IS スカイブルー・ティアーズ (ブレイブ(オルコッ党所属))
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第1部 【スカイブルー・ティアーズ】
第1話 プロローグ【沈黙の鎧】


 宇宙間対応型パワードスーツ、インフィニットストラトス、通称IS。

 一人の天才少女が発表した誰も見たことのない機械。一口に高性能と言うには余りにもスペックの高いそれは世界を揺るがすには充分すぎた。だが当時の世論はその発明を机上の空論、子供の夢想として一方的に突き放した。

 

 だがそのISはある事件をもって世界にその優位性を知らしめた、その時の世間の反応は、歴史上どこにも確認されていないほどの手の平返しだった。

 しかし、万能の兵器にも欠点があった。女性にしか動かせないという致命的な欠点が。

 

 ISの登場から数ヶ月余りで世界は女性優遇の社会、女尊男卑社会へと転げ落ちていく。女性権利団体が発足され。その勢力は鼠算の如く膨張し、しまいには政府の一部も取り込んだ。

 法律は女性を保護、有利に向けられるように追記され、男性の人的価値は暴落。ISに関係の無い、適正のない女性まで、世界は自分を中心に周っていると錯覚するほどの横暴さを見せた。

 

 

 ISの誕生から十年余り。過激なまでの女尊男卑は多少鳴りを潜めるも、女尊男卑の風潮は代わらず、水面下で起こる燻りは後を絶えなかった。

 しかし、世界という湖面に、一つのイレギュラーというなの大きな雫が垂らされた、それは大きな波紋として広がり、文字通り再び世界を震撼させた。

 

 

 

 織斑一夏、第一回モンドグロッソ優勝者、初代ブリュンヒルデである織斑千冬の弟。男性でありながらISを動かした者である。

 

 その知らせに人々は騒然とする。これに対して世界の国家は即座に男性のIS適性検査を実施するも、何処の国からもISを動かした男性の報告はなく、織斑一夏がISを動かせる唯一の男性という事実が確認された。

 

 

 その衝撃的な出来事から早二ヶ月、世界で初めてISを動かした男というニュースは風化していき、人々は徐々に落ち着きを取り戻していた。

 

 しかし、世界にまた、一つ雫が落とされた。

 

 それは単なる運命の悪戯か、又は誰かに仕組まれたものか。

 それはまさに神のみぞ知るであった。

 

 

 これは、一人の少年が、歪んだ世界に降り立つ、物語。

 

 

 

 

 

 キーンコーンカーンコーン

 キーンコーンカーンコーン。

 

「それでは日直、号令」

「起立! 気をつけ! さようならー」

『さようならー!!』

 

 日直の号令と共に、長ったらしい6時限の授業を終えたクラスは机を移動する音で一杯になった。掃除当番をするものは一部を除いて愚痴を吐き出し、そうでないものは我先にと教室を飛び出した。

 

 かくいう俺も、机の横にかけていた鞄を担ぎ、机を後ろに追いやって教室を後にする。

 何の気なしにスマホを開き、今日のニュース欄を覗き混む。

 

 だが突如として背中に衝撃が走り、あやうくスマホを取り落としそうになった。ついでに眼鏡もずれた。

 

疾風(はやて)! ゲーセンいこうぜ! あれ! インフィニット・ストラトスうんたら!!」

 

 男友達の一人、村上が勢いよく肩をくんできた、勢いがありすぎて吹っ飛ぶ勢いに文句を言おうとするが、それは別の人物、柴田に遮られた。

 

「おい村上、疾風転びそうになったぞ。それになんだようんたらって。ヴァーサススカイだろ? カタカナぐらいスラスラ言って見せろ」

「だってよ、なげーじゃんアレ。お前は噛まずスラスラ言えんのかよ柴田」

「インフィニット・ストラトス/ヴァーサススカイ」

「言いやがったよこいつ」

「どう見ても村上の負けです、ありがとうございました」

「うるせえ! 疾風、覚悟しろよ。今日こそ俺の愛機であるテンペスタの真の力を見せてやる」

 

【インフィニット・ストラトス/ヴァーサススカイ】、通称ISVSは日本が作ったアーケードゲームである。

 

 使用機体は第二回モンドグロッソ大会を参考にしており、そのゲームは男性女性関わらずISを動かせるということから絶大な人気を誇り、今では専用の大会も開かれる。前回の大会では男性が優勝したという。

 数年前にコンシューマー版ゲームソフトが発売、発売と同時に瞬く間に売りきれるほどの人気コンテンツとなった。

 

 村上が言ったテンペスタとは第二回優勝者、イタリア代表アリーシャ・ジョゼスターフが駆る第二世代型ISである。

 優勝者というだけあってゲーム内の機体性能はずば抜けており、繰り出される近接コンボは圧巻の一言、というよりエグイ。

 

「強機体使ってる癖に何を言っている」

「しかも負けてるし」

「「テンペスタの名が泣くな」」

「う、うるせー! 今日のテンペスタは一味も二味も違うんだぜ! ちゃんとWikiガン見してきたからな!」

 

 今までWiki見てなかったんか、と心のなかでツッコミをいれる。情報アドはなによりも優先する事だろうに。

 

 因みにこれまでの戦績は俺の全戦全勝、細かい数は覚えていない。強機体を扱う村上のテンペスタに対し、俺が使うのはゲーム内では扱いづらいことで有名なイギリス代表のメイルシュトローム・カスタム。言うなれば弱機体の部類に入るが、扱えるものがいればその汚名は渦に消える。

 

「村上相当ヤル気なんだけど、どうする?」

「あー。悪い、明日の準備しなきゃ行けないから」

「明日? ああIS学園にメンテしたIS届けに付き合うんだっけ」

「うん、初めて行くからもう興奮が押さえきれなくて」

「糞っ! 一足先に女の園に行くのかお前は!」

 

 厳密には何回か外観は見たことはあるのだが、中には入ったことがない。関係者以外立入り禁止の区域だし、陸の孤島だから近づけもしない。

 

「あーくそ羨ましい。で、届けるISの名前は何だっけ? ダテツだっけ?」

 

 ISのあるある間違いを言った村上に対して俺の脳内組織がフル回転した。

 

「ダテツじゃなくて打鉄(うちがね)、世界シェア第二位の純日本製のIS。最大の特徴は防御力の高さとそれについてくるパイロット保護能力。整備のしやすさと汎用性、扱いやすさからIS学園の訓練機から軍隊の主力ISまで……」

「ストップストップ! またスイッチはいってるぞ」

 

 村上の声に我にかえる。

 

「すまん、名称間違いは見逃せなかった」

「相変わらず疾風のIS好きは筋金入りだな」

「まったくだ、おかげで自然に覚えちまったぜ」

「「今間違えた奴が言うな」」

 

 俺と柴田のダブルツッコミに村上はぐうの音も出なかった。出すつもりもないがな。

 名称間違いは万死に値する。

 

「と、ところでIS学園ってさ! やっぱり、その、可愛こちゃんやボンキュッボンなナイスバディ美人がわんさかいるんかな!」

 

 不自然過ぎる強引な話題そらしは男の欲望100%の女性がドン引きする発言だった。周りに人いなくて良かった、本当に。

 

「知らねえよ。あ、だけど制服着てた女子はまあまあ可愛かったような」

「マジか! くっそ、織斑一夏が羨ましいぜ! 俺がISを動かしたその暁には!!」

「織斑一夏をさしおいて」

「ハーレムを築いてやる、だろ?」

「な、なぜわかったぁ!!」

 

 わかるよ、織斑一夏がIS学園に入ったとニュースで出てから何回も聞いてりゃ自然に覚えるよ。

 だが忘れるな、女子の人気は移らないもんなんだぜ? たとえお前がIS学園に入ったとしても、結果はお察しだろう。

 

「あーあ、下らない愚言に余計な脳内メモリーを使っちまったよ」

「処してしまおう、と女子なら言うだろうね。養豚場の豚を見るような目で」

「一歩間違えれば補導されるな」

「というか、ハーレムなど幻想よ」

「先ずは顔面だよな」

「女尊男卑反対! 男の尊厳を守れぇ! イケメン爆ぜろぉ!」

 

 周りに人いなくて良か(以下略

 

 ーーーーー

 

 村上と柴田と別れ、ある場所に足を運んでいた。村上は何処か涙ぐんでいたが、嘘泣きだろう、多分ね。

 さて、学生の帰りとなればコンビニやらゲーセン等が主流だが、俺の場合はそのどれとも当てはまらなかった。

 

「いつ見てもデカイ、流石大企業レーデルハイト工業様だ」

 

 そびえ立つビルを見上げながら何処か他人事のように呟いた。

 

【レーデルハイト工業】

 イギリスと日本の合同企業であり、日本のIS工業会社の中ではトップクラス。世界でも確実に五指に入る大企業。

 日本製の打鉄タイプや、イギリス製のメイルシュトロームの生産、新装備などを手掛けており、研究期間や国軍が扱うISのメンテも引き受けることがあり、世界初のIS操縦者育成専門国立高等学校、通称IS学園の訓練用ISのオーバーホールも受け持っている。そして、レーデルハイト工業はその一大スポンサーでもある。

 

 レーデルハイト工業の特色は他国との技術同盟を積極的に行っていることだ。

 それを聞いても別段特別じゃないように聞こえるが、ISが絡んでくると話は別である。IS企業の業績はそのまま国力に直結する、他国よりも少しでも優位に立とうと、お互いの腹の探り合いが横行する競争社会。その中でもレーデルハイト工業は他国企業との競争ではなく協力を選んだのだ。

 作り上げられた企業連帯の情報ネットワークは計り知れず、その情報量の多さは、機密だらけのIS業界では一番のアドバンテージになる。

 結果、その目論みは大成功、いまのような大企業まで発展し、今やイギリスにも本社に負けない規模の支社が立てられている。

 

【レーデルハイト工業】とでかでかと刻まれた大理石の横を通り、俺は家に帰るかのように悠々と入り口に向かっていく。

 

「お、お疲れ様です疾風さん!」

「もう、そんな畏まらないで下さいって言ってるじゃないですか。偉いのは親であって俺じゃないんですから」

「そ、そういう訳には……」

「あはは、ご苦労様です」

 

 入り口に立っていた新人の若い警備員が俺に気づくと慌てたように挨拶をする。毎度毎度この対応なのだから、少しは慣れてほしいものだ。

 

 申し遅れた。

 俺の名前は疾風・レーデルハイト。大企業の息子という点を除けば、何処にでもいるISが大好きな、ごく普通の高校一年生だ。

 

 

 

 

 

「疾風・レーデルハイト様。確かに確認致しました。今日はどのようなご要件でございますか?」

「地下工房に用が」

「かしこまりました、こちら地下工房に続くカードキーでございます。場所は……」

「場所はわかるので大丈夫です。ご苦労様です」

 

 受付の人に身分証を見せ、俺は地下工房に続く職員用エレベーターに向かって乗り込んだ。

 学校帰りにはいつもこの会社の地下工房を見に行くことが日課になっている。生のISを見れる数少ない場所、何度来ても飽きは来ないものだ。

 …………まあ、別の目的もあるっちゃあるが。

 

 チーンという音共に静かに動く駆動音と、火花が散るような高い音と無数の人の声が耳に入り込んできた。

 

「若! おはようございます!」

「ぼっちゃま! おはようございます!」

「疾風様! おはようございます!」

 

 俺が入ってきた途端男性従業員の声が響き渡った。最初の声に連れられるように口々に挨拶をしてきた。一人が挨拶をすればまた近くの人が挨拶。そんな感じで挨拶の波が一気にこちらに押し寄せてきた。

 

「だああ!! 若もぼっちゃまも様付けも良いですよ! 普通に呼んでくださいと何回言えば分かるんですか! ……せめて統一してくださいよ、ごちゃごちゃして、気持ち悪いったら」

「ははっ、すみません」

「でも嘘は言ってないですよ?」

 

 そういう問題じゃないと言いたいが、このやり取りは今に始まったことではないので、これ以上のツッコミは労力の無駄と悟った。

 

 突然だが、このレーデルハイト工業は普通のIS企業より男性従業員の数の割合が多い。割合にして男6:女4、IS業界では異様な比率だ。

 ISによる女尊男卑の世界ではISに関わる仕事に男性が携わることは滅多にない。だが女性には女性のアイディアがあるように、男性にも男性特有のアイディアもある、そして労働力の高さに着手した社長はそれを積極的に採用。現に他のIS企業(採用条件に女性のみと、書かれる徹底ぶり)から弾き出された多くの男性はここに流れ着くことが多い。

 

 上記のことからこの会社は既存のIS関連企業とはかなり異質な存在であることがうかがえる。それでも業績を叩き出しているのだから、侮れない。

 

「ところで父さん何処?」

「チーフなら、第五作業スペースに……またあれになってます」

「あれか……わかりました」

 

 

 

 

 

 従業員に言われた通り、第五作業スペースに近づくと、そこには設計図を広げて唸り声をあげている父さんの姿が。

 屈強な体躯を、持ちどちらかと言えば大工や土木向けのその様が眉間に皺を寄せて唸る姿は、なかなか威圧感がある。

 

「お父さん」

「ん~~」

「お父さん! 糞親父! 知的筋肉!」

「むぅん~~」

 

 駄目だね、分かっていたよ。

 目の前の屈強な男性は剣司・レーデルハイト。本社工房のチーフであり、社長のアリア・レーデルハイトの夫である。つまり俺の父親。

 因みにさっきの従業員が言ってたことはこれのこと、この人は悩んでしまうと周りの声をシャットアウトするほど集中力を発揮してしまう困った癖がある。この状況に陥ると、側で爆発でも起きない限りその集中は途切れることはない。

 

 だがこの状態は慣れっこ。俺は直ぐに対父さん用の伝家宝刀を繰り出した。

 

「父さん、母さんが……アリアさんが呼んでるよ」

「なに!? 何処、何処だ!?」

 

 はい、この通りである。俺の鶴の一声によって父さんは首が折れるのではないかと言うほどグリングリンと回転した。

 父さんは母さんを溺愛している、それも青春真っ盛りの高校生も真っ青な程に。

 母さんのためなら火の中水の中地雷原の中。妻の危機となれば、その剛腕でIS用アサルトライフルを担ぎ、突撃するような男である。………………冗談に聞こえるかもしれないが、マジでそれをやらかしたことがある…………らしい。あくまで噂程度だが。

 

「母さんはいないよ」

「え? あ、お帰り疾風。って、また騙したなお前」

 

 何事もなくあっけらかんと言う父親に俺は思わず溜め息を吐く。

 

「お帰り疾風じゃないよ。その癖直せって母さんにも言われてるじゃん、技術チーフが他人の話も聞こえない状態ってなんだよ」

「いやーすまんすまん、どうも上手くいかなくてなー。今夜も泊まりかもしれん」

「駄目だよ父さん、明日はIS学園にいかなくちゃいけないんだからさ」

「んーーじゃあこの問題だけ解決したらじゃあ駄目か?」

 

 駄目かって息子に聞くの? 一応チーフでしょこの人は。

 

「オーケー、何に悩んでんのさ」

「いやな? メイルシュトロームの新型カスタムウィングのモデルなんだがな、出力が安定しないんだよな」

 

 見ると台座に置かれた流線型が特徴のイギリス製IS、メイルシュトロームの翼であるカスタムウィングが不規則な駆動音を上げていた。

 

「見てもいい?」

「おう」

 

 了解を得て目の前のホログラムキーボードを操作する。

 何が悪さをしているのか、目の前に入る情報を一つも逃さずに脳に取り入れる。技術チーフである父さんが見逃すのだから、相当なものだとーーー思ったのだが。

 

「おっ!? 直った!」

「電圧とスラスターに取り込んでたエネルギーが過剰供給されたことによる安全装置の作動だった」

 

 しかし、こんな単純な誤作動を見逃すとは、らしくもない。が、父さんの顔を見ると、目元にハッキリと隈があった。

 

「お父さん、いや。レーデルハイトチーフ」

「な、なんだ?」

「今日で何徹目でしょうか?」

 

 ギクッ! と体が硬直、錆びたブリキ人形のように首をそらした父親を冷ややかな目が貫く。

 

「…………まだ一日だ」

「ほう、じゃあログを見てみようか」

「すいません三徹目です」

「お馬鹿。なんでそんな詰めたのさ」

「いや、だってよ。明日はお前が楽しみにしてたIS学園だろ。だから溜まってた仕事を軒並み片付けようと……」

「こんな初歩的なミスをするくらいならちゃんと睡眠取らないと駄目だと思うのですが」

「仮眠は取ったぞ」

「その結果がこれだ」

「面目御座いません」

「はぁ……。父さんの気持ちは嬉しいけど、自分が壊れたら意味ないって。大体父さんはいつもーーー」

 

 大の大人が高校生に説教されるという不思議な光景が出来上がったが。周りにいる従業員は「またか」という顔で素通りしていた。

 

 ーーーーー

 

 父さんへの説教の後、俺はなんの変哲もない従業員通路を歩いていた。とりあえず父さんには定時きっかりで上がってもらう予定だ。周りの人にも言っておいたし。最悪、縄でふん縛ってでも帰らせろと伝えた。何故かカーストが父さんより高い気がするのは気のせいだと信じたい。縛れと言ったとき皆の返事が良かったのは気のせいだ、うん。

 

 暫く歩き、目的の部屋につく。その部屋は俺とごく一部の人しか知り得ない秘密の部屋がある。

 

 カードキーを差し込み、パスワードを打ち、指紋認証を済ませるとスライド式のドアが俺を歓迎するかのように開いた。

 

 目の前には漆黒の空間が広がっていたが、背後のドアが閉まると同時に部屋の灯りがついた。

 そこにはところ狭しと色んな機器が点滅し、中央には鈍色に光る物体、日本の第二世代IS【打鉄】が、全身にケーブルを刺されてそこに鎮座していた。

 

 目の前の物言わぬ物体は勿論起動していない、それなのに威圧感と冷たさを感じさせた。

 

 俺は鞄を床に落としてコンソールに向かい、パスワードを解除、ホログラムウィンドウが浮かび、画面にはwelcomeの文字が現れた。

 打鉄が準起動状態のメンテナンスモードになり、機体の真ん中がポッカリとあく。躊躇うことなく機体に乗り込み、外部操作でISを装着した。

 

「………………」

 

 動かない、当たり前だ。ISは女性にしか反応しない。乗り込むこと事態は出来ても、それはただの鉄の塊に過ぎないのだ。

 

 歩けもしない、飛べもしない、視界が広くもならず、ただ物言わぬ鉄塊が俺の体を縛り付けた。

 

「…………クソっ」

 

 容赦なく襲い掛かる現実、無力感と悲愴感が胸にたまり息が苦しくなる。

 そしていつも、ここにはいない誰かに呪詛を投げ掛ける。

 何故【彼】が、何故【彼】だけが動かせたんだと。そんなはずはない、俺でも動かせるはずだ、否、動かさないと駄目だ。

 

 腕だけを外し、ホログラムキーボードに感情をぶつけた、映し出された英語と数字の羅列、様々なアプローチを試みるも、鉄の乙女は見向きもしない。それでも手は止めなかった、止めるわけにはいかなかった。

 じゃないと不公平じゃないか、何故動かした、【彼】が動かさなければ、こんな無駄な足掻きをしなくてもすんでいるのに、諦めもついていたのに。

【彼】は何一つ悪くない、それがまた辛かった。

 それでも動かせないという事実は、俺の頭を押さえつけた。

 

 

 

 作業に没頭するなか、アラームがなった。始めてからもう二時間もたっていた。暫くアラームを止めずに鳴らし続けた、しばらく鳴らして、五月蝿いと感じてアラームを止めて打鉄から降りた。

 周辺機器のシャットダウン、跡片付けを手早く済ませる。

 

「帰るぞ疾風」

「うん」

 

 迎えに来た父親に返事をし、鞄を持って部屋を後にした。

 部屋を出ようとしたとき、俺は後ろの打鉄に目を向けた。

 いまだに沈黙を保ったまま、微動だにしない鈍色の戦乙女の鎧。

 ISのコアには自意識があると噂されている。目の前の彼女は俺を見てどう思っているのだろうか。

 知りたい、だけど自分が男である以上、それを知る術は無かった。

 

 俺は部屋を後にする、後ろから遅れて、自動ドアの閉まる音が聞こえた。



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第一章 【空鷲飛翔(フライング・イーグル)
第2話【ターニングポイント】


 いつの間にか、という表現が正しいのか。

 

 夢、ああ夢だ。見ただけでわかる、これは夢だと。

 

 それは第一回モンドグロッソの最終競技、ISバトル、その決勝戦。これを征したものが、初代ブリュンヒルデ、すなわち最強の称号を得る。

 ISという名の鎧を着こんだ二機の戦乙女が銃撃音と火花をバックに華麗にかつ縦横無尽に空を舞い、空気を切り裂く。

 

 片方は二挺のアサルトライフルを持ったフランス代表、アニエス・ドルージュのラファール。ラファールの特徴である多種多量の銃撃による手数に物を言わせる戦いを見せた。

 もう片方は大刀を拵えた日本代表の織斑千冬の暮桜。驚くことに、この暮桜、武装が近接ブレード【雪片】しかないのだ、後は防御兵装に肩部シールド。

 彼女は乱れ撃たれた銃撃をただひたすら躱す、防ぎ、躱す。と、自身から攻め入ることはなかった。

 

 開始から既に5分が経過、戦いはラファールが一方的に暮桜を銃撃、誰しも日本が不利と見ており、アニエス・ドルージュもそう思っていた。

 当時10歳も迎えていない小さな俺は面白くなかった。何故前に出ないのか、何故攻撃しないのか、やられるままなのか。昔から見ていた特撮ヒーローはただやられることなんてしない、必ず敵に果敢に立ち向かっていくのに。目の前で只管守りに徹する織斑千冬を見て、正直情けないと思った。

 だが、幼い俺の考えは。直ぐに粉微塵に吹き飛ばされることになる。

 

 残弾が切れ、重火器が量子変換されて次の武装が呼ぶために意識を移したアニエス・ドルージュは驚愕する。

 防戦に徹していた暮桜が動いたのだ。それも瞬時加速による急速移動。不意を突かれたアニエスは急いでラピッドスイッチで現出した銃器を千冬に向けるも、既に暮桜は懐に入っていた。

 暮桜の得物【雪片】の刀身が接触の瞬間に黄金に光り、ラファールの胴を一閃、そのまま背後に弐撃目を叩き込む。どちらも直撃、試合終了のブザーが鳴った。

 

『決まったぁぁぁぁ!!! 雪片のバリア無効化攻撃による華麗なる弐連撃が見事炸裂! 勝者日本! 織斑千冬選手! 見事優勝を勝ち取りましたぁぁあああ!!!!!』

 

 たちまち会場が震え、同時に空をも割らんとする大歓声が響き渡った。

 

 俺は一番前の席で身を乗り出して日本代表のISを見ていた。

 一瞬のどんでん返し、鮮やかで、それでいて無駄の無い剣撃。

 魅せられた、その美しくも雄々しい姿に、堂々たる強者の風貌に、疾風の世界が変わった、色の無いモノクロがカラーに変わったように。間違いなくこの時の俺はインフィニット・ストラトスという代物に魅せられていたのだった。

 

『凄かったですわね! 今の!』

 

 隣を向くと俺と同じく身を乗り出して見ていた同い年の金髪の女の子がいた。彼女は日本人ではなく、別の国の子だが、まるで自分の国が優勝したのと同じぐらい、その表情を輝かせていた。

 

『わたくし決めましたわ、いつかISに乗って必ずこの舞台に出てみせますわ!』

 

 宝石のような澄んだ青色の瞳をキラキラさせながらそう言ったのは母の友達の娘さんで、当時の俺にとっては唯一の女の子の友達であった。彼女はその輝かんばかりの笑顔をこちらに向けて宣言した。

 

『僕も、動かしてみたいな』

『なら、貴方も動かしなさい!』

『え、何を?』

『何を? ISに決まっているじゃありませんか!! 今まで聞いたこと無いけれど。もしかしたら男の子でも動かせるかもしれない。いえ、きっと動かせますわ! だから約束して、いつか私と一緒に出場しましょう!』

 

 そういってガシッと腕を掴み、その蒼い目に強い光を宿して彼女は言った。当時の俺はその気迫にたまらず………

 

『わ、わかった。僕も動かして、一緒に出れるように頑張る』

『っ! 約束! 約束ですわよ!!』

 

 言ってしまったのだ、隣にいた親は冗談混じりにそれを応援する。だが目の前の彼女はそれを本気で捉えた。

 

 その子の名前は………………

 

 

 ーーーーー

 

 

 ガッタン! 

 

「痛っ」

 

 突如とした揺れに頬杖がずれて頭が窓ガラスにぶつかった。

 

「大丈夫か疾風」

 

 隣に目を向けるとハンドルを手にとって運転をしている父の姿があった。帰宅して直ぐに強制的に布団に放り出されたおかげで目の隈は消え去っていた。

 対照的に俺は小学生のピクニック宜しく眠れないという、そしてこの始末である。

 

「寝てた」

「ぶつかってたな」

「うっさい」

 

 父さんが指摘されて顔が熱くなった。

 

「昨日寝付けなかったんだろ」

「なんでわかる?」

「そりゃあ、今日は疾風にとって特別な日だからな」

 

 そう、特別な日。今日は人生で初めて、IS学園の中に入れるのだ。

 今は俺と父さん、そして護衛のためのIS操縦者2名と共にメンテナンスを終えた打鉄2機をIS学園に届けに行くのだ。

 

「本当は明日になら良かったんだがなー。生憎俺は母さんと一緒に軍の奴等に顔出さなきゃ行けないからさ」

「ん? なんで明日?」

「明日はお前の誕生日だぞ」

 

 ………すっかり忘れてた。16歳か………

 

「ほんと、お前はISのことになると周りそっちのけになるな」

「父さんに言われたくない。昨日単純な見落としで周りが見えなくなったのはーー」

「ほ、ほら、見えてきたぞ!!」

 

 痛いところを突かれた父さんは大きな声で遮った。

 つられて視界を移すと、それを視界に入った俺は思わず息を吐いた。

 

 一見都市と言われても疑わないぐらいの巨大な浮き島、そして空中にはでかでかと【WELCOME IS学園】と投影された巨大なホログラム。

 

 目的地である、IS学園が見えてきた。

 

「………あいつもいんのかな」

 

 ポツリと呟いた言葉は父さんの耳には届かなかった。

 

 

 ーーーーー

 

 

「うっはっ、やっぱ大きいなぁ」

 

 校門を通過したところで、校舎の巨大さがうかがえる。

 だがこれでもごく一部だと言うのだから更に驚きだ。IS学園の空中撮影写真を見たことがあるが、遊園地のそれと比べても規格外の一言、世界にただ一つは伊達ではなかった。

 

 ISを乗せたトラックはそのまま裏口に向かっていく。裏口に向かうとこちらに手を降っている人物が見えた。

 

「ご苦労様です。こちらに搬送してください」

 

 眼鏡をかけた若草色の女性が促した。外見と身長からして学生だろうか? だけど今日土曜日だし、制服を着てないのは不思議ではないが………

 

「打鉄二機、確かに確認致しました。いつもありがとうございます」

「いえいえお礼を言うのはこちらの方ですよ山田先生 」

「せ、先生!?」

 

 父さんの言葉に思わず叫んでしまった。目の前の女性は俺の目線より下であり、明らかに年上に見えなかった。

 

「失礼だぞ疾風、山田先生は確かに一見子供に見えるがこれでも昔は日本の代表候補生だったんだぞ」

 

 代表候補生とはその名の通り国を代表する国家代表IS操縦者の候補であり、それになるためにはISの適合率はA以上が必須といった様々な条件を必要とし、まあ分かりやすく言えばエリートである。

 つまり、その元代表候補が目の前の山田先生と言うわけだ。

 

「レーデルハイトさん! フォローになってないです! 私は立派な20代なんですから、いい加減子供扱いはやめてください!」

 

 もうっ! と憤慨する女性はむー、と頬を膨らませ、全身の動きで怒ってますのポーズを取る。それを見て俺は思わず目を反らした。  

 何故なら、それと同時にその低身長に見合わない豊満でたわわに実ったバストがふるんと揺れたからだ。

 

 すいません、貴方は大人です。一部だけ大人です。なので前屈みにならないでください。ソレの主張と同時にこれまた巨大な谷が前面に出てます、なんで胸元空いてるんだこの教師は、自覚してその服ならタチが悪すぎる。

 

「うちの山田先生を余り虐めないで貰えますかな、レーデルハイトさん」

 

 通路の奥から良く通った凛とした声と共にスーツ姿の女性が現れた。

 スラッとした女性的なスタイル、長い黒髪は後ろでたばねられ。その瞳は刀剣の如く鋭く光っていた。

 

 IS業界なら誰しもが知っており、全ての女性の憧れ、第一回モンドグロッソの初代優勝者【ブリュンヒルデ】

 織斑千冬その人が立っていた。

 

「いやーすいません。なにかと弄りやすくて」

「まあその気持ちはわからなくもありません、山田先生は大変愛らしく生徒に弄らーー慕われていますから」

「織斑先生、今弄られてると言いませんでした!?」

「現に私も時々弄って遊んでいます」

「織斑先生!」

 

 味方が敵だった事実に山田先生が涙目だ。

 そんな山田先生を尻目に、父さんは表情を仕事モードに切り替えた。

 

「今回は例の件、まことにありがとうございます」

「いえ、おきになさらず。彼がそうでしょうか」

 

 織斑千冬……織斑先生の鋭い目が俺を捕らえた。ブルルと背筋に冷えたなにかが通った。今の俺は蛙だ、蛇に睨まれた蛙。

 

「はい息子です。ほら自己紹介しな」

「は、疾風! レーデルハイト! です! 本日は宜しくお願い致しましゅ!!」

 

 か、噛んだぁぁぁ!! 人生初体面の初代ブリュンヒルデの前で噛んだぁぁぁ!! 

 

「すいませんこいつ織斑先生に憧れてまして、昨日も眠れなかったみたいで」

「そうですか」

 

 お父様! それフォローしてるようでしてない! ほら見て、心なしか織斑先生の目に呆れが入っている気がするよ!? 

 

「大丈夫ですかレーデルハイト君」

「は、はい」

 

 凹んでいる俺を見かねて山田先生が励してきた。ごめんなさい山田先生、学生みたいだと思ってしまい申し訳ありません。貴方は立派な大人のレディだ、一部分に限らず。

 

「さて、校内見学だったか。山田先生、お願いします」

「わかりました、じゃあ行きましょうか」

「は、はい」

「疾風、後で呼ぶからな」

「うん」

 

 俺と山田先生が校内に入るのを見届けると、父さんが再び口を開く。

 

「重ね重ね、今回は無理を聞いてくれて本当にありがとうございます」

「いえ、しかし何故こんなことを?」

「まあ、息子の数少ない我が儘ってやつですよ」

「言ってはなんですが、これに意味があるとは思いません」

「それは本人も良く分かっていることです」

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

「ここが教室です。ここではホログラムディスプレイが全ての席に取り付けられてるんですよ」

「なんか、色々世界観が違いすぎて何も言えないっす」

 

 この学園は最新鋭設備の博覧会みたいなものだった。

 投影ホログラムは基本的にデパートの広告等に利用されているが。学校の、しかも教室の机全てにあるのは何処ぞのお嬢様学校、又はこのIS学園ぐらいなもので。

 

 木製の椅子と机、緑色の黒板とチョークという、IS登場前と変わらない庶民的で一般的な何処にでもある共学の教室出身の自分にとっては目に写るもの全てが別世界のようなものだった。

 ここまで行くか、IS学園。いやこれはまだ序の序の口か………

 

「さて次は……あれ、電話? ーーーはい、山田です。はい……………あの、レーデルハイト君は……わかりました」

「どうかしましたか?」

「その、学生寮でなにかトラブルがあったみたいで」

「トラブル」

「今日はいつも寮を受け持つ先生がお休みでして、学校がお休みなのもあって、変わりの先生もいない状態でして」

 

 成る程、それで山田先生が抜擢されたということか。俺は男だからいくら校内見学といっても女子寮には連れて行く訳には行かない、かといってこのまま放置する訳にもいかないという訳だ。

 

「俺は大丈夫ですよマッピングデータもありますから、迷うこともないですし」

「そうですか? じゃあお願いしますけど、くれぐれも立ち入り禁止の区間には行かないで下さいね」

 

 山田先生は小走りーーー転びそうになったーーーで走り去っていった。

 

 さて、どうしようか。と思いつつも俺は自然と教室【一年一組】の中に入っていった。ドアに触れると自動でスライドした。教室にも自動ドア完備ってオイ。

 そのまま最前列中央の席に向かうと、ネームプレートに織斑一夏の名前があり、その前に立ち尽くす。

 

 ……この席に世界初の男性IS適合者が座っているのか。………いや、別に何も感じはしないが。

 

 俺は椅子をずらしてそのまま席に座り込んで目を閉じた。

 頭に思い浮かべるのは織斑先生が俺たちに授業を教えているところ。その中には俺がいて、教えられる所を一字一句危機逃さないようにしていた。

 我ながら笑える妄想に耽っていると、突然ドアが開く音がした。山田先生だろうか? 

 

「あ、貴方! そんなところでなにをしていますの!?」

「ヘ?」

 

 突然響いた大きな声に俺はドアの方を見た。そこにはIS学園の制服に身を包んだ女の子が立っていた。

 金髪のロングに若干ウェーブがかかっており、先の方は軽くロールになっており、金糸の髪を際立たせるような青のヘッドドレス。そして、その宝石のように鮮やかな青い瞳は真っ直ぐと俺を捕らえていた。

 

 俺は驚いた、間違えるはずもない。何故なら、その子には見覚えがあったからだ。

 

「此処はISの適正があるものしか入ることの許されない神聖な場所ですのよ!? それに、そこは一夏さんの席ですわよ!!!」

「えと、俺は思わず」

「貴方は何者ですの? 何の目的でこの教室に? まさか企業スパイですの!?」

「あのもしもし」

「答えなさい! 返答次第では容赦致しませんことよ!」

 

 この有無を言わない強引な感じ、そして特徴的なお嬢様口調。間違いない、確信した。俺は目の前の女の子が誰なのか。

 

「何をジロジロ見ていますの? 黙ってないで早く答えなさいと言って……」

「セシリア、だよな?」

 

 俺が名前を呼ぶと捲し立てていた女子の口が止まる。そう、目の前の少女は俺の昔馴染みであり、イギリスの名門貴族にしてイギリスの代表候補生の一人であり、俺の古い幼馴染。

 セシリア・オルコットの姿があった。

 

「な、なんでわたくしの名を……」

「なんでって、そりゃ覚えてってええ!!?」

 

 突如セシリアの両腕が光る。会社で何度も見ている俺はそれがISを展開するときの量子変換の光だと直ぐにわかった。

 量子変換の光が瞬時に固まっていき、セシリアの腕は青い装甲に覆われその手の先には長大なライフルが展開、その銃口の狙いは俺の顔面。

 

 おお、なんと美しいフォルムか、一見武骨な風に見えるが、マジマジと見ると計算し尽くされた造形を模していて………って! はいいぃぃぃ!!? 

 

「おいおいおい!! なにしてんのお前!!? 俺が分からないのか!?」

「貴方こそなんなのです!? 貴方みたいな馴れ馴れしい人、わたくしは知りませんわ!!」

「オーケー! 先ずは武器を仕舞え!? 話はそれから!!」

 

 あれ、忘れられてる!? 何気にショックなんですけど!? そりゃ何年も連絡とってないけども! こんな死一歩手前な再会ってあり!? 

 

「もう一度言います、貴方は誰ですの!? 貴方はーー」

「疾風!! 疾風・レーデルハイトだ! レーデルハイト工業の! 疾風・レーデルハイト!!」

「ーー何者で。って、え、疾風?」

 

 ………一時の沈黙が教室に広がった。

 

「……本当に疾風ですの?」

 

 俺は激しく頷く。それでも信じられないとライフルを下ろさずに続ける。

 

「小さい頃に遊んだ疾風?」

「yes」

「パーティーの時にいつも隅っこに居た疾風?」

「そんなこともあったな」

「あの泣き虫で弱虫で頼りなくて、わたくしが居なければ何も出来なかった臆病な疾風?」

「随分な言い方だなオイ。そんなんだったっけ俺の幼少期」

「………」

 

 俺の顔を穴が空くーー一歩間違えばほんとに風穴が空く状況ーーーように睨んでくるセシリア。前は眼鏡つけてなかったなと、お気に入りのマイ眼鏡を取り外す、セシリアは更にジーっと見つめてきた。

 

「……じゃあ質問します」

「お、おう」

「第一回モンドグロッソのISバトルの決勝戦の内容を答えなさい」

「へ?」

 なんでそんなことを……

 

「早く!」

「え、えっと。フランス代表のアニエス・ドルージュのラファール・プロトと日本代表の暮桜の試合だろ? 暮桜の弐連撃が決まりました」

「そのとき私が言った事を覚えていまして?」

「言った事って、いつかお前がモンドグロッソに出るって言った事か?」

「………」

「あれ、違った?」

 

 両者が睨みあったまま重っ苦しい沈黙が流れる。ライフルの銃口は向けられたままだったので、内心穏やかではないが。

 しばらく…いや時間にしては短いだろうが長く感じた沈黙の末セシリアが装備していたライフルと装甲が光となって消えた。

 

「……ふぅぅぅぅぅ!」

「ふぅっ」

 

 俺は椅子に雪崩れ込んで溜まっていた息を思いっきり吐いた。

 セシリアも何故か安堵した雰囲気だった。

 

「この馬鹿! 寿命縮むかと思ったぞ!!」

「なっ! 馬鹿とは失礼な! 大体貴方が紛らわしいんですわ!」

「確かに休みの日に見知らぬ男が女子高の教室の椅子に座っていたらそりゃおかしいとは思うけど。行きなりIS用のライフル向けるか普通!? 知ってる!? 緊急時以外ではISは展開しちゃいけないのよ!? 条約違反よ条約違反!!」

「貴方が名前を言うからでしょう!?」

「代表候補生なんだから少しは顔バレ名前バレはしてるって考えなかったのかよ!」

「そ、それはその。そう! 何処かのテロリストや男権団からの刺客かと思いまして!」

「そしたらお前にライフル向けられた瞬間お前は生きてないだろうな。仮にも万全セキュリティとブリュンヒルデがいる天下のIS学園だ。それを突破して悠々と座っているやつが一学生如きに遅れをとると思うか?」

 

 意表を突かれて黙り混むセシリア。

 

「……まあ誤解させた俺も悪くないとは言えないがな」

「ゆ、許してくれますの?」

「お前は行きなり銃口を向けられた相手を直ぐに許すか? しかも誤解案件で。そして俺は現実的に、お前はもれなく殺人者で社会的にサヨナラバイバイだ」

「うぅ……」

 

 セシリアはスカートをつかんで俯いた。当然だこっちは死にかけたんだからな。

 すると廊下から誰かが走る音が近づいてきた。

 

「おいオルコット、何があった」

「お、織斑先生……どうしてここに」

 

 セシリアは織斑先生を見るなりばつの悪い顔をする。

 織斑先生は机にもたれ掛かる俺とセシリアを交互に見比べて深い溜め息を吐いた。

 

「成る程、大方オルコットが壮大な勘違いをしてレーデルハイト君にISを向けた…っと言う感じか?」

 

 全くもってその通りでございます。

 

「オルコット、今日から懲罰部屋に入ってもらう」

「ちょ、懲罰部屋」

「なにか文句でもあるのか? そいつは学園の筆頭株主の御曹司、それを抜きにしても一般人にISを向けた。これの意味することは馬鹿でもわかるだろう、それとも、レーデルハイト君に何か非でもあるのか?」

「い、いえ………」

「おって処罰を下す。いいな」

「は、はい」

 

 織斑さんに言われて俯いてしまうセシリア。本人も理解しているのだけに、その表情は先程のライフルの色に匹敵するほど青かった。

 

 当然の処罰、むしろ軽すぎるぐらいだ。ISの無断使用、それはナイフや包丁のレベルではない。だから学園でも認可されていないのだ。ましてや、丸腰の人間に向けた。訴えれば如何に女尊男卑の世の中でも勝ち目は薄いだろう。

 

 俺もわかっている。セシリアには相応の処罰が必要だと。分かっている、分かってはいるのだが………

 

「あの、織斑先生」

「どうした?」

「セシリーーオルコットさんを、余り責めないでやってください。いや、別に今の行動を容認するとかそういう理由ではないですが。こんなところに見知らぬ男が入り込んで座っていたら、警戒ぐらいはするでしょうし………余りキツイ処罰というのは………ね?」

 

 分かっているが、このままではセシリアの今後の人生に悪影響があるのではと余計に回る頭が瞬時に答えを導いてしまった。

 ああ! 俺ってなんて優しいんだろう! こんな女尊男卑の世の中で、こんな状況でここまで気遣いができる男性なんて滅多にいないな! 

 

「オルコット」

「はい」

「休日明けまでに反省文10枚を書いて提出、特別罰則メニューをこなしてもらう。レーデルハイト君に感謝することだな」

「わ、わかりました」

「レーデルハイト君」

「は、はい」

 

 名前を呼ばれて直ぐに顔を引き締めて立ち上がる。

 

「うちの馬鹿がご迷惑をお掛けした、寛大な判断に感謝する」

「ど、どうも」

「それと、先程準備が完了した、私は別件があるのでついていくことは出来ないが道はわかっているか?」

「大丈夫です」

「そうか、私が言うことではないが成功を祈っている」

「そう言って頂けるだけでここに来た意味もあるというものです」

 

 フッと笑って織斑先生は立ち去っていった。

 俺はうつ向いているセシリアをチラッと見た後。ある場所に向かっていった。

 

 ………何故かセシリアが俺の後を追いかけてきた。いや、ほんと、なんで? 

 

 

 ーーーーー

 

 

 屈辱ですわ……

 代表候補生ともあろうわたくしがあんなに取り乱してしまうとは。わたくしは先程のプチ騒動について悶々としていた。

 

 でも警戒心が高くなるのは仕方のないことですわ、最近この学園は事件が多すぎる。

 一年生クラス代表戦のあの無人機事件。シャルロット・デュノアの男性操縦者偽装案件。ドイツの代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒのVT(ヴァルキリー・トレース)システムの暴走事件。

 

 一ヶ月にいっぺんは事件が起きるなどドラマやフィクション小説じゃあるまいし、まあ自分達が乗るISというものもかなり現実離れしてはいるが。

 だから自分の行動は間違いではないはず。だけどやはり軽率過ぎたと心の何処かで思ってしまうのだ。

 

「なあ……」

「な、なんですの?」

 

 先程の負い目もあってか少しびくつきながら答える。

 

「いつまで付いてくんだよ、お前には反省文を書くと言う重大な仕事があるんじゃないの? てかついてくんな」

「なっ! 付いて行こうが行くまいが私の勝手でしょう!? それとも見られたら不味いものでもあるかしら?」

「そうだよ見られたくないんだよ、わかったら回れ右して反省文書きやがれ馬鹿」

「ま、また言いましたわね! 無礼にも程がありますわ! 私に謝罪しなさい!」

「さっき、助けてあげたの誰だっけ?」

「うっ!」

 

 わたくしの発言を一瞬で覆し、もう終わりと言わんばかりに疾風は足を早めた。

 

 もう! いつの間にこんな憎たらしいお人になったのかしら! 

 プンスカと怒りながら更に足を早めた疾風を必死に追った。

 

 疾風とわたくしは幼馴染、一夏さんの場合、箒さんや鈴さんにあたる。

 そんな疾風と最後にあったのは両親の葬式の時だった。

 突然の事故、両親との突然の別れ。そのときのわたくしには何がなんだか分からずに泣き叫んだ。慰めに来た疾風も、わたくしに釣られて顔をぐしゃぐしゃにして泣いてくれましたっけ。それ以来家を守るため、疾風や日本に飛び立ってしまい、離れ離れに。

 

 そう、昔の疾風は少し……いや結構弱虫な感じでしたけど、根は優しい弟みたいな存在でしたわ。

 でも今はどうか、背丈も私より大きくなり生意気そうに眼鏡をかけ、しかもわたくしの事を何回も『馬鹿』だなんて! 本当に前とは大違いですわ! ああ、あのときの純情無垢な疾風は何処に言ったのでしょうね! 

 

「生意気な眼鏡ってなんだよ」

「へ?」

「純情無垢じゃなくなって悪かったな」

「え、へ、え!?」

「全部声に出てたぞ、馬鹿」

 

 疾風はフッと小馬鹿にしたように笑う。

 

「っ~~!」

 

 もうっ! 本当に生意気ですわ! 

 

 

 ーーーーー

 

 

 結局最後までついてきた馬鹿ことセシリア。こいつは昔から対抗心が強いと言うかなんと言うか……

 とにもかくにも目的の部屋の前に到着、扉の前には父さんが立っていた。

 

「おう疾風待ってたぞ………? そちらのお嬢さんは確か」

「セシリア・オルコットですわ、ご無沙汰しております剣司さん」

 

 さっきと同じお嬢様口調だがその声色には先程の高飛車感が無い、てかこいつ父さんの顔と名前は覚えててなんで俺は分からなかったんだ? 酷すぎる。

 

「やっぱりのオルコットの嬢ちゃんだったか! いやーしばらく見ない間に随分と美人さんになったもんだ。まあうちの嫁さんには負けるがな! はっはっはっ!」

「あ、相変わらずですわね」

 

 父さんの嫁バカ発言に苦笑いするセシリア。安心しろ俺もだ。

 

「それで、これから何をするんですの?」

「なあ、マジで帰ってくんねえかな」

 

 セシリアの目はテコでも動きませんわと物語っている。

 それを見て俺は折れて今日で何回目かも分からない溜め息を吐いた。

 

「……ただの自己満足だよ。結果の見えた、ただの自己満足」

「?」

 

 何がなんだか分からないと言う顔をしているセシリアをよそに俺はドアを開けて閉め、ロックを、かけた。

 

 部屋の中には一機のISーーー打鉄と、様々な電子機器だった。

 一瞬写った目の前の光景、扉の奥に消えた俺。思わず怪訝な顔をするセシリアに父さんが口を開いた。

 

 

「嬢ちゃんにはあれが、今のISがなんだか分かるかい?」

 

 先程の朗らかな表情に変わって真面目な口調で尋ねる。

 

「なにって、打鉄……ですわよね?」

「ああ、だがあれはただの打鉄じゃあないんだ」

 

 セシリアは何を言っているか分からない感じだった。外見上に差異はない。そして何故疾風が入っていったのか理解出来ないセシリアはひたすら頭に疑問符を浮かべた。

 だが、彼が続けた言葉に驚きを隠せなくなった。

 

「あれは世界でただ一人、男性でありながらISを扱える織斑一夏が初めて動かしたISだ」

「え?」

 

 セシリアは一夏から初めてISを動かした経緯を聞いたことがあった。

 藍越学園をIS学園と間違え、偶然試験用のIS(打鉄)に触って起動したという事だった。普通はあり得ないが、一夏ならあり得そうとその場で納得したのを覚えている。

 

 その打鉄は国家機関の預かりとなったがIS自体に異常は見つからなかった。

 

(そのあとの消息は公開されていなかったが、まさかレーデルハイト工業にあったとは)

 

「あのISを疾風がどうしても調べたいと言ってな。アリア……うちの奥さんが無理を言って、調査の名目で貰い受けたって訳だ。あそこまで我が儘を言ったのはあれが初めてだったかなー、必要以上に親を頼らない子だったからあの時は驚いたよ」

 

 セシリアは剣司の説明に呆然としていた。疾風のこともそうだが、レーデルハイト工業は国家機関に顔を持っているのかと。

 

「それで、結局ISはどうなりましたの?」

「結果はISは動かないままだった。織斑一夏がISを動かして、そっから二ヶ月たってから譲って貰ったから。そうだな、もう二ヶ月近くか、あいつが打鉄を調べはじめて」

「二ヶ月も!? 政府はよくそれを許しましたわね」

「ああ、勿論政府にはレーデルハイト工業で調べてると伝えてある、がこれは俺や嫁さんぐらいしか知らない。だがもう期限も近い。つまり後がないんだ」

「そのISの期限は?」

「明日だ」

 

 明日、目前に迫った数字にまたセシリアは目を見張った。

 

「……ますます分かりませんわ、疾風は何故その動けないISを。しかも期限が迫った今になった状況で、あの打鉄をここまで引っ張ってきましたの?」

「期限が迫ったからこそなのさ」

「………?」

「………これは勝手な憶測だが、あいつにとって、ここにアレを持ってきたのは、儀式みたいなもんなのさ」

「儀式?」

「ああ」

 

 

 

 扉をロックし、俺と打鉄の二人きりになる。だが俺は臆することなく、それでいて引き込まれるように打鉄に乗り込む。当然ながらうんともすんとも言わないそれを無視してコンソールを動かす。それでも、それでもと。いつも以上に俺は念じ、手を動かした。

 

 動いてくれ、と………ただそれだけを必死に脳内に掲げて作業に没頭する。

 だが無情にも、鉄の固まりは動かなかった。

 

 

 

 

 ピピピピ! ピピピピ! ピピピピ! 

 

「!!」

 

 無情にもアラームが鳴り響いた、昨日とより短い一時間のアラーム。

 

「ーーーあぁ」

 

 駄目だった、ああ駄目だった。

 

 分かって居たじゃないか、ああ分かって居たじゃないか。

 

 結局俺は動かせない、その資格がないのだと。

 

「っーーーーあぁぁぁ!!!」

 

 叫びをあげた、あげずにいられなかった。打鉄を脱ぎ捨てて扉を開けて走り出す。

 

「キャッ!?」

「!?」

 

 何故お前がいる? ずっとそこに居たのか? だがそんなの、どうだっていい。

 

「あ、疾風!」

 

 背後から聞こえた声などお構いなしに、俺は何処へとも知らずに駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

「はっ………はっ………はっ………………はぁ」

 

 何処に向かうか分からないが。兎に角走った、走って、走って、走って走って走って走って………走り続けて、止まった。

 

 どれくらい走っただろう。もしかしたら短いかもしれない、いや想像より長いかもしれない。人とすれ違って無かったと思いたい。見知らぬ男子が女子高で全力疾走など、それこそ不審者だ。

 目線をあげると、IS学園の入り口のアーチにいた。俺は近くの階段状のブロックに腰を掛け、自然と顔が上に向けられる。

 

 空を見た、夕焼けのオレンジ、千切れ雲が漂い、天気は晴れ。

 手を上に伸ばした。

 

 遠い、ああ、なんて遠いのか。なんて、遠いのか………ISがあれば、届いたのかな。

 

 インフィニット・ストラトス、無限の成層圏とは良く言ったものだ。女性はISを使えば成層圏なんて易々といけるだろうが、男はどうあがいてもその成層圏、地球を覆う大気の中で一番低い成層圏にすらたどり着けないのだ。

 

 ふと、誰かが走ってくるような感覚の短い足音が聞こえた。

 父さんか? それとも先生方、もしくは俺をみかけた生徒の通報からの警備員か。誰でもいい、顔を向く気力も体力もない俺は無視を決め込んだ。

 

「はぁはぁはぁ。まったく……何処まで走れば……はぁ、気が、済みますの………?」

「………え?」

 

 目線を向けると、息を切らし。膝に手をおいて肩を上下しているセシリアの姿があった。

 

「おま、なんでこんなとこに」

「貴方が……ここまで走ったからでしょう。はぁ………」

「なんで来た?」

「知りませんわ。ゲホッゲホッ」

 

 未だに荒い息が止まらないセシリア。対して俺は何故? と思わずにいられなかった。正直、セシリアの行動原理が理解できなかった。

 

「………疾風のお父様から……色々聞きましたわ。貴方があの打鉄を調べたこと。そして、ここに来たのもISに対する執着を捨てる為だって」

 

 あの馬鹿親父。なんでそんなこと喋ったんだよ父さん…よりにもよってコイツなんかに。

 

「そんなんじゃない、単に現実から目を背けてただけだ」

「現実?」

「織斑一夏がISを動かせる唯一の男だって知って、そっから適性検査を受けてやっぱり動かせないとわかっても、俺も動かせる俺も動かせるって必死に言い続けて、馬鹿みたいに必死にあの打鉄を調べてた。ここに来たのだって、ISに一番関わってる此処なら動くかもって思ったんだ。結果はお察しだけどな。まあ、分かってたけど………」

 

 ああ、なんで俺はこんなベラベラ喋ってるんだろ。………ほんと、よりによってコイツに。

 

「………そう言って、諦めますの?」

「あぁ?」

「ISを動かすのを諦めますの、と言っているのです」

「お前には関係ないだろ。イギリスの代表候補生様よ」

「………」

 

 セシリアは表情を動かさないことに努力した、良く唇を噛むだけですんだものだと感心する。

 目の前の男が本当にあの日の彼だったのか。余りの変わりように童謡が走ったのだから。

 

「疾風、あの約束の続きを覚えてますか?」

「………ああ」

「でしたら」

「それがどうした?」

 

 気だるげに立ち上がってセシリアを睨み付けるとビクッと確かに身震いした。それを気にせず口を開く。

 

「どっちにしろ男にISは動かせねえんだ、今までの歴史がそれを証明している。俺も足掻くだけ足掻いた。もういいんだよ」

「そんな……」

「じゃあな」

 

 離れたい、一刻もセシリアから離れないとどうにかなってしまいそうだった。何か悪いものを吐き出しそうな気がすると、俺はその場を駆け出した。

 

 ーーーガシッ。だが、通りすぎる俺はセシリアに阻止された。振りほどこうとするも袖を握り締めた手は緩まなかった。

 ほんと、なにがしたいんだ、コイツは。

 腕を必死に振り回すも食い込んだ爪が服を離さない。

 

「待って」

「はあ?」

「まだ手はあるでしょう!」

「ねえよそんなもん」

「諦めるのは、まだ早いはずですわ!」

 

 ああ、何言ってんだこいつは。関係ねえだろお前は。なんでそんな必死に止めるんだ。

 

「離せ」

「離しません」

「離せよ」

「離しません!」

「離せって」

「離しませんわ!」

「離れろって言ってるだろ!」

 

 彼女を突き飛ばす勢いで距離をおいた。セシリアの顔に恐怖が浮かんでいたが、そんなことお構いなしに怒鳴り散らした。

 

「お前に何が分かんだよ! 女ってだけでISが使えて! ISが好きなのに乗りたくても乗れない俺の気持ちが、諦めようとしてる俺の気持ちが、お前に分かるのかよ!」

 

 初めて胸のうちを叫んだ気がした、とにかくぶつけたかった、ISを動かせない現実に改めて直面させられた俺の心の蓋、ずっとずっと押し止めていたどす黒いドロドロした感情が一斉に吹き出され、吹き飛ばされた。

 

「ISが女性にしか乗れないとわかって女尊男卑の世界になった。はっきり言って地獄だった。女は男を奴隷かなんかと勘違いしてこき使おうとした奴もいた。今だってそんな奴はいる。金持ち、ハーフ。俺も狙われた。酷いもんだった」

 

 ああ、なんで関係ないことまで喋ってんだろ。女尊男卑なんか今関係ないだろうに。

 だが仕方ないだろ、世の中は不公平だ、何故女だけなんだ、俺達男はどれだけ手を伸ばしても届かないというのに。

 

「………もう疲れたんだよ俺は。一寸先も見えない闇の中を歩いてるみたいで。暇があったら工業に行って、一人で打鉄(あれ)を弄って。一ミリも変わらない結果に嘆いて絶望して。それでも懲りずに繰り返して、それでもあるのは、非情な現実だけ。分かるのか? お前に俺の何が分かるんだよ? ISを動かすことを許された女の子」 

 

 目の前で俯いた彼女は代表候補生になった、つまりモンド・グロッソの代表に届く場所にいる。だが俺にはない、男であるのは、ブリュンヒルデの弟である織斑一夏だけだ。

 

「じゃあな、モンド・グロッソにはお前一人で行け。俺は降りる、お前もあんな子供の口約束なんか忘れろ。それとも何か? お前はあんな幼稚な夢物語を真に受けて代表候補生になったのかよ」

「夢物語?」

「違うのか? あんなのただの夢物語、子供の戯れ言だろ。お前が代表候補生になったのは、そんな約束を守るためだってのか?」

「………………」

 

 やっと黙ったか、まったく、久しぶりにあったかと思ったら行きなり銃口を向けられて勝手に付いてきた挙げ句、俺に諦めるなとか。

 

 ………………帰ろう、裏手で父さんが待ってる。さて、これからどうしようかな。

 勢い良く駆け出ーーそうとする俺はまた腕を捕まれてバランスを崩した

 

「お前、いい加減にーー」

 

 怒鳴り散らそうとした俺の声は喉奥で塞き止められた。俺を掴む彼女の瞳が潤んでいたから。

 

「勝手に一方的に言われて。はい、そうですかと引き下がる程、わたくしは大人しくありませんわ!」

「お前何を」

「たった二ヶ月出来なかったからなんだというのですか!」

 

 目元に溜まった涙を乱暴にぬぐい去った彼女に俺は気圧された。

 彼女の強い眼差しに俺を真っ直ぐ捕らえられ、動くことが出来なかった。

 

「貴方はレーデルハイト工業の息子、ISに関わる機会など幾らでもあるでしょう!? 一人でISを調べ続けた? 10年かかって数多の研究機関が調べに調べているのに。二ヶ月しか挑んでない癖に、何を甘ったれたことを言っているのですか!」

「それは」

「何故他の人を頼らなかったのですか、わたくしと違って、貴方には頼れる人が居たでしょう?」

「………」

「わたくしは、あの時の約束を忘れたことはありませんでしたわ」

「!」

 

 俺はセシリアに言われたことが信じられなかった。驚かずにいられなかった。

 

「………なんだよそれ、お前が代表候補生になったのは家を守るためじゃなかったのか?」

「確かに、わたくしが代表候補生の誘いを受けたのはオルコット家を守るためでした。ですがそれだけではありませんわ」

「俺がISを動かして、一緒にイギリス代表として出場すると本気で信じてたと?」

「ええ」

 

 間髪いれず答えたセシリアに思わず目を丸くした。

 

「馬鹿すぎるだろ」

「何故? 一夏さん。織斑一夏が動かせたのに、何故貴方が動かせないと決めつけますの?」

「それは………」

「動かせる筈ですわ、たとえ何年何十年かかろうとも。何故なら、それを成せないと、まだ決まった訳ではないのですから」

「何を根拠に」

「根拠などあるわけないでしょう」

「………………」

「それでもです」

 

 セシリアは一呼吸置いて、改めて俺の目を見た。その瞳は、とても優しかった。

 

「ISの知識が何もなかった一夏さんが動かせたのです、我武者羅に前を進み続けた貴方が動かせない筈ないでしょう?」

「………………」

 

 憑き物が落ちた気がした。目の前の彼女から目が離せない。本気だ、この女は本気であの約束を本物にしようとしている。

 涙が出そうになる、だが我慢する。せめてもの男の矜持だ。

 

「………ハハ」

「疾風?」

「ハハ、ハハハ、アハハハハ!」

「ちょっと疾風? どうしましたの?」

「ハハハ! ………はぁ。負けた、完璧に負けたわ、あー馬鹿みてえだ」

 

 笑いが止まらない、何にたいして笑っているのかも分からないまま、俺は笑い続けた。

 困惑するセシリアの前で俺は大きく深呼吸をする。目の前の相手に視線を向け、掴んだ腕をそっと退けると、セシリアも腕を離してくれた。

 

「まさかお前に諭される日が来るとは思わなかったな」

「なんか引っ掛かりますわね、その言い方」

 

 俺達は小さく笑いあった。

 

「ありがと、意固地になってたな、俺」

「礼には及びませんわ、下々のものに救いの手を差し伸べるのも貴族の勤めですわ」

「うわー、今までの会話の後に格上宣言? 台無し、感動系で閉まるはずだったのに今ので台無しだよ。ーーーてかうちの企業のほうが結構上よ? イギリス的にも世界的にも」

 

 俺が指摘するとセシリアは頬を蒸気させた。

 

「す、少しは格好をつけてもバチは当たらないでしょう! そこはスルーをするところですわ! 全く!」

 

 プイッとそっぽを向くセシリアを見て俺はまた笑った。先程の迫力や慈愛に満ちた表情など鳴りを潜め、目の前にいるのは少し高飛車で、顔をむくらせた、カッコつけたがりのお嬢様だ。

 

「そうだな。たかが二ヶ月だ。まだまだ俺には時間はタップリあるんだ。………いつかを動かしてみせるよ。何年か何十年か分からないけど、焦らずにゆっくり確実に挑んで行くよ」

「ええ」

「それでさ、俺が動かせたら。その時は俺とISバトルをしてくれないか?」

 

 セシリアは一瞬目をパチクリさせると、直ぐに余裕の表情を浮かべ左手を腰に当て右手をビシッと向けて指を指した。

 

「このイギリス代表候補生、セシリア・オルコットの名に懸けて! その決闘を受けて差し上げますわ!!」

 

 力強く、鋭く。セシリアは言いはなった。その蒼い眼はいつしかの決戦に向けて燃え上がっていた。

 

「じゃあな」

「ええ。ごきげんよう」

「おう、反省文頑張れよ」

「なっ、だから一言余計ですわ!」

「ハハハ、暇なとき連絡するよ」

 

 セシリアを弄ることを忘れずに、俺は軽くなった胸のうちを弾ませた。

 ああ、なんて清清しい気分だろう。久しく忘れてた気がする。

 空が茜に染まるなかで、俺は約束を胸に再び歩き出した。

 

 

 

 

 

 セシリアと再会した日の翌日、俺はまたレーデルハイト工業のラボに来ていた。

 しかし一昨日と違って今回は他の人と同じ作業着を着込んでいる。

 というのも、今日は散々お世話になった打鉄のメンテナンスをしていた。俺の我が儘に付き合ってくれた打鉄に、せめてものお礼をしようとメンテナンスの大半は俺が行った。

 

「手際良いっすね疾風さん、お前もこれぐらいパパっとできれば良いのにな」

「うるさいわね、あんただって大して変わらないじゃない」

「まあまあそれぐらいにして、疾風さんどうですか。高校卒業したら即こっちに来るというのは」

 

 一緒にメンテナンスを見てた大人しめの従業員が言ってくる。確かにそういう選択肢も考えては居た。

 

「ありがとうございます、ですが此処に入るのは大学に入って資格を取ってからにします」

「どうして?」

「コネで入ったと思われたく無いですからね」

「若いのに恐れ入ります」

「誰もそんなこと気にしないと思うけどな」

「あんたと違って疾風君は謙虚なのよ。少しは見習ったら?」

「そっくりそのまま返してやるよ」

 

 そっからこの勝ち気な二人は何よ何だよの口喧嘩に発展する。それを止める為に大人しめの従業員が仲裁に入った

 

「あーらら」

「あはは、では疾風さん。サインお願いします」

 

 数枚のメンテナンス点検表の点検者欄に名前を書き込む。

 

「はい、OKです。しかし宜しいのですか?」

「何がです?」

「期限が今日と言えど、委員会に掛け合えば延長してくれる望みもあるのではないのですか?」

 

 この人が何故このISについて知っているのかというと、今日来たときにこのISのことについて明かしたからである。

 笑われるかと思ったがその思想とは裏腹に皆は『水くさい』『なんで私たちに協力させてくれないのか』と言われた。

 セシリアの言ったとおりだった、なんで俺は最初から頼らなかったのか、馬鹿にされるなど、この会社では有り得ないだろうに。

 

「もう焦る必要はなくなりましたから、まあ気長にやっていきますよ」

「そうですか、私たちに出来ることがあればなんでも言ってくださいね? あ、お誕生日おめでとうございます」

「ありがとうございます、まあ、言っても後五分ちょい後ですけど」

「じゃあ折角だし乗りますか?」

「はい?」

 

 従業員が指を指したのは、メンテナンスが終了した打鉄だった。

 その言葉を口火に他の従業員も口々に言ってきた。

 

「いいね! ISに乗って誕生日!」

「動かす動かせないに意味はない、乗ることに意味がある」

「あの、メンテナンス終わったばっかだからそういうのは」

「問答無用だ! 押し込めー!」

「「「おーー!!」」」

 

 なんと美しいレーデルハイト工業の団結力、圧倒的物量差になすすべもなく打鉄の中に押し込まれた。

 

「よーし! 装着完了!」

「これ装着ちゃう! 拘束ですよ!」

「それ、みっぎ上げて」

「うおぅ!?」

 

 ラジコンロボットよろしく、コンソールに繋がれた打鉄の右腕が勢い良く上がる、序でに中にある俺の腕も上がった。

 そのまま左右と交互に動かされる、まるでマリオネットのようではないか。そして地味に腕が痛い、特に関節。

 

「ちょちょちょ! 乱暴に扱うなって!」

「いや、でもこれ楽しいわよ」

「疾風君を玩具にするんじゃない!」

「おーい、後3分ちょいだぜ?」

「なにっ!? 全員集合! 疾風君を真ん中にバースデーフォトだ!」

「「「今行く待ってろ!!」」」

 

 このノリの良さよ! 原因は間違いなく此処のチーフだ、後社長。

 皆は手早く自身の作業に区切りをつけて打鉄に乗り込んでいる(または拘束されている)俺の方に群がってきた。

 こいつら事前に準備してやがったな。三脚カメラなんて何処に準備していた。見ろこの表情、顔の筋肉がストライキを起こしているではないか。後なんだ、その【疾風君16歳おめでとう!!】の横断幕は! こっ恥ずかしいわ! 

 

「ほれほれ、お姉さんが隣に居てやるぞ少年」

「オイ人妻! サバを読んでんじゃないぞ!」

「なら俺が隣だ! 男同士の友情というものを見せてやる!」

「それはホモ発言に捕らえられるからヤメルンダ!」

「ホモ!? 何処!?」

「ほらみろ腐女子が反応した!」

「おーい! もう時間ないからいい加減にしろー!!」

 

 タイマーをセット、シャッターの秒読みが始まった。各々は好きにポージングをたてている、いつの間にか打鉄もVサインをしている徹底っぷりだ。

 

「カウントォ!」

『10! 9! 8! 7!』

 

 ………ああ、俺は幸福者だ。こんなにも俺を好いてくれている人が居る。それに気付けず一人で意地を張っていた自分が馬鹿らしく思えた。

 

『6! 5! 4!』

 

 ………これからはレーデルハイト工業の人達とISを動かすためのプロジェクトを始める、父さんも再び交渉すると言ってくれたし、もしかしたらこいつが戻ってくる可能性もある。

 

『3! 2!! 1!!!』

 

 何時かISを動かして見せる。焦ることはない、ゆっくり確実に一歩を踏み出せばいいんだ。

 だからセシリア。俺がもしISを動かして、お前と戦うときは。

 

『疾風君!! お誕生日おめでとうございまぁぁぁぁす!!!』

 

 絶対に負けないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーキィンーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第3話【セカンドマン】

「よーし撮れたな! 目瞑った不届きものは居ないな?」

「お疲れ様です疾風さん、今打鉄外しますね………疾風さん?」

「ん、どうした? そんな狐につままれたような顔して」

「いや、これネッシーだろ」

「どうでもいいわよ。大丈夫疾風君? 目が点になってるわよ?」

 

 微動だにしない俺を見て、周りの従業員が心配そうに顔を除きこんだ。

 だが当事者の俺はそれどころではなかった。

 

 ………なに………これ? 

 

 カメラのシャッターが押された瞬間、俺が産まれた時刻になった瞬間、頭の中に一気に膨大な文字が飛び込んできたのだ。

 すでに知っていること、知らなかったこと。情報が頭に入ってくる、それを理解する。だが俺は混乱していた、間違いなく人生で一番だ。

 

 え? え? え、え、ええ? 

 

 今まで見てきた世界が虚構なのではないか? と感じる程、視界が一気にクリアになった。遠くの物が近くに感じる、作業テーブルに目を向けると、普通は見えない距離の設計図がくっきりと見える。

 それだけじゃない、視界が広がった。普通、人間の視界は目が顔の前面にあるため、視界は前方に限定され、視野により左右が僅かながら見える。

 だが見えるはずの無い背後、後頭部からの光景が見えるのだ、男が二人、女が一人。

 

 え? 嘘? いや………………………は? 

 

「ちょ、ちょっと。なんか微動だにしないんだけど?」

「おい、さっき腕グワングワンしたときにおかしくなったとか?」

「サプライズが成功しすぎた?」

 

 ガション。

 

「「「「「………………………………………え?」」」」」

 

 面白いようにその場にいた全員が同じ言葉を出した。

 ………打鉄の足が、動いた、一歩を、歩いた。

 まったく意識をしていない動作だった、目は動いた鉄の足に釘付けになる。

 今度は意識して一歩歩く。

 先程と同じ駆動音と一緒に、また足が前に動いた。

 そして腕を上下させ、手のひらを握っては離し、握っては離した。

 

「お、おい、もう人間マリオネットはやめようぜ? な?」

「わ、私何も触ってないわよ!?」

「じゃあなんで動いてんのさ!!?」

 

 誰も操作していない? じゃあこの動きはなんだ? まるで自分の手足の延長のように動かせる。

 自然と視線が天井に向けられる。正直、自分が何をしたいのか分からないが。

 

「え? 疾風君?」

「いや、おいお前」

 

 だけど、何をするのかは理解した。

 

「いっ、けっ」

 

 瞬間、俺の体が上に吹き飛んだ。

 危うく天井に衝突しそうになる。直ぐに方向をかえ、天井を滑るように向きを変えた。

 

「飛んで、る?」

「おい、遠隔操作って飛ばすことも出来たっけ? 出来ねえよな!?」

「ねえ、誰か僕の頬を引っ張って。いたたたっ!!」

「え、嘘? じゃあこれって。ええ!!?」

 

 眼下で驚く従業員。

 だがそんなことはどうでも良かった。

 

 動いている、動かせている。

 飛んでいる、飛ばせている。

 

 他でもない自分自身が、ISを、インフィニット・ストラトスを動かしている。

 

「やっ……………た?」

 

 空中を滑るように移動する、ハイパーセンサーというものを直で感じとる。

 

「やった」

 

 やった。やりやがった。やりやがった!! 

 

 遂に俺は! インフィニット・ストラトスを───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジリリリリリリリリリ!!! 

 

「………………………………………………………」

 

 けたたましい音を鳴らした安眠妨害機、又の名を目覚まし時計が眠っていた脳を半分起こす。時刻は…………7時30分……

 ムクリと上体を起こした俺は細目で目の前の壁を直視した。

 

「………………………………………夢かよ」

 

 残酷すぎる夢オチに、盛大かつ長い溜め息を吐き出す。

 昨日のお昼時、俺が15から16になった日に今までうんともすんとも言わなかったIS。それを動かした夢だ。

 そのあと、軍の駐屯地から突如帰ってきた父さんと母さんが大興奮で俺に詰め寄った。

 という、なんともリアルな夢だった。

 何度もISを動かした夢を見たことはあるが、あそこまでリアリティー溢れる夢は初めてだった。それ故、夢オチなだけにダメージもデカイ。

 

 再スタートを決意した俺に対する神様のプレゼントだろうか。まったく神様も粋なことをする物だ。そんなことしなくても前は向けると言うのに。

 むしろ今のでメンタルが三分の二まで減った、更に月曜日という追討ち。この状態で学校に行けとか惨すぎる、無断欠席したい。

 

「もうちょっと浸らせろや、ふんっ!」

 

 かかっている鬱陶しい布団を蹴り飛ばし。今だ、けたたましくなり続ける安眠妨害機のスイッチを憎しみを込めて叩き伏せる。

 

「ていうか俺、どうやって家に帰ったっけ?」

 

 その夢の内容らしき昼頃からの記憶が朧気だ。いや、断片的にはあるのだが、どうにも夢とゴッチャになってたりしている。全部夢が悪い。目覚ましとか外部刺激で起こされた夢は忘れやすいと言う話を聞いたことがあるが、あれ嘘だよ。

 段々と頭が覚醒していくにつれて外が騒がしいことに気づいた。

 イラつきを覚えながら、半開きになっているカーテンから外を覗いた。

 

「………………………なにこれ」

 

 目線直下の玄関にはテレビ局の車が数台、そしてカメラマンとアナウンサーでごった返していた。インタビューを受けているのは俺の母親でありレーデルハイト工業の社長であるアリア・レーデルハイト。

 

「………おいおい、おーいおいおいおい。なんだこれは、まだ俺はドリームの中だとでもいうのか?」

 

 頬を思いっきりつねってみる、痛い。視界もはっきりしてるし、どうやら夢の中というわけではないようだ。

 とりあえず下に行こう。

 

「ぶぇ!!」

「おっふ!」

 

 出た瞬間にピンクの物体が脇腹にぶつかった。

 ぶつかってきた物を見ると、ピンク色のパジャマを着た妹が鼻を押さえて唸っていた。

 

「か、楓! 大丈夫か?」

「鼻、鼻が潰れた………」

 

 この子は俺の妹の楓。黒髪のボブカットにアメジストのような紫色の瞳が特徴で、俺の一歳年下の中学三年生。

 気配り上手な良くできた自慢の妹である、ルックスの良さは母親譲りか、学校でも人気者。反抗期はあっただろうか? というほど素直な性格。だが遅咲きの反抗期もあるらしいから、油断は出来ない。

 

「ごめんごめん。怪我はないな?」

「大丈夫、疾風兄から受けた傷はむしろ勲章だから」

「やめろ、危ない発言をするんじゃない」

「傷物になったら責任とってね?」

「よーし傷はない大丈夫だな」

「イケズー」

 

 訂正、早く来てくれ反抗期。

 良くできた妹なのだが、如何せんお兄ちゃん大好きっ子である。兄離れの道は遠い気がするのは気のせいだと信じたい。早く彼氏を連れてきてくれ、認めるとは言っていない。

 

「ところで疾風兄。外見た?」

「見た見た、一帯何が起こってんだろうな? うちの会社絡みかね」

 

 レーデルハイト工業は世界を代表するIS事業の一角だ、他社との対立ではなく協調というスタイルを取っているが。当然ながら他の会社から恨み辛みをぶつけられることはそう珍しいことではない。

 鼻を押さえて悶えていた妹の動きがピタリと止まる。そして何処ぞの珍獣でも見たような顔で俺を見ている。

 

「疾風兄、覚えてないの?」

「え、俺なんかしたのか?」

「疾風兄、ほんとに大丈夫?」

 

 なんだ? 俺なんかした? 記憶に無い。

 心当たりと言えば……って違う違うあれは夢だあれは夢だ。

 

「あれは夢だ、夢に違いないんだ。そんな都合の良いこと有る筈ないじゃないか」

「?」

「楓、下にいくぞ」

「あ、疾風兄待ってー! 

 

 ───ーー

 

 

「おはよう」

「おはよう疾風、外見たか? 凄いことになってるぞ」

「なに呑気な事言ってるのさ、表で母さんが必死に対応してるのに」

「アリアなら大丈夫だ。俺の嫁だぞ?」

「唐突に嫁自慢はよしてくれよ、見ていて恥ずかしくなる。おはよう疾風」

 

 未だパジャマ姿の父さんの隣にいるのは俺と楓の兄であるグレイ・レーデルハイト。

 母さんの秘書を受け持っており、高身長、高学歴、高収入という女性受け三大要素を見事にこなすエリート。

 母さん譲りの金髪をきっちり揃え、清潔感のあるスーツ姿がビシッと決まっている。隣のヨレヨレなパジャマ姿の父さんと比較すると尚更それが際立った。

 

「おはようグレイ兄。いったい何が起きてんの? 他企業からクラッキングでもされた? それとも冤罪的なやつ?」

「おいおい、そんなの決まってるだろ」

「ああ、そうだよねゴメン。うちにこんなの来るとしたら一つしかないよね」

「いやそうじゃなくて」

「ん? なに?」

 

 微妙に会話が噛み合わない気がする。現に大の男二人は目を丸くして呆気に取られた。

 

「父さん、どういう事?」

「知らん、昨日の帰ってきてからも何処か上の空だったし」

「あれじゃない? 嬉しさの余り現実逃避してるとか、さっきも夢だ夢だぁ、って呟いてたし」

「「有り得る」」

 

 ちょいちょい待ってくれ、勝手に話進めないでくれ。

 

「お兄ちゃん、本当に覚えてないの?」

「だからなんだよ、いい加減教えてくれても良いだろ?」

「だから、お兄ちゃんは女性にしか動かせないものを動かせて見せたの!」

「なんだよ、ISでも動かしたって言うのか?」

「「「そうだよ」」」

「………………………ゑ?」

 

 一瞬で俺の脳内組織は活動を停止した。

 IS、ってなんだっけ? インフィニット・ストラトスの略称だよ。

 それをなんだって? 俺が動かした? 

 ………………ホアー? 

 

「………フヒヒ」

「は、疾風?」

「フヒ、ははは」

「は、疾風兄?」

「はははははは」

「オイオイ、大丈夫か?」

 

 大丈夫かって? 俺は大丈夫ノープロブレム。○○王にわっちはなる。

 

「はあ、そうか。これは夢の続きか。そうでないとすれば俺はエイプリルフールまで眠っていたのだな。うん、間違いない」

「あ、そうだ。テレビテレビ」

「そうだテレビかければ」

 

 テレビ? テレビとはなんだ? 絵が動く箱です。

 グレイ兄はリモコンを拾い上げ、テレビをつけた。

 

『現在、私は世界で二番目にISを動かした男性、疾風・レーデルハイト君の自宅に来ています。今、レーデルハイト工業代表取締役のアリア・レーデルハイト氏がマスコミの対応に当たっています』

 

 ピッ

 

『レーデルハイトさん! 息子さんがISを動かして見せたのは本当なんですか!?』

『そこのところを詳しくお願いします!!』

『疾風君が動かしたというISは一人目のIS適合者である織斑一夏君が動かしたものと同一のISだという情報があるのですがそれは確かなのですか!?』

『現在わが社でも、動かしたISについて調べていますが今のところ変わったところはありません。何故息子が動かせたのは皆目検討つきません』

 

 ピッ

 

『今回のISの件はいかがお考えですか?』

『そうですねえ、織斑一夏君がISを動かしたことを境に、男性で動かしたというデマが横行していましたから。まず、その疾風・レーデルハイト君が本当に動かせたのかも気になります。しかし今回の件が全て本当だというならば、男女間の現在のパワーバランスに、大なり小なり変化が起きるというのは確実だと思います』

 

 

 

 

 

「………………」

「目、覚めた? お兄ちゃん」

「んー、ちょいまって」

 

 俺はスタスタと玄関には向かい、玄関ドアに耳をあてる。外ではテレビで出たような似た会話が繰り広げられていた。

 

 もう一度頬を引っ張りあげる。痛い。

 

「………可笑しいな、何度頬を引っ張っても痛いんだが?」

「まだ信じられないか?」

 

 当たり前田のクラッカー。

 

 まだ意識と無意識の境界線に立っている弟を見かねたグレイ兄はポケットからスマホを取り出し、こっちに渡してきた。

 スマホには俺が打鉄を身に纏い、空調を浮遊している動画がだめ押しとばかりに現実を突きつけさせていた。

 

「………」

「………」

「………コラ画像じゃないよな?」

「そんな残酷な事しない」

「夢じゃなかったと?」

「そうだぞ、最高の誕生日プレゼントだな。ハッハッハッハ!!」

 

 そう、夢なんかじゃなかった。

 俺は本当に、ISを動かしてみせたんだ。

 

「いよっしゃぁぁぁあああああああああっっ!!!!!」

 

 目の当たりにした現実に俺は沸き上がる感情を余すことなく声にして解き放った。否、実際余りまくりである。

 夢じゃない、夢なら覚めないでくれと必死に念じながら、俺は暫く叫び続けた。

 

 

ーーー◇ーーー

 

 

 喜ばしい事に、夢じゃなかった。

 顔を洗い、朝ごはんを食べ、グレイ兄にちぎれるほど頬を引っ張ってもらって。全て現実の感覚と感じた。

 楓にも引っ張ってもらった、お返しに楓が頬を引っ張ってと言ったので引っ張ってあげた。その時の妹が恍惚な顔をしていたように見えたのは、きっとまだ現実を受け止めきれない故の幻覚だと信じたい。

 

 ふと自分のスマホを取り出すとLINE通知が来ていた。

 村上と柴田である。通知数は30を越え、今もなお更新されている。

 

 村上『おい、疾風! ニュース見たぞ! なんだありゃ!!』

 柴田『ほんとだよ、何が起きたのさ!?』

 村上『詳細求む!』

 柴田『求む求む』

 

 んー、どう説明しようか。といっても説明の使用がない。

 とりあえず『良くわからん』と打っておこう。試しにTwitterを開くと堂々のトレンド一位、というよりほぼ独占状態だった。

 ウワーユウメイジンダー。

 

 そうこうしている内に、玄関のドアが開き、居間に疲労困憊の金髪美人が現れた。

 

「ただいま…」

「「「お帰り母さん」」」

「ただいまキッズ達。あ、剣ちゃぁぁん!!」

 

 豊満でボリューム豊かな淡い金色の髪を揺らし自分の旦那に飛び込んだ。

 

「おーっと! お疲れアリア」

「もう疲れたぁよぉぉー、あそこまで熱心なマスコミは生まれて初めてよぉ。私と剣ちゃんとの結婚発表より凄かったぁ、アッハッハー」

 

 完全に顔面の筋肉が労働放棄しているこの女性はレーデルハイト工業のトップであり俺ら三兄弟の母親、アリア・レーデルハイトその人である。

 

 今でこそこんなゆるっゆるなのだが、レーデルハイト工業では、それはそれは凛々しいお人で、女性からの求愛経験あるという。レーデルハイト工業の中では正にブリュンヒルデなみの人気である。

 そして母さんは元イギリスのIS代表であり、世間からはイギリスの剣撃女帝の異名を持つ。そして、高速機動部門のヴァルキリーでもあるのだ。

 しかし特筆すべきはその外見である。きめ細やかな肌にスレンダースタイルの若々しい体形。これで40代+子持ちと言うのだから尚驚きである。前に20代と見間違えられたらしい、そんな馬鹿な。

 

「そりゃ今回は仕方ないだろ?」

「んーそうね、今回は仕方ないわね。だけど頑張ったからご褒美頂戴! 濃厚で熱いベーゼをうむぅっ!」

 

 心は恋する暴走乙女全快の母さんは、息子娘が見てる中で父さんにキスをせがんだ。が、そこを我らが頼れる長男が止めに入る。

 

「父さんにも言ったが恥じらいを持ってくれ、二人ともいい歳なんだから」

「あら、愛に年齢は関係ないのよ?」

「だとしても疾風や楓が見てる前でするのは止めてくれよ」

「そう………なら貴方の前なら良いのね?」

「張っ倒すよ母さん」

 

 確かに見てて恥ずかしく、胸焼けが起こるが、それだけ家庭円満だということを思い知るのだからそれはそれでというのもある。

 楓がその様を見て、俺の名前を呟きながら悶えている時があるが。突っ込んだら妄想に巻き込まれるのでこちらは放置案件。

 

「あ、やっべもうこんな時間! 学校行かねえと!!」

「はいストップ!」

「グエッフ!」

 

 時計を見るなりスタートアップした俺のパジャマの襟元を引っかけられ、首が閉まって変な声が出た、何をするお母様。

 

「疾風、今日あんた学校休み」

「え、何で?」

「当然でしょ、世界で二人目の男性IS操縦者が表だったらマスコミの餌食でしょ。それに専門の機関で検査を受けて国に申請出さないといけないからどっちにしろ休みよ」

「マジかい。ほんと俺IS動かせたのな……なんでISを動かせたの?」

「それも含めて検査に行くのよ」

 

 結果は分かりきってると思うけどねと呟く母さんは嬉しそうだった。

 

「まあ、そういうことだから楓も今日は学校休みだ。外に出たら色々不味い、だからといって一人でお留守番させても危ないし」

「会社に連れて行ったほうが安全かもね」

「てことは? やった! 学校休みぃ! イエーイ!」

「喜ぶな楓」

 

 目の前に世界の定義を揺るがしかねない男がいるのに皆はいつもと同じ態度だ。

 呑気というか、なんていうか。平常運転でなにより。

 

 ほっとしていると化粧を終え、仕事モードに突入した母さんがきた。

 

「グレイ車回して、会社にひっきりなしに電話かかってるわ。あなたは疾風連れて機関に向かって頂戴。楓、着替えてきなさい」

「はーい!」

 

 楓の元気な声とともに皆は散り散りになる。

 

「疾風」

 

 母さんがでこをくっつけアメジストの瞳を真っ直ぐ俺の目と合わせる。

 

「これだけはわかって。貴方がISを動かせようが動かせまいが、私にとって貴方は疾風・レーデルハイトというかけがえのない私の息子よ。貴方の事は私達が必ず守って見せるからね」

「うん、わかってる」

「良い子ね、ほら貴方も着替えてらっしゃい」

 

 母さんは俺の額にキスをした。

 

 さて、着替えるとするか。一応正装の方がいいのかな? 

 

 

ーーー◇ーーー

 

 

 現在、IS関連の国際研究所にいる。

 ここはISのコアに関する分析。量子変換、瞬時加速等、まだ解明されてないISの秘密をこぞって調査している世界で数あるなかの1つである。

 

 といっても、織斑一夏がISを動かしたことにより、今じゃどうしたら男性でもISが使えるかということに観点を置いており、他はお座なりになってるらしいけど。

 

 女尊男卑と言っても男性は女性に比べて労働力が高いし、ISが普及する前の軍事能力は大幅に男性に依存していた。

 つまり、男性でもISを動かせるようになれば利点はある。欠点も山盛りだが。

 これを批判する人…女性、女権団は当然存在しているが、科学者の好奇心に勝てる者はいない。それは政府の中にもあり、これに投資をする上位階級者も沢山いる。

 

 そして今日二人目の男性IS適合者…俺が出たことでこの研究も加速していくだろう。

 実は俺がISを動かせなかった時はここに就職しようかと思ったのは秘密だ。

 ここに来るのは後数年後だと思っていたのだが。いやはや、人生とは何が起こるか分からない。

 

「それでは、ISスーツを着用してもらいます。着替え終わりましたらお声かけ下さい」

 

 渡された少し短めのTシャツと長めの短パン型のISスーツを、用意された一室で着替える。

 一度全裸にならなきゃいけないからな、これは。まあ着けたら着けたでゴワッとするんだけど。

 そして上下に付けられているスイッチを押すと……

 

「おぅっ」

 

 生地の素材に微弱電流が流れ、生地が肌に吸い付く感覚に思わず声が出た。

 実を言うと、ISスーツを着るのは今回が初めてである。

 当然と言えば当然なのだが、男性用のISスーツは一般販売されていない。女性用のISスーツを触る機会はあったのだが、流石に女物と明言されているものを、進んで着ようとは思わなかった。

 好奇心より自尊心と羞恥心が勝った結果である、悲しいことだ。

 

 因みに、このISスーツは耐弾性、対刃性にも優れている。薄いから衝撃はそのまま来るし、限度もあるが。更にISを通して随時メディカルチェックをする画期的なスーツである。

 

「これもあの人が作ったんだよな。一体何者なんだよ」

 

 あの人とは篠ノ之束博士のこと。ISに関する様々な技術を世界に知らしめ、467のISコアを製造して行方不明となった。

 現在その行方を様々な国家が追っているが、未だに所在は掴めていないという。

 

 何故篠ノ之博士はISを女性にしか使えなくしたのだろう。何度も何度も考えている事だ。意図的にやったのか? それとも偶発的か。いくら考えとも答えは出ないままだけど。

 

「レーデルハイトさーん、着替え終わりましたか?」

「あ、すいません! 少し手間取ってしまって」

「お手伝い致しましょうか?」

「いえ結構です! 今出ます」

 

 お手伝いってなんですか? 入られたらたまらんと体当たり張りにドアを開けにいく。

 

「うん、サイズは大丈夫みたい、良かったわ。どうしかしたの?」

「いや、今までこう肌にフィットするやつ着たことないのでちょっと、なんか」

「裸みたいって感じかなぁ?」

 

 後ろからイタズラっぽい声が聞こえたと思うと、何かに尻を鷲掴みにされた。それはもうグワシッと。

 

「ひょあぁ!!?」

「んーー、十代のお尻はなんでこんなに柔らかいのかねぇ。ほれぇほれぇ」

「うおぁぁ!!?」

 

 揉みし抱かれた手を振り払いばっと振り向くと、なんか………変な人がいた。

 

 スク水型のISスーツ、右胸部分にカガリビと片仮名でかかれておりその上から白衣を羽織っている。うん、そこまではまだ良い、問題はそのあと。

 室内なのに麦わら帽子と水中ゴーグル、しかも銛を携えている。

 

 屋内なのに、なんだこのアウトドア感バリバリな感じな人は。まるでまだ出発してもいないのに海が楽しみすぎてスリーカウントで入る勢いの子供のようじゃないか。

 

「篝火さん、余り年下の子をいじめないであげてください」

「もー良いじゃないスキンシップよスキンシップ、若々しい肌に触れると自然と肌も若返るのよ? ねぇねぇ、後でお姉さんと良いことしなぁい? 君好みだから私は大歓迎だよぉ?」

 

 篝火と呼ばれた水中眼鏡さんがポヨンと豊満な胸を持ち上げて言う。この質量、山田元代表候補生にも引けをとらない。

 つまり目のやり場に困る。

 

「おうおう、真っ赤にしちゃってぇ可愛いじゃないか」

「篝火さん」

「はいはいわかったわかった、あんたが疾風・レーデルハイトだね?」

「は、はい」

 

 水中眼鏡をパチンと外し、切れ長の目をより細めた。

 

「私は篝火ヒカルノ、倉持技研の第二研究所所長だよ」

「倉持技研?」

「あれ、知らない?」

「すいません」

「あーいいよいいよ、まあ分かりやすく言えば織斑一夏の専用機を作ったとこだね」

 

 まあなんとも断片的かつ分かりやすい説明だこと。

 

「その倉持技研の人が何故?」

「んー? 単に興味本意。今回は私が君をジックリねっとり調べてあげるからねん」

 

 切れ長の瞳がギランと光る。狩人、いやこれは獲物を前にした獣の目。

 

「よ、宜しくお願いします。篝火さん」

「硬い硬い、ヒカルノで良いよ。よしそれじゃ行くよ少年」

 

 篝火ヒカルノさんは悠々と歩いていった。

 銛を持ったまま。

 

 

 

『じゃあテスト始めるよ、アー・ユー・レディ?』

 

 ヒカルノさんがスピーカーとガラス越しに呼び掛けた。流石に銛は持ってないようだ。

 目の前には余り馴染みのないが、よく知っているネイビー・カラーのISが鎮座していた。

 

「ご、ゴー」

『そこは変身! って言わなきゃ駄目だよ眼鏡君!』

 

 無茶ぶりを言ってくれる。

 あいにく振って成分を高める容器や災害レベルを上げる引金は持ち合わせていない。

 

『先ずは目の前のラファールに乗ってみな。乗り方はわかるかい?』

「問題ないです」

 

 傍らに置いてあるハイパーセンサーのヘッドセットを装着し、中の空洞の部分に腰かけるように寄りかかると、左右に開いていた装甲が集まるように装着される、空気が抜ける音と共に、ISが自分の体にフィットし馴染んでいくのがわかる。

 

 一瞬世界が凝縮されるような感覚の後に景色が数段と鮮明になる、視界もそれに適応し、すみにウィンドウが何個か現れ、真ん中にAIからのポップアップが表示される。

 

『ラファール・リヴァイヴ、起動完了』

 

 およそ二ヶ月間乗り続けたなかで一度たりとも表示されなかったメッセージに、テンションがどうしようもなく底上げされていくのを感じた。

 

【ラファール・リヴァイヴ】

 打鉄に続いて世界シェア第三位の第二世代型IS。コンセプトは汎用性と機動力。機体各部には武装のハードポイントがあり大量の武器を量子変換せずに装備可能、更に量子変換領域・バススロットの多さもあり、この事から別名、空飛ぶ武装庫。打鉄と同じく使いやすさと整備性の高さから、IS学園の訓練機としても使われている。

 

『気分はどうだい?』

「この世に生を受けたことに感謝するレベルで最高です」

『オーケー! そいつは重畳。じゃあ検査1。ポイントまで歩行。そこから第二ポイントまでダッシュ』

 

 3メートル地点に1と表示されたマーカー、足元に2と表示されたマーカーが現れる。

 

 行って戻ってこいということか。

 深呼吸をし、目を見開いて右足を大きく踏み出す。足と思考の動きに合わせてISの足も前に動き、ラファールはズシッと一歩。踏み込んだ。

 

「おぉ」

 

 足が動いたというだけで興奮を隠しきれない。

 段々とペースを上げていき、問題なく、一つ目をクリアした。 

 

『んー、なかなか良い感じじゃないか。よし次いってみよう。まだまだやること一杯だからね?』

「はい!」

 

 望むところだ。

 

 

ーーー◇ーーー

 

 

「これで初日は終わりね。明日も検査あるから宜しくね」

「今日はありがとうございました」

「おう。因みにお姉さんはもうこれないからそこも宜しく、どう? 寂しいだろぉ?」

「そ、そうですね、アハハハ」

「あ、今『もう会わなくてすんで良かった』って思ったな? お姉さん悲しい」

「え、いやそんなことは!」

「お! じゃあこのあとお姉さんとシッポリアフターを楽しむかい?」

「シッ!?」

「冗談冗談! イヤー君はほんとにからかいがいがあるよハッハッハ」

 

 俺の純情なピュアハートを弄ばないでください。

 

「はい、これが今日の検査結果。まあこれから頑張れよ少年!」

 

 ヒカルノさんはバシッと俺の肩を叩いて去っていった。銛を忘れずに。

 

「なんともまあ、強烈なお人ですね」

「あれでも凄い人なんですよ」

 

 うん、凄い。いろんな意味で。暫く忘れなさそうだ。

 

 検査が終わったあとに父さんと合流した。検査の間に何をしてかと聞くと、パチンコと答えた。大企業の婿養子がパチンコとはこれ如何に。因みに大負けとのこと。

 

 しかしなんていうか。マスコミは凄い、研究所の表から出ようとしたらワラワラいた。マスコミの情報網は侮れない。

 そんな終わるまで待機の姿勢を崩さないマスコミを尻目に裏口からコッソリと研究所を後にした。

 

「お疲れさん、今日はどうだった」

「願わくばこれが夢じゃないことを願う」

「まだ言ってんのかよ」

「当たり前だよ、俺がこの日をどれだけ待ち望んでいたか分かるだろ? でも楽しかったぁ、明日も乗れると思うと、なんかフィーバーしそう」

 

 ISで歩いたり走ったり、軽くであるけど飛んでみたり、ずっと待ち望んでいた体験だったから、まだ興奮がおさまらない。

 

「検査終わったらどうなるんだろ」

「十中八九IS学園行きだろうな」

「やっぱりそうか」

「それか何処ぞの研究所でモルモット生活」

「それは絶対嫌だ! そんなことしたら俺ガチで何かしでかすからな」

「冗談だ、もしそうなったら工業のコネやパイプフル活用して止めてやるからよ」

 

 笑えない冗談だ、もしそうなったら男性IS適合者が大勢発見されるまで缶詰状態、最悪解剖されてそのまま人生エンドもあり得なくもない。

 想像しただけで身震いした。

 

 あ、検査結果。

 封筒を丁寧にちぎって書類を取りだし、ある一つの項目を探し続ける。

 

「IS適正B+だって」

「お、いいじゃないか」

「俺はB-ぐらいだと思ったんだが、これは凄いな……」

「こりゃ代表候補生も夢ではないな」

「適正ならね。先ずは技量を積まなきゃなぁ。んで、ISを動かせた要因…………不明」

 

 これは予想通りだ。もし判明したら世界がひっくり返る。

 

「今年の誕生日プレゼントは何ともまあビッグなものだなあ」

「むしろ今までなんでうごかせなかったんだっていうね」

「やっぱり誕生日だから?」

「神様の気紛れとか」

 

 そんなファンシーなことあってたまるか。突然動かせたこと自体特異なことなのに。

 いや、織斑一夏も偶然触れた打鉄で起動している。俺と織斑は同世代、何か関係があるのだろうか………

 

「まあなんにせよ、明日から忙しくなるぞ、お前の専用機作ってやらねえとな」

「ふぁ? マジで?」

 

 本来ISの個人所有、専用機というのは各国の代表、代表候補生、軍人や特殊部隊に限られるが。それよりも特に稀少な男性IS適合者はデータサンプリングという名目で特別に専用機が与えられる。

 それ以上に、専用機は持ち運び用にアクセサリー化する機能を持っている、つまり、誰にも警戒されることなく身の丈以上の武器を持ち歩くと言う事に他ならない

 

「工業が作らなかったら、政府が見繕うんだ。どうせなら工業で作ったほうが色々と+になる」

「把握した。世代は?」

「第三世代型だ、今うちんとこで試作中の奴を組み込む予定だ。それでだな、お前のアレを引っ張り出してくれないか?」

「アレとは?」

「お前のパソコンに入ってるアレ」

「アレを!? あんな落書きが役に立つのか?」

 

 父さん言っていたアレとは、俺のパソコンに入っている設計図だ。独力と知識で書きなぐられたISの武器や機体の設計図が無数に存在している。完全に趣味で作った物なので、落書きという表現が一番似合う。

 

「役に立つ、前にチラッと見た時。幾つか良い線をいっていた物があった」

「いやいやそんな」

「ほんとだぞ? 充分技術者の素質がある。誇って良いぞ?」

「マジ?」

「おう、コンセプトとか言ってくれたら、それに沿うよう出来るだけ譲歩してやるよ。折角の専用機なんだ、疾風が望むようなもんを作らないとな」

 

 なんとも優遇された感が半端ない。

 今日ほど企業の子という立場に感謝をしたことがない。

 

「新型ISの第三世代能力の実用化、ISスーツのオーダーメイド、その他書類等々」

「連日検査、荷造り、その他書類等々」

「「やることが一杯だ」」

 

 脱力感ありありの声だったが俺と父さんの顔は笑っていた。

 無理もなし、これから未知の経験が待ってると思えば笑わずにいられなかった。

 

 つくづく思う、本当に人生は何が起こるか分からない。

 

 

ーーー◇ーーー

 

 

 俺がISを動かしてから、早くも二週間がたった。

 本当に過密な二週間だった。

 

 各種検査、洒落にならない書類の山、IS学園の試験(入学が確定してるため飽くまで形式的なもの)、専用機の立ち会いアドバイザー。結局高校には数日ほどしか立ち寄れなかった。

 

 だけど嬉しかったこともある。クラス総出で俺の送別会を開いてくれたのだ。

 村上と柴多を含め、笑顔で激励をかけてくれたクラスメイトには正に涙物だった。同時に男子陣営から嫉妬の羨みの感情を向けられて気がするが、そこは気づかないフリでスルーさせてもらった。

 

 

 

 

 今から電車に乗り、IS学園行きのモノレールに乗り換える、今日から俺の輝かしい(予定)の新生スクールライフが始まる。

 のだが、現在問題発生につき対処中である。

 

「ヴぅぅぅ、疾風兄~~~」

「泣くなよ楓、もうそんな歳じゃないだろ」

「だっでぇぇ」

 

 楓が泣き出したのだ、昨日あたりからずっと涙目であったが、遂に決壊してしまったようで、現在進行形で放水している訳だ。

 しかも場の悪いことに現在最寄りのJR駅、人集りが多いのも相まって非常に気不味いことこの上ない。

 

 しかも俺が身に纏うのは学ランではなく、白地に赤と黒を基調としたIS学園の制服。普通の学ランやブレザーと違って明るい彩色のそれは、なかなか特別感バリバリの制服だ。

 こんなワンオフ仕様な制服は確実に異彩を放っており、上述の楓ダム崩壊も後押ししてかなり目立っていた。 

 

「ほーら楓、疾風を困らせないの。困らせるなら長男を困らせなさい」

「ちょっと待って母さん、矛先をこっちに向けないで」

「グレイ兄は疾風兄じゃないもん!!」

「残念だったわねグレイ、フラれたわよ」

「いや別に僕は……」

「ドンマイ」

「おかしいな、何故か分からないが空しさと遣る瀬なさが沸いてきたぞ」

「やめよう皆。グレイ兄の顔に影が見えるから、青と黒の」

 

 楓のブラコンは何故かグレイ兄には向かない。外見を含めた全てのスペックにおいて俺よりグレイ兄が勝っているというのに、楓はグレイに靡かない。

 補足として、楓は決してグレイ兄が嫌いという訳ではない。しかし明らかに懐き度に差がある。何故だ………

 

「行かないで疾風兄ぃ」

「お前の気持ちは分かるが、答えはNOだ」

「私を置いて他の女に会うのね!!」

「女子校だからな」

「疾風兄の浮気者!!」

「楓、俺達血の繋がった兄妹なんだぜ?」

「愛の前には些細な障害だよ!」

「法律の前には無力よ」

「うぅぅぅぅ………」

 

 尽く論破され。楓ダムが突貫工事中なのに早くも決壊しそうだ。

 女の涙。それは何時の時代にでも効果を発揮する、女にだけ許されたリーサルウェポン。この状況で再度泣かれてみろ、周りの注目は更にかさ増しされ、挙句の果てには何処ぞの馬鹿な女尊男卑主義者が警察を呼びかねない。

 

「楓ちゃんや」

「なによぅ。疾風兄なんか知らない!」

 

 プイッと背中を向ける楓。だが、その肩は泣いているせいか震えている。

 なんとかしなければならない、このままでは、折角の華々しい門出が妹に嫌われてスタートという悲惨な結果になってしまう。

 ………………仕方ない、使いたくは無かったが、こちらもリーサルウェポンを取り出すとしよう。

 

「残念だ、俺は楓が大好きだし。本当は離れたくないのにな」

「え! ほんと!?」

 

 回れ右のほんの少しの間に泣き顔から笑顔に変わった妹。もしや嘘泣きでは? と疑うレベルの変わり身の早さは、尊敬の域に達する。

 

「あぁ、だけど俺は泣いてる楓よりも笑ってる楓が好きだし、笑顔で『頑張れ』って言われて見送られた方がやる気もアップなんだけどなぁ、残念だなぁ」

 

 クッ、我ながらくさい台詞だ、口説き文句など俺には荷が重すぎる。

 普通、女性にこんな事言っても相手方が納得する確率は低い。のだが………

 

「疾風兄頑張ってね! 愛してるぅ!!」

 

 あっさり機嫌が直り、抱きついて俺の胸に頬ずる楓。

 チョロい、チョロ過ぎる。ラノベヒロインもまっ青なレベルでチョロいぞマイシスター。お兄ちゃん君の今後が心配で仕方ないよ。

 しかし俺も我ながら悪いやつだ、こう言えばこうなると分かった上で楓にこんなことを言っている。許せ楓、今のお兄ちゃんの頭はISで一杯なんだ。

 いつもだろと言ってはいけない。

 

「疾風! 疾風!! うおぉぉぉぉ!! 間に合ったぁ!」

 

 一難去ってなんとやら、勢いよくゴムが滑る音と共に必死の形相を浮かべた村上が自転車と共に颯爽と登場。

 

「あ、綺羅斗だ」

「やめろ! 下の名で呼ぶんじゃあない!」

「五月蝿い、今私は一年分の疾風兄成分を補給してるの。私の目の前に立つなら疾風兄の顔になって出直せ」

「え、なに? 俺の顔面の価値全否定なの? てか相変わらず俺に辛辣だな楓ちゃん!」

「お前の顔面偏差値などこの際どうでもいいが。どうしたお前、見送りに来たのか?」

「ん、ああ。最初はそんなつもりじゃなかったし、偶々近く通っただけだったんだけどさ。あんなもん見ちまったら来るしかあるめえよ」

「あんなもん?」

「ほれっ」

「ん?」

 

 村上が見せてくれたスマホにはTwitterのトレンドに俺の名前が……え、また? 

