの真っ向勝負に打ち勝つ他は無く、そのあまりに細い勝ち筋に弱音を溢しそうになるのを腕に込める力を増すことで堪えた。不安は溢れる寸前、勝算は絶望的。

 

 だからこそ、切られた鯉口。弱さを抱いた自分を置き去るように操縦棍を全力で前へと押し倒し、全身全霊で叫んだ……!

 

「───トランザムッ!!」

 

 敵の獲物は実体剣、それを十全に振るうには距離が必要不可欠だ。ニヴルヘイムに先んじて間合いを詰められるよりも、ビームサーベルを持つアイズガンダムが先に仕掛ける方が結果的に実体剣の威力は下がる。

 

 スラスターを大きく噴かし前進。半壊の太陽炉も断続的に粒子を吐きながらもトランザムに耐えてくれており、ニヴルヘイムとの距離がビームサーベルの間合いへと迫った。

 未だ動かないニヴルヘイム、──否。その脚は地を踏み締め踵までを地に埋めている。その地面周囲にニヴルヘイムを中心とした小さな亀裂が埋まれ、ラインセンサーが光った。

 

 何かが次の瞬間に繰り出されることを細胞が理解する、だが既にビームサーベルを最上段へと構えたアイズガンダムは全力で振り下ろす他無い。

 

 トランザムの恩恵を受けたビームサーベルの刀身は陽光を思わせる輝きを放ち、目の前の敵を斬り伏せんと空気の壁を破って今、振り下ろされた。

 

「───ぜぇアッ!!」

 

「───う、ぉぉおおおああああッ!!」

 

 叫びが戦場を交錯する。

 瞬間、雷が落ちたが如き轟音が響き渡り、空気が爆ぜた。

 

 目を開けていた、意識は覚醒し思考を続けた。だが────見えなかった……!

 

「畜、生ッ!」

 

 アイズガンダムはビームサーベルごとその身を縦真っ二つに分けられ、トランザムの速度そのままにニヴルヘイムの後ろを抜けて、

 

「良い闘志だった……!」

 

 空中で爆発。ニヴルヘイムが刃を2度振り払い、腰の鞘へと納める。

 深紅の粒子がきらびやかにジャブローを彩り、戦闘の終わりを告げた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2章13話『ファイターの素質』

 心臓の早鐘がやけに大きく聞こえ、打ち付けるように頭蓋の中を反響する。

 未だ冷めぬ熱を帯びた身体が肌寒い春風に当てられ心地よく、だが胸に刻まれたこの感情は清々しさとは程遠い久しく味わった『敗北』の痛みだった。

 

 完全に負けた。

 

 策を上から読み崩され、操縦技術も圧倒的に足りなかった。屋上で立ち尽くす中、ニヴルヘイムが繰り出した攻撃の数々を思い出しながら更ける。

 

 相手が格上だったなどとそんな言い訳は通用しない。プロを目指す以上世界ランク8位も1位も等しくライバルだと、そう思って萌煌で過ごしてきたハズが戦闘が終わった今では再び挑む気持ちすら湧かない。

 萌煌学園の中でも自分は最強ではなかった、だが突き放すような強さを持つファイターも存在せずあくまで一般的な範疇の中では強い部類の生徒だった。同期とは互いに苦戦しあい学校を抜ければ殆ど負けなし。

 つまりは井の中の蛙だったのだと心が痛烈に理解した。

 

「まずは、正体を隠していたことを詫びさせてもらおう。済まなかった」

 

 男性が仮面をゆっくりと外す。

 風に伸びた銀髪が煽られながらも、眼差しには一切の迷いがなくこちらを見据える。その射抜くような眼光はメディアで見掛けた印象よりも更に鋭く思えた。

 

 軍略のニヴルヘイムを駆る軍人、ヴィルフリート・アナーシュタインが腰から上半身を折り、深々と謝罪の意を示す。

 

「そんなの、オレとリュウは気にしてないですよ、頭をあげてください」

 

「プロの身でありながら素性を隠してバトルを行った愚行に弁明も何もない──だが、ありがとう。良いバトルだった」

 

 厳かに告げる口元。しかし語尾の言葉と共に柔らかな笑みが表情から汲み取れた。

 エイジがリュウを見、会話が出来そうに無いことを悟ると再び視線をヴィルフリートへと戻す。

 

「なぜ正体を隠していたかって聞いても良いんですか?」

 

「そうだな、君達は学園都市での外国人──いや違うな。日本での外国人ガンプラファイターが向けられる感情を知っているかな?」

 

「……良い感情では無いですね、日本は3年連続で世界大会の本選にすら参加できていない状態です。恥ずかしい話ですが、国民の多くは日本の弱さに目を向けず海外の選手へ憎い感情を抱いているのが実態ですね。あ、でもオレとリュウは違いますよ!」

 

「2人がそんな感情を持っていないのはバトルを通じて良く分かったよ。──だが学園都市にやって来た昨日、私の姿を見てバトルを挑んできた人間は誰一人として居なかった。むしろ私の姿を見て後ろ指を指したり遠ざけていった人の方が多かった……それを見て正直失望してしまったよ、世界中のファイターが注目する学園都市がそんな人間ばかりだったのは」

 

 悔しさか悲しさか、あるいはそのどちらかか。感情が膨れ上がる寸前で目を閉じ、昨日の出来事を思い返すかのように語る言葉からはもどかしさを訴えるように言葉尻が大きくなる。

 

 語ったのは日本の実状だ。

 日本に住む多くの人達は日本のファイターが負けると海外選手が仕掛けた戦略を卑怯と指差したり、果てには負けた海外の選手へ酷い言葉を投げたりするような人間が見られる。年々勝率が悪くなる日本の成績からか日本人は責任の有り様を外へと見出だし始め、ガンプラを広めた国にも関わらずモラルの低さが大きく目立っているのは正に負の連鎖といえよう。

 その実態が海外メディアから非難されているのは世界のガンプラファイターなら誰でも知っている日本の恥点であり、理解ある日本のガンプラファイターにとっては胸が痛い話である。

 

「だから私は学園都市の実力を知りたくなった。仮面を被り、正体を隠してバトルを申し込まれるのを待っていた……だが私にぶつけられた次の感情は───奇特の目だった」

 

「そりゃそうでしょっ、どっからどう見ても変質者と間違……もがっ!」

 

 呆れ顔で指摘するユナの口をエイジが音を立てずに塞ぐ。

 後ろへどかし、そのまま何事も無かったかのように真顔をヴィルフリートへと向けた。

 

「初めに戦ったのが君達で良かったよ。プロの肩書きが付いてしまってからは他人からバトルを申し込まれる機会がぐんと減ってしまったんだが、その中でも明確に私を倒そうという気概で挑まれたのは久し振りの感覚だった。───時に2人共」

 

「なんでしょうか」

 

 返事をするエイジの傍ら、呼び掛けに視線だけで応える。

 端から見ればふて腐れているリュウの態度も、どこか察した面持ち微笑みで言葉を続けた。

 

「君達は、私に負けて悔しかったか?」

 

 心の最も敏感な箇所を無造作に触られた気がした。

 自分の不甲斐なさ、どこか強いと勘違いしてしまっていた自分への愚かさ、操縦技術の拙さ。それらを全て引っくるめて言葉にするなら。相手の肩書きなんてものは関係ない純粋な感情。

 誰にも聞こえない程の呟きがぽつりと口から溢れる。

 

「とても……悔しいですッ」

 

 だが全員に聞こえていた。

 唇を噛み締め、拳を震わしながら握り締める姿から痛々しい程に気持ちが伝わってきたからだ。それでいてヴィルフリートを真っ直ぐと睨みつける様は礼儀知らずと揶揄されても仕方がない。

 

「そうか。ならば良かった」

 

 そう言うとヴィルフリートがアウターギアを操作し、それぞれのアウターギアがホロスクリーンを展開する。

 表示されているのはヴィルフリートからのフレンド申請だった。それぞれが顔を見合わせ驚愕の表情を浮かべ息が詰まる、そして。

 

「自分より遥かに強い者に負けて、それでいて悔しさに身を震わせる。───リュウ君、それはガンプラファイターにとって最も大切な気持ちの1つだ」

 

 ロングブーツの音が屋上に響き、コートをたなびかせヴィルフリートが出口へと歩きだす。

 表示されたフレンド申請を涙が滲んだ目で了承し、一足で駆けた。目の前の男性は大きな体躯だ、世界的ファイターだ、リュウとこの男性が話すことは身の丈に合わない。それでも言わなければならないことを心から口へと力を込めて言い放つ。

 

「俺がッ……俺達が強くなったらまた戦ってくれませんか」

 

 その言葉に鋭かった目付きが一瞬だけ丸くなるが、直ぐに元の厳格さを帯び、笑みを浮かべる。

 ヴィルフリートは手袋を外し、晒された右手をリュウへと差し伸べた。

 

「君達が望むならいつでも引き受けよう。未来有望な日本の戦士達よ」

 

「───ッ!」

 

 手を握った。

 自身と比べて一回りも二回りも大きな手を直に触り、様々な感触や感想が爆発する。

 

 名残惜しみながらも手を離し、今度は自然とリュウの方が腰を折った。

 ぐしゃぐしゃになった顔を見せまいと伏せたままの姿勢、一滴二滴と顔から地面に溢れるがヴィルフリートは目を閉じて身を翻す。

 

 穏やかな笑みを浮かべ、ドイツの軍神は靴音と共に屋上を去っていった。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「ユナもちゃんと始めようかなぁ。ガンプラバトル」

 

 ヴィルフリートが去って屋上には長い静寂が滞っていた。

 リュウもエイジもジャブローでのバトルの余韻にうち震え、内に暴れる形容しようのない感情が渦を巻き、その答えを探すように学園都市の風景を眺める。

 

 その無言を初めに破ったのは手を頭の後ろへと組んだユナの、どこかのんびりとした声だった。

 

「ユナちゃん爛苗だろ。ガンプラバトルなんかにうつつを抜かして平気なのか」

 

「残念でした~。ユナってばこう見えて成績超優秀なんですよっ、そのせいで早速先輩に目ぇ付けられてるんですから。それに……」

 

 続く言葉が気恥ずかしそうな顔を浮かべ中断される。

 その表情を見るや否やエイジが眼鏡を光らせ言及しようと近寄るが「ウザいっす!」の一言と共に繰り出されたヒールスタンプで悶えた。

 

 エイジをしかめっ面で見下した後、顔がこちらへと向けられる。気まずそうな、それでいてそっぽを向きながらも頭を掻きながら

 

「リュウさん、すいませんでしたっ」

 

「──は?」

 

 突然の謝罪。

 意味が分からず首を傾げるが、ユナは眉間にしわを寄せて直ぐに声を荒げる。

 

「舐めてたんですっ! リュウさんの事を! ……だから、すいませんでしたっ」

 

 短い一礼を赤面で済ませる。

 だが釈然としないリュウは傾けの顔の角度が更に大きくなり、ユナが更に声を大きくした。

 

「リュウ、エイジさんに負けてたじゃないですか、アレを見て勝手にユナより弱いって思ってたんです。けどさっきのバトルを見て印象変わりましたっ」

 

「へぇ、どんな印象になったよ」

 

 目の前で口の開閉運動が始まり、リュウ、そしてエイジへと視線を向ける。

 やがて胸に手をやり、未だ恥ずかしさを染めた顔のままに意気揚々と紡ぐ。

 

「なんか、…………がんばって戦う姿っ! 2人がバトルしてる時の顔がユナ的には『凄く活きてる』って思ったんですっ! ……その、必死だった2人には失礼ですけど───楽しそうでした、はいっ!」

 

 少女の告白を聴き、ゆっくりとリュウとエイジが顔を見合わせる。

 お互い顔がまんざらでもない様子、否。エイジの顔が笑みが深みを帯びて悪い表情へと変貌する。

 

 エイジがアウターギアを弄りその場の全員が注目する。

 だが、この展開は。

 

「ナナ、巻き添え食らう前に帰るぞ」

 

「? ……分かりました」

 

『なんか、…………がんばって戦う姿っ! 2人がバトルしてる時の顔がユナ的には『凄く活きてる』って思ったんですっ! ……その、必死だった2人には失礼ですけど───楽しそうでした、はいっ!』

 

「なっ───!」

 

 隣の少女の手を握り出口へと駆け出す。

 次の瞬間ユナの怒号とエイジの悲痛な叫び声が屋上に響き渡り、賑やかな掛け合いが第3学区へと木霊した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2章14話『月明かりに照らされて』

「衣類はこれで全部か。ガンプラはクローゼット行きとして……これは?」

 

 学生寮へと到着しまず始めたのは宅配された荷物の整理だった。

 食品やら生活用品の小山がリビングに聳え立ちそれらをナナと一緒に区分する。手に取った少女が履く予定のパンツを咳払いを1つ、隣で体育座りする少女へと何気無く渡した。

 

 外は既に日が落ち、何か羽織らなければ肌寒い程の気温。

 丁度良いと気まずさを紛らわすべく、購入したインスタントのカフェオレを振る舞おうとキッチンへ赴いて電気ケトルのスイッチON。

 そんなリュウの肝が小さい行動には目もくれず、少女が自分に仕分けられた購入物を綺麗な蒼の瞳で見つめながら手に取って確かめていた。

 

 屋上でのバトルの後、一同は模型店へと向かい備え付けの模型製作ブースでガンプラを組んだり改造。各々性能チェックや軽いバトルを行い夕飯は【リミッデ】という振り返ればガンプラ尽くしの1日だ。

 ガンプラ製作の基礎をそこでナナへと教え、組み立て簡単なハロを組む少女のうしろ、自称ガンプラ上級者3人がナナの指導者を決める言い争いを繰り広げる中さっくりと完成させたナナ見て舌を丸める面々。思い返すと笑える話だ。

 

「リュウさん、デンドロビウム」

 

「元気だなぁナナ。でもちょっとだけ休ませて、今ガンプラ見ると胸焼け起こしそう」

 

 ケトルが湧きマグカップ内の粉末が泡立ちながら溶ける。温かな蒸気とカフェオレの香りが部屋に広がり、匂いに釣られてか淡い髪を揺らして少女が振り返る。

 来客用の机にマグカップを置いて促し、2人揃ってのすすり音が部屋にハモった。

 

 この少女、思った以上に感情表現が豊かだとリュウはマグカップに息を吐くナナを横目にそんな事を思う。

 頑固な1面や僅かに見える悲しげな瞳以外は無感情と思っていたのだが、子細に注目すると確かに反応をしている。

 

「ふーっ。ふーっ」

 

 機械的な動作。

 

「ふーっ。…………ッ。ふーっふーっ」

 

 冷ましたつもりが意外に熱かった時の、動作を中止して瞬きを行う姿から小さな感情ではあるが微かに汲み取れた。

 

「なんですか」

 

「初めはその『なんですか』って問い。勝手に怒ってると勘違いしてたけど、本当に疑問として聞いてるんだよなぁ」

 

「……?」

 

「美味しいか?」

 

「───美味しいです」

 

 相変わらずの無表情、無抑揚。

 だが言葉を紡ぐ前に、視線をじっと目の前の空間へ送っていることに気が付く。恐らくそれが少女の思考している間であり感情が胸中で渦巻いてる状態なのだろうと察した。

 

 懸命に冷却を促す吐息の横、マグカップのカフェオレを飲み干して天井を仰ぐ。

 食道を暖かいものが通過する感覚と冷えた室内の気温も合わさり大きな欠伸が口から出、何の気なしに室内の荷物へと目をやった。

 

 殆どナナがここで暮らすための生活用品や衣類。ぼんやりと眺め、暖かいカフェオレを飲んで汗を軽く掻いた半袖をぱたぱたと仰ぎ、ふと思考がよぎる。

 

「あ。風呂」

 

 妹や年下の女の子と関わりが少ないリュウは分からないが、女の子は外から帰ってきたらまず風呂なのだろうか?

 ともあれ少女に浴槽周りの仕様を教えねばならまいと重い腰をあげて、丁度良くカフェオレを飲み干し小さな髭を作った少女へと用件を伝えた。

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 ヴィルフリートが繰り出した最後の斬撃。こうして俯瞰されたカメラから見て初めて理解できたが、どうやら驚くことにあの一瞬で二度刀を振っていたのが5倍スロー再生で辛うじて確認できた。下段からの斬り上げ、間髪いれずにそのまま振り下ろし。恐るべきは今の一撃から生る音が重なって1つの音に聞こえたことだ。

 ほぼ同時の2連撃。これまでメディアやネット動画でしか見たことがないヴィルフリートの太刀捌きを直に受け、自分の中で印象ががらりと変わる。あれは『見て』から反応出来る代物ではない、少なくともリュウの反応速度では『斬られる』と思った次の瞬間には『斬られていた』のだ。対策をあげるとすればそもそもニヴルヘイムの間合いに入らず、外から射撃で仕留めること、もしくはトラップで仕留めること。

 

「いやいやいや、無理だろそんなん……アルヴァアロンキャノンじゃねぇとナノラミネートアーマーは越えられねぇ。トラップを仕掛ける何て論外だ。相手はマジもんの軍人だぞ」

 

 ドイツ陸軍特殊機動部隊隊長、ヴィルフリート・アナーシュタイン少佐。

 2043年の世界大会では予選が始まる直前まで軍の作戦で夜通し実地任務を行っていたにも関わらず、任務終了後そのまま休憩無しで予選会場へ赴き1位で通過したのは彼の名前を一躍有名にさせた要素の1つだろう。

 

 去年は軍の任務が重なり大会自体に参加が出来なかった訳だが、今年から軍人兼ドイツ国ガンプラバトル広告大使の肩書きが加わったことで軍に左右されずガンプラバトルを行うことが出来るようになった。

 そんな自由の彼を学園都市がβテスターとして見逃さなかったのは当然といえば当然かと、スマホを持ったままベッドで寝返りを打つ。

 

 アウターギアとスマートフォンを連動させて戦闘のリプレイを見ることが出来るのを帰り際エイジから教わり、ユナが風呂に入っている間こうして動画を見ているのだが試合開始から終わりまで、ものの見事にヴィルフリートの掌の上だった。

 各ポイントにグレイズランサーを置いた後、先に網へとかかったエイジを撃破。そのまま全速力でリュウが戦闘しているポイントへと向かい、これも撃破。この間ニヴルヘイムの操作もさることながら、6機全てのグレイズランサーに各個指示を入力していた事から底知れない戦略の手腕が伺える。

 

 見返せば、理解は出来るが今のリュウでバトル中にはそんな判断は不可能。

 更に個人での操作技術も象とアリ程の差があり、ガンプラバトルで勝つのは奇跡中の奇跡でも起きない限り有り得ない。これが最終的な対ヴィルフリートへの見解だった。

 

「今の俺じゃ勝てねぇ。───だけど、俺にはお前もいる」

 

 寝返りを打った先。デバイスの上に悠々と立つアイズガンダムが物言わぬ眼差しでリュウを見据えていた。

 確かに今のリュウのままであれば勝てない、だがガンプラは今の状態から変えることが出来る。改造による強化、選択肢の幅を増やすことで戦略の幅を自由に広げられる。

 

 今朝にナナがアイズガンダムへと注文していた点、エイジとヴィルフリートとの戦闘。目を瞑り記憶を優しくなぞるよう繊細に思い出した。

 今にも脳内では激闘の喧騒が蘇り、閃光として瞼の裏へ投影される。何が足りないのか、自分に何が出来るのか。ゆっくりと記憶を読み返す。

 

「……即応出来る武器と。射撃の、選択肢の強化。後は、近接兵装を───」

 

 次第に意識が混濁し、自分でも何を呟いているか分からない内容がぼそりぼそりと口から漏れる。

 闇が思考を覆い、気付いた時には抗いようのない眠気がリュウの身体を捕まえていた。ベッドへ無限に沈んでいく感覚に、戦闘を思い返す思考にノイズが走る。

 思い返した記憶が逆再生され、今まで過ごしてきたガンプラの景色が古びた映写機の光のよう、意識というスクリーンへ断続的に投影された。

 

『この───ガンプラはね』

 

 逆再生された映像の最後。

 セピア色でノイズが走ったその記憶を、リュウは知らない。

 

『───君の、君だけの『』なんだよ───』

 

 ノイズが大きくなり声が途切れながら映像はそこで終わる。

 その人物の姿は黒く霞がかったように捉えられず、記憶の誰とも合致しない。

 

 ただ、その人物の声は優しかった。───誰よりも大きく、強かった。

 

 黒が完全に意識を支配する。

 リュウが混濁に沈む最後、胸に覚えた感情は打ち震えるほどの喜び。燃えるように燦然と揺らめく怒り。泣き叫びたくなるような哀しみ。何かに没頭する楽しみ。そして──それらを理解する為の理性。

 

 不思議と、どうしてそんなことを思ったのか意味も分からずにリュウ・タチバナの意識は完全に途絶えた。

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 身体機能に異常は見られず、状態は博士の言った通り1日の長期活動に耐えることが出来た。学習装置でインストールされた日常知識、常識も問題なく働いておりこれから過ぎていくであろう彼との生活も難なく行えると、水の滴が滴る身体をタオルで拭く。

 

 明かりが付いた部屋。

 

 彼はベッドで横たわり、ナナの足音にも反応しないことから疲労で寝ていると判断。仰向けに寝ている彼の表情は穏やかで、眺めているこちらの胸も自然と安らぐ。

 

 ───あの時、契約は履行された。

 

 初期状態のナナを意識の深淵から救い出し、アウターでLinkをした忘れもしないあの夜。

 手に取った彼から伝わった『自己満足』と『私を救い出す』という感情、それらがどういう意味か理解できないが、ただその感情は暖かかった。

 

「……寝ているときは電気を消す」

 

 先程彼から教わった部屋でのルールを思いだし、部屋の中央ぶら下がった紐を2度引き部屋が真っ暗になる。

 安らか寝息を耳が捉え、暗闇でも働く視覚を頼りに再び彼の元へ。その頬へと手をやり彼の感情が掌を通して伝わってきた。

 

 彼は哀しいのだ。

 

 ヴィルフリートに負けたことで今まで過ごしてきた自分の過ちに気付き、エイジに負けたことで彼へのコンプレックスも大きくなっている。強くなりたい。彼から伝わるそんな感情に、生まれたばかりの心が同調する。

 

 彼で良かった。

 

 黄色でもなく赤でもなく、橙色でもない。彼の色は蒼色、それも相当に深く浅い色合いだ。

 撫でる掌で心地よさそうに喉をならす彼から手を離し、感情の伝達が消え去る。急速に世界が冷めていき胸に何かが染み渡るような錯覚に手が震える、身体が震える。

 

 これは何の感情だ、どういった気持ちか。

 学習装置では教えることが出来ないこの冷たさを形容するならば──それは、今彼から受け取った感情にすっぽりと該当した。

 

「───これが、『哀しい』。」

 

 理解した瞬間、この感情を忘れまいと胸に手をやり意識の底へと刻み付ける。

 彼とのたった1つ共通する繋がり、深い蒼色。

 

 気が付いたら彼の手を握っていた。世界が色付きNitoro:Nanoparticleは感情に打ち震える。

 握るだけでは満たされない心に従うまま、握った手を彼の指へと絡ませ堪能するように指全体でなぞり、脳へ待ち望んでいた感覚が供給される。

 

「──でも、足りない」

 

 障害物を挟んだ接触では、衣類を挟んだ接触では感情の供給が出来ない。だが手だけではもう少女の心は満足しない。

 ───するり、と。

 彼に掛けられた布団を静かに退かし身体をリュウの横へと付ける。彼の体温をその身に受け止め、そのまま起きないようゆっくりと胸に頭を乗せて心音を感じ、ナナの欲求はそれで満たされるハズだった。

 

 だが小さな胸に到来した感情は更なる渇望。近付いたにも関わらず半比例するように大きくなる欲求に、少女は彼の半袖で晒された腕を身体全体で抱き、心が、ナナという存在が満たされた。

 

 ふと視線の先、月明かりが漏れるカーテンが目に入り淡い蒼色が裸の少女を照らす。

 静かで、綺麗な色。すぐ隣からの寝息にナナも小さく欠伸を1つ。

 

 ───少女を深淵から救いだしたリュウを、彼から滲む蒼色を身体全体で感じて、少女は心地よい微睡みに意識を任せた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2章15話『紫怨の凶星』

 閃光が暗闇を彩りデブリ帯を断続的に照らす。

 翆の照射が数発空間を貫き、漂う隕石が膨大な熱によって風穴を開けた。次の瞬間、閃光の発生源付近を漂っていたデブリ達が次々と両断され、やがて大きな爆発が宙域に咲く。

 

 右腕を綺麗に削がれたF91が全速力でバックブーストを噴かし、デブリ帯から逃げるように移動を続けている、が。

 

「糞がッ!何だってんだよッ!何なんだありゃあ!」

 

 真っ赤に点滅をしているモニターへ怒号を飛ばし、隻眼の男がレーダーを確認する。

 迫る敵機は追撃をやめ、今は距離を離していた。その隙に機体状況を確認しようと───。

 

 レーダーが更新、敵がデブリの影からぬらりと出てくる。

 

「馬鹿がッ!余裕ぶってんじゃねぇぞオラ!」

 

 F91背面側フレームアームがフレキシブルに可動し、操縦棍を操作。高出力に調整されたV.S.B.Rが敵機へとロックオンされプラズマを迸らせながら戦域を斬り裂く。

 威力は最大出力のアルヴァアロンキャノンには劣るがヴェスバーの利点はその速射性にある。トリガーを連打し、連続して放たれた殲滅の雷撃はロックオンされた敵へと恐るべき速さで襲いかかった。

 

 ───だが、敵機の挙動に息を飲んだ。

 

 慣性を無視したそのマニューバは全身に備え付けられたスラスターによるものだろう。バレルロールからの左右へ回避。ビームライフルも加えた弾幕を先読みしているとでも言うような動きで悉くを避ける。

 

 ましてやここは。

 

「デブリ帯でそんな動いてよぉッ!自殺志願者か頭イカれてるド腐れ野郎だろ!」

 

 万一デブリに衝突でもしたらスクラップ確実であり、操縦している人物は真っ当な神経をしている人間には思えない。男は苛立ちに唇を噛みながら射撃の連射速度を上げた。

 ヴェスバー、ビームライフルの連射速度をそれぞれ調整し弾速が異なる弾幕を形成、だがそれを剃刀の如く角度を付けた連続の挙動で回避、回避、回避。

 

 決められた殺陣を立ち合うように敵には射撃が掠りもしない。目の前に漂うデブリを最高速度のまま乗っかり、次のデブリへ。跳躍したデブリが大きく爆ぜたことから敵の恐るべき膂力が伺えた。

 

 見る見る縮まる機体の距離。男は悲鳴混じりに操縦棍を展開、エクストラスロットを選択した。

 

「めっ……、MEPEッ!!」

 

 その叫びにF91の機体表面が金属剥離現象を引き起こし、質量を持った残像が機体の軌跡上に映し出される。これによりロックオンカーソルは敵モニターから消え失せ、レーダーには機影が複数表示されることだろう。

 

 丁度良く進む先には大きなデブリ群、そこで身を隠して奇襲してやろうと機体速度を更に上げた。デブリ群を縫い合うように進行し手頃なデブリの影で主機を落とす。

 ここで20秒もすれば敵の背後へ回れるだろうと計算し、体内時計で数え始める。

 

「ッたく、アウター解禁早々とんでもねぇ奴と出会っちまった糞がよ」

 

 アウターが解禁されて早4日。プレイヤーは様々な任務やバトルに没頭し、その中で少しずつ頭角表し始めた者が見られる頃。興味本位で赴いたアウター内で解禁されているフィールドの果て。

 転移が使えず移動はモビルスーツでしか行えないアウターの最果て、円状に囲う不可視の壁を見に行こうとしたらこの様だ。

 該当する機体は無し、データはマスクされておりプレイヤー名も表示されない。

 

 だがあの挙動からしてプロレベルなのは疑いようのない腕前、もしくは更に上か。アレを倒せば機体情報が手に入るため、嘘の情報を交えれば高額なGPで取引できるのは確実だろう、と口角が歪に釣り上がる。

 

「べ、は」

 

 笑みを浮かべた男の中心を分け断つように刃が突き刺さる。

 アバターダメージによる強制ログアウトする直前、F91が頭部を後ろへと向ける。デブリ毎ピンポイントで貫いた大型槍が抜かれ、その穴から双眸が光る。

 

 機体を紫に染めた深紅のツインアイだった。見るものを戦慄させる機体形状は全身が鋭利で、腰に備えた翼のようなスラスターからは左右3つずつ噴出口が覗き今もバーニアの光を灯している。さながら亡霊に後引く残影のようなそれは不意に火を吹き。

 

 ───目の前へ瞬間移動、構えた槍をF91へ縦に突き刺し止めを加えた。

 

「ぐっ……! 紫怨の凶星ッ────」

 

 機体が爆発する刹那、自然と男の口が言葉を紡いでいた。

 ──怨みを抱いたように紫の機影で執拗に狙う動きは、流星のように真っ直ぐ勢いを殺さずに対象を仕留める。

 

 上等なネーミングセンスだろう、と。

 男は歪な笑みのまま宙域へとその身を散らした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章1話『来客はトロフィーと共に』

 練習用バトルフィールド【プラクティス】、モノクロのカラーを基調とした空間に鮮烈な紅の軌跡が走る。

 トランザムではない、しかし速度はそれに迫る程の機体はフィールド内を縦横無尽に駆け抜けて、やがて挙動に回転を加えた。不格好な回転だ。慣性に引き摺られるように2度3度と姿勢制御を行いふらつきながらも再加速、疑似太陽炉から成る深紅の粒子を尾のように引きながら機体は【プラクティス】を駆けた。

 

 何処までも続くかのような単調の世界に電子音が短く鳴り、地表に2つのエフェクトと共に機体が現れる。

 レギュレーション400、ジム・カスタムが2機電脳空間に出現し90mmマシンガンを空の機体へと構えた。空白なく重圧な発射音が響き標的の敵機へと放たれた弾丸は、軌道にばらつきがあるものの殆どが直撃するコースで宙の敵機を捉える──が。

 

「GNフィールド、問題なしと」

 

 半身をジム・カスタムへと向ける形で背部大型バインダーを展開、ディフェンスモードに切り替えられ機体前面に粒子の力場が発生し弾丸は届くことなく空中で淡く熔ける。

 上出来の出力だ、と。リュウは笑みをそのままに武装スロットを替え、腰後部に2基追加されたビームキャノンを前方へと可動させ地面へと発射。蒼白の機体色とは真逆の印象を受ける真紅の粒子が地面へと鋭く刺さり軌道上のジム・カスタムが腹部に大きく孔を開け、爆散。

 

「ッし!!」

 

 想像以上の威力に、深夜も更けた朝方にも関わらず歓喜の声が漏れる。そのままロックオンカーソルをもう1機のジム・カスタムへと変更、接近戦を仕掛けようと腰部ビームサーベルを抜き───地表へと急降下。

 着地と振り下ろしを被せジム・カスタムの右腕を斬り飛ばす、しかし回避行動を取ったジム・カスタムがビームサーベルを構え、着地の衝撃で屈んだままの機体目掛け桃色の刃を突き立てた。

 

「5番スロット、GNシュートダガー!」

 

 機体が屈んだまま操縦棍を操作し予めインプットされた動作を機体が行う、爪先に備わったグリーンの刃へ粒子が供給されそのまま足払いの挙動でジム・カスタムの両脚を真横に両断し──。

 

「──はぁぁあああッ!」

 

 動作をキャンセルしマニュアル操作へ。操縦棍を下から上へと動かし、機体が地面から跳び跳ねた。大きくサマーソルトが描かれ、その軌跡上に浮いていたジム・カスタムが今度は縦に真っ二つとなり、爆発。衝撃を浴びながら空中へと後退し、モニター正面にミッションクリアを知らせる画面が表示された。

 

「5分、5分越えたか。マジかよ」

 

 トータルスコアA、モニターを一瞥し眉を寄せる。以前の挑戦ではトータルスコアAAを記録したのだが今回はその1つ下のスコア。その時乗った機体はアイズガンダムだったのだが、この機体。やはり未だ機体の癖を掴めていないのか姿勢制御がおぼつかず、それが起因のタイムロスによる作戦時間増加でスコアが下がってしまった。

 久しく手掛けた新作のガンプラ。アイズガンダムに足りない武装やリュウ自身が必要と感じた武装、更にナナとのLinkを想定したリュウでは扱いきれない武装を試験的に備えた実験機の意味合いが強いガンプラ。使い心地は素体にアイズガンダムを使っているお陰か機体の動かしやすさは満足のいく物だったが、推力向上とシルエットの変化による空力的な影響により高速移動時はかなりのじゃじゃ馬に成り果てることに嬉しさ半分今後の苦労が半分といった心境か。

 

「とりあえずコイツに慣れることから初めねぇとな。……ん?」

 

 ミッション報酬を受け取りロビーへ戻ろうかと転移しようと思った矢先、目の前の空間にコールランプが表示され点滅を繰り返す。相手はエイジ、バトルの誘いだったら断ろうかと欠伸を噛み殺しながらアイコンをタップした。

 

「なんだエイジ、言っとくけどバトルだったらパスだぞ。夜通し新作の調整でもう限界だ」

 

「リュウ、もしかして今日が何の日か忘れたのか。2人でどう切り抜けようか相談しようと思ったんだが」

 

 真に迫る声に眠気の靄が晴れ咄嗟にスケジュールを思い返す。しかし今日は新発売のガンプラもイベントも何も無かったハズだ、だからこそこうして深夜から朝にかけて新作の調整を行い、昼間にナナのガンプラ製作を手伝うというスケジュールを組んだのだが。

 

「何か思い違いしてないか?これといって心当たりが無いぞ」

 

「おまっ、馬鹿野郎ッ!もしかしてじゃあリュウお前、これから寝るつもりか!?」

 

「おう。朝から夜はナナが起きてるからな、間を見付けて少しでも出来ることをやらねぇと。これからナナが起きる8時過ぎまでちょっと寝る感じ」

 

 そう言い終わるとアイコンの向こうから溜め息とともに髪を掻く音が漏れる。そもそも2人で何を切り抜けるというのか、そこが疑問だ。学園関係の行事も全て参加せず、秋に迫るプロ選抜試験に向けて自由時間が設けられているリュウを縛る物などどこにもないはずだ。強いて言うならユナの動画撮影に助っ人として駆り出されることが割と多くあったりするのだが、それも片手間で終わる用事だ。本気で心当たりが見えない用件に妙な焦りが胸で燻り始めたところでアイコンから声が続いた。

 

「多分初めに餌食となるのはお前だな、リュウ」

 

「だから何のことだよ、勿体ぶらずに教えろよ」

 

「本当に心当たりが無いのか……。じゃあ良いか、言うぞ」

 

 心なしかエイジの声は震えている様だった。何かに怯えているような、恐れているような、負のイメージを受ける物言いに聞いていたこちらまで不安になってしまいそうだ。

 お互いに喉が鳴りアイコンからの声に耳を澄ませる、右上の時間が秒刻みで経過していく中エイジの声を待つ体感の時間はそれ以上に長く感じた。そして。

 

「───コトハが帰ってくる」

 

「は、え。はああぁぁぁぁぁああああああああああッ!?」

 

 電脳世界に絶叫が木霊する。非現実にもかかわらず血の気が引いていくような錯覚に陥り心臓の鼓動が跳ね上がった。

 

「確認の連絡をしなかったオレにも責任がある。いいか、ともかく今日アイツには捕まるな、特にリュウお前はナナちゃんの事もあるから、なんて言われるか分かったもんじゃないぞ」

 

「いや待てよ!アイツが帰ってくるのってまだ先だったハズだろ!?少なくとも予定では来週だった、いくらなんでも早すぎねぇか!?」

 

「大会が想定以上の試合時間で終わったらしい、だから恐らくもう日本に向かっている。……学園都市入りするのは8時辺りか。それまでお互い悟られるなよ!逃げろッ!」

 

「分かった、俺は今から荷物を纏めて適当な奴のところに転がり込む。と言ってもまだ2時間ほど余裕があるからな、準備をするには充分な時間だ、じゃあエイジ。お互い見付からないように」

 

 相槌と共に通信が切られる。

 予想外のアクシデントだ、完全に失念していた。

 アイツのスケジュールを把握していなかった自身への憤りと迫る時間に急かされるよう何も無い空間に手をかざす、するとメニューバーが浮かび上がり即座に最右のログアウトアイコンを連打。電脳世界から現実世界へと意識が切り替わる。時間で言えば数秒か、白い大小の光が身体を包み視界がやがて覆われる。

 白からトーンが黒へと馴染むようにゆっくりと視界が瞼の裏へと変わり、肉体の感覚もより鮮明に感じ取れた。

 電脳世界から現実世界への切り替わりは初回が初回だっただけに初めは嫌悪感を伴う行為だったが、今ではこれといった精神的弊害もなく意識のスイッチに慣れたことに自分自身感動し瞼を開く。

 

 まずは持ち出す荷物の確認だろう、数日ここを空けるとしたら必要なのは衣類とガンプラ、それに財布とスマホか。懸念すべきはナナをどうするかだが、その理由を考えている時間の猶予は無い。上体を起こそうと徹夜明けの身体に鞭打ち腹筋に力を入れた。

 

「───んっ」

 

 右腕が、動かない。

 変わりに聞こえたのは場違いな嬌声だ。電脳世界からの転移で鈍った感覚を気合で補い、異変がある右腕の感覚に意識を最大限向ける。

 

「───ぁ」

 

 右腕を、動かせない。

 何故か袖を捲られて、晒された右腕にしがみつくように裸体の少女が右腕を抱き締めていた。立ち上がろうと上体に力を込めると未だ夢の中の少女が悩ましげな声をあげる。なんだこれは。

 

 ここ最近、というか毎日か。ナナとの同棲生活が始まった初日からこの少女は設けた寝床から離れベッドで寝ているリュウの元へと転がり込むのだ。それだけなら母性や父性を求める少女の欲求ということで強引に片付けられるのだが何故かこの少女、服はおろか下着の類いも着けていない状態である。

 再三の注意も悲しく潜り込んでくるこの状況に、そろそろあの女博士へ問いただそうとしていたのだが、今はマズイ。時間が無い。

 

「あの、ナナさん。申し訳ありませんがその、起きてもらえませんか」

 

「───ん~」

 

 更に腕へとかかる力が強くなった。

 少女趣味を持ち合わせなかったことにリュウは安堵の溜め息を吐き、それでも好転しないこの状況をどうしたものかと隣の少女を眺めながら暫く考える。

 安らかな寝顔だ。微笑さえ浮かべて寝息を立てている少女に思わず頬がほころぶ。アウターでの実験で目にした少女の凄惨な状態は思い返しただけで胸が痛くなる情景で、それを考えるとこうして倫理観が問われる少女の行動も、過去少女が体験してきたであろう酷い事を考えると多少は目を瞑ろうと考えてしまい、そんな少女に対して強く言えないのが本音だ。

 

「ったくどうすんだよこれ、こんな光景アイツに見られたら間違いなく俺は死ぬぞ。現実的に社会的に」

 

 天井に向かって愚痴を吐くも何も返ってはこない。

 仕方ないナナが起きるまで待つか、と右腕からくる感触を意識的に遮断しこれからすべき行動を脳内で練り直す。

 

 ───階段を上がる音。荒々しく踏み上がる音に身体が反射的に反応した。

 

 牛乳配達にしては遅い時間だ、ならば学園からの配達かと頭の片隅で考え、削がれた意識を再び思考へと向けた。

 隣の少女が今の足音に睡眠を妨害されたのか苛立ちの吐息とともに顔を上腕へと埋めてくる、ぐりぐりと寄せられる顔の感触に若干の痛みを覚えながらも淡く綺麗な髪が乱れ、少女が起きないようそっと髪を人差し指で整えた。

 触った感触としては上質な絹に近いか、絡むことなく指先を伝う髪に感動を覚え、もう一度髪を触る。すると心地よさそうな声をあげながら少女が身を委ねた。雲が触れるならこんな感触かと思い更けながら頭を撫で存分に堪能し、指先で髪を弄る。

 

「リュっウく~んっ!たっだいまぁ~!プロリーグから帰って来たコトハちゃんだよぉ~!」

 

 玄関の扉は悪魔の声と共に開かれた。

 旧い曲にある地獄の扉があるとすればまさしくこの状況こそが地獄そのものだろう。

 何処から入手したのか合鍵を片手に、足元には大量の荷物を置いてそれは満面の笑みを浮かべていた。

 

「あっ」

 

 少女の頭を撫でる動作のまま硬直した身体は顔だけ玄関の方へと向けられ、声の主と目が合う。やがてその目は潤みを帯びた。

 彼女から見れば寝ている裸体の少女を弄っているリュウの姿が映っている訳であり。

 

「りゅ……」

 

 少女を撫でているリュウの表情は満更でもない顔でもあり。

 

「りゅ……りゅ……!」

 

 更に言えば突然の声に睡眠を妨げられた少女が寝惚けながら、しがみつく対象を腕ではなく上体へと定めた訳でもあり。

 

「リュウくんの……ッ!」

 

「いやコトハ!違う!ほんっとに違うから!誤解だからッ!」

 

 つまり彼女がもう片手にしていたプロリーグのトロフィーがリュウの顔面へと投げられ突き刺さることも仕方ない訳で。

 ───萌煌学園3年生、現在プロとして絶賛活躍中のコトハ・スズネ。その雄叫びにも近い叫びに早朝の寮が落雷の如く震えた。

 

「リュウくんの……馬鹿あああぁぁぁぁぁぁあああああああああああああッッッッ!!」

 

「デンドロビウムッッ!?」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章2話『私の故郷はシベリアです』

「コトハ機嫌直せって、俺の話を聞いてくれないか?」

 

「つ~んっ」

 

「何も言わずに悪かったって。連絡しなかったのはプロリーグで頑張ってるお前の気が散らないよう俺なりに考えたからなんだって、隠してたんじゃないって」

 

「ふ~んっ」

 

「あ、冷蔵庫にプリンあるんだった。食べるか?」

 

「食べる」

 

「そこは素直なんだ!?」

 

 腕を組みあぐらを掻いて、いかにもと言った具合のコトハが口をへの字に固めたままプリンの蓋を開ける。

 第3学区の有名スイーツ店【アクスィズ】自慢のプリン。『ハマーン様も唸る美味しさ』をキャッチコピーに売り出されたこのプリンは早速雑誌で取り上げられ、これを目当てに様々な学区から学生を初めとした多くの客が足を運んでいる。

 ナナと自分への土産として購入したプリンだったが、これ1つでコトハの機嫌が直るなら安いものだ。

 

「全く、はむっ。甘いもので、あむっ。わたしを釣ろうって、むむっ。魂胆が気に入らないよ、ふ~んだ。ぱくり。ごちそうさま」

 

「少なくともプリンを掻き込みながら言う台詞じゃないなそれ」

 

 黙っていれば美人美女とは誰が言ったか。ふんわりと桃色の綺麗な髪を揺らしながら、丼を食すが如くの食べっぷりで器をテーブルへ置く。物言いは棘が未だ残るが口元は緩んでおり、彼女の扱いやすさを再確認した。

 咳払いを1つ、リュウに見せ付けるよう置かれたトロフィーに目をやる。絢爛な造りだ。機動戦士ガンダムNTの特徴的なポーズを取ったガンダム、Zガンダム、ZZガンダムが輝かしい黄金色で造形されており、頂点に位置するガンダムが伸ばす掌には1stと刻まれたハロが可愛らしく存在を主張している。

 先程顔面に埋まったそれを眺めていると、テーブルの向かいからニヤニヤと笑みを浮かべてコトハがこちらを伺っていることに気付いた。

 

「へぇ~最近の大会は参加賞でもこんなに豪華な奴くれるんだな」

 

「参加賞じゃないもん! 優勝したの! ゆ・う・しょ・う!! ……バトルロイヤルの個人戦だけだけどね」

 

「しょぼくれる理由が分からねぇよ、充分凄いだろ」

 

 申し訳無さそうに俯く顔の表情は本物だ。

 すかさずフォローをいれると普段のにへらにへらとした顔に直ぐ戻り、落ち着かない様子で組んだ手の位置をせわしなく変えている。

 

 実際、コトハが持って帰って来たこのトロフィーが意味するものはかなり大きい。

 彼女が参加した大会は、世界中の学生のみが参加出来るといった制限が付いている大会で開催地はシンガポール。その中でも16歳以上が参加出来る制限の付いたコースは参加人数こそ少ないものの、通の人いわく『将来の世界大会』と言われている程だ。

 個人戦、団体戦、バトルロイヤルに分けられた試合形式が更にレギュレーション200、400、600、800と分割され、コトハが参加したのは最もプレイ人口が多いレギュレーション600。

 口振りから察するに個人戦、団体戦の結果が乏しかったことは想像できるが、それでもバトルロイヤルで優勝というのは日本的にも素晴らしい結果だ。

 

「実質的にバトルロイヤルなら学生間で世界一じゃねぇか」

 

「そんなことないよ! バトルロイヤルは乱戦混戦になりやすいから誰にでもチャンスがある試合形式だもん! たまたまわたしの運が良かっただけだよ!」

 

「謙遜すんなって、因みにそのバトルロイヤル何人参加したんだ?」

 

「えと、60人かな」

 

「お前は何人落としたんだ?」

 

「20人……くらい?」

 

「3分の1じゃねぇかっ!? お前が試合を左右してんじゃん!」

 

「違うもん! 本当凄く運が良かったの! 凄く色々あって、わーってなって……凄い頑張った!」

 

「くっ……! こんなアホ発言全開の奴に負けた世界のファイター達に同情を禁じ得ない!」

 

 念のためトロフィーが偽物ではないかぐるっと回すが残念ながら証拠は見当たらない。大きく溜め息を吐いて後ろのベッドへと寄り掛かり、何となくの無言が部屋に訪れた。

 久しい幼馴染みと会話するのがこそばゆい訳ではない。ないが、積極的に会話をしかけるのも不自然というものでリュウの視線がコトハとトロフィーを往復する。

 対するコトハも落ち着きが無い様子でリュウと後ろのベッドに視線が交互し、会話を切り出す代わりに組んだ指を組み替えている。

 

「着替えました」

 

 もどかしい空気を抑揚のない声が破る。ナナが風呂場前の更衣場から戻り服装をいつものドレスへと変え、視界に映るコトハに目もくれず少女が向かう先はいつもの定位置、リュウの真横。

 ナナが座った瞬間、コトハの指を組み替える動作がピタリと止むのを見逃さなかった。目は笑ったままリュウを真っ直ぐと捕らえ無言で威圧。黒い笑顔に瞬間背筋が凍る。しかし幸いか、隣のナナが袖を引き蒼い目で訴えた。

 

「プリン……」

 

「あ、あぁー! すまんナナ! 後で俺の食べていいから!」

 

「今食べたいです」

 

「それはダメだ。朝ごはんより先にデザート食べたらちゃんと育たないぞ。代わりに好きなごはん作ってやる、何食べたい?」

 

「リュウさんの作る料理は全て美味しいので何でも構いません」

 

「ヒュウ! 嬉しいこと言ってくれるねぇ!」

 

 この空気を変えるチャンスと言わんばかりにナナの声へオーバーリアクションで乗っかる。

 早速献立を考え、冷蔵庫の余り物から作れる物を思考。リュウ、ナナ、それにコトハも食べていないだろうだろうから結構な量が必要だ。

 

「で。リュウくん。そろそろ聞かせてもらえるかな?」

 

「ごめん、今献立を考えるのに忙しいんだ。ちょっと待って。具体的に言うと3日間くらい待って」

 

「隣の。女の子。誰?」

 

「…………ハハッ」

 

 思考に思考を重ね口から出たのは乾いた笑いだ。

 ガキの頃から一緒のコトハに下手なことを口走ろうものなら何をされるか分かったものではなく、最悪警察に通報されることも考えられる。ナナと実験のことが周囲にバレることは女博士から固く禁止されており、つまり。この場で最善の答えをコトハへ出さなければならない。

 

「リュウくん」

 

 傾げる小顔の後ろに般若の幻影が見える。最早時間の猶予は無く、頼みの綱である『困ったときのエイジくん』を呼び出す事も出来ない。

 薄ら笑いを浮かべる頬に冷や汗が伝うのを感じ、コトハから見えない膝元に置かれた手はぐっしょりだ。

 

「──あ、あのだな。この子は……こっ、この女の子はだな」

 

 先を考えてもいないのに声が出てしまい、冷や汗が滝のように流れる。

 だが、しまったという顔を見せればそこで終わりだ。あくまで自然を装い直感に任せるまま言葉を紡いだ。

 

「……この子っ! ナナは父方の遠い親戚で、最近まで海外に住んでた女の子なんだけど……! そう、無口かつ大人しい性格! 学園都市の抽選に選ばれたはいいが身内の不幸で一緒に住むはずの祖父が他界、仕方なく俺が引き取って同棲をしている」

 

「えっと、うん!?」

 

「仕方なく俺が引き取って同棲しているッッ! これでどうだ!」

 

 バン、と机に身を乗り出す。

 我ながら完璧な説明、咄嗟に今の言葉が出た自分を心のなかで褒め称え拳を握り締めた。

 

「えぇっ!? そうだったんだ!? ……えぇとナナちゃん? 初めまして、コトハって言います。本当に色々大変だったみたいだね。リュウくんすご~く変な人だけど我慢してね、嫌なことあったらお姉さんに何でも言ってね、凝らしめてあげるから」

 

 そして納得するコトハ!

 どうやら頭にまでプラフスキー粒子が回っているらしく、正常な思考は臨めないようだ。合掌。

 

 今のやり取りにどっと疲れが身を潰し、軽く断りを告げて台所へ。コップに水を注ぎ一息に口に含んだ。

 

「あれ? でもそれじゃあ、どうしてさっきナナちゃんは裸だったの?」

 

「ブゥーーーーーーーーーッッ!」

 

「わっ!きたない!」

 

 盛大に噴き溢した水を布巾で拭い、冷えた水分が火照った身体に澄み渡る。

 そのお陰もあってか、スラスラと口から出たのは思い付きの嘘八丁。信じ込みの激しいコトハはすんなりと信じ、リュウの話を感銘の溜め息と共に聞き入れていた。




投稿が不定期で申し訳無いです!
続きは9月末にドバァ^~っと出すのでそこまで待ってください!誠に!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章3話『駄々漏れの漏れ漏れ』

 冷蔵庫の余り物でサンドウィッチを3人分作り、食後の珈琲の香りが部屋を漂う。徹夜明けで散漫になりかけた意識が徐々に覚醒してきたあたりで、膝にナナを座らせたコトハが意気揚々とこちらに告げた。

 

「リュウくん。今日一緒に学園いこ」

 

「え、なんで俺とお前で行くんだよ。嫌だよ」

 

「返しが思ったより辛辣!?なんでさー!」

 

 ぎゅっとナナを抱き締めながら涙目で非難される。

 正直なところ勘弁願いたいのはリュウの本心であり数秒の沈黙の後、1歩も引かない姿勢のコトハへ溜め息を1つ。胸の内の染みを隠しながら旧知の相手に心情を告げた。

 

「徹夜明けでしんどいし俺が何しに行くんだよ」

 

「いいじゃーん、徹夜明けの軽い運動にもなるし、どうせリュウくんの事だから選択科目取ってないんでしょ?クラスの皆に会う良い機会じゃん!ね!」

 

 テーブル越しに顔がどんどん近付き、気が付けば気圧され背中にはベッド。胸中の意志が揺らぎ、仕方ないと返事を返そうと口を開いた直後、コトハの腕と胸に圧迫されたナナの若干嫌そうな顔に喉から出かけた言葉が寸止めされた。

 

「……それにナナが居るし、ここで留守番させとくのも少し不安だ」

 

 思えばリュウが1人で外出しナナが留守番をするというシチュエーションを今まで遭遇したことが無かった。日中出掛けるときもナナが四六時中隣に付いてきており、それが日常になっていた中ナナを家に置いて外出する経験がリュウには無い。

 

 コトハがその言葉に口を尖らせながらもゆっくりと顔が遠退いていく様はどこか面白く、行き場の無い不満をナナの髪の毛に顔を埋める事で解消を図っている。

 そんな背後からの呻き声を気にかける様子もなくナナがいつもの様に表情が一定のまま声をあげた。

 

「リュウさん。私は今日博士に会わなければいけないです」

 

「……マジ?」

 

「マジ、です」

 

 同棲で口調が移ったナナの言葉に思わず聞き返した。

 突然の学園へ用事発生に、外へ出ない為の建前が崩れ去り、コトハの顔に明るさが戻っていく。このままでは学園に行かなければならない、そしてよりにもよって学園で今最も話題の人であるコトハと学園へ行かなければならない。

 悪寒にも似た形容できない何かが肌をなぞり、産毛が逆立つ。仕舞っていた記憶が疼く。脈が上がっていくのをどこか他人気に感じながらも体温が下がっていく感覚だけは鮮明に感じた。

 

「じゃあ丁度良いじゃんリュウくん!ナナちゃんと一緒に学園いこ!」

 

 だがこれはコトハにだけは悟られてはいけない、勘付かれてはいけない。幸い今の時間から学園に行けば生徒も教員も少なく一緒に居るところを大勢の生徒に見られる事も多少は抑えられるだろう。

 手の震えが言葉に影響しないか祈りつつ、さも普段の日常会話のように明後日の方向を見ながら短く返事を呟いた。

 

「分かった。なら早速行くか」

 

「うん!いこいこ!」

 

 小動物のように身体を揺らして笑顔が弾ける幼馴染みを見て不安が多少和らぐ。

 実のところクラスメイト達のガンプラや現在の学園都市や学園の状況にも興味はあり、顔馴染みの同期達にも会いたいというのも事実だ。

 

 だが、教員と。

 ───2号棟と教員だけは。

 

「リュウさん。私は校門から1人で博士の元へ向かいますので」

 

「ッ……。分かった、気を付けてな。変な人に話し掛けられても付いていっちゃダメだぞ」

 

「というかナナちゃんも萌煌学園の関係者なの!?お姉さんナナちゃんに興味津々だよっ!」

 

 久し振りの登校。決して嫌な訳ではない。むしろ萌煌学園は大好きで一緒にバカをやった生徒達や、強い奴らとガンプラバトルをしたい気持ちは常に胸の中にあった。

 ただ1つ、それらを押し退けてリュウが学園へ行きたくない要因はただ1つ。思い出したくもない人物が頭を一瞬よぎり、振り払うように軽く頭を振るった。

 

「言っとくけどあまりファンに構ってたら置いてくからな」

 

「分かった分かった分かったよ~。えへへ~」

 

 リュウとは対称的にコトハの顔が和らぎ、満足げな笑みを浮かべた。

 上機嫌な鼻唄を口ずさみながらの笑顔が視界に映り、影響されたのか胸に到来する苦い記憶も薄れていく錯覚を覚える。

 

 ──だが、それでも。

 

 記憶の人物が消えることは無く、歪な笑みが脳裏に張り付いたままだった。

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 駅から続く一本の登り坂。左右を森林に挟まれた道を徒歩で10分ほど進むと、目に入るのは大きく構えた校門だ。

 今までの自然味溢れる一本道から一転、輝かしい白を基調とした建物の造りは俗世から離れた施設であることを物語っていた。まず驚愕すべきは施設の大きさだろう。広大な施設には初等部、中等部、高等部全ての教育施設が備わっており、それに伴い敷地の広さは旧東京ドーム3つ分と国内の施設と比べてもかなりの大きさだ。その広さゆえ車道として開かれた校門を学園専用の無人バスが通っており、生徒の大半は自分達の目的地へバスを使って移動することが多い。

 萌煌ガンプラ専用学園。日本で最大の面積と実績を誇る学園は朝露に覆われ、人の姿はまばらだ。

 

「スーハー、スーハー。空気がおいっしいー!」

 

「周りが山だからな、マイナスイオン駄々漏れの漏れ漏れだ」

 

「……漏れ漏れ」

 

「あぁっ!リュウくん!ナナちゃんに変な言葉教えないで!」

 

 すっかりナナを気に入ったコトハが俺から引き剥がすようにナナを手元へ寄せる。

 仲が良いのは何よりなのだが、コトハに抱き付かれているナナの顔が相変わらず少し不満げなのが面白い。

 

「で、シンガポール帰りのコトハさんは今日はどういったスケジュールで?」

 

「うんとね。まずは教務室でちゃんとした報告して、その後に新聞部で校内雑誌の撮影があって、最後にテレビのインタビューだった気がする!」

 

「いやいやぁ、プロの選手は大変ですなぁ」

 

「もうっ茶化さないでよぅリュウくん!」

 

 肩をバシバシと叩かれ過剰に反応を返す。オーバーに痛がるリュウの姿に、弄られたコトハが更に攻撃の手を強めた。

 朝の学園に2人の声が響き、反響する笑い声以外に聞こえるものは鳥の囀りだけ。

 そんな調子で校門を抜け、一番先に目に入った建物【3号棟】がリュウとコトハが主に活動する施設だ。

 

「リュウさん、私は博士に会いに行ってきます」

 

「それなんだけど、俺は行かなくて良いのか?一応ほら、お前のアレだろ」

 

 コトハが居る手前“Link”だの“実験”等の単語が言えないため、謎のジェスチャーでナナに伝える。初めは首を傾げるナナだったが同棲生活の賜物か間を置いて小さな口が開いた。

 

「問題ありません。私一人の用事なので」

 

「そうか。まぁアレだ、チクッとされることがあるなら拒否しろよ!嫌なことは断れよ!」

 

「分かりました。……ならその時はリュウさん、私の手を握っていてください。」

 

「お、おうっ?任せろ!幾らでも握ってやるよ」

 

「……。───」

 

 笑った、のだろうか。

 リュウの返事を聞いて直ぐに翻したナナの口元は緩んだように見え、声を掛ける間もなく研究棟の方角へと赴く。

 

 初めにナナと出会った頃と比べると感情表現が誇張無しに豊かになっているような気がし、嬉しさ半分、これまでの少女の境遇を推し量っての悲しさ半分といった感情が胸を刺した。

 

「ふぅーーん。ふぅーーーーーん」

 

 ナナを見送る中、後ろから聞こえたのは黒い声。

 振り返ると案の定口を尖らせたコトハが何故か距離を取ってリュウを睨み、

 

「えっち」

 

「何がッ!?」

 

「えっちえっちリュウくんのえっち!ふーんだ!良いもん良いもんっ!」

 

「てっめぇコトハの分際で調子乗りやがって!いい加減怒るぞこの野郎!今度ウチ来たときお菓子あげねぇからな!」

 

「あぁーっ!それはズルいよリュウくん!お菓子を引き合いに出すのは卑怯だよ!」

 

 

 

「───ったく、朝から仲が良い事で」

 

 声が聞こえたのは3号棟の方。

 取っ組みあいをしている最中リュウとコトハが首だけをその方向へ向けると、声の主が腕を組ながら、その聞き慣れた声の主が眼鏡を朝日に光らせる。

 

「おはよう、2人共」

 

「エイジくんだーっ!久し振りー!」

 

 普段のシニカルな笑みも影を潜め、昔馴染み達だけに見せる笑みを浮かべながらエイジ・シヲリが玄関口に立っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章4話『アウターの怪談』

 朝日が窓から差し込む校内からは僅かに反響する声、どこかでガンプラバトルをしている生徒の熱中する声にどこか懐かしさと安心感を覚えながら教室を目指す。

 

 萌煌学園3年生は授業を受ける際それぞれ割り振られた教室で受講するため自教室はもっぱらガンプラを弄るか、情報交換を行う場と化しており、またバウトシステムに教室が対応したのであればガンプラバトルを行うことも可能だ。そんな久し振りの自教室に胸を馳せつつも釈然としない面持ちでリュウはエイジを横目で訝しげる。

 

「今日は一日中隠れてるって話じゃなかったか?エイジ」

 

「確かにそのつもりだったんだが、学園で用事済ましていたら聞き慣れた声が聞こえたもんでな、つい」

 

「用事って……あぁ、あれか」

 

「そうそう、環境美化委員。生徒が登校する前に掃除した方が手間取らなくて済むからな」

 

 萌煌ガンプラ学園。名前とは裏腹に、存在する委員会や部活は世間一般の学園と変わらないものが多く、在籍する生徒は選んで所属することが出来る。無所属は認められず、生徒は必ず委員会に所属しなければならない。

 これは、ガンプラファイターガンプラビルダーも社会を生きる1人の人間だという自覚するために学園が決めたルールであり、世間に存在する『ガンプラ反対派』の集団への社会的配慮でもある。

 

 そんなエイジが所属している『環境美化委員会』。

 仕事の内容は文字通り学園の環境を美化する事だが、高等部の生徒が掃除をするという建前で学園を全域回れることの意味合いが重要らしく、本来は手続きをしなければ立ち寄ることが出来ない初等部中等部の棟も環境美化委員ならばそのまま入ることが出来る。これにより学園の噂や事件をいち早く察知できるという利点があり、1年生から所属しているエイジは現在委員長だ。

 

「で、最近は何か面白い噂でもあったか?」

 

「ある。しかも中々に興味深い噂だ」

 

「なになに!?もしかして物凄い強いガンプラファイターが居るとか?私が居ない間に校内のランキングが変動したとか!?」

 

 食い付いてきたコトハを何食わぬ顔で引き剥がすエイジ。その動作は手慣れたものであり、春休み前以来に目にしていなかった久し振りの光景だ。

 2、3度コトハの涙声を含んだ声が校舎に響いたところで教室に到着。案の定誰も居ない室内の一角、奥の片隅に荷物を置き改めて3年生の教室を堪能する。

 

 教室とはいうものの黒板は無く実体は長机が複数置かれたフリースペースだ、目の前の机は一見綺麗だが注視すると、ガンプラを製作した際発生した切り傷や滲んだ塗料が確認でき、どれもが出来て久しい。何年も前に先輩達が残していった青春の名残りの一端を感じながらも、椅子に腰を落ち着かせて先程の話の続きをエイジに催促する。

 

「で、面白い噂ってのは?」

 

「あっそれ気になるエイジくん!なになにー?」

 

 2人からの要求に満更でも無い顔で咳払いするエイジ。

 その雰囲気ありげな様子に思わず前傾で聞く姿勢になるリュウとコトハ、3人は顔を近付けそっとエイジが眼鏡の位置を直しながら口を開いた。

 

「何てことはない、電脳世界アウターでの……まぁプレイヤーの間で流れてる噂なんだが」

 

「歯切れが悪ぃな、早く教えてくれ」

 

「───『紫怨の凶星』という2つ名。これが最近アウターで有名な噂だな」

 

「『紫怨の凶星』、2つ名?」

 

 疑問がリュウに走る。

 2つ名といえば世界ランカーにのみ与えられた称号として有名で、その名前の法則は『軍略のニヴルヘイム』といった具合に単語の後は機体名がくる事がお約束だ。

 無論そこそこ名の知れたファイターは2つ名に便乗した名前を自らに付けたり、周囲が呼んだりする場合もあるが、機体名が2つ名に入ってないことは珍しい。

 そしてリュウと同じ疑問をコトハも抱いたようで、眉間にしわを寄せた似合わない顔でエイジへと聞き返した。

 

「変な2つ名。それで、その人はどんな人なの?」

 

「そうだな……、ここからが面白いんだが」

 

 一息考える素振りを見せて、人差し指を立てる。

 そして神妙な面持ちで言葉を続けた。

 

「とあるアウターの宙域で条件を満たすとバトルを挑んでくるモビルスーツ……らしい」

 

「らしいって、なんで曖昧なんだ?」

 

「その条件ってのが1人で行動をしている事らしく、撃墜された事を誇張して話しているプレイヤーが多いのかいまいち信憑性に欠けるんだ。……ただ唯一共通する点をあげると」

 

『あげると?』

 

「とにかく強いらしい。実際被害者にはプロのファイターが居るがソイツでも秒殺って話だ。更に『紫怨の凶星』の不気味さを増してる要因はデータがマスクされてるせいか、プレイヤーかNPCかどうかも分からないってところだな。一部ではアウターログイン中に死んだプレイヤーの幽霊だとか、今後配信されるイベントボスが手違いでポップしてるだとか、根も葉もない噂が入り乱れている。」

 

 饒舌に語るエイジの言葉に思わず食い入る。

 真偽はともかく、βテスト中のアウターに流れる噂としては充分興味深く、何より謎が多いのが少年心溢れるリュウにとって胸を打つ感動を覚えた。

 未知の強力な敵モビルスーツ。このワードを思い浮かべるだけで早まる心臓の鼓動を抑えることが出来ず、知らず知らずの内に握った拳がじわりと汗ばむ。

 

「プロが秒殺か。堪んねぇな……!」

 

「あくまで被害者が自己申告で吹聴してる話だからあまり間に受けるなよ?まぁ残念ながら確かめる事はもう無理だけどな」

 

「ん?どうしてだ」

 

「それを聞いた腕自慢のファイター達がこぞって『紫怨の凶星』が出た宙域に行ってるからだな。今は24時間大勢の人間で溢れかえってるから噂が本当かどうか確認するのは厳しい状況だ」

 

 自らの浅はかさに後ろ頭を掻く。

 今日の夜にでも噂を確かめようと考えていたが、自分が考えることは他の人間も考える事でもあったようで計画の出鼻が挫かれた。

 何か他に『紫怨の凶星』と戦える方法は無いものかと考えてはみるが案は何も浮かんでこず、モヤモヤした気持ちそのままに椅子へと体重を預ける。

 

「んふふふ~」

 

 奇怪な含み笑いが隣から聞こえるが無視、どうせロクなものではない。

 聞こえない振りをしながら腕を組んでいると、笑い声が徐々に大きくなりコトハが快活に告げた。

 

「私がそこの全員をバトルで強制ログアウトさせれば『紫怨の凶星』ちゃんと戦えるねっ!」

 

「やっぱプラフスキー粒子で動いてるゴリラは考えることが違ぇわ、コトハお前その場に何人居るかも分かってないだろ?」

 

「気合いと根性でどうにかするもん!」

 

「まぁ、俺達には関係ない話だからなんでも良いけどな」

 

 天井を仰ぐ。

 コトハの案を仮に通すのであれば、最後の1人になるまで倒しあった後に疲弊した状態で『紫怨の凶星』と対峙することになる。強さのほどは話の評判でしか判断出来ないが、真実であれば無謀も良いところだ。

 

「てなわけでリュウくん、今からガンプラバトルしよっ?」

 

「前後の繋がりが見えねぇよ!?」

 

「強い人の話聞いたらガンプラバトルしたくなっちゃったの!」

 

「マジかよ……。いや、まぁ良いけどな。俺もコトハで新作を試したかったのは本音だ。行くぞエイジ、フォーメーションはα、右翼陣形で追い詰める」

 

「悪いなリュウ。残念ながらオレは今ガンプラを改造中でアウターギアの登録も解除してある」

 

「てめぇさてはこの事態を予測してただろうッ!?」

 

 にこやかに微笑むエイジに吠え、既にアウターギアを掛けたコトハが机を挟んで立っている。

 手のストレッチを終え準備万端といった具合でリュウを見据え、溜め息を吐きながらも促されるように鞄からアウターギアを取り出した。

 薄緑のホロスクリーンを展開してみれば、バトル設定が事細かに指定してあり、初めてのバウトシステムにも関わらず使いこなしているコトハに驚く。

 

 そして目についたのはバトル設定の『ストック制』という文字。これは、

 

「俺の残機は3、コトハの残機も……───、おまっ! 残機1じゃねぇか!?」

 

「ハンデだよハンデ~、こうでもしないとリュウくんが可哀想じゃん」

 

 裏のない物言いが尚更リュウへと突き刺さる。

 確かに過去コトハとの戦績を振り返ればリュウが勝てた試合は皆無に等しい。子供の頃はリュウがガンプラバトルを先に始めていたこともあって勝ち星はリュウの方が圧倒的に多かったが、年齢を重ねるにつれて徐々にコトハが実力を付け初め、今では手の届かない領域にまで実力を伸ばしている。

 

 負けるつもりなど毛頭ない。今まで全ての試合もその意気込みで行って来ているはずだが、それを嘲笑うかのようにコトハはリュウを突き放す実力で下している。

 

 思えばいつから、何をきっかけにコトハは強くなったのか。ホロスクリーンを視線で操作しつつ記憶を遡る。

 確かあれは本当に子供の頃、近所の模型屋だったか。……それとも公園で遊んでるときだったか。

 

「……っ?」

 

 靄にかかったように記憶が霞む。鮮明に覚えていたはずの記憶が思い出せず、唸りながらも引き出そうとするが出てこない。

 ここ最近多い記憶の欠如に年の波を感じながら、最後の決定を視線で入力。今考えることではない。

 

 直後に教室全体が1度明滅し、床に備わったバトルシステムからプラフスキー粒子が浮かび上がり両者の間でフィールド、機体を構築する。やがて宙に構えた両手に収まるよう球体型の操縦棍が形を成し、目の前のモニターにバトル開始の画面が表示された。

 

「リュウくん、準備はいい?」

 

「いつでもいいぜ。今日こそ勝ってやるよ」

 

「ほんとにっ? 楽しみだなぁ! ……じゃあ」

 

『───バウトシステム、スタンバイッ!』

 

 ファイターの叫びに応えるようにお互いの機体にラインが走り、ツインアイが輝いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章5話『ブルー・サーキット』

 無数に建ち並ぶ建造物の数々。そのどれもが等しく水に半分ほど浸かり、建物の中に人の気配は無い。水面に反射した青空と朽ちたビル街からはある種のカタルシスが感じられ、人工物に根付いた植物達はかくも美しく、幻想的だ。

 コロニーが堕ち、自然環境が一変した地球。過去に繁栄を極めたであろう国家も、天変地異とも呼べるコロニー落としの被害により無惨にも国ごと水に沈んでしまっている。

 そういった背景設定のバトルフィールド【水没都市】、ガラス張りのビル内には幾星霜の月日が流れたオフィスが細かく作り込まれてあるが、リュウにはそれを眺めて感動する時間は無かった。

 

「普通さぁ! 新しいガンプラ組んだら相手ファイターに紹介がてら挨拶の1発をお互い交わすとかしねぇか!? 相変わらずだなコトハァ!」

 

「真剣勝負にそんなものはいらないもんっ! ほらほら~追い付いちゃうぞ~!」

 

 ビルの間を疾躯し、深紅の粒子がきらびやかに尾を引く。

 水面に反射した青空と同じように機体の色は蒼白、搭載された疑似太陽炉から放出される粒子の量は今まで乗っていたアイズガンダムとは比べ物にならない程に多い。各部にスラスターを増設し、必要量が増えた粒子をバインダーに新しく増やしたコンデンサーにより賄った機体はシルエットが大きく変わっていた。

 オーライザーを意識した2基のバインダー、大型シールドを撤廃し代わりに搭載されたのはGNタチと大型GNバルカン、後腰部にF91のヴェスバーを意識した2つの粒子砲を装備し、爪先に装備されたのは近接用のブレードだ。

 元機よりも攻撃的な印象を増した新作、アイズガンダム改め『Hi-ガンダム』は尚もビル街を縫うように飛行し、追撃を逃れようとスピードを更に上げる。

 

 Hi-ガンダムが過ぎた直後、豪雨の如き弾丸が軌跡を捉え、標的を逃した弾丸達は朽ちたビル群に風穴を次々と開けた。

 悪魔的な量の弾幕は威力も凄まじく、大口径のマシンガンから放たれる弾丸は1発1発が致命傷になりかねない。元々1つの大型マシンガンを2つに集約し、両手に構えた砲門は4つ。これだけで膨大な重量で機動性を下げかねない武装だが、機体の大きさも相まってマシンガンのサイズは通常よりも多少小さく見えてしまう。

 

『ガデッサ・バルニフィカス』は端的に言ってしまえば異形な機体だ。

 Hi-ガンダムと同じく機体色は蒼白で短腕と長腕により腕の数は4つ、短腕に抱え込んだように装備された2つの大型連結マシンガンとシルエットが延長されたガデッサの肩から腕をユニットとして搭載することにより見た目のインパクトは中々に大きい。

 元より更に延長された脚部と背部に備わった大型スラスター、スラスターにはデスティニーガンダムを彷彿とさせる両翼状のウィングと試作3号機のテールバインダーに似たユニットが付けられ先端にはGNドライブがそれぞれ備わっている。最後に2刀の実体剣を背中に携えたガデッサ・バルニフィカスはサザビーを越える全長を有しながらも機動性に特化された超高機動強襲機だ。

 

 その証拠にHi-ガンダムを超速で追い掛けるガデッサ・バルニフィカスが通り抜けた瞬間、爆風の余波で立ち並ぶビル達のガラスが次々と割れていき、欠片が煌めきながら水面へと沈んでいく。

 バルニフィカスの速度が計器に映った途端、顔が青冷めていくのを感じながらも操縦棍を握る腕を強め、レーダーを逐一確認した。マップをリアルタイムで脳に叩き込み、右へ左へと目まぐるしく変わる景色の中、最も入り組んだルートを突き進む。

 

 そも、いかにHi-ガンダムが機動性を上げたとしてもコトハのバルニフィカスより速度が上回ることは有り得ない。Hi-ガンダムは武装が追加されたことにより元のアイズガンダムより戦闘の選択肢が大幅に増えた機体で、リュウ自身機動性運動性防御力攻撃力全てが高水準で纏まっていると胸を張って言えるガンプラだ。

 対するガデッサ・バルニフィカスは攻撃力と防御力を抑えた代わりに、機動性運動性がレギュレーション600帯の中でも頭一つ飛び抜けた性能を誇る。

 

「───ちぃッ!」

 

 距離が徐々に縮まり遂にバルニフィカスの弾丸がHi-ガンダムを捉え、弾丸がバインダーを掠り機体のバランスが崩れた。あわやビルに激突といったところで何とか踏ん張り、目の前のビルと平行しながら上昇し追撃の弾幕をかわす。

 

 直後、背後から連続するガラスの割れていく音。

 朽ちたビルがバルニフィカスの移動が成す衝撃波(ソニックムーブ)に耐えられず崩壊し、紙や机が宙へと投げ出される。どこかシュールな光景に一瞬頬が緩むが即座に作戦を切り替えた。

 

 右手の操縦棍を押し倒し、左手の操縦棍を勢いよく引く。Hi-ガンダムは操縦棍による入力をラグ無しで受け取り、機体を反転させた。

 下から追い縋るように追跡するのはバルニフィカス、その特徴的なアイセンサーがHi-ガンダムを捉え再び銃口から火が吹く。

 

「12番スロット、ディフェンスモード!」

 

 武装スロットを迷い無く選択し、バインダーが前方へと展開。潤沢に供給された粒子が分厚い力場を形成、放たれた弾丸全てを焼き付くした。そのまま防御形態(ディフェンスモード)を取りつつ武装スロットを切り替え、腰後部のGNスマートランチャーがバルニフィカスへと向けられる。

 

 トリガーを引いた音と共に放たれたのは、細く鋭い深紅の光槍だ。

 アイズガンダムが苦手としていた精密射撃を補完するこの武装はガデッサのGNランチャーⅡを改良したもので、武器自体に搭載された高性能センサーにより極めて高い命中率を誇る。それを2発同時。深紅の槍は矛先をバルニフィカスへと向け、巨体を貫かんと勇然と迫った。

 

 ───それを軽々しくバレルロールの挙動によって回避されたのは悪夢の他無いだろう。

 

 続いて放ったGNスマートランチャーの追撃も、くるりくるりと回避し改めてコトハの操縦技術に驚愕した。

 世間に溢れるガンプラファイターの多くは巨大な機体を人生で1度は乗っている。そして大体のファイターはその巨大な機体を降りるのだが、その大きな理由として機体サイズの把握不足が存在する。

 独特な機体形状、鋭く尖ったバックパック、通常サイズの機体感覚で操作すると間違いなく延長された箇所に被弾してしまい、結局は小型や普通サイズのガンプラへと乗り換えるのが殆どのケースだ。巨大な機体は浪漫こそあるが、現実のガンプラバトルにおいては常に機体の端々へと神経を巡らせなければ只の的であり、変化し続ける戦場において機体サイズへと注力する集中は精神を大きく摩耗させていく。

 

 ───そしてコトハは、ガデッサ・バルニフィカスを使い続けて10年が経とうとしている。

 

 人より多く負け、始めの頃はリュウに1度も勝てない日があることはザラだった。

 それが今や文字通り人馬一体。彼女はとうの昔に機体サイズのデメリットなど克服しており、戦場へと赴くコトハの手となり足となって敵を狩っていた。

 

「だとしても流石に人外だろッ!掠りもしねぇ!」

 

 吐き捨てながらバスターライフルの射撃も加えるが、揺らめくような機動に加えて直撃コースの攻撃はバレルロールで回避を続けている。

 恐るべきは回避に加えてマシンガンをタップ撃ちをしてくる事だ。これによりHi-ガンダムは一瞬防御を迫られ、その僅かな時間にバルニフィカスは加速を挟む。少しずつ狭まる2機の距離、やがて両機が昇るビルに終わりが見え屋上へと差し掛かり、沿うように次は急降下。

 真正面に水面が迫りながらも加速を止めず、重力の影響もありバルニフィカスを振り切った。

 

「リュウくんが何かやろうとしてるー!」

 

「あぁ! よく見とけ、んでもってこれで終わりだよッ!」

 

 水面が爆発。

 爆音と爆風がビルを打ち付け、弾けた水の高さはビルの屋上まで達した。Hi-ガンダムの姿は周囲には見えず、まさか水面に激突して撃墜したかとコトハがリュウのストックを確認する。表示は変わらず3と表記されており、どうやら堕ちてはいないようだ。

 

「も、もしかして沈んでる最中だったりして」

 

 リュウなら有り得ると、普段の彼を思い返し苦笑いを浮かべる。奇策を講じようと動いたリュウが自滅することや、良かれと思って行った行為が最悪の結果を呼び込んでしまうことは良くある話だ。

 今回もそのパターンかと操縦棍の握りを緩めて。──瞬間、アラート。

 

「わっ、何!? 攻撃!?」

 

 地響きと共にアラートがモニターに点滅し、警告音が鳴り響いた。

 しかし攻撃と見られるものは水面からは確認出来ず、目の前の事態に反応が遅れる。何が水中から出て来ても良いよう、バルニフィカスのスラスターに火を付け神経を集中。

 故に、水面を注視するコトハは気付けなかった。

 

 ───巨大な幾つもの影がバルニフィカスを覆っている事を。

 

「ちょっ……! えぇえええ!? 何何何何ぃ!?」

 

 周囲のビルがバルニフィカス目掛けて倒れ、抜け道を探るがどれも倒壊するビルで阻まれている。

 押し寄せる巨大な塊を前に口から出るのは困惑の叫びばかりで、解決案が浮かばないまま自重を支えきれなくなったビルがコトハの悲鳴を押し潰した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章6話『ガデッサ・バルニフィカス』

 まず心掛けた事は、バルニフィカスを振り切らないよう速度を抑えて誘い込む事だった。

 逃走を図りながらのマップの把握、追撃の回避。リュウの想定を上回っていたバルニフィカスの挙動に途中から速度を抑えるなど生易しい考えを捨て去りポイントへと誘導した。

 

 水中へ突入する際にディフェンスモードへと切り換え、GNスマートランチャーを水面に最大出力で発射。着水の衝撃を和らげると同時にコトハへ意図を探られないためのパフォーマンスだ。

 海中に沈んだ街並みと我が物顔で泳ぐ魚達、それを横目に直ぐさま発射角度の調整に入り、モニターを複数開く。

 

「おしドンピシャ。5番スロット、アルヴァアロンキャノン展開」

 

 想定通りの構造に喉を鳴らしつつ、バインダーがアタックモードへ。2基を中心にゴポリと水泡が立ちながら紅い稲妻が走り、迸る深紅の球体が解放の時を待つ。

 狙いを画面際のビルの根本へ定め、祈りながらトリガーを引いた。

 

 出力を抑えた紅線が巨大なビームサーベルの形状でビルの根本へ突き刺さり、そのまま焼き切りながらバインダーを真横へと凪ぎ払う。

 視界に映るビル達が根本から切断され、支えを失った建築物が計算通りの角度で次々と倒れた。その先にはバルニフィカスが恐らく飛行しており、リュウが撃墜したか水面から攻撃がくるかと身構えている事だろう。

 

 ───半円状に建ち並んだビルの倒壊による攻撃。

 

 防御を限界まで下げたバルニフィカスがあわよくば撃墜されている事を願いながらHi-ガンダムは再び地上へと浮上した。

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「こ、りゃあ凄ぇな。流石に逝っただろコレは」

 

 海面がうねりながら波を立て、ビル街の密集地帯だった場所には大穴が空いたように建造物が見当たらない。

 レーダーが示すにバルニフィカスは思惑通り倒壊に巻き込まれたようで、ビルの真下にアイコンが点滅している。撃墜されてないのは意外だったが、下敷きとなっては防御力が低いバルニフィカスではどうしようもないだろう、装甲の割れ目から浸水してそのままゲームセットだ。

 

 張った緊張を長い溜め息と一緒に吐き、点滅するマーカーを見詰める。

 4ヶ月振りにコトハとバトルをしたがやはり戦闘のセンスは他の人間と段違いだと、終始一貫して追われる身だったチェイスを思い返す。反撃を受け流しながら距離を詰めてくるバルニフィカス、その挙動はここ最近感じることが無かった『狩る側の動き』だ。先程までの舞台が仮に今の光景のような開けた戦場であったならば勝敗は確実に逆だっただろうと未だ震える腕を抑える。

 

「知ってるフィールドだったのがアドバンテージだったな……、ん?」

 

 始めは腕の震えが全身にまで及んだのかと錯覚した景色だった。

 落ち着いたはずの波がビルを中心に一定の感覚で発生しており、波の大きさは徐々に増しているようにも見える。無惨に原型を無くしたビルの下、次第に聞こえてくるGN粒子搭載機特有の高音を機体が捉え、血の気が引いたと同時にバスターライフルを照射出来たのは我ながらに褒められた行動だった。

 

 ───だが間違った選択だ。

 

 バスターライフルではなくアルヴァアロンキャノンだったなら、結果は覆っていたかもしれない。

 放たれた紅の光線はビルを溶かし海面を蒸発させながらも穴を穿つ、直撃している粒子が飛沫にも似た模様で海面を焦がすなか、鋭い金属音が短く響き。

 

「なッ……!」

 

「酷くない!? リュウくん! 私じゃなかったら今のでぜっ~たい終わってたよ!」

 

 斬撃、粒子を切り裂いて。

 破損どころか傷一つさえ見当たらないガデッサ・バルニフィカスが実体剣を構え、勇然とビルの残骸に立っていた。

 疑問が、声となり思考となり身体が強張る。バルニフィカスの武装でどうやってあの状態を脱したのか、モニターを見たまま憶測に更けるリュウにアラートが危機を知らせた。

 

「じゃあ次は、こ~っちの番なんだからね!」

 

 左右長腕それぞれに長刀を構えたバルニフィカスがHi-ガンダムへと殺到。

 咄嗟にバスターライフルを投げ捨て腰のビームサーベルで受け止めようと構える。2機の間に電光が衝撃波となって、一瞬太陽光よりも輝かしい閃光が周囲を走った。

 

「ぐうぅぅうううッッ……!」

 

 確か名前は試作型粒子斬断長刀だったか、深紅の波紋が入った純白の長刀が粒子の刃に食い込みHi-ガンダムごと断ち切らんと勢いを増す。負けじとビームサーベルの出力を限界まで上げて対抗するが、モニターに大きく映ったバルニフィカスの上半身、自由になっている両短腕に構えた連結大型ライフルが音を立ててこちらへと向いた。

 

 轟く音はまるでスピーカーの大音量から成る重低音に聞こえ、超高レートの弾幕がHi-ガンダムを捉えようとマズルが幾つも火を吹く。スローモーションの景色の中、培われた戦いの記憶から半ば無意識に指が動き入力を終えていた。

 

「────トランザムッ!」

 

 幾多の弾幕が風切り音をあげながら彼方へと飛んで行き、つい先程まで目の前に居たはずのHi-ガンダムは姿が見えない。モニターで辺りを確認するが、見えるのは太陽光で煌めく海面だけ。

 

「違う、機体が速すぎて見えないんだ。うんっ……うんっ! 凄いよリュウくん」

 

 モニターでは確認出来ずとも機体が拾う異様な音。

 粒子を高速で消費、放出した際に発せられる迫り来るような高音に身震いが爪先から旋毛まで駆け上がった。

 

 唇を舌で舐め機体を仁王立ちの状態に構える、計測不能となったレーダーから目を離し、頼るのは自分の勘のみ。

 音源が左右上下と立体的に動き最も遠ざかった瞬間、コトハの指が居合いを抜くように動いた。

 

 直後、徹甲弾同士が正面衝突した音。耳をつんざく短い金属音が空間に響き、衝撃に押されるままバルニフィカスが後方500メートルまで吹き飛ぶ。荒ぶ景色に目が慣れモニターへと目をやると、バインダーをアルミューレリュミエール・ランサーのように機体前方へ展開させたHi-ガンダムが映し出され、バルニフィカスは長刀を交差しバインダー先端を阻んでいた。

 

「───やぁッ!」

 

 巧みに長刀を操りバインダーの向きをずらし、バルニフィカスへと向いていた運動エネルギーが空中へと逸れる。火花を散らしながら驚異的な速度でバルニフィカスから遠ざかっていくHi-ガンダム、それを逃さまいとガデッサ頭部に搭載されたラインセンサーを起動させ、超高倍率で景色がモニターに映された。

 

「見付けたよ、リュウくん……!」

 

 バルニフィカスが屈み、力を貯めるような姿勢で静止。バックパックのツインドライヴが緑光の粒子を回転させ、噴出口を保護していた装甲が破棄される。粒子の渦潮が2つバルニフィカスの背部にうねりをあげながら光を増し、音さえ置き去りにして機体がHi-ガンダムへ向けて打ち出されるように加速した。

 

 いわゆるオーバーブーストモードと呼ばれる元々はエクシアに搭載されたリミッター解除状態、2基の出力から発せられる推力はバルニフィカスの機動性能と合わさり、点として表示されていたHi-ガンダムを一瞬で最適の間合いに捉えた。

 4つの連続する重低音が1つの音に聞こえるほどの射撃音が空に響き渡り、赤星と青星がフィールドを駆け回る。時に遠退き時には肉薄するほどの距離まで接近、銃撃と剣撃が交錯するなか、はたと深紅の輝きが消えて弾幕に晒された。

 

「ぐぅッ! くっそ!」

 

「まずは1機だね、リュウくん!」

 

 ディフェンスモードで対抗するがトランザムのクールタイムによりGNフィールドの壁が薄い。豪雨に穿たれる土のように粒子の壁が徐々に規模を縮小させ、バインダーに直撃。

 そこからは脆いもので、防御を失ったHi-ガンダムは全身に銃弾を受けながらやがてその身を宙に散らした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章7話『Regnant Breaker』

 視界が切り替わりここはモビルスーツの射出ブロックか、モニターにはカウントが表示されており恐らく0になれば再び水没都市へと発進するのだろう。

 ストック制のガンプラバトルは初めてだったが、機体は万全の状態に戻されておりトランザムも使用可能なようだ。

 残りカウント30、焦る思考を冷ますため一旦瞼を閉じてカウントが0になるのを待ちながら先の戦闘を振り返る。

 

 Hi-ガンダムのトランザムは想定以上に強力だった。稼働時間の延長に加え機体速度の上昇、アイズガンダムには非搭載だったバインダーによる突撃。様々な武装の追加によりトランザム時の選択肢が大幅に増えた事は証明されたが、バルニフィカスの機動性能が持つ暴力により性能を十全に振る舞う前にトランザムの時間切れが起こってしまった。

 

 そして残りストック2機、やはり機体の強みを全面に出す前にバルニフィカスへの対策が必要なのは確実だろう。ビルの密集地帯が消えたことによりバルニフィカスはその機動力を充分に発揮出来る事に加え、通常時でもその速度はHi-を二回りほど上回っている。変幻自在の速度調整によりマシンガンの最適間合いを維持して敵を消耗させ、隙を見せれば長刀で切り伏せ、試合が長引けばマシンガンによる射撃が延々と続く。

 俗に言ういわゆる『待ちゲー』を強みとする機体だが、厄介なことに『待ち』を崩す為に強行手段を取ろうとしても機動力でいなされ仕切り直されてしまう。

『相性不利の待ちゲー』を強制的に相手へ強いるバルニフィカスとコトハ、確かにプロとしての実力を持った実力者であり学生間国際バトルロイヤル戦1位も頷ける強さだ。

 

 恐らく、このまま戦ってしまえば敗北は不可避だろうと脳内でシミュレーションを試みるリュウの眉が微かに寄る。機動性が駆け離れており、こちらが1手を出す間にバルニフィカスは2手も3手も行動を取ることが可能。そしてHi-ガンダムにはバルニフィカスの高機動を捉える事が出来る武装が1つしかない。博打の様なただ1つの手段、武装。実戦運用は初めてでありどういった効果を及ぼすのかは未知数だ。

 

「だけど、コトハの移動パターンは大体データ取れたな、おし」

 

 カウント0。

 目の前の隔壁が開き、Hi-ガンダムの足場に角度が付く。一瞬の後、固定された機体が勢い良く足場ごと前方へとスライドし火花を伴いながら再び『水没都市』上空へと機体が飛ばされた。

 

 バルニフィカスが何処に居るのか、どうやって博打を打つか。悶々とした思考の中、開けた大空が視界いっぱいに広がり格納庫との光量の違いで思わず目が眩む。

 

「お、ラッキー! 2機目頂き~!」

 

 不意な声はHi-ガンダムの真上から聞こえ、けたましく鳴り響く警告音に従うまま声の方向へ目をやる。

 長刀を大上段に構えたバルニフィカス。その速度はトランザムもかくやと思うほどの神速で、振り下ろされる刃が奏でる風切り音が鮮明に耳へと入る。反応が遅れたリュウにその攻撃速度は意識の領域外であり、

 

「う、そだろ……!?」

 

 咄嗟に構えたバインダーごと縦に両断されたHi-ガンダムを、モニターから未だ信じられない様子で目を見開いて溢した。

 2機目のロストに加え、コトハによる復帰位置狩り(リスポーンキル)

 文字通り出鼻を挫かれたリュウは驚愕に口を開いたまま2度目の格納庫へ機体を転移された。

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「あんの野郎、初めてのストック制バトルでリスキル決めるとかマジかよ……!」

 

 復帰位置狩り(リスポーンキル)。敵を倒した後再びその敵が戦場へと戻るタイミングで復帰位置に攻撃を重ねるテクニックだ。やられた方からしてみれば景色が替わった瞬間に回避困難な範囲武装や、撃墜の危険性がある強力な攻撃が被せられている状況であり、システムの穴をついた半ば反則に近いハメ殺しテクニックだ。対戦ゲームで良く見られる復帰位置狩りだが、初見でストック制バトルに内蔵された仕様を見抜き実践したコトハのセンスに驚愕を越え、思わず笑いが込み上げる。

 

 恐らく復帰位置はランダムの筈だ、運営も復帰位置狩りの凶悪性を把握しているはずだし再出撃の地点が毎回同じならそれこそ敵を先に沈めたプレイヤーが圧倒的有利のクソゲーになってしまう。

 数ある復帰位置の1つに狙いを絞り、復帰のタイミングで攻撃を合わせたコトハ。仮にリュウの復帰場所が違った場合は隙を晒していた事になっていたはずだが、迷わずそれを行う精神ははっきり言って異常だ。

 

「ただそれを平然と行うコトハ、アイツは血も涙もない殺戮マシーンだな。きっと初心者ファイターにもバンバン決めて愉悦に浸るんだろうなぁ、最低だ」

 

「聞こえてるからねリュウくん!? 今のはリュウくんとエイジくん以外にはやらないからっ!」

 

 机を挟んでコトハの叫びが耳をつく。

 その内容にはあえて突っ込みはいれず、もう一度仕掛けられるだろう復帰位置狩りを警戒する。

 

 復帰位置がランダムならば確率的に考えて、次にコトハが強襲する地点から離れることは容易く想像出来た。そこに攻撃の隙を見せたコトハにHi-ガンダムの切り札を叩き込む、一か八かだがこの方法以外にバルニフィカスが隙を見せる場面は恐らく無く、距離が開けた次の瞬間こそ千載一遇のチャンスだろう。仮にバルニフィカスの目の前に復帰した場合それはもう呪いとしか言いようがないので可能性から除外。

 

 迫るカウントの中、操縦棍で武装スロットのトランザムを選択し起動を試みる。当然システムからのロックがかかっておりモニターにエラーの表記が表示された。

 

「よし、こいつは試してみる価値がある」

 

 にやける口元、あちらが復帰位置狩りのテクニックを駆使するならばこちらにも考えがある。カウントがやがて1を切ってHi-ガンダムが前傾姿勢を取り、その瞬間手元の操縦棍を入力しトランザムを選択。そして前方へブーストする為に思いきり前へと光る球体を倒した。

 

 ───画面一杯のエラーの文字、これがリュウの想定通りなら。

 

 スライドする足場、急速に開ける世界。

 Hi-ガンダムが『水没都市』へ出撃した瞬間、システム側が『Hi-ガンダムがバトルフィールドに出現したという判定が出た瞬間』に、予め入力されていたトランザムそして最大出力のブーストがタイムラグ0で機体へと反映される。

 

『先行入力』と言われるこれも対戦ゲームで良く見られるテクニックの1つだ。

 

 操作キャラクターがプレイヤーの操作を受け付けていない間にコマンドを入力することで、動ける状態になった瞬間予め入力されていたコマンドが反映されるというテクニック。ファイターの操作がリアルタイムで反映されるガンプラバトルではあまり馴染みの無いテクニックだが、戦場に復帰するこのタイミングならば行えると判断し思惑通りタイムラグ無しでトランザムとブーストがHi-ガンダムへと反映され紅の軌跡を残しながらHi-ガンダムは空を一気に駆け抜けた。

 

「え、ちょっ……! リュウくんがトランザムで出てきたぁー!?」

 

 これも想定通りHi-ガンダム後方でバルニフィカスが全く違う地点に長刀を振っていた。それを置き去りにし、Hi-ガンダムが出せる最大のスピードで距離を取る。

 震えるモニターと操縦棍を気力で制御し充分距離が取れたところで機体を反転、リアスカートに備わったスラスターで尚も距離を取りながら武装スロットの最右を選択。

 

 元々アルヴァアロンキャノンが登録されていたこのスロットには、その発展系となる武装が装備されている。通常であれば1発で全粒子を食うため放つタイミングが非常に限られる武装。トランザム状態で発動すれば、技の発生後にトランザムが即終了してしまうこの大技だが、バルニフィカスを落としさえすれば終わるこのバトル、放つのは今しかない。

 

「───エクストラスロット、展開。」

 

 入力と共にバインダーがアタックモードへと変形、それに伴い腰後部GNスマートランチャー2門も前方へと展開され、右手に構えたバスターライフルもバルニフィカスを捉える。

 Hi-ガンダムの前方周辺が深紅の粒子によって揺らぎ、真夏の太陽に焼かれた地面のように空間が熔けだしていった。

 迫る重低音、4門の大型連結ライフルを発射しながら驚異の速度で接近するバルニフィカスをモニターが捉え、距離がみるみる縮まっていく。Hi-ガンダムを狙う実弾の豪雨は寸分違わず機体を捉え、

 

 Hi-ガンダム前方に揺らぐ力場に掻き消された。

 

「ん!? それ……、GNフィールド!?」

 

「おう、元々アイズガンダムにもあったんだぜ、アルヴァアロンキャノンを撃つ際バインダー側からの攻撃を防御するって設定。それがあまりにも認知されないから、こうして効果範囲を前方にしてやった」

 

 空間が混ざりあい、やがて5門の中心へ小型に凝縮された太陽の如き球体が発生。紅の稲妻が球体の周りをフレアのように駆け回り、サイズが徐々に規模を拡げる。

 Hi-ガンダムサイズとなった紅蓮の太陽は規模の拡大を止め、張り裂けんばかりの胎動を始めた。

 

「いくぜコトハ、これが俺の──、Hi-ガンダムの全力全開ッ!」

 

 その声が聞こえた瞬間コトハはHi-ガンダムへと噴かしていたブーストを止め、直後訪れるであろう大技に全神経を注いだ。

 恐らくは想像に違わない極大のビームだ、規模にもよるがバルニフィカスの機動性にかかればガンダムヴァーチェの最大出力射撃も難なく避けることが可能、この攻撃も避けて見せるとコトハが冷や汗混じりに犬歯を覗かせる。

 

 球体状の粒子が胎動を止め、その中心。透けて見えるHi-ガンダムのツインアイも深紅に輝いた。

 

「アルヴァアロンキャノンッ!レグナント・ブレイカアアァァァアアアアッッ!!」

 

『水没都市』に浮かぶ2つ目の太陽。その球体に一筋の虹光が走り、閃光を裂け目として禍々しい深紅の奔流がバトルフィールドへと吐き出された。アルヴァアロンキャノンより一回り二回りも規模が巨大な極光はうねる大蛇のようにバルニフィカスへと迫り、開いた(あぎと)が猛然と襲い掛かる。

 

「───くぅぅううッ! ……やあっ!」

 

 右方向へと最大ブースト。咄嗟に入力された暴雑な操作にも応えるバルニフィカスは紛うこと無い名機だろう、大きく粒子から回避したコトハが大出力の攻撃により消耗しているHi-ガンダムを叩こうと、

 

 ───避けた筈の大粒子砲、それが恐るべき速度でバルニフィカスを再び捉える。

 

「なんでッ!? 避けた筈じゃ……?」

 

 困惑の声ごと呑み込まんと粒子が直角に屈折する、それに半身を焼きながらもバルニフィカスはすんでのところで回避し、粒子は遥か後方へと遠ざかっていった。

 ガデッサ・バルニフィカスのセンサーアイが不気味にラインをなぞり、Hi-ガンダムを見据える。これが勝負の終わりと言わんばかりに無事だった左長腕に長刀を構え、一足でHi-ガンダムの喉元へと切っ先が届く。

 しかしバルニフィカスの機動性を支えていた背部2基のスラスターウィングの片方が失われたことで長刀の狙いが僅かに逸れ、コクピットではなくHi-ガンダムの頭部を深々と突き刺した。そしてとどめの一撃とばかりに大型連結ライフルを胸部へと押し付け、

 

「ありがとう。今回の勝負、俺の勝ちだ」

 

「なにさ! どうやってッ!」

 

 トランザムの強制終了により機体性能が大幅に下がったHi-ガンダム、だが腕を動かす程度は問題なく行える。バルニフィカスの大型連結ライフルの銃口を手で塞ぎ、乱雑に先端を反らした。射撃音、弾けるマニュピレーター。

 リュウの行動に困惑するコトハだが、もう一度ライフルを胸部へと構えトリガーに指をかけた。

 

「じゃあな、コトハ」

 

 言葉の意味が、分からなかった。

 少なくとも声音は虚勢を張っているようではなく、自らの勝利を確信したリュウの宣言だ。

 

 ここからリュウがどうやって勝つのか、コトハの興味はその一点に絞られ、見届けてみたいという気持ちが胸に芽生える。

 

 困惑する思考、だがコトハは首を横に振った。見れば満身創痍のHi-ガンダム、この状況でリュウが勝利するのはどう見ても不可能であり、だとしたらこれは無用の問答と、今度こそ操縦棍へと掛けた指を強めた。

 

 だが引き金を引けなかったのは、後方から聞こえた轟音がバルニフィカスに迫っていたからだ。甲高い独特の音はGN粒子の音に他ならず、先程避けた筈の深紅の奔流。

 リュウ・タチバナがコトハ・スズネの行動を読んで仕向けた屈折する紅閃、Hi-ガンダムに掴まり身動きが取れない機体を見ながら、瞬間コトハは嬉しさの余り笑みを浮かべ心に浮かんだ感情のままマイクへと告げた。

 

「うんっ、うんっ! 成長したねリュウくん!」

 

「はっ、嫌味かよ」

 

 短く告げるリュウの表情にもまた笑みが浮かび、バルニフィカスを離さまいと回した腕を強める。

 互いに回避をする動作を見せないまま紅蓮の粒子に呑み込まれ、爆発すら生じない破壊の激流に機体がただただ呑み込まれていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章8話『蛇の視線』

「凄いね凄いね! リュウくんの新しいガンプラ! ひっさしぶりにリュウくんに負けたかも!」

 

「あ!? 最後棒立ちの舐めプしてたの見逃してねぇからな、コトハお前。こんなん勝ちに入らねぇよコノヤローバカヤロー」

 

「口元にやけながら言う台詞じゃあないな」

 

 エイジの茶化しに頬の紅潮を隠しきれていないリュウが2人に背を向け、笑い声が背中をこそばゆしく突いた。

 半年振りか、それ以上か。2年生の時点でプロへとデビューしたコトハはめっきり学校に来ることが少なくなり、数少ないリュウとのバトルも全てがコトハの勝利で終わっている。

 

 今の試合、バルニフィカスから先に粒子砲を受けた結果、タッチの差でバルニフィカスが先に撃墜判定を受け勝者はリュウだ。それらの事実が、もたらされた勝利の喜びを何倍にも増幅させ胸に到来した喜びの感情は留まることを知らず、何より久しく作った新作のガンプラで勝てたことが嬉しかった。

 

「で、今のが『バウトシステム』だよね? すっごいねあれ! プラフスキー粒子が登録されたガンプラを作っちゃうんでしょ、これならガンプラが壊れなくていいね!」

 

「しかもバトルをすればGPも貰えるしな、学園都市には本当に感謝だ」

 

「じゃ、次はエイジくんの番かな!何だかんだでちょっぴり悔しいから、出来る限り抵抗して良い勝負を演出した上で無惨に負けてほしいなっ!」

 

「断固として断るッ!」

 

 後ろで繰り広げられる茶番にも懐かしさを覚えながら、アウターギアを取り外し片手で握る。

 アルヴァアロンキャノン・レグナントブレイカー。MA(モビルアーマー)レグナントの歪曲するビームに着目した粒子砲は、Hi-ガンダムが展開した5門の銃口から発せられたビームをそれぞれ反発作用させることで実現が出来たHi-ガンダム一番の大技だ。

 発射前に5回まで屈折角度と地点を設定できるあの技だが、最後に決めた自機諸共巻き込んだ手段は実際にガンプラへダメージが入る従来のガンプラバトルでは気軽に行えなかった作戦だ。実際にガンプラを使用しない『バウトシステム』は確かに画期的な『電脳世界アウター』と並ぶ学園都市の目玉システムだが、普段の実機バトルにおいて被弾に最大の注意を行っているガンプラファイターとなればあの自爆同然の攻撃に多少は怯むと踏んでリュウは放った訳だったが、

 

「ふふふ~」

 

 果たして目の前で微笑むプロには通じていたのだろうか。普段は間抜けそうな顔の癖に、ふと顔を見るとこちらの全てを見透かしているかのような笑み。

 それは何だかとても嬉しくもあり、恥ずかしくもあり、

 

「……うっぜぇ、こっち見んな」

 

「あ~! 私今何もしてないのに暴言吐いた! 謝罪しろ謝罪~このこのぉ~!」

 

「うっせ! 離れろテメッ、おいエイジ! 見てないでコイツの癇癪静めるの手伝えよ!」

 

「おほん、コトハ様。ここはリュウともう1戦してボコボコにするのは如何でしょうか?」

 

「爺やの言うとおりだね! じゃあ次の試合形式は私がストック1でリュウくんはストック100ね。リュウくんが乗る機体はボールかオッゴ」

 

「勝てるわけ無くねッ!? お前ただ憂さ晴らししたいだけだろ!」

 

 反響する叫び声。

 劇中、ボールを駆って歴戦の強者達相手に無双していたレイジならともかく、リュウにはレギュレーション200のボールでバルニフィカスに勝てる未来が見えなかった。

 

 後ろで暴れるコトハをどうにか引き剥がし机へどうにか落ち着かせる。

 一息つき、顔を見合わせる形になった3人。唯一教室を見渡せる位置のリュウが教室の入口に偶々視線が映った。

 

「───あっ」

 

 視線が合う両者。

 声が漏れ出たリュウを蛇のように細めた眼差しで舐め回し、口の端がつり上がる。

 

「コーチ! おはようございます!」

 

「トウドウ先生おはようございます、朝早いですね」

 

「はぁい、おはよう2人共。元気な声が聞こえたから教員室から出てきちゃったわ……それと」

 

 コトハの快活な声の後、瞬時に切り替わった人の良い笑顔で応対しコトハとエイジが体を出入り口へ向けた。

 理知的な顔立ち、背高い身長、着崩しの無いスーツ姿、

 

「おはよう。タチバナ君、学園は久し振りね」

 

 眼鏡の奥で妖しく光る視線。

 背中を冷たい舌で舐めとられた感覚に全身が栗立ち、強張った頬を無理矢理ねじ曲げて何とか声を出す。

 

「おは、ようございます」

 

 3年生学年主任トウドウ・サキ。

 元日本代表であり萌煌学園現教員。笑顔を絶やさない明るい人柄で生徒からの人望も厚く、本人の教え方やガンプラの技術も相応に高い名教師だ。また優れた指導技術で萌煌学園国際選手のコーチも勤めている。───そして。

 

「アナタ達、もしかして今ガンプラバトルをしていたの?私に詳しく内容を教えてくれないかしら」

 

 ───リュウ・タチバナが最も学園で会いたくない最悪の人物だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章9話『最優の教員』

 見れば時刻は7:30。誰も声を発しない空間に耳を澄ませば他教室から聞こえる生徒の声。

 決して存在を忘れていたわけではない、だがあえて言い訳をするならコトハとのガンプラバトルに夢中となって時間を忘れていた。

 自身の迂闊さに唇を噛みながら、コトハとエイジに悟られぬようこちらを伺う相手を睨む。

 

「なるほど。大体把握したわ」

 

 そう言うと、視線をはぐらかしながらアウターギアを外し、数秒コトハを見詰める。

 耳触りの良い、柔らかな声音がこの場の全員の耳に届いた。

 

「ダメじゃないコトハさん、友人とはいえ手を抜いちゃ。そんなのコトハさんらしくないわよ?」

 

「てっ、手は抜いていないですよ!ただっリュウくんが春休み前より強くなってて嬉しいな~って思っちゃってつい……」

 

 コトハにとってトウドウ・サキは自身のコーチであり、信頼と親愛の対象だ。

 言葉尻が小さくなっていたコトハの頭を撫でながら諭すように、

 

「『萌煌学園では勝利こそ絶対』、貴女も知っている校訓でしょ?それに、プロであるコトハさんが野試合をするということはそれだけで大きな意味を持っちゃうのよ」

 

「大きな意味?」

 

「そう。ガンプラファイターの戦績っていうのは、そのファイターの評判に直結するものよ?───もしタチバナさんが今のバトルを録画してネットに流したら、それだけでコトハさんの評価が一気に下がっちゃうの」

 

「そんなことリュウくんはやりませんよ!」

 

「優しいのねコトハさん、でもまだ話は終わりじゃないの。……シヲリさん、コトハさん、貴方達の直近50試合の戦績を教えて頂戴」

 

 話を振られたエイジ、コトハがそれぞれ学園デバイスを取りだし、液晶に戦績が映し出される。机に置かれたデバイスを隈無く眺め、頬が緩んだトウドウ・サキがそのまま2人に微笑みかける。

 この話の流れ、予想が付いたリュウが顔を俯かせ話の終わりが告げられるのをただただ待った。

 

「シヲリさんは勝率63%、流石優秀ね、秋の試験までキープするように。コトハさんは……、72%。プロとして申し分無いけど貴女はコンディションに左右されやすいから気を付けてね」

 

『ありがとうございます!』

 

 萌煌学園では教員は絶対。

 在籍する教員全員がプロとして過去に君臨し名を馳せた名ファイターであり、誰もが生徒よりガンプラ制作技術も戦闘技術も上だ。故に2人はトウドウ・サキの言葉に快活な返事で返し、『尊敬される教員と、教員を尊敬する生徒』という理想の関係がよりこの場で強まる。

 

「それで、タチバナさんの戦績は?」

 

 抵抗は無駄。

 一刻も早く終わらせる為デバイスを起動しトウドウ・サキの目の前に置く。

 覗き込む表情は張り付いた笑顔そのもの、だがその表情が仮面だということはリュウしか知らない秘密であり禁忌だ。

 

「49%……はぁ、また下がったわねタチバナさん」

 

 さも心配しているという風に溜め息を付いて肩を落とす。

 そしてリュウから視線を離し、エイジ、コトハへと対象を移し、机へと腰を掛け2人に言い放つ。

 

「友人関係は先生何も言わないけど、ガンプラバトルは別よ?レベルの高い人間がレベルの低い人間と関わっちゃだぁめ。弱い人に対する戦い方に慣れちゃって、貴方達の実力まで下がっちゃうわ」

 

「お言葉ですが先生、リュウは最近使用するガンプラを替えて尚且つ、バトルする相手は全員手練れです。実力が自分達より劣っているということはありません」

 

「その手練れに勝たなければいけないのが萌煌学園生徒の筈よ?現にシヲリさんとコトハさんは強者を相手に勝てているもの、それに対してタチバナさんは結果を残していない、これが全てよ」

 

「──っ」

 

 間髪入れずの回答にフォローを入れてくれたエイジが言葉を詰まらせた。

 コトハも俯き、教室に静寂が訪れる。消沈する3人、それを見て「まぁまぁ」と声を張り上げトウドウ・サキが気丈に立ち上がる。

 

「タチバナさんがやれば出来る子っていうのは私知っているから、先生と一緒に頑張りましょ?」

 

「……はい」

 

「け~ど、くれぐれも出来る人間の足を引っ張る真似だけはしないように、タチバナさんの遊びに2人を付き合わせちゃだぁめ」

 

「───ッ!」

 

 出来ることであれば、今ここでトウドウ・サキという人物から向けられた感情をコトハとエイジに打ち明かし鼻を暴きたい、トウドウ・サキをこの学園から追放したい。ただリュウにはそれが出来るわけがなかった。

 苛められる側の被害者が苦痛の時間が終わるのをただただ待つようにリュウが俯く、どう考えても結局は黙るしか選択肢は無く拳に込められる力が強まるだけ。

 

「あの、コーチ」

 

 声をあげたのはコトハだ。

 伺いの感情を含んだ質問に、眼鏡の位置を直しながらトウドウ・サキがにこやかに耳を傾ける。対してコトハの表情は取り繕った張りぼての笑顔、震える声のまま質問を続けた。

 

「わたし以外の代表選手って……」

 

「? あぁ、あの子達ね。全員半年間の出場停止処分よ」

 

 その時、コトハが一瞬走らせた顔の表情をリュウは一生忘れないだろう。

 どんなときでも五月蝿い程明るく、付かず離れずの距離でうっとおしいくらい世話焼きの幼馴染み、コトハ・スズネ。いつもへらへらと笑う彼女の顔が悲痛に歪むのは、かなり久しく見せた表情だ。

 

「あぁ~!先生そろそろ会議があるから行かなくちゃ!……あとタチバナさん、会議が終わったら私のところに来て頂戴、場所はメッセージで伝えるわ。それじゃあ皆、良いガンプラライフを!」

 

 最後まで調子の良さで振る舞い、トウドウ・サキが足早に教室を去る。

 姿が見えなくなった途端にどっと脂汗が全身から吹き出し、座っているにも関わらず目眩を覚えた。

 

「だ、大丈夫? リュウくん、コーチはいつもああいうズバズバ言っちゃう人だから、気にしないで?」

 

「そうそう気にするなよ。Hi-ガンダムを折角作ったんだ、見返してやれ」

 

「ぁ……、あぁ。そうだよな、気にしちゃだめだよな!おしっ!」

 

 気遣う2人の声に遅れて意識が反応し、なんとか笑顔を踏ん張り応えた。

 だが握る拳、その内側にじっとりと滲んだ汗は未だ熱を持ち、教室の入口を睨む眼差しには今さっき去った人物に対しての複雑な感情が入り雑じっていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章10話『吠え立てる決意』

 敷地が広大な萌煌学園は生徒の数も膨大だ。

 全体生徒数1500人以上、昼下がりともなれば騒がしいくらい賑やかな生徒の喧騒が学園全体から聞こえ、ある者は昼休みをガンプラバトルに費やし、ある者はガンプラを仲間と弄り、ある者はスポーツで息抜きをしている。

 

 そんな生徒達が一切立ち寄らない場所、リュウ・タチバナが指定された部屋は以前にエイジとガンプラバトルを行った予約制のガンプラスペースだ。

 本来であれば放課後しか解放されないこの部屋からは生徒の喧騒もどこか遠く、自分が世界から切り離されたような、寂しさと特別感を胸に覚える。1人で考え事をしたい時なら最適の場所と言っても過言ではないだろう。

 

「呼び出してごめんなさいね、タチバナさん」

 

 ───目の前の人物が居なければ。

 

 周囲に人が居ない個室、トウドウ・サキと会話をする場所としては最悪な場所か。

 部屋の扉を閉め胸のボタンを1つ開ける。長い溜め息を1つ吐き、先に部屋で待機していたリュウを真正面に捉え艶やかな唇が開いた。

 

「最近は天気も良いわよね、今朝の気温も先生凄く過ごしやすくって──」

 

「早く本題を言ってくれませんか」

 

 ぴしゃり、と。言いのけるリュウにトウドウ・サキの目が細まる。

 そして吊り上がる口角のまま、部屋を歩き出した。

 

「コトハさんの成績、聞いたわよね? 小規模の国際的な交流試合みたいなものだけど、その大会でコトハさんが納めた成績に国のGP省が関心を示してね、コトハさんを国際的な強化選手にしようって声があがってるのよ」

 

 円を描き部屋を回る。

 確かにリュウの記憶が正しければ、国際的な試合で成績を納めた日本人選手はここ最近前例がなく、国がコトハのような優秀な選手を強化するのは妥当な判断と思える。

 

「だけど問題が1つだけあってね、今まで学園で過ごしているのを見たり、シンガポールでもそうだったのだけれど。彼女がガンプラバトルを行う意識の根っこがどうやら良くないらしいのよ」

 

「根っこ?」

 

「そう。───コトハさんの関心の帰結はいつも貴方なのよ、タチバナさん」

 

 部屋を回る動きが止まる。

 直立するリュウの真横に着いたトウドウ・サキがその距離を縮め、リュウを見下ろした。そして蛇のように細まった視線のまま。

 

「ガンプラバトル、辞めてくれないかしら? タチバナさん。貴方さえ消えてくれればコトハさんの無駄な執着が消えて、より完璧なガンプラファイターになれるのよ」

 

「何を……!」

 

「コトハさんの興味の関心がガンプラにのみ注がれれば成績は更に伸びるわ。伸びしろがないタチバナさんに構って足踏みをしている彼女を見ると先生いっつも胸が痛いの、開花しない蕾の成長をいつまでも待っているコトハさんが不憫で仕方ないのよ、だから言うの。タチバナさん、貴方ガンプラバトルを辞めてくれないかしら?」

 

 返答を促す声音で言葉が切られる。

 怒りに目眩さえ覚え、呼吸が不規則になっていくのを感じた。この教師は何を言っているのか、過呼吸じみた呼吸で視界が揺れるなか、倫理的な観点から理解できないと同時に個人的な観点からは理解が出来てしまった。

 

 つまりコトハにとってのリュウ・タチバナは第三者から見れば足を引っ張っている要因そのものなのだろう。もしかしたらトウドウ・サキ以外にも同じ思考の人間が居て、学園に在籍している生徒達全体が感じている事かもしれない。

 

 言動こそ教育の域を越えた脅迫や脅しであり、録音なりして然るべき機関に届け出ればトウドウ・サキを追放することは容易だ、それはリュウも本人であるトウドウ・サキですら理解している。

 

 だがリュウがそういった行動を行わないのは、トウドウ・サキが果てしなく優秀な人物であるから。

 普段から独善的な言動こそ見えるが生徒の事を第一に考える彼女は間違いなく全生徒から人気の教師であり、そんな人間がここまで度を越えた事を言うのなら問題があるのは自分、とリュウは沸き上がるどす黒い感情の中なんとか理性を保つ。

 

 成績が伸び続けているコトハ。このまま成長を続ければ間違いなく日本人プロとしてガンプラバトルの歴史に名を残す人物になるだろう。

 生徒からの人気と教育方針が全校教師の中で最優のトウドウ・サキ。先見の目で彼女から指導された生徒は殆どがプロとして活躍しており、本人のガンプラファイター、ビルダーとしての能力もずば抜けている。

 

 対して、自分は。

 

 胸に手を当てて学園での自分を思い返す。中途半端に高い実力、現状に甘えていた自分。どこか心の中でこのまま安穏と過ごしていればプロになれるとぼんやり思っており、意識も高いとは言えない。

 

 そんな自分に構って優秀なコトハの足を引っ張っているのなら、それは。それこそリュウの嫌いな無駄なことではないか、と心の中の黒い自分がリュウ・タチバナの耳元で囁いた。その声は増幅し、すぐ隣にいるトウドウ・サキの存在すら忘れて、黒い感情のまま震える手を握り締めた。

 

「俺は、ガンプラバトルを。───辞めません」

 

 今までの自分ならここで、辞めてしまうと宣言していたかもしれない。

 学園内での井の中の蛙、そんな学園内のある種トップから告げられた引退通告に心を折られ頷いていたかもしれない。

 

 だけどリュウはこの震える手でナナの手を握った。世界(ヴィルフリート)と戦い世界を知った。

 

 自分が救えた少女と、自分の常識を壊したプロとの出会いで変わり始めたガンプラバトルの常識。学園内で感じることが出来なかった圧倒的な敗北でようやく自分のガンプラを見直すことが出来、辛いながらも楽しいと思えた最近。

 

 いかにトウドウ・サキの言葉が真理であっても、リュウの意思はただ1つ。

 

「俺は、ガンプラバトルを辞めません」

 

「……」

 

 睨むようにトウドウ・サキを見据えた。

 歪に張り付いた笑みは変わらず、唇が気色悪く震えている。いったいどのような感情が渦巻いているのか知りたくもない彼女の心境を思い顔を背ける。

 啖呵の言葉を切って、そのまま部屋を後にしようと背を向けた、その時だった。

 

「そこまで言うのなぁら、先生に今のタチバナさんの実力、見して欲しいわね?」

 

 毒虫が背筋を這いずる様な錯覚に思わず足が止まる。

 ツカツカとヒールの音が部屋に響き、リュウの真後ろでトウドウ・サキが舌で唇を濡らした。

 

「午後に私の授業に参加して頂戴。これは萌煌学園3年学年主任としての命令よ」

 

「それは……っ! 先生と戦うっていうことですか」

 

「別に逃げても良いのよ? ただ逃げるようであれば、貴方は3年生になってから無駄な時間を過ごしていたってことの証明になってしまうけれど」

 

 怒りの琴線に触れられるとはこう言うことか。無駄な時間、今目の前の人物はそう言ったのだろうか。

 

 ナナと出会ったこと、ユナがガンプラバトルを始めるきっかけになれたこと、ヴィルフリートに教えられた世界の広さ。

 それを今、トウドウ・サキは無駄な時間と言ったのか。

 

「受けて立ちますよ。先生に、俺の大切な時間を否定されたくありません……ッ!」

 

「い~ぃ目ね。それじゃ午後の授業、そうね───場所は」

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「午後の授業かっったりーなー。選択科目なんて取らなきゃ良かったぜ」

 

 チャイムが鳴り、男子生徒は自教室の机に突っ伏していた。

 それも彼だけではない、食後の授業ということもあり眠気に襲われている生徒達が同じように机に伏せており、教師の到着を待つ。

 幸い午後の担当教師はあのトウドウ先生であり、彼女であればこの退屈な空気を壊してくれるような何かを催してくれるだろう。男子生徒の目に微かな光が灯り、学園デバイスを鞄から取り出す。

 

 バトルでも、ガンプラ制作でも、バウトシステムでも何でもいい。座学は勘弁だがそれ以外は大歓迎だ。

 新作のガンプラを皆に見したいとデバイスを手で弄ぶなか、思いきり開けられた教室のドアの音と共に委員長の声が響き渡る。

 

「みんな聞いて!今日の授業なんだけど場所が変更されたの!場所は───」

 

 男子生徒も含めて生徒達が一斉に立ち上がり、それぞれが喜ぶような声と、疑問を口にする声が聞こえる。

 なんでも、あのリュウ・タチバナがトウドウ先生とガンプラバトルをするらしく、男子生徒自身もそのマッチアップに喜びの声をあげた。

 

 リュウ・タチバナと言えば、ガンプラバトルスペース貸し切りの件で学園側と一悶着あったり、在籍中にプロとなったコトハ・スズネと幼馴染みであるといった何かと話題に欠かない人物で、彼が何故トウドウ先生とガンプラバトルをするのかは知らないが、学園最優と名高いトウドウ先生のガンプラバトルを見れるのは滅多な機会がなければ有り得ない事だ。

 

 生徒達が走り、辿り着いたのは体育館。

 その中央に相対する両者が見えたとき、感じたのは明らかな雰囲気の違いだ。

 

 張り付くような緊張感、2人の間には言葉はなく、リュウ・タチバナに至っては見たことの無い表情でトウドウ先生を見据えている。

 

 そんな彼の空気に、意気揚々と走り込んできた生徒の誰もが息を飲んだ、男子生徒もその1人だった。

 

「リュウ・タチバナ……、あんな怖い顔する奴だったっけ……?」

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「ギャラリーも集まってきたみたいね」

 

 体育館入口に集まった生徒にウィンクをしながら、リュウを睨む片目は獲物を前にした爬虫類のように鋭い。

 既に展開されたプラフスキー粒子を挟んでも、戦う姿勢になったトウドウ・サキから伝わる不気味な雰囲気にリュウは睨み返すだけで精一杯だ。

 

 トウドウ・サキが自分のガンプラで戦った姿をリュウは知らない。

 どのようなガンプラを使うのかも自身の授業で話さず、もっぱら生徒達の間で評判になっていたほどだ。

 

 ───だが、間違いなく強い。

 

 対面するトウドウ・サキから感じるプレッシャーは少なくともリュウの意識の警鐘を鳴らすには充分すぎるほど強大であり不気味。生半可な実力者ではない事はヴィルフリートとの勝負を経たリュウには過敏なほど感じ取れた。

 

「だけど、俺の過ごした時間が無駄じゃないって事。先生に証明してやりますよ……!」

 

「可哀想に。その意気込みもこの勝負の後には消沈するということを知らないのね」

 

 その言葉を最後に両者の会話が途絶える。

 代わりに翳すのは両手。宙に掲げた掌に床から空中へ散布されたプラフスキー粒子が実体となり、球体が掌に収まる。

 

 数瞬の間。

 

 狂気の一端が見える笑みを浮かべながら。対するは過ごした時間が無駄ではないと信じる眼差しと共に口をつぐみながら、両者の声が体育館に木霊した。

 

『────バウトシステムッ!スタンバイ!』

 

「リュウ・タチバナ、Hi-ガンダム。出ますッ!」

 

「トウドウ・サキ、ゾンネゲルデ。出るわ」




3章は長くなりそうだったので、前編後編で分けてみます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章11話『白と黒』

 しばしば生徒達の間で噂になる。

『萌煌学園で最も生徒想いの教員は誰か』、その問いに必ずあがるのはトウドウ・サキ。

『萌煌学園で最もガンプラバトルが上手い教員は誰か』、これにもトウドウ・サキの名前があがる。

 そして誰かが口にする。『トウドウ先生のガンプラって見たことある?』その問いに誰もが顔を横に振り話題が次へと切り替わる。

 同期はもちろん先輩の代まで明かされたことの無い噂、リュウ自身もトウドウ・サキへの評価は置いてその真実はずっと気になっていた内容だった。

 

「『練習場(プラクティス)』、私とタチバナさんとの戦いにぴったりなフィールドね」

 

 目の前の光景に奪われていた意識がどこか艶やかな声で現実へと引き戻される。

 地表から見上げるHi-ガンダム、モノクロの空には無機質な光源とは別にもう1つの輝きが燦然と輝いていた。

 高貴な印象を思わせる柔らかな白、そして見たものを引き込む魔性の金色。日輪を思わせる神秘的なバックパックを背負い、円状のバックパックにはそれぞれ左右対象に巨大な爪のように見えるパーツが6つ付いている。

 飛行の為にその巨大な爪から放出されている粒子は薄紫で、基部に覗けるのは疑似太陽炉か。白と金色のカラーリングから流れ出る薄紫の粒子はそれだけで神々しく、宙から見下ろす青の眼光も相まってさながら天使にも悪魔にも思える機体のシルエットだ。

 

 ───レギュレーション800。機体名『ゾンネゲルデ』

 

 姿勢制御に一切の乱れが見えないことからGN粒子を使用している機体であることは読み取れたが、機体本体に見えるパーツ。機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズに登場する機体のパーツが見え、疑念がリュウの中に生まれる。

 

「敵機を前にしながら呑気に分析するのは悪い癖ね、タチバナさん」

 

 そんなリュウの動揺を読み取るようにトウドウ・サキがゾンネゲルデを通じて語り、おもむろに腕をこちらへと向けた。

 ゆっくりと開いていく掌、その中心がHi-ガンダムを捉え操縦棍を握る手の力が強まる。

 

「───そこはもう、私の間合い」

 

 声と同時。強烈に粒子を噴射しながらゾンネゲルデ背部の爪が全て離れ、Hi-ガンダム目掛けて放たれた。

 覆うような挙動で地表に殺到するファングを後退することで回避。手前から地面を次々と穿ち、大爪は見た目に違わぬ威力を見せ付ける。

 攻撃の手が止むのを確認したところでGNバスターライフルの標準を宙に座すゾンネゲルデへ構え発射、紅線が稲妻を纏いゾンネゲルデへと突き進む。アイズガンダムからHi-ガンダムへ一新した際に威力を上方修正したバスターライフル、高速で放たれた光槍に手を翳したかと思うと。

 

「はい、答え合わせ」

 

 風を薙ぐように正面で手を払う。

 その動作に伴いゾンネゲルデへと迫った粒子は弾かれ、力の方向を逸らされた。

 

「機体にはナノラミネートアーマー、バックパックには疑似太陽炉。特殊システムはどっちだ……?」

 

 レギュレーション800に分類される機体群は総じて強力な機体が多い。

 量子テレポートが可能なダブルオークアンタ、他キットを圧倒する機動性を誇るストライクフリーダム、多くの機体に装備された無線誘導兵器を無効化するNTDを備えたユニコーンガンダムシリーズ。

 それら原作の機体とは別にガンプラビルダーが独自に装備を考え、バトルシステム側からレギュレーション800に判定されるガンプラも多く存在している。

 分かりやすい所を言えば『サテライトキャノン並みの威力を誇る兵器を気軽に使えるガンプラ』や『レギュレーション800が持つ武装を多く取り付けたレギュレーション600以下のガンプラ』がそれらに該当する。故にレギュレーション800はインフレーションが下位のレギュレーションより加速したコスト帯となっているのが特徴であり、強力な反面扱いが極めて難しいガンプラとなっている。

 

 そして目の前のゾンネゲルデ。見たところバックパックのファングは疑似太陽炉で動いており本体はエイハブリアクターで稼働しているハイブリット構造、異なる世界観のエネルギーを1つのガンプラに集約出来るのもレギュレーション800の特権だが、この場合ゾンネゲルデが『阿頼耶識システム』と『トランザム』どちらを有しているかで勝負が変わる。

 

 ゾンネゲルデを睨む足元、アラート音が響き地面に突き刺さったファングが再びHi-ガンダムを捉えた。粒子の爆発を生じさせながら接近するファング、それをサイドスカートに増設したバーニアを噴かし左右へ回転するようにいなす。

 最後のファングをやり過ごし、阻むものが無くなったところで武装スロット4番を選択、左腕のハードポイントに収められたGNタチが手前にスライドし柄を握り、突貫。

 

 居合い抜きの要領で右手でGNタチを抜き、眼前に迫ったゾンネゲルデの胴体へと見舞う。最大加速に視界が揺らぎながらも斬撃はゾンネゲルデ右腹へ吸いこまれるように放たれた。

 

「一撃で試合を終わらせようだなんて、何を焦っているのかしら?タチバナさん」

 

 金属音。

 ぬらりと距離が近付いたゾンネゲルデの眼光に、操縦棍を握り締める手が思わず緩んだ。

 

 GNタチの斬撃を手前へと射出した太股の実体剣で防ぎ、ゾンネゲルデが腕を伸ばす。斬ろうと力を込めた右手に腕が這い手が添えられ指がHi-ガンダムをなぞる。

 

「ぐぅッッ!」

 

 生理的嫌悪が爆発し操縦棍を更に前へと押し倒すが、GNタチと実体剣が火花をあげるだけで両者の姿勢は変わらず、ゾンネゲルデの指が手元から肩へと添えられた。

 

「見してみなさい、タチバナさんの本気。その全てを否定してあげるわ」

 

「───ぁああああッッ!」

 

 GNタチから腕を離し、機体を上下反転。

 爪先に備えたシュートダガーを展開し、ブレイクダンスを彷彿とさせる挙動でゾンネゲルデへ蹴打を浴びせた。数度の蹴打を上半身の捩りだけで全て避け、続けて放たれた蹴りを強引に脚ごと掴み宙ぶらりの体勢へ晒される。

 

「これならッ!!」

 

「いいえ。これでも」

 

 先程手放したGNタチを掴み、柄の先に仕込んだアンカーを射出。

 至近距離で放たれた刃をゾンネゲルデは身を捻ることで回避し、流れる動きでワイヤー部分を空いた片手で絡め取る。回収しようと腕を引くがビクともせず、ワイヤーが張るだけ。そして。

 

「くそっ!クソッ!」

 

「至近距離で奇異をてらったアンカー武装、可愛いほど素直な戦法……ねっ!」

 

 ゾンネゲルデが1度腕を上げ、一気に下へと振り下ろす。

 鞭の要領で振られたワイヤー、その先端に位置するHi-ガンダムへ法外な力が働き地面へと放たれた。地表への追突はGNフィールドを展開することで和らげるが相殺しきれない運動エネルギーにより機体がバウンド、そのまま落下しプラクティスの地表を削り取る。

 やがて勢いが止み、煙を伴いながらプラクティス4隅のオブジェへ激突。停滞していたファングがゾンネゲルデへ収納され、フィールドに静寂が訪れた。

 

「春休み前と動きになんら変わり無し、その場凌ぎの攻防。多少は成長していると思っていたのだけれど、本当に何も変わっていないのね」

 

 直立の姿勢で宙から地へ。爪先から着地し制止する様は粒子を完全に制御している証拠だ。

 スピーカーを個別回線に切り替え、尚もトウドウは続ける。

 

「実を言うとね、私はタチバナさんの事を嫌ってる訳じゃないの、むしろ好きなのよ?」

 

 醜悪な声が耳元で囁かれているような錯覚に眉をしかめる、今すぐにでもあの声を黙らせてこのバトルに勝利しなければどうにかなってしまいそうだと自覚し、警告が鳴り止まないモニターに視線を巡らせた。

 しかしどの武装も、どんな装備もゾンネゲルデ、トウドウ・サキに通用する未来が見えず操縦棍へ添えられた指が迷い空を掻く。

 

「だって」

 

 その声に、手が止まった。

 試合を捨てた訳でも、何か閃いた訳でもなく。ただただその声が愉悦に歪み、声を発しているトウドウ・サキの表情が狂喜の笑みを浮かべている様が容易に想像でき、嫌悪感から手が止んだ。

 

「───他に居ないじゃない?自分を完全に信頼している友人を蹴落として、自分だけ3年生になった人間なんて」

 

「う、ぉぉおおおおおぁぁあああああああッッ!!」

 

 治りかけたかさぶたを無理矢理引き剥がされるように記憶が甦る。思い出したくない記憶、誤魔化すためか無意識に指が動き機体が発光。深紅の輝きがHi-ガンダムを覆う。

 流星の煌めきが煙から覗いた瞬間、Hi-ガンダムはゾンネゲルデを手に持ったビームサーベルの間合いに捉えており、上段で斬り被さった。

 電光石火とも呼べる早業に対し、ゾンネゲルデは刃が何処に来るのか知っている挙動でビームサーベルを受け止め両者の間で激しく粒子が迸る。

 

 元々我流でガンプラバトルを行っていたリュウへ戦い方を教えたのは学園教員であり、その大部分はトウドウ・サキによる指導だ。今の切り返しもトウドウからの教えであり、その戦法を咄嗟に取ったリュウは自身を呪った。

 

「そうそう、このバトルだけどね。彼も見てるのよ」

 

「……ぐぅッ!」

 

「2階の手すりから、ほら」

 

 天気の話題を振るように、涼しげな声で促す。

 声に従うままゾンネゲルデが指定した位置へカメラが向き、絶句した。

 

「貴方が蹴落とした彼、タチバナさんが今どのくらいの腕前か見てみたかったらしいわよ。健気ねぇ」

 

「なん……っ、どう、して」

 

「どうしてですって?決まってるじゃない、タチバナさんの心を折るためよ」

 

 刃を押し返され、振動する実体剣がHi-ガンダム眼前へ迫る。

 敗北が足元にしがみついた状況にいながら、しかしリュウの視界は体育館2階、手すりからこちらを伺う男性を捉えていた。

 真っ直ぐな眼差しだ、手を握り勝負の子細を逃すまいと両の手を手すりへ掛ける様子は変わらず純粋な出で立ち。

 彼を見ている間リュウは操縦棍を握る力が抜けていくのを感じた。

 

 ───春休みが明けて3年生となったが、自分は胸を張って真剣にガンプラバトルをしていたと断言出来るか。

 

 ───学園に行かなかった本当の理由は彼に会いたくなかったからではないのか。

 

 ───そして今、自分は彼の前で恥じない戦いが出来ているか。

 

 罪悪感と建前に隠した本心がぐちゃぐちゃになり、脳が熱を帯びる。喉が異様に渇き飲み込む唾すらない口内が摩擦で痛みすら覚えた。

 

「じゃ、さようなら。結局何も見せることが出来ないままやられるのね、いち教師としてそこは残念よ」

 

 押し返されるままHi-ガンダムが後退、体勢を整えてゾンネゲルデへ目をやると視界に映ったのは迫る刃。

 死を、実感した。肉体的な死ではなく精神的な死。春休み明けからの日々を否定され、最も遠ざけていた人物がリュウの恥体を見ている。負けた後の事を考えようとしても虚無しか脳裏に浮かばず、途端に自分が崖際へ立っている感覚に陥った。

 

 逃れられぬ敗北が刃としてHi-ガンダム、リュウへと迫る。

 

「だけどさ、……だけどさ先生ッ!」

 

 しかめる顔に涙が宙に零れながら操縦棍が動いた。

 迫る刃は実体剣、長さは平均、形は日本刀。いたってシンプルな形の刀が空を切り裂きながらHi-ガンダムを両断せんと今まさに頭上へ差し掛かるところ。

 

 ───日本刀による斬撃を、リュウは受ける訳にはいかなかった。

 

「その攻撃だけは受けちゃいけないんだ……!今までの俺をッ、否定することになるからッ……!!」

 

 トランザムの恩恵を得た両腕が刹那の挙動で動き、次の瞬間には機体を真っ二つにしていたであろう刃が空中で止まる。

 Hi-ガンダムの動きに体育館に居た誰もが息を飲んだ、誰もがリュウの敗北を確信していたからだ。

 

「そんな防ぎ方を教えたつもりは無いのだけれど」

 

 Hi-ガンダムの両手挟まれた実体剣。いわゆる真剣白羽取りを見、トウドウが声を溢す。些細な抵抗だ、それこそゾンネゲルデの力を以て押し引けば両断することが直ぐにでも叶うだろう。

 

 しかし予想外の抵抗に、初めてトウドウの声が揺らいだとリュウは不敵に笑った。

 

 ヴィルフリートが駆る『グレイズ・ニヴルヘイム』、先の勝負の結末をリュウはあの後何度もイメージトレーニングを重ね、日本刀を所持するガンプラ達と徒手空拳で戦いリベンジに備えていた。結果は負け越しで想定した対策を嫌になるほど破られた日々。

 

 その努力の成果が今、実りを告げた。

 

「アンタがどれだけ強くても、刀の一撃はあの人(ヴィルフリート)に及ばないッ!」

 

「そう───、今の抵抗は正直驚いたわ。けれど」

 

 驚くほど冷ややかな声音だった。

 違和感が直感としてリュウへ警鐘を鳴らすが、機体には何も変化は無い。それでもおかしいとゾンネゲルデを視界に収めた時、違和感の正体が判明した。

 

「ッ!背中のファングが、ない?────がぁっ!?」

 

 突如揺れる機体。サブカメラの映像がモニターへ複数表示され、映されたのはHi-ガンダム各部へ突き刺さったファング。

 鋭い先端が機体に食い込んでいる、しかし被弾箇所は生きており反撃することは充分可能だ。

 

「ディ=バインド・ファング」

 

 反撃しようと武装スロットを展開させた直後、トウドウの声と一緒にモニターがブツリと途切れる。

 操縦棍に表示されるはずの武装スロットも消え、今リュウの周りを照らす光は手元の光る操縦棍のみ、機体の主機を再起動してみるが変化がなく、動揺するリュウの耳にトウドウ・サキの声が入った。オープン回線だ。

 

「それじゃタチバナさん、今日はありがとう。バウトシステムの実演授業への協力感謝してるわ」

 

 どうやらスピーカーだけは生きているらしく、ゾンネゲルデの動く音が鼓膜を震わす。

 まだ何か、まだ何か出来ることはと操縦棍を乱暴に動かす中、次に聞こえたのは何かが軋む音。

 

 べこり。

 

 それは無理矢理何かが掴まれて圧壊しているような音、金属がへこむような重圧な音だ。それが。

 

 べこり、べこりべこり。

 

「ぁ」

 

 気付いた。

 何からその音が発せられているか、リュウは気付いた。

 

 べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。べこり。

 

「……ッ!くぅッ!……Hi-ガンダムッ!……ごめん、ごめんッ!」

 

 指がおかしくなるほどに操縦棍を握り、事態を把握した。

 恐らくはゾンネゲルデがHi-ガンダムを蹂躙し陵辱している音だろう。音が聞こえる度、握る手の力が増し自分への苛立ちとHi-ガンダムへの申し訳無さが込み上げてきた。

 やがて音が止み、スピーカーから聞こえた音が切り替わる。

 

「貴方の力不足がこの結果を招いたの。恨むなら自分を恨みなさい、偽善者」

 

 囁かれた声と共にモニターが回復する。

 画面には数え切れないほどおびただしい数の警告とアラート、機体は地面に倒れているのかプラクティスのモノクロがやけに眩しく映った。

 

 一旦警告を全て消し、モニターへ注視。次に目に入ったのは腕、Hi-ガンダムの腕だ。それも両腕でその奥には無惨に変形した両足、手前にはひしゃげたバインダーが打ち捨てられていた。

 

「くそっ……!くそ、くそぉ……!」

 

「はい皆さん、見ての通りバウトシステムでは実際にガンプラを使用しないため、このような状態になっても悲観することは何もありません!実機を用いたガンプラバトルよりもアクティブに機体を動かしてみましょうね!」

 

「くそおおおおぉぉぉぉおおおおおおおおおおおッッ!!」

 

 敗北した。

 無様に各部を晒したHi-ガンダムを目に焼き付けながらも、叫ぶことしか出来ないリュウは慟哭した。

 

 体育館の生徒達はトウドウの言葉に期待する者と、授業の協力者であるはずのリュウが叫ぶ行動に首を傾げる者に別れ、2階から見詰める彼もまたリュウが叫ぶ様に首を傾げながらもリュウの健闘を讃えていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章12話『どこか遠くへ』

 胸が熱い。指先が熱い。頭が熱い。

 脈打つ鼓動が脳を打ち叩き、止まない耳鳴りに眩暈を覚える。

 泣いていたかもしれない、叫んだかもしれない、喚いたかもしれない。ただそんなことすら遠い記憶のように感じ、リュウは気が付いたら廊下を足早に歩いていた。

 

 負けた。

 

 ニヴルヘイムとの戦いを経て腕を磨き、何回も負けて、それでも次こそはニヴルヘイムへ一矢報いると誓い機体も久しく改造した。

 その結果がこれか。握る拳は固く、皮膚に食い込んだ爪に痛みを覚える事も自虐的な感傷の今だけは心地良い。

 

 先の戦いを振り返ればトウドウの言った通りだ。春休み前と腕前は変わらず、小手先だけ狡くなっていく。行き当たりばったりのガンプラバトル、その成果の集大成がトウドウ・サキへの完敗だ。

 

 今は敗因を分析する気すらせず、一刻も早く体育館から離れようとひたすらに廊下を歩く。横を抜ける生徒らの視線がリュウを捉え、皆口々に何かを言っていた、それすらも気にせず歩く、歩く。

 自分が何処に向かっているのかも分からず長い廊下を足早にただ歩く。

 

「タチバナくんっ!」

 

 曲がり角に差し掛かるところ、生徒達の喧騒より一回り大きな声がリュウを呼び止めた。

 無視して曲がり角を曲がるか、それとも対応するか。そんな矮小な思考をしている内に声の主が息を切らしながらリュウの後ろへと小走りで辿り着く。

 

「はぁっ……! はぁっ、学園来てたんだね! 久し振り」

 

 快活な声に振り返る。

 身長はリュウよりも一段と低く、人懐っこい笑みを浮かべながら人物は立っていた。

 

「お、おう。久し振り」

 

「進級試験以来だよね! 元気だった? ていうかまた背が伸びた?」

 

「元気だぞ、あと身長は伸びてない。そっちはその……相変わらずそうだなカナタ」

 

 ふんわりとした髪を揺らし、両手を後ろに組む姿は春休み前と何ら変わっていない。リュウの心情もお構いなしに距離を近付け微笑む姿は記憶のカナタそのもので、その変化の無い態度に心臓が一際大きく飛び跳ねた。

 

「も~、来てるなら言って欲しかったな! ……さっきのバトル見てたよ、タチバナくんが使ってたガンプラ、新作?」

 

「一応、負けちまったけど」

 

「タチバナくんが新作作るなんて久し振りだよね!? カッコ良かったよ、あれはアイズガンダムの改造機だよねっ完成おめでとう!」

 

 両手を掴まれ強引にぶんぶんと握手を行うカナタ、一瞬感じた他人の体温を拒絶するよう思わず手を引こうと強ばったが、カナタの無垢な態度が射るようにリュウへ突き刺さりされるがまま両手が振られる。

 やがて動きが止まり微笑みながら首を傾げるカナタ、ここで初めて自分が話を振られている事に気付き慌てて乾燥した唇をを舐めた。

 

「そ、その、あれだ。そっちは……2年生は順調か?」

 

「もちろん順調だよ! まだクラスの皆とは友達になれてないけど、良い人ばかりだよ! いや~早く仲良くなりたいな」

 

 正直、話す話題を間違えたと心で悔いたが目の前の好青年。少年の面影を残すカナタは皮肉にも取れるリュウの発言に対して、気恥ずかしそうに後ろ頭を掻きながら正面から返し、その振る舞いを乾いた笑いで何とか返す。

 

 ───カナタはリュウを恨んでいない。

 

 確信めいた直感に罪悪感がリュウの心を圧迫する。

 今でも鮮明に覚えている自らが行った行為を思い出し吐き気が込み上げ、カナタから目を逸らし何とか飲み込んだ。胸中浮かび上がる謝罪したい気持ちとこのままシラを切ろうと画策する下卑た気持ち、考えた瞬間どれほど自分という存在が陳腐な人間なのか痛感し虚脱感にも似た感覚に溜め息が出てしまう。

 

「ご、ごめん。もしかしたら変な事言っちゃったかな」

 

 端から見ればリュウがカナタに愛想を尽かしているようにも見て取れるやりとりさえも自身の責任だと思ってリュウを上目遣いに見てくる。

 そんなカナタが真っ直ぐで、純粋で、健気で。懺悔を吐くように己のしたことを口にしようと息を小さく吸い込んだ。その時だった。

 

「そうだ! タチバナくんに言っておかなくちゃならないことがあったんだ、俺ね。今夜から研修の為に海外へ行かなくちゃ行けないんだ!」

 

「───な、えっ?」

 

「厳密にはもう直ぐにでも行かなくちゃなんだけどね、最後にタチバナくんのカッコいい機体見れて良かったよ! バトルは残念だったけどさ、本当にカッコ良かった。早くプロになっておいしいご飯奢ってね」

 

「いやちょっと待てよ! お前、い、今からもう行くのか?いつまで?」

 

「ん~と、あ! 秋の選抜試験直前だ、結構会えなくなっちゃうね……」

 

 肩を落として落ち込むカナタに、思考を煽られ身体がじんわりと汗ばむ。

 急だ、あまりにも急だ。

 だとしたらこの場で謝罪を逃したら面と向かって謝る機会が秋まで遠退いてしまう。ならば言わなければと憔悴する考えを心の自分が後ろ髪を引くように留まらせ、下衆めいた言葉が胸に浮かび上がった。

 

『謝らなくても良い』

 

『謝って関係に亀裂が入るなら、謝らずに関係を維持した方が互いの為だろ』

 

 久しく聞いた、もう1人の自分の言葉。

 気付けばリュウを見詰めるカナタの瞳、そこに映る自分(リュウ)の姿は黒く靄がかかっており、歪に笑う口の形が特徴的だ。思えば最後にコイツが出てきたのはナナを救ったあの出来事が最後かと、どこか冷静な自分が分析しながらも激しく脈打つ胸の鼓動が対比するように熱く五月蝿い。

 

「アウターにログインあまり出来なかったなぁ、タチバナくん俺の分までログインしてね! それで感想聞かせてっ!」

 

 謝れ。

 

「あ、あとタチバナくん明るいのは良いけどたまにはガス抜きした方がいいよ、絶対心にも良くないからね」

 

 謝ってくれ、口よ開け。開いてくれ。

 

「ごめん、次に会えるのが遠いって思うと色んなこと言っちゃうや……、うんっ俺行くね! 元気でねタチバナくん!!」

 

「───か、カナタ。あのさ」

 

 しんと静まるようにカナタが口をつぐむ。言わなければと声を発しようと空気が肺から喉へと供給されるが、カナタの笑顔と指を組み換える仕草に、発せられる声は音を伴わないまま息として口から出る。そして。

 

「あ、あっちでも……元気でな。何かあったら、連絡しろよな」

 

「……! うんっ、ありがと! 俺じゃあ行くねっ」

 

 弾けたカナタの笑みに目を見開いて歯を噛み締める。

 言えなかった。言えなかった。言えなかったの後悔と共にスローモーションで去っていくカナタ、手をカナタへと掛けようと手を伸ばすが肝心の言葉が胸から出てこない。

 気が付けばカナタの姿は遥か遠く、手を伸ばしたまま固まったリュウに意識が戻ってきたのはしばらくした後だった。

 

 伸ばした掌をわななきながら動かし拳を作る。謝罪を言葉に出来なかったな自分を再び自虐するように爪を食い込ませ、思いきり拳で足を叩いた。じんわりと熱くなる太股、その痛みの最中に顔をゆっくりと上げ、天井を仰ぐ。

 

「言えなかった……! 俺は、……俺はッ!」

 

 つむった目の端から涙が滲み、道行く生徒達の視線に晒されながらその場を後にしたのは数分立ち尽くした後だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章13話『無遠慮な瞳』

 結局はリュウの勘違いと思い込みだったという事だろう。

 ナナの手を取ったあの夜以降、確かに内なる自分の弱い心情を聞くことは消え失せた。それ以来視界に入った問題事には頭を突っ込んで、頼み事やトラブルにも積極的に関わって解決もし、リュウは自身が成長したと思っていた。

 

 そんな自分を紛らわす行為を掻き消すように、過去の清算が、リュウが犯した最も大きい過ちが薄氷の善行が剥がすようにリュウの変わらない内面を露出させる。

 

 矮小な偽善者だと、カナタに謝れなかった自分を思い返し、薄ら笑いと一緒に壁へともたれ掛かる。

 ひんやりとした壁の温度がゆっくりと胸へ届き、その冷たさに親近感を覚えながら視界の端、ガンプラバトルの筐体が目に入った。

 無数の傷を帯びたバトルフィールド。その表面は外から来る曇天の空模様も反射するほど磨かれており、掃除をしてくれた親友の顔が頭に思い浮かぶ。

 エイジとは付き合って長いが、進級試験でリュウが行った行為を知らないし教えていない。アレを知っているのは行ったリュウと偶然モニタリングしていたトウドウだけでありエイジへは進級前も進級後も変わらない態度で接していた。

 内面の自分に葛藤しながら生活していたリュウを、普段から気にかけてくれたエイジやコトハ。親身に寄り添ってくれた彼らにも明かさず過ごしたのは拒まれる事への恐怖ただそれだけで、一緒にいると申し訳なさが胸を渦巻く感覚にいつも悩んでいた事を思い出す。日数が経つ内に罪悪感が薄れていくことを願いながら。

 

 吐き疲れた溜め息も何度目か、長い息を吐きながらズルズルと壁へもたれこみ床へ座る。

 押し寄せる虚脱感と虚無感にいっそ身を投げ出したい欲求に駆られ、そのまま床へと倒れこんだ。耳を付けた床からは耳鳴りしか聞こえず、一定の音階しか聞こえない状況がまた心地よい。

 

 そんな自己満足の罪悪感に耽ってどのくらい経ったか、耳が誰かの足音を拾った。

 

 足音は廊下から真っ直ぐバトルルームへ向かっており、足音の間隔は一定。授業中のこんな時間に誰がと思考を巡らせるが疲れきった脳は思考を驚くほど停滞させており、答えを考えている最中に足音がすぐそこまで迫った。

 

「リュウさん。博士が呼んでいます」

 

 扉を開き、部屋を見渡した少女。床に倒れこんだリュウに疑問を抱いた様子もないままナナが蒼い瞳でリュウを見据える。

 

「……わりぃナナ、今俺、無理だ」

 

「緊急の用事と言っていました」

 

 間髪入れられた言葉に一瞬形容しがたいドス黒い感情が芽生えた。

 自分よりも博士の、少女を救った自分より生死に関わる酷いことを強要した博士の意見を通すのかと、黒い思考が熱を帯びて迸ったが、その思考が独善的な自己満足だということを直ぐに気付き、身体を起こした。

 

「分かった、ったく。次から次へと……ぁ」

 

 不意に愚痴が溢れる。

 慌てて口を閉ざすも、ナナがリュウを見上げ大きな瞳が無遠慮にリュウを捉えていた。

 

「……行くか」

 

「はい、リュウさん」

 

 初めて、少女の目が不快だと思った。

 自分でも何故こんなに胸がざわつくのか疑問に思いながらもバトルルームを後にする。少女を横に置き歩く最中、手を繋がれないよう両手をポケットに入れながら、研究棟に到着するまでリュウと少女は一言も言葉を交わさなかった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 3号棟の端に位置する研究棟ははっきり言って一般の生徒とは無縁の施設だ。

 そもそも学園を卒業した生徒がガンプラバトルではなくプラフスキー粒子を研究するために国の研究機関と合併した施設であり、その実態は萌煌学園の名を借りている粒子研究所の意味合いが強い。その為出入りする人間は研究者が多く、見慣れない顔を横目に白い巨大な円柱、研究棟の入口を発見した。

 

「そういえばナナは学生証……、デバイスはあるのか?」

 

「萌煌学園学生証は持っていませんが、私のアウターギアに同じ機能が備わっていると博士は言っていました」

 

 とは入口での会話であり、難なく扉を通過し下へと続く階段を降りる。

 そして見えたのは地下のショッピングモール街を彷彿とさせる白く幅が広い通路、その壁には扉が一定の間隔で備えられており、少し進んだ場所に位置する色が異なる扉の前へと案内された。

 

「この部屋で博士が待っています」

 

「分かった。色々聞きたいことがあるんだよな、あの女博士」

 

 記憶に新しいアウターでの実験。

 その際に実験の指示をしていたあの女博士を思い出し、善良ではないが悪意も感じない彼女特有の雰囲気が鮮明に思い出された。その女博士へ問い質したい質問を胸にデバイスを扉横のセキュリティパネルへ翳す。

 しかしエラー音と共に赤い点滅が光り、タッチの不良かと再びデバイスを翳すが変わらずセキュリティパネルが赤く光った。

 

「んあ? これ、権限が足りない部屋ってことか」

 

 萌煌学園内部の重要施設には学年や教員の立場によって出入りできる場所と出来ない場所が存在し、最高学年であるリュウは萌煌学園3号棟までなら全て入室できるデバイスを所持している。しかし目の前のパネルに映された権限制限の文字にリュウは眉を潜めた。

 3年生でも入室出来ない区画となると、そこは一部の教員か研究生しか入れない重要施設であり権限の無い人物が侵入した場合、侵入した生徒へ大きなペナルティが与えられてしまう。もっとも、リュウは侵入以前にデバイスの権限がこの部屋より下位であるため入室すら出来ないのだが。

 

「私が、開けます」

 

 どうしたものかと腕を組むリュウを通り抜け、ナナがアウターギアをパネルへと翳す。すると短い電子音と共にドアのロックが外れ、緑色の点灯がパネルへと灯った。

 

「え、ナナ。そのアウターギアの権限、俺のより高いのかそれ」

 

 リュウの問い掛けを無視し、少女が部屋へと入室する。どこか冷たい少女に続いてリュウも恐る恐る部屋に足を踏み入れ、後に与えられるかも知れないペナルティに億劫しながら、初めて入室する高権限の部屋を見渡すように観察した。

 

 いかにも研究所の一室といった具合の白を基調とした室内。床には書類が散乱し、そのどれもが理解できる内容が書かれていない、辛うじて数式のようなものが書いてあることがぼんやりと分かるがそれ以外は見たことのない文字の羅列だ。

 視線を上に上げると目に入ったのは部屋の奥に位置する巨大な机。膨大な量の書類が山になり、その中央で書類に目を通している人物が資料を覗く目線そのままにリュウへと声を投げ掛ける。

 

「来たわね、タチバナ」

 

 記憶に違わない理知的な声を発しながら、白衣の女博士が紙から視線を外しリュウを見据えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章14話『深紅の双眸』

「まぁ適当に掛けなさい、お茶は出ないけど」

 

 視線で促され、部屋の端に追いやられた椅子へと座る。リュウの動作に習うようにナナも椅子を転がしリュウの隣へと掛け、宙ぶらりの足がどこか部屋の雰囲気を柔らかくしている気がした。

 しかし、内心では勘弁してほしかったというのが本音だ。朝から整理が付いていない出来事の衝撃が強く、1人で思考する時間が欲しかった矢先に呼び出されたストレスは中々に大きい。

 

「隠してるつもりなのか知らないけど、気持ちを態度に出すのは子供のすることよ」

 

「急に呼び出しておいてそんな言い方するんですね、こっちの事情も知らずに」

 

 トウドウ・サキへの敗北、カナタに謝ることが出来なかったことへの罪悪感。

 思い出すだけでも目眩を覚え、思考する余力すら残っていないと自覚する状態、そんな状況に加え女博士からの呼び出しで悪態が自然と口から漏れる。とっとと終わらせて寮で考える時間を作ろうと───。

 

「アンタ、自分の立場を理解してるの?」

 

「───は? ……どういう意味ですか、事前に連絡しなかったのに随分と上から目線ですね」

 

「タチバナ」

 

 有無を言わせない声。

 思わず口をつぐみ、女博士に怯む形で気勢が削がれる。

 

「今後、学園で指示された事やアンタが行っているプロを目指す為の活動。その全てを差し置いてでも私の召集に答えて頂戴。学園での出来事でいちいち落ち込んだりしているような学生様は実験に必要ないわ」

 

「が、学生様? そっちこそ何様のつもりだよ」

 

「萌煌学園副理事長兼、国家研究部主任よ。もう一度言うわね。アンタ、自分の立場を理解してるの?」

 

「────ッ」

 

「そう。黙ってこっちの言うことを聞いて実験をこなして頂戴。それともナナを置いて逃げ出す? それでも私は良いのだけれど」

 

「っ、話を続けてください」

 

 凍てつく視線でリュウを睨む。

 萌煌学園副理事長といえば実質日本におけるガンプラバトルの教育機関で頂点から2番目に位置する地位だ。学園での催し物では普段は理事長が出席し、副理事長の存在は長らく生徒の間で噂になるほど姿が不明の人物だったが、目の前の女性はその肩書きに加え日本のあらゆる研究機関のトップに位置する人間らしい。

 

 そんな人物に命令を聞けと言われたなら日本でのプロを目指すガンプラファイターであるリュウは従う他無く、口を尖らせながらも前のめりになっていた姿勢を正し、女博士の話を聞くため1度深呼吸をした。

 

「直情で動く人間は扱いやすくて良いわね。私も時間が無いから本題から入るわ、呼び出したのはナナの実験についてよ」

 

「実験……」

 

「明日夜に行うわ、それまでにここへ来て頂戴」

 

 遂に来たかと、膝上に置かれた拳に力が増す。

 以前の実験からどのくらい経ったか。今でもあの夜のことは夢のような出来事だったと思うし、ナナという少女に感じる疑問は多い。

 良い機会だと、つぐんだ口を開き一度ナナを見てから女博士へと投げ掛けた。

 

「実験て、……そもそもナナはどういった女の子なんですか、もう戦う相手は決まってるんですか?」

 

「悪いのだけれど今聞いた全ての質問に今は答えられないわ……そうね。次の実験が終わったら私が知っている情報を全て開示する、これじゃダメかしら」

 

「いやそれはちょっと待ってください! 今回の実験も成功するか分からないのにいきなり次の任務って言われても……、ナナの生死が懸かってるんですよ!」

 

 投げ掛けた質問を先延ばしにされ思わず叫んだ。

 流石に悠長すぎると怒りを含んだ声音を飛ばすが、そんなものどこ吹く風と背もたれへと体重を掛けたまま女博士が溜め息混じりにナナを視界へと収め、

 

「今回の実験は必ず成功するの。ナナを甘く見ないで頂戴、それはアンタが思っている以上に出来るわ。……いいえ、出来ている筈よ」

 

「筈って……」

 

「何のためにアンタ達を同棲させていると思ってるのよ、言ったでしょ。同調率を高めるためって、遊びでやってるんじゃあないの」

 

「───ッ」

 

 手元の書類へと目をやり、作業を始める。

 そんな女博士に対してこちらは殆ど前知識が無い状態で出撃を命令されるのが気に食わず、取ってかかろうと反論を用意しようとするが、この女性の事だ。暖簾に腕押しと言わんばかりに問答が繰り返される事と悟り、脱力しながらリュウも背もたれへと身体を預ける。

 

「敵は1機。対象はMSで戦場は練習場(プラクティス)よ、これくらいなら提示できるわ」

 

「えっ?それって──」

 

「今回の実験相手、こんな情報無くても今のナナとタチバナなら失敗は有り得ないから言わなかったのだけれど。……話は終わり、アンタはもう帰って良いわよ。ナナはこの後に調整が入ってるから……そうね、夜には寮へ届けるわ」

 

「あ、ありがとうございます、あの」

 

「そういえばまだ名前を言ってなかったわね。リホ・サツキよ、好きなように呼んで構わないわ」

 

「ありがとうございました、リホ先生」

 

 別れの挨拶も短く、視線でドアへと促され立ち上がる。やはり善人ではないが悪人でもないといった評価を女博士に付けつつ、一応の礼を入れて部屋の出口を目指した。書類を踏まないように紙と紙との僅かな隙間に足を置いてドアを目指す中、横からこちらを見る視線に気付く。

 

 ───物言わぬ、思考が読めない蒼白の瞳。

 

 出会った頃の印象そのままの少女に妙な違和感を覚えつつも部屋を後にした。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 久しく入る研究棟。

 施設全体が低く唸っているような稼動音に小さく震え、仄かに香る薬品の匂いはプラフスキー粒子対応の新型塗料の実験によるものか。通路ですれ違う研究生から愛らしい挨拶を受け、彼ら彼女らが望む理想のトウドウ・サキを演じ笑顔で返す。

 

「この部屋ね」

 

 学年主任専用のデバイスを翳し、ドアのロックが解除。

 相変わらずの散らかり具合に今更驚きもせずに、机で作業をしている呼び出しをした人物の前に立つ。

 

「久し振りねリホ。最後に会ったのは去年の学会かしら、元気にしてた?」

 

「毎日政府の馬鹿共相手に研究の説明をするくらいには元気よ。……呼び出したのはサキ、貴女宛に国から依頼があったの。『ミッション・シングラー』、おめでとうサキ、1人の友人として嬉しいわ」

 

「『ミッション・シングラー』……」

 

 確かめるように呟いた単語にトウドウは聞き覚えがありすぎた。

『ミッション・シングラー』。国家間で行われているプラフスキー粒子を用いた大規模実験であり、その詳細全てがレベル9相当の極秘とされている研究。合衆国をはじめとした各国の技術者が集結し何かをしていることしか萌煌学園最上部であるトウドウも知らず、世間一般の人間の耳には単語さえ入らない実験、それが『ミッション・シングラー』。

 

 半ば都市伝説の領域に踏み込んでいる実験に選ばれたことに不思議と驚きはそこまでなかった。その理由は考えるまでもない、目の前のリホもまた『ミッション・シングラー』に選ばれた人間の1人だったからだ。

 

「通達役はリホって事ね、私は何をすれば良いの?」

 

「明日の夜にこちらが指定した時間にアウターのフィールドに向かって欲しい、それともう1つ補足することが───」

 

『───それはボクから彼女に教えるよ』

 

 声は唐突に後ろから投げられた。

 振り返ると、部屋の隅に生じた影から1人の少年がぬっと出てくる。顔立ちは幼く、体つきも相当に小さい。見てくれは初等部といった印象の少年だが、漆黒の髪と真紅に妖しく光る双眸がトウドウに本能的な警鐘を鳴らした。

 

「……誰かしら」

 

「酷いなぁ! 萌煌学園初等部のいち生徒だよ、トウドウ先生」

 

「これでも生徒から『最優』と評されるくらいには教員をやってるの。学園生徒全員の顔と名前、戦術パターンを全て把握しているけれど、貴方のような特徴的な生徒、私の記憶には無いわね」

 

「───あはぁ! 噂通りの人間だね。ボクますます好きになったよ。けどさ、今の空気読めなくない? 普通はあそこでボクに同意してお互い知っている体で話を進めるのが妥当じゃん。トウドウ先生そんなんじゃ人生楽しくないよ?」

 

「御託は良いわ。『ミッション・シングラー』も見下げたわね、こんな子供も計画に入れてるなんて」

 

「やだなぁ~怖い顔しないでよ! 笑わないとトウドウ先生、何事も楽しく楽しくっ」

 

 黒髪を揺らして無邪気に笑う少年。

 彼の言葉を意識的に無視し、目を細め会話を促す。そんな敵意にも似たトウドウの視線を正面から笑顔で楽しげに受け止め、少年が足を進めた。

 

「今回の任務にあたってトウドウ先生にしてもらいたい事があるんだ」

 

 気付けば距離が縮まり、少年とトウドウを挟む空間は拳1つ。

 中性的な顔立ちの少年が微笑むが、心臓の鼓動は危機に対して即応しようと脈打つ速度をあげる。

 

「……私は何をすれば良いのかしら」

 

「簡単な事だよ、ほら。───ボクの眼を見て」

 

 その瞬間。酷い貧血に襲われるような感覚に脳の温度が波を引いて下がり、脱力する身体を支えようと脚で踏ん張るが体幹に力が入らず膝からその場に崩れ落ちた。立ち上がろうにも足が笑っており、正常に働いている思考とは別に身体だけがトウドウの意思に反して立ち上がる事を拒んでいる。

 四苦八苦するトウドウ、困惑する顔に少年の顔が近付きゆっくりと頬へ手が添えられた。暖かな掌を肉体は拒絶せず、あれだけ激しかった鼓動も今では驚くほど穏やかに治まっている。

