馬鹿と帝国と血の十字架 (サルスベリ)
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設定みたいなもの




 ご要望あったので。

 『』内が元ネタの作品名です。ただし、名前と容姿だけで、中身は性格とか別者っぽくなっていますのでご容赦を。








 

 

 

 

 アイリス・クロームクラウン・エーテル。

 

 『公爵令嬢の嗜み』より。

 

 年齢は二十四歳。

 

 プラチナクロームの髪に、深い海のような青色の瞳の女性。

 

 宰相として、ジョーカー帝国を回す頭脳の一人。

 

 妃としては二番目。順番の意味はないが、一応の建前としては二番目としている。

 

 テラと同い年で幼馴染。生まれた時から知っているほど、深い付き合い。

 

 実は、彼女一人で帝国が回せるほどの才能を持ちながら、武芸でもそれなりに戦える万能人物。

 

 特に彼女が槍と剣を持ち出したら、テラでも逃げ出すほど。

 

 テラの妻として、個人所有の『テンプル騎士団』を持つ。

 

 万能兵力ばかりで特色がないので、強さとしては奥様達の中では平均クラス。

 

 現在、誰からも頼られる姐御タイプの妻として、他の奥様達を纏めているが、テラに関しては全員に止められることが多い。

 

 一番の苦労人であると同時に、一番自分らしく生きている女性。

 

 

 

 

 

 

 

 アセイラム・クリシュタリア・エーテル。

 

 『アルドノア・ゼロ』より。

 

 年齢は二十四歳。

 

 金色の髪にエメラルド色の瞳。

 

 朝焼けが照らす稲穂とテラが例えるほど、見事な金髪をしている。

 

 皇帝代理として帝国のトップを務めているが、人々を引っ張っているというよりは、意見を纏めるといったようなやり方を好む。

 

 運動神経はそこそこいいのだが、対人戦闘には不向きであり、魔法といった技能もそれほど高くはない。

 

 完全な後方支援タイプ。それも戦場以外での。

 テラの幼馴染であり、彼の全能力と『サイレント騎士団』の全戦力を把握している人物。

 

 妃の中では一番目という建前。本人曰く、気にはしていないというが、子供を身ごもるならば、自分が一番最初でと密かに望んでいたりする。

 

 『遊星騎士団』を所持。性能的には戦闘能力はあまり高くはなく、輸送や補修・補給などに割り振ったような編成。

 

 穏やかで怒った様子が一度もないが、実は怒らせたら最も怖い人物。

 

 テラとアイリス以外は知らないが、『魔眼』の持ち主。

 

 視界内、あるいは相手の名前を見ただけで、その者を『殺す』ことができる凶悪なもので、普段は封印処置されている。

 

 本人も能力を完全把握しているので、滅多なことでは暴走しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユインシエル・アスレート・エーテル。

 

 『レガリア』より。

 

 年齢は二十一歳。

 

 金色の髪に蒼い瞳。

 

 テラ曰く、月の光のように穏やかな金色に、空を封じ込めたような青色とのこと。

 

 性格は穏やかで優しい反面、素手での戦闘を得意とする武闘派の一面もあり。

 

 見た目は童顔で背が低いため、未だに女子高生の制服を着ても違和感がなく、ホンワカお嬢様に見える。

 

 大人ならば敬語、と思い込んでいるため日常的に敬語を使っているらしいが、時々は素が出るので、頑張って修正中らしい。

 

 彼女が抱える『レーヴェリア騎士団』は、奥様達とテラ含めてのすべての騎士団の中で最大戦力を誇り、殴り合い上等という編成をしている。

 

 完全に突撃して殲滅して戻ります、らしい。

 

 主に帝国内を航海しながら、物資や人などの流通状況の把握に努めているので、ほとんど宇宙にいることが多い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪菜・エゼルカイン・エーテル。

 

 『ストライク・ザ・ブラッド』より。

 

 年齢は二十歳

 

 黒髪に蒼い瞳。

 

 テラ曰く、深海のような穏やかな漆黒に、海中から見上げた海の蒼。

 

 性格は年相応。若干、幼かったり激情家だったりする。一度、のめり込むと後に引かないタイプ。

 

 奥様達の中での近接最強を誇り、テラでさえ迂闊に入りこむと一撃で沈められる技量を誇る。

 

 そして、奥様達の中で『ロリ』系統としても有名だったりする。

 

 普通に私服姿で街を歩くと、『未成年ですか、中学生ですか』と職務質問されるレベル。

 

 ユインシエルが辛うじて成人と見える中、証明書を提示しても『偽造』といわれるレベル。 

 

 そんなことを言われたら、槍で百回は突かれるが。

 

 彼女の持つ『コバルト騎士団』も、彼女同様に小型・近接・突破能力過剰が多く、戦闘時には常に最前線に配置され、どんな相手でも一点突破可能。

 

 彼女の騎士団とユインシエルの騎士団が組むと、『サイレント騎士団』でさえも撃破まで時間がかかる。

 

 その反面、遠距離攻撃手段が本人も騎士団も皆無だったりする。

 

 普段は怪獣とか幻獣などの生態調査、縄張りから逃げ出していないかを見回っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メテオラ・ウィル・エーテル。

 

 『Re:CREATORS』より。

 

 年齢は19歳。

 

 薄灰色の髪に蒼い瞳。

 

 テラ曰く、『鳥の羽毛のように柔らかな髪と、遥かな蒼穹の瞳』。

 

 基本的に穏やかで物静か。本を読んでいて一日が終わることなど、日常茶飯事。

 

 帝国の書類整理、過去のデータベースの作成、あるいは教科書の編纂委員会のトップとかをしているため、執務室が本で埋まる。

 

 という建前を持っている。

 

 魔法の保有数トップを誇り、テラでさえ魔法戦では遅れをとる。

 

 最大級のフルバック、あるいは遠距離攻撃のエキスパート、広域殲滅戦得意の魔女。

 

 彼女の保有している『識天騎士団』も、遠距離からの攻撃手段を主体にしており、近接対応は皆無といった偏った編成をしている。

 

 また情報精査に長けており、探査系の能力も持っているため、『サイレント騎士団』の隠密部隊でさえ接近させない技量を持つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クトリ・エルヴェルカ・エーテル

 

 『終末なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?』より。

 

 年齢は21歳。

 

 水色の髪に前髪の一部が赤といった特徴的な髪に、淡い緑の瞳。

 

 テラ曰く、広大な海に差し込む朝日のような髪に、新緑の森のような瞳。

 

 性格は感情直結、嬉しい時は嬉しい、悲しい時は悲しい。演技や嘘で誤魔化さない、真っ直ぐな人物。

 

 福祉関係、難民、孤児、戦災などといった問題に対して動き回っているため、仕事の量はかなり多いのだが、彼女は楽しそうに仕事をしている。

 

 元々、彼女が孤児で色々なことがあったから、誰かにそんな悲しみを与えたくないと思っているから、らしい。

 

 今は後方で仕事をしているが、射撃もできる、近接もいける、回復もできると万能型のため、戦場では遊撃的な立ち回りをする。

 

 彼女が保有している『フェアリー騎士団』も、そのような配置をされているため、色々な場面で役に立つ。

 

 しかし、決定打や一点突破な能力がない、『器用貧乏』になっている。

 

 本人は特に気にした様子もなく、今日も仕事に大好きなドラマや映画にと、日々を楽しんでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深雪・クロムウェル・エーテル。

 

 『魔法科高校の劣等生』より。

 

 年齢は二十二歳。

 

 漆黒の髪に薄い藍色の瞳。

 

 テラ曰く、『夜空のような包み込む髪色に、明け方の空のような瞳』。

 

 帝国内において軍部の元締めのような役職を持っている。帝国軍総司令官以外で全軍に対して命令が下せる立場。

 

 同時に情報局や警察機構の元締めであり、この三つに対しての強制査察権を有している。

 

 滅多なことでは権利を行使しないので、『最終的な安全装置』みたいなもの。

 

 ちなみに、帝国軍、情報局、警察機構の年間予算は彼女のサインがないとおりないで、それぞれのトップは彼女をどうやって説得するかを常に考えているらしい。

 

 深雪が許可すれば、アイリスは横やりを入れないので、本当に彼女が予算を握っていることになる。

 

 身体能力は平均より少し高いくらいだが、雪菜やクトリに比べるとかなり弱く見える。

 

 メテオラと同じような後方支援タイプだが、実行数ではメテオラに劣っている。しかし、その魔法の作用範囲では彼女を超えている部分があるため、魔法合戦になると周辺被害がかなりひどいことになる。

 

 彼女が保有している『黒夜騎士団』は、魔法戦を得意としているというわけではなく、どちらかといえば搦め手を好む編成になっている。

 

 遠距離から魔法や砲撃を行いつつ、周辺を包囲、あるいは敵軍の中へ侵入しての『トップ打ち取り』が彼女の基本戦術だったりする。

 

 身内以外では感情を抑えて離すので、『冷たい人形』、『氷の女王』とか言われており、一部からは『踏んでください、女王様』なんて言われてたりもする。

 

 テラの奥様方の中では、珍しいくらいのクール系、見た目だけはだが。

 

 身内だけなら感情を素直に出す、年相応の淑女。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クルル・ブラッドフォール・エーテル。

 

 『終わりのセラフ』より。

 

 年齢は不明、少なくとも千は超えているらしい。

 

 桃色の髪に赤い瞳の少女。

 

 テラ曰く、『桜のような淡い色の髪に、命の鼓動のような色の瞳』とのこと。

 

 帝国内において、特に役職や役割を持たない自由人。『エデン』の『ヴァルハラ』の一角に居を構え、滅多に外に出てこない。

 

 吸血鬼の中でも特に古い存在であり、真祖に最も近いと言われており、吸血鬼達の中では崇拝に近い感情で見られることがあるらしい。

 

 眷獣は二十四所持。圧倒的な能力値を誇るため、本気の殺し合いになればアイリスや雪菜でさえ勝てない存在。

 

 見た目八歳の奥様達の中の『ロリ』系統筆頭。年齢は確実に誰よりも年上なのだが、この見た目のために『未成年ですよね』と職質や補導などは日常茶飯事。

 

 そのため、公式行事の時は二十歳くらいに変化して参加するので、クルルは二人いるなどといわれることもある。

 

 彼女の抱える『スカーレット騎士団』は無限再生を主眼においた、機械生物ばかりの集団。

 

 攻撃力や防御力よりも、その粘り強さや撃たれ強さが有名。

 

 しかし滅多に出撃することはないので、全騎士団の中でも正体不明として恐れられているらしい。

 

 彼女がテラと一緒になる時に出した条件は、奥様達の中では有名な話。

 

 『そなたが死ぬ前にわらわを滅ぼしてほしい。そなたのいない世界など、無意味でしかない』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 葵・クロウイン・エーテル。

 

 『城下町のダンテライオン』より。

 

 年齢は二十六歳。

 

 濃い青色の髪に、薄紫色の瞳。

 

 テラ曰く、『深く澄み渡る大海の髪』。瞳の色については、自分と重なるので特に言わないが、『同じ色合いで嬉しい』といったことあり。

 

 基本的に中央議会や地方議会のまとめ役兼相談役をしており、呼ばれると帝国中を駆け巡ることになる。

 

 一般人に広く知られている皇妃といえば、アセイラムやアイリスではなく彼女かクトリの名が挙がるほどに有名人。

 

 魔法も戦闘も苦手といった、一般人のような能力値を持つ。

 

 実は、『絶対遵守』の能力を持ち、それが声によって発動するので、彼女が『命じる』といった内容は、相手に確実に実行させる凶悪な能力を有している。

 

 その強制力は絶大であり、テラでさえ三重にかけられると逆らえない。

 

 皇妃の中では珍しいくらい一般的家庭に育った人物なので、一般常識が欠如している帝国上層部の中で、『最後にして最大の常識人』と呼ばれている。

 

 彼女の持つ『典令騎士団』が、戦闘よりは災害救助といったレスキュー関係に重点が置かれているのは、彼女の思考が一般人によっているためだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エミリア・アークドライブ・エーテル

 

 『Re:ゼロから始める異世界生活』より。

 

 年齢22歳。

 

 銀色の髪に紫色の瞳。

 

 テラ曰く、『陽のあたる新雪の髪に菫色の瞳』。

 

 葵と同じ色合いだと誰もが言うのだが、テラは頑として譲らず『葵は俺と同じ色合いだけど、エミリアは華のように優雅だ』、と最後に必ず告げる。

 

 結界や防壁系の能力値が高く、探査系技能に対しての欺瞞もかなり高レベルで行える。

 

 彼女が『隠す』と決めると、大半の人たちが探知できずに終わるらしい。

 

 『ノーフェイス騎士団』も、エミリアの能力値に近い編成で行われており、人知れず影のように動き回り、誰にも察知されずに行動完了してしまう。

 

 ハーフエルフなため迫害を受けた経験が多く、極度の人見知り。妻達には普通に話すが、それ以外ではほとんど顔さえ合わせずにいる。

 

 一日のすべてを『ヴァルハラ』の専用領域にて過ごし、滅多に外に出ることはない。妻達の中の引きこもりのトップ、二番目がクルル。

 

 そのため帝国の役職を持っていることは少ないが、監査・内偵の部門は彼女の指揮下にあり、通常は別のトップが取り仕切っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロゼ・シュトラム・エーテル。

 

『テイルズオブゼスティリア』より。

 

 年齢は二十二歳。

 

 赤銅色の髪に薄い緑色の瞳。

 

 テラ曰く、『玉鋼のようにしなやかな髪に、旅路を誘う草原の瞳』とのこと。

 

 昔、テラが帝国を打破した時に周り中が混乱に貶められ、多くの不幸が生み出されたのを見て、テラを暗殺しようと近づいた元裏稼業の人。

 

 短剣突きつけての問答をして、『こいつ、馬鹿だわ』と悟ったとか。その後に周り中からの殺気と圧力に気づいて、生きたいと願った結果、『じゃ、責任をとって奥さんしてあげる』といったところ、『あ、じゃ貰う』とテラが速答したため、皇妃の一人となる。

 

 元々暗殺稼業で色々なところを巡っていたので、『交通網や通信網に精通している』と勘違いされ、現在は交通関係はすべて彼女の管轄になっている。

 

 よく、物流を管理・監督しているユイと意見を交わし、交通網などの整備に勤しんでいる。

 

 彼女が持つ『ノーヴァディゾン騎士団』は建築関係の専門機械ばかりを集めた、と表には報告されてはいるが、その裏側では物を作りながら、それを支配して『暗殺』可能な集団となっている。

 

 現在、彼女と騎士団はそれをしてはいないが、もしもの場合は速やかに裏側から『一撃必滅』出来るらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルリア・レールザード・エーテル

 

『グランブルーファンタジー』より。

 

 年齢は十八歳。

 

 エメラルド色の髪が毛先に行くにつれ、青に変化する特殊な髪と、青色の瞳。

 

 テラ曰く、天壌を吹き渡る風のような髪と、大地から見上げた空色の瞳。

 

 実は転生者。前の自分のことはうっすらと覚えているだけで、ほとんど残っていないのだが、時に夢として思い出すらしい。

 

 元々、違法科学技術研究所に囚われていたところを、テラに救い出される。もう怖いのは嫌だと嘆いていたら、『じゃ、俺の妻になればいいじゃん』と意味不明なプロポーズに即答。

 

 現在、魔法といった適正が低いため魔法戦とかできないのだが、科学技術関連は帝国を支えるくらいの貢献をしている。

 

 皇妃としては自由に研究して、自由に技術局と暴走して、そして予算関係でアイリスに土下座したりする、自分らしい生活をしている。

 

 ちなみに、特許関係は彼女の領分。

 

 彼女の抱える『蒼穹騎士団』は研究分野に秀でている、というわけではなく何故か『速度・瞬時展開優先』の亜光速遊撃部隊となっている。

 

 スピード狂ともいえるため、攻撃力がおろそかになっているのは内緒の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







順次、更新できたらな、くらいの気持ちでおまちください。


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ある日の帝国政庁の日課


馬鹿で、最強絶対で、でも馬鹿な皇帝と、それを支える妻達の話。

いや、馬鹿と、管理する奥様たちのはなしかな?