 もう判明から二週間たったから少しほとぼりが冷めたと思ったらまたランクインしている。しかも内容というのが。

 

「駅の前に二人目の男性操縦者とヴァルキリーが揃い踏み……ちょ、マジか」

「マジマジ、俺も書き込み見てここに来たわけだし」

 

 楓の対処に夢中で周りを見ていなかったが、さっきよりも人集りがかなり増した気がする。よく見ると遠巻きからスマホで此方を撮影してる人がわんさかと。

 これが有名人の気分か! 

 

「ねえ、やっぱり本物だよね?」

「キャー! 奇跡! 私レーデルハイトさんのファンだったのよ!」

「サイン頼めばいけるか? シット! 色紙がねえ!」

「よしっ、これ出せばバズる!!」

「兄と妹の禁断の愛。ハァハァ」

 

 ヤバイヤバイヤバイ。このままでは鰻登りに野次馬が増えてしまう。情報社会、恐ろしや。

 

「じゃあそろそろ行くわ。楓、お願いだから離れて」

「いや! まだ補給仕切れてない! 後一時間!」

「遅刻するから! かくなる上は、その無防備な脇を狙う!」

「ヒョっ!? アヒャヒャヒャヒャ!!」

「HEY! 村上パース!」

「俺ぇ!?」

 

 奥義、脇擽りの術により力の抜けた楓をポーイと村上に投げつけ(押し付け)、家族からの声援を背に、その場を後にする。

 押し付けられた村上が楓にボコボコにされてた気がするが、あえてスルーすることにした。

 

 

ーーー◇ーーー

 

 

「IS学園よ、私は帰ってきた」

 

 無駄に良い声で核弾頭をブッパする男の台詞を目の前の巨大学園に言ってみた。誰も聞いてないと言ってはいけない。声量控え目だと言ってもいけない。

 しかし二週間前に来た何処ぞの男が此処に戻ってこようとは、アイツは夢にも思うまい。

 

 連絡を入れようと思ったが、そもそも俺はセシリアの連絡先を知らなかった、あの時は気分が高揚していてそんな配慮もなかった。また連絡するとは何だったのか。カッコ悪いですハイ。

 

 それは一先ず置いておくとしよう。どうせ同じ学び舎、嫌でも顔を合わせるだろうさ。

 

 頬を叩いて己を奮い立たせ、再び目の前の学園を見上げる。

 

「よし、行くか!」

 

 俺の新たな夢、待ち焦がれた瞬間、色んな感情をゴチャゴチャに纏め。俺はIS学園に踏み出した。




 北海道在住のブレイブです。地震は激しく停電もしましたが、生きてます。
 更新が遅かったのは地震とは関係なく私の遅筆です、あしからず。

これから第四話のリメイク作業に入ります、今回ほど遅筆にはならないと願いたいです。


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第4話【2度目の夕焼け】

「聞いた? また転校生来るんだって」

「もしかしてテレビに出てた、疾風・レーデルハイト?」

「あの剣戟女帝の息子?」

「そうそう、しかもこのクラスに入ってくるって!!」

「え、そうなの!?」

「ヤバイテンション上がってきたぁぁ!!」

「宴じゃあ! 宴の準備をしろぉぉ!」

 

 どうやら今日は転校生が来るらしくここ一年一組クラスはやんややんやのお祭り騒ぎだった、しかもその人は正真正銘二番目の男性IS適合者らしい。

 

「レーデルハイト工業の御曹子かぁ、凄い人が入るんだね」

「レーデルハイト工業ってそんなに凄いところなのか?」

 

 女子の集まりを見ながら呟いたのはフランスの代表候補生のシャルロット・デュノア。

 シャルロットの家はデュノア社という量産機ISの世界シェア第三位に入るほど大企業だ。

 その世界ランクを維持している企業の子がそこまで言うのだから相当な会社なのだろう。

 

「情けないぞ一夏、私でさえ知ってるというのに」

「あんたってさぁ、ほんとISの知識欠落してるわよね」

「うっ、そんな蔑んだ目で見ないでくれよ。本当に知らなかったんだから」

 

 少しきつめの雰囲気を醸し出している女子の名前は篠ノ之箒。小学一年から四年の間一緒の学校にいた俺の幼馴染み。

 幼少の頃、箒の実家である道場で一緒に剣道を習っていたが、事情により離ればなれになり、このIS学園で六年ぶりの再会を果たした。

 剣道の腕は一流、去年の全国大会では見事優勝を獲得している。あのニュースを見たときは自分のことのように喜んだのをよく覚えている。

 

 そして隣のサバサバとしたツインテールの子は中国代表候補生である凰 鈴音。

 鈴は隣の一年二組のクラスだが、時間を見つけては一組に遊びに来ている。

 中学の時は俺より少し上ぐらいの成績だったのに、よくたった一年で代表候補生になれるのは凄いとしか言いようがない、きっと想像を絶するような努力の賜物だろう。

 

「そういえば一夏って、デュノア社のこともよく知らなかったよね」

「んぐっ」

「ISってより世間一般常識よね。レーデルハイト工業とデュノア社を知らないとかほんと信じられないわ。世界でも五本指に入るほどのIS企業よ? この学園でそれを知らない人はいないでしょうね。あんた以外」

「んぐぐっ」

「一夏、本当に情けないぞ。私は幼馴染として心配だ。これからお前が生きていける事を切に願う」

 

 情けない二回も言うな。てか生き死に関わる程重症なのかと口には出さないながらも頭を抱えた。

 そもそも俺がこの学園に入ったのはISを動かしたというだけに過ぎない、それ以前はISとは無縁に生きていたし、姉である千冬からもISには関わるなと念を押されていた。だからあの参考書を電話帳と間違えて捨てたのは仕方ないのだと思いたかった。

 

 しかしこの状況は辛いので、即刻打開するために斜め後ろの席にいるセシリアに話題そらしというなのSOSをだした。

 

「ところでセシリアはレーデルハイトって奴がどんな人か知ってるか?」

「………」

 

 こちらの声が届かなかったか、セシリアは窓の外をじっと見ていた。

 

「セシリア?」

「………あ、なにか言いました?」

「いや、疾風・レーデルハイトって奴がどんな人か知ってるかなぁって。レーデルハイト工業ってイギリスにも展開してるって言うし、セシリアなら詳しいのかなと思って」

「成る程。彼とは昔知り合った友人ですわ。親同士の仲でした。といっても、ここ数年は会っていませんでしたが」

「へえ、じゃあ久しぶりの再開って訳だ」

「あー、いえ、実はそうではなかったりですね。その………いえ、なんでもありませんわ。とにかく彼は悪い人ではありませんので、仲良くしてあげてくださいな」

「いやいや、その引きは気になる流れだから。勿体ぶらずに話しなさいよ」

「ご、後生です。掘り下げないで下さいまし」

 

 一度気になり出した鈴はセシリアに追及する、迫られるセシリアはそれを押し返そうとやんわり抵抗する。

 

 突如、コンコンと何かを叩く音に二人の格闘が中断される。

 

「ん? おおっ!!」

「? うわっ! 何してんのラウラ!?」

 

 一同の視線の先には窓越しに叩く銀髪眼帯のドイツ代表候補生であり、ドイツの特殊部隊の隊長であるラウラ・ボーデヴィッヒの姿があった。

 俺は急いで窓を開けるとラウラはスタッと教室に入り、登る為に使ったであろうフックロープを回収する。

 

「どっから来てるんだお前は!」

「うむ、登校時間に遅刻しそうになったのでな、よじ登ってきた。しかし流石IS学園だ、登るだけでここまで苦労するとは」

「それって普通に来たほうが早かったということ?」

「そうなるな」

「あんたって天然なのか不器用なのか」

 

 揃って呆れてる俺たちにラウラはよく分からないという顔をしている。

 入学当初は周囲に壁を作っていたラウラだが、この前の事件を通して随分と丸くなったもんだ、出会い頭に平手を喰らったあの時が懐かしく思える。

 

「だがコツは掴めた。次はもっと早く登ってみせるぞ」

「次があると思ってるのか馬鹿者め」

 

 そのとき空気が凍った、心なしか気温も下がった。

 

「きょ、教かっ」

 

 スパァンッ。聞き方を変えれば心地よい音が教室に響きわたる。

 ラウラの後ろにはIS学園1の鬼教師、俺の姉である担任の織斑先生と、明らかに狼狽えているIS学園1の癒しこと副担任の山田先生がいた。

 

「ボーデヴィッヒ、私は窓から登校しろと教えた覚えはないぞ」

「しかし教か」

 

 スパァン! 一撃目より強くなった千冬姉の伝家の宝刀、出席簿。ただの出席簿と侮るなかれ、あれはマジで痛い、いや痛いなんてもんじゃない。一瞬川が見える、記憶にないはずの婆ちゃんが手をふってくる。

 

「織斑先生だ、何度も言わせるな。まったくお前といい織斑といい、何故私を先生と呼べないのか」

 

 呆けていたらこちらに飛び火が。

 しかしそれは仕方ないと思いたい。ここに入学する前は普通に『千冬姉』と呼ぶのに慣れてるのに行きなり変えるとか。しかも千冬姉と呼ぶとさっきみたいに出席簿アタックを喰らう、理不尽だ……

 もうすぐ二ヶ月半ぐらいなのに時々呼んでしまう=出席簿アタックを喰らうのだ。

 

「凰! ちんたらしてないで、さっさと自分の教室に戻れ!」

「はひっ!」

 

 千冬姉の横をそろ~っと抜け出そうとした鈴、ピシッと姿勢を正したかと思うと一目散に教室から出ていった。

 それを見た皆がそそくさと自分の席に戻る。

 

「山田先生、ホームルームを」

「はい、えーっと既に耳を挟んでる人もいるかと思いますが。またこのクラスに転校生が来ます」

 

「シャアコラァーー!!」

「野獣系ですか! 知的系ですか! それとも男の娘系ですか!!」

「織斑くんと組ませたら攻めと受けどっちですか!」

 

 待ってましたとばかりにクラスが湧いた。正真正銘の男が入るということもあり教室が若干揺れている。

 

「静かにしろ」

 

 しかしそのクラスの揺れも千冬姉の鶴の一言でピタリと止む。

 

「それでは、入って来てください」

 

 山田先生の声に導かれ教室のドアがゆっくりと開いた。

 

 

 

 

 

 

 時間を少し遡る。

 IS学園に足を踏み入れた俺は受け付けで用件を伝えて待っていた。登校時間がずれ込んでいる為、回りに生徒は見当たらなかった。まあいたら遅刻確定だが。

 そこまで待たずに、一週間前にお会いした織斑先生と山田先生に迎え入れられた。

 

「私がお前の担任の織斑千冬だ。そしてこっちが副担任の山田真耶だ」

「疾風・レーデルハイトです。改めて宜しくお願いします」

「うむ、では早速教室に向かう、ついてこい」

 

 ………どーしよ。今更ながら緊張してきた、否そんなレベルじゃない。

 少し考えてみれば、此所はISを扱うための養成機関、つまり女子高だ。

 せめて、女尊男卑コリッコリじゃないことを祈ろう。うん、贅沢なんか言わない。

 ハーレム? いらんいらん、そんな余裕や贅沢など持ち合わせていないって。

 

「大丈夫ですかレーデルハイトくん?」

「大丈夫、です」

 

 そうこうしてる間に目的の一年一組に到着、したのだが。何故か織斑先生が頭を抱えて溜め息をついた。

 

「そこで待ってろ」

「は、はい」

 

 簡潔に俺に伝えると織斑先生と山田先生が教室に入っていった。

 俺は大きく息をはいて廊下の壁に寄りかかると束の間の休息を……

 

 スパァン! 

 

「へ?」

 

 行きなり教室内から何かで叩いたような衝撃音が鳴った。

 

 スパァァン! 

 

 またでた!

 一体この教室で何が行われているのだろうか? と思っていると。今度は教室から女の子がツインテールを盛大に振り乱しながら飛び出し、隣の教室に潜り込んだ。

 

「………」

 

 転校は始めてではないが、ここまでエキセントリックな転校日和はなかった。

 

「それでは入ってきてください」

 

 待ってくださいまだ心の準備が。とは言ってられないので俺はドアに手をかけた。

 南無三、アーメン、ナンマイダァ。よしっ。

 ゆっくりとドアを開けて入っていくと、案の定目線が集まった。

 うっ、突き刺さる視線とは、良く言った物だな、この状況がそれではないか。

 ふと、多国籍なクラスメイトの中でも一際目立つ金と青が目に入った。あいつ此処のクラスだったのか。

 

「レーデルハイトくん、自己紹介をお願いします」

「は、はい」

 

 自己紹介、ぶっちゃけ予め考えていた物はさっきの出来事で吹っ飛んでしまった。

 いや待て。そもそも、自己紹介とは初対面の人に自分を伝えること、うん、大丈夫だ、問題ない。ありのままの自分を伝えれば良いのだ。疾風くんならやれる、否、やってみせる! 

 目を閉じ深く深呼吸、カッと目を開き、声を吐き出した。

 

「疾風・レーデルハイトです。身長は175cm、体重は66㎏。誕生日は二週間前に終わり今は16歳。血液型はB型。好きなものは甘いもの、甘味系は何でも好きです。逆に苦手なものは辛いもので、自分でも子供か? と思うほど苦手です。趣味はISの設計図やISの情報や資料を見ること、後は数回しかありませんがISを動かすこと。好きな物はIS、三度の飯、いや四度五度の飯より好きです。此処に来る前は一般の公立高校に通っていました、女子高というのは勝手がわかりませんができるだけ早く馴染もうと思っております。皆さんどうぞ宜しくお願いします。あっ、今度レーデルハイト工業で新作のISスーツの発表があるので、そちらも是非とも宜しくお願いします。えーと………以上です」

 

 よし! 結構早口だったが噛まずに言えた、上出来ではないか! 良くやったぞ俺! 誉めて使わす。

 

「「「………………」」」

 

 クラスの皆は一斉に目をパチクリとさせていた。隣の山田先生もだ。織斑先生は…無表情。

 つまり静まり返ったのである。あれえ? 

 これはもしや滑ったという奴だろうか? いやいやマテマテ、何処も可笑しいとこはなかった筈。いやむしろ可笑しかったら笑ってくれよ、ド静寂ってなんですか? 

 しばしの沈黙の後、織斑先生に促されて最前列の席につく。

 さて、隣はなんとあの織斑一夏だ、俺以外のただ一人の男。険悪な関係になるのは避けたい。ファーストコンタクトは重要だ、さてどう切り出すべきか。

 

「織斑一夏だ。同じ男同士宜しくな」

 

 と思ったらこっちから切り込んで来やがった。遠慮無しか、良い性格だなオイ。

 しかしこれは予想外、も少し警戒されるかと思いきやこれである。織斑は善意百パーの笑顔でこっちに握手を求めてきた。

 

「疾風・レーデルハイトだ、改めて宜しく」

 

 とりあえず断る理由が見つからなかったので快く握手を交わした。

 セシリアの方を向くと軽く手を振ってきたので、こちらも応えてあげた。

 

「では、授業を始める」

 

 

 ーーー

 

 

 

 待ちに待ってやっと訪れたIS学園ライフはとくに問題なく終えられた。

 ……すいません嘘です、あの後学年問わず一年一組に雪崩れ込んできた女子生徒からの質問攻めと野次馬的な視線攻めに耐えきった等間隔の10分休み、休みとは何だったのかと思いたい。そのおかげでセシリアはおろか織斑ともまともに話せずじまいに。

 

 それでも豊潤な時間は一気に進み、もう放課後になっていた。初夏ということもあり、相応に空がオレンジに染まる様は、ゲートではなく屋上という場所は違えど、俺とセシリアは二週間前のあの日を思い出していた。

 しかし屋上が自由解放とは、一般の高校じゃ考えられんな。流石IS学園、略してさすがく。

 

「連絡出来なくて悪い、あれからバッタバタしてたし」

「気にしないで下さい、忙しいのは重々承知ですから」

「そもそも連絡先が分からんかった」

「あ、確かにそうでしたわ。何故あの時交換しなかったのでしょうね」

「あれよ、雰囲気的な奴じゃないか?」

 

 あの時はクールに去って再開を楽しむ的な、何かがあったんだろう。

 

「そういえば昼休みは何処に行ってたのです? 一夏さんが探していましたわよ」

「あー、先生に呼ばれて実技試験をやってたから。なんでも力量を知りたいとかで」

 

 入学したのに試験ってなんだ? って思ったけど、飽くまで形式的な物らしく、今後の生活にはとくに絡んではこないと言っていた。

 

「ふむ。それで、結果は?」

「ふふん。なんと勝ちました、イエーイ」

「なっ、良く勝てましたわね。お相手は山田先生でしたの?」

「いや、二年担任の榊原先生っていってた。でもなんで山田先生?」

「一夏さんのお相手も山田先生でしたのよ」

「勝ったの?」

「ええ、あの時の驚きましたわ、てっきりわたくしだけかと思ってましたので」

 

 そこでしっかり自分も勝っている辺り流石である。

 

 試験スタイルは一定のダメージを与えたら勝ちというライフ戦。

 この機密だらけの学園の教師が相手、技量も相当だろうし動かして二週間のペーがまともにやれば勝ち目は薄めと見た。

 ならば先手必勝! と瞬時加速といかないまでもシールドを構え被弾覚悟で真正面ハイブースト、虚を突かれた先生に身体ごとぶつかり「その綺麗な顔吹っ飛ばしてやるぜ!」とばりにアサルトライフルを顔面にしこたま撃ち込んでwinner。

 俗に言う不意討ちである。

 

「でだ。勝ったは良いけど、何故かいきなり未婚の男知らない? って言われたんだよね。あれは何だったんだろう?」

「さぁ、わたくしに言われましても」

 

 知りませんと答えると榊原先生は青い顔で「お見合い………破綻………うぁぁぁ」と呻いていた、本当に何だったんだ。

 

「ふふっ」

「なに?」

「いえ、あの約束が果たされる日が、こうも早く訪れると思わなかったので。まさか昨日今日で動かして見せるとは思いませんでしたわ。正直言いますと、一夏さんがISを動かしたと聞いた時以上に驚きましたわ」

 

 危うくモーニングティーを吹き出しそうになりました、どこか虚ろな目でセシリアは言った。俺は悪くないだろうが、申し訳ない。

 しかしだな、それについては俺が一番驚いている。

 セシリアの言葉を借りるが、決意を誓いあった昨日今日で動かして見せるなど、アニメもラノベも真っ青な超展開だ。

 

「わたくしとしては明日にでも行いたいところてすが。まだ操作に慣れていないでしょう。それに疾風は男性適合者ですし、専用機が支給されるのでしょう?」

「ああ、支給つってもウチで出るんだけどさ。ホラ、前の打鉄のコア。あれを初期化して作るんだってさ」

「企業の。それはいつ頃ですの?」

「予定では三日後」

「では、諸々の準備を含めて、一週間後に

 執り行うというのはどうでしょう」

「いいよ、流石に乗りなれてない機体で一発本番ってのは博打過ぎるわな」

「あら、一夏さんはその博打で初陣に挑んで、勝ち一歩手前まで行きましたわよ」

 

 マジ? 流石ブリュンヒルデの弟。基本スペックも折り紙つきですか。

 全くなんだよ、顔も良くてISもお手の物って。天は二物を与えないと言うが、あれは絶対に嘘だと断言するよ俺は。

 

「そこで一つ提案があります。小さい頃に良くやった賭け事、覚えていまして?」

「賭け事って、あれか? 負けた方が勝った方の言うことを聞くってやつ」

「ええ、あの頃は楽しかったですわね」

「ソウデスネー」

 

 そうだな、楽しかったろうな、お前は。

 一つ言うと、(幼少の)セシリアとの勝負で、俺は勝ったことがない。

 こいつは小さいときからの才女、かつ底無しの努力家気質故にポテンシャルが大層お高い。何処か気弱だった当初の俺は度々(強引に)勝負を引っかけられては負け、言うことを聞く、そして負けて言うことを聞くの繰り返しだった。無限ループって怖いね。

 

「セシリア、この歳であんまそう言うこと言わない方が良いぜ?」

「何故ですの?」

「そりゃお前。俺だって一応青少年ですし?」

「知ってますわよ」

「いや、そうじゃなくて………ああもう良いよ。分かった、受ける。受けますよその勝負」

 

 お嬢様キャラなだけに一歩間違えたらウス=異本案件だというのを気づいてないのか、それとも無知なのか。

 俺は一瞬でもそんな事を考えた自身の思考を強制的に排除する。排除出来るとは言っていない。

 

「決まりですわね。勝ったら何をお願いしようかしら」

「おいおい、初っ端から勝ちムードとは余裕じゃないか。こっちも負ける気はないし、窮鼠猫を噛むにならないように気を付けろよ」

「望むところです、代表候補生の名が伊達ではないことを思い知らせてやりますわ」

 

 その後は適当に雑談を広げ、暗くなってきたので屋上を後にする。

 

 一週間後か、うん負けられない。アリーナの申請は通ったから明日からISの特訓、そして情報収集に勤しむとしよう。

 もう負けっぱなしの俺ではないという事を、目の前のお嬢様に分からせなければならないからな。

 あ、そういえば。

 

「此処に来る前に筆記テストをしたのだが。入学テストと同じ内容らしくて、結果は三位だったのよ。一位と二位って誰だか知ってる?」

「二位は四組の日本代表候補生と聞いていますわ」

「一位は?」

「わたくしです」

「お前かよ!」

 

 

 ーーーーー

 

 

「1020…1023…1026、ここか」

 

 途中ですれ違う同級生に軽く挨拶をしながらたどり着いた学生寮の一室。全寮制が義務付けられたIS学園、今日から此処が俺のねぐらになる。

 放課後に織斑先生から渡された鍵は間違いなくこの部屋だ。セオリーから考えて同居人は同じ男である織斑一夏なのだろうけど、違ったら俺は女子と同棲生活をしなければならない。

 

「………………」

 

 うん、覚悟はしていた。男女比1:99のこのIS学園だ、そうなる事は頭では理解している。

 だがこの彼女いない歴=年齢のDT野郎が初対面女子との生活なぞ出来るのだろうか、前の高校ではそれなりに交流のある女子は居たが同棲となると話が違う。

 

「いや、うだうだ言ってても仕様がない。とりあえず入ろう」

 

 考えたら即実行、ドア横のインターホンを押す。鍵は持っているが、行きなり開けてキャーサノバビッチーってなったら裁判問題待ったなし。

 

 ガチャりと鍵が開く音、心拍数を引き上げながら開けられるドアを凝視する。

 

「よう、いらっしゃい」

 

 出てきたのは間違いなく男の織斑だった。織斑先生の男装ではない。

 

「お、織斑? が、同居人?」

「おう、千冬姉から話は聞いてる。荷物も届いてるぞ」

「………………ふーーー!」

 

 よし、第一関門突破。俺の平穏なる学園生活はとりあえず約束された。

 

「ど、どうした?」

「いや、同居人が男で良かったと思ってな」

「ああー、分かるぞその気持ち。とりあえず入れよ、此処に居たら目立つから」

「目立つ」

 

 チラッと横目で見ると、何時からなのか、ドアを開けてヒョコっと顔を覗かせる女子がズラーーっと、ナズェミテルンディス。

 

「織斑くんのとこにレーデルハイトくんが」

「これは妄想が捗りますな」

「夏コミはこれで行くか」

「腐腐腐」

「腐腐腐」

 

「………………」

 

 誰かナウシカさん呼んできてくれ。

 

「お邪魔致しま、うわすっご何これ」

 

 学生寮にまでお金かけてるのかと思われる程の内装の良さに目がしばしばする。この学園の生徒は他国から来る人も大勢いるから、文句言われないようにって感じだと思うけども、こんな高級ホテルの一室ばりに金をかけるのかIS学園よ。

 税金か? 民から搾取した税金かコノヤロー。

 

「パネエな」

「ん?」

「いやなんでも。うおっ、パソコン標準装備かよ、豪華仕様過ぎる」

 

 少し進むとベットがあり、横には送られた荷物であるスーツケースと段ボールが置かれていた。

 

「棚はこっち使って良いからな。シャワーとかはどうする? 決めとくか?」

「任せるよ、てか男同士だからそこまで気使わなくて大丈夫だろ」

「ああ、そっか。今までルームメイトが箒とシャルロットだったから」

「それって篠ノ之箒とフランス代表候補生?」

「よく知ってるな」

「まあね。てかお前女子と同居してたのかよ、スゲーな」

「そうか? まあ確かに気を使うとこもあったけど、馴れた」

 

 織斑はぼふっとベッドに座り込む。

 こいつは俺が来るまで女子と相部屋だったのか、スゲーなおい。

 

「間違いは犯さなかったんだな。ラッキースケベの一つや二つはあると思ったが。例えば風呂場でほぼ裸の同居人見たとか」

「そ、そんなことねえよ!?」

 

 訂正、ラキスケ現場には遭遇した模様。よくもまあ、この女尊男卑の世の中で裁判にならなかったもんだ。示談か、あるいはよほど仲が良かったか。

 

 早速荷解きをしていく、ISの資料集、お気に入りの雑誌、服やetcetc………後は。

 

「なんだそれ? 本?」

「うん、アーサー王伝説。知ってるよな?」

「確か結構有名なイギリスの王様の話だよな」

「間違っちゃいないな」

 

 取り出した本の中で異彩を放つ英字の本。側の一部が削れてるのを見ると、結構古い代物だ。

 アーサー王伝説、別名円卓物語。

 英国生まれの子なら誰でも知っている有名著作品だ。イギリス在住時にある人物からこれを貰い、変わらず読見続けている愛読書である。

 最近のゲームでは女性だったり増えたりコスモ! とかなっている王様。よく英国に怒られねえな。

 

「読むか」

「いや、遠慮しとく。それ全部英語だろ? 読める気がしねえ」

「それは残念」

 

 荷解きも特に時間は掛からず、隣のベッドにぼふっと身を預ける。あ、これ油断したら寝ちゃう奴だ。

 

「そういや、セシリアとどっかに行ったみたいだけど。何しに行ったんだ?」

「なに、セシリアの事が気になるのか?」

「そんなんじゃねえよ、ただの興味本位」

 

 ふむ、気はないのか。あいつルックスはトップクラスだからな、他にも可愛い子は居るって感じか? 世界各国から来てるからな。

 

「まあ積もる話をしたっていうか、後は約束の再確認かな。俺がISを動かせたら戦おうって」

「そうなのか。いつやるんだ?」

「一週間後、四日後に専用機が届くんだよ」

「セシリアは強いぞ」

「だろうな、あいつが弱いわけがねえ」

 

 代表候補生になったのは最近だが、専用機を与えられてこのIS学園に来たのだ。半端な覚悟では瞬殺だろう。

 

「なあ、レーデルハイト。セシリアって決闘好きなのかな」

「んー?」

「俺、入学早々決闘申し込まれた」

「ぶはっ。マジで? なに言ったのお前」

「イギリスのこと馬鹿にしちまった」

「ああ、そりゃ駄目だ。シールドエネルギーゼロだわ、絶対防御も消し飛んだ」

「そ、そこまで?」

「あいつは根っこからの愛国者だからな。あいつにとってイギリスという国は自分やオルコット家と同等の物だ。それでどっちが勝ったのさ?」

「セシリア」

「頑張れよ男の子」

「しょうがないだろ、実質あれが初めての戦闘だったし、白式が送られてきたのも決闘の日だったんだぜ? 試合途中でファーストシフトしたぐらいだし」

 

 そういいながら織斑は右腕につけている白い腕輪をつつく。

 白式というのは専用機のことだろう、そしてその腕輪が待機形態ということか。

 いつ見てもあの身の丈よりでかいアーマーがこんなちっこいアクセサリーに早変わりとは、量子変換様々と言ったところか。

 

 しかし、目の前の男。まったく俺を警戒してないな。いや結構心配になるレベルだ、今すぐ白式を奪い取って対象を無力化しろってミッションがあったら実行できるぜ。

 いや、仮にもあのブリュンヒルデの弟だ。能ある鷹は爪を隠す、こっちから仕掛けたら逆に無力化されましたってのもあるかも知れない。

 

「っと、もうこんな時間だ。飯食いに行こうぜ」

 

 織斑につられて時計を見るともうすぐ食堂が開く時間になっていた。

 

「結構評判良いみたいだから、楽しみにしてたんだよね、実は」

「ああ、此処の学食は一味違うぜ?」

「お前が作った訳じゃないだろうに」

 

 笑いながら部屋を出ていくとばったりと篠ノ之さんに出くわした。

 

「うおっ! 一夏!? と、レーデルハイトか」

「よう箒、お前も学食か?」

「ま、まあな」

「良かったら一緒に行こうぜ、疾風も良いだろ?」

「俺は構わないけど」

「そうか、そこまで言うなら一緒に行ってやろうじゃないか」

 

 一夏の顔をチラチラと見る篠ノ之さんの頬が赤くなった。そんなに嬉しいのだろうか? 

 

「じゃあ行こう、おっ?」

 

 ポケットに入れていたスマホが揺れだした。相手はグレイ兄だった。

 

「悪い先行ってて、電話だ」

「おう、じゃあ後で」

「んーー」

 

 

 

「はい、もしもし」

「よう疾風、登校初日はどうだった?」

「モテ期が来ました」

「良かったじゃないか」

「なお直ぐに波は引くと予想」

 

 織斑と俺では顔の偏差値が違う。

 

「ところでどうした? グレイ兄がかけてくるなんて珍しいじゃん」

「あー、まあそうか。えっとだな……専用機のことなんだけど」

 

 ヒュッと背中に冷たいものを放り込まれた感覚が。心なしか指先が冷えてきた。

 

「な、なんかあったの?」

「そのだな、予定では四日後にそっちに送れるはずだったんだがな」

「………はい」

「遅れそうなんだ」

「ヴェ?」

 

 イマナント? 

 

「早く出来て10日後になるかもしれない」

「ほ?」

 

 10日後、一週間は七日なので、実に三日遅れでございます、お疲れ様でした。

 

「へえそう。遅れそうなのねフーン………………………はぁぁああ!?」

 

 




特にトラブルもなしと思ったらそんなことはなかったぜ。



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第5話【VSファーストマン】

 IS学園の食堂のメニューは豊富の一言である。定番メニューは鉄板どころを抑えられ、女子高故にヘルシーメニュー等も充実。そして、この世界に一つしかないという特殊柄、世界各国から多彩な女子が集まるここの週代わりのワールドメニューの気合いの入れっぷりはもはや異常。

 今週の週代わりワールドワイドメニューはオーストリアのシュニッツェル。韓国のプルコギ。エジプトのシャクシューカ。アルゼンチンのチョリパン等、まるでフードフェスタである。後半の二つに至ってはもはや初耳。

 そしてなにより学食そのものの値段が安いのである。下手に外に繰り出すより安価で済み、なおかつ出るまでが早い。

 このとおり旨い・安い・早いに+αで物珍しいが付与されたこの食堂は生徒に大変好評で、自炊派の方が少ないのでは? という噂。そしてこの人数を捌き、なおかつ、多彩なメニューを作り出す食堂のおばちゃんに乾杯。

 

 これは余談なのだが。たまにスキンヘッドで凄みのあるおっちゃんが時々紛れてることがあるらしい。

 たまにメニュー表にない料理を言った女子生徒に『あるよ』の一言で出し、ある日その料理がメニューに加えられてることがあるとか、ないとか。真相は定かではないため、都市伝説、IS学園七不思議と化している。

 

 そんなこんなで、今日も食堂は大盛況。しかし今日に至ってはそれだけが理由ではない。

 いつも一緒にいる織斑、そして篠ノ之と専用機持ち代表候補生グループに新たなプラスワン、世界で二番目にISを動かした正真正銘の男が居るからだ。

 一夏には負けるものの、ヴァルキリーかつ一流企業のCEOの息子という結構なネームバリューの元に生まれた持ち主。それを一目見ようと食堂は何時もより人でごった返している。

 

 が、彼を一目見ようとした野次馬達は揃いも揃って首を傾げる。

 対象の彼は他の面々と同じくご飯を口に運んでいる、そこは別に間違ってはないし、食堂はご飯を食べるとこなのだからむしろ正解なのだ。

 食べている彼の表情が虚ろな事を除けばだが。

 

 

 

 

「ねえちょっと、こいつ大丈夫なの? 今こいつ何を見ているの? 目に虚無を宿しててヤバイんだけど」

「誰かと電話した後にこうなっていたが。そうだな一夏?」

「ああ。さっきまで普通に話してたぜ」

「私の軍で尋問を受けた後の捕虜に似ているな。情報を吐いてしまい、組織に戻っても処刑されると絶望していた奴にこんなのが居たぞ」

「ラウラのそれは置いておくとして、大丈夫、レーデルハイト君?」

「……………ゴハンウマイ」

 

 虚ろな目、機械的な腕の動き、そしてそれを咀嚼。その繰り返しでカレーライスをパクつく俺はさぞ異常と見えただろう。正直味が分からない、味覚が麻痺しているのか、脳がそれを認識出来ていない。唯一分かるのはこのカレーは辛口ではないということ。だって辛いの苦手だもん。

 

「疾風、一体何がありましたの? 良かったら話して下さらない?」

 

 ピタっと、セシリアの声に反応した俺を一同は共に安心する。

 そのまま静かにスプーンを置き、俺はポツリポツリと話した。

 

「実はな」

 

 

 ーーーーー

 

 

「疾風、大丈夫か?」

「大丈夫じゃないよ、どういうことよ?」

 

 昨日の夕飯前にグレイ兄からの電話。内容は俺の専用機に不具合、厳密に言うと俺の専用機になるはずの機体に組み込む第三世代技術とISコアがマッチングエラーを起こしてしまい、コアの適正率が上がらないらしい。

 

 そのコアはと言うと、俺が二ヶ月間共にあった打鉄のコアである。これは俺と父さんの要望であり、政府を納得させるためにかなりの時間を要した。そしてやっとこさ認可が降りてさあ組み込むぞとなったらエラーである。

 

「試しに工業で預かっている他のコアで代替しようと考えているんだがな」

「父さんが譲らなかったのね」

 

 どんなコアにせよ初期化処理をしてしまえば全部同じ、なら他のコアを使えば良いのではないかと普通はそういう答えに行き着く。

 しかしそれを俺の父親、剣司・レーデルハイトが反対した。ISのコアには限りがあるという理由もあるが父さんの考えは別にあった。

 

 ISのコアというのはただのシステムではない、操縦者にとっては友人でありかけがえのないパートナー。それは初期化しようが関係ない、記憶を失ってもそれまでの時間がなかったことにはならない。技術者にしてはとんだロマンチストだが、それが父さんの持論だった。そこに息子の要望というのが絡めば尚更だ。

 

 そしてコアを取り替えないで作業をやり直して完成するには10日はかかるという話になった。

 

「俺は反対だ。ハッキリ言ってこれは父さんの我が儘、受領主のお前には関係はない。他のコアを組み込んで作業をやり直して、予定通りお前に届けさせる事が可能かもしれない。俺はそうした方が良いと思うから反対した」

「母さんは?」

「現場に任せるだと、こういうときに権限使ってほしいものだよまったく。だがお前の意見なら通るだろう、だから連絡した」

「そっか」

 

 グレイ兄は良くも悪くもリアリストだ、それ故に父さんとは仕事で度々口論になることはある、だがそれは何時でも工業のため、そして今回は俺の為に言ってくれている。

 だけど、

 

「俺は、そのコアでやって欲しい」

「良いのか? 10日後と言ったが、それは飽くまで予定という曖昧な物、もしかしたらもっと遅くなるかもしれないんだぞ? それでも良いのか?」

「うん」

 

 返事はしたものの、勿論良くはない。一週間後に設定したセシリアとのバトル、彼女との初陣は是非とも代わりのない自分自身のオンリーワンで勝負をしたい。

 

 母さんが説得して政府を納得させ、何時までも動かない打鉄に焦燥を感じさえもした。焦って、嘆いて、変えられない現実に絶望し、それを思い知らせれた奴。

 

 だけどあのコアがなければ俺はセシリアに再会出来なかったし、新しく踏ん切りをつけることも出来なかった。あの無駄と思えた二ヶ月感も、もしかしたらあの時に動かす為の切っ掛けだったかもしれないのだ。

 そして、そのコアのお陰で、俺は今此処に居る。

 

「もう一度言う、疾風はそれで良いんだな?」

「ああ、俺はそいつと空を飛びたい」

「………わかった、社長と技術主任にはそう言っておく」

「悪いね」

「良いさ、たった一人の弟が言うなら、俺は何も言えないよ」

 

 自嘲ぎみに呟くグレイ兄だが、賢い彼のことだ、内心はこうなることを予測していたのだろう。

 

「あー、だけど一つ我が儘言うわ」

「何?」

「出来たら一週間後に宜しくって伝えといて」

「ハッ。なんとも、鬼畜なオーダーだな。了解した、確かに伝えておく」

 

 電話を切り、俺は壁に背を向けて脱力した。

 

 

 ーーーーー

 

「とまあ、思わぬ落とし穴でごぜえました。いや無理だよ、誰がこんな展開予測できるよ? IS動かせたんだから少しぐらい待っとけという神様のご意志かこのやろう」

「コア云々は自業自得じゃないそれ?」

「うごぉ」

 

 チャイナ娘の言葉が体に突き刺さった、深々と。

 

「でもどうするんだ? セシリアと戦うのは一週間後なんだろう?」

「え、セシリア。レーデルハイト君とバトルするの?」

「ええ、今日取り付けましたわ。ですが疾風、専用機が届かないなら日を改めても」

「それは駄目」

「どうして?」

「男が一度言ったことをそう簡単に覆してたまるか。それに、俺も早くお前と戦いたいんだよ」

 

 一週間後のバトルは俺にとって始めの一歩。あのモンドグロッソからの叶わぬはずだった約束の果て、そしてその約束を律儀に守り通してくれたセシリアの為、改めてこの学園からスタートし、何れ世界一へ至る為の第一歩。専用機の納品が間に合わなかったとのは言い訳にならない。

 

「別にわたくしは気にしませんのに」

「嘘、お前約束破るの人一倍嫌うじゃん」

「それとこれとは」

「いいのいいの。第二世代でも第三世代に勝てるってことを見せつけてやるぜー! って勢いで行くから、大丈夫大丈夫」

 

 実際ISにおける世代というのは装備体制を差すのであって字面上の性能差という訳ではない。事実大部分の第三世代技術は第一、第二世代ISのワンオフ・アビリティーを技術化することを目標にしている。それを無しにしても、戦い方次第では世代差等は大抵意味をなさないのだ。

 

「むぅ。疾風がそう言うなら良いですけど、精々後悔しないように立ち回りなさいな」

「うん、今日一日の自分の言動行動を思い返して既に後悔してるような気もするが頑張らせて頂きます」

「軟弱だなお前」

 

 言うな、ISを動かして晴れて専用機デビュー! と思ったらこれだよ、ナーバスにもなるさ。

 

「あー、なんか良い知らせないかなー良いこと起きないかなぁ」

 

 今現在女の子に囲まれてるこの現状で何を言ってるんだと世界中な男子諸君から突っ込まれそうだが、俺の場合ISを動かせるなら此処が共学だろうが構わないのである。むしろ周りの視線が痛いので余韻に浸れる余裕がない

 俺の第一はISを動かすこと、それ以外は二の次なのだ。

 

「そんな疾風に朗報があります」

「……なんだよお嬢様」

「明日ISの実技授業がありますわよ」

「いやいやセシリア、そんなんで元気になるわけ」

「ほんとかっ!?」

 

 なるのかよ! 、セシリア以外(野次馬含む)が心中でツッコミを入れるなか、当の本人は俗にいうコロンビアなポーズで悦に浸っていた。

 

「ええ、明日の一時限と二時限がISの実技授業です。後、アリーナと訓練機の申請は門限までとなっています、していないのなら急いだ方が宜しいですわよ?」

「ヤバいやってない、何処でやるんだ?」

「此処からだと寮のロビーが近いぞ」

「ありがとう篠ノ之さん! 織斑、悪いが俺は先に帰る、ごちそうさん!」

 

 並み居る野次馬をモーセの如く退け、ロビーまでダダダダーッシュ! しようと思ったが織斑先生の姿がチラッと見えたので早歩きで食堂を後にした。

 疾風目当てに群がっていた野次馬は一部は離れ、残りは一夏を見ようと更に野次馬が補充された。

 

「あいつ、一夏とは違う人種よね」

「まあ、そうだね。自己紹介でもISに対する熱意が凄かったよ」

「一夏の短絡的なやつとは大違いだったな」

「箒、あの時針のむしろに立たされてた俺になんてこと言うんだ。てかお前も大した変わらなかったろうに」

「まあ何にせよ。奴の戦意は本物だ。仮に訓練機であったにせよ、油断すれば食われるぞ、セシリア」

「勿論。油断する気はありませんわ」

 

 皆が皆世界で二人目の男のギャップに困惑するなか、セシリアだけは満足したように笑みを浮かべていた。

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 ロビー前のコンソールにジャンピングタッチで申請を出した、門限終了まで一時間だったからか、空いている訓練機の枠が一番遠いアリーナになってしまうも、なんとか申し込むことが出来た。

 

 安堵のうちに慣れない超高級ベッドに体を沈めてなんとか就寝からの起床。今日は待ちに待ったISの実技授業がある。入学して二日目で待ちに待ったという表現は可笑しいかもしれないが、こちとら年単位でこの瞬間を待っていたのだからご容赦頂きたい。

 

 朝のホームルームも簡潔に終わり、織斑に引っ張られて教室を後にし、男子更衣室に向かった。

 当然と言えば当然なのだが、此処は女性にしか動かせないISを学ぶための要請学校。教員も女性が占めるこの施設に男性用の施設など常設される訳もなく、織斑が来てから要所々々に立てられた専用の部屋が設置されたという。しかしその場所というのが少ないというか遠い。

 なので俺達は授業に間に合わせる為に更衣室に向かって走っていた。

 

「急げレーデルハイト! 遅刻したら出席簿だ!」

「は、はい? なにそれ?」

 

 廊下は走っては行けませんという常識はあるが、生徒手帳には明記されてないので校則違反にはならない。見つかったら注意されるが、あの織斑先生ですら「バレない程度に走れ」というのだから、それだけ施設が少ない証拠である。

 だから事情があれば全力疾走でも見逃してくれるはずだ。きっとそうだとも、許してくれる筈だ。

 

「「追ってこないで下さい!」」

「「「お断りだぁぁぁぁ!!」」」

 

 許してくれる筈だ。

 ええ全力で、これ以上ないくらい走っています。大勢の女子に追われながら。

 校則に明記してほしい『数少ない男子を大勢で追いかけては行けませんと』

 

 いやー、不思議なこともあるもんですね。俺達が教室を出てから数分も立っていないのに何処から湧いたのか大量の女子生徒が来た。目をギンギラギンにして。

 

「さあ大人しく捕まりなさい!!」

「お姉さんが着替えさしてあげるから!!」

「願わくば触らして!!」

「夏コミの材料にさせて!!」

「私にときめきを!!」

「はぁはぁ、うら若きティーンの肉体」

「はぁはぁ」

「はぁはぁ」

 

 ギンギラギンになるのは良いが然り気無くやってほしい。

 もうワケわからん、ただひとつ分かっていることは捕まる=遅刻確定ということ。否、遅刻ならまだいい方だ、あの波に呑まれれば身ぐるみを剥がされて確実にお婿に行けなくなる。

 IS学園に転校して二日目、出てくるのは女子校ってスゲーというユニークさの無い感想。ほんと何処のラノベだ此処は? 

 因みに、我が妹はそれはまあ由緒正しきお嬢様学校なのだが。そこに男を放り込んだらこんな感じになるのかな? 怖いね女の子。

 

「というか、もう授業時間になっちゃいますよ!?」

「そうです、なので速やかに撤退することを進言します!」

「「「知ったことか!!!」」」

 

 更にギアを上げる女子の波、学生としてそこはどうなのか? 。いったい何が彼女達を駆り立てているのか、そのリビドーは何処から涌き出てくるのか。

 しかし不味い、此のままではたとえ男子更衣室にたどりついてもドアを理性蒸発EXの彼女達に破られそうだ。

 待ちに待った初の実技授業を遅刻スタートにしたくない。なんとかならないものかと、俺は居るかどうかも分からない神様に祈りを捧げる。

 

「お前達、何をしている」

 

 静かにそして身体の中心に深く浸透する声に、俺達のみならず後ろの女子軍団も急ブレーキ。それにともない後ろではドミノ倒しが発生した、前の人は無事だろうか。

 俺の祈りは北欧の方に届いたのだろう。北欧神話が誇る最強の戦乙女、ブリュンヒルデ降臨である。

 

「織斑先生!」

「千冬姉! ごっ!」

 

 スパァンと一夏の頭に出席簿が爽やかかつ爽快にヒットする。

 遅刻したら出席簿なんて当たり前だろうと聞いていたが、思っていたのとは違っていたようだ。叩かれた頭から煙が出ており、凄く痛そうです。

 

「二度あることは三度あると思って来てみたら案の定だったな。さっさと行け、時間は限られている」

「や、ヤバッ! 行くぞレーデルハイト!」

「お、おう! 先生ありがとうございました」

 

 

 

 

 

「お前らも早く戻れ!」

「「「は、はい!!」」」

「顔は覚えたからな」

「「「ひぃぃぃ!!」」」

 

 放課後、俺達を追い回していたIS学園生徒十数名が次の朝かなり疲弊した状態でいたことが、あったりなかったり。

 

 ーーーーー

 

 だだっ広いロッカールームで着替えを済ませた俺達はアリーナで女子生徒と合流し、俺は初めてのIS実践練習に心踊らせていた。

 

「では今日はISでの実践演習を行う」

「はい!」

「まず初めに近接戦闘の打ち合いをしてもらう」

「はいっ!」

「全員出席番号順に持ちのグループについて始めろ」

「はぁいっ!」

「……少しは落ち着いたらどうだ、レーデルハイト」

「あっ。す、すいません」

 

 ピッカピカの一年生並のエネルギー溢れた挨拶にジャージ姿の織斑先生は呆れ、ISスーツ姿の山田先生は「元気ですねぇ」と微笑んでいた。

 

 余談だが、ISスーツはボディにフィットする、ダイバースーツを薄くしたような、分かりやすく言えば、スクール水着とかウェットスーツに近い。

 そのことから女子は大なり小なり体型が浮き出てしまい、目のやり場に困るという状態。

 

「………」

「大丈夫かレーデルハイト?」

「だ、大丈夫だ」

 

 織斑も、目の前にいる山田先生が少しでも動く度にその低身長に似合わない抜群かつ暴力的なボディをこれでもかとアピールされ? 何処か気まずそうに、必死に目線と首が向かないよう抑制していた。

 入学して二ヶ月余りの織斑は未だに慣れていない。プルプル震えている俺を見て、入学当初の自分を思いだし、そういう心境なんだな、と内心同情していた。

 俺は周りの女子の際どい格好にドギマギーーー

 

「織斑、凄いな」

「そうだな」

「コアが搭載されている打鉄が6機も並んでいるぞ」

「おう………はい?」

 

 ーーーなんてことは全然なかったのである。

 俺の目線は周りの女子など目もくれず、先生方の後ろに鎮座している鈍色のIS達だ。

 知っての通り、ISはコアの絶対数が世界問題を考えてみると圧倒的に足りない。

 一般的な駐屯地でも、3、4機配備が一般的である。レーデルハイト工業にもISコアが配布されているし、IS学園からメンテが来ることはあっても此処まで揃うことなんてなかった。

 IS学園は世界でただひとつのIS専用教育機関。短期間の実技授業の円滑化を図るためにも世界でトップクラスのコアの保有数を誇る、目の前の光景がそれを嫌でも実感させてくれた。

 

「ああ、俺は今………感動している! あぁっ! 生きてて良かったっ!」

「お、おう、そうか。良かったな」

 

 目を輝かせる俺を前に織斑は少し引き気味だ。おかしいな、男ならこのシチュエーションに誰しも心が踊るはずなのだがな。慣れというものだろうか、うーむ。

 

 授業の監督は織斑、フランスのデュノアさん、そしてドイツのボーデヴィッヒさんが担当、残りは別枠で対戦相手をすることになった。専用機持ちは訓練機に乗らない分授業の補助、又は別枠のメニューを当てられるらしい。

 因みに俺は織斑の班、周囲から浮かないよう走り出さないよう気を付けながら早歩きで織斑の元に向かった。

 

「じゃあ誰からやる? ってレーデルハイト、ヤル気満々だな」

「ああ、今の俺はISに飢えている、乗せなかったら自分でも何をするか分からない」

「わかったわかった。じゃあ箒、頼めるか?」

「な、なんで私が!?」

「このグループの中で一番実践経験あるじゃないか。学年別トーナメントの時も良い動きしてたし」

「よ、よく見てるじゃないか」

「当たり前だろ?」

 

 箒さんの頬が蒸気し、なにやらモジモジしだした。

 

「そうか、当たり前か……よし良いだろう。レーデルハイト、私が相手になってやる! 覚悟しろ!」

「お、おう。お願いします」

 

 な、なんだ。この迫り来るような燃える覇気は? これは、負けられん。

 異様に闘志を燃やす篠ノ之さんからの視線を受けながら、打鉄に乗り込んだ。流石に触り続けた機種なだけあって、スムーズに装着することが出来た。

 うん、この乗った時にISと一体になるような感覚は癖になるな。さて武装は。

 バススロットのウィンドウには日本製IS用近接ブレード【葵】、同じく日本製IS用十文字槍【(にしき)】。剣よりも槍派なので迷わず錦を選択、右手に展開光が集まり、身の丈程の十文字槍が顕現した。

 

「おっ、武器出すの早いじゃないか」

「いやまだまだだ。せめて0,5秒で出せるようにしないと」

「織斑先生みたいなこと言うのな」

 

 ISでの戦闘はとにかく早い、ハイパーセンサーによる感覚超過やその機動性もあってとにかく早いのだ。即時展開やその場の状況は目まぐるしく変わる、武器展開を如何に早くするかで勝敗が別れるのは珍しいことではない。中にはラピッドスイッチという特異技能まであるのだから。

 

「箒、大丈夫か?」

「だ、大丈夫だっ! むぅぅぅぅぅ、ふん!!」

 

「来い! 葵!」と聞こえんばかりに唸る篠ノ之さん、の手に集まっていた光の粒子がようやく近接ブレードの形に固定された。

 

「じゃあ一度でもシールドが発動したら終了な。ではーーー始め!」

「おぉぉぉぉ!!」

 

 開幕と同時に力強い剣が雄叫び共に振られる、無理して防ごうとせずにISを小刻みに動かして回避する。それに追従するように大太刀をブンブン振るうその姿は正に力強いの一言。

 

「せぇいやっ!」

「あぶね!?」

 

 右、左、上と、空気を割く音が鳴る精錬された鉄の塊をハイパーセンサーを上手く使って避け続けていく。

 

「このっ! 逃げるな!!」

「逃げてない!」

 

 本当だ。何せIS同士での戦闘はこれが二回目、近接戦闘に関してはこれが初めてである。ISの防御機能が優秀なのは分かってはいても、こうも勢いよく刃物を振り回されたら迂闊に手を出しづらいというか多祥なりとも恐怖感はあるわけで。

 そしてさっきの織斑の口振りだと、篠ノ之さんは接近戦が得意だ、そういえばどっかで篠ノ之束の妹が剣道大会で優勝したという記事を、見たことがある気がする。

 そんな相手に真っ正面からぶつかりに行くほど度胸が有るわけではないで隙を見つけるまで避けに徹する。結局逃げてると言ってはいけない。

 

 一度距離をあけた俺に対して篠ノ之さんはブースト、上段の構えで斬りかかるのを既のところバックステップで躱す。

 だが今回はそこで終わらなかった、篠ノ之さんは降り下ろした葵を失速、返す刀で袈裟斬りを繰りだし、槍の柄に当ててきた。

 槍から伝わる衝撃と思わぬ奇襲に俺の打鉄はバランスを崩した。

 

「貰ったぁっ!!」

 

 体制が逸れた相手に篠ノ之さんの突きが出される、強い踏みこみから放たれる一刀は真っ直ぐと無防備な胴体に進んでいった。

 

 やられる! と思う間もなしに俺は打鉄の操縦をセミオートからマニュアルに切り替えた。無我夢中でスラスターもPICを操作、自身の体を無理な体勢のまま右に吹き飛ばし篠ノ之さんの渾身の突きを避ける。

 急ブレーキ、休む間もなく自身の打鉄のシールドを前に出し、篠ノ之さんの打鉄にブースト全開で突っ込ませた。躱されたとみるや此方にブレードを構え直す篠ノ之さんをブレードごと肩のシールドで迫り上げて逆に体制を崩し、錦をその土手っ腹にぶちこんだ。

 

「そこまで! 勝者、レーデルハイト」

「よしっ! たぁっ!?」

「おい大丈夫か!?」

 

 勝利の喜びの余りガッツポーズをしようとしたところ操縦桿越しに持っていた錦の長さを忘れて柄が顔にぶつかってシールドが発生した。とても格好悪い。

 

「俺は大丈夫。あ、篠ノ之さん大丈夫か、ちょっと強くやり過ぎた?」

「いや、問題ない。一人で立てるから大丈夫だ」

 

 俺の一撃で尻餅を付いた篠ノ之さんに手を差しのべるも本人が制止、ISのPICを使って上体を起こした。

 

「ふー、私の敗けだな、私はまだまだ未熟だったということか。しかし良い動きだったな、本当に二週間前に動かしたのか?」

「そうだよ、基本動作を少し、あとイメトレだけは気が遠くなるほどやってた。後はそれを元に知識と体で動かしてみせたらなんとかなったって感じかな? ほら、ISってイメージ・インターフェースが優秀だし。今のだって思い付いた事を即実行って感じだから、もしフルでバトッたらどうなってたか」

 

 俺はそれでもいいし、むしろやりたい。

 

「レーデルハイト、次の人に変わってくれないか? 時間押しちゃうし」

「ヴェっ、もう終わり? 勝ち抜き戦的な感じで一つお願いできない? 駄目?」

「どんだけ乗りたいんだよ。俺はいいけど、先生が何て言うか分からんぞ」

「よし降りる、今すぐ降りるよ」

 

 先程見た出席簿チョップは見るからに痛そうだった、あれは受けたくはない。

 手順をしっかり守って、次の人が乗りやすいようにしゃがみ、名残惜しげに打鉄と自身の接続を解除した。

 

「あ、しゃがんじゃった」

「あーお姫様チャンスが」

「ぐぬぬぬぬ」

 

 何故か周りの女子から落胆の声が、何処か間違っては、いない。完璧な待機姿勢だ。それとも篠ノ之さんに勝てるとは思わなくて当てが外れたからだろうか。

 まだ二日目だ、最後は少し締まらなかったが、徐々にこの女子だらけのクラスに馴染んでいくとしよう。

 

 このあと。後の女子が何故か立て続けにしゃがまないでISを降りてしまい、織斑がお姫様抱っこで運ぶ、またしゃがまないで降りる、お姫様抱っこのループが続くという怪現象が発生した。皆より遅れた織斑班のリーダーは見事織斑先生のお叱りを受けたそうな。

 因みに俺は待っていられる訳もなく、他の班にお邪魔してISに乗せてもらって、一人美味しい思いをしていたのだった。

 

 ーーーーー

 

 

 

「レーちん、準備終わったよ~」

「ん。ありがとうのほほんさん、打鉄のパッケージ取り付けるの手伝ってくれて」

「いいよいいよ~、暇だったし」

 

 俺は今学園の第3アリーナの格納庫に来ている。クラスメイトであるのほほんさん。本名、布仏本音。

 何処から聞いたのか、俺が打鉄と共に打鉄専用高機動パッケージ【鉄風】を申請をしたのを耳にし、取り付け作業を手伝うと言ってくれたのだ。特に断る理由もなかったのでお言葉に甘えさせて貰ったところ……

 まあ手際は良いこと良いこと、俺も少しかじってはいるが、所詮はかじっただけだということを思い知らされた。

 因みにこの愛称だが、出会い頭に行きなりつけられた。本人も、のほほんさんと呼んでと言うのであやかっているのだが、ニックネームで呼ばれる事など今まで無かったから、なんとも。

 

「レーちんの専用機ってさ~高機動型なの~?」

「ノーコメントで」

「初日から高機動パッケージを使うなんて無茶してる時点でそれ言っちゃう~?」

「ブラフかもよ。それになんか怪しいし」

「あーヒドーイ。私の事スパイかなんかだと思ってる~?」

「美人局じゃないことは願っている」

「尚更ヒドイ~」

 

 パタパタと明らかに丈があっていない萌え袖をプラプラさせる彼女は言葉とは裏腹にニコニコしている。

 

「で。セッシーには勝てそう?」

「セッシーってセシリアのこと? そうだな………3割くらい?」

「あれ? 結構弱気?」

「言うなよ。相手は代表候補生だぞ? それに俺にとって初めての本格的なフルバトルだし稼動時間もあっちのほうが遥かに上だ」

「でもおりむーは勝ち一歩手前だったよ?」

「織斑はブリュンヒルデの弟補正とかなかった?」

「それは自分で確かめてみて~。というか、レーちんも人の事言えないんじゃないの~? お母さんは高機動部門のヴァルキリー、織斑先生と打ち合えた数少ない実力者でしょ~? れーちんも補正あるじゃ~ん」

「それを言われると耳が痛いんだが」

 

 母さんの異名である剣撃女帝。並みいる実力者を圧倒的手数で切り刻み地に落としたことからその名が付いた。が、最大の理由は第一回モンドグロッソの中でただ一人、織斑千冬と接近戦で切り結び続けた(他の代表は隙を突かれてからの一撃必殺で退場)からである。

 

「まあ稼働時間とかは飽くまで表面上の問題だ、気持ちで負けるつもりは無いし、当然勝ちに行かせて貰うさ」

「男の子だね~」

 

 男の子ですから。

 

「あ、電話だ~もしも~し………うんわかった~。ごめんね~生徒会から直ぐに来いって呼び出し貰っちゃった~」

「呼び出しって、何かやらかしたの?」

「しらなぁい。とりあえず行ってくるね、ばいば~い」

 

 長袖をブンブンぶん回しながらのほほんさんはゆ~っくりと去っていった。ほんとゆっくりだな、呼び出されてるにも関わらずあの姿勢、彼女はもしかしたら大物なのかもしれない

 

 しかし先程の確かめてとは何だったのか、疑問符を浮かべつつパッケージ付きの打鉄に乗り込み、カタパルトに乗り込む。

 

「疾風、行きまーす! ………なーんてうぉぉぉ!?」

 

 言ってて恥ずかしくなりながらもカタパルトを起動した時の加速に目を見張ってしまった。アリーナ内に放り出されながらもなんとか体勢を立て直し、浮遊姿勢を取った。人性初カタパルトがこれとは……なんでこうも締まらないの俺は。

 

「ださっ、何が行きまーすだ」

 

 首を降って眼下を見下ろすと、アリーナの全景が見てとれた。この第5アリーナは一番小さいアリーナ、それでもかなりの広さで、充分に飛び回れるスペースを持っている。

 

【IS反応検知、白式を確認】

 

「おおっ? もう居たのか、早いなレーデルハイト」

 

 出てきたのは織斑だった、その身を包むのは純白のIS、無駄のないスラッとしたアーマー、腰には獲物である近接ブレードがささり、大型の羽のようなウィングスラスターは高機動型であることを物語っていた。

 あれが篝火さんの言ってた白式、男性IS適合者が纏う専用機か。何処と無く正統派主人公機感がある。なかなかどうして格好いいではないか。

 

「織斑も練習か?」

「まあそれもあるけど、今日は別件なんだ。レーデルハイト、俺と勝負してくれないか?」

「いいよ」

「即答かよ!?」

「おう。俺もお前と戦ってみたかったんだ、学園での初陣がブリュンヒルデの弟のファーストマンだというのは面白いしな」

 

 手を伸ばして錦を出現させ、構える。織斑も腰にさしていたブレード、雪片弐型を抜いた。

 

「行くぞ」

「いつでも」

 

 合図もなく、両者共にスラスターを最大にして突進し、刀と槍がぶつかって火花が舞った。合わさった刃が擦れあい赤熱しながら、鍔迫り合いが起こった。

 

「ぐぅっ、らぁ!」

「おぉっ!」

 

 鍔迫り合いを制したのは白式だった、仰け反ったその身に二撃目を当てんとする所を肩部シールドで防御、ノックバックを利用して白式から離れた。

 と思うのも束の間、織斑は直ぐに距離を積めてきた。何度も打ち付けられる刀を槍とシールドでいなし続けるも、織斑は喰らいついてきて離れない。

 

 何度も離れようもしても静電気で引っ付いたビニール袋の如く纏わりついてくる。

 

 このIS、パワーだけじゃなくスピードも高い。此方も高機動装備だが、調整はマイルドなので超高速機動ではない。マシンポテンシャルはあっちの方が上、こっちは仮フィッティングなのに対し、あちらはフィッティングを十全に済ませている分反応速度は僅かながらも差が出ている。

 ISの稼働時間もあちらの方が断然上、突然の勝負なので充分な種類の装備は入っていない。勝率は彼方に傾いている、だが。

 

 雪片弐型がシールドに当たり、再びノックバックを利用して離れる、と見せかけて俺は白式に突進、シールドチャージを噛ます、ように見せた。

 織斑が受け止める構えを見た瞬間に、PICをカット、白式の下に落ちるように潜り、再起動。織斑の足に狙いを定め、槍を当てにいった。

 体勢が崩れた隙を逃さず、バススロットに常設されていたアサルトライフル【焔備】を呼び出してぶっぱなす。

 

 ISの反動制御とハイパーセンサーによる正確な弾道は白式の白いアーマーに面白いように命中する。

 そのまま距離を保ち、白式の進路を妨害するように連射、止まることなく弾丸が白式のSEを叩いた。

 

 そのまま距離を起きつつ焔備で射撃、近づいてきた所を雪片弐型より射程の長い錦で捌いていく。

 

 噂通り、織斑の専用機白式の武装は近接ブレードのみか。噂によれば、後付けのイコライザを入れるための容量がないらしい。

 だが油断は出来ない、彼は自身の姉と同じ相手のエネルギーを無視して絶対防御を切り裂くワンオフ・アビリティー【零落白夜】を持っている。

 白式の原型が暮桜の再現だとすれば、機体コンセプトにも納得が行く。

 

 思案にくれながら撃ちまくる、が途中で弾が出なくなった。好機と見るや織斑は雪片弐型を横に突進、持ち前の機動力を唸らせ、結構な距離を一気に縮めてきた。

 

 手動でのリロードが間に合わないと判断し、咄嗟にイチバチで行動した。空のマガジンを排出、排出された瞬間にバススロットから直接マガジンをイメージし、そのまま装填状態まで移行ーーー成功。トリガーを引き、正面の織斑の顔面に撃ち込んだ。

 

 怯んだ織斑の横っぱらに蹴りを入れ白式を吹っ飛ばした。

 空になった筈のライフルからの射撃に驚き、錐揉みで落ちた織斑はなんとか体勢を保ちながらも、次段で撃たれる射撃から逃げる。

 

「うおおっ!? な、なんだ今の、弾切れじゃなかったのかよ!?」

「弾切れではあったよ」

 

 バススロットリロード。手動でのマガジン交換ではなく、操縦者からISへのイメージインターフェイスのコールのみでリロードを行う。

 基本は大型砲塔やミサイルランチャー等の固定兵装、手の届かない場所へのリロードに使われ、この場合はISから専用の高速展開処理調整が行われる。

 だが高速処理されていない手持ちのライフルとなると、マガジンと差し込み口にズレが生じるとコールが失敗して再量子化してしまう。ISがある程度補正するにしても成功率は低い、技術よりもイメージ力を求める高度技術の一つである。

 ぶっつけ本番で試した俺も「よっしゃ出来た!」の始末である。

 

「うおっ!? 今朝の実技授業もそうだったけど、お前本当に初心者か!?」

「二週間のペーです。宜しく!」

「ちょちょちょ!!」

 

 加減をしているのか、思っていたよりは弾が当たっている。しかし伊達に刀1本でこの学園を生き延びただけはあるのか、決定打となれる一撃、近接戦では競り負けている。

 

 このまま、遠距離で削っていきたいが、焔備は今撃ち尽くした、予備マガジンも零。調子こいてばらまきすぎたか。

 ここまで来たのだから、なんとか白星に持ち込みたい。武器ウィンドウを確認し、織斑を睨み付けた。

 

「そろそろ終わらせる。行くぞ!」

「望むところだ!」

 

 銃口を織斑に向けたまま鉄風の増加スラスターを吹かす。撃つ、と見せかけて空の焔備を投げつけて視界を遮り、織斑は雪片弐型でそれを弾かせ、弾いた刀は体の外によけさせた。銅はガラ空き、右腕に持った錦を力の限り突きだす。だが織斑は読んでいたのか、両手に握られた雪片弐型でそれを受け止めた。

 

 読み通りだ! 

 空いていた左手に急激に収束される光の粒、焔備を投げた次にイメージを待機させていた光がほぼ一瞬で形をなし、近接ブレードの葵へと変貌する。

 

 焔備と錦の二段ブラフ、本命は今まで一度も使わなかった葵による奇襲攻撃。

 織斑の両の手は雪片弐型でふさがれ、葵を見る顔がひきつっていたのがわかる。

 相手の頭上に掲げる左手の一撃が正に、白式に喰らい付かんとしていた。

 だがそこで一夏は予測外の行動をとった。

 

「おおおっ!!」

「はっ!?」

 

 白式のウィングからスラスター光がバッと輝いた。なんと織斑は振り下ろした葵に自分からぶつかってきたのだ。

 だが白式のSEに当たったブレードは降り下ろしきる前に当たった為に勢いはなく威力がそこまで乗っていなかった。結果、白式のSEはそこまで減らなかった。

 

 

 俺から見たら織斑は自ら葵に当りにいったようにしか見えなかった。

 織斑の体当たりにより俺の手から葵が離れる。体勢が崩されたが、理解する前に最大出力でバックブーストをかけ白式と距離をとった。

 

 突如目の前の景色がスローになった気がした。

 コンマ数秒前、織斑は遥か向こうにいたはずだった。だが今はほぼ目の前にいる。

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 一度吐き出すはずだったスラスターエネルギーをもう一度取り込み、二回目のスラスターエネルギーに上乗せして加速する高等技術である。

 

 一夏の手にある雪片弐型の刀身が変形、白色のビームブレードが伸び、白式の体が金色に包まれた。

 それが何なのかは知っていた、理解していた。だが体はそれに追い付けなかった。

 一瞬とも言える加速、金色白色の剣が打鉄の胴に打ち放たれた。

 

『試合終了。勝者、織斑一夏』

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

「疾風、俺の敗けだ!」

「………は?」

 

 開口一番に疑問符を浮かべてしまった。

 試合を終え、俺達がISから降りると同時に謝ってきた。

 

 織斑が言うに、今日は俺にとって初めての摸擬戦、なれない戦闘だから一夏はワンオフ・アビリティーと瞬時加速を使うなと、凰代表候補生に言われたそうだ。まあ、分かりやすく言うとハンデをつけてくれたということらしい。

 が、結局土壇場で二つとも使って俺を一刀両断してしまってハンデ違反したから自分の敗け、というのが織斑の見解らしい

 

「本当にすまん、俺男として情けねえ!」

「そんな大袈裟な。言わなきゃ分からなかったのに態々言いにくるとは、律儀だねぇ」

「いや、こういうのを隠すのは男じゃない気がして」

「ハンデは許容範囲なんだ」

「うっ! それもそうだな。ごめん」

 

 ガックシと肩を落とす織斑。

 しかしハンデは本人の意思ではなく、凰代表候補生の強い希望があったのだろう。

 耳に届いた話では、彼女は織斑がIS学園に入ったと同時に中国IS機関に殴り込んで直談判した、という破天荒な噂がある。

 見るからに勝ち気な性格だ、織斑も彼女の気に当てられてしまったのだろう。

 

「大丈夫だ、俺は気にしてないし。そもそもワンオフあったの知ってたから」

「え、そうなのか?」

「うん。てか有名だぜ白式のワンオフ、まさか姉と同じワンオフを発現するとはってIS界隈じゃ話題の種なんだから」

「そ、そうだったのか。知らんかった」

「それに。最後の最後にワンオフを使ったってことは、本気だったってことだろ?」

「そうかもしれないけど。あれはとっさというか、やられるって防衛本能が働いたというか」

「じゃあ俺は初陣なのにそこまでやれたってことだよな。うん、そう考えると初陣にして大戦果じゃないか。だから気にすんな、俺は気にしないぞ織斑」

「そ、そうか。そう言って貰えると助かる」

 

 織斑はホッと胸を撫で下ろした。表情も昨日見たような朗らか人畜無害な明るい顔に戻っていた。くっそー、姉に似て顔良いなこいつ。

 

「なあ、レーデルハイト。俺のこと名字じゃなくて名前で読んでくれないか? ほら、名字だと千冬姉と被るし」

「別に良いけど、別に間違えたりなんかしないぜ?」

「名字で呼ばれるより名前で呼びあった方が友達感あるだろ? 俺も疾風って呼ぶからさ!」

「お、おう。お前が良いなら構わないよ」

「決まりだな! これからも宜しくな疾風!」

 

 ニカッと気持ちの良い笑顔と共に手を差し出してきた。

 ああ、成る程。こいつは良い奴だ。此処まで裏表のない奴は中々居ないだろう。

 転校初日に早速声を掛けてくれたのは同じ男が来てくれた喜びと、慣れない俺を気遣ってくれたからなのだろうな。

 

「ああ、宜しく一夏」

 

 差し出された腕を固く握り返した。なんか青春漫画みたいだな、となんか恥ずかしいような気分になった。

 

「一夏ぁ!! あんた零落白夜と瞬時加速使うなって言ったのに、なーにちゃっかり使って勝っちゃってるのよ!!」

「り、鈴!?」

 

 ドアを開けてズカズカとツインテール揺らしながら迫り来る凰さんが一夏に迫った。後ろからは篠ノ之さん、デュノアさん、ボーデヴィッヒさんが続く。

 

「あんたね! 負けそうになるからって使うとか情けないと思わないの!?」

「あの、凰さん。俺は別に」

「そうだぞ一夏! 男が一度契った約束を反故にするとは何事か!」

 

 おおう、なんということだ入る隙間がないぞ。

 

「まあまあ二人とも、一夏も悪気があったわけじゃないみたいだし」

「甘いぞシャルロット、規律を破ったものには相応な罰を与えねばならないのは世界の一般常識だ。ということで一夏、明日私の用事に付き合ってもらうぞ。二人きりでな」

「くぉうら! 何どさくさにデートの約束取り付けようとしてんのよアンタわぁ!!」

 

 うわー凄い。一瞬にして織斑………一夏が揉みくちゃになってしまった。………あ、補給終わった。 

 

「は、疾風助けてくれ!!」

「すまん一夏、打鉄のエネルギー溜まったから行くわ。さーて練習練習」

「薄情者ぉぉぉ!!」

 

 失礼な、俺達は友達だろ? 無粋な真似はせずにクールに去るぜ。

 この学園で唯一の男友達に別れを告げ、俺は再びアリーナに舞い戻った。

 

 

 

「と、ところで! セシリアが居ないけどどうしたんだ?」

「セシリア? 試合終わった後別のアリーナに行くって言ってたぞ」

「いつも以上にやる気充分って感じだったよね」

「一夏の初陣の時と比べるとまるで別人だな。一夏の時のようには行かないかもしれんな」

「そうか………じゃあ俺も疾風の助けになるように練習を」

「おっとまだ話終わってないわよ」

「うおおお!?」

 

 

 ーーーーー

 

 一夏に一刀両断された日の翌日

 セシリアとの決闘の日まで後5日。

 

 

 今日も俺はアリーナに来ていた。

 周辺には工業がプログラムした対オールレンジ用のホログラムビットが複数展開されていた。

 

 セシリアの機体、ブルー・ティアーズの特徴はビット兵器。あれを初見で躱すのは困難だと判断した俺は通常の特訓に加えこのプログラムを取り入れていた。

 

「ホログラムアタックの被弾率は34%。あれのハイパーセンサーならもう少し……出来るか?」

 

 問題はあいつのBT適正がどれくらいかによるな、ログとか情報を見るに、まだ最高稼働状態の技術を使った形跡はないが、使えるとしたら正直ヤバイし、勝率は雲泥の差になるだろう。

 

【アリーナ内にIS一機が侵入】

 

 思案にくれているとアリーナのカタパルトから打鉄が一機飛び出してきた。

 その打鉄の乗り手が拍手をしながら俺の側にひらりと舞い降りた。

 

「さっきの練習プログラム、中々の出来ね。貴方が作ったの?」

「いえ、うちの会社が作ったものに少しばかり手を加えただけです」

「ふーん、じゃあ私もやってみて良い?」

「良いですけど」

 

 ふわっとPICを操作して浮かび上がる、ホロコンソールを操作して対オールレンジ攻撃教習プログラムを起動した

 

 

 

「いやー、危なかったわ。この攻撃アルゴリズム結構やるわね。良く言えば作り込まれてる、悪く言えば意地悪いって感じね」

 

 な、なんだこの人は。

 モーショントレーニングを終えて女子はすたっと降り立った。結果を言うとパーフェクト、被弾率0だった。

 この人がこのプログラムを受けたのは初めての筈だし、プログラムを学園で起動したのは今日が初めて。なのにこの人は被弾率0で終えたのだ。しかも余裕をまだ残してるかのような佇まい、何者だこの人は。

 

「ていうか、途中からモーション変わってたわね。貴方プログラム組み直したでしょ」

「うっ」

 

 そうなのだ、あまりにも当たらなくて本の少し意地悪な心が働き、途中からパターンを変更したのだ。が、結果は見てのとおりである。

 

「それじゃ今度は対射撃の相手をしてあげる。セシリアちゃんのISは射撃メインだからね、やっておいて損はないでしょ?」

「ちょ、ちょっと待ってください。行きなり何を」

「あら、お姉さんと練習するのお嫌かしら?」

「いや、そういう訳では」

「じゃあこうしましょ。私にどんな手段でも一撃を当てたら貴方の勝ち、私が貴方のシールドエネルギーを0にしたら私の勝ちということで」

 

 なんか着々と摸擬戦を申し込まれ、あまつさえ圧倒的こちらに有利なハンデを与えてきた。こっちがIS初心者だから嘗めているのだろうか。

 いや、この人はそんな気がしない。それを思わせる風格がこの人には確かにあったように見えたのだ。というか、どっかで見覚えがあるんだよな、誰だっけ? 

 

「あの、すいません。貴方は一体?」

「ん、私? 貴方に興味を持った、通りすがりのお姉さんよ♪」

 

 そう言って水色の髪をした女性は林檎のような赤い目を細めた。

 その目の奥に、確かな好奇心を宿して。




 初の本格戦闘回、いやリメイクだから初ではないか。でもハーメルン初戦闘だしいいよね。

 此処からはリメイクだけに専念しようと思います。執筆速度は御達しですが、首を長くしてお待ちくださいませ。



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第6話【目覚める翼】

 突如現れた水色髪の生徒、何処か狐を連想するような彼女は勝負を吹っ掛けてきた。

 内容は彼女のSEを1でも減らしたら勝ちという超ハンディキャップ。

 此方が超のつく初心者だとしても、初対面の人間にこれ程のハンデを与えるなど並大抵のことではない。

 余程の自信家か、或いはそれを成せるだけの猛者か。

 それは直ぐに後者だと思い知らされた。

 

「脇と肩が甘いわよ!」

「痛っ!」

 

 顔面にライフルの玉が当たり仰け反った、シールドがなければ今ので俺の顔は潰れたトマトになっていた。

 試合を、初めて10分。俺は時に射撃、時に近接と手を変え品を変え、たった1のSEを削ろうと奮戦するも、全く当たりもしない。

 そしてこちらの隙を見ては的確にアサルトカノン【ガルム】の徹甲弾が打鉄の装甲を殴り付ける。

 強い、一昨日の一夏とは比べ物にならないくらい、いや比べるのすら失礼なぐらい。

 そうだ、比べるのすら失礼だ。思い出した、何故なら彼女は。

 

「動きが鈍ってるわよ、もしかして私に見惚れちゃった? ああ別にいいのよ? 幾らでも見惚れてくれて」

「っ!」

 

 腕を胸の下から上げる、形の良い胸部が僅かに形を変え、本人は妖艶に笑った。

 即座に錦を焔備に持ち変えてそのニヤけ面にぶっぱなす、避けられる。避けきった後に水髪の女子はクルっと回って見せた。完全に遊ばれている。

 

 このままではマズい、此方のSEはもう二割を切り、完全にワンサイドゲーム。

 

 いや、落ち着け、ようは一発、相手のシールドエネルギーを1でも削れば良い。

 彼女に勝とうとは思うな、勝負に勝てば、それでいい! 対射撃戦の指導? そんなの知るか! 

 

 錦をリコール、空いた右手に予備のマガジンを三つ現出させ、それを。

 

「うおぉらぁ!!」

 

 力の限り彼女に向かって投げつけた。

 ヤケでも起こしたのかと彼女は首をかしげる。

 すかさず三つのマガジンに向かって焔備を撃ちまくる。

 IS用に作られた大型弾頭がマガジンのケースをえぐり、中の弾丸にぶち当たる、すると。

 

 バラァァッ!! 

 

「えっ!?」

 

 マガジン三つ分に内蔵された大量の弾丸が暴発し、四方八方にばら蒔かれた。

 ばら蒔かれた弾丸は花火のように拡散され双方に降り注ぐ。

 なんとも贅沢かつ、捨て身の戦法だ。こればかりは損傷無しではいられまい。

 

 しかし彼女は冷静に対処した。打鉄の肩部シールドを花火の方角に向け下方からカーブするようにこっちに近づいてきた。

 弾丸の花火は彼女の肩部シールドで塞き止められ、その他を器用に身をよじりながら躱していく。

 

 あれを避けるとか化け物か、この人は!? 

 眼前に展開されたホロスクリーンには彼女が被弾したというアナウンスはない。本当にあの花火を凌いだというのか

 自身に降りかかる弾丸に目もくれず直ぐ様焔備を射つも彼女はまたそれをひらりとよける。

 

「面白い発想だったけど、まだまだね!」

「これ以上は!」

「あら、同じ手は駄目よぉ♪」

 

 最後のストックであるマガジンを手に取るやそれを投げようとした瞬間に左手を撃ち抜かれる。

 弾かれたマガジンがクルクルと回りアリーナのグラウンドに突き刺さった。

 

「ちっ!」

 

 残弾が少ない焔備をかなぐり捨て、錦をコール、鉄風の増設スラスターを力任せに稼働させ、彼女の打鉄に突っ込んだ。

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 勝負は、負け。ええ負けましたよ最後の最後まであしらわれてコールドエンド。

 なんという様だ。

 

「ふぅ……………っ!」

「わおっ、こっそり近づいて驚かそうと思ってたのに。人並みに気配読めるのね」

 

 ぐるんと振り向くと、そこには扇子を開いた彼女が。扇子には『残念』と書かれている。

 

「これでも大企業の息子なんで、色々なとこから狙われるうちに自然と身に付いちまったんです」

「良いお家柄って何処も綱渡りよねぇ。世知辛いわぁ」

「で? ロシアの国家代表様が態々こんな凡人に何のようでござんしょ」

「あら知ってたのね」

 

 日本人でありながらロシア国籍を持つ現在最年少のISロシア代表操縦者。

 代表候補生ではない、紛れもない国家代表。突如として現れた期待の新星として注目を浴びている。

 

「別に難しい話ではないわ、昨日の一夏君との戦いで貴方に興味が湧いただけ」

「本当ですか?」

「さあどうかしらね~」

 

 素直にそうだと言えば良いだろうにはぐらかす、なんとも底の見えない人だ。

 

「ところで、そんなミステリアスな美少女の気まぐれに付き合ってくれたご褒美に貴方の評価を教えてあげようと思います。どう、嬉しいでしょ?」

 

 嬉しいか嬉しくないかでいったら、嬉しい。

 国家代表に自分を評価してくれるなんて、願ってもいない事だ。客観的な意見はとても貴重だから。

 

「ええ、是非教えていただきたいです」

「あら素直、じゃ教えてあげる。見たところISを動かし始めたにしては上出来の部類ね。動かし方、戦術眼、戦闘のイメージ、どれも初心者にしては破格のスペックね、正直驚いたわ。でもちょっと奥手だったかな」

「奥手?」

「貴方の戦闘を見てるとどうも守りに入ってる感じ。自分の被害を最小限に止め勝利しようとする。戦い方としては良い部類だけど、勝ちに貪欲じゃないのよね」

「もっと積極的に行けってことですか?」

「そゆこと、後攻撃が正確過ぎるかな。一夏君みたいに対射撃機動を熟知してない相手ならなんとかなるけど手練れだとパターンが簡単に読まれてしまう。セシリアちゃんの射撃能力は高い、対射撃のいろはは心得てるはず。さっきの戦いも疾風君が積極的に接近して近接なり射撃なりをしていたらかすってはいたかもね」

「成る程」

「あ、でも最後のマガジン花火には驚かされちゃったわ。正に予想外の一言、私が過去に戦ったなかであんな攻撃をしてきた人は初めてだったわ」

 

 彼女はずいっと顔を近づけて額にトンと扇子を当ててきた。近い……

 

「貴方にはそんな予想外を引き起こせるほどの強い創造力がある。そこに馬力が加われば貴方は更に高みに行けるはずよ」

「うお」

 

 額に当てていた扇子をぐっと押し込まれてよろけた。

 

「はい、お姉さんの特別講習しゅーりょー。私これから学園を空けなきゃいけないから試合は見れないけど頑張ってね。応援してるわ」

「ありがとうございます」

「バイバーイ」

 

 いつの間に変えたのか、扇子をヒラヒラさせて更識楯無はアリーナを後にした。

 

 強かった、といっても彼女はこれっぽっちも本気は出してなかっただろう。装備はガルム固定、ISも専用機ではなく練習機の打鉄だったのだから。ーーーあっ。

 

「しまったぁー。グストーイ・トゥマン・モスクヴェを一目見せてくださいって言えば良かった。あぁ」

 

 彼女は学園を空けると言ったので会うことは先だろう。今から全力ダッシュして見せてくださいって言うのもなんか違うし………

 自分の専用機をそっちのけに落ち込んでしまう俺なのであった。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「よぉ、おかえり疾風」

「ここでただいまは可笑しいと思うけど、ただいま父さん」

「「「おかえりなさい疾風さん!!」」」

「はいはい、ただいまただいま」

 

 更識国家代表と対戦次の日、土曜の午前授業を終えたその足で、専用機の配備を早めるためにレーデルハイト工業に足を運んでいた。

 入るなり温かく迎えてくれたスタッフ、だがその顔は余り色味が良くない。

 

「なんか、皆心なしか窶れてない? 目の下のクマ凄いよ」

「出来るだけ納品に間に合わせる為に皆こぞって残業してるからな」

「それは、ありがとうございます。でも無理しないでくださいね」

「「「疾風さんの為なら問題ありません!!」」」

「は、はは」

 

 大丈夫だろうか、なんか洗脳されてないか皆。ぶっ倒れても責任とれないからな此方は。

 一周回ってハイになっている従業員に引きぎみになりながらも、父さんに奴のところまで案内される。

 

 

 中央に鎮座している、数多のケーブルに繋がれた、空を彷彿とさせる水色と白の装甲。背面には一夏の白式と同じ高機動翼タイプのウィングスラスターが。

 全体の9割は完成しているらしく、後は問題のコア適正率が上がればこいつは飛び上がることが出来る。

 

「こいつが」

「ああ、形式番号LL―01。レーデルハイト工業のイグニッション・プランへの先駆け、そして工業初の第三世代機にして、世界で一つだけのお前のISだ」

 

 世界に一つだけ。目の前のISに、俺は胸が高鳴り、締め付けられる感覚を覚えた。

 このISの中に俺が向き合い続け、IS学園に入学。そしてセシリアと再会を果たさせてくれた、あの打鉄のコアが入っている。

 

 乗りたい、IS学園に入って、打鉄やラファールを見てきたが。目の前にいるこいつ程搭乗したいと思うものはなかった。

 他に同じものはない、俺だけのオンリーワン、その事実が俺の心を刺激した。

 

「乗せてくれる?」

「そういうと思った、直ぐに始めよう」

 

 専用機に背中を預け、圧縮空気が抜ける音と一緒に装甲が装着される。ISと同調する際、訓練機に乗った時と若干違う感覚に顔をしかめた。訓練機は様々な人が乗るので簡易的なフィッティングが自動で行われる。だが今乗っているこいつは未完成品で誰も搭乗していない新品だ。

 例を上げるなら、車を新車に乗り換える際の新しい匂いに難色を示すあの感じだ。

 

 搭乗が完了し、目の前のホロスクリーンを確認する。ネーム欄には【NO NAME】の文字が。

 

「このIS、名前が無いのか?」

「ああ、お前が決めろ疾風」

「俺が?」

「お前だけの機体だ、自分で名付けた方が愛着も沸くだろう」

 

 確かにそうだろうが、社の命運を分ける最新鋭機の名前を俺が決めても良いのだろうか。

 とりあえず俺に出来る事は指示されるまでこいつに乗っていること。どうせ暇になるのだ、今のうちに考えておこう。

 

「ところで、今日終わったら家帰ってくるのか?」

「いや、学園に戻るよ」

「ヴゥェっ」

 

 父さんからなんとも形容しがたい声が出た、作業とは別の汗が流れていうあたり、良いことではなさそうだ。

 

「いやてっきり帰ってくるもんだと思ってな。楓も楽しみにしてたんだが」

「少しでも練習や情報を積んでセシリアに勝つ確率を上げてかねえと。悪いけど楓には伝えといてくれ」

「うわぁ」

 

 目元を抑える父さんに心のなかで合唱する。家にいるリトルモンスターを納めるために、三児の父親はケーキ片手になんとかしなきゃならないのだろう。

 楓にも悪いことをした。いやいや、自分のことを優先して何が悪いのか。今のホームはIS学園だ、未熟者の自分は兎に角時間が惜しいのだ。

 とはいえ、やはり楽しみにされてしまったのだ、後で電話の一本でも入れておくか。

 

「疾風さん、LL―01の詳細データを送っておきます。目を通して置いてください」

 

 ホロスクリーンにフォルダが追加される、アイタッチでフォルダを開き、詳細を確認する。

 驚いた、本当に俺が片手間で考えた設計図擬きの設定が使われていた。もしかしたら無理なのでは? と思われていた特殊武装まで製作完了の文字がついている。

 IS各部の駆動系統、コンセプトの殆どに俺の設計図擬きが活かされている。このISの設計は俺が担当した。といっても、もしかしたら過言ではないのかもしれない。

 機体は安定性を第一に、行きなりピーキーにしても扱うには難しいだろう。

 しかし、この設計をしてコアの適正値が上がっていないのであれば、所詮は素人の浅知恵になってしまうのだろう。

 勝手に上がって勝手に下げてしまう自分に呆れつつ、表示された内容を何度も読み返した。

 

 

 

 ………………………………………

 

 

 

「疾風、大丈夫か?」

「………………」

「疾風」

「ん、んあっ? あ、ごめんちょっと意識飛んでた」

「眠いのか?」

「うーん」

 

 マニュアルを読んでいるうちに寝かけたようだ。昨日は早めに切り上げて充分睡眠を取ったはずなのだが。

 

「慣れない場所で気疲れしたんだろう、ISにだって乗り回してたんだ。少し寝ておけ、どうせやることもないんだ、休める時に休んどけ。寝心地は良くないだろうがな」

 

 父さんの言葉に周りのスタッフも笑みがこぼれる。

 

「そういうことなら。落ちるわ」

「おう、終わったら起こしてやる」

 

 上からのし掛かる目蓋と怠惰感に抗うのをやめ、意識が徐々に沈み、心地よい安心感に身を任せた。

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

「………………………………………???」

 

 呆気、次にやって来たのは疑問だった。

 見渡す限りなにもない大地、干魃してるのかと思うような白色の地面、何処までも広がっている蒼穹の空と、所々に点々とある千切れ雲。

 そして。

 

「ん? うおぉぉおっ!?」

 

 ヒュルンという音が鳴ると同時に猛烈に強い突風が体にぶつかってきた。

 吹き飛ばされる程なかったが、しばらく踏みとどまって耐えた。

 

「弱い風だ」

「は、はいっ?」

 

 風が止むと近くから声が聞こえた、だが遮蔽物のない周りを見ても声の主は何処にも。

 

「下だ下」

「はっ? うわっ」

 

 何時から居たのか、俺の目線の直ぐ下に小さな子供が見上げていた。

 身長は俺の胸元まで、髪は空の色をそのまま下ろして来たかのような空色。目元は前髪に隠れ、所謂メカクレボーイ。

 

「………えっと。君、どうしてこんなとこに? お父さんとお母さんは?」

「親? 親か。そうだな………父は分からぬ、母は………うん、それも分からんな」

 

 一人で納得したのかメカクレ君は空を見上げた。何だろ、子供と話してる感じがしないのだが。

 

「逆に聞こう、お前は何故こんなところに来た?」

「わからない」

「だろうな、俺も驚いてる。まあいい、一つ伝えたい事がある」

「な、なに? うっ」

 

 再び風が吹きすさぶ、だがメカクレ君は気にすることなく話した。

 

「起こしたければもっと力をよこせ、今の脆弱な羽ではこんな弱い風でも満足に飛べない、いいか? 力をよこせ、遠慮無くだ」

「え、なにを?」

「伝えたぞ、精々気持ちよく飛ばせてくれ」

「うおっ!?」

 

 バササッと目の前が茶色の羽で覆われ、晴れる頃にはメカクレ君の姿はなく。

 

「………あっ」

 

 快晴の空に一羽、大きな鷲が飛んでいた。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「んー、んー?」

「起きたか、ていってもまだ20分もたってないぞ。まだ寝とけ」

「んー、いや、いい」

 

 たった20分だと言うのに眠気はなく、むしろ冴え渡っていた。

 

「疾風さんのパーソナルデータの組込み終わりました」

「どうだ?」

「ほぼ変化無しですね。少しぐらい変わると思ったんですが」

「またスタートからやり直し、か」

 

 どうしたものかと唸るスタッフ陣を横目に、もう一度ISのスペックデータを見直す。

 やはり安定感は抜群だ、これなら乗った直後にでも扱えるだろうし、セシリアとの対戦でボロを出すことはないだろう。

 だがこれは見方を変えれば突出した物がないと言えるのではないか? 

 

「父さん、こいつの出力を今より引き上げる事は出来る?」

「出来ないことはないが。その場合、今よりバランス調整が難しくなるぞ」

 

 それは分かっている。例えるなら今のこいつは水を八分目まで注がれたコップだ。出力を上げるということは、これに更に水を継ぎ足して表面張力手前の満杯にするということ。

 だが、これと一夏の白式に比べると。こいつの性能は大分丸い。

 白式は素人涙目レベルの圧倒的な機動力を持っている、扱えなければ振り回されるが、扱えれば本機の特性を十全に活かせるスペックだ。

 ではこちらは? 安定性は抜群だが、果たしてセシリアの専用機に太刀打ちできるだろうか? 勝てるだろうか? 

 いや、それよりも更に先、あの更識楯無のような国家代表クラスと渡り合えるのか。

 もしあの時俺が乗っていたISが打鉄ではなく、今乗っている専用機だったら、更識国家代表の打鉄に傷をつける事が出来ただろうか? 

 考えた結果、不安の文字が浮かんだ。出来ないのではないかという考えが頭を過ったのだ。

 

「多分だけど。今のまま作業を続けてもこいつは起きてくれないと思う」

「何でわかる?」

「それは。あれ、なんでだろ?」

 

 さっき見てた夢で何かがあったはずだが、思い出せない、あの時何を見ていたのか、大部分があやふやだ。

 だがこれだけは覚えている、誰かが「力をよこせ」と言ったのだ。誰かはわからないし、ただの夢、だが藁にもすがる気持ちという奴だ。トライしてみたい

 

「とにかく、セシリアとの対戦までの後四日、出来る限りの能力上昇を頼みたい。厳しいのは分かってるし、確証なんて物は何処にもないけど」

「……今のままじゃ前にも後ろにも進めねえ状況だ。やる価値はあるかもな」

「頼める?」

「任せておけ、レーデルハイト工業の腕の見せどころと行こうじゃねえか」

 

 そこからの作業は速かった、別で作っていた試作フレームを元に今より出力が数段上のジェネレーターを組込んだり、ウィングスラスターのノズルを増やしたりと、持てる技術を持ってLLー01の改修を行った。

 乗ったり降りたり、出力変更装備の概要や特性をスタッフと綿密に話ながらの調整作業は夜遅くまでかかった。

 結果はというと。

 

「コア適正率上昇確認、適正規定値のラインを越えました!」

「よしっ! 良くやった!!」

 

 目標達成に作業場は活気に沸いた。

 

「予定日には間に合いそう?」

「ギリギリ間に合う予定だ。一番ネックだったコア適正値が上がったからな。ただ規格とは違うパーツや機構を使ったから大分扱いづらくなった。時間をかければ安定すると思うが」

「フィッティング補正に期待するかなぁ」

 

 そう、まだ完成ではないのだ。後四日、この少ない日数でこれを出来る限り完成形まで持っていかなければならないのだ。

 

「なるべく調教は施しておく」

「苦労をかけるよ」

「気にするな、これが俺達の仕事だ。いやー、しかし奇跡だな。まさか一日で解決してしまうとは」

 

 確かに、こうも都合が行くとは。これも神様の思し召しだろうか。

 

「こいつの名前決めたんだな」

「ピーンと来たのがね」

 

 ISのホロウィンドウのNO NAME表示されていたネーム欄には、作業中に打ち込んだ新しい名前が記録されていた。

 

【スカイブルー・イーグル】

 

 夢の中でもハッキリと脳内に焼き付いていた一場面、そしてこれから大空に飛び立つという意味を込めて名付けた。

 しかし、夢にしては妙にリアル感あったんだよな。

 もしかしたら本当にコアの人格というか不思議空間だったりして。いや、まさかね。

 

 その後は予定より大幅に時間が遅れてしまった為、学生寮ではなく我が家に一泊することになってしまった。その時の父さんの安心した顔と来たら。

 帰るなり楓が狂喜乱舞するわ、後から帰ってきた母さんには出会い頭にハグされるなどの熱烈歓迎っぷりに気疲れしながら。予定より大幅に早い帰宅となったのだった。

 

 これは余談だが。寝るときに楓がこっそりベットに忍び込もうとし、それを阻止するのに多大なる労力と知識を使ったことを、ここに記しておく。

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 決闘当日。

 訓練機の空きがない日は一夏や他の代表候補生に聞き込んだり、シミュレーションマシンに入りっぱ。これまでセシリアの戦闘記録を隅々まで見直し、訓練機が空いた日には乗れるだけISに乗り込んだ。

 打鉄の高機動パッケージもマイルドからノーマルまで機動力を底上げし、来るべき愛機に向けてひたすら特訓を重ね、短期間とはいえ、考えうる限りの努力を注ぎ込んだ。

 

 第三アリーナ直結IS整備室。

 決闘の時間まで後20分。専用機は今此処に向かっている。

 セシリアは別の整備室にいるらしく、姿が見えない。そして今ここでは俺の専用機をいち早く見ようと野次馬が。なんとも姦しい。

 

「レーデルハイト。少しは落ち着いたらどうだ」

「落ち着いてますよ」

「ならその足の動きだけでもやめろ。あまり好きじゃない」

 

 俺の足は貧乏揺すりをしていた。織斑先生に言われるまで気付かなかった。

 

「すいません」

「お前の専用機は必ず来る。途中で襲われない限りはな」

「おそっ! 怖いこと言わないでくださいよ! 実際そうなったらどうするつもりです!?」

「知らんな」

 

 酷い! 自分で言ったことなのに! 

 最近マジでそういう噂が立ってきてるから本当に冗談にならないのに。

 もし俺の専用機、あのコアが何処ぞのテロ屋共に強奪されたなんてことになったら………

 

「レーデルハイト」

「はいっ!?」

「そんなびくついてどうする。来たぞ」

「レーデルハイト君レーデルハイト君レーデルハイト君!!」

 

 俺の名前を連呼しながらバタバタと走って来た山田先生。

 ご自慢のリーサルウェポンが大変な動きを、いやそんなことどうでもいいんだよ。

 

「レーデルハ、イト君、ケホッ。専用機が、来まし、ケホッケホッ」

「落ち着いてください山田先生。ほら深呼吸しましょう深呼吸」

「は、はい。スー、スー、スー………………」

「………………何で吐かないんですか!?」

「プハァっ!! フーフー。す、すいません。つい」

 

 つい、で息を止めないでください。

 

「そ、それよりも! 来ました! レーデルハイト君の専用機が!」

「おーーい!!」

「来たっ!」

 

 コンテナが積まれた台車がガラガラと音を立てて迫ってきた。

 

「ギリギリですまんな、なんとか間に合わせたぞ!」

「見せてくれ!!」

「ほいきた!」

 

 父さんが手に持っていたリモコンを押す。

 バシュ、と空気が入り込む音と共にIS用コンテナが開いた。

 

 目に飛び込んできたのは水色と白、晴れの空をそのまま連れてきたような色合。

 準待機形態のそれに迷うことなく飛びこみ、乗り込む。

 搭乗者を認識したISは装着シークエンスに以降する。

 先ずは足、そのあとは腹部、肩、腕、ISが俺の体にフィット、手元にある操縦桿を握りしめる。

 ISのサポートシステム。リンク

 視界に複数のアイコンが浮かび、景色が鮮明化された。

 装着が確認されると、工業の技術スタッフが総出でフィッティング作業に入る。

 

「パーソナライズ、スタートします」

「コアの適正値、規定値まで上昇」

「第三世代機能の正常化を確認」

「エネルギーライン、問題なし」

「小さな問題も見逃すな、事故でも起こしたら俺含めて全員首飛ばすからな!」

「「「はい!」」」

 

 五人がかりによるISのフィッティング作業を目の前に回りの野次馬が感嘆の息を吐いた。

 って、俺は作業手伝わなくて良いのか? 

 

 気づくとスタッフから一歩引いた所に母さんが立っていた。外出用なのか普段の豊満な金髪は後ろで纏められている。

 

「調子はどう?」

「大丈夫。てか母さん来てたの」

「勿論、大事な息子とわが社の第三世代ISの晴れ舞台だもの。来ないわけには行かないわ」

 

 楓は来れないからブーたれてたけどと付け加えて母さんは少し困った顔をした。

 そりゃそうだ、楓はレーデルハイト工業社長の娘ってだけで工業の関係者ではないのだから。

 

「お久しぶりです、レーデルハイトさん」

「あら織斑さん、今は織斑先生だったわね。モンドグロッソ以来かしら?」

「ええ、その節はどうも」

 

 母さんと織斑先生の二人を見て開いた口が塞がらなかった野次馬のお人たちが一斉にどよめきだした。

 

「織斑先生と話してる人って、元イギリス代表のアリア・レーデルハイトじゃない?!?」

「初代ブリュンヒルデと剣撃女帝(ブレード・エンプレス)が目の前にっ!」

「ヤバイ、私は今伝説を見てるぅ!!」

「さ、サイン書いてもらわなきゃ。って紙がないわ。制服でも大丈夫かなぁ?」

 

 身近にいるからあまり実感わかなかったけどやっぱ母さんはスゲーのな。現役と比べると些か覇気が引いて、というより別ベクトルに行っている感じ。

 父さんはというと、母さんがちやほやされていて何だかホクホクしている。嫁馬鹿め………

 

「騒がしい生徒で申し訳ない」

「いいのよー。若い子はこれぐらい元気でないと、女の子も男の子も。ところで、もうモンドグロッソには出ないの? 貴方が現役復帰するなら私も、って考えてるんだけど?」

 

 な、何!? それ初耳ですけどお母様? 

 

「その話は無しで、運営や役員会からも再三言われてまして。この前はジョゼスターフからひっきり無しに電話が」

「あら、あの突風娘が?」

「それに私にはやらなければならないことがあります」

「それがなんなのか、オバサンに教えて下さるかしら?」

「オバサンとはよく言いますね。最初にあったときと何ら変わらない容姿をしておいて」

「あらお上手。逆に貴方は険しくなったわね、昔の貴方はもっと楽しそうな感じだったけど」

「昔のことです」

 

 昔の織斑先生か。確かに第一回モンドグロッソの表彰台に立っていた織斑先生は本当に嬉しそうだった。あの時は一夏も見に行ってたのかな。

 だけど、なんで急に現役を引退したんだろうか。結局そこらへんは有耶無耶のままだったな。

 

「ん?」

 

 ふと、視線を感じ、野次馬の方を見た。

 野次馬なのだからこっちを見ても何もおかしいことではないのだが、一人他とは違う目をした子が一人。

 水色の髪に赤の瞳、眼鏡をかけていて頭に雫を逆さにしたようなヘッドセットをした女の子が、異様に冷めた目でイーグルとスタッフを見ていた。

 こちらの視線に気づいたのか、彼女はそそくさと野次馬の向こうに消えていった。

 んー、またまたどっかで見たような子だったな……

 

「よし作業終了! 後は機体がやってくれるはずだ」

「ありがとう父さん。後悪いな、結構我が儘言って」

「なんだよ水臭い。子のためなら当然だ、悔いのないよう頑張ってこい!!」

 

 父さんはISの背部装甲をバシンと叩いた。

 俺の背中を叩いて檄をいれようとしたのだろうが人体より遥かに固い装甲だ。父さんは無言で腕をブラブラさせる。

 

「プッ、だっさ」

「う、うるせぇ。さっさと行ってこい!」

 

 だけどお陰で張り詰めていた気持ちがほどいていた。

 

「勝ってくるよ」

「おう!」

「しっかりね」

「「「頑張ってください疾風さん!!」」」

 

 父さんと母さん、そして工業のエンジニアの人たち、後野次馬の声を背中に受け、俺はゆっくりとISのカタパルトルームに歩みを進めた。

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

 見送られて10分ほど、俺はカタパルトにセットされたまま立ち往生していた。何故かというと

 

「………フィッティング終わる気配無いんだが?」

 

 試合開始時間まで後5分を切ったのにこいつとのフィッティングに時間を裂かれていた。後10%で終了なのだが、ここにきて突然ゆっくりになった。遅い………

 

【戦闘待機状態のISを確認、搭乗者セシリア・オルコット。ブルー・ティアーズが待機中】

 

 こっちがピット入ってる時は既にスタンバイされている。お互いヤル気満々でなにより。

 

 残り3分、フィッティングまで後7%。

 もう行くしかねえか。戦闘中にフィッティング。一夏もやったらしいし俺にも出来る………はずだ。

 

「よし行くか、頼むぜ相棒」

 

 自分の専用機が待機出力から準戦闘出力まで上昇する。

 操縦桿を握り締め、前のめりになる。

 

「飛べ、イーグル!!」

 

 腹から声を張り上げてスラスターに火を入れる、カタパルトのロックを解除し俺とイーグルはアリーナに向かって射出される。

 

『フィッティングを完了、承認ボタンを押してください』

 

 アリーナに出る寸前でホロウィンドウが表示された。

 確認するより早くアイコンタクトで承認アイコンを押した。

 

『フィッティング終了、ファーストシフトに移行します』

 

 ISの装甲から目映い光が放たれる。

 光を纏ったままアリーナに飛ぶ、そのまま上昇。一際輝くと、身に纏っていた光が弾けとんだ

 

『ファーストシフト完了。スカイブルー・イーグル、システム・オールグリーン』

 

 これは、うーん、なんというか。

 

「随分と目立ちたがりなんだな、お前」

 

 若干色合いが変わった自身の専用機に向けてポツリと呟いた。ヒーローは遅れてやってくるを地でやった感が半端ない。

 

 カラーリングは先程よりも鮮やかな水色と白、見事な空の色を体現したISは頭上の空に溶けてなくなってしまいそうだった。

 広がっている一対のカスタムウィングはさながら巨鳥の翼に見え、ハイパーセンサーは既存の物とは違いイーグルの名にふさわしい鷲の意匠を型どった帽子のような物が、すっぽりと頭を覆っていた。

 装甲には時おり青白い電流がパチリと走っており、こいつのやる気が伝わってくるようだ。

 

 そんな専用機の初御披露目に大戦相手のお嬢様は呆れ顔だ。

 

「時間ギリギリですわよ。女性を待たせるのは褒められたものではありませんね」

「ルール上問題ないから大丈夫。ということでは駄目ですかね? いやすいません、悪いとは思ってるよ本当に」

「その癖なんですか今の登場は。わたくし完全に喰われてません? 派手すぎるでしょう」

「それに関してはこいつに文句言ってくれ」

 

 コンッとマニピュレーター越しにイーグルの肩を叩いた。

 しかしファーストシフトって光るんだな。何気に見たことないから知らなかった。セカンドシフトも光るのかな? 

 

「………まあいいですわ。今初めて乗ったのでしょうし、慣らし運転をしても宜しくてよ」

「いらないよ」

 

 右手に量子光を纏わせ、ほぼ一瞬で自身の武器である長槍、【インパルス】をコール。イーグルのパワーを準戦闘出力から戦闘出力に変更した。

 

「今の俺とスカイブルー・イーグルなら、なんだって出来る気がするんだ」

「大した自信ですわね」

 

 こちらが得物を出すのに合わせ、セシリアもBTレーザーライフル【スターライトmkⅢ】の照準を合わせる。

 

「ならハンデは必要ないかしら?」

「愚問だろ?」

「フフッ。そうですわね」

 

 試合時間まで残り30秒を切った。

 

 ここまで来るのに、とても長い時間がたった。

 第一回モンドグロッソで交わした子供の約束。

 子供の時はその意味をわかりかねていたが、歳を捕るにつれてその夢は膨らみ、同時に叶わぬことを知った。

 その矢先に起きた一夏のIS騒動、そこから始まった男性総調べのIS調査。

 そして分かりきった現実に直面し、それでもなお足掻いてあの打鉄を調べ、試し、そしてまた現実を知った。

 

 目の前のセシリアは、あの時の約束を忘れずに今この場にいる。

 あの時セシリアに再会し、叱咤激励されなかったら。あの日俺はISを動かせなかったかもしれない。

 勿論そんなことはなかったかもしれない、だけどそう思うのは自由だろう? 

 今この場にいる俺は、セシリアが形作ってくれたと言ってもいい。

 ならばそれに答えねば、男が廃るというものだ。

 

 残り10秒、カウントが一桁に変わり、会場が一気に張りつめた。

 

 彼女の瞳に強い光が宿る。

 考えることは同じ。互いの全力を出しきり、そして勝利する。

 インパルスの柄を握り、スターライトmkⅢの引き金に指がかかる。

 

 3・2・1。

 

「行くぞ! セシリアッ!!」

「来なさい! 疾風!!」

 

 開始と共に、ライフルから青い光が弾け、試合の火蓋が切って落とされた。

 

 今。夢が現実になる。



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第7話【辿り着いた約束】

 開始と同時に光が弾ける。

 

 ブルー・ティアーズの後付装備、スターライトMkⅢから放たれるレーザー。

 レーザーといっても、厳密には光速ではない。何故なら、まだ人類は光を完全に物理化したとは程遠いから。

 それでも光速に近い、ビーム兵器より速いそれは、人の動体視力、身体能力では見切ることは愚か回避することなどほぼ、いや不可能と言っても良い。

 

 だがISに乗った者は違う、ハイパーセンサーにより拡張された人間の感覚は、その不可能を可能とする。

 そして、このスカイブルー・イーグルに搭載された鷲帽子の強化観察型ハイパーセンサー【イーグル・アイ】がそれをより確実な物にする。

 

 顔面を撃ち抜くべく放たれた青白い光を紙一重の動きで回避ーーーしきれなかった。

 SEがほんの少し、本当に少し減ったのだ。どうやらレーザーから散った光がシールドにぶつかったのだろう

 カッコつけたらドジを踏む呪いでもかかってるのだろうか。幸いセシリアがそれに気づく事もなく続け様レーザーを撃ち込んできた。

 

 迫るレーザーの射角をイーグル・アイで計測し回避する。いくらISと言えど、レーザーを見てから回避は困難だが、こいつの推力はそれを為した。

 上々の仕上がりだ、打鉄鉄風で慣らした成果が上手く出ている。

 無論それだけではない。専用機の名にはじぬ使いやすさ、フィット感がある。フルオーダーメイドのこいつは今まで乗った訓練機とは段違いに乗り心地がよく、そして楽しいのだ。

 

「良く避けますわね。ですが、逃げてばかりで張り合いがありませんわ!」

「なら、こちらからも撃ってみようか!」

 

 バススロットからアサルトライフル【ヴェント】をコールして撃つ。

 銃弾は狂いなくセシリアの元へ飛ぶが、むざむざ当たる彼女ではない、軽くいなしてからスターライトMkⅢの照準を合わせ、撃つ。正確無比な射撃はヴェントを持っていた左腕に命中。

 ヴェントが手から離れるやいな、インパルスの穂先をセシリアに向け、突っ込む。

 

「苦しまぎれの特攻など!」

「ふふん、それはどうかな」

 

 不適に笑う俺に疑問を持ったセシリア、直ぐにその疑問は解消された。

 向けたインパルスの穂先が中心から割れ、横にスライドしたのである。割れた中心に青白いプラズマが走り、コンマ秒で収束、圧縮されたプラズマ弾がそのまま槍から撃ち放たれた。

 ヴェントによる射撃はフェイク、本命は槍に隠された射撃兵装。

 完全に虚を突かれたセシリアは即座にブルー・ティアーズを動かし、なんとか肩を掠る程度に納めるも、確実に隙が生まれた。

 それを逃す手はない。スピード型であるイーグルのウィングが唸りをあげティアーズに肉薄し、インパルスをそのまま叩き付ける。

 迫る槍に、セシリアはスターライトMkⅢでインパルスの刃ではなく柄の部分で受け止めた。

 

「電撃。それが貴方の第三世代装備ですか」

「今までありそうで無いだろ? 結構難しいらしいんだよ、この技術は!」

「っ! きゃあ!!」

 

 バチチチッと装甲を走る電流が勢いを増し、イーグルの肩と膝のスリットが開き、青い光が漏れだしていた。

 マズい! と思うも時既に遅し、イーグルから発せられた密度の高いプラズマフィールドがセシリアとブルー・ティアーズを鍔迫り合い状態から吹き飛ばした。

 追撃に再びインパルスのプラズマ弾が発射、セシリアもオート照準で腰に備えられた実弾型ビットからミサイルを吐き出し、プラズマと衝突して爆ぜた。

 

「ティアーズ!」

 

 来るか! 

 スラスターのプラットホームから放熱板のようなパーツ、機体と同じ名を持つ彼女の第三世代兵器、ブルー・ティアーズが射出される。

 

 四つのビット兵器は彼女を中心に四方に散らばる。

 ハイパーセンサーが射撃体制に入ったビットの存在を知らせてくれた。

 小さな射手の一つからスターライトMkⅢより出力の低いレーザーが撃たれる。センサーで察知した射撃をなんなく躱す、だがその次、また次を躱しきるも最後の1発が肩のアーマーに直撃した。

 機体が崩れる、直ぐにマニュアルで下に退避、仰向けのまま地面を滑るようにビットをやり過ごしていく。

 

 途端、ビットの動きが緩くなった。それはつまり。

 

「うおっと!」

「くっ!」

 

 本体からの狙撃の合図だ。ハイパーセンサーにより事実上死角が無くなった視覚はこちらに狙いを定めたセシリアの姿がぼんやりと写っていた。

 やはり情報通り、セシリアはビット操作中は移動も攻撃も出来ない。ブルー・ティアーズの脳波操作型自立移動兵器は世界に多くある第三世代兵装の中でもトップクラスの難易度を放っている。

 BT適正値の公式記録の上位に立つセシリアでさえこれなのだ。操作の仕方は解れど、それをより高みに移行する術はまだ解明されていないのだ。

 そのBT兵器の試験運用のデータ取得がセシリアがIS学園に来た理由である。

 

 話を戻そう。セシリアはビット操作と自機操作のどちらかしか行うことが出来ない。こちらとしてはイーグル・アイを持ってしても四方から襲い掛かるビットの飽和攻撃を完全に対応するには経験不足。つまり。

 

 先程地面に落とされたヴェントを拾いあげ、セシリアに向かって撃つ。

 フルオート連射ではなくセミオート。間隔をあけ、インパルスのプラズマ弾を挟み込んでセシリアに止まる時間を与えない。

 ビットを回収したセシリアは忌々しいと不快感を露にした。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

「わぁ……凄いですねレーデルハイト君、入学当初の織斑君より動かせてるんじゃないですか?」

「レーデルハイトは学園に入学する前からISの知識を詰め込み、ISの構造を理解している。織斑と違って入学からISに触り続けていたからな。専用機にも乗っていれば、あれくらいは動かせる」

 

 アリーナの管制室、一年一組の担任と副担任が二人の模擬戦を観察していた。

 

「情報収集も欠かせなかったのだろう。ビットを脅威と判断し、断続的にオルコットに攻撃を加えることで、ビット操作に集中させない動きだ」

「織斑君の時は近接ブレードのみでしたから、出来ない動きですね」

「機体の相性も良いとは言えん、色々な要因がレーデルハイトに味方している」

 

 セシリアのレーザー狙撃が降り注ぐ中、避けられない攻撃はインパルスから発生させたプラズマフィールドに弾かれ、歪曲して地面に落ちた。

 疾風が接近しようとするが、セシリアは的確に移動ルートを潰すため、思うようにいかない。

 

「オルコットさんも頑張ってますね」

「ああ、いつも以上に気合いが入っている。入学当初と同じ人物とは考えられんな」

「そこまで言っちゃいますか」

「奴は今本気で勝負している。もし織斑との初陣でオルコットが慢心していなければ、織斑はファーストシフトを迎えることなく落とされていただろう」

 

 試合時間が異様に長かったのが、それを物語っている。

 

「思い出しますねぇ。私あの時ヒヤヒヤしましたよ。オルコットさんがクラス代表の時に言ったこと。織斑先生が今に動き出さないかって、生きた心地しませんでした」

「お前の中の私はどんだけ短絡的なんだ? あんな若気の至りの小娘の言い分など、どこぞの兎に比べたら可愛いもんだ。それに織斑の圧倒的知識不足や周りのミーハー具合いを見れば、そんな考えもくるだろう。ーーーーーー一夏の知識不足の要因は私にもあるしな………」

「え?」

「なんでもない」

 

 再び模擬戦の様子を観察する。

 疾風の斬撃が空を切り、セシリアは後方移動しながら狙撃を行う。

 

「レーデルハイト君、このまま行けますかね?」

「どうだろうな、レーデルハイトは上手く操縦してるように見せてるが、まだ機体に振り回されている。見てみろ、一度目の射撃は避けれているが、二度目の時間差射撃のほとんどは防御している。奴のISの性能なら、難なくよけれるはずだ」

「ですが、ダメージらしき損傷は与えられているとは」

「ああ、このままオルコットが何らかの動きを見せなければ、そのまま押しきられて負ける可能性も充分にある。だが勝負はまだわからん。我々はハプニングに目を光らせておくとしよう」

「はい」

 

 疾風が入学する前に起こった二つの事件、今回は第2の男性操縦者の初専用機戦。

 ただ観戦するだけの余裕は、今の教師陣にあるとは言えないのだ。

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

「でいぃやぁっ!!」

 

 渾身の降り下ろしがティアーズの肩をかする。段々と近接にシフトしていったイーグルの動きは、付かず離れずを繰り返しひたすらビットを射出させない戦法に、セシリアのフラストレーションは溜まるばかりだった。

 

「どうした! 段々槍が届いてきたんだが!」

「余り調子に乗らないで下さいまし!」

 

 ビットを全展開、分かれた四門の砲口からレーザーの雨が降り注ぐ。その射線を解析、計測し一番被弾率の低いルートを全力で押し進んだ。

 被弾しそうなレーザーはインパルスのフィールドを展開して突破。横凪ぎに振られたインパルスを空いた手に展開された防衛用ナイフ【インターセプター】で受け流す。

 勢いを殺さず上下逆さまの状態で蹴りを入れる。同時に脚部装甲が開き、プラズマの刃が飛び出した。

 

「隠し武装!?」

「せいぃやっ!!」

 

 脚部プラズマブレードがセシリアの横っ腹に当たる。SEが削られ、よろけたところにインパルスを力任せに降り下ろす。ヒット、そのままブルー・ティアーズを下に突き落とした。

 苦し紛れに無理矢理スターライトMkⅢの狙いを定めて、撃ちまくる。だがそれは当たらない。

 インパルスの穂先が開く、先程より長くチャージされ、プラズマの輝きも強い。

 

 正直、セシリアにとってこれは想定外だった。勿論油断や慢心などしていない、だがそれでも此処まで自分の思うように行かなかったのは初めてだった。

 此処に入学してもうすぐ三ヶ月、今もなおビットを思うように動かせない自分に腹がたってくる。目の前にいる彼は動かしてまだ三週間、ISの性能もあるだろうが、それを扱う技量が三週間のそれではなかった。

 否、三週間ではない。疾風は遥か前からISというものを知り、自身を鍛えてきた。いつか今この瞬間来ると信じて。

 悔しい、ただひたすらに悔しかった。一夏に追い詰められた時より何倍も悔しかった。

 

 このままプラズマが直撃すれば自身のSEは大幅に削られ、負ける可能性も大いにある。

 嫌だ、負けたくない。決して代表候補生の自覚や祖国の為だけではない。

 彼に負けたくない。この日を楽しみにしていたのは自分もだから、それをこんな腑甲斐無い結果にしたくはないと。

 スターライトMkⅢの持ち手を強く握りしめた。今もなお輝くプラズマを放たんとする疾風に、セシリアは一つの思いを込めて引鉄を引いた。

 

「負けたくない!!」

 

 蒼のISから放たれた光が空色のISに向かう。

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 レーザーが飛来、なんなくよける。後方からビットが近づいているが、本人から撃たれたならばビットからの射撃はないだろう。追い詰めた、後はこいつを当て、残ったSEを強引に削りきれば俺の勝ちだ。

 

 インパルスのプラズマ砲が臨界を迎える。

 最大出力のプラズマのトリガー引きプラズマを発射。

 先程より大きいプラズマ弾がセシリアの左手に命中、ビットはなおも接近中。プラズマが命中したからセシリアの集中力も途切れただろう。計算に入れれば間に合わうことはない。

 と思っていたら後ろの砲台のうち二機が火を吹いた。予測より早い、だが問題ない、こいつの機動性ならギリギリ避けられる。

 

【ブルー・ティアーズ、射撃体制】

 

 アラートも束の間セシリアがスターライトMkⅢを発射、同時に残りのビットからレーザーが放たれた。

 

「はっ?」

 

 錯覚だろうか、いや錯覚ではない。しかし何故だ? セシリアは出来ないんじゃなかったのか。

 ビットと本体からの同時射撃を! 

 

 乱れ撃たれるレーザーを避けながらセシリアを撃とうとしたヴェントは別のビットに撃ち抜かれて爆散する。

 

 やはり気のせいではない。ISとビットの同時操作を行っている。

 

 幸いにも最大稼働状態であるフレキシブルの歪曲射撃を行っていないのを見る限りそこまでは至っていないみたいだが、一気にこちらの目論見が崩された。

 

 そこからは一気に形勢逆転。

 制約を外されたセシリアとの戦いは技量の差が明確に出ていた。ビットの射撃は試合開始当初とは正に雲泥の差。

 ビットの射撃は本体ほど正確ではないにしろ明らかに命中率とその挙動が良くなり、実質1対5の状況。イーグル・アイをもってしてもその挙動全てを把握し、整理することは今の俺では難しかった。

 

 残った射撃兵装のインパルスのプラズマを放つも当たる気がしない。

 

「行きなり化けすぎだろコラァ!」

「運も実力のうちですわ!」

「今運って言った!?」

 

 若干戸惑っているセシリアの顔を見る限り隠し玉ではなく、同時操作はこの土壇場で発現したみたいだ。いやいやそんなのありか! 

 右肩と左足を擦れ違い様当てられる。SEがガクンと減らされる。

 エネルギー補給の為、ビットが彼女のプラットホームに戻される。これはチャンスだ。

 

 不恰好な体制のままカスタムウィングの位置を操作してハイブースト。

 先ずは接近して組伏せる、自身を射撃ラインに入れてしまえばビットでも狙いづらくなる。

 インパルスの柄を握りしめてセシリアの顔を睨み付ける。

 彼女の口角が僅かに上がった。何か? と疑問に思うと、ブルー・ティアーズの腰に装着されている実弾型のビットが消えている。

 

 突如アラート、自身の左右から4機のミサイルが飛来。

 無理な体勢で飛んだため回避運動が出来ない。

 

「やばっ」

 

 ミサイルが命中、イーグルの姿は爆煙の中に消えた。

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 スカイブルー・イーグルが爆煙に包まれる数分前、もう一人の男性IS操縦者である一夏は呆気に取られていた

 

 ああもセシリアの射撃をよけれるとか、本当に何回目かわからないがあいつ本当に初心者なのか? と

 対して一夏の初陣はむしろ当たりまくりだった記憶、序盤でセシリアの射撃を少しでも避けられていたら、零落白夜によるSEゼロで自滅、なんて情けない結果にならなかったかもしれない。

 

 しかし疾風と違って一夏の場合はISの練習をしていなかったというのもあった。

 自身の指導元である箒がISよりも剣道の練習をさせ続けたせいでもあったりするのだが。まあ、最初に剣に触れたお陰でISに乗った後でも殆んど問題なく雪片弐型を振るえたってのもあるから、決して無駄ではなかったが。

 

 ………いや説明されたとしても理解出来なかったのでは? 箒の教え方はなんとも擬音のオンパレード。

 例をあげるなら『そこをクイッとしてここでグワラキィィン! だ!!』

 この教え方でどう覚えろと、言うのだろーーー

 

「ん? いた、いだだだだ!! 何するんだ箒! いたただだ! 痛いって、つねるなよ!」

「なに、お前が私に対して失礼な事を考えていたようだからな。以心伝心とは素晴らしい事だな一夏よ」

「素晴らしくない!」

「以心伝心は言いすぎだとしてもお前は顔に出過ぎだ。少しポーカーフェイスとやら覚えることだな」

「いたたたたっ!」

 

 以心伝心はともかく見事的中した一夏の頬はまあ延びること延びること。これが彼女の照れ隠しなのだがそんなのわかるはずのない一夏。

 そんな状況を放っておくヒロインズではない。

 

「ちょっと何試合見ないで痴話喧嘩繰り広げてるのよ!」

「痴話喧嘩? シャルロット、痴話喧嘩とはなんだ?」

「えと、夫婦でする喧嘩みたいなもの…かな?」

「何夫婦だと!? 嫁よ! 私という夫がいながらお前は!」

 

 嫁じゃない! 何時に直ったら直るんだその誤情報は! 一夏は声に出したいものの依然として箒に伸ばされてるため上手く喋れない。

 

「ふざけるな! 一夏私の、私の…んぐっ」

「じゃあ僕が立候補しちゃおうかな?」

「させると思ってるの!」

「シャルロット! 例えお前でも容赦はせんぞ!」

 

 誰か助けてください、なんとか箒の頬っぺ伸ばしから逃れた一夏は天にも地にも祈った。

 

「隣良いかな? 織斑君」

「え? あ、はい」

 

 声をかけてくれた救世主様の方向に顔を向けるときちんとワックスが整えられた金髪の青年が隣に座ってきていた。

 

「初めまして。僕は疾風の兄のグレイ・レーデルハイト。弟がお世話になっております」

「あ、どうも。えと、なんで俺の名前を?」

「それは当たり前さ、男ながらISを使える君を今の世界知らない人はいないと思うよ? 勿論うちの疾風もそれに当てはまるけどね」

 

 か、考えてみればそうだ。

 どうもそこまで自分が凄い人間なのか今一よくわからない一夏は愛想笑いで返した。

 

「それで、なんでこっちに?」

「いやー、流石にあのなかに居続けるのはちょっとね」

「あのなか?」

 

 

 

「行けぇ疾風ぇ!!」

「そこです御曹子!」

「疾風様頑張って!」

「目だ! 鼻だ! 耳だ!」

 

 見るとレーデルハイト工業の職員であろう人々が一丸となって疾風を応援していた。

 特に体格のでかい男の人はレーデルハイト工業のロゴの入った旗をブンブン振り回していている。

 そしてその中心にいる金髪美人の女性はその異彩の中で平然と試合を見ていた。と思ったら疾風が攻撃を与えた途端立ち上がって回りと一緒に声を張り上げた。

 確かにあのなかに入りたくはない。離れた場所からでも圧倒されるのだから近場にいたらどうなるのか。

 現にあの集団の周りだけ不自然に空席だ。

 

「ところで、君には今の疾風がどんな風に見える?」

「どうって。楽しそうっすよね?」

 

 そう、疾風がISに乗るとき何時も楽しそうだった。勿論普段が暗いという訳ではないのだが、ISを目の前にするとヒーローショーに釘付けになる子供宜しく目を輝かせるのだ。

 

「そう、今疾風は楽しんでいるんだ。ずっと叶えたがっていた夢の一つが叶ったからね」

「夢ですか?」

「そう、いつか自分が設計した機体でバトルに挑みたい。男だからという理由でISに乗れないという現実を突きつけられ続けたあいつにとって、今の時間は何物にも変えがたい時間なんだ」

 

 グレイの声に一夏は上空の疾風に視線を戻す。

 先程の好戦より一転、セシリアに追い詰められつつある疾風は劣勢ながら笑みを絶やしていなかった。

 一夏の初陣の時は楽しむ余裕など微塵もなかった。いや、今の疾風もそんな余裕はないのかもしれないが、それでも笑っているのだ。

 

「だから一夏君、男でISを動かすというのは特別という言葉だけで片付けれないんだ。君と疾風の存在は今の世界を容易くひっくり返してしまう可能性がある。その事は覚えておいてくれ。ごめんね、なんか説教くさくなって」

「いえ、そんなことは──あぁっ!」

 

 再び試合に目を向けるとセシリアが撃ったミサイルが疾風に直撃した。

 

「大丈夫だよ」

「え?」

「うちの製品と疾風は、あれぐらいで倒れるほど柔じゃないよ」

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

「………手応えありですわ」

 

 そう言いながらもセシリアはライフルのスコープから目を離さなかった。

 今だ漂う爆煙の周りを四機のビットが周回しながら煙の中のISに備えていた。

 

 何故だか分からないが、セシリア本人のBT適性値が急上昇した。試合前が35%なのに対し、現在は倍の73%になっている。

 勿論理論値限界のフレキシブルは使えないが、今までよりビットに意識を割かずともスムーズに操れるようになったのだ。

 いったい何故? と考えるも一旦中断する。まだ試合は終わっていない。

 スカイブルー・イーグルのSEは大幅に削った、後は煙が晴れたあとに包囲殲滅すれば良いこと。

 

 やがて煙が晴れ、セシリアはビットに射撃を命じようとしたが、その中に居たイーグルの姿に目を見開いた。

 

「な、なんですのそれは?」

 

 晴れた煙の中、スカイブルー・イーグルは正4面体のクリアブルーのバリアに包まれていた。それぞれの頂点にはステルス戦闘機を小さくしたような、くの字型の飛翔物が浮かんでいた。

 

「まさかそれはーーーまずい!」

 

 バリアが解除、イーグルの周りに浮かんでいた飛翔物の先端からプラズマ刃が飛び出し、周りを周回していたセシリアのビットに襲いかかった。急ぎビットを後退させようとしたセシリアだったが。一機が遅れ、計6機の飛翔物に食い尽くされるかの如く細切れにされた。

 

 総勢六機の飛翔物がイーグルのウィングに格納される。

 その飛翔物に酷似した物を、セシリアは確かに知っていた。

 

「ビット兵器はブルー・ティアーズだけの十八番じゃないぞ」

 

 ブルー・ティアーズに搭載されているもののほぼ同じ大きさのそれは間違いなくビット兵器のそれだった。

 

「今まで使わなかったのはこれの細かな調整が今終わったからだ。さあ、まだこれからだ! 楽しもうぜセシリア!!」

「望むところですわ!」

 

 ビットのチャージが終了し、互いのカスタムウィングのビットをスタンバイする

 

「行けよビーク!!」

「行きなさいティアーズ!!」

 

 カスタムウィングから6機のビット兵器【ビーク】を射出、セシリアのビットと交差しながら入り乱れる。

 

「初めてのビット操作でこれ程の動きを? その機体にはBT操作システムが組み込まれてるとは考えにくい。いったいどういう絡繰りですの!?」

「態々手の内を晒すほど俺はお人好しじゃない。少し考えればわかるんじゃないか?」

「いいでしょう。ならその絡繰り、必ず見つけ出して見せますわ!」

「なら把握しきる前に倒す!!」

 

 ブルー・ティアーズのビットをビークに任せて俺はセシリアにプラズマを撃つ、ビット使用時の制約が外されたセシリアは避けながらもレーザーとミサイルを撃ちながら応戦する。

 5時方向から撃たれたビットからのレーザーが頭をかする。少しでも気を抜けばビークの追跡をかわしたビットが俺のISを獲りに来る。

 気を抜けないなこれは。

 短所を無くし、接近戦以外の有利が無くなった今でも、俺の口元は笑みを絶やさなかった。

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

「そこっ!」

「なんのっ!」

 

 試合開始から15分、ビークの一機が敵のレーザーに穿たれた、それと同時に滞空していたミサイルビットを別のビークで切り落とした。

 ビット同士の応酬から暫くたった後にセシリアが的確にビークを撃ち抜いてきたのだ。

 こりゃ気づかれたかな、ビークの仕組みに。

 

 ビット兵器はビークが三機、ティアーズはレーザー二機を残すのみ、イコライザの武装は健在だが、こちらのインパルスに過負荷がかかっていると警告がきている。

 もともとインパルスは出力強化を図る前に製作されたもの。強化されたイーグルの出力に槍が耐えられなかったのだ。

 後数回電磁フィールドによる防御を行えばインパルスは爆発四散するだろう。

 本体の電磁フィールド発生装置もクールダウンしてるため使用不可。

 

 お互いのSEもレッドカラー、後2、3撃当てたらSEはゼロになる。

 

「息が上がってますわね。ギブアップなら受け付けますわよ?」

「抜かせ、ビットはこっちのほうが多いぞ」

「ですわね」

 

 セシリアがビットを動かし、ビーク一機を二方向から撃つ。辛うじてかわすビットだがスターライトMkⅢからの狙撃が掠り、二撃目のビットレーザーの光に焼かれて落ちた。

 

「これで同数ですわ」

「にゃろう」

 

 上から得意気に頬笑むセシリアに対し苦笑いで返す。

 ビットがそれぞれのスラスターに収まりチャージされ、もう一度巣だつ時をまつ。

 

「正直驚きましたわ、貴方がここまでやるとは」

「ティアーズが前のデータ通りなら充分勝ち筋はあったんだがな」

「あら弱音ですか?」

「まさか、ワクワクが止まらなくて大変だよ」

 

 待ち望んだ瞬間、飛び交うプラズマとレーザー、付かず離れずの応酬、アリーナを駆け回る二つの蒼。

 願うならばこの時がずっと続けばと思った。だが勝負は決着がついてこそ勝負、セシリアもそれが分かっているのかスターライトMkⅢを握り直す。

 

 行くぞ、イーグル。俺の相棒。ご要望通りお前を限界まで強化したんだ。不甲斐ない様見せたらオーバーホールだからな。

 スカイブルー・イーグルの出力をあげる、応えるようにプラズマ・ジェネレーターが唸り声をあげた。

 

「ーーーーー疾っ!!」

 

 爆発的に加速、同時にビークを展開。

 同時に展開されたティアーズから降り注ぐレーザーを掻い潜るように進み、ビークのコマンドは全て防御に回した。

 

 一つ、そして残り一つとこちらのビットが競り負ける。

 セシリアとの距離はISの距離感で5歩か6歩。スターライトMkⅢの発射体制が整った。ここが勝負どころだ。

 

 俺は帽子形状の強化型ハイパーセンサー・イーグルアイの演算出力を最大にする。

 

【コース形成、マルチスラスター12・78・45・1~3、6~8の順に連続点火】

 

 セシリアのスターライトMkⅢの銃口が光る瞬間に体が斜め左方向に引っ張られる。

 そのままマルチスラスターの機能をフルに使い半六角形の直角機動でセシリアの背後を取った。

 

「行けっ!!」

 

 最大出力に移行しセシリアに向かって突貫体制を取った。

 

「甘いですわよ!」

 

 俺の行動を読んでいたセシリアがそのままドットターンでスターライトMkⅢの銃口を向けた。

 だけど一発なら耐えられる。ブーストを最大点火させ、セシリアに突っ込んだ。

 

 が、そのセシリアの口角が上がった。

 スターライトから放たれたBTレーザーは今まで見たものより数段出力濃度が高かったのだ。

 

「なにっ!?」

 

 濃密なレーザーが電磁フィールドを展開していたインパルスぶち当たり、拮抗も束の間、その高出力に押し負けて爆散した。

 再び立ち上る煙からインパルスの空色の破片がバラバラと落ちていく。

 

 BTエネルギーライフル【スターライトMkⅢ】のバーストシュート。

 ライフルの使用不能を対価に数倍のエネルギーを込めて撃ち出す、今まで誰にも見せたことのないセシリアだけの隠し玉。

 

 武器を犠牲にするという事からエレガントではないという理由で今まで使わずにいたものだが、今はプライドや意地にこだわっている場合ではない。

 ただ勝つために、全てをかなぐり捨てて放った必殺技。その一撃はものの見事俺の予想を上回りインパルスを破壊、イーグルのSEも30を切った。

 

 手応えはあった、後は残った武器で削りきれればセシリアの勝ちだ。

 

 ボフッと煙の中から飛び出す、手に持っていたインパルスとビット兵器全機を失い残った武装は脚部プラズマブレード。

 

 勝てる! そう確信したセシリアは風前の灯の掻き消そうとビットを飛ばした。

 

 だがセシリアは見落としていた。

 その能ある()は更に爪を隠していたことに。

 

「まだだぜセシリア!!」

 

 スカイブルー・イーグルの腕部装甲が横に開き、直剣状のプラズマサーベルが飛び出してきた。

 

「まだ隠し武器を!?」

 

 驚きのあまりにビットの挙動がほんの少し緩やかになったところを切り伏せ、左腕部のプラズマサーベルの場所からプラズマバルカンが放たれ、もう一つのビットが穴まみれにされた。ティアーズ二機はイーグルの隠し爪により全滅した

 

 ほんの一瞬の動揺で戦況がひっくり返った。

 だがセシリアは諦めない、直ぐ様インターセプターを取り出そうとする。

 それをさせんと俺の意志が声となって放たれた。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)!!」

 

 イーグルの8本のスラスター噴出口が一斉にセシリアに向き、俺の体は前方直下に吹き飛んだ。

 これが、俺の最後の隠し玉。一度放出されるはずのエネルギーを取り込んで次の加速に上乗せする技術。本格的にISに乗り初めて二週間程では発動するには困難な技術、それが功を奏してか、セシリアの動きがほんの一瞬止まった。

 ガシンっ! とアーマーとアーマーがぶつかる音と共に二つの蒼がもつれあい、セシリアの右手に現出されようとしたインターセプターは光の粒となって弾けとんだ。

 

「なっ!?」

「くぅぅっ!」

 

 左手でセシリアの右腕をとらえ、もう片方をセシリアの腹部に押さえつける。細やかな怒号と共にプラズマバルカンが火を吹き、ブルー・ティアーズのSEを削り続ける。

 そのまま直下にスラスターを再点火、真下の地面に躊躇うことなく直進した。

 

「うぅぅぅぅ!!」

「おぉぉぉ!!!」

 

 そのまま二人はアリーナの地面に突っ込み、文字どおりアリーナが揺れ、土煙な舞い上がった。

 静まり返るアリーナ。観客は二人が落ちた場所の土煙が晴れるのを今か今かと待ち続ける。

 

 

 

 

「まったく。女性を地面に叩きつけるとは、なんて野蛮なのでしょうね」

「それは失礼、こちとら必死だったんだよ」

「………まあ」

「………」

「お見事でしたわ」

「ハハッ。どーも」

 

【セシリア・オルコット シールドエネルギー0、勝者・疾風・レーデルハイト】

 

 無機質なアナウンスと共に静寂に包まれた観客席がたちまち歓声合唱に変わった

 組みしたままの二人、お世辞にも優雅と言えない様だったが。二人とも笑みだけは崩さなかった。

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 試合終了後、ロッカールームで母さんの暑い抱擁を受けてしまった後に、俺はイーグルのほうに出向いてメンテナンスを行っていた。

 

「あー、スラスターユニットがオバヒ気味、モーション設定しないで行きなり瞬時加速したからかな。センサーの演算プロトコルを修正して、後は、うわー結構ボロボロ。………………よし、あとはオートメンテナンス」

 

 イーグルをオートメンテナンスモードに切り替え、床にドカッと座り込んでイーグルの足にもたれ掛かる。

 

「ふーーーー」

 

 疲れた、ほんと疲れた。でもこの疲労感が先程の勝負が本物である証だ。

 ………勝てた。俺、ほんとにあいつに勝てたんだな。

 

「………しゃあっ!!」

 

 やべぇ! すげー嬉しい! 初めてISを動かせると認識したのに匹敵する嬉しさだ。

 

「随分と嬉しそうですわね」

「ん? そりゃあね、昔からの夢の一つでもあったし。それが勝星となったんだから」

 

 いつからいたのかISスーツから制服に着替えたセシリアの姿があった。

 

「しかし今日は随分と思いきってたんじゃない? 一夏から聞いたときはもっと上品に動いてるらしいけど?」

「負けたくありませんでしたの、なりふりかまってられませんわ。本気でしたのよ、ええそれも今までにないくらいに、慢心も油断も一切なし、全力を尽くしましたわ」

「それはそれは」

「でも負けてしまいました。正直悔しいですわ、 まだ初心者の域をでない者にこうもやられるなんて………でも、感謝致します。貴方のおかげでBT適性値も上昇しました」

「驚いたぜあれは、行きなりビットの動きが化けた。どれぐらい上がったの?」

「73%」

「それって高いのか?」

「ええ、過去に前例はありませんわ。ですがまだまだです」

「100%いったら曲がるんだっけ?」

「理論上は。もっともこれは元になったワンオフ・アビリティーがそうだっただけでしたので、確証はないのですが」

 

 第三世代技術というのは主に二種類ある。

 一つはワンオフ・アビリティーを現代技術で再現したもの、これにはセシリアと一夏の白式が当てはまる。

 二つ目はワンオフ・アビリティーを参考にせず、イメージ・インターフェイスを応用した独自技術。これには俺と、中国の衝撃砲があたるらしい。

 

「ところで、貴方のビット兵器ですが。やはりあれにはBT操作システムが組み込まれてませんわね?」

「ああ、やっぱバレてたか」

 

 スカイブルー・イーグルのビット兵器であるビーク。実はこれに第三世代技術は使われていない。

 セシリアのティアーズは彼女の思考脳波パターンをダイレクトにISに伝達することで操作する第三世代技術。

 

 対してこっちの自立兵器はあらかじめプログラミングされた数多のコマンドを選択して動くAI制御。こちらが意識する必要がないので負担は少ないが、コマンドを変えるときの切替作業をするときに、ほんの少し動きが緩慢になる。セシリアはその隙を逃さずに撃ち抜いていたのだ。

 そして単純な性能差、コマンドによる決まった動きしか出来ないビークに比べて、自身の手足ように扱う変幻自在のティアーズのほうが動きが良い。

 

 しかし起動してからものの数分で気付かされるとは、流石代表候補生ってとこか。それに食い下がる俺も大したもんだったと自分を誉めたい。

 

 ピピッと電子音。オートメンテナンス終了のお知らせがなった。

 コンソールをいじってイーグルに待機形体への移行を命令する。イーグルをかたどった水色の装甲が光と共に崩れ、手のひらに収まった。

 

「これがスカイブルー・イーグルの待機形体ですの?」

「そうらしい」

 

 手のひらにコロンと転がっているそれは空をバックにした白い鷲のワンポイントの入ったバッチだった。翼には小さく稲妻のマークが入っていた。

 

「ちいさいですけど、細かい造型ですわね」

「おしゃれさんなのかね?」

「目立ちたがりなのでは?」

「否定できないね」

 

 とりあえず胸元につけてみる。おー格好いい、光の加減でバッチが光って見える。

 

「しかしどうしましょう。今や装備はインターセプターのみですわ、貴方が壊してくれたお陰で」

「俺も固定兵装以外ぶっ壊れたんだけども。武器の再装備まで丸一週間っていうし」

「貴方はそれでもなんとか戦えるじゃないですか、わたくし、自慢ではありませんが接近戦不得意ですのよ。今回だって貴方と戦うから急ピッチで鈴さんや箒さんに教えて貰ったのですから」

 

 それでもデータよりナイフ捌きやばかったがなぁ………あっ。

 

「そういえばさ」

「はい?」

「約束、覚えてるよね」

 

 セシリアの体がビクついた。

 

「な、ななななんの事でしょうか」

「勝ったら相手の言うこと一つ聞くってやつ」

「きききき記憶に、ご、御座いませんわね!!」

「お前から言ったんだろうが」

 

 その証拠にセシリアの頬には赤みが指し、目線も一行に合わせてこない。

 

「さて、どうしようかなー。今まで負けたぶんもあるし」

「んぐぐ」

 

 勿論セシリアは覚えていた。

 果てはネット知識でぼんやりと男が何を求めるか大体知っているのだ。

 ここでセシリアの頭を覗いてみよう。

 

(なにを要求してくるのでしょう、疾風だって男ですわ、それなりの、あれも有りますわよね? わたくしも日本人の方々(箒さんは別)と比べたらそれなりのプロポーションは持っていますし。いやいや駄目ですわセシリア・オルコット! 将来結婚する仲でなければ。ですが貴族たるもの一度たてた盟約は守らなければそれこそオルコット家の恥。いやしかしですが………)

 

「セシリア」

「はいなんでしょうか!?」

「百面相して現実逃避しようしてるとこ悪いけどさ」

「ああああ良いですとも!! 何なりとお申しつければ宜しいわ! このセシリア・オルコット! やるとき決めたからにはやらにゅ!!」

「………」

 

 なにを想像してんだこのお嬢は。

 

「その事で相談」

「はいぃ!?」

「保留でお願い」

「はいぃぃ!!?」

「一旦落ち着け、深呼吸深呼吸」

「すーはー、すーはー、みっともないとこを見せてしまいましたわね」

「今更だ、俺は忘れんぞ。疾風・レーデルハイト殺人未遂事件」

 

 あれほどの劇的な再会は世界を探してもそうはないだろう。

 

「んんっ!! ………それで、保留とはどういう意味ですの?」

「別に今すぐなんかしたいとかそういうのはないし、それに、こういう有意義なカードは温存しておくべきじゃない?」

「そ、それは一理あると思いますけれど」

「それに今の俺は変に高ぶってるから勢い余って破廉恥なことを頼みかねんぞ」

「は、ははっ破廉恥!?」

「嘘だけどな」

「もうっ!!」

 

 こうしてセシリアとの初陣は辛くも俺の勝利に収まった。

 だがこれで満足してはいけない。もっと腕を磨いていかなければ、世界進出など到底なし得ない。

 だけど今は勝利を噛み締めよう。まだ俺と相棒のIS人生は始まったばかり。そしてこれから訪れるIS学園生活を楽しむとしよう。

 

 笑いながら逃げ出す俺を、顔を真っ赤にしたセシリアが必死に追いかけていった。

 

 空はあの日と同じ、鮮やかなオレンジに染まっていた。




 気合いを入れすぎて15000文字、頑張りすぎだ俺。
 セシリア原作より超強化でございます。これはでかいです。

 これにて入学編終了。次回から福音編でございます。お楽しみに。


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第二章 【堕天福音(エンジェル・フォール)
第8話【朴念神】


 IS学園のとある学生寮のとある廊下で、私は息を潜めていた。

 私にとってのある重大なミッションのためである。

 

 ドアからペットボトルとタオルを持った、この世界で二番目にISに乗れる男。疾風・レーデルハイトが出てきた。

 疾風が早朝からかトレーニングに励むという事は既にリサーチ済み。だがその疾風に用はない、用があるのはもう一人の男性IS操縦者だ。

 しっかりと鍵を閉めた疾風が消えたのを確認し、私は流れるような動きでドアに向かう。

 

 ドアを隔てるのは鍵のみ、だが流石IS学園、ピッキングは無理だ。前に試したので間違いない。

 ならばどうするか? 私は懐から鍵を取り出す。

 昨日一夏からくすねてきたものだ。問題ない、何故なら私と一夏はーーなのだから。

 

 部屋は当然のように静まり返っており、その奥のベットには一夏が健やかに寝息をたてている。

 

「………よし」

 

 私は直ぐ様行動に移した。

 学生寮の1025室に布すれの音が響いた。

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

「んあー、さっぱりした。しかし一気に暑くなったもんだ」

 

 早朝のランニングを終えた俺はシャワーを後にし、まだ湿り気のある髪をタオルで拭きながら更衣室を出た。

 

 セシリアとの試合から1週間、もう少しで7月に突入する。

 男1%女99%の疑似ハーレム空間にもなんとか慣れてきたものだ。うん、なんとか。

 男が二人入ってきたということなのか、学園の男子更衣室と男子トイレもつたないながら増えてきて環境も良くなってきている。更衣室は女子の更衣室のスペースを頂いたので一部の女子からクレームが来たらしいが、そんなの知らん。

 

 だが大浴場の時間割は変わらなかった。俺は特に気にしなかったが、風呂好きの一夏は大層に落ち込んでいた、もう膝を折り、目元らへんが黒い影が落ちたようだった。

 

 そしてその増設された更衣室に備え付けられたシャワーで汗を流す朝。

 増設されるまで部屋に戻って浴びなければならなかったので直ぐに汗を流せることにほんと感謝している。

 

「しかし、ここんとこの専用機持ちラッシュは凄かったわ。いやー至福至福」

 

 あのあとに専用機持ちから勝負を立て続けに挑まれた。なんでも俺とセシリアの試合に刺激されてうずいてしまったとか

 イーグルの武装がほぼロストしたものの。俺の興奮はそんなもので止められるわけもなく。固定武装+学園の武器を拝借して三連続の模擬戦を開いたのだ。

 

 まず、凰鈴音の甲龍。噂には聞いていた第三世代兵器である衝撃砲、これがまたマジで見えないこと見えないこと。

 空間の歪みと空気の流れの変化をイーグル・アイで計測してなんとか避けるもそれに重点を置きすぎてなかなか攻撃に転じる事が出来ずに押しきられて敗退。

 衝撃砲が鈴の視線に会わせて撃たれてたことにもう少し早く気付ければ変わっていたかもしれない。

 

 シャルロット・デュノアのラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡとは彼女のラピッド・スイッチには苦戦したものの、実弾をプラズマ・フィールドで防ぎまくり、相性で勝てた。

 しかし勝てたのはリヴァイヴの兵装のほとんどが軽量の銃器だった為だ、もしシャルロットがビーム兵器や重火器を多用するタイプだったら負けていた。それほどシャルロットの戦い方が上手かったのだ。

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒのシュヴァルツェア・レーゲン。なかなかいい線は行けたものの最後の最後でAICと大型レールカノンのコンボで敗退。

 距離を選ばない戦いとAIC、それと本人の軍人出身、しかも隊長というポテンシャルときた。単純な戦闘能力なら彼女が抜きん出ているだろう。

 AICに電撃が素通りすることがわかったので、武装が戻ってきたらもう一度試合したいものだ。 

 

 貴重な体験が出来た。その経験は決して無駄にはならない、それにつきる。

 その証拠と言って良いのか、代表候補生の面々との親睦も深まり彼女たちを敬称付けで呼ぶことも無くなった。

 そんなことを考えながらまだみんな寝静まっているだろう廊下を緩く歩く。

 

「ん?」

「あっ」

 

 この学生寮には身だしなみを整える為の鏡が等間隔で置かれている。

 その鏡とにらめっこしている武道少女はこちらに目を合わすなり即座に姿勢を正す。

 

「おはよう箒」

「お、おはよう疾風! 今日はいい天気だな!」

「そ、そうだね」

 

 確かに今日は空気も澄み朝日が美しい最高の朝だが、箒から感じる圧に少し怯んでしまった。

 なんだこの迫力は、まるで今から戦に向かう荒武者のようではないか。

 箒は部活の朝練で早い。ランニング帰りでお互い軽装で鉢合わせすることも珍しくない。

 なのに箒は既に夏服に身を包んでいた。

 

「箒」

「な、なんだ?」

「そんなに腹減ったのか? 朝練というのも中々ヘビーなんだな」

「ち、ちがう! いやちがくはないが」

 

 どっちや。

 

「そ、そうだ! 一夏を起こしに来たんだ!」

「一夏ならいつも俺が起こしているけども」

「べ、別に私が起こしに行っても問題はないだろう!?」

 

 問題はないけど、意味がない。一夏はどちらかというと寝起きは良い方だ。俺が戻る頃には大抵起きてるし。

 

 と、野暮なことを言ってはならないだろう。それは何故か。

 この篠ノ之箒という女子は織斑一夏に好意を抱いているからだ。

 なぜそんなことを知っているのか、理由は簡単だ。俺と一夏との反応が違いすぎるから。

 

 感情の裏返しなのかこいつは一夏に対してだけ直ぐに手を出す、口調が早くなる。そして赤くなる。

 日頃から観察眼を養っている俺にとってそれに気づくことはそんなに難しいことではなかった。てか誰でも気づくぐらい分かりやすいのだこの子は。

 箒だけではない、鈴やシャルロット、ラウラも同様。ラウラに至っては一夏のことを嫁と言っている、何故夫ではなく嫁なのかは知らない。

 

 もしやセシリアもそうなのでは? と思ってしまったが、見ただけではなんとなく分からなかった。親しげではあるが、他の四人ほど分かりやすくないから。

 

「わかった、じゃあ一緒に一夏を起こしにいこう。まだあいつ寝てるだろうし」

「そ、そうだな。そうしよう。そうしようとも」

「大丈夫か?」

「大丈夫だとも!?」

 

 と言う箒の表情はお世辞にも大丈夫とはいえない。額は汗で光り、体は震え、視線は目まぐるしく移動しまくっていた。

 そんな緊張するものなのか、一夏のとこに行くのが。

 そういえば入学当初で飯に行く途中で鉢合わせた時の慌てっぷりも凄かったような? 

 

「箒」

「なんだ」

「いや、なんかすげー難しい顔してるから。もしかして俺邪魔かな? うん、邪魔だよな。それなら俺先に学食にいくよ」

「ち、違う! その、悩みがあってだな!」

「そうなの? 良かったら聞くけども」

「いや、いい気にするな!」

 

 正直言うと、一人で行きたい箒。悩みなんて、態々疾風に言うほどのものではない。

 もしかしたら自分の一夏への想いがバレてるかもしれない。と。残念既にバレている。

 

 一人悶絶する箒をよそに俺は彼女を観察した。

 しかし、見ように見るに普通の運動系女子だ。あの篠ノ之束の妹だから専用機を持ってるかと思ったがそんなことはなく。入学事態も政府の意思だったという。

 ISは好きでも嫌いでもないとか。

 姉の話題を振ると凄い不機嫌で切れ長の目の切れ味がマシマシに増す。

 

「はい、俺と一夏の部屋に到着。ほんとに俺いなくならなくていいのか?」

「余計なお世話だ早く開けろ」

 

 明らかに不服そうなのだが。まあいい開けるとしよう。ドアノブを握って開け………ない。

 

「何をしてる早く開け」

「しっ」

 

 俺が真剣な顔で制止するのを見て何事かと箒は思った。

 

「どうした?」

「鍵が開いてる」

「はっ?」

 

 おかしい。一夏は戸締まりをちゃんとするほうだ、それに俺が出た後はちゃんと鍵を閉めたはず。

 それを知っていてか箒も顔を引き締める。

 

「なにか武器は?」

「し、竹刀ならある」

「構えといて、中に誰かいるかもしれない」

 

 俺はいつでもISを展開出来るように待機形態であるバッジを準備する。

 忍び足で部屋に入りベットの見える位置で立ち止まり箒にアイコンタクトをとっていく。

 

「行くよ………動くな! 手を上に上げて大人しくどうおあぁ!!?」

「ど、どうした!? ………む?」

 

 緊迫したなか突入した目の前に広がったのは全裸のラウラが今まさしく一夏の唇を奪おうと覆い被さっている。どういうわけか一夏もそれらしい抵抗をしていない。

 瞬時に顔を背ける俺をよそにベッドで絡み合う二人を見た箒の表情は正に虚無。二人の様を視界に捕らえるのが数秒間。自身の心の中にある導火線に火がつき、そして。

 

「いいい一夏ぁ! ななっ、何をしているかこの不埒者っ!」

 

 盛大に爆発した。緩みかけていた竹刀を力一杯絞め直す、パキッという音がした気がしたがそんなことは箒にとってどうでもいい。

 

「ま、待て! 箒! これは誤解だ!!」

「何が誤解だ! 何が! ええい、大人しく切られろぉぉ!!」

 

 箒は竹刀で一刀両断の構えをとる。竹刀とはいえ、防具無しの頭に容赦なく降り下ろされればただではすまない。

 

「天誅ーーっ!!」

 

 ラウラごと切り伏せんと降り下ろされた竹刀に一夏は死を覚悟した。

 ーーが、その竹の刃はギリギリのところで止まった。もとい、止められていた。

 

「勝手に嫁を殺されては困るのでな」

 

 ラウラの右腕だけに展開された黒いISアーマー、そこから放たれるAICによって箒の竹刀は止められていた。

 微妙に揺れ動く不可視の力場に捕まり、押しても引いてもびくともしないそれに箒の苛立ちがたまって行く。

 

「た、助かった…ん? ラウラ眼帯はずしたのか?」

 

 普段覆い隠されていない赤い目と違う金色の瞳に一夏は少し驚く。

 といっても俺はわからない、依然としてラウラが裸なので目を向けられないでいるのだ。

 

「確かに、かつてはこの目を嫌ってはいたが今はそうではない………………お前が綺麗だと言ってくれたからな」

 

 そばにあったシーツを持って、包まれたその体をモジモジさせながら言うラウラに心なしかドキドキする一夏。疾風は知らないが、少し前にラウラにキスをされた一夏はその記憶が鮮明によみがえっていた。

 そして、苛立ちを積み重ねていた箒はその面白くない状況に憤慨する。

 

「ちぇ」

「ちぇ?」

「チェェストォォォォ!!!!」

 

 気合一括、一刀入魂。僅かに緩んだ拘束を持ち前の火事場の馬鹿力をもってラウラのAICを振りほどきそのまま竹刀を降り下ろす。

 ずどむ! と音がして超高級なベットが凹む。

 

「一夏! 大人しく死ね!」

「自分が何を言っているのか分かっているのかお前は!」

「人の嫁に手を出すとは不躾な」

 

 ドッタンバッタンと平行線の争いが繰り広げられる。

 事態が混迷化したマイルーム。俺はチラっとラウラがシーツにくるまれているのを確認すると、急いでその場を沈静化しようと行動に出た。

 だが乱戦入り乱れるベッドの上、先程のラウラの裸を目の当たりにした俺は冷静さを失って間抜けにもその場に躍り出たのだ。

 

「おいおまえら、いい加減にしーーブッ!」

『あっ』

 

 結果、ラウラに降り下ろそうと上に上げた竹刀が見事俺の頭にヒット、動きがピタリと止まった三人はよろけた俺を見た。

 そのまま壁に背中を預けた俺は額に手を当てた、ほんのちょっぴりではあるものの、掌には赤い染みが。

 

 三人曰く、その時の俺の周りはユラッと揺らめいて見え、背後には阿修羅の姿があったとか。

 顔を上げると、三人はビクッとした。

 そして俺は三人の顔をジッと見てから二言。

 

「おまえら」

『はい』

「正座」

『はいっ』

 

 そこからしばらく、床で正座する三人に説教をする俺という珍妙な光景がしばらく広がったのであった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 場面変わり一年寮食堂である。

 

 一夏はほぼ被害者なのに重点的に怒られた気がするあのお説教、山田先生が来なければ延々と続いていたのだろうかと思えるほど疾風が怖かった。

 あんなに怒る疾風を見たことがないので一夏と箒とラウラは何も言えずにいた。

 軍人出身のラウラでさえ決死の反論に挑むも。

 

『なにか言ったか発情黒兎、発言を許した覚えはない。そもそも、お前にその権利があると思っているのか?』

 

 とド低音で返され撃沈。

 ラウラ曰く「教官に匹敵するぐらい怖かった」という。

 

 箒は竹刀で怪我をさせてしまったのを本気で反省、とにかく疾風に平謝りして「今後は無闇に振り回さないように」と注意される程度ですんだ。

 

 そしてその疾風は少し離れたところで野菜ベーグルをモッサモッサと食べていた。

 

「箒よ」

「なんだ」

「一夏が言ったことなのだが、一夏は奥ゆかしい女が好みらしい」

「………そうか」

「ああ」

 

 それを聞いた箒は奥ゆかしいを意識しているのかつまむご飯の量が極端に減った。もうチミチミと。

 こうしておとなしくしていると篠ノ之箒は和風美人と呼ぶに相応しい。

 日頃の男勝りな様、そして日本人離れの抜群のスタイル等が、それをより際立せている。

 

(考えると俺の周りには大人しくしていると美人という人が当てはまるのではか?)

 

 鈴しかり、千冬しかり。

 

「わああっ! ち、遅刻! 遅刻するっ!」

 

 と不意に珍しい声が聞こえた。

 お世辞にも落ち着いているとは言えない声の主は目についた定食をかっさらう。

 

「よ、シャルロット」

「あ、一夏。おはよう」

 

 ちょうど隣の席が空いていたので一夏が手招きして呼び寄せる。

 

「どうしたんだ? いつも時間にしっかりしてるシャルロットがこんなに遅いなんて、寝坊でもしたか?」

「う、うん、ちょっと………寝坊」

「へえ、シャルロットでも寝坊なんてするんだな」

「うん、その……二度寝しちゃったからね」

 

 大急ぎかつ、行儀悪さが出ないギリギリのラインで目の前の定食を食しているせいかシャルロットは微妙に歯切れの悪い言葉で受け答えしている。

 しかし気のせいだろうか、若干距離があるきが。

 

 一ヶ月近く一夏と同じ部屋で過ごした仲なので、なんとなくシャルロットがごまかそうとしている雰囲気はなんとなくわかるようになっていた。肝心なことは一切分からないのはお約束。

 

 そういえば、シャルロットは他の四人に比べて大人しいほうなのだろう、怒ると怖いが。

 箸の使い方も一夏がワンツーマンで教えていたので様になっている、日本人でも出来る人が少ない魚の骨もキレイに取ることも出来る、こういうのも別の意味で奥ゆかしい人なのではないだろうか。

 

 そんなシャルロットをマジマジと見ていると本人がその視線に気づいた。

 

「い、一夏ずっと僕の方を見てるけど。もしかして寝癖ついてる?」

「いや、ないぞ。ただなんつーか、改めて女子の制服を着てるシャルロットを見るとなんか新鮮でさ」

「し、新鮮?」

「おう、可愛いと思うぞ」

 

 やはりシャルロットも女の子。男子の制服よりも女子の制服の方が似合っている。だがひとたび男装してしまえば美少年の誕生である、世の中は平等ではないということを改めて思い知らされる。

 等の本人は誉められなれてないのか、顔がボッと赤くなってモジモジとしていた。

 

「いってぇ!」

 

 勿論そんな状況を容認するほど心が広くない一夏ラバーズの心中は穏やかな訳がなく。

 行きなり一夏の足にかかと落とし&頬をつねられる。

 

「人に奥ゆかしい女がいいといっておいて、随分と軽薄なことだな」

「お前は私の嫁だろ、私のことも誉めるといい」

「い、いきなりなんだよ!?」

 

 突然の強襲に一夏は慌てふためき、同じく何がなんだか分からないシャルロットはオロオロとしている。

 

 だが喧騒は突如襲いかかってきたプレッシャーに止められた。

 ビクッと跳ねた三人はそのプレッシャーの出どころに顔を向けた。

 

 全てを貫く剛槍のごとき眼差し、その先にはTHE阿修羅こと、一夏の現ルームメイトの疾風の姿が。

 疾風はしばらく一夏達に睨みをきかせた後。最後の一口を食べ、トレイを戻してスタスタと食堂から消えていった。

 先程の一悶着は霞のように消え去り、俺たちは黙々と食事に取りかかった。

 

「疾風機嫌悪そうだね、なにかあったのかな」

「別に」

「何も」

「ないんじゃないか?」

「?」

 

 何も知らないシャルロットはまたもキョトンと首をかしげ、自身の焼き魚定食をつついた。

 

 

 

 キーンコーンカーンコーン。

 

「うわあ! 今の予鈴だぞ! 急げってあれぇ!?」

 

 いつの間に消えたのか箒とラウラ、そしてシャルロットも既にダッシュしていた。

 一夏を置いて。

 

「すまない一夏、織斑先生のSHRに遅れる 訳にはいかない」

「嫁よ、私はまだ死にたくない」

「ごめんね一夏」

「うおおい! そりゃねえだろお前ら! まあ俺でもそうするだろうけどさ!!」

 

 一夏は急いで残りのご飯を急いでかっこみ、殆ど人のいなくなった食堂を後にした。

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

「ぐっもーにーん」

「goodmorning」

「おはようレーデルハイト君」

「はいおはよー」

 

 一夏達が慌てて食堂を出る10分前。

 気の抜けたコーラのような挨拶でも挨拶が返ってくるこの一年一組の教室。その最前列の席に座るやいなや体ごと机に雪崩れ込んだ。

 

 あー疲れた、身体的ではなく精神的に。

 俺は今朝の喧騒を思い出して肺の中の空気を全て出す勢いでため息を吐いた。

 

 一夏のアホンダラ、鍵盗まれるとか身の回りの管理がなっていない。自分が世界でどれだけ重要な存在になっているのかという自覚が足りなすぎる。相手が軍人だとか関係ないぞ全く。

 ラウラのやつも、全裸で人の寝床に潜り込むとは、ドイツではそれが主流なのか。羞恥心はないのか羞恥心は。

 箒も箒で落ち着きが無さすぎる、いやあれは仕方ないのだろうか。いやいや、竹刀で全力一刀はやりすぎだろう。本人が反省していたから三人の中で一番ましではあるけども。

 

 思い出すとまた気分が沈んできた。今俺大丈夫? 溶けてない? 力抜けすぎて溶けてない? 

 

「おはようございます疾風」

「あー、おはよーセシリア」

「まあ、どうしましたその絆創膏は。ランニング中に地面とキスでもしましたの?」

 

 そんなんだったら此処まで気疲れしてないだろう。

 とにかく誰かに聞いてほしい俺の気苦労を。

 

「実はなぁ」

 

 セシリアに話そうとすると、自動ドアが開く。一夏かと思って、敢えてそのまま話をしようと思ったが。入ってきたのは、その姉である織斑先生だった。

 まだSHRには早いご登場に教室がざわつく。

 

「いちいち私が出る度に騒ぐなお前ら」

「今日はお早いですわね、なにかありましたの?」

「なんだオルコット、私が早く来てなにか不都合なことでもあるのか?」

「そ、そんなことは」

「冗談だ。おいレーデルハイト、なんでそんなぐったりしている。男ならビシッとしろ」

「まだSHRじゃないので勘弁してください。大変だったんですよ今日の朝………」

「………ご苦労」

 

 何かを察してくれたのか、織斑先生は出席簿を上げることなくポンポンと頭をはたいてくれた。鬼の目にも優しさとはこのことか。

 俺は今回の黒兎朝這い事件ですっかり精神をすり減らされていた。しかし何時までも憧れの織斑千冬の前でだらける訳にもいかない。俺は机に手を乗せて力を振り絞り起き上がろうとした。

 が、俺の精神支柱は予鈴とともにポッキリ砕けるのであった。

 

 ビュオンっ! という一陣の風とともにオレンジの機械翼を背負ったシャルロットと一夏が教室の窓から颯爽登場。

 

「到着!」

「おうご苦労だったな」

 

 いるとは思わなかったのだろう、一夏は実の姉を何処ぞのUMAを見るが如く目を丸くし、シャルロットは色素が抜けたように顔を青くしていた。

 

「本学校ではISの操縦者育成のために設立された教育機関だ。そのため何処の国も属さず、あらゆる外的権力の影響を受けない、だがしかしーー」

 

 スパパァンッ! 今日も響き渡る出席簿アタック、これをくらうとマジで星が見えるらしい。因みに俺はくらったことがないというのはグループ内の密かな自慢である。

 

「敷地内でも許可されていないIS展開は禁止されている。意味はわかるな?」

「は、はい。すいません………」

 

 模範的な優等生のシャルロットが予想外の規則違反をしたことにクラスのみんなが唖然としているなか、俺は思っていた。

 シャルロットさん、まさか貴女も同類だったか。まともだと思っていたのに……

 お陰で力を入れていた手は瓦解、再度机に突っ伏した。横にいるセシリアはあらまぁって感じで手を口に当てている。

 しかし風と一緒に登場とは。これぞ正に疾風再誕(ラファール・リヴァイヴ)

 やかましいわ。

 

「デュノアと織斑は放課後教室を掃除しておけ、念入りにな」

「「は、はい」」

 

 二人揃って意気消沈、因みに箒とラウラはその横を難なくすり抜けて着席という赤の他人っぷりを発揮していた。

 

「さて今日は通常授業の日だ、IS学園とはいえお前たちもそこら辺の高校生と一緒だ、赤点など取ってくれるなよ?」

 

 隣の一夏のみならず所々からくぐもった声が漏れた。

 

 IS学園はIS関連授業に割いているとはいえ一般的な国数社理英の五教科は存在する。中間テストはないが期末テストはある。これで赤点を取れば実質長期休みは消えるといっても良い。

 といってもこのIS学園、世界でひとつしかないだけに普通の高校と比べて入学倍率が異常に高い。その値なんと一万倍。なので周りの皆は普通の女子高生に見えて大変頭の良い方々、なので赤点を取るということは少ない。

 

 だが男というだけで入ってきてしまった織斑一夏という男はそうはいかないということだ。

 俺? ふふん。初期テスト学年三位(仮)を嘗めないで頂きたい。

 

「それと、来週から始まる校外特別実習期間だが、全員忘れ物はするなよ。三日間学園から離れるとはいえ授業の一貫だ、自由時間は羽目を外し過ぎないように」

 

 七月頭の二泊三日の特別実習期間、すなわち臨海学校。その初日は丸々自由時間、IS学園とはいえ花の十代女子である彼女らも思いっきり海を満喫できるとテンションメガマックス。各々は先の海を夢見て水着談義にわいていた。

 

 だが俺にとって楽しみなのは二日目だ、二日目はISの各種装備テストなのだが専用機持ちは国や企業から送られる装備の試験テストを行うのだ。

 聞くとイーグルにも試作パッケージが来るらしい、やけにペースが早いと思う。夕方らへんに連絡入れてみるか。

 

 しかし海か、水着買いにいかねえとな。今週末ぐらいに。

 確か学園近くにどでかいショッピングモールがあったはず、あそこなら種類も多いだろう。

 

 というのもISが出てからの女尊男卑の世の中、男性用の物が女性用の物に覆い尽くされ数が少ないのだ。酷いときは男性用が数種類という酷さ、商売的にどうなのそれって感じだ。男女ともに売れればそれだけ売上があがるというのに。男性ものが数えるほどしかないからか女性専用店と明記しない、意味がわからない。

 

「ではSHRを終わる。各人、今日もしっかりと勉学に励めよ」

「あの、織斑先生。今日は山田先生はお休みですか?」

 

 そういえば朝はいたのに教室にいない。

 エネルギッシュなクラスでも真面目タイプな鷹月静寢さんが質問する。

 専用機を受領したときに同じクラスの相川さんが「こちらうちのクラスのホークちゃんです! イーグルとセットでどうですか!」と意味不明な理由で連れてこられて恥ずかしがっていたのを覚えている。

 

「山田先生は郊外学習の現地視察を担当しているので今日は不在だ」

「ということは山田先生だけ一足先に海へ?」

「ズルい! 私達に一声かけてくれてもよかったのに!」

「でもまって、もしかしたらアッチでナンパされてたり?」

「なっ!? 欲にまみれたチャラ男が絡んでくる?」

「いやぁぁ! 私達の癒しオッパイがゲス男の毒牙にぃぃ!」

 

 凄い言われようである。

 確かに低身長と童顔に加え人の目を引く超ド級バストというトランジスタグラマーな彼女は格好の的だろう、二次界隈だとウス=異本のネタにされそうな危ない魅力を持つ人だ。

 でも決してお前らの乳ではないと言っとくぞ。心のなかで。

 

「勝手に盛り上がるな姦しい。山田先生は遊びではなく仕事で行っているんだ。それにお前たちが心配しなくてもそこら辺の軟弱なやつに山田先生を御すことなどできない。さあ授業を始めるぞ、さっさと教科書を開け」

「はーい」

 

 普段から元気に溢れて暴走しがちでも切り替えは大変優秀な一年一組。

 俺も教科書を開いて授業に没頭した。

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 夕方時、やはり気になったので母さんに電話してみた。

 

「じゃあ予定通りお願いね。また延期なんてやめてくれよな?」

「もう疾風ったら引きずりすぎ、ちゃんと万全の状態で送っといて上げるから安心しなさいな」

 

 まあ前回の遅れはコアの問題だったし、装備だけなら問題はないか。

 

「それより海かー、いーなー。お母さん長らく行ってないから羨ましい」

「授業の一貫だっつの」

「それでも一日目は完全に自由時間でしょ? いーないーな。私も学生として潜り込もうかしら?」

「CEO、オフの時に夫婦水入らずでゆっくりどうぞ」

 

 外見若そうに見えても流石に高校生はギリギリではないか、良くて大学生に収まる。

 いや、もしかしたらいけちゃうのでは。

 

「はいはーい。あ、疾風」

「なに」

「男足るものサンオイルの塗りかたぐらいはマスターしときなさい」

「なんで?」

「なんでもよ! じゃあね」

「あっ、ちょっ」

 

 ………言いたいだけ言って切りやがった、相変わらずというか、少女成分抜けてないんじゃないかあの母親は。それで仕事バリバリキャリアウーマンって、我が母親ながら世の中分からぬものよ。

 てかサンオイルってなんだよ。いや何かは知ってるけどさ

 

「良いよなー。疾風は追加装備つけれて」

 

 そういったのは台所で飯を作る一夏だ、たまには自炊しないとというのが一夏のモットーなので週に数回はこうして自炊している。

 

「倉持技研からなんも来てないのか?」

「来たとしても白式につけれない」

「あぁ」

 

 ファーストシフトから使える白式の零落白夜と呼ばれるワンオフ・アビリティー。

 そのバリア無効化という常識を逸した超特化型攻撃能力は、その代償に白式の拡張領域を埋め尽くしている為、後付装備の量子変換を行えないというそっちの意味でも規格外なのだ。

 ワンオフ・アビリティーは外付けの能力のはずだからバスは圧迫しないはずなのに、謎だ………

 

「まあ逆に考えればそれ以外の物に集中出来る分けだろ?」

「ものは言いようだな」

「それに不器用なお前が今でも満足のいく戦いかたが出来ないのに他のことやっても切羽詰まるだけだろ? 昨日の射撃授業酷かったろお前」

「反論できない自分が悔しい」

 

 反論出来るようになるまで頑張りたまえよ。

 

「ほい、肉野菜炒めの完成」

「はいはい頂きます。んん。やっぱりうまい」

「そりゃよかった」

 

 うん、本当に美味い。俺も料理は多少出来るが、一夏には負けるとここ最近思ってる。

 ご飯が止まらない。

 

「ところで一夏よ、今週末水着買いにいくんだけど、一緒にどうよ」

「ああ悪い、俺シャルと買いにいく約束してさ」

「シャル?」

「シャルロットのこと、呼びやすそうで親しみやすいだろ?」

「お、おう。そうなのか?」

「でもさ。ちょっと気になる事があってな」

「んん?」

「シャルに買い物に付き合ってくれと言ったんだけど、何故か一瞬シャル落ち込んだんだよな、なんでだろうな?」

「…………」

 

 ええっとこれは。状況証拠がまるでなくても、なんとなく読めてきたぞ。

 

「一夏、お前シャルロットに頼む時何て言った?」

「一緒に水着を買いに行こうぜ」

「その前は」

「えーと。付き合ってくれ、だけど」

「………」

「どうした疾風、そんな顔しかめて」

 

 お前………この問答で顔をしかめるなって、なんて酷なことを言うんだ。

 

 大体わかった、恐らく一夏はシャルに何気なしに「付き合ってくれ」と行ったのだろう。

 一瞬舞い上がったシャルロットはその次の「水着を買いに」という迎撃ミサイルで墜落した、というところか。なんて残酷な仕打か。

 

 ここ数週間一緒に過ごしてみてわかったことだが。この織斑一夏、とても鈍感で朴念仁な男なのである。

 いや、そんな簡単な言葉で表して良いレベルではない。傍目から見て明らかに「いやそういう意味じゃないだろ!?」「いやなんでそこに行き着く!?」というムーブをする一夏。

 先に入学していたセシリア曰く「他人だと分かっても涙が出てきそうなくらい一夏さんは鈍いのです」という始末。

 故に俺は一夏のことをラノベ主人公を超越した存在、【朴念神】と呼称している。自分でも良いネーミングと自負している。

 

「一夏よ」

「なんだ?」

「いっぺん死ね」

「なんでだよ!?」

「馬に股間蹴られて死ね」

「二重の意味で死ぬわ!」

 

 とりあえずシャルロットには「存分に我が儘言ってやれ」とメールしておこう。

 それぐらいの役得はあってもいいはずだ。

 

 目の前のなにがなんだか分からないとほうけている男に呆れながら、その男が作った肉野菜炒めを口に放り込んだ。

 

 




 最新話が長くなりすぎたので切りました。
 次は早めにだせる、かなぁ?

 織斑一夏は鈍感というワードだけで表しきれないと思います。ほんとこの主人公ほど鈍いキャラを私は見たことかありません。
 そこもまた、魅力的な男でありますが。

 凄い余談ですが。今日誕生日でございます。25歳になりました


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第9話【ミサンドリー】

インフィニット・ストラトス、10周年おめでとう!


「一夏、次あっち!」

「お、おいシャル! そろそろ水着買わないと」

「水着なんてそうそう無くならないよ。ほら、行こっ!」

「わかった! わかったから引っ張るなって」

 

 後日、約束通り一夏はシャルロットと共にショッピングモール【レゾナンス】に来ている。

 交通網の中心地に直結した日本でも最大級の規模を誇るこの場所は『ここで無ければ市内の何処にもない』と言われる凄い場所である。

 

(しかしさっきは不機嫌だったのに、今は凄い元気だな。元気すぎる気もするが)

 

 そう、モノレールから降りたときのシャルロットはそれはもう膨れっ面だったのだ。

 だが一夏が「今日はシャルのお願いは可能な限り聞くから」の一言で手を握ることを提案した。

 そこからシャルロットは止まらなかった。

 あらかじめ疾風が双方に申告したお陰でストッパーが外れ。様々な店を見て歩き、喫茶店でパフェを食べたり、そしてまたレゾナンス内を見て回るなど、当初の目的をよそにシャルロットは思いっきり一夏との時間を満喫していた。

 

(一時はどうなるかなと思ったけど。一夏とこんなに一緒に遊べるなんて。疾風には感謝しないと♪)

 

 これ以上ないくらい上機嫌のシャルロット。そんな彼女を見て一夏も釣られて楽しんだ。

 が、二人の和気あいあいの姿に、心中穏やかではないものが。一人いた。

 

 

 

 

 

 端から見たらデートととられるその二人を見る二つの影が自動販売機の後ろから覗いていた。

 一人は躍動的なツインテール、もう一人は優雅なブロンドヘアー。

 中国代表候補生の凰鈴音とイギリス代表候補生のセシリア・オルコットであった。

 

「あの、鈴さん」

「…………」

「何故わたくし達はこんなコソコソと後をつけていますの?」

 

 元々は鈴とセシリアは別々でこのレゾナンスに来ていたのだが。一夏シャルペアを発見した途端この追跡コンビが誕生したのだ。

 といっても、鈴がセシリアを強制的に引き込んだのだが。

 

 で、巻き込まれた側のセシリアは何度も鈴に呼び掛けているのだが。当の鈴から謎の覇気が溢れており迂闊に踏み込めないでいるのだ。

 

「あの、鈴さん。聞こえています?」

「……………………ねぇ」

「な、なんですの?」

「あれって、手握ってない?」

「に、握ってますわね」

「レゾナンスに来てからずっとよ、ず──っと」

 

 そうがっしりと、一夏とシャルロットの手は繋がれておりシャルロットからは明るいオーラが出ている。

 そして対極的にほぉうと赤黒いオーラが鈴から滲み出る。

 

「あれって、デートかな? 凄い楽しそう」

「えーと。俗世的には、間違っていないのでは?」

「そっかぁ、見間違いでも白昼夢でもなく……やっぱりそっか………………よぉし殺そう!」

 

 いつ展開したのか鈴の右手には甲龍のマゼンタアーマーが部分展開されていた、チャームポイントであるツインテールが怪しく揺れ、目には光がない。明らかに正気を失っている。

 これはまずい、と思ったセシリアは今にも走り出そうとする鈴を必死に引き留めた。

 

「お待ちになって鈴さん! 何をするつもりですの!?」

「離せぇ! あの二人をあのままにする訳にはいかないのよ!」

「だからってこんな公共の場でISを展開するなんて駄目ですわ! 落ち着いてくださいまし!」

「んがぁぁっ」

「こんなところ誰かに見られて通報でもされたら確実に罰則を受けますわ。最悪本国に強制送還、一夏さんとも一緒に居られなくなりますわよ!?」

「うっ! うぅ、うー」

 

 一夏の名前を出して甲龍を量子変換で戻した。ようやく止まってくれた。セシリアはフゥと息を吐いた。

 

「…………じゃあどうするのよ。あのまま二人をほっとけって言うの?」

「うーん」

 

 恐らく一夏とシャルロットは偶然ではなく予定してここに来ている。あらかじめ約束して二人でいるのなら、シャルロットの好意を考えれば邪魔するのは無粋。

 だが一夏が他の女の子と歩いているのに良い思いをしない鈴の気持ちも理解している。やりすぎではあるが。

 

 どうしたものかとセシリアが思案にくれていると、突然鈴が聞いてきた。

 

「ねえセシリア」

「はい」

「今まで曖昧だったけどさ。あんたって一夏のことどう思ってるの?」

「どう、とは?」

「好きなの? あいつのこと」

「好き……それは友愛的な意味で? それとも」

「恋愛的な意味でよ。あんたは一夏を気にかけているけど。箒とは違う感じがするのよ。今まで触れてなかったけど、この際ハッキリしときたくて」

 

 セシリアが一夏にISの指導や座学を教えていることを鈴は知っていた。たまに弁当を贈ることもあるし、基本好意的に接触してはいる。だがそれが恋愛からくる物なのか、そこら辺が何処か鈴には曖昧だったのだ。

 

「確かに一夏さんは魅力的な方です。ある意味わたくしの理想の男性像に当てはまるかもしれません。ですが、わたくしの一夏さんへの想いというのは、恋慕のそれとは少しばかり違うものだと思います」

「というと?」

「鈴さん、今この世界の世間一般的な男性はどういう存在だと思いますか?」

「え? そりゃあ。ISが出てきてから男の立場はというか、価値観は変動してると思うけど」

 

 そう、女性にしか動かせないISが出現してから世界は一気に女尊男卑社会に傾いた。

 当初の差別はそれはもう酷い有り様だったという。現にセシリアの幼馴染である疾風もその被害者だ。

 

「今の男性は世界の状況に影響され、女性の顔色を伺い、媚びへつらう人が増え続けています。わたくしはそのような男性が嫌いでした。ですが一夏さんは違いましたわ。わたくしと初対面で対決した時に。臆せず、わたくしの目を真っ直ぐに見て勇敢に戦いを挑んできました。その時思ったのです。もしかしたら、一夏さんはこれからの世の男性を引っ張っていく存在になるのではと」

「買いかぶり過ぎじゃない?」

「そうかもしれません。ですが、一夏さんにはこれからも強くなってほしい。そして、一夏さんを見て男性が自信を取り戻し、今の世の中が良い方向に変わるのではないか。わたくしはそう思っていますわ」

 

 そしたら、父のような存在が少しでもいなくなるのではないか、と。

 今の一夏は世界で最も注目されている者の一人だ。その男が女性だらけのIS学園で立派に過ごしていると知られれば、世の中の見方が変わる、セシリアはそう考えていたのだ。

 

「じゃあセシリアにとって一夏のことは」

「ええ、大切な友人でありライバルですわ」

「そっかぁ……」

 

 鈴は内心ホッとしていた。

 セシリアは贔屓目に見ても美人で貴族らしい優雅さを持っている。

 もしセシリアがライバルになろうものなら、相当手強い相手になっていたことだろう。

 

(まあ、たとえそうだったとしても負けるつもりは無かったけどね)

 

「あ。じゃあ疾風は?」

「ええっ?」

 

 セシリアが若干狼狽えた。

 

「な、何故疾風が出てきますの? 疾風も一夏さんと同じく親友でありライバルですわ」

「じゃあなんでアタシ達には敬称付きで疾風だけは呼び捨てなのよ」

「それは昔からの知り合いでその時に呼び捨てで呼んでいた名ごりですわ」

「ほんとにー? 実は好きなんじゃないの、疾風のこと」

「違います! わたくしは疾風をそういう目では」

「誰か俺を呼んだかねー?」

 

 間延びした声の方に振り向くと、噂の中心である疾風がラウラを引き連れてニヨニヨしていた。

 

 

 ──ー◇──ー

 

 

「うぃっす。奇遇だな二人とも」

「は、疾風!? とラウラさん? え、今の聞いてました!?」

「ん? 別に話の内容は聞こえなかったが?」

「そうですか」

 

 何処か安心したセシリア、変なの。

 

「珍しい組み合わせね。どっちが誘ったのよ?」

「私と疾風は偶然出くわしたのだ。それ以上でもそれ以下でもない」

「実は近くで一瞬IS反応があったからさ。何事かと思って駆け付けたらラウラとバッタリよ…………でだ」

 

 クイッと眼鏡をあげる。視線の先はセシリアではなく、横の鈴だ。

 視線に捕らえられた途端、鈴の小柄な体躯はビクンと跳ねた。

 

「反応としては甲龍だった気がするんだよねー。一瞬だったから見間違いだったかもしれないけど。鈴」

「はひっ!」

「まさかこんな公共の場でなんのトラブルにも遭遇してないのに無断でISを展開したなんてないよね? 国の看板背負ってる代表候補生だもんね? そんなことないよね?」

「そそそ、そんなことないわよっ」

「セシリア」

「ダウトですわ」

「セシリアぁぁぁぁ!!」

 

 ものの見事に見捨てられた鈴はセシリアの肩を掴んで揺さぶる。

 

「あんた! 友人に情けとかないわけ!? お得意のノブレス・オブリージュは!?」

「どうみても鈴さんがギルティですし、対象外ですわ」

「んああぁぁ!」

「鈴」

「ひぅっ!」

 

 錆びたドアのように首をこちらに向ける鈴。鈴から見た俺の目は、光に反射されたレンズで見えなかった。

 

「今すぐ反省するか、織斑先生に報告されるか──ー選べ」

「申し訳ございませんでしたぁ!」

 

 コンマ秒で降伏した。ブリュンヒルデのネームバリュー凄いな。

 

「もうしない?」

「祖国に誓って!!」

「よしっ」

 

 顔から汗をびっしりかいた鈴の顔を見て反省の意図を汲み取った俺は辺りを見回した。

 

「ここが監視カメラの死角でよかったな。あったら一発アウトで本国強制送還だったぞ」

「うぅ、セシリアと同じこと言わないでよ……」

 

 当然だろうが。

 まったくシャルロットといいラウラといい鈴といい。色恋に染まった代表候補生の頭は総じてメルヘンお花畑なのか? 

 専用機持ちの責任をもて、責任を。

 

「で? お前ら二人揃ってこんな片隅で何してたんだ?」

「あっ、そうだ一夏!!」

 

 鈴は急いで物陰から表を覗いた。

 

「シャル、そろそろ水着買いに行こうぜ」

「そうだね。一夏はどんなの買うの?」

「そのへんにあったもんかなぁ。シャルは?」

「ぼ、僕!? えーと、色々選んで、一夏に決めてもらおうかな? 良い?」

「俺でいいなら大丈夫だぞ」

 

 釣られて物影から覗いてみると一夏とシャルロットの姿が。

 あー、鈴が無断展開した理由ってもしかしてアレ? だよなきっと。

 

「む、シャルロットと一夏ではないか」

「ちょちょちょっ! ラウラ!」

 

 二人を見るや物影から迷うことなく出ていくラウラを鈴が思いっきり引き止めた。

 

「む、何をする」

「あんた行ってどうするつもりよ!?」

「決まっている、二人に交ざりに行く」

 

 ドきっぱりと言うラウラに鈴はあがががと開いた口が塞がらない。自分にはないその素直な様に圧倒されたのだ。

 

「ではな」

「ま、待ってよ!」

「今度はなんだ。私は一刻も早く混ざりたいのだ」

「あんた軍人の癖に前情報無しで飛び込むわけ!? そこまで猪突猛進なのあんたの部隊は!」

「何を言う、そんなわけないだろう」

「でしょ? ここは追跡して二人がどんな関係になってるか見極めるべきでしょ?」

「確かにそうだな。良いだろう乗ってやる」

 

 どんな関係もなにも、一夏に限ってそんな可能性あると思ってるのかこの二人は。

 かくしてなにがなんだか分からないノリで即席追跡コンビが結成されたのであった。

 

「むっ、対象が動いたぞ」

「追うわよ!」

 

 二人は物影から抜け出し、一夏とシャルロットを追いかけていった。

 

「…………置いてかれましたけど」

「巻き込まれただけでしたし。やっと解放されましたわ。ふぅ」

「それはそれは」

 

 さぞつれ回されてたんだろうね。

 ポツンと取り残された英国コンビは中独コンビ追うことなくただ立ち尽くしていた。

 

「ところでセシリアさんや」

「はいなんでしょう」

「実は俺水着を買いに来た訳なんだ」

「あら、わたくしもですわ」

「それでね、提案があるんだけど。俺が買う水着少し見てくれないかな。いや別に変なのとか奇天烈な代物を買う訳じゃないけど。やっぱ女子からの価値観というのがわからないわけでさ」

 

 事実99%女子の中に水着一丁で飛び込むわけだから、大丈夫だとは思うが、念のため。

 

「いいですわよ」

「ほんと? 助かるわぁ」

「ですが条件があります」

「え、なに?」

「わたくしの水着も見てくださいな」

 

 は? いやいやなに言ってんだこの子は。

 男子と女子の水着なんてジャンルが違うレベルじゃん。実際違うけど。それに貴方モデルやってるでしょ? こんな服装レベルノーマルな俺に態々選んで貰わなくても。

 でも一から選ぶ訳じゃないだろうし、それだけで俺の見てもらえるなら。

 

「いいけど、俺でいいのか?」

「ええ、男性の意見も聞いてみたいですし」

 

 男性の意見、その言葉に少しドキリとする。

 

「それって…………一夏に見せるため?」

「? 何故一夏さんが出てきますの」

 

 何故ってそりゃあ…………

 

「……お前一夏のこと好きじゃないの?」

「えっ!?」

「いや、久しぶりに再開したときに一夏のこと熱く語ってたじゃん」

「それは違いますわ!」

「うおぉおっ!?」

 

 セシリアが凄い勢いで迫ってきた、近い近い近い! 

 

「あの時は疾風を説得するのに熱が入っただけで。別に一夏さんのことをそういう目で見てませんわ!」

「あー、そうなの?」

「そうですわ。一夏さんは私のライバルであり親友です」

「わかった、わかったから離れてくれ。近い」

「あ、ごめんなさい」

 

 すごすごと離れるセシリア、まだドキドキしてる。

 しかしそうなのか。俺は無意識に胸を撫で下ろしてホッとする。

 ………………ん? なんでホッとした俺。

 

 とりあえず目的は決まった。俺とセシリアはレゾナンスの水着コーナーに足を進めた。

 

 

 ──ー◇──ー

 

 

「おー、品揃えがいい」

「本当ですわね。では、水着を選んできますわ」

「おう、10分ぐらいでいいか?」

「20、いえ15分で。女性は服選びに時間がかかる物ですのよ」

「わかった、じゃあまたこの場所で」

 

 セシリアと別れた俺は早速自分の水着を選別した。

 といっても俺はそこまで拘る趣向ではないので。良さそうなのをザラッと三つほど。どれも寒色の青系ベースだ。

 

「ん──」

 

 …………どうしよう。ものの1、2分で終わってしまった。そこまで服装にこだわらない俺は女子と違って時間がかからないらしい。

 適当にブラついてみるか。もしかしたらいま持ってるのより良いのがあるかもしれないし。

 しかしこう男一人でブラブラするのもなー。誤って女性水着コーナーに立ち入らないようにしないと。

 

「そこのあなた」

「…………」

 

 突然名前も知らない女性に声をかけられた。逆ナン? な訳ない。それならこんなトゲがあるような声するか? 

 俺じゃない、きっと俺じゃない。

 

「聞いてるの、そこの貴方よ」

「はい?」

 

 俺でした。

 出来るだけ表情に出さないように取り繕って女性に顔を向けた。

 

「俺ですか? なんでしょう?」

「この水着、片付けておいて」

 

 脈絡もなく、女はそういってバンと持っていた買い物かごを俺の足元に放り投げた。かごが俺のつま先に当たる。

 

 ISが普及してからの10年で女尊男卑の風潮は加速。現にこうして男がこうして歩いてるだけで「お前頭大丈夫か?」って無茶ぶりを命令されることが少なくはない。

 こういう女尊男卑主義者(ミサンドリー)の総本山、そのなかでも過激派が揃っているのが女性権利団体、通称女権団だ。この女権団の勢力増加に伴いこのようなことが頻繁に起こるようになった。

 

「すいません、よく聞こえなかったです。もう一度言ってくれます?」

「その水着を片付けておいてって言ってるの、何回も言わせないで頂戴」

 

 このアマ。

 見たところ俺より少し年上なぐらいか? てか俺の外見見て誰か気づかないのか、気付いてこんなことを言っているのか。それとも俺の知名度がそこまでなのか。

 しかもここは男性水着コーナーだぞ、女性水着コーナーは目と鼻の先だとはいえ。つまりこの女は態々男のテリトリーに来てまでこんなことをしているということ、ご苦労なことで。

 まあいい、とりあえず俺の答えは始まる前から決まっている。

 

「お断りします」

「はっ?」

「お断りします。貴女にそんなことを頼まれる義理はないので」

 

 口許だけに笑みを浮かべて丁重にお断りする。ここで引いてほしかったが、勿論そんなことで引くミサンドリーではない。

 

「ふうん、そういうこと言うの。貴方、自分の立場がわかっていないみたいね」

「そういう貴女は何様ですか? 国の女王様か何かですか?」

「貴方、口の聞き方がなってないわね?」

 

 女性の額に青筋が浮かぶ。短気な人だな。

 

「生憎俺はあんたの奴隷なんかじゃない。もう一度言う、お断りだ。他を当たってくれ」

「そう、ならこっちにも考えがあるわ」

 

 そういって女性は警備員を呼ぼうとする。この女尊男卑の世の中、『いきなり暴力を振るわれた』と言えば世論は女性に味方し、男性は濡れ衣を着せられる。本当に歪んだ世界だ。

 世間でもこういう男性に対する冤罪事件が多発し、大きな社会問題にもなっている。

 しかもこれは大人に限ったことではなく、酷いことに子供にもその兆候があるのだ。

 

『貴方お金持ってるんでしょ、私たちに貢ぎなさいよ』

『私たちより偉いつもり? 男が女より上な訳ないじゃない!』

 

 …………あー嫌な記憶が蘇る。糞っ、糞っ、糞っ、糞ったれが。

 だが違う、俺はあの時とは違うぞミサンドリーのクソビッチども。

 

「何をするつもりです?」

「警備員を呼ぶのよ」

「俺は貴女になにもしてませんが?」

「そんなの関係ないわ! 女の命令を断ることが何を意味するか思い知らせてあげるわ!」

 

 女はヒートアップしてるのか途端に早口になって捲し立てる。

 

「俺はなにもしていない、あんたに触れてさえもいないのにか?」

「それでも私がお前に何かされたと言えばお前の人生は終わりよ! 裁判を起こしてあげるから覚悟なさい!」

「冤罪が明白なのにか?」

「そんなの私の発言で幾らでも覆る! 男に人権などない、男は一生女の言いなりでいればいいのよ!!」

 

 腐ってる、こんな事を平然と言えるなんてどうかしている。目の前にいる人間は同じ人間なのだろうか。俺の目には醜いモンスターに思えてならない。

 

「では、貴女は見ず知らずの俺にこの水着を片付けさせるのを拒否されたのに逆上し、俺にありもしない罪を擦り付けると? そういうことですか?」

「そうよ、それのなにが悪いのよ!?」

 

 まだるっこしいとイライラをぶつけてくる女。

 血管が切れないか心配だ。

 

「そうですか」

 

 俺はニッと笑った。

 

「ありがとうございます」

「…………は? いまなんて言ったの?」

「ありがとうと言ったんです」

「…………は?」

 

 二回も言うな、凄い滑稽だぞ。

 女は信じられないものを見たような目をしている。

 

 あんたが自分を女だということをカードにするならば、俺も切り札を出させてもらうことにする。

 俺は呆気に取られている女の前にあるものを取り出して見せた。

 それは手のひらサイズに収まる長方形の物体、マスコミとかが持ち歩いているある機械だ。

 

「なんだか分かりますこれ?」

「そ、それって」

「はい、ボイスレコーダーです」

 

 女の前でボイスレコーダーを振ってみせると、女の視線が面白いように吸い寄せられていた。

 

「世の中物騒ですからね、いつも持ち歩いてるんですよ。この中には貴女との会話が全て録音されています、おっと!」

 

 女がボイスレコーダーを奪わんと手を伸ばすのを容易くかわすと、女の顔が先程の余裕を噛ましていたと思わないぐらい焦燥に染まっていた。

 

「おやおや、人の物を奪ってはいけないって親に習わなかったのですか? それとも男の所有物なら問題ないと?」

「貴方! 一体なにをする気なの!?」

「なに、とは?」

「それで私を脅すつもりでしょう!?」

 

 さっきまで脅しにかかっていた癖にどの口が言うんだ。本当に世界の中心にいる気でいるのか? 片腹痛いわ。

 

「そんなことしませんよ。日が経ってから後ろから刺される案件じゃないですか」

「じゃあなにが目的なの!? 金!? それとも私の体目当て!?」

「…………」

 

 呆れて物が言えないとはこのことか。俺は目の前の人物を汚物を見るような目で見下す。

 生憎必要最低限の金はもってるし、体? 誰がお前みたいな醜女を抱くか、吐き気がする。

 これ以上ダラダラ相手をしてもイライラが増すだけだと理解した俺は速急に要件を纏めあげた。

 

「裁判を起こします」

「…………さい、ばん?」

「はい。私が貴女を訴えます。恐喝と名誉毀損で」

 

 カタカタと女は小刻みに震え出した。

 

「さ、裁判で男が女に勝てると思ってるの?」

「確かに今のご時世では俺が勝つ確率は低いですね。でも確固たる証拠であれば話は別です」

「そんなレコーダーだけで…………」

「気づいてます? ここ、監視カメラから丸見えなんですよ?」

「!?」

 

 女は慌てて辺りを見渡した。そこには後ろと右斜めから見つめる二つのカメラが。

 

「女性が高確率で裁判に勝てる要因。それは証拠不十分からの女性発言優位による男性側の冤罪がほとんど。ですがこれだけの物理的証拠、そして信頼できる弁護士さえあれば、男性側が勝つことなど造作もないんですよ」

 

 眼鏡をあげて顔面蒼白となった女を睨み付ける。女は蛇に睨まれた蛙のように動かなくなった。

 

 ああ、最高だ。

 

 女尊男卑主義者の高い鼻をへし折る瞬間は何回見てもたまらない。

 俺の外見は至って平凡のそれだ、眼鏡をかけて陰気っぽく見えるのか知らないがたまに絡まれることがある。

 

「パッと見冴えないガキンチョなら簡単にカモれると思ったのか? 残念でした。裁判が終わった後のあんたの環境がどうなるか楽しみだね? じゃあさようなら」

 

 女に背をむけて俺はそのまま立ち去った。

 さて、そろそろセシリアと合流するか。多分もう決まっただろうし。

 無論さっきのは脅しではなく本気。水着を買ったあとはうちのお抱えの弁護士さんにこれを渡しとくとしよう。

 裁判所に赴くのは正直面倒だが、記録を残していたらそれこそ後ろから襲われかねない。

 とも、限らんか。

 

 突然何かが揺れる音がしたと思って振り向くと、さっきの女が必死の形相で先程俺に放っていた買い物かごを下から俺に当てようとしていた。

 なるほど、下からやれば水着の陳列棚からうまい具合に監視カメラの視線をそらせるって訳か。

 

 女は焦りに焦っていた。此のままでは自分の女としての立場が危ういと。だからバックを当ててよろけたところで俺からボイスレコーダーを取り上げてから警備員をよんで「この男に脅された」と大声を張り上げれば状況を打開できると思ったのだろう。

 

「フッ」

 

 思わず笑みがこぼれた。

 馬鹿が、お見通しだっての。これでわざと当たって適度に痛いふりをすれば傷害罪も加わってお前はチェックメイトだ。

 俺はあえて受け止めず、そして直撃しないように体をそらして受ける構えをとった。

 

 だが買い物かごは俺の腕に当たることはなかった。

 

「私の生徒になにをする?」

 

 振られた買い物かごをガシッと止めたのは、いつものスーツ姿の織斑先生だった。

 え、いやいや。なんでここに先生が? 

 

「むっ? お前は一年八組の生徒だな。何故こんなことをした」

 

 え、こいつIS学園の生徒かよ、しかも同学年。それなら俺が疾風・レーデルハイトだと知っていたはず。いや知っていた上で吹っ掛けてきたのか。

 

「こ、こいつが私を一方的に脅したんです!」

「ほう、それは本当かレーデルハイト」

 

 呆れて物が言えない俺は答える代わりにボイスレコーダーを押した。先程の女の声が再生される

 

『この水着、片付けておいて』

『貴方、自分の立場がわかっていないみたいね』

『そんなの関係ないわ! 女の命令を断ることが何を意味するか思い知らせてあげるわ!』

 

 ボイスレコーダーを止めた。

 女の顔がまた青くなり、尋常じゃないぐらい体を震えさせた。

 

「聞いての通りです。俺は目の前の女性に無理矢理それを片付けられそうになって断った後、罵詈雑言を浴びせられ、挙げ句の果てに自分が女であることを盾に俺を冤罪に嵌めようとしました」

「で、お前はそれを録音してどうするつもりだったんだ?」

「裁判で訴えます、当然でしょう?」

 

 あっけらかんと言う俺を前に織斑先生が息を吐いて口元をおさえた。

 しばし考えたあと織斑先生が女子生徒に視線を向けた。

 

「お前には後程生徒指導室に来てもらう。今日はこのまま寮に戻れ」

「は、はい…………」

「レーデルハイト、ボイスレコーダーをこちらに渡してもらおう」

「はっ? なんでですか」

「証拠物件として押収させてもらう」

「ですがっ」

「あまり手間を取らせないでくれ」

 

 織斑先生は諭すように俺に言った。しばし目線を交わしたのち、俺は渋々ボイスレコーダーを織斑先生に手渡した。

 女子はボイスレコーダーが俺から離れると同時に助かったと息を吐いた。

 

「何を安堵している? 言っておくがお前の態度と言い分によっては、こいつはそのままレーデルハイトに返す可能性もあるのを忘れるな」

「は、はい!」

「早く行け、買い物かごを持ってな」

 

 女子は覚束ない様子で買い物かごを取りこぼそうになりながら無様にその場から逃げ出した。

 

「レーデルハイト」

「なんですか」

「ISの待機形態の記録も消せ、押収した意味がない」

 

 ウゲッ。なんでばれてるんだよ。

 渋ってもらちが明く訳でもないので、監視カメラと周囲から隠すようにホロウィンドウを開き、密かに別で録音していたデータを織斑先生に確認を取らせて消去した。

 

「…………」

「何か言いたいことがあるなら言ってみろ」

「…………何故邪魔をしたんですか?」

「邪魔?」

「そうですよ。織斑先生が横槍を入れなければ、あいつをもっと落とし込めた。女尊男卑主義者の鼻をあかせたというのに」

「あんな末端一人を吊し上げたところで、世の中は変わらないぞ」

「じゃあどうしろと言うんです? あのまま大人しくへこへこしてろと言うんですか!? そんなことをしているから、あんな奴らが付け上がるんですよ!?」

 

 思わず怒りを織斑先生にぶつける。織斑先生は眉一つ動かさず俺の怒りを受け止めた。

 

「ISが出てからあんな奴らが増えた、今みたいなことを平気でするやつもいるし、暇潰しに男を冤罪で人生を棒に振るわせる! 男がいくら叫んだところで誰も助けてくれない! なら自分の身は自分で守らないといけない! あいつは俺を攻撃してきた、だから反撃した! それの何がいけないのですか!?」

「私だって、あんな連中は好きじゃない、それこそ吐き気がする程にな」

 

 ポンと俺の肩に織斑先生の手が乗る。

 

「お前が間違っていると言うつもりはないし、正しいと言うつもりもない。相手に非があるのは明らかだが、私が言いたいのはやり過ぎるなということだ」

「彼処で警告するだけで止まるとでも? 秘密を保持し続けるほうが危険じゃないですか」

「お前の言い分はわかる。だが一夏とお前が出現してから女性権利団体を中心に世界が慌ただしくなっている。今後の対応を少し穏便にすませろ。如何にISを持っていても、使えない場所ではただのアクセサリーだ」

「………………」

 

 織斑先生の言いたいことは分かった。

 だけど俺はどうしても納得がいかなかった。さっきも言ったが、今の社会は男に惨すぎる。

 ISを持ったところで使えない? じゃあISを持っていない癖にさも横暴な態度をとる女尊男卑主義者はどうなんだ? 

 

 そんな俺の心を見透かしたのかそうでないのか分からないが、織斑先生は一言「行くぞ」と言って歩き始めた。

 何処にと聞くわけでもなく、俺は織斑先生についていった。

 

 

 ──ー◇──ー

 

 

「疾風!」

 

 場所が変わって女性水着コーナー。

 俺を見つけたセシリアが駆け寄ってきた。

 

「大丈夫ですの? 何かされませんでした?」

「何かはされた、大丈夫ではあるけど、大丈夫じゃない」

「ど、どういうことですの?」

 

 チラッとセシリアが織斑先生に目を向けると、先生が肩をすかしたのを見て。俺は理解した。

 

「そっか、お前か。織斑先生に告げ口したのは」

「告げ口って……私は貴方が心配で」

「俺は昔のようなひ弱な泣き虫なんかじゃない。余計なことをするな」

「わたくしは別に、そんなことっ」

 

 俺の剣幕に圧倒されたセシリアに織斑先生が助け船を出した。

 

「レーデルハイト。オルコットは私に助けを求めた訳ではない。私は今にも飛び出しそうなこいつを制して勝手に割って入っただけだ。オルコットに非はない」

 

 織斑先生の説明でスッと熱をもった頭が落ち着いた。

 攻められたセシリアは俺から視線をそらすように俯いていた。

 その姿を見て、俺の胸辺りがチクリと疼いた。

 

「…………悪いセシリア」

「い、いえ。無事でなによりですわ」

 

 セシリアは軽く笑う。

 はぁ、最低だ。こいつはただ俺を気づかってくれただけなのに。俺は八つ当りも同然なことを。

 セシリアとあのミサンドリーなど、比べるまでもないだろうに。 

 

 なんとか話題を変えたい。周りを見ると、セシリアの後ろの簡易更衣室の前で、何故か一夏とシャルロットが山田先生に説教を受けていた。

 

「お二人は高校生ですし、若気の至りというのもあると思います。ですけどその場の勢いでこんなことをするのは良くないと思いますよ。教育的にも道徳的にもっ」

「「す、すいません」」

 

 割りとミニマムな山田先生を前に二人揃って小さく縮こまっていた、心なしか一夏の頬は赤く、シャルロットは顔全部が赤く見える。

 

「セシリアよ、あれは何があったんだ?」

「わたくしが来たときは既にあの状態でしたわ」

「ほぉん。で? そこの尾行コンビはいつまで隠れてるんだ?」

「なっ、ちょ! ばらさないでよ疾風!」

「貴様、仲間同士で仲間の位置を敵にばらすとは何事か」

 

 いや、仲間じゃねえよ。俺はお前たちに置いてかれた、というより最初からつるんでなかっただろ。

 

 出てきた二人に一夏が気付いた。

 

「やっぱり鈴とラウラだったか。さっきからチラチラ見えてて落ち着かなかったぞ」

「う、五月蝿いわね! 女子には男子に知られたくないことが一つや二つあんのよ!」

「心外だな一夏。私のスニーキングスキルは部隊1だったのだぞ。むしろ今回の落ち度は鈴が顔を出しすぎたせいだ。後、感情の抑えが足りん」

「なによそれ、あたしのせいだって言いたいわけ?」

「そうだ」

「買うわよその喧嘩!」

「やめろ小娘、騒ぎを起こすな」

 

 一触即発な空気も織斑先生の一言で直ぐに凪となった。相変わらず存在感半端ねえっす。

 

「さて、さっさと買い物をすませるとするか。野暮用が出来たわけだしな」

 

 流し目で俺を見ないでください、謝りませんよ俺は。

 

「あっ、すいません。私ちょっと買い忘れがあったので。えっとこういうのは若い人が詳しそうですね! 凰さんとオルコットさんとデュノアさんとボーデヴィッヒさんは一緒に来てください! あ、ついでにレーデルハイト君も!」

「えっちょ。なんで男の俺までってうわわわっ!」

 

 いやいや、若い人たちって山田先生も相当お若い部類なのでは!? 

 有無を言わさない物凄い勢いで女子ズと+αが山田先生の手によって織斑姉弟から引き離された。

 

「な、なんだ一体?」

「まったく、山田先生も余計なことをする」

「んん?」

 

 

 ──ー◇──ー

 

 

「すいません、最近織斑先生が激務続きでして。これを機会に家族の時間を作った方がいいかなと思って、無理矢理連れてきてしまいました」

 

 あー、成る程。把握した。

 そんなことを言われたら流石の一夏ラバーズも押し黙るしかなく、各々は自分の買い物に戻っていった。

 

「ふー」

「落ち着きました?」

「もうね。ところでどうよこれ、三つぐらい選んだんだけど」

 

 握りしめて多少くしゃっとなった海パンをセシリアの前に見せた。

 

「どれって言われても…………どれも無地の青系統の色ちがいじゃないですか」

「いやいや、ワンポイントとか、はしっこに柄があるだろ?」

「ほとんど一緒じゃないですか」

「しょうがないだろ、もう少し見ようと思ったらあのクソビッチに絡まれたんだから」

「疾風ったら、口が悪いですわよ。もう」

 

 とりあえずなんだかんだ選んでくれた海パン以外をもとの場所に迅速に戻しといた。また絡まれたらたまらん。

 

「お前は決めたのか? まだかかるなら待つぞ」

「んー、どれもいい物ばかりで。わたくしの場合基本カタログを見てからの通販なので、実はこういうところは数えるほどしか」

「成る程」

「あ、どうせなら疾風に一から選んで貰うと言うのは?」

 

 おいおい、さっきの俺の見て選んでくれとか。無地になるぞ無地に。

 

「わたくしは引き続き水着を見て回るので、なにかいいのがあれば持ってきて下さいな」

「別にいいけど。値段は? 流石にお前のは買えないぞ」

「ご心配なく。わたくしはオルコット家現当主でありイギリスの代表候補生です。糸目はつけなくて構いませんわ」

 

 あーそう。なら適度に選ばせて貰いますよ。

 近場から見ていくか。俺は男子に比べて彩度豊かな水着コーナーにチカチカしながら、周りを見てみた。

 

「おっ、これはーどうだろうか?」

 

 ふと、目に留まった物を取ってみる。

 混じりけのない鮮やかなブルーカラーのビキニ、腰回りにはパレオがオプション装備されており、少し優雅な感じもある。

 うん、これにしよう。柄物よりこういうハッキリしたのがいいだろう。

 

「おーいセシリア、これはどうよ」

「見せてくださいな…………ふむ…………なかなか良いですわね。少し着てみますわ」

 

 そういって更衣室に入ったセシリア。5、6分ぐらいまっていると、私服姿のセシリアが、出てきた。

 

「あれ、水着着たのか?」

「ええ。わたくしはこれにしますわ」

「いいのかそれで」

「せっかく疾風が選んでくれたものですし」

「そうか、ならいいんだが」

「あら? もしかしてあの水着を着たわたくしを見たかったとかですか」

「いやいや、別にそんなことは。ないぞ」

 

 思わず俺が選んだ水着姿のセシリアが頭に浮かんだ。柔らかい潮風にたなびくブロンドヘアーとパレオがまた綺麗で。

 まてまてまて、何を想像しているんだ俺は。駄目だぞーそんなこと考えちゃ。

 

「ウフフ、楽しみは臨海学校までとっておいて下さいな」

「む、むぅ」

 

 なんとなく見透かされた気がして少し恥ずかしい。

 

「ところで、何故この色にしましたの?」

「え。それはセシリアなら青が似合うなって思って」

「あら、ありがとうございます」

「ブルー・ティアーズの色でもあるしな」

 

 ブルー・ティアーズの名前を出した途端セシリアが少しよろけた。

 

「はぁぁ。やはりISですか。なんとなくそんな気はしてましたわ」

「なんでガッカリしている」

「別にー、疾風の頭はいつもISで一杯だと思っただけですわー」

「それが俺だ。IS最高」

「…………少しは気の聞いた誉め言葉とかないものかしら」

 

 無茶ぶりを言うな。

 

「一夏さんなら意識しなくともスラスラと女性をときめかせるような言葉をかけますのに。疾風も見習ってほしいですわ」

 

 あの朴念神と比較されても。てか無意識でって凄いなオイ、鈍感に加えて天然ジゴロまで入ってるのかよ。ほんとラノベ主人公真っ青だなあのイケメンめ。

 

 とはいえここまで言われて黙るほど俺は素直ではない。

 んー、なにかないものかなー。

 しばしジーとセシリアを見る。そいや私服姿は初めてだな、IS学園では制服かISスーツだったし。

 だけど「服似合ってるね」なんて在り来りで満足するかこいつ。一応モデルだぞモデル。

 もっとこう、なんか………………

 

「…………セシリア」

「はい?」

「お前はいい女だな」

「え? ええっ!?」

 

 セシリアが思いっきり狼狽えた。

 

「な、なんですの行きなり!?」

「あ、ああいや。別に深い意味はないんだ、ただお前はそこらへんの女とは違うなって意味で。さっきの奴とは雲泥の差というか。とにかくお前は誇らしいぐらいいい女だなっていう素直な感想でして」

「そ、そうですか」

 

 しまった。そんなつもりは全然なかったのにこれでは完全に口説き文句だ。

 ほらみろ、セシリアの頬が赤くなってるではないか。

 よし、ここは一つドシンプルに。

 

「あと、その服も似合ってるぞ。いつも制服だから新鮮で、いや別にお前のカスタム制服も素晴らしいものではあるのだがな?」

「そ、それは、どうも、ですわ」

 

 マテマテ、更に赤くなるな! どうしたらいいか分からないではないか! 

 おい! そこらへんのミサンドリーども! 今こそ割って入ってこい! 水着片付けてやるぞ! 

 

 だがこんなときに限って周りに女はいなく、予想外の不意打ちにドキドキするセシリアと、この状況にいたたまれなくなった俺は手に握った海パンに手汗を染み込ませてドギマギするという謎の沈黙が、一夏がくるまで続いたのだった。




今回で言及されなかった一夏とセシリアの間柄が判明しましたね。
今まで曖昧だったのは、ミスリードということで。

しかし女尊男卑主義者ってリアルにいるんですかね、あいたくありませんが。


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第10話【夏だ!海だ!ウサミミだ?】

 ゴチンっ! 

 

「あがっ」

 

 振動で窓ガラスに頭をぶつけて目が覚める、前にもあった気がする。

 

「疾風、大丈夫か?」

「おお一夏よ……見てた?」

「ばっちり」

 

 寝起き+一夏に醜態を見られて不機嫌な俺は窓を見るも何故か黒一色。え、なにこれ? 夜? 

 

 ばっと黒一色の景色、トンネルを抜けると。一瞬で光があふれ、俺は某大佐の様にメガーメガーとなる。と同時に周りが一気にざわついた。

 

「海だぁぁぁ!!」

「いええええ!!」

「我が世の夏が来たぁぁぁ!!!」

 

 視界一杯に広がる青い海にIS学園女子はお祭りテンションに突入。

 元気だねぇ君達。中学生でもここまで騒がないぞ。

 遅れて眩んだ目を擦って、外に目をこらすと。

 

「…おぉ」

 

 一面が青い海、白い砂、そして快晴の青空が視界一杯に広がった。

 流石に皆と一緒に騒ぐなどはしなかったが、俺はしばしその光景に目を奪われていた。

 

 今日は皆が待ちに待った臨海学校初日の自由時間の日。

 目の前の海は俺達を歓迎するかのように太陽の光に反射してキラキラと輝いていた。

 

「おー、やっぱり海を見るとテンション上がるな。なぁシャル」

「う、うん。そうだね」

 

 通路を挟んだ向かいの席に座るシャルロットだが、隣に一夏がいるせいか何処か上ずっていた。しかし何処か上機嫌である

 その原因はシャルロットの腕にあった。

 

「それ、そんなに気に入ったのか?」

「え、あ、うん。まあね、えへへへ」

 

 左手首にはまるブレスレットは一夏が彼女にプレゼントしたものらしい、決して高いものではないとしても一夏が選んでくれたという事実がシャルロットの頬を緩ませていた。

 

「えへへ、うふふっ」

「シャルロット。朝からえらくご機嫌だな」

「うん、そうだね。ごめんね、えへへへへ」

 

 今の彼女にダメージを与えることは不可能だろう。それほどシャルロットの心は満たされているのだ。現にさっきからブレスレットに触りっぱなしである。

 

「むぅ、シャルロットだけ不公平だぞ。一夏、私にはないのか」

「いやでも、安物だぞあれ」

「異性へのプレゼントは金ではない。と、うちの副官が言っていた」

「あー、今度どっかが行ったときに選びにいくか?」

「ほんとか!? もう一度言ってくれ、録音する!」

「別に録音しなくても忘れねえって」

「約束だぞ!」

 

 普段のクールな雰囲気などその場の犬に食わせた黒ウサギは途端にパーッと明るくなった。

 なるほど、これで数多くの女を落としてきたのか。俺もいつか使うときが来るのかねー。

 

「疾風、何かよからぬことを企んでません?」

「そんなことないヨー」

 

 なんでこいつ察したんだ。

 はっ! まさかこいつ! ニュータ

 

「なあ、宿までまだかかるだろうし、トランプやらないか?」

 

 一夏が手持ちバックからトランプを取り出した。

 

「いいよ。内容は?」

「無難にババ抜きとか?」

「おっと、ババ抜き? 良いのかい一夏君。俺ババ抜きは無茶苦茶強いぞ」

「自信満々だな疾風」

 

 何を隠そう、ポーカーフェイスには自信がある方だ。これまで村上や柴田相手にトランプをやって勝ち越してきた。相手の顔色を伺う勝負は得意だ。

 

「そんなに自信あるならさ、賭けしようぜ」

「でたー、正直読めてたぜその展開ー」

「そういうなって、得意なんだから良いじゃないか。内容は一番最初に勝った人が残った人に臨海学校中に一つお願いをする、負けた人はそれを聞くってのはどうだ?」

 

 おおっと。なんとも大胆な物を、いや餌を出したな。でもそんなことしたら。

 

「勝ったものが!?」

「負けた人に!?」

「お願い、だと!?」

 

 餌を垂らすと一夏ラバーズが釣れた。後ろに走ってる二組のバスに居る鈴が聞いていたらそっちも釣れてただろう。

 

「一夏! 私も参加する!」

「僕も僕も!」

「無論私もやるぞ!」

 

 バスの座席から乗り出さん勢いで迫ってくる。お前ら、乗り出しすぎると織斑先生がスタンダップするぞ。

 

「セシリアはどうする? お前こういうの好きだろ?」

「わたくしですか? 別に参加しても構いませんけど」

 

 チラッとセシリアが一夏ラバーズに目を向ける。

 鈴の疑問だったセシリアの一夏への好意解釈は即時乙女ネットワークにより各ラバーズへ伝達されている為。セシリアが一夏に好意を向けていないことは承服済みである。

 なので。

 

『どうぞどうぞ』

「では、失礼致しますわ」

 

 セシリアも加わり6名となった。

 だけどこれ、目的の相手に命令させるの至難の技だよな。

 だってラバーズ視点からしてみれば自分が勝って、なんとかして一夏を最下位にしなければならないのだから。

 仮に一夏が最初に勝ってしまったらどうにかして最後まで残るという逆ババ抜きになるし。自分以外の人が勝ってしまったらそれこそ何とかして一夏を抜けさせなければならない。

 このババ抜き、思った以上に心理戦になるかもしれないな。

 だがそれは一夏ラバーズの話、俺が勝ってしまえば関係ないのである。

 お前らには悪いが、勝ちに向かわせて貰うぞ。

 

 今ここに、難易度爆上がりの仁義なきババ抜きがスタートしたのだった。

 

 

 

 ………5分後

 

「何故、何故………」

 

 ババ抜き最終戦、手札は合計三枚。ジョーカーとペア二枚という正に最終段階。

 

 残っているのは。実はこういう勝負事には滅法弱いと自負する天才科学者の妹、篠ノ之箒。

 その向かいに居るのは。

 

「どうしてこうなった?」

 

 ポーカーフェイスに自信あり、トランプには強い部類と自負した世界で二人目の男性IS操縦者、疾風・レーデルハイトだった。

 

 そしていの一番にババ抜きを抜けたのは。

 

「オホホホホ、どうしました疾風、凄い汗ですわよ。バスはクーラーが効いているというのに」

「いやほんとおかしいよねぇセシリアさん!」

 

 優雅に笑うイギリス代表候補生、セシリア・オルコット。

 

「なんだよ、なんなんだよ! 勝負開始時点でフルペアで抜けるって反則だろ!」

 

 そう、皆にカードを配られてさあやるぞ! って時にセシリアが。

 

「あ、すいません皆さん。わたくし上がってしまいました」

『はっ!!?』

 

 まさかの手札全部がペアになってて即捨てからの勝利というスーパーを越えたハイパーラックを発揮したのであるこのお嬢様。ラバーズの目論見が一撃で破られた瞬間である。

 勝利の女神が微笑んだなんてもんじゃない、勝利の女神そのものになりやがったよこの貴族令嬢は! 

 

「オホホ、運も実力のうちですわ」

「少し前にも聞いたね、その台詞!」

 

 そしてセシリアに反して俺のバッドラックが止まらなかった。

 セシリアが上がったのを皮切りに次々と俺と箒以外の人が抜け出していったのだった。

 

 なにこれ、俺なんかした? 見覚えなんて少し前のミサンドリークソビッチの案件しかないぞ? 

 

「疾風、引いていいか?」

「ちょ、ちょっと待って」

 

 現在俺がジョーカーとスペードの2、箒はダイヤの2が握られている。

 ここで箒がジョーカーを引けば勝負は続行、スペードの2を引けば箒の勝ち。セシリアに俺に対する命令権が譲渡される。

 

「ちなみに疾風、イーグルの初陣の件をここで使うのは無しですわよ?」

「うぐっ! わ、わかってるよっ。んーーこれでどうだ!」

「んなっ!? んぐぐぐ」

 

 後ろ手で二枚のカードをシャッフルし、箒の前に突きだす。ジョーカーを少し上に上げてだ。

 途端に箒が眉間にシワを寄せて唸りだした。

 

 俺の予想だが、箒は釣られた餌には敢えて食いつくタイプだ。こうして目立たせれば、ジョーカーを引いてくれるはず。

 箒の後ろに座っているセシリアの勝ち誇った顔がちらつく、正直ウザい。

 負けられない、ここで負ければどんなのが来るかわからん。幼少は命令を効きまくっていたが。

 今の俺は違うともう一度示してやるぞ、セシリア・オルコット!! 

 

「箒さん。出っ張った方ではないトランプだと思いますわ」

「おいセシリア! アドバイスなんて卑怯だろ!?」

「南無三!!」

「あ゙ぁぁぁぁああああ!!!?」

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 ババ抜きの勝負が終わる頃にバスは目的地の旅館に到着した。

 降りるときのセシリアの輝かんばかりの笑顔には殺意すら沸いた。

 セシリアは「後程ビーチで」と一言。一体何をやらせるつもりだあのお嬢は。

 あー、トランプが得意と言っていた自分を今すぐぶん殴りたい。

 

「それでは、ここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ」

『よろしくお願いしまーす!』

「はい、こちらこそ、今年の一年生も元気があってよろしいですね。あら、こちらのお二方が噂の男の子?」

 

 この旅館の女将さんが俺と一夏を見て目を丸くする。

 IS学園はこの花月荘に毎年お世話になっているところらしく、今まで男性生徒を見たことがないから驚いているのだろう。

 そりゃIS動かした云々抜いても女子高の中に男いたら驚くわな。

 

「疾風・レーデルハイトです。本日からお世話になります」

「お、織斑一夏です、よろしくお願いします!」

「これはご丁寧に。清洲景子(きよすけいこ)と申します」

 

 ご丁寧にお辞儀を返してくれた妙齢の女将は裏表を出さない柔らかい笑顔の和風美人だった。今まで見ないタイプ。

 

「挨拶がちゃんと出来て偉いわねー。立派な男の子ですね、織斑先生」

「こっちの眼鏡はそうでしょうけど、もう片方は見かけだけです」

 

 ズバッと行くな織斑先生は、あーあ一夏に影が見える……

 てか眼鏡って言うのやめてくださいよ。俺の本体は眼鏡じゃないですよ。眼鏡取っても透明化しませんよー。

 

「それでは皆さん、御部屋の方にどうぞ。海に行かれる方は別館の方で着替えられるようになっておりますので、そちらをご利用くださいな、場所が分からないときはいつでも従業員の訊いてくださいまし」

 

 女子ははーいと返事をすると直ぐ様旅館に飛び込んだ。海に飢えておられる。

 

「ねーねー、おりむー、れーちん」

 

 この特徴的な呼び方をする人を俺は一人しか知らない。

 振り向くと例のごとくスローマイウェイののほほんさんが向かってきた、うん遅い。

 

「二人の部屋ってどこー? しおりの部屋割りに書いてなかったからー、遊びにいくから教えて~」

 

 そういえば書いてなかったな、女子と同じ部屋にするわけには行かないって言ってどっか割り当てられるようだが。何処なんだべ。まさか廊下で寝ろとは言わないよな? 

 

「織斑、レーデルハイト。お前達の部屋はこっちだ、着いてこい」

「あの、俺達の部屋って」

「黙ってついてこい」

 

 斬り捨て御免である。

 一夏も呆気にとられながら織斑先生についていく。

 

「ここだ?」

「え、ここって………」

「でかでかと教員室と張られていますが?」

 

 俺達はいつから教師になったのだろう。

 

「最初は個室という話だったんだが、それだと確実に就寝時間を無視して女子が押し掛けるだろうということになってだな。結果、私と同室になったわけだ。これで女子もおいそれと近づかないだろう」

 

 正に虎穴に入らずんば虎児を得ず、触らぬ神に祟りなし。流石は織斑先生、自分の影響力をよく分かっていらっしゃる。

 

 わざわざこの巨壁を越えてまで来ることはないだろう、例えあの一夏ラバーズであろうと。

 

「一応言っておくが、あくまで私は教員だということを忘れるな、特に織斑」

「はい、織斑先生」

「宜しい」

 

 そうして部屋に入る許可が降りたので織斑先生に続いて部屋に入る。

 

「おおー、すっげ!」

「これはこれは」

 

 またも目の前には絶景が広がっていた。ちょうど海側に面しているそこからは東向きの部屋なので日の出もばっちりと見えることだろう。

 しかも教員用と考えても広い。なんだこの厚待遇は。

 

「織斑先生、ここって一泊辺りどんだけするんですか?」

「あ、俺も気になってた。こんなとこテレビでしか見ないし」

「知りたいか?」

 

 織斑先生はニヤッと笑った。

 俺達は織斑先生に淡々と告げられ。おったまげた。

 

『IS学園ってすげぇ』

 

 それしか言えなかった。

 

「さて、今日は一日自由時間だ、荷物もおいたし好きにしろ」

「織斑先生は?」

「私は他の先生との連絡なり確認なり色々ある、がーー」

 

 ごほんと咳払いする織斑先生。

 

「軽く泳ぐぐらいはするとしよう。何処かの弟が選んでくれたものだしな」

 

 何処かの弟、姉がいる隣の弟は百面相タイム突入。

 

「んじゃま行くか一夏」

「お、おう」

「いらんトラブルを起こすなよお前ら」

「「はーい」」

 

 海水道具一式を持って教員室、もとい俺達の部屋から出ていった。

 

 余談だが、部屋のドアを開けて行きなり山田先生に出くわし、案の定驚いた山田先生が宙にぶちまけた書類の数々を取ろうと試みたのは、また別のはなし。

 

 何はともあれ。

 レッツゴー! シー! イエーイ! 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

「………………」

「………………」

「………………」

 

 とテンションを上げながら更衣室に向かう途中だった。

 俺と一夏が更衣室に向かってる途中で箒とばったり出くわした。それはまあ良いんだけど。

 通路に隣接する和風感な中庭の中心に明らかに場違いな物がぶっ刺さっていた。

 

「なにこれ、ウサミミだよね?」

 

 そう、ウサミミが生えていた。いや埋まっているというべきか。しかも妙にメカニカル。

 しかも『引っ張って下さい』という貼り紙までしてある。なんだこの未確認物体。

 

「なあこれって」

「知らん私に聞くな関係ない」

「箒、お前これがなんだか知って」

「知らん! 私に聞くな! 関係ない!」

 

 そう言って足早に立ちさってしまう箒。

 なんか、篠ノ之博士の話題を持ち出した時と似てたな。

 

 なにはともあれ、こんな得体の知れない物など放置が安定、さっさと海に繰り出すとしよう。

 

「よしっ、抜くか」

「抜くのぉっ!?」

 

 だが一夏は好奇心がこちらに向いてしまった。

 こんな正体不明物をよく触ろうと思うなお前。

 

「とりあえず抜かなきゃ始まらないだろ」

「何が始まるんだ………わかった。じゃあ俺右の耳な」

 

 俺が右、一夏が左の耳をしっかりつかむ。

 

「行くぞ? 3、2、1だ」

「おう」

「よしっ3、2、1! おわぁっ!?」

「どわはぁっ!?」

 

 てっきり地中になにか埋まっていると踏んだ俺達は勢いよく引っ張ったのだがスポッと抜けたのはウサミミだけだった。

 しかも完全に刺さっていただけだったので二人とも盛大に背中から倒れた。

 

「いててて」

 

 か、完全に背中打った。

 

「二人揃って何をしていますの?」

「うげ、セシリア。いやね、今このウサミミをーーーぬ?」

 

 ウサミミの片方をもったままの俺は今現在に限って憎き相手の方に向かって視線をやる。しかし俺らは倒れこんでローアングル、そしてその先のレースのついた高そうな白が。

 

「!? ふ、二人とも!!」

 

 セシリアが一瞬で顔を真っ赤にして自分のスカートをおさえる。

 

「待て、待つんだ落ち着けセシリア、これはわざとではないそれだけはわかってくれ、話せば直ぐすむ話だからまず落ち着いて」

「ちょっとお待ちになって!? 逆に貴方は何故そこまで冷静ですの!? 人の下着を見ておいて!!」

「だからわざとじゃない。俺が慌てたらお前も慌てて本末転倒になるからと思ったから」

「少しは動揺とかしませんの!? 貴方本当に男!?」

「そこまで言いますセシリアさん!?」

 

 失礼なことをいう! 俺だって人並みに欲情とかするわ! 

 現に今の下着だって思い出せば鮮明に、思い出すんじゃない! 俺っ! 

 

 キィィィィン………

 頭のなかで勝手に葛藤していると、何処からかなんか墜落音が………

 

『ん? ………………うわぁ!!?』

 

 ドガァン! と目の前にダイナミックに何かが落ち、地面が揺れて砂が宙をまった。

 砂埃が晴れ、そこにあったのは。

 

「そ、空から」

「に、ニンジン?」

「ですの?」

「アハハハハハハ! 引っ掛かったねいっくん!」

 

 中からえらく陽気な声と共にパッカーンとメカニンジン割れて誰かが出てきた。

 

「やっほー! 私! とう! じょう!!」

 

 この上ないハイテンションでニンジンから出てきたのは………えっと、なんだ? 

 というのも出てきた人の格好だ。某アリスが来てるような青白ワンピ、腰には懐中時計、反対側には猫っぽい紫の毛の束、一夏からメカニカルウサミミを取って紫色のロングヘアーに即装着。

 一人不思議の国のアリスの誕生である。

 

 ……………………あれ? あれれれ? あれれれれれれ? 

 この人どっかで見たことあるぞ? 

 

「お久しぶりです。束さん」

「は? ………………………た、たばぁ!?」

 

 普通に挨拶をする一夏に、俺は思わず奇声が出した。

 だが無理もないし、それもそのはず。

 目の前でアリスってる人は今の世界を作り上げたISの産みの親、人々の前から姿を消し、世界中が血眼で探している希代の人類最高・超天才科学者(レニユリオン・スーパーサイエンティスト)

 篠ノ之束その人なのだから

 

「うんうん、ひさしぶりだねいっくん。ほんとーにひさしぶりだねー。大きくなってすっかりイケメンになっちゃってコノコノー。ところでいっくん、箒ちゃんは何処かな?」

「えーと、どっかいきました」

「そっか! まあ、この私が開発した箒ちゃん探知機で直ぐに見つかるよ、じゃあねいっくん! また後でねーー!」

 

 すったったーと走り去ってしまう束さんを一夏は呆然と見ていた。

 セシリアはまだ状況を飲み込めず唖然とし。

 俺はというと。

 

「アバババババババ」

 

 目の前の超絶展開に頭がショートしてバグっていた。

 

「い、一夏さん? 今のは一体誰ですの? 妙に親しげでしたけども」

「お前はモグリかぁぁ!!?」

「キャアアッ!?」

 

 さっきまでバグっていた俺がセシリアの肩をガバッと掴んだ。

 

「な、なんですの?」

「なんですの!? なんですのぉぉ!? お前本当に代表候補生か!? IS操縦者か!? それともテレビすらない何処ぞの田舎もんなのか!? 人間なのかぁ!? 猿なのかぁ!?」

「お、落ち着いて疾風。一体どうしましたの!?」

「篠ノ之束博士だよ篠ノ之束博士! ISの基本理論とコアユニットを作り出した張本人で箒のお姉さん!!」

「え、あの、え?」

「篠ノ之束! わかる!? 篠ノ之束!!」

 

 セシリアの頭のなかでポクポクポク・チーンと思考が再起動した。

 

「ええええ!? 今のお方があの篠ノ之博士ですの!? 現在行方不明で各国でも探し回っているというあの!?」

「そう、その篠ノ之束さん」

「やっとわかったか! この脳内お花畑。おい、一夏! なんで篠ノ之博士がここにいるんだ説明しろコラッ!」

「俺にもなにがなんだか、って揺らすな揺らすなぁ!」

 

 因みに臨海学校では『ISの非限定空間における稼働試験』というのが主題であり、代表候補生と企業所属の俺には試験用新型装備が運ばれてくる。

 しかし部外者は参加できない仕組みなので装備だけが学園所有の揚陸艇でどかっと運ばれてくるらしい。

 しかしそこは篠ノ之束博士。そんなものをバッサリ無視して突入してきた。

 

「ああ、えらいこっちゃ。えらいこっちゃぁ」

「落ち着けって疾風」

「落ち着けるかドアホ! と、とりあえず織斑先生に報告してくる!」

 

 俺はおぼつかない足取りで織斑先生を探しにいった。

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

「学園からの貨物の状況は?」

「はい。各専用機のオプションパーツ、学園からの試験装備の搭載は順調に進んでおります」

「うむ。門倉先生、更識代表候補生は」

「専用機が届いてないそうなので、今回は練習機の班に配属されます」

「よし、では会議は一時終了とする。解散」

 

 花月荘の一室で教師陣が次の日の算段を纏めあげていた。

 ようやく目処がたち、ここからは教師陣も海に繰り出すもの、生徒の安全と監視班に別れることになる。

 

「織斑先生は海に行くんですよね?」

「ああ、愚弟が選んでくれてな。着ておかないとあいつが拗ねるといけない」

「織斑君はそんな風にならないと思いますけども」

「どうだろうな」

 

 摩耶と別れた千冬は一度水着を取りに自室に戻った。

 

 山田先生には言ったものの、千冬自身も久々に羽を伸ばせることもあって内心穏やかである。

 

 第二回モンドグロッソの事件から三年あまり、ドイツの教官からIS学園の教師。今年に入ってからの山済みの問題に千冬は休まることを知らなかった。

 そして明日、おそらく来るであろう災厄に現在進行形で頭を痛めている。

 せめて今日ぐらい、ほんの少し羽目を外してもバチは当たらないはずだ。

 と、千冬は肺にたまった息を吐き。

 ドガァン、と振動が足元に届いた。

 

「なんだ?」

 

 明らかに物が倒れたレベルではないが、それでも確かに揺れた振動に千冬は眉を潜める。

 

「織斑先生!」

「何があった」

「分かりません。中庭のほうだと思うのですが」

「わかった、私が確認にいく。皆はその場で待機だ」

 

 連絡に来た先生に指示を出し、千冬は現場に向かった。

 まさか、と頭をおさえながら現場に向かおうとしたその矢先だった。

 

「あぁぁ! いたいたいた! 織斑先生ーー!」

 

 廊下の向こうから尋常じゃない顔の疾風が角にぶつかり、何度も転びそうになりながら千冬の前で止まった。

 

「おり! おりむら、織斑先生!!」

「レーデルハイト。何かあったのか」

「えと、えっとそのですね! えーとっ、ゲホッゲホッ」

「落ち着け、息を整えろ」

 

 激しく咳き込む疾風の背中をゆっくり擦る。

 

「ゲホッゲホッ、おぅぇ。ふーふー。すいません」

「何があった」

 

 疾風はようやく息を整える。そして話をしようとためらったあと、早口でありのまま起こった事を話した。

 

「庭に刺さったウサ耳を一夏と一緒に抜いたら空からニンジンがふってきて中から一人不思議の国のアリスをした篠ノ之博士がニンジンからパッカーン! して箒を探しにスタタタターと何処かへ消えていきました!!」

「………………」

 

 お前は何を言ってるんだ、頭大丈夫か? と言われるような内容だが。悲しいことにそれが有り得てしまうのが篠ノ之束という奇人なのだ。

 

「すいません、何言ってるかわからないですよね。でも嘘偽りは全くなくて」

「わかっている。ご苦労だった、後は私に任せてーーー」

「あ! ちーちゃん! はっけぇえん!」

 

 噂をすれば影、千冬の後方からドドドドと無駄に音をたてて束が走ってきた。

 千冬が特大のため息を吐いた。

 

「会いたかったよちーちゃぁん! 共に愛を語り合お」

「死ね」

「かぶとむし!!」

 

 飛びかかった束を千冬は鮮やかな上段回し蹴りを叩き込み、隣の部屋に吹き飛ばしてふすまを閉めた。

 

「レーデルハイト、あの珍獣は私に任せてお前はさっさと海に行け」

「えと、あの人は」

「この事は他言無用だ。そら、早く行け」

 

 千冬は先程束をぶちこんだ部屋に入っていった。

 

「もおっちーちゃん! 行きなりあんなキレッキレのキック叩き込むなんて照れ屋さんなんだから………ちょ、ちょっとちーちゃん? 痛いよ? 痛い痛いアギャギャギャギャ! ちょっとちょっと、なんで束さんの胸をそんなパン生地みたいに捻るの!? もげる! 束さんのスーパーバストがもげるぅぅ!」

「もげろ、そして胸に行った倫理観を少しでも頭に戻せ」

「束さんの胸は倫理観で出来てるの!? あーやめて! 私のロケットが垂れちゃうぅぅ!!」

「………………行くか」

 

 ここにいても自分は何もできないと悟った疾風は千冬に言われた通り、セシリアが待っているであろう海に繰り出すべく、その場から立ち去ったのだった。



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第11話【罰ゲーム、それはサンオイル】

 青い海、白い砂浜、照り付ける太陽という常套句が似合う花月荘近辺の海。

 そして此処に男が一人。いつもの眼鏡を度入りのクリアカラーの水中眼鏡にチェンジした俺が砂浜に足を踏みしめ。

 

「あっつっ!?」

 

 小躍りしていた。

 

 なにぶん最後に海に来たのはいつ頃だったか、そんなの覚えてないぐらい昔のことだった。

 熱い、夏の太陽に熱せられた砂はとても熱く。このまま潜り込めば砂風呂が出来そうだ、入ったことないけど。

 そういやちっちゃい頃はサンダルとか履いてたかなー。今、めっちゃ裸足である。

 

「あ、レーデルハイト君だ!」

「レーデルハイト君!? うわっ大丈夫? 私の水着変じゃない!? ねー清香ー!」

「大丈夫だって。何回も選び直したじゃん」

 

 やはり目立つのか俺は直ぐに捕捉された。と思ったら一組の人たちである。

 

「おー、レーデルハイト君外見に似合わず結構鍛えてるんだねー」

「うわっ、見事に割れてる。触っても、いい?」

「私も触る!」

「ちょ、おいおいお前ら触りすぎだ、くすぐったいくすぐったい」

 

 なんだこれは。モテ期か? 時代は眼鏡細マッチョ系か? 俺にも春が来た? 

 今は夏だ馬鹿野郎。

 

「後でビーチバレーやらない? あっちにコートあるんだって」

「ビーチバレー。やったことないな」

「私達も初めてだから。気が向いたらでいいよ」

「検討しとく」

 

 しばしの別れを告げて女子はコートに向かっていった。

 

 ふー、驚いた。

 IS学園生がほぼ貸し切りということもあって、目の前には色取り取りの水着を来た多国籍女子がキャッキャウフフしていた。

 村上が見たら「生きてて良かった!」と叫びそうだ。そして俺は殴られそうだ。

 

 しかし、これは確かに目のやり場に困るな。なるべく見ないようにしよう、女子はそういう視線に敏感らしいし。

 ISスーツと違って直接的な露出が多い、さっき迫られた時には結構ドキドキしてしまった。男の子だなぁ俺。

 

 とりあえず準備運動しとくか。男性IS操縦者が海で溺死したなんてお笑いにならないし。

 ………こういうときの運動ってなにすればいいんだろ。ラジオ体操と柔軟でもしとくか。

 12345678、22345678。

 

「うわっ疾風。あんたも律儀に準備体操してんの? 男二人揃って真面目ねー」

「だから言ったろ? お前もちゃんとやっとけって」

「大丈夫よ、私の前世はきっと人魚だから」

「どっちかと言うと猫だろ」

 

 後ろから声が、この声は一夏と鈴か。俺は調度腰回しの運動だったので、それを利用して後ろに振り返った。

 

「………なにしてんだお前ら」

「移動監視塔ごっこよ!」

「だ、そうだ」

 

 一夏の上に肩車で乗っかってる鈴を見て腰を回した姿勢のまま固まってしまった。辛くなったので戻った。

 一夏は特に代わり映えのない海水パンツ。鈴はオレンジと白のスポーツタンキニビキニ、甲龍カラーではない。

 

「一夏力持ちだな。女子一人を軽々と」

「全然問題ないぜ。鈴、軽いし」

「当然ね、無駄な肉をつけてる奴等とは訳が違うのよ!」

 

 鈴が一夏の頭上で誇らしげに胸を張った。

 その肉の付けどころが俺と鈴で認識が違う気がするのは気のせいということにして。

 

「あ、凰さんが一夏君に肩車してもらってるー」

「もしかして交代制かな?」

「なら、今のうち予約しとかなきゃ駄目だね!」

 

 一夏+鈴は文字通り? 監視塔として高い位置にいるせいか周りが感づき始めた。

 このままでは一夏の首筋が代わる代わる女子の太股とフィッティングすることに。モテ男は役得だね。

 

「や、ヤバイ、鈴降りてくれ。誤解が広まってる」

「えー。しょうがないわねー」

 

 仕方なしに一夏から飛び降りる鈴、そのまま砂に手をつけてから前方宙返りで直立した。

 なんて身軽さ、これは10点満点。

 

「よしっ! 一夏泳ぐわよ!」

「お、おい! だから準備運動は」

「そんなの良いから早く行くわよ! それー!」

「うわったったった!? 疾風、また後でなー!」

「はい行ってらっしゃーい」

 

 一夏が鈴に連行され、そのまま海に飛び込んだ。

 流石は鈴と言ったところか、先制攻撃で見事一夏との時間をゲット。ここら辺の距離感というのが、他のラバーズとの違いかな。

 

 さて、俺も海に繰り出すとしよう。このまま此処にいてはセシリアに発見されて何かしらされてしまう。自由時間終了までなんとか逃げおおせれば俺の勝ちだ。

 

 え? 此処は潔くセシリアを探すか待つかしてお願いを聞け? いやいやセシリアは「後程ビーチで」と言っただけで別に待っててとも逃げるなとも言われていない。

 なので一目散に。逃げるんだよぉ……

 

「あ、レーちんはっけ~ん!」

 

 この独特なスローボイスは! 

 

「やほ~レーちん」

「おう、のほほんさん。って、なんだその黄色いのは!」

 

 間延びボイスののほほんさんの姿は先程の篠ノ之博士と同じぐらい異質だった。

 体全体を一部の露出のない黄色い着ぐるみで、頭の部分だけ出ている。頭には同じく黄色の狐の耳、というより顔を象った帽子をつけている。

 いやしかし。

 

「こんな灼熱空間でなんてもの着てきてるののほほんさん! 暑くないの? 熱中症になるぞ!?」

「大丈夫~、これは巷で流行ってる着ぐるみ型の水着なの~。こう見えて暑くないのだ~」

「水着なのそれ!? え、暑くないの!?」

 

 ほやほやしてるのほほんさんに鋭いツッコミが飛ぶ。

 ただただ驚いた、このなりで水着って制作者頭大丈夫か? 本当に暑くないのか? 

 普段からのほーんとしてるから暑くてフラフラしてるのかいつも通りなのかわからんぞ? 

 

「ところでさ~レーちん。かんちゃん何処にいるか知らない?」

「かんちゃん?」

 

 誰だ? またのほほんネーミングの被害者なんだろうけど。うちのクラスにそんな子居たっけ? 

 

「更識簪。ISオタクなレーちんなら知ってるでしょ~?」

「えーと。ああ日本の代表候補生だろ? 確かロシア代表の妹さんだっけ。え、あの子IS学園に居るの?」

「いるよ~四組の子でクラス代表なんだよ~」

 

 そうだったのか。

 

「最近元気なくてね~心配だったの。海に来て気晴らしになるかなって思って探してるんだけど、いなくてね~」

「そっか。悪いけど見てないな、というより顔知らないし」

「確かにかんちゃんはメディアに顔出してないからね~。もしかしたら海にも出てないかも、かんちゃんインドアだし。ショボーン」

 

 おお、あのいつも朗らかなのほほんさんが落ち込んでる。

 よっぽど仲が良いんだろう。

 

「無理に海に呼ぶことないんじゃないか? それに、その更識さんものほほんさんが海で楽しんでないと気にしちゃうんじゃない?」

「ん~それもそうかも~。じゃあビーチバレーに混ざってこようかな~」

「おう、混ざってこい。俺も行こうかな」

「来るのは良いけど、せっしーと用事あるんでしょ~? せっしー探してたよ~」

 

 ぐっ、忘れようと思ったのに。

 探してたということはもうこのフィールドに来ているのか。計画変更、海に潜って行方を……

 

「あ、せっしーだ~! おーい! レーちんは此処だよ~」

 

 んごぉ! いつの間に伏兵が! おのれ裏切ったなのほほん! 

 のほほんさんの声に気付いたセシリアがこちらにズンズンと歩を進めてきた。

 まずい、逃げられない。助けてのほほんさん! 

 

「じゃあね~レーちん」

 

 現実は非常だった!! 

 

「ここに居ましたのね疾風! 探しましたわよ!」

「お、おう。そうか」

 

 ビーチパラソルとマットを持ったセシリアはプンスカと頬を膨らませていた。

 

「待ち合わせ場所を指定しなかったわたくしにも落度がありますが、レディを待たせるのが趣味ですの疾風は」

「そんなことないよ」

 

 ただ鉢合せしたくなくて警戒しながら歩いていただけだ。

 

「コホン、それより何かありませんの?」

「何かとは」

「水着です、貴方が選んだ物ですのよ。何か感想などを言ってもバチが当たらないのではなくて?」

 

 ああ、成る程ね。

 オーダー通りにセシリアの姿をもう一度見てみる。

 

 俺が選んだ混じりけのないブルーのビキニ。やはりというか似合っており、セシリアの金糸の髪と相まって両方の魅力が引き立てあっている。いわゆるマリアージュという奴か。

 腰にはパレオが巻かれており、潮風に揺れて本人の優雅さを更に上げている。うん、やはりパレオ付きを選んで良かった。

 ビキニによって押し上げられた胸は形がよく健康的な色気を放っていた。噂でセシリアはもう少し大きいほうが良いと言っていたらしいが、俺から見たら充分あるほうだと思う。注意しないとそこに視線が集中してしまいそう。

 流石はモデル、文句の付け所がないビキニ姿、本人も如何せん美少女なのだから手に負えない。此処に男共が居たらいつの間にか人集りが出来るレベル。これがビーチフラワーという奴か。

 

「どうです?」

「うん、似合ってる。別にブルー・ティアーズは関係ないからな?」

「ウフフ、わかってますわ。ここに来るまで色んな方々に褒められました。疾風に選んでもらったのは正解でしたわね」

「おおっ、現役モデルにそう言って貰えるとは至極恭悦だな。じゃあ俺泳いでくるから、また後でな!!」

「お待ちなさい」

 

 くっ! やはり逃がしてくれないか。まるでビットに四方を囲まれたかの如く! 

 

「やめて! 俺を捕まえてどうするつもりなの! 酷いことするんでしょ! 薄い本みたいに! 薄い本みたいに!」

「訳のわからないこと言わないでくださいまし」

「グスン。で、俺に一体どんな責め苦をあじあわせるつもりだ?」

「はい」

 

 ポンと手のひらサイズのボトルを乗せられた。英語でSUN OILと書かれている。

 

「えと、なにこれ?」

「サンオイルですわ」

「それはわかる、なんでこんなもの渡されたの? 別にいらんよ俺は」

「決まっていますわ。わたくしにサンオイルを塗ってもらうためです」

「ふーん………………………は?」

 

 今なんて言った? サンオイルをセシリアに? 

 ジッとセシリアの体に眼を向ける、贔屓目なしに見ても魅力的である。

 え? 誰が塗るのさ………俺? 何処に塗るの? セシリアの体に? 俺が塗るの? ………は? 

 

「はぁぁっはっ!? はぁぁぁああっ!!? お前ばか、ばっ、ばっかじゃねえの!? 何を考えてるんだお前は!」

「前の方は自分でも塗れますが、後ろはどうも」

「分かるよ! 分かるけどもなんで俺ぇ!?」

「罰ゲームでしょう?」

 

 そうじゃなくってぇぇ!! 

 なんだこのアンジャッシュしてないのにアンジャッシュしてる会話は! 

 

「他にいるだろ! 態々男の俺に塗らせるとか正気か? 俺がお前に何かしたらどうするつもり!?」

「あら、何かするつもりですの?」

「するわけねえだろ!」

「なら問題ありませんわね」

「いや、いやいやいやいや」

 

 お前にはないだろうな、お前には! 

 いやないの、お前には!? 

 

「とにかく、敗者に弁舌を振るう資格などありませんわ」

「んぐっぐぐぐ………………わかった」

 

 やってやろうじゃねえか畜生。

 セシリアの意図は理解できないが、罰ゲームなのだから守らねばなるまい。じゃないと初戦闘の権利を俺が使うときに説得力がなくなる。

 

「では準備致しますわ」

「パラソルは俺がやる」

「あら素直ですこと」

「うるさい」

 

 マットを敷いて側にビーチパラソルを(若干怒りを込めて)ぶっ刺して場の準備は完了。これでいいかとセシリアに確認を取ろうと振り向いたらギョッとした。

 セシリアがパレオをシュルリと外し、あろうことか手で布部分をおさえ、ビキニの紐をほどこうとしているのだ。

 

「おまっ! なに! 水着の紐をっ!」

「え? ほどかないとやりづらいでしょう?」

「いいよそんな細いの!」

「心配なさらずとも、水着を落とすなんて間抜けなことはありませんのでご安心を」

「そういう問題じゃない!」

 

 顔を赤くして焦る俺にセシリアは何処か勝ち誇ったように微笑みながらビキニの紐をほどくと、そのままマットにうつ伏せに横たわった。

 

「では、お願いしますわ」

「っーー!」

 

 マットに横たわったセシリアは自分の肢体を惜しげもなく晒していた。

 

 長くしなやかでいつもキッチリとしているブロンドヘアーはマットの上に乱れ、うつ伏せながらも形の良い胸は自身の体重とマットの間に挟まれてムニュリと形をかえて横にはみ出している。ビキニの紐が横に伸びているのがそれを尚更強調させる。

 そしてなにより形のいいヒップラインがこちらを向いている。崩れのくの字も知らないそれは評論家が見れば間違いなく芸術品と太鼓判を打つんじゃないかと言うレベルで存在感を放っていた。

 結論、贔屓目抜きにしても魅力的である。本当にこいつ俺と同世代? 嘘だろ? 

 

 そしてたちが悪いのが今からこの背中に俺がオイルを塗るということである。

 

「あ、レーデルハイト君がオルコットさんにサンオイル塗ろうとしてる!?」

「え、なにそれズルい!」

「数少ない男子を独り占め!?」

 

 うわぁ、案の定野次馬が出現してしまった。これを口実に逃げることを考えたが流石に往生際が悪い、というよりこいつが逃がさない。

 

「お前ら、見せもんじゃねえぞ! 散れ! 散れぇ!」

「えーでもオルコットさんだけズルーい」

「シャラップ! こちとら塗りたくて塗ってるわけじゃねえんだ! ほらっ、早く散れぇっ!! ガルルルル」

 

 精一杯の威嚇が効いたのか野次馬どもは名残惜しげに俺から離れていった。

 

 羨ましい? ズルい? ふざけるな! お前ら下心無しで目の前に立ってる俺の内心が分かるか!? 

 今の俺はいつ心筋がぶちギレるんじゃないかってぐらいバックバクなんだからな! 

 ましてや女子の体に触るなんて俺初体験だからな!? チェリーボーイなめんなよ!? 

 

「疾風まだですの? あまり待たせないで下さいな」

「今やる、今やるから。今体の中の色んなものを体外にぶん投げてる最中だから」

 

 こいつ、人の気も知らないで………

 

 ふーー。……………駄目だ、煩悩が掻ききれない。しょうがないだろ俺だって思春期なんだ。いやいや駄目だろ駄目だろ、セシリアをそんな目で見るんじゃない俺っ! 

 

「すぅぅ、ふぅぅ………ready………fight!」

「無駄に気合い入ってません?」

 

 セシリアの言葉を完無視、俺は最近チェックしてたサンオイルのホームページ情報を復習した。

 

 1、サンオイルを手に出します。

 2、サンオイルを手で擦り付けて暖めます。

 3、むらなく塗りましょう。

 

 まさか母さんからの助言がこんなところで役に立つとは。それとなしに見たサイトが役に立つとは。

 

 とりあえずこのスリーステップだけだ。たったこれだけなんだ、簡単だとも。恐れることは何もない。

 無心になれ疾風・レーデルハイト、別にこれはふしだらな行為ではない、ただ紫外線からの影響をカットするためのオイルを塗るため、そう慈善作業なのだから。

 よし俺なら出来る。きっとやれるさ、何故なら俺は世界で二番目にISを動かした男なのだから。

 関係ないと言ってはいけない。

 

 思考しながらも俺の手にはサンオイルが出ており摩擦で火が出るのではという勢い擦り合わせている。

 

 よし。……いざ!! 

 

 充分に暖めたサンオイルをセシリアの背中にペタッと塗った。

 

「おぅ」

 

 俺はセシリアの肌の感触に驚愕せざるをえなかった。思わず声が出た。

 

 え、なにこれ? 女の子の肌ってこんなスベスベなの? 触った瞬間吸いついたんじゃないかって感じだったよ? 

 きめ細かく、白く、染み一つないその素肌は塗られたオイルで妖しくてかりを出している。

 そういえば日頃からケアは怠ってないとか言ってたっけ。モデルだから当たり前か。この肌を維持するのにどれ程の努力と費用がかかっているのか。

 

 正直に言おう。なんか触ってる側なのに気持ちがいい。

 

「あの、疾風? 同じところだけじゃなく背中全体にお願いしますわ」

「ああ、悪い」

 

 余りにも触り心地が良くて放心してた。女の子って皆こうなのかね。

 塗った場所を伸ばしながら手を動かした、擦るときの肌の感触がまた手のひらから伝わってくる。

 やばい、これはヤバイぞ。何か喋りながらじゃないと、俺の心臓がもたない。

 

「そ、そういえば。お前泳がないのか? さ、サンオイルなんか塗って海に入ったらオイル落ちるだろ」

「そのサンオイルは撥水性に優れているので、その心配はありませんわ」

「そうか」

「ええ」

「………………」

 

 終わった! 会話が終わったよ! 短い! 

 サンオイルを塗りながら次の話題を考えようとするが、頭が上手く回らない、顔も火照って、というより体温が気温の熱気とは明らかに違う要因で高くなっている気がする。

 

 あーもう! なんでこいつは俺にこんなことを頼んだんだ!? 

 

 セシリアを睨もうとすると調度こちらを向いていたセシリアと視線が合って慌てて視線を反らした。

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 今回、何故セシリアがこんな大胆な事をしているのか。

 気になる男の子に意識してほしい、なーんて生易しく可愛らしい事を考えていないのがグレートブリテン代表候補生セシリア・オルコットだ。

 

 時に、セシリアにとって疾風は可愛い弟分のような存在だった。

 幼少の頃。ひ弱で引っ込み思案だった疾風をパーティーに誘っては引っ張り回し、賭け事をして疾風を負かしては罰ゲームやら要求を求めていた。

 言うなれば、幼い頃のセシリアは疾風に対して少し、いやかなり強引だったのだ。

 

 だが一ヶ月前、二人が再会したあの日からそれは一変する。

 遭遇からのIS展開事件から論破、そこから色んな意味でマウントを取られ、立場は結構逆転気味である。

 今でも思い出せば疾風のしてやったり顔が目に浮かぶ。

 

 その時セシリアはこのままやられっぱなしは性に合わないと思った。

 負けっぱなしはオルコット家現当主のプライドが許さない。もう一度あの様変わりした幼馴染相手からマウントを取り返さなければと。なんとも良く分からない危機感に抱いたのだ。

 

 そんなときのババ抜き勝負だ。

 望みは薄いながらも誘われるままの勝負でまさかの超絶ラックで見事疾風の命令権をゲットした。

 これはチャンスが舞い込んだ。セシリアは心の中でニヤリと笑みを浮かべた。

 そこから一気に罰ゲームのプランが組上がった。それが今のサンオイルだ。

 

 勿論自分の体には人一倍自信があるセシリア、見られて困るところはない。

 だが我ながら大胆な事をしていると思う。幼馴染で気心しれた仲とはいえ、異性相手に自分の素肌を触らせるというのは普通ではないし、疾風の反論はもっともで何も間違ってはいない。

 現に今セシリアも疾風に、男に肌を触られていると言われてほんの少し恥ずかしさがある。

 だがその羞恥を捨ててでも負けられない戦いが此処にあるのだ。

 

「疾風。顔が大分赤いですけど大丈夫かしら?」

「だ、大丈夫ですともぉ?」

 

 お世辞にも大丈夫と言えないぐらいの顔の赤みと汗を放出している疾風。必死に手の震えを抑えながらサンオイルを塗る様を見て、セシリアは作戦の成功を確信した。

 

(結構手慣れている感じなのは予想外でしたが。概ね予定通りですわね!)

 

 セシリアは満足気な笑みを浮かべていた。

 彼の普段何処か静観したような余裕な様子は全くなく、年相応に羞恥に染まっている。

 なんともお可愛いことである。

 

 背中と腕の裏が塗り終わり、後は足の裏を残すのみ。

 このまま何事もなく疾風はこの天国とも地獄ともいえる罰ゲームが終わせ、セシリアは優越感に浸る。

 

 なんて生温い勝利を求めないのがセシリア・オルコットである! 

 求めるは完全なる勝利、この罰ゲームでセシリアは疾風から完全に主導権を握り締める為のファイナルプロットを用意していたのだ! 

 

(此処までの疾風の様子を見て、間違いなくこういうことに関しては初心! 多少リスクはあれど、間違いなく成功するはずですわ!)

 

 セシリアは笑みを隠しきることが出来ず、顔を下にうずめる、声が漏れないように唇を噛んだ。

 

(この勝負! 勝ちましたわ!)

 

 いつの間にか勝負になっていたのである。

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 後少し、後少しだ。理性を切らすなレーデルハイト。後30センチあまりだ。頑張れ俺、お前ならやれる! 

 

 瞳孔が開き、耐えず汗を流し、喉も乾き。手の震えも尋常ではない。

 英国ではアイドル的な美貌を持つセシリアの素肌に触れるというファンなら血涙ものの体験も今の俺にとっては拷問でしかない。

 だがそれももう終わる、後数センチ、後数ミリ………………

 

「…………ドゥエハッ! 終わった、終わったぁ」

 

 やりきった、セシリアの背中、裏面に当たる場所は全て塗りきった。

 塗りムラなど見当たらない、我ながら完璧な仕上がりである。

 あぁ………なんて解放感だろうか、俺は自分自身に一角獣クラスの勲章を授けたい。

 

「ご苦労様です疾風」

「あぁ、あぁ、塗ったよ。じゃあ俺は泳いでくるよ」

 

 今すぐこの火照った体を冷やしたい。いやそれよりも一刻も早くこの場を離れないと、何かが切れてしまう。大事な何かが。

 

 パラソルの範囲外から一歩を踏み出そうとする為に立ち上がろうと膝に力を入れた。

 これで解放される。この天国とも地獄ともいえる拷問から。

 

 だが古き良き英国貴族はそれを許さない。

 

「お待ちなさい疾風」

 

 冗談ではなくビクッと体が跳ねた、セシリアの見るとなんとも妖しい笑みが。

 

「まだ塗り残しがありましてよ」

「………いや、ねえよ。全部塗ったわ」

「いいえ、まだ一ヶ所だけ。私の目では見えない場所があります」

「回りくどいな一体何処だよ!」

 

 早く俺を解放してくれ。拷問は終わったというのになんなんだ。お前はブラッディ・メアリーか? エリザベート・バートリーか? 

 

「お尻のほうも塗ってくださいな」

 

 ………………ぽえ? 

 

「………もっかい言って?」

「臀部です」

「すまんもう一回」

「ヒップです」

「H! I! P!?」

 

 聞き間違いであってほしかった。思わずアルファベットで言ってしまった。

 

「お前はとうとう狂ったか?」

「狂ってませんわ。100%正気です」

「嘘だっ!!」

 

 某鳴き虫の少女トーンで言い放った俺の罵声も何処吹く風、セシリアは涼しげな顔でこちらを見ていた。

 

「出来ませんの?」

「出来るか! 触った瞬間裁判待った無しだわ!」

「同意の上なら問題ありません」

「周りの目が」

「これだけ遠ければ見えませんわ」

「そういう問題じゃないぃぃ!」

 

 俺は頭をガチで抱えて悶えた。手についたままのサンオイルがペチャっと髪についたがそんなことどうでもいい。

 

「わたくしは読者モデルでもあります。それを加えなくてもレディのヒップがサンオイルの不備でマダラ模様になるなんて言語道断ですわ」

「そこは! 俺じゃなくても! いいだろっ!」

「罰ゲーム」

「んごぉぁあぁぁ!!」

 

 その時俺は察した。

 ISが出る前から、男性は女性には根本的に弱いのだと。

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 これがセシリアのファイナルプロットであった。

 だが本当に彼にやらせるつもりはないのだ。それは彼がどうしてもそこは塗らないだろうという確かな予測の元での作戦だった。

 

(もうしばらく疾風には悶えてもらいましょう。そしてそこからわたくしが許しを与えれば、この罰ゲームはわたくしの完全勝利ですわ!)

 

 セシリアの狙いは疾風を自分の魅力でノックアウトし、最後の慈悲を差し伸べ、自分の優位性を示すこと。

 セシリアの魅力に負け、罰ゲームの内容を反故にした疾風は今回の刺激的な出来事を嫌でも思いだし、セシリアに強く出られなくなる。

 

 プルプルと震える疾風を見るセシリアの心中はこれ以上ないくらい晴れやかだった。ついでに、初陣の約束事の緩和という小ズルいことまで考えている。

 

(チェックメイトですわ!)

 

 セシリアは勝利を確信、これ以上ないくらい上機嫌。

 挑発的な視線で、トドメを放った。

 

「疾風ったら、意外と意気地無しですのね」

「んっ!!」

 

 セシリアの言葉に疾風の震えはピタッと止まった、顔は湯気がしゅーと出るほど真っ赤になっていた。

 それから疾風は暫く顔を俯かせて動けなくなった。完全にキャパオーバーである。

 

(流石に可哀想になってきました。そろそろここら辺で手を打ちましょう)

 

 正に勝者の寛容、セシリアは物言わぬ疾風に振り返った。

 

「疾風、どうしても出来ないというのなら。許してあげても………………疾風?」

「んー?」

 

 いつの間にか再起動していた疾風はサンオイルを手に出して暖めていた。

 

「なにしてますの?」

「サンオイル温めてる」

「な、何故?」

「塗るためだけど?」

「ど、何処を?」

「え? 尻に塗るためだろ?」

「え、えっ、えっ!?」

 

 セシリアは困惑していた。先程の疾風の狼狽えっぷりが嘘のように彼が着々とサンオイルをお尻に塗る為に準備を進めているのだ。

 疾風の顔は変わらずに赤かった、だが目がなんか据わっている。

 

 セシリアは慌てていた。彼女の計画では今この瞬間に終わっている筈だった。なのに罰ゲームはまだ続いている、これは一体どういうことなのか。

 

「あの疾風? 無理しなくて良いですのよ?」

「してないよ、大丈夫」

「い、今から女子の誰かに頼みますから」

「何を言っている、これは罰ゲームなんだからしっかりやらないとダメジャナイカ」

(なんか覚悟決めた目をしてますわー!?)

 

 これは不味い。疾風は確実にセシリアの魅惑的なヒップに塗ろうとしている。

 今更感があるが、セシリアも疾風が塗るというのは想定外。自分で言い出したこととはいえセシリア自身、異性であり幼馴染である疾風に自分のお尻を触られるのは恥ずかしい。

 繰り返すが勿論自分の身体には自信がある。が、それと羞恥心はまったくの別だ。

 

 なんとかしなければ。でもどうすれば? 逃げる? 駄目だ上のビキニの紐を解いているからこのまま走り出せば手ブラで砂浜を走らなければならない。いやその前にセシリアの中の貴族としてのプライドがその場から逃げるという選択肢を潰していた。

 

 セシリアの作戦は確かに成功していた。疾風にサンオイルを塗らさせ、彼の羞恥心を浮き彫りにし、ヒップで誘惑してそこで罰ゲームを中止してEND。の筋書きだったはずなのに。

 

 一体何が起こっているのか、先程過剰なまでにセシリアのヒップにサンオイルを塗ることを拒否していた疾風が今正に塗ろうとしている。

 

(と、とりあえず説得しなくては。飽くまで自分から拒否するのではなくうながすように!)

 

「は、疾風。わたくしも戯れが過ぎましたわ、なので………」

「セシリア」

「はいっ」

 

 小擦り合わせていた疾風の手が止まった。サンオイルを暖め終わった疾風は以前不可思議な炎を宿した瞳を水中眼鏡越しにセシリアの蒼い瞳に合わせた。

 

「3つ、言いたいことがある」

「な、なんでしょう」

 

 セシリアの作戦は確かに上手く行っていた。

 だが彼女は上手く行きすぎた。

 

「一つ、これは同意の上、お前の尻に塗るのは間違いではなく正当だ。二つ、男は皆狼だ、今後他のやつにこういうことはするなよ」

「え、えっと」

「そして三つ目」

 

 セシリアの敗因を語るというのなら。それはただ一つ。

 

「俺は意気地無しじゃないっ!!」

 

 からかい過ぎた。

 

「ひぅっ!? っーーーーーーー!!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………」

「………………………」

 

 沈黙、ただひたすら沈黙。周りの騒がしくも、楽しげな声など。ピーチパラソルの下の二人の耳に届くことなどなかったのだ。

 二人の顔は肌の色が戻らないと思うくらい赤く染まっていた。

 当然である。疾風にとっては未踏の体験、セシリアにとっても未踏の体験で何をどう形容すればいいかわからなかったからだ。

 

「セシリア」

「っ!」

「塗ったぞ」

「は、はいっ」

「前は自分で塗れ」

「わかりましたわっ」

「俺は海に行く」

「行ってらっしゃいませ!」

 

 疾風はサッと立ち上がってビーチパラソルの影から脱出。道中かけられる声に答えることなく、走ることなく、ただ早歩きで海に向かって真っ直ぐ歩を進めた。

 

「………んー!! んーんーんーーーー!!!」

 

 セシリアは顔をうずめたまま足をバタバタさせて悶絶していた。

 それは悔しさか、それとも恥ずかしさか、それともそれとは違う未知の感触に対する悶絶か。

 

 周りの生徒も何事かとセシリアに近寄ろうとするも、何となく近づけずにいた。

 

 疾風に非はない、誰も悪くはない。ならばこの沸き上がる感情は何処に発散すればいいのだろう。

 思い返せば色鮮やかに浮き上がる疾風に見せつけた様々なハニーアピール。それをまた思い返して更に悶絶した。

 

 今ここに誰にも知られず、罰ゲームというなのサンオイルの戦いの幕が閉じた。

 

「んーーー!!!」

 

 セシリアは暫く足をばたつかせ、周囲の目を引いたという。

 

 本日の勝敗:セシリアの、敗北(大胆すぎた為)

 

 




なんか。今回はいつもと違う感性を使った気がします。

セシリア名物サンオイルで御座います、塗っているのが一夏ではなく疾風なのでストッパーがいない結果になりました。
無駄に気合いが入りました。


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第12話【ビーチバレー・血湧き肉躍る】

 疾風・レーデルハイトは歩いた。

 目の前に広がる大海原に向かって。

 

「あ、レーデルハイト君! ってはっや」

「レーデルハイ……あれ?」

「ヤッホー男子ー! 楽しんでるーーう?」

 

 疾風・レーデルハイトは歩いた。

 周りの声に相槌すら打たずただひたすらに海に向かって歩いた。

 

 脳裏に写りっぱなしなのは先程のセシリアの肢体で………

 

 疾風・レーデルハイトは歩いた。

 足を早めて海に足をつけた。

 完全に気のせいだろうが、入った瞬間ジューと水蒸気が上がった気がする。

 入水自殺でもするのではないかという勢いでザブザブと海を強引に歩いて、そのまま頭まで沈みこんだ。

 そのままただ真っ直ぐ海を泳ぎ歩き、そのまま潜りこみ。しばらくして…………………

 

「………プッハッ!!」

「「うわっ! びっくりした!」」

 

 息が続かなくて急速浮上。海面に思いっきり上がると目の前には一夏と一夏におぶされてる鈴が。

 

「………悪い一夏」

「おう、てか大丈夫か?」

「何が?」

「いやなんていうか。なんか嬉しそうだったり、苦しそうだったり?」

 

 一夏もよくわからないと顔に出している。朴念神の一夏でさえ何か感じられる程今の俺の顔はヤバイのか。

 

「大丈夫か疾風。いまにも死にそうだぞ」

「気にしないで………思い出しちゃうから」

「お、おう」

 

 察してくれて助かった。

 とりあえず、気になるのが。

 

「俺からしたら鈴の方が死にそうなんだけど、何があった?」

「競争してたら溺れかけた」

「言うなっつの!」

「ゴブブブ!?」

 

 ゴチンと思いっきり一夏の後頭部を殴った鈴、とうの一夏は鈴を沈ませまいと足場のない海原なのにも関わらず踏ん張った。

 男だなぁ一夏。

 

「鈴の前世が人魚なのもあながち間違いではなかったということか」

「どういう意味」

「泡になって沈む」

「本当にそうなりそうで焦ったぜ」

「悪かったわよぅ」

 

 流石に思うところがあったのか鈴は先程拳を叩き込んだ一夏の後頭部を擦った。

 

「俺は鈴を連れてく、お前は?」

「もすこし泳ぐ」

「そうか。じゃあな」

「うん。鈴もちゃんと」

「やる、やるってば」

 

 恥ずかしさに顔をうずめた鈴を背負って一夏は浜の方に泳いでいった。

 

「ん、結構遠くまで泳いだんだな」

 

 まったくの無心。といったら語弊があるが結構沖の方に泳いだみたいだ。

 反対側を見ると、通行禁止用のブイが浮かんでいた。

 

 ………だいぶ落ち着いたみたいだ。一夏と鈴のおかげか? これからどうしようか。

 あ、そういえばビーチバレーに誘われてたっけ? でも行くとセシリアに遭遇しかね………やめようセシリアのこと考えるのは。

 

 キンキンの海が若干温かくなったのを気のせいと思いつつそこら辺を全力でクロールで泳いで泳いで泳ぎまくった。

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 無我夢中全力で泳ぎまくっていつの間にか浜の方に向かっていたのでそのまま海から出た。目と鼻の先にはビーチバレーのコートが見えた、色とりどりの水着を着た女子たちが躍動的に動いている。

 

 結構泳いだ筈なのにそこまで疲れを感じない。謎のアドレナリンが出たせいだろうか。

 ボーっとしてたところに黄色い影、布仏本音がニマニマ顔でのそっと近づく

 

「レーちんだぁ~びしょびしょー」

「泳いだからな。てかのほほんさん、さっきはよくもやってくれたな」

「え~でも役得だったでしょ~?」

「おだまり」

 

 思い出してしまうではないか。

 悶えかけていた俺をまた側にいた一夏が

 声をかけた。

 

「疾風ー、ってうわっ。お前そんな引き連れてどうしたんだ?」

「あーん? ……うわっ」

 

 気づくと両肩と頭に昆布が垂れ下がり、なんちゃって昆布アーマーが出来上がっていた。

 

「無心で泳いでたからな」

「落ち着いたか?」

「いや全然。思い出したら顔が爆発しそうだ」

「いったい何があったんだ疾風?」

「言うな聞くな。思い出させるなと言ったろうがコノヤロゥ」

「オッケー、もう触れない」

 

 体に纏わりついた昆布をベシャリと海の方に投げつけた。投げられた昆布が海の表面をプカプカ浮かぶ様は、まるで今の俺の心のようだ。

 

「疾風、ビーチバレーやろうぜ。俺達もこれからやるんだけど。モヤモヤ吹っ飛ばすなら体動かすに限るぜ」

「あー。うん、そうだな」

 

 とりあえず体からはエネルギーが沸いている。この沸き上がる感情をボールにぶつけるのも悪くはない。

 

「やるわ。ビーチバレー」

「決まりだな。おーい! 疾風も入るけど大丈夫かー!?」

「全然! むしろウェルカーム!」

「レーデルハイト君!? 清香、私抜けるね!」

「えぇーい往生際悪いぜ静寢! レーデルハイト君! 私抜けるから入っていいよー! あ、逃げるな! 手伝え癒子!」

「任せろーバリバリー!」

「ちょ、ちょっと二人とも!?」

 

 なんか女子ズが取っ組み合いを始めたんだが? なんか喋ってたみたいだけどよく聞こえんかった。

 

「あれ、疾風もビーチバレーやるの?」

「おおシャルロット、とラウラか? なんで隠れてるの?」

「は、疾風か。あまり見てくれるな………」

「いや見えんよ。隠れてるから」

 

 シャルロットの水着はオレンジ色のビキニ。セシリアと違って元気一杯な活発的な雰囲気。そしてさっきの鈴とは違いしっかり専用機のラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡカラーである

 

「疾風、今ISのこと考えてたでしょ?」

「なんでわかった」

「わかるよ。だって疾風だもん」

 

 おい、それだと俺が四六時中ISのこと考えてるみたいじゃないか。

 あってるけど。

 

「で、なんでラウラはそんな顔見知りムーブを出してるの? キャラ違くね?」

「………見たら笑うだろう」

「何をだ」

「一夏は優しいからな、さっきのも社交辞令だ、そうに違いない。私が可愛いなど………そんなこと………」

「いや、だから何をだ」

 

 話の意図がまるで読めない。少し前にまっ裸で一夏をくみしだいたあの潔さはどこ行ったんだ。

 

「シャルロット、説明を頼む」

「えっとね。ラウラが凄い可愛い水着を着たんだけど自分で似合わないと思ってるらしくてね」

「ほうほう」

「一夏に似合ってるし可愛いって言われてからずっとこんな感じなの」

「………またか」

「うん、またなの。アハハ」

 

 この海でも一夏のスケコマシは遺憾なく発揮されているらしい。

 恋愛感情が絡むと人はこんなにも変わるし一喜一憂したりするのか。俺にはそんな経験がないからわからんな。

 

「ラウラ、別にお前がどんな奇天烈な水着着ようが間違いなくこの前の朝よりはマシだぞ」

「しかしだな」

「それに俺にどう思われようと対して被害ないだろ? 一夏と違って」

「………確かにそうだな」

 

 正直あまり納得してほしくなかったが、ラウラは顔を引き締めてシャルロットの影から出てきた。その姿を分析すると。

 ロングヘアーの髪はツインテールより上目のアップテール。水着はレースが沢山使われたシュヴァルツェア・レーゲンカラーの、少し大人っぽい水着だった。

 ラウラぐらいの体躯の子がこのような物を切るのを見たら、背伸びして頑張ってる子という感想が出るぐらいだが。なかなかどうして。

 如何せんラウラ・ボーデヴィッヒという女子はお人形さんがそのまま人間になったかのような外見、似合わないという言葉など出ることはなかった。

 

「お前はどう思う」

「なんつーか。凄いしっくり来てる感じ」

「私はあまり似合ってるとは思わんのだがな」

「そんなことないよラウラ」

「そうだぜ、さっきも言ったけど可愛いって。すごく似合ってる」

「かわっ! またお前はそう言って………」

「嘘じゃねえよ。本当に可愛いよラウラは」

「ムゥン!!?」

 

 一夏に褒められた途端ラウラがモジモジしだした。

 なんだろ、普段とのギャップが凄いな。

 噂だとラウラはドイツで【冷氷】と呼ばれてたらしい、俺が入学する前でも凄いトッキントキンのトンガリガールだったとか。

 が目の前には噂が嘘だと思えるほどのただの女の子しかいない。氷をお湯にするとは、恐るべし、織斑一夏………

 ジト目で見られる当の本人はこれまた気の抜けたような顔をしている。恐らくなにか考えているのだろうが明後日の方向に行ってるのは明白だった。

 

 そして始まったビーチバレー。ルールというか補足として、スマッシュはなしの10点先取となった。俺としてはたまったリビドーで思いっきり叩き込みたかったので少し残念。

 チームとしては一夏はシャルロットとラウラの専用機チーム。対してこっちは鷹月さんと谷本さんの即席チームの3対3。

 本来のビーチバレーは2対2らしいが、お遊びということでそこはスルー。

 それは置いといて。とりあえず一言。

 

「戦力差大丈夫だろうか」

「こっちは皆初めてだぜ?」

 

 それを加味してもだ。

 一夏は知らないが、後ろの金銀コンビは決して広くない門をくぐった代表候補生。そのうち一人は軍人で隊長だ。

 対してこっちは少し鍛えただけの水中眼鏡と、うら若き女子二人。

 もう一度言おう、戦力差大丈夫だろうか。

 

「フッフッフ、安心してよレーデルハイト君。巷で誰が呼んだか、私は7月のサマーデビルと言われる程の実力者よ。大船に乗った気でいなさいな!」

 

 自信満々の7月のサマーデビルこと谷本癒子さん。8月になったらサマーエンジェルになるのだろうか、それともサマーサタンか。

 

「私も頑張るから!」

「お、おう。じゃあ頼むな?」

 

 鷹月さんからもやる気が見てとれた。

 とりあえずやるだけやろう。サーブはこっちのサマーデビルから。

 

「フッフッフ。7月のサマーデビルと呼ばれた私のサーブを見よぉぉ!」

 

 ていっと打たれたサーブ。名前負けはしてないのか、そのサーブは素人目から見ても絶妙な物だった。

 

「まかせて!」

「ナイスだシャル! ーーーラウラ!」

 

 そうはさせじとシャルロットが拾い、一夏かラウラに繋げた。

 一番厄介そうな奴にボールが渡った、俺達は身構えて迫り来るボールに注意する、が。

 

「………」

「おいラウラぁ!?」

 

 肝心のラウラは下を向いてブツブツと口を動かしていてそこから不動の構え、パスされたボールは悲しくも砂の上に転がった。

 疾風チームも呆気に取られて受けの体勢のまま固まった。

 

「どうしたのラウラ? 立ってるだけじゃゲームにならないよ」

「私が可愛い………一夏が私を、また可愛いって。あんな真っ直ぐな瞳で………」

「ラウラ?」

「おい、大丈夫かラウラ?」

 

 一夏が心配そうにラウラの顔を覗きこんだ。

 至近距離で。

 

 キュボンっ! 何処かで何かが爆発した。

 

「うわあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………!!!」

「「ラウラー!?」」

 

 その踏み込みは砂を吹き飛ばし、その走りは風を巻き起こし。キャパオーバーを起こしたラウラ・ボーデヴィッヒはとても綺麗なフォームで花月荘に走り去っていった。

 

「どうしたんだラウラのやつ。追いかけたほうがいいかな」

「やめよう一夏。ラウラの原型が保たれなくなるよ」

「え?」

「オリムーの乙女ブレイカーは今日も絶好調なのだ~」

「???」

 

 言われたことを何一つ理解できてない一夏はただただ首をかしげ。そして何もなかったの如く笑顔でビーチバレー再開しようぜと言ってのけた。

 この切り替えも朴念神の要素の一つだろうか。

 

 ラウラの空いた穴は相川さんで埋まった。戦力的にはイーブンといったところ。

 だとよかったろう。

 

「よいしょぉ!!」

「うわっ!」

 

 7月のサマーデビルの気合いの入ったシュートがコートの隙間にめり込んて10点目。ゲームセットである。

 

「イエーイ! サマーデビルサイコー!」

「はっはっは! もっと褒めてくれたまえ」

「癒子ってこういうの得意だよね。ISの成績は普通なのに」

「それとこれとは別なのよ!」

 

 鷹月さんの鋭いコメントに勢いで切り返す谷本さん。

 経験者が居るというのはこれ程心強い物だったのか、10点のうち8点は彼女の得点である。

 

「もっかいだ! このまま負けっぱなしは悔しいぜ!」

「うんうん」

「俺はまだやれるから問題ないぞ」

「私は少し疲れたから、休憩」

「じゃあ一夏君にはこのサマーデビルの力を与えよう」

「え、うそん?」

 

 相川さんがコート外に出て此方の最大戦力であるサマーデビルが一夏陣営についてしまった。

 

「マジか! ありがとう谷本さん!」

「対価として何かしてほしいなぁ。そうだ! 後でサンオイル塗ってくれる?」

「えっ俺が!?」

 

 サンオイル。そのワードで体が大袈裟にビクついた。体温もまた上がった気がする。

 

「レーちん顔アカ~イ。スケベ~」

「その狐耳引っこ抜いてやろうかコラ」

 

 元凶がのらりくらりと言うので少しだけ殺意を織り混ぜた。

 

「怒らない怒らな~い。セッシーも見てるんだし~」

「はっ?」

 

 今なんと言ったこの子

 振り替えると、そこには。

 

「ご、ごきげんよう疾風」

「んっ!?」

 

 いつから居たのか、本当に。俺が選んだブルーの水着を着たセシリアがそこに。少し恥ずかしげな頬には少し赤みがさしており、普段とは雰囲気が違う様子も相まって、色気がましている。

 そんなセシリアに一夏も息をのみ、シャルロットも目をパチパチさせている。

 

 そして俺はというと。

 

「あ~。レーちんさっきより真っ赤っ赤~。林檎みたーい」

 

 のほほんさんの言葉など耳に入ることはなく。

 俺の体は更に発熱した。

 目の前のセシリアの体に、俺は先程の光景が感触とともにリフレインする。

 

 手に吸い付くさわり心地の良い玉の肌。それをさっきまで素手で触っていた。

 それはもう思う存分に。

 そして最後のヒップ。勢いでガガッとやったが、押し込めば何処までも沈みそうで、それでいて跳ね返すぐらいの張りが………

 

「疾風?」

 

 固まったままの俺に何を思ったのかセシリアは俺に向かって一歩を踏み出した。

 踏んだときの砂の音が、何故かこのときハッキリと聞こえ………

 

「のああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………!!!」

「「疾風ー!?」」

「レーデルハイトくーん!?」

 

 分け目も降らずに海に全力ダダダダーッシュ。水の抵抗などなんのその、そのまま海を走り抜け、膝下まで使ったところで大ジャンプで浅瀬にザッパァーン! とダイブ。

 

「「「………………」」」

 

 突然の奇行に一同が俺の消えた海を見ている。海に消えたまましばらく浮上しない俺に少し不安になる。

 しばらくすると、海から俺が出てきた。そのまま大きな足取りで真っ直ぐにセシリアの元へ。

 セシリアの前にたったまま押し黙る俺にセシリアは声をかけた。

 

「あの………疾風? さっきのことですけど、ヒャァ!」

 

 おずおずと恥ずかしげに話そうとしたセシリアの両肩にガシッと手を置く俺にセシリアのみならず周りもビクついた。

 

「セシリア!」

「は、はい」

 

 うつむいたまま彼女の名前を呼ぶ。

 セシリアはもしかしたら怒っているのでないかと不安が胸によぎる。

 数刻黙った俺は息を目一杯吸い込み、顔を上げ、その眼光がセシリアの瞳を射抜き。そして…………

 

「忘れよう!!」

「へっ!?」

「さっきはなにもなかった! サンオイルなんてなかった!!」

「へっ、え、え?」

 

 鬼気迫る表情で俺はセシリアに訴えかけた。水中眼鏡越しでも伝わる眼光にセシリアはただただ戸惑うばかりで。

 正直、この時俺は何をしゃべっているのか自分でもわからなかった。

 

「忘れるンダ!!」

「わ、忘れる」

「オウケェイ!!?」

「わ、わかりまし、たわ」

「よぉぉし!! ビーチバレーやらないカ!?」

「や、やりましょう………」

「よぉぉぉぉぉしっ!!!」

 

 水を滴らせたままのっしのっしとコートに戻る。セシリアも流れでコートの中に入った。

 

「サッ! コォォォイ!!」

「だ、大丈夫か疾風」

「ノォウ! プロブレェェム!」

「あまり大丈夫そうじゃない!」

 

 かつてないほどまでに、アドレナリンが大放出している俺。あまりの熱気に俺に纏う空気が揺らいでいる、感じがする。

 一夏曰く、この時の俺は目がイってたらしい。

 

「じゃあこっからはスマッシュありにしよっか」

「え、マジか!?」

「イェア!!」

 

 サマーデビルの提案に一夏は驚き俺は軽快に返事をする。

 

「ちょっと待って、本気か………(えーと)」

「(谷本さん)」

「谷本さん!」

 

 人の名前を覚えるのが苦手な一夏はシャルロットの助力を得て谷本癒子に問うた。

 

「今の疾風相手にそんなの許したら何が飛んでくるかわからないぞ!?」

「だから、面白いんでしょ!」

(駄目だこの人!)

 

 戦意マシマシのサムズアップで返す7月のサマーデビル。

 逃れるすべがないことを理解した一夏とシャルロットは、コート越しの相手チームを見やる。

 

「フシュ~」

「と、ところでオルコットさんバレーの経験は…」

「えと、たしなむ程度には」

 

 真ん中に口から煙を吐いている俺と、後ろにそんな俺に少し引き気味の二人が。

 

「シャル」

「なに?」

「生き残ろうな」

「そうだね」

「試合、かいし~」

 

 のほほんさんの号令でゲームスタート。サーブはサマーデビル。

 

「行くぞー! そいや!」

「セシリア上げて」

「はい!」

 

 俺が拾い、セシリアがトス。合わせて俺が飛びあがり、ボールを右手で叩きつけた。

 

「よし! こ……」

 

 ズドムゥン!! 

 

「………………?」

 

 受けの姿勢を取った一夏の真横を何かがかすめ、巻き上がった砂が顔を叩いた。

 砂が飛んできた方向を見ると、何かが衝突したように砂地が抉れていた。その後ろにボールが小さくバウンドして転がっていた。

 

「………チッ、それたか」

「っておい! 今それたかって言ったか!?」

「言ってないヨ」

 

 無表情で言われた一夏は釈然としない顔でボールを渡した。

 鷹月さんがサーブをうち、シャルロットが拾い、谷本さんから一夏に。

 

「今度こっちの番だ! おりゃ!」

 

 一夏の渾身のアタックは調度コートスレスレの角を突いた。

 三人からも距離が離れ、俺が走り出すもギリギリ間に合わない。谷本さんから見てもなかなか上手いアタックだった。

 

(よしっ! 入ったぜ!)

「うおんりゃぁ!」

 

 スレスレボールに手が届かないとわかるや足を伸ばしてボールを浮かせた! 

 俗に言う蹴りである。

 

「はっ!? 足だと!?」

「オラァぁ!!」

「うおぉぉっ!?」

 

 リカバリーされたボールは鷹月さんが繋げ、そのまま一夏に向かって放たれた。

 一夏が慌ててよけるとスマッシュは調度一夏の顔があったあたりを通過し砂にめり込んだ。

 

「えっ? 足ってありなの?」

「ありなんだよデュノアさん」

「それよりも疾風! やっぱ俺の顔面狙ってるだろ!?」

「そんなことナイヨ」

「嘘つけ!」

「ホントダヨ。ボクウソツカナイ」

「完全カタコトだよ! お前僕なんて言わないだろ! もはや確信犯じゃないか!」

「チッ。バレたか。一夏なら絶対気づかないと思ってたのに」

「バレるわ!! 俺どんだけ鈍いんだよ!!」

「どこまでもだ馬鹿野郎!!」

 

 あからさまなラフプレーは確実に褒められたことではないが、今の俺はいささかテンションが迷子。一夏の言葉でそんなモラルは軽く零落白夜された。

 おのがうちにたぎるアドレナリンに一気に火がつき、シナプスは弾け、理不尽など蹴り飛ばされ。ストッパーは居留守を決め込んだ。

 

「鈍いんだよこの朴念仁! キング唐変木! ゴッドオブ鈍感!!」

「そ、そこまで言うのか」

「言うわ! 言いまくるわ! この世に存在する最大単位言いまくったところでお釣りがくるわ! このラノベ主人公!!」

「ら、ラノベ主人公?」

 

 反論しようとした一夏だったが俺の熱い圧に一気に冷静になってしまった。

 

「お前は今まで泣かせた女の子の数を覚えているか織斑弟ぉぉ!」

「な、泣かせた!? そんな覚えないぞ?」

「泣いてんだよ心のなかでよ! お前が放った言葉でどれだけの女の子が天国から地獄へバンジーしたと思ってるんだ、そうだろシャルロット!」

「あーー……うん、そうだね。確かに」

「ちょっ、シャル!?」

 

 味方だと思ったシャルロットに裏切られた? 一夏はシャルロットを見て呆然とする。

 

「俺はなぁ一夏よ! さっきほんと心臓がまろびでるような体験をしたんだ! 今でも飛び出そうなんだよ! だけどお前ならなんともないだろうな! 少しは照れるにしても時間がたてば落ち着くんだろうな! いや、それにいたる前に鈴あたりが邪魔しそうだな、羨ましいなコラ!!」

「すまん! ほんとになんのことか分からない!」

「行くぞ! このボールに今までの女子の無念、そして俺の中の何かを混ぜた物を込めてお前に打ち込んでやる!」

「だから身に覚えが………」

「無知とは罪! 無知とはギルティ! くらえ一夏! ついでにそのモテ力と鈍感力をよこせぇぇぇ!!」

「凄いオラオラなのになんて正確なサーブフォーム! やるわねレーデルハイト君! バレー部にスカウトしようかしら」

「そんなこと言ってる場合じゃプゲラァ!」

「一夏ー!!」

 

 そんなこんなで楽しい楽しい血沸き肉踊るビーチバレーは再開。

 一夏を狙うかと思えばシャルロットに谷本さんを狙うかと思えば一夏めがけて打ちまくり。肝心のサマーデビルは点を返すも思うように行かず、結果的に疾風チームの2連勝となった。

 

「ウィィィィ! 勝・利!」

「負けたぁ!」

「ありがとう一夏、その顔面を一度しか射抜けなかったのは心苦しいが。お前が避けまくったお陰で勝てたぜ。礼を言う!」

「嬉しくねぇ」

 

 満面な笑みを浮かべた俺に一夏は愚痴る。

 ぶっちゃけ凄い良い気分である。体を動かすって気持ちいいネ! 

 

「ていうかお前なんかキャラ違くねえか、そんなんだっけ?」

「こんなんだよ」

「いやそれは嘘」

「アーハハハハハ!!」

「元気そうだなお前たち」

 

 狂った笑いを上げる俺、そんななんとも分からない空気に一刀を入れたのは。

 

「織斑、先生?」

「おう」

「ワァオ」

 

 現れた織斑先生を見るなり、俺は声を漏らして釘付けになり。一夏も息を吐いて見惚れた。

 かけていたサングラスを外して胸元の水着に引っ掻けるとたちまち周辺から熱いタメ息が漏れる。

 

 一夏が選んだのであろう黒の水着。

 全体を覆うものではなく真ん中の結び目あたりに穴が開いているオシャレ仕様。

 無駄のないという言葉をこれでもかと体現した体のライン、出るとこは出て引っ込むとこは引っ込む、そこらへんのモデルが裸足で、いや全裸で逃げるほどの美。

 普段の黒スーツと同系色なのにも関わらずこれほどの魅力を醸し出せるのは本人の体型ゆえだろうか。

 否、それだけではない。心なしか、普段張り詰めている織斑先生の覇気が和らいでいる。無意識か意識してるのかは分からないが。親しみやすそうな、それでいて威厳を保てるギリギリのラインをキープしている。

 セシリアがビーチフラワーなら織斑先生はビーチクライシス。老若男女を選ばず虜にする圧倒的魅力を出している。その証拠に普段織斑先生が来るなり騒ぎ出す女子たちもその姿に言葉をなくしている。

 この場にいる男二人も例外ではなく。

 

「一夏、鼻の下が伸びてる」

「なっ!?」

「疾風、目が点になってますわ」

「フォウ?」

「見惚れてましたわね」

「んん、まあそうだね」

 

 指摘されて慌てる一夏に対して俺の反応は至ってフラットだった。

 それに面白くないのか、セシリアは唇を尖らせる。

 

「わたくしの水着と織斑先生の水着で反応が違いましたわ」

 

 そんなこと言われて俺はどう答えればいいんだ。

 セシリアの水着は俺が選んだものだし、どんなものか想像はついた。現に目の前のセシリアは想像通りだったから特に驚きもしない。

 しかし織斑先生のは、なんというか………イメージと違うけどイメージにあってるというか。そう、美しカッコイイのだ。

 

「わたくしと織斑先生の水着姿、どちらが魅力的なのですか?」

「えー、それ決めていいもの?」

「むー」

 

 むくれるセシリアの無茶ぶりに答えるべく。俺は三歩下がって二人を交互に見た。

 

 ………………贔屓目抜き、いや贔屓目ありにしても。どちらかというと織斑先生に軍配が上がりそうだ。

 いや、勿論セシリアもこれ以上ないってぐらい似合っている。それは間違いないのだ。

 だが、やっぱり。………幼少からの憧れである初代ブリュンヒルデ、織斑千冬というこれ以上ないぐらいの補正と普段とのギャップが効いてしまっている。

 

 そしてここで問題、ここで馬鹿正直に織斑先生と答えたらセシリアはどういう反応をするか。間違いなく俺のプラスになるようなことはないと思う。

 ここは虚偽をもって場を沈静化させるのが先決だ。俺は一夏のような朴念仁ではないのでそこはわきまえれる。

 

「セシリアだな」

「嘘ですわね」

「オーイ」

 

 即答だよ。秒で、いや秒もかからなかったよ。なんなんだもう。

 

「疾風は織斑先生のような人が好みですのね」

「なにすねてんのさ」

「すねてませんわ」

「別に良いじゃないかよ。実際織斑先生は綺麗だし。あの初代ブリュンヒルデの水着姿だぜ? レア度半端ねえだろ。別にお前が綺麗じゃないとは言ってないぞ」

「わたくしよりも、ですけどね。織斑先生は」

「ひがんでるのか?」

「縫いますわよその口」

 

 こっわっ。

 結果、セシリアが不機嫌になるというマイナスルートになりましたとさ。

 あれかね? 自分より綺麗だと言われてモデル魂に火がついたとか? こいつプライドは人一倍高いから。

 それとも俺の目が織斑先生に向いてしまって一夏ラバーズ宜しく嫉妬したとか? 

 ハハッ、ねーよ。

 

 ふと、一夏とシャルロットの姿がない。と思いきやいつの間にか花月荘に向かって歩いていた。昼飯でも食いにいったのだろう。

 ちゃっかり二人でご飯を食べる権利を手にするとは。流石フランス、あざとい。

 

「織斑先生、ビーチバレーをしましょう! わたくしと疾風がお相手致しますわ!」

「あれー、いつの間にか巻き込まれていくー。別に良いけど」

「ほう、私に戦いを挑んでくるか。いいぞ、相手してやる。山田先生、ペアをお願いします」

「わかりました。私、頑張りますよ!」

 

 いつから居たのか山田先生の姿が。

 あれ、ほんとにいつから居たのですか? 

 

「あれ? 山田先生いたんだ」

「やまやちゃん影薄かったっけ?」

「織斑先生の存在がでかすぎるのよ」

「グスッ、頑張りますよー」

 

 山田摩耶、すすり泣く。

 モチベダダ下がりの山田先生にギョッとした生徒たちが慌てて慰めに行く。

 

「ごめんねまーやん! 別に気づかなかった訳じゃないからね?」

「水着似合ってるよ摩耶ちゃん!」

「フレッフレ! まーや! フレッフレ! まーや」

 

 ここまで人気なのは、一重に山田先生の人徳の賜物だろう。

 距離感が近すぎる気もするが。

 

「………織斑先生。私、教師としての威厳ありますよね、ありますよね?」

「………生徒に親しまれて羨ましい限りですね」

「思ってもないことを!」

 

 そんなこんなで日本ベテラン組VS英国ルーキー組で第三戦開始。

 

「疾風」

「なんだよ」

「織斑先生に見惚れてミスなどしないで下さいましね」

「わかってるよ。てかなんか燃えてるねオタク」

「ふん」

 

 何がそんな面白くないんだろう。織斑先生に勝負挑んだりと、なかなか命知らずなことするし。

 

 まあいい。とりあえず、元日本代表と元日本代表候補生の教諭コンビ。相手にとって不足なし。

 こちらは俺含めてそこまで疲労はなく特にコンディションに不調もない。というより、セシリアのやる気が満ち満ちている。

 これは、負けてられない。

 

「よしっ! やるぞ!」

「ええっ!」

 

 行くぞ! ブリュンヒルデなんてなんぼのもんじゃーー!! 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 10分後。

 ビーチバレー対決は双方とも見事なプレーが続き、周りも熱気に湧いた素晴らしい試合に

 

 なってたらよかったのになー。

 

「………………」

「疾風」

「………………」

 

 英国ルーキーコートに棒のように砂浜に倒れ伏す俺と、それを冷ややかな目で見つめるセシリア。

 

「えと、あの。勝ちましたー」

「………………プククッ」

 

 腕を上にあげ、勝利のポーズをする山田先生と。笑いを堪えようと努力している織斑先生の姿が。

 

 結果は惨敗。こちらのアタックは全て織斑先生の俊敏を越えた俊敏さで全て拾い上げられた。

 心のどこかでは分かっていた結果。だがどうしても納得がいかない。

 

「疾風、見惚れないでと言いましたわよね?」

「見惚れてないよ……………織斑先生には」

 

 そう。決して俺は織斑先生に見惚れてミスをした訳ではなかったのだ。神にだって誓おう。

 そう………織斑先生には。

 

 俺はガバッと立ち上がった。

 俺にはどうしても、どうしても言いたいことがあったのだ。

 

「山田先生!」

「は、はいなんでしょう!?」

「山田先生!!」

「はぃぃぃ!」

 

 たとえ周りの反応がどんなことになっても。周りから軽蔑の視線を浴びようとも、セシリアから虫を見るような目を向けられたとしても。世界中の男子を代表して言わなければならないことが! 俺にはある! 

 

 クワッと顔をあげ、その童顔より。少し下にある。

 大戦艦級ビッグバレーに向けて叫んだ。

 

「ボールを三つ使うのは反則だと思いまぁすっ!!」

「ボールは一つだけですよ!?」

 

 俺の魂の叫びに山田先生はよくわからないという顔をする。

 側にいた織斑先生は吹き出しそうになるところを必死に押さえ込んで震えていた。

 

 ジャンプする度に揺れる胸。

 トスをする度に揺れる胸。

 転ぶ時に揺れる胸。

 ほんの少し動くだけで揺れる胸。

 とにかく揺れる胸、巨乳・爆乳・魔乳。

 必死に見ないようにしつつも動く度に視線が意思とは勝手に向いてしまう。

 実際得点の多くは俺のミスによるもので。

 いわゆる、自滅というやつである。

 

「疾風………貴方という人は………」

「そんな目で見るなセシリア!」

 

 案の定セシリアの目からハイライトが消えていた。これは虫を見るような目ではない。汚物を見るような目! 

 覚悟はしていたが、この目は想像以上にキツい。心なしか体が涼しいぜ! 

 

「無理だよ! あんなの視線行くなって言う方が無理だよ! お前だって目線行ってミスしてたじゃないか!」

「うっ。で、ですが貴方ほどではありませんわ!」

「だって俺は男だもん! 青少年だもん! 思春期だもん!!」

「開き直らないで下さいまし!」

「良いじゃん織斑先生に気をとられた訳じゃないんだからさぁ!」

「そういう問題ではありませんわ!」

 

 言い争いに発展する俺達。

 周りのギャラリーはというと大半があれは仕方ないよねという空気だったり、あらためて山田先生の胸部装甲をマジマジと見たり。当の本人は何が何だか分からないとボールを三(1+2)個持ちながらオロオロとしていた。

 

 そのあと。口喧嘩からそのまま俺とセシリアでビーチバレー対決をし。しばらくして「わたくしの胸はそんなに慎ましいですか!」と訳のわからない喧騒を繰り広げ。

 

 昼飯をかっ喰らった後でセシリアと泳ぎでバトッたり、スイカ割りで勝負したり、またビーチバレーをしたり。

 

 二人の頭はギクシャクさせていたサンオイル事件のことなどもはや微塵も残ってなく。

 なんだかんだ白熱した海を満喫しまくった英国コンビなのであった。




恐るべし、やまパイ。

あまり印象に残りませんが。疾風の容姿は中の中か中の上くらいです。


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第13話【金髪お嬢様は⚪⚪⚪?】

「ドゥエハー…………」

「行きなり変な声出すなよ疾風」

 

 口から零れ落ちる声に一夏が呆れつつ拾う。

 

 現在19時、空がオレンジからパープルに変わる言うなれば黄昏時。

 洗い流す程度にシャワーを浴びてきた俺は備え付けの浴衣に着替えたのち自室の床に倒れ伏していた。

 

 というのもあれからずっとセシリアと海という海を駆け回り、行く先々で何かしら遊んだり競ったりをして気づけば空はオレンジになってるという。

 10年分ぐらいの海を満喫したかなぁ。あー疲れた。

 多分セシリアも倒れ伏すまでは行かなくとも座り込んでるのではなかろうか。

 

 …………しかしあれだな。

 

「今日IS動かしてねぇ…………」

 

 いつもなら毎日必ず何処かのアリーナでISを飛ばしていた。専用機を持っているので訓練機の都合を考えなくていいのは本当に助かる。後は空いているアリーナに入ればいいのだから。

 

 専用機を持っていない箒が、予約が取れなくて出来なかったと愚痴を聞いたことがある。

 いくら他の国や施設より多目に配備されているとはいえ、1年から3年×8クラスのうちの一人が連続で訓練用ISを予約出来るのは難しい。

 俺もセシリアとの初陣に向けて訓練用の打鉄やラファールを借りれたのは三回程だった、箒に聞くと多い方と言っていた。

 まあ箒に至っては、単に鍛練だけ、というわけでは無いだろうが。

 

「うーーIS動かしたいよー。起動するだけでもいいからぁーー」

「駄目だろ、千冬姉にどやされるぞ。明日になりゃ動かせれるんだからそれまで我慢しろって」

「ウグゥッ!? た、大変だ。ISを動かさなければ死んじゃう病がこんなときにぃぃ!」

「昼間あんな動いてたお前が病弱な訳ないだろうに」

 

 のたうち回る俺に冷ややかにピシャリ。

 

「キュイ! ハヤテ! ボクモハヤクトビタイヨ! キュイ!! ほら! イーグルもこう言ってるんだぞ!?」

「もはや別の意味で病気だぞ疾風」

 

 浴衣の下からくくりつけられたイーグルのバッジをプルプル震わせて自己主張するも、また冷ややかにピシャリ。

 ジョークじゃんかよ、マジレスすんなよなー。

 

 そこに丁度戻ってきた織斑先生が呆れた目で俺を見た。おお、姉弟だからか呆れた顔がそっくりですね。

 

「うるさいぞレーデルハイト。エネルギーがあり余ってるならISを起動してランニングでもするか? 勿論PICと補助動力はなしだ」

「織斑先生流石にそれは」

 

 前に鈴が無断でISを展開したときにグラウンド10周を言い渡されたことがあった。そのときの鈴はガションガション重量のある金属音を響かせ滝のように汗をかきながら歩いた。終わった後の彼女は正に屍のそれで、声をかけてもうめくだけだった。

 それを間近で見たことがある一夏は思わず顔をひきつらせた。

 

「え、いいんですか!? 何処使えばいいですか?」

「おーい疾風!」

 

 だが疾風・レーデルハイトにとってその拷問はご褒美でしかなかった。

 ましてや今日一日確実に起動できないとわかっていたからこそのこの笑顔である。

 

「お前疲れてるんじゃないのかよ」

「ん? 何を言ってるんだ一夏、ISは別腹だろ?」

「お前が何を言ってるんだ! デザートみたいに言うな!」

「えー」

 

 ブーたれる俺に織斑先生は頭をかいた。

 

「すまない。お前にその提案をした私が馬鹿だった。先程のは」

「分かってますよ。流石の俺でも無理なものは無理だと分かってますよ」

「そうか」

「でももし出来るなら喜んでやりますけどね!」

「やらせるか馬鹿者。さっさと支度をしろ。夕食の時間だ」

「「はい」」

 

 ここの食事は浴衣着用が義務付けられてるらしい。変なのと思いつつも老舗なりのお決まりがあるのだろう。

 既に浴衣に着替えているので、あとは貴重品を持ってくだけだ。

 

 部屋に出るとき一夏に「お前のIS好きは筋金入りだなと」と言われた。

「何当たり前の事を」と答えると一夏はなんとも言えない顔をした。変なの。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

「う、美味い。昼も夜も高級魚の刺身とは、なんとも豪勢な。やっぱ千冬姉が言ってた金額は嘘じゃないんだな」

「なんのはなし?」

「ゴニョゴニョ」

「え!? ここそんなにするの?」

「IS学園って、すげーよな」

「凄いねー」

 

 大広間を三つドッキングした大宴会場でIS学園生は夕食をとっていた。

 ほぼ隙間なく浴衣女子で埋め尽くされた空間は少し騒がしく、料理をつつきながら味の感想だったり海での出来事を話し合ったりと盛り上がっていた。

 

「うわ、このわさびって本わさびじゃないか。高校生が食っていいものかコレ」

「本わさ? 普通のと違うの?」

 

 一夏の隣に座っていたシャルロットが目の前のわさびを見て疑問に思った。

 一夏が言うに、普段食べているのは合成着色されてる練りわさび。

 今目の前にあるのは日本原産の本物の山葵(わさび)。一夏もおいそれと目にかけない代物だ。

 

「学食に出てくるのはねりわさ。店によっては本わさと練りわさを混ぜてるとこもあるみたいだけどな。ここのは100%本わさみたいだぜ。風味が段違いなんだよ」

「そうなんだ、どれどれ」

 

 はむっと、緑の塊を口にいれた。

 

「えっ、シャルおまえ」

「ん? っ!!? むーーー!?」

「だ、大丈夫かシャル?」

 

 案の定、わさびの小山を口に放り込んだシャルロットの鼻と舌に見事直撃。シャルロットは鼻を抑えて涙目になった。

 

「た、確かに。風味があって美味、しいよ。

 さ、流石本わさだ、ねぇ……」

「どんだけ優等生だお前は。ほら水」

「あ、ありふぁほ」

 

 水をゴクゴクと飲むシャルロットだが、わさび一山の衝撃はコップ一杯で収まるはずもなく、一夏は自分のコップをシャルロットに渡し、受けとるや直ぐにシャルロットはそれも飲み干した。

 

 ふと、一夏はシャルロットとは反対側に座っているラウラの皿がまったく手付かずなのに気付いた。

 

「どうしたラウラ? 大丈夫か?」

「な、んでも、ない」

「魚苦手だった?」

「そんなことは、ない。我が黒兎隊は、如何なる状、況でも生きる術を掴みとる、訓練をしている。…………だから、大丈夫、だ!」

 

 平静を装っているように上手く見せているが、肩が僅かに触れ、唇を噛み締めている。

 もしやと思ってラウラの足元をみると、しきりにモゾモゾと動いている。

 

「もしかしてラウラ、正座苦手?」

「そんなことは、ない」

「本当に?」

「無論だとも」

「………………えい」

「ひん!?」

 

 明らかに強がってる風に見えた一夏はラウラの足の裏に無慈悲の一突き。

 足元の爆弾が破裂したラウラは普段聞いたことないような声をあげてさっきよりも、プルプルと体を震わせ、涙目ギリギリで一夏を睨み付けた。

 

「お、おま。おまえ、なんて悪魔の所業をぉぉー」

「わ、悪い。つい…………」

「おのれ…………このっこのっ」

「ちょっ、おいやめ、くすぐったいぞ」

 

 震える体を抑えてラウラの決死の反撃、だが一夏は笑うばかりで少しもこたえてない。

 

「な、何故効かない。何か特殊な訓練を…………流石私の嫁、侮りがたし」

「いやー、これはハッキリいって慣れだな」

「そ、そういうものか…………クッ」

 

 どうにか震えをおさえ、箸を手にとって刺身を取ろうとするも。失敗。

 

「うぬっ? くっグヌっ…………」

「ラウラ、辛いならテーブル席に移動すれば? 別に正座出来なくても」

「だ、駄目だ! この席を獲得するために綿密な計画と数多のシミュレーションを行ったのだ。それに、夫婦は共に食事をするものだろぅ…………うちの副官が言っていた」

 

 唸りながら刺身を取ろうとするが一行に切り身は箸の間を滑るばかり。

 しかし、なんと大袈裟な。まあ俺にはわからないのが色々あるんだろうな。と一夏は一先ず納得する。

 

「だけど、このままじゃ食べれないだろ? 魚は鮮度が命なんだから、早めに食べないと」

「も、問題ない。それに関してはプランBがある」

「プランB?」

「そ、そうだ。一夏よ」

 

 ラウラが一夏の方に向いて皿と箸を差し出した。

 

「食べさせてくれ」

「えっ?」

「シャルロットが言っていた。最初の頃は一夏に食べさせてもらっていたと」

「ちょっとラウラ!?」

 

 シャルロットとラウラは同室。何気なしにポロッと話してしまったことをこの場で言われたことにシャルロットは慌てた。

 

「一夏は嫌か? 無理強いはしない。この痺れに耐えれていない私に落ち度があるからな。断っても構わない」

「いや、別にいいぜ? 食べさせるぐらい」

「ほんとか!? では頼む!!」

「お、おうわかった。とりあえず皿を(ぜん)に置いてくれ。空中だとやりずらい」

 

 言われた通り置いたラウラは取りやすいように膳ごと一夏の方にスライドさせた。

 

「では刺身を」

「わさびは?」

「任せよう、さあ早くっ」

(凄い期待してる目。やっぱ刺身食べたかったんだなぁ)

 

 瞳を輝かせたラウラはパカッと口をあけた。

 醤油をつけた刺身にわさびを少量のせ、一夏の手によりラウラの口に刺身が入ろうとする。

 

 が、そんないろんな意味で美味しいことを花のIS学園女子高校生が見過ごすわけなどなかった。

 

「あー! ボーデヴィッヒさんズルい!」

「織斑君に食べさせて貰えるなんて! なんて役得を!」

「クッ! こっからでは銀髪美少女のアーン顔が見えない!」

「一体どんなイカサマを。これがゲルマン忍法か!」

 

 案の定周りの女子が反応、それが呼び水になり気付かなかった女子も反応した。

 少し方向性が違う人もいたような気もするが。

 周りの空気が変わったのを感じたラウラは眼前に持ってかれた刺身を頬張りにいった。

 

「あんむっ!」

「あっ」

「「あーー!」」

「ムグムグムグ…………んー」

「なっ、なんて幸せそうな顔を!?」

「織斑君のアーンにより旨味が五割増しになったとでも言うの!?」

「うん、一夏。はやく次だ! 早く! 速く!」

「お、おうっ!」

 

 ラウラの勢いに押された一夏は急いで刺身を箸にセットしてラウラに持っていくと、またラウラがそれを喰らいに行き、また周りから不満そうな、それでいて熱がこもった声が漏れた。

 

「うむ。美味い、実に美味い。残念がる皆の前で食べる一夏からの刺身は誠に美味だなー!」

「おーっと煽ってきたぞこのシルバードイツ!」

「な、なんて勝ち誇った顔!」

「清々しすぎて逆にむかつく!」

「ズルいズルーい!!」

 

 一夏のご厚意を甘んじて受け止めたラウラに対し周りの野次が飛び交う。

 

「フッフッフ。ズルいだと、それはお門違い。これが一夏の隣をもぎ取った勝者の特権だ! そこで指を加えて見ていろ敗残兵ども! ハッハッハッハ」

 

 これ以上ないくらい悪い笑顔で悦に入るラウラ。転入したての頃より悪く見えるのは気のせいだろうか、そんな目で一夏はラウラを見る。

 だがそんな挑発をくらって黙っていられるほどIS学園生はお淑やかではなかった。

 皆が小皿と箸を手に、一同に織斑一夏の元に押し寄せたのだった! 

 

「織斑君私も私も!」

「ただとは言わないから!」

「早く早くぅ!」

「あーん!」

「おいまてまてまてうぉぉぉ!?」

 

 雛鳥のように口をあけ群がる女子。

 一夏は食べさせる筈なのに逆に食べられるような錯覚に陥った。

 そこにスパーンと襖が開き閻魔降臨。その場はシーンと静まり返った。

 

「お、織斑先生…………」

「お前らは静かに食事も出来んのか。そんなに元気なら私監修の特別夜間メニューを用意してやるぞ? どうだ、嬉しいか?」

「め、滅相も御座いません!」

「直ちに持ち場に戻ります!」

 

 蜘蛛の子を散らすように離れる女子ズ。それを確認した織斑先生は一夏に目を向ける。

 

「織斑、そろそろ自分の立場を自覚しろ。いちいち収めるのは面倒だ」

(俺のせい…………なんだろうか。いやでも、うーん?)

 

 少しばかり納得が行かないながらも一夏はとりあえず返事をすることにした。

 

「すまないラウラ、悪いけど」

「いや、こちらこそすまない。余りにも嬉しくてな、つい調子に乗ってしまった。もう大丈夫、ようやく足も慣れてきた。ありがとう一夏」

「おう、俺も食べるかな」

「うむ。ズズッ、この味噌汁も美味いな一夏」

「そうだな」

 

 ある程度満足したラウラは口許に笑みを浮かべたまま食事を再開したのだった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「一夏ラバーズに一夏がアクションを起こして周りが騒いで織斑先生が絞める。もはや予定調和」

「でも見てください、あのラウラさんのご満悦なお顔」

「達成感に満ちてるな」

「今回はラウラさんの一人勝ちですわね」

 

 一夏が起こした騒ぎを少し離れたテーブル席から高みの見物を決め込んだ英国コンビ。

 

「だが気づいてるかセシリア」

「?」

「しれっと他を差し置いて一夏の隣にシャルロットが涼しい顔して座ってるんだよな」

「確かに!」

「ラウラがアクション起こしたおかげで自分が標的にされるのも回避した。なかなかやりおるぞあの子」

「やはりシャルロットさんは抜け目ないですわね」

「半端ないわぁフランス」

「楽しそうねぇ」

 

 一組のテーブルゾーンの直ぐ後ろを振り返ると、真後ろの二組のテーブルゾーンから鈴が声をかけてきた。哀愁をこめて。

 

「てか隣がなんだってのよ。あたしなんかそんな権利すらないわよ! なんで私だけ、私だけ二組なのよ! なんで私より後に入ってきたシャルロットとラウラは揃って一夏と同じクラスなのよ!?」

「そう言われましても」

「俺達にはどうしようもない」

 

 グヌヌと拳を震わすチャイナに英国コンビはなんともいえない顔をする。

 セシリアに至っては最初から一夏と同じクラスだし。俺は世間的にも特異かつ厄介な存在だから一夏もろとも織斑千冬の管理下に置かれたって感じだろう。多分。

 

「中国に語りかけて国からクラス変更申請出してもらったら?」

「そんなことしたら色んな意味で修羅場待ったなしよ」

「恋の障害は打ち砕くものだろ?」

「アタシの我が儘でやっていいことと悪いことあるわよ。てか教官にそんなの知られたらそれこそ地獄見ちゃう」

 

 なにかを思い出したのか、フルルと肩を抱いた中国代表候補生。

 僅か一年足らずで代表候補生+専用機持ちの立場を勝ち取った彼女だが、その影には優秀かつ厳格な教官の指導の賜物があったかもしれない。

 

「てかさ。あんたら喋ってばっかだけど。なんでメインディッシュ(カワハギの刺身)食べてないの?」

「「んんっ」」

 

 今日の献立は小鍋物、山菜の和え物二種、赤味噌汁と沢庵。そしてカワハギの刺身(本わさび付き)。あと白飯を添えて。

 

 ちょくちょくと一夏辺りの騒ぎを傍観しながら食べていたが。鈴の指摘通り、英国コンビの刺身は手付かずだった。

 元々イギリスでは生魚食べる習慣がない。そのため、セシリアがIS学園に来てから周囲で生魚を直接食べる瞬間を見たときは絶句ののち気絶しそうになった。

 俺は日本育ちなので問題はなかったのだが、単純に刺身を食べたことがなく。父さんが食べてるのを見たことあるぐらいだった。

 つまり二人とも生魚(刺身)未体験である。

 

 勿論そこは流石の高級旅館、事前に生魚が苦手だと言えば別のものに変えてくれる。だが。

 

((昼間のことでスッカリ申請し忘れてた))

 

 自業自得である。

 

 しかしこのまま黙ってても仕方ないし、今更変えてくれなど旅館の料理人に失礼極まりない。かといってこのまま残すのもそれはそれで勿体ない。

 なんとか箸をつけようとするも、未体験ゆえな恐怖が脳裏にちらつく。

 生魚にあたったとか、それが原因で死亡したというニュースを流し目で見た余計な情報も邪魔してきている。

 勿論、そんなことが起こる可能性は皆無に等しいだろう。曲がりなりにも高級老舗旅館なのだし。

 

 …………実際食べたら美味しいかもしれない。周りの皆もウマイウマイ言って食べてるし。

 だがそれでも先に進む勇気が今一つ出ない。セシリアもプライドを総動員しているが、それでも箸を持つ手が重かった。

 …………よし。

 

「セシリア、俺が先陣を切る。その後ろから続け」

「了解しましたわ」

刺身(これ)を越えれないようでは、俺達が世界の頂きに立つなど夢のまた夢。行くぞ!」

「はいっ」

「なにあんたら戦場にでも立ってんの?」

 

 たかが刺身にこの気合いの入りよう、と鈴は呆れを目で訴えた。

 わかるまい。衛生に重きを置いて焼きすぎ煮すぎで完全殺菌して食し、飯マズ国と言われた過去を持つ英国人が生の魚を食す。

 それに生粋の純英国人であるセシリアがどれだけ覚悟で目の前にいるのかを。

 

 ここは色々世話になっている幼馴染に男である俺がアクションを起こすしかない。

 頭上の光に反射する半透明な白いカワハギの刺身を箸で掴み、酸化が進んでいない赤い醤油をたっぷりとつけ、眼前に持っていく。

 醤油が滴り落ちる前にそれに顔ごと持っていって口に入れ…………

 

「フグフゴゴ!?」

「は、疾風っ?」

 

 口に入れた瞬間目を見開いて口元を手で覆った俺にセシリアは慌てるもそれをもう片方の手で制した。

 

 な、なんだこれ。えーと、なんというか。

 口から光が出るかと思った。

 

 口に入れた時の味は白身魚の淡白、でもコリコリとした身は噛めば噛むほど独特の旨味が強くなる。

 味が消えないうちに白飯を入れると、米の甘味とカワハギの旨味が見事に合わさって…………美味い。

 駄目だ、俺の食に対するボキャブラリーではこれ以上表現できない。とにかく美味い! 

 

 美味しそうに食べる俺に触発されたセシリアが俺の食べ方に習ってカワハギの刺身を口にした。そして。

 

「んんっ!?」

 

 即落ち2コマ宜しく目を輝かせた。

 おー見てください俺の方に向いたセシリアの顔、溢れ出る喜びをどうにか隠そうとしているがまったく隠せてなーい。

 

 俺ももう一度刺身を醤油につけた、今度は(本当に)少量のわさびを乗せて。

 

「それ辛いものでしょう? 大丈夫ですの」

「何事も初めて、男は度胸」

 

 人生初わさびを刺身でくるんで口に運んだ。

 ん、これは! 

 先程の旨味はそのまま、けどいの一番に舌全体に乗る鋭い辛み、次に鼻を突き抜けるこれまた独特の匂い。だけど辛みがしつこくない、むしろ上品な辛みの余韻はカワハギの味をより引き立たせた。

 

「おーおー、レーちんもセッシーも美味しそうに食べるねー」

 

 向かいの席に座っていたのほほんさんが何時もの朗らか顔で沢庵をボリボリ食べていた。そのあと、刺身の横におかれていた物を醤油の上に乗せて潰して混ぜた。すると醤油の色がたちまち変わった。

 

「布仏さん、それはなんですの?」

「カワハギの肝だよ~。新鮮な肝は醤油と混ぜて肝醤油にして食べると美味いのだ~」

「ほうほう」

 

 言われた通りプルプルの肝を醤油で崩し、カワハギの刺身を浸して食べる。

 

「んーっ! 濃いっ!」

 

 何て言うんだろう、海、というか磯かな? 海苔の佃煮のような濃いコクが口一杯に広がった、それでいてカワハギの淡白な味も負けていない。

 更に+1として本わさびもトッピング。

 美味い、先程の味にわさびがマッチ。

 カワハギの淡白、肝醤油のコクと塩味、本わさびの上品な辛みが邪魔することなくお互いを上手く出している。

 あー、駄目だ。さっきから美味い以外の言葉が思い浮かばない。

 

「美味しいよのほほんさん。教えてくれてありがとう」

「どういたしまして~」

「お礼に一切れあげようか。はい、あーん」

「えー良いの~? あーー」

 

 差し出される刺身を受け入れ体制バッチリなのほほんさん。

 そのまま開かれた口に刺身が…………入った。

 俺の口に。

 

「あ~! レーちんひっど~い!」

「むっふっふ、昼間のことを忘れた私ではないぞ。俺はそこらへんしつこいからな!」

「鬼~! 悪魔~! 男の子~!」

 

 ブーブー言うのほほんさんに仕返しを完了した俺は味噌汁をすすって誤魔化した。

 

「疾風、流石に悪いですわよ」

「ならセシリア・オルコットよ。ご自慢の貴族精神でのほほんさんに恵んでおやり」

「セッシーくれるの~?」

「残念ですが、これは譲れません」

「ブーブー」

「二人揃って大人げないわねー」

「では鈴さんが」

「誰がやるか」

「うぎゃ~」

「アッハッハッハ!」

 

 一介の学生では到底ありつけないような高級刺身定食を存分に味わい。至福の時間はあっという間に過ぎていった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ふー」

 

 食後の後に風呂とシャワーを浴びたセシリアは火照った顔をうちわを扇いで熱を逃がしていた。

 美容に良いという歌い文句のお風呂から上がった自身の肌に触れるとスベスベでモチッとした感触が掌から伝わってくる。

 

(しかし、わたくしも慣れたものですわね。日本のことわざの郷に入れば郷に従えとは、良く言った物です)

 

 というのもセシリアにとって大人数で大浴場に入るという習慣はIS学園に入ってから初で、最初は度肝を抜いたものだ。

 

(先程頂いたお刺身も大変美味でしたし、学園に戻ったら一夏さんや箒さんが食していたお刺身定食にも手を出してみようかしら)

 

 首もとにかかった髪を後ろに払ったセシリア、その姿に同室の女子は声を漏らす。

 

「湯上がりのセシリアは魅力マシマシだね」

「いやー本当色気というかなんというか」

「私が同姓愛者なら即食べに行くレベル」

「そのままの貴女で居てください」

 

 英国に居た頃少なくなかった同姓愛者からの過剰なアピールを思い出してセシリアは背筋を冷やした。

 

「しかしおりむーとレーちんの部屋が織斑先生の部屋なんてね~」

「迂闊に近づけないよね。いくら憧れの織斑先生とはいえおいそれとは…………あー遊びに行きたかったなー」

「いや待って。もしかしたら、今頃男二人に織斑先生のアハーン! な個人授業が行われてたりして!」

「「なんと!?」」

 

 それはあり得ないとセシリアはバッサリと切り捨てた。心の中で。

 たとえ個人授業が行われているのだとしたら。そこから響くのは喘ぎ声でなく断末魔だろう。

 

「あー。織斑君たちと遊ぶために色々持ってきたのになぁー」

「せっかくだからうちらでやっちゃお。のほほんさん何がいい?」

「トランプで~」

「なにしよっか。無難にババ抜き?」

 

 トランプ、続いてババ抜きと聞いてセシリアの体が強ばった。

 

「セシリアもトランプやらない?」

「と、トランプは遠慮致します!」

 

 折角のお誘いとはいえセシリアは断固拒否の構えをとった。

 色々あって、今のセシリアにとってトランプは若干トラウマ気味の代物だったのだ。

 のほほんさんがトランプを配る描写でさえあの時の記憶が一気に鮮明化していく。

 

 どことなく居ずらさを感じたセシリアは旅館の中を散策することにした。花月荘は歴史がある、何処を見ても英国とは違った雰囲気にセシリアは何処か引かれる物を感じていたのだ。

 

 そうと決まればと懐からお気に入りの香水を取り出して軽く吹き掛けた。

 

「あれ? セシリアどっか行くの?」

「ええ、少し旅館を観て回ろうと」

「と言って、本当はレーデルハイト君たちのところじゃないのぉ?」

「違います、では失礼」

「ちょ~っと待って~」

 

 部屋から出ようとするセシリアを本音が引き止めた。

 よいっしょ~と相変わらずスローイングマイウェイでフラフラとセシリアに近づいてスンスンと鼻を動かす。

 

「やっぱり~、これレリエルのナンバーシックスの匂いだぁ~」

「「なんですっ! とぉー!?」」

 

 聞きなれないかつ聞いたことのあるワードに女子三人は耳をでかくし、目を見開いた。

 

「レリエルのナンバーシックスって、一振り10万と言われるあの超超高級ブランドの香水!?」

「しかもナンバーシックスって毎年百個の数量限定シリアルナンバー入りの限られた奴でしょ!?」

 

 おしゃれに限定すれば世界情勢に詳しき花の乙女達は人生で巡り会えないと思っていた代物に目をビカーと輝かせてセシリアに迫った。

 

「実物見せて! ほぁーマジモンだぁ…………」

「写真! 写真とらせて!」

「ほんとこれ何処で手に入れたの? お金払えば手にはいるようなレア度じゃない気が」

「実家のほうがレリエル社との繋がりがありまして。シリアルナンバーとは別のものが」

「「「お、お金持ち~!」」」

 

 心の底から羨ましげに見てくるクラスメイトにセシリアは少し気まずくなった。

 お金を持っていたのは自分ではなく親のほう。レリエル社との繋がりを作ったのも自身の母親、セシリアはそれを引き継いだだけに過ぎないのだから。

 

「嗅いでみてもいい? というか嗅がせてください!」

「あの、折角でしたら使ってみます?」

「「「それは駄目だよ!!」」」

 

 な、何故…………と困惑してるセシリアの腕をガッと掴む女子ズ。

 

「一振り10万だよ!? そんな気軽に使うなんて勿体ないし恐れ多いよ!」

「これから織斑君来るわけじゃないしねー」

「皆さんがそうおっしゃるのでしたら」

「ほんと? では失礼して…………」

『ふわぁ~~~』

 

 セシリアの四方を囲んで鼻をならして恍惚な表情を浮かべる女子ズ。真ん中に拘束されたセシリアは何処かむず痒くも恥ずかしい感じになった。

 早く解放されないかと胸中で思うなか、香水の匂いを堪能する女子ズに紛れてのほほんアサシンが大胆な行動に出た! 

 

「あ~~。セッシーの下着。レーちんカラーだ~」

「え? きゃあああ!? 布仏さん! 何をしていますの!?」

 

 セシリアが包囲されている間にのほほんさんがセシリアの浴衣をペロリとめくっていた。

 

「なに! それは聞捨てならぬな~」

「のほほん裁判長! 身ぐるみ剥ぎの系に処すべきだと進言します!」

「許可する~」

「許可しないでくださいまし!」

「問答無用! 剥け剥けーー!!」

「ちょっと! 何処をさわってますの! あっ、そんなとこ、あっ!!」

 

 護身用の格闘術を身に付けているセシリアだったが、数少ない男子に会いに行けないという欲求不満とエネルギーの行きばを見失った花の乙女のリビドーは留まることをしらず。

 こういう少女の暴走はいつものメンバーでよくみるのでセシリアも理解していた。それが止められないことも。

 

「うぅ、皆さん酷いですわ…………」

 

 1分後、そこには薄い本宜しくに中途半端に浴衣を乱され涙目金髪貴族令嬢のセシリアの姿が。

 セシリアの下着は水色ベースに豪華な白いレースがあしらわれ、細かいところに金糸の刺繍が施された。如何にもお金がかかってそうな代物だった。

 

「スカイブルー・イーグル・ランジェリ~」

「なになに? レーデルハイト君特効の特注品?」

「織斑先生の居るとこから連れ出して!」

「物陰に連れ出してひと夏のアバンチュール!」

「かけ上がるぜ大人の階段!」

 

 口々に好き勝手言いながら、最後はセシリアを見下ろして声を揃える女子一同。

 

「セシリアはエロいなぁ~」

「え、エロくありませんわ!! なんですかひと夏のアバンチュールって!!」

 

 もみくちゃにされた浴衣を直しながらキッと反論の意思を目に宿した。

 

「えー、じゃあなんでまたレーデルハイトカラーの下着を」

「偶然、偶然ですわよ本当に!」

「その割りには気合いが入って…………」

「淑女足るもの、由緒正しきオルコット家の人間として下着にも手を抜くことなどありませんの」

 

 事実である、セシリアは元々この色合いが好きなだけであり。前述の意図など全く考えていない、本当に偶然なのである。

 だが欲にまみれた女子ズは疑いの目、もといゲスい目をやめなかった。

 

「本当に? そういえば念入りに体洗ってたよね」

「公共浴場施設ですから当然ですわ」

「そのあとシャワー浴びてたし、メイクもしてるし」

「女として当然の身だしなみです」

「なんか怪しい。金髪ツンデレお嬢様は総じてムッツリなのが定石なのに」

「怪しくありませんしムッツリでもありません! もういい加減にしてくださいまし。わたくし、用があるので失礼致します」

 

 何が定石か、とんだ偏見を持ち出されたものだと、少し気分を害したセシリアはむくれながら部屋を後にする。

 だが。

 

「通さぬぞセシリア・オルコット~!」

「なっ! 布仏さんいつの間に!?」

 

 いつもスローなのほほんさんに似つかわしくない、いやもはや同一人物なのかと思う程のクイックムーブでセシリアの行く手を阻んだ。

 

「ハッ!?」

「ふっふっふ。ふっふっふ」

 

 邪な気配を感じたセシリアが振り替えると腕を広げたゾンビみたいな動きで迫るニヤニヤ顔の女子ズの姿が。

 

「こ、来ないで」

「そうは行かないよセシリア」

「私達は真実を明らかにしなければならない」

「さあ明かせ、その貴族オッパイの中に秘められた蒼き劣情を!」

 

 ただならぬ雰囲気にあとずさ…………れない。

 後ろには同じく腕を広げたのほほんさんが配置されている。不思議なことに彼女をさばいて行ける気がしない

 つまり…………

 

 セシリア は 逃げられない! 

 

「往生せーやぁぁああ!!」

「いやぁぁぁぁーーー!!」

 

 現在20時30分頃

 イギリス代表貴族令嬢の叫び声が、花月荘全体に響き渡ったのだった。

 合唱。




やっとセシリア(に対する)名台詞を書けました感無量です。

自分お刺身(カワハギ)やわさびを食したことがないので今回の食事シーンは苦労しました。
情報提供をしてくれたフォロワーの皆様、ありがとうございます。


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第14話【六者面談だよ全員集合】

「ひどい目に遭いましたわ」

 

 あのあと結局もみくちゃにされたセシリア。どうにか抜け出し、はしたないとわかっていて廊下を走って難を逃れた。

 

 ふらふらとおぼつかない足取りで徘徊する。これからどうしようか。とてもじゃないが、当初予定していた旅館を散策する余裕など持ち合わせていないわけで。

 

 あてもなく放浪していると、セシリアは自分が教員室に近いところに居ると気付いた。

 教員室、もとい織斑先生の部屋には世界で二人だけしかいない男性IS操縦者がいる。

 

(疾風とお話でもしようかしら。明日の試作装備のことも気になりますし。政府からもそれとなしに勘ぐるようにと言われてる。そういえば織斑先生が姉弟の時間を作れていないと山田先生が言ってましたっけ、疾風を連れ出すなら、調度いいかもですね)

 

 あれ、結局さっきの女子の言う通り。これは見方を代えれば逢い引きなのでは? と浮かんだセシリア

 

(いえいえ、下心はありませんから問題なしです。これは正当です、正当)

 

 行きがけの駄賃に一夏にも聞いてみよう。白式は追加装備の融通が効かないが、折角よるのだから念のため。

 

「あら?」

 

 織斑千冬の部屋に続く通路を見ると、箒と鈴の幼馴染ペアが揃いも揃って(ふすま)にピッタリと耳を当てている。

 

「なにをしていますの?」

「しっ」

 

 鈴が静かにとサインを送る。一体この奥になにがあるのか。

 二人に習って襖に耳を当てると………

 

「千冬姉、久しぶりだから緊張してる?」

「そんな訳あるか馬鹿者。んっ! 少しは加減しろっ……くあっ! そこは…!!」

「すぐに良くなるって、大分たまってたみたいだし、ねっ」

「あぁぁぁっ!!」

 

 ………中から聞こえたのは断末魔ではなく織斑先生の喘ぎ声だった。

 

「こっ、コココこコこ、コッココッ!?」

 

 鶏にクラスチェンジしたセシリアは何が起きているのか改めて二人に問うも。鈴は頬を赤くして気まずそうに目をそらし、箒に至ってはキャパオーバーで頭からプスプスと煙が出ている。

 

 そこでセシリアは気付いた。疾風は一体何処に。まさか中にいるなんて事はないだろう。

 

「うん、これぐらいでいいかな? 疾風もやるか?」

「!!!??」

 

 ところがどっこいバッチリ中に居たレーデルハイト家次男坊。

 セシリアは二人を強引に押し退けて体がめり込むレベルで張り付いた。

 

「いや、なんかすげー痛そうだったし」

「大丈夫だって、痛いのは最初だけだから」

「そうか? じゃあお願いしようかな」

(お願いしちゃいますの!!?)

 

 会話の内容、そして先程の織斑先生の喘ぎ声から中の状況をこれでもかと鮮明に浮かばせているセシリア。

 

「いだだだだだ! あ、だけどこれ良いかも! 凄い良いかも!」

「そうか? じゃあここら辺も」

「そこそこそこ! いいマジでいい! んあー!」

 

 もう何がなんだか分からなかった。

 ただ理解できるのは、あの泣き虫だった幼馴染がいつの間にか大人の階段を瞬時加速でかけ上がったことだった、それもアブノーマルに。

 

「そろそろ締めといくか、結構強めにいくぞ?」

「これ以上があるのか!? よぉぉし男は度胸だどんどこい!」

「じゃあ失礼して」

(失礼しちゃいますの!? 何を失礼しちゃいますの!?)

 

 余りの情報量に脳内のいろんなものが破裂したセシリアは目をグルグルさせて勢い良く立ちあがり。

 

「ちょっ!? セシリアなにを!?」

「待て早まるな!」

 

 二人の制止を聞かずにセシリアは襖に手をかけて禁断の扉をこじ開けた。

 

「駄目ですわ疾風! 男同士でそんなふしだらなことを!! ………………………………ありぇ?」

 

 理性をかなぐり捨てて禁断の扉を開け放ち、セシリアの網膜に写りこんだのは。

 

「あいだだだだ!! 痛い痛い! 痛いって! 痛いよ一夏君!? 外れる! 何かが外れるっ!」

「外れないから大丈夫だって。ほれ」

「おんごぉぉぉぉ!」

「………………………???」

 

 薔薇薔薇な光景などではなく、疾風の背中にまたがった一夏が彼の肩らへんを指で押していた。押されている疾風はこの世のものとは思えない声をこれまた凄い表情で発している。

 

「んがぁ、痛い。痛いよ一夏君。………あれなんでセシリアいんの?」

「えと、その………」

「おっ? 箒と鈴も。揃ってどうしたんだ?」

「いや、お前こそ何をしているんだ一夏?」

 

 箒が唖然としながら言葉を紡いでいく。

 

「何ってマッサージだけど」

「「「マッサージー?」」」

 

 初めて聞いた風に三人揃って面白いように首をかしげる。

 

「んーーあーー! おー、肩がかっるい。凄いな一夏、ISよりこっち方面で商売した方が儲かるんじゃね? 売れるぞ、イケメン整体師が貴女のコリをほぐしますって感じで」

「いやそれはないって。てかなんだよイケメンって」

「おーい誰かボール持ってない? 顔面にめり込ますから」

「その顔面って俺か? もしかして俺か?」

 

 立ち上がった疾風は肩をブンブン振り回して軽さアピール、その勢いのまま一夏に叩き込まないか心配だ。

 

「ところでセシリアよ」

「なんですか」

「男同士がなんだって? ん?」

「なんでもありませんわ!」

 

 眼鏡の奥からニンマリと除く視線にセシリアは慌てて目をそらす。

 自分がなんともふしだらな妄想を繰り広げてしまったことを恥じたセシリアはそれを、忘れようとしていたが疾風の指摘で無駄に終わった。

 こうなったのも同室のあの子達のせいだと、勝手にその場にいない人達に責任を押し付けた。

 

「あまりからかってやるなレーデルハイト。今時の女子はどれもこれもいっちょ前に妄想が激しいものだ」

「お、織斑先生! 別に私はそんな」

「それって経験則か千冬姉?」

「一夏それ一歩間違えたらセクハラじゃね?」

「私の場合はそんな暇などなかったよ。あと織斑先生と呼べ」

「お願いですからわたくしの話を! あーもう!」

 

 置いてかれたセシリアをよそに男子二人と教師が話し合う。

 セシリアは早めに諦めモードに入った。

 

「調度いい。凰、デュノアとボーデヴィッヒを呼んでこい、焦らず早めにな」

「しょ、承知しました!」

 

 その場から逃げるように鈴が二人を呼びにいった、相変わらずというか未だに織斑千冬という人物が苦手なのは変わらない。

 苦手とは別に緊張感が勝る二人はどうしたらいいかわからないまま立ち尽くしていた。

 

「しかし一夏よ、お前マッサージなどが得意だったのか」

「よく千冬姉にやってたからな。マッサージは」

「こいつのマッサージの腕は馬鹿にしたもんではないぞ。折角だからお前らも受けてみたらどうだ?」

「えっ? いや、私は別に………」

「一夏さん、箒さんが是非とも受けてみたいとおっしゃってますわ」

「おいセシリアっ?」

 

 先程の醜態などなかったかのようにサラッと言ったセシリアに箒は彼女と一夏の顔を交互に見る。

 突然振られた箒はセシリアの腰をつかんで襖の向こうに連行していった。

 

「い、いきなり何を言っているんだお前は!」

「何をとは無粋な。折角他の人達がいないのですから私が誘導したと言うのに」

「だからといって。い、一夏の手が私の体に………そんな嫁入り前の女がそんな………」

「箒さんが行かないなら仕方ありません。折角ですからわたくしが受けに行くことにします」

「なんっ!?」

「最近腰あたりがこっていて、調度いいのでこの機会に」

「させん! 一夏のマッサージは私が受ける!」

 

 計画通り。セシリアのお節介は無事に実を結んだ。

 

「どうした箒、顔が膨らんでるぞ」

「問題ない! さあやるぞ!」

「おう、じゃあそこにうつ伏せで寝転がってくれ」

 

 ズカズカとふくれ面で戻る箒は言われるままに布団にうつ伏せになった。

 顔が赤いのはご愛嬌。

 

「お客さん。オーダーはありますか」

「ま、任せよう!」

「じゃあ腰あたりからな」

 

 マッサージと分かっていてもドキドキしてしまう箒の心臓。

 いまかいまかと待っていた一夏の手が腰に触れビクリとするのも束の間。

 

「んんっ? いだだ、いだだだダダ!? 結構強く行くんだな!」

「大丈夫か?」

「だ、大丈夫だ、これぐらい耐えなくて何が篠ノ之流か。遠慮なく頼む」

「それを理由に持っていくのか。じゃあ失礼して」

「んんんんん!」

 

 マッサージで痛みを感じるのはそれほどこっている、つまり体を酷使しているということ。そこをほぐすやり方は色々あるが、箒がそのままと言うので一夏は無理のない範囲で力を込めた。

 

「大分固いぞ。剣道頑張ってるんだな」

「まあな。訓練機を借りれない日は必ず通っている」

「箒は剣道部だもんな」

「うむ。お前は剣道部に入る気はないのか?」

「んー。今はISで手一杯だから」

「そうか………………だがこれからは………」

「ん? なんか言ったか?」

「なんでもない」

 

 箒の呟きは誰にも聞かれることはなく、腰の指圧は終わった。

 

「次は肩だ。ここは少し優しめにやるからな」

「うむ」

 

 先程は指による点に力をいれたため痛みが発生したが、今度は手の平による面で肩をほぐし始める。

 

「うわっ、肩もヤバイな。やっぱ竹刀ふってるからか」

「それもあるが………その………女には色々あるんだ、男と違って」

「んー、まあ確かに男と女だと勝手が違うよな。痛いか?」

「いや、大丈夫だ………ふーー」

 

 微妙に噛み合ってない会話を展開しながらも一夏式マッサージは続く。

 

(しかし本当に上手いな。体が軽くなってるのがこの時点でわかる………………そうだ、今度からこれを口実に一夏の部屋におもむくというのはどうだろう。うん、わりと悪くないのでは?)

 

 先程の重点的にコリをえぐりほぐす点式マッサージとは違って柔らかくほぐされる面式マッサージは箒の心をもほぐし、彼女の睡魔を誘った。

 

「うあ………むぅ」

「寝てもいいぞ?」

「いやだめだろぉ、ここはお前達の部屋なんだから………(お前が良いなら喜んで寝るが)」

 

 まどろみの胸中にある箒、まぶたを開けようにも見えない重りがたえずまぶたを下げさせる。

 

 ムニュ。

 

「!!!???」

 

 突如、浴衣ごしの臀部(おしり)に感じた感触、5本の棒と1面が尻肉に沈む。俗に言う鷲掴みである。

 明らかにマッサージではないとこのときの剣道少女は理解した。

 

(なななななな!? な、なに大胆なことをしているんだ!? まだ私たちには早いだろう! いや別に本当に嫌な訳じゃないしお前が望むなら私はいつでもバッチコイなのだが、いやダメだやはり心の準備があるしそもそも周りの目がっ!!)

 

 箒の眠気は瞬く間に消滅、頭のなかは一気にピンクカラーになる。

 幼馴染みの突拍子もない行動に羞恥と怒りと期待をもって後ろを振り返った。

 

「残念、私だ」

「いや何してるんですか千冬さん!」

 

 期待を外れて自分の尻肉を掴んでいたのはニヤっとした想い人の実姉。思わず先生呼びを忘れて箒は突っ込んだ。

 そして何を思ったか千冬はそのまま浴衣をつかんで上にあげた。箒のお尻があらわに。

 

「うわぁぁあ!?」

「色気のない声だな。おっ、胸だけかと思ったがケツもでかいんだな」

「何を言うとりますか!!」

 

 布団をふっ飛ばす勢いでその場を脱出する箒。その瞳は頬に赤みをさした幼馴染みに向けられた。

 

「見たのか一夏!?」

「見てない見てない!」

「そうかお前は見てないか、ベージュのパンツ」

「え、白じゃなかったか?」

「わすれろー!!」

「へぶぉ!」

 

 千冬に見事釣られた一夏は浮き上がった先で剣道少女の手刀でゴロゴロと悶絶。

 

「篠ノ之、いくらでかいせいで洒落た下着がないとは言え花の十代が無地の白とか恥ずかしくないのか?」

「余計なお世話です!」

「少しはそこにいるオルコットを見習え。清楚なふりして浴衣の下は結構大胆なのはいてるはずだ」

「な、何を言いますの!?」

 

 千冬のセクハラターゲットが箒からセシリアにチェンジ。つい先程身ぐるみを剥がされかけたセシリアは我が身大事と自身の体を抱く。

 

「篠ノ之、オルコットに頼んで見せてもらえ」

「本当に何をおっしゃってますの!?」

「いやなのか? 友達の為に一肌脱ぐのがノブリス・オブリージュってやつじゃないのか?」

「それとこれとは話が別です! 後物理的な意味じゃありません!」

「あの、織斑先生。セシリアも困ってるのでこの話題はそのへんに」

「下着が地味だとあいつにそっぽ向かれるぞ」

「見せてくれセシリア」

「箒さんっ!?」

 

 魔法の呪文【幼馴染みの姉の虚言】により箒の洗脳完了、姉の言葉は強かった。

 箒はセシリアの腕を掴んでまた襖の奥に連れていこうとするも今度のセシリアは踏みとどまる。

 

「離してください箒さん!」

「頼むセシリア、私は一夏にそっぽを向かれたくない」

「いーやーでーすーわー。向こうに行ったら、わたくしがこれまで大事に守ってきた何かが一刀両断されそうな気がします!」

「安心しろ、私は女に興味はない。ということで下着を見せてくれ」

「字面だけで100%アウトですわー!?」

 

 千冬の洗脳誘導により完全に暴走機関車と化した箒。

 日頃から鍛えている箒の力強い引きに流石のセシリアもエレガントを保つことは不可能と判断し、扉の縁になりふり構わず手をかけて耐えている。

 

「疾風! 何静かにしてますの早く助けなさい!」

「え、大丈夫? なんかあられもない感じになっちゃってない? 見ても大丈夫なパティーン? 下着見えてない?」

「大丈夫ですから早く!」

「よしきた」

 

 顔に手を当てていた疾風は瞬時に箒を羽交い締めにする。絡んだ瞬間二の腕に何か柔らかい物が当たった気がするが気にしないことにした。

 

「はーい箒ドードー、ドードー。てか力つよっ、何処のレスラーでお前は」

「誰がレスラーだ! というか私は馬か!?」

「ポニーテールなだけに」

「やかましい! というか言いたいだけだろお前はっ」

「唐突に必殺、脇バイブレーション!」

「ちょ、アハハハハハハハ!」

 

 埒があかんと判断した疾風は箒の脇に手を突っ込んで合計10本の指をワシャワシャと動かして箒を骨抜きにした。

 

「やれセシリア」

「はいな」

「おいやめろ二人とアハハハハハハハっ!!」

 

 簡単に倒れ付した箒にセシリアが馬乗りになって脇をくすぐり、疾風は足を二本同時に束ねて足裏をコショコショ。

 

「君が、泣くまで」

「くすぐるのを」

「「やめないっ」」

「アヒャヒャヒャっ!! ヒーヒー! アーハッハッハッハ!!!」

「失礼しまーす。連れてきまし………なにしてんのあんたら」

 

 要望通りシャルロットとラウラを連れてきた鈴が二人に組みしかれている箒を見て目を丸くする。

 背後の二人もなんだなんだと覗きこむ。

 

「強制猥褻容疑に対する処罰中で御座います」

「いやそんな女の足を抱きながらキリッと言われても」

「知ってるぞ疾風、それはウィーンウィーンというやつだな」

「おいまてまるで俺が変態みたいじゃないか。てか何処で知ったのそれ。ドイツだから? ドイツ経由?」

「というか大丈夫? 箒息してる?」

「セシリア」

「呼吸はしてますわ」

「終了、しゅーりょー」

 

 よいしょと立ち上がって箒を見下ろす、ピクピクと痙攣してヒューヒュー息が漏れている。うん、生きてるね、よし。

 倒れ付している箒を掴んでズルズルと元凶である織斑先生の元へ運んでいった。我ながらなんて酷い対応だろう、後で謝っとこう。

 

「終わりました」

「ご苦労」

「ご苦労じゃありませんわ。危うくまた身ぐるみ剥がされるところでしたわ」

「え、また?」

「拾わないでくださいまし!」

 

 一夏とは違い耳ざとい疾風は気になるワードをピックする。ほんとこういうところが少しでも一夏に移ればと誰が思ったか。

 

「おい男ども、そろそろ女子の入浴時間が終わる、もうひとっ風呂浴びてこい。汗臭くされては困る」

「確かに汗だくだ。流石に三人を全力でやると来るものがあるな」

「お前はやると決めたら手を抜かないからな。レーデルハイトくらい要領よく振る舞えばいいだろうに」

「態々時間割いてくれるんだし、それに本気でやらないと相手に失礼だろ?」

「不器用だな」

「たまには褒めてくださいよ織斑先生」

「褒められるようなことをしたら考えてやる」

「チェー」

 

 織斑先生と一夏が言いながらも何処か楽しそうに話す一夏に一夏ラバーズは困ったりムッとしたりとせわしなかった。

 

「あー、二回も風呂入るとかめんどくさ。でも汗かいたの事実だし………おのれ篠ノ之妹め、姉妹揃って汗をかかせてくれる」

「わ、悪かったな………ん? おい今のどういう意味で」

「さーて温泉入ろっかな! 行くぞワンサマー!」

「おう。ってそのあだ名やめろよ!」

 

 再起動した箒の質問を勢いで掻い潜ってバスセットを引っ張り出した。

 

「じゃあな皆の衆、我が家のようにくつろいで行きたまえ」

「難しいかもしれないけどな」

 

 男二人はスタコラサッサと教員室を後にし。残ったのは元日本代表と四人の代表候補生+αの計6人。

 

「おいおいどうしたお前ら、いつもの馬鹿騒ぎはどうした。それとも一夏がいないと騒げないか?」

 

 千冬に促されながらも「先生と話すのは初めて」だのしどろもどろになって前に進まない。

 

「まったくこうまで生徒との壁があるとは、先生がっかりだぞ?」

「お、織斑先生。なんか面白がってません?」

「おい馬鹿セシリアっ」

「行きなり虎の尾を踏むなっ」

「勇気と無謀は別物だよっ」

「特攻するのはまだ早いぞっ」

 

 踏み出した足を全力で止めにかかるラバーズ。一夏に対するアレコレがないぶんセシリアはそこらへん勢いが良かった。

 

「しょうがないな。私が飲み物をおごってやろう、何がいい?」

 

 突然の気前のよさに戸惑いつつも断れる空気じゃないので大人しく応じた。

 置かれた飲み物を手に吟味する女子。持ったまま進まない状態でセシリア以外の四人が「先に飲め」という無言の圧を出し、セシリアはプルタブをあけてミルクティーをひと口飲み込んだ、他の面々もそれに続く。

 女子の飲み物が喉元が通るのを見て千冬はニヤリと笑った。

 

「飲んだな?」

「は、はい」

「そりゃ、飲みましたけど」

「な、なにかはいっていましたの?」

「失礼なことをいうなバカめ。なに、ちょっとした口封じだ」

 

 そういって織斑先生が冷蔵庫から取り出したのは星のマークがキラリと光るアスァヒィスゥパァドゥラァイを取り出す。プシュっという景気の良い音を鳴らし、唇で受け取って豪快に喉に流し込んだ。

 

「クハーー、やはり風呂上がりはこれに限る」

 

 全員が唖然としているなか織斑先生は上機嫌になっている。

 

「ん? どうしたお前たち。私だって人間だ、酒ぐらい飲む。それとも私は作業オイルを飲む物体に見えるか?」

「い、いえそういうわけでは」

「余りお酒を飲むイメージがないといいますか」

「そうでもないぞ、教官がドイツに居たときは結構飲む方だった………樽一つ飲んだという噂もある」

 

 織斑千冬の意外な1面を垣間見た女子ズは引きながらも感心する。

 

「あの、まだ勤務時間なのでは?」

「そう堅いこと言うな、今日の業務は終わった。それに、口止め料は払ったはずだが?」

 

 ニヤリと笑う織斑先生の言葉に全員が「あっ」と手元の飲み物をみる。

 前払い、それも少し詐欺じみた感じはするものの中々の手並みであった。

 

「さぁて本題だ。お前ら、あいつの何処がいいんだ?」

 

 あいつと言っているが全員が誰を指しているのかわかっていた。彼女の弟である織斑一夏しかいない。

 

 千冬の視線に促された箒と鈴が先陣を切った。

 

「その………剣の腕が鈍りに鈍ってるのが気に食わないわけでして。前は私より強かった癖に今ではあんなに腑抜けて」

「あ、あたしは腐れ縁みたいなものです、そう腐れ縁。なんかほっとけないというか危なかっしいといいますか」

「わかった、私からやつに伝えといてやる」

「「いいです! 伝えなくていいです!」」

 

 なんとも、安直なグレーゾーンを置いた幼馴染み組。だがヘタレと言うなかれ、ブリュンヒルデとは違う1面を知っている彼女達にとって千冬の存在はそれだけ大きいのだから。

 だがそこで織斑千冬は瞬時に切り返すと慌てふためいてしまうのは予定調和。

 このまま一字一句伝えてしまえばあの一夏のことだ、100%そのまま伝わってしまう。

 

「僕は………私は、優しいところ、です」

「優しいか。だがあいつは誰にでも優しいぞ」

「そうですね………でも、私はその優しさに救われました。一夏がいたから、今の私があります」

 

 でもやっぱり優しすぎるから、少し悔しいかな。とはにかむシャルロット。

 千冬を相手に正直に話したはにかむ彼女に、素直になれない組はグヌヌと下唇を噛む。

 そして今度は一夏ラバーズの素直クール担当であるラウラが口を開く。

 

「私は強いところです」

「いや弱いだろ」

 

 容赦ない。その場にいた女子は心のなかで声を揃えるも、千冬が言わんとしてることは理解できていた。

 現在の専用機同士の模擬戦の成績で一夏と白式は他と比べて負け越している。最後に入ってきた疾風とイーグルに対しても勝ち負けでは負けの数が多い。

 疾風は一夏に対して対接近型対策を徹底して立ち回っている、接近戦においても白式の雪片弐型よりリーチの長いインパルス(射撃機能内蔵)を用いるためなかなか切り札である零落白夜を当てづらい。

 疾風が負けたパターンも一夏の土俵に合わせた接近戦主体の場合が多い。

 接近して切ることしかできない白式と同じタイプの暮桜を使った千冬からすれば、一夏はまだまだ弱いということなのだろう。

 

「確かに一夏の実力は私よりも劣ります。ですが私はその弱さを言い訳にしない精神的な強さに引かれたんです」

「精神的か………私からしたらまだ感情を制御できてない猪武者に見えるが」

「い、いえ。少なくとも私よりは強いです」

「ほう。今日はやけに噛みついてくるんだな」

「はっ! 申し訳ありません教官に対して不躾なことを!」

「いやいいさ、それだけお前の中の一夏の存在は大きいということだ」

 

 いつもみたいに教官呼びを咎めることなく千冬は2缶目のビールをグイッと飲み干した。 

 

「まあ強いか弱いかはさておき、あいつは存外役に立つぞ。家事も料理も中々だし、マッサージだって上手い。まあお前達女子が言うみたいに顔もいいのか? そこはよく分からんが」

 

 一拍おいて織斑先生が立ち上がって一夏ラバーズに向けて挑戦的、かつイタズラめいた眼差しを向けてこう言った。

 

「というわけで、付き合える女は得だな。どうだ、欲しいか?」

「くれるんですか!!?」

 

 まさかの申し出にラバーズの目が俗にいうシイタケ目ばりに輝いた。光量を計ったら何デシベルになるだろう。

 

「やるかバカ」

「うぇ~~」

 

 しかしそこは織斑千冬、釣り上げた餌をぶんどって即座にキャッチ&リリース。

 ラウラですら思わず情けない顔と声をあげてしまった、ラバーズのテンション急降下。

 

「女ならな、奪うくらいの気持ちで行かなくてどうする。せいぜい自分を磨けよ、原石(ガキ)ども」

 

 そういって上機嫌で追加のビールを口にする織斑先生を見て女子ズは思った。

 ブリュンヒルデの壁を越えて奪うなんて至難の技なのでは? 

 それに………

 

「一番の敵は一夏さん自身だと思いますわ」

 

 セシリアの言葉に皆もうんうんと頷きながら手持ちの飲み物を含んだあと口々に愚痴りはじめた。

 

「僕なんて同居したのに(半分男としてだけど)」

「私は同居した上に告白同然なことも言ったが(買い物と勘違いされたがな!)」

「アタシ昔プロポーズ的なこと言ったのに(味噌汁って言えば良かったの? ねえ)」

「私はプロポーズしたぞ(キスもした)」

 

 各々内外で愚痴を放つ、こう並べてみると織斑一夏が如何に鈍感オブ鈍感なのがわかるだろう。アプローチが若干変化球的なのは置いといて。

 

「確かにな、あいつの愚鈍さには私も呆れているよ。落とすのは至難の技だな。おまけにあの性格だ、困難を極めるだろうよ」

「なんかあの鈍さに心当たりとかあります?」

「知らんな」

 

 なんか楽しそうな千冬、実の弟相手に勝手に転がりまくっている彼女達が愉快にみえたのだろうか。

 

「お前はどうなんだオルコット。一夏に対して何かないのか?」

「わたくしは皆さんと違って恋愛的なものでは……」

「それでもいい。お前は一夏のことをどう思ってる?」

 

 ロイヤルミルクティーを飲み込んだセシリアが一息置いた。

 

「初対面の時よりはマシになりましたが。まだ自分の立場を理解しきれてないと思います」

「というと?」

「一夏さんは世界でも極めて希少な存在です。世界中の中心的な存在であり、男性からしたら自分たちのシンボルとして見られます、彼が望まなくとも。自分のことで手一杯なのもありますが、もう少し自覚というのがまだ」

 

 セシリアは入学したての頃の一夏を思い出しながら眉をひそめた。

 

「クラス代表を決める時、代表候補生であるわたくしを差し置いて皆さんは織斑君織斑君と。わたくしあの時認識すらされてなかったのでは?」

「結構根に持ってるのか?」

「根に持ってるというより。今思うと現実に殴り付けられたといいますか」

 

 それほどまでに男性IS操縦者、IS学園という箱庭の中でも異彩を放つ彼は是が非でも注目の的なのだ。

 

「それをふまえて、色々引っくるめて一夏さんは鈍すぎます。もう鈍いの一言です、鈍いを人の形をしたものです彼は」

「まったくそこまで言われると頭が痛いな」

 

 やれやれとビールを一口飲む千冬、気付けば三本目である。

 

「まあ、奴のISに対する認識の責任は私にもないとはいえない、というよりある。色々手のかかる弟だが、何かと気に掛けてやってくれ。余計なお世話だろうがな」

「い、いえ」

「そんなことはないです」

 

 まだ表情が固い生徒に難儀だと感じつつ、千冬はその固い氷を砕くための石を投げつけた。

 

「さてオルコットが一夏に対するものは他のとは違うのはわかった。成る程、ということは本命はレーデルハイトか」

「んんッ」

 

 突然の変化球に吹き出すことはしなくても気管に入ってしまったセシリアは思いっきりむせこんだ。

 

「ゲホッゲホッ! い、いきなり何を言いますの織斑先生」

「違うのか? てっきりそうだとばかりだと」

「違います」

『え、違うのか?』

「ちょっと皆さん?」

 

 おかしい、さっきまで千冬と生徒5人という図式だったのに気が付けばセシリアと5人という図式になってしまっている。

 

「同じイギリスの血が通っている」

「幼馴染みで地位も同じくらいだし」

「小難しい話も合いそうだし」

「ISも青い。割と共通点あるな」

「そ、それだけでしょうに……それにそんなこと言ったら、一夏さんと一番共通点あるのは箒さんになりますよ?」

「!!?」

 

 皆が口々に言うなかでセシリアが痛恨の一打を放つと箒以外の三人がセシリアをよそに口々に自分と一夏との共通点を言い出し始めた。

 これで一時的にセシリアと千冬の一対一になった。

 

「私の見立てではお前はレーデルハイトにご執心だと思ったのだが」

「何を根拠に」

「レーデルハイトとの初試合、織斑の時とは熱の入りようがあまりにも違っていた。初戦であそこまで本気でやりあえる相手などそうはいない」

 

 なにか分からないが、何かを見透かされているセシリア。この人は本当にあの朴念仁の姉なのだろうかとさえ思えた。

 

「あいつの家事能力はわからんが成績や運動能力、ISの知識では学園でも上の方だろう。それに気が利く。勘も鋭いし、少しアプローチをかけたら気づくのではないか?」

「アプローチもなにも別に疾風のことは」

「ボヤボヤしてると取られるぞ。あいつも学園に二人しかいない男なんだ、一夏に向いていなかった好意がそっちに行くのも時間の問題かもな。今のうち唾をつけといても損はあるまい?」

「つ、唾をつけるなんてそんなっ」

 

 ケラケラと笑う千冬に目を細めて震えるセシリア。

 実際考えていないわけではなかった。入学して1ヶ月たったいま疾風に対する周りの認識も大分馴染んできている。

 疾風に好印象をもち、彼に告白し、ゆくゆくは………

 

「お、想像したな? お前もいっちょまえに女子だな」

「なんだ? やっぱり疾風のこと好きなのか?」

「もしかしたらと思ったけどやっぱり?」

「どうなのセシリア? そこんとこ」

「決断は早めの方がいいぞ、私が色々教えてやろう」

「ちょっと皆さん!?」

 

 いつの間にか共通点論争は終わっておりまた5対1の状況になってしまっていた。

 

「変な勘繰りはやめてください! な、なにも想像していませんわ!」

「ほっほーん」

 

 ジーと見つめる四人の眼。

 居たたまれなくなったセシリアは急いで言葉を紡ぎ出した。

 

「だいたいあの男の何処が良いのですか! 見た目は至って平凡ですし特に目立った外見的特徴などないしあるとすれば眼鏡ぐらいで、一度口を開けばISISと四六時中ISのことを考えるぐらいギークでわたくしの水着を選んだ時だってブルー・ティアーズの色が蒼だって理由で選ぶ始末なのですよ実際似合ったからそれは良しとして、あと頭の回転が早いからこずるいこと考えたり一見なに考えてるか分からないと思ったらよからぬことを考えてて、勘もよくて耳聡いから妙に確信を突いてくることを言いますし! 口で勝った時のあのしてやったり顔なんて思い出すだけで悔しさが溢れ出そうですわ! もうその鋭いところを一夏さんにというより二人を足して割ったら丁度いいのではと思います! ああもう小さいときなんてそれはもう素直で弟みたいに可愛げがあったのに今となってはもうっ!」

「……………」

「はっ」

 

 セシリアの長く勢いのある流暢な早口言葉に四人は目を丸くし、千冬に至ってはビール缶を横に振りながらニヤニヤしていた。

 

「クラス代表決定の時より語ってるじゃないか、オルコット」

 

 指摘されたセシリアはカーっと顔を真っ赤に染めた。語るに落ちるとはこのことではないか。

 

「とにかくわたくしは疾風にそういう感情は持っていません! 疾風とは幼馴染みでそれ以上でもそれ以下でもありませんのでそこのところどうぞ宜しくお願い致しますね!」

「からの?」

「ありません!」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 湯上がりの男二人が廊下を歩く。

 まだ若干湿った髪をした一夏の姿はその容姿も相まって映えるものがある。一夏ラバーズはもとより今の一夏の姿を見ればため息を吐いてしまうのではなかろうか。

 俺は………どうなんだろ、特に反応がない気がする。自分で言ってて少し悲しくなってきた。

 

「ヘックシュン!!」

「湯冷めか?」

「ズズ………いや違う、絶対セシリアがなんか言ったんだ、間違いない」

「なんで分かるんだよ」

「なんとなく!」

 

 きっとあの女性空間で俺の悪口とか鬱憤たか言ってるに違いない。

 

「てか置いてきたけど皆大丈夫かな」

「出るときガチガチだったもんなー、借りてきた猫みたいに」

「千冬姉は厳しいし怖いけど、話してみたら案外普通だし、プライベートなんて結構ユルユルなんだぜ?」

「マジ? そこんとこ詳しく」

「おおいいぜ………っ!?」

 

 突然一夏が体をビクッとさせた後周りを見渡した、その顔には先ほど風呂で流したのにも関わらず汗が流れていた。

 

「どうした?」

「いまなんか寒気が」

「まさか織斑先生じゃね?」

「そうかもしれない………」

「こぅわっ」

 

 ヒシッと腕を抱く男性IS操縦者。

 専用機を持ちながらも、織斑ティーチャーの底知れない恐ろしさに身を震わせた。

 

 会話は自動的にフェードアウト、俺達はその先生のいる自室に戻るために無言で歩き続けた。

 

 曲がり角を曲がると先程噂をしたセシリアと遭遇した。

 と思ったら露骨に引かれた。

 

「え、なに?」

 

 困惑する俺にセシリアは何か言いたそうにモゴモゴと口を動かしたり腕を動かしたりしている。

 

「おーいセシリアどうした? 織斑先生にしごかれた?」

「………ますからね」

「はい?」

 

 よく聞こえないと耳に手を当ててもう一度お願いしますとジェスチャー。

 するとセシリアはプルプルと顔を赤くしながらビシッと俺の顔面を指を突きつけてこう言った。

 

「違いますからね!」

「………いや何がや」

「とにかく違いますからー!」

「いやだから何がーー!?」

 

 言うだけ言って足早に去っていったセシリアに手を伸ばすも空を掴むばかり。

 

「なんだったんだ?」

「さぁ?」

 

 



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第15話【突発的天災】

 待ちに待った2日目、今日は午前中から夜まで丸一日ISの各種装備試験にあてがわれる。

 普通の練習機を使う生徒達は花月荘から少し離れたビーチで行うのだが。

 俺たち専用機持ちは水面下のトンネルを通って少し離れた無人島で行われるらしい。

 各国の最新鋭装備の試験なのだから機密性を重視するのは当然と言えば当然なのだが、こういう場所を探し当てるIS学園の情報力の高さよ。

 

「どうしました疾風」

「あぁ、いや。なんでも」

「そろそろ始まるのですからキッチリしませんと」

「わかってるよ」

 

 声をかけてきたセシリアに当たり障りのない返事を返す。

 昨日はあんな感じだったのに今はこんな平常心。女心は変わりやすいというが、これでは昨日のこと聞きづらいな。

 

「よし、専用機持ちは全員揃ったな」

 

 いつもの白服ジャージの織斑先生と、何故か専用機持ちではないISスーツ姿の箒が。

 しかしそのISスーツはいつもの紺色とは違い白いISスーツだった。

 

「あれ、箒イメチェン? てかこっち専用機の班じゃ」

「その件については私から説明しよう。本日から」

「やあああぁぁぁぁぁほぉぉぉぉぁおおおおお!! ちーーちゃーーー!」

 

 何処からか甲高い女性の声が、げそっとする箒と織斑先生。

 ドドドとその何かが崖から駆け降りて、飛び、そのまま両手を大きく広げ織斑先生に突っ込み。

 織斑先生はそれを受け止めーーーることなく横にどいた。

 

「はれ?」

 

 崖からロケッティングしてきた乱入者はそのまま地面に激突、土埃をあげて地面に突き刺さった。

 余りにもクイックリーな状況に一同が呆気に取られるなか一夏だけが状況をいち早く理解してしまった。

 

「た、束さーん!?」

「はいよー!」

 

 ズボッと埋まった頭を引っ張り出す乱入者、基篠ノ之束博士。昨日と同じ一人アリスの格好は派手に地面に激突したのにも関わらず土汚れが1つもなかった。

 

「ふー危なかった、束さんじゃなきゃ死んでたぜぇい。もーちーちゃん酷いぞ! ということで改めて愛のハグをっ! あがっ」

 

 求めてきた篠ノ之博士の顔面にミリミリと無言でアイアンクローを施す織斑先生。

 無表情のまま締め上げる様は一周回って恐怖を感じる

 

「んごー。相変わらず容赦のないアイアンクローだね! でもタッバ知ってるよ、これはちーちゃんなりの愛情表現だと!!」

「………」

「おごぉ! 後頭部からもアイアンクロー。これはサンドイッチ、アイアンクローサンドイッチだね! これは新し……あーヤバイよちーちゃん少し力緩めてー? 脳内でアラートが鳴ってる、鳴ってるから、年齢制限かかるから、ティーンエイジャーの前でRー18Gの画像が表示されちゃうから!」

「ふんっ」

 

 織斑先生が篠ノ之博士をぽいっと投げ捨てた、地面を滑る篠ノ之博士は女性が出してはいけない声を発しながら地面を滑った。

 呻き声を出す彼女はいつの間にか岩影に隠れていた箒に向かって匍匐前進で会いに行く

 

「じゃ、じゃじゃーん………やあ………」

「……………………………大丈夫ですか」

「うん大丈夫だよ! 愛しの箒ちゃんに慰められて元気万倍、タバネンマン!」

 

 先程までボロけていたのがなかったみたいにご機嫌になる篠ノ之姉。「え? タバパンチは暴力? ふふん、そんなんじゃ片付けれない威力が出るぜぃ?」と三年ぐらい前一時期話題になったニュースを引っ張り出してシャドーボクシングをし始めた。

 

「えへへ、それにしても久しぶり。おっきくなったね箒ちゃん、特に日本人離れしたそのおっぱいとか! あだっ!」

「殴りますよ」

「殴ってから言った! 箒ちゃん酷い! 心配しなくても束さんの方がまだおっきいから!」

「心底どうでもいい、はやく自己紹介ぐらいしろ束。見ろ、皆目が点になってる」

 

 織斑先生の言った通り、彼女に面識のある三人以外は魂が抜けたかのように微動だにしていない。

 無理もない、世界各国が血眼に探している特一級の人物が目の前でボコスカコントを繰り広げているのだから。

 

「えーめんどくさーい。束です」

「おい。愚弟の自己紹介のほうがまだマシだったぞ、ちゃんとやれ」

「はーいはいわかりましたよー」

 

 よっこらせと立ち上がった篠ノ之博士は俺達に背中を向け、空を仰ぎ、潮風に髪が靡くと同時に首だけをこちらに向け。

 

「束です」

 

 とても良い声でそう言った。

 織斑先生に蹴られた。

 

「いったいなー! ちーちゃん酷くない!?」

「問題ない、正当だ」

「酷いよ! わかったよ、じゃあ本気で自己紹介してやろうじゃないか。ハロー! 私は!」

「というわけでこいつは篠ノ之束だ、知ってるやつも居るだろうが仲良くしなくていいぞ。そら、さっさとテストを始めろ」

「ちーちゃん!!」

 

 いいように弄ばれてる篠ノ之博士。

 関り合いのある一夏と箒は呆れたように眺め、その他はまだ状況が飲み込めない。

 

 でもなんかこのままだと話が進まなそうなので口火を切ってみた

 

「それであの、篠ノ之博士」

「はいはいなんだね、眼鏡・レーデル眼鏡君」

「疾風・レーデルハイトです。あの、今回はどういう用件でここに?」

「おおっよくぞ聞いてくれた!! それでは早速ご覧あれ。カムヒア、アカツバァキィ!」

 

 ズビシっと向けられた指につれられて全員が上を見る。

 ひゅーーーとなんか既視感バリバリの音が………ズズーンと落ちてきた。

 地面を揺らして現れたのはニンジン………ではなく銀色八面体の物体。

 

「これぞ『紅椿』! 全スペックが現行ISを上回る最新鋭にして強靭! 無敵! 最強! 完全束さんお手製の箒ちゃんの為だけに作り上げたインフィニット・ストラトスだよ!」

 

 指をならすと銀色の物体の殻が量子変換され中から現れたのは。

 

 赤、いや赤を越えた紅。なんの混じりっけもない純粋な深紅がそこにあった。

 日の光に反射する鋭角的な赤の装甲に白と黄色のワンポイント、たたずむそれは搭乗者を静かに待つ戦鎧にも見えた。

 

「うわ、うわぁ」

「大丈夫か疾風」

「大丈夫じゃなぁい。これは、これは………」

 

 目の前に現れた紅椿に俺は全身の産毛が逆立ったような衝撃を受けた。

 ISを噛った俺でも、目の前の代物がどれほどの物か嫌でも理解できた。

 

「ISコアを作り上げた篠ノ之博士だけどISのアーマーや武装は世界に提供したことは確認されてない。あの白騎士を作り上げたのは篠ノ之博士だと言われてるけどそれは結果的に有耶無耶になってるし、つまりつまりつまり! 目の前にある紅椿というISは篠ノ之束が一から百まで作り上げたフルハンドメイドだということ! うわぁ! これは感動とか感激とかそんなレベルじゃないぞ! 俺達は今! 歴史を目の当たりにしているーー!! イヤッホぉぉ! 生きててよかったぁ!!」

 

 思わず叫んでしまった俺に皆が引くなか、篠ノ之博士だけはご満悦だった。

 

「うんうん良いリアクションだね君ぃ。束さんが何かをしても皆がザワザワするか押し黙るしかなかったからその反応は新鮮だよ。よし箒ちゃん! 今からフィッティングとパーソナライズをするよ! ほいっと!」

 

 篠ノ之博士がリモコンを押すと紅椿が準待機モードに移行して箒を受け入れた。

 

「それでは、頼みます」

「堅い堅い、せっかく箒ちゃんのプレゼントなんだからもう少し喜んでよ」

「………」

「ふふ、まあいっか」

 

 空中投影ディスプレイとホログラムキーボードを展開、その数は6ずつ。それを同時にかつ高速で膨大なデータを打ち込んでいく。

 

「箒ちゃんのデータはある程度先行していれてあるから、あとは最新データに更新するだけだねー。ん、やっぱ胸がでかく。あ、お尻もまた」

「姉さん!」

「ごめんごめ、ん? 今姉さんって呼んだ? ウヒェーイ高ぶるぜぇーい!」

 

 高速だったタイピングが更に速度を増した、もはや残像が出来るレベルに。

 

「へーい! フィッティング終了! 箒ちゃんブースト入って半分の時間ですんだぜ! あとは自動処理に任せておけばパーソナライズも終わるから、箒ちゃんはそのままでね」

「はい」

「は、はえー」

 

 なにげなしにやってるが、目の前で起きてる事は異常なんてもんじゃない。

 俺がスカイブルー・イーグルを受領するときにフィッティング作業をしたときは父さん含めて六人で行った。

 今篠ノ之博士はそれを一人で行い、なおかつ比べるまでもないぐらい早く終わらせた。

 これが、ISを作り上げた篠ノ之束その人。

 

「ねえ、篠ノ之さんズルくない?」

「身内ってだけで専用機貰えてさ」

「別に篠ノ之さんが何かしたって訳じゃないのに、なんか不公平だよね」

 

 ふと、訓練機班の方からそんな声が聞こえた。ひがみや嫉妬、色々な感情をコソコソと交わす。

 無理もない、あの篠ノ之束が作り上げた最高のIS。箒はその妹だが、代表候補生ではなく、俺と一夏みたいな特異ケースでもないため今まで専用機を持ってなく、他の皆と同じだったのだから。

 

 皆が黙っているなか、会話に素早く反応したのは意外にも篠ノ之博士だった。

 

「おやおや、歴史の勉強をしたことかないのかな? 有史以来、世界が平等であったことなど一度もないよ。むしろ君たちはISを動かせるという世界一恵まれた環境にいるのにそんなこと言うんだー? 君もそう思わない眼鏡君?」

「え!? あ、そうです……ね」

 

 指摘された生徒はバツの悪そうにグループのISに手を出し始めた。

 突然話題をふられた俺は声が上ずりながらも無難に答えた。

 しかし心のなかでは、そんな不平等な世界を作り上げたのは目の前の人なのではと考えてしまう。

 

「確かにISを女性専用にした要因は私だ。けど、今の世界を作ったのはその尻馬に乗った能無しだぜ?」

 

 俺の考えを見透かしたのか篠ノ之博士がまた喋る。

 確かにそれもあるけど、やはり納得までは………

 

「それに、仮に男女同時に動かせたとしよう。そうしたら今頃世界はどうなってるかな? 国十個ぐらいは戦争で消滅してるかもねー。ほんと目先にしか目が行かない凡愚どもはこれだから」

「………」

 

 篠ノ之博士の言葉は正論だ。

 最初は単独で宇宙進出出来るパワードスーツとして発表されたインフィニット・ストラトスだが、全てあの事件が変えてしまったのだ。

 

「はいしめっぽい話終わり! 紅椿が準備している間に。いっくんと眼鏡くんのISを見てみようか。興味あるんだよね~男が動かしてるIS」

「え、あ、はい」

「お、俺もですか?」

 

 どうしようかと織斑先生を見やると先生は頷いた。

 俺と一夏は篠ノ之博士の目の前に進み、待機形態のブレスレットとバッジに触れた。

 

「来い、白式」

「来い、イーグル」

 

 展開光が形成、白と水色の機体が現出する。

 

「データ見せてねー、うりゃ!」

 

 篠ノ之博士は白式とイーグルにケーブルをぶっさして先程と同じディスプレイを展開する。

 

「んー……いっくんは不思議なフラグメントマップを構築しているね。なんだろ、見たことのないパターン。こっちの眼鏡君は既存のパターンが色々と酷似しているね。ふーん」

 

 フラグメントマップとは人間で言う遺伝子のようなものだ。ISが自己進化するために構築されるもので。

 人が何かを覚えたら身につけるように、ISはフラグメントマップに経験を積めば、形態移行といったシフトアップの可能性が生まれるのだ。

 

「あの篠ノ之博士」

「なんだね眼鏡君」

「(もうそれで固定なんですね)あの、なんで俺達はISを動かせているのでしょう、男なのに」

「さあねー、そもそもISって自己進化するように作ったし、そういうこともあるよ」

「それってISのコアが独自に男性を受け入れるようにしたということですか?」

「うーん、そうなのかな? ごめんわかんないや、あっはっはー!」

 

 いやいやあっはっはーって。その原理を今世界中が探しているんですよ? 

 目の前の人はわかった上で黙ってそうでたちが悪い。

 

「あ、あのっ」

「ん?」

 

 俺達のISの話題が落ち着いたのを見計らってか、緊張しながらもセシリアが一歩前に出た。

 

「篠ノ之束博士のご高名はかねがね伺っております、もしよければわたくしのISも見ていただけないでしょうか!」

「………」

 

 篠ノ之博士は黙ったままセシリアの前に歩いていく。セシリアは期待と緊張に口許が上がらないように口許を引き締める。

 そんなセシリアに目を合わせるように首を下げた。

 

「なんで君のISを見なきゃいけない? それを見て私になんの得があるというの?」

「え?」

 

 つまんなそうな声にその場の体感気温が下がった気がした。

 当のセシリアは自分が何を言われたのか理解できていない。

 

「どうせ国の方から言われたんでしょ? 昨日会ったもんね。ていうかさー、アメリカに便乗して私のIS理論を子供のままごとだと笑い飛ばしたイギリスが良くもまあいけしゃあしゃあとそんなこと言えるもんだね?」

「え、その、あの………」

「ワンオフ・アビリティーの第三世代技術化(真似事)もまともに出来ないやつがでかい顔すんな、私が言えるのはそれだけ。はい態々ご苦労さんはい行った行った、私の楽しみの邪魔をしないでくれ」

「……………」

 

 突然の態度の変わりように何も出来なくなったセシリアはすごすごともといた場所に戻っていた。

 瞳が潤んでた気がしたが、多分ISセンサーのバグだろう。

 

「ん。オッケー紅椿の設定完了! んじゃ試運転もかねて飛んでみてよ、箒ちゃんのイメージ通り以上に動くはずだよ」

「は、はいっ」

 

 空気が抜ける音をたてて連結されたケーブル類が外れていく。準待機形態の紅椿はその装甲を広げ、真の姿を表す。

 その姿をまるで浴衣だと思った次の瞬間、紅椿は遥か上空に飛翔した。

 

「おわっ!?」

「うおっ!?」

 

 その急加速の余波で発生した砂埃が視界をおおう。そこからイーグルのハイパーセンサーが紅椿を捉えた。

 

「どうどう? 思った以上に動くでしょ?」

「え、ええまぁ……」

 

 空に光る赤い光が水色の空を縦横無尽に飛び回っていた。

 

「じゃあ刀使ってみてよ、右のが【雨月】で左のが【空裂】ね。武器特性のデータはこちら! まずは雨月で空を貫いちゃえ!」

 

 篠ノ之博士からデータを受け取った箒は急停止から両肩の刀をしゅらんと同時に抜き取る。

 ハッ! と雨月で突きを放つとその軸線上に五本の赤色レーザーがいくつも放たれ、巨大な雲に穴を開けた。

 

「おおっ……」

「いいねいいね! 次はこれを撃ち落としてみてね! ふぁいやー!!」

 

 言うなり篠ノ之博士は十六連装ミサイルポッドを量子変換して撃ちだした。

 

「箒!」

「大丈夫だ一夏! はぁっ!!」

 

 その言葉通り箒は空裂を横に振るい、その動きに合わせて帯状のレーザーが斬撃となって飛んだ。

 二、三回振るわれた斬撃ビームは群がるミサイル群をひとつ残らず駆逐。

 

「やれる!! この紅椿なら私は!」

 

 圧倒的な紅椿の性能に、皆が呆然と立ち尽くし、篠ノ之博士は大満足に頷く。

 凄いの一言。スピード、火力ともに申し分ない。現行ISを凌ぐという言葉も嘘ではないだろう。ちょっとばかり強すぎる気もするが。割とニューカマーなのに速攻で喰われた私とイーグルよ………

 

 ふと、俺の意識に応じたのかイーグルのハイパーセンサーが箒の顔をアップで写させた。

 

 手に入れた紅椿の力に。

 狂喜的な笑みを浮かべる箒の顔が。

 

「っ……!」

「疾風どうした?」

「いやなんでもない」

 

 ゾッと体に冷えたものが通った。今箒は何を考えていた? 

 一夏は気づいてなかったか、とりあえず良かった、のだろうか。再び箒を見ると元の仏教面、ではなく普通の笑顔が。

 一夏は気づかず俺を疑問に思うなか、箒が上から降りてくる。

 

「どうだった箒ちゃん? 満足」

「は、はい。……その」

「んー?」

「…………ありがとう、姉さん」

 

 箒からの感謝の言葉に篠ノ之博士は今日一番の笑顔で舞い上がった。

 

「いいよいいよ! 可愛い妹のために頑張るのは当然だもん!! その言葉だけで充分充分!! あー束さん幸せ! も一体作ってあげようか!」

「いやいいです」

「だよねー!」

 

 ぐるぐると回転しながら喜ぶ束さんを目の前に箒は苦笑いをする。

 

「ほんじゃま! 後は頼んだよちーちゃん! 束さんはおいとまするよん!! じゃーね箒ちゃん! ちーちゃん! いっくん! あと眼鏡くん! バッハハーイ!!」

 

 若干古めの挨拶と共に束さんは崖をひょいひょいっと飛び上がって森の中に消えていった。

 ………どんな、身体能力だ。

 

「ごほん! それでは予定通り各自装備の試験運用を開始せよ、追加装備のない織斑は篠ノ之のISの運用もかねて二人で自主練習をするように」

 

 パン! と手を叩く音と共に今日の授業が始まった。

 止まっていた練習機班は打鉄とラフォールに群がり、専用機持ちは織斑先生に連れられて海底トンネルの入り口に向かう。

 一夏に近づいた箒の笑顔はいつもより晴れやかだった。

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「こちらがレーデルハイトさんの装備一式です。確認をお願い致します」

「新装備二種とオートクチュール一種。はい、確かに受領致しました」

 

 並んだ新装備をイーグルに量子変換、オートクチュールのシステムダウンロードを設定してIS学園の揚陸艇を後にする

 

「さてと」

 

 試験装備の試運転のため場所選び、と称して俺はあいつを探していた。

 ていうかIS展開して良いならハイセンで調べればいいやん。

 イーグルを再び展開、浮き上がって眼下を見下ろす。

 目当ての人物は少し離れた砂浜でISを展開して情報を閲覧していた。

 

「よっ。隣よろしい?」

「………どうぞご自由に」

 

 ふわりと降り立つイーグルを一瞥してセシリアは試験装備のデータに目を通す。

 声色が明らかに暗めだ。

 

「沈んでるなあオイ。まるで無人島に遭難したお姫様みたいだぞ」

「何しに来たんですの、わたくしを笑いにきましたの? 笑うなら笑えばいいですわ」

「はっはっはー、これでいい?」

「撃ちますわよ」

「展開すんな展開すんな」

 

 手にスターライトMKⅢをコールして睨み付けられた。

 いつもより眼光五割増しでございます、マの人なら感謝感涙ものだが生憎俺はどちらかというとサの人よりなので興奮も涙もしない。

 

「落ち込んでるだろうから心配になって来たんだよ」

「慰めはいりませんわ。疾風は気に入られて良かったですわね」

「俺は男でIS動かしちゃってるから。それに、あの反応はお前のせいじゃないだろ」

「わたくしはイギリスの代表候補生。国の看板を背負っている以上、不始末の矢面に立たされるのは仕方のないことです。ましてや、相手はあの篠ノ之博士ですし………」

「あの人生粋の人嫌いって聞いてるぜ? 鈴やシャルロットだって同じ反応だろうさ」

 

 心ばかりに慰めるもセシリアの顔つきは晴れない、表示されるデータを事務的に見つめる彼女にどうしたものかと考えていると、セシリアはポツリと漏らした。

 

「私が男だったら、相手にされていたのでしょうか」

「かつISを動かせたらだろ?」

「………無理ですわね、そんな希少ケースが立て続けに出てくるわけありませんわ」

 

 憂鬱げに息を吐いて更に沈むセシリアを前に俺はもしセシリアが男だったらと想像してみる。

 ………はい、普通にイケメンです。一夏とツートップ張れるぐらいの、ありがとうございます。

 

「俺はお前が女で良かったと思ってるよ」

「何故?」

「何故ってお前。一緒にモンドグロッソ行けないじゃん、俺もようやくその足掛かりを手に入れたからさ。それにあの時IS学園で再会することすらなかった訳だろ?」

「別にわたくしが居なくとも貴方はISを動かせていたでしょう」

「さてどうかなー」

 

 少なくとも、俺はあれが人生の転機だと思っている。

 

「お前が学園に居なかったら張り合いがないよ。お前は俺のライバルだからな」

「ライバル……」

「そう、ライバル。男だったらとか女だったらとか所詮タラレバ、非現実的な話だよ。考えても仕方ない仕方ない。今自分に出来ることを精一杯やればいいじゃないか」

「やれることを」

「篠ノ之博士が言ってたのを鵜呑みにするなら、セシリアが偏光射撃(フレキシブル)を成功させたら目に止めてくれんじゃね?」

 

偏光射撃(フレキシブル)

 ブルー・ティアーズを動かすためのBT適合率が100%を越えると発動するとされる超特殊技能。

 現イギリス代表のワンオフ・アビリティーを参考にしたそれは撃った後のレーザーを自在に操作、つまり曲がるレーザーが可能になる。

 難易度は高いが、実現すれば他国の第三世代兵器を上回る戦闘力を発揮すると言われている。

 

「BT適合率、前上がったて言ってただろ。兆しが見えたら後少しなんじゃないか? それとも、言われっぱなしで押し黙るセシリアお嬢様なのか?」

 

 煽ってやるとセシリアの瞳に鋭い光が見えた。

 

「そんなことありませんわ! いつか、いえ年内にはそれはもう曲げに曲げて曲げまくるぐらいのフレキシブルを見せつけてあげましょうとも!」

「おーその意気だ。イギリスのIS社会はお前の双肩にかかっている!」

「望むところですわー!」

 

 ふんすっと胸を張って声を張り上げるセシリアの顔は晴れやかだ。

 今まで逆境の真っ只中を血が滲む思いをして潜り抜けた云わば女傑………は言い過ぎかもしれないけどそんな感じの肝っ玉を持ったお嬢がこのセシリア・オルコット。

 

 俺も負けてられない。うかうかしてるとおいてかれそうだ。

 

『専用機持ちに通達。今日のテスト稼働を直ちに中止! 花月荘に戻れ! 急げよ!』

「おおぅっ」

 

 突然通信越しに織斑先生の怒号に体がビクンと跳ね上がってイーグルのアーマーがカシャカシャと音をたてた。

 耳元で行きなりとか。いやいや心臓に悪いよ。

 

「てかまだ始まったばかりじゃん! てか俺始めてもいないよ!?」

 

 IS絶ち(1日)をしたというのにこんなのあんまりだよっ! 

 

「な、何かあったのでしょうか?」

「紅椿が花月荘に誤射したとか?」

「笑えませんわね……」

「笑えないね………」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「では、状況を説明する」

 

 本当に笑えない雰囲気なんですが………これは。

 

 旅館の一番奥に儲けられた宴会用の大座敷・風花の間では、俺たち専用機持ち全員と教師陣が集められた。

 証明を落とした薄暗い空間に、空中投影ディスプレイの光が辺りを薄暗く照らしていた。

 

「二時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型の軍用IS銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)通称『福音』が制御下を離れ暴走、監視空域より離脱したとの連絡があった」

「何故俺たちに連絡が?」

 

 一夏の言う通りだ。なんで? ほんとなんで? 

 

「黙って聞いていろ、衛生による追跡の結果、福音はここから二キロ先の空域を通過することがわかった。時間にして五十分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処することとなった」

 

 ………………………………は? 

 淡々と当たり前のように話す織斑先生に頭の中が白くなった。

 

「教員は訓練機を使用して空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦の要は専用機持ちで担当してもらう」

 

 は、はい? つまり、暴走した軍用ISを俺たちで止めろって? 

 

「それでは作戦会議を」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「なんだレーデルハイト」

「いや、なんかトントン拍子で話が進んでいるんですけど。俺達一介の学生ですよ? 日本の駐屯地は何をしてるんです? アメリカとイスラエルは何をしてるんですか?」

 

 我慢できなくなって遂に織斑先生の話をぶったぎって口を挟んだ。

 内心苛立っているけど声を荒げなかった自分を誉めてやりたい。なんで他国のゴタゴタを無関係な俺達に頼んでんだ? 

 

「日本軍からの援軍はない。現在ここにある教員が運用する訓練機6機、専用機7機で対応しろとのことだ」

「え、箒も含めるんですか?」

「なんだ疾風、私じゃ力不足だとでも言うのか?」

「いや、別にそういう訳じゃないけど」

 

 まだ紅椿を動かして日もたたないのに、大丈夫だろうか。

 いつも以上に鋭い視線をさらに研ぎ澄ました箒の睨みに思わず目線をそらしてしまう。

 

「アメリカとイスラエルからは出そうと思っても出せない状況だ。福音の暴走を鎮圧するために派遣されたISは全てダメージレベルCを越え出撃不能の状態にある。本土からの援軍を呼ぼうにも時間が足りず、故に一番近い我々が対処にあたることになった」

 

 なったって………理屈は分かるし、そうせざるえないということは分かるけど。

 俺は内心戸惑いを隠せない、ふとセシリアの方を見ると真剣な表情をしている彼女と目があった。

 

「わたくし達専用機を持つ代表候補生は有事の際の軍事行動に対する介入が義務付けられていますわ」

「それは知ってるけど。一夏と箒はどうなんだよ」

「私だって専用機を持ったんだ。除け者扱いはごめんこうむる」

 

 自信に満ち溢れた箒から一夏に目を向ける。一夏もこの状況についていけないのか戸惑い気味だ。

 

「先生。この福音って奴は日本に入ってくるのか?」

「可能性はある。そして、その状況に対する人的被害は予想もつかないだろう、この銀の福音はそれだけの危険なISだ」

 

 人的被害、データには広域殲滅が可能と書いてある福音がもし街中でその兵器を向けでもしたら。そう考えた面々は表情を固くする。

 それは一夏も同じだった。

 

「俺もやります。誰かがやらないと、なにも知らない人達が傷付くというなら。そんなことはさせない。俺も白式()をもってる。だから、俺もやります!」

 

 力強い目だった。その言葉に曇りなどなく、一夏の心からの声だと俺は理解した。

 

「レーデルハイト、これは強制ではない。辞退しても誰もお前を咎めることはない。命の危険は大いにある。面子などは関係ない、参加するかはお前が決めるんだ」

 

 参加しなくてもいい。当然だ、俺は代表候補生という役職もない。男というだけで専用機を与えられた点だけの他と同じIS学園の学生だ。

 だけど。

 

「俺もやります」

「疾風、別に無理をしなくても」

「いや、やるよセシリア。俺はISが好きだからな」

「なんの関係がある」

 

 苦言をもらす箒の目を見て続ける。

 

「モンドグロッソで競いあったISを見て、俺はISというスポーツに惹かれた。だけど幾らISをスポーツと認識してもそれはISの一面に過ぎない。福音のように軍の兵器という側面も確かに存在するほど、ISは人を傷付ける力も持っている」

 

 俺は一息吸って頭を整理して言葉を紡ぎだす。これは自己の再認識、それを確立するための言の葉だ。

 

「だけどそれは表に出しては駄目だ。もし福音というのが日本を火の海に変えたら、世間はISをスポーツとして認識しなくなる。俺はISをただの『兵器』という枠組みに収まるのは嫌だ。だから俺は、俺とこいつは作戦に参加します」

 

 ギュッと胸元のバッジを握りしめた。

 織斑先生もそれを汲み取ってくれたのか黙って聞いてくれた。

 

「すいません、話を遮ってしまって」

「いや、いい。それでは作戦会議を始める、意見のあるものは挙手するように」

「「はい」」

 

 早速、手を挙げたのは俺とセシリアだった。セシリアが先に言うように促すとセシリアは素直に応えた。

 

「目標ISの詳細なスペックデータを要求します」

「わかった。ただし、これらは二ヵ国の最重要軍事機密だ。けして口外するな。情報が漏洩した場合、諸君には査問委員会による裁判と最低二年の監視がつけられる」

「了解しました」

「レーデルハイトは?」

「セシリアと同じです」

 

 ホログラムが切り替わると、ISの情報がアップ。皆の目の前にホロスクリーンが出て、各々はそれをチェックし議論する。

 

 手短に纏めると、この銀の福音は高機動広範囲殲滅を目的としたIS。

 頭から直結でウィングスラスターを生やしたその姿はまるで天使のよう。しかしこの天使の羽のようなスラスターは多方向推進翼(マルチプル・スラスター)。イーグルと同様の代物だが、出力規格が違う分別物ととらえた方が良いだろう。

 装備はウィングスラスターに複数備え付けられたエネルギーカノン【銀の鐘(シルバー・ベル)】。これは一度に36発発射が可能で対象に着弾したのち爆発するという厄介極まりない代物。

 他には後付け装備として近接兵装のビームショーテル。羽型の小型ミサイル【ハミングバード】を装備している。

 

「(疾風)」

「(なんだよ)」

「(抑えてくださいね)」

「(わかってるよ)」

 

 国の重要機密、一般公開されていないISの情報に俺の中のギークソウルに火がつき始めたが状況が状況なので自重自重。

 隣のセシリアには見事見透かされました、合唱。

 

「近接武装はあるけど、まだ試験動画はないんですね。こちらから探りを入れることは」

「無理だな、この機体は現在も超音速飛行を続けている。アプローチは、一回が限界だろう」

「パイロットの安否は? こちらからコンタクトをとることは出来ますか?」

「駄目だ、福音の高性能AIが外部との繋がりを完全にシャットアウトしている。パイロットの安否も未だ不明だ」

「つまりチャンスはランデブーでの一回切り……ということはやはり、一撃必殺の攻撃力を持った」

「俺の白式と零落白夜、ですね」

 

 一夏の発言に織斑先生は頷いた。

 零落白夜、馬鹿にならない燃費を引き換えにクリーンヒットすれば一撃で落とせるだけの規格外の攻撃力を持ったワンオフ・アビリティー。

 すれ違い様に福音に押し当てればその時点でこの作戦は終了する。

 

「一夏、あんた当てれるの?」

「やるしかないだろ。実際このなかで一番攻撃力を持ったのは」

「そうじゃなくて、生身の相手に本気で振るえるのって事」

 

 鈴はいつかのクラス代表戦の無人機のことを思い出した。

 あのとき一夏は「無人機なら思いっきり零落白夜を振るえる」と言っていた。

 零落白夜はシールドバリアを突破して直接絶対防御に当てていくものだ。だがその絶対防御許容量を越えればそのまま生身に到達する。

 

「鈴、それは一夏が及び腰になってると言いたいのか?」

「箒、これは今までの試合とかとは違うのよ。人の生死が直結する戦場、作戦に参加するあたし達の命の保証なんて何処にもない、それは福音のパイロットも同じなんだから。あんたそれ分かってる?」

「も、勿論分かってるとも」

「ならいいけど。で、どうなのよ一夏」

「……………」

 

 鈴の問いに膝に置いた手を更に握りしめる一夏。

 言われて再認識した、もしかしたら自分がその人を殺す結果になるのではと。この力は守るためであって殺すものではない、だけどそうしなければならないのが今の状況なのだ。

 

「織斑。パイロットは意識を失うまでの最後に『手段を選ばずに福音を止めてくれ』と言ったそうだ」

「それって」

「福音の乗り手には覚悟がある。だが私はお前に命を奪えとは命じない、だが覚悟はしておけ」

「傷付ける、覚悟………」

 

 一夏は白式の待機形態であるブレスレットに触って、強く掴んだ。手が震えている、情けないと思いながらも、突然の現実に震えている自分がいたのだ。

 そんな彼を見かねて、俺は助け船を出した。

 

「一夏、銀の福音はアンリミテッド使用。つまり制約が外された膨大なエネルギーを有している。そのぶん絶対防御も厚い。それに何も胴体じゃなくて翼部分でいい、このISはスラスターと機体が繋がってるから、高速軌道中に片翼を失ったら一気にバランスが崩れる。それを抜きにしても、一回全力で当たったぐらいで生身に到達するなんて限りなく低いよ」

「そうなのか?」

「ああ、だから変に気負うなよ。もし仮に大事になったとしても、学園や俺達が守るからさ」

「………わかった。ありがとう疾風。よしっ!!」

 

 作戦は福音に零落白夜を当てるということに可決した。

 

「ただ問題はどうやって一夏をそこまで運ぶかよね。エネルギーは全部攻撃に使わないと難しいだろうし」

「しかも、目標に追い付けるだけの速度のISでなければならないな。超高感度ハイパーセンサーも必要だろう」

「俺のイーグルのパッケージはそれに該当するけど。他に高機動パッケージを持ってる奴は?」

「それならわたくしが。今回ブルー・ティアーズには専用高機動オートクチュール【ストライク・ガンナー】を装備しています。超高感度ハイパーセンサーもついています」

 

 オートクチュールというのは、量産機のパッケージの専用機版。

 専用機に合わせたチューンにより同じタイプのオーソドックスなパッケージよりも性能やレスポンスは向上している。

 

「オルコット、超音速下での戦闘訓練時間は」

「20時間です」

「ふむ、それならば適任だな」

「疾風、貴方の訓練時間は?」

「俺か? IS学園に入る前に3時間ほど。良い成績は出せてた。今回の高機動パッケージも、その時のデータを元に作られたらしい」

「でしたら、わたくしが一夏さんを運びますので、疾風はそのサポートを。頭数は多い方が作戦の成功率も上がりますわ」

「確かにそうだな。一夏、俺とセシリアが必ず福音のとこまで届けるからな」

「おう、頼りにしてる」

 

 パシッと、拳をぶつけ合う男二人を尻目に、織斑先生が纏めに入った。

 

「よし、ではその作戦で進めるとしよう。異論のある者は」

「待ってください!!」

 

 織斑先生が促すのを待たずに箒が立ち上がって手を胸に置いた。

 その右手には赤紐に金と銀の鈴をつけた、紅椿の待機形態があった。

 

「私の紅椿も速さには自信があります! だから私も作戦の参加を!」

「残念だが、それは難しい」

「何故ですか!?」

「箒さん落ち着いてください、これにはちゃんと理由があります」

「理由だと? 私が役立たずだと!」

 

 自分では役不足なのではないかと焦燥を隠せない箒はセシリアに詰めよりかけるも、それを遮るようにセシリアはホロウィンドウを箒の前に持ってくる。

 

「疾風、貴方のデータもこちらに」

「おっけ」

 

 自身のデータをセシリアのもとに滑らした。

 受け取ったホロウィンドウと自身のデータ、更に銀の福音と紅椿のデータを並べて箒の前に表示する。

 

「先程紅椿の試運転時のスピードを計測しました。確かに他とは一線を越える機動性です。ですが、高機動特化のオートクチュール装備と比べると明らかに差が出てきます。現在亜音速で移動中の銀の福音に食いつくには、それと同等かそれ以上の加速が必要なのです」

「……………」

 

 セシリアの説明に押し黙ってしまった箒、唇を噛み締め、拳も音が鳴るぐらい握りしめていた。

 

「ありがとう箒」

「ッ!」

「箒の気持ちは嬉しい。だけど、今回はこういう作戦だから。大丈夫、箒のやる気も持って行って必ず作戦を成功させるから!」

 

 ニカッと笑う一夏。しかし、箒の表情は晴れなかった。

 

(違う、違うんだ一夏。私は見守るのではなく、今度こそお前と一緒に並びたかっただけなのに。こんなことでは、なんのために専用機を手に入れたのか分からないではないか………)

 

 口に出すこと無く押し黙る箒に一夏は彼女を心配する。

 どう声をかけようか迷っていると。

 

「ヤッホーい! 呼ばれないけどジャジャジャジャーン!」

 

 天井裏を空けて篠ノ之束がホログラフの上に落ちてきた。

 

「た、束さん?」

「イエスいっくん! 束さんだぜぇーい!」

 

 ブイッ! とサインをする篠ノ之博士に一同またも唖然とする。

 

「およっ? なんで固まってるのみんなー。まあいいや。聞いて驚け聞いて喜べ! この束さんがグッドアイディアを持ってきてやったぜ! 嬉しいだろ嬉しいよね! 大丈夫! 箒ちゃんも活躍、ううん箒ちゃんにしか出来ないプランニングを用意したぜ」

「わ、私も?」

「そう! 箒ちゃんを除け者にするなんて私が許さん。お姉ちゃんに任せなさい!」

 

 キラーンと光る歯を見せる一人不思議の国のアリスの篠ノ之博士。

 

 一同に不安を胸に残すなか、沈みかけた場所から希望を

見出だした箒の顔は、何処か晴れやかだった。

 

 

 

 



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第16話【天使討伐作戦】

「出てけ」

 

 容赦なくド低音で返した人類最強に人類最高はぶんむくれる。

 

「開口一番がそれって、ほんとちーちゃん酷い。私なんかした?」

「胸に手を当てて考えてみろ」

「………………ごめんちーちゃん。束さんの胸でかすぎてわかんないや」

 

 ギリィッ。右にいるツインテールから音がした。

 

「あ、あのーこの場所は関係者以外立入禁止で」

「おや随分奇天烈なことを言うね。ISに関して一番の関係者は私だよおっぱいちゃん」

「お、おっぱい!?」

「お、なんだいまだ何か言う気かい? なら駄賃としてそのマシュマロを堪能さ、せてあぁーー!?」

 

 頭を鷲掴みにされ外に投げ飛ばされた篠ノ之博士。投げた張本人は襖を閉めた。

 

「学園関係者ではないことは確かだ。まったく場を引っ掻き回すことしか知らんのかあいつは」

「否定はしないけど。IS学園が誕生した原因も私だぜ?」

「うわぁ!?」

 

 上今度は床の襖を突き上げて篠ノ之束登場。なんでもありかこの人は。

 織斑先生は再び彼女を捕らえようと無言で近づいていく。

 

「まあまあ落ち着いて聞いたまえよちーちゃん。ここは断然紅椿の出番さ! 説明するまでもないことだけど大サービスで説明する束さんだぜ?」

「………話は聞こう」

 

 織斑先生と篠ノ之博士を囲うように新たなホロウィンドウが表示、中央の大きめのウィンドウには紅椿の姿が。

 

「さっきそこのイギリスがオートクチュール装備のISには紅椿は追い付けないと言ったけど。束さんの話なんも聞いてないのね、紅椿はそれすらも凌駕する現行最高のISなのさ!」

 

 指を鳴らす音に画面の紅椿が変化する。装甲の各所が開き、そこから何かが飛び出した。

 

「紅椿にはパッケージなんてものは必要ない。展開装甲をちょいッと変えることで瞬時に高機動仕様に変化できるのさ! そのときの速度理論値はこんな感じ!」

 

 紅椿のスピードグラフが伸び、その速さは俺とセシリアの専用機はおろか銀の福音の最高速度さえも抜き去った。

 

「疾風、展開装甲って………なんだ?」

 

 一夏だけでなく、当事者の箒もなんのことかさっぱりという顔をしている。

 

「展開装甲というのは、IS本来の目的である宇宙活動に対応したパッケージ換装を必要としないマルチプルアーマーのこと。今みたいに装甲各所の出力を調整したら攻撃、防御、加速をほぼロスタイム無しで行えるんだ」

「そんな凄いやつなのか。知らなかった」

「無理もないよ。展開装甲というのは第三世代の操縦者イメージ・インターフェイスを更に発展させたもの。まだ実用段階に値しない第三世代を越えた机上の空論と言われた技術だからね」

「おっ! 流石博識眼鏡君! あったま良い! 束さんは優秀な子が大好きです!! そのとおり! 紅椿は世界初の第四世代型ISでーす! ブイブイ」

 

 ところどころから「第、四!?」と漏れる。それは代表候補生だったのか教師陣だったかは定かではない。

 もしかしたら俺だったかもしれない。

 

「因みに白式の【雪片弐型】に使用されてまーす。試しに私が突っ込んだ!」

「え!? つまり、白式もその第四世代のISということ?」

「んー、厳密には違うね。雪片弐型の展開装甲は攻撃転用しか出来ないし、言うなれば白式は3.5、いや3.3世代かなぁ」

 

 つまりもし雪片弐型の展開装甲が完璧なら剣一本で防御と加速も出来たのか。もしそうだったら色々出来て面白そう。

 てか、知らず知らずに最新技術が傍にいたまま気付かなかったってことよな。まあ見た目はただのエネルギーブレードも出せる近接ブレードだし。

 

「それで上手くいったので今度の紅椿は全身が展開装甲にしてあります! これが最強たる由縁、完全に使いこなすことが出来た暁にはもはや敵無し! そんな紅椿ちゃんなのでしたー!」

 

 一人ハイテンションな篠ノ之博士を除き、一瞬でこの部屋はお通夜ムードに入ってしまった。

 それもそのはず。世界が第三世代技術の実現、そこから量産化にこぎ着けようやっきになっているなか。この人はお構い無しに、しかも自分の妹の為だけにその階段を1フロア飛び越えたのだから。

 

「束、言ったはずだぞ。やり過ぎるなと」

「やり過ぎ? ご冗談を言いなさんなちーちゃん。可愛い妹のために頑張らない訳ないじゃない? それに束さんにとって第四世代の展開装甲なんて5年前とっくに完成してた。むしろ本当なら箒ちゃんの入学当初に渡したかったんだから、これでも我慢したんだぜ? 箒ちゃんがお願いするまでね」

 

 悪びれることなく色々とんでもワードを口走りまくる篠ノ之博士。

 余りにも規格外、いやそんな可愛い表現などではないのだが。とりあえず分かった事は箒が身に付けているISがこちらの想像以上の技術の集大成だということだ。 

 

 紅椿のデータを横にどかして篠ノ之博士は福音のデータに目を通した。

 

「ふむふむ、迎撃に来たISは全機出撃不可能に、これほど大立ち回りしたのにも関わらず死者どころか怪我人もゼロ、兵器だけ無力化。ニャハハッ、まるで白騎士事件みたいだねちーちゃん」

 

【白騎士事件】

 世界広しと言えど、この名前を知らない人はいない。

 今から10年前、当時まだ高校生に成り立ての少女、篠ノ之束が発表した『宇宙空間で活動可能なパワードスーツ』、インフィニット・ストラトス。

『現行兵器を凌駕するポテンシャル』という篠ノ之束の言葉は世界は激震すれど、それを子供だまし、少女の空想だと嘲笑い、まるで相手にしなかった。

 

 そう言わなければならなかったのだろう。

 当時まだ空を飛ぶことすら巨大な飛行機やロケット。莫大な費用によって動くそれが。人類が長い時間かけて作り上げた技術と歴史が。少女が開発したインフィニット・ストラトスという代物によってガラクタレベルまで落としこめられる。

 当時の国の維新やプライド、上層議員や技術者はそれを認めるわけには行かなかった。

 

 そこから1ヶ月後。驚天動地の事件、いや事件と呼ぶには生ぬるすぎる。そう、戦争とも言える歴史的な惨劇。

 日本を射程圏に抑えた潜水艦、艦船、軍事基地のミサイルシステムが同時多発でクラッキング、合計2341発のミサイルが発射、日本は360度からミサイルを飛ばされたのだ。

 

 当時の混乱や絶望は今でも色濃く残ってる者はいるだろう。

 俺は当時5、6歳ぐらいか………これといって覚えてることないな。まあまだガキだったし。

 

 日本は文字通り滅亡のカウントダウンスタート。今更戦闘機のスクランブル、迎撃ミサイル、護衛艦の迎撃を込みしても二千を越えるミサイルを全部さばける訳もなかった。

 一つの兵器、そう【白騎士】を除いて。

 

 一夏が乗ってる白式に似た、便宜上第零世代と付けられた中世の騎士を思われせる白銀のIS、白騎士。

 突如現れたそれは迫り来るミサイル群に突っ込み、切り裂いた。そう切り裂いたのである、白騎士はその手に蒼い『プラズマブレード』を持ってミサイルの半分、1221機のミサイルを一気にぶった斬り。遠方のミサイルは非実体兵器『荷電粒子砲』を何もない『虚空』から取り出して撃ち落とす。

 

 これにて日本は救われた、というようなハッピーエンドで終わるほど世界はお花畑ではなく、各国は国際条約? なにそれ美味しいの? ばりに日本の領空を侵略して戦闘機を飛ばして『白騎士の調査そして捕獲、或いは撃墜』。白騎士に向かってゾロゾロと飛んでった。

 

 結果はまあ、お察しである。先ほど篠ノ之博士が言ったように、並み居る戦闘機は全部撃墜、パイロットも全員無事。全くと言って良いほど歯が立たなかった。

 

 実際俺が戦闘機相手を想定しても、おそらく負けないと思う。なまじ素人が操縦したISでさえ、圧倒的性能とシールドバリアによる防御力がIS以外の兵器と比べると一線を越えているのだ。

 そのあとも各国が負けるものかっ!! と追加投入されるも。白騎士は『定時退社なので帰ります』な感じで夕焼けに溶けるように消えた。もとい光学ステルスで世界から姿を消したのだった。

 

 大型プラズマブレード、荷電粒子砲、量子変換、圧倒的機動性、SEによる防御力、光学ステルス。サイエンス・フィクションも真っ青なオーバーテクノロジーをこれでもかとノンフィクションで見せられた世界はインフィニット・ストラトスの存在を嫌でも知覚させられた。

 

「そのあと白騎士を作ったのは私ですと発表して、私の開発されたインフィニット・ストラトスは全世界に普及されるのでしたー。白騎士事件を私が作り上げたマッチポンプだ! と叫んでるやつもいたけど『その証拠は何処にあるの?』と聞いたときの反応は見物だったなー。まあそう考えるのも仕方ないよね、だって束さんだしっ!」

 

 エッヘンと胸を張る篠ノ之博士、それに伴い山田級の胸がポヨンと跳ねるのを思わず目で追ってしまった。

 

「しかし白騎士って誰だったんだろうねー? 一時期怪しまれたちーちゃん、そこんとこどうなんですか?」

「知らん」

「私としては……」

 

 ごすっ! 鈍い音が束さんの頭からなった。

 織斑先生の出席簿ならぬ、情報端末アタック(ガワが金属)

 

「酷すぎる! まだなんも言ってないのに! 束さんがパッカーンしたらどうするつもり!?」

「言う前に黙らせる、常識だろ。ほれ、接着剤」

「私今日後何回ちーちゃんに酷いって言えばいいんだろ。そろそろ泣くぞ? てかなんで持ってんの接着剤」

 

 取り敢えず受け取った篠ノ之博士。

 織斑先生さっきから邪険に扱ってるけど、もしかしたら仲良いんじゃないかこの二人。 

 

「話を戻す。束、紅椿の調整にはどれくらいかかる」

「7月7日にちなんで7分で出来るよ☆」

「では、今回の作戦は織斑と篠ノ之の強襲班、レーデルハイトとオルコットの援護班での作戦とする」

「ほえ? 箒ちゃんといっくんで充分じゃない?」

「投入できる機体が多いに越したことはない。何か問題でもあるか?」

「べっつにー、ちーちゃんがそれで良いなら束さんなにも言わなーい」

 

 反りが合わないイギリスのISが参加するせいなのか博士は不満げな態度を隠そうとしない。

 対照的に箒の方は自分が作戦に参加できると聞いて嬉しいのか、しきりに一夏の方をチラチラ見ている。

 

「二人とも、パッケージのインストールは後どれくらいかかる」

「えーと。ギリギリ間に合います」

「わたくしもです」

 

 まだインストールし始めの時に呼び出されたから、俺達のパッケージはまだISに適合していない。他のメンツも動揺だろう。

 だがギリギリということはチェックを万全に出来るかどうか怪しい。でもそんな贅沢を言う猶予はこちらにはないのが現実だ。

 

「束、二人のパッケージの最適化をアシストしてくれ」

「えーー。なんで私がそんなこと」

「散々こちらを引っ掻き回したんだ、それぐらいやってくれてもバチは当たるまい」

「私にあのメシマズ国のISを弄れっていうの?」

「ただでさえ成功率が低い作戦なのだ。それに織斑と篠ノ之は高機動活動の経験がない。経験があるものを遊ばせておく理由はない」

「………………」

 

 明らかにやりたくないですオーラをこれでもかと出している篠ノ之博士。

 筋金入りの人嫌いに加え、相当根に持つタイプのようだ。なんとやっかいな。

 このままでは話が続かないこの状況、それを打開せんと立ち上がったのはセシリアだった。

 

「篠ノ之博士。我が国の数々の非礼、イギリス代表候補生であるわたくしセシリア・オルコットが謹んでお詫び申し上げます。ですので、どうかブルー・ティアーズのパッケージの最適化を手助けしてもらえないでしょうか。お願いします!!」

 

 セシリアが頭を下げた。

 滅多なことでは頭を垂れないオルコット家の党首が恥を忍んで篠ノ之博士に頼み込んだのだ。

 

「俺からもお願いします篠ノ之博士! 二人の手助けになりたいんです! お願いします!」

「おいおい、なんで頭下げるのさ」

「俺のパッケージもやってもらうのですから当然です。篠ノ之博士、お願いします!」

 

 改めて頭を下げて懇願する。

 実質セシリアは何も悪くないのに頭を下げるんだ。これで聞いてもらえるならプライドなんて捨てて幾らでも頼み込んでやる。

 

「眼鏡君はいいよ。でも君は駄目だ」

「ちょっ、なんでですか! 俺だけじゃなくセシリアのもお願いします! この中で一番の高機動に慣れてるのはセシリアです!」

「ならもっと誠意を見せてほしいな。土下座するとかさ」

「っ!」

 

 彼女の発言にセシリアは息を飲んだ。

 由緒正しき歴史を持つ英国貴族の党首が一個人に土下座する。それは

 

「束、お前いい加減に」

「ちーちゃんなら知ってるでしょ。私があの時どんな思いをしたか。後ろで偉そうにふんぞり返ることしか脳がない頭でっかちにろくに見もしないで門前払いされたんだ。それに見合う物を見せてほしいものだね」

 

 篠ノ之博士は苦虫を潰すような顔で頭を下げているセシリアを睨み付ける。彼女を知る一夏と箒は見たことのない知人の顔を見て困惑している

 篠ノ之博士の言い分も分かるし、理解もできる。だけど………

 

「待ってください。なにもそこまでさせなくても良いじゃないですか」

「じゃあ代わりに眼鏡君が代わりにやる? そーだなー、凄いぶりっこっぽく『らぶりぃ束ちゃんお願いします♡』って言って貰おうかな☆」

「た、束さん!?」

「それやってくれたら考えても良いよ」

 

 セシリアの土下座か。男の俺がぶりっこで頼み込むの二択………

 俺はスッと前に出て咳きこんで喉を整えた。

 

「え、ちょっ!」

「は、疾風っ!?」

 

 篠ノ之博士の前に立ち、両拳を顔の前に上げ、右足を後ろに上げ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「らぶりぃ! らぶりぃ! 束ちゃん! 僕達のパッケージを最適化して下さいな! アハッ♡」

 

 刹那。花月荘大広間、風花の間が凍り付いた。

 

 迷いなく首をコテンと倒したその顔は今まで見たことないジャンルの満面の笑み。

 

 数十秒。あまりの豹変ぶりにその場にいた人間は時が止まったかのように俺を見て固まったまま。誰しも信じられない物を見たと目を見開いたまま制止していた。あの織斑先生さえ微動だにしていない。

 当の篠ノ之博士は………

 

「プフッ! アッハッハッハッハッハ!! 本当にやるとは思わなかった! やばい、こんな笑ったの久方ぶりかも、ハハハハハハ!!」

「束」

「ふーふー。オッケーオッケー、笑わせてくれた礼だ。過去のことは置いといてこの篠ノ之束が最高に君たちのパッケージを仕上げてやろうじゃないか! その前に紅椿の調整だね、よしっ! いくぞ箒ちゃん!!」

「え、え、ちょっと待って引っ張らないでください!」

 

 篠ノ之姉妹は未だ凍り付いてる大広間を後にして消えていった。

 残された面々は二人が消えた出口からぶりっこポーズを継続している第二の男性IS操縦者に目を向けた。

 

 上げていた右足を戻し、もう一度咳き込み。その場にいる面々を見渡し、疾風・レーデルハイトは眼鏡を上げて淡々と言った。

 

「処世術です」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「はいかんりょー! 眼鏡君のは普通に行ったけどイギリスのは結構ガタガタだったなぁ、よくこれでオッケー出たもんだ。ていうかBT兵器封印して全部スラスター一括って第三世代兵器とはって感じ。本末転倒とはこのことか。これの速さに追い付けるようなBT兵器を作ることをオススメするよ。では束さんの仕事終わり! バイビー!」

 

 約束通り篠ノ之博士は俺達のパッケージの最適化をしてくれた。予定の1/3の速さで仕上げてくれた、しかも二機同時に。

 アドバイスなのか文句なのか愚痴なのか。全部をない交ぜにしながら篠ノ之博士は何処かに消えていった。

 また崖かけ上ったんじゃないだろうな。

 

 先に仕上げて貰った箒は一夏と共に他の奴ら+山田先生から高機動戦闘のレクチャーを受けている。

 

 かくいう俺は福音と各機体のデータを閲覧する。今回の作戦、前線指揮の役目は索敵能力が一番高い俺に任命されたからだ。

 それにしても改めてみるとわかる紅椿の性能の高さ。一番最初に飛んだときでさえ速かったのにまだ上があり、本気を出せば高機動パッケージの速度を越える。規格外とはああいうのを言うんだろうなぁ。

 

「疾風」

「んー?」

「………その、ごめんなさい」

「まーだ言ってんかよ。別に良いって言ってるだろさっきから」

「すいません」

「いやもうだから。あー」

 

 対策会議が終わってからセシリアはしきりに俺に謝ってきた。こっちは気にしない気にしないと繰り返してるのにやっこさんは聞き入れてくれない。

 

「オルコット家ご当主様の土下座とガキンチョのぶりっこポーズ、天秤かけたらどっちに傾くかなんて明白だろ」

「でもわたくしの」

「関係ない」

「ですが!」

「お前のせいじゃない」

 

 イーグルから降りてセシリアの眼を正面から合わせる。セシリアはブルー・ティアーズに乗ってるから自然と目線が上に向いた。

 

「お前が祖国の事を思ってるのは知ってるし、代表候補生という肩書きに責任を持ってんのはわかる。だけど他人の失態を無理に背負い込む必要なんてないだろ」

「だからってなにも疾風があんなことしなくても」

「あれは俺が勝手にでしゃばっただけだから。それに、別にお前のためだけじゃない。あのままお前が土下座したところであの偏屈ヘソ曲がり科学者が納得するとは思わないし、俺がやったほうが早くことが済むと思っただけ。だから勘違いすんなよ」

「ず、随分篠ノ之博士のことを。尊敬していたんじゃなかったんですの」

「尊敬もしてるし、ISを生んでくれたことは感謝している。けどなー。一夏に色々聞いてたけど、あの人嫌いっぷりは想像以上だったわ。あの温度差ハンパねーもん」

 

 好き嫌いの対応の仕方が正に対極的。身内や気に入った人には限りなくオープンだけど、それ以外は極端に閉鎖的。例えるなら昔日本がやってた鎖国のよう。

 

「天才は漏れなく奇人というけど、ここ二日で身に染みて理解した私なのでした。とりあえず言われた字面だけ見とけばいいんだよ、だからそんな気にしない気にしない、俺は気にしてないから。オッケー?」

「ええ。わかりましたわ」

 

 一応納得はしてくれたようだ。タレ目がちな目は少しだけ上にあがったように見えた。

 

「ところでどうよ俺のスカイブルー・イーグルの高機動パッケージ【ソニック・チェイサー】の雄姿は! なかなかどうして格好いいだろう?」

 

 全体のシルエットはそのままに、肩と足にスラスターを追加、腰あたりに尾羽を模した長めの大型増加スラスターを追加、ウィングにも追加パーツが取りつかれたりとなんとも増々。頭部のイーグル・アイには羽飾り状追加センサーが追加されている。

 

「羽が増えて、より鳥っぽくなったみたいですわ」

「そうでしょうそうでしょう」

「ですがドラッグマシンにも見えますわね」

「曲がらないって言いたいのか。確かに直線機動は強い代わりに高機動戦闘時の旋回性能は落ちてるけど、ほんの少しよほんの少し」

 

 ノーマルの旋回能力が高いだけで、今のイーグルは並みレベルになってるわけで。

 実際セシリアのストライク・ガンナーより最大加速度は早いし、もしかしたら紅椿に追い付けるかもしれない。

 赤く塗ったら更に速くなりそう。止まらない気もするが。

 

 セシリアのブルー・ティアーズの高機動パッケージ【ストライク・ガンナー】

 一言で言うと、優雅。

 腰とウィングのプラットホームに搭載されていたBTビットを全て腰に連結したその姿はまるでスカートようで。ビットがなくなったプラットホームには増加スラスターが装備されている。

 頭にはメット型の高感度ハイパー・センサー【ブリリアント・クリアランス】

 この高機動形態はブルー・ティアーズに使われるBT粒子を加速して増幅させる光圧スラスターというものらしい。

 ………しかしまぁ。

 

「さっきの篠ノ之博士じゃないけど。ブルー・ティアーズの特徴殺したねぇ」

 

 セシリアのパッケージ。腰に連結されたビットの砲身は塞がれてスラスターのみの使用となっている。

 使用はパージすれば出来るらしいが、ある程度速度を落としてからパージしないと機体が空中分解してしまうらしい。博士が言っていたガタガタはここかもしれない。

 

「高機動戦闘だとビットの推力が完全にISに負けてしまいますので。今回の福音相手にはこれが最適解ですわ」

「まあ確かに言えてる」

「ですが納得もしています。BT粒子の光圧スラスターは実現したのは嬉しいのですが多角攻撃が出来なくなったのは今までと同じ戦いは出来ませんから。前はBT適性値が思うように上がりませんでしたが、今は上昇したのですし、この機会に開発本部に打診を申請しなければ」

「まあないものねだりしてもしょうがないだろ。俺のイーグルも高機動中はビット使えないの同じだし。紅椿は展開装甲の一部を切り離してビット兵器にすることが可能………ね」

 

 攻防速に加えて自立兵器か。どんたけ盛ってるんだか。

 

「そういう疾風も浮かない顔していますわね。やはり緊張しますか」

「うん」

 

 このIS学園に入ってから、楽しいことがいっぱい増えた。ISを動かすのもそうだけど、皆と過ごす色んな日々は退屈しなくて、楽しくて。このまま二年生になり、三年生になり、卒業して国家代表たして大成したい。そんな日々が続くものだと思っていた。

 現実を甘く見ていた、と言ったらそれまでだけど。専用機………個人が持ちうるには余りある兵器を持ち歩くということは。今回のような事態に対処しなければならない場合もある。

 だが………

 

「俺として一番不安なのは、なぁ」

「………」

 

 揃って向く方向には………

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 時刻は十一時半。砂浜で後ろに一夏と箒、前に俺とセシリアがスタンバイしていた。

 

「じゃあ箒。よろしく頼む」

「本来なら女の上に男が乗るなど私のプライドが許さないが、今回だけは特別だぞ」

 

 作戦の性質上、一夏は全くエネルギーを消費せずに目標に向かう必要があるため、一夏が箒に掴まって移動する形になる。

 

「それにしても、たまたま私達がいたことが幸いしたな。私と一夏が力を合わせれば出来ないことなどない。そうだろう?」

「ああ、そうだな。でも箒、先生たちや疾風も言ってたけどこれは訓練じゃないんだ。実戦では何が起きるかわからない、十分に注意してーーー」

「無論わかっているさ。ふふ、どうした? 怖いのか?」

「そうじゃねえって。あのな、箒ーー」

「ははっ、心配するな。お前はちゃんと私が運んでやる。大船に乗ったつもりでいればいいさ」

 

 さっきからこの調子だ。専用機を与えられたからか、はたまた一夏と共に行動することからか。箒の声は確実に浮わついているのか口数が普段より多い。若干、いやかなりハイになっている。

 

「箒」

「なんだ疾風。作戦の見直しか?」

「少し落ち着いたらどう? そんなんじゃいざというとき」

「失敗するとでも? 大丈夫だ、この紅椿はお前のイーグルより数段上の性能だ。必ず福音を落として見せるさ」

「そういう話をしてるんじゃない。俺は」

「どうした? まさか臆病風に吹かれた訳じゃないだろうな? この作戦は自由参加だ、降りるなら早めに言った方がいい」

 

 挑発的な言葉にムッと来たわけではないが、ここは一つ言っておかないと気が済まない。

 

「………正直に言うぞ。俺はお前が強襲班として参加するのは反対だ」

「なんだと!?」

 

 案の定、モニター越しに箒が睨み付けてくる。

 相手のペースに乗らず淡々と諭すように続ける。

 

「言い方が悪かった、一夏を乗せる役目はお前じゃなくてもいい。計算上、セシリアが乗せても福音迎撃には充分間に合うんだ」

「私は不必要だと言うのか!」

「落ち着け、一々突っかかるな。お前の速度なら援護班としてもちゃんと機能する。今回の作戦は飽くまで零落白夜を当てることだ。今からでも遅くない、ここは経験が豊富なセシリアに」

「冗談じゃない! この役目を譲るつもりはない。私を見くびるなっ!」

 

 聞く耳を持たない箒に俺のイラつきがたまっていく。

 今回の作戦は神経を擦りきっても足りない、遊びではなく本物の戦闘だ。

 にわかの俺でもことの重大さと危険を理解出来ているのにこいつは………

 

 俺は我慢できず、これだけは言わないでおこうと思ったことを口にした。

 

「そんなに一夏と一緒が嬉しいのか?」

「っ!!」

 

 図星を突かれたのか箒の顔が引きつる。

 

 箒は専用機を持たずにこの学園に入学した。専用機を持つ一夏は訓練機の都合を考えずにアリーナを使用出来る、無論他の専用機持ち、特に一夏に好意を向いているラバーズ達もだ。

 

 こうなると、必然的に一夏と接する時間に差が出てくる。仮に訓練機の都合を取ったとしても技量と力が上であるラバーズが相対的に一夏の相手をすることになる。

 

 それに危機感を持った箒が取った手段こそ。ISを生み出した姉に専用機を頼むことだった。

 

『これでも我慢したんだぜ? 箒ちゃんがお願いするまでね』

 

 篠ノ之博士の発言から、今回臨海学校の最中に篠ノ之博士と紅椿が到来したのは箒がコールしたから。

 そして結果的に大きな力を手に入れた箒は今、誰よりも一夏の隣にいる。

 先程から強襲班から離れる事に過剰に反応するのはまさにそれだろう。

 

「お前の気持ちは理解は出来る。何故そうしたいのかもな。だけど今回の作戦にそんな浮わついた感情は不要だ」

「何が言いたい!」

「そんなフワフワと浮かれてる奴に、背中を預けることは出来ないと言っているんだ!」

 

 仏の顔も三度までとはこのこと。

 プライベートチャネルなのにも関わらず大声を出してしまったのでセシリアと一夏は何事かと振り向いた。

 大きな声に箒は気圧されるもそれは一瞬でまた睨み付けてくる。

 

「なんだその目は。言いたいことがあるなら言ってみろ。とにかく、俺に降りろというまえに先ず自分の環境を整えろ。じゃないと、お前か、もしくは他の誰かが、死ぬことになるぞ」

「………私より日の浅いお前に言われることじゃない」

「なんだって? ってオイっ!」

 

 ブツッと通信を切られた。再度かけ直すもロックをかけられて通信できない。

 カーっと腹の下からくるむず痒さを抑えつつ織斑にコールした。

 

「織斑先生」

「どうしたレーデルハイト」

「やはり箒は作戦から外したほうがいいと思います。幾らなんでも浮かれすぎです。俺からなに言っても分かってるのか分かってないのか。織斑先生からの言葉なら、箒も言うことを聞くはずです」

 

 箒に聞こえないようにプライベートチャネルで通信する。この作戦は一瞬の油断が命に繋がる。なのに箒からは緊張感があるものの、何処か綻びがある。すなわち不安なのだ。

 

「いいたいことは分かる、だが承服できない」

「何故ですか?」

「篠ノ之束だ」

 

 何故この場にいない篠ノ之博士が出てくるのか。

 

「あのタイミングで飛び込んできて紅椿の有用性を示した。つまり今回の作戦に篠ノ之を参加させたいがために口を挟んできた。その状況で途中から篠ノ之をはずした場合、思わぬ横槍が来ないとも限らない」

「横槍って、妹の為にそんな」

「そういう女なのだ、あいつは。私から織斑と篠ノ之に忠告はしておく。今はこれで納めてくれ」

「………了解」

 

 チャネルを閉じて、ため息を吐いた。

 確かにあれは狙ったかのようなタイミングだった。そうみると、紅椿の受領後に銀の福音暴走の状況が来たな。余りにもタイミングが………

 いやまてよ、まてまて、でもそんな、まさかそんなこと。だけど、篠ノ之博士が妹の晴れ舞台のために………

 

「疾風、どうしましたの?」

「ちょっと箒のことでな。………俺が箒よりISを動かしてる時間が長かったら説得力あったのかな」

「それは関係ありませんわ。さっきわたくしからも伝えましたが。箒さんのモチベーションは良好でした。良好過ぎな気もしますが。何があってもいいように、私達援護班でしっかり補助してあげましょう」

「そうだな」

 

 セシリアと話してると箒との差が顕著に感じられた。

 とりあえずこのまま作戦が進む。不安を残していても、限定された状況下で最善の行動を心掛けなければ。

 

「全員、聞こえているか。今回の作戦は一撃必殺(ワンアプローチ・ワンダウン)だ。短時間での決着を心がけろ」

「了解」

「織斑先生、私は状況に応じて一夏のサポートをすればよろしいですか?」

「そうだな。だが、お前はその専用機を使いはじめてからの実戦経験は皆無だ。だからくれぐれも無茶はするな」

「わかりました。出来る範囲で支援をいたします」

 

 一見落ち着いているように見えるが、やはり口調に弾んでいる。流石の一夏も不安げな顔をしている。

 一夏と箒の体がピッと伸びた、どうやら織斑先生とプライベート・チャネルを開いているのだろう。

 話が終わったのを見計らって、作戦の説明に移した。

 

「今回前線指揮を担当する疾風だ。じゃあ今回の作戦、『天使討伐(エンジェル・ハント)』の見直しをするぞ。箒は紅椿の展開装甲を使用して一気に福音に肉薄、一夏は全力で零落白夜を叩き込む。俺とセシリアは、速度の関係上先に出撃する。初撃が失敗したときは俺とセシリアが遠距離狙撃で支援して福音の動きを阻害する。この作戦の要はお前達強襲班だ、絶対に気を抜かないように」

「わかった」

「わかっている」

 

 出来れば箒に色々言いたかったが。これ以上つべこべ言っても箒が気を悪くしてしまうかとしれない。本当に大丈夫だろうか………いや今は集中しないと! 

 

「それではオペレーション『天使狩猟(エンジェル・ハント)』、開始!」

「開始了解。援護班、ブラストオフ!」

 

 イーグルのプラズマブースター、ティアーズの光圧スラスターが青白い光を発して離陸する。

 高機動戦闘用に視界を鮮明化、一気に雲の高さまで上昇する。

 そして、10秒後に一夏達が出撃する。

 

「強襲班、発進する! 行くぞ一夏!」

「おう!」

 

 箒は装甲を文字通り開くと、その隙間を埋めるように光子翼が展開。一夏を背に乗せたまま急加速、空に向かって駆けた。

 

「あん?」

「どうしましたの」

「後ろから」

 

 イーグルの広範囲センサーが後方から接近する強襲班を捉え、それは一気に俺達に近づきなんと追い越してみせた。

 

「はあっ!? 速すぎるだろ!?」

「この短時間でここまでの加速を!?」

「おい箒! 先走り過ぎ、って聞いてねぇ!」

 

 さっきの会話からロックをかけっぱなしなのか通信が繋がらない。

 

 データより速い! どういうことだ?

 先程の初飛行とは比べ物にならない程の加速性能。瞬時加速もめじゃない加速力に。

 一夏にコンタクトを取ろうにも強襲班は既にハイパーセンサー無しでは確認できないほど一夏と箒は彼方に飛んで行ってしまった。

 まずい予定がずれた。このままでは二人が失敗した時に直ぐ援護射撃をすることが困難に。

 

「セシリア、すまんが先に行く!」

「はい! わたくしもすぐに」

 

 ストライク・ガンナー装備のティアーズを置き去りにイーグルの全スラスター出力を最大にする。

 

 頼むから無茶はしないでくれと、スカイブルー・イーグルは俺のはやる気持ちをスピードに乗せ、日本の海を飛び進んだ。




今回の箒に色々突っついてますが、蜂の巣をついたみたいな感じになりました。

あまりこういう感じに追求するのを見たことがないので少し瞑想しながら書きました。

あと天使討伐を堕天使討伐にしようと思いましたがなんか厨二というワードが頭をよぎりました。


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第17話【篠ノ之箒の焦燥】

(凄い、凄いぞ紅椿! この力があれば必ず!!)

 

 援護班の二機を置き去りに、紅椿はピンクの光翼を広げて目標に猛進する。

 猛烈な加速に目を瞬いた一夏は後続との距離が規定より空いていることに気づいた。

 

「ほ、箒。少し速すぎないか? このままじゃ疾風達の援護が」

「そんな悠長なことを言ってる場合ではないだろう。事は一刻を争うんだ、一秒でも早く方がついた方が良い」

「だけど」

「私と紅椿、一夏と白式。私達二人なら、どんな敵が来ようとも負けるはずがない! 疾風の援護など必要ないくらいにな!」

「ほ、箒?」

 

 普段とは全然違う箒の高ぶりに、一夏もより一層戸惑いを見せていた。

 箒と再開してもう3ヶ月。そして再開する前に過ごした間にも、ここまで高揚した箒を見るのは初めてだった。

 

「暫時衛生リンク確率、情報統合完了。目標の現在位置を確認。一夏、一気に行くぞ!」

「お、おう!」

 

 一夏が応じるのと同時に残った展開装甲をフルオープン、更に加速。

 視界に直線上の飛行機雲を形成する物体を目視で視認する。

 

「見えたぞ一夏!」

 

 考える間もなく福音の姿をハイパーセンサーが捕らえる。銀の名にたがわぬ白銀のIS。篠ノ之束が『白騎士』みたいだと呼称したのはあながち間違いではなかったのかもしれない。そして機体と一体化している特徴的な一対の巨大な翼。スラスターであると同時に砲台である【銀の鐘】

 もし斬る前に気づかれでもしたら対応が困難になる。

 

「加速するぞ! 目標に接触するのは十秒後。一夏、集中しろ!」

「ああ!」

 

 スラスターと展開装甲。もてる推進力を最大に使い福音に迫る。

 徐々に、福音と強襲班との距離が縮まっていく。

 箒の背中に捕まる一夏の白式が黄金色の光を放ち、零落白夜が発動する。

 紅椿は更に距離をつめるべく瞬時加速を持って一気に福音に肉薄した。

 直撃の間合い、当たるのを確信する。光の刃が福音のスラスターユニットと合わさる、その瞬間。

 

「なっ!?」

 

 福音はなんと、最高速度のまま反転。こちらに顔を向けながら後ろ向きの体勢で直角移動をした。

 

「一夏! このまま押しきるぞ!」

「ああ!」

 

 展開装甲の出力を調整して福音の後を追う。つかず離れず、先程から間合いに入っているのに一夏の零落白夜はギリギリ当たらない。

 

『敵機A、Bを確認、迎撃戦術に移行。銀の鐘(シルバー・ベル)マイクロミサイル(ハミングバード)。スタンバイ』

 

 オープン・チャネルから聞こえたのは抑揚のない機械音声。それは確かにあの銀の福音から発せられたものだった。

 一夏がエネルギーを気にしてか大降りの一太刀の隙を福音は見逃さず、スラスターの装甲がガパッと開いた。

 一斉に開いた翼から膨大な量の光の羽が撃ち出された。

 すかさずそれを避けようとするも、その光の羽のような弾丸は装甲にぶつかり、爆ぜた。

 

「くうっ!」

 

 その爆風の余波で紅椿に乗っていた白式が紅椿から離れる。

 立て続けに降り注ぐ銀の鐘、それに混じるようにホーミングしてくる羽型ミサイル(ハミングバード)で完全に紅椿と白式は分断された。紅椿の速度で零落白夜で切り込むことが出来なくなった。それはすなわち最初の作戦である一撃必殺の作戦は失敗になった。

 

(この爆発と範囲に加えてこの連射力、そして圧倒的な飛行性能。これが軍用とされているISの力か!)

 

 ここからは援護班の遠距離狙撃の支援の元に零落白夜を当てる作戦にシフトする。

 一夏は直ぐに後方の疾風に通信を送る。

 

「疾風、最初の作戦は失敗した!」

「了解。こっちは紅椿が予想以上に速くてそっちにつくのが大分遅れる。二人は攻めこまずに福音を足止めしておいて……」

「そんなの待っていたら福音が逃げてしまうだろう! 私と一夏だけで福音を落とす!」

「いい加減にしろ箒! お前達二人だけより四人で当たったほうが!」

「だったらさっさと来い! お前達が来る前に私達で福音を落としてみせる!」

「おいほう………」

 

 一方的に通信を切った箒。頭上に陣取っている福音を睨み付ける。

 福音はとにかく回避優先の動きをし、そこから爆発弾をこちらにばらまいてくる。

 弾丸一つ一つの命中制度は低いが、時にその中の数発にホーミング性能の高いマイクロミサイルが隠れていて、一夏たちは見事に翻弄されていた。

 

「一夏! 私が福音を追い込む! お前は隙をついて零落白夜を叩き込め!」

「待ってくれ箒! 疾風の言うとおり二人を待ったほうがいいんじゃないか?」

(また疾風か!)

 

 箒は内心で苛立ちを溜めていた。作戦が始まる前から箒はずっと心の内にあることが引っ掛かっていた。

 今の一夏は自分ではなく疾風を頼りにしているのではないかと。私では役不足なのでないかと。

 

「紅椿なら奴に追い付ける! お前は零落白夜を当てることだけを考えるんだ!」

「わ、わかった」

 

 今はやるしかないと一夏も割りきると箒は紅椿の展開装甲を再度を展開、腕部の展開装甲を切り離してビット兵器として射出する。

 勢いに乗った箒が銀の鐘とハミングバードを掻い潜って空裂の斬撃ビームと雨月のビーム刺突で福音を追い込んでいく。

 

(銀の福音も化け物だが、紅椿も相当だな………!)

 

 福音も急転換と急加速を繰り返して降りきろうとしているが、出力では展開装甲を使用している紅椿のほうが上である。

 次第に紅椿の斬撃と射撃が福音を掠り始め、福音もビームショーテルを取り出して捌き始めた。

 

「そんな拙い剣さばきで、私と紅椿を止められると思うなぁ!」

 

 だが箒の鬼気迫る攻撃を前には有効打となり得なかった。

 ショーテルを弾き、段々と攻撃が福音に届いてきた。

 

(いける! 紅椿ならいける! 私と一夏ならやれる! やってみせる!!)

「La……♪」

 

 甲高いマシンボイス、一種の歌ともとれるそれを発した福音は、全方位に向けて爆発弾をばらまいた。

 

「そんなもの! 押しきってみせる!!」

 

 光弾の雨を紙一重で交わし福音に肉薄する。

 

「す、すげえ箒。俺もやらねえと! ………え?」

 

 一夏と攻めに転じようと突出しようとした瞬間、白式のハイパーセンサーがその場にあるはずのない物を捕らえた。

 

「はぁぁあああーーーっ!!」

 

 腹の底から力を引き出して紅の刃はついに白銀の肢体に届いた。SEに阻まれながらも福音がよろめき、辺り構わず銀の鐘を撒き散らした。

 だが、確実な隙が出来た。撒き散らされた銀の鐘も隙間だらけのまだら。一夏でも容易に福音に

 

「今だ一夏! …………!?」

 

 福音に隙が出来たのにも関わらず一夏は海に落ちる爆発弾を瞬時加速で追い越し、零落白夜でそれを叩き斬った。

 

「何をしている!? せっかくのチャンスを!」

「船がいるんだ! 海上は先生たちが封鎖したはずなのに。密漁船かもしれない!」

「船だと?」

 

 紅椿のハイパーセンサーで海上の物体を写 す。

 確かにそこには船があった。明らかに日本人ではない乗組員はこちらを見上げている。

 

「やつらは犯罪者だ! 構うな!!」

 

 降りかかる銀の鐘を避けながら一夏に叫ぶも、一夏はお構いなしに零落白夜で銀の鐘を防ぎ、密漁船を守りきった。

 

「何故密漁船を守った! 福音を仕留められる絶好の機会をお前は!」

「見殺しにしろと言うのか!?」

「当たり前だ!」

「なっ………」

 

 間髪いれずに返した箒に一夏は息を飲んだ。

 

「そんなものは守るに値しない! 巻き込まれて死んだとしてもそんなの自業自得……」

「ふざけるなよ箒!」

「!?」

 

 明らかに怒気含んだ一夏の声に箒はたじろいだ。

 今まで無茶苦茶なことを言っても、朴念仁に怒って手を出した時でさえ怒らなかった一夏が本気で箒を叱ったのだ。

 箒自身は一夏に叱責を受けて頭の中が真っ白になっていた。

 

「どうしたんだよお前! 紅椿を手に入れてからおかしいぞ!」

「おか、しい?」

「あいつらは確かに犯罪者だ! だけど見殺しにして黙って見てるなんて駄目だ! そんなことしたら、きっと自分を許せなくなる! 箒っ! 力を手に入れて強くなって、弱いものが見えなくなるなんて。そんなのお前らしくねぇ! 俺の知る篠ノ之箒は、そんな軟弱な考えをする奴じゃない筈だ!!」

「っ!」

 

 どこかで薄氷が割れた気がした。

 どこかで蓋が外れる音がした。

 

 一夏に言われたことが箒の中に深く浸透する。箒の瞳は開かれ、銀の福音はまだ健在なのにも関わらず呆然と立ち尽くした。

 

(私は。ただただ嬉しかった。紅椿を与えられ、力を手にし。この作戦でも一夏と重要な役割を担った)

 

 カタカタと両の刀を握る手が震える。

 

(やっと、やっとお前の隣に立てたと思ったのに……これじゃ……駄目なのか? 私では力になれないのか? 私では役不足なのか?)

 

 箒の顔がISとは対照的に青くなる、息も上がり、瞳孔は開きっぱなしだった。

 

『お前ら何ぼさっとしてんだ!! 福音は目の前だぞ!!』

「「!!」」

 

 慌てて福音に目を当てるとすぐ目の前に福音の光弾が無数に迫っていた。避けられない。

 

「箒っ!」

 

 駆けつけようとする一夏の声が響いた。いかに白式の推力が強くても、とてもじゃないが間に合わない。

 箒は紅椿のレーダーが捕らえたこちらに急接近してくる疾風とスカイブルー・イーグル。次に気づいたのはこちらに向かってくる一夏と白式。そして銀の福音が放った大量の銀の鐘。

 

 このままでは一夏は間に合わず銀の鐘が命中し紅椿は戦闘不能になる。

 そうなればブルー・ティアーズを加えた残り三機で銀の福音を対処することになる。

 

 紅椿は突出した成果を上げれずに戦闘不能という事実が襲いかかる。

 それは断腸の思いで姉に賽を投げた箒にとって、自分は必要ではなかったという結論に至る。

 一瞬の間際、長考とも取れる箒のなかに残った言の葉が脳内に浮上し、埋め尽くされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワタシハイチカノトナリニイラレナイ? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光の羽が紅椿に降り注ぐ。次々と羽が爆ぜ、爆煙が箒を包んだ。

 思わず息を飲んだ一夏だったが、煙が晴れた中には、半透明の障壁に包まれた紅椿の姿があった。

 展開装甲の防御形態によるエネルギーバリア、箒は不動のまま福音の方に向いていた装甲を開いて銀の鐘を凌いだのだ。

 

「箒! 一旦下がれ! こっちから確認したけど紅椿のエネルギーがもう三割切ってる! お前の後は俺が引き継ぐ!」

「………じゃない」

「セシリアがくるまでお前は待機だ、お前はよくやった! だから」

「違う………私は」

「聞いてるのか箒! 今すぐ後退するんだ!」

「五月蝿いっ!!!」

 

 少女の叫喚に一輪の華が青い空に咲いた。

 

 紅椿の手足、ウィングスラスター。全身に備えられた展開装甲が一気に花開き、その姿は正に紅蓮の華。

 最大出力の展開装甲は先が炎のように揺らめき、荘厳な見た目と共に箒の心証を表してるかのようだった。

 

 花弁を広げた紅椿が福音に向けてかっ飛ぶ。

 

『対象Bの出力増大を検知、最大火力を持って迎撃する』

 

 福音は後退しながら銀の鐘とハミングバードを紅椿に向けてばら蒔いた。

 光の軌跡を描き、箒は福音を切り裂かんと鬼気迫る。

 

「私は役立たずじゃない!」

 

 空裂から放たれた斬波は福音からそれて雲を両断する。

 

「私はもう見ているだけの弱者じゃない!」

 

 雨月の刺突が空を貫く。

 

「だから!!」

 

 瞬時加速、展開装甲の上から上乗せされた紅椿の速度は紅い光を置き去りに福音へ飛ぶ。SEに当たる銀の鐘によるノックバックさえも突っ切り。弾幕を対に突破、その眼前に迫った。

 右手に握られた空裂が一際赤く輝き福音と箒の顔を赤に染める。

 

「私は今度こそ! 一夏の力に!!」

 

 紅の刀が福音に振り下ろされる。エネルギーを臨界まで纏った空裂。

 

 必殺の一撃。それは銀の福音のシールドエネルギーにぶつかり。止まった(・・・・)

 

「………え?」

 

 箒は呆気に取られた。零落白夜に届かなくても、圧倒的エネルギーを纏った空裂で切り裂いたにしては手応えが軽すぎる。

 箒は瞳だけを動かし、SEにぶつかった空裂を見た。

 

 そこには先程の赤金の輝きを纏った刀ではなく、元の鉄の刀身であった。

 左にある雨月も同様に光が消え、それと同時に紅椿の展開装甲も光をなくし、開いた装甲が閉じていく。

 

 エネルギー切れ。

 元の三割程しかなかった紅椿のエネルギーを惜しげもなく使い果たした末の残酷な現実。

 振り下ろされる寸前で光を失った雨月は元の斬撃の重さしか、福音のシールドエネルギーを削ることが出来なかったのだ。

 椿の花は、地に落ちた。

 

「きゃあっ!」

 

 当然その隙を見逃す福音ではなく、両手のビームショーテルを振るい箒を弾き飛ばし。

 これまでと同様に銀の鐘とハミングバードによる爆撃を紅椿に向けた。

 

「あっ………」

 

 眼前に広がる光に箒は恐怖を浮かび上がらせる。

 エネルギーを使い果たした紅椿は最新鋭、第四世代という力は残されていない。

 明確に浮かび上がる死のビジョンに箒は目をつぶる事で逃避した。

 

(一夏………私は………)

「箒ぃぃーー!!!」

 

 愛しく想っていた彼の声、固く結んだ瞳を開くと目の前には何時もと変わらない彼の顔が。

 

「ぐああぁぁぁっっ!!!」

 

 一夏の笑顔が歪んだ。

 気がつけば一夏が光弾を背中で受け止めていた。

 何十発もの光弾が一夏の体に突き刺さり爆ぜる。零落白夜を使った後のなけなしのSEは消滅し絶対防御を突破。アーマーを破壊し、一夏の肌が熱波で焼け。

 耳を塞ぎたくなるような痛烈な悲鳴に箒はようやく目の前の現実を直視した。

 

「一夏っ!?」

 

 一夏の体から力が抜け、箒にもたれかかった。

 

「一夏っ! 一夏ぁっ!!」

 

 炎に包まれた一夏を受け止め、共に海に落ちていく。落ちるまでに最後に見たのは、苦痛を受けながらも笑う一夏の顔だった。

 

(なんで、笑ってるんだ?)

 

 箒はそれを理解することができず、自分のリボンが焼ききれることに気づかぬまま大海原に落水した。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ぐああぁぁぁっっ!!!」

「なっ………」

 

 亜音速で紅椿と白式を追いかけたスカイブルー・イーグルは対に三機を視界に捕らえた。

 展開装甲をフルに展開した紅椿の攻撃は寸でで届かず。銀の福音に落とされるのを待つだけだった。

 だがそれを阻止すべく一夏は残りのエネルギーを使って瞬時加速して割り込んだ。

 

 通信越しに響く一夏の叫びに全身が一気に冷える感覚におちた。

 白式から送られてくるデータから目を背けたかった。白式のSEは0、そこから一夏の痛烈な叫びを聴けば、自ずと彼の状態が見て取れる。

 白式と共に紅椿が海に落ちた。銀の福音は二人が落ちた海を見つめていた。

 

 全身の毛が立ち上がった。目眩がした。花月荘で興味を示した銀の福音に感情は反転して全てその銀の肢体に対する怒りに変わった。

 

「うあぁっ!」

 

 ラピッド・スイッチと見紛う程の早さで電磁加速長銃【ボルトフレア】をコールする

 

 ボルトフレア。

 既存のレールガンを手持ち用にするコンセプトで作られた。コンデンサーの変わりにイーグルのプラズマエネルギーを蓄積、圧縮して放つことで小型化に成功。

 

 イーグルの強化されたイーグル・アイと照準を接続。電磁加速された弾丸を銀の福音に発射する。

 福音は動かず、弾丸は福音の前を通りすぎた。だがヘイトはこっちに向けられた。

 

『新たな対象を補足。対象Cに設定。迎撃を開始』

 

 そうだこい、こっちだ、こっちにこいっ、こっちをっ! 

 

「こっちを向けぇぇっ!!」

 

 腹から来る恐怖を叫びと攻撃で誤魔化した。

 とにかく今はこいつを一夏と箒から引き離すことが先決。

 

 急接近してくる福音は銀の鐘を撒き散らしながら頭にくっついているマルチスラスターでカクカクと細やかに曲がって撹乱してくるが、イーグルの目がそれを見逃さない。

 回路を回せ、少しでも情報を、奴の動きを記録しなければ。

 

 戦闘のさながら送っていた紅椿へのホットラインがようやく繋がった。

 

「は、疾風。一夏が」

「箒か? 一夏がどうした、落ち着いて状況報告をするんだ」

「血が……血が出てるんだ、止まらないんだ……一夏が、私のせいで……私どうしたら……」

 

 先程と同一人物なのか? そう見間違うほどに箒の声はか細く、弱々しく、震えていた。

 

「箒、落ち着け、先ずは」

「だけど一夏が…一夏が」

「先ずは落ち着け! 箒!!」

 

 俺の大声に箒が通信越しに息を飲んだ。

 

「作戦は失敗だ、お前は一夏を抱えて花月荘に戻れ、お前にしか出来ないことだ、やれるな?」

「お、お前はどうするんだ?」

「俺はこいつを引き付ける!」

「む、無茶だっ。たった一機で」

「お前よりはうまく立ち回れる! さっさと行けこのノロマ! 一夏を死なせてぇのか!!」

「わ、わかった」

 

 センサーウィンドウの傍らで箒の紅椿が一夏の白式と共に海面に浮上した。

 箒の腕の中の白式はスラスターユニットは既に量子変換で消え去っており、残っているアーマーも僅かにしか残っておらず。

 見ないようにしても嫌でも目に入った紅椿とは違う【赤】に表情が歪んだのが自分でもわかった。

 

 そしてハイパーセンサーはそれとは違う物をとらえていた。

 

「イーグル、あの船との通信プロトコルを解析。それとボイスチェンジと翻訳プログラム準備」

 

 男性搭乗者がこんなとこに居ると知られたらいらん騒ぎになる。

 ジジっという音が鳴り、通信が開かれる。

 通信から怒声が鳴り響く、密漁船も状況を把握してられないのか引っ切り無しに男の声が聞こえてくる。

 

「そこの船、ここは禁止領域だ。これから送るルートを通って直ちにこの領域をされ」

「なんだお前は! なんでISがこんなとこにいるんだ!」

 

 キーを何段階も上げた声で注意を呼び掛けるもなんとも聞き耳を持たない。

 密漁船の乗組員は通信の向こうで騒ぐ。

 

 それに業を煮やした俺は威嚇がてら、船の真横にボルトフレアを撃った。弾丸は船すれすれの海面に当たって水柱が高く上がった。

 

「こちらはお前たちを沈められる権利を持っている。即刻立ち去れ、でなければ命の保証は出来ない」

「お前な、何を」

 

 もう一度水柱が上がった。船が揺れる揺れる。

 

「また撃ちやがった!」

「狂ってやがるぜコイツ!」

「ぐだぐだ言ってねえでさっさと指定されたルートを通りやがれこのボンクラども! さもないと俺がてめえらを鮫の餌にしてやる!! その汚ねぇケツさっさと間繰り上げて消えやがれ! 殺してやるぞ使い道のない粗◯ンどもがぁ!!」

「わかった! わかったから撃つなぁっ! うわぁぁぁ!!」

 

 ボイスチェンジャーで高音に加工された女の声から出るとは思えない粗暴な物言いと等間隔で撃ち込まれるレールガンに密漁船は泡を食ったように船を進めた。

 

「セシリア聞こえるか」

「はい、何かありましたの?」

「一夏がやられた、負傷している」

「何ですって!?」

「今箒が運んで花月荘に向かわせている」

「わたくしは二人をエスコートすれば宜しいのですか?」

「いやお前には別枠を頼みたい。作戦区域内で密漁船がいた。今からそっちに誘導するから先生達のところまで誘導してやってくれ」

「了解しました」

 

 よし、これで密漁船をこの場から引き離して思う存分動ける。さっきから射角に入らないように調整して動いている。クソっ! なんで俺があんな奴らのためにこんな気遣いしなきゃならんのだ。

 

「貴方はどうしますの?」

「俺はこれから福音とデートする」

「デートって。ま、まさか一人で福音を相手にするつもりですの!?」

「防戦ならなんとか立ち回れる。ここらへんで不明瞭なとこの情報も収集しときたい。それに」

 

 銀の福音がこちらの動きを計算したのか、絶妙なポイントに銀の鐘をばら蒔いてきた。

 避けるのが少し面倒な局面にボルトフレアをリコールしてもうひとつの新武装であるインパルスよりもサイズの大きい槍【ボルテック】をコールした。

 

 ボルテックの唯でさえ大きい穂先がスライドしてさらに伸長する。スライドした中から青白いプラズマが溢れ、そのまま大きくホームランを打つように何もない場所でボルテックを振るう。

 ボルテックの振るった範囲から広がるようにプラズマの網が空中に放り投げられた。

 電撃の網に絡め取られた銀の鐘は本体にたどり着くことなく爆破、網に引っ掛かる前に他の弾幕も誘爆し、網にかからなかった弾はそのまま俺の横を素通り。撃たれた36発の天使の羽は鷲がしかけた網に見事無力化された。

 

「イーグルと福音は相性が良い、これがね。下手に突っ込まなかったら俺でも充分対処出来る」

「本当に大丈夫ですの?」

「そんなに心配ならさっさとそいつら引き渡してさっさとUターンしてきてくれ」

 

 どっちにしろ、こいつを野放しに出来ないから誰かが釘付けにするしかない。

 増強されたパーツのお陰で俺も福音とドッグファイトすることか出来ている。

 

「……ご武運を」

「おう! 俺がこいつに惚れ込んで駆け落ちしないうちに成るべく早く宜しく」

「なっ、こんな時にふざけないで下さいまし!」

「わかったよハニー」

「誰がハニーですか! もうっ」

 

 通信がぶち切られた。ダーリンへこんじゃう。

 軽口を叩いてみたものの。いや叩きながらも

 

「少しでも気を抜けば死ぬな。これは」

 

 俺は一部も気を緩めてなかった、いや、緩められなかった

 降りかかる銀の鐘はボルテックのプラズマネット、時折えぐい角度でホーミングしてくるハミングバードはプラズマバルカンで撃ち落としている。

 だが、これは飽くまで相性だ。もしこの装備を持っていなかったら対処は出来ず俺は爆死している可能性も。

 

 先程見たボロボロの一夏の姿。ISの防御性能の高さがなければ間違いなく死んでいた。

 無事だろうか、わからない。ISの操縦者保護能力に期待するしかない。

 でももし。もし死んでしまったら。という考えが脳裏に過る度、操縦桿を握る手に力が入った。

 

 一夏がISを動かしたと知ったときは自分も動かせるかもと一抹の望みを持った。打ち砕かれたときには逆恨みもした。

 初めて会ったときはなんの警戒もすることなく握手求めてきたりして、同室でも以下同文。

 行きなり勝負を持ちかけられた時は嬉しかったな。最初の相手が俺と同じ男で、そういえば意図的に手加減しろと言われて結局使っちゃってラバーズ達にもみくちゃにされて。

 

 どうしようもない鈍感な感性には戦慄すら感じられた。それと同時にどんなことされても笑って受け止める凄い奴だということも。

 

 部屋に帰るといつも他愛のない会話とかISの話題で盛り上がった。

 雪片弐型とインパルスが打ち合う度に高揚感で白熱するほど打ち合った。

 まだ出会って1ヶ月。学園に男二人ということもあったが、俺と一夏は間違いなく親友と言える関係になっていた。

 

「Laaa……………」

 

 天から降りてくるような透明感のあるマシンボイス。

 様子を伺う為に上方に陣取って、無機質な仮面が俺を見下ろす。

 

 その唯一無二の親友を、経緯はどうあれコイツが海に落とした。殺しかけたのだ。

 一人で倒そうとは、倒せるとは思ってはいない。

 だけど今はその憎らしい羽を一枚引きちぎらないと、マグマのように煮えたぎる腹の下の感情が収まらない。

 

 ボルテックの柄を砕けるぐらい握り直す。

 機体出力があがり、イーグルの装甲に蒼白い稲妻がバチバチと巡り回る。

 

「行くぞ。ファッキン天使気取り」

 

 ボルテックの穂先をその顔面に向け。憎しみの眼光で悠々と浮かぶ銀の福音を貫いた。

 

「その翼、へし折ってやる」

 

 

 



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第18話【大抵アメリカが悪い】

「まったく、足を掬われても知りませんわよ。もう」

 

 通信を切るやいなや人知れず愚痴を漏らすセシリア。だがその相手は今一人で果敢にもあの銀の福音と命懸けの駆け引きをしている。

 気持ちを切り替え、忙しない彼に変わってセシリアは本部に通信を繋いだ。

 

「こちらセシリアです。本部応答願います」

「こちら本部、白式のバイタルデータの数値が変動している。何があった」

「作戦は失敗しました。白式は撃墜、一夏さんも重症をおっているようです」

「なんだとっ!?」

「今箒さんが一夏さんを連れて花月荘に向かっています」

「ーーーわかった、至急救護班の手配をする」

 

 千冬から普段聞かない声色が届く。千冬だからこそここまで抑えた声量だった。後ろで作戦の顛末を見て待機していた鈴とシャルロットが騒ぎ立てるのを、織斑先生が一喝して無理矢理黙らせる。

 セシリアも心臓を締め付けられる感覚に襲われていた、恐らく静かにしてるラウラも同様だろう。

 

「見つけましたわ」

 

 高機動パッケージ専用ハイパーセンサー【ブリリアント・クリアランス】がこちらに向かって飛んでくる紅椿を捕捉した。

 エネルギーが殆どつきているのか、先程高機動パッケージすら追い抜いたそのスピードは見る影もなく。パッケージ未装備のISのそれと殆ど変わらなかった。

 

「箒さん、聞こえますか。このまま真っ直ぐ花月荘に向かってください」

「わかった………」

「今は何も聞きません。急いで一夏さんを」

 

 マッハを叩き出しているブルー・ティアーズと紅椿の距離は徐々に近づき、刹那の間にすれ違う。

 動体視力を強化されたセンサーがすれ違いの間に捕らえた映像がウィンドウに映し出されてセシリアは息を飲んだ。

 破損した白式の装甲、ISスーツは破れ、露出した背中は重度の火傷。目を背ける行為すら凍結させる程の凄惨たる有り様だった。

 

 吐き気が込み上げる。だがISの操縦者保護で直ぐに吐き気はなくなった。

 

「本部へ、今二人とすれ違いました。紅椿は本来のスピードを出していません、誰か迎えをよこしてください」

「了解した」

「それと、作戦海域に密漁船が発見されました。今密漁船と合流して誘導します、此方にも迎えを寄越してください。今疾風がたった一人で福音を足止めしています」

「そんなっ! たった一人で軍用ISの相手をしているのですか!?」

「了解した、そちらにはボーデヴィッヒを向かわせる」

「お願いします。受け渡し後、わたくしは疾風と合流して福音に対処します」

 

 通信を切ると、ハイパーセンサーが航行中の密漁船を見つける。

 ブルー・ティアーズは超高速機動を停止、通常航行に切り替えて密漁船に通信を繋いだ。

 

「こちらは貴方方を確認しました。これから誘導に従って貰います。不躾な真似をなされたら命の保証は致しかねます」

「わかった。わかったから撃たないでくれ。お願いします、このとおりだ!」

 

 ならず者にしては拍子抜けする程素直な対応にセシリアは小首を傾げる。

 なにか裏があるのではと大容量レーザーライフル【スターダスト・シューター】を向けると船員は頭を抱えて縮こまった。

 反応から察するに疾風が何かしたのだろうか。やりかねないと思いつつも考えないことにした。

 

 

 

 ……………………………………

 

 

 

 

(遅いっ!!)

 

 セシリアは胸中で叫んだ。

 

 ISと密漁船の速度差などたかが知れているし、密漁船のサイズを見るに速力がそこまでないのは分かっている。

 

 先程疾風に通信を送ったのだが「防戦一方で時間稼ぎまくり! おい奥さん! 早くしないと旦那が浮気しちゃうぞぉぉっおっとぉぉ!!?」と余りに切迫した状況に異常なほどハイテンションになってしまっている。

 もしかしてらこちらを心配させまいといつも以上におどけて見せているのか。

 

 彼の軽口に反して状況は一刻を争うというのに。もし彼がこの間に撃ち落とされ、一夏と同じ目にあってしまっては。否、一夏と違い側に助ける者がいない以上、そのまま福音にトドメを刺される可能性も。

 

 ゾッと冷や汗が通った。はやる気持ちを抑えられず、もう一度密漁船にコンタクトを取った。

 

「遅いですわよ! もう少し速度を上げれないのですか!」

「これでも精一杯なんだよ! なんならあんたが押してくれよ! ISならできるだろ!?」

 

 勿論それも考えた。ブルー・ティアーズで船を押すことは可能。だがこの後に銀の福音との戦闘が控えている為に成るべくエネルギーを温存したい。

 だがなんとかしなければ、事態は刻一刻と進行している。こちらに向かっているシュヴァルツェア・レーゲンもまだ遠い。このままでは疾風の身が危ない。

 何か手はないかとセシリアは密漁船を注視し、考えを巡らせる。

 

「………密漁船のクルーに告げます。今すぐ船に乗せている物を全て捨てなさい。船に搭載されている漁業機械も全て落としなさい。航行に支障のない物を削ぎ落とせば船も軽くなるでしょう」

「なぁっ!? 漁業機械も!? あんた正気か! これがどれ程値を張る代物だと思ってんだ!」

「貴方達の命より高いとは思えませんが?」

「ぐぅっ………」

 

 話の分からない男達にセシリアの苛立ちが溜まっていく。

 

「さあ、()く捨て去りなさい! こちらも時間がないのです!」

「む、無理だ! 今すぐなんて外せねぇ! 少し時間をくれっ!」

「っ~~!!」

 

 我慢の限界とセシリアはブリリアント・クリアランスのバイザーを外部不可視モードにし密漁船に急接近、乗組員と鉢合わせし、男達は目の前の蒼いISに尻餅をついていた。

 

「ま、まて! 命だけは!」

 

 男の制止を待たずセシリアは船の両脇に設置された漁業機械の根本をレーザーで撃ち抜いた。根本が溶け切れた機械は重々しい水飛沫と共に海の藻屑と化した。

 

「これで文句はないでしょう。さあ、早く残りを捨てなさい! エンジンも焼ききれるぐらい回しなさい!」

「さっきの奴といいISに乗ってる奴は総じてクレイジーしかいないのか!?」

 

 罵倒しながらも船員の男達は次々と荷物を海に捨てていった。

 心なしか船の速力も上がった。正直五十歩百歩だが、その五十歩が今必要なのだ。

 

「はぁ。これで少しはましになるでしょう」

 

 セシリアは再び上に上がろうと男達に背を向けた。

 ………ふと、高性能なハイパーセンサーが男達の会話を偶然拾ってしまった。

 

「くそっ! 今日は厄日だ!」

「受け渡しされたら俺達ムショだな。高値はたいた機械も海の底とは、ほんとついてねぇな」

「結構稼げたのによ、勿体ねぇ」

(なにを言うかと思えば、馬鹿馬鹿しい)

 

 セシリアは構わず上昇しようとスラスターを再点火しーーー

 

「それにしても、あのねーちゃんいい体してたよなぁ? 俺たっちまった」

 

(……………………………………………………は?)

 

 ピシリとセシリアの中の何かがひび割れた気がした。

 

「お前あんなのがいいのか? どう見ても小娘だろ」

「いやいや確かにそうだが胸もいい塩梅だったろ? 顔見えねぇけどきっと美人に違いねぇ」

「確かに、こっち向いてる尻もガキにしては大きいよな。確かにそそるかも」

「あぁ。ムショにぶちこまれる前に一度でいいからあんな子をムチャクチャにしたかっ」

 

 ズドォォォォンっ!! 

 

 直後、一瞬強い光とともに巨大な揺れが男の話をぶったぎった。それと同時に背後に巨大な水柱が立ち上る。先程のイーグルが打ち込んでいたものの二、三倍はあるかと思える高さだった。

 発生した波に揺さぶられながら、男達は水柱に釘付けになり降りかかる海水浴びる。

 

「ホホホホホ……。残念です。外してしまいましたわ……」

 

 通信機越しではなくスピーカー越しにセシリアは笑った………ワラッタ。

 手に持っている巨大なレーザーライフルを撫で、銃口からは煙がうっすらと立ち上っていた。

 船の男達がセシリアの顔を見れなかったのは幸いというしかないだろう、でなければたちまち粗相をおかしていた筈だ。

 

「次喋ったら、殺します」

 

 声色は言葉に反して何処までも柔らかく優しかった。それが返って男達を畏怖させた。

 そこから船内はただただ静かだった。そして男達は固く胸に誓ったのだった。

 

(((もう女には逆らわないようにしよう)))

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 くそったれめがー! と叫びたくなるような壮絶なチキンレースを開催してからはや30分………え、まだ10分しかたってない? 嘘やろ? 

 

 とにかくばら蒔かれる爆弾兵器を忙しなく迎撃しまくる俺とイーグル。

 本当に両親は良いものを作ってくれた。後は俺の技量が良ければ万々歳なのだが現実はアニメのようには行かず泥沼状態。

 

 時折ボルトフレアをコールして当ててみようとするけど当たる気配なし、銀の福音というISは無駄に性能がいいのだ。

 ボルトフレアはまだ実戦情報が少ない、本来ならじっくり撃ってからISのほうで反動制御や発射時のアレコレを調整できたのだが。いやもうよそう、言っても仕方ない。

 

 ということで現在の俺とイーグルではいつもより速い挙動かつその状態でボルテックを持ちながらボルトフレアを片手で狙って撃つということが困難。

 ボルテックをリコールして両手撃ちで撃とうとするも防御用の札が無いと認識した福音がこれ幸いと銀の鐘をばらまいてまたボルテックを瞬時にコールするか間に合わないと思ってイーグルのプラズマフィールドを展開してノックバックで吹き飛ばされる。

 仮に撃てたとしても当たらない。

 ならばボルテックで接近戦をしかけようとするも当たる気がしない。すんでのところで躱されて銀の鐘をばらまかれてフラストレーションが溜まりまくり。

 

 というかこれだけばらまいてるのにまるで息切れの気配がない。

 競技用ではなく最初からレギューレーションリミッターが外されていることを前提に作られた【軍用】ISだからだろうか。

 

 ………なんだよ軍用って、なんだよ軍用って、なんだよ軍用って。

 

「うぅー!! アラスカ条約仕事しろコラァァァァ!!」

 

 アラスカ条約。日本がISを発表したときに何処かのA国、というよりぶっちゃけアメリカが「独占は良くないデース! ISの詳細を全て開示しなサーイ」という発言を元に作られた条約。

 コアの取引を禁止という第7項が有名だが。第3項には正当な理由のないISを使用した他国への軍事行動の禁止という記述がある。

 

 これは、聞いた話なのだが。アメリカはアラスカ条約締結に乗っかって日本でISの教育機関を作れと言った。

「費用? ISを作ったせいで世界中大混乱デース、責任もって費用はそちらで負担シテクダサーイ」と言ったそうだ。フッザッケッルッナ! 

 言うてお前らもゾロゾロと生徒送り込んでるだろうが! 三年で専用機持ちいるの知ってんだぞ! 

 

 それが今はどうだ? 自国で演習していたAIが暴走してパイロット乗っ取って乗せたまま日本に直進? 

 ふざけるな!! まったくもうふざけるな!! あーもう何に怒ってるのか分からねぇ! ド畜生!! 

 

「ファック!! 勝手に火種持ち込んで対処宜しくとかどの口が言うんだ大国!! お陰で一人は増長してもう一人は死にかけだ!! この諸々の事態終わったら覚悟しろよアメリカァ! あとついでにイスラエル! 賠償金とか口止め料とか搾れるだけ搾り取ってやる! 上の人が!」

 

 おかげで俺は単独でこんなチキチキレースだ! 俺なんか悪いことしたかな!? 

 

「してねぇよ畜生! さっさとくたばれエセエンジェルがぁぁ!!」

 

 怒りの瞬時加速を発動。紅椿に及ばないながらもボルテックを一気に突き抜けるように突いた。

 だが福音はわずかにずれて直撃を避けた。

 ボルテックの切っ先がSEの上を滑る。

 

「躱すのかよ今の!」

「La………♪」

 

 福音の手にはビームショーテル。背中を見せた俺に向かって切り込んでくる。

 プラズマフィールド間に合うか!? 

 

 その顔面を睨み付けたままの俺に横薙ぎにショーテルを振るう福音は接触寸前にぶち当たってきた青いレーザーに横っ面を殴られて錐揉み回転した。

 

「おっと!?」

「すいません、遅くなりましたわ」

「ナイッシューセシリア! カッコいいーー!!」

 

 福音とのデートが始まって12分、よく耐えきったと褒めてやりたい。

 ていうかなに今のベストタイミング過ぎる。惚れるわこんなもん。

 

「船はラウラさんに引き渡しました」

「沈めちゃえば良かったのに」

「ええ、危うく沈めてしまうところでしたわ」

「嘘だろ?」

「いいえ」

 

 温厚な笑顔が怖い。

 何があった、いやほんと何があった。

 

「とりあえず来てくれて助かった。さっきから射撃しようにも当たらなくて当たらなくてもうやんなってた。だからもう射撃しない俺は突っ込む、だから援護宜しく」

「ええ、オフェンスは任せます」

「任された、行くぞ!」

 

 セシリアの狙撃と一緒に直進。

 接近戦にシフトした俺はひたすら福音に食いつくよう後ろに陣取る。

 さっきの紅椿との接近戦を見るにそこまで近接戦闘が優れていないのではと考える、箒の剣の腕もあるだろうが、銀の福音のメインは飽くまで銀の鐘だ。

 

 飛行中に銀の鐘を飛ばしてくるが、狙いが拡散しているのか隙間が出来ている。

 隙間と言ってもIS一機通れるかという範囲だが、イーグルの目ならなんとか通り抜けられる。かすったとしても一発ぐらいならノックバックはさほど気にならない。

 セシリアが来る前に飛んできていたハミングバードがいつの間にか発射されていないのは、おそらく実弾故の弾切れだろうか。

 なんにせよ誘導弾に対する気構えがない分対外的にも格段にやり易くなった。

 

 福音はこちらに狙いを定めるために体を反転。速度を緩めて此方を向き銀の鐘の砲門を開いた。

 エネルギーが砲門に溜まって放たれる銀の鐘だが、蒼穹の狙撃主がそれを許さない。

 ブルー・ティアーズの狙撃、それを感知した福音は射撃体勢を解除して回避するもレーザーがその巨翼の端に当たった。

 

 セシリアのブルー・ティアーズに搭載されたブリリアント・クリアランス。

 本来は超高速化での射撃、動体視力の強化を目的とした装備。

 現在は通常機動のために感度を抑えめにしてはいるものの、セシリアの元から備わった射撃技術が合わされば、射撃体勢に入った福音など止まってるのと同義なのだ。

 

「もう少しで、見極められそうです。動きが不規則と思いましたが、よく見るといくつかのパターンがありますわね」

「ああ、こっちでもパターンを何個か計測済みだ、そっちに送る。だが計測してるのは奴も同じだ、油断するなよ」

「貴方こそ」

 

 自身のスピードより遥かに早いレーザーと常に追従してくる高機動仕様のIS。

 先程の紅椿、イーグル単体とは違う閉鎖的な狭苦しさに、感情がないはずの福音は苛立ちを感じ始めていた

 

『優先順位変更、対象を敵機Dに変更。瞬時加速、発動』

 

 グルンと回転してセシリアに向けて福音は瞬時加速で俺を振り切った。

 遠距離用武装を主軸とし、ビットが使えない今のセシリアが接近されたら不利な状況になるのは必然。

 福音はまず援護射撃をしているセシリアを仕留めて状況を変える算段だろう。福音はティアーズを射程距離に捉えると銀の鐘をばらまいた。

 当然回避行動に出るセシリア、回避しながらもライフルを福音に向けて発射するも福音はそのマルチスラスターを駆使して徐々に距離を詰め、銀の鐘をばらまきながらビームショーテルをアクティブにする。

 

「あめぇよクソAI」

「ちょろいですわ!」

 

 拡散して降り注いだ銀の鐘はセシリアの後ろに隠れていたビークビット四機によるプラズマバリアに阻まれた。

 

 防がれた福音は近接行動を停止して退避しようとしようとするもその隙を逃さないセシリアではなく、その胸にレーザーをぶち当てた。

 

 福音はAI故に冷静に状況を分析し打開策を検討。正面にはティアーズ、下からはセシリアに引っ付いていたビークビットが、後方にはイーグルが迫る。福音はその場を離れようと上方に向かって飛んだ。

 

 誘われたと知らずに。

 

「安全策ドンピシャぁぁぁーー!!!」

 

 福音の瞬間的速度、上方に向かうと推測しての距離、イーグルの到達距離と速度、角度をイーグル・アイが計算して導き出された到達点。

 (イーグル)(福音)が重なる。俺は絞り出せるエネルギーと力をその交差点に向けて突きだし、ついに福音の右の翼に槍を突き刺した。

 

 予測不能の現状に福音のAIが光速的に演算を開始する。

 だがその前に福音の翼にめり込んだ爪が動き出す。

 

「右翼、貰ったぁぁっ!!」

 

 突き刺さったボルテックを強く握りしめたままイーグルのスラスターを全て上方向に向けて噴射、突き刺さったままその場で一回転し福音の翼の表面を強引に砕いた。

 白銀の翼についた傷はショートして小規模の爆発、誘爆を起こした。

 稼働して初めて受けた傷に動揺(エラー)しつつも福音は最適解を導き出して即実行に移した。

 

『右スラスターに深刻なダメージ。右シルバー・ベルの一部使用不可。ダメージレベルB………優先順位変更、機体と搭乗者の保護を最優先。ハミングバード全弾射出、シルバー・ベル斉射、オールウェポンリリース』

 

 銀の福音のスラスターのあらゆる場所が開放、残った武装をばら蒔いて福音の周囲は爆炎に包まれた。

 

「なんだぁぁっ!?」

「疾風!」

 

 当然近くにいた俺は射程範囲内、福音に背をむけた状態でハイパーセンサーの後方視覚で見た瞬間に爆発がSEに届き。そのまま吹き飛ばされ視界がグルグルと回った。

 福音が隠していた最後っ屁は二機の包囲を崩した。

 

『現空域の離脱ルートを確保、チャフグレネード全弾射出。緊急用ニトロブースター点火。オーバーブースト、レディ』

 

 福音はチャフをばら蒔いた瞬間、爆発するように加速。勢いに乗って分け目も降らず逃走をはかった。

 

「ま、待ちなさい!」

「追うなセシリア!」

 

 白い紙片が舞うなかでセシリアの腕を掴んだ。

 チャフで通信がノイズだらけになっている、超高感度ハイパーセンサーをオフにして口頭で叫んだ。

 

「何故追わないのです!? わたくし達なら福音に追い付けます!」

「俺達二人ならな。けどさ、ほれ」

 

 ホロウィンドウでイーグルのステータスを表示してセシリアに見せた。

 エネルギーは一割でレッドカラーに、SEは半分より少し下になっている。

 

「さっき福音に食いついたときに殆どのエネルギーを使った。いけるかと思ったけど、やっぱ零落白夜に比べると劣りまくりだな。これじゃ追撃は出来ないし、かといってお前一人で福音に向かわせるのは前線指揮を任された物として認めることは出来ない」

「ですが!」

「頼む、お前まで一夏みたいな目にあったりしたら。俺は自分を保てる自信がない」

「………わかりましたわ」

 

 IS越しでも震えた手にセシリアはライフルを下ろした。

 本部に通信しようとするもチャフが酷くてままならない。

 

「戻ろうセシリア、福音は日本とは反対に飛んでった。あの損傷だからそう遠くに行けないだろうし。戻って次に備えよう」

「ええ」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 俺が帰投してから既に一時間、そして一夏が意識を失ってから三時間が経過。

 一夏は意識不明の重体、銀の鐘による傷はISの緊急保護プログラムでなんとか一命を取り止めるに至ったものの、今だに意識を取り戻してはいない。

 

 銀の福音は一定距離を飛行したのち反応消失、おそらく受けた傷を癒すためにステルスモードに入ったと思われる。

 

 俺とセシリアは教師陣にISの整備を任せ、残った専用器持ちはパッケージのインストール作業に取りかかった。

 作戦は継続、それが学園上層部からの指令だった。

 

 例の密漁船だが、詳しい詳細は知らされなかった。これに関しては俺達の管轄ではないためだという。

 

「………」

 

 戻ったときに一夏を目にした時、心臓がキュッと引き締まった。

 点滴に繋がれる腕、口には酸素マスク、傍らには心音を伝えるための電子機器、そして包帯だらけのまま、死んだように眠る一夏の姿。

 

 ガンッ!! 

 そばにあった木柱に拳を打ち付けた。

 打ち付けた拳を固く握りしめると、否定的な考えが次々と浮かんでは消えた。

 

 俺がもっと箒を律していたら、密漁船のような想定外の事態の対処をちゃんと伝えていたら。援護班の出撃をもっと早く行っていたら。状況は今より良くなっていただろうか。

 所詮はタラレバだ、だけどそう思わずにいられなかった。

 

 もう一度拳を叩きつける。手に痛みが浮かぶ。この痛みが、一夏が受けた痛みの万分の一を感じられたらと思う、だけど。

 

「そんなことをしても、何も変わらんぞ」

 

 顔をあげると、ラウラがこっちに歩いてきていた。

 その人形のように綺麗な顔はただひたすら無表情で、発せられた声色は透き通っていた。

 

「気持ちはわかるが冷静になれ、まだ作戦が終わったわけではない」

「よくもまあ冷静でいられるな。お前一夏のこと好きじゃなかったの?」

「好きだとも、共に人生を歩み、添い遂げたいと思うぐらいに。だが私がここで泣き叫んでも事態は変わらん。それに一番辛いのは肉親である教官だ。今すぐ飛び出したい気持ちをあの人はただただ抑えている、トップが揺らげば全体が揺らぐことを知っているからだ」

「………ごめん」

「気にするな、そういうことは言われなれている」

 

 自嘲気味に笑うラウラにまた胸が締め付けられる。

 

 俺達とはまったく違う環境から来た軍隊長のラウラ。俺達より戦場の何かを知っている彼女に俺はどうしても聞きたいことがあった。

 

「一ついい?」

「なんだ?」

「ラウラに聞きたい。今回の一夏と箒の戦い、密漁船が出たときの対応。お前はどう見る」

「そうだな」

 

 ラウラは腕をくんで眼帯に覆われていない目を閉じる。

 

「白式と紅椿のログを見た、戦闘映像もだ。ファーストアタックは失敗したが。そのあとは順調に福音に迫っていたと思う。箒が福音に一撃をあたえ、一夏が零落白夜を降り下ろしていれば、あるいは…………だけど一夏は」

「厳戒領域を無視した密漁船を助けた」

「軍人としてどう思う?」

「飽くまで軍人からの見解だが、一夏の行動は間違いだろう。奴等は厳戒領域を突破してまで侵入した、流れ弾をくらって海の藻屑になろうとしても、それは仕方ないことだ。本来なら機密保持目的で、密漁船は沈め、乗組員も一人残らず抹殺しなければならないだろう」

「だが、俺たちは軍人ではなく、何処にでもいるような学生だ」

 

 そう考えると、一夏の行動は人道的であり、道徳的にも思えるだろう。

 学生の、人としての考えを取った一夏と作戦遂行を第一とした箒。

 

「一夏は優しすぎる、それが仇となったと言えば、それまでだろう」

「今まで平和そのものの暮らしをしていた俺達に人殺しをしろと言うのか?」

 

 密漁船を見たとき、どうしようもない感情が沸き上がった。

 殺したいとすら思えた、お前たちがいなければ一夏があんな目に合わずに済んだのではないかと。

 だけど殺せなかった、傍らに弾丸を撃ち込んだだけで、俺は彼らを殺すことが出来なかった。

 

「もう一つの敗因は紛れもなく箒だ。奴は紅椿という力を手にし、自らを強者と定め、自身に不可能などないと、立ちふさがる者はいないと信じた。そして今までの耐えて忍んでいた一夏、自身の指標に対する思いが爆発した。だがその先にあるのはなにもない空虚だ」

「随分と語るね」

「私もかつて力に溺れたことがある。だから箒の行動原理はよくわかる。だがそれはあってはいけない力だ、私はIS学園で一夏に教えられた」

 

 ラウラは俺よりも前にIS学園に転入してきた。俺はIS学園に入ってからのラウラしか知らないし、来る前のことなんてあんまり知らないけど。

 皆なにかしら一夏に助けられ、彼に好意を抱いている。

 

「ここにいましたのね」

「どうしたセシリア」

「ティアーズとイーグルのメンテナンスが終わりましたわ、確認のために来るようにと」

「分かった、今すぐ行く。ラウラありがとう」

「ああ」

 

 セシリアに連れられて花月荘の渡りを歩いていく。静かな空気のなか、木造の板張りは歩く度に音を鳴らしていた。

 

「………これからどうするのでしょうね?」

 

 どうするのか、それは福音との戦いに参加するか否かではなく。どう戦えばいいのかということ。

 

「わたくしと疾風で手傷を負わせられましたが、福音はそのデータを元に戦いを組んでくるでしょう。同じ戦法が通じる可能性は低い。織斑先生が言っていましたが、援軍は見込めないらしいですし」

 

 そうなのだ、この日本の危機に日本の駐屯地、日本基地に居るアメリカ所属軍は動く気配がない。

 アメリカはともかく日本国軍が動かないって、どういうことなのか。失敗した時の責任をIS学園に押し付けるつもりなのだろうか、いや考えすぎか。

 

「何か別の作戦を立てないと行けませんわね。零落白夜を使う一夏さんが再起不能な今、どのような作戦を立てれば」

 

 規格外、既存の技術では想像できないISのみが生み出す行きすぎた科学の成れの果て、魔術の域に踏み込みかねない操縦者とISの深層共鳴による超常現象。

 個体差はあれど、ワンオフ・アビリティーは戦況を一気に変えれる切り札。ジョーカーカードを失った俺達に、先程の一撃必殺は望めない。

 だが………

 

「あるには、ある」

「え?」

「零落白夜並みにシールドバリアを削り取れる方法が」

「本当ですの? まさかイーグルにワンオフ・アビリティーが?」

「いや。だけど条件が揃えば並のISなら一撃で沈められる威力がある。理論上はだけど」

「なにか問題があるのですね?」

「ああーーーその為にも」

 

 整備している教師に了承をもらってISを受け取る。

 そしてハイパーセンサーを起動し、目的の物を探した。

 

「居た。まったく、一夏の元にもいないであいつは………」

「疾風?」

「セシリア、皆を集めてくれ。そろそろパッケージのインストールが終わるはずだ」

「貴方はどちらへ?」

 

 目的の場所に向けて歩きだす。背後のセシリアの言葉に立ち止まることなく俺は淡々も答えた。

 

「最後のピースを持ってくる。俺達にはあの力が必要だ」

 

 答え終わると同時に走り出した、胸の中のモヤモヤしたものを振り払うように。沈む砂を踏みしめて俺は走り出した。

 

 



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第19話【手の平サイズの超常兵器】

 それはまだ小学二年の頃。

 篠ノ之道場の子である私は父に教えられた剣道だけが取り柄だった。

 同年代はもとより少し上の学年が相手でも負けることは無かった。

 私は強かった、少なくとも弱くはなかった。

 

 だけどそれは剣道の世界だけ。

 学校に出れば私は力の強い女の子っぽくない女の子。

 周りの女子はぬいぐるみだの、縄跳びだの。紛れもなく女の子らしかった。

 剣道しか打ち込める物を持たず、当時から愛想のよくなかった私は女子の中でも孤立ぎみだった

 

 孤立だけならまだよかった。当時のような小学中学では少しでも周りと変わっている者がいるとからかいのターゲットにされることは珍しいことではなかった。

 

「おーい男女! 今日も剣持ち歩いてるのかよ」

「喋り方も変だしなー」

「本当は男なんじゃね~の?」

 

 武器が、木刀や竹刀が似合う、それは普通男に向けられるものだ。

 しゃべり方だって、生まれついての物なのに何故馬鹿にされなければならないのか。

 周りの同い年の子はそんなことお構いなしに好き勝手言ってきて。気づけば私は男女と呼ばれていた。

 こんなやつらは所詮口だけ、こちらがやる気になればあっという間に地にふせられる。

 

 しかしこんなやつらに刀を振るってはいけない。剣道の刀は己を高め、律するもの。人を傷つける物ではない。という教えに従っていた。

 こちらから手を出せばこいつらと同類になってしまうからだ。

 

 それでも沸々と怒りがこみ上げてくる。しかしそれと同時に言われるだけで何もできない惨めさも込み上げてきた。

 大丈夫、こちらが耐えれば良いだけ、手を出そう物ならこちらが悪く言われる。

 だから大丈夫、どうってことない。

 だから大丈夫、好きで選んだ道だ。

 

 だから大丈夫、だから大丈夫、だから大丈夫、だから大丈夫、だから大丈夫。

 だからーーー

 

「うっせーなぁ。テメーら暇なら帰れよ。それか手伝えよ。掃除の邪魔だし、不愉快なんだよ」

 

 その日は掃除当番だった、運悪く自分をからかう男子と同じ当番で。案の定掃除をほっぽって私をいびっていた。

 そんな中言って出てきた男子が一人だけ居た

 名前は織斑一夏、一年の頃にお姉さんであり、私の姉さんの唯一の友達である千冬さんの勧めで私の家の道場に入門してきた。

 

 筋は悪くないが私と比べるとまだ弱い。だけどめげずに立ち向かっていく姿に次第に興味を抱き、今では口をきく仲にはなっていた。

 そんな彼が回転箒を片手にふてぶてしく言った。

 

「なんだよ織斑、お前こいつの味方かよ」

「お前この男女が好きなのかぁ?」

「あー、俺知ってるぜ。こいつら夫婦なんだよ。お前ら朝からイチャイチャしてるんだろ」

 

 目の前の三人組が口々にはやし立てる。

 イチャイチャ? 剣道で打ち合って朝練をしてるだけなのだがな。それだけで夫婦か、それはなんとも平和なことだ。

 私は無理矢理頭の中で冷静に処理しようとする。

 

「そいや篠ノ之。このまえリボンなんて女の子みたいなのつけたことあったよな」

「織斑が剣道やり初めてから時じゃね?」

「もしかして本当に夫婦か? そんなのつけたって全然可愛くねえよ! むしろ笑っちまうよな!」

 

 男子の心ない声が、下卑た笑い声が私の胸に突き刺さり、私は込み上げる赤くて暗い感情を必死に抑えた。

 

『えへへ! 可愛いでしょ? なんたってこの束お姉ちゃんが選んだんだからね!』

 

 私が女の子らしくないと悩んでいた時に姉さんがくれたものだったからだ。正直織斑は関係ない。

 

 私のことをいくらでも言うのはまだいい。だが姉さんが私のために用意してくれたものを無下にされるのはどうしても我慢出来なかった。

 

 ーーー代わりに彼が怒りをあらわにしてくれた。

 

「ぶごっ!?」

 

 太めの男子の顔が織斑の拳によって歪められて、倒れた。

 道場仕込みの腰の入った拳は男子を机ごと吹っ飛ばして止まった。

 

「何が面白かったって? あいつがリボンしてたら可笑しいのかよ。すげえ似合ってただろうがよ、ああ? こいつは男でも男女でもなく普通の女子だろうがよ! なんとか言えよこのボケナス!!」

「お、お前! 先生に言ってやるからな!」

「ああ言えよ言っちまえよ! だから篠ノ之に男女って言ったことを謝れ!!」

「うるせー! だれがそんな男女に謝るか!」

「お前ーーー!!!」

 

 

 

 そこからは大変だった、一夏が馬乗りになって殴りかかり、そこに残りの二人が加わって乱闘に発展した。普段から剣道だけじゃなく体術を習っていたので三人相手でも一夏は負けなかった。むしろボコボコにしていた。

 

 だが馬鹿な子供には馬鹿な親がつくもので、やれ警察だのやれ裁判だのと騒ぎ立てて。

 それに対して姉さんが『よし、そんな奴等は破滅させちゃおう! その子の親の仕事先を特定してちょちょいとやっちゃえばもう安心だよぉ! ヒャッハー!』といつもと変わらない笑顔、いや若干変な感じでそう言ってのけた。

 

 恐ろしかな、まだ中学生だった頃から天才だった篠ノ之束。満面の笑顔で言ったときは当時小学生の私にはどういうことなのか分からなかった。

 変な胸騒ぎがしたので父に話した時の父の一瞬とはいえ焦った顔は忘れられないだろう。最終的に父さんが拳骨を与えなければ、本当に実行していた。現にあと少しのところだったらしい。

 くわばらくわばら。

 

 

 

「お前は馬鹿だな」

「あん? 何がだよ。馬鹿じゃねえよ馬鹿じゃ」

「いや馬鹿だ、お前は大馬鹿だ」

「馬鹿馬鹿言うなよ。馬鹿と言った奴が馬鹿なんだぞ馬鹿」

「じゃあお前も馬鹿だな、馬鹿と言ったぞ」

「なっ、え、おお?」

 

 数日後、珍しく私から彼に話しかけた。その時何で話しかけたのか、よく覚えていない。

 ただ朝の鍛練で顔を洗っているあいつを見て自然と足が動いたのだ。

 

「あんなことをすれば、後で面倒になると考えないのか」

「考えねえ、許せねえ奴はぶん殴る。大体女相手に複数でたかるのが気に入らねえ、あんなの男のクズだ」

「結局千冬さんに迷惑をかけた癖に」

「うっ、それを言うなよな。だけど俺は後悔なんかしてねぇ、女をよってたかって囲うなんてクズのすることだ。現に千冬姉はあっちも悪いって言ってたしな。拳骨貰ったけど」

「やっぱ馬鹿だ」

「うっさい。ということだから、お前は気にすんなよ。あの時のリボン、似合ってたぞ」

 

 彼の何気ない一言に胸が跳ね上がった。

 に、似合うだと? あのリボンは私には可愛すぎて似合わないと思っていたのに。

 姉さんには毎日のように似合う可愛いと言われているが、今のとはまるで違う感覚に少女である私は困惑していた。

 

「そ、それは……」

「んん?」

「か、可愛かった……ということだったのか?」

「そうだけど?」

「リボンだけか?」

「いや、リボンをしてた篠ノ之が。だからさ、またしろよな」

 

 少し、いやかなり体温が上がった。

 

「ふ、ふん、私は誰の指図も受けない」

 

 ああ、普通の女の子ならはみかみながら照れ笑いをしたのだろうに。

 昔から私は何処までも可愛げのない女だった。

 

「じゃあ帰るわ。またな篠ノ之」

「……箒だ」

「うん?」

「私の名前は箒だ。いい加減覚えろ。それにこの道場には篠ノ之は他にもいる。紛らわしいだろ、だから次からは名前で呼べ、いいな」

 

 ………私は何を言ってるんだ。名前などどう呼んでも同じだろうに。

 それでもーーー

 

「じゃあ一夏な」

「な、なに?」

「だから名前だよ。織斑は二人いるから。俺のことも一夏って呼べよな。わかったか箒」

 

 ーーー彼が、一夏が満面の笑みで私の名前を呼んだ。

 ただそれだけなのに。それは私には余りにも眩しすぎて、私はつい顔をそらしてしまう。

 

「わ、わかっている! い、い、一夏! これでいいのだろう!?」

 

 ドキッと心臓がまた一際大きく脈打つ、自分の名前を言われただけなのに、彼の名前を呼んだだけなのに。何故こうも違うのか。今日の私は何処かおかしい。

 

「おう、それでいいぜ。指図じゃなくて頼みなら聞いてくれるんだな」

「う、五月蝿い! いいから鍛練を始めるぞ!」

「おう! 今日は負けねえからな!」

 

 私は余計なお世話と思いつつも、心が温かくなる感覚が沸き上がった。

 それは初めて感じた。

 誰かを好きになるという事………………

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 ざぁー、と波が引いては流される。

 ざぁー、と波が砂を濡らしていく。

 

 あの後、箒はしばらく一夏のそばにいた、だが一夏は動く気配はなかった。

 物言わぬ一夏に何を話せばわからなくなり、気づけば部屋を後にしていた。

 宛もなく歩き続け、たどり着いたのはオレンジに染まった海。

 

「………私のせいだ」

 

 何度口にしたかわからない。だけど喉元から溢れて止まらない。

 

 過程はどうあれ、密漁船が出てくるまでは順調だった。紅椿で隙を作り、白式が零落白夜で斬ることも不可能ではなかった。

 

 あの時、もし援護班が一緒にいたら、疾風が密漁船を防衛できた。残った三人でなんの心配もなく作戦に当たれた。一夏も零落白夜を無駄に消費せずに済んだ。

 

 自分の行いを認めたくなくて、役立たずになるのが嫌で、残り少ないエネルギーと知りながら展開装甲を最大出力で発動、一夏を置き去りにして一人で福音に向かった。

 あの時疾風の言う通り援護に入っていれば、少なくとも紅椿はエネルギー切れを起こさずに、一夏が箒を庇ってダメージを受けずに済んだのではないか? 

 

 援護班が戻ってきたときに、疾風とセシリア、二人で福音を相手にし、手傷を追わせたと聞いたときは正に寝耳に水だった。

 主力の強襲班の自分と一夏がなんの戦果も上げれず。援護班であった二人が戦果を持って帰ってきた。 

 それは当初の作戦通り四人で福音に対応していたら成功の確率は飛躍的に上がっていたことが証明された。

 

 長い髪を纏めていたリボンはいつの間にか無くなっていて、ずっとうなだれている。まるで今の箒の気持ちを表しているかのようだ。

 

 三時間前の出来事が一秒前のように思い出せる。ISの防御機能を貫通した福音の爆撃は一夏を焼いた。

 ISの装甲越しでもわかった生暖かい感触。紅椿とは違う色の『赤』。

 

『作戦は失敗だ。以降、状況に変化があれば招集する。それまで各自、現状待機だ』

 

 作戦から帰って箒に言われたのはただそれだけだった。

 罵られることも、軽蔑されることもなく。ただただ突き放された。

 なにも言われないことが何よりも箒の胸に深々と突き刺さった。

 他の専用機持ちは箒を見たものの直ぐに別の作業に乗り出した。

 

 力を手にし、浮き足立っていた。

 

(私はいつもそうだった)

 

 大きな力を手にすると、それを使いたくて仕様がない衝動にかられてしまう。

 剣道大会で優勝した時も、結局自分のうさを晴らしたかっただけだと気付いた時は剣を手放しかけた時もあった。

 これまでも、その一線を越えないように、越えさせまいと念じていた。

 

 だが紅椿、あの大きすぎる雫が箒の奥底にある膜を突き破り、溢れだした。

 

(いや、違う。それを手にしながら律する事が出来ない私の責任だ)

 

 自分はなんのために修行をしていたのか。剣道を続けていたのか。自分を律し、抑えるために続けていた剣道だが実際はどうだろうか。

 

 周りの制止に全く耳を貸さず。自分と一夏ならやれると。自分と一夏だけで作戦を成功させれたら他の専用機持ちにアドバンテージが取れる。

 結局。箒は自分のことしか考えてなかったと痛感する。

 日本の危機である銀の福音でさえ、一夏に対するアピールとしか見てなかった。

 

「うっ、ふぐっうう、ぅぅぅ………」

 

 膝から崩れ落ちて腕をたてる。涙が溢れて乾いた砂に落ちる。声が上ずるのを唇を噛み締めて堪え忍ぶ。

 

 この涙はなんの涙なのか。

 一夏に対する涙なのか。

 自分の不甲斐なさに対する涙なのか。

 分からない、分からなくても涙が溢れてくる。

 

 

 

「ここにいたか、箒」

「!!」

 

 背後から見知った男の声が聞こえた。振り替えるともう一人の男性IS操縦者の疾風が。

 

「は、はや………」

「福音を倒すための作戦会議を始める。花月荘に戻るぞ」

「…………」

「何をもたもたしている。福音を仕留められなかった。奴はまた攻めてくるぞ。その前に此方から討って出るんだ」

「………私は………」

「私は、なんだ?」

 

 疾風が見つめるなか、箒はうつむいたまま。

 続く言葉を作り出せず、箒は黙り込んだ。

 

「先程の戦闘だが、一番の敗因はお前だ」

「そんなことわかっている」

「分かっているのなら、何故動かない、何故仇を打とうとしない?」

 

 顔を上げた箒の目には生気は掠れ、またうつむいて黙り込む

 その姿に疾風は舌をうつ。

 

「さっきから黙ってばかりだな。朝のように反論してみてはどうなんだ」

「………」

「箒、花月荘に行くぞ。お前が少しでも自分の行いに負い目を感じたのならば。お前も戦いに参加するんだ」

 

 波の音だけが響く砂浜で、箒は言葉を絞り出すように吐き出した。

 

「私は………ISには乗らない………」

「………………今なんて言った?」

 

 箒のか細い声に疾風は自分の耳を疑った。

 

「放っておいてくれ、私はISには、もう乗らない」

「………それは作戦には参加しないということでいいんだな?」

「こんなものがあるから、ISなんかあるから一夏は………」

 

 ISなんかあるから。

 箒の姉である篠ノ之束がISを開発しなければ、箒と一夏は離れ離れにならずにすんだ。

 ISがなければ今でも一夏と箒は変わらず一緒に居ただろう。姉である束も自分から離れなかった。好きだった家族ともバラバラにならずにすんだ。

 ISがなければ、福音なんてものは存在せず、箒も紅椿を求めず、一夏はあのような怪我をしなくてすんだ。

 

「そうか。わかったーーーならこれはいらないな」

 

 疾風は箒に近づき腕を持ち上げ、箒の手から紅椿の待機形態を取り上げようとする。

 そこで初めて箒の目は生気を取り戻し、驚いた。

 

「な、なにを!?」

「お前が乗らないというならお前が持つ意味などない。今欲しいのは紅椿の力だ」

 

 紅椿の力、つまり箒自身はこれからの戦いに必要のないということ。

 だが箒はそんなことより目先の紅椿にしか目が向いてなかった。待機形態にかけられる手を掴み、奪われまいと必死に抵抗する。

 

「それは私の専用機だ」

「そんなもん初期化すれば他の人間でも乗れる。紅椿の性能は折り紙つきだ。それはお前が一番証明してくれた」

 

 淡々と、ただ冷淡に話す疾風の目を箒は見た。

 軽蔑の眼差し、冷えた視線。語る言葉が嘘とは思えないほど長短はなく。全てが真実に箒は聞こえた。

 

「ほ、本気なのか? 私からそれを取り上げたことを知ったら姉さんが何をするか」

「普段姉のことを話題に出すと不機嫌になる癖にこんな時だけ姉の名前を出すのか?」

「違うそういうことじゃない! あの人は身内のことになると!」

 

 なにをするか分からない。

 たとえそれが世界に二人しかいない特別な片割れだとしても。

 

「生憎乗る気のない奴に与えられるほどISコアの数は多くない」

「頼む! それがなかったら!」

「一夏の隣に居られない」

 

 唐突に核心を突かれて箒の目は見開いた。

 見開いた目に写るのは先程と変わらない眼鏡越しの冷ややかな目。

 

「結局お前の根っこはそこだ。作戦会議で俺に食って掛かったのも、俺の忠告を聞きもしなかったのも、援護班を置き去りにして独断専行したのも、最後の最後で焦って結果を残そうとしたのも。全部が全部、一夏に振り向いてもらいたい恋慕故だろ? 違うか?」

「くっ!」

 

 ずけずけと箒の心のうちに入ってくる強引な疾風の拘束から力付くで逃れて後ずさる。

 足が寄せてきた波に濡れたが、お構いなしに腕に残ったISの待機形態を胸のうちに置いた。

 

「そんなに一夏の隣に居ることが大事か?」

「………うるさい」

「そんなに一夏に自分以外の相手をされるのが嫌か?」

「……うるさい」

「専用機さえあれば一夏が振り向くと思ったのか?」

「…うるさい」

「その結果がこれだ。満足したか?」

「うるさい! お前に何がわかる!!」

 

 箒は疾風を睨み付けた。目元には涙が浮かび、今にも溢れそうで。

 それでも疾風は動じなかった、並みの人物なら後ずさることも致し方ない箒の迫力に眉ひとつ動かさなかった。

 

「わからない。俺は恋なんてしたことないから」

「じゃあ私に口を出すな!」

「なら紅椿を渡せ。お前より相応しい者に渡す」

「嫌だ! これは私の物だ! 私のISだ! 専用機だ! これさえあれば! 私はまた一夏の隣にっ」

 

 

 

 パンッ

 

 

 

「っ! ………」

「いい加減にしろよ」

 

 一瞬、箒は自分に何が起きたか分からなかった。いつの間にか私は支えを失って、ドサッと砂浜に倒れていた。

 そして頬が熱を持ち、次第に痛みが湧き出てきて、初めて理解した。

 自分は疾風に頬を打たれたのだと。

 

 顔を上げると先程まで無表情を貫いていた疾風の顔は怒りに満ちていて。ずれた眼鏡を直し、倒れた箒の右手を強引に引き上げて声を荒げた。

 

「さっきから情けないこと軟弱なことばかり言って、乗らないと言いながらしがみついて、挙げ句の果てにはそれがないと一夏の傍に居られない? ふざけるな!」

「な、なにを」

「お前はあんなことがあった後でも。私は落ち込んでますのポーズをしてるだけで、お前はISを、専用機を持つということの意味をまるで理解していない!」

「そ、そんなことは」

「所詮一夏の隣で着飾る為のアクセサリーとしか思ってなかったんだろ!」

「!!」

 

 またも根底を掘り出されて箒の顔は強ばった。

 

「気にくわないことがおきたからISを手放す、そんな我が儘が通される程、専用機持ちという名は軽いものじゃないんだよ!」

 

 疾風は左手を横に付き出して念じ、イーグルの空色の装甲とボルテックを取り出した。ボルテックの先端はプラズマがスパークして絶えず光と音を発していた。

 

「見ろ箒。ISなら誰にも悟られず、街中でナイフや拳銃以上の力を行使できる。振り回せば10人20人は下らない数の屍を生み出せる。ISを個人所有するということはこういうことだ。警察や軍隊が来てもたった一機でそれを屠れる。俺のイーグルもお前のこの紅椿も! 銀の福音と同じ被害を与えるだけの力を携帯してるということなんだ!!」

 

 今学園内にいる専用機持ちの中で箒の次にルーキーな疾風だが、積み上げた知識からその危険性も充分に理解していた。

 部分展開したISを戻し、箒の眼前に紅椿の待機形態である金と銀の鈴がついた赤い組紐を持ってくる。

 

「お前は! 世界最高の科学者である姉に頼めば専用機がポンと降りてくるような恵まれた環境にいながら! 自分がどれだけ幼稚で我が儘なことを言っていると、本当に理解しているのか!?」

 

 胸が痛くなる、どうしようもなく喉がむず痒くなり、眉間にシワを寄せた疾風の頭は怒りで軋むようだった。

 箒の腕を離し、今度は胸ぐらを掴んで自分に引き寄せ、眼前で目を合わせて叫んだ。

 

「この世界にはな! どれだけISに乗りたいと! 焦がれようとも! 憧れようとも! インフィニット・ストラトスに乗ることが出来ない(奴ら)が沢山居るんだよっ!!」 

 

 どれだけ知識を、鍛練を、操縦技術を詰め込んでも。男はISに乗ることはあたわない。

 第一回モンドグロッソを経てISに乗りたいと願い、現実に拒絶され。

 追い討ちをかけるように一夏がISを動かし、そして疾風が二番目の男性IS操縦者としてISを動かし始める間の約4ヶ月間、切望と挫折の間で憔悴し切っていた日々を過ごした。

 

 疾風がISをまだ動かせず、箒の今の専用機事情を知ったとしたら、もしかしたら彼は発狂していたかもしれない。

 だからこそ許せなかった。代表候補生でも男性IS操縦者でもないのに専用機を手にしながら乗らないといいつつも、手放すことを拒否する箒が酷く身勝手に写ったから。

 

 だけど疾風の怒りはそれだけじゃなかった。今怒っている要因以上に許せないことが疾風にはあったのだ。

 

「さっきお前は言ったな、専用機にならないと一夏の傍に居られないと」

「そうだ……」

「はっきり言う。お前は一夏のことをなんも分かってなかったんだな」

「なっ!?」

 

 巨大な衝撃が箒の心を揺さぶった。

 どういうことなのかと声を荒らげようとするもその前に疾風が遮った。

 

「なんでそんな馬鹿な考えが浮かぶのか俺には理解できねぇよ」

「馬鹿な、考え?」

「そうだ! 付き合いが一番短い俺が分かってて、何で一番古いお前が分からないんだよ!」

「お前は何を言って」

「なんでお前をかばった時一夏は笑っていたと思う! 銀の鐘に背中を焼かれ、激痛に叫びながらも、最後にお前を見てあいつは笑っていた!! 何故だと思う!?」

 

 そう、一夏は笑っていた。

 あの後紅椿の戦闘ログを見た俺達はそれを見た時。一夏の内心を理解すると同時に胸を打たれ、涙した者もいた。

 織斑一夏という奴は何処までも、本当に何処までもーーー

 

 

 

 

 

 

 

「お前が無事で良かったと! そう思ったからじゃないのか!!?」

「あっ………」

 

 ーーー優しい心の持ち主なのだと。

 

 そう、あんな状況にあったのにも関わらず一夏の胸にあったのは箒に対する安堵だけ。

 

「そんな男が! 専用機を持ってないなんてちっぽけな理由で、お前を見放すと思うのかよ!」

「あっ……あっ……」

 

 ようやく理解した現実に、箒はダムが決壊したかのように涙が溢れかえった。

 ボロボロと涙を流す箒の胸ぐらを離すと、箒は手を顔に当てて泣き腫らした。

 

 無人機の対処に専用機持ちがあたり、遠くから見ることしか出来なかった。

 ラウラのVTシステムの暴走時に生身同然で立ち向かう一夏の背中を見て、何も出来ない無力な自分を嘆いた。

 一夏がどんどん離れていく気がした。だから追い付くために姉に力を、自分だけの専用機を欲した。

 

 だけど、それは全部自分の思いあがりだったのだと。一夏とその周りに立つ専用機持ちから置いてかれる自分を納得させるための理由として専用機というハードルを勝手に前に置いて諦めただけだったのだと。

 

 入学してからずっと、一夏は箒を見かけると食事に誘ったり、訓練機で出向いた時は剣の打ち合いを頼んだこともあった。

 

(ああそうだ。一夏は前と変わらずに私と接してくれて居たじゃないか。当たり前の日常に勝手に満足できずに勝手に思いあがって、大事な事に目をそらして。私はなんて)

 

 自分勝手で情けない軟弱者なのだろうか。

 

「箒、俺達は福音を倒しにいく。お前は、どうする? 戦うか? それとも、逃げ出して一夏の元から居なくなるのか?」

 

 疾風は静かに、力強く、もう一度箒に問うた。

 涙を無理やり拭った箒は雫を残した瞳で前を向いて口を開いた。

 

「いやだ、私だって一夏のことを諦めたくない。一夏の隣に居ることを誇れる自分になりたい! だから私も戦う、この紅椿で!!」

 

 強く拳を握った彼女に呼応してか、待機形態についている鈴かチリンと鳴り響いた。

 その瞳にはもう先程の迷いはなく。疾風のよく知る勝ち気な武士道少女の姿がそこにはあった。

 

「………………ふーー!!」

「な、なんだ!? まだ私になにか?」

 

 疾風が膝に手を置いて大袈裟なほど息を吐いた。

 

「やっとやる気になってくれたか。あー疲れた。マジでISに乗らないなんてことになったらどうしようかと」

「え、な、なんだそれは? まさか、さっき怒りはハッタリだったのか!?」

「いやいや、そんなことねえよ? ISに乗らないと聞いたときなんかガチでぶちギレて本気で殴りそうになったし、よく平手で済ました自分を褒めちぎりたい。ほら見ろよ、手のひらに爪食い込んで血滲んでる」

 

 疾風の両手を見ると等間隔に爪の跡があり、うっすらと血溜まりが出来ている。

 

「さっき初期化すれば乗れるって言ったけど。あの篠ノ之博士純正のISを初期化出来るか分からなかったし、もし出来たとしてもどれ程の性能ダウンがあったかわからない」

「もしかして、私にやる気を出させる為に?」

「うん、まぁ。それもある」

 

 ガシガシと頭をかく疾風に箒は半ば呆気に取られた。

 

「再三聞くけど。もう迷いはないな?」

「ああ、もう同じ過ちは繰り返さない」

「よし、じゃあ皆で集まって作戦会議だ。行くぞ」

「ああっ」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 花月荘の縁側、そこにはいつものメンバー四人が疾風と箒を待っていた。

 

「お、集まってるね。準備は?」

「皆さん滞りなくですわ。って疾風、なんか手が赤く………」

「ほぅれっ。ダブル血まみれハーンド」

「ぎゃっ!? な、なんでこんなことに!?」

「いろいろあった」

「いろいろとは!? ラウラさん包帯!!」

「何故私に言う、持っているが」

 

 バススロットにしまっていた包帯で血を拭き取ってから新しい包帯を巻いた。

 

「よし、それじゃあ早速織斑先生のとこに行く前にプチ会議を」

「待ってくれ疾風」

「ん? ………ああ」

 

 手で制した箒の意図を汲み取って疾風は一歩下がった。

 箒は自分を見ている四人の前に立った。

 

「すまない! 今回の一夏の怪我は全部私の責任だ! 許してくれとは言わない、だが私は私を守ってくれた一夏の為にも福音を討ちたい! 頼む、例え足手まといだとしても、肉盾でしか役立てないとしても! 私を作戦に加えてほしい!」

 

 箒は深々と頭を下げた。

 皆にとっても大切な想い人を、自分の身勝手で傷付けた。疾風が作戦に誘ってくれたとしても、他の人が許すとは限らない。

 形だけの謝罪と取られるかもしれない。それでも、箒は自分の決意と落ち度を自覚しているからこそ、皆に謝らなければと思ったのだ。

 

「頭を上げろ。なにを当たり前の事を言うかと思えば。お前が作戦に参加することに意味があることなど、私達が考えていないと思っていたのか?」

「え?」

 

 頭を上げて最初に目に写ったのは何時ものクールフェイスのラウラだった。

 

「何を呆けている?」

「いや、お前にとって私は只の足手まといだとばかり」

 

 ラウラとシャルロットが入った後に開催されたタッグマッチトーナメントで箒はラウラと組んだが、ラウラからは邪魔者扱いされ、結果殆ど結果を残せず、苦い想いをしたことを箒は思い出していた。

 

「肉盾だと? 何寝ぼけた事を言っている。先程の福音との戦闘データを見せてもらったが。最初の一撃必殺の作戦は問題なく決まっていた筈だった。今回福音は一夏の零落白夜を対策していたと思える程の無駄のない動きを見せた。その後の交戦記録でもお前は福音を追い詰めた。第四世代、高度な操縦者支援プログラムがあるにしろ、最後に左右されるのはパイロットの技量だ。精神面を抜きにすればお前は我々の中の最高戦力、むざむざ遊ばせる道理が何処にある。少しは自信を持て」

「あ、ありがとう、ラウラ」

 

 あれほど冷遇していたラウラの意外な意見に、箒の胸に暖かい感情が広がっていった。

 

「箒さん、確かに貴女の行動に問題はありました。だからといって、貴女の中にある一夏さんへの想いは間違っていたとはわたくしは思いません。誰かを想うということは、時に絶大な力を生む筈です。その気持ちをどう使うかは、貴女次第だということをお忘れなく」

「セシリア……」

 

 皆の中で唯一一夏へ恋愛的好意を持っていないセシリア。

 許すと明確な言葉に出さないながらも、彼女は自分の想いを認めてくれた。

 

「箒はちゃんと反省したのに、それを態々掘り返してつつくこともないしね。箒の気持ちも分からなくはないし。僕が箒と同じ立場だったらとしたら。もしかしたら同じ結果になってた可能性もあったかもしれない」

「それは違う。お前は私と違ってしっかりしているだろう」

「そんなことはないよ。一夏が女の子と親しげに話していたらムッとするし、馬鹿なことだってする。ほら、前に遅刻しそうになってリヴァイヴを部分展開して織斑先生に怒られたことあったでしょ? だから僕も根っこは箒と同じなんだよ」

 

 見るからに優等生で、女とばれた後も毅然と過ごしていたシャルロット。

 自分より明らかに大人だと思っていた彼女が同じだと言うことに、箒は少しむず痒さを覚えた。

 

「ぅぅ……………」

 

 そして、皆が話すなかいつの間にか後ろで隠れぎみになっていたもう一人が小さく呻いていた。

 

「鈴、お前も何か言ったらどうだ?」

「え、いや。いいわよ、あたしは別に………」

「どうしましたの鈴さん。貴女らしくもない」

 

 いつでもオラオラで勝ち気な鈴がすっかり縮こまっている。こころなしかツインテールも垂れぎみだ。

 

「いやいや、だってさ。こんな皆お迎えムードなのにあたしが今更言ったって、シャルロットだってああ言ったし………ゴニョゴニョ」

「こいつは今頃になって何を言っている?」

「さっき疾風が迎えに行った時なんて『あいつがいくことない! あたしが一発ぶん殴ってやる!』って怒髪天ついてたのに」

「ちょっとシャルロット! ああー! もう! 分かった言うわよ! 言えば良いんでしょ!! 箒っ!!」

「は、はい!」

 

 ズカズカと箒の前でズビシッと指を指す鈴に思わず背筋をピンと伸ばしてしまう箒。

 直前になって少し口ごもる鈴も覚悟を決めて思いの丈を言いはなった。

 

「言っとくけどね箒! 一夏をあんな目に合わせたあんたのこと許した訳じゃないから!」

「も、勿論だ」

「けどね。それ以上に許せないのは引きずってウジウジしてるあんたなの! このまま一夏やあたし達の前から居なくなるなんて考えないでよね! あんたはあたし達のライバル! 一人居なくなるのは嬉しいけど、蹴落としてまで一夏と付き合えても嬉しくないのよ! 同じ一夏と幼馴染みという関係として、あたしはあんたと勝負したいのよ! わかった!?」

「わ、わかった!」

「わかったらさっさとリベンジに行くわよ! 今度こそ皆であいつを墜とすのよ!」

「ああっ!!」

 

 一夏を巡るライバル。その言葉が箒にとってこれ以上なく嬉しかった。

 箒は何処かで自分と他人では一夏への想いが違うと勝手に壁で区切ってしまっていた自分を恥じた。

 皆同じだ、専用機の有無など関係ない。それで一夏を諦めるという理由など、想いが負けるということなど、ある筈もなかったのだ。

 

「ところで、リベンジと言ってもどうする? 福音の居場所が分からなければどうしようも」

「それなら問題ない。たまたま我が黒兎隊の監視衛星がこの上を通ってな。ここから30キロの沖合い上空に福音を発見した。損傷故に光学ステルスが発動していないらしくてな。簡単に見つけれた」

「外国の監視衛星が、たまたま?」

「たまたまだ」

 

 妙な沈黙が起きかけたが、今はそんなことよりも福音を見つけれたという事実に目を向けた。

 

「じゃ、じゃあ改めて。それに対するプチ会議を始めようか」

「うむ。しかしどう動く? 我々は一応待機の身だ。作戦の決定権が教官にある以上、生半可な作戦では出撃させてはくれないぞ」

「無断で出撃するとか?」

「そんなことしてみろ。無断で軍の機密案件に接触して、終わったとしても相当な罰則を食らうぞ。しかも、織斑先生が出席簿片手に特大のお仕置きというおまけ付きだ」

「そ、そっちの方が怖いね。アハハハ」

「おまけが本命と思うのあたしだけ?」

 

 一同は想像しかけたが。直ぐに本能がそれを拒否して脳内から消し去った。

 

 前回は零落白夜という切り札があった、だが今回はない。

 福音との超高速化のドッグファイト、英国組が効果を上げたものの福音はそのデータを次に行かしてくるだろう。

 

「そのための零落白夜に変わる切り札ですわね? 疾風?」

「おう、今のイーグルならワンオフ・アビリティーに頼らなくても出来ることがある」

「それってどんなの?」

「それはね………」

 

 疾風は皆に零落白夜に変わる必殺の一撃案について語った。

 話すにつれて、疾風以外の表情は次第に曇る、というより引いていた。

 

「疾風、いくらなんでもそれは」

「無理よ、無理でしょ」

「現実的ではありませんわ」

「だけどそれなら確かに威力はあるかも」

「威力はな。だがどうやって当てる」

 

 皆の反応は三者三様、いや五者五様だった。

 だがその反応に疾風は難色を示すどころか何処かご機嫌だった。

 

「うんうん、予想通り過ぎる反応ありがとう。確かにこれは理論上でしかない、俺だってやるのは初めて、いやもしかしたら世界中誰もやったことないかもしれない。普通なら無理だね、相手がエリートパイロットである、ナターシャ・ファイルス本人なら」

「えと、どういうことだ? 分かるように話してくれ」

「相手は何も歴戦のパイロットじゃない。1と0で構成されたAIユニットだ」

「疾風、つまりそれは」

「そう、一回目の作戦で得たデータが確かなら。俺達でも成功する確率は充分にある。まずこれを見てくれ」

 

 それから俺達は綿密に情報を照らしながら作戦をたてた。

 皆のISの装備から学園が今回試験用に持ってきた装備まで。米軍から送られたデータを再確認しイーグルが手に入れた観測データと照らし合わせた。

 

 そしてーーー

 

「失礼します!」

「入ってくるな。待機を命じた筈だ」

 

 予想通りの反応、そして威圧感。普段の俺達なら直ぐに踵を返して立ち去るだろう

 だが今の俺達は一歩も引かずに、むしろ前に出た。

 

「それっていつまでですか? 作戦が終了してからもう三時間も経っています。もうこれ以上黙って待っていることなど出来ませんわ」

「今国連に応援の要請を打診している。その結果が出るまで大人しくしていろ」

「それでは遅すぎます先生。福音は今、疾風達がつけた傷を癒すために自己修復に入っていると思われます」

「教官、こちらで福音の位置情報を掴みました。今奴は停止しています。ですが自己修復が終了すれば再び亜音速飛行を行うでしょう。そうなれば、作戦遂行事態が困難になります」

「しかし、ろくに作戦も立てずにお前達を出すわけにはいかない。零落白夜という切り札がない以上、奴に決定打を与えることは難しいだろう」

「作戦ならあります!」

 

 セシリア、シャルロット、ラウラが繋ぎ、疾風は力強く申告する。

 情報整理を行っていた教員がこちらを振り向いて彼に視線を集めた。

 

「今この状態、そして今ある戦力、条件で。福音を仕留めれるカードがあります」

「………話してみろ」

「はい」

 

 先ずは第一関門。如何にあの織斑千冬を納得させられるか。

 だが皆は怯まず、欠片ほど臆していない。専用機持ち総勢六人、その胸にあるのはただひとつ。

 一夏の為、銀の福音に必ずリベンジすること。

 

(待っていろ一夏。必ず、必ず成し遂げて見せるから)

 

 

 



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第20話【第二次天使討伐作戦】

 

 

「あ、あー。テステス。こちら疾風、視界は良好。おーこりゃ絶景でございます。あ、通信聞こえてる?」

「問題ありませんわ、というか疾風少しは緊張感を持ちなさいな」

「失敬な、こちとら真面目ちゃんよ? ほれ見てくれ、この真面目に引き締まった顔を」

「見えませんわよ」

「こっち見ようとしてないよねお嬢、ハイセンの全方位視界も使ってないと見たぞ。まあいいや。こちらスカイブルー・イーグル。福音を目視、対象は自己修復中の模様、まだ動く気配はないね。傷は………あー、結構直ってるな、ギリギリだね」

 

 福音に傷を負わせてからかなりたつ。米国の修理用ナノマシンがどれだけ優秀か分からないが、確認する限り白銀の翼にはシミは見つからない。

 

「ブルー・ティアーズ、狙撃準備完了しましたわ」

「紅椿、配置についた」

「甲龍、何時でもOKよ」

「ラファール・リヴァイヴカスタムⅡ。準備出来たよ」

「シュヴァルツェア・レーゲン。設置完了までもう少しだ」

「お、オッケー」

 

 なんて声だ。さっきまで冗談を飛ばしていた自分の声がわかりやすいぐらい震えていたことに驚いた。

 心を落ち着かせる、自分はこの作戦の要。そして、確実に全員のナビゲートをこなさなければならない、半端ない重圧がのし掛かる。

 心臓が破裂するほど早鐘を打つ。腹の奥がキュッと冷えて息も少しだけ上がっている。

 一夏もこんな気持ちだったのだろうか。帰ったら聞いてみようかな。

 帰れたらだけど………

 

 落ち着かせようと念じても、どうにもならない。いや仕方ない、これだけはどうにも………

 

「けどさー、よくもまぁこんな作戦が通ったわよねー」

 

 そんな中、鈴の間延びした声が耳に届いた。

 

「勝てば大富豪、負ければ大貧民か」

「生き残ればの話だよ、それ」

「しかしあの教官を説得したのは見事だったぞ疾風」

「だそうですよ作戦立案者さん。わたくし達の命は貴方が握っていると言っても過言はありません。頑張ってくださいね?」

「え、ちょっと待って。言ってることは理解できるけど作戦は皆が一緒にっ、考えたものだろう? なんで俺だけの責任になってる?」

「わたくし達の命、貴方に託します」

「文字通りのはずなのに変に不安を煽られる気がするのはなんでかなぁ!?」

 

 後の始末を全ての俺におっかぶせるつもりかこいつら!? なんて薄情なのか! 

 

「落ち着きましたか?」

「え? ………あー、んー」

 

 気づけば。体の震えはだいぶ収まっていた。声を出してみたら、はっきりと出せた。

 

「指揮官たるもの、どっしりと構えてくれないと困るぞ」

「貴方が戦闘中に冗談を言うときは変に緊張してる時ですわ。新しい一面を見つけれましたわね」

 

 そ、そんなことないしー。軽口ぐらい出るしー。

 

 ん? 紅椿からプライベート・チャネルが。

 回線を開き、箒の顔が写された。

 

「どうした箒」

「疾風、礼を言いたい」

「ほんとどうした?」

「いや、さっき言いそびれたから。言わずにそのままなのは釈然としない」

 

 生真面目を形にしたような気難しい表情の箒、そこには慢心も増長も見られない。いつも通り、いやいつも以上に引き締まった表情だった。

 

「私は危うく道を踏み外し、本当に大切な物を手放してしまうところだった。ありがとう」

「わかってくれたなら。怒ったかいもあったよ」

「ああ………疾風。一つ聞いていいか?」

「ん?」

「お前にとってISは。スカイブルー・イーグルとはなんだ?」

 

 なにか。なにかか。

 

「相棒だな」

「相棒?」

「いつかISを駆ってモンドグロッソに行きたい。そんな夢の入り口に立たせてくれたのがコイツなんだ。夢のそのさきを叶える為に一緒に飛ぶ相棒、かな?」

「そうか」

 

 我ながらクサイことを言ってる感はある。だが紛れもなく事実であり本心だ。

 あの時グレイ兄に無理言ってコアをそのままにしてもらったのは本当に良かったと思える。

 

「多分お前以上にISに依存してる自信はあるぞ」

「ほんとか?」

「間違ってもISに乗らないなど言わないくらいにな」

「グゥ………」

 

 痛恨の一撃をくらって箒は沈んだ。

 紅椿のウィングが心なしか垂れたように見えた。

 

「とにかく! お前には返しても返しきれない借りを作ってしまった。少しでも返せるように、私はこの作戦で示すつもりだ」

「うん」

「だから自信を持ってくれ。お前は一夏の次に良い男だ」

 

 それはそれは、最大級の誉め言葉だね。胸が熱くなるよ。

 

「お待たせした。シュヴァルツェア・レーゲン・パンツァー・カノニーア。設置完了だ」

「データで見たけど、実物で見るとでかいわね。もうISじゃないわよそれ」

 

 福音から5キロ離れた小さな陸の上にいたラウラのレーゲンは、他のパッケージ装備の専用機と比べても大きく外見が異なっていた。

 

 八十口径のレールカノン『ブリッツ』を左右同時に装備し、それに反動に耐えれるよう、四機のアイゼン、そして対狙撃用物理防壁シールドを前方左右に配置。

 余りの巨大さ、そして反動制御故に機動性というものを廃止、ただひたすらに砲撃力を高める、ISというよりも一つの巨大な砲台。それがシュヴァルツェア・レーゲン専用砲戦特化型パッケージ【パンツァー・カノニーア】の勇姿であった。

 

「諸事情で途中船で運んだからな、その分機体接続に時間かけちまったな」

「だがそれに見合う働きをしてみせよう。では指揮官、頼む」

「軍隊長に指揮官言われるのは違和感しかないが。んんっ、よし」

 

 大丈夫、やれる、やれるさ。俺は一人じゃない。ここには覚悟を決めた頼れる仲間がいる。これほど心強いものはない。

 

「皆。今回は前回の作戦で一夏という突起戦力をかけた上での作戦だ。前回より難度の高い作戦になる。成功の確率も高いとは言えない。それでも、俺達にはやり遂げなければならない理由がある」

 

 遊びではない、文字通りの命をかけた作戦。それは全機体が競技用のリミットモードではなく制限解除されたアンリミテッドモードであることがそれを証明している。

 

「だからこそ、倒れた一夏の為にも。この作戦は必ず成功させる! あいつが起きるまでに、かたをつけるぞ!!」

「了解!!」

 

 全員の士気は充分。今度こそあの銀天使を、堕とす! 

 

「では。【第二次天使討伐作戦(エンジェル・ハント)】開始! ラウラ、派手に行こう!」

「了解。ドイツ式の祝砲を見せてやる」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 ざあ……ざぁぁん。

 

「…………ん」

 

 何処か遠くから聞こえる波の音に一夏の意識が開く。

 

「…………ここ何処だ?」

 

 見渡す限りの青、鏡面のような湖か海もわからない場所に、ポツンとある砂浜の円の中で、一夏は横たわっていた。

 

「なんか、ウユニ塩湖みたいだな………ってあれ、何で俺こんなところに?」

 

 意識がおぼろ気だ。何故自分は寝ていたのか。それすらもわからない。

 思い出そうとするけど、どういう経緯でここにいるのかわからない。

 夢、にしては妙に現実味がある、不思議な感覚に一夏は辺りを見渡すが、水平線が目一杯にあるばかり。

 

(………………歩くか)

 

 立ち止まっても仕方ないと考えた一夏はあてもなく歩き出した。

 湖かと思っていたそれは水溜まりのような深さで、歩く度に波紋を広げていた。

 

「ーー♪ ーー~♪」

 

 歌が聞こえた。

 とても綺麗で、とても元気な、明るい歌声。一夏はなんだか無性に気になって、歌の方へと足を進める。

 さくさく……さくさくと、水を張った砂浜を踏み込む度に軽快に鳴る。

 

「~~♪」

 

 そこには少女がいた。

 白いワンピースに白い髪、その顔は被ってある白いハットで絶妙に隠されていた。

 少女は湖面に生えた小さな木に腰を掛け、こちらに目もくれずに歌い続けていた。

 

(ふむ……)

 

 一夏は何故だか声を掛けようと思わず、近くにあった流木に腰かけ、その歌声に耳を傾けた。

 

 

 

 

 どれくらいたっただろうか。いや、時間にしてそんなにたっていないのかもしれない。もしかしたら凄いたってたかもしれない。

 少女は突如歌うのを止め、乗っていた木から飛び降りた。

 バシャっと音を立てて少女は着地し、その足でこちらに向かってくる。

 

「こんにちは、織斑一夏」

「お、おう」

 

 まさか話しかけられるとは思わなかった一夏が驚いている間に、少女は一夏の隣に座り込んだ。

 

「………………」

「………………」

 

 暫しの沈黙、聞こえるのは風の音だけだったが、それが妙に心地よく感じた。

 

「ねぇ、織斑一夏」

「ん?」

「貴方は何故ここにいるの?」

「何故って。わかんね、気づいたらここに居たし」

「ふーん、それは。何故だと思う?」

「それは……その。夢……とか」

「夢、そう。君がそう思うなら。そうなんじゃないかな」

 

 そういう物なのだろうか。

 わからない。何故ここにいるのか。

 何か、大事な事を、忘れている気がする。

 

(……なんだっけ?)

 

 少女は流木から下り、元の場所に戻っていき。また歌を歌いだした。

 その歌は明るくて、透き通っていて、そして。

 

 何処か寂しく、悲しくも感じた。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 自己修復の中で、胎児のような格好でうずくまっていた福音が突如横殴りに吹き飛ばされた。

 

『!!???』

 

 SEが削れると共に福音が自己修復行動から警戒行動、戦闘行動に移行する。

 

「初弾命中! 続けて砲撃を行う!!」

 

 それにたいして二門の大砲が続けざま砲弾を撃ちはなつ。撃つ度にアイゼンで固定されている地面に入るヒビがその威力を物語る。

 福音も直ぐ様ラウラのレーゲンに飛翔する。マルチプル・スラスターが、銀の鐘が。ラウラのブリッツの砲弾を掻い潜って肉薄しようとする。

 

(4000……3000……やはり早いな)

 

 あっという間に福音が銀の鐘の射程距離に到達する。

 同時にパンツァー・カノニーアのバレルシリンダーの弾も切れ、バススロットリロードで新たな弾丸が装填される。

 福音が銀の鐘を掃射、動けないレーゲンの物理シールドに突き刺さり爆ぜた。

 

 負けじとラウラも砲撃、福音は最小限の動きで難なく避けようと翼を傾ける。なんなく避けれる。

 それが通常の砲弾なら。

 

「一辺倒と思ったか、木偶が」

 

 福音の手前で弾けた散弾が、銀の肌に打ち付けられる。

 怯んだ福音に追い討ちとばかりに命中した砲弾が爆裂した。

 ラウラが超大型のパンツァー・カノニーアのパーツをバススロットにしまわないで携行した理由、それは学園の試作装備の中から同規格のキャニスター弾、グレネード弾頭をありったけバススロットで拝借した為である。

 

 福音は情報を更新しようと回避、銀の鐘をばら蒔いてラウラを牽制する。

 

「嘗めるなよ! その程度で揺らぐほど、私の愛機と祖国はやわではない!」

 

 対光学兵器処理が施されたシールドで銀の鐘を受け止めながらレーゲンの砲戦パッケージは三種の弾頭を巧みに使い分けながら福音を翻弄する。

 

 それに対し福音は大きく蛇行、砲の内側に切り込む為にビームショーテルを展開して瞬時加速

 パンツァー・カノニーアの物理シールドのほんの隙間、正面の間から見えるラウラに福音の刃が迫る。

 

「5秒後、セシリア!」

「宜しくてよ!」

 

 直後、ラウラの直上から落ちてきた一筋の青い光に福音は頭に直撃、

 ラウラの頭上に待機していたブルー・ティアーズによるステルスモードからの強襲狙撃だった。

 

 疾風の指示の元に打ち込まれたレーザーに誘い込まれた福音は分け目も降らずにレーゲンから離れようとするがその動きの揺れを見逃すセシリアではない。

 ビットに回すはずのエネルギーを全部ライフルに回された高出力レーザーが右腕のショーテルを溶かした。

 

「二人はそのまま撃ち続けろ、奴をポイントに誘い込む。鈴、シャルロット。準備して」

「おっけ」

「見えてるよ」

 

 縦横無尽に海原を駆け回る福音。狙撃手と砲撃手により超高速軌道になかなか移れない福音。

 なまじ両者の位置が離れてる分片方に集中するともう片方に撃ち抜かれる。

 福音は情報を整理して状況を更新する

 

『敵機A、Bの射撃パターンを計測………計測』

 

「──よし、鈴のほうに誘い込む。甲龍の高出力衝撃砲加圧準備」

「もうやってるわよー!」

「二人は誘導しろ、射撃位置をガイドする」

「「了解」」

 

 疾風とイーグルに示されたポイントを頼りに、セシリアとラウラが福音のルートをことごとく潰していく。

 福音も銀の鐘をバラまいているものの狙いがまともにつけれていないそれではそこまで効果が見込めない。

 銀の福音は自分が誘い込まれていると知らずに、龍のねぐらに向かっていく。

 

「福音の速度、パターン計測完了。鈴、そろそろくる。13秒後にポイントにぶちこめ」

「オーライ」

「………5秒前」

「そらいけぇ! 鬱憤バラシ!!」

 

 俺の合図で海面から炎が吹き上がり、福音に直撃する。

 それと同時に海の中から甲龍が浮上する。

 

「まだぁ!!」

 

 二門の衝撃砲と砲撃パッケージ【崩山】により増設された二門、計四門の衝撃砲が一斉に火を吹いた。

 放たれた弾丸は、過剰な空間摩擦により不可侵の透明ではなく紅蓮の如く赤く染まり、まるで炎を纏っているようだった。

 

 福音も迎撃するが、攻撃力と拡散能力に特化されたその砲弾の雨は福音の銀の鐘にも勝るとも劣らず、それは正に竜の伊吹。

 

「鈴、ヘイトを向けたまま移動開始。次のポイントに移行する」

「まだ当てたりないけど、了解」

「当てにいっていいよ。衝撃砲は不可視じゃなく高出力モードのまま。細かい軌道妨害は二人に任せろ」

「はいはい、やれって言われてもできないっつの」

 

 4門から断続的に放たれる赤熱衝撃砲、多種に渡る砲撃、直上から放たれる高速レーザー。

 徐々に形成される檻に防戦一方な福音はAIであるにも関わらず焦っていた。

 

『優先順位を変更、機体の保持を最優先。元空域からの離脱を最優先に』

 

 バラッと全方位に銀の鐘をバラまいて、スラスターを開いて強行突破を図る。

 

「シャルロット!!」

「行くよっ!」

 

 ステルスモードを解除したラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ。

 瞬時加速を発動して福音に急接近、だが福音に察知され銀の鐘の光弾が瞬時加速中のシャルロットに迫った。

 

「甘いよ、その程度!」

 

 だがその羽は届くことはなかった。襲い来る爆裂弾はラファールの専用防御パッケージ、【ガーデン・カーテン】の緑色のエネルギーシールドに阻まれる。

 

 左手のシールドの前面が開閉し一本の杭が飛び出す。

 フランスの大手ISメーカー、デュノア社が誇る操作性と威力を両立した盾殺し(シールド・ピアース)。名称を【グレー・スケール】。

 

「一夏の仇ってねっ!!」

 

 第二次装備でも随一の威力を誇るカテゴリーであるパイルバンカーの先端が福音の背中に突き刺さり衝撃が爆ぜる。

 加えてリボルバー機構により連射可能なそれは続けて二撃目を叩きつける。

 

 最大六連撃が可能だが福音は全力でスラスターを吹かすことで三撃目を反らしてみせた。

 

「交代だシャルロット。射撃兵装で撹乱を」

「オッケー、腕の見せ所だね」

 

 リヴァイヴは後退、右手にアサルトライフル【ヴェント】左手にショットガン【レイン・オブ・サタディ】をもって射撃戦を開始。

 ラピッド・スイッチによって定期的に両手の武装を変えて撃つ。散弾かと思えば高速弾、単発かと思えばグレネード。それに気を取られていると三方向からまた別の射撃が飛んでくる。

 めまぐるしく変わる状況、次々と現れる敵対象に福音のAIは見事に混乱していた。

 

 四方のISに囲まれた軍用IS。

 アメリカとイスラエルの最高傑作は疾風を加えた5人の学生が作り上げた檻に封じ込まれつつあった。

 だが流石の銀の福音の性能。包囲網を構築されてもなお、その巨大なマルチプル・スラスターによる複雑な軌道で四人の攻撃を躱し、銀の鐘を撒き散らし続ける。

 

 しかし、途中から銀の鐘の射撃が止まった。

 エネルギー切れだろうか? と普通はそう考えてもおかしくないが、現場にいるISドライバー達は違うと確信していた。

 時間にしてたっぷり10秒、力の限り鳴らされた鐘が戦場に木霊する。

 

『エネルギー、フルチャージ。銀の鐘(シルバー・ベル)。理論最大稼働開始』

 

 銀の福音のマルチスラスターが目一杯展開され、フルで開かれた翼の合間、総勢36門の銀の鐘の発射口から、膨大な光が爆発した。

 36門から五連続、総勢180発の爆裂光弾はきっちり四人に向けて飛ばされた。

 

 それより早く飛んだ疾風の指示で各々が動く。

 セシリアはスターダスト・シューターの高出力レーザーを横凪ぎに掃射して数を減らしたのち離脱。

 鈴も同様にばら蒔いた後に海に着水して難を逃れ。

 動けないラウラを守るようにシャルロットがガーデン・カーテンに加え物理シールドを多重展開して防ぎきった。

 専用機持ちから逸れた無数の銀の鐘は海に着水し爆発、次々と水柱を吹き上げて水蒸気が辺りを満たした。

 

 最大出力で放った銀の福音のスラスターは冷却の為排熱。排熱が終わるまで福音は動くことは出来ても銀の鐘を使用することが出来ない。

 邪魔物を押し退けた福音は現状から逃れる度に再びスラスターを吹かして現中域を離脱しようとする。

 

 だが俺達がそれをさせない。

 何故ならこの時を待っていたからだ。

 

「セカンドフェイズ! 箒!」

「出撃する!!」

 

 セシリア達四機が形成していた檻から遥かに離れた場所、福音の索敵外で待機していた箒と紅椿か満を持して戦場に馳せ参じる。

 

 展開装甲を全開、瞬時加速を行う為に溜めていたスラスターエネルギーを全解放。

 一瞬で高機動パッケージISと同等の速度を叩き出した紅椿は赤い光を引きながら仇敵銀の福音に肉薄、文字通り一瞬で十数キロの距離を縮め、両手に握られた紅く輝くIS刀を福音の肩に速度を乗せたまま斬り込んだ。

 

 ギャリィィ! と鉄とSEがこすれあう音が静寂の海に響く。

 

(やれる! 行け! 押し込め! 斬り伏せろ! このまま翼をっ!!)

 

 衝突の勢いで檻を逃れようとした福音ごと移動している箒は福音の背中に取り付けられたバックパックユニットに接続された福音の基盤とも言えるマルチプル・スラスターユニットに向けて刃を滑らせる。

 

 あと少し、あと少しで接続部に雨月と空裂のどちらかが届く。

 そう思った瞬間、福音は信じられない行動に出た。

 

「なっ!?」

 

 今もなお食い込んでいる紅椿の刀をそのまま素手で握りしめて止めたのだ、AIではあり得ないような非生産的な行動に箒を含め全員が戸惑いを露にした。

 

 銀の鐘の砲門の一部が開き白く輝く。

 自身のSEと絶対防御が発動しながらも、紅椿の双刀を強く握りしめて逃がさない、このままゼロ距離で銀の鐘を撃つつもりだ。

 福音は銀の鐘の一部に冷却を集中させて稼働状態にした砲門を開く。無防備になっている箒に狙いを定めた。

 

 危機的状況に陥った箒、彼女は自分と対峙している物を正面から見た。

 無機質な仮面、感情なきAIはとにかく冷たく相手を倒す。

 本当にそうだろうか? 

 AIらしからぬその行動はなにかを必死に行ってるような、箒達に負けられない何かがあるのではないか。

 少なくとも箒にはそう写ったのだ。

 

(だがそれは私達とて同じこと!)

 

 箒の脳裏に、IS学園での一夏との出来事が鮮明に沸き上がった。

 

『久しぶり。六年ぶりだったけど、箒ってすぐわかったぞ』

『俺を信じろよ、箒。信じて待っていてくれ。必ず勝って帰ってくるよ』

『幼馴染みの頼みだからな。付き合うさ──買い物ぐらい』

『ま、待て箒! これは誤解だ!!』

 

 再会して嬉しかったこと、その背中が逞しく写ったこと、余りにも鈍すぎること、なんとも腹立たしかったこと。

 

 色んなことがあったがこれだけは確かだ。

 

(一夏と再会して、私はとても楽しかった)

 

 だが今彼は眠っている。目の前の敵の攻撃で、自分の不手際のせいで。

 

 銀の福音は箒に牙を突き立てる。ここで箒が倒れれば、学園側が圧倒的に不利に立たされる。

 

「ラウラ以外フォワード! 紅椿を福音から引き剥がせぇっ!」

「くっ、箒さんで射線が!」

「今いくよ箒!」

「間に合えーっ!」

「箒! 武器を離して撤退するんだ!」

 

 疾風、セシリア、シャルロット、鈴、ラウラ。

 皆の声が通信越しに箒の耳に入る。

 

(ここで引いて………)

 

 自分の欲の為に、あの姉に頭を下げてまで。

 自分のせいで一夏は今も眠っている。

 立ち上がった箒に皆が力を貸してくれた。

 

(なんのための………)

 

 箒はキッと福音を睨み付ける。福音はその翼にエネルギーを溜め、今まさに発射する体制に入っていた。

 

「なんのための力だ!!」

 

 箒の思いに答えるように、紅椿の爪先の展開装甲が開き、エネルギー刃を発生させる。

 箒は福音に思いっきり頭突きをかましてみせた。余りにも原始的な攻撃に福音は思わず刀を離した。

 

「ぜああぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 自由になった箒。その場で一回転し、踵落としの要領で接続部にエネルギー刃を叩きつけ、ついに福音の片翼をもぎ取った。 

 

「ぐぅっ姿勢が!」

 

 ぶっつけのマニューバで機体がよろけるなか、もう片方の翼をチャージしていた福音は今も紅椿を狙っていた。

 

(避けられない!)

 

 紅椿はエネルギー節約の為に展開装甲のオートディフェンスをカットしている。

 即座に防御しようと思考するも、間に合わないという確信があった。

 

 だがその前に疾風の指令が全員の耳に届いた。

 

「サードフェイズ。スタート!」

 

 疾風の指示に、救援に向かおうとした鈴、セシリア、シャルロットは自身のバススロットから『青いビット』を取り出した。

 

 その『青いビット』はセシリアや疾風が使っている物より大型で、疾風のビークに形が酷似していた。

 

『青いビット』は出現するや後部のスラスターを爆発的に吹かし、猛スピードで福音に突貫した。

 

 福音が『青いビット』に気づき、銀の鐘を緊急停止させ、自身のマルチスラスターで回避しようとしたが、『青いビット』は獲物を逃しはしなかった。

 鋭角的に動く三機の『青いビット』は1つ、また1つと。瞬く間に福音を包む青白い放電球に変貌した。

 

【ラプター】

 

 スカイブルー・イーグルのパッケージと同時に開発されたビット兵器。

 対象に近づき、内蔵された放電ユニットをオーバーロードさせ。発生させた放電球で相手を拘束する。

 運用としてはビットよりミサイルに近い一回限りの兵装である。

 

 三機のラプターの放電球で発生させた高電圧は福音を完全に拘束し、僅かながら福音のハイパーセンサー能力を低下、一瞬のブラックアウトに至った。

 

『システムダウン、修正、システムリスタート。ハイパーセンサー、ブート』

 

 福音のハイパーセンサーが息を吹き返す。

 ほんの二秒の瞬き。一秒後に周囲の敵の場所を把握する。

 レーゲンは定位置から動かぬまま。他の四機も福音から離れている。

 逃げられる。福音は再び翼を広げ、現中域より離脱しようとした。

 

 

 

 遥か上空の夜空から、雲耀が降りた。

 

 刹那、残された福音の翼は稲妻に裂かれ、否、上から押し潰されるように崩壊した。

 

『!?!?!?!?!?!?!?』

 

 同時に膨大なプラズマ衝撃波が福音の装甲を殴り付け、福音のエネルギーを根こそぎ削り取った。

 

 福音の翼を砕いた『それ』はそのまま海面に激突し、巨大な水柱を上げ、下から福音を海水で殴り付けた。

 

 福音は理解できなかった。

 

 一時的にセンサーを無力化されたとはいえ、敵の攻撃になすすべもなく当てられるとは思わなかったからだ。

 増援の気配はなかったはずなのに──

 

 ──いやあいつだ。

 一度自分の翼を砕いた、雷を纏った空色のIS。あいつが、今──

 

 羽を失った銀の肢体はそれだけを理解し、海に堕ちていった。

 

 

 

 ──◇──

 

 

 

 何故疾風がその場に居なかったのか福音の位置と各々の位置を正確に把握し、なおかつ指示を出せたのか。

 

 答えは疾風が箒たちより遥か上、成層圏から全員と福音を見下ろしていたからだ。

 イーグルのイーグル・アイを更に強化する、高機動パッケージ専用強化ハイパーセンサーアダプター。

 本来のハイパーセンサーよりも遠くにある目標を正確に把握し動きを読むために特化した性能。

 

 箒たちの役目は福音の片翼をもぎ取り、疾風から受け取ったラプターで福音を拘束することにあった。

 そして成層圏からの瞬時加速、重力による過重、そして電磁エネルギーを纏った急降下強撃がもうひとつの片翼と残りのシールドエネルギーを削るという計画だった。

 

【インドラの矢】と名付けられた埒外と言える落下速度を誇る必殺の一撃。その速さ故に一度発動すれば狙いの修正は不可能。一歩間違えれば操縦者ごと真っ二つにしてしまう程の威力を誇る、条約違反スレスレレベルの危険な攻撃方法。

 普通なら絶対と言えるほど確率の低い攻撃方法。ましてや本体に直撃させず翼だけを狙うなど不可能の領域。

 他の専用機持ちは勿論、作戦内容を聞かされた教員、織斑先生からも「不確定すぎる」と一蹴された。

 

 確かに疾風も相手がAIでなければ無理だと一蹴しただろう。

 だが福音にはAI故の明確な弱点がいくつかあった。

 

 一つ目は『行動原理』

 

 福音のAIは暴走したが、なにも闇雲に暴れまわるほど本能で動いている訳ではなかった。というよりむしろ機械らしくロジックを元に動いている。つまり暴走状態でも、福音のAIには明確な指針があった。

 それは『攻撃してきた敵対対象の排除』、そしてそれより優先されるのが『銀の福音の生存と、安全の確保』

 

 前者は言わずもがな。後半だが、これは銀の福音が深追いはしないで危なくなったら必ず逃げようとし、追い詰められたら銀の鐘を全力でばら蒔いてから体制を整える。

 それが分かっていれば、人の意識が介在しない福音のAIの動きをある程度予測が出来るのだ。

 

 二つ目は『予想外の攻撃に対する反応速度の遅れ』

 

 最初の作戦で俺が放ったボルトフレアは福音に当たらなかったが。あれは単に当たってなかっただけで、福音は微動だにしなかった。そのあと福音は目の前に弾丸が通過してから気付いたように見えたのだ。

 現に次のセシリアの狙撃にはもろにくらった。

 つまり福音はレーダー範囲外、もしくはステルスからの強撃には反応が遅れる。

 ならなぜファーストアタックの零落白夜が当たらなかったのか。それは作戦前にラウラが言った通り福音は零落白夜、又はそれに類似する物の対策が万全だったと見ている。

 零落白夜と他の奇襲攻撃を見比べても、明らかに回避の制度が違いすぎたことがそれを証明してくれた。

 このことから福音は近接攻撃の奇襲に敏感だという結論に至った。

 

 そしてこれは補足だが、福音は前回の戦闘でビームショーテル一振り損失とハミングバードを全弾撃ち尽くしている。

 

 以上のことを踏まえた今回の第二次天使討伐作戦は以下の通り。

 

 1、箒以外の四機が福音の弱点を各々が持つ最大火力をぶつけ。入れ替りで対象を攻撃することで福音の情報処理能力に圧力をかける。

 2、福音が最大火力を放出後に待機していた紅椿が最大戦速で突撃、福音の翼の一つを破壊する。

 3、箒、ラウラ以外の三人が疾風から受け取ったラプターを発射、高電圧球体で福音を拘束。

 4、動きの止まった福音に対してインドラの矢で強襲、福音のもう一つの翼を破壊し戦闘不能にする。

 

 

 

 ルーキーが執り行うには余りにも難易度の高いミッション。

 だが疾風とイーグルの正確なナビゲート、皆とISの奮闘で、見事銀の福音を海中に堕としてみせたのだった。

 

 

 

 ──◇──

 

 

 

 疾風のインドラの矢が引き起こした海の波紋は未だ広がり、波を引き起こし、近くの小島を飲み込んだ。

 

「箒、大丈夫か?」

「ああ、私は大丈夫だ。それより福音はどうなった」

「疾風のインドラの矢が福音の片翼を破壊したのは確認できましたわ」

「てことは………勝ったの? 僕たち」

「疾風が福音のパイロットを回収するまで分からんが。おそらくは」

「………しゃあこらぁーー!」

 

 鈴の雄叫びを皮切りに皆が作戦の成功を喜んだ。

 疑いようもなく、皆が一丸となって掴みとった勝利である。

 

(やったぞ一夏。仇を討てたぞ)

 

 箒は花月荘で眠っている一夏を思って目を閉じた。

 彼女はようやく、自分自身を誇れる自分を取り戻したのだ。

 

「そうだ、本部に連絡いれないと」

「そうでしたわ。こちらセシリア、本部応答を。福音は無事に撃墜──」

 

 海の中にいる疾風の変わりにセシリアが応対する。連絡を心待ちにしている本部に通信を繋ぐ、もしかしたら一夏が目を覚ましているかもしれないという、淡い期待を持ちながら──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだだっ!!」

 

 皆が安堵に包まれるなか、通信越しに疾風が叫んだ。

 勢いよく海から上がってきた疾風は箒たちと合流。その顔は皆とは違い、焦燥と恐怖に襲われていた。

 

「どうしましたの疾風? 福音は」

「まだ奴は生きてる!!」

「え?」

 

 疾風から告げられた報告に皆が対応に困っている時、空気が文字通り揺れた。

 

 その刹那。箒達の直下の海が吹き飛んだ。

 

「!?」

 

 それは嵐か、雷か。

 球状に蒸発した海は光の球体にえぐりとられ、水蒸気となって回る。

 

 その中心には翼を手折られた【銀の福音】が直立していた。

 そして背中に装着されていたマルチプル・スラスターの接続プラットホームが福音から切り離され、光となって消えた。

 

 その時、信じられないことが目の前で起こる。切断された羽の付け根から、蛹から浮かした蝶のように、エネルギーの翼が生えてきた。

 まるでそれが元々の姿、今までの鉄の羽は拘束具だったかのように。福音はその6対12翼の光翼を広げて顕現する。

 

 

 

 

 

 福音は翼を広げる、目の前の敵を屠る為に。

 

 

 

 

 

 福音は、歌う。

 

 

 

 

 

「キュアアアアァァァァァァァァァッッ!!!」

 

 

 

 

 

 大切な人を、守るために。

 

 

 

 

 




疲れた、そしてお待たせ。

どうにか原作と差別化しようと頑張ったけどこれが限界だった!すまぬっ!!

やっぱ情報処理役一人でも居たら違うよなって話


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第21話【産声をあげる】

「キュアァァァァァァ!!!」

 

 

 

 ーーーなんだこれ? 

 

 目の前に広がっているこの光景は一体なんだ? 

 

 海に沈んでいく福音を回収するまでは良かった。

 だがその銀のボディに触れた瞬間、頭の中で声が響いたのだった。

「触れるな」と。

 

 そのあとだ。機能を停止したはずの銀の福音のメットが光るとともに、その体を包むように水色のエネルギー球体が福音から溢れてきたのだ。

 

 やばいと思った。見て認識するのではなく本能的に。分け目もふらずに海面から飛びだした。後に海が吹き飛び、銀の福音の背中から巨大な光翼が生えたのだった。

 

「これは、第二次形態移行(セカンドシフト)なのか!?」

「そんな、馬鹿な………」

 

 ラウラの言葉に今すぐ反論を唱えたかった。

 

 セカンドシフトとはパイロットとインフィニット・ストラトスの経験とシンクロ率の上昇から起きる極稀な超常現象。

 といっても乗り続ければ必ずシフトアップするわけではない。現に8年も同じISを乗り続けた古参もシフトアップを行っていないという事例がある。

 

 ISの姿を操縦者とISに適した姿に変化させる。いや、これの場合進化という言葉が正しい。

 だが、目の前で光の翼を広げる銀の福音はどうか? 

 本格起動してから直ぐに暴走し、パイロットは意識不明。試験期間を入れても一月もたっていないのにシフトアップなどあるわけがない。ありえない。

 

 しかし目の前の光景がありえないを現実とする。

 本当にセカンドシフトしたかは置いとくにしても。福音は前より進化した。

 俺達を葬り去るために。

 

『イレギュラー、イレギュラー、イレギュラー。ーーーーー疑似形態移行完了。銀の鐘パージ、武装更新、【銀の祝福(シルバー・ブレス)】、展開完了』

 

 銀の福音の光翼が一際輝いた。

 

「どうするんだ疾風!」

「戦闘体勢! 福音を食い止めるぞ!」

「戦いますの!?」

「こんな奴放置してられるか!」

 

 見かけ倒しなど侮ることなど嘘でも出来なかった。目の前で神々しく輝く銀の福音からはAIとは思えない程のプレッシャーを感じた。

 

 インドラの矢使用時にスクラップになったボルテックをリコールしてインパルスを取り出し、再びスラスターに火を入れる。

 

「作戦をパターンBに変更! 距離を取りながら応戦をーーー」

 

 風が鳴り、光球で空洞となった場所に押し戻された海水がまた吹き飛んだ。

 

「ーーーえ?」

 

 瞬きの間、銀の福音は箒の紅椿の前にいた。

 光翼からエネルギーを放出した瞬時加速。それははからずも、紅椿の展開装甲と仕組みが酷似していた。

 箒は反応する間もなく福音の光翼を押し当てられ、至近距離で爆発、海を跳ね、小島に激突する。

 

「かっ………!?」

「なっ、はっ!?」

 

 吹き飛ばされた紅椿を見て全員がまどろみから覚めた。

 

「箒ぃ!」

「注意を向ける!!」

 

 次に動けたのはラウラだった、キャニスター弾を数発撃つ。

 福音はこれまでとは段違いの速度で上方に逃げることで散弾を回避。ラウラはパンツァー・カノニーアの砲塔を上に上げるも福音の方が早かった。銀の祝福を形成する銀の鐘の光翼を頭上に掲げエネルギーを集中して発射。放たれた光弾はこれまでの比じゃない密度で、まるで光の竜巻。

 

 四枚の物理シールドを競りだして防御するも爆発弾の塊である銀の祝福の前には無力で、ラウラはパンツァー・カノニーアごと吹き飛ばされた。

 

「後ろ貰ったぁ!」

 

 ラウラの捨て身の囮を餌に甲龍の増設衝撃砲が火を吹く。拡散された焔の弾に福音は慌てることなく銀の祝福を羽ばたかせた。

 振り下ろされた翼からは大量の羽が降り注ぎ、密度でいえば先程の第一形態最大火力以上だった。

 一度の羽ばたきで相殺し、二度目の羽ばたきで衝撃砲を完全に消失させ、鈴に襲いかかる。

 

「嘘っ!? きゃあああっ!!」

「鈴!」

「まだ! その隙をっ!!」

 

 シャルロットのリヴァイヴがその背中にグレースケールを突き立てる。その攻撃を福音は後方宙返りでシャルロットの後ろに回り込む。

 

「読めてるよ!」

 

 グレースケールは消え、その両手にはラピッドスイッチでコールされたショットガンが二挺。

 シャルロットが急停止からのドットターンで福音と向き合う、両者の間は零距離、シャルロットは光翼の内側に潜り込む。

 

「この距離なら羽根は! ………え?」

 

 シャルロットはトリガーを引こうとしたが、振り向いた瞬間にその思考は停止した。

 その巨大な翼がシャルロットの目の前で更に三倍もの大きさに広がっていたのだ。

 巨大化した銀の祝福は広げた翼を閉じるようにシャルロットを包み込もうとする。

 

「シャルロットー!!」

「駄目! 来ないで!!」

 

 助けに行こうとするも間に合わずシャルロット銀の祝福に包容された。

 

「うぁぁぁぁーー!!」

 

 通信越しに響く声は痛々しく。一際輝いた光翼の中でシャルロットは苦し紛れにシールドを全方向に展開したが焼け石に水でしかなく。

 シャルロットは黒煙を上げなから海に落ちていった。

 

「なんですのこの性能は!? 軍用と捉えても余りにも異常ですわ!」

「逃げろセシリア! 次はお前だぁっ!」

「くぅっ!」

 

 反転したセシリアがストライク・ガンナーの増加スラスターを目一杯吹かして離脱する。

 後ろ手でレーザーを撃つも当たるわけがなく。こっちもボルトフレアで援護しようとしてもまるで当たる気がしない。

 

 福音から逃れようとするセシリアだが疑似形態移行した銀の福音はその上を行き、化け物レベルの速さと機動力でセシリアの前に躍り出た。

 スターライトMKⅢより銃身の長いスターダスト・シューターは向けられる前に福音に蹴り飛ばされて海に落下する。ライフルを失い、ビットを使えない今のセシリアにとってそれは攻撃能力を失うのと同義。

 だがセシリアの瞳はまだ死なず。右手にショートナイフ、インターセプターをコール。

 

 この後にまたあの包容爆撃が飛んでくる、ストライク・ガンナーの初速では今の銀の福音から逃れる術はない。

 

(せめて一矢報いるぐらいは!)

 

 だからこその捨て身、後は任せるとセシリアは渾身の力を持ってインターセプターを突き出した。

 

 ーーー爆発音が響いた。

 

 ナイフによる衝突音ではなく爆発音。気付くとセシリアは福音から離れていた。

 

「な、にが……?」

 

 福音を見やると胸部装甲がひび割れ、蛹から蝶が羽化するように、小さな光翼が生えていた、

 

 福音は決死の覚悟で迫ったセシリアを嘲笑うかのように胸部から生えた銀の祝福をショットガンの要領で放ったのだ。

 

「なんでも、ありですのね………」

 

 最後の武器であるインターセプターを失い、吹き飛ばされるセシリアの腕を掴み、銀の福音が翼を広げた。

 力なくぶら下がるブルー・ティアーズは先程の衝撃で動けずにいる。再起動する頃には銀の祝福に包まれる。

 

「セシリアぁぁぁぁーーーっ!!」

 

 次々と仲間が倒れふし、最後にセシリアが落とされる。

 させるものかとインパルスを構えて銀の福音に突貫する。

 

「来てはいけません!!」

「なっ!」

 

 セシリアが手を伸ばして制止、渇の入った声に飛び出そうとした足が一瞬止まってしまった。

 

 もう間に合わないと、それはお互いに分かっていた。

 それでも見捨てたくないと、目の前で光翼に包まれるセシリアに向け、もう一度翼を突き出した。

 

「疾風………」

「セシリアっ!!」

 

 翼に包まれる直前、セシリアの力強く光る蒼い瞳が俺と合わさった。

 その口元にはいつもと同じ笑みがあって………

 

「後は、任せます」

「セシ………」

 

 光翼が完全にセシリアを包み、輝いた。

 

「あ、あ………」

 

 翼からこぼれ落ちるセシリア。

 海に落ちるまで、俺はただただ見てることしか出来なかった。

 

 全員、やられた。その事実に自分の体温のほとんどが空中に霧散した気がした。

 

 寒い………ISに搭乗してる以上、スキンバリアにより体外の気温とは関係なく体感温度は一定で保たれている。

 

 孤独、不安、焦燥、絶望、恐怖。

 とめどない負の感情が沸き上がり、震えが止まらない

 

 作戦はこれ以上ないくらい上手く行っていた。120%上手くいっていた。

 なのにセカンドシフトしてエネルギー全回復、チート並みにパワーアップして復活し。5分と満たない時間で壊滅状態に追い込まれ。

 

 気付けば俺一人だ。

 

「勝てない………」

 

 これ以上のない弱音が口から漏れでた。

 

 銀の福音が瞬時加速の構えを取った。

 先程の数倍の加速。このまま皆を置き去りに逃げることなど、物理的に考えても出来るわけがない。

 

 無理だ。俺一人でこいつの相手なんて、第一形態でも手一杯だったのに。今の福音に勝てるわけがない………

 

 福音が突撃する、その加速は音を置き去りに。俺の命を刈り取りに来た。

 

 もう、諦めるか。

 俺の両の手がダランと垂れ下がり、その時を待ってーーー

 

『疾風。後は、任せます』

 

 ッ!! 

 

 キュオンと風が吹く。

 福音が目の前に迫っていた。

 

 気付くと、俺はその場で宙返りをし、福音の瞬時加速を躱していた。

 それだけで終わらず、当たることなど考えずに下にインパルスを振り下ろし、福音の背中を掠る。

 

 極小の衝撃だったが、瞬時加速をしていた福音はバランスを崩して海スレスレまで落下した。

 

「うーーー! あっ!! 何弱気になってんだ俺はぁっ!!」

 

 恐怖を弾くように大声を上げる。

 己を鼓舞するように機体のプラズマ出力を上げ、装甲にプラズマの蒼い光が走る。

 

「あいつに任された、ならばぁっ!」

 

 こちらを向く福音、未だに光翼の輝きは劣ることなくさんさんと輝いている。

 

「タイマン、上等! 負けるのは分かってる? 知るか!! なら足掻いてやるよ最後までーー!!」

 

 インパルスの出力を増大。

 ボルテックのようにプラズマネットは展開できなくても、インパルスはボルテックに出来ないこともある! 

 

 穂先を展開、最大チャージ。

 

「チキンレースだ! ファッキンエンジェル!!」

 

 特大のプラズマと爆裂光弾がかち合った。

 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「銀の福音、再起動しました!」

「スカイブルー・イーグル以外のISが撃墜! 現在レーデルハイト君が単独で交戦!」

 

 戦線が壊滅状態の中、花月荘の特設指令室は状況の更新に忙しなく動いていた。

 

「織斑先生! 防衛ラインの教師を援軍に向かわせましょう!」

「駄目だ、容認出来ない」

 

 摩耶の訴えに千冬は冷淡に返した。

 

「でもこのままでは生徒の命が! 貴女は生徒を見捨てろと言うのですか!?」

「今防衛ラインを崩せば、第一陣を突破した銀の福音が日本に攻めいる。動かすことは出来ん。それに………今から向かっても到底間に合わん」

「そんな………」

 

 教師陣の顔が真っ青になる、

 このまま自分たちは何もせず、ただ生徒が命を落とすのを見るしかないのか。

 

「日本国軍からの応答は」

「ありません………」

 

 この状況でも援軍を寄越さない日本。

 福音が防衛ラインを突破した後、日本に在住している軍は最後の砦だ。

 理屈は分かっても、動いてくれない自国の軍に理不尽な怒りをぶつけたくて仕様がない。

 

「レーデルハイト君との通信繋がりません」

「おそらく応じる暇もないのね。それ程の現場なのよ」

 

 他の専用機が瞬時に落とされた中で一番のルーキーである疾風・レーデルハイトが粘っている。一人だけで戦えてる、いや戦えてるかと分からないが、落とされてないだけでも信じられない状況

 だが極限状態なのは明白、長くは持つ筈がない。

 

「織斑先生! スカイブルー・イーグルからデータが送られています!」

「これは………セカンドシフトに移行した銀の福音の戦闘データです!」

 

 イーグルに内蔵された観察強化型ハイパーセンサー、イーグル・アイ。絶望的な状況の中、かき集められるだけの情報を寄越してきたのだ。

 自分達を捨て石に、教師陣に託すために。

 たかだか16の少年が出来る物ではない。彼の意図を理解した千冬は唇が切れるほど噛み締めた。

 

(………これがお前のしたかったことか、束)

 

 千冬は今回の福音暴走の主犯は束なのではないかと勘ぐっていた。

 軍用ISのハッキングなど、ISの産みの親である束にかかれば不可能という言葉など出ない。

 

 だが腑に落ちない部分もある。現に一夏が重傷を負い、妹である箒が危険にさらされているのになんのアクションも起こさない。これも計算ずくなのか、あるいは………

 

「織斑先生………」

「教師陣に通達、生徒の第一陣が崩れるのも時間の問題だ。各自、高機動パッケージスタンバイ、レーデルハイトから送られたデータに目を通しておけ」

 

 今は考えるのをやめる。

 底知れないむず痒さが走るなか、教師陣は大人として作業に没頭する。

 彼等の覚悟を、無駄にしないために。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ぐほっ」

 

 プラズマフィールドを突き抜けた銀の鐘がイーグルの装甲に突き刺さって爆ぜた。

 吹き飛ばされた俺とイーグルは平らな岩場に着陸する。

 

 あらゆる手段を駆使して防戦していたが、対に均衡が崩れ去った。

 時間にして5分。これでも他と比べたら長く持った方だった。

 

(今のでSEが二割まで減っちまった………これまでかな………)

 

 これまで攻撃でインパルス以外の武装がロスト。ソニック・チェイサーのパッケージも損傷による過負荷で今パージした。

 

 銀の福音が光翼を広げた。頭上にエネルギー球が構成される。さっきの光の竜巻を放つ気だ。

 こちらは行使し続けたスラスターのオーバーフローで動くことは出来ない。

 プラズマフィールドも、張れたとしても破られるだろう。

 

 ーーー死ぬかもしれないと思うと底知れない恐怖が沸き上がる。

 理不尽だと声を荒げて罵りたくなる

 

 女尊男卑社会も目の前の現実はなんも変わらない。

 強いものが生き残る、弱いものは生き残れない。どちらが悪いとかはない、単純に俺が弱かっただけのこと………

 

(納得出来るかよ、クソッタレ)

 

 インパルスを杖代わりに、上で翼を広げる福音を睨み付ける。

 

 生きてられるかな………皆は無事だろうか………

 

 データは教師陣に渡した、後は託すしかない。

 

 福音が光の竜巻を撃ちだす、と同時に赤い光線が福音に突き刺さり射線がずれた。

 ほんの少しずれた竜巻は到達距離の長さで致命的な誤差となり、岩場からすぐそばの海に穴を空けた。

 

 飛び散る塩水に打ち付けられるなか、ハイパーセンサーが一機のISを発見した。

 箒と紅椿だった。

 

「すまない! 大丈夫か疾風!」

「箒!? お前やられたんじゃ」

「ああ、なんだか分からんがエネルギーがほんの少し回復した」

 

 シュランと両の刀を福音に向けて戦闘態勢に入る紅椿。装甲の隙間から見える赤の光が箒の戦意を表していく。

 

「逃げろ箒! 俺は動けない、お前だけでも」

「断る。たとえ現場指揮官のお前の頼みでもだ。お前はそこで休んでろ。福音は、私が斬る!!」

「………わかった、休ませてもらう」

 

 箒の力強い言葉、そこには慢心や油断などない。勝てるかどうかではなく、ここで逃げるか逃げないかという選択の中、箒は立ち向かう選択肢を取ったのだ。

 イーグルが膝をつき、緊急修復モードを起動した。それと同時に俺の意識も落ちた。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 紅椿の背部展開装甲だけを開いて準高機動モードで発動する。

 元々燃費が悪い紅椿、無駄使いは出来ないし出来れば使わずに行きたいが、そう贅沢も言える状況ではない。

 

 何故エネルギーが少し回復したのかは分からない、それでも箒の心のうちにあるのはただ一つ。

 

「一夏の為に、一夏に誇れる自分であるためにも! 行くぞ銀の福音!!」

 

 急加速する紅椿に銀の祝福が降り注ぐ。

 常時フルバーストともとれる広範囲。箒は眼下の疾風に当たらないように上方に位置を取った。

 

 図らずとも密漁船乱入時と同じ状況に箒は自嘲気味に笑った後、これまで以上に鋭い眼光を宿した。

 

「もう同じ過ちは、しない!!」

 

 咆哮に答えるように紅椿は輝く、深紅の軌跡を描きながら銀の祝福の羽を掻い潜る。

 

 一発、また一発と紅椿に羽が刺さる。

 だが紅椿は展開装甲のシールドモードを発動しない、それに裂くエネルギーなどありはしない。

 向かうは短期決戦、肉を切らせて、骨を断つ!! 

 眼前に光翼を広げる福音、紅椿の剣の射程圏内に、入った。

 

「ここだっ!!」

 

 展開装甲全展開。

 紅蓮の華と化した紅椿が福音に斬りかかる。

 銀の福音は強化された機動力で斬撃をかわして距離を取りながら羽をばら蒔く。

 

「逃が、さん!」

 

 空裂の遠距離斬撃で無理やり道を作り出し、腕部展開装甲のビットを射出。

 

 ビットに気を取られた福音に瞬時加速で一気に肉薄する。

 

「斬る! 斬る! 斬り進む!!」

 

 斬撃の乱舞、赤熱した雨月と空裂の二刀が福音のSEを斬り刻んでいく。

 苦し紛れに飛ぶ銀の祝福が当たるのを気にせずにとにかく斬りまくった。

 

(この程度、一夏が受けた痛みに比べれば!!)

 

 とにかく離れない、福音が度々両手両足からブーストして逃れようとするも展開装甲を全開にした紅椿にはかろうじて叶わなかった。

 

「ま、だぁぁぁぁ!!」

 

 鬼気迫る表情で刀を振るう。流儀もなにもあったものではなく、それでいて心の入った確かな斬撃はとうとう福音の絶対防御に触れた。

 

「届く、届かせる! とどめを刺せ! 紅椿!!」

 

 雨月と背部展開装甲以外のエネルギー供給を停止、残るエネルギーを右手の空裂に回し、濃密な紅の輝きを放つ刀を振り下ろし。前回は当たることが叶わなかった渾身の一振りが福音に届いた。

 

 SEを突き破り、絶対防御に触れた紅の一閃。肩に食い込む空裂が福音のシールドを奪い去っていく。

 削りきれ! と体に刺さる羽の痛みに身体が悲鳴をあげながらも刀を押し当て続けた。

 

 パキキと音がした。

 視線を下に戻すとセシリアをほふった、胸部装甲を割っての銀の鐘だった。

 認識するのと同時に発射。箒は構わずに斬り続けようとした、が。

 

 福音と紅椿の間で爆発が起こる。ノックバックで吹き飛ばされた福音の装甲はひび割れていた。

 元々規定にはないエネルギーの過剰誘導による攻撃、当然連発出来る設計ではなく。もう福音はその捨て身の戦法を発動することはあたわないだろう。

 

 対する紅椿は無傷。前面の展開装甲をシールドモードにすることで事なきを得ていた。

 だが箒は今の状況に愕然としていた。

 

「守って、しまっただと………」

 

 紅椿の展開装甲は当初は自動防御によりシールドを展開していた。それではエネルギーを攻撃に回すには燃費が心配されたため、自動防御機能をオミットし操縦者の意思で展開出来るよう設定していた。

 福音の攻撃に耐えながらも斬り続け、相討ち覚悟で倒そうとしていた。

 だが福音の不意打ちに対する箒の防衛本能を汲み取った高性能操縦者補助機能が展開装甲のシールドを発生させてしまった。

 

 紅椿の輝きが消える。エネルギーが切れた証拠。今の紅椿は他より少し高性能なISでしかなかった。

 

「だからなんだ! たとえエネルギーがなくても私と紅椿はまだ戦える! 戦わなくては、ならんのだ!!」

 

 福音に突進。込められるだけの力を手に鈍色の刀を福音に走らせる。

 

「うおぉぉぉぉぉーーーっ!!!」

 

 だが箒の熱き激情を福音の翼が容易く吹き飛ばす。

 暴力的なまでに視界を埋め尽くす銀の祝福が、箒の紅椿をたやすく飲み込んだ。

 

(一夏………)

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ん?」

 

 誰かが一夏を呼ぶ声が聞こえた。後ろを向いても誰もいない。

 

「どうしたの?」

「………誰かに、呼ばれたような?」

「行かなくていいの?」

 

 呟いた少女の声に横を向いてみると少女の姿は既になく、先程から耳に残っていた歌はなく。遠くから聞こえる波の音だけが鼓膜を震わす。

 

「あれ、あの子どこに行ったんだーーーうぉっ!?」

 

 一夏の体重を支えていた流木が突如として消えて一夏は尻餅をついた。

 バシャッと尻に感じる水の感触に慌てて立ち上がって尻をさするもズボンは水に濡れてなく乾いていて、気付くと少女が最初に座っていた木もなくなっており、また見渡す限りの鏡面湖が広がっていた。

 

(いったいなんだってんだよ………)

 

 

 

「織斑一夏」

「っ!」

 

 背中から投げ掛けられた自分の名を呼ぶ声。自身の全てを透き通すような声に一夏はバッと振り返った。

 

 振り返ると、白く輝く甲冑を着た女性が立っていた。

 巨大な両刃剣を自らの前にたて、その上に両手を預けている。顔は目を覆うガードにかかれて下半分しか見えない。

 だが隠された瞳は今にも一夏を貫きそうな眼差し、だが一夏はそれを不快に思わず、むしろ何処か懐かしくも思えていた。

 

「貴方は、力を欲しますか?」

「え?」

 

 気付くと、目の前に刀が刺さっていた。

 水の上に刺さっているとは思えないほどそれは真っ直ぐで、強い存在感を放っている。

 一夏にとって、それは見間違える筈のない大切な力。自身の刃、姉から受け継いだ無二の刃。雪片弐型だった。

 

「それはまあ。力はあって損はないし。それに、白式は俺のISだから」

「何故? 貴方が手にした力は。貴方が望んで手に入れた物ではなかった筈です」

 

 確かに一夏はISの力を欲しいとは思わなかった。どうせ動かせるわけがないと認識していたから当然である。

 一夏はISを手にするまでは平凡極まりない生活をしていた。

 生活費のたしにするために剣道から離れてバイトをして。たまに帰ってくる姉を労って。

 

 再度問われた問いに、一夏は初めてISを目の前にした日を思い出した。

 高校受験の日、進学校である藍越学園の受験会場、複雑な内装に迷った一夏は今にもぶっ倒れそうな程疲労が溜まってそうな受付の女性に言われた部屋に鎮座する打鉄を触った時、織斑一夏の運命が激変した。

 

「そうだな。友達を、仲間を守るためかな」

「仲間を……」

 

 ISが生まれたせいで人生を狂わされた少女がいた。

 幼いながらも親の残したものを守るために戦った少女がいた。

 父親と離れ離れになっても前を向き続けた少女がいた。

 企業の道具として、望まぬ立ち位置を強要された少女がいた

 国の利益のために、戦うだけの存在として産み出された少女がいた。

 

「今の世の中って結構、不条理や理不尽だらけだろ? 道理のない暴力って結構多いし、それに巻き込まれた人だって大勢いる」

 

 もしかしたら、普段楽しく過ごしているクラスメイト、自分と同じ境遇である彼にも、そんな過去があったかもしれない。

 

 考えてもいないのにスラスラと言葉が出た。そんな自分に驚きながらも、自分は誰かを守るために白式の力を行使していたことを再確認した。

 

「だから、俺は力が欲しい。周りにいる仲間、この世界で一緒に戦う仲間を、俺の手で……守れるぐらいの力が欲しい」

「誰かを守る。それがどれだけ険しい道だとしても?」

「ああ、始まりは偶然かもしれない。だけど」

 

 一夏は目の前の雪片弐型を握り、引き抜いた。

 

「これは、俺が選んだ道だから」

「………そうですか」

「だったら行かなきゃね」

 

 振り替えると、さっき居なくなった白いワンピースの女の子が立っていた。麦わら帽子で変わらず目元が見えない彼女は一夏に手を伸ばしにこりと微笑んだ

 

「ああ」

 

 と、一夏は頷く。

 彼女の手をとった瞬間、世界が変わった。

 

「な、なんだ?」

 

 鏡のような湖が、青い空が真っ白な光に抱かれてぼやける。

 そして同時に頭の中の靄が一気に晴れた。

 見えるはずのない景色、白く輝く翼を広げた福音、それと戦う皆と、福音の攻撃追い詰められた紅椿と箒。

 

「箒! みんな!」

 

 その光景に手を伸ばすと、さっきよりも眩く輝く光が、周りの景色をかき消した。

 

「行け、織斑一夏。お前の選んだ苦難の道に、幸があらんことを」

 

 背中に当たった荘厳な女騎士の声。その声に一夏は誰かに似ていると既視感を感じながら、その世界から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行かせてよかったの?」

 

 一面が真っ白に溶け込んだ世界で。白いワンピースの女の子が女騎士に問うた。

 

「質問の意図が理解できない。今の優先管理権限は私ではなくお前だろう、白式(・・)

「ふふっ。確かにそうね、白騎士(・・・)

 

 白式と名指されたワンピースの少女はいたずらっ子のように笑って彼女、白騎士の名を呼んだ。

 

「でも私が言ったのはそういうことではないわ。今あの子が、一夏が飛び出せば間違いなく危険な目にあう、今度こそ一夏を死なせてしまうかもしれない。貴方の力なら、私の権限を止めることだって出来たはずよ? 何故彼を行かせようと思ったの?」

「一つ高みに至った今のお前と織斑一夏なら、なんなく対処出来る」

「もし危なくなったら?」

銀の福音(あの程度)に苦戦するようでは、この先も生きてはいけない。それに、まだ私が表に出る段階ではない………今は、な」

「そう。納得したわ」

 

 剣に手をおいたまま、原初のインフィニット・ストラトスと同じ名を持つ彼女は白く塗りつぶされたなにもない空間を仰いだ。

 

 その先にある未来など、誰にも分かりはしない。未来を織り成すのは、いつだって人間なのだから。

 

「………あら? 珍しい。貴方がここにくるなんて」

 

 白式(少女)白騎士(女騎士)、二人しかいない空間に足音が鳴る。

 

 白騎士も天に向けていた視線を白式と同じ方向に向ける。

 白式は麦わら帽子をあげ、白騎士もその兜を脱いだ。

 

「貴方はどう? あの子に会いたかったんじゃないの?」

「…………」

 

 シワだらけの白衣、飾り気のない黒のズボン。くたびれたという印象が誰よりも似合いそうな青年は。白式の問いに答えることなく、ただ笑みを浮かべるだけだった。

 

 



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第22話【白雪を纏う】

「くぅ………ぅぅ………」

 

 エネルギーが切れた紅椿で突貫した箒はその弾雨の前に吹き飛ばされて岩場に倒れていた。

 

 上を見上げると、銀の祝福を広げた銀の福音がそこにいた。

 福音はエネルギー翼を広げ、こちらに砲撃体制を取った。頭上でエネルギーが回り始める。疾風を葬ろうとした、光の竜巻。

 

 逃げようと試みるもだが、その場から動けない

 徐々に大きくなるエネルギー球を前に箒は涙を浮かべた。

 

(ここで終わるのか。また、なんの成果もあげられずに………)

 

 巨大なエネルギーの塊がぽうっと輝きを増し、砲撃のカウントダウンが迫るなか、箒の頭の中にはただ一つの事だけが浮かんでいた。

 

(一夏に………会いたい)

 

 彼の顔が見たい。起き上がった元気な姿の彼が見たい。

 それが叶わなくても、声だけでも聞きたい。通信越しでもいい。最後に、彼の声が聞きたい。

 

(………駄目だな、それでは私の死に際を、一夏に聞かれてしまう)

 

 そんなことをすれば優しい彼のことだ、声を枯らすぐらいに泣き。福音に復讐の刃を向けるだろう。

 そんなことが起こってはいけない。復讐に堕ちる彼など。一夏らしくない。

 そう思うのは傲慢だろうか。

 

 だけど………それでも会いたいと願ったのだ。

 

「いち、か……」

 

 知らず知らず、その口からは愛しい人の名前を出していた。

 輝きが最高潮に達し、まもなく発射されることを理解し、箒は覚悟を決めてまぶたを閉じる。

 

 刹那、福音が爆炎に包まれた。

 

『?!!?!!!??』

 

 福音から竜巻が放たれるのと同時に福音が何処からか撃たれ、吹き飛ばされる。

 だが銀の祝福により産み出された光の竜巻は放たれ、箒を飲み込まんと向かってきた。

 

「うううぅぅぅおおおおおおおおお!!!!」

 

 何処までも響きそうな雄叫びと共に目の前に白が飛び込んだ。

 そしてその白は緑色の光の幕を展開し、福音が放った光の竜巻を霧の如く消し去った。

 

(な、何が起きてーー)

 

 ただ、戸惑う私の目の前にいるIS。見覚えがあり、なおかつ形の違うその純白の御姿。

 そのISの搭乗者は覚悟を持って叫んだ。

 

「俺の仲間は! 誰一人としてやらせねえっ!!」

 

 戸惑う箒の耳に届いたのは、さっきからずっと願い思って止まない。

 愛しき人の声。

 

 第二次形態移行(セカンド・シフト)した愛機、白式・雪羅と、織斑一夏の姿だった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 何が起きたのか、正直分からなかった。

 夢から覚めたと思ったら身体中の傷は塞がっており、白式も飛んでいる途中で姿が大きく変わった。

 

 だけどやることは分かっていた。

 真っ直ぐ、ただただひたすらに真っ直ぐ飛び。

 大切な仲間を、守るために。

 

 

 

 

 

「いち……か?」

「遅くなってごめんな。大丈夫か?」

「一夏っ、一夏なんだな!? 体は、傷はっ!?」

「なんともない。箒が無事でよかった」

「ば、馬鹿者………それは私の台詞だろうに……… 」

 

 ボロボロと大粒の涙が溢れ出る、腕を伸ばし、彼の顔に触れると、更に涙が止まらなくなった

 

「なんだよ、泣いてるのか?」

「な、泣いてなどいないっ!」

 

 何処まで強気なんだと思ったが。それでこそ箒だと一夏の頬が緩んだ。

 

「すまない、一夏」

「ん?」

「やはり私ではなんにも役に立てなかった。私は………駄目な奴だ」

 

 涙を強引に拭き取り、嗚咽を隠しながら言った。

 こんな弱音、言いたくないと思っていた。ましてや一夏の前でだ。

 それでも涙と共にこぼれ落ちてしまう。一夏が生きていた安心感も後押しして箒は吐き出す。

 

「今度こそ一夏の役にたとうと、皆の役に立とうした。だけどこの様だ。やっぱり私は……」

「そんなことないぜ箒」

「え?」

 

 涙を隠すのも忘れて箒は顔を上げた。そこにはいつもと変わらず優しい笑みを浮かべる一夏の顔があった。

 

「箒が役立たずなんて、そんなこと絶対にないぜ」

「なんでそんな」

「箒が頑張ってくれたから、俺が間に合った。皆も死なずに済んだんだ。それは、箒と紅椿のおかげって奴じゃないのか?」

「わ、私はお前の役にたてたのか?」

「ああ。ありがとうな、箒」

 

 変わらず笑みを見せてくれる彼に今度こそ箒の涙が溢れかえる。

 一夏がありがとうと言ってくれた。それだけで、箒の胸は一杯になった。

 

 絶えず涙を流す箒にどうしたものかと一夏は迷った。泣いたことを指摘すればまた泣いてないと言うに違いない。

 

「リボン、焼けちまったんだな」

「べ、別に問題はない」

「いや、俺のせいでもあるし。でも、ちょうどよかったかもな、はいこれ」

 

 一夏はバススロットにしまっていた白いリボンを取り出して渡した。

 差し出されたリボンに箒は目を白黒させる。

 

「り、リボン……?」

「誕生日おめでとう」

「お、覚えていたのか」

「当たり前だろ? あ、もしかして忘れてると思ってたのか? 酷いなー、箒は」

「そ、そんなことは……」

 

 7月7日、今日は箒の誕生日。

 何を渡せば分からなかった一夏は結局はシャルロットにアドバイスを貰ったのだが。色だけは自分で決めた。

 

 ザバッ! と海から福音が浮上する、水蒸気を纏いながら、その広げられた光翼が夜に写る。

 

「じゃあ行ってくる。まだ、終わってないからな。それ、せっかくだから使ってくれよ?」

「一夏………」

「箒達が繋いでくれた物、無駄にはしないからな!」

 

 言うなり、一夏は福音に向けて飛んだ。

 その速度は以前の白式より遥かに速かった。

 

「再戦と行くか!」

 

 雪片弐型を右手に構え、福音に向かって切りかかった。

 それを最小限の動きで躱す福音に対し、左手の新武装である籠手、【雪羅】を展開した。

 第二形態に移行したことで現れたこの雪羅は、状況に応じて三つのタイプを切り替える武装になっている。

 

 先程の福音を撃ち抜いた荷電粒子砲【月穿(つきうがち)

 銀の祝福を消し去った零落白夜のシールド【霞衣(かすみごろも)

 そしてもう一つは。

 

「間合いだ!!」

 

 一夏のイメージに答えるように、雪羅がガパりと開き、大きな手となる。

 その指先一つ一つから零落白夜と同じ光のエネルギー刃が出現する。

 

 雪羅、クローモード。雪片弐型とは別に零落白夜の刃を生み出す。

 突如出現した1メートルの光の爪に福音はシールドエネルギーで受け止めるも、その爪はシールドごと福音の装甲を切り裂いた。

 

『敵ISの情報を更新。攻撃レベルAで対処する』

 

 福音は急速離脱。エネルギー翼を広げ、福音は一夏に向かって掃射反撃を行った。

 一夏の視界いっぱいに広がる光の暴風雨。今の白式の機動力なら迂回してよけれないことはない。だが一夏は迷わず直進した。

 

「一夏!?」

「大丈夫だ! 箒!」

 

 雪羅を再びシールドモードに変形させ、迫りくる銀の祝福は霞衣の盾にあたって霧散した。

 零落白夜のシールド、それはすなわちエネルギーを完全に無効にする盾。霞に飛び込むように、衝撃によるノックバックはゼロ。

 速度を落とさずに白式・雪羅は猛進する

 当然エネルギー消費も激しいが、完全に無効化できる分。エネルギー兵器しかもたない銀の福音に対し、白式が武装面の完全なアドバンテージをとった。

 

『銀の祝福の無効化を確認、戦術パターンを変更。加速』

 

 福音は光翼全部をもってスラスターを吹かし、こちらを撹乱する。

 

「前の白式なら追いきれなかったけど。今の白式は違うぞ!!」

 

 強化され、2機から4機に変わった大型スラスターを備えた白式・雪羅は、瞬時加速の上の二段階瞬時加速(ダブルイグニッション・ブースト)を可能にしている。

 いくら福音でも、回避や攻撃での常時最高速度のブーストは無理なはずだ。

 一夏は福音に追い付き、その背中に荷電粒子砲を叩き込んだ。

 

『状況変化、再解析開始』

 

 再びおびただしい数の銀の祝福を霞衣で受け止める。

 横目で消費していくエネルギー残量をみる。

 福音に対抗は出来たものの。新武装と増えたスラスターで前よりも白式はエネルギーを消費するようになった。

 

「もたもたしてられねえ。速攻で落としてやる!!」

 

 再び雪片弐型を構え、福音に突撃した。

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

(一夏が駆けつけてくれた)

 

 心が躍動する、熱を持ち、跳ね上がる。

 そして戦う一夏を見て、箒は何よりも願った。

 

(私は、あの背中を守りたい………今度こそ、あいつの隣で共に戦いたい)

 

 強く、ただひたすらに強く願った。

 

 その思いに応えるように、愛機紅椿は脈動する

 エネルギーを失った筈の紅椿が展開装甲を広げ、赤い光と共に金色の粒子を溢れだした。

 

「これは!?」

 

 ハイパーセンサーからの情報で、機体のエネルギーが急速に回復していくのが分かった。

 

『ワンオフ・アビリティー【絢爛舞踏】発動。エネルギー、フルチャージ、完了

 展開装甲とのエネルギーバイパス構築、完了』

 

「これは、さっきと同じ?」

 

 疾風を助ける前に現れた金色の粒子。その時は一瞬だったが、今は紅椿を包み、金色の光が辺りを照らした

 まだ戦える。そう紅椿が箒に伝えてるようだった。

 

 箒は腕の装甲を解除し、一夏から貰ったリボンで髪を結った。

 

「ならば行くぞ! 紅椿!!」

 

 黄金に輝く深紅の機体は、白み始めた空を裂くように駆けぬけた。

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

「ぜらあああっ!!」

 

 零落白夜の刃が福音のエネルギー翼を切り裂いた。

 だが膨大な福音のエネルギーが瞬時に、その翼を修復した。

 

(やっぱ直接本体に当てねえと駄目か)

 

 福音もそれが分かっているのか、迂闊に此方に踏み込んでは来なかった。

 エネルギーはもう三割しかない。

 

 諦めるという考えは無かった。

 だが現実は刻一刻と俺の心を焦りに向かわせた。

 焦りから大振りになったその瞬間を福音は見逃さず、その翼を一夏に向けた。

 

「しまったっ!」

 

 だが福音の砲撃はまたも阻まれ、福音が海に落水する。

 福音にヒットした紅の光。それが何かを一夏は知っていた。

 

「一夏!」

「箒!? お前、ダメージは。それにその姿」

「細かいことは良い! それよりも、私の手を握れ!!」

 

 金色に光る紅椿の手と白式の手が重なる。紅椿の金色の光が白式の白い装甲に流れていく。

 繋いだ瞬間、一夏の全身に電流のような衝撃と炎のような熱が広がり、一度視界が大きく揺れた。

 そして三割を切っていたエネルギーが、瞬く間に満タンになっていった。

 

「な、なんだ? エネルギーが! 箒これは……」

「紅椿が応えてくれた。一緒に行くぞ、一夏!」

「おう!!」

 

 一夏は再び雪片弐型を握り、箒の背に乗った。

 

『対象のエネルギーの回復を確認。理解不能、理解不能。危険、直ちに現最大出力による排除を開始する』

 

 それに対し福音は白く輝く翼を更に輝かせる。

 バシュン! という一際大きい音と共に光の弾幕が此方に迫ってきた。

 

「箒! そのまま突っ込め!」

「わかった!」

 

 羽の嵐の中を、霞衣で受け止めながら直進する。

 そして嵐の間に隙間が出来た。

 

「今だ! 私が回り込む、止めはお前だ、一夏!」

「ああ、今度こそ決める!!」

 

 二機は左右からの挟撃にうつる。

 再び来る銀の祝福を大きく迂回しながら福音に肉薄しようと試みる。

 

「食らえ!」

 

 紅椿が放った雨月の射撃を難なくかわす福音。それでも箒は両の刀で振り、突きだし。福音の動きを掻き乱す。

 

「そこだぁ!!」

 

 僅かな隙を、と一夏は零落白夜を叩き込むも、福音の光の翼に阻まれる。

 光翼は目隠しとなり、零落白夜により翼は霧散するも本体には届かない。

 

「なにっ、うわっ!!」

 

 福音の蹴りが白式に打ち込まれ、すかさず残った片翼から光弾の雨が降り注ぐ。

 

(シールドモード、間に合うか!?)

 

 急いで霞衣を展開しようとした次の瞬間、青白い雷光が光弾の雨を凪ぎ払った。

 

「この電撃は………」

「なにまたぼさっとしてんだこの唐変木が!」

「その声は、疾風!?」

「私たちも」

「ここにおりましてよ!!」

 

 彼方から放たれた砲弾と青白いレーザーが福音の追撃を許さずと遮り、福音は一時的にその場を離れた。

 そして攻撃の先には疾風達五人のISの姿もあった。

 

「皆! 無事だったか!」

「なんとかね。箒も無事でよかったよ」

「すまない応急処置とパッケージ解除に手間取ってしまった」

 

 皆が戻るなか一番に飛び出したのは甲龍だった。

 

「一夏ぁっ! あんたなにのんきに眠りこけちゃってんのよぉっ! ぅぅ………」

「あらあら鈴さん、心配だったのはわかりますが、顔がぐちゃぐちゃですわよ?」

「心配なんか………心配……したわよ! しまくったわよ馬鹿ぁ!」

「ご、ごめんって」

 

 本当に無事で良かったと、一夏は心から安堵する。

 鈴が離れるのと同時に辛うじて空気を読んでいた疾風が興奮冷めやらぬ顔で白式・雪羅に乗っている一夏に詰め寄った。

 

「おい一夏お前。一度死にかけてから遅れて登場って。何処のヒーロー主人公だお前!? そしてそんなカッコよくなって再登場ってなんなんだよ、なんなんだよお前カッコいいなっ!!」

「褒めてるのかけなしてるのかどっちだ?」

「褒めてる! なんだそのスラスター! なんだその左腕! 足! 頭! カッコいいなこの白式ぃっ! だからちゃんと隅々まで調べさせなさい! じゃないと俺はお前に何をするか分からなオゥエフッ!」

「疾風。その白式はひとまず置いとくとして、今は福音をなんとかしませんと」

「せ、せめてデータだけでも」

「分かりましたわ、ね?」

「ハイ、スイマセン」

 

 ハァハァと息をあらげて詰め寄る疾風の暴走をセシリアが強引に止める。

 

『敵対対象の増加を確認、殲滅行動を続行する』

 

 こちらも空気を読んでくれたのか、それとも新たな敵に対して情報を纏めていたのか。こちらが一段落した後に福音が再び光翼を輝かせる。

 

「では作戦指揮官さん。よろしくお願いしますわ」

「了解。みんな、長丁場はこっちが不利だ。包囲して福音を拘束して、一夏がぶった斬る! 細かい詳細は随時指示する!」

『了解!!』

「それじゃ。散開!」

 

 疾風の号令で全機散開。包囲の時間を稼ぐために疾風が瞬時加速で福音に突っ込んでインパルスを撃ち込む。

 銀の祝福で迎撃する福音。イーグルのプラズマを前方に集中展開して防いでいる間に甲龍・崩山パッケージの砲撃体制が整った。

 

「さっきのお返し! 万倍にして返してやる!!」

 

 一時のチャージの後の甲龍のパッケージによる赤色拡散衝撃砲が一斉に飛び交い、福音のボディを叩いた。

 福音は標的を鈴に向け、銀の祝福を発射しようとする。

 

 背後から青い光弾が福音の翼を叩いた。

 

「お聞きなさい! 私とブルー・ティアーズが奏でる鎮魂歌(レクイエム)を!!」

「なにそのカッコいい決め台詞!」

 

 ストライク・ガンナーにスラスターとして接続されたビットの封印を解かれて飛来する。連続で飛んでくるレーザーを福音はなんとか抜け出そうとするも、そこに甲龍の衝撃砲が降り注ぐ。

 

「箒、切り込むぞ!」

「ああ!」

 

 二方向から紅椿とスカイブルー・イーグルが二機の射撃の合間を縫って肉薄する。

 その斬撃を避け、再び籠の中から脱しようとする福音。

 

「逃がさん!!」

 

 眼帯を解除したラウラのシュヴァルツェア・レーゲンから放たれた4つのワイヤークローが福音の右足に絡み付く。AICで自身を固定し、遠心力の要領で福音を振り回す。

 

「シャルロット!!」

「行けぇぇーーっ!!」

 

 振り回すワイヤーの軌道線上を向かいあうようにラファール・リヴァイヴカスタムⅡが肉薄、グレー・スケールの劇鉄を起こす。

 

 シャルロットは実体兵装のなかでの最強の一撃である盾殺しを銀天使の翼にめり込ませた。

 福音はそれに対しぶつかった光翼を自発的に爆発させ、炸裂装甲の要領で攻撃をいなす。

 

「デュノア社をなめるな! アメリカ!」

 

 だが今回はシャルロットが上手だった、翼が爆発する瞬間にラピッド・スイッチでガーデンカーテンのシールドを自身の回りに展開、同時に瞬時加速で爆風を置き去りにして福音のボディに杭を打ち込んだ。

 

 吹き飛ばされた福音は右足に絡み付いたワイヤーを装甲ごと切り離し、包囲網の穴である上空に直角に飛翔した。

 

『パターンセレクト、全方位に最大火力射撃を行使する』

 

 福音の機械音声がそう告げると、銀の祝福の光翼を自身の体に巻き付け、そのまま回転して球状の塊に変貌した。

 

 翼が回転しながら一斉に開き、無限の砲門から放たれた爆裂光弾が嵐のように全方位に降りかかる。

 福音は圧倒的物量で、場をリセットし、浮いた標的を各個撃破しようというパターンを選択した。

 

 だが、現リーダーである疾風は撃たれる前の僅かな時間のなかで対応、各所に指示を出した。

 

「ラストだぁ!!」

 

 疾風の号令で箒が一夏を支え、羽の射程圏から離脱。それを援護するべくシャルロットがパッケージを広げて受け止める

 残った機体は疾風のスカイブルー・イーグルを守護。持てる手で羽を迎撃し、自身そのものを盾として彼を守った。

 それは正しく肉壁の戦法だったが。疾風を信じて皆は疑うことなく指事に従った。

 

「ハイパーセンサーサーキット、フルドライブ、ルート確立、誤差修正。過剰負荷? ほっとく!! 銀の祝福の射撃時間終了予測、計算完了!! インパルスの内臓プラズマコア、オーバーロード!!」

 

 イーグル・アイからパチパチと火花が弾けながらも疾風とスカイブルー・イーグルは膨大な計算を纏めあげ、次の一手に繋げる。

 

 福音の全方位射撃が終わりを迎える頃、疾風を守っていたセシリア、鈴、ラウラは銀の祝福に吹き飛ばされ、残った羽がスカイブルー・イーグルに突き刺さり、爆ぜあがる。

 視界が爆煙に晒され、体勢を崩され、福音を見失う。

 だが、疾風は福音の位置データだけを頼りに残りの出力を槍を持つ右手に注いで、

 

「と、ど、け、えぇぇぇええええ!!!!」

 

 投擲。

 投げられたインパルスは撃ち尽くした羽の隙間を一直線に飛び抜け、福音のシールドエネルギーに突き刺さる。

 

 インパルスの中に凝縮された全てのプラズマエネルギーが急速にその中を駆け巡り、インパルスは先程のラプターの比ではない高電圧の放電球に変貌した。

 

 高電圧の檻により福音の動きが止まり、ハイパーセンサーが一時的にダウンする。

 

『ハイパーセンサー再起動、状況確認』

 

 僅か1、2秒で福音はセンサー復旧させ、視界をクリアにする。

 膨大な電圧の檻は先程の放電球より出力は上だったが持続時間が短く、福音のセンサーを麻痺したのは、ほんの一瞬だった。

 だが目まぐるしく変わる戦場のなかで、その一瞬は致命的な傷となる。

 

 センサーに反応、福音はその方向を向こうとした瞬間、爆発による海の水蒸気を切り裂き、白式・雪羅が銀の福音の喉元に喰らいつく。

 

「今度は逃がさねえぇぇぇっ!!!!!」

 

 一夏は雪羅をクローモードに展開し、その大きな手で福音を捕らえた。

 二段階瞬時加速で海の上を滑り、そのまま小さな孤島の砂浜に福音を打ちつける。

 

「うあぁぁっ!!」

 

 打ち付けられた福音は翼から銀の祝福を放とうとするも、一夏は雪羅から霞衣を零距離で展開して消し去る。

 雪羅で押し込んだ福音に右手の零落白夜の刃を力の限り突きつけた。

 膨大なシールドエネルギーに刃を突き付け、福音のエネルギーを減らし続ける。

 押されながらも一夏の喉笛を引き裂こうと、福音の鋭利な手が少しずつ一夏の首目掛けて伸びていく。

 

 その一方で、視界に移るエネルギーメーターの残量が28を切って、後数秒で0に変わろうとしていた。

 

(くそっ、届かねえのかっ)

 

 迫り来る現実に挫けかけた、その時。エネルギーメーターの数値が1で止まり、そのまま1・2・1・2と拮抗し始めた。

 同時に背中から暖かな熱と光が一夏と白式を包んだ。

 

「これは、箒っ!?」

 

 ハイパーセンサーのカメラで捕らえた後ろには絢爛舞踏を発動した箒が一夏の背に手を当て、エネルギーを送り続けていた。

 

「押し込め!! 一夏ぁぁぁ!!」

「っ!! ぅぅおおおおお!!!!」

 

 絢爛舞踏のエネルギーコネクトに後押しされ、再び最大出力で展開された雪片弐型の零落白夜を一気に押し込む。

 福音から伸びた手が一夏の首に触れようとしている。

 

「あああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 その爪の切っ先が喉笛に触れかけたところで、福音のシールドエネルギーにひびが入り、音をたてて砕け散った。

 シュュュンという音と共に福音の頭部バイザーから光が消え、頭から延びていた光翼が力なく地に伏せる。

 銀の福音は動きを停止した。

 

「はあ……はぁ、はぁー……」

 

 極限状態の反動が一夏にバックし。雪片弐型を杖代わりにして立つのがやっとだった。

 荒い息が肺から放出される。

 息が苦しい、呼吸が荒い、体が熱い。

 そのまま崩れ落ちそうになった体をーーーー箒のISの手が支えた。

 

「箒………?」

「立てるか?」

「ああ………」

 

 箒と紅椿に支えに立ち上がる。

 一夏と箒の目が交錯する。

 箒はバチリと合った目線に頬を赤らめ、そんな箒を見た一夏は気まずくなって顔をそらした。

 

 パッと背後が明るくなる。

 夜に突入していた空を、朝焼けの太陽が優しく一夏達を照らす。

 その太陽に五つの黒点が。

 

「福音の反応が完全に消失、てことは!」

「ああ、今度こそ私達の勝ちだ!」

「おいそんなフラグ言って大丈夫か? また第二第三の福音が的な感じでサードシフトとか」

「物騒なこと言わないで下さいまし!」

「てかあんたのその発言が一番のフラグよっ!!」

 

 先程死闘を繰り広げたとは思えない感じで、やいのやいのと通信越しで騒ぎ立てるメンバーに一夏は笑った。

 

「終わったな、一夏」

 

 箒の顔を見た。いつも仏教面な幼馴染みは微笑みを浮かべて一夏を見ている。

 箒の笑顔を見て一夏は胸が熱くなった。こちらに向かってくる皆も、また笑顔を浮かべている。

 照らされる太陽に移された一夏の顔も、また笑顔だった。

 

「ああ、やっとな」

 

 それが、織斑一夏が守りたいと思った、いつもの日常なのだから。

 

 

 



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第23話【精一杯の我が儘】

 一夏達が銀の福音を機能停止に追い込んだ地点から約300キロメートル。

 

「………」

 

 ネイビーブルーに染められた一機のISが光学ステルスモードで浮遊していた。

 そのISの名は【ストライカー】

 

 アメリカのスターズ社が開発した、第二世代IS量産シェア第一位【ストライカー】

 主に軍事基地に優先配備されており、打鉄以下ラファール以上の装甲。そして最高速度と機動力は二機を上回る、バランスの取れたIS。

 操縦者の技量次第では第三世代にも決して劣らない確かな性能が軍事基地に採用される大きな要因となっている。

 今の時代、ISはスポーツと軍事利用の二部に分かれている。ストライカーが量産シェア一位を獲得したのも、それが理由となっている。

 

 静かに、ただ静かに。彼方の少年少女、そして傍らに倒れる銀の福音を見ていた。

 

「………こちらネームレス1。銀の福音は完全に機能を停止した模様。追加で、織斑一夏(ファースト)のセカンドシフトのデータも入手」

 

 アメリカ特殊工作部隊【名も無き兵たち(アンネイムド)】の隊長がフルフェイスメットの中で静かに報告を入れる。

 彼女に名前はない。飾り気も、部隊章も、武勲も、彼女達には必要ない。

 それどころか、アンネイムドという部隊名もこの世界には存在していないことになっている。

 

 便宜上呼ばれている隊長、ネームレス1にもかつて名前があった、家族もあった。

 だが今は何もない、過酷な訓練、色々な要因が部隊の兵から消え去った。

 

 ステルス装備と超望遠レンズを装備したストライカー・ステルスを纏うネームレス1の任務は『暴走した銀の福音の動向を監視、並びにIS学園側の勢力の把握、分析』

 そこには銀の福音を止めろとも、学園と協力して対処しろとは書かれていない。

 例え銀の福音が日本を火の海に変えたとしても、彼女の任務は、監視のみ。

 

 彼女の胸にあるのはただ一つ。称えることすら許されない、愛すべき祖国、アメリカの為。今日も隊長は名無しとして任務につく。

 

「フィクサーからネームレス1。直ちに帰投せよ」

「了解、現中域から離脱する」

 

 超望遠レンズをリコール。光学ステルスのみを解除し、ストライカーの特徴である戦闘機に似た加速用ノズルブースターに火を入れる。

 これで任務完了、後はただ指定された場所に戻るだけ………

 

「あら、もう帰ってしまうのですか?」

「っ!?」

「もう少しゆっくりしていってもいいのですよ?」

 

 常に心を乱さず任務をこなす隊長がこの時久方ぶりに本気で動揺した。

 ハイパーセンサーの視界に頼る余裕もなく振り向いた。

 朝日に照らされ艶やかに光る、緑の黒髪を一本に纏めたたおやかな女性がそこに居た。

 打鉄と白式を足して2で割ったような純白のISを纏う彼女は人当たりの良い笑顔を隊長に向けていた。

 純白ISの背中には、白とは打って変わって灰色の追加ユニットが乗っかっている。

 

「お茶でも飲みますか? 私無類のお茶好きでバススロットにも水筒を入れてるんですよ。そんなとこに入れるなって旦那にも言われているんですけどね」

「………………」

「あ、それとも菓子のほうが良いですか? きんつば持ってきてるんですけど、これ実は私の手作りなんです。旦那さんの仏教面もこれを食べる時は少し崩れるんですよー」

 

 手から量子変換で水筒やジップロックを出し入れーーー所々旦那自慢を挟みーーーながら、突如目の前に現れた女性はそれはまあ包容力のある笑顔で喋り続けていた。

 

 だがアンネイムドの隊長はそれどころではなかった。

 自身は解除するまで光学ステルスを備えていた。

 何故見つかったのか。

 

「あ、すいません。これ脱いで良いですか? 打鉄対応型の隠密探査パッケージ【影鉄】。隠れた人を見つけるのがとくいなんです。ですがこれがまた重くて重くて。よいっしょっと」

 

 パッと背部の灰色のユニットを量子化し、純白の装甲だけが残された。

 

 勿論周囲の状況を把握するための広域センサーも完備している。

 たとえこちらのステルスを見破り、接近してきたとしても。近づかれたら分かるはずだ。たとえ光学ステルスを起動したとしても、スラスターを吹かせば熱源で探知出来る。

 つまりーーー

 

(PICだけでここまで近づいたとでもいうのかっ? それともそのパッケージの仕様? いや、そんなことよりも)

「ところで、暴走したISは無事に止まったみたいですねぇ。よかったです………いや良くはないですね。結局子供たちに押し付けてしまいました。折角責任者に弱みをぶつけてゲフンゲフン。責任者を締め上げて出れたと思ったらこんな装備をつけてこんな任務を押し付けられる始末です」

 

 隊長は話の半分も聞こえていなかった。

 目の前に居るのはそれだけの人物。

 

(何故こんなところに日本のIS国家代表がいる!?)

 

 あの織斑千冬の次に警戒対象にピックアップされている重要対象が、目の前で朗らかに喋っているのだ。

 

「もう嫌になってしまいます。下手な役職がこうも足枷になるとは、本当にやっかいで。あ、申し遅れました。私、楠木麗(くすのき うるは)と申します。ISの日本代表をやっております」

 

 楠木麗。

 第二回モンドグロッソを機に代表を引退した織斑千冬に変わって日本の国家代表の座についた女性。

 代表決定戦では幾度も剣を交わせ、イギリスの剣撃女帝、アリア・レーデルハイトと同じく千冬と剣で斬りむすべる実力をもつ数少ないうちの一人。

 

「ところで一つ聞きたいことがあります」

「な、なんだ………」

 

 思わず言葉を出してしまった。

 今隊長のメンタル係数を図ってみたらどうなるだろうか。

 隊長は畏怖に似た感情を浮かべていた。一見朗らかに話す目の前の女。まったくといっていいほど隙がないのだ。

 一目散に逃げるという選択肢など等に無かった。動けばやられる。動悸と汗でフルフェイスメットの中の湿度が上昇していた。

 

「ここ、日本の領空権内ですけど。許可取ってます?」

「………」

 

 取っている訳がない。どこの世界にアポを出す世間から抹消されている部隊があるのか。

 

「アメリカ、イスラエルが保有しているストライカーは全機空母に待機中、そもそもネイビーブルーのストライカーなどありません。イーリス・コーリング代表に聞いたので間違いありません。つまり貴女は日本に不法入国してることに他なりませんね?」

 

 つまり。

 

「斬っても構わないということ、ですね?」

「っ!!」

 

 楠木麗の口元が歪んだ。

 先程まで井戸端会議をする主婦のような笑みが獲物を前にした猟犬のような笑みに変わった。

 チャキッと、ストライカー・ステルスのハイパーセンサーが相手のこいくちの音を拾った。

 今の隊長の装備に真っ向から相手出来るだけの装備はない。否、そもそも相手取ることなど出来るのだろうか。

 

 それでも任務を果たさなければならない。隊長の意識を保っていられるのは、正にそれだけが隊長の精神の支柱となっていた。

 

「逃げられるとお思いで? 間違いなく怪我だけではすまないと言っておきますーーーこちらの条件を飲むのであれば話は別ですが」

「な、なんだ」

「今貴女が保有しているデータを譲渡してください」

「なっ」

 

 それはすなわち、任務の放棄。アンネイムドとして、あってはならないことだ。

 

「選択肢、あると思えませんけど? 私はどちらでも構いませんよ? 国に土足で入った以上斬るだけですし」

「………しばし待て」

「はい♪」

 

 隊長が本部に秘匿通信を繋ぐ。任務完了以外で通信するなど本来あってはならない。

 

「………データはそちらに渡す」

「あら、少し残念です」

 

 本部の決断はデータよりもアンネイムドの存続、捉えられてアンネイムドに繋がる証拠をさらすよりも良いと、本部は判断した。

 有視界通信でデータの移動が行われる。もの数十秒でストライカーから麗にデータが移動した。

 

「ありがとうございます」

「用はすんだな、約束通り」

「最後にもう一つーーーお前たちに警告する」

 

 楠木麗から笑顔が消えた。

 刹那、隊長は全身が斬りつけられたような錯覚に陥った。

 先程の狂的な戦意とは別の研ぎ澄まされた刀のような殺気、圧。

 

「日本をぬるま湯に浸かった日和日の島国と努々考えるな。何処の回し者か知らないが、我ら日本と矛を交えて無事で済むと到底思わないように」

「くっ、うっ………」

「では無様にお逃げなさい。私の気持ちが変わらないうちに」

 

 隊長は瞬時加速やオーバーブーストなど使わずに一目散に楠木麗から離れた。

 少しでも遠くに、ひたすら遠くに、出なければ、命はないと。自分に言い聞かせながら。

 

「ーーーはい………任務完了です。私としては未完了ですが………はい? え、最後は余計? 嫌ですねー、言ってみただけですよ。あ、調度良いですし織斑千冬さんに会いに行っても? ………え? 駄目? そんなぁーー」

 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 

 搭乗者ごと福音をエーンヤコラと背負って花月荘に帰投した福音討伐隊御一行。

 福音は一番損傷の少ない一夏が担ぎ込むことになったが、中の人が女性なせいか、ラバーズが気にしだして変わろうかと持ちかけるもやんわりと断られてまたすねる。

 メンバーの中で損傷が一番酷いブルー・ティアーズに持たせる訳にもいかず、ということで俺が持とうと立候補するも「お前はこっそりデータ抜き出しそうだから駄目」と言われた。

 誠に遺憾である、俺が何をしたというのだ。解せぬ。

 

 そのあとの福音の所在だが、教師経由で米軍に引き渡されるそうだ。

 中の人の安否が心配だったが、目立った怪我は見られず直ぐに回復するとのことだった。

 めでたしめでたし。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「作戦完了だ。様々なアクシデントに見舞われたが、諸君のお陰で日本は守られたと言っていいだろう。学園を代表して、皆に礼をいう」

「はい」

 

 戦士達の帰還の後、直ぐに教師とのデブリーフィングを行った。

 いるのは織斑先生と山田先生。他の教師はなんか色々あるらしく、早朝ながらもバタバタと慌ただしかった。

 

「だが織斑。お前は無断出撃により、帰ったら反省文と懲罰用トレーニングを用意する。そのつもりでいろ」

「………はい」

 

 我らがヒーローの帰還はなんとも冷たいものだった。

 その証拠に一夏だけ正座を命じられた。

 なんとも居たたまれない感じだ。箒は自分にも責任があるということなのか一夏が正座すると同時に自身も正座に移行し、他のラバーズもなんの対抗意識なのか正座になった。

 俺? 俺は正座なんて大嫌いなので普通に座っている。セシリアも自発的にやろうとしたが俺が止めに入ったのでスルー。

 

 そんなこんなでかれこれ30分正座しているラバーズは大変なことになっている。

 脂汗がにじみ、足をモゾモゾとしながら会議に参加する様は、なんとも痛々しいものだった。

 といっても、箒はなれているのか澄まし顔。箒の勝利である。

 

「では、これにてデブリーフィングを終了する。山田先生、後は頼みます」

「じゃあ、一度休憩してからメンタルチェックと健康診断を行います。ちゃんと服を脱いで全身見せてくださいね。あっ! 勿論男女別ですよ! わ、分かってますか、織斑君?」

「わかってますよ! てかなんで俺だけなんですか?」

「あ、ごめんなさいレーデルハイト君! 忘れてた訳ではないんですよ?」

「あらやだ衝撃の事実ぅ! 私って女だったのね! では私も女子として診断をしてもらおうかしらん!」

「だだだ駄目ですよ!?」

「遊ぶなレーデルハイト。あと気持ち悪いからやめろ」

 

 いやん、織斑先生のいけずぅ。

 ………やめよ、自分でも気持ち悪くなってきた。

 

 山田先生から手渡されたスポーツドリンクを喉に流し込む。

 少し甘くてほんの少し苦い。苦手と言う人もいるが、俺は嫌いじゃなかった。

 

 正座から解放された面々が足をダラッと伸ばしながらくつろぐ………なんてことはなく。姿勢を崩すだけで皆ある方向をチラチラ見ながらチビチビ飲んでいる。

 

「あの、なんでしょうか織斑先生」

 

 まあある方向っていうのは織斑先生なんだけど。何故かこっちをジッと見ていて、正直居心地が悪い一夏達。

 織斑先生は目線をそらしたり頭に手を置いたりと忙しい。

 鬼教師(一夏談)の織斑先生らしくないソワソワした様子。後ろにいる山田先生は何故か笑顔だ。

 

「………その、なんだ………皆、よくやった。よく無事に帰ってくれた」

『え?』

 

 照れくさそうに頬に薄く朱を指した織斑先生が言った。

 あの素直に褒めるということはしない織斑先生が俺達を褒めてくれた。そんな今まであり得ないような光景に皆一様に目を丸くした。

 

「………だから言ったんだ山田先生、私には似合わないと」

「えー、最初に褒め言葉の一つでも言ってやろうと言ったのは織斑先生の方じゃないですかー」

「山田先生、帰ったら近接格闘の訓練でもしましょうか、みっちりと」

「ええ良いですよ。私も最近身体が鈍ってきてしまって、お手柔らかにお願いしますね」

「………ぬぅ」

 

 織斑先生の牽制を笑顔で返した山田先生。これには織斑先生も形無しだ。

 

「………とにかくだ。これからどのようなトラブルが起こるか分からない。今回の結果に慢心せず精進するように。解散!」

「はいっ!」

 

 照れ隠しかばつが悪かったのか、緩んだ空気を一気に引き締めた織斑先生にこれ以上ないくらい元気な声で答える生徒一同。

 

 そのあと検査を終えた男二人は部屋に戻るなりバタンと布団に崩れた。

 吸い寄せられるような眠気に目蓋が自動的にシャッターをおろしていく。

 

「なあ疾風」

「んー?」

「俺って皆を守れたよな」

 

 眠る直前に一夏が言った。

 

「ああ、守れたんじゃないか」

「………そっか」

 

 おぼろげながらもハッキリと答えてやると、一夏は満足げに笑った。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「疲れ、取れたか?」

「正直あまり………眠れましたか?」

「それはもう泥のように」

 

 三泊四日の三日目の夜。目の前の高級刺身を摘まむ俺とセシリア。

 互いの顔は快活とは言えず重い物を背負っているように雰囲気が暗い。気のせいか、箸が重い。

 

「ねえ、シャルロットー。教えてよ~」

「私達ずっと旅館に居たし、外覗くのも許されなくて」

「まるで牢獄のようだったわ! だから教えて! お願い!!」

「ダメ、機密だから。ダメ」

 

 旅館で待機していた生徒達はこぞって専用機持ち組に今回のことの顛末を聞きに来ている。

 機密情報というのは、なかなか興味とロマンが溢れるワードだから聞きに来るのは分かる。

 あの女子達は一番物腰が柔らかいシャルロットに聞けば情報を抜き出せると思ったのだろうが。専用機持ちという世界でも屈指の責任を背に代表候補生という役職についてるのは伊達ではなく。昼行灯のようなシャルロットの口は防火シャッター並みに閉ざされている。

 

 ましてや。

 

「セシリアー」

「駄目です」

「まだ何も言ってないよ」

「機密ですので」

 

 専用機とイギリス代表候補生に加え現オルコット家の当主という三段壁の前では門前払いもやむなし。

 たとえ億千万を積み上げられてもおうじてくれはしないだろう。既に億千万持ってる。

 

「セシリアー」

「お答え出来ません」

「そこをなんとかー!」

 

 必死の懇願もむなしく、セシリアは緑茶をすすってホッとする。紅茶以外も飲めると思うのは偏見だろうか。

 そのあともあの手この手で引き出すクラスメイト。ラバーズのように一夏をエサに出来ないから引き出しが想ったより少ない。

 

「ねーセシリアー」

「そんなに知りたいなら教えてやろうか?」

 

 そろそろしつこくなってきたし、矛先もこっちに向きそうなので助け船を出してあげることにした。

 セシリアに群がっていた女子は面白いようにこっちを向いた。

 

「ちょっと疾風!」

「まあまあまあ落ち着いて。で? 俺達が当たった極秘の作戦についてよね?」

「「「うんうん」」」

「そんなに知りたい?」

「「「是非!!」」」

「別にいいよ………そのあと大変なことになるのを覚悟してるならね?」

「え?」

「大変なことって?」

「もれなく国家直属の監視が付きます」

 

 ニッコリと笑いかけてあげるとあら不思議。皆の顔が引きつったよ? 

 

「最低でも二年だって、最低だからもっと長いかもね。身体に発振器を埋め込まれて四六時中監視されてプライバシーもプライベートもあったもんじゃない、女子的に超きついね、監視員が女性とは限らないし。勿論IS学園は退学だ」

「う、それは困るね」

「や、やっぱりいい………」

「更に、情報を漏らした俺にも厳罰が下るだろうね。ISは没収されて学園も退学。監視という理由にかこつけて何処かの施設に隔離。外界から遮断されたのを良いことに国家的な陰謀で研究所送りになり男性IS操縦者の秘密を解明するために細胞分解レベルで身体をバラッバラにされてこの世からサヨナラバイバイ! なーんてこともゼロじゃないよなー」

 

 ツラツラも並べる口舌に下がる女子を追いかけるように浮かべた笑みを更に深めた。

 

「その覚悟があるなら教えてあげるよ。えーと先ずはねー」

「すいません私達が悪かったです!」

「どうか勘弁してください! 疾風様!」

 

 女子組、白旗をあげる。

 

「うんうん。深すぎる好奇心は身を滅ぼすから注意するんだよ」

「上げて叩き落とすとか、レーデルハイト君ってS?」

「天狗の鼻っ柱をへしおることに快感を覚えるぐらいはSっ気あるかな」

「超ドSじゃん!」

「レーデルハイト君の闇を垣間見た気がするわ」

 

 なんと失礼な。俺は女尊男卑主義者の泣きっ面見たら愉悦に浸るぐらいなのに。

 鞭をふるうボンテージクイーンよりは優しいとは思うよ? 

 

「まあ、分かってはいましたけどね」

「その割には元気ないぞ?」

「あんなの聞いたら活力もなくなりますわ」

 

 思った以上に俺の説明の威力が高かったようだ。

 自重しよう。それはともかく、今食べた刺身が最初に食べた刺身より美味いのは気のせいかね。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 バシャン

 

「ふうっ……」

 

 夜中。海から上がった一夏は近くの岩場に腰を下ろした。

 泳ぎに着た………というのは正確ではない。

 待ち人がまだ来ないので気晴らしがてらに泳いでいた。

 

 

 

 疾風がうたた寝をし、千冬が外出した後に飲み物でも買おうかと部屋を出たときにバッタリと箒に会った。

 

 一夏と相対した箒は赤くなったりとそっぽ向いたり忙しかった。

 根気よく待っていると箒は一夏の目を真っ直ぐ見据えて話し始めた。

 

「このあと、用事はあるか」

「いや、特にないけど」

「なら………私の我が儘に付き合ってくれ。いや我が儘など今の私に言う資格などないのだが………どうしても見せたいものがある」

「別に良いぜ?」

「ほんとか!?」

「ああ、俺に出来ることなら」

「じゃあ………このあと旅館を抜け出して、海に来てくれないか………」

「ヴェッ?」

 

 旅館を無断で抜け出す。それは明らかに違反行為。幾ら鬼の織斑先生が旅館にいないとはいえ、もし見つかれば地獄を見る。

 だが一夏が一番驚いたのは普段生真面目な箒がそれを提案してきたことだ。

 

「や、やっぱり駄目か?」

「いや、箒からそんな誘いが来ると思わなくてビックリしてる」

「それだけ必死なのだ………すまん、忘れてくれ」

「待ってくれ」

 

 離れようとする箒を一夏が引き止めた。

 

「い、一夏?」

「行く、今からでいいか?」

「良いのか?」

「箒が自分の信条曲げてまで言ってくれたんだ。それに、今回箒のおかげで勝てたからな。お礼ってことで」

「そんなこと気にしなくても………いや、わかった。聞いてくれて………ありがとう」

「おう」

 

 最後はポツリと呟いたが、突発性難聴を連発する一夏の耳にも確かに届いた。

 

「誰にも見つかるなよ?」

「わかってるって」

「後、水着で着てくれ」

「え? なんで?」

「なんでもだ! 頼むぞ!」

 

 

 

 

 そんな感じで一夏は夜の海に繰り出していた。冷たいと思っていたが、夏の暑さもあってかプールに入ってるようだった。

 岩場にかけていた上着をはおってボーッと海にうつる月を眺めていた。

 しかし箒が来ない。もしかして誰かに見つかったのだろうか? と心配になった矢先。

 

「い、一夏」

「お。遅かったじゃないかほう、き?」

 

 名前を呼ばれて振り向くとそこには

 

「あ、あんまり見ないでほしい。恥ずかしいから」

「す、すまん」

「いややっぱり見てくれっ」

「お、おう」

「………やっぱり見るな!」

「どっちなんだよ」

 

 はっきりと見えた箒の水着姿はあまりにも鮮烈で、脳裏に焼き付いてしまった。

 白い水着、それも箒なら絶対に着なさそうなビキニタイプ。縁の方に黒いラインが入ったそれは、かなり露出面積が高く。他と比べても豊満な胸囲も相まって、セクシーという表現が一夏の頭に浮かんだ。

 

 箒が一メートルほど離れたところに座る。

 

(や、ヤバい。これはかなり気恥ずかしい)

 

 なんとか話題出そうと試みるも、普段と全然違うしおらしくも色気のあるファースト幼馴染みに一夏の胸がドキドキと高鳴ってしまう。

 

「えと、ここに来て見せたいものというのは」

「こ、これだ」

「ど、どれ?」

「み、水着だ。一夏に見せる為に勢いで買ったのだが恥ずかしくなって、そのまま」

(ああ、だから海に来てなかったのか)

 

 平然と話そうと試みるも何処か声が震える。

 

「えと、そのだな。似合ってると思うぞ?」

「そうか………ドキッとしたか?」

「した、ドキッとした」

「そうか、勇気を出した甲斐があったな」

 

 朗らかに笑う箒にまたも一夏はドキッと胸が弾んだ。

 言い様のない自分の様と普段肌の露出を出さない彼女の姿に一夏は青少年宜しくドギマギしていた。

 それは箒にも充分当てはまるわけで。

 

「………………………」

 

 そのあと会話がしばらく途絶えた。

 

「い、一夏」

「は、はいっ!?」

 

 沈黙に耐えかねたのか、箒は俺に声をかけた。たったそれだけなのに俺は少し飛び上がりかけた。

 

「その、リボン。ありがとう」

「お、おう。改めて、誕生日おめでとう」

「う、うむ。もう1日過ぎたけどな」

「そ、そうだな」

 

 互いにしどろもどろになりながら言葉を捻り出す。

 高鳴っていた鼓動もほんの少しだけ収まってきた。

 

「その、だな。お、お前、大丈夫なのか? あれほどの怪我。傷とか、残っちゃうのか」

「あ、あれか……あー、なんか、治ってた」

「な、なに!?」

「ほら」

 

 一夏は箒によく見えるように上着を脱いで背中を月明かりに照らした。

 

「えーと、目が覚めてISを起動して、気がついてたら治ってたぞ。あれかな? ISの操縦者保護機能」

「あれは、保護するだけで傷が治るなど聞いたことないぞ」

「でもまあ、治ったから良いんじゃないか」

「よ、良くない!! 私のせいで、一夏が怪我をしたというのに………」

 

 箒は頭を垂れた。心なしか肩が小刻みに震えているように見える。

 

「もしかしたら死んでしまうかもしれなかったんだぞ。私が愚かだったばかりにこんなことになったのだ! だ、だから、こんなふうに簡単に許されたら、困るのだ………」

(ああ、そうか)

 

 作戦を終えても元気がないというか、いつもの覇気が足りないと思ったらそう言うことか、と一夏は唐突に理解した。

 

 箒は一夏が負傷したことに責任を感じて自分を責めているのだ。

 傷が消えたからと言って御咎め無しと許されるのがイヤなようだ。

 自分にも相応の罰が必要だと、自分を戒めているのだ。

 

「良しわかった、じゃあ箒、今から罰をやるから目をつぶってくれ」

「う、うむ」

 

 箒はぎゅうっと目を閉じて罰を待った。

 

(しょうがないなぁ、こいつは)

 

 一夏はその額にビシリと指で弾く。

 結構弱めに

 

「あたっ。い、一夏?」

「はい、終わり。これで貸し借り無しということで」

「な、な。ば、馬鹿にしているのか!? あんなデコピンぐらいで!」

「ていっても。俺怪我ないし」

「結果的にだろう!? 一夏にならなんだってしてやるぞ!?」

 

 困惑から一転して、真っ赤になって一夏に詰め寄った。結構とんでもないことを口走っているが双方それどころじゃなかった。

 

「ちょっ、箒」

「あ、あんな仕打ちでお前の怪我と釣り合うと思っているのか!?」

「お、落ち着けって箒っ」

「だ、黙れ! 私は、私は!」

 

 箒は更に体を押し付けてる。

 

「た、頼むから一回離れてくれ。あ、当たってるから!」

「え? ………んんっっ!!」

 

 胸が、箒の驚異的な胸囲がさっきからぐいぐいと一夏の胸に当たっているのだ。

 かなり密着していた箒が胸を腕で隠しながらババっと離れる。

 

「お、お前は! 人が真面目に話しているというのに!」

「し、仕方ないだろ、男なら誰でも意識しちまうって!」

 

 男に生まれて申し訳ないと箒に心のなかで謝った一夏は思わず口元を手で隠した。顔が熱い

 

「……その、なんだ。意識するのか?」

「は、はい?」

「だから! 私のことを! 女として、異性として意識するのか、聞いているのだ……」

「う、ん……当たり前だろ、そんなの……」

 

 さっきまでの威勢の良さとは打って変わった箒、赤かった顔が耳まで真っ赤になっている。

 

「男女と呼ばれた私だが………わ、私は一夏から見て可愛い女か? 綺麗な女か?」

「それは、その………箒は普通に、普段男らしいということを差し引かなくても、可愛いし、美人だと、思う………です」

「そ、そうか。………そう、なのだな」

 

 咀嚼するように何度も言葉を噛み砕いて飲み込む箒。

 一夏に至っては今自分が何を言ったのかよくわからないでいる。

 

「な、なら私も」

「へ?」

 

 距離をとっていた箒がぐいっとこちらに近づく、近づいた拍子にぶつかった膝にまた心臓が跳ねた。

 そして至近距離で目が合う。

 

 ヤバい、と、一夏も思わず見惚れてしまった。

 

「………ん」

「え、えええ?」

 

 箒が目を閉じ、やや上向きに唇を突き出した。

 彼女の意図が全く理解できず、キャパオーバーな一夏はオーバーヒート寸前だ。

 

 少しずつ、ほんとうに少しずつ顔をこちらに近づく箒に、一夏の鼓動は限界まで鳴り響いていた。

 

 その表情が、余りにも魅力的に見えて。

 

(やばい、これは、引き込まれる!!)

 

 近くに遠くに聞こえる海の音。満月の夜、目の前にはセクシーな水着姿の幼なじみ。

 世間的にロマンチックなシチュエーションと呼ばれるこの雰囲気に、流石の一夏もぐらりと来てしまっていたようで………

 お互いの肩が触れて一瞬止まるも、箒は改めてこちらに近づいてくる。

 

(やばい……本当にこれは)

 

 ドゴボォォォン!! 

 

「へっ!?」

「ふっ!?」

 

 突如側の海が爆発した。

 降り注ぐ塩水にワプッと慌てながら二人は揃って月を見上げた。

 

「発見。よし殺そう」

「一夏、箒。旅館抜け出してなにしてるのかな?」

「クラリッサが言っていた。浮気の現場を見たら即! 殺! 弾! だと」

 

 全員が傷だらけの専用機ISに身をまとい、こちらに武装をオープンしている。

 先程の爆発は甲龍の龍砲だろう。

 

 ーーーヤられる!! 一夏の第一から第六感、細胞の全てがそう言った。

 

「ほ、箒! 逃げるぞ」

「え、あ、きゃあっ!?」

 

 行きなり抱き抱えられて悲鳴を漏らす箒だが、そんなの構ってる余裕などない。

 だが愚かにも、女の子をお姫様だっこで逃げるという行為が、彼女達の最終ラインをぶちきった。

 

『まぁてええええええ!!』

 

 二人の足を止めようと各々の射撃兵装が二人に降り注ぐ。

 当てる気があるのかないのか定かではないが。とうの二人、というより一夏にはそんなの知ったことではなく

 

(死ぬ! 確実に死ぬ!!)

 

 容赦のない砲撃に走馬灯が見えかけた。会ったことのないはずの婆ちゃんが手を振っていた。いやそれは三途の川なのでは? 

 

 抱き抱えられている箒も顔を引き攣らせてる………と思ったが。

 

「ふふっ」

「な、なに笑ってるんだよ箒!!」

「いや、なんだか。おとぎ話のお姫様と王子様って感じがしてな」

「そんなこと言ってる場合かぁぁ!?」

 

 そして恐ろしくも、箒の言葉を彼女たちのハイパーセンサーが見逃すはずもなかった。

 

『一夏っ!! 箒っ!!』

「うわぁぁあああ!!!」

「あっはははは!」

 

 一夏は上機嫌な箒を抱えて死の鬼ごっこへと興じたのだった。

 

 

 

 結果的にうやむやになった箒。だけど一夏がどんな形であれ自分を女として見てくれた。

 それだけが箒の胸のうちを満たしていた。

 

「待ちなさいよ一夏ぁぁ!!」

「逃げられるわけないでしょ!」

「直ちに止まれ!!」

「無理だわぁぁうおぉぉぉ!!?」

 

 




 本当は今回でなんとか纏めておわらせたかったのですが。
 
 滾りに滾って二万いきそうなので分けました。
 最初の日本代表のシーン前からいれたかったんや………
 次は三日後にあげる予定です。

 一夏と箒の海辺のシーンをアニメで見たときは、正直滾りましたね。完成度よくてあんまり内容を変えづらいのが難点ですが



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第24話【月が煌めくそんな夜に】

 

 夕食の後に温泉に入って、部屋に戻って織斑姉弟と雑談したのち、気づくとうたた寝をしてしまい。

 目覚めると誰もいない部屋でポツン。

 

 一夏は風呂好きだから二度風呂。いや男子の入浴時間はまだ先だから違うか。

 織斑先生は他の先生方のところだろうか。

 

「………………暇やな」

 

 スマホをボーっと眺めても何も涌き出るものはなく。

 試しに今回の銀の福音事件をネットづてに調べてみても、当然ながら銀の福音というワードどころか、暴走したISという記述もない。

 日本に至っては避難誘導すらなく。対岸の火事ですらない感じで。日本はいつも通りの平穏を満喫していたようだ。

 

 ボーとしてるのも嫌になってきたので、おもむろに部屋を出ていく。何処に向かうこともなく歩いていると女子の楽しげな声が聞こえてくる。

 

 どれもこれも。俺達が守れたものだと思うと。なんか嬉しく思える。

 

「あっ」

 

 旅館の縁側に座り込む人が一人。

 客室用の浴衣に金糸の髪といつものヘッドドレスをつけた女子はこちらに気づくことなく月を見上げている。

 つられて見上げると、それは見事な満月が。降り注ぐ白い光が、辺りを優しく照らしている。

 

「あら疾風、いつからそこに?」

「今だよ。隣に座っても?」

「どうぞ」

 

 足を中庭に投げ出して座り込む。

 他の生徒の声もここまでは届かず、聞こえるのは海の音が小さく耳に入るぐらい。

 後ろに手をつくと目線が自然と上に行く。

 

 そのまま二人揃って月を眺めていた。

 特に話しかける話題もなく、ただ瞳に満月を写している。

 …………しかし黙ったままというのも変だよな。なんかあっかなー話題。話題ーーー

 

「月が綺麗ですわね」

「…………んぅ?」

 

 眼鏡がずり落ちた。

 

 セシリアが月を綺麗だと言った。

 なんも間違ってはいない。現に空に浮かぶ月はとても綺麗で、何処か蠱惑的な魅力がある。狼男とか、ルナティックも月関連だもんね。

 

 よし現実逃避終わり、今のは夏目漱石の和訳版I LOVE YOU。

 他にも星が、とか海が…………とかあるんだよ。

 

 えーと。これはどう答えれば良いのだろう。

 えーとコレは俗に言うアレよな? 遠回し的なアレよな? いやアレな訳ねーだろ頭湧いてんのか鏡見ろよ、一夏を見ろよ。

 というより、どう答えようか…………

 

 

 

「な、夏目漱石?」

「え?」

「え?」

 

 

 

 …………………………

 

 

 

「…………」

「まあ、気を付けなよ?」

 

 セシリア・オルコット、顔を覆って赤くなる。耳が赤いのだろうが、幸い月明かりに照らされずにすんでいる。

 俺というと間違っても『死んでも良いわ』と言わなくて良かったと安心していた。耳が赤くないと言ってはいない。

 

「日本語とは奥が深いものですわね」

「まあ、告白にしては結構ポピュラーにはなりつつあるな」

「一夏さんには通じませんわね」

「天地ひっくり返れば…………ないな」

 

 真顔で言うとセシリアがコロコロと笑った。そのときに裾が下がり、包帯に覆われた腕が見えた。 

 

「怪我は大丈夫なのかよ」

「心配してくれますの?」

「当たり前だろ。俺がどんな気持ちでお前が海に落ちるのを見たと思ってる」

「あの時の疾風の慌てっぷりときたら」

「悪いかよ」

「現場指揮官として、如何なる状況においても冷静でなければいけません」

「おっしゃる通りで…………」

 

 これまた言ってることは正しいけどそんなのいち学生にそこまで強いるかね。強いらなきゃならない状況だったろうけど。

 

「でも嬉しかったですよ?」

「いまさら言われても」

「拗ねてます?」

「そん…………ええそうですよ? 拗ねてますとも。ていうか倒したと思ったら超絶パワーアップして復活、そしてそっから無双シーン突入! ハッ、何処の主人公かっつの! あんなの予測するの無理だってっ。…………あーー」

 

 脱力して後ろに倒れてそっぽを向いた。

 セシリアは特になにも言わず、また上を向いて月を眺める。 

 

「………………そんな訳ないって思った…………」

「え?」

 

 ポツリと呟いたつもりだったが、セシリアの耳に入ったらしい。

 俺は今さら否定する気もなくつらつらと話し始める。

 

「ラウラがあいつをセカンドシフトしたと叫んだとき、とっさに否定した。AI単独でシフトアップするわけないって。あの時思考が止まってしまった。もしかしたら福音の不意打ちで紅椿が吹き飛ばされずにすんだかもしれない。俺の固定観念が現状を不利にしたんじゃないかって」

「疾風…………」

 

 セシリアに背を向けて腕に顔をうずめた。

 あの時の恐怖がよみがえる。体が震えそうになってうずめてない方の手で腕を掴んで抑えようとする。

 

「怖かった…………皆が一人、また一人倒れていって。一人になったとき、セシリアが落ちた時に自分が死ぬんだって思ったら途端に体が冷えて強ばった。無理だって頭に浮かんで…………死ぬのは嫌だなんて思う余裕なんてなくて…………」

「…………」

「もっと、上手くやれていたらって、思わずにいられなくて…………」

 

 震えが止まらない。見せたくないこんな姿。こんなのセシリアの前で見せる俺じゃない。

 涙も滲んできた。もう嫌だ、見せたくないのに見せてしまう自分が嫌になる。

 何処かで期待している自分が嫌だ。セシリアが優しく慰めてくれることを期待している自分に嫌気がさす。

 どうしようもなく弱い、自分が嫌だ…………

 

「なら次に活かしましょう」

「…………」

「仮定はどうあれ、貴方は生きていますわ。なら、貴方には次があります」

「…………」

「疾風なら出来ますとも。初めてであれほどの指揮を取れることなど並大抵の事ではない、それでも届かなかった、なら伸ばせばいい。如何なる状況も飛び越えるぐらいの作戦を建てれるぐらいに。かつてローマを滑落寸前にまで追い込んだ、あのハンニバルのような」

 

 セシリアが投げたのは慰めではなく激励だった。

 それに何故か胸が異様に暑くなって、思わず涙も引っ込んだ。

 

「軍師になれって言うのかよ」

「さあ? わたくしは例え話をしただけですわ」

「ハンニバルって最期味方に裏切られたあとに自殺するぞ」

「中国の諸葛亮でもよろしいですわよ?」

「そういう話かな」

 

 ゆっくりと起き上がった。気付いたら震えは止まっていた。

 そういえば、あの時もセシリアの言葉を思い出て震えが止まったっけ。

 

「お前は凄いな」

「あらいきなりなんですの?」

「いや、単に凄い女だなって」

「そう。誉め言葉と受け取っておきますわ」

「素直じゃない」

「日頃の行いですわね」

「品行方正を心がけているが?」

「嘘おっしゃい。少しは一夏さんみたいな誠実さを見習ったらどうです」

「国の金の卵を無自覚に撃ち落としていく奴が誠実かぁ?」

「…………無自覚だからセーフ」

「なんだそれ」

 

 セシリアと目を合わさって黙ったかと思うと、どちらかとなく吹き出した。

 妙にツボに入ったのか、俺とセシリアはしばらく笑いをこぼし続けた。

 

 今回は色々なことを学んだと言えるだろう。

 力の使い道、悪意のない理不尽な暴力、予想外の事象。そして仲間がいることの頼もしさ。

 何一つ無駄にしてはならない。セシリアの言った通り、次への糧にしなくてはならない。

 だけど今は掴みとった平穏を噛み締めよう。それぐらい満喫しても、バチは当たらないよな? 

 

 ようやく笑いが収まった。

 夜風が浴衣の中を通り抜け、思わず身震いをしてしまう。いくら夏と言えど、夜にこんな薄着でいたら流石に体も冷えてしまうか

 

「そろそろ戻るか」

「そうですわね。そういえば、さっき鈴さん達が一夏さんと箒さんを探してましたわ」

「一夏はわかるけど、何故箒も?」

「なんでも二人で抜け駆けしたとか言ってましたけど。まさか旅館の外に行ってませんわよね?」

「しらんしらん。触らぬ神に、織斑先生になんとやら。関わったら俺達もどやされかねない………………今なんか聞こえなかった?」

「え?」

 

 口を閉じると遠くから女子の話し声と波の音…………に混じって、なんかドーンと何かが揺れるような音が海のほうから。

 

「何の音です?」

「…………まさか、いや嘘やろ?」

 

 またドーンと聞こえた。

 俺達はおもむろに自身のISを準起動、ホロウィンドウを開く。

 

「………………」

「………………」

 

 開くのを後悔した、今すぐ閉じてなにも見てないと言い聞かせたかった。

 

「あれれーおかしいぞー。甲龍とリヴァイヴとレーゲンが戦闘出力だよ?」

「白式と紅椿の反応が、コレは近いというより同じ場所? この移動速度は…………走ってますわね?」

「場所は海だ。そして時折聞こえるこの音…………」

 

 ポク、ポク、ポク、ポク、チーン。

 

「「まずい!!」」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「おっ、おおおお!? 行っちゃう? 行っちゃうの箒ちゃん!? よし行け、箒ちゃん行けぇぇぇーー!! キース! キース! キース! キース!」

 

 自分の妹が親友の弟とロマンチックなアオハル空間を展開している様を岬の柵に乗っかって出歯亀しているのは天才にして変態の篠ノ之束。

 ハァハァと息を荒くするその姿が世界を置いてけぼりにした天才と誰が思うだろうか。

 

「キース! キース! キー…………ヴァァ!!? あの絶壁ド貧乳何してんの!? ふざけるな信じられない! ヤローブッコロシテヤルー!! 何処の女だ…………中国! よりによってパチモン国家の中国! よーしこうなったら私の十八番で内部から崩壊させてやろうかぁ! 中国三千年の歴史など塵芥に過ぎぬと教えてやるぅぁぁ!!」

 

 一夏と箒のアオハルがピークに達し、束の鼻血が飛び出そうとする瞬間、突如一夏と箒の上に現れた専用機組がそうはさせんと邪魔をしたと思ったらそれはもう怒髪天をつく怒りを露にする天才はそれまた恐ろしいことを口走った。

 

「随伴してる二機の国も破滅させてやろうかぁ!! ハァァァ! てんっ! かいっ!!」

「やめろ馬鹿者、本当に笑えんぞ」

「あ、ちーちゃんだ」

 

 無数のホロウィンドウをばらまいた束を止めたのは何時もの黒スーツ姿の織斑千冬だった。

 コロリと表情を変えてホロを消した天才は柵の上で器用にクルリと回って見せた。

 

「てかちーちゃん、教師としてアレ止めなくて良いの?」

「問題ない、ストッパーに任せることにした」

「ストッパー…………ああ、あの二人」

 

 オペラグラスで喧騒の真っ只中を覗くと疾風とセシリアが間に立ち塞がって必死に説得を試みているのが見えた。

 

「んで? 珍しくちーちゃんから連絡を寄越して束さんに何のよう?」

「何故あんなことをした」

「ほえ?」

「銀の福音だ」

 

 険しい顔で直球を投げつける千冬に対して束は変わらず張り付けたような笑顔で受け止めた。

 

「私がやったという根拠は?」

「妹の晴れ舞台のデビューを華々しく飾り立てるため。作戦会議の最中に必要以上に紅椿の有用性を示したのが何よりの証拠だ。ましてや、目にいれても痛くない可愛い妹の為とあればなおさらだ」

「成る程、筋は通ってるね。まあその通りなんどけど」

 

 あっさりと認めたことに驚きもせず千冬は続ける。

 

「だがお前は馬鹿ではない。今の篠ノ之箒にあんなものを与えれば増長するのは目に見えてたはずだ」

「そうだね、箒ちゃんは力に飢えてた。こんなろくでなしに懇願するまでにね」

「結果。一夏は死にかけ、お前の妹も死ぬ一歩手前という結果だ。お前、あの二人が死んだりしたらどうするつもりだったんだ?」

「心配性だなちーちゃんは、本当にヤバかったら私が止めたよ。現に一回目は眼鏡君が、二回目はいっくんが間に合ったでしょ?」

「そんなのは結果論だろ。一夏と妹を何よりも大事にしているお前が何故あんなことをした? 私にはそれがわからない」

 

 千冬の知る束は気に入らない人間などどうだって良いが、逆に気に入った人間に対してはある意味過剰すぎるぐらい愛でる。

 そんな彼女が軍用ISを暴走して二人を殺しにかかるとは到底思えなかったのだ。

 

「私の目的は二つだよ。一つ目は箒ちゃんに紅椿をあげて、現実を見てもらうため」

「現実」

「そっ。箒ちゃんが暴走しちゃうのは容易く予想出来た。でもそんなの遅かれ早かれだし、どうせなら完膚なきまで叩き落とした方が手っ取り早い」

「実の妹に対して随分な荒療治だな」

「結果的に箒ちゃんは良い方向に向かったでしょ? その点に関しては、あの眼鏡君にも感謝しとこうかな」

 

 眼鏡君、疾風を褒めたことに眉を潜める千冬。束は柵の上で踊りながら指を二本たてた。

 

「二つ目は、IS学園を守る為だよ」

「どういう意味だ? お前がIS学園に固執する理由などあるか?」

「だっていっくんと箒ちゃんの学舎だよ? そーれーにー、ちーちゃんの大事な物もアソコにあるでしょ?」

「…………」

「まあいいや。とりあえずちーちゃんは私に感謝すべきだよ」

「馬鹿を言うな」

「ほんとほんと。ぶっちゃけ私があのISをハッキングしなかったらIS学園は危なかったんだぜ?」

「どういうことだ?」

「銀の福音の最初の攻撃目標がIS学園だったからさ」

「なんだとっ?」

 

 束が何を言っているか千冬は理解出来なかった。

 銀の福音の飛行ルートから算出した最初の到達点は東北地方、IS学園からは余りにも離れている。

 いや、そもそも。

 

「福音はおまえがハッキングしたから暴走したのではないのか?」

「惜しい。正確には、束さんがいじらなくても勝手に銀の福音は暴走するように出来ていたのさ」

「それをお前が上書きしたと?」

「ピンポン」

「ますます分からん。主導者は誰だ? 開発元のイスラエルとアメリカがIS学園に介入する利点がない」

「利点なんかいくらでもあるんじゃない? IS学園を掌握するためとか。日本なんかにIS学園の運営なんか任せてられナーイって。それかアメリカに恨みもった国の陰謀か」

「振り回されるこっちの身にもなれ」

「亡国機業だったりして」

「ますます笑えん」

 

 ため息を溢す千冬とケラケラ笑う束。

 対称的ながらも対等な二人、人類最強(ブリュンヒルデ)人類最高(レニユリオン)の話し合いという国家がこぞって向かってきそうな場面でも、二人の間の空気は意外と引き締まってなかった。

 主に篠ノ之束の存在故だろうが。

 

「もうひとつ聞いてみたいことがある」

「珍しい、今日のちーちゃん饒舌だ」

「嫌か?」

 

 まっさかー、と束は柵に座り込んでプラプラと足を揺らしながら耳を傾ける。

 

「で? これ以上私に聞きたいことってなに?」

「疾風・レーデルハイトだ」

「眼鏡君?」

「そうだ。お前がそう呼ぶぐらいだ。少しはお眼鏡に叶ってるんだろう?」

「ちーちゃんそれギャグ? 寒いよ?」

「生憎一夏と違ってギャグを言えるほどのユーモアはない」

「いやあれも大概じゃない?」

 

 空気が揺れる音がした。

 噂のファーストマンはまだ生きている。

 

「で、どうなんだ?」

「ISの方には異常も差異もなかった。あのスカイブルー・イーグルってISは完全に眼鏡君を受け入れてるよ」

「何故動かせてるかは?」

「んーー正直まだ仮説の段階だよ。いっくんと同じではないことは確かだね」

「そうか」

 

 今度はホッと息を吐いた千冬。近くの木に背中を預ける。

 

「でもさ、どっかでみたことある気がするんだよねー。いや似てるって言ったほうがいい?」

「知らないが。あてになりそうにないな」

「そう言わないでよ。例えば…………先生とかにさ」

「………………ありえんだろう」

「だよねー。忘れて」

 

 何処かで雷が鳴ったような音が聞こえてきた。音の方向には水色の光がパチパチとしていた。

 セカンドマンの堪忍袋が切れたのだろうか? 暴走しないことを祈るばかりだ。

 

「そういえば。よくオルコットをイギリス出身だとわかったな」

「ん?」

「正直あの反応は驚いた。オルコット以外ならあんな反応はしなかっただろう?」

 

 普通なら、目線を合わせずに虫を払うように冷徹に突き放して拒絶するはずだった。

 だがあの時束はセシリアと目を合わせてイギリスでのことを突き出したのだ。

 現に最初に癇癪を起こした時に三人の出身が直ぐに出なかった。

 

「意外と記憶力はあったんだな、束」

「…………………………いくら私でも、IS初期チームの人達のことは覚えてるよ」

「似ていたか?」

「気持ち悪いぐらい母親に似てたよ、目元は父親だったけど」

 

 ニコニコ笑っていた顔と打って変わって唇を突きだしてふて腐れる束に思わず笑みを浮かべる千冬。最後に見事立場が逆転した。

 

「話は終わり? もう帰るっ」

「ああ、思ったより付き合わせたな」

「あ、そういえばまだお礼を言って貰ってない」

「絶対言ってやるものか」

「チェー。あ。あっちも丁度終わったみたいだよ」

「回収に行ってやるか」

 

 会話の場から立ち去る千冬。これからケツの青い子供に説教を、止めた二人に対してのねぎらいの言葉を考えながら束を背にして旅館に向かう。

 

「ねえ、ちーちゃん」

「ん?」

「今の世界、楽しい?」

 

 束の問いかけに、千冬は振り替えることなく普通に答えた。

 

「そこそこな。お前はどうなんだ?」

 

 風が一際強く吹き上がる。

 波の音をかき消すほど強い風。

 

「私? そうだなぁーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーあんまり楽しくないかなぁ」

 

 

 

 吹き荒れる風のなかでも、確かに聞こえた。

 篠ノ之束に似合わないような悲壮感に満ちた呟きに思わず千冬は振り返ったが。束の姿は忽然と消えていた。

 

「…………束。お前はまだ…………」

 

 その呟きも夜の闇に溶けて消える。

 千冬は少しの間、束がいた場所を見つめていた。

 その千冬の瞳が僅かに揺れていたことは誰も知らない。

 知るとすれば、それは空で煌々と輝く満月だけだろう…………

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

「あーー、うーー」

 

 ゾンビがおる。

 

 翌朝、これはまた美味しい朝食を食べた後にISの運搬作業ののち、10時に帰りのバスに乗り込んだ俺たち。

 

 昨日の騒動で皆の怒りをかい、無断外出をした一夏(と箒)は罰則を受け、運搬作業の大半を行ったせいで大変グロッキー。

 今「かゆ、うま」と言ったのは多分気のせい。

 

「だ、誰か飲み物持ってないか」

「ツバでも飲んでろ」

「あるけどあげない」

「ぐふっ。ほ、箒」

「な、何を見ているか!」

「あだっ」

 

 あわれ、というか不憫な。

 ラバーズは昨日の件でまだご立腹、頼みの箒も顔を赤らめて照れ隠しチョップ。

 鈴は二組なので別のバスだが、すれ違いざまにハンドサインで「地獄に落ちろ」。無情である。

 

 仕方ないから俺のミネラルウォーターを恵む。

 

「疾風、水くれ」

「断る」

 

 訳がない。元はこいつのまいた種を俺とセシリアが止めてやったのだ。

 少しは身にしみて自分の行いを見直すがいい。

 というわけでこれ見よがしに目の前で水を飲んでやる。ハハハ、欲しかろう。

 

「せ、セシリア。飲み物を恵んで貰えませんか」

「まったくしょうがないですわね…………ごめんなさい。やっぱりやめておきます」

「な、なんでぇ…………」

 

 最後の頼みの綱であるセシリア嬢が施すと思ったら直前で引っ込めた。

 彼女の名誉の為に補足しておくが、決して意地悪をしようとした訳ではない、なら何故引っ込めたのか。後ろを見てみよう。

 

「…………皆動かないし、よし」

「…………さりげなく隣に座って渡そう、うん」

「…………今こそ優しさをもって」

 

 一度は冷たくあたったラバーズが息を吹き返した。下げてから上げるとは、あいつらもやるもんだ。意識的か無意識かは置いといて。

 隣に座るセシリアも彼女たちに花を持たせたということだ、まったく我が親友ながらほんと出来た女である。

 

「あー、もう限界だ。こうなりゃ自販機にダッシュで買ってこよう…………」

『い、一夏っ!』

「はいっ?」

 

 三人同時に一夏に声をかける、キッとお互いに睨みあうラバーズ。

 負けられない戦いが、ここにあった。

 

「失礼するわ。織斑一夏くんっているかしら?」

「え? あ、はい俺ですけど」

 

 火蓋が落とされる寸前にバスに見知らぬ美人さんが。

 鮮やかに波打つ金髪に、胸元のあいたサマースーツ。彼女がサングラスを外すと柑橘系のフレグランスが鼻に吸い込まれる。外したサングラスを何気なく胸元に引っかける様子は否が応にも女を意識せざるえない色気を放っていた。

 

「君がそうなんだ、へぇ…………」

「あ、あの。貴女は?」

「私はナターシャ・ファイルス。銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の操縦者よ」

「え?」

「なっ?」

 

 俺達と死闘を繰り広げ、無人行動化した福音の中に居た人? そのひとが目の前に、というより何が目的でーーー

 

 チュッ。

 

「へ?」

「あ?」

「あら?」

『なぁっ、あっ!?』

 

 困惑した一夏の不意を突くようにナターシャの唇が一夏の頬に触れた。

 俗にいうキスである。

 

「これはお礼。ありがとう、白いナイトさん」

「えっ、あ、う?」

 

 ナターシャさんの熱烈なお礼に思わず赤くなる一夏。

 そして一夏の満更でもないその表情に、勿論黙ってる人はいないわけで。

 

「天誅」

「薄情者」

「浮気者」

「あ、アハハハハハ」

「飲み物どうぞっ!!」

 

 投擲! 余すことなく一夏に命中! 一夏、悶絶! ラバーズ、追撃! 

 

 そのあとのことはしらん。俺は他人のふりに徹した。

 誰も我が平穏を邪魔するものは。

 

「疾風・レーデルハイトくん」

「あ、はい?」

 

 あれ、もう帰ったと思ったのにまだいるナターシャ女史。

 傍らで繰り広げられる大乱闘ペットボトルシスターズを気にせずナターシャさんは俺に微笑みかけた。

 

「話しは聞いてるわ。暴走した福音をあなたの指揮で二度も落として見せたって」

「えと。あれは皆の人力の賜物であって。最後は一夏と箒がやりとげましたし。そんな大それたものでは」

「謙遜しないで。私は見事だと思ったわ。いつか、なんのしがらみもなく戦ってみたいわね」

「あ、ありがとうございます」

「また何処かで会いましょう。チュッ」

 

 ナターシャさんが俺に向かって投げキッスをした。一夏のような不意打ちではなく、ストレートに撃たれた一撃は見事俺に命中した。

 

「あ、あう」

「ふふっ、バーイ」

 

 顔を赤くした俺を置き去りにナターシャさんは優雅に去った。

 

 これは、気恥ずかしいとは別の何かというか熱を感じる! 

 ヤバイヤバイ。直接された訳でないのにこんな慌てるとか童貞丸出しじゃないか。隣の席にいるあいつに悟られる訳では。

 

「疾風ってやっぱりウブですのねー」

 

 手遅れだった! 

 こちらを見るセシリアの目はなんとも生暖かいような肌寒いような、どういう感情の目なんですかそれは。

 

「な、何を言うとりますか。気のせいですよ一夏じゃあるまいし」

「これを見てもそんなことが言えますかね?」

 

 見せてきたのはセシリアの青いスマホ、画面には緩む口元を必死に引き締める眼鏡男子の姿が。

 

「なに撮っちゃってくれてんのぉ!?」

「良い顔ですわー。クラスのLINEに送信」

「させるかぁっ!!」

 

 なりふり構わずスマホを奪い取り目にも止まらぬ速さで写真を消去する。

 よしっ、これで安心だ。こんな近くで見せびらかすからだ馬鹿め。

 勝利の笑みをセシリアに向けてやる。も。

 

「…………」

「なんだその顔は、もう画像は消したぞ」

「疾風、わたくしは昔の活劇映画の悪役ではありませんわ。こんな近くにいるのに奪われない可能性を考慮しないと思いましたの?」

「…………つまり?」

「一分前に送信しましたわ」

「やりやがったなグレートブリテンンンッッッ!!」

 

 バッと後ろの席を振り向くと、皆が一様にスマホをみているではないか。

 

「わー、レーデルハイトくんのこんな顔初めて見た」

「激レアだわ! 保存しよっと!!」

「ここで留めとくのは惜しいわ、二組にも送ろう」

「じゃあ私は四組に送ろ~~」

「いやああぁぁぁ!! 情報化社会ぃぃぃぃ!!」

 

 俺の必死の訴えもむなしく一組から1年へ、1年から学園中に拡散。

 学園から帰って新聞部副部長に問いただされたり俺を見る女子の目がほんの少し変わったりした。

 それが少しでも良い方向であればいいと。俺こと疾風・レーデルハイトは思わずにいられなかった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 バスから降りたナターシャは目的の人物を見つけて手を振った。

 

「随分とご満悦じゃないか」

「思った以上に可愛い子でつい、ね」

「ついで騒動を起こすな、後始末が面倒ーーー」

「いやああぁぁぁ!! 情報化社会ぃぃぃぃ!!」

 

 バスから青少年の叫びが木霊した。

 主犯はアラアラと笑っている始末。

 

「そういえば、そっちの国家代表がうちの空母にカチコミかけてきたんだけど」

「聞いた、なんでも今回の騒動で活躍した若きIS乗りに労いの気持ちをこめて報酬に色をつけてくださいと伝えてください。と言ったそうだな」

「ええ、凄い笑顔で、刀に手を置いて」

「うちの剣バカがすまない」

「いいわよ、私からも言うつもりだったから」

 

 ナターシャと麗は気が合いそうだな、千冬はそういう状況にならないことを何処かで祈った。

 

「身体のほうは大丈夫なのか。飲まず食わずで振り回されたろう」

「大丈夫、あの子が私を守ってくれたから」

 

 ここでいうあの子というのは暴走を引き起こした銀の福音に他ならない。

 

「ーーーやはり、そうなのか?」

「ええ、あの子は暴走しながらも私を守ることを第一にしていた。強引なフォームシフトにコアネットワークの切断。あの子は侵略なんて一つも考えてなかった。周りを敵と認識され、それから私を守ったに過ぎなかったの」

 

 話を進めるナターシャは胸に手をおいて握りしめる。

 先程の陽気な風貌とはうって変わって明確な怒りと悲しみが宿っていた。

 

 銀の福音のコアは無事だったが、再度暴走する危険性を考慮して凍結処分が下ったらしい。

 

「だからこそ許さない。あの子の判断力を奪い、翼をもぎ取った元凶を。私の命にかけても、報いを受けさせて見せる」

「あまり無茶をするなよ。この後査問委員会があるんだ。おとなしくしていろ」

「それは忠告? ブリュンヒルデ」

「そうとってもいい」

「わかった、今は大人しくするわ…………今は、ね」

 

 口には笑みを、眼には鋭さをかわしながら、二人の女傑は背中を向けた。

 

 この騒動が序章に過ぎないのではと、何処か確信を持ちながら…………

 

 

 




 これにて第三巻、銀の福音編終了です。
 
 誤字報告してくれた方々、コメントをしてくれた方々
 そしてなにより読んでくれた読者さんに精一杯のありがとうを。

 元々この作品はpixivにあげていたリメイクなのです。pixivは五巻の終盤まで書いていて、全部で25話+αでした。
 さて上の話数を見てみましょう、24話。
 増筆しすぎだバカヤロウ
 でも個人的にやっと自己満足出来る作品を書いてると思います。

 次回から夏休み編、目標は短めで30話を越えないぐらいで納めたいなと思います(汗)

 長くなりました。
 IS スカイブルー・ティアーズを読んでくれてありがとうございます。これからも頑張って行くのでどうぞ宜しくお願い致します。


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第三章 【夏季休暇(サマー・タイム)
第25話【ティアーズ・コーポレーション】


セシリア誕生日おめでとう!!
アーンド、メリークリスマスイブ!!




 IS学園のカフェコーナー。ここでは紅茶、コーヒーは勿論、各国様々なスイーツが目白押しの、女子にとっては甘味とカロリーを摂取する場所。

 その一角で俺、疾風・レーデルハイトとイギリス代表候補生セシリア・オルコットがアフタヌーンティーを飲んでいた。

 

 セシリアは優雅に紅茶を楽しみ、俺はというと…………なんか凡骨並みに顎を付き出していた。

 

「夏休み。それは全国の学生が待ちわびた休み天国ぅ、そして終盤には宿題地獄ぅ。夏休みとは二つのゴクを兼ね備えた、長期スクールバケーションのことであるぅ」

「何処見て言っていますの。後変な顔やめてくださいな」

地獄(へる)ぅ」

 

 福音事件からはや二週間。IS学園は夏休みスタート。

 多国籍ひしめくIS学園の生徒達は故郷に帰省したり、学園に在住したり、空いた訓練機に群がったりと。各々の休みを満喫している。 

 

「因みに俺はIS科目の宿題はもう終わらせました」

「早すぎません?」

 

 IS学園は世界最大のIS専門育成期間。当然ISに関する熱意は凄まじく、それは夏休みの宿題が通常一項目の2倍の量。

 夏休み前の復習だけでなく、夏休み後の予習も入っている圧巻のボリューム。

 

「三日前に終わった」

「本当に早くありません!? 渡された当日ですわよね!?」

「本当は寝る前に5ページぐらいで終ろうと思ってたんだけど…………楽しくなっちゃって、アハ。気付けば深夜三時」

「貴方という人は本当にもう…………」

「朝起きて終わったと言った時。一夏が俺を化け物を見るような目で見ていたよ」

 

 それはそうでしょうとセシリアは呆れながら紅茶を口に含む。

 アフタヌーンティースタンドから一口大ケーキを頬ぼって飲み込む。スコーン、お菓子、サンドイッチのタワーのお値段。なんと5000円。高い、だがこれでも安い部類というお嬢様談。

 

「で? なんだっけ。イギリスに帰るんだって?」

「ええ、学園に居る間にたまった仕事や、後…………ISの稼働状態の確認や、オートクチュールのことなどを」

「どやされるんだろうなー可哀想に」

「言わないで下さいましー」

 

 ペターと机に張り付かずに済んだのは古きよき貴族精神の賜物だろう。それほどいまのセシリアは精神的にやつれていた。

 

 銀の福音との戦闘でブルー・ティアーズはものの見事に大破、高機動パッケージのストライク・ガンナーは頭部追加センサー以外ほぼ全損という相当な痛手をおっていた。

 企業戦士であるゆえに、勿論報告しなければならない。

 

 だが問題はその破損理由。

 機密作戦故に馬鹿正直に銀の福音と交戦して大破しましたなんて言ったら世界レベルで大騒ぎ。だが他のISとのトラブルとなるとそれはそれで両国の印象は悪くなる。

 そして苦渋の末の妥協案が。

 

「気分が上がって高機動行動下でビットパージしようと思ったら分離許容速度をミスって機体バラバラになりました。って流石に無理があるんじゃないか?」

「わたくしだってこんな馬鹿げた理由など出したくありません。でも他にありませんでしたのよ。苦しいですが」

「苦しいなぁ…………」

 

 二人揃ってため息を吐いた。

 各方面の根回しも済んでるし、専用機持ちの面々にも箝口令を徹底している。

 しかし、仮にも代表候補生の期待の星がこんな凡ミスをしたなど、と思わずにいられなかった。

 セシリア・オルコットは実はドジっ子だったなんて評判がつくということになれば、目も当てられん。

 

「オホン。話を戻しますわ。わたくし、明後日にはイギリスに帰るのですが。疾風に提案があります」

「提案」

「疾風も一緒に来ませんか? イギリスに」

「ん? なんでまた」

「明後日は、両親の命日ですの」

「ああ、丁度明後日か」

 

 俺は口に持っていこうとしたミニチョコケーキを皿に置いた。

 

 今から3年前の8月半ばのイギリス。

 100人以上の死者を出した列車横転事故は当時日本でもニュースに取り上げられるほどの事故。

 その中に、セシリアの両親もいた。

 

 外出するときは一緒に居ることなど久しくなかったセシリアの両親。なんの目的で、何処に行こうとしたのかなどは不明。

 あの時は二人揃って葬式でギャン泣きしてたかな。

 

「それと、疾風にはわたくしがイギリスに滞在している間のボディーガードを頼もうかと思いまして」

「ボディーガードって。なんかあったの?」

「いえ、そういう事ではないのですが。近頃、欧州のIS業界で不穏な噂が耐えなくて。疾風もレーデルハイト工業から何か聞いてません?」

「……亡国機業」

 

亡国機業(ファントム・タスク)

 

 簡単に言えばISを使って行動する裏の秘密結社。

 

 発足は第二次世界大戦で生まれ、かれこれ50年は活動しているというのだが、これは実は定かではなく。何処の国の組織、又無所属の組織なのかはわかっておらず。詳細な情報はほぼ皆無と言える。

 

 そして、各々の国から試作ISを奪い、各国に被害を出している特一級の犯罪組織、最近ではアメリカの第二世代が奪われたと、工業経由で耳に入っている。

 

「親にも釘を刺されたよ。町に出るときも一応警戒はしとけって。成る程、だからか」

「ええ、普通のボディーガードを雇うより、ISを持ち歩ける人がそばに居るというのは心強いのです。勿論ボディーガードはついでで、本命はお墓参りですが。どうでしょう?」

「いいよ」

 

 一昨年は行けたけど、セシリアには会えず。去年の命日は親だけが行って、俺は日本に居たままだったからな。単純に外せない用事があったのだけど。

 顔を見せるという意味でも行っておきたい。ほんと、色々ありすぎたし。

 イギリスに居たときは色々に世話になったし。今年は会っておこう。

 

「決まりですわね。行きはわたくしのプライベートジェットで送るので旅費に関してはご安心を」

「サラッとプライベートジェット出せるとこ、お前ほんと金持ちよなー」

 

 

 

 ──ー◇──ー

 

 

 

 イギリス、ヒースロー空港。

 飛行機から降りた時の肌寒さに身震いした。

 日本より緯度が高いイギリスは日本より寒い。

 日本の首都が軽く30度を越えるというのにイギリスは夏にも関わらず最高でも20度というこの格差。

 少し着ればなんとかなるこの丁度いい気温。こんな過ごしやすい気温が日本にもあればなー。

 

「お帰りなさいませお嬢様」

「ただいま戻りましたわ、チェルシー」

 

 空港の玄関口でセシリアの専属メイドでおり、彼女の幼馴染みでおるチェルシー・ブランケットの姿。

 空港という人が大勢いるなか、伝統的なロングスカートのメイド服は周囲から浮いてるように見えたが。その堂々とした立ち振舞いに思わず目を見張った。

 

「遠路遥々ご苦労様です。疾風・レーデルハイト様」

「お久しぶりです、チェルシーさん」

「おや。昔みたいに呼び捨てでも宜しいのですよ?」

「あいにく敬語を覚えてしまったもので」

「大人に近づいた証拠ですね」

 

 ニコッと笑うその姿に思わず胸が鳴った。

 それほど目の前のチェルシーさんは美人で、なによりメイド服というのがなんとも男心をくすぐった。

 

 俺がまだイギリスにいた頃、よく三人で遊んだ時が懐かしい。

 

「本日はボディーガードをお受けして頂きありがとうございます」

「ご期待に添えれるよう。微力ながら、頑張ります」

 

 差し出された手をこころよく握り返した。

 むぅん、近くで見るとやっぱ美人だなチェルシーさん。まだ俺ががきんちょの頃でもセシリアと遜色ない容姿をしてたっけ。

 

「疾風様。この度の臨海学校でお嬢様をお救いくださったこと。このチェルシー、感謝の心で一杯でございます。本当にありがとうございます」

「ングッ…………」

「ンンッ…………」

 

 二人揃って変な声が漏れた。

 

「どうかなさいましたか?」

「なんでもないです。まあ偶然俺が近くにいただけですので…………」

「ご謙遜を。疾風様であれば、安心してお嬢様を任せられます」

「あ、ありがとう、ございまーす」

 

 実は。

 セシリアの被害報告には続きがある。

 

 セシリアが高速機動中に空中分解、それはすなわち墜落を意味する。

 そこで誰かが落下する彼女を受け止めた、ということにしなければならないのだが。

 

『疾風で良いでしょ』

 

 と、一夏ラバーズが口を揃えて言ったのだ。

 なんで俺なのかと口にすることすらはばかれる雰囲気にあれよあれよと話は進み。

 

 そんなこんなで。落下して危機一髪のセシリアを間一髪で俺が助けにいったという、なんとも劇的でヒロイックなシナリオが完成したのだ。

 正直、恥ずかしさと嘘をついている後ろめたさで一杯だった。

 母親にこの事を話したときなんて、もうおおはしゃぎ。

 

 目の前で笑うチェルシーさんになんとなく申し訳ないと思った俺は一気に話の流れを変えにいった。

 

「そ、それにしても相変わらず美人ですねチェルシーさん。メイド服が一瞬ドレスに見えましたよ」

「あらお上手。そういう疾風様もすっかり凛々しくおなりになられて。学園でもさぞ人気者でしょうね?」

「いやいや、一夏に人気が集中して俺なんてそんな見られてませんよ本当に。凛々しくなったなんて、眼鏡かけてるからそういう風にみえるだけですよ。外したらそれはもう只でさえ冴えない顔が更にみすぼらしい感じになりますって」

「あら、では私が疾風様にアプローチをかけても、望みはあるということですのね?」

「え? いや、それは…………」

 

 先程より茶目っ気があり、身長差から自然と上目遣いになるチェルシーさんの魅力に思わずドキッとしてしまった。

 

「んんっ! チェルシー、余り疾風をからかうのはお止めなさい?」

「申し訳ありませんお嬢様。つい」

「疾風がいくらモテなさそうな外見だからってそういうことを軽く言うのは良くないと思いますわよ」

 

 おおっとぉ。唐突なディスりが入ったぞ? 

 疾風・レーデルハイト。泣きそう。

 

「お嬢様、失礼ながら申しあげさせていただきます──彼が魅力的な男性だと思ったのは本当よ、セシリア(・・・・)

「なぁっ!?」

「えっ」

 

 メイド口調から一転、突然現れた砕けた物言いに。俺とセシリアの胸が跳ね上がった。

 それは小さい頃俺達三人だけの時、一緒に遊んだときの彼女の素の口調のまんまだったのだ。

 

「表に車を待たせております。では参りましょう、お嬢様、疾風様」

「え、ええ」

「は、はい」

 

 ニコリとメイドモードに戻った彼女にものの見事圧倒された二人を他所に俺達の荷物を両手に歩くその姿は。

 何処か強者の装いを感じさせる、ロイヤルメイドの姿であった。

 

「相変わらず敵わないな、あの人には」

「…………もう」

 

 

 

 ──ー◇──ー

 

 

 

 リムジンに揺られて着いた先は巨大なビル。

 第三世代型ISブルー・ティアーズの開発元。【ティアーズ・コーポレーション】。

 

「こっちも流石にでかいよなぁ」

「レーデルハイト工業とティアーズ・コーポレーション。イギリスIS企業のツートップですもの。では、疾風も来てくださいな」

「はいよ」

 

 これから社長に会いに行った後にブルー・ティアーズを預ける。

 わざわざ無関係な俺が入るのは、先程の作り話の口裏を合わせるためだ。

 

「しかし、俺が入ってほんとにいいのかね」

「?」

「ここ、男性禁制って噂があるだろ」

 

 そう、この目の前にそびえ立つティアーズ・コーポレーションの中には、女性しか存在しない、らしい。

 IS業界のなかでもこの会社の女性優遇制度は高く、かわって男性は一切雇っていないと、母さんから聞いている。

 噂では結構な女尊男卑主義の巣窟という噂もあり。面接に伺おうとした新卒男性は会社の門すら潜れず、履歴書も即日返却どころか応答なしという徹底ぶり。

 

 現に、自動ドアの横に立っている女性ガードマンの目線がドギツイ。いやなんなのあれ、視線で人殺せるんじゃねーのあの人。

 

「問題ありません。社長にはアポイントメントを取ってあります。疾風が咎められることなど一切ありませんわ。一応、写真などの記録はお止めくださいな」

「分かってるよ、即捕獲されて裁判待ったなしな気がする」

 

 正直、入りたくないです。

 

「じゃあ入るか、いざ難攻不落の城へ…………」

「はぁぁぁやぁぁぁてぇぇぇにぃぃぃいいっっ!!!!」

「あ? おぐふぉぉっ!?」

「えっ!?」

 

 突如どこかで聞きなれた声に向いてみれば横っ腹に弾道ミサイルが直撃。

 勢いを殺しきれなかった俺は衝突物ごと地面を滑った。

 

「疾風っ!?」

「え、なに? あれ、楓!?」

「ふぉぉ──! 疾風兄の匂いだぁ! スーハースーハースーハースーハー」

「待て待て嗅ぐな! 嗅ぐんじゃない! 離れろ」

「いーやー!」

 

 衝突物の正体はマイシスター、楓・レーデルハイト。クリッとした可愛らしい顔は俺の胸元に埋まって離れない。

 現状を理解出来ていないセシリアは、呆然としたのちハッと我にかえった。

 

「あの、えと疾風? その子は?」

「楓、我が妹」

「え!? 楓さん? まぁ、大きくなりましたわねえ」

「感心してなくていいから、こいつ剥がすの手伝って」

 

 絡み付いたタコのように離れない楓を二人がかりでようやく引き剥がすことに成功した。

 引き剥がされた張本人はキッとセシリアを睨み付けた。

 

「私と疾風兄の相瀬を邪魔するなんて失礼にも程があるよ! オシリア・セルコット!!」

「オシッ!? わたくしはセシリア・オルコットです! どんな間違いですの!?」

「うるさい! そのどでかいお尻で疾風兄を誘惑したんでしょ! このデカケツ!!」

「ゆ、ゆゆゆ誘惑などしていませんわっっ!!」

「嘘だ!!」

 

 嘘じゃないぞ。セシリアが俺にそんなことするわけないじゃないか。

 ………………ないったらないんだよ。

 

「とにかく誘惑などしていません。わたくしと疾風は清い関係です」

「んごぉほぉっ!? 既にその段階まで行ってるノォ!? 疾風兄と付き合うのは私よ!」

「違います! わたくしと疾風はそんな関係じゃ。というより親族のお付き合いこそ不埒では」

「知るかぁ! とにかく、疾風兄を惑わす売女は。この楓・レーデルハイトが駆逐してやる! うぉらぁー!!」

「やめろバ楓」

 

 ヒョイッと楓を持ち上げてセシリアから遠ざける。

 足が届いてない楓はパタパタと両手両足をブンブン振り回す。

 

「離してよ疾風兄! こいつ殺せないっ!」

「俺を殺人犯の兄にする気かお前は」

「だって疾風兄昔この人のこと!」

「楓、今すぐ大人しくしないとお兄ちゃん楓と縁切るからね」

「こんにちはセシリア・オルコットさん。今日は良い天気ですね」

 

 楓・レーデルハイトの特技、感情の高速切替(ラピッド・スイッチ)

 

 セーフ。楓が何を言おうとしたか検討もつかないが必ずしも状況を改善させる方向ではないのはたしかなので奥義発動。

 危うく黒歴史的ななにかが出てきたら俺の人生が危ない。

 

「んで? なんで楓がここにいる?」

「立派なリムジンだなーと思ったら中に疾風兄がいたから走ってきたの」

「どんな脚力だよ。てか一人かお前」

「ううん。お父さんいたけど置いてきた」

 

 父さんぇ…………

 

「いやそうじゃなくて、なんで日本にいるはずの楓がイギリスにいるの?」

「お母さんの仕事ついでにイギリスに旅行に来たの」

「仕事?」

「うん。確かティアーズ・コーポレーション? だったかな? そこの社長さんと話があるんだって」

「なんだって?」

 

 俺はセシリアと顔を見る。彼女も初耳とキョトンとした顔。

 目の前にそびえ立つティアーズ・コーポレーション本社を見た。

 

「こん中に母さんが?」

 

 

 

 ──◇──

 

 

 

 ティアーズ・コーポレーション社長室。

 そこには出された紅茶を飲むレーデルハイト工業社長のアリア・レーデルハイト。隣には息子であり秘書であるグレイ・レーデルハイトがタブレットに目を通していた。

 社長室にブラックスーツを着た穏やかそうな女性が入ってくると、グレイはタブレットをしまった。

 ブロンドのセミロングに蒼い瞳、口許にはルージュがさし、アリアと同様に美人と呼ぶに相応しかった。

 

「お待たせしたわね、アリア」

「久しぶりフラン」

「ええお久しぶりね」

 

 フランチェスカ・ルクナバルト。

 ティアーズ・コーポレーションの社長。

 セシリア・オルコットの叔母にあたり身元保証人。セシリアの母親が経営していたこの会社の後釜。そして。

 引退したアリアに変わる、現イギリスIS国家代表である。

 

「ふぅ。あ、ごめんなさい」

「いいのよ。イギリス代表と社長の兼任なんて大変よね。わかるわー、私もそうだったから」

「今回はあなたの急な仕事が入ったから急遽予定を切り詰めたのよ」

「あら、わざわざありがとうね?」

「いいのよ。競いあった旧友との対談だもの…………それより」

 

 穏やかに離していた彼女の蒼の瞳が一気につり上がった。その視線の先は、アリアの隣に座るグレイだった。

 

「何故ここに男がいるのかしら」

「息子のグレイよ、格好いいでしょ」

「出てって」

 

 朗らかに話すアリアの言葉を冷酷に、冷徹に切り捨てた。

 先程の穏やかな雰囲気とは打ってかわって。その顔は憎悪と拒絶に満ちた眼差しをグレイに向け、彼女は思わず鳥肌のたった腕を抱いた。

 

「相変わらず男嫌いは治っていないのね」

「治るわけないでしょ。男なんてどれも低俗な生き物。歴史上数々の愚行を犯した低能な人種なのよ?」

「あらあら親の前でよくもまぁツラツラと」

「そんなの関係ないわ。今すぐ出てってくれる? ここは男性禁制の会社なんだから」

「それは無理よ。彼は私の息子であると同時に秘書なのだから」

 

 苦虫を潰したような表情を隠そうとせずにフランチェスカはポーカーフェイスを貫くグレイから視線を離した。

 とりあえず納得はしたようだが、その表情は優れない。

 対するアリアは人の良い笑顔を崩さずに続ける。

 

「そんなこと言ってちゃずっと独身よ」

「するつもりもないわ、そんなおぞましいこと。あんな人と結婚なんかするから、ソフィアさんも変わってしまったのよっ」

「あの人なんて言わないの。実のお兄さんでしょう?」

「あんな人兄でもなんでもないわ!!」

 

 叫んだ彼女に目を見開いたアリアを見たフランチェスカはハッとした。

 公的な会談の前で熱くなりすぎたフランチェスカは流石に押し黙った。

 自身の心をクールダウンすべく紅茶を口にする。

 

「その男のことは、まあ許します。では」

「ええ、本題と参りましょうか」

 

 さっきまでのほんわかした雰囲気から一転。レーデルハイト工業社長であるアリア・レーデルハイトは鞘から刀を抜くように、自らの空気を変えた。

 対するフランチェスカも背筋を伸ばして目の前の相手を見据える。

 

「今回は正式にティアーズ・コーポレーションと契約を結ぼうかという話ね」

「ええ、この話題は何回目かしらね」

「今まで私の会社とかたくなにコンタクトを取らなかったあなた。大方、私の会社は男性従業員が多くを占めているからよね?」

「そうよ、IS企業にISを動かせない男を入れるなんて、正気の沙汰ではないわ。そんな会社と契約してうちに悪影響がでかねないわ」

 

 男性従業員が多く占めるレーデルハイトと、男性がいないティアーズ。

 IS業界では真逆の立ち位置である両社。

 何度もアポを取ってきたレーデルハイト抗議に今まで不可侵を貫いたティアーズ・コーポレーション。だが今回は門を自ら開けたのだ。

 

「だけど今回はあなたからアポを取ってきたわ。私としては嬉しい限りだけど。なにかあったのかしら?」

「それは、そっちには関係ないことよ」

「今までこっちのアプローチにそっぽ向いておいての今回の心変わりよ? 何故そうなったか聞いてみても良いじゃない?」

「単に状況が変わったのよ」

「状況、ねぇ…………」

 

 シンと静まり返る社長室。両社長とグレイが平静を保っているなか、ティアーズのほうの秘書は書類の入ったファイルを胸に抱いてこらえていた。

 それほどこの社長室の空気は張り詰め、重苦しかった。無表情を貫いているグレイも、内心でさヒヤヒヤしている。

 

 息苦しい空気で詰まった風船のような状況に剣を突いたのは、アリアのほうだった。

 

「当ててもいいかしら?」

「そんなことしても無駄よ」

「釣れないこと言わないで。そうねー、うちの息子がIS動かして慌てた? いや違うわね、それなら織斑一夏で行動を起こすし。あ、お宅のセシリアちゃんが原因? ううん、これも違うわね」

「もういいでしょう。了承するなら書類にサインを」

「待って待って、あと一回だけ言わせて頂戴」

「はぁ…………好きになさい」

 

 昔の友人の奔放さに振り回されて目頭を抑えるフランチェスカに申し訳なさそうに笑うアリアは、ラストアンサーを述べた。

 

「製造中の新型ISが強奪されたとか」

「っ!!」

 

 凄まじい切り口にフランチェスカは思わず立ち上がった。

 対してアリアは差し出された紅茶を優雅にすする。

 

「正解みたいね。あなた昔から隠し事苦手よね」

「なんで知ってるのよ。まさか、あなた達が私の製品を!?」

「それは筋違いよフラン。私は今の世界情勢を整理して仮説をたてただけ。確証なんてなかったけど」

 

 やられた。フランチェスカはなんとか悟られまいと奥歯を噛みしめる。

 今回の会談は書類のサインと同時にどちらが利益的なアドバンテージを取れるか損得勘定を話し合う為のもの。

 今現在の優位は秘密を握ってしまったレーデルハイト工業。フランチェスカは自分の迂闊さに罵声を浴びせたかった。

 

「あ、でも勘違いしないでね? 別にそのことであなたより上に立とうとか、それをネタに脅そうなんて砂粒一つ考えてないから」

「白々しいわね」

「ごめんなさいね? どうしても知りたかっただけなの。だって、私のレーデルハイト工業も危ないもの。それに、今回の主犯の検討は大方ついてるでしょう? 亡国機業(ファントム・タスク)、今欧州で次々と被害報告が上がってるテロ組織」

「そこまで知ってるのね」

「うちは情報網が優秀だから」

 

 レーデルハイト工業の特色の一つである、企業ネットワーク。

 他のジャンルとは天地ほどの激しい競争社会の中で彼女は情報を武器にここまで成り上がったのだ。

 

 先程スクープをネタにしないとはいえ、それでも弱味を握られた。

 だがそこのところ誠実な彼女のことだから言わないと言えば口外することはまずないだろう。

 それでもフランチェスカの内心は穏やかとは程遠かった。

 

「社長、失礼します。セシリア・オルコットと疾風・レーデルハイトがお見えです」

「え、疾風? 疾風がここに来てるの?」

「ええ、今回の臨海学校の件で少し」

「ああ聞いたわ! うちの息子がおとぎ話のようにセシリアちゃんを助けたのよね」

「…………」

「行ってもいいわよ? その間に考え纏めといてね?」

 

 アリアの言葉に眉間に指をあてるティアーズ・コーポレーションの社長フランチェスカ・ルクナバルトはセシリアと疾風を応接室に入れるよう連絡する。

 

 

 

 ──ー◇──ー

 

 

 

 案内された応接室で最初に感じたのは寒気、そのあとは自分の体に刃物が刺さったような錯覚。

 

 よろけなかったのは一重に俺のメンタルが強靭だったからか、それとも傍らにセシリアが居たからか。

 それほど目の前に立っている。現イギリス国家代表の目線は鋭く、険しかった。

 母さんの後釜であるイギリス代表に生で会えるという淡い期待は、彼女と対面して跡形も残さず消え去った。

 

「ブルー・ティアーズ操縦者。セシリア・オルコット、ただいま戻りました」

「ええ、おかえりなさいセシリア」

 

 フッと空気が僅かながら緩んだ。

 敵意を向き出し手にしていた社長はセシリアに向くなり同一人物とは思えない程にこやかに笑みを浮かべた。

 

「叔母様、申し訳ございません。折角頂いたオートクチュールを」

「いいのよ、あなたにケガがなくてなにより。ストライク・ガンナーの耐久性を再確認したと思えば。データもちゃんと取ってきてくれたのだし」

「はい。ありがとうございます」

 

 ホット胸を撫で下ろすセシリア。

 いざこざや、トラブルか起こらなくてほんとなにより。

 問題は…………

 

「それで。何故お前のような男がセシリアの隣にいるのかしら」

「えと、今回のトラブルの証人として」

「そんなのは結構。どうせ今回の演習ではビデオログは取れない決まり。あなたがここに来る理由など一つもないわ」

「まあ、そうですね」

「それともなに? セシリアを助けたから報酬でもねだりに来たのかしら? とんだ愚か者ね。男が女のために動くのは至極当然のこと。たかがISを動かせたぐらいで自惚れないでちょうだい」

 

 目まぐるしく浴びせられる罵倒に頭がくらくらする。

 俺ひとっつも悪いことしてないのに何故此処まで言われなきゃいけないのだろうか。

 しかもアポ応じてくれたんだよな?酷くない?余りにも。

 

「叔母様、彼は今回わたくしのボディーガードとして同行してもらっています」

「ボディーガード? ボディーガードなら私が用意をしたのに」

「彼は専用機を持っています、腕も確かです。今欧州で起こっている様々なトラブルが横行するなか、わたくしのような者が丸腰で街を出歩けば格好の的です」

「だからって。だからってあなた、よりによって男なんかを」

「叔母様」

 

 目の前の社長を遮ってセシリアが前に出た。

 俺にはその背中がいつも以上に凛々しく、そして大きく見えた。

 

「疾風は叔母様が思うような男とは違います。それに、彼はわたくしが知るIS乗りのなかでもっとも信頼にたる人物です」

「セシリア…………」

「彼はわたくしがISに乗る切っ掛けと目標をくれた大切な人です。叔母様、わたくしの親友を必要以上にけなすのは止めてください」

「なっ!?」

 

 姪の思わぬ反論に社長は目を見開いて震えた。

 自社の期待の星をセシリアを見る社長の目は、まるで見たことのない物を見るようで。

 

「これから開発ラボにブルー・ティアーズを預けた後にお墓参りに行ってきます」

「え、ええ」

「では失礼致します。行きましょう疾風」

「あ、ああ。失礼致します」

 

 セシリアに促されて応接室を出て、残されたフランチェスカ社長は椅子に座り込んで手で顔を覆った。

 

「…………疾風…………レーデルハイト…………」

 

 彼女の口から絞り出されるように男性IS操縦者の名前が出る。

 その声色は聞くものを畏怖させるような怒りに満ち満ちていた。

 

 

 

 ──ー◇──ー

 

 

 

 ブルー・ティアーズを預けた後、表で待っていた楓と父さんに別れを告げてリムジンに乗りこんだ。

 別行動と言われて文句ブーブーの楓を父さんが抑え込んでいるうちにそそくさとその場を後にした。

 

「…………あ──ー」

「大丈夫ですか疾風」

「なんとか、てかなにあの人。怖すぎ…………あ、水飲んでいい?」

 

 ティアーズ・コーポレーションが見えなくなると共に超高級な座席に全身を預けた。

 カラカラに乾いた口のなかに水を流し飲む。

 

「てか俺、入る必要なかったよな」

「ごめんなさい疾風。叔母様の反応を予測できなかったわたくしの落ち度ですわ」

「いや別に謝らなくていいけど。てかあれか? 俺に文句言う為だけに会社に入れたのか?」

「あそこまでとは、流石のわたくしも驚きましたわ」

 

 セシリアが間に入らなければ、あの罵詈雑言はまだ続いていたのではないか? 

 しかしほんとなんなんだあれ、俺が今まで見たなかで間違いなくトップ入るレベルのミサンドリーっぷりだったぞ。

 

 敵視、というのも生ぬるい程の強烈なプレッシャー。

 表に立っていた女性ガードマンが赤子に見えるぐらいあのイギリス代表社長様の圧はすさまじかったのだ。

 

「社内もそうだ。行く先々でドギツイ視線で。あれこそ針のむしろだな」

 

 必要以上にフレンドリーなレーデルハイト工業を見続けた手前もあるが。

 

「IS企業ってあれが普通なのか?」

「いえ、恐らくティアーズ・コーポレーションが特殊だと思います」

「というと?」

「疾風は知らないでしょうが。あの会社、女性権利団体のスポンサーなのです」

「…………うげぇ」

 

 思わず酷い声が出てしまった。

 納得もしてしまった。どうりであんなに俺を外敵みたいな眼で見ていたのか。

 逆にセシリアに向けられた顔はとても柔らかくて。そのあまりにも激しい落差に俺は途中で気持ち悪くなりかけた。

 女尊男卑主義者の巣窟、あながち間違いではなかったか。

 

「よくもまぁ、あんなとこにいても歪まなかったねセシリア。俺は安心したよ」

「わたくしもIS学園に入るまでは男性を軽視していましたわよ」

「マジ?」

「ええ、まああそこまで酷くはありませんが。男なんてどれもお父様のような人と思っていましたわ」

「叔父さんみたい…………ねぇ」

「お嬢様、そろそろ到着致します」

 

 助手席に座るチェルシーