目が覚めたら艦娘と深海棲艦がリアルに戦争してた件 (Sh1Gr3)
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プロローグ
艦娘と深海棲艦がリアルに存在する世界


ハーメルンでは初投稿となります。
まだまだ勝手が理解仕切れていない部分もございますが、よろしくお願い致します。

※内容は完全にファンタジーものです。


 

 最初に俺が「あれ?」と違和感を覚えたのは、病院のベッドの上で目醒めた時だった。あんなに大きなコンクリートの壁の下敷きになったにもかかわらず、身体には痛みもなければ目立った外傷もない。

 枕元にあったカレンダーを見ると、どうもあれからまだ一日も経っていないようだった。

 

 (まあ痛くないに超した事はないか……ラッキー)

 

 全くの無傷だった事には流石に首を傾げたが、その時の俺はラッキーとしか考えていなかった。

 そして今日受けた検査でも異常は見当たらず、明日の検査でも異常が無ければ、退院してもいいという医者からのお墨付きまでもらえた。

 

 結果。聞けば大事故のように思えるこの一件は、何の問題もなく片付いたのである。

 

 「あーあ、早く帰りてえ……」

 

 ベッドの上でブツブツと文句を言っていると、ちょうど見舞いに来ていた母親が呆れたようにして言った。

 

 「ちゃんと寝ときなさいよ。明日も検査でしょ」

 

 「別に平気だよ。どこも痛くないし」

 

 とは言っても、入院は既に決められてしまった事なので帰りたくても帰れない。

 今日一日はこの個室で、苦手な病院食と凄まじく退屈な時間に耐えるしかないのだ。

 

 「他に何か持って来て欲しい物とかある?」

 

 「いや、もう平気」

 

 「明日朝十時に迎えに来るから。支度だけはしといてね」

 

 「うぃー」

 

 とりあえず携帯だけは持って来てもらったから、なんとか退屈しないで済みそうだ。この際パソコンで出来ない事には目を瞑ろう。

 俺はベッドに寝そべりながら、いつも通り『艦これ』を起動しようとした。

 

 しかし……。

 

 「あれ、艦これがない。なんで?」

 

 ホーム画面に登録してあるはずの艦これが、いつの間にか消えて無くなっていた。

 仕方なくDMMのページから飛んでログインしようとするも、どういうわけか『艦これ』というワードが見当たらない。

 頭の中に疑問符を量産しつつも、俺はネットで『艦これ』と検索をかけた。

 

 「……は? どゆことこれ」

 

 検索した結果。

 画面に表示されたのは『艦これ』に一致するウェブページは見つかりませんでしたという、意味不明な文字の羅列だった。

 

 「いや、おかしいだろ。意味分からないんだが」

 

 イライラしながら、仕方なく別のワードで検索をかけることにした。

 検索したワードは『艦これ 叢雲』。

 叢雲とは、ゲーム内に登場するキャラクターの1人で、俺が最も信頼を寄せるキャラクターだ。普通の検索結果であれば、叢雲というキャラクターの情報が細かく載せられたサイトが、一番上に出てくるはず。

 

 だが、現実はそうじゃなかった。

 

 叢雲は叢雲でも、俺の知る叢雲が表示されない。試しに他のキャラクターで検索をかけても、結果は同じだった。

 俺はとうとう携帯を操作する事を止めた。

 

 「死ねよクソが。意味分かんねーな」

 

 思わず暴言を吐いてしまったが、どうか許して欲しい。それだけ俺は『艦これ』にハマっているのだ。

 

 「はぁ……なんなんだまじで……」

 

 俺は枕元にあったリモコンに手を伸ばし、テレビをつけた。時間は夜の七時前。時間も時間だからニュース番組ばかりだろうけど、つけないよりはマシだった。

 案の定、画面ではニュースキャスターが深刻そうな表情で喋っている。

 

 『本日未明。日本の排他的経済水域内で、またしても()()()()の姿が観測されました』

 

 「……ん?」

 

 『戦闘にまでは及んでいないものの、政府は今後とも、国民の不用意な海岸への接近に注意を呼びかけるとして——」

 

 残念ながらそれ以上、このキャスターが何を言っているのか耳に入ってこなかった。

 心臓がドクンと一気に脈打ち始める。脳味噌はこれまで生きてきた中でも、一番じゃないかってぐらいフル稼働して、ありとあらゆる思考を張り巡らせていく。

 本日の日付は八月の二十四日。タチの悪いエイプリルフール、でもない。そもそもエイプリルフールであっても、テレビで嘘の報道をするはずがなかった。

 

 ではなにか?

 俺の耳がいかれてなければ、あのキャスターは確かに深海棲艦(しんかいせいかん)と、そう言っていたように聞こえたんだが。

 そして今もテレビに映っている()()がどうのこうのっていう文字の羅列はなに? 

 

 「いやいやいやいや、待って。どゆこと……?」

 

 一先ず冷静さを保つ手段として、指で頬をつねってみた。かなり強く引っ張ったせいか、ズキズキと頬が痛む。これでこの状況は夢じゃないって事が証明された。

 次に俺は、放り投げた携帯で『深海棲艦』と、ネットで検索をかけた。

 すると今度は、深海棲艦に関するニュースやら何やらが、たくさん画面に表示された。 

 

 「まじかよ……まじか……」

 

 数分間、俺の頭の中は活動を停止したままだった。まともに頭が働くようになるまで、十分以上はかかった気がする。

 やっと働くなるようになった頭で、なんとか状況を理解した。

 

 つまり、俺が今陥っているこの状況は。

 

 「これまじで夢じゃないのか……まじかよ」

 

 この日、何度目かの「まじかよ」を連呼しながら、俺は辛くも一つの結論を導き出す。

 俺はどうやら『艦娘』と『深海棲艦』が、リアルに存在する世界に来てしまったらしい……。

 

 

 

 




こんな感じで進めていこうと思ってます。

なにか不都合がございましたら、ご遠慮なくコメントの方よろしくお願い致します。



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第一章 艦娘との出会い
いざ、非日常の中へ


続きです。

こんな感じで毎日更新していきたい(願望)


 

 『艦娘』と『深海棲艦』がリアルに存在する世界に来てから、早くも数日が経った今日。

 かなり唐突だが、俺はいよいよ本当の非日常の中へと、足を踏み入れようとしている。

 

 「はぁ……流石に緊張するな……」

 

 それもそのはず。目の前に見えるは、以前の俺なら決して縁のない建物。

 その名を()()()という。

 なぜ俺がこんな縁もゆかりもない地にいるのかというと、話は四日前まで遡る。

 

 この世界の情報を大方集め終わった俺は、最後に艦娘とお近付きになれる方法を探っていた。

 せっかくこんな世界に来れたのに、何もしないまま普通の生活を送るなんて、まっぴらごめんだ。そんな思いから、何か方法はないかと探っていたところ。

 

 なんとも驚いた事に、その方法はいとも簡単に見つける事が出来たのだった。

 防衛省が専用のサイトで、深海棲艦と戦うための拠点『鎮守府』で働くための人手を募っており、そこに一連の流れが全て記載されていたのである。

 

 俺はすぐに指示通り必要事項を記入し、最後に書かれていた番号に電話をかけた。そして見知らぬ誰かと言葉を交わし、この日この場所に来いと言われて今に至る。

 最初はあまりの胡散臭さから、流石の俺も冷静だった。具体的には募集に関しての経緯を調べて、周りの友人や家族にも相談したぐらい冷静だった。

 

 しかし、この募集は深海棲艦が現れた四ヶ月前から、防衛省や各鎮守府が行っている公式のもので、友人や家族には周知の事実だった。どうも俺だけが知らなかったらしい。

 

 「ふう……」

 

 約束の時間までは後五分弱といったところか。大きく深呼吸して、再び足を進める。

 正門の前まで近付くと、警備のおじさんが数人。またそれとは別で、門の前に立っているセーラー服姿の女性が見えた。

 俺は「ん?」と思いながらも、手に持った携帯の画面を確認する。

 向こうからの指示だと、案内役として女性が一人来てくれるらしいのだが、もしかしてあの人がそうなのだろうか。

 一見、学生に見えなくもないその姿は、なんだかどこかで見たような格好をしている。やや離れた距離でも分かる、黒の長髪にすらっとした佇まい。メガネをくいっと上げ直す仕草は、いかにも出来る女性って感じだ。少し目線を下にずらせば、あの独特な形状のスカートが目に入る。

 ここまで見て俺は確信した。まさか防衛省の真ん前でコスプレをする猛者もいるまい。

 

 しばらくその場に立ち尽くしていると、メガネの女性は俺の存在に気が付いたのか、こっちを見て頭を下げた。

 

 「あっ……」

 

 すぐに俺も頭を下げる。そして凄まじい緊張を抱えながら、メガネの女性に近付いた。

  

 「あ、あの、電話でこの時間に、来るように言われた、神城(かみしろ)です、けど……」

 

 声が震える。目線は泳ぎまくり、かなり失礼な挨拶になってしまった。

 それでもメガネの女性は、そんな俺に対して特に怒った様子もなく、しっかりと対応してくれた。

 

 「神城さんですね。どうぞ、ご案内致します」

 

 「は、はいっ!」

 

 なんとか平静を装おうとするも、やはりテンションはいつもの何倍も高くなってしまう。

 この声、この姿。二次元の存在をまさかこれ程まで再現するとは。すれ違う人たちと比べて見ても、その存在はどこか違って見えた気がした。

 メガネの女性の後に続いて、こっそり防衛省の内部を見学する気で歩いて行く。

 少し歩いたところで、不意にこちらを振り向くことなく、メガネの女性が話しかけてきた。

 

 「神城さんは、()()というものの存在を信じますか?」

 

 「へ?」

 

 突拍子もない問いかけに、俺は言葉を詰まらせる。

 普通の人が妖精なんて口にしたら、おそらく変人扱いされてしまうだろう。だがこの人が言うと話は違ってくる。

 

 「妖精……そうですね。まあいてもおかしくないとは思います」

 

 少ししてから応えた。

 女性の反応は、先に『妖精』なんてワードを用いて話しかけてきた割にはやけに薄いもので、ただ小さな声で「そうですか」と呟いただけだった。

 

 (あれ、なんか変なこと言ったかな……)

 

 その後は会話らしい会話もなく、黙って目的地へと進む。

 やがてメガネの女性は第一会議室と書かれた部屋の前で止まると、初めてこっちに振り向いた。

 

 「少々お待ち下さい」

 

 そう言って、そのまま部屋の中へと入って行った。

 俺は周りに誰もいない事を確認して、再度深呼吸する。ダメだ、まったく落ち着かない。

 

 すると突然、どこからか誰かの声が聞こえてきた。

 

 「おい、そこの兄ちゃん。うちのこと見えるか?」

 

 「……え?」

 

 てっきり俺が話しかけられたのかと思い、周囲を見回すも人影はない。

 再び自身を落ち着かせるべく、深呼吸に専念する。

 

 「おっ、うちの声が聞こえるのか。こいつはたまげたな」

 

 声の主は楽しそうに喋り続けている。

 俺はこの声がどこから聞こえてくるのか気になった。相変わらず周囲に人影は見えない。

 

 「下だ下。鈍い奴だな」

 

 言われた通りに下を見る。

 そこには確かに『なにか』がいた。そのなにかは、じっと俺の事を見据えている。

 俺はびっくりして思わず飛び上がってしまった。

 

 「わっ……!」

 

 「ははは、面白いな兄ちゃん。もしかしてうちと電話で話したのって兄ちゃんか?」

 

 言われてみれば、この声に聞き覚えがある。

 電話中、やけに馴れ馴れしい奴だなって思ったのだ。その口調から何から、間違いない。

 

 「よ、妖精……」

 

 たとえ初見であっても、今喋っているなにかが『妖精』だと確信できた。

 

 「おうよ!って、うちとは初対面のはずだけどな」

 

 「あ、いや……」

 

 あまりにもじろじろと見てくるので、俺は堪らず視線を逸らした。

 リアルで見ても意外と可愛いと思えるのは、さすが妖精さんと言うべきか。

 

 しばらくして扉が開き、中からメガネの女性が出て来た。

 

 「お待たせしました。どうぞ中へ」

 

 「ほれ、行くぜ兄ちゃん」

 

 妖精はいつの間にか、メガネの女性の肩の上に移動していた。

 結局俺の緊張は少しも和らぐ事なく、二人?に言われるがまま部屋の中へ入ることとなった。

 

 

 部屋の中は文字通り、少し広めの会議室だった。さすが防衛省というだけあって、ただの会議室でも感じる空気はどこか重々しい。

 テーブルの向こう側には、スーツ姿のおじさんが一人だけ、椅子に座って何やら書類に目を通していた。

 

 「お連れしました」

 

 メガネの女性が声をかける。

 男性は「ありがとう」と一言礼を言ってから、俺に椅子に座るよう促した。

 

 「どうぞ、おかけください」

 

 「は、はいっ」

 

 言われた通り椅子に座る。メガネの女性も、男性の隣の席に腰を下ろした。

 まるで面接のような雰囲気だが、あながち間違ってはいない。

 これから始まるであろう問答によって、俺がこの世界で艦娘と関わりを持てるかどうかが決まるのだ。

 相手はスーツ姿のおじさんに、たぶん俺のよく知る艦娘、そして妖精。あまりの緊張で頭の中は真っ白だが、なんとしてもこの場を乗り切らねばならない。

 

 「さて……本日はこの暑い中ご足労いただきまして、ありがとうございます」

 

 一番最初に男性が口を開いた。俺も反射的に頭を下げる。

 

 「私はこの防衛省で、先の深海棲艦に対する作戦指揮・立案等に従事しています、宗川(むねかわ)です。よろしくお願いします」

 

 男性の自己紹介が終わると、間髪を容れずにメガネの女性が名乗った。

 

 「()()です。私も主に艦隊指揮・作戦立案等に従事しています」

 

 そして一礼。俺は内心「やっぱり」と思いつつ、頭を下げた。

 

 (やっぱ大淀さんか……)

 

 最初に彼女を見た時から、薄々勘付いてはいた。

 彼女から発せられる声とその格好を見れば『提督』なら誰だって大淀さんだと気付くと思う。それぐらい、目の前の彼女は大淀さんそのものだった。

 

 「それじゃ、最後にうちだな」

 

 続いてテーブルの上に立つ妖精が、待ってましたと言わんばかりに名乗りを上げた。

 

 「とはいっても、名前はないんだけどな。ま、気軽に『妖精さん』とでも呼んでくれ」

 

 なんとも不思議な光景だ。俺の目の前で、手のひらサイズの人形が喋っている。

 初見では流石に驚いたが、もう慣れた。今の俺の目には可愛い妖精さんとして目に映る。 

 

 「ふむ……どうやら妖精さんとの意思疎通も、問題ないようですね」

 

 唐突に宗川さんが言った。その言葉に大淀さんも頷く。

 

 「では早速、本題に入りましょうか」

 

 宗川さんの表情が、より真剣なものへと変わった。

 俺はいよいよかと思い、緊張しながらも話を聞く事に精神を集中させる。

 

 「神城さんも既にご存知の事とは思いますが、我々は現在、()()のある人間を募っています」

 

 (素質……)

 

 黙って妖精の方に視線をやる。だが視線の先に妖精はいなかった。

 

 「そういうこった。兄ちゃんは合格だよ、合格」

 

 変わりに近くから声がした。いつの間にか妖精は、俺のすぐ近くまで移動していたのだ。

 

 「わっ……!」

 

 思わず身体中がびくっと震えた。そんな俺とは対照的に、妖精はどこか楽し気だ。

 

 「ははは、面白い兄ちゃんだな」

 

 身体中の力が一気に抜けていく。正直、かなり心臓に悪いからやめてほしい。

 

 「妖精さん、話に水を差すのはやめてください」

 

 大淀さんが少し厳しめの口調で言う。

 妖精は「へーい」と気の抜けた返事をして、元いた位置に戻って行った。

 

 「申し訳ありません。いつもはもう少し大人しいのですが……」

 

 「あ、いえ、全然大丈夫です」

 

 びっくりはしたものの、妖精に気に入られるのは悪い事じゃない。

 さっき宗川さんが言ってた素質というのは、おそらくこの妖精に関わる何かだろうし。

 

 「話を戻します」

 

 そう言ってから、再び宗川さんは話始めた。

 

 「先ほど素質と言いましたが、そう大層なものではありません。ここにいる妖精を視認できるか、また話をする事ができるか。これだけです」

 

 「はあ……」

 

 どこかで聞いたような設定だと思った。確かそんな感じの設定をした『艦これ』の創作物があったような気がする。

 

 「ああ、すみません。これだけとは言いましたが、もちろん他にも判断材料はあります。妖精の見える見えないは、あくまでも最低条件です」

 

 あっと言う間もなく部屋の空気が変わる。どうやらここからが本番らしい。

 

 「これから話を進めていく中で、何点か神城さんに確認しておきたいことがあります。今後こちら側で働くために必要なことなので、その際はよく考えてからお応えください」

 

 「は、はいっ」

 

 俺は改めて、現実世界の厳しさを痛感させられた。

 よくある創作物なら、妖精が見えるってだけで『提督街道』まっしぐらのはずなんだけどな……。

 

 



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問われる覚悟

 

 下手な事を口走ってはいけない、と俺は思った。

 こんなところで躓いていたら、せっかく並行世界に来た意味がない。この世界でただ普通の生活を送るぐらいなら、もう一度コンクリの壁の下敷きになって元の世界に戻った方がましだ。今すぐ戻ってまだ開催されているであろう夏イベの続きをやってた方が、充分有意義だと胸を張って言える。

 俺は心の内で自身にそう言い聞かせ、これから始まる話に備えた。決して、決して間抜けな受け答えになってはならない。

 

 最初にこの沈黙を破ったのは宗川さんだった。

 

 「神城さんは現在、大学三年生です。卒業まであと一年以上の時間が残されています。ですがこちら側で働く以上、当然大学はやめてもらわねばなりません。それでも構いませんか?」

 

 「は、はい。大丈夫です」

 

 即答した。これに関しては数日前から覚悟してたし、今更なんの問題もなかった。

 宗川さんの表情が少しだけ険しくなる。

 

 「ありがとうございます。残念ながらこの国が今置かれている状況は、テレビや新聞で報道されているほど決してよいものとは言えません。素質があるとはいえ、一般市民の中から人手を募らねばならないほどに」

 

 またしても現実を突きつけられる。宗川さんは続けて言った。

 

 「確かに神城さんのような、素質のある方が名乗りを上げてくれるのは喜ばしいことなのですが……もしこちら側で働くことになれば、これまでのような日常は送れなくなるやもしれません」

 

 「これまでの……」

 

 「はい。そこで一つ確認しておきます」

 

 さっきよりも真剣な顔つきに変わる宗川さん。俺はごくりと唾を飲み込んだ。

 

 「それでも、神城さんの()()に変わりはありませんか?」

 

 しばしの沈黙。

 今度は即答できなかった。いや、即答できる空気ではなかった、と言った方が正しい。

 この状況、明らかに問われていた。俺がこの先、本当にやっていける人間なのかどうかを。

 言うまでもないことだが、現実はゲームのように甘くはない。それでも自分に妖精を視認できる素質があるのなら、少しは自分にもアニメの主人公のような補正がかかってるのかもしれない、そう楽観視していた。

 万が一俺の持つ『艦これ』の知識が役に立たなくなった場合を考えると、少し怖くもなったがそんなのは二の次だった。とりあえず俺がこの世界でできること、それを確認するためにここへ来たのだから。

  

 「大丈夫だ兄ちゃん」

 

 それまで静かにしていた妖精が、不意に口を開いた。

 

 「隠してるつもりだろうが、うちにはわかるぜ。兄ちゃんは他の人間とは少し違うってな」

 

 小さな妖精の目がまっすぐに俺を捉えていた。思わず痒くもない頬に爪を立てる。

 

 「へへっ、妖精の勘てやつだ。気にしないでくれ」 

 

 宗川さんと大淀さんも、その瞬間は黙って妖精に視線を集中していた。

 どうやら妖精は、俺がこの世界の人間じゃないことすら気付いているらしい。妖精さん、恐るべし。

 俺は再び宗川さんと目を合わし、できる限り力を込めて返答した。

 

 「はい。変わらないです」

 

 また部屋の中が静かになる。妖精だけが「そうこなくっちゃ」と楽しそうに笑っていた。

 

 「……わかりました。話を戻します」

 

 少ししてから、宗川さんまた真面目な口調で話し始めた。だが心なしか、さっきより表情が柔らかくなった気がする。

 俺はバレない程度に深呼吸して、それから話に集中した。

 

 「我々が素質のある人間を募っていると言う話は、先ほどから再三してきましたね」

 

 「は、はい」

 

 いわゆる「はいはい」マシーンと化す。緊張で震える声は無視。

 

 「その中でも、特に我々が募っているのが『提督』と呼ばれる艦娘を指揮する人物です」

 

 提督というワードに、自然と体がびくっと反応する。俺はわざと問い返すようにして小さく呟いた。

 

 「指揮……?」

 

 宗川さんが頷く。

 

 「テレビや新聞では情報規制のため報道されていませんが、艦娘は『提督』の指揮の下で、日々深海棲艦と戦っているのです」

 

 なるほど。だから深海棲艦のニュースは簡単に見つかっても、艦娘のことに触れてるものはほとんど見当たらなかったのか。

 俺は心の中で納得した。

 

 「ところで神城さんは、艦娘についてどこまで理解していますか?」

 

 「えっ……」

 

 不意打ちに近しい台詞が飛んでくる。こういった面接の場において「えっ」なんて聞き返しは、ご法度だというのに。

 

 (でも流石に全部知ってますよ、とは言えないよな……)

 

 脳内で自問自答の作業に入る。ここは慎重に応えを選ばねばならない局面だ。

 

 しかしそれでも困った。

 

 この世界の艦娘は情報規制のせいで、自衛隊に属する深海棲艦にやたら強い部隊、とでしか一般的に認知されていないのだ。そのため、艦娘という名の由来さえわからない人が大半であった。

 俺はどう返せばいいのか迷ってしまう。ここで俺の知る艦娘の知識を披露するのも悪くないが、もしゲームと現実で差異があった場合、収拾がつかなくなる恐れがある。それに悲しいことに、俺にそんな度胸はなかった。

 仕方ないので、この世界における知識の範囲で応えることにした。

 

 「自衛隊の中の一部隊ってことは聞いたんですけど……それ以上はわかんないです」

 

 「確かに。世間一般的にはその認識が正しい」

 

 宗川さんは「ですが」と続けた。

 

 「信じられないでしょうが、艦娘は普通の人とは少し異なる人員で構成されています」

 

 ここで彼は初めて大淀さんの方を見た。まるでそれが合図かのように、大淀さんが口を開く。

 

 「改めまして、()()()()()()の大淀です。よろしくお願いします」

 

 そう言って頭を下げる大淀さん。俺も慌てて頭を下げた。

 

 「彼女もまた艦娘の一人です。艦種は軽巡洋艦」

 

 横から宗川さんが説明してくれる。加えて、衝撃的なことを言ってのけた。

 

 「艦娘とは、読んで字のごとく。艦の力を秘めた人間、そういう意味でつけられました」

 

 いや、まあ存じ上げておりますとも。言わないけど。

 

 「艦娘は深海棲艦や妖精と同様、ある日突然現れました。理由は未だわかっていません」

 

 俺は無言で首を縦に振る。

 

 「深海棲艦相手に我々の持つ兵器では、決定的なダメージは与えられませんでした。現状、艦娘だけが奴らに対抗しうる唯一の存在です」

 

 (へえ……)

 

 これも創作物ではよくある設定だった。それにしても、こんな話他の人が聞いても意味不明だろうな。

 すると彼は大淀さんに目線を移した。

 

 「とはいえ、実際に目で見ないことには実感も湧かないでしょう。大淀」

 

 「はい」

 

 大淀さんは席から立つと、少し離れた位置に移動した。そして目の前の何もない空間に手をかざす。

 その直後。

 彼女の左腕から、灰色っぽい色をした()()()が出現した。

 

 「えっ……?」

 

 これには俺も目を丸くした。

 それまで何も持ってなかったはずの手に、確かに握られている鉄の塊。中央から伸びる二本の棒は、その真ん中に穴が空いていて、なにかを射出するにはぴったりの形状となっていた。

 

 「これが艤装です。今は海上ではないので、全ては顕現できませんが……」

 

 と大淀さん。俺は興奮と驚きの面持ちで艤装を眺めていた。

 艤装。それは艦娘が艦娘たりうるものの呼称。艦娘は自身の艤装を駆使して深海棲艦と戦う。

 俺の目に映るそれは、確かに大淀さんの持つ主砲であった。

 

 「どうでしょう。彼女が艦娘だとわかっていただけましたか?」

 

 「あ、はい」

 

 「それはよかった」

 

 そりゃあね。眼前であんなことされたら、誰だって否が応でも信じるしかなくなるってもんだ。

 

 「少し話を戻しますが、我々は大淀たち艦娘の力を借りて深海棲艦と戦っています。にもかかわらず、戦況はそれほど思わしくない」

 

 「……」

 

 「それはなぜか。艦娘を正しい方向へと導く事ができる指揮官が不足しているからです」

 

 要するに、俺のよく知る『提督』が足りないってわけだ。

 だが本当に、そんな一般人から募らねばならないほど足りないのだろうか?

 この国には元の世界と同じく、自衛隊という組織がある。別に一般人から集めなくとも、自衛隊だけでなんとかならないものなのか。

 さりげなく宗川さんに質問してみると、あっさり首を振られてしまった。

 

 「当然、最重要事項は深海棲艦の排除です。しかし、それだけに集中し過ぎては他が疎かになってしまいます。誠に残念ながら、問題は深海棲艦だけではないのです」

 

 現実世界の厳しさを突きつけられる大学生。己の勉強不足を露呈する羽目になってしまった。

 

 「もちろん、我々も全力を尽くしてはいます。ただ先ほども言ったように人数が足りないのです。艦娘を正しく導くことのできる人間が」

 

 「案外いないもんなんだよなー。うちらが見える人間てさ」

 

 横から妖精が、やれやれといった口調で口を挟んだ。

 

 「兄ちゃんみたいに話までできる奴は特に珍しい。よほどメルヘンチックな性格をしてるのか、それともただ単純なのか……」

 

 ふん、余計なお世話だ。視線を宗川さんに戻す。

 

 「残念なことに、妖精の言う通りです。おそらく神城さんには、ゆくゆくは『提督』として艦娘を導いてもらうことになると思います」

 

 (まじかよ……)

 

 思わず息を呑んだ。尚も話は続く。

 

 「さて、そこで最後の確認です。以上の話を踏まえて、それでも決意に変わりはありませんか?」

 

 少しだけ考えた。といっても、時間ではほんの一瞬だ。

 こんなの訊かれるまでもない。大淀さんの艤装と妖精の後押しを受けてからは、緊張はしてるものの不思議と強気でいられた。

 

 「はい、大丈夫です!」

 

 放たれた言葉は、今日一番の力強さを誇っていた。

 

 

 

 

 

 




書き終わってから色々と不備が見つかるのどうにかしたい(切実)

それと未だに大淀さんしか艦娘登場させられなくてごめんなさい・・・


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とりあえず次には繋がりました

 

 「ふう……」

 

 第一会議室を出た俺は、それまで溜まっていた諸々を吐き出すように、静かに大きく息を吐いた。 

 なんとか次へ繋げることができたという安心感と、凄まじい緊張の反動による倦怠感で、心は落ち着いても体は妙に重い。たかが二時間ほど話をしただけで、こんなにも疲労が溜まるなんて。

 

 「でかいため息だな。もっと喜んだらどうだ?」

 

 足元から声が聞こえる。一緒になって部屋から出てきた妖精の声だ。

 

 「うちは嬉しいよ。これから兄ちゃんと仲良くやっていけると思うと」

 

 ひたすら一人で喋り続ける妖精。そのちっぽけな図体で、よくそんな大きな声が出せるなと感心してしまう。

 

 「なんだよ、つれないなあ」

 

 俺の態度が気に障ったのか、妖精がむっとした様相の声をあげる。

 

 次の瞬間。

 

 妖精はそれまで立っていた床から、空中に飛び上がった。

 

 「わっ……!」

 

 驚いて後ろへ退くも、視界に妖精の姿は確認できない。

 まさか妖精にここまで機敏な動きができたとは。あの形でこの俊敏さは反則だろう。

 

 「悪いな兄ちゃん、肩貸してもらうぜ」

 

 いきなり耳元から声がした。次いで肩になにかが触れる感触。

 

 「っ?!」

 

 ギリギリ声には出さなかったものの、心の中では盛大に悲鳴をあげる大学生。

 さっきよりも体全体がびくっと震えた。

 

 「ははは、いい眺めだ。兄ちゃん背高いな」

 

 未だ呆然としている俺とは裏腹に、楽しげに辺りを見回す妖精。一旦意識すると肩の上の感覚が妖精が動く度に変化して、微妙なくすぐったさを覚える。

 

 「そら、行った行った。門まで送ってやるよ」

 

 どうやらこのまま進めと、そういうことらしい。

 

 (まじかよ……)

 

 妖精の動く気配はない。このまま行くしかないようだ。

 俺はしぶしぶと、どこかぎこちない足取りで歩き始めた。

 

 ガチャ。

 

 と、歩き出した途端、背後で扉の開く音が耳に入った。その音を聞いて瞬間的に振り返る。

 出てきた人物は大淀さんであった。

 

 「あっ……」

 

 思わず声が漏れる。既に振り返ってしまったため、帰ろうにも帰れなくなってしまった。

 大淀さんと目が合う。彼女は頭を下げてから、こっちに歩み寄った。

 

 「へへ、まさか大淀と同じ目線で話せる日が来るとはな。いい気分だ」

 

 と妖精。

 大淀さんは一瞬妖精に目を向けるも、すぐに俺を見て言った。

 

 「先ほどはお疲れさまでした」

 

 「あ、いえ……」

 

 反射的に頭を下げる。目と目を合わせて会話するのは当然の礼儀だが、今の俺にはとてもできそうにない。

 ちなみに、これを世間一般ではコミュ障と呼ぶ。

 

 「よっ、大淀」

 

 妖精が話しかける。そんな妖精に対し、大淀さんはやや呆れたような表情を浮かべた。

 

 「随分と気に入られてしまったようですね」

 

 「あ、まあ……」

 

 気に入られるのは嬉しいけど、人をびっくりさせるのは勘弁してほしい。心臓に悪すぎる。

 最初は俺がびびり過ぎなだけという線も考えた。でもどう考えも、妖精なんて非現実的な生物が急に肩の上に現れたら、誰だってひっくり返るという結論に至った。

 

 「初めてです。妖精さんがここまで人と関わろうとするのは」

 

 「はあ……」

 

 若干複雑な気持ちになりながら苦笑い。

 大淀さんの台詞に、妖精が反論じみた口調で言う。

 

 「別にそんなことはない。うちと気の合う人間が少ないってだけさ」

 

 「神城さんとは気が合ったと?」

 

 「まあな」

 

 妖精は自信ありげに応えた。

 でも正直、なんでこんなに気に入られてるか未だに謎である。

 

 「……そうですか」

 

 少しして大淀さんが呟いた。心なしか、今までよりも言葉に暖かさを感じる。

 再度、彼女の視線が俺に移った。

 

 「門までお送りします」

 

 「え?あ、いや、ここで大丈夫ですよ!」

 

 「そうもいきません。私は妖精さんが暴走しないよう、見張り役の任を仰せつかっていますので」

 

 台詞と共に、メガネをくいっと上げ直す大淀さん。耳元で妖精の「暴走ってなんだよ」という不満そうな声が聞こえてくる。

 大淀さんは気にする様子もなく続けた。

 

 「神城さんも、先ほどの話でなにか訊いておきたいことがあればどうぞ。私でよければお答えしますよ」

 

 「あっ……ありがとうございます」

 

 正門までの短い距離の中、俺は大淀さんの申し出に素直に甘えることにした。とはいっても、なにを訊こうまだ決めてないのだが。

 俺は頭の中で先の話を思い返した。

 知りたいことは山ほどある。俺の持つ『艦これ』の知識と、この世界の事情にどこまで差異があるのか、とか。

 だが今それを口にしたら色々とややこしくなりそうだ。今はまだ口にすべき時じゃないだろう。

 

 (うーん、なに訊こうかな……)

 

 なにも思いつかない。どこまで訊いていいのか、そのさじ加減が難しくて言葉が出てこない。

 せっかく大淀さんと話ができる貴重な時間だというのに、やはり俺はコミュ障なのか。断じて認めたくないけど。 

 

 「あ、あの」

 

 半ばやけくそ気味に声を発した。別段、訊きたいことがあるわけでもないのに。

 

 「はい、なんでしょう」

 

 大淀さんの歩くペースが少し遅くなる。ちゃんと俺の話を聞こうとする姿勢が伺えて、少し嬉しくなった。

 

 「えっと、さっきの艤装……で合ってましたっけ」

 

 「ええ」

 

 「あれってどうやって出したんですか……?」

 

 これはもっともな疑問だろう。特におかしな質問でもないはず。

 少ししてから応えが返ってきた。

 

 「詳しく説明すると長くなってしまうのですが……簡単に言うと、あの艤装も私自身なんです。普段は自身の内側にしまっていて、出撃時になると先ほどのように外側へ顕現させます」

 

 要するにこの世界の艦娘は、艤装を自由に出し入れできるってことか。便利だな。

 

 「ただ海上でないと全ては顕現できないので、先ほど神城さんにお見せできた艤装は、全体のほんの一部にすぎません」

 

 「あー、主砲だけでしたもんね」

 

 「おや、よくお分かりになりましたね。あれが主砲だと」

 

 心底意外そうな声をあげる大淀さん。歩くペースがさらに遅くなった。

 

 「あ、いや、なんか真ん中に穴が空いてたんで……なんとなくそう思っただけです」

 

 「……なるほど。中々の洞察力ですね」

 

 やった、大淀さんに褒められた。これは素直に喜んでおこう。

 

 「なんだ兄ちゃん、案外博識じゃないか。やっぱただの素人ってわけでもなさそうだな」

 

 妖精の視線が突き刺さる。大淀さんも少しだけこっちに振り向いた。

 当の俺はというと、とりあえず頭を掻いて知らないふり。

 

 「うちの勘は結構当たるんだぜ?なあ大淀」

 

 「否定はしません」

 

 後ろからでも、大淀さんがメガネを上げ直したのがわかった。

 妖精が意味深に俺の肩をぽんぽんと叩く。

 

 「いや……」

 

 この二人、妙に連携がとれてないか。そのうち何も言わなくても、この世界の人間じゃないことがバレそうで怖い。まあ隠してるわけでもないし、別にバレても問題ないのだが。

 そう開き直っているうちに、冷房の効いた心地よい空気から、むわっとした空気に一変した。

 九月に入ったとはいえ、まだまだ残暑の厳しさを感じる。空を見上げると、陽もまだまだ沈みそうになかった。

 これからこの暑さの中帰るのかと思うと、自然と気分が落ち込んでしまう。でも早いところ帰って、今日のことを両親にも話さなければ。

 そのまま重い足取りで、防衛省の敷地から外へ出る。俺は改めて大淀さんに頭を下げた。

 

 「では四日後に」

 

 「はい、失礼します」

 

 次ここへ来るのは四日後だ。宗川さん曰く、その日に色々と詳しい説明の場を設けてくれるらしい。

 ちらっと肩の上の妖精に目をやる。早くどいてくれという意を込めて。

 やがてそれが伝わったのか、妖精は軽快な動きで大淀さんの肩の上に跳ねてみせた。

 

 「またな兄ちゃん」

 

 俺は妖精にも、感心半分呆れ半分といった具合でついでに一礼する。そして早々に人生初の防衛省を後にした。

 

 

 

 




テンポ悪くてごめんなさい()



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チュートリアル

 

 四日後。

 俺はより詳細な『リアル艦これ』事情を聞くために、再び防衛省を訪れていた。

 

 「ふむふむ……あなたが新しい()()さんですか」

 

 机の上を行ったり来たりしながら、目の前の妖精が口を開いた。同時にまるで品定めをするかのような目線を向けてくる。たとえ身体は小さくても、その目線は異様に鋭い。

 

 「いえ、正確には提督ではありません」

 

 横から大淀さんが訂正するようにして言う。

 

 「最初は補佐官として、既に着任されている提督の補佐をしてもらいます。神城さんご自身が提督として着任するのは、まだ当分先の話です」

 

 「おや、そうでしたか」

 

 だがそんな二人のやり取りは、あまり耳に入ってこなかった。この妖精が手元から吊るしている()()()に、自然と目が惹きつけられたからである。

 

 (なんだあれ……猫?)

 

 目を凝らして見ると、そのなにかは猫のぬいぐるみのようだった。全体的にのぺっとしており、妖精が歩くたびに身体中がぶらんぶらんと揺れている。

 妖精自体は茶髪のおさげを黄色いリボンで留めていて、若葉マークの描かれた白い帽子とセーラー服姿が妙に凛々しい。

 俺にはこの妖精の風貌に見覚えがあった。

 妖精は目先に立ち止まると、ぺこりと一礼した。

 

 「初めまして。私これから着任される提督さん方に、提督業について色々と教授しております。名前は……まあ気軽に妖精さんとでもお呼びください」

 

 「あ、初めまして……神城信吾です」

 

 次いで頭を下げる。「名前は」の後で少し言い淀んだ気がしたが、そこを突っ込む勇気はない。

 ふと妖精は悪戯な笑みを浮かべた。

 

 「なるほど。面白い方だという話は本当だったみたいですね」

 

 「へっ?」

 

 「ああ、こちらの話です。お気になさらず」

 

 やけに含みのある言い方をする。そう言われると逆に気になって仕方がない。

 妖精はこほん、と咳払いをしてから続けた。

 

 「さて。それでは早速、チュートリアルを始めましょうか」

 

 「……チュートリアル?」

 

 思わず呟くように聞き返した。

 まさか彼女の口から、その言葉を耳にすることになるとは。確かに艦これでは彼女がその役を担っていた。この世界でもそれは変わらないということなのか。

 すると妖精が首を傾げながら言った。

 

 「?もしかして余計なお世話でしたか?」

 

 「あ、いや、そんなことないですよ!」

 

 慌てて首を横に振る。予想外の台詞に、大淀さんは怪訝そうな表情をした。

 

 「どういう意味ですか?」

 

 「いえ、別に深い意味はありません。ただの戯れですよ」

 

 「戯れ……?」

 

 「はい。なんとなく彼の顔に、そう書いてある気がしたので」

 

 二人の視線が集中する。俺は肩をすくめた。

 それにしても、ただの戯れなんかで確信をついてくる妖精さん。恐るべし。

 

 「ところで、もう一人の提督さんはまだ来られないのですか?」

 

 妖精が大淀さんに訊く。大淀さんは時間を確認してから応えた。

 

 「それが、会議が少し長引いているようでして……終わるまでもうしばらくかかりそうです」

 

 本来であればここに現役の提督さんが来てくれるはずが、会議の影響で遅れるとのことであった。

 

 「了解しました。まあ彼がいなくても、別段問題はありません」

 

 「……」

 

 意外と辛口な妖精さん。

 大淀さんは無言でメガネに手をやった。どうやら否定はしないご様子。

 

 「では彼が来る前に、チュートリアルを終わらせましょうか」

 

 これには大淀さんも頷いて、手に持った紙を数枚俺の目の前に置いた。

 

 「どうぞ」

 

 「あっ、ありがとうございます」

 

 早速置かれた紙に目をやる。一番最初に表紙の『作戦要綱』という文字が目に入った。

 

 「まず第一に、艦娘と深海棲艦についてです。さすがに名前はご存知ですよね?」

 

 「あ、はい。一応……」

 

 知ってるといえば知っているが、果たして俺の知るものであるかどうか。

 

 「深海棲艦というのは、ある日突如として出現した謎の生命体です。正体は未だに分かっていません」

 

 俺は妖精の話を聞きながら、紙に書かれた文面を黙読した。

 深海棲艦。不意に海の中から現れ、奴らの武装が軍艦のそれと類似していることから、そう名付けられたらしい。紙にはご丁寧に、今まで出現した深海棲艦の種類と特徴まで、細かく記載されている。

 

 (うわ、再現度たっか……)

 

 奴らの見た目は俺の想像以上にエイリアンであった。確かにゲームで登場する奴らの特徴は備わっているのだが、リアルだとそれがずっと異形なものとして目に映る。気味が悪いというか、素直にキモイ。

 対して人型である戦艦や空母は、その外見の再現度には驚かされたものの、瞳に光が全く感じられず、マネキン人形のような印象を受けた。戦艦ル級や空母ヲ級がそれに当たる。

 

 「どうです。気味が悪いでしょう?」

 

 「……そうですね」

 

 苦笑いを浮かべながら返答した。妖精はさらにページをめくるよう促す。

 

 「そんな深海棲艦と日々戦っているのが、艦娘と呼ばれる存在です」

 

 艦娘。それはかつて、日本が所有していた軍艦の魂を秘めた娘たち。艤装と呼ばれる特殊な兵装をまとい、深海棲艦と互角に戦える不思議な存在。以下、艦娘のことがつらつらと詳細に語られている。

 

 (……同じだ。ゲームと)

 

 資料にざっと目を通して、俺は少し安堵した。この世界の艦娘と深海棲艦は、見た目は多少違へどゲームと何ら変わりない。これなら俺の持つ艦これの知識を充分に活かすことができるだろう。

 説明がひと段落して、妖精が俺に訊いてくる。

 

 「どうでしょう。艦娘と深海棲艦のこと、少しは理解できました?」

 

 「まあ……たぶん大丈夫です」

 

 俺はわざと曖昧な感じで返した。

 妖精がくすりとする。

 

 「多分、ですか。本当に面白い方ですね」

 

 (どこが……?)

 

 自分では全くそうは思わないが、目先の妖精はその後のチュートリアルもどこか楽しげだった。

 

 

 



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チュートリアル②

誤字とかないか読み返してたけど、横より縦読みの方が読みやすいなと思いました(小並)


 

 妖精によるチュートリアルは実に分かりやすいもので、提督さんが来る前に、俺はこの世界の艦娘と深海棲艦の知識を大方抑えることができた。

 少なくともこの説明の中では、俺の懸念するゲームとの差異は見当たらなかった。まあもっとも、チュートリアルと言うぐらいなので、本当に基本的なことしか説明されていないのだが。

 例えば、艦娘は軍艦の力を持った存在で、艤装を使って深海棲艦と戦う。その際、提督の存在が必要不可欠で、指揮を執る提督がいなければ艦娘は通常の力を発揮できない。そして彼女らは軍艦と同様、艦種ごとにその役割が異なり、艦娘になってもそれは変わらない。とか。

 一方で深海棲艦は、いつどのように出現するのかは不明。だが一度出現したらどんどん増殖していき、最終的にはその海域を我が物顔で占領するらしい。その上、通常兵器では決定的なダメージは与えられないという、艦これの創作物でよく耳にする設定つき。俺が言うのもなんだが、非常にタチが悪い。

 

 「以上が艦娘と深海棲艦についてです」

 

 妖精の話が終わる。俺は分かったような顔で、何度か頷いてみせた。

 横から大淀さんがフォローしてくれる。

 

 「いきなりこのような話をされても、全てを理解するのは難しいでしょう」

 

 「は、はい」

 

 「ゆっくりで構いません。着任までになんとなく我々や深海棲艦に対して、そのようなイメージを定着していただけたらと思います」

 

 「あっ、分かりました……」

 

 着任と言われて、俺は一つ気になった。俺の着任先は一体どこになるのだろうか。県外は仕方ないにしろ、海外泊地は流石に勘弁してほしいんだけど。

 

 「だいぶ駆け足になってしまいましたが、何か質問があればどうぞ」

 

 と妖精。

 俺は早速、今気になったことを大淀さんに訊いた。

 

 「あの、俺の着任先ってどこになるんでしょうか……?」

 

 俺の問いに、大淀さんはハッキリと返答してくれた。

 

 「予定では第六鎮守府と呼ばれる、つい先日新設されたばかりの鎮守府です」

 

 「第六鎮守府……」

 

 「はい。千葉県の館山に位置しています」

 

 「わっ、結構近いですね」

 

 俺はほっとした。館山の正確な場所までは知らないが、千葉県ならいつでも帰ってこれる。

 そう肩をなでおろした途端、部屋の扉がノックされた。

 なにかを言う前に扉が開く。入ってきたのは全身真っ白な服を着た、見るからに体格のいい男性であった。

 

 「すまない、遅くなった」

 

 彼は暑そうに上着をぱたぱたさせ、扉を閉めた。

 大淀さんはメガネに手をやると、男性に対して鋭い目を向ける。

 

 「随分長い会議でしたね。予定ではもうとっくに終わっているはずですが」

 

 「何事も予定通りとはいかないものだ。きりがないから途中で抜けてきてやった」

 

 男性は「やれやれ」といった口調で喋っていた。見た目の厳つさとは裏腹に、口振りからは意外とフランクさを感じる。

 

 「彼が?」

 

 「ええ。神城信吾さんです」

 

 ため息混じりに頷く大淀さん。俺は反射的に席を立った。

 

 「あっ、神城信吾です。よろしくお願いします」

 

 「第一鎮守府で提督をしてる相浦(あいうら)だ。よろしくな」

 

 相対するとよりいっそう精悍に感じる。俺はかしこまって頭を下げた。

 

 「ああ、そうかしこまらなくていいよ。座ってくれ」

 

 「は、はいっ」

 

 言われた通り座り直す。相浦さんも机を挟んで、俺の向かい側の席に腰を下ろした。

 

 「悪かったね遅れて。本当はもっと早くに来れるはずだったんだが」

 

 「あ、いえ。全然大丈夫です」

 

 むしろ忙しいのにもかかわらず、俺なんかのために貴重な時間を割いてくれて申し訳なく思う。

 

 「おっ、妖精さん」

 

 相浦さんが机の上の妖精を見て言う。妖精はぺこり一礼し、俺にだけ聞こえる程度の声量で呟いた。

 

 「見た目はああでも、我々を『妖精さん』と呼べる程度の愛嬌は持ち合わせてるんですよね」

 

 「……」

 

 これに関しては完全にスルー。この妖精、可愛い形をしてても言うことは全て直球勝負だから怖い。

 相浦さんの視線が戻る。

 

 「神城君は妖精さんと、ちゃんとした会話ができるらしいね」

 

 「あ、はい」

 

 「驚いたよ。俺の周りでは見える奴ですら少ないってのに」

 

 俺は前会った妖精が言ってたことを思い出した。確かにそのようなことを言ってた気がする。

 

 「まあ、我々妖精は人の心に敏感ですからね。見えない人間はそれだけ心が毒されてるってことでしょう」

 

 妖精が付け加えるように言った。相変わらずの辛口である。

 しかしこれで、見える人間と見えない人間の差は理解できた。だから前会った妖精も目の前の彼女も、俺がこの世界の人間じゃないことを薄々感じ取れたんだ。

 相浦さんは再び目の前の妖精に目をやった。

 

 「会話できる人間はもっと少ない。俺も一応できるんだが、彼らの言葉はどうも片言のように聞こえてね。恥ずかしながら完璧ではないんだ」

 

 「そ、そうなんですか……」

 

 これはどう捉えればいいのだろうか。会話できることを素直に喜べばいいのか、それとも。

 

 「貴方はそれだけ単純な人間だということですよ」

 

 三たび妖精さんの辛口コメントが突き刺さる。明らかに俺に対しての台詞だ。

 

 「私たち妖精の存在を信じて疑わない。こうして平然と言葉を発していることすらも、当たり前のように受け入れる。そんな人間は希少種です」

 

 (希少種って……)

 

 遠回しに馬鹿にされたような気がした。だがそれも、相浦さんの話でプラマイゼロになる。

 

 「この人手不足の中で君のような人間が名乗りを上げてくれるのは、我々としても非常にありがたい」

 

 「あ、いえ……」

 

 「しかし君はまだ大学生だ。素質があるとはいえ、何も無理してこちら側へ来る必要はない」

 

 相浦さんの表情が険しいものへと変わる。

 

 「私が言うのもなんだが、提督業ってのは君の想像以上に厳しいぞ。特に精神的にな」

 

 「提督業ではありません。補佐官です」

 

 不意にそれまで無言だった大淀さんの、鋭いツッコミが入った。メガネをくいっとやる姿が流石によく似合う。

 

 「そ、そうだったな。だがいずれ、彼も提督として着任するんだろう?」

 

 「ええ。まだ当分先の話ですが」

 

 「なら今のうちに、この仕事の厳しさというのをだな……」

 

 「余計なことはしないでください。威圧的な話し方も控えるようお願いします」

 

 大淀さんはぴしゃりと言い放った。この感じだと、怒らせたら怖いのは大淀さんで間違いないなさそうだ。

 その証拠に、相浦さんの表情から険しさが消えている。

 

 「す、すまん。君の覚悟は既に宗川さんから聞いてるよ」

 

 「あっ……はい」

 

 覚悟。そんな大層なものでもないけど、俺の持つ知識を少しでも役立てたいって思いは今も変わらない。

 相浦さんは少し間を置いて、続けた。

 

 「これからよろしく頼む。何か困ったことがあれば遠慮なく言ってくれな」

 

 「あ、ありがとうございます!」

 

 と、いい感じの雰囲気が流れているところに、大淀さんが横から口を開く。

 

 「相浦提督、神城さんの着任先は第六鎮守府です」

 

 「……えっ?」

 

 しーんと静まり返る室内。

 俺は相浦さんと大淀さんの両方に、視線を行き来させた。相浦さんの様子から察するに、どうやら自分の下に来るものだと思ってたらしい。

 大淀さんはさらに言う。

 

 「あなたに補佐官は必要ないでしょう。それに第六鎮守府の方が、仕事量も少なくて済みます」

 

 「いや、それはそうだが……神城君のためを思うなら、忙しい場所に身を置いてこそ——」

 

 「既に決まったことですので」

 

 「あっ、はい」

 

 なんとも面白い光景である。大淀さんに頭が上がらない相浦さんも面白いけど、こうやって俺の目の前で、実際の提督と艦娘のやり取りが行われていると思うと、なんか感慨深いものがある。

 相浦さんは開き直ったようにして、俺に言った。

 

 「と、いうわけだ。頑張ってくれ神城君」

 

 「あ、ありがとうございます……」

 

 とりあえずお礼を言っておく。

 俺は第六鎮守府の提督も、相浦さんみたいな人がいいなと思った。見た目が厳ついかはともかく、人としてしっかりしてるって意味で。

 

 

 

 




次の次辺りで着任したい・・・

この見るからにテンポの悪い展開は、作者の文才の問題です。どうかご容赦の方を()


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チュートリアル終了

たぶん縦書きの方が見やすいかも・・・です(定期)


 

 チュートリアルが思いの外早く終わったため、残りの時間は鎮守府への配属手続きに費やされた。

 手続きといってもそう複雑なものではなく、大淀さんから手渡された数枚の書類に、指示通りの内容を記入していくだけの簡単な作業である。それゆえに、俺は相浦さんたちの会話を聞きながら、持参したペンを走らせていた。

 

 「そうか、第六鎮守府か……私が呼ばれたのは、うちに来るからだとばかり思っていたよ」

 

 相浦さんが口惜しそうに呟く。

 

 「神城君のような好青年は、うちではさぞかし人気者になれただろうな」

 

 「は、はあ……」

 

 適当に愛想笑いを浮かべ、相槌を打つ。

 俺はこれを聞いて、着任先が新設されたばかりの鎮守府でよかったと心から思った。確かに艦娘とのコミュニケーションは願ってもないことだが、別に自分は好青年でもないし、人気者になりたいとも思っていない。それにいきなり大所帯に着任とあっては、とてもじゃないが俺の心臓がもたないだろう。

 

 「あなたを呼んだのは、会議でこちらまで赴くと聞いていたからです」

 

 手元の書類に目を向けながら、大淀さんが言った。

 

 「そもそも、なんのために私は呼ばれたんだ?」

 

 根本的な疑問を述べる相浦さん。大淀さんは書類から一旦目を離し、相浦さんに視線を移した。

 

 「これから着任される神城さんに、あなたの口から何かあればと思いまして」

 

 「何かって言われてもな……彼はまだ提督として着任するわけではないんだろう?」

 

 「ええ。ですが現役の提督にしか答えられない疑問や、着任するにあたっての不安もあるでしょう。その点に関しては私や妖精さんが答えるよりも、相浦提督の方が適任だと判断しました」

 

 「……それもそうか」

 

 大淀さんの台詞に、相浦さんは納得したご様子。

 俺自身も聞いてみたいことはあったので、今日ここに相浦さんが来てくれたことには感謝しかない。

 

 「疑問や不安、ですか。あなたからは微塵もそんなもの感じませんけどね」

 

 こう言ったのは妖精さん。相変わらず俺にだけ聞こえる程度の声量で喋っていた。

 

 「ただ単に何も考えてないだけなのか、それとも他に余裕でいられる理由があるのか……」

 

 鋭い。さすが妖精さんと心の中で讃えておこう。

 

 「ぜひあなたとは一度、ゆっくりお話してみたいものです」

 

 望むところだ。もし今後その機会がきたら、遠慮なく疑問をぶつけさせてもらうとしよう。

 含み笑いを浮かべる妖精をよそに、俺はペンを机の上に置いた。あらかた書類の必要事項を記入し終えたので、最後に記入漏れや間違いがないか確認の作業に入る。充分に見直して、それから終わったことを告げた。

 

 「あっ、終わりました」

 

 するとすぐに大淀さんがやってきたので、そのまま書類を手渡した。

 

 「お預かりします」

 

 大淀さんはぱらぱらと書類をめくって、本当に不備がないか確かめていく。それも終わると、書類を丁寧に封筒にしまった。

 

 「お疲れさまでした。これで着任の手続きは完了です」

 

 「は、はいっ」

 

 「次から実際に鎮守府へ赴いてもらって、着任という形になります。かなり急ではありますが、どうかご容赦ください」

 

 「あ、大丈夫です」

 

 俺が頷くと、大淀さんはさらに説明を続けた。

 

 「生活用品や備品類はこちらで手配しますが、他に必要だと思う物がございましたら、当日までにまとめておいてください。一週間後のヒトマルマルマルに、こちらからご自宅までお迎えにあがります」

 

 「あっ、はい。分かりました」

 

 これにも頷いた。いささか待遇が良すぎる気もしたが、やってくれるというのだから素直にお言葉に甘えさせてもらおう。

 

 「私からは以上です」

 

 大淀さんはそう言うと、相浦さんに視線をやった。

 

 「相浦提督からは何かありますか?」

 

 「……そうだな」

 

 少しの間、黙考する相浦さん。やがてまっすぐ俺を見据えて言った。

 

 「私が言うのもなんだが、仕事のことは心配いらない。補佐官といっても、メインは提督のサポートだからな。現地の提督の指示通りに動けばいい」

 

 「は、はい」

 

 「それよりも、まずは艦娘や妖精さんとコミュニケーションを取ることだ。君もいずれ提督になるのなら、これだけは欠かせないぞ」

 

 「コミュニケーション……」

 

 「そうだ。まあ妖精さんと会話のできる君なら、問題ないだろうがな」

 

 「……」

 

 これに関してはすんなり頷けなかった。

 艦娘にもよるだろうが、最初はコミュ障を発揮する可能性が高い。大淀さんには徐々に慣れてきてはいるものの、未だにほとんど目を合わせて話せていないので、たぶん重症である。

 

 「そういえば、第六鎮守府の艦娘は誰がいたんだったか」

 

 相浦さんが大淀さんに訊いた。これは俺もずっと気になっていたことなので、今まで以上に聞き耳をたてる。

 

 「確か別の鎮守府から何人か異動したはずだが」

 

 「はい。今は六人の艦娘が所属しています」

 

 大淀さんは手元の資料を一枚、相浦さんに渡した。

 

 「所属艦娘のリストです」

 

 「ふむ……な、なかなか個性的なメンバーだな」

 

 資料を見終わると、相浦さんは微妙な苦笑いを浮かべた。

 

 「しかしまあ、神城君なら大丈夫だろう。まだ若いしな」

 

 そして最後に、相浦さんは俺を見て「頑張ってくれ」と激励した。

 いったいその資料には、誰の名前が書かれているのやら。一人ぐらい見えないかと思ったが、いかんせん視力の低下が著しい。

 

 「……気になりますか?」

 

 必死に資料に目を向ける俺を見て、大淀さんが訊いてきた。

 

 「え?あ、いえ……」

 

 次にどう答えようか戸惑っている最中、大淀さんは所属艦娘の書かれた資料を差し出した。

 

 「どうぞ。先に名前だけでも把握しておけば、後で顔と一致させるのも少しは楽になるでしょう」

 

 「あっ、ありがとうございます……」

 

 若干躊躇いの素振りを見せてから、差し出された資料を受け取った。

 資料には確かに、第六鎮守府に所属する艦娘の艦種から名前まで、詳細に記載されている。

 

 (うわ、すげえ……)

 

 にやけそうになるのを必死でこらえる。あまり夢中になってしまうと、妖精や大淀さんに怪しまれる恐れがあるので、ぱっと見て資料を返した。

 

 「他に何か訊いておきたいことなどありませんか?」

 

 「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」

 

 とりあえずこの場で得られる情報は全て把握した。まだまだ知りたいことはあるけど、残りはまた機会をうかがってから訊くとしよう。

 

 「では、今日はこれでお開きにましょう」

 

 終わった。それまでの緊張が一気に解かれ、俺は周りに気付かれないよう大きく息を吐いた。

 着任まであと一週間。今の俺には長く感じるが、荷物をまとめたり親に事情を話したりと、やることはそれなりにある。そうだ、あと大学の方もなんとかしなければ。

 俺は持ってきたバッグの中に筆箱を投げ入れ、簡単に帰り支度を整える。それから席を立って頭を下げた。

 

 「今日はありがとうございました」

 

 「いや、礼を言うのはこっちだよ」

 

 と相浦さん。

 

 「人手不足とはいえ、まだ大学生である君をこんな非日常の中に巻き込んでしまったこと、本当に申し訳なく思ってる」

 

 「いえそんな。自分から望んだことなので」

 

 「……すごいな。私なんかよりよほど肝が据わってるよ」

 

 相浦さんが俺を見て、感心したような口振りで言った。大淀さんが部屋の扉を開ける。

 

 「ちなみに神城さんは、私が艦娘だと知っても少しも驚きませんでしたよ」

 

 「ははは、やるな神城君。私はしばらくの間、言葉を失ったというのに」

 

 俺は今回も適当に相槌を打ちながら、部屋から出た。

 