 

 ───この少年は何かおかしい。

 

 そんな思考も意識の向こう。急いで離れなければいけない危機感よりも目の前の少年に対する愛情が勝り、込み上げた欲求のまま小さな掌に頬を擦った。いとおしい感情が擦る度に芽生え、いつの間にか警戒感と安心感の比重が完全に逆転した事を僅かな理性が悟る。

 

「トウドウ先生、君は心の赴くまま事を為せばいい。大丈夫、全ては夢だから」

 

「───ぁあ」

 

 声が脳髄に届き、意識を蕩かせる。理性が消え失せ胸に唯一残ったのは"彼女"の事だけ。混濁する視界のなか、目の前に映った少年の顔だけがやけに印象的で、世界が閉じると悟った間際。恐怖や危機感といった負の感情は微塵も無かった。

 頬を触れる手は暖かくトウドウを見送り、視線を小さな手から少年へ移す。

 

 ───その表情は、とても楽しそうに笑っていて。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章15話『桜はすっかり散ったけど』

「雨かよ……」

 

 研究棟を出てからどこに行くというわけでもないが校内をぶらつき、いよいよ自分の精神状態の限界を自覚し学園を出ようとしたした矢先、鼻へと落ちた雨粒を強引に手で拭う。

 アリアドネを経由すれば寮まで一直線なのだが雨の日の森林地帯は地面がぬかるみ最悪だ。仕方無しに歩みを進め、小雨が強まらないことを祈りながら校門を目指す。

 3号棟が校門に一番近いことを感謝しつつ歩くなか傘を差す生徒の一団がリュウを追い越した。聞こえたのは自作のガンプラの調子が良い事や、プロのガンプラファイターの話題。誰でもしそうな良くある話題だ。

 

 そんな世間話耳に入り、ふと自分が世界から隔絶された感覚を覚え、その一団が校門を過ぎるのをぼんやりと見送る。

 

 謎の少女に危険な実験。自分のガンプラバトルを否定された昼の1戦に、萌煌学園副理事長兼国家研究部主任との邂逅。そしてリュウの偽善が起こした最たる過ちであるカナタの事。

 こんな出来事に挟まれた自分は悲劇の主人公かと呪いたくなりながら、強まった雨足を遮るためパーカーを頭まで被った。

 

「何が、何が悲劇の主人公だよ……全部テメェの責任じゃねぇか、くそっ……!」

 

 勿論全てリュウの責任ということは頭では理解している。だが胸に覚えたこの黒い感情を今この瞬間だけは誰かのせいにしなければ自分がどうにかなってしまいそうだった。

 次第に強まっていく雨足、気付けば靴下まで濡れて足を踏み出す度に不愉快な感覚を足裏に覚える。天気までもリュウを嘲けているような気がして、思わず叫びたくなった。理不尽を、自分が犯した罪を。

 

「や、やぁリュウくん! その~、たまたまだねっ!」

 

 一瞬、声を掛けられた事に気付かず校門を通りすぎようとパーカーを深く被り直したが、小走りにリュウへ近付いてくる足音を聞いてようやく自分が呼ばれている事に気付き振り返った。

 

「……なんでお前がここに居るんだよ、コトハ」

 

「何さ~その言い方! 私が校門に居たのは偶然だもん、ちょうど帰るところだったの! なんか文句あるっ?」

 

 大小のハロがデザインされた傘を差し、幼馴染みが立っていた。

 柄を握る手が震え、冷えた春の外気に晒されて赤くなっているのをあえて触れずにコトハから視線を外し、足を進めた。

 

「ちょちょちょちょっと! リュウくん、待ってよ!」

 

「どうせあれだろ、俺がトウドウ先生に負けたのをからかいに来たんだろ。悪いけど今付き合ってられねぇわ」

 

 言葉に止まるコトハ。リュウ自身突き放した物言いに罪悪感が芽生えるが、今の精神状態でコトハと関わると余計に酷いことを口走ってしまいそうで、それが恐くて苦しくて。そんな自分を気に掛けてくれたことに感謝しながら歩く速度を早めた。

 

「どーうどうどう。ステイ、リュウくん。一緒に帰ろっ」

 

「……」

 

 リュウの速度に小走りで合わせるコトハ。

 嬉しさと申し訳なさが込み上げ、押し寄せる感情をリュウは処理する術を知らない。結局構わず無視を続け、しばらくすると付きまとう足音が止んだ。ようやく離れたかと桜も散った坂道を下ろうと───。

 

「とおぉぉっ!」

 

「ドラッツェ!?」

 

 突如激しい痛みが背中に走り、身体を仰け反った。涙目で振り向けば傘を閉じてこちらへと向けるコトハ、雨に濡れるその表情は優しくて。

 

「ちょっと付き合ってよ、リュウくん! 行きたい学園都市のお店あるんだっ!」

 

 幼少の時から変わらない間の抜けた笑顔でずけずけと近付いて傘を開く。リュウへ落ちる雨粒が傘によって遮られるも、左肩だけは未だ雨に叩かれていた。対するコトハは右肩を雨で濡らしながらも傘によって頭が濡れることを防いでいる。俗に言う相合い傘に思わず周囲を見渡し、コトハが行った軽率な行動に声が出た。

 

「おまっ、仮にもプロだろ。変な噂立ったらどうすんだよ、自覚しろ馬鹿」

 

「仮にもって何さ失礼な! ほら、もすこし寄ってよ、この傘小さいんだから」

 

「が、ガキじゃねぇんだから良いんだよ!」

 

「リュウくんそうやっていっつも風邪引くじゃん! そっちこそ自覚しろばかっ!」

 

 強引に肩で押し退けられ、丁度2人の肩が同じくらい傘の外へと出る。

 つぶさに周囲を見渡すリュウを不思議そうに眺めるコトハ、幸い彼らを見ている人間は居らずその光景を覗いてるのはすっかり散った桜だけ。長い溜め息の後リュウが歩き出した。

 息がかかるほどの距離感。極力隣を見ないよう、強まる雨を退ける傘の音に意識を向けるリュウだが途端に今の自分の姿が恥ずかしく思え、胸が熱を帯び喉が小さく震えた。

 

「……、まー何だ。ありがとな」

 

「ふーんっ。今日その代わり奢りね」

 

 他愛ないやりとりは続いた。

 学園都市へ続く長い下り坂を歩みながら、長さなど気にせず世間話に華を咲かせながら。

 幼馴染み2人の声が絶えることなく桜の樹を揺らし、降りしきる雨にも気を留めることなく笑いながら、他愛ないやりとりはいつまでも続いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章16話『泣きそうな顔』

 開けた空間の中心に円状の受付があり、モニターに表示されている様々な料理にコトハとリュウ、2人揃って目を丸くしながらとりあえず当たり障りのないハンバーガーを注文し丁度空いていた机へと掛ける。

 学園都市と外部を繋ぐ『第1学区』は人の出入りが激しい流通地区で、外人や学園都市外部の人間も多い。暮らしている人達も海外の人間が全学区でもっとも多く、食品を扱う店の品もメディアでしか見たことのないグローバルな物が置かれている。

 

 萌煌学園からほど近いこのレストランもその1つで、海外のあらゆる料理を手頃な価格で食べれるのが特徴……らしい。

 

「シンガポールがこういうお店多かったからなんか嬉しいなぁ! あ、次チキンライス食べよー!」

 

 店内を見渡している間にハンバーガーがコトハの手からミラージュコロイドしているのもあえて突っ込まず、店内の客達が視線を集中させている先、巨大なモニターを頬杖をつきながら眺める。そこに映し出されていたのは世界で起きているガンプラバトルに関するニュースだ、無意識にヴィルフリートが出ていないか半ば凝視しているといつの間にかチキンライスを持ってきたコトハがリュウの視線を追い、いじらしい目で再びリュウをなじる。

 

「プロにならなきゃあそこにリュウくんは映らないよぉ~?」

 

「るっせ! 絶対プロになるからな、今に見てろよ」

 

 そうやって意気込むリュウを眺めるコトハの表情は、リュウを通してどこか遠くを見ているようで、保護者目線にも似た顔に鼻を鳴らす。見られているとむず痒くなるような視線を浴び、再びモニターへと目線を逃がした。

 

「リュウくんは、どうしてプロになりたいの?」

 

「───は?」

 

「リュウくんのプロになりたい理由聞きたいなぁ」

 

「んなもん決まってるだろ、ガンプラバトルが好きだからだよ」

 

「そういうんじゃなくてっ、じゃあどうしてガンプラバトルが好きになったの?」

 

 矢継ぎ早に繰り出される質問に顎を引く。

 逃れられそうにない視線に記憶を遡り、ガンプラバトルを好きになった起源を探した。しかし以外に出てこないもので2度3度唸り声をあげるも心当たりが見当たらない。

 

「俺が……、ガンプラバトルを好きになった理由? ───あれ」

 

 幾ら思い出そうとしても霧がかった記憶を手探る感覚に、知らず知らずにじんわりと背中が汗ばむ。記憶を思い出せない。

 そういえばと、以前にも記憶を遡った際も結局思い出せなかった事があった。代わりに頭痛が頭の奥から覗いてくるように生じズキズキと痛む頭に眉をしかめ、肘を机に預ける。

 

「覚えてないの? えぇ~じゃあエイジくんと私とリュウくんの3人でした約束も覚えてない?」

 

「なんだそれ、約束?」

 

「……うわ~、エイジくんが今の聞いてたら涙ちょちょぎれてたね」

 

「ちょちょぎれてたねって、きょうび聞かねぇなぁ。で、その約束ってなんだよ」

 

「それを私に聞くのはずるいとおもうよっ! ───ヒーロー」

 

「え、なに? ヒイロ?」

 

「ヒーロー! これでピンと来ないなんてだめだめだよリュウくん! 自爆しちゃえ!」

 

 悪ふざけをしている様子にも見えないコトハの言葉に、それでも記憶が引っ掛かる事が無い。今日起こった出来事のストレスによる弊害かと割り切り、ハンバーガーを口にする。

 ……ヒーロー。幼少の自分が本当にそんな事を言っていたのならば笑い話にも程があり皮肉も良いところだ。脳裏に浮かんだのは春前の試験、そこで犯したカナタへ行った行為は英雄などとは真逆の非道であり、結局謝れなかったリュウは自身を思い返すだけで底無しの罪悪感と自虐心に襲われる。

 

「じゃあ逆に聞くけど、コトハはどうしてプロになったんだ?」

 

 話題を変えるため同じ質問をぶつける。

 ハンバーガーの最後の一切れを頬張りながら返しの言葉を待つが声が聞こえず、コトハの方へ視線を移すと不気味なくらい満面な笑みでリュウを見詰めていた。

 

「ど、どうした? 何か料理に変なもんでも入ってたか?」

 

「違うよっ! 思い出に耽ってただけだよ! ……私がプロになった理由はね~どうしようかなぁ、教えようかなぁ」

 

「うわ、久し振りに見たわお前のそのムカつく顔。結構その……クるな」

 

「そんな酷い顔してたかなぁ!? 私ッ!」

 

 涙目で訴えるコトハを尻目に頭では記憶の事が気掛かりになっていた。思い出せないのはプロを目指す理由だけではなく、幼少の時のガンプラに関連する記憶が全て思い出せない。リュウ、コトハ、エイジの3人で出掛けたりつるんでいたことは覚えているが、そこに挟まれたガンプラが関わった記憶が虫に食われたように抜け落ちており、あわよくばコトハのプロになる目的や理由から紐づけて思い出せればと姿勢を正しコトハを見た。

 

「何か真面目モードのリュウくん……、そんなに気になるの?」

 

「すげぇ気になる。聞かせてくれないか」

 

 幼少の頃のガンプラに関する記憶が殆ど無いなんて言った日には光の早さでエイジにも伝わり、鬼のように茶化されたりいらない心配を掛けてしまうことが容易に想像できた。

 何とかコトハの言葉で思い出す切っ掛けになればいいのだが───。

 

「やっぱ教えない~! リュウくんが先に言ってくれたら私も言う!」

 

「──はぁあああ!? いやだから覚えてねぇんだって!」

 

「だったら私も言わないもん! 思い出せないリュウくんが悪い! ふーんっ」

 

 何故かドヤ顔のコトハが大きな胸を張りながら要求を跳ね、次の料理を食べるためかトレイを持って受付へと消えた。怒濤の勢いで去っていったコトハの後ろ姿を見てこれ以上の追求は無駄と悟り、音を立ててストローからジュースを飲む。その間にも頭痛の泥に手を突っ込む感覚で記憶を探るが、増していく痛みに脂汗が額に浮かんだ。成果は無い、いよいよストレスが原因の記憶喪失かと、笑えない冗談にも聞こえる事態にようやく脳の理解が追い付く。

 

 ───不意に、モニター前から沸き上がる熱狂が店内を震わし思わず肩を竦めた。

 

 隣席の客達も大声に驚いたようで皆が声の発生源へと目をやる。見れば大学生程の若い集団がモニター前を陣取って映し出された映像へ野次や雑言を飛ばしており、丁度モニターに表示された日本人のプロが負けたシーンに集団がエキサイトした様子だ。テーブルを伺えば埋め尽くされるようにアルコールの瓶や缶が転がっており、それを見た店内の客が察した様子で距離を離したり関わらないように目を逸らす。

 

 前にヴィルフリートが言っていた日本人のマナーについての話を思い出し、胸に一抹の悲しさがよぎった。

 

 集団の会話を聞くに、モニターでの戦闘で賭け事をしているらしく皆がアウターギアを掛けGPのやり取りを行っている。正直見ていて気持ちの良い物でもないため、気分を変えようと料理を注文しに立ち上がった。

 

「リュウくんっほら見て見て! 色んなデザートもあったよー!」

 

 瞬間、血の気が引いた。

 中央受付から意気揚々とこちらへ向かってくるコトハ、丁度彼女の進行先にぶつかりそうな形で酔った男性、先の集団を仕切っていた男がスマホを弄りながら歩いている。危ない、と声を掛けるが集団の声が再び響きリュウの声が掻き消された。

 

「きゃあっ! ……あ、すすす、すみません! ごめんなさいっ!」

 

「ってぇな、あ?」

 

 リュウの声も聞こえず体格で劣るコトハが飛ばされ床に倒れる。トレイに盛られたデザートが男性の服に付着し、それに気付いた男性が威圧するために低い声をコトハへと投げた。男性がコトハへと距離を詰め、反射的にすかさずコトハと男性の間に割って入る。突然横から表れたリュウに1度驚くが身長は男性の方が大きく、次の瞬間には息がかかりそうな程の距離で見下され睨まれた。

 

「んだガキ、誰に向かって睨んでんだ。踏み潰されてぇのか? おれぁそこの女に用があるんだよ」

 

「一部始終なら見ていました、前を見ていなかったアンタにも非があるでしょう」

 

「あ? 口答えしてんじゃねぇよ、おめぇ何だ。そこに倒れてる女のオトコか? そこの…………うぉおおっ!?」

 

 見れば褐色の肌に金色のピアスを付けた男が突然驚愕の声をあげたかと思うとコトハを指差して叫び、その声に気付いた集団が次々とリュウ達の周りを囲んで、逃げ場が封鎖される。中にはぶつかった男性に加勢しようと血気づいた瞳で複数人の男性がリュウの両脇を挟み、睨まれた。

 

「君アレだよね、コトハ・スズネちゃんだよね!?」

 

「え?あ、その。はいっ、はじめまして、コトハ・スズネです」

 

 ぶつかった男性の表情が一瞬下衆めいた笑みを見せ、すぐに笑顔を張り替える。男がコトハに近付かないよう1歩男に歩むが、リュウなど微塵に気にかけていない様子で会話が続けられた。

 

「国際試合の中継見てたよ~、あれじゃね? コトハちゃん以外の日本代表すっげぇ雑魚だったよね! いやマジコトハちゃんの足引っ張ってたよねアイツら、ぎゃははははッ!!」

 

「そんなことないですっ! 皆、頑張ってくれてたし……」

 

「ガンプラバトルは結果でしょ~? 結果を残せなかったアイツらは雑魚。2度と日本代表に参加すんなって感じ、マジで!」

 

 言葉尻が段々と小さくなるコトハに男が倫理を疑う言葉を大声で吐き散らす。コトハが俯いて、その様子が更に男の嗜虐心を刺激したのか言葉にするのも憚られる日本代表への愚痴が続く。周りの集団も感化され次第にコトハが参加した国際試合の日本代表選手への非難や悪口が聞こえ始め、コトハの肩が震え始めた。

 悲痛に歪んだ顔だ、幼い頃から見てきたコトハが泣く直前の顔。1度泣き出すとなかなか止まないコトハだが、その限界が近いらしい。

 

「あ、そうだ! じゃあコトハちゃん、俺と組もうぜ、あんな雑魚達と組むより絶対楽しいからさっ!」

 

 ───だがコトハが先に限界を迎えるより先に、リュウの限界はとうに破られていた。

 

 《Ryuに殲滅戦を申し込まれました》

 

 男がアウターギアから通知された文字に間抜けた声をあげる。酔った思考で文字を読み解いていき内容を理解した瞬間、メッセージを送った人間が目の前の小さな男だと気付いた。仲間と一緒にこの男を笑おうと隣を見ると、仲間の1人にもメッセージが表示されており、見渡せばこの場の全員にメッセージが送られている。

 ここで初めて自分達が喧嘩を売られていると気付いた男は、この小さな男が行った行為に腹を抱えて笑った。

 

「カッコつけちゃう!? 君カッコつけちゃうんだ! 可愛い女の子の前だもんなぁ! いやぁ~カッコいいねぇ!」

 

 男に波紋するように隣の仲間が、後ろに控えている仲間達が笑い声をあげる。この小さな男1人で何が出来るというのか、1人に対してこちらの人数は余りにも戦力差が開きすぎており、結果は火を見るよりも明らかだ。

 しかし彼の勇気を無下にするのも躊躇われ、それならば後ろの女の目の前で恥を掻かせたほうがこちらも楽しめると男の顔が加虐的に歪む。

 

「分かった分かった、後悔すんなよ?俺達弱いからさ、すこ~しばかり君を倒すのに時間が掛かるかもしれねぇわ。……あぁそうだ、俺達とこの子どっちが勝つか皆で賭けてくれよ!」

 

『賭けんのかよ~、俺じゃあそのガキに50GP賭けるわ』

 

『ぎゃははは! 少なすぎだろお前、俺は300GP出すぞ。こっちのチームに!』

 

『てか結果見えてんじゃんかこの賭けよぉ! いやいやマジ可哀想だってこれ!』

 

『ぎゃはははははっ!!』

 

 男の提案に取り巻きが沸き、面白半分といった具合で次々と賭け金を言い合う声が耳に入る。完全なアウェーに引き込み、正常な思考を乱そうとする男の作戦。過去に幾度も対戦相手を日和らせた戦術に、対する小さな男は言葉を口にせず目を閉じて聞き流しているのか、可愛いげの無い態度で対峙している。

 

 生意気なコイツをどういたぶってやろうか、ガンプラの四肢を撃ち抜いてもいいし、あえて倒さず達磨にして降参させるのも乙なところだ。無数に思い付く爽快な倒し方を妄想していると、ふと目の前の男が尋常ならざる眼力でこちらを見ていることに気付く。

 

「お……ら…………い……から」

 

「あぁ!? 聞こえねぇよッ! はっきり言えやチビ野郎!」

 

「───お前らみてぇな奴が蔓延ってるから、日本のガンプラファイターが舐められるんだよッッ!」

 

 声が弾けたと同時。両手を宙に掲げ、その動作に合わせて床からプラフスキー粒子が集団を取り囲む。一切引く様子が見えない男に一瞬困惑するが、すぐにこちらの人数差を思い出し凶悪な笑みを覗かせた。

 

「ま、待ってリュウくん! わたしも戦うよっ、こんな人数相手に無謀だよ!」

 

「絶対手ぇ出すなコトハ、コイツらにお前のガンプラと戦うだけの価値は無い。さっきも言ったろ、自覚を持て。───プロが雑魚狩りなんてしたらマナー悪いだろ?」

 

 言い終わる頃には空間にプラフスキー粒子が充填され、後はファイターの合図を待つばかり。頭を掻きながらやり取りを眺めていた男が退屈そうに身体を伸ばし、彼を初めとした集団が次々と空中に手を翳す。

 

「雑魚狩りって言ったなぁ? わりぃけど俺達地元じゃ結構有名なんだわ───行くぜ」

 

『───バウトシステム、スタンバイッ!!』

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章17話『声が聞こえて』

「囲め囲めぇッ! 数で殺せ! ちんたらやってんじゃねぇぞおめぇら!」

 

 男はデブリの暗礁地帯での攻防を少し離れた地点から下っ端に命令を下していた。苛立つ男はV2ガンダムに搭乗し、その隣には細い長槍を携えたブリッツガンダムが控えている。こちらの戦力は10、対して1機のみの相手を中々捉えられていない味方機の動きに舌打ちを飛ばし更に指示を出す。

 

「火力でデブリごと焼き払え! ガナーザクウォーリア、撃てぇ!」

 

『マジかよ、射線上にはこっちの機体も……』

 

「文句あんならさっさと倒せやぁ! ガキ相手に時間掛けすぎなんだよてめぇらよ!」

 

『ぐっ……、撃つぞ!』

 

 短いノイズ音と共に通信が切られ、ガナーザクウォーリアが敵機がいる一帯を見渡せる位置へと移動。折り畳み式に改造されたオルトロスがその身を射撃形態へと変え、瞬く間に機体の全長を越える砲身で戦域を捉えた。

 最大出力でのオルトロスはレギュレーション400帯の中で運用できる武装内で最大級の火力を誇り、直撃すればレギュレーション関係なく全ての機体へ致命傷を与えられる強力な武装、その銃口に光が宿り今まさに解放の時を迎えようと両手で狙うガナーザクウォーリアのモノアイが音を立てて唸る。

 

 射線上には味方機が複数、葛藤と共に引いたトリガーだが逆らった場合どうなるかを考えればおのずと罪悪感は薄れた。

 

 オルトロスから放たれたビームは特徴的な色彩で彩られながら暗礁地帯を切り裂き、敵機との間に挟まれた味方機が熔けるように呑まれていく。尚も勢いを止めない光線は遂に敵機へ迫り、先の味方機をなぞるようにその身を散らすだろうとガナーザクウォーリアは砲身を下げた。

 

「───えっ?」

 

 放ったビームよりどのくらい速かったのだろうか。深紅の光槍がガナーザクウォーリアを貫き、気付けばモニターには撃墜を意味する警告が点滅し男が遅れて声を漏らす。

 今の爆発を見ていたピアスの男が血管を浮き立てながら操縦棍を握り、舌打ちを撃墜された味方へと飛ばした。

 

「足手まといの愚図がよぉ! 2度とその機体乗るんじゃねぇ!」

 

 次はどうするかと沸きだつ怒りを抑え思考する、そして直ぐに浮かんだ戦略を隣に控えたブリッツガンダム、更に前線を張って戦局を観測している機体へと指示を出した。

 

「ブリッツガンダム、ノーブルグレイズ、お前らで奴を仕留めろ。他の味方はどう使っても構わねぇ」

 

『──了ぉ解。どう使っても構わねぇってそれヒヒッ、間違ってヤッちまっても良いってことですよねぇ!?』

 

 ブリッツガンダムから聞こえる声は狂気的な抑揚を含んでおり、指示を出していないにも関わらず既にバーニアへ火を灯していた。異様に長い細い棒といった印象の槍を指を使って巧みに回転させ、前傾姿勢で男の指示を待つその姿は待機を命じられるも我慢を耐えている犬のようだ。普段は抑えの効かない人間だが、目的がしっかりしているこういった場面では頼りになる戦力でありそのサイコ性を充分に発揮してくれるだろう。

 そして遅れて聞こえた通信音、それは前線から友軍機を介して繋がれたノイズ交じりの音声だ。

 

『───ブリッツは手を出すな、俺が奴をやる』

 

 短い音声からでも伝わる、意思を感じる声。

 集団の中でも言葉をあまり交わさない彼は、このフォース内でも唯一腕前を磨くことを目的としている。いわば流れのガンプラファイターである彼は他フォースとの衝突が多いこのフォースを都合の良い実戦の場として加入しており、人間性が壊滅的なフォースの面々の中で最もマトモで腕前を信頼できる人物だ。

 

「まぁ何でも良い、お前ら! あのガキを凄惨にぶち倒してコトハちゃんに見してやれ、俺達の方が強くて頼り甲斐があるってよぉ!」

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 逃げ回りゃ、死にはしない。とは確かシーブック・アノーの台詞だったか。デブリを行き来し敵に囲まれないよう立ち回りながら胸に浮かんだその言葉を口ずさむ。

 1対集団は言わずもがな1の方が圧倒的に不利であり、レギュレーションフリーである野試合なら尚更だ。しかし対抗策はあるにはあり、その1つが今行っている地形を利用した立ち回りだ。

 

 敵機の集団が囲んでくる前にマップデータを把握し、敵の進行方向を制限するように動くことで数の不利をある程度軽減できる。この戦略はガンプラバトルにおける基本中の基本であり、この方法が通用してしまっている相手達はつまりそういうことなのだろう。そんな連中が日本におけるガンプラバトルのマナーを下げている要因になっていることを考えると黒い感情が芽生えくることを抑えられない。

 

 砲撃で居場所を知らせた敵機を狙撃し、次のデブリへと身を潜める。

 機体状況は被弾無し、粒子残量は未だ余裕。オルトロスを防いだバインダーにも不良は見られず擬似太陽炉による粒子自動回復量を考慮すればほぼ無傷にも近い状態であった。敵機を4機堕とした状況でこの途中経過は順調と言えるだろう。

 

「急速に近づいてくる機影が1、新手か」

 

 アラームが鳴りモニターのマップを確認、真っ直ぐこちらへ近付いてくる機体は先のオルトロスで出来たデブリ帯の大穴を通り停止。それに合わせてHi-ガンダムを囲っていた敵機の集団が後退し始め、怪訝に眉をしかめる中スピーカーが短く鳴る。

 

『ノーブルグレイズ、お前に一騎討ちを申し込む』

 

 その声はオープン回線で発信され、リュウは暫く思考した後デブリからHi-ガンダムを露にした。勿論今の提案が罠で、次の瞬間には全員が一斉に襲い掛かってくることも考慮したが、距離を離して不都合な機体は既に撃墜済み。

 何より男の声からは先までの集団の声とは違い確固たる意思を持ったようにも聞こえたのが大きな理由だ、操縦棍を操作しリュウもオープン回線で応じる。

 

「Hi-ガンダム、一騎討ちに応じる。……事情があんのか知らねぇけど、あんな連中とつるんでんなら容赦しねぇぞ」

 

「しなくて構わない、お前のような奴と戦うためにこういった集団を転々としているだけだからな。───他の機体は手を出すな、俺の獲物だ」

 

 どこか突き刺すような鋭い声音に、高めていたはずの警戒感が更に張り詰める。

 敵機は太陽を背に機体を隠し、モニターに情報が表示された刹那。レーダーに映されたマーカーが異様な速さで迫り、胸の警鐘に従うまま操縦棍を弾いた。

 

「一騎討ちを申し込んだ割には中々セコい登場だったじゃねぇか……、ノーブルグレイズ!」

 

「GNランスの初撃を防ぐとはな、久し振りに楽しめそうだ」

 

 バインダーで半身を覆い、受け流す要領で槍を凌ぐ。モニターに大きく映し出された白と金色のカラーリングは敵機の機体色、レギュレーション400ノーブルグレイズだ。

 互いに衝突する機体は速度のあるノーブルグレイズがHi-ガンダムを押し出す形でデブリ帯を突き進み、このままいけば大デブリへ背面から激突してしまう。数秒後には実現してしまう予想を覆す為、右手のGNバスターライフルを破棄し左手に装備されたロケット砲で即座に射撃。リュウの意図に気付いたのかノーブルグレイズは機体各所のスラスターを点火し突進の向きを右へと逸らした。

 直後バスターライフルの爆発により両機が大きく揺れるも、Hi-ガンダムが前もって踏んでいたバーニアを指定方向へと噴かし今度はリュウが太陽を背にしている形となる。

 

「───お前ッ!」

 

 敵機のファイターが一瞬目が眩んだであろうと予想しすかさず握った操縦棍を滑らせて入力。たちまちHi-ガンダムが機体を深紅に染め、ノーブルグレイズの後ろへと回り込む。予め抜刀したGNタチで無防備な背に一太刀浴びせようと、操縦棍を引き倒し大上段で斬り被せた。

 

 なぞられる剣の軌跡、不意打ちの異種返しといわんばかりの攻撃を咄嗟にGNランスで受け止めようと構える動きに肝を冷やしたが、トランザムによる粒子供給の効果も相成り大槍に刃が食い込む。刀身に巡る粒子が高速で循環し、言わばチェンソーと同じ効果を持つGNタチが徐々に刃をノーブルグレイズへと近付けた。

 

『おぉいッ! ガキ相手に何遊んでんだよおめぇよぉ! さっさとぶち倒せや!』

 

 あの男の声がスピーカーから聞こえるも、リュウは勝利を確信していた。

 ───ノーブルグレイズ。グレイズをベースに機体各所へ追加スラスターを追加し、大型槍と腰に携えたナイトブレード、左腕から伸びた実体剣を装備した高機動強襲近接機。見たところレギュレーション400内でも目を見張る瞬間速度だが、それを上回る機体速度で強襲し一気に戦闘を畳み掛けようと画策したリュウの作戦が成功した。本体がグレイズである以上GNランスには粒子が供給されず、1度大型槍で防御の姿勢に回してしまえば槍の貯蔵粒子が切れることを待てば良い。

 この密着距離では装備された近接兵装も意味を成さず、防御を解いて攻撃に回ろうにも次の瞬間にはGNタチが機体を両断するだろう。

 

 閃光が宙にスパークし、大型槍が破られるのも最早時間の問題だった。ノーブルグレイズを倒した後は、あのピアス男の事だろう、即座に敵機達をけしかけてトランザムが切れたHi-ガンダムを倒そうとしてくる筈と予想。そうなる前にデブリ帯へ移動し身を潜めようと、震える操縦棍を押さえ付けながら思考する。

 

『足止めご苦労ぅ~、ノーブルグレイズちゃん』

 

 それはこの戦闘において初めて聞く声だった。人を人と思わぬ非道の声、聞いただけでそんな印象を抱いた声音に嫌悪感で背筋が冷たくなる。どこから聞こえたのかとGNタチで斬り付ける状態のままモニターへと目をやり、戦慄した。

 

「───こうなることは予想していた。悪かったなHi-ガンダムの、詫びさせてくれ」

 

 ノーブルグレイズの背後、透明な空間に下から上へと徐々に姿が見えていく。見ればブリッツガンダムが長槍でノーブルグレイズごと貫きHi-ガンダムの腹部を穿っていた。

 

「くっそ、味方纏めてかよ……!」

 

『ヒャアッ! 今だお前ら、コイツを捕縛しろぉ!』

 

 やけにうわずったこえがモニターに響き、後退のためスラスターを噴かす。トランザムによる加速で距離が遠ざかり、僅かな隙間にも似た時間に立て直そうと思考する中、衝撃で機体が揺らされる。

 

「海ヘビ、ハンブラビかッ!」

 

 運悪くバインダーにワイヤーが直撃し絡み付き、パージするかしないかの判断で鈍った隙を突くように次々とHi-ガンダムを囲んだ敵機達にワイヤー武装で身を固められる。海ヘビ、スレイヤーウィップ、ヒートロッド。どれもが電撃と拘束を兼ねた武装という選択に不快感を覚えるも既にHi-ガンダムのマシンパワーでは対抗が出来ない。

 ならば、と武装スロットを展開、左腕のロケット砲で敵機の1体をひるませようと───。

 

「ヒッヒ! 抵抗なんてするなよ、そぅらッ!」

 

 ブリッツガンダムが長槍を引き抜き、流れる動作でHi-ガンダム左腕を突き刺す。このタイミングで遂にトランザムが切れ、モニターに映された機体粒子がほぼ底を尽きてしまった。

 

『おいおいおいぃ、折角このガキに賭けたのによぉ、このままじゃ負けちまうよ。ギャハハハ!』

 

『たった1GPだろお前。そもそもこの数相手に挑もうとしてたのが間違いなんだよ!』

 

『だよなぁー! コトハちゃんの前でカッコつけたかったんだろ、この雑魚は!』

 

 スピーカーから聞こえてくる嘲笑の声。状況を覆そうにも対抗手段が無く、ただただその罵倒を受け入れるしか無い。遠目に見える山を眺めるようにモニターの景色が遠くに感じ、何も出来ないリュウは自身を嫌悪した。結局このあたりが限界なのだろうと、どこか達観した自分の囁きに同意せざるを得ず、力不足に身を震わせる。

 

『お前ら良くやった。で、何だっけお前。俺らのことを雑魚狩りどうとか言ってたよなぁ?』

 

 ピアス男の声が聞こえ、正面にV2ガンダムが縛られたHi-ガンダムへゆっくりと迫る。

 機体がぶつかるかぶつからないかの距離で停止し、発振させたビームサーベルで躊躇いなく刃をHi-ガンダムの右脚へと突き立てた。

 

「ぐッ!」

 

「そういうのはよぉ、自分の勝率を見てから言えよ、なぁッ!?」

 

 ビームサーベルを引き抜かれ右脚が機能を停止する。

 これで左腕と右脚が使えず、いよいよ反撃が絶望的だ。

 

「いやぁ~、まぁお前みたいな正義感溢れる雑魚がいるお陰で俺達は勝率稼がしてもらってんだけどな? 悪いねぇ、このまま俺達がプロになったとき思い出すことがあったら感謝してやるよ! 養分になってくれてありがとうってなぁ」

 

「……お前達が、プロ?」

 

「あぁそうだよ、今のくそ弱ぇ日本代表に変わって俺達がプロになんだよ! 正直無敵よ? 海外のプロとかも実際戦えば余裕だろ! ギャハハハ!」

 

「───海外のプロと戦ったことがあるのか?」

 

「あぁ!? 無ぇよ、無ぇけどアイツらも映像で強く見えるだけで実物はちょ~っと強いくらいだろ! マジであんな雑魚共に負けるとか日本カスすぎだろ!」

 

「だったらよ、もっかい言ってやるよ」

 

「おぉ~、その状態で何を言うんだよ?」

 

「───お前らみてぇな奴が蔓延ってるから、日本のガンプラファイターが舐められるんだよッッ!」

 

 刹那、繰り出された拳にHi-ガンダムが大きく揺れる。

 そんな中リュウは自己嫌悪を極めていた。啖呵を切るも何も出来ない状況、自身の力不足に対して。何よりコトハの目の前で日本のプロへの嘲けを言わせてしまった状況に奥歯を噛み締める。力が無い自分に憎悪が渦巻いた。

 

「で、お前どうすんだよ。このままじゃやられちまうぜぇ~? ───お前らもどうする!? これじゃ賭けが成立しねぇじゃねぇか! 誰かこのガキに賭ける奴いねぇのかよ!」

 

 男の声に集団が笑い声で返す。

 最早リュウは見せしめであり笑い者だ。こうなったら諦めて降参し、潔く去るか。それとも顔面にパンチの1つでもくれてやるかと、操縦棍を操作し画面にはリタイアの選択画面が映された。

 だがコトハだけはこの場から逃がさないといけない、ならば。円柱状のコクピットの後ろで待機するコトハへ耳打ちをしようと操縦棍から手を離した。ここから先はリュウ個人の争いになるため、コトハを巻き込むわけにはいかない。捕まるならリュウだけで良いと、拳を固め、覚悟を決めて振り返る。

 ───そしてその声は、モニターへ背を向けた瞬間スピーカーを大きく震わせ戦場へと響いた。

 

『───だったらあたしがその坊に賭けるとするさねぇッッ!!』

 

 豪と聞こえたのは陽気さを含んだ熟年女性の声だ。

 戦場の誰しもが突然の乱入者にモニターへ視線を奪われ動きを止めた刹那、ビームによる緑光と桃光が瞬きの間にHi-ガンダム周囲を突き抜け、拘束を行っていた敵機達を穿ち貫く。

 

 被弾したことに気付いていない様子の敵機達が遅れて爆発を起こし、V2ガンダムが背後を振り返った。月を背に浮かび上がるその姿は体にマントを羽織っており全貌が伺えない。

 

「だっ、誰だ、どこのどいつだ! 俺達の戦場に入ってきたバカ野郎は!? 名乗りやがれっ!」

 

『時間稼ぎはもっと上手くやるもんさね。丸見えだよ隠れっ子』

 

 マントの背後、姿を現したブリッツガンダムが機体を数度硬直させる。腕は長槍を構えたままの姿勢で止まっており、機体には煌々と発振された4本のビームが突き刺さっていた。

 

「ヒ、ヒヒ! 見えてたのねぇ……!」

 

 高笑いと共にブリッツガンダムが爆ぜてマントが吹き飛ぶ。

 現れたのは深い青色の機影、背中で生物的挙動を描く4本のビームが消えたと思えば伺えるシルエットは雄々しい機体だった。

 

『レギュレーション800、ペルセダハック。バカの声に釣られちまった大バカ野郎とはこのあたし───【宇宙海賊のカレン】とはあたしの事さねッッ!!』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章18話《鉄の味がして》

 次々とデブリに穴が穿たれ、その軌跡上。2度3度とビームを回避したドライセンだったがその背にビーム刃を発振したダガーが突き刺さり沈黙する。宇宙空間の色に溶け込んだ投擲(とうごう)武装、つや消し塗装による視認性皆無のダガーを漂うドライセンから抜き取りペルセダハックが戦場を一望(いちぼう)する。

 

『坊ッ!その機体、肩の接続部はポリキャップかい!?』

 

 オープン回線からの声。

 活気ある女性といった印象に知り合いを探るが心当たりが無く、救援に来た人間が誰なのか顎に手を添えた。数秒の間か、ペルセダハックがビームライフルの銃口をこちらに向けたと思った瞬間、何の前兆もなく閃光が(またた)きHi-ガンダムを(かす)める。

 

「あぶねぇ!? 急に何だよアンタ!」

 

『なんだい聞こえてるじゃないか。坊、そのガンプラの肩は凸型のポリキャップで胴体と繋がっているね?』

 

「あぁ繋がってる……、それが何だよ───後ろッ!」

 

 ペルセダハックの左後方。デブリに紛れてデナン・ゾンがガスマスクにも似た頭部を覗かせてショットランサーで狙いを付けているのが見え警告を飛ばす。だがリュウが全て言い終わる前にペルセダハックが背部アームド・アームを展開、振り向くことなく砲口が炸裂しデナン・ゾンが機体を周辺に漂う小デブリの如く散らせ爆散した。

 

 唖然(あぜん)とモニターで繰り広げられた光景に目を見開く。相当な手練れだ、ペルセダハックとデナン・ゾンの距離は500mほど開いており、更に機体は保護色のように黒に塗られモニターを凝視しなければ標準もままならない筈だ。少なくともリュウはそう自負するが、目の前のペルセダハックはレーダーに映されたマーカーのみを頼りに射撃し全弾が命中している。何か細工があるのか、眉をしかめているとスピーカーに一瞬ノイズが走り女性の声が続けられた。

 

『ペルセの左腕をそっちに投げる。上手く使いなッ!』

 

「は、はぁ!? ちょちょ、ホントに投げてるし!」

 

 最早豪胆(ごうたん)にも見える動きでおもむろに右手で左肩を掴んだかと思うと、一息に抜いてペルセダハックが自身の左肩をリュウへと投げた。Hi-ガンダムとペルセダハックの中間に位置するV2ガンダムが、ゆっくりと回転しながら投げられた腕を撃ち落とそうとビームライフルを構えるが、アームド・アーム4門とビームライフルで狙いを付けられている事を悟ったのか、腕が横を通りすぎるのを何も行動を起こさずに見守る。

 その間にHi-ガンダムが左肩をパージし、空いた胴体のポリキャップに受け取った左肩を装着した。モニターに複数の警告とエラーが表示されるが全て消去し、新たに加えられた武装の把握に目を走らせる。

 

『坊はその男と決着(ケリ)を付けな、あたしゃ周りの奴等と遊んでるよ』

 

「あ、あぁ。ありがとう、……ございます」

 

 リュウの声を聞き届けると全身のスラスターを噴かし、ペルセダハックが彼方へと翔んでいった。

 再び静まり返る宙域、Hi-ガンダムとV2ガンダムが武器を構えるでもなく互いに機体を向け時間が流れる。Hi-ガンダムはその手にあったバスターライフルを失い、右脚は機能を停止、粒子残量も先程よりは回復しているが雀の涙程度でしかなく良いとこ攻撃を数度回避出来るかどうかだ。勿論ビームサーベルのエネルギーは本体供給式であるため使用不可能、絶体絶命の状況にスピーカーが音声を拾い、あの男の声がコクピットに響く。

 

『今の奴には少しばかりビビったが、へっ。こっちに来なけりゃどうとでもなる。おいガキ、覚悟は出来てんだろうな』

 

 機体に備わっていた武装、それら余すことなく全てが使用不可能であり迎撃行動も取れない。

 だからこそ、リュウは下っ腹に力を込めて男の言葉を真正面から返す。

 

「そっちこそ覚悟は出来てるんだろうな?───負けるぜ、アンタ」

 

『抜かしやがれッ!!』

 

 V2ガンダムがビームライフルを構え無造作に放つ。Hi-ガンダム胴体へ放たれた粒子を右へ回避、続けて放たれた数度の連射も左右へ機体を振ることでやり過ごした。この時点で粒子残量は残りカス程度、スラスターを噴かすこともままならず画面に表示されたエネルギー切れを知らせる警告が激しく点滅する。Hi-ガンダムの歪な回避に状態を察したのかV2ガンダムが両手でビームライフルを構え、最大出力の射撃を行うために姿勢を制御し男が吠えた。

 

『口だけのガキがよぉッ! 死んで詫びろッ!』

 

 先のビームなど話にならない大きさの粒子が放たれる。ビームの熱で周辺のデブリが焼け()け、螺旋(らせん)の軌道を描きながら巨大な粒子の奔流がHi-ガンダムを飲み込まんと眼前に迫った。迎撃など出来るはず無く、許されたのは身じろぎに等しい行為だけ。男にはそれが些細な抵抗に見えただろう、目に入る光を手で(さえぎ)るような、そんな行為に。

 

『───────────な、』

 

 光が灯った。

 警告音は鳴り止み、モニターを点滅する赤色(レッドシグナル)もどこへ消えたのかコクピットは静穏(せいおん)そのもの。右脚の機能停止以外は不調の無いHi-ガンダムが左手を構え、V2ガンダムを雄々(おお)しい眼光で見据えていた。

 

『な、なな、なんだとぉッッ!? あの状態からどうやって……、てめぇ何のインチキを使いやがったぁ!!』

 

「やっぱり知らなかったか、まぁアニメでも良く分からない描写だったからな。気持ちは分かるぜ」

 

 今のHi-ガンダムが見せた現象を認めないとでも言うように喚きながら男がビームを連射、計3発放たれた粒子を先程の光景をなぞるように左手を構え閃撃と相対する。

 直後。掌にビームが触れ数度閃光が走り、損傷どころか傷1つさえ見当たらない腕部が健在として構えられていた。

 

「“プランダー“俺も初めて使って見たけどとんでもねぇなコイツは……、いわゆるビームを吸収出来る武装だ」

 

『ふ、ふざけんな、なんだその武装! チートじゃねぇか!』

 

「チートじゃない。ガンプラバトルは武装の1つ程度で左右されるほど単純じゃないし、必ず両者どちらにも勝てるように設定されてある────なぁアンタ、ガンプラは好きか? ガンプラバトルは好きか?」

 

『……あ? なんだ急に』

 

「教えてくれ。もしガンプラが好きだったら…………これからで良い。他人のガンプラを笑わないで欲しい、ガンプラバトルが好きだったなら一生懸命頑張っている人達を笑わないで欲しい。どうだ?」

 

 問い掛けにHi-ガンダムが左手を下ろす。

 スピーカーからの返答は無く、リュウは心で願いながら操縦桿に手を掛けていた。他人のガンプラバトルを(ののし)ったりする人間でも、やっぱりガンプラが、ガンプラバトルが好きだったが何かがきっかけで歪んでしまったのだと。そんな人間にガンプラへの思いを改めて自覚させることが出来たら良いと返答を固唾(かたず)を飲み込んで待った。スピーカーが振動する。

 

『ガンプラもガンプラバトルも好きだぜ』

 

「────そうか! じゃあ」

 

『必死に努力している人間を負かすほど気持ち良い事はねぇからなぁッッ!! ──このガンプラも俺の物じゃねぇ、弟から奪ったもんだしなぁ!!』

 

 ビームライフル下部に備え付けられた対モビルスーツ用グレネード(マルチプルランチャー)(あざ)けと共に放たれる。(ひらめ)く発射炎を見、不思議と自身でもそこまで驚きを感じなかった。リュウは心のどこかで予見していた光景に冷ややかな溜め息を短く吐き、裏腹に腹から漏れ出た声はどこまでも低く怒りを灯した呻き。男に対しての激情と日本のガンプラファイターへの怒り、そして彼らにさえ1人では勝てないリュウ自身への(いきどお)りを含んだそれを武装名に乗せて指を走らせた。

 

「───トランザムッッ!!」

 

 2度目のGN粒子全面解放(トランザム)を機体は身震いするように応じ、変質した粒子に対応していないペルセダハックの左肩が警告と同時にパージされる。V2から激発された弾頭にペルセダハックの腕が直撃し爆炎と閃光がデブリ帯を駆け抜けた。立ち止まるV2ガンダムは今の爆炎を撃墜と勘違いしたのか行動を移さず、続いて聞こえてきた笑い声を哀れむようにリュウはV2ガンダムの背後を位置取り目を細める。入力された操作に背部バインダーが深紅の残影を追わせ機体前面へと展開。さながらマガノイクタチを構えたようにHi-ガンダムがバインダーに粒子を固定させ、乱雑に右から左へと振り切った。

 

『ギャハハハハハハハハハハ………………は?』

 

「だったらアンタ。────ガンプラバトルをする資格なんて無ぇよ」

 

 ずるり、とV2ガンダムがその身を上下に別つ。驚きとどこか呑気(のんき)にさえ聞こえた男の声が爆音に掻き消える様にリュウは哀しくなった。男が何か違うガンプラとの出会い方をしていたなら他人を嗤うような事にはならなかったのだろうか、と。煌々(こうこう)と燃ゆる機体に思いを巡らせ目を強く閉じながら。

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「とっととずらかるかね、さぁ行くよ坊。あの娘は外に逃がしてある」

 

 スピーカーから聞こえていた女性の声が今度は後ろから、プラフスキー粒子によって形成された疑似コクピットの背後から聞こえて思わず(すく)んだ。振り返るとそこには長身の女性、長く伸びた栗色の髪を1本に束ね片方の瞳は前髪で伺えない。目から感じる意思は強く、剛胆に笑みを浮かべる顔立ちはリュウの想像よりずっと若かった。

 

「坊。なんか失礼なこと考えちゃいないかい」

 

「あ、いや。あの、……助けてもらってありがとうございました」

 

「礼なんざいいからとっとと逃げるよ。ペルセダハックを自動戦闘(オートバトルモード)に切り替えているからやられるまでは時間稼ぎ出来る。ほら」

 

 手を引かれ、一息に駆ける女性に困惑しながらも未だ意識は先程の男性に向いていた。彼らの心無い言動も何かがあったから歪んでしまったのではないかと性善説を信じたい傍ら、日本のガンプラファイターの多くはどうしようもないほどモラルを欠如させている危機感にヴィルフリートの言葉が、泣きそうなコトハの顔が鮮明に浮かぶ。

 やがて店を抜けて大通りに出た。飲食店が立ち並ぶ通りの端、膨れ顔のコトハが近付いて視線で威圧をしてくる。

 

「リュウくん! 馬鹿っ、もう無茶しないでよ」

 

「俺も無茶するつもりは無かったよ、あいつら集団でかかってきやがって。──V2使ってた奴が光の翼を駆使するタイプだったらいよいよヤバかったな」

 

 ビームライフルとビームサーベルしか使ってこなかったあの男、V2ガンダムにおける最大の兵装“光の翼“を使ってこなかったのは手加減していたか、はたまた使い方を知らなかったか。俺のガンプラじゃないと、今も耳に残った声に苛立ちが(つの)る。そしてHi-ガンダム単体で勝利できなかった自分にも。噛んだ唇から鉄の味がした。

 

「立ち話はそれくらいにして、あたしの店で飲み直さないかい? すぐそこに店を構えてあるんだ」

 

「お店を経営されてるんですかっ? あ、でも気持ちは嬉しいんですが、わたしたち未成年なんで……」

 

「だったら料理を振る舞うよ、いや振る舞わせてくれないかい。久し振りに見掛けた元気な坊達をこのまま返すのは惜しいし、なにより店の看板娘にも会わせたいしねぇ」

 

「あ、ありがとうございます。だそうだけど、リュウくんはどうする?」

 

 気遣いの心が見える問いにリュウは短息で返す。助けてもらったのに誘いを無下にするのはどうにも気が引け、胸の内を整理したいのも山々だが顔だけは少し出そうと返事を返した。

 

「俺も行くよ。さっきは助けてくれてありがとうございました、リュウ・タチバナです」

 

「わたしもっありがとうございました! コトハ・スズネですっ」

 

「そういえばこっちも名乗ってなかったね、坊にスズ。あたしの名前はカレン・キリル。宇宙海賊【星辰(せいしん)の探求団】の船長で、酒場【ガルフレッド】の店長さ!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章19話《看板娘は気だるげに》

 表立った通りとは正反対の印象を覚える裏路地。学園都市自体人間の出入りが始まったのがここ数週間前からであるため殆どの施設や道路は新品の輝きを放っているが、ここ裏路地には居酒屋や露店が多く展開され、ゴミこそ落ちていないがあちらこちらに掃除で出来たシミや、早くも排水溝に溜まっている汚れが目につく。

 昭和という時代に見られた大きな円柱形の青いゴミ箱の蓋、その上で大きな猫があくびをし近くを通り過ぎたリュウ達を警戒することなくそのまま眠りについたのを見、コトハが駆け寄ってじゃれあうが対して猫は太く長い尻尾でコトハの手を払いのけて見もしない。

 

「着いたさね、まぁ広くはないがゆっくりしてってくれ」

 

 扉の鈴が小気味良く鳴り、暖色色の照明にうっすらと照らされた店内が目にはいった。広さは学園の教室よりも一回りほど小さいか、木製のテーブルと椅子が点在し奥にはカウンターと雰囲気の出る酒瓶が置かれいかにもといった具合の印象。イメージとしてはファンタジー世界の酒場に近いか、幼い頃に行った遊園地にこんなところがあったなとふと記憶が(よぎ)る。

 

「そういう記憶は覚えてるんだよなぁ、何故かガンプラの記憶だけ──お?」

 

 呟きと共に珍しげに店内を眺めているとコトハの視線の先、リュウの背丈ほどの棚にガンプラ達が並べられている。どれも丁寧な作りだ、それぞれの機体の特徴を活かしたポージングで配されたガンプラからは作り手の愛情を感じ、腰を折って上段から下段を追って楽しんでいると、

 

「恥ずかしいから見ないでおくれよ、昔作ったガンプラ達さ」

 

 カウンターから声が飛ばされる。どこか気恥ずかしそうな声音(こわね)に無意識と好感が湧き、再びリュウとコトハの視線は展示棚へ。見れば飾ってあるガンプラはどれも精巧な仕上がりで、つや消し塗装、光沢、キャンディー塗装にジオラマと多くの表情を見せており随所(ずいしょ)に見られるパーツ配置の癖やバーニアの色使いから制作者の(こだわ)りが感じ取れた。隣のコトハもガンプラ達に釘付けで知らずか口からは感嘆(かんたん)の吐息が漏れている。

 

「このガンプラ、カレンさんが作られたんですか? どれもすっごいカッコよくて綺麗です! あ~このプチッガイ達も可愛い!」

 

「殆どがあたしが作ったもんかねぇ……、スズが見てるそこはうちの看板娘が作ったプチッガイ達さね。ったく客が来たんだから早く来ないかねぇあの娘は──お~いお客さんだよ、サボってないで早く来ないかい!」

 

 店奥にカレンが声がけ、暫くすると足音が木の床を鳴らす。

 

「お客さん? こんな時間に来ることもあるんだね~ママ」

 

 気だるげな声。看板娘というには少し愛想が薄い言葉に苦笑いし、コトハが歳が近いであろう声の主に店奥の扉に注目する。床がギィと軋み人物が姿を現し、思わず絶句した。

 

「はいはいはい看板娘のユナちゃんですよ~っと。こんな時間に訪ねてくるお客さんてママのフォースの人? ──てて、リュウさんっ!? ななな、なんでリュウさんがママの店に…………はぅあっ!? ココ、コココ、コトコト」

 

 あろうことか姿を見せたのはユナ。割烹着に身を包んだ彼女も突然訪ねてきたリュウに驚いたようで、しかし視線はすぐにコトハへと移される。尋常ではない驚愕にコトハもその表情を笑みから疑問へと変えユナと視線が重なった。

 

「ゆ、ユナさん? わたし達どこかでお会いしましたっけ」

 

「コトハっ! コトハ・スズネさんですよね!?」

 

「は、はい。一応コトハ・スズネです、あ。一応って何だわたしっごめんなさい」

 

「私ユナ・ホシハラと言います! あのそのあの、ファンなんです。私、コトハさんのファンなんです!!」

 

 喜びと興奮に扉を開けたときの気だるげさは鳴りを潜め、ジオン系特殊MS(モビルスーツ)彷彿(ほうふつ)とさせる挙動不審な動きで接近。対するコトハも突如現れた熱烈なファンに、強襲を仕掛けられたジムのようにあとずさり対応する。

 

 そんな彼女らを見、リュウとカレンは顔を合わせ呆れにも近い笑みを交わし、長くなるであろう2人の会話を妨げない声でとりあえずはと飲み物を注文した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章20話『魔法の果実』

「……ユナ的にはどうしてリュウさんなんかが、あろうことかコトハさんと親しげな仲なのかを問い詰めたいんですけど」

 

「んなこと言われたって、幼馴染みっつーか腐れ縁みたいなもんだしな」

 

「きぃーっ、おさ、おさな、幼馴染みぃ!?そ・こ・を!代わって下さいよリュウさんッ、自分がどれだけ恵まれた人間か自覚してるんですか!?萌煌学園入学以来数々の実績を残してバトルも強いながら本人の飾らない癒し系態度にどれだけのファンを魅了してきたかッ!リュウさんに理解出来ますかぁ~!?」

 

「いや出来ないです」

 

 ユナからの糾弾を右から左へと受け流し、カウンター奥で豪快にフライパンを振るうカレンを遠い目で眺める。頬杖を突きながら視線を右に向けると恥ずかしそうに俯くコトハ、ここまで熱烈なファンは今まで遭遇したことが無かったらしく、マシンガンの如く次々と放たれる自身への憧れと評価に耳まで真っ赤だ。

 

 “ガルフレッド“のテーブル席へと掛けた3人。中央にリュウを置いて左右にユナとコトハという異色のメンバーもさることながらユナが割烹着という格好も意外、私服の上から纏った白の料理服が実にシュールだ。

 

「てかユナってコトハを前々から知ってたのか?ガンプラバトル始めたのは俺達と会ってからじゃなかったっけ」

 

「そうですね。ガンプラバトルを本格的に始めたきっかけはリュウさん達でしたけど、コトハさんの事は以前から知ってました。知ったのはニュース番組なんですけど、日本の女性ガンプラファイターのプロで目覚ましい成果を挙げている人が居るって知ってそこからファンになりましたっ!甘いルックスからは想像できないシビアな戦闘、コトハさんの試合を見て僭越(せんえつ)ながら学ばせてもらおうと日々動画を見てました。……いざガンプラバトル始めてみたらエイジさんにやられたんですけどね~」

 

「お、大袈裟(おおげさ)だよユナちゃんっ。わたしがプロになれたのはたまたま運が良かっただけで……えと、それでエイジくんがユナちゃんに何かしたのかな、詳しく教えて貰える?わたしが凝らしめてあげるから」

 

 エイジに合掌。

 話が盛り上がっている2人の邪魔にならないようゆっくりと席を外し奥のカウンターへと移動、後ろから聞こえてくるエイジへの非難に同情を覚えつつ椅子を引くと丁度カレンが厨房からやってくる。片手で中華鍋に入った炒飯をよそいながら気前の良い笑みでリュウを見やり、目の前に小山となった炒飯が振る舞われた。自重でほろほろと崩れる米粒に程好く絡まった半生の卵黄が官能的で、細かく彩られた野菜の中に悠然と存在感を放つ豚肉が悪魔的に食欲をそそる。胡椒(こしょう)と鶏ガラと……(ほの)かに香るのは胡麻(ごま)油だろうか、先程レストランで小腹を満たしたにも関わらず腹が音を立て涎が(にじ)んだ。

 

「何を我慢してるんだい、早くお食べよ冷めちまうだろ」

 

「い、いただきます」

 

 レンゲと同じくらいの大きさか、少し大きめなスプーンで(すく)い一口に頬張る。途端、鼻腔(びくう)を突き抜ける暴力的な匂いとゴロゴロと転がる具材に絡まる卵黄が口いっぱいに広がり気付いたときには既に口内から消えていた。少し塩気が強い味も、普段ナナとの生活で気遣っていた料理の薄味に馴れた舌には嬉しい味だった。

 

「塩辛い味に突っ込むのは無しだよ、ここは普段居酒屋だから味加減が()びついてんだ。──で、やっと笑ったね坊」

 

「笑っ……あ」

 

 緩んだ、笑み。空いた片手で顔を確かめるように触り初めて自覚した。思い返せば今日最後に笑ったのは何時(いつ)だっただろうか、立て続けに雪崩れてきた物事でそれどころでは無かったと頬に触れた姿勢のままにカレンへと問う。

 

「どうして俺を助けてくれたんですか」

 

「そりゃ嬉しかったからだよ。今の日本にああいって馬鹿に噛みつく大馬鹿がまだ居るんだねぇってさ」

 

 カレンがいつの間にか手元に置いたグラスに浅く口付ける。角ばった氷がグラスからはみ出、揺れる液体はアルコールの類だろうか、つんと鼻に抜ける特有の香りが不思議と嫌ではない。

 後ろの席から、またママお酒飲んでる、とはユナの非難だ。飛ばされた声に氷を鳴らして返し、そんな上機嫌な横顔にふと疑念をぶつける。

 

「カレンさんて、その。ユナの母親なんですか」

 

 ぎょっと顔が凍り付き信じられないものを見たような顔でリュウを見やる。

 

「冗~談じゃないよ、あんな生意気な娘居たら溜まったもんじゃない。ただの店主とバイトの関係さね」

 

 自分で言って気味が悪いと言わんばかりに顔をしかめ、再びグラスをあおる。

 無言の時間、レストランでの争いが意識したわけでもなく頭を(よぎ)った。自国のガンプラファイターの戦いに罵倒(ばとう)を飛ばし、他国の敗北を(わら)うあの集団。ああいった人間たちをリュウは初めて見たわけではない。地元の模型店や学校、インターネットの掲示板など最たる例で日々日本のガンプラファイターを名指しで中傷が書き込まれている。自分達の安全は約束されたところから一方的に批判している姿勢、それが日本のガンプラバトルを見ている人間たちの一般的な現状だ。

 昔は、少なくとも3年前まではそんな低いモラルではなかったと記憶を思い起こし、きっかけはすぐに蘇った。忘れもしない3年前の世界大会、日本のファイター全員が予選脱落。それ以前は優勝準優勝に日本人が立っているのが当たり前で““ガンプラ“と“ガンダム“を世界に広めた国として日本は自他共に認める強豪国だった。そんな不敗神話が突然崩れ去り荒廃(こうはい)していった様を見せ付けられた若い世代が先程のああいった連中であり、リュウも彼らに少なからず共感出来る部分はある。だがそんな思いは萌煌(ほうこう)で完全に矯正(きょうせい)され自分の力の底を重い知った、今日のトウドウ・サキとの勝負もそうだった。

 だが自分の力量を計る機会が少ない連中達は勘違いのまま口々に、俺だったら、と仲間内で意味の無い張り合いを日々続けている。

 リュウだって、思いたい。俺に力があったなら、と。力があったなら今頃はプロになって馬鹿にしている連中達を見返せた。力があったならトウドウ・サキに勝って見返させる事も出来た。俺に、力があったならと、カウンターに置いた手が知らず拳を固める。

 

「危険な目をしてるね、そういう瞳の連中はロクな事を考えちゃいない。およしな」

 

 低いトーンの言葉に息を呑んだ。どれくらい黙っていたのだろう、カレンが持つグラスの氷は半分ほど溶け、よそってくれた炒飯からは湯気がはたと消えている。

 聞こえた言葉を誤魔化すように1口2口と頬張り、心中の疑問を問い掛けた。

 

「カレンさんがガンプラバトルをやっている理由ってなんですか。どうしてあんなに、()()んですか」

 

 迷いのない機動(マニューバ)、行動。先の試合でリュウがカレンに感じた強さは勿論自前の腕前から為せるものだろう。しかしそれとは別に、自身の危険を省みないバトルへの乱入に加えて戦闘での判断、そして今この場にリュウとコトハを招いてくれている人としての大きさ。リュウが知りたい強さは、カレンが持つ()()()()だ。何から起因(きいん)した行動理念なのか、その源流をリュウは知りたいとカレンを見詰めた。

 

 言葉は返ってこない。やがて目を閉じたかと思えば次の瞬間、吹き出しと共に目の端に涙を浮かべた笑声(しょうせい)が店内を震わせた。

 

「あはははははっ!!可愛いねぇ、ケツが真っ青じゃないかっ、最高だよ坊!────悪いがね、その質問には答えたくても答えられないさね。まぁアドバイス程度の事は言える。……いいかい?ガンプラに限った話じゃない、人間の趣味嗜好の源流(ルーツ)なんざ人によってそりゃ違うさ当然だろ。坊は坊の戦う理由を見付けな」

 

 カレンの指がリュウの胸を差す。

 そうは言われても、過去のガンプラの記憶が無いんだから源流(ルーツ)も何もあったもんじゃないと眉を潜め胸に手を当てた。カレンを見やると柔かな笑みを浮かべグラスの氷を赤みを帯びた顔で眺めている。氷が溶け、小気味良い音が鳴った。

 

「強さってもんは積み重ねる時間と手前の意思の強さでゆっくりと(にじ)み出てくるもんさ。おいそれと強さを得ようだなんて、それこそ魔法の果実でも食わないと道理が通らない。そして残念なことに、この世の中には魔法の果実なんて実ってないのさ」

 

 気取った口調で言葉を終えグラスに口を付けるが、しかしあおる中身は空、酒を探しているのか渋い表情のままカウンター奥へとカレンが消えた。

 魔法の果実。確かにそんなものがあったら苦労はしないなと自嘲気味に鼻が鳴る。ふと見上げた店内の柱、掛けられた丸時計が目に入り時刻はそろそろ7時を回ろうとしている頃合い、結局問題は解消されないまま明日の実験を迎えるのかと針を刻む時計に思いが更けた。

 明日の夜の実験、そこでも実力不足を痛感することは既に目に見えていた。思い出されるのはナナと出会った夜の事、自身の実力を過信して危うくナナ諸共(もろとも)死にかけたあの出来事。ナナの力──“Link“が無ければどうなっていたか考えるだけで背筋が凍った。

 そんな冷えた思考のなか、物言わぬ無垢(むく)な瞳がリュウを視ている錯覚を覚え、同時にハッとする。

 

「魔法の、果実」

 

 確かめるように呟く。

 食べるだけで知恵や叡智(えいち)が宿る魔法の果実。先程カレンはそんなもの無いと言っていたが、────あるじゃないか。リュウだけに許された魔法の果実が。誰も彼も見返させる事が出来る力を得る方法が。

 

「──ごちそうさまでした」

 

 届かぬと知りながら厨房のカレンへと投げ掛け、立ち上がる。

 出口へ向かう途中、怪訝(けげん)な表情でリュウを(うかが)う2人の声に足が止まった。

 

「リュウくん帰るの?もう少しここにいない?」

「あれ、リュウさん帰るんですか。……あ、絶対エイジさんにこの店で私が働いてること言わないで下さいねっ!」

 

「わりぃ、ナナが帰ってくるからそろそろ戻らねぇと。エイジには黙っとくから、んじゃな」

 

 それでも疑念の視線は背中に突き刺さったままだ。扉が開き鈴が鳴った。

 誰からも見えないリュウの表情、その顔は暗い微笑で覆われておりリュウにもその自覚がある。自分が気付いてしまった事の意味、どうして今の今まで思い至らなかったのか、既に得ていた魔法の果実を食す為にリュウは足早に店を出た。

 

 雨は再び降り始めていたようでゴミ箱の猫は既に居ない。地面を跳ねるほどの大雨、雨避けに(さえぎ)られた大粒の雨粒を意にも介さずリュウは足を踏み出した。

 

 ────(わら)う顔に滴が伝いながら。

 

 

 

 ※※※※※※

 

 

 

「リュウさん何かあったんですか?様子が変でしたけど」

 

 リュウが出ていった扉を2人が眺め(しばら)くの沈黙(ちんもく)、先に口火を切ったのはユナだった。言われた言葉に数度(まぶた)(まばた)かせコトハ自身疑念や疑問にも似た感情を含みながら、

 

「私が帰ってきたときから少し変なんだ。リュウくん昔から面倒事に自分から入って行ったり何考えてるか分からなかったりするんだけど、それでもいつも笑ってた。……何か言えないことでもあるのかな」

 

 最後の呟きはユナにではなく自分に。

 思い詰めたような張り詰めたような、(はた)から見れば薄い何かが両方から引っ張られているようにも見えた今日のリュウ。あのままじゃ近いうちに張り裂けてしまうと、普段他人の心情に(うと)い自負のあるコトハですらそう思えてしまうほど危うげな表情に見えた。きゅっと胸で作られた拳にユナが視線を飛ばしていることに気付き、どうかした、と慌てて笑顔を取り繕う。

 

「スタイル良いなぁ────じゃ無かったですっ!決して!……ユナもリュウさんに撮影とか手伝ってもらったりすることあるんですけど、ああいった雰囲気は初めて見ました。はぁ~もうコトハさんに心配されてんのにあんな表情すんなって話ですよっ!なんなら今からリュウさんの家に行きますかっ」

 

「それは流石に可哀想(かわいそう)かな……?1人で悩みたい時間が欲しいときもあるし、今のリュウくんはそうだと思うから。そういえばユナちゃんって何か活動してるんだよね、えと、アウターtuberアイドル、だっけ」

 

 話題を切り返し今度はユナを見やる。手元の飲み物を片手であおり──カレンさんの飲み方そっくりのユナが身を乗り出した。

 

「活動してるんですけどぉ、バトル動画の再生数が伸びないんですよぅ。踊りの方は学園のブランドもあって伸びてるんですけど、どうもバトル動画が」

 

「あれ、アイドルさんって歌も歌うよね、歌の方は?」

 

「活動してるんですけどぉ、バトル動画の再生数が伸びないんですよぅ。踊りの方は学園のブランドもあって伸びてるんですけど、どうもバトル動画が」

 

「何これ!?選択肢間違えると同じ事言ってくるタイプのやり取り!?」

 

 察してくれ、と言うことなのだろうか。

 表情が暗くなったユナにいたたまれずストローを加え、苦笑い。ユナちゃん可愛いから歌も素敵だと思うけどなぁ、とフォローしようとした矢先尋常(じんじょう)ではない雰囲気の下がり具合にそれすら口に出す事も(はばから)れた。

 

「歌は、まぁ良くないけど良いとして。コトハさん、失礼な事を承知でお願いしたいことがあるんですが、聞いてもらえないですか」

 

 感情の切り替わりが早い子だなぁ、と内心面白げにユナに頷く。

 

「動画の為、でもあるんですけど。私どうしても倒したい人が居るんです。──私のガンプラで、ストライクフリーダムで」

 

 瞳は大きく、眼光は強く。

 声音に含まれた熱意に思わず姿勢が正された。

 

「えと、エイジくんかな」

 

「はい。やっぱりどうしても勝ちたくて、だけど今のユナじゃ力の溝は深まらないってことも自覚してますし分かってます。その上でコトハさんに頼みたい事があります」

 

 身を乗り出した姿勢のままユナが強く目を閉じ、拳が作られる。よほど言いづらい事なのだろう、小さな身体が(わず)かに震えていた。やがて、意を決したのか綺麗な淡紅(たんこう)の瞳がコトハを定め、躍然(やくぜん)たる声で言い放った。

 

「私に──────ガンプラバトルを教えてもらえませんか」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章21話『遠くに望んで』

 春の夜の、桜の樹から薄紅(うすべに)色の花びらが散り去った5月の半ば。しんしんと降る霧雨(きりさめ)が落ちた花弁を濡らし水滴を覗けば万華鏡にも似た風雅な造形を織り成している。細雨(さいう)が葉を打ち、まるで遠くに聞こえるさざ波のように静かで、しかし確と聞いている耳に入った。

 珍しいことに空を覆う雨雲の影から三日月が覗き、月光が静かに地表を照らし花びらが奥行きを以て浮き上がる。微かな青色と、地に敷かれた桜色の絨毯(じゅうたん)から成る幻想な光景に普段なら息を呑んでいた。

 踏んだ金属の床に気付いたのか淡い白い髪が揺れて、蒼い瞳がリュウを捉える。持たせた合鍵で扉を開けずに佇む少女──ナナの鈴が鳴るような声がリュウの耳に良く通った。

 

「おかえりなさい、リュウさん」

 

「中に入らなかったのか。外、寒いだろ」

 

「私は来たばかりです。それに、遠目からリュウさんが見えたので」

 

 どうせなら一緒に入ろうと、少女は言外に(ほの)めかす。いつも通りの起伏(きふく)が少ない声のまま扉の鍵を差し込み、その表情が心なしか嬉しそうな笑みを浮かべているのはリュウの勘違いだろうか。その横顔に、

 

「ナナ、話があるんだ」

 

 投げ掛けられた声に少女の動きが止まる。

 少し強い声だったと思う、リュウ自身声音の固さは意図したものでは無かったがこれから自分が告げることの意味を考えると声が強張っても仕方ないとリュウは自分に言い訳をした。

 

 口にして良いのか。言ったら最後戻れない気がして、間違いな気がして、だがそれ以上に力が欲しくて。数度の深呼吸を入れナナをもう一度見据える。言葉は発せられる最後の瞬間まで躊躇(ためら)われて声が震えていた。

 

「俺の──────力になってくれないか」

 

「はい。リュウさん」

 

 対して小さく響いた少女の声には迷いというものが感じられなかった。それが当然と言わんばかりの抑揚(よくよう)と返事の内容に、リュウは発した意味を理解しているのかと疑念を抱いたが、静かに歩み寄って来た少女に胸の迷いが淡く消え果てる。リュウを下から見上げるナナは真っ直ぐに瞳を合わせたままリュウの手を取り胸元まで導いて。

 

「その為の(Nitoro:Nanoparticle)です」

 

 深まる微笑(ほほえ)みの意味は理解出来ない、それでも目の前の少女は望みを受け入れてくれると本能的に確信した。握られた手を(わず) かに握り返すとより強く、少女らしい強さで握り返されるのが何故か嬉しい。

 

「明日の夜からナナの力を使わせてくれ、俺には……。俺にはその力が必要なんだ」

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 深夜。雨雲も通りすぎ一層冷えた空気が大地を覆う。“学園都市“と外部を繋ぐ“第1学区“、居住区としての側面を併せ持つこの学区。建ち並ぶ宿泊施設の中でも一際巨大に建設されたマンションの最上階に明かりも付けずトウドウ・サキは硝子(ガラス)張りに造形された展望用の窓からじっと森林地帯を遠望していた。

 “学園都市“には大気汚染に繋がるような排気ガスを排出する施設は存在せず、山岳地帯に拓かれた“学園都市“は夜を迎えると星々が燦然(さんぜん)と輝き四季折々(おりおり)の星座達が隠れもせずに存在を主張している。その光は大地にも届き今夜のような天気の良い日は人工的な光が無くとも森林地帯に萌煌学園が望める程だ。夜闇(よやみ)にふと目を閉じれば“彼女“の顔が鮮明に思い浮かぶ。

 

「コトハさん、貴女は私の」

 

 今夜何度目の呼び掛けか、口にするだけで身体が熱を帯び胸が(うず)く感覚に陥り、それも不快な感覚ではなく熱望に近い感情だ。

 萌煌(ほうこう)で長く教員をやってきたが、その中でもコトハ・スズネは遂に出てきた逸材(いつざい)だと断言できる。卓越(たくえつ)した操縦技術、そしてあの年齢で既にメンタル面が仕上がっていると言っても過言ではない程の意思の強さ。加えて、痛々しい程に見える自己犠牲の精神。ぞくりと背筋が喜びに打ち震え、思わず両肩を抱いた。

 惜しむらくは彼女の行動根底にリュウ・タチバナが存在することで、それだけがトウドウにとって歯痒い点だったが、昼間に出会った“あの少年”からリュウ・タチバナを文字通り消す方法を教えてもらい、後は明日の夜に実行するだけ。

 研究棟から帰ってきてから意識は“ミッション・シングラー“に割かれて、他の事はぼんやりと(かすみ)がかっている状態、目下の目的だけはひたすらに思い出せる異常な状態だということを頭では理解しながら誘惑(ゆうわく)に抗えない自分の方が勝っていた。

 

「“電脳世界(アウター)”内でタチバナさんを倒せば、貴女が手に入る」

 

 確かめるように、なぞるように。

 窓に反射する自分の顔が歪に笑みを浮かべ、狂気へと染まった目と視線が合う。愉快(ゆかい)げな顔、と。どこか俯瞰(ふかん)した自分がトウドウに告げ、声には無言で肯を示す。

 

 ─────貴女を必ず手にいれてみせる。

 

 唇を濡らし、そっと硝子(ガラス)に映った自分の顔に触れた。

 細まる視線に楽しげな笑み。

 

 彼女と出会ってからのこれまでを思い返しながら、夜は静かに更けていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章22話『力の意味』

「───“Link“の詳細を教えてほしい、ですって?」

 

「お願いします、俺自身詳しい仕様を知らないと絶対どこかで後悔すると思うので」

 

 到着するには多少早い時間だった。

 幾つもセキュリティを越えた先にある研究棟の深部、複数ある細長い通路の途中に設けられたこの部屋が女博士──リホ・サツキが作業をしている部屋なのだが、いかんせん入口にどういった部屋なのか説明が書かれておらずナナが居なかったらどうなっていたか考えるに容易い。

 

 “Link“を使って“電脳世界(アウター)”で名をあげる。

 

 これがリュウの考えたプロになる為の最善択だ。

 昨日リホが言っていた口振りから想像するに“Link“の力は圧倒的で、“電脳世界(アウター)“では相当な強さを発揮出来るだろう。現在“学園都市“でしか先行導入されていない“電脳世界(アウター)“も来年になれば全世界に解禁されるガンプラバトルの最前線であり、それまでに“Link“を駆使して勝利を重ねておけば確実に名は広まる。

 ガンプラバトルのプロを目指す人間の中からプロになれる割合は、全体の2割。平凡な技量と製作技術しか持たないリュウにとってプロの入り口は針の穴程の狭さであり、競合率は膨大(ぼうだい)だ。通常ならリュウがプロになるまで長い年月が必要な計算で、その間にもレストランに居たようなモラルに欠ける集団が日本のガンプラにおけるイメージを下げてしまい、ヴィルフリートのような真剣にガンプラバトルへ取り組んでいる人間を失望させてしまう。それはリュウにとって一番耐え難い事だ。

 ならばリュウが持つアドバンテージである“Link“を使用する事で少しでもプロになれる確率があがるなら、これを利用しない手はないだろう。無論ガンプラの操作技術やガンプラ製作を怠るわけではない、あくまでそれらを補助する手段としてナナを、“Link“を使う。これがリュウの出した結論だ。

 

「…………アンタも、他の連中と変わらないのね」

 

 リホの呟いた言葉の意味が分からず、咄嗟(とっさ)に言葉が出てこない。

 怪訝(けげん)に視線を送ると短い嘆息を1つ吐き、紫紺(しこん)の瞳がすっと細められた。

 

「気にしないで。──“Link“についてだったわね。本当の詳細は次の実験が終了次第教えるって約束だから、今回は話せる範疇だけ。いいわね?」

 

 浅く頷く。

 

「まず“Link“をしている状態、ナナは“接続者(コネクター)“……あぁアンタの事ね。“接続者(コネクター)“の大脳と海馬にあるその時使用していない領域に存在しているの。まず前提として、人間の脳は全体の2割程しか使われていないって話ね、これは知っているかしら」

 

「アニメやSFで良く聞く説明ですよね、人間の脳の全てを使用すると何かに目覚めるとか、そんな感じの」

 

「アレ、実は全くの嘘だから」

 

「えぇっ!?」

 

 霹靂(へきれき)だった。

 脳が持っている性能(スペック)を全て発揮すると未知なる力に目覚めるとか、人間では無くなるとか、サイコキネシスとか。そう言った浪漫(ロマン)が全て否定された。

 

「バカね。アレが定説されていたのなんて40年も前の、2000年初頭くらいの話よ──話を戻すわ。実際人間は脳を100%使っているの、使用する部位を割り振ってね。朝はここ、昼間はここ、夜中に睡眠中はここ、こんな感じで。だから人間の脳には俗に言う“未使用領域“なんてものは存在しない、脳の全てを1日かけて使っているといえば分かりやすいかしら」

 

「……。1度に多く使うと負担が大きいから、小分けにして使ってるんですね」

 

「そう。“Link“している状態っていうのは、タチバナの休んでいる脳領域の一部をナナに明け渡して演算や処理能力を引き上げている状態なの。そして“接続者(コネクター)“が所持している機体データと戦況をナナが判断してその場の最適解を下す。“Link“中アンタはまともに動けないけどナナに対して命令は出せる筈よ。弊害(へいがい)としてナナは“電脳世界(アウター)“内だとタチバナの意識と融合している形だから、アンタがやられればナナの信号も消える──活動停止するわ」

 

 あくまで淡々(たんたん)と、目の前に少女が居るのにも関わらずに言いのける。

 伝う冷や汗。言い終わり両者の間に流れる無言は互いにどういう意味か、息苦しく感じた一瞬の無音を隣に座ったナナが割って入る。

 

「博士、万が一の緊急時には私の方から“Link“を切断するので問題は無いと思われます。付け加えてリュウさんとの共同生活で様々なガンプラファイターと出会いましたが、《特記事項──ヴィルフリート》を除いて彼ら程度の技量なら敗北は有り得ないと判断します」

 

 寮でも再三確認した内容だった。僅かでも敗北の可能性が見えたら即座に“Link“を解除すると合意し、その際はリュウがガンプラを操縦する。

 ヴィルフリートのような規格外のファイターを除いて“学園都市“で生活している多くのファイターはアマチュアの域を出ていない、“Link“状態であるならば負けることはまず無いだろうとはナナの言葉だ。つまり“Link“状態のリュウは“学園都市“最高峰の実力を持つファイターであり、世界に解禁されるその日まで多くの勝利を得れる事が約束されている。(ちまた)で噂されている“紫怨(しおん)の凶星“とやらも“電脳世界(アウター)“以前は聞いたことの無い名だ、取るに足らない相手だろう。

 プロへの試験は来年か今年の冬辺りに恐らく“学園都市”もしくは“電脳世界(アウター)”で行われるとインターネットやメディアで(ささや)かれており、試験を受けるにあたっての必要最低勝率を“Link”で稼ぐのがリュウの目的だ。

 

「実験以外でナナを、…………“Link“を使うことを俺に許可して欲しいです」

 

 言った。

 言ってしまったと心の隅で罪悪感が芽生える。

 リホの表情は刺すように鋭く、瞳から感じる感情は無関心と微かな嫌悪(けんお)感か。視線に射抜かれ身が(すく)む。

 

 ───貴方はリスクを回避してリターンを得たい人間だと判断しました。

 

 “Link“を行ったあの夜にナナが言っていた言葉が脳裏に浮かぶ。

 実際“Link“でも通用しない相手と遭遇したら切断すれば良い話であり、“Link“の運用はリュウ側にデメリットは殆ど無い。ローリスクハイリターンを地で行くこの方法を何故今まで思い付かなかったのか。この方法を行うきっかけをくれた先の集団には多少なるとも感謝しないと、と胸中で密かに嗤う。全ては自分を下に見ていた連中を見返す為、力及ばなかった相手に勝利するため、そして日本のガンプラバトルのため。

 最早懇願(こんがん)にも近い眼差しをリホに送り固唾(かたず)を飲んで返事を伺う。

 

「……私からの条件としては特に無いわ。アンタが口外しなければナナの事が外に漏れることもまず無いし、こちらとしても正直“Link“の性能データが欲しかったところなのよ。」

 

 落胆(らくたん)を思わせる溜め息とは裏腹に返ってきた返事は了承だった。

 

「ッ! ありがとうございます!」

 

「────アンタが心を保てればの話だけどね」

 

「? それは、どういう……」

 

「時間よ、部屋まで案内するわ」

 

 ぎぃ、と背もたれを鳴らしリホが立ち上がる。

 通りすぎていく横顔はリュウとナナを見向きもせず、冷徹(れいてつ)さえ思わせる顔付きで出口へと(おもむ)いた。目的を果たすためなら手段を(ともな)わない。そんな芝居じみた台詞を吐くフィクション作品の博士とでも言うような雰囲気とその出で立ちに、自らが戻れないところまで来てしまったと、リュウは頭のどこかでは後悔している。

 

「リュウさん」

 

 そんな葛藤(かっとう)も、小さくそれでいて鈴と頭に響くような少女の声に霧散(むさん)と消え、膝に手を置いて立ち上がった。

 今夜の実験から“Link“を使用して“電脳世界(アウター)“で暴れられる事を考えただけで、胸が震え拳に力が入る。自分が“学園都市“最強格という事実に、意識しなければ笑みが漏れてしまう程に気分が高揚した。

 

「あぁ、行こうナナ。これからよろしく頼む」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章23話『セカンド・ダイブ』

 案内された部屋は天井までは10m程、広さは学園の小会議室と同じか少し狭いか。

 清潔感を通り越して不気味な潔癖(けっぺき)感を思わせる白が部屋を染め、そんな白をより際立たせる強めの照明に部屋の中央、横並びに設けられたベッドに倒れるナナが(まぶ)しそうに目を(つむ)り指示を待つ。

 前回の実験よりも明らかに人数が少ない研究員の数は3名、2名は記憶にないが1名は前の実験でリュウを部屋に連れ込んだ薄毛の男性だ。照明が光沢に反射する床を足音が(せわ)しなく反響し各々(おのおの)がバインダーやファイルを片手に機材のチェックをしている。

 

「心拍数正常、同調率も問題無しと……良いわね」

 

 ナナに繋がれたモニターに映る文字の羅列(られつ)。癖の付いた髪先を弄りながら満足気にリホは(つぶや)く。幸いなことに今回ナナは点滴や注射といった方法で機材には繋がれておらず、身体に付いているのは腕に巻かれた布1枚、そこから脈拍やらを測っているのかモニターには鼓動に合わせて線が上下している。

 

「で、タチバナあんた」

 

 じろりと横目がリュウを睨む。

 ただでさえ声の低いリホの声が一段と低くなり思わず身が強張(こわば)った。

 

「な、何か問題あったんですか?」

 

「問題もなにも、ナナよりアンタの方が同調率が低いってどういうことよ。“Link“を利用したいって言い出したのはアンタの方じゃない」

 

「うぇっ!? 同調率低いんですか俺、……そもそも同調率って何ですか?」

 

「相手に対する信頼度安心度友好度。今は支障が出ない無い数値だけど後々響いてくるわよ、精神的な問題なら解決しておいて頂戴」

 

 一方的に言い終わるや否やリホが研究員へ指示を出す。

 意識を思考に集中すると、初めに頭を(よぎ)ったのは昼間ナナに抱いた不快な感情だ。

 あの時はトウドウ・サキに負けた直後、カナタとのやりとりがあった後か。トウドウから春休みと“学園都市“での生活を否定され、カナタへは最後まで謝罪をしなかった自分への(いきどお)りで、今も思い返すと自己嫌悪(じこけんお)の渦に引き込まれてしまいそうになり極力思考を避けていた出来事だ。実際あの時は貸し出しのバトルルームに引き(こも)っていた訳だが、そこへやって来たナナに不快な感情を抱いた事は確かであり、恐らく同調率とやらが低下したのもそれが原因だろう。

 

「ちなみに、ナナの同調率はどのくらいなんですか?」

 

「100%ね」

 

「全面的信頼ッ!?」

 

「それに対してタチバナは71%。アンタ、気の良い振りをして意外と相手を信頼してないのね、人間関係が知れるわ」

 

「ほっといてくださいよッ!」

 

 咄嗟(とっさ)に出た反論も鼻で笑われ、ぶっきらぼうにアウターギアを取り出し、装着する。

 エッジの効いた半分に分けた眼鏡のようなそれを起動して直ぐ、じん、と(ほの)かな熱が脊椎(せきつい)あたりを通い、呼応して左側の視界へホロスクリーンが映し出された。

 “待機状態(ディアクティブ)”と緑色の表記が視界中央に小さく点滅され視線による操作を待つ。画面右側、PCのメンテナンス画面に酷似(こくじ)した箇条に表示されるリュウの身体状態が浮かび上がり、数秒間を置いて“待機状態(ディアクティブ)”が“活動状態(アクティブ)”の表記に切り替わった。

 装着した人間の脳波から健康状態を確認し“活動状態(アクティブ)”になるこの機能は、健康でない人間や長時間のアウターギア装着による疲労から装備者を保護する為の機能であり、確認の中には精神状態の安定も条件となっている。ひとまずはそこを通過したことに安堵(あんど)の溜め息を吐いたところで、いよいよかと鼓動が早まり気分が高揚(こうよう)するのを抑えられない。

 

「おぉっし……! 何でも掛かって来いって感じだな」

 

「タチバナ、最後に忠告しておくわ。前回と同じ内容だけど、操作するガンプラに対して思い入れや印象的な出来事があるならそれを強く思い浮かべなさい。────あと、“Link”を惜しまないこと。“Link”状態のアンタは間違いなくアウター内で最強に近い存在になるわ。それでも敗北は死に繋がる事を忘れないで、……今のアンタじゃ、死ぬわよ」

 

 静かで、強い口調だ。

 紫紺(しこん)に細められた鋭い眼差しは相変わらず冷たい印象だが、それでも声音(こわね)(かす)かに柔らかい。

 

 ふと仰向けに寝転がるリュウの右手に小さな手が添えられる。首を倒せばナナが微笑(ほほえ)みを帯びた表情でこちらを見ており、添えられた手に力が僅かに込められた。

 

「大丈夫です。私が、リュウさんを守りますから」

 

 それは、自分自身に言い聞かせるようにも聞こえた。(やわら)にどこか哀しみを含む声に対して冗談の1つでも言ってやろうかと思考を巡らせる中、研究員の1人。栗毛の女性が時間を知らせ室内の空気が明らかに変わる。視線がリュウとナナに集中し、中には冷や汗すら掻いて観察する研究員も居た。小さく唸る施設の駆動音が部屋を響かせ、一瞬リュウにも悪寒(おかん)にも似た寒気が背中を駆け巡る。

 

「時間よ、“ミッション・シングラー”始めるわ。ログインのタイミングをタチバナに一任、いつでも」

 

「────リュウ・タチバナ、“電脳世界(アウター)”にログインを始めますッ!」

 

 ぎゅっと手を握り視線で項目を操作。ログインを選択した直後、アウターギアから発せられる熱が脊椎から頭全体に広がる。瞬間、天井の光から来る目映い白が徐々に視界を端から埋め、耳に入っていた機材の駆動音も果てへと遠ざかっていった。

 薄れていく景色と意識。最後まで感じていたのは右手に添えられた、少女の暖かな体温だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章24話『円環白金』

 本来“電脳世界(アウター)”にログインする場合、宇宙空間に巨大と佇む“コロニー”のメインゲートに転移し、そこからプレイヤー達は目的の場所へ移動することになる。メインゲートのイメージはTVアニメ“ガンダムビルドダイバーズ”に出てくるミッションカウンターに近いか、世界への解禁前に各施設やフィールドへ制限が設けられてあるが、それでも常時5千は優に越えるプレイヤーが“電脳世界(アウター)”を楽しんでいる。

 

 リュウは現在、移動ゲート内の転移空間の真っ只中だ。

 デフォルトの服装である“ソレスタルビーイング”のパイロットスーツに身を包み、見渡す果てまで灰色の世界に、緑光に輝く(ひし)形のゲートが次々とリュウを通過している。指定位置への直接ログインは“電脳世界(アウター)”側の人間から招待された場合にしか行えない移動法で、読み込むデータ量が多いのかロードにも時間が掛かっている様子。いつ終わるかも知れない浮遊感に未だ慣れないと、リュウは右手を振ってメニューバーを展開しオプション画面を選択、体感衝撃の項目を2段階程下げた。

 

 こそばゆい浮遊感も薄れ、少女へと意識を集中させる。じんわりと(ほの)かに熱を帯びた──丁度現実世界でアウターギアが掛かり信号を送っている箇所か、自分の脳内を意識しているにも関わらず小さく感じる異物感。意識の片隅とでも言うような思考の端に、少女の気配を鋭敏(えいびん)に感じた。

 

 《何かありましたかリュウさん》

 

 意識を向けただけで感じ取れたのかと内心驚いたが、そう言えば以前ナナと“Link”した実験の事を思い出す。

 ──“Link”状態のナナはリュウが思考した内容を読み取れる。

 例えばリュウが、目の前で今尚(いまなお)展開されている転移ゲートの色が綺麗だなと思えば、口に出さずともナナはその思考を共有している。このタイムラグ無しのやり取りは、戦闘中口に出して互いに意思疏通(そつう)を図るより余程合理的だな、とリュウは“Link”に感心する。

 

「さっさとクリアして、さっさと帰ろう」

 

 《そうですね……、早く帰りましょう》

 

 一瞬言い(よど)んだ物言いに小首を傾げるが、リュウの疑念を感じたのか直ぐに《何でもありません》と普段の思考の読めない返答が返ってくる。

 “Link”に対する不満があるとすれば、逆にナナが思考していることをリュウは感じ取れない点だろうか。今の躊躇(ためら)いの間もそれなら分かるのに、と思考する(かたわ)ら、流石に年端もいかない少女の思考が知りたいのは色々問題あるだろうと自分自身に突っ込みを入れる。

 

 《リュウさん、既にご存知かと思いますが“Link”についての補足を》

 

 頭に鈴と響く声が思考に割って入る。意識を傾けるとそのままナナが続けた。

 

 《“Link”には段階があります。今の段階は待機状態──、私がリュウさんの意識と融合した状態で戦闘力に何ら変化はありません。“Link”を最終段階へと移行させるには“接続者(コネクター)”と私による同調の合図が必要です》

 

「合図ってもしかしてアレか? あの、俺が何も考えずに口走った……」

 

 《『リンク・アウターズ』。合図の上書きは出来ないのでその断りを言っておこうかと……》

 

 深い溜め息が“電脳世界(アウター)”に出力され、アバターであるリュウからデータの吐息が空間に漏れる。

 リンク・アウターズ。あの時は敵のアイズガンダムが迫っていた事もあって咄嗟(とっさ)に出た言葉だったが、どうせならもっとカッコいい名前があったと実験のあと(ひそ)かに後悔をしていた。“神話”から文字を取ったり、ドイツ語も手堅い候補だろう。

 

 《随分、その……余裕がありますね。恐くないのですか?》

 

「リホ先生が言ってただろ、“Link”状態の俺は“電脳世界(アウター)”で最強って。最初の実験の時は仕様が分からなかったからやられたけど、今回はちゃんと理解した状態だからな、負ける要素がないだろ」

 

 《でも、負けたら……私と“Link”して負けたらリュウさんも危険なんですよ。仮に“Link”発動状態で撃墜されたら、死ぬかもしれないんですよ》

 

「……っ」

 

 初めて聞いた少女の悲痛を帯びた声。返答に(きゅう)して息が詰まり、言葉は直ぐに出ない。

 ただ、嬉しかった。ナナなりに自分を心配してくれている事がむず痒く暖かく、胸中でありがとうと呟いて、

 

「ずっと自分の力不足に悩んでた。俺が強かったら乗り切れたって場面が萌煌に入ってからすげぇあったんだよ、……ナナを使うのはちょっとズルいって思うけど、それで問題が解決するなら俺は使う。危ないと思ったら“Link”を切って一緒にログアウトすれば良いだけの話だろ?任せとけって──手、握ったろ?」

 

 《リュウさん、でも私は──!》

「──お! そろそろ転移が終わるみたいだな。頼むぜナナ!」

 

 声が被さる。

 目の前を通過していく菱形のゲートの中央、流れ行くデータの風の向こうに閃光が拡がり目を(つむ)った。ナナの声はそれ以上続かずにリュウと感覚を共有している影響もあるのか、眩しさに小さく声をあげ通過の時を待つ。

 音が聞こえる訳でも、風が吹き荒ぶ訳でもない、ただただ白光がリュウを飲み込むその光景に轟音を、豪風を錯覚した。

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 意識の覚醒はモニタの点灯音とほぼ同時だ。

 見渡せば黒の空間、目の前に光を以て表示される正面モニタと機体情報、握り慣れた操縦桿の感触に慌てて口を開いた。

 

「転移されてどのくらい経ったんだ……?」

 

 《8秒です》

 

「おぉ!今回は頑張ったな、俺!」

 

 前回は5分間意識を失っていたが今回は8秒、幸先(さいさき)が良いと拳でガッツポーズを作りモニタを確認。リホが言っていた情報の通りで、果てが見えない灰の空に規則的に並べられた白のパネル。広大なフィールドの四隅に建てられた正方形のオブジェ────練習場(プラクティス)に違いないと広大なフィールドに敵機を索敵する。

 ツインアイに緑光が走り、オブジェの影や地平線に倍率がズームされる、左右背後とセンサーも走り、しかし敵機の姿は見当たらずレーダーをモニタに表示。

 

 いる。

 Hi-ガンダムが居る位置から(わず)かに前方、モニタで確認するが何も見当たらない、ならばとHi-ガンダムが首を振り頭上を見上げた。平面上しか表示されないレーダー。だとしたら。

 

「──────な、」

 

 見やった先、天上。

 フィールドエフェクトによる非接触設定の光源体、その皆既日食(かいきにっしょく)の太陽にも似た照明の僅か眼下。

 月の光にも似た冷ややかな白がモノクロに彩られた練習場(プラクティス)に佇み、その身を包む絢爛(けんらん)な黄金は景色に際立(きわだ)って尊大(そんだい)と輝く。背負う円輪から伸びた機体の丈ほどの巨大な牙は左右3本計6本、機体を取り巻く帝紫(ていし)色の粒子が円を描き練習場(プラクティス)の光源体と上下に並ぶ。

 その光景の異様(いよう)と、威容(いよう)

 見上げるHi-ガンダムに気付いた、ゆっくりと振り返る威圧感。

 粒子制御用のコードが戦神(いくさがみ)の結び髪のように粒子に揺れ、薄青のラインセンサが悠然(ゆうぜん)とHi-ガンダムを見下ろした。

 

『────待っていたわよ、タチバナさん』

 

 ひゅっ、と。息を飲んでモニタに映された機体に身体が硬直(こうちょく)する。スピーカーから聞こえる声は明瞭(めいりょう)で聞き間違える筈がない、記憶に新しい笑みを含んだ柔らかな声、相手をどこまでも気遣うような声音にけれどリュウは獲物を待ちわびた捕食者の舌舐めずりに聞こえて仕方がない。

 

「な、んでアンタがここに居るんだよ!」

 

 恐怖と動揺(どうよう)を飲み込んで疑問をモニタへ叫んだ。リュウの見立てでは前回の実験同様CPUが相手の戦闘を想定していたが、まさかプレイヤーが相手とは。しかもよりにもよってトウドウ・サキとは。

 

『タチバナさん、メニューバーの右端。ログアウトを選んでみなさい』

 

「メニューバー……?」

 

 ゾンネゲルデとは300mを越えるかなりの高低差で離れており、背中のファングも機体に収納されている。モニタを注視しながら右手を振りメニューバーを展開、最右のログアウトの項目を開いた。

 開いて、愕然(がくぜん)とした。

 本来なら選択可能である緑色の画面は操作不能のエラー表記に切り替わっており、タッチをするも反応が無い。

 

『このフィールドは残存する機体数が1機にならないとログアウトが出来ない。そういう仕様らしいわね』

 

 まるで意に介さない様子で淡々(たんたん)とトウドウが続ける。

 

『ねぇタチバナさん。ここで私に殺されてくれないかしら?』

 

 あくまで自然に。

 軽い頼み事を生徒に告げるように、スピーカーから聞こえた声に戦慄(せんりつ)をする。

 

「……こっちの事情を知ってるんですか」

 

『詳しくは知らないわ。けれどここで貴方を倒せば現実でのタチバナさんが2度と目覚めなくなるのは知っているの。それは、私にとって好都合なの』

 

「好都合、……そんなに俺の事が憎いんですか」

 

『いいえ、大好きよ。勘違いしてほしく無いのだけれど、私は萌煌に在籍する全ての生徒が大好きで愛しているわ。けれどあの子、コトハさんはその中でも特別なの。あの子を手に入れる為に私は沢山努力したわ、えぇ、選抜選手に選んだのも私に依存させる為。けれど、あの子は折れなかった。──────タチバナさんが居るから……!!』

 

 絶句した。

 生徒達を、リュウを愛していると言った言葉に感情の起伏(きふく)が一定だったその(いびつ)に対して。コトハへ仕込んだ醜悪(しゅうあく)(くわだ)てに対して。言葉の最後に、絶頂に震えた声に対して。

 

『貴方をッ! 貴方を貴方を貴方を殺してッッ!! ────私がコトハさんを手に入れるの……。一生掛けて大事にしてあげるわ、何だってコトハさんがしたいことをやらせてあげる。私はそれを妨害して、邪魔をして、横槍を差して、それでも乗り越えてくるコトハを、………………愛してあげるの』

 

 愛情に倒錯(とうさく)と歪を練り混ぜた言葉が、独善的な愛がスピーカー越しに囁かれる。

 トウドウがコトハに対して何らかの大きな感情を含んでいることは何となく感付いてはいた。しかしそれは優秀な生徒に送る敬愛(けいあい)の一種だと殆どの生徒が思っていただろう、実際リュウもそう思っていた側であり、トウドウの狂気の告白を聞かされ目を見開く。

 

「アンタ、歪んでるよ……!」

 

『歪んでいるわ。でも歪んだのは私のせいじゃない、コトハさんが悪いのよ。あんなに良い子で優秀で、思いやりがある子。私が愛してあげないと、そしてあの子が私を愛さないと、ね?』

 

 思い浮かんだのは幼馴染みの笑顔。

 小さい時はリュウの後ろに引っ込んで、すぐ泣く癖に泣き止まなくて、泣いた原因をリュウやエイジに押し付けてくる憎たらしい奴。何時(いつ)頃だったかガンプラバトルの腕が伸び始め、リュウを追い越してエイジをボコボコにして、プロになるとか言い始めて。

 次々と頭に浮かぶコトハの過去に喜怒哀楽。過去のガンプラに関する記憶は殆ど思い出せないけれど、幼馴染み達の顔だけは驚くほど鮮明に思い出せた。そいつらの道をトウドウ・サキが邪魔するなら──!

 

 《リュウさん、いつでも》

 

「あぁ行くぜ────、『リンク・アウターズッッ!!』」

 

 視界が一瞬空天(そら)色に弾け、頭から爪先まで冷気を感じる(しび)れが駆け巡る。

 操縦桿を目まぐるしく操作する指は既にリュウの制御から離れ、Hi-ガンダムがGNバスターライフルを天上へと向けながら跳躍(ジャンプ)、膨大に粒子を噴かしながら空に浮かぶ白金の太陽へ猛然と迫った。

 

 対するゾンネゲルデは飛び降りる形で頭からゆっくりと地に向かい、やがて急加速。冷色(れいしょく)の残影がメインセンサから尾を引きながら、腰に(たずさ)えた実体剣を抜刀、バスターライフルから発せられた真紅の粒子を軽々と凪ぎ払い、刃は次の獲物を眼前に捉える。激突。

 衝撃が空間に迸り、余波が衝撃波(ショックウェーブ)として地表のパネルが(ひび)割れる。両機を中心に耐えきれなくなった力場が爆裂し大地が半球場にめくれあがった。

 

「────トウドウ・サキッッ!!」

 

『────リュウ・タチバナッッ!!』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章25話『繋いだ手の温もり』

 初めに感じたのは形容しがたい“嫌”、どろりと粘液質の黒色。

 触れれば焼けるような痛みが走る負の感情はリュウさんを通してとめどなく流れ、感じる苦痛と苦悶(くもん)に存在しない(てのひら)を握りしめ、その“嫌”をやり過ごす。

 

 “どうしてトウドウ・サキが”、“前の実験はCPUだったのに”

 “ゾンネゲルデへの対策”、“ログアウトが出来ない”

 “恐怖”、“嫌悪感”、“危機感”、“逃げなきゃ”

 

 それら膨大な量の情報が黒い大波となって私を飲み込んだ。私を中心に渦を巻き呼吸さえ出来ない錯覚に陥り無意識にありもしない手でもがいた、それでも排水口へ流れる水と同じで黒い感情は私の中に吸い込まれていき、それでも黒の波に終わりは見えない。

 

 《嫌だけど、大丈夫……ですっ。リュウさんの為なら、私は……!》

 

 握られた手の温もりを忘れた事は1度足りとも無い。

 ただ生き続けることしか知らなかった私に、ただ哀しみしか知らなかった私に感情を、喜怒哀楽を教えてくれたリュウさんの為ならどんな事だって耐えられる。

 一緒に出掛けたこと、ガンプラを組んだこと、料理を作ってくれたこと。それらを思い出すだけで胸に暖かなものが生まれ、目の前の痛みは大きく和らいだ気がした。

 

 昨日の夜は嬉しかった。

 (Nitoro:Nanoparticle)の力を求められたのは初めてで、ようやく自分の存在理由を証明出来ると思っただけで身体が火照(ほて)り寝付くのに時間が掛かったほど。

 ()()()()をリュウさんに話すことは禁止されているけれど、リュウさんが勝利を望むなら私の力は大きく役立てるだろう。()()()()()()()()()()()()()

 

 《リュウさん、いつでも》

 

 この時。

 リュウさんの中で見えたものは多くのコトハ・スズネに関する記憶。リュウさん達と過ごしてきた彼女が視界一面に広がり、ちくりとした痛みが胸に刺さった。

 痛みの原因は理解不能。これは……、痛みのパターンはリュウさんから流れてくる負の感情に似ている。これは何だろう。

 

 思考する前にリュウさんが私を求めた。

 胸の痛みは瞬時に消えて、代わりに芽生(めば)えたのは大きな(よろこ)び。

 

 《リュウさん、ごめんなさい》

 

 言葉の意味は飲み込んで、目の前の障害を排除するためにシステムを起動させる言葉を叫ぶ。

 どんな敵だろうとも、どんなに大勢だろうとも、リュウさんは私が守るんだ。────たとえ、代わりの代償が取り返しのつかないものでも。

 

 《『リンク・アウターズッッ!!』》

 

 ────私が、力になるんだ。

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 空から、地表から、左右から、後方から、あらゆる角度から粒子の爆発的な推力を以て先端に紫電(しでん)を走らせたファングがHi-ガンダムへ猛然(もうぜん)と襲い掛かる。ゾンネゲルデが搭載する“ディ=バインド・ファング”はリュウの見立てが正しければ電撃とデータウィルスを打ち込んで敵機を完全に沈黙させる武装だ。その特性上、ガンプラの制御を司るパーツである胴体と粒子で繋がっている部位に(かす)りさえすれば電撃を介してウィルスが侵入、そのまま機体がダウンするという凶悪極まりない仕様であり、ゾンネゲルデがレギュレーション800に位置する大半の理由が恐らくこの武装によるものだろう。

 

 迫る蛇の軌道で計6基のファングが至近距離に到達する。

 “Link”発動状態のリュウに出来る事は戦局を観測する事だけであり直撃すれば只では済まないと奥歯を噛み締めながら、少女と共有する“目”を恐怖に(すく)みながら尚も見開く。

 

 《大丈夫ですよ、リュウさん》

 

 声と同時。

 GNタチを左腕(さわん)ハードポイントから射出、空中に()んだ(つか)を振り上げた左腕と共に掴み、流れる動作で正面のファングへと斬りかかる。装甲は見た印象同様強固だろう、GNタチは粒子を熱に変換し溶断(ようだん)する実体剣であり高速に移動する対象には効果が薄まる。ファングと刃の打ち合いは当然強度の高い方が勝つ為、切断力を熱に依存(いぞん)する要素が大きいGNタチは必然的に負けるのが道理だ。

 そのGNタチを、あろうことかHi-ガンダムは上段から振り切った。

 ファングが両断され包囲網(ほういもう)に穴が開く、あわや全方位からの挟撃(きょうげき)を一連の動作でのみ突破したナナが何をしたのか、気付いて愕然(がくぜん)とした。

 

「い……、今の斬れんのかッ!?」

 

 《あのファングは敵機に粒子を撃ち込む際、攻撃部が左右に開きます。その箇所(かしょ)は防御力が低いと判断しました》

 

 さらりと言い退けるナナ。

 だが現実問題簡単な話ではない、高速で迫るファングその攻撃部は(わず)かに展開された弱点とも言わない小さな隙間(すきま)だ。文字通り針穴に糸を通す行為に加えて切断する対象は動いている、困難(こんなん)などという生易(なまやさ)しい言葉では表現できない最早(もはや)神業とも言える技術をHi-ガンダムを操作する少女は平然(へいぜん)とやってのけた。

 

 驚愕(きょうがく)のまま包囲網を抜け、レーダーを視線で確認。

 ファングで敵を動かした後に行う定石(じょうせき)と言えば、逃げた箇所(かしょ)への先制射撃。直後“警告(アラート)”。けたましく()(ひび)く警告音が差し示す位置は頭上、ゾンネゲルデが2(ちょう)の“機関銃(マシンガン)”を肩に構えており銃口が交互に(ひらめ)いた。流線的(りゅうせんてき)な銃身から放たれた幾多(いくた)の弾丸は細く(みつ)な射線を形成しHi-ガンダムの進路を先回りに(とら)える。穿(うが)たれた白のパネルが(きら)めきを(ともな)って空を踊り、破片(はへん)に反射したゾンネゲルデが射線に入ったHi-ガンダムを(わら)うように映し出された。

 

 《邪魔です》

 

 武装スロットを選択する右腕、(くる)った機械を思わせる挙動で目まぐるしく操縦桿(そうじゅうこん)(はじ)かれ進路変更不能の機体が急停止に()けられる。サイドスカートに(そな)わる1(つい)のスラスターと背部大型バインダー2基が前方に展開し急減速、火線に飛び込むまで僅かな時間が生じ、減速を掛けたと同時に粒子を(めぐ)らせたGNバスターライフルが振動(しんどう)。目の前に注がれる金属の豪雨(ごうう)へと射撃し地表から空へと()ぎ払った。

 幾百(いくびゃく)の弾丸が膨大(ぼうだい)な熱量によって(あわ)く溶け、紅線(こうせん)がそのまま一閃(いっせん)する形で空のゾンネゲルデを捉える。

 直撃。爆炎(ばくえん)(はな)()くが撃墜(げきつい)による爆発ではない。2挺の“機関銃”を放棄したゾンネゲルデが片手を構えバスターライフルの照射(しょうしゃ)悠然(ゆうぜん)と耐える。

 “ナノラミネートアーマー”による粒子湾曲(わんきょく)作用が機体へのダメージを激減させ()らされた粒子が空に散る中、再び“警告音(アラート)”がコクピットへ(ひび)いた。

 レーダーを見れば背後から猛追(もうつい)する5つのファング。対してHi-ガンダムは腰後部GNスマートランチャーを展開。バスターライフルで照射を行いながら、後部に迫るファングへと機体を振り向くこと無く“激発(トリガ)”、真紅(しんく)光槍(こうそう)が2基のファングを(つらぬ)いた。

 

『────っ』

 

 スピーカーから(かす)かに息を飲む気配を感じ、呼応(こおう)するようファングの軌道(きどう)がHi-ガンダムから逸れる。異変を感じたのかバスターライフルを引く指が離れその瞬間、操縦桿が大きく右へと引き倒された。

 (かたむ)く世界の中モニタを見ればHi-ガンダムが先程まで居た位置に紫桃(しとう)の光線があらゆる角度から狙撃されている、これは。

 

「射撃も出来んのかよ……! ナナ、絶対当たるなよ。多分動けなくなる!」

 

 《────光線速度解析完了。了解しました》

 

 高速戦闘中に無茶な物言いだと発して後悔したが、ナナは当然と言わんばかりに二つ返事を返す。

 続いて放たれた光線をバク宙の要領(ようりょう)で回避し、前屈(まえかが)みの姿勢で“急加速(アクセル)”。Hi-ガンダムの突然の突貫(とっかん)(ひる)むこと無くゾンネゲルデは両手をバックパックへと回し、半円となった二振りのバックパックをHi-ガンダムに構える。──初見のギミックだが、形状からして実体剣。左右から(はさ)み込む形でHi-ガンダムへと風切(かざき)り音が鳴る。Hi-ガンダムは背部大型バインダーを前面左右に展開し粒子を放出、GNフィールドで(しの)ごうと────刃が反転。ぞっと血の気が引いた感覚と一緒に半ば悲鳴(ひめい)にも似た叫びが発せられた。

 

「防ぐなッッ!!」

 

 《了解》

 

 ゾンネゲルデが手にした実体剣の正体はショーテルだ。ショーテルとは半円の湾曲を利用した近接兵装で、敵の盾を通り越して本体を攻撃出来るよう開発された中世における防御突破の魔剣(まけん)

 攻撃する寸前まで欺瞞(ぎまん)されたショーテルの攻撃を。

 

『────ッッ』

 

 あろうことかHi-ガンダムは手にした装備を放って接近し、両手でゾンネゲルデ左右の腕を押さえる。そのまま脇にゾンネゲルデの両腕を挟み込み、(ひね)りあげた。

 ナナが行った強引な回避方法に戦闘が始まってから何度目になるか、唖然(あぜん)と口を開いた。

 “関節技(サブミッション)”で敵機を押さえ込むなど聞いたことがない。ゾンネゲルデの肘間接が(きし)みをあげ、一筋の火花が弾ける。耐えかねたのかゾンネゲルデが前蹴りでHi-ガンダムを押し退()け、そこに。

 

「ナナッ、ファングだ!!」

 

 《はいっ、ありがとうございます》

 

 前蹴りで(ひる)んだHi-ガンダムへファングが突き刺さる計算だったのか、上下の死角から放たれた刺突(しとつ)を、前蹴りを浴びた衝撃(しょうげき)を利用し全速力で後退する。次の瞬間、噛み合わせる“(あぎと)”を思わせる動きでファング同士が衝突(しょうとつ)し、電光が両機の間で刹那(せつな)(またた)いた。やがて静寂(せいじゃく)

 (ちゅう)に揺らめく3基のファングがゾンネゲルデへと戻り、両機が見合う。仕掛けようと思えばどちらも仕掛けられる距離だろう、それを互いに行わない意図がリュウには読めないが。

 

 《リュウさん報告があります。敵機──ゾンネゲルデの装甲強度と機体性能、搭乗者の操縦技術をHi-ガンダム各性能と比べ考慮(こうりょ)した結果──その……、Hi-ガンダムでゾンネゲルデを撃破するのはとても難しいです》

 

「……っ、分かってる。そこはもうどうにもならない“ガンプラの作り込み”の部分だ」

 

 善戦(ぜんせん)しているように見えた先の攻防だが、有利に見えた場面の全てはナナの操作技術に()るものだ。

 Hi-ガンダムとゾンネゲルデを機体性能のみで比べた場合、パーツの作り込みやディテールの追加、塗装といった性能上昇それら全てにおいてゾンネゲルデが上回っている。尚且つ“エイハブリアクター”搭載機特有の驚異的な馬力は、先程のような不意打ちを除けば正面からの肉弾戦で(かな)う要素が存在しない。

 武装も、両手に所持していたGNバスターライフルとGNタチを失った現状、ゾンネゲルデの装甲を貫徹(かんてつ)するにはどれも一手間掛かる武装しかHi-ガンダムには搭載されていない。

 

『アナタ、誰かしら』

 

 スピーカーが鳴る。

 疑問の抑揚(よくよう)を含んだ声音(こわね)でトウドウ・サキが続けた。

 

『操作しているのはタチバナさんじゃないってことは分かった。けれどHi-ガンダムは1人乗りの機体、そしてこのフィールドに入れるのは“リュウ・タチバナ”だけ。これはどういう絡繰(からく)りなのかしら、────アナタは、誰?』

 

「俺が操作しているって言ったら驚きますか」

 

『それだけは有り得ない。タチバナさんが行う軌道パターンとはかけ離れてるし、何より“癖”が無いわ。私が行った行動に対して最適解を繰り出すような、そうね。ある意味高レベルCPUと戦闘している気分かしら』

 

 バレている、と唇を噛む。

 戦闘している相手に対してそこまで正確な捉え方を出来るのは“最優の教員”の名は伊達ではないということか。恐らく、今の口振りからしてトウドウ・サキは本気の戦闘をしていなかったのだろう。そう思えてしまうほど口調や雰囲気が戦闘前と何ら変わっておらず、対峙する相手の底知れない技量(ぎりょう)に舌を巻いた。

 それともう1つ────それだけは有り得ない。その言葉に、分かっていたけれどほんの少しだけ寂しさが胸を(かす)めて視線が下がる。

 

 《戦略アルゴリズム変更。リュウさん、いつでもいけます》

 

 沈鬱(ちんうつ)を少女の声が切り裂く。

 意識を目の前に集中し、モニタを再確認。ナナの端麗(たんれい)な声が脳裏に響いた。

 

 《“トランザム”を使用すれば撃破自体は可能だと判断しました。成功率は97%なので確実ではないです、いきますか?》

 

 リュウの実力から見れば(はる)かに遠い場所に立っているトウドウ・サキ。

 彼女の思想は拒絶(きょぜつ)するし否定もする、けれど。

 ガンプラに対する姿勢はいつも真っ直ぐで、生徒達と楽しみながら組んでいた姿を知っていて、リュウにはその姿が嫌いでもあり(まぶ)しくもあった。

 

 そんなトウドウ・サキをナナは、リュウが製作したガンプラで倒せると、そう言い退けた。

 葛藤(かっとう)が胸に渦巻く。“Link”という不正を使って上のガンプラファイターを倒してしまう、その意味に対して。

 

 《リュウさん》

 

「────あぁ、やってくれ」

 

 自分でも(ひど)く投げやりな声だったなと自嘲(じちょう)気味に低く笑う。

 暗い感情が心に落ちる実感と共に、指は激しく操縦桿を滑り、EXスロット“トランザム”が一切の躊躇(ちゅうちょ)無く選択された。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章26話『力の犠牲』

 “GN粒子全面解放(トランザム)”による真紅(しんく)軌跡(きせき)、おおよそ常人(じょうじん)には視認不可能の挙動をゾンネゲルデは手にした刃でいなし、先読みに斬り、ファングによる狙撃を進路方向へと置く。

 揺らめくように空間を疾駆(しっく)する2つの機影(きえい)、それが数度の交わりを経て天上で衝突(しょうとつ)した。

 実体剣による右袈裟(けさ)をHi-ガンダムは左大型バインダーで受け止め、分厚い粒子の膜に刀身が(はば)まれる。流れる動作で左腰から2本目の実体剣を抜刀(ばっとう)、逆手持ちに構えた刀状の刃を上半身の回転に合わせて振り切る、しかし右大型バインダーが間接部を(たく)みに動かし即座(そくざ)に展開、これも防がれた。

 操縦桿を一旦引いてから大きく前へ倒す、その動作(わず)かコンマ2秒。“エイハブリアクター”から膨大(ぼうだい)な量の粒子がゾンネゲルデ各部へと行き渡り、逆手持ちに構えた刃が大型バインダーを押し退け、Hi-ガンダムが後ずさる。すかさず刃を押した勢いのまま前進し回転、細く(するど)い風切り音が連なり、不可視(ふかし)の斬撃が嵐としてHi-ガンダムに(せま)った。刃は頭部、肘、腰、膝を横一文字に斬り伏せる軌道(きどう)を描き、背部のファングはHi-ガンダム後方へ配置済み。どれか1つでも当たれば絶死(ぜっし)に繋がる猛攻(もうこう)────()()()()()()()()()()()

 

 1太刀目の刃が頭部へ吸い込まれ、これは()け反ることで回避。2太刀目は()け反ったHi-ガンダム肘のGNコンデンサ部分を削る、しかし角を欠けさせた程度でダメージは無い。続いて3太刀目の腰へと迫った刃、──()け反りという回避行動は腰を起点(きてん)とした体術だ。機体の重心を上へと持っていったHi-ガンダムにとって無防備同然の箇所(かしょ)であり、刃の上半身が金属の輝きを(ひらめ)いて空を斬る。

 ゾンネゲルデの実体剣は先端にいくにつれて重量が増す“トップヘヴィ”の構造だ、遠心力のままに振るえば“ナノラミネートアーマー”をバターの(ごと)く切り裂くことさえ可能、その刃がHi-ガンダム腰部に触れた。

 刃はHi-ガンダムを通り過ぎ、H()i()-()()()()()()()()()

 

「──────成る程ね」

 

 目の前で起きたことに別段驚くことでもない。初めて目にする技術でもない回避行動にトウドウ・サキは若葉(わかば)色の目を細めるだけだ。

 “トランザム”は機体各部に貯蔵されたGN粒子を解放することで機体性能を3倍以上にする強力なシステム。それに加えて機体表面には粒子の膜が展開され対刃対弾性能も大幅に向上する。

 先の回避、Hi-ガンダムは刃が身に触れた瞬間(しゅんかん)、粒子が一瞬実体剣を(とら)えた時間を利用して()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()0()()()()()

 その(はる)かに難易度の高い計算を求められるHi-ガンダム側が行った一瞬の入力を想像するだけで、愉快(ゆかい)げな狂騒(きょうそう)が胸の奥からざわめく。今の挙動、リュウ・タチバナに出来る筈が無い。だとしたら誰が操縦しているのか────もしくは操縦されているのか。

 4太刀目は片手で繰り出した白刃止めにより防がれ、その人間技ではない機体制御にどこか胸に納得(なっとく)が落ちた。

 

「そういうことなのね、リホ。────私も人の事を言えないのだけれど」

 

 白刃止めで動けないHi-ガンダムへファングの狙撃。3基からの精密(せいみつ)なスナイプはあらゆる角度からHi-ガンダムを(つらぬ)く弾道計算だ。

 刃を引かれ真紅(しんく)のマニュピレーターがゾンネゲルデの首へと回される。比較的人体に近い構造(こうぞう)を持つ“ヴァルキュリアフレーム”は驚異的(きょういてき)な可動域を持つと同時に、機体本体に積める推進材と推力は同レギュレーション帯の機体と比較(ひかく)すると若干低く、“トランザム”の恩恵(おんけい)を受けたHi-ガンダムのバーニアを用いた体術の前では抵抗もままならない。Hi-ガンダムがゾンネゲルデを支えに倒立(とうりつ)し、機体を背後から押す。入れ替わった立ち位置。放たれたファングの狙撃がゾンネゲルデの“ナノラミネートアーマー”に弾かれ、反射する粒子に視界が一瞬明滅(めいめつ)する。

 

 モニタに色彩(しきさい)が戻り(くら)んだ目が覚醒(かくせい)したその瞬間。

 

 “トップヘヴィ”の実体剣を振りかぶるHi-ガンダムの姿がスローモーションでトウドウ・サキの目に飛び込んだ。

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 見ているだけだ。

 モニタを見、レーダーを見、時折(ときおり)画面四隅に表示される警告を見るだけ。

 先日の昼間、あれだけ手が届かなかったトウドウ・サキを一方的に蹂躙(じゅうりん)する少女の機体操縦。最早(もはや)両者が行う戦闘はリュウの視点からでは理解の及ばない超上(ちょうじょう)のやり取りであり、気が付けばナナへ注意を(うなが)すことも止めた。リュウが注意を言う前に機体は(すで)に回避のモーションへと移行(いこう)し、攻撃に対して反撃を行っているからだ。

 

「俺が、やってきたことってなんだったんだ……? あんなっ、苦労して、エイジや皆と」

 

 リュウがガンプラバトルを始めて10年は優に経つ。人並みに努力し、日本に置けるガンプラバトルの最高教育機関“萌煌(ほうこう)”学園に入学し、毎日ガンプラの事を考え武装や戦略を考えた。

 塗料の効果や作用も勉強し、膨大(ぼうだい)な量の模型技術を仲間と高めて、その結果惨敗した昨日の戦闘。

 

 そんな相手に対して、リュウの身体と脳領域を駆使する少女がゾンネゲルデを攻め立てている。

 脱力感か虚無(きょむ)感か。(いま)目の前で繰り広げられている攻防(こうぼう)対岸(たいがん)の火事のように(なが)め、気が付いたらHi-ガンダムがゾンネゲルデが所持していた実体剣を手に取って振り上げていた。

 

『────これは、教員としてアナタに忠告よタチバナさん』

 

 がっ、とノイズ混じりの音声がスピーカーを通してコクピットに響いた。

 その間にも刃はゾンネゲルデへ近付いて。

 

()()()()は大きいわよ』

 

 嫌いなほど聞き慣れた、どこまでも相手を気遣(きづか)うような優しい声音が、皮肉気な(ひび)きと共に意識へ冷水(れいすい)として浴びせられる。

 がしゃり、と。実体剣が“ナノラミネートアーマー”の頭上を(くだ)いて股先(またさき)までを縦に一閃(いっせん)し、断面(だんめん)稲妻(いなずま)が走る。

 

 言われた言葉の意味は分からない、反射的に知りたくも無いと頭を横に振った。

 “最優の教員”が駆るレギュレーション800“ゾンネゲルデ”。惨敗を(きっ)した相手に対し無傷の状態で勝利した事実に、実感なんてものは()かず喜びも微塵(みじん)も感じなかった。ナナを使って胸に覚えたのは果てしない空虚(くうきょ)感、今まで行ってきた努力が馬鹿馬鹿しく思えてしまい────いや、実際馬鹿馬鹿しい。

 上手くいくか分からないガンプラの調整や操作技術の向上を目指すよりも(はる)かに簡単な方法で勝利が掴めるのだ、必要なのは作ったガンプラの知識と武装の把握だけ、これだけでナナはリュウの身体を使って圧倒的な演算を元にした操作技術で敵を(ほふ)ってくれる。

 なんて()()()()()無く、なんて()()()なシステムなんだ、と思考の()()が外れたことを実感しながらも高笑いが抑えられない。

 

「最高だったぜナナ、……この調子で明日からも頼む────あぁ、今までやってきたことがどんなに遠回りだったか思い返すだけで笑えてくるぜ。ははっ、はははは」

 

 自虐(じぎゃく)(わら)う声に少女からの返答は無い。

 ログアウトを告げる(あわ)い光がリュウを包むまで、お互い言葉を交わすことは無かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章27話『放たれた狂楽』

「バイタル正常、意識も良好ね。お疲れ様」

 

 (ねぎら)いの言葉を吐く表情は反転して冷たい。

 アウターギアが“活動状態(アクティブ)”から“待機状態(ディアクティブ)”へ移行(いこう)したのを見届け、固いベッドで寝たせいか強張(こわば)った身体を倦怠感(けんたいかん)と共にゆっくりと起こす。

 見渡せばバインダーや書類を手にした研究員達が次々と部屋から出ていっている最中(さいちゅう)で、彼らの眼中にはリュウは映っていない様子。大事なのは実験であり被験者である自分には興味がないことに、胸が少しだけ()めた。

 

「リュウさん。身体に異変は無いですか?」

 

 (かす)かな頭痛に顔をしかめる中、聞き心地のよい(すず)しげな声がすぐ隣から聞こえる。見ればナナが立っており、気遣(きづか)いに揺れる(あお)眼差(まなざ)しがぶつかった。

 

「ナナ、俺が起きるまで待っててくれてたのか?」

 

「5分と16秒待っていました。顔色が優れないですね、もう少し休みましょう」

 

 目に入った()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 出会ってから数週間、今まで見た事の無い少女の顔だ。口調もどこか饒舌(じょうぜつ)で言葉の(はし)からは普段のような読み取れない雰囲気は無い。年相応(そうおう)に感情を見せる可憐(かれん)な少女の表情だ。

 

「ナナは平気なのか? あんだけ機体を派手に動かして、疲れたりはしてないのか」

 

「疲れは……あります。ありますが睡眠を取れば回復する程度の疲労(ひろう)です。お疲れ様でした、リュウさん」

 

「お……おう、ありがとう。ナナお前少し変わったか? そんなに気遣(きづか)いを前面に出すようなキャラだったっけ? ……あぁっ!もしかして今までが距離を取ってたって事か!? そんな近付きづらかったか俺」

 

「そんなことないです。私が変わったのはリュウさんのお陰ですよ、今までは出力が上手くいかなかった為に感情を表現する事が難しかったのですが、今回の“Link”を()てある程度は改善(かいぜん)された模様(もよう)です」

 

「俺が何かしらナナの助けになったんなら嬉しいけど。──リホ先生、今回の実験は成功……なんですか」

 

 浮かんだのは撃墜(げきつい)間際(まぎわ)にトウドウが発した言葉だ。

 ────『“力の犠牲(ぎせい)”は大きいわよ』

 意味なんて考えるまでもない。ナナとの“Link”を使用したチートにも(ひと)しい戦闘で相手を容易(たやす)く倒してしまうその言葉の意味は、自分が積み重ねてきた時間を否定することと同じだ。罪悪感と虚無(きょむ)感と喪失(そうしつ)感、それらいっぺんが今も頭に渦巻(うずま)いて仕方がない。

 

「成功ね。実験相手はトウドウ先生だったでしょ?それを言わなかったのは謝るわ、そういう事情なの」

 

「いや、別に……。トウドウ・サキ、あの人は無事なんですよね?」

 

 問いに俊巡(しゅんじゅん)するよう返答が詰まった。

 リュウとナナは“Link”した状態で撃墜(げきつい)してしまった場合は命の危険があるという条件だが、相手も何かしらの制約(せいやく)があった可能性もある。

 リホは思う(ふし)があるように(あご)に手を()えて視線を床へと落とした。

 

「無い(はず)よ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()、確実に言えるのは命に別状(べつじょう)は無い事。恐らく精神面も健康よ」

 

 言葉に含まれた意味は理解できなかったが、(ひたい)通り受けとれば大事ではないらしい。それでも、無事で良かったと(よろこ)べるほどリュウは人間が出来ていないと自覚している。

 “電脳世界(アウター)”内ではリュウを殺すつもりで仕掛けてきた相手に少なくとも温情(おんじょう)は無く、死ぬまではいかなくとも何かあったのでは夢見(ゆめみ)が悪い、ただ単にそういう問題だ。

 自分ながら割り切った考えだなと驚く。()めた思考が次々と先ほどから浮かび、余計な選択肢が小削(こそ)がれていくような、そんな思考。

 

「そう言えばナナ、聞きたいことがあるんだけど」

 

「? なんでしょうか」

 

「──────“電脳世界(アウター)”で()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉を聞いたナナの顔は、どう表現したら良いのか。

 驚きと恐怖(きょうふ)一瞬(いっしゅん)顔を走り、やがて(さと)ったような微笑(ほほえ)みがリュウへと(やわ)らかに投げ掛けられる。

 

「Hi-ガンダムですよリュウさん。つい先日まで作られていた、リュウさんだけのガンプラです」

 

 思い返してみるが、今いちピンとこない単語に顔をしかめる。記憶の琴線(きんせん)に触れない少女の言葉にリュウは返す声を持たなかった。

 

 少女の手はきつく握られる、服の(すそ)をぎゅっと巻き込みながらリュウに見えないよう。きつく、きつく握られた。微笑(ほほえ)みかける表情はどこまでも優しく、気付かれないように少女は拳を戦慄(わなな)かせた。

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 相も変わっていない部屋の有り様。

 いや、よく見れば床に乱雑(らんざつ)と捨てられた資料の数が増えているか、とトウドウは旧知(きゅうち)の友人を見る目を細める。

 

「部屋の散らかりは部屋主の心を映すと言うけれど、本当ならリホの心はどれだけ(すさ)んでいるのかしら」

 

「生徒に欲情(よくじょう)してる変態に言われたくないわね、音声データ改竄(かいざん)しといたから気を付けなさいよ。下手したらクビどころか留置所(りゅうちじょ)行きよ────無事だったのね」

 

 机に積み重なる書類の山が1枚、また1枚と高さを増していく。リホが延々(えんえん)と作業をしている中、部屋の(すみ)に追いやられた移動式の椅子(いす)を転がして適当に座り、もう1度部屋の(すみ)へと視線を向けた。

 最も低い座高まで下げられた椅子(いす)の高さ、そこに座るとしたら幼い子供くらいだろうと、たわむガーターベルトが伸びる脚を組んで(なが)める。

 ふと、影が揺れた。トウドウが入ってくる前からそこに居たのか、部屋の影から少年が現れ弾む足取りで椅子(いす)に腰を掛けた。

 真紅(しんく)相眸(そうぼう)烏木(うぼく)の髪を揺らし、少年が無邪気に笑顔を見せる。

 

「まったく、僕に感謝してよねトウドウ先生! 機密処理の為に先生の記憶を消せって言われたんだよ、それなのに僕ってば先生を想って嘘の報告したんだから。良い子だなぁ~僕」

 

「今更何者かなんて問いはしないわ。ただ、記憶を消さなかったのはそちらにとってもリスクでしょう、私が誰かに口を割らないとは限らないわ」

 

「ハッ、リスクとかそういう難しいこと考えないで欲しいなぁ、もっと楽しくいこうよ先生~。僕が記憶を消さなかったのは、先生が気付いちゃった自分の気持ちを忘れてほしくなかっただけ」

 

 鼻で笑う少年の顔は心から楽しそうにトウドウの顔を覗き込んだ。

 無遠慮(ぶえんりょ)な視線を無視し、言われた言葉を思い返す。

 

「気付いた自分の気持ち……」

 

 コトハ・スズネへの執着(しゅうちゃく)今尚(いまなお)胸で燃えている。彼女を手にいれる為なら一切を投げ打つ覚悟も変わらないし、彼女以外の全ての存在はトウドウにとって一定の価値だ。

 そのコトハ・スズネを手に入れる最大の障害(しょうがい)であるリュウ・タチバナは今までずっと気に入らなかった異物であり、真っ先に排除(はいじょ)すべき人間、その筈だった。

 

「なのに……どうしてかしらね」

 

「え。聞かせて聞かせて! あの人間に対してどんな心境(しんきょう)の変化があったの!?」

 

「あの子の心は間違いなくこの先折れるわ。そしてこの世の地獄を見るでしょう……けどね、それでも絶望的な状況でタチバナさんが這い上がってくるような事があったら、その時は」

 

 ……きっと。

 その時はきっと、私はタチバナさんにも恋心(殺意)を抱いてしまうでしょう。歪む口元を隠しもせず妄想(もうそう)に身を(もだ)えさせる。そんな私の顔を見て少年のぱぁっと笑顔が弾けた。

 

「トウドウ先生楽しそう~! やっぱ人生楽しまなきゃだよねっ! ────そうそうサツキ先生。次の実験だけどさ、僕が出るよ」

 

 驚くほど冷ややかな声音だった。

 今までの陽気(ようき)抑揚(よくよう)が掻き消えて、無表情の顔に真っ赤な瞳がぎらつきながら。

 

「──────エリゴスを出撃()す。(彼女)の用意、よろしくねっ」

 

 ぐにゃりと、異質なものに変貌(へんぼう)するように。

 少年の顔は楽しみに満ちた、狂楽(きょうらく)の表情へと再び戻っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章エピローグ1

 “学園都市”は山岳部に開拓された人工都市であり、“第一学区”のメインゲートを(のぞ)けば他の学区から外は急勾配(きゅうこうばい)の、少なくとも人間が出入り出来るような環境ではない。

 ほぼ直角へと人工的に調整された斜面(しゃめん)には針葉樹(しんようじゅ)鬱蒼(うっそう)と生え、整備がされていないせいか腰元まで伸びた植物が移動を絶望的に困難にしている。“学園都市”には壁が1周するよう囲まれており、その外へ出ること自体は違法だが難しい訳でもない。幾多(いくた)に張り巡らされた、迷路のような排水処理用の水路を道順に辿ればこうして壁の外へ出ることも出来る。

 

「こちら“デニム”、足元が相当に悪い。“荷物”には気を使えよ」

 

『こちら“スレンダー”、了解。』

 

『“ジーン”了解。へへっ、こんだけのアウターギアを売りゃあ一生遊んで暮らせるぜ』

 

 安い無線機特有の(あら)いノイズが混じった音声が五月蝿(うるさ)くインカムに響く。

 深夜の山岳部には勿論(もちろん)のこと頼りになる(あか)りなんてものは無い、その為月明かりが一層(いっそう)映える満月の夜を作戦実行の日に設定した訳だが目論(もくろ)み通り視界の確保が出来るくらいには外は明るい。

 (しばら)くして後続の“スレンダー”と“ジーン”が人の背余りの巨大なコンテナを2人掛かりで運びながら水路から出てくる。

 作業用である緑色のパワードアーマーに身を包んだ2人の顔には玉の汗がじっとりと浮かび、久し振りの外気(がいき)に一息つく様子が月明かりに良く見えた。

 

「油断はするな。仲間と落ち合うまでは見付かってはいけない」

 

「分かっていますよ。それよりもこの数の”アウターギア“、良く集めましたね」

 

 “スレンダー”がシニカルな口調で眼鏡を光らせる。

 

「”学園都市“で金に困ったら“アウターギア”を売るってのは裏じゃ常識だ。負け続けでガンプラバトルを引退した奴や病気でガンプラバトルが出来なくなった連中、そういう奴等から買ったり交渉して手に入れたのさ」

 

「へ、へへ。報酬は3人で山分けだよな、うへへへ」

 

「“ジーン”、そういう顔は全て終わってからにしろ。……まぁ“学園都市”から脱出出来た現状、気が(ゆる)むのは分からんでもないがな」

 

 監視カメラに細工を(ほどこ)し水路へ侵入、それに加えて“アウターギア”の初期化。準備と人員がそれなりに掛かった計画(プラン)だったが、この調子なら上手くいきそうだ。

 長時間の水路移動に火照(ほて)った身体も随分(ずいぶん)冷め、(ひたい)に備えた暗視ゴーグルを下げる。暗視装置が短い電子音を(ともな)い作動し、可視光線(かしこうせん)から()若竹(わかたけ)色が暗闇に浮かび上がった。

 

「ポイントβに仲間がワイヤーを急勾配(きゅうこうばい)へセットしておいた。そこへ移動しコンテナを上げてそのまま街まで行くぞ」

 

 およそ500m先の地点。

 “学園都市”外縁(がいえん)部を南西に沿()った地点には既に“学園都市”を抜け出した仲間が足を用意して待機しており、後はコンテナを運ぶだけだ。

 100を越える“アウターギア”、これら全て(さば)ければ途方(とほう)もない金額が自分達に支払われる事を考えると“ジーン”ではないが笑みが(こぼ)れるのも自然なこと。

 暗視ゴーグルに圧迫(あっぱく)された顔を張った笑みが浮かぶ。

 

「あ、見っけた」

 

 突然の声にしかし身体が即応(そくおう)する。

 非殺傷設定電圧の中でも最高電圧を誇る7万Vのスタンガンを腰元(こしもと)から引き抜き、一息(ひといき)に逆手で構えた。

 だが、今の声は。

 

「子供…………?」

 

 急勾配(きゅうこうばい)を見上げれば樹を支えにこちらを(うかが)う子供、それも少女の姿が暗視に緑と映える。驚異度(きょういど)は低いと判断し、威圧性(いあつせい)が高いスタンガンと暗視ゴーグルを一旦下げた。

 

「こんな時間に、しかもこんな場所に何の用事かなお嬢さん」

 

「あたしは用事無いんだけど、アデルがあるみたいなの。おにいさん達が持ってるそれ────“アウターギア”? が入ってるんでしょ。……お願いっ! あたし達に分けてくれない?」

 

 両手を合わせて頭を下げる少女の、なんと端麗(たんれい)な姿だろう。

 空に浮かぶ満月と見紛(みまご)(あわ)黄金(こがね)の長髪は、(あで)やかな光沢(こうたく)(もっ)て腰まで伸び、上目遣いで視線を送る瞳の佳麗(かれい)さと(だいだい)色の瞳は懇願(こんがん)(あや)しく揺れる。露出(ろしゅつ)若干(じゃっかん)多い身なりは山岳部では絶対に見ることのない都市で流行りのファッションか。

 愛らしい外見に、だからこそ感じずにはいられない不気味さ。何故こんな少女が自分達の計画を知っている……?

 

「お嬢さん、悪いがこの中身を渡す事は出来ない。何も見なかったという(てい)にしてもらえないかな?」

 

「えぇ~……? 渡さないとぜったい後悔するよおにいさん達。あたしの分の1個で良いから~」

 

「こっちも遊びじゃあないんだ、お嬢さん。家に帰ってゲームで我慢してくれ」

 

 抜いたスタンガンに電光(でんこう)が筋となって(ほとばし)る。

 低く弾けるような音が静まり返った森林に(はじ)けて鳴り渡り、少女に見せ付けるよう突き付けた。

 対して少女は(おく)する事ない様子で嘆息(たんそく)を長く吐き、どこか上機嫌(じょうきげん)とも思えるように月に向かって(さえず)る。

 

「──────だってさ、アデル」

 

 夜風(よかぜ)に樹が揺れる。

 さざめく葉の()れ合う音が風流(ふうりゅう)と耳に流れたと思えば、背後から聞こえる一瞬(いっしゅん)(うめ)き声。何事かと(あわ)てて振り返れば今まさに倒れる最中(さなか)の2人が目に映る。(かたわ)らに(たたず)む人影。月明かりが影を作り表情が隠れる長身の男。やがてゆっくりと歩き出し鋭利(えいり)な刃物を連想(れんそう)させる薄氷(はくひょう)双眸(そうぼう)が“デニム”を射抜(いぬ)いた。

 その眼光(がんこう)悲鳴(ひめい)意図(いと)せずとも口から()れ出る。

 

「────お前、ガンプラバトルは好きか」

 

「はっ…………。な、にっ?」

 

 気が付けば男が片手に“アウターギア”を取り出している。新品の輝きを放つそれは合流地点で仲間が所持している未使用品だ、(みちび)き出された答えに顔が青ざめていくのをさめざめと感じながら。

 

「て、めぇ! 何処(どこ)で計画を知りやがったッッ!?」

 

 怒号(どごう)と共に男へ向けたスタンガンは、指先の(しび)れを(ともな)って手から消える。小さく空を切る音が真上に上り、直下(ちょっか)へと落下、男の足元に転がってそれを足で()(つぶ)した。

 軌跡(きせき)すら見えない直上(ちょくじょう)への前蹴りを狂い無く()り出したと遅れて気付き後ずさる。こいつは危険だと本能が(さっ)し膝が震える。

 

「ガンプラバトルでお前が勝ったなら俺達は消える。だが、俺達が勝ったなら“アウターギア”を渡せ」

 

 何を言われたか(しばら)く思考が働かなかった。

 やがて理解し、(つげ)げられた条件に状況の興奮からか口が()り上がり、馬鹿め、と心中で男を(わら)う。

 よりにもよって俺にガンプラバトルを挑むとは、と自身が“アウターギア”に登録したガンプラの情報を男の視線と対峙(たいじ)しながら思い返した。

 ────レギュレーション400、ザクタイタス。

 字体から受ける印象とは裏腹に表面装甲から内部間接に至るまで海外の違法キットを使用した、レギュレーション詐欺もいいところのモンスターマシン。性能全てがレギュレーション800と遜色(そんしょく)無いこのガンプラは公式バトルでは使用できないものの、ただの野試合なら問題なくプラフスキー粒子は作用する。

 しかも“学園都市”建造物は(はし)に至るまでバトルシステムが搭載(とうさい)されており、それはここ外縁(がいえん)部も例外ではない。

 

「良いぜ、その言葉乗った。」

 

 暗視ゴーグルを外し“アウターギア”を装着。両手を構えれば想像通り土に埋もれた外縁(がいえん)部から“プラフスキー粒子”が(ほたる)のように浮かび上がり両者を囲む。対する男も“アウターギア”を装着し、“プラフスキー粒子”の光を浴びて本紫(ほんむらさき)の髪が夜闇(よやみ)に揺れた。

 

『────バウトシステム、スタンバイッ!』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章エピローグ2

 焼け落ちて(くず)れる建物に(ひび)割れた大地。

 バトルフィールド“サイド7”は見る影も無く蹂躙(じゅうりん)され破壊(はかい)され、煌々(こうこう)と一面に火が燃え広がる。コロニーを穿(うが)つ大穴が数ヶ所程散見(さんけん)され、コロニー内の大気が突風(とっぷう)(しょう)じながら大穴へと吐き出されていく様を倒れた機体から“デニム”はどこか他人気に眺めていた。

 

 ザクタイタスはその身を横倒しになったビルへと(うず)め、肘から先がない腕を(きし)ませながら()()()()へと伸ばす。

 風に乗って流れる火の粉と(すす)に腕を仄黒(ほのぐと)く染めながらも、対して視線の先に(たたず)む機体には一切の(けが)れが見当たらない。まるで、この地獄を思わせる凄惨(せいさん)な光景の(あるじ)だと言わんばかりに暴風(ぼうふう)はその機体を避け、火炎(かえん)喝采(かっさい)する隷下(れいか)(ごと)く機体周辺を(うず)巻いていた。

 四肢(しし)には炎と見紛(みまご)うカラーリングのユニットが(そな)わり、機体の各部に燦然(さんぜん)と走るラインは(かがや)く星を思わせる光芒(こうぼう)明々(めいめい)(ともな)う。上四方に長く伸びたクラビカルアンテナが印象的な頭部から(のぞ)くラインセンサーは(なお)(するど)く、その堂々(どうどう)とした威風(いふう)たるや覇王(はおう)の風格を感じずにはいられない。

 右手には長剣が構えられ、刀身には魔法文字(ルーン)を思わせる紋章(もんしょう)が連なり(うち)からの光を(もっ)(つづ)られてある。

 真紅(しんく)白亜(はくあ)(いろど)られた機体へノイズが走るカメラを合わせると(しばら)くして機体名が表示された。

 

「“シュトラール”……、聞いたことねぇガンダムだな」

 

 男の(つぶや)きと同時、無慈悲(むじひ)威圧(いあつ)する眼光(がんこう)がザクタイタスへと向けられ、左腕ユニットが展開。恒星(こうせい)(ひらめ)きを放つ光球が(てのひら)(しょう)じ、機体にまとわりついていた暴風(ぼうふう)火炎(かえん)が、その全てがシュトラールから離れるよう半円状の力場(りきば)が形成される。“パルマフィオキーナ”でも“ゴッドフィンガー”でも無く全く未知の武装。

 (かざ)された左腕ユニットがザクタイタスへと向けられ、膨張(ぼうちょう)収縮(しゅうしゅく)を繰り返す光球が一筋(ひとすじ)(きら)めいた。

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「あの人達逃がして良かったのぉ? 何か悪さしてるみたいだったけど」

 

 (あわ)黄金(こがね)の髪を月明かりに照らしながら、(あわ)てて()(まど)う3人を尻目(しりめ)に少女がこちらへ(つぶや)く。珍しく本気で疑問に思っているような口振りに(かま)う事も無く、男から奪った“アウターギア”を少女へ投げ渡した。

 手に弾かれて数度の空転を(ともな)い少女の手へと収まり、じっとりと(するど)い視線が浴びせられる。その(だいだい)色の瞳に今更思うところもなく────“アデル”は水路を見やり足を踏み出した。

 

「え、アデルもしかして休まないでこのまま行くの? ……あ、あたし疲れたな~休みたいな~」

 

「さっきの騒ぎを聞き付けて警備が直ぐにやって来る。見付かりたいんならそこで寝てろ」

 

「ひえぇぇえ、こんな年端(としは)もいかない女の子にキツくない? その当たりはさっ! ……もぉ~わーかーりーまーしーたー! 歩きますよ歩きますよ~だ」

 

年端(としは)もいかない女の子……?────ハッ」

 

 皮肉(ひにく)と鼻を鳴らし本紫(ほんむらさき)の髪が揺れる。視線の先、項垂(うなだ)れた本人も自覚があるあたり性質(タチ)が悪い。

 出会ってもう10年以上変わっていない見た目のコイツのどこが()()()()()()()()()()なのか、(あざけ)を込めた視線を一瞥(いちべつ)し、冷気が(こも)停滞(ていたい)している水路を再び歩き始めた。

 

「────行くぞ、エル」

 

「────はいはい、アデルってばも~すこし愛想(あいそ)良くした方が喜ばれると思うけどなぁ~」

 

 反響(はんきょう)する少女の声がやたらと耳障(みみざわ)りに水路へ響く。

 しかし指摘(してき)するのも面倒だと、アデルはコートを深々と羽織(はお)り直す。ふと胸元の認識票(ドッグタグ)が手に触れ、(はる)か遠くの記憶が遠方で(ほとばし)(いかづち)のように(よみがえ)った。

 そういえばエルオーネ────エルと出会ったのも満ちた月の日だったと、胸元で踊る認識票(ドッグタグ)を握り(ひとみ)を閉じて一瞬更(いっしゅんふ)ける。忘れてはいない、その為に日本に来たのだから。

 水路を()く足取りに迷いはなく、確かな目的を持った足付きでアデルは暗闇(くらやみ)を歩み進んでいった。

 

「ってアデル~!? ちょっと早くないかな!? バテる以前にあたしが置いていかれるんだけどっ!」




 書・き・上・げ・たぁーーーーーーーーーーーっっ!!
 遂に3章書き上げました!ありがとうございます自分!ありがとうございます読んでくれた皆さま方 !
 ここからは自分語りなので苦手な方はそのままブラウザバックお願いしますね!

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「1ヶ月で1章書き上げます」とは半年前の自分の言葉で、何を言っていたんだお前はと後悔(こうかい)しております。ガンダムビルドアウターズは1章の時は作品を書きたい情熱(じょうねつ)でぱぱーっと書いて、2章はその慣性(かんせい)を利用して、この3章もぱぱーっと書く予定だったのですが、小説を数ヶ月書いている内に「こう描写(びょうしゃ)してみたい」や「こう書けば良く伝わるかな?」と身の(たけ)に合わない欲が出てしまいまして、それで合計3ヶ月強という長い長い間たらたらと3章を書いていた訳です、お待たせしてしまい(まこと)に申し訳ありません。執筆(しっぴつ)速度が遅いのは一重(ひとえ)に自分の技量(ぎりょう)が低いせいであり、言い訳はありません。
 一番大きいのはルビを振り始めた事でしょうか。戦闘描写(びょうしゃ)が多い分難しい文字がどうしても多くなってしまい、自分もかっこいい漢字が好きなもんですから「この漢字、俺が読めても読者の方が読めなきゃ意味なくね?」と気付いた訳であります、今更(いまさら)かと。
 勿論(もちろん)、難しい漢字を使いすぎて文章から浮いてしまうという事態(じたい)も恐いですが、まずは難しい漢字を使ってみて、そこから削れば良いわけですから3章ではバンバン難しい漢字を多用(たよう)しました。頭が痛い。

 それと嬉しいことが。
 最近Twitter上でガンダムビルドアウターズの感想を見掛けたりすることが多く、それがとても嬉しい!本当に嬉しいんですよ感想貰えることが。
 ただでさえネット小説なんて読む人が少ないのに、その中でもマイナーもマイナー“ガンプラ小説”を読んでくれて、その上感想まで書いてくれる。本当に有り難い話です。
 他にも色んな方が「参加したい!」と言ってくれたり、有名なモデラーさんも参加してくださったり、もーー感無量(かんむりょう)です。


 現在ガンダムビルドアウターズは3章ですが(体感6章まで書いたくらい疲れた)、まだまだ続きます!外伝も構想(こうそう)中です!作品内に登場したガンプラ達の画像付き紹介ページも構想中です!

 てなわけで長々と後書きなんてもの見てくれてありがとうございました。ビルドアウターズは物語結末と5章までは構想が浮かんでるのですが6章からは浮かんでません。どこかそのタイミングで休憩か外伝書いたりしますのでよろしくお願いしますー!ではではありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章ユナ番外編1話

 水絞り機のペダルを目一杯(めいっぱい)踏みつけ、金具から自分の背丈と同等のモップを解放(かいほう)する。

 爛苗(らんびょう)学園でダンスやボイストレーニングを行った後、ユナに待っていたのはレストラン兼酒場である“ガルフレッド”の床掃除。丁度昼の営業から夜の営業に切り替わる店仕度の時間帯に、ユナは床掃除最後の一角である箇所(かしょ)を鼻息を荒くしながらモップを床に(こす)っていた。

 

「っと、これで終わり。はぁ~~~~~~、疲れた疲れた」

 

 客が居ないのを良い事に盛大に伸びて大きな涙の粒を目の(はし)に浮かべる。ふと、そんな自分の姿が店に置いてある姿鏡に映り込み、仕事姿の自分の姿に落胆(らくたん)の溜め息を短く吐いた。

 ママが寄越(よこ)した“割烹(かっぽう)着”。本人はこの仕事着について熱く意見を(たぎ)らせていて、膨大(ぼうだい)な言葉の中からユナが(かろ)うじて読み取れたのは、“割烹(かっぽう)着”は可愛いしそも仕事をしている女性の姿は何でも魅力的だ、との事である。この“割烹(かっぽう)着”もママが若い頃に集めたコレクションの1つらしく、“ガルフレッド”奥にあるママの私室には世界中の女性の仕事着がクローゼットに押し込められてあるのを以前確認した。若干引いた。

 

割烹(かっぽう)着て……、もっと美人な人が着たら映えはするんだろうけど、私はなぁ」

 

 色々足りない。身長とか、身体の凹凸(おうとつ)とか。

 しかも服のサイズが長身のママに合わせてあるのが性質が悪く、身も(ふた)もない言い方をするならば、子供が母親の服を着ている感が凄い、それほどのアンバランスだ。

 平坦な身体のあちこちを触りつつ水の入れ換えを行うため店の奥へ、手元の水絞り機を手に取り腰を上げたその瞬間。

 

「あ、やば」

 

 ダンスで身体を酷使(こくし)した影響か膝を取られ盛大(せいだい)尻餅(しりもち)をつく。(さいわい)い痛みはないが手にしていた筈のバケツもとい水絞り機が見当たらない、そして顔を見上げれば。

 今まさに、頭上から口を逆さまにして落ちてくる水バケツ。口を呆然(ぼうぜん)と開けたまま全身に冷や水がかかる感触に、ついてない、そう(こぼ)して店奥で寝ている店長の元へと重い足取りで向かっていった。

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「掃除はあたしがやっとくからお前はシャワー浴びてきな。代わりの仕事着は(かご)にいれとくからね」

 

 雰囲気(ふんいき)ある店内からは想像できない白く近代的なバスルームを出、ドライヤーで髪を乾かしながらママの何故か上機嫌(じょうきげん)な言葉が鮮明(せんめい)に思い出された。

 ニーソックスに親指を掛けて足先にあてがい、爪先から太股までゆっくりと(しわ)が出来ないように履いていく。次に服を着ようと(かご)に視線を送り、どんな仕事着が入っているのやら、とあまり気乗りしない心のままそれが視界に入る。

 

 ──────メイド服。

 

「…………………………………………は?」

 

 何かの間違いかもしれない。

 丁寧(ていねい)に折り(たた)まれた白と黒の、そしてフリルの意匠(いしょう)が各所に見られる服を伝う冷や汗と共に伸ばす。Oh……cool Japan。ニンジャ、ゲイシャ、メイド、ワビサビ。

 見れば見事な造形だ。服の繊維(せんい)は安物のそれではなく、しっかりと指を撫でるシルクと(はし)まで通う繊細(せんさい)な造り。衣擦(きぬす)れの音すら(なめ)らかなメイド服はあろうことかミニスカート、確か本場におけるメイド服のスカート丈はかなり長かったと記憶しているが、手にした物のスカート丈は日本のアニメに登場するようなかなり短い丈だ。そしてご丁寧に(かご)へと添えられたホワイトブリム、それはもう可愛らしいフリフリが全体に主張されており戦慄(わなな)く手で握り締め、恐らく脱衣場外に居るであろう相手へと叫ぶ。

 

「ちょおぉぉっと、ママぁ~!? な、ななな、何よこれぇ! この、こんな、フリフリの…………!」

 

「メイド服さねぇ!! あたしが若い頃集めた“世界女性の仕事着”コレクションの1つさぁッッ!!」

 

「ぎゃーーーーーー!! 着替え中に入って来ないでよ!!」

 

 意気揚々(いきようよう)と効果音の1つでも付きそうな勢いで扉が開かれる。(あわ)てて服で身体を隠すが、わたしを見て怪訝(けげん)な表情を浮かべる顔が最高に腹立たしい。下着は着けているがそういう問題ではない。

 本人は知ってか知らずか豊かな曲線を誇示(こじ)するかのように腕を組んでいるのが苛立(いらだ)ちに拍車(はくしゃ)を掛けた。

 

「なんでメイド服ッッ!?」

 

「そりゃお前、普段から“割烹(かっぽう)着”に文句言ってただろう?可愛いのが好きなら素直にそう言えば良いのにねぇ」

 

「なんでミニスカートッッ!?」

 

「古来からのヴィクトリアンメイド服は確かに機能性重視の外見性を()いだ外観だが、あたしゃ短いスカート丈のメイド服も好きなのさ、どっちも(つか)える者の為に奉仕(ほうし)するって心構えはおんなじだからねぇ、それにだ」

 

 片眉を吊り上げ、人差し指でユナの身体を下から上へと妙になめかましくなぞっていく。

 やがて頭のてっぺんまで到達したかと思えば、何故かいたたまれない目で小さく鼻を鳴らした。

 

「本場のヴィクトリアンメイド服なんてお前が着たらお人形さんも良いとこだよ」

 

「なッ──────!!」

 

「じゃあ~今日はそれで接客よろしくねぇ! “看板娘”!」

 

 からからと笑いながら背を向ける憎き店主に、しかし返す言葉を持たず赤面したままその後ろ姿を見送るだけ。

 せめてもの抵抗(ていこう)だと開けっぱなしの扉を電光石火(でんこうせっか)の速さで閉め、両手に抱えたメイド服をじとりと見やった。

 普段ぜっったいに着ることの無いメイド服、それもミニスカート!

 別の意味で顔が赤くなるのを自覚しながらも、渋々(しぶしぶ)とメイド服を広げ直したのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章ユナ番外編2話

「じゃあ、あたしは買い出しに行ってくるから接客頼むよ!愛想良くね!」

 

「はぁ!? わたし1人!? しかもこの格好で!?」

 

 いそいそと客席に戻れば姿鏡で服装の確認を行う店長(ママ)。革のロングコートに派手な赤色(アパッシュ)のスカーフが首に余裕をもって巻かれ、ブランド物の長柄の傘をステッキのように紳士と構える姿は、映画から飛び出してきた女優と何ら遜色(そんしょく)無い完璧な着こなし。綺麗な紅を引いた唇から出た言葉は衝撃だったが、反論するユナの姿を見やった瞬間、存外意外そうな顔で、へぇ、と感嘆(かんたん)の吐息を漏らす。

 

「中々似合ってるじゃないか、昔のあたし程じゃないけどね」

 

「昔のママはどうでも良いとして……、お客さん来たらどうすんの!? 料理はいつもママが作ってるじゃない!」

 

「客なんてどうせ来やしないよ、来たとしても軽くあしらえばいい。それにお前この間厨房でオムライスだか何だか作ってたじゃないか」

 

「少なくとも店長の台詞じゃない! …………ってあぁ! ホントに出ていったし!」

 

 気が付けば立て付けのやや悪い木製の扉が鈴の音と共に勢い良く閉められた。

 一転して静かな店内、しかしユナの心中は多くの疑念が渦巻いており自身の心臓の音が頭に大きく脈打つ。身長に対してやや大きめのトレイを胸に抱えながら、やたらと風通りの良い脚に違和感を感じずにはいられない。

 自分の内圧を下げるように強く長く息を吐いて、火照った顔のまま姿鏡をくるりと見やる。

 

「わぁ~……」

 

 白と黒を基調にフリルが全体にあしらえられ、ミニスカートからすらりと伸びた脚に履かれたニーハイソックス。そんな自身を隠すようトレイに顔を半分隠し、その頭にちょこんと乗っかるホワイトブリム。紛れもなくこれはあれだ、秋葉原で昔流行った、

 

「メイド服だよこれ……、メイドさんだよ」

 

 恥ずかしさと感動から良く分からない溜め息が漏れ、ぎこちない動きながらも色々なポーズを取ってみる。

 昔からミニスカートは何故か苦手で、人前で履いた試しは今まで皆無だ。可愛いとは思うけれど履いている自分を想像できなくて、恥ずかしくて、ステージに立つ際も極力スカートでは無い物を選んでいた程だったが、まさか今日履く事になるとは……しかもメイド服をセットで。

 2回、3回と適当にポーズを取って自分が自分でないような不思議な感覚に陥る。コスプレ趣味は今まで無かったがこの高揚(こうよう)感は嫌ではなく、()まってしまう人の気持ちが少しだけ分かる気がした。人前に披露(ひろう)するのは恥ずかしすぎるけど。

 このテンションなら、と咳払いを1つ行いトレイを脇に挟んで小首を傾げながら、

 

「いらっしゃいませご主人様。………………………………、ちゃわわ~! 恥ずかしっ! 恥ずかしっ!」

 

 言っている途中でギブアップ。トレイで顔を隠しながら鏡の前で右往左往している様は(はた)から見れば怪奇(かいき)のそれだろうが、恥ずかしさが勝って気にしている場合ではない。本来ならば、「いらっしゃいませご主人様、お飲み物の用意が出来ておりますので、ささ。お席までご案内させて頂きますね」という台詞だったが、冒頭で過負荷熱暴走(オーバーヒート)。今の異様なテンションなら言えると思った自分が浅はかだったともう1度鏡へ向き直す。次は短い言葉にしようと深く深呼吸を行い、

 

「い、いらっしゃいませご主人様」

 

 言えたっ!