 

「この馬鹿夫ぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 その日、帝都にある政庁では、何時も通りの叫び声が駆け巡っていた。

 

 アイリス・クロームクラウン・エーテル。二十四歳。

 

 プラチナクロームという珍しい髪色を持つ女性は、とても思慮深く穏やかで優しい。

 

 誰に対しても丁寧に対応して、決して声を荒げることはない。

 

 唯一の例外は、夫である人物に対してのみ。

 

 彼女の執務室では、メモ用紙やら筆記具やらが空中を踊る。

 

「何をしているのよ! 一言あってしかるべきでしょうが! なっっっども何度も言わせないのよ!!」

 

 綺麗な放物線を描いて飛び交うではなく、水平に真っ直ぐ飛んでくる物体に、彼女も実力がよく解る。

 

 だとしても、こんな状況で確認したくなかった、と彼女―アセイラム・クリシュタリア・エーテルは苦笑した。

 

「なんでちょっと散歩した程度で隣の三国が統合されてくるのよ! 何よこの内容! 完全に『属国になりますから、許して』じゃないの! 何してきたのよ!!」

 

「ん! こっちに妨害工作と輸送路の破壊工作してたから、ちょっと行って首星の首都で全力戦闘!」

 

 真っ直ぐに真面目にブイサインまでしてくるテラに、アイリスは固まってしまう。

 

 確かにあの国々は、この数カ月の間に色々とやっており、軍や情報部門からも『どうにかしないと』といわれていたが。

 

 本当にどうにかしてくるなんて。

 

 しかも、政府や軍が動く前に実行して一日も経っていないのに完全降伏させてくるなんて。

 

 話の口ぶりや上がってきた報告では、彼の戦力は動かしていない。

 

 本当に単独で、国墜としをしてきたらしい。

 

「・・・・・・決算間際の、本当に忙しい時期に、仕事を増やしんてじゃないわよ」

 

 グッと拳を握ったアイリスを見て、アセイラムは素早く耳を抑えた。

 

「この馬鹿夫ぉぉぉぉ!!!!!!」

 

 本日二度目の怒声は、執務室だけではなく政庁さえも揺さぶったという。

 

 これが日常。

 

 五つの太陽系を支配下におく国家、『ジョーカー帝国』の主星の首都にある帝国の中枢、政庁の中で日常的に行われている、恒例行事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジョーカー帝国。

 

 五つの太陽系を支配下に置く巨大な帝国であり、同時にまだ誕生してから数年しか経過していない、若い国家でもある。

 

 皇帝は、テラ・エーテル。二十四歳の年若い存在であり、帝国軍以外にも絶大的な戦力の『サイレント騎士団』を個人保有している、馬鹿。

 

 そう、馬鹿である。

 

 誰もが知っている、帝国民の誰もが、軍人の誰もが、政治家の誰もが、『馬鹿だ』と認識している彼は、今日も馬鹿らしく生きて、馬鹿のように動き回り、馬鹿げた話のように問題を解決していく。

 

 そして、そんな彼を補佐して帝国を回しているのは十三人の妻達。

 

 皇妃、あるいは帝妃とも呼ばれる彼女達のおかげで、今日も帝国は馬鹿に振り回されることなく、きちんとした道理の上で過ごせている。

 

 これは、そんなバカな皇帝と、彼のバカを支える妻達と、胃にダメージを与えられながらも平和を謳歌していく人達の物語。

 

 の、はずである。

 

「いいからそこに座りなさい馬鹿夫!! 私が今から貴方に常識を叩きこんであげるから!!」

 

「待ってくださいアイリス! いくらなんでもハンマーは駄目です、いくらテラでも死んでしまいます!」

 

「離してセラム! この馬鹿にはこれくらいが丁度いいのよ!!」

 

 そんな物語になればいいなぁ、という話である。

 

「・・・・・・二人とも、その歳でピンクはちょっと」

 

「・・・・・・やっていいですよ、アイリス」

 

「ええ、ありがとうセラム。じゃ、テラ・・・・あんたがプレゼントしてきたのでしょうがぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 きっと、たぶん、そうだろうなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テラ・エーテル。

 

 ジョーカー帝国皇帝にして、誰もが認める馬鹿。

 

 年は二十四歳。

 

 黒髪に紫色の瞳。ジッとしていられないことはないが、イスに座ると一時間が限界。

 

 室内にいるより外に飛び出すのだが、外に行くと問題の解決を常識で考えられない方法で行うため、誰もが外に出たテラに対して警戒する。

 

 最愛の人を失った初代が、世界中を敵に回しても最愛の人を護れるようにと呪いのような願望をかけた一族の最高傑作。

 

 両親の能力すべてをコピーし技術と知識もすけて子供に授ける、という狂気なシステムの末に生み出された。

 

 父親がそういった狂気の末だけでも問題なのに、母親は天魔の一族最後の純血の姫。

 

 もう、人外って言葉に収まらない能力を誇る。

 

 『サイレント騎士団』という兵力を所有。総兵力は、二十億を超えるなんて言われているが、事実は不明。

 

 持ってはいるが、彼個人としては一人で動くのが大好き。

 

 もらえるものは貰うタイプ。

 

 幼馴染二人が泣いているから、当時にあった最大級の帝国を滅ぼして、自分の国―ジョーカー帝国を作るほどに、身内には甘い。

 

 現在、奥様は十三人。まだ増えるのでは、と奥様方の間では言われているほどの馬鹿。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイリス・クロームクラウン・エーテル。

 

 年齢は二十四歳。

 

 プラチナクロームの髪に、深い海のような青色の瞳の女性。

 

 宰相として、ジョーカー帝国を回す頭脳の一人。

 

 妃としては二番目。順番の意味はないが、一応の建前としては二番目としている。

 

 テラと同い年で幼馴染。生まれた時から知っているほど、深い付き合い。

 

 実は、彼女一人で帝国が回せるほどの才能を持ちながら、武芸でもそれなりに戦える万能人物。

 

 特に彼女が槍と剣を持ち出したら、テラでも逃げ出すほど。

 

 テラの妻として、個人所有の『テンプル騎士団』を持つ。

 

 万能兵力ばかりで特色がないので、強さとしては奥様達の中では強さは平均クラス。

 

 現在、誰からも頼られる姐御タイプの妻として、他の奥様達を纏めているが、テラに関しては全員に止められることが多い。

 

 

 一番の苦労人であると同時に、一番自分らしく生きている女性。

 





上司が、馬鹿だと苦労する。

夫が馬鹿だと妻の心労が増える。

両方だとしたら、逃げ出すだろうけど、こんな馬鹿なら毎日が楽しいのでは?


そんなわけないか。




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その日、朝から執務室を改装しました?


今日も、帝国は通常運転。

だから、部屋くらいは壊れます。

何故?!





 

 

 アセイラム・クリシュタリア・エーテル。

 

 ジョーカー帝国において、テラの代わりを務める代理人。

 

 皇妃達の中では一番目という建前の人物。

 

 テラの幼馴染であり、同時にテラのこと誰よりも深く知っている人。

 

 同じ幼馴染のアイリスよりも、テラについては詳しい。

 

「だからぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 穏やかで清楚。取り乱すことなど滅多にないが、怒ることはあるらしい。

 

 けれど、テラもアイリスも彼女が怒った様子は見たことがない。

 

「なっっっで一言もなしで動いているのよ!!」

 

「いや、だってさ」

 

「だって何?!」

 

 今日も執務室では物が飛ぶ。真っ直ぐに勢いよく飛んだ筆記具が、壁に突き刺さるのは日常茶飯事。

 

 その前に、だ。アセイラムは時々、不思議に思うことがある。

 

 機械文明の最果て、科学技術により宇宙の隅々にまで広がった人類の世界の中で、何故に鉛筆があるのか。

 

 データとして書類を提出すればいいのではないか。

 

 だというのに、何故に紙。

 

「この馬鹿夫・・・・・・」

 

「アイリス、それは昨日まで頑張って作り上げた年間の予算計画書では?」

 

 グッと彼女は止まり、そっと手の中の紙を広げていく。

 

「・・・・・ふふふふふふふふふ、テラ、よくも!!」

 

「ちょっと待った! 俺の責任なの?!」

 

「当たり前でしょうが!! あんたが考えなしに動くから!」

 

「仕方ないじゃん! 色々と面白そうな気配がしたんだから!」

 

「だからってね! なんでモノポール鉱脈を見つけてくるのよ! この『必然好機EX』がぁぁぁぁ!!!」

 

 女の子が上げる声ではないような気がするアセイラムの前で、槍と剣を持ち出したアイリスと、二つの剣を持ち出したテラの攻防が続く。 

 

 平和とはなんと儚いものか。

 

 その日、執務室は全面改装になり、バッタ達が喜々として動き続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夜で執務室から始まった政庁の全面改装を終えるのは、銀河広しといえどバッタ師団くらいなもの。

 

「はぁ、それで。何やらバッタ師団の整備科が大騒ぎしていたのは、そういった理由ですか」

 

「そうよ。ごめん、ルリ」

 

 深々と溜息をつきながら、アイリスは筆を走らせる。

 

「・・・・鉛筆が欲しい」

 

 時々、思い出したように願望を呟く彼女に、ルリは軽く視線を走らせた後に別方向へ向く。

 

 新しくなった執務室には、アイリスの机と、アセイラムの机、プラスで犬小屋が追加された。

 

 『テラ』と書かれた犬小屋の中で、彼は動くことなく座っている。

 

 鎖、それは彼が簡単に引き千切る。

 

 鉛、もっと簡単に破壊してしまうだろう。

 

 もっと柔らかく、かつテラが簡単に壊せないもの。

 

 即ち。

 

「テラ、それお気に入りのドレスだから」

 

「私のは思い出の品ですよ」

 

「あ、私のリボンもありますからね」

 

 アイリス、アセイラム、ルリの持ち物で縛りつける。

 

 縄抜けができないわけじゃないが、ちょっとでも動けば破けるような仕掛けもつけられており、テラは二時間も微動だにせずに座っている。

 

「で、正直なところ、予算案は通りそうなんですか? 議会がまた『城を』って言っているようですが」

 

 気を取り直してルリが別口の話題を提供すると、アイリスは途端に不機嫌さを隠そうともせずに溜息をつく。

 

「まったく何度も言っているのに聞かないんだから。この馬鹿に『神帝城』以外の城なんて必要ないでしょうが。帝国の威厳とか、他国への威圧感とかなんか、騎士団と軍で十分じゃない」

 

「人はやはり城に憧れるものですから」

 

 アセイラムが政治家達の想いを伝えるのだが、宰相様には届かない。

 

「憧れで御飯が食べられる? プライドで世界が回るの? そんな無駄なものよりも必要なところに資金をかけるべきでしょうが」

 

「それが必要という人もいるということです。何より、普段から帝国にいないと噂の皇帝陛下ですから。城くらいないと、人民が不安になるのでは?」

 

 痛いところをつかれ、アイリスは少しだけ言葉に詰まる。

 

 確かに、普段からテラは帝国にいないことが多い。

 

 ちょっとフラッと出かけて別世界で問題遭遇、解決して戻るなんて日常的にやっている。

 

 トラブルとは、解決できそうな人の傍に寄ってくるとは、誰の言葉だっただろうか。

 

「・・・・・・こいつがいるくらいで、不安が解消されるなんて、安いわね」

 

 辛辣な言葉を告げるアイリスの顔は、何処か穏やかで、魅力的に微笑んでいる。

 

 貴方が一番、安心しているのですよ、とアセイラムは心の中で告げる。

 

 なんだかんだいって、アイリスがテラに依存しているのは、実はあまり知られていない。

 

 傍にいないから、帰って来れる場所をしっかり守る。守った上で、愚痴を盛大に叩きつけるのが彼女。

 

 ちょっと見、とても捻くれていて依存しているように見えないが、しっかりと心の拠り所にしている。

 

「とにかく議会には私からまた話をするから。間違っても、セラムは出ないでよ」

 

 愛称で念を押されると、アセイラムは解っていますと答えた。

 

「私も譲れないことは絶対に譲りませんよ?」

 

「どうだか。セラムって優しいところが多いから。書類が出来上がったから、私はちょっと現場視察に行ってくるけど、ルリはどうするの?」

 

「私はテラさんの様子を見にきただけなので。この後、イオナとアリアの船体の新規作成があるので」

 

「改造じゃなく新しく作るの?」

 

「はい。新型の機関とエネルギーラインが、どうにも船体に合わないらしくて。それならいっそのことです。資材に関しては『エデン』から持ち込んでありますので、帝国のは使っていません」

 

「それなら私としては口出ししないわ。後で、データだけ貰える?」

 

「もちろんです」

 

 二人して軽く会話をしながら部屋を出ていく姿を見送り、アセイラムは自分の仕事へと集中した。

 

「テラ、縄抜けしたら私は泣きますからね」

 

 そっと動き出した夫へ釘をさすのは、忘れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 穏やかな午後の昼下がり、執務の一通り終わった後の穏やかな時間は、アセイラムにとって大切な一時。

 

 特に重要な書類処理を行った時は、三度は見直して確認するために、とても必要なものだ。

 

「不備はないわよ。私も確認したんだから」

 

「ですが、念には念をいれませんと」

 

「心配症ね、セラム」

 

「貴方ほど能力が高くないので、アイリス」

 

 方や紅茶を楽しんでいる宰相。

 

 方や、書類とにらめっこしている皇帝代理。

 

 で、問題の皇帝陛下は、まだ縛られたまま小屋の中。

 

「・・・そろそろ限界通り越して気絶しそうね」

 

「ダメです、アイリス。躾とは、限界のその先を見定めて行うものです」

 

「意外とテラに対して厳しいのよね、セラムって」

 

「貴方ほど甘くできませんから」

 

「私だって甘くしているつもりはないのよ。テラに甘くしたらつけ上がるだけって知っているから」

 

 その割に、テラの行動を本気で妨害することがないのを、アセイラムは知っている。

 

 口先で何を言っても、最終的にテラの自由にさせるのが、アイリスだ。

 

 おかげで彼のストレスの発散になっているので、自分はきちんと躾けることができる。

 

「終わりました。では、テラ、動いてもいいですよ」

 

 そっとアセイラムが束縛を解くと同時に、テラの姿は執務室から消える。

 

「・・・・・・あいつって、光速で動けたの?」

 

「知りませんでしたか? テラの最速は、光速の二倍です」

 

 嘘でしょうと呟くアイリスに、貴方もまだまだテラに対しての理解が足りないですね、と心の中で呟くアセイラムだった。

 

 今日もこうして一日が終わる。

 

 何事もなかったかのような夜が過ぎて、翌日にはまたアイリスの怒声が政庁を揺らすだろう。

 

 もちろん、テラの馬鹿げた行動のために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アセイラム・クリシュタリア・エーテル。

 

 年齢は二十四歳。

 

 金色の髪にエメラルド色の瞳。

 

 朝焼けが照らす稲穂とテラが例えるほど、見事な金髪をしている。

 

 皇帝代理として帝国のトップを務めているが、人々を引っ張っているというよりは、意見を纏めるといったようなやり方を好む。

 

 運動神経はそこそこいいのだが、対人戦闘には不向きであり、魔法といった技能もそれほど高くはない。 

 

 完全な後方支援タイプ。それも戦場以外での。

 

 テラの幼馴染であり、彼の全能力と『サイレント騎士団』の全戦力を把握している人物。

 

 妃の中では一番目という建前。本人曰く、気にはしていないというが、子供を身ごもるならば、自分が一番最初でと密かに望んでいたりする。

 

 『遊星騎士団』を所持。性能的には戦闘能力はあまり高くはなく、輸送や補修・補給などに割り振ったような編成をしている。

 

 穏やかで怒った様子が一度もないが、実は怒らせたら最も怖い人物。

 

 テラとアイリス以外は知らないが、『魔眼』の持ち主。

 

 視界内、あるいは相手の名前を見ただけで、その者を『殺す』ことができる凶悪なもので、普段は封印処置されている。

 

 本人も能力を完全把握しているので、滅多なことでは暴走しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルリ・ホシノ

 

 年齢は十九歳。

 

 瑠璃色の髪に金色の瞳。

 

 『サイレント騎士団』団長にして、テラの全兵力の九割への命令権を持つ巫女。

 

 実はテラが幼い頃に無茶をやっていたため、このままでは不味いと考えた一族の者達が生み出した、デザイン・チャイルド。

 

 しかし、テラ以上に狂気的なことをしたので、『サイレント騎士団』は他の騎士団以上に名前を持った人工生命体が多くなることになる。

 

 性格は昔は、残虐非道、凶悪、テラの前に踏み込んだものには星ごと破壊するといった、テラ至上主義だった。

 

 今は穏やかで怒ることはないが、人並の感受性があるため、怒る時は『サイレント騎士団』を率いて殲滅に行くくらい常識がない。

 

 対人戦闘は平均より上程度。魔法といった特殊能力持ちであり、魔法実行能力は帝国随一。

 

 彼女一人で一千万までの艦艇の同時操作可能な処理能力を誇る。

 

 

 

 

 

 





馬鹿が行くから、後が落ち着く。
 
馬鹿がいるから、混乱する。

でも、大馬鹿ならば、世界は意外と平穏なのかもしれない。



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馬鹿が今日も、行く

馬鹿の常識、世間では非常識。

でも、歴史を動かすのは、馬鹿なのかもしれない。

あ、今回の話には、関係ありません。




 

 人は失敗から学び、やがて成功を勝ち取る。

 

 しかし、テラは失敗しても突き破って、やがて通った道筋に偶然に成功を落としていく。

 

 これが、ジョーカー銀河帝国の一般的な常識。

 

「は?」

 

 アイリスは思わず、手に持った書類を落としてしまった。

 

 第三太陽系の木星居留地における、伝染病の可能性。

 

 医師からの報告により発覚した危機は、皇帝突撃により幕を下ろした。

 

「・・・・・はい? ちょっと、馬鹿は何処? あの馬鹿が何処に行ったか、誰か知らない?」

 

 素で皇帝はバカ呼ばわりするのは、アイリスだけ。

 

 そんなことはない。結構、多くの人が『皇帝』と書いて、『バカ』と読む人が多い。

 

「すみません、見てないです」

 

 対して、話を振られたユインシエル・アスレート・エーテルは、大きく頭を下げた。

 

「ユイが謝ることじゃないから、いいのよ。でも、あの馬鹿は本当に何処に行ったのかしら? まさか、別の星系に突撃してないわよね」

 

 否定できない、と誰もが思う。

 

 愛称のユイで呼ばれた彼女は、データ・ボードを持ち上げて、結果のみ報告を続ける。

 

「伝染病のウィルスは完全消滅。特効薬も開発済みだそうです」

 

「そう。なら、データを帝国領内すべてに流して。他の国々にも、そっと流しましょうか」

 

「そう言ってくれると思いました。特許とかは?」

 

「必要ないでしょう? 開発したのは、ルリ? オラクルとかが関わっていたらちょっと怖いけど」

 

 発生してから一週間で特効薬を開発できそうな人物―片方は人工生命体みたいなものだが―の名を上げたアイリスに、ユイは小さく首を振った。

 

「いいえ、テラが偶然にブラック・ジャックさんと一緒にいたので、発見してくれました」

 

「・・・・・・・」

 

 アイリス、絶句。

 

「ちょっと待って。それって、伝染病の疑いがあるから、お願いって派遣したのよね? え、特効薬までこぎつけたの?」

 

「はい。テラが偶然に薬品同士を混ぜ合わせて、奇妙な液体になったところに、ウィルスが混入して。ブラック・ジャックさんが確認したら、ウィルスが死滅していたというわけです」

 

 頭痛がしてきた。まさか、そんなところでバカのスキルが役に立つとは。

 

「あの『必然好機EX』の馬鹿夫」

 

「けど、テラのそのスキルに助けられた人は多いですよ」

 

「多いからって見過ごしていいわけじゃないでしょうに」

 