 

 窓の外はまだまだ明るい。今日ここに来たのが昼過ぎぐらいだったので、九月の半ばといえど陽が沈むにはいくらかかかるだろう。携帯で時間を確認すると、チュートリアルが始まってからまだ三時間も経っていなかった。

 ふと前を歩く大淀さんが、相浦さんに訊いた。

 

 「そういえば、会議の方は大丈夫なのですか?」

 

 「代わりを頼んで出てきたからな。問題ない」

 

 相浦さんが断言する。と、そこへ。

 

 「あっ、提督さん!やっと見つけましたよ!」

 

 大淀さんたちのさらに前方から、聞き覚えのある女性の声がした。

 

 「もう、どこ行ってたんですか!いきなり後を頼むだなんて、酷いですよ!」

 

 女性は相浦さんに対し、怒りを爆発させていた。相浦さんがなんとかなだめにかかるも、なかなか収まりそうにない。

 そんな状況下にもかかわらず、俺は怒り狂う女性に目を奪われていた。

 

 (あの人……)

 

 目に入った瞬間、俺は確信した。彼女もまた、大淀さんと同じ艦娘だと。

 声からして間違いないのだが、銀髪のツインテールに、胸の赤いリボンが印象的な正装姿の艦娘といったら、あの人しかいない。

 

 「分かった、私が悪かった。だからこの場はこれで勘弁してくれ、鹿()()

 

 鹿島。無論、俺のよく知る艦娘の一人である。

 それにしても、あの鹿島さんを現実でここまで再現するなんて。この世界の再現度には心底驚かされる。

 

 「まったく……大変だったんですからね?次からはちゃんと、前もって言ってください」

 

 「ああ、すまなかった」

 

 どうやら収拾がついたらしい。この様子だと鹿島さんは、相浦さんの秘書艦で間違いなさそうだ。

 俺と同じように一歩引いたところから、大淀さんが言った。

 

 「気は済みましたか?」

 

 心なしか口振りに威圧感を感じる。大淀さんは無表情だが、肩の上の妖精は見るからに呆れていた。

 

 「あ、すみません。私としたことが……」

 

 「ここは防衛省です。少しは自重してください」

 

 大淀さんはそれ以上は叱責せず、再び歩き始めた。

 

 「神城さん、行きましょう」

 

 「あ、はい」

 

 相浦さんと鹿島さんに一礼して、大淀さんの後に続く。

 後ろから俺が誰なのか、相浦さんに尋ねる鹿島さんの声が聞こえたが、振り返らずに歩いた。

 

 「やれやれ。女性のヒステリーは耳が痛いですね」

 

 二人と充分離れてから、妖精が呆れた口調を崩さず喋った。

 

 「あなたもそう思いませんか?」

 

 「え?あ、いや……」

 

 急に話を振られたので、気の利いた台詞が出てこない。それにあれはヒステリーじゃなくて、単に怒ってただけだろう。

 今度はこちらを振り向くことなく、大淀さんが口を開いた。

 

 「悪い方ではありませんよ。あれでもすごく優秀な艦娘です」

 

 「あっ、そうなんですか」

 

 「……少々お転婆なところが玉に瑕ですが」

 

 しばしの間を置いて、大淀さんは付け加えるように呟いた。妖精も「うんうん」と頷いている。

 どうもこの世界の鹿島さんは、ゲームとはやや性格が異なるみたいだ。それとも元々、鹿島さんはお転婆キャラなのか。この辺りのキャラ設定は、いつか艦これの公式に問い合わせてみたいところである。

 頭の中でそんなことを考えながら、防衛省の正門まで戻ってきた。大淀さんは立ち止まると、俺の方を向いて言った。

 

 「それではまた、一週間後に」

 

 「は、はいっ!」

 

 俺は大淀さんと、ついでに妖精にも頭を下げる。その際、妖精と目が合った。

 

 「次会った時はもっと、あなたのこと教えてもらいますからね」

 

 妖精の目が光る。俺はその台詞に無言のまま頷いて、防衛省を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 




すみません、更新遅くなりました・・・

※主人公の喋り始めに「あ」とか「あっ」が目立ちますが、そういうキャラだと思って目をつむっていただけますと幸いです()


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第二章 元大学生が鎮守府に着任しました
補佐官着任


 

 一週間後。

 俺は家まで迎えに来てくれた車に乗り込み、鎮守府へと出発した。

 

 この世界に来てから早一ヶ月、特に大変な道のりを辿ってきた記憶はないが、いよいよ鎮守府へ着任できると思うとどこか感慨深いものがある。

 

 だが決して、楽観視はしていない。鎮守府に着任するのはあくまでも最低条件であって、ここからがやっとスタートなのだ。俺はまだスタート地点に立ったにすぎない。これから先をどう立ち回るかによって、物事の進み具合が決まってくる。

 

 とりあえず最初は相浦さんに言われた通り、艦娘たちとコミュニケーションを取るところから始めようと思う。もちろん補佐官としての仕事も覚えながらだが。

 俺は頭の中で、第六鎮守府にいる艦娘たちのことを、再度思い浮かべた。

 

 (えっと……漣、不知火、霞、島風、皐月、夕張さん……)

 

 このメンバーに加え、一時的にではあるが明石さんまで異動していると、大淀さんから見せてもらった資料には書いてあった。間違いなくコミュ障を発揮するであろう、豪華なメンバーである。

 

 ここ一週間、彼女たちと会えるのを待ちわびていたが、いざそれが目の前まで近づくと、まともに話せるかどうか不安でしかない。

 あの大淀さんや鹿島さんを見るに、おそらく彼女たちもゲームと近しい姿で再現されていることだろう。そんな彼女たちと相対した時、果たして平静を保っていられるかどうか。

 

 俺はポケットの中の携帯を手に取り、ホーム画面を開く。相変わらず『艦これ』という名のアプリは目に入らなかった。少しぐらいゲーム上の艦娘を見られれば、気も紛れるというのに。

 

 仕方ないので携帯を閉じて、窓の外に目を向けた。なんら元の世界と変わらない東京湾が、水平線の向こうまで広がっている。本当に深海棲艦だなんて物騒なものが、存在してるのかってぐらいに穏やかだ。しかしこの至って平穏な海のどこかでは、実際に深海棲艦と戦ってる艦娘がいる。そう考えると、艦娘と会えることが楽しみだなんて、少し不謹慎な気がした。

 

 (いや、やめよやめよ。こんな時に考えることじゃないわ……)

 

 海を見ていたら何故か気分がブルーになったので、再び携帯を手に持った。とはいっても、艦これ以外に目立ったゲームもなく、適当にSNSを弄ったりする程度。こっちはこっちで艦これをきっかけに知り合った人たちは、初めから知り合ってなかったことになっているため、随分と寂しくなった。

 

 それなりに仲のよかった人も消えてしまったのは、この世界に来て感じたマイナスの部分である。まあ当然といえば当然なので、あまり文句は言えないのだが。

 しばらく携帯に集中していると、車は思っていたよりも早く高速道路から一般道に降りた。徐々に信号待ちが多くなり、少ししてまたスムーズに走るようになる。そこまで進むと周りには背の高い建物は見られなくなっていた。

 

 車は既に目的地の真ん前まで来ていたようで、前の方にはどう見ても周囲の雰囲気とマッチしない、近代的な建物が見える。車はそのまま門の前まで進んで停車した。

 運転手さんに到着を告げられ、俺は充分にお礼を言ってから車を降りる。トランクから持参した荷物を取り出し、改めて鎮守府の方に目を向けた。

 正面に「第六鎮守府」と書かれた看板がかかっている。どうやらここが第六鎮守府で間違いなさそうだ。

 

 「ふう……よし、行くか」

 

 一呼吸置き、出来るだけ緊張を振り払って門の前へ。そして「誰だよお前」と言わんばかりの顔をする警備のおじさんに身分証を見せ、着任の旨を伝える。すると今度はかなり驚いたようで、確認の作業はあっという間に済んだ。

 

 俺は警備のおじさん方に一礼し、鎮守府の敷地内へと足を踏み入れる。が、すぐに足が止まった。

 前方にピンク色の髪をした少女が一人、俺のことをじっと見据えながら立っていたからである。少女は俺と目が合うと、ぺこりと一礼した。

 

 「()()()()()ですね?」

 

 聞き慣れた声で少女が言う。リアルで聞くと見た目の幼さとのギャップが、より大きいものに思えた。

 俺も頭を下げて、少女の問いに頷いた。

 

 「あっ、は、はい。神城信吾です」

 

 動揺しすぎて特に尋ねられてもいない名前まで口にしてしまう。やはり初見で平静を保つのは、俺には無理なようだ。

 しかし少女は全く気にする様子もなく、びしっと敬礼した。

 

 「()()()()()()()()()()()()()です。ご指導ご鞭撻、よろしくです」

 

 「あ、はい。よろしくお願いします」

 

 完璧だ。本当に不知火そのままではないか。一体どうなってるんだよこの世界は。

 心の中で健全な興奮と奮闘しながらも、なんとか顔に出さないよう努める。

 

 「副司令。到着早々で申し訳ないのですが、司令がお待ちしています」

 

 と不知火。俺ははっと我に帰った。

  

 「どうぞこちらへ」 

 

 「あ、はいっ」

 

 そうだ、すっかり忘れていた。まずは提督さんに会って着任の報告をしなければ。

 とりあえず一旦落ち着くために、深呼吸する。まだ他に六人も艦娘がいるというのに、初っ端からこれでは先が思いやられて仕方ない。

 

 「……副司令?」

 

 そんな俺の様子を疑問に思った不知火が、首を傾げて見つめていた。

 

 「あっ、すみません!今行きます!」

 

 結局ちっとも落ち着けないまま、俺は不知火の案内で鎮守府内を進んで行った。

 

 

 不知火の案内で、俺は鎮守府の中を歩いて行く。

 案内といっても特に不知火と言葉を交わすわけではなく、俺も不知火も無言で歩いているのが現状である。本来なら俺から色々と質問したりして、会話を弾ませなければいけないのだが、いかんせんリアル不知火を目の前にしてしまうと、それも難易度が高かった。

 建物の入り口からいくらか歩いたところで、不知火の足が止まる。案の定なんの会話もないまま、提督室までやって来た。

 

 「ここが提督室です」

 

 提督室を前にして、初めて不知火が口を開いた。

 

 「少しお待ちを」

 

 「あ、はい」

 

 そして扉をノックする不知火。すると直ぐに中から「どうぞ」という声が聞こえてきた。

 不知火が先に部屋に入り、俺もその後に続く。

 

 「失礼します。司令、神城副司令をお連れしました」

 

 「……来たか」

 

 司令と呼ばれる男性が、デスクから顔を上げてこっちに視線を移す。

 男性は真っ白な提督服に身を包んでいて、相浦さんほどではないにしろ、それなりにがたいのいい好青年であった。たぶん歳も俺とそこまで変わらないだろう。

 俺はとりあえず安心した。よかった、相浦さんみたいな厳つい人じゃなくて。

 

 「それでは、不知火はこれで」

 

 「ああ、ありがとう」

 

 早々に不知火が提督室を後にする。部屋には俺と提督さんの二人だけになった。

 眼前の男性は扉が閉まると、椅子から立ち上がった。

 

 「さて、まずは自己紹介からしておこうか」

 

 「あ、はいっ」

 

 自然と背筋が伸びる。先に男性から名乗った。

 

 「提督の塚原(つかはら)です。よろしく」

 

 「か、神城です。よろしくお願いします」

 

 俺も遅れて頭を下げる。歳は然程変わらなそうなのに、漂うオーラがまるで違って見えた。

 

 「あー、そんなにかしこまらなくてもいいよ」

 

 塚原さんが手をひらひらさせて言う。

 

 「提督なんて偉そうに名乗ってるけど、単に妖精が見えて多少の意思疎通が図れる。たったこれだけで選ばれた若輩者だからね。歳だって神城君とそう変わらない」

 

 「いや、そんな……」

 

 「本当はもっと階級の高い人間がやるべきなんだが、そういう人間に限って妖精が見えないらしい」

 

 「あ、そうなんですか」

 

 「らしいよ。俺も詳しくは知らんが」

 

 俺は妖精の言葉を思い返す。

 確かに大人は妖精の存在なんて、おいそれと信じないだろうなと思った。あの毒舌な妖精の言葉を借りれば、逆に信じてる奴の方が希少種なのである。

 

 「適当にかけてくれ。色々と説明しなきゃならないこともあるから」

 

 「はい、失礼します」

 

 かしこまって目の前に置かれたソファーに腰を下ろす。塚原さんはデスクの上で何やらごそごそとやっていたが、それも終わると俺の前の席に座った。

 

 「まずは神城君にこれを」

 

 そう言って塚原さんは、手に持った物をテーブルの上に置き始めた。端から免許証サイズの身分証、おそらく寮の鍵、最後に携帯端末が並べられる。

 

 「これが神城君の身分証で、こっちが部屋の鍵だ。寮に制服も用意してある」

 

 「あ、ありがとうございます」

 

 「今日いきなり仕事を手伝ってくれとは言わないから、後でゆっくり身の回りの整理を進めて欲しい。もし生活用品で足りない物があれば、申請してくれれば直ぐ手配する」

 

 「えっ、今日は仕事いいんですか?」

 

 思わず聞き返す。塚原さんは頷いて、

 

 「俺も着任したばかりで、結構ドタバタしててね。恥ずかしい話、まだ神城君に仕事を回せる状態じゃないんだ」

 

 苦笑いを浮かべて喋る塚原さん。

 そういえばこの鎮守府は、新設されたばかりって話だったっけ。今の今まですっかり失念していた。

 

 「だから今日は鎮守府を見て回ったり、艦娘たちに顔見せするなりして時間を潰してもらえると助かる。一応みんなには、神城君のことは今日来ると伝えてあるからな」

 

 「わ、分かりました……」

 

 それから塚原さんは、携帯端末に目を向けた。

 

 「あとこいつも渡しておくよ」

 

 俺も端末に視線をやる。側から見てもごく普通の携帯端末に見えるが、なにかこれを使わなければならない理由でもあるのだろうか。

 疑問に思っていると、塚原さんが説明してくれた。

 

 「この端末は妖精の手が加わってるらしくてな。絶対に外部に情報が漏れない特注品だそうだ」

 

 「あ、妖精の……」

 

 なるほど。妖精が絡んでるとあれば、頷くより他はない。

 

 「だから今後はこの端末を使ってくれ」

 

 「分かりました」

 

 俺は即首肯して、テーブルの上の品々をポケットに突っ込んだ。

 

 「そうだな……あとはここでの仕事内容について、軽く話しておこうか」

 

 塚原さんはしばしの間、黙考してから言った。

 仕事内容。相浦さんは心配ないと言ってたけど、実際の提督の補佐がそんな甘いもののわけがない。せめてド素人の俺でも、ついていける内容ならいいのだが。

 

 「そんな心配しなくてもいいよ。仕事といっても、最初はデスクワークを中心に、徐々に覚えていってもらうから」

 

 不安が顔に出てしまったのか、塚原さんがフランクな口振りで言う。そして「それより」と付け加えた。

 

 「神城君には艦娘の()()()()()()をお願いすることが多くなるかもしれない」

 

 「?メンタルケアですか……?」

 

 聞き慣れない言葉に、俺は首を傾げた。メンタルケアだなんて大層なこと、俺にできるわけないのだが。

 しかし塚原さんは、メンタルケアについて話を続けた。

 

 「要は艦娘たちと真摯に向き合えってことだな。俺も努力はしてるんだが、いかんせん書類仕事のせいで手が回らなくなる時がある」

 

 「は、はい」

 

 視界の隅でデスクを捉える。デスクの上には確かに、遠目からでも分かるほどの書類が積み重ねられていた。それを見ると、やはり現実の提督業はゲームのように甘くはないんだなと実感させられる。現実は画面を前にして、マウスをかちかちやっていれば全部解決というわけにもいかないのだ。

 

 「その時は神城君、艦娘たちの話を聞いてやってくれ。それだけでも彼女らのメンタルケアになる」

 

 塚原さんは真剣だった。

 俺も即答とまではいかないが、塚原さんの目をしっかり見て返答する。

 

 「あっ、はい。俺にできる範囲であれば……」

 

 ここで「任せてください!」と胸を張れない辺り、自身の小心者っぷりを感じた。それでも塚原さんは満足そうだったので、俺はほっと肩をなでおろす。

 と、ここで部屋の扉がノックされた。俺と塚原さんは思わず顔を見合わせる。

 

 「いいタイミングだな」

 

 「ですね」

 

 互いに笑みを浮かべ扉の方を向く。塚原さんが入室を促した。

 すると扉が開いて、これまたド派手な髪色をした少女が入ってくる。

 

 「失礼しまっす!って、ありゃ?もしかしてお話中でした?」

 

 少女は扉を背に立ち止まると、俺と塚原さんとに目線を行き来させた。

 

 「いや、ちょうど終わったところだ」

 

 と塚原さん。

 それを聞いて、少女は塚原さんに歩み寄る。そして手に持った紙を差し出した。

 

 「ならよかったです。出撃の報告書、書き終わったんで持ってきましたぞ」

 

 「うむ、もらおう」

 

 「いやあ、疲れた疲れた。あとお腹減った」

 

 腕をだらんとさせ、いかにも抑揚のない声をあげる少女。

 この少女もまた、俺のよく知る艦娘であった。

 

 「あれ、そういえばこのお兄さんはどなたです?」

 

 少女が塚原さんに訊く。塚原さんは受け取った書類に目を通しながら答えた。

 

 「前から話してただろう。今日、補佐官として着任した神城君だ」

 

 「あー!」

 

 少女ははっとして俺の方を見る。そしてそれまでの抑揚のなさが嘘のように、びしっとした姿勢で敬礼した。

 

 「どうも初めまして!()()()()()()()()です!」

 

 「あっ、初めまして。神城信吾です」

 

 漣の敬礼に、俺も一礼して返す。

 ソファーから立つと漣との身長差が、思っていた以上にあることに驚いた。

 

 「うわっ、背高いですね。巨人か何かですか?」

 

 「いや……」

 

 いきなりよく分からないボケをかましてくる辺り、さすが漣である。ちなみに俺の身長は180ちょっとなので、巨人と呼ばれるにはまだまだ足りない。

 塚原さんが遠征の報告書から目を離す。少しばかり躊躇った後、漣を見て言った。

 

 「漣、もし都合がよければでいいんだが」

 

 「はいはい、なんでしょう」

 

 「神城君に鎮守府を案内してやってくれないか。本当は俺がやるべきなんだが、あいにく今日は立て込んでてな……」

 

 「なんだ、そんなことですか。いいですヨ、任されました!」

 

 漣が胸を張って答える。それから俺の方に向き直った。

 

 「それじゃ行きましょうか」

 

 「うっす」

 

 俺は改めて塚原さんに頭を下げる。そして持ってきた荷物を手に取り、提督室から出た。

 

 

 



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第六鎮守府の艦娘たち

実に三ヶ月ぶりの投稿でございます()

なんでもっと早く更新する気になれなかったのか・・・


 

 提督室から退出し、俺は漣にばれない程度に大きく息を吐いた。それまで詰まっていたものが外へと一気に吐き出され、緊張も少しずつ解れていく。

 

 (あー、めっちゃ緊張した……)

 

 こんなドのつく素人が来て何を言われるか不安だったけど、いい人そうで安心した。歳も近いらしいし、一番心配だった人間関係は問題なさそうだ。

 落ち着いたところで持参した荷物を再び手に取る。それから前に立つ漣へと目を向けた。

 

 「とりあえず歩きますか。適当にぶらぶらする感じで」

 

 「お願いします」

 

 少女相手に敬語もどうかと自分でも思う。しかしながら今俺の目の前にいるのは漣、これは例外だ。いずれもっと砕けて話せる日がくる、そう思いたい。

 漣について歩き、誰もいない廊下を進んでいく。首を上下左右に振り、鎮守府の内部をこうして見渡していると、自分が本当に着任したんだということを実感させられた。

 

 「そういえばお昼って済みました?」

 

 「いえ、まだ食べてないです」

 

 「それじゃあ食堂から案内しますね。ついでにお昼も済ませちゃいましょう!」

 

 携帯で時間を確認すると、ちょうど12時を回ろうとしていた。昼食を済ませるにはいい時間帯である。

 特に拒否する理由もないので、俺は漣と一緒に昼食をとることにした。

 

 「遠征から帰って来てまだ何も食べてなくてですね……もうお腹ペコペコなんですヨ」

 

 「……」

 

 見るからに相当疲れてるご様子。ゲームではいくら遠征を出しても疲労はつかないが、こっちではそうもいかないらしい。一見小さな差異に思えるも、俺にとっては考えさせられる話だった。

 

 (他にも違うとこいっぱいあるんだろうな……)

 

 いや、今考えるのはやめておこう。着任早々暗くては、漣たちにマイナスの印象を与えてしまう。ただでさえ自分でも認めるコミュ障だっていうのに、第一印象が最悪ではこの先やっていける自信がない。

 

 「? どうかしました?」

 

 何も喋らなかったせいか、くるりと身体を回転させ尋ねてくる漣。俺は慌てて首を横に振った。

 

 「あっ、さては……」

 

 すると突然、漣が自身の袖に鼻を当て始めた。右に左に、はたまた髪の毛にまで。

 

 「うーん……もしかして臭います?」

 

 「へ?」

 

 想像の斜め上をいく問いかけに、思わず言葉を詰まらせてしまう。そしてすぐさま再度首を振った。

 

 「そ、そんなことないですよ!」

 

 これは誓って嘘ではない。事実、鼻を通るのは食堂から漂ってくる多種多様な食べ物の香りだけだ。

 

 「ならよかったです。恥ずかしながら、遠征から帰って来てまだお風呂入ってないんですよね」

 

 あははと漣は笑った。

 対して俺はなんていい子なんだと心底感心した。遠征で疲れてるにもかかわらず、嫌な顔一つしないで鎮守府を案内してくれているのだ。漣の性格はゲームや二次創作で把握してはいたが、あくまでもここは三次元。性格の差異も当然検討していた。

 それなのに、まさか容姿だけでなく性格まで完璧に再現するとは、こんな恐ろしい世界があっていいのだろうか。

 

 (ほんとすげえなこの世界……)

 

 感心し尽くしたところで前を歩く漣の足が止まった。眼前には開けた空間と、食堂への入り口である両扉が目に入る。

 

 「ここが食堂です。さ、入りましょう」

 

 「うっす」

 

 食堂へ入るとより一層、空腹感を覚えさせる香りが鼻を突いた。さっきまでそれほど空腹でもなかったのに。

 ちらっと周囲に目をやる。周りには時間も時間だからか、鎮守府の職員らしき人たちで賑わっていた。とはいっても、俺の通っていた大学の食堂とは異なり、混雑とは程遠い人数である。

 そんな場の中で、俺の目は一際目立った外見の少女二人に止まった。

 

 (ん?あれって……)

 

 一人はこの鎮守府で最初に出会った艦娘、不知火だ。不知火は誰かと話をするわけでもなく、黙々と箸を進めている。

 そしてもう一人、こちらの少女も艦娘だろう。近くで見なくとも、俺にはそれが分かった。

 

 「あ、霞ちゃんとぬいぬいだ」

 

 漣が俺と同じ方向を見て言った。

 

 「なんだってあんなに離れて食べてるんですかねえ……一緒に食べればいいのに」

 

 確かにそれは俺も同じことを疑問に思った。が、今はそれよりも、霞という名の少女の方が気になって仕方がない。

 霞も無論、俺のよく知る艦娘。ゲームでは幾度となく世話になった。

 

 (あれが霞か……)

 

 ゲームではあまり気にならなかったものの、リアルで見るとかなり幼く目に映る。小学生と言われても納得するレベルだ。しかしどこか普通の小学生とは違い、妙に落ち着いた雰囲気を漂わせている。

 と、背後で入口の扉が開いた。邪魔にならないよう端の方に避けるも、俺は入ってきた人物を見て驚きのあまり目を丸くした。

 

 「あっ、漣!もう、どこ行ってたのさー」

 

 「おお、さつきちさんや。グッドタイミングですぞ」

 

 「ん?なにが?」

 

 何やら二人で会話が弾んでいる最中、俺の目はしばらく瞬きをすることを忘れていた。

 初見だったからというのもあるけれど、いきなり目の前に金髪金目の少女が現れたら、誰でも俺と同じ反応になるんじゃなかろうか。

 睦月型駆逐艦、皐月。今まで出会ってきた艦娘の中で、一番インパクトのある艦娘である。

 

 「あれ、このお兄さんは?知り合い?」

 

 金髪の少女、皐月が漣に尋ねた。漣が頷いてそれに応える。

 

 「補佐官の神城氏。ご主人様が今日来るって言ってたでしょ?」

 

 「あー!言ってたねそういえば」

 

 皐月の目が俺の目を捉える。思わず目を逸らしそうになるも、なんとか踏みとどまった。

 

 「ふーん……なんか全然、補佐官て感じしないね」

 

 「それは漣も思った」

 

 まあ、そう思われても仕方ない。ただ妖精が見えるってだけで選ばれた、ごく普通の一般人ですから。

 

 「補佐官の神城です。よ、よろしくお願いします」

 

 「睦月型五番艦の皐月だよ。よろしくね」

 

 名乗りとともに、びしっと敬礼する皐月。身体は小さくとも、やはり雰囲気は不思議と大人っぽい。

 それにしても、この世界の再現度の高さにはとことん驚かされる。違和感がゼロと言われれば嘘になるが、それもそのうち慣れるだろう。

 自己紹介も終わり、三人で空いているテーブルへと移動する。場の流れで皐月とも一緒に昼飯を食べることになった。

 

 「いやー、よかったよ。一緒にお昼ご飯食べる人誰もいなくてさ」

 

 「いるじゃないですか。あそことあそこに」

 

 漣が不知火と霞に視線を行き来させる。

 

 「むりむり、絶対話続かないもん。それにどっちに行けって言うのさ」

 

 「うっ……中々難しい質問ですね」

 

 答えが出ず肩をすくめる漣。実に難しい問いかけである。

 俺としては三人で食べるが正解だと思うけど、今はまだそれを口にする度胸はない。

 

 「ほ、ほら、そんなことより何食べるか早く決めないと!時間は有限ですからね!」

 

 そう言って漣は椅子から立ち上がった。次いで俺と皐月も席を立つ。

 

 「ちなみに漣たちはここのメニュー全部無料ですけど、神城氏はちゃんとお金払わないと食べられないので。あしからず」

 

 「あ、はい」

 

 知らなかった。だがそれを聞いて同時に安心する。無料で食事ができるということは、この世界の艦娘たちがちゃんと良い待遇で迎えられていることの証明だからだ。

 俺はポケットの中から財布を取り出し、厨房とは逆方向にある食券機へと足を進める。途中周りから「誰だよお前」という目線を向けられたような気がしたが、おそらく気のせいではないだろう。

 

 (はあ……早く着替えてえ……)

 

 心の中でため息を吐きながら、食券機の前で財布の中身とメニューを確認していく。

 さて、何を食べようか。あまり財布に余裕もないため、コスパのいいものを選びたいところだが。

 

 (麺類……いや、トンカツ定食でもいいな……あー、カレーもあり)

 

 実に優柔不断な男である。俺自身、自覚してるのに治せないぐらいだから相当重症だろう。

 候補の中ではトンカツ定食がやや高いものの、そこまで大差はない。あとは今の気分でボタンを押すだけ。

 

 「……カレーにするか」

 

 厳正な審査の結果、俺はカレーのボタンを押した。食券機が機械的な音を発して、カレーライスの食券が出てくる。

 ふと厨房の方に目をやると、漣と皐月は既に料理を受け取るところであった。待たせては悪いので早足で厨房へ向かう。

 

 「結局何にしたんですか?随分悩んでたみたいですけど」

 

 「カレーにしました」

 

 とりわけカレーが食べたかったわけでもないが、今日が金曜日ということもあってなんとなくカレーを選んだ。

 

 「僕もカレー。やっぱ金曜日はカレーだよね」

 

 と皐月。どうやら金曜日がカレーの日というのは本当だったらしい。

 厨房から注文したカレーを受け取って、さっき決めた席に座りなおす。

 

 「いただきまーす!」

 

 そして漣の「いただきます」を合図に、有意義な昼食の時間が始まった。

 

 「そういえばさ、なんで二人は一緒にいたの?」

 

 皐月が最初に話を切り出した。即座に漣が返答する。

 

 「ご主人様に鎮守府を案内するよう頼まれたからですヨ」

 

 「案内?それで食堂に来たの?」

 

 「その通り。神城氏と親睦を深めるためにね」

 

 「ふーん……」

 

 漣と皐月の目線が俺に集中する。親睦なんて大袈裟だろうが、正直今のこの状況は非常にありがたい。

 

 「じゃあ僕もついて行こうかな。暇だし」

 

 「あれ、さっちーこの後フリーだっけ?」

 

 「うん。今日は午前中の遠征だけで終わりだよ」

 

 「……ということは」

 

 漣の手が空中で止まる。その目は俺ではなく、霞と不知火の方に向いていた。

 つられて俺も二人の方を見る。霞も不知火も食事を終えて、席を立とうとしているところであった。

 

 「確か霞と不知火、あと島風が午後番だったような」

 

 「あちゃー……」

 

 がっくし、と言わんばかりに額に手をやる漣。一体なにが「あちゃー」だというのか。

 気になって仕方がないので、俺は一旦スプーンをトレーの上に置いた。

 

 「あの、二人とも仲悪いんですか?」

 

 この二人というのは、言うまでもなく霞と不知火のことである。

 

 「まあ仲が悪いというかなんというか……ねえ?」

 

 なんとも含みのある言い方をする。というか、一緒に昼飯を食べてない時点でお察しなのだが。

 

 「普通だと思うよ。たまに言い合いにはなるけどね」

 

 カレーを頬張りながら皐月が言う。

 

 「ほら、霞も不知火も自分から引くタイプじゃないから」

 

 確かに。それはなんとなく分かる気がした。

 

 「あっ、ぬいぬい〜」

 

 漣が不知火に声をかける。いつの間にか近くまで来ていたようで、不知火は俺に気がつくとぺこりと頭を下げた。

 その様子を見て、漣の視線が俺へと移る。

 

 「神城氏、ぬいぬいと顔見知りだったんですか?」

 

 「まあ……ここに来た時に提督室まで案内してもらいました」

 

 「なるほど。道理でぬいぬいを見ても動じないわけだ」

 

 漣の台詞に俺は肩をすくめた。動じないだなんて、そんな言葉とは程遠いほど緊張したし、興奮したからである。

 途端に不知火が怪訝な表情を浮かべた。

 

 「どういう意味ですかそれ」

 

 心なしか、さっき話した時より声に迫力がある気がした。目つきも鋭さを増している。

 さすが不知火、戦艦クラスの眼光はリアルでも健在のようだ。もっとも、ただの少女が睨んでもここまでの迫力は生まれない。この迫力は本物の不知火だからこそ、出せるものなのである。

 

 (この分なら霞も……)

 

 視線を霞の方へ向ける。霞はちょうどトレーの上の食器を片付けているところだった。

 少ししてそれも終えると、彼女は扉に向かって歩き出した。

 

 「おーい、霞ー」

 

 今度は皐月が声をかける。霞の顔がしっかりと視認できるぐらいの距離。

 

 「霞もこっち来て挨拶しなよー」

 

 「……」

 

 霞の足が止まる。遠目では分からなかったけど、灰色の頭髪に黄色っぽい瞳の彼女は、近くで見たら中々にアレだ。皐月ほどではないにしろ、こんな小学生はまずいないだろう。

 帰ろうとしたところに声がかかったからか、霞はどこか不機嫌そうな表情をしている。

 

 「……なによ、挨拶って」

 

 うんざりしたような口振りの霞。漣が横から付け加えた。

 

 「ほら、補佐官の神城氏。ご主人様が今日来るって言ってたじゃん」

 

 「補佐官?」

 

 霞は意外そうな声をあげつつ、少しだけ視線を移した。目と目が合ったので俺から先に頭を下げる。

 

 「か、神城です。よろしくお願いします」

 

 「補佐官、ねえ……まるでそうは見えないけど」

 

 漣や皐月と同じ反応だ。しかしそれをはっきりと口にする辺り、霞らしさが滲み出ている。

 そこへ不知火が一歩前に出た。

 

 「霞、失礼ですよ」

 

 見た目の幼さとは裏腹に、ドスの効いた声色。それを聞いて、漣と皐月の肩が一瞬震えるのを視界の隅で捉えた。

 まったく、その身体のどこからそんな声が出てくるのか。

 

 「何ですかその態度は。それが上官に対する正しい態度だとでも?」

 

 「さあね」

 

 場に緊迫した空気が流れ始めた。一触即発、とまではいかないにしろ、見てるこっちがハラハラして仕方がない。

 不知火の足がさらに一歩、前に進んだ。

 

 「霞……」

 

 「あー、こわ。あんたよくそんな低い声が出せるわね」

 

 怖いと言いつつ平然とした態度を崩さないのも、彼女らしさを感じる。

 やがて霞はつまらなそうに鼻を鳴らすと、「霞よ。以上」とだけ言い残して食堂から出て行った。

 扉が閉まるのを確認し、漣と皐月が交互に口を開く。

 

 「今のはやばかったですね。もう少しで一線超えそうな雰囲気でしたよ」

 

 「殴り合いでも始まるんじゃないかと思った」

 

 俺は「まさか」と苦笑いを浮かべた。でもすぐにこの二人なら、と考えを改める。

 

 「申し訳ありませんでした。霞には後でよく言って聞かせておきますので、今日のところはどうか」

 

 謝罪の言葉と相まって、深々と頭を下げる不知火。

 俺は直ぐに全然気にしてない旨を伝えたが、どうも納得のいかない顔をしている。

 

 (まあ最初だし。こんなものでしょ)

 

 数いるツンデレ艦娘の中でも、霞はかなり当たりの強いキャラだ。だからリアルでもいきなり仲良くなれるなんて、そんな楽観視は当然していない。むしろ初見でクズ呼ばわりされなかっただけでも、ありがたいぐらいである。

 

 (あとは島風と夕張さん、明石さんか……)

 

 まだ顔見せできていない三人。俺は頭の中で彼女たちのことを考えながら、残ったカレーを口へと運んだ。

 

 

 




次話は近々投稿します(予定)


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第六鎮守府の艦娘たち②

 

 昼食を終え、腹も満たされたところで、俺を含めた一行は食堂を後にした。

 先の話の流れから皐月と不知火も加わり、四人で特にあてもなく廊下を進んでいく。

 

 「さて、次はどこ行きましょうかねえ……」

 

 ふと前を歩く漣が言葉を投げる。

 

 「どこか行きたいとことかあります?」

 

 「……そうですね」

 

 少しだけ黙考する。行きたいとこと言われても、思いつく限りでは寮か工廠しかないのだが。

 すると、後ろを歩く不知火の足が止まった。

 

 「不知火はここで」

 

 「ん?どったの?」

 

 疑問に思った漣が不知火に訊く。不知火は無表情のまま応えた。

 

 「島風を呼びに行きます」

 

 「あー」

 

 秒で納得した声をあげる漣。横から皐月がやや呆れた様相で口を開く。

 

 「また遅刻?」

 

 「いえ、されては困るので」

 

 三人の会話に耳を傾けるも、いまいち話が見えてこなかった。なんとなく理解できたのは、島風が時間にルーズだってことぐらい。

 

 (島風……)

 

 島風といえば、艦これの公式でも大きく紹介されている、いわば看板娘の一人だ。ほぼ全てのステータスにおいて他の駆逐艦娘を凌駕し、またそのあざといまでのデザインは、多くの提督を魅了しているといっても過言ではない。ちなみに俺もその中に含まれている。

 果たしてこの世界は、島風をどこまで再現しているのやら。個人的にはかなり気になるところである。

 

 「それじゃ、漣たちも一緒に行きますか。神城氏も島風ちゃんとはまだ会ってませんもんね」

 

 「おっけー」

 

 漣の一言に皐月と俺も頷き、結局行き先は島風がいるという屋外広場に決まった。

 広場へと向かうため、ひとまず棟の外に出る。九月の末とはいえ、まだまだ残暑の厳しさを感じる季節。ジリジリと照りつける太陽が実に鬱陶しい。

 目当ての屋外広場はさっきまでいた棟のすぐ側にあった。歩いて少しもしないうちに、目の前に開けた空間が広がる。

 その中に確かに、一人の少女らしき姿が視認できた。少女はどう見ても人ではないメカメカしい何かと、トラックを楽しそうに駆け回っている。

 

 (うわ、やば……)

 

 それを見て率直に出てきた感想が「やばい」だった。なぜなら、遠くからでも島風だと分かる要素が、全て一望できたからである。広場の中を進み、島風のもとに近づくほどそれは顕著に表れていた。

 やましい気持ちなど誓って皆無だが、この歳になって初めて目のやり場に困る、なんて体験をするとは思ってもみなかった。

 

 「島風」

 

 不知火がちょうど、トラックを一周し終えた島風に声をかける。島風はこちらの存在に気がつくと、「おうっ!?」と聞きなれた声をあげた。

 

 「あれ、みんなどうしたの?」

 

 「遠征の時間です。まったく、時間は守れとあれほど注意したでしょう」

 

 「えー、まだ時間じゃないよ?ほら」

 

 島風が棟に設置された時計を指差す。時計の針は十二時五十分を指し示していた。

 

 「十分前には集合と念を押しておいたはずですが」

 

 「私速いからそんな必要ないもーん」

 

 「……」

 

 いかにも島風らしい台詞だ。しかし、今の不知火相手にその態度は、色んな意味で冷や冷やしてしまう。不知火はキャラ的に感情を顔に出すタイプではないが、表情が見えないからこそ怖い。無表情以上に怖いものはないのである。

 

 「ねえ、この人は?」

 

 島風の目が不知火から俺に移る。近くに来られるとますます目のやり場に困って仕方がない。

 どう切り出そうか迷っていると、漣が横から紹介してくれた。

 

 「ついさっき着任したばかりの神城氏。こう見えて補佐官ですぞ」

 

 「補佐官?」

 

 さすが漣、俺は便乗して頭を下げる。するとさらに島風が接近してきた。

 

 「……」

 

 じーっ。黙ったまま、まるで品定めをするかのような目線を向けてくる島風。

 まさかここまで近づいてくるとは思わず、びっくりして身体がのけ反りそうになるのをこらえていたら。

 

 「ねえねえ、あなた速い?」

 

 「へ?」

 

 島風はまるで予想してなかったことを訊いてきた。もっとも、彼女らしさの溢れる質問なのだが。

 

 「いや、俺は全然速く……」

 

 「私と勝負しよ!このトラック一周、どっちが速く走れるか競争するの!」

 

 「えっ」

 

 色々と戸惑いを隠せない俺氏。なんだなんだ、どうしてこうなった。

 

 「そこまでです。遠征の時間まであと……」

 

 「ほら!はやくはやくーっ!」

 

 「わ、ちょ……!」

 

 不知火の制止も一歩及ばず。腕を強く引っ張られ、島風のなすがまま状態に。

 結局俺は、島風と勝ち目0%のかけっこ勝負をすることになってしまった。

 

 

 トラックのスタート地点に立つ。横では競争相手の島風が、やる気満々の様相で立っている。

 開始の合図を今か今かと、ピョンピョン飛び跳ねながら待つ島風。跳ねるたびに「おうっ、おうっ!」とお馴染みの声が耳に入る。

 

 (そんなにやる気出さなくても……)

 

 島風とは対照的に、こっちは早くも負けムード全開で合図を待つ。島風といってもただの女の子、大の男が負けるなんて恥ずかしい。何も知らない人はそう思うかもしれない。

 だが俺は知っている。艦娘の身体能力はたとえ艤装を身につけていなくても、常人を遥かに凌ぐということを。つまり、俺なんかが勝てるわけないのだ。

 

 「頑張れ神城氏〜、負けるなー」

 

 「ファイトだよ補佐官!」

 

 横から漣と皐月の声援が聞こえてくる。でも何故だろう、嬉しいけど嬉しくない。

 

 「……」

 

 それから無表情のままだんまりの不知火が怖い。表情は変わってないけど、たぶん怒ってるんだろうなと推察した。

 ちらと時計に目をやる。遠征の時間まであと七分強。こんな勝負、早く終わらせなければ。

 

 「それじゃ連装砲ちゃん、合図よろしくね!」

 

 「キュイ!」

 

 島風の言葉で三体の黒い物体うち、一体がスタート地点横に立つ。島風だけではなく連装砲ちゃんまで再現しにかかるとは、語彙力の乏しい俺には、もはやすごい以外の感想が出てこない。

 

 「お兄さん、準備はいい?」

 

 「う、うっす」

 

 全然大丈夫じゃないけど、とりあえずやるしかなさそうだ。軽く深呼吸をしてから、スタートの合図に備える。

 トラックの長さはおそらく200mぐらい。果たして今の俺に、全力のまま完走できるだけの体力が残っているかどうか。

 

 「位置についてー!よーい……」

 

 そして。

 ドン、と連装砲ちゃんが雲一つない空に空砲を放った。

 

 (っ……!)

 

 合図と同時にスタートを切る。フライングすれすれの最高のスタートダッシュだ。

 

 「わっ、お兄さんはっやーい!」

 

 右斜め後方から、感心したかのような島風の声。観戦中の漣たちからも「おおっ」と驚きの声があがる。

 不幸中の幸いというべきか、スタートは島風よりも速かったらしい。もしこれが200m走ではなく3m走なら、俺の勝利で終わっていたのに。

 

 「でも、スピードなら私も負けませんよー!」

 

 びゅん。

 突然吹いてきた横風に体勢が崩れそうになる。

 その直後。

 

 「……は?」

 

 目の前の光景に、俺は自身の両目を疑った。

 なんと横風は島風が俺の横を走り抜けた際に吹いたもので、当の本人は既に遥か前方を走っていたのである。

 

 (はあ?!)

 

 凄まじく速い、速すぎる。まだスタートから五秒と経っていないのに、島風はもうトラックの半分を走り抜けている。

 やがて島風は、文字通りあっという間に200mのトラックを一周し終えた。

 

 「ゴール!」

 

 二体の連装砲ちゃんが持つゴールテープを切り、この競争において島風の勝利が確定した。分かってはいたけど、まさか艦娘の身体能力がここまで凄まじいとは。他の人が見たら大騒ぎだろう。

 息も絶え絶えに最終コーナーへと突入する。島風に負けたのはこの際おいといて、それよりも自身の体力の低下が著しいことに焦りを感じた。

 

 「ほらあ、遅れてるぞー!」

 

 「あとちょっと、頑張れ補佐官ーっ!」

 

 ゴールから大声で声援を送ってくる漣と皐月。さらに島風が切ったテープとは別に、連装砲ちゃんが新しいゴールテープを持って俺の到着を待っていた。

 

 (やめてくれ……こっちが恥ずかしい……)

 

 島風に遅れること数十秒。顔から火が出そうなほどの羞恥心とともに、何年ぶりかの200m走をようやく走り終えた。

 

 「やべえ、きっつ……」

 

 大学生になってからというもの、ろくに運動もせず、休みの日には家に引きこもる毎日。体力が下がるのも当たり前の話である。

 対して島風は余裕も余裕、疲れの色など微塵も見えなかった。

 

 「ねえ、どう?私速かったでしょ?」

 

 膝に手をついて息を整えていたところ、島風が駆け寄って来た。その表情は実に満足げだ。あまりにも力の差がありすぎて落胆させてしまわないか不安だったけど、どうやら杞憂だったらしい。

 俺は少しほっとすると、絶え絶えの息のままなんとか頷いた。

 

 「やっぱり?そうよね、だって速いもん!」

 

 ふふん、と胸を張る島風。ゲームでMVPボイスを喋る時はいつも、こんな感じで言ってるんだろうなとか想像してしまう。

 

 「でもお兄さんも速かったよ!走っててすっごく楽しかった」

 

 「はあ……」

 

 速い要素などどこにも見当たらないように思えるが、何はともあれ満足してくれたのならよかった。

 すると途端に、島風がはっとして時計を見上げる。

 

 「あっ、いけない。私もう行かなくちゃ」

 

 つられて時計を見ると、一時まで残り二分を切ろうとしているところだった。

 

 「またかけっこしようね!次は負けませんから!」

 

 そう言い残し、島風は連装砲ちゃんと一緒に広場を去って行った。

 やれやれ、もうなにがなんだか。この次はもう少し落ち着いて話がしたいものである。

 

 「……では、不知火も失礼します」

 

 ぺこりと一礼してから、不知火も広場を後にしようとする。

 俺のせいで遠征の時間ギリギリになってしまったのだ。怒ってないように見えても、内心では腹を立ててるかもしれない。

 ここで何か気の利く言葉でもあればいいものの、疲れてるせいか何も思い浮かばなかった。

 

 「うは、めっちゃ疲れてるじゃないですか」

 

 「大丈夫?顔真っ青だけど」

 

 未だ肩で息をする俺を見て、漣と皐月が声をかけてきた。心配してくれるのはありがたいけど、俺なんかのことよりもっと気になることがある。

 

 「遠征の時間、大丈夫ですかね……」

 

 不知火と島風の他に霞もいるのだ。霞だって絶対に時間には厳しいはず。遅刻しようものなら、一体どんな罵声を浴びせられるやら。

 そんな俺の不安をよそに、漣は手をひらひらさせながら言った。

 

 「問題ないですヨ。ああなった島風ちゃんは、霞ちゃんにも止められませんからね」

 

 「はあ……そうなんですか」

 

 漣がそう言うならと、心の中で自分を納得させる。やっと息も整ってきた。

 

 「それにしても、やっぱり島風は速いね」

 

 と皐月。

 

 「あれだけ速かったら砲弾も魚雷も全部避けられるのかな」

 

 「どうだろうね。速ければ何でもできるってわけでもないし」

 

 「分かんないよ。砲弾とか全部止まって見えるかも」

 

 「……そいつは魅力的ですな」

 

 確かに魅力的な話である。

 そういえばゲームの方では、缶とタービンを組み合わせて速力を上げることもできたっけ。この世界でもそれは可能なのだろうか。

 

 「僕もこれから毎日走ろっかなー。漣も一緒にどう?」

 

 「いや、漣は今のままで充分満足してますゆえ。誘うなら神城氏でどうぞ」

 

 「ああ、いいねそれ」

 

 漣の言葉に即首肯する皐月。

 しかし、頭の中で速力調整のことを考えていた俺には、二人の話はほとんど耳に入っていなかった。

 

 

 

 



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第六鎮守府の艦娘たち③

いつの間にかお気に入り数がこんなに・・・感謝です


 

 「うーん……」

 

 鏡を前にこうして唸り声をあげるのも、もう何度目だろうか。

 どの角度から見ても、自分にはミスマッチな制服と、似合わない自分自身に嫌気がさしてしまう。これ以上は埒があかないと諦め、ようやく鏡から目を離した。

 

 そんな鏡を前にして一体何をしてたのかというと、塚原さんに言われた通り、用意された制服に着替えていたのである。

 島風との競争後、漣の提案で次の行き先が工廠に決まったため、いったん寮に立ち寄り、着替えた方がいいだろうということになったのだ。

 

 寮は鎮守府敷地内の外れの方にあった。最近建てられたのか、見るからに清潔感に溢れていて、一人で住むには勿体ないとさえ思わせる。室内も案の定、俺にとっては充分すぎるぐらい広かった。

 

 「……もういいや」

 

 普段なら自分の服装にここまで気を使うことはないのだが、これから俺が会うのは夕張さんと明石さん。へんてこな格好を晒しては、何を思われるやら分かったものじゃない。

 漣たちを待たせているので、荷物の整理は後回しにして部屋を出る。階段を駆け下り二人のもとへ。

 外へ出ると、こちらに気づいた二人と目があった。

 

 「ふむ……どう思う?さっちー」

 

 「微妙だね。僕は司令官の方がかっこいいと思うな」

 

 風に乗って、前からなんとも耳の痛い二人の会話が聞こえてくる。こっちに聞こえないよう小声で喋っていたようだけど、俺は自分に対する話は地獄耳なのだ。

 

 (俺なんかと比べんなよ……)

 

 落ち込んだ気分のまま、工廠に向かって歩き出す。途中、漣が「なかなか似合ってますヨ」と言ってくれたのは、たぶんお世辞だろう。

 俺はせめてもの抵抗で上着を脱いだ。ほんの少しだけマシになった気がする。

 

 寮からしばらく歩いたところで、前方に赤茶けた建物が見えてきた。それは一棟だけではなく、何棟か並んでるのが分かる。建物の周りにはトラックが数台止まっており、作業服を着た男の人たちが中と外を慌ただしく行ったり来たりしていた。

 ここが工廠。艦娘を建造したり装備を開発したりと、鎮守府の砦ともいうべき場所。ここにあの夕張さんと明石さんがいるのかと思うと、自然と背筋が伸びた。

 

 ゲートで塚原さんからもらった身分証を提示する。初めてなので確認に手間取ったが、今度は「誰だよお前」という目線は向けられなかった。

 漣と皐月の後をついて歩き、作業をしている人たちの邪魔にならないよう進む。

 

 漣曰く、工廠はそれぞれのエリアによって役割が異なるようで、明石さんはその中でも、艤装を修復するためのエリアにいるらしい。だんだん近づくにつれて、それらしい機械的な音が響く。

 俺は改めて、自分の身なりにおかしなところがないかチェックした。

 

 「お、いたいた」

 

 「明石さーん!」

 

 前を歩く二人の足が止まる。皐月が名前を呼ぶと、すぐに奥の方から「はーい」という返事が返ってきた。

 目線の先には、セーラー服を着たピンク髪の女性が、今の俺ではよく分からない設備や器具を巧みにすり抜け、まっすぐこっちへ歩いてくる。

 

 「お二人とも、お疲れ様です」

 

 女性——明石さんが漣と皐月に視線を行き来させる。それから後ろ、俺の方に目を向けた。

 

 「おや、そちらの方は……」

 

 ごくりと唾を飲み込む。緊張と暑さのせいか、口の中が乾いて言葉がうまく出てこない。

 するとまたもや、漣が横から俺のことを説明してくれた。

 

 「あれですよ、補佐官の神城氏。ご主人様が今日着任するって言ってた」

 

 「あー!」

 

 はっとした声とともに、明石さんが一歩前に出る。

 

 「初めまして、工作艦の明石です」

 

 「は、初めまして……神城です」

 

 目が宙を泳ぎそうになるのをこらえ、なんとか互いに自己紹介。明石さんを前によく頑張ったと、自分を褒めてやりたい気分になる。

 それほどに、俺の真ん前に立っている女性は明石さんであった。

 

 「大淀から色々と伺ってますよ。私自身は正式な着任ではありませんけど、これからよろしくお願いしますね」

 

 「いえ、こちらこそ。よろしくお願いします」

 

 そうだった。明石さんは工廠整備のため一時的に着任してるって、あの資料に書いてあったっけ。

 と、頭の中で防衛省でのことを思い返していたら。

 

 「あら、楽しそうね。私も混ぜてくれるかしら」

 

 突然、背後から聞き覚えのある声。その声は紛れもなく、俺のよく知る艦娘のもので間違いなかった。

 

 「ちょうどよかった。()()も挨拶しときなさいよ」

 

 背後の人物に対し、明石さんが言う。次第に足音が大きくなり、声の主は目の前に姿を現した。

 

 「こちら、補佐官の神城さん。今日着任したんだって」

 

 「あーっ!そういえば今日来るって言ってたわね」

 

 明石さんと似たような反応をする女性。彼女を前にして思わず息を呑んだ。

 身長は思いのほか低い。艦娘だから歳は関係ないだろうが、なんとなく高校生ぐらいの印象を受けた。

 

 「どうも初めまして!兵装実験軽巡、夕張です!」

 

 「か、神城です」

 

 震える声を振り絞り、なんとか頭を下げる。

 夕張さん。数多の艦娘の中で、個人的に好いている艦娘の一人。その彼女がこうして目の前に立っているのだ、声が震えるのも勘弁してほしい。

 

 「ああ、いいんですよ敬語なんて。私も堅苦しいのは苦手ですから」

 

 「はあ……」

 

 そんなこと言われても、今の俺にそこまでの度胸はない。もう少し慣れる時間が必要なのだ。

 

 「補佐官てさ、僕たちにも敬語だよね」

 

 と皐月。

 

 「僕ももっと砕けて話してもらった方がいいかなー」

 

 「……」

 

 何も言えず。そこへ漣も会話に加わった。

 

 「まあまあ、別にいいじゃないですか。そんなこと」

 

 漣がぽんと皐月の肩に手を置く。

 

 「人にはつっこまれたくないこともあるんですヨ。さつきちさんや」

 

 「そ、そうなの……?」

 

 そして漣は俺を見て、口の端をほんの少しだけ曲げた。

 

 (こ、こいつ、できる……)

 

 なんとも頼もしい子である。漣には俺がコミュ障属性持ちだってことも、全てお見通しのようだ。

 ふと明石さんが思い出したかのように言った。

 

 「あ、漣さんに皐月さん。お二人の艤装の修復、終わりましたよ」

 

 「おっと、忘れてた。それを聞くために工廠に来たんでした」

 

 「やったー!ありがとう明石さん!」

 

 そう言って、明石さんたちは奥の方へと姿を消した。場には俺と夕張さんだけが残される。

 色々ありすぎて呆然と突っ立っていると、夕張さんがどこからか丸椅子を引っ張ってきてくれた。

 

 「どうぞ、これに座ってください」

 

 「あっ、ありがとうございます」

 

 ちゃんと礼を言ってから椅子に座る。夕張さんももう一つの椅子に座った。

 

 「ふう……暑いですね、もう九月も終わりなのに」

 

 暑そうに上着をぱたつかせる夕張さん。俺は目のやり場に困りつつ相槌を打つ。

 いったい何回目のやり場に困れば気が済むのか。しかし、これも慣れればならない。いつまでも狼狽えていては、コミュニケーションどころではなくなってしまう。

 

 「あ、こんな椅子に座らせておいてなんですけど、今お時間大丈夫でした?」

 

 「はい、自分は全然」

 

 即答する。既にこの鎮守府の艦娘全員に挨拶を済ませたので、むしろ時間を持て余してるくらいだ。

 

 「よかった。任務関係で来たわけじゃないんですね」

 

 「今日は何もしなくていいみたいなんで。挨拶回りも兼ねて色々と見て回ってます」

 

 「なるほど、それで工廠を……ごめんなさい、こっちから挨拶に行けなくて」

 

 うつむいて申し訳なさそうな顔をする夕張さん。俺は慌てて首を振った。

 

 「いや、全然大丈夫ですよ!ほんと気にしないでください」

 

 急いで喋ったせいか早口気味になる。補佐官にあるまじき態度と台詞だろうが、そんなものは俺の知ったことではない。

 と、ここで明石さんたちが戻ってきた。

 

 「じゃーん!どうですか神城氏、漣たちのこの姿」

 

 「どう?かっこいいでしょ?」

 

 真っ先に漣と皐月が声をかけてくる。なんだなんだと目をやると、二人の姿はさっきまでと異なっていた。

 

 (あれは……)

 

 キラキラと黒光りする何かを、二人とも全身に身につけている。手には主砲を、足には魚雷発射管を。主砲だけを見せてくれた大淀さんとは違い、二人は艤装の全てを装備していた。

 この世界に来て初めて間近で艤装を見たけど、目にしただけでも分かる重量感と質感。ただのおもちゃでないことは明白だった。

 二人を見て明石さんが言う。

 

 「提督から許可はもらってるから、不安ならあとで試運転してね」

 

 「はーい!」

 

 皐月が元気良く手を挙げる。漣も頷いていた。

 

 「……いいなあ、試運転」

 

 ぽつりと呟く夕張さん。

 

 「私も色々試したい装備いっぱいあるんだけど……」

 

 「あなたはダメです」

 

 しかしそれも、明石さんにバッサリと切り捨てられた。がっくりと言わんばかりに肩を落とす夕張さんが、横目に映る。

 そういえばこの世界の装備の仕組みすら、俺はまだ何一つ把握してないんだった。

 

 「それじゃ、ぼちぼち行きますか」

 

 「あ、はい」

 

 漣に言われ、丸椅子から立ち上がる。

 が、その時だった。漣の背部艤装の方に、さっきまではなかった何かが見えた気がした。

 

 (ん?なんだ?)

