マイスのファーム シアレンスの冒険者 (小実)
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???(1)

 『アランヤ村』から出発したギゼラ・ヘルモルトは順調に航海を続け、無事海峡までたどり着き、そこで『フラウシュトラウト』との戦いに突入した。

 海上での戦いはギゼラの圧倒的優勢だった……が、大きく傷ついた『フラウシュトラウト』は最後に一撃船を攻撃した後、その場から逃げ去った。そして、その一撃はギゼラの船に小さくない損傷を与え、運悪く操舵部分にも影響が出てしまい『アランヤ村』に引き返すこともできなくなってしまう。

 

 潮の流れ半分、帆が受ける風の力が半分といった要素で海を漂い続けたギゼラを乗せた船。幸いにも、食料といった物資は十分に積み込んでおり、船の損傷も沈没には直接的に関わるほどではなかったため、ギゼラがすぐにどうにかなってしまうことは無かった。

 そして、幸運にも食料が尽きた翌日には大陸にたどり着くことができたため、餓死することも無かった。……ギゼラは「お腹空いたー」とお腹を鳴らしてはいたが。

 

 ギゼラがたどり着いた大陸は『アランヤ村』のある大陸とは別の大陸で、その大陸に上陸し少し歩いたギゼラは雪に覆われた村を見つけ、(なか)ば無理矢理おしかけるような形でその村に滞在することとなった。

 

 

 その村で数ヶ月間、自分なりに船を直し……直そうとして壊したりしながら過ごしていたギゼラだったが、その生活は終わりを告げた。

 

『塔の悪魔』

 

 村から見える『塔』……そこに大昔、いくつもの国が総力をあげてなんとか封じ込められた悪魔が存在した。その悪魔は数十年かに一度悪魔が荒れ、封印が弱まってしまった際に塔の外へ出てきてしまう。だが、封印が壊れたりしたわけでは無いため、ある程度悪魔っが(しず)まると再び塔の中に封印される。

 悪魔を鎮める……その方法として取られたのが、封印されていたせいで飢えてしまっている悪魔の腹を満たすこと。人間もそうであるように、空腹は気を立たせ、満腹は気を緩ませる。

 そのための生け贄として、度々捨てられた女性の幼子たちが暮らしていたのが、ギゼラが滞在している村の正体なのだ。塔の近くにあるのは悪魔による被害範囲を最小限に抑えるため。女性しかいないのは、働き手としては期待薄だという思想があり、生け贄を選ぶ際に損害が少ないと考えられたから。

 

 そして、その『塔の悪魔』が塔から出てきて村を……()()()()()()()()()。何故なら、塔から出たすぐそこにギゼラが待ち構えていたから。

 ギゼラは頻繁に起こっている地震がただの地震ではなく『塔の悪魔』の封印が弱まっているからだと知り、『塔の悪魔』のことも村の成り立ちのことも知って、「んじゃあ、いっちょあたしが倒してきますかね」と村の代表の老婆・ピルカの制止も聞かずに倒しに行ったのだ。

 

 

 

 冒険者・ギゼラと『塔の悪魔』との、文字通りの「死闘」は…………相打ちだった。

 過去、国単位の軍勢によってなんとか封印された『塔の悪魔』は、死闘の末ギゼラの手によって塔に押し込められ再び封印されることとなり…………そんな偉業を一人で成し遂げたギゼラは代償として大きな傷を負ってしまい、なんとか村に帰り着いたものの血が止まらず徐々に力が入らなくなっていってしまった。

 

 もちろん、村人たちは恩人であるギゼラの傷をなんとか治そうとした。しかし、元々閉鎖的で、さらに普段は大きな傷を負ったりすることの無い生活をしていた村人たちはギゼラの傷への処置への知識も技術も持ち合わせていなく、ギゼラの命はその時を待つばかりだと思われた。

 

 

 

 ……そんな中、息が不安定になってきていながらも、いつもの調子でピルカと話していたギゼラが、ある頼みごとをしたのだ。

 

「アタシを船まで運んでってくれない? どうにも、自分で歩いて行くには厳しそうでね」

 

「連れて行ってどうする?」

 

「そのまま放ってくれればいいよ。こんな辛気臭い村に埋められて墓でも作られたらたまったもんじゃないからね。……それに、どうせ死ぬなら惚れた男の匂いがする場所がいいじゃない。いやぁ、乙女だねぇ、アタシも」

 

 死ぬほどの傷を抱えながらも笑うギゼラに、ピリカは何を感じただろうか?

 

「お前の嫌がる顔を見れるのなら、村に埋葬してやりたいわ」

 

「お婆ちゃんも言うようになったねぇ。恩人からのお願いなんだよ、そこは普通きくもんじゃないかい?」

 

「お前の口の悪さはうつるようじゃな。これは一刻も早く村から出ていってもらわなければ……」

 

 そう悪態をつくピルカだったが、その様子はとてもギゼラを本気で嫌っているようには見えず、むしろ長年の友人同士がする冗談の応酬のようなものに思える。

 

 

 村人たちの手を借り、ギゼラは海岸の船まで運ばれた。そして、村人たちはギゼラを寝かせた後、ギゼラに言われるがまま船のイカリを上げた。

 潮と風に流されていく船を、その姿が見えなくなるまで村人たちは見送る……。

 

 そして、村へ戻った村人たちはピルカ主導の()「ギゼラの恩を忘れぬように」と、村にギゼラの名を刻んだ石碑を建てたのだった。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 潮に流され海を漂い続ける船の上で、ただ死を待つのみに思えるギゼラだが、そこに「ある人物」がたまたま通りかかり一命をとりとめる…………()()()()()

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 チャリンッ。

 

 そんな、金属の何か小さなものが転がるような音がギゼラの耳に入った。

 

 冒険の際にいつも腰に下げていた剣も一緒に船に乗せてもらっていたが、それの音だろうか?