 確かに、とユイは感想を告げる。

 

 本当に彼は危機によく遭遇する。

 

 ピンチ、トラブル、危険等など。誰かの悲しいや悔しい、苦しいと言った感情が読めるのではと疑うほどに、色々なところに遭遇しては解決して去っていく。

 

 彼を皮肉を込めて、『トラブル・メーカー』と呼ぶ人が多いのも、このスキルのせいだろう。

 

「はぁ、了解よ。お疲れ様、ユイ。悪かったわね、帰還航路が近かったから調査させてしまって」

 

「私もちょっと気になってはいたので。でも、テラとは会えませんでした」

 

「終わったからで飛び出したのでしょうね。きっと今頃は、誰かの隣でピンチを粉砕しているわよ」

 

 きっと、そうだろう。誰かの不幸を滅ぼして、笑顔を振りまいた後に、呆れさせている。

 

 絶対に、と二人は確信してしまうほどに、テラの日常はそういった馬鹿げたことが多い。

 

 わざとやっているのでは、と疑うほどに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 報告を終えたユイは、執務室から出て真っ直ぐにドックへと向かう。

 

 ユイが抱える『レーヴェリア騎士団』の総旗艦がおさめられたドックでは、整備点検が始まっていた。

 

 バッタ達が飛び交い、古くなったり損傷した装甲板や機器を外して、新しいものに交換していく。

 

「お、ユイじゃん。ヤッホー」

 

「テラ、ヤッホー。アイリスが探していましたよ」

 

 何故かそこにいる彼に、驚くよりも先に納得してしまう。

 

「出かけるなら、先に会った方がいいですよ。ちょっと怒っていましたから」

 

「マジで。どれがバレたのかな?」

 

 考えるほど色々とやっていたのかと、ユイは呆れると同時にちょっとだけ誇らしくなる。

 

 テラがやったことは、大抵が人を救うことなのだから。

 

 そして、多くの人を救うのが、自分の夫であると誇れるのだから。

 

「また、襲撃されても知りませんからね」

 

 ちょっと意地悪に言ってみると、彼は頭を下げつつ『うー』と唸りだして、ポンっと手を打つ。

 

「よし、しばらく逃げよう」

 

「こら、テラ」

 

 ギュッと拳を握ると、彼は空かさず十歩ほど距離を開ける。

 

「いくらなんでも、アイリスに対して失礼じゃないですか? 親しき仲にも礼儀あり、です」

 

「そうなんだけどさ」

 

 珍しく言葉に詰まる彼に、何かあったかなと思い返す。

 

 ここ最近でテラがアイリスに対して何かしたのは、伝染病の類だけ。他には何もなかったはずだ。

 

 もし何かあったなら、ネットワークに書き込みがあるはずなので。

 

 テラが放浪癖か、それか散歩好きかはわからないが、一か所にじっとしていられない性格なので、奥様達によりテラの補足及び問題を書き込むネットワークが構築されている。

 

 情報総省のオラクルが管理しているネットワークには、いくらテラといえど閲覧できないプロテクトがかかっており、あのルリでさえ『解りました、防ぎます』と同意を示している。

 

「今は、ユイと過ごしたいから後でいいや」

 

 すっごい綺麗な笑顔で言われ、一気に赤面してしまう。

 

 時々、狙ったようにこちらを撃沈しようとするのは、彼の天然らしい。

 

 好きな人には自分の感情を真っ直ぐに伝える。恥ずかしいや外面とか関係なく、テラ・エーテルは正直に話すらしい。

 

 しかも、これが最大ではないので、注意しなければ。

 

 『テラの本気の『愛情表現』は、本当に怖いから』。

 

 『骨抜きにされるどころではないので、注意してくださいね』。

 

 アイリスとセラムの二人からの忠告を、しっかりと思いだす。

 

「どうしたの?」

 

「な、なんでもないよ。少し買い物に行きますか?」

 

 火照った顔を冷ますように手で風を送りながら、テラへと誘いをかける。

 

「ん、そうだね。ならちょっと行ってくるよ」

 

 まるで他人に告げるような言い方に、ちょっと首を傾げていると、答えは自分の後ろから聞こえてきた。

 

「そうね。ユイとも過ごしてあげないと、かわいそうだから。で・も・ね。戻ったら真っ直ぐに私の執務室に来なさい。じっくりしっかりと顛末を聞かせてもらうから」

 

 まるで底冷えするような、恐怖を纏ったアイリスの声がした。

 

「イエス、アイマム」

 

「あんたの母親になったつもりはないわよ。妻にならなった覚えがあるけど」

 

 鼻で笑った彼女は、そのまま戻っていった。

 

「テラ、本当にアイリスに迷惑をかけないようにしてくださいね。またバッタ達による政庁全面改装なんて、させませんから」

 

「ん、もっと気をつけるよ。隠ぺい工作」

 

「なんて言ったの?」

 

「すみません」

 

 拳を突き出すと、彼は両手をあげて謝ったのだった。

 

 その後の時間はとても有意義で楽しく、ユイは元気よく次の航海へと乗り出した。

 

 蛇足、テラ・エーテルは皇帝となってからすでに三百回目の政庁から吊るされるを経験したという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユインシエル・アスレート・エーテル。

 

 年齢は二十一歳。

 

 金色の髪に蒼い瞳。

 

 テラ曰く、月の光のように穏やかな金色に、空を封じ込めたような青色とのこと。

 

 性格は穏やかで優しい反面、素手での戦闘を得意とする武闘派の一面もあり。

 

 見た目は童顔で背が低いため、未だに女子高生の制服を着ても違和感がなく、ホンワカお嬢様に見える。

 

 大人ならば敬語、と思い込んでいるため日常的に敬語を使っているらしいが、時々は素が出るので、頑張って修正中らしい。

 

 彼女が抱える『レーヴェリア騎士団』は、奥様達とテラ含めてのすべての騎士団の中で最大戦力を誇り、殴り合い上等という編成をしている。

 

 完全に突撃して殲滅して戻ります、らしい。

 

 主に帝国内を航海しながら、物資や人などの流通状況の把握に努めているので、ほとんど宇宙にいることが多い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オラクル。

 

 『サイレント騎士団』となっているが、実際はテラ達の一族が秘匿している最大技術『イグドラシル・システム』の一部であり、情報収集用のシステム『シャドー・ネットワーク』の管理者。

 

 人工結晶構造生命体であり、テラの一族の中でも古株。

 

 知識の図書館の番人であり、そこに集められない情報はない、あるいは収められていない知識はないと言われている。

 

 性格は穏やかで怒ったところを誰も見たことがないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『必然好機』EX

 

 テラが持っているスキルの一つであり、彼自身を追い詰める最大原因でもあるもの。

 

 他者の危機に対しての解決手段を引き寄せる効果を持つが、所持者に対しての危機にはまったく反応しない。

 

 それどころか、解決する危機に比例した上で三乗するほど所持者を危機に陥れるマイナス作用を持つ。

 

 これと、『常在試練・鍛練増加』により、テラは常にトラブルに見舞われることになるが、彼は至って笑顔で過ごしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 バッタ

 

 正式名称は『バッタ師団』。

 

 歩兵科、航空科、機動科、清掃科、整備科、主計科、海兵隊、近衛兵からなるテラ達の一族が生み出したサポート軍団。

 

 量子コンピュータとニューロコンピュータの複合ユニットとか、ぶっ飛んでいるシステムを搭載した結果、五感を実装した上で第六感も装備した物体。

 

 四つのカメラと六つの足ユニット、その上で黄色いボディを持つ。

 

 元ネタは『機動戦艦●デシコ』の敵型のユニット。

 

 あらゆることへのサポートを行い、常に影日向に活躍するバッタ達だが、時に暴走して色々と厄介事を起こす。

 

 例えば、『お茶が美味しくない』だけで惑星一つ使ってのお茶の栽培から始めたり。

 

 例えば、部品の精度が上がらないで、鉱脈発見からやってみたり。

 

 結論から言えば、自分達が納得できなければ宇宙さえ網羅して解決策を探しだす集団。

 

 大好きなもの、『仕える人達の笑顔』。

 

 

 

 




彼は今日も、何処かで誰かを救うのでしょう。

誰からも賞賛されなくても、誰からも感謝されなくても。

きっと彼らしく、馬鹿をする。




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朱に交われば赤くなる


馬鹿は、今日もばかであり。

馬鹿なことして怒られる。

でも、そんな彼の周りがまともだと思う?



 

 夢も破れることもあり。

 

 過去を懐かしむ時もある。

 

 けれど、今の自分はとても小さくて悲しくて。

 

 愚かにも、未来を夢見る。

 

「で?」

 

「ブラックホールって潰せるんだって知った」

 

「・・・・・・・この馬鹿夫ぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

 その日も、政庁をアイリスの怒声が揺らしたのだった。

 

「何してんのよ?! というよりなんでブラックホール?! どういう経緯でそうなったのよ?!」

 

 何時も通りに執務室内を筆記用具が飛ぶ。

 

 もう彼らは、自分達は文字などを書くのではなく、空を飛ぶものであると思っているのかもしれない。

 

 目の前を飛んで行く道具達を見ながら、アセイラムは穏やかにお茶を飲んでいたりする。

 

 『飛びます!』、『私はカモメ!』、『飛翔してやる!』とか言っていないだろうか。

 

 どうやら、自分は疲れているらしい。アセイラムはそっと思いながら、お茶を楽しむ。

 

 話の始まりは、確かユインシエルからの定期報告からだろうか。

 

 『ブラックホールの発生があり、人為的可能性が高い』。

 

 帝国の航路上に発生する可能性は、極めて低い。

 

 常に帝国軍やユインシエル、警察機構、情報部。

 

 他にも奥様方の誰かが見回りなどをしているので、発生前に潰せるはずだ。

 

 

 一般市民に対して、安全な航路を提供するのは帝国としては当たり前。

 

 最低限のことだからとアイリスが力を入れた結果、隕石やスペースデプリでさえ、帝国国民の乗ったシャトルなどに傷一つさえつけさせない体制が出来上がった。

 

 安全・安心、さらに二人乗りなどの小型シャトルにさえ、帝国は軍艦並の防御フィールド発生装置を搭載したため、戦争の中に飛び込まなければ何が起きても損傷しない、常識外の安全が確立された。

 

 あの頃は、アイリスが珍しく暴走していた、とアセイラムは懐かしむ。

 

 『安全と安心が出来なくて何が帝国よ! 今すぐ何とかしなさい!』

 

 無理ですと言ってきた、帝国軍のトップと警察機構のトップ、情報部のトップの前で、皇帝を怒鳴りつけたものだ。

 

 で、今回の話は。

 

「ユイからの話があったから、行ってみた。経緯以上」

 

「短すぎて余計に解らないわよ!!!」

 

 再びのツッコミと筆記用具の嵐を受けた後、テラは何時になく真剣な顔でアイリスを見つめた。

 

「な、何よ? そんな顔したって許さないから」

 

「顔、真っ赤ですよ、アイリス」

 

「セラム! とにかく! 簡潔に正確に話してみなさい」

 

 深々と溜息を吐くように告げて、アイリスはイスに腰掛けた。

 

「うん、ユイからの報告書を流し読みして、『そういえば、ブラックホールって潰したことないな。やってみようかな、怒られるかな、まあいいか。よし、やってみよう』って考えて、やってみたらできた」

 

 あまりにも、あんまりな内容に、アイリスとアセイラムの思考が止まった。 

 

 『ブラックホールって、潰せるの。生身で?』とアイリス目線で送る。

 

 『近づくものを原始レベルで崩壊させるのでは』とアセイラムと目線で答えた。

 

 『え、でもシャルルさんが潰していたよ』とテラは腕組みした。

 

「はぁ?! シャルルさんってあのシャルルさん?!」

 

 身を乗り出して驚くアイリスに、テラは大きく頷いた。

 

「さすが、銀河一の武闘一家の当主。ブリタニア最硬説は健在ですね」

 

「ちょっとセラム! なにを納得しているのよ! 礼節と社交性を兼ね備えた立派な大人だと思っていたのに」

 

 何故か一人、かなりダメージを受けているアイリスは、そのまま机に突っ伏した。

 

「ちなみに、ユフィは拳で山を割ったことがある」

 

「止めて! 解った! 解ったから! テラがやりたくなった気持は解ったから! お願いだから、私の中のユーフェミアの『ポワポワ』イメージを崩さないで!!」

 

 彼女の中の何かが崩れたらしく、泣き出してしまったアイリス。

 

「テラ、言い過ぎでは?」

 

 苦言を告げるセラムに対して、テラは小さく呟いた。

 

「・・・・ナナリーが戦車を粉砕した話は黙っていよう」

 

 嬉しそうに写真付きのメールを送ってきたのだが、内緒にするしかないと知ったテラだった。

 

 後日、ナナリーがアイリスの目の前で帝国軍正式採用の戦車を右手一本で粉砕したため、彼女は三日間ほど寝込んだという。

 

 そしてその三日間、珍しく真剣な皇帝とその巫女と、代理が必死に帝国を回したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話を聞いた時、彼女は思わずテラを振り返って睨みつけた。

 

「まったく、本当にどうしょうもない人ですね」

 

「ごめんなさい」

 

 素直に謝る彼に対して、彼女はため息をついた。

 

 もう何度目だろうかと不安になってしまう。何度も注意したのに、彼は常に危険なところに突っ込んでいく。

 

 スキルのためなのは知ってはいるが、それでも聞かされた身にもなって欲しい。

 

 そう、雪菜・エゼルカイン・エーテルは思う。

 

「ブラックホールの件は解決したのですか?」

 

「そちらは大丈夫よ」

 

 答えるアイリスは、まだ目元が赤い。

 

 精神的なダメージがまだ抜けきっていないらしく、ふとした瞬間に感情が揺さぶられて泣いてしまうらしい。

 

 珍しいこともあるのもだ、と雪菜は感想を脳裏に浮かべる。

 

 冷静沈着で物事に動じない彼女が、こうまで動揺するのを初めて見る。

 

「テラ!」

 

「はい!!」

 

 アイリスを見ていた雪菜は、唐突に手に持っていた銀色の槍を背後に投げつける。

 

 壁に突き刺さった槍の横、そっとドアを開けようとしたテラは固まった。

 

「私が誤魔化されるとでも?」

 

「・・・・雪菜! 愛してる!」

 

「はい?!」

 

 一瞬の動揺、意識が揺さぶられた後には、彼は姿を消していた。

 

「いつか私は夫殺しで捕まりそうな気がします」

 

 壁から引き抜いた槍を握り締めながら、彼女は小さく口にした。

 

「大丈夫よ。あいつは何時もそうだから、殺すなら私たち全員がかりになるでしょうね」

 

 何処か遠い場所を見つめながら、アイリスは苦笑していた。

 

 乾いた笑みとは、あんなものかもしれないとアセイラムは感じていたが、特に口に出すことなく雪菜へ話題を振る。

 

「ドラゴン達の様子はどうでした?」

 

「はい、問題はないようです。ただ、LEDドラゴンが妙なことを話していました」

 

「妙なこと?」

 

「『最近、我が君はご健在か』と」

 

 我が君とは、誰のことだろうか。雪菜は疑問に思いながら、言われたことをそのまま伝える。

 

 一方、アセイラムとアイリスは天井を見上げて、それから深々と溜息をついた。

 

「あいつ、何してんのよ」

 

「能力値が一定以上に達すると、レベルアップするそうなので、それでは?」

 

「え? あいつって、まだ上がるの?」

 

「『世界』を三つほど手に入れた、と言っていました」

 

 アイリス、絶句して言葉が出てこない。

 

 雪菜、意識が一瞬だけ遠のく。

 

 しばらく執務室には静寂のみが存在し、誰も口を開くことなく時間が過ぎていき、馬鹿が戻ってきた。

 

「ただいま~~~」

 

 そして、時は動きだす。

 

「この馬鹿夫!!! 三つって何?! 何時の事?!」

 

「テラ! 三つも世界が増えたってどういうことですか?!」

 

「お、お」

 

 アイリスと雪菜の二人に問い詰められ、追い込まれて、テラは二人を交互に見た後に、親指を立てた。

 

「うん! 今日も我が妻達は可愛い!」

 

「誤魔化されないわよ!」

 

「馬鹿にしていますか?!」

 

 感情を逆なでしただけでした。

 

「え、本気だけど。だから、皆を護れるように強くあろうとしただけ。大丈夫、これで俺の持っている『世界』は四十九個になったから」

 

「・・・・・は?」

 

「え? え? え?」

 

「私も初耳ですよ、テラ?」

 

 困惑するアイリス、思考が追い付かない雪菜、そして自分も知らない情報に立ちあがるアセイラム。

 

「うん、言ってないから」

 

 笑顔で告げる馬鹿に対して、妻三人はまったく同じ言葉を放った。

 

「この馬鹿夫!」

 

 今日も、帝国は何時も通り皇帝が政庁から吊るされるのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夜明けての政庁は、清々しい朝日の中にあった。

 

「うん、綺麗な朝日だねぇ~~」

 

「反省してませんね?」

 

 声に対してテラが顔を向けると、上のほうに雪菜の姿が見える。

 

「お・・・・・ピンクか」

 

「斬り落としていいですか?」

 

「いいよ~~」

 

 気楽に答えるテラに対して、雪菜は深くため息をついてロープを巻き上げていく。

 

 ようやく屋上に戻ったテラは、滑車の機械を止めた雪菜の隣に歩いていく。

 

「馬鹿なことを言わなければ、こんなことにならないのに。そもそも、抜け出せるのにどうしてですか?」

 

「ん~~アイリスを困らせたのは事実だし、セラムへ報告しなかったのも事実だからね。それに、雪菜を怒らせたのも」

 

 当然のように告げる彼に、ならばしなければいいのにと目線で問いかけるのだが、彼は微笑んでいるだけで答えない。

 

「私達の心配を無視ですか?」

 

 言葉にして伝えると、彼は笑ったまま大きく背伸びした。

 

「心配させているのも知っている。困らせているのも、解ってる」

 