 鏡に映る笑顔がぎこちないがそれでも今の台詞は妥協(だきょう)できる出来だ。

 若干声が上ずってしまった為調整を兼ねてボイスマッサージ。新曲『恋してガンプLOVE2』を口ずさみ準備万端、自分が出来るありったけの可愛い笑みを浮かべて憧れの台詞を言い放った。

 

「いらっしゃいませご主人様っ」

 

 今度は改心の出来だ。

 自分が演出出来る可愛さの全てを注ぎ込んだ動作、声に思わずガッツポーズを取る。

 

 ────その興奮からかユナは気付いていなかった。恐る恐る開けられた扉の、ささやかな鈴の音に。

 

「ユナちゃん、だよな?」

 

 見てはいけない物を見てしまった時のような、そんな気遣(きづか)いすら伺える声音が耳に入り思わず身体が硬直する。

 ぎぎぎ、と壊れかけのブリキの挙動で首を声の方向へ振ると、少なくとも今最も顔を会わせたくない人物が扉を開けた姿勢のまま、揚々(ようよう)とガッツポーズを取るユナを凝視(ぎょうし)していた。

 

「………………………………、眼鏡きらーん」

 

「ちょおおっっとおおぉぉおおッッ!? エイジさん待って下さい! 待てこのっ! 扉を閉めるなッッ! 話を聞いてっ、聞けッッ!!」

 

 壮絶(そうぜつ)な笑みを浮かべたエイジさんが扉を閉め、瞬時にドアノブでの攻防戦。

 マグマでも噴き出しそうな程に顔を赤に染めて、悪魔の如き男をこの場から逃すまいとドアノブに掛かる腕力は火事場力。一息に扉を開き、にやけるエイジさんの首根っこを掴んで店内へ。店の鍵はロック。肩で息をするなかこの男をどうするか、ユナは沸騰(ふっとう)しそうな羞恥(しゅうち)心に目を(くら)ませ、回らない思考に困惑する中にやにやと尻餅をつくエイジを睨んでいた。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「いやしかし、珍しい店もあるもんだな。RPGに出てくる酒場そっくりじゃないか、プラモデルまで置いてあるし……面白いメイドさんも居るし。────いっだぁ!?」

 

「最後が余計ですっ! ぶん殴りますよ!?」

 

「もうぶん殴ってるけど!?」

 

 木製のトレイが小気味良く、割と痛そうな音を店内に響かせた。

 ──ママには悪いが正面入り口に鍵を掛け、エイジさんが逃げ出さないよう奥のテーブル席へと座らせる。水の入ったコップを置いて、おざなりにメニュー表を手元へ。そこで彼の視線がどことなくユナの全体を見渡すように泳いだあと、張り付いた真顔のまま口が開いた。

 

「なぜ、メイド服」

 

「話すと長くなるんで、すみません。ノーコメントで────逆に聞きますけど、どうしてこの店を知ってるんですか?リュウさんかコトハさんに聞いたんですか?」

 

「リュウと、コトハ……? いや、まずアイツらが来てたことが初耳なんだが」

 

「以前来たことがあったんで2人から聞いたのかなと。え、じゃあ何で知ってるんですか」

 

「ジオニストの感かな……」

 

「言ってやったみたいな顔しないで貰えますか」

 

 (あご)に手を()えて眼鏡を光らせる。のらりくらりと掴めない人、と苛立ちを(つの)らせながらも嘆息(たんそく)して向かう席に腰を下ろす。

 “ガルフレッド”を見付けた理由は聞かない事にしておいて、エイジさんの視線が既にメニュー表へ行っているのに気が付いた。先程から思い返せば、ユナのメイド服姿を弄るような行動は取っても口に出して来ないのが薄気味悪い、というか腹立たしい。

 依然(いぜん)メイド服を(まと)う恥ずかしさが引き()るまま、あの、と声を出して不審(ふしん)に気取られないよう声音に気を付けて伺った。

 

「エイジさん、あの。ユナのメイド服、変じゃないですか?」

 

「変? ──いや、弄りこそしたけど別に。……どうした? 似合ってると言って欲しかったか?」

 

「そんな事思ってませんー! エイジさんに聞いた私がバカでしたよっ」

 

 さして気になっていないだけマシと言うことにする。

 ほんの少しだけ上機嫌になった私はメニュー表を開いて、どんな高いものを頼ませようか思案。私のメイド服を見たのだ、値段は高く付くと思い知らせてやろうとオープンしてから誰も頼んだことのないメニューを指差す。

 

「とりあえず、この“ジオンはあと10年戦えるセット”にしましょうっ」

 

「軽い気持ちでこの店に入ったんだが俺! もっと安いのあるだろ、ほらこれとか、右の」

 

 エイジさんにガンプラバトルで負けたことは悔しいし今度は絶対勝ってやると意気込んでいたが、たまにはこういうやりとりも良いものだろう。メニューの選択をお互い譲らずに、結局決まったのはそれから10分ほど経ってから。

 店の鍵を開けた店長(ママ)からどやされつつも、直ぐに打ち解け合う2人を見ながら何だかんだ笑いが絶えず────“ガルフレッド”の夜はゆっくりと更けていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝
外伝『Gun Through the Dust Anima』1話


 〈スペクター1より各機。プルーマの数が想定より多い、入り乱れた戦闘に移行(いこう)した場合奇襲(きしゅう)に注意しろ。加えて奴等(やつら)のドリルクローは通常のプルーマより強化されてある、被弾するなよ〉

 

 〈了解ッッ!!〉

 

 (おごそ)かな雰囲気を含んだ強い音声がスピーカーより聞こえ、自分を含めた小隊全員が快活(かいかつ)に返事を返す。

 バトルフィールド『峡谷』は機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズに登場したステージの1つで、全高150mを越える岩肌が入り組んだ海溝(かいこう)のようにうねり、時折(ときおり)吹き荒れる砂嵐は空中を移動する機体にとって中々に厄介(やっかい)なステージギミックだ。既に散開(さんかい)した小隊各機は砂嵐に軽口を叩きつつも余裕を含んだやりとりで作戦エリアへと向かい、自分の機体────ケルディムガンダムも間も無くあてがわれたエリアへと到着する。

 青く開けた空に砂塵(さじん)(かげ)る中、部隊内通信のコールマークが正面メインモニタに点滅し思わず身を正した。

 

 〈────こちらスペクター5。谷の底にプルーマの集団を発見しました。奴等はこちらに気付いていませんが攻撃しますか?〉

 

 〈こちらスペクター1。良くやった、最大火力で一気に数を削れ。その地点を押さえれば今後の作戦が楽になる、だが無理はするなよ?〉

 

 〈スペクター5了解っ!石破天驚拳を使用しますッ! ────はあぁぁぁあ……! 石・破ッ! 天ッ! 驚ッ! けぇぇぇええええんッッ!!〉

 

 (いく)らなんでも指示を受けてから実行するまでの間隔(かんかく)が短すぎないだろうか、と部隊内で唯一同性の先輩に苦笑(くしょう)を交えてスピーカーへと耳を(かたむ)ける。間も無く(おとず)れるであろう衝撃波に備える為、笑いに揺れる操縦桿を一層(いっそう)強く握り、案の定見えない大気の壁に激突したかのような衝撃が機体を大きく揺らした。

 スペクター5が搭乗するマスターガンダムの最大火力武装、石破天驚拳が気合いの入った声と共に炸裂(さくれつ)する。本来技名を叫ぶ必要は無いのだがそれは彼女の信条(しんじょう)に反するらしく、搭乗している機体も相まってリアルガンダムファイターと他隊員から茶化され怒るまでが一連の流れだ。

 

 遠く峡谷、一際(ひときわ)高い岩肌が轟音と共に崩れ去る。やがて大きく“驚”の文字が岩肌に刻まれ、プルーマの撃墜(げきつい)()げる爆音が次々と強化されたセンサユニットによって拾われた。小さく聞こえる隊員達の笑い声は最早ご愛敬(あいきょう)だろう。

 

 〈────こちらスペクター5。プルーマの6割を撃墜(げきつい)、これより白兵戦に移行(いこう)します〉

 

 〈良し。充分に注意して蹴散(けち)らせ〉

 

 〈スペクター5了解! この地点のプルーマを掃討(そうとう)した後スペクター2、スペクター3を撃破(げきは)しに向かいます、貴方達また笑いましたね!?〉

 

 自分と隊長を除いた隊員達の悲鳴(ひめい)が混じった(うめ)き声にいよいよ笑みが自分の口からも漏れた。

 次の瞬間、引いた血の気のまま正面モニタを見れば表示されているのは部隊内回線のモードを表すアイコン。つまるところ今の自分が発した笑い声も全員に聞こえてしまった訳だ。涙目を浮かべているであろうスペクター5の叱責(しっせき)がスピーカーを大きく鳴らす。

 

 〈すっ、スペクター4! 貴女までも笑うのですかっ! そんなに私のバトルスタイルが可笑(おか)しいのですか!〉

 

 〈あああ、ごめんなさい! 違うんです!あの、何かちょっと可愛(かわ)いかなと思ってしまって〉

 

 〈可愛(かわ)いっっ!? 私より年下ですよね貴女!? ……コホン。分かりました、いい機会です。この試験が終了したら少しお話がありますスペクター4。普段から私をからかうような素振(そぶ)り、これを機に矯正(きょうせい)してあげます〉

 

 逃げろスペクター4、奴は拳で語る口だ! という通信がスペクター3から聞こえ再びスペクター5が噛み付く。彼の忠告が迫真であった事から過去に何があったのかは察するまでも無いが、口には決して出さない。怖い。

 

 〈────各員お喋りはそれくらいにしろ。スペクター5がプルーマを発見したということは、逆もあり得るという事だ。〉

 

 《────了解》

 

 短く切った、力強い返事。続いて隊長の(かす)かな笑みの気配にこちらも釣られて口角が上がる。

 自分が所属するこのフォースは結成されて3年ばかりの至って平凡なフォースだ。隊長とスペクター5が恋人関係でスペクター2と3は隊長達の後輩。自分は全国を野良でガンプラバトルして回っていたら勧誘(かんゆう)されたクチで雰囲気の良いこのフォースが気に入り腰を落ち着かせている。

 フォース結成1年目、都市のそれなりに大きなフォース戦で結果を残してからプロになることを全員が意識し始め、ガンプラバトル運営が定める試験を直ぐに受けた。試験に合格すれば晴れて資格を持ったフォースになれるのだが、過去に3回その試験に落ちており、今回で4度目となるこの試験を最後に隊長とスペクター5は不合格ならガンプラバトルを引退するという決断を下す。将来の家庭を見越しての判断に誰も反対せず、いつも通り笑って付いていくことを決めた訳だが、それを告げたときの隊長の顔といったら珍しく鼻頭を抑えて涙を流していた。

 

「この調子ならっ」

 

 試験は初めて最終審査まで通過した。

 全4過程ある試験の3つを信じられないくらい快調にクリアし、最後に課されたのがこの“ハシュマル討伐試験”。提示された情報を元に作戦を練り上げ、今日まで全員が訓練してきた努力をぶつける時が今この瞬間だ。

 右上スクリーンに表示されたマップデータが間も無くポイントに到着することを伝える。機体ステータスに不備が無い事を確認してから咳払いを1つ、少し大きめな声で隊長に繋いだ。

 

 〈こ、こちらスペクター4! もうすぐ作戦エリアに到着します!〉

 

 〈了解。俺も間も無くエリアに入る。スペクター1からスペクター3が到着した(のち)、俺の合図で攻撃をそれぞれが仕掛ける。プルーマが多いエリアのバックアップ頼んだぞ〉

 

 〈スペクター4、了解っ!〉

 

 ハシュマルとの戦闘シュミレータは全員が履修(りしゅう)済み。ミッション成功率は9割を越えており、懸念の1割を占める“連続稼動によるガンプラの間接の磨耗”という事態も当日全員がそれぞれのガンプラを確認しあった為心配は要らないだろう。

 自分の駆るケルディムガンダムが務める役割は“プルーマ掃討の補助”。ナノラミネートアーマーを(まと)わないプルーマの装甲はビーム兵器に弱く、他の隊員が持つ火力をハシュマルにぶつけるための御膳立(おぜんだ)てという訳だ。

 一際(ひときわ)強く、風が吹く。

 煽られた砂塵が峡谷を等しく風と共に覆い、視界が一瞬黄砂(こうさ)色に染まる。続いてガッと短いノイズが走った後コールマークが正面モニタに点滅、距離が離れているせいか通信音声は先程までに比べるとやや不明瞭(ふめいりょう)だ。

 

 〈うぃーっすこちら02(ゼロツー)、作戦エリアに到着しました〉

 

 〈03(ゼロサン)も同じく到着ぅ~、隊長がまさかの一番遅れですか? 俺たちだけで終わらせちゃいますよ?〉

 

 〈馬鹿言え。お前らを作戦エリア手前でずっと待ってたんだ悪餓鬼共。────さて、こちらも始めるとするか。早く片付けないとスペクター5がお前らを撃破しにやって来るぞ〉

 

 2人の笑い声がコクピットに反響する。良い雰囲気だ、皆がリラックスしていて心にはちゃんと張り詰めた緊張感を持ち合わせている。

 

「なら私は、1匹でも多く撃破して皆の負担を軽くする」

 

 武装トリガ、GNライフルⅡと連動した操縦桿を決意と共に握り、砂塵が吹き荒れる峡谷その谷底が見渡せる狙撃ポイントへとケルディムガンダムが着地。

 アイセンサユニットが数度の望遠調整を行った後、砂色に(まぎ)れたざわつく黒を(とら)えた。プルーマの集団だ。

 

 〈スペクター4。狙撃位置に到着しました、いつでもどうぞ〉

 

 〈だそうだ。各員準備は良いな?プルーマを掃討した後ハシュマルを捜索してこれを撃破……これで終わりにしよう〉

 

 《了解ッッ!!》

 

 〈砂が晴れたら攻撃だ、集中しろ〉

 

 自らにも言い聞かせるような、語尾の強い声だった。

 集中しろとの命令に変わり映えの無いモニタ情報を確認し、全ての項目(こうもく)が平常であることの確認を終え目を閉じる。

 久し振りに吐く長い溜め息と共に目を閉じようとした、景色が黒に移り行くその時だった。

 

 〈────? な、アイツら何処を向いて……〉

 

 〈スペクター4どうした、プルーマに気付かれたか?〉

 

 〈いえ、此方には気付いてはいません。いませんが、全ての個体が1つの方向を向いていて────〉

 

 短いノイズ音がスピーカーを強く鳴らし通信が不意に途絶(とだ)える。

 モニタコールマークはオフライン。異常事態と脳が判断する前に訓練の成果からかそれともファイターとしての勘か、視線は意思に反して正面モニタの機体情報を確認し事態の把握(はあく)に務める。

 計器が観測している異様な力場の乱れ、これは……ッ!

 

 瞬間。空気がスパークした際に発する低い破裂音の連続と、鳴雷(めいらい)を思わせるような高く轟いた空気の振動に思わず目を(つむ)った。

 

「な、何が……」

 

 過去に何度も見た光景の筈だった。あるときは砲撃機が持つ強力なビーム兵器、あるときは戦艦から放たれる高圧粒子砲。

 記憶の情景(じょうけい)に重ねられた殲滅(せんめつ)の光が、粒子の奔流(ほんりゅう)とも例えるべき閃光の螺旋(らせん)が、巨大な槍となって峡谷を穿(うが)つ。厚い岩壁に阻まれた様子もないその光槍は幸い自分達ではない峡谷の岩壁を貫き、バトルフィールドのエリア外まで威力が衰える様子なく続いていった。時間にして数秒か、破壊されていく峡谷をどこか他人気に眺めながらようやく気付くべき異常に意識が反応した。

 

「え……。す、スペクター5、反応…………ロストっ!? そんなっ!」

 

 〈(あわ)てるなッ! スペクター5の付近にハシュマルが潜伏していた可能性もある、まずは作戦の建て直しを────〉

 

 再び輝きが正面モニタを覆い、通信が断絶される。目をしかめる中レーダーを恐る恐る見やれば印された各隊員達のマーカーそれらが全て消滅(しょうめつ)を意味した灰色のマーカー色となったのが確認出来た。

 彼方から()ぎ払われた2度目の光槍、その一振りが峡谷の谷底を通過しメインカメラを慌てて谷底へ向ければ、施されたビームコーティングが意味を為さず溶断された各隊員達の機体が爆発もしないまま腰から上を無くしていた。

 

「ひッッ…………!」

 

 部隊の残機1。私だけだ。

 

 把握も何も出来ていないこの事態にただ口が渇く。

 どうやって。

 何故。

 どこから。

 試験は。

 私は。

 

 疑問が脳内を埋め尽くした頃合いか、真白の閃光が遠くから私に()し込んで────。

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 照明が消された個室。高々と積み上げられたコンピュータの駆動音が低く(こも)り、明々と映る複数のモニタが部屋を散発的に照らす。部屋の中央、パソコンに囲まれた女性は犬歯を覗かせた笑みを浮かべ、(かな)でられる高速のタイピング音だけが個室に流れる音楽だ。

 モニタに映し出されているのは“学園都市”に在住する膨大(ぼうだい)な量の個人情報。

 

 ──“学園都市”とは新しいガンプラバトルシステム研究の実験場兼、今後世界に配信される“電脳世界(アウター)”のβ(ベータ)テストを行っている都市だが、生活している人間の(ほとん)どは外部からの移住者から来ている。世界中から選考抽選で選ばれた移住者達は“学園都市”に移る際、個人情報を“学園都市”へと登録するわけだが、女性が閲覧(えつらん)している数々のページは全てが厳正(げんせい)に管理されている筈のそういったデータだ。

 長く伸びた翡翠(ひすい)の髪を掻き上げて、瞬きの1つもしないまま視線を高速に上下する。

 

「まぁ私?やれば出来る女ですから?今日の仕事を明日に持ち込むなんて真似は(いた)しません、ファイター選びなんて趣味趣向を走らせてちゃっちゃと終わらせちゃいましょう」

 

 候補の人物をピックアップ。

 ()から命令されたのはあくまで人選の選定とミッションデータの結果のみ。ミッション自体成功の是非は問わないというオーダーの元、女性はファイターの勝率を除けば極めて個人的趣向の入った人選に(いそ)しんでいた。

 これまで選んだのは会社員に子供、そして軍人。

 軍人の肩書きはともかく全員顔が良い。仕事を行う以上、折角(せっかく)ならば美形と同じ空間に居たいという信条(しんじょう)の元、とりあえず集まった3人は勝率も高く顔が良い(イケメン)。残る1人に迷う中、スクロールした画面の片隅に目が止まる。

 

「あら、この人……? “フォース”リーダーじゃないですか。ファイター兼ビルダーそしてイケメンに加えて勝率も高い! 超・優・良・物・件ッ! この人にしちゃいましょう、はいっぽち~」

 

 クリックと共に人物へチェックが付けられ、これで4人のファイターが決定された。後は彼らに招待メールを送信すれば仕事が終わる事にとりあえずは一息付けるとチェアに寄り掛かる。手元の紙カップに入ったコーヒーを流し、長時間の経過によって冷えた苦味に思わず顔をしかめた。名産(ブランド)のコーヒーでも冷えたらこんなに不味くなるのかと黒濁の液体をじっと(にら)む。

 

 ────対して。

 

「今丁度お熱い時期らしいですね、この人が所属しているフォース。……ええと名前は────フォース“ファクトリア”」

 

 黄土色(ヘーゼルカラー)の瞳が笑みに細まり、(れい)(べに)を引いた唇を(あで)やかに舌が()った。

 彼なら、彼らならこのミッションをクリアしてくれるかも知れないという期待が4人を眺めると沸いてくる。

 調整ミス、耐久値ミス、AIミス、全て上限値突破(オーバー)。本来12人以上で行うMA(モビルアーマー)戦にも関わらず設定されたファイター数の上限は4人。更に機体レギュレーション600以下という、これらの要素を見ればクリアさせる気のないミッション。ガンプラバトル運営が生んだバグデータの1つ。

 モニタ手前のファイルを手に取り、“社外極秘”と判子の押された茶封筒を開封。留められた厚用紙をめくり、本ミッションの破壊目標が大きく書き出されていた。

 

「────主亡き後の亡霊、悠遠(ゆうえん)の地に取り残された主天使の長。………MAハシュマル」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝『Gun Through the Dust Anima』2話

 模型(もけい)における作業空間は2.5畳あたりがやはりベストだと年壮の男は改めて感じる。

 他キットから切り出した扱いやすい改造用(ミキシング)パーツが緑の作業マットに程よく散らばるその中心。じきに完成の産声(うぶごえ)を上げるオリジナルガンプラがスタンドベースに刺さっていた。

 

【挿絵表示】

 

 そも、ガンプラの完成とは何を指した言葉だろう。──満足のいく塗装にデカールを貼り終えたら完成か?SNSに投稿したら完成か?他人から評価を貰って初めて完成か?男の場合はどれも否。男にとってガンプラの完成とは、ガンプラバトルでの勝利を経て初めて口にする事が叶う言葉だ。それも生易しい相手では無く、時間を掛けた作品ならばそれに見合う相手を用意し、迫真の攻防と吐きそうな程に苦戦しなければ勝利を実感出来ない。

 それは男が作る作風に()るものだろうと昔誰かに言われたが確かにその通りだなと妙に納得したものだ。

 “機動戦士ガンダム”シリーズには登場も存在もしない機体、そういった機体だからこそ正史に登場する“ガンダムシリーズ”の機体達に勝利しなければ男は満足が出来ない。

 

 展示会等で披露した際、初見の人達はどこかのシリーズで活躍する量産機か主役機に準ずる機体かと思うが、次の瞬間には戸惑いと疑問の表情が顔に走る。それだけでも充分にしたり顔だが「“ガンダム”らしくないが、こんな“ガンダム”の機体達もあっても良いだろう」なんて言われた日には内心拳を握り喜びの雄叫びを上げながら感謝の言葉を告げ回った。

 男の作風、男の作品。それはいつからか人々に知れ渡り、今では多くのファンが彼の作品の完成を待ち()び、彼のファイトを期待する。

 プロになってもう何年か、ある程度の知名度を得た今でも集中できる模型環境というものは昔と変わらないなと、男は乾いた塗料が付いた指で、使い古されたマットの上に(たたず)むガンプラへとバックパックをはめ込んだ。──“学園都市”から提供された“フォース”の事務所、その一室の角に再現された自室の模型環境に男は小さな幸せを噛み締めながらガンプラ製作に(いそ)しんでいた。

 

「うーーーーっす! 失礼しまぁーーす!」

 

 それはもう勢いよく開け放たれた扉、衝撃(しょうげき)余波(よは)でマットの上を転がるパーツ達。

 一瞬の間を置いてから生まれつき目付きの悪い顔で見やるが、開けた本人は悪気が無いのか、良い事をして誉められるのを待っている犬みたいな顔でニコニコしながら扉を開けた姿勢のまま動かない。

 

「テメェ、ノックをしろノックを。この前もその前も更に前も散ッ々言っただろテメェ、な? 仮に俺がデカールを貼ってる最中だったらどうすんだお前、デカール舞っちまうぞ? 床の一部がかっこいいデザインになっちまうぞ?」

 

「あ、そうでした。……コンコン、失礼しまぁーーす!」

 

「時間があったらテメェの頭の中身取り替えてやる。で、何の用だ」

 

「暇なんで来ました」

 

「あ?」

 

「いだだだだっっ!? 中身出ちゃうっ、アイアンクローは勘弁をッッ! ほほ、ほんとはアレっす! “グレイホーク”の性能実験についてと、メールが届いてたって用事ですッッ!!」

 

 (てのひら)を解放すると、顔に綺麗な跡が付いたままその場に倒れて痛みに悶絶(もんぜつ)する。

 おおよそ自分なら他人には聞かせられない(うな)り声を発しながら転げ回る様は正直見ていて面白い。

 

「う"お"ぉ"ぉ"、嫁入り前の身体に傷が……。お父さんお母さんごめんなさい、私傷物にされちゃいました、しくしく」

 

「“グレイホーク”の性能、“ジェガン”あたりだっただろ。それこそレギュレーション400帯の中で平均的な機体に仕上がった筈だ」

 

「お"お"ぉ"ぉ"お"お"ッッ!? 足首が決まるッ、私の足首がキマってる!! アンクルホールドが見事に決まっているぅー!! 足がもげるまで時間の問題かぁーっ!?」

 

 飽きたところで足首を放す。地面でのたうちまわる様を椅子に腰掛けながら眺め、用件の2つ目────メールについてを溜め息混じりに催促(さいそく)する。すると涙を端に浮かべ、床に転がった体勢のまま、

 

「うぅっ、ぐすっ。リーダー宛のメールだったんで私は開いて無いっす、送り主は“学園都市”でしたけど」

 

「“学園都市”? なんだ、展示会か“電脳世界(アウター)”でのイベントか? ったく勘弁してくれよ、まだ新作完成してねぇってのに……」

 

 壁に掛けられた“アウターギア”を装着。強化プラスチックを外装にしたインカム状のそれは“学園都市”移住者全員に支給される端末であり、同時に“電脳世界(アウター)”へ意識を飛ばすための装置(デバイス)だ。

 ユニコーンガンダムの装甲から覗けるサイコフレームにも似た優しげな光のラインが“アウターギア”に走り、それが起動に成功した証。装着者の生体を認証し“待機状態(ディアクティブ)”から“活動状態(アクティブ)”へと移行した“アウターギア”が眼前にホロウィンドウを展開(てんかい)させる。男は視線で映し出されたホロウィンドウを操作し、(くだん)のメールが届いているであろうメールボックスを開封、────体重を預けていた背もたれが音を立て男は前のめりに驚愕(きょうがく)する。次の瞬間には獰猛(どうもう)とも思える笑みに口角をつり上げ、喉の奥でくつくつと笑い声が意図せずに漏れ出た。

 

「ど、どーしちまったんすかリーダー? すっげぇ悪い顔してるっすけど……」

 

(しばら)く事務所を留守にする。その間お前にフォースを任せた」

 

「了解っす、フォースを留守にっすね! ────はぁっ!? 留守ぅ!? どどど、どうしたんすか急に」

 

 一方的に告げるや否や制作中のガンプラをケースに仕舞い、止める間もなくコートを羽織(はお)る。中折れ帽(ボルサリーノ)を浅く被る背中が扉の手前で止まり、目に不敵(ふてき)を忍ばせて男は半身を返した。

 

「ガンプラを“完成”させてくる、じゃあ頼んだ」

 

 (ひるがえ)るコートと閉まる扉。

 部屋に残る塗料の(にお)いが揺らいで鼻を突き、静寂(せいじゃく)と沈黙に女は唖然(あぜん)と思考する。告げられた言葉を理解し終えた頃には自らの役割の大きさに(なげ)き、狭い個室が文字通り震えた。

 

「あたしがフォース生の面倒を見ろって事ですかああぁぁああ!?」

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 ────〈同日朝。“学園都市”居住区画〉

 

「ちょっとパパぁ!? 洗濯物一緒にしないでっていつも言ってんじゃん! 最っ悪!」

 

 出勤前の身支度は娘の怒りを含んだ声によって(さえぎ)られる。

 玄関から差す朝日の反対側、リビングに続く廊下を見やれば娘がうんざりと顔をしかめ腕を組んでいた。

 

「たはは、すっかり忘れてた……。今度から洗う前にママにも確認とるから、ごめんよぉ」

 

「わたしの洗濯物に触らないでって言ってんのー。あと、いつわたしとガンプラバトルする約束を叶えてくれんのよ」

 

「次の休みには絶対するからさ、ごめんよぉ」

 

「それ前も聞いたってば! もぉーパパ嫌い!」

 

 大きな足音を立てながら自室に戻る娘を申し訳なさからくる溜め息を交えて見送る。

 “学園都市”に移住して“電脳世界(アウター)”のデバックを行う毎日、勢いのある会社の為毎日が残業で家族サービスもめっきり少なくなってしまった。会話を交わすとしても今のような内容ばかり。朝日に照らされ、(きら)めきを(ともな)い宙を舞う(ほこり)に何故か寂しさが胸に湧いた。

 掛けられたまま途中のネクタイを締め、玄関に続く廊下に置かれた棚の上には幼い頃娘が作ったガンプラ──主に水中用MS(モビルスーツ)達だけが会社に(おもむ)く自分を励ましてくれる。

 

「ん」

 

 直ぐに気付いた。

 右端のアッガイ、そのポーズが昨日と変わっている。その左のゾノ、また左のアクアジム、他全てのガンプラがポーズを変えておりどれも楽しげに両手を振って男を見ていた。

 ポーズを変えた人間は考えるまでもない、男は身を返し声を張る。

 

「ヒトミ! ガンプラのポーズ変えてくれてありがとな、父さん嬉しいぞ!」

 

 一軒家に声が走った。分かっていたが返事が返ってくる事はない。

 だらしない父親だな、と自分を自嘲(じちょう)し再び玄関へ戻る(かたわ)ら、ポケットのスマートフォンが振動。上司からの電話だ。

 朝から娘の機嫌を損ねてしまった矢先、会社からの着信に良い予感を抱くわけも無く、努めて平常を(よそお)いながら耳に当てる。

 

『おはようトヨザワ君……いやぁ、なんだその』

 

「おはようございます部長。どうかされましたか?トラブルでしょうか」

 

 (わず)かな(うな)り声と、歯切れの悪い口調。

 自分が担当している部署で何かあったのかと昨日までの作業を振り返る。しかし思い当たる節が浮かばずに沈黙(ちんもく)が意図せず続いた矢先、上司の咳払いがそれを破った。

 

『トヨザワ君、急で悪いんだが“学園都市”から直々に君をご指名の仕事が入った。すまないが今日はそっちの仕事をしてもらえるか?』

 

「自分に、ですか?いやしかし、デバック作業なんて私で無くとも良い筈では……」

 

『うちの会社としてではなく君“個人”を指名だ。今日から少しの間、君は会社を外れて“いち”ガンプラファイターとして“学園都市”からの依頼を行う事になる』

 

「──────は?」

 

『だから、今日は会社に来なくていい。今あちらさんが指定した場所と詳細を送るからそこへ向かってくれ。あぁ、担当している仕事の方は心配しないでくれ人手はどうとでもなる。……なんでも君を借りる条件として取引相手を“学園都市”が仲介してくれるそうだ、上も君に感謝しているぞ』

 

「いや急に言われましても、ガンプラバトルはもう引退気味で」

 

『はっはっは、謙遜(けんそん)しなくて良い。“ジャイアントキリング”の実力、充分に発揮してくるといいさ。では(はげ)めよトヨザワ君』

 

 休日と思って楽しんでこいとでも言うような言葉の軽さに、対して男は短く嘆息(たんそく)をついて通話を切られた携帯を下げた。あの口調からして撤回(てっかい)を要求なんてしようものなら社内での立場も危うくなる危険性もある。かといって上司の言った通りガンプラバトルをしようにも中々のブランクがある為に十全に動ける気がしない。

 再びスマートフォンが振動、今度はメールだ。

 億劫(おっくう)と受信箱を開いて詳細を確認し、────目を見開く。

 

「これは………?」

 

 内容の衝撃に画面を見つめたまましばし立ち尽くし、気付いた時には自室へと駆け出していた。

 殺風景(さっぷうけい)とも感じる必要最低限の物しか置いてない自室へ飛び込むように入り、ベッドの(かたわ)らに備わった物置棚を急ぎにおぼつく手付きでこじ開け、壮観(そうかん)と立ち並べられたかつて手に入れた栄光の数々が目に入る。

 “プロ”のガンプラファイターなんていつ食い扶持(ぶち)が稼げなくなるか分からない。当時交際していた妻や先の生活を考えてガンプラから一線を退いた男のファイターである証明。並べられたガンプラ達の威容(いよう)は時を経た現在でも変わり映えせず、暗がりの中ファイターと共に戦うその時を粛然(じゅくぜん)と待っていた。

 棚の奥、黄金に輝く表彰楯の手前に(たたず)む数機のうち1機を手に取って、共に戦場を駆けた情景を鮮烈(せんれつ)(まぶた)の裏に思い()せる。

 

「────またお前の力を借りるぞ。“マラサイ”」

 

 ゆっくりと開く男の目は、安穏(あんのん)に繰り返す日々を過ごす父親の瞳ではない。

 過ごす日常全てが挑戦と意気込んでいた若かりし頃、その細く鋭い眼差しが眠りから()めた相棒に注がれ、それに応じるようマラサイを彩る深い青色が朝日に反射しモノアイが輝いた。

 

【挿絵表示】

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝『Gun Through the Dust Anima』3話

 〈同日、夕方。学園都市某所中学校〉

 

 グラウンドで球技に(いそ)しんでいる学友達を教室から望み、薄い小豆色の髪を夕陽に照らしながら机に座る顔立ちは淡麗(たんれい)だ。中性的にさえ見える幼さを残しながらも凛々(りり)しい面立ちに、グラウンドから注がれる視線も少なくはない。(もっとも)も景色を眺める人物の目には入ってはいないが。

 

「あのぅ……、ここが良く分からなくて。良かったら教えてくれませんか?」

 

 春終わりの暖かい風を浴びて頬杖(ほおづえ)を付く横顔に薄く気弱そうな声が当てられる。

 つい、と横目を流すと釣られて肩を震わせる彼女は同じクラスの同級生だ、名前は確か────。

 

「ホウジョウ・チサですっ。あの、クラスの皆に聞いても分からないって言うから、アキラくんなら分かるかなって思って」

 

「皆困ったらボクに聞いてくるんだよねぇ。ボクだって万能じゃないんだからさ」

 

「で、でもアキラくん学校で一番ガンプラに詳しいし強いし……」

 

 たどたどしく(つむ)ぎながらホウジョウ・チサが(うつむ)く。

 夕焼けに染まる教室を見ればいつの間にか生徒は居らず、彼女と自分の2人だけだ。記憶を思い返せば彼女の方からクラスメイトに話し掛けている事は見掛けるがその逆は無い。(かざ)らずに言えば彼女はクラスから孤立していた。

 耳を澄ませば廊下の向こうで話を咲かしているクラスの女子達の会話が聞こえ、ホウジョウ・チサは居心地が悪そうに身体を廊下から(そむ)ける。

 クラスメイト間の友人関係など知ったことではないが、それでも同性の悩みくらい聞いてあげたらどうだと、廊下の女子へ半ば(あき)れた溜め息を小さく吐いた。

 

「ごっ、ごめんなさい。嫌だよね、私みたいな弱い人から質問されるの」

 

「いや、こっちこそごめん。今のは全くホウジョウさん関係無いよ。……どこが分からないのかな、ボクで良ければ何でも教えるよ?」

 

 ぱぁと笑顔が咲いて、彼女が(かも)可憐(かれん)な雰囲気と違わないピンクを基調としたノートが数ページ(めく)られ机に開かれた。

 

「“レギュレーション”の区分についてまだ少し整理が出来てなくて……、どういう機体が居るとか居ないとか、この機体はどの“レギュレーション”に含まれてるとか……」

 

 言い終え落ち込む様子から中々に事態は深刻そうだ。

 内容は現ガンプラバトルにおいて基本中の基本であり(あご)に手を添えて数秒の思考、出来るだけ分かりやすく噛み砕いた言葉を浮かんだままに(つら)ねる。

 

「この世に存在するガンプラ全ては“レギュレーション”によって区分されている、まずそれは分かるね?」

 

 激しく顔が縦に振られ、ボブの髪が(あわ)ただしく揺れる。

 

「“レギュレーション”は全てで5つに区分されていて、レギュレーション200、400、600、800、最後に1000オーバーに分かれている。それぞれの特徴を言うと、レギュレーション200は旧ザクやボール、プロトジンといった旧式で性能の低い機体が属している。レギュレーション400は量産機、ギラ・ズールとか陸戦型ガンダムとか。レギュレーション600になると高性能量産機やワンオフ機が出てくるね、フリーダムガンダムやゼイドラあたり。レギュレーション800になると武装やシステムが強力な機体になってきて、EX-sガンダム、RX-0シリーズ、ダブルオーライザーあたりの強さを持つ機体達が区分されているね。レギュレーションが高くなるにつれて装甲値や機動性運動性も上がるから、基本的にレギュレーションが高い機体は強いって認識で良いよ」

 

「あれ?れ、レギュレーション1000は……?」

 

「そこに属する機体は特殊で、運営から『強すぎるから公式試合では使用禁止』って言われた機体群だね。黒歴史ターンエーや神ユニコーン、G-セルフパーフェクトパックとか。野試合でレギュレーション1000のガンプラ使って勝っても戦績には反映されないから、こいつらは頭に留めておくだけで深く知る必要は無いよ」

 

 言ってる最中にも必死にメモを取っている姿が健気で面白い。

 書かれるノートの小気味良い音が放課後の教室に(かく)(かな)でられ、やがて数度の(うなず)きを(もっ)て小さく笑顔が向けられた。

 

「アキラくんほんとにありがとう。流石大会優勝者だよねっ、凄い分かりやすかった」

 

「優勝といってもジュニアコースだけどね。……他に何か聞いておきたい事はあるかな?」

 

 アキラの問いに唇を(つむ)ぎ、上目遣いの瞳が夕色に映る。

 

「な、何か考え事してたの?」

 

「あぁ……。面白そうな誘いがあってね、どうやってアイツを見返せるか考えてたんだ」

 

「“アイツ”?」

 

 細い疑念の声には微笑みで返し、荷物を(まと)める。

 思い出せばちりちりと黒い記憶が胸で焦がれ、忘れもしない言葉に反骨心が小さな身体に身震いとして伝えられた。

 暗い笑みそのままにそっと煌々(こうこう)と燃える夕焼けへ自分の心を重ねながら────。

 

「あの男になんて、絶対負けられない」

 

 吐き捨てるようにも聞こえた言葉の意味をホウジョウ・チサは()(はか)れない。

 ただ、普段の彼に見える余裕を(まと)う雰囲気が鳴りを潜め、純然(じゅんぜん)な敵意が景色に向けられた事だけは理解出来た。やっぱりアキラ君は凄いなぁ、とホウジョウ・チサは悟られないようその横顔に見とれる。

 鼠色(ねずみいろ)の、少々大きめのマフラーが口元までを(おお)い、振り返ったアキラの目がチサと相対(そうたい)した。笑みに和らぐ目元からは先程までの()るような圧を感じず、その(ほがら)かささえ感じる印象にチサは自身の体温が上がっていることを実感する。慌てて目線を()らし、気にする様子もないアキラ、そのまま教室の出口へと向かいながら。

 

「────じゃあホウジョウさん、少しの間ボクは学校に来ないけどどうか元気でね。今日は話せて楽しかったよ」

 

「わっ私も楽しかった、次の試験までになんとかなりそう。…………ってえぇ!? 明日からアキラ君居ないってことなのかな!?」

 

 表現が激しいホウジョウの声は(むな)しく空の教室に反響した。出口を見ればアキラの姿は既に無く、遠く聞こえる生徒の喧騒(けんそう)に今しがた行われたやりとりが幻のようにも感じてしまう。

 やっぱり掴めない人だなぁ、とどこか面白く噴き出しが1つ、華奢(きゃしゃ)な少女の口から漏れ出た。

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 ────〈同日、夜。電脳世界(アウター)宙域ステージ〉

 

 電脳世界(アウター)の中心、βテストの為現状1つしか実装されていないコロニーから遠く離れたこの空間はデブリや遮蔽物(しゃへいぶつ)となるものが存在しない。蒼く輝く星々、圧倒的な光量を放つ太陽。見渡せども終わりが見えない宙の果て。切り取れば(わず)かな面積しか持たないこのフィールドも人間というスケールから見れば途方もなく広大で、電脳世界(アウター)という仮想空間がどれ程巨大なスケールか誰しもが(うかが)い知れない。

 静寂(せいじゃく)を決め込む暗黒の空間に彗星(すいせい)が1つ、伝う(しずく)のよう黒を(しゃ)に切り裂いた。合わせて追い(すが)る光が彗星(すいせい)と数度の交錯(こうさく)(もっ)衝突(しょうとつ)し、紅蓮(ぐれん)牡丹(ぼたん)を思わせる爆炎が絢爛(けんらん)と咲く。互いに引いていく2つの光のうち片方がフィールドに設置された遠望カメラの眼前に接近、宇宙に紛れる鴉色(からすいろ)の機体が拡大に映し出された。

 

 ────レギュレーション600、“ケンプファー・カーラ”。

 

 ジオン系MSに多く見られる棘状のスパイクは更に延長され、両肩から伸びたその印象はより攻撃的だ。基本的な武装構成はオリジナルと変更はなく、唯一変わっているのは背部に増設された、スラスターとウェポンカーゴを兼ねている複合ユニットのみ。縦に備わった超大型ヒートブレードは機体上部から足元まで伸び、複合ユニットから噴き出るスラスターは名前に(かん)された“(カーラ)”の翼にも見える。左右に展開するスラスターの翼、(からす)超大型ヒートブレード(尻尾)。だがそれも皮肉と、剣を握る右腕が半ばから(うかが)えない。一切の歪みが見当たらない断面はビームサーベルの斬撃では再現することは出来ず、恵まれた操作技術と優れた実体剣が高次元に合わさり初めて実演できる昇華(しょうか)された剣技によるもの。

 噂に(たが)わぬ猛者(もさ)と冷や汗が頬を伝い、操縦桿を握る指に一層の緊張が走った。搭載されたジャイアント・バズの砲口から火が噴き上がり、弾頭が射出。偏差(へんさ)のタイミングも完璧に定められた射撃に対象が爆炎に呑まれ、炸裂した火薬に敵機の装甲が宙に弾け飛んだのがモニタでも確認が出来た。

 

 それと同時、けたたましく鳴り響く警告音が、刹那(せつな)に感じた勝利に酔う男を戦場へと引き戻す。

 

 警告音の正体が爆炎を突っ切って猛追(もうつい)してくる機体に()るものと気付いたのは、反射的に超大型ヒートブレードを抜いてからだ。(ほとばし)る電光、プラフスキー粒子が衝突し遠望カメラの映像が一瞬ノイズに乱れる。

 粒子の輝きに(にぶ)青銅(せいどう)色が晒され、眼前で(つば)を競り合う敵機の威圧に恐れからか刃を強引に右へと押し倒した。元より右腕が無い状態での(つば)迫り合いなど結果は見えており、洒落込(しゃれこ)むだけ無駄だと判断。ケンプファー・カーラは1度立て直しを図ろうと脚部スラスターに火を入れ爆発的な初速で敵機から遠ざかる。(またた)く間に彼方(かなた)の星々と同じ大きさとなった敵機を見ながら、戦闘のアドレナリンから笑みが(こぼ)れる顔に今度こそ恐れの表情が(かげ)った。ケンプファー・カーラ左右両脚部スラスター、被弾により出力低下。黄色(中破)の点滅がヘルメットを照らし唇を噛む。近接だけでもなく相手はどうやら射撃の腕も化け物らしい。今の攻防でいつの間にか撃ち抜かれていた脚部から噴煙(ふんえん)が立ち、迫る敵機にレーダーが悲鳴の叫びをあげるよう警告音を鳴らす。

 その音から(あお)られたように操縦桿を前へ倒し、左腕に構えた超大型ヒートブレードを迎撃に振った────刀身に備わるスラスターを全稼働させた渾身(こんしん)の一撃、橙色(だいだいいろ)(かがや)いた刃が真正面から近付く敵機へと降り下ろされた。

 

 スローモーションに映る男の視界、思考。鈍色(にびいろ)の線がモニタに数度走り、超大の刃が3等分に分けられる。側面部分に機能的弱点が多い超大型ヒートブレード、その教科書通りの潰し方だ。もっとも、()()()に問題がありすぎるのだが。

 人体に比較的近い構造を持つ敵機のグレイズ・フレームと、動きを最小限阻害しない高性能のバーニアを最大限活かした実体剣での斬撃、そして何より驚愕(きょうがく)すべきは純然(じゅんぜん)な日本刀などという欠陥装備を使いこなすファイターの技量だろう。ここまで離れた力量を見せられてはいっそ心地が良い。

 アバター諸共(もろとも)両断されたケンプファー・カーラが最後の駆動(くどう)で左腕を敵機へと伸ばし、(きし)む腕が胸元まで伸びる。敵機がその手を握りケンプファーと比べれば一回り小さな腕部がノイズの走るモニタに投影された。体躯(たいく)も同じように小柄の機体の情報がモニタに映し出され、男は表示された名前を胸に刻む。

 

 次の瞬間には爆散に機体を弾かせるただ中に浮かぶ機影に、戦闘の中継を中央コロニーから見ていた観客がどっと沸いた。

 

 〈決ッッ着っぅぅうううう!!戦宮(バトルアリーナ)レギュレーション600の部、優勝は────世界ランク8位!ヴィルフリート・アナーシュタインの駆るグレイズ・ニヴルヘイムだあぁぁああ!!〉

 

【挿絵表示】

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 電脳世界(アウター)では痛覚を感じない以外、殆ど現実の肉体で過ごしているのと変わらない。空腹も感じるし喉も乾く。こうして戦宮(バトルアリーナ)に設けられた専用の個室で座っている最中(さなか)ですら先程のバトルでの疲労を覚え、ヴィルフリートは右手を(かざ)しメニューバーを展開、最右の項目(オプション)から感覚機能を選択しレベルを最低まで下げた。本来この身体的負荷を感じるシステムは“アウター連続ログイン時間に応じプレイヤーに負荷を与え、現実での休息時間を促す”為の機能なのだが、ほぼ全てのプレイヤーが自分で緩和(かんわ)している現状余り効果の無さそうなシステムだろうと、苦笑し背もたれに体重を預ける。

 機動戦士ガンダム00をイメージされたこの個室は余分なオブジェが無く、無機質でいて近未来的な照明が走るデザインが人気のルームだ。体格の大きいヴィルフリートですら持て余す巨大な机に向かい、続けてメニューバーに指を走らせメールボックスを開く。

 (くだん)のメールが届いたのは今朝。内容も既に確認済みであり、先程のトーナメントで機体の調子も分かった。後は明日現地で行うだけだが、気掛かりなのはその人選だと前に掛かる銀髪が揺れる。全員が名のあるファイターで構成されたこの人員で何を行うのか、当日の詳細がメールには記載(きさい)されていなかった。書いてあるのは何かしらのミッションを行う事と人員の名前、それから日時場所のみ。何よりメールの送り主が学園都市ガンプラバトル運営でありキナ臭い事この上無い内容だが、だからこそ自分の出番だと笑みには無縁そうな鉄面皮(てつめんび)の口角が優しげに上がる。

 

「日本では(あま)り歓迎されない自分を呼びつけるとは……、どういった意図があるのか見定めさせて貰おうか」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝『Gun Through the Dust Anima』4話

 学園都市第一学区の裏路地は太陽が真天(まてん)の昼間でも、暗い。学園都市外部と内部を繋ぐ唯一のゲートを持つこの学区は物流が多く、流通センターそして真新しいビルが限られた学区内に所狭(ところせま)しと立ち並んでいる。世界で初めて行われるアウターのβテストと併用(へいよう)されて実験導入されている新しいガンプラバトルシステム。世界中の人間に先駆(さきが)けてこれらを体験できる学園都市の人間は国から選定された人間達ということもあり、多くが富裕層や名門のガンプラ学園に通う生徒で生活水準も相応に高い。故に商店街に並ぶ店や商品は世界に誇るブランド物が大半で、学園都市に進出できたという(はく)欲しさにあらゆる企業が天文学的数値の競争率に(のぞ)み、その結果がアキラが見上げる摩天楼(まてんろう)に他ならない。

 日に当たる事の少ない裏路地の更に奥、学園都市では数少ない夜の店が見え始め店前であくびをする金髪の従業員が怪訝(けげん)そうにこちらを横目で見た。そんな事が数度ありながら目的地が表示されているアウターギアを展開させながら進み、やがて足を止める。

 アウターギアが示したのは地下の小劇場だった。客が20人が座れるか座れないかの座席を有する小さな劇場の看板には貸し切りの札が張られており、隅に小さく学園都市運営を示す判子が押されているのを確認し中学生には少し急な階段を下った。冷えたコンクリートと(かす)かに香る(かび)の匂い。風情(ふぜい)も何もない木目の扉を押し開け、イメージに違わない静かな照明とバーを思わせるカウンターが目に入った。

 

「────日本ガンプラバトルジュニアリーグ優勝、シオウ・アキラ君。会えて嬉しいよ」

 

 装飾(そうしょく)の見当たらない裸電球にぼんやりと照らされたカウンターの前。腰を掛ける男の銀髪が何より先に視界へ入り、思わず目を見開く。

 (やわら)な笑みを浮かべながら腰をあげる男はアキラと2回り以上違う体躯(たいく)で握手を求めてきた。

 

「ヴィルフリート・アナーシュタイン。ふ~ん、世界的ファイターのアンタが学園都市にいるって噂ホントだったんだ」

 

「私だけだがね。私を除いた世界の彼らは学園都市の抽選には選ばれなかったらしい。今日はよろしく頼むアキラ君、良い1日にしよう」

 

「アンタにそんなこと言われると普通のファイターはプレッシャーで押し潰されるよ?まぁ、こちらこそよろしく」

 

 大きな手だった。

 物心付いた頃からテレビで見ていた有名ファイターに、普段物怖(ものお)じしないアキラ自身背筋が(かす)かに震えるのを実感しながら握手を終える。

 どうやらここは入り口受け付けに相当する場所で奥に見える開けた空間が舞台なのだろう。客席は撤去(てっきょ)されてありガンプラバトルを行うには十分なスペースも確保されてあるこの場が今日のミッションを行うための()()()()()()()()か。眺めながら多少冷える室内に腕を組む最中、舞台裏からの話し声が耳に入る。2人の男性だ。

 

「パーツ配置位置を見た人間に、こういったパーツだろうなと思わせるミキシングがミソだろ、なぁトヨザワ」

 

「僕もその意見には同意だね。だけどサイコ・ザクみたいな一見ごちゃつきながらも機体とパイロットの背景を考えると納得出来るデザインも好きだなぁ。そこについてはどう思う?」

 

「作品あっての機体か、機体単体での世界かの違いだな。サイコ・ザクは機体背景を考えれば2度楽しめる至高の機体だが、機体背景が練られず反映されてねぇ物は雑な印象ってだけで止まっちまう。それは勿体無ぇと思うな」

 

「確かに勿体無いね! 僕自身設定を考えてる時の方が面白いと思う時があるから尚更分かるなぁ。いやいやガンプラバトルを離れてたからこういった話題に()えているんだよ、ありがとね」

 

「こっちも久し振りにアンタのガンプラを間近で見れて嬉しいぜ。どうなってんだよあの塗装にメタルパーツの配置。単体なら目立っちまう2つの要素が合わさって違和感が消えるって意味分かんねぇ、最高だよ」

 

 おっさん同士がオタク話、もとい熱い模型議論を交わしていた。

 トヨザワと呼ばれていた男性はビジネススーツに身を包み、メガネの奥の目に笑みを走らせる。前日の調べによれば6年程前にプロで活躍していたファイターだったが結婚を転機に引退と記されていた。気さくな表情が隣の男性からアキラへと向けられる。

 

「やぁ、君がアキラ君か。初めまして、トヨザワ・フミヤだ。……あの、初対面でこんなこと頼むのも失礼だとは思うんだけど……娘が君のファンなんだ、良ければサインをくれないかな?」

 

「シオウ・アキラよろしく。サインを余り書いたことが無いから多分凄い下手だよ?それで良ければ」

 

「ありがとう! 色紙とペンは帰りに渡すよ。いやぁ、その若さでジュニアリーグ優勝とは本当に凄いね。歴代でも相当に若いでしょうアキラ君」

 

「若く優勝し過ぎたせいで各方面からの批判もあるけどね。けど、アンタの記録も大概(たいがい)じゃない?“ジャイアントキリング”の実力、楽しみにしてるよ」

 

「やめてくれよその異名! 僕自身名乗ったこと無いし凄い恥ずかしいんだから!」

 

 人の良さそうな第一印象そのままに、トヨザワが恥ずかしそうに後ろ頭を掻く。

 そんな彼の異名“ジャイアントキリング”。その逸話(いつわ)はこの柔和(にゅうわ)な表情とはかけ離れた戦果であり、レギュレーション1000を除いたフリーバトルの大会でレギュレーション400、いわゆる量産機のガンプラを駆って高レギュレーションの相手を全て打ち倒したという記録だ。ガンプラの改修で間接の可動や装甲の補強は出来ても、(あらかじ)め設定されたレギュレーションという隔絶(かくぜつ)された壁を打ち破るのはガンプラファイターの技量と腕が(ともな)わなければ実現しない。

 苛烈(かれつ)という言葉では表現できない程鍛練(たんれん)を重ねたこの男の、浮かべる笑みは果たして本物か。

 

「ハッハッハ、“ジャイアントキリング”か!んな渾名(あだな)で呼ばれてたこともあったなトヨザワ!」

 

 トヨザワの隣。絵に描いたような悪人面が口を大きく開ける。

 ロングコートに中折れ帽(ボルサリーノ)。肩まで伸びたウェーブの掛かった黒髪に獣を思わせる鋭い目付き。向けられた視線がアキラを無遠慮(ぶえんりょ)に眺め、まじまじと詮索(せんさく)するその視線に良い印象を持つわけも無い。

 

「初めましてだなガキんちょ。俺はカガミ・レン、まぁ短い間だが宜しく頼むわ」

 

 と、言うか。

 

「初めまして……? 初めましてって言ったか今?」

 

「あ? どっかで会ったか?いや、こんな生意気そうなガキと関わるほど俺暇じゃねぇしな……」

 

 首を(かし)げながら後ろ頭を掻き、記憶を探る姿から嘘は見られない。

 自分とは10歳以上も離れている男が見せる子供のような仕草に、記憶の琴線(きんせん)が逆撫でされるのを無意識に握った拳と共に感じる。

 

「…………ジュニアリーグを優勝したすぐ後、ボクはガンプラバトルでボコボコにされたんだ。それは酷い有り様さ、おおよそボクを応援してくれた人には見せられないような惨敗だった。」

 

「そりゃ災難(さいなん)だな、ひでぇ奴も居たもんだ」

 

「全くだよね。で、ソイツが言ったんだよ。『お前みてぇなやつに勝っても完成したことにはならねぇや』ってさ。意味は分からなかったけど馬鹿にされたってことだけは昔のボクでも理解できた……それからずっとガンプラバトルを磨いてさ、見返す機会を待ってたんだ」

 

「おぉ~なんだオメェ、中々に健気(けなげ)じゃねぇか。印象変わったぜ」

 

 からからと笑うこの男はどうやら本当に気付いていないらしい。

 明らかな敵意を(もっ)て1歩近付き男の眼前へと近付き、(にら)んだ。身長差はあれどこれで意図は伝わるはずだ、伝わって貰わなければ困る。

 

「アンタだよ」

 

「あ?」

 

「眠そうな顔でボクをボコボコにした男。フォース工房(ファクトリア)(リーダー)にしてフォース内最強の男。ボクをボコボコにしたのはアンタだよッッ!!」

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 (そな)えられた暖房の電源を付けたにも関わらず、地下小劇場の気温が上がらないように感じるのは恐らくは気のせいだろうとトヨザワは苦笑しながら2人をカウンターから眺めていた。

 開けた空間の対角線上。アキラを視線で気にかけるレンと、その視線に真っ向から無視を決め込むアキラの構図は見ていて中々肝が冷える。流石にレンは大人なのだから今日のミッションに支障(ししょう)が出るような事は無いだろうけど。

 隣には(あご)に手を添えて何かを思案(しあん)しているヴィルフリート。今日出会う前、世界ランカーの肩書きから多少横暴(おうぼう)な態度で来ることを覚悟していたが話してみたら上司より大人だ。

 自分だけだとレンとアキラの確執(かくしつ)四苦八苦(しくはっく)しそうだったが彼が居るなら多少の気の持ちようはある。

 

「ガキんちょ機嫌直せって~。俺あの時多分朝帰りで酔ってたと思うんだわ、記憶が無ぇんだもん」

 

 ぴく、と。アキラの眉が明らかに寄り鼻を(かす)かに鳴らしたのを見て眉間(みけん)へと手を添える。

 次々とアキラの地雷を踏んでいくレンには一種の尊敬(そんけい)を覚えるが、年頃の少年へのデリカシーを持ち合わせていない旧知の友人にトヨザワは短く嘆息(たんそく)を吐いた。

 学園都市が造られる以前に両者が住んでいた地域が近かったのは災難(さいなん)と言うかなんと言うか。

 

「ふむ」

 

 先程から沈黙(ちんもく)を続けていたヴィルフリートが(つや)のある銀色を揺らして席を立ち上がり周囲を一瞥(いちべつ)。心情が読めない彼の行動にこの場の誰もが視線をそちらへ向けた。

 

「皆にも届いていると思うが、学園都市から来たメール。ミッションの詳細が記載(きさい)された物が届いた人間はこの中に居るか?」

 

 そう言って(かか)げられたスマートフォンに映るのはトヨザワにも先日届いた招待のメールだ。言われて見返せば書いてあるのは日時と場所と人員のみ。ミッションの詳細については何も触れられていない。

 レンもアキラも同じ様子で首を振り、1人納得したようにヴィルフリートが浅く頷く。その鉄面皮(てつめんび)にレンが投げ掛けた。

 

「なんだよ1人で分かったような顔して。ヴィルフリート、アンタは何か心当たりはあるのか」

 

「……まず、この場の誰もが人員を見て参加を決めたと思う。ジュニアリーグ優勝シオウ・アキラ。“ジャイアントキリング”のトヨザワ・フミヤ。フォースファクトリアのリーダー、カガミ・レン」

 

「俺ぁ真っ先にアンタの名前を見て驚いたがな。世界ランク8位ドイツ代表、軍神ヴィルフリート」

 

「ありがとう、私の紹介をしてくれて感謝する。自分の肩書きを語る事ほど薄ら寒い事は無いからね。……それで、メールを見たとき当然の事ながらこう考えた。『このメンバーが(かい)するなら持っていくガンプラは恥じないようなものを持っていこう』と。どうだろうか?」

 

「そりゃまぁ……。だとしてもボクらにミッション内容を伝えない意味が分からないよね、書き忘れたなんて無いだろうし」

 

 横目で返すアキラの同調に皆も同意の反応を示す。

 

「と、なると。ボクらでバトルロイヤルでもするのかな?……そうなるのは願ったり叶ったりなんだけどねぇ」

 

「ガキんちょこっち見んな」

 

「はぁ? 見てないし、自意識過剰(かじょう)やめてよね」

 

 案外2人の相性は良いかもしれない、とトヨザワ、ヴィルフリート共に悟られないようやり取りを見て笑う。

 そしてふと目に入った柱の時計。時刻は間も無く表記されていた時間を指す頃合いであり、意味もなくポケットに仕舞われたアウターギアを指で弄ぶ。

 

「あら? あらあらあら? 皆さんお早い到着でして」

 

 声に色気を(かも)す女性の声だった。

 皆が同じタイミングで出入り口を見やれば、薄い翡翠(ひすい)の長髪を()き上げる女性の姿。(れい)と綺麗な(べに)が引かれた唇と研究者が羽織(はお)るような白の長い研究服。ボタンを()めずに開けた身体から伺える豊満(ほうまん)な身体と整った顔立ちは、(まと)う服さえ違えばモデルにも見えるような恵まれた肢体(したい)

 

「アンタがメールを寄越(よこ)した人間か。で、今日はこの素敵なメンバーで何をするんだ?」

 

「イ、イ……」

 

「…………?」

 

「イケメンじゃないですかぁー!! 揃いも揃ってイケメンばかり! あぁっ! やっぱり私の人選にミスは無かったわ! ナイス私!」

 

 暖房が効いている筈の空間に寒気が走った、2度目の出来事だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝『Gun Through the Dust Anima』5話

「私はユミ・サクラ、学園都市ガンプラバトル開発の研究者よ。先程はごめんなさい。私、顔の良い人間を見るとどのような状況でも異常に興奮(こうふん)してしまう性癖(せいへき)なの、気にしないで頂戴」

 

「いや気にすんなって方が無茶じゃね!? ガンプラバトルの運営にこんな変態(へんたい)所属(しょぞく)していた事実に驚くわ!」

 

「あぁっ! 怒っている顔も素敵ねカガミ・レン! やっぱりイケメンは罪だわ……、あ。鼻血でそう」

 

 カウンターを挟んでバーテンダーが立つ位置にユミ・サクラが、客が座る椅子には各々(おのおの)が着きミッションの説明を聞くため耳を(かたむ)けていた。

 その途端(とたん)に判明したユミの変態性にトヨザワが苦笑しながら、ヴィルフリートはその鉄面皮(てつめんび)のまま、アキラはバーにも見えるような小劇場の造りの(おもむき)に意識を逃がして、皆がなるべく自分に話題が来ないよう祈りながら会話が流れるのを待つ。

 鼻頭を抑えた以外は紛れもなく美人の口角が上がり、やがて咳払い。研究服からアウターギアを取り出したところでそれぞれの意識がユミへと集中する。

 

「気を取り直して、コホン。────まずは、集まってくれた事を感謝するわ、学園都市の精鋭(せいえい)達」

 

 手入れの行き届いた指先に踊る、インカム状のデバイス。短くささやかな起動音と共にどこかあざとげな指使いで耳に掛けられた。

 研究服と同じく白を貴重としたデザインにラインの燐光(りんこう)が走る。アウターギア全体に灯りユミの眼前、ホロスクリーンが目元に展開された。

 

「────アウターギアを」

 

 声に各々(おのおの)もアウターギアを取り出す。右耳に左耳に、デザインや色に差異(さい)こそあるが片耳に掛ける仕様は変わらない。

 4人のアウターギアにも光が灯り、ユミから送信されたデータがホロウィンドとして視界の(はし)に映された。それを視線で(とら)え正面中央へと移動。圧縮(あっしゅく)されたデータが開き、それと同時息を飲む気配が走る。

 

「これって……!? ボク達が今日やるミッションの相手……?」

 

「あ、待って(まぶ)しい。(とおと)すぎ、死ぬ。アキラくんの驚いた姿お姉さんの心臓に悪いわ。少し時間を頂戴。具体的に言うとガンダム作品に登場する兵器全てを言い終わるまで」

 

「この人いちいち面倒臭いなぁっ!?そして果てしなく長い時間が必要だよ!?」

 

「……横槍を刺すことを失礼するが話を続けさせて貰おうか。送信されたデータに写るこの機体がミッションの相手で構わないかな?サクラ女史(じょし)

 

 (わず)かに(うかが)える溜め息の色を含みながらヴィルフリートの視線がユミを()る。

 一瞬(くら)んだように頭へ手をやるが、(あつ)を掛けられた眼光に対して同じく(りん)とした眼を光らせた。

 

「そう。破壊目標は1体。峡谷に潜むコイツを仕留めればミッションは終了よ」

 

「成る程理解した。とりあえず鼻血を()いて頂けないだろうか」

 

 ヴィルフリートからハンカチを渡され、その場で垂れた鼻血を拭き取るユミ。

 拭き取る直前、ハンカチに顔を(うず)め荒い深呼吸を数度した事に対して誰も何も言わない。

 

「……それにしても、ここにいるメンバー全員戦った事はあるんじゃないかな。────ハシュマル」

 

 ぽつり、と投げられたトヨザワの言葉に一同が(うなず)く。

 MAハシュマル。

 機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ2期に登場するMA(モビルアーマー)の1体。形は主人公三日月・オーガスにして「鳥みたい」、作中の過去“厄祭戦”にて多くの人類の命を奪った無人の殺戮(さつりく)天使。

 現実のガンプラバトルにおいてはビームを弾くナノラミネートアーマーとMA(モビルアーマー)という共通認識から大きく外れた機動性運動性、そして従えた多数のプルーマと呼ばれる小型の随伴(ずいはん)ユニットで戦場を荒らす厄介な機体だ。

 だが。

 

「俺ぁ機体にも()るが1人でも倒せるぜ。ってか皆そうだろ?」

 

 さも当然と言わんばかりにレンが皆を見渡す。

 機体相性に左右される箇所(かしょ)もあるが、熟練(じゅくれん)のガンプラファイターにとってハシュマルはそれほど手強い相手ではない。それも、ガンプラファイターの中でも精鋭(せいえい)と評される彼らならば尚更(なおさら)

 

「それらも知った上で貴方達を呼びました、えぇ」

 

 ()り上がる口角の底知れぬ感情の色。突き放したような笑みの酷薄(こくはく)に立ち腰になっていたレン含めて全員が押し黙る。

 先程までのそれとは気色(けしょく)が違う雰囲気は次の瞬間に()りを潜め、「まず、」と言い()えてから皆の顔を視線で一瞥(いちべつ)

 

「送信したメールにミッションの内容を記載(きさい)しなかった事を謝罪するわ。このミッションは事前準備を行ってから挑んでもらうわけにはいかない事情があってね、ごめんなさい」

 

「ハシュマル相手に機体を選べないのは少しキツいと思うんだけどなぁ……登録してあるガンプラがビーム主体だからあんま活躍出来ないかも」

 

【挿絵表示】

 

 口を尖らせたアキラが年相応にふて(くさ)れた声を上げる。

 

「そういった急な事情もこのミッションの特徴なの。それと確認なのだけれど、皆さんが主体に使用するガンプラはレギュレーション600以下という認識で構わないかしら?」

 

 声が席の端から端へと()でられ、最右のヴィルフリートから最左のレン全員が頷く。

 内心、余り条件は良くないなと、トヨザワは口の中で苦言を吐いた。ユミの言葉で気が付いた事だが、この場の全員が()るガンプラは低から中レギュレーションのガンプラだ。レギュレーション800帯のガンプラならば広範囲殲滅(せんめつ)が可能な兵装でプルーマを掃討(そうとう)出来るのだがトヨザワ自身も含めて、メンバーの誰一人そういった武器を装備している情報は入っていない。各個撃破(かっこげきは)()いられる展開が予想されるが、勘の(たぐい)が心で警鐘(けいしょう)を鳴らす。

 

「失礼、サクラ女史(じょし)。ミッションを開始するにあたって確認したいことがあるのだが、バトルの手段は実機によるガンプラバトルだろうか?それとも電脳世界での戦闘か?」

 

「どちらでもないわ、と言うより分かってて聞いたわよね。今回のバトルはバウトシステム……学園都市で研究されている電脳空間とは別に、もう1つ進められている試作のバトルシステムで行うわ」

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 学園都市に立ち並ぶ無数の建造物。道路から施設の床に至る全てに埋め込まれた特殊マイクロチップにより実現した新時代のガンプラバトルシステム────通称バウトシステム。

 従来のガンプラバトルにおいて必要な物は両者のガンプラと、ガンプラを動かす為に必要なプラフスキー粒子を発生させる装置。ガンダムビルドファイターズシリーズに登場する筐体(きょうたい)をモチーフにした装置で戦闘を行うのがここ20年の主流だったが、人々に馴染(なじ)むと同時に様々な弊害(へいがい)(はら)んだシステムでもあった。

 基本的にオフラインでしか対戦出来ない事、実機のガンプラを使用するにあたっての被弾(ひだん)した際に掛かる修理コスト。マナーの悪化により弱者への(しいた)げの加速に加えて、プレイヤー人口が少ない地域でのマッチング問題。

 それらを打開すべく行われた国家間の新システム共同開発により造られた実験場がこの学園都市、そこに備わる電脳世界(アウター)とバウトシステムだ。

 バウトシステムとは“アウターギア”により発せられた信号を地面や床に埋め込まれたナノサイズマイクロチップが受信し、人数やバトル形式に対応した量のプラフスキー粒子をファイターの周りに形成、どのような場所でもガンプラバトルが出来るシステムの総称だ。ファイターの間に形成された粒子はフィールドとして実体化すると同時に、“アウターギア”に登録されたガンプラもプラフスキー粒子によって完全再現される。塗装は勿論(もちろん)拡大(かくだい)された可動域や追加された火器も粒子により実体化し、実機におけるガンプラバトルと全く同等の挙動で操作が可能なシステムだ。

 

「あの、ミッション直前にこんな事を聞くのは申し訳ないのだけれど。アキラ君とレンが余り仲がよろしくないように見えるのはどうしてかしら?」

 

 暗闇に揺らめく(はかな)い光は(ほたる)のような(あわ)い輝きで室内をぼう、と照らす。幾何学(きかがくじょう)状のラインが地下劇場の床を構成するコンクリートに走り、散りばめられた光の粒子がゆっくりと舞い上がり宙へと()けるその光景。

 戦いの前に見るにしては多少風情(ふぜい)が過ぎる、幻想的に揺蕩(たゆた)う光を見詰める目が不機嫌(ふきげん)に染まる。

 

「こいつはジュニアリーグを優勝したボクの鼻の柱を叩き折った挙げ句に覚えていないとか抜かすんだよ? 許せると思う?」

 

「いや、天狗になる前に鼻を折ってやったんだろ。良かったじゃねぇか、口だけの野郎にならなくて」

 

 中性的な端麗(たんれい)の顔にいよいよ(しわ)が寄った。

 明らかな敵意の視線をトヨザワを挟んだレンへと向けて、身を乗り出す。

 

「そこについては感謝してるさ! けど、ボクのプライドはあの日から潰れっ放しだ! ────だから宣言しよう。今日という日を(もっ)て、ボクはボク自身のプライドを取り戻す!」

 

「あ? 何だガキんちょ、やんのか?」

 

「本来であればガンプラバトルで決めたいけど、残念ながら今回のミッションにおいて仲間割れは結果の合否(ごうひ)に関わるからね、それはよそう。だからこのミッションで……、ボクのガンプラバトルでアンタを見返してやる! 少なくとも記憶の片隅(かたすみ)(とど)めさせて、ボクという存在をアンタから忘れさせない! それがボクの目標だッッ!!」

 

啖呵(たんか)を切った割には目標が等身大だな!? さてはテメェ、ただのいい奴だろ!?」

 

 両者のやり取りに、口に拳を添えたユミが軽く噴き出して目の端に涙が玉になる。

 

「ファイターを真剣にやってる子達って皆こうなのよね、子供みたいで、(まぶ)しくて……」

 

 どこか(ひと)りごちた台詞を(こぼ)し、アウターギアへ細い指が掛けられた。

 女性が見せた切なさを感じる笑顔の意味は誰にも()まれることなく、設定完了を知らせる深い緑に粒子が(いろど)られていく。

 

「じゃ、ミッションを始めるわ。制限時間は無し、フィールドは峡谷。レギュレーション制限に加えてハシュマルは強化個体。貴方達が持つ全ての知識と力を駆使してどうか成功させて頂戴(ちょうだい)。────実はね、上からミッションの合否は問わないなんて言われてるのだけれど、それはやっぱり(さび)しいもの」

 

 その言葉を最後にユミは大きく1歩後ずさる。

 地下劇場の舞台から舞台袖へ、照明の(およ)ばない物陰へと下がり残る4人に(うなず)いて微笑んだ。

 

「タイミングは貴方達に一任(いちにん)するわ、いつでも」

 

 誰からだったか。(しめ)し合わす事もなく4人の両手が宙へと(かざ)され、舞い上がる粒子が手のひらへと収束(しゅうそく)する。光は集まり球体へと姿を変え、彼らが握るそれはガンダムビルドファイターズの操縦桿そのものだ。

 噴き上がる粒子は1人1人を(へだ)て、劇中同様のコクピットを()した空間を造り上げる。黒に閉ざされた正面モニタその左上にそれぞれの顔が表示され、続いて粒子が彼等の手元に渦を巻いた。螺旋(らせん)を描きながら結集する燐光(りんこう)は人型という曖昧(あいまい)な形から徐々に姿を明確に変え、(またた)く間に彼らが長年共にした相棒へと変化する。

 再現された愛機が手元に浮かび、機体とリンクした視界情報が正面モニタへと投影(とうえい)された。薄暗く狭い空間は発進路か、足元をぼんやりと照らす明かりの先は赤く明滅(めいめつ)し、後はファイターの操作によって発進するだけ。

 (わず)かに(ただよ)う緊張の気配に、間の抜けた声が通信としてスピーカーを鳴らす。

 

「皆に言い忘れてたんだけど……、僕、ガンプラバトルの方はあんま最近してなくてさ。足引っ張らないように頑張るよ、ははは」

 

「そうやって保険掛けるなんて、ズルいなぁ~大人は。そんなこと言われたらこっちも頑張るしかないじゃん」

 

「ハッ! 違い()ぇ、なんせ現役3人に加えて1人は世界ランカーだからな、こっちも足を引っ張らないようにするしかねぇぜ」

 

「……今の瞬間ほど自分が世界ランカーであることを(のろ)った事は無いな。責任と不安で胸が押し潰されそうだよ」

 

「良く言うよヴィルフリート。アンタの顔、笑ってるよ?」

 

「そういう君もだ、シオウ・アキラ。────いや、笑っているのは全員か」

 

 見れば初めに(かお)った緊張は失せ、皆が同じく不適(ふてき)な笑みを浮かべている。これを狙ったのであればトヨザワも中々に(たぬき)だなとアキラの笑みが静かに増して研がれた。

 一大フォース、“工房(ファクトリア)”のフォース(リーダー)、カガミ・レン。

 ジュニアリーグ優勝、シオウ・アキラ。

 “ジャイアントキリング”、トヨザワ・フミヤ

 世界ランク8位ドイツ代表、軍神ヴィルフリート。

 ガンプラバトルを知る人間が見れば腰を抜かすようなメンバーその全員が等しく笑みに獰猛(どうもう)を忍ばせる。恐らくこの日を待ち()びたのは自分だけでは無い(はず)とアキラの目に(かがや)きの火が(とも)った。

 その熱と(たかぶ)る心のまま、少年は(かく)と意思を宿した声でスピーカーに(つむ)ぐ。

 

「じゃ、ボクから行くね。────シオウ・アキラ。ガンダムラファール」

 

「────カガミ・レン。アストラルホーク」

 

「────トヨザワ・フミヤ。マラサイ」

 

「────ヴィルフリート・アナーシュタイン。グレイズ・ニヴルヘイム」

 

『『──────バウトシステムッ! スタンバイッッ!!』』

 

 重なる声と同時、機体足元の照明が緑色に切り替わり、(ひび)く駆動音と共に視界が下へと(かたむ)いた。前傾(ぜんけい)に機体を固定する台座が火花を上げてレールを走り、打ち出される衝撃(しょうげき)の一瞬と飛び込む景色(けしき)の輝きに目をしかめる。

 

 空だった。

 雲を散らす晴天(せいてん)蒼穹(そうきゅう)と、一面に広がる荒れた大地。遠く(うかが)える岩壁は遠近感が狂うほどに高く(そび)え、不吉な凶鳥の鳴き声を思わせる悲しげな風切り音が岩を削り()って機体まで届く。

 空に、砂塵(さじん)(かげ)る。

 天を(おお)う砂の斜幕(しゃまく)が太陽を閉ざし、突風(とっぷう)が枯れた大地を駆け抜けて(はし)った。

 

 光学センサが示す風の出所は彼方(かなた)の峡谷。

 

 砂嵐が吹き(すさ)ぶ命無き火星の荒野に鳥の鳴き声がまた1つ、強く(かな)しく空へと消えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝『Gun Through the Dust Anima』6話

「まず、状況を整理しよう。アキラ君。マップの更新状況は?」

 

「ちょうど終わる。────周囲に敵性反応は無し、と。うわ、地形はあまり良くないな、今皆にも送るよ」

 

 機体のメインカメラから出力された荒野の光景。景色を薄く(かげ)らせる砂の斜幕(しゃまく)と見渡す遥かまで続く透き通る青空。

 バトルフィールド峡谷、その東端。

 枯れた大地と時折砂塵(さじん)が舞う荒野がどうやらこのフィールドにとってのスタートポイントであり、遠く(そび)えるように隆起(りゅうき)した峡谷以外何も無い。背後に続く景色の果てもプラフスキー粒子が作り出した立体映像であり、事実上4人は峡谷に進む以外道は無い状態だ。

 解析を進めるアキラの引いた声にこの場の誰もが良い印象を持つわけが無く、程無くして送信された地形データにレンも同じく声にならない声をあげる。

 

「予想通りステージの大半は岩山の迷宮と……。ガキんちょ、峡谷の詳細な構造データはねぇのか?」

 

「観測しようにも粒子の乱れが酷い、多分ハシュマルのエイハブリアクターの影響だよ」

 

 エイハブリアクター。

 機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズに登場する機体の動力源であり、大きな特徴は電力を半永久的に生産し続けること。エイハブリアクターにはそれぞれ特有の周波数がありそれを周囲に発しているが、今回のハシュマルの場合どれ程強大なエイハブリアクターを積んでるのか推し量れない程に発している電磁波が膨大(ぼうだい)だ。発生した電磁波は峡谷内で乱反射し、マップ解析の為に飛ばした通信も拒む。

 4機の中で最も探査系統が高いガンダムラファールでも解析を行えないとなると、いよいよ自分達の目で確かめながらハシュマルを探しだす他無い。

 溜め息を1つ挟んでトヨザワが苦々しく(しわ)を寄せ口を開いた。

 

「うん、そうなるとネックなのは敵の数だね。こっちは4人、あっちはその10倍以上、まともにやったら()り潰されるよ……というか、そろそろ説明して貰えないかなヴィルフリート。君の後ろに居るグレイズ達は…………なに?」

 

「グレイズランサー達か?主な役割は斥候(せっこう)と無線の中継だな、複雑な操作は出来ない……Gビットのようなものと思ってくれ」

 

 言われ、ヴィルフリートを除いた3人がメインカメラをニヴルヘイム後方へと向ける。

 グレイズ・ニヴルヘイムの背後。長槍を地面に突き立て整列をしているグレイズその数3機。シルエットは獣を思わせる4脚と、首にあたる箇所から伸びたグレイズの上半身で、見てくれは半人半馬のケンタウロスに良く似ている。1目で膂力(りょりょく)の強さを感じ取れる精強な機影は、砂原に(たたず)駿馬(しゅんば)の如し。荒野に彫像とも思える影を伸ばしニヴルヘイムの命令を静かに待ちわびていた。

 

「話を戻そうか。……先程フミヤが言った通りこちらの戦力数は遥かに相手と劣る。(いく)ら個人戦力で突出していても戦術レベルでは話にならないのは今更言うまでもないが、────さてアキラ君。こういった作戦の場合どのような戦法が最も適している?」

 

「ん。数の不利に加えて相手は籠城(ろうじょう)してるんだから奇襲しか無いんじゃないかな。プルーマも居るだろうけど全員相手になんかしていられないし、……っていうか今ボクを試したでしょ?」

 

 じろりと見やる半眼にヴィルフリートは微笑で返す。

 

「とすると作戦は決まったが、他に代案がある者はいるだろうか?」

 

 モニタ左上に表示された各々の表情。

 口を開く者は居なかった。

 

 ※※※※※※※※※※

 

 籠城(ろうじょう)戦の攻略というのは、人間同士の戦争もMSを用いた戦闘もセオリーは大きく変わらない。

 敵の侵攻経路に迎撃兵器を構え、複雑に設計された道中には無数の罠が侵入者を(ほうむ)るため備えてある。籠城(ろうじょう)する側は兵士の兵糧(ひょうろう)も基地から送ることが出来るが、攻略側にはそれが難しい。

 正攻法で攻めるとするなら籠城側の3倍以上の戦力を用いて進撃する人海戦術が兵法だが、今回のように攻略側の数が極端に少ない場合は使う手が限られる。

 

「ちょっとヴィルフリート、この編成に悪意は無いよね?なんでボクがおっさんと一緒に行動なのさ」

 

「今回の作戦で早急に求められるのはハシュマルの位置と峡谷の地形データだ。工房長(ファクトリアワン)のアストラルホーク、そして君のラファールは単独で飛行が出来る性能上峡谷の起伏をある程度無視して行動が出来る。よって偵察の為のラファールと随伴(ずいはん)のアストラルホーク。この編成が一番ベストだ」

 

「だってよガキんちょ、宜しく頼むわ」

 

 ぐぬぬと言わんばかりのアキラが見せる表情にトヨザワは微笑(ほほえ)み、レンはからかうような声でアキラに声を掛ける。

 峡谷の手前、城壁にも等しい高さの岩壁の前に小隊は2つに分かれていた。

 

「グレイズランサーを無線の中継としてこちらとそちらの中間地点に配備する。緊急時は戦闘に参加するがあてにはしないでくれると助かるよ」

 

 声に応じるようニヴルヘイム後方に控えたグレイズランサーがアストラルホーク後方へと硬質な接地音を響かせて再び(たたず)む。

 その、手にした長槍の威容(いよう)。HG鉄血のオルフェンズオプションセットに封入されているシュヴァルベグレイズ用のランスが元の武器だが、施されたディテールと先端部が倍以上伸びた槍の全長にレンは自然と唾を飲み込んだ。見るだけで察するグレイズランサーの走破力、そしてこの長槍。この2つが掛け合わさったら一体どれ程の破壊力を発揮するか、横目で流しながらどうしてもその思考が脳裏にちらつく。

 

「フミヤは私と行動、地上から峡谷へと入る。……頼りにさせてもらうよ」

 

「プレッシャーだなぁ」

 

 苦笑を浮かべるフミヤの駆る機体。マラサイ。

 宇宙を連想させる深い青色とメタルパーツに彩られた機体各部。金属パーツによって補強された放熱機構と推進部、そして(つや)のある機体表面は式典用と見紛う絢爛(けんらん)さだ。備える武装は大型ビームバズとビームライフル。金属めいた質感を放つ携行火器の冷徹(れいてつ)さえ感じる輝きは長年研磨された彼の模型技術の賜物(たまもの)に他ならない。

 群青(ぐんじょう)の巨人の1つ目がニヴルヘイムへと向けられた。

 

「フッ、────では、作戦開始と行こうか」

 

『────了解』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝『Gun Through the Dust Anima』7話

 周辺で最も高い岸壁を登り、見渡した景色の荘厳(そうごん)凄絶(そうぜつ)

 地平線まで続いた峡谷の海溝めいた作りにミッションを忘れてレンとアキラが息を呑み込む。砂の色と青空の2色しか無い光景は終末を連想させ、荒ぶ砂塵(さじん)が2人を拒むよう向かい風となって機体を煽る。

 鳥の鳴き声かと聞き違える風切り音を音紋センサが拾い、それが気付けとなってアキラは数瞬(すうしゅん)遠退いていた意識を戻した。

 

「解析開始、と。んじゃ、おっさん先行よろしく。ボクは地形の解析に忙しいから戦闘が発生しても合流が遅れるよ」

 

「解析にかまけて戦闘サボんじゃねぇぞ?」

 

「そっちこそ索敵サボって奇襲を逆に食らいましたとかやめてよね、ボクまで巻き添え食らうハメになるんだから」

 

 ふん、と鼻を鳴らすアキラ、続いてラファールが強化されたアンテナセンサを用いてマップデータを正確な物へと更新する。

 峡谷の起伏(きふく)、全高データ、入り組んだ峡谷の迷路。それらが戦術データリンクシステムでアストラルホーク、グレイズランサー、そしてグレイズランサーを通して地上のヴィルフリート達へとリアルタイムで更新されていった。

 精密な精度のマップデータにレンが僅かに眉を上げる。

 良いガンプラだ。携行火器を射撃に置いたガンダムラファールだが、クリアパーツや追加パーツで強化されたセンサの恩恵(おんけい)をきちんと使いこなした、見た目以上に堅実な機体だ。アキラ程の年齢のガンプラファイターはシルエットや火器の盛りを意識した高火力高機動の高レギュレーションの機体を作りがちだが、アキラはあの年で自分の得意な戦術と戦略に気付いて早くもそれを伸ばそうとしているのが、マップ更新の手際の良さで容易に伺える。

 流行に流されず、ハッキリと自分の意思を持って作られたガンダムラファール。

 将来が楽しみだ、と。工房長の口角の端が吊り上がる。

 

「……俺も良いとこ見してぇが、果たして奴はどこに居るやら」

 

 独りごちに吐いた台詞は、砂塵(さじん)吹き荒れる音に紛れてアキラには届かない。

 

 ──────────。

 

「お、マップデータ更新されたね。しかもかなり正確な地形情報だ、やるねアキラ君」

 

 砂埃を巻き上げながら3機のMSが峡谷の底を辿る。

 空の青とはまた違う、引き込まれるような(あや)しい輝きを(まと)ったマラサイを駆りながらフミヤは同伴するMSに向けて通信を続けた。

 グレイズ・ニヴルヘイム。

 かの有名な2つ名“軍略のニヴルヘイム”その機体で、世界ランク8位“軍神ヴィルフリート”の愛機に他ならないガンプラの武装は至ってシンプルだ。

 携帯するのはナノラミネートアーマーが施された追加装甲を備えた2丁のライフルと腰に携えた刀状の実体剣のみ。一見すれば火力不足に見える火器構成も、彼の戦いを目にすれば評価は一転する。追加装甲によって射撃時のブレが更に抑えられたライフルの命中精度は搭乗者の射撃技術も相まって性能以上の成績を叩き出し、ガンプラ内でも最高峰を誇る優秀な可動から繰り出される日本刀の斬撃は、日本刀本来の使い方である“押し”て“引く”という極めて複雑かつ精密性が求められる入力を生身の人間の動作と遜色(そんしょく)無くこなすことが可能だ。

 デッドウェイトの無い突き詰められた実用性を持つガンプラだが、同時に過多と呼べるまでの圧倒的な拡張性も持ち合わせており、例えば今回の装備のように両肩と後腰部に装備されたグレイズシールドは可動を殺さずに機体の防御力を更に高め、……トヨザワは初めて目にしたが両肩部後方に追加された長方形の箱状の新装備によってグレイズランサーへの遠隔操作も可能にしている。

 その分ニヴルヘイム本体の戦闘力は落ちるだろうが、戦闘に移行した場合どういった動きを見せるのかがトヨザワの密かな楽しみだ。

 

「今のところ敵の反応は無いが、広いな」

 

 呟いたヴィルフリートの声にトヨザワも同意する。

 正確には広くて入り組んでいる、だが。

 複雑な作りの峡谷の形状は一本道では無く、水脈のように道が途中で別れている。別れた道はまた別れ、進むと違う分かれ道へと辿り着く。

 この天然の迷宮めいた地形に、アキラのガンダムラファールが居なかったら正直ハシュマルと戦闘を行う以前の話だったな、と。内心安堵(あんど)の溜め息を吐いて苦笑する。

 

「アキラ君には感謝かな」

 

「あぁ、アキラが居なかったら我々では対処が難しかった、彼に感謝しなければな」

 

『ちょ、ちょっと何これ! 僕の集中力を乱そうっていうイジメ!? やめてよねそういうの!』

 

 突如スワイプが正面モニタ左上に表示され赤面したアキラの顔が大きく映り、少年の幼さが残る彼が見せる年相応の表情に場の空気が程よく和んだ。この瞬間にもデータが更新され続けているのを見ると流石と言う他無い、そんな驚きに眼鏡の向こうの目を丸くしたトヨザワのスピーカーが不明瞭(ふめいりょう)なノイズを拾った。

 音声を拾ったのは小隊の全機体。各々の表情が一瞬で戦士(ファイター)のそれへと切り替わる。

 

『────工房長だ。前方にプルーマの集団を発見した』

 

 ※※※※※※※※

 

 小隊が2分されてレンとアキラが搭乗するガンダムラファールとアストラルホークが3000m程峡谷を進んだ地点。

 谷底からは死角となる起伏の激しい岩山の陰に潜みながら、万が一音紋センサで移動音を拾われないようスラスター出力を抑えながら進行し、警戒の為に遠望へと切り替えたアストラルホークのメインカメラがそれを捉えた。

 砂を噴き上がらせ菱形(ひしがた)の陣形で谷底を走るプルーマの集団、数は20機。

 全高300mを優に越える崖上は仰角(ぎょうかく)を取ることが出来ないプルーマにとって索敵外でこちらに気付いている様子は見受けられない。

 

「ハシュマルは見当たらねぇ。ありゃ本隊じゃねぇな、多分徘徊しているプルーマの部隊だ」

 

『了解。そのプルーマ達はやり過ごしてそのまま進行を頼む。……それとそろそろ2機目のグレイズランサーの無線限界地点だ、今そちらが居る地点にグレイズランサーを配備しようと思うが何か不都合はあるだろうか』

 

「いや? 丁度隠すにはおあつらえの岩山に今居るところだ、ここなら地上のプルーマ達に見つかる事は無い」

 

『では配備するとしよう。後は君達が今置いたグレイズランサーの無線限界地点まで我々が進行出来れば一先ず目的は果たすことが出来る。では頼んだ』

 

 ガッと短いノイズが走り通信が終わる。

 ヴィルフリートに遠隔操作されたグレイズランサーが崖上の隆起(りゅうき)した岩へ潜むように移動し、そのまま直立して停止。砂を含んだ風を受けて僅かに黄色がかったグレイズランサーに、ウェザリングはやはり映えるなぁ、と意識の片隅で感動しつつ、崖下を通り過ぎていくプルーマの集団をカメラで追う。

 全長を縮めた丸い節足動物のようなデザイン、深紫(しんし)の装甲に身を包んだハシュマルの随伴ユニット、プルーマ。唯一の攻撃兵装であるドリルクローの一対を前方へと構えながら、大きさとは裏腹結構な速度で峡谷を巡行(じゅんこう)していき大きさはあっという間に粒程の機影となった。巻き上げられた砂煙が砂塵(さじん)と合わさって視界に(もや)がかり、その影響か無線限界地点に置いた1機目のグレイズランサーからの電波が弱まる。

 

「ヴィルフリート、聞こえるか?」

 

『聞こえている。何か問題か?』

 

「通信状態が少し悪ぃ、多分プルーマが巻き上げた砂のせいで1機目のグレイズランサーの電波が弱まってる。位置を変えて欲しい」

 

 今も砂の影響か通信は先程に比べると僅かに不明瞭だ。

 現実の通信なら砂程度では電波が(さえぎ)られることはまず有り得ないが、ことガンプラバトルにおいてフィールドを構成する物質も、通信に使用する電波やレーザーも、全て元を辿ればプラフスキー粒子だ。砂塵(さじん)が吹けばそれは微力ながらも電波欺瞞紙(チャフ)の性質を持ってしまい通信に影響が出る場合がある。今回に至っては機体同士の距離も関係あるだろうか。

 音声にノイズが掛かりながらもヴィルフリートは承諾(しょうだく)し通信が切られる。

 

『────砂だけじゃなくてプルーマの影響もあるかも』

 

 声は後ろに控えたアキラからだ。

 

『プルーマがハシュマルの随伴ユニットなら機体間で通信が行われている筈、それももしかしたら関係してる』

 

 それは……。と否定の言葉が出る前にレンも思い至る。

 このミッションは通常のミッションではない。普段から戦えるハシュマルのミッションならプルーマとハシュマルは必ずセットで行動をしているが、今回のプルーマ周辺にはハシュマルの姿は見えず、完全に独立して斥候(せっこう)の役割のプルーマが徘徊している。

 それはつまり、ハシュマルから発せられている通信電波の強さの現れでもある。

 どれくらいの量かは測れないが、峡谷の壁で幾重(いくえ)(へだ)てられた地点からプルーマを行動させているその電波量は推測するまでもなく膨大(ぼうだい)だ。

 アキラの言うとおりその電波がこちらの通信に何らかの不調を与えているのも何ら不思議ではない。

 

「成る程な、……なぁんか嫌な予感がしやがる。ガキんちょ、動けるようにしておけ」

 

『まだマップの解析終わってない……って言いたいところだけど確かに変な感じだ、少し気を付けてみる』

 

 これは長年ファイターをやってきたレンの勘にも等しい推測だ。

 戦場において自身に推測不能な事態は後の戦局に響いてくる事が多い。情報戦、電子戦、そして籠城(ろうじょう)戦。今回に至って原則として有利なのは向こう側であり不利なのはこちら側。今までこの進行に対し何も相手からのアクションが無いのがかえって不気味だ。

 

 ────その時。

 

 常に聞こえていた峡谷を(かな)でる鳥の声がはたと止み、一瞬無音となる。

 逆立つ鳥肌と共に異常事態を察知したレンは半ば無意識に操縦桿を横へと叩き込み、そのままガンダムラファールを押し倒し転がり込む形で岩影へと雪崩(なだれ)こむ。

 その刹那(せつな)

 耳をつんざく高音と腹の底に響く重低音に思わず片手で耳を塞いだ。

 神経に(さわ)る粒子が奏でる不協和音(ふきょうわおん)、鳴り止まない化け物鳥の金切り声、それは聞き違える筈の無いハシュマルからの粒子砲撃に他ならない。

 しかめる目で正面モニタを見やると、今まさに輝く桃光(とうこう)(ほとばし)稲妻(いなずま)(まと)わせて峡谷を寸断している只中(ただなか)だ。激しく明滅(めいめつ)するモニタをしかし瞬き1つせず睨み付け、粒子砲の向かう先を脳内で弾き出す。

 

「あの位置は……! クッソ!」

 

 舌打ちと共に通信をヴィルフリートへと繋ごうとするも流れるのはノイズだけ。何度試しても繋がる気配は見えない。

 その原因をマップデータが雄弁(ゆうべん)に語っていた。

 

『急になんだよもう……、おいおっさん! そろそろどけって────』

 

「1機目のグレイズランサーがやられた。あっちと通信が繋がらねぇ……合流地点に戻んぞガキんちょ」

 

『ッッ、了解!』

 

 言いたいことを圧し殺して返事を返したアキラに対し、レンは満足げに鼻を鳴らす。

 しかし、未だ放たれた雷鎚(らいつい)は留まる事を知らず峡谷を地面諸共焼き、(しばら)く収縮を繰り返して粒子が止む。身を上げたアストラルホークのメインカメラを谷底へと向け、思わず目を見開いた。

 峡谷の枯れ果てた大地ですら焼き溶かす粒子砲の惨禍(さんか)痕跡(こんせき)。黒く(とろ)けた大地が半円に(えぐ)れ、神話に登場する大蛇の通り道とでも言うように焦土(しょうど)爪痕(つめあと)として果てへと大穴が続いている。幾重(いくえ)にもはだかる岩の山を物ともせず貫いた破壊の惨状(さんじょう)に冷や汗が1つ頬を伝い落ちた。

 方角は想像通り1機目のグレイズランサーが配備されていた位置だ、しかしどうやって砲撃を……?

 

 分析を続けていたレンの足元。

 悠久(ゆうきゅう)の時を経た峡谷を可能な限りプラフスキー粒子で再現された起伏激しい岩山にとって、今の粒子砲が与えた影響は大きく。

 

『────地震? いや違う、おいおっさん!今の攻撃でここが崩れるよ!』

 

「なッッ……? 畜生ッこんなところまで自然を再現しなくて良いんだよ! ちィッ!」

 

 衝撃の余波で(えぐ)れた崖が自重に耐えきれず亀裂(きれつ)が大きく走る。

 アストラルホークとガンダムラファールが地を蹴ったと同時、足場が音を立てて崩れ落ちた。まずは身を隠せる地点を正面モニタとマップデータを交互に見ながら滞空(たいくう)を続けていると、岩と一緒に谷底へ落ちていく機体が目に入る──グレイズランサーだ。

 遠隔操作は切ってあるのか、落ちながら体勢を立て直しスラスターを噴かして着地に成功する。メインカメラがこちらを向いて地上からアストラルホークへと歩み寄ってくるところを見るに、どうやらレンのアストラルホークを追従対象として認識しているらしい。

 どうやってこちらと合流するか、そんな素振りを思わせる首の動きを見せながらグレイズランサーの動きが突然明後日(あさって)の方向を見る。放たれた粒子砲によって空いた、峡谷をぶち抜いた大きな穴。同時、アストラルホークの音紋センサが反応を捉える。

 

「プルーマか……! ガキんちょ、あの穴からプルーマが涌き出てくる、援護頼めるか?」

 

『グレイズランサー見捨てないと危ないのはこっちだよ! 逃げた方が良いと────』

 

「馬鹿野郎! ここでグレイズランサーがやられてみろ。無線中継が出来ないんじゃ次に打てる手が大きく減っちまう、既に1機失ってるんだぞ!」

 

『……っ! あぁ~もう! 分かったよ! だけどボク達もやられちゃうんじゃ本末転倒だからね! ヤバくなったらボクだけでも逃げるから!』

 

 マップデータの更新が止み、アストラルホークの隣へガンダムラファールが(おど)り出る。

 手にしたGNライフルがロングバレルへと折り畳まれた状態から変形し、眼下(がんか)、峡谷に開いた穴へと標準が向けられた。

 

「撃ち漏らしたプルーマの処理をお願い」

 

『ハッ、言われるまでも無ぇ』

 

 状況に反して、2人の声はまるでこの状況を楽しんでいるようで。

 獰猛(どうもう)緊迫(きんぱく)と、そして不敵を含んだ声が互いのコクピットに心地よく響く。

 

「やるよ……! ガンダムラファールっ!」

 

「ようやく出番だぜ……! アストラルホークッッ!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝『Gun Through the Dust Anima』8話

 ──数分前──

 

「フミヤ、少しの間周囲の警戒を頼んでも良いだろうか」

 

『勿論だとも。……けど、どうしたんだ?周囲に機影は何も無いけど』

 

「レン、アキラとこちらを繋ぐグレイズランサーの通信が弱まっている。原因を探りたい」

 

『……嫌な予感がするね。分かった、僕が先行する。』

 

 そう言うと並走していたマラサイが一層速度を上げて、土煙の尾を引きながら前方へと隊列を変える。

 アキラから送信されたマップデータを頼りに、うねる構造の峡谷の底を進む2機。出発してから(しばら)く時間が経過した後、突如正面モニタに表示されたマップへとノイズが走る。

 ニヴルヘイム両肩部に装備されたグレイズランサーの遠隔操作を可能にする追加ユニット“増加演算領域(テスタメント)”の不備は機体データからは確認できず、目を細めつつ中継するグレイズランサーのステータスをモニタに出力。崖上に身を潜めるグレイズランサーの真下へ索敵を強めると、峡谷の底を這うように巡行するプルーマの部隊をレーダーが捉える。

 原因はこれか。

 ハシュマルからの電波で活動するプルーマが近付いている事でこちらの通信に干渉しているのか。だとするなら、このままやり過ごせば再び通信は復旧するだろう。

 接近する敵性マーカーその数20。姿こそ崖上からでは伺えないが、無遠慮(ぶえんりょ)な幾つもの走行音がその位置を雄弁(ゆうべん)に語る。じきに通り過ぎて通信は復旧する筈だ。

 

「……、進行経路を考えるに奴等が次に通過するルートは我々と同じか。さて────フミヤ。プルーマの集団が此方(こちら)の道を通過中だ、数は20。押し通ろうと思うがどうだろうか」

 

『身を潜めるにしてもここら辺は開けた地形だから難しいね。戻るにしても時間をロスしてしまうし……、“軍神”の意見に従うよ』

 

「その異名はやめてくれ」

 

 気の良い声音にヴィルフリート自身、変に気を張っていた事を自覚し堅い何かを含んだ溜め息を浅く吐き出す。正面モニタ左上にスワイプされた(わず)かに引き()った笑みは謙遜(けんそん)のつもりなのだろうか、搭乗者とは裏腹に冷徹(れいてつ)と蒼炎で深まる機体が1度峡谷の小さな起伏を乗り越えて上下に揺れる。

 

「そんなに嬉しいなら私の分まで倒してくれても構わないが?」

 

『あれ? ヴィルフリート、僕の表情見えてるよね?これは日本だと遠慮(えんりょ)を願いたいときの表情なんだけど』

 

「スラスターを(たけ)らせて良く言う。……ヴィルで構わない、私の名前は少々長いだろうからな」

 

『それじゃあヴィル。僕が5機、君が15機倒す計算で頼みたいんだけれど』

 

「ノイズが酷い。すまないが君が15機で私が5機のあたりまでしか聞き取れなかった」

 

『実は結構なサボり屋だろうっ!? ヴィルっ!?』

 

 (むな)しく耳を突くフミヤの叫び声をよそ目に正面モニタ中央、小さな枠に表示されたグレイズランサーからの映像を注視する。

 砂嵐が酷いな、と。口の中で(こぼ)しながら砂塵(さじん)が吹き(すさ)んだ映像、プルーマが砂を巻き上げているのか非常に見通しが悪い。

 谷の底からグレイズランサーが潜む崖上まで距離は50m弱程か、振動が峡谷を揺らし小石が崖上から転げ落ちる。

 

『ヴィル、状況は?』

 

「間もなく復旧する筈だ」

 

 プルーマの移動速度を考慮するに通信に影響のある地点へ離れるまでそう時間は掛からない計算だ。中々に速いな、機体性能も強化されているのかと(わず)かに眉を寄せる。

 そんな数秒の思考。直ぐに訪れると思っていた筈の“間も無く”の異変に、その映像が視界へ映る前に確信した。

 

「成る程、そういう……!」

 

 モニタに出力されたグレイズランサーからの映像。

 崖下から這い出るように現れた濃紫(のうし)の、そのぎらつくようなメインカメラが揺らめいて此方(こちら)を見つめる直後、荒々しいノイズと共に通信が途絶(とだ)えた。

 

 ──────────。

 

 峡谷に開かれた大穴。そこから距離を取るよう対面の崖下へ退避しているグレイズランサーに大穴から所狭しと湧き出るプルーマが殺到(さっとう)する。

 原作重量20tを越える金属の塊がごう、と(うな)りを上げながら接足動物めいた挙動で地面を蹴り、鋏角(きょうかく)にも似たドリルクローを突き立てようと切っ先がグレイズランサーへと迫る。

 緩やかな曲線を描くプルーマの跳躍(ちょうやく)コースは紛れもなく次の瞬間にはコクピットを貫く軌道。伸ばされたドリルクローはしかし、空から放たれた薄紫(はくし)の熱線により中央から別けられそのまま機体を両に落とされる。続く飛び掛かったプルーマの強固な背面部装甲に鋭く光線が突き刺さり、メインモニタが数度の明滅(めいめつ)を行った後、粉々に爆散した。

 GNライフルによる射撃は、ナノラミネートアーマーが(ほどこ)されていない上に熱耐性の低いプルーマには特に有効で、砲口から粒子の弾ける発射音が空から次々と標的を穿(うが)つ。

 それでも。

 

『数が多すぎる癖に、コイツら……! ボク達の事なんて目に入っていないじゃないか! 守り切るのも限界だよ!』

 

 如何(いか)に武器の火力が足りていても敵の数が処理できる数を越えている。

 携行するGNサブマシンガンもプルーマの装甲を貫徹するには相応に接近しなければならず、そのリスクを冒す判断はまだすべきではないと射撃に連動して振動する操縦桿を握りながらアキラは舌打ちを打つ。

 ガンダムラファール腰後部に搭載された使い捨ての21連装ミサイルもラファールの中では数少ないハシュマルに通用する武器だ。ここで使おうとはどうしても思えなかった。

 こうして手をこまねいている間にも大穴からさながらホラー映画の1シーンとでも言うように深紫(しんし)(うご)めき、峡谷の崖を背にしたグレイズランサーへと突貫を続けている。

 冷や汗がアキラの頬を撫で落ち、胸がじりじりと焦げ付くような焦燥感(しょうそうかん)に駆られた。

 思考が苦く(よぎ)る中。プルーマのひしめく、その唯一の出現位置に。

 

「待たせたな、最大出力でくれてやる」

 

 咄嗟(とっさ)に空へラファールのメインカメラを向けると、逆光の中覗けたのは一面に広がる空と比べれば深く、蒼い海よりは淡い機体色。見ればアストラルホークの構えた長銃から今まさに粒子を解放しようと、燦然(さんぜん)と輝く桃光(とうこう)が砲口から(こぼ)れていた。

 綺麗だ、しかし異質な光だと粒子の色を見て(かす)かに思う。一般的なビーム兵器の色彩と比べると何倍にも濃い桃色の光芒(こうぼう)はアキラが知り得るどのガンダム作品にも該当が無い。その光を孕んだ、逆手に構えた長銃────“ワールウインド改”が重圧な砲音を(ともな)い銃口から粒子が放たれる。

 “ワールウインド改”から放たれたビームバズーカの弾頭を思わせる巨大な光に、アキラは射撃を続けながらも目を奪われた。高密度に圧縮された粒子は空間を突き抜けながら目映(まばゆ)いほどに峡谷を照らし、アストラルホークを除いた全ての景色が反射した薄紅(うすべに)色の色彩に(いろど)られる。音も無く風を切り、輝く光球はプルーマが這い出る大穴へと吸い込まれる。アキラが我に返ったのは3度目の砲口が瞬いた頃か、続いて放たれた粒子も同じ軌跡を描いて深紫に染まる横穴へと突き刺さり、直後、閃光。

 臨界(りんかい)に達したエネルギーが大穴内で炸裂し、一拍を置いて爆風を(ともな)いプルーマの残骸(ざんがい)が峡谷へと吐き出される。風圧の余波で地上をホバー移動するプルーマ達も体勢を崩し、谷の底は紫のペンキをぶちまけたようプルーマに埋め尽くされた。味方機に動きを阻害された腹を見せる亀虫、その不規則に可動する機体の中心をラファールのGNライフルが次々と射抜(いぬ)く。

 

「今だな……。おい、ずらかるぞガキんちょ!」

 

『ッ! 丁度粒子残量が危なかった……、了解っ!』

 

 手近にのたうつプルーマの胴体へ念押しの2連射を決めてラファールは(きびす)を返す。

 予想以上に消費してしまった粒子に唇を浅く噛みつつ、横目で正面モニタ右上のレーダーを確認。大蛇の腹の中のような長く続いた峡谷の一本道を3機は疾駆(しっく)する。この先にはハシュマルからと思われるビームが発射される前に通過したプルーマの一群がおり、出くわしたとなったらいよいよグレイズランサーを守りきれる自信が無いなと、薄小豆色の髪が小さく左右に揺れた。加えて目の前のプルーマ達の数は大分減らしたが、それでもレーダーは敵性マーカーを示す赤いフリップで埋め尽くされている。挟撃(きょうげき)なんてされようものならグレイズランサーの撃墜は確実だ。

 そんな迷いを振り切るよう、アキラは球体型の操縦桿を押し倒しラファールが速度をより上げる。続いてグレイズランサー、殿(しんがり)としてアストラルホークがラファールを先頭に陣形を構えた。

 挟撃(きょうげき)が来ないことを胸中祈りながらレーダーを見やると、通過した一本道が赤色の敵性マーカーに染まりながら津波(つなみ)の如くこちらへと押し寄せているのが確認でき、ラファールの音紋センサもおびただしい数の駆動音を拾う。迫る深紫(しんし)の波の先頭へ向けて機敏(きびん)に反転したアストラルホークが“ワールウインド改”を射撃し、撃墜されたプルーマの残骸(ざんがい)が後続を巻き込みながら後方へと吹き飛んでいく、それでも削ぐ事が出来たのは全体の一欠片にも等しい数。味方機の残骸(ざんがい)すら押し退けて乗り越えながらプルーマ達は進撃を進め、グレイズランサーに速度を合わせているこちらが徐々に距離を詰められている形だ。

 ……そろそろ決断をする時か。ラファールも、アイツが乗っているアストラルホークも最高速度はこんなものじゃない。ここはやはりグレイズランサーを見捨ててでもヴィルフリート達と合流を────、

 

「…………、? なんだ?」

 

 追い(すが)るプルーマの集団。峡谷の谷に張り付いて滑走していたプルーマ達が次々と体勢を変えるのがサブカメラからの映像で確認出来た。身を縮め、力を溜めるように踏ん張っているせいか追跡速度が落ち、こちらとの距離は見る見るうちに離れていく。

 まさかビームを放つわけでもあるまい。

 不可解に思えるその行動にアキラの眉が(わず)かに寄る。奴等は何をしているのか、考えているうちにプルーマの多くは奇妙な体勢を維持しながら速度の落ちた足回りで追跡を続けている。

 

「おっさん、よく分からないけどチャンスだ。今のうちに距離を離そう────」

 

 口走った言葉が不意に途切れる。

 視界に入る正面モニタに表示された通信サイン、灰色のマークがオフラインを示している。ノイズの走ったメインカメラに脳が一瞬理解を拒み、やがて投影された映像に、ひゅっ、と。自身の息を呑む声がやけに鮮明に聞き取れた。

 機体を反転させ事態を把握しようとするが、もう遅い。

 真天の太陽よりも紅く白い粒子の奔流(ほんりゅう)がラファールを飲み込まんと峡谷を削りながら突き進む。

 何千回とバトルをしてきたからこそ理解出来る不可避の砲撃に、操縦桿を握る手から力が抜けていくのを感じながら。最期の瞬間を知覚出来ないまま。

 閃光が峡谷を駆け抜けた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝『Gun Through the Dust Anima』9話

()られる時ぁガキ臭ぇ悲鳴でもあげるかと思ったんだがよ』

 

 宙を切り裂くようなスラスターの駆動音に意識が徐々に戻る。男の声を切っ掛けに曖昧(あいまい)になっていた思考がやがて形取られ、そこでようやくアキラは自身のラファールが空に浮いていることを自覚した。

 

『可愛くねぇな、ガキんちょ』

 

 しかしラファールはアキラの操作で浮いておらず、現に操縦桿には手が添えられているだけで何も動かしてはいない。未だ覚醒してない揺らつく視線で正面モニタを見れば、空に馴染む青の色彩。

 

「かっ……!? 担いでるのか!? ボクのラファールをっ…………!?」

 

 それはアキラにとって驚愕すべき事実だ。

 ラファールの機体重量は他00機体と比べるとやや軽量だが、外付けの21連装ミサイルを加味すると重量は格段に増加する。そんな機体を大気圏内で抱えつつ単独で完全飛行を行えるアストラルホークの推力、少なくともレギュレーション600内で同じ事を行える機体は非常に稀でありそのどれもが規格外の機体サイズだ。

 目の前のこの機体……、本気を出したならどれ程の空間戦闘を繰り広げるのだろうか……?

 

『先に礼だろうが』

 

「う、うわあああぁぁぁーーー!! …………急に手放すなよ! 落ちたらどうするんだ!!」

 

 間一髪。抱き抱えられる形から真っ逆さまに墜落するラファールのスラスターに火を入れ、すんでのところで機体が跳ねるように空中で体勢を整える。

 下を見れば黒く()けた大地が(えぐ)れ、峡谷の広大なフィールドを寸断する粒子の跡が陽炎(かげろう)と共に地表を焦がしていた。

 

『今のビームでプルーマは体勢を崩してやがる。だがどいつにも誤射はされて無ぇ、直に動き出すぞ』

 

『誤射が無い? あの範囲で……?』

 

 撃墜を覚悟した先の砲撃。

 機体1つ程度なら余裕で飲み込む範囲の射撃を、味方機に誤射せずに撃ち抜くその精度。異常を通り越して異様と言わざるを得ない狙撃に思考の端で何かが引っ掛かる。

 

「そうだっ、グレイズランサーは」

 

『さっきのビームで墜ちた。加えてヴィルフリートとトヨザワにも通信は通じねぇ。俺らは滞空してれば、まぁプルーマはやり過ごせるがハシュマルを倒せますか? と言われれば話は別だ』

 

「おっさん」

 

 小さく鋭い、そして僅かに含んだ殺気のままラファールが眼下(がんか)(うごめ)くプルーマを数機纏めて撃ち抜く。爆散するプルーマを見やる視界の端、今しがた撃ち抜いたプルーマと同じように踏ん張る姿勢を取る数機にも続けて射撃。

 

「ボクらは滞空を続けていれば安全って考えは通用しない。今すぐコイツらを処理しないと、次に消し飛ぶのは僕らの方だ」

 

『あ?ガキんちょ、そりゃどういう……』

 

 続く筈のレンの声が轟音と共に途絶(とだ)える。

 続いて緑光(りょっこう)と輝く粒子が峡谷の大地を這ったと思えば、射線上でひっくり返っているプルーマに閃光が直撃。身を膨らまして機体が爆ぜた。

 ラファールとアストラルホークの2機が振り向けば、砲撃によって開けられた峡谷の大穴から覗ける深い藍色(あいいろ)

 宇宙を思わせるカラーリングの機影と、その背後で特徴的なアイセンサを光らせる姿見えぬ機体。それが見えただけで意図せず笑みが小さく咲いて、次の瞬間には慌てていつものむすっとした表情へ戻すアキラ。しかしタイミングが悪かったようで正面モニタ左上にスワイプされた3人の表情はにやつきながらアキラをじっと見詰めていた。

 

「なっ、なんか言えよっ!」

 

『そうだね。とりあえずアキラ君の今の顔が見れただけでぼくらが来た甲斐があったかな? ね、ヴィル』

 

『同感だ。良い笑顔だったよ、アキラ』

 

『ハッ、助けが来た途端顔が緩みやがって。ガキんちょ』

 

「この大人たちやっぱ嫌いだっ!!」

 

 “軍神ヴィルフリート”。“ジャイアントキリング”、トヨザワ・フミヤ。

 2人が駆る機体が太陽に照らされ、より克明(こくめい)に見える機体が今は何よりも頼もしく。

 

「ボクから全員に伝えたい事がある。敵の特性についてだ」

 

『了解した。こちらも伝えたい情報を持っている────、情報交換は奴等を処理しながらで構わないかな?』

 

 グレイズ・ランサーを失い、次の機会が消滅したこのミッション。

 そんなものお構い無しとでも言うように、その場の全員が不敵に笑って見せた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝『Gun Through the Dust Anima』10話

 放物線を描いて飛び掛かるプルーマの集団。

 ニヴルヘイムが両手に構えたグレイズライフル、宙を捉えた銃口から交互に閃光が(またた)いて不気味な赤色に灯るアイセンサが次々と割れていく。打ち落とせなかったプルーマがドリルクローを振り上げ、自重を加える形でニヴルヘイムへと叩き付けた。

 それをグレイズフレーム特有の恵まれた可動による体捌(たいさば)きで避け、脚でドリルクロー基部を踏み、晒した背面へ撃発(トリガ)。背面装甲を貫通し地面さえ穿(うが)つ射撃を念入りに3発撃ち込み、背後から聞こえた削岩音(さくがんおん)を耳で感じたまま機体を反転させ、グレイズライフルでドリルクローを弾いて退ける。

 元々射撃精度の長けるグレイズライフルだが、ニヴルヘイムのグレイズライフルは銃身に追加装甲による改造が施され、貫徹力と射撃精度が更に増しており加えて強化されたフレームは近接時の防御としても運用が可能だ。

 

「────ふっ!」

 

 逆袈裟(ぎゃくけさ)に振り上げられたグレイズライフル、追加装甲で増強された銃身を機体下部に喰らい身を浮かせたプルーマへ、もう一方の片手に構えられたグレイズライフルが咆哮(ほうこう)。地面に伏せたプルーマは数度の痙攣(けいれん)を起こしてそのまま動かなくなる。

 レーダーフリップを見、自機の周囲にプルーマが居ないことを確認したところで正面モニタにコールマークが点滅。フミヤだ。

 

『それにしても大変だね、特殊な挙動を取ったプルーマを真っ先に排除しろなんて』

 

「確かに慣れない戦闘ではあるが、なに。やってやれない我々ではないだろう?」

 

 ライフルの弾倉を入れ換えつつ、先程交わした情報を思い返す。

 確かにそう言われてみれば粒子の砲撃による狙撃も納得が出来るものだな、と。未だ赤色の敵性マーカーに染まるレーダーを見ながらアキラの推察(すいさつ)に内心舌を巻いた。

 

 ※※※※※※

 

『まず、プルーマが取る妙な動き……、力を溜めると言うか、飛び掛かる前に取る前傾(ぜんけい)姿勢と言うか。似たような動きを取る個体が居たらそいつを真っ先に倒して欲しい。あれは恐らく、()()()()()()()だ』

 

()()()()()()()()()

 

『プルーマの本質はハシュマルの随伴ユニット。つまり厳密(げんみつ)に言えばプルーマもハシュマルの一部って考えられる。ここからは僕の推察だけど、プルーマが取る力を溜める動作は狙撃の標準合わせみたいなもので、一定時間ロックオンされたら本体から狙撃が飛んでくる』

 

『そうか、それで……。こちらからも情報がある、のだが今となっては遅いな。プルーマの索敵範囲は私達が知っているプルーマとは比べ物にならず、加えて思考するAIも非常に高度だ。私達が分断されたのもあちらが計算したものだろう』

 

『なんだって……?』

 

『奴等は初めから私達が峡谷のどこにいるか分かっていた。その上分断出来るタイミングを見計らってグレイズランサーを潰し、私達の各個撃破を狙っていたようだ。奴等が持つ規格外の通信でこちらの作戦が逆探知された可能性が大きい……よって』

 

「──────ハシュマルは僕らが飛び込んでくる事を察知してるって事だよね」

 

 先程行われた通信を思い返し、トヨザワは自身が吐いた言葉が思ったより焦っていることに驚きながら操縦桿を握る。(ともな)って深く染まる藍色(あいいろ)が揺らめいて大地を疾駆(しっく)し、()れ違い様に左手のビームライフルでプルーマの横っ腹に風穴を開けた。そのまま前方の開けた谷底を移動し、マラサイを追うプルーマ達が紫のペンキもかくやと大量に追い掛けてくる。

 それでも、プルーマ達の足がマラサイに追い付くことは無い。トヨザワがマラサイに(ほどこ)した改造は主に駆動系及びスラスター部への金属パーツの追加だ。金属パーツはプラスチックパーツよりも強度が高く、スラスター部を金属パーツに改良すれば重量が増す分推力が格段に跳ね上がる。増大した推力は大きな武器になるが繊細(せんさい)な操作を強いられるのは言わずもがな、ホバー移動を取る改造を(ほどこ)されたマラサイに限っては、ホバーの推力を少しでも間違えれば重量バランスの崩壊へ繋がる非常にピーキーな代物になっている。

 谷底に見られる多少の隆起も推力調整を手動によって行っているトヨザワのマラサイにとっては厄介極まりない地形ではあるが、それを肌感覚と経験で無意識下に抑え込んでいる事が何よりの驚愕(きょうがく)だろう。

 

「大分集まってきたな。アキラ君の言い方だとそろそろ────、居た」

 

 マラサイを追跡するプルーマの集団、その両翼(りょうよく)

 急激に減速し飛び掛かるような体勢を取るプルーマと視線が交錯(こうさく)する。

 左手で推力の制御を、右手は精密機械を思わせる素早い手つきで動き、武装スロットの4────ビームバズーカを選択。

 マラサイがモノアイを1度大きく輝かせ機体を反転。メインカメラと連動したビームバズーカのロックオンサイトが正面モニタに出力され、プルーマの集団その少し手前の地面に標準を合わせる。

 反射する黒と鈍色(にびいろ)、加えて金属の目映(まばゆ)い光沢を放つビームバズーカはトヨザワがマラサイに合わせて製作した特注品だ。高出力のジェネレーターと銃身を支える金属パーツから放たれる一撃は、幾多の高レギュレーションの機体を(ほうむ)ってきたトヨザワの切り札そのもの。

 

「頼んだよ、……マラサイ」

 

 呟くように、愛する人の耳元に囁くような声のまま撃発(トリガ)

 黄緑色の弾頭が砲口より放たれ、反動によって大きくマラサイの体勢が揺らぐ。

 風を切り裂く粒子を撃ち込まれた地面は一度沈黙(ちんもく)し、やがて大きく膨れ上がって、赤熱。地面の内で臨界したエネルギーが噴火の如く炸裂し、プルーマの集団全てを呑み込む最高のタイミングで粒子爆発が発生する。粒子を含む爆風はプルーマの機体を崩壊させ、余波は峡谷を揺らし、崖上の大岩が耐えきれず左右から落ちてくるが、それらさえも置き去りにマラサイは峡谷を駆け抜けた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝『Gun Through the Dust Anima』11話

『おっさん! 2時の方角、距離400! ヴィルフリートが相手してる集団の向こうに()()()()()()()!!』

 

「おう。ったく、数だけは多いな屑鉄(くずてつ)共ッ!」

 

 ヴィルフリートを挟撃(きょうげき)しようと移動するプルーマの小隊をワールウィンド改で(まと)めて吹き飛ばし機体を反転、指示された地点を見やれば狙撃体勢に構えているプルーマが(うごめ)深紫(しんし)の中に見て取れた。

 今、レンを含んだ機体達は(おびただ)しい数のプルーマの集団に囲まれ乱戦の模様(もよう)となっている。上空からアキラの搭乗するラファールが狙撃体勢のプルーマの位置を送信し、最も処理が出来る距離の人間が処理をしている形だ。

 

「ワールウィンドばかり使ってちゃ直ぐガス欠になっちまう」

 

 舌打ちを(こぼ)しながら操縦桿を叩き込み、機体は静止から即座にトップスピードへ切り替わる。

 目まぐるしく後ろへ吹き飛んでいく景色の下を見れば、ゾンビ物の映画とでも言うように鋏角(きょうかく)を振り上げてアストラルホークへ手を伸ばすプルーマの絨毯(じゅうたん)。ワールウィンド改を背中へ担いだアストラルホークは空いた右手にビームサーベルを構え最大出力で発振(はっしん)し、爛々(らんらん)と輝く薄桃(はくとう)色の刃がそのまま地表(うごめ)くプルーマに突き立てられた。そのまま。

 

「ハッ、こりゃ入れ食いだな」

 

 プルーマの集団を引き裂きながらアストラルホークは尚も速度を上げる。疾風(はやて)の如く過ぎ去る機影の跡には両断されたプルーマが道となり、さながらモーゼの行進の様相(ようそう)にも思えるその進撃。レン自身、自らが改造したアストラルホークの性能に驚愕(きょうがく)しながら遂に指定されたプルーマを眼前に捉える。緩めることの無い加速に、それでも付いてくるアストラルホーク。光剣がずぶり、と。何の抵抗も無く狙撃体勢のプルーマの正面を斬り込み、かくも鎌鼬(かまいたち)と言うように両に分けられたプルーマの胴体がふわりと宙に浮く。

 後方で爆散したプルーマからの風を機体に浴びながら集団を切り抜けたアストラルホーク、猛禽類を思わせるバイザー越しのツインアイが岩山からこちらを(うかが)うプルーマを発見しレンの笑みが壮絶(そうぜつ)に深まった。先のプルーマを切り抜けた速度のままに地表を滑空(かっくう)し、睨むプルーマの背面装甲へ着地。規格外の速度で突き進んできたアストラルホークの衝撃をその身に浴びたプルーマは、背にアストラルホークを乗せたまま後方に(そび)える岩山に激突し、それでもメインカメラの光は消えずに接敵した相手を始末しようと体勢を整えた、その眼前に。

 ばぎり。とアストラルホークが左手に携行するハンドガン“ホーネット”に備わる銃剣がメインカメラに突き刺さり、零距離で撃発(トリガ)。射撃の度にのたうつプルーマだが数度の攻撃によって沈黙し、アストラルホークは前足で押し退けるように蹴飛(けと)ばした。

 

「プルーマの増援が来ないって事ぁ、どうやらここが天王山(てんのうざん)か」

 

 背部スラスターから“ホーネット”の弾倉を取り出し、装填しながらレーダーフリップをメインモニタに拡大する。

 仲間達はプルーマに囲まれてこそいるが一定距離以上の接近を許してはいないようで、ヴィルフリートに至っては集団を喰い破る勢いで前進を続けており乾いた笑いが1つレンの口から漏れ出した。

 

 ※※※※※※※※

 

 狙撃体勢を取られたら手を出しづらい集団の外縁部を削いでいたレンとアキラだが、徐々にプルーマの包囲網は外側と内側を削られその役割を十全に果たせてはいない。

 ヴィルフリートの()るニヴルヘイムは異名に違わない軍神の如き猛攻でプルーマの壁を突き進み、トヨザワの搭乗するマラサイは戦場で最もプルーマが密集している箇所へビームバズーカの砲撃を続けている。レンのアストラルホークは圧倒的な空間機動をもって狙撃体勢のプルーマをピンポイントに狩り、アキラのラファールも各員が処理を続けているのを見届けてプルーマの集団の真っ只中へ機体を下ろす。

 

 今まで空中に()していた手の届かない標的が突如自分達と同じ地表に立ったのを見て、周囲のプルーマが一斉にアキラの方をやけに赤いメインカメラをぎらつかせながら振り返る。そのままに飛び掛かっては来ずジリジリと間合いを詰めながらドリルクローを回転させる様子はさながら獲物を集団で狩る肉食獣のそれであり、ラファールの斜め後方に位置するプルーマが突如としてその身を跳ねさせドリルクローを振りかぶる。それを合図に全機が飛び掛かりプルーマのドームという悪趣味極まりない造形物が一瞬にして作られ、プルーマの上をプルーマがよじ登りラファールを覆い潰そうと紫の小山はどんどん膨れ上がる。その、ひしめく塊の中心に薄桃(はくとう)色の光芒(こうぼう)が一際強く灯ったと思えば。

 

「あぁ~もう、邪魔だよ。ボクただでさえ虫が嫌いなんだからお前達見るとゾワってするんだよ」

 

 無数の閃光が弾け、蟻塚(ありづか)のように築かれた小山が瞬時に弾け飛ぶ。

 体勢を崩され腹を見せるプルーマの中心、両手を広げながらGNサブマシンガンを(たずさ)えたガンダムラファールが取り囲むプルーマに銃口を突き付けていた。

 射線上のプルーマが飛び掛かるのと、GNサブマシンガンの銃口が(ひらめ)いたのはほぼ同時。高速に(またた)くマズルフラッシュが真昼の峡谷をストロボに照らし、弾丸の雨を浴びたプルーマは不規則な硬直を繰り返して機体を爆散(ばくさん)させる。横一列に跳躍(ちょうやく)してくるプルーマを射撃を続けながら()ぎ払い、反対側から仕掛けてくるプルーマへメインカメラを向けずにレーダーを頼りにした予測射撃で蜂の巣にする。

 やがてラファールを中心にプルーマの残骸(ざんがい)が築かれ、レーダーフリップに残敵が少ないのを見てからGNサブマシンガンの弾数が少なくなっているのを確認。予備の弾倉を腰から抜いてリロードを試みるその刹那(せつな)に、ラファールの見せた隙を突いたプルーマが背後からドリルクローを突き立てる。

 残骸(ざんがい)の山に(まぎ)れたプルーマに反応が(わず)かに遅れるも片手に弾倉、もう片手にGNサブマシンガンを構えたまま撃発(トリガ)。一対のドリルクローを盾にしたプルーマへの射撃は1本の鋏角(きょうかく)を撃ち飛ばすだけに留まり、残った弾数ではプルーマを撃墜する事は不可能。

 しかし、アキラが見せた表情は(おのの)きではなく、不敵だった。

 GNサブマシンガンの弾倉を射撃を続けながら破棄(はき)し、モニタに表示された弾数が溶けるように消え行き0を刻む同時、片手に持った弾倉が銃身へと叩き込まれる。粒子を装填されたGNサブマシンガンは空撃ちを吐く事無く射撃を継続し、宙のプルーマに弾数の暴威(ぼうい)(もっ)て風穴が無数に開けられた。

 弾倉の破棄から装填まで、僅か1秒。アキラがジュニアリーグ覇者たる由縁(ゆえん)が遠中近距離全てで輝く、この射撃技術である。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝『Gun Through the Dust Anima』12話

 そこは暗く、大きな空洞だった。

 メインカメラを横に向ければ、黒く(ただ)れた峡谷の岩壁が巨大な怪物の腹の中とも思える様相(ようそう)で続いており、機体が駆け抜けた後の地面が粘液性の飛沫(しぶき)をあげる。

 横幅縦幅共に広くMSならば3機は横に並んでも余りある広さの大穴は峡谷に元から存在する物ではない。4機が隊列を組んで移動中のこの空間はハシュマルが放ったビームによって開けられた天然の通路だ。

 遠くに(うかが)える白い明かり。(すなわ)ち外界を示す光明(こうみょう)だけを頼りに進む一行(いっこう)は、いつまた撃たれるか分からない粒子砲に内心肝を冷やしながら操縦桿を握り、前方を警戒する。

「もっとも、撃たれた時点でこちらは避ける術が無いのだがな」、先程ヴィルフリートがぽつりと発したこの言葉に対して誰も反応しなかったのは少し可哀想だなと、トヨザワが笑い混じりに口を開いた。

 

「それにしても大胆な作戦だね。まさかハシュマルが開けた穴を辿って向かうなんて」

 

「ハッ、折角向こうから招いてくれたんだ。今はご招待に預かろうぜ」

 

「────ちょっといいかな。気付いてると思うけど、言いたいことがある」

 

 僅かに疑念(ぎねん)を含んだアキラからの通信。

 

「先程のプルーマにしろ、初めにこちらが受けたハシュマルからの攻撃にしろ、向こうはこちらを倒そうと思えば倒せる状況だった」

 

 峡谷に侵入した時点でハシュマルはこちらを察知していたのは紛れもない事実だ。小隊の分断のタイミングに、こちらが持つプルーマの前提知識を逆手に取った戦略。

 プルーマは緩やかな坂は上れるが直角となれば話が違う、筈だった。分断の原因となった1機目のグレイズ・ランサーが撃破された際、ヴィルフリートが見た映像は崖を這い上ってくるプルーマの姿。崖を伝って移動する機動性は従来のプルーマでは考えられず、その見誤りがこちらが犯した最も大きな(あやま)ちだろう。

 そしてそのプルーマの集団は1度レン、アキラが配置したグレイズ・ランサーを無視している。

 明らかにこちらの裏を突いた戦略に加え、先程掃討(そうとう)を終えたプルーマ達も狙撃態勢を取る個体は計算よりも(はる)かに少ない。

 

「恐らく、ハシュマルは僕らを(さそ)っている」

 

「気味の悪い話だ。学園都市が作った高度な自律AIもそうだが、……まるで人間と駆け引きしているような気分になるな」

 

 ヴィルフリートが目を(すが)め、何かを思案しているのか言葉尻が抑えられた通信に一同が同意の沈黙(ちんもく)を示す。

 

「まっ、ここで考えても仕方ねぇだろ。難しい事はこの後酒でも飲みながら考えりゃ良い。おら、そろそろ出口だ」

 

 削がれていた意識を正面に向けると、眼前に広がる白い光。

 黒の空間を見る見る内に侵食(しんしょく)していく光に目をしかめながら。それでもあらゆる事態に即応出来るよう操縦桿を握る手に一層力を込めながら。

 気が付けば足元まで伸びた白い世界にガンプラを委ね、一同は闇を駆け抜けた。

 

 ※※※※※

 

 インレ、というMAが在る。

 “機動戦士Zガンダム外伝”、“ADVANCE OF Z”に登場するこの機体は全長100mを越え巨体には外惑星への武力侵攻を可能にする苛烈(かれつ)なまでの装備が搭載されている。

 そのインレに搭載された装備の1つ。“インレのゆりかご”。

 惑星間航行を可能にする大型ブースターと居住区画が設けられたこの装備は巨大な球体状の外見を(もよお)し、特筆すべきはインレと同等の大きさを誇るその威容(いよう)だろう。

 

「な………………んだ、あれ……」

 

 空洞を抜けた先。岩壁によって囲まれた空間は宮殿が1つ収まると思える程の広さを有し、空に迫る岩の山は遥か高くまで(そび)えている。独特な地形の関係上、太陽光が届かない空間は昼とも夜とも言えない明るさを演出し、未踏(みとう)秘境(ひきょう)とはこういうものかと感慨(かんがい)を覚える。

 だからこそだろう。悠久(ゆうきゅう)を過ごした自然を再現した空間の中央、横たわる大きな()()(かも)す違和感にこの場の誰しもが目を奪われた。

 “インレのゆりかご”。それを背部に取り付けたハシュマルの異様はさながら卵を抱えた女王虫の風貌(ふうぼう)を見せ、巨大な球体のあらゆる箇所が(あか)明滅(めいめつ)している。

 疑問とも言える質問を吐き、アキラがラファールのメインカメラの倍率を上げた。時折蠢(ときおりうごめ)(あか)い光、女王の卵を彩る光彩(こうさい)。それらが鮮明にモニタへと表示される。

 

「プルーマ……! あれ全部プルーマだよッ!」

 

 ハシュマルの全長は約30m。比べて100mの大きさの“ゆりかご”はラファール及び他3機のおおよそ10倍の全長だ。埋め込まれたプルーマが全て排出されたらどれ程の数になるか、思考して背筋が凍る。

 この空間は岩壁で外部から隔絶(かくぜつ)された空間だ。仮に収納されたプルーマが一気に吐き出されたら逃げ場など一瞬で無くなる。

 (たたず)むラファールの隣、3機が立ち並びそれぞれがハシュマルを見据(みす)える。正面モニタ左上に表示された3人の顔はどれも不敵さを忍ばせる表情だ。

 

『公式がプルーマ生成ユニットのイラスト出さねぇからってそれっぽい装備を付けたってか? ハッ、センスの欠片もねぇミキシングだな、思考停止は好きじゃねぇ』

 

『あのプルーマが全部出たとして200機以上、戦力差は絶望的。運営の変な人はこのミッションをクリアしなくて良いって言ってたけど……、ここまで来たなら皆でクリアしよう』

 

『同感だな。……恐らく奴はユニットを装備している分動くことは出来ない、私は本体を叩くとしよう。』

 

 沈黙(ちんもく)が一瞬下り、「次はお前が何か言え」と言わんばかりの圧を感じて思わず頬が緩む。

 そうだ。ここまで来たんだ。多少の性能差、機体相性なんてものは(くつがえ)してやる。初めは不安だったこの人員での連係も、思い返せば悪いものじゃ無かった。

 (おのの)いている自身の心を飲み込み、アキラは犬歯を覗かせて笑った。左上で笑っているファイター達と同じ、不敵ながらも楽しんでいる表情で。

 

「どうせ次は無いんだ。ボクたちにやれる全部を出し切って……。終わらせよう、笑ってさ」

 

 4機が武器を構え、ハシュマルも“ゆりかご”を引き()りながらこちらに振り向く。

 天蓋(てんがい)の空に弧月(こげつ)を描く鳥が鳴き声をあげ、奇しくもそれが決戦の開始を告げる合図となって峡谷へ鋭く響き渡った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝『Gun Through the Dust Anima』14話

 時折(ときおり)弾ける火花は短い金属音を(ともな)って戦場に咲き、剣戟(けんげき)の中心に踊る機体は激しい舞踏(ぶとう)の一幕を思わせる動きで荒々しくそれでいて清廉(せいれん)と大地を踏みつける。

 既に手にしたグレイズライフルは弾倉含めて撃ち尽くし、銃身に追加された装甲を鈍器代わりにプルーマへと叩き付けて先程役目を終えた。残る武装は実体刀の1本のみ。対峙する標的に対して文字通り蟻ほどの大きさとも言える武器、しかし刀身に覗く曇りない景色の反射は幾多のプルーマを斬り伏せても尚、()んだ水面の如く一切の(かげ)りが見受けられない。

 

『──────ッッ!』

 

 右袈裟(みぎけさ)に斬り捨てられたプルーマが昆虫の威嚇(いかく)の声にも似た(きし)む音をあげて停止。冷えた思考のなか突如として警告音が悲鳴を発し、ヴィルフリートはその身に染み付いた回避の挙動で機体を仰け反らせる。直後。

 ()()が空を裂き、風圧で先程のプルーマが宙に浮いてニヴルヘイムの後方へと吹き飛んだ。

 続いてニヴルヘイム目掛け走る黒の斜線が異様な風切り音を立てながら殺到(さっとう)()()を半ば勘とも言える反応で左右に回避し、下に置かれた重心をバネの要領(ようりょう)で跳ね上げカウンターの逆袈裟(ぎゃくけさ)を見舞った。

 戦闘音が止まないこの広間の戦場において一際(ひときわ)高い金属音が(ひび)き、ヴィルフリートの鉄面皮に一瞬走る疑念(ぎねん)の表情。

 

 ……存外に速いな。

 ニヴルヘイムの刃が(とら)えた()()は長大の刃。ハシュマルが備える近接装備の中でも極めて特徴的な“越硬ワイヤーブレード”だ。

 微弱な電流を流す事によって形状が変化する特殊合金はガンプラバトルでも再現されており、近接MSでハシュマルを崩す際に最大限注意を払わなければならない武装。劇中において阿頼耶識(あらやしき)システムを解放した“バルバトスルプス”にも追いつく程の驚異的な速度は流石にガンプラバトルでは抑えられて運用されているが、目の前の()()の速度は一般のワイヤーブレードとは比較にならない程に速く、そして重い。

 ぎちり、と。数度火の花が互いの刃から漏れ出、刀を抜く動作の刹那(せつな)にニヴルヘイムが“ワイヤーブレード”の背へと乗り上げる。対抗する力が消えたワイヤーブレードは疾風(はやて)の挙動でニヴルヘイムが元々居た箇所を斬り払い、刃に乗っていたニヴルヘイムが横方向に回転する独楽(こま)のよう空中で(おど)る。

 良好な可動域が売りのHG鉄血のオルフェンズシリーズを使用したグレイズ・ニヴルヘイムは人体と遜色(そんしょく)無い挙動を取ることが可能であり、通常ならば空中でバラバラになる四方向への間接の負荷にも難無く耐えて着地。狙う追撃の刃を屈んだ姿勢からの急加速で回避し、刀の切っ先を標的である本体へと定めた。

 

 峡谷の最奥(さいおう)、四方を岩に囲まれた基地が1つ入るほどの大広間。その中心に横たわる神話の老竜のような規格外の巨体。

 白亜の天使は外付けされた“ゆりかご”により本来の運動性能を発揮出来ず、プルーマの援護も味方の働きによって今や皆無(かいむ)。構えた実体刀が無防備に伏せた巨躯(きょく)を反射し、(やなぎ)の構えで距離を詰めようとしたその瞬間に。

 

「────ッッ!?」

 

 突貫(とっかん)するニヴルヘイムを追い抜いた“ワイヤーブレード”は蛇のよう首をもたげて立ちはだかり、鞭の動作でニヴルヘイムを弾き飛ばす。

 鞭とは人が操る物ですらインパクトの瞬間は音速に達し空気が炸裂(さくれつ)する威力。MSの大きさを優に越えるワイヤーブレードならば、その力は法外な威力をもたらすことをヴィルフリートは刃が触れた瞬間に(さと)った。

 刃は折れていない。機体にも不備は出ていない。

 それでも大きく離された本体との距離に今度こそ冷や汗が褐色(かっしょく)の肌を伝う。

 加えて、好転しない状況を後押しするかの如くニヴルヘイムとハシュマルの間にプルーマがざざ、と紫の波が押し寄せた。これでは近付くなど夢のまた夢だろう。戦略の分析を俯瞰(ふかん)した思考の中で繰り返す、その冷えきった思考の最中(さなか)突如(とつじょ)少年の声が割って入った。

 

『ヴィルフリート。この状況を(くつがえ)す方法が見付かった、ボクの指示に従ってほしい』

 

 ※※※※※※

 

 ガンダムラファール腰後部に搭載された21連装ミサイルのパーツはMGZZガンダムから流用された物だ。弾頭の大きさも速さも威力も、HGのミサイルのそれと比べれば桁違い。故にこそ使うタイミングは適切でなければいけない。

 撃ち切りで役目を終えるミサイルコンテナの使える場面はしかも一度きりで、闇雲(やみくも)に使うのは言語道断の代物(しろもの)だ。

 例えば横たわるハシュマルに放っても分厚い装甲に阻まれる可能性もあるし、加えてあのテールブレードの動きだ。ミサイル程度なら防いでくる予想も捨てきれなかった。

 だから。

 

()()をミサイルで崩す。発射次第、侵入する為に使った穴を使って脱出。多分、これしか方法がない」

 

 ハシュマルが装備している“ゆりかご”の大きさは100mを越える巨大さだが、それさえも(おお)うこの大広間の天蓋(てんがい)広大(こうだい)さも負けじと異様だ。

 再現された自然の堅牢(けんろう)な、それこそMSの火力では崩すことは叶わない自然の城壁(じょうへき)はしかし、ハシュマルによる粒子砲で特大の(あな)(いく)つも空いてしまっている。

 根本の耐久が大きく落ちているのならば、ミサイルの着弾位置を調整することで城塞(じょうさい)を崩すことは難しくはない。

 

「直ぐにでも実行したい。皆、動けるよね?」

 

「────1つ質問だけど」

 

 普段の陽気さを潜めた、冗談の(たぐ)いが見当たらないトヨザワの真摯(しんし)な表情。

 

「アキラ君も一緒に脱出するよね?」

 

 今尚プルーマの集団を押し止めている最中(さなか)、やけに聞こえの良い音声だ。

 アキラが正面モニタ左上を見やれば、同じような表情の人間が3人。薄小豆色の髪を揺らし、少年はハッと鼻で笑う。

 

「なに? まさかボクがハシュマルと心中するとでも? 馬鹿言わないでよ。誰が虫と一緒に墜ちるもんか。ミサイル撃ったら速攻逃げるから」

 

「うん。それを聞けて良かった。約束だよ」

 

 (ほが)らかに微笑(ほほえ)んだトヨザワの顔は直ぐに正面を向いて、殺到(さっとう)するプルーマへと見据(もす)えられた。

 それに釣られるよう、レンもヴィルフリートも目の前の脅威(きょうい)を取り除こうと視線がアキラから外れる。そんな彼らの背中に投げるよう、アキラもまた目の前のプルーマを蹴散(けち)らしながら、

 

「この場合ボクが観測兵だ。ミサイルの効力を見たあとに後ろから付いていくよ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝『Gun Through the Dust Anima』15話

 ワールワインド改が濃桃(のうとう)色の光を放ち眼前のプルーマ達が(まとめて)めて消し飛んで、ビームバズによって押し寄せるプルーマの先頭が崩れて前進速度を大きく下げる。抜け出たプルーマには軍神の刀が突き立てられ、3機が形成する穴への脱出路はまもなく形成されようとしていた。

 地上で3機が結集する中、大広間に浮かぶ1機の機影。ガンダムラファールがミサイルコンテナを展開し着弾箇所の計算を行っている。

 

「ガキんちょ早くしろ! ここぁもう持たねぇぞ!」

 

「泣き言うっさいなおっさん! 集中できないから黙ってて!」

 

 ハシュマルの粒子砲によって亀裂の走った箇所や、構造上(もろ)い部分。次々とロックオンカーソルが必中を示す赤色が灯る最中(さなか)、眼下で見えたそれに血の気が引いていくのを鋭敏(えいびん)に感じた。

 3機からは見えない、プルーマの集団に(さえぎ)られたハシュマルの口に灯る殲滅(せんめつ)の光。その予兆。

 撃つ気だ。

 

「────くぅッッ! 間に合えッッ!!」

 

 撃発(トリガ)

 最後のロックオンはハシュマルの頭部に定めて放った21連装ミサイル。ラファール腰後部から一斉に放たれたミサイルは入り組んだ弾道を描きながらアキラが設定した箇所へ次々と着弾し大きく爆ぜる。

 ずん、と。腹の底に響くような衝撃と共に天蓋(てんがい)へ亀裂が大きく走り、予想通りの崩落を確信するその刹那(せつな)

 ハシュマルの口から放たれるのと、最後のミサイルが着弾するのはまさに同時。

 峡谷のフィールドに入ってから何度も見舞われた規格外の粒子砲による通信遮断(しゃだん)によって事態を把握出来ないまま、大広間に目映(まばゆ)い閃光が駆け抜ける。

 

 ────みんな、無事でいて。

 

 不思議と到来(とうらい)したのは、毛嫌っていたレンを含めての心配の感情に、アキラは自覚しながら閃光に目を(つむ)った。

 

 ※※※※※※

 

「な、にが起きた……?」

 

 レンの意識が数秒遠退いて、そして瞬時に回復する。

 アストラルホークのメインカメラを見渡せば、目の前にはだかる巨大な岩盤。恐らく崩れ落ちて来た物が眼前に突き刺さったのだろう。

 レーダーの異常も元に戻り、レーダーフリップにはアストラルホークの脇に見知った2機が居ることを知らせる。

 だが、もう1機の姿は見えず、レーダーにも反応はない。

 

『なに立ち止まってるんだよアンタら! 早く行けって!もう崩落は始まってる!』

 

 突如響いた怒声(どせい)は目の前の岩盤の向こうからだ。

 落ちてくる岩石の影響か、激しく揺れる視界の中レンも負けじと声を張る。

 

「ガキんちょ、テメェはどうすんだよ!()でこっち来れねぇじゃねぇか!────トヨザワァ!目の前の邪魔な岩盤吹き飛ばせねぇか!?あれじゃガキんちょがっ!」

 

()()()()()()()!!申し訳無いけど、僕のマラサイじゃ崩せないよ……!」

 

「クソったれッッ!!」

 

 コクピット内に吐き捨てた悪態が静まりに落ちて数秒。崩落の音の中、エラーによって真っ黒に表示されたアキラのスワイプが音声によって点滅する。

 

『何だよ、心配してんの? 顔と態度と性格と悪人面に似合わない事しないでよ、笑っちゃうよ』

 

「…………顔、2回言ってんぞ」

 

『実際丁度良かった。観測兵が状況を最後まで見届けなきゃいけないし、ラファールの武装にはハシュマルに通用するものは何も無い。ボクが最適だった』

 

「て、メェ…………!」

 

 返答に(きゅう)する。

 レンは別にミッション中味方が墜ちようが、自己犠牲しようが別段気にする性格ではない。ただ気に入らないのは、あれだけ自分を嫌っていたガキが必死に踏ん張って、力量で負けているこの小隊の中で食らい付いてきたその最後の結末がこんなつまらない事なのが。

 なのに、そんな結末も悟ったような素振りで受け入れてるのが、どうしても()()()()()()()()

 最後まで噛み付いてきたんなら、最後までそれを続けろ。どうして、こんな、下らない事で。

 

「アキラ君。我々はもう行く。君の功績、忘れはしまいよ」

 

『世界ランカーにそんな事言われるの、少しだけ恥ずかしいな。まぁ、その。ありがと』

 

 一際大きい岩石が目の前に突き刺さる。

 間も無く崩落の限界なのだろう、先程から続く揺れも激しさを増して、アストラルホークにも小石が降り落ちた。

 

「ガキんちょ……、テメェこのミッション楽しかったか?」

 

『急にどうしたんだよ。……まぁ楽しかった。色々勉強になったし。…………まぁでも不愉快なのはあれだね、アンタから────

 

()()()

 

『────っ』

 

「覚えたぜ、テメェの名前。そのムカつく性格と生意気なファイターとしての技術。2度と忘れねぇぞ」

 

『…………ハッ』

 

 レン達が立っている脱出路にも亀裂(きれつ)が走り始める。

 最早予断は許さず、直ぐにでも機体を走らせなければ崩落に巻き込まれるだろう。

 

『行けよ工房長。アンタのその機体、かっこ悪くは無かったよ』

 

 びしり。大きな亀裂(きれつ)と共に脱出路が崩壊する。

 岩石が雪崩落ちる速度と同じく3機は(きびす)を返して通路を全速力で駆け抜けた。

 

 ※※※※※※

 

「行ったか」

 

 崩壊による電波障害の中、僅かに捉えていた3機の反応が脱出路の奥に消えたのを見届けてからラファールを地上へと下げる。

 幸いにもハシュマルが最後に放った粒子砲はぎりぎりの所で狙いを()れて、3機の脇を横一文字に斬り払った。

 それも後押ししてか、目論み通り崩れた天蓋(てんがい)がゆりかごに深々と突き刺さっており、機能が停止したのかプルーマの排出も停止している。質量の暴力とでも言うようにだめ押しの岩石がハシュマルに次々と落ちては装甲がひしゃげ、苦悶(くもん)の声に似た甲高い機械音が大広間に鳴り渡った。

 崩落によって逃げ惑うプルーマの集団が、ハシュマルが開けた他の穴に殺到しようとしているのを横目で捉えて機体を走らせる。

 丁度プルーマと穴の間に割って入るようラファールが立ち止まり、鋭利(えいり)(にら)むツインアイでプルーマ達をじろりと見渡した。

 

「行かせるわけ、無いだろ?折角啖呵(たんか)を切って見届けたんだ。お前ら屑鉄(くずてつ)共があいつらの所へ行ったらボクは笑い者だ」

 

 プルーマの数は100を優に越えており、1機のみ立ちはだかるラファールとの対比は比べるまでもない。

 GNライフルをミサイルコンテナが搭載されていた箇所に掛けて、両手が空いたラファールが悠然と足を止めているプルーマへと歩きだす。

 

「と、言うか。誰も気付かなかったな。……支援機がこんな場所にビームサーベルを搭載しているわけ無いのにね」

 

 腕を交差させて、両腰に付けた────支援機には似つかわしくない2本のビームサーベルを手にして発振。

 過去、工房長に負けた際は格闘戦の弱さが敗因だった。

 トランザムでは速さが足りない。機体を(まと)う粒子による防御面の強化も、工房長には通用しなかった。だから。

 

「行くよラファール。────CODE-“アッティモ”、起動」

 

 声と共に。

 ラファールに搭載されていたセンサーパーツ、レーダー補強のパーツが脱ぎ捨てた鎧のよう地面に落ちて、発振した粒子の刃が爛々(らんらん)と輝きを大きく増した。

 散る前の桜が大きく咲き誇るような、そんな危うげな輝きを機体に灯しながら。

 燃える揺らめきを(まと)ったラファールは、猛然(もうぜん)と地を蹴ってプルーマへと殺到(さっとう)した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝『Gun Through the Dust Anima』16話

 地鳴りが空まで(とどろ)き峡谷の中心、最も高く(そび)えていた岩山が見る見るうちに崩れ落ちる。

 天変地異と表現できる程の崩落は周囲一体の峡谷を崩落させ、その規模が及ばない小高い崖上から3機は様子を見届けていた。

 空には変わらず鳥が弧月を描いて飛び、寝床だったのだろうか。崩落が起きた場所の上空にずっと留まっている。その()ったフィールドの演出を視界の端に捉えながらレンは未だ回復しないレーダーフリップを(にら)んでいた。

 

「計器がまるで作動していないね。多分崩落の影響だと思うけど」

 

 アキラには触れず普段の陽気さな通信でトヨザワが微笑(ほほえ)む。

 

「だから、ミッションクリアにもタイムラグがある。もう少しすればこのミッションも終わるね」

 

「……だな。結局ガキんちょが良いとこ全部持っていきやがったなあの野郎。終わったら絶対何か言い付けてくるぜ」

 

「アキラ君の事だから、レンだけに何か言うと思うんだけどなぁ……」

 

 見事に切り立っていた山が斜めのまま沈み、土埃(つちぼこり)が一層強い風と一緒に3機へと吹き付けた。

 終わったな、と。心のどこかでそう思える光景に3人が押し黙り、克明(こくめい)と胸に刻む。やがてエラー表記のレーダーフリップが回復し、周囲の地形が反映。

 見れば元の地形が分からないほどに崩された峡谷の情報が目に入り、戦闘の規模の大きさが伺えた。

 まともにやりあえばどうなっていたか分からない相手だった、幾多のハシュマルを倒してきた3人さえそう思ってしまう。

 プルーマとの連携によって放たれる壁抜きの粒子砲。無尽蔵に産み出されるプルーマの集団。より速さを増した“ワイヤーブレード”の脅威。そのどれもが致命的な強さであり、アキラの案がなければ勝てなかった。

 だからこそ。

 

「なんで、テメェがこの場に居ねぇんだよ……!」

 

 独りごちに吐いた台詞は吹き付けた砂塵(さじん)に乗って消える。

 レンの言葉に、ただただ2人は目を閉じて言葉を発しない。

 沈黙が数秒続いた、直後。

 

 ────────レーダーに、否。計器に異常。警告音(アラート)がコクピット内に響き鳴る。

 

 突如観測不能になったレーダーフリップは、この戦場で何度も目にしてきた現象だ。

 桁外れに高圧な粒子が収束(しゅうそく)し放たれる前兆、力場が(ゆが)む際に発生するこの現象は……!

 予感と同時、崩落しきった峡谷の折り重なった岩盤から、光の柱が天に向かって突き刺さる。

 それは薄桃(はくとう)色の光剣だ。空へ突き立てられた閃光はフィールドを構築する粒子の壁さえも突き破り、空いた(あな)からは現実空間である小劇場の暗い明かりが覗いて見えた。粒子砲は放たれたまま無造作に振り下ろされ、()ぎ払い、フィールドの果てにある映像投射の壁を破って尚も勢いは止まない。

 峡谷の青空に裂かれて見える現実空間はどこか世界の終末を連想させ、即応すべき事態に一瞬思考が付いていかなかった。

 そう。一瞬。

 

「あんの馬鹿、結局仕事を果たせてねぇじゃねぇか」

 

 口角がつり上がる事を抑えずに、レンはアストラルホークのメインカメラを光剣の元に向ける。

 どこか、安心している自分がいた。

 ハシュマルを倒すにあたって仕事はしたつもりだったが、最後の最後で出番を全て奪われたと子供じみた思考がこびりついて離れなかった。

 

「私と、ニヴルヘイムも。正直まだ暴れ足りなかったのは事実だ」

 

 “ワイヤーブレード”に煮え湯を飲まされたまま勝っては後味が悪い。

 ニヴルヘイムが(くも)り無い刀身に粒子の剣を反射させながら、ヴィルフリートも笑う。

 

「僕としては有効打が無いから遠慮願いたいんだけど……、娘にちゃんとパパが活躍したぞって伝えたいしね」

 

 金属質な輝きを(もっ)てマラサイがメインカメラを光らせる。

 誰も、思っている事は同じだった。

 光剣が止み、回復したレーダーにはプルーマの反応の一切が無い。ハシュマルただ1機のみを伝えるその情報はアキラが身を()して決行した崩落の戦果だ。

 あとは、自分達に任せておけ、と。

 残った3人は笑みと、そして決意を目に宿して、機体を最終決戦へと()けさせた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝『Gun Through the Dust Anima』17話

 (いわ)く、天界を追放された天使は地獄に落ちて神への反逆(はんぎゃく)を企てていた。

 純白の翼も堕天(だてん)を表す黒に染め上げ、身にはボロを(まと)うその姿。人間を惑わし神への復讐を誓う壁画(へきが)の1枚に、目の前のハシュマルは良く似ていた。

 身を照らす白亜(はくあ)の装甲は傷付き浅黒く、所々欠損(けっそん)している箇所さえある。両肩のうち片方のバインダーは半分ひしゃげ、“ゆりかご”が備わっていた機体後部には無造作に尾を引くケーブルが堕天使のローブの(ごと)(たたず)まいで垂れ落ちる。

 それでも一目で敵意を感じれる頭部には過剰放電によるものか、紫電(しでん)の蛇が時折(ときおり)のたうっては乾いた破裂音を周囲に響かせ、満身創痍(まんしんそうい)のハシュマルとは別生物のよう、無傷の“超硬ワイヤーブレード”が獲物を探す巨竜の挙動でこちらへと長大の刃を刺し向ける。

 ハシュマルが脚を崩落した岩盤から引き抜き────爪の長さがバラバラなそれで岩盤を噛んだ。崩落によって足場が不安定な事など気に掛ける様子もなく。

 ハシュマルが地を蹴った。

 それはまるで、巨大な弾丸そのものだ。急速接近の後、振りかざしたもう1本の脚を大地へ叩き付け、しかし爪は岩盤を砕いただけで標的は見当たらない。

 

「こっちだウスノロっ!」

 

 ハシュマル首後方部。生物ならば死角となる箇所に向かって、ワールワインド改を向けたアストラルホークが空から狙いを定める。

 撃発(トリガ)と同時、風切り音と一緒に警告音(アラート)が響いてレンは咄嗟(とっさ)に機体を(かたむ)ける。

 射撃の反動で身動きが取れなくなる一瞬、その硬直を突いたワイヤーブレードによる絶殺の一撃だ。

 

「ビームは効かなくてもぉッ!!」

 

 ハシュマルの横っ腹に巨大な粒子の弾頭が直撃し、炸裂(さくれつ)。ナノラミネートアーマーにより滑るよう威力を()らされたビームバズの射撃だが、衝撃を全て削げるほど万能ではない。

 爆散した粒子がハシュマルを大きく揺らし、“ワイヤーブレード”がアストラルホークから(わず)かに()れる。

 しかし。

 横を抜けた筈の“ワイヤーブレード”は物理法則を無視した動作で、アストラルホークを逃した瞬間に刃を横倒した。その悪夢めいた“ワイヤーブレード”の挙動に、レンは完全に(きょ)を付かれ。

 

「なっ!? ────ぐぅ……ッッ!」

 

 ワールワインド改を貫かれ、地上へと叩き伏せられた。半ば激突(げきとつ)とも言えるダメージにアストラルホークのステータスを示す計器が次々とエラーを表示し、それを舌打ちと共に全て手動で消す。

 右脚間接部負荷過剰。大型ブースター出力異常。シールドスラスター数基半壊。

 一撃でこれか、と。苦笑を浮かべてハシュマルを(にら)む眼前。“ワイヤーブレード”がアストラルホークを突き立てる挙動で追い討ちとばかりに空を斬る。

 その、両者の間に。

 青銅色の機影が疾風(はやて)の速さで割って入り、交錯(こうさく)する剣撃が不可視の衝撃波となって周囲の岩盤を弾けさせた。

 

「レン、機体状況は?」

 

「糞悪ぃ! 馬鹿げた威力をしてやがるなその尻尾! ……少し任せてもいいか!?」

 

「勿論。仲間の為なら……」

 

 相対した刃が2度目の交わりに矯声(きょうせい)をあげて、ニヴルヘイムが徐々に機体を押し退けられる。ハシュマルに搭載された大型エイハブリアクターが“ワイヤーブレード”に電力を回し、刃を止める機体をそのまま押し潰そうと力を加える。

 

「幾らでも任されようッッ!!」

 

 刃を反転。

 威力を突如(とつじょ)横にずらされた“ワイヤーブレード”はニヴルヘイムの肩装甲を(えぐ)りながら地面へと突き刺さり、カウンターで繰り出した横一文字は流体金属部分を狙うが、抜かれた“ワイヤーブレード”の腹で受け止められた。

 僅かに欠けた巨尾の背びれは、(けず)り取ったニヴルヘイムの装甲の意趣(いしゅ)返しと言わんばかりに音を立てて地面に突き刺さる。

 後退したアストラルホークを横目で見届け、思案(しあん)を練る最中。暴風めいた膂力(りょりょく)が“ワイヤーブレード”から伝わり、下から上へと機体が弾き飛ばされた。体勢を整えながら“ワイヤーブレード”からハシュマルを見やれば脚部をこちらに向ける動作。脚部運動エネルギー弾を放つつもりだろう。

 極限(きょくげん)まで集中している影響か、引き伸ばされた時間のなか、ハシュマルの脚部に迫る黄緑色の閃光。

 ビームバズが脚部に炸裂し、熱で誘爆した運動エネルギー弾が(いびつ)な爆発音と共にハシュマルの脚部が小さく爆ぜた。

 

「ヴィル、レンごめん! 今のでビームバズの弾数切れちゃった!!」

 

「いや助かったよフミヤ。君の支援がなければ危なかった…………しかし」

 

 どう、斬り込もうか。

 いくら満身創痍(まんしんそうい)とはいえ対峙(たいじ)するハシュマルの性能は従来の彼らより非常に高い。先の運動エネルギー弾も、恐らくは空中ではなく着地の硬直に合わせて射撃するつもりだったのだろう。

 正直長引くのは得策ではないと、ヴィルフリートが(つちか)ってきたファイターとしての勘が告げて思考が冷えるその間に、脚部の誘爆から体勢を建て直したハシュマルが苛立(いらだ)ちの吐息(といき)を噴くよう口に薄桃(はくとう)色が灯った。

 爆ぜた閃光が右から左に。ハシュマルが首を振ってマラサイへと()ぎ払い、峡谷の岩さえも瞬時に蒸発させる粒子の刃を卓越(たくえつ)した操縦技術を()て滑るようにやり過ごす。

 マラサイが回避した先、アストラルホークとニヴルヘイムが岩盤を盾にして機会を(うかが)っておりそこに加わる形で通信のコールマークが点滅した。

 

「たはは、今のは危なかったぁ……。どうしよ、2人は何か解決策はある?」

 

「私は早期撃破、しか無いと思う。奴の装甲自体は(けず)れているが、肝心のワイヤーブレードがほぼ無傷なのが痛いな。時間を稼いでも先に磨耗(まもう)しきるのはこちらだ」

 

「俺も大方賛成だ。……が、肝心の倒す手段はどうすんだ。奴に致命傷与えられる手段は結構限られてくるぜ?ヴィルフリートが斬るか?」

 

「自分の力不足をここまで呪ったことは無いが、それは恐らく出来ない。ワイヤーブレードだけで足止めを食らっている状況にハシュマル本体からの攻撃も加われば、私も無事では済まないだろう。…………しかし、案がある」

 

 一拍を置いて左上にスワイプされた鉄面皮の銀髪が揺れて、冷然(れいぜん)と視線が見据(みす)えられる。

 

「ワイヤーブレードは私がどうにかする。ハシュマルの動きはフミヤに止めて貰う。そして────」

 

 言い放たれた言葉に、レンの口角が獰猛(どうもう)につり上がるのを本人は何ら気にする事無く犬歯を覗かせた。

 

「アストラルホークはまだ飛べるな? ハシュマルは君が。…………レンが倒して欲しい」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝『Gun Through the Dust Anima』18話

 天に(のぞ)いた、裂かれた空から見える現実の世界。小劇場特有の暗くぼんやりとした光量は峡谷の青空と比べれば夜の闇に等しく、影となって地表を薄暗く染める。粒子砲によって半に別けられた太陽はさながら皆既日食(かいきにっしょく)の表情そのもので、崩壊した峡谷に浮かぶその光景の異様(いよう)は一目で異常と見てとれる。

 その、フィールドの中心。

 岩壁に機体を潜め、ハシュマルの視界から逃れた機体達が一斉(いっせい)に飛び出す。

 真っ先にハシュマルへと向かったのはヴィルフリートが()るニヴルヘイムだ。MSさえ一太刀(ひとたち)で斬り伏せる刃を振りかざし、彼を近付かせないようハシュマルに搭載された“超硬ワイヤーブレード”がしなって(うな)りをあげる。

 剛槍(ごうそう)の突きを思わせる刺突(しとつ)を半身を()らす事で回避し、瞬時に地面から抜かれたブレードが後方から風切り音を響かせた。

 

「今か……、飛べッッ!! レンっっ!!」

 

「おうよッッ!! 耐えてくれよ、アストラルホークゥ!!」

 

 ニヴルヘイムへと向いた注意の中、アストラルホークが飛翔(ひしょう)を開始し風を()って天を目指した。

 アストラルホークがこの移動に耐えられるかはレン自身、正直未知数な面が多い。シュミレータでは背部大型ブースターが異常なまま飛んだ事は無く、推進力の補助となるシールドスラスターも数基が沈黙(ちんもく)している。

 この際だからと、停止したシールドスラスター及び携行ハンドガンホーネットとその予備弾倉を破棄し、少しでも上を目指すために操縦桿を前へ押し倒した。

 

 地上では剣戟(けんげき)()り広げるワイヤーブレードとニヴルヘイム。

 ハシュマル本体へはマラサイがやや離れた位置からビームライフルを射撃し、正確に()まされた狙撃がスラスター部や内部間接が露出(ろしゅつ)している箇所など、ビームの通用する部位へと吸い込まれている。

 

「はぁぁああ……っ!!」

 

 一閃(いっせん)に加えた、ニヴルヘイムの全推力を集中させた斬撃がマラサイへと向いた注意の中ワイヤーブレードの腹に叩き込まれて、長大の刃が(わず)かに弾かれ後退する。

 その、刹那同然(せつなどうぜん)(すき)を軍神は見逃さなかった。

 押し返して来る事を予想して繰り出した右袈裟(みぎけさ)は、暖簾(のれん)のようワイヤーブレードからの衝撃を殺して後方へと下がる。そのまま体幹(たいかん)を回転させ、遠心力を利用した左逆袈裟(ひだりぎゃくけさ)見舞(みま)い、これも機敏(きびん)に動くワイヤーブレードは正確に捉えた。

 

「成る程ワイヤーブレードの反応と運動性能は恐るべき物だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()など、恐れるに足りない……、────なッッ!!」

 

 剣が交わり膠着(こうちゃく)するなか、実体刀を地面へと突き刺してそれがワイヤーブレードのストッパーとなる。

 刀から手を離したニヴルヘイムは人体じみた動きで素早く跳躍(ちょうやく)し、()()を両手に掴む。手にしたのはワイヤーブレードを支える生命線。電流により自由な延び縮みが可能な流体金属によるワイヤーだ。

 事態を(さっ)したハシュマルがワイヤーブレードの標的を危険性が高い刀からニヴルヘイムへと切り替えて、電光石火(でんこうせっか)の早さでニヴルヘイムへ斬りかかる。

 迫る轟音(ごうおん)と風切り音に、それでもヴィルフリートは操縦桿に込める手の力を(ゆる)めず、(つい)にニヴルヘイムの左上半身が(ほどこ)されたナノラミネートアーマー(むな)しく両断(りょうだん)された。

 …………それでも。

 

「私の勝ちだ、この……! ────勝負ッッ!!」

 

 元より刀よりも重い重火器も振るえるよう設計されたニヴルヘイムの片手は万力(まんりき)(ごと)豪腕(ごうわん)でワイヤーを握り、ギリギリと(きし)むそれを一息に引き抜いた。

 銀の水と表現するべきか。鈍色(にびいろ)飛沫(しぶき)をあげてワイヤーブレードが地面に突き刺さり、頭を落とされた蛇の動きでワイヤー部分が苦悶(くもん)(もだ)える。

 賛美(さんび)の視線を一瞬だけ銀の血流に送り、地面に突き刺さった実体刀を空へと構えた。

 槍の投擲(とうてき)にも似た体勢の先には天を目指すアストラルホーク。点にも等しいそれに目掛けて。

 

「受けとれッッ!! 工房長(ファクトリアワン)ッッ!!」

 

 機体の余力を全て使い切る勢いで、ニヴルヘイムは手にした実体刀を天へとぶん投げた。

 

 ※※※※※※

 

「マジかよ、ほんとに尻尾斬りやがった……どっちが化け物かっつー話だなこりゃ」

 

 推進材を上昇と降下で全て使用する計算で飛んだアストラルホーク。峡谷全て見渡せそうな高さに来ても(なお)、ハシュマルの白い巨躯(きょく)は良く見えた。

 下を眺めるアストラルホーク。突如警告音(アラート)が鳴り、風切り音を計器が捉える。

 正体はニヴルヘイムが投擲(とうてき)した実体刀だ。標準補助も何もない状態で正確に投げたヴィルフリートはいよいよ人間じゃないなと、(かわ)いた笑いが口から漏れ出る。

 投げられたそれを右手で掴み、そのまま機体を上下に反転。

 頭から真っ逆さまに突っ込む形でアストラルホークは地上に突貫(とっかん)し、重力に引き寄せられるままスラスターにも火を噴かす。

 空から猛烈(もうれつ)な勢いで殺到(さっとう)するアストラルホークを見、ハシュマルが巨体をもたげて回避を試みようとするが────その(ふところ)に。

 

「僕のッッ、出番……!!」

 

 ガイィン────!と甲高(かんだか)い金属音と衝撃が峡谷を突き抜けて、(わず)かに動いたハシュマルが元の位置に押し戻される。

 全スラスターとブースターを使用したマラサイの突貫(とっかん)だ。後方から()き上がるスラスターの光はおおよそMS1機が出せる量ではなく、逃げようとするハシュマルの力に拮抗(きっこう)して(なお)も勝る。それでもたかだがいちMS。ハシュマルが体勢を整えて、正面からマラサイを退()かそうと巨体が相対(そうたい)する。

 その衝撃の衝突(しょうとつ)にマラサイの駆動系へ(ほどこ)されたメタルパーツが次々と亀裂(きれつ)を発し、推力の限界を知らせる赤いエラーが正面モニタを覆い尽くす。画面はその表示で見えず、しかし自分のやることは変わらない。両手で押し倒す操縦桿のままマラサイのツインアイが音を立てて灯り、搭乗者の意思に応えてスラスターが一層噴き上がった。

 

 その、相対するMSとMA。(はる)か頭上。

 重力の手引きによって加速し続けるアストラルホークの刃の切っ先が、遂にハシュマルへと向けられる。

 あと数秒もすればハシュマル頭部を確実に捉える刃。その直線上に得体の知れない黒の斜線が走るのをレンは目まぐるしく変わる視界の中に捉えた。

 刃の付いていない、ワイヤー部分。

 それが文字通り蛇のよう空に向かって伸び、アストラルホークを迎撃しようと殺到(さっとう)する。

 致命的(ちめいてき)な威力のブレードが付いて無かろうが、ワイヤーの実体は流体金属だ。電流によって硬度を変えることが出来るそれは突き立てられれば装甲も貫通(かんつう)するし、攻撃にも使える。高速に移動する標的に激突なんてしようものなら確実に両者は無事では済まない。

 だが、ワイヤーに対する迎撃手段など既に持ち合わせてはいない。機体を()らそうにも、それだとハシュマルから狙いがずれて全てが水の泡。冷や汗がどっと吹き出て、ワイヤーの先端(せんたん)がアストラルホークへと伸びる。

 もう回避は、間に合わない。

 

『──────まったく。ボクが居ないとダメなんだから、この小隊は』

 

 ノイズがかった声からは正体が(うかが)えず、同時に薄桃(はくとう)色の閃光がワイヤーへと突き刺さる。

 この戦場にいるハシュマルを含めた全員の意識外から放たれた()()は長距離からの射撃によるものだと、何故かレンは無意識に理解できた。

 ワイヤーは狙撃により挙動を硬直させ、切っ先を明後日の方向へと変える。

 ““金属は高温に晒されると電導率が極端に低下する。””中学校で習う理科の内容だが、まさかここで活きる事になろうとは狙撃した本人思ってもいなかったが。

 

「やっちまえ!! 工房長ぉ────────ッッ!!」

 

「る、おおおぉぉォォああ────────ッッ!!」

 

 切っ先がワイヤー先端に触れてそのまま真っ二つに両断(りょうだん)しながら、レンが()える。アストラルホークが(たけ)る。この場のファイター全員が手に汗を握って子細(しさい)(にら)む。

 次の瞬間、落雷(らくらい)にも似た衝撃音が走り爆発にも似た砂塵(さじん)の突風がハシュマルを中心に巻き起こった。

 文字通り根本まで頭部へと刃が突き刺さり、絶命(ぜつめい)の直前とでも言うようにハシュマルが身を大きく震わせる。アストラルホークは余力を全て使い果たしたのか力無く身を投げ出され地上へと落下。全身の駆動系が漏れ無くイカれたのを実感しながら、天に向かって首をもたげるハシュマルを見届ける。

 間違いなく、強敵だった。

 使用するガンプラが違っても、フィールドが違っても、間違いなくこのハシュマルは強敵だったとレンを含めた4人は確信する。それほどの相手だった。

 白亜(はくあ)の機械天使は空を(あお)ぎ1度巨体を大きく硬直(こうちょく)させる。やがて徐々(じょじょ)に動きが弱まり、(ゆる)しを()うよう今度こそ活動を停止させた。

 

 《Mission complete!(ミッションコンプリート)

 

 いっそ場違いな音楽が軽快(けいかい)に流れ、それがミッションの終了を意味するものだと気付けなかった。

 思考が停止した数秒。全員が同じタイミングで、それも同じ言葉で。

 

「「うおおぉぉぉおお────────ッッ!!」」

 

 勝利の雄叫(おたけ)びを上げたのは、小隊の心が通じあった為だろうか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝『Gun Through the Dust Anima』19話

「肉を焼けぇー!! カルビを焼けぇー! あっ、姉ちゃん生ビール追加で!」

 

「声がでかいよおっさん、隣で叫ぶなっ! あ、ボクはオレンジジュース追加で」

 

 学園都市第一学区、ショッピングエリアに建てられたビルの最上階。

 あらゆる飲食店が建てられている学園都市の中でも有数の高級焼肉店入り口に建てられた“貸し切り”の看板。その向こうから聞こえるレンとアキラの声に肉を切り分ける厨房のシェフもたじろいでいる。

 

「それにしても、サクラさん本当にこんな高そうなお店で打ち上げやっても良いんですか?」

 

「心配する顔も素敵ねトヨザワ・フミヤ。大丈夫安心して、経費は全部学園都市で落とすから。気にせずに食べて頂戴(ちょうだい)

 

 学園都市どころか周囲の山岳地帯も一望(いちぼう)できる窓からの風景はいっそ開放的で、戦闘の激動(げきどう)一時(ひととき)忘れさせてくれる安らぎを胸に覚える。

 外の風景を見やるトヨザワの横顔に、珍しく微笑(びしょう)なんか浮かべたヴィルフリートが氷が浮かぶウィスキーの入ったグラスを揺らしながら投げ掛ける。

 

「失礼な事を言うが、フミヤはこういう場は苦手なのか?」

 

「たはは、そりゃ苦手だよ。こんな場所滅多(めった)に来ない挙げ句、来るとしたら大体仕事の席だからね、嫌な物事を沢山思い出すよ。……そういうヴィルも意外だ、結構来るのかい?こういったお店」

 

「私の場合は娘と一緒に入る事が多いからな。別段苦手という事もない。……この喧騒(けんそう)もむしろ心地良いよ」

 

 目を()せて(あご)が対面に座るレンとアキラを指す。

 成る程確かに嫌ではないなと、トヨザワも烏龍茶を煽りながら目の前の大人と子供を眺めた。

 

「てかガキんちょ! てめぇ墜ちて無いんならさっさと出てこいよ! なんだよ最後の狙撃! 普通に当たるかと思ってハラハラしたわ!」

 

「はぁ~? 崩落するあの広間でプルーマ全滅させた人間に向かって言うことかな?ボクが居なかったら最後プルーマがうじゃうじゃ下から這い出て来てたんだから、感謝しろ」

 

(つい)に上から目線だな? お?やるか? 白黒つけるか? あぁ~~~…………でもやめとくか、俺がまた勝っちまうからなぁ」

 

「カッチーン!! 表出ろ、上等だよッ! おっさん倒すためにずっと腕磨いてたんだからな! ボクが勝ったら死ぬまで敬語だぞ!」

 

『お待たせしました。こちら生ビールとオレンジジュースでございます』

 

「「ありがとうございますッッ!!」」

 

 苦笑する店員にレンとアキラを除いた3人が頭を下げる。

 飲み物に口を付けた2人が黙ったせいで沈黙(ちんもく)意図(いと)せず下り、その機会を待っていたかのようサクラが1つ咳払(せきばら)い。

 視線がサクラに注目し、頭を軽く下げて僅かに激賞(げきしょう)()めた声音のまま口を開いた。

 

「まずは、学園都市ガンプラバトル運営を代表して礼を言わせて頂戴(ちょうだい)、学園都市の精鋭(せいえい)達。貴方達が今日行ったミッションデータは確実に今後のガンプラバトルにおける進化の助けになるわ。」

 

 冗談を言う素振りを見せないサクラの言葉に、全員が素直に感心する。

 1人1人見渡す黄土色(ヘーゼルカラー)の瞳が笑みに細まり、言葉は続く。

 

「それと、今回のミッションは口外無用でお願いしたいの。……一応あのハシュマルは学園都市における最新AIの素体だから、会社で言うところの機密事項(きみつじこう)になってしまうのよ」

 

「ここにいる全員口外とかそういうの考えちゃいねぇよ。自分のガンプラにおける()()を高める為に集まった。そんだけだろ」

 

 (ほお)紅潮(こうちょう)しているレンの普段より饒舌(じょうぜつ)な物言いに異議を唱える者は居ない。

 満足気に頷いたレンはジョッキに注がれた生ビールを煽って、酔った勢いのまま隣のアキラを抱き寄せた。

 

「まぁでも? このガキんちょが男らしい活躍したくらいはポロっと誰かに言っちまうかも知れねぇな」

 

 その、言葉に。

 サクラとアキラの表情だけがピシリと固まるのをレンを除く男性陣は見逃さなかった。

 抱き寄せられたままのアキラの肩が小さく震え、腕から感じた異変にようやくレンが顔を間近に寄せる。

 

「んだよ、誉めたんだよガキんちょ」

 

「ぼ、ボクが男らしい…………?」

 

 頭をわしゃわしゃと撫でられたアキラはレンに負けじと(ほお)紅潮(こうちょう)させ、間近に迫った顔から小さく視線を外して、()えた。

 

「ボクは女だよッッ!! ────ま、まま、まさか、…………ずっと男だと思われていたのかッッ!?」

 

 一大フォース工房(ファクトリア)(リーダー)、工房長が珍しく目を丸くして、腕の中にすっぽりと収まる少女を下から上へと見やった。

 時間にして数秒か。レンがふと口を開く。

 

「………いやぁ、出るとこ出て無ぇからてっきり男だと……──────ぶふぉおッッ!?