 そう思ったギゼラは妙に気になり、動かすのも一苦労な首を何とか回して周囲を確認しようとし……そうしたところで、もう一度その音が聞こえてきた。

 

 そして、音の出所に気がついた。他でもない、今しがた動かした首にかかっているもの……マイスから貰った『ネックレス』が首元で転がった際にたった音だったのだ。

 夫であるグイードからは「そんな小洒落たもんを付けるような性格か、お前は?」と言われたが、着け続けていた装飾品だ。実のところ、ギゼラ自身も自分なんかよりも娘のツェツィやトトリあたりが着けた方が似合うとは思っていた。だが、マイスから貰ったものの中で数少ない「形の残るもの」だったため、なんとなく手放せずにいたのだ。

 

 

「マイス、か。コホッ……! あの子は、あの子で……心配だねっ……」

 

 ギゼラの中で思い出されたのは、マイスと初めて会った時のこと。

 死んだ『コヤシイワシ』のような目になっていたマイス。そして、心の中で一人抱え込んでいた気持ちを吐き出し、泣き、自分の腕の中でいつの間にか寝てしまったその小さな体。

 

 ……また、一人で抱え込んでしまっていないだろうか?

 

 初めて会ってから、それ以降度々(たびたび)マイスのところを訪れていたギゼラ。そのたび元気良くイイ笑顔で出迎えてくれたマイス。それを嬉しく思いつつも、毎度最初(あの時)のようになっていないことに安堵していた。

 

「あたしが気付いてなかっただけで……マイスももう、ちゃんと腹を割って話せる相手ができてたのかもしれないねぇ……」

 

 もしそうならギゼラにとっては嬉しいことなのだが、「できれば、その光景をしっかりとこの目で見て確認したかった」という思いもあった。

 

 

 

 だが、もう時間が無いのだと、ギゼラ自身もよくわかっていた。

 

「……ツェツィ……トトリ………………グイード……」

 

 薄れゆく意識の中で、()()()に、家で帰りを待ってくれているであろうカワイイ娘たちと愛する夫……家族のことを思い浮かべその名を呼び……(まぶた)を降ろした……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (ゆえ)に気付かなかったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マイスから貰った『ネックレス』が青い輝きを放ちだしていることに……。

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか船は霧に包まれ……数分後、その霧がはれた時には、海上の何処にもギゼラを乗せた船は無くなっていた。

 

 

 

 

――――――――――――

 

***?????・?????***

 

 

 

 ゴリゴリゴリ……と、何かをすり潰しているような音が、ギゼラの耳に入ってきていた。途中、止まっては、また音がしだす。時折、カンカンカンッと陶器を叩いたような高い音も聞こえている。

 それらの音とは別に、不定期に小鳥の鳴き声も聞こえ……それだけで、意識が覚醒しかけていたギゼラは「ん?」と頭に疑問符を浮かべた。少なくとも、あの船で聞こえそうにない音ばかりだ。

 

 一度そう考え出すと、次々に不思議な点に気がつきだす。

 今、自分(ギゼラ)が使っている枕も布団も、多少固めではあるものの船には無かったものだ。それに、船ならば感じるはずの揺れも全く感じない。

 それに匂いも変だった。慣れ親しんだ潮の香りは全く無く、(だんな)が作った船の独特の木の香りもなんだか違う木になってしまっている気がする。そして、一番匂うのは……青臭さの混ざったような、ギゼラはあまり好きではない薬品のような匂い。

 

 

 ……あの世って、薬品(くさ)いのかねぇ?

 

 

 「天国にしろ地獄にしろ、薬品臭いのはよしてほしい」という、なんともズレたことを考えつつ、ギゼラは(まぶた)を押し上げた。

 

 単純に瞼が重いというのもあったが、周囲の明るさが(まぶ)しく感じられたということもあって、中々うまく瞼が開かなかった。

 だが、なんとか明るさにも慣れ見えてきた景色は、寝ているから当然かもしれないが天井。左手には木板の壁が見えたので、ギゼラは体が痛むのを耐えつつ首を動かし顔を右手の方向へと向けた。

 

 先端が二股にわかれネコか何かの耳のようにも見えなくも無い大きな帽子(ぼうし)。その大きなつばは背中のあたりまで垂れているため、ギゼラが見ている後方からはその人物の特徴はその頭巾(ずきん)のような帽子と、装飾が所々にちりばめられたゆったりとした服しか見ることが出来ず、年齢はおろか、性別さえも判別できなかった。