「それなら・・・・・・っと、昔の私なら問い詰めるのでしょうね」

 

 最初に会った時、結婚した当初ならば、雪菜は詰問していただろうが、今では少しだけテラの気持ちが解る。

 

 彼は不安なのだろう。自分がいないところで、妻達に何かあったらと。

 

 傍において、護ることは容易い。けれどそれは、彼女たちを束縛して鳥かごに入れてしまうようなもの。

 

 それぞれにやりたいこと、行きたい場所があるのならば、意思を尊重するのがテラだ。

 

 けれど、同時に何があっても護りたいと渇望するのもテラ。

 

 だからこその騎士団であり、だからこその能力の向上。

 

 例え世界の果てと果てほど離れていても、すべての災いから護れるように、テラ・エーテルは力を増加していく。

 

「詰問しないんだ」

 

「しても無意味なことをよくよく知りましたから。でも、私達は弱くありませんから。テラ、貴方の隣にいるのは、全員が貴方より何かしら優れた者達ですよ?」

 

 解ってますか、と目線で念を押す。

 

「うん、知っているよ。だから、俺は銀河で一番の幸せ者だから」

 

「はいはい。嘘っぽく聞こえるので、そこまでにしてくださいね。朝食が冷めますよ」

 

 雪菜は冷たく答えて、政庁内へと戻っていく。

 

「ありゃ、失敗したかな」

 

 気楽に言うテラは、しっかりと見ていた。

 

 彼女の耳が真っ赤になっていたことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪菜・エゼルカイン・エーテル。

 

 年齢は二十歳

 

 黒髪に蒼い瞳。

 

 テラ曰く、深海のような穏やかな漆黒に、海中から見上げた海の蒼。

 

 性格は年相応。若干、幼かったり激情家だったりする。一度、のめり込むと後に引かないタイプ。

 

 奥様達の中での近接最強を誇り、テラでさえ迂闊に入りこむと一撃で沈められる技量を誇る。

 

 そして、奥様達の中で『ロリ』系統としても有名だったりする。

 

 普通に私服姿で街を歩くと、『未成年ですか、中学生ですか』と職務質問されるレベル。

 

 ユインシエルが辛うじて成人と見える中、証明書を提示しても『偽造』といわれるレベル。

 

 そんなことを言われたら、槍で百回は突かれるが。

 

 彼女の持つ『コバルト騎士団』も、彼女同様に小型・近接・突破能力過剰が多く、戦闘時には常に最前線に配置され、どんな相手でも一点突破可能。

 

 彼女の騎士団とユインシエルの騎士団が組むと、『サイレント騎士団』でさえも撃破まで時間がかかる。

 

 その反面、遠距離攻撃手段が本人も騎士団も皆無だったりする。

 

 普段は怪獣とか幻獣などの生態調査、縄張りから逃げ出していないかを見回っている。

 

 

 

 

 

 

 ブリタニア家。

 

 銀河最硬。その拳は星を砕き、その蹴りは太陽を割る。

 

 知らない者はいないほどの武闘の一族。

 

 彼らが本気で挑む戦場において、撤退はないとまで言われるほどに。

 

 実際、現当主のシャルルに対して、テラの勝率は七割を切る。

 

 創造神とか破壊神、あるいは魔王といった存在を、拳の一撃で沈めたり。

 

 本来なら物理的攻撃が聞かない幽霊系の存在に対して、『我が拳に砕けぬわけがない』と言って砕くなど、物理法則を超えた理不尽さを持つ。

 

 シャルルには八人の子供がいて、二名を除いた全員が同じような人外。

 

 ちなみに、シャルル、オデュッセウスの二人はブラックホールが潰せる。

 

 ギネヴィア、コーネリア、ユーフェミアは拳で山が割れる。

 

 カリーナとナナリーは戦車が潰せる。

 

 そんな中に生まれてしまった頭脳派のシュナイゼルとルルーシュは、毎日をストレスと戦うことになったという。

 

 

 





馬鹿は、馬鹿なりに考えているようで。

でも、彼の基準は、彼の周りから与えられたものなので。

つまり、彼が馬鹿なのには、それなりの理由があるわけです。


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馬鹿のうっかり、まわりの混乱

 馬鹿に常識は不要。

 いくつもの知識を与えても活用されず。

 馬鹿の体はきっと、非常識と論外で出来ている、とか。




 

 ジョーカー銀河帝国は、巨大な国家に成長した。

 

 五つの太陽系を支配下におき、他の国々からの侵略戦争にも無傷で勝利を収め、理不尽な要求を突き付けてきた連邦も打破した。

 

 『精強なる帝国軍、勝てぬは皇帝の馬鹿さのみ』。

 

 はっきり言って帝国の誰もが、皇帝の馬鹿さかげんは『銀河最強』と思っている一文だった。

 

 不合理で非常識の塊、物理法則さえも無視しているのではと噂されている皇帝陛下だが、意外にもルールは守ることが多い。

 

 帝国主義、巨大な国家のトップ。

 

 自分の好きにルールとか変えそうなのだが、テラは意外なことかもしれないが、ルールは割と護っていた。

 

 もちろん、人命がかかっていたら、無視することはあるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 政庁には、執務室がある。

 

 アイリスやアセイラムが使用している執務室意外にも、会議室兼用の執務室などがあったりするが。

 

 中でも特殊な様式として有名なのが、この部屋。

 

 壁一面を書籍で囲まれたここは、図書館ではない。

 

 過去と現在の国家のありようを記した書籍がおさめられた、というわけでもない。

 

 ただ単に、部屋の主が次々に本を買ってきては山積みにしていくので、バッタ達が見かねて本棚を作って言ったら、こうなってしまっただけだ。

 

「相変わらずね」

 

 アイリスは部屋に入ってすぐ、軽くため息をつきたくなった。

 

「明日は槍が降るかもしれない、アイリスがここに来るなんて何年ぶりだろうか?」

 

 淡々と語る彼女は、部屋の中央に備えつけられた机とイスから離れて、ゆっくりとした動作で本を開く。

 

「私の記録が正しいのなら、二か月ぶりになる。違うだろうか?」

 

「はいはい、二か月ぶりでも三か月ぶりでもどっちでもいいわよ。で、メテオラ、なんで本が増えているの?」

 

 名を呼ばれ、彼女―メテオラ・ウィル・エーテルは、小さく首をかしげた。

 

「増えている、かな?」

 

 疑問を口にしながら周りを見回した彼女は、最後にアイリスに視線を戻してから、小さく手を打った。

 

「手狭になってきたとは思うが、これも知識を高めるため。申し訳ない」

 

「別にいいわよ。貴方がきちんと仕事をして、その結果でえた収入を何処に使おうとね。でも、さすがにこれじゃ」

 

 アイリスも周りを見回して、本だらけになった執務室に、再び溜息をついてしまう。

 

「貴方の執務上、書籍は必要不可欠なのは知っているけど、もう少し自重しないの?」

 

「自重はなくして久しい。どうだろう、一緒に探してもらえないだろうか?」

 

 冗談でも嘘でもなく、真面目な顔で返されてしまい、アイリスは思わず顔をしかめて手で抑えてしまった。

 

 知識量で言えば、彼女は奥様達の中でもダントツのトップ。

 

 実行可能魔法数でも誰の追随も許さない、完全フルバックタイプ。

 

 だというのに、時々の会話がボケ以下に聞こえるのは、何故なのだろうか。

 

「テラみたいなこと言わないでね」

 

「仕方ない、私はあの人の妻。非常識であるのは、必然ではないだろうか?」

 

「必然であるわけないじゃない。メテオラまで毒されないでよ」

 

 思わず叫びそうになって、グッと堪えたのは偉い。アイリスは自分で自分を褒めたくなった。

 

「毒されてはいない。私は最初からあの人に心酔している」

 

 手に持った本を閉じ、頬に手を当ててうっとりとする彼女に、アイリスは拳を握り締める。

 

「メ~テ~オ~ラ~」

 

「冗談だ。ごめんなさい」

 

 丁寧に頭を下げる彼女に、宰相はため息を深々とついた。

 

「それで、本題は?」

 

「貴方のその切り替えの速さ、私がついていけないから、止めて」

 

「さっきの冗談にも?」

 

「冗談だったの?!」

 

 凄まじい事実を突きつけられ、アイリスは軽く意識が遠のく気がしたが、グッと堪える。

 

 対して、メテオラはクスっと笑った。

 

「私でも冗談くらいは言う。アイリスには言ったことがなかったが」

 

「セラムには言ったことがあるの?」

 

「ある。病院を紹介されかけた」

 

 ちょっとだけ悲しそうな顔をするメテオラに、アイリスはその時の光景がありありと脳裏に浮かんだ。

 

 きっと、今のように真顔で冗談という雰囲気さえ消して、丁寧に穏やかに話して『冗談』と告げなかったのだろう。

 

 何時の話なのか、アイリスは聞きたくなったが、聞くのを止めた。

 

 きっと、アセイラムにとってはトラウマになっているだろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一つ二つと打ち合わせした後、アイリスは退出していった。

 

「・・・・ところで、我が夫殿は何時まで隠れているおつもりか?」

 

「ん。相変わらず古風な言い方しているね」

 

 本棚の影から姿を見せたテラに、メテオラは呆れた顔を見せる。

 

「最近は古い本を読んでいるから影響を受けてしまう。今回は何をやらかしたのやら?」

 

「え、いや、何にもしてないよ。ただ、アイリスを後ろから抱き締めたら本気で怒ってさ」

 

 ちょっと苦笑しているテラに対して、メテオラは半眼で見つめた。

 

「気配を消して近寄らないように忠告したはずだが?」

 

「うん、だから鈴の音を鳴らして近づいた」

 

「何時に?」

 

「午前二時」

 

 ブイサインするテラに対して、メテオラは分厚いカバーの本を取り出す。

 

「新しい魔法を覚えたので、実験台に」

 

「ちょ!? いや気配消してないし! アイリスも疲れていたからねぎらっただけなのに!?」

 

「それはねぎらったというより、『脅かした』というべきだろう。違うか、我が夫殿?」

 

「そうかなぁ」

 

 本気で解っていなさそうなテラに、どういったものかとメテオラは思案するのだが、何を言っても理解しなさそうだと諦めた。

 

「それで、私に要件でも?」

 

「最近、顔を見てなかったなぁと思ってさ」

 

「こんな顔でよければいくらでもだ、我が夫殿」

 

「いや、その言い廻しって何?」

 

「ダメだろうか? 私は気に入っているのだが」

 

 小さく首を傾げるメテオラは、全身から小動物オーラを出しているので、とても可愛く見えるが。

 

 テラは騙されない。

 

 彼女が魔法等を使って、意図的にそんなオーラを出して、何かを隠しているのはすぐに解った。

 

 問題はそれが何かなのだが。

 

「どうしました?」

 

 少しだけ前の口調に戻ったメテオラは、ゆっくりと歩いてくる。

 

 歩幅は何時も通り、歩調も変わらない。

 

 けれど、長年の勘のようなものが、彼女に接近したらダメだとテラに警告を送る。

 

「そのさ、メテオラこそどうしたの?」

 

「我が夫殿に久しぶりに会えて、少しだけ気分が高揚している。ただ、それだけだが」

 

「へぇ~~~ああ、なるほど」

 

 チラリと周りを見回したテラは、接近してくる複数の気配を感じ取った。

 

「囮?」

 

「正解」

 

 困ったという顔で笑うメテオラ。

 

 なるほどと頷くテラ。

 

 両者が笑い合っている間に、扉のドアを蹴破る勢いで、三つの影が入ってきた。

 

「テラ!!」

 

「いましたね!」

 

「何をやったんですか?!」

 

 アイリス、雪菜、ユインシエルの三人が、それぞれに突撃。

 

 その瞬間、テラは魔法を実行。転移系を実行しかけて、強制停止を食らった。

 

「忘れては困る。私は貴方と魔法戦で張り合える」

 

「忘れてないよ。ただね、前より速くなったなぁって」

 

「『神帝』の妻として、またまだ未熟だと悟って特訓していた。この場は大人しく捕まってくれないだろうか?」

 

「ええ~~嫌だ」

 

 そして、テラはその場から消えた。

 

「え? え?」

 

 メテオラ、思考停止。

 

「え?! 今のどうやったんですか?!」

 

 雪菜、力を感じなかったため驚愕。

 

「何をどうしたら、抜け出せるのですか?」

 

 ユインシエル、周りを見回しながら疑問を浮かべる。

 

「はぁ、本気で嫌がるなんてね」

 

 アイリスだけは知っているらしく、呆れて首を振っていた。

 

「疑問なのだが、どうやって逃げたのだろう?」

 

「認識をズラしたのよ。個人じゃなく、世界のね。で、拘束した人物が別人だと認識させて、抜け出したの」

 

 アイリスの解説に、三人は悲鳴をあげて追加説明を求めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長い廊下を歩く。

 

 まとまった書類を抱えながら歩いていたメテオラは、不意に書類が軽くなった気がした。

 

「手伝うよ」

 

「気配を消して近づくなと忠告したのは、無駄らしい」

 

 テラが笑顔で書類の束を持っていて、メテオラは小さくため息をついた。

 

「消した覚えないんだけどな」

 

「貴方は自然とそうやるから、アイリスが怒る。好きな子に悪戯したい年頃でもないだろうに」

 

「だから、消してないって。悪戯っ子でもないし」

 

「本当に?」

 

 横を歩くテラの顔を見上げるメテオラに、彼は大きく頷いた。

 

「では、何故だろうか? 気配遮断の装備でも・・・・・」

 

「あ、そういえば新型礼装を預かってたんだった」

 

「本気で怒るから」

 

 グッと拳を握るメテオラに、テラは慌てて謝罪したという。

 

「ところで、どうして追跡されている?」

 

「ああ、記念式典に参加したくないって言ったからじゃないの?」

 

「記念式典?」

 

「うん、俺が字を貰った日の」

 

「いや、それは駄目だろう」

 

 メテオラ、再びの半眼に対して、テラは『嫌なものは嫌だ』と答えた。

 

 その後、アイリスに見つかったテラは、セラムの泣き落しで式典に参加することになった、らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メテオラ・ウィル・エーテル

 

 年齢は19歳。

 

 薄灰色の髪に蒼い瞳。

 

 テラ曰く、『鳥の羽毛のように柔らかな髪と、遥かな蒼穹の瞳』。

 

 基本的に穏やかで物静か。本を読んでいて一日が終わることなど、日常茶飯事。

 

 帝国の書類整理、過去のデータベースの作成、あるいは教科書の編纂委員会のトップとかをしているため、執務室が本で埋まる。

 

 という建前を持っている。

 

 魔法の保有数トップを誇り、テラでさえ魔法戦では遅れをとる。

 

 最大級のフルバック、あるいは遠距離攻撃のエキスパート、広域殲滅戦得意の魔女。

 

 彼女の保有している『識天騎士団』も、遠距離からの攻撃手段を主体にしており、近接対応は皆無といった偏った編成をしている。

 

 また情報精査に長けており、探査系の能力も持っているため、『サイレント騎士団』の隠密部隊でさえ接近させない技量を持つ。

 

 




馬鹿は、今日も馬鹿でした。
でも、自分のことを祝われるのは。
馬鹿でも恥ずかしいことに、かわりはなし。


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馬鹿は今日も報告せず

 
 馬鹿はどうにかこうにか、色々と考えて日常を過ごしているのだが。

 それが他人からは非常識に見えるらしい。

 けれど、周りの人は自分達の常識で馬鹿を計ろうとして。

 結論として、馬鹿の理論に振り回されるわけで。



 

 その日は珍しく政庁は静かな日を迎えていた。

 

「あれ、私って今日は一度も叫んでない?」

 

「平和が一番ですよ」

 

 ボケ満載の宰相の言葉に対して、皇帝代理はやんわりと諌める。

 

「あ、そうね。私ったらどうしたのかしら? 平和が一番よね。そう何事もなく平和な毎日が続けばいい・・・・・・」

 

 穏やかに、ゆっくりと自分の胸に手を置いてアイリスが語る中、乱暴にドアが開いた。

 

「アイリス!! あの馬鹿何処?!」

 

「馬鹿夫ぉぉ!! 今度は何をやらかしたのよぉぉ!!」

 

 この日、アセイラムは思った。

 

 平穏とは儚いものだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クトリ・エルヴェルカ・エーテルは、久し振りの休日を楽しもうと考えていた。

 

 今まで福祉関係、他の国々から流入してきた孤児のための保護施設の建設やら、情報関係者やらの説得やらで東奔西走していたため、自分の時間が取れなかった。

 

 だから、久し振りの休日に、楽しみにしていたドラマを連続で見ようと部屋に入り、再生開始。

 

 予想通りに自分の好みの展開。

 

 家庭の事情で引き裂かれた幼馴染の悲恋の果ての、大逆転の末に結婚。

 

 近年の帝国では王道ともいえる展開に、ハラハラドキドキで見入っていき、最後の最終話を見終えた後、固まってしまった。

 

 最後の一文、キャスト達の名前が流れた後の最後の一文。

 

 『今回の撮影のために、許可をくれた皇帝陛下にスタッフ一同、心よりの感謝を』を見てしまい。

 

 お気に入り、大好きな展開、心が躍ったこれに、自分の夫が関わっていた。

 

 予告から大好きになっていたのに、あの人は一言も言ってくれない。

 

 それどころか、話のネタにもしてこない。

 

 こんなことは許されるのか、いや許されない。妻として、彼を愛するものとして、理不尽過ぎないか。

 

 ということで、彼女は執務室に怒鳴り込むことにした。

 

「っていうわけなんだけど、何処にいるの?」

 

 クトリの説明に、アイリスは『はぁ?』という目線で彼女を見ていた。

 

「その程度?」

 

「何よ!! アイリスは解んないの?! ドラマの撮影に協力しておいて話もないのよ?! これは立派な夫婦の危機よ!」

 

 拳を握って怒りを示すクトリに対して、アイリスは何処か冷めたような、あるいは達観したような顔をしていた。

 

「春香って子、知っている?」

 