 

 無遠慮(ぶえんりょ)な台詞は少女の肘鉄(ひじてつ)によって(さえぎ)られた。

 

 ※※※※※※

 

「娘さんの名前は? 色紙に書きたいから教えてよ」

 

「ヒトミって言うんだ。……覚えてくれてたんだねサインの事。ありがとね、アキラ君……ちゃん」

 

「アキラ君で良いよ、急によそよそしくなるのは少し変な気分だから」

 

 打ち上げは2時間程で終わりを告げ、それぞれ明日からの生活のため帰路(きろ)に付こうしている最中(さなか)

 居酒屋やファミレスに行き交う人達から少し離れた、ビルの入り口で行われている最後の挨拶(あいさつ)だ。

 ちなみにあの後レンはやけ酒に走って、悪酔いしたサクラが実はバイセクシャルということもカミングアウトした混沌(こんとん)とした場になってしまったが、一応は平和に幕を閉じることが出来た。

 

「私はレンを工房(ファクトリア)の事務所に届けてから帰るとしよう。ほらレン、アキラ君が帰るぞ」

 

「お? あきら……? あきらが、かえるのか? おぉ、あきら! かっこよかったぞおまえ! こんろうちのじむしょにこい! いっしょにガンプラつくろーな! がっはっは!!」

 

「うわぁ……、あの工房長(おっさん)が満面の笑みでこっち向いてるよ、気味悪っ。……まぁ、でも。うん。行くよ、絶対」

 

「ははぁ~ん成る程。いやアリ、全然アリね。むしろ王道ね。あ、やばい、鼻血出そう」

 

「空気の読めないサクラさんはまぁ置いとくとして……、気を付けて帰ってねヴィルもアキラ君も。家に帰るまでがガンプラバトルだからね?」

 

 トヨザワの何気なく言い放ったそれが()めの一言となってしまったようで、各々(おのおの)が別々の道を向いて歩みを進める。

 突然胸へ到来(とうらい)した(さび)しさに、皆の背中へと声を掛けようと手を伸ばしたが、(こら)えて掌をぎゅっと握る。

 もう、男の考えは固まった。

 だったら、これを最後の出会いにしてはいけない。彼らはガンプラファイター、ならばこそ。

 

「僕も、もう一度始めてみるよ、ガンプラバトル。今日あった皆で、もう1度戦いたいから」

 

 胸に仕舞(しま)いこむ、そんな呟くような声音で。

 ポーチに入った小箱をビルの明かりに照らされながら開けて、包装材にくるまれた()()を空に(かか)げる。

 子供の頃遊んだように、その頃と同じ表情で、笑顔で。

 

「これからもよろしくな、マラサイ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝『Gun Through the Dust Anima』20話

 深夜を回った学園都市。

 夜の公園に(たたず)む女性は翡翠(ひすい)の長髪で、やがてブランコに座り空を見上げる。

 尽春(じんしゅん)の夜風は()き通って心地好(ここちよ)く、燦然(さんぜん)と輝く星空は大気汚染を一切排出しない学園都市の賜物(たまもの)だ。

 長かったな、と。(はかな)げに微笑(ほほえ)む少女のような表情でゆっくりとブランコを()ぎ始める。

 あれから何年の時が経ったのだろう。

 フォースは解散して、皆はそれぞれの生活を初めて、自分は真相を究明(きゅうめい)する為にガンプラバトルの運営へと身を移して、今日ようやく。

 黄土色(ヘーゼルカラー)の目を閉じて、想い()せる過去の記憶のまま。(いつく)しむように小さな口を開いた。

 

「やっと。やっとクリアしましたよ。スペクター1……。あのミッションをクリアしてくれる人達にようやく出逢えましたよ……っ!」

 

 あの時の私は皆がやられていくのを見ているだけだったけれど。

 クリアしたのは自分では無いけれど。

 それでも、自分の中では何か救われたような気がして、報われた気がして。

 

「───────スペクター4、ミッション完了しましたよ……っ!」

 

 普段の彼女の陽気さが(うかが)えない表情はしかし明るく、満面の笑みで夜空の星達を見やるのであった。

 

 ※※※※※※

 

 軍服のロングコートをたなびかせる男の表情は、堅い。

 地下の駐車場を歩き、反響する自分の足音をどこか無機質な音楽の代わりに聞きながら男は鉄面皮のままに歩を進める。

 不審(ふしん)な点が(いく)つもある。

 どれも憶測(おくそく)に過ぎない予感だが、軍人であるヴィルフリートの心に警鐘(けいしょう)を鳴らすのには充分過ぎる程だ。

 

()()が、学園都市で起きようとしている……?」

 

 胸中に留めておく疑問の筈が気付けば口から出ていたようだ。周囲の人間に不審がられぬ為に一瞥(いちべつ)して、視線がそこで止まる。

 ヴィルフリートの歩く通路の先、コンクリートの壁に背を預ける2人の人物。奇しくも青年と少女というヴィルフリートの良く知る組み合わせだが知った顔ではない。

 そのうちの1人、今日戦闘したプルーマと良く似た髪色の青年だなと心の端でそう思った。

 横を通り過ぎるその瞬間。そっと呟かれるよう青年の声が耳を突く。

 

「アンタ、ガンプラバトルは好きか?」

 

 冷然(れいぜん)見据(みす)える目は敵意に満ちて、ヴィルフリートを捉えて離さない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝『Gun Through the Dust Anima』21話

 普段なら出発前の身支度で忙しい時間帯、それも今は心配する事無くリビングの扉を開ける。

 会社から貰った有給がまだ1日残っており、その事を家族には言っていない。そも昨日の帰りがやや遅かったということもあり、物音を一切出さずに寝室へと着いたのだから仕方がないだろう。

 テレビには再放送されているガンダムSEEDが流され娘がソファで一人見ており、どうやら模型のお供に流していたのか、フミヤに気にすること無く淡々(たんたん)とガンプラを組んでいる。

 

「ヒトミおはよう」

 

「ん、おはよ」

 

 いささかぶっきらぼうな返しだったが、見れば特徴的な間接部分を組んでいる最中らしい。娘の集中の(さまた)げにならないようゆっくりと隣に座り、手に持った()()を娘の手前に差し出す。

 

「ヒトミ。お前シオウ・アキラちゃんのファンだっただろう? パパ昨日会う機会があってな、サインをその、貰ってきたんだ……」

 

 半ば聞き流していた娘だったが、シオウ・アキラという名前を聞いた途端(とたん)に動きが止まり、フミヤが手にしていたサインを見る。そして。

 

「は、え? 嘘……嘘!? ほんとだ! アキラのサインだ! ほんものだー!! 私の名前も書いてあるー!」

 

 久し振りに見た娘の感激(かんげき)にほっと胸を撫で下ろす。

 娘は同じ中学生であるアキラに(あこが)れを抱いており(後に聞いた話だと、アキラは性別を隠してファイター活動をしているらしい)喜んでくれたら良いなと思案(しあん)していたが、どうやら無駄にはならなかったようだ。

 娘の笑顔ですっかり忘れていた手にした箱を思い出したように開けて、テレビの方を向く。取り出したのはMGのフリーダムガンダム。丁度テレビでやっているガンダムの主人公機体なのは意図(いと)しない偶然だった。

 

「パパがガンプラ(いじ)るの珍しくない? 仕事のやつ?」

 

「いや、パパもまたガンプラバトル始めようと思ってな……その、なんだヒトミ。」

 

 まったくだらしない父親だなと、フミヤは胸中自身に(あき)れ返る。

 “そのくらいスパッと言え。”こんな言葉を昨日会った友人に言われそうだ。

 

「…………良かったら、今日、時間あるときで良いんだけどな」

 

「うん?」

 

「──────パパと、ガンプラバトルしないか? 久し振りに」

 

 普段絶対顔を見合わせる事の無い娘の顔が徐々(じょじょ)にフミヤへと向いて、思いの外成長している我が娘に今度はこっちが恥ずかしくなって顔を背けた。

 そんな父親の顔を覗いて、心が踊る声音で、

 

「うん……、うんっ! やろ! パパやろっ! ガンプラバトルっ!」

 

 久し振りに上手くいった、娘との会話だった。

 

 ※※※※※※※※※

 

 夕陽が落ちかけ、グラウンドが茜色(あかねいろ)に染まる。

 晩春(ばんしゅん)の春風が少しだけ肌寒く、窓から外を見る()()の横顔を撫でて、思わず鼠色のマフラーを口元まで(おお)う。

 薄小豆の色の髪が揺れて、心あらずの表情でグラウンドをじっと見詰めるその姿。

 放課後の()()()()()の校舎には部活をしている生徒しか残っておらず、アキラのように残っている生徒は居残り組を除けば希少だろう。

 端麗(たんれい)なその横顔にたどたどしく(はかな)げな声が掛けられた

 

「あ、アキラくん。あのぅ、今日は挨拶出来なくてごめんね、学校復帰だよね、おめでとう」

 

「ん……。あぁ、ホウジョウさんありがと。テストどうだった?」

 

 学校のスターが自分の事を覚えてくれていたのが嬉しくて、ホウジョウ・チサは高揚(こうよう)した気分のまま言葉を(つむ)ぐ。

 

「な、なんとか合格出来たよっ。アキラくんが教えてくれた機体レギュレーションのところが丁度出て! あの、ほんとにありがと!」

 

大袈裟(おおげさ)だなぁ、そんなに感謝されるような事じゃないよ」

 

 こちらを向いたアキラの、(ほが)らかに笑う表情が以前と違うことにチサが気付く。

 何か、明るくなった?

 こんなこと言うのは失礼だし、そもそも何様って話だし。

 そんなことを考えているうちに時間が過ぎてしまって、何も話せない事も相まって更に緊張(きんちょう)してしまう。

 

「心配してくれてありがとねホウジョウさん。ボクの方も収穫(しゅうかく)があったよ」

 

収穫(しゅうかく)……?」

 

「名前を、覚えられたんだ。すっごい見返したかった相手に。それが、大きな収穫(しゅうかく)

 

 ゆるりと夕日を向いたアキラの笑顔はどこか(さわ)やかで、そんなアキラの表情が見れただけでチサにとってはそれこそ収穫(しゅうかく)だ。

 ここぞとばかりにチサは悪知恵を働かせて、横腹をつつく感覚で再び横顔に投げ掛ける。

 

「好きな人?」

 

「ハッ────。ボクがあのおっさんを? 絶対に有り得ない、そもそも好きなんて感情ボクはまだ……有り得、ない。あり、あれ……あ、れ……?」

 

 皮肉めいたいつもの鼻で笑い飛ばす態度までは普段のアキラだったが、その後がまるで違う。

 自問自答で繰り返す言葉に見る見る(ほお)紅潮(こうちょう)させるアキラの顔は、普段絶対に見せない表情だ。

 ニヤリ、と。子猫じみた顔を浮かべたチサがアキラの脇に寄り添って、顔を覗く。

 

「好きな人?」

 

「ち、違う! これは違う! ────……って言うか、ホウジョウさん? 何かボクをバカにしてない?」

 

「し、してないかなっ、少しからかおうだなんて少しも思って無いかな?」

 

「………………今度勉強で困っても教えてあげないから。ふーん」

 

 酷薄(こくはく)な目付きで突き放すアキラの頬はやっぱり赤く染まって。

 (あこが)れの人の恋路(こいじ)を密かに応援しようと決意した、ホウジョウ・チサなのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝『Gun Through the Dust Anima』22話

「女の匂いがするっす!リーダーどこほっつき歩いてたっすか!?私に内緒でデート行ってたっすか!?」

 

「うるっせぇよ……耳元で(わめ)くんじゃねぇ……」

 

 頭に響く声に顔をしかめながら、カガミ・レンはフォース工房(ファクトリア)の事務所に備えてあるソファへ横たわる。

 目が覚めてからとにかく頭痛も酷く、本来であればアストラルホークの調整を行いたいところだが体調的にそれは無理があった。

 内心釈然(しゃくぜん)としないながらも頭痛に耐えながら口をゆっくりと開く。

 

「イヌチヨ……」

 

「はいっ! フォース工房のNo.2。ヒメジ・イヌチヨっす! 何ですかリーダー!」

 

「だから、(わめ)くんじゃねぇ……、頭に響く……」

 

 名前の如く駄犬のアホ面が横たわるレンを(のぞ)き、うっとおしげにそれを手で払う。

 頭のなかで鳴り止まない轟音に眉を寄せ、何とかテーブルの(かばん)へと手を伸ばし────アストラルホークの入ったケースをイヌチヨへと渡す。

 

「ん、なんすかこれ。私へのプレゼントすか?」

 

「相手にすんのもダリぃ……。その中にアストラルホーク入ってるから動かしてみてくれ、お前の意見が聞きたい」

 

「………………っ」

 

「あ?」

 

 頭痛の中顔を見やれば、イヌチヨが箱を両手に震えている。

 どうしたか、と聞こうとした矢先、ぱぁっと輝いた笑顔に嫌な予感が(よぎ)った。

 

「いやっほぉーい! リーダーの新作私が使えるんすか!? 任せてくださいリーダー! このイヌチヨがリーダーの納得するレビューを叩き出してあげますよぉー!」

 

 二日酔いじゃなかったらこれ(バカ)の顔面に今頃アイアンクローの跡が焼き印のように付いていたなとレンは()めて笑う。

 そそくさと隣の部屋の、ガンプラバトルの筐体が置いてある場所へ向かったイヌチヨを横目で見て、そこで悟る。

 

「あ、イヌチヨ。実物じゃなくてバウトシステムで試験しろよ?ただでさえアストラルホークは俺用に調整してあんだから────

 

 どんがらガッシャーン!!

 

「ひゃーっ! このガンプラ動作が過敏(かびん)過ぎますよ!? なんすかこれぇー!? 欠陥! 欠陥品!」

 

 わなわなと、血管が浮き出るのを二日酔いの中でも鋭敏(えいびん)に感じ取れた。

 目を見開いて上体を起こす。他に人が居たならばレンの表情を阿修羅(あしゅら)(ごと)き顔と評していただろう。

 

「欠陥なのはテメェの脳みそだぁ────ッッ!! なんでいつも俺の言うこと最後まで聞かねぇんだよこの駄犬がよォ────!!」

 

「ぎゃ───! リーダーが怒った!! ここは逃げるっす! 逃げるが勝ちっす!」

 

「待てやこらァ────!! 今度こそ糞が詰まってる脳みそ取り替えてやるよォ────!!」

 

 ※※※※※※※※※※

 

 照明の消された暗い部屋だ。

 中央に配置された椅子を中心として大小のケーブルが部屋の端へと伸びており、椅子には1人少年が座っている。

 耳に掛けられたアウターギアが起動状態(アクティブ)から非起動状態(ノンアクティブ)移行(いこう)した事を知らせる青のライトに切り替わり、やがて少年がアウターギアを外した。

 (からす)()れ羽のような髪色と、暗闇でも明々と灯る深紅(しんく)双眸(そうぼう)(わず)かに苛立(いらだ)った声で手にしたアウターギアを放り投げた。

 

「やれやれ、遊んでやったら付け上がって……全く(もっ)()(がた)い」

 

 深く呼吸をし、年相応の身体が(ともな)ってゆっくりと上下する。1度目を閉じて、先程の戦闘を思い出した。

 成る程、()の使い方は大方(おおかた)理解が出来た。MAとやらの挙動にも慣れたし次に会った時は容赦(ようしゃ)しない。

 開いた瞳が(わず)かに復讐(ふくしゅう)の炎で揺れながら、呪詛(じゅそ)(つむ)ぐよう(しか)と誰も居ない部屋に響かせる。

 

「あの4人、次に会ったら今度こそ本当に」

 

 ────殺してやる。

 少年の顔が(いびつ)なものに変質するよう狂楽(きょうらく)じみた笑みに染まって、嗚咽(おえつ)を含んだ笑みが胸の内から溢れ出た。

 今の自分に()が加わったのならその時は。

 

 ────────電脳世界(アウター)の神として君臨することも容易(たやす)いだろう。




 まずあとがきの冒頭に謝罪をさせて頂きます。大変お待たせして申し訳ありませんでした。
 生活の環境が少し変わって執筆が遅れる日々、こんなこと書きたいなーという脳内妄想は捗るのに執筆は一切進まない。
 ガンプラ製作も小説の執筆も、同じ創作物なのでそこは似ているんですね(書け)。

 さてさてとりあえず終わりを告げた外伝『Gun Through the Dust Anima』ですが、やはり書き初めは「こんな新キャラと新機体書けねぇよ!何考えてんだよ自分!」と嘆いていた訳ですが、いざ書いてみたら登場ガンプラが好きになり、キャラクターにも愛着が湧き、筆が進む進む。
 この場を借りて参戦を承諾して下さった4人のフォロワーさんに感謝であります。
 リアルの方で仙台の展示会に行く機会がありまして、そこでアストラルホークとガンダムラファールの実物を見たとき、いやぁ感動しました。ビルドアウターズあわせをしてくれてたんですもん、感激。

 今回外伝と銘打った訳ですが時系列的には3章の後なのに加えて、本編と関係する事象が進行したので実質3.5章ですね。盛り込んでいくうちに合計文字数が大変な事になりました。

 次に自分が書くのは恐らく1章と2章のリメイクかと思います。辻褄合わせの修正と新規エピソードの大幅追加!
 いやぁ!更新はいつになりますかね!

 そんなわけでビルドアウターズはまだまだ続きます。
 どうか読者の皆様、これからもビルドアウターズとクルルをよろしくお願いします。皆様のガンプラライフに幸あらんことを。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4章
4章1話『追想』


 あの日の事は今でも覚えてる。

 お屋敷のメイド達に囲まれて姉妹達と心から笑いあっていた団欒(だんらん)とした日々。

 余り笑わない両親だったけれどガンプラバトルに勝つと何か好きな物を買ってくれて、幼少の私はそんな両親と手を繋ぎながら買い物をしに街へ出掛ける事が唯一の楽しみだった。(にび)色の空から舞い落ちる雪も、吹き抜けるちょっぴり寒いロシアの北風も、家族と出掛ける時だけはそんな事すら私を祝福してくれているような気がしていた。

 

「────。我が愛しい────。将来、日本に建てられる学園都市の話はもう聞いているかな」

 

「知っているわお父さま! 学校や協会のともだち、みんな学園都市の話をしているの!」

 

聡明(そうめい)な娘だ。流石我が愛しい────。であるならば。これが何だかわかるだろう」

 

 屋敷の大広間の一室の。暖炉へくべられた薪が小さく弾ける音に微睡(まどろ)むような、そんな食後の一時だった。

 珍しく笑みを浮かべた父の大きな手が私の頭を撫でて、差し出された端末に映された良く分からない文章の羅列(られつ)────日本語なのだろうか、断片的にしか読み取れないそれを幼い私は必死に読み解く。

 

「しょう……たい……じょう? …………招待状、だれの? お父さまの? それとも姉妹のだれか?」

 

 パチリ、と。弾けた薪の火の粉が頬を掠めて、じんと熱が灯る感覚に嬉しくって(たま)らない感情が心を()せた。

 見上げる父親の顔は初めて見るくらい優しげで、それがちょっとだけ不思議だったけど、頬を触れた大きな手のひらを感じれば疑問も思考の彼方に消え溶ける。

 沈黙が数秒、一筋の火の粉が2人の間に迷い混んだ。

 

「この招待状はね、お前に届いたんだ。おめでとう、我が愛しの────」

 

 幼い私は知らなかった。

 その時父が浮かべた表情はただの笑みではなく、狂楽の類いの、何かに()かれた人間が浮かべるような、おおよそ正気とは言える代物ではない事を。

 燃え盛る薪が照らす、壮年(そうねん)の狂気の瞳。

 夢へと誘うような、敬愛する父親の声に私は聖歌を聞き入れる時のようにうっとりと目を閉じた。

 

※※※※※※

 

 生命維持装置から一定の間隔で鳴る動作音が、睡眠と覚醒の狭間(はざま)微睡(まどろ)む意識をゆっくりと引き上げた。

 薄暮(はくぼ)の夕焼けが室内を照らし、うっすらと(あか)に染まる白の室内。ベッドで眠る人物の手を握っていた事にやがて気付いて、女性は両の手で改めて握る。

 女の子にしては細すぎる腕から伝わる体温も生きている人間と比べれば驚くほどに微弱で、加減を誤って触れれば割れる陶磁器のよう、そっと暖かな掛け布団の上に添えた。

 彼女も────妹も夢を見ているのだろうか? 

 そう思えてしまうような、久し振りに見る安らかな寝顔に安心を覚えると同時、焼けつくような焦燥感がじりじりと胸を焦がす。

 

「────大分うなされていたけど、酷い夢でも見ていたのかい?」

 

 声は部屋の後ろから聞こえた。眉を潜めて振り返れば、夕日の影に隠れた一室の隅にぎらつく深紅の相眸(そうぼう)が女性を見詰めている。

 笑みを浮かべた表情の────興味深い対象を観察するようなある種の冷酷(れいこく)(うかが)える少年の顔。

 烏木の髪が影の漆黒と交わって、言い様の無い不気味な風貌(ふうぼう)が女性に歩み寄る。

 

「その悪夢ももうすぐ終わるさ」

 

「………………ほんとに、信じていいのね?」

 

 苦虫を潰したような声の、(わず)かに苦渋(くじゅう)を忍ばせる視線は少年の愉悦(ゆえつ)を含んだ表情を見て逸らされた。

 

「勿論。次のLinkで君の妹は意識を取り戻す。待ち望んだかつての日常が返ってくるんだ、だから」

 

 椅子に座る女性の、(すす)けた灰の色の長髪を(すく)って少年は女性の瞳と相対する。

 静まった室内には生命維持装置の動作音が主張されて耳に入り、生命を繋ぐその音が女性から拒否という選択肢を思考から削ぎ落とした。

 少年が嗤う。

 歪につり上がった口角をそのままに、心の隙間に入り込んでくる、そんな甘い妖しい声音のまま。

 

「エリゴスと、()()()()()()()()()()()()()()

 

 ぼう、と灯る狂楽の眼。

 抗える答えを、女性は持ち合わせてはいない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4章2話『在りし日々の』

 尽春(じんしゅん)の風を突き破ってリニアモーターカーがしなる大蛇のようレールを走り、さざめく木の葉と聞き違えるほどの静穏(せいおん)な駆動音は世界中のあらゆる最先端技術が惜しみ無く使われている学園都市以外では聞くことも出来ない摩訶不思議な代物だ。

 オープンしたての────丁度1ヶ月ほど前の時期であれば学園都市中から人々が集まっていたここ“第3学区”も今は平日の昼前という事もあり、リニアモーターカーから降りてきた人々の数も全盛期に比べれば多くない。

 山岳地帯に切り開かれた“学園都市”の涼しげな風が一際強く吹いて、額に玉汗を浮かべたサラリーマン達が表情を和らげながら次の契約先へと足早に歩いていく。

 

「見ろよリュウ! ドズル専用リック・ドムが置いてるぞ、プレミアなんだよなぁこれ! ……細部まで再現されたこの意匠! そして大型ヒート・ホーク! ジオニストの浪漫(ロマン)が詰まってる……!」

 

「ジャ~マ~で~す~! エイジさんあっち行ってて下さいっ。…………コトハさん、先程の問題の続きなのですが、こういったフィールドで指揮官機と思わしき機体が編成された小隊と遭遇した場合コトハさんならどうしますか? ……やはり撤退ですか?」

 

「ううん。この問題だと自分の搭乗機にはフェイズシフト装甲が施されてあるから敵の攻撃はある程度無視して構わないと思う。私なら…………指揮官機以外は破壊もしくは指揮官機を人質に取って情報を聞き出した後に全員撃墜するかなぁ」

 

 “第3学区”の玄関である中央ステーション。その近未来な構造が一望できるビルの1階の模型屋が“集会”の会場()()()

 店内の端に設けられた製作スペースの長机を囲んでそれぞれがガンプラに関する話題で盛り上がるなか、リュウだけは相槌とも愛想笑いとも取れない反応を返すしかなかった。

 

「リュウさん。Aの5をこちらのパーツに。そして先程のパーツと組み合わせます」

 

「…………」

 

 説明書を見ても以前と比べて格段に理解力が低下していることにリュウは焦りと同時、周囲に悟られぬよう笑顔を張り付けたまま隣からの────ナナからの指示に従う。

 震えておぼつかない挙動で不器用にゲートからパーツを切り離し、数度の角度の変更を経てようやくパーツが組み合わさった。

 今組んでいるのは()()()()()()()()()()()()()()で、エイジやコトハ曰くリュウと言ったらこのガンプラと薦められて購入したが、組んでみてもやはり何の感慨(かんがい)も湧いてこない。

 目の前のエイジのよう思い入れがあったり、ユナやコトハのよう成長意識があるわけでもなく、記憶の琴線(きんせん)に触れないプラスチックのパーツを見て触る事に対して、やはり何の感動も抱くことは無かった。

 

「それにしても……。リュウくん最近凄いよね! メキメキ勝率伸ばしてるじゃん!」

 

「ほんとですよ! 勝率悩み組といえば私とリュウさんだったのに、1人だけズルいです!」

 

 ドキリ、と。心臓が口から飛び出そうな感覚に息を飲み込む。

 そうだ。以前の俺は勝率が低かったんだと(もや)が掛かった記憶を掘り起こし、冷や汗が1つ頬を伝った。

 ()()いだ歪な笑顔の裏、ガンプラやガンプラバトルの記憶が直近の物すら思い出せない事態に心臓が早鐘(はやがね)を上げる。

 

「んだよ、俺だって努力してるんだぞ? ひがむのは筋違いじゃねぇか?」

 

「うっ……。そ、それを言われると弱いです」

 

「リュウが裏で練習してるのは皆知ってるしな。電脳世界(アウター)でも隠れてログイン状態やステータスをマスクしてプレイしてるし…………オレも負けてられないな」

 

 Linkを使用しての、無差別な勝率上げだった。

 ステータスを隠しているのは万が一リュウを知っている相手に出くわしたときの保険の為、ログイン状態を隠しているのはエイジ達からメッセージが送られてきても最悪シラを切れる為だ。

 張り付けた笑みが引きつく感覚に、自分が今どんな顔をしているのか分からなくなって思わず目を()()()()()へと逸らす。

 膝の上でわなわなと握り締める拳に、机の下の、皆から見えない位置で少女の手のひらが重ねられた。

 

「ごめん、俺帰るわ」

 

「どうしたんですかリュウさん。ガンプラ全然進んでないじゃないですか」

 

「寝不足で体調やばくてさ。皆ごめん、埋め合わせ必ずするから」

 

 体調が優れないのは事実だった。

 ガンプラについての記憶を探る度にギン、と。金属の針で脳を突き刺されるような鋭い痛みが走り、会話で過去の話題が出ようものなら頭痛は激しさは増すばかり。

 しかしそれ以上に罪悪感とLinkを使わなければ勝てない自身の腕への劣等感でどうにかなってしまいそうだった。

 エイジもコトハも、ユナさえも。以前より勝率を伸ばしているようで、表情には活力が満ちている。

 その()()()()()すら、最早思い出せないが。

 

「──────()ッ!!」

 

「リュウくん!? ほんとに大丈夫? 寮まで送るよ」

 

「大丈夫だって、大袈裟(おおげさ)なんだよコトハ。いやぁ……、流石に徹夜でバトルは堪えるな。電脳世界(アウター)が楽しすぎて止めるタイミング逃したぜ……。エイジも悪ぃ、また誘ってくれて」

 

「無理はするなよ? ガンプラファイターはまず体力が基本なんだからな、その上お前はビルダーでもあるんだから自分にはもっと気を使え。プロ目指してるんだろ」

 

 片手をひらひらと上げて背を向けた顔の、鈍痛にしかめる眉を(かたわ)らの少女だけは見逃さなかった。

 慌ててぺこりと長机に座る面々へ頭を下げて、(わず)かに足を引き摺りながら平常を装う少年の後ろへと従う。

 少女より頭2つほど高い商品棚を2回3回と曲がり、出入り口のドアの前に差し掛かったところで低いバイブの振動音が2人の耳へと届いた。リュウの携帯だ。

 着信の相手を見、苦痛に細める視線が見開かれる。

 

「…………リホ先生、なんですか?」

 

『酷い声音ね、休めていないのが一瞬で分かったわ。────次の、最後の実験の日程が決まったわ。夜までに私の部屋に来るように』

 

 少年の携帯から(かす)かに漏れ聞こえる会話の内容に、付き添う少女は悟られぬよう拳をきつく結ぶ。

 ────遂に、来てしまった。

 開かれた自動ドアから踏み出した外の、晩春の陽が黒を基調とした服の少女を暖かく照らす。

 対して、少女の胸には凍てつく罪悪感と痛みが刺すばかりで、薄紅の唇が小さく噛み締められた。

 

※※※※※※

 

「どう思う。リュウの、あの様子」

 

 見送った背中の重い足取りを宙に見やったまま、冷利を含んだ声音でエイジは2人へと問う。

 リュウの様子は明らかに近頃おかしい。今までも体調不良という理由で抜け出した事はあっても()()()()()()()()()()()という事は無かった。

 同じ事を思ったのか、(うれ)いを帯びた若葉色の瞳が瞬きの後伏せられる。

 

「何か抱えてるねリュウくん。話せない事なのかな……、いや、きっとそうなんだろうね」

 

「確かにリュウさんの様子変でしたね。話すときだけやけに明るいですし、その癖突っ込みにキレが無いというか」

 

 居合わせた2人が疑問を抱いている以上エイジの不安は確信へと変わる。

 日に日に増していくリュウの不審な態度と落ち着きが無い様子、自分達に言えない悩みを持ち合わせているときは昔からああいう去り文句で距離を取るんだったなと。記憶のリュウと現在の姿を照らし合わせて苦笑した。

 

「ユナ、お節介かも知れないがガルフレッドの店長さん────“星辰の探求団”のリーダーに電脳世界でのリュウを探ってもらえるよう頼んで貰えないか?」

 

「良いですけど…………、じゃあ貸しとして次お店来たときに高いメニューお願いしますね」

 

 小生意気な表情で薄い胸を張る少女に胸中感謝しつつ、エイジはテーブルに置いたMGドズル専用リック・ドムを買い物カゴへと入れる。

 立ち上がるその後ろ姿にコトハは満足気な笑みを浮かべて席を立った。

 

「よぉ~し。幼馴染みの悩み、解決しちゃおっか」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4章3話『最後の実験』

 分厚い防音加工の壁に四方を囲まれた部屋は照明の一切が灯っていない事も相俟(あいま)って暗い。

 やがて室内の中央へ立体画像(ホロウィンドウ)が浮かび上がり、ぼう、と照らされた(へき)の燐光が研究服を仄かに月白(げっぱく)色へと染めあげる。

 アウターギアから空間へ投影されたデータはバトルフィールドの詳細な情報で────ここは宙域か、大小のデブリが周囲に散らされた戦場は高機動の機体にとって厄介だなと、リュウの眉が苛立ちと共に寄せられた。

 

「────状況を説明するわ。3日後の深夜零時に最後の出撃よ、それまでにこの部屋まで来て頂戴(ちょうだい)。戦闘は電脳世界(アウター)の隔離空間で行う、この実験が終わればタチバナの役目は終了ということになるわ」

 

 淡々と告げられる内容は今までとさほど変わらない。

 学園都市が解放されてから今日まで行ってきた実験とやらもようやく終わると考えれば、自然と肩の力が抜け落ちて、ふとそこで思い至った。

 

「最後の実験……? そういえば最後の実験が終わると、ナナはどうなるんですか?」

 

「また私の方で預かる事になるわね。長かったホームステイも終わりになるから別れの挨拶は3日後までに済ませて頂戴(ちょうだい)

 

 隣を見やれば重く口を閉ざす少女が、淡く白い髪を揺らして視線に気付いた。

 それも(つか)の間、背けるよう立体画像に()らされた視線をリュウは怪訝(けげん)と思うも、その沈黙(ちんもく)を鋭く冷えた声が破る。

 

「……アンタの記憶の事だけど」

 

 (わず)かに開かれた唇のままリホが続ける。

 

「実験が終われば元に戻るわ。それはLinkによる副作用だから一時的なものなの、心配しなくていいわよ」

 

「…………副作用の事なんて、俺は聞かされていませんでしたが」

 

「それについては素直に謝るわ。本来であれば始めの実験の際に症状が現れる筈なんだけど、アンタにはそれが見られなかったから言うのは保留にしておいたの。いらない不安を持たせるのもLinkに良い影響はないって判断で。ごめんなさい。……けれど」

 

 瞬いた、若葉色に冷えた相眸(そうぼう)

 付け加えてリホはリュウを見据える。

 

「進むしかアンタの記憶は戻らないの。戦うことでしか取り返せないのよ」

 

 冷然(れいぜん)(にら)む瞳に身を乗り出していた体躯(たいく)を引かせる。

 その通りだ。

 ここで悪態を吐いても事態が好転するわけでもないし、苛立ちが増して(つの)るだけ。

 体内の熱を放出するよう深い溜め息をついて、リュウ自身が抱いてる疑問、違和感にも似たそれが脳裏にちらついた。

 

「嫌な記憶だけ、残ってるんだよな……」

 

「……嫌な記憶?」

 

 怪訝そうな声が正面から聞こえ、自身の口から思考が漏れていたことに気付いて口を開ける。

 

「いや、あの。……もう俺自身覚えていないんですけど、ナナが言うには俺が楽しそうにしていたって記憶は覚えていなくて、ガンプラに関する嫌な思い出だけは何故か鮮明に覚えてるんですよ」

 

 まるで浮き彫りになっているかのような。

 今までは思い返して笑えたり楽しかった記憶の中に沈んでいた嫌な記憶が、プラスの部分が消えた事でよりリュウの中で肥大し強調されていた。

 ────学園都市出発の際、模型店に居た少年の事。

 ────3学年に上がる為の昇級試験の事。

 ────プロになれるかの、将来の不安。

 そしてナナとの、生死が関わっていた電脳世界(アウター)での実験。

 思い出すだけで胸が締め付けられるような記憶だけがここ最近、不協和音のようリュウの頭の中を延々と()き乱していた。

 

「…………それも」

 

 言い(よど)むような、口に出すことが(はば)られているような。

 揺れた前髪に逃がした視線がやけに印象的だった。

 

「この実験が終われば全て解決するわ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4章4話『紫雷』

 夏の陽のぎらつく太陽と天の果てまで伸び尽くす入道雲の情景(じょうけい)。公園の周囲を囲む杉の木からは蝉の合唱が鳴り響いて、拭いもしない額から伝う汗が運悪く細める目に入ってきてやけに染みたのをリュウは思い出す。

 同時に、切れた口内から(にじ)む血の混じった唾の味も。

 

「わるもののガンプラなんてなぁ~、こうだっ!」

 

 その公園は小学校の上級生が占領(せんりょう)していて、彼らの中では劇中に主人公達と敵対していたガンプラを持っている年下を集団で弄るという遊びが流行っていた。

 子供は善悪の区別が曖昧(あいまい)で、容赦(ようしゃ)がない。

 ジオンのMSが好きな子供を集団で(いじ)めたり、口答えする者が居たら絶好を言い渡される、そんなどこにでもあるような弱肉強食の縮図(しゅくず)の中に、運悪くリュウは巻き込まれていた。

 数歳年上の、体格も1回り程大きな腕に羽交い締めをされて、ある程度固い何かがより固い物に圧迫され耐えきれずひしゃげたような音の方向を、幼いリュウは見開かれた眼のまま受け止める。

 漫然(まんぜん)と退けられた運動靴の下、無惨(むざん)と散らばるガンプラを見て、怒りで沸騰した血液が頭を満たし身体を乱暴に(よじ)った。

 続く記憶は断片的で、気が付けば周りに少年達は居らず身体中土まみれ。泣き倒れてうずくまる視線の先、バラバラの『────』が物言わずリュウを見詰めていた。

 乾きひび割れた地面の砂が太陽の陽を返して傷口に染みて、その自身の無力さに、張り上げていた泣き声が更に増して響いて。

 だから、掛けられた声に初めは気付けなかった。

 

『大丈夫かい』

 

 リュウから消えていった記憶は、思い返せば笑えるような幸福な出来事の物が大半だ。故にこの後の情景が思い出せないことを無意識的に理解できた。

 差し伸ばされた、大きな掌。映像にはノイズが走って仔細(しさい)(うかが)えないけれど、たしかにその手は在りし日のリュウへと伸ばされた()だった。

 

『────リュウさん』

 

 声が聞こえる。

 少女の声だ、鈴と鳴り渡るささやかな声音。優しく投げ掛けられた声に記憶の映像は水面に伝わる波紋(はもん)のよう揺らいでいって、黒の世界に淡く溶けて消えた。

 

※※※※※※

 

 戦場で果てた人間の怨嗟(えんさ)(つの)ったような、妖しく深紫(しんし)に彩られた稲妻だった。

 帯電したスペースコロニーの残骸の影響で密集したデブリや朽ちたMSに放電現象が発生して、時折白雷(びゃくらい)に晒された影から覗ける機体の亡骸は損壊した風貌も相俟って不気味さに拍車を掛ける。

 電脳世界(アウター)の運営によれば『機動戦士ガンダムサンダーボルト』に登場する宙域『サンダーボルト宙域』をリリースする前の実験場という触れ込みでファイター達に解放しており、ランダムで発生する放電現象は今のところ賛否両論で大きく意見が別れている。

 そもこのステージがログイン場所である『中央宇宙ステーション』から遠く離れた位置の上、転移のコマンドも行えず、辿り着いてバトルを始めたとしてもいつ身を焼かれるかもしれない放電のギミックに意識を削がれるのはストレスが大きいようだ。

 

『リュウさん。そろそろ戦域に到着します…………気分が優れないようですが、大丈夫ですか』

 

「問題ねぇ。今日を逃したらLinkはもう使えねぇんだ、休んでなんかいられるか」

 

 少女の声と、Hiーガンダムの真横を走った稲妻の閃光に没しかけていた意識が覚醒する。何かを思い出していたような……、

 曖昧(あいまい)な思考は緩く頭を振ることで意識の片隅に弾いて、操縦桿に添えられた手にぎゅっと力を込め直した。

 リホに最後の実験の日程を告げられて2日目。

 ナナと離れるそのギリギリまで電脳世界でバトルを行い勝率を稼ぎ、今日のバトルでプロへの昇格試験の規定勝率が満たされる計算だ。

 休んでなんか、いられるものか。

 

『帰ったら何か飲みたいものはありますか? 冷蔵庫に確か買い足しておいたココアが……』

 

「ここらはレーダーが役に立たない。索敵に集中するから……」

 

 少し黙っていてくれ。言外に(ほの)めかした言葉もリュウと意識を共有する少女にはダイレクトに伝わっているだろう。

 躊躇(ためら)いのような、悲しみに漏れだす吐息のような。僅かに感じた少女の気配に正面モニタを注視しながら口を開く。

 

「俺の、さ」

 

 少女はリュウの意識の内側に居る。

 リュウが思考した物も、感じた感情もそのまま少女には届いてしまう。

 だから、感じ取られるよりも早くリュウは思いのまま声に出した。

 

「俺の記憶が消えている事とナナの感情が豊かになってるのって、何か関係があるんだろ」

 

『…………』

 

 言葉の無い返答が、そのまま答えだった。

 普段なら何を考えているか正直分からない感情の変化が薄い少女だが、リュウが何かを聞けば即答するし分からなければ分からないと言う。

 少女が沈黙を選ぶ時は決まってリュウに隠し事をしている時だ。

 

「責めてるんじゃない。……ただ、俺は。今の俺は、自分でも少し変だって事は自覚してる。記憶が消えるって怖ぇし、ガンプラに関する記憶だけ消えるっつっても、()()()()()()()まで消えないなんて保証はない。……それが、すっげぇ怖いんだ」

 

 ある日突然エイジやコトハ。ナナにユナや地元の模型店のガキ達の事。それらさえも忘れてしまったらと考えてしまう事も最近では増えてきた。全てを忘れてしまった果てに、自分は何の為にガンプラを続けているのか。そもそも()()()()()()()()()()()と、そんな恐ろしい未来を想う事も。

 疑心暗鬼に囚われている最近だ。自身の言動が尖ってしまうのも、口調が強くなってしまうのも申し訳ないと思いながらも自覚はしている。

 疎外(そがい)にされても仕方がない事を口走ったこともある、意識の内側の少女にさえ心無い一言を放ったことだってあるのだ。

 

「けど、ナナはそんな俺を気遣ってくれる。それは、嬉しいんだ。……言えないことはそりゃあるだろうから言わなくても良いし言う必要もない。ただ、ありがとうって伝えたかっただけだ」

 

 言い終わるや否やHiーガンダムのアイセンサが前方で展開しているMSの小隊を発見する。正面モニタに拡大された宙域の、漆黒の背景に溶け込む機体は────105スローターダガー。

 レギュレーション400。『機動戦士ガンダムSEED C.E.73 STARGAZER』に登場する高性能汎用量産機だ。

 

『……リュウさん、私はっ』

 

「ナナ頼む。気付かれるのも多分時間の問題だ」

 

 意図せず(さえぎ)ってしまった形のままそれきり少女は押し黙ったかのよう沈黙(ちんもく)する。

 言及しようか思考する刹那、背後を取った形にも関わらずスローターダガーの最後尾の1機が悠然(ゆうぜん)と鋭いアイセンサを後方へと覗かせた。こまめに戦域を確認する熟練者のそれにきつく唇を引き結ぶ。

 

「ナナ、準備はいいか」

 

『はい……、いつでも』

 

 デブリの影に、それでもHiーガンダムの蒼白の機体色は目立つ。

 気付いたスローターダガーが小隊に異変を伝えたのか次々と携行火器を構え、こちらを囲む軌道のまま散開を始めた。

 エールストライカーが2機、ソードとランチャーがそれぞれ1機。設定には無いI.W.S.P.を装備した機体は指揮官機か。

 警告音(アラート)がけたましく鳴り響くも、一度瞑目(めいもく)し言霊を胸に浮かべて、それがリュウとナナの共通の合図だ。

 開かれた相眸(そうぼう)は放たれたアグニの(ひらめ)きを伴って鋭く、冷然(れいぜん)と見据えたままに両者の声が紡がれた。

 

『──────リンクッ、アウターズ!!』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4章5話『PK』

『仕事が終わったら電脳世界(アウター)の探索をしよう』、今朝にアウターギアへと送られてきたメールだった。

 目的地点は“最果て”と呼ばれる、現時点で解放されている電脳世界の最深部。その手前に位置する暗礁地帯であり、出現する敵機NPCはどれも強力かつそこでしか見掛けることの出来ない機体も存在するため、倒してデータを手に入れることが出来れば儲けものだ。

 

『ストップ、背後(ケツ)を取られた。包囲して殲滅(せんめつ)するぞ』

 

『……アレ、NPCじゃねぇな。機体データをマスクしてるプレイヤーだ、またハズレかよ』

 

 デブリの影に潜んだ敵機のシルエットは闇に紛れ、スローターダガーが捉えたセンサが暗闇を縁取るようロックオンマーカーは空間を捉えている。

 

 ────機体名、不明。

 ────戦績、不明。

 ────プレイヤー名、不明。

 

「舐めやがって」

 

 素性を隠すということは他人に正体を明かされたくないということだ。大方PK(プレイヤーキル)をして自己満足を満たす可愛いお年頃のガキとかそこらへんだろう。

 声と共に舌打ちが(こぼ)れ、苛立たつ心を静めて操縦桿に添えられた手を理性で制する。アグニによる砲撃が俺たちの狩りの合図だ。

 撃発(トリガ)。────敵影、健在。

 

「外したッ、悪ぃ! 頼んだ!」

 

『後で何か奢りな!』『お前が外すなんて珍しいもんだ、ごちそうさま!』

 

 続く2機のスローターダガー、エールストライカーを装備した2機が両翼から挟みこむ陣形で距離を詰める。大容量バッテリーを積んだ高機動戦闘用ストライカーパックだ、距離は瞬く間に詰められて発振したビームサーベルが桃光(とうこう)の軌跡を暗影(あんえい)に目映かせる。

 しかしあの敵機、何故回避行動をしない? 

 そもそも────()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「待て、なんかおかしいぞそいつ。一旦距離を取って射撃で」

 

 レーダーマップ更新。味方機数5から、味方機数3。

 味方を示すレーダーフリップが青から灰色へと変化した意味が理解できなかった。灰色のフリップがレーダー更新の際に消されて、挟まれ撃墜される予定の敵機の敵性マーカーがその場から動かず赤を主張している。

 一体、なにが。

 

『バカ野郎! 近付いて来てるぞ!』

 

「…………ッッ!?」

 

 瞬きの瞬間だった。

 相対した距離のまま真っ直ぐに突っ込んできた敵機の進行上に、味方のI.W.S.P.によるレールガンが割って入る。

 瞬間、敵機の顔が機械じみた動きでそちらへと向き無機質な挙動で回頭。同時に現れた羽虫を殺す順番が変わっただけとでも言うように、こちらを見もしないで敵機が背部バーニアを噴かせた。

 

「このっ!」

 

 武装スロットを同時展開。

 350mmガンランチャー、120mm対艦バルカン砲、超高インパルス砲アグニ。その同時射撃だ。

 誘導ミサイルと弾速に優れる対艦バルカン砲。(わず)かに偏差(へんさ)を計算して放ったアグニ────それを。

 

「避けただとッ!?」

 

 潜った、という表現が正しいか。

 バルカンを回避した後にミサイルをバルカンに誘導し爆散させ、アグニを回避の延長のマニューバでやり過ごす。

 後ろを向いた状態の、見もしないでだ。

 レーダーマップ更新。味方機数3から、味方機数1。

 援護虚しく味方機がやられ、スローターダガーのアイセンサが点滅しやがて光を失う様を身動きが出来ずに見届けた。

 敵機の発振するビームサーベルは蒼。見慣れない色だなと、逆光で(うかが)えない敵機の背後。廃棄されたコロニーが刹那灯ったと思えば、直線に走る膨大な数の紫電(しでん)の蛇。

 

「────アイズ、ガンダム?」

 

 子細(しさい)は違うが、蒼窮(そうきゅう)の空のカラーリングに左右非対称の大型バックパック。そして特徴的な頭部デザインと大型バスターライフル。

 改修はされているが、恐らくはアイズガンダムだろう。稲妻が止み、再び敵機の全容が闇に消える。

 敵機が地を蹴った。そうとしか表現できない初速と動作に、抗う思考を捨てた脳が操縦桿から手を離させた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4章6話『心から大切な人』

 Linkとは、究極を言ってしまえばある程度の可動性と一般的な射撃武装さえあれば動かす機体は何でも良いと、目の前の光景を見つつ思う。

 対艦刀に属する大型の近接兵装も、敵機がビームサーベルで墜とせるならそちらで斬った方が間接への負荷も機体バランスの安定化という点でも合理的だ。大型剣は、至近の間合いに入れば振りかぶる動作でビームサーベルのそれに比べると僅かなタイムラグが存在し、それは数瞬の読み合いが発生する近接戦闘では致命的な遅れだ。

 

「どうして、対艦刀なんて持って……」

 

 縦に両断されたスローターダガーは左手にアグニを抱え、右手には撃墜された味方機が装備していた対艦刀シュベルトゲベールを携えている。

 最後に残ったこの1機は立ち尽くしたと思えば反転して逃げ出し、迂回する形で味方の残骸から対艦刀を持ち出して迎撃してきた。

 負けたくないという思考は理解できるが、宙域に残った近接兵装は他にもまだある。何故、重い対艦刀なんて。

 

『何か、想い入れのある武器だったのでしょうか』

 

 少女の澄んだ声が意識に響く。

 

「想い入れ。……そうだな、()()()()のある武器なら、きっとこういう場面で使うんだろうな」

 

 自分でも驚くほどに空虚で空っぽな声音で吐いた事にリュウは続いて鼻を鳴らす。リュウにはもう、想い出と呼ばれる類いのガンプラの記憶が存在しない。

 残った記憶は全て苦々しい記憶だけで、ガンプラを見ると陰鬱(いんうつ)な気分にさえなってしまう。一ヶ月前、学園都市に移動する前の模型店で出会った助けを求める少年の顔。それより以前、3年生へと進級するための試験で友人に犯した愚行。目を(つむ)って思い出されるのはそういった記憶ばかりで、目の前のスローターダガーが本当は正直、羨ましかった。

 目の前の敵機から火炎が漏れだし、紅蓮の牡丹(ぼたん)が暗礁地帯に咲くのを眺める傍ら、リュウの思考は冷えてどこか苛立つ。

 

「あと1機、それで試験への勝率が確保出来る。頼んだぞナナ」

 

『はい。リュウさん』

 

 そんなリュウの思考の全てを共有する自分は(ずる)いと呼ばれるんだろうと、リュウの意識内の少女は儚く笑う。

 ナナにはリュウの抱く不安や疑念が全て見えて、対して自分の思考はあちらからは見えない。それは、(ずる)いと思うと同時に卑怯だとも思った。

 …………だって。

 

(私が持っている感情と言われるこれは、貴方の────)

 

 思う途中で、思考に激痛が走る。

 それより先は()()()()()()()()。思うことも、彼の前で口に出す事も許されていなかった。

 

(ごめんなさい、リュウさん)

 

 きっと貴方にとって裏切りだろう。

 きっと私を恨むだろう。

 きっと、貴方は哀しむだろう。

 こうやって自分で自分の心を自傷する事しか、謝罪しか少女には許されていなかった。

 

 だからだろう。

 2人が更ける間、この宙域に迫るそれに気付けなかったのは。

 

 直後、警告音(アラート)

 意識が転瞬しリュウがレーダーサイトを見やる。高速で移動するそれがMSであることは移動速度で理解できた、しかしこの軌道は…………! 

 

「真っ直ぐこっちに来てる……?」

 

『リュウさん正面です! 衝撃に備えてっ!』

 

 少女の声と同時、ステージギミックである漂う機体の残骸に薄桃(はくとう)の閃光が突き刺さり爆発。

 伸びた(ほむら)の波に呑まれぬようリュウの身体を扱う少女が巧みに操縦桿を引き倒してHi-ガンダムを後退させる。

 その、爆炎の中から。

 

『久しぶりだねぇ、坊。見ない間に大分腕を上げたようじゃないか』

 

 記憶に覚えがある親しんだ声。

 リュウから消えた記憶はガンプラもしくはガンプラが関わる人間関係や出来事が殆どで、今聞こえた声音はガンプラ関係無しにリュウの記憶が大切と判断し残した数少ない人物の物だった。

 

 ────強さってもんは積み重ねる時間と手前の意思の強さでゆっくりと(にじ)み出てくるもんさ。おいそれと強さを得ようだなんて、それこそ魔法の果実でも食わないと道理が通らない。そして残念なことに、この世の中には魔法の果実なんて実ってないのさ。

 

 そして、最も会いたくない人物だった。

 純然(じゅんぜん)たる強さと心の強靭(きょうじん)さを見せ付けたあの女性は、リュウにとって目映(まばゆ)く手の届かない位置の人間で、そんな人物に今の自分は決して見られたくなかった。

 魔法の果実、それを食した自分は彼女に会わせる顔なんてないのに、どうして……。

 

「どうして……ッ! アンタが出てくるんだよ! カレンさんッッ!!」

 

 剛焔(ごうえん)が斬り払われる。ぶわりと散る炎の華の中心、こちらを鋭く見据える緑光のツインアイと特徴的な深い蒼。

 ペルセ・ダハックの背部サブアームから発振された4つのビームサーベルは爛々と輝きを放ち、その攻撃性を見せつけるかのようHi-ガンダムに切っ先が向けられた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4章7話『看板娘の憂鬱』

 俗に言う春の嵐と呼ばれるような、散り切らず(まば)らに残る桜の一切を吹き飛ばす、晩春(ばんしゅん)の夕刻に不躾(ぶしつけ)と舞い込むそんな雨風の暴威(ぼうい)だった。

 ごう、と一際強く吹き付けた突風が建てられて真新しい“ガルフレッド”の入り口を軋ませて揺らし、木材の悲鳴とも聞こえるそれに気を取られたカレンはもう1度聞き直す。

 スマートフォンと連動したインカム状のデバイス────アウターギアへ今度はしっかりと意識を向け、

 

「もう1回言ってくれ工房長。()()()()()()()()()()()?」

 

『何度目だババア、そろそろ耳が遠くなったか?』

 

「五月蝿いよジャリ、お前よりウチの店の方が大事なんだよ」

 

 電話越しに聞こえる鼻を鳴らす声と肩をすくめる気配。

 やがて僅かに伏せられた声音で続く言葉に、並々ならぬ予感を感じながらカレンはカウンターへと肘を掛ける。

 

『同盟のフォースの連中が立て続けに襲われてる。俺んとこに被害は無いが、時間の問題だと思ってる』

 

「ハッ、命知らずが居たもんだねぇ。工房(ファクトリア)傘下に手ぇ出すとは、余程自信がある奴かそれとも只の馬鹿か。………………尻尾は?」

 

『まだだ。ステータス不明、と言うより素性を全てマスクしてる。聞けばリボーンズガンダムかアイズガンダムの改修機体(カスタム)らしいが正確なところは分かってない。……狙われたのは関連性の少ないファイターで勝率もバラバラだ、恐らくフォースを狙ったと言うより無差別的な強襲だろう。今回連絡したのはその警告もあってだ、そっちのフォースは血の気が多い連中が多いからな』

 

「そりゃご忠告どうも、下の連中がどうもピリピリしてると思ったらそういう事だったかい……」

 

 カレンがフォース長を務める“星辰の探求団”は、端から見ればいわゆるゴロツキと呼ばれるような人間が多い。

 理由としては彼らは志願して入団したわけでもなく、迷惑行為を行っているところをカレンに目撃・()()され漢気に惚れて入団したケースが殆どであるからだ。例によってそういった連中は仲間意識が非常に強く、他のフォース団員に手を出されたら報復をまず考えカレンに打診へ来る事が多々ある。

 それを見越しての忠告だろうと、通った鼻筋のある顔に笑みの気配が一瞬走る。

 

「血の気が多いと言えばそっちにも1匹“狂犬”が居るだろう。手綱はちゃんと握っているのかい?」

 

『握る以前に外に出したら問題起こすだろうから謹慎中だ。お陰で毎日騒がし………………。だぁ~! 離れろ! 離れろっこの! 地獄耳が過ぎんだろ! 大人しくしてろ、この駄犬ッ!』

 

 やがて電話越しから聞こえる「なんですかなんですか、私の話っすか!? も~ぅ、部下を誉める時は内緒ではなくちゃんと部下の耳に入るよう言わないと駄目っすよ! ほらほら~何を言ったんですかぁ~?」等の声にすっかり肩の力を抜いたカレンは、未だ工房長の罵声が響く電話を────アウターギアから眼前に展開されたホロウィンドウの通話終了の項目へと視線を強め、何故かプロレス技に掛かる娘の叫び声が唐突に消え去る。

 外されたアウターギアは(わず)かに間を開けて木目のカウンターへと置かれ、客の居ない店内の壁に掛けられた古時計へ思案に巡る視線が静かに注がれる。

 

「リボーンズガンダムか……アイズガンダムねぇ」

 

 該当する人間が多すぎる。

 挙げられた2機は、片や全局面対応型の高性能機体ということもありデザインの秀逸さも有する事から使用人口が非常に多く、片やレギュレーション600の中でも高水準に纏まった機体性能に加えて戦局の巻き返しが狙える兵装を搭載している事もありこちらもまた使用人口は多い。

 これらを踏まえると1万を越える学園都市内のファイターから件の人物を探すのは容易ではないな、と。思考する傍らカウンター内に保管されたキープボトルから適当な物を選んで封を開ける。

 ずしりと重い、ざらついた質感の赤茶色のボトル。最高級品にしか(ほどこ)される事が許されない深紅と白金に彩られた(はく)を満足気に眺めながら、次にグラスと少々大きめのアイスを用意し、濃密なブランデー特有の深く甘い香りが氷をじわりと溶かしていく。

 そこへ。

 

「ねぇママ」

 

「わっひゃあっ!! な、なな、なんだい!? どうしたんだいユナ、そんな所に立って!」

 

「どうしたも何も掃除終わったんだけど…………って、あ~~~。またお客さんのキープまた飲んでる、怒られても知らないよ」

 

「良いんだよ。客がこいつを頼んでたとき大分回ってたからバレやしないさ」

 

 店奥に通じる扉の前に、体躯(たいく)と比べれば一回り大きいモップを両手に(たずさ)えたユナがじっとこちらを見詰めていた。

 彼女が着用している服装の、全身に散りばめられたフリルの意匠(いしょう)。僅かに膨らんだ肩と真白の長いスカート丈はカレンが趣味で所有している服の1つ、本場から取り寄せたヴィクトリアンメイドが着用する本物のメイド服だ。

 小生意気な娘にはこのくらいきっちりとした形式の物がやはり似合うと、それをつまみにグラスを煽る。

 

「で、なんだい改まって。恋の話かい、お前がどっちになびくか内心気に掛かっていたんだが…………」

 

「違うわッ!! 話の意図が汲み取れないんですけどッッ!?」

 

 本気で否定してくるあたりそういった気は無いらしい。

 半ば白けた視線のまま再びグラスに軽く口を付ける。

 その、カレンの横顔に。おずおずと窺う視線で少女が見上げてきた。

 

「頼みたいことがあって……。最近リュウさんの様子がおかしいの。少しママに探ってもらえないかなって」

 

「嫌だよ面倒だねぇ。思春期の年頃のガキが何かに励んでることを女は詮索しちゃいけないよ」

 

「本気なのママ。最近リュウさんバトルに凄い勝ってるんだけど全然嬉しそうな素振りも無いし、……少しピリピリもしてて」

 

 また面倒なことを頼んできたなと肘に(もた)れる上体のままユナを視線で促す。ややあって客側のカウンターの椅子に、長いスカート丈に苦戦しながらも座り高低差のある対面をする形となった。

 

「聞くだけだよ。……どのくらい勝ってるんだい」

 

「……最後に見たときは勝率8割越えてたんだけど、最近は戦績を隠してるから分かんない。この時期のプロを目指すファイターは他のファイターに悟られない為って言ってて……。電脳世界(アウター)でもオンラインステータスを隠してるから何してるかさっぱりなの」

 

 そう言って磨かれた反射する木目に落ちる視線は憂鬱(ゆううつ)げで、力無く垂れるツインテールが肩に掛かる様をカレンは内心の動揺のまま目を(わず)かに見開く。

 ────戦績をマスクしている? 

 あの少年が? 大事な仲間の為、その身1つを暴力に晒されるかもしれない只中へ投じた、少し鼻のつくあの少年が? 

 

「分かった。調べてみるさね」

 

「え……、ほんと!? ほんとママ!?」

 

 目の前で咲く笑顔とは対照的に、勘と呼ばれる類いの警鐘(けいしょう)がカレンの胸中を何度も打ち付ける。

 丁度酔いも程よく回ってきたところだ。手早くワインとグラスを片付けて、そこでユナのきょとんとした顔が視界端に映る。

 存外に気の張った顔をしてしまったか、と。自分でも珍しく取り(つくろ)った笑顔を少女に向けた。

 

「心配すんな。あの坊はきっと大丈夫さ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4章8話『ラグメント』

 レギュレーション800、“ペルセ・ダハック”。

 “ガンダムGのレコンギスタ”に登場する強襲型モビルスーツであるダハックをベースに、携行火器の追加と各部改修による基本性能の上昇、加えて塗装による対弾性の強化が施された機体。

 宇宙に溶け込む深い蒼と、つや消し塗装による視認性の低下はこうして相対すると思った以上に厄介だなと、紛れる深蒼(しんそう)を意識の少女が観測出来るようきつく視線で見据(みす)える。

 そのまま。

 

「カレンさんッ……どうしてここにっ」

 

『なんだいその言い草は。あたしが学園都市のファイターである以上電脳世界(アウター)にいるのは不思議じゃあないだろう。それともあれかい? 例によってまさか、────見られたら困る事でもしてたのかい?』

 

 (きゅう)する意識に快活で豪快(ごうかい)な声音が無遠慮(ぶえんりょ)に響く。

 あと、1人だった。それでプロになるための試験へ挑める勝率に届く筈だった。それなのに。

 オープン回線を拾ったスピーカーが短いノイズを走らせる。

 

『別に、取って食おうだなんて思ってないさ。勝率稼ぎなんてものは聞こえは悪いが禁止されている行為でもない。────あたしが興味あるのはねぇ、()()()と戦いたい、それだけさ』

 

 (ただよ)ったデブリがペルセ・ダハックにゆっくりと近付き、サブアームから煌々(こうこう)と発振されたビームサーベルが溶けたバターのよう何の抵抗もなくデブリを両断する。

 言葉が終わると共に粒子の刃も勢いを増し、薄桃(はくとう)に輝く無言の選択を突きつけられた。

 カレンの戦闘を受けるか、それともログアウトをして逃げるか。

 試験への勝率獲得まで、あと1人。

 

「────ナナッッ!!」

 

『────誰だいッそりゃあッッ!!』

 

 Hiーガンダム左腕ハードポイントから射出された実体刀GNタチを加速する挙動の只中に持ち直し、直進する軌道のままペルセ・ダハックへと猛進した。

 それを避けること無くペルセ・ダハックはサブアームを前方に展開、束ねられた4本のビームサーベルと対ビームコーティングが施された実体刀が紫電(しでん)の閃光を(またた)かせ衝突し、発生した斥力(へきりょう)に操縦桿を握る両者の腕が衝撃に負けないよう強く前へと押し出される。

 その勢いを増して照らす鮮烈(せんれつ)に暗礁地帯も呼応(こおう)するよう稲妻を走らせ、漂う機体達の残骸だけが戦闘の火蓋が切られる樣を眺めていた。

 

※※※※※※

 

 一見すれば多少大きい程度の蛍光弾(けいこうだん)がデブリの隙間を()ってHiーガンダムへと迫る。

 こちらは周囲が機体の残骸で囲まれている以上回避が難しい、意図を()み取ったナナの小さな息遣いが脳裏に鳴って機体半身を(よじ)る形で背部バインダー2基を前面に展開、ディフェンスモードによる二重のGNフィールドで衝撃に備えた。

 着弾する寸前に正面モニタが捉えたのは光弾がデブリに衝突する瞬間だ。小粒とも言える粒子の弾丸が大ほどのデブリに直撃する直後、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「────ぐぅッ!」

 

『リュウさんっ! 大丈夫ですか!』

 

「問題ねぇ、思った以上に威力がでかかったから驚いただけだ」

 

 直撃を免れたとしても(かす)っただけで周囲を覆うエネルギーで対象を(ちり)に変える、まるでビームマグナムの一撃だった。

 恐らくは通常のビームよりも圧縮された弾丸による威力増加を狙った代物だが、放たれたエネルギーが小さくなる分対象に命中させる期待値は低下する。

 そんな代物をあの距離から狙うあの人は、やはり強い。

 防いだ衝撃で(しび)れる腕の感触に冷や汗が頬を伝い、デブリの影から追撃もせずこちらを窺う深蒼の機体は挑発するかのよう佇んで動かない。ならばと、奇しくもリュウと同じ思考を選択したナナがバインダーを展開、ディフェンスモードから両翼を思わせるハイスピードモードへと移行し(かが)む姿勢でペルセ・ダハックを狙う。

 

「ビームマグナム…………、ユニコーンガンダムを覚えてるって事は、俺ってやっぱり」

 

『リュウさん。モニタの観測引き続きお願いします。該当敵勢力の危険度を引き上げました、油断しないよう』

 

「分かってる。────いけッ! ナナッッ!」

 

 疾駆(しっく)する粒子の余波で後方のデブリが吹き飛ぶ、Hiーガンダムが叩き出せる目標距離への最速移動による加速だ。

 視界に捉えたペルセ・ダハックが迎撃の為4基のサブアームを構え射撃。デブリに風穴を穿ちながら高速に迫る光弾に対してHi-ガンダムは周囲を浮かぶ残骸で身動きを取ることが困難だ。

 求められるのは最小限の回避による全弾回避であり、しかしそれも少女の動きなら造作もないマニューバ、落ちれば最期のか細い活路を減速しないままバレルロールで()わし、直後回避不可の同時射撃がHiーガンダム眼前を覆う。

 墜ちれば死ぬという恐怖など感じさせない手捌(てさば)きでリュウの身体を手繰(たぐ)る少女は、前もって粒子をチャージされたバスターライフルの最大出力照射を以て前方の光弾をデブリ諸共紅蓮(ぐれん)の光線で呑み込んだ。

 次の瞬間、射出された真紅の閃光が瞬いては散って、左腕に構えたGNタチの切っ先を消えゆく深紅を捉えたまま最大速度で突撃する。

 ──────手応えは、あった。

 

『へぇ…………やるじゃあないか! 囮を使う戦術も回るんだねぇ!』

 

「────なっ!?」『────っ!』

 

 エネルギー吸収を備えるビームシールド“プランダー”。少女の取った、恐らくはそれの使用を見越しての刺突はペルセ・ダハックの右腕を貫通するに留まり、カウンターとばかりにペルセ・ダハックの左腕がHiーガンダムの右腕を軋むほどに掴む。

 “プランダー”を使用したのだろう。本来であれば周囲に拡散されるビームシールドがHiーガンダム右腕一点に集中され、瞬く間に赤熱して()ぜ飛んだ。

 同時GNタチに突き刺されたペルセ・ダハックの左腕が爆散。視界が火炎で(さえぎ)られる中、(ひる)んだ様子の無い少女が機体腰後部GNスマートランチャーを敵機回避予測箇所へ撃ち込む。吹き飛ばされた爆炎の先にペルセ・ダハックの姿は無い。

 

「悪ぃ、見失った」

 

『いえ、そもそもが私の戦略の甘さが原因です。戦術パターン、誤差修正。敵機回避行動剪定完了。次はいけます』

 

 淡々と告げる少女の言葉にしかしリュウは眉を潜ませる。

 思い出したのはトウドウ・サキと戦闘を行った際のLinkだ。

 視線や思考が追い付く余地など介在しないあの高速戦闘においてリュウはただ観測を果たすだけの機器と成っていたが、先のスローターダガーとの戦闘も現在のカレンとの戦闘も、全てリュウに理解が及ぶ程度の、言ってしまえばただの上手い操作だ。萌煌学園で2年を過ごしたリュウですら次元が違うと感じたあの冷利(れいり)軌道(マニューバ)が、最近のLinkでは鳴りを潜めている。

 果たしてリュウ自身の理解が成長しLinkに追い付いたのか、少女がただ単に手加減をしてるのか…………。

 ──────瞬間、警告音(アラート)

 リュウの視界を通して戦局を判断する少女が直上から接近する熱原体を宙返りをする形で回避する。Hiーガンダムの胴体を真一文字に(かす)めたのはビームダガー、モニタを向けた先にはデブリ帯の闇に溶け込む深蒼の機体が、猛追する姿勢のままサブアームからビームサーベルを展開して迫っていた。

 見え透いた追撃に対して少女が取った戦略は────武装スロット最右、レグナントブレイカー。その戦法に成る程とリュウは思い至って口角を上げる。

 

 これまで繰り広げてきた攻防は全てペルセ・ダハックに搭乗するカレンの挙動、長年染み付いた癖を見抜くための時間だ。攻撃が来れば右に避けたり、攻め込む際は直進する。何百パターンと分けられたそういった挙動から次にカレンが取る動作をLinkにより統計を弾き出し、レグナントブレイカーによる粒子屈折で回避箇所毎焼き払う。

 リュウが使用すれば当てずっぽうの域を出ない一発武装だが、圧倒的な戦局判断速度を持つLinkの手に掛かれば百発百中の魔弾と成り得る正に切り札だ。

 加えて、カレンはレグナントブレイカーの存在を知らない。

 

「………………くヒッ」

 

 ────勝った。

 バスターライフルを失った状態での粒子屈折回数は2回だが、ナナならやってくれるだろう。

 バインダーはとうにアタックモードへと展開され、2基のバインダーの射線上にペルセ・ダハックを捉えている状態だ。エネルギー充填(じゅうてん)まであと僅か。

 そこで、視界の端で何かが光る。

 

「な────ッッに!?」『しまっ────!!』

 

 リュウの身体を操る少女がモニタを下方に見やれば、先に投擲(とうごう)されたビームダガーが()()に刺さっているのが確認出来た。

 遠く漂うそれは、自らが駆る機体の物なのに、何故か名前が咄嗟に出てこなかった。

 プランダーによって右腕を破壊された際、投げ出されたGNバスターライフル。大容量GNコンデンサを内蔵するそれに紫電の蛇がのたうち。

 閃光と衝撃が、射撃体勢に入ったHiーガンダムを呑み込んだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4章9話『後悔だけで』

 宇宙空間での雷は地上から見えるような雷雲(らいうん)から発せられる物ではなく、スモッグとも言える(もや)に包まれた廃棄コロニーが時折内側から輝いて放射状に電流を放出させる。緩やかな(おうぎ)の形で広がる百雷(びゃくらい)は妖しく輝いてはデブリや機体の残骸を焼いて、今は再び放電されるその時まで紫輝を孕ませている。

 断続的に、切れかけた蛍光灯さながらに瞬く長大な筒を背景にして、ペルセ・ダハックは手にしたビームライフルの銃口をHiーガンダムの胸部へと向けて揺るがない。Hi-ガンダムの背部バインダーは2基とも根本から失い両脚部も先程射抜かれて半ばほどから先が見えず、ナナが最後の抵抗と振り上げたビームサーベルもたった今発振前に撃ち落とされた。

 

『Linkを……、Linkを切ってください。今ならまだ間に合います。この状態での撃墜は本当に危険なんです……!』

 

 思考の端から鳴る少女の悲痛を押し込めて抑えきれない声もあえて無視をして機体ステータスの確認を行う。

 唯一無事なのは左腕のみ。対して尚もこちらを見据えるペルセ・ダハックの機体に目立った損傷は見られない。

 

『リュウさんッッ!!』

 

 一際強く、少女が訴える。

 その声に呆れを含んだ溜め息を短く吐いてからリュウは自分でも冷えきったと自覚する声音でポツリと呟いた。

 

「今日しか無ぇんだよ……」

 

『……え』

 

「今日を逃したら、Linkは使えなくなる。そしたらどうなる? よしんば記憶が戻ったとしても、俺の────“リュウ・タチバナ”の腕じゃ勝てない。今日までバトルしてきた意味が消えちまう」

 

 ペルセ・ダハックから突き付けられるビームライフルは満身創痍のHi-ガンダムの胸部を尚も狙っている。

 鈍色(にびいろ)に光る銃口にぞわりと鳥肌が総立ち、そこで初めて自覚した。

 

「今ここで死ぬよりもさ……! これまでの俺の人生がようやく報われるって、思えたんだ……! 偽善(ぎぜん)と嘘で生きてきた俺に意味が出来るってさ。ナナ、今負けたらお前のLinkで消えた記憶が全部無駄になっちまう、それが一番恐いんだ!! …………俺の嘘を、嘘で終わらせたくないんだッッ!!」

 

 慟哭(どうこく)だった。

 学園都市へ出発する朝、助けを求める瞳でリュウを見詰めた少年の。

 それより以前、リュウを信頼していた友人を利用して3年生への昇級試験を合格し、落第した彼が見せた大粒の涙の。

 そして、ナナのLinkを使用して抱いた、自分という人間の(みにく)さの。

 それら全てを嘘で終わらせたくない。

 …………だから! 

 

「──────俺の全てを吸えッッ!! ナナぁッッ!!」

 

『──────ッッ!!』

 

 自身へと向けた憎悪(ぞうお)侮蔑(ぶべつ)を正面モニタに映るペルセ・ダハックに重ねて、叫ぶ。

 同時に脊髄(せきずい)を上から引き抜かれるような、ずるりと()()が抜かれる錯覚に連続していた意識にノイズが走った。

 

『戦術アルゴリズム変更。接続者(コネクター)への安全装置(セーフティ)解除。回避を重点とした軌道(マニューバ)から被弾前提の軌道(マニューバ)に移行。接続者(コネクター)の生存確率20%以下。Nitoro:Nanoparticle、命令、承認──────トランザム』

 

 特徴的な起動音と共に幾何学的(きかがくてき)なスクリーンが正面モニタに映し出される。

 全身に供給された大量の粒子が切断された箇所から噴出し、それすら推進材の代わりとして目の前のペルセ・ダハックへと突貫(とっかん)。携行火器を持たない機体による自殺にも等しい捨て身だ。手負いの獣のそれにも思える凶行に、しかしペルセ・ダハックは怯んだ様子もなくビームライフルを依然(いぜん)として突き付けている。

 銃口が閃き、1発のビームがHi-ガンダムの頭部を穿つ。正面モニタからの映像に一瞬砂嵐が走り、それと同時サブカメラへと切り替わる中、今の射撃がこちらの機動性能を読むための試射だということはリュウにも分かった。次が本命の射撃、この距離では確実に当たる。

 

 その瞬間、ペルセ・ダハック後方に()()()()

 孔雀(くじゃく)が広げる羽のような、膨大な量の稲妻が廃棄コロニーを支点に爆発。放射状に拡がる紫電が帯電するデブリや機体の残骸に伝って焼き付くすその軌道上、スローモーションで流れる時の只中にペルセ・ダハックへと伸びる雷光を、リュウは確かに見た。

 背後からの稲光(いなびかり)だ、あれはもう避けれない。

 

『──────ぐぁッッ!!』

 

 苦悶に歪むオープン回線からの声とペルセ・ダハックのアイセンサが灯りを消したのは同時。背部に直撃した雷電に(もだ)える隙を、少女は決して見逃さない。

 トランザムによる深紅の残影を(まと)いながらHi-ガンダム左腕が貫手(ぬきて)の形でペルセ・ダハックの胸部に突き刺さる。

 その、武器を何も持たないまま少女は()()()()()()()()()()()()の操作を操縦桿に叩き込んだ。

 ズバン! と重いスパークの衝撃がリュウを揺らし、Hiーガンダムの腕がゆっくりと引き抜かれる。

 

 ──────“光雷球”。

 

 ガンダムアストレイレッドフレームの武装をオリジナルとしたギミックであり、Hiーガンダムの基となるアイズガンダムの肘部大型GNコンデンサから供給される過剰粒子を敵機に炸裂させる兵装だ。

 加えてトランザムにより大幅に増加した粒子量を上乗せした一撃。

 勝負は、着いた。

 

『はぁ~~~やだやだ全く、ツイてないねぇ、これだからステージギミックは。………………坊』

 

 ノイズの混じるカレンの音声がスピーカーから聞こえ、Linkを解除された腕が操縦桿へと無意識に伸びる。

 選択、オープン回線。

 

「なん、ですか」

 

『ハッ、やっと繋がったよ。一方的に回線を切りやがって。……それに酷い声さね』

 

「…………、俺がぶっきらぼうなのは前も変わらないでしょう」

 

『そんな事無いさ、前はケツの青い可愛いガキの声をしていたよ』

 

 ペルセ・ダハックの胴体が一度大きく揺れて、続いて噴煙が至るところから上がる。

 それでもカレンの声音は毅然(きぜん)としたままいっそふてぶてしいまでに気丈だ。

 

『腕を上げたねと誉めてやりたいが、坊。お前今、何かに()かれてるね?』

 

「なっ……!?」

 

『ペルセを視認するまでは、ずぼらも良いとこのザル索敵だったが、……前に見た坊の戦い方は常に何かに怯えてるようにも見えるくらいに警戒していたよ。そして今回戦いでこっちを認識した瞬間の変わりよう……間違いなく坊じゃないね』

 

 ────見抜かれていた。

 衝撃が脳を走ると共に、周りの人間に告げ口をされるかもしれないという不安が思考を埋め尽くす。そうなったら誰かに、エイジやコトハ、ユナに失望されるかもしれない。今まで隠れてLinkを行使してきた事が無駄になってしまう……! 

 

『安心しな、誰にも言わないさ』

 

 反して、スピーカーから聞こえる声は予想とはかけ離れどこまでも穏やかだ。

 

『ガキのマスターベーションを言いふらすほどあたしゃ酷い女じゃあない。…………だがね、これだけは1つ聞かせておくれ』

 

 爆炎が上がる。

 ペルセ・ダハックの深い青色が真紅の陽炎(ようえん)に包まれ、貫手の(あと)から火花が漏れ出た。

 

『坊、お前今。───────ガンプラバトルが楽しいかい?』

 

「ッッ!!」

 

 楽しいわけ、無い。

 楽しく、無い。

 でもそんな答えをこの人に言うのは何故だか凄く嫌で、だからだろう。

 大きな爆発と共にペルセ・ダハックがその身を宙に散らせる。

 答えを言う前にレーダーフリップからカレンのアイコンが消えていた。

 

「俺は……ッ、俺は何で……ッッ!!」

 

 楽しい筈のガンプラバトルが微塵(みじん)も楽しくない。

 そんな最近の感情を、(ふた)をしてきた疑問がカレンの言葉で開かれて大きくリュウの中を満たす。

 

 俺は、どうしてガンプラバトルをしているのだろう…………?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4章10話『傍観者、諦観者』

 瞑目(めいもく)していた瞳を1つ瞬かせ、自らの身体に戻ってきたことを馴染みのある少女の手足を動かして実感する。

 寮の一室には停滞(ていたい)した空気が重く張り付き、ベッドに横たわる少年の────リュウさんの表情は部屋の空気のよう重く暗い。

 原因としてはカレンと呼ばれていた女性が放った言葉が思い当たり、薄い胸に手を当てLinkしていた時の情景(じょうけい)を思い出す。

 

『坊、お前今。───────ガンプラバトルが楽しいかい?』

 

 あの時少年を通じて覚えた感情は身体を切り裂かれるような激情だった。憎しみであり痛烈であり、怒りであり哀しみ、それらが全て自己嫌悪として少年は少年自身を傷つけていた。

 少女の身体が恐ろしさからか1度身震いをし、視線が未だ横たわる少年へと定まる。

 Linkしていたとはいえ、感情や思考を共有していたとはいえアレは少年が少年へと向けた想いだ、少女はそれを端から見ている傍観者(ぼうかんしゃ)に結局は過ぎない。

 今目の前の少年の中にはどれ程の感情が渦巻いているのか、少女には推し量ることすら出来なかった。

 

「リュウさん────、その…………」

 

 ──────大丈夫ですか? 

 

 言葉が喉まで出かかり必死に飲み込む。

 ふざけるな。

 私は少年から奪った立場だ。その言葉を掛ける資格など持ち合わせていない。

 

「水を持ってきます」

 

 一室の中で少女に貸し与えられたスペースのソファから立ち上がって、逃げるよう台所へと走った。

 少年の、リュウさんのあんな顔を見たいわけじゃなかった。でもそうなるのは初めから決まっていた運命で、私はそれを知った上で過ごして。

 

 水が次がれていくグラスに映る少女の、無表情で酷薄(こくはく)な顔がグラスの模様で大きく歪んで見える。

 これは怪物だ、少女の姿をした人間性を殺す魔物だ。

 

「…………ごめ、んなさい」

 

 自分に許されるのはこうして少年から隠れて懺悔(ざんげ)することだけだ。

 少し背伸びをして蛇口を締め、年季が入っているのか、(ひね)った後も緩やかに流れる水が徐々に勢いを無くす。

 その(したた)る水滴の音に、1つ大きな水音が嗚咽(おえつ)と共に紛れて響いた。

 

※※※※※※※

 

『話がある』

 

 短く切られた文章の差出人はエイジで、SNSには他に待ち合わせ場所と時間が記されていた。

 出掛ける気分では正直無いが、この一室で感情を共にした少女と過ごすのは居心地が悪いということもあり、グラスの水を飲み干してから上着を羽織(はお)る。

 

「どこかへ行くんですか?」

 

 ソファにちょこんと(ちぢ)こまって座る少女は(しぼ)り出すような声でそんな事を聞き、それが少しだけ可笑(おか)しかった。

 

「ちょっとそこまで。直ぐに帰ってくる」

 

 扉を開くと晩春の若葉の香りが湿気と共に鼻を突き、空を見上げれば曇天が覆い月を隠している。

 雨が降りそうだな、と。急ぎ足で階段を下り指定された場所を思い返す。

 そこは近くの公園だ。学園の帰りに良くエイジやコトハと一緒に馬鹿な話をしていた、近頃はめっきり行かなくなった場所だった。

 

「────いや」

 

 それか、リュウが公園に行った記憶を無くしているだけか。

 嘲笑(ちょうしょう)が1つ鼻から漏れ出る。

 本音を言ってしまえば、エイジに話すことなど何も無いのだから。

 

※※※※※※

 

 滑り台とブランコ、シーソーと砂場。多少簡素な造りの公園は萌煌(ほうこう)学園初等部の生徒の為に作られた公園であり、彼らが帰宅した夕方過ぎに来ていた記憶がある場所だった。

 夜闇を改装工事で新調された真新しい外灯が照らし、エイジは公園出入り口から見て丁度中央に背中を向けて遊具を眺めている。

 

「なぁリュウ、覚えてるか? コトハがここで初等部に言い負かされて、顔真っ赤になって泣きそうになった事」

 

 辿(たど)るように、(いつく)しむように。

 哀愁(あいしゅう)さえ感じる笑みを横顔に浮かべて砂場を見やる。

 そんな記憶を、リュウは持ち合わせていなかった。

 

「……いや」

 

「単刀直入に言うぞ。リュウお前、何か俺達に隠し事をしていないか?」

 

 意を決した表情でこちらを向き強い視線で答えを求めてくる。

 数瞬(すうしゅん)が過ぎ、覚えたのは(しら)けた空虚感だ。

 

「何も」

 

「リュウ」

 

 1歩近付いてくるエイジの顔は、少なくとも記憶の中では真剣な場面でしか見せないそれであり、中々どうしてか(すご)みを帯び視線を捉えて離さない。

 それでも。

 

「何も、無ぇよ」

 

「リュウ……! 全部を話してくれなくって良い、何かあったんじゃないか? 最近、様子が変だぞ」

 

「そりゃ様子も変になるだろ。受験に必要な勝率を満たしてなかったんだから…………まぁ、それも今日で終わったけどな」

 

「勝率を……? リュウお前、最低勝率の7割に達したのか?」

 

 粘るエイジがいい加減うっとおしかった。

 ポケットからアウターギアを取り出し装着。視線で項目を操作して戦績を空間に投影(とうえい)してやる。

 ──────週間勝率100%、総合戦績、70%。

 

「ひゃ、100%……!?」

 

「分かっただろ、これでようやく休めるぜ。明日からは時間作れると思うから、そんときはよろしくな」

 

 (きびす)を返すリュウの肩をエイジの手が掴んで止める。

 強い力だ、振り返ると同時に払い除けて眼鏡の奥の相眸(そうぼう)と対した。

 

 明日になればナナの実験は終わり、記憶はリュウに返ってくる。そして元の生活を送ることが出来、またいつものように馬鹿な話を皆で咲かせる日常へ帰れるんだ、今この時間は無駄以外の何物でもない。

 

「……まだ何かあんのかよ」

 

「本当に、何も無いのか。いやあるだろ、話してくれないか?」

 

 真っ直ぐで強い瞳だった。

 本当に心配している目だ、リュウが昔から頼りにしている親友の、紛れもない本気の声音だった。

()()()()()()

 無意識に1つ、舌打ちが(こぼ)れた。

 

「ウッゼぇな……、何も無いっつってるだろ」

 

「リュウ…………!!」

 

 エイジの両手がリュウの胸ぐらを掴み上げる。

 お互いに身長は同じくらいだ、僅かに低い位置のリュウの目を(うる)みさえ(にじ)ませる目が強く捉えた。

 

「何も無い事なんて無いだろッッ! だったら……、だったらどうして勝率に達したのに嬉しい顔してねぇんだよッッ! なんで俺達に連絡くれないんだよ! 皆で喜び合おうとしないんだ! ──────何も無いんならッ、何も無い顔しろよッッ!! なんでそんなにつまらなそうな顔してやがるんだよッッ!!」

 

 言葉の終わりと共に大きくリュウは突き飛ばされる。

 肩を上下させる親友を見て、それでもリュウの胸には何も響かない。

 むしろ増したのは空虚感であり、捕まれた胸ぐらに手をやって、握る。

 

「…………エイジ、お前何も分かってねぇな」

 

 明らかな敵意だった。

 眉間の(しわ)は怒りの様相(ようそう)で、事態を理解していないエイジに対して怒りすら湧いてくる。

 

「エイジにコトハ、お前らは良いよな。腕があって、ガンプラのセンスがあって……!」

 

 握り拳が更に強まり、腕を思い切り振って感情のままに、叫ぶ。

 

「日が経つにつれて成績を伸ばしてるお前らはこのまま過ごせば間違いなくプロの試験を受けることが出来る……! ガンプラの出来だって、周りの奴等より上手くて、その上性格も良い……!? ──────ふざッッけるなぁ!! そんなお前らに囲まれる俺の、日々に成長が何も見えない俺の気持ちが! 自分が惨めに見えてくる気持ちが分かるかッッ!? 毎日毎日ガンプラを睨んで、湧いてくるのは劣等感だけだ!!」

「その上でお前らは俺の心配をするッ! 自分に余裕があるからそんな真似が出来るッ! 俺にはそんな余裕なんて、そんな余裕すら無いのにッッ!! …………あぁ、()()()()()は良いもんだよなぁ!? 気楽に過ごせてよ!? 同じ努力をしている筈なのに、同じ空間でガンプラを弄っていた筈なのに実力は開いていくばかりで…………!」

「なぁ。知ってるかエイジ? ……お前らな、俺とつるんでるから実力がもっと伸びないなんて言われてんだぞ……! 落ちこぼれのリュウ・タチバナと一緒だからッッ!! 成績が伸び悩んでるなんて言われてるんだぞッッ!?」

 

 一息に吐き出した。身体は火照り、自分が何を言ってるのかさえ曖昧だ。

 しかし1度動いた激情(げきじょう)はもう止まらない。ナナとのLinkの影響で、嫌な記憶だけが浮き彫りになり、口にしていくだけで自分への怒りが加速していく。

 涙も鼻水も、涎さえ()き散らして(わめ)きリュウは更に吠えた。

 

「俺が、俺がお前らの荷物になるなら、頑張るしかねぇじゃねぇかよ……! どんな手段を使ってでも追い付くしかねぇじゃねぇかッ!」

「しかもな……! 俺また、言えなかったんだ……!! 言わなきゃいけない場面だったのに、怖くて! 相手に何て言われるか怖くてさ……! 言えなかったんだッッ!!」

「分かるかッッ!? こんな中途半端な、リュウ・タチバナって人間に未来を潰された人間が居るんだぞ!? 俺はその人達を踏みつけながら、停滞(ていたい)蛇足(だそく)の毎日を過ごしてたんだよ……!! ────────俺にッッ!!」

 

「──────ガンプラバトルをする資格なんて無ぇんだよッッ!! どうして俺なんかを、構いやがるんだよッッ!?」

 

 学園都市に向かう朝、少年の助けを求める瞳を見捨て。

 3年生への昇級試験の際、自分を最も信頼していた友人を見捨て。

 真剣にガンプラバトルを頑張っている人達に、チート(まが)いの不正で圧勝して。

 

 声を掛けるべき場面で声が出ず、謝るべき場面で言葉が出ず、問われた場面で口ごもり。

 

 ────そんな人間を、どうしてそこまで気に掛けるのか。

 

 エイジを見て純粋に浮かんだ自分への疑問だった。

 夜風が頬を伝い、熱を帯びた身体を通り抜けるがマグマのように火照る身体は未だ怒りという熱を持ってエイジを(にら)む。

 

「どうして構うか、だと……?」

 

 払い除けられた姿勢のまま、(わず)かに中腰で下を向くエイジが眼鏡を外す。

 ギン、と。見開かれた瞳は同じく怒りが見え、内心驚いた。理解が出来なかったからだ。

 低い姿勢のままこちらを見据える薄紫(はくし)の瞳がリュウと合い、そのままエイジが走る。

 

 右拳が、リュウの頬へと突き刺さった。

 

 痛みよりも先ず感じたのは(おびただ)しい数の疑問だった。

 吹き飛んで地面へ尻餅をつき唖然(あぜん)とするリュウを、振り抜いた拳そのままに(つぶや)く。

 

「リュウ、お前が居たから……」

 

「……えっ?」

 

「お前が居たからッッ!! オレはっ、オレとコトハはガンプラをやってるんだッッ!!」

 

 倒れるリュウの胸ぐらを片手で無理矢理引き上げ、涙を散らせてエイジが叫んだ。

 

「覚えて無いのかよッ! あの日、あの場所でお前はオレを助けたッ! お前がコトハを助けたんだろッッ!! リュウが居なきゃ、今頃オレはここに居ないッッ!! ──────忘れたのかよォッッ!!」

 

 歯を食い縛り、眼前で叩き付けられた言葉を、しかしリュウは冷酷(れいこく)を秘めた嘲笑(ちょうしょう)で返す。

 (あざけ)りはエイジでは無く自分に対して。滅多(めった)な事では怒らない親友が吐いた熱情さえ記憶していない自分に対してだ。

 1度瞑目(めいもく)し、今度はリュウの手がエイジの胸ぐらへと伸びる。

 

「忘れたよ……。覚えてねぇよ…………! ──────今の俺はッッ!! そんな大事なこともッッ!!」

 

 振りかぶる右腕をエイジは避けようとしない。

 それどころか(するど)さを増す眼光の威圧に、底知れない恐怖すら感じる。

 なぜ、目の前のエイジは。

 ────これ程までに真摯(しんし)なのか。

 

「──────覚えてないんだよッッ!! 畜生ぉぉおおッッ!!」

 

 小雨が、土砂降りへと変わり。

 涙も叫びの一切もその音に紛れて消えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4章11話『心の涙』

 学園都市開発が進められていた時期と同じくその中心である萌煌学園にも改修工事は行われていた。

 生徒側から挙げられていた不満のある施設箇所、主に外観や老朽化が進んでいた通路の工事が(ほどこ)された影響か廊下は真新しく陽光(ようこう)を反射し、照明も長距離ライン型LEDに変更されその近未来的な装飾は男子に大人気だ。

 ──2号棟、教員室。

 “ガンダムビルドダイバーズ”に登場する三角形のデバイスを()した学生証を教員室前の電子パネルへと掲げる。

 ピッ、と。程無くして軽快(けいかい)な音と共に扉が素早くスライドし、丁度昼休憩だからか、学園の教員がそれぞれ食事をしたり授業で扱うガンプラを弄っていた。

 その中の1人、コーヒーカップを片手に歩く教員の1人がこちらに気付く。

 

「おや、君は」

 

「萌煌学園3年普通科コトハ・スズネです。コーチ……、あっいや。トウドウ先生に用があって来ました」

 

「そんなに(かしこ)まらなくていいさ。コトハ君が優勝したシンガポールの大会、あれはここの先生方は皆知っている。もっと肩の力を抜いて、自分の家のように振る舞ってくれて構わないよ? ……とと、そうだ。トウドウ先生だね、待ってて」

 

 明るい茶髪を短く揺らし教員が装着したアウターギアを展開し(ほが)らかな口調で通話を始めた。

 見れば他の教員もアウターギアを使用して職務の続きをしていたりガンプラのステータスを図っている姿が散見され、その動作には一切の(とどこお)りが見受けられない。最新機器を使いこなしている辺り流石は萌煌(ほうこう)学園の教員だな、とコトハは内心感嘆した。

 

「……コトハさんなら」

 

「は、はい? すみません考え事をしていて」

 

 いつの間にか通話を終えていた教員の視線に気付き、(あわ)てて視線を合わせる。

 

「はは、また畏まってる……。コトハさんの成績なら普通科では無くプロコースへの編入も出来るのに、何か理由があるのかな?」

 

 優しい口調に反してコトハは目線を逸らした。

 床に落ちた視線に浮かぶ幼馴染みの顔。笑顔をめっきり見せなくなったあの顔が真白の床に浮かんでくるようで、思わず声も小さくなってしまった。

 

「友人を、待っているんです」

 

「……、友人? おっと、来たね。トウドウ先生、じゃあお願いします」

 

 疑問に首を傾げる教員と入れ替わる形で彼女がやってくる。

 最優の教員、トウドウ・サキ。

 1200を越える萌煌学園の生徒の詳細を全て把握しているという噂も、成る程。改めて感じる彼女の(まと)うオーラのようなものに当てられれば納得するのも難しくない。

 その、全能にも等しい彼女の瞳が。(わず)かに思念を帯びて曇る。

 

「────タチバナさんの事かしら」

 

※※※※※※※

 

 リュウが学生寮へ戻った頃にはナナは荷造りを全て終え、貸し出された室内の一角のソファに何をするでもなく座っていた。

 ただいまの一言すら告げられず開かれた玄関の扉にナナは目を見開いて駆け寄り、素早い手際(てぎわ)でバスタオルを持ってくる。

 

「……っリュウ、さん。その顔……」

 

 懸命に服から水気を取るナナが悲痛さえ窺える表情でリュウを見上げる。

 

「はは。…………エイジに殴られたよ」

 

 千鳥足(ちどりあし)と表現しても差し支えない足取りでベッドに腰を掛け、付き添うナナは髪の水気を拭き取る。

 彼の目からは、おおよそ生気と呼べる物が消え失せていた。

 

「あいつらがガンプラやってる理由が、俺なんだとさ。……くはっ、はは。何も思い出せねぇ」

 

「リュウさん、あの、……服を脱いでください。そのままでは風邪を引いてしまいます」

 

「多分Linkが無くても覚えてなかったな。……大事な事の筈なのに、大事な事の筈だったのに」

 

 口だけは歪に笑みを形取り、他人の感情に(うと)いナナでさえ咄嗟(とっさ)に目を()らした。

 ──リュウさんの心はもう。

 ────壊れている。

 

「い、今暖かい飲み物を用意します。お風呂も沸かします」

 

 自分のせいなのだ。

 嬉しい事があれば笑い、悲しいことがあれば傷つく。仲間の為ならば怒り、そして人並みの闇も抱えている。

 博士(いわ)く、そんな何処にでもいる彼の心を破壊したのは。

 紛れもなく自分なのだ。

 

 ナナにとって少し高所の風呂のスイッチを背伸びをして入れて、(あらかじ)め保温されていたポットから注がれたお湯にココアパウダーを溶かす。甘いものが好きな彼の為にと、先日一緒に買い物をした際購入した蜂蜜(はちみつ)を1(まわ)し入れると、停滞(ていたい)した室内の空気にふんわりと甘い匂いが香った。

 

「蜂蜜を加えてみました。……蜂蜜にはリラックス効果もあるようで、どうか……飲んで下さい」

 

 ベッド向かいの、作業机にカップを置く。

 散在されたガンプラのパーツ。どれもがちぐはぐな形で散らばるその中心。

 彼の目線がカップへとやがて定まる。

 

「……恐いんだっ」

 

「え?」

 

 引き(しぼ)るように(つむ)がれた声は震えていた。

 視線を彼の目に向けると。

 

「ほんとは恐いんだっ……! 記憶も戻らなくて、ガンプラバトルが、ガンプラがつまらないまま一生過ごすことになるって想像してっ……! 皆が俺の目の前から去っていくのを考えると……!」

 

「……リュウさん!」

 

「すごく、こわいんだ……っ!」

 

 声と共に少年の目から大粒の涙が(こぼ)れ落ちる。

 気が付くと腕が伸びていた。彼を胸に抱き寄せ、ナナは髪に顔を埋める。

 奪った側なのに、騙している側なのに。

 こんな真似をしている自分が卑怯だと胸が恐ろしいほどに痛んだ。

 ──しかしそんな事より。

 

「わたしが、! 付いていますから……!」

 

 彼が目の前で泣いている事が何よりもナナにとって苦しい事だった。

 胸の内に泣く少年に、少女もまた(すが)るよう強く抱き寄せる。

 

 ────あぁ私は。

 

 こんな思いをするなら、感情なんて。

 持たなければ良かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4章12話『鉄の味』

「ナナ、忘れ物は無いか?」

 

 昨日公園から帰った後も何をするわけでも無く時間が過ぎ、気が付けば出発の時間だ。

 思考が泥のよう固まらず、ろくな睡眠も取っていないため体調は最悪だが動けない訳でもない。軽い食事を済ませ身支度を手早く整える。

 軽く頭を振り視界の端に少女を認めると、ある一点を見つめている事に気が付いた。

 

「何を見て…………あぁ、()()()()()()()だっけか? あれがどうかしたか?」

 

「あっ、いえ……」

 

 リュウの声に弾かれる様子で視線が外れ、すぐいつものよう大きく蒼い瞳がリュウを捉える。(わず)かに伏せられた瞳に思い至りリュウはガンプラが飾られたガラスのショーケースを開いて、その中の1つを手に取った。

 改めて見ても、記憶の琴線(きんせん)には何も触れない、リュウにとって始まりの機体。

 ────アイズガンダム。

 

「やるよ」

 

「えっ、あっ。そんな……大事なガンプラ」

 

「今の俺はそいつを覚えてないし、思い出したらそれはそれで、ナナの手元にあるんだって実感出来る。…………()()()だって、覚えてない奴の所に居るより、欲しい人の手元に居る方が嬉しいだろ」

 

 半ば強引に少女へと握らせ、くしゃっと頭を撫でる。

 目を(つむ)って受け入れる少女の口元は(わず)かに(ゆる)み、小さく「はい」と返事を告げてアイズガンダムを抱えた。

 

「じゃあ──」

 

 最後の戦いが始まる。

 記憶を取り戻し、過ごせなかった日常を再び手に入れる為の戦いが。

 

「──行くか、ナナ」

 

「はい、リュウさん」

 

※※※※※※

 

 病的なまでの白のパネルと、室内の全方位に内蔵(ないぞう)された照明が一切の影を消し飛ばす異様な光景。

 白衣の研究服を(まと)う人間が皆眉を潜めて入り乱れる様子はやはり慣れないなと、機材の中央、ベッドに横たわるリュウは改めてそんな事を思う。

 

「Link係数87%……意外ね。前回よりも上がってるじゃない? やることでもやったの?」

 

「…………人数が多くないですか? 今までで一番多い気がしますけど」

 

「何よ緊張を解そうとしたのに。……Linkの実験も最後だから、外部の研究機関もお邪魔してるの。気が散ってごめんなさいね」

 

 全くごめんなさいの感情の色が(うかが)えない声音で女博士──リホが端末を(にら)みながら淡々と答える。

 室内は機材の駆動音が重奏低音のよう響き、指示を飛ばす人間の声も普段より鋭い。何故かリュウを見る研究者達の顔は皆ひきつった表情で、正直どんな状況に置かれているか理解が及ばない。

 

「リホ先生」

 

「……何かしら」

 

「この実験が終われば俺の記憶が戻るって話、本当ですよね?」

 

「……間違いないわ。そういえば記憶がLinkにとってどういう影響を与えるか話してなかったわね。今までは機密の為だったから話していなかったけれど……────もう、いいわね」

 

 呟いた言葉は(うれ)いとも優しさとも区別が付かないトーンで、肩まで掛かった紫の髪が揺れて瞳がリュウと相対(そうたい)する。

 

「凄く大雑把にまとめると、そうね。……ナナにとって接続者(コネクター)の記憶は戦闘情報そのもの。ガンプラに関する記憶は全て一時的にナナへ保存されるの、だから実験が終わればその記憶はアンタに返るのよ。……どう? 仕組みが分かれば不安も多少は和らぐんじゃないかしら」

 

 理知的な瞳に見える柔和(にゅうわ)の色。

 確かにその説明ならば納得が付く。ナナの圧倒的な戦闘技術は、手繰るガンプラの情報が存在してこそだ。接続者(コネクター)である俺の記憶は補充される薪のようなもので、しかもそれは一時的な譲渡(じょうと)

 胸のわだかまりが確かに和らいだ。

 続いて質問を重ねる。

 

「ナナは、どうなるんですか」

 

「アンタから得た記憶はナナもコピーして記憶するの。だからアンタへ記憶を返してナナは以前に戻るって事にはならないわ、そこは安心して」

 

 リュウが聞きたかった核心を()み取って話すリホに、感謝と同時胸のうちを見透(みす)かされているようで少し(しゃく)だったが、隣のベッドで既にログインをしているナナを見てそのざわつきも消え失せた。

 

「────さて、おしゃべりはここまで。……タチバナ、行くわよ」

 

 いよいよ来た。

 数ヵ月に渡る実験の、その最後。

 命を掛けたこの実験も遂に終わりを告げ、ようやくエイジやコトハ、皆と笑い合える日々が待っている。

 

「……タチバナ」

 

 意を決した声だった。

 ふと(まぶた)を開ければ、そこには記憶にある冷徹(れいてつ)な女博士の表情ではなく、初めて見せる微笑(びしょう)さえ浮かべた女性の顔があった。

 

「────いってらっしゃい」

 

「え? あ、い、いってきます」

 

「目を閉じて良いわ。────1番から5番の電源を入れてッ! 起動は私が行うわ!」

 

 すぐさま仕事の声に変わるリホを見、なんだかんだ悪い人では無かったな、と。はにかんで今度こそ(まぶた)を閉じた。

 耳に掛けたアウターギアが(ほのか)かな熱を頭部へ伝え、意識が浮遊している錯覚に変わる。

 ダイブするまで、あと数瞬(すうしゅん)

 そういえば、先程思い描いた皆と過ごす日常に。────ナナが居なかった事をふと思い出す。

 その意味の()()を考えるのが無性に恐くなり、浮かび上がる感覚へ身を委ねた。

 

「行くわよ────、ダイブッ! 開始ッッ!」

 

 ひりつく空気を切り裂くようリホの声が室内に響く。

 (うな)りを大きくする機材の音の中、──────黒が、世界を染めた。

 

 

※※※※※※

 

 研究室を漂う空気は打って変わり人の声は無い。

 低い機材の音が低く響くだけで、研究服を纏う人間は誰もが口を開かずに一点を見詰めている。

 その視線の中心に、()()()()()()()()が横たわっていた。

 本来この実験はナナ、Nitoro:Nanoparticleの実験であり接続者(コネクター)の存在はその次、にも関わらず視線の全てが少年へ注がれる()()をリホは痛いほどに理解している。

 

 リホの身体が震えていた。

 覚悟は出来ていた、にも関わらず自分でも驚くほどに血の気が引いて、酸素の足りない脳は嫌が応にも横たわらせようとリホの意識を狩り取る。

 それを、下唇を噛んで耐えた。

 

 ──案外、彼の事を気に入っていたのかも知れない。

 

 人肌程暖かい赤い(しずく)は顎を伝い、白衣を(わず)かに赤へと染める。

 口を開く(あご)痙攣(けいれん)し、その後悔に拳を握りしめて、(つむ)いだ。

 

「────さようなら、リュウ・タチバナ」

 

 ………………Nitoro:Nanoparticleを人間扱いしてくれて、……私、嬉しかったわ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4章13話『ハンプティ・ダンプティ:前』

 空間に自意識が構築(こうちく)されるこの感覚をどう表現して良いか、未だにリュウはその未知の体験に困惑をしながら気が付けば操縦桿を握っていた。

 液体とも粒子とも言えない物に自身が変換され(またた)く間に身体が形取られるとでも例えるべきか、機動戦士ガンダム00で見られる量子化という現象も現実で再現したらこういった形になるのかと、思考をリュウは1度かぶりを振って状況を確認する。

 そして、直ぐに異変を感付いた。

 

「ここは、電脳世界(アウター)の……行き止まり?」

 

 一面に漂う小隕石の数々、見渡せども広がる宇宙(そら)荘厳(そうごん)に、しかし正面モニタ右上に表示されたレーダーマップは戦域に赤線と光る不可視の壁を知らせている。

 ごく(わず)かな曲線を描くよう広大に続く空間の壁は、ここが電脳世界(アウター)の果てということを主張していた。

 

『……“最果て”』

 

「らしいな。レーダーに敵影は無し……、ナナは何か感じるか?」

 

 少女の否定を示す無言に、リュウは目視(もくし)での警戒を始める。

 バトルフィールドがデブリ帯というのは前もってリホから知らされていた事だ。仮に敵がファイターとするならば、既に転移をして何処(どこ)かに潜んでいる可能性も否定できない。

 ふと、デブリから(うかが)える彼方に、先日カレンと戦闘を行った暗礁地帯が見え不意に胸が痛んだ。

 

「もう、隠れて何かをするのはごめんだ……」

 

 後日謝罪をしたいというのがリュウの本音だった。

 プロの試験を受けるための勝率は1度でもラインを満たせば剥奪(はくだつ)されることはなく、後は下がろうが上がろうが関係ない。この戦闘が終わったら酷く当たってしまった皆と、カレンにちゃんと謝ろう。

 操縦桿を握る腕に一層力が籠る。

 

『……っ!? 10時の方向、高速で接近する物体を確認。同調する時間がありません、リュウさん!』

 

「いきなりかっ! ……ぐぅッッ!」

 

 少女の声が終わると同時、警告音(アラート)

 レーダーで物を確認するよりも前に正面モニタが赤く点滅し回避を(うなが)す。空間を横に転がり込む形でHiーガンダムを回避させ、つい今まで後方を(ただよ)っていたデブリが弾け飛んだ。

 勢いを殺さずに()()は更に後方のデブリさえ貫通し、やがて一際大きな粉塵を巻き上げて停止する。

 レーダーを再び確認し追撃が無い事を確証してからアイセンサを未だ立ち込める噴煙へ。

 

 ……それは、黄金の。

 ────暗影の宇宙《そら》でも輝く、黄金の長槍だった。

 

 きらびやかな装飾からの黄金ではなく、塗装による特殊合金の再現だ。刃には歪な返しが見受けられ、機能美の果ての禍々(まがまが)しさを一目で感じられる。

 ビ──……ン、と。突き刺さった両刃の長槍は震え、レーダーに写らない敵の存在に全身が粟立(あわだ)った。

 

「────ナナっ!」

 

 声に反応は無い。

 意識の片隅、じんと熱を帯びた箇所に存在する少女は無言で、数瞬後すぐさま反応が反ってくる。

 なんだ……? 呼び掛けに答えないなんて事、今まで。

 

『すみませんっ、大丈夫です』

 

「……? ────行くぞッ!」

 

『『────リンクッ、アウターズ!!』』

 

 重なる声と共に視界が弾け身体の主導権がリュウから少女へと明け渡される。

 Linkの際リュウが行う事は視界情報を少女に届ける事で、──正面モニタ、デブリから(かす)かに覗ける彼方の景色の中に異様な輝きを確認した。

 彗星(すいせい)の如く尾を引く光明(こうみょう)は花弁にも見える輝きを(ほとばし)らせながらこちらへ直進を続ける。

 光が、一際強く耀(かがや)いた。

 

「────ッッ!!?」

 

 高速で飛来する物体はHiーガンダムの横を通り過ぎる軌道だったが、突如機体の上体を()るよう取られた回避行動にリュウは声をあげることもままならない。

 疑問のままモニタを見やればHiーガンダムに隣接(りんせつ)していた小隕石が、寸断(すんだん)狂わず横に真っ二つへと分かれていた。

 

「な、にが……!?」

 

 目視でもレーダーフリップでも認識が及ばない速度域。姿の(はし)さえ捉えられなかった攻撃は、しかし熱源を(もっ)て先程投合された槍にポイントが合わさる。

 まさか、今のは。

 

「今のが、MSの速度、……なのか?」

 

 不意に(こぼ)れた疑問と、粉塵(ふんじん)が巻き上がるのは同時。

 深々と突き刺さっていた長槍をなんの抵抗も無く抜き取り、深紫(しんし)のシルエットの中にツインアイが血の色にも似た光芒(こうぼう)をぎらつかせる。

 逆立つ装甲と、極端に細い背骨を思わせる腰の造形。機体の周囲を無秩序(むちつじょ)にたなびく一振りの大剣と、……胸部に搭載されたエイハブリアクター。

 

 ────レギュレーション600。ガンダムエリゴス。

 

 ぐりん! と頭部がHiーガンダムを向いて、思わず悪寒(おかん)が意識に走る。

 胸が警鐘(けいしょう)を鳴らし、アイツは()()がヤバいと本能が叫んだ。獣じみた挙動で身を(かが)め、こちらを(うかが)う様子に、少女もHiーガンダム左腕からGNタチを解放して掴み、構える。

 

「頼んだぞ────、ナナっ!」

 

 突貫するHiーガンダム、対してエリゴスは迎撃体勢と呼べる物を取っていない。スラスターに火が灯っている様子もなく、クライチングスタートのような姿勢で頭だけこちらを向いている状態。

 先手を取ったと、そう実感した。

 

「えっ────?」

 

 警告音も、センサにも反応は無く。

 意識は目の前の敵機に集中されていた、──その筈だった。

 困惑と共に正面モニタ右上レーダーを見ればエリゴスはHiーガンダム遥か()()。遅れてけたたましい警告音(アラート)(おびただ)しい数の赤い警告が画面を埋め尽くす。

 

 ────右腕損失。右バインダー全壊。

 

 今の、一瞬で────? 

 

 (あわ)てた様子で少女がHiーガンダムを反転させれば、遥か向こうのデブリにもぎ取った片腕を無造作に握り、そのまま圧壊(あっかい)させるエリゴスが背中を向けて(たたず)んでいる。

 この、いっそ笑えてしまえる状況をリュウは体験をしたことがあった。

 覚えているということはこれは苦い記憶か、以前ヴィルフリートと戦闘をした際、張り詰めた神経で目を見開いていたにも関わらず認識が出来なかった刀による一閃(いっせん)

 (けた)外れの機体性能と並外れた操縦技術から来る認識外の攻撃、その時の感覚に良く似ていた。

 

「……いや、だ」

 

 違うとすれば。

 

「いやだ、いやだっ」

 

 Linkを行っている状態で、撃墜されればリュウが死ぬということ。

 今まで絶勝を誇っていた為か、実感が薄れていた事実にカチカチと歯が震える。

 押し寄せる負の感情の中、少女の声が1つ、響いた。

 

『リュウさん、負けたくないですか……?』

 

「あ、当たり前だッッ!! だって、負けたら、負けたら帰れなくなる────何のために今まで俺は頑張ったんだッッ!!?」

 

 臆面も無く叫ぶ声に、意識の少女が(はかな)微笑(ほほえ)んだ気配を(にじ)ませた。

 

『ですよね。────その為にリュウさんは色んな物を犠牲に頑張ったんですから』

 

 声は小さく、自分に言い聞かせるように。

 言葉の意図も分からないままリュウは、呆然(ぼうぜん)とそれを聞き入れた。

 

『だから、私も気が変わりました。────抵抗を、させて頂きます』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4章14話『ハンプティ・ダンプティ:後』

 意識に反芻(はんすう)する声は()をどこまでも苛立たせた。

 手先に至るまでの神経へ灼熱(しゃくねつ)の溶岩が注がれる錯覚(さっかく)を、沸騰(ふっとう)する意識に今度はどこまでも凍てつく液体が流し込まれる錯覚を。爪を()がされ露出(ろしゅつ)した神経に針で(えぐ)られるような感覚に、それでも沸いてくる感情は底無しの狂楽だった。

 どうにかなりそうな激痛さえ笑みに代えて操縦桿を握る僕に、()はどこまでも(ささや)き続ける。

 

『辛いよね』『痛いよね』『怖いよね』

 

「────黙れ」

 

 不愉快(ふゆかい)な声に痛みが意識を襲う。

 槍を投げたタイミングと重なった為か、手元が(わず)かにずれて直撃を避けられた。

 

「…………?」

 

 それでも今、────()()()()()()()()()

 繰り返される(ささや)きを意思で押さえ込み、スラスターを全開。瞬間、形を失った景色が機体後方へ吹き飛んで追撃をそのまま見舞った。

 やはり、──()()()()()()()()

 

 初撃を回避したのは同調前のファイターによる物だと納得がいく。しかし2度目の攻撃は奴の接続者(コネクター)では回避が及ばない速度の筈だ。

 小隕石に突き刺さった槍を抜き、対象を再び定める。──狙いは胴体。

 跳躍(ちょうやく)した反動で足場が砕け散るほどの膂力(りょりょく)を以てデブリを踏み込み、携えた長槍を今度こそコクピットへと定めた。

 

「────へぇ」

 

 刺突(しとつ)は直撃ではなく片腕と武装を削るだけに留まる。

 その行為に到来した感情は、紛れもなく()()。歪む口元のままに握る片腕を潰し、ゆっくりと振り返った。

 

「今更になって命が惜しくなったかな? ──それとも、ククっ……!」

 

 思わず(こぼ)れた笑みを隠すこと無く再び操縦桿を握る。

()にまさか、避けるなんて選択肢があったとは思えない…………が。

 

「もしかして、接続者(コネクター)に絆されたのかぁ……? Nitoro:Nanoparticle……ッ!!」

 

 衝動のまま振るった槍が周囲のデブリをバターのように切断、細切れにする。

 ──そうか、それはそれで。

 あの無表情な顔が感情を知り得たのなら、愛情を知り得たのなら。

 

「それをグチャグチャに()き潰すのも────楽しいかなってッッ!!」

 

※※※※※※

 

 小隕石を()うように対の妖星(ようせい)が閃光を(ともな)い交わっては離れる。

 真紅の尾を引いて、片や蒼白い尾を引いて。衝撃に周囲の残骸(ざんがい)が弾け、時折(ときおり)放たれる紅蓮の光線が宇宙(そら)の彼方までを無塵(むじん)に切り裂く。

 螺旋(らせん)を描いて闇を往く鮮烈(せんれつ)永劫(えいごう)の輪舞を思わせるも、不意に片翼が弾かれたように遠ざかった。

 (あか)の光明を機体に(まと)い、不規則に配置されたデブリを自分の庭とでも言うかの如く突き進む。

 

「────、あと1分ッッ!! アルヴァアロンキャノンじゃないと決められないぞッッ!」

 

『アレは予備動作が大きすぎますっ。兵装変更、エクストラスロット装備破棄。アルヴァアロンキャノンから()()()()()()()へ。──これでッ!』

 

()()()()()()()!? 接近戦は分が悪い! トランザムより奴は()()んだぞッッ!?」

 

 提案した意見をしかし少女は無言で否定をする。

 リュウ自身、エリゴスに接近戦を挑むのは無謀(むぼう)だと今の攻防を見てハッキリと確信した。純粋な移動速度であればトランザムの方が勿論速い、しかし武装を繰り出す1手どれもが敵機はHi-ガンダムよりも速く、加えてバスターライフルさえ弾く高密度のナノラミネートアーマー。GNタチが存在しない今、近接武装は両脚に搭載(とうさい)されたGNシュートダガーしか無いがそれも既に耐久が心許ない。

 加えて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 トランザムによる恩恵はあくまで機体に供給する粒子を増加させ機体出力を3倍以上に跳ね上げる効果だ。Hiーガンダムの各部は高密度の粒子に耐えれる設計はしてあっても、間接自体は他のガンプラと変わり無い物を使用している。

 詰まるところ、予め近接戦闘特化の為機体各部が改造されている敵機に比べて、至近距離ではトランザムの恩恵を加味してもHiーガンダムでは運動性能で勝てる点が無い。

 そんな相手に再び接近戦、それも外せばトランザムが強制終了されるライザーソードを使用するとは。

 

「っ、もしかして……ライザーソードじゃないと勝てないって事か?」

 

『…………先程の攻防、Hiーガンダムに備わるあらゆる近接択を使用しました。しかし通用するどころか反撃さえ貰う状況です。防御に用いたGNシュートダガーも限界、加えて両脚部も中破状態……。射撃戦を展開しようにもこちらの兵装では確実に回避されます。──決めるならトランザムの今、ライザーソードしかありません』

 

「……くそッ!」

 

『任せて下さい。……確実に当てますっ!』

 

 苦悶(くもん)を吐くリュウを他所(よそ)にHiーガンダムが再びデブリ帯へと突貫。

 密集(みっしゅう)した小隕石の中心、幽鬼(ゆうき)のよう(たたず)んでいたエリゴスの背後へ強襲を試みる。左腕に構えたGNバスターライフルを高出力状態へと切り替え、銃口に粒子を固定。たちまち粒子の刃が輝いて無防備な背中にビームサーベルを発振するバスターライフルを突き立てた。

 ──直後、モニタの映像に一瞬。黒の斜線が映ったような気がした。

 

「────ぐぁッッ!!?」

 

 警告音(アラート)とエラー表示が画面を埋め尽くし、気が付けば機体左肩から先が()()

 正体はエリゴスに備わるテールブレードだと、空間に突如現れた大剣を見て確信した。視認出来ない斬撃速度は元より、テールブレードのワイヤー部分が宇宙の色と同化している為か、戦闘が始まって以来リュウにはその攻撃が把握出来ていない。

 両腕の無くなったHiーガンダムはしかし、身を(よじ)って攻撃直後のテールブレード基部へと蹴撃(しゅうげき)。ワイヤーを右脚に絡めとる。

 そのまま少女が動かすリュウの右手が恐るべき速度で操縦桿に入力を叩き込み、器用にもワイヤーを引いてエリゴスの体勢を(わず)かに崩す。

 その隙に乾坤一擲(けんこんいってき)、少女の声が意識で叫んだ。

 

『────ライザーソードッッ!! これでッッ!!』

 

 残されたバインダー1基が唸りをあげて、(ほむら)の揺らめきを思わせる粒子が瞬く間に機体2機分ほどの刃へと変換される。

 トランザムによって供給された粒子を全て使用した光剣が、横凪ぎにエリゴスへと襲い掛かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4章15話『魔槍の毒』

 Hiーガンダムに搭載されたライザーソードは、厳密にはオリジナルであるダブルオーライザーに装備されたものとは異なる。

 全長1万㎞までのビームサーベルを発振する事が出来るオリジナルに対してHiーガンダムの物は射程50m程の極めて限定的な距離でしか振るえず、言ってしまえば威力の高いビームサーベルの域を出ない。しかし射程を引き換えに1度発振してしまえば斬りつける角度の変更や緩急など細かな調整が出来る為、ビーム主体と(あなど)った対ビーム装備を持つ相手を対策の上から潰すためのいわゆる隠し兵装の役割を持つ。

 範囲はアルヴァアロンキャノンに(おと)るが、継続時間及び威力はこちらの方が上だ。

 

 ────だからだろう。

 

 眼前(がんぜん)深紫(しんし)に染まる悪鬼(あっき)が、ライザーソードを防いでいる姿を見て、白昼夢でも見てるかのような錯覚(さっかく)(おちい)る。

 長槍とテールブレードで粒子の奔流(ほんりゅう)を側面に耐えて、そのまま前方へ滑り込む形でエリゴスが眼前に迫った。

 

「がぁッッ……!!?」

 

『リュウさんっ!? ──くぅっ!!』

 

 所謂(いわゆる)体当たりを受け後方へ吹き飛び、背後に迫るデブリへの激突をすんでのところで急制動をかけて回避。めまぐるしく変わる景色の中で正面モニタ、エリゴスの状況を確認する。

 武装、半融解(ゆうかい)。テールブレード大破(たいは)

 ────本体、軽微(けいび)

 

「このッ、化け……ッッ物がぁ!!」

 

 リュウの叫びと同時、エリゴスが長槍を構える。(てのひら)を見せるよう左手をこちらに(かか)げ、右手に握られた長槍の先端がHiーガンダムへと向くそれは武人(ぶじん)様相(ようそう)に思え、少女が危機を察してその場から回避を試みる。

 転瞬(てんしゅん)紅蓮(ぐれん)(まと)っていたHiーガンダムが元の蒼白色に戻り、全身から粒子が漏れだした。

 

 トランザムが、ここで切れた……! 

 

 リュウの身体を扱う少女が即座に操作を切り替えてGNフィールドでの防御を選択、残る1基のバインダーをディフェンスモードへ変更し高密度の粒子の壁が形成される。

 やがてエリゴスの携えた槍が指先で1回転し、槍投げを行う選手の予備動作のよう挙動した。

 突き刺すような刺突、しかしその手の中に長槍はリュウの目では確認できない。

 

「────ッッ!? 槍が、消えっ」

 

 直後、爆撃に晒されたと思える衝撃がコクピットを襲う。

 恐怖で片目を(つむ)ったままモニタを見やれば、長槍がバインダーを貫き、そのまま頭部を穿(うが)っていた。常識外の速度で穿たれた長槍をリュウの動体視力では把握出来ていなかったと理解したのは、後方に吹き飛び無数のデブリ帯へ飛ばされた最中だった。

 

※※※※※※

 

 荒い息を吐く声がコクピットに反響して、肩が不規則に大きく上下を続ける。耳につく呼吸の音が自分から発せられてる物だと気付いたのはつい今しがたで、抑えようと口に手を当てるも電脳世界では意味を成さない。

 電脳世界(アウター)で極度のストレスに(おちい)った場合、強制的にログアウトされるシステムがアウターギアに組み込まれてあるがそれが作動しないあたりリホが何らかの細工を(ほどこ)したのだろうと、ぼんやりと視界が狭まる中リュウはそんな事を思う。

 

 死ぬのか。

 死ぬって、なんだ? 

 

 顔を(おお)う掌が髪を巻き込んで握られ、押し寄せる恐怖が思考する能力を削ぎ取っていく。

 どうしてこんな事になったのか。涙で(にじ)む視界の中、後悔にも近い感情が湧き立ち、記憶を辿ろうにも(もや)がかかったように記憶の詳細が掴めない。

 ────先程槍の一撃を貰いHiーガンダムはデブリ帯の中で主機を落として隠れていた。

 熱源探知に掛かることもなく、レーダーによる索敵もこのデブリの数では見分けるのは不可能だろう。そう言った少女の言葉を二の次もなく呑み込み、事の行き先も見えず息を潜めていた。

 

『…………ごめんなさい』

 

 焦燥(しょうそう)する思考の最中にあっても()んだ水面を思わせる声音が響く。ハッと顔を上げると、しかし正面モニタにはリュウ自身の酷く憔悴(しょうすい)した顔しか映っていない。

 

『私の、…………わた、しのっ……』

 

 声だけが意識に響く。

 (しぼ)り出した声の嗚咽(おえつ)を、聞いていて痛々しい少女の懺悔(ざんげ)が。

 1つ深く息を吐いた気配を感じ、意を決したような声がか細くも通る。

 

『今まで、私はリュウさん────をッッ!? かはっ……!? ぁあ…………?』

 

 しかし、切り出した声は驚愕(きょうがく)激痛(げきつう)の色に染まった。

 

『こんな事も、言わせて貰えないのですかっ…………! ごめんなさい。ごめんなさいっ、リュウさん…………!』

 

 悲痛を圧し殺し、それでも()れる声もリュウにはただただ理解が出来なかった。

 胸に覚えた感情は一抹(いちまつ)の後悔。それも黒く、()みと思える最低な思考。

 最期の時までリュウ・タチバナという人間は()()()()()()なんだなと、知れず口角が引き()って上がった。

 ──こんな。

 ────こんな思いをするのなら。

 

『多くは話せないですがっ、私は、わたしはリュウさんの事を…………!』

 

 ──────ナナの事なんて助けるんじゃなかった。

 

『ほんとうにっ……! 大切な人だと思っていましたっ…………!!』

 

 突如、正面モニタがぶつりと切れた。

 モニタだけではない、リュウが視認している世界が急激な速度で黒に閉ざされつつある。何故と思う前に()()がリュウの目の前に現れた。

 

 ────黄金色の槍、その先端。

 

 リュウの身体を真後ろから突き刺しているこの槍はHiーガンダムの背後にある小隕石ごと貫いていた。

 どうして場所がバレたのか、このまま目を閉じたらどうなるのか。それらの困惑が眠りに落ちる前の微睡(まどろ)みに良く似ているな、と。

 呑気(のんき)にそんな事を考えながら、リュウ・タチバナはゆっくりと目を閉じた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4章16話『────』

 上はどこなのか、下はどちらなのか、ここはどこなのか。

 (わず)かな光さえ存在しない無窮(むきゅう)の闇のただ中に浮いている。

 時間さえ不確かで、ここが広いのかどうかも分からない暗黒の空間に“リュウ”は存在していた。

 辺りを見渡しても代わり映えの無い純然(じゅんぜん)たる漆黒。世界を覆う闇に自分が目を閉じているのか疑うほどだ。

 ……目。そういえばと身体を確認しようと胸に手を当てるも、そこに胸はなくあるべき身体も無かった。

 

 ───そして、リュウはこの場所を知っていた。

 

 ナナと初めてLinkをした際に訪れた精神世界のような空間。暗然(あんぜん)たる黒が満たす(とばり)の只中。そういえばこの後ナナが座っている場所に行くんだよな、とリュウは口の無い状態──揺らめくデータのままそんなことを思う。

 そして、ふと至った。

 

 だとしたら、ここは何処(どこ)だ? 

 

 ナナが居た白の世界を仮にナナの精神世界と仮定するなら、ここはリュウ自身の精神世界ということなのだろうか。

 だとするなら、──()()()()()()()()()

 思い()せる(きら)びやかな記憶も、思い出すのが億劫(おっくう)な記憶も、それらの欠片さえ見えないこの世界をリュウ自身が作っているのなら()()()()()()()()()()()()()()

 その証拠に、前回来たときは幼い頃の記憶が辛うじて(のぞ)けたが今では正真正銘見る影も無い。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………? ……あ、れ? 覚えてる……、覚えてるぞ? 俺……」

 

 幼少の頃エイジと出会って次にコトハと知り合って、ガンプラで仲良くなるうちにコトハが萌煌(ほうこう)学園に受験しようなんて馬鹿な事言い出して……!! 

 全部、全部覚えている……!? 

 あれだけ意識に(もや)が掛かったように思い出せなかった情景(じょうけい)の数々がつい先日の出来事のように思い出せる。

 

『どうか、彼女の事を責めないで欲しい』

 

「────ッッ!!? 誰だッ!!」

 

 転瞬、背後から聞こえた声に振り返る。

 

『久し振り、とだけ伝えておこう。……大きくなったな、リュウ』

 

 見渡していた黒の世界がいつの間にか白の世界へと変わっていた。

 白の世界と言ってもナナが居た場所ではなく、広大な円状の世界の背景に様々な映像が映し出されている。草原で戦闘をするガンプラや模型を組み立てている子供、それら膨大な映像の切り取りの中に幼い頃のリュウを見付けた。

 その、空間の中心。

 

「アン……タ、は?」

 

 男が立っていた。

 白のフードを深々と被った、長身の男が。

 

『フードコートでコトハちゃんに言われただろ? “ヒーロー”って。それでピンと来ないのなら俺の事は思い出せない』

 

 声は知っている。知っているが思い出せない。

 全てを包み込んでくれる優しい声も、後ろを付いていきたくなる大きな姿も、全て知っている筈なのに思い出す事が出来ない。

 

『時間が無いから手短に行くぞ。リュウ、お前の肉体は今確実に死んでいる』

 

「そ、────そうだッ!! Link中に撃墜されたんだ、意識がロストして死ぬって言われたのに!」

 

『それを、俺のおまじないでどうにかする。あと、あれだ。今は記憶が全部戻っているけど意識が返ったらまた忘れてる状態になる。だからここでの事は記憶に残らない』

 

「は──────?」

 

『記憶も1つだけ返してやる。そうだな……、多分これが一番()()()だろう』

 

 (まく)し立てる男性の言葉に言葉が続かない。

 Linkの制約である死を取り除いて、それでここでの記憶は残らない──? 

 加えて何らかの記憶は戻るらしいが、何よりも気になるのがこの粗暴(そぼう)とも思える男の振る舞い。リュウにとって酷く懐かしい感情が胸を()くが先程から正体の尾すら掴むことが出来ない。

 

『んじゃま、状況も理解出来ていないと思うがそろそろ時間だ。────ここで言っても仕方の無い事だが、良いか? リュウ』

 

 (さと)すような声音の男の姿はやはりぼんやりとした輪郭(りんかく)で。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『今のお前が精神的に酷い状況なのは、あの娘が()()()()()()()()だからだ。それはどうしようも無い事であの娘もお前も悪くない。だから、自分を責めるのはやめろ…………なんて言わない。だがまぁ、ほどほどにしとけ』

 

 声が遠ざかる。

 男を中心として世界が収束していくように線となり、白の世界が色を強める。

 轟音が耳をつんざき耳を抑える中、男の声だけはリュウの頭に響き続けた。

 

『リュウっ! ──────あの娘を、……ナナを頼んだぞ!!』

 

 その声を最後に、まるで映像が終わるを告げる際一瞬画面に白が一閃(いっせん)するように世界が閉じて。

 再び暗黒がリュウの意識を覆い尽くした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4章17話『真実』

 例えば、ついと見掛けた道路で猫と車が丁度接触する瞬間。

 例えば、店先の物を盗んで逃げる少年を偶然見掛けた瞬間。

 例えば、好意を寄せていた異性が別の異性と店に入る瞬間。

 

 ──そう。

 ────例えば、死んだ筈だった人間が目を覚ました瞬間。

 

「──────えっ……?」

 

 予想の範疇(はんちゅう)外から来る出来事を目の当たりにした際、人は驚くほど呆気(あっけ)ない声を出す。

 小さく鳴り響く機械の駆動音に揉み消されそうな程の小さな疑問符。驚きという感情が脳を駆け巡り辛うじて口から溢れた異常(エラー)

 

「どうっ…………し、て……っ」

 

 開かれた景色には無数の蛍光灯による病的なまで白く輝く天井とリュウを見下ろすリホの顔。

 青褪(あおざ)めた表情と大きく震える唇、そして見開かれた驚嘆(きょうたん)の瞳がやけに印象的だ。

 

「ぅぷ…………っっ!? ────がぁはッッ!! げほっ! げはぁッッ!」

 

 身体の芯から沸き上がる吐き気に任せてベッドから身を(よじ)り、(ほとん)ど透明な胃液が音を立てて無音の研究室に響き、やがて脈打つ心臓の音と共に増していく頭痛がリュウの意識を微睡(まどろ)みから覚醒させる。

 ──電脳世界(アウター)で、撃墜された。

 それを自覚すると同時、頭を木の棒で殴られたような衝撃が突き刺さり、数度(もだ)えてベッドから転げ落ちる。

 つん、と。自らが吐いた胃液に倒れ、鼻腔を刺激する酸の臭いが寸前の記憶を思い出させた。

 

「エリゴスって奴に刺されて……、でも実験が終われば記憶が戻るって……それで」

 

「なん、で。アンタ…………()()()()()()()

 

 頭を掻き鳴らす痛みの轟音にリホの声は消える。それでも、幽霊でも見てるかのような驚く様と聞き取れた言葉にリュウは不思議と全て得心がいった。

 そうか。

 ────初めから、俺は殺される予定だったのか。

 

「…………っか……らだ」

 

「……え?」

 

「──────何時(いつ)から俺を騙していたァッッ!!?」

 

 先日から飲み物しか受け付けていない身体は口から胃液を撒き散らし、リュウの怒号にリホが身を(すく)める。

 そこには記憶にある慄然(りつぜん)とすら思える雰囲気のリホはおらず、叱られた子供のよう目尻に涙さえ浮かべる女性が口を開けて震えているだけ。リュウの問いに持ち合わせる答えは無いとでも言うように周囲を見渡し、人が出払った研究室の中央。リュウと横並びのベッドの隣に立つ淡い髪の少女へ視線が行き着く。

 リュウと相対する少女──ナナは1度視線を(うつむ)かせ、やがて正面から意を決したように答えた。

 

「初めから。出会った時から私は……、リュウさんを騙していました」

 

「……っ!」

 

「度々メンテナンスと称して貴方を置いてここに来ていたのは今後どういう形で貴方を騙していくかの確認。貴方から得た記憶で有効な対処法を決定し最終的にここで、殺害する為でした」

 

「っざ、けんな…………」

 

「私が行った行動の中で貴方からの反応が良かったものを厳選(げんせん)し、貴方にとって()()()()()人格を形成しました。お陰で自己の確立、学園都市における人間社会について貴重なデータを採取する事が出来ました」

 

「ふざけんな…………」

 

「中でも“ガンプラ”についての話題に触れた際、周囲の反応は顕著(けんちょ)でした。よほど、皆さんにとって大切な物なんですね。……ガンプラに関連する記憶を失ってからの貴方には何度謝罪しても足りないとは思っています」

 

「────ふざッけんなッッ!! だったら何かっ!? おれの、……寮で過ごした時間もっ、エイジにコトハにユナに、皆で過ごした時間も、全部…………っ、全部俺を騙す為だったって言うのかッッ!!?」

 

「……っ、はい」

 

 淡々と告げる少女の言葉、その酷薄(こくはく)を受けてリュウは自身の腹の底にあるどす黒い()()を自覚した。

 少女と過ごしている過程で育っていった()()は口に出すことを(はばか)られるある種の禁忌(きんき)で、ずっと封じ込めていた1つの感情だった。

 だけどもう。

 少女の方が()に言ったのなら、それは仕方無いことじゃないか……? 

 

「────だったら、…………こっちだって言いたい事があるんだよ」

 

 恐ろしく冷えた声音だと、少女を(にら)むリュウは自覚する。

 瞳に晒された少女の(わず)かに身じろぐ気配。

 

「ナナ……。お前俺の記憶を吸ったとか言ったよな? ……それで吸った記憶にも種類がある筈だ、俺の記憶には()()()()()()()()しか無い。……もしかして、お前が吸った記憶は俺にとって()()()()()だったか?」

 

「そう、です」

 

 当たりだ。

 胸に覚えた確信がそのまま笑みへと変わり、歪に変換された笑みが嗚咽と共に少女へ吐き出される。

 愉悦(ゆえつ)と憎悪が身体を満ちる感覚に委ね、少女を今1度ありったけ睨み付けた。

 

「だったらこの際ハッキリ言ってやるよ。俺はなナナ…………、──────お前の事が出会った時からずっと邪魔だったんだよッッ!!」

 

「──っ!!」

 

 少女がリュウにとって()()の記憶を吸うのなら、リュウに残っているのは()()の記憶だけ。そしてリュウには、少女と出会ってから過ごした今この瞬間までの記憶を確かに覚えている。

 それはつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「最初は溺れた子犬を助けた程度の感覚だった……ッ! それが思いの他手の掛かる子犬でよ、1度助けて終わりかと思ったら次はこっちの生活や時間まで侵食してきやがって……! 仲間と遊ぼうにもお前の存在を口に出すのが億劫(おっくう)で何度も誘いを断った……! それで過ごすうちに記憶も奪われて、恐くてっ……。エイジ達と会うことがいつの日からか辛くなって…………。──────お前が居なけりゃあな! 俺は楽しかった筈の毎日を過ごせたんだよッッ!!」

 

 畳み掛けられる怒りに少女の瞳が見開かれる。

 出会った初期に感じられた無表情な顔に、明らかな動揺が走った。

 

「それでも嬉しかったんだよ俺はっ!! おかしくなっていく俺を不器用でも隣で支えてくれてっ……! ナナが笑ってくれるだけで胸のどこかが救われた気もして……。それ、がっっ……! 全部電脳世界(アウター)で殺すための芝居だと……ッッ!?」

 

 胃液に光る床を這いずる。

 痛みと目眩(めまい)で平衡感覚すら曖昧な身体を引きずり、明らかな憎悪を(もっ)て少女へ近付く。

 リュウが寄るにつれて1歩、また1歩と少女が後ずさり、いやいやと信じられない事を突き付けられたよう僅かに悲痛を帯びた表情で首を横に振った。

 

「許さねぇ……! 絶ッッ対に許さねぇ……!! ────俺の記憶を、…………返せぇええ────────ッッ!!」

 

 研究室に木霊(こだま)する程の絶叫(ぜっきょう)

 噛み締めた歯のどこかが砕けたのか、胃液と共に赤い液体も少女に向かって吐き散らかされた。

 少女は落雷をその身に受けたかのように大きく震え、口を愕然(がくぜん)と開いたまま、しかし言葉を(つむ)ごうと開閉を繰り返す。

 身体も、足も震え。潤いを見せる大きな瞳を見て、……それでも到来した感情は諦観(ていかん)だった。

 

「覚えているかしらタチバナ。……最後の実験が終わったら全ての事情を話すって」

 

 隣を見上げれば、普段の冷利(れいり)さを(うかが)わせるリホが腕を組んで虚空を見つめている。

 

「あぁ、覚えていますよ。ここに関するクソッタレな記憶は全部。…………何ですか? 約束通り記憶を返してくれるんですか?」

 

「…………ごめんなさい」

 

「──ハッ!」

 

 読めていた。

 最後の実験で俺が死ぬ事が決定していたのなら、存在しない実験の後に根も葉もない希望をぶら下げる事は(いく)らでも出来る。

 リュウは自身への嘲笑(ちょうしょう)を浮かべて、続く言葉を聞き入れた。

 

「だから、……貴方はもう信じられないかもしれないけれど、来る筈の無い実験後を実現した貴方をこちらは脅かす必要性が無いの。今後の安全は保証するわ。……それと、貴方が望むなら……ナナについての事も、関連する事も全て話すわ」

 

「────今っ更信じられる訳ねぇだろ。どの口が言ってんだ」

 

 暴威(ぼうい)めいた頭痛に(さいな)まれながら膝を支えに立ち上がり、理知的な瞳を見下した。

 吐き出す物が消えたにも関わらず、続く芯からの吐き気をえずきながら(わら)って飲み込み、揺れる視界の中そのまま部屋の出入り口をよろけながら目指す。

 その、進路上。

 未だ震えている少女と目が合い、リュウは目線を外して横を通り過ぎる。

 ……刹那(せつな)

 

「────2度と、俺の前に現れるな」

 

「っっ…………!!」

 

 告げられた少女の表情を確認しなかった。

 リュウは足を進め、出入り口に差し掛かる。

 記憶が戻らないその事実、信じていた人間に裏切られた真実にいまいち実感が湧かないまま部屋を後にした。

 目の前に広がる、どこまでも続く長い廊下がリュウにとっての今後の人生のよう感じて……笑いがぽつりと溢れる。

 

「これから、ははっ……くははっ。なぁおい、……これから、どうすんだよ」

 

 歩き出す身体は倦怠感(けんたいかん)(まと)わって重く、行き宛のない行き先を目指してただ歩き出す。

 そんな暗い意識の中、研究棟にずっと低く響いていた機械の駆動音とは別に1つの音が聞こえた。

 

 ────休日のデパート。親とはぐれたの子供が発するような、絶叫にも似た泣き声。

 

 その声を聞くリュウの心はどこまでも(くら)く冷たく。

 引き()る足の歩みを止めることは無かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4章18話『result』

 開けた視界へ溶け入るよう夜闇(よやみ)に去らされた天井の薄白(はくひょう)が、未だ現実との境界(きょうかい)曖昧(あいまい)な意識にぼんやりと映る。

 ()ける夜に射し込む冷ややかな光。学園都市は人類の叡知(えいち)の結晶が惜しみ無く注ぎ込まれた技術のユートピアだと聞いたことがあるが、深夜ともなれば環境保全の為に密集したビルや施設から灯りが殆ど消え、元の山岳地帯の自然を思い出させる満天の星空が人の営みの代わりとなって学園都市を照らす。

 そんな感慨(かんがい)を思いつつ、(きし)みを上げるソファから倦怠感(けんたいかん)が残る上体を起こすと、目に入るのは病院のベッドで瞳を閉じる少女。

 遥か遠くの宇宙(そら)耀(かがや)おとめ座(スピカ)が目の前で眠る少女を優しく星光で抱き、眠り姫の寝顔も今だけは少し和らいでいる気がした。

 壊れぬよう指先をそっと少女の頬へ触れ、(ほの)かに感じる体温と微|(かす)かに脈動する心臓に。

 ────次の瞬間、水を打ったよう背後を振り返る。

 

「やはり君の身体と君のエリゴス、僕に良く馴染む素晴らしい代物だね」

 

「……、妹はこれで解放されるのよね?」

 

「そう焦らなくでくれよ。君に知らせたくって(たまら)らない素敵な知らせがあるんだ」

 

 影で顔が半分隠れた少年が愉快そうに笑みを貼り付けながらその──深紅(しんく)双眸(そうぼう)を暗闇に光らせる。

 ()れ言に付き合うつもりはない、が。それがベッドで眠る少女、妹の事ならば話は別だ。

 

「ついさっき()が戦ったファイターのデータだ」

 

 そう言ってタブレット型の端末を投げ渡して、手にして見れば成人していない少年の写真、それと使用ガンプラや年齢等が表示されていた。

 特筆する事の無い平凡な少年。

 これが何だと目を細めると、喉の奥で(わら)う声が病室へ耳障りに響いた。

 

「……嫌がらせのつもりなら意味は無い。妹を救うためなら私は何だってする。お前に身体を明け渡して、電脳世界でファイターを狩ることに今更罪悪感なんて────えっ?」

 

 言いながら、女性の声が詰まる。

 リュウ・タチバナと表示された画面の右上、資料を撮影したであろう画像のそこに赤々と判子が押されている事に気付いた。

 ──────死亡。

 そう、押された資料。

 

「ごめんごめん、そういえば話してなかったね。今回のLinkで相手をしたのは僕らと()()接続者(コネクター)だったんだ。接続者(コネクター)同士の戦闘は負けた方が死ぬって話、したっけ?」

 

「────ッッ!! そんな話ッ、一言も聞いていないっ! え、あ。……じゃあ、この少年は……?」

 

 いつの間にか耳元へ口を寄せていた少年から逃れるよう後退(あとずさ)り、言い渡された言葉を脳内で反芻(はんすう)する。

 ……そもそも電脳世界で負けて現実世界で死ぬという話が荒唐無稽(こうとうむけい)な冗談だ、そう笑い飛ばしたい気持ちが目の前の悪魔を見て消え溶けた。

 コイツの、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「リュウ・タチバナ……、僕の()が効かない人間だったから期待していたけど、いやはや残念だ。────君が殺す人間はあと2()()。これからもよろしく頼むよ」

 

「話が違うッッ! あのLinkが最後だと、お前はそう私に言った筈だ!! 妹を治せッッ! 今、ここでっっ!!」

 

 女性が少年へ飛び掛かる形で詰め寄り、激情に任せたまま小柄(こがら)体躯(たいく)の背を壁へ叩き付ける。(えり)を締め上げて睨み付ける瞳が、対して冷酷(れいこく)にどこまでも()めた眼と相対した。

 口の形だけが別の生き物のよう、ぐにゃりと曲がり。

 

「君は僕にすがるしか無かった。その君を僕は利用したんだ────10年以上も言うことを聞いてくれてありがとう」

 

 少年の瞳が、大きく見開かれた。

 直後、(うつろ)ろげな表情へ変わる女性の頬へ手の甲を当て。

 

「妹が起きる……? 改めて告げよう────アレは嘘だよ。目覚める訳ないじゃないか、そこの肉塊は僕とLinkしたんだから。まったく、最後まで抵抗した面倒な人間だったよ」

 

 振りかぶり、女性の(ほほ)へと裏拳を繰り出す。

 抵抗も無い肌に突き刺さる拳のまま女性は倒れ、鼻から垂れた血が病室の床に一筋と伸びた。

 

愉快(ゆかい)な反応だったけど僕に触れるのはいけないなぁ。……さてさて、余興(よきょう)は終わりだ。────何より今日は2()()()()()()()()()()()()()

 

 横目で今しがた倒れた女性を流し、少年の瞳が月を見る。

 片耳に────丁度アウターギアが掛かる位置へ手をあてがい呟くように、念じるように小さく言葉を紡いだ。

 月夜しか見ていない室内へ、そっと(ささや)くような声のまま。

 

「起きろ──────、Nitoro:Nanoparticle」

 

 内に存在する()()へ向けて。

 数秒。しかし言葉は返ってこず、少年のその深紅の瞳を1度(またたか)かせる。

 

「反応が無い…………? おかしいな、確かにコクピットを貫いて殺した筈だが」

 

 思考するのは一瞬。

 それから床に転がるタブレットを乱暴な手付きで操作し、画面が切り替わる。

 ノイズが薄く走り、やがて深紫(しんし)の髪を揺らして、鋭利(えいり)な刃にも見える理智(りち)的な目が少年と対峙(たいじ)する。

 

『何の用かしら』

 

「僕の中にNitoro:Nanoparticleの反応が無い、すぐに調べて報告しろ」

 

『調べるまでもないわ。実験は終了、貴方はリュウ・タチバナから吸収したはずよ。…………貴方こそちゃんと上手く起動できていないんじゃないかしら?』

 

「余り思い上がらない方が良いよ、僕がキミに眼を使わないのは温情に過ぎない。鳥籠(とりかご)の中で安寧(あんねい)と過ごすだけの生物が主人へ対等に口を聞くとは、これはまた()()が必要かな? リホ・サツキ」

 

『………………』

 

 刺すような空気が部屋に満ちる。

 しばらくして愉悦(ゆえつ)(はら)む目をリホへ向け少年は一つ溜め息を吐いた。

 

「僕はキミには感謝しているんだ。どうかこの()()を無下にはしてほしく無いね」

 

 未だ少年を睨むリホの、憎悪(ぞうお)とも悔恨(かいこん)とも取れる表情を微笑みのまま見詰める目が。

 突如、暗転する画面からの異変によって僅かに歪む。

 

「何が起きた」

 

『さっきの実験へ電力を使いすぎたようね。主電力が一瞬だけ落ちただけよ、すぐに回復するわ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4章19話『既視感に揺れて』

 ぼんやりと虚空を見詰めてどれ程の時間が経ったのだろう。

 彼が出ていってから記憶が曖昧(あいまい)で、気が付いたら個室へと案内されて。唯一(ゆいいつ)の出入口であるドアは私のアウターギアでは解除する事が出来ず、外部への連絡もアウターギアが圏外《オフライン》になっているあたり望みが薄い。

 そも、連絡したとして誰にするというのか。

 幾度(いくど)と繰り返す思考のまま備え付けられた堅いベッドに腰を掛け、その座り心地の悪さをどうしても彼の部屋にあったソファと比べてしまう。

 

「リュウさん…………」

 

 言葉が無意識に口から出る。

 悔しかった。

 本当は彼に全てを伝えたかった、逃げてと叫びたかった。

 それでもこの口がそれを(つむ)げなかったのは禁則事項(プロテクト)が掛かっていたから、────何故かそれも最後の実験が終わってから解除されていたけれど。

 

「ちゃんと、謝りたいです」

 

 許されたいなんて決して思わない。

 去る時に見せた憎悪(ぞうお)の瞳、相手を切り裂くような声、思い出すだけで(すく)むあの表情で。

 彼が胸にこさえた物を全てを出すまで、何をされる事になろうとも相対したい。

 ────私を、断罪して欲しい。

 しかしそれももう叶わないと瞑目(めいもく)し息をついた。

 その時だった。

 

「────っ?」

 

 視界が一瞬で真っ黒に染まり、すぐさま照明が(またた)いて点灯した。

 耳を済ませば甲高(かんだか)い警告音が複数聴こえ、“停電”の単語を放つ研究員の会話が閉ざされた扉の向こうから聞こえる。無意識に会話を聞き取ろうと視線を扉へ流すと、ロックを知らせる扉の赤い点灯が緑の光へ変わっている事に気が付いた。

 

「これなら、……外に出られます」

 

 今更彼に合わす顔なんて無い。別れ際、彼から告げられた言葉は今だって痛いほどに頭の中を回っている。

 ────それでも。

 立ち上がる足に先程までの迷いはない。服のなかに忍ばせたアイズガンダムを握って、私は扉へ掌を翳した。

 

※※※※※※

 

 呆然(ぼうぜん)漠然(ばくぜん)と。

 足取りはおぼつかず、自身が何処を目指して歩いているのかさえ分からない。

 深夜ということもあってか学園周辺は人が少なく、(まれ)にすれ違う誰もがリュウの姿を見ては驚いて関わらないように離れていく。

 鈍痛(どんつう)は轟々と頭に響き続け、自らの浅慮(せんりょ)さに嘲笑(ちょうしょう)のまま口角を浮かべながらリュウは気が付いたら公園に足を運んでいた。

 エイジと喧嘩をした、あの公園。賑わう人々が去った後の、自然豊富な山岳特有の心地よい緑の香り。

 明日になればここもまた萌煌学園の生徒や周辺に暮らす子供達で溢れ、他愛のない日常を過ごす為の場となるのだろう。

 

 不愉快だった。

 

 詳細の知れない実験に振り回されて、2度と自分には手に入らないその日常を謳歌(おうか)する人々、世間はガンプラで賑わい自分はその話題に混じることはもう出来ないだろうと、鋭く刺さる頭痛に口角を歪めながらふとそんなことを思う。

 

 視界が(にじ)んだ。

 浅はかだった。短絡的だった。

 

 そも、思い返せば気にかかる点は(いく)つもあった。

 素性の知れぬ少女、口外を義務付けられた生死を掛けたガンプラバトル、意識を他の人間に明け渡して操作技術を何倍にも高めるLink。それらを気にすることすら──否、少女を助けるというお題目で見て見ぬ振りを続け、少女を助けるという行為で過去に自分の犯した行為を紛らわせる自己満足。

 

 当然の仕打ちと考えればそれも仕方無いか。

 薄く(もや)掛かる冷気を外灯が照らし、その直下。項垂(うなだ)れながらブランコに座るリュウは端から見れば、客の居ない舞台で演じる道化だろうと頬に張り付いた嗤いが増す。

 

 帰ろうにもリュウの持つガンプラに関しての記憶は全て最悪の物であり、誰かに頼ろうにも学園都市内で親しくなった人間は全てガンプラでしか繋がっていない。その記憶が消えた今、リュウは心からの友人達を除いて誰からも必要とされず、エイジとも昨日喧嘩したばかりで関係の修復は見込めていない。コトハやユナにも、今の自分じゃ迷惑を掛けるだけだということをリュウは知っている。

 

 ────ならば、行く場所は1つだけ。

 

『こんばんわお兄さん』

 

 意識の外側からの声にリュウが漫然(まんぜん)と顔を上げて映った視界。暗影(あんえい)の闇の中、ポカリと灯りに照らされた公園の中央。

 腰まで伸びた長髪は整えられ、彩る金色は白を帯び。

 小悪魔めいた微笑(びしょう)と仄かに光る橙色(だいだいいろ)の瞳に造形された少女はキッズモデルの雑誌から飛び出してきたかのような出で立ちでリュウを真っ直ぐに見詰めていた。

 

『ガンプラバトル、しない?』

 

 演技めいた動きに合わせて短いスカートがふわりと揺れ、少女の年齢とはちぐはぐの妖艶(ようえん)さにしかし、リュウは目の前の少女に良く知った少女の影を空見した。

 

「今は、気分じゃない」

 

「学園都市に在住する全ての人間はガンプラファイター。誰もがガンプラバトルを楽しんでいる人。そう聞いたんだけど、お兄さんは違うのかな?」

 

 1歩2歩と近づいてくる少女から、微かに甘い香りが鼻孔(びくう)を突き、その香水の匂いにリュウが覚えた感情は怒りだった。お洒落をしたこの少女はガンプラバトルに楽しみを見出だしているんだろう、明日もガンプラで遊ぶのだろう。

 的外れの嫉妬(しっと)が胸の中で渦巻くのを感じながら、視線を細めて少女を威圧する。

 

「────近くに女の子が見えないのは、お兄さんもしかして喧嘩でもしたの?」

 

「っっ!!?」

 

 心臓を握られた錯覚にリュウの視界がぶれる。

 ……ナナを、知っている? 

 いつの間にか手の届く距離まで近付いた少女は挑発にも見える笑みのままリュウを見下ろし、底知れぬ感情が渦巻く瞳と相対した。

 薄い橙色の瞳は、やはり記憶の少女を連想させて。

 

「……ま、だよ」

 

「えっ何? 良く聞こえなかったなぁ~?」

 

「邪魔だよお前。何処の誰か知らねぇけど、いいさ。ガンプラバトルしてやる。その代わりバトルが終わったら2度と顔を見せるな」

 

 相手がこちらの事情を知っていようがもう関係ないし、あの実験の事は考えたくも無かった。

 リュウが発した怒りをどこ吹く風と言わんばかりに屈託(くったく)の無い笑みを浮かべ、少女は両手を後ろに組む。

 そのままくるりと反転し、夜風が1つ少女とリュウの間を横切る。

 木の葉の擦れのざわめきの中、少女の唄うような声が夜闇に小さく口ずさまれた。

 

『────だってさ、アデル』

 

 少女が横へ1歩ずれて、開けた公園の闇に人影をリュウは認めた。

 男だ。

 歩いてくるその影はやがて冷たい外灯によって徐々に晒され、刺すような青瞳(せきとう)がこちらを静かに睨み付けるのをリュウは気付く。

 深紫の髪は夜風に合わせてたなびいて、どこまでも冷えた声音で男は告げた。

 

「お前は、────ガンプラバトルは好きか?」

 

 その言葉はリュウにとってどうしようもなく運命的だった。

 (あざ)けの笑みが暗くリュウの顔へ浮き、ギンと、(たたず)む男を睨み返す。

 どこまでも目の前の2人は自分を(いら)つかせるなと、リュウはポケットからアウターギアを取り出し、慣れた手つきで耳へと掛け両手を空中へ携えた。

 

生憎(あいにく)だけどよ、……ガンプラバトルは大ッ嫌いだ」

 

 アウターギアから発せられた信号を公園地中の装置が受け取り、淡く光る粒子がリュウを含む3人の足元を緑に輝かせる。

 合わせて両手を構えた男は顔色1つ変えずにリュウを鋭利に見詰め、2人が言葉を紡いだのはほぼ同時だった。

 

『バウトシステム……、スタンバイッ!』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4章20話『ガンダムシュトラール』

 Hiーガンダム。

 アイズガンダムをベースに設計されたこの機体は元機に装備されていた大型のGNシールドを破棄し新たに複合兵装であるGNタチを装備、改修された背部バインダーはオーライザーユニットを参考にした粒子制御用のシステムを加えた物に変更してある。

 更に各部へ搭載(とうさい)された装備によってレギュレーション600ながらに扱える火器の数は群を抜いて多く、戦況を見極めればあらゆる事を実行出来る機体性能(ポテンシャル)を秘めている機体だ。

 

 しかし皮肉にもリュウはこの手のような多くの装備を持つ機体の扱いは苦手で、リュウが得意とするスタイルは『基本性能が高い機体で取り回しの良い少数の装備を使う』事であり、その理由も膨大(ぼうだい)な装備に振り回されて目の前の敵に集中出来ないという本末転倒(ほんまつてんとう)な事にはしたくなかったからである。

 装備が増えれば機体重量が増える。間接の負荷も計算し機体バランスも考えなければならない。コンマ1秒の遅れが致命的な近接戦闘において近接武装が複数あることはリュウにとってストレス以外の何物でもない。

 

 自信の頭の回転が遅いことを自覚しているリュウは故にHiーガンダムのような機体を扱うのが苦手だった。

 なら、何故この機体を製作したのか──? 