 また、窓から差し込む光によって逆光気味でギゼラにはあまり明確には見えていなかったのだが……その後ろ姿はとても印象的で、彼女の脳裏に焼き付くこととなった。

 

 その人物が向かっているのは、瓶や試験官、フラスコなどといった器具や、様々な種類が取り揃えられている薬草……そういった見る人が見ればわかるであろう薬品関係の物が多々置かれている机。

 ギゼラは医療関係の知識には(うと)く、薬草の種類・効能はもちろん、器具などの名称も怪しいくらいだったが、それらが「薬をつくるためのもの」だということはすぐに理解していた。周囲に漂う薬品臭さもあったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

 

「いっ……!」

 

 ベッドから上体を起こそうと身体を動かしたところ、身体を押し上げようとした腕や曲げた腹部・腰のあたりを中心に鈍い痛みが走り、顔を歪ませたギゼラの口からは悲痛な声とまでいかないものの息が漏れ出す。

 

 そのギゼラの声に反応して、机に向かっていた人物が振り向き、ギゼラの方へと目を向ける。

 

「おや、目が覚めたかい? ……っと、そんなに動いちゃいけないよ。傷は(ふさ)いだとは言っても回復しきれているわけじゃないんだからね」

 

 「ほれ、寝ときなさい」と優しい笑みを浮かべて言う声の主は、浅くは無いシワが顔のあちらこちらに見受けられるふくよかなお(ばあ)さんだった。

 ギゼラはそのお婆さんの注意を聞きつつも、そういう性分なのか痛みを我慢してなんとか上体を起こしきり、ベッドの上で座っているような体勢になった。そして、一番大きな傷を負っていたはずの腹あたりに手をやって、ギゼラは口を開く。

 

「……これ、お婆ちゃんが治してくれたの? 凄いねぇ、さすがのあたしも死んだと思ったんだけど……どうやったのさ?」

 

「感謝するなら、お前さん自身の生命力にするといいよ。あれだけ血を失ってたら普通は助からないもんだよ。それに、いくら『魔法』で止血して薬を投与したところで、結局回復するかはは患者の気力と体力次第だからね」

 

「それでもだって。ありがとね、おばあちゃん…………ん? 『魔法』?」

 

 ふと気になる言葉が出てきたことに気がついたギゼラが、一人小声で呟いて、頭に疑問符を浮かべる。

 その事には気付けなかった様子のお婆さんは、さきほどまで笑顔だった表情を呆れたものに変えて話し出した。

 

「にしても、一体何があったって言うんだい? 前の晩には何も無かったのに、次の日の朝にいきなりあんな大きな船を湖に浮かんでて、町中大騒ぎに……しかも、乗ってたあんたが大怪我してて大事(おおごと)だったんだよ」

 

「湖? おかしいねぇ、あたしは海にいたはずなんだけど?」

 

「どういうことだい? 空でも飛んだのかい?」

 

「さあ? あたしにもさっぱりだよ」

 

 そう受け答えをするギゼラだったが、眼前にいるお婆さんがどうにも気にかかってしまい、どうにも会話に集中できていなかった。

 ギゼラにとって、どこかで見た……とまではいかないものの、なんだか既視感のある存在だったのだ。特に特徴的な大きな帽子が引っかかっていた。

 

 

 ……と、ついにその感覚が何だったのか、ギゼラは気づくことができた。

 

「あっ……もしかしてお婆ちゃん、マージョリーさん?」

 

 ギゼラの中では、お婆さんの容姿だけでなく、この病院らしき場所とさっき出てきた『魔法』という単語が繋がって、昔ある人物から聞いた話が記憶の中から引き上げられていた。そして、その結果出てきたのが「マージョリー」という名前だったのだ。

 

 「マージョリー」と呼ばれたお婆さんだが、目をパチクリとまたたかせて「ほぅ?」と驚いたような、不思議に思ったかのような反応をする。

 

「確かに、あたしはマージョリーだけど……?」

 

「あー、やっぱりそうだったんだね! アタタッ……いやぁ、話で聞いたまんまの見た目だったから、まさかって思ったんだよ」

 

 途中、テンションが少し上がって声が大きくなってしまった時に身体が痛みはしたものの、ギゼラは我慢してそのまま喋り切った。

 

「人から聞いたのかい? とすると、あたしもそんな有名人でもないから、弟子の誰かかねぇ?」

 

「どんな間柄かは詳しくは知らないけど、弟子じゃあないと思うよ? あたしが聞いた限りじゃあそんな話は無かったし」

 

 「そういえば、あの子、薬も作ってたっけ?」と思いつつも、弟子云々(うんぬん)には心当たりが無かったため、ギゼラはマージョリーの言葉を否定した。

 

「そうなのかい? なら、いったい誰があたしの話をしたって言うのかねぇ?」

 

「えっとさ、おばあちゃんも知ってる人だと思うんだけど……」

 

 

 ギゼラが()()()()の名前を出そうとしたその時……

 

 

「ただいまーっ!」

 

 勢いよく扉が開かれる音と元気な少女の声が、ギゼラが寝ている病室まで盛大に聞こえてきた。

 

「これっ! 病院では静かにせいと言っておろう」

 

「……はい、ゴメンなさーい」

 