「うん、アイドルしてる子だよね。お芝居も上手いよね」

 

「ロッキー・マドレアルは?」

 

「ああ! あの映画監督の! あの監督の作品って私は好きなんだ!」

 

「常葉・弓子は?」

 

「女優さんでしょ? いい演技するんだよね」

 

 アイリスの口から、次々に有名人の名前が出てくる。その度にクトリはうっとりしたり、感動を口にしたり、色々な表情を見せてくる。

 

 一方で、傍らで聞いていたアセイラムはドンドンと表情が曇っていくのだが、反応を続けているクトリからは見えなかった。

 

 それが悲劇かもしれない。

 

「アイリスも結構、そういう話ができるんだ。今まで仕事だけで、他はテラ以外興味がないと思っていたのに」

 

 意外だねと告げるクトリに、アイリスは『自分はそんな評価なのか、間違っていないだけに否定し辛い』と内心で思いつつも、残酷な事実を告げるために一呼吸を置いた。

 

「それ、全員がテラが見つけた人たち」

 

「え?」

 

「ちょっと出かけて、『アイドルになりたい』、『よし、手伝う』やら『映画が作りたい』『よし、バッタ達を集めてルリちゃん呼ぶね』とかで集めた人たち」

 

「・・・・・・・はい?! で、でも、かなり有名な人たちだよ? 超売れっ子な人たちだからけじゃない!」

 

 驚いて百面相する彼女に対して、宰相と皇帝代理は思うのでした。

 

 『いや、自分だって福祉関係者から見ればかなり有名で、『聖母』とか呼ばれているのを知らないのだろうか。そもそも帝国の上層部なのだから、普通に有名人どころじゃない扱いにならないか』と。

 

「そ。うちの馬鹿夫は、そういったことを平然とやる人なの」

 

「へぇ~~~」

 

 クトリ、目が完全に死んでいたりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一通り、驚いたクトリは、そんなこともあるかと思いなおし、執務室を退出してみた。

 

 改めて、自分の夫の企画外さを噛みしめ、ゆっくりと部屋に戻ろうかと考えた矢先に、問題の人物がそこにいたりした。

 

「あれ、クトリじゃん。アイリスに用事?」

 

「あ、うん、テラ。ちょっとテラのことで相談があったんだ」

 

「へぇ~~そうなんだ」

 

「うん、テラはどうしたの?」

 

「やらかしたから報告に来た」

 

 歌でも歌いそうな勢いで隣を通り過ぎる彼に、クトリは曖昧な反応をした後で、廊下を歩いていき、ぴたりと足を止めた。

 

 今、自分がすれ違ったのは誰だろうか。いや、会話がおかしくなかっただろうか。

 

「テラ?!」

 

 ハッと思いだして慌てて執務室に戻り、ドアを開けようとして怒声に耳を塞ぐことになる。

 

「この馬鹿夫ぉぉぉぉぉ!!!!」

 

「わきゃ?!」

 

「毎回! 毎回!! いいかげんに学習なさいよ! どうしてそう報・連・相ができないわけ!! もう報告だけでもいいからたまにはしなさいよ!!」

 

 聞いたことがない、滅多に怒らないようなアイリスが怒声を上げていることに、クトリは呆れたような顔で執務室を覗き込んだ。

 

 飛び交う筆記用具、舞い踊る書類。怒り狂う宰相に、笑いながら謝っている皇帝。その間にいながら、のんびりとお茶を飲んでいる皇帝代理。

 

 一通りの光景を見終えた後、クトリはそっと扉を閉めた。

 

 何時も通りだ。アイリスが怒るなんて、テラ関係以外ではありえないが、今回はとても凄まじかった。

 

 何が、というか、あの中でのんびりとお茶が飲めるアセイラムの慣れが、とても凄かったといえる。

 

 しばらくして怒声が収まったので、扉を開けてみる。

 

「クトリ、どうしたの?」

 

「ん、クトリも報告かな?」

 

 椅子に座ったアイリスと、机に座ったテラが、仲良く書類を見ていた。

 

 ケンカしていたのに、この切り替えの速さは二人が幼馴染でお互いのことを知っているからだろうか。

 

「あ、うん、テラがいたのに素通りしたから、ちょっと戻ってみただけだから」

 

「そう? こっちの話ももうすぐ終わるから待っている?」

 

 アイリスの気遣いに、『やっぱり後でいいや』と答えた後、クトリは執務室を後にした。

 

 今日は久しぶりの休日、こういった貴重な時間を大切にしないと、次のいい仕事はできない。

 

「よっし、他のドラマと映画も見ちゃえ」

 

 気合を入れ直して彼女は自分の部屋に戻って、休日をドラマと映画三昧で過ごしたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長々と映画とか見ると、一日が終わるころには疲れるもので。

 

「うん、面白かった」

 

「そうかなぁ」

 

 隣から差し出されたココアを受取、クトリはその感想に文句をつける。

 

「面白かったって。あの展開は王道じゃないの」

 

「いや、そうかも知れないけどさ。帝国の王道って、どうしてもさ」

 

 口調を濁す彼に対して、さらにクトリは追い打ちをかける。

 

 何処がいいのか、どういった感動ができるのかをこと細かく言ってから、傍と気づいた。

 

「あれ、テラ?」

 

「ん、どうしたの?」

 

「何時から?」

 

「何時からって。映画二本前から、ココアとか持ってきたのに、無言で受け取るから気づいてなかったのか」

 

「まったく、全然。あれ、私って旦那さまの気配に気づけない、ダメな妻?」

 

「いや、集中している時なんて誰でもそんなものじゃないの?」

 

 蒼白になって項垂れるクトリを、テラは優しく慰める。

 

「アイリスとか、セラムとかは、割りとそんな反応で終始することあるよ」

 

「あの二人は幼馴染だから、その辺の呼吸を心得ているだけじゃないの?」

 

「それもあるね」

 

 羨ましいとクトリは思いながら、そう口にした。

 

 テラと出会った時には、すでに二人が隣にいた。諦めきれずダメ元で頼んだら、あっさりとOKされて、こうして妻の一人としてここにいる。

 

 あの時も、二人は『まあ、テラだから』で笑って許していたが。

 

「けどさ、この展開ってどうもな」

 

「何よ? 王道が許せないって言うの?」

 

「いや、自分のことのようで、ちょっと恥ずかしい」

 

 テラが照れて言ったことに、クトリはきょとんした顔を向けたのでした。

 

 後日、帝国の王道の流れが、テラが昔にやったことだったのを知ったクトリはアセイラムとアイリスに『ずるい!』と言い放ったそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 クトリ・エルヴェルカ・エーテル

 

 年齢は21歳。

 

 水色の髪に前髪の一部が赤といった特徴的な髪に、淡い緑の瞳。

 

 テラ曰く、広大な海に差し込む朝日のような髪に、新緑の森のような瞳。

 

 性格は感情直結、嬉しい時は嬉しい、悲しい時は悲しい。演技や嘘で誤魔化さない、真っ直ぐな人物。

 

 福祉関係、難民、孤児、戦災などといった問題に対して動き回っているため、仕事の量はかなり多いのだが、彼女は楽しそうに仕事をしている。

 

 元々、彼女が孤児で色々なことがあったから、誰かにそんな悲しみを与えたくないと思っているから、らしい。

 

 今は後方で仕事をしているが、射撃もできる、近接もいける、回復もできると万能型のため、戦場では遊撃的な立ち回りをする。

 

 彼女が保有している『フェアリー騎士団』も、そのような配置をされているため、色々な場面で役に立つ。

 

 しかし、決定打や一点突破な能力がない、『器用貧乏』になっている。

 

 本人は特に気にした様子もなく、今日も仕事に大好きなドラマや映画にと、日々を楽しんでいる。

 

 

 




 
 馬鹿は人に考えられないことを平然とする。
 馬鹿への頼み事は注意して行おう。
 そうじゃないと、権力持った馬鹿がやることなので。
 下手すると、帝国ごと回すかもしれないよ。



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馬鹿でも自慢したいことはあるらしい

 

 馬鹿とは、帝国において皇帝の代名詞。

 馬鹿とはすなわち皇帝を示す言葉であり。

 同時に、『困難を打破する希望』を意味していたりする。

 けれど、だ。彼の場合、それが何時もそうだとは限らない。

 だって馬鹿なので。




 

 小さく息を吐くように、そっと筆を机の上においた。

 

 気合を入れて考え直し、何度も見直した末に出した結論に、異論なんて挟まないでほしいのだが。

 

「お断りします」

 

 真っ直ぐに見詰めてくる瞳に、アイリスはため息を何とか飲み込んで相手を見つめ返す。

 

 執務室には冷たい風が吹き込んだように、室温が徐々に下がっていく。錯覚かもしれないが、彼女と相対しているとそう感じることがある。

 

 長く黒い髪と、薄い藍色の瞳。美人というよりは美形、あるいは人形のように整った顔立ちをした女性。

 

 感情が欠落したのではと噂されるほど、微笑みを浮かべたまま固定されたような彼女は、決して相手から視線を反らすことはない。

 

「あのね、深雪」

 

 名を呼ばれ、彼女は小さく頷いて見せた。

 

「私が選ばれた理由は理解はできます。けれど、その茶番に付き合う理由が私には納得できません」

 

 冷たい氷のような皇妃の中の、冷血漢。なんて言われているだけはあるか。

 

 深雪・クロムウェル・エーテル。二十二歳の淑女は、淡々と感情のこもらない声で語る。

 

 彼女を良く知らない人ならば冷たい印象を受けるのだが、アイリス達からしてみればこれは『怒りを無理やりに凍結して話している』だけで、彼女も感情はしっかりとある。

 

 身内だけならば喜怒哀楽を素直に表現する女性なのだが、今は公務中で怒り心頭なので冷たい氷のような態度となったわけだが。

 

「貴方以外に『暇』な人がいないのよ」

 

「私も忙しい毎日を過ごしています」

 

「決済が終わっているのは、貴方だけなの、解る?」

 

「ええ、そうですね。皆さんが『手こずる』とは、何か別の理由があるのでしょうか?」

 

 『手を抜いて押しつけていませんか』の口外の意味に、アイリスの片眉が僅かに上がった。

 

「面白い冗談ね、深雪。私が手を抜いたって言うのかしら?」

 

「いえ、天下の宰相どのは手を抜くことはないでしょう。けれど、『わざとぶつけること』くらいはされるでは、と疑っています」

 

「へぇ?」

 

「何か?」

 

 ビシっと二人の目線がぶつかり合う。

 

 身を切られるような空気の中、一触即発の様子な二人に対して、場の空気など知らないといった風にぶち壊すバカが一人。

 

「え、俺としては二人の着物姿みたいなぁって。あ、鬼のパンツでもいいか」

 

「黙れこの馬鹿夫!!」

 

「沈みなさい、痴れ者!」

 

 そして今日も、『皇帝陛下への攻撃により執務室は全壊になりました』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったくもう。何処の世界に、『新作の着物発表会のモデルに妻を押すバカ』がいるのよ」

 

「そうです。何故、私が他人のために着物を着てファッションショーに出なければいけないのか」

 

「第一よ、百歩譲って新作モデルの話を持ってくるとしても、それを自分の妻に着せようと考える?」

 

「私達のスリーサイズを他人に教えてどうするというのですか」

 

 次々に言葉が突き刺さる。不機嫌な二人の言葉は、テラの足元から頭の先を貫いていく。

 

「え、でもさ、俺は見たいよ。理由はそれだけ」

 

「馬鹿夫! だからってなんでテレビ局とか出版社まで説得してるのよ!」

 

「晴れ姿が見たい、理由は解ります。しかし、それは普通にモデルがやる仕事でしょう?」

 

「なんかマスコミすべてを巻き込んだって、どんだけ行動力発揮しているのよ」

 

「普段から私は、あまりこういったことを受けないことを知っているはずですが」

 

「経済効果まで計算して・・・・・ちょっと待ちなさい、何よこの経済効果。嘘でしょう?」

 

「アイリス、騙されては・・・・この数字、本当なのですか?」

 

 フッ舞い上がってきた資料に書かれた数字に対して、アイリスと深雪はそろって食い付いた。

 

「不景気になりかけているとか、言われていたけど。これで一気に吹き飛ぶじゃない」

 

「私達は公務なので、それは税収として軍部に回せるのならば。来期の新型機配備の予算が浮きますね」

 

「新型機配備しても、おつりが来るわよ。ちょっと待って、情報部の新しいネットワーク構築にも、今回の映像を流すことで可能じゃないの?」

 

「確かに。その上で、警察機構の新人たちに対する訓練にもなりますね」

 

 頭のいい二人が、今回の一件に対しての色々な『効果』について話をしている間、テラは隣にいる『逆さまになったアセイラム』に顔を向けていた。

 

「そんなにキツキツだったっけ?」

 

「はい。税金を上げるのはアイリスとしては、反対していましたから。安易な増税は、一時的な対応策でしかありませんので」

 

「ふ~~ん、新型機かぁ。情報ネットワークもヤバいの?」

 

「情報局のほうでは日々、科学技術の向上に対してのネットワーク配備は急務でしょうから」

 

「ほうほう。俺は純粋に皆の着物姿が見たいだけなんだけどなぁ」

 

 簀巻きにされて逆さづりにされているテラは、ケラケラと笑っていた。

 

 貴方はそうでそうね、とアセイラムはため息交じりに答えながら、横目で色々と話が膨らんでいる二人を見つめる。

 

 頭がいいとは、こういった時に厄介なものだ。自分のプライドとか羞恥心とかよりも、利益がどれだけ生まれて周りの不利益がどれだけ削られるかを考えてしまう。

 

 頭がいいではなく、寝っからの仕事人間は、というべきかもしれないが。

 

 やがて、アイリスと深雪はじっと黙った後、何かを堪えるように拳を握りしめ、やがて項垂れた。

 

「お願い、深雪」

 

「致し方ありません、アイリス。共に地獄に落ちましょう」

 

 ガシリと二人は手を握り合い、その後にニヤリと笑って振り返った。

 

「でもそうね、八つ当たりは必要よね?」

 

「もちろんです、アイリス。八つ当たりは必須です」

 

 ドロドロと黒くとおぞましい何かを背負った二人は、ゆっくりとテラへと近づいていく。

 

「ねえ、旦那様?」

 

「最愛の夫として妻のストレスの発散に付き合って頂けますか?」

 

 質問の形をしているのに、拒否権などない言葉に対して、テラは逆さまのままで笑顔を浮かべた。

 

「もちろんだよ♪。ついでに軍部全員参加の演習にしようぜ」

 

 とても清々しい笑顔で告げたテラに、決して悪気があったわけではない。

 

 単純に、『いい訓練になりそうだから、全員のレベルアップをしてやろう』程度の話だったのだが。

 

 後に、帝国軍人の一人は語る。

 

 『あれは、鬼だ』、と。

 

 帝国軍全軍対、四つの騎士団による強制参加の合同演習は、その後に興味本位で覗いたテレビクルーによって帝国中に流された。

 

 精強なる帝国軍、その一人一人が地獄を彷徨う映像は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 藍色に染めた装飾のない和服を纏い、長い黒髪を後ろで纏めた深雪は、自らの執務室のイスに腰掛けていた。

 

 撮影など二度と引き受けない。もし今度あったら、騎士団に全力戦闘をさせてやると固く誓いながら。

 

「よ、深雪」

 

「貴方に当たることは無意味でしょうね」

 

 気楽な笑顔で挨拶してくる元凶に、彼女は小さくため息をつく。

 

「ま、たまにはいいじゃん。着物も和服も似合っているし」

 

「似合う似合わないの問題ではありませんよ、テラ。私は貴方の妻ですから」

 

「ん?」

 

 知っていると顔を向けるテラに、彼女は柔らかく微笑む。

 

「着飾った姿を見せるのは、貴方のみです。他に見せるものなど、一つもありません」

 

「ん、知っている」

 

「ならば、何故?」

 

 知っているのならば、自分が他の人間い『そういった姿を見られるのが嫌なこと』を理解しているはずなのに。

 

 どうして今回の話を持ってきたのか。

 

 目線で問いかける深雪に対して、テラは少し照れた様子で答えた。

 

「たまにさ、自慢したくなるんだよ。俺の妻はこんなに綺麗だって」

 

「・・・・・」

 

 不意討ちだ、と深雪は思った。

 

 そんな風に言われたら怒るに怒れないではないか、と。

 

「ずるい御人ですね」

 

「ごめん」

 

 小さく謝る彼に、深雪は仕方がないかと笑顔を向けたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深雪・クロムウェル・エーテル。

 

 年齢は二十二歳。

 

 漆黒の髪に薄い藍色の瞳。

 

 テラ曰く、『夜空のような包み込む髪色に、明け方の空のような瞳』。

 

 帝国内において軍部の元締めのような役職を持っている。帝国軍総司令官以外で全軍に対して命令が下せる立場。

 

 同時に情報局や警察機構の元締めであり、この三つに対しての強制査察権を有している。

 

 滅多なことでは権利を行使しないので、『最終的な安全装置』みたいなもの。

 

 ちなみに、帝国軍、情報局、警察機構の年間予算は彼女のサインがないとおりないで、それぞれのトップは彼女をどうやって説得するかを常に考えているらしい。

 

 深雪が許可すれば、アイリスは横やりを入れないので、本当に彼女が予算を握っていることになる。

 

 身体能力は平均より少し高いくらいだが、雪菜やクトリに比べるとかなり弱く見える。

 

 メテオラと同じような後方支援タイプだが、実行数ではメテオラに劣っている。しかし、その魔法の作用範囲では彼女を超えている部分があるため、魔法合戦になると周辺被害がかなりひどいことになる。

 

 彼女が保有している『黒夜騎士団』は、魔法戦を得意としているというわけではなく、どちらかといえば搦め手を好む編成になっている。

 

 遠距離から魔法や砲撃を行いつつ、周辺を包囲、あるいは敵軍の中へ侵入しての『トップ打ち取り』が彼女の基本戦術だったりする。

 