 

「Hiーガンダム起動確認(アクティベート)機体性能万全(システムオールグリーン)

 

 理由は白髪の少女、ナナがどういった戦法を好むのかを試験するための機体だからだ。

 初めてのLinkの際、萌煌学園の生徒のリュウをして異常とも言える機動(マニューバ)で敵機を屠ったナナの為に作った実験機、それがこのHiーガンダムだ。否──だった。

 

 先程ガンプラバトルは好きかと問われた。

 ふざけるな。

 Hiーガンダムを思う度、Hiーガンダムを操作する度、覚えるのは増していく頭痛と裏切られたという憎しみだけだ。

 

「だけどそれも」

 

 このバトルで、リュウの。

 ────自分にとって最後のガンプラバトルなんだから。

 ()め果てた瞳に光は微塵(みじん)も見えず、少年は無造作に操縦桿を押し倒す。

 

※※※※※※※※

 

 雲間に隠れた三日月がぼう、と空を淡く照らす。

 まばらに散った雲と、地平の境界から伸びる平野にはステージエフェクトとして榴弾跡(りゅうだんこん)穿(うが)たれた地面が無数に空いており、更に続くフィールドに突如として立ち並ぶ欧州風の建築物の数々。巨大な時計塔を中心とした都市には一切の明かりが見当たらず、噴水の水も枯れ果てたのか今では()び朽ちたままかつての造形を(かぜ)に削られている。

 

 バトルフィールド、夜間市街地。

 

 時計塔上空へ出撃ゲートが開き、そのままHiーガンダムを時計塔麓に忍ばせる。降下の際に得た戦域データを正面モニタ右上に映されたレーダーへと反映させた。

 大通り(メインストリート)、その中心。

 敵性を示す赤のレーダーフリップが時計塔を挟んでHiーガンダムと相対していた。

 

「武装スロットEX。アルヴァアロンキャノン・レグナントブレイカー展開、GN粒子制御安定」

 

 粛々(しゅくしゅく)と。

 次々と(またた)画面(ウィンドウ)を操縦桿で操作しながらリュウは作業を進める。

 動かないのは余程自分に自信があるからか、それとも別の何かか。

 理由なんてものはどうでもいい、ただ早くバトルを終わらせる為にリュウは無表情に冷えた面持ちで最後の入力を終える。

 腰後部GNスマートガンが前面に展開され粒子の稲妻(いなづま)が砲身を走ると同時、フリーダムガンダムがバラエーナを展開するが如く背部バインダー2基も正面に展開し、煌々(こうこう)と輝くエネルギーの球体が金色と赤をない交ぜにした色で解放の時を待つ。

 

「アルヴァアロン……」

 

 球体型の操縦桿で照準を微調整する手の動きの(よど)みの無さ。

 自動補正及び偏差補正の照準線(レティクル)が完全に重なり必中を示す緑の点滅をリュウに伝えたと同時、()めた相眸(そうぼう)を一瞬(すが)める。

 撃発(トリガ)

 

「──キャノン」

 

 抑制(よくせい)されていた力場が解き放たれ真紅の粒子が時計塔の根本へ突き刺さる。根幹(こんかん)を貫かれた長大の塔は見る見るうちに(かたむ)きが大きくなり、吹き荒れる粒子砲は近辺の建築物を溶かして、あるいは衝撃波で吹き飛ばしていく。

 その、奔流(ほんりゅう)が狙う先。

 正面モニタに映されたレーダーが爆発的に放たれたGN粒子によってノイズで荒れる。

 振動で揺らぐ操縦桿を決して離さず、チャージした粒子の一片まで対象目掛け粒子を放ち続けるその(かたわ)ら。遂にバランスを崩した時計塔が敵機が立っていたであろう地点へ倒れ始める。

 ごおぉぉん、と頂上に吊るされた大鐘が断末魔のよう静まり返った市街地に響きながら、地響きと共に粒子の直線上へとその身を倒した。

 同時、チャージしていて粒子が切れ、Hiーガンダムの粒子口から赤熱した蒸気が音を立てて吐き出される。

 戦域そのものが振動に揺れるような衝撃が視界を上下させ、土煙と土砂が巻き上がり周辺一切が黄土(おうど)の闇に覆われた。

 GNフィールドを展開せず土砂降りそのものを機体で受ける中、徐々に静まりゆく市街地の中心を見詰める少年の目。

 

 夜風が1つ平野から吹き抜ける。

 

 北風を思わせる強く鋭い風の波が立ち込める土煙をぶわりと揺らがせ、次の瞬間には彼方へと流れ行く砂の斜幕(しゃまく)

 晒された時計塔の巨体の、敵機が立っていた景色が不意に()()()

 

「なん、だ……?」

 

 夏の日の炎天下に良く見かける、遠い景色が陽炎(かげろう)で揺らぐように、敵機が立っていた時計塔の横たわっている空間が、緩やかな風で()がれている木の葉の如く形を微細(びさい)に変える。

 錯覚では無いことはHiーガンダムを通してモニタに映る映像が雄弁(ゆうべん)に語っており、その直後。時計塔が赤熱の色に染まったと思えば、ボジュン! と水音を立てて溶けた時計塔の横腹が()ぜて飛び散った。蟻地獄が掘った狩り場さながらに時計塔が大地に沈んでゆき、まるでマグマに融解(ゆうかい)した建造物が呑まれていく光景を、リュウは思考する事を忘れ目の前の光景にただ見入る。

 アルヴァアロンキャノンによって焼かれた地表を上塗って溶かす煉獄(れんごく)の様相。

 溶岩地帯の一角と変わり果てた戦域に、警告音が突如として意識を切り裂く。

 

「攻撃ッッ!!?」

 

 咄嗟(とっさ)にHiーガンダムのバインダーを側面に展開し──ディフェンスモード、2基の粒子発生器が高純度のGN粒子の壁を形成し機体を隠す。

 同時に赫灼(かくしゃく)と燃える地面一帯の輝きが太陽のそれと同じに成り、閃光が一筋煌めいた。

 

「ぐ、ううぅう……! 何が起きて……!?」

 

 先程Hiーガンダムが放ったアルヴァアロンキャノンと同等の光線が天に向かい真直線へ伸び、炎が螺旋(らせん)として炎柱の周りを描くその根本。

 不規則に光柱へ斜線が走ったと思えば、何かに寸断されたかのよう熱の柱が揺らめいて再び地面へと(かえ)っていく。

 

()()が、灼熱(しゃくねつ)の塔を斬った事をリュウは本能で理解した。

 

 4枚1対の剣の翼と、紅蓮(ぐれん)に彩られた装甲から覗いたマグマの如く輝いた内部装甲。

 漏れ出した光芒(こうぼう)を一身に受け妖しく光る長剣。

 羅刹(らせる)荒神(あらがみ)か、(たたず)むだけで足元の岩は当てられた熱でその身を崩し赫熱(かくねつ)の影が出来上がり、足元から照らされた周囲を威圧(いあつ)するその機影。

 

 ────レギュレーション800。ガンダム・シュトラール。

 

 熱と衝撃に耐えた中、正面モニタへ映された敵機の情報にリュウは愕然(がくぜん)と目を見開いた。

 敵機──シュトラールの外観から見て取れる近接格闘機の意匠(いしょう)、レギュレーション800における近接格闘機体の危険性が頭痛と共に思い出される。

 レギュレーション800はガンプラバトルの野試合において使用できるレギュレーションの中で最高の帯であり、搭載(とうさい)出来る装備は全て最高性能に近い物だ。Exーsガンダムならば高機動から放たれるリフレクターインコムとビームスマートガンによる狙撃、ユニコーンガンダムならば圧倒的な火力を持つビームマグナム、ダブルオーライザーであれば高水準に(まと)まった機体性能から繰り出される豊富な射撃と近接択。そしてレギュレーション800に属する機体の多くが保有している特殊システムの存在であり、システムを一度発動すればどんな劣性な戦局も覆すことが可能な性能を引き出すことが出来る。

 

 目の前のこの機体は、それらレギュレーション800に属する最高性能の近接機体。

 加えて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事実がリュウの思考に警鐘(けいしょう)を鳴らした。

 横目でモニタに表示された機体ステータスを見れば、アルヴァアロンキャノンによって消費した粒子も戦闘可能レベルまで回復しつつあり、もう1度アルヴァアロンキャノンを使わなければトランザムも使えるだろう。

 地面を踏みしめ支えにし、GNバスターライフルの標準をシュトラールへ。

 撃発(トリガ)

 夜の闇を裂く真紅の矢に晒され、シュトラールは増加装甲の施された右腕を正面へ(かざ)す。

 ズドン! と増加装甲から爆炎があがったと思えば熱の衝撃波がバスターライフルの射撃を打ち消し、空いた左腕を機体後方へ構えているのをリュウは認めた。

 警告音(アラート)

 

《──敵機接近中──》

 

「なッッ!!? この距離をっ!!?」

 

 増加装甲による起爆を瞬間的な加速とし、脚部追加スラスターからオレンジ色で煌めく粒子を噴き上がらせてシュトラールが眼前へ迫る。

 即座に2基のバインダーを前方に展開し、後退と同時にバスターライフルを射撃。

 1射2射と、立て続けに放たれたビームを舞踏さながらの動きで増加装甲の炸裂を用いて打ち消しながら肉薄するシュトラールにリュウは慄然(りつぜん)(うめ)きを口内で発した。

 

(コイツっ! 止まらねぇ……!!)

 

 バインダーを前方に展開し高速で後退出来るのはHiーガンダムの長所の1つだが、初めから『接近して敵機を撃滅(げきめつ)する』事が主題である近接格闘機体のシュトラールは難なくHiーガンダムの(ふところ)へ間合いを詰める。

 シュトラールが手にする長剣が閃くのと、HiーガンダムがGNタチを抜くのはほぼ同時。

 

 ────だが。

 

 月夜(つきよ)緑光(りょっこう)に輝く刀身が音を立てて(おど)る。

 Hiーガンダムが手にしていたGNタチは半身を斬り飛ばされ、(むな)しい風切り音が操縦席(コンソール)に響いた。

 その場で振るっただけの剣と、加速と体幹(たいかん)を最大限使用した斬撃の威力の差。

 1合で理解出来た、シュトラールを()るあの男の近接センス。振り上げられた斬撃のスローモーションの中、訪れるであろう敗北の未来が容易に想像できた。

 

『多くは話せないですがっ、私は、わたしはリュウさんの事を…………!』

『ほんとうにっ……! 大切な人だと思っていましたっ…………!!』

 

 少女の声が頭で響く。

 途端(とたん)に沸き上がった怒りが無意識に敗北を享受(きょうじゅ)していた身体を突き動かし、頭痛を奥歯で耐えながらもリュウは半身を失ったGNタチの(つか)()()へと向ける。

 シュトラールの刃は空を斬り、Hiーガンダムのバインダー先端を欠けさせるだけに留まった。

 GNタチの柄に備わるワイヤーアンカー、それを建物に打ち込んでの強引な回避で何とかやり過ごし、(わず)かな安心が胸に(よぎ)った刹那、不穏な風切り音と共に機体バランスが大きく揺らいだ。

 

 事態に困惑しながら地面へ激突する直前でバーニアを(たけ)らせて体勢を立て直すその最中、激しい衝撃が操縦桿を揺らしシュトラールへ意識を向ける。

 シュトラールの背中に備わる4枚1対の剣翼、その1本を無造作に射出し()()()()を入れる一見すれば大道芸のような光景がモニタに映された。

 

 ────あれは、()()()……! 

 

 直感が告げる。

 事実GNタチのワイヤーは半ばで切断されており、Hiーガンダムの後方には徹甲弾で穿たれたような大きな弾痕が建物を幾重にも貫いていた。──あれが、もう一発来る。

 回し蹴りが剣翼を捉えたその瞬間に、指を滑らせて武装スロットのカーソルを一番右へと合わせる。

 

「トランザムッッ!!」

 

 剣翼はリュウの読み通りHiーガンダムが存在していた場所を的確に射抜いており、鋭利な刀身はバターにナイフを入れるよう建物を抵抗無く突き進んでいった。

 思考が、回転(まわ)る。

 電脳世界(アウター)内でエリゴスと戦闘した際よりも、暗礁地帯でカレンと戦った時よりも。

 あの時は観測していただけにも関わらず死という実感が思考を引っ張っていたのか、今はどうしてか冷静だ。戦局を分析できる。

 その事実の(かたわ)ら、際限(さいげん)無く増していく頭痛に視界が僅かに揺らいだ。

 

 警告音。

《──敵機、接近中──》

 

 それは表示される筈の無い画面メッセージだった。

 トランザムによる高速移動、それも少女に合わせた速度を極端に上げたリュウでは扱いきれない純然(じゅんぜん)なトランザムの最中に。

 正面モニタ中央、今まさに掌へ光球を輝かせるシュトラールが片腕を振り上げていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4章21話『1人と1人』

 結果だけを見れば油断していたのだろう。

 業火を思わせる(くれない)(かいな)はHiーガンダムの胴体を(つらぬ)き、弾ける火花と紫電(しでん)が機体の断末魔だ。

 次なんて無いにも関わらずリュウの手は空を()いて、そこには既にプラフスキー粒子で構成された操縦桿は見当たらない。

 

 負けた。

 

 そう自覚した途端(とたん)胸に覚えたのは意外な、それでいて形容し(がた)い感覚だった。

 電脳世界(アウター)で少女とLinkし、戦闘した相手はどれもがリュウより腕が上の強敵達。こう振り返ってみればLink中は案外初めからリュウ自身の腕で勝つことを諦めていた方が強かったのかも知れないなと、リュウは光の消え行く操縦席(コンソール)内で視線を落とす。

 

 下らないな。

 

 Linkという不正(チート)が無ければリュウは下から数えた方が早いファイターだということを自覚していた。その事実を隠したままLink勝率を得、プロへの昇格試験に受けるための基準を満たして時が来るまで鍛練を積む予定だったが。

 結局この程度の腕しか自分は無いのだと、リュウは余りにも浅はかだった思考を痛感する。

 プロを目指すガンプラファイターのうち、プロになれる人間は全体の2割。そう学園でトウドウ・サキが講義を行っていた風景が思考を(よぎ)り、浮かんだのはやはり嘲笑だ。

 

 第一。

 

「ガンプラが好きって気持ちなんてもう無いのに……プロになったって楽しくないだろ……!」

 

 込み上げた独り言が熱を帯びる。

 玉のような滴が目尻に流れ、粒子が消えた公園に落ちた意味も、リュウには何も分からなかった。

 

※※※※※※

 

「あり? あれれれ? っかしいなぁ~、あたしが知ってる知識じゃ、こう頭にぶわ~っと来る筈なんだけど……。ちょっとお兄さん! 何か細工したでしょ! どういうことよ!!」

 

 (せわ)しなく揺れる橙色(だいだいいろ)の瞳がリュウを睨み、年端のいかない少女特有の甲高い声が公園に響く。

 喋っている内容も、何故怒っているのかも分からないが理解しようとも思えずにリュウは視線を金髪の少女の()へ向けた。

 

「満足かよ」

 

 ()えて短く切った言葉は挑発と自嘲(じちょう)()り混ざった声音だ。

 

「ガンプラも、バトルの腕も半端な奴を倒して満足かよ」

 

 少女の向こう、影に立つ長身の男はじっと動かずに(たたず)んでいる。

 刺すような青瞳(せきとう)はバトル前と変わらずに冷たくリュウを見据(みす)え、顔色1つ変わらない表情からは感情が読み取れない。

 ただ、確実に分かることは。

 

『────ガンプラバトルは好きか?』

 

「糞喰らえ……、大っ嫌いだ。今のが人生最後のバトルだよ、2度と……2度とやらねぇ」

 

 吐き捨てるような語尾に、男は足を1歩進める。

 外灯が照らすポカリと空いた灯り。深紫(しんし)の髪を揺らして、口元だけが照らされる。

 

「お前を見ていると、ガンプラが哀れだ」

 

「…………っ」

 

「──失望した」

 

 淡々と抑揚(よくよう)の薄い声音が、しかしリュウの心を深く(えぐ)る。

 知らない癖に。

 俺がどんな苦労をしていたか分からない癖に。

 気が付けば駆け出して男の胸ぐらを掴み上げていた。

 

「テメェに……! 俺の何が分かるんだよッッ!!?」

 

 その、あまりにも突き放した物言いに。対岸の火事の意見に。

 

「俺がっどれだけ苦労したか知らないだろ……!!? どれだけ恐かったかしらないだろッ……!! ふざけんなよ! どうして俺だったんだよ!!? 俺だって皆とガンプラしてたかったんだよ……!! なんで大して強くない俺が選ばれたんだよ!! ヒーローみたいな奴じゃなくて俺だったんだよ…………!?」

 

 男にとってその言葉は支離滅裂(めつれつ)以外の何物でもない。

 背が(わず)かに低い歳の近い少年が、意味の分からないことで激怒している、そういう風に見えている筈だ。

 しかしどうしてか。

 男がリュウを見詰める瞳の、最奥(さいおう)で小さく感情が揺れ動く様に胸ぐらを掴む腕から力が抜ける。

 

「邪魔だ」

 

「が──はぁっ!」

 

 その意識の隙間に男は足払いでリュウは地面に背中を打ち付ける。

 ぞわりと込み上げる怒りの感情で男を睨み上げるも、その上をゆく静かな憤怒(ふんぬ)の眼差しにリュウはただ歯を噛み締めるだけだ。

 睨み合う両者の視線、数秒と続いたその最中にふと男が視線を外す。見詰める先はリュウの後ろ。釣られて振り返った景色に驚きと怒りがない交ぜになった感情が瞬く間に芽生えた。

 

「リュウ……────さん」

 

 灯りがまばらに散る夜の公園で、少女の──ナナの姿が切り取られた異質のよう浮いて見えた。

 月の光に当てられ(ほの)かに光る(あわ)い白の長髪。陶磁器を思わせる触れれば壊れてしまいそうな肌に、不思議と引き込まれる蒼の瞳。

 ナナはリュウから買い与えられた黒のワンピースに身を包んで、今にも消えてしまいそうな(はかな)さを(かも)しこちらを(うかが)う様子で立っていた。

 

「今更、何の用だよナナ」

 

「……あ。わ、わたし」

 

 この期に及んで何を言いに来たのかと視線を強めれば(ひる)んで小さくなる少女にリュウはため息を大きく吐く。

 付き合いきれない。

 上体を起こし、そのまま立ち上がって男に視線を戻せば────、そこにはもう男の姿も金髪の少女も気配一つ見えなかった。

 仕方無しにもう一度溜め息をついて、リュウは振り返る。丁度良い、こちらから引導を渡すのも悪くない。

 

「リュウさんっ、私、貴方に本当に酷いことを」

 

「ナナ。俺ガンプラバトル辞めてさ、実家に帰ろうと思うんだ」

 

「えっ──」

 

 それは、最後の実験とやらが終わったときに思い至った結論だった。

 欠損(けっそん)した記憶のせいで人生の大半を捧げたガンプラバトルはもう出来ず、記憶を埋めようと新しく知識を覚えようとすると猛烈な頭痛が押し寄せてそれを拒む。

 どうやら消えた記憶に関わる事をもう一度蓄えようとすると、それが引き金に痛みを呼び起こすらしく、リュウにはもうガンプラに関連する物事を記憶するのは不可能だと理解した。

 だったら。

 

「実家に戻って、まずはそっからだな。やりたいことなんて思い付かないけど適当に探そうと思う。学園も、辞める」

 

「それはっ……、そんなことしたらエイジさんやコトハさんが悲しんで、ユナさんや、他の皆さんも────」

 

「誰のせいだと思ってんだよッッ!!?」

 

「っっ!」

 

「俺が好きでこんな考え出した訳ねぇだろ……! これしか無いんだよ! 俺がうだうだここに残ってちゃ周りの皆に迷惑かけちまう。気に掛けてくれた仲間の足を引っ張るなんて、そんな真似だけは御免(ごめん)なんだよ!!」

 

 自分で言っていて虚しさが沸いてくる。

 これが歩んできた自分のガンプラバトルの末路(まつろ)かと、余り救われない軌跡だったなと笑いすら込み上げるままに少女と相対した。

 

「ハッ、だけど良かったのかも知れねぇ。……大人になっても見合わないを目標目指すより、こうやって早くに切り上げた方がもしかしたら楽かもだろ」

 

「リュウさんッッ!!」

 

 少女の身体がリュウの正面に飛び込む。

 急な衝撃に驚くも、退けさせようと小さな肩を掴み、そこでナナの身体が感情で熱を帯びている事に気付いた。

 顔を腹元に埋め、そのまま泣きじゃくる少女の声。

 

「リュウさんはっ! ガンプラが、ガンプラバトルが大好きだったんです! それは私が一番良く知っています!! なのに、なのにぃっ……!」

 

 嫌々と、首を左右に振って少女の両手が腰に回される。

 しがみついた小さくも強い力に、リュウは言葉が出ずにその場で固まった。

 

「そんなリュウさんに酷いことを私は言わせてしまったんですっ!! 自分を責めないで下さい! その分だけわたしを責めて下さい!! リュウさんは何も、何も悪くないんですッッ────!!」

 

 嗚咽(おえつ)さえ撒き散らす少女の言葉の迫真に、リュウはそれでも嘲笑(ちょうしょう)を浮かべた。

 もう、何も信じられない。何も、手元に残って無い。

 もしかしたら少女は本当にリュウを気に掛けて──否、気に掛けているのだろう。

 それでもこんな言葉が思い付く自分は、本当にどうしようもない奴なんだなと俯瞰(ふかん)したリュウが自分自身を評価した。

 

「────そんなこと言ってよ、また騙すんだろ。殺すんだろ、俺を。この会話もリホ先生に聞こえてんだろ?」

 

 今度こそ少女の肩を掴み、引き離す。

 少し強く押した少女の身体は思いの外軽く、2歩3歩と大きく後ずさって(つい)に転ぶ。

 その姿を見て咄嗟(とっさ)にリュウは目を逸らした。やってしまったと背中を向けて拳を握る。

 リュウがそのまま歩き出すタイミングと少女の立ち上がる気配は同時。

 

「リュウさん」

 

 衣擦(きぬす)れの音が静まり返る夜の公園に聞こえた。

 その独特の響きと、寸前の少女の声がリュウの耳に残って足を()い付けて。

 

「リュウさんのガンプラ以外、わたしは何も持っていません」

 

 恥じらう素振りすら無く。

 両手に抱えるアイズガンダム。それを除いた一切を身に付けず月光の元、ぼうと光る少女の裸体が公園の闇に浮いていた。

 

「リュウさん」

 

 ヒタヒタ、と。

 靴すら脱ぎ去った少女は目尻に涙の跡を残しながら、再びリュウの身体へ力無く飛び込む。

 

「────わたしも、連れていってください。わたしが、リュウさんのこれからを支えます。もう絶対に、裏切りません。……だから」

 

 少女のか細い腕が腰を抱き、きゅっと握られる。

 見上げた夜空の、雲間の三日月。

 緩く吹き抜けた風と共にその光明が雲に隠れた。

 

「…………分かったよ」

 

 憔悴(しょうすい)しきった心が少女の言葉を(さえぎ)る。

 もう、疲れた。

 怒ろうとも拒もうとも、今の少女を見てそんな気持ちも消え失せて、少年の表情に嘲笑は既に無く、浮かんでいたのは茫然(ぼうぜん)(たたず)む1人の少年。

 他意は無く、普段やっている癖のままに、リュウの掌が泣きじゃくる少女の頭に置かれた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4章22話『“エルオーネ”』

『アデル、どうしてあのお兄さんの事逃がしたの? 途中で来た“アイツ”、あれ絶対(かぎ)だったよ』

 

 大小2つの影が学園都市の闇を駆け抜ける。

 入り組んだ小道に路地裏。ゴミ箱の上で寝そべる猫がその影を見送る。

 “学園都市第1学区”の摩天楼(まてんろう)の元、少年と少女はまるで昔から慣れ親しんだ道を行くよう狭い道を()って走り、その目には迷いが見当たらない。

 

「奴はいつでも潰せる、泳がしたところで脅威(きょうい)にはならない」

 

「へぇ~~」

 

 駆ける少女の金髪が揺れて顔に掛かり、その奥の瞳がにやりと光る。

 

「初撃、危なかったね?」

 

「何が言いたい」

 

 男の、アデルの刺すような横目に肩をすくませて少女は含んだ笑みのままに続けた。

 

「あのビームは既存(きぞん)のガンプラの物じゃなくて、作った人間の創意工夫に凝られたビームだったよ。あんな出力のプラフスキー粒子を発したのに……Hi-ガンダムだっけ? 元気に動いてたよね」

 

「……機体にファイターが付いてこれていなかった。ガンプラが不憫だな」

 

「めずらしっ! アデルが誉めた! …………あ~ちょっと! 速度を早めるな! 少女だよ女の子だよっ!? 少しは気遣いを覚えてよ!」

 

「次の道はどっちだ」

 

()()()()()。この道から入れば監視カメラの死角になってる。もうここを越えれば到着だよ。アデル、おんぶ」

 

 曲がった角の向こう、見える景色は突き当たりでおおよそ道と呼べるものは存在していない。

 袋小路はコンクリートの壁で囲われており、しかしアデルは走る速度を(なお)も上げる。

 その背中にぴょん、と少女がしがみつきアデルの肩から再び壁を(いぶか)しげに見上げた。5メートル程の壁を前にして速さを緩めないアデルに少女の顔が(わず)かに引き()る。

 

「これ、行けるの?」

 

「背中の重りが無いなら行けるな」

 

「重くないですけどっ!!?」

 

「少し黙って、──ろッ!」

 

 激突もかくやという速度で壁へ向かって走り、跳躍(ちょうやく)。慣性も合わさって壁の半ばまで跳び、重力に引きずられる前に側面の壁へ更に跳躍、跳躍。

 (またた)く間に壁の頂点に手を掛け、少女を背に抱えたまま一息に登りあげる。

 三日月に晒される顔の、変わらぬ冷たい面持ち。

 夜風が吹き抜けると同時、少女を置いてアデルが下へと降りる。その距離もまた5メートル程か。

 

「早くしろ」

 

「絶対見えるじゃんこれ……」

 

「先に行くぞ」

 

「鬼畜かッッ!! ……あぁもう~。ちゃんと下で支えて──ねっ!」

 

 両手でぎゅっとスカートの(すそ)を掴み、数度の躊躇(ためら)いを経て少女も跳躍(ジャンプ)

 身体の内容物が裏返っているかのような錯覚に目も思いきり(つむ)って、下のアデルを信じて落下をやり過ごす。

 

「ぐぇっ!!?」

 

「このまま真っ直ぐか?」

 

「何だろ、お姫様抱っことか少しでも期待したあたしが馬鹿だったよ」

 

 落下中に体勢が崩れた少女はうつ伏せの状態で地面に迫り、それを脇に抱え込む形で強引に衝撃を殺す。そして急に腕から解放された少女はコンクリートの地面にそのまま落ちて軽く腹を打ち、涙目でアデルを睨んだ。

 

「……()()の身体はそんなにヤワじゃない」

 

 その視線を。

 ()め果てた瞳はどこか遠くを見詰め、月明かりに認識標(ドッグタグ)が閃いた。

 釣られるように少女もまた視線を虚空へと投げて1歩アデルに寄り添う。

 

「ここが()()のある場所。────あたし達の旅はこれで終わり」

 

※※※※※※

 

 一際高い、豪奢(ごうしゃ)なビルだ。

 春に建設された学園都市は建てられた建築物のどれもが未だ新品の輝きを放っているが、そのビルは段違いな程の威容(いよう)を誇示するよう夜闇に尚(そび)えている。

 庭師が毎日手入れしているのであろう切り揃えられた木々に、(ちり)の1つさえ見当たらない星明かりを仄かに反射するコンクリートの地面。正面入り口は王墓(おうぼ)への階段を思わせる横に広い階段を上らねば入れない造りで、巨大な外見の反面入り口の幅は人が3人通って(なお)狭い。

 学園都市内では自然環境保護を(うた)うその都合上、深夜にはほぼ全ての建物が明かりを消して、山岳地帯特有の()んだ夜空の光が地面を返って下からビルを照らしていた。

 

 ────“学園都市中央ビル”。

 

 その階段前、少年と少女はじっと入り口を見据(みす)える。

 

『────いやはや、長旅ご苦労様。遠い異国から良く来てくれた』

 

 乾いた拍手が静まり返った夜に響き、その中性的な声がやけに耳に付いた。

 

『そして、良く生き延びて僕の元へ来てくれた。“エルオーネ”』

 

 見下ろすように。

 見上げた階段の先、少女とさして変わらない身長の少年が歓迎(かんげい)の言葉を告げる。

 烏木(からす)の髪に真紅の瞳。その瞳に真っ直ぐ少女が問うた。

 

「聞くまでも無いけど、どうしてあたしを呼び続けたの」

 

「失敗作だろうとその健気さに免じて答えてあげるよ。────君の因子が欲しいんだ、エルオーネ。いや、“エルオーネ機関”の生き残り、名も無き可愛い妹よ」

 

 くつくつと、喉の奥で笑う少年は道化じみた口調と動きで階段を下りながら続ける。

 

因子(いんし)を引き渡す唯一(ゆいいつ)の方法が学園都市での“ガンプラバトル”。君は僕と戦って、そして負けて欲しいんだよ」

 

「……ふ~~ん、大体分かった。あたしはもういいや。アデルも何かアイツに聞きたいことあるんでしょ? 聞いちゃいなよ」

 

 突然話の流れを切られた少年が一瞬動きを止める。

 視線で促されたアデルが冷利(れいり)()がれた視線で睨み、前に出た。

 

「──1つ、聞きたいことがある」

 

「何だお前。邪魔だよ、兄妹の会話に入ってくるなよ」

 

「────ガンプラ……、ガンプラバトルは好きか?」

 

「………………は?」

 

「ガンプラバトルを、愛しているか?」

 

 静寂(せいじゃく)が満ちる。

 少年は足を下の段に掛けたままの姿勢で止まり、吹き出しが1つ口から漏れた。

 

「ぷっ、あはははははっ!! も、もしかしてアレかお前! ガンプラビルダーか!?? 何? 本当にガンプラが好きなタイプの人間か!? あはははっ! エルオーネも面白い人間を接続者(コネクター)に選んだねっ!」

 

 破顔し、そのままよろけるように体勢を崩して立ち留まる。

 ひとしきり笑い終えた後、痙攣(けいれん)を数度繰り返してようやく瞳がアデルと相対した。

 

「笑い殺す気かよっ、ははっ。何だっけ? 僕がガンプラバトルを好きかどうかだっけ?」

 

「そうだ」

 

「ハッ、だぁい好きだよ。僕を“完全“へと至らしてくれるガンプラバトルには感謝しているに決まっているじゃないか! ……けどね、それと、フヒッ……、それと……」

 

「…………」

 

「────負けた時のさァ!! 人間達の顔ッッ!! あれが(たま)らないんだよねェッッ!! ガンダムとかいう知識が無い僕に負ける奴等の顔! 自信満々にガンプラを語るアイツらがっ、ガンプラに対してなんっにも思い入れの無い僕に負けてるって事実!! 笑っちゃうよねェ! そんな楽しみを与えてくれるガンプラバトルを、僕がッ! 嫌いな訳ないだろぉ!!?」

 

「……もう1つ聞きたい。お前は、この学園都市においてどういう存在だ」

 

()べる存在さ。あと半年程で世界が僕に平服する。全能そのものに僕は()るんだよ」

 

「そうか」

 

 短く切ったアデルの言葉に少年が目を(かす)かに開く。

 しゃら、とチェーンで繋がれた認識標(ドッグタグ)を握り、アデルの耳に掛けられたアウターギアが燐光(りんこう)を示した。

 

「……お前が求めた物は、どうやら日本にすら無さそうだ」

 

 自らに言い聞かせるような声音で呟いて両手が中空へ(かざ)された。

 アデルが認識したファイターは少年1人。その間に緑光に煌めく粒子が地面からふわりと湧いて満ちていく。

 

「お前は、ここで倒す」

 

「────あのさァ、さっきから生意気なんだよ、お前」

 

 少年が片手を上に揚げた瞬間、ビルの入り口付近で()()が光ったのはほぼ同時。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「アデルっっ!!?」

 

「暴徒鎮圧用のライオット弾さ。威力は成人男性の拳1発分程度はあるらしいけど、何。命に別状は無いさ」

 

 ツカツカと少年の階段を下りる音も少女には聞こえていない。

 倒れたアデルに駆け寄る様子を見、愉悦(ゆえつ)の笑みが少年の顔に浮かび上がった。

 

「殺す訳じゃないから安心してよ。──ただまァ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。このビルの入り口には僕直属の部隊が君達を狙っているから、僕の機嫌は損ねない方が良いよ」

 

「アデルっ!? 大丈夫アデル!!?」

 

「この程度、問題ない」

 

「まっ、もう遅いんだけどね」

 

 立ち上がろうとしたアデルの(ひたい)に再びライオット弾による狙撃が直撃する。

 2転3転と地面を転がり、それでもアデルは膝に手をついて少年を睨んだ。

 当たり方が悪かったのか、被弾した箇所の皮膚が割れ一筋の血が伝うその光景に少年は愉快そうな表情と拍手を(もっ)賛辞(さんじ)を送る。

 

「凄いなァ! まだ立ち上がるんだ! いいね、そこらへんにいるガンプラファイターはもう根をあげて僕に降伏するんだけど、まだそんな目で睨めるのか!」

 

「……れと、…………うの……い、のか」

 

「どうしたァ! 何言ってるのか分ッかんないなァ! ハッハハァ!」

 

 乾いた炸裂音が少年の動作と共に響いて、立ち上がったアデルの胸部をライオット弾が捉えた。

 衝撃を声1つ上げずに耐えてその場で踏み留まり、少年がにやりと口角を吊り上げ手を下げる。

 ライオット弾のよる狙撃は痛みで気絶すら有り得る代物だ。それを数発浴びてもまだ耐え、その上反逆(はんぎゃく)に燃える目で見返すアデルの胆力に少年が優しげな口調で問い掛けた。

 

「分かった分かった。ほら、言いたいことがあるんだろう? 言ってみろって、僕に」

 

「俺と、……戦うのが、怖いのか?」

 

「今ならまだその生意気な物言いを許してあげるよ。無条件で僕に降伏すると言え。そうすれば痛み無く君から因子を抜き取ってあげよう」

 

「…………お前は感謝した方が良い」

 

「何を? 何にさ」

 

 傍らの少女を支えにしてよろめきのなか何とか立ち、アデルは胸の認識票(ドッグタグ)を握り締める。

 無表情じみたその表情に、初めて不敵を(うかが)わせる笑みが浮かんだ。

 

「……ガンプラやガンプラバトルってのは、お前みたいなクズでも受け入れてくれるって事実にだ」

 

「もういい。────いたぶった末に恐怖暗示を掛けて電脳世界(アウター)で殺してやろうッ!!」

 

 少年が片手を大きく挙げる動作にビルの入り口で(にび)色が無数に光る。

 その数は10で収まる物ではなく、アレを喰らえばアデルはもう立ち上がることは無いと少女は咄嗟(とっさ)(さと)った。

 

「アデルっ!!」

 

「っ?」

 

 自分に出来る事は。

 そう考える前に身体をアデルの前へ(さら)していた事実に、少女は自分で自分の行為に笑った。

 

 無数の炸裂音が響く。

 

 そんな音も耳に入らない程、少女──エルはアデルの驚いた顔を見て少しだけ満足した。

 ……案外。

 

「へぇ~、なんだ。そんな顔もするんだね」

 

「……お前は」

 

 スローモーションで流れる世界。

 不吉な風切り音が意識に入り、幾多(いくた)の弾頭がエル諸共(もろとも)アデルを狙う。

 回避は不可能。絶必(ぜっひつ)の弾幕。

 2人の身体に着弾する、その刹那。

 

 

 

『────ガンプラバトルの匂いに釣られて来てみれば、どうやら私の出番らしいな。…………はぁッ!!』

 

 

 

 がうん! と暴風じみた風圧がエルとアデル2人の前で吹き(すさ)び、ライオット弾の全てが手前で弾き飛ばされる。

 大きな背だった。

 手にする()()のコートは反射する星光に黒く(つや)めいて、脱ぎ去った上体はシャツの上からでも一目で分かる筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)とした身体を意図せず周囲に誇示(こじ)をする。

 収まりつつある風圧に特徴的な銀髪が揺れて、その奥に見える青瞳(せきとう)が2人と交錯(こうさく)した。

 

「また会ったな少年達。後は私に任せろ」

 

「お前、あの時の軍人……」

 

「駐車場に居たおじさん!」

 

 エルの言葉を受けて(わず)かに軍人──ヴィルフリートが頬を緩ませる。

 

「その節はバトルを断って済まなかった。……さて」

 

 強めた視線の先、ヴィルフリートと少年の視線が静かにぶつかる。

 ……知らない顔だが、()()()()()()()()()()()()()()()()

 青瞳で睨んだ瞬間、少年がこちらへ向けたのは明らかな敵意と執着だった。

 少年の手が勢い良く掲げられる。

 

「撃てェ! 奴を撃てェッ!! 2度も僕の前に現れやがって……! 奴を倒した奴には褒美(ほうび)を与えるッッ!! 撃てッッ!!」

 

 怒号と共に空気の破裂する音が無数に重なり、人の動体視力ではまず視認が出来ない弾丸の雨がヴィルフリート目掛けて放たれる。

 その弾丸の土砂降りに軍服を握る手がギチリ、と(きし)みを上げた。

 

「はァ────ッッ!!」

 

 がうん! がうん! と二合三号に振り抜かれた軍服がゴム製であるライオット弾を絡めとっては弾いて、その猛烈(もうれつ)な風圧に後ろに控えるアデルとエルが思わず目を瞑る。

 やがてリロードの為か銃声は止み、それでも変わらず直立する巨躰(きょく)に少年は舌を打つ。

 

「防弾製のコートか、小賢(こざか)しいッ……!」

 

「私の物は防刃製も高い。……これも愛する国民の血税による物だ、何度感謝しようとも足りないな全く。────む?」

 

 炸裂音がヴィルフリートの意識の隙間に遅れて聞こえる。

 どうやら既に装填(そうてん)を終えた者が機会を(うかが)って仕掛けたらしい。

 致命的に遅れた反応。コートを振り抜いてその無防備な半身に吸い込まれる弾丸に、少年の顔が凄絶(せいぜつ)と笑う。

 …………だが。

 

「────この程度の弾速、ダインスレイヴより(はる)かに遅い」

 

「なッ……!? 手で掴みとって……!?」

 

「余りガンプラファイターを舐めない方が良い。常日頃ヤスリ掛けで鍛えた握力を(もっ)てすれば飛んでくる弾丸を掴みとる事は容易(たやす)いさ」

 

 青瞳が後ろの2人へ向き、未だ膝に手をつくアデルと傍らで支えているエルへ視線が交わる。

 その意図を察したエルが浅く(うなず)き返す中、ビルの入り口からざぁっと影が(うごめ)いた。

 10は優に越えるその影。光を反射しない黒の装備に身を包み、手にするのは長身の銃。その全てがヴィルフリートへと照準を定めており、少年の嘲笑が一層響く。

 

「ハッ! だったらこれでどうだァ! ライフルによる一斉掃射、アサルトライフルの威力とはワケが違うぞッ! その()ました態度、僕にひざまつかせて更正させてやるッッ!!」

 

「武力の誇示の為に控えさせていた分隊を前に出すか。どうやら指揮を()る力は見た目相応らしい」

 

 対して聞こえたのは冷然(れいぜん)だ。その言葉に少年の勝ち誇った笑みが見る見るうちに激昂(げっこう)へ変わると同時、分隊中央で照準を定めていた分隊長の悲鳴が短く上がった。

 射撃許可の下りていない隊員がスコープを覗けば、ヴィルフリートの手には先程まで指で弄んでいたゴム弾が見当たらず、代わりに見えたのは無防備に(たたず)む姿勢の中で羅漢銭(らかんせん)──指弾の構えを取っているその姿だ。

 こちらに気取られまいと無力を演出し反撃を狙うその知略、噂通りの化け物だ。

 ドイツの軍神、元特殊部隊所属……! 

 

「ヴィル、フリート・アナーシュタイン…………!」

 

 思わず(こぼ)れた(うめ)きにも近い言葉に、到底(とうてい)聞こえる(はず)の無い距離の鉄面皮(てつめんび)に笑みが薄く走り()()()()()()()()()()()()()()()

 その猛禽(もうきん)類を思わせる鋭い眼差しに小さく悲鳴が漏れ、その不安が周囲の隊員にも伝播(でんぱ)した、丁度その頃合いに。

 

「逃げるぞ少年達ッッ!」

 

「ほいさっ! アデル、走れる!?」

 

「お前が背中に乗りさえしなければいける」

 

「待って!? そのあたしが重い設定なんなのっ!?」

 

 一目散(いちもくさん)に背を向ける一行(いっこう)へ少年が射撃許可の叫びを上げるが、(あらかじ)め逃走の口裏を合わしていた彼らに、不安で駆られたなか命じられた射撃は命中せずにコンクリートへ弾かれ、運良く命中の軌道を描いた弾丸も殿(しんがり)を務めるヴィルフリートのコートに防がれる。

 ビル正面のフェンスを乗り越えた影は角を曲がり、既にライフルでは手が届かない。

 少年が1つ、長く息を吐く。

 

「おい、そこのお前。初めに声を上げたお前だ」

 

「はっ」

 

 呼ばれ、隊員が少年の前に膝を付ける。

 肩に掛けられたアサルトライフルを(うなが)され渡すと、唐突(とうとつ)眉間(みけん)へ当てられた感触に隊員は理解が遅れ、そのまま聞こえた炸裂音が意識の最期だ。

 その行為を眺めていた隊員達が息を飲み、少年がアサルトライフルを無造作に投げ捨てる。

 

「なんだ。こいつの威力が低いワケじゃないんだ。……アデルか。あの眼、覚えたよ。…………何を呆けているんだ? ────早く追え。奴等をガンプラバトルで拘束しろ」

 

『『はっ!!』』

 

 命令に次々と両手をかざし、ガンプラバトルシステムのナノチップが埋め込まれた地面が(ほの)光る。

 

「ガンプラで追跡し位置情報から逆算して先回りしろ。猟犬部隊(ハウンド・ドッグ)

 

 そう命ずる意識の(すみ)、妙だなと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が目に入るも、少年の意識は即座に復讐の色へと染まっていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4章23話『共同戦線』

「おじさんは、あたし達が何者か聞かないの?」

 

「何。私があの場に出くわしたのは事故に等しいさ。……それとも聞いて欲しいのかな? お嬢さん」

 

「あ、いや……」

 

 銀髪の青瞳(せきとう)に、エルがその(ほの)かに光る橙色(だいだいいろ)の瞳を(うつむ)かせ、先程まで繰り広げられていた出来事を思い返す。

 文字通り絶体絶命だった。

 少女は旅の間ずっと2人きりで、特定の他者と関わりを持ち続けていた事は無かったが、長きに渡る旅の最中で人間同士が醜悪(しゅうあく)に衝突をする様を何度も見ている。そして、それらを傍観(ぼうかん)する人間の多さも。

 (ゆえ)に少女は目の前の男の真意を(はか)りかねていた。

 彼は、何者なのか。

 

 3つの影が街灯(がいとう)以外の灯りが無いビル街を疾駆(しっく)し、星明かりだけが彼らの視界を補助する唯一の道標だ。

 

「済まない、自己紹介がまだだった。私の名前はヴィルフリート・アナーシュタイン。ドイツ軍特殊広報部所属で、しがないガンプラファイターだ。質問には何でも答えよう」

 

「……っ」

 

 今度こそ絶句した。

 悪意を感じさせない、純粋な善意。

 微笑みと共に、少女へ配慮した柔和(にゅうわ)な眼差しに、しかし疑問をぶつけたのは少女ではない。

 

「何故俺達を助けた」

 

「お人好し、という答えでは駄目かな」

 

「俺達を助けて、この後はどうするつもりだ」

 

「見たところ君達は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。可能であれば(しか)るべき場所へ届けたいのが私の考えだ」

 

「──そうか」

 

 駆けていた脚を踏み留め、一瞬にしてアデルとエル2人が距離を離す。

 ヴィルフリートをきつく睨むその眼は迷いがない。

 踏み込むための右脚を浅く後ろへ置き中空に拳が構えられ、両者の間に冷めた夜風が舞い込む。

 暴徒鎮圧用銃(ライオットガン)を浴び、敵意ではなく意思を秘めた瞳は手負いの獣のそれを彷彿(ほうふつ)とさせた。

 

 しん、と下りた静寂(せいじゃく)に不意とヴィルフリートが視線を外す。

 静まり返った夜。夜風とは違う、癖のある高音。転瞬(てんしゅん)遅れて2人も気が付いた。

 

「俺達を付けているな」

 

 アウターギアへ投影(とうえい)された情報を見、3人は中空へと手を構える。

 隣のヴィルフリートもバウトシステムを起動したことに少女は目を丸くし疑問を口にした。

 

「おじさんも戦うの?」

 

「何、お節介の続きさ。君達に合わせるよ」

 

「………………」

 

 ヴィルフリートを見極めようと青瞳が横目でじっ、と見据えるがやはり真意は捉えられない。

 優先順位を天秤(てんびん)に掛け、アデルの肩がヴィルフリートと並ぶ。

 

「……妙な真似だけはするな」

 

「するつもりも無いさ。……さて、来るぞ」

 

 視線の先。通りすぎた路地の角から小さな影が複数殺到(さっとう)する。

 同時、(かか)げた3人の掌にゆらりと舞い上がる粒子の緑光。

 

『『『────バウトシステムッ、スタンバイッ!』』』

 

※※※※※※※

 

 バウトシステムによるガンプラバトルでは、ステージ形成は全てプラフスキー粒子が高密度に反応することで自由自在なステージを作っている。中にはステージを構築(こうちく)せず、元の地形表面にプラフスキー粒子を膜のよう形取り、あるがままの景色でガンプラバトルを行える設定も存在する。

 

『アルファ1より各機。前方の通路角に高プラフスキー粒子反応有り。フォーメーションB』

 

『『了解』』

 

 粒子を検知する特殊なカメラを搭載(とうさい)した機体から送られてきた情報に、プラフスキー粒子で構築された操縦空間(コンソール)のなか男は感情を殺した声で淡々と告げる。

 フォーメーションBとは、待ち伏せをしている敵機を専行部隊が(あぶ)り出し、その後後衛を務める部隊が集中砲火を浴びせる戦術だ。

 指示を受けた隊員達が機体の──バウンド・ドックを巡航速度で勝るMA形態から不測の事態に対応しやすいMS形態へと変形させバーニアを噴かす。

 夜の闇の、ステージではなく現実の景色そのままに見える角へ左腕ビーム・ライフルを構えながら数機のバウンド・ドックが先行。

 (あらかじ)めこちらがガンプラバトルの設定を重力のみ宇宙空間へ変えた影響もあり、バウンド・ドックの機体が軽い。

 この重力環境ならばバウンド・ドックの性能を活かしきれる、と先行した隊員が内心で笑う。

 

 警告音(アラート)

 

 角に差し掛かるバウンド・ドックはバーニアを逆に噴かし即座にビーム・ライフルを射撃。

 予想通り現れた影に対して随伴(ずいはん)した2機も即応し射撃、()()()()()()()()()()隊員は今度こそ口角を上げる。

 ガッ、と短いノイズの後僚機から通信が入った。

 

『何も倒す必要はなかったが、こんなあっさり無抵抗だとつい撃ち落としたくなるよな。後衛部隊の援護射撃も必要なかった』

 

『倒すなとも言われていない。──対象をガンプラバトルにより制圧。交戦位置を突入隊へ送信する、このポイントを先回りしてくれ』

 

『ちょっと待て、あの影、……でかくないか? もしかしてMAか』

 

 感じた違和感のまま男が操縦桿を操作。

 カメラの倍率を上げ、影に紛れて暗い先程撃ち抜いた()()を詳細に映す。……映して、絶句した。

 

『なっ…………!? あっ、空き缶ッ!!?』

 

『陣形を組み直せ! 敵機はまだ倒していない!』

 

「────全ての動作が遅い。日本の特殊部隊所属のガンプラファイターはこんなものか」

 

 ビル街の路地裏その闇に()()(ひらめ)く。

 突如として、浮遊する空き缶の裏から接近する敵機に慌ててビーム・ライフルの標準を合わせ、撃発(トリガ)

 寸毫(すんごう)違わずに対象を捉えた高出力の粒子は敵機へと今度こそ命中し、()()()()()()()()

 

『ナノラミネートアーマー…………ッッ!!』

 

「その通りだ。次は対策して挑んで来るといい」

 

 先行した部隊から送られて来た映像がブツリと途絶(とだ)える。

 その様子に後衛部隊から眺めていた男──部隊長の表情が一層張り詰めた。

 送られて来た映像の最後に見えた(にび)色の青銅色、手にするグレイズ・ライフルと日本刀の(たたず)まい。

 気付いて、声を張り上げる。

 

『ニヴルヘイムだとッッ!!? ────各機距離を取れ!! 奴の間合いに入るな、一瞬で切り捨てられるぞッッ!!』

 

 ()とした味方機の残骸を盾に次々と標的を斬っていく様は異名名高い軍神の武勇(ぶゆう)そのものだ。

 成る程、と部隊へ通信を送る男が配置を変更し、ジャイアント・バズを装備したバウンド・ドックがニヴルヘイムを半円状に囲む。

 包囲を察知した挙動で最端のバウンド・ドックへグレイズ・ライフルの射撃が突き刺さるが、対弾性能が強化された左腕部シールドが衝撃を逃がし損傷はない。

 ジリ、とニヴルヘイムが足場の無い空間で後ずさる。

 

(いく)ら生きる伝説といっても1対多数では、それもレギュレーション600ならば状況など簡単に変わる。その首、我らが部隊が貰い受けよう』

 

 ジャイアント・バズ装備バウンド・ドック計12機、照準合わせ。

 ニヴルヘイムへの直撃コース及び回避先に標準を合わせた砲身が弾頭の射出を待つ。

 刹那、囲む部隊の中腹に剣閃が(はし)った。

 正体は暗闇に(ひるがえ)る長剣。部隊の中央で(おど)るそれを1目で無線誘導兵装と悟ったバウンド・ドックが切り落とされた右腕を構わずに左腕ビーム・ライフルで射撃、しかしひらりとビームを避ける動作に通信が(たけ)る。

 

『こちらアルファ4ッ! ファンネル系の武装を使用する敵機が居る! ファンネルの回避行動から、端末操作に重点を置いた機体と推定!』

 

『アルファ1了解。アルファ3から8に通達、ニヴルヘイムからは弾幕を張って距離を取れ。ガンマ小隊はファンネルの処理、ベータ小隊は翼をもがれた敵機を撃墜しろ』

 

『ガンマ1了解』『ベータ1了解しました』

 

 通信を終えたアルファ1──部隊最奥で指示を飛ばす猟犬部隊長が正面モニタに拡大された戦況を見、(かす)かに感嘆(かんたん)の念を帯びた(うな)りを短く上げる。

 敵の狙いは路地角での強襲によりこちらの出鼻を(くじ)く算段だったのだろうが、古来より戦闘において最も必要なのは戦力の数だ。

 敬愛するドズル・ザビの言葉通り、普段投入される戦力の倍を(もっ)て出撃したことが功を奏したのだろう。

 間も無く制圧、もしくは遅延戦闘に切り変えて敵の進路先へ別動隊が仕掛けるこの状況を、僅かに落胆(らくたん)する自身の気持ちが操縦桿が握る手を強めた。

 

 ────特務隊隊長仕様・ビルドバウンド・ドック。

 

 従来のバウンド・ドック頭部に外装パーツとしてザク強行偵察型のカメラを取り付け、左腕にはビーム・ライフルではなくドラムマガジンを採用したマシンガン、そして機体各部に増設されたバーニアと姿勢制御用アポジモータにより従来機と比べ引き出せる限界値の高い機体へと仕上がった愛機の出番は今回も無いのかと、移り変わる戦況を見て静かに思う。

 

『──お前が指揮官機か』

 

「ッッ!!?」

 

 声と同時、衝撃が操縦席(コンソール)を揺るがす。

 警告音を聞き咄嗟(とっさ)に左腕シールドを構え、直上より繰り出された雷撃の如く(かかと)落としが激突し火花が咲いた。

 

「ほぅ、ビルドカスタムされたガンプラか。それも近接特化機体と見える、面白い」

 

 増設されたバーニアが炎を噴き上げて、目の前の敵機を押し返す。

 その力の流れに逆らわず宙返りで距離を空けた敵機は、近接慣れしたガンプラファイターであることを男は悟り、笑みを溢した。

 

「こちらとしては足止めしておくだけで任務が遂行(すいこう)されるのだが、……礼を言おう。この機体を振るわせてくれる事に」

 

『お前が指揮官か』

 

「? ……あぁ、そうだ。指示を出しているのは私だ」

 

『そうか。……エル』

 

「──ぬぅっ!?」

 

 短く切られた言葉を待たずして、彼方から一直線に閃刃(せんじん)が迫る。

 1合、2合とシールドで弾き、3本目は横から放たれた弾幕によって軌道を変えそのまま目の前の敵機の背部に収納された。

 通信が鳴る。

 

『こちらガンマ1。ファンネルを操る機体はそちらの機体で間違いない』

 

『こちらベータ1。助太刀に入らせて頂きます』

 

「……だそうだ。許せ、名も知らぬファイター。数で単機を飲み込むというのは戦略の常だ。悪く思ってくれるな」

 

 ずらりと並ぶ機体は優に20を越え、深紅(しんく)で彩られた敵機を球状に囲う。

 片翼の機体はしかし堂々と佇み、部隊長のバウンド・ドックをその鋭いツインアイで睨んで離さない。

 

『構わない。その方が“都合が良い”』

 

「なんだと?」

 

 次の瞬間、ビルドバウンド・ドックの強化センサが異常値を計測した温度を正面モニタへ警告音(アラート)と共に映した。

 敵機の紅蓮(ぐれん)の装甲がRX-0のデストロイモードのよう展開し、火の粉を思わせる燐光(りんこう)が漏れて路地裏を照らす。覗いた装甲の内部はさながら太陽の様相そのもので、空間が徐々に陽炎(かげろう)で揺らいでいく様子はレギュレーション800の威風(いふう)に違いが無い。

 

「特殊なギミックか、面白い。────全機、戦いは数だッ! 奴を()り潰せェッッ!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4章24話『アンダー・イン・ダーク』

 ぽつりぽつりと(したた)る水の音は遠く(かす)かな木霊(こだま)となって響く。

 排水が静かに水路を流れ、息を殺した筈の呼吸さえここでは際立(きわだ)ち、しきりに後ろを気にする少女がややあって2人の元に駆け付けた。

 

「うん多分()いた。っていうか寒くない? ここで一晩過ごすのはちょ~~~っと年頃の女の子にはキツいかな~」

 

「我慢しろ」

 

「はいはい我慢します、しますぅ~。…………いつもの事だけどさ、アデルはそんな軽装だけど寒くないの?」

 

「……多少は冷えるな」

 

「やっぱ寒いんだね!? はいっ、ぎゅ~~~」

 

 アデルの鳩尾(みぞおち)程の背丈が腰に抱きつくが、無視を決め込んだまま暗い水路を歩いていく。

 その様子を数歩離れた場所から見守るヴィルフリートが軍服と、Tシャツを脱いで2人に渡す。黒のアンダーウェアに張り付いた筋肉は寒さなどお構い無しと言うように誇示され、受け取った少女の顔が引き()りヴィルフリートとTシャツを交互に見た。

 

「え、あの。おじさん寒くないの? いや寒くないんだろうけどさ、聞かなきゃいけないじゃんこれ」

 

「鍛えているから問題無いさ」

 

「問題ないか~そっか~。……スンスン、あ! 凄い良い匂い! これならあたしも喜んで着る~っ!!」

 

 破顔させた少女がシャツを羽織(はお)り、身丈に合わない大きなシャツへ袖を通す。

 対してコートを見詰め押し黙るアデルにヴィルフリートの表情が和らぎ、語る声音は優しい。

 

「アデル君も着ると良い。防寒性もあるコートだ、身体が冷えたままでは治るべき傷も治らないぞ」

 

「ヴィルフリート、お前は……」

 

「ヴィルで良いさ」

 

()()()()()()()。さっきの戦闘は礼を言う。……だが、俺達をどこへ連れていくつもりだ。返答によってはお前を」

 

 問い掛ける声に(とげ)はない、しかし真意を見極めようとする青瞳は鋭く、正面から対峙する銀髪が緩く揺れた。

 

(しか)るべき機関だ」

 

 その返事に。

 獣の如く俊敏(しゅんびん)さでバックステップし、投げ捨てられたコートがぶわりと舞ってヴィルフリートの手元へ落ちてくる。

 受け取った鉄面皮(てつめんび)がコートを丸め、低く告げた。

 

「然るべき機関。────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。何を勘違いしてるかは分からないが学園都市に突き出すような真似はしないさ。身の安全は保証しよう」

 

 顔に優しく投げつけられたコートが落ちてアデルの無表情な顔が、──否。()()()()()()()()()()()にヴィルフリートは小さく笑みを溢す。

 

「…………」

 

「そんな顔をしないでくれるかな。焦って違う答えを持っていたのは君だろう?」

 

「そ~うなの! アデルは考えてるようで思考は単純で、その癖他の答えを持とうとしないの…………わぷっ!?」

 

 突然コートが被さって視界を塞がれた少女がその場でもがく。

 不機嫌そうに口を閉ざすアデルを追い越してヴィルフリートが笑みを走らせたまま先を行く最中。

 彼らが視界から外れ、その笑みも徐々に元の冷酷さえ感じる表情へと変わり、思い出されたのは中央ビルでの出来事だ。

 

(2045年の意思か。これは、不味い事になったな)

(そして妙に引っかかる()()()…………これは?)

 

 ざわめく胸中の、嫌な予感。

 自分が学園都市へ()()()()()考えが杞憂(きゆう)であれば良かったのにと、近付いてくる小さな足音を聞きながら片隅(かたすみ)に思う。

 

「ヴィルっち難しい顔してる! お腹でも空いたの?」

 

「これはまた可愛い渾名(あだな)を付けてくれたね。……そうだな、確かに身体を動かしたせいもあって腹も空いた。朝までまだ長い、ここで食事でも取ろうか」

 

「ご飯あるの!!? ヴィルっち流石~! ほらほらアデルも騙されたからって不貞腐れてないで一緒に食べよ! ちなみに何があるの!?」

 

「ドイツの軍用携帯食料(コンバットレーション)は食べ飽きたからね、最近は趣向を変えてMRE(米軍戦闘糧食)を持ち歩いている。ほら、ミートボールもあるさ」

 

「エル、俺の分はお前にやる」

 

「ほんとにっ!!? アデルありがとう~大好きっ!」

 

 大きな橙色(だいだいいろ)の瞳を爛々(らんらん)と輝かせて少女が、次々と取り出される無機質色の袋を興味深げに眺める。

 この数分後に、深夜の地下水道で少女の悲鳴が響いたことを知るものはこの場の人間以外誰も居なかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章1話『魔物の産声』

 戦場(バトルフィールド)トリントン基地は数多くのガンダム作品で激闘の舞台であったことから世界中のファイターから高い人気を誇っている。

 トリントン基地だけでも複数の戦場パターンが存在し、とりわけ宇宙世紀0096年設定は群を抜いて選ばれる比率が高い。機動戦士ガンダムUC内では、当時型落ちとされていた1年戦争のMSが入り乱れての戦闘があり、連邦軍が劣勢に追い込まれている状況で颯爽と空を駆けてくるバイアラン・カスタムの勇姿は数多くのガンダムファンを虜にした。

 自らの出生(ティターンズ)を他人に疎まれながらも気高くそして雄々しく飛遊し、あの場で唯一の単独飛翔能力を以て連邦軍の窮地(きゅうち)を救う麒麟(きりん)の姿は今尚ガンダムファンの語り草となっている。

 

 ──そして、今。

 忌々しげに空を見上げるバイアラン・カスタムのツインアイが高倍率となって対象を補足する。

 

 大出力熱核ジェット・エンジンによる規格外の滞空能力をしてもあの高度に至ることは不可能だ。

 高度差にして最高出力ならば届くか届かないかの上空に、深紫の太陽が燦然(さんぜん)と戦場を睥睨(へいげい)する。

 

「ガンプラバトルにおいて単独飛行能力の有無は決定的な差となり得る。太陽炉搭載機と宇宙世紀半ばの機体ではそれは顕著(けんちょ)よ。レギュレーション800に00(ダブルオー)シリーズの機体が多いのもこれが要因の1つ。レギュレーション800とレギュレーション下位はそもそもの性能が違い、文字通り“戦う舞台”が違うのよ。それが分からない貴方じゃないでしょう? ──ねぇ、エイジさん」

 

 正面モニタからの音声に、しかし少年の目に諦念(ていねん)の色は見えない。

 

「先生の意見に対しては否定しません。けれど過去繰り広げられてきた先人達の戦闘ではそんな常識は些細なものです。世界大会でそんな奇跡、──いや。彼らにとっては性能差など相手との心理戦を行うピースの1つでしか無い。レギュレーションの差異が戦力の決定的な差では無いことを教えてくれたのも先生です」

 

「……優秀な生徒ね。全く」

 

 ゾンネゲルデの翼爪がバイアラン・カスタムへと向く。

 6つの切っ先全てがファングであり、宇宙世紀においてファング程の大気圏下における空間戦闘能力を持つファンネル系武装は稀有だ。少なくともバイアラン・カスタムの建造当時存在していないタイプの武装、それらが一斉に放たれた。

 GN粒子から発せられる独特の発射音は縦横無尽に空を(はし)りバイアラン・カスタムを全方位から囲む。次の瞬間警告音(アラート)と共に操縦桿を押し倒し、麒麟の軌跡を紙一重で紫の粒子光が閃いた。

 8の字で徐々にゾンネゲルデとの距離を詰めるバイアラン・カスタム。その軌道上で待機されてあったファングの粒子を対ビームコーティングが施されてある肩部バインダーで受け止めてエイジは操縦桿に入力を叩き込む。

 

「──はぁッッ!!」

 

 腕部クローアームが白と金に彩られたファングを掴み、GN粒子によるコーティングの上からへし折った。

 爆散した煙が周囲の視認性を下げ、続いて2基のファングが滑る影のようバイアラン・カスタムの死角を突く。

 同時に警告音が脚部後方からの攻撃を知らせるが、耳に入ってからではもう遅い。それはエイジが磨いてきたバトルの経験が雄弁に叫ぶ。

 故に少年は既に入力を終えていた。

 

 脚部クローアームがそれぞれ迫るファングを振り向くことなく掴み上げファングの先端を自機から逸らす。

 軋む悲鳴を上げる大爪を回し蹴りの要領でゾンネゲルデへと放り、迫るファングを自ら動くこと無く別のファングがそれを撃墜した。

 

「上手いものね。流石はコトハさんの幼馴染みという事はあるわ」

 

「……先生とのバトルはもう54回目になります。これくらい出来ないようでは落第でしょう」

 

 54回。

 先日から始めているトウドウ・サキとのガンプラバトルの回数であり53戦全てエイジは敗北を喫していた。

 慢心の見えない少年の声にトウドウは満足げに唇を濡らし、しかし同時に疑問が浮かぶ。

 

「そこまでタチバナさんの事が気になるのかしら?」

 

「はい、気になります。…………オレがバトルに勝てば詳細を教えてくれると言った約束、果たさせて貰いますよ」

 

「私には理解出来ないのだけれど」

 

 バイアラン・カスタムを囲むファングがゾンネゲルデへと返り背部に収まる。

 身に纏うGN粒子が勢いを弱らせ、最低限の滞空状態へ移行したことを確認しエイジも構えを解くとトウドウの声が正面モニタから聞こえた。

 哀れみを帯びたそれは何度も聞いた声音だ。

 

「萌煌学園に入学して中退する生徒は年間100人を越えるわ。理由は様々だけれど最も大きな要因は挫折。当たり前と言えば当たり前ね、萌煌学園をプロのガンプラファイターへの安全なエスカレーターだと思っている生徒が多いもの、タチバナさんはその中の1人だっただけ。……しかも彼は進学組ではなく編入組、高校受験相当で萌煌学園に入学した生徒だから挫折するのは珍しくないわ」

 

「いいや違います。──“それでは時期が被りすぎている”」

 

 確信を持つ言い放ちにトウドウは言葉を止める。

 

「春からリュウと共に行動していた少女と、先生とのガンプラバトル。思えばあの辺りからリュウの様子はおかしくなっていました。…………先生の過去の戦績を拝見させて頂きました、随分リュウのHiーガンダムを練習相手に選んでいましたね。難易度は最高レベルのニュータイプ、随分とリュウを警戒されているようで」

 

「本当優秀な生徒ね。でもね、(やぶ)から蛇が出る事もあるわ。発言には気を付けた方が良いわよ」

 

「────先生、Hiーガンダムを練習相手にする前日に閲覧不能となっているバトルの成績がありますね。……まさかリュウに負けたんですか?」

 

「……あぁ、そう。…………辿り着いてしまったのね貴方」

 

 声の終わり。止めどなく溢れる奔流のようゾンネゲルデからGN粒子が散布される。

 これまでの戦闘で見たことのない量の粒子に、今まで手を抜かれていたとエイジは瞬間的に察した。同時にこれが『萌煌学園における最優の教員』の本気だということも。

 ぞくりと悪寒めいた寒気に少年の頬へ汗が伝う。

 

「1つ人生の先輩として忠告するわエイジさん。────行きすぎた好奇心は藪から鬼を出すこともあるの」

 

 トウドウから聞いたことの無い妖艶(ようえん)な物言いに少年の本能が警鐘を鳴らした。

 熱核ロケットエンジン、熱核ジェットエンジンから成る大出力の推力によって後退を図り腕部ビーム・ガンを続けざまに発射。それらの射撃を突貫したファングが全て受け止め、猛追するファングが牙を晒す獣の如く先端を左右に開いた。

 初めて見せたファングの挙動に、しかしエイジは迷い無く操縦桿を倒しバイアラン・カスタムが搭乗者の意をリアルタイムで汲み取る。

 クローアームがファングを掴んだ刹那、腹を食い破る化け物のようファングが身を捩り(あぎと)をバイアラン・カスタムへ標準を合わせ、

 

「なッッ!!? ────ぐぅッッ!!」

 

 少年の目の前に展開されていた計器が全て暗転(ダウン)した。

 続いて機体を揺らした衝撃に操縦桿を支えとして何とか踏ん張り、しかし想定外の事態にエイジの顔が緊迫を帯びる。

 機体が落下しているのだ。バーニアを噴かそうにもガンプラが入力を受け付けない。

 

「私は()()()()()()()()()()()()()()()。そこだけは勘違いして欲しく無いわね」

 

「最優の教員がいち生徒相手に随分と感情を露にしますねッ……。先生のそんな顔を聞き出せたことがオレにとって収穫ですよ……!」

 

「途中退学する生徒の最たる原因は挫折、そう言ったわよね? ──貴方に今それを味あわせてあげても良いのだけれど」

 

「生憎と()()()()で挫折するほどオレは弱くないつもりです。先生こそ先に音を上げないでくださいねッッ……!!」

 

「エイジさん、貴方予想以上に面白いわね……! 良いわ、特別補習授業といきましょうかッッ!!」

 

 接触回線による舌戦が終わり、外部音声を拾う計器のみが迫る刃を知らせる。

 警告音もなく襲う攻撃にいよいよエイジは観念した。

 今回のバトルは捨てよう。次にまた対策を考えれば良い。

 

 ────好きなガンプラ作って好きなガンプラで戦う事の何が悪いんだよ。諦めてんじゃねぇよテメェ!! 

 

「ッッ!!」

 

 記憶の声にエイジは目を見開く。

 そうだ、諦めるな。オレを助けたお前はいつだって諦めずに立ち向かった。

 お前が居たからオレは……、()()()()()()()()()()

 

 少年の意地に、しかし機体は挙動しない。それでも奇跡を願ってエイジは操縦桿を前へ倒し続ける。

 徐々に拡大される刃の風切り音。一瞬が永く引き延ばされる感覚に身を委ねた最中に、

 

『────今の話、本当ですか?』

 

 外部への発信に切り替えられた音声がトリントン基地上空へ響き渡った。

 続いて複合マシンガン4門による高レートの実弾射撃が暴雨となって空間を切り裂き、バイアラン・カスタムに突き刺さるファングを次々に墜とす。

 計器が復帰しあわや地上へ激突のところでスラスターを全開に入力し、しかし減退しきれなかった機体が格納庫の一角に仰向けで墜落した。

 

 見上げた空には蒼窮と白亜のカラーリングのガンプラが鎮座し、特徴的な4つ腕と鋭角なシルエットは嫌が応にも誰が乗っているか少年へ理解させた。

 

「コトハッッ!? お前、なんでここにっ」

 

「多分エイジ君とおんなじ考え。私もトウドウ先生に用事が出来ちゃった」

 

「おんなじって…………。だったら分かるだろ! 相当危険な事情なんだぞこれはッッ!」

 

「じゃあ言わせて貰うけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()さっきから見ててたけど弄ばれてるだけ。そんなんじゃ一生勝てないから」

 

「…………くそッ」

 

 幼馴染みの剣幕にエイジはニの次が出ない。

 どうしようも無い事実だった。エイジはこれまで54回トウドウと戦闘してきたが、1度だって機体を自分から触らせて貰えなかった。

 意識を空に向ければ未だ相対している1機と1機。

 再びゾンネゲルデのファングがバックパックに収納される。

 

「コトハさんにエイジさん、2人が居るのなら折角だし丁度良いわ。……貴女達夏休み明けから開かれる特進クラスへの編入試験を受けないかしら? 担当教員は私。特進クラスは今まで貴女達が属していた普通科とはガンプラバトルのレベルが文字通り桁違いなの。…………そして今残っている3年生の中で中学生からの編入試験を受け萌煌学園へ入った生徒はほんの僅か。貴女達はそういった生徒達の先駆けとして入って欲しいのよ。どう? 決して悪い話じゃ────

 

「受けます」

 

「あら本当!? コトハさんが入ってくれるなら私嬉しいわ、貴女もエイジさんも普通科で燻って良いガンプラファイターじゃないわ。それを私が証明してあげる」

 

「受けますが……、リュウ君も一緒です。それが条件です」

 

 トウドウが笑みを深めたのも束の間、コトハの言葉に一拍置いて大きな溜め息がスピーカーから外部に漏れ聞こえる。

 

「理解が出来ないわ。仮にタチバナさんが入ったとしても周囲との腕の差で自壊するのが目に見えている。コトハさん貴女タチバナさんの心をそんなに砕きたいのかしら?」

 

「……リュウ君は今、きっとガンプラファイターが()()()()()()()()()であるために避けては通れない壁に当たっているんだと思います。…………私もエイジ君もっ、リュウ君がそれを乗り越えて隣に立つのを待ちます!」

 

「夢物語ね。友達と一緒にプロになると言うの? ……プロの場がそんな甘い場所じゃない事を私は断言するわ。ガンプラバトルを舐めないで頂戴」

 

 トウドウの声音が狂気が覗く妖艶から教師のそれへと変わり、少女と少年は口を閉ざす。

 ……プロのガンプラファイターを目指す人間達の中でプロへとなれるのは全体の2割。この学園に入って真っ先に教えて貰った現実だ。

 

「先生も舐めないで下さい。……リュウ君は、迷いの無いリュウ君は強いです」

 

 それでも言い退ける少女の剣幕にトウドウは苛立ちよりも前にまたしても疑問が浮かぶ。

 どうして彼女彼らがリュウ・タチバナという存在をそこまで重視するのか。友情や絆は勿論だが、()()()()()()()()()の影を感じてトウドウは操縦桿を握る手を強める。

 

「そこまで言うのなら、コトハさん貴女この場で私と戦うのでしょう? なら条件を決めましょう。──私が勝ったら貴女とエイジさんは特進クラスの試験を受ける。私が負けたら、そうね」

 

「────先生が負けたらリュウ君に謝ってください。そして、特進クラスへの試験は私とエイジ君とリュウ君を受けさせること、それと。……私の言うことを1つ聞いてください」

 

「強欲ね。でも良いわ、その条件飲ませて貰うわね。……強欲なのはガンプラファイターの最も大事な欲求よ。────でも良いのかしら? 私のゾンネゲルデはレギュレーション800。それに比べてコトハさんのバルニフィカスはレギュレーション600。レギュレーションの差を埋められるほどコトハさんは私には及ばないわよ?」

 

 ごう、と迸る紫の粒子がバルニフィカスを震わす。

 コトハの駆るバルニフィカスはダブルドライヴでありゾンネゲルデと同じく単独飛行能力を獲得しているが、そもそもの機体性能が雲泥の差と言っても差し支えない。

 淡々とその事実を語るトウドウに、エイジは納得に奥歯を噛むしかなかった。

 

「────だから、私は()()()()()()

 

「…………何?」

 

「私が先生と戦闘することに遅れたのも()()()を製作していた為でした。……特進クラスの事、私沢山調べました。その中で克服しなくちゃいけない事が、──2()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 声と共に今まで中空へ佇んでいたバルニフィカスが粒子となって消える。

 その突如、ステージの端。トリントン基地沿岸部上空に出撃ゲートが展開されトウドウは僅かに目を見開いた。

()()()()()()()

 

「ずっと考えていたんです。特進クラスの皆は私なんかよりもずっと強くて、そんな人達相手にどうやったら勝てるか」

 

 出撃ゲートは尚も大きく拡がり最早サイズはモビルアーマーのサイズと同等だ。

 まさか本当にMA(モビルアーマー)かとエイジは想像するもその疑念は即座に霧散する。

 コトハは幼少の頃からのガデッサ乗りだ。誰よりもガデッサの造詣に深いが、代償としてガデッサ以外は乗ることが出来ない。ガンプラファイターの中で特定の機体しか操縦できないファイターは少数存在するがコトハはその典型であり、故に目の前で展開された出撃ゲートの大きさがエイジにとって不可解だった。

 

「トウドウ先生。これが私の、私が萌煌学園で学んだ答えです。────────行こう。……ファヴニムート」

 

 出撃ゲートの内部から黒の大腕が伸びゲートの枠を握りしめる。

 あれはガンダムバルバトスルプスレクスの腕か、ならばビーム兵器での攻撃は期待できないなとトウドウは未だ全容の見えない機体を冷静に分析する。

 

 やがて枠外へ悠然と身を晒し、ガ系特有の特徴的な頭部がゾンネゲルデを睨む。

 黒く染まった機体色は成る程ファヴニムートの名にも得心がいく。神話の邪竜ファヴニールと聖典の魔物バハムート。それらを掛け合わしたのなら確かに目の前のような異形にもなるのだろうと、トウドウは目を細めた。

 

「なんだ、あの、機体……!?」

 

 地上からその風貌を見つめるエイジの恐れを秘めた呻き。

 あれが()()()()()()なのかと彼の常識に当てはまらない外見に脳が許容を越えた。

 

『──────────ッッ!!』

 

 黒の巨躯が叫ぶよう天を仰ぎ、粒子の放出される音が機体の叫声にも聞こえる姿に最優の教員から笑みが消え失せる。

 機体が巨大過ぎて理解が間に合わないほどの威容。静かにトウドウは激戦を予感した。

 

「さしずめ邪悪なる大きな者って意味かしら。……化け物退治は余り経験が無いのよね」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章2話『横顔』

 じめじめとした梅雨も終わりを告げ、未だ肌寒さを感じる風が晴れた日の下にそよぐも空調の効いた模型店の室内には何も関係がない。

 放課後を過ぎて近所の小中学生が一同に集まる店内は、子供達に気を効かせた店長がエアコンの設定温度を通常よりも暖かくしているお陰か一人手に(まぶた)が落ちてくる。

 いけないと頭を振って、当て木を添えた紙ヤスリにもう一度パーツを当てる。ゆっくりとゆっくりと、力を込めずに滑らせるだけ。

 集中してパーツを見つめる意識が次第に没入する。

 

『紙ヤスリを敷いたフィールドの上に、パーツを接地させたラジコンを走らせる全自動ヤスリ掛け機! いけっヤースリィガンダムッ!! コアドッキングッッ!!』

『なんて速度だッッ!? 見る見るうちにパーツが削れて…………ってうわああぁぁ!!? ストップストップ!! パーツが削られすぎて只の板に! ……なんだこの形、放熱板か?』

 

「うるっっさいわ男子達ッッ!! 馬鹿な事しないでちゃんとヤスリ掛けしなさいよっっ!!」

 

 私の憤慨(ふんがい)を見て蜘蛛の子を散らすように年少組が逃げていく。

 鼻息を1つ立てて座り直すと、ふくよかな体型の店長が知らぬ間にこちらへ微笑みかけていることに気づいた。

 

「あ、ごめんなさい。お店で大きな声を出してしまって……」

 

「良いんだよ良いんだよ。君達の元気な声を聞きながら模型の事を考えるのがわたしの楽しみなんだ」

 

 そう言って対面の作業机に座り、店長の視線が私から私が弄っていた模型へと移る。

 店長は過去に何度もガンプラのコンテストで入賞しており、そんな彼の視線に晒されて気恥ずかしさからか顔に熱が帯びる。

 そんな店長の柔和(にゅうわ)な表情から、ぽつりと寂しげに言葉が漏れた。

 

「その模型道具、リュウ君がくれたんだっけ」

 

 私が手にしていたヤスリと、手元に並べられた模型道具の数々。

 お金が少ない私たち子供達の為に、重ねたプラ板を当て木代わりに作られたリュウお手製のヤスリは使い心地が良く、だからこそ表面処理の作業を行う度に彼を思い出してしまう。

 

「カンナちゃん……?」

 

「あっ、ごめんなさい。私ぼーっとしちゃって」

 

「……リュウ君が気になるかい? 彼が学園に戻ってもうすぐ3ヶ月だ、1つくらい連絡をいれてもいいんじゃないか?」

 

「それはダメですっ」

 

 思わず大きな声が出てしまい、気まずさで店長から目を逸らしてしまう。

 それは、それはいけないことだから。

 おずおずと再び視線を向けると壮年の優しげな顔が私の返事を待っていた。

 

「…………リュウは、ガンプラファイターのプロになるため学園へ戻ったんです。私たちの事を話して気が散ることなんてあったら、私嫌なんです」

 

 正面から、そう告げた。

 これは私の意思であり、そしてリュウから良くしてもらった子供達皆の総意だ。

『次に会うときはプロ』、そう言って学園に向かった彼を邪魔しまいと、そう皆で決めたのだ。

 

 ところで先程から、店長の丸い背中から顔を出す男子達がにんまりとした表情でこちらを窺っており不愉快な事この上無い。

 

「何よ」

 

『いやぁ~、カンナがリュウの事を“リュウ”って言ってるのが面白くってよぉ~』

『ついこないだまで“リュウ兄ぃ”だったのに……プ、クク…………、“リュウ”だってよ……』

 

「アンタ達このっ!! 表出なさい! ガンプラバトルでぎったんぎったんにしてあげるわこのガキ共っ!!」

 

『『きゃーっ! 助けてリュウ兄ぃ~!』』

 

「ぶっ殺すッッ!!」

 

 私たち以外居ない店内を駆け回って子供達を追いかける中、ふと窓から外の景色が目に入った。

 陽気な日差しと、晴天の空模様。

 バスが通り過ぎた道路の向こう側を歩いていく男性の、()()()()

 

「──────リュウ兄ぃ…………?」

 

 子細を見る前に角を曲がり、その後ろを私よりも幼い少女が付いていった。余りにも印象に残る姿。新雪のような淡く白い髪を腰まで伸ばした異様な少女。

 その少女の前を行く、他人の空似だと断ずるには似すぎていた見慣れた風貌(ふうぼう)

 

 けれど一瞬見てとれた彼の表情は影に隠れて暗く、俯いたままだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章3話『帰路』

 建ち並ぶ家々の中でもとりわけ特徴があるわけでもない一角。

 閑静(かんせい)な住宅街に埋もれるその家はどこにでもあるような洋風の佇まいで、形だけの簡易的な門を開けると切り揃えられた芝生が来客を両脇から迎える。

 僅かに(きし)む金属製の、肩程までしか無い門を閉めてリュウ・タチバナは再びその家を下から上へと見上げた。

 

 カーテンは締まってるな、と泥棒のような思考に1度苦笑しポケットから鍵を取り出す。

 SDにデフォルメされたキャラクターのストラップは色褪せて、不意に思い出される記憶はどれも懐かしく悪いものでもない。

 

「リュウさん……」

 

 無機質とも思える声は哀れみの感情にも聞き取れて、リュウは少女に振り向くこと無く鍵を扉に刺し込んだ。

 開鍵の感覚に安堵し、扉を開けた景色の、廊下へと続く玄関には靴の1つも見当たらない。

 

「父さんと母さんはやっぱり仕事か……。会ったら、…………ハッ。どんな、反応するんだろうな」

 

 呟く視線の先、額縁に収められた1枚の写真が目に映る。

 満面の笑みでガンプラを両手に掲げた少年の写真。両隣でしゃがみカメラへピースを送る両親の姿は若く、写真の端に記された2035の文字は10年前の物である事を示していた。

 浴衣姿と背景から考えるに夏祭りだろうか。その記憶を、立ち尽くすリュウは持ち合わせていない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()その事実に、頭痛が鼓動の音と共に増していく。

 

「………………っ」

 

 その一瞬(すが)めた少年の顔を、傍らの少女は決して見逃さない。

 淡い下唇を噛み締め、足取り重く廊下へ歩む少年の後を、少女はただ付いていく。

 

※※※※※※※

 

 暮れなずむ夕焼けが窓から射し込んで、仄かに暖かな夕陽を瞼の上から自覚する。

 倦怠感のまま緩く目を開けば向かいの姿鏡が視界に入り、やつれた顔と隈の見える目元にようやく自身の健康状態をふと自覚した。ここ最近まともに睡眠を摂れておらず、ある意味肩の荷が降りたこの状況に心が緩んだのか、自室に入るや否やベッドに倒れていたようだ。

 

「──────」

 

 目を閉じれば再び意識の底に引きずりこまれるような感覚を頭を緩く振ってやり過ごし、不意に感じた自分以外の、無機質だがそれでいて微かに香る紫陽花(あじさい)の匂い。

 淡い銀色の艶が窺える白亜の髪の、触れれば壊れてしまうような華奢の体躯の少女。

 物悲しげな憂いに染まる天色(あまいろ)の瞳が、リュウの机を静かに見詰めていた。

 

 視線の先はバラバラのガンプラだ。

 萌煌学園に向かう前夜まで弄り結局構想も練られずに放置された、リュウの工作センスの無さがそのまま形取られたガンプラ────アイズガンダム。

 

「酷いもんだろ、それ」

 

 リュウの声に少女は振り返る事無く頭を横に振る。

 

「そんな事無いです。ガンプラの事は……私は何も分かりませんが、沢山の工夫とアイデアが見て取れます……」

 

 そう言って身体を向ける少女の、意を決した顔。

 1歩リュウとの距離が縮まる。

 

「ごめんなさい。リュウさん」

 

「…………何がだよ」

 

「私がリュウさんに行った事は、到底許される行為ではありません。けれど最後の実験の後、私がリュウさんに放った言葉を訂正させて下さい」

 

 覚えている。

 出会ってからあの瞬間まで、リュウを騙す為のものだったと言い放った言葉の数々。

 

「リュウさんと……、皆さんと過ごした日々は暖かく、今でも私の胸の中に在り続けています。…………そんな皆さんを否定した事を、訂正します」

 

「次は、なんのつもりだよ」

 

 ぴしゃりと言い放った言葉に、頭を下げようとした少女の動きが止まる。

 差し込む朱の陽射しが雲間に隠れて部屋の暗がりが深まった。

 

「また信じろって、俺に言うのか。この数ヵ月、俺から全部奪ったナナお前が言うのか」

 

「はい。言わせて下さい。今の言葉と、…………リュウさんの記憶を奪った事、許される行為ではありません」

 

「………………2年だよ」

 

「えっ?」

 

 視線を少女から机へと変えて、釣られて少女も視線を送る。

 ちぐはぐなガンプラ。左右の形状もまるで違う歪なガンプラ。

 

「2年間ずっとそいつを弄ってたけど、俺は結局完成させられないんだ。結局ビルダーとしても才能が無かったんだよ。────だけどもうそいつにしがみつく必要も無くなった。その機会をナナがくれたんだと、思うようにした」

 

 萌煌(ほうこう)学園へと旅立つ間際まで手を加え続けていたアイズガンダム。

 在学中に培った経験と知識で改修を続けるも、必ず壁に衝突しその都度自身に限界を感じていた2年の日々。好きなのにアイデアが湧いてこないという焦りは同期が新作を作る度に強くなり、完成の目を見ること無く今日という日を迎えてしまった。

 リュウにはガンプラビルダー、そしてガンプラファイターとしての才能が無く、そして()()拘泥(こうでい)していたリュウへ踏ん切りを付けてくれた少女には、僅かながら感謝にも近い感情すら覚えている。

 実験から短い期間で、我ながら良い思考の帰結を辿ったなとリュウは不器用に笑った。

 

「だから、俺のガンプラはここで終わり……なんだろうな」

 

「────どうしてっ、なんですか」

 

 いつの日かリュウと購入した黒のワンピースの、手が隠れる程の袖を少女は握りしめる。

 

「どうして、リュウさんは自分の中で終わらせるんですか。私が全部っ悪いんですよ。私が、リュウさんの全部を奪ったんですよっ……!」

 

 唇は戦慄(わなな)き、瞳は潤みを帯びて揺れて。

 ゆっくりと動く少女の手がリュウの手に触れて、持ち上げる。

 力無いリュウの腕は少女にとっては重いだろう。そんな少年の右手を少女は自身の首まで導き、握らせる。

 

「私を、赦さないで下さいっ」

 

「赦したつもりはない」

 

 それが意味する事にリュウは気付き手を払う。

 弾かれた手に視線は落ちて、少女は肩を震わせて俯いた。

 

「そういうところが……っ、私にとって、一番辛いんです……!」

 

 嗚咽(おえつ)を溢す少女の肩を、しかしリュウは決して抱かない。

 リュウは少女を憎んでいる。

 だがそれ以上にリュウは、ナナという少女が哀れにも思えた。

 実験に関わった人間としてナナとリホの関係は切っても切り離せない、恐らくはナナがこの場にいるという状況が少女にとってリスクある行動だとリュウは察していた。

 そこまでして、一緒に居たいのかと。リュウは少女を赦すつもりは無く、そんな相手に付き添う少女が哀れに思えて仕方がなかった。

 

「俺は、これから好きなように生きる。そして、俺からナナに関与しない。学園都市に帰るなりそっちも好きにしろ」

 

「…………は、い」

 

 歯切れの悪い返事は黄昏(たそがれ)に消えて。

 それ以上の思考を閉ざしてリュウは身体をベッドに預ける。ナナについて深く考えれば考えるほど()()()()()()この感覚は本能的に()()()()()だと、眠気がぼんやりとのしかかりながら思う。

 

 そんな中、ふと。

 

 階段を思い切り掛け上がってくる足音に意識が無理矢理覚醒される。

 一直線に音はリュウの部屋の前へ止まり、数拍を置いてコンコン、と。直前の動作とは裏腹に何故か慎ましやかなノックが部屋に響く。

 返事をしようと、緩やかなに上体を起こして1度咳払いを────。

 

「リュウ君お帰りぃ~~!! 何だよ帰るならパパに一言連絡してくれよぉ~~~~っっ!! ご飯にする? お風呂にする? それとも……………………パパとガンプラバトルするッッ!!?」

 

 こちらの返しを待たないまま勢い良く開かれた扉の向こうに、スーツ姿の男性が謎のポーズを決めながら立っていた。

 気だるそうなリュウと、部屋の中央で無機質に扉の男性を見詰める少女の視線に、男性の動きが硬直する。

 

「──マッ……」

 

「…………は?」

 

「──────ママぁ~ッッ! リュウ君が女の子連れてきたよぉ~~~~!! 学園都市から女の子お持ち帰ってきたぁ~~~~!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章4話『タチバナ家』

「何だよリュウ君、家に帰ってくるなら連絡くれよぉ~。帰ってくる日が分かってたらもっとご馳走を振る舞えたのに。あ、キミはコーヒーじゃなくてココアの方が良いね」

 

 手際良く注がれたココアの優しく甘い香りが室内を満たすも、ナナは置かれたカップに手を付けようとはしない。

 1度、2度とリュウと男性を見比べて、結果少女の思考が疑問で埋まる。

 スーツ姿の男性。リュウに比べると多少明るい鳶色(とびいろ)の頭髪。

 

「リュウさんの、……その、…………お父様、なんですか……?」

 

「なんで疑問系なのかは分からないんだけど、はいそうだとも。僕がリュウの頼れる父親、タツヤ・タチバナだ。初めましてお嬢さん」

 

 何故か白く輝く歯を強調し微笑み掛けてくるタツヤにナナは理由知れぬ困惑を覚えるが、ナナが抱く疑念はそこではない。

 他者との関わりをあまり行わないリュウに比べると、目の前の男性が放つ人柄、というものは少女の目からしても掛け離れているように思えた。

 恐る恐るカップに口付け、程よい温度のココアを飲みながら少女はそんな事を思う。

 

「似てないだろ。俺と、親父」

 

「そんな事言わないでよリュウ君~~~!! 心なしか少し刺々しくない!? もうほら、大好きな父親に甘えろ! このっ! このっ!」

 

「ウザいウザいウザい」

 

「あはぁ~~んっっ!!? ウザいのジェットストリームアタック、リュウ君のそれを久し振りに聞けただけでパパ満足っ!」

 

 擦り付けられた頬を本当に嫌そうな顔でリュウが手で退ける。

 対するタツヤは、テーブルの席に着いてから1回も目を合わせないリュウの手前にコーヒーを差し出し、それを満面の笑みで見守る。

 そんな、離れた人柄同士の掛け合い見て。

()()()()()()()()()()()()

 

「で? リュウ君。この可愛らしい女の子は誰なんだよ~。まさか萌煌学園初等部か!? いけない、それは犯罪だよリュウ君! パパはリュウ君をロリコンに育てた覚えは無いよッッ!!」

 

「…………」

 

「息子のキツい無言もまた良しッッ!!」

 

 そういえばと。

 タツヤに対して自らの名前を伝えていない事に少女は気付き、それがマナー違反に該当する物だと自覚し男性を見詰める。

 

「わ、私はナナと言われ…………、ナナと言います。その、リュウさんとはっ……」

 

 ここで言葉に詰まってしまった。

 リュウとの詳細な間柄を言うのは違うと、必死に記憶から最適な返答を探す。

 そして1つだけ。

 過去にリュウがナナとの間柄を説明したときの記憶を思い出して、少女はハッキリとタツヤに伝えた。

 

「────私は、…………リュウさんの父方の遠い親戚で最近まで海外に住んでいたのですが、祖父の他界によって学園都市への移住がうやむやになりそうなところをリュウさんに引き取ってもらった…………ナナと言いますっ」

 

 一息で話した身体が仄かに熱を帯び、その火照る顔の熱とは対照的に。

 暗く無表情のリュウの眉がピクリと動き、タツヤが何かを察した顔でリュウに横目を向ける。

 視線に晒されたリュウが自らの顔を片手で覆うのを、少女は理由知らぬまま眺めていた。

 

※※※※※※※

 

『どうやらママの仕事が立て込んでるみたいで帰りが明日の朝になるみたいだ。リュウ君が帰ってるって言ったら、ママ喜んでたよ』

 

 そう言ってタツヤは仕事帰りの少しやつれた顔のまま着替えた後、今晩の夕飯の買い物へ。

 リビングにはリュウとナナが残り、再び静寂(せいじゃく)が部屋に下りる。

 春に学園へ行く頃には置いてなかった上質なソファは寮の物とは格別の座り心地で、慌ただしかった心が幾らか安らいだ。

 

「リュウさん、その……」

 

 対角線上にあるもう1つのソファの端に座るナナが、ここ最近変わらない申し訳なさそうな顔で呟く。

 

「ガンプラを辞める事は、今日の夜に伝えるんですか?」

 

 少女の手元に置いてあるカップの中身はとうに熱を無くし、淀んだ液体をリュウはぼんやりと見詰める。

 

「いや、親父と母さんが一緒に居る時に話す。伝えるのは同時の方が色々楽だと思うから」

 

 そう言って同じように冷えたカップへ口を付けた。

 なんて、言われるのだろうか。

 人並みに生まれ、人並みに生きて、そんな人間が日本トップレベルのガンプラ専門教育機関である萌煌学園に進学すると言って、そんなリュウを両親はひたすらに応援してくれた。

 誉められるような成績で無くても一緒になって悩んでくれたりして、その上学費も両親が負担をしてくれている。

 

 胸を張って自慢できる両親と比べて、親不孝者の何者でも無い自分。

 申し訳無さに膝へ置いた拳が強められた。

 

「まずは、……今後俺が何をするか考えよう。……就職するか、全く違う職種を勉強するか」

 

 闇に放られた気分だった。

 幼い頃から続けていたであろうガンプラ、プロがダメだった際はそれに関連する仕事へ就くのだと妄想を膨らませていた時期があったが、現状は想像と全く違う。

 

「私は、リュウさんに付いていきます。これからずっと、サポートさせてください」

 

 思考していた言葉が意図せず漏れていたようで、その言葉にナナが真摯(しんし)な表情で答える。

 

「私はもう、リュウさんを裏切りません。この命、今度はリュウさんに使います」

 

 どの口が言うのかと、一瞬白けた感情をリュウは覚える。

 (すが)めた横目を向けるが少女の表情は変わらず、浅い溜め息がリビングに1つ溢れた。

 

「いちいち大袈裟なんだよ……ったく。いつでも帰って良いからな」

 

 リュウの返答を受けて僅かに瞳が感慨に揺れる。

 最小限の表現だがバレバレな少女の仕草が、思えば小動物のようだなと思考の隅で1人納得した。

 ……とは、言ったものの。

 

「さて、何て言うかな……」

 

 学園を辞める事とそれ以降どうするかを伝えなければならず、そして辞める理由も考えなければならない。

 学園の人体実験に巻き込まれてガンプラに関する楽しかった記憶が消えました、なんて話はまず信じて貰える訳が無く、それの代用の理由をリュウは考えていなかった。

 

「けど自分のガンプラに限界を感じていたのは事実だ」

 

 伸びしろが見えない日々、周囲と開いていく実力差。

 模型としての腕前とバトルの腕前どちらも赤点に近かった事は両親に伝えておらず、それを言えば良いかと両手を頭の後ろに組んで身体を後ろへ倒す。

 そこへ。

 

『ピンポーン』

 

 と来客を告げるインターホンの鐘が鳴り、上体を起こす。

 

「親父か? 出ていってまだそんなに経ってねぇよな……?」

 

『ピンポーン』

 

 急かすよう押されるチャイムにややあってインターホンの前へ立つ。

 もしかしたら父親が前もって何かを注文した可能性もある、そう思って玄関先のカメラの映像をモニタに投影させた。

 

「はい、タチバナですけど」

 

『あら?』

 

 その表示された画面をきちんと把握せずに答えた事をリュウは呪った。

 画面越しからでも伝わる鋭い目付きに、自身と同じ暗い鳶色(とびいろ)の長髪。

 跳ね上がったこちらの心臓を知る由もない母が、含んだ笑みを浮かべてカメラをじっと見詰めた。

 

『おかえりなさい。……帰ってきたのね? リュウ』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章5話『こえのおしごと』

 口を必要以上に開かず、しきりに小さな唸りをあげる少年。

 数か月振りに会うのだというが、再会の言葉すら無しに台所へ着く少年の母親。

 

 少女にはそんな彼らの距離感が不思議だった。

 

「急いでたから鍵を家に忘れてしまってね、助かったわリュウ。……ほら会社前にこんなの買ったのよ」と高級感のある黒の包みに入ったチョコレートを差し出し「夕飯前に渡すなよ」と言いながらそれを口に入れる少年。

 顔を合わせて初めての会話は唐突に始まって終わり、少女は得体の知れない感慨のような物を覚える。

 

 言葉を交わしていないのに、どこか暖かいやりとり。

 

 胸に手を当てリュウから奪った記憶を振り返ると、似たようなケースに親友であるエイジやコトハとの触れ合いが見受けられた。言葉を交わさずとも心がどこか通じあっているやり取りの、聞こえた言葉だけ切り取れば支離滅裂に感じるも端から見れば信頼しあっているのだと一目で理解ができる挙動の数々。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言うべきか。

 

 ナナはそれを暖かいと思うと同時に、胸へ伝う冷たい感情を覚える。

 形容出来ないそれは、何故か痛くて。

 しかし直ぐに納得がいった。

 ……あぁ、これは。

 ゾンネゲルデと戦闘する前に見えた、リュウの記憶の中のコトハへ抱いた()()()

 

 何故自分が、リュウとその母親を見てそんな事を思ってしまうのかが不思議で、でも答えは無くて。

 きゅっ、と。胸に添えられた手を握る事しか出来なかった。

 

※※※※※※※

 

「貴女、アニメは見るの?」

 

 台所からこちらへ背を向けたまま母が少女に首だけ向ける。

 先程貰ったチョコレートの甘い残り香をコーヒーで流し込み、少女の名前を聞くよりも前にそんな事を聞くのかと、リュウは半ば呆れながら半目で会話を聞き流す。

 

「あ、その。以前は、リュウさんと一緒に見ていましたが、……最近はその」

 

「リュウの事だからガンダムしか見せないでしょ、あの人に似たのね。……なら丁度良いわ」

 

 そう言って台所からテレビのリモコンを操作し予約表へ。

 ところで2045年になってテレビも進化したらしいが、メーカー側があらゆる機能の利便性の向上を図った結果リモコン操作の採用を決定したという本末転倒な話を、以前父から聞かされたなとコーヒーを飲みながらリュウは思い出す。

 テレビの画面が切り替わり、急に深夜放送される美少女アニメが流された。

 

「『24時間耐久模型テレビ、表面処理は地球を救う』……、あの、これは?」

 

「良いからテレビ見てなさい」

 

 30分のアニメなのに何故24時間耐久模型テレビなのか、リュウは下らないなと思いながらもカップに再び口を添えた。

 

『あわわっっ! 昨夜徹夜でガンプラバトルしてしまったせいで寝惚けてたのか、私っ! ずっと400番と600番での表面処理を繰り返していたみたいっ! 私のばかっ!』

『フッ、困っているようだな』

『この声はっ……! 不眠不休で模型をしていたら過労死してしまった部長!?』

『時間が無いようだが、忘れたのか? 俺とお前が修行した、感謝の表面処理1万回。それを思い出すんだ』

『あんなことっ、今やったって何の意味もっ』

『意味ならある。修行の成果今こそ見せてみろ。今のお前の表面処理は音をも置き去りにする』

 

「…………なんだこれ」

 

「あら知らないのリュウ? この後光速を越えた表面処理によって時間が乱れて過去の自分と主人公が対決するのよ」

 

 自分がアニメを見ていなかった間にこんなヤバイ代物が世に蔓延っていたのかとリュウは目眩を覚えつつ、乗り出していた上体をソファへ戻す。

 

「リュウさんの、お母さん。その、何故これを私に?」

 

「この主人公の声ね、私なの」

 

「声が、私………………」

 

「私が声なの」

 

「リュウさんのお母さんが…………声? あの、なら私の目の前に居られるのは……どなたなのでしょう…………?」

 

「ちょっとリュウ。貴方こんな可愛い子どこで拾ってきたの」

 

 冷然な印象のままの表情で、家族にしか分からないような声の微かな上ずりのまま母が上機嫌な声を上げる。

 昔から変わらない、何を考えているのかよく分からない冷とした表情。どうして父のような対極の性格同士が結婚したのか分からない事情に改めてリュウは腕を組む。

 

「紹介が遅れたわね、私の名前はキョウカ・タチバナ。からかってごめんなさい。私、声の仕事をやっているの」

 

「声の、お仕事? ……あの、リュウさん、声のお仕事とは……?」

 

「声優って聞いたことあるか? 要はアニメのキャラに母さんが声を当ててそれを仕事にしているんだよ」

 

「………………???」

 

 完全に硬直した少女が大きな瞳だけをリュウへと向ける。

 恐らく脳の許容を越えたのか、初めて見たそんな少女の挙動にリュウも困惑した。

 何か、説明が間違っていたのだろうか。

 

「リュウさん。アニメは、この世界のどこかで起きている事を色んな場所に伝えている映像では無いの、ですか?」

 

「……ナナ、そこだけは謝らせてくれ。黙っていたけど、アニメは現実じゃないんだ」

 

「アニメは、現実じゃない……」

 

「アニメは、現実じゃない。……アニメじゃない」

 

「アニメじゃない……」

 

「この流れ、母さん歌った方が良いのかしら?」

 

「少し黙ってて」

 

 溜め息を1つリュウが盛大に吐く。

 母、キョウカ・タチバナは一見気難しそうな変わり映えしない表情と、その穿(うが)つような眼差しから勘違いされるが、実のところ性格は他人を弄る事に喜びを感じるタイプの人間だ。

 困惑する少女を見てクク、と喉奥で笑う母が僅かに口角を上げて少女の視線を捉える。

 

「……んっ、ごほん。『あわわっっ! 昨夜徹夜でガンプラバトルしてしまったせいで寝惚けてたのか、私っ! ずっと400番と600番での表面処理を繰り返していたみたいっ! 私のばかっ!』」

 

「リュウさんのお母さんから、アニメの声が出ました……!」

 

「今時声優を知らない子もいるのね……。どう? 凄いでしょ。これでも私、売れっ子声優なんだから」

 

 感慨に瞳を揺らす少女に、リュウは胸の奥に痛みを覚える。

 ナナと出会って数ヵ月、自分は想像以上に少女へ物事を教えず、感動を与える事をさせなかったなと憔悴(しょうすい)しきった心に後悔が募った。

 しかしそれも束の間。

 ……ナナは、俺を裏切った。

 

「………………リュウ」

 

 母の横目がリュウを捉える。

 それは他人を弄る時のような物ではなく、子供の核心を的確に突く母親としての視線。

 

「夕御飯の時、教えてね」

 

 具体的な内容を除いた言葉に、リュウはただ浅く頷くだけだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章6話『心の在処』

 一般的な一軒家の、常識的な広さのリビング。

 晩方が過ぎて夕日が落ちる直前の、蛍光灯に照らされたテーブルへ並べられた皿の数々。

 父が買ってきた既製品の料理と母の作った手料理が所狭しと占拠し、4人で食べきるには多すぎる量にリュウはやや目を丸くする。

 

「いや、張り切りすぎだろ」

 

「何を言ってんのリュウ君! 子供が久し振りに帰ってきたんだからこれくらい用意させてくれよ! ……それにしてもママ、良く帰ってこれたね? ……もしかして、僕が無理をさせちゃった…………?」

 

「リュウが帰ってくるなら収録くらい巻きで終わらせるわよ。あなたから電話受けたあと、監督に頼んで私だけ声録らせて貰って、それで全部1発OK」

 

「さっすがママぁ~!! その上料理まで作ってこの仕上がり……!! 僕のママは世界一のママだねっ!」

 

 エビチリを山盛りにした皿を中央に置いて父が席へと着き、母が小皿と椅子の前に配置する。

 座ってないのはリュウとナナで、父の笑顔に当てられ椅子を引くもその動きはぎこちない。

 リュウに習ったナナが席に座り、大きな瞳の気配を横で感じた。

 

「んじゃいただきますしよっか!」

 

「そうね、暖かいうちに食べちゃいましょう」

 

 一息ついてエプロンを外す母。

 幸せそうな父の顔と、団欒(だんらん)とした空気。

 

「──────、父さん。母さん。……俺さ、ガンプラバトル、辞めるよ。学園も……続けられない」

 

 だからこそ、言わずにはいられなかった。

 これを告げないと楽しい筈の時間は楽しくないままで、両親の2人を騙しているような気がしたから。

 

「俺が帰ってきたのは、それを2人に伝える為なんだ。………………ごめんなさい」

 

 豪勢な料理が置かれたテーブルの下、少年はきつく拳を握る。

 自分のガンプラバトルを最も認め、応援してくれた両親に対する裏切りにも等しい結果にリュウはただ俯いた。俯いたのは2人の顔を見ることが怖くて、そんな自分が情けなくて。

 しばしの静寂の後、リュウは気が付いたら席を立っていた。

 

「リュウさんっ!」

 

 背中から聞こえる少女の声で遂に目尻から熱い液体が溢れる。

 今この瞬間にも両親がどんな顔でこちらを見ているのかが不安で、視線を断ち切るかのようにリュウは部屋を飛び出した。

 

※※※※※※※※

 

 これが悪夢だという事は直感で理解した。

 照り付ける太陽の下、リュウを囲んでいるのは当時のガキ大将とその取り巻き。

 加減を知らない暴力に幼かったリュウの身体のあちこちが切れて、うずくまりながら細目で見詰める視線の先にはバラバラとなったガンプラが雑に捨てられていた。

 

「わるもののガンプラを使うやつなんてこうだぁ!!」

 

 ────好きなガンプラを使っていただけなのに。

 

「バトルも弱いくせによぉっ!!」

 

 ────弱い奴にはあらゆる権利が存在せず。

 

「いつもこっちを睨んできやがって! 下級生の癖に生意気なんだよっ!!」

 

 ────だからこうして地面に伏している。

 

 どうすれば良いのか、どうすれば良かったのか。

 爪先が腹部に突き刺さりながらぼんやりとそんなことを考え、1つ思い至る。

 自分が強ければ良い、ではない。────()()()()()()()()()()()()()()

 そんな暗い感情が急激に胸へ広がり、地面に立てられた爪が土を抉る。

 痛覚の麻痺した身体は肉体の限界が外され、ふと目についたのは目の前に転がる手のひら程の石だ。

 

「何も言い返さねえでやんのギャハハ! いつもいつもだっせぇなコイツ!!」

 

 満足げに唾を吐いて後ずさる少年達。その隙をリュウは見逃さない。

 憎悪(ぞうお)に駆り立てられたまま石へと手を伸ばし、ありったけの力でそれを振り上げ影が少年の(ひたい)に落ちる。

 自分が何をしたのか分からない。ただあの瞬間だけは()()()()()()()()()()()気がして──────。

 

※※※※※※※

 

 意識の境界が曖昧だ。

 目を見開き肩は上下して、右手に残る石を掴んだ感覚のままリュウは拳を爪が食い込むほどに握っている。頭に血が回っている為か意識は恐ろしいほどに冴えて、しかしそれが寝惚けの延長だという事もリュウは辛うじて理解できた。

 あの夢も最近多く見るようになったなと、頭痛に顔をしかめながら心の何処かで思い、次の瞬間には首を振る。

 

「そういえば、どうして俺は寝て」

 

 言葉と共に思い返す記憶は新しく、先程とは別口の痛みがリュウを襲う。

 逃げたのだ。夕飯の場で自ら切り出し、両親の無言に耐えきれず自分の部屋まで。

 情けなさに目眩がした。

 あまつさえ今まで学費を援助してもらった上で学園を辞めて、応援してもらったガンプラバトルすら投げ出しておいて、リュウは夕飯の場からさえも逃げ仰せた。

 こうして振り返れば客観的事実として浮き彫りになる自らの人間としての醜さにリュウは額に手の甲を当てる。

 

「これから先、ずっとこんな生き方すんのかな」

 

 嫌なことから逃げ続け、両親へ甘えながら生活する将来の有り様を容易に想像が出来た。

 余りにも惨めな光景に溜め息を吐いて、そこでリュウは喉の乾きに気付く。

 この寝汗だ、無理もないなと汗で張り付いたインナーを自覚しながら時計に視線を向ければ両の針が頂点を指しており、リュウは重い身体をゆっくりと起こした。

 この時間ならば両親が起きている事はない。下で喉を潤し、服を交換がてらシャワーでも浴びようと倦怠感に(さいな)まれる身を引き摺るよう歩きドアノブに手を掛けた。

 

 静まり返ったリビングには一切の明かりが灯っておらず、スマートフォンの光源と長年住んだ事による感覚を頼りに足を忍ばせた。

 両親の寝室はリビング前の廊下を挟んでの部屋にあり多少の物音なら聞こえることはない。喉の乾きのままに冷蔵庫のペットボトルを飲み干しリュウの意識が微睡みから多少回復する。

 冷蔵庫を閉める直後、リュウの目線と同じ高さの段に書き置きされた紙が貼り付けられている事に気付いて目を細めた。

 

『レンジで暖めてね。元気そうで良かった。可愛い母』

 

 ラップで蓋をされた小皿には夕食の残りが入っており、その光景に胸が(えぐ)られる錯覚を覚える。

 ──どこまで俺は両親に迷惑を掛けるんだ。

 父が奮発して買ってきたショートケーキの、深紅に輝く季節外れの苺。仕事帰りの母が息子の為に調理した料理の数々。目を震わせて愕然(がくぜん)とするリュウの意識は冷蔵庫の消費電力を抑えるための警告音に引き戻され慌てて扉を閉める。

 

 何故自分は今この場に居るのか。

 

 もしかしたらこれも悪い夢の続きで、目が覚めたら楽しく学園に通って仲間達とガンプラバトルをしているのではないか。そんな妄想すら一瞬考えてしまうほどに、母の置き紙が強烈にリュウの胸へ刻まれた。

 そもそもリュウがこうして実家へ帰った理由はナナの実験によるもので、リュウは自身を裏切ったナナとリホを憎んでいる。そこは今でも変わっていないし変えるつもりもないがそれ以上にガンプラバトルの記憶を失ったのが非常に大きい。

 記憶が消えたのなら埋め合わせをすればいいと、リュウはありとあらゆる媒体を用いて記憶の修繕を図ったが全てが無為に終わった。ガンプラに関する文字の1つでも覚えようとすれば激痛が襲い、エイジを見れば頭蓋が割れそうになるほどに頭痛が駆け回る。

 その上実験の果てに記憶は戻らず、故に萌煌学園に残る理由も消えて自問の答えが浮かび上がっていた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう思考する傍ら、リュウの胸には別の答えが浮かび上がりどこかストンと府に落ちた。

 ……そうか。リュウ・タチバナという人間は。

 思案に自嘲(じちょう)し、嫌な汗がじんわりと肌を覆う。

 まずは身を(まと)う汗を一刻も洗い流したい、その一心でリュウは脱衣所の扉を開けた。

 目に飛び込んできたのは見慣れた自分の家の風景。思い返しても頭痛が起きない記憶はリュウにとって少なく感慨(かんがい)すら思うと同時、強烈な違和感がリュウを襲う。

 

 ──何故明かりを付けていない脱衣所が灯っているのか。

 

「……………………あ。…………リュウ、さん」

 

 聞こえたのはリュウの視界の下からだ。

 初雪を思わせる銀にも似た淡い髪からは湯気が仄かに立ち、一糸纏わぬ少女の身体を玉の滴が伝って落ちる。

 

「………………」

 

 逆再生された映像のようにリュウは扉を閉め、先ほどまで悩んでいた少女への憎しみよりも前に率直な疑問が口から飛び出た。

 

「どうしてナナが入ってるんだ……?」

 

「ご、ごめんなさい、すぐに出ます。お風呂の邪魔をしてすみませんでした」

 

「いや皮肉でも何でもなくて……。どうしてこんな時間にナナが入ってるんだ?」

 

「リュウさんのお母さんから、その、リュウさんは朝にシャワーを浴びるから夜に入りなさい、朝に鉢会うと気まずいでしょと言われて……。けれど、その、鉢会ってしまいました。……ごめんなさい」

 

 扉の向こうから少女が謝罪する気配をひしひしと感じ、しかしリュウが抱いた疑問は他にある。

 そも実家で朝に風呂へ入ろうものなら風呂を洗う手間が倍に増えると母が珍しく怒った例があるため、それを最後にリュウは入浴を夜の間に済ます習慣が身に付いている。

 表情の変化がナナとは別方向で見えない母の悪戯に、リュウはため息を長く吐いた。

 

「あの……上がったので開けて貰えないでしょうか?」

 

「あぁ悪い、扉押さえたままだった」

 

 ナナが入っていた衝撃からかドアノブを握った姿勢のまま硬直しており慌てて手を離す。

 すると程無くして遠慮がちに扉が開かれた。

 

「その、時間を取らせてすみませんでした」

 

 バタン。

 

「どうして扉を閉めたんですかリュウさん?」

 

「そっちこそなんで服を着てないんですか」

 

「服なら外でも着れます。身体の水気は拭き取ったのでリュウさんの家の廊下を水浸しにすることはまず有り得ません」

 

「一緒に過ごした間に羞恥心を教えてあげられなかった俺が悪かった。悪かったから服を着て出てきてくれ」

 

 こんな現場を父にでも見られたら大変な事になってしまう。

 しばらくすると衣擦れの音が聞こえ、妙にむず痒い時間が過ぎていく。

 

「服を、着ました」

 

 再び恐る恐る出てきたナナは何故かリュウのシャツを着ており、その人形めいた白い頬を僅かに赤く染めている。

 ナナの着ているシャツ、あれはリュウが中学生だった頃のシャツであり、卒業したタイミングで母に処分を頼んだ筈だったが。

 

「…………」

 

 澄んだ水面を思わせる空色の瞳がリュウを見詰め、しかしナナの方が先に脇を通り抜けた。

 その小さな背中を、憎しみと親しみをない交ぜにした何とも言えない気持ちで見送り、このアクシデントを招いた人物を思う。

 母は。

 何故母は、ガンプラバトルも学園も辞めると言った息子へどうして()()()()()()()()()()()()()()()()

 それだけがリュウの疑問だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章7話『積み上がった物は』

 その朝は今まで感じた事の無い頭痛で目が覚めた。

 頭の中から鈍器で延々と殴打されるような衝撃にリュウは苦悶の叫びを上げて目を覚まし、噛み締めた唇による流血がベッドへ滴り落ちる。

 どうにかなりそうだ。

 もう、どうにかなっている。

 暴風染みた激痛に身を(さら)され、微かに残る思考の余地から原因を探る。

 悶えながら顔を手で覆い、最早狂気の類いに一歩踏み行った視線は指の間からある場所を示した。その先には机の上に散らばるガンプラとその道具。

 

 今日見た夢は学園でガンプラを仲間で作る内容で、虚ろな視線のままリュウは卓上の模型道具を凪ぎ払おうと、しかし寸での所で止まり部屋に荒い呼吸だけがただ繰り返される。

 

「お前が居るから、俺は」

 

 拳を解いて、いつか触ったガンプラを震える掌で掬う。

 破綻している体型(プロポーション)に不釣り合いな大型の武装。机に並べられた作例本や模型誌は何度も(めく)られた形跡が見受けられ本自体が浅く歪んでいる。

 過去のリュウが持てる知識を総動員して作ろうとした作品。()()()()()()()()()()()()

 

「よくもまぁ、こんな出来で萌煌学園に行こうとしたよな……」

 

 手の内にあるガンプラを呆然と見詰め、リュウの胸には哀れみの感情がただ浮かんだ。

 こんな物しか作れない奴がこの先ガンプラバトルをしていたとしても、それは確実に大成しなかっただろう。()()()()()()()はもしかしたら本心で言ったのかもなと、リュウは(あざけ)りの笑みを形取る。

 

『────大人になっても見合わない目標目指すより、こうやって早くに切り上げた方がもしかしたら楽かもだろ』

 

 いつか少年が少女へ言い放った言葉だった。

 そして、リュウは理解した。

 春休みが終わったあの夜、仮に少女と出会わなかったとしても。

 

「リュウさん……! 大丈夫ですか」

 

 ナナが部屋へと殺到する。

 勢い良く開かれた扉の向こうには、苦痛に苛まれる声とは一変し不気味なほど静かな部屋で背を向ける少年が佇んでいるだけだった。

 

「リュウ、さん……?」

 

 やっとナナの存在に気付いたかでも言うようにゆっくりと振り返るリュウの、儚げに笑みを形取った口元にナナは悪寒を覚えた。

 同時に芯まで冷える程の罪悪感も。

 

「ダメなんだ俺。こいつが近くにいちゃ……」

 

 ぽつりとそう呟いて少年がナナから背を向ける。

 引き出しから乱雑に袋を取り出して、机のあらゆるものを無造作に入れ始めた。

 一心不乱にゴミ袋へ模型道具を詰め込む背中を見て、少女は手を伸ばしたい衝動を必死に堪える。

 少年がガンプラから離れることはもう仕方無い事だと、ナナの中で決心は付いた。そしてこの先どうあろうともリュウの後ろを付いていく事もナナは心に決めていた。

 少年から育んでもらった、大切な感情と共に。

 

※※※※※※※

 

「別に一緒に来なくても良かったんだぞナナ」

 

 リュウの住む町のゴミ捨て場は町内の面積に比べて非常に広い。

 これは付近に学園都市が存在する関係上、将来的にこの街にも移住者が増える事を見越した条例の1つらしいが今は何も関係が無いその知識に、少年は目の前に積まれたゴミ袋の山を見ながらぼんやりと思い出す。

 ゴミ捨て場のその一角、両手が塞がる大きさの袋が複数山になりその全てがリュウの部屋から出た模型に関する物だ。中身は数々の模型道具やガンプラが入っており、中には使い古された物も数多くあったがやはり少年の胸には何も感慨は湧かない。

 傍らの少女がじっと袋の山を見ながら応答をする。

 

「私はもう、リュウさんに付いていくと決めましたから」

 

「……勝手にしろ」

 

 踵を返す少年の後をナナが付き添うように歩きその距離は一定だ。

 リュウにしてもナナの今後の扱いは無関心のスタンスと決め、宿くらいは両親の承諾が下りるのならば貸し与える事にしようと、(ようや)く思考の整理がまとまった。

 世話をしない、リュウの方から関与もしない。少女の方から何か聞かれれば必要に応じて答える。

 少年にとってナナとの距離感はこれくらいが適切だった。

 

「リュウさん。この後どこかへ行く予定はありますか?」

 

 普段通り抑揚(よくよう)の少ない、鈴の音のような声。

 

「家に帰るだけだけど。なんか用事でもあるのか?」

 

「行ってみたい場所があります。行き方さえ教えてくれれば私1人で向かうので」

 

 珍しいと、そう率直に思った。

 譲らない頑固な面を持ち合わせているナナだが、基本的にはリュウの方針に添って行動することが多かった為少女が個人的に興味を持つという事は今まで滅多に無い。

 

「リュウさんが幼少の頃から通っていた模型店へ、私は行ってみたいです」

 

「……っ。それも俺の記憶を覗いたのか」

 

「…………ごめんなさい」

 

 少年が剣呑に横目で流すと少女は詫びるように俯く。

 謝罪を口にした少女の真摯な瞳。次の瞬間顔を上げ相対したナナの表情にリュウは毒気を抜かれた。

 

「私はリュウさんを騙しました。決して許される事ではありませんし許されたいとも思っていません。…………ただ私は、リュウさんを知りたいんです」

 

「もういいよそれは聞き飽きた。…………模型店はこっから結構近い。道も単純だから楽に行ける。……だけど」

 

 少女から目を逸らし少年の視線が空間に揺れる。

 やがて苦虫を踏み潰したような顔でリュウは空を見上げた。

 

「俺は行かない。……あいつらに、会わす顔が無いからな」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章8話『中山模型店』

『昨日発売された『プラモラ』ヤバくね!? 長らく謎とされてきたプラモ仙人による表面処理が映像付きで解説されていたのアレもう事件だろ!!』

『巷ではパーツとヤスリの接着面を真空状態することでカマイタチを発生させて表面処理の速度を上げている説が提唱されていたけど、いやまさか地道な研鑽(けんさん)の積み重ねだったとは…………。流石は仙人だったな』

『いや待つんだ2人共。あれは世界プラモデル協会が発したデマだと僕は考えている。理由としては幾らなんでも映像が乱れすぎているし、いかにかの老人が人里離れた場所でプラモを製作していようともあの映像の粗雑さはあからさまだ。僕が考えるにプラモ仙人は表面処理を行う際、実際にカマイタチを発生させているがその事実を隠蔽(いんぺい)するため世界プラモデル協会が今回の『プラモラ』へ掲載したんだろう』

 

 少女が店に入ると多くの喧騒が耳に入ってくる。

 少年から言われた通り道のりは単純で、尚且つ中々に特徴的な店の名前だということから初めて訪れた少女にも初見で理解が出来た。

 ──『中山模型店』。

 見慣れない字体に少女が首を傾げるも取り敢えずといった形で店内へ足を進める。

 広い室内は所々が汚れており、カーペットに至っては塗料を溢した形跡すら見受けられ『学園都市』に建てられた模型店とは清潔の差が歴然だった。

 横目にそういった物を興味深げに眺めながら少女は進み、店内奥の開けたスペースが目の前に映る。

 

 長机が並び、そこに座る多くの人達。

 一心不乱に模型へ(ふけ)っている人もいれば雑談を交えながら仲間内で製作をしている集団も見受けられ、少女の目についたのはその更に奥の一角。周囲の長机よりも一回り小さな机で模型に勤しんでいる少年少女達だった。

 

「ホントかよカンナ、リュウが帰って来たって。またいつもの幻覚じゃねぇのか? カンナが使ってる洗浄液結構キツそうだし──────ゲホァッッ!!?」

 

「いつもマスク使っとるわっっ!! パパの会社で使ってるとびっきり優秀な奴っ!! 私……本当に見たんだからね、あれは絶対リュウだった」

 

「痛たたたたたぁ!!? 分かったから分かったから横腹を抉る指先を止めてくれ!! なんだこの痛み、指先がピンバイスにでもなってんのか!!?」

 

 談笑している少年少女達へナナは歩みを進める。

 見た目は少女と同じくらいの年齢ばかりで、その中でも彼らを柔和な笑みで見守るふくよかな中年の男性が少女の目に入った。

 彼らを、少女は知っている。

 

「カンナちゃんそれくらいにしてあげなさい。こういう年頃の男の子はね、女の子にちょっかいを掛けてあげたくなるものさ。…………それにしてもリュウ君か。彼は確かまだ学園に居る筈だろう、彼が来るのなら連絡を寄越すだろうし……」

 

「ほらやっぱ幻覚じゃんか!! 店長コイツの洗浄液やっぱ変えた方がいいって~」

 

「3mm」

 

「────うぐほぉぉッッ!!?」

 

「アンタの脳みそ全部取っ払ってパテでも詰め込んでやろうか!? 本当に見たの! しかも変な女の子連れて!! …………一体何なのよもう~~~!!」

 

「待って待って待って!! 3mmでこれなら5mmとかどんだけ痛いんだよ!!?」

 

 彼らの事は断片的な映像でしか見たことが無いけれど、少女は確信を(もっ)て他人と会話をする距離の1歩遠くから声を掛ける。

 

「カンナ・イブキ、さん」

 

「そうそうこんな感じの女の子だったわ! 何か綺麗なんだけど不気味っていうかお化けかと思ってびっくりしたわ………………って、え?」

 

 少女の動きがピタリと止まる。

 動揺に硬直する身体はしかし視線だけ動き目の前に立つ白銀の髪の少女を捉えた。

 釣られて言葉を無くす周囲の少年達の目線も一斉にナナへと向き、鈴の音のような澄んだ声音でもう一度少女は声を上げた。

 

「──────初めましてカンナ・イブキさん。私はナナ。貴女に聞きたいことがあって来ました」

 

※※※※※※※

 

 棄てた、という実感は少なくともリュウには無く、言い換えるのなら処分したという方が正しいか。

 記憶を探るだけで激痛が走り、必死の覚悟で微かに覗けた思い出は全て忌まわしいエピソード。関連する道具や模型が目に入るだけで毒となったそれらは処分した方が今後の為にも良いだろうと、リュウは確かにそう思った。

 そう、思っていた。

 

 がらんと開けた自室の一角は不自然なスペースが空いており、カーテンから差し込む陽に照らされた埃が舞い、一抹の寂しさを演出しているように煌めいている。

 部屋に残ったものは机とベッド、たったそれだけだ。

 自室の光景はリュウ・タチバナの人生の現れといっても差し支えなく、少年が今までの人生を殆どガンプラへと注ぎ込んでいた証明でもあった。

 

「──────っ、くそッ」

 

 決して自慢できる軌跡では無かったと思う。

 高校受験を放って日本有数のガンプラ強豪校である萌煌学園を受験し、受けた動機もただなんとなくだった。

 同期であったコトハとエイジは必死に猛勉強をして自分だけのガンプラを作り、それを見て彼らは本気でガンプラが好きなんだなと、思えばあの時から隔絶が始まっていたのだろう。

 リュウはそんな幼馴染み達の熱意に当てられ、懸命なフリをして受験しそして合格した。

 

 萌煌学園は評判こそ日本で最強のガンプラ育成機関ではあるものの入り口はさして狭くはない。学園もビジネスだ。数多くの生徒を受け入れ入学金や奨学金といった利益を得て、辞めたい生徒だけ辞めれば良いというスタンスだ。萌煌学園出身というブランドを除けば卒業後の進路は殆ど自分で見付ける事になり、ましてやガンプラファイターとガンプラビルダーを養成する施設という特性上、将来生徒同士で潰し合うなんて話はごまんとある。

 学園にとって生徒は入学させ得であり、学舎で生徒が何人辞めようが構わない。辞める生徒は所詮その程度だった、それだけの話だ。

 

 そんな虎穴を生半可な覚悟で潜った自分が行けなかったと、リュウは熱くなる目頭を抑えもせずに自室をただじっと見詰める。

 

 昨日の夜、ナナと鉢合わせた晩にリュウは気付いてしまった。

 たとえ少女と出会わずあのまま学園生活を続けていても、結果的に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 リュウはガンプラに関する記憶を無くしていても、自分がどんな人間かまでは忘れていない。

 自らを優先し他人を見捨て、理由を付けて学園をサボっていた。表面上の努力だけは達者で人間関係のみで萌煌学園を過ごしてきたような人間だ。そんな人間は将来いつか大きな挫折を味わってこんな理由を付けて辞めるのだろう。

 

 ────本気でやってなかったし。別にいいや。

 

 例えば未来、大きな試験で決定的な敗北をした時。例えば未来、コンテストで結果を得れなかった時。リュウにはその際、『次回こそ良い成績を出すと』、果たして本心で言えただろうか。

 否、言える筈が無かった。

 だからこそトウドウ・サキとカナタから逃げるように選択科目を取らなかったし、ナナとの実験を名目に惰性でそれとなく過ごしてきた。

 

 つまり目の前のこの光景は、少女と出会わなかったとしても確実にリュウの目の前へ現れていた光景だ。

 途中で投げ出すタイミングがたまたま今回だっただけ、それだけの事だ。

 

「──────、くそっ……!」

 

 堪えていたものが遂に目尻から溢れる。

 どうして自分が泣いているのか。思考と矛盾した身体の反応に少年は困惑するしかなかった。

 

『『そんな息子の涙を母親は見逃す訳にはいかず、そっと後ろから声を掛けるのであった』』

 

「ッッ!!?」

 

 リュウが声に振り向くと仕事へ向かった筈の母親が開いたドアの向こうから微笑んでいた。

 

「様子が変だったもの。……リビングに来なさい、朝御飯まだでしょ?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章9話『2人』

「なーなー! リュウってマジでプロになったのか!?」「嘘だぁ~! アイツ俺のガンタンクに負けそうになってたぜ!」「ナナちゃん! 学園都市ってどんなところ!? どんなガンプラが売ってるの!?」「学園都市って緊急事態になると学区が合体して巨大ロボになるって本当か!?」「誰か180番持ってない~?」「ナナちゃんって萌煌学園何年生? どんなこと教わるの?」「うわぁ~~!! パテ造形した所を切削してたらパテ部分全部取れちゃった!!」「おしっこ行きたい!」「萌煌学園七不思議って実際あるのかしら? 深夜の音楽室から超音波カッターでパーツを切る音が聞こえるらしいのだけれど」「はい180番」「ヤースリィガンダムコアドッキング!! 親父のミニ四駆からパクったモーターなら絶対もっと削れる筈だっ!」「ナナちゃん! 学園都市で一番美味しかった食べ物って何!? あ、甘いもの限定ね!」「パテが取れた奴、その取れたパテをもう一度パーツに張り付けろ! 接着すればまだどうにかなる!」「おしっこ行きたい!」「ナナちゃん! リュウについてなんだけど」「ナナちゃん!」「ナナちゃん!」「ナナちゃん!」

 

「……………………えっ、あの。あっ」

 

「だぁ~~~っっ!! アンタ達1回黙りなさい! 黙りなさいったら黙りなさい!! ナナさんが困ってるでしょう! 1人ずつ順番で質問しなさい! そんでトイレ行きたい子は早く行きなさい!」

 

 席に着くや否やナナの周囲には多くの子供達が波のように押し寄せて、怒濤の質問攻めを繰り出していた。

 少女が戸惑いに大きな瞳を瞬かせていると波の中から一際大きな声が発せられ、文字通り波を引くように子供達が引いていく。

 その中心に声の主、カンナ・イブキが天に向いたおさげのまま両手を腰に当て頬を膨らませていた。

 

「ごめんなさいねナナさん。皆まだ低学年で元気が有り余っているの。驚かせたわよね」

 

「いえ、あの。……こういった経験が無かったので」

 

『おい見ろよ、カンナがまた年長者気取ってるぜ。学年1個しか違わねぇ癖に』『ナナちゃんに良いところ見せたいんだろ。やだやだこれだから優等生気取りは』『あんま弄んなって、またダインスレイヴが飛んでくるぞ』

 

「男子達コラ」

 

『『『うぎゃぁぁああああッッ!!? 痛痛痛てててて!!』』』

 

 囃し立てる男子達の脇腹に次々と指先が抉り刺さる。

 ひとしきりグリグリしたところでカンナは何事も無かったように頬へ笑みを優しく浮かべて席に着いた。

 

「で、ナナさん。私に聞きたい事って何?」

 

「リュウさんの事についてです。リュウさんはどういった風にこの模型店で過ごし、どんな風にカンナさんや皆さんと交遊していたのですか?」

 

「その質問を答える前に聞きたいのだけど、ナナさんはどうして私の事を知っているの?」

 

「それは…………」

 

 リュウとLinkした際に記憶から知識を得たという事実を言うのは少女の中で(はばか)られた。

 接続者(コネクター)としてリュウが除外され、実験から外された少女を縛る誓約は既に存在しないが、そんな話を初対面の少女を相手に説明することはリスクが高すぎる。

 そう断じたナナは言葉を数度濁した後、きっぱりとカンナの目を見て。

 

「言えないです」

 

 そう言い退けた。

 

「そう。ふんっ、まぁどうせリュウから聞いたんでしょ? それくらい想像がつくわよ。……でナナさんの質問に答えさせて貰うわね。…………と言っても私もリュウの全部を知っている訳じゃないけど、それでも良い?」

 

「……!」

 

 腕を組み何故か上機嫌に鼻を鳴らす少女はその言葉を皮切りに目を閉じ、大切に糸を紡ぐよう確かな言葉を以て口を開いた。

 対するナナはそんな少女の言葉を一語一句聞き逃さないよう、僅かに身を寄せてそっと目を閉じる。

 歌を聞くように、少年の知らない姿を胸に想いながら少女の意識は没入していった。

 

※※※※※※※

 

 差し出されたマグカップが置かれ、昼下がりのリビングに珈琲の香りが広がる。既に昼食という名の朝食を食べ終えたリュウは母親に視線で促され熱々のそれを口へ運ぶとブラックの苦味が口と鼻孔を満たし、リュウは眉を潜める。

 じっとその様子を見詰めキョウカはややあって口元に笑みを浮かべた。

 

「子供ね」

 

「うっせ。……今日は仕事じゃないのかよ」

 

「あら? カレンダー見ていないのかしら、母さん今日はオフの日だけど」

 

 そう言ってカップを片手に新聞を眺める姿は所謂(いわゆる)『出来る女』の像そのもので、珈琲を飲む際に香りまで味わっている姿をどうしてもリュウは自分と比較してしまう。

 キョウカの言う通りカレンダーへ目をやれば確かに今日は仕事が入っておらず、しかし今日以外の日付はほぼ全て仕事の表記が施されており、偶然リュウの帰省と重なってしまったというわけだ。

 

「ナナちゃん、良い子ね」

 

 リュウは答えずに珈琲へ再び口を付ける。

 

「言うことはちゃんと聞くし礼儀正しいし、昨日なんか何かお手伝いすることはありますかって聞いてきて。……リュウが良ければ(しばら)くうちに住まわせてもいいけど。あ、でも親御さんの事もあるわね」

 

「……ナナの事ならナナに聞けば良い。俺は、ナナとは関係無い」

 

「それもそうね。そうそうリュウ、学園の件だけど」

 

 心臓を握りしめられた感覚だった。

 多少身構えていたとはいえ、遂に来たかとリュウはカップを置いたまま姿勢が固まる。

 

「私は良いわよ。……けどね、理由だけは聞かせて」

 

 聞こえてきた言葉に愕然とした。

 顔をあげればいつものような表情の変化が薄い顔に微笑みを浮かべて、おおよそ怒りのような感情は微塵も見てとれない。

 不可解だった。

 

「母さん、怒ってないのかよ」

 

「あら、怒るところあったかしら」

 

「あるだろッッ!!」

 

 机を叩いて起立するリュウは怒りと悲しみをない混ぜにした瞳でキョウカを睨んだ。

 

「辞めたんだぞガンプラを!? 学園をっ! 昔っから2人に支えられてきた事を裏切ったんだぞ!? ……1発くらい、殴ってくれよ…………ッッ!!」

 

 リュウが覚えている限りでは、母は休日になると決まって家におりリュウや父と過ごしていた。率先して家事を行いリュウとタツヤが模型を組んでいる様子を珈琲の入ったマグカップを片手に微笑みながら見詰めて、他愛ない話で1日を過ごした後激務の日々を再び歩んでいく。

 リュウはそんなキョウカが憧れでもあり誇りで、どんな時も気に掛けてくれる両親の元に生まれた自分は恵まれていると常に思っていた。

 

「学費だって2人が出してくれた学園を投げ出してっ、期待を裏切ってさ。……学園辞めた次の事とか考えたけど、やりたいことが無くて、……俺、どうしようもない人間なんだよ……! ごめん…………っ!!」

 

「リュウ」

 

 笑みの消えた表情が立ち上がりリュウを見下ろす。

 振り上げられた手は内心望んでいた筈のものであったが、どうしてか目が開いてくれない。

 叩かれるその時を待ちながらぎゅっと目を瞑り、リュウは心の中で謝罪の念を一層に強める。

 しかし訪れたのは叩かれる衝撃ではなく、頭に乗せられた柔らかな手だった。

 

「────ありがとね」

 

 母に頭を撫でられている。

 疑問よりも先にすぐにでも手を振り払いたかったが、母の優しげな声にリュウは二の次が出ない。

 

「リュウは優しいのね。……私達に気なんか使わなくっていいのに」

 

「止めてくれよ……! 父さんも母さんもどうして俺にそんな甘いんだよ……。全部、棄てたんだぞ俺……! 今まで集めた模型道具やプラモデル、雑誌に完成品全部、さっきっ!! ……バカ野郎の一言も言ってくれないのかよ!?」

 

 否定しながら母の手を甘受するリュウは、自らがどうしようもなく子供だと。母という存在に甘やかされて涙を流すガキだと、胸に激痛が走りながらも自覚した。

 俯くリュウの頭上から、尚もぶっきらぼうでそれでいて優しい声が投げられる。

 

「叱るのは後で良いわよ……。だから聞かせて、リュウがどうしてガンプラを辞めるなんて事を言ったのか」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章10話『だから今が在る』

 子供の声という物はどうしてこんなにも通るのだろう、と。少女は自らの容姿を棚に置いて公園の至るところから聞こえる喧騒に意識を傾ける。

 中山模型店から歩いて10分のところに住宅街の真ん中をぶち抜いたその景色は、萌煌学園に隣接する森林地帯と同等程の面積のある巨大な公園だった。

 見たところ遊具の豊富なエリアや、人工池や森林のある自然が豊富なエリアといった区分けがされており、ナナが案内されたのは一面芝生のエリアで、模型店に居た子供達が溌剌(はつらつ)と走り回る光景を端の木陰からカンナと共に眺めている。

 

「ここ、今の時期が丁度良いのよね。虫も変なの居ないし」

 

 ぱたぱたと上着で扇ぐカンナを傍らに、やや距離を置いて少女は座っていた。

 時折木漏れ日に目を閉じて、ナナは走り回る子供達をただ見詰める。

 

「ここに居る皆ね、リュウが面倒見てたの」

 

「……皆? 今公園を走っている子供達皆さんをですか」

 

「そうそう。ほんとはもっと多いのよ。それこそ私たちは同じ小学校だけど、違う学校の子とか、たまに模型店にやってくる違う町の子とか、そういう子達皆リュウが面倒見てたの」

 

「そう、なんですね」

 

 ナナが閲覧した記憶にはカンナが話したような情報は無く、恐らくはガンプラとは関係の無い純然な思い出なのだろうと少女は悟る。

 意外と言えば意外で、納得と言えば納得だった。

 少年と過ごした日々はLinkや学園生活、アウターでのガンプラバトルが毎日のように続き、子供達と触れ合う日常は存在していない。それでもカンナの言う通りはしゃぐ彼らの面倒を見るリュウの様子は容易に想像でき、ナナは思わず想像に口角を緩ませた。

 

「でね、子供達同士で喧嘩したり、泣いてる子がいると自分の事なんてすっぽかして飛んでくるのよ。……ここの皆、リュウに救われたの」

 

「……救われた?」

 

「イジメにあっていた子や、周囲の目が気になってガンプラを組めない子、その輪へ入りたそうにしてた子をリュウが声を掛けて纏め上げたのよ。初めは小さな集団だったんだけどほら、子供って噂広まるの早いじゃない? だから私が入った時にはもう50人くらい越えてたかしら」

 

 呆れたと言わんばかりに苦笑するカンナの横顔を少女はじっと見詰める。

 あの少年も良くそんな顔をしていたから。

 

「カンナさんも、……酷いことをされていたのですか?」

 

「されてたわね~。私ガンダムXの機体が大好きなんだけど、……クラス替えした頃かな、教室の男子達がちょっかい出してくるのよ。『こいつ人気の無いガンプラ使ってるぞ!』って。最初の頃は珍しいガンプラ使ってる事だけ弄られてたんだけど、勉強で良い成績出したあたりから男子達のイジリがエスカレートしてね。……気に食わなかったんでしょうね、マイナーな機体使ってる上に自分達よりガンプラバトルも成績も良い私が」

 

 にしし、と笑みを浮かべる少女の表情に陰りは一切無く、そのままナナは聞き入れる。

 

「そんな中誰かが私のガンプラ隠してね、探したんだけど見付からなくって。先生に言っても取り合ってくれなくて、それで親友に……あ。親友は女の子なんだけど。その子が見付けてくれたのよ。私のガンプラは普段使われない校舎の男子トイレにあったわ…………。バラバラに壊されてたの」

 

「え…………っ」

 

「そりゃもう酷かったわね。塗装した面なんて金属ヤスリ掛けたのかってくらいズタズタで、軸という軸は切られて。直してどうこう出来る状態じゃなかった。それで笑えるのがね────壊したのは、私の親友だったの。イジメの指示も全部その子がやってた」

 

 ナナはぞっとした。

 受け入れがたい境遇の中支えてくれた人物に最も大きな裏切りを受けたというカンナの話に、少女は深く共感を覚える。

 

「その後も学校行ったんだけど、イジメはどんどん酷くなって。気が付いた頃にはクラスどころか学級に私の居場所は無かったの。……それで不登校になってね、たまたまこの公園に立ち寄った時。…………そこでリュウに会ったんだ」

 

 空を見上げ、木漏れ日に目をしかめながらカンナは紡ぐ。

 自分で言っておいて中々に酷い話だなと思いながら、真摯な顔で聞き入れる隣の少女にも届く声で。

 

「同じような境遇の子がこの集団には多くて、皆で悩みを共有して、解決策をリュウや……エイジさんやコトハさんって人達が考えてくれて。私を取り巻く環境は日に日に良くなっていったの。……ある時リュウに聞いたのよ、どうしてリュウは私みたいな子の面倒見てるの? ってそしたら」

 

 屈託の無い笑顔を太陽に向ける少女を見て、釣られてナナも同じように仰ぐ。

 

「『俺も昔同じ様な目に遭って、救ってくれた人が居たから。同じ事をするようにしてるんだ』って。……それ聞いて笑っちゃったわよ! 普段馬鹿やってるリュウの口から似合わない言葉が出てきて」

 

「ふふっ、リュウさんその時怒りました?」

 

「怒った怒った! 『2度と言わねぇ!』って! …………ここの皆、私とおんなじようにリュウから救ってもらったの。だから、リュウが帰ってきて嬉しかった。────リュウは、皆のヒーローだから」

 

 ヒーロー。

 リュウの記憶を覗いた際、断片的に見られた単語だった。それがどんな意味を持つのか、記憶を詮索することは少女には気が引けて結局分からないままだ。

 (ふけ)る少女にカンナの顔が向けられ、そこではっと気付いた。

 初めて見せた陰りの表情。僅かに身を乗り出してナナの大きな瞳へカンナが告げた。

 

「リュウに、何かあったの?」

 

 胸が苦しかった。

 カンナの話の通りならば、少年はあの夜ナナを見捨てる事が出来ないわけで、少女は少年の優しさにつけ込んで騙し裏切ったという事になる。

 不安そうに向けられた瞳をナナは背けて、芝生に置かれた手を握りしめた。

 

「……私は、カンナさんのようにリュウさんから救われました。でも、私は、彼を利用して裏切った。……酷いことをしてしまったんです。私だけ救われて、リュウさんを陥れたんです……!」

 

「ふーん。ナナさんは謝ったの?」

 

「あ、謝りました……! でも、私がしたことは謝罪じゃ取り返しのつかない事でっ。私のせいで、リュウさんは大好きなガンプラを辞める事になってしまったんです……!」

 

 ぽつり、と。少女の手の甲に涙が落ちる。

 改めて自分は酷いことをしてしまったのだと、少女はカンナから聞いた話を踏まえて実感した。

 少年は自らの性根を貶したり失望していたが、それ以上に多くの人間を救っていた。そんな彼の人生を滅茶苦茶にした自分の愚かさにナナは口から嗚咽を漏らす。

 

「そ。ならリュウが悪いじゃない」

 

「────え」

 

 あっけからんと答える少女にナナは言葉を失った。

 無理も無いなと思う。詳細を話していないのだから、単なる悪戯にリュウを巻き込んだと、そう思われているのかも知れない。

 

「カンナさん、私は本当にリュウさんを裏切ってしまったんです。決して軽い冗談のようなものでは」

 

「冗談? ……ハッ、ナナさんアンタね。私の目を見てちゃんと物言いなさいっての。冗談に見えるかしら?」

 

 今までの軽い口調ではなく、カンナの瞳は真摯の色が宿ってナナを正面から見据える。

 

「たかが子供に騙されたくらいでへこたれてるリュウの器が小さいって言ってんの。……アンタのせいでガンプラを辞めた? あ~~!! あったま来るわね! そうか、そうなのね、そういうことなんだリュウ。……ふふっ、アンタにとってガンプラは女の子1人で左右される程度のものだったんだぁ……」

 

「カ、カンナさん……?」

 

 ナナを睨み付けたかと思えば独り言をぶつぶつ呟いて、何かを企んでいるような暗い笑みがカンナの口元に走る。

 今まで見たことの無いタイプの表情に少女はどう声を掛けたら良いか分からず、ただ視線をカンナと景色を右往左往させていた。

 やがて意を決したように立ち上がり、その悪童じみた笑みを見上げる。

 木漏れ日と相俟って眩しいその笑顔を。

 

「私達が思い出させてあげる。行くわよナナさん」

 

「え、あの。行くってどこへ」

 

 にしし、と振り返る少女に何故かナナは安堵を覚える。

 この少女がいればリュウに何かしらの変化がもたらされるかも知れない、そんな安心感が胸から湧いてきた。

 彼が絶望するのは仕方無い、だけどそれは手を尽くしてからでも遅くはない。カンナの屈託の無い笑顔を見て少女はふと思う。

 

「決まってるでしょ。──────あの馬鹿野郎のところへよっ!」

 

※※※※※※

 

「馬鹿ね、大馬鹿野郎ね」

 

「結局言うのかよ……」

 

 顛末を説明されたキョウカは椅子に座る少年を下から上へとなじるように見た後、盛大な溜め息をついて罵倒した。

 実験の仔細については省いたが、ナナとの出会いが無くとも結局自分は現実から逃げて家に帰ってきたであろうという内容を話し、自分という存在を散々卑下してリュウは説明を終え、現在リビングのソファでキョウカと向かい合っている形だ。

 

「何故私が怒っているか分かるかしら、言ってみなさい」

 

「俺が、父さんや母さんや、応援してくれた皆の期待に応えられなかったから……?」

 

「1ミリもどうだっていいわそんなこと。他には」

 

「お金の工面も無駄にしてしまったこと……?」

 

「どうでもいい。他」

 

「え、……結果的に皆を裏切ってしまった事。……甘えてた事」

 

「他」

 

「…………………………ぅうっ」

 

 淡々と告げられる否定の連続にリュウの声が小さくなっていく。

 母が怒っているのは理解できるが、何故怒っているのかはリュウには分からなかった。

 少年が視線を上にあげると腕を組み静かに憤然している母が見て取れ、益々少年の中で疑問が広がる。

 

「母さんがどうして声優なんていう面倒極まりない仕事してるか分かるかしら」

 

「……どうして…………?」

 

 予想外の質問にリュウはオウムを返した。

 今まで考えたことが無い内容だ、真意が図れない母の瞳にリュウは思案を巡らせる。

 沈黙が部屋に暫く続き、それでも少年はこれといった答えを見出だすことは出来ない。

 

 声優という中高生や若い年齢層にとって花形とも言える職業は、イメージに反してどこまでも残酷な職業であることをリュウは母を通して僅かに知識を持っている。

 声優のような飽和した芸能業界に入るということは、既に声優を生業としている人間を蹴落として自らがその立場を得るということだ。

 例えば渋い声が売りのベテラン声優が活躍しているとして、同じく渋い声が売りの新人声優が業界に入ったとする。当然制作スタッフとしては仕事の流れや体調面の管理を既に徹底しているベテラン声優の方を使った方が、コストが掛かるとしても圧倒的に使いやすい。

 この構図が成り立つ以上、際立った才能の無い新人声優が活躍出来る舞台は飛び道具であり、DLサイトで自らの作品を同人媒体として販売したり、グラビア紛いの物で人気を集める事になる。そして現在ではそういった新人声優すら飽和を迎え、人気さえあれば声の演技は2の次といった現状がここ10年以上続いている。

 文字通り新人声優には休む暇が無く、事務所関係者との飲み会や朝まで続く収録、そして声優稼業で稼げない分は居酒屋やどこかでバイトをして生活を凌ぐ。こういった生活の中で体調────特に喉を潰したらその時点で他のライバル達から差を付けられる事となってしまう、文字通り声優業界は魔境だ。

 

 だから、リュウは今更ながらに理解が出来なかった。

 何故母は声優という道を()()()選んだのか、その理由を。

 

「簡単よ。それしか私には無かったの」

 

 どこか遠くを見るように宙へ視線を送り、過去を辿るようにゆっくりと口を開く。

 

「母さんね、学生時代は成績も優秀で運動神経も抜群に良くて、周りからはどんな立派な職種に就くのかそれはもう期待されたわ」

 

 初めて聞く母の昔話にリュウは耳を澄ますよう聞き入れる。

 母の表情に浮かぶ苦笑も、久しく見ていない表情だった。

 

「周囲から期待されて期待されて、毎日追われるように有名著者の論文や哲学書を読んで、どうして私はこんな本を読んでるんだろうって思ったある日、全校生徒の前で論文を発表する機会があってね、その時かしら。……楽しかったの」

 

「楽しかった……?」

 

「私が話す抑揚で聞いている人達の反応が変わって、眠り掛けている生徒がいれば読み上げる文章に変調を入れて。……前日に読んだスピーチを読むにあたっての心構えって本の内容を、『あっここで今使おう』と思ってね。そしたら皆面白いように私の話を聞いてね。その次の日演劇部に入部したわ。……下手なりに台本を読んで棒演技の連続よ。それでも芝居をしている間はね、『勉強が出来る私』じゃなくて、役としての私を皆は見てくれたの。あんな痛快な事、それまでの私の人生では無かったわ。だって勉強していたのは私の意思じゃなくて私に期待する私以外の意思だったから。芝居を通してキョウカ・タチバナという個を見られる事に快感を覚えたの」

 

 過去を慈しむように母が虚空へ告げる。

 母の基礎教養が高いことをリュウは知っていたが、話を聞く限りでは周囲よりずば抜けて勉強が出来ていたのだろう。

 

「1度芝居の味を知ったら人間ダメね、無理強いされていた勉強の密度を控えめにしてその分自分を磨いたわ。……芝居っていうのは自分だけが目立ってはダメなんだけど、当時の私はがむしゃらに演じてね、良く演出に叱られたわ。全体のバランスが取れないから控えめにしてくれって。……高校を卒業する頃には演者としての意識の確立とどうすれば良い作品を皆で作れるかを自分の中で理論を立てて、私は舞台芝居よりも朗読劇の方が向いているって分かっていたから、そのまま親の反対を振り切って声優の事務所の扉を叩いた。…………ここまで聞いてどうだった?」

 

 話を漠然と振られリュウは困惑するも、胸の感慨のまま口を開いた。

 

「凄い、と思う。やりたい事を見付けたら一直線に進んで、そのまま業界で活躍なんて」

 

「事務所に入って1ヶ月で挫折したわ」

 

「────は」

 

 予想だにしていない言葉に間抜けな声が漏れた。

 挫折。おおよそそういったものとは無縁そうな母が口にした単語はリュウの耳に入るも理解を拒む。

 目の前の、表情が乏しいながらいつでも自信が満ちる母が声優で挫折した経歴を持っていた事は今の今までリュウは知らなかった。

 

「あの時の私はどうして考えられなかったのかしらね。……業界入りを決意した人達にとって『その程度の努力』なんて当たり前。それこそ私が声優を目指す遥か以前から努力をしていたり、中にはポケットマネーで自分の作品を作っている人が大勢いたの。……お行儀の良い芝居しか出来ない私には、彼女達のような血の滲む経歴も、輝かしい才能も何一つ無かった。それを事務所に入って痛感したわね。──あぁ、立っている舞台が違うんだって」

 

 それから母は話した。

 どうすれば同期の人間達に食らい付けるか、そして()()()()()()()()()()()()()

 いつまでも声優という夢を追い掛けるわけには行かず、家の体裁もあり歳が24になるまで結果を残さなければ勘当を言い渡されるという条件も課せられ、努力が実らない毎日を過ごす中、仕事する時間よりもバイトをする時間が増えて日に日に母は病んでいった。

 

「何の為に私は声優やってるんだろうって思った。既に同期の中では大手の制作が出すアニメのレギュラーも決まった子がいたり、ナレーションのレギュラーを貰った子も居た。私はそんな中、地下の小劇場で芝居したり舞台演技も出来る声優としてプロデュースされていて、……朗読劇だったかしら。デパートのイベントブースで子供に読み聞かせるタイプの舞台に立ったの。それが意外にも好評だったらしく、色んなデパートで公演をさせて貰える事になってね、そこで1人のストーカーに出会ったのよ」

 

 笑みが溢れた母の口調から、それが誰だったかすぐに察しが付いた。

 

「すぐ事務所を通して警察に突き出したわね。……そしてまた朗読劇をして、子供達が私の演技1つ1つに息を飲んだり笑ったりして思い出したのよ。────『私には、やっぱりこれしか無いな』って」

 

 母は語る。押し付けられた勉強という経歴ではなく、自分が演じる役で感動してくれる客の大事さを改めて認識したと。

 どうして声優を目指したのか。その原点は全校生徒の前で論文を読み上げたあの日、自分の声や動きで興味を示してくれた読み手との関係が堪らなく楽しかった事だと。

 

「それで私は聞いたのよ。その日の公演も最後列で聞いていたストーカーに。『どうして毎回来るんですか』、そしたら『貴女の声には力がある』。それ聞いてもう一回警察に突き出したわ、ストーカーの上に変な思想持っている風に聞こえたんだもの」

 

「ははっ。そのストーカーも馬鹿だな、一回警察に厄介されてるんだから言葉を選べばいいのに」

 

「全くね。けどどうしても言葉の意味が知りたかったから、留置所へぶちこんだその日に面会したわ。あれはどんな意味だったのか知りたかったの」

 

 ストーカー曰く、『他人を楽しませようとする演技は、金儲けの為の演技と違う』そうだ。

『僕は君の、客を楽しませようとする芝居に惚れてしまった』と。

 

「そいつの言葉に自信が付いたってのも事実ね。私は自分がやりたかったことを思い出して、バイト代叩いて自分にあった同人音声作品も沢山作って……、多くの人に楽しみを提供したくって無我夢中で進んだ24までの日、気が付いたら多くのファンが居てくれたの────最後は駆け足になってしまったけれど、これで終わり」

 

 言葉を切った母が手元のマグカップを1口に仰ぎ、すっかりぬるくなったそれに眉をしかめる。

 未だ疑問の残る母の昔話を脳内で咀嚼(そしゃく)していると穏やかな笑みを浮かべて母がマグカップを置いた。

 

「リュウ。貴方はどうしてガンプラを始めたのかしら。どうしてガンプラバトルを続けたいって思ったのかしら。──────その原点を、貴方忘れていないかしら?」

 

 話しはおしまいと言わんばかりに母が身体を伸ばし、ソファから立ち上がる。

 微笑を浮かべたその表情は挑戦のように見て取れた。

 リュウは理解した。自分に、何が足りていないか。何をすべきなのか。

 

「俺が、ガンプラを始めた理由…………」

 

 記憶は無い。

 それでもガンプラが好きだった『リュウ・タチバナ』を辿ることは出来る。

 目を閉じて母の話を思い返せば無限に力が湧いてくる気がして、少年も一息にソファから立ち上がった。

 

 模型の話を聞けば想像を絶する激痛が襲うだろう。

 それでも、確かめなければいけない。

 どうして自分がガンプラが好きになったのか、何故ガンプラバトルを始めたのか。

 

 ────痛みに悶えて引きこもるのは、その後でもいいじゃないか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章11話『エスプレッソ』

 中山模型店の歴史は古く店の歴史は優に70年を越えている。

 初代店主が店を創立し2代目はその息子、3代目はそのまた息子と意図せず世襲制となった古店は地方から『個人経営店を長きに渡って切り盛りし尚繁盛を続ける伝説の模型店』という触れ込みさえ囁かれている評判だ。

 昭和、平成、令和。3つの時代を変わらぬ営業スタイルで生き抜いてきた中山模型店も、時代の多様性における個人経営店の減少という波に飲まれ経営が危うくなった時期も存在した。それでも生存競争を生き抜けた要因は一重に地域との信頼関係であり、商売をする上で決して欠かしてはいけない点を最重要視していた『初代中山模型店店長』の教えによるものだろう。

 

「いや~悪いねタチバナ君、ガンプラバトルの筐体のメンテナンスを手伝って貰って」

 

「……そりゃ、店に入るや否や青い顔した店長が涙目で立ってたら誰でも声掛けますよ」

 

 つくづく自分はガンプラバトルの事が嫌いだったんだなと、記憶を頼りに卓球台程の大きさの筐体へネジを回しながらリュウは心中悪態をつく。

 自分以上に自分を知っているであろう人間は思い付く限りリュウの中では多くない。エイジにコトハ、両親にそして店長。釈然としないがトウドウ・サキももしかしたらリュウの知り得ないリュウの一面を知っているかもしれないが、性格の捻曲がったあの教員に聞くのはどうにも気が引けた。

 

 そして思い立って中山模型店へ来てみれば白い煙を吹いている筐体の前で店長が頭を抱えており、ばったり目が合ってしまった。

 そのまま筐体ごと店裏の倉庫(バックヤード)に連れていかれ修理を頼まれたのだが、幸いにもリュウの記憶には筐体のメンテナンスの知識は残っておりこうして今手を動かしている。

 

「タチバナ君、帰ってきたんだね。おかえりなさい」

 

 一段落し汗を拭う少年の後ろから穏やかな声が掛けられる。

 ふくよかな体型、皺の跡の無い柔和な表情。頭髪が後退気味な中山模型店の店長その人だ。

 

「……帰ってきちゃいました」

 

「暫くは残るのかい? バイトを探しているのならウチはいつでも歓迎だよ。タチバナ君なら僕以上に子供達から好かれているしね」

 

 はい、と。缶コーヒーを差し出してくれた店長は笑みの中にも心配の表情が見て取れ、その変わらない親切がリュウにとってありがたかった。冷えている缶を受け取り少年は手の内で遊ばせる。

 

「店長、筐体を直した見返りなんですけど。…………今から少しだけ変な話ししていいですか」

 

「改まってなんだい。……とはいってもタチバナ君がする話しは大抵が変な事だからなぁ、僕で良ければ何でも聞くよ」

 

「ありがとうございます」

 

 そういって少年は缶コーヒーのプルタブを開ける。

 母が好きな無糖(ブラック)では無く、微糖とミルクの入ったエスプレッソ。

 

「俺、模型に関する記憶無くしちゃったんです。……店長が覚えている限りの俺の事、話してくれませんか?」

 

 笑みを形取った壮年の瞳が僅かに見開かれる。一度瞬きをし、壁に背を預けて長い溜め息がバックヤードに満ちた。

 

「君はあれか。ドッキリを仕掛けるために戻ってきたのかい」

 

「信じられない、ですよね」

 

「……いいや、信じるさ」

 

 言葉を遮られた少年がぎょっとして店長を見る。

 リュウが必死に考え選んだ言い出しの文句を即答で承諾した店長は正気なのかと訝しんだ。

 

「……勝手にこんなことを思って申し訳ないんだが、僕は君を息子のように思っている。そんな子の言うことが信じられなくてどうするのさ。……さて、どこから話そうか」

 

 年不相応な人懐っこい笑顔に今度はリュウが面を食らう。

 自分は、自覚をしていなかっただけで多くの人から支えて貰っていたんだなと店長と同じ様に壁へと背を預け、2人は暗い天井を見上げた。

 ガウンガウン、と。換気ファンの音が静かに満ちて、やがて昔話をするように店長は「それじゃ」と皮を切る。

 片手の缶を口に付けて、甘い慣れ親しんだ香りが口一杯に広がった。

 

「────この町に居た小さなヒーローの話しでもさせて貰おうかな」

 

※※※※※※※※

 

『あらカンナちゃんこんにちは、転ばないようにね』

「ソウヤ君のお母さんこんにちは! お気遣いありがとうございます!」

 

『おっほっほ、カンナちゃんや今日も元気だねぇ……。後ろの子は新しいお友達かい』

「さっちゃんのおばあちゃんもお元気そうで! 後ろの子とは今日仲良くなりました!」

 

『トリーッ! カンナ! オハヨウ! コンニチワ! コンバンワ! トリーッ!』

「アオトん家のトリーもこんにちわ。いい加減アンタ挨拶くらい安定させなさいっての」

 

 入り組んだ住宅街を右へ左へ、栗色のおさげを慌ただしく揺らしながらカンナとナナは足早に歩く。

 途中の家々から挨拶を貰うあたり目の前の少女は地域との交遊も深いようで、ナナが初めて見るインコという鳥ですら挨拶をしてくる人気さだ。

 それでいて不安だった。カンナがどのような方法で彼のガンプラについてのやる気を取り戻すのか、その内容を少女はまだ聞いていない。

 T字路に差し掛かったところで自信満々な横顔に疑問を投げ掛けた。

 

「カンナさん。あの、リュウさんと会って何をしようと考えているんですか」

 

「そんなの決まってるわ! ガンプラバトルして身体に染み付いた記憶からやる気を呼び起こすのよっ! どう? 王道でしょ」

 

「そっ……。それはいけないです! リュウさんはガンプラに関わることを思い出すと酷い痛みが……!」

 

「リュウももうすぐ大人なんだからそれくらい我慢出来るでしょ」

 

「本当に危険なんです! ……以前ガンプラバトルをした際も足取りさえふらついて、……リュウさんのあの姿を見ると、ここが痛いんです…………!」

 

 胸を押さえて立ち止まる少女にカンナも勇んでいた足を止める。

 それでも居ても立ってもいられないとばかりに道の先とナナを見比べて結った髪を揺らした。

 

「じゃあ、どうしろっていうのよ。ガンプラやってないリュウなんて、私見たくない」

 

「カンナさん……」

 

 決意を秘めた表情はしかし悲しみに愁眉を寄せて、ナナは胸のうちを晒すことを決める。

 彼と過ごす時間の中で育まれていった感情や常識。故に少女はリュウが記憶を失っている状態の説明を躊躇(ためら)っていた。安易に口外することは決して彼も望んではいない。

 それでも目の前の少女ならば、とナナは1歩カンナへ歩み寄る。

 

「今、リュウさんが抱えている問題を話します。────リュウさんは今、ガンプラに関するプラスの記憶を失っている状態なんです」

 

「は、……………………い?」

 

「カンナさんは私が知らない知識や経験を沢山持っています。……どうか私と一緒にリュウさんを救う方法を考えてくれませんか」

 

「ちょ、ちょっと待って! 何、記憶が無いって……? …………てっきり私は、リュウ兄ぃがガンプラへのやる気を無くしただけだと」

 

 言葉尻が小さくなると共にカンナの視線が下を向いていく。

 記憶喪失はフィクションの世界の造物であり、世間で暮らす人には関わりの無い単語なのだろう。

 日常生活において記憶が突然消えるなんて事はまず有り得ず、今の説明で彼女が納得してくれたのかナナには(いささ)か疑問だった。

 ────その眼を見るまでは。

 

「アンタが、それをやったっての……」

 

 ぐらりと向けられる震えた両の目。

 良かった。理解してくれたようだ。

 刺さるような憎しみの視線を真っ向から少女は受け止める。これでいい。()()()()()()()()()()()()

 彼女と出会った初めから友好な関係が結べる事なんて思い描いていない。

 幾らでも謝罪しよう、幾らでも殴られよう。罵倒の限りを甘んじて受けよう。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………1度は命を落とした身。それを救ってくれたリュウさんに償えるのなら、私は何でもします」

 

「アンタ……なに言って」

 

「カンナさん。リュウさんを救うには貴女の力が確実に必要です。……リュウさんが模型店で残した最後の記憶、貴女の姿が鮮烈に想い描かれていました」

 

 萌煌学園へ旅立つ日の朝、リュウに抱き付いて名残を惜しんだ少女────カンナ・イブキ。

 彼女の想いならば、閉ざされたリュウの心にも光明を見出だしてくれる。そう信じて無窮(むきゅう)の白に髪を染める少女は1歩距離を近付けた。

 

「どうか私を憎んでください。あなたが過去にされた屈辱の限りを以て私を嬲って下さい。でもそれは────、全ての手を打ってからにしてくれませんか」

 

 限り無く澄んだ空色の瞳。

 想いを一心に込めて少女は向かい合う彼女と相対した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章12話『踏み出す』

 もう何十分経ったのだろうか。

 倉庫(バックヤード)での追想が始まり暫く、店の番をしている店員が店長を呼ぶこと無く時間はただ過ぎていった。

 変わらぬ換気ファンが回る音が今は一層と気に触り、揺らぐ視界がそのまま自分の精神状態だ。

 

「──で、タチバナ君がコトハちゃんを怒らせてねぇ、だけど仲裁に入ったエイジ君が何故か2人から集中攻撃されたんだ! はっはっはっは!」

 

 すっかり語り口に油を差した店長は捲し立てるように口を動かし、その言葉──一語一句全てがリュウにとって猛毒だった。それ以上の許容を認めることは出来ないとばかりに頭が内部から軋み、缶コーヒーを握る右手は先程から震えが止まらない。

 それでもリュウは確信があった。痛みが走るということは、これは自分にとって必要な記憶だと。

 だからこそ少年は平然を装い、微笑みさえ浮かべながら話を聞き入る。ガンプラを好きになった根源を聞ければ自ずと回答が出てくると信じて。

 

「ハッ、それにしても店長良く覚えていますね。結局は多くの客の一人でしょう俺」

 

「いーや、タチバナ君は特別だよ! 君が居なかった頃はねぇ、お客さんの雰囲気も実はあまり良くなかったんだ」

 

「俺が居なかった頃……?」

 

 ──来た。

 恐らくは自分に関する最も古い記憶に関連する話の始まりに、気持ちを喝を入れて足を踏ん張る。

 

「丁度10年前さ。その時からガンプラバトルにおける日本人のマナーの悪さは有名でね、店に来る人らもガンプラに愛情を持っている人間なんて居なかった。ガンプラバトルでファイトマネーが出る時代だからね、ガンプラを買いに来る連中の多くは一攫千金に目が眩んだような人間ばかりさ。……正直ね、店を畳もうと思ってた時期だったんだけど。──そんな日々の中、君が来たのさ」

 

「……俺?」

 

「確か、秋だったかなぁ。青タンに顔中膨らました君が酷い有り様のガンプラを持って私のところに来たんだよ。何か厄介事抱えてそうな子が来たなぁと思ったら、タチバナ君こう言ったんだよ。『これ、直してください』。…………この子は馬鹿かと思ったよ!!」

 

 唐突に鐘を鳴らすようなけたましい頭痛は鳴りを潜め、耳に入ってくるのは換気ファンの静音だけ。

 何かがおかしい。違和感を感じる前に店長の話しは続く。

 

「大事そうに両手でバラバラのガンプラ抱えてさ、自分の傷を治す前にこの子はガンプラを直して下さいって言いに来たのかって! なんか、こう。大事な物を見せられた気がしたんだよね。……これが僕とタチバナ君が出会った初めのエピソードさ」

 

「……初めて? え、…………嘘じゃないですよね」

 

「嘘なんて言うもんか。この後の展開はさっき話した通り、君が虐められてた子達を纏め上げて外部から守ってあげたんだよ。結果的に町の治安も良くなって客の層も良くなったから、僕としてもタチバナ君には感謝しているんだ」

 

「────ぅぐッ!」

 

 再び頭の血管が熱を帯びる感覚に立ち眩む。

 その症状は核心的であり、そのうえで浮かんだ疑問を脂汗が伝う頬のままに訪ねた。

 間違いない、だとするならば両親に訪ねる事が1つ出来た。

 

「…………店長、その時の俺、なんのガンプラ持ってたんですか」

 

「アイズガンダムさ。……ゲート処理も何もされていないパチ組みのね。ってタチバナ君大丈夫かい? さっきから顔色が真っ青だけど」

 

「気にしないで下さい、……まだ自分自身記憶を無くしたことを信じられてなくて。店長はそろそろ戻った方が良いんじゃないですか? 子供達の世話を1人の店員で回すのは大変でしょ」

 

「それもそうだね……。じゃあ筐体のメンテナンス頼んだよ、といっても見たところ後は最終稼動するだけだね。じゃ、頑張ってくれよヒーロー」

 

 そう短く言葉を切った店長が駆け足で店へと戻る。

 後ろ姿が積み荷に消えたところでリュウはたちまち膝から崩れ落ち、頭を焦がす灼熱の痛みに奥歯を噛み締めた。

 無理もない。朝は悪夢で目が覚めて頭痛の続くまま店長の話を聞き続ければこんな状態にもなるだろうとリュウは嘲笑を口に浮かべる。

 地獄のような痛みだ、頭蓋に穴を開けられるような。それでも──手応えはあった。

 意識を先程浮かんだ()()に切り替え、すると暴威めいた頭の痛みも大分和らぐ。間違いない、とリュウの瞳が確信に染まる。

 

「…………その前に筐体直さねぇとな。ただの粒子詰まりっぽいけど」

 

 萌煌学園ではガンプラバトルの筐体の説明こそ受けるが内部の詳細まで教えられることは無い。よって筐体のシステムが故障すれば在勤している作業員を呼んで直してもらう他ないが、生徒の中にはバレたら叱責を食らうことを承知して筐体を分析し内部構造を独学で把握している者もおり、リュウはそういったグループに以前入っていた過去がある。

 立ち上がり、ガンプラをセットする箇所に手をかざすとプラフスキー粒子が仄かに噴き上がり戦場を形成しようとする。しかし一部分だけノイズが掛かったように粒子が乱れ、見れば筐体を構成する六角形のパネルのうち、そこだけ継ぎ目が異様に強く発光していた。間違いない、粒子詰まりだろう。

 

 電源を落としてパネルを外せば案の定固形化されたプラフスキー粒子がこびりついており、指で撫でると粉雪のように空間へ溶けていく。微細に煌めくそれは光に当てられ薄い七色を放ち、アニメガンダムビルドファイターズに登場する“プラフスキー粒子”そのものだ。

 

「改めて思うけど肺炎とか起こさねぇよなこれ」

 

 指で払うと先程とは比べ物にならない量の粒子が仄暗い倉庫(バックヤード)に舞って、ステンドグラスを思わせる光彩が少年の周りを彩る。

 その光景に火山灰──火山が噴火した際に地上へ降る細かな鉱石の粒が連想されるも、プラフスキー粒子にはそういった害が存在しないのはリュウも知っており、それでも疑問を覚えずにはいられない。

 

 故にそれは、好奇心の延長だった。

 

 両手で抱えている六角形のパネルの縁を勢い良く払い、乱雑に振るわれた粒子は固形化されたまま空中へ放られる。

 硝子細工のよう虹彩を放つそれらを、リュウは恐る恐る吸い込んだ。砂粒程だが実体を持ったプラフスキー粒子が鼻に侵入。

 

「ぶぇっくしょいッッ!! …………ビ、……ビ────ビグザムッッ!!」

 

 案の定くしゃみが暴発した結果に鼻水をすすりながら納得する。

 少年は自身の体調を意識し、やはり喉や肺に痛みが無いことを確認して六角形のパネルを再び嵌め込んだ。プラフスキー粒子が身体の何処へ消えたのか、消えていると思っているだけで実は重大な疾患に成り得るのではないか。

 

「…………んな事言ったらヴィルフリートさんとか今頃肺炎で動けないだろ」

 

 ガンプラバトル創設期からバトルをしている世界ランカーを思い出して苦笑する。

 先程と同じ様にシステムを再起動させると今度こそ粒子の発生に異常は見られない。これなら運用しても大丈夫だろうとリュウはほっと息を吐いた。

 

『つべこべ言ってねぇで早くそれを渡せって言ってんだよッッ!!』

 

 リュウが壁に背を預けたその時、倉庫(バックヤード)まで聞こえる店内からの怒声に意識が切り替わる。それと同時、記憶の自分がリュウへと囁くよう脳裏に現れた。

 

 ──学園へ立つ日の朝、少年を見捨てた記憶。

 ──3年生への昇級試験の際、友人を見捨てた記憶。

 ──少女を助けようと奔走した末路の記憶。

 

 保身と偽善という自らの本音が、今回も足を絡めとるようにリュウをその場へ縫い止める。

 何故わざわざ面倒事へ走ろうとするのか。身の程を知れ。内なる自分の声を────少年は蹴り払うように足を前に出した。

 立ち止まる事、それは。

 店長が嬉々として話してくれた『リュウ・タチバナ』じゃ無いような気がしたから。

 

 

※※※※※※※※

 

 

 駆け付けて見れば状況は分かりやすかった。

 1人の少年──リュウの見知った子供に対して、3人の柄の悪そうな男連中がカツアゲ紛いの事をしているという構図だ。

 相手を想ってなるべく警察沙汰にしないよう店長が柔らかな物腰で対応するも、それを占めたという表情で付け上がっている。茶髪に染めた髪と耳と鼻に光るピアスの2人と、彼らを纏めるスーツ姿のリーダー格、見てくれは完全に不良やチンピラの類いだ。

 リュウが店長の隣に付くと男達が一瞥をくれ、それも一瞬で店長へと視線が再び移った。

 

「だぁから店長、俺達は公平なルールの元にガンプラを賭けてガンプラバトルしたんですよ? それをこのガキが取り消してくれってんで困ってんですよぉ」

 

「公平なルール……!? ぼくはっ乱入ありなんて聞いてないぞ!」

 

 横から噛みついた少年をじろりと見下して、取り巻きである2人は笑いを堪えている。

 

「ちゃんと記載されてあんだろぉ? ほら、なんなら自分の端末(デバイス)見てみろよ。バトルの設定を」

 

「何を……? ほら! 『1on1のフリーバトル』じゃないか! レギュレーションフリーの!!」

 

 リュウは理解した。

 この手の話しは学園でも学園都市でも腐るほど見てきた例だ。

 男達が愉快そうに種明かしを始める、その直前にリュウは声を割って入る。

 

「────世間一般に言われるフリーバトルはレギュレーションフリーの事だ。だけどお前達が施した設定は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そぉうだよ。良く分かってるじゃねぇかお前。それを勝手にこのガキが勘違いしたに過ぎねぇ」

 

「……お前らもしかしてアレか? 馬鹿か? 無い頭で考えろよ、そんなもんまかり通るワケねぇだろ」

 

「…………へェ」

 

 お互い初見でガンプラバトルを行う場合はバトルの設定を両者確認した後ではないと開始が出来ない。確認する項目は戦場(フィールド)、レギュレーション、そして戦闘設定。戦闘設定には1on1からバトルロワイヤルまで無数に存在するが、1on1の設定のままバトルロワイヤルモードを選択しても画面にはフリーバトルの表記のままだ。

 これはシステム側が『1on1の筈なのに設定がバトルロワイヤルとなっている』と入力され、それをファイター側のミスとして修正を施すセーフティが働いた事による弊害の1つであり、通常の端末(デバイス)ならばとっくに修正されている機能だ。

 

 リュウの発言に笑みを深めるだけの男達は端末(デバイス)の仕様を分かっていて略奪めいた行為をしていたのだろう。子供を手で制して下がらせ、リュウは男達との間に立ち入った。

 

「お前らがやったのは明らかな違反だ。警察呼ばれたく無いならさっさと出ていけ」

 

「おいおいおいおィ。悪かったって、知らなかったんだよ俺達。勘弁してくれよ」

 

「タ、タチバナ君。僕としても彼らを警察に突き出すのはちょっと……。いや、でもソウヤ君の意見に従おう。……ソウヤ君はこの人達をどうしたい?」

 

 話を振られた子供──ソウヤがたじろぐ。

 警察という単語に些か物騒な響きを覚えたのか、

 

「け、警察は良いよ……。謝って、それでガンプラ返してくれれば」

 

 とリュウに半身を隠しながら震えた声で男達へと投げる。

 その言葉を受けて満面の笑顔でソウヤへガンプラを渡し、男は腰ほどにある少年の頭を撫で回した。

 

「ありがとなぁ坊や。俺らが悪かった、騙すような真似してごめんよ」

 

 似つかわしくない笑顔をひとしきり少年へ向けたあと、「で」と言葉を切る。

 今度は犬歯を覗かせた好戦的な笑み。立ち上がった男の背はリュウより一回り大きく剣呑が覗く瞳が見下す。

 

「そこのソウヤ君……だっけ? あの子じゃ物足りなかったからさ、君どう? 俺とガンプラバトルやらない?」

 

 見れば控える2人も喉の奥で笑いを押して、その視線はどれも挑発的だ。

『ここで下がるのか』と明らかな誘いの眼差しにリュウは見上げる男に向かって鼻で笑う。

 

「望むところだよ。──だけど1つ訂正した方が良いぞ。戦うのは『俺』じゃなくて『俺達』、だろ」

 

 リュウの言葉に男は卑屈めいた笑みを増すだけだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章13話『オーバーフロー』

「戦場はサイド7、レギュレーションフリー、バトル形式は乱入無しの完全な1on1……うん。今度こそ変な項目はないね」

 

 店長がガンプラバトル筐体から投影された設定を何度も見直して、手に持った物を少年へ手渡す。

 店内ショーケースに展示されていたHGリボーンズガンダム。店長自らが製作した完成品のガンプラ──らしいがリュウにはこのガンプラにまつわる記憶すら無い。それでも綺麗に塗り分けられたホワイトとライトグレー、機体各所に施された五月蝿くない程度のグリーンチップ、合わせ目が見当たらないその出来映えは記憶を無くしたリュウにしても珠玉の逸品であることが一目で理解できた。

 

「店長、本当に良いんですか? 俺が負けたらこのガンプラをアイツらに渡すって……」

 

「彼らに挑発されたんだろう? 男なら売られた喧嘩は買わないとね…………ってバトルがてんで駄目な僕が言うのは変なんだけど」

 

 人懐っこい笑みを浮かべた店長がリュウの背中を押す。

 店長はガンプラファイターではない。製作したガンプラがコンテストで賞を取ることはあっても、ガンプラバトルでは賞を取った事は1度もなく、本人もバトルには早々に見切りを付けてガンプラ製作に励んでいる。

 それはそうだろう、とリュウも内心に納得していた。

 ガンプラバトルが普及したのは25年前、当時既に身体が衰え始めていた人間が全く新しいガンプラでのバトルへ順応するのは厳しいと素直に思う。リアルタイムで送られてくる膨大な情報を処理しながら目の前の敵と対峙するというのはそれだけ脳に負荷が掛かり、当時モデラーとしてガンプラを弄っていた人間の中でガンプラファイターも兼ねている割合は5割にも満たないと聞いたことがある。

 

 だからこそ、手の内にあるリボーンズガンダムが重かった。

 

 モデラーとして名を馳せながらもガンプラバトルの適正が無く、それでも一心に作り続けた店長のガンプラ。当時肩を並べていたモデラーの中にはガンプラバトルの適正があり今尚現役のプロさえ存在する中、ガンダムへの愛情を曇らせず製作したガンプラの1機。

 そして、リュウがリボーンズガンダム系統しか使えないという事を知った上で差し出してくれたその配慮が何よりも暖かく、重かった。

 

「バトルが出来ない僕の代わりに、ね」

 

 投げ掛けられた言葉が胸を射つ。

 店長は信じているのだ。ガンプラバトルの記憶の大半が消えた自分が勝つという奇跡を。そして、何らかの要因で()()1()()()()()()()()()()()()()

 

 リボーンズガンダムを筐体へセットすると、筐体を挟んでの対面から口笛が響く。

 

「めちゃくちゃ良いガンプラじゃねぇか。なんだぁ、あのガンプラ。……知ってるかあれ?」

「00に出てきそうな見た目だけど、俺ガンダム見たことねぇからなぁ~」

「知らなくても別に良くね? ……そうだ、アレ売ろうぜ! あの出来ならすげぇ稼げると思うんだ」

 

 口々に呟かれる無自覚な侮辱にリュウは下唇を噛む。──自分もアイツらと同じだ。

 作品に対する理解を除けばガンプラに対する無知は同じで、実験が終わったあの夜リュウはガンプラバトルに絶望し今日は模型に関する道具全てを捨てた。

 あと1歩で自分はたちまち目の前の連中と同じに成り果てるだろう、そう思えて仕方がなかった。

 

「準備は出来た。……いつでもいいぜ」

 

「やる気満々じゃん。いいね、燃えるなぁ。……そういえば疑問なんだけど、さ。君強いの?」

 

 あからさまな挑発をリュウは嘲りの視線で返す。

『今に分かる』と、言外に言葉を仄めかした。

 

「おっ、お前らなんかにリュウが負ける訳ないだろっ! リュウは萌煌学園3年生で、プロを目指してるんだっ!」

 

 ありったけの声で男達に反抗したのはソウヤだ。

 少年の叫びを受けて男達は一瞬身体を硬直させ、リュウの顔を舐め回すように観察をした後、やがて破顔した。

 

 ……理解が出来なかった、と同時に理解出来た事があった。

 男達がソウヤに要求した内容はガンプラの理不尽な譲渡の要求。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 学園へ旅立つ当日、助けを求める少年の瞳。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「君アレか、────あの時尻尾巻いて逃げ出した負け犬か」

 

 横っ面を叩かれた錯覚を覚えた。

 頭に覚える激痛は稲妻の如く走り、助けられなかった少年の瞳が、悲痛に満ちたあの目がリュウの心を覆い尽くす。

 理解出来た。

 目の前のコイツは、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──────っつぅ!!? 痛ッッ!!」

 

 途端、頭蓋の中が掻き回される幻痛にリュウはその場で崩れ落ちる。頭を抱える手は頭髪をぶちぶちと引き抜き、痛みの中に見える物は何も出来なかった自分の姿だ。

 頭が割れていく感覚に少年は床に倒れ込む。

 

「タチバナ君!!? おいっ大丈夫かいっ!? おいっ!!」

 

「なんかヤベーぞ、どうすんだこのバトル」

「俺達の勝ちで良くね? 不戦勝っしょ」

「おぉい店長さん。ヒヒッ、どうすんだよこの試合、まだバトル待った方が良いのかぁ?」

 

「持っていけ! それでさっさと帰ってくれ! ……おいっ! タチバナ君!!?」

 

 耳に入る言葉が全て暴音にしか聞こえず、意識がやがて薄らいでいく。

 頭痛に耐え続けた結果なのかな、と。リュウは痛みの波のなかふとそんな事を思った。

 今朝から続いた痛みを押して店長から話を聞いて、その上でトラウマにも近い出来事の元凶の出現に、脳が許容を越えたのだと視界が暗闇に染まりながら察する。

 男達の嘲笑も店長の声も、ソウヤの泣き声も、全てが暗闇に落ちていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章14話『1人で抱え込むあなたは』

 嗜虐の笑みだった。

 倫理観のタガが外れ、自分よりも弱い者に暴力を振るい愉悦を見出だす狂喜の瞳だった。

 

 腹に背中に顔に。数人掛かりで抵抗してこない相手をなぶり、唾の1つでも引っ掛けて帰ろうとした集団のリーダーの顔に影が落ちる。

 今まで1度も反抗をしてこなかった相手からの攻撃。子供が持つには少し重い、拳と比べて多少大きな岩と呼べる塊。その鋭い先端が額に突き刺さる瞬間、しかし相手の手が止まった。

 

 対して少年も理解が出来なかった。

 何故自分の動きが止まっているのか、目の前の憎い相手が先程までの自分のように倒れていないのか。

 疑問に感じて見上げると、少年の腕を誰かが掴んでいる。優しく、けれど強く。握る掌から伝わる暖かさに少年の力も次第に抜けていく。

 

 目の前の少年達は突然曝された命の危機に後退り、口々に去り文句を言って逃げていくその背中を、少年は呆然とした面持ちで見送っていた。

 握る拳から岩がこぼれ落ち、次の瞬間に少年は泣いた。ありったけの声を上げて、何故泣いているのかさえ自覚しないまま泣きわめいた。

 自分が何をしようとしていたのか理解するのが怖くて、自らの浅ましさを少年は嘆く。

 

 少年の頭に手が添えられた。傷ついた動物を宥めるように、そっと触れられた大きな手にようやく少年は振り返る。

 逆光で見えない大きな背丈。彼の顔が少年と同じ高さまで下がる。

 

『────君は強い』

 

『────手段を知らないだけだ』

 

 笑ったのだろう。未だ全貌の見えない顔に少年はようやく自覚した。

 これは夢だと。悪夢の続きなのだと。

 気付いた瞬間、意識が急激に遠ざかる。声を発しようとももがくことしか出来ず、目の前の相手が言っている事が何も聞き取れない。

 

 ────必ず、会いに行きます。

 

 そう、万感の想いを込めて夢の終わりを待つしかなかった。

 世界に帳が下り、リュウ・タチバナは夢から目覚める。

 

※※※※※※※

 

「あ、起きた」

 

 頭上からの声に少年はしばし瞬いてから目を開ける。

 視界へ入ってきたのは『中山模型店』事務室の天井と、余り会いたくはなかった少女の顔だった。

 

「カン……ナ」

 

「大丈夫? まだ頭とか痛くない? 私としてはまだリュウが寝ていても良いんだけど」

 

 言っている意味が分からず少年が頭をあげようとし、そこで気付いた。──どうして自分より上にカンナが居るのか、こうまでして距離が近いのか。

 後頭部に感じる温もりを、しかしリュウは上半身をゆるりと起こし周囲の状況を確認する。

 事務室には机を前に椅子へ座っている店長とカンナと、手を握っている少女がリュウへ視線を送っていた。

 

「ナナはどうしてここに……」

 

「カンナさんと、その。話すことがありまして『中山模型店』へ向かったところ倒れているリュウさんを見付けて……」

 

「丁度あの柄の悪い奴等が帰った後よ。リュウがソウヤを守ってくれたんだよね、ありがとう」

 

「守ってなんかない……。ごめんなさい店長。その、ガンプラを」

 

「気にしないでくれよ。無くなった物は作れば良いし、リボーンズガンダムもかれこれ10年くらい前に作った奴だ、そろそろ交換しようと思っていたし僕はなんともないさ」

 

 目を伏せるリュウに店長は両手を上げて気丈に振る舞う。

 ──申し訳無さで胸が詰まりそうだった。

 自分を信じてガンプラを掛けた店長の期待を全て放り、その上あんな連中から暴言を好きに吐かせてしまった自分の弱さが何よりも悔しい。

 拳を握り締める背後、小さく聞こえた嗚咽にリュウは振り返る。

 栗色のおさげを震わし、キツく睨む両目いっぱいに溜めた涙が今にも溢れる寸前だった。

 

「カン…………────」

 

「どうしていつも自分だけが悪いみたいな顔するのよっ!? あの場には私も居なかった、なら私だって悪いじゃないっ!! それを、リュウ兄ぃはいっつも自分のせいだって言って!! なんで私達にも責任をくれないのよっ!? どうしてそんな背負い込むのよッッ!! …………リュウ兄ぃ、ガンプラバトルもう出来ないんでしょッッ!! だったら前もって誰かを頼ってよッッ!!」

 

「……っ、聞いたのか」

 

「全部聞いたわよっ! ナナさんがリュウを裏切って、そのせいで大好きなガンプラが出来なくなっちゃったんでしょ!! ……好きだったガンプラの記憶を……っ、忘れちゃったんでしょ!!?」

 

 叫ぶままリュウを上半身で抱き締め、少女の涙が少年の髪を濡らす。

 ナナが事情を話したのかと思うと同時、拳に両手が添えられて、僅かに震えている小さな手のひらにリュウは察した。

 ────ナナは本気で自分を気に掛けてくれている。

 カンナに事情を話したのなら、彼女はまずナナに対して酷い怒りを覚えることは容易に想像が出来る。その上でナナは恐らく「事情を受け入れてくれ」と頼んだのだろう。リュウが記憶を失ったことへの責任を感じながら。

 

「ごめん。俺が馬鹿だった」

 

 しかしそれは、きちんと自分が町に帰ってきて説明すれば良い話だった。今日店長が理解してくれたようにカンナだって信じてくれた筈だ。しかしリュウは後ろめたさを盾に逃げることだけを考えてナナに余計な心の傷を負わせてしまった。

 自分の保身しか考えていなかった結果が今日のこの現状だとリュウは胸に刻む。

 

 カンナは言った。────どうしていつも自分だけが悪いみたいな顔をするのか、と。

 それは違う。リュウは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これがリュウの行動理念の1つであり今まで立ち回ってきた生き方だ。

 他人を頼ればその分自分が失敗した時の反感が大きくなる。その事を恐れリュウは他人を頼る事はせず、他人からは頼っていると見えている時でも、それは()()()()()()()()()()()()

 

 リュウはガンプラバトルが弱い。萌煌学園ではガンプラバトルが全てにおいて重く、弱い者に意見は無かった。リュウが負ければ地元や子供達が批判中傷の対象となり、だからのらりくらりとガンプラバトルを行う環境から逃げてそしりが来ない環境だけでバトルを続けてきた。

 負け続ければカンナや店長、両親にも自分の戦績は耳に入り、それで失望させてしまうことが何よりも怖かった。

 

 ──けれど、それは大きな勘違いだったのだろう。

 

 彼らは、()()()()()()()()()()()()()()()。浅ましい損得の感情ではなく、全身全霊の信頼を以て励まして応援してくれる。公園で殴りあったエイジ、大会明けというのに真っ先に来てくれたコトハ。

 見ないようにしてきた。その上で失望されることが嫌だったから。

 けれど町に帰ってきて、どれだけの人間から支えられているかを知り恵まれているかを悟った。

 自分だけを守るのは、…………終わりで良いんじゃないか? 

 

「カンナ。そろそろ離してくれないか」

 

「やだ、離さない。心配掛けたんだからもう少しこのままにさせなさいよ」

 

「……カンナ、今小学何年生だ」

 

「6年よ。リュウ兄ぃが集めた子供の中で一番お姉さんなんだから」

 

「そうかそうか6年生か……いやどうりで、結構成長してるんだな。しっかり柔らかいこの────オッゴッッ!!?」

 

「ばっばっばっ…………馬鹿じゃないのッッ!!? ガノタの上にロリコンとか最悪なんだけどっ!!? 死ねっ!!」

 

 ズバン! とこめかみへ突き刺さったハイキックにリュウが床に叩き付けられる。

 赤面して上半身を両腕で隠すカンナ、きょとんとしたナナと店長を見渡して少年は立ち上がった。

 

「────俺はこの先、ガンプラもガンダムも嫌いになるかもしれない。学園も正直辞めようかと思っている」

 

 思い出すだけで痛みが湧いてくるこの症状を持っている以上、安静に暮らすにはガンダムから切り離した生活を送るしかない。辺境に引っ越してそういった物とは関わりのない仕事に就く事が恐らく最も安定した道だと、リュウが家に帰ってから思考した答えがこれだった。

 

「それでも確かめたいことが1つだけあるんだ、現実から逃げるのはその後でも構わない」

 

 望みも薄い上に知ってどうなる、といった内容だった。

 けれど()()は、続きの見えない悪夢の先に繋がっている事が明確で。

 

「もしまた俺がガンプラに帰ってきたら、その時はこれまで以上に頼らせてくれ。────俺はもう、逃げないから」

 

 リュウの言葉に事務所の空気が沈黙する。

 学園を辞める発言は流石に事が大きすぎたかと内心焦る少年の横顔に、壮年の穏やかな言葉が掛けられた。

 

「ガンプラ関係無くいつでも頼りにしてくれよ。君が一息つける場所くらいは提供出来ると思うからさ」

 

 次は両手を腰に添えて胸を張る少女から。

 

「まぁ? リュウだけじゃ手に負えない問題があったらいつでも言いなさい。私たち全員で対処してあげる」

 

 最後は傍らで子細を見守っていた、あの夜に手を取った少女から。

 

「私は、リュウさんに付いていきます」

 

 そう言った各々の面持ちは笑顔で、リュウの自信もより強固な物となる。

 だから、まずはカンナに()()()()()()()()()()()()

 

「カンナ、じゃあ早速今の言葉にあやかって頼りにさせて貰いたいんだけど」

 

「勿論良いわよ。私が出来ることなら解決してみせるわ。────あっ、でも……その」

 

 濁された言葉尻にリュウは小首を傾げる。

 少女は赤面した表情を虚空にさ迷わせ、リュウから視線を逸らしておさげを弄った。

 

「さっきみたいなのは、ダメだから……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章15話『始動』

 住宅街へと暮れなずむ夕焼けに影を落として、少年と少女は同じ方向へと歩く。

 傍らの、胸元までの身長の少女の顔はかつての無表情ではなく、彫刻めいた空色の瞳はしっかりと意思を宿して少年の隣を歩き、一方の少年の表情にも陰りは覗いていない。それとなく歩幅を少女に合わせて進む少年と、それに潜めて気付いている少女の顔はどこか嬉しげで、つぶさに彼の横顔を窺っては夕陽の逆光と重なり目をしかめる。

 

「ナナ、俺は……。心のどこかで、ガンプラバトルをもう一度やりたいって思ってるんだ」

 

 彼方に浮かぶ一番星を仰ぎながら少年は独白をする。

 

「この町に帰ってきて思い出したんだ。俺は色んな人から支えられていて、色んな人から信頼されている事に気が付いて。だけど俺は、それが怖かったんだ。…………いつかそんな人達が俺の狡さに気付いて失望してしまうことが。……エイジやコトハとか、俺なんかよりも強くてすげぇ奴等が俺を対等に扱ってさ、嬉しいって思う反面たまらなく恐かったんだ」

 

 そんな事はない、と少女は声を大にして口に出したかった。

 少年の魅力はガンプラバトルの腕なんて微塵に霞むようなものだと、ナナはカンナに出会ってその気持ちを確信へと変えた。

 それでも彼にはもう、意見はしない。

 少年自身が自分の強みを自覚しなければ始まらない気がして、故にナナは彼の横顔を見守った。

 

「今まではそう思ってたけど、今は違う。────俺は強くなって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……やっと心の在り処を見付けることが出来たんだ」

 

「カンナさん達のこと、ですね」

 

「あぁ。アイツらの事を勝手に面倒見た俺がいじけてガンプラバトルを辞めたりなんてしたら無責任にも程がある。店長もガキ達も陰で俺のことおちょくって『ヒーロー』って呼んでたんだよ。……もし俺に記憶が戻ったら、もう一度ガンプラをやり直したいんだ。アイツらにカッコいいところ、見してやりてぇんだ」

 

 だから、と続けて少年の顔が少女へと向く。

 視線は地面へと落とされ、神妙な面持ちでリュウは続けた。

 

「酷いこと、沢山言っちまった。アイツらと同じ年の女の子に最低な真似を何回もやっちまった。…………ごめん」

 

「リュウさん……」

 

「その上で頼みたい事がある。────ナナ、俺の記憶を戻す助けをして貰えないか」

 

 立ち止まり、深々とリュウは頭を下げた。

 実験が終わったあの夜から続いた少女への態度。事情が事情だが、言い過ぎたと少年は振り返って確かに思う。──こんなことを他でもないナナへ言うのはそれこそ卑怯だし虫が良すぎるが、少女の助けが無ければ記憶を取り戻す事は恐らく出来ない。

 しばらく時間が過ぎて、リュウは苦笑を浮かべながら顔を上げた。断られればそれまで。その決心は既に済ませてある。

 

「──────っっ」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 目を見開いて硬直したまま、美しく透明な滴が両の目から伝って落ちる。胸に手を添えた少女は数度瞬いて、声を圧し殺しながら俯いた。

 

「ナナ……?」

 

「私なんかがっ……リュウさんの助けになれるんですか…………?」

 

 夕陽に艶めく淡い白の髪で表情を隠し、手の甲で涙を拭いながら少女は確認する。

 

「あぁ。絶対なる」

 

「……初めてなんですっ。私がちゃんとリュウさんから力になってくれと頼まれたのが」

 

「初めて……? いや、“Link”の時なんかは俺がしょっちゅうナナに要求したけど」

 

「“Link”は……あの力を使うときは私がリュウさんを騙している事と同義です。それ以外で、リュウさんに求められた事が嬉しくって。────私で良ければ幾らでも力をお貸しします」

 

 顔を上げた少女は屈託のない笑みを浮かべて、リュウはふと思う。

 ──少女はリュウの知りうる中で、自分の卑怯さを知っている少ない存在だ。そんな彼女だからこそ、指摘してくれるかもしれないと、厚かましいと思いながらもリュウは気が付くと言葉を口にしていた。

 

「良かったら……、これから俺がまた間違っている事をしたら、言ってくれないか。……ケツを蹴り飛ばしてくれないか」

 

「……何を言っているんですかリュウさん」

 

 目を丸くする少年の手を少女は自分の胸元へと手繰り寄せる。

 握った温もりにリュウとナナは1つの情景を想った。かつての日、手を繋いで歩いた情景が2人の脳裏に過り、互いが笑顔で向かい合う。

 

「──────私はこれからずっと、貴方に付いていきますよ」

 

 少女の視線と少年の視線が交錯する。

 永い数ヵ月だった、目まぐるしくも苦しい数ヵ月だった。

 そのしがらみを越え晴れて対等となった2人は笑みを深めて、リュウが胸に秘めた案を口に出す。

 

「試したい事があるんだ、それを今から話す」

 

※※※※※※※

 

「ん?」

 

 自宅の門を開けようとした少年が途中まで伸ばした手を止める。

 家の人間が敷地に入ったのなら門は閉まっている筈だが、僅かに金属の軋みを上げながら門は全開に開かれていた。

 怪訝に思うと同時、自宅奥の倉庫から聞こえた物音にリュウは傍らの少女を後ろに下がらせる。

 頭に浮かんだのは昼間のチンピラ共だ、ああいった手合いが町に居るのなら盗みに入る人間が居てもおかしくはない。幸い向こうは不用心に音をあげるような人間だ、静かに接近すれば気付かれる可能性は薄いだろう。

 

 石畳ではなく足音が立たない芝生へ忍び足を運び、壁の角から様子を窺う。すると倉庫を物色している人影が1つ見てとれた。

 夕焼けからなる影で人物の子細は把握出来ないが、相手は1人。全身にアドレナリンが走る感覚に意識が熱くなり拳に力を込める。──まずは声を掛けて向こうの出方を見よう。

 

「おいアンタ。そこには俺の親父が集めた美少女フィギュアしか置いてないぜ。金目の物が目当てなら残念だったな」

 

「金目の物が無いだと!!? 君、この2018年発売のfigure-riseRABOホシノ・フミナを見ても同じことが言えるのかッ! 下手な車が1つ買える値段だぞッッ!!」

 

「…………父さん?」

 

「…………リュっっ、リュウ君!!? 家に居るんじゃなかったのか!!? どうしてここに……!」

 

 愕然と声をあげる父親のタツヤは、次の瞬間慌ただしく倉庫へ物を隠して鍵を閉める。

 近付いてきた彼の服はスーツ姿で仕事帰りということが見てとれた。

 

「また母さんに内緒で何か買ってきたの?」

 

「そうなんだよ。ハハハ、家に置くには中々に過激な物を買ってきてしまってね……。ママにバレたら絶対白い目で見られる事間違いない。────いや、それも“アリ”か?」

 

 真顔で思案しているあたり悲しいかな。父親の精神性を察してしまう。

 普段はこうなってしまうと戻ってくるのに時間が掛かるが、今は優先したい物事がある為リュウはタツヤの目を正面から見据えた。

 

「父さん。夕飯の時、聞きたいことがあるんだ」

 

「それは、リュウの今後に関わることかな?」

 

 あっけからんと即答するタツヤにリュウは内心驚く。

 やはり父親なのだと、物優しげな表情の内に覗くリュウの心を見通すような眼光にそれでも毅然として答えた。

 

「あぁ、すっげぇ関わる事だ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章16話『やっと気付けた』

「聞きたいのは、()()()()()()()()()

 

 卓に並んだ和洋料理の数々が半ば片付けられた頃合い、今までそれとない会話を打ち切ってリュウは()()を卓の中央へ置いた。

 表記された2035の数字、仏頂面だがピースをしている母親(これでも本人は笑顔と言っている)と、母親とは対照的な表情で両手を挙げピースをして喜んでいる父親、その2人に囲まれてガンプラの箱を掲げている少年の写真。

 玄関に置いてあったものだ。昨日帰ってきた際にこの写真を見たとき、リュウは確かに頭痛を覚えた。しかしそれは幼いリュウの持つガンプラを見た際に発生する条件反射のようなもので、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 単にリュウが忘れているだけという線が濃厚だったが、今日店長から聞かされた話には興味深い内容があった。

 リュウは、10年前ガンプラを中山模型店で始めていない。てっきり自分は10年前中山模型店でガンプラを購入して始めたとばかり思っていたが、どうやらそれより以前にガンプラを手にしていたようだ。

 そして、この写真が示す10年前と夏祭りの風景。

 この写真が恐らく自身の原点だ。

 

「当時の事、どうして俺がこのガンプラ、──アイズガンダムを持ってるのか、教えてくれないか」

 

 そう言うと両親が思案げに宙を見詰め、始めに口火を切ったのは母親だ。

 

「確か夏祭りでしょ。良く覚えてるわよそれ、射的でリュウが落としたのよ」

 

「そうそうそうそう!! 僕は隣のアヤメちゃんを狙えって言ったんだけど、ママから下駄で足の甲を踏まれたのを覚えてる!!」

 

 思い出せない。

 それでも何となくは想像が付いた、何故自分がアイズガンダムを選んだのか。

 だったら、()()()()()()()()()()

 

「俺がアイズガンダムを選んだ理由って、かっこよかったとか、そういう理由?」

 

「そんなもんじゃなかったよ。目を輝かせて30分間射的屋の前にリュウくん居たんだから。そのせいで途中はぐれちゃったんだよ」

 

「リュウを探してる途中でアナウンスが入ってね、それで射的屋の前に行ったら珍しくガンプラを見ていたから驚いたわ。同年代の他の子はガンプラに夢中なのにリュウは普段興味が無かったんだもの。それなのに、じ~っと見て」

 

 語る両親の話しを聞いても少年はピンと来なかった。

()()()()()()()()()()()()()()()()。そうなると答えは2つ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 隣の席の少女に視線を配ると、横目で察した少女がいつものように鈴が鳴るような澄んだ声で、リュウにしか聞こえない大きさで一言呟いた。

 

「────()()()()()

 

 その声に少年は確信する、答えは()()()

 食べ終わった皿を纏めて両親に目配せをする。微かに掴んだ糸ほどの希望を以て、リュウは次の作戦への以降を決意した。

 

「ありがとう、父さん、母さん。…………昨日の事は、まだ自分でもどうなるか分からない。混乱させるようなこと言って、ごめんなさい」

 

 頭を下げるリュウ。

 その頭に両親の笑みが投げ掛けられた。

 

「ね? だから言ったでしょう、この子は何か掴んでくるって」

 

「ハハハ、ママには敵わないなぁ。それこそ今日仕事を早く切り上げてきた甲斐があったよ」

 

 言っている意味が分からずに顔をあげると、柔らかな2つの笑顔がそこにはあった。

 まるで、元から何も心配していないとばかりに。

 

「でもリュウ、これだけは言っておくわよ。────後悔のない選択をしなさい」

 

「僕からも言わせて貰うよ。────追いかけるなら全力で、だ」

 

 その言葉にリュウは目を見開いて驚く。

 両親には記憶の事は話していない。リュウが学園とガンプラを辞めるのは向こうでの挫折が原因だと、そう考えている筈だ。

 何かを辞める人間にしてはありきたりな理由で、渋々納得するか叱るか最悪勘当も考えてあったがこの2人は初めからそんなことを考えていないとばかりに胸を張っている。

 まるで、初めからリュウが何かを見付けて追いかける事を知っていたかのような。

 

「ナナちゃん、リュウの事頼んだわよ」

 

「──、はいっ。命に代えても」

 

 話を振られたナナも母の視線に視線で返し、母が精一杯の笑顔で少年と少女を促す。

 

「やることあるんでしょ。皿は母さん運んどくから、ちゃっちゃとやってきなさい」

 

 この2人の間に生まれて良かったと、リュウは想った。

 理由のない熱い気持ちが胸の中で溢れて、「ごちそうさま」と言って席を立つ。

 ──両親にとって、何かをやる、やらない事はさして重要ではないのだと思い知った。何か目的を見付けたのなら全力で事に臨めと、母の新人時代とそのストーカーを行っていた父からの言葉にリュウはただ感謝をした。

 キョウカ・タチバナとタツヤ・タチバナという親の在り方に育てられた自分を誇りに思い、リュウは傍らの少女へと告げる。

 

「ナナ行くぞ、次の作戦《プラン》だ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章17話『あの夜の少女』

「今更こんな確認自分でもするとは思ってなかったけど……」

 

 そう前置きを置いたリュウは自身が腰を掛けている回転椅子をくるりと回す。

 ベッドに座る少女は少年の服を着ており、背丈の合わないパーカーを先程から興味深そうに弄んでいた。

 

「俺はナナの接続者(コネクター)って認識で良いんだよな?」

 

「はい。その認識で間違いないです。私とのLinkを想定した人間を接続者(コネクター)と呼ぶと、そう博士は仰っていました」

 

 接続者(コネクター)

 今までは関係無いと思い聞き流していた単語の意味を考える事になるとは、そう少年は腕を組んで感慨に耽る。

 字の如く、接続する者。ナナとLinkする人間を指す事は容易に読み取れた。

 

「接続ねぇ……。ナナが俺の記憶を吸収出来たってことは、……やろうとは思わないけど逆は出来ないのか? そこんところ何か知ってるか」

 

 少年の言葉に少女が僅かに瞠目してじっと床を見詰める。

 

「…………恐らく不可能です。そもそも解析(リーディング)吸収(ロード)は私にしか行えません。Linkの最中リュウさんが私の思考や記憶を読み取れないのはその為です」

 

「そうか…………う~ん、接続者って読むけどやってることは一方的搾取だな、考えた奴のネーミングセンスどうかしてるぜ。なら、ナナが俺と繋がっている時は電脳世界(アウター)へログインしている時だけか? 実はここで繋がって記憶を吸収してましたって場面って……ある?」

 

 自分で話して恐ろしくなった。

 少女が日常生活何気なく過ごしていた所作のどこかで記憶を吸っていたのなら、過ぎた事とはいえ多少はゾッとする。

 とはいえリュウには思い当たる処があるわけでもなく……。

 

「あります」

 

「あるのかよッッ!!?」

 

「は、はい。Linkは電脳世界(アウター)で運用する事が前提です。意識が情報に変換されている電脳世界(アウター)において、脳波という電気信号はその人そのものといっても差し支えありません。……しかし電脳世界(アウター)にログインしていなくとも脳が()()()()()()()()()()()()()()()であれば、私は干渉出来ますし……その、していました」

 

「いつ!? 俺日常生活してていきなり意識飛ばす事なんて無いし、ガンプラバトルを脳内で繰り広げたりなんて…………これはやったな多分。記憶に無い俺は多分やってた」

 

「就寝時。つまり睡眠を摂られている状態の際は電脳世界(アウター)へ意識を飛ばしている時に近いと博士は説明していました。電脳世界(アウター)へログインしている状態は“夢”の拡張状態に過ぎない、と。なのでリュウさんが寝付かれた際、身体的接触をして物理的に吸収させて貰っていました」

 

「身体的接触って────あっ」

 

 まざまざと思い出されたのはコトハがシンガポールの大会から帰国した朝、下着すら身に付けず抱きついていた少女の姿だ。

 それから暫く続いた奇怪極まりない行動に頭を悩ませていたが、よもやそんな事情があったとはとリュウは内心胸を撫で下ろす。目の前の少女に無自覚な露出癖があったりしたら、それはそれで非常に大変だ。

 

「ナナ、……俺の記憶を返すことも出来ないよな?」

 

「申し訳ありません。1度吸収(ロード)された記憶は返すことは出来ないです……」

 

 これも大方想像できた。

 コンピュータ上でデータのやり取りを行うにあたって、入手したデータを変換した場合そのデータを持ち主に送信したとしてもコンピュータが読み取れない場合がある。例を挙げるならば情報量が増加した、バージョンが違う、そもそものデータ形式が異なっている等。電脳世界(アウター)でデータと化したリュウの記憶が少女に吸われた場合、同じような事象が起こることは容易に納得が出来た。

 

「つまり、結構詰んでるって事か」

 

 言って、少年は苦笑した。結構ではなく相当。

 飛車も角も取られた上の王手にも近い絶体絶命の状況に、リュウは顎の前に手を組んで椅子を回す。

 

「それでリュウさん。先程食卓でお母様とお父様が仰っていた記憶、私の中に恐らくあります」

 

「夏祭りの記憶か……。恐らくっていうのはどういう事だ?」

 

「リュウさんから頂いた記憶というものは私の中に入ると連続性が失われます。リュウさんがガンプラと共に過ごされた10年間の記憶は、私の中ではその、バラバラに記憶されているんです。時間も関係性も場所も全て……。なので夏祭りの記憶を()()のは覚えていますが、量が膨大すぎて……。時間系列を整理しようにも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それすら私には出来ないです……申し訳ありません」

 

「悲しい顔すんなって、……その膨大な記憶とやら、俺が整理出来れば一発なんだけどな」

 

 リュウが知りたい記憶は、ガンプラを始めた起源。そしてガンプラを好きになった起源だ。

 始めた起源が夏祭りでの一目惚れなら、アイズガンダムに執着をするなにかしらの切っ掛けが存在した筈だ。それをリュウは公園での悪夢の続きと考えている。

 

「ナナ、俺がガンプラ思い出すとすげぇ痛いの知ってるだろ」

 

「それは、もちろん知っています。私とLinkして記憶を失った、代償ですよね……」

 

「けど頭痛もしないし明らかにガンプラと関係あって、その上大事そうな記憶が1つだけあるんだよ。この例外を見ることが出来たら……何か掴めそうなんだけどなぁ」

 

 時系列で考えて夏祭りの後、店長が言うには秋の話だ。その数ヵ月の間にリュウは公園でアイズガンダムを壊されて、記憶に出てきた何者かに会っている。

 その人物を思い出せれば()()()()()()()、雲を掴んでいるような根拠の無い確証をリュウは覚えていた。

 

「どうしよう、ナナ」

 

「……1つ訪ねたいのですがリュウさん、先程言っていた作戦とは」

 

「逆接続作戦の事なら失敗だ……。そもそもナナが俺に記憶渡したら何かしら弊害があるんだろ?」

 

「考えた事はありませんが、私の記憶と感情は全てリュウさんと過ごしリュウさんの記憶を参考に構成された物です。それが消えるとなると、…………憶測ですが記憶を無くし出会って間もない頃に戻ります」

 

 出会って間もない頃。

 必要最低限のやりとりしか行わず表情と呼べる物は存在していなかったあの状態、以前の少女を思い返せば改めて違和感を感じた。あれは感情を学習していないまっさらな状態だったのか。

 となるといよいよ打つ手が無い。ナナの記憶をリュウは欲しいが手段が存在せず、仮に見付けたとしてもナナは逆に記憶を無くしてしまう。これでは均衡の取れないシーソーゲームだ。

 

 何か手は、とおもむろにポケットを探る。

 着の身着のままで学園都市を抜け出したリュウが手にしていたのはスマートフォンと学園のデバイス、財布にアウターギア。それらを机へ並べると視界に入るだけで薄氷が割れていくように頭痛が芽生えてくる。

 ──エイジかコトハに連絡も考えたが、記憶について彼らに補助して貰えるような事は思い付かない。学園のデバイスを開いてもSNSか学園の情報だけ。

 そこで思い至った。1人居る、リュウとナナの事情に詳しく状況の打開策を知っている人物が。

 

「リホ先生だ……! そうだ、あの人なら」

 

「リュウさん?」

 

「あの博士なら俺達よりもLinkを知っている……! 確か番号は……!」

 

 忙しい手つきで着信履歴を遡り通話ボタンを押す。

 何故初めに気が付かなかったのか、実験の場では彼女が研究員を指揮していた立場だ、実権を握っているのもリホだとすれば打開策を知っているのも彼女しか有り得ない。

 

『──お掛けになった電話番号は現在使われておりません』

 

 無機質な音声が部屋に響く。

 掛け間違えたのかと画面を確認しもう一度通話ボタンを押すも、再び音声が繰り返された。

 

「リホ先生もダメか……! 俺はもう用済みって事か」

 

 我ながら悪くない発想に至ったと思ったがそれも不発。

 残された手が思い付かず、なんとなしにアウターギアを手に持った。

 非展開状態は家の鍵程の大きさの装置、学園都市の科学の結晶。

 電脳世界(アウター)とバウトシステムが設けられていなければ使用用途の無い無駄にハイテクな代物だ。手のひらで転がしながら天井を仰ぐも具体案が下りてくる訳でもなく、ただ時間が過ぎていく。

 ────そう、思っていた。

 

「は………………?」

 

 コンパクトな動作音と共に手の内のアウターギアが展開される。耳と後頭部に装着するための特殊カーボンが装置の内側から伸びて、目元にあたる細かな基部から投影画面(ホロウィンドウ)が映し出された。

 手で転がしてる最中に起動ボタンでも押したかと、小さなインカムのようなそれを見回すもアウターギアの起動ボタンは一定以上の力が加わらない限り起動しない。

 まさか不良品を掴まされていたのかと今更遅い文句が口の中で溢れ、電源を押しこむと先程までと同じ鍵程の大きさへと収納される。

 しかしそれも束の間、再び起動されたアウターギアが今度は手の内で形を変えていった。

 

「な、なんだこれ? 壊れちまったのか……?」

 

「付けないのですか、リュウさん」

 

「付けてなにすんだよ、ここには電脳世界(アウター)もバウトシステムも……」

 

 違和感を感じて振り返った。

 ベッドに座る少女、まるで今の言い方だとナナが起動したような気がして少年は目を見開く。

 リュウは手のひらを少女へと恐る恐る差し出すと、

 

「…………?」

 

 小首を傾げる少女と連動するように再びアウターギアの電源が落ちる。

 目の前で形を変えたそれと少女の動きは明らかにリンクしており、目の前で起こった現象にリュウは努めて冷静な声で聞き出した。

 

「ナナ、……もしかしてお前。……アウターギアを起動できるのか……?」

 

「恐らく……。私も、初めてです。距離に限度が設けられているようですが、プラフスキー粒子を介して起動する機器なら干渉が出来そうです……」

 

 ────リュウは最も大事なことを聞いていなかった。

 実験が終了するまでの数ヵ月間の関係と括り、聞こうとも思わなかった数々の疑問。

 事情があるのだと思った、苦しい過去があるのだと思った。地下の研究室で過ごしていたのも何かしらリュウの及ばない話が進んでいるのだと思っていた。

 そう思考を停止していた()()が、リュウの内で急速に膨れ上がる。

 記憶を吸収して成長し他人のガンプラバトルの腕を達人へと昇華させるLinkというシステム、そもそも()()とは何なのか。

()()()()()()()()辿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なぁ、ナナ」

 

 口の渇きを異様に感じた。物音の無い室内が言い様の無い焦燥を掻き立てる。

 少女に恐怖なんて物は感じない。それでも少女という存在の底知れなさをリュウは初めて認識をした。

 

「ナナは、何者なんだ?」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章18話『いちばん大きな気持ち』

「────うん、なるべく早く調べておいて。ソウヤ達には私から伝えておくわ」

 

 携帯の通話を切りベッドの上で軽く身体を伸ばした。

 昼にリュウから言われた内容をグループの子達に回し終えて、それでも少女の心から不安が拭えない。()()()()()()()()()()()()()()()

 枕に顔を埋めると洗濯したての爽やかな香りが鼻腔いっぱいに広がり、しばしカンナはそのまま唸る。

 

「モゴモゴモゴモゴ……(もし居たら可哀想よね……)」

 

 けれどリュウが居るといったのなら事実なのだろう。確信を帯びたあの顔は必ず信じなくてはいけないと、少女は苦しむリュウの顔を思い出して切に思った。

 突然やってきた少女──ナナ。

 彼女がリュウを苦しめ記憶を消した張本人、決して許したわけではないけれど、それでもリュウの事を考えてくれている事は十分に伝わった。

 怒ること叱ることは、リュウの記憶が元通りになってからだ。仮に記憶が戻らなかったのであれば絶対に赦さない。

 

「……私も、リュウを助ける手立てを考えなきゃ」

 

 淡い白銀の髪の少女から求められたリュウの記憶を救う案は今のところ1つもカンナには浮かんでいない。それでもリュウとは幼い頃から過ごした日々の積み重ねが確かに存在する。彼が忘れたといっても私達は忘れてなんかいない。

 だとしたら懸ける点はそこ以外無いだろう。

 具体的な案が思い付かない事が懸念だが、無いものを考えても仕方がない。少女はおさげを──かつて彼から誉めてもらった髪を揺らして顔を上げる。

 

「──もしもしソウヤ? 少し頼みたいことがあるんだけど」

 

 大好きな私達のヒーローを救うために、少女は頼まれた事柄を遂行する。

 

※※※※※※※※

 

「Nitoro:Nanoparticle……博士は私の事を『生きるアウターギア』と呼んでいました」

 

 記憶を辿るように胸へと手を当てて少女はゆっくりと紡いだ。

 生きるアウターギア。あの博士が言うのなら誇張でも何でもないのだろうと仮定し、その上でリュウは続く言葉を少女の空色の目を見て待つ。

 

「……『アウターギアにはプラフスキー粒子の励起作用が備わっていて、バウトシステムはその副産物に過ぎない』。……私には意味が分かりかねますが、これは博士の言葉です。…………それと、リュウさんの先程の質問には、満足のいく答えを提示出来ません」

 

「それは、どういう事だ」

 

「私が目覚めたのはリュウさんと初めてLinkをした30分ほど前です。私は気が付いたら寝具台で固定されており、それより以前の記憶を持ち合わせてはいません。────私はあの夜に生まれたんです」

 

 告げられた言葉に、声が出なかった。

 理解が追い付く筈もなく、同時にどうして早く聞かなかったのかとリュウは自分自身に愕然とした。

 ずっと境遇が特殊な少女だとは思ってはいたが、それはあくまで少年の常識の範疇に過ぎない。

 寝具台に固定。実験。あの場で目覚めた。数々のピースが頭で組み合わさり、口から漏れるのを寸でのところで止める。

 

「今までは何も疑問には思っていませんでしたが、こうしてリュウさんから育てられて、ある程度の教養が培われた今だから理解できます。────私は、人間ではありません」

 

「…………!」

 

「先程リュウさんのアウターギアを起動と停止を出来た事も、私は今まで知りませんでした。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。リュウさんの常識にはこんな人間は居ないですよね」

 

「やめろッッ!!」

 

 椅子を蹴って立ち上がり少女へ叫ぶ。

 淡々と語るナナを何故か少年は許せなかった。自分は他人とは違う、そう勝手に自分で位置付け嘲けているように見えて。

 対する少女もベッドからゆるりと立ち上がってリュウの前へと近付き、この世の物とは思えない美しく綺麗な蒼の瞳が見据えられる。

 

「私を何者なんだと、リュウさんは言いましたね。──その答えは、もうリュウさんの中に浮かんでいるのではないですか?」

 

「くそッッ!!」

 

 無機質で無愛想な顔の少女を少年は強引に胸へ抱き寄せた。

 少女の体温は低く、子供特有の熱さを感じる程の平熱とは程遠い。薄ら冷たくすら感じるナナの体温は加えて心臓の鼓動すら弱く思えた。

 人体実験、そう予想した事も確かにあったがリュウの内に浮かんでいる答えは最悪のケースだ。リュウの胸で抱かれる少女は抵抗をすることもなく受け入れている。

 

「────強化人間と変わらねぇじゃねぇか……!」

 

「────あぁ……、そんな事も言われてましたね」

 

 感慨に耽るように少女は緩く目を閉じる。

 懐かしいと思うように、それが思い出だとでも言うように呟いて。

 

「ふざっけんな」

 

 少女の肩に手を置いて少年はしゃがみこんだ。

 目の前にはっきりと映る少女の造形、リュウの行動に疑問を覚えている瞳の瞬きを見て確信を強める。

 

「ナナ、お前は人間だよ」

 

「リュウさんの常識内の人間では、無いですね」

 

「────それでも人間だよッッ!」

 

「…………」

 

「自分と他人を線引きして、勝手に孤独になってんじゃねぇよ。演じなくても良いんだよ」

 

「リュウさんの言っている意味が」

 

「気付いてねぇのかよ。だったらこんなポンコツが強化人間な訳ねぇな? ……さっきから泣いてるんだよナナ」

 

「────えっ」

 

 美しいと思った少女の瞳。

 暫く前から潤みを帯びたそれは揺れて、今少年の言葉で目尻から溢れ頬を伝う。

 それをリュウは指で掬った。少女に見せ付けるように目の前へ手をやった。

 人間の感情が大きく揺れ動いたときに流す涙という現象を、人間ではないと言い張る少女へ突きつけるように。

 

「モヤモヤしたの、今全部出しちゃえよ」

 

 その言葉に、少女の両目が目に見えて揺らぐ。

 自分自身信じられない様子で、僅かに瞠目して溢れ落ちる涙をそのままに、ナナが少年の首元へ倒れ込んだ。

 

「リュウさんが思っている程悩みと呼べる物は無いんです。私が行った仕打ちはもうリュウさんに聞いてもらいました。────けど」

 

 首に回された細腕が震え、少年の背中を少女の手がきつく掴む。

 

「私はやっぱ普通じゃないんだなって、この町に来て強く思ってしまったんです……! カンナさんが過ごされたような過去も、リュウさんのお母様お父様のような両親も私には居なくてっ、急にリュウさんが遠くの存在のように思えてしまって……!!」

 

「……だからさっきから“私は人間じゃない”って強調したのか」

 

「リュウさんの事を理解したいって思っても、私にはそういった経験が無いから出来ないんですっ……! それが急に歪に感じてしまって……!」

 

 だから少女はカンナに協力を求めたのかと、初めてリュウの中で合点がいった。

 想っているのに力へなれない歯痒さを感じてこの少女は自分の為に尽くしてくれたのかと、リュウは逆に少女を抱き締める。

 

「ナナ。まだ理解が難しいかも知れないけど、聞いてくれ」

 

 耳元で感じる少女の息遣いが収まり、聞く姿勢になったところでリュウは自身を戒めるように続ける。

 

「確かにナナは他の子と比べると境遇が違うし気持ちを量る事が難しい。けどな、俺だってナナの境遇なんてものは量れないし、研究所の連中に怒ってやる事は出来てもナナの気持ちを理解してやる事は出来ない。……境遇なんてものは他人と違うのが当たり前だ。共感が難しくても、そこに落ち目を感じる必要なんて無いんだよ」

 

「境遇なんてものは他人と違う……」

 

「そうだ。大事なのは歩み寄る事だ。相手を理解する為に傷付く事を恐れないで近付く事だ。……ナナはそれをもう無自覚のうちにやってんだよ。俺に身の上話をしたってことはそういうことだろ」

 

 少女にはそんなつもりは無かったのだろう。それでも会話の別側面を捉えればナナはリュウに境遇を説明してくれて理解を求めたと解釈する事も可能だ。

 大切な事は、相手と情報を共有し互いに理解出来るように努める事。少女は意図せずにそれを成し遂げた。

 

「俺の境遇なんてのも大概だし、記憶を視たナナが一番分かってるだろ。誉められた人間じゃ無いんだよ俺は」

 

 暫く部屋に静寂が満ちて、リュウの方から少女の身を離す。

 視線を落とす少女は何かを思案しているのか、すっかり涙が消えた目元を仄赤く染ませて俯く。

 やがて顔を上げた少女は────微笑みを浮かべて嬉しげに白銀の髪を緩く揺らした。

 

「リュウさんの仰られた事は良く分かりませんが……1つだけ、分かったことがあります。リュウさん────」

 

 鼻唄を歌うように少女が紡ぐ。

 後の言葉が想像出来ず少年がしゃがんでいると、意を決したように少女が笑みを増した。

 

 

 

 

「────大好きですっ」

 

 

 

 

 思わず心臓が高鳴るも、少女の年齢での意味合いは少年が思っているものとまるで違うと瞬時に悟り、頭でも撫でてやろうとリュウは頭へ手を伸ばした。

 少女は、そんなリュウの手をすり抜けて、

 

「…………んっ」

 

 何をされているのか理解出来なかった。

 生涯到来した事の無い未知の感触に少年は目を瞬かせ、1つ1つの物事をなんとか整理する事で精一杯だ。

 ふわりと香る幼くも女性の匂いと、拡大された少女の顔。何よりも、口許に接触する柔らかな感触がリュウには全て理解不能だった。

 続いて少年の思考が更に熱を増す。

 添えられた口許へぬるりとした感触が少年の唇に侵入し、辿々しく相手を求めるような動きのそれは少女の舌か。

 この事態まで発展し、初めてリュウは自身の身に何が起きているのか自覚をする。

 ────少女にキスをされているのだ。

 

「ん……は、……ぁむ」

 

「ぷぁっ──────ッッ!! なっ!? ナッナナナナッッ!!? ななな、な…………!!?」

 

 理性を振り絞って両手で引き剥がし、少女は少年の行動が理解できない様子で疑問の目で見詰めて、狼狽している自分がおかしいのかと情景を振り返る。

 何もおかしくはない。急に少女が迫ってきてキスをされたのだ。

 立ち上がって後退するリュウは、今しがた訪れた唇の感覚を確かめるように何度も手で触れて確認をする。

 

「な、ななっ……!! なにしてんのナナさんッッ!!?」

 

 糸を引く粘膜が2人の間に落ちて、名残惜しそうにそれを眺めたナナが変わらぬ微笑みを投げ掛ける。

 対する少年も床を伝う粘膜を視界の端に認めながら、頬を赤らめつつも少女と視線を交わした。

 

「『大事なのは歩み寄る事だ。相手を理解する為に傷付く事を恐れないで近付く事だ』リュウさんはそう言いましたね」

 

「い、言いました」

 

「それは、“相手に理解してもらう為に自分から近付く事も大事”と、そう解釈も出来ますよね」

 

「で、出来る……?」

 

「私は今、リュウさんが大好きになりました。この気持ちを伝える為に“きす”をしたのですが、間違いですか?」

 

「発想が突飛過ぎませんかねぇ!!? しかも自分で言った事だから反論が難しいぞこれ!!」

 

「リュウさん……」

 

「待って待って、ここで近付くのは少し違くないか? 相手を理解しようってのは確かに大事だけど、ナナは自分の行動の意味をまずは理解した方が絶対良いと思うんだけど……!? ──────ガぁッッ!!?」

 

「リュウさんっっ!!?」

 

 突如として到来した身体を駆け抜ける熱に堪らず少年は膝から崩れる。

 灼熱に身を晒されたかのような熱さに視界が揺れて、熱が痛みを伴っていない事に気付くも胸を握りしめる拳は解かれない。記憶に関する頭痛ではなく、()()()()()()()()()

 気が付くと手の内にあったアウターギアが起動を完了させ、緑に輝く投影映像(ホロウィンドウ)は身体認証を越えた先、つまり()()()()()を意味する光を発していた。

 

「ッッ! どういう、事だよこれッ……!」

 

 明々と煌めくアウターギアからはプラフスキー粒子の燐光さえ漏れ出て、臨界状態を思わせる輝きが灯りの付いている室内で一際強調され、少年はアウターギアを自身の片耳へと近付ける。

 

「リュウさん、これは一体……」

 

「わかんねぇ……! わっかんねぇけど、絶対こうした方がいい。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 じん、と熱を持つアウターギアは少年の体内温度と同等の熱量を持ち、装着をすると驚くほど身に馴染む。

 視界に映された画面は見間違いなくオンラインの表記。後は意識を画面に集中するだけで電脳世界(アウター)へと行ける筈だ。

 その少年の両手を、少女の両手が繋ぐ。向かい合う形でナナがリュウの手を取り、倒れないようにベッドが背もたれとなる形でリュウを誘導した。

 

「……握っていますから」

 

「あぁ。ありがとなナナ」

 

 言葉を交わしたのはその一言。

 投影映像(ホロウィンドウ)を突き破るように射抜いた視線が画面を瓦解させ、少年の意識が急速に薄らいでいく。

 このログインが何処へ行くのか分からない。

 それでも手に残る温もりに安堵しながら、リュウはアウターギアへと意識を没入させた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章19話『悪夢の果てに』

 木の葉が擦れる音に蝉の声が紛れて聞こえ、一面に広がるグラウンドでは子供達が喧騒を立てながらはしゃいでいる。

 うだりを覚えるように照りつけた太陽の輝きは景色に陽炎を揺らめかせ、公園の蛇口に繋がれた大型犬が暑さに舌を垂らしながら鬼ごっこに勤しむ主人を律儀に待っていた。

 見渡す景色はセピア色に色褪せ、耳に入る物音もどこか現実感を欠いて遠い。

 立ち尽くす少年はようやく自分が置かれている環境に気付き、慌てて自身の身体を確かめるように手であちこちを触る。

 

「部屋の服のまんまだ……。しかもここ公園じゃねぇか? 電脳世界(アウター)にこんなエリアある筈無いよな……?」

 

 リュウの格好は部屋で過ごしていた物と変わっておらず、電脳世界(アウター)におけるメニューバーを展開する動作──右手を水平に振りかざすも投影画面(ホロウィンドウ)は現れない。

 だとするなら、紛れもなく()()()()()()()()()()。経緯こそ不明だが部屋でのログインによってここへ繋がっている状態らしい。メニューバーからログアウトが出来ない以上、いつまでログインしているのか、いつログアウトされるのかが予想も出来ないが、ここが自身の夢である以上()()()()()()()()()()()()()()

 

「────リュウ、さん?」

 

「ナナ……!? なんでここに……!」

 

 鈴の音の声に振り返ると見知った少女が忽然(こつぜん)と立っていた。白銀の淡い髪を腰まで伸ばし、透き通る空色の瞳を見間違える事は無い。

 少女も置かれた事態を把握していないようで、周囲を確認した後にリュウの傍らへ添うよう距離が近付く。

 

「ここは一体……」

 

「俺の夢だ。……見届けられなかった悪夢の続きだ」

 

 証拠もないが少年は確信していた。

 これが何かの巡り合わせなのなら、確実にこの世界は悪夢の延長線上の世界だ。

 

「……“生きるアウターギア”、か」

 

「リュウさん?」

 

「ナナが俺をここに連れてきてくれたんだろうな。ありがとう」

 

 頭を撫でられる少女は嬉しそうに目を瞑って受け入れて、ひとしきり絹のような手触りを堪能した後に少年は口を開く。

 

「気付いたかナナ。こんだけ暑そうな景色なのに何も気温を感じない。木が揺れても風を感じない」

 

「不思議ですね。太陽を見上げても眩しいと思わないです。……それでも」

 

 そう言って少年を見上げた少女は1歩近付いて、小さな手がそっとリュウの胸へとあてられる。

 存在を確かめるように少女は少年に優しく触れ、その行為に忘れかけていた部屋での行為が鮮明に思い出され転ぶような勢いでリュウは後ずさった。

 

「……? どうしましたリュウさん」

 

「な、なんか行動が大胆になってねぇかナナ。どうしちまったんだよ」

 

「……。リュウさんのお陰ですね」

 

 頬を仄かに赤らめた少女は後ろで手を組み、造形めいて整った顔で微笑み少年を見詰める。

 乱れる意識に自身の太股を思い切りつねって、()()()()()()()に少女が何を言おうとしたのか思い至った。

 

 この世界はリュウ達には不干渉なのだろう。そよ風によって木々が揺れても、暑さに参って伏せた犬が感じているであろう熱を感じ取ることは無い。

 それでも少年自身と、同じくして現実空間からやって来た少女は例外のようで、先ほどリュウがナナの頭を撫でた際には指を通り抜けるような触り心地の髪を感じ取る事が出来、逆にナナも少年へ触れて感触を実感出来るようだ。

 

「良くある展開じゃねぇか。仕組んだ人間が居るんなら(こじ)らせすぎだぜ」

 

 ──何かしらの要因で主人公が過去に飛び、その世界では主人公は世界に干渉することが出来ない。そのまま流れる記憶の観測者となり、結果的に何かを掴んで主人公は現実へと帰還する。ファンタジーでもSFでもオカルト物でも大筋の似かよった展開は古くからあり、最後に何を手にするのかは作品によって異なる。中には記憶の回廊に取り残され次にやってくる自分を待ち続けるタイムパラドックス物や、世界が消失する際に取り残される√、意識が醒めると遥か未来に飛ばされている√もリュウが見てきたフィクションには見受けられ、同じ未来を辿るまいと少年は直ぐ様行動を起こす。こういった展開には時間制限《タイムリミット》がお約束だ。

 

 場所はグラウンド、太陽は真昼を示す頭上に位置し、ならば事態はすぐに起こる筈だ。

 見渡す景色に目を細めると、広場の一角の隅に探していた集団を見付ける。

 見たところ小学生高学年だろうか。体格の大きな男子を筆頭に取り巻きの男子達が集団で1人の少年を取り囲んでいた。

 

「リュウさん、あれは……」

 

「行くぞナナ」

 

 思い出すだに嫌な記憶。先の展開を知っている脚が震え、傍らの少女が何も言わず少年の手を取る。言葉は無く、代わりに手へと込められた力にリュウは息を長く吐いて覚悟を決めた。

 悪夢のその先に何があるのか、結末を見届ける為に。

 

※※※※※※※

 

『わるもののガンプラを使うやつなんてこうだぁ!!』

 

 うずくまる少年に対して容赦の見えない蹴りが腹部へと突き刺さる。

 衝撃に倒れた少年は身体のあちこちを切っており、目元の窺えない口元も擦り傷で血が滲んでいた。

 

「……リュウさん、もしかしてあの子は」

 

「あぁ。子供の頃の俺だよ」

 

「────そんなっ……!」

 

 弾かれたように少女は駆け出して、倒れる少年と集団の間に割って入る。

 少女と比べても集団の身長は高く、嗜虐に満ちる瞳が少女の瞳と交錯するも少女は決して怯まない。

 

『バトルも弱いくせによぉっ!!』

 

 続いて笑みに歯を覗かせた子供の1人が倒れ込む少年へ近付き、このままではぶつかるという勢いに少女は目を瞑る。しかしそのまま少女の身体を通過して、道端に転がる中身の無いゴミ箱でも蹴り飛ばすかのように少年の身体が衝撃で浮き上がった。

 

「えっ……?」

 

『いつもこっちを睨んできやがって! 下級生の癖に生意気なんだよっ!!』

 

「やめっ……! やめてくださいっ! どうしてこんな事……!!」

 

 少年を守るように覆い被さるも暴力の数々は少女を通過して少年を襲う。

 ……この世界のルールだ。観測者でしかないリュウとナナは繰り広げられる事象に干渉することは出来ない。少女も理解している筈だがその上で少年を庇っている姿にリュウは申し訳ない気持ちで目を伏せた。

 

『何も言い返さねえでやんのギャハハ! いつもいつもだっせぇなコイツ!!』

 

 リュウには当時の記憶は無いが、それでも何故目の前の少年が頑なに虐めの事を周囲に言わなかったのか察しがつく。

 あのガンプラ──アイズガンダムが初めてリュウが手に入れたガンプラならば、それが原因で虐めにあっていることを両親に言えなかったのではと。子供ながらに迷惑が掛かってしまうと考えて、恐らくこの少年はずっと耐えてきたのだ。

 

「大丈夫ですかっ……! 傷もこんなにっ」

 

 服が裂けて血が滲み、擦り切れた箇所が生々しく炎症を起こしている。

 遂に睨むことすら止めた少年に寄り添う少女は、この後に何が起こるかも理解をしていない。

 朧気に彷徨(さまよ)う視線の先、子供にとって手のひら程の大きさの石を見付けた幼いリュウと、その様子を見ていたリュウの視線が重なる。

 ────やめろ。やれ。

 今でも尚どちらの選択を選んでも間違いではないと思ってしまう。あの集団は弱者をいたぶる事で快楽を見出だすゴミのような存在だ、幼少という免罪符を明らかに越えた行為だ。

 

 少年が石を握る。

 自覚無しに握った瞬間に、この武器で相手を倒すという実感が湧いて少年の顔が憎しみへと変貌していく。

 石を握って立ち上がった少年を少女は一瞬呆然と見て、次の瞬間意味を察して少年の前へと立ちはだかった。

 

「やめてくださいリュウさん……!」

 

 虚ろげに1歩進む少年、だが少女は退かない。

 

「ダメです! そんなことしたら、リュウさんがそんな事したらダメなんです……!」

 

 少女が少年の何を知っているのかと、知らず幼少の自分へと賛同しリュウは行く末を見守る。

 ここであの集団に噛みつかなければ、必ず他のところで被害が出る。それならここで痛い目に合わせて()()()()()も居る事を知らしめておけば被害が減るかもしれない。

 

 それでも、駆け出す瞬間の少年にあわや体当たりをされる距離でも少女は退かない。

 両手を広げて、全身全霊を懸けて少女は少年を真正面から見据えた。

 

「そんなことしたらっ、────リュウさんの心が泣いてしまいます!!」

 

 その言葉に、はっとリュウが目を見開いて気付く。

 ……このまま幼少の自分が相手を傷付かせた後、果たして少年の心は健全に戻るのだろうか。

 答えは否。今日の事を生涯忘れずに自分を忌ましめて、更に親を含めた周囲にも心配を掛けられて過ごすことになるだろう。

 その心持ちを、少女は心が泣いてしまうと比喩したのだとリュウは気付く。

 

「やめてくれ……!」

 

 自覚せずに言葉が漏れるも少年は進む。

 少女を通過して、主犯格の子供が迫り来る気配に気付く。

 

「やめてくれ……!!」

 

 振り返る頃にはもう遅い。

 呆けた表情に影が落ちて、鋭利な石の先端が額へと吸い込まれていく。

 

「やめてくれぇぇえええッッ──────!!」

 

 叫び声と同時、ピタリと幼少のリュウの動きが止まる。

 世界ごと硬直したように石が眼前へ迫っている子供も止まり、しかし見開かれた瞳の揺らぎが流れている時間を証明していた。

 その場の誰もが。

 少年達とリュウとナナの全員の視線が1つの方向に集い、その先に佇む──幼いリュウの腕を掴む長身の男性。

 事態を察した集団が、虐げてきた人間に噛みつかれたことによる恐怖か、それとも大人に見付かった事への恐怖か。口々に捨て台詞を吐きながらあっという間に散っていく。

 爪が食い込むほどに石を握っていた手が解かれ、やがて少年の目から涙が溢れた。自分が何をしようとしていたのかを理解してその場で膝から崩れ落ちた。

 その様子をリュウとナナは半ば呆然と見守る。

 

『────君は強い、手段を知らないだけだ』

 

 男が幼いリュウの頭を撫でると、心のダムが決壊したかのように泣き声が公園に響く。

 少女は少し笑顔を浮かべて、対してリュウの内心は(おびただ)しい数の疑問に溢れていた。

 白のTシャツとグレーのズボン。ラフな格好に身を包んだ(ほが)らかな男を。

 ……俺は、()()()()()()()()()

 

「良く耐えたね。遠くで一部始終を見ていたが……、いやはや酷い奴等が居たもんだ。ああいうことをされるのは初めてじゃないね?」

 

 その声に泣きじゃくる少年はこくりと頷く。

 

「とすれば、君は今日初めて彼らに反抗したわけか。……なんで君を虐めてたんだあいつらは」

 

 最早姿が点となった子供達を公園の入り口に認めた男が呟く。

 すると手の甲で大きく涙を拭ったあと少年が辺りに散らばったガンプラを集め始めた。

 

「……わるもののガンダムなんだって、コイツ」

 

「………………え?」

 

「俺は、コイツが何に出てくるガンダムか分からないけど、アイツらが言ってた」

 

 ひとしきり集め終えて少年が両手に抱える。

 その言葉に絶句する男がやがて震え、表情は背を向けているため窺えない。

 震えはやがて肩を揺らして、────男は盛大に吹き出した。

 

「アッハッハッハッハ!! わ、わるもの!!? そうか、彼らにはアイズガンダムが“わるもの”に見えたのか! 子供が原作を読むとそういう風に捉えるんだなぁ、いやはや面白い!!」

 

「……お、おじさん?」

 

「ガンダムを善と悪で区別するのは子供の特権だよなぁ。……君、名前は?」

 

 突如顔を近付けられた幼少のリュウがその場で勢いに仰け反りながらも答える。

 

「りゅ、リュウです」

 

「リュウ君はどうしてこのアイズガンダムを選んだんだい?」

 

「祭りで見付けて、その、…………かっこよかったから……」

 

 恥ずかしげに俯くリュウの頭をガシガシと撫でる。

 

「それで良い。ガンプラを選ぶ理由で『かっこ良い』は何にも負けない理由の1つだ。仮に原作で悪役だったとしても、だから選んじゃいけないなんて理由には決してなり得ない。──ただリュウ君、君が行おうとした行為は。あれではアイツらと同じ場所に堕ちるだけだ。殴る蹴るならおじさんも応援するが、君が持っていたそれは相手だけじゃなくて君も傷付ける事になる」

 

 視線の先。先程まで手にしていた石を男が顎で指し示す。

 鋭い先端があのまま子供に刺さっていたら消えない傷となっていたかもしれない。仮にこの場で気持ちが晴れたとしても、それはお互いの人生にとって消えない傷痕となって苛む事になっていただろう。

 

「だから、違う方法で奴等に勝て。君もやっているんだろう? ガンプラバトル」

 

「や、やってない。友達もいないし……台はアイツらが占拠してる……」

 

「おぉ珍しい、ルーキーですらないのか! それは丁度良い。だったらリュウ君がその台に殴り込みを掛けるんだ。その時はおじさんも付いていくから、奴等を見返してやれ!」

 

「出来っこないよ! アイツら、地元の中学生にも勝つんだよ。俺なんかじゃとても……」

 

 言葉尻の小さくなる少年の元に、男がしゃがみこんで人懐っこい笑みを浮かべる。

 周囲を確認したあと男は隠しものを見せるようにひっそりとポケットから手帳を取り出した。

 虹色に偏光するプレートに輝く1stの刻印。リュウとナナはその文字に瞠目する。

 

「おじさんが君にガンプラバトルを教える。強いんだぞぅ? 俺」

 

「なにこれ、1位? おじさん、何かの1位なの?」

 

「ハッハッハ。そうそう、“なにか”の1位だ。────リュウ君、アイツらは君以外にも同じような事をしてるのかい?」

 

「して、る。色んな子供に目を付けて、ガンプラ取ったり、お金も奪ってる」

 

「手に負えないなぁ最近の子供は。……いいかいリュウ君。奴等を倒したら、きっと奴等に続く悪い奴達が現れる。残念な事に世界はそういう風に出来ているんだ」

 

 幼いリュウの両肩に手を添えて男が諭す。

 じっと聞き入れる少年の顔を見て、男は満足げに鼻を鳴らして笑顔で続けた。

 

「だから、君はそいつらが現れる前に()()()()()()()()()()()()()()。旗を掲げて、君が皆のヒーローになるんだ」

 

「ひーろー? な、なれるの? ……だって俺のガンプラ、わるもののガンダムじゃないの……?」

 

 逸らされた視線に、男はポーチから何かを取り出す。

 手の内にあったのは数々のガンプラ。傍目で分かるほど丁寧に仕上げられたそれらはガンダムシリーズ歴代のラスボスとなる機体達だ。

 それを知らない幼いリュウは、刺々しいフォルムや睨み付けるような機体の眼光に目を輝かせる。

 男がその反応に頬を掻いて再び少年の目を見据えた。

 

「────例え原作で悪さをした機体でも、ガンプラバトルなら誰かを救うヒーローになれる。……良い言葉だろう?」

 

「…………例え原作で悪さをした機体でも、ガンプラバトルなら誰かを救うヒーローになれる……」

 

「ガンプラには善悪も無い。使うファイターによってガンプラの価値は変わるんだ。────さて」

 

 告げた言葉と共に幼いリュウの動きが止まる。

 少年だけでなく、風に揺らぐ木の葉も空を揺蕩う雲も、世界を構築する一切が停止した。

 

「久し振り、という訳じゃないのかな?」

 

 止まった世界の中で悠然と男が立ち上がる。

 世界へ干渉できないリュウに向かって、男は無遠慮に人懐っこい笑みを浮かべて片手を挙げた。

 

「────よっ。また会ったな」

 

 その声に。いや出会ったときからリュウは確信していた。

 男の声と仕草。どうして今の今まで忘れていたのか。

 目の前の男と以前リュウは会ったことがある。

 

「アンタは、一体……」

 

「まったく……でかくなったなぁ。元気だったかリュウ」

 

 最後の実験の際、脳がLinkによって限界を迎えるところで救ってもらった人物。

 白の外套に身を包んだ男は電脳世界(アウター)で出会った謎の男に違いなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章20話『同じ景色を見せたくて』

「アンタが、俺達をここへ呼んだのか?」

 

 リュウ自身確かめながら男の目を見て問いただす。

 この世界が3人を除いて停止した現状、事情を知っているのは明らかにこの男だ。

 

「それにアンタ、ナナの事も知っているようだし……何者なんだよ」

 

 前回電脳世界(アウター)で男と離れる際、ナナを頼んだと、そう言った。

 リュウの過去を知りナナの事情も把握して、目の前の男が何者なのかリュウには図りかねて、ただじっと男の黒瞳を見る。

 少年の剣幕を笑みを浮かべながら黙って受け入れる男はやがて腕を組んで重く閉じた口を開いた。

 

「……で、どうだ。思い出したか」

 

「あぁ。思い出したよ。俺はアンタからガンプラバトルを学んで、あの連中を店で倒した。…………その場にアンタは来なかった」

 

 記憶の続きは、この後教えられたガンプラバトルの基本を習得して店に居た集団を倒し、以前から知っていた被害者を集めるという結果に落ち着く。

 全て覚えている。仲間を募っている最中にコトハとエイジに出会って意気投合したことも。

 ただ()()()()()()()()()()()()()()()()

 記憶から男が消えたリュウは根拠の無い使命感に駆られて仲間を集め、幼い少年は一躍町のヒーローと呼ばれるようになった。

 

「俺の記憶に、何か細工をしたのか? アンタの部分だけ切り取られたように今まで思い出せなかったんだ」

 

「少しばかり弄らせて貰った。俺は本来干渉してはいけない側の人間だ。この世界でいうリュウやナナちゃんのような存在なのさ。だからリュウと出会ったこの日自体が俺にとっては事故だった」

 

「良くわかんねぇけど。……だったら、なんで俺に関わったんだアンタ」

 

「……自分の大好きなもんが原因でよ、子供が酷い目にあってる場面に出くわして手を出さない程俺は大人じゃないんだよ。だからお前がある程度力が付いたタイミングで()()()()()()()()()()()()

 

 男から与えられた情報の多さにリュウが整理の為に黙り込む。そのタイミングで傍らの少女が1歩男へと歩み寄った。

 

「私はあなたの事を知らないですが、どういうご関係なのでしょうか。あなたと私は」

 

「そりゃ……!」

 

 言い掛けて顔を背ける。

 愁眉を寄せて、数度頭を掻いた後に男はぼそりと呟いた。

 

「申し訳ないが、今は言えない。……間違っても俺の子供じゃないから安心してくれ。ただまぁ、親戚のおじさんくらいに思ってくれたら嬉しい」

 

「親戚の、おじさん……」

 

「ハッハッハ! それでいい。ここにリュウが来れたのは間違いなくナナちゃんのお陰だ。ナナちゃんとリュウの事はずっと見ていた。2人の事情も当事者じゃないが把握しているつもりだ。その上で言いたい。……良く辿り着いてくれた、礼を言う」

 

 急に腰を折る男にリュウは言い返す言葉がない。

 そもそもの話、この男が何者なのかすら把握しておらず未だに警戒が胸から解かれない。

 

「……1つ聞きたい。アンタは、俺達の味方なのか?」

 

「俺が悪役演じるならこんな格好で現れないだろ」

 

 気さくに歯を見せて笑い男が少年と相対する。

 ただ、瞳の力は笑みに反して強く、リュウの意思を量っているように深い。

 

「リュウ、お前はまだ初めの質問に答えていない。……()()()()()()。俺はお前にこう言ったんだ」

 

 恐ろしく冷えた声だった。

 意に沿わない返答が聞こえ次第切り捨てるような声音だった。

 間違いなく推し量られていると察するも、胸に浮かんだ答えに少年は何の疑問も持たない。

 リュウは同じように男を睨み、腹に力を込めて気張る。

 

「……俺は、弱くて、卑怯な人間だ。自分の為に他人を蹴落とす事もやって、見殺しにも近いことをやるような、胸張れる人間じゃない」

 

「…………」

 

「それでも守りたい物はあった。こんな俺にも付いてきてくれるガキ共に、俺なんかを信頼してくれる仲間達。応援してくれる親。……でも俺は学園って環境を盾にして大事な物から目を背け続けて、いつの間にか守りたい物を忘れていた」

 

「テメェ……」

 

「だけど、全部捨てる勢いでこの町に帰ってきて。……ようやく分かったんだ」

 

 ────事情を知らずとも応援してくれた両親、約束を果たさずに帰ってきても迎えてくれたカンナに店長。こんなにも情けない自分に付いてきてくれると言ってくれたナナ。

 少年は彼らに感謝した。頼っても良いと、そう言ってくれた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。────これが俺の答え。……思い出したんじゃない、やっと俺は戦う意味を見付けたんだ」

 

 臆せずに答える少年の、それを上回る威圧を以て男は視線を射抜く。

 静寂が空間に満ちて、綻ぶように男は口角を吊り上げた。

 

「忘れんなよその言葉。……リュウ、俺の眼を見ろ」

 

「眼……?」

 

「今からお前に、記憶を返す」

 

「は──────?」

 

 間抜けな声が上がりながらリュウは見据えられた黒瞳に身動きが出来ない。瞳へ吸い込まれるように視線が釘付けとなりながら、膨大な量の風が吹き付けてリュウの中へと入っていく。

 

「どうして俺が失われた筈のお前の記憶を持っているのか、何故俺が2人を呼んだのか。残念ながら答えられる時間はもう残されていない」

 

「アンタ……! 何言って……!?」

 

 身に打ち付ける暴風に、目をしかめながらもリュウは男の目を見続ける。後退り体勢が崩れそうになる少年を少女が必死に支える。

 

「答えは電脳世界(アウター)にある! そこでもう一度俺に会え、そのときに全てを教える!!」

 

 風はやがて空を裂き雲を裂き、亀裂が地上へと大きく走る。

 割れ目から溢れる光の鮮烈に少年は否応無しに世界の終わりを察した。

 風の暴威の中でただ1人、ポケットに両手を突っ込んだ男は今までの快活な表情ではなく、悪童染みてそれでいて本気で楽しんでいるかのように犬歯を覗かせて言い放つ。

 

「ガンプラバトルをそこのナナちゃんと続けろぉ! お前の道は間違っちゃいねぇ! だからっ────」

 

 足場も崩れ世界が白に包まれる。

 上下どころか時間の定義すら消え行く空間の中に、姿の消えた男の声だけが響き渡った。

 

「リュウ! お前は本当の英雄(ヒーロー)になれぇッッ!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章21話『おかえりなさい』

「おかえりなさい、リュウさん」

 

 鈴の音の声に緩く瞼を開けると、見知った少女の顔が視界いっぱいに映る。

 頭上から掛けられた声に少年は身体を起こそうとするも、鉛のような倦怠感が襲いそのまま脱力してしまった。

 

「大丈夫ですかリュウさん?」

 

「少し身体が重い……。けど頭痛は感じねぇからしばらくしてれば治ると思う。あの、それより」

 

 何故少女の声が頭上から聞こえるのか。どうしてベッドを背にログインした筈が視界に天井が映っているのか。

 今日だけで2度目となる後頭部へ主張する柔らかな弾力に、少年は微笑んだままのナナに問いだした。

 

「どうして膝枕をされているんでしょうか」

 

「……嫌でしたか?」

 

「嫌というか、今までこんなことするような感じじゃなかったから少し驚いた」

 

「お昼に」

 

 そう言って少女が無表情めいた顔で少年から目を背けて、小さくなっていく声のまま呟いた。

 

「カンナさんがやっているのを見てやってみたくなりました……」

 

「そ、そうか……? それと、ナナも具合悪いのか。さっきから顔が────うぉっ!?」

 

「み、見ないでください」

 

 目元に少女の掌が添えられて視界情報が0になる。

 事態が飲み込めずとりあえず話題を変えようと咳払いをして、先程まで体験していた出来事を思い返す。

 あの記憶の世界で出会った謎の男。得られた知識は多く、また浮かんだ新たな問題も多かった。

 

「何だったんだあの男」

 

「見たところ悪い人では無いと判断しました」

 

「それにしても胡散臭すぎるだろ。他人の記憶を操作出来るみたいな物言いだったし、アイツが持っていたあの手帳……あれは()()()()1()()の人間にしか贈られない証だ」

 

 男が取り出していた手帳に挟まれた七色に輝くプレートは、少年の記憶が正しければ世界ランク1位のファイターにしか持つことが許されない武勲証だ。

 そんな人間がどうしてこの町に来て、何故リュウの記憶を操作していたのか、またナナの事をどうして知っていたのか。更に付け加えるならば、リュウの記憶であるあの世界でどうしてこちらへ干渉することが出来たのか。

 あの男に対しての謎が多すぎると、リュウは目を少女の手で遮られたまま腕を組む。

 ……そもそもなぁ。

 

「ナナの変な力にしてもあの男の得体の知れなさにしても……存在が確実におかしくないか? 俺の周りだけ気が付いたらフィクションだぜこれ」

 

 プラフスキー粒子への粒子励起作用に記憶改変の力。

 ガンプラファイター、ガンプラビルダーとは無縁だが不可思議な力の数々がリュウの周りで起きてることに少年は唸りを上げる。

『答えは電脳世界(アウター)にある』と男は言った。だったらやることは1つだ、自身の境遇とこれまでの経緯から途中で見て見ぬ振りをすることは(はばか)れた。

 

「ナナ」

 

 決心は着いた。

 偶然とは思えなかった。

 リュウが今まで歩んできた経緯(いきさつ)が全て男によってもしかしたら仕組まれているかも知れない──否、仕組まれているのだと否応にも感じてしまった。

 

「俺は、学園都市に戻るよ」

 

 リュウには確かめることが出来た。

 少女との因果の先に何があるのか、ここまでお膳立てされていたのならこの目で見届ける以外は有り得ない。

 意識に集中して、以前までは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ナナが連れていってくれたお陰だ。────全部、思い出したぜ」

 

「リュウ、さん……」

 

 昼間に店長から聞いた昔の自分の馬鹿な話や、学園で過ごしたコトハとエイジとの記憶。学園都市で出会った人達に、そして自分のガンプラの記憶。

 当たり前のように思い出せる感覚に酷く懐かしさを覚えた。

 

 ……変わらないのだ。

 記憶を失った要因を原因としてガンプラから逃げていたが、記憶を取り戻したらじゃあやる気が沸いてくるのかと言われれば答えはいいえだ。

 ガンプラバトルを続けていく上で大事な事、それは記憶の場所であの男に啖呵を切った台詞そのままだと少年は静かに悟る。

 ──俺を応援してくれる人達の笑顔が見たい。俺が好きなガンプラバトルで大好きな奴等を喜ばせたい。

 今までは無かった原動力に胸が熱意に満ち、今すぐにもガンプラを弄りたいと身体が疼く。

 

「おかえり、なさい」

 

 目の前に光が広がる。

 退けられた手のひらの代わりに天井からの灯りが眩しくて、何より声の震える少女が少年にとって最も輝いていた。

 

「あぁ。ただいま」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章22話『親』

「2人ともごめん。ガンプラバトル続ける事にした!!」

 

 ヤケしか無かった。

 帰ってきてガンプラと学園を引退すると言い放った息子が翌日には意見を180度返すという何とも親不孝な事実を鑑みた結果、もう開き直るしか少年には無かった。

 リビングでくつろいでいた父親は目を丸くして、アニメを見ていた母親に関しては振り向くことすらしない。

 

「心配掛けてごめんなさい。俺はまた、学園に戻る」

 

 下っ腹に力を込めて声を低く張る。

 その声に父親はへなへなとソファから崩れ落ちて、這うようにしてリュウの足元へ近付いた。

 

「…………よ"がっだぁ"~! め"ち"ゃ"く"ち"ゃ"し"ん"ぱ"い"し"た"ん"だよ"パ"パ"ぁ"~! リ"ュ"ウ"く"ん"か"え"っ"て"き"て"か"ら"む"ずか"し"い"か"お"し"か"し"て"な"か"っ"た"か"ら"ぁ"~! う"え"え"ぇ"ぇ"え"え"ん"!!」

 

「ご、ごめん」

 

 年甲斐もなく、本当に年甲斐もなく涙と鼻水で顔をグチャグチャにしたタツヤがリュウのズボンに顔を押し当てる。

 色んな水分の音とズボンの繊維越しから伝わる髭で大変すごいことになっているが、それも今だけは嬉しかった。

 

「リュウ。答えは見付かったの?」

 

 画面を一時停止して、背を向けたまま母親が問う。

 母親の身の上話が無かったら少年は行動を起こすことは無かった。物事を行う為の原動力を探せと助言してくれた母親の、その大きな背に向かってリュウは毅然と言い放つ。

 

「見付かった。俺は、もう迷わない。やりたい事に向かって走るだけだ」

 

 かつて母親がそうしたように。

 少年の声にキョウカは緩く顔だけ向けて、珈琲を口に運ぶ。

 動作に合わせてカップから湯気が揺らぎ、リビングに無糖(ブラック)の匂いが仄かに薫った。

 

「次は無いわよ」

 

「ありがとう、母さん」

 

 冷利な表情が僅かに微笑を形取って再びテレビへと視線が映る。

 やがて聞こえたキャラクターの声は母親で、激励のようリュウには聞こえた。

 

「……昨日から大変だったのよ。リュウがあんな事言うんだからこの人幼児退行しちゃって」

 

「マ"マ"ぁ"~! よ"がっ"た"よ"ぉ"~! リ"ュ"ウ"く"ん"ち"ゃ"ん"と"じ"ぶ"ん"で"こ"た"え"み"つ"け"た"よ"ぉ"~!」

 

「はいはいリュウもそろそろ大人なんだから当然でしょ~。ほらガラガラ~」

 

「バブァぁぁああッッ!! キャッキャ!!」

 

「私なんでこの人と結婚したのかしら」

 

 赤ん坊をあやすための玩具を無関心に母親が振ると、床で仰向けになった父親が笑顔でのたうち回る。

 この地獄のような光景も今となっては懐かしく、後ろに控える少女の視界を遮るように少年は横へずれた。

 

「リュウ君。模型道具を全て棄てたんだって? また1から集め直すのかい」

 

「……、そうなる」

 

 突如立ち上がった父親にリュウは上体だけ仰け反る。

 タツヤの言うとおり、視界に入るだけで激痛の要因となっていた模型に関する物は全て今日捨ててしまっていた。

 アレに関しては本当に仕方がなかった。辺境に引っ越して働くという選択肢を真剣に考えてすらいたのだ。

 萌え絵のキャラクターが描かれた寝巻きに身を包んだ父親が背を向けて、厳かに低い口調で少年へと語る。

 

「────着いてきなさい」

 

※※※※※※※

 

 連れてこられたのは家の裏だった。

 空はとっくに暗く、雲が散りばめられており月の姿は窺えない。

 

「そういえば父さん、仕事から帰ってきたときもここに居たよな」

 

「…………」

 

 あくまで無言を貫く父の様子に得体の知れない警戒が僅かに湧く。

 倉庫の鍵を開けたところで悠然と父は振り返って、その表情は陰って見ることは出来ない。

 寝巻きの帽子を僅かに揺らしたタツヤが重い口をやがて開く。

 

「……、リュウ君が学園都市へ行って3ヶ月。この町内でも色んな事が変わってね、学園都市解禁によって移住する人間が増えたんだ」

 

 掛けていない眼鏡を直す動作のまま父親は続ける。

 

「それに伴って様々な規約が変わってね。……だからかな、昼過ぎに母さんから電話が来たんだ」

 

「電話?」

 

 雰囲気ありげにゆっくりと倉庫へと向き直り、その大きな扉をスライドさせる。

 雲が動き、隠された満月が徐々に地上へと月光を注いで、開かれた倉庫の中身が晒されていく。

 その中身に少年と傍らの少女は大きく息を飲んだ。

 

「────この町内において今日はゴミ収集無しの日さ。リュウ君が居た時とは制度が変わっているんだ。僕1人で全部運ばせて貰ったよ」

 

「ッッ! これはっ────」

 

 照らされた倉庫の中に並べられていたのはリュウが今朝棄てた模型道具だった。

 ポスターも完成品のガンプラも全て、どれも一切欠けること無く鎮座している。

 

「正直、ゴミ捨て場にこれが置かれていたと聞いたときは会社の中で幼児退行するところだったけど、……早い内に渡せて良かったよ」

 

 ここでようやく普段の柔らかい笑みを浮かべた父親が、袋に入った模型道具を次々と取り出していく。

 胸が、震えた。

 自分で思考するよりも前に少年は腰を折って叫んだ。

 

「────心配掛けて、本当にっ、ごめんなさい!!」

 

 父親の動きが止まり、振り向く気配が夜闇から感じ取れる。

 サクサクと芝生の踏む音が近付いて、頭に大きな手のひらが添えられた。

 

「いつも頼りない姿ばっか見せてたからね、たまには父親らしい事させてくれよ。……1人でまた運び出すのはキツいんだ、リュウ君も手伝ってくれ」

 

 駆け出して袋を倉庫から取り出した。

 視界が万全ではない夜だからか、少年は忍びながら涙で服を濡らし、沸き上がる胸の熱と共に重い袋を次々と運び出す。

 ……返さなければならない。

 両親や、店長。支えてくれた全ての人達に。貰ってばかりいた物をこれからは倍以上に返そうと、少年は泣きながら笑って涙を拭いもせずに作業を続けた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章23話『軽いポーチ』

 今日も酷く沈鬱(ちんうつ)とした気分だった。

 放課後を告げるホームルームが終わり、同級生がワッと声を上げながら廊下へと走っていく。

 

「新しい加工を試したからガンプラバトルやろうぜ!」「メーカー毎の塗料でビーム耐性にどれだけ違いが現れるか確かめたい!」「間接を補強したから昨日のリベンジだ!」

 

 どれも楽しそうな会話で、走っていく各々(それぞれ)の顔は太陽に照らされて輝きが更に増していた。

 その中のどの会話にも交わらずに少年は1人でランドセルを閉め、防犯ブザーと同じところに掛けられたポーチもいつもの癖で中身を確認してしまう。

 

「あっ…………」

 

 中身には何も無い。

 創意工夫を凝らした最高傑作のガンプラはもう少年の手元には無く、ガンプラを収納する為の専用のポーチもいつもより軽い気がした。

 儚げに笑みを浮かべて少年は立ち上がり、1人残された教室で外をなんとなしに眺める。

 すると当たり前のように校庭へと視線が釣られ、我先にと駆けていく学校の皆が少年には少しだけ羨ましかった。

 

「ボクも帰ろう……」

 

 視線を断ち切るように逸らし静かに椅子を引いて、日直が消し忘れた日付も変えてあげて、少年はランドセルを担ぎながら開いたままの教室の入り口を跨いだ。

 階段を下りながら消した日付が何故か脳裏にこびりついて、やがて思い至る。

 ────今日は、ガンプラが取られて丁度3ヶ月目だった。

 あの朝の事は良く覚えていて、だからこそ新たなガンプラを作ることが億劫だった。

 また作ったとしても誰かに奪われてしまうかもしれない、と。少年が今まで培った技術の集大成のガンプラを取られてからそんな疑念が付きまとい、いつしか模型作業がトラウマへと変わっていた。

 下駄箱から靴を取り出して、無気力めいた動きで玄関を出る。

 先程まであれだけ居た校庭の生徒はもう(まば)らで、訳も無く込み上げた悲しさのまま少年は校門を抜け出した。

 

「シュウタ・マサキってあなたの事ね?」

 

「えっ?」

 

 突然横から投げられた問いに少年は目を丸くする。

 名前を確認された事に驚いたのは勿論だが、何より声を掛けてきたのが隣町の小学校の名札を付けた少女だったことが何よりの要因だ。

 

「────あの時はごめん。俺はあの場所で君を見捨てたんだ」

 

 おさげを下げた少女の隣。

 背丈はシュウタの2回りも大きな人物が悲痛な面持ちで頭を下げる。

 その顔を、今まで忘れた事は無かった。

 

「……ボクに、何か用ですか」

 

 彼は眼光を強めて少年と相対した。

 あの時助けてくれなかった年上が一体何を言うのか。謝罪なんてものは必要は無く、そのまま歩きだそうと足を踏み出す。

 男はしゃがんで道を塞ぎ、少年と同じ視線の高さのまま真摯な眼差しで口を開けた。

 

「……君のガンプラを、俺が取り返す。今まで遅れて本当に申し訳ない」

 

「ボクの、ガンプラを……?」

 

 告げた男の顔は迫真を帯びておおよそ嘘だとは思えない。

 握った拳のまま震える声で少年はもう一度確認した。

 

「ボクのガンプラ、返ってくるの? ……アイツらから取り返してくれるの?」

 

 涙せずにはいられなかった。

 思いもよらない自分のガンプラが返ってくるチャンスに、言葉だけで少年の心は瓦解してしまった。

 泣きじゃくる少年の頭に、大きく、そして暖かな手が添えられる。

 

「俺が、ぜってぇ取り返す。だから信じて待ってて欲しい」

 

「…………分かった」

 

 自分を戒めるよう言い放った言葉に少年は信じることにした。

 撫でられる手は優しくて、男の瞳は何より決意に満ちていたからだ。

 

「お兄さんの名前は……?」

 

 だから、知らず聞いていた。

 普通であればこんなお節介を焼くような人はそうそう居ないと思うし、だからこそそれが不思議だった。

 こちらの名前を知っているということは相当に調べたんだろう。でなければ隣町の少女を連れてこんな所までやってこない。

 

「俺の名前か」

 

 突然思案するように腕を組んで、その男の膝をおさげの少女が蹴り付ける。

 

(さっき打ち合わせしたじゃない……! カッコ良く決めんのよ!)

 

(恥ずかしいもんは恥ずかしいんだよっ! なんで自分で名乗らなきゃいけないんだよ……!)

 

(大丈夫です。あの名乗りで問題はありません)

 

 白銀の髪を長く伸ばした少女とおさげの少女に挟まれながら何やら言い合っている様子に少年は小首を傾げる。

 ややあって立ち上がった男は、後ろ頭を掻きながら少年へ笑みを投げ掛けた。

 

「俺の名前はリュウ・タチバナ。────今日から君の、ヒーローになる男さっ!!」

 

※※※※※※※

 

「もうぜってぇやらねぇ────!!」

 

 夕焼けが水面に映る田んぼ道に少年の叫びが虚しく響いた。

 蛙の鳴き声に混じった叫び声と、羞恥に顔を赤く染めた顔を見て傍らのおさげの少女は満足げに胸を張る。

 

「いやースッキリしたわ。次は何に使おうかしら、“リュウを好きなように使える権利”。もっと恥ずかしい事はないかしら」

 

「カンナお前っ、あれ以上恥ずかしいこと要求すんのかっ!? なにが「今日から君の、ヒーローになる男さっ!! キリッ

 !」だよっ!! 顔から火が出るわ!」

 

「あらいいじゃない、それだけ私含めて皆を心配させたんだから。……なによりシュウタさんを見付けたのは私達よ? あれくらいやって貰わないと気が済まないわ」

 

 少年を置いて歩く少女は嬉しそうで、その様子に内心リュウは安堵する。

 ──カンナの言うとおり、シュウタ・マサキという少年を見付けることが出来たのはカンナ達の情報網によるところが大きかった。

 今やリュウ無しでも機能する少年少女の集団は、その情報収集能力をリュウの町だけに留まらず隣町まで張り巡らせて、1日もしない内に(くだん)の少年を割り出すことが出来た。

 シュウタを自分の損得勘定で見捨てた事を切り出した際は懺悔の念が尽きなかったが、彼のガンプラを取り戻す為と切り出すと店長含めたカンナ達は嬉しいことに喜んで協力の姿勢を取ってくれた。

 その見返りと記憶に関して心配を掛けた件を合わせて、『リュウを好きなように使える権利』をカンナが有してしまった訳だが。

 

「リュウさん」

 

「なんだよナナ、お前まで俺を笑うのか……?」

 

 変わらずリュウのパーカーを着込んだ少女は夕焼けに顔を照らしながら少年の隣へと着く。

 とぼとぼと歩くリュウに歩調を合わせて、その距離をぐっと縮めてきた。

 

「……カッコよかったです」

 

「お、おう」

 

「そこ~! イチャイチャしない! 何かアンタら雰囲気が怪しいわよ! 良い? 私はナナさんの事許してないんだからっ!」

 

 そう言ってナナとは反対側の隣についたカンナが何も言わずに少年の手を握ってくる。

 未だ夏の訪れない涼しい気温に子供特有の高い体温が心地良く、握られた手をしばし見詰めていると手の甲を叩かれた。

 

「たっ、田んぼ道は足場が不安定だから手を繋ぎなさい。馬鹿っ」

 

「…………え、シュウタ君に会いに行くとき誰よりも元気に走ってませんでしたか」

 

「う──うるさいうるさい! 『リュウを好きなように使える権利』発動! 黙りなさい!」

 

「はぁー!!? 横暴じゃね!!? 1日の使用制限付けろよッッ! そもそもなんでこんな危ない権利がカンナに渡ったんだよ!」

 

「……リュウさん。し~、ですよ」

 

「俺の味方が居ないっ!!」

 

 少年と少女達の喧騒が田んぼ道に木霊する。

 蛙の鳴き声に紛れたそれを覗く者はおらず、長く続いた道を変わらない様子で彼らは帰路を歩んでいった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章24話『宣誓』

 休日の為酷く混雑した店内は狭く、カウンターからその様子を眺めている少年は接客をしつつ店の玄関をつぶさに確認していた。

 時間にして恐らくジャスト。待ちわびていた面々が自動ドアの先に見えて、そのままカウンターまで直進する彼らをリュウは店員の笑顔を浮かべながら応対をした。

 

「────あ?」

 

「いらっしゃいませ。何かご用でしょうか」

 

 少年の顔を見た途端、男達の顔に笑みが走る。

 嘲笑と侮蔑をない交ぜにした笑みを他の客を考慮すること無く吐き散らした。

 

「オメェあの時の倒れたガキじゃねえか! 俺らと話して大丈夫か? ポンポンでも痛くなるんじゃねぇのか?」

「ギャハハハ! 朝から笑わせんなよ! この前はありがとよ、あのリボーンズガンダム、オメェのお陰で楽に手に入れることが出来たわ」

 

 男達の声が店内に響く。

 訝しげに様子を窺う店内の客へ会釈をして、少年は視線を奥に佇むリーダー格の男へ努めて笑みを形取った。

 

「今日は俺が店長代理です。ようこそ中山模型店へ」

 

「なんのつもりかな? 君じゃなくて店長に用事があって来たんだけど」

 

「要件は(おおむ)ね理解しています。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、こういった内容かと察しますが」

 

 少年の言葉に男は口角を吊り上げる。

 

「人聞きが悪いなぁ君。俺たちはそんな酷い事しないよ。だって、そんな事したら犯罪じゃないか? なぁ~?」

 

 男の声に取り巻きの2人がにやついた笑みを浮かべる。

 下卑めいた声が漏れ、それがそのまま答えだった。

 

「だったらまぁ都合が良いか。────俺らさぁ、実は動画配信者なんだけど。ここで企画を頼みたいなぁ~と思ってこんな朝早くからお邪魔したんだよ」

 

 ハンドカメラを回し始めた取り巻きを合図に、向かい合っていた男が張り付けたような笑顔を少年に向けて馴れ馴れしく距離を縮めてきた。

 動画配信ということは、これはもう生中継なのかと。なし崩しに話を進めて自分達の都合の良い要求を飲み込んで貰う算段だろう。()()()()()()()()()と考えてそのまま聞き流す。

 

「はいっ! という訳で今回の企画は、『完成品を多く飾っているお店の中で一番強い人と戦って、勝ったら完成品を譲ってもらおう』という内容なんですけどもっ!」

「「イェイっ!!」」

 

 芝居めいた口調とそれを更に増す拍手が加わって茶番が始まった。

 急に開始された生中継に周囲の客が寄り始め、いつしかカウンターを囲んでの半円となる。

 

「実は前回ですねぇ、こちらの中山模型店さんでガンプラバトルをさせて頂いて、その際に私達が勝利したところ太っ腹な店長さんが完成品のガンプラをプレゼントしてくれたんですよ!」

「すげぇ!」「うわ! めっちゃかっこいい!」

 

「その時丁度カメラを回していなかったのが大変悔しく……、アポを取ってはいないんですけど、どうですか()()()()()()()、以前のような粋のある試みをもう一度やってくれませんか!?」

 

 カメラを前に腰を折る男に少年もまた笑顔を形取った。

 動画配信しているというのなら、こちらの()()も飲み込んで貰えやすいだろう。

 カメラを回している取り巻きの笑みがリュウと交錯する。

 

「頭を上げてください。全然良いですよ」

 

「本当ですか!? ありがとうございますぅ~!」

 

「なんなら1つまでとは言わずに何個でも持っていって下さい」

 

「ほっ本っ当ですか!? 嘘じゃありませんよね!?」

 

 意図せずぶら下げられた餌に男達が食い付いたのを確認してから、少年はそのまま朗らかな口調で続けた。

 

「しかしそれでは企画としてどうでしょう? ()()()()()()1()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「え?」

 

 良いんですか? と無言でカメラに向かってジェスチャーをする男は次の瞬間に少年へと振り向いた。

 

「是非やりましょう! そうしないと面白く無いですもんね! いやぁ、店長代理人には頭が下がるなぁ。どうですか? 本当に店長になられては?」

 

「ハハ、それは考えて無いですね……。じゃあどうぞこちらへ」

 

 客を割って店内を案内し、一際大きい筐体を挟んで少年と男達は向かい合った。

 先程リュウの告げた内容にギャラリーも熱を持ち始めたのか1人、また1人と携帯を向けて撮影を始める。

 招かれた男達は笑顔のままだが、その中に困惑を見てとってリュウは笑みを深めた。やがて取り巻きの1人が手を挙げる。

 

「店長さん、ここ()()()()()()()()()()()ですけど……」

 

「手っ取り早い方が皆さんにも良いと思いまして、3体1に設定させて頂いたんですけども……何か不都合がありましたでしょうか?」

 

「いやいやいや良いですよ! これで行きましょう!!」

 

 取り巻きの1人が声を荒立てて口走り、裏を探っていた様子のリーダー格の男が乗せられて頷く。

 生放送という手前、自分達が発した言葉を取り下げることはそのまま視聴者の興味を損なう。その点を理解しているからこそ話はそのまま進んだ。

 

「……失礼ですが、“ガンダム・ロストベース”という機体をご存じでしょうか?」

 

 中心の男に向かって告げると、男が配信者の笑みから略奪者の笑みに切り替わる。

 真意を察した男はカメラの死角から挑発的な視線をリュウへと注ぎ、ポーチを探ってそのまま勢い良く筐体へと設置した。

 その機体にギャラリーがにわかに湧き始める。

 

 ──レギュレーション600。ガンダム・ロストベース。あの日、この連中に奪われたシュウタ・マサキのガンプラだ。

 フルスクラッチされたこのガンプラは全身をプラ板から切り出した素材で構築されており、TRシリーズを彷彿とさせる白と黒の機体色、そしてブレードアンテナの黄色はどのガンダムとも似つかないデザインのガンダムだ。

 間接(フレーム)すら造形された上にクリアパーツも搭載し、フルスクラッチでありながらRGシステムを備えているこのガンプラは、傍目から見ても()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 湧いたギャラリーがその証拠だろう。その完成度の為に連中から目を付けられて奪われる事になった因果に、リュウは過去自らが犯した行為を胸中で自傷した。

 ────助けてください。

 あの日目で告げた少年を振り切ったリュウの浅ましさ、その因縁を断つ為にこの場を設けたのだ。

 取り巻き達も続くようにガンプラを取り出して、店長のリボーンズガンダムと、こちらもまた綿密なディテールの施されたウェザリング仕様のガンダムバルバトス・ルプス。恐らくこのガンプラも誰かから奪ったものなのだろう。

 対して、リュウは学園都市の寮を出た際にガンプラを持ち帰っていない。

 自室に置いてあったガンプラは経年劣化の為間接が緩く、また全て補強し終える時間も無かったため使うことも出来なかった。

 

「ナナ」

 

「はい、リュウさん」

 

 少年の声に後方で控えていた少女が歩み寄る。

 そのままナナの手の内にあった()を受け取って、迷わずそれをセットした。

 

 ────レギュレーション600。アイズガンダム。

 

 最後の実験へ向かう夜に少年がナナへと贈った機体だ。

 機体各部は実戦用にチューンが施され、間接の強化と可動軸の追加による運動性能の大幅上昇、そして各部レッドチップによるセンサー系統能力の上昇。セミスクラッチすることで強度を増し、高純度の粒子に耐えられるように設計された武装の各種。

 使い慣れた、リュウだけのアイズガンダムだ。

 

「じゃあ、準備はいいですか? ……店長代理人さん」

 

「えぇ。いつでも……!」

 

 声を皮切りに4人の周囲へプラフスキー粒子が立ち込めて、瞬く間に操縦席(コンソール)と球体状の操縦桿が現れ少年は前屈みで球体を掴む。

 外界が粒子で隔てられる直前、ギャラリーの中に見えたカンナと店長、子供達に────シュウト。

 彼らに目配せして微笑んだ。これだけで彼らに意図は伝わっただろう。

 

 ここは学園都市ではなく通常のガンプラバトル。

 被弾したのなら塗装は剥げて、ビームサーベルで斬り付けたのならそのままパーツは両断される。

 

()()()()()()()()()()()()()と笑顔で彼らに伝えて、少年は緩く瞑目した。

 

 この町に帰ってきて多くの事を学んだ。

 自分は1人じゃないと、孤独のままで居なくて良いのだと教えてくれた人達が大勢いる。

 ────だから少年は戦える。

 自分なんかを応援してくれる彼らの為に、今ならば喜んでガンプラバトルが行える。

 

 開戦の直前、ボルテージが最高潮となった店内の喧騒の中、傍らの少女が少年へと微笑みかけた。

 それだけで充分だ。

 リュウ・タチバナという人間がもう一度行うガンプラバトルを、隣で見届けてくれる少女の存在が居るだけで心に熱が帯び始める。

 

「……隣で、見ていてくれよ」

 

「はいっ! リュウさん!」

 

 正面モニタ中央、機体のセンサから映し出された画面が発進タイミングを少年に譲渡したことを伝える。

 

「お前にも、ごめんな……アイズガンダム。もう2度と手放さないから……!!」

 

 リュウが一目惚れをした10年前、変わらずに惚れ続けていた相棒へと告げた。

 やがて操縦桿を握り締め、自身がガンプラファイターである証明を言い放つ。

 もう2度と言わない事を覚悟していた宣誓を、高らかに宣言する────! 

 

「リュウ・タチバナ、アイズガンダム────出ますッッ!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章25話『宙域基地』

 戦場(バトルフィールド)、宙域基地。

 どのガンダム作品のフィールドでも無く、公式が用意した〈多くの人間の共通認識〉となるフィールドの1つだ。

 巨大な隕石をそのまま基地に改装し、そこを中心として球体状にフィールドが形成されている。中央の巨大隕石の周囲にはデブリが多く位置し、射撃機にとっては射線を遮る障害物にも敵からやり過ごす為の壁にもなりうる。

 

 不幸な事に少年の操作するアイズガンダムは敵機達が出現するゲートの目と鼻の先であり、今ようやく最後の敵機であるガンダムバルバトス・ルプスがソードメイスを携えて合流した。

 正面モニタ右部、オープン回線のコールが鳴り面倒と思いつつも開く。

 

『わざわざ待っててくれたのかい店長代理人君! その様子なら覚悟は出来ているようだね』

『ギャハハハハッッ!!』『気前がいいぜ!!』

 

 配信中ということを忘れているような下卑た笑いが操縦席(コンソール)に響き、声を聞き流しながら少年は別の方向へと意識を割く。

 そのまま進路を割り出し、マップデータの表示されている正面モニタ右上に赤い線の経路が表示された。

 

『さっきの言葉忘れていないよなぁ? ……そっちが負けたら店の完成品を全部貰うって!』

 

 芝居めいた口調は機体の動きでも反映されており、仰々しく両手を広げたガンダム・ロストベースが居もしない大衆へ語り掛けるように訴える動作を取っている。

 両脇で案山子(かかし)と化している2機の間に標準を付けて、──兵装選択。スロット2、GNバスターライフル。

 撃発(トリガ)

 

『この店は高そうな作品ばかりだからなぁ、俺達が貰って世のため人の為に配信────をッッ!!?』

 

 話の最中に撃ち放たれた真紅の光線に男の言葉が中止される。

 そのまま操縦桿を前へと押し倒すとアイズガンダムは彼らに背を向けてそのまま距離を離し始めた。

 

『テメッ……!?』

『待ちやがれっ!』

 

 フィールド距離、限界位置把握。フィールド外周距離、演算完了。

 宙域基地が余り大きなフィールドでなくて助かった。これより大きかったら手間取るところだったと思案する直後、背後からの射撃に正面モニタへ警告メッセージが表示され警告音が木霊する。

 浮遊するデブリを盾にするよう移動して、破壊されたデブリが岩石片となって彼ら自身を襲い、未だオープン回線が切られていないのか間抜けな声が3つ上がった。

 

 ……本来であれば、全性能が上であるリボーンズガンダムが相手にいる時点で勝敗は絶望的だが、これまでの相手方の対応と戦術を鑑みて少年は嘆息する。

 店長が誠心誠意製作したあのガンプラは、あんな戦術のイロハも知らない連中が乗って良い機体ではない。

 そしてそれは他の2機に言える内容だ。宙域基地のフィールド全長からして3機で1機を追うことは得策ではなく、スピードで劣るルプスは逆回りをしてこちらを捉えるように動くのが本来の定石だ。

 そんな戦術も立てず闇雲に突っ込んでくる3人に使われるガンプラが可哀想とさえリュウは思ってしまう。

 

 ……計算は済んだ。

 後は実行するだけ。

 

 操縦桿を右方向へ叩き込み、そのままアイズガンダムが基地へと突入していく。

 その先はゲートだ。

 厳粛と巨大な鈍色の門を背後にアイズガンダムは3機と相対、構えていたバスターライフルを下げるとまたしても下衆めいた笑いが耳へ入る。

 

『やっと観念したか、ウロチョロ動きまわってよぉ……!』

『口ほどにも無いね、もう鬼ごっこは終わりかい?』

『俺に! 俺にやらせろ、さっきのデブリで機体に傷が付いた!』

 

 2機を飛び越して猛追してきたのはガンダムバルバトス・ルプスだ。

 両手に構えたソードメイスを上段に携えて、そのまま全スラスターが噴き荒れる。

 GNシールドとソードメイスが衝突し、間で拡散された粒子がそのまま周辺のデブリの表面を削り取った。

 拮抗する両者の力、少年はGNシールド表面に展開された粒子の壁を斜面上に構成し、流れるままルプスがアイズガンダムの脇へ倒れ込んでくる。

 

「ごめんなさいっ……!」

 

 製作者への謝罪と共に少年はルプスを蹴り飛ばし、スラスターで威力を減衰すら行わない敵機がデブリへ背中から激突する。

 GNシールドから一旦手を離し、ソードメイスをデブリにもたつくルプスへ投げ返すと絶叫が操縦席(コンソール)へと響き渡り、投合されたソードメイスの威力でデブリが木端微塵に粉砕された。

 生半可な重量ではない。一撃で敵を叩き潰すためにパテか重りが課せられているのか、その威力は絶大だ。

 武器を返された敵機はスラスターを数度噴かして体勢を整え、攻防を見ていた2機へと通信を送る。

 

『良い格好だなぁ? おい!』

『ギャハハハハ!!』

『うるっせぇ! ……舐めやがって! お前らも手伝え! アイツ、そこそこやるぜ。変なことされる前に一気に叩くぞ』

 

 その声に少年は口角を吊り上げる。

 ここまで挑発に乗ってくれるとは露とも思わずに、放ったシールドを再び装備をする。

 

『阿頼耶識システム……!』

『トランザムッッ!!』

『RGシステム、完全解放……!!』

 

 眼光から血色の軌跡を残したバルバトス・ルプスが、完成度がプロと同等である真紅に耀くリボーンズガンダムが、間接へ盛り込まれたクリアパーツから粒子が供給され光り輝くガンダム・ロストベースが。

 機体性能(スペック)が2倍以上となり驚異の数値を叩き出す敵機達が等しく少年の搭乗するアイズガンダムへと敵意を向ける。

 

『死に晒しゃぁぁああ────!!』

 

 リボーンズガンダムがバスターライフルを向ける動作を皮切りに両脇の2機も腕部ロケット砲とビームキャノンを構える姿勢を取る。

 この距離ならば最大出力にする必要も無いと思うがと少年に疑問が過るが、当初の予定通り背部バインダー2基をそのまま後方へと向け、発射。

 ビームガンの射撃により閉じられたゲートに風穴が空き、少年はアイズガンダムを隙間へと潜り込ませる。

 

『ま、待ちやがれ!』

 

 噴煙の中やはり突入してきたのはルプスだった。

 他の2機は最大まで蓄えた粒子を1度機体へ循環させなければ動けない。発射すればその分粒子が減るだけであり、そこはリュウも得心のいく判断だ。

 ところで宙域基地内部は非常に入り組んだ構造をしており、通路の1つ1つはMSが横に並んで通れるほど広くはない。

 少年は3機が狭い通路に侵入したことをマップで確認してから天井の隔壁を破壊、入ってきた出口が倒壊して逃げ場が無くなり、何度目か数えるのも億劫な高笑いが響く。

 

『コイツアホか!? 自分で逃げ道を壊しやがったぜ!』

『早く逃げないと追い付いちゃうよ~! ギャハハハハ!!』

『先ほどから逃げてばかりで……!』

 

 まだ気付いていない彼らに背を向けたまま通路の壁を次々と破壊していき、やがて通路は完全な一本道となる。

 彼らからしてみれば意味の無い行為だが、1列に順番で並んでいる事実にようやく1人が声をあげた。

 

『どけよお前! 俺の前に立つんじゃねぇ! 折角のトランザム中なんだから射撃させろ!』

『あぁ!? 無茶言うんじゃねぇよ、この通路の狭さで出来る訳ねぇだろ!』

 

『まさか、アイツの狙いは……!?』

 

「────やっと気付いたか間抜け共。お前らなんかに使われるガンプラがよっぽど哀れだぜ」

 

 リーダー格の男の声と共に次々と敵機達の輝きが通常の色へと戻っていく。

 ガンプラバトルにおいて特殊システムには時間制限が設けられており、それはガンプラの出来に関わらない絶対の規律《ルール》だ。

 

『阿頼耶識が……!?』『トランザムが!』『RGシステムが……!』

 

 予想に違わない声と共に、少年の方は予想通りの地点へと到達する。

 目の前に見える隔壁、それをバスターライフルで破壊すると再び暗然の世界が飛び込んでリュウを迎えた。すぐさまバスターライフルを構え直し、狙いは通路奥。リュウ達が侵入した正反対のゲートの箇所。

 そこへ目掛けてバインダーを変形させて、フレキシブルに動くそれは瞬く間にアタックモードへと姿を変える。

 兵装選択。スロット変更。アルヴァアロンキャノン。

 通常のアルヴァアロンキャノンではなく、GNバスターライフルを加えたリュウ独自のアルヴァアロンキャノン。銃身の先端とバインダーの先に黄金色の球体が形成され、禍々しい深紫の稲妻が迸り、標準が合わせられる。

 

「アルヴァアロン……」

 

 中々出てこない敵機達は待ち伏せを警戒しているのか、姿の見えない彼らを計算に入れて、おおよその位置へ向けて撃発(トリガ)を叩き込んだ。

 

「────キャノン!」

 

 ごう、と放たれた黄金色と紅の入り混じる奔流は宙域基地へ突き刺さり、そのまま施設内部を爆散させる。そうして内部のエネルギーが通路という通路へ巡って、敵機の潜伏する通路後方から爆炎が襲った。

 放り出されてくる敵機達は、ファイターの腕の問題と特殊システム終了直後という事もあって姿勢維持もままならない。

 操縦桿を前のめりの体勢で押し倒し全速力で追跡し、タイミングを見計らった少年はそのまま武装を選択して起動した。

 

「GN……、フェザーッッ!!」

 

 吹き荒れる暴風のようアイズガンダムが装備する2基のバインダーから紅い粒子が放出され、それは物理的な力場として周辺のデブリを押し退かす。

 巨大な粒子の波は3機を捕らえて後方へと押し出し、フィールドエリアの外枠、つまり見えない壁へ彼らを押し付けた。

 

『あのガキ……! 最初っからこれが狙いで……!』

 

 聞こえたリーダー格の男による悪態に少年は操縦桿を握る力を止めない。

 GNフェザーはアイズガンダムが搭載する武装の中で最も粒子の消費が激しく、連続稼動時間は数十秒にも満たない。だからこそこうして敵機を押し込もうと全開にして展開しているが、敵機のうちの1機、ガンダム・ロストベースは粒子の力場の中にいながら足首に搭載されたビームキャノンの標準をアイズガンダムへ合わせようとしている。

 強いガンプラだ。特殊システムからの回復が未だ為されていない状態でここまで動けるのは一重に製作者の力量だろう。

 

「だから……! だからよ……! お前らのそのガンプラ…………」

 

 計算の上ならこの段階で勝負は付いた筈だった。

 それでも抵抗を行う彼の──シュウト・マサキのガンプラと2機のガンプラに尊敬と畏怖の念を感じられずにはいられない。

 そのままリュウは息を大きく吸い込んで、これを勝負の決め手として──叫んだ! 

 

「さっさと持ち主に返しやがれッッ!! ────トランザムッッ!!」

 

 GN粒子最大解放。

 臨界を告げる橙色の粒子が機体各部から勢い良く漏れ出し、明星と目映く真紅のそれがフィールドで一際強く輝いた。

 安全装置の外されたアイズガンダム背部の太陽炉は焼き切れる寸前で、がたつく操縦桿を精一杯の力を込めて押し留める。

 

『ぐっ……! この……! このぉ……! このガキゃああぁぁああッッ!!』

 

「ッッ!!?」

 

 ロストベースの機体が明滅し、そのまま埒外な力を以てして強引に標準をアイズガンダムへと合わせる。

 銃口が、閃いた。

 同時に輝きを失ったロストベースはGNフェザーによってエリア外へと押し出され、

 

「アイズ、ガンダム……?」

 

 損傷箇所、腹部。機体状況──中破。

 バウトシステムでも電脳世界(アウター)のガンプラバトルでも無く、実際のガンプラ同士のバトルでこの損傷状況は()()()()()()()が多い。

 冷や汗が伝い、正面モニタを瞠目のまま見詰める中。

 やや遅れて表示された戦闘終了を告げる文字に、ガンプラバトルの環境音より増したギャラリーの声がリュウの思考を塗り潰した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章26話『自分を重ねて』

「約束通りお前らが持っていたガンプラ渡して貰おうか、正当な手段で手に入れたモンじゃねぇだろそれ」

 

 3vs1のガンプラバトルはリュウの勝利で終わり店内の喧騒は最高潮と化している。完全なアウェーとなった連中は渋々手にしていたガンプラを筐体の上へ差し出すと、撮影を回していたカメラの電源を突然落とした。

 

「あれ、配信中じゃないのか? そんな雑に終わらせて良いのかよ」

 

「……配信中ってのは嘘だ。こんなもん、勢いに任せて相手を丸め込む為の道具だよ」

 

 すっかり意気消沈して肩を小さくする3人は、今のバトルが信じられないとでも言うような顔付きで呆然と粒子の消えた筐体を見詰めていた。

 

「……ぇ……だな」

 

「あ?」

 

「強いんだなオメェ……。3人で掛かれば一瞬で勝てると思い込んでたぜ」

 

「あんな戦法は、普通は通用しない。……俺は相手の弱味を突くような、余り誉められない戦術を取ったんだ」

 

 耳にピアスを連ねた男──ガンダムバルバトス・ルプスを駆っていた背丈の大きな男の声は小さく、色黒の金髪という外見も相俟って酷く弱っているように見えた。

 ……リュウの取ったあの戦法はそもそも相手が格下で無ければ通用しない、言わば初心者狩りにも近い内容だ。男達の印象や機体の挙動等で戦力を分析して、少年にとって有利な盤面を整えただけの詰め将棋のような物。

 

「こう言うのもアレだけど、ちゃんと返してくれる事に驚いた。……なんでこんな真似してきたんだよ」

 

 そう言うと男達は視線をギャラリーへ一瞥(いちべつ)し、それで少年は悟った。

 人目の憚る話なら、それは仕方が無い。

 

「ほら、バトルは終わったんだからどけどけ。今日は俺が店長代理だぞ」

 

 押し退けられるギャラリーは横暴な行為に笑顔で応えて、彼らの顔を良く見れば顔馴染みの古参の客達だった。

 背中を叩かれ激励を送られるリュウは苦笑しながらも男達を店の奥へと案内をする。

 

※※※※※※※

 

 中山模型店の事務所は狭い。

 そもそも数人で切り盛りをしている個人経営店であり、この空間は先代から続く店長の生活スペースのような場所だ、本来こんな大所帯になることはまず有り得ない。

 リュウにナナ、店長にカンナにシュウト。そしてチンピラの男3人。

 一応チンピラ達が逃げられないように彼らが壁を背にする配置に立たせて、それをぐるりと半円で囲む形だ。

 

「まず、言うことあんだろ」

 

「「「すみませんでした」」」

 

 頭を下げてリボーンズガンダムとガンダム・ロストベースが各々持ち主へと渡される。

 僅かに困惑気味な店長とシュウトがそれを受け取って、1人余ったバルバトス・ルプスを手に持った男がバツの悪そうに視線を逸らした。

 

「アンタのそのルプスも他の人から奪ったものじゃないでしょうね」

 

「ちっちげぇよ! これは本当に俺が買った物なんだよ!」

 

「証拠は? 証拠出しなさいよっ! ちょ~っと殊勝な行動しただけで許されるなんて思ったら大間違いよ!」

 

「だからちげぇって!」

 

 背丈が2倍以上離れている筋骨隆々な男に真っ向からカンナがメンチを切る。昔から恐喝やカツアゲ紛いの被害にあっている子達を見ていた影響か、こういう手合いへ敏感になるのも仕方無い。

 言い合う2人の間に腕を挟んでリーダー格の男。カジュアルスーツに黒髪眼鏡の……言葉を選ばないのならインテリヤクザ風な男がカンナへ視線を送る。

 

「彼が言っている事は本当です。……少しだけで良いのでこちらの事情を話させて頂けないでしょうか?」

 

 カンナが口内で文句を呟くも後ろへ下がり、異論が無いことを男は見渡して把握して、その皮肉めいた印象のまま続ける。

 

「笑われることを承知で言いますが、楽をして強い力が欲しかったのです。我々はガンプラバトルを遅く始めた同期でして、……このナリと態度です。バトルを教えてくれる人が居ませんでした」

 

「それで、君達は強いガンプラを買って弱さの埋め合わせをしたわけかい?」

 

「初めはそうでした。……しかし所詮は素人同然の人間が使う機体、直ぐに強さの天井が見えて我々は半ば自暴自棄になっていたんです。だから、自分達より弱い人間を狙って少しでも優越感に浸っていたんです」

 

「クズじゃない」

「クズだな」

「……クズです」

「クズだねぇ」

「クズだ」

 

「ぐっ…………!!」

 

 胸を押さえるインテリヤクザがよろめいて後ずさる。

 皆がこの連中をどうしたものかと決めかねている中、シュウトが男へと歩み寄った。奪われたガンダム・ロストベースを胸に抱えて、睨み付けるような眼光で見上げる。

 

「どうだった」

 

「……え?」

 

「ど、どうだった? ボクのロストベース……。ボクが作ったガンプラの中でも最高傑作なんだ。間接もフルスクラッチして……足首のビームキャノンも、相手の意表を付けるように頑張って考えたんだ!」

 

 熱に急かされるまま少年は捲し立てる。そんな思いもよらない言葉に男は目を丸くして、しばらく俯いた後に皺の取れた顔でシュウトを見る。

 ぼんやりと、懐かしいものを見るような。

 微笑みさえ浮かべながら。

 

「うん。強かったですよ君のガンプラ。俺が使うのなんて勿体無いって、今ならそう思えます」

 

「────!! でしょっ! でしょでしょ! えへへ……」

 

 ロストベースを愛しむように撫でながら少年は元の位置へと戻る。

 脱力しきった男達の顔を横目に、リュウがシュウトと同じ目線になるようしゃがみこんだ。

 

「良いのか? コイツらはシュウトのガンプラを奪ったんだぞ? もしかしたら一生返して貰えなかったんだぞ」

 

 冷徹な事実を突き付ける。

 今回ガンプラを返して貰ったのは偶然の要因が非常に大きい。そもそもリュウの記憶が戻らなければならなかった点や、シュウトの居場所をたまたまカンナ達が割り出せた点など不安定な要素が多かった。

 一生返って来なかったかも知れないのに、奪った相手に対してそんな笑顔を浮かべて良いのかと、リュウは言外に含めてシュウトの目を見る。

 

「許してないよ、ボクは」

 

 言い放った言葉に、男が眼鏡の位置を直す気配を横に感じた。

 

「でもね。ボク、自分のガンプラ誉められたこと、今まで無かったんだ!」

 

「……今まで無かった? そんな凄い技術持ってるのにか? フルスクラッチはとんでもない技法だろ」

 

「らしいよね。でも、その分フルスクラッチって時間が掛かるんだよ。ボク転校してきたからロストベースが完成するまで戦えるガンプラが無かったんだ。……それで完成したその日に、有名な模型店の子供達に見したいなって思ったら、取られちゃったんだ」

 

 リュウが学園都市へ向かう日の朝の出来事だ。

 あの時の少年がそんな事情だったとはと、今さら後悔の念が胸に疼いて顔をしかめる。

 

「凄い悲しかったけど……、うん!」

 

 リュウとは正反対の満面の笑みで、シュウトはロストベースを胸へ押し当てた。

 

「────初めてのフルスクラッチの機体を、使った人から誉めて貰ったから、それでいいや!」

 

 屈託の無い笑顔でこんな事を言われたのならこれ以上言うことは無い。

 子供特有の、至極簡単な論理にリュウは後ろ頭を掻いて立ち上がる。

 この手の問題は当事者が処遇を決めれば良い、後は店長の判断に任せる事が妥当だろう。

 

「君達は、これからどうするんだい。まさかまた他の人からガンプラを奪おうなんて考えて無いだろうね?」

 

「しねぇよ! しねぇけど……」

 

「何をしようかも、考えが浮かばないですね」

 

「だったら、そうだねぇ……」

 

 店長はふくよかなお腹を撫で回しながら思案気に天井を見て、やがて手に持っていたリボーンズガンダムを差し出した。

 その行為に事務所の全員の視線が集中する。

 

「ちょっ、ちょっと、何してんの店長!? 髪の毛と一緒に考える力も抜け落ちたの!?」

 

「カンナちゃんそれは心に来るから止めようね、僕の頭髪は頑張ってるよ。1年戦争末期、前線を苦渋の思いで後退させるジオン兵のようにね」

 

 その話だと最終的に一年戦争(あたま)終結(ハゲ)するが、ここは黙っておこう。

 

「……何、簡単な話だよ。バトルを教えられなかったからヤケになってこんな真似したんだよね? 君たち」

 

 店長の言葉に男達の視線が床へと向く。

 

「だったら、うちで勉強すれば良いさ。ガンプラを作る道具も全部ここでは貸し出せるし、教えてくれる人間も元気でやんちゃなのが大勢居るよ」

 

「なッッ!!? い、良いんですか!?」

 

「良いとも良いとも。君たちが自分のガンプラが完成するまではうちの完成品使って良いから、そうしないかい?」

 

 店長の意見にリュウも内心同意を示す。

 彼らが本当の外道だったのなら、まずガンプラを奪った時点で金に変えるだろうし、彼らはガンプラをちゃんと()()()()()()へと入れていた。

 だからこそ返却が成された際の状態はほぼ完成直後のままであり、その上リュウには彼らに対して他人事のように思えなかった。

 

 Linkという力に溺れて、多くの人を巻き込んだ過去。

 自分が本来持つ弱さを隠して少女を酷使した経験を持つリュウにとって、彼らの心境は量れるところがあった。

 

「それにだ。ここで彼らを出禁にするより、客にしてお金を落として貰った方がお店的にも助かるんだよねぇ」

 

 眼光が怪しく光り男達を見渡す。

 つまり『サポートしてやるから店の物を買え』という無言の圧力に、さしも外見がチンピラな男達も引きつった笑顔で何度も頷いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章27話『ミキシング』

 ガンプラビルダーの間に『完成品2に対して予備パーツ5』という暗黙の決まりがある。

 ガンプラバトルを行うにあたって機体が損傷した際、すぐに次のバトルへ移行出来るようにするため予め完成品のスペアと各種予備パーツを用意しておけという誰かが言い始めた決まりのような物だ。

 戦闘中、運悪く高火力で焼かれた際の保険としてスペアを最低1。そもそも被弾が前提となる盾や装甲の予備は5。予備を多く用意しておけば過去の戦闘データを見返すことで自分の被弾箇所は何処が多いのか統計も取れるため以前は殆どのガンプラファイターがそれらを用意していたらしい。

 時代は進んで2045年。ガンプラバトルブームが25年を迎える中、ガンプラファイターとガンプラビルダーを両立する人間は少ない。ガンプラに関するあらゆるジャンルを追求する萌煌学園の生徒でさえも両立している生徒は3分の1にも満たない。

 

 昼間の無言の室内に、一定の感覚で何かが擦れる音が反復する。

 何かを磨いでいるような、研いでいるような、慣らしているような、もしくはそれら全てか。

 仏ヤスリと呼ばれる大手模型道具メーカーが販売しているスポンジヤスリを一心不乱にパーツへと沿わせる。

 決して押し当てず、滑らせるような感覚で。本当にこれで表面処理が出来ているのか? そんな疑問が浮かぶくらいが丁度良い。

 初めは効果の見えない往復であっても、数十回もヤスリを滑らせればパーツの表面が微細な傷によって白く色を出してくる。

 表面処理でパーツの表面を均一化する事によって得られる効果は大きく2つ。

 1つは最終的に塗料の食い付き加減へ繋がり、耐ビームコーティング作用のある塗料も満遍なく付着させる事が出来る他、パーツの凹凸によって偏った塗装による重量の変化が、戦闘中思わぬアクシデントに繋がる事がある。

 もう1つは実弾射撃を受けた際の跳弾角度の変化だ。買ったばかりの模型にはどうしてもヒケと呼ばれるごく僅かな歪みが存在し、それをほったらかしにして塗装すると角度を変えて鑑賞した際に塗装部分の光沢が違って見たり、その箇所へ被弾した際にあらぬ角度で跳弾する場合がある。

 だからこそバトル前提のガンプラには表面処理という作業は非常に大事であり、数ヵ月振りであるガンプラ製作がこんなにも忍耐が必要なのかと少年は改めて確認した。

 自室のドアにノックの音が聞こえ、やがて扉が静かに開かれる。

 

「リュウさん。そろそろ食事を摂るのは如何でしょうか」

 

「ん────、もうこんな時間か。ふわぁぁぁあああ……!」

 

 椅子で背をうんと伸ばして少年は盛大にあくびをかます。

 夜から始めた相棒(アイズガンダム)の改修作業は夜を跨いで、そのまま翌日の昼までオールというデスマーチに突入した。

 最早眠気は麻痺して完全に失せて、代わりにリュウの頭の中には残ったパーツの表面処理の事と、塗料の濃度の割合についての計算が埋め尽くしている状態である。

 

「おっ、下から良い香りがするな。サンキュな、ナナ」

 

「いえ。仕込みも終わったのでリュウさんの様子も見ようかと……」

 

「もう終わったのか? 物事の吸収が早いなぁ。母さん、色んな国の料理作るから覚えるの大変だろ? 今日は何作ったんだ」

 

「今日はきんぴらとお味噌汁と玉子焼きです。きんぴらは粗熱を取るために冷蔵庫へ入れて、お味噌汁の方は鍋で保温をしている状態です。玉子焼きはリュウさんが食事を摂られる際に作ろうかと考えています」

 

 少女は白のワンピースの上にエプロンを着込んだまま、少年の部屋のカーテンを開ける。差し込む陽日が目に直撃して少年が床にのたうち回った。

 ……ナナがリュウの家に住み込むようになってから、少女は現在母親に師事を頼み込んであらゆる家事を教えてもらっている最中だ。

 炊事に洗濯、掃除にゴミ出しと。『住ませて頂いているのでこれくらいやらせて下さい』と家族全員の前で宣言したときは流石に耳を疑った。ナナがそういうことを言うイメージを誰も持っていなかったからだ。(母親が見ていたアニメの影響をモロに受けたらしい)そういった経緯もあり、当初は塩と重曹を間違えたり(被害者はリュウ)禁忌の領域となるリュウのベッドの下も隅々まで綺麗にするという失敗も目立ったが、数日が過ぎた頃には立派にそれらを器用にこなしており、タチバナ家の負担を大いに軽減してくれている存在となっている。

 一方リュウは破損してしまったアイズガンダムの補強作業に追われていて、それを行う間に()()1()()()()()()()()()()()

 

「リュウさん……その機体……」

 

「あぁ。ず~っとほったらかしてたガンプラだよ。何か今なら作れそうかなって思ったんだけど、中々アイデアが思い付かなくてな」

 

 机の棚に置かれた、アイズガンダムを素体にした()()()()()()()()()()

 構想が練り上がったのは本体だけで、今はゆっくりと武装について考えている。

 学園都市へ発った前日に、自身のセンスの無さに絶望した苦い記憶。今ならばそれも乗り越えられると思ったが、完成の日を見るのはまだまだ先のようだ。

 

「……とりあえずご飯を頂こうかな」

 

「はいっ!」

 

※※※※※※※

 

 小皿に掛けられたラップを外した途端、胡麻油の効いたきんぴらの香りがリビングに薫り立つ。

 テーブルに並べられたお味噌汁と白米ときんぴら。徹夜明けの身体に日本料理は良く合うのは言わずもがな、濃い味付けが好きな年頃であるリュウにとってこのきんぴらは非常に嬉しい一品だ。

 テーブルへと料理を配置してする事も無くなり、なんとなしに少女が調理をしている台所へ。

 腰まで伸びた白銀の髪を束ねた少女は、子供用の台の上に乗って手慣れた手付きで卵を丸めていく。丸めた玉子を四角のフライパンの隅へ追いやり、再び溶き卵を投入。それを菜箸とフライパンで上手いこと丸める作業を感心した面持ちで見守る。

 

「……おっ、上手いなぁ。俺そこ毎回失敗すんだよなぁ」

 

「…………っ!」

 

 意図せず丁度少女の耳元で呟くように少年が発すると、先ほどまで快調だった箸捌きが乱れて僅かに玉子の形が崩れる。

 しかしこの程度の変形なら次に丸め込む過程で帳消しに出来るだろう。

 溶き卵がもう一度投入され、ふつふつと膨らむ気泡を箸の先で少女は次々と潰し、先程失敗した玉子を丸め込む作業に差し掛かると側で見守っている少年の手にも自然と力が込められる。

 

「行けっ……。行けっ、行けっ……!」

 

「………………っっ!!」

 

 拳を握ったまま熱が入る少年の眼前、それはもう3回転くらいしたんじゃないかと玉子焼きが宙に舞い、綺麗にフライパンへ着地を決める。

 少年は、戦慄した。

 ────恐らく、新たな技術の開拓だろう。飽く無い新しい技の開発の探求に少年は感心していると、少女特有の陶磁器めいた白い耳が何故か真っ赤に染まっていた。

 

「りゅ、……リュウさん。その、テーブルで待っていてくれませんか…………。直ぐにお出ししますので……」

 

「わりぃ、邪魔しちゃったよな」

 

「料理以外だったら……、その……今のは、いつでも、だいじょうぶです……」

 

 消え入るようささやかな少女の呟き。その言葉にリュウは胸を押さえる。

 ……今のは、意味の真意を捉えるならば『2度と集中の乱れるような事はすんじゃねぇタコ』みたいな感じだろう。最近感情表現の豊かさが増した少女なら、そろそろ言葉の裏というものを使うようにはなる。

 少女のそんな成長を嬉しくも悲しくも感じながら少年はテーブルへと着いた。

 

「ふっ、嫌われちまったか……」

 

 娘が反抗期になった父親はこんな気持ちになるのだろうか。

 こっちは少女と思っていても、男が気付かない間に女性という存在は成長していく物だ。リュウは幼い頃からガンダムでそれを沢山見てきた。

 いつか、嫌悪感が勝った少女がゴミを見るような目で見下してきたら、リュウには耐えられる自信が無い。

 考えられる要因は、──恐らくあの晩の出来事だろう。

 少女がリュウの唇を奪ったアレは、考えるに親愛感情の勘違いだ。肩を並べる相手に抱いた愛情を恋愛感情とない混ぜにしてしまう事は小さい頃なら良くある現象だ。その区別が恐らく整理出来ていないのだ。

 だからこそ事態を遡って理解したならば、恥ずかしさの余り相手に嫌悪感情を抱いた人間は友好度をリセットして相手に辛く当たってしまう。大方こんなところだろう、リュウにも経験がある。

 

「お待たせしました。遅くなってすみません」

 

「うわ美味しそう! 形も香りも完璧じゃねぇか! こんな料理がこれから食べられると思うと幸せだぜ!!」

 

「………………っっ!!」

 

 今度は露骨に目を背けられた。

 間違いない。

 最早、疑いようが無かった。

 ココココ、ココトン、と。何故か小刻みにリズムを打つように玉子焼きの小皿が置かれ、2人は静かに両手を合わせた。

 意気消沈した少年と、顔が桜色に染まった少女。

 

「いただきます……………………」

 

「いっ、いただきますっ……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章28話『来訪』

「ぐごぉ~…………すぴ~………………ぐごぉ~」

 

 少女が一通り後片付けを終えると、少年のいびきがリビングから聞こえ始めた。

 ソファに倒れて片手片足をだらりと床へと放り出した彼の姿を見て、胸がほんのりと熱を持つ。徹夜明けの少年を起こさないように、崩れた服を正すとにへら顔のまま寝返りを打つ。

 そんな彼の笑顔を見て、僅かに開いたソファのスペースに少女は腰を落ち着かせた。

 

「リュウさんはずるいです。自分の事をあれだけ悪く言われるのに、この町の皆さんはリュウさんの事が大好きじゃないですか」

 

 彼の事を悪く言う人は1人も居なかった。

 模型店の子供達に店長、夢の中で出会った男性でさえ誰もがリュウの事を認めていて、それが少女にとって酷く嬉かった。

 ────例え原作で悪さをした機体でも、ガンプラバトルなら誰かを救うヒーローになれる。

 あの男性が刻んだ言葉をずっと守って、幼い頃からヒーローを演じてきたこの少年の生き様を誇らしく思うと同時、ナナの胸には1つだけぽっかりと空いた穴があった。

 少年に付いていきたい。だからこそ浮き彫りになるその陰り。

 

 ────ピンポーン。

 

 突如鳴らされたチャイムに、少女は少年の母親から教わった『タチバナ家。家訓』を瞬時に思い出す。

 そそくさとリビング内のインターホンへと、未だ眠った少年に気を使って忍び足で駆けて、お腹一杯に息を吸い込んだ。

 ……タチバナ家。家訓その八。家を訪ねてきた人には丁寧に挨拶を! 

 

「はいっ! タチバナです!」

 

『…………?』

 

 顔の見えない相手から逡巡(しゅんじゅん)の息遣いが聞き取れる。

 教えられた手筈を完璧にこなした少女は満足げな笑みを浮かべた。

 

『タチバナさんに妹は居ないわよね……』

 

『あ、自分合鍵持ってるので開けますよ。お母さんから許可は貰っています』

 

 ガチャガチャガチャ! 

 玄関から聞こえてきた物騒な物音に少女の意識は臨戦態勢へと切り替わる。

 ──リュウさんは寝ている。お母様とお父様には今すぐ助けは乞えない。

 タチバナ家。家訓その十九。何かあったら他の家族に連絡を! 

 聞かされたときはどんな料理の指南書よりも正しいと断ずる事が出来た家訓に早くも綻びが生じてしまった。

 少女が思考を回している間にも同じように鍵を開ける音が聞こえて、一か八かで少女は玄関へと駆け出す。

 

「ど、どなたさまですかっ! リュウさんのお母様からは、先に名乗りを上げない人間は家に上げるなと言われていますっ!」

 

 少女の迫真の声に音は止み、急激な悪寒が玄関越しに突き抜けた。

 この潜在的恐怖を、少女は以前に知っている。

 

『そうね、確かに名乗っていなかったわ』

 

 深くなる笑みの気配に、少女は本能的に後ろへと後ずさる。

 一拍置いた言葉は、インターホン越しでは聞き取れなかった相手の声音をクリアに少女へと届けた。

 

『────初めましてナナさん。(わたくし)、萌煌学園3年生学園主任を務めています……』

 

 声に身体が震えた。

 恐らくはLinkの弊害だろう、Linkをした少年が恐怖を覚えていた人物を少女もまた理屈ではなく本能で警戒をしてしまう。

 

『──────トウドウ・サキ、と申します。今日はリュウさんに用事があって伺いに来ました』

 

 

※※※※※※

 

 ぴちゃぴちゃと、何かが滴って落ちる音にリュウ・タチバナの意識は覚醒する。

 徹夜明けに胃袋へ美味しい料理を収めたせいか泥のように眠り、閉じた瞼をすぐに開けることは出来なかった。もしかしたら今も夢の中なのかもしれないと袖を引っ張り続ける眠気に委ねて思考が遠ざかっていく。

 

『いやそれは流石に酷いんじゃねぇか?』

 

『心配させた方が悪いもん! それより見て見て、久し振りに見たけど間抜けな顔だよね!』

 

 ばちゃり。

 夢の中で会話する愛しい幼馴染み達に寝顔のまま微笑む最中、顔に何かが覆い被さる感覚に少年は疑問符のイビキで答える。

 

「ずごごごごぉ~? 。…………ぶぴ~…………」

 

『なんだ、息出来るじゃん。じゃあ次は鼻と口だね。ナナちゃんは鼻押さえて』

 

『は、はいっ』

 

 この場にいる筈の無い声にやはり少年は夢だと判断した。

 ……微睡む夢のなか、そういえば学園都市を出る際に誰にも伝えていなかったなと思い出すが、そもそもリュウは萌煌学園3年生だ、学園の授業への参加強制が働かない以上、それは誰にも咎められることは無い。また、参加する意思もリュウには()()()()()()()()

 夢にも関わらず存外に考えが回るものだなと感心すると、その回転が突如逆回転を命じられた歯車のように止まってエラーを起こす。思考を回したいのに回せない。回すための何かが足りない。

 それは酸素だった。

 必要な要素に気付いて口と鼻を総動員するも入ってくるのは何故か水分。その瞬間に少年は命の危険をまじまじと感じた。

 あれ、これ死ぬんじゃね。

 

「ぶっっっっっっっっっっっはああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああッッ!!?」

 

「あ、生き返った」

 

「死んでたの!? 俺今死んでたの!? 生き返ったってなに!!?」

 

 勢い良く上体を起こすと、リュウにはこれこそが夢だと思えるような光景が目の前に映っていた。

 

「リュウ君の、…………ばかっ!!」

 

「コトハ? お前、なんでここに……」

 

「リュウの事が心配になって色んなとこ探したんだぞ。……何も言わず出て行って、まったく」

 

「エイ、ジ……」

 

 リビングには幼馴染みが2人立っていた。

 1人は頬をリスのように膨らませながら、もう1人は……互いに目を合わせると同じタイミングで直ぐに逸らす。

 ……コトハとエイジ。

 学園都市に居る筈の彼らに少年は事実を呑み込めないでいた。

 困惑に目を見開く傍ら、玄関に続く廊下から現れた人物に心臓を掴まれたように身が凍る。

 

「貴方が学園のデバイスを持って出掛けていたのが幸運だったわね。GPSで探させて貰ったわ」

 

「トウドウ……、サキ…………っ!」

 

「あら、もう皆の前でトウドウ先生って言わないのね」

 

 丈の短いタイトスカートとスーツを纏った彼女は整った顔と、蛇のよう鋭い視線を少年へ這わせる。

 

「へェ……? 憑き物は取れたのかしら?」

 

 一瞬横目でナナを捉えて、少女は肩を大きく震わせた。

 どのような経緯で知ったかは不明だが、どうやらこちらの事情は察しているらしい。

 

「ちょっとリュウ君……! トウドウ()()()()でしょ、落第されちゃうよ?」

 

「いいのよコトハさん。私と彼の間柄なら呼び捨てで構わないわ。────()()()()()()()()()()()?」

 

「…………ッッ!」

 

 舌で唇を湿らせて、彼女のその振る舞いは捕食者のそれだ。

 トウドウが話した内容に、他の皆が小首を傾げたり疑問を浮かべたりするも追求はされない。突然来訪した()、即ちリュウの急所を知る人物の登場に、徹夜明けの思考にもアドレナリンが回って頭が程よく熱く感じる。

 

「今日は、何の用でしょうか。アンタだって暇じゃないでしょうに」

 

「そりゃ暇じゃないわよ。でもね? 貴方を想う人達にど~してもって頼まれて、仕方無しにきたのよ」

 

「頼まれて……? 一体何を」

 

「────夏休み明けから始まる特進クラスへの編入試験の参加をしてもらうのと、そして貴方を私が稽古するのよ」

 

「──────??」

 

 ??????????????? 

 ?????? 

 ????????????????????? 