 

 両の目を擦ってもう一度見る。俺の目が狂ってなければ、確かにそれは数字。二桁の算用数字が宙に浮いて見える。

 とうとうおかしくなったのかと、額に手をやったのも束の間。俺の脳裏にある単語がよぎった。

 

 (練度……練度だろこれ。絶対にそうだ)

 

 確証はなかったが、なんとなくそう直感した。

 練度とは、艦娘がどれぐらい強いかどうかを表すための数字で、簡単に言えばレベルのことだ。レベルは高ければ高いほどその艦娘が強いことを示し、低いほどまだまだ未熟という意味で用いられる。

 でも練度が数字で目に見えるなんて話は、研修でも聞かされなかった。まだそこまで説明する必要がないと判断したのか、あるいは。

 

 (じゃあ皐月も……)

 

 同じように皐月の背部艤装に目を向ける。すると漣と同様、今度は一桁の数字が見えた。

 

 「?どうかした?」

 

 「あ、いや、なんでもないです」

 

 これは一刻も早く確かめる必要がありそうだ。念のため、さりげなく塚原さんにも訊いてみよう。

 それにしても、いざ冷静に考えてみたら、俺にはまだまだ足りてない知識が多すぎる。その辺りの情報収集も、今後の課題になりそうだな……。

 

 

 

 

 

 




やっとひと段落……

テンポ悪くて本当にごめんなさい()


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補佐官のお仕事

今回はいつもより2倍ぐらい長いです。

テンポよく書くって難しい・・・


 

 翌朝。

 セットした目覚まし時計が鳴るよりも先に、ベッドから這い出した。

 時刻は朝の六時。朝礼が七時から始まるので、それまでに朝食やら何やらを済ませなければならない。

 

 「……ねむ」

 

 久々にこんな早く起きた気がする。元いた世界ではまだ夏休みだったし、こっちに来てからもこんな早起きすることはなかった。せっかく日付けが変わる前にベッドに入ったというのに、これでは意味がない。

 眠い目を擦りながら、なんとか着替えと朝食を簡単に済ましていく。残った時間は、補佐官マニュアルを一読するのに費やした。

 

 補佐官マニュアル。その名の通り、補佐官の仕事内容について書いてあるものだ。昨日漣たちと別れてから、寮にこもって全て目は通したけど、もう一度見直す。これから俺がやるべきことを、頭の中で考えながら。

 

 「どうすっかなぁ……どう立ち回るべきか」

 

 一番にやらねばならないのは、この世界の艦娘と深海棲艦の事情が、いかにゲームと異なるか把握することだ。これを把握しないことには何も始まらない。

 幸い今のところほとんど差異はないものの、俺が持ってる情報はあまりにも少ない。今日から始まる補佐官業務で、どこまで違和感を与えずに情報を引き出せるか。全てはこれにかかっている。

 

 「……行くか」

 

 マニュアルを閉じて、必要なものを家から持参したバッグに詰める。そして部屋を出た。時間にも余裕があるので、ゆっくり朝の鎮守府の空気を味わいながら提督室へ向かう。

 そこへちょうど同じタイミングで、鎮守府庁舎に歩いてくる人影が見えた。遠くからでも一目で分かるピンク髪の少女、漣である。

 漣は俺に気付くと、その足を速めて駆け寄ってきた。

 

 「おはようございます!」

 

 「お、おはようございます……」

 

 いや、正確には一人ではなかった模様。よく見ると、何やら蠢く物体が漣の頭の上に乗っかっている。

 それは漣のトレードマークともいうべき、うさぎのぬいぐるみであった。

 うさぎは挨拶のつもりなのか、俺に向かって右手を挙げた。なにこれ、可愛い。

 

 (すげえな。まじで動いてるよ)

 

 「あれ?漣の思ってた反応と違う……」

 

 台詞から察するに、俺を驚かすつもりだったらしい。

 本来なら確かに驚くべき光景なんだろうけど、今や動くぬいぐるみ程度じゃ動じなくなってしまった。これも全部、妖精さんたちのおかげなんだろうな。

 なんでと言わんばかりに首を傾げる漣を横目に、鎮守府庁舎に入った。

 

 「うーん、この子を見ても何ら動じないとは……」

 

 隣を歩く漣が、神妙な面持ちで言う。

 

 「ご主人様も初めて見た時は、目を丸くしてたのに」

 

 「はあ……」

 

 返答に困り、頭を掻く俺氏。全ては妖精さんのインパクトが強すぎるのが悪い。

 

 「この子が大丈夫なのに、どうして漣にはコミュ障発揮するんですかねえ」

 

 ぎくっ。さすが漣、的確にこちらの急所を突いてくる。

 これは驚かなかったことに対する仕返しなのか。昨日は全く触れてこなかったというのに。

 

 「おっ、なんでばれたって顔してますね」

 

 漣が顔を覗き込んでくる。のけ反りそうになったが、目線を反対側に逸らして回避。

 

 「ほら、そうやってすーぐ目逸らす。ばればれですヨ」

 

 「うっ……」

 

 「いやあ、面白い人ですね神城氏は。今後とも是非、仲良くしてくださいね」

 

 楽しげに笑う漣。俺は目を逸らしながらも、小声で相槌を打つ。

 一体こんな俺のどこが面白いというのか。ただ単にからかわれてるだけな気もする。

 

 そうこう話してるうちに、前方に提督室の扉が見えてきた。漣のおかげで時間もちょうどいい。

 漣が「どうぞお先に」と言うので、先に扉をノックして、それから中に入った。

 

 「失礼します」

 

 「失礼しまーす」

 

 部屋には塚原さん以外にも、島風と霞、不知火、明石さんの姿があった。時間的には早いと思ってたけど、そうでもなかったらしい。

 みんなの視線が俺と漣に集まった。

 

 「ああっ!補佐官だ!」

 

 真っ先に反応したのは島風。彼女は俺を見るや否や、突進するような勢いで迫ってきた。

 

 「ねえねえ、かけっこしよ!今度は負けないから!」

 

 「えっ……」

 

 戸惑いを隠せない俺氏。申し訳ないけど、そのテンションについていくには、あと一時間ぐらいかかりそうだ。

 

 「ほう、二日目にしてもう打ち解けたのか」

 

 こう言ったのは塚原さん。感心したような顔でこっちを見ていた。

 

 「さすがだな神城君」

 

 「いえ、そんな……」

 

 俺は苦笑いを浮かべながら、明石さんたちに頭を下げる。

 ここで再び部屋の扉が鳴った。直後、すぐに扉が開く。

 

 「セーフ!だよね?!」

 

 「大丈夫、まだ三十秒もあるから!」

 

 皐月、夕張さんの順でぞろぞろと中に入ってきた。朝っぱらから賑やかだなと、つい笑ってしまう。

 二人が慌てて整列したのを見て、塚原さんが椅子から立った。

 

 「よし、揃ったな。朝礼を始めよう」

 

 朝礼は、提督と艦娘がその日の業務に取り掛かる前の、朝一番に行われる。提督が艦娘に一日の流れを伝え、互いに確認しあう大事な時間だ。今は人数が少ないため提督室で行っているが、これが大きな規模の鎮守府になると、大講堂などもっと広い部屋が使われるらしい。そうマニュアルに書かれていた。

 

 「第一艦隊は南西諸島近海の哨戒と演習。第二艦隊は、南西諸島からここを経由して横須賀へ向かう船団の護衛。明石は引き続き、工廠の整備を進めてくれ」

 

 塚原さんがそれぞれ指示を与えていく。そういえばバイトの時も、こうやって朝礼してたっけな。

 

 「今日の旗艦は夕張、それと霞だ」

 

 「え、私ですか?!」

 

 「……ふん」

 

 驚いたような声をあげる夕張さんと、つまんなそうにそっぽを向く霞。

 ふと夕張さんが嘆いた。

 

 「私も工廠で整備がよかったなぁ……」

 

 「却下だ」

 

 しかしそれも、バッサリと塚原さんに切り捨てられる。この光景、昨日も見たような。

 

 「以上、今日も一日よろしく頼む」

 

 朝礼が終わった。各自びしっと敬礼で返答を示したのち、部屋を出て行く。

 

 「補佐官!あとでかけっこするの、忘れないでよ!」

 

 「……うっす」

 

 部屋を出る前に、島風が念を押してきた。忘れてると思ってたのに。 

 全員が部屋を後にし、提督室には俺と塚原さんだけが残された。

 

 「さて、我々も始めようか」

 

 「お願いします」

 

 補佐官業務、一日目のスタートだ。気合い入れて仕事と情報収集に臨まねば。

 

 「まずは神城君の作業場だが、あいにく専用の個室は用意できなくてね。申し訳ないがこの机を使ってくれ」

 

 塚原さんがデスクの方に目をやる。

 昨日は気がつかなかったけど、塚原さんの使用しているデスクに、もう一つ別のデスクが縦にくっついている。端から見たら、艦これの家具に出てくる秘書艦の机みたいだ。

 

 「マニュアルは読んでおいてくれたかな」

 

 「はい、一応」

 

 「うむ。ならあとは、やってくうちに慣れてもらおうか」

 

 塚原さんに言われ、椅子に腰をおろす。さっそく、午前の業務開始となった。

 分かっていたことだが、業務はデスクワークが多い。マウスをカチカチやっていればよかった艦これとは異なり、出撃にしろ演習にしろ、その都度必要な書類を作成しなければならないのだ。

 

 例えば、ゲーム上でどこか適当な海域に出撃するとする。ゲームではマウスを操作するだけで終わるが、こっちではそうもいかない。艦隊の編成と装備、どこに出撃してどれだけ進撃し、どんな敵と遭遇したか。戦闘の結果から資材の消費量などなど、こと細かな報告書が求められる。演習に関してはさらに詳細に、艦娘一人一人の育成計画や訓練内容までも、いちいちまとめなければならない。

 

 また、提督には他にも資材管理や装備の開発、有事の際の艦隊指揮、そして艦娘のメンタルケアの役目も担っている。これら全てを一人でやれというんだから、この世界の提督業は恐ろしい。

 俺はさりげなく、それを口にしてみた。

 

 「うちなんてまだマシな方だ」

 

 と塚原さん。

 

 「鎮守府の規模も小さいし、所属してる艦娘の人数も少ない。だから作成する書類の量もこの程度で済む」

 

 塚原さんが手に持った書類をひらひらして見せる。今日中に仕上げねばならない出撃の報告書だ。

 俺の仕事は、塚原さんから渡された書類に目を通して、必要ならそれに判子を押してくこと。すこぶる単純な作業である。

 

 「これが横須賀や呉ともなれば桁外れに増える。今も海域解放に明け暮れてるだろうからな」

 

 「海域解放……」

 

 「ああ。中々てこずってるようだが」

 

 今まさに、戦場となっている南西諸島海域。ここの攻略を始めてから既に、一ヶ月以上経っているという。

 ゲームでは秒で終わる海域だが、どうも現実は甘くはないらしい。

 

 「奴らの根城を絶たない限り、このままでは埒があかん。倒しても倒してもキリがない。それこそ、まるで亡霊のごとくな」

 

 「……」

 

 塚原さんの言う通り、この世界の深海棲艦には、ゲームとは違った特徴がある。

 この世界の深海棲艦は、ずっと決まった場所に居座るゲームと異なり、出現したりしなかったりするのだ。ふと現れては、通りかかる船や飛行機を攻撃し、確かな被害をこちらに与える。だが次の瞬間には、目の前から消え去っている。このことから、()()()()()とも呼ばれてるらしい。

 

 「最初の根城も南西諸島だった。そこを叩いてから、本土近海の深海棲艦がぱたりと消え失せたからな」

 

 根城。たぶん「1-4」のことだろう。となると、南西諸島海域の根城は、必然的にあそこということになる。

 

 (沖ノ島か……)

 

 俗にいう「2-4」、沖ノ島海域。こっちの世界では沖ノ鳥島周辺だろうか。これもゲームと違って、海域名が異なるからややこしい。

 おそらく、ここを叩けば南西諸島海域は解放される。なんとなくそう直感した。

 

 「まあ、うちが気にしていても仕方がない。我々は我々のできることをやろう」

 

 「は、はい」

 

 しかし、俺の口からそんなこと言えるはずもなく。確証があればいいものの、それもないし、今はまだ動く時ではない。

 いずれ時が経てばと、気を取り直して次の書類に目を通す。

 

 「今渡したものが、第一艦隊と第二艦隊の編成案だ。うちのように、ころころ編成を変える場合は、その都度必要になる」

 

 「その都度?やばいですね……」

 

 「うむ。俺は正直、書く意味はないと思ってる」

 

 塚原さんの物言いに苦笑いを浮かべながら、紙に視線を移す。

 編成案には、先の朝礼で塚原さんが名を挙げた人たちと、各々の練度や能力値、装備までもが細かく記載されていた。俺の目はその中の、練度と装備の項目で止まる。

 

 (うわ、ゲームと全然違うな)

 

 見た感じ、どうもこの世界の艦娘には、装備スロットという概念はないらしい。ゲームでは普通、駆逐艦には装備を三つしか積めないけど、初めから主砲も魚雷も爆雷も、基本的な兵装として積まれている。さらに練度の表記は数字ではなく、「低」「中」「高」の三種類でしか分けられていない。

 業務開始から早くも、色々な差異に直面する俺氏。練度や装備の名前など、根本的なところが同じなのは幸いだった。

 

 「……ん?」

 

 書類を読んでいて、俺はふと首を傾げた。

 装備名が記載されている欄、ほとんど黒で書かれているのに、一部赤で書かれてる箇所があるのだ。黒と赤を書き間違えるわけもないし、何か意味があるのだろうか。

 

 「どうした?」

 

 「えっと……なんでここだけ赤で書かれてるのかなと」

 

 俺が疑問を口にすると、すぐに塚原さんから答えが返ってきた。

 

 「それは基礎兵装か、後から積んだ装備かの違いだな。前者が黒、後者が赤にあたる」

 

 塚原さん曰く、黒の基礎兵装はこちらが指示して装備させたものではなく、あらかじめ艦娘に積まれているもの。赤の兵装は工廠で開発したりして、後から装備させたものとのこと。

 要するに、ゲームで艦娘に何も装備させず出撃させた時でも、一応主砲や魚雷は積まれていたということだ。

 

 「基礎兵装よりも赤兵装の方が、妖精の力も強く宿ってるらしい。俺も詳しくは知らんが」

 

 「あ、そういう……」

 

 「赤兵装を積めば、艦娘個々の能力値も上昇する。まあその分、扱いも難しいらしいけどな」

 

 「なるほど」

 

 いい感じだ。俺の知りたかった情報がこうもあっさりと手に入るなんて、少し気負いすぎだったか。

 この調子でさりげなく、練度のことも訊いてみるとしよう。

 

 「あの、練度の欄なんですけど……」

 

 「練度?ああ、どうした?」

 

 「この練度って、どうやって低いとか判断してるんですか?」

 

 我ながらいいい切り出しだと思った。いきなり数字のことを訊いては、怪しまれる恐れがある。

 すると塚原さんは、さっきと同じようにすぐ答えてくれた。

 

 「そこは客観的に判断するしかない。戦闘の結果や演習、訓練等でな」

 

 「あっ……ありがとうございます」

 

 書類に目を戻す。昨日見た漣と皐月の数字と、ここに書かれた二人の練度。照らし合わせても、特に違和感はない。

 やっぱりあの数字は練度だったんだ。そして公のこの書類に、練度が数字で記載されていないということは、あれは俺にしか見えていない。そう捉えることもできる。

 

 「練度は出撃や訓練を経て上がる。いわば人の成長と同じようなものだ」

 

 塚原さんが持っていた書類を机に置き、こっちに顔を向けた。

 

 「そういえば、神城君はまだ艦娘の訓練も演習も見てなかったな」

 

 「はい、見てないです」

 

 「後で漣たちの訓練を見物するといい。最初は度肝を抜かれるぞ」

 

 「た、楽しみにしてます……」

 

 塚原さんの口振りに若干たじろぎながらも、そう返事した。

 

 

 午後。

 俺は塚原さんに言われ、漣たちの訓練を拝むために桟橋にいた。

 

 「ねー、早くかけっこ勝負しようよー」

 

 なぜかついて来てしまった島風と、連装砲ちゃんも一緒に。

 

 「まあ待ちなさいよ島風ちゃんや」

 

 そこへ漣が待ったをかける。

 

 「一応これも遊びじゃないんですよ?ねえ、神城氏」

 

 「まあ……そうっすね」

 

 「えー、つまんなーい!」 

 

 困った。提督室を出る時、塚原さんから「島風のことよろしく」って頼まれたのを思い出す。かといって俺の身体は一つしかないわけで、今はどっちかに集中しなければならない。

 

 「あはは、随分懐かれたねえ」

 

 「神城さん、島風ちゃんと競争して勝ったって本当?」

 

 こう言ったのは皐月と夕張さん。二人も既に艤装を身につけている。

 ちらと夕張さんの艤装に目をやると、漣や皐月と同様に二桁の数字が見えた。俺はほっとして艤装から視線を離す。

 

 「いえ、普通にボロ負けでしたよ……」

 

 「?じゃあ何に勝ったんですか?」

 

 「さあ……よくわかんないっす」

 

 適当に目を逸らし、話題を終了させた。

 とりあえず今やるべきことは、本物の艤装がどれ程のものなのか、この目に焼き付けること。島風と遊ぶのはその後でもいいだろう。

 

 「わかった、じゃあ私も訓練する。それなら別にいいよね?」

 

 と島風。漣は一瞬、戸惑いの表情を浮かべた。

 

 「いや、でも遠征で疲れてるんじゃ……それに勝手に燃料と弾薬使ったら、ご主人様に怒られちゃいますヨ」

 

 「あっ……そっか」

 

 「ま、少しばかり待っててください。すぐにお返ししますんで」

 

 漣が俺の方を見て言った。どうやら島風も納得した様子。

 

 「さてと、それじゃ始めましょうか」

 

 漣から真っ先に海の上に足をつけた。続けて皐月、夕張さんも海面へと降り立つ。

 三人が実際に海上に浮いている姿を見て、俺は心の中で「おー!」と歓声を上げた。あの艤装はただの飾りではなく、ちゃんと艤装としての役割を果たしているようだ。

 

 「そこでよーく見ててくださいね!」

 

 「うっす」

 

 そのまま三人は、水飛沫をあげながら海面を滑り、訓練用の的やポールが立ち並ぶ方へと駆けて行った。

 

 (すげえ……よくここまで再現できるよな)

 

 もはや感心半分、呆れ半分といったところか。艦娘のみならず艤装も完璧とは、この世界は本当に現実なのかと、疑心暗鬼になってしまう。

 

 「私はあれよりもっと速いんだよ!補佐官に見せてあげたかったなぁ……」

 

 海面を駆ける漣たちを見て、島風が些か残念そうに呟いた。ちなみに島風は、艦娘の中でも随一の速力を誇る。陸であれだけ速いのだ、海ではあれ以上に速いかもしれない。そう思うと確かに見てみたい気もするな。

 

 「神城氏ー!いきますよー!」

 

 と、海上から漣の声が聞こえてくる。三人は訓練用の的と距離をとって対峙していた。

 今のが合図だったのか、的をめがけて体勢を整える漣。主砲の先はまっすぐと的に向かっている。

 その刹那。

 まるで花火が打ち上げられたかのような発砲音と共に、砲弾が発射された。砲撃はそのまま何度か続き、砲弾が発射されるたびに目の前に広がる迫力満点の光景を、その目に焼き付けていく。

 

 「うわ、やっば……」

 

 思わず言葉が漏れた。自然と口から溢れた感想だった。

 砲撃によって、高く宙に舞い上がる水柱。跡形もなく砕け散る的。どちらも俺を圧倒するには充分すぎる光景であった。見た目は少女でもやっぱ艦娘なんだと、改めて実感する。

 やがて自分の番が終わったのか、漣が後ろへ後退。今度は皐月が進み出た。

 

 「僕の砲雷撃戦、始めるよ!」

 

 こっちまで聞こえるほどの声を張り上げ、12cm単装砲が火を噴く。

 皐月は砲撃をしばらく行った。的の周囲に水柱が乱立して、的を覆い隠さんとする。まるでド派手な噴水を見ているようだ。

 少しして砲撃が終了。的を見て着弾を確認する。

 

 (……あら)

 

 見たところ、着弾はよくて二つといったところだった。次々と的に命中させていた漣と違って、少し物足りないような気もする。

 交代して次は夕張さん。彼女も皐月ほどではないが、命中弾はまあそこそこって感じだった。

 俺は首をひねる。今の砲撃訓練、練度通りの結果といってもいい。的の具合からして、それもかなり顕著に表れていた。ゲームだと練度の差は実感しにくいけど、この世界だと目に見えてわかる。練度が数値化して見える俺には、なおさら好都合だ。

 

 問題は練度の価値と上達するスピードだが、今の訓練だけではなんとも言えない。これらを把握して最善策を考えるのも、後々の課題になりそうだ。

 ちらと視線を漣たちに戻す。

 海上で訓練に励む三人の艦娘たち。連装砲ちゃんと戯れる島風を横目に、俺はその様子をまじまじと眺めていた。

 

 

 




一応補足。

練度は書類上、漣「中」皐月「低」夕張さん「低」です。
なお、数字を明確に書かないのは、どれぐらいにしようか考え中だからだったりします(小声)


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補佐官のお仕事②

島風に迫られたら拒否できないと思うんです(小並)

今回は霞のキャラ立てと、装備開発のお話になっております。


 

 その翌日。

 俺は全身の疲労感と筋肉痛によって、なんとも憂鬱な朝を迎えた。鳴り響く目覚まし時計に若干イラつきを覚えながら、身支度を手短に済まして提督室へとおもむく。

 

 なぜデスクワーク中心の業務にもかかわらず、こんなに疲労困憊なのか。それは俺自身の運動不足も要因の一つだが、一番は彼女の溢れる元気っぷりにあるといっても過言ではないだろう。実のところ、昨日の業務は大半が肉体労働だったのだ。

 

 「補佐官?どうしたの?」

 

 筋肉痛に顔を歪めていたところ、島風が顔を覗き込んできた。

 昨日はこの島風と一緒に、トラックやら鎮守府中を駆け回ったことで、今疲労感と筋肉痛に苛まれている。楽しかったけど、運動不足すぎて全くついていけなかった。なんとも情けない話である。

 

 「あ、いや……なんでもないっす」

 

 「いいんだよ、ご飯はゆっくり食べて。ちゃんと噛んで食べるの」

 

 「うっす」

 

 朝礼後、俺は島風に連れられて食堂にいた。朝礼が終わった瞬間、彼女に強く迫られ、断るにも断れなかったのだ。

 見た目はド派手な女の子でも、島風も艦娘。その力は常人を遥かに凌ぐ。一度腕を強く掴まれれば、自力で引き離すのは不可能。俺は島風のなすがままに、食堂まで連行された。

 他にも場の流れで漣と皐月、不知火も一緒のテーブルで朝食をとっている。

 

 「珍しいですね」

 

 前に座る漣が話に加わった。

 

 「ご飯食べるのも速い島風ちゃんが、そんなこと言うなんて」

 

 「いいの。だって速く食べすぎると身体に良くないんでしょ?」

 

 「まあ、そのぶん胃に負担がかかりますからね」

 

 「そんなのやだもん。食べるのが遅くても、他で速いから大丈夫!」

 

 あくまでも速さが基準とは、いかにも島風らしい。あといい子、超いい子。

 昨日も俺に気を使って自ら休憩しようと申し出たり、休憩中に水を持ってきてくれたりと、細かい気配りのできる子なのだ。少し強引な面もあるが、そこも島風らしさがあっていいだろう。

 ふと顔を上げると、みんなの目が島風に集中していた。なんか心底意外そうなご様子。

 

 「意外だなぁ……島風の台詞とは思えないや」

 

 と皐月。そこに別方面からも声がした。

 

 「なに猫被ってんのよ」

 

 いかにも不機嫌そうな、トーンの低い声色。声を発したのは霞であった。

 

 「散々人のこと遅い遅いって馬鹿にしておいて、よく平然とそんな嘘つけるわね」

 

 「う、嘘じゃないもん!それに馬鹿にしてなんか……」

 

 「はあ?じゃあずっと素で言ってたの?そっちの方が神経疑うんだけど」

 

 なんだか雲行きが怪しくなってきた。一気に周囲の空気が通夜と化し、他の職員の方々の目線が痛い。どうにかしてこの場を収めなくてはと、俺は頭の中で手段を模索する。

 しかし。

 

 (なんも思いつかねー!)

 

 その間にも、霞はさらにヒートアップ。その矛先はとうとう俺へと向けられた。

 

 「あんたからも言ってやったら?」

 

 「な、なにをでしょう」

 

 「人間のあんたが島風と競争したところで、勝てるわけないでしょ。毎日強引に付き合わされて、内心迷惑してるんじゃないの」

 

 「いや、そんなことは……」

 

 霞の語気に押されて否定が弱くなる。そんなこと全く思ってないのに。

 

 「私は大迷惑よ。航行時の単独行動、及び旗艦の命令無視。そんな子と一緒の艦隊なんて、命がいくつあっても足りないわ」

 

 そう言って島風を睨む霞。島風は俯いたまま何も言わない。おそらく事実なのだろう。

 

 「あのクズは使えないから、あんたから言っといて。もしそれでも聞かないなら、編成を変えるようにね」

 

 言いたいことを言い終わったのか、霞はすたすたと厨房まで歩いていった。

 テーブルの面々の反応は様々だった。漣はやれやれと首を振り、皐月は「怖かったー」と苦笑い。不知火に関しては何ら動じずお茶を啜ってるし、島風は下を向いたまま意気消沈。ただその手は、気が付けば俺の腕部分の裾を掴んでいた。

 

 「霞ちゃんは相変わらずですなー」

 

 呆れたような口調で漣が喋り始める。

 

 「あんなにツンツンしてて、顔疲れないんですかね」

 

 「言葉遣いには問題ありますが、言ってることは正しいです」

 

 不知火が言う。彼女はもう食事を終えていた。

 

 「単独行動と命令違反については、既に司令に報告済みです。もし今日も同じようなら、不知火も艦隊の再編成を進言するつもりでした」

 

 「あれま」

 

 「不本意ながら仕方ありません。万が一があってからでは遅いですから」

 

 そして不知火は「お先に失礼します」と言ってから、席を後にした。

 不知火が去ったのを皮切りに、皐月が口を開く。

 

 「霞ってあんなに口悪かったっけ?」

 

 「あれが平常運転ですヨ。今日はかなり機嫌悪かったみたいですけど」

 

 「でもあの言い方はちょっとなー。補佐官、完全にとばっちりじゃん」

 

 「それな。全然関係ないのに」

 

 けらけらと笑う漣。ふと裾を掴む島風の手が強くなる。

 

 「ねえ、補佐官……」

 

 「ん?」

 

 「私とかけっこするの、迷惑だった?」

 

 島風が震えた声で訊いてくる。

 

 「私、補佐官のこと馬鹿にしてた……?」

 

 今にも泣き出しそうな声色。この問いかけだけは、さっきのような醜態を晒すわけにいかない。

 俺は島風を見て、率直な気持ちを述べた。

 

 「いや、全然。むしろ誘ってくれてありがたいすよ」

 

 「本当に?迷惑じゃないの?」

 

 「迷惑なわけないじゃないすか。迷惑だったら普通に言ってますよ」

 

 「……そっか。よかった……えへへ」

 

 ようやく島風の表情に笑顔が戻った。やっぱり島風は、笑って走ってる姿が一番似合ってると思うんです。

 

 (はあ……よかった) 

 

 「かーっ!イケメンかよ神城氏!」 

 

 「補佐官、今度僕とも遊んでよ!」

 

 よくわからないタイミングで、急に盛り上がり出す前二人。周りの人たちの目が痛い。

 

 「まあ単独行動うんたらに関しては、少し気をつけた方がいいかもしれませんね」

 

 漣が島風に向かって言った。

 

 「自分も危ないですし」

 

 「うん……頑張る」

 

 しかし島風は、台詞とは裏腹にいかにも自信なさげであった。一体どうしたというのか。

 

 「?何か心配事でも?」

 

 「……」

 

 漣の疑問に黙ったまま頷く島風。一呼吸おいて、島風はその疑問に答えた。

 

 「その、みんなと合わせるのが難しくて……すぐ前に出ちゃうの」

 

 みんな。同じ艦隊にいる不知火と霞のことだろう。

 

 「それで注意されるんだけど、全然上手くいかなくて」

 

 「ふむ。つまり艦隊運動が苦手ってことですか」

 

 「私が悪いって分かってる。でも、難しいんだもん……」

 

 「わかりみ。漣も最初は苦労しましたからねえ」

 

 さすが漣、このコミュ力の高さである。隣の皐月もうんうんと同調していた。

 

 「僕なんてそれより酷いよ。いつの間にか周りに合わせるって思考が飛んじゃうんだ」

 

 「そ、そうなの……?」

 

 「いやあ、やっぱ訓練しないとダメだね」

 

 はっはっはと皐月は笑った。次いで漣の目が俺へと向く。

 

 「神城氏、このことご主人様に言っといてくださいよ?」

 

 「え?」

 

 「ほら、単独行動したくてしたんじゃないってこと」

 

 「あ、はい」

 

 つくづく頭が下がる。漣ってこんなに頼り甲斐があったのかと、心の中で感動が生まれた。

 

 「島風ちゃんや、今度漣が航行テクを伝授したげますからね」

 

 「うん、ありがとう!」

 

 これで全て解決、と思いきや。皐月がそういえばと小首を傾げた。

 

 「なんで霞はあんなに怒ってたんだろうね?」

 

 「さあ……漣にもさっぱりですな」

 

 「それも私が悪いの」

 

 すると島風が、またも二人の疑問に答えた。

 

 「艦隊運動もまともにできないのかって言われて、つい……」

 

 「あー、それで心にもないことを言ってしまったと」

 

 漣の言葉に小さく頷く島風。要するに、蓋を開けてみれば単なる喧嘩だったのである。

 

 「なるほどねー。二人の喧嘩なら、僕たちが口出しするのもあれかな」

 

 「ま、そのうち地も固まりますヨ。霞ちゃんも鬼じゃないですし」

 

 不安そうな島風を横目に、俺は隅の方に座る霞に目をやった。

 

 (あんな端っこで……こっち来ればいいのに)

 

 霞は食堂の誰もいないスペースで、静かに朝食を摂っていた。

 本当は今すぐにでも、霞の隣に座るか呼ぶかしたいところだが、いかんせんコミュ障という高い壁に阻まれる。まだ着任から三日目とはいえ、こういう時に仲を取り繕うことが、補佐官である俺の役目のはずなのに。

 

 (こんなんで提督になれんのかねえ……)

 

 俺は心の中で大きなため息を吐き、朝食の最後の一口を口へ放り込んだ。

 

 

 その日の業務は、デスクワークもさることながら、それ以上に俺の関心を寄せるものがあった。

 俺は今、塚原さんと一緒に工廠に来ている。朝礼で明石さんから「装備の開発が可能になった」という報告を受けて、本当に可能なのか確かめに来たのだ。

 

 「装備の開発も、提督の重要な役割の一つだ」

 

 開発の前に、塚原さんが説明してくれる。

 

 「実際に開発するのは妖精だが、妖精は提督の指示がないと動かない。だから提督には、妖精との意思疎通スキルが求められる」

 

 「な、なるほど」

 

 妖精は能動的には動かない。この世界に存在する妖精の特徴の一つだろうと愚考した。

 

 「まあ中には、自由気ままに行動する妖精もいるが……あれは例外だな」

 

 「あっ……」

 

 「その反応から察するに、神城君も見たか」

 

 俺はこれまで見てきた妖精を思い返す。どう考えても、当てはまるのはあの妖精たちしかいない。

 

 「人のことを希少種と言っておきながら、自分たちも希少種というオチだ。あまり笑えないな」

 

 「塚原さんも言われたんですか?」

 

 「ああ。酷く馬鹿にされた気分だったよ」

 

 苦笑する塚原さん。あの妖精どもめ、次会う時はコミュ障なんて発揮するものか。普通にタメ語で話してやる。そう心の内で決心し、工廠の中を進んでいく。

 

 今日訪れるのは、装備を開発するためのエリアだ。そこは他のエリアと違って広いスペースが確保されており、周りには大きさは違えど、見慣れた緑色のドラム缶や、光を反射して煌めく鉱石などが積んである。

 

 「おっ、来ましたね。お待ちしてましたよ」

 

 開発エリアでは既に、夕張さんが待機していた。後ろには明石さんと、何体かの妖精の姿も見える。

 塚原さんはこほんと咳払いをして、それから前に出た。

 

 「装備開発の件なんだが」

 

 「ふふ、わかっておりますとも。不肖この夕張が、開発のサポートをさせていただきます」

 

 「あ、ああ……頼む」

 

 あの塚原さんが気圧されている、というより引いている。それほど夕張さんから、装備開発に対する熱意が伝わってきた。

 

 「何を開発しましょうか。魚雷?電探?」

 

 「今日は試しだ。ごく簡単なものでいい」

 

 「えー、チャレンジしないんですか?」

 

 「資材も限られてるんだ。レシピの模索は舞鶴や佐世保に任せておけばいい」

 

 「むう……仕方ありませんね。なら最低値でいきましょう」

 

 さらに歩を進め、いよいよ装備開発という段階。塚原さんが妖精に何を開発したいか、資材をどれだけ使うのかを伝えていき、それを聞いた妖精が指示通りに資材を運ぶ。

 

 俺もこれには目を丸くしたが、妖精が資材に触れた瞬間、その資材がぽんと消え失せた。そして重々しい機材や器具に囲まれた、ちょうど真ん中のスペースに移動。何をするのかと思えば、これまた一瞬で消えた資材が出現した。

 

 (すっげ……)

 

 壮大なマジックショーでも見せられてる気分だ。もはや言葉が出ない。

 

 「神城君、こっちだよ」

 

 ふと塚原さんに呼ばれ、俺は駆け寄った。

 

 「提督の役目は妖精を動かすだけじゃない。頭の中で開発したい装備を、具体的に思い浮かべる必要がある」

 

 「は、はあ……」

 

 「主砲なら主砲、魚雷なら魚雷。それをイメージするんだ」

 

 塚原さんが夕張さんと妖精に、アイコンタクトを送る。両者はいつの間にか、それぞれ先端の尖ったホースのようなものを持っていた。よく見ると、それは目の前の機材に繋がっている。

 

 「あれ何持ってるんですか?」

 

 「開発に要する機材だよ。俺たちは気にしなくていい」

 

 そして目の前の機材に視線を移した。

 

 「これから開発するのは魚雷だ。全ての準備が整ったらこのボタンを押す」

 

 機材の下の方の、開発開始というボタンを指差した。

 

 「夕張、準備はいいか?」

 

 「いつでもどうぞー」

 

 俺はごくりと唾を飲み込んだ。ここまではゲームと然程大差はない。開発の仕方は複雑化してるものの、レシピや最低値なんてワードが存在するなんて、正直マジックショーよりもどきっとした。

 

 「いくよ神城君。大きな音と衝撃に備えて」

 

 「は、はい!」

 

 塚原さんに言われ、一旦思考を停止する。耳を塞ぎ、身体に力を入れて、これから訪れる未知の体験に備える。

 

 「よし、開発開始だ」

 

 ぽちっ。塚原さんが開発開始のボタンを押した。

 その直後。

 ホースの先端から青白い稲妻が、資材に向かって走る。資材は稲妻を受けて、真っ白い光に包まれた。

 

 (うわ、眩しい……)

 

 何が起きたのかわからず、とりあえず収まるまで目を瞑ることにした。

 少しして光も落ち着き、視界が晴れる。俺はどうなったと期待を込めて目を向けたが、なんとそこには何も存在していなかった。

 

 「あちゃー、失敗ですか」

 

 と夕張さん。どうやら何も開発できなかったらしい。

 

 「最低値ではこんなものだろう。機材の動作確認ができただけでも、今日はよしとするさ」

 

 「いやいや、次こそいけますよ提督!まだ諦めるには早いですって!」

 

 「明石、引き続き工廠の整備を頼む」

 

 「はいはーい」

 

 「ちょ、無視ですか?!」

 

 まるでコントのような三人のやり取りを尻目に、俺はさっき止めた頭をフル稼働させた。

 この世界の装備開発事情は、限りなくゲームに近しい。それが今のマジックショーで明らかになった。レシピや最低値といった発言からも、裏付けは取れる。

 

 しかし、全てが同じと決めつけるのは早計だろう。実際に俺自身が開発に携わってみないことには、なんとも言えない。

 

 「神城君、戻るよ」

 

 「っと、今行きます!」

 

 いずれ機会があれば試してみよう。俺の知ってる知識を活かして、絶対に役立つ装備を開発してみせる。

 そんな不必要な闘志を燃やした俺は、島風の件の報告を完全に失念。慌てて思い出した頃には、既に地が固まった後だった。

 

 

 ちなみに忘れてたことが漣にバレて、廊下で盛大なタックルをくらったことは内緒の話。

 

 

 

 

 




今回も長い・・・

できれば3000字程度で収めたいけど、文章考えるって難しいですね()


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提督室ではお静かに

今回は特に中身はありません。

提督室で騒ぐ艦娘たちの様子を、主人公視点からうすーく書いただけの話になってます()








 

 提督。

 それは素質のある人間にしか務まらない、いわば選ばれし者の呼称である。

 では補佐官とはなにか。

 提督の仕事を間近でサポートする、最も提督に近しい人物のことを指す。

 

 両者とも深海棲艦の脅威から、艦娘と共に人類を影から守る、極めて重要な職務といっても誤りではないだろう。

 ゆえに、その業務は多忙の一言に尽きる。休日なんて、なくて当たり前なのだ。

 

 「すまんな……せっかくの休日だというのに」

 

 机上の書類に目を向けながら、塚原さんが申し訳なさそうに言った。

 

 「明日か明後日には必ず代休を取れるようにするから」

 

 「いえ、全然大丈夫ですよ。特にやることもないんで」

 

 微妙な笑みを浮かべつつ、俺も渡された書類を整理していく。

 俺が鎮守府に着任してから、迎えた初めての休みの日。本来、補佐官の俺は非番なのだが、提督業というのは月末が決まって忙しくなるらしい。日々の業務をこなすことはもちろん、ゲームのマンスリー任務のように、月一で提出しなければならない書類やノルマがあるのだそう。同じ例として日曜日もあげられる。

 そんな中、補佐官の俺が呑気に休んでるわけにもいかない。仕事ができるかどうかは別として、喜んで休日出勤の要請に頷かせてもらった。

 

 「むしろ俺なんかがいて、足手(まと)いにならないかどうか心配ですわ」

 

 「足手纏いなもんか」

 

 塚原さんの口調が少し強まる。

 

 「事務仕事に加え、神城君には艦娘たちのことも見てもらってるんだ。本当に助かってるよ」

 

 「あ、まじすか。ならよかったです」

 

 俺が見てるというより、遊ばれてる感の方が否めないけど。漣然り、島風も然り。

 

 「正直、デスクワークと艦娘の相手を同時にこなすのは無理があったからな」

 

 「てか俺より絶対、塚原さんの方が疲れてますよね」

 

 「疲れてない、と言ったら嘘になるが……艦娘たちはもっと疲れてるだろうからな。俺が弱音を吐くわけにもいくまい」

 

 「そ、そうっすね……確かに」

 

 あまりの台詞のイケメンさに、思わず言葉を詰まらせてしまう俺氏。いかに自分の脳内がお花畑かを痛感させられた。

 何が休日だ、何が日曜日だ。そんなもの、世の中のブラック企業に勤めてる皆様にくれてやれ。俺はいらんぞ。

 そう自身を奮い立たせていると、塚原さんが意外なことを口にした。

 

 「まあ、休みの件は俺と神城君とでシフトを組めば解決するからな。そこまで悲観しなくてもいいよ」

 

 「……えっ?」

 

 「そうすれば、互いに効率良く休みも取れる。神城君も提督になるなら、いい経験にもなるだろう」

 

 「それはそうですけど……」

 

 塚原さんの言う通りだ。俺は補佐官になるためにここに来たんじゃない。提督として必要な知識を養うために来たんだ。

 とはいっても、近くで塚原さんの働きっぷりを見ていたら「いっそ補佐官のままでも」なんて考えがたまに脳裏を(よぎ)ったりする。

 別に提督になるのが嫌なわけではない。ただ、現実の提督業の荷の重さに耐えられるか不安になるのだ。俺なんかが塚原さんや相浦さんのように、リアル鎮守府を運営できるかどうか。

 

 「はは、いずれだよいずれ。俺も人に偉そうなこと言えるほど、まだ自分の仕事に慣れてないからな」

 

 「はあ……」  

 

 それでまだ慣れてないのかと、心の中でツッコミを入れた矢先。扉がノックされた。

 塚原さんが「どうぞ」と言った後、扉が開く。部屋に入ってきたのは漣であった。

 漣は入ってくるなり、覇気のある声で堂々と言い放った。

 

 「トリックorトリート!お菓子くれなきゃイタズラしちゃうゾ」

 

 しーんと静まり返る提督室。漣だけが期待の眼差しで、こちらの反応を伺っていた。

 

 (そういや、今日ハロウィンだったか)

 

 気付けばもう十月の三十一日。

 日本ではあまり風習はないものの、とある街中ではドンチャン騒ぎと聞く。ネットで見かけたが、深海棲艦の影響なんて微塵も感じさせない盛り上がりようだった。

 

 「ちょ、無視ですか?!本当にイタズラしちゃいますよ?!」

 

 特に反応を見せない俺と塚原さんに、とうとう漣が声をあげた。心なしか、顔が赤くなってるような気もする。

 そんな漣に対して、塚原さんの対応は至って冷静だった。

 

 「そこのテーブルの上に置いてある」

 

 机上の書類から目を離すことなく、塚原さんが言う。

 

 「好きなだけ持っていけ」

 

 「むう……なんか冷めてますね。他にお菓子をくれた人たちは、もっと対応に優しさが溢れてましたヨ」

 

 漣はしぶしぶとテーブルまで歩いて、そのままソファーに腰を下ろした。

 どうやら色んな所でお菓子を集め回ってるらしい。俺は他の職員の方々の温かい対応に、感心を通り越して感動を覚えた。

 

 「ご主人様、漣の他にも誰かお菓子もらいに来ました?」

 

 「いや、来ていない」

 

 「よっしキタコレ。この勝負、漣の勝ち確ですわ」

 

 謎に勝利宣言する漣。気付けばテーブルの上のお菓子は空っぽになっていた。

 

 「あまり人の仕事の邪魔はするなよ。ほどほどにしておけ」

 

 「わかってますって。いけそうな人にしか声かけてませんから」

 

 漣は持参したバスケットにお菓子を詰め込み、ソファーから立ち上がる。そして軽い足取りで俺の前まで歩み寄った。

 

 「神城氏、トリックorトリート!お菓子かイタズラか、お好きな方を選ぶがいいですゾ」

 

 (うわ、来た……)

 

 流石に来ないだろ、と思ってたら来てしまった。嬉しいような嬉しくないような、複雑な気分である。

 しかし残念なことに、俺の手元に持ち合わせてるお菓子はゼロ。用意なんてしてるわけがない。

 

 「……俺いま何も持ってないんすよね」

 

 「ほう?では神城氏は、イタズラがご所望と」

 

 「いや違いますって」

 

 にやにやして訊いてくる辺り、間違いなく確信犯である。俺が何も持ってないことを知った上で、反応を楽しんでいるのだ。

 

 「あはは、実にいい反応ですね。さすが神城氏!」

 

 俺の反応が望み通りだったのか、漣は満足気に笑った。何故だろう、まったく褒められた気がしない。

 すると、また扉がノックされた。

 

 「おっ、来ましたかね」

 

 と漣。誰が来たのか心当たりのある様子。

 一旦机から顔を上げ、塚原さんが入室を促す。扉が開いて、今度は意外にも皐月と不知火が入ってきた。

 

 「失礼します!え、えっと……なんだっけ?」

 

 「トリックorトリートです。いったい何度言えば覚えるのですか」

 

 「あ、それだ。トリックorトリート!」

 

 どうやら二人も漣と同じように、お菓子をもらいに来たらしい。皐月はともかく、不知火はそういうキャラじゃないと思ってたが。

 

 「残念!一足遅かったですな」

 

 漣がドヤ顔混じりで二人に言った。

 

 「ここにあるお菓子は全て、漣がいただいちゃいましたヨ」

 

 「えっ、嘘?!」

 

 驚愕の声をあげる皐月。対して不知火は、平然とした面持ちで塚原さんの前に歩いていった。

 

 「旗艦報告書です。今提出してもよろしいでしょうか」

 

 「ああ、ありがとう。そこに置いといてくれ」

 

 「はい」

 

 なんだ、俺の勘違いだった。不知火はお菓子をもらいに来たわけじゃなくて、単に報告書を出しに来たんだ。

 

 (だよな。びっくりした)

 

 創作物ならまだしも、現実の不知火はクールもクール。ハロウィンを満喫するとは到底思えない。

 と思いきや、ふと漣が皐月と不知火に訊いた。

 

 「二人とも、お菓子どれぐらい集まった?」

 

 「全然だよ。まだポケットに入りきるぐらい」

 

 皐月が集めたお菓子を手に乗せる。バスケットに詰めていた漣と比べたら、確かに全然だった。

 

 「へえ、意外と集まるものですね」

 

 「みんな優しいからねー。わざわざ買ってくれた人もいたし」

 

 そんな人もいるのかと、二人の会話を聞いていて内心ドキッとした。俺だけ何もないなんて、流石にカッコ悪すぎるのでは。

 

 「ぬいぬいは?」

 

 次いで漣の視線が不知火に移る。まさか不知火が?と、俺もつられて目を移した。

 不知火は何も言わずに、ポケットの中から飴玉を一つ取って見せた。

 

 「まだこれだけです」

 

 「お、おお……なんとも美味しそうな飴玉ですな」

 

 不知火の重苦しい口振りに、たじろぐ漣。不知火は続けて言った。

 

 「やはり止めにしませんか。人からの厚意を勝負事に利用しようなんて、不謹慎が過ぎるかと」

 

 「そんな最もらしいこと言って、単に自信がないだけでは?」

 

 「いえ、そうは言ってません」

 

 即否定する不知火。若干語気が強まったような。

 

 「とりま、ここのお菓子は回収済みですので。次行きましょ次」

 

 漣を先頭に、提督室を後にしようとする。が、そこへまたしても来客が訪れた。

 

 「はあ……次から次へと」

 

 今の今まで傍観に徹していた塚原さんが、ため息と同時に頭を抱える。今回はノックの後、すぐに扉が開いた。

 

 「しつれいしまーす!」

 

 はつらつとした声と共に、そこには島風の姿があった。

 

 「ん?みんなどうしたの?」

 

 変に人数の揃った室内を見て、島風が首を傾げる。

 ちなみに提督室には、基本的に艦娘しか人が来ない。その艦娘でさえ、報告書や何か用事がある際にしか立ち寄らないので、今日みたいに朝礼以外で人が揃うのは珍しいと言える。

 

 「あら、ドア開いてる」

 

 「提督ー!トリックorマテリアル、なんちゃって」

 

 さらに追い討ちをかけるかのごとく、明石さんと夕張さんが合流。提督室はより一層賑やかになった。

 こんな状況下では、書類仕事に集中できるわけもなく。塚原さんはついに書類から目を離した。

 

 「お前たち、提督室をなんだと思ってる。騒ぐなら外でやれ」

 

 「ふふ、やっぱりみんな考えることは同じなのねえ」

 

 「何言ってんの。どうせ資材目的のくせに」

 

 不敵な笑みを浮かべる夕張さんと、呆れた表情を見せる明石さん。塚原さんはまた深いため息を吐いた。

 結局、提督室の盛り上がりはその後もしばらく続いた。 

 

 その結果。

 十月の三十一日、ハロウィン。この日を境に、理由なしによる提督室での長居は、一切禁止になったのだった。

 

 




霞出せなくてごめんなさい。

たぶん次回で登場します。たぶん・・・


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補佐官のお仕事③

 

 鎮守府に着任してから早数日。

 補佐官としての生活サイクルには徐々に慣れてきたし、艦娘たちとの仲もまずまず。最重要事項であるゲームとの差異の把握も、少しずつ進んでいる今日この頃。

 普段なら書類整理に勤しむ時間のはずが、俺は塚原さんに連れられ、初めて「作戦司令室」なる場所を訪れていた。

 

 「本当はもっと早くに案内するべきだったんだが、中々タイミングが掴めなくてな。後回しになっていた」

 

 「お、おお……」

 

 作戦司令室。

 文字通り、艦隊の指揮をとるための場所。その証拠に、部屋には通信機材はもとより、どこかの海域図の映ったモニターなどが設置されている。全体的に明るい雰囲気の提督室とは異なり、何やら重々しい空気に満ちた空間だ。

 

 「とはいえ、うちがここを使うことは滅多にないだろう」

 

 「え、そうなんすか?」

 

 「ああ。万が一その時が来たら、相当状況がよろしくないと思ってくれていい」

 

 「……まじすか」

 

 その心は、と疑問符を浮かべていると、塚原さんが続けて説明してくれた。

 

 「神城君も知っての通り、うちの役割は既に攻略の済んだ海域の哨戒と遠征が主になっている。そして攻略済みの海域は、深海棲艦と出くわす確率がずっと低い。これは遠征も同様だ」

 

 (へー、そうなのか)

 

 また一つ、ゲームとの差異が明らかになった。しっかり頭の中にねじ込んでおこう。

 

 「そして出くわすといっても、せいぜい軽巡クラスか駆逐クラスが少数。だから提督がわざわざ指揮をとる必要がないんだ」

 

 確かに、提督の仕事は何も艦隊の指揮をとるだけじゃない。ずっとここに張り付いていたら、他の仕事が回らなくなってしまうだろう。

 

 「艦娘は艦だった頃と違って、自分で考えて行動できるからな。ゆえに現場での指揮も、基本的には彼女たちに一任している」

 

 「な、なるほど」

 

 「しかし、どうしても有事の際ってのはやってくる。その時に艦娘(みんな)を導いてやるのが、俺たちの役目だ」

 

 「はあ……」

 

 と言われても、今の俺には正直ぴんとこない。なにせ、まだ具体的な艦隊指揮の方法も教わっていないのだ。

 ゲームではただ羅針盤を回して、進撃か撤退かを選択すれば良かった。でも現実がそんな甘いもののはずがない。それにこの世界の「出撃」について、ゲームとの差異の把握が全然進んでないのも大問題である。

 

 「そんなに心配しなくてもいいよ」

 

 と塚原さん。

 

 「神城君はもう充分、その役目を果たしてくれているからね」

 

 「へ?」

 

 意外な台詞に、思わず呆気にとられる俺氏。塚原さんはさらに続けた。

 

 「神城君のおかげで、島風は前よりもずっと人と話すようになった。今では単独行動もしなくなった上に、訓練にも一段と力を注いでいる」

 

 「いや、あれは別に俺のおかげじゃ……」

 

 「速いもの以外に関心を示さなかった彼女が、以前までとはえらい違いだよ」

 

 同感だ。これに関しては自分でも不思議に思う。

 どうして島風は、こんな大して足も速くないし体力もない俺なんかと、毎日飽きもせず走ってくれるのだろうか。

 

 「自分全く足とか速くないんすけどね。たぶんあれが素なんじゃないすか?」

 

 「うむ。そうかもしれないな」

 

 もはや日課となりつつある、島風との遊戯。

 最初はかけっこ勝負だったが、流石に勝ち目がなさすぎて途中から鬼ごっこに変更してもらった。これが案外はまったようで、皐月や漣、実は不知火も一回だけ参加したことがあったりする。

 

 「ひとえに導くといっても、それは艦娘を指揮することに限らない。あくまでも艦隊指揮は、提督業の中の一つってことだ」

 

 「……なんか難しいすね」

 

 「はは、そんな難しく考える必要はないさ。神城君は今のまま、変わらずみんなと接してくれればいい」

 

 「あ、うっす」

 

 正直ここまで評価されるほど、特別な何かをした記憶はないのだが。本当に今のままでいいのか疑問でしかない。

 

 「さて、話を戻そう」

 

 塚原さんがモニターの前まで歩いていく。俺もそれについて移動。

 

 「今日は哨戒中の第二艦隊で、機材の使い方や艦隊指揮がどんなものなのかを覚えてもらおうと思う」

 

 「はい、お願いします」

 

 俺はぐっと拳を力強く握った。

 この世界に来て約一ヶ月半。いよいよ本格的な、リアル艦隊これくしょんの始まりである。

 

 「こちら作戦司令室。聞こえるか?」

 

 通信機材と思われるものを手に取り、マイクに向かって呼びかける塚原さん。するとすぐに返事が返ってきた。

 

 『あ、司令官の声だ。聞こえてるよー』

 

 スピーカーから波の音と共に、皐月の声が聞こえてくる。

 通信機が正常に稼働してることを確認して、塚原さんは頷いた。

 

 「よし、問題なさそうだな」

 

 『こっちも問題ないよ。問題なさすぎて、これじゃ訓練と変わらないや』

 

 「油断は禁物だぞ。深海棲艦が出る可能性もゼロじゃない」

 

 『むしろ出てきてほしいね。僕もあいつら相手に、主砲とか撃ってみたいし』

 

 表情は見えないが、かなり張り切ってるご様子。そんな皐月が実戦未経験と知ったのは、つい最近のことである。

 提督でもないというのに、内心ハラハラして仕方がない。練度が数値化して見える俺には尚更だ。皐月には悪いけど、今は彼女とは真逆のことをお祈りさせてもらうとしよう。

 

 (出るなよ深海棲艦ども……まじで頼むよ)

 

 せめて俺が戦闘面における、ゲームとの差異を把握してからにしてください。お願いします。

 そう心の中で目一杯お祈りしていたら、今度は別の声が響いた。

 

 『ちょっと、また隊列から離れてるわよ!』

 

 霞の声だ。しかも何やらご立腹の様子。

 

 『っと、ごめんごめん』

 

 『これで何度目だと思ってるの?航行もまともに出来ないなんて、論外よ論外』

 

 『あ、あはは……』

 

 ちっとも笑えない。それどころか、余計に不安が増した。

 

 『あんたも少しは空気読みなさいよ。こんな編成にしておいて、こっちはいい迷惑なんだから』

 

 「哨戒は訓練も兼ねている。そういう言い方はよしてくれ」

 

 『艦列も組めないほど練度が低いのに、哨戒で訓練?はっ、とんだクズ思考ね』

 

 「実戦に勝る経験はないんでな。もしかしたら敵が出るかもしれない。そんな緊張感の中で航行していれば、普段の訓練よりも上達するスピードは早まるだろう」

 

 『だから……!』

 

 霞が何かを言いかける前に、塚原さんが付け加える。

 

 「もちろん、この編成は皐月だけじゃない。霞に旗艦を任せたのは、この編成でも旗艦が務まると思ったからだ。元の練度の高さを考慮してな。それに旗艦は、随伴よりも練度が上がりやすい」

 

 『っ……』

 

 急に言葉が返ってこなくなった。心地よい波の音だけが、スピーカーを通じて室内に響き渡る。

 

 「というわけで、三人とも。たとえ戦闘にならなくても決して油断しないようにな」

 

 『はーい!』

 

 『了解しました』

 

 『……ふん』

 

 皐月、不知火、霞の順で返答が返ってくる。塚原さんはここで一旦、マイクから距離を置いた。

 

 「とりあえず凌いだか……」

 

 「霞さんですか?」

 

 「ああ。なんとなくだが対応に慣れてきたよ」

 

 そう言って苦笑いを浮かべる塚原さん。

 塚原さんの台詞から察するに、俺の知らないところで色々あったのだろう。俺は霞とは未だに、会話らしい会話をしたことがないため、何も言われずに済んでいる。というのも、基本的には提督室にこもりっきりの日々を送っているので、関わる機会がないのだ。

 ちなみに「さん」付けで呼んでるのは霞だけではない。漣や皐月、島風にも人前では「さん」を付けて呼んでたりする。

 その後、俺は通信機の使い方を簡単に教わった。説明を聞いてる限りは、機械音痴の俺でも扱えそうで一安心。

 

 「この通信機にも、こいつと同様に妖精の細工が施されている」

 

 ふと塚原さんが、ポケットから携帯端末を取り出した。

 

 「そのおかげで、現場の艦娘とも連絡が取れるってわけだ」

 

 「細工……」

 

 俺は先日知った衝撃的な事実を、頭の中で思い返した。何かというと、それは深海棲艦が出現した際の影響である。

 深海棲艦が海域に出現すると、それが起因してか周囲に特殊な磁場が発生するそうだ。その磁場はあらゆる物に、多大な悪影響を与えるとされている。

 例えば、人々の交通手段として使われる飛行機や船。もし磁場の範囲内を通ってしまえば、その瞬間、あらゆる機器類の機能が狂ったように障害を起こし、機体や船体は操縦不能に陥ってしまうらしい。

 そして更に恐ろしいのは、磁場は自然現象にも影響を与えてしまうということ。分かりやすい例としては、艦これでいうところの「渦潮マス」。これは磁場の影響で渦潮が発生しており、艦娘でなければ普通に航行することすら、ままならないという。

 このように、深海棲艦が出現することで、実は色々な方面で計り知れないほどの悪影響を受けていたりする。これらの事実を初めて知った時は、「大丈夫かよこの世界……」と結構動揺したのは内緒の話だ。

 

 「神城君?」

 

 「あ、いえ。なんでもないです」

 

 まあもっとも、今のところは元の世界と変わらない平穏な日常を送れている。それは日々深海棲艦と戦う艦娘と、提督たちのおかげだということは言うまでもないだろう。あとは各国のお偉いさん方とか。

 

 「ちなみにだが、妖精の細工は通信機だけに留まらない」

 

 塚原さんが眼前のモニターに視線を移す。そしてモニター付近のキーボードを操作し始めた。

 

 「このモニターも特別製でな。どういう仕組みかは相変わらず謎だが、出撃している艦娘たちの状況を表示することができる」

 

 途端に画面が切り替わった。今まで映っていた海域図とは別のものと、画面左側に矢印のような動くマーク。そのマークの近くに、霞たち三人の名前が映し出される。

 

 「いま映ってるのは、第二艦隊が出撃している海域の地図と、三人がどこを航行してるかの位置情報だ」

 

 (おー、すっげ)

 

 ぱっと見た感じ、感覚的にはゲームとさほど大差ない。まあゲームのように分かりやすく航路に線は引かれてないし、当然敵の出る位置にマスなんて表示されてないけど。でもよく見たら、なんとなくマップに見覚えがある気もする。

 この画面をあえて例えるなら、ブラウザ版とアーケード版を上手い具合に合体させた、とでも表現すれば的を射てると思う。なんか頭の中がこんがらがってきた……。

 一体どこまでがゲームと同じなのか。さっさと把握してスッキリしたいものである。

 

 (そういえば、この世界でも羅針盤って回すんかな)

 

 不意に脳裏をよぎる「羅針盤」の三文字。別に忘れてたわけではないが、訊く機会もなかったので頭の奥に押し込んでいた。

 いい機会だ。このタイミングなら、訊き方を誤らなければ変に思われることもないだろう。

 

 「あの、塚原さん——」

 

 と、呼びかけたその時。

 警鐘か警報か、そんな雰囲気の音が室内に鳴り響いた。

 

 「え、えっ?!」

 

 「遭遇したか」

 

 情けなくとも慌てる俺をよそに、塚原さんが呟く。その表情はいつもと変わらず、至って冷静だった。

 

 「今のは敵艦隊と遭遇した際に鳴る、報のようなものだ。気にしないでいい」

 

 (嘘やん!まじで出やがった)

 

 必死のお祈りも力及ばず。深海棲艦どもめ、少しは空気を読んで欲しいものだ。

 気を取り直してモニターに目をやる。モニターには新しく、接敵した深海棲艦の情報が表示されていた。そして接敵した部分が、見慣れたマスのように赤く塗られる。

 

 「右側に今映ったものが、接敵している深海棲艦の情報だ」

 

 「あ、はい」

 

 「イ級が二体。現在確認されている深海棲艦の中では、もっとも弱い種類にあたる」

 

 塚原さんが説明してくれた。どうやら、イ級が弱いのはこっちの世界でも同じらしい。

 だが悪い意味でリアルに再現されてるせいか、この世界の深海棲艦は見た目がかなりアレだ。そんな奴らと戦うなんて、俺の心中は決して穏やかではなかった。

 

 (流石に大丈夫だよな……)

 

 いやいや、落ち着け俺。相手はたかがイ級だ。イ級ごときでこんなハラハラしてたら、この先身がもたないぞ。

 キリキリと痛む胃を抑え、モニターを見つめる。ゲームだと秒で瞬殺できる相手だからか、戦闘が終わるまでの時間がえらい長く感じた。

 一体目のイ級の反応が消えたのは、接敵して少し経ってからのこと。

 

 「問題なさそうだな」

 

 モニターを見て塚原さんが言った。さすが提督、この状況でも余裕のある表情を崩さない。

 もし俺が提督だったら、ここまで冷静にいられただろうか。たぶん無理だろうなと、心の内で虚しい自問自答を繰り返す。

 そして程なく二体目の反応も消え、戦闘は終了した。こちらには目立った被害もなく、ゲームでいうところのS勝利ともいえる結果だった。

 

 (はあ……よかった)

 

 モニターから目を離し、俺はほっと胸をなで下ろす。何もしていないのに精神的に疲れた。

 

 「ふむ。俺が口を出すまでもなかったな」

 

 と塚原さん。

 

 「すまない神城君、いきなりで驚いただろう」

 

 「そうっすね……正直だいぶビビりました」

 

 「はは、無理もない。俺も予想外だった」

 

 塚原さんが再び通信機を手に取る。

 

 「こちら作戦司令室。聞こえたら応答してくれ」

 

 『あっ、司令官!』

 

 今度も皐月が真っ先に返答した。その声からは、喜びの感情がうかがえる。

 

 『ねえ聞いてよ!僕の主砲であいつらやっつけたんだ!』

 

 興奮気味に喋る皐月。姿は見えないが、かなり嬉しそうだ。

 

 「ああ、よくやった。霞、受けた損害は?」

 

 『……損害?』

 

 少しの間の後、霞が口を開く。そして鼻で笑いながら応えた。

 

 『たかがイ級ごとき、そんなのなしに決まってるでしょ。分かりきったこと訊かないで』

 

 ぷつん。通信終了。

 あの口調から察するに、霞の方から通信を切ったらしい。

 

 『あー……ごめん司令官、正確には一体だけだったよ。僕が沈めたの』

 

 『申し訳ありません司令』

 

 ここで初めて、不知火の声がスピーカーから聞こえてきた。

 

 『霞には後ほど、不知火から強く言って聞かせておきますので』

 

 「気にするな。察せなかった俺も悪い」

 

 『ですが……』

 

 「それよりも、引き続き警戒を怠らないでくれ。三人ともな」

 

 さすが塚原さん、霞の冷たい態度なんか意にも介していない模様。

 

 『うん、了解!』

 

 『了解しました』

 

 通信が終わる。塚原さんは通信機をデスクの上に置いて、小さく息を吐いた。

 

 「指揮なんて偉そうに言っておきながら、結局俺の出る幕はなかったな」

 

 「いえ、もうこの空気だけで充分すわ……」

 

 「本来なら艦娘の被害状況を確認して、進撃するか撤退するかを判断するんだ。艦娘に現場の指揮を一任するとは言ったが、それだけは提督の役目になってる」

 

 「はあ、なるほど」

 

 ここはゲームと同じ、と楽観視するのはよろしくないだろう。役目は同じだろうけど、それに伴う責任と緊張感はゲームの比ではないとこの時間で重々理解できた。

 すると、塚原さんが思い出したかのように言う。

 

 「いや、もう一つ大事な役目があった。今回は攻略済みの海域ということで、出番はなかったが……」

 

 「え、まだあるんですか?」

 

 何故だか俺はどきっとした。頭の中で危険信号が一斉に点滅しだす。

 今まで訊くに訊けなかったそれを、まさか塚原さんの口から耳にすることに、

 

 「ああ。()()()を回すというのも、提督の重要な役割の一つだ」

 

 「……」

 

 なってしまった。なんて不幸で残酷な事実。今日ばかりは扶桑姉妹に負けないぐらい、憂鬱に呟ける自信がある。

 羅針盤。数多の提督をドロ沼に引きずり込んできた、艦これの闇の一つ。その設定すらも、この世界は再現してしまうというのか。

 

 (いやいや……てかどうやって再現してるんだよ)

 

 「?どうかしたのか?」

 

 「な、なんでもないっす」

 

 俺の認識が甘かった。

 どういう仕組みか謎でしかないが、どうやらこちらの世界でも、俺は羅針盤の沼からは解放されないみたいだ……。

 

 

 

 




羅針盤は回すもの・・・

追) 誤字報告、感謝します。


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協力者探し

 

 この世界に来て約一ヶ月半。

 とうとう深海棲艦との初戦闘を経験した上に、羅針盤なんて物騒なモノの存在を知ってしまった俺は、いつも通り書類整理に励みつつも、内心では自身の立ち回りの悪さを憂いていた。

 俺が平行世界(パラレルワールド)から来たことは言えないにしろ、もっと上手く情報を集められないものかと。このままでは、みんなが深海棲艦と遭遇するたびに、胃痛に苛まれることになってしまうだろう。いくら安全と言われても、ゲームとの差異を把握していない以上は安心できない。それは艦これを知ってる俺にとっては尚更だ。

 鎮守府に着任してから、かなりの差異を頭の中に叩き込んできた。時には、ゲームにすらない異常性も。

 しかし、それでもまだ足りない。

 やはり俺一人で情報を収集するには、些か能力不足が目立つ。大体少し考えてみれば分かることだった。ただでさえ不器用なのに、仕事と艦娘とのコミュニケーション、加えて情報収集を同時にこなそうなんて無理がある。初めから俺一人でどうこうなる問題ではなかった。

 本当はこういう場合、どんな逆境下でも奮闘するものなんだろうが、俺はアニメや漫画の主人公ではない。であるならば、少しでも頭を絞って、上手く立ち回ろうというもの。

 そう、例えば協力者とか。俺の疑問全てに答えてくれる、そんな協力者がいれば、かなり楽に立ち回れるようになるだろう。

 

 (誰かいねえかな……)

 

 ちらと塚原さんの方を見る。

 歳はそこまで離れていないはずなのに、まるでそうとは思えないほど余裕に満ちていて、超親切で仕事も完璧にこなす、この世界のリアル提督。おまけにイケメン。

 塚原さんなら訊けば教えてくれるだろうし、分からないことは調べてさえくれると思う。でも出来れば、艦娘の方が都合がいい。忘れがちだが、塚原さんはこれでも新人提督なのだ。ただでさえ毎日忙しいのに、迷惑はかけたくない。

 

 「よし、この書類で午前の分は終わりだ」

 

 「うっす」

 

 塚原さんから書類を受け取り、ざっと見た後に判を押す。

 午前中はほぼ、こういったデスクワーク中心の業務だ。といっても、俺の役目は書類を類別したり、判子を押す簡単なものなのだが。

 処理した書類を整え、塚原さんに渡す。これで午前の業務が終了した。

 

 「お疲れ。キリも良いし、一旦昼を挟もう」

 

 塚原さんが言った。俺は塚原さんの言葉に頷いて、席を立つ。

 と、ちょうど提督室から出ようとしたその時。部屋の扉が叩かれた。

 

 「いいタイミングだ。今日はこっちの方が少し早かったな」

 

 と塚原さん。そして入室を促す。

 すぐに扉が開いて、軽快な足取りで島風が入ってきた。

 

 「失礼しまーす、ってあれ?」

 

 入ってくるなり、島風は首を傾げた。彼女は俺と塚原さんとに、目線を行き来させる。

 

 「もうお仕事終わったの?」

 

 「はい、今さっき」

 

 俺がそう応えると、島風は意外そうな顔をした。

 

 「へー、珍しい。いつも遅いのに」

 

 これには思わず苦笑い。後ろの塚原さんも、微妙な笑みを浮かべている。

 このように、昼時になると島風がやって来る。出撃や遠征で帰投が長引いた時以外は、大抵この島風と一緒に、食堂に足を運ぶのが俺の日常となっていた。

 

 「何してるの?早く行くよ!」

 

 見れば島風は、すでに部屋の外に出ている。そんなに慌てなくても、飯は逃げないと心の中で何度思ったことか。

 

 「すみません、ちょっと行ってきます」

 

 「ああ、いってらっしゃい」

 

 俺は塚原さんに頭を下げ、提督室を出た。

 とここまでが、朝から昼前までの流れである。午前中は書類に書かれたことや、上手い具合に塚原さんに質問したりして、この世界の情報を集める。

 最初はそれでも充分だったが、そうも言ってられなくなった。一刻も早く、協力者を見つけなければ。

 

 「それでねー、今日も私が一番に帰投したんだよ!」

 

 前を歩く島風が、遠征帰りの海上駆けっこ勝負について楽し気に語っている。

 霞がいたら何を言われるか、考えただけでも怖いけど、艦娘にだって息抜きは必要だろう。

 

 (いや……島風はなしだな)

 

 少し考えて、対象から外す。島風なら訊けば普通に教えてくれるだろうし、もうそれほどの関係は築いてるはずだ。たぶん。

 

 「?補佐官?」

 

 「へ?」

 

 声をかけられ、はっと我に帰る。視線を移すと、島風がまた首を傾げていた。

 

 「どうしたの?さっきからぼーっとして」

 

 「あ、いや、なんでもないっすよ」

 

 いけないいけない。島風はこんな風に、妙に鋭くなる時があるから怖い。

 

 「ふーん。ならいいけど!」

 

 (危ねえ……)

 

 俺は改めて、島風を協力者候補から除外した。

 

 

 島風がダメとなれば、必然的に候補は絞られてくる。

 残った五人のうち、未だまともな会話をしたことのない霞。島風同様、普通に訊けば教えてくれそうな不知火を除く。

 とすると、あとは漣か皐月、夕張さんの三人。この三人であれば、面白そうだと乗ってくれる気がする。

 この中の誰かに、溜まりに溜まった疑問に答えてもらったり、できれば情報収集も手伝ってもらう。それが俺の考えた協力関係だ。

 その際、俺がこの世界の人間じゃないことはバレても構わない。別にかっこつけて秘密にしてるわけでもないし。

 昼食のカツカレーを食べながら、向かい側に座る皐月と漣に目をやる。正直この二人ならどちらを選んでも問題ないのだが、皐月はまだ建造されたばかりの、俺と同じ新米。今は余計なことを頼むべきではないだろう。

 

 「はあ……今日は出なかったね、深海棲艦」

 

 皐月が丼飯を頬張りながら、残念そうに呟いた。対して横の漣は呆れ顔。

 

 「どんだけ食べれば気が済むんですかねえ……」

 

 漣の台詞はもっともだ。現時点でお代わり二杯、今それすらもなくなろうとしている。

 まったく、その小さな身体のどこにそんな余裕があるのやら。

 

 「あはは、いっぱい訓練した後だからお腹減ってるんだよね」

 

 皐月が照れ臭そうに頭を掻く。

 

 「あと食べた方がその分、強くなれるかなって」

 

 「いやいや単純か。太りますよ?」

 

 「それは大丈夫。その分、身体動かしてるから」

 

 そこにさらに横から、不知火が会話に加わった。

 

 「あながち間違いではありません。我々は人間のような身体の変化は望めませんが、それでもエネルギーにはなります」

 

 「いや真面目か!そんなマジレスしないでくださいヨ」

 

 「マジレス?なんのことでしょう」

 

 不知火の箸が止まる。皐月が笑って言った。

 

 「出た漣語!今度のはどういう意味なの?」

 

 「……こほん。漣もお代わりしてこよーっと」

 

 わざとらしい咳払いをして、漣は逃げるかのように厨房へ駆けて行った。

 さすが漣、俺の予想通りネットを嗜んでいた模様。普段はあまり口にしないが、あの様子だと他にも色々知ってるんだろうなと推察した。

 

 「ねえねえ、マジレスって?」

 

 不意に島風に尋ねられる。他二人の視線が、なぜか俺に集まった。

 

 (ええ……)

 

 まるで不本意な後始末を押し付けられたかのような気分になる。なんで俺がネット用語を解説しなければならないのか。

 

 「まあ……普通にマジなレスの略っすね。一言で言うと」

 

 「マジなレス?」

 

 「マジは真面目とかそういう意味で、レスは返信。それをくっつけてマジレス、とかなんとか」

 

 「なにそれ、変なのー」

 

 全く興味なさげな島風。不知火も食事を再開している。

 穴があったら入りたいなんてことわざは、こんな時のためにあるのだろうと思った。あと顔から火が出るも然り。

 

 「へー、補佐官も詳しいんだね。漣語」

 

 皐月が感心したように言う。

 

 「面白そうだし、もっと教えてよ」

 

 「いや、俺もそんな知らないんすよ。これだけたまたま知ってたんです」

 

 冗談じゃない。そんなことをすれば、せっかくのややコミュ障な普通のお兄さんというキャラが、崩れてしまいかねない。

 そこへ漣が戻って来た。ニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべて。

 

 「どもども、ご丁寧な解説ありがとうございます」

 

 「はあ……」

 

 悔しいけど、これは認めるしかなさそうだ。たぶんこの子となら、良い協力関係が築けるかもしれない。

 俺は誠に複雑ながら、眼前の少女を見てそう直感した。

 

 

 昼食後、俺は午後の業務が始まる前に工廠を訪れた。

 とりあえず漣は決まりとして、あとは夕張さん。この世界でも技術屋の気質を持つ夕張さんには、ご教授願いたい装備の知識が山ほどある。今後のことを考えると、安易に候補から外せない。

 とはいえ、確信はある。俺の持つ艦これの知識を活かして、どうにか夕張さんの興味を引く。それができれば彼女のことだ、普通に協力してくれるだろう。

 

 「ふう……行くか」

 

 一呼吸おいてから、工廠の中を歩き出す。

 夕張さんは基本的に、この工廠を活動拠点にしている。そのため、自発的に足を運ばなければ、彼女と話をする機会がほとんどない。塚原さんに工廠へ使いを頼まれた日以外は、朝礼でしか顔を合わせないほどに。

 まあ逆に言えば、こちらから動けば確実に会えるってわけだ。しかも他に人もいないので、心置きなく話をすることができる。今まではコミュ障を発揮して、個人的な都合で訪ねることはなかったけど、今回はそうも言ってられない。

 歩を進め、俺は先日まで明石さんが、艤装を修復するために使っていた場所までやって来た。明石さんが他の鎮守府に異動してから、夕張さんがこの場所を引き継いだのだ。そして塚原さんに資材をねだっては、日々ここで研鑽に励んでいる。

 すると、壁の向こうから話し声が聞こえてきた。

 

 「ありがとうございます」

 

 「いいのいいの、これぐらい。お姉さんに任せなさい」

 

 歩くのをやめる。反射的に回れ右をしながら、少しだけ聞き耳を立てた。

 

 「でも、あまり無理しちゃダメよ?私は明石と違って、修理はできないんだから」

 

 「……はい」

 

 夕張さんの声だ。それともう一人、この声は、

 

 (霞か……?)

 

 そういえばいつも、なんだかんだで昼食の時間は被ってたのに、今日はいなかったのを思い出した。

 霞も夕張さんに用があったとは。先客がいたとなっては、機会を改めるべきだろう。午後の業務も控えてるし。

 

 「失礼します」

 

 「ほどほどにねー」

 

 と、二人の会話が終了した。次いですたすたと、こっちまで歩いてくる足音。

 やばい、聞き耳なんて立ててる場合じゃなかった。

 

 「!……何してるの?」

 

 案の定、目の前に霞が現れた。俺を見て若干はっとした様相を見せるも、すぐにいつもの仏頂面に戻る。

 ビビるな俺、コミュ障だからって目を逸らしたら嫌われるぞ。そう自身に言い聞かせ、返答する。

 

 「いえ、ちょっと夕張さんに用があって……」

 

 「……」

 

 霞からの返答は得られない。黙ったまま俺のことを見据えている。

 

 (え、何これ……キツいんですけど)

 

 その状態が十秒近く続いて、俺は堪らず視線を逸らした。ダメだ、これ以上は俺の精神がもたない。

 先にこの沈黙を破ったのは霞の方だった。

 

 「……中にいるわよ」

 

 「へ?」

 

 唐突な言葉に、思わず聞き返してしまう。霞はそれだけ言うと、この場から去っていった。

 一体なんの時間だったのか謎でしかないが、とにかく何も言われずに済んで一安心。

 

 「あら、神城さん」

 

 ほっと胸をなでおろしていると、後ろから夕張さんの声がした。

 

 「どうかしました?」

 

 「あ、えっと……」

 

 頑張れ俺、とりあえず話を展開しろ。全てはそれからだ。

 

 「その、装備のことでいくつか訊きたいことがあって」

 

 「……ほう?それはそれは」

 

 夕張さんの眉がピクッと動く。

 

 「立ち話もなんですし、どうぞ中へ」

 

 よし、掴みは成功。

 中に入ると、さすが工廠と思わせるような、実に様々な器具や機材が目に飛び込んできた。特に今の俺なら一目で分かる、ギラギラと黒光りした鉄の塊。

 おそらく夕張さんの艤装だろう。うろ覚えだけど、確かこんな形だった気がする。

 

 (そういえば、夕張さんの練度まだ把握してなかったな)

 

 艤装を見て、俺はふと思った。

 この世界の練度表記は、今のところ高、中、低の三段階で評価されている。それも、訓練や出撃の戦果から客観的に判断するしかないという、非常に曖昧なデータだ。

 しかし俺には、そんな面倒くさい作業は必要ない。非常にありがたいことに、俺はただ艤装をまとった艦娘の姿を見れば、練度らしき数字を一瞬で目視できるのだ。

 早いとこ確認しておきたい。戦力層を計算した上で、適切な編成を組むのが提督の役目。ならば、詳細な練度の把握はいずれ役に立つだろう。

 

 「ごめんなさい、散らかったままで」

 

 床に散乱した工具諸々を、足でどかす夕張さん。そして隅の方からパイプ椅子を引っ張ってきてくれた。

 

 「はあ……作るのは得意なんだけど、片付けはどうも苦手なのよねえ……」

 

 夕張さんがため息混じりに言う。確かに、お世辞にも片付いてるとは言えない状態だ。

 俺は周りを見渡してから、パイプ椅子に座る。

 

 「手伝いましょうか?」

 

 「あはは、ありがとうございます。でも大丈夫です、片付けてもどうせまた散らかるので」

 

 そう言って、夕張さんも椅子に腰を下ろした。

 

 「それはそうと、急にどうしたんですか?」

 

 「え?」

 

 「いきなり装備のことが訊きたいなんて。もしかして、提督の差し金?」

 

 確かに、夕張さんの疑問はもっともだ。これまで彼女の前で、そんな素振り一切見せてこなかったし。

 だがそれは、事実とは反する。ただコミュ障を発揮してただけで、本当は直ぐにでも尋ねたかったのだ。

 

 「いや、単に自分が知りたいだけっす。自分補佐官なのに、あまりにも知らなすぎるんで」

 

 俺が本心を伝えると、

 

 「あー、そっか。そういえば神城さん、つい先日まで大学生だったのよね……」

 

 夕張さんは納得した様子になった。それから、ぽんと手のひらを叩く。

 

 「よし!そういうことなら、この兵装実験軽巡、夕張にお任せあれ!兵装のなんたるかを、一から教授してさしあげます!」

 

 「あっ、ありがとうございます!」

 

 俺はほっと息を吐いた。これで次から気兼ねなく工廠を訪れることができる。

 夕張さんは椅子から立ち上がると、どこからかホワイトボードを引っ張り出してきた。さらに彼女の顔には、いつの間にかワインレッドのフレームの眼鏡がかけられている。

 

 (うわ……これグラ実装不可避だろ)

 

 整った顔立ちに知的度が加わることで、ますます美人に見えた。実によく似合っている。

 

 「はい注目!」

 

 夕張さんの一声で、俺は視線をボードに移した。

 

 「憂鬱な訓練までそう時間もないので、まずは基本をおさらいしておきましょう」

 

 「は、はい。お願いします」

 

 俺としてはその方がありがたい。何事も基本は大事だからね。

 憂鬱な、の部分はスルー。

 

 「大前提として、艦娘の兵装は二種類。これらの違いは、端的に言うと妖精の力が宿ってるか否かの違いです」

 

 これは知ってる。前に塚原さんに教わった、基礎兵装と赤兵装の話だろう。

 

 「前者はその分、後者と比べても兵装の性能は段違いですが、装備できる数に限りがあります。また、扱いもそれなりに難しいです」

 

 「限り……」

 

 「はい。基本的に装備できる兵装の数は、駆逐艦と軽巡が二から三。重巡以上の艦種は四つになります」

 

 なるほど。要するに、艦これでいう装備スロットのことね。

 

 「ちなみに、後者は元から備わっている兵装です。こちらはあまり気にする必要はないのですが、まあ実際に見てもらいましょう」

 

 ここで一旦ボードから離れ、自らの艤装の元に向かう夕張さん。

 まさかとは思ったが、夕張さんは自身の手で大きな艤装を身につけ始めた。その刹那、何もない宙に二桁の数字がぱっと浮かび上がる。

 

 (出た!!)

 

 やっと確認できた。しかしながら、見えた数字は決して高いとは言い難い。なんとなく察していたが、彼女の改造レベルである25にも届いてなかった。

 書類には夕張さんの練度は中と書かれてはずだけど、この世界の評価基準はどうなってるのやら。

 

 「私の場合は、この二基の主砲以外がそれにあたりますね」

 

 夕張さんが主砲を構える。目を凝らすと、主砲の上に小さな動く影が見えた。

 手のひらサイズのそれ——妖精は、半身を覗かせ、こちらをじっと見つめている。

 

 「魚雷や爆雷も一応積んでますけど、主砲ほど有効的なダメージを与えることはできません」

 

 見たところ、妖精は主砲以外の兵装には見受けられない。つまりそれは、

 

 「……妖精がいないからですか?」

 

 「イエス!さすが、理解がお早い」

 

 片目を閉じ、ぐっと親指を前に突き出す夕張さん。

 複雑な話にも聞こえるが、中身は艦これと変わらない。これが分かっただけでも、今日は大収穫だ。

 

 「とまあ、基本は以上です。残念ながら訓練の時間なので、今日の講義はここまでとします」

 

 夕張さんの話が終わる。言われてみれば、確かに講義っぽいなと思った。

 俺は深々と頭を下げ、携帯で時間を確認する。午後の業務まであと五分、俺もそろそろ戻らなくては。

 

 「はあ……ほんと憂鬱だわ。せめて新しい兵装でもあれば、気分も乗るのに」

 

 ため息を吐きながら、夕張さんがらしくない愚痴をこぼす。俺は気が抜けていたのか、言う必要のない台詞を口にしてしまった。

 

 「でも、あと少しで()()じゃないですかね。そしたら()()()ですし……」

 

 「えっ?」

 

 一瞬で夕張さんの顔が、怪訝そうなものへと変わる。その反応で、俺ははっと我に帰った。

 

 「あ、いや、なんでもないっす。すみません変なこと言って」

 

 やらかした。コミュ障のくせに調子に乗るから、余計なことを口走るのだ。

 夕張さんと長話ができて嬉しかったのはわかるけど、少しは自重しろ俺。

 

 「改造……改造って、艤装の強化のことよね」

 

 まずい、夕張さんが何やら考え込んでいる。そして案の定、俺を見て訊いてきた。

 

 「提督に言われたんですか?」

 

 「へ?そ、そうですね……確か」

 

 予想外の問いかけに、俺はそう答えてしまった。言うまでもなく、これは嘘である。

 

 「ふーん……そういうことなら、少しやる気出しちゃおうかしら」

 

 「……」

 

 俺は心の中で、二人に全力で謝罪した。

 ごめんなさい塚原さん、夕張さん。ただ改造できるというのは、あながち嘘でもないのでどうかお許しを。

 

 「それじゃ、私訓練行ってきますね。神城さんもお仕事頑張ってください!」

 

 「あ、うっす」

 

 どうしよう。ああは言ったものの、まだ一回の出撃や訓練で得られる、経験値の把握も済んでないのだ。夕張さんらの練度から考えても、この世界ではゲームより練度が上がりにくそうなのは明確。これを把握して解決しない限り、改造の件も嘘になってしまう。

 

 「はあ……やることだらけだな」

 

 俺は提督室へ向かう途中、考えれば考えるだけ出てくる、艦これというゲームの複雑さに、深いため息を零した。

 

 

 

 



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協力者探し②

E4-3が辛すぎて久方ぶりの更新です・・・

一応読み返しましたが、展開に矛盾点等ございましたら容赦なくご指摘ください。


 

 協力者探しという目標が定まったとはいえ、事はそう上手く進まない。

 やらなければならないことは明白だ。この世界の『リアル艦これ』事情に詳しい人物と接近し、情報を得る。たったそれだけ。

 ではどうすれば、俺の望みを叶えてくれる人物に近づき、情報を得られるか。この手段の部分を、俺は寝る間を惜しんでずっと考えていた。

 

 「——城君」

 

 候補としては漣、皐月、夕張さんの三人。理由は消去法。

 まず塚原さんは即候補から外した。話の切り出し方が思いつかなかったし、ただでさえ忙しいのに、迷惑をかけたくない。

 次点で島風。島風は訊けばなんでも答えてくれるだろうが、なんというか協力者をお願いする気が湧かなかったので除外。

 上手く言葉に表せないが、彼女を信用していないとか、彼女の能力を疑ってとか、そういうわけでは断じてない。神に誓って。

 不知火と霞に限っては、込み入った話をできるほど友好関係が築けていないため、除外。悲しい理由ではあるが。

 以上の考えから、三人に絞った。

 問題は、この中の誰にどう話を切り出すかだが……。

 

 「神城君?」

 「! は、はい?」

 

 名前を呼ばれていたことに気が付き、瞬時に目を向ける。

 何度か呼んでいたのに俺が一向に気が付かなかったからか、塚原さんが心配そうな顔をして俺のことを見ていた。

 

 「大丈夫か?ぼーっとしていたようだが」

 「全然大丈夫です。すみません」

 

 午前の業務真っ最中の執務室。 

 最近は書類整理だけではなく、パソコンを使っての電子データの管理まで任されるようになった。

 もっとも、決められたフォルダに、ファイルをどんどん格納していくだけの簡単な作業である。

 

 「それで、話の続きなんだが」

 「はい、会議ですよね」

 「ああ。ほぼ一日、鎮守府を留守にする」

 

 塚原さんの言う会議とは、各鎮守府同士の情報共有や、海域攻略における作戦立案など、お偉いさんが集まって開かれる中々に重要なものらしい。

 このお偉いさんの中には、各鎮守府の提督も含まれている。

 

 「一人で行くんですか?」

 「そうだな……本来は補佐役として艦娘を同行させてもいいらしいんだが、あいにく今のうちにそんな余裕はないしな」

 

 確かに。一つの鎮守府に艦娘が六人というのは少なすぎる。

 

 「人、増やせないんですかね」

 

 これは最近知ったことなのだが、この鎮守府には艦娘を建造するための諸々が備わっていないらしい。

 詳細は不明だが、そのせいでこの鎮守府は常に人不足ならぬ艦娘不足に陥っている。まあもっとも、本土近海の哨戒や遠征が主なので、そこまで不足感は感じないのだが。

 

 「俺も神城君と同じ気持ちさ。少なくとも、嚮導役は必要だと思ってる」

 

 塚原さんの台詞に、俺は何も言わず頷く。

 嚮導役。簡単にいうと先生のようなものだ。ここでいう嚮導役とは、言うまでもなく艦娘のことを指す。

 俺も何度か艦娘(みんな)の訓練している様子を見てきたが、言われてみればこの鎮守府には嚮導役がいない。時折、この鎮守府で一番練度の高いと思われる漣が、皐月や島風にアドバイスをしているようだが、あれは嚮導役と言えるのだろうか。

 

 「話してみるが、難しいだろうな」

 

 塚原さんが手元の処理に目をやりながら言った。

 

 「どうも海域攻略が上手く進んでいないらしい。次の会議では、そこが主な議題となる」

 「まじすか……」

 

 絶賛攻略中の南西諸島海域。

 そこでは今まで見なかった赤いオーラをまとった戦艦や空母などが出現するようになり、その手強さに手を焼いているんだとか。

 そういえば、黄色いのが出るのもこの辺からだったっけ。

 

 (この分だと沖ノ島はだいぶ苦戦しそうだな)

 

 ゲームでも最初の鬼門とされている2の4——沖ノ島海域。

 俺もだいぶ苦戦した覚えがある。ゲームで苦戦するのだから、現実ではそれ以上に苦しいものと思っておいた方が良いだろう。

 

 「ま、暗い話ばかりじゃないけどな」

 

 そう言って、塚原さんは書類から目を離した。

 

 「今攻略中の海域では、艤装を動かすのに必要な資源が確保できるそうだ」

 「! まじですか」

 

 言うまでもない。資源とは燃料や弾薬のことである。

 ただの石油やガソリンで動いてくれればまだ良かったのだが、そうはならなかったらしい。

 艤装を動かすのに必要な資源は、特殊な生成方法で生み出されている。ただ、これがとてもコスパが悪いそうで、関係者は日々頭を抱えているとのこと。

 資源を生成する施設は各方面に建てられていて、艦娘はその出来立てほやほやの資源を取りに行ったり、今回のように各海域に湧いて出た資源を調達しに行く。

 これがこの世界における『リアル艦これ』の遠征事情みたいだ。

 改めて思ったが、中々シビアな設定である。

 

 「解放できれば、もっと安全に資源が調達できるようになるだろう」

 「……そうですね」

 

 ふと思った。

 ここでオリョクルはいかがですか?と提案したらどうなるだろうか。

 比較的安全に資源が回収可能で、もしかしたら海域攻略も一緒に行えてしまう。

 まあ条件として潜水艦がいることと、ある程度、潜水艦娘の練度が高くないといけないのだが。

 ただ、俺もこの世界の練度事情は、漣や夕張さんを見て少しは把握している。改造前の夕張さんの練度で評価が『中』なのだ。お世辞にも高いとは言えない。

 それにどこまで艦種が揃っているのかも不明だし、そもそも黄色——フラグシップ級の存在を認知していない時点で、オリョクル以前の問題だと思われる。

 俺は小さく頭を振った。よくない傾向だ。

 協力者を得るという目標を達成できていないのに、やることが無限に頭の中に湧いてくる。ドキドキワクワクの毎日にいることは事実だが、実際に出撃している島風たちを見ると、そう楽観的にいられなくなる。

 だってこの世界では、()()の二文字がリアルに存在するのだから——。

 

 「というわけで、当日は神城君にここを任せる」

 

 塚原さんに言われ、俺ははっとして顔を上げた。

 

 「神城君もそのうち、一人で鎮守府を任されるようになるだろうし、今のうちに雰囲気だけでも体感して置いた方がいいからね」

 「いや、でも自分普通の大学生ですけど……」

 「元、だろう。それに関係ないさ、妖精などという非現実的な生物に気に入られた時点でな」

 「は、はあ」

 

 俺は防衛相で会った、やたらと饒舌な妖精のことを思い返す。

 実に複雑な気分だ。あんなにはっきり目に見えるし会話もできるのに、それができない人がいるなんて実感が湧かない。

 それに一日留守にするって、万が一何かあったらどうするつもりなのだろうか。今の自分では、というか自分では何の役にも立ちそうにないのだが。

 そんな俺の考えを読んだのか、塚原さんは小さく笑った。

 

 「心配ない。当日は哨戒も遠征の予定もないから、神城君のサポートは漣に後で頼んでおくよ」

 「……わかりました」

 

 まあいくら不安でも、ここまで来て撤退の二文字は許されない。いけるところまで進撃してやるんだ。

 

 (漣か……漣ならワンチャンあるかな)

 

 俺はディスプレイとキーボードとにらめっこしながら、再び頭の中で協力者についての思案を始めた。

 

 

 

 午後、訓練場近くの桟橋。

 この時間は哨戒や遠征がない艦娘たちの訓練の時間となっている。

 俺はというと、塚原さんの指示でみんなの訓練の様子と結果を報告書にまとめる時間。報告書といっても、内容的にはそう難しいものは要求されておらず、見たままを書いてほしいと言われている。

 桟橋には俺の他に、霞、皐月、不知火の三人の姿がある。三人とも既に艤装を着用しており、準備完了状態だ。

 

 「今日は何発当たるかなー」

 

 と皐月。俺がこの中で唯一、気楽に話せる艦娘だ。

 

 「見ててよ補佐官、今日こそ全弾命中させてみせるからさ」

 「うっす」

 

 そして皐月がいざ訓練場に向かって走り出そうとした時、霞が鼻で笑いながら言った。

 

 「そういうことは一発でも当ててから言いなさいよ」

 

 霞の馬鹿にしたような物言いに、皐月はむっとした表情を浮かべると、負けじと言い返す。

 

 「大丈夫だよ。今日は当たる気がするんだ」

 「当たる気がするって、実戦でもそう言うつもり?」

 

 まるでお話にならないと言わんばかりの霞。

 俺の脳内に、黄色い警告用ランプが点灯する。これ以上は危険だと、ランプがチカチカ光る。

 

 「うるさいなー。そういう霞だって、僕と変わらないじゃんか」

 「どこがよ。ゼロとそれ以上とじゃ、比べるまでもないんだけど」

 「そうかな。それこそ、たまたま当たっただけかもしれないよ」

 「へえ……なら試してみる?正々堂々、一対一の勝負といこうじゃないの」

 「い、いいよ別に。望むところさ」

 

 少女たちの微笑ましいコミュニケーション、とは程遠い物騒なやり取りが目の前で繰り広げられている。脳内ランプはとっくに黄色から赤に変化しており、ランプとともに警告音が鳴り響く。

 これが普通の少女同士の喧嘩なら良いのだが、艦娘同士となると焦らずにはいられない。手に持つその主砲や魚雷は玩具ではないのだ、勝負だなんて危なっかしいたらありゃしない。

 俺は心の中でため息を吐くと、覚悟を決め、まあまあと二人の間に割って入ろうと歩み寄る。

 しかし、その出番は回ってこなかった。一足先に不知火が、二人の間に壁のように立ちはだかったからである。

 

 「いい加減にしてください。副指令の前です」

 

 こちらも見た目、幼い少女とは思わせないドスの効いた声色、そしてリアルに戦艦級の眼光。

 大の大人でもまともに目を合わせたら、固まって動けなくなるのではなかろうか。文字通り、蛇に睨まれた蛙みたいに。

 だがそんな不知火の眼光を前にして、霞は我知らん顔としている。皐月はというと、いつの間にか俺の後ろに隠れるようにして立っていた。

 しばらくこの均衡状態が続いたが、やがて「ふん」とつまらなそうに鼻を鳴らすと、霞は訓練場へと降りて行った。

 場はそれまでの緊張感と重々しい空気から解放され、俺は大きく息を吐いた。

 客観的に見たら霞が最初に煽ったのが悪いが、皐月も結構煽りスキルが高いらしい。当然、俺もあれ以上状況を悪くさせる気はなかったが、不知火が止めに入ってくれて助かった。

 

 「はぁぁ……どうなることかと思ったよ」

 

 後ろで皐月が安堵の言葉を漏らす。

 対して不知火は、俺に向かって唐突に頭を下げた。

 

 「申し訳ありませんでした。もっと早く止めに入るべきだったのですが……不知火の落ち度です」  

 「いや、全然大丈夫す。むしろ助かりました」

 

 不知火は真面目だ。俺からしたら超がついても足りないぐらいに。

 補佐官なんて肩書きはついてるけど、俺自身は不知火に頭を下げられるほど大した人間ではないのだ。

 それだけに心が痛む。本当はもっと友達感覚で接することができれば良いのだが……。

 

 「ほら、補佐官もこう言ってるし。気にしない気にしない」

 

 すっかり本来の調子を取り戻した皐月が、不知火に言った。

 それを聞いた不知火の視線が、さっきほどではないが鋭くなる。

 

 「あなたは気にしてください。そもそも、皐月が言い返さなければ良かっただけの話です」

 「僕のせいなの?!」

 

 驚きの声を上げる皐月。不知火が続ける。

 

 「霞の性格はもう理解しているでしょう。反撃した時点でお相子なのです」

 「えぇぇ……それちょっと理不尽過ぎない?」

 

 と、皐月の目がこっちに移る。

 

 「補佐官はどう思う?今の僕が悪いのかな」

 「ど、どうなんすかね……」

 

 客観的に見れば霞が悪いのが明白だが、ここでどちらか一方に加担するわけにもいかない。

 強いて言うなら七対三ぐらいだろうか。皐月も反撃してたし。

 

 「さあ、行きますよ。だいぶ時間を無駄にしてしまいました」

 「納得いかないなあ……」

 

 不知火はこっちを見て一礼すると、ぶつぶつと呟く皐月を引き連れ、訓練場へと降りて行った。

 訓練場を見ると、早くも霞が航行訓練を行っている。水面に何本か立てられたポールを、じぐざくと駆け抜ける訓練だ。

 スケートで想像してみたが、あんな動き逆立ちしてもできないだろうなと思った。やろうと思えば最後、全身痣だらけの悲惨な未来が待っていることだろう。

 しかし、霞は不規則な間隔で立てられたポールの間を、淀みない動きで滑り抜けていく。一往復、二往復と終えてもポールにかする気配すらない。

 俺は早速、今見た霞の見事なまでの航行訓練について、報告書にまとめる。まるで流麗なダンスを踊っているようでした、という文言が浮かんだが、表現が気持ち悪いので頭の中から消却。何往復したとか、ポールにあたりませんでしたとか、事実だけをつらつらと記載していく。

 一通り書き終わり、訓練場に視線を戻すと、三人とも砲撃訓練を行うところであった。

 まず霞が前に進み出る。さっきまであんな激しい動きをしていたというのに、平然としている。

 そして狙いを定めると、手に持った12.7cm砲が火を噴き、遠くで水柱が上がった。そのまま何発か撃ち続け、いくらもしないうちに砲弾が的に命中した。命中弾は二発だ。

 こちらも報告書に結果をまとめる。弾数的にも余裕ありそうだったし、流石としか言いようがない。

 訓練用の的は全部で五つ設置されている。残弾を気にしつつ、充分に弾を残した状態で全ての的を射抜ければパーフェクト。四つでほぼ完ぺき、三つでも文句なしといった基準。

 ちなみに一つでも安定して当てられるようになれば実戦レベルだとか。

 霞と不知火の二人は、平均して三発は命中させるので、文句なしレベルに到達するかしないかといった、高いラインに位置している。練度は二人とも、夕張さんと同じ『中』だ。

 もっとも、数値化して見える俺にとっては、改造できる練度に到達できてない時点で『低』と判断したいところなのだが。

 一方の皐月はというと、一発も命中弾を得られないまま弾が尽きて終了、もしくは一発当たって万々歳が今の彼女の砲撃スキルといってもいいだろう。練度も『低』と評価されている。

 もしあのまま霞と皐月のタイマンが始まっていたら……。

 物騒な想像を頭の中から消し去り、三人の訓練を見ることに集中する。

 続く不知火の砲撃は、霞と同じで二つの的に命中した。お見事と感心しつつ、報告書に記載。

 不知火と霞の練度は数値上もほぼ同じなので、これぐらいの練度になると誰でもあんな当てられるようになるのだろうか。それならば、皐月もそのうちなんとでもなりそうだが。

 最後はその皐月の番。12cm単装砲を構え、前に進み出た。

 

 「僕の砲雷撃戦、始めるよ!」

 

 お決まりの掛け声とともに、砲弾が発射される。

 どん、どん、どんと打ち上げ花火が連続で上がるかのような豪快な砲撃音と、着弾するたびに舞い上がる水柱。何度見ても壮観な光景である。

 しかし肝心の砲弾はというと、左にいったり右にいったり、はたまた明後日の方向に飛んでいったりと、まとまりがない。

 彼女の訓練はもう何度か見ているが、報告書に命中弾ゼロを記載する回数の方が遥かに多い気がする。

 一生懸命撃っている彼女の姿を見ると、中々に心が痛んだが、嘘を書くわけにもいかないので致し方なかった。

 砲撃音が止み、的を目視で確認すると綺麗に五つ並んだままだった。命中弾ゼロだ。

 俺は報告書を書こうと、訓練場から目を離す。その直前、皐月が何やらこちらに向かって来るのが見えた。

 

 「ねえ補佐官!」

 

 声を掛けられ、報告書を書いていた手が止まる。声の方を見ると、近くの水面に皐月が立っていた。

 俺はペンをポケットにしまい、皐月の下に駆け寄る。

 

 「どうしたんすか?」

 

 何かあったのかと慌てて問い返す。

 すると、皐月は意外なことを口にした。

 

 「全然当たらないんだよ。どうしたらいいかな?」

 「……へ?」

 

 予想外の皐月の言葉に、思わず情けない声が漏れた。

 一体急にどうしたというのだ。今までそんなこと、聞かれもしなかったのに。

 

 「いやさ、言われっぱなしは悔しいじゃん。だから一発でもまぐれじゃなくて、実力で当てたってところを見せたいんだよ」

 

 主砲を握る手に、ぐっと力を込めて話す皐月。

 負けず嫌いの人の気持ちを考えると、あれだけ言われれば確かに腹が立ちそうだ。

 

 「補佐官て最近、僕が訓練してる時はずっとここにいるからさ。だから僕の悪いところ、何か知ってるかなって……」

 「……」

 

 言葉が出てこなかった。

 確かに訓練は見てきたけど、どこが悪いとかまで考えて見てなかったのだ。

 せいぜい「今日は調子よさそうだなー」とか「訓練大変そうだなー」とか内心思ってただけで、肝心の内容までは深く考えてこなかったのである。

 だから今、非常に困っている。皐月の疑問に、なんて返してあげたらいいか分からない。

 返答に困っていると、皐月は申し訳なさそうに言った。

 

 「ごめんね、急に変なこと聞いちゃって」

 「あ、いや……大丈夫す」

 

 なんて情けない奴なんだと、自分に対する怒りをなんとか抑え込み、必死で回答を模索する。その甲斐あってか、皐月に関するあることを思い出した。

 俺は「そういえば」と、話を切り出す。

 

 「皐月さん、前に深海棲艦倒したって言ってましたよね?」

 

 それは忘れもしない、俺がここに来て初めて、艦娘の実戦を目の当たりにした日のことだ。

 あの時の哨戒の報告書は俺も読んだが、戦果報告の欄に、皐月が駆逐イ級を撃沈した旨が書かれていたのだ。

 皐月が頷く。

 

 「うん。でもあれも偶々だったかも……」

 

 自信なさそうに俯く皐月。俺はあり得ないと言わんばかりに答えた。

 

 「直接見てないんで分からないですけど、相手も動いてるんすよね?」

 「そりゃそうだよ、深海棲艦だもん。止まってくれるわけないよ」

 「でも俺的には、動いてる的に当てる方が難しい気がするんすけど」

 

 当然の理屈だ。止まってる的と左右に動く的とでは、狙いやすさは段違いだろう。

 それに実戦ともなれば、皐月自身も激しく動くだろうし、海上なので波も風もある。そんな中で動き回る深海棲艦に砲弾を命中させるのは、相当難しいはずだ。

 すると、皐月はうつむいたまま驚くべきことを口にした。

 

 「ううん、僕的にはそっちの方がやりやすいんだよ」

 「え、そうなんすか……?」

 

 思わず聞き返してしまった。感覚は個々によるだろうが、これはもしかしなくても逸材なのでは。

 皐月がまた頷いた。

 

 「訓練だと的も止まってるし、僕も止まって撃つからさ。なんか上手く狙えなくて」

 「……なるほど」

 

 普通は逆だと思うが、感覚は人それぞれだ。皐月の場合、動いて撃つ方が狙いやすいのだろう。

 であればと、俺は頭に浮かんだ文字の羅列をそのまま口にした。

 

 「じゃあ、もういっそ動いて撃てばいいんじゃないすか?」

 「えっ?」

 

 俺の言葉が予想外だったのか、面を食らったかのような反応をする皐月。

 だが実際のところ、訓練に止まって撃たなきゃいけないなんてルールは存在しない。たぶん。

 だったら、別に動いて撃っても構わないだろう。まさに逆転の発想ってやつだ。

 

 「いや、でも……そんなことしていいのかな?怒られない?」

 「たぶん大丈夫じゃないすか。それに動きながら当てられた方が凄いっすよ」

 「うーん……」

 

 しばしの間、皐月は葛藤するように唸っていたが、次に顔を上げた時にはすっかり元の皐月に戻っていた。

 

 「分かった、それでやってみるよ!」

 

 再び訓練場へと駆け出す皐月。

 海上に降りる直前、皐月はこちらへ振り返ると、

 

 「ありがとう補佐官!」

 

 感謝の言葉を残し、霞と不知火の元へと向かって行った。

 あんなアドバイスで大丈夫かなと、不安な気持ちを抱きつつ、心の中でエールを送る。

 ほどなくして、皐月は霞と不知火の元へ到着。二人から何やら言われてるようだが、訓練が再開された。

 皐月が真っすぐ、的に向かって主砲を構える。そして砲弾を放つ前に、その場から航行運動を始めた。

 これには霞と不知火も面を食らったようで、霞の「何やってんのよ!」という怒声が聞こえてくる。

 だが、皐月はお構いなしに左右へ展開。その間も、砲口は真っすぐ標的である的へ向いている。

 やがて、一発の砲弾が的を目掛けて発射された。

 砲弾は綺麗な弧を描き、そのまま的へと吸い込まれていくかのようにして目標に到達。水柱とともに、砕け散った的が宙を舞った。

 

 「おお、当たった!まじか!」

 

 まさか本当にあんな動き回りながら当てるとは。しかも初弾で。

 霞も同じことを思ったのか、目を見開いて砕け散った的を呆然と眺めている。

 皐月は更にもう一発、続けて砲撃。これも見事、別の的に命中した。

 もしかしてこのまま三発目もと思いきや、弾が尽きたようで砲撃が終了。皐月は航行を辞めると、満足そうにこっちを見て手を振った。

 

 「補佐官ー!僕やったよー!」

 

 皐月の嬉しそうな気持ちが伝わってくる。俺も見てたよと、右手を挙げて合図した。

 本来であれば、弾が尽きる前に命中弾を得なければならないのだが、今回ばかりはそういうのは無しで報告書を書く必要がありそうだ。

 俺はポケットからペンを取り出し、皐月に関する報告書をまとめる。

 訓練はその後も続けられ、戻ってきた皐月の練度を密かに確認すると、訓練前のそれよりも確実に上回っていた。

 

 

 その日の夜。

 補佐官としての仕事も完了し、俺は少し開けたフリースペースのような場所にいた。

 本当は自室に戻って休みたかったのだが、訓練の報告書が上手くまとまらなかったので、ここで仕上げることにしたのだ。

 

 「なんて書くかな……」

 

 今までの報告書はただ結果を書いているだけだったが、それでは全然足りないということが今日分かった。

 これはゲームではなく現実なのだ。そして訓練しているのは、この世界に実在する艦娘。

 であれば、もっと具体的に何が足りなくて、どこを伸ばせば良いのか?それぞれの短所、長所などもっと深く考える必要がある。

 塚原さんからは、内容について特にとやかく言われたことはなかったが、今後はその辺りも精査して報告書をまとめようと決意した。

 決意したのだが。

 

 「……むっず」

 

 難しい。さっきから一向にペンが進まない。

 というか、どういう感覚で航行したり砲撃したりしてるのか分からないと、何が足りないとか書けるわけないのではなかろうか。

 例えば、スポーツだってそうだ。俺は一応、高校まで野球をやっていたので、野球のことならある程度アドバイスできる。それは経験が自分の身体に染みついているからだ。

 では艦娘の訓練はどうか。そんなの経験したことがないので、分からないというのが本音だ。

 第一、どういう原理で航行したり砲撃してるのか分からないのに、その上、自衛官でもない俺にそんなご立派な報告書を書けというのが無理な話なのだ。ゲームと現実はいい加減、区別しなければならない。

 と、ここで当然といえば当然の結論に至った。

 

 「やっぱ艦娘の訓練は艦娘に任せるしかないだろ」

 

 そうなると、やはり嚮導艦が必要になってくる。できれば軽巡の人が好ましい。夕張さんも軽巡だが、彼女は自身の練度があまり高くないので、まだ無理だと思われる。

 俺は思った。誰でもいいから、練度高めの軽巡が来てくれればいいのに。特に神通さんとか。

 完全に自分の世界に入ってしまっていたせいか、俺は背後に人がいるのに気が付かなかった。

 

 「なーにぶつぶつ言ってるんですか」

 

 突然の声に、びっくりして振り返る。後ろにいたのは漣だった。

 

 「何してるんです?食堂では姿が見えませんでしたが」

 

 そう言って、すぐ傍へ移動してくる漣。

 俺はペンを持ち、いかにも仕事してる風を装った。

 

 「ちょっと作業が残ってるんで、それ片付けてるとこっす」

 

 漣の目が報告書へと移る。そしてつまらなそうに言った。

 

 「そんなの適当に書いちゃえばいいんですヨ。ぱぱぱっと」

 「いや、そういうわけにもいかないすよ……」

 

 さっきまでの決意を、お構いなしに揺さぶってくる漣。それからどういうわけか、漣は向かいの席へ腰を下ろした。

 なんだなんだと戸惑っていると、

 

 「真面目ですねえ、神城氏は」

 

 半ば呆れた様相で言われてしまった。

 俺だってさっさと終わらせたいけど、こればかりは今後のためにも必要なのだ。今までのようにぱぱぱっと済ませるわけにもいかない。

 

 「何を悩んでるんです?」

 

 漣が報告書を覗き込んでくる。

 

 「まあちょっと、色々っす」

 「色々とは」

 「えっ……」

 

 漣の厳しい追及が俺を襲う。返答に困っている間も、漣の目はじっと俺の目を捉えていた。

 やがて俺は観念したとばかりに、訓練時の皐月の一件と、報告書の内容について話した。

 

 「ただ、あまりに色々知らなすぎるんで……どうしようかなって感じっす」

 

 書きたいが、自身の知識不足のことも付け加えた。

 一通りの話を終えると、漣は感心したように言った。

 

 「神城氏って、つい先日まで学生さんだったんですよね?」

 「そうっすね。一応」

 「にしては、肝が据わってるというかなんというか……普通そこまで考えようとしないですよ」

 「ま、まじっすか」

 

 俺は頭の中で考える。

 仮に俺が艦これの知識がない状態でここに来た場合、同じ行動を取ろうとするだろうか。情けないがいまいち自信がない。

 それにみんなのことも、事前に容姿や性格を把握していなかったら、こんなに早く馴染めていなかった気がする。特に霞と不知火なんか、下手したらトラウマになってたかもしれない。

 そんなことを考えていると、漣は付け加えるようにして言った。

 

 「ご主人様だって、訓練のことはそんな深く考えてないんじゃないですかね。基本どこの鎮守府もですけど、艦娘のことは艦娘にって感じですし」

 「……そうなんすね」

 

 適当に相槌を打ちながら、やっぱりと俺は思った。

 今度の会議で嚮導艦の件が上手く通るようにと、心の中で祈る。

 

 「といっても、この鎮守府には嚮導艦がいませんからねえ……」

 

 どこか遠い目をして漣が言う。俺は冗談交じりで提案した。

 

 「漣さんがやればいいじゃないすか。練度も一番高いですし」

 「いやいやいや、無理ですヨ。練度だって、ぬいぬいや霞ちゃんと同じ『中』判定ですよ?」

 

 無理無理と言わんばかりに、漣は首を横に振った。

 

 「それに、そういうの漣のキャラじゃないですし」

 

 あははと誤魔化す様にして笑う漣。しかしそう言われては、この話は終わらざるを得ない。

 俺は再び、手元の報告書に視線を戻した。漣の目も報告書に移る。

 

 「それにしても、さつきちが初弾命中を連続でやってのけるとは。何か悪いものでも食べたんですかね」

 

 酷い言われようだ。まあ、普段から皐月の訓練を見ていれば、そう思うのも無理ないかもしれないが。

 

 「でも皐月さんも前にイ級倒してますからね」

 「ああ、そういえば。漣は遠征でいなかったですけど」

 「俺はいきなりすぎて、心臓飛び出るかと思いましたわ……」

 

 嫌な記憶だ。たかがはぐれイ級との戦闘だというのに、心臓が鷲掴みされたような感覚を覚えた。

 前線で戦ってる提督は、あんな思いを毎日しているのだろうか。とてもじゃないが、俺は耐えられそうにない。

 

 「大丈夫ですヨ。イ級程度なら、さつきちでも一人でやれますって」

 「……そうっすよね」

 「まあ、軽巡クラスが混じってくると危ないですけど」

 

 軽巡クラスというと、ホヘト級あたりだろうか。ツ級や鬼、姫級はまだ登場していないはずなので、数はかなり絞られる。

 さり気なく聞いてみると、漣はまた感心した様相で俺を見た。

 

 「よく覚えてますね」

 「いろは歌なんで……」

 

 俺がそう言うと、漣は指で数えながら、

 

 「チ級は雷巡なので、確かに軽巡はト級までですね。駆逐艦は確か……ハ級まででしたっけ?」

 「いや、今のとこはたぶんニ級までっす」

 「あー、忘れてました。さすが、詳しいですね」

 

 あまり嬉しくないが、誉め言葉として受け取っておこう。

 漣は更に指を数えて問いかけてきた。

 

 「いろは歌ってことは、そのうちタ級とかレ級とか出てくるんですかね?」

 「……」

 

 俺は少し考える。

 怪訝に思われるかもしれないが、少し攻めてみるか。

 軽く咳ばらいをし、漣の疑問に頷いた。

 

 「そのうち出てくると思いますよ。()()()()とか()()()()()も」

 「黄色いのとか青いの?」

 

 漣が首を傾げる。当然の反応だ。今のところ、赤のエリートまでしか確認されていないのだから。

 俺はちらと周りに目をやる。広いスペースだというのに、時間も時間だからか俺と漣以外の姿は見えない。

 充分に確認してから、漣に訊いた。

 

 「漣さん、まだ時間大丈夫すか?」

 「えっ……別に大丈夫ですけど」

 

 訝しげな表情を浮かべる漣。そりゃそうだ、これだけちらちら周りを見てたら普通に怪しい。

 だがこれから話すことは、塚原さんや他の艦娘にはあまり知られたくないのだ。どう思われようと、この確認は必要だった。

 俺は小さく深呼吸した。どこから切り出そうか、どこまで話そうか、短い時間で吟味する。

 そして一言、結論から先に言うことにした。

 

 「さっきの話の続きで、ちょっと協力してほしいことがするんすけど……」

 「ほう」

 

 協力のお願いをした途端、漣はニヤリと口の端を吊り上げた。

 

 「それで、漣に何をご所望で?」

 

 漣が笑みを崩さないまま訊いてくる。

 緊張のせいか、頬と背中に冷や汗が流れる。でも、ここまできたら後には引けない。

 俺は覚悟を決め、また小さく咳ばらいをして喉の調子を整える。それから、これまで考えてきた協力者のことを打ち明けた。

 

 

 誰もいなくなったフリースペース。

 どの時間帯でも、誰かしらいたり通ったりするのだが、夜九時を回るとぱたっと人気がなくなる。

 漣は神城との話が終わった後も、この場に居座っていた。なんとなく、動く気になれなかったのだ。頭の中では、先の神城との話を思い返している。

 神城信吾——自衛官でもその手の学校の出でもない、妖精が見えるだけの一般人。それなのにどうして、提督や漣にも知り得ない情報を知っているのか。

 装備開発のこと、艤装のこと、おまけに深海棲艦のことまで。彼は本当にただの学生だったのだろうか。ストレートに訊いてみたが「今日はもう遅いので」とはぐらかされてしまった。

 神城の言う協力者の件は、面白そうなので了承した。最初は半信半疑で彼の話を聞いていたが、彼の話が嘘でも本当でも、漣自身彼のことを気に入っている節があるし、提督ではなく艦娘である自分にお願いしてくる辺り、中々に分かっていると漣は思った。

 漣はニヤリと笑みを浮かべると、ぐっと伸びをした。そして、誰もいない空間に声を発した。

 

 「盗み聞きはよろしくないですぞ」

 

 すると漣の声に反応するようにして、柱の向こうから少女が一人姿を現す。

 漣は少女の姿を見て、意外だという口振りで言った。

 

 「おや、霞ちゃんでしたか。どうしたんです?こんな時間に」

 「別に、偶々通りかかっただけよ」

 「その割には、随分と長くいたみたいですけど」

 

 漣の指摘に、そっぽを向く霞。

 事実、神城が協力者の話をし始めた時から霞はここにいた。自室に戻ろうとした矢先、偶然にも神城の姿が目に入ったので、訓練の時に皐月に何を吹き込んだのか訊こうとしたのである。そこで協力者の話が始ったため、咄嗟に身を隠したのだった。

 漣は続けて問いかける。

 

 「今の神城氏の話、聞いてました?」

 「……さあね」

 「聞いてたんですね」

 

 霞の曖昧な返事に、漣は聞いてたなと確信する。

 そして更に問いかけた。

 

 「霞ちゃんはどう思います?神城氏のこと」

 「どう思うって、何がよ」

 「神城氏って何者なのかなーと。さっき訊いたんですけど、上手くはぐらかされちゃいまして」

 「知らない。興味ないし」

 「ならどうして聞いてたんですか?隠れてまで」

 「……」

 

 霞からの返答は得られない。黙ったまま柱に背を預けている。

 漣もそれ以上は追及しなかった。霞の性格は理解しているつもりだ、偶々通りかかった奴が興味がないのにこの場に長居するわけがない。

 要するに、霞も多少なりとも気になっているのだ。彼のことが。それは漣にとって、意外なことだった。

 なにせ霞は、艦娘とも提督とも一定の距離感がある。その距離を霞から埋めようとはしないし、こちらからのアプローチにも関心を示さない。

 そんな霞が、彼に興味を持った。彼女にとって、今の話にはそれだけの価値があったのだろうか。いや、あるいは……。

 ちらっと霞に目をやる。ちょうど柱から背を離すところであった。

 何も言わず立ち去ろうとする霞。漣はその背中に声をかけた。

 

 「そういえば今の話、他言無用らしいので。そこのところお願いしますね」

 

 漣の声に反応することなく、霞は柱の向こうに消えていった。

 今度こそ、誰もいなくなったフリースペース。漣はやれやれと言わんばかりに首を振った。

 

 「まったく、不器用な子ですなあ」

 

 あれは筋金入りだ。もしかしたら()()()()()かもしれない。

 ふと壁の時計を見ると、夜の十時を回ろうとしていた。よっこらせと席を立ち、そのまま寮の方へと足を進める。

 その足取りは異様に軽い。途中からスキップも混じり、軽快な足取りでフリースペースを後にする。

 そんな漣の頭の中では、やはり先の神城との話が思い返されていた。

 

 

 




やたらと長くなってしまいましたが
協力者は漣、君に決めた!

作者はこの中なら漣が一番わかってくれそうだなと判断しましたが
皆さんはどうでしょうか・・・?


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