 身内以外では感情を抑えて離すので、『冷たい人形』、『氷の女王』とか言われており、一部からは『踏んでください、女王様』なんて言われてたりもする。

 

 テラの奥様方の中では、珍しいくらいのクール系、見た目だけはだが。

 

 身内だけなら感情を素直に出す、年相応の淑女。

 

 

 

 

 




 
 こんな馬鹿は、どれだけ探してもここだけ。

 ひっかきまわして、引っ張り廻して、不幸なんて知らないとばかりに蹴とばして、絶望なんてくだらないと滅ぼす破壊神みたいな。

 そんな馬鹿が、この国の皇帝なので諦めてください。




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馬鹿を愛してしまった愚かさを笑う

 
 さてさて、今夜も馬鹿が何かしたようです。

 それとも、すでに馬鹿は事を終えた後か。

 彼が行くところは馬鹿馬鹿しいほどの現実と、馬鹿だと呆けるしかない斜め上の真実しかないらしく。

 いや、本当に何してんだろうと笑ってください。






 

 アイリスは、一瞬だけ自分の眼を疑った。

 

 まさか、そんなことはない。ありえない現実を前にして、さすがの宰相も意識が数秒ほど止まってしまう。

 

「百面相で出迎えとは。珍しい対応をするものだな、アイリス?」 

 

 能面のように表情を変えることなく、視線だけを向けてきた人物は、そのまま興味を失ったように頬杖をついたまま、執務室のソファーに体を預けている。

 

「え? いや、ちょっと待って。ここって私の執務室よね?」

 

「その通りだ。なんだ? 久しく会わないうちにボケたのか?」

 

「ボケたわけじゃないわよ。珍しい人がいるから、ちょっと驚いただけ。本当にどうしたの?」

 

 扉を後ろ手で閉めながら、アイリスはソファーの後ろを通って自分の執務机に向かう。

 

 彼女は興味なさそうにチラリと目線を向けた後、頬杖とは別の手を軽く上げた。

 

「代理を頼まれたので、届けに来ただけだ」

 

 ぶっきらぼうで冷たい言葉遣い。深雪とは違った冷たさには、まるで温かみがない。

 

 人間以外の気配とは、こういったものを言うのだろうか。

 

 アイリスはふとそんなことを思い浮かべながら、ゆっくりとイスに腰を下ろした。

 

「代理? 貴方を動かすっていうと・・・・・あ」

 

 誰がいただろうと考えたアイリスは、彼女を動かすことができる人物に思い至り固まった。

 

「なるほど、呆けただけでボケてはおらぬようだな。安心したぞ、アイリス」

 

 面白そうに笑う彼女は、先ほどまでの冷たい印象が残らず消えて、血のように赤い瞳を向けてくる。

 

「ちょっと待って。お願い、ちょっとだけ待って」

 

「よかろう、わらわには時間がたっぷりとある。そなたが望むだけ待つとしよう。しかし、この用事は急いだ方がいいと思うぞ?」

 

「・・・・・よし、お願い」

 

 決意を固めたアイリスに顔を向けて、彼女―クルル・ブラッドフォール・エーテルはとても愉快そうに告げた。

 

「我らの夫が真祖の一人にケンカを売りに行った」

 

「・・・・・・・あいつは何してるのよ?!」

 

 その日、宰相は叫びながら机に突っ伏したのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の発端が何であったのか、後の歴史書に記されることはなかった。

 

 とにかく、ジョーカー銀河帝国皇帝テラ・エーテルが、吸血鬼の真祖の一人の帝国に対して、単独での殲滅戦を開始した、らしい。

 

 真祖、なんて普通の人間が勝てるわけがないのが常識。どう頑張っても不老不死の存在を滅ぼせるなんてできないのだが。

 

 ジョーカー銀河帝国において、それは『絶対に不可能』ではないのが性質が悪い。

 

 政庁直属の『ヴィルティラス』ならば全員が可能。帝国軍でも大佐以上ならば条件付きで可能。警察機構でも百人単位で動けばなんとか行ける。

 

「規格外ってああいう連中を言うのよね」

 

 とある月の姫様は、ジョーカー銀河帝国について聞かれて、そんな風に答えたという。

 

 場所は変わって政庁の執務室。

 

「何してんのよ?! 何がどうなってそうなるわけ?!」

 

 筆記用具が飛びまわる部屋の中、アセイラムは部屋の隅の方の床に座りながら、紅茶を飲んでいた。

 

「あ、美味しい。新しい茶葉ですか?」

 

「ふぅむ、わらわはつい先日に飲んだな。『ヴァルハラ』産地の新種らしいが」

 

「あちらのほうが少し早いのでしょうか?」

 

「さてさて」

 

 隣に座るクルルは、ティーカップを口に運びながら、指を上に向ける。

 

「ときにセラム。我らが夫は、何故にケンカを売りに行ったと思う?」

 

「人が襲われたから、ですか?」

 

「条約がある以上、我が帝国内ではありえん。もしそんな事態になれば、夫殿が動く前に雪菜かメテオラが動くことであろう?」

 

 対怪異戦において、無類の強さを誇るのはこの二人。ユインシエルも対応できるが、彼女が動くと被害範囲が拡大してしまう。

 

 それに、とアセイラムは隣を見つめる。

 

「クルルがいるのに、そんな事態になりませんよね」

 

「わらわを買いかぶり過ぎてはおらぬか?」

 

「きちんと信頼して評価していますから。『真祖の女帝』のクルルを」

 

 古い字を出され、クルルが小さく眉を顰める。

 

「昔、やんちゃしたことを出されると、恥ずかしいものだな」

 

「そうですか? 私はかっこいいと思いますよ?」

 

「そうか? まあいい。実はな、『真祖になった新参者が、アイリスの血をよこせ』とテラに言い放った」

 

 殲滅必至ですね、とアセイラムは感想をこぼす。

 

 愛する人を護るためならば、世界さえ滅ぼす。テラの一族はそういった考えが当たり前で、本当に滅ぼしかけたことが何度もあるほど。

 

 その一族の最高傑作と名高い神帝相手に、『殺してくれ』と宣言しているような発言をするなんて。

 

「今頃、『あちら側』は上に下への大騒ぎのようだ。『第四真祖の眷獣』を完全支配する神帝に宣戦布告したようなものだからな」

 

「でしょうね。本当になんでそんな人が真祖になれたのか」

 

「以前は実力性だったが、今では世襲制らしい。吸血鬼の世界も、世知辛くなったものよ」

 

 世襲制って。アセイラムが少し呆れた顔でクルルを見ると、彼女は小さく微笑む。

 

「永遠を生きると、吸血鬼も堕落し怠惰になり、やがて滅びを望むようになる。生粋の吸血鬼ではないものならば、特にな」

 

 何処か寂しそうにほほ笑むクルルに、彼女がテラと結ばれる時に言った条件を思い出してしまう。

 

 テラが死ぬ前に、『滅ぼす』こと。

 

「そうですか」

 

「そうだ。さてと、アイリス、そろそろ終わらぬか?」

 

 ティーカップをソーサーに戻し、クルルは呆れた顔で目の前の光景を見つめた。

 

「後ちょっと」

 

「うん、後ちょっとだねぇ~」

 

「あんたが言うな!! 理由を説明しなさい!!」

 

 再び逆さ釣りになったテラに対して、アイリスは筆記用具を投げつけ始めた。

 

「うむ、しばらく終わらぬな」

 

 何処かおかしそうに笑うクルルに、アセイラムは小さくため息をついた。

 

「というわけです」

 

「教科書の編纂許可は?」

 

 扉小さく開き、メテオラが顔を見せる。

 

「ごめんなさい」

 

「孤児院の建造物を新築したいんだけど」

 

 メテオラの上に重なるように、クトリが顔を見せた。

 

「ごめんなさい」

 

「各太陽系の航路についての報告はどうしますか?」

 

 その上にさらにユインシエルが覗きこんでいた。

 

「もう少しでしょうか」

 

「軍の予算修正を」

 

 深雪の声が廊下からした。

 

「後もう少しだけ待ってください」

 

「その吸血鬼の人たちが謝罪に来てますよ」

 

 雪菜の言葉に、扉にいた全員が場所を開けたのだが、アセイラムは小さく首を振った。

 

「もう少し待ってください。今だと確実にテラが全力で相手します」

 

 何故か真祖級が勢ぞろいだったが、アセイラムは止めるしかない。

 

 本当に今のテラは、まだまだ怒りが収まっていない。だからこそ、アイリスはああやって自分に釘付けにして鎮めようとしているのだろう。

 

「本当にここは退屈しないな」

 

「クルル、どうにかできませんか?」

 

「無理だな。ああなった夫殿をどうにかできるのは、アイリスか、セラムくらいだろう?」

 

 違うのかと目線で問いかけられ、アセイラムは仕方がないかと腰を上げた。

 

「二人とも! いい加減にしないと私が参戦しますよ!」

 

「え?! セラム! ごめんなさい!!」

 

「ごめん!」

 

「はい、この話は終わりです。さあ、執務しましょう」

 

 パンパンと手を叩いて動き出すアセイラムに、誰も反論せずに業務は始まるのでした。

 

 クルルはそれを眺めながら、『やはり帝国で最強はセラムか』と楽しそうに告げて、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何処までも広がる蒼穹、頬を撫でる風は温かくゆっくりと流れていく。

 

 テラ達の一族の最秘奥、それらを護るために生み出された異空間『エデン』の中を漂う巨大な島『ヴァルハラ』の一角にて、クルルは白いリクライニングシートに座り、紅茶を楽しんでいた。

 

「夫殿、随分と早いな。もう説教は終わりか?」

 

「クルル、セラムに言ったでしょ?」

 

 振り返ることなく告げた言葉に、彼はため息交じりに答えながら、彼女の隣の草原に腰掛ける。

 

「もちろん、伝えるべきではないか? 我らが夫殿が何に怒りを感じ、飛びだしていったかを」

 

「別に言う必要ないよ。俺の勝手でケンカを売りに行っただけなんだから」

 

「確かにそうかもしれぬが。ならば、わらわがセラムに話をしたのもわらわの勝手。アイリスが怒ったのも勝手、という話で纏めることになるが?」

 

 いかがかな、と目線で言われて、テラは『それなら仕方がないか』と諦めることにした。

 

「紅茶でもいかがかな、夫殿?」

 

「俺はいいや、味が解んないし。で、クルルはそれだけのために『外』に出たの?」

 

「ふむ、それだけではないが。たまにな」

 

 そこでクルルはテラへと顔を向けて、優雅に微笑みを浮かべた。

 

「振り回す夫殿を、振りまわしてみたい、と考えたまでだ」

 

「ん、なら大成功だよ」

 

「ならば良い」

 

 コロコロと鈴が鳴るように、クルルは笑ったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クルル・ブラッドフォール・エーテル。

 

 年齢は不明、少なくとも千は超えているらしい。

 

 桃色の髪に赤い瞳の少女。

 

 テラ曰く、『桜のような淡い色の髪に、命の鼓動のような色の瞳』とのこと。

 

 帝国内において、特に役職や役割を持たない自由人。『エデン』の『ヴァルハラ』の一角に居を構え、滅多に外に出てこない。

 

 吸血鬼の中でも特に古い存在であり、真祖に最も近いと言われており、吸血鬼達の中では崇拝に近い感情で見られることがあるらしい。

 

 眷獣は二十四所持。圧倒的な能力値を誇るため、本気の殺し合いになればアイリスや雪菜でさえ勝てない存在。

 

 見た目八歳の奥様達の中の『ロリ』系統筆頭。年齢は確実に誰よりも年上なのだが、この見た目のために『未成年ですよね』と職質や補導などは日常茶飯事。

 

 そのため、公式行事の時は二十歳くらいに変化して参加するので、クルルは二人いるなどといわれることもある。

 

 彼女の抱える『スカーレット騎士団』は無限再生を主眼においた、機械生物ばかりの集団。

 

 攻撃力や防御力よりも、その粘り強さや撃たれ強さが有名。

 

 しかし滅多に出撃することはないので、全騎士団の中でも正体不明として恐れられているらしい。

 

 彼女がテラと一緒になる時に出した条件は、奥様達の中では有名な話。

 

 『そなたが死ぬ前にわらわを滅ぼしてほしい。そなたのいない世界など、無意味でしかない』。

 

 

 

 




 
 馬鹿の周りの人が常識人ばかりなんて、そんなことはありません。

 時に馬鹿を振り回すこともある人だっていますから。

 けれど、誰もが馬鹿のために動いて、馬鹿を愛してしまって。

 そうして、帝国は回っていきます。

 不思議なんですが。





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馬鹿を止める人

 
 苦しい時こそ、人は色々なものにすがりたくなるものでありますが。

 かといって、誰でもいいわけがないのが世の中であったりして。

 要するに何が言いたいかというと。

 止めとけ、馬鹿が来るから。




 

 ある日の昼下がり。

 

 ジョーカー銀河帝国の中心地、政庁のある執務室には何時も通りの光景が広がっていた。

 

 極寒の冷気を纏う宰相と、能天気に笑いながら逆さ釣りになっている皇帝と、さらに二人を視界に収めながらも見ないようにしている皇帝代理。

 

 何時も通りの光景に、執務室に入ってきたある女性は、苦笑しながら指をさすことにした。

 

「今回は何があったの?」

 

 葵・クロウイン・エーテルの問いかけに、アセイラムはとても清々しい笑顔で答えた。

 

「テラが馬鹿やりましたので」

 

「あ、うん、それだけでおおよその話が解るんだけど、具体的に何があったのか知りたいなぁって」

 

「はい、そうですね。では、政庁の食堂の冷蔵庫に『アポトキシン』が入っていたことから始めますね」

 

 一切、笑顔が崩れることなく告げるアセイラムに、葵は心の底から思ったことを口にした。

 

「いや、待って。そこから待って」

 

「テラの『宝物庫』に入っている、『ヴィーナスの惚れ薬』と」

 

「そこも待って!」

 

「『ポセイドンの増強剤』を」

 

「何それ?!」

 

「『ゼウスの調理台』で混ぜ合わせて」

 

「セラム! ちょっと待ってよ!」

 

 何やら出てくる内容に、葵は頭痛がしてくる気がして、大声で止めたのだが清々しい笑顔のアセイラムは止まらない。

 

「最後に『ラーのシェイカー』でシェイクしたカクテルを」

 

「もう、だいたいが解ったから」

 

「『クトゥルーの壺』に入れて熟成させたのが『アポトキシン』ですが」

 

 もう突っ込むの止めようと考えた葵は、劇薬に似たようなものだと勝手に解釈した後に、『え、何処に入れていたって言ったの』と疑問を浮かべた。

 

「テラが『元気が出る薬』と書きなおして、政庁の冷蔵庫に入れました」

 

「はい?!」

 

「そうよ! この馬鹿夫!」

 

 アイリスがキッとした顔で葵とアセイラムを見た後、鋭くテラへと視線を投げた。

 

「よりにもよって神話の霊薬をごちゃごちゃと混ぜた上に、ロストロギア級の道具まで作って、『元気爆発』の薬を作った上に!」

 

 拳を握ったアイリスは、必死に怒りを抑えているのだろう。きっと、自分が彼女の立場だったら、絶対に怒鳴りつけていると葵は思う。

 

 怒鳴りつけてお説教をしていると、確信できる。我慢して必死に自分を抑えているアイリスは、とても自制心が高い素晴らしい女性だ。

 

「毒薬の名前をつけて冷蔵庫に放り込んだのよ! おかげで朝から政庁は上に下への大騒ぎじゃない!」

 

「おかげで書類が終わりません」

 

 アセイラムの泣き言を最後に、テラの今回の馬鹿騒ぎの発端が終わったのだが。

 

「それで、この話が終わり・・・・なわけないか」

 

 思わず葵は安堵しかけた自分の浅はかさに気づき、片手で額を軽く叩いた。

 

 あのテラが、その程度の『馬鹿』で終わるはずがない。何時も予想の斜め上どころではなく、予想と真逆なところを独走するのがテラだ。

 

「ええ、そうですね」

 

「その通りよ」

 

 深くため息をつくアセイラムと、真顔で見つめるアイリスの二人を前にして、葵は今度は何処までぶっ飛んだのかと覚悟を改める。

 

「こいつはね、その大騒ぎの間に、政庁の中の防災訓練をやったのよ」

 

「全員、必死に逃げますからね」

 

「え、え? 防災訓練? なんでこの時期に?」

 

 良く解らない。冷蔵庫に『毒薬』を放りこんで、全員が混乱している中で、防災訓練を率先するトップ。

 

 普段から馬鹿なことをしている皇帝だから、彼が出現した時点で誰もが『何かあった』と思うのではないだろうか。

 

「緊急時の備えは必要だから」

 

 キリッとしたとてもいい顔で告げるテラに、三人は『この馬鹿夫』と心を一つにして思ったのだった。

 

 結局、テラの今回の馬鹿騒ぎの原因は。

 

 『最近、政庁内での避難訓練してないな。万が一はないようにしているけど、政府関係ならしないと、他がしてくれないよな。よし、やろう。どうせなら毒薬に見せかけた元気薬でも作ろうか』。

 

 だったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当に呆れたなぁと思う。

 

「テラは、どうしてそんなに常識を飛ばすかなぁ」

 

「ん~俺の個性だから仕方がない」

 

 親指を立てて笑顔で告げるテラに、葵は呆れたような目線を向けたのだが、彼らしいとも思ってしまう。 

 

 周りの評価とか気にしない。常識とかを考えて立ち止まらない。出来ることならば、世界の果てさえ行ってみせる。

 

 馬鹿の塊がテラだから、仕方がないかと考えてしまうのは、自分が彼に惚れているからか。

 

「個性で毒薬を作る人っていないと思うけど?」

 

「え、そうなの?」

 

 真顔で聞き返すテラに、葵は呆れつつお皿を差し出す。

 

「はい、オムライス」

 

「ありがと、やっぱオムライスは葵じゃないとなぁ」

 

「私のは特に美味しいってわけじゃないけど?」

 

「ん、俺にとっては大好物だよ」

 

 そういうものだろうか、と葵は思う。

 

 最初の頃、出会った時には料理なんてしなかった。誰かが作ってくれるならと料理は覚える必要性を感じなかったのにだ。

 

 『卵、貰ったけど、いる?』とテラに言われた時に、『じゃ、料理してあげようか』と返したのが最初の時。

 

 焦げて味がなくて、墨のような物体を彼は『ん、うまい』と食べてくれた。お世辞だって解っている、本当じゃないって一目で解ることだったのに、とても嬉しかった。

 

 必要とされていない自分が、本当に必要とされているような、そんな小さな幸せを感じたから。

 

「私はオムライスか、ならアイリスとセラムは?」

 

「ん、セラムは肉じゃがが得意だよ」

 

 予想通り。お嫁さんなら肉じゃがと思っていることは、前々から知ってはいたが、本当に得意料理にするなんて。

 

「アイリスは豆腐と昆布のお味噌汁が一番だね」

 

「そうだね」

 

 あの味はどうしても再現できない。アイリス特性のみそ汁のうまさは、奥様達なら全員が知っている。

 

 『普通に作っているだけじゃない』と小さく笑う彼女が、影でどんな努力をしているのか知らないが。

 

「雪菜は卵サンドで、ユイが生姜焼き、メテオラが唐揚げ、深雪がカレー」

 

 次々に上がる料理名に、皆の頑張りがよく解る。誰一人として一般家庭の出身はいなくて、料理と無縁の生き方をしてきた人ばかり。

 

 料理するくらいならば、技量を磨き能力値を上げなければ、生き残れない生活を送っていたのに。

 

 今では誰もがそれなりに料理が出来て、得意料理があるのだから。

 

 愛情は偉大だ。

 

「クトリがビーフストロガノフ」

 

「そこは意外だなって」

 

「ん、でクルルはおせち」

 

「はい?」

 

「あれ、知らない?」

 

 予想外も予想外の料理名に、葵は小さく首をかしげた。

 

 誰が何を得意としていると、彼は言ったのか。聞いたはずなのに脳細胞が受け付けず、目線で問いかける。

 

「クルルはおせちを一人で作るよ」

 

「え? 全部?」

 

「ん。前に『フランス料理のフルコース』を作っていたんだけど、『やはり、我が夫殿は日本食が好みかな?』と言われて頷いたら、おせちを得意料理にしてからね」

 

「フランス料理のフルコースが作れるって、そっちのほうも凄いけど」

 

「クルルはああ見えて、凝り性だからね。本当、一度でも思い込むと真っ直ぐに一直線だよ」

 

 にこやかに笑うテラは、最後の一口を運んで味わった後、両手を合わせた。

 

「ごちそうさま。じゃ葵、またね」

 

「うん、おそまつさま。ねぇ、テラ、次は何をやらかすつもり?」

 

 立ち上がり歩き出しかけた背中に声をかけると、彼はゆっくりと振り返って小さく舌を出した。

 

 あ、またやからすな、と葵は不意に思った。

 

 翌日、政庁の屋上から吊るされたテラを見て、自分のカンはまだまだ廃れていないなと実感できたという。

 

 

 

 

 

 葵・クロウイン・エーテル。

 

 年齢は二十六歳。

 

 濃い青色の髪に、薄紫色の瞳。

 

 テラ曰く、『深く澄み渡る大海の髪』。瞳の色については、自分と重なるので特に言わないが、『同じ色合いで嬉しい』といったことあり。

 

 基本的に中央議会や地方議会のまとめ役兼相談役をしており、呼ばれると帝国中を駆け巡ることになる。

 

 一般人に広く知られている皇妃といえば、アセイラムやアイリスではなく彼女かクトリの名が挙がるほどに有名人。

 

 魔法も戦闘も苦手といった、一般人のような能力値を持つ。

 

 実は、『絶対遵守』の能力を持ち、それが声によって発動するので、彼女が『命じる』といった内容は、相手に確実に実行させる凶悪な能力を有している。

 

 その強制力は絶大であり、テラでさえ三重にかけられると逆らえない。

 

 皇妃の中では珍しいくらい一般的家庭に育った人物なので、一般常識が欠如している帝国上層部の中で、『最後にして最大の常識人』と呼ばれている。

 

 彼女の持つ『典令騎士団』が、戦闘よりは災害救助といったレスキュー関係に重点が置かれているのは、彼女の思考が一般人によっているためだろう。

 

 

 

 

 




 
 馬鹿の相手は疲れますか。

 けれど、馬鹿の相手をしていると自分が救われることもあります。

 彼は何処までも馬鹿で、何処までも人の気持ちが解る人だから。

 いや、違うな。

 馬鹿は馬鹿で、真っ直ぐ馬鹿正直だからだろうか。




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馬鹿は不在

 
 何時も騒ぎを起こす中心人物がいないと、不安なんて起きないはずなのですが、残念ながら不在は『安定』ではないのが、馬鹿の凄さ。

 彼が目の前にいない、管理下に置かれていないことは。

 即ち?






 

「あ、俺ちょっと提督やることになったから、しばらく帰れない」

 

「はい?」

 

 ある日の朝、珍しく執務室に入ってきたテラの発言は、アイリスを五分ほど固めたという。

 

「ちょっと待って! テラ! 提督って何?! 帝国軍に提督って役職はないでしょう?!」

 

 ハッとして復帰して叫んだところで、相手は目の前にいなかった。

 

 その後、アイリスは帝国軍すべてに片っ端から通信を入れて、『皇帝陛下が行ったら拘束しておくこと』と伝えたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意外な話を聞いた時、人の反応は二つに分かれるらしい。

 

 唖然として止まるか、反射的に反論するか。

 

 彼女の場合、後者だったが。

 

「・・・・」

 

「そういうわけよ、エミリア?」

 

「あ、うん、解った。大丈夫」

 

 申し訳なさそうに答えるアイリスに、彼女は慌てて首を振った。

 

 今日は珍しく報告書が作れたから持ってきただけで、彼に会いに来たわけじゃないのだが。

 

「ごめんなさいね、せっかく、貴方が出てきたのに」

 

「大丈夫だよ。報告書、置いておくね」

 

「ありがとう。貴方くらい結界系の技能があれば、私ももう少しフォローできたんでしょうけど」

 

 嘘偽りなく労いをかけてくる相手に対して、思うことは一つだけ。

 

 『貴方の能力値で他の技能を望むのは、どうなのかな』と。

 

「一応、主星と帝都の防護結界は六重展開。転移して来れないようにしてあるから」

 

「ありがとう。どの程度、防げるかしら?」

 

「S級テレポーターでも無理なくらいはあるよ」

 

 自信を持って構築した。アインズにも手伝ってもらって、完璧にほぼ近いものを構築したはずなのだが。

 

「テラには無関係みたいだけど」

 

「あの馬鹿夫」

 

 何故か、テラは素通りする。ルリでさえ抵抗を受けて、解除に時間がかかるというのに。

 

 結界、防壁、妨害、何それ美味しいのっていう風に素通りするのがテラだ。実際に今までもどれほど苦労して組み上げた妨害だろうと、『やっほ』と一声で素通りしていった。

 

 もう意味が解らないとは、メテオラと深雪が項垂れた時の発言だったか。

 

「とにかく、ありがとう。これで主星の防壁は完璧ね。今まで騎士団が警戒していたけど、もう下げてもいいわね?」

 

「うん、後は帝国軍が警戒すればいいと思うけど。魔法的なものが来た時は私たちが動くしかないよ」

 

「そちらは大丈夫よ。私とセラムがいれば最低限の防衛はできるから。いざという時はバトラーとジャンヌ、アインズの三人が動くから」

 

 『ええぇ』という顔をするエミリアに、アイリスは『念のためよ』と伝える。

 

 あの三人が動くと、もう容赦の欠片もなく周辺一帯が灰燼になるので、できれば後のことを考えると動かしたくない。

 

「お仕事が終わりなら、私は戻るけど、いいかな?」

 

「ええ、ありがとう。少し町並みを歩いてみない?」

 

 躊躇いがちに提案するアイリスに、エミリアは小さく微笑んでから首を振った。

 

「また後で、行ってみるね。ありがとう」

 

「いいえ、いいのよ」

 

 一礼して退出する彼女を見送り、アイリスは小さく息を吐く。

 

 最初に会った時から彼女は、クルルとは別の意味での引きこもりだ。

 

 『ヴァルハラ』の最奥、その中でも特殊な領域に入ったまま外に出てこない。こういった用事を頼めば外に出てくるので、外の世界が怖いというわけではないのだろうが。

 

 彼女が何故、外の世界を拒んで、外の世界と関わりを持たないようにしているのか、それはアイリスもセラムも知らない。

 

 ただテラは知っているようだが、彼が無理強いしていないならば自分達が無理に連れだすのは違っているのだろう。

 

「本当、私達はお互いのことを深く知らない」

 

 呆れてしまう。同じ人を好きになり、同じ妻という立場にいながらも、お互いがお互いのことを深く知らない。

 

 戦い方、好み、生い立ち、すべてを知っているのはテラくらいで、他は一部や半分くらいしか知らない。

 

 それは自分も同じか。アイリスは小さく呆れながらイスに座る。自分だってセラム達に秘密にしていることの一つや二つはある。

 

 セラムも―アセイラムも秘密はあるだろう。雪菜もメテオラもクトリもユイも深雪もクルルも。

 

 特に『能力値』については、誰もが他の人に知らせることはない。切り札については匂わせることさえない。

 

 お互いにけん制しているわけじゃなく、お互いに『迷惑かけたくない』と思って言わないだけ。家族なんだから迷惑くらいとアイリスは思うのだが、自分も他の妻達に秘密を打ち明けていないから。

 

「まったくもう」

 

 自己嫌悪を吐きだし、アイリスは気持ちを切り替える。

 

 こうしている間にも帝国は回っている。自分一人の気持ちで止めるわけにいかないから、気持ちを切り替えて。

 

 後でテラに八当たりをしよう。小さく心に決めて、宰相は次の案件に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある種族とある種族が出会い、子をもうけたとして。その子はどちらの種族にも成れるものだろうか。

 

 答えは否だ。どっちつかずのコウモリになって、どちらの種族からも疎まれて終わる。

 

 自分がそうだったから。

 

 政庁の廊下を歩き、窓から町並みを見下ろす。

 

 ジョーカー銀河帝国の主星の帝都。豪華絢爛な町並みではなく、何処にでもあるような、そんな普通の街が広がる場所を見つめながら、エミリアは振り切るように顔を背ける。

 

 自分がいていいのか、あるいは自分はいてはいけないのか。

 

 不純物、必要ない者。散々に言われたことが脳裏をよぎって、『安心できる町並み』を見ないように足を進めてしまう。

 

 誰もが否定なんてしない、誰もが嫌うことはない。だというのに、自分の心はここにいてはいけないと叫ぶ。

 

「もう、嫌になるよね」

 

 我が事ながら呆れてしまうほどの自己否定。小さい頃から言われたことは、そう簡単に消えることはないらしい。

 

 チクチクと痛む心は、何時も自分を責め立てる。誰からも言われないのに、昔のことを思い出しては勝手に引きこもって。

 

「はぁ」

 

「あれ、エミリア」

 

 声をかけられ振り返れば、そこにいたのはいつかと同じ笑顔のテラ。

 

「あ、出かけたんじゃなかったの?」

 

「また出かける。ちょっと忘れ物、というか顔を見にきた?」

 

「私?」

 

 えっと自分を指差した彼女に、テラは大きく頷いて抱きついてきた。

 

「え、ええ?! あ、あのね、テラ、ここ政庁の」

 

「ん~~え、夫が妻を抱きしめるのにTPOっているの?」

 

「一応は公私混同しないって意味で必要じゃないかな?」

 

「そっか、でもさ、俺がここの皇帝。俺がルール」 

 

 意外だと思った。普段の彼ならば、こんな『暴君の言い分』なんて使わないのに、今日はどうしたのだろうか。

 

「だからさ、エミリアのことを嫌うやつはいないし、君を虐める奴もいない。俺たちがいるからさ」

 

 そっと囁くように耳元で告げられた言葉に、やっと彼がどうしてこんなことを言ったのか理解した。

 

 見られていたわけじゃない。でも顔色から察したのだろう。自分がまた自己嫌悪で悩んでいることを。

 

 最初に会ったときと同じ。一緒にいたいと告げた時に、でもと言ってしまったこと。自分の嫌な部分を並べ立てて、こんな奴だからと泣きながら告げたこと、そして『うん、だからなんだ?』と真顔で返した彼。

 

 一つの種族でも素晴らしい、それが二つの種族ならば二倍は素晴らしい。君みたいな人に優しくできる子を嫌うなんて、そんなのは『世界にケンカを売っているようなもの』と大げさに語ってくれた。

 

 嬉しくて、心が温かくなって、そのままテラと一緒にいると決めた。

 

 あの時と変わらず、彼は沈んでいきそうな自分をあっとう間に救いあげてしまう。

 

「よっし、いい笑顔。可愛いよ、エミリア」

 

「はう」

 

 で、最後に再び鎮めようとするのだが、この人は本当に性質が悪い。

 

「じゃ出かけてくるね、帝国はよろしく」

 

「あ、うん、解った。奥さんだから、夫の帰る『家』は必ず守るよ」

 

「よろしく」

 

 笑顔で手を振って去っていくテラに、エミリアは小さく手を振り返す。

 

 まったくあの人は、人たらしで優しくて、どうしょうもないスケコマシで。

 

 結局、馬鹿って言葉になる、本当に困った人だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エミリア・アークドライブ・エーテル

 

 年齢22歳。

 

 銀色の髪に紫色の瞳。

 

 テラ曰く、『陽のあたる新雪の髪に菫色の瞳』。

 

 葵と同じ色合いだと誰もが言うのだが、テラは頑として譲らず『葵は俺と同じ色合いだけど、エミリアは華のように優雅だ』、と最後に必ず告げる。

 

 結界や防壁系の能力値が高く、探査系技能に対しての欺瞞もかなり高レベルで行える。

 

 彼女が『隠す』と決めると、大半の人たちが探知できずに終わるらしい。

 

 『ノーフェイス騎士団』も、エミリアの能力値に近い編成で行われており、人知れず影のように動き回り、誰にも察知されずに行動完了してしまう。

 

 ハーフエルフなため迫害を受けた経験が多く、極度の人見知り。妻達には普通に話すが、それ以外ではほとんど顔さえ合わせずにいる。

 

 一日のすべてを『ヴァルハラ』の専用領域にて過ごし、滅多に外に出ることはない。妻達の中の引きこもりのトップ、二番目がクルル。

 

 そのため帝国の役職を持っていることは少ないが、監査・内偵の部門は彼女の指揮下にあり、通常は別のトップが取り仕切っている。

 

 

 

 

 




 
 どうやら馬鹿は不在のようで。

 何処で何をしているかは、馬鹿のことなので誰も知らず。

 さてさて、次はどんな騒動を起こすことやら。





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遠い旅路の果てに、馬鹿に会う

 
 馬鹿は不在のご様子ですが、帝国は何時も通りに回ります。

 静かな帝国はいかがですか?

 え? 不安しかない?

 ああ、馬鹿が他で何をやらかしたか不安ですよね。







 『で、あんたが帝国を作ったのって、何で?』

 

 遠い昔、最初に会った時に彼女はそう彼に尋ねていた。

 

 穏やかにとは違う、静かにとも違う。

 

 相手の喉元に短剣を突きつけて、今にも殺してやると睨みつけながらだったから、今の自分を思い出すと苦笑しか出てこない。

 

 あの頃は、本当に殺してやろうかと思った。

 

 平穏な世の中で人々が穏やかに過ごしている中で、戦乱を起こした世紀の大犯罪人。圧倒的な武力で周りを蹂躙した破壊神。

 

 悪名だけならいくらでも聞いたことがある人物。

 

 『神帝』テラ・エーテル。ふざけた名前だと思った、ふざけた字だと感じていた。実際に会った彼は、幽霊のように曖昧で怖くなくて、だから容赦なく首筋に短剣つきつけて、脅してやろうと考えて。

 

 実際、やってみた後の恐怖は今でも震えが来るほど。彼じゃない、彼の周囲にいた誰もが『おまえ、死ぬか』と無言で迫ってきていた。

 

「うぁ、なんであの頃の夢を見るんだろう?」

 

 そう呟いて、ロゼ・シュトラム・エーテルは体を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジョーカー銀河帝国において、国家を仕切っているのは『皇妃』達。十三人の彼女たちによって帝国は運営されてはいるが、すべてを任されているわけではない。

 

 軍人もいれば警察官もいる、政治家もあれば議会もある。

 

 となると、公共の交通機関もあるのが当たり前。

 

「だから、こっちを通したらルートが複雑になるじゃない」

 

 ロゼの一言に周りで聞いていた役人たちは『そうだ』と頷く。

 

「ですが、そちらを通さない限りは新しい交通路は通りません。渋滞が起きますよ」

 

 もう一人、ユインシエルーユイの反論に、役人たちは『確かに』と頷いている。

 

「実際、そっちは空きスペースがあるんじゃないの?」

 

「あれは非常用の退避スペースになります。そちらこそ、通信網ならば別回線を増設すればいい話では?」

 

「回線増設って、新しい機械を入れたら予算がかかるじゃない。なら、そっちの交通網に添える形で通信ケーブルを走らせれば」

 

「交通網の強度が不安定になります。内部に走らせなければハッキングや盗聴の危険性があると指摘したのは、ロゼではなかったですか?」

 

「そりゃ、そうだろうけど。だからって、宇宙空間の交通ルート用のチューブはもう通せないでしょ?」

 

「確かに、これ以上の増設は宇宙船の通行の妨げになります」

 

「ならさ」

 

 ロゼがさらに強気に推そうと言葉を出す前に、横から別の意見が挟まれる。

 

「待って。そっちに通されると孤児院から遠くなるよ」

 

 黙って聞いていたクトリが口を挟み、宇宙図に指を走らせる。

 

「分岐点で区切ってさ」

 

「それだと迅速な軍の展開が難しくなります。警察機構の巡回や消防の迅速な対応のためにも分岐点は賛成できません」

 

 クトリの意見を深雪が真っ向から否定する。一瞬、二人の視線が火花を散らすが、どちらともなく視線を反らした。

 

「あの、そこを使われるとドラゴン達の領域にかかわるのですが」

 

 雪菜の控えめな反論に、全員が地図を改めて見つめ直す。

 

 入口と出口は大丈夫でも、ルート上を確実にドラゴン達の領域を通る。いくら彼らが理解を示してくれるとしても、かなり領域に食い込んだ移動路を造ったとなると、苦言かあるいは実力行使に出るだろう。

 

「吸血鬼の帝国にも影響が出るようだが?」 

 

 そっと、静かに告げるクルルに対して、全員が『そっちは無視しましょう』と言いたくて言えないでいる。

 

 先日の一件以来、吸血鬼達の帝国側からは何も言ってこない。いや、言って来れないが正しいのかもしれない。

 

 『天魔の一族』の最後の純潔の姫、『静華』が盛大に言い放ったらしい、という話だが。

 

「我が夫の母君は、苛烈なのでな」

 

 全員の思考を読んだかのように、クルルはとてもおかしそうに告げた後、ゆっくりと紅茶を飲んだ。

 

「じゃ、どうするの? 通信網と同時に交通網の整理が今回の議題じゃない。そもそも、物流の面から見直そうって言ったの、ユイじゃない」

 

 ロゼが話を元に戻しながら、原因を持ってきた相手に放り投げる。

 

「それはそうですが。帝国もそろそろ十年になりますので、交通網及び通信網の見直しと再建を行うべきではないですか?」 

 

 ユイは少し迷ったように目線を動かしたが、最後には強く問いかける。

 

「現状、出来ることは限られています」

 

 深雪が部分的な肯定と否定を述べて、小さく首を振る。

 

「不可能でしょう」

 

「でも、やらないと皆が困るよね?」

 

 否定的な意見をクトリが再度、議題へと戻す。

 

 誰だって解っている。最初に帝国を作ったとき、『こんな程度で言いや、どうせ惑星国家だし』程度で作った交通網だったが、帝国が広くなり、人が多くなり、様々な物流が増えていった結果、現在のやり方では不備が出来ていた。

 

「やはり、最初の構築思想に不備があったというわけか」

 

 メテオラが苦い顔で告げる。最初の単一惑星国家で十分という結論を出した時、彼女も同意しているので責任を感じているのだろう。

 

 あの頃はまさか、テラがやらかして五つの太陽系を支配する銀河帝国になるとは考えていなかったから。

 

「反省」

 

「一人で完結しないでください、メテオラ」

 

「いや、素直に反省を述べたのだが、面白くなかったかな?」

 

 ニヤリと笑っている彼女に、全員が白い眼を向ける。今、ここでやることじゃないだろう、と。

 

「冗談はさておきとして」

 

「いや、完全に本気だったじゃないですか?」

 

 雪菜の突っ込みを無視して、メテオラは新しいデータを追加で宇宙図に送り込む。

 

「学校への登校ルートのこともあるため、見直しは重要だ」

 

「解ってはいますが」

 

 やらなければいけないことは、深雪も重々に承知しているのだが、こうまで複雑になってしまうと何処から手をつけていいやら。

 

「はい、煮詰まった。休憩にしましょう」

 

 アイリスの提案に誰も否定することなく、議題は一時的に保留となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会議室にいたら息がつまりそうだから、ロゼは一人で政庁の屋上に来ていた。満点の星空、そこに流れる流星たちは宇宙空間を行き来するスペーストレインの残滓だろうか。

 

「ああ、まったくもう」

 

 昔は自由気ままな旅暮らし。仲間と組んで、あるいは一人でと気ままに宇宙を旅していたのに。気がつけば帝国で、皇妃で、交通関係を丸投げされるくらいに責任重大な立場になってしまった。

 

「はぁ、どうすればいいんだろう?」

 

 再び宇宙図を見直した彼女は、どうにもできないかなと悔しそうに唇をかみしめる。

 

 旅が好きだから、人が通る道を作りたい。誰も困らず迷わず、真っ直ぐに目的地に行けるようにとこの仕事を引き受けて、やれることをずっと頑張ってきたら現在の立場。

 

 あいつの、テラの妻になったことを後悔してはいないが、だからといって旅をしてきた自由気ままだったあの頃が懐かしくないとは言えない。

 

「浮気者~~」

 

 悶々として色々と投げたくなって、八当たり気味にテラの悪態をついてみた。

 

「え、俺のこと?」

 

「そっか、あんたってそういうやつだったよね」

 

 いきなり隣に八つ当たりの顔が見えて、ロゼは一瞬で笑顔を浮かべて短剣を突き付ける。

 

「昔こうやって問いかけたわね、『あんたはどうして帝国を作ったの』って」

 

 鋭い刃を向けられているのに、彼はきょとんとした顔をした後、笑って見せた。

 

「みんながみんなの意見を言える、穏やかな国家が作りたいから」

 

「建前はいいから」

 

「そっか。なら、『アイリスとセラムが泣いているから、その原因を消した。で、同じ状況があった時に俺の後ろ盾が、目に見えるような形で欲しかったから』かな?」

 

 あの時と変わらない言葉に、ロゼは小さく息を吸い込み、呆れながら短剣を引く。

 

「はいはい、ごちそうさま。で?」

 

 先を促すように、悪戯っぽく告げるロゼに対して、テラは当たり前のように言ったのでした。

 

「俺の奥様達を護るための国家が欲しかった」

 

「はぁ、あんたってそうよね。本当に真っすぐで、我がままで意地っぱりなお上に過保護で・・・・馬鹿よ」

 

「ありがとう、最高の褒め言葉だ」

 

 ブイサインなんて見せる夫に対して、ロゼは呆れながら告げる。

 

 褒めてない、と。

 

 その後、交通網はテラの『じゃ一夜で作りなおす』という発言から始まった、『サイレント騎士団』総力戦により、本当に一夜で終了することとなった、とか。

 

「ク、次こそはあいつを出し抜いてやる」

 

 翌日の会議にて、ロゼの気合の入った拳に対して、皇妃達は全員が『絶対です』と誓いを込めたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロゼ・シュトラム・エーテル。

 

 年齢は二十二歳。

 

 赤銅色の髪に薄い緑色の瞳。

 

 テラ曰く、『鋼のようにしなやかな髪に、旅路を誘う草原の瞳』とのこと。

 

 昔、テラが帝国を打破した時に周り中が混乱に貶められ、多くの不幸が生み出されたのを見て、テラを暗殺しようと近づいた元裏稼業の人。

 

 短剣突きつけての問答をして、『こいつ、馬鹿だわ』と悟ったとか。その後に周り中からの殺気と圧力に気づいて、生きたいと願った結果、『じゃ、責任をとって奥さんしてあげる』といったところ、『あ、じゃ貰う』とテラが速答したため、皇妃の一人となる。

 

 元々暗殺稼業で色々なところを巡っていたので、『交通網や通信網に精通している』と勘違いされ、現在は交通関係はすべて彼女の管轄になっている。

 

 よく、物流を管理・監督しているユイと意見を交わし、交通網などの整備に勤しんでいる。

 

 彼女が持つ『ノーヴァディゾン騎士団』は建築関係の専門機械ばかりを集めた、と表には報告されてはいるが、その裏側では物を作りながら、それを支配して『暗殺』可能な集団となっている。

 

 現在、彼女と騎士団はそれをしてはいないが、もしもの場合は速やかに裏側から『一撃必滅』出来るらしい。

 

 

 

 




 

 馬鹿は不在のはずが、呼べば答える性のよう。

 いないなんて考えたら、そこにいるから始末に悪い。

 さてさて、あいつは何処で、どんな馬鹿騒ぎをしているやら。





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馬鹿に癒されることもある

 

 馬鹿は何時だって周りのことを気にしています。

 そう見えないかもしれませんが、馬鹿なりに気を使っているのです。

 うん、きっとそうだろうって話。





 

 昔を思い出すことがある。とても昔、もう微かにしか覚えていないはずなのに、不意に目の前に浮かんでくる過去。

 

 今じゃない、かつて。自分が『自分になる』前の姿と記憶が目の前に浮かんでは消えていく。

 

 平凡な人生、退屈だなんて思っていた日々。でも、それがどれだけ大切で愛おしかったかを今でははっきりと自覚している。

 

 失って初めて大切なものに気づくから、だから今度は絶対に離さないようにして、そして絶対に無くさないようにしていたもの。

 

「ん?」

 

「あ、起きた」

 

「ん?」

 

 後ろから聞こえた声に首を回して視線を向けると、呆れたような宰相殿が立っていた。

 

「あ、おはよう、アイリス。今、何日?」

 

 その問いに、彼女は深々と溜息をついた。どうしてなのだろう、間違ったことは聞いていないはず。

 

「起きてすぐに時間じゃなく日付を聞くのは、貴方くらいよ、ルリア」

 

 呆れたように告げられた言葉に、ルリア・レールザード・エーテルは軽く頬を染めて後頭部に手をまわした。

 

「えへへ、褒められちゃった」

 

「褒めてないわよ」

 

 鋭く突っ込みを入れる宰相殿に、彼女は小さく舌を出して『うん、知っている』とだけ告げたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パシャパシャと水音が盛大になる。私室兼執務室兼、研究室の一角に備えつけられた洗面台に水をためて、盛大に顔を洗ってみる。

 

 はねる水が服につくのも気にしない、床に飛び散った水滴は後でバッタ達が掃除してくれるだろう。

 

「それで、どうなっているの?」

 

 横からタオルが差し出され、ルリアは『ありがと』と告げてタオルを掴んだ。

 

「ん~~八割型完了かな? 超空間ホールって案外、安定させるのに時間がかかるみたい」

 

「ワープゲートのように空間を圧縮するのではなく、遠距離の二つの地点を同一空間として固定するって、誰のアイディアだったかしら?」

 

 突拍子もない科学技術の話を、呆れたように告げるアイリス。何度も聞いているのだが、どうしても『え、そんなこと科学的に可能なの? 魔法的に実行するのではなく?』と聞き返してしまう。

 

「まあ、理論的に難しいわけじゃないからね。今の帝国の科学技術なら、簡単簡単」

 

 笑顔で気楽に告げるルリアは、タオルを片手に持ったまま使っていなくて。顔から滴り落ちる水滴が服を濡らして、体のラインを浮かび上がらせているのだが、本人は気にした様子もない。

 

「・・・・・・透けているわよ?」

 

「うん、知っている。でも、気にしないから」

 

 自分の身だしなみに気を使わないのは、皇妃の中でもルリアくらいなものだ。誰もがテラと結婚して公式行事に出るようになってから、薄い化粧や服装に気を使っているのに。

 

 あのクルルでさえ、公式行事の衣裳は選んでいるのに、ルリアにはそれがない。一時期、『ジャージで十分』とかいってそのまま参加しようとして、大混乱になったが。

 

 主に、あの馬鹿が『え、いいの。じゃ俺も』といってジャージに着替えようとしたから。

 

 スタイルはいいのに、とアイリスは残念そうな顔で彼女を見つめた。

 

 実際、ルリアのスタイルは皇妃達の中でもトップクラスに完璧。身長もそれなり、可もなく不可もなく。高すぎず低すぎず。スリーサイズもモデルが羨むくらいの数値を叩きだし、一時期は芸能界関係の人たちから『是非!』と追いかけ回されたくらいだ。

 

 世の中で言う残念美人とは彼女のことだろう、とアイリスは思っているのだが、世間一般からしてみれば皇妃達全員が何処か残念な部分があって、『黙っていれば美人なんだよ。黙っていれば』といわれているのを彼女は知らない。

 

 宰相殿が余計なことを考えている間に、ルリアは濡れた服をそのままにして上から白衣を羽織る。

 

 何時も彼女はこの格好、白いミニスカワンピースに白衣。靴下なんて履かない、足元はサンダルのみ。

 

 一年通してその格好なのは、滅多に政庁から出ないためか、それとも単純に彼女の性格がズボラなのか、色々なところで物議をもたらしている問題に対して、当人は答えることなくいつもと変わらない笑顔でいる。

 

「で、そんなことでアイリスはここに来たの?」

 

「話のついでに寄っただけよ。技術局の予算案、この数字はちょっと無理よ」

 

「ええ~~?」

 

 突きだされた書類に対して、ルリアが眉根を寄せて抗議をする。両手を上げて子供っぽく怒る仕草は、とても十八歳のモデル顔負けな女性がする仕草ではないのだが。

 

「横暴だ、不正だ、訴えてやる」

 

「裁判関係で私に勝てるとでも?」

 

「う・・・・」

 

 科学技術の分野において、ルリアは天才といわれている。様々な知識や技術を持って不可能を可能にしてきた彼女は、技術局の変態実験暴走どもからかなりの尊敬を集めている。

 

 けれど、だ。だからといって、アイリスに勝てるかということ、誰もが『否』と答える。

 

 伊達に宰相を務めているわけでも、皇妃達のまとめ役をやっているわけでもない。彼女に口で勝てる相手がいるとしたら、それはきっと。

 

「組み直す、解りました」

 

「よろしい。まあ、ちょっとは助けてあげるから。ね」

 

 差し出された書類とは別の書類を、アイリスは渡してくる。

 

 内容は、前年比から三割増しの予算案。見事にまとめられた内容に、ルリアは一瞬で笑顔になってアイリスに飛びついた。

 

「大好きお姉様!」

 

「そっちの趣味はないから」

 

「私もないよ。ありがと、なんだかんだってアイリスは助けてくれるから、大好き」

 

「はいはい。じゃ、これにサインして。後は私が各方面は説得するから」

 

「は~~い」

 

 上機嫌に返事をしながら、ルリアはスラスラとサインを書いたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイリスが帰った後、ルリアは一人、イスに座って部屋の天井を見上げていた。

 

 昔のことを、夢に見ていた。まだ自分が、『自分』になる前のこと。

 

 ルリア、という名前を聞いた時、真っ先に浮かんだのが『グランブルー』。スマフォのゲームのヒロインかと嘆いたのだが、世界がまったく違っていて。

 

 でも、召喚魔法の実験台にされかけて。当時は、一人で歩けないくらいに衰弱して、色々と嫌な思いもして。純潔、失ってなかっただけで、いくらかマシだったと思い返せる日々だった。

 

 周り中の悲鳴と、怨みの慟哭の中で過ごした、あの頃。

 

 二度目の人生なんていらない、転生なんて望んでない。心の中で叫んで泣いて、現実を見ないように蓋をしていた自分が、今こうして自分の好きに生きていられるのは、あの人のおかげだ。

 

「テラ」

 

「ん、どうした?」

 

「・・・・・いっつも思うんだけど、どっから入ったの?」

 

 いないはずの人の名前を呼んで、返事をされるなんて恐怖でしかないはずなのに、ルリアは返事が来たことに『嬉しく思っている自分』に呆れてしまう。

 

「妻の呼び声に答えない夫はいない」

 

 真顔で答える彼は、何処までも本気でふざけているわけがなくて。

 

「答えになってないけど」

 

「まあ、いいじゃん、俺が会いたくなったから忍び込んだ」

 

「ああ、そう」

 

 笑顔で答えるテラに、『これは本当のことを話さないな』とルリアは諦めて話題を変えることにした。

 

「テラ、大好きだよ」

 

「知ってる。俺も大好きだよ」

 

「うん、知ってる」

 

「ならいいよ」

 

 そう答えて、テラの姿は消えていた。

 

 大好き、簡単に言えることで薄っぺらいような印象を前は持っていたのに、今となってはとても大きくて暖かくて、凄く頑張ろうって気持にさせてくれる魔法の言葉だ。

 

「よっし、がんばろ」

 

 気合を入れて片手を上げたルリアの背後で、扉が勢いよく開いた。

 

「馬鹿夫は何処?!」

 

「へ? 今さっき、そこにいたけど、どうしたの?」

 

 鬼も逃げ出すようあ形相で入ってきたアイリスに、さすがのルリアも少しだけ腰が引けていた。

 

「あの馬鹿夫・・・・・・技術局の倉庫の空間拡張をかけたうえで百倍の資材を放りこんだのよ!」

 

「うわぁ~お」

 

 それはまた、やらかしたな。ルリアはそう答え、乾いた笑みを浮かべた。

 

 浮かべるしかなかった、といえる。その後に続くアイリスの怒声と罵詈雑言を適当に受け流すために。

 

 その後、一週間ほどで戻ってきた皇帝は、何時もの通りに政庁の屋上から吊るされたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルリア・レールザード・エーテル。

 

 年齢は十八歳。

 

 エメラルド色の髪が毛先に行くにつれ、青に変化する特殊な髪と、青色の瞳。

 

 テラ曰く、天壌を吹き渡る風のような髪と、大地から見上げた空色の瞳。

 

 実は転生者。前の自分のことはうっすらと覚えているだけで、ほとんど残っていないのだが、時に夢として思い出すらしい。

 

 元々、違法科学技術研究所に囚われていたところを、テラに救い出される。もう怖いのは嫌だと嘆いていたら、『じゃ、俺の妻になればいいじゃん』と意味不明なプロポーズに即答。

 

 現在、魔法といった適正が低いため魔法戦とかできないのだが、科学技術関連は帝国を支えるくらいの貢献をしている。

 

 皇妃としては自由に研究して、自由に技術局と暴走して、そして予算関係でアイリスに土下座したりする、自分らしい生活をしている。

 

 ちなみに、特許関係は彼女の領分。

 

 彼女の抱える『蒼穹騎士団』は研究分野に秀でている、というわけではなく何故か『速度・瞬時展開優先』の亜光速遊撃部隊となっている。

 

 スピード狂ともいえるため、攻撃力がおろそかになっているのは内緒の話。

 

 

 

 

 






 馬鹿に救われたお姫様は、馬鹿の理屈でなんだか助かった気分になって

 そして、馬鹿のお嫁さんになりましたとさ。

 めでたしめでたし。

 なんていうわけないじゃん、的な話。





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