 いちおうは謝罪の言葉を言っているようだったが、その声の主の足音であろう音は軽快なもので、反省しているかは微妙なところだった。それをわかっているのか、マージョリーも呆れ気味にため息をついていたのをギゼラは目にした。

 

「って、あら? あなた、起きたのね!」

 

 マージョリーと同じく変わった帽子をかぶっているエメラルドブルーの髪をした少女は、病室に入ってすぐに上半身を起こしているギゼラに気付き、ニコリと笑った。

 

「あっ、何か悪い所とかない? 頭が痛いとか、気持ちが悪いとか、眠いとか! 特性の薬をズブッとしてあげるわよ。今ならもう一本オマケで……!」

 

「あははっ! その騒がしい感じ……アンタがマリオンだね?」

 

「ふぇ? そうだけど……?」

 

 初対面の相手にいきなり名前を出された少女……マリオンはポカンとして首をかしげる。そして、視線を移して薬を調合しているマージョリーを見た。

 

「おばあちゃん? おばあちゃんがこの人に私のこと話したの?」

 

「いいや、話してないよ。……しかし、あたしだけじゃなくマリオンのことも知ってるのかい。本当に誰から話を聞いたのやら……」

 

 

 二人して首をかしげる魔女とその孫を見て、ギゼラは自然と笑みをこぼし……さきほど言いかけたことを改めて口にするのだった。

 

 

 

「アンタらのこと教えてくれたのは、()()()()()()()()。二人で『魔女の大釜』っていう病院やっててよく世話になってたって言ったんだよねー……たっく、よく病院に世話になるだなんて、アイツは弱かったのかねぇ?」

 

 

 

 

 

「!?」

 

「……へっ?」

 

 病室内に十分に行き渡るほどの声で発せられたギゼラの言葉。

 それはその場にいた人物たちの耳に鮮明に聞こえ……マージョリーは、薬を調合していた手をピタリと止めて、その小さな目を見開き…………マリオンは、一瞬大きく目を見開いて呆けた顔をした後、ものすごい勢いでベッドに……そこで上体を起こした状態でいるギゼラに跳びかかるようにして掴みかかった。

 キズが完璧には癒えていないギゼラは、突然跳びかかって来たマリオンを避けたり撃退することは出来ず……そのまま押し倒されてしまい、ベッドの上でマリオンにのしかかられるような体勢になってしまった。

 

 押し倒したギゼラの上にまたがるような形になったマリオンは、そのままギゼラの肩を掴み揺さぶりながら顔を近づける。

 

「ちょっと! あなた、アイツのこと知ってるの!? 教えなさいよっ!! アイツはっ……マイスは今どこにいるの!?」

 

「っ……ぐっ……!」

 

 流石の最強冒険者であるギゼラであっても、九死に一生を得た状態であるほどの負傷を負っていれば、そう揺すぶられてしまっては痛みで顔をしかめもしてしまうものだ。

 

「なんで黙ってるのよっ! 早く、早く教えなさいよ!! さもないと、この注射器で……!」

 

 

「これっ! やめんか、マリオン!」

 

 ヒートアップしていくマリオンを止めたのは、他でもないマージョリーだった。

 

「怪我人に跳びかかるなんて、何事かね! 早くどきなさい」

 

「でも、おばあちゃん……!!」

 

「……気持ちはわからなくはない。けどねぇ……このままだと傷口が開いてしまって、喋るどころかそのまま死んでしまいかねないよ。それが医者のすることかい?」

 

そこまで言われて、ようやくマリオンはギゼラの肩から手を離しベッドから降りた。しかし、その表情や態度は本当に渋々といった様子で、いまにも再びギゼラに掴みかかりそうでもあった。

 そんな様子をみかねて、マージョリーはため息を吐きつつも。

 

「まったく……そんな様子じゃあ、患者の容体を悪化させてしまうばかりだよ。……ほれ、外で少し頭を冷やしてきなさい」

 

「うー…………」

 

 言ってることはわかる、でも納得できない……そんな様子で眉間にシワを寄せて俯くマリオン。

 

 

 

「アタタッ……。ん、えーっと、マリオン……ちゃん? いや、やっぱマリオンだねっ」

 

 体に走る痛みに耐えながら、いつものニカリとした軽快な笑みを浮かべたギゼラは、何とも言えない()ねたような顔をして「……何よ」といった様子で伏せ気味の目で視線を返してきたマリオンに、そのまま続けて言った。

 

「アタシは逃げも隠れもしないよ。けど、ちょーっとばかし体が言うこと聞かなくってね……一日くらい寝かせてくれないかい?」

 

「本当? 絶対、ぜーったい逃げない?」

 

「逃げないって、そんなに心配だってんなら、アタシが乗ってたっていう船、アレを確保しといたらいいんじゃない? アレ、所々壊れちゃってるけど……アタシにとって、ふたつと無い宝物(たからもん)だからね」

 

 ギゼラがそこまで言うと、マリオンは飛び出して行った。

 

 

 ……そんなマリオンの後ろ姿を見届けて、少し呆れた様子でため息を吐くマージョリーは、マリオンが出ていった病院の戸を見たままギゼラへと言葉を投げかけた。

 

「ウチの孫を上手く乗せて使ったものだねぇ。まあ、立派な船だったからすでにアソコの兄妹が興奮気味に対応してたはずだけど……そんなに大事なものなのかい?」

 