 

「特進、クラス? 稽古?」

 

 内容を理解していない少年の物言いに、コトハとエイジ、そしてトウドウまでもが姿勢を一斉に崩した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章29話『特進学科』

 日本国内どころか世界中で見て最も設備と環境の整ったガンプラ教育機関──萌煌学園。

 初等部から高等部に分類され、その上には研究生と呼ばれる生徒が存在するこの学園は従来の私立学校で見受けられるエスカレーター式の他に、中等部高等部へと上がる際に外部の普通校からの進学も可能な形式となっている。

 学科の数と種類は多岐に渡り、その中でも一線を画す学科(コース)が特進学科。ガンプラバトルもしくはガンプラ製作の腕さえあれば誰でも編入試験を受ける事の出来るこの学科は完全な実力主義であり、初等部から研究生関係無く在籍することが可能だ。

 特進学科の内容はプロの活動と同じと言っても差し支えなく、プロとのワンツーマンで生活を行うインターンシップや学園名義で世界中好きな場所へ飛んで好きな大会に参加することが出来、その華やかな内容の反面編入試験の過酷さは他の学科の比ではない。

 萌煌学園が()()()()()()()()。それこそが無双のガンプラを作り、それを手繰るファイターが存在する特進学科の存在が非常に大きい。

 

「そんな学科に、俺達を誘うって事ですか……?」

 

「あら、私はコトハさんとエイジさんが居ればそれで良いのだけれど……」

 

「それはダメですっ!」「約束が違います!」

 

「ほらね? 愛する生徒達にこんな事言われちゃ無下に出来ないのよね」

 

 生徒の剣幕にトウドウは肩を落とす。

 その後ろに控える2人は無言の圧力で少年を見詰め、リュウは重い口をやがて開いた。

 

「……俺は、学園の傘をアテにせず、プロへの承認試験を受けようと考えていました」

 

「リュウ君……」

 

「でも、それは辞めました。理由は言えませんが、俺はプロへの試験を……、今年は捨てます」

 

 理由は、言うまでもなくLinkによって不当に得た偽りの勝率が起因していた。

 本来ならば手の届くことは無かった勝率に加えて、自らの実力が低い以上プロになって苦しむのは他ならぬ自分だ。それならガンプラを作って戦うという原点に戻って、もう一度自己のガンプラスタイルを時間を掛けて見直そうというのがリュウの考えだった。

 以前までのリュウなら、まずはプロになる事を盲目的に目指していたが今は違う。()()()()()()()()()()1()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()それを探ることが今のリュウの答えだ。

 リュウはガンプラが好きだ。作るのも戦うのも、戦って勝って、それを喜んでくれる人の笑顔が大切だと気付いた。

 

「特進学科への試験て、どれくらい厳しいんですか」

 

「コトハさんが受験して2回に1回は落ちるわね。今の貴方じゃ到底無理よ」

 

 真顔で言い退けるトウドウの顔に嘘は見えない。

 

「……けど私が鍛えれば0%を2%くらいに引き上げる事が出来るわ。正直言って特進学科の内容はプロそのもの。もし編入出来たとしてもタチバナさん含めた3人全員に地獄を見て貰うことになる」

 

「俺、受けます」

 

 即答に、蛇の瞳が好奇の色を帯びて見開かれる。

 脅しでもなく、トウドウが話した内容は事実なのだろう。

 今まで過ごしてきた苦難が鼻で笑えるような生活が待っているかもしれないが、それでも。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 少年の言葉にトウドウは立ったまま口角を僅かに吊り上げた。

 思い出したのは母の身の上話だ。養成所で苦労しているようでは到底プロの場で活躍する事は出来ない。多くの人間が挫折を味わう場で蟲毒(こどく)のような経験をして、それらを飲み干した後にようやく自分の価値が見えてくるものだと母の話を聞いて感じた。

 ……そこで駄目なら俺はプロになんてなれない。編入試験で落ちたなら、プロになるのは夢のまた夢だ。それこそ早い段階で見切りを付けて、身の丈にあった幸せを探した方が有意義だろう。

 

「話は決まったようね。あ、そうそう言い忘れていたわ。特進学科にはね、在籍するための条件があるのよ」

 

 どうでも良い事を思い出した風にトウドウが天井を見る。

 電脳世界(アウター)で生徒に変態的欲情をしていたこの人も人並みな表情を見せるのかと、少年は密かに驚いた。

 

「特進学科では2つ以上のレギュレーションのガンプラが扱える事が条件だから、頑張って作ってね。──アイズガンダム使いのタチバナさん?」

 

「ふ、ふたつ!?」

 

 運命的な条件だった。

 現在バトルに出せるガンプラはアイズガンダムのみ。HiーガンダムはナナのLink中の戦闘能力を測るための機体であったため使いこなせるとは言いがたい。

 となれば作るべきガンプラは1つ。自室で制作中の、リュウが作ったオリジナルガンプラ唯一の()()()()()()()()8()0()0()()()

 

「それと」

 

 物理的に張り詰めた胸のスーツ内側からトウドウは1枚の書類を取り出す。

 全く見に覚えの無い紙にその場の全員が視線を集中させ、微笑を形取った顔がナナへと向けられた。

 

「ナナちゃんよね?」

 

「……………………はいっ」

 

 すっかりトウドウを警戒した白銀の髪の少女は、リュウの座るソファの後ろから半身だけ姿を晒して相対する。

 書類を促され恐る恐る手に取ったナナは書面を確認して息を飲んだ。

 

「こ、これは……!」

 

 ────萌煌ガンプラ学園学園長印。下記の者を我が校へ編入させることを許可する。

 ナナ・タチバナ。

 身元保証人、リュウ・タチバナ。────

 

 端的にそれだけ記載された書類の最後には仰々しいドでかい学園の判子が押され、その隅に同じく印が付けてある名前にリュウは納得をしてしまった。

 ──リホ・サツキ──

 

「と、いうわけで宜しくねナナさん。これから長い学園生活、一緒に頑張っていきましょう?」

 

「何を考えとるんじゃあの人はああぁぁぁああああああ!!?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章30話『元鞘』

 衝撃の言葉を言うだけ言ったトウドウはその後すぐに学園へと戻った。彼女はアレで学年主任という立場であり、こなさなければならない職務が山程存在する。

 帰宅する際、意味深に微笑み掛けられた意図にリュウは空恐ろしさを感じずにはいられなかった。

 

『稽古、楽しみにしてるわ、タチバナさん』

 

 擬音が付いていたのなら『ニヤァ』どころじゃ済まない凄絶な笑み。明らかに『楽しみにしてるわ』という言葉の前へ物騒な言葉が含まれていたが想像するのは精神衛生上よろしくなさそうなのでそれはやめた。

 そうして残ったコトハとエイジとナナ。4人がリビングに微妙な雰囲気を以て座り、それぞれ距離が離れている事が拍車をかける。

 

「リュウ君。ここに来る途中カンナちゃんから色々聞いたよ。……模型店の子を助けてくれたんだよね」

 

「助けたなんて事はしてない。……1度見捨てたんだよ俺はシュウトを。自分を優先して」

 

「それでも助けたっ。やっぱヒーローだよリュウ君は」

 

「……そんなこと」

 

 儚げに笑うコトハは指を交差させて弄ぶ。

 英雄(ヒーロー)か。

 思えばヒーローという単語が心の隅に置かれた要因は、学園都市のレストランでコトハが発したことが発端だ。彼女は──、否、あの夜殴りあったエイジもまた幼少の記憶を覚えていたのだろう。だからこそ少年の行動に不甲斐なさを感じてあんな行動に出たのだ。思い出すと殴られた左右の頬が痛み、無意識に頬を押さえる。それは対面のエイジも同じだった。

 

「もう俺は逃げない。シュウトの時みたいな後悔はぜってぇしねぇ。だから、過去にやっちまった事をこれから時間掛けて謝ろうと思う」

 

 それはナナの事でもあり、また昇級試験でリュウが行った行為──カナタにも関係している内容だった。

 掌に視線を落として、力強く握る。

 それを見てエイジの視線がリュウから白銀の少女へと映った。

 

「ナナちゃん。────()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「──っ。はい。責任を持って」

 

「待てエイジ。なんで、ナナなんだ? ……お前、どこまで知ってる…………?」

 

「何も知らない。だけどな、リュウがおかしくなったことにこの子が関係してるのは誰が見ても明らかだろ。……だけどオレは詮索しない。ナナちゃんもリュウも、それは望んじゃいないだろ」

 

 だけどな、と。そう付け加えたエイジは眼鏡の奥の眼光を強めて少女を睨む。

 予想を裏切る返答をしたら斬り伏せるような鋭さを覗かせて。

 その瞳はコトハも同じで、2人の視線がナナへと集中する。

 

「次にリュウへ何かしたら、……その時は承知しない。俺達はナナちゃんを絶対に許さない」

 

「……(しか)と胸に刻みました。2度と、リュウさんを悲しめる真似はしません。私という存在に懸けて、約束します」

 

 視線をまた強い視線で返す。

 意思の宿った空の瞳。両手を胸へと当てた少女の宣誓。

 静寂が下りる。

 目線を通して交わされた意識に、やがてエイジは苦笑して逸らした。

 

「リュウは特級の馬鹿だから頼んだ。……コトハ、お前もこれでいいな?」

 

「うん。これ以上私も言うこと無いかな」

 

 桃色の髪を揺らして幼馴染みは腕を組む。

 それから少女は微笑んでリュウを見て、同じように少年も微笑みで返した。

 

「…………うん? うんうんうんうん?」

 

「な、なんだよコトハ……」

 

「いやぁ~。2人、なんか雰囲気変わった? 何か親密になったような……」

 

 心臓が飛び出るかと思った。

 そんな錯覚のまま体温が上がるのを実感し、先行した思考が言葉の解釈を改める。

 少女とはお互いにパートナーとして、そして少年の監視者として道を踏み外さない為に見届けるだけだ。コトハの言った通りそれは勿論親密にも見えるだろう。互いに苦労を乗り越えた仲なのだ。

 

「はわはわはわはわ………………!」

 

 面白い声が聞こえ隣に視線を送ると、アホ毛をピンと天井へと伸ばした少女が見たこと無いくらい顔を赤くして開いた口を震わせていた。

 茹でタコみたいな顔色のまま口の形が『い』を発する形へと変わっていく。

 

「きっ、き……きき、……す…………!!」

 

「き────────……ょぉぉおおおおーめんしあげだよな!!? 鏡面仕上げ!! 丸みの多いジオン系MSに映えるんだ!! 2人でその練習をしたんだよな!!?」

 

「むぅ~………………………………!! あ~や~し~い~!! ぜ~ったい何かあった!! 言え!! 白状しろ!!」

 

「何もねぇって!! ……え、エイジ! お前からも勘違いだって言ってくれよ!」

 

「コトハも家に泊めたら解決じゃないか」

 

「あテメェこの野郎逃げたな!!」

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ面々は全員笑って。

 口々に言い合いながらもこんな日々を再び送れたことに、嬉しさが込み上げるまま馬鹿騒ぎは続いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章31話『お泊まり会!!』

「エイジ、俺のこいつを見てくれ、どう思う?」

 

「すごく……大きいです」

 

 途中まで組み上げた件のガンプラを見せると、そんな率直な意見が返ってきた。

 結局急遽開催される事になったタチバナ家でのお泊まり会はエイジにコトハ、ナナとカンナも居合わせる事となり、リュウの自室は人員オーバーギリギリの状態となっている。

 因みに電話でユナも誘ってみたが、

 

『こっ、コっっ……! コトハしゃんとおっ……────お泊まり会!!? 死にます! その場にずっと居たら感動で恐らく死んじゃうのでごめんなさい遠慮させて頂きます!! ……あ、でも声だけ今聞かせて貰えませんか!? 最近稽古の方がご無沙汰で声を聞いていないんですッッ!! コトハニウムが不足してるせいか最近肌も荒れてきて……』

 

『やっほーユナちゃん元気~?』

 

『おひょおおぉぉっぉおおおお!!??!?』

 

 南国の鳥みたいな声を上げて電話が切れた。……今更気付いたがユナはコトハに対して限界オタクみたいなところがある。

 こうして開かれたお泊まり会は現在、机にリュウとエイジ、ベッド付近に女子3人という割合で自然と分けられていた。

 

「素体はもう完成してるのか……。どうして脚部だけシナンジュ・スタインなんだ? シリーズを跨ぐミキシングは動かす為のエネルギーが違う。股関節の可動を考えてスタインを選んだのなら他にもキットはあっただろ」

 

「勿論考えた。だけど00シリーズのガンプラはGN粒子で飛行を前提とした機体が多い影響か足の接地面積が少ない。今回考えたコンセプトは全領域で戦えるガンプラだ、色んなキットを探したけど、スタイン以外条件に合ったガンプラを考えられなかった」

 

 機動戦士00におけるGN粒子を扱う機体は、総じてGN粒子による飛行能力と重量軽減作用を考慮して足部分の接地面積は

 最低限の物となっている。

 しかしその分粒子を割いているという事実でもあり、リュウは今回『GN粒子を扱いながらも脚部で機体全体を支える機体』を構想して組み上げていた。

 それが実現するのなら重量制御に用いていた分の粒子を武装にも回す事が計算上可能なのだが、そうすると脚部自体にある程度強力な推進力を備えた物が必要となってくる。

 推進力と接地面積を備えた脚部、そうなると広いガンダムシリーズの機体群を探しても数はある程度絞られた。

 

「成る程。それでスタインか。確かにこの脚部なら接地面積と推進力の問題はカバー出来そうだな……。太ももに仕込んだGNケーブルはスタインの脚に変換したGN粒子を回すためって事で良いんだよな?」

 

「元々は燃料に見立てたプラフスキー粒子を使う機構だからそこだけ弄る必要があった。……そもそもアイズガンダムは上半身が大きく下半身は細いスタイルだから、スタイン脚を使えば重心が落ち着いてとりあえずは自立出来る」

 

 プラフスキー粒子を回していなくとも自立出来るということは、その時点で重心のバランスは取れているということだ。

 後は余った粒子をどのような武装に回すかという最も大事な問題があるのだが、そこは少年のバトルを多く見てきたエイジに意見を仰ごうかと考えている。

 掌で慎重にガンプラを回すエイジ。引っくり返したり真上から見たり、その眼光は鋭利な刃物のように鋭い。

 

「……やはり一撃の元に全てを貫通させるパイルバンカーユニットだろう……。1発で全粒子を消費させるくらいの」

 

「真面目に取り合ってくれませんかねぇッッ!!?」

 

 ゴソゴソと鞄からGNアームズとダインスレイヴとサイコガンダムの腕を取り出したエイジに思いきり叫ぶ。

 もしかしたら意見を求めた人選が間違っていたかもしれないと、リュウは内心後悔したのだった。

 

※※※※※※※※

 

「へぇ~。ナナちゃんはガンプラバトル1回しかやったこと無いんだ」

 

「……以前に1度、リュウさんから『でんどろびーむ』なる物を買って貰い、それを動かしただけですね」

 

「はぁ!? デンドロビウム!? アンタいきなりあんなデカいの選んだの!?」

 

 女子サイド。

 こちらはガンプラを取り敢えず置いて、円の中心に菓子類やジュースが並べられていた。

 おさげの少女は先端にチョコの付いた棒を加えて、最近ようやく生え揃った永久歯で音を鳴らしてそれを折る。

 

「……じゃあアンタ、自分のガンプラ持ってないのよね? 萌煌学園にはデンドロビウムで殴り込むの?」

 

「実はデンドロビウムは私では使いこなせず……、まだどのようなガンプラが向いているのかも分からないんです」

 

 視線を落とす少女。手に持った紙コップの飲み物には眉を寄せるナナ自身が映っていた。

 そんな少女に向けて好奇の目を光らせる人物が2人。

 その勢いは、『容姿は抜群だけど何を着たら良いか分からない女の子に、性癖(個人的趣向)の限りをぶつける女友達』を彷彿とさせた。

 コトハとカンナの顔が一斉に少女へと接近する。

 

「ガデッサとかどう!!? 恵まれた基本性能に加えてほぼ一撃でバトルが終わる射撃武器も付いてるの! 最強だよ!」

 

「それならガンダムXの機体も良いわよ! 基本性能も高く武装も色んな種類があって好みのカスタマイズが出来るわ! 尚且つ対策されにくいシリーズだから初等部連中相手なら無双出来るわよ!」

 

「それは待ってカンナちゃん! 長い目で見るなら、そんな初心者狩りみたいな真似はいずれ限界がくる! ここはシンプルかつ大胆な戦法の取れるガデッサ1択よ!」

 

「長い目で見るからこそですよ! 初心者に大事な事はまずバトルに勝って自信を付けさせる事です! だからこそキワモノと呼ばれる武装も豊富なガンダムXシリーズが良いんです!! 月は出ているか!!? 私の愛馬は凶暴です!!」

 

 目の前で始まる乱闘(コトハは指に○ッキーを挟んでガデッサに成りきっている。対してカンナは腕を折り畳んでTの字の体勢で立ち上がり威嚇をしている)に、白銀の少女は目を丸くする。

 収拾が付かなそうな両者にも聞こえるよう、少しだけナナは声を張り上げた。

 

「おっ、お二人が薦められる機体は全部乗ってみます! どうかよろしくおねがいします!」

 

「キャー!! 聞いたカンナちゃん!? じゃあどっちが先にナナちゃんへ機体を勧めるかガンプラバトルで決めましょう!」

 

「望むところよッッ!! シンガポールの大会で1位がなんぼのもんじゃい!」

 

「言うじゃないチビッ子! 今から『中山模型店』に行きましょ! 軽く捻ってあげるんだからっ!」

 

 バチバチと眼光が衝突する17歳と10歳。

 かくして少女は連行されて深夜まで営業をしている中山模型店で2人のバトルを見届ける事になった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章32話『片鱗』

 ──7月某日。萌煌学園3号棟4階教室。──

 比較的長期に続いた梅雨の雨も終わりを告げ、代わりに地上へ降り注いだのはあらん限りの燦然(さんぜん)たる太陽の直射。

 校門で生徒達を迎える向日葵も例年より長く伸び、これから続くであろう真夏の予感を等しく生徒は胸に覚えた。校内の廊下の窓は開けられ聞こえてくる蝉の合唱に、各教室から聞こえるガンプラバトルの熱狂はしかし負けていない。

 空き教室では絶えずバトルの行われる学園だが、そんな喧騒も遠い4階教室の一部屋に少年は1度深呼吸をしてからドアを叩く。

 すると緩い返事があった。

 優しげな声は聞くものを安心させ、同時に連想したのは甘い姿に擬態させて獲物を補食する食虫植物のそれだ。

 

『待っていたわよ、タチバナさん』

 

 来る途中に見かけた陽射しの差す教室とは反対に、暗幕で窓を囲ったこの教室には一切の光が存在しない。

 ────教室に立ち込めるプラフスキー粒子による光以外。

 事前に告げられたように内側から鍵を掛けて、リュウは机も存在しない空っぽの教室へと足を進めた。

 生徒の居ない壇上。そこで短鞭を唇に当て微笑む彼女の表情は教室の暗がりもあって読めない。

 笑っている。

 嘲笑っている。

 そのどちらも正しいのだろう。

 彼女の視線を受けて少年は腰のポーチからガンプラを取り出した。今まで少年が使用してきたどのガンプラとも形状の異なる、全く新しいガンプラ。

 

「予想以上に早い出来ね。これなら沢山指導することが出来るわ……ふふ」

 

 チロリと這った舌が唇を濡らし、教師は手にした短鞭をその豊満な胸の谷間へと収納する。

 両手が宙に掲げられ、それを合図に少年も同じ姿勢を取ると事前に装着していたアウターギアが展開されて教室内の粒子が活性化を行う。

 ぼう、と。緑の粒子が煌めいて、暗闇と緑光の織り成す光景はさながら夏の風物詩である蛍の光か。

 

「タチバナさん。約束通り、完成したその機体は誰にも見せていないわね?」

 

「見せていない。アドバイスは受けたけど、武装の構成を始めてから誰一人として晒していない。……ナナを除いて」

 

 少年の声に蛇が喉の奥で嗤う。

 

「まさかタチバナさんがあんなこと言うなんて驚いたわ。────ナナちゃんと2人1組のファイターとして登録してくれなんて聞いた時には試験を捨てたのかと思ったもの。……そのナナちゃんはどちらに?」

 

「コトハに預けている。今頃沢山しごかれている最中だろ」

 

「別々の場所で修行ってことかしら……。愛らしいわね、ええ。とっても」

 

 震える声のまま教壇の彼女が紡ぐ。

 何を考えているのかは推し量れないが、恐らくはロクでもない事だろう。

 話は終わり、少年は声を発しようと────、そこで彼女の低い声が割って入った。

 

「そのガンプラ。機体名は決めたのかしら……?」

 

「あぁ。……決めたぜ。今日の朝、ナナと2人で考えた」

 

「ふふっ。ガンプラの名前は大事よ。どんなガンプラファイターでも、名前に意味の籠っていないガンプラは“弱い”わ。名前とは機体の象徴であり、練れば練るだけその機体の理解を改めて深めることが出来る。…………聞かせてくれるかしら? タチバナさんの、その子の名前」

 

 言われる迄も無い。

 この機体は後継機だ。白銀の少女と共に駆った機体を受け継ぐ、2人のガンプラだ。

 名前に込められた意味は形式に則って、それでも込められた意味は別にある。

 幼少を知る誰もが少年を小馬鹿にした愛称で呼んで、リュウにとってその言葉はあの男と交わした誓いのような物だった。

 ────英雄。

 ならば、その頭文字をなぞろう。

 IガンダムがI.Sガンダムと名前を変えるように、このガンプラの名前も流れを汲もう。

 

「リュウ・タチバナ……」

 

 声に粒子が反応する。

 空間にたゆたう粒子が掌に集まって操縦桿と操縦席(コンソール)を瞬く間に形成した。

 

「────His-(ハイズ)ガンダムッッ!!出撃()ますッッ!!」

 

※※※※※※※

 

「見てナナちゃんこのパフェ! “軌道エレベーター”って言う名前だけあって凄い高さだよ!」

 

「本当です……! 下から食べ続けたら本当に宇宙まで行ってしまいそうです……!」

 

 学園都市第1学区、喫茶店“ガルフレッド”。

 臨時休業の看板がぶらさげられた店には模型の参考書を抱える白銀の少女と、頬杖をついて少女を見守る桃色の髪の少女がテーブルに置かれた規格外のパフェに目を輝かせる。

 

「コトハちゃん、最近うちのユナにもガンプラバトル教えてくれているんだろう? それはサービスだよっ、2人で食べなっ!」

 

僭越(せんえつ)ながらユナが作らせて頂きましたっ!! ど、どうでしょうか……!」

 

 カウンターの奥から聞こえた気前の良い声にテーブルの少女らが顔を向けると、メイド服姿のユナが胸の前で両手を握りしめながら、執事が着るような燕尾服に身を包んだカレンがニカッと歯を見せて笑っていた。

 

「カレンさん、ユナちゃんありがとうございます~っ! ささっ、勉強は休憩してナナちゃんも食べよ」

 

「はっ、はいっ!」

 

「「いただきまぁ~す!!」」

 

 コトハは立ち上がってクリームで出来た塔の先端から、ナナは根本のブラウニーケーキにクリームを纏わせてから同時に口へと含んだ。

 2人の瞳が見開かれて、何度も頷きながらカウンターを再び向く。

 

「すっっっごい美味しいよこれー!!? クリームが普通のクリームじゃないっ! 軽く飲み込めるんだけどっ!?」

 

「ケーキはとても濃厚です……! 私が頂いたのはチョコレート味でしたが、他のケーキは色が違います……!」

 

「えへへっ……。クリームは飽きやすい物なので甘味とコクを()えて薄くした上で層に分けて味を変えていますっ! その分一緒に食べるであろうケーキやプリンは濃いめに味を調整してみましたっ!」

 

 メイド服をフリフリと左右に揺らしてツインテールの少女は誇らしげにはにかむ。

 そのまま小走りでテーブルへと駆けて、他の机へ複数分けられて山積みになった本を見渡した。こうして見れば本の山が2つ立っているようにも見える。

 

「ナナさんもガンプラバトル始めるんですか?」

 

「そうそう! 今はガンプラバトルでどんな機体が強い傾向にあるか勉強してたの。……ちょっと凄いの見してあげる。ナナちゃん、去年のレギュレーションフリーの世界大会で入賞したヴィルフリートさんの試合について解説して!」

 

「……予選と本戦どちらでしょうか?」

 

「じゃあっ。本戦の1回戦から」

 

 その言葉にユナは奇妙な違和感に囚われた。

 子供の特技を人前に披露するお姉さんのように振る舞うコトハの内容と、それに応じたナナの返事。

 コトハはまるで、あらゆる戦闘から1つのケースを取り出して言うような物言いで。

 ナナは、その内容に疑問の1つすら抱いていない様子で。

 

「────1回戦はニヴルヘイム対レヴィアタン。戦闘時間は10分と23秒。戦場はサンクキングダム。開幕から飛行能力を活かしたレヴィアタンはニヴルヘイムへ防戦を強いらせる展開でしたが、ステージの建物を巧みに盾として射撃武装を防いだニヴルヘイムは空中からの射撃の間にレヴィアタンの左翼を破壊、そのまま地上戦へともつれ込みます。ガンダムヴァサーゴ・チェストブレイクを素体とするレヴィアタンは執拗に腹部大型ショットガンで建物毎ニヴルヘイムのナノラミネートアーマーを削り取って、7度目の射撃の後に装甲が全て剥がれ落ちます。そもそもが実弾射撃に特化したレヴィアタンはニヴルヘイムから一太刀も浴びられる事無く、残った最後の建物まで追い詰め全弾発射をして勝負を決めに行きます。そこはサンクキングダムに残った最後の建物。同時に初めてニヴルヘイムが盾として使い倒壊を免れた場所でもありました。ニヴルヘイムは一番初めにこの建物へ実体刀を刺して忍ばせており、機体の内蔵火器が全て露出した状態であるレヴィアタンの腹部目掛けて建物越しに突貫。本来ならばナノラミネートアーマーの喪失したニヴルヘイムで受けきることは不可能な弾幕でしたが、途中に爆撃の際拾ったレヴィアタンの翼を盾にして射撃を凌ぎ、そのまま一刀の元レヴィアタンを斬り伏せました。──2回戦は」

 

「ナナちゃんもう大丈夫だよ! ……どう、凄くない!? ナナちゃん覚えるの早いの!!」

 

 僅かに饒舌(じょうぜつ)となった白銀の少女は、その白い肌を仄赤く染めて。

 ユナは確証が無いまま疑問が口から出ていた。

 今のは丸暗記ならば3日は掛かる情報量だ、いつからこの少女が戦闘内容を覚え始めたのかユナは愕然に囚われる。

 

「い、いつから勉強したんですか? 今の内容……?」

 

()()()()()()()()()

 

「え────」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ちょっ……! ちょっと待ってください! じゃあ、この本の山って……!! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「? ……今日、覚えさせて頂きました。年々の世界大会の戦闘が密に書かれていて非常に勉強になります」

 

 ……さっき? 

 コトハとナナが店に来たのはほんの2時間前。

 その間にこの本全てを。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「しかし私……、ガンプラバトルの腕はコトハさんやエイジさん曰く才能が無いそうです」

 

「才能が無いなんて言ってないよっ!!? ただちょっと瞬間瞬間の判断が少し遅いなぁ~って! まだ初めてすぐなんだから練習次第でどうにでもなるよ!!」

 

 意味ありげに微笑む少女の顔は儚く、暗い。

 その歪に偏ったガンプラへの能力──あるいは少女の才能と呼ばれるものにユナは僅かに顔を引き攣らせた。

 記憶力が異常だ。それも相当に。

 後ろを振り替えると眉を微かに寄せたカレンが少女たちに悟られぬよう静かに唸っていた。

 

「ナナちゃん。ここまで振り返ってどんな機体に乗ってみたい?」

 

「私は……」

 

 クリームを掬ったスプーンを小皿に乗せて、意思を持った空色の瞳がコトハを真っ直ぐに見詰める。

 

「────リュウさんの力になれる機体に乗りたいです」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章33話『境界を』

 剣撃が(はし)る。

 

『弱い』

 

 閃光が駆け抜ける。

 

『弱い』

 

 手刀が薙がれ景色が寸断される。

 

『……弱いッッ!!』

 

 空から見下す紫の太陽は白と金の装甲を(まと)って地に落ちたガンプラを見下していた。

 ────慢心していた。

 必死に考えた素体の粒子循環速度。脚部をシナンジュ・スタインに変更したことで実現出来た地上戦と空中戦の安定した両立。

 そして重量軽減作用と慣性作用の機能をカットして、リボーンズガンダム系統に備わる両肘からの過剰エネルギーを合わせた武装の数々は間違いなく制御が出来ていた。

 これまで培ってきたガンプラバトルの知識を総動員すれば或いはトウドウ・サキにだって食らい付けるのかもしれないと希望を抱いていた。

 ────10戦10敗。

 それがHisーガンダムの初戦闘を含めた戦績だった。

 

「くそっ! もう1回!」

 

『さっさと再出撃ッッ!! 相手の戦力と手段を知らずに突っ込むだけじゃ同じ目を見るだけよッッ!!』

 

 魔物の大爪に似た大型ファングが閃いて、地上を横に払う。

 機体表面に張られたGN粒子をものともせずにHis-ガンダムは両断され、操縦席(コンソール)には何度も見た発射シーケンスの画面が表示された。

 

「う、おおおぉぉぉおおおおッッ!!」

 

 出撃する空。

 戦場は練習場(プラクティス)

 モノクロの世界へ11度目の飛翔を果たしたガンプラは出撃ゲートから飛び出した瞬間に頭部を捕まれ、そのまま地上へと投げられる。

 再出撃初期位置(リスポーン)への奇襲でパネル状の地面が近付き、それを粒子制御と脚部スラスターを総動員して回避。慌ててゾンネゲルデが居た空中を見れば姿はもう見当たらない。

 直後、警告音(アラート)

 

『画面を見て判断するなッッ!!』

 

「ッッ!!?」

 

 前方向から突っ込んできたゾンネゲルデを警戒し身構えると、直上から光線が放たれて機体が串刺しに焼かれる。

 言われたトウドウの声に冷や水を顔に掛けられた気分になって、発射シーケンスとなった画面でゆっくりと言葉を思い返した。

 ……ガンプラバトルにおける警告音。

 前後左右を示したマーカーが敵機の攻撃を予測し点滅と同時に短い警告音が入る、機体関係無しにガンプラバトルというシステムへ初めから搭載されている攻撃予測情報だ。

 四方から攻撃をされても、サブカメラへ切り替える前に攻撃位置とタイミングを教えてくれる親切なシステムだがそこには当然抜け道も存在する。

 まず、システムが感知出来ない速度の攻撃に対してはそもそも警告音(アラート)は意味がない。ヴィルフリートやガンダムエリゴスのような規格外の化け物が繰り出す攻撃は全て()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そしてもう1つが上下軸にシステムが弱い点だ。

 先程受けたような直上からの攻撃と直下の攻撃は警告音(アラート)は反応こそするものの正確な角度までは表記されない。つまり真上と真下からの攻撃に関して言えばファイターの力量に全て委ねた対応をしなければならないのだ。

 

 瞑目し、それを再確認。

 相手はトウドウ・サキ。世界最大のガンプラバトル教育機関である萌煌学園における、最優の教員……! 

 持てる全てを使ったとしても届かない頂に、少年は手を伸ばすように操縦桿を前へ突き出した。

 

 変わらぬ白黒の空。

 同時に、前後左右全てから警告音(アラート)

 

「る、ぉぉおおおオッッ!!」

 

 ファンネルの類いを回避する方法は学園の座学で教わった。

 それは動き続ける事。ただ動くだけではなく、射線から軸をずらして大きく動くこと! 

 左腕GNシールド──リボーンズガンダムと同型──を前面に展開して包囲を突き破る。

 次の瞬間後方から突き上げるように風切り音が響き、背部サブカメラを展開すると半円刀(ショーテル)を交差させたゾンネゲルデが紫の粒子を尾に引きながら瞬く間に直上へと達していた。

 意識が上へと向く中、回避したファングがそれぞれ軌道を描いてあらゆる角度からHisーガンダムへ標準を合わせる。

 

 少年はそのまま機体を加速させた。

 

 追い付いてくるファングにはHisーガンダムが搭載している4()()()()()()()を収納状態で射撃し、しかし全てが回避される。

 その挙動に、少年はざっと顔を青冷めさせた。

 ファンネル系統の挙動は1度発射するとファイター側が予め設定した陣形を取って射撃をするのが一般的だ。ガンプラバトルにおいてファンネル系統の無線誘導兵装端末に該当する全ては複雑な陣形を取れば取るほど消費粒子が多くなり、世間一般ではファンネル系統の武装は余り流行っておらず、それもプロなら傾向が顕著だった。一撃の威力が低いファンネルにそこまで粒子を割くのなら、他の武装へ回した方が結果的に消費する粒子の量は少ないのだ。

()()()()()()()()()()()()()()()()

 今トウドウが見せたファングの機動(マニューバ)。アレは明らかに手動操作(マニュアル)だった……!! 

 

 警告音(アラート)

()()

 

「なッッ!!?」

 

『あら、鬼ごっこの稽古かし────らッッ!!』

 

 ザンッッ!! 

 Hisーガンダムの両腕が斬り飛ばされ、振り上げた半円刀(ショーテル)が瞬く間に振り下ろされた。

 達磨(だるま)となったガンプラは姿勢制御を失い落下。激突した地面から見上げるゾンネゲルデは今日だけで何度目か。

 

『タチバナさん。ガンプラファイターにおいて一番大事な物ってなんだと思うかしら?』

 

「……っ、それは」

 

 咄嗟に思い浮かんだのは力だった。

 力とは源が存在し、源とはガンプラバトルを始めた切っ掛け。

 リュウの場合はアイズガンダムへの愛情と、強くなった自分を見て喜んでくれる周囲の人々だ。

 

()()だ。ガンプラバトルを通して何がしたいのか、何を目指すのか。その根本を支える想いの強さだ」

 

 ほんの前なら思い付かないような言葉だった。

 憂い無く言い放った言葉にトウドウは無言を徹して────やがて。

 

()()()()

 

 そう短く告げる。

 

『タチバナさんの言うそれは原動力。確かに大事な物だけど本当に大事な要因が欠けている。これが無ければガンプラファイターでプロなんて不可能よ。2分あげるわ。それで間違っていたら今日の稽古は────

 

「────心の強さ」

 

『────────』

 

「原動力を……。誓った言葉や情熱を色褪せずに留めておく為の、心自体の強さ。……違いますか」

 

 想いとは、初めは尊く輝いて存在を主張するが。

 それはあらゆる要因で輝きを失っていく。

 時間。人間関係。新たな趣味。挫折。多くの事象に(さら)されると、根本の想いはいとも簡単に濁ってしまう。

 少年がそうだった。

 覚えていた筈の約束を忘れ、責任を他者に押し付けて。その結果自分の実力に目を背けたまま、プロを目指すという免罪符で周囲から目を瞑って貰う、どうしようもない人間へと成り果てた。

 それは全て、心が弱かったから。

 ────覚悟が、足りなかったから。

 

 正面モニタ奥。天上に佇むゾンネゲルデ。

 かの機体を操るトウドウの顔が、笑ったような気がした。

 

『あら。タチバナさん貴方……………………。()()()()()()()()

 

「……っ??」

 

 何を言っているのか分からず疑問に顔をしかめるだけの少年の前方。

 空から見下ろすゾンネゲルデとそれを見上げるHisーガンダムを隔てる形で深紫の熱線が地面へ向かい突風のよう薙がれた。

 高圧水流によるカッターを彷彿とさせた妖光は、亀裂の1つもなく地表を断ち切り、困惑する少年に尚もトウドウは言葉を続ける。

 

「正解よタチバナさん。ガンプラファイターにとって最も大事な物は心の強さ。どんなに才能ある人間でもどんなに操作が卓越した人間でも、心が強くなければガンプラファイターを続けることなんて出来やしない。貴方が多く知る名のあるガンプラファイターの全員が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……敗北の悔しさを知らない人間の強さなんてね、たかが知れてるわ」

 

 普段、並々ならぬプレッシャーと敵意を撒き散らす女性は。

 常日頃少年を疎ましく思っていたであろう敵だった女性は。

 教鞭を振るう教師として少年へと語りかけていた。

 

「その線を越えるのなら、貴方に私は持ちうる全ての技術を叩き込む。越えないのであれば今のような()()()鍛練で鍛え続けるわ。────これは善意の警告よ、仮にその線を越えたら私は容赦しない、貴方は千の敗北を知って万の挫折を考える事になるわ。微かな勝利の希望など無く、貴方は正真正銘永遠に負け続ける。……どうするのかしら」

 

 少年は悪童染みた顔でその言葉を鼻で笑う。

 そんなこと、言わずもがな、だ。

 両腕両脚が無い機体を(よじ)り、鋭い印象を増した頭部で、射殺すような眼光でゾンネゲルデを睨み付ける。

 操縦桿を握る手は震え、リュウは1度瞑目し謝罪する。

 

 ……ごめんな、Hisーガンダム。

 …………初めてのお披露目だったけど。

 ………………俺のために、お前のために、負け続ける事になる……! 

 ……………………これを乗り越えないと、俺はいつまでも弱いままなんだッッ!! 

 

「俺と一緒に、付いてきてくれ……!!」

 

 決意に目を見開いて操縦桿を操作。

 ────EXスロット。トランザム。

 

 ぼう、と。淡く燐光する粒子は色を()()()()()()

 皆と一緒に製作した、彼等の想いが詰まった新作のガンプラのツインアイは。

 いつも傍らに寄り添う少女の瞳の色彩を帯びて、応えた。

 

「トウドウ…………────────サキイイィィィィィィイイイッッ!!」

 

 噴出するGN粒子を推進力代わりにして、少年の翼は大地の亀裂を軽々と飛び越える。

 空色の尾はそのまま飛翔して、天上の太陽へと挑むようどこまでも羽を伸ばしていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章34話『少女は最も重要なものを掴みました』

「うわあああああああぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!」

 

 廊下を走る抜ける少年を稀にすれ違う生徒達が振り返って道を開ける。

 〈校内は駆け足厳禁! 〉というポスターが曲がった角に貼られてった気がしたがそんなものは今は関係が無かった。

 日がすっかり落ちた校舎の中には殆ど生徒がおらず、昼間までの喧騒が嘘のように静かであり、だからこそ少年の叫び声が際立って校舎に響く。

 

「「うわあああああああぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!」

 

 涙を洪水のように流しながら、マラソンランナーが1位を取った際になびくテープのよう鼻水を垂らしながら。

 リュウ・タチバナは人目を気にせず、気にする余裕も無く胸に爆発する感情のままに叫んでいた。

 生まれて初めての経験であり、「何とかなるだろう!!」と内心思っていたりもした心は完膚なきまでに破壊され、一刻も早く身が張り裂けるような鬱憤を放出しなければ気が狂いそうだった。

 叫びながら“アリアドネ”と呼ばれる学園と寮を繋ぐ森林地帯の獣道を一心不乱に駆け抜けると、珍獣でも来たのかと木に止まって睡眠を摂っていた鳥達がバサバサと音を上げて飛んでいった。

 そんな声をあげながら寮の階段を駆け上がる。

 

 ダンダンダンダンダン!! ガチャガチャ!! ガチャン!! 

 

「あっ。リュウさんおかえりなさい。夕飯の支度も出来ていますが、先にお風呂にしますか?」

 

「うわあああああああああぁぁぁぁあああああああんっっ!! ナナァ聞いてくれよ!! あの人本当に容赦無いんだよおおおぉぉぉぉぉおおおおお!! 俺が作った新しいガンプラをハエでも払うかみたいに墜としてくるし初期位置狩りも平気でしてくるし『あら、ここの塗装面厚いじゃない。皆の英雄さん(笑)』とか嫌味言ってくるし機体の両腕両足顔面潰したうえで煽りも言ってくるんだよぉぉおぉぉぉおおおおおおおお!! しかも戦ってる最中初めに俺を倒した戦術でもう一度倒すと無言でプレッシャー掛けてきて殺しにくるんだよおおおおおぉぉぉおおおおお!! 対処法をその場ですぐに出せたら苦労しねぇよッッ!! 悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいくやしいぃぃぃいいい──────っっ!! 傷の1つも与えられない自分が悔しいいいぃぃぃいいいいいいい!! 俺の腕はダメなんだ!! こんな弱い機動(マニューバ)しか操作できない俺の腕がだめなんだよおおおぉぉぉぉおぉぉおおおお!! ごめんよ俺のガンプラぁぁああああああああっっ!! ナナァ~~~~~~~俺を慰めてくれえぇぇぇぇえええええ!!」

 

「はいっ。今日も厳しい稽古お疲れさまでした。今日の夕御飯はリュウさんの好きなエビチリですよ」

 

「……ぅうっ…………ぐすっ。えっ、────エビチリ………………ッッ!!? いやったぁー!! 明日も頑張れるぜ!!」

 

 最近、ずっとこんな生活を続けている。

 トウドウとの稽古が始まりはや数週間。リュウとナナは別々にガンプラバトルの稽古をして、朝と夜は同じ寮で過ごしている。

 本来であればパートナーである2人は共にガンプラの修行を行った方が互いの意見や主張を感じることが出来るのだが、ガンプラというものと本格的に触れ始めたナナと10年ガンプラを弄っていたリュウとでは知識に開きがありすぎた。

 故に昼間は別々で腕を磨いて、夜に両者が過ごした1日の成果を披露するという毎日を送っている。

 エプロン姿のナナは、リュウの実家から持ってきた子供用の台の上に立って料理を盛り付けて、皿を両手に持ちながらトテトテといつものテーブルに並べる。甲斐甲斐しく動き回るナナと一緒に少年も料理を運び、そのまま2人は向かい合う形で座布団へと腰を下ろした。

 

「「いただきます!」」

 

 気がついたら夕飯が目の前から消えていた。

 

「「ごちそうさま!」」

 

 そして気が付いたら食器洗浄機が回っており、2人は今日の成果──もとい反省会を始めた。

 因みにエビチリは頬っぺたが落ちるほど美味しかった。

 

「リュウさん。実は今日、使用するガンプラを選ぶ日だったのですが、ナノラミネートアーマー搭載機とフェイズシフト装甲採用機を選んだ途端コトハさんが使用を禁止してきたのですが……何故だか分かりますか?」

 

「そりゃアレだな。初心者のうちに変な癖付けたくなかったんだろ。ナノラミネートアーマーとかフェイズシフトってのは特定の攻撃に対して一定の耐性を持つってのは知ってると思うけど、使い始めるガンプラがそういう『普通』じゃない装甲だった場合、将来機体を乗り換える場合染み付いた癖に難儀するんだよ。コトハも怒ってるわけじゃないんだ」

 

「………………成程です」

 

 僅かに頬を膨らませる様子のナナ。

 ナナは、理由は不明だがガンプラバトルになると操縦桿の操作が一気に覚束(おぼつか)なくなる。ネット用語で言う“ラグ”でも発生したかのように目の前の事象に対して遅れて反応を返してしまう。

 それを自分でも理解しているナナは、その遅れによって生じる被弾をある程度フォロー出来る特殊な装甲を選んだのだろう。

 それは、選択として大いに正しいと思った。

 しかし話を聞く限りコトハは特殊な装甲に頼らせずナナをちゃんと成長させる気のようだ。

 

「ファングを射出して飛行。逃げる俺に対して本体が接近。カウンターを決めようとする俺にファングの牽制が入って…………、ここでファングが俺の攻撃を避ける。俺はトウドウに斬られる」

 

 アウターギアを起動し、眼前に投影された今日のリプレイを見て少年は愕然と口を開いた。

 

「やっぱあの人、ファングを手動操作(マニュアル)で操作してるよ……! バケモンだろ……」

 

 ……質問が来たとしよう。

 ────あなたは目の前の物事に集中しながら、片手間に6つのラジコンを精密に操作出来ますか? ────

 出来る訳がない。不可能だ。

 しかし溜まったリプレイを見返すと、やはり彼女のファングはそれぞれ独自に挙動を取っており、リュウの目がおかしくない事の証明となっている。

 

「確かに手動操作(マニュアル)ならガンプラバトルの制約である『無線誘導兵装端末の陣形設定による消費粒子量の増大』には触れねぇけど……。前提としてそもそも手動操作(マニュアル)が難しいからこのシステムが追加されてんだっつーの」

 

 ファングの完璧な操作に加えてトウドウはガンプラを操作する腕も超一流だ。稽古が始まり今日まで1度も傷を付けることが出来た試しが無い。

 改めて最優の教員と呼ばれる存在に恐怖を覚えるが、リュウは瞑目し、脳内でガンプラバトルを開始する。

 今までやられた戦法は頭に入れた。であれば自分の動きが噛み合う場面が存在したのか、その確認だ。

 ……………………無かった!! 

 

「バケモンかよあの変態教師…………!!」

 

 絶望した。

 手のひらで顔を覆って肘を付くと、目の前の少女が様子を窺おうと下から覗いてくる。

 正直少し癒される。

 ……そこへ。

 

『タチバナさんこんばんわ。少し確認したいことがあるから私の家まで来なさい』

 

「えっっ、あの。今日の稽古は終わったんじゃ」

 

『貴方の全敗記録。学園内に設置された全モニターに流すわよ』

 

「俺やっぱアンタのこと嫌いだよッッ!!」

 

 突如掛けられて来た電話によって束の間の休息が終わりを告げたのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章35話『蛇の誘い』

 学園都市において唯一外部と内部が行き来出来る学区──第1学区。

 世界初、片側24車線という目を疑うような広さの道路が学園都市外からアーチ上に街を縫っていくよう建設されており、外部からやって来る業者のトラックや学園都市へ車で観光に来た人間はここを通って各ゲートで荷物の検査を受けてから内部に入る事が出来る。

 第1学区は学園都市における流通の場であり、また観光客向けの最新施設と彼らが宿泊するホテルも多く(そび)え立っていた。

 今年解禁されたばかりの学園都市内の建物は全て新品同様の輝きを放ち、世界最新鋭のシステムや建造技術で建築された施設は作り手のセンスが如実に反映されているデザインの物が多くある。

 外見を完全にホワイトベースで再現されたホテルや各ガンダム作品の宿泊施設を模した建物など、目を引くような建造物ばかりだ。

 そんな目を引く建造物の中、塔を思わせるように天を衝く建物の前に少年は呆然と立ち尽くしている。

 

「よ、読めねぇ……。なんで日本に建ってるマンションの筈なのに日本語の案内が無いんだよ……」

 

 何処の国の文字なのかすら不明な言語の羅列が看板に表記されているが、中学を卒業して萌煌学園に編入したリュウには解読が不可能だった。

 そこは、マンション。

 黄金の輝きと艶めいた黒の2色で構成されたこの建物がトウドウ・サキが指定した場所だった。

 マンションの入り口は完全なオートロックが掛かった自動ドア。個人のカードキーか内部からの手招きが無ければ入れない事は、こっそり遠くからマンションの入り方を観察していたお陰で把握している。

 

「到着しました、と」

 

 SNSでトウドウにメッセージを送信すると程無くして返信が返ってくる。

 

『先に入っていて頂戴』

 

 部屋の番号と部屋に入る為のパスワードが添付されると同時、自動ドアのロックが外れ、恐る恐るリュウは足を踏み入れた。

 床も黄金と黒と構成され、徹底的に磨き抜かれた輝きは天井を初めとしたあらゆる物を反射している。灯りとなる物は吊るされた豪奢なシャンデリアであり、壁際にはガラス細工による男女の彫刻が設置され、その首へサファイヤやルビーのような宝石のネックレスが掛けられてある。まさしく成金趣味極まれりといった具合の内部を歩くリュウは、エレベーターの中に入って、想像と違わない金色に彩られた造りに溜め息をつくのであった。

 

「休めるもんも休まねぇよこんな環境……」

 

 実家の匂いとパテや接着剤の香りに恋しくなりながら、少年は鏡に映る少しやつれた顔を見てポツリと呟いた。

 

※※※※※※※

 

 ピッ──。

 先に入っていて頂戴と言われた通り部屋のロックを解除して、重圧なドアノブをゆっくりと回す。

 因みに部屋は最上階。幼少の頃にこういった高級マンションを見て「あんなところの一番高い部屋、一体誰が住んでるんだろう!」と想像を膨らませた事があるが、正解は変態教師が住んでいました。

 

「なっ────」

 

 室内を窺って、絶句した。

 広い空間だった。

 高い天井からスラリと伸びた長い窓が1枚部屋を囲い、キッチンやリビング、書斎や寝室が一切の仕切りが無く1つの空間内に共存している。

 荘厳な大理石とフローリングの床、室外に設置されたプールは夜間でも泳げるようプール内部に照明が当てられていた。

 唖然と立ち尽くした状況に気付きとりあえず靴を脱いで、恐らく来客が座るであろう入ってすぐのソファへ近付く。

 テーブルの上に置かれた南国の果物と、銘柄がさっぱり読めない海外の酒のボトル。窓から覗く学園都市の絶景と手が届きそうなほどに近い空へ広がる満点の星々。

 部屋の雰囲気に圧倒されながら挙動不審に室内を見渡していると、キッチン奥の扉が突然開いて少年は身を硬直させた。

 

『出迎えられなくてごめんなさい。あの後少し書類仕事に追われて……』

 

「ぶぅ──────────ッッ!!」

 

 トウドウ・サキだった。

 ただのトウドウ・サキであれば稽古によって見慣れているため、最近では見ただけで蕁麻疹(じんましん)が出ることは無くなった。

 しかしそれ以上の驚愕が少年を襲い、唖然と口を開く。

 

「? ……どうかしたのかしら」

 

「なっ、────なんちゅう格好してんだよアンタッッ!!」

 

 風呂上がりなのか室内にはシャンプーの香りが広がり、その中心でドアを開けたまま姿勢を止めるトウドウ・サキは…………バスローブだった!! 

 普段着ている窮屈そうなスーツから解放された肉体は、バスローブによって豊満な胸部を始めとした彼女の身体を覆うだけで、隠しもしない大胆な胸の谷間とモデルのよう伸びた脚は丈の短いバスローブによって強調されている。

 

「私の部屋よ。私が何を着ようと勝手でしょ」

 

「自分の立場っ!! アンタ教師で俺生徒! 教師が生徒にそんな格好見しちゃダメでしょ!!」

 

「いいじゃない別に。ちゃんと隠すとこ隠してるわよ? 全裸で歩いてるわけじゃないし」

 

「勿論下着は付けてますよね?」

 

「着けないわよあんなの。仕事でも無いんだし着けても窮屈で仕方無いわよ。…………ふぅ。少し長く入りすぎたかしら」

 

 この人下着のこと『あんなの』って言った……。

 リュウはなるべくトウドウから目を逸らして話の始まりを待つも、視界の端で揺れる色々な物に意識が大きく乱される。そのままバスローブをパタパタと扇いで、少年の鼻に爽やかな熱っぽい香りが入ってきた。

 見え隠れする肌色に狼狽しつつ、目を逸らしながらリュウは意を決する。明日からも稽古を行う以上、話を早めに切り上げて休みたいのが本音だ。

 

「それで、俺を呼んだ理由ってなんですか」

 

「タチバナさん。服を脱ぎなさい」

 

 ……………………。

 …………………………。

 …………?? 

 

「早くしてくれないかしら。私もこの後することがあるのよ」

 

「意図が読めないんですけどっっ!?」

 

「タチバナさんて動揺すると敬語で指摘するわよね。そこはまぁ……可愛らしいわ」

 

「うるせぇよ!! 妙な視線送らないで貰えます!!?」

 

 危険を感じる横目に、やはり心は疑問を発している。

 上着に手を掛けたところでもう一度トウドウへ視線を向けた。

 

「……下もじゃないですよね?」

 

「なんで下も脱ぐのよ。貴方もしかして変態?」

 

「アンタだけには言われたくなかったッッ!!」

 

 内心安堵して上着を脱ぎ捨てる。

 上半身裸になったリュウを見て、僅かに感嘆の吐息を漏らしたトウドウはその細い指で触り始めた。

 手や腕、背中や胸。首から腹部など。息が掛かりそうな程に顔を近付けて、意味不明な作業に少年は目を瞑って耐える。

 やがてトウドウは距離を離して顎に手を添えた。

 

「うん。いい感じねタチバナさん」

 

「な、何をしてたんですか今」

 

「筋肉を見ていたのよ」

 

「は────? 筋肉?」

 

「ガンプラファイターっていうのはね、身体の筋肉の付き方を見ればその人がどんな戦法を取るのか分かるものなのよ。例えば、敵へ積極的に攻撃を仕掛けるタイプのファイターは操縦桿を前に良く押し倒すでしょう? だから背筋が発達しがちだし、逆に引き撃ちを得意とする人間は胸筋が良く付くものなのよ。ちゃんと観察すればそのファイターがどういうタイプか詳細に判断出来るわ」

 

「成程……急に脱いでと言われた時は驚きましたよ……。で、俺はどんなタイプだったんですか?」

 

「以前は極度に胸筋と背筋が張ってたのよ。思考と操作がチグハグの証拠ね、弱いファイターに良くある筋肉の付きかたよ。今も弱いけど」

 

「身も蓋もねぇなッッ!!」

 

「けどまぁ、以前と比べれば見違えるほど成長してるわ。それは貴方の身体を見れば良く分かる」

 

 だから。

 そう加えたトウドウは寝室スペースのベッドの、布団の上に置かれた1枚の封筒を取り上げる。

 片手で投げられたそれを眼前で受け取ると、大きな文字で封筒の内容が記載されていた。

 

「招待状……? なんのですか、これ」

 

「貴方とコトハさんとエイジさん、そしてナナさん。この4人で出場しなさい」

 

 封筒を開けてもいいかと視線を送ると、口角を緩く上げてトウドウは承諾をする。

 厳粛に封蝋と紐で結ばれた封を丁寧に開くと、見慣れない文字が記載された招待券のような物が出てきた。

 

「そこにはね、私の師匠(せんせい)も出場するのよ。時期も丁度良いから貴方達行ってきなさい。それで今の貴方達の実力がどんなものか量ってくること。良いわね?」

 

 逆さになっていた券の位置を戻して内容を確認する。

 場所と時間、そして説明が表記され、上には大きく催しの名前が記載されてあった。

 

「これ、は…………?」

 

「──────ガガガフェスティバル。世界中からとあるファイターの集まる、年に1度のお祭りよ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章落書き『機動戦士ガンダムEXTREMEVS.MAXIBOOSTOON発売おめでとう』

「やっぱこういう時は機動戦士ガンダムEXTREMEVS.MAXIBOOSTOONでもやらないか?」

 

 7月某日。

 寮でガンプラ研究会を行っていた中エイジがふとそんな事を言い出した。

 リュウの部屋には、リュウ、ナナ、エイジ、コトハ、ユナといった所謂イツメンが揃っており、無言が続く昼間の作業の最中にエイジがテレビ台の中に閉まってあるPS4を、部屋主の許可が下りる前に取り出していた。

 しかし他の人間の作業も残りは単純作業に差し掛かっており帰宅して1人でも出来る状態だ、ここは気分転換を行うのも悪くないと少年は物置からゲーミングモニターを引っ張り出す。

 

「エイジさん、その……エクストリームバーサス? ……ってなんですか」

 

「ユナはこれやるの初めてか? 丁度良い、ナナちゃんも居るから説明しとくか」

 

 エイジが機材をセッティングしながら説明を始める。

 

「エクストリームバーサスってシリーズは複数タイトルが出ているんだが、……まぁ簡単に言うと色んなガンダムが出てくる2On2の3D格闘ゲームだ。省略化されたガンプラバトルってイメージで良い。その中でも今からやるMAXIBOOSTOON、通称マキオンってゲームはゲームバランスがぶっ飛んでてな、結構理不尽な面があるんだがそこが現実のガンプラバトルっぽくて、ガンプラファイターは結構このゲームやってると思うぞ」

 

 マキオンは2020年に発売されたPS4向けのゲームだが、秀逸なゲームバランスと豊富な機体数、なにより機体毎の特徴を最大限活かせる覚醒というシステムが強いゲームであり未だに人気のタイトルだ。

 170機以上となる参戦機体、それらはガンプラバトルのレギュレーションのようにコスト分けされており、ガンプラファイターにとってはプレイする敷居は結構低い。

 その上膨大な機体数だが機体毎の性能は感心する程に違っており、どんな機体でもやりこめば上位の機体を食えるところがユーザーから評価が高い。

 

「ナナは最初だから見学の方が良いな。ユナも居ることだし、簡単な操作説明をコトハ教えてあげれるか?」

 

「わかったー! エクバってガンプラバトルに結構似てるからすぐに馴染むと思うよ~」

 

「こっっ、こと、コトハしゃんから教えて貰えるんでしゅかッッ!!?」

 

 起動した画面を操作して項目はトレーニングモードへ。

 2つのコントローラーを握った両者は肩をくっ付けて画面を見て、ユナの身体が感動のあまり震えている。

 

「もう機体選んで良いんですか? ……うわっ、凄い沢山機体が居ますね」

 

「私も最初凄いびっくりした! 何から使って良いのかさっぱりだったよ!」

 

 キャッキャと喜ぶ女子達を見て、リュウとエイジは腕を組んだまま子細を見守る。

 このゲームで初めに選ぶ機体は、最終的に自分の持ち機体になったり機体性能が似通った機体を選ぶ傾向が強い。ユナが何の機体を選ぶのか、それは彼女のガンプラファイターとしての特性が分かる要因にも成り得る。

 それほどこのゲームはガンプラバトルと共通する点が多いのだ。

 

「やっぱストライクフリーダム以外有り得ないですね~!」

 

(ストライクフリーダムか、成程……)

 

(機体愛なんて言葉、俺はもう忘れちまったぜ)

 

 エイジとリュウは、かつての遠い自分達を見るかのようにツインテールの少女の背を見守る。

 ユナが選んだストライクフリーダムは最高コストである3000コストに位置し、全機体トップクラスの機動力と旋回性能を併せ持つ反面、3000コスト最低の体力と制御が難しい独特の浮遊感が特徴だ。肝心の武装はと言うと両手持ちの為射角が広く、その上弾数が多いビームライフルを筆頭に、範囲の広いゲロビ(ハイマットフルバーストによる照射ビーム)とドラグーンを使用した攻撃、そして第2の覚醒とも称されるSEEDという独自の武装を搭載している。

 

 初心者であれば低耐久故に1度ダウンさせられると起き攻めによって一瞬で溶かされて、相方から『助かりました』『了解です』通信が連打されること請け負いとなる事が多いが、上級者となると持ち前の機動性と特殊格闘に位置する宙返りで敵の弾幕を交わし続け、近寄られたとしても停滞ドラグーンを用いた迎撃によりマトモに触れられること無く試合が終了する。

 

 ここまで書けば強く見えるかも知れないが、他の機体にも様々な強みがあり、理不尽な武装が飛んでくる事が多いこのゲームにおいてストライクフリーダムで全てを回避し続けるというのはトッププレイヤーでも至難の技だ。

 ユナが今回のマキオンでストライクフリーダムが嫌いにならなければいいなと願うばかりだ。

 

「よ~し! 覚えました! エイジさんやりましょ! ボコボコにしてあげますっ!」

 

「ん? あぁ、じゃあ今日は1on1やるか」

 

 そうしてる間にもコトハが説明を終えてコントローラーをエイジへと渡す。

 このゲームは2on2が主な遊び方だが、ある程度ゲームに精通したプレイヤーはこうして1on1で積極的に対人を行う事もあり、しかしその意図をユナが理解している筈もない。

 このエクバというゲーム、2on2がメインと銘打ってるが実は1on1、俗に言う疑似怠(疑似タイマンの略称)が重要で、相方同士が孤立した場合目の前の敵をどう倒すかが勝負の分かれ目へ充分に成り得る。

 ……ユナの場合はエイジを倒したいという欲求で動いているが。

 

「シナンジュでも使うか……」

 

「さっさと選んでください! 積年の恨み今晴らしますよ!!」

 

 ちなみに現在まででユナは1度もエイジにガンプラバトルで勝てていない。

 選ばれたフィールドはサイド7。

 こうして急遽マキオンによる1on1の勝負の火蓋が切って落とされたのであった。

 

 

 ※※※※※※※

 

 

「攻撃が当たらないッッ!?」

 

「うっひょっひょ。どうしたのかなユナちゃんや? 俺はここからブーストを踏んでいないぞ?」

 

 ユナがビームライフルを連射(ビームライフルの射撃硬直をブーストダッシュでキャンセルし、それを交互に行うテクニック)するも、地面でステップを繰り返すエイジのシナンジュには1発も当たらない。

 地ステ、もしくはステ連と呼ばれる技法だ。

 地上でステップを入力すると硬直が切れた瞬間にブーストが全回復する。これを利用してブーストゲージギリギリまでステップを繰り返して、僅かに立ち止まるだけで再びブーストが回復しているのだ。

 2on2ならそのステップ連打を相方が取ってくれたりするのだがこれは1on1、煽りにも見えるその行為を止めてくれる味方は居ない。

 

「ユナちゃんっ! ハイマットフルバーストだよ!」

 

「……っ、そうか!」

 

 キチンとドラグーンを展開したストライクフリーダムが地上でシャッシャシャッシャと反復横跳びをしているシナンジュに向けて全砲門を閃かせた。

 ハイマットフルバーストであればステップの範囲毎焼き払える為有効な手と成り得る。

 ドラグーン含めた広範囲のゲロビがシナンジュに接近して。

 

「見え見えだなぁ~ユナちゃんやぁ~」

 

「たっ、盾!?」

 

「ストライクフリーダムのハイマットフルバーストは対ストライクフリーダム戦において最も警戒する武装だよ。その射撃動作を見たら盾を行うって入力は脊髄反射として身体に刷り込んであるんだなぁ」

 

 ストライクフリーダムのハイマットフルバーストは、最高速度による広範囲ゲロビをステージの端から端まで流せる他、着地硬直後のブーストを停滞ドラグーンによって狩れるといった極めて凶悪な特性を併せ持つ。

 ストライクフリーダムを使用するにあたってハイマットフルバーストを当てることは何より大事な技術となるが、その反面しっかりと対策も存在する。

 その1つが盾だ。決して長くはない射撃前の動作だが反応出来ないという速度でもない。それが見えた瞬間に盾をすればこちらは攻撃を凌ぎ、ストフリ側はハイマットフルバーストによってブーストを消費し続けることになる。こうなったストフリが取る行動は即座に着地して機動力を活かした引き撃ちに回るのがベターだが、熟練者になればその着地の隙に一気に接近を行う。

 

「今回俺は攻撃を行わない。……そうだなぁ、1回ダウンさせる事が出来たら……まぁ、合格ってところかなぁ?」

 

 あからさまに挑発の言葉を横に投げてエイジは眼鏡の位置を直す。

 安い挑発だが、最近コトハから修行を受けている以上、ユナもこの程度の挑発には乗らず冷静に分析を────。

 

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す……」

 

 挑発に乗っていた!! 

 

「ドラグーンッッ!!」

 

 ユナの叫びのまま背部スーパードラグーンが射出されエイジのシナンジュを取り囲む。

 順次発射される全方位の射撃を、シナンジュはブーストダッシュで回避し、尚も取り付いてくるドラグーンに対してはブーストダッシュの慣性を引き継いだ上昇でドラグーンからもストフリからも距離を離した。

 

「ってあれ? このゲームのドラグーンも自分で勝手に攻撃してくれるんですね?」

 

「そうそうガンプラバトルみたいに自分達で陣形組んで攻撃してくれるの。ちなみに今エイジ君からロックオンされているんだけど、画面の上が黄色でしょ? どこかで見たこと無い?」

 

「うん……? あぁっ、これガンプラバトルの正面モニターにそっくりですね! ……じゃあエイジさんが攻撃したらもしかして」

 

「この射撃はノーカウントだからな」

 

 意を汲んだエイジのシナンジュのビームライフルから射撃されて、それに反応してユナの画面に警告(アラート)が鳴る。

 

「わっ! ほんとにガンプラバトルみたいですね!」

 

「そうそう! 私達も結構練習でエクバしたりするんだ~。前は学校の授業にも使われたりもしたんだよ!」

 

「成程……じゃあっ」

 

 ユナが前傾姿勢となりツインテールを揺らす。

 その瞳を明々と闘志で揺らして、不敵に笑った。

 

「これで勝てば実質エイジさんに勝ったってことですね!!?」

 

「抜かしおるわ青二才が! 偉そうなことはワシに勝ってから言え!」

 

 お前のそのキャラクターはなんなんだ。

 

 ブーストで突貫したストフリは着地を挟まず距離を詰め、シナンジュの眼前で着地を晒すかと思いきやストライクフリーダムの機体が弾けるように発光した。

 SEEDと呼ばれる、格闘チャージで発動する武装の1つだ。

 劇中のキラ・ヤマトの機動をイメージされたこの武装は一定時間機動性が格段に上昇してブーストゲージも回復する。

 それを利用したユナは全機体最高性能となった速さのままストライクフリーダムのビームサーベルを悠然と抜き放った。

 

「横格闘っ!? ……勝ち気な武装選択はコトハ譲りかっ……!」

 

 その横凪ぎをステップで回避しやり過ごす。

 しかし格闘をステップでキャンセルしたユナはそのまま怒濤の横格闘連打を繰り出した! 

 

「1発でも当てたら勝ち1発でも当てたら勝ち1発でも当てたら……!」

 

「チィっ!?」

 

 建物に詰まってステップを妨害されたエイジは咄嗟の判断で盾を選択。

 弾かれた両者の距離は離されて、お互い同時に着地する。

 そこで再びユナがハイマットフルバーストを選択し、無防備なシナンジュが次の瞬間には焼かれる未来がまざまざと想像出来た。

 

「さっき教えただろ! それは俺に効かねぇぞ!」

 

「じゃあっ、────()()()()()()()()()()()()

 

「なっ、!? 小癪なっ!」

 

 ハイマットフルバーストの前動作をブーストでキャンセルし接近。盾を入力していたエイジはハイマットフルバーストのフェイントを食らい、ストライクフリーダムの接近を許した。

 この時点でブースト残量はお互いにほぼ五分。ユナは着地をさせる前にシナンジュへ横格闘の嵐を浴びせる。

 

「あたら、ないっ……!!」

 

「ステップは誘導も切ってるからな、ユナが横振ってくるだけなら一生当たらないぜ」

 

「──────ユナちゃんっ!! ()()()()

 

「っ!」

 

 ギャラリーであるコトハの声にユナがハッと目を開き、停滞させていたドラグーンから次々とビームが撃ち出される。

 至近距離の停滞ドラグーンはこのゲーム全体で見ても凶悪な近距離択だ。エイジが繰り出すステップの間にマシンガンの如きビームがシナンジュを襲う。

 それをエイジは先程行った慣性上昇で回避した。ステBDを駆使した本気の回避だった。

 その回避に合わせて横を降るユナ、格闘は勿論届かない。

 ──────だが。

 

「ハイマットフルバーストッッ!!」

 

「なっっ!!? 前ステで軸を合わせてゲロビだとっ!!?」

 

 互いにブースト残量0。

 エイジの読みであればこの後互いに着地して再び仕切り直すというプランだったが、その逃げをブースト0(オーバーヒート)で行った決死の攻め択によってユナは貫いた。

 オバヒになれば行動はキャンセル出来ず、空中で決めポーズのようにハイマットフルバーストを流すストフリはサイド7の陽光に尚も映えていた。

 

※※※※※※※

 

「やったーやったーやったぁー! エイジさんに勝ったぁ~!!」

 

 両手をあげてコトハとリュウとナナにハイタッチするユナに対して、エイジはOTLの格好で愕然としてた。

 

「停滞ドラと横を合わせて、その上回避した相手を読んで前ステゲロビだとッッ……!! 全部、読まれていたって事なのか……!? 初心者のユナに……!!」

 

「あっらぁ~? どうしたんですかエイジさんそんな所で項垂れて。元気だして下さいよぉ~()()()()()()()()()()()()()()

 

「べ、別に落ち込んでいないが? だがユナ、勝ち逃げはどうなんだと俺は思う。俺は条件付きで実力を出せていなかったわけだし次は公平な試合をしよう。………………S覚リガ、E覚グシオン、F覚アヴァランチぶつぶつぶつ……」

 

 めっちゃ根に持ってる。

 そんな2人を生暖かい目で見守る傍ら、隣から声を掛けられた。

 桃色の髪を僅かに揺らし、微笑んだ幼馴染みがコントローラーを差し出す。

 

「リュウくん……。わたし、あの2人のバトル見て我慢できなくなっちゃった……」

 

「お、おう」

 

「えへへ、………………やろ?」

 

 その後コトハのE覚エピオンとF覚エピオンに50回ほどしばかれて、リュウの精神は多いに凹まされる事になった。

 

「ひっっ────ぎィッッ!!? そんな高い所から大車輪ッッ!? じぬじぬじぬ死ぬぅッッ!!?」

 

「リュウくん虐めるの楽しい~っ」

 

「──ふふっ」

 

 笑うと叫び声が止まないその様子を、傍らの少女は笑みを浮かべて眺めていたのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章落書き『ラーメン大好きトウドウさん』1/2

「タチバナさん、貴方言葉を正しなさい」

 

「は────?」

 

 いつものように稽古が終わった後、バウトシステムによる粒子構築が終了し散りばめられた煌めきの中トウドウ・サキはそんな事を言い出した。

 教室の明かりを付け机と椅子が一切無い空っぽの教室を教壇から見渡して、その中央で口を開けたままリュウは動きを止める。

 

「な、なんだよアンタいきなり」

 

「良いかしらタチバナさん? これまでやってきたこの稽古において、私が貴方に教える立場であって貴方は私から教わる立場。ここには明確な上下関係が存在すると思わないかしら?」

 

「アンタっ──! 俺は電脳世界でアンタから殺されそうになった事と、コトハを誑かそうとした事は忘れてない!」

 

「だとしてもよ。そもそも生徒が教師に向かって対等な口を聞いている事は稽古の効率的にも良くないの。教わる人間がタメ口で話すと、そこには驕りや慢心が生まれる。この稽古期間だけで良いから適切な言葉遣いをしなさい」

 

「いやでもアンタ昇級試験で俺を脅したし、なんならコトハに対するヤバイ愛情持ってるし、俺の中では危険人物レベル1位なんだけど……」

 

 ちなみに同率トップはリホ・サツキ。更に言えばコトハも相当上位だったりする。

 

「編入試験までで良い。と、言うより言葉を直さなきゃこの関係は終わりよ」

 

「それ持ち出すか……」

 

 トウドウの言葉に少年は視線を床に向ける。

 かつてと言うか現在進行形で嫌な相手であるトウドウに対して敬語を使うことはかなり抵抗があるが、それ以上にリュウはこの稽古に手応えを感じていた。

 今まで知らなかった戦術や、どう動けば敵の攻撃を掻い潜れるか、どうすれば強大な相手に対して有効打を与えられるか。1000戦などとうに越え、そういった死線の数々はリュウを確実に強くし戦闘に不必要な癖や思考も全て削いでくれるトウドウに対して確かに敬意が芽生え始めていた。

 因縁はある。だが同時に敬っていない訳でもない。

 稽古を通して少年は確かに色んな事を教えてもらっていた。

 

「分かっ……。分かりました。けどあれですよ、編入試験までですからね!」

 

「ふふっ、上等よ。じゃあ私への呼び方も指定しちゃおうかしら」

 

「呼び名っ? え、トウドウ先生じゃだめなっ……、だめなんですか」

 

 蛇のように舌を出し、トウドウはいじらしげに顎へ手を添える。

 その口から出た言葉は思ったよりも意外な物だった。

 

「────師匠(せんせい)。私の事は稽古期間中こう呼ぶように」

 

「な、なんですかそれ。普通に先生で……」

 

「良いわね?」

 

 ニコっと微笑む細目が全く笑っていない事に気付いて少年は咄嗟に返事を返す。

 すると教室の出口の鍵を開け、横目で少年へと言葉を投げた。

 

「じゃあ行くわよタチバナさん。早くしないと閉まっちゃうから支度しなさい」

 

「え? 今からどっか行くんですか?」

 

「夕御飯。私が奢ってあげる」

 

※※※※※※※※※

 

 寮で夕飯の支度をしているであろうナナにメールを送る。

「ナナごめん! 師匠(せんせい)と夕御飯食べてくるから今日の夕飯は取っておいてくれ!」送信。すぐさまこのメッセージに既読が付いて数秒もしない内に返信が送られてきた。

 

『はい。気を付けて』

『何かされたら連絡を下さい』

『《拳の絵文字》《拳の絵文字》《拳の絵文字》』

 

 コトハとメッセージのやり取りをしているせいか蛮族みたいな絵文字が返ってきたがそれほど心配しているということだろう。

 内心でもう一度詫びつつスマホを仕舞うと目の前からジェット機の風切り音のような音が鋭く響いた。

 

「連絡は済んだかしら? 乗りなさい」

 

「先生、あの」

 

師匠(せんせい)よ」

 

 拘るなぁ!! 

 

師匠(せんせい)あの、こんな車見たの初めてなんですけど……なんて車ですかこれ」

 

「確か……デンドロビウムって名前かしら。昔のモデルだけどデザインが良くて買っちゃったの」

 

 未来から飛び出してきたような外見のスーパーカーは白と黒にデザインされ、扉が開いたりスライドするのではなく上に展開するギミックは明らかに日本車では無い。

 急かす視線に促され2人乗りの車内に乗り込むと展開されていた装甲が収納され、オープンカーだと思われていた天井には戦闘機の機首を彷彿とさせる装甲が空を閉ざす。

 車内に走るラインの光や、計器やハンドル回りは洗練された配置でありながら多機能であることが目に取れて少年は目を輝かせずにはいられない。

 

「か、かっこいいですね……!」

 

「そう? 私車の事は全然なのよね。これもデザインだけで勝ったもの」

 

「そんな簡単に? ……い、幾らだったんですか」

 

「6億くらいだったかしら。……あまり覚えてないのよね、纏めて色んな車買っちゃって」

 

 収入どうなってんだよ!! 

 リュウが冷や汗をドバドバ流していると、影が動くよう静かにデンドロビウムの巨体が滑った。

 軽快な走りのまま学園前の下り道を走るも車内は駆動音の1つすら聞こえない。

 相手の呼吸すら聞こえるような空間で窺うように少年は隣の師匠(トウドウ)へと訪ねた。

 

「どこに何を食べに行くんでしょうか……?」

 

 目的地すら聞かされてないことに恐怖が芽生えており、ドン引く程に高いレストランなんかに連れていかれたら相手が相手だし喉を通る気がしなかった。

 師匠(トウドウ)は視線を変えないまま、当たり前の事を言うように呟く。

 

「近くのラーメン屋よ。今日はチャーシュー1枚無料だからお得なのよ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章落書き『ラーメン大好きトウドウさん』2/2

 こじんまりとした個人経営店だった。

 学園都市計画が発足される以前から建てられていたであろう店の外観は、古き良きラーメン屋といった感じで赤茶に汚れた店の旗も隠れた名店感を醸し出している。

 店は小さく、伴って店前の駐車場も広くない。肩を寄せ合うように停められた車達の中には道路にはみ出ているのも見受けられ、そんな中同じように駐車されたピッカピカの6億スーパーカーの存在感は異様を通り越して異常だ。

 通行人がスマホでデンドロビウムを撮影し始め、人だかりを尻目にリュウは師匠(トウドウ)に連れられ店内に入る。

 

「おういらっしゃい! ……ってサキちゃんじゃないか! 久し振りぃ!」

 

「おっちゃんもお元気そうで。チャーシュー麺大盛り2つ、チャーシュー1枚追加で頼めるかしら?」

 

「へいッッ!! チャーシュー追加のチャーシュー大2つぅ!!」

 

 威勢良く店主が厨房へと消えて、リュウは師匠(トウドウ)に促されるままカウンター席へと掛ける。

 隣から品のある香水の香りを纏う女性は明らかに店の雰囲気とそぐわず、また話す切っ掛けが見当たらないまま少年はセルフサービスの冷水をコップに注いで隣にも差し出す。

 

「ラーメンとか食べるんですね……凄い意外です」

 

「失礼ねまったく。私を何だと思っているのかしら」

 

 金を持っている変態です。

 整った横顔は上を向いて、そのまま店内上段に飾られた物が見えた。

 ショーケースに入れられた様々なガンプラ、数多く並ぶ作品の中に見知ったガンプラが見受けられた。

 トウドウ・サキの使用機体──ゾンネゲルデ。その横に、まるで孫が取ってきた賞状が並べられているように色々な勲章が飾られている。

 

「あれは?」

 

「あぁ…………。この店は私が未熟だった頃からずっとあったラーメン屋でね、当時お金が無かった私にメニューとか色々サービスしてくれていたのよ。そのお礼としてガンプラを置かせて貰ったり、賞状や楯は家に置くとスペース取るからここに投げてるのよ」

 

 良くみれば店内至るところに師匠(トウドウ)のサインが置いてあり、中でも目に入ったのが1枚の写真だ。

 小さな店の前でお客さんと店長に囲まれた彼女が1度も見せたことの無いような、恥ずかしさで僅かに目を逸らしている写真が印象的に映る。

 

「まだ学生の頃ね。プロになって初めて優勝したときにお祝いって言って店の人達が写真取ったのよ。面倒臭かったわねアレは」

 

師匠(せんせい)、顔がにやけてますよ」

 

「タチバナさん。明日は掛かり稽古100本追加ね」

 

「からかいが命懸けなんだけどぉ!!?」

 

『へいっ! チャーシュー追加にチャーシュー大2つぅ!!』

 

 賑やかな店内の声でも通る店主の声が割って入り、ゴトンと置かれたドンブリを前に手を合わせる。

 

師匠(せんせい)、じゃあありがたくいただきます」

 

「はい。いただきます」

 

 ごく一般的なチャーシュー麺と言った具合だ。醤油ベースの透き通ったスープにはチャーシューから染みでた脂が浮いて、それ毎掬うようにレンゲでスープを啜る。

 

「ん……美味しいです。シンプルながらも懐かしい味で。小細工がない」

 

「私は何度か打診したのだけれど店長頭固いからずっとこの味なのよ」

 

 3枚乗っけられたチャーシューの1枚を豪快に麺と一緒に口に入れながら師匠(トウドウ)は言う。

 そこでリュウは胸にあった疑問を横顔に投げ掛けた。

 

「あの、……どうして、俺に稽古付けてくれるんですか? ……アンタが俺を良く思っていないのは知っています」

 

「エイジさんとコトハさんに迫られてね。それでコトハさんに根負けしてあっちの要求を飲むことになったのよ。『リュウ君にも編入試験を受けさせることと稽古を付けてあげる事』を条件にね」

 

「そうだったのか…………。だとしても……、稽古に本腰入れなくても良い訳ですよね? アンタなら俺を弱く導いて試験を落とす事も出来る筈だ。けど稽古の内容は、本当に過酷で厳しいけど……、俺自身強くなってる実感がある」

 

 会話の合間にお互い麺を啜りながら答える。

 麺を飲み込んだ彼女はコップに映る自分の顔を見ながら、意識しなければ聞き取れない程の声で呟いた。

 

「なんでかしらね……」

 

「えっ?」

 

「初めはそうするつもりだったのよ勿論。私にとって一番大事なのはコトハさん。そしてエイジさんも中々に優秀だから引き入れたかった。平凡を地でいく貴方だけを普通科に置いて燻らせる事は考えていた」

 

 やっぱ最低だよこの人。

 

「けど。……コトハさんやエイジさんが貴方を異常に気に掛けている事と、初日に啖呵を切った貴方の声に……負けちゃったのかしらね……」

 

 ドンブリに残った最後の麺を啜り終えて師匠(トウドウ)は「ごちそうさま」と手を合わせる。

 毒蛇の印象を受けていた彼女は、意図を図りかねるような眉を寄せた顔で再び店内上段に飾られた自身の勲章を眺めた。

 何やら見てはいけないようなような物を見てしまった感覚に襲われ、視線を切るようにして少年も最後の麺を啜り終える。

 

「ごちそうさまでした」

 

「どう? 美味しかったでしょ。創業以来この味一筋なだけあるわよね」

 

「はい。ネギが小気味良くて、あっさりとしたスープに拍車を掛けてました。美味しかったです」

 

 席を立ち、支払いを後ろで待とうと彼女の後を追って店内出口で立っていると、レジに来た店主が良く通る声で話し掛けてきた。

 

「サキちゃんが生徒連れてくるなんて珍しいねぇ!! おい坊主、オメェ運がいいぞ」

 

「え、そうなんですか?」

 

「そうだよあたぼうよォ!! サキちゃんが連れてきた生徒ってのは全員プロで活躍を残してる。オメェも見所あるって事じゃねぇか!?」

 

「店長…………。余計な事話していないで会計を」

 

「怒んなってサキちゃん! オメェも笑顔が可愛いんだから、もっと振り撒けば良いのによォ!!」

 

 師匠(トウドウ)が横目で少年を鋭い目で流す。

『余計な事言われる前にお前は店から出ていろ』と察したリュウは軽く会釈だけして店を出て、存外にリラックス出来た夕飯に星空を見上げて満足する。

 やがて彼女が店から出て来て、ため息を1つ大きく吐いた。

 

「おっちゃんの良く回る舌も困ったものね、まったく」

 

師匠(せんせい)、……今日はありがとうございました」

 

 頭を下げる少年を見て、師匠(トウドウ)は僅かに眉を上げる。

 

「何のつもりかしら」

 

師匠(せんせい)の事、本当に教育面以外ではどうしようもない人って思ってましたが、こうして師匠(せんせい)を知っている他の人の話を聞いて、その、印象が少しだけですけど変わりました」

 

 店内に居た全ての客が師匠(トウドウ)に気付いていたが、決して話しかけてくる事は無かった。

 それは恐らく彼女の性格を察していたからだろう。であれば客たちの顔があんな笑顔の筈がない。

 気さくな店長を邪険に扱っていない彼女の姿も、少年にとって初めて見る姿だった。

 昔から自分を支えてくれていた人達に顔を見せる師匠(トウドウ)の姿は、リュウには確かに眩しく見えていた。

 言い終わると彼女は鼻を鳴らし空を見上げる。

 

「……明日からもっとキツい稽古を付けるわよ。精々その弱い心が折れないように付いてきなさい」

 

「はいッッ! ………………ところで、車。どうやって出すんですかあれ」

 

 店の前に駐車したスーパーカーの前は50人程の人だかりが出来ており車は確実に発車出来ない。

 そう思案している少年の背中に鋭い口調で声が投げられた。

 

「今からあの全員にバウトシステムでガンプラバトルを挑みなさい。貴方が勝てば全員そこを退くって条件でね」

 

「負けたらどうなるんですか?」

 

「明日から来なくて良いわ」

 

 強烈な言葉とは裏腹、その声は柔らかかった。

『私があれだけ手を掛けたんだから、この程度の相手達くらい蹴散らしなさい』と言わんばかりに。

 丁度良い。

 少年自身、彼女以外とガンプラバトルを行っておらず、そろそろ勝ちの目を見ないとヘソが曲がりそうになっていた。

 

師匠(せんせい)。じゃあ、行ってきます!」

 

「──えぇ。ここから採点しているわ」

 

 アウターギア展開。

 非活動状態(ノンアクティブ)から活動状態(アクティブ)へ。対象は53人。

 その全員にリュウは挑戦状を叩き付けた。

 

「その車は師匠(せんせい)の車だ。俺がお前らに勝ったら、道を開けて貰おうかっ!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章
6章1話『蒼く瞬いて』


 第4宙域への侵攻は無いと打算した本部の見通しが甘かった。

 電脳世界(アウター)の中心、前線基地。その周囲を区切りそれぞれを第1から第5と名称し今回の作戦の配置を定め、男が守っているのは最も警戒の薄い第4宙域。前線基地は小惑星ほどのデブリをくり抜いて設計されたという設定で、第4宙域は前線基地の岩肌部分に位置しており、港は勿論内部に侵入できる箇所が存在しない。

 故に本作戦では()からの優先度は低いと判断され、配置される人員も最低限の物だった。

 

『状況は?』

 

『損耗率は40%、残ってるのは大砲持ちと俺達みたいな連中だな』

 

 他は撃墜されたと言外に仄めかして男達は小さく笑う。

 かつて世界大会にも出場していた彼らの部隊。人数が少ないとはいえ、人員全てが前線を退いたプロのガンプラファイターだった者で構成されたにも関わらず、今ではその半数以上が撃墜され最早部隊として機能しない程に崩壊していた。

 

 瞬間、彼方が瞬く。

 暗幕の宙を彩る幾万の星々、その輝きに見紛う閃光の驟雨。

 その全てが、当たれば必墜のビームだった。

 

 男は、──ダブルオークアンタは振り向きもせずその身に閃光を浴び淡く消え、やがて一足離れた箇所でGN粒子が集束し再び機体が構成される。

 クアンタと隣り合っていた隻腕のルプスレクスは巨人の腕のような豪腕を以て、埒外の力で強引にビームを掻き消し、両機が同じ方向へと緩く機体を向けた。

 

『今ので損耗率60%。ジリ貧だなぁ、そろそろ突っ込むか?』

 

『馬鹿言え阿呆。敵の数を見ろ』

 

 冗談が通じないなと、男は正面モニタ右上のレーダーへと視線を送るとこれもまた冗談のような様相が映し出されている。

 味方機総数31に対して、────敵機総数3000。

 敵性を示す赤色のフリップは画面の大半を覆い、伝う染みのよう徐々に、そして確かに侵攻を進めている。

 圧倒的優勢でありながら決して逸らず、そして正確に歩を進める様は隙が見当たらず歴戦の彼らにしても唸らずにはいられない。

 

 男はクアンタのカメラの倍率を上げて、最も近い敵機へと標準を合わせる。

 その機体はデスティニーガンダム。M2000GX高エネルギー超射程ビーム砲を背部に2本携え、ガンダムDXに見立てた改造機。男の友人が駆る機体と全く同じ機体だが、カラーリングと機体性能が異なっていた。

 機体色は反転し黒と赤に変更され、機体性能に至っては不正ツールを使用しているとしか思えない程に向上している。

 見渡せばどれもどこかで見たことのある機体達。それらは姿形は同じでカラーリングと機体性能だけが違った。

 

『何者なんだ、奴等』

 

『それを調べに毎回俺達が駆り出されてるんだろう? ……分かっているとは思うが前線基地には近付けさせるな。あそこがやられると電脳世界(アウター)のデータが破損する』

 

 NPCなのかプレイヤーなのかバグなのか。

 それすらも不明な敵性勢力が現れて既に数週間、運営も事態収集に動いているが未だに正体が分かっていない。

 

 敵機が動く。

 千を越える機体達が同じ挙動で搭載された射撃武器を、残存する味方機へ標準を合わせる。

 友人の、デスティニーガンダム。色が反転し歪で禍々しい機体のビーム砲が男を狙い、そこに感情の一切は感じ取れない。

 クアンタの粒子残量は既に底が近い。伝う冷や汗のまま正面モニタを睨んでいると傍らのルプスレクスがクアンタの前に立つ。

 

『……何の真似だ』

 

『威張れた順位じゃないが、俺の最終順位は64位。10位以内のお前の方が後々良い仕事をするだろう』

 

『何年前の話をしてるんだ。今はあんなもの関係ない。そこをどけ、まだ戦える』

 

 ルプスレクスの腕は最早フレームが露出している状態であり、次の攻撃を受けたらどうなるか火を見るよりも明らかだ。

 

『駄目だ、お前は残れ。……奴等、こちらを全滅させない限りは前線基地には近づかない。業腹だが、ゆっくり磨り潰された方が時間を稼ぐ事が出来る』

 

『お前……』

 

 続く言葉を紡ぐ前に、再び閃光が画面を瞬かせる。

 その全ては残存する部隊へ向けて。回避方向全てを正確に射抜く、文字通りの回避不能。

 明滅する星光の殺到に。

 

 

 

 ──────、一際強い流星が尾を引いて彼らと敵機の間に立ち塞がる。

 

 

 

『────ッッ』

 

 翼だった。

 宇宙の闇に身を晒しながら晴天の空を彷彿とさせる自由の翼。

 劇中、彼女の祈りが籠められたその機体は両翼に1ヶ所ずつ淡い桜色が刻まれ、それが彼のトレードマーク。

 

『遅れてすみません。もう、大丈夫です』

 

 敵部隊前線に位置する射撃機達の攻撃を盾で凌ぎ、揺らめく高出力の刃は核動力からなる法外なエネルギーによって刀身を輝かせる。

 絶えず続く粒子の暴威をビームサーベルによって正面から両断し、斬り伏せた姿勢でカメラアイが発光した。

 

『自分達がなんとかします。良く持ちこたえてくれました』

 

 若い声。

 成人前の好青年といった具合の、()()()()()()

 感慨に耽る間も無く、敵勢力は突如現れたその機体に向けて早くも第2射を構えている。その全てが只1機にのみ向けられ、銃口に閃く粒子は先程よりも大きい。

 危ない、と声を出しそうになりそこで男は少年の言葉を思い出す。

()()()()()()()()()()()、この言葉を。

 

 救援に来た機体に向けて1ヶ所に集中する射撃、その集束箇所に停滞する小さな何かを男は視界に認める。突如稲妻のような黄金の光がやがて輪となり、スターゲイザーに搭載されたようなヴォワチュール・リュミエール特有の緑光へと変わったそれらの射撃を迎え入れる。

 次の瞬間、狙撃された粒子は逆再生のよう放った敵機へと返っていきモニタ一面が爆炎に包まれた。

 

『反射……?』

 

 男は即座に思い至る。

 ヤタノカガミによる粒子の反射とヴォワチュールリュミエールの粒子制御を用いた機体を。

 ────男を負かした、因縁の存在を。

 

『フシチョウ・アカツキ……ッッ!!』

 

 派手にバーニアを噴かして黄金色に輝く機体が、救援に来た機体の隣へと位置付く。

 やがて粒子の反射に用いた複数のドラグーン・ユニットが機体へと返り、想像に違わぬ姿が正面モニタに大きく映し出された。

 シールドタイプ、テールタイプのドラグーンによる雄々しくも雅な出で立ちの機体。

 

『ヘイブラザー!! ショボくれた声出してどうした!? 俺が来て嬉小便でも漏らしたか?』

 

『救援に来たのがよりによって貴様とはな……! この戦場じゃ無かったら後ろから撃ち落としているところだ……ッ!!』

 

『撃っちゃえよ兄弟? ヘイ、そんときゃ今度もあんときの再現? 変わらぬ展開に俺様も残念?』

 

『貴様ァッ!!』

 

『先生、次が来ます。見たところ近接主体の構成ですね、増援を待ちますか?』

 

 男と男の会話に青年の声が割って入る。

 そこで男は1度長い溜め息を吐いて、クアンタを引く。傍らのルプス・レクスも察して、彼らの戦闘の邪魔にならないよう大きく距離を離した。

 奴等の巻き添えを食らっては粒子が心許ないクアンタでは持たない。

 

『冗談? 俺が乱交好きなの知ってるだろ? これ以上待ちぼうけ食らったら我慢汁でここに水星が爆誕しちまう』

 

『分かりました。では、自分が半数受け持ちます』

 

『OK。俺が受け持つから、美女と思う存分ヤってこい性春?』

 

『来ますよっ、先生!』

 

 敵機の無数とも思える進撃を前に、怯まず2機が正面から切り込む。

 目まぐるしく展開される近接機動を前にして、男は口内で声を溢した。

 

「あれが、萌煌学園の特進クラスとやらか……」

 

『萌煌? じゃあ、アイツらがあの大会帰りの留学組か?』

 

 意図せず漏れていた声に傍らのルプスレクスから言葉が返された。

 ……萌煌学園の特進クラス。

 初めは学生なんぞに仕事が任せられるかと思っていたが、実力も機体も、自分達より遥かに上だったことが一目見た時から理解できた。

 

「そうだ。そして、あの自由の翼。“蒼翼煌臨”。あれが化け物揃いの特進クラスの中で最も────」

 

 鮮烈に蒼が駆ける。

 敵機の包囲を縫いながら軌跡に迸るは爆炎の華。

 

「強い、ファイターだ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章2話『登校と遅刻と』

「荷物は持ったかリュウ。登校初日で教材忘れたとか、また笑い話が増えるぞ?」

 

「さっきも散々確認しただろ? どれだけ心配性なんだよ」

 

「エイジ君が心配するのも無理無いと思うけどなぁ。リュウ君ってアレじゃん。忘れ物無いぞ~と意気込んでもハンカチとか携帯とかを忘れるタイプのアレじゃん。お家に戻ってまた何か忘れるまでセットね」

 

「アレって言うなぁ!? はっきり言ってくれないと余計傷付くやつだからそれ!」

 

「弱くて馬鹿」

 

「一言余計っ!!」

 

 余裕をもったスケジュールだった。

 普段よりも早くタイマーを掛け、昨夜に行った身支度をもう一度確認し、空いた時間にシャワーでも浴びようかと思っていた矢先に鳴った玄関のチャイム。

 早朝突然の幼馴染みの訪問にお茶を出して、駄弁っていたら中々に危うい時間となっていた。

 萌煌学園は高等部からは私服制であり、休日と変わらない2人の見慣れた姿がこれから登校という事実をあまり感じさせない。それが理由で3人が3人世間話やガンプラについての話に華を咲かせる事態となってしまっていた。

 

「急いでよリュウ君。この3人でアリアドネ抜けるとなると一番遅いのリュウ君なんだから」

 

「誰のせいで俺が今食器洗ってると思ってるんだ! 冷蔵庫の俺のケーキ食べやがって……! 今日の楽しみ為に昨日から仕込んでおいたのに……、うぅっ……!」

 

「不味いぞ、そろそろ時間が危ない。今日の朝イチ、確か別教室だろ?」

 

「ほんっとだ! リュウ君急いで急いで!」

 

「お前ら人を急かせながらソファでくつろぐんじゃねぇ!」

 

 ソファへと怒号を飛ばしながら食器を片付けて、少年は半ば無意識に鞄を手に取りふと視線の先。キッチンの台に置かれたやや小さめの風呂敷。

 触れた瞬間僅かに少年の頬が綻ぶ。

 

「──あっちも心配だね」

 

「大丈夫だろ。俺なんかよりずっとしっかりしてるし、優しいから」

 

 少女。白銀の少女は、随分と前に寮を出ていき、()()()()()で今日から萌煌学園の門を潜る。

 手続きやクラス担当の教員との話もあり仕方が無いとは言え、少年と登校出来ないことを悔やんでいたのは記憶に新しい。

 弁当箱を鞄へと入れて、今度こそリュウは玄関へと足を運ぶ。

 

「んじゃ、行くか」

 

 努めて普段通りを演じた。

 鼓動は早まり、言い様の無い不安が胸を過る。

 何しろ3年生になって初めての登校であり、周囲からの評価と評判が気にならない程少年は心が育っていないことを自覚している。

 

「けど」

 

 それ以上に大事な物を知った。

 支えてくれる人達を知った。

 一緒に道を歩んでくれる友人を知った。

 

「行こう、リュウ」

 

「行こっ、リュウ君」

 

 半年振りの朝日。登校を照らす日差しは、秋の訪れを僅かに感じさせる涼しくもそれでいて暖かな輝きだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章3話『あの2人』

 2045年現在、20年の歴史と膨大なプレイ人口が存在しているガンプラバトルはその人気が未だ衰える様子を見せず、毎日のように世界各国では大会が開かれており、賞金付きのプロリーグも多く開催され爆発的に賑わっている。

 賞金の額は無論大会の規模にもよるが、それでも参加出来ただけでも()()()()()()()を貰え、上位に入賞すれば莫大なファイトマネーが舞い込む。更にスポンサーやCM等にも起用される事があれば一生の生活はほぼ保証されたと言って良い。

 故に世界でガンプラファイター養成の機関が設立されるのも道理であり、その流転である小中高大一環の巨大育成機関が建てられるのもまた道理だった。

 世界最大級のガンプラファイター育成機関、萌煌学園。周囲を学園都市として計画(プロジェクト)されたこの建物は、予想に違わず規模も大きい。

 

「エイジ君、1限ってどこの教室だっけ。第3?」

 

「第7だな。第3は初等部が使う予定だった筈」

 

 広大な山岳地帯を開拓され建造された萌煌学園の校舎周りを走りながら2人は会話する。

 その数歩後ろを着いていく少年の息はとうに乱れ、自分が今校舎のどこを走っているか検討もつかない。

 授業10分前。校舎に入ってしまうと走行禁止の校則によって授業に遅れてしまうため、こうして3人は外からの最短距離を駆けている。

 

「ぜェッ……、ぜェッ……! ……そもそもプラ板工作する為だけの教室が第10まであるのがおかしいんだよこの学園……!」

 

「生徒の人数が人数だからね~。プラ板工作室なんて3つくらいあればいいって思ってたけど、それぞれで用途がビミョ~に違うもんね!」

 

「因みに2限は3Dプリンター造形学だから正反対の距離をまた移動することになる」

 

「嘘っ!? 忘れてた! どうしよう! これ以上運動したらわたし疲れて午後から動けないよ!」

 

「ははは、良いじゃねぇかコトハ。朝食った俺んちのケーキみたいに毎日甘いの食ってんだろ? 運動しなきゃ太るだけだしな。ダイエットだダイエット」

 

「えいっ」

 

「ザメルッッ!!?」

 

 走りながらノーモーションでのドロップキック。

 顔面陥没俺、前が見えません。

 

「そろそろ着くか。授業開始5分前、セーフだな」

 

「ほら行くよリュウ君。……どしたの? 梅干しみたいな顔して」

 

「♯@☆!! …………お前のせいだろッッ!!」

 

 埋まった鼻を引っ張って顔面再生。

 目的の教室の外に着いたが、外から入る扉も無い。あるのは窓だが、大体は内側から鍵が掛けられている。

 

「連絡はしたの?」

 

「今した。すぐに開くと思うが……」

 

 その中の1つ。

 丁度3人の真上に位置する窓が勢い良く開かれた。

 

「────遅っそいで自分ら! 待ちくたびれて表面処理終わってしまったわ!」

 

「あ! まるっち久し振り! 元気してた!?」

 

「コトちゃんお久~、元気や元気! エイジお前えらい汗掻いとるな、後で俺の飲み物分けてやるわ。…………んで、珍しい奴が後ろにおんなぁ……」

 

 関西訛りが混じった快活な声。茶髪短髪の三白眼がじっとリュウの見る。

 無理もない、と少年は思った。

 周囲にはプロを目指すためと話して授業を放った少年が休み明けに顔を見せたとすれば、それは上へ行ったか下に落ちたかの2択であり、リュウは後者でしかも訳ありだ。

 不穏に高鳴る鼓動も、教室内に居るであろう生徒の反応を思うと増していく。

 

 しかしそれも。

 

「まるやん。また今日からよろしく」

 

「なんや、元気そうやないかリュウやん。心配して損したわ。……ほら上がり、また面白い話沢山持ってきたんやろ?」

 

 リョウタ・マルヤマ通称まるやん、まるっちetc……。

 クラスのムードメーカーにして古くからの()()の前では嫌な鼓動も収まった。

 

 ……………………

 

「で、落ったんかリュウやん?」

 

 ズイ、と身体を寄せてくる三白眼に若干身体を仰け反らして少年は僅かに微笑む。

 

「落ちた」

 

「そか」

 

 手早い返事。それでいて返答を何度も咀嚼するように目を瞑って頷き、

 

「ほんなら本当にまた今日からやな! 今度はどんな悪い事する!? 部室占拠ならぬ部室合宿なんてどうや! 止めに来た教師を片っ端から倒して何人抜き出来るかって奴や!」

 

 ワッハッハと人の良い笑顔が炸裂して白い歯が大きく見える。

 まるやんのその物良いに周囲のクラスメイトは呆れた顔をしており、本人は至って気にしている様子は無い。

 彼は昔からのお調子者でムードメーカー。それでいて過去リュウが学園で行っていた事柄に大体絡んでおり、以前と変わらない態度にリュウは視線の先の三白眼を横目に笑みを浮かべる。

 

「ありがとな、まるやん」

 

「うわ、なんや急に。やめてや気色悪い」

 

 長机の上にくるくると丸まったプラ板のカスをリュウ目掛けて飛ばし席を離す。

 それでぼんやりと周囲を見渡していると、膝辺りにコツンと感触が走った。

 

「うへぇ、4人1組の授業だったの今思い出したよ」

 

 桃色の髪を弄りながらコトハが呻き、それはリュウも失念していた所だ。

 今から講義を受けるプラ板工作学は4人1組で行う工作主体の授業。詰まるところ4人で連携する授業なので1人1人の能力が授業の成果へ大きく左右される。

 

「3人とも、足引っ張ったらごめんね」

 

「そらこっちの台詞やわ。てか、コトちゃんてそんなプラ板工作苦手やったか?」

 

「苦手だよぉ!」

 

 机に顔を伏せて桃色の髪を揺らす。

 うぇ~ん、と泣く彼女を見てまるやんはエイジと少年に目配せ。首を傾げる彼らの反応に取り敢えずコトハには触れないという選択を下す。

 

 そんなやり取りの中、リュウは改めて萌煌学園の授業システムの特徴に感嘆していた。

 この学園では、授業の選択権利が与えられる高等部から全ての授業が単発授業であり、前回の続きや次回への宿題といった物は用意されない。故にリュウが行っていたような授業を受けないという選択も行う事ができ、途中から授業を受けても置いてけぼりという事態は基本的には発生しない。

 

 有り難いと思うと同時、少し恐怖もあった。

 自分がLinkで勝率を稼いでいた空虚な時間。その間にも学園の彼らは研鑽を積んでいて、皆はもう自分には届かない場所に立っているのではないかという焦燥。

 そんな別の不安に、Hiーsガンダムが入った鞄を指でなぞる。

 

 ────突如。

 

『遅れてごめんなチャイ~!! 見覚え無い俺っちの顔、見覚えあるお前たちの顔? プラ板より好きなのはブラ。タガネぶらぶら注意力フラフラはノン?』

 

 肩にダブルラジカセを担いだ金髪サングラスの男の登場にざわついていた生徒達が一斉に静まる。

 その様子、さざ波の一切が立たない水面の如く。表情も動作も全てが止まった生徒達が眼球だけを教室入り口に送った。

 

「……アレ。シントクでは受けたんだけど。流石に初めで今のはやっちまったか?」

 

「先生。今のは特進クラスでも受けてなかったですし、軽くセクハラも入って彼ら引いていますよ」

 

 続いて入ってきた長身の男性。

 始めに出現したインパクトのある人物とは打って変わり、こちらは涼しげな白のYシャツとスタンダードなパンツ。淡栗色の長髪を1つに束ねて、見てくれは中性的な人物だ。

 苦笑しながらその人物は視線を教室内へと向ける。

 

「驚かせてごめん。今日はこの授業の先生が急用で来れなくなってしまったから、急遽僕と隣のテンドウ先生で君たちの授業を受け持つことになった。僕自身こういった経験は少ないから、拙い講義になると思うけど多目に見てほしい」

 

 朗らか、それでいて芯のある声と佇まい。

 リュウはその人物をどこかで見たような感覚に陥り唸っていると、対面のエイジとコトハが目を見開いて愕然としている。

 

「なんだよお前~。俺っちが自己紹介する前に俺っちの名前言うなよ~」

 

「あ、と。そうか、……自己紹介。先にするべきは僕の紹介だったね。ははは、こういうの本当に慣れていなくて、早速申し訳ない」

 

 後ろ頭を掻いて男性がまたもや苦笑する。

 すると次第にクラス内からざわつきが戻り始めて、そのどれもが驚きや疑問の内容だった。

 

「────初めまして。僕の名前はナガト・シュン。在籍は特進、萌煌学園で生徒会長をやらせて貰っている。今日は臨時教員という名目でこのクラスに来ている訳だけど、いちファイターとして君達と僕の立場はフラットだ。お互い刺激のある時間を過ごすことが出来るよう努力したいと思う」

 

「相変わらずかってぇんだよお前。────俺っちはテンドウ、特進の担当やってるぜ。男子はテンドウ先生、女の子はテンドウちゃんって呼んでくれ。特技はアイスを早く食べれる事です。よろ乳首」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章4話『生徒会長』

「先生、あの、プラ板同士の合わせ目消しの方法が自分でも定まらなくて……」『なに? プラ板同士の貝合わせがさだまさし

 ?』「会長! 自分が作ったガンプラ見てください! どこか変なとこありますか!」『どれどれ……。うん、良いガンプラだね。ディテールの彫り直しと追加のスジ彫りが破綻無く合わさってる。変なところなんて無いよ。自信もって大丈夫』「テンドウ先生、私のノーハンドスジ彫り見て貰っても良いですか? 自信はあるんですけど、有識者から見るとどう見えるかの意見が欲しくて……」『女の子はテンドウちゃんで良いから~! ……で、なに? ノーハンドの裏スジ? 昼間からナニ言ってんだよ!』

 

 ナニ言ってんのはアンタの方だ。

 突然の自己紹介と人物の登場に1度はざわついた教室内だったが、『プラ板を用いたガンプラの製作』という授業の内容が出されてからは生徒達の関心は授業へと向く。

 流石に世界最高峰のガンプラ教育機関。その3年生ともなれば生徒の全員がガンプラ馬鹿だ。

 

「……生徒会長」

 

 リュウの呟きを皮切りに広い作業机に座る3人も、会話では無く自身の感想が呟きとして漏れる。

 

「間近で見たん初めてや……」

「萌煌学園で一番強い人……」

「特進クラスの教諭テンドウ先生……」

 

『…………化け物だ』

 

 そしてハモった。

 そして偶然にも4人の呟きを小耳に挟み、偶々近くを通り掛かった生徒会長が足を止める。

 

「おや、君は……」

 

 生徒会長がコトハの顔を数瞬眺め、やがて微笑みに変わる。

 

「コトハ・スズネさんだよね。遅くなってしまったけど春のシンガポールでの大会おめでとう。1位を取ってくれたのは同じ萌煌の生徒として嬉しいし誇りに思う」

 

 暖かな言葉だった。

 心の準備が出来ていないリュウを含めた4人は言葉に詰まり、声を掛けられた張本人に至っては、はわわわと口をくにゃくにゃさせて目がグルグルになってしまっている。

 

「かっ、会長……!」

 

 コトハは乾いた声をやっとの思いで吐き出し、続く内容に3人は耳を澄ます。

 

「わ、──────私とガンプラバトルしてくださいッッ!!」

 

 な──────ッッ。

 

「な~~~~にを言っておるか馬鹿もんがぁ!! 相手はこの学園の生徒会長だぞ! お前のような頭パッパラパーがバトル挑んで良い相手じゃないわぁ!」

 

「だ、だってだって師匠! ……じゃなくてリュウ君! 生徒会長だよ!? こんな機会逃したら次会えるかどうかも分からないし、それに何か身体が戦いたいってウズウズしちゃって!」

 

「そ・れ・で・も・だ! 良いか? 会長はもう既に()()だ。それで、プロが野試合をするってのは相応に色んな制限が掛かる。そんぐらいお前でも分かんだろ!」

 

 少女の肩を揺らしてリュウは指摘する。

 ボクシングのプロが一般人に対して拳を振るう事が重罪なように、ガンプラファイターのプロが一般人と試合をする事は世間的にタブーとなっている。プロということはスポンサーが彼らには付いており、万が一野試合に負けた上にそれがネット上に晒されたりもしたらプロ個人だけではなくスポンサーを初めとした多くの人間に迷惑が掛かる。

 たかがガンプラ、されどガンプラ。あくまでプロを名乗るなら振る舞いもまたプロで無ければならない。

 ───────が。

 

「うん。良いよ。今からにするかい? それとも日を改めるかい?」

 

「ほら生徒会長もこう言ってんだろ! お前もプロ目指してんなら少し頭冷やして……って、え?」

 

「エイジ……こいつは面っ白い事になってきたで」

 

「良しマルヤマ、カメラを回せ。このバトル、いずれプレミアが付いて膨大な金額で取引出来るぞ……!」

 

 席から少し離れた男2人がヒソヒソと何かを話しているが、リュウの頭には入ってこない。

 今しがた生徒会長が良い放った言葉が脳内でリピートされ、少年は生徒会長へ振り返る。

 

「いっ、良いんですか!?」

 

「何がだい? 僕は構わないよ。寧ろ嬉しいと言っても良い。野良のファイターとバトルするのならそれは少し考えちゃうけど、同じ門を潜った仲でのバトルなら何も問題はないだろう?」

 

 それに、と付け加えて生徒会長がその朗らかな雰囲気を纏ったまま、一切の嫌みや疑問を持たず良い放った。

 相対する瞳と瞳。

 

「肩書きに懸けて、僕が負けることは無いからね」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章5話『ZGMF-X10A』

コトハ・スズネという少女は広い萌煌学園内に置いても知らない人間は居ない程の有名人だ。

 大会入賞履歴多数、高い勝率、本人の優れたルックス。極めつけとして春に行われたシンガポールの大会で勝ち取った1位の成績はメディアも大きく取り上げた程であり、本来であればとうにプロとなっておかしくない人物。

 多くのスポンサーのオファーを受け、多くのプロが彼女を育てたいと声が掛かったが当の本人はそれらを全て断り、その理由の謎は世間でも多く考察がなされている。

 

「良いガンプラバトルをしよう。お互い出せる力を出し切り、全力で」

 

 しかしそんなコトハ・スズネと比較しても有り余る程に対面の生徒会長は傑物だ。

 実力主義である萌煌学園において生徒会長という立場に立つには、一定期間学内の戦績がトップであることが条件であり、その次に生徒達からの7割以上の支持を得て初めて成る事の出来る役職。

 ナガト・シュンという人物は()()()の段階で常に戦績がトップであり、高等部へ上がると同時に生徒会長の地位へ立った正真正銘の化け物だ。

 後ろに付いているスポンサーは多数。多くのメディアにも顔を出しており、萌煌学園の顔と言っても過言ではない。

 低迷した日本のガンプラバトル界隈において期待の星と言われ、その名に恥じぬ成績を今尚叩き出し続けている。

 

 蝉の鳴き声以外全てが静まった空間。

 教壇の前に立つ両者を全ての生徒が見詰め、淡栗色の髪が残暑を纏う風に揺れる。

 

「授業中ということもあるし、ストックは1。フィールドはランダムで良いかな?」

 

 常に微笑んでいる生徒会長に対して少女は自分の行った行為の重大さを徐々に気付き始めた。

 どんどん赤らむ頬の熱は正常な思考を彼方に飛ばし、「大丈夫です」と放った言葉は緊張に揺れる。

 耳に掛かったアウターギアを起動状態(アクティヴ)へ、視線で項目を設定するが視線を追従するアイサイトが小刻みに上下していた。

 

 少女はガンプラバトルが好きだ。

 そして強者と闘うことが何よりも好きだ。

 

 だからこそ歓喜せずにはいられない。

 今まで身体を縛っていた緊張の震えが武者震いだと実感した瞬間、少女の広角が僅かに上がる。

 

「気負うなよコトハ。お前はいつもみたいに笑って戦え」

 

 背中を拳が優しく叩いた。

 振り返ると少年の顔。

 少女が幼い頃から追いかけていた男の子の顔。

 

「────うん。行ってきます、リュウ君。みんな」

 

 そして傍らで自分を見守ってくれているエイジや友人達。

 気負うことは無い。正に少年の言う通りだなと視線を落として笑った。

 瞬間、顔を見上げた。

 

「…………、良い闘志だね」

 

「全力で行かせて貰います。ナガト会長」

 

 凛として凄絶に。

 爛々と目を輝かせ桃色の髪を揺らしながら少女は宙へ両手を構える。

 

「行こう。ファヴニムート」

 

 その言葉に教室内の人間は一瞬眉を潜める。

 聞き慣れない言葉。コトハ・スズネの愛機はガデッサ・バルニフィカスであり、誰もが彼の機体を想像していた。

 やがてプラフスキー粒子生成機能を持つナノチップから構成された床が淡く光り、徐々に少女の前へ粒子が輪郭を形取る。

 見たことの無い大きな機体。MSとして最大サイズの巨躯と黒と青の色彩。手にする獲物は大鎌。知れず息を飲む音が教室を満たした。

 

「君に心から感謝を。……よもや『コトハ・スズネ』というファイターの新作と戦えるなんてね」

 

「私こそ会長には感謝です。自分の限界を試せる絶好の機会を設けてくれて」

 

「……臨時教員もたまには受けてみるものだね。この学園に帰ってきて良かったよ」

 

 対して掲げられた両手の前方。

 生徒会長のガンプラもプラフスキー粒子によって鮮やかに構成されていく。

 

 サイズは1/100。MGを改修して設計された機体は知らぬ者など居ない不朽のMS。

 生徒会長が操る絶対の機体。彼を彼たらしめる象徴の機体。

 ZGMF-X10A。

 機体名────、フリーダムガンダム。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章6話『時間!』

 高い機動力と取り回しの良い射撃武装。シンプルな操作性能と切り札となる一斉射撃。高い基本性能と一定以下の威力の実弾を無効化する特殊装甲──フェイズシフト装甲。

 詰まるところフリーダムガンダムという機体はレギュレーション600というコスト帯の中でも。ガンプラバトル初心者にオススメされるタイプの汎用性に富むMSだ。

 兎に角分かりやすい武装群と機体性能は乗り手の技術を如実に発揮し、その戦い方は装甲に頼る事は出来ても武装に頼る事が出来ない。

 

「凄い」

 

 故に、少年の口から声が零れる。

 リュウだけはない。周囲の人間の全てが目の前で繰り広げられている戦闘に魅せられ、2つの驚きで呆気に取られていた。

 まず、ガデッサ・ファヴニムートと表記されている機体が繰り出す未知数の戦闘手段。手にした大鎌と目を引く尻尾からくる印象とは打って変わり、その戦闘方法は機動力で翻弄し自身は攻撃を曝さずに、敵の迎撃に対して虚を付くカウンターを狙っている。

 鎌を振ったかと思えばそれは釣りであり、本命は握っている巨腕──バルバトスルプスレクスの腕──に搭載された200m砲で牽制し、敵機に流れを掴ませない。

 絡め手を忍ばせたその攻めは乗り手であるコトハが既にファヴニムートの機体性能を熟知している証拠であり、それがまず1つの驚きだ。

 もう1つは、それを捌く生徒会長の機動(マニューバ)

 コトハが繰り出す釣りの攻撃をいなして、本命だけを確実に回避するその動きは既にコトハの動きを把握していると言っても過言ではなく、用いられている技術が何れもガンプラバトルの基本の延長線上。その極致とも思える流れるような機動だった。

 

「凄い」

 

 大鎌、対艦用大型GNサイズによって溶断された峡谷の一部が赫熱を孕む泥となって戦場へ降り注ぐ。

 距離を離す2機。彼らの沈黙が、そのまま眺めている少年達の沈黙となる。

 予め予定されていた演武を見ているような。殺陣を眺めているような。

 未だ両機の装甲に一切の汚れは見られず、対して戦場として設定された峡谷は、開始早々地形が変わるほどに変貌していた。

 

 やがて羽が開く。

 フリーダムガンダム背部の複合可変翼。ラジエータフィンの役割を持つウィングが内に秘めた熱を吐き出すよう輝く蒸気を放出する。蒸気は雲から陰る太陽の光で薄蒼く煌めいて、彼の機体の別称をありありと連想させた。

 

 ────蒼翼煌臨。

 

 幾度の戦闘において空を駆り、只の一度も汚されていない翼から来た()()

 伝説の一端を垣間見ている感覚に少年は握り拳を強めるだけ。

 

 胸が熱い。

 自分も戦いたい。

 

 いつしか熱は笑みへと変わって、食い付くように世界をその戦闘に集中させる。

 

(あれが、俺達の目指す特進クラスの頂点なら…………)

 

 生徒会長(フリーダムガンダム)が動いた。

 礼節のよう、ごく自然な動作でビームサーベルを抜いて、柔らかな声が静まり返った教室へと小さく響く。

 

『────次は、僕から行くよ』

 

 ……………………………………

 

(流石に通じないか~)

 

 桃色の髪を揺らして少女は内心で思案を重ねる。

 先程までコトハが仕掛けていた攻撃は全て回避され、披露するつもりの無かった大鎌を印象付けての搦め手も見抜かれた。奥の手を読まれたその事実に少女は多少なりとも動揺が隠せない。

 

『次は僕からいくよ』

 

 どこまでも柔らかな声とは裏腹、抜かれた高純度の刃はあらゆるものを切り裂く切れ味を誇示するよう輝かせ、薙がれた延長上の細かな砂塵が僅かな音を立てて蒸発をする。

 そのまま身を屈め、フリーダムガンダムに搭載された核エンジンが解放の時を一瞬待つ直後、少女は眼前から当てられた圧力に身体ごと操縦桿を引き倒していた。

 瞬間、ファヴニムートの眼前を爛々と輝くラケルタビームサーベルが振り下ろされる。

 

「────ッッ!!」

 

 意識のトリガーが間に合った。

 すんでのところで躱わした装甲表面がじわりと溶け、そのまま見舞われる逆袈裟斬りを回避した動作のまま後方へとバーニアを噴かす。

 ファヴニムートの膝に設けられた大出力GNバーニア。近接間合いを調整するための機構が全力(フルパワー)で解放され、瞬く間に機体は峡谷の空へと飛翔した。

 しかし、纏う煙の如く追い掛けてくるフリーダムガンダム。

 

「…………っ」

 

 離れない間合い。これも計算のうちか。

 ならばここで迎撃しては思う壺だろう、と冷えた思考のなか少女は分析する。

 ファヴニムートの得意とする間合いは近接。今のような()()()()では無く、あと一歩離れた絶妙な距離だ。今の距離は生徒会長にとって有利な距離(レンジ)であり、全ての迎撃は後出しで潰される。

 だったら。

 今から行う行為は迎撃では無く、攻撃だ。

 

「GNファング」

 

 短く切った言葉に反応した兵装──後腰部大型GNバーニアに備わる爪。文字通りハシュマルの爪であり牙であるクローを改造したGNファングを全て射出し、それらを後方へ円状に展開する。

 突如展開された無線遠隔誘導兵装にそれでもフリーダムガンダムは揺るがずに猛追を続けている。

 

 ──何か下手な真似をしたら即座に斬り伏せる。

 

 そういう無言の圧力のままフリーダムガンダムは後出しの絶対優勢を維持して距離を離さない。

 成る程と、少女の眼に鋭い笑みの気配が走った。

 

「あくまで生徒会長は、今自分が攻めていると思っているんですね」

 

『そんなことは無いさ。あまりの一進一退の攻防にお腹が痛くなりそうだよ』

 

「好きですよその余裕。聞いていると良い感じに()()()()きますッ……!!」

 

 ファヴニムート、全スラスター、展開。

 今まで全力で引き倒していた操縦桿を次は全力で押し倒し、後腰部大型GNバーニアが唸りを上げる。

 転瞬して爆発的推力を前面へ得たファヴニムートがフリーダムガンダムに体当たりし、互いの額と額が猛る火花と共に激突の音を轟かせた。

 

『ファングで警戒させた相手に対して大胆な突撃。良い搦め手だね。僕も今度使ってもいいかな?』

 

「ダメですっ! 私が精一杯考えた戦術ですもんっ!!」

 

 叫び声と同時、GNファングがフリーダムガンダムの頭上から襲い掛かり、それを察知した生徒会長が後方へ下がろうと操縦桿を引くと画面に警告(エラー)の文字が1つ表示された。

 フリーダムガンダムは盾で対艦大型GNサイズを抑え、ファヴニムートはラケルタビームサーベルを持つ腕を掴んでいる。

 つまり、この警告(エラー)はバルバトスルプスレクスの巨腕から成る埒外の握力で機体が腕で固定されているのだ。

 

(貰ったッッ!!)

 

 数瞬後、勝利を確信した少女は操縦桿を握り続けて。

 ──────だからだろう。

 

「えっ…………?」

 

 今まで実体だったものが急に風へと溶けたかのような錯覚に、掴むものの消えたファヴニムートの腕が空で握り締められた。

 腕を捨てて離れたのではない。何らかの技術で敵機は拘束を逃れたのだ。

 思い浮かぶのは宙に舞う羽毛が掌に収まらない光景。幼少の頃の記憶が走馬灯として思い出され、

 

「──────だぁぁああッッ!!」

 

 意思と闘気を以て意識を現在に集中させる。

 ふざけるな。今は生徒会長との戦闘中だ。些末な事に囚われていてはこの機会をくれた相手に申し訳が立たない……! 

 

 コトハが意識を取り戻すのに、僅かコンマ3秒。

 正面モニタの先のフリーダムガンダムは、とうに距離を離して()()()()()()()()()

 

 ハイマットフルバースト。

 

 フリーダムガンダムに搭載された火器を総動員し、専用のロックオンサイトで飽和狙撃を行う所謂必殺技。

 撃墜される無数の未来が足元からすがり、しかし瞬巡すら介さずコトハは奥の手を抜く。

 

「対艦大型GNサイズ、GN粒子最大解放────」

 

 本当の奥の手。見せる場面は遥か先の舞台を想定していたファヴニムートの切り札にして絶墜の武装。

 その拘束を解放し、大鎌の刃に蒼の閃光が目映く閃いた。

 

『────フル…………バーストッッ!!』

 

「やあああぁぁぁあああ────ッッ!!」

 

 炸裂する寸前の閃光目掛けて、ハイマットフルバーストもまた光もかくやという速度でファヴニムートへと殺到する。

 

『ハァイっ! こっから先は延長料金入りマースっっ!!』

 

 その中央。

 声と同時正面モニタに表示された所属不明機の文字に2人は眉をしかめた。

 

「嘘……!?」

 

『やってくれましたね、先生』

 

 声の主はテンドウ。

 2機の間に割って入った黄金色は僅かに緑光を帯び、何かしらのシステムの発動だと少女は推測する。

 無論、今まさにテンドウへ向かっている粒子の量は1つのガンプラが受け止めきれるエネルギーではなく、互いの攻撃が一撃の元に多くの艦隊を沈めるに値する威力だ。

 

(なに、この光は…………!)

 

 しかし弱まる気配の無い緑光が輪となって攻撃を両方向から受け止め、それに伴い閃光の中心が黄金色へと輝いている。

 ……そこで理解に達した。

 そうか、()()()()()

 

 納得と同時、収束していく光の帯がやがて消え、両機の間に介入者の姿が正面モニタへ写し出された。

 レギュレーション800。フシチョウ・アカツキ。

 かつて世界に名を馳せたガンプラファイターであるテンドウのガンプラ。

 

『タイムアップ。授業終了のじかんだZe、おまいら』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章7話『ドリルツインテ』

ずぞぞぞぞ。

 夏場を生き残った蝉達が窓の向こうの樹に止まり大合唱を奏でているなか、リュウの隣でも不機嫌そうに飲み物を啜る音が耳を衝く。

 

「む~~~~~~~~~~~~~~~」

 

「リュウやんにエイジ聞いてや、エアブラシ洗浄しようとカップに波々ツールウォッシュ入れてうがいしようとしたんよ。そしたらトリガー引いた瞬間クジラの潮吹きみたいに水柱がカップから上がってな? 辺り一面ビッチョビチョでそらもう災難だったわ! なっはっは!!」

 

「俺にも経験があるな。やっぱり似たような体験だと希釈用シンナーと洗浄用シンナーを間違えるとかデフォじゃないか? サフを吹いたら機体が見る見る溶けていく様は面白かった」

 

「俺はあれ! シンナー系じゃないけど、塗料瓶に撹拌用の玉入れようとしたら在庫無くてさ、代わりにパチンコ玉入れて振ったら底が割れて床がメタルヴァイオレットに染まった事あるわ!!」

 

『あっはっはっはっは!!』

 

「む~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」

 

 昼休憩の教室、リュウ達以外の生徒は食堂や外で昼食を済ませているのか姿が無い。朝に感じたクラス人数の少なさはどうやら学園外部への遠征やインターンといった事情で登校していなかったらしく、朝に予想していたようなクラスメイト全員から疎外にされるかもしれないという危機感はどうやらリュウの拡大解釈による被害妄想だった。

 そんな事実に自身の矮小さを感じながらリュウは次第に強くなっていく幼馴染みからの肘打ちが強くなっている事を脇腹の痛みと共に感じていた。

 

「なぁ、コトハ。機嫌直せよ」

 

「悔しくなんかないもん!!」

 

 中身の無いイチゴオレを吸い上げながら反論するコトハ。

 プラ板工作学の後、午前中の授業は通常通り行われその時から彼女はずっと不機嫌だ。理由は言わずもがな、生徒会長ナガト・シュンとの引き分けである。

 

「相手はあの生徒会長だぜ? あんな化け物相手に引き分けって他の生徒から見たら勲章ものだろ?」

 

「シュミレーター!」

 

 噛まれたせいでグニャグニャになったストローが刺さった容器を置き、机へ自身のアウターギアを取り出して、起動。|投影画面〈ホロウィンド〉が机の中央に展開され、先の戦闘の最終局面が停止映像として映し出された。

 場面はファヴニムートが鎌を振り下ろし、フリーダムがハイマットフルバーストを発射した直後だ。

 

「これがなんだよ」

 

「テンドウ先生の乱入が無かったら、私負けてた」

 

 そう言って動画サイトのシークバーを飛ばすように右手を動かすとコマ送りで映像が進んでいく。フリーダムガンダムから放たれた雷の如く鋭い射撃、その弾着予想地点を見て3人は眉をしかめた。

 フリーダムが狙っていたのはファヴニムートではなく、技を繰り出した鎌。そこへ食い入るようにコトハが口を開く。

 

「私、手加減……、ううん。この技は未完成だから出力を抑えて撃ったの。だから生徒会長のハイマットフルバーストは

 私の攻撃を貫いて鎌を破壊していた。……そうなってたら、私負けてた」

 

「話が見えんてコトハ。なして鎌を破壊されたらコトハの負けなん? 見たところファヴニムートは本体だけでも十分な戦闘力があるし、勝負の行方は分からんやろ」

 

「ファヴニムートはね、各種武装の制御系を鎌に一部回しているの。そうなったら戦闘力は下がるし、生徒会長相手にそれは致命傷」

 

「さらっと大事なこと言ったな自分。ええんか? そんな大事なこと俺らに喋っても」

 

「3人には負けないから良いもん」

 

 机をじっと見ながらコトハが吐き捨てる。リュウだけではなく他にも言葉の矛先が向いていると言うことは虫の居所はかなり悪いらしい。

 そんな彼女を羨ましいと、少年は思った。

 生徒会長という存在は萌煌学園どころか世界的に見ても上位のガンプラファイターであり、そんな彼と対峙して機体を破壊されなかった幼馴染みに。その上──悔しい──と感じれるその感性に。

 自分なら、どうだろうか。

 

「……俺だって、戦いたい」

 

「リュウ君?」

 

「あ、いやっ。ごめん。口に出てたか」

 

 つい1ヶ月前の自分なら出なかったであろう言葉。

 Linkに蝕まれ、目先の勝利しか見えてなかったあの時には確実に覚えもしなかった感情。

 言葉が漏れた事に少年は驚いた。

 

『────珍しい顔が見えるな。久しいな、リュウ』

 

 実直さを帯びた低い声は不意に教室の入り口から聞こえた。

 振り返って姿を確認しようとするが声の主が見えず、それが逆に正体を確信させる。

 

「キノシタ……? 『塗料撹拌部』のキノシタか? ひ、……久し振り」

 

「なんだその他人行儀は。共にどの角度で塗料を撹拌したら最も効率が良いか研究した仲ではないか」

 

 運搬用の台座に仰向けで塗料をかき混ぜながら、片目を前髪で隠したクラスメイトがガラガラと車輪の回る音と共に近付いてくる。

 流石世界有数のガンプラ教育機関。その最高学年となると変人の割合が多い。

 

「また変な台座に寝そべって……何か撹拌の実験してんのか?」

 

「よくぞ聞いてくれた。この台座は隅に塗料瓶を付けて、台座で移動する事によって効率的に塗料を撹拌する事が出来る優れ物だ。──エイジにコトハにマルヤマも居ることだから丁度良い。……お前達、出掛けた先で早く塗装に着手したいと思った事は無いか?」

 

『ある』

 

「同時に、身体を鍛えたいと思った事は無いか?」

 

『無いかな』

 

「かァ────ッッ!!」

 

「わっ! キノシタ君落ち着いて! その腰の動き凄く気持ち悪いから!」

 

 研究を否定されたキノシタが腰を回す事で台座を揺らし威嚇する。身体を動かした拍子に上着がはだけて、そこに覗いた腹筋に一同が驚愕した。

 

「キノシタ、お前……。なんやその腹筋ッッ!!?」

 

「気付いてしまったか。これが今研究している『新塗料撹拌学』だ。モデラーは古くから筋肉不足、そして腰痛に悩まされているからな。この台座はそれらの懸念も解消してくれる優れものだ。塗料を撹拌出来、腹筋も鍛える事が出来、体幹も鍛える事が出来る。……ふっ、来期の『イグプラモデルノーベル賞』は頂いたな」

 

 獲得した暁には萌煌学園の評判がおかしいことになる。

 

「ふん、まぁ俗人に理解されようとは思っていない。お前らの驚愕に満ちた顔が見れただけでも良しとしよう」

 

「え、待ってこれ、私新手のセクハラされたの今?」

 

「ではさらばだ」

 

 勝ち誇った顔のキノシタがその場で仰向けのまま喜びの横回転をし、そのまま出口へと向かう。

 しかし回りすぎたのか軌道は逸れていって出口から少しずれた壁に激突。ガラスの割れた音が小さく響いた。

 

「うおああぁぁぁああ────っっ!!??!? この俺のプレミアムマジョーラクロームプリズムガラスパール4号がああぁぁぁああ────っっ!!??!?」

 

「何しに来たんだよお前ッッ!!」

 

「この俺の研究成果を披露しに来たに決まっているだろうッッ!! ……っと、そうだった。それもそうなのだが、リュウ。お前を探しに来ている人間を見掛けてな、この校舎まで案内してやった」

 

 俺を探している人間? とリュウが疑問を浮かべていると程無くして小さな歩く音が廊下から聞こえてくる。

 

「驚いたぞ? お前にまさか妹が居たとはな」

 

「妹って……、え?」

 

 足音はやがて教室の前で止まり、誰も見えない入り口からピョコピョコと特徴的な銀のアホ毛が覗いていた。

 そしておずおずと顔を出して、ゆっくりと扉の前へと姿を表す。

 白を基調とした青のラインが入る初等部の制服。

 

「リュウさんに、皆さん。……その、こ、こんにちは……」

 

「むおほぉぉおお────っっ!! ナナちゃんどうしたのこんなところまで来ちゃって────っっ!! ああん~! 可愛いよぉ~!! もちもちのほっぺたと戸惑ってる顔最高だよぉ~~!!」

 

「ナナちゃんじゃないか。制服姿似合ってるね」

 

「だぁ────ッッ!! お前らナナから離れろ制服が皺になんだろ!!」

 

「リュウやん……なんやその子……。妹なんかリュウやんの? そこの美少女が……? 髪も白いし、外国人やろな恐らく。ってことはロシアかそこらへんの、義理の妹。────くっそおおぉぉぉおおおおおッッ!!」

 

 ナナの元に群がる幼馴染み2人と叫びながら教室から出ていった友人。

 突然の出来事に少女が目を丸くしていたが、ハッと我に帰った様子で頭を振りリュウの元に駆け足で寄る。

 

「リュウさん、その。ごめんなさい」

 

「おおうどうした! 制服の皺の事なら気にすんなよ。例え授業で塗料を溢しても明日までには皺1つない新品同様に直してやる! それとも、もしかして弁当に嫌いな物が入ってて残しちゃったとかか! それは事前に確認しなかった俺が悪い! 辛子明太子はまだ早かったか!!」

 

「いえ、お弁当箱に入っていた赤い粒々は大変美味しく頂きました。口の中が多少ぽかぽかしていますが。……ではなく、あの」

 

「もしかして珍しい容姿だからって誰かから笑われたか!? どこのどいつだ初等部だからって容赦しねぇぞ!! バウトシステム、スタンバイッッ!!」

 

「お、落ち着いてください。髪の毛や瞳の色を始めとして私の見た目はクラスメイトの皆様からは嬉しい言葉ばかりでした。……しかし、問題が起きてしまいました」

 

 激憤する少年をナナは宥めて、ついと視線を廊下へと送る。

 その目の動きに釣られて一同も顔を向けると程無くしてツカツカツカと、走るのが禁止されている廊下から足早な足音が響いている事に気付く。音からしてかなり急いでいるように思え少年は内心緊張が走る。

 

「高等部3年生。リュウ・タチバナはここにいるかしら!」

 

「ひゃっ、ひゃいっ!!」

 

 高圧的な物言いに思わず肩を竦める。

 しかしそれも一瞬で声音から来る年齢が幼い事に気付き入り口を見やると。

 

(わたくし)の名前は北条院ネネ。初等部の身でありながら高等部の学舎に足を踏み入れた事の非礼を詫びると同時に、リュウ・タチバナ。貴方に言いたいことがあってここまで来た次第ですわ」

 

 生まれながらにして人の上に立つ事を運命付けられていたような声を発して、鮮やかな紫色のドリルツインテールを揺らした少女は胸を張りながらリュウへと人差し指をビシィっ! と指した。

 

「この(わたくし)と、ガンプラバトルなさいっっ────!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章8話『北条院ネネ』

(わたくし)の名前は北条院ネネ。初等部の身でありながら高等部の学舎に足を踏み入れた事の非礼を詫びると同時に、リュウ・タチバナ。貴方に言いたいことがあってここまで来た次第ですわ」

「この(わたくし)と、ガンプラバトルなさいっっ────!!」

 

 そう高らかに宣言した目の前の少女。

 見てくれは初等部の3年生あたりだろうか、ナナと同じ位の背丈と制服を身に纏うも気に掛かったのは名前とお嬢様めいた口調。紫のドリルツインテから発せられる威圧感は言わずもがな。

 指を刺され困惑する中、隣のエイジが眼鏡の位置を正しつつ少女へと問う。

 

()()()? 萌煌東西南北の、あの北条院か?」

 

「いかにも、ですわ。そして気に食わないですわねその言い方。北条院を他の家名と一緒にするなんて、眼鏡の貴方

 ナンセンスでしてよ」

 

「これは失礼した。いっしょくたにした言い方は確かに俺が悪い。……それで北城院さん、リュウが何かやったんですか」

 

「……そちらにいらっしゃるナナ・タチバナさん。彼女に正式な決闘を申し込んだところ頑なに断られまして……。(わたくし)とて北条院が娘、相手の物言いを理解した上で事に及びましてよ」

 

 リュウに指された指が次にナナへとビシィ! と向き、不敵な笑みを浮かべて胸を張る。

 

「さぁ、これで言い逃れ出来ません事よ! ナナ・タチバナさん、そしてリュウ・タチバナさん、ガンプラファイターとして申し込みます。この(わたくし)と正々堂々ガンプラバトルなさいっ!」

 

 いちいち効果音の付きそうな振る舞いがいかにもお嬢様らしくリュウは苦笑い。

 北条院という名前は萌煌学園に通う生徒なら知らない人間が居ない程に有名であり、惰性で学園生活を続けていたリュウでも多少の知識は入っていた。

 詳しくは知らないが、()()()()()()()()()()()()()()。彼らに干渉するのは面倒だと、そう自身に常識付けてリュウはこれまで生活してきた。

 家に歴史あるいは力がある家系は日本における名前の表記を旧体制で記すことが許可されており、その背景には企業的にも政治的にも莫大な力を持つ存在がおり、仮に盾を付こうとしようものなら即座に社会的に抹殺されるという噂さえ流れている。

 

「え、と」

 

「日時は本日の放課後。そうね、ギャラリーも多い方が良いと思うから体育館で仕合いましょう!」

 

 言い淀むリュウ。

 断れば反感を買い、ガンプラバトルになってしまえば()()()()()()()()()()()()()

 残された道は、接戦を演じてその末に、負ける。

 

 それしかないと判断し乾燥した唇を開いて返事をしようと────。

 

『ちょ~~~っと待ってくださいっっ!!』

 

 第一印象は小動物の鳴き声だった。

 兎のようなふわふわした声は北条院ネネの後ろから聞こえ、その場の全員が声の方へと振り向く。

 またもや初等部の少女。ちっこい身体の黒髪ショートはいかにもな初等部で、腰には大きなウエストポーチを付けて肩で大きく息をしていた。

 

「やっぱり3号棟(ここ)にいたんですね! ほら、先輩達に迷惑だから帰りましょ! お昼の授業の準備私たちの班なんですよっ!」

 

「なっ!? アオカさん!? は、離しなさいっ! (わたくし)はいちガンプラファイターとして正式な決闘を申し込むためにわざわざこんなところまで!」

 

「だ~めですっ! 次の授業トウドウ先生なんですっ! 準備に遅れたら失望されちゃいます!」

 

「トウドウ教諭!? 最優の……、忘れていたわ…………それもそうね。あの方がいらっしゃる授業ならば、その準備は最善を尽くさねば北条院の名が廃りますわね……」

 

 もみくちゃになっている少女達のやり取りを眺めていると傍らの銀髪の少女の視線が自身に向けられている事にリュウは気付く。

 初めての学校生活。初めて出来たクラスメイト。

 彼女達とどう接したら良いのか、と。無表情染みたナナの視線が僅かに困惑の色を滲ませてそう言っていた。

 

「仲良くしてこい。教えただろ?」

 

「はい。……『大事なのは歩み寄る事だ。相手を理解する為に傷付く事を恐れないで近付く事だ』、ですよね」

 

「そだ」

 

 頭をくしゃくしゃと撫でると少女の口角が上がり心地良さそうに目を閉じる。

 

「行ってきます」

 

 そう呟いてナナも少女達の輪に加わり、どうやら話し合いは取り敢えず自分達の校舎へ戻る方向へと纏まったようだ。

 

「リュウ・タチバナさん、この話はまた後日!」

 

 指を指しながら廊下へ消えていくドリルツインテを複雑な心境で見送ると、床で息を潜めていたキノシタが台車に仰向けで寝そべったまま姿を現す。

 軽いため息を付いて、彼もまた少女達が出ていった廊下へと視線を向けた。

 

「リュウ。お前もまた厄介な奴に目を付けられたな」

 

「…………あぁ」

 

 リュウにとってはキノシタも充分奇妙と言う意味で厄介なのだが。

 新学期初日の昼下がりからどっと疲れが肩にのし掛かってくるようで、少年もまた溜め息を教室へと深く吐いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章9話『珍しい客人』

バトルシステムの筐体、磨かれ反射した自身の顔を見てリュウは手にしたタオルの動きを止める。

 思い出したのはクラスメイト達の反応だった。

 

「あんま気にしてなかった、のかなぁ……」

 

 自分の高くない実力を隠して周囲には嘘をつき、プロになるためと学園の授業を放棄したあの日。

 そこから半年近くも顔を出さなかった自分にクラスメイト達は大きな反応を見せず、体感だが感じた印象は旧友と会った友人のそれと同じだった。

 

「気にしすぎだった……いや違う。皆、俺に構っている時間なんて無いんだ」

 

 無心で筐体を磨いていたのか、ここで初めて自身の熱を感じ、夕焼けが差し込む貸し出しの教室に1つ溜め息が長く吐かれた。

 どこまで、自分本位な考え方なんだ。

 久し振りに学園へ行ったらクラスメイトがこれまでを根掘り葉掘り聞いてきて返答に困るなんて想像をしていた自分を殴りたいと、リュウは自身の顔が反射した筐体にタオルを被せる。

 

「皆、未来をちゃんと見ているんだ。将来の自分を。……俺も、しっかりしねぇと」

 

 リュウには未だ見えない未来。しかし特進クラス加入という第一の目標へ今はがむしゃらに突き進むだけだ。

 ──アウターギア、接続(コネクト)非稼働状態(ノンアクティヴ)から稼働状態(アクティヴ)

 アウターギアから眼前に投影画面(ホロウィンドウ)が展開され、瞬く間に少年の周囲にプラフスキー粒子で構成された操縦空間(コンソール)が構築される。

 視線誘導でメニューを設定していき、粒子で形成された操縦桿を強く握ると正面モニタに戦艦内部の発進路を模した映像が映し出された。

 

「軽く機体でも動かすか。自機はアイズガンダム。相手は……そうだな」

 

 アウターギアに蓄積された戦闘データ一覧を開くと、そこには過去に戦闘したガンプラ達が表示される。

 改めてとてつもないシステムだと、リュウは画面を見て息を呑んだ。

 戦闘した相手のデータをアウターギアが解析して何度でも戦闘できるバトルシステム。相手との実際の戦闘回数によって解析の幅が広がり、よりオリジナルに近い動きを可能にするこのシステムにリュウはここ1ヶ月程とても助けられていた。

 

 一覧の最も上の項目、一番戦闘蓄積データが多いのは師匠(トウドウ・サキ)のゾンネゲルデ。

 眉に皺が寄るのを自覚しながら視線を強めると選択され、戦闘に邪魔なメニュー画面が消え失せた。

 

 …………

 

 トウドウ・サキは性格が悪い。

 改めて言おう。トウドウ・サキは性格が悪い。

 

 突貫してくるゾンネゲルデが半月刀を構えた時点で大型GNシールドを破棄して自機は背中を向ける。

 最大推進で加速するアイズガンダムのバインダーは戦闘開始時点で高速飛行用のハイスピードモードに切り替えており、その全速力となればゾンネゲルデも追い付くのは難しい。

 最もこの選択肢は今回のフィールドのような開けた場所で無ければ選べないなと、背後から猛追してくる銀の機体に悪寒を感じながら操縦桿に力を込める。

 

 戦闘エリア湾岸はエリアの半分を森林地帯、もう半分が海で構成された比較的広い場所だ。

 アイズガンダムが海の上を走ると波が気持ち良く割けて、眼前に迫る切り立った崖をドリフトに近い制動でカーブ。そのまま崖へ添うように機体を位置させて再び全速力。

 

 接近してくるゾンネゲルデに生半可な迎撃は最大の悪手だ。

 同調ではなく独立した太陽炉だとしても疑似太陽炉6基から成る敵機の推進力は言わずもがな。それも供給される莫大な粒子を全て速度に費やせる構造は、文字通り瞬く間に接近を許す程の早さを実現できる。

 その上装備された近接兵装は盾の上から敵機に損傷を与える中世の魔剣──半月刀(ショーテル)。その二振りとあらば安直な防御はそのまま撃墜への最短√だ。

 ミキシングガンプラに多く見られるような、複数の太陽炉から供給される粒子で多くの兵装を取り回す機体であったなら各部に回される粒子が分散され火力投射から高速戦闘に切り替える際の隙もまだあっただろうが、師匠(せんせい)のゾンネゲルデは供給された粒子のほぼ全てを機体制御と推力に用いるタイプでありその隙も限り無く少ない。

 一応、ディ=バインド・ファング射出の隙と、射出中により太陽炉が離れている状態であればやりようはある。

 

 しかし。

 

「設定で、近接攻撃限定って選択しちまったからな」

 

 武装スロット8、GNバインダー。

 背を向けた状態からばら撒かれるビームにゾンネゲルデは回避の行動を取らない。

 接触したビームは機体表面で拡散されて、僅かに機体制御に誤差を生じさせるだけに留まる。

 

 ──ナノラミネートアーマー。

 

 その装甲特性とGN粒子による空間戦闘を可能にしたゾンネゲルデは、攻撃に偏重した機体性能をどんな敵に対しても押し付ける事が出来る機体だ。

 弾幕を気にせず突っ込んでくる敵機に、しかしリュウの口元には笑みが浮かぶ。

 ビームの出力を上げて、これまで体勢を微細に崩すだけの衝撃が目に見えて大きくなった。

 

「2発。4発7発。11発。────今だっ!」

 

 機体を反転させて体勢を崩したゾンネゲルデへアイズガンダムを突撃させる。

 回避を選択したゾンネゲルデ、その判断は遅く、アイズガンダムの手がバックパックであるファングを後ろから掴んだ。

 

「うおらッッ!!」

 

 操縦桿を横に大きく倒すとファングが無理矢理外されて、反撃に振り返された半月刀へファングを投げつける。

 両断され爆発するファング、その煙の中、状況把握の為足を止めているゾンネゲルデにアイズガンダムは手にした獲物を大きく振りかぶった。

 吹き荒れるGN粒子によって煙を掻き消して、GNバスターライフルを鈍器の代わりにしゾンネゲルデの前腕へと叩きつける。

 バギメギと音を立てて破壊された腕から半月刀が離れ、それをライフルの代わりに掴みそのまま。

 

「────トランザムッッ!!」

 

 GN粒子全面解放。法外な加速力を振り抜く動作にのみ絞る形で、下から上へと狙いを定めて一閃。

 一瞬で崖上間で到達した機体から見下ろせば、そこには無惨に別れたゾンネゲルデがゆっくりと海へと落下していく。

 

「…………やっぱ嬉しくねぇというか、ただの練習なんだよなこれ」

 

 爆発の衝撃で海が飛沫を上げて水柱が上がる。

 ちなみにリュウはゾンネゲルデを墜とした事が無いためこの爆発範囲も全てデフォルトによる爆発エフェクトだ。更に付け加えるとディ=バインド・ファングの使用を許すと一撃がそのまま敗けへと繋がるため、ファング仕様可能状態のCPU相手でもリュウは一度も勝てていない。

 しかし、近接攻撃限定の設定でも勝利出来るようになったのは最近で、戦闘を始めた当初は下手な迎撃を何千回と破られてそのまま敗北の山を築き上げていた。

 

『ほぇ~~~~~~』

 

「しっかしアレだな、CPU相手にずっとやると変な癖が付いちまうからそこは気を付けねぇと。また都合聞いて空いてる時間にシゴいて貰うか」

 

『わはぁ~~~~~』

 

「……師匠(せんせい)なら俺がバインダーガンで牽制した時点で一旦距離を離す、あの人はどこまでも論理的に勝利を目指すからな。とすると、分かれ目は初めの俺側の逃げだ。あそこで師匠(せんせい)ならどういう行動するか、また今日は徹夜だな、ナナに言っておかねぇと」

 

『きらきらきらきら…………』

 

「ん?」

 

『わひゃあっっ!!』

 

 思考の中に聞こえる小動物のような声にようやく気付いて視線を入り口に送ると、1人の少女が肩を跳ねてドアの影に隠れた。

 

「中等部……、いや、初等部の生徒か? ごめんな、今この教室俺が借りてて」

 

「し、知っています。リュウ・タチバナさんですよね?」

 

 声の主は姿だけ見せず、ドアに掛けられた小さな手とウエストポーチに付けられた兎の耳がはみ出して返答をする。

 おっかなびっくり話すその声にどこか記憶の琴線が触れて、そこでようやく思い至った。

 

「君、もしかして昼に教室へ来た……」

 

「ひゃっ、お、覚えてて下さったのですか」

 

「ナナが連れてきた子だろ? 名前は確か……」

 

 ここでようやくゆっくりと顔がドアから覗き初めて、少しでも声を掛けてしまえばすぐに引っ込むような様子でこちらに声を掛けた。

 

「ア、アオカです。アオカ・オオゾラですっ……。ほぇ~~~……」

 

「リュウ・タチバナだよろしく。食って掛かったりしないから、そんな怖がらないで良いぞ」

 

「あ、ちちちち違うんです! 私が悪いんです、私! 緊張しがちなので!」

 

 よく分からない理論を叫んで声の主はようやく姿を現した。

 そういえばこの高等部になって校舎が離れてから下の生徒と話す機会が無かったなと考えていると、目の前の少女の視線が筐体へ向いている事に気付く。

 

「バトルしたいのか? 俺で良ければ練習に付き合うけど」

 

「ややっ!? 本当ですかっ! あっ……でも、私と戦ってもきっとつまらないです。私、今日も沢山負けて……」

 

「アオカ・オオゾラ。初等部3年生、使用機体は主に狙撃機でレギュレーションは400が多いと、ふむふむ」

 

「わわっ! 非公開設定にしておくの忘れていました! 見ないでください! 恥ずかし────」

 

「勝率12%」

 

「カハッ!!??!?」

 

「吐血!!?」

 

 慌てて駆け寄ると吐血ではなくリアクションだったようで、生まれたての小鹿のようにプルプルと脚を震わせながら立ち上がった。

 

「私、弱いんです。弱すぎて先生が「はいじゃあタッグを組みたい人でペアになってください」ってシチュエーションになるといつも私が余るんです」

 

 自分への卑下の仕方がユナみたいで面白い。

 涙目の少女に背を向けて筐体の前へと立ち、アウターギアでメニューを選択していく。バトル相手はアオカ・オオゾラ。

 

「俺で良ければ見るよ。好きなんだろガンプラが。じゃなきゃ低い勝率でそんなに沢山バトルしない」

 

 リュウが内心驚いたのは少女の戦闘回数だった。

 1日の平均戦闘回数は100を越えて、これは義務教育も平行して行っている初等部の生徒では中々実現が難しい回数だ。

 こういった人間は些細なきっかけや間違いを修正するだけで大きく伸びる事が多い。

 

「俺も、そうだったから」

 

「へ??」

 

「俺も昔は3割、いや2割だった。勝ち方なんて分からずに一方的にやられることが多かったけど、好きなガンプラで勝てたときの嬉しさが忘れられなくて続けてたんだ」

 

 正直、勝ち方について真剣に考えたのは師匠(せんせい)との特訓が始まってからで、それまでは教科書の延長上の戦略しか見えていなかった。基本を押さえた人間にはまず通じない戦法で、それをここ1ヶ月で痛感をした。

 

「俺も狙撃に関しては練習がしたかったんだ。一緒に上手くなろうぜ」

 

「ひゃっ、ひゃいっ!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章10話『狙撃とはなんですか。その前に』

狙撃機と一言に纏めても、狙撃に特化した機体と狙撃()出来る機体の2種類が存在する。

 その点相手の機体は恐らく前者であり、戦闘前に閲覧したデータを見るに相当()()()()機体だ。

 

「ジム・コマンドの改造機に75mmスナイパー・ライフルを持たせた機体か……。MSV設定か? あの年齢ですっげぇ発想だな」

 

 エイジと話が合いそうな子だなと思いながら、普段扱う機体よりも重圧な駆動感を感じつつ操縦桿を緩やかに前へと傾ける。

 選んだ機体はシンプルにザクⅡF型。レギュレーション400の中で最も知られている安定した操作性と多岐に渡る火器を装備する事が可能な、初心者からベテランまで愛用する説明の必要が無いほどの傑作機。

 今回は120mmザク・マシンガンとヒート・ホーク装備のシンプルな武装だ。

 

「バトルフィールドはシドニー。ミノフスキー粒子は散布されている設定。さて」

 

 目についたビルへ背を預け影から戦場を見渡す。

 ザクのモノアイが静かに光を増して、得たマップ情報が正面モニタ右上に表示され顎に指を添えた。

 

 ここで仮に機体を走らせて位置を知らせたとする。そこを相手が狙撃して運が良ければそこでバトル終了。初撃を外しても距離のアドバンテージは相手にあり、そこで次弾を撃つか次の狙撃ポイントへ身を潜めるか、どちらにせよ考えられる戦法はここらが一般論であり、アオカの勝率が低い点はまずここの考え方が違う可能性があった。

 

「そろそろ動くか」

 

 マップ情報も得た。こちらも狙撃機の狙撃ポイントに選ばれそうな箇所を数点見付け、まずはそこへ。

 ザクがその巨体をビルから離すと瓦礫とも言えない僅かな残骸が欠けてそれが意識の切り替えとなった。

 

 操縦桿を、前へ押し倒す。

 

 足裏と機体背部のバーニアを最大駆動させたジャンプで前方へと前進。第一の狙撃ポイントへの強襲だ。

 

「……、ここじゃない? いや、念には念を」

 

 ビル郡に紛れた建物の屋上、立ち並ぶ建造物を盾に出来る造りのそこへ向かって乱雑に撃発(トリガ)

 射撃で銃身がぶれないよう両手でザク・マシンガンを構えての射撃はおおよそ予想通りの射線で狙撃ポイントへと着弾した。

 

『ひゃ~~~~~~っっ!!』

 

「!!?」

 

 耳をつんざく声に思考が一瞬パニックに。

 今しがた聞こえた少女の声、そこに掛かったエコーエフェクトは間違いなく外部スピーカーがオンになった状態の声だ。

 こちらも外部スピーカーをオンにして声を張る。

 

「アオカちゃん対戦中はスピーカー切った方が良い! 外部スピーカーは連絡の最終手段だから後でデフォルトでオフにしとけ!」

 

『はひっ!! すみませんすみません!! えぇと、スピーカーの操作はどこだっけ、ええとええと』

 

「左の操縦桿を下に倒し続けると設定が出る筈だからそこから音声マークにカーソル合わせて項目に飛べる!」

 

『あっ! いけましたいけました! ありがとうございますっ!』

 

「礼はいい位置がバレるぞ! 狙撃機でしょアオカちゃん!」

 

『ごめんなさい! よしっ、これで切れたから、頑張るぞ私っ』

 

 張り切った声で宣言したが外部スピーカーがオンのままだ。

 少し面白いのでそのままにしていると正面モニタの映像が一際強い点滅光を捉える。

 

「アオカちゃんそれガイドビーコンね!!?」

 

『えっ! あ! なんかピコピコしてます! なんでですかこれ! 私のジムにこんな機能あったんですね!!』

 

「大体の機体に付いてるから! 待ってて今そっち行くからモニタの映像切っといて!」

 

『モニタ切りました』

 

「それは分かるのね!?」

 

『負けた後すぐ映像切っちゃうんですよ。大体対戦した人が屈伸したり動けない私に向かって射撃するので。ぐすん』

 

「泣くな泣くな! 今スピーカーの操作以外にも基本的な事教えっから!」

 

 …………………………

 

「アオカちゃんは、そういえばどうして俺を訪ねてきたんだ?」

 

「あっそうでしたそうでした! リュウさん、ありがとうございました!」

 

 操縦桿から手を離し、大きな兎のウエストポーチを揺らしながらアオカちゃんが勢い良く頭を下げる。

 リュウ自身、中等部高等部へ上がるにつれて下の学年との交流が減りこうして二人きりでまじまじと姿を見るのは本当に久し振りの経験だ。

 大きく開かれた栗色の瞳。太陽のように明るい人懐っこい笑顔。

 

「私、今日ナナさんに助けられて……お礼したんですけどお礼ならリュウさんにしてくださいって言われて……」

 

「あ、ありがとう? ナナが何かしたのか? 忘れた教科書見してくれたりとか」

 

「こんなこと初対面の人に言うのは変なんですけど……、わたし、あまりクラスに馴染めてなくて。けどナナさんがわたしの周りの空気を変えてくれてっ」

 

 確かにナナはマイペースなところあるから、そこが上手いことクラスに良い影響を与えたのか。と思いつつ昼に来た北条院

 名乗るドリルツインテの少女を思いだし頭を抱える。

 

「もしかしてネネちゃんの事で悩んでます?」

 

「……北条院とか旧名の人間に関わるとロクな事にならないってのが常識だからなぁ」

 

「でもネネちゃんは良い子なんです! クラスで一番弱いわたしにも話し掛けてくれるし、嫌なことしないですし!」

 

 そう言って儚げに笑う少女。

 似ているな、と思った。地元で元気にしているガキ達やカンナと。()()()()()()()をする人間は大抵何かを諦めている人間だ。

 筐体に反射する自身の顔が目に入りリュウはかつての自分を思い出す。自分もそうだった、と。

 

「アオカちゃん、良かったらなんだけど、今日あったこと教えてくれないか?」

 

「ナナさんの話ですかね。良いですよ!」

 

 ぱぁっと明るくなる少女はそのままはにかんで、歌をくちずさむように夕焼けの覗く雲間に紡ぎ始めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章11話『鈴の音のような』

 好きって感情だけではこの世の中はどうにもならない。少なくともわたしはそう思うし、ここ萌煌学園ではそれが強いなと感じた。

 

 ジムが好きだ。狙撃機が好きだ。

 わたしが小さい頃。初等部に通ってるわたしが言うくらいもっともっと小さかった頃。

 世間は今も変わらずガンプラブームの真っ只中で、だから行く先々にはガンプラに関する物が沢山置いてあった。

 そんな中見掛けた1つの雑誌。ありふれた模型雑誌に載っていたありふれたキットの作例。

 

 RGM-79G ジム・コマンド。

 

 当時のわたしはガンプラどころかガンダムが何かすらあやふやで、だから雑誌の表紙を飾っていたジムが量産機のやられ役なんて事知る由も無くて、アレンジとして大型の狙撃銃を携えた作例をわたしは、きっと白馬の王子様が乗っている機体に違いないと思って帰りに親から元のキットを買って貰った。

 

「なんかちがうけど、いいや!」

 

 HGジム・コマンド(コロニー戦)を組んだ当時の感想。

 雑誌で見掛けたジムは色が違ったし大きな銃を持っていたけどキットを組んでみたら全くの別物で。

 それでも一番かっこいいと思った。

 大きなバイザーと大きな足に大きな盾。なのに持っているブルパップ・マシンガンは小さくて可愛い感じがして、そんなあべこべな見た目が凄い好き。

 それからわたしは記憶に残る作例を思い出しながら、あの大きな銃がジムスナイパーK9の銃の改造と言うことを突き止めて、わたしなりにあの作例を再現した機体を今でもガンプラバトルでずっと使っている。

 

 家族が萌煌学園に通っているという事でメリットがあったのか、わたしもなりゆきで萌煌学園に入学して。

 そこで初めて自分と周囲との違いを知った。

 周りの同級生は色んな賞を取っていたりガンプラバトルが強かったりガンプラを作るのが上手かったりするなか、わたしはポツンと1人だけ浮いていて、気が付けば周りから嫌煙されていた。

 

 そもそもわたしはガンプラバトルが弱い。

 工作の方は少しだけ自信があるけど、それでも他の生徒と比べれば平均レベルの域を出ずにいて。

 初等部の多くのガンプラバトルはレギュレーションフリーなのも相俟って、基本性能が劣るわたしのジムを味方に欲しいと思う同級生は誰も居なかった。

 

「はぁ…………」

 

 そして今日の朝、学校。

 自分の席に座って昨日の反省ノートを眺めているけど改善案が見付からず、仕方無しに机へジム・コマンドを置く。

 うん。いつ見てもカッコいい! 

 

「──ちょっと、何を1人でニヤついているのかしら? 朝からそんな不気味な雰囲気を隣で漂わせないでくれる?」

 

「あ、ネネちゃんおはよ~。今日も美人さんだね」

 

「ふんっ、(わたくし)が美しいのは当然でしてよ。この北条院ネネ、何時いかなるときも美を欠いたことはありませんわ」

 

「へへへ~、ジムさん今日もかっこいい~。カチャカチャ、ばきゅんばきゅん!」

 

(わたくし)への接し方が雑ッッ!! その振る舞いが不気味だということは自覚してッ!?」

 

 隣の同級生は北条院ネネちゃん。

 とってもガンプラバトルが強いのに工作も凄くて、色んな賞を取っているわたしの尊敬している人。

 他の生徒がわたしから距離を遠ざけるなか、ネネちゃんだけは変わらずに話しかけてくれる。

 

「まぁ、いつも褒めてくれるその姿勢だけは好感が持てるわ。お礼にとっておきの情報を教えてあげましょう…………知っているかしら? 今日からこのクラスに転校生が来るの」

 

「えっ? ……今日!? すごい急だね!」

 

「先週先生が言っていましてよ。全く、やっぱり覚えていなかったのね貴女」

 

「へへへ、皆やネネちゃんに倒された原因とか纏めてるので頭がいっぱいだったんだ……あぅ」

 

 自分で話している最中に悲しくなった。

 授業でのバトルではわたしを引いたチームが負けるのが定例で、それもネネちゃんと戦う時はこっぴどく負けてしまう。

 

「ナナ・タチバナさん」

 

「へ?」

 

「今日来る転校生よ。貴女みたいな鈍臭い生徒が居たらこのクラスの評判も下がってしまうわ。だから教えてあげたの」

 

「にへにへ~ありがとネネちゃん~」

 

「なんですのそのお餅みたいな顔はッッ!! もちもちした顔を近づけないでくださいましッッ!!」

 

 そうしてネネちゃんとやり取りをしているとクラスの中から嫌な視線が。

 じっとりと刺すようなクラスメイトからの視線が向けられている事に気が付いてお腹のあたりが痛くなる。

 たぶん、わたしの事が疎ましいんだと思う。

 けどそんなわたしに直接何かしようにも、学年内でも優秀なネネちゃんがわたしの近くにいるのでそれが出来ない。だからああやって遠くから嫌な視線を飛ばして、ガンプラバトルでわたしをけちょんけちょんにしてくるんだ。

 

「うぅ……」

 

「貴女って本当に顔の変化が早いですのね。お腹を押さえてどうしたのかしら、悪いものでも食べたの?」

 

「そういうんじゃないんだけど」

 

「あら。トイレに行く時間も無いみたいね」

 

「うぅ?」

 

「来たわよ」

 

 腕を組んだネネちゃんが特徴的なツインテールを少し揺らしながら片目で教室の入り口へと目を向ける。

 するとガラガラとドアが開いて担任のタケモト先生がいつも通り入ってきて、実験に失敗したみたいなボサボサな髪の毛を弄りながら教壇へと着いた。

 

「はぃ静かに、静か~に。はぃ元気があるのはとても良いことだけど、それを活かすのは授業の時にね。……と言いつつ君たちがソワソワする理由も僕には分かるよ。はぃ、来たよ。転校生が」

 

 丸眼鏡を光らせて微笑するタケモト先生。その表情は嬉しそうだ。

 さっきまでの喧騒が奇妙な静寂に切り替わり、程無くして開いたままの入り口からお人形さんみたいな白い綺麗な脚が一歩教室へと踏み込む。

 

「わぁ……!」

 

 脚から受けた可憐な印象はそのままに。腰まで伸びた白銀の髪と、澄み渡った青空のような蒼の瞳。

 そして彼女が着ている同じ服──学園指定の初等部が着る制服は絵本の中から飛び出したお姫様と思うくらい似合っていて。

 溜め息混じりに見とれるわたしに対して、隣のネネちゃんも腕を組ながら相手を観察するようじっと彼女を見詰めていた。

 

「はぃ。今日から皆のクラスメイトになるナナ・タチバナさんだよ。自己紹介出来るかな」

 

 そう促されると半歩前に出て一礼。そして彼女──ナナ・タチバナさんが印象に違わない澄んだ声で教室へと自己紹介を始めだした。

 

「ナナ・タチバナです。本日からここ、萌煌学園初等部3ーAに転校させて頂く事になりました。私自身至らない点が多くあり色々訪ねる事が多いと思いますが、その際教えていただけると嬉しいです。どうか皆様方、よろしくお願いします」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章12話『転校生』

「ふわぁ~、ナナちゃん凄い人気だねぇ……」

 

「初めは大体あんなものじゃないかしら。どうせすぐに人だかりも消えるでしょう」

 

 ナナちゃんの人気は凄まじいものだった。

 さっきの自己紹介が終わって一時間目開始までの10分間、クラスの大半の生徒がナナちゃんへと殺到し、普段淡々としているタケモト先生もちょくちょく気に掛けているのが見てとれる。

 

「はぁ、ガンプラバトルもわたしよりも強いんだろうなぁ」

 

 自分で言って悲しくなり、ぐで~んと机に伸びる。

 容姿端麗、銀髪美少女の転校生。そんなナナちゃんに比べたらわたしはナメクジかミミズだろう。使う機体も空飛べないし。

 そのまま腰のポーチを開いて伸びた姿勢のままジムを取り出して眺める。

 地味で弱いわたしに似合う。そうクラスメイトから呼ばれた事もあるジム・コマンド。

 両手を伸ばして何気無く弄っていると。

 

「あっ」

 

 急に教室の入り口から男子が駆けて来て、運悪く私の机に当たってしまった。

 結構強い衝撃で、手の中のガンプラが落ちる。

 

「ちょっとオオジマぁ? 教室の中で走んないでよぉ~」

「へへ、わりぃわりぃ。アオカもごめんな? ほらよ、お前のジム。もしかしたらパーツどっか壊れたかも」

 

 丸坊主の男子がわたしのガンプラを投げ渡す。

 よくよく見れば男子を茶化した女子は共々同じように口の端を上げていて、タケモト先生からは表情が見えない位置取りだった。

 わたしはジムをキャッチして具合を見ずに再びポーチへ。

 

「ううん。わたしの方も不注意な取り扱いだったから」

 

「本当に傷無いのか?」

 

()()()()()()()()からガンプラ全体の強度の確保はしてあるんだ」

 

「んだよ、つまんねぇ」

 

 わたしにだけ聞こえるように吐き捨てて男子が去っていく。

 あの様子だと今日もまたガンプラバトルで狙われちゃうんだろうなぁ……。

 

「悔しくないのかしら貴女」

 

「あ、……見てたんだネネちゃん」

 

 アウターギアで何処かのガンプラバトルを観戦していたネネちゃんが視線も変えずにわたしへと投げた。

 悔しいか悔しくないかで言われたら、それはすっごく悔しい。

 

「でも、……わたしには皆を負かせる実力も知識も無いから」

 

「まだ気付いてないのね貴女」

 

 またポツリと投げられた。

 でも言葉の意味が分からずに首を傾げているとチャイムが鳴って。

 タケモト先生が淡々と授業を始めると同時、また嫌な視線がわたしに刺さっているのを感じた。

 

「はぃ、てな問題なんだが、アオカさん分かるかな」

 

「わかりましぇん」

 

 一時間目の半ばに飛んできた問題の内容がさっぱりだった。

 授業は社会の項目で、プラフスキー粒子に関する物だ。プラフスキー粒子が何かなんて知らないしガンプラが動けばそれでいいと思うわたしにとっては全くちんぷんかんぷんな問題だ。

 

「はぃもう一度言うぞ? プラフスキー粒子が発見されてから20年。今は2045年な訳なんだけど、そもそもこのプラフスキー粒子が見付かった場所は何処かな?」

 

「えと、アリアンですか」

 

「はぃ違うねぇ」

 

 クラスで失笑が起こる。

 

「じゃあアオカさん。分かる人にはぃ訪ねていいぞ」

 

 そうタケモト先生が後ろ頭を掻きながら言って、わたしは教室を見渡す。

 勿論誰も目を合わせようとはしないで、けどネネちゃんに聞くのも気が引けて。……わたしとネネちゃんが万が一仲良さそうに見えたら、ネネちゃんきっと迷惑だし。

 そういった訳で孤立無援なわたし。うさぎのウエストポーチは何も答えてくれない。

 

「え……?」

 

 今のは誰が声を上げたんだろう。

 わたしか、どれとも他の誰かか。綺麗に上へと伸びた手はナナちゃんの手だ。

 

「お! ナナさん分かるんだねぇ! じゃはぃ、頼むよ」

 

「はい」

 

 予想外のピンチの脱出に安堵して、わたしは立ったままナナちゃんを見詰めていた。

 そして「まず」と一息置いてからナナちゃんは口をもう一度開く。

 

「プラフスキー粒子が発見されたのはラグランジュ1。当時構想されていた国連宇宙基地の建設上地点です。正確な位置としてはラグランジュ1を中心とした外周部α、デブリネットの網に掛かっていたものを発見したとされています」

 

「パーフェクトだねぇ。教科書での答えは『宇宙』なんだけど習ってないところまで全部言ってくれたね、素晴らしい。はぃみんな拍手!」

 

 歓声が上がった。

 皆が笑顔でナナちゃんを誉めている中、ぽつんと立ち呆けているわたしも遅れて拍手を始める。

 すごい! ナナちゃんあんなこと知ってるんだ! 

 そんなことを思いながら拍手をしていると、ナナちゃんの目線がわたしの方へと向いた気がして。

 

「……笑った?」

 

「はぃ皆次に進むね~。アオカさんナナさんありがとうございました。座っていいよ~」

 

 ……………………

 

「ナナ・タチバナさん! 貴女に話しがあってここまで来た次第ですわ!」

 

 わたしのクラスメイト、北条院ネネちゃんがクラスに響く一際大きな声で宣言したのはお昼前の授業の休み時間だった。

 ちなみに「話しがあってここまで来た」と言っているけど実際の距離はクラスの端に行くだけの10秒程。カッコいい台詞回しが言いたいだけなネネちゃんであった。

 

「はい……? 話しとはなんでしょう。北条院ネネさん」

 

 そんなネネちゃんの高圧的な物言いにも静かで凛としたナナさんの対応。ナナさんの周りに居た同級生達が引いていく波の様距離を取っていく。

 わたしはネネちゃんが暴走しないか近くでスタンバイしながらやり取りを見守っていた。

 

「話してもいないのに(わたくし)の名前を覚えたその殊勝な姿勢、誉めてあげるわ」

 

 顔が赤いよネネちゃん。嬉しいんだね。

 

「けれど、(わたくし)を差し引いての先程の発言、許すことは出来なくてよ!」

 

「先の、発言」

 

「とぼけないでくれるかしら。先程のプラフスキー粒子の発見場所についてよ。(わたくし)が発言しようとしていた内容をほんの少し早く言っただけで得意にならないことね。今の貴女のようなちやほやされている状況もすぐ終わるわ」

 

 要約。(わたくし)より目立つな。

 

「ご忠告ありがとうございます。それで、用件とは」

 

 少し首を横に傾けながらナナさんが返答するも、それはネネちゃんが欲しかった返しではなかったようで。

 言うなれば軽くあしらわれたネネちゃんは手を握り締めて必死に次の言葉を探していた。

 

「わっ! (わたくし)とガンプラバトルなさいっ! 今! ここで!」

 

「お断りします」

 

「なっっ! は……っ!?」

 

「私は個人のガンプラファイターではありません。2人1組でガンプラファイター、そう登録してあります」

 

 咄嗟に出たネネちゃんの言葉にも即応するナナさんにクラスがどよめく。

 口をわなわなさせたネネちゃんが勢いのまま1歩詰めよって綺麗な金髪ツインテールがふりふり揺れた。

 

「ならその人間にも申し込むわ! このクラスに在籍した以上、ガンプラバトルの上下関係はハッキリさせるのがルールでしてよ!」

 

「ルール、ですか。それなら仕方無いですね」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章13話『強襲の兄』

それが昼間のアレに繋がるって訳か」

 

「ご、ごめんなさいっ、でもネネちゃんは良い子なんですっ!」

 

 アオカちゃんが頭をぺこぺこさせている最中リュウは遠く聞こえる蝉の鳴き声を辿るように窓の外を見ていた。

 ナナが言ったとされる2人1組のファイターのガンプラバトルについて、そこの認識の解釈がまだナナが出来ていないのか。

 

「俺とナナは2人1組のガンプラファイターだけど、それは別に個人でバトルしちゃいけないってわけじゃないんだ」

 

「へ? そうなんですか?」

 

「公式の試合とかじゃそりゃダメだけど野試合なら全然問題ない。それこそクラスメイトとバトルしちゃいけないなんて不便だしな」

 

「ふむふむふむ」

 

 大きな兎のウェストポーチからメモ帳を取り出して書き込むアオカちゃん。

 ふと、リュウは気付いて目を開いた。

 そうか、ナナがバトルしなかった理由。()()()()()()()()()()()()

 

「タチバナさん……? どうしたんですか笑って」

 

「あ、いやなんでもない! ナナにも友達が出来たみたいで嬉しいな~と!」

 

 ナナの事だ、初出撃はちゃんとした形でやりたかったんだろう、と。あの感情が薄い顔の下でそんな事を考えていると思うと自然と笑みが溢れてしまった。

 ジジ! と蝉の飛び去る音に、室内に満ちていく静かな夕暮れの気配。

 

「というか、操縦桿周りの説明で日が暮れかけるとは……」

 

「ごめんなさい。高等部3年生の、それもナナさんのお兄さんの手を煩わしてしまって。ぐすん」

 

「おあぁーッッ! 泣かないでくれ! 俺の認識も甘かったんだ! そうだよな! 冷静に考えてモニタや操縦桿から飛べるメニューって多いもんな!」

 

 結局あの後マンツーマンで操縦桿の操作や、普段使いする基礎的な項目だけを教えて、気が付けば外には夕陽が沈む陰りを見せている。

 初等部3年生アオカ・オオゾラちゃん。中々骨が折れる子だ。

 

「アオカちゃん帰りはどうすんだ? 流石にいつもこんな時間に帰ってないよな? 学園のバスとか電車とか時間あるか?」

 

「あぅ、それが私すっかり電車の時間を忘れていまして、どうしようかと……。家に電話入れますね。帰りは夜遅くなるって。う~んと、ここから歩いてだと……、わっ3時間です」

 

「送るよッッ!! 俺が悪かった!」

 

「そんな、悪いです。私なんかに教えてくれた上にまたお時間を使わしてしまうなんて」

 

「ここで歩いて帰らせたら俺は鬼畜か悪魔だよッッ!! いいから、俺がなんとかすっから。取り敢えず親御さんに電話させてくれ、俺から事情を伝える」

 

 そう言って「でも」と遠慮する少女はややあって根負けし、大きな兎のウエストポーチをごそごそし渋々両親への連絡画面が映るスマートフォンを渡す。

 ボタンを押そうと指を近付けた、その刹那。

 

「お、電話だ。相手は……お兄ちゃん?」

 

「あぁっ~! そうですっ! 新学期からお兄ちゃんが帰っていたんでした!」

 

 そこには着信の相手が「お兄ちゃん」と表示された画面。

 視線でアオカちゃんに許可を取って通話を押す。

 

『アオカ? お父さんやお母さんがメッセージ送っても返信が無いって心配してっぞ? なんかあったか?』

 

「アオカ・オオゾラさんのお兄さんでしょうか? すみません、自分が彼女の時間を拘束してしまいまして」

 

『あ? んだ、お前』

 

 ……めっちゃ声色変わった!! 

 

「自分は高等部3年生普通科リュウ・タチバナと言います。現在3号棟のガンプラバトル用貸し出し教室17室に居まして……」

 

『何者だァ? てめぇ。……アオカを彼女呼ばわりしたなオメェ? あ? 今行くから首洗って待ってろ』

 

「タチバナさんっ、お兄ちゃんはなんて?」

 

「アオカちゃん。俺殺されるかもしれない」

 

 アオカちゃんは怪訝に首を傾げて真ん丸な瞳をこちらに向けている。かわいい。

 対して俺は冷や汗ダラダラ。スマートフォンが手汗でヌルヌル。

 

『まだ通話は終わってねぇぞ! アオカに何かしたらタダじゃおかねぇぞ。今ボコボコしに行くからそこを動くなよ』

 

 ブツッ。

 不穏な言葉を最後に通話が切れる。

 あとお兄さん、その言い方だと俺がタダじゃおかれているんですけども。

 固まった笑顔のまま少女へスマートフォンを返すと悪寒と共に1つの疑念が湧いてきた。

 

「お兄さん、俺の学年聞いても何の変化も無かったな……。もしかしてタメか? オオゾラなんて名前居たっけなぁ」

 

 リュウは研究生を除けば学園の最高学年であり、通う生徒からすれば大抵の生徒は後輩である。自分の学年を傘にして先輩面するつもりはないが、高等部3年生という学年を聞いて怖じ気づく様子が一切無かった相手に純粋な疑問が湧いてくる。

 もしかして妹を持つ兄の強さなのか、とリュウは腕を組んで考えていると。

 

 ────ズゥン。

 

「え、なんだ。地震か?」

 

 ────ズウゥゥン……! 

 

 地の底から響いてくるような地響きに似た音が聞こえ、傍の少女を庇うようにするとリュウと対照的な顔でアオカが扉へ視線を移す。

 

「あ、お兄ちゃん来ました」

 

「は?」

 

 ────ズウゥゥン!! 

 

 ────────バッッゴオォォーンッッ!! 

 

 扉がとてつもない力で蹴破られ、変形したそれが室内へと音を立てて倒れる。

 あまりにも唐突な緊急事態に思わず拳を固めていると、ぶち抜かれた扉があった箇所から男が現れた。

 

 身長175を越えるリュウが頭1つ見上げる高身長。ギラつく蒼の髪を逆立てて、三白眼がギロリとリュウを捉える。

 違和感を覚えたのは男の服装だ。

 リュウが通うこの萌煌学園は私服通学が認められており、学園の生徒の殆どが私服である。

 しかし萌煌学園にも制服は存在し、推奨制服として一応形だけ存在しているその制服は、とある生徒達しか現在着用をしていない。

 

 それは、今日出会った生徒会長。

 それは、生徒会長属する()()()()()

 

 そしてあろうことか右腕上腕に付けられているワッペンへ記載された文字に、リュウは目を見開いた。

 

「し、執行部────」

 

『あ? その声、テメェが電話に出た野郎か。覚悟は出来てんだろうなァ?』

 

 生徒会執行部。

 生徒間で発生したトラブルや危険な生徒の問題を処理する、萌煌学園でも選りすぐりの精鋭達。

 そのワッペンと制服で男の素性をここでやっと察した。

 側の少女の兄だから、と()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ぶち殴る前にいちおー言っとくぞ? 俺ぁ、生徒会執行部部長。特進クラス4席────リュウガ・オオゾラ」

 

 ピピ、と。

 アウターギアが反応して投影画面(ホロウィンドゥ)にガンプラバトルの申請画面が表示される。

 

「ぶん殴るのはガンプラバトルでだ。断ったらぶん殺す」

 

 投影画面(ホロウィンドゥ)を視線で操作して、申請を受託。

 両手を宙へ掲げると床に埋められたナノチップからプラフスキー粒子が瞬く間に発生し、両者の間にフィールドが形成される。

 絶対的な、強者の風格。佇まいで理解する。こちらを睨むその眼に、自身の脚が震えている事にリュウは漸く気付いた。

 相対するリュウガ・オオゾラから感じるその圧に、しかし口の端を小さく上げる。

 

「リュウ・タチバナ。アイズガンダム、行きます」

 

「何にやついてんだテメェ」

 

「試せる機会がもう来るなんて思ってなかった。今日はついてるぜ……!!」

 

「意味不明野郎が……! 人の妹に手ぇ出したんだ、顔面の1つや2つ、爆砕させっぞ!!」

 

 叫びと同時、男の眼前に構築される蒼白の機体。

 筋骨隆々として、それでいて引き締まった格闘選手を彷彿とさせるあのガンプラは噂だけ知っている。

 国内だけに留まらず国外の大会でも優勝を総なめした機体。レギュレーション800、ゴッドガンダムのミキシング機体。

 凍てつく氷を思わせる蒼がグラデーションとして各部を彩り、纏う粒子が機体に触れると氷の本流となるそのガンプラは。

 

「行っくぜェ!! ────ゴッドガンダムグラキエス!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章14話『氷界のグラキエス』

 辺り一面の平原だった。晴天の空と遠くに覗く湖、青々とした草原が広がるエリアが大部分を覆う戦場(バトルフィールド)

 出撃ゲートは地表からやや上空で開かれて、落ちていく世界の中リュウはその自然に一瞬意識を奪われる。

 それは自然の美しさを再現したフィールドの作りに感動したからではなく、このフィールドが今からどう蹂躙されるのかを想像したからだ。触れがたい美が抗いようのない暴力によって壊されていく光景、そこに生じる一種の背徳感はリュウも嫌いではない。

 無論、自らも壊されたい等とは露にも思わず、リュウはHi-sガンダムの機体を地面へと着地させた。

 シナンジュ・スタインの脚を利用したビルドパーツの脚部、GN粒子搭載機ではまず聞くことの出来ない重みのある着地音が戦場に響く。

 同時に索敵センサーが敵影を捉えた。敵機の位置は正面ど真ん中やや遠く、動きもせず此方の出方を待っていた様子。

 

『初めに言っとくが、気張んねェと即死すんぞ?』

 

「やってみろ。アンタの機体は有名過ぎる、対策wikiも散々読んだからな」

 

 操縦桿が前に倒され機体──グラキエスとの距離が縮まる。

 白と銀の基調にグラデーションとして彩られた蒼は凍てついた氷を彷彿とさせ、元の機体となるゴッド・ガンダムとは対照的なカラーリングは同時にグラキエスがどういった機体かの証明だ。

 

 突如、警告音(アラート)

 

 敵機もその場から動いた様子もなく遠隔武装の影も見えない。それでも背筋に感じた悪寒は間違いでは無く、半ば無意識に横へ倒した操縦桿によって機体は回転しながら体勢を建て直す。

 慌てて元の位置を見れば()()()()()()()()()()()が視界に映った。数秒停滞したそれは次の瞬間には爆ぜて、破片が草原に落ちて突き刺さる。

 

『避けたか。お勉強の成果が出て良かったなァ!』

 

「くぅ────ッッ!?」

 

 再び鳴った警告音(アラート)、位置は上下左右前後中央の7地点。回避が不可能だと判断したリュウは機体を覆うGN粒子を増やすため操縦桿でメニューを選択、弄る項目は粒子出力。

 設定完了と同じタイミングでHi-sガンダムの機体を()()()()。機体表面に定着しようとするも、常時循環するGN粒子によって定着は阻まれた。

 

 グラキエスが行った攻撃は、一定範囲内の任意の対象を凍結させる座標攻撃。

 予備動作無しで行われるこの座標凍結は機動力が高くない機体に対して非常に有効であり、レギュレーション600帯までならこの攻撃だけで戦闘が終了するグラキエスの十八番だ。

 蓄えていた知識を体験に基づいた見識にしている中、3度目の警告音(アラート)がコンソール内に響くも、攻撃はもう届かない。

 

 武装スロット1、GNザンブラスター。

 

 アルケーガンダムの持つGNバスターソードと他パーツによるスクラッチで作られた大型の実体剣、GNコンデンサを内蔵した剣の刃が2つに分かれ、間から覗く青色の閃光。

 放たれたそれは正確にグラキエスの位置へと突き刺さった。

 

『ハッ! 良い一撃じゃねぇか!』

 

「iフィールド……! いや、ナノラミネートアーマーか、もしくはその両方か」

 

 グラキエスは高密度に凝縮されたビームを掌で弾き、機体に損傷は見られない。

 だったら、

 

「座標凍結は次の座標凍結まで2秒のインターバルがある。ここなら、アンタの攻撃は届かずに俺の攻撃は届くッッ!」

 

 GNザンブラスターを天に掲げて分かれたままの刀身の間にビームの刃が定着する。放出されたままの粒子の刃は蒼く輝いて周囲を冷たく照らしつけた。

 ダブルオーガンダムが度々使用するワイドカッター、そのギミックからヒントを得たHi-sガンダムの新武装だ。

 

『凍れッッ!』

 

「遅いッッ!」

 

 機体に氷の粒子が定着するも、それらさえ掻き消して粒子の刃がグラキエスへと迫る。

 先程撃ったビームは牽制であり、威力は油断を誘うための最低の設定。対してワイドカッターは最高出力による物で、あわよくばこの攻撃で倒されて欲しい。

 ────などと言う思考はビームの刃がグラキエスの前で静止した光景を見て凍てついた。

 

「ビームが、止まった…………?」

 

()()()()()()()()()()()()()()。認めるぜ、テメェはそこそこ強ェ。妹に手ぇ出したことは許せねぇが、帰国がてら軽いリハビリ相手としちゃあ丁度良さそうじゃねェか』

 

 ビームの刃は掌に触れて止まり、そのまま指で掴んでビームがひび割れていく。

 ガシャン! と音を立てて割れて落ちた粒子は淡く消えて、自然と視線がグラキエスへと導かれた。

 

『学園の雑魚共相手じゃ弱すぎるからどうしたもんかと考えていたんだが、ちょっとテメェ付き合えや』

 

 グラキエスの背部スタビライザーが変形する。

 同時に警告音(アラート)が鳴るも、これは攻撃ではない。グラキエスから発せられる冷気を受けてガンプラバトルのシステムが攻撃と誤認しているのだ。

 6枚の羽のように開いたスタビライザーからは蒼の冷気となった粒子が放出され、見る見るうちに足元の草原が凍り白の世界へ変わり果てる。

 その様子を見て、グラキエスの二つ名を思い出した。二つ名とは世界で活躍した機体にのみ与えられる称号であり、その機体を端的に表すものとなっている。ゴッド・ガンダムに搭載されたハイパーモード、それをグラキエスが持つ凍結能力に特化させたオリジナルのシステム。周囲の風景を強制的に書き換えるそのシステムを発現した状態の二つ名は……! 

 

「────″氷界のグラキエス″……ッッ!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章15話『心から』

 見渡す限りの草原の中央、白の布に滲んでいく黒い塗料のように青々とした緑が白銀に侵食されていく。芯まで凍り付いた草達はグラキエスから発せられている冷気の風を受けて脆く崩れていき、生命を感じさせない極寒の世界へと塗り替えられていた。

 

「ザンブラスターッ!」

 

 出方を見る為に右手の大型剣から放たれたビーム。直撃コースの軌道を取った粒子に対してグラキエスが取った行動は、あろうことかこちらへの跳躍だった。

 直進するビームに対して体当たりするかのようなグラキエスの行動、案の定直撃するもビームはグラキエスに触れるや否や拡散して後方の平原に穴を開けた。

 

 目を見開くも驚きに動きを止めている暇はない。

 

 グラキエスが迫っているということは明らかな攻撃の意思だ。リュウガと名乗った特進クラスの生徒はリュウに攻撃を当てる算段を立てており、恐らくその攻撃は常識の範疇から外れた規格外な戦法なのだろう。

 ザンブラスターで接近戦をしようにも、既に加速をしているグラキエス相手では力のぶつかり合いで敗北は必死。かといって逃げによる引き撃ちでダメージを与える事は先程ビームを無効化された事実で考えられない。

 

 だったら。

 

 駆け巡る戦術の思考から1つを選び抜く。トウドウ・サキとの修行の中にはこんな場面、星の数ほどに遭遇した……! 

 

『ハッ! 向かってくるか! 生意気ッ!』

 

 GNザンブラスター出力最大。前方推進力集中。

 Hi-sガンダムが駆けた。

 構えは脇構え、カウンターの型。

 直進するグラキエスは更に速度を上げて、その加速に判断が僅かに遅れる。

 

『コイツ……! 刀身が、GNフィールドを……!』

 

「Gガン系統の機体とまともに殴り合うなって散々叩き込まれたからな……!」

 

 脇構えは左半身を相手に晒け出すという諸刃の型。相手の攻撃は当然ガラ開きである左半身へと繰り出されるわけだが、その攻撃に対して右腰で溜めた反撃の刃が先手の攻撃を刈り取る。

 タイミングが合わなければ致命傷、文字通りのハイリスクハイリターン。

 グラキエスが放った正拳突き、いなしたと思ったその一撃は予想以上に重く横に流すため曲面状に展開したGNフィールドを正面から突き破った。

 

「左肩の装甲破損、けど距離は取れたっ」

 

『やるじゃねェか! 誰に習った今の小細工はよォ!』

 

 直進したグラキエスは慣性の法則に従ってそのまま空中へと飛んでいく。Gガン系列といった白兵戦を得意とする機体は造りが人体に近いことが多く、肉弾戦といった動作の前には必ず予備動作が発生する都合上僅かな隙が必ず生じる。

 リュウは機体を反転させてザンブラスターに展開させていたGNフィールドを解除、そのまま射出する為のビームへと変換しカウンターの射撃を狙った。

 

「正面がダメなら後ろから!」

 

 真昼の戦場が蒼の閃光で切り裂かれる。夜闇に流れる彗星のよう迸るビームの光は機体を反転させているグラキエスへと吸い込まれていく。

 ビームとグラキエスの間。

 そこへ突如として巨大な氷塊が出現しビームが直撃した。

 

「座標凍結……! そうか、防御にも転用出来るのか!」

 

 過去のグラキエスの戦闘データは殆ど試合時間が短く、それも座標凍結によって敵が成す術もなくやられていくような展開ばかりであり、ここから先はグラキエスがどんな手段でバトルを進めていくか見当が付かない。今の座標凍結ですら警告音(アラート)が追い付く暇もなく繰り出された埒外の魔法だ。

 ビームを受け急速的に蒸発していく氷塊の向こう、グラキエスが居た空中に再び巨大な氷塊が出現しそのまま炸裂した。

 空中に氷の足場を作って無理矢理方向転換したのかと思考する同時、立ち込める水蒸気の中から弾丸のよう飛び込んでくる蒼の機体。

 拳を構えた、グラキエスだ。

 

『良い判断だったなァ? 対Gガン系統への回答としては、まァ及第点だ』

 

 獰猛な笑みの気配。

 射撃の体勢から未だ回復出来ていないHi-sガンダムは猛追するグラキエスへの迎撃手段を持たない。

 それどころか。

 

「機体が……!? 制御を受け付かないっ!?」

 

『グラキエスが()()()()()()()()。そりゃ、そうなるだろうぜッ!!』

 

 グラキエスが発生させている冷気がHi-sガンダムの機器系統を凍結させたのか、操縦桿による回避も攻撃も入力を受け付けなかった。

 それを頭で理解する頃には機体間の距離は至近距離。

 

『テメェの瞬発力や対応力、もっと見せてみろやァ!!』

 

 Hi-sガンダムの後方に巨大な氷の壁が形成される。それは後方への回避を許さないというよりは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 拳を右腰で溜めたグラキエス、全体を覆う蒼の冷気が急速に右拳へと収束していく。

 

『────凍破ッッ!! 烈光拳ッッ!!』

 

「────────────────っっ」

 

 機体は、動いた。

 グラキエスが拳を繰り出す瞬間グラキエスを覆っていた冷気が一瞬弱まり、予め機体の粒子出力を上げておいたのが功を奏したのだろう、弾かれたように機体が動き大型剣を構えて防御の姿勢を取る事が出来た。

 ただ、防御の姿勢を取っただけ。その行為が果たして防御の意味を成し得たか。

 後方に展開された氷の壁は文字通りの木っ端微塵と化し、衝撃はHi-sガンダム1機へと全て打ち込まれた。

 そして氷の壁でさえ受け止めきれなかった規格外の攻撃に、Hi-sガンダムは直線上の軌道で吹き飛んでエリア外を告げる不可視の壁へと激突し落下する。

 

 コンソールは継続戦闘不能を告げる(レッド)を示し、機体状態に至っては人の形を保っているだけで四肢が意味を成さない、かろうじて人の形をしているという奇跡的な状態だ。

 無論GNザンブラスターは全壊し、拳を受けた時点でバラバラに粉砕されている。

 満身創痍となったHi-sガンダムの元へ音も立てずグラキエスが着地した。

 

『俺から吹っ掛けた喧嘩だったが、まァ楽しめたぜ』

 

 グラキエスが近い、必然Hi-sガンダムが凍結されていき、GN粒子を機体表面に纏う事など出来なくなった影響で氷がHi-sガンダムを柱状に覆う。

 1歩グラキエスが歩み寄った。

 

『さっきは妹の事になって頭に血が上ってた。テメェ名前はなんて言うんだ』

 

「…………」

 

『っとと、あれか。システムもイカれたか。しゃあねェ、このままバトル終わらせてから聞くか』

 

「…………、だ」

 

『あ? 聞こえんじゃねェか。久し振りに学園の生徒で楽しめたんだよ。テメェの名前教えろ』

 

「リュウ、だ」

 

 操縦桿へと操作を入力。

 武装スロットEX。TRANS-AM。

 スクラップ寸前となったHi-sガンダムだが辛うじて太陽炉は生きていた。

 機体を隙間無く埋めていた氷へ、TRANS-AMによって放出されたGN粒子が氷を押し退けようと力が加わる。

 太陽炉が途中で壊れるかもしれない。それでも打てる手があるなら泥臭く打て。

 自分より強い人間がいるならば、ソイツよりも多く弱いなりに手を打てと。嫌みったらしい師匠(せんせい)から教わったから。

 氷に、大きな亀裂が入る。

 

「俺の名前はリュウ・タチバナッッ!! アンタと同じ特進クラスに入ろうとしてる只の生徒だッッ!!」

 

『……!』

 

 機能ほぼ全損(システムオールレッド)

 しかしそれは機体の話であり、Hi-sガンダムから離れた遠隔誘導攻撃端末はなんの影響も受けていない。

 グラキエスから一撃を貰った際、射出しておいた4基のファングは全て無傷だ。

 突貫。ファングの先端にビームの刃を最大限展開し頭上からグラキエスを襲う。初めからダメージを与えられる等とは思っていないそれは要は目眩ましであり、ファンネルミサイルと同じ運用をされたファングは自爆を厭わない突進力でグラキエスの背部ユニットで爆散する。

 グラキエスは無傷、2基3基の直撃を受けてそれでも微動だにしないグラキエスはリュウの全ての攻撃を受けきろうとしているのか、はたまた別の事を考えているのか。

 4基目の最後のファングが直撃して水蒸気の煙が立ち込める中、Hi-sガンダムはグラキエスの背後を取る。移動の衝撃で四肢が抜け落ちて達磨の状態、往生際も悪くグラキエスを背後からタックルした。

 全推力を集中させたTRANS-AM。狙いは敵機のエリアアウト、それでもグラキエスは動かない。

 

『テメェ、どうして特進クラスに入りてェんだ』

 

「俺はッ、最低な事をした! 取り返しの付かない事の連続だった! それでも! 俺を必要としてくれる奴らがいて、応援してくれる人達もいてっ! ……確かめたいんだ! 俺はこの世界でやっていけるかをッッ!!」

 

『……嘘は、無ェな?』

 

「あるもんかッッ!!」

 

 少女の手を取ったあの夜。

 少年の助けを見捨てた出発の朝。

 親友を裏切った、あの時。

 

「もう俺はァ!! 嘘は付かないんだぁぁ────ッッ!!」

 

『うし分かった。これから気張れやタチバナ。選別にくれてやるよ』

 

「え…………??」

 

『俺に勝ったって箔は何かと役立つぜ』

 

 バゴンッッ!! とグラキエスはHi-sガンダムに押されながらもそれを感じさせない動きで右手を振りかぶり、一撃でエリアアウトを防いでいる不可視の壁を叩き壊す。

 そしてそのまま1歩、また1歩と悠然として歩いていった。

 

 Winner、リュウ・タチバナ。と戦場の中央に文字が出て、正面モニタにも勝者の文字。

 意味が分からずにグラキエスへタックルしながら、リュウは愕然と現実を理解しようと試みた。

 勝ったんだ。勝ってしまったんだ。

 特進クラスの生徒に、第4席に。

 

 生徒会執行部部長兼特進クラス第4席リュウガ・オオゾラ対、普通科3年リュウ・タチバナ。

 勝者、リュウ・タチバナ。

 

 この一報は学園へと瞬く間に広まり、後に到来する出来事で大きな意味をもたらす結果となる事を、少年はまだ知らない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章16話『敗北の星の』

戦闘が終了しプラフスキー粒子で構築されたフィールドやガンプラが消える頃には夜空に星が覗き始め、暗い室内の中筐体に反射する星の明かりがやけに幻想的だった。

 

「これが、バウトシステムか……!」

 

 感心のため息をつく筐体の向こうのリュウガは、先程まで筐体の上で戦闘をしていた自身のガンプラの影を見て呟く。暗がりに浮かぶ笑みは徐々に大きくなり、くわっ!っと目を見開いた。

 

「すっっっげェなこのシステムは! 粒子がガンプラを完全に再現すんのか! これがありゃいちいちバトルの度にガンプラをメンテナンスしなくて済むのか!」

 

「なぁ、アンタ本当にさっきの……」

 

「と、なると今まで使ってた筐体はどうなるんだ? バウトシステムが普及してるんならもういらねェじゃねぇか。なぁ?」

 

「……バウトシステムは学園都市内だけの新しいシステムだから、まだ世界的にメジャーな筐体は遠征する人間の事を考えて残してるんじゃないか?」

 

「確かになァ……。実際のガンプラを動かさねェと分かんない連中もいるか……」

 

「そ、それよりもアンタ! さっきのバトル!」

 

 リュウの声に目の前の男は何食わぬ顔を向ける。

 先程のバトルは戦績が残る正規のバトルであり、学園のアウターギアを介した以上勝敗の結果はは全生徒が閲覧できる仕様だ。

 

「アンタ特進クラスだろ! 萌煌学園を代表する生徒が俺みたいな生徒に負けて良いのか!」

 

「……やりてェことあんじゃねェのか?」

 

 瞬間、男の周囲が冷えた。

 三白眼から発せられた圧は殺気と呼ばれるもので、リュウは当てられて口ごもる。

 

「言っとくが、特進クラスの全員は化けモンだ。並のファイターなら秒殺されるのが関の山だ。けどな、特進へ入るための試験は幾らかラクで、今回の勝ちはそんとき役立つ」

 

「特進の、試験?」

 

「バトルロイヤルにタイマン。現特進クラスの俺に勝ったテメェは確実に試験の台風の目になる。大勢の奴から狙われるだろうが、試させて貰うぜ」

 

 そう言ってドン、とリュウの胸に拳が当てられた。

 見上げると意思を宿した決意の目。

 

「そいつら全員ブッ飛ばして特進入ってみろ。俺ぁテメェが気に入った」

 

「や、やってみる」

 

「テメェ、師は誰だ」

 

「へ?」

 

「師匠だよ師匠。俺とやりあえる普通科の生徒がいるわけねェ。居るとしたら、そいつに教えた人間が優れてるって話だ。単純に興味がある」

 

 リュウは顎に手を添える。

 表向きではトウドウとリュウが師弟関係になっていることは内密だが、それをリュウガに隠すのは気が引けた。

 

「……トウドウ・サキだ」

 

「っ!」

 

「悪いけど他言無用で頼む。せんせ……あの人は一応学年主任だから、一人の生徒に肩入れしてるみたいな噂広がるのは、そのあんま良くないから」

 

「言うつもりはねぇぞ? だがまァ……そうか」

 

 落ち着いた様子でリュウガが下を見る。

 やがて踵を返し、月が反射する筐体を眺めた。

 

「……特進にも、もう余裕が無ェってことか」

 

「どういうことだ?」

 

「なんでもねェよ。オラ、行くぞアオカ」

 

「え、折角ならリュウさんから送ってほしかったな……」

 

「リュウテメェおらァ!! 人の妹に手ェ出しやがって!」

 

「アンタ思ったより忙しい性格してんだな!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章17話「香る月」

「おかえりなさいリュウさん」

 

「あぁただいま。少し遅くなっちまったな」

 

 リュウが帰る頃には普段の帰宅時間を1時間ほど超えている時間帯で、すっかりナナに連絡する事を忘れていたせいかテーブルの上には既に多くの料理が並び尽くされていた。

 それでも食欲を刺激するにはオーバーキルな香りであり、自身が空腹だった事を身体が思い出して腹が鳴る。

 

「ナナごめん! 急な用事でバタバタしてて連絡すんの忘れてた!」

 

「トウドウ•サキ……先生との修行だったなら仕方ありません。今料理をレンジでチンするので座って待っていて下さい」

 

「あ、その、今日は師匠(せんせい)ではなくて」

 

「エイジさんとでしたか? ……ふふ、確かにこうして見ると普段より眉間にしわが寄っていますね」

 

 柔に微笑んだナナが座っているリュウに顔を近付ける。

 すると大変後ろめたい気持ちが込み上げてきて、リュウは思わず顔を逸らした。

 

「今日は、その、エイジとでも無かったんだ」

 

「? ではどなたと……?」

 

「アオカちゃんと……」

 

「……」

 

「……」

 

「…………」

 

「アオカさんと、何を」

 

「あのその、1人で機体の調整してたら部室にアオカちゃんが来て、成り行きで練習に付き合って……。でもあれだ! その後アオカちゃんのお兄さんが来てバトルに!」

 

「途中まで2人きりだった、という事ですね」

 

「はい」

 

「そうですか。ん、温めが終わったので取ってきます」

 

 詰め寄り方に反してサッと離れるナナ。

 何故か胸を撫で下ろしていると食事の準備の音ではない何かが聞こえてくる。

 耳を澄ますとキッチンで支度をしているナナからだ。

 

「カンナさんへ。カンナさんが言われた通り学園へ行くようになってからリュウさんは他の女性との交流が増えまして、今日遂に身体に女性の体臭を付けて帰宅されました。相手は私と同じクラスの女の子です。『もぐ』という行為に移るのはいつにしますか?」

 

「ナナさぁ────んッッ!!? 何を携帯に打っているのかなぁ────ッッ!!?」

 

「リュウさんはお料理が運ばれるまで座っていて下さい。今入力していたのはカンナさんへの定時連絡です気にしないで下さい」

 

「最後の一文を聞いて気にしない男なんていねぇよ!!」

 

 ──────────

 

 

 夕飯を終えてガンプラのメンテも済ませて残りは寝るだけとなった時間。

 外では時折寝ぼけた蝉が一瞬鳴いたりしていて、そんな間抜けな蝉を意識の片隅で聞きながらリュウはリュウガとのバトルを思い出していた。

 目を閉じれば身震いのするグラキエスの威容、そしてリュウガが繰り出す卓越したマニューバ。今朝に見た生徒会長の駆るフリーダムと劣らない蒼白の機体は意識しただけで身体が泡栗立つ。

 

 決して戦略が通用しない相手では無かった。まずその事実にリュウは自身のバトルの腕が上がっている事に喜びを感じて、それでいて本気になったグラキエスに手も足も出なかった事が何よりも悔しかった。

 掌が握られて爪が皮膚に食い込んでギリ、と音が鳴る。

 

「勝ちてぇ……」

 

「どうかしましたかリュウさん」

 

 すると鈴のような声が傍から聞こえてきた。

 月夜に映える銀の少女。ナナが薄いタオルケットを抱えて言いながら身体を横にした。

 

「今日、また負けたんだ」

 

「ん。そうですか」

 

「初めは良い感じだったんだけど、向こうが本気を出したら子供みたいにあしらわれてさ。それがすげぇ悔しい」

 

 勝負では勝っていたのに勝利を譲ったリュウガ。その意図は測りかねるがガンプラバトルとしての腕前の差は歴然であり、少なくともリュウにとっては敗北にあたる結果だ。

 

 そうやって胸を焦がしながら壁に向かって話すリュウの背中に小さな手が添えられる。

 悔しさに身を焦がすリュウよりも熱い掌、ナナの手が少年の鼓動を確かめるよう静かに時間が流れる。

 

「ナナ……」

 

「今日までお待たせしてすみませんでした。()()の方、完成しました」

 

「機体って、そうか。俺達一緒にまた戦えるのか!」

 

 身体を反転させて気持ちに任せたまま少女の手を取る。

 

「やっと、リュウさんの力になる事が出来ます。私、嬉しいです」

 

「俺だって嬉しいよ! ありがとな! このっ!」

 

「……えへへ」

 

 髪の毛をわしゃわしゃしているとナナがピクリと動き、やがて銀の髪をリュウの胸へと擦り付けてきた。

 

「なにやってんだ」

 

「……アオカさんの匂いがするので上書きを試みています」

 

「え、風呂入ったんだけどな。気のせいだろ」

 

「嫌なんです。リュウさんの身体から他の人の匂いがするのが」

 

「そうですか」

 

 猫か。

 取り敢えず気の済むまでやらせておこうと思いリュウは天井を見上げる。

 1人で寝るには大きなベッド、その隅っこがリュウの領域なのだが少女は決まって隅っこまで付いてくるのだ。

 世間体で今の自分を見るのならば間違いなくアウトな現場だろう。

 

「すぅ……すぅ……」

 

「ははっ、寝るの早過ぎだろ」

 

 抱えたままのタオルケットを少女から取ってそれを掛ける。

 そしてベッドの反対側まで逃げて、ようやくリュウは睡眠の為に目を閉じるのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章18話「それは唐突な」

 わたしの名前はアオカ•オオゾラ。栄えある萌煌学園の初等部に通う学生で、同じく学園に通う兄は昨日まで海外遠征に行っていた超エリートのガンプラファイターだ。

 

「はぁ〜〜〜〜」

 

「なんですの、これから楽しい放課後が始まると言うのにその倦怠な溜め息は」

 

「だって今日も負けちゃったんだもん〜! 昨日教えられた事何も活かせなかったよ〜!」

 

 優秀な兄と非凡なわたし。いや、非凡なんて言葉じゃ生ぬるいほど酷いバトルの腕を持つわたしはクラスで見事にハブられていて、そんなわたしに唯一声を掛けてくれるのが偶々隣の席に座っている北条院ネネちゃん。特級の変わり者だ。

 

「今凄い失礼な事を考えてませんこと?」

 

「ううん? 隣のネネちゃんは凄い良い子だな〜って」

 

「そんな当たり前な事いちいち言わなくてよろしいですわ、毎朝爺ややメイド達から言われ慣れているもの。それより」

 

「え、な、なに? そんな近付いて」

 

 胸を張って腕を組んだネネちゃんがジト目でわたしに近付く。嗅いだことの無い良い匂いに思わず顔がにやけてしまいつつも何とか平静を保った。

 

「アオカさん今日のバトル、正直見違えましてよ」

 

「へ?」

 

「ああいう思い切った指示はかえって動き易いですし、索敵する側も心強いですわ」

 

「あっ、もしかして、索敵を全部ネネちゃん達に任せた時のかな……」

 

 わたしが指示を出したのは前衛への索敵の申し出と敵位置の割り出しだ。

 相手が1番弱いわたしを無視するのは今までの経験で分かっていたから、昨日リュウさんから教えてもらった方法で叩く戦法、つまり至ってシンプルな『狙撃機の射線上に敵機を呼び出す』という基礎戦術だ。

 

「そ、その後狙撃を外してあろうことか味方を撃っちゃったんだよね……」

 

「それは結果、そしてここは学舎。学舎とは失敗を重ねる場であり愚が褒められる場所。もっと狙撃の精度を磨けば勝敗は変わっていましてよ」

 

「ネネちゃん変なの食べた?」

 

「……昨日まで貴女コンソールでのメニューの開き方すら曖昧で通学してから何を学んでいたのかと正直思っていましたけれど」

 

「ぐへぇ!!」

 

 し、仕方無いじゃん! バウトシステムにまだ慣れてないだけだもん! 

 と反論しようにもわたし以外の生徒はみな新しいガンプラバトルシステムに適応しているのでこの反論は通用しない。

 

「で、本題なのだけれど」

 

「うん?」

 

「誰が昨日アオカさんを育てたのかしら?」

 

「そうなの! リュウさんって覚えてる!? あの人がわたしに合わせて色々教えてくれたの!」

 

「リュウ……、ナナさんのお兄さんよね? あろう事かこの私のバトルを振ったあの」

 

 そう言うとネネちゃんは顎に手を添えてじっと床を見詰める。

 普段余裕綽々としている彼女があまり見せない姿に驚きつつ邪魔にならないよう静かに席を立った。

 廊下に出ると同時に視界へ入る同級生達。

 

「アオカさん」

 

「あっナナちゃん! どうしたの?」

 

「これから、どこへいかれますか」

 

 そんな中ふと背後から声を掛けられた。

 白雪のような銀の髪に鈴の様な聞き心地の良い声。

 現在クラスで人気者であり転校生のナナちゃんがそこには立っていた。

 

「リュウさんのところに! 昨日からガンプラバトル教えてもらうことになったの!」

 

「わたしも行きます」

 

「え? あ、うん! 一緒に行こ!」

 

「じー……」

 

「ど、どうしたのナナちゃん?」

 

「なんでもありません」

 

 こうして何故かちょっぴり不機嫌そうなナナちゃんと一緒に今日も例の部室へと赴くことになったのでした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章19話『小さなモヤ』

「で、どうなんだリュウ。お前の新機体の調子は」

 

「やっと動かし方を理解出来た感じかな。宇宙世紀の機体にGN粒子を運用すると挙動の癖が強くてさ、そこがまだ違和感として残ってる」

 

 放課後いつもの部室。

 室内の一角にある製作スペースでガンプラの箱を開けながらエイジとリュウは互いに近況報告に花を咲かしていた。

 

「エイジはどうだ? 見つかったか?」

 

「……いや」

 

「そっか」

 

 リュウの問いに対してエイジは僅かに視線を下げる。彼の座る机には宇宙世紀からアナザーまで、量産機からワンオフ機といった様々な機体が並べられており、そのどれもが丁寧な塗装とデカールが施されていた。

 

「自分の器用貧乏さをここまで呪ったのは初めてかも知れないな」

 

「悲観しすぎじゃねえか? どんなレギュレーションも使えるのは確実に長所だろ〜」

 

「逆にオレはお前が羨ましいよ。俺は、好きな機体が多過ぎて使い続けたい機体が決められない」

 

 エイジは全レギュレーションをそつなく使えるオールラウンダーだ。

 レギュレーション指定の大会やバトルでも一定以上の戦績を収め、ガンダム作品の知識も深い彼が最近悩んでいるのは特進クラスへの加入条件について。

 即ち、2種類以上のレギュレーション機体を自身の使用するガンプラに加える事だ。

 

「″使える″と″使いこなせる″は違う。俺は機体性能を全て引き出せる程1つのガンプラを扱ってこなかった。さて、どうするかな」

 

「珍しく弱気だなぁエイジさんや。あ、塗装に埃噛んでるよコレ」

 

「はぁ!? 埃!? どこだそれ! 毎回確認しながらトップコート吹いたのに!!」

 

「ゴメン。ウッソ•エヴィン」

 

 たっはっは、と笑っていたらエイジが無言でポリッシャーに番手40の紙やすりを付け始めたので即座に謝った。

 番手40はガンプラでは使わないだろうという疑問を残しつつ、リュウは今日エイジを部室に呼んだ本題を切り出す為に手元のザクI•スナイパータイプを顎で指す。

 

「エイジって狙撃機も扱えたよな?」

 

「なんだ急に。……まぁ、人並みには扱える」

 

「そこを「扱える」と断言しちゃう辺り頼もしいよ」

 

「誰かさんと違って真面目に学園通ってたからな」

 

「うるせぇよ! 病んでたんだよ!」

 

「で、先生ってなんの話だ? オレがお前に狙撃教えると言っても、お前はもう──」

 

「俺じゃない。今日は生徒を呼んでてその子に教えて欲しいんだ」

 

「生徒?」

 

 エイジがメガネの位置を直しながら訝しげに眉を潜めていると控えめなノックが部室に響いた。

 絶好のタイミングに指を鳴らして、小躍りのままに部室のドアをリュウは開く。

 

「良く来たね! 待ってたよアオカちゃん! 今日はもっと詳細な狙撃についてを練っていこうか!」

 

「むすっ」

 

 ナナが立っていた。

 ハムスターみたいに頬を膨らませてジトっとこちらを睨む様に思わず冷や汗が一筋伝う。

 

「あ、あれ。ナナさん、今日はコトハとの練習は……?」

 

「機体が完成したので後はリュウさんと調整しろと言われました」

 

「あ、アレー。おかしいな、コトハさんからは一言もそんな事言われて……」

 

「ここでアオカさんと夜遅くまでお稽古されてたんですねリュウさん」

 

「あ! アオカちゃん! そんな後ろにいたの!? ほら、入っておいでよ!」

 

 ナナから背筋が凍る様なオーラを感じて思わず廊下の真ん中で立っているアオカちゃんに声を掛けた。

 小動物のように震えながらアオカちゃんはおずおずと近寄ってきて、ナナとリュウを交互に見ながら最後にリュウを見る。

 

「さ、三角関係……!」

 

 そんな様子を見てエイジは再びズレた眼鏡を直しながら愕然と呟くのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間『こんな日が続いて』

「むむむ……遂にこの時が来たか」

 

 開かれた冷蔵庫の前で顎に手を添えるリュウは、いつになく真剣な表情で口を開く。

 食材が、無い。

 程なくして冷蔵庫から『ピー』と警告音が鳴り、洗濯物を取り込んでいた銀髪の少女がひょこっと顔を覗かせた。

 

「どうしました? リュウさん」

 

「俺たち餓死するかも知れない」

 

「がし……、がしとは何ですかリュウさん」

 

「食い物が無くなってそのまま空腹で死んじまうかもしれねぇ」

 

「リュウさん。その時はわたしを食べてください」

 

「嬉しいぜ。嬉しいけど気持ちだけ貰っとくぜ……」

 

 目の前の少女を食べるという選択肢は皆無だが、その優しさに触れて心が暖まった。

 しかし心が満たされても腹が満たされなければ意味がなく、満たす為の食材を買うだけの今後の資金がリュウには無い。幸いあと数日保たせる量の食材はあるのだが、この先生活していく上で蓄えは備えておきたいのが本音だ。

 

「すみません、私がもっと冷蔵庫内の貯蓄に気を付けるべきでした」

 

「いやいやいや、いつも美味しいもの食べさせてもらってるし、あんな豪華なもの振る舞ってくれた手前文句なんて言えっこねぇ。あとナナの料理好きだしな」

 

「すみませんリュウさん、後半が聞き取れませんでした」

 

「え? ……俺がナナの料理が好きってところか?」

 

「ふふふっ」

 

 何故かもじもじしだす少女を尻目にリュウは部屋のカレンダーを確認する。毎日同じような事をしていると曜日感覚や時間に疎くなるものだと痛感しながら見ていると。

 

「今日は7月の24日金曜日、午後5時23分43秒です」

 

「へ? あ、ありがとう」

 

 超速理解したナナが隣から正解を言い放つ。Nitoro:Nanoparticleであるナナはあらゆる認識能力が普通の人間とはかけ離れており、物事の計算や知識の覚えも凄まじい。

 そこでリュウは思い付いた。

 かけなしの資金を使い食材を手に入れる方法、外法にも近いチートを。

 

「ナナ」

 

「はい、リュウさん」

 

「スーパーに行くぞ」

 

 …………………………………………。

 

「着いた。人もまだそんなに居ないみたいだし丁度良かったな」

 

 萌煌学園から程近いスーパー【イワハシ】は立地の関係か学園生徒から付近の住民に幅広く支持されておりその大きな要因が値引き金額だ。

 半額から驚くような安さまで値段を下げるそのスタイルは平穏な店内を戦争末期の泥沼な戦場を彷彿とさせる景色へと一新させ、今はその準備段階といった状態だった。

 

「あのリュウさん、ここで何を」

 

「ナナ。この入り口から店内を見渡して値引きシールが貼られている商品の種類と値段は分かるか?」

 

「10時方向ネギ50円ジャガイモ49円トマト180円……」

 

「上出来だ」

 

 そう呟くとリュウは視線をナナへと向ける。自身が感じている葛藤と罪悪感から押しつぶされそうになりながら口を開こうと、しかし後悔が言葉を発する事を許さない。

 そんな少年の手に小さな手が添えられた。

 

「リュウさん。私はリュウさんのお力になれるならどんな事でもやります」

 

 その言葉に救われた。

 緊張が解け、先ほどまで感じていた強張りが嘘のように軽い。

 

「ナナ……」

 

「はい……」

 

「お前の視力と認識能力でこの店内に存在する値引きシール付きの商品を全て俺に教えてくれッッ!!」

 

 

 ……………………。

 

「じゃあ、手を合わせて」

 

「はい」

 

「「いただきます」」

 

 目の前にぐつぐつと煮えるキムチ鍋。先程までの苦労がそのまま食欲へと変換され、口の中に溜まる唾液をリュウは飲み込む。

 スーパー『イワハシ』での作戦は見事成功しリュウとナナは寮へと帰宅していた。その後白銀の少女が料理を手際良く作り、こうして今食欲が最大限掻き立てられている状態にリュウは少女へと微笑みかける。

 

「ありがとなナナ! お前がいなきゃあんなに沢山特売品を買えなかったぜ!」

 

「リュウさんが喜んでくれるなら私はそれで良いです。リュウさんのお母様が教えてくれた料理を試す機会にもなりますので」

 

「母さんがこの鍋を教えたのか、どれどれ」

 

 地獄を連想させるような紅の池に菜箸を突っ込み、適当な具材を取り皿へと盛り付ける。

 皿から空気へ辛味が飛んで、目から涙が出そうになりながらもリュウはひたひたのキャベツを口に含んだ。

 

「……! これ、!」

 

 印象とは裏腹、辛味と同じ程の旨味にリュウは白米をかきこむ。

 今日の疲れが取れていくのをリアルタイムで実感しながら一心不乱に茶碗へ盛られた白米を完食。自身の食欲に驚いているとリュウは対面に座る少女の視線がこちらへと向いている事に気付いた。

 

「どうしたナナ、俺の顔に米粒でも付いてたか?」

 

「いえ」

 

「……?ナナは食べないのか? ナナの作った鍋めちゃくちゃ美味しいぞ!」

 

「私は……、今だけ食べません」

 

 少女はそう言いながら、背筋を正し箸を携えたまま、時が止まったかのように笑顔でリュウを見ていた。

 

「私の作った料理を、1番食べて欲しい人が食べている姿を見たいからです」

 

「そ、そうか……?でも俺は一緒に食べる方が個人的には嬉しいな〜」

 

「それなら」

 

 そういうと少女は手近な鶏肉を掴んで、リュウのようにパクりと口へ運ぶ。すると見る見るうちに顔が赤くなっていき、心なしかうっすらと目に涙が浮かんでいるようにも見えた。

 

「ナナ、もしかしてお前、辛いの苦手なのか……?」

 

「ひはへははりはへん」

 

「はは」

 

 苦手じゃありませんと言ったのだろうとリュウは解釈。コップに水を入れて少女へ渡すと両手でゴクゴクと飲んで中身を空にした。

 

「分量、時間共に最適だった筈。しかしこの辛さは私の許容量を遥かに超えていました。どこかで私は過ちをしてしまったのでしょうか」

 

「大丈夫、うちの味付けが辛めなだけだから」

 

「舌に違和感があります」

 

「ビリビリしてるんだな、ちょっと待ってろ」

 

 気を掛けて正解だった。予め用意していた豆乳を一回し鍋へと入れてかき混ぜる。

 笑顔で鍋へと顎を指すと、少女は示されたままに鍋の汁を皿へと移して口を付けた。

 

「……!」

 

 年相応の表情で食事をする少女。今までナナのこんな姿を見る事は無かったなと、過去の記憶を通じてふと考えてしまった。

 

「どうしましたリュウさん?」

 

「いや、やっぱ喜んでる時の顔が似合うなって」

 

「……!」

 

「あれ、やっぱまだ辛かったか?」

 

「辛いです。辛さのせいです」

 

 俯いて顔を赤くする少女を心配しながら夏の夜が過ぎていく。

 外から香る透き通った空気を2人は感じながら、夜空には静かに佇む月が見守っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章20話『さくせんかいぎ』

「ナナさん、あの、そんなに見られても……」

 

「つーん」

 

「あと前に居座られると操作がしづらいし……」

 

「つーん」

 

「やべぇめっちゃ拗ねてる」

 

 部室を真ん中で隔てて片方はエイジとアオカ、もう片方をリュウとナナのペアでそれぞれ練習へと移りはや1時間。

 未だまともに会話を交わせていないリュウが戸惑いながらも目の前の敵機を撃墜していく。

 

「これもおわ、りと。次はどうする?」

 

「このミッションで」

 

「りょーかい」

 

 戦場を構成するプラフスキー粒子が切り替わり目の前には一面の砂漠が一瞬で広がった。

 見たところ無人飛行機(ドローン)を撃墜するミッションらしく空に浮かぶ複数の機影は陽炎で揺らぎ正確な距離が肉眼では観測出来ない。

 数にして、60。

 

「時間制限とかはあるのか?」

 

「30秒です」

 

「上等」

 

 言われリュウの口角が鋭く上がる。

 これは意地の張り合いだ、少女から誘われたじゃれあいのような物だ。

 ドローンの挙動は不規則にして素早い。過去の自分であったら5分は掛かるだろうとリュウは瞑目しながら呟いた。

 

「だとしたら、時間は15秒にするんだったな、ナナ……!」

 

 ……………………………………

 

 一方その頃、二分化された筐体の向こう側。

 戦場の設定は薄暗い雲に覆われ雨が降り(しき)る廃墟群、遮蔽物が多く射線が取りづらいこのフィールドには左右を一定距離交互する挙動のザクIIがランダムに配置されており、標的を探す少女はその仕様を教えられていない。

 

「アオカちゃん良い? スナイパーで一番大事なのは待つ事」

 

「は、はいっ」

 

 少女が陣取った位置は戦場で一際高いビルの屋上。

 灰色の装甲に鼠色が迷彩色として彩られたジム•コマンドが曇天の空に同化してスコープを覗く。

 

 良い集中だ、と。エイジはモニタへ集中する少女を見てザクの挙動を変えた。即ち自ら少女の射線へ移動するように変更し、次の瞬間ドンピシャで少女が狙いを付けていたビルの隙間からザクが姿を現した。

 

 同時に、撃発(トリガ)

 

 75mmスナイパーライフルから放たれた高速の実弾は雨ごと空気を切り裂いて標的へと放たれ、しかし着弾は僅かにズレた。

 

「ま、また外しちゃいました……」

 

「いや、これで良い」

 

「外した……のに?」

 

「そう。()()()()()()()()

 

 少女から聞いた話が本当なら、これでクラスでの勝率は大幅に上がる筈だ。

 システムを切ると戦場を構成していたプラフスキー粒子が瞬く間に消滅して、自然と少女の視線はエイジへと移る。

 

「アオカちゃんがこれから覚える事は、逃げる事」

 

「にっ、逃げですかっ」

 

「そう。これを見て」

 

 そう言うと筐体の上に少女が今日行ったクラスでの戦闘が投影された。

 エイジは映像をコマ送りしながら指を伸ばす。

 

「アオカちゃんを後衛に置いた傘型の陣形は良く出来てる。攻めっ気が強い子達が前で暴れて、後衛であるアオカちゃんが前衛に気を取られた子を撃ち取る、本来なら隙が無いけどこれは破綻している。どうしてかもう分かるね?」

 

 停止された映像は丁度少女が狙撃を外した場面。

 戦局はこの後少女の誤射を恐れた味方が動きを乱して押し返されるという流れだ。

 

「わ、私の狙撃が当たらないから……」

 

 涙目で、口をわなわなさせながら少女が声を震わせる。

 目尻に溜まった雫が今にも伝いそうになりながら見つめてくる眼差しにエイジは正面から首を横へ振った。

 

「違う。根本の考えがおかしいんだよ」

 

「根本?」

 

「アオカちゃんの狙撃は当たらない。それを活かすならまずこの陣形にするべきだ」

 

 エイジが指を流れるように動かすと小さなフリップが小隊の人数分浮かび上がり陣形を形成した。

 少女が赤色で他はグレー。やがて完成された陣形を見て少女は目を見開く。

 

「こ、こんな陣形ですか?」

 

「これ以外有り得ない。個人プレーが多い初等部だとまず見ない陣形だね。今日はこの陣形を用いた立ち回りを徹底的にやるつもりだからよろしく」

 

「はいっっ、よろしくお願いします!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章21話『もう、』

 薄暮に染まった校舎からはまだ、多くのガンプラバトルが行われておりエフェクトの音声や熱狂が遠く聞こえる。

 

「エイジさん今日はありがとうございましたっ!」

 

「こちらこそ。明日のバトル応援してるよ」

 

 ぺこりと兎のポーチを揺らしてアオカは頭を下げた。先程までの集中が未だ抜けていないのか額にはうっすらと汗が浮かんでいる。

 

「リュウさんにナナちゃんもありがとうございました! ナナちゃん、また明日ね!」

 

「はい。また明日」

 

 そう言って手を振るとおさげの少女は校門から出て行った。

 ナナとの調整中、悟られない程度に向こうの様子を見ていたが思わず感心の溜息が出たのを覚えている。

 確かにあの戦法ならアオカは輝けるだろう。

 明日の報告に期待しつつリュウは次の用事へと身体を向けた。

 

「……リュウ、俺も着いていくぞ」

 

「エイジ……?」

 

「顔に書いてあるぞ。「今からヤバいところに行ってくる」って」

 

「ハハ、敵わねぇな。……じゃあ来てくれ、正直頼もしい」

 

 結局アレから連絡が取れないままで、学園都市に戻ってきてから毎日足を運んでいる場所。

 あの人物が今どういう状況なのか、リュウとナナは把握していなかった。

 

 ────────────―。

 

 山岳地帯を切り拓かれて建てられた学園都市、その最も標高が高い場所に位置するここ萌煌学園は校舎の裏はすぐに手付かずの自然が広がっており、ここはまさにその境界線と言ったところだ。

 

 入り口から少し遠のいた所で足を止め、リュウは人影を周囲に探す。

 研究棟、入り口。

 やはりいつもと変わらず人の気配は無く地下へ続く空間がどうなっているのか様子も伺うことが出来ない。

 

「研究棟か、来るのは初めてだが人の気配が無いな。いつもこうなのか?」

 

 エイジが研究棟への入り口をぐるりと回って、そのやたら高設備な出入り口を見て口にした。

 自動ドアの前に設置されてある認証機器。萌煌学園の生徒が所持しているデバイスをかざす事で入ることが出来るこの設備はセキュリティレベルが存在しており、リュウのデバイスでは侵入することが出来ない。

 

「いつもこんな感じだな。前は俺のデバイスでも入れたんだけど、今はもう入れなくなってる」

 

 誰が調整したのかは言うまでも無く、あの冷えた理知的な瞳がすぐさま脳裏を横切った。

 そしていつものようにデバイスをかざす、そしていつものようにエラーの文字が吐き出される。

 

「リュウさん……」

 

「分かってる、こんな方法じゃ入れない。何か別な手段を考えないと」

 

「違います、誰かが、来ます」

 

「えっ?」

 

 疑問符と靴が草を踏む音は同時だった。

 サク、と接地面積の小さな靴での音。それはリュウやエイジが履いているような靴では無く女性のヒールで踏んだ音に似ていて。

 

「────リホ•サツキなら居ないわよ」

 

「……っ、師匠(せんせい)

 

 一陣の風が吹き抜け木々がざわめく。

 夕焼けに逆光するトウドウ•サキが微かに笑みを浮かべながらこちらを見据えていた。

 

「サツキ先生の場所知っているんですか」

 

「知らないわ? けど、居ないということは知っている。長期出張中よ彼女。教師の会議にも出てないわ」

 

 言いながらトウドウは歩みを進めリュウ達と同じく認証端末の前に立ち、教員が持つ最高レベルのデバイスをかざす。

 

「え!? エラー……?」

 

「見られたくないものが、あるのかしらね」

 

 エイジの驚愕にトウドウが言葉を続ける。

 

「貴方達、今のは見なかった事。そして誰にも言わない事。良いわね」

 

「別に誰にも言うつもりは無いけど……、師匠(せんせい)のデバイスでも入れないってそんなにおかしい事なんですか?」

 

 トウドウの瞳を訝しげに覗くと返ってきたのは大きな溜め息。そのまま豊満な肉体を閉じ込めているスーツに手を入れて1つのカードを取り出して見せた。

 

「忘れたなんて言わないで欲しいのだけれど、私は学年主任と特進クラスの主任を務めているの。初等部中等部の主任ならいざ知らず、私はこの学園で最も高い入室権限を与えられているのよ、つまり」

 

 蛇の眼が端末へ絡みつく。

 

「有り得ないのよ、こんな事は。……一体いつから」

 

師匠(せんせい)……」

 

「今日はもう帰りなさい。初等部の生徒の下校時間は過ぎているわ」

 

 横目でナナを捕らえながらトウドウ•サキは去っていった。

 その日、3人はその場で解散する事となる。

 

 ──────────────。

 

「リュウさん、お風呂が沸きました」

 

「あいよーん」

 

 言われるがまま脱衣所へ。

 結局あの後どこにも寄らないまま寮へ帰り、考えに耽っていた。

 即ち、リホ•サツキがどこへ行ったのか。

 ナナを学園へ入学させた真意と、リュウへ行った実験とはどのような内容だったのか。

 聞きたい事は山程あるのに、どこへ行ったのか行方知れずなのは心に靄を発生させるに容易であり、極め付けはトウドウ•サキでも知らないという事実。

 一体何がサツキの周りで起きているのか、リュウは思考を巡らせるが答えは出てこない。

 

「実験、に関係あるんだろうな」

 

 実験と呼称する以上そこには目的と指示をした人間が存在する。

 リホ•サツキは実験においてどのような存在だったのか、思考は無限に脳内を巡る。

 シャワーの音が思考のざわめきに共鳴するように、ノイズにも似た水の音が浴室に反響した。

 

師匠(せんせい)、サツキ先生とは知り合いだったのかな」

 

 悲しい瞳をしていた。

 蛇のように物事を獲物としてとらえている不気味さを持ちながら、その奥には悲しみに似た色がリュウには見て取れて、それが少し意外だった。

 

「お湯加減どうですか?」

 

「……まだシャワーだ」

 

 そもそも何故トウドウ•サキはあの場に現れたのか。

 疑問が疑問を呼んで、リュウの耳には全ての音が曖昧に聞こえている。

 

「良ければお背中洗いましょうか?」

 

「あぁ頼む」

 

 ガラガラガラ。

 慎ましく開かれた脱衣所への扉。

 流石に水音とは違う物音にリュウは横目をやると、そのまま湯船へと飛び込んだ。

 

「ナナさんんんん!?!? な、なにをしている!?」

 

「お背中をお流ししようかと」

 

「何でだよ!? 今までそんな気配も無かったでしょ!!」

 

「実はカンナさんから前々から勧められていたのです。『裸の付き合いをすると距離が縮まるわよ! 手始めは背中を流す事!』と」

 

「何を吹き込んでんのアイツ!?」

 

「あと『考え事してる時なんでも適当に流すからその時がチャンスよ』と」

 

「待って俺のこと知り過ぎ!?」

 

「それでは失礼します」

 

「ままま待て待て待て!!」

 

 目の前に現れたのは白銀の少女。

 タオルが身体に巻かれており、少女専用のボディタオルを既に手にしていた。

 石鹸で泡をモコモコさせ準備万端と言わんばかりの様子にリュウはどうにか反論する。

 

「お、おかしいだろ! こんなの、誰かに見られたらどうすんだよ!」

 

「今は誰も居ませんよ」

 

「初等部の女の子と一緒にお風呂なんて世間一般で言うところのアウト!! 法律的にもアウトなの!!」

 

「その前に私はリュウさんの妹という設定の筈です。小学生の妹が兄とお風呂に入るのは世間では常識の範疇です」

 

「そもそも!! 恥ずかしく無いのかよそんな格好で男の前に出て!!」

 

「リュウさんの前なら、恥ずかしさなんてありません」

 

「あ、あぅあぅ……!!」

 

 にじりにじりと歩みを進める少女。気付けば湯船の際まで追いやられており、ナナの顔が徐々に近づいてくる。

 微かに笑みを浮かべている表情にリュウは戦慄を覚えずにはいられなかった。

 

「誰の入れ知恵だ今の問答!! 黒幕がいんだろ絶対!!」

 

「リュウさんのお母さんです」

 

「あのクソババァ!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章22話『負け続けた』

「はぃ、今日も今日とてチーム戦だよ〜班になってね〜」

 

 その声に普段から元気のあるクラスの喧騒が更に大きくなり、タケモトは苦笑しながら後ろ頭を掻いた。

 

「今日の授業が終わったら今度は電脳世界(アウター)での実戦が主になるから、君達が今まで培ってきた全てを出すよう頑張って下さい」

 

 そんなタケモトの声も半分以上届かずに初等部クラスの関心は今から行うチーム戦に注がれる。

 予め決められた班が机を寄せて作戦会議を行う中、アオカの在籍する班も寄り合って話し合っていた。

 

「作戦は前回と同じく(わたくし)が先行して他の人間は左右からの挟撃、アオカさんには狙撃を担当して貰おうかと思いますわ」

 

 この班のリーダーは北上院ネネ。自他ともに認める初等部のエースであり、初等部最弱の異名を持つアオカを抱えていてもチームの戦績は辛うじて及第点となっている。

 今までも彼女が立案した作戦で勝っており、他の班員も納得しかけたその時、おずおずと細い手が隅っこから挙げられた。

 

「ネネちゃんごめん、またお願いしたい事があるの」

 

『……』

 

 他の班員がじっとアオカを横目で睨む。

 どの口が北上院の戦略に物申しているのか? そんな無言の圧力を正面から耐えて、それでもちょっと涙目でアオカはネネへと具申する。

 

「──―、なんだけど。ど、どうかな?」

 

「ふむ……」

 

 特徴的なツインテールを僅かに揺らしてネネが顎に手を添える。

 その数瞬後、視線だけがアオカへと向いてそのまま身が強張った。

 

「だ、ダメだったかな!」

 

「今の立案、例のナナさんのお兄さんからかしら?」

 

「ううん? そのお友達の方から。私の強みを活かすならこうだって」

 

「成る程」

 

 そう短く切ってネネはアウターギアを起動、班員の中央に立体映像が浮かび上がった。

 

「作戦は今アオカさんが言った通り。──勝てますわよ、今回は」

 

 断言。

 その物言いに先程まで口を挟もうか身を乗り出していた同級生達も腰を下ろして同意を示す。

 

「ありがとネネちゃん!」

 

(わたくし)は勝率の高い作戦を選んだだけでしてよ。……それにしても貴女はなんというか」

 

「うん?」

 

「いえ、今のは忘れて下さいまし」

 

 琥珀色の視線がアオカから外れる。

 その後はミーティングが進み、試合の立ち回りを練るだけとなった。

 

 …………………………

 

 

「やっと雑魚機体(ジム•コマンド)からおさらば出来るよ〜、長かったなチーム戦の授業」

 

「レギュ400とかノロマ過ぎて無理! ブーストいっぱいの跳躍(ジャンプ)でも全然進まねぇもんな! こんな機体乗り込んでる奴らの気が知れねぇよ」

 

「分かる〜! 早く自分達の機体乗りたいよね〜! 俺決めた、電脳世界(アウター)行ったらジム系統の機体虐殺する!」

 

「俺も俺も! ……ってか居んじゃん、レギュ400乗り込んでる奴が対面のチームに」

 

「あっ本当だ、しかも俺たちの戦績を上げてくれる親切なカモじゃん。今回も感謝して墜とさねぇとな」

 

 明かりを消した教室。

 机を隅へと移動した室内には集団の輪が出来上がり、その中心にバトルを行う班同士が距離を取って向かい合っている。

 

 プラフスキー粒子による操縦席(コンソール)内で口々に言葉を吐く少年達。

 初等部でレギュレーション400の授業が始まって以来高得点を出し続けているチームであり、今回の試合に勝てば最優秀成績で今期のチーム戦を終える事となる。

 

「索敵開始、と。こちらブルー2視界良好」

 

「ブルー1りょーかい〜。各機適当に前出て良いよ〜。猪女が出たら数で叩いて〜」

 

「猪女って、誰」

 

「言わせんなよ! 居んだろ1人、ドリルみてぇな髪型の猪がよ!」

 

「ぎゃはははは!!」「うわ、ひっど〜い」「言いやがったこいつ!」

 

 4機のジム・コマンドが雨の降る市街地を歩く。

 菱形の陣形を組んで後方に狙撃仕様、他はブルパップ・マシンガンを装備した仕様の小隊でありこれは全ての班が共通の兵装だ。

 教材として学園から提供されたジム・コマンドは性能が大きく変化しない程度の改造を許可されており、中でも狙撃仕様である75mmスナイパー・ライフルを持たせた機体は教師であるタケモトがアオカの愛機を参考にして授業に反映させた背景がある。

 その事実を思うとリーダーである小年の口角が自然と上がる。

 

「残酷なもんだよなぁ、自分が作った装備を他人の方がより上手く使えるなんて」

 

「ん? 何か言った?」

 

「なんでも。索敵続けろ」

 

「分かってる分かってる。……ん?」

 

 菱形の頂点であるブルー2が疑問符を口にする。

 構わずに小隊は前進しながら何の気無しに通信を続けた。

 

「どうした?」

 

「いや、音紋センサーが敵機捉えたかも。しかも1機」

 

「は? 単独で?」

 

「真っ直ぐこっち来てる、ほら。見えるよ」

 

 声と同時、ビルとビルの合間から唐突に機体現れた。

 雨を割いて水飛沫を上げながらブーストを吹かすジム・コマンドが小隊を前にして、すらりと伸びた銃口を先頭のジムへと向ける。

 撃発(トリガ)

 

「──なっ」

 

 突如の射撃に思わず回避行動を取るも弾丸は大きく上に逸れビルに風穴を開ける。そしてあろうことか射撃を行ったジム・コマンドは射撃の結果を見る前に反転し再びビルの合間へ潜ろうとしているところだ。

 

「雑魚の分際で凸砂たぁ舐めやがってッ!!」「どうする? 追う?」「八つ裂きだよなぁ!?」

 

 狙撃仕様のジム・コマンドを駆るのは、あの学年最弱の異名を持つアオカ。そんな彼女の射撃に少しでも窮した自分達に腹が立ちそれぞれ少年は額に青筋を浮かべる。

 

「左右から挟め! マップは見て付いてこい!」

 

「こちらブルー4。狙撃は必要?」

 

「いらねぇよ! あの雑魚は俺が直々にサーベルで貫く!」

 

「あーはいはい」

 

「いつもヘラヘラ笑ってる雑魚の分際で、許せねぇ!」

 

 ……………………………………

 

 

「アオカちゃんには今日、付け焼き刃の回避行動を覚えてもらう」

 

 人差し指を立てたエイジさんが笑顔でそう告げた。

 付け焼き刃の回避行動、これが果たしてどんな意味があるのか。先程行ったザクへの狙撃は残念だけどいつも通り外して、陣形についてもおかしな事を言われてほんとは頭の中がグルグルしている最中だ。

 

 そんな少女の顔が固まって数秒、しゃがみ込んだエイジがアオカの視線と同じになりながら言葉を続ける。

 

「アオカちゃんが練習してる間、アウターギアで試合のリプレイを何個か見たんだけど。……アオカちゃん相当舐められてるね」

 

「うっ……! そ、その通りです」

 

「これは武器だよ。逆手に取らなきゃ勿体ない」

 

 不思議な事を言うな、と思った。

 弱い事の何処が武器なのだろう。わたしはネネちゃんのように突き抜けて強いわけないし、他のチームメイトのようにそつなく何でも出来るわけでもない。

 居るだけでチームの邪魔でCPUの機体の方がまだ仕事をしてくれるとさえ思う。

 

「この試合を見て」

 

 少女が思考に耽る中に投影されたのは別の市街地での戦闘映像だ。戦場には定点カメラが複数設置してあるのか、ワイプが4つ端に表示されて戦況を細かに確認出来る。

 

「多分勝手に流しちゃいけないんだけど、……これヴィルフリートさんって人の戦闘映像」

 

「ヴィルフリート? ど、ドイツの英雄と同じ名前ですね?」

 

「いや、本人だね」

 

「えぇっ!?」

 

 思わず声が出てしまった。

 普段バトルの事は必要以上に見ないアオカでも、その人物が動画サイトやテレビで毎週のように取り上げられている事は知っている。

 ドイツの英雄、軍神、軍略。軍人としてもガンプラファイターとしてもトップレベルのヴィルフリートの知名度はアオカでさえ知っている程だ。

 

「彼がこれから行う行動、これの真似事を覚えてもらう」

 

「ヴィ!? ヴィルフリートさんのですか!? むむむむ無理に決まってます! わたしなんかに出来っこないですっっ!」

 

「まーまー、物は試しって事で」

 

「ひえええええ!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章23話『コスト計算』

「アオカちゃんには今日、付け焼き刃の回避行動を覚えてもらう」

 

 人差し指を立てたエイジさんが笑顔でそう告げた。

 付け焼き刃の回避行動、これが果たしてどんな意味があるのか。先程行ったザクへの狙撃は残念だけどいつも通り外して、陣形についてもおかしな事を言われてほんとは頭の中がグルグルしている最中だ。

 

 そんな少女の顔が固まって数秒、しゃがみ込んだエイジがアオカの視線と同じになりながら言葉を続ける。

 

「アオカちゃんが練習してる間、アウターギアで試合のリプレイを何個か見たんだけど。……アオカちゃん相当舐められてるね」

 

「うっ……! そ、その通りです」

 

「これは武器だよ。逆手に取らなきゃ勿体ない」

 

 不思議な事を言うな、と思った。

 弱い事の何処が武器なのだろう。わたしはネネちゃんのように突き抜けて強い訳じゃないし、他のチームメイトのようにそつなく何でも出来るわけでもない。

 居るだけでチームの邪魔でCPUの機体の方がまだ仕事をしてくれるとさえ思う。

 

「この試合を見て」

 

 少女が思考に耽る中、空中へ投影されたのは別の市街地での戦闘映像だ。戦場には定点カメラが複数設置してあるのかワイプが4つ端に表示されて戦況を細かに確認出来る。

 

「多分勝手に流しちゃいけないんだけど、……これヴィルフリートさんって人の戦闘映像」

 

「ヴィルフリート? ど、ドイツの英雄と同じ名前ですね?」

 

「いや、本人だね」

 

「えぇっ!?」

 

 思わず声が出てしまった。

 普段バトルの事は必要以上に見ないアオカでも、その人物が動画サイトやテレビで毎週のように取り上げられている事は知っている。

 ドイツの英雄、軍神、軍略。軍人としてもガンプラファイターとしてもトップレベルのヴィルフリートの知名度はアオカでさえ知っている程だ。

 

「彼がこれから行う行動、これの真似事を覚えてもらう」

 

「ヴィ!? ヴィルフリートさんのですか!? むむむむ無理に決まってます! わたしなんかに出来っこないですっっ!」

 

「まーまー、物は試しって事で」

 

「ひえええええ!!」

 

 …………………………

 

 

 正面モニタに表示されたマップのナビには自身を示す青のフリップとアオカを追い掛ける赤の敵性フリップが3つ点滅しており、少女が進む先は間もなく袋小路だ。

 

『追いかけっこはもう終わりか? あぁ!?』

 

『僕にやらせてよ! さっきアイツの弾当たりそうになったんだから!』

 

『アンタたち、そういうのは先に倒したもん勝ちでしょ?』

 

 オープンチャンネルで同級生達の会話が周囲に反響する。

 ここは市街地の端、味方の初期位置とも離れたエリアとエリア外の境界線付近だ。

 

『……んとだ』

 

『あぁ!?』

 

 突如としてアオカからもオープンチャンネルでの音声が聞こえ、その場の全員が思わず耳を傾ける。

 今までの授業の戦闘において少女がオープンチャンネルで何かを話すことが無かったからだ。

 

『1200』

 

『は? 何だお前、俺たちにやられ過ぎて遂に頭でもイったか?』

 

 少年たちは気付いていない。少女から聞こえる声が、操作ミスによって偶然オープンチャンネルへと切り替わった事に。この音声が全て少女から漏れる感嘆の独り言という事に。

 

『理解、しました……!!』

 

 突如として少女が駆るジムコマンドが少年たちの後方に位置するビルを狙撃し、元々戦闘で破棄された市街地という事も相俟ってビルが倒壊する。

 突然のビルの倒壊に少年たちは振り向き、しかし倒れてくる位置はやや離れ機体に影響は全く無い。

 

『何が、やりたいんだよテメェはよ!』

 

『もう付き合ってらんなくない? やるよ』

 

『さんせ〜。お先に〜』

 

 痺れを切らした1機がビームサーベルを抜く。

 狙撃機がこの距離でサーベルを抜かれるという事はそれだけで致命的であり、逃げ場がない以上最早助かる手立ては絶望的だ。

 振りかぶられたビームサーベル、爛々と輝く粒子が次の瞬間にはアオカのジムコマンドをライフル共々両断する。

 

 撃発(トリガ)

 

 少なくともそう思っていた同級生の少女の思考は左右から瞬くマズルフラッシュの閃光の意味を把握する前に機体が爆散する。

 

『な──にぃ』

 

『って、わ! オープンチャンネルじゃないですか! ごめんなさいごめんなさい!』

 

 爆発した機体のパーツが金属音と煙を立てながら周囲へと落ちて、戦場めいた風景に少女の垢抜けた声は良く通る。

 

『て、めぇ、誘いやがったな!?』

 

『ごごごごめんなさい! ここまで上手く行くとは思わなくて!!』

 

『むっかつく! 僕たちを欺いたって、雑魚の癖にそう言いたいの!?』

 

『まさか上手く行くとは思わなかったんです!! だって……!!』

 

 リロードの音。

 身を潜めたアオカの味方機がブルパップマシンガンのマガジンを変えるも、市街地の地形上反響したその音で場所が割れる事は無い。

 

『──―私1人(400コスト)で1200コスト分も誘い出せたなんて』

 

『この、ふざけやがって……ッッ!!』

 

 再び撃発(トリガ)

 少年らが行動を起こす前に、完全に射撃体勢へ移行したジムコマンド2機による過密な弾幕が瞬く間に機体を撃ち抜いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章24話『少し貴女が羨ましくて』

 市街地中央。

 本来であれば戦場の只中である筈の区域には1機を除いて誰もおらず、狙撃を担当するジム•コマンドだけが隠れもせずに友軍の連絡を待っていた。

 彼のチームは荒削りだが優秀だ。

 近接に秀でて敵チームを撹乱させるリーダーと彼に負けず劣らずの戦闘能力と獰猛さを備える2人、そして彼等が動かした相手を狙撃する自分。

 連携すらままならない初等部の中でいち早く戦術というものを理解したチームの成績は常にトップで他のクラスと比べても並ぶチームは少ない。

 

 ──友軍機信号消滅(シグナルロスト)

 

 故に突然の表示とレーダーからの味方機の消滅は理解するのに時間が掛かった。

 

「は……」

 

 友軍機3機撃墜……!? 

 目を見開き、そして即座に戦略を練った結果身近なビルに一旦身を潜めて各個撃破を狙おうと建物へ機体を走らせる。

 位置を悟られないよう最小限のスラスター駆動で、滑るように、

 

『あら、どちらへ向かうのかしら?』

 

「ッッ!」

 

 自機とビルへ向かう軌道へブルパップ・マシンガンの3連射。直線状に流れた弾丸は市街地の道路を穿ち、歪みが一切見えない弾痕の様相は初等部の人間にとって致命的な死神との出逢いに他ならない。

 

「北条院ネネ……!」

 

『アオカさんには感謝ですわ。1対1の舞台を(わたくし)に設けてくれるなんて』

 

 硝煙が揺らぐマシンガンを下げてジム•コマンドが1歩、また1歩と歩を進める。

 この場に北条院ネネが居ると言う事は、友軍機が向かった区域の距離を考えるならば恐らく初めから自分へと充てられたカードだ。

 つまり突撃していった友軍機は北上院ネネという切り札ではなく、アオカという最弱の札にしてやられたのだろう。

 

「なに、やってるんだよアイツら……!!」

 

 バンッ! と操縦席(コンソール)を叩く音に北条院ネネは目を(すが)めた。

 

雑魚(アオカ)なんか抱えてるチームに負けたって言うのかよアイツら! その挙句僕は北条院と1対1だって!? どうしようもなく使えないなぁくそッッ!!」

 

 そして75mmスナイパーライフルを構えて標準を合わせる。この距離であればどんな回避行動を取ろうとも間に合わず、せめて1機でも道連れにしてやろうと操縦桿を握る指に力が篭った。

 

 撃発(トリガ)

 

「え」

 

 光の一閃。

 辛うじて見えたその軌跡がビームサーベルの一振りによって生じたものだとややあって気が付いた。

 無造作な逆袈裟斬り、間を置いて両断された弾丸が軽い金属音を2つ鳴らす。

 斬った。斬ったのだ。

 音速を超える75mmスナイパーライフルの、近距離の射撃を。

 

「な、んで」

 

『……』

 

「なんでお前は僕らの誘いを断ってあんな雑魚(アオカ)のチームに行ったんだよ!!? あんなのと組んだら成績が落ちるだけだろっ! 意味が分からない!」

 

 75mmスナイパーライフルを再び構える。

 ボルトアクションによる次弾装填の猶予は近接戦闘おいて致命的だ。その時間を与えると言うことは北条院ネネは既に勝利を確信しておりその姿勢が益々少年の意識を激昂させた。

 恨み言を吐こうとした瞬間、目の前のジム•コマンドがブルパップ・マシンガンを地面へ投げ捨て音声通信のノイズが短く入る。

 

『私は弱者が嫌い、その観点から言えばアオカさんは嫌いですわ。ですが、私が最も嫌うのは弱者を虐げる弱者。現在の立場に甘んじて自分より下のものを虐げる人間こそ私が最も忌むべき存在ですの。つまり』

『──貴方方のような有象無象が、1番嫌いですわ』

 

「お前ェ──ッッ!!」

 

『そのライフルの装填数は5。今ので残弾4。どうぞ、全弾撃ってくださって。(わたくし)は貴方に攻撃は加えません』

 

 撃発(トリガ)

 先程のは何かの間違いだと、そう願って放つ弾丸。

 

『話の途中ですのに……。貴方が全弾撃ったら確実に機体を両に断ってあげますわ。あと3』

 

 コクピットを狙った弾丸はまたもやビームサーベルの一閃によって斬り裂かれた。

 

「化け物が……!」

 

『コクピットが駄目なら動きの軸となる腰。見え見えでしてよ。あと2』

 

「くそッ!!」

 

 ボルトアクションにより排出される薬莢が宙を舞う。

 そもそも回避という概念が通用しない狙撃銃の弾速を見切っている事実が有り得ない。音速を超える狙撃は文字通り音が届く前に敵機を刈り取る魔弾のそれだ。

 そこに人間の反射神経等という物が入り込む余地は無く、そこで気付いた。直前でのフェイントであればどうか。あの化け物が仮に銃口で読んでいるのならそれを狂わせれば直撃する、と。

 

(コクピットと思わせて脚……!)

 

 脚を潰してしまえば遠距離攻撃の手段のないジム•コマンドはなんの脅威にすらならない。

 直撃を確信した狙撃は直前に銃口を下げて右脚部へと必中の軌道を描いた。

 

不正解(ノン)。それも(わたくし)への対処ではなくてよ。あと1発』

 

 下から振り上げられたサーベルによって金属の短い蒸発音が雨音に消える。

 

「ば、化け物がァ──!!」

 

『さぁ、墓前に供えるガンプラは何が宜しくて?』

 

 最後の射撃は再びコクピット。その弾丸の道筋を真っ直ぐ辿るように突き立てられたビームサーベルの切っ先が弾頭を正面から焼き潰し、桃色の刃が逆に機体胸部へと突き立てられた。

 力無く項垂れたジム•コマンドがネネの駆るジム•コマンドへもたれかかる。

 

『……それと(わたくし)、別にどの班でも構いませんわ。付いてこれる人間が初等部に居ませんもの』

 

 独りごちに吐かれた言葉。

 ビームサーベルを突き立てたままネネはそれを上下した。

 その単純な動作はしかし稲妻の速度の如く。踏み込んだ右脚部が駆動系過負荷によるスパークの光を走らせ敵機を瞬く間に両断した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章25話『決闘』

 給食の時間が過ぎた昼休みの教室は、遊び盛りの3年生達がたむろしているとは思えない程に不気味な静けさが満ちていた。

 ひそひそと生徒達が耳打ちを行なっているその中央、午前中の授業の感想戦を行っているのは3人の少女達で、ドリルのような栗毛のツインテールを揺らした1人の少女が渋面で鼻を鳴らす。

 

「初チーム戦で全戦全勝、随分と可愛げがあります事ね。ナナ•タチバナさん」

 

「ありがとうございます。……クラスメイトから可愛いと言われた、連絡帳にメモ」

 

「褒めてなくてよ!? ……ですが初めて組むチームの仲間にも的確な指示を飛ばしたのは見事と言うほかありませんわ。戦術レベルも非常に高度で(わたくし)も感心した点が幾つか見受けられました」

 

「ネネちゃんとわたしのチームが丁度戦うってところでチャイム鳴っちゃったもんね。ネネちゃん悔しがってたよ」

 

「いつ、誰が、誰に対して悔しがっていたのかしら?」

 

「ぴぃっ!? ごめんなさいごめんなさい!」

 

 先程の授業でレギュレーション400のチーム戦授業は終了し、全敗を予想されていたアオカとネネのチームは今回の授業で全勝。クラスに在籍する全ての人間達はその結果に驚愕していた。

 教室が異様な空気なのは、得体の知れない短期間での成長を見せたアオカと、突如牙を見せた北上院ネネの戦闘力の一端、そして同じく別ブロックで全勝を果たした転校生ナナの3人が机を合わせて居る事態が原因であり、3人の関係性に他の生徒は耳を澄ませている。

 

「珍しく今日は静かな事ですわね。紅茶の香りも相俟って思考が捗りますわ」

 

 3人はそんな空気を露知らず、お互いの試合をアウターギアによる投影映像で観戦しており、不意にネネの視線が正面のナナへと向けられる。

 

「どうかしましたか」

 

「いえ、揺らいでいた考えが固まっただけでしてよ」

 

 ティーカップを受け皿に添えるように置いて小さな音が鳴る。

 

「ナナさんのお兄さん、リュウ・タチバナさんのスケジュールは把握されているのかしら?」

 

「2週間先からは予測が介入し不確定要素が多くなります」

 

「今日だけで結構ですわ」

 

「就寝までなら把握しています」

 

「今日の放課後だけで良いですわ!? え、(わたくし)ひとりっ子なのだけれどお兄さんを持つ妹って皆こうだったりするもの!?」

 

「す、少なくともわたしは違うかな……」

 

 困ったような表情でアオカが頬を掻く。

 そうして咳払いを1つ行ったネネが立ち上がり、向かい合う形でナナをビシリと指差した。

 

「──本日の放課後、北条院の名において、ナナ・タチバナさんリュウ・タチバナさん両名に対しガンプラバトルでの決闘を申し込ませて頂きますわ」

 

 相対する両者の瞳。

 未だ謎に包まれる白銀の少女の眼には僅かに感情の揺れが見て取れた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章26話『少女へと迫る危険』

『食堂の新メニュー、プラ板珈琲もう飲んだか!?』

『飲んだ飲んだ! 180杯のうち1杯に砂糖じゃなくて本当のプラ板の粉が入ってるって噂のアレだろ! 当たりのプラ板を飲むとプラ板工作の神様がその日降りるって話だ!』

『砂糖の見た目も凝ってて見た目も感触も完全に切り出したプラ板なんだよな!』

『知ってるか? そのメニューに即発されてプラ食研究部の連中が食べれるプラ板の研究始めたらしいぞ』

『マジかよ〜! プラモのグルメに取り上げられるのも時間の問題じゃないのか!?』

『こうしちゃいられねぇ、早く当たりの珈琲飲んでフルスクラッチ1/60サイコインレを作るぞ!』

 

 ホームルームの終了とともに生徒達は駆け出していき高等部の在籍する校舎は瞬く間に熱狂へ包まれる。

 リュウはそんな生徒達を視界の端で見送り、頬杖をついて開いた窓から空を眺めていた。

 憂いを感じさせない、サッパリとした晴天の空模様。

 

「何考えてるのリュウ君?」

 

「あ──……、アオカの事だな。試合勝ったって連絡きたからさ」

 

「ん〜? その割には嬉しくなさそうだけど?」

 

「嬉しいよ。嬉しいけどあの手は次は使えない。アオカ自身の武器を手に入れないと今後勝ち続けるのは難しい」

 

 コトハがその髪色を連想させる桃の香りを仄かに纏ってリュウの机へと腰を掛ける。

 それでも視線を空から外さないまま思考に耽るリュウを見て、コトハが背負った学生鞄を身を捩ることでリュウの顔面へとぶつけた。

 

「なんだ急に!? どうした! 破壊衝動か!?」

 

「リュウ君、今日エイジ君にまるちゃんは?」

 

「アイツらなら確か食堂の新メニューを飲みに行ったな」

 

「ナナちゃんにアオカちゃんは?」

 

「今日は特に用事は無いな。明日は放課後感想戦するけど」

 

「じゃあトウドウ先生は?」

 

師匠(せんせい)なら今日ラーメン……用事があるから俺が呼び出される事は無いな」

 

「ふふふ〜ん」

 

「なんだ……?」

 

 今日トウドウ・サキとの指導が無いことにリュウが胸を撫で下ろしていると、コトハがその整った顔を笑顔で、もの凄い満面の笑みを浮かべたまま振り返る。

 悪寒を覚えて思わず視線を幼馴染へと向けると、そのままニコっと首を傾げた。

 

「ガンプラバトル、しよ?」

 

「却下」

 

「なんでさー!?」

 

「だってコトハも受けるんだろ、特進の試験。手の内は見せられねぇ」

 

「あっ」

 

「ごめん、本当にこれぐらいやらなきゃオレ駄目なんだ。汚ぇと思ってくれてもいい」

 

 申し訳なさそうに目を伏せるリュウ。

 先日見せたコトハの新機体、彼の機体のリプレイデータを既に何回も見返していながら自分の機体は晒さないという卑怯な手段を用いている。使える手は全て使え、仮初めの師匠(せんせい)から教わった、弱い自分が勝つための方法。

 罪悪感を覚えるその鳶色の髪に鼻が付くほどコトハの顔が近付いて、気配に気付いたまま少年は椅子ごと後ずさった。

 

「な、なんだよ。謝るけどバトルはしねぇぞ」

 

「ううん。嬉しいの」

 

 風が吹く。

 秋を想うような、僅かな涼しさを感じさせて。

 

「本気で私を見てくれてるんだ」

 

 とても大事な何かを包み込むように。

 しばらく頷きを繰り返してそっと幼馴染は顔を遠ざける。

 

「楽しみにしてるね、リュウ君。その時は、ちゃんと私を──―」

 

『あー、あー。マイクテスト、マイクテストですわ。おほん』

 

「「っ!?」」

 

 突如として耳を突く放送の音声。

 中等部か初等部の少女を思わせる声の高さに音量も相俟って、リュウとコトハはスピーカーへ意識を持っていかれる。

 

『え? 声が大きいですって? 失礼しましたごめんあそばせ。北条院たる者いついかなる時でも凛とした声音で話す事を是としていますの。あら、もう教員が放送室前に……、放送部のあなた、後で説明しておいて下さるかしら。謝礼はシリーズ別の積みプラ3メートル分で』

 

「北上院って、この前うちのクラスに来た……」

 

「凄いツインテールの子だよね。萌煌(ほうこう)東西南北の」

 

『本題に入りますわ。放課後の貴重な時間を割いてしまい申し訳ありません。今回放送させて頂いたのは、高等部に在籍していらっしゃるリュウ•タチバナさんに用があっての事で』

 

「はァッッ!?!?」

 

 驚きに思わず立ち上がった拍子で椅子が音を立てて倒れ、リュウは愕然とスピーカーから続く言葉を待つ。

 教室内からは疑問の声とひそひそ話が聞こえ、誰も彼もが視線をリュウへと注いでいた。

 

『本日、この後30分後。第一体育館にて(わたくし)とガンプラバトルで決闘を申し込ませて頂きます。万が一、前日のように断る事があれば貴方の妹であるナナさんの身の保障は出来ませんわ。それでは』

 

 ブツ、と放送が終わり教室はおろか学園で言葉を発する人間は誰ひとりとして居なかった。

 放送が入る事は珍しく無いものの、今回使用されたのは全校へ即座に通達する為の回線であり使われる事は殆ど無い。

 静寂が満ちる中、学園で最も初めに身体が動いたのはリュウ•タチバナだった。

 

「ちょ、リュウ君!?」

 

「ナナが危ないかも知れない……!」

 

 机の脇にぶら下げてある鞄をもぎ取るよう強引に手に取って、少年は即座に体育館へと駆け出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章27話『俺を信じる人のために』

 萌煌学園は山岳地帯を切り拓かれて設立された世界有数のガンプラバトルに特化した育成機関であり、初等部中等部高等部を内包したその施設は巨大遊園地と同等かそれ以上の敷地を有している。その為校舎は3つに別れており、それらに付随する食堂や図書館の他と同様、体育館も3つ存在し更にそれらとは別に総合体育館が学園の敷地内に設けられている。

 

「ご丁寧にアウターギアにまでバトルの申請が来てるな、本当にやる気って事かよ」

 

 リュウ達高等部が在籍する3号棟を出てそれぞれの校舎の中央、一際大きなドーム状の建物が北条院ネネに指定された総合体育館だった。

 放課後ながら体育館への道には多くの生徒が足を運んでいる様子で、走りながら会話へ耳を傾けるとリュウの想像通りの内容であり眉を(ひそ)める。

 ずばり『北条院と無名の生徒がガンプラバトルを行う』という内容は生徒達にとって一大イベントのようで、どの会話も北上院の使用する機体や彼女の戦績についての話題で持ちきりだ。

 

『わっ! なんだよ!』

『ちょっと〜、割り込まないでよね! 今からネネ様のガンプラバトルが始まるんだから!』

 

「すみませんすみません!」

 

 俗人とは滅多にガンプラバトルを行わない北条院ネネのガンプラバトルを見ようと体育館の入り口は既に人で溢れており、なんとかリュウはここ最近トウドウ・サキから指導されている体捌きを駆使して身体を集団へと捩じ込む。

 

『1階はもう駄目だ! 2階から見学するぞ!』

『ガンプラバトル実況部です〜! 皆さま少しおしゃがみ下さい! ドローンを会場内へ飛ばします!』

『実況部に先陣を切らせるな! ガンプラバトル報道部は2階の窓からドローンを侵入させろ! 普段やっているファンネルの操作練習はこの時の為だ!!』

 

「失礼しますっ! ぐぬぬぬ……! ぐぬぬぬ……! 思い出せリュウ・タチバナ、資金が尽きかけた時の、スーパー安売りセールでの攻防をぉ〜〜……!! ──ぷぁっっ!!」

 

 行きも帰るも出来ない集団の中をなんとか抜けて顔を上げると、

 そこには不可侵の空間が在った。

 ガンプラバトル用の筐体を中心として半径10メートル程か、2人しか行わないバトルの見物としては広過ぎるそのスペースに少女が椅子へ腰を掛けている。

 

「ご機嫌よう、リュウ・タチバナさん。早速でありませけれどお返事を聞かせて貰える事は出来て?」

 

 音を立てずティーカップを置いて少女は、尊大と可憐さを持ち合わせた微笑を浮かべる。

 揺れる、特徴的なツインテール。表情に違わず余裕に満ちた細かな所作。

 旧体制の名を許されている名家でありガンプラバトル界において重要な立ち位置に付いている北上院、その1人娘。

 ──―北条院ネネ。

 

「ナナはどこだ」

 

「あら失礼。(わたくし)とした事が逸ってしまいました。ナナさんならあちらに」

 

 ネネが手のひらを軽く叩くと周りを囲っていた集団の一角がザァっと割かれ、ネネと同じよう椅子に座ったナナが少し戸惑った様子でこちらを伺っていた。

 目に入ったのはナナの前に広がる数々のスイーツ。ショートケーキやホットケーキ等様々な種類の洋菓子が並べられ、どれも一級品であることが見て取れる。

 

「……どういう状況?」

 

「あら、見て分かりませんこと? リュウさんがバトルをお断りになったら彼女、ナナさんをあらゆる手段を取って懐柔致します」

 

「ハッ」

 

 少年の鼻から思わず笑いが漏れる。

 ナナとは深い信頼関係であることをリュウは自覚しており、たかが茶菓子程度でその絆が薄れるなんて事はあり得ない。

 

「俺も今大事な時期にあってな、悪いけど北上院ネネさんとガンプラバトルしている時間は無いんだ。ナナ、帰るぞ」

 

「はわわわ……! 見て下さいリュウさん……! こんな美味しそうな見た目のケーキ、私の記憶にはありません……!!」

 

「ナナさぁーんッッ!!?」

 

 完全に目がショートケーキの上に乗っかっている苺を映し、空色の大きな瞳が爛々と輝いていた。

 

(不味い)

 

 師匠(トウドウ・サキ)と交わした約束が蘇る。

 無用なバトルは特進の試験まで避けろ、他の生徒に手の内を決して明かすな。

 勝算の低い試験を生き残る為にリュウが取れる数少ない手段であり、その約束に従いながらリュウは学園へ登校している。

 それを破るのか、この面前の前で。

 

「さぁ、お返事の準備はよろしくて?」

 

 だったら、負けよう。

 とっとと負けて、自分は弱いです、と道化を演じて本命の試験に臨む。それが今後の為であり、学園で影響力の大きい北条院とバトルする上で最適の解答だ。

 

「──バトルを、受ける」

 

「っっ!! やっとその気になられたのかしら! よろしくてよ! さぁ、ナナさんを解放してあげて!」

 

 その言葉を受けナナを囲んでいた黒服達が丁寧に椅子を引きこちらへ促す。白銀の少女はリュウの表情を見上げると、やがて心の内を察したかのように微笑んだ。

 

「リュウさんの望むままに」

 

「俺は」

 

 少女の手がリュウの掌へと添えられる。

 小さな手だ。

 あの夜握りしめた、けれであの時より暖かく優しい手。

 

 ピ、と。

 リュウのアウターギアが起動して1通のメッセージを伝える。

 視線でカーソルを動かしメールを開くと、

 

 ──題名『応援しています』。

 ネネちゃんはとっても強くて、けどリュウさんにも負けてもらいたくありません。

 リュウさん達のお陰でわたしは初めてクラスで勝つことが出来ました。

 だから、どっちを応援したらいいかわからないですけど。

 ──頑張って下さい。

 

 添えられた少女の手を握って返す。

 やがてリュウが見渡すと、2階の端で彼女(アオカ)が満面の笑顔でこちらに手を振っていた。

 

「ナナ」

 

「はい」

 

「──―勝つぞ」

 

 展開されたアウターギアからの信号を受け、筐体から発せられたプラフスキー粒子が緑の燐光を伴って漂う。粒子が操縦席(コンソール)を形成する都合上、闇夜の暗さと粒子の煌めきが周囲に混在するなか対面する少女の顔に年相応の挑戦的な笑みが浮かび上がる。

 

「考えが変わったようですけれど、後悔はなくて? 特進クラス編入試験を受けるリュウ・タチバナさん?」

 

「こっちの事情を知っていたんなら少し性格が悪いな北条院。悪いけど後先の事を考えるのはやめだ」

 

「貴方がそう来る事は″読めて″いましてよ。予定された未来ではあるけれど、貴方に感謝を」

 

「……?」

 

「失礼、勝負の前に最早これ以上の言葉は無用ですわね。それでは」

 

「あぁ。──リュウ・タチバナ、Hi-sガンダム」

 

「北上院が後継(あとつぎ)。──北条院ネネ、ガンダムビルドエピオン」

 

「「バウトシステムッ! スタンバイッッ!!」」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章28話『実況席実況席』

 総合体育館の1階中央で今まさに始まろうとしているガンプラバトル。会場に集った人間の口々が北上院ネネのガンプラについて考察や議論を行っているなか、2階ではまた違った様相の熱狂が渦巻いていた。

 

「自分らガンプラバトルは好きかぁ──っっ!?」

 

『おぉ──っっ!!』

 

「聞こえんわボケ共がァ!! そんな声でこの場を盛り上げられると思うてるとしばくぞホンマ!! もっかい行くで!! ……自分らガンプラバトルは好きかぁ──!?」

 

『うおおぉぉぉおおおお──―ッッ!!』

 

「盛り上がってきたァ──ッッ!!! さぁー会場もあったまったところで実況は高等部3年生ガンプラバトル実況部副部長、リョウタ・マルヤマが受け持つで!! あの北上院とのガンプラバトルに参加出来ない自分らのフラストレーションを一身に背負って実況するからな!! 分かってると思うけど賭け事はホンマにすんなよ!? 執行部がすっ飛んできてバトル自体がおじゃんになるからな!!」

 

 ぐわんぐわんと響くマイクを片手にリョウタ・マルヤマが前髪をヘアバンドで纏めながら叫び散らす。

 殆ど絶叫のような声は街中で発したら逮捕される事間違いないが、ここ萌煌学園に至ってはこれくらいの声量が無いと熱量の有り余る生徒達を御する事が出来ない。

 後輩から差し出されたペットボトルを煽ってマルヤマが額から汗を拭う。そんな様子を隣に座っている男は疑問の表情を浮かべながら眺めていた。

 

「何でオレがここに座っているんだ」

 

「隣に座るのは北条院ネネの対戦相手、リュウ・タチバナの友人!! エイジ・シヲリぃ──ッッ!! バトルしか興味ない萌煌学園の生徒達の中では珍しくガンダム作品への愛に溢れてるコイツと一緒に……ぜェ、ぜェ、実況解説していくでェ──ッッ!! ちなみに一部の人間からはしをりんって呼ばれてるでェーッッ!!」

 

「早くも息切れ。とはいえオレがこんな場所に座って良いのか? あまり上手い事言えないが……」

 

『うおおぉぉぉおおお──―ッッ!! しをりん──―ッッ!!』

 

「ノリが良過ぎるだろ」

 

 と言いつつ眼鏡を取ってアウターギアを起動する。視線でカーソルを操作し、会場内でアウターギア越しで観戦しようとしている生徒達の視界映像を多角的に投影、体育館内の中央に巨大な投影映像(ホロウィンドウ)が映し出された。

 

「アウターギアにこんな仕様あったんか!? 説明書には書いてなかったような……」

 

「記載されている事を組み合わせるとこういう真似も出来る。今度教えるさ」

 

 会場の全員が投影された映像へ釘付けになり声が徐々に収まっていく。

 期待を帯びたその潜めた声達はやがて主役の2人が放つ剣幕に呑まれて消え、静寂が体育館を支配する直後。

 マルヤマが犬歯を覗かせる笑みで再びマイクを高らかに上げた。

 

「準備は出来たようやなァ!? んじゃ勝手ながら仕切らせてもらうで!! ──ガンプラバトル、レディー??」

『『ゴォ──―ッッ!』』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章29話『先鋭する闘志』

 1対1のガンプラバトルにおいて選ばれる戦場(バトルフィールド)はランダムで設定するのが暗黙の了解だ。試合後における敗者の言い訳や第三者から見て公平な戦いと見て取れるためのガンプラファイター同士の決まりであり、戦場(バトルフィールド)は50以上存在する1対1用の物から選ばれる事となる。

 ガンダムシリーズに登場したステージや各種媒体で人気なステージのオマージュが多数ある中、ここ──水晶宙域はガンプラバトルオリジナルの戦場(バトルフィールド)となっている。

 無重力の設定が為されているこのステージは鈍い白色が基調とされて、天上に位置する光球が辺りに浮遊する大小様々な結晶を照らしており、色鮮やかな結晶が360度に点在している幻想的なステージだ。

 

『不意打ちを仕掛けない魂胆は正々堂々を謳うから? それとも傲慢からかしら?』

 

「どれも違うな。俺達が勝つ為だ」

 

 結晶を隔てて向かい合う中、Hi-ガンダムとは真逆の色の、真紅の機体を外観から分析する。

 ビルドエピオン。ガンダムエピオンをガンダムエピオンのパーツを使わずに他ガンプラを使用して作られた所謂(いわゆる)見立てミキシングで製作されたガンプラだ。

 全身の各所に備わるクリアパーツは高純度のプラフスキー粒子を生成し、一部エネルギーにはGN粒子が使用されておりビルドの名を冠する機体に相応しく粒子を利用した予測困難な兵装を数多く備えている。

 

「ひとつ良いか北条院」

 

『えぇ、どうぞ』

 

「どうして俺とナナなんだ? 確かに転校生としてナナは目立ったかも知れないが、それ以上に強い人間は萌煌には大勢いる、なのに何でだ?」

 

『そうですわね……、それについては勝負が終わったらお教え致しますわ』

 

「そうか。じゃいつでも良いぜ」

 

『先程から思っていたのですけれど』

 

 ビルドエピオンが不意に左手を天へ翳す。指先まで柔軟に動くフレームから窺える機体の完成度にリュウは内心驚きつつも操縦桿を握る力を緩めない。

 

『──やはり先程から傲慢が見えましてよ』

 

 不敬と断ずる少女の声と機体の開いた掌がグッと閉じられるのは同時だった。

 その瞬間、仄かな緑色の閃光がビルドエピオンから放たれたかと思うと、

 

「ッッ!!」

 

 周囲に漂う結晶が悉く両断された。

 迫る脅威の予感に弾かれるまま武装スロットを展開、GNザンブラスターに備わるGNドライヴが高出力となってGNフィールドを刀身へと纏わせる。

 それを機体を回転させ遠心力のまま振り抜くと緑光の壁が機体の前面に形成され、結晶を寸断した正体が露わとなった。

 空間に煌めく緑の、GNザンブラスターから発生しているものと同様の輝きを放つ刃。

 GNソードビット。

 計4基青のクリアパーツが防御に使用された防壁を今にも食い破ろうと刀身をH i-sガンダムへと向け、それでもその切っ先が届く事は無い。

 

「傲慢はどっちの台詞だぁ北条院……」

 

『ッッ!?』

 

 実体剣であるGNソードビット、本来相性不利な筈の防壁が破られることは無く回収の操作すら受け付けない。

 正面モニタからその様子を視認して、北条院ネネの胸中には1つの震えと共に喜びにも似た感情が表情を通して芽生えた。

 ──―対策、されている……! 

 

「俺を仕留めるんだったら四方からの攻撃にするべきだった、けどお前は俺を侮り高速のビットで試合を決めようとした。──北条院ネネ、お前が格下相手に行う常套手段の1つだ」

 

『防いだのは見事。でもそれで? 防御の1つでそこまで勝ち気になれるのはある意味尊敬致しますけれど』

 

「だったら教えてやるよ、ビルドエピオンに近付く為の障害が」

 

 ツインドライヴシステムが奏でる独特の粒子排出音。GNザンブラスターが一際強く輝きを放って。

 北条院ネネが敵機の次の挙動を思考している只中だ。

 

「消えたって事だよッ!」

 

 ──!? 

 突如として近接戦闘の距離に現れるH i−sガンダム、予備動作は無かった。

 反応に弾かれるまま武装スロットを展開しヒートロッドが横一文字に薙ぎ払われ、赤熱した鞭状のそれがザンブラスターを絡みとる。

 

『捉えましたわ! 先程の防御も今しがたの高速接近もこの武器に搭載された太陽炉からのもの!! 考えましたわね、ツインドライヴの片方を武器へと回すことで攻撃力を跳ね上げることが出来るそのミキシングッッ!! けれど、このヒートロッドの前では……ッッ!!』

 

 出力最大。

 赤熱から真白の色へとヒートロッドが変色し、周辺の空間すら歪む高温が2機を包む。

 

『爆ぜて散りなさい!!』

 

「ライザー、ソードッッ!!」

 

 ザンブラスターの峰、斬撃時の推力補佐の為の粒子噴出口から白桃色の粒子が瞬く間に刀身を覆ってヒートロッドの熱に対抗する。

 粒子と粒子が削り合う摩擦音はチェンソーの音の様で、火花とビームの残滓が刃を中心に2基へと降り注いだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章30話『ビルドエピオン』

『ごッ、互角やと〜〜〜ッ!? 萌煌学園が誇る北条院が一人娘、初等部でありながら特進クラスに近いとされている神童相手に! 無名にも等しいいち生徒が競り合っている〜〜っっ!!? これはどういう事だぁ〜〜!? これどんな状況や解説のしをりん!!』

 

『先手を打ったネネさんのソードビットを防いだのが何よりも大きいな。あのソードビットの速度、攻撃力は対面にとっては驚異的だがビットによる多角的攻撃が無ければビルドエピオンはビームガンによる射撃しか遠距離攻撃の手段が無くなる。……だが近距離の間合いはエピオンの間合い、あえてそこに飛び込むリュウの行動が読めないな』

 

 周囲の喧騒に負けず実況席では解説が行われている。動画配信用のカメラとドローンが回され、ライブ配信の画面では次々と視聴者が増えている状況だ。

 

『どうやらリュウは大変な自信を持っている様子だぁ〜〜!! 現在は膠着状態だがこれからどういった攻防を見せるんか、お前らも目ん玉かっぽじって見とけよ〜〜!!』

 

 マルヤマの実況にも熱が入りマイクを握る拳にも力が篭る。

 それを横にエイジは友人が初めて見せる戦略の数々を見て、また違う意味で拳を握っていた。

 

 ……………………………………

「良い? タチバナさん。無線誘導兵装端末が飛んできたら回避は最小限に、一気に距離を詰めなさい」

 

「あの、詰めてこれなんですけど」

 

 真っ赤な警告画面で埋め尽くされた正面モニタにはH i−sガンダムを見下ろすゾンネゲルデの姿があった。

 トウドウ・サキがこうしてリュウに物事を教えるときは必ず戦闘継続が不可能な状態で行われ、成す術のないまま上から言われるのは豪腹だが受け入れるしか無い。

 

「知っての通り無線誘導兵装端末には手動での操作と自動操作があるのだけれど大半は自動。そして自動操作のファンネル系は射線上に自機が存在する場合射撃をキャンセルするプログラムがしてあるのが殆どよ。手動の場合はもっと好都合でファンネル系の操作の最中に敵機からの近接攻撃に対応する必要があるから極めてリスキーなのよ。1番の失策は逃げ回る事、これで分かったわよね?」

 

 深紫の粒子を噴かしたディ=バインド・ファングが収納されて、そのどれもが無傷の様相に愕然とする。

 師匠(せんせい)の言った通り逃げもせず、一直線にゾンネゲルデへ向かったつもりだった。そして突進の傍ら背後を追従するファング達を撃墜させようとH i−sガンダム後部に備わるファングで射撃を行うも手動操作によって回避され、正面のゾンネゲルデと後方からのファングのプレッシャーに臆してこの有様となっている。

 

「ちゃんと自覚してほしいのだけれど、タチバナさん、貴方本当に不器用なんだから身の丈にあった戦い方をしなさい。何かをやりながら他の何かをするなんて貴方には1万年早いのよ」

 

「ぬぐぐ……、返す言葉がねぇ……」

 

「ほら、また初めからよ。全く忙しいわね、技量の無い生徒を育てつつ特進クラスの授業も考えながら1ヶ月分の授業内容を考えながらなんて……」

 

「ファンネル系の対処はまだ分かんねえけどアンタが嫌味ったらしい事は改めて痛いほど分かったよっ!!」

 

 ……………………………………

 超出力のヒートロッドとGNザンブラスターによる刃の拮抗はお互い弾かれて距離を取るという結果に終わった。

 刀身を絡め取られて灼き斬られなかったザンブラスターの出力に驚愕するべきか、ザンブラスターにおける虎の子ライザーソードの密着でも破壊に至れなかったヒートロッドを讃えるべきか。

 少なくとも北条院ネネの感想は前者であり、内心の対面に対する評価を改めるに値する攻防であったと胸中で呟く。

 距離は中距離(ミドルレンジ)、あのザンブラスターがどういった機能を有するかまだ不透明であり、先程のように先手を挫いて調子付かせる事は避けたいと少女は眉を微かに寄せた。

 正面モニタ右下、画面上では先程まで入力を受け付けない状態を示す赤色の表示がソードビットを覆っていたが今はもう正常を示す青色であり、操縦桿に回収の入力を行うといつも通り高速の軌道で背部に収納された。

 

(時間経過で解除……? それとも任意のタイミングで緊縛を解けるのかしら)

 

 推測を重ねるが答えは出ない。試そうにもソードビットが破壊されるという最悪の事態を考えると気が引ける。

 この間にも正面モニタ中央に捉えた敵機は微動だにせずこちらを見据えたままだ。

 誘っているのか、挑発の意図なのか。

 

「どちらにせよ、(わたくし)の神経を逆撫でるには充分な効果でしてよ」

 

 ソードビット、射出。全方位からの斬滅軌道。

 加えて本体の変形機構の展開。……ビットを封じたのがあの剣によるものならば、それを振らせる隙を与えないだけの事。

 北条院ネネの瞳に最早油断の色は見えない。視界に映る敵機を殲滅するための刃として、そして北上院という名を背負う宿命に誓って。

 

 ──双頭の竜が、駆けた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章31話『わたしに与えられた名前なのだから』

 リュウ・タチバナの思考はかつてない程に冷えていた。

 眼前に迫る疾風の如き双頭の竜も、自機の周囲に殺到する刃の連続も、それらは最早視認が叶わず防御は意味すら成さない。

 それでも少年は知っている。その攻撃による致命的な被害も、()()()()()()()()

 

()()()()()

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 敗北の予感のなか、少年の表情へ不敵に笑みが浮かんだ。

 少年が両手を翳しているその真ん中の空いている空間。白銀の少女が背中から語りかける姿を見て覚悟を決める。

 

「GNッッ、フィールド──!!」

 

 GNザンブラスターを中心にHi−sガンダムへGN粒子が展開されソードビットが突き刺さる。

 ソードビットは実体剣であり、GNフィールドにとって実体剣は天敵そのものだ。防壁は数瞬先に突破され、法外な速度で衝突をするビルドエピオンによって機体を粉々にされる未来が見えるが、その刹那の猶予が攻略の鍵だ。

 

『生半可な防壁ごと、木っ端微塵に砕けなさいッ!!』

 

「ここ、だァ──ッッ!!」

 

 破壊的な威力が近付くスローモーションの中、リュウは機体の腕を伸ばした。

 右側の頭部へ噛まれないように頭頂部をしっかりと掴んで、そのまま。

 

『な、なな、な、!?!』

 

「うおおぉ、おお!? はっえぇ……!!」

 

 加速するビルドエピオンへと捕まり水晶宙域を彗星の速さで横断した。

 

『ど、どうなっているんですの〜〜!? えぇい! 離れなさいっ! このっ! ど、どうしてこの速度で捕まって機体が千切れないんですの!?!?』

 

「対策してるって気付かなかったか!? お前がガンプラバトルをしそうな気配を漂わせていたあの日から、俺は毎日お前の戦闘リプレイを片っ端から再生したんだよ!」

 

『対策してどうこう出来る技ではありませんことよ!? ビルドエピオンの変形時の速度は触れるだけで機体が粉々になる殺人的速度であって、掴まろうものなら四肢から機体が持っていかれる筈!!』

 

 北条院ネネは驚愕を年相応に叫んで機体を振るが、Hi-sガンダムの腕はビルドエピオンを掴んだままだ。風圧に揺れながらも肩が外れる予兆は全くない。

 しかしその隙間にネネは鋭い金属色をサブカメラで捉えた。それは銅にも似た色で、ガンプラを弄る人間であれば最も身近な金属色。

 

『ま、まさか、軸に仕込んだその色は』

 

「……ソードビットと本体の強襲、それがビルドエピオンが持つ必勝のパターン。それが防がれる試合を探したのは気が遠かったぜ。──その通りだ、今のHi-sガンダムの肩にはッッ!」

 

『──複数の真鍮線による軸の強化!! ……良くもこの短期間でその対策を見抜きましたわね!』

 

「うおおぉっっ!?」

 

 突如機体が回転し今度こそ弾き飛ばされる。

 ビルドエピオンによってかなりの距離を運ばれたが、それでも水晶宙域のエリアは余裕がありエリアオーバーを一瞬懸念したがその心配は無かった。

 再び相対する2機、攻撃をする雰囲気も漂ってはいない。

 

(わたくし)の試合を見た、と。先程そう口にされましたわね?』

 

「そうだ。弱いなりに考えた勝ち筋だよ。映像の中のお前と何回も何百回も戦って、ようやく出した解答が今の回避だ」

 

『卑怯とは言わなくてよ。むしろ逆であり尊敬に値しますわ。……なればこそ、こちらも敬意を持って返礼しなければいけませんわね』

 

 通信の終わり。不意に射出されたビットが左腕部のビームガンとヒートロッドへ装着され。

 その瞬間、発振された粒子の奔流に周囲の水晶が大きく震え出した。

 

「ライザーソード……」

 

 これもリュウは知っている。

 全ての防壁を溶断する魔剣。通常数kmの刀身を振り回しやすい長さへ超圧縮された粒子の刀身は万物を切り裂く威力を誇る。

 それでも振り回すのと取り回すのでは意味が違う。ライザーソードはいわば高出力のブースターを刀身から発生させている状態であり、反対方向への推進制御が成されなければそのまま機体がどこかへ飛んでいってしまう。切れ味を増せば増すだけその制御に割くエネルギーが増えて、結局攻撃を当てるのが至難となりえる。

 現にリュウは前機であるHi-ガンダムのライザーソードを、確実な場面で敵機を仕留められる近距離の奥の手として運用していた。

 

『──参りますわ』

 

 大振りの袈裟斬りだ。

 その軌跡に粒子の無駄は見当たらず、逆方向への推進も完璧といえる精度を見せ付ける。

 それでも大振りな軌道の為に半端な回避をしようものなら全身を巻き込まれかねない為リュウは機体を大きく翻して後退した。

 2撃目は袈裟斬りの慣性のままに回転し、横一文字を両断するだろう、と。

 リュウはそこへ反撃の刃を叩き込むべく、上昇しサイドスカートを両基下へと向けた。

 Hi-sガンダムのサイドスカートはガ系の物のミキシングであり、ビームサーベルが1つずつ収納してある。その所謂(いわゆる)暗器のような運用でビルドエピオンへ刀身を発振した、その直後に。

 

「っっ!?」

 

 極大な粒子を纏ったままヒートロッドが上へと曲がり、サーベルの粒子を掻き消した。

 読まれた、と唇を噛んで後退の為にブーストを挟むと白桃色の粒子がそのまま蛇のように回避先へと回り込む。

 

「ど、うなって、!!?」

 

 刃が機体後部を焼いて、それでもサイドスカートへ増設された推進機によって強引に上昇し致命傷を回避した。

 後部スラスター及び脚部スラスターの熱異常、機体全推力8%ダウン。

 正面モニタへ表示された黄色の警告を手で払うように消してそのまま距離を取る。

 

『北条院に産まれた(わたくし)は生後間も無くして高貴ある責任(ノブレス・オブリージュ)を果たすためガンダム・エピオンへ乗っていました』

 

 煌々たる刃を携えたまま、それを抑える事は無い。

 展開する以上粒子は消費され続け、それでも収めない刃はこのライザーソードで決着を付ける意思表示だろうと、リュウは冷や汗を頬へ伝わせながら思考する。

 

『「粒子に適応した」、『母親の胎内で実験を行った』。世間では様々な憶測が飛び交っていますが違います。(わたくし)は、エピオンに乗ることで自身へと獲得したのです』

 

 ビルドエピオンが(いたずら)に刃をその場で振るった。

 運悪く漂っていた水晶が溶断され、斬り飛ばされた先で他の水晶と衝突し、その破片が更にまた違う水晶へと突き刺さり。

 連続した衝撃の後、周辺の水晶は全て破片と化していた。

 

『未来視を。運命から勝利を手繰る、──システムエピオンを』

 

 言葉が出なかった。

 そして、ようやく北条院ネネが試合前に言っていた言葉の意味が理解出来た。

『貴方がそう来る事は″読めて″いましてよ。予定された未来ではあるけれど、貴方に感謝を』

 彼女が発していたのは比喩でも何でも無くて、本当に未来が見えているのだと。

 

 ──故に、少年は慄然した。

 見合う2機の間へ突如ビームによる射撃が割り込んで、ビルドエピオンの注意がそちらへと向く。

 

「GN! ステルスフィールドッ!」

 

 ここしかないと思考が弾かれ、武装スロットを展開しながらザンブラスターを翳すとジャミング作用を施す蒼の粒子が周辺を覆い尽くす。そこへダメ押しとばかりに先程破片となった水晶達を機体へ備わるファングによる射撃で粉砕し噴煙と粒子が入り乱れた。

 視界が不良の中、高速で接近する機体の予感を感じる。

 リュウは居場所が分からないが、少女なら分かるという確信が在った。

 

「お待たせしたしたリュウさん。水晶宙域全域の座標パターンの計測完了しました」

 

『今のは支援機による攻撃……? まさか、今までずっと戦域に隠れていたとでも!?』

 

 計器が効かないビルドエピオンが左右を見渡すが、死角となる真上へとリュウは機体を走らせた。

 程なくして視界に捉えられるであろう状況で、それでもこの隙を作れたことは千載一遇のチャンスだろう。

 

「初実戦がこんな慌ただしくてごめんなナナ」

 

「いえ、その、謝らないで下さい。わたしとても嬉しいんです。やっとリュウさんと一緒に戦えるんだと思うと、ここが熱くて」

 

 白銀の少女がくるりとこちらを向いた。

 自らの掌を胸へと当て、喜びを潜めた顔でリュウを窺うように。

 

「リュウさん。指示を」

 

「……北条院ネネも奥の手を出してきたみてぇだ。こっちも初めから全力で行くぞ」

 

「了解。──GNアウターユニット機能に問題無し。Hi-sガンダムとのドッキング開始します」

 

 MGエクシアが持つGNシールドを転用し支援機へと作り替えた機体。GNファングを3基搭載し、シールドの両脇からコンデンサと推進器を生やした機影は同じ役割を持つオーライザーを彷彿とさせる風貌だ。

 

「ドッキング完了。……脚部パーツUC判定、機体データからトランザムシステムを削除、合わせて特殊システム1件該当。発動タイミングを搭乗者へ譲渡します。リュウさん、いつでも」

 

 北条院ネネが未来視を口にした瞬間は何の巡り合わせかと衝撃を受けた。

 彼女が直感にも等しい超反応だとしたら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「行くぞナナ──」

 

『──ナイトロシステム、起動ッッ!!』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章32話『差し伸ばされた』

 瞬きをする間に複数聞こえる剣撃。

 軽い感触を覚える牽制の射撃音と時折眩く照射の粒子。

 そんな怒涛という表現すら生温い攻防にも関わらず、互いに傷を付ける事は無い。

 斬って避けて撃って、避けて斬って斬って。

 無傷など有り得ない至近距離戦闘が既に数分経過し、湧き上がる観客達とは逆に実況席でマイクを握る2人は言葉を喉に詰まらせていた。

 

『ど、どないなっとるんや―ッッ!? ありえへんであんな距離でどっちも被弾がゼロなんて……!?』

 

『エピオン側は恐らくゼロシステムかエピオンシステムである程度の補助が効いてるとして、Hi-sガンダム側はなんだ……? 積んであるのはトランザムじゃないのか?』

 

『エイジよく見てみぃ! 機体の周りに滞留してるあの蒼い粒子、ずっと消えへんで!』

 

『ステルスフィールドの際に散布したGN粒子……? いや、推測するにも曖昧過ぎる。機体の動きが変わったのは支援機による物なのは分かるんだが……』

 

『うおおおおお!! よく分からへんけどやるやんけリュウ―ッッ!! そのままやったれやァーッッ!!』

 

『『『うおおおおおおおおおおおお!!』』』

 

 実況席の困惑の声など既に誰も聞いておらず、周りの盛況が新たな盛況を呼ぶ事態と化している状況にマルヤマは乗っかる形で声を上げる。

 

「リュウ……、お前は、もう」

 

 その隣。マイクを置いたエイジは誰にも聞こえない呟きで顔を歪ませた。

 北条院ネネの動きを見れば分かる。あれは自分にとってもリュウにとっても格上の存在だった筈であり、そんな相手に対し互角以上に戦局を進めている幼馴染みの姿を見てエイジは知らぬ間に唇を噛みしめていた。

 置いていかれたと。

 何に対して、どのように。主語にあたる部分が見当たらないその言葉が少年の胸へ暗く主張していた。

 

 ──────────────―。

 

 北条院ネネによる未来視とは詰まるところ、幼少期より慣れ親しんだエピオンシステムの適応と膨大な戦闘経験が2つ合わさった事による超反応の融合だ。

()()ならば耐える事の出来ない情報量を全て処理してシステムを屈服させた彼女は、初等部の段階でエピオンシステム無しで予測された未来が視えるようになり、それが彼女自身の能力として発現している。

 人呼んで、後出しの絶対(エンカウンター)

 この能力に加えて持ち前の勝ち気な性格により敵を殲滅するのが北条院ネネというガンプラファイターだ。

 

(当たらない……!)

 

 ライザーソードは出力を絞り取り回しを更に向上させ、視界に映るあらゆる物には搭載されていない筈のエピオンシステムによる補助が視えている。

 

(当たらない! 当たらない……当たらない!)

 

 なのに、当たらない。

 Hi-sガンダムの動きを読んで剣を叩き込んでも、軌跡をなぞる際に真逆の位置へと移動する。

 反応という次元の話ではなく、明らかな読みによるもの。これは同じ未来視のような力だとネネは思考の端で分析を続ける。

 

(ならばこそ、弱点は(わたくし)と同じな筈……!)

 

 並のファイターだったのならここで敗北を覚悟するが、北条院ネネは勝つ事を諦めず、その眼差しへ更に勝利の光が灯る。

 ライザーソード、粒子納刀。続けて粒子出力連続解放。

 

「フラム──」

 

 一足離れた位置へとバックステップし、ネネは左手に携えたソードユニットの切っ先でHi-sガンダムを正面に捉える。

 武装スロット、EXスキル選択。

 

「──―ベルジュッッ!!」

 

 人間では視認すらままならない桜花色の閃光が奔る。

 その正体は刀身を形成するビームの発振の連続展開であり、刃を発振して収めて、再び発振して収めて。その繰り返しによる刺突は秒間にして17回。高圧圧縮されたライザーソードによるそれはパイルバンカーユニットの飽和攻撃に等しい破壊力を持つビルドエピオンのエンドアーツだ。

 刺突を1箇所では無く敵機を中心とした周囲を穿つという、この瞬間にアレンジを加えた昇華技。

 回避してくる事を前提に、点では無く面での制圧は、

 

「う、そ……!?」

 

 愕然と溢れた声は慄きによるものだった。

 あろうことか敵機は動かずに、中心を狙った一突きだけを見破って剣を勢い良く突き出した。

 その、同じくライザーソードによる刺突で刃が拮抗に持ち込まれるその状況に、北条院ネネは今度こそ思考が驚愕に染まり出力を上げることにしか判断を裂く事が出来ない。

 逃げ場の無い衝撃が互いを削り合い、それでも折れない粒子同士が水晶宙域を眩く照らした。

 

『勝負だぜ北条院……!』

 

「な、なにをっ!」

 

 突如掛かってきたオープンチャンネルによる音声通信へ、ネネは操縦桿を前のめりに押しながら応える。

 

『どっちのライザーソードが強ぇか、意地の張り合いって事だよ……!!』

 

 光の向こう。こちらを睨む敵機からくる印象は壮絶な攻防でありながら何処か暖かかった。

 退屈な日々の中、見た事のない遊びに誘われた日のような。北条院ネネの人生のなかにそんな出来事は一度もなかったというのに。

 変わり映えのしないモノクロの心が鮮烈に色付いていくのを彼女は歯を食いしばりながら自覚した。

 ──今、自分は楽しいのだと。

 

「ハッ、望むところですわ!」

 

 だって、あんなに楽しそうに言われたのなら。

 だって、あんなに誘われるような事を言われたのなら。

 

「北条院が跡取り娘、ここで負けるタマではなくてよ──ッッ!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章33話『EXエンドアーツ』

「ナナっ! あと何秒持つ!?」

 

「ジャスト6秒です! これ以上過ぎてしまうと()()()()()!!」

 

 奥歯を噛み締めて操縦桿を前へ押し倒し、正面モニタを白桃色の閃光が迸る中リュウが抱いていたのは北条院ネネへの畏怖と賞賛だった。

 今しがたビルドエピオンが放ったフラムベルジュは本来同一方向への刺突連続攻撃だった筈が、この土壇場で操作を手動(マニュアル)へ切り替えて回避先を潰すというアレンジを加えた柔軟性にリュウは慄く。

 戦闘への惰性も、初めに見えた油断さえ露とも感じさせない反応と直感。剥き出しの野生じみた判断は対面して改めて実感出来た。1人では勝てないと。

 そして、リュウでさえ到達出来ていないその境地に初等部でありながら立っている事実に称賛の笑みを浮かばずにはいられない。

 

「リュウさん、もう!」

 

「ドライヴが焼き切れても構わねぇ!! 出力を全部回せ!!」

 

「了解……!」

 

 Hi-sガンダムの全身に搭載されたGNコンデンサがこの局面で唸りを上げて、手にしたザンブラスターへとスパークの光を伴って供給される。

 明らかな過負荷に警告の画面が複数モニタへと投影されるがそれらを全て無視して、リュウは右手を力に抗いながら徐々に引いた。

 

『ライザーソード……』

 

 操縦桿を全力で前へ押しながら入力。

 撃発(トリガ)

 

『ブラスタァァ──ッッ!!』

 

 ライザーソードを展開しながら刀身の中央が開いて射撃形態へと切り替わる。

 元はアルケーガンダムが装備しているGNバスターソードに備わる射撃モード、Hi-sガンダムに至っては先のグラキエス戦で見せたワイドカッターの応用。

 

 桜花色の粒子を切り裂く蒼色の一閃は拮抗を見せていたビルドエピオンのライザーソードをやがて押し退け、遂に刀身を形成する基部へと突き刺さろうとする間際。

 北条院ネネはまだ基部を破棄すればこの鍔迫り合いは回避出来るにも関わらず、その姿勢は一貫して全粒子を掛けた力比べであった。

 

 リュウは後悔した。

 こんなにも楽しいのであれば、勝負を挑まれたあの日に受けるべきだった。

 部室へ誘って、一度だけじゃない、何度でもこんな勝負をすれば良かった。

 だから、この勝負が終わったらまた誘おう。何回も何回も、こんなにも楽しい時間を沢山過ごそう。

 その時にきっと何度も負けるから、だから、今だけは。

 

「俺達の……!」

「私達の……!」

 

 勝とう。

 

『勝ちだぁぁああ──―ッッ!!』

 

 蒼色の刀身が遂にビルドエピオン左腕のビームソード基部を貫く。

 ライザーソードの連続展開に加え、フラムベルジュでの粒子消費の影響か機体の動きが目に見えて遅い。

 勝負を掛けるのは今だと、リュウは操縦桿へ入力を叩き込み目の前の少女の背中へと叫ぶ。

 

「行くぞ、ナナ!」

 

「はい。──GNファング、1基から7基射出。戦域、結晶宙域。座標入力。いけますっ!」

 

 Hi-sガンダムから放たれた7基のファングがビルドエピオンの周囲をまばらに取り囲み、砲身に灯る光は射撃用ではなく本来であれば移動する為の物。

 

『GNファング全機同調。及び本体との同期完了。量子ゲート、展開っ!!』

 

 ダブルオークアンタが劇中の終盤、ELSの母星へ旅立つ為に開いた量子ゲート。それらをビルドエピオンを中心に展開し、7基のファングそれぞれが別々に輪を形成する。

 幾重にも重なった円状のゲート、やがてHi-sガンダムの目の前にも同じ量子ゲートが開かれた。

 

「フラムベルジュを見せてくれたお礼だ、受け取れよッッ!! 北条院ネネッッ!!」

 

 手にしたGNザンブラスターに備わる粒子を全て解放、間違いなく刀身が臨界し崩壊する粒子量に晒されて、蒼い粒子へと包まれた刀身を。

 力の限りゲートへと投擲した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章34話『2人で初めて勝ち取ったそれは』

 星空を駆ける流星に、もしも音があるのならこんな風に聞こえるのだろう。

 星々の間を突き抜けて一瞬に凄絶を感じさせるその残響は、欠け落ちた破片の煌めきを連想させる。

 萌煌学園総合体育館に集まった1000人程の生徒全てが声を忘れて、目の前の光景に意識せずとも引き込まれた。

 学園都市最大のガンプラバトル育成機関、萌煌学園。そこへ在籍する歴戦の生徒達でさえも静寂に支配されるその異様。

 声を出す生徒は、居ない。

 

 ──ただ2人を除いて。

 

「リュウさん、勝ちました」

 

「あぁ。俺達の……勝ちだ!!」

 

『『わ』』

 

『『わあああぁぁぁぁあああああああッッ!!』』

 

 少年と少女の勝鬨に今まで黙っていた分の絶叫にも似た歓声が体育館へ響き渡る。

 

『ほ、報道部です!! 皆さん、信じられない事態が起きました!! 神童と名高い北条院ネネ選手が無名の生徒2人に敗れました!!』

 

『決着ゥゥ〜〜ッッ!! 最後何が起こったんだああぁぁあああッッ!!? 北条院ネネを破ったのは、この俺リョウタ•マルヤマのマブダチ!! リュウ•タチバナとその妹ナナ•タチバナだああぁぁああ〜〜ッッ!!』

 

『『わああああぁぁぁぁああああッッ!!』』

 

 歓声が窓ガラスを震わせて観客がまるで一つの生き物の様に立ち上がり感動に両手を上げている。

 中にはアウターギアを起動してバトルの熱そのままにガンプラバトルを始めようとする生徒まで居てリュウは自らの状況を少し遅れて理解した。

 

「ま、まずいナナ、多分早く出ないと人混みで大変な事になる!!」

 

「抜け道は……、ありません。それでもリュウさんと揉みくちゃになるのなら本望です」

 

「何言ってんだ馬鹿。……いやほんとヤバいぞ、この人の数で一斉に動いたら下手したら怪我人が……」

 

 リュウが危惧してる間にも既に至る所でバウトシステムの光が確認出来、誰かがバトルロイヤル形式で設定した為か戦域はこの体育館全体の様だ。

 

「離れんなよ」

 

「はい……!」

 

 隣の少女を安全のために取り敢えず抱き寄せる。

 周囲は既にパニックへ近い形でバトルの熱で叫んでおり、その最中気が付いた。

 リュウの目の前の筐体を挟んだ向こう、凛とした振る舞いをしながらも苦い顔で周囲を警戒するもう1人の少女を。

 

「北条院ネネッッ!!」

 

「──っ!」

 

「筐体に上がって、こっちに来い!」

 

 特徴的な縦巻きのツインテールを大きく揺らして、少女は一足で筐体の上へと飛び移る。

 流石の判断力の早さだなと、先程まで行っていた戦闘を思い出し身震いしていると筐体を駆ける勢いが止まらない事に気付いた。

 

「え、ちょっ!?」

 

「抱えてくださいまし! 行きますわよっ!」

 

「わぷっ!?」

 

 突如視界一杯に北条院ネネの顔が近付いて来て抱き締める形になり、転ばないよう衝撃に耐えながら顔を横へと避ける。

 

「ど、どういう状況だよこれ!?」

 

(わたくし)の護衛達は人混みに呑まれて行方がしれませんことよ。ですから貴方に抱き付いて状況が動くのを待ちますわ」

 

「近くに居るだけで良くない!?」

 

「推して知るべしですわ。貴方の背丈の半分程しか無い(わたくし)がこんな人の波に晒されたらそれこそ危ないですわ。ほら、もっと支えて。よいしょ」

 

「首が締まる!!」

 

 上半身を北条院ネネに抱き付かれていると、顔の真横から聞こえる息遣い。そしてふわりと香る知っているものとは違う別の少女の匂いに一瞬だけリュウの緊張が途切れる。

 その意識の抜け穴へ急激に寒気が襲ってきた。

 

「リュウさん」

 

「え、あ、はい」

 

「私も人混みに晒されると危険なので抱っこして下さい」

 

「ゴエェッッ!!?」

 

 ぴょん、と意図して体重が掛かる形で後ろの少女が背中へと抱き付いてきてリュウの体勢がまた大きく揺らぐ。

 

「あら、お兄様との向かい合わせを取ってしまい、ごめんあそばせ」

 

「今からでも遅くありませんので場所を交代して下さい。それと人は謝罪の際に舌を出したりしないと記憶しています」

 

「これは失礼。でも周りがこんな危険な状況ではそれも難しいですわ。だから、ほら、このように。せめて落ちない様身体を密着してあげるのがリュウ•タチバナさんの為になるのでは、無、く、て?」

 

「身体と声が近い!! 耳がソワソワするからやめてくれ!!」

 

「…………ふぅ〜」

 

「おひゃあ──ッッ!? ナナさん!? 何やってるんですか!?」

 

 ぷにぷにと耳への違和感を気力で耐えつつ、取り敢えず落としたら冗談では済まないのでそれぞれ2人の背中へと手を回して周囲の状況を再び観察した。

 

「いやしかし、本当にとんでもねぇ状況だな。怪我人出るんじゃねぇか……?」

 

 誰構わずバトルを吹っかける生徒や、出口へ向かう生徒、そしてバトルロイヤルで空間へと投影されたステージやガンプラが視界を行き交う。

 これでは動いた方が危険だと、リュウはその場で事態が過ぎるのを待った。

 視線誘導でアウターギアを起動しバトルロイヤルの戦域を見ると200人以上がガンプラバトルに参加していると情報が投影される。

 このバトルが続くまで身動きが出来ないのかと、少女達の背中へ回した両手が攣りそうになっているその最中──。

 

『何やってんだ、テメェら』

 

 バトルロイヤルに参加している機体が全て動きを止める。

 推進の為のバーニアはそのままに、時間を切り取られたその姿の数々をリュウは知っている。

 ──凍りだ。

 1機を中心に、凍てつく冷気が戦域に参加していた機体の殆どを地面から生えた氷柱へと閉じ込めた。

 

『万が一保健室に運ばれる生徒が1人でも出てみろ、オメェら全員執行部に出頭だぞ?』

 

 氷が砕ける。

 伴って機体もバラバラに砕けて、爆発もせずにプラフスキー粒子へと還っていき、生徒達の視線がギギギ、と遠い体育館の入り口へと向いた。

 

『生徒会執行部だコラ。なんの騒ぎだ、あァ?』

 

『生徒会執行部だ! 逃げろ!』『俺あいつらにバレたら大変なんだって!』『執行部に連れてかれたら学園全体の掃除を命令されるって噂よ!』

『に、逃げろぉぉおお──!!』

 

 窓から裏口から。

 生徒達が一目散に外へと脱走して、10秒もしないうちに体育館に集まっていた生徒達の数が半分未満へと減った。

 その中心、幼女を2人前後に抱えたリュウとリュウガの視線が合う。

 

「あ、ありがとうございました。割とマジで危ないところで」

 

「危ないのはテメェの頭だろ。未成年淫行と公然猥褻未遂で執行部すっ飛ばして警察だオメェ」

 

「海より深いワケッッ!! ほら、降りろお前ら! 誤解されっから!」

 

「北条院ネネさん、貴女が先に降りてください」

 

「嫌ですわ。リュウ•タチバナさんったら反応がいちいち可愛らしくて、ほら、こことか触ると」

 

「なっはっはっはっはッッ!! やめろやめろやめろ!!」

 

「この様に。とても愛らしいじゃありませんこと? 長く反応を見たいので貴方が先にお降りになって?」

 

「どっちも、降りろほら!!」

 

「む」

「あら」

 

 コアラを降ろすのもこんな感覚なのかなと、ゆっくりと床へと2人を座らせて両手をぷらぷらさせる。

 するとリュウより頭1つ高い三白眼がずい、と近付いた。

 

「リュウテメェこら」

 

「な、なんでしょうか」

 

「やるじゃねェか」

 

 胸へと軽く拳を突かれる。

 

「見てたんですか?」

 

「あぁ教室から中継でな。そしたら体育館が危ないってアオカから連絡きたからよ、ダッシュで来たわ」

 

「わたしが呼んだんです!」

 

 いつの間にかリュウガの横で薄い胸を張っているおさげの少女。

 その頭を撫でながらリュウはしゃがみ込んで視線を合わせる。

 

「ありがとなアオカちゃん」

 

「へぇっ!? な、なにがですか」

 

「あのメール見てちゃんとやろうって思ったんだ。アオカちゃんのおかげだよ」

 

 北条院ネネという有名人と戦うことによる後々の面倒を天秤に掛けて、一度はリュウは本気でガンプラバトルをやろうとは考えなかった。

 特進クラスへの試験を前に手の内を晒す事を危惧していたが、その考えを解いたのがアオカという少女だった。

 

「君にカッコ悪いところ見したくなかったんだ。それで吹っ切れた。そんで、めちゃくちゃ楽しかった」

 

「えへへ……、嬉しいですぅ」

 

 わしゃわしゃと撫でて居るとリュウの頭にも掌が添えられる。ナナにしては大きくて間違いなく北条院ネネでもない。何やらゴツゴツしたその感触は格闘技の選手のような硬さで。

 

「この前も思ったんだがよ」

 

「痛い! 痛い痛い! 引っ張ってる引っ張ってる!」

 

「俺を前に妹をナンパたぁいい度胸だなオイ?」

 

「ナンパじゃないだろ!? ほんとにただ感謝してて!」

 

『歯ァ食いしばれ。……凍破ッッ!! 裂光拳―ッッ!!』

 

「ビグザムッッ!!?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章35話『そして』

 萌煌学園は私服登校が高等部から許可されている制度が存在し、高等部が在籍する3号棟には放課後という事もあり多くの私服の生徒が行き来している。

 バイトをする為に下校する生徒やバウトシステムでガンプラバトルを行う生徒、その他にも数多くの目的を持つ生徒が学園内で時間を過ごしている中、他愛のない世間話の中心に居るのが1人の生徒だ。

 

『ヤバくない? この前の』

『見た。北条院ネネと隣のクラスの、なんだっけ、地味な名無しだった』

『リュウ•タチバナだろ? 知らんかったわあんな奴居たの。どっちかと言えばつるんでる奴らの方が有名じゃん』

 

 ここのところ教室で駄弁る生徒が増えた。その大体が先日のガンプラバトルを携帯で見たり、動画サイトに上がっている物を再生しながら世間話に花を咲かしている。

 

『つかアレじゃん? もうまとめサイトに上がってたけど、そのリュウ•タチバナって特進の生徒に勝ったんだろ?』

『は!!? 嘘!? マジでっ!? え、誰、誰』

『執行部の部長、あの青髪の。バトルは非公開何だけどバトルの戦績表スクショしたのが貼られてたわ』

『本当だー!! え、急にやるじゃん! リュウ•タチバナ! しかもよく見ると顔も結構良くない? 推せるかも〜!』

『分かるー! あと妹さんも超〜可愛くない!? 妹さんと一緒にファイター登録してんのもマジ兄妹愛!』

 

 放課後はこうして更けていく。

 学園内の他の場所でも概ね似たような内容の会話が広がっており、巡回中の警備員にも件の少年の名前が耳に入るのはそう遅くは無かった。

 

 ────────────。

 

「──がァッ! くそっ」

 

『28機目。纏めてかかってきてその程度ですの?』

 

 宙域でビルド•エピオンが周囲を睥睨(へいげい)する。

 傍らには大破した機体の残骸が漂っており、対してビルド•エピオンの真紅の装甲には擦り傷すら見えない完成したままの艶消し。

 

「お、覚えてろ! 負けた分際でお高く止まりやがって!」

「調子こけんのも今のうちだぞ!!」

 

 負け犬の遠吠えと共にバウト•システムが切られ、廊下を複数の男子生徒達が走り去る。

 放課後の夕暮れに北条院ネネは1人立ち、何事も無かったかのよう廊下を再び歩き始めた。

 

「あのバトルからこのような事が多過ぎまして困りましたわ……。ただでさえ有象無象に構っている時間は無いですのに」

 

 ぶつぶつと呟きながら縦巻きのツインテールを指で弄び、年相応のふくれ顔で少しだけ歩きを強める。

 今日は忌々しいながらも大事な日、(わたくし)を下したあの2人と感想戦を行う予定なのだ。と北条院ネネは毒を溢しながらも初等部の制服を歩きながら整えて、リップクリームも塗って、爪もちゃんと手入れしてあるか再三確認したのちリュウ•タチバナとナナが待っている部室なる場所へと向かった。

 

 ──────────―。

 

「お、早かったな北条院ネネ!」

 

「この際だから指摘致しますけれど、その北条院ネネと呼ぶのやめて下さるかしら? 全力を出した相手にそうやって距離を取られると、少女心ながら傷付くと思わなくて?」

 

 開口一番扉を開けた縦巻きツインテールの少女は何やら不機嫌な様子で腕を組む。

 リュウにとって北条院ネネは出来る事ならあまり周囲に分かる程の関わりを持ちたくない立場の人間であり、それは北条院という名前が原因だ。

 

「じゃあ、北条院さん」

 

「却下ですわ」

 

「北条院様」

 

「却下ですわ!」

 

「北条院ネネ氏」

 

「あり得ませんわ! もっと、フランクに! ありますでしょもっと!」

 

「……、……。……ネネ?」

 

「ふふん」

 

 ぴこりん、と縦巻きツインテールが揺れて少女が胸を張る。

 ちなみに今の沈黙の間にかなりの葛藤があり、北条院の娘を下の名前で呼び捨て等本来有り得ない事だ。

 

「それでは、よいしょ。失礼致しますわ」

 

「なんでわざわざ隣に座ってくんだよ」

 

「だって貴方の隣にもナナさんがいらっしゃるじゃありませんこと? (わたくし)だけ対面に座って仲間外れはどうかと思いますわ。ねぇ? ナナさん」

 

「わたしは対面でも構いません」

 

「あら、……結構、鍛えてますのね。前腕に上腕二頭筋、それに、胸筋も凄い……。見ただけでは分かりませんがこうして触ってみると殿方らしいとても逞しい肉体をお持ちで……」

 

「ずもももももも……!」

 

「うおっ!? ナナから見たことないくらい不機嫌なオーラが!?」

 

 察してネネから距離を取り、リュウと両者の間に均等な空間が生まれる。

 ここを取り敢えずの境界線と定めて、今日の本題である先日の戦闘のリプレイ映像をアウターギアを通して机に投影した。

 

「それで、どうやって(わたくし)の動きを読めたのかしら。途中から動きが変わりましたわよね?」

 

「その前に教えてくれ。なんで俺やナナに噛み付いたんだ? こっちに非があったら謝りたい」

 

 リュウは北条院ネネと相対し目を伏せた。

 自覚しないところで失礼な事をしたのなら罪悪感もあるし、何よりモヤモヤしたままでは正直話すのも億劫なところがある。

 リュウ自身、自分が空気を読めるタイプでは無いので本心から頭を下げた。

 

「だって、転校生の上に容姿も綺麗でガンプラバトルも上手かったんですもの。授業態度も優秀。何より名前が似てるのが1番気に障りました事よ」

 

「一方的な妬みじゃねぇか!? 俺の反省を返せ!!」

 

 謝り損だった。

 

「それで鼻を明かしてやろうと思って今回の舞台を整えたわけだったのですけれど、明かされたのはこちらでしたわね。お陰で先程も有象無象からバトルを申し込まれましてよ。……そのせいで少し遅れてしまいましたわ」

 

「え? 予定時間より全然早かったけど」

 

「コホン。とにかく、入学以来敗北した事が無かったこの(わたくし)に泥を付けたんですもの。その方法を教えてもらう事は出来まして?」

 

「良いけど、1つだけ条件がある」

 

「あら、何かしら?」

 

 ネネは整った顔を傾げ、特徴的なツインテールを揺らす。こちらを覗く真紅の瞳。

 

「他言無用で頼む」

 

「北条院の名に誓って。一切誰にも漏らしませんわ」

 

 眼差しは真摯だった。リュウより幼いながらもリュウ以上の修羅場を潜り抜けた歴戦のファイター。その紅蓮に燃える瞳が揺らぐ事なくリュウの双眸を捉えている。

 

「……、まず戦闘開始から既にこっちの戦術は始まって居たんだけど、ナナをまず別行動にすることが最初の難所だった」

 

「確か……GNアウター、でしたわよね? 本体と接続したあの機体」

 

「そうだ。まずナナに戦場の座標データを取ってもらう必要があるから、俺の仕事は時間稼ぎ。適当に会話を繋いで長引かせるのが目的だ」

 

「やっぱ聞いてて腹が立ちますわね」

 

「座標データをファングに打ち込んで量子ゲートを開く。そして、標的が俺達の指定した場所に位置していたなら、──特進クラスや世界の相手でも関係ない。どんな機体でも終わらせることが出来る」

 

 過去に対戦した強者やこれから戦うであろう猛者相手にどうしたら勝てるか。

 培った技量や戦略だけでは無く、土壇場をひっくり返す必殺技を放つ為にHis-ガンダムは作られたと言っても過言では無い。

 

「……(わたくし)から仕掛けておいて気が引けるのですけれど、そんな大技見せて良かったんですの? フラムベルジュが破られたあの状況ならビルドエピオンに軽い一太刀浴びせれば試合は終わっていましたわ」

 

「そのフラムベルジュを土壇場でアレンジしたじゃねぇか。アレこそネネにとっては今後のバトルに支障をきたす大事な情報だろ。卑怯な真似はしたくなったんだよ」

 

 幼いながらも芯の通った瞳を正面にリュウは答えた。

 相手が相応の切り札を見せたのならこちらも返さなければ筋が通らない。過去の自分が犯したような過ちは2度とやりたくはなかった。

 

「ありゃお礼だ。この次は通用しねぇな。ハッハッハ」

 

「……。次は負けませんことよ」

 

「おう、臨むところだ。何回でも負けてやるよ」

 

 小生意気な笑みを同じ笑みで返す。

 少し間が空いてアウターギアによる立体映像を進めようと空間に指を伸ばした、その時だった。

 

「あ? 通話だ」

 

 着信はコトハ。急な連絡に、横の2人へ視線で謝罪して通話へと応じる。

 

「コトハ? どうした?」

 

『あ、もしもしリュウ君? 急いで生徒会室に来て欲しいんだけど』

 

「生徒会室!?」

 

 ネネとのバトルの事か!? あの騒ぎで怪我人が出たりして、その事での聴取か!? 

 そんな事を考えてると少年の額にどっと冷や汗が吹き出して、隣のネネへそろりと視線へ送るとリュウとは逆にどこ吹く風な表情を返してきた。

 

(わたくし)達のバトルに第三者が大勢来ただけですわ。貴方に非は無いでしょう」

 

「そりゃそうだけどよ……」

 

『北条院ちゃんも居るんだ! 丁度良かった! リュウ君ナナちゃん北条院ちゃん3人で今から生徒会室に来て! じゃね!』

 

 唐突に通話が切られる。

 声音からして焦り半分、好奇心が半分のようなあまり聞いたことのない声なのが気掛かりだ。

 

「2人とも、行こう」

 

「はい」「ええ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章36話『生徒会へ』

「ナナもネネも生徒会室なんか行った事ないと思うんだけど、場所って知ってるか?」

 

「把握しています」「(わたくし)も知りませんわね──って」

「知ってるんですの? ナナさん」

 

萌煌(ほうこう)学園へ編入する際に施設の名称と経路は把握しています」

 

(わたくし)達初等部は1号棟ですけど、この3号棟は外観こそ同じですけれど中身は別物でしてよ? ナナさんが把握しているのは 1号棟ではなくて?」

 

「全て施設を把握しています」

 

「くっ! 断言するとは……、やりますわね」

 

 一階のフロアにネネの悔しそうな声が小さく響く。

 高等部の生徒に合わせられた3号棟は1号棟と比べると廊下が広く、初等部である2人が歩くとその広さが顕著だ。

 

「このエレベーターだな」

 

「タチバナさんは生徒会室には良く行かれるのでして?」

 

「いや……、まぁ、昔少しだけ行った事があったような無いような……」

 

 エレベーターの扉に反射した自分自身を見ながらリュウは後ろ髪を弄る。過去にエイジとマルヤマ達で部室を占拠した際に反省文を書く事になったのだが、その教室があろうことか生徒会室だった事を思い出した。学生の身分だと公共機関に存在するガンプラバトルスペースは借りる事が出来ないため学園の施設を夜中に占拠するという暴挙。

 そんな思い出したくない過去にやきもきしているとエレベーターのボタンが点灯し扉が開く。

 

「で、地下だな」

 

「あら。やっぱりここも地下ですの?」

 

「何故かは分からないんだけどな。今日折角だし聞ける機会があったら聞いてみるか」

 

 B1Fのボタンを押す。

 あまり生徒会の人間とは話したくないのが本音なのだが。そんな事を思いながらきごちない笑みを浮かべてると間も無く扉が開いた。

 

「……、あれが高等部の生徒会室ですのね。初めて見ますわ」

 

「おーおー見とけ見とけ。あんま来るもんじゃねぇぞ」

 

 エレベーターから出ると真紅の絨毯が引かれた一直線の通路があり、その突き当たりには如何にもと言った装飾がされた部屋の入り口が見える。改めて学園の管轄を行う組織の部屋がどうして地下なのか疑問だ。

 

「リュウさん、入り口に立っているのは」

 

「ん? ありゃ……」

 

『待っていたよ3人共。ようこそ。僕の生徒会へ』

 

 肩まで届く泡栗色の長髪を束ねた制服姿の生徒。

 高等部において制服姿は珍しく、その腕章と何より風貌は萌煌(ほうこう)学園に在籍するのであれば知らない者はいない彼の人物。

 

『リュウ•タチバナ君以外は初めましてだね。生徒会長のナガト•シュンです。よろしくね』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章37話『ここを知っている』

「せ──生徒会長……!?」

 

「はは、名前で読んではくれないだろうか。僕と君は同い年だろう」

 

「そういう問題じゃ……」

 

 親しみのある笑顔のままナガト•シュンは頬を掻く。

 その柔らかな雰囲気とは対照的にリュウが感じたのは不可解な驚愕だった。

 

「初めまして生徒会長ナガト•シュンさん。(わたくし)初等部の北条院ネネですわ。お噂はかねがね聞き及んでいますわよ」

 

「初めまして。僕も君の事は良く知っているつもりだ。特進にいる君のお友達が良く話をしてくれていてね」

 

「ハッッ!! あんな下品な方と一緒にしないでくれますかしら」

 

 盛大に鼻で笑い腕を組んで特徴的なツインテールが大きく揺れる。

 その隣の少女も遅れて前へと足を踏み出した。

 

「初めましてナナ•タチバナです。リュウさんの妹です」

 

 ペコリと頭を下げておずおずとナガト•シュンを見上げる。蒼い瞳をぱちくりと瞬かせると笑顔がナナへと返された。

 

「うぅ……! 成長したな……! ナナ……!!」

 

「何で貴方は泣いておりますの……」

 

「さて。立ち話はこの辺にしておこうか。中に入ると良い」

 

 一同がシュンの後へ続き生徒会室へ繋がる重厚な扉が音を立てて開かれた。

 

 ──────────―。

 

「リュウ君おそ────いっ!!」

 

 生徒会室へ通されるとまず長机が視界の中央の奥へと続いており、その席の1つから見知り過ぎている顔がリュウを呼んだ。

 

「正直疑ってたけどなんでお前がいるんだよ、コトハ」

 

「話すと長くなるんだけどね。う〜んと、どこから話そうかな……」

 

 桃色の幼馴染が間抜けそうな顔で額に指を当てる。

 唸って何か考えている様子だが恐らく何も考えてはいない。

 

「そうだリュウ君、昨日の晩御飯何食べた」

 

「何の話だよ」

 

「コトハさんを読んだ理由はまた奥で話すよ、皆着いてきて欲しい」

 

 ナガトがそう言うと長机の最奥の椅子に腰を掛けて机の下を弄り始める。

(奥……?)とリュウの中で疑問が(よぎ)っていると部屋が一瞬だけ上下した感覚を覚えた。今更ながら生徒会長以外に役員の姿が見当たらない。

 

「え、奥ってなんの事ですか。ここが生徒会室ですよね」

 

「ん? あぁ。そうか、説明がまだだったね。今から特進クラスに行くから他言無用でよろしく」

 

「は?」

 

 この室内に隠し部屋みたいなものでもあるのだろうかと室内を見渡していると傍の少女が蒼い瞳で天井を眺めている事に気が付いた。

 

「ナナ? どした?」

 

「移動しています」

 

「移動? ……この部屋が?」

 

「おや、良く気がついたね。驚く顔が見たかったんだけど」

 

「この部屋自体がエレベーターみたいになってんのか!?」

 

 確かに耳を澄ませば空調の音のような気づかない程度の駆動音が微かに聞こえる。

 萌煌学園の生徒会室にこんな機構が備わっている事は聞いた事が無い。

 

「それで、どこまで行くんですの? 地下100メートルは既に過ぎて、学園からも大分離れているようですけれど」

 

「そんなとこまで分かるのか? スゲェな」

 

「ふふん。鍛えていますもの」

 

 鍛えてどうにかなるものなのか? 

 薄い胸を張っているネネを横目に机で指を組んでいる生徒会長が薄い笑みを浮かべる。

 

「間もなく到着するけど、驚いてくれると嬉しいよ」

 

「この段階で既に驚いているんだけどな……」

 

 すると先程まで聞こえていた駆動音が止んで、完全な無音が訪れた。

 立ち上がる生徒会長を目で追うと隅っこで桃色の髪がふるふると震えている事に気がつく。

 

「何してんだコトハ」

 

「だっ、だって急に地震とか来たら私たち生き埋めになっちゃうんだよ! 怖いよ〜!」

 

「自分の生き埋めを怖がる癖に俺は何度も生き埋めみたいな事をガンプラバトルでも遊びでもやられた記憶がある。妙だな」

 

「ま〜、リュウ君だし」

 

「不憫!!」

 

「幼馴染みの水を差すようで悪いけどそろそろ行くよ。怒られるのは僕なんだ」

 

 後ろに束ねた長髪を弄りながら生徒会長が扉を開ける。

 室内の人間も後ろに付いた事を確認すると扉が自動で開かれた。

 

「わ〜! すごい〜! 真っ白〜!」

 

「学園の地下にこんな施設があるなんて知りませんでしたわ……」

 

「良かった良かった、驚いてくれたようだね。それじゃ案内しよう、今日君達を呼んだ理由もそこで話すよ」

 

 先に進む彼らがそんな話をしている中リュウは動けなかった。

 視界に広がる殺菌室の中の様な異様な白色の空間。人が通るには余りにも巨大な廊下は間違いなく記憶に存在するあの場所に似ていたから。

 

「リュウさん……」

 

「研究棟……?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章38話『そして動き出す物語』

 私服登校制度の存在する萌煌学園でも生徒会役員は制服の着用を義務付けられ、それらを見に纏う者は文字通り学園の看板を背負う事を意味している。

 着用する制服はワッペンからベルトに至るまで全てが海外の高級ブランド会社のものであり、靴もシンプルな見た目でありながら牛革(カーフスキン)を使用した最上品だ。

 

 前を歩く生徒会長の足音だけが反響し、どのくらい歩いたのだろうか。不意に足が壁の前に止まった。

 

「着いたよ」

 

「着いたって……、真っ白な壁ですけど」

 

「そう見えるよね。でもこうやってデバイスをかざすとね」

 

「え!? なんだこれ!」

 

 リュウが壁を見渡していると目の前に黒の扉が突然出現した。

 元からあったとか、浮き出てきたではなく、瞬きを終えると目の前に現れたとかそういう感覚だ。

 

「じつはこの廊下は全て液晶画面なんだよ。凄いよね」

 

「凄いですけれど……、一体なんの為ですの?」

 

「さぁ! 分からない!」

 

「失礼を承知でたまに思うのですけれど、生徒会長。貴方少し抜けていましてよ」

 

「クラスのみんなからも良く言われるんだよね。さぁ入って入って」

 

 冗談を交えつつ促されるままに一同は扉の中へと足を運んでいった。

 

 ────────────────―。

 

「え、普通の教室?」

 

 開口一番コトハの口から出た言葉は肩透かしを食らったような少し間抜けな声だった。

 それもその筈だとリュウも目の前の光景を見て思う。

 教壇にホワイトボード、室内には見慣れた机に椅子。そして地下にも関わらずに窓が付いており外の景色は広大な草原とどこまでも続く蒼空。

 鼻腔に流れる空気までも爽やかな草木の香りで、肌に感じる風は本物と何ら遜色を感じない。

 正直、頭が混乱する。

 

「──元々は深海探査施設の技術だったが、酔狂な技術者が居てな。奴の設計を元に俺様が開発した物だ」

 

 教室の最後尾。窓側の机に肘を置く生徒が1人退屈そうな面持ちで口を開く。

 

「普通科3年コトハ•スズネ。同じく普通科3年リュウ•タチバナ。初等部3年ナナ•タチバナ。まァ妥当な面子じゃないか? 俺様の小間使いご苦労だったなナガト」

 

 目を引いたのは科学者然としたボサボサの伸びた黒の髪。()()()の制服の上には身の丈に合うギリギリの白衣を纏っており、丸メガネの奥の隈を伴った眼光がジロリとこちらを舐めた。

 

「それと、──あァ。先日無様に敗北を喫したお嬢様か。ここに呼ばれた事、そこのナガトに感謝するんだな」

 

「あ〜らあらあら? どこの誰かと思えば根暗の引きこもりじゃありませんこと? 屋敷にこもって人形遊びをしているナメクジさんがどうしてこんな所に? ──って、そうでした。ここも深い地下に位置するならナメクジさんが居ても仕方ありません事ね」

 

「やはり幼少期から紅茶でカフェインを摂取している個体は違うな。身体の発育のみならずオツムの方まで発育に異常があるとは。未熟体型め」

 

「何ですの。ぷっ……万年6席」

 

「……良いだろう。俺様の実験体に成れる事を許可する。光栄に思えよ、学園都市最高の科学者の覇道の礎になれるんだからな。ほら横たわれツルペタ」

 

「やるんですの!!?」

 

「ああやってやるさ!!」

 

 2人のやり取りに一同が面食らってそれを眺めている。

 額を突き合わせて怒鳴り合っている様子に生徒会長は苦笑しながら後ろ頭を掻いた。

 

「君達2人と一緒さ。幼馴染みなんだ、本当はとんでもなく仲良しなんだよ」

 

「「絶対有り得ない!!」」

 

「ほらね」

 

 顔を両者離すと丸メガネを直して咳払いをする。

 立ち上がった姿は中等部らしくまだ小さく、声を聞いた限りだとまだ声変わり前なのか若干高い。

 

「俺様は東征ハオ。特進クラス第6席。科学者をやっている──それにしても」

 

 ハオが白衣のポケットに手を入れながら入口に近付いて、リュウとナナの顔をゆっくりと見渡す。

 こうして近くで見るとハオの目元は隈こそあるが整った顔立ちであり、それが年齢とギャップがあって異様だった。

 

「な、なんだ? 俺とナナがなんかしたか?」

 

「ハッハッハ。何、そこの女を倒した人間の顔を間近で観察したかっただけだ。……ふむふむ、成程。おいリュウ•タチバナ、この後時間あるか?」

 

「へ? あるにはあるけど……」

 

「特製の精力剤をやろう。相当()()()()いる様子だぞ貴様」

 

「は?」

 

「貴様の年齢と生活している環境を考えるに無理もない。あぁ、効能の方は安心してくれ。死にはしないはずだ」

 

「ばッッッッ」

 

 リュウの顔がパッと赤くなって身を両腕で隠しながら後ずさる。

 一体な、何を言ってるのか……。

 

「馬っ鹿じゃねぇのお前!! なにコイツ! 何言ってんのお前!!」

 

「リュウ君、溜まってるって何?」

 

「知りません!! 知りませんもそうだけどっ……! 東征ハオ……? 東征って言ったか?」

 

 東征ハオはくつくつと袖で口を隠して喉奥で笑い、ひとしきり笑うと涙を拭って悪戯好きそうな表情をリュウに向ける。

 

「あァ。俺様の名前は東征ハオだが? そこの北上院と同じ旧体制の名だが気にしないでくれ」

 

「フン! 萌煌東西南北と言われる事に何も思わないですけれど、(わたくし)があなたと同じ分類だと思われるのが癪でしてよ」

 

「──では、挨拶はこのくらいにしておくか。ナガト、作戦の内容はどこまで伝えてある?」

 

「何も伝えていないよ。僕は口下手だからね」

 

「よろしい。貴様ら適当に席につけ。実のところあまり時間が残されていなくてな」

 

 時間……? 

 教壇に立つ東征に疑問を持ったままとりあえず席へと座る。

 

「すまないが今から言う内容は他言無用だ。──間もなく電脳世界(アウター)は消滅する。それも原因不明の勢力によってだ」

 

電脳世界(アウター)が……?」

 

「この映像を見て欲しい」

 

 東征の言葉と共に室内の灯りが落ちて、辺り一面が映像へと切り替わる。

 というか椅子と机以外全て映像だったのかとリュウは驚いた。

 

「先週あたりから出現したCPU制御のガンプラの噂を聞いたことがあるか無いかはこの際どうでも良い。貴様らは現実のバウトシステムをメインにガンプラバトルをやっているようだからな、1から説明してやろう」

 

 映像にはアウターを構成する宇宙空間と中央に位置する中央基地が映されている。

 現在βテスト中であるアウターの中心、アウターギアによってダイブしたプレイヤーが初めに訪れる拠点だ。

 

「アウターはまだβテスト中であり、世界最高の意識フルダイブ型バーチャル空間には変わりないがそのセキュリティに問題があってな。アウター内のサーバーデータは全てこの中央基地内部に存在している──あぁ、ちなみに今の情報を外部に流すだけであらゆる機関から追われる羽目になるからくれぐれも漏洩はしない方が良いぞ」

 

 喉奥で笑い、再び視線が映像へと向かう。

 淡々とした口調だがそれが逆に情報が素直に受け取れる。

 

「本来中央基地外縁部にCPU制御のモビルスーツ含め敵機と呼ばれる機体はポップしない上に近付く事も出来ない。無論近付くというアルゴリズムも本来存在しないが、これを見ろ」

 

 映像が再び切り替わる。

 中央基地外縁部、そこからやや離れた座標に数機の機体。

 

「黒色……? ちょっと違うね、茶色みたいな」

 

「反転色ですわね。色合いを逆にすれば良く見るトリコロールカラーになりますわ」

 

「そうだ。徹底改修やミキシング、ウェザリングを施された機体達は本来CPUとしてデータは存在しないが、そんな機体達がプログラムに反して中央基地へと侵略を行っている現状だ」

 

 丸メガネの位置を直して東征が続ける。

 

「無論中央基地のセキュリティはこの俺様を以てしても攻略は不可能だ。ハッキングも不可能でアウターに存在する全ダイバーのガンプラを総動員しても破壊は無理だろう。それでも」

 

 反転色の機体にピントが合う。

 施された加工も工作も類似点の一切が見当たらず、ただ色合いだけ統一された機体達。

 

「未知の挙動を示す機体達が中央基地へ侵略を行っているという行為自体が危険そのものだ。学園都市の演算装置もつい先程予測結果の1つを弾き出してな、その結果が電脳空間の消滅及び、学園都市の事実上の崩壊の様だ」

 

「事実上の崩壊……?」

 

「続きは次回話す。現在電脳空間を開発した会社が選んだ迎撃チームで24時間警戒をしていて、当初こそ危なかったが今は侵攻の波は抑えられている──さて、ここからが本題だ」

 

 画面が切り替わる。

 学園都市の街並みが映し出され、一際高いビルは学園都市最大の建築物。

 

「貴様らには学園都市及び煌萌学園の先鋭として電脳空間(アウター)を造った企業バラムと共に反転色の機体達の究明を行ってもらう」

 

「私はリュウ君と特進の試験受けるのが優先! 急にそんな事言われても……」

 

「俺は受けるぞ」

 

「リュウ君!?」

 

電脳空間(アウター)に原因不明の謎があるってんなら俺は協力する。勿論ナナもだ」

 

「リュウ•タチバナ。貴様が1番反対する事を想定していたのだが……。貴様はプロになるために特進を目指しているんだろう? 仮にその試験を棒に振ることになっても良いというのか?」

 

 その言葉にリュウは今一度自身の気持ちを振り返る。

 銀髪の少女ナナとあの夜に出会い、ガンプラの記憶を無くして、ぐちゃぐちゃになるくらい生き方が分からなくなって。

 支えてくれる人達を知って、応援する奴らが居てくれて、そんな彼らに恩返しする為プロになる。

 そこは譲れない、それでも隣の少女に関係する事なら話は別だ。

 ナナに関する事はまだ殆ど知らなくて、()()()が残した言葉もずっと気掛かりだった。

 

『答えは電脳世界(アウター)にある! そこでもう一度俺に会え、そのときに全てを教える!!』

 

 この謎を残したままナナと一緒にプロに成るなんて、それは考えられない。

 

「答えは変わらねぇよ。俺は協力する」

 

「そうか……ククっ、そうか……」

 

 リュウの言葉に東征は邪悪な笑みを浮かべて、その視線の先には生徒会長が立っていた。

 

「賭けはナガト、貴様の勝ちだ。……俺様はてっきりリュウ•タチバナはリアリストだと思っていたんだがな」

 

「トウドウ先生が気に掛ける生徒だからね。そこに僕は賭けてみた」

 

「え? え?」

 

 状況が理解出来ないで居ると生徒会長と東征が入れ替わり、普段と変わらない柔和な笑みのまま話を続ける。

 

「特進クラスへの編入試験は延期だよ。しかもこの作戦に参加すれば内申点や成績も特別に考慮する。これは特進クラスの全員が学園に認めさせた特例だ」

 

「そうなんだー! はいはーい! じゃあ私も受ける!」

 

「ありがとうコトハさん。……それで北条院ネネさんはどうする?」

 

 返答を促されたネネが立ち上がる。

 自信に満ち溢れたその佇まいを見て、全員がその答えに確信を持つ。

 

「先輩が二つ返事で参加を表明したんですもの。若輩である(わたくし)が断れるわけなくてよ」

 

「ありがとう。それじゃ現在この場に居る6名に加えてあと4人。計10名の部隊編成で作戦を行う。部隊編成と名打ってあるけど僕達は学生の身分だ。やっぱり引率の先生が居ないとね」

 

 生徒会長の視線が教室の後方へと向く。

 すると廊下から扉が現れたように突如として壁に扉が出現して扉がゆっくりと開かれた。

 

「予測された未来の1つではあるがどうやら学園都市の危機らしい。現在時間が取れる最大戦力の教員を呼ばせてもらった」

 

『──よろしくね。改めて紹介の必要は無いかしら。高等部学年主任及び特進クラス担任のトウドウ•サキよ』

 

『──しくよろ〜! 同じく特進の副担任やってるテンドウっす! 仲良くやろうぜ!』

 

 壮々たる人員だった。

 普段稽古を付けてもらっている師匠(せんせい)に加えて、コトハと生徒会長のバトルを止めたテンドウ先生。

 このメンバーが加わるのであれば解決出来ない問題なんて存在しないだろう。

 

「あれ? あと1人が来ない……?」

 

 生徒会長が扉の向こうを気にしている。

 あと1人……? このメンバーに加えてもう1人居るのだろうか。

 

『──すまない。連れが遅れてしまってね。引率である私が謝罪しよう』

 

 暗闇から聞こえたのは重い足音だ。

 普段聞く事のない重圧な靴の音は決して普段聞く事のない戦闘用の──軍靴。

 襟を正すついでに羽織り直したレザーの軍服がたなびいて()の存在を強調させる。

 

「ヴィルフリート•アナーシュタインだ。今回特別講師として萌煌学園に招かれた。どうか、よろしく頼む」

 

 教室がざわつく。

 一礼するその男を知らない人間はこの場どころか世界中居らず、ガンプラバトル世界大会において8位の座に君臨する現役の軍人。

 人呼んで、ドイツの軍神。

 

「おやリュウ君? 久し振りだね、元気だったか」

 

「は、はいっ! おかげさまで!」

 

「大分鍛えたようだね、姿を見れば分かるよ」

 

「ありがとうございますっっ」

 

 今でも緊張で身が強張り、あまりの存在感に視線を逸らすと横に立っている生徒会長含めメンバーから驚愕の視線を送られていた。

 なんでヴィルフリートと顔見知りなのか、という。

 

「さて、君達も入ってくると良い。友人になるかも知れないんだ」

 

「ヴィルフリートさんで最後では無いんですか?」

 

「部下が2人居る。彼らの面倒は私が見るから部隊の人数としてカウントしなくて良い。ほら、入ってきなさい」

 

『──違うんだってヴィルっち! アデルが道に迷ってたの! わたしは遅れたんじゃないんだって』

 

『……』

 

 扉から現れた2人に一同は沈黙をする。

 彼らを知らない人間の沈黙が殆どであり、ややあってヴィルフリートの横へ付く2人だったが。

 

「……」

 

「おま、え」

 

 リュウは知っていた。

 学園都市を去るあの夜、公園でガンプラバトルを行ったあの2人。

 ナナを知っている様子だったオレンジに輝く髪の少女と、長身の紫の男。

 男の冷めた瞳とリュウの目線が交錯し、沈黙がその場を支配した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。