「ん、まあね。沈みでもされちゃあ、困るどころの問題じゃないくらいにはさ。はぁー……追い出したのは良いとして……どうしたものかなぁ?」

 

「なにがだい?」

 

「いや、だってさぁおばあちゃん? マイスのこと気にしてるのってあの子だけじゃないでしょ?」

 

 そこまで聞いてマージョリーはギゼラの言わんとすることを理解した。

 むしろ、「外で頭を冷やして来い」と言ったマージョリー自身、今の今までそのことに気付いてなかったことに驚き、他でもない自分自身も冷静でないことを初めて知った。

 

「おしゃべりそうなあの子が外に出たら、一気にここ……『シアレンス』って言うんだっけ? その町全体に話が広まりそうでさ。ああ言ったけど、ほんとに寝てる暇なんてあるのかなって思ってさ」

 

「……ああ。こりゃぁ町中大騒ぎになることまちがいないだろうねぇ……はてさて、どうしたものか……」

 

「まっ、アタシとしてはちょっと楽しみだったりするんだけどね? マイス(あの子)の事を想ってた奴がどれだけいるのか……気になってたからさ」

 

 

 

 ギゼラは知っていた。

 一人、異世界に迷い込んだマイスが『シアレンス(ここ)』のことを、そこに住む人たちの事を、どれだけ想っていたのかを。そこに帰れないことをどれだけ悲しんでいたかを。

 

 だからこそ、逆に、そこの人たちがマイスのことをどう思っているかが気になって仕方なかった。

 

 

 そして…………マージョリーにも聞こえない小さな声で呟いた。

 

「なんで、アタシがコッチに来ちゃったのかねぇ?」

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、冒険者ギゼラ・ヘルモルトの『シアレンス』での生活が始まるのであった……

 

 

 

 








『マイスのファーム シアレンスの冒険者』


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シアレンスの冒険者(2)

当初の予定では、今頃『シアレンスの冒険者』から『?????の冒険者』になってて、クライマックスには入ってる予定だったのに……って、基本自分自身のせいなんですけども。


 『シアレンス』にて『アクナ湖』に突如大型の船が現れ、その船中にて瀕死の女性が発見されたのが少し前。その女性が、運び込まれた病院で目を覚ましたのがつい先日。

 正確に言うのであれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そんな重体だった女性――『アランヤ村』出身の冒険者、ギゼラ・ヘルモルトは『魔女の大釜(病院)』の玄関先で一人大きく伸びをしていた。

 

 

 ……もう一度言うが、彼女(ギゼラ)はつい三日前まで死にかけの状態だったのだ。

 それがどういうことか、腰に愛用の剣を携えていないものの何事も無かったかのように出歩いているのだ。普通に考えておかしいだろう。

 

 

 

 だがしかし、彼女(ギゼラ)のことを知っている人に問いたいことがある。

 

 

――――怪我をしたからといって、ギゼラが何日も大人しく寝ていられると思うか?

 

 

 おそらく、彼女を知る人物たち――例えば『アランヤ村』にいる夫や、村の客入りの少ない酒場のマスターなど――は口をそろえて言うことだろう、「無理だな」と。それも、笑いながら。

 

 とはいえ、ギゼラとしても、まさかここまで早く動き回れるようになれるとは思っていなかった。内心で、「やっぱり『魔法』っていうのは凄いのかねぇ」とマイスから話だけは効いていたその異世界の技術に感心しきっていた。

 ……なお、その回復速度に彼女以上に驚いていたのは、他でもないギゼラの応急処置・治療にあたったマージョリーである。つまりはマージョリーがこれまで積み上げてきた『魔法』や薬による治療の経験でも過去になかったほどの回復速度をギゼラは持っていたわけだ。

 

 

 

 補足しておくと、今現在の時刻は午前5時。まだ陽がようやく顔を出し始めた頃に、目覚めたギゼラが薬臭い病室のベッドの上で上体を起こし身体を軽く動かして「うん、動ける!」と判断を下して、一人こうして病院を出たのだ。

 もちろん、マージョリー(医者)からの外出許可なんて得ていない。そもそも、マジョリーとマリオンはまだ起きてすらいない。

 

 しかし、当のギゼラは悪びれた様子も無く、いつもの調子で「ちょっと散歩でもしようかねぇ」と歩き出すのだった。

 

 

 

―――――――――

 

***アクナ湖***

 

 

 

「話には聞いてたし、病院の玄関からもちょっと見えてたからわかってたけど……()()()もアタシと一緒に来てたんだねぇ」

 

 どこか感慨深そうにそう独りで呟くギゼラ。その視線の先には、『アクナ湖』の砂浜に半ば船首から乗り上げたような形で佇む一隻の船。

 『塔の悪魔』を退けたが大きな傷を負ってしまい最期を察したギゼラが、死に場所と決め『最果ての村』の人たちに頼んで乗ったギゼラごと海へと放してもらった船であり――――大海原へと旅立つギゼラのために夫・グイードが精魂込めて造り上げた船だった。

 

 元の作りが良かったからか、ギゼラが勝手に手伝った部分周辺が『フラウシュトラウト』によって破壊された以外は――正確には、直そうとしたギゼラの手によって逆に壊れた部分もあるが――いたってしっかりとしており、船としての原形は十分に保たれている。

 

 その破壊されてるか所を見て「ちゃんと直してやらなきゃな」と思うギゼラだったが、同時に「どうしたものか」と頭を悩ませていた。

 というのも、『最果ての村』にいた頃とは違い、船を直したら『アランヤ村』に帰る目途が立つ……という状況ではないから。『アーランド』にて『シアレンス』への帰還に四苦八苦して結局は手がかりさえほとんど得られなかったマイスのことを知っているギゼラだからこそ、逆に『シアレンス』から『アーランド』へ帰るのも大変難しいことを少なからず理解していた。もっと、別の手段を考えないといけないだろう。

 しかし、グイードの造った船なので直さないでいるのは、心情的にギゼラにはできそうになかった。グイードが造ってくれた「『フラウシュトラウト』にも負けず、絶対に沈まない船」を、結果的にとはいえよりにもよって自分の所業(せい)で壊してしまったのだから、せめてなんとか修復してグイードの元へと共に返りたいのだ。

 

 「とはいえ、直そうとしてまた壊しちゃいそうなのがねぇ」と自嘲気味に笑いながら、ギゼラは砂浜に乗り上げてる船首の竜骨部分を撫でるように触る。

 

 

 と、そんなギゼラの耳にザリッとした砂を踏みしめる音が届いた。どうやら、朝早くからこの砂浜に来る人がいたようで、ギゼラは自然とその音がした方へと顔を向けた。

 

 

 

「ふっふっふ。この時間ならわたしを邪魔する者は誰もいないわ! 今! この時を! わたしは待っていたのよっ!! さぁ、この船を芸術的でレインボ~な……あら?」

 

 何やらあちらこちらに絵の具のついたリュックサックを背負った、長い金髪と長く尖った耳が特徴的な女性が。

 目をらんらんと輝かせてクツクツと笑い身体を揺らしていた……が、ようやくと言うべきか、船のそばにいるギゼラの存在に気がついたようで、ピタリとその動きを止めた。

 

 そして……

 

 

「…………ギャラクシー……」

 

「ぎゃら……なんだって?」

 

 聞き返したギゼラの言葉にハッとした様子の謎の女性。わたわたを慌てふためいた後、ピシッと背筋を正してワザとらしい咳払いをして改めて口を開いた。

 

「ギャラクシーよ。レインボーとはまた違った、混沌としていながらも揺らめき輝く七色の光彩……まっ、なんていうか、あなたがそんな感じってこと。……でも、いっそのこと本当に虹色に染めあげちゃおうかしら?」

 

「……いや、何言ってるのさ?」

 

「ふんふん、見ない顔だけど……観光客? ならならっ、南の森の方へ行くといいわよ! わたしの作品たちがたくさんあるから見に行きなさい! むしろ行かなければならないわ!!」

 

 まるで意味がわからないことを喋りだした女性に、困惑し考えるのをやめようとしたギゼラだったが、その寸前で記憶の海からある記憶(モノ)が引き上げられ、目の前の人物とカチリッと合わさった。

 

「あっ、なるほど。お嬢ちゃんが芸術家のダリアだね」

 

「? そうだけど……ハッ!? まさかあなた――――

 

 

 

 

 

――――――わたしのファンね!!」

 

 ドヤァ……と決め顔をしながら腰に手を当て胸を張る女性・ダリア。

 だが……

 

「いや、違うよ? むしろ、芸術(その類)に関しては縁が無いというかわけわかんないんだよねぇ」

 

 容赦も遠慮も無く、自分の思っていることをサラッとそのまま言ってしまうギゼラによって、ダリアは固まる――ことはなかった。

 

「まぁそうよね。なんとなくあなたはそんな感じな気がしてたし」

 

 先程までの調子がウソかのように切り替わりあっさりと流すダリア。おそらくは一種のジョークだったのだろう。

 

「でも、実際にその眼で見たらあるいは……。ふふんっ、ヒマがあるならそこで見てなさい! 今からわたしが、この船を芸術的でビューティフルに変身させ――」

 

「それはダメ」

 

「――て……なんで? わたしが手掛けたレインボーな船が大海原を走ってたら、それだけで一種の芸術作品よ? 最強よ? 具体的に言うと、その勢いのまま七つの海を支配できるくらい」

 

「そもそも、レインボーってのがわかんないけど……なんにしたって、そのゴチャついた色を塗りたくったりするのはご免だからね? ただ単に直してくれるったならむしろ頼みたいくらいだけど、変に手ぇ加えるっていうならさすがに止めさせてもらうよ?」

 

 意気揚々とダリアがリュックサックから取り出された虹色の絵具。それを指差しながら言うギゼラ。

 「止める」宣言をされたダリアだったが、むしろ不敵な笑みを浮かべてすらいた。

 

「ふっ。あなたにわたしのこの情熱を、芸術を止められるかしら?」

 

 もしも(マイス)がこの場にいたのであれば、「ダリアさんがまたその場のノリだけで喋ってる」と思った事であろう。ダリアと付き合いがあれば慣れてしまうほど多々あることなのだが……ある意味で彼女(ダリア)の悪癖ではないだろうか。

 

 そして、同時にこうも思うだろう、「ギゼラさんを変に刺激するのは止めたほうが……」と。

 何も無くっても『青の農村』等で色々やらかしているギゼラである。それを個人的にはそう気にしないくらい慣れてしまっているマイスは、しかしながら周囲に被害を撒き散らすことも重々承知しているため、友人が巻き込まれるとなると気が気じゃなくなりるだろう。唯一安心できるラインは、おそらくギゼラが意図的に人に手を上げたりはしない……しているところを見たことが無いことだろう。

 だがしかし、マイスが危惧するであろうことは別の部分で……ダリアの(アトリエ)や『プリベラの森』に行ったギゼラがひょんな拍子にダリアの作品を壊してしまわないかと言う部分だろう。

 

 ……まあ、なんにせよ、マイスはこの場にはいないのだが。

 

 

 

 ダリアのノリによる発言で、睨み合いになった二人。

 ……だが、ダリアはもちろん、ギゼラも持ち前の勘でダリアがすでに本気では無い事を察したのか、険悪な空気が漂ったりはせずにいた。しかし、代わりにと言っては何だが、「で、どうするの?」「していいの(するの)しちゃダメなの(しないの)?」というやりとりが無言のまま視線だけでされて、変な膠着状態(空気)になってしまっていた。

 

 

 

「何か騒がしかったような? こんな朝早くだし気のせいだよね……って、ダリアさん!?」

 

 呟くような小さな声から一転、驚いた拍子でか大きな声をあげたのは、ほどよく肌が焼けた緑の短髪の少女。ダリアがいることにヤケに反応をした彼女は慌てた様子でダリアたちのいる船のそばまで駆けてくる。

 

「ちょっと、ダリアさん! まさかとは思うけど、この船を塗っちゃったり彫っちゃったりしてないよね!?」

 

「塗ったり彫ったりする前に、まずは修繕・補強をじゃない? とにかく、わたしは何もしてないわよ……まだ」

 

()()って、それって、あたいが来なかったら絶対やる気だったでしょ!? そんなにたくさん道具まで用意しちゃってさ」

 

「まぁ、確かに今日はそのために早起きしたんだけど……でも、止められちゃったし、強行突破も難しそうだからこの(ふね)を私の芸術センスで彩るのはまた機会を見てってことで」

 

「止められた? いったい誰に……」

 

 ここで緑髪の少女はようやくギゼラに気付いたようで、ダリアの諦めてない発言「いやぁ、そこは素直に諦めなってば」と呟くギゼラを見て――――――

 

 

「足……あるよね? ゆゆゆ、幽霊じゃないよね……っ?」

 

「見ての通りだけど? 何? あたしは死んでると思われてたのかい?」

 

「いやいやっ、つい何日か前に死にかけてたのに! 一応目を覚ましたとはきいてたけど、そんなピンピンしてたら逆に信じられないよ!? あたい、あんな量の血と大きな傷、見るの初めてだったんだから~……」

 

 顔を青くし小さく震えていた少女は、ギゼラの返答に涙目になりながらも安心した様子で「無事でよかった~」と漏らす少女。

 

 そんな様子を見て「いい子だねぇ」と思いながらもこれまたギゼラの中で何かが繋がった。湖のそばの()から出てきた活発的な緑の短髪の少女……ギゼラは以前にマイスから聞いた釣り堀を営んでいる仲良し兄妹、その妹であるイオンという少女の事を思い出し、そのイオンとやらが今目の前にいる少女なのだろう。

 それと同時に、彼女(イオン)や先日マージョリーが言っていたことからして、イオンが死にかけていた自分(ギゼラ)を助けてくれた内の一人なんだろうということも理解した。

 

 

「ねぇ、二人は知り合いなの?」

 

 と、二人の会話についていけず置いてけぼりだったダリアが、ムムムッと眉間にシワを寄せながら首をかしげて問いかけた。

 

「いや、初対面だね。少なくともあたしの記憶の中では」

 

「そうだね、気絶してた(寝てた)のはカウントしないだろうから、今が初対面。ほら、ダリアさんにも話したよね? この船に乗ってた大怪我した人のこと」

 

 「この人がその人」と言いながらギゼラを指し示す緑の短髪の少女(イオン)

 それを聞いて「そんな話もあったっけ?」と少し不安なことを呟きながらも頷いたダリアはその後……大きく肩を落として唇を尖らせた。

 

「ってことは、この船の持ち主……わたしはその人にバレて止められちゃったわけかぁ。むむむぅ……あっ、気が変わったらいつでも言ってちょうだい。じゃなきゃ、また勝手にやっちゃうかも」

 

「それって結局、やるって宣言してるようなもんじゃ……素直に諦めようよ」

 

「あっははは! なんていうか、ブレないねぇあんたは!」

 

 呆れ気味にため息を吐くイオンとは対照的に、ギゼラは軽快な笑みを浮かべている。

 もちろん、勝手に船にアレコレされるということを容認しているわけではないはず。しかし、偏屈な人間ばかりだと思っていた「芸術家」という(にんげん)が予想外にも「わかんないけどわかりやすい(ドストレート)」な性質だったことが、ギゼラ的には好ましかったんだろう。

 

 

 

「もぉ~……ダリアさんらしいといえばらしいけど、もっと言うべきこととか聞くべきこともあるでしょ。マイスのこととか」

 

「? なんで、助手くんの話?」

 

 疑問符を浮かべるダリアに、イオンは額に手を当てて空を見上げ、首を振りながら小声で喋りはじめる。

 

「そっちも憶えてない……ううん、わたしが言う機会がなかったから、そもそも聞いてなかったりするのかな? えっと、なんでもギゼラ(この人)、マージョリーさんやマリオンちゃんのことを知ってて「マイスから教えてもらったー」って言ってたって。それで、マイスがどこにいるか知ってるんじゃないかって……こないだマリオンちゃんが言ってたよ」

 

「……そういえば、わたしのことも知ってたっぽかったっけ? え、本当に助手くんのこと知ってるの?」

 

 目を軽く見開いて、言葉だけでなく視線でも問いかけるダリア――そして、話には聞いていたものの信じられない様子のイオンにも応えるように、ギゼラは頷く。

 

 

マイス(あいつ)が何かそう呼ばれてるって言ってたけど……芸術家のお嬢ちゃんが言ってる「助手」ってのはマイスのことだったよね? 初対面でいつの間にかなってたって聞いたよ。虹が大好きで情熱的な子の「ダリアさん」。あとソッチの娘はお兄さんと釣り堀やってる「イオンさん」。……確か、マイスの釣りの師匠なんだっけ?」

 

 「他にもなんか話は聞いたことあるんだけどなぁ?」と一人思い出そうと頭を捻るギゼラ。

 しかし、どれが誰の話だったかとか、要所要所以外は抜けてたりだとか、マイスから聞いたことのある(ストーリー)は生憎曖昧にしか思い出せていない。むしろ、今のところ特徴と名前が一致してる時点で、ギゼラにしては十分に頑張っている部類かもしれない。

 

 ――――と、頭を悩ませているギゼラの耳に、すすり泣く声が入ってきた。

 その主は、イオンであり……ダリアのほうはと言えば、何故か顔を赤くしてた。

 

「う、う゛うぅ~……あたいなんかのこと、まだ師匠っで……マ゛イ゛ス゛く゛ん゛……!」

 

「助手くんったら、おかしなこと言ったんじゃぁ……? その、言っとくけど、助手くんの言ってたことは話半分にしといたほうがいいわよ?」

 

 なお、話半分も何も、初対面で助手にされたことなど大抵と事実である。もしも、この場にマイスがいたとすれば「そんなこと言ったら、ダリアさんはいつもおかしかったことになりますよ?」などとツッコミを入れられていたことだろう。

 

 

 思てった以上にマイスが『シアレンス(こっち)』の人たちから愛されていたであろうことに、少し驚きつつもそれ以上に安心したギゼラ。

 しかし――――

 

 

 

「コラァー! どこ行ったのよ~――――って、いたー!!」

 

 バタバタ走ってる特徴的な帽子を被った少女――早朝、ギゼラが(何も伝えたりせず勝手に)出てきた『魔女の大釜(病院)』の孫娘のほう・マリオンが「キキィーッ!」という効果音が聞こえてきそうな急ブレーキで止まり、瞬時に方向転換、ギゼラへと一直線で向かって来た。

 

「ちょっと! アンタ、なに逃げてるの!? 逃げも隠れもしないって言ってたじゃない!!」

 

「逃げてなんかないさ? あたしはただ、調子がいいから朝の散歩に出かけてただけだって」

 

「散歩だなんて私もおばあちゃんも許可してない! ていうか、そんな歩いてまわれるはず無いでしょ!? 絶対無理してて傷とかが……!」

 

 そう言って、マリオンはギゼラの身体中を触りまくって、診まくって――――固まった。

 

「傷が開くどころか、大抵治ってるみたいなんだけど……なんで?」

 

「そりゃあ、あんたやお婆ちゃんが治してくれたからでしょ? 感謝してるよ」

 

 互いに首をかしげる状況ではあったが……それはともかくとして、マリオン的には優先順位が入れ替わっただけのこと。ならばと、当然のように話を切り換えるのだった。

 

「な、ならっ! もう聞いてもいいわけよね? そうでしょ!? マイスのこと!!」

 

「あー……それなんだけど、ちょっと待ってやくれないかい?」

 

 「なに? 今更話さないなんて言わないわよね!?」と憤るマリオン。ついでに、その話を聞いていたダリアとイオンも少なからず似たような反応を示す――が、ギゼラはいたってマイペースに、しかし、彼女らの心配を打ち消すように首を振って否定しつつ、口を開いた。

 

 

 

「マイスの話を聞きたい人、みんな集めてからにしない? そのほうが色々といいでしょ」

 

 「同じ話するのイヤだし」と付け加えられ……その付け加えられた部分が一番の本音だろうことは、聞いた者にはすぐに理解出来たことだろう。

 ダリアも大概なのだが、当のギゼラも他人の話を聞かないわけではないが、聞いたうえで我を通す人物である。それに――――真面目な話になると、ちょっと空気を崩したくなる(ちゃかしたくなる)。そんな人なのだ。

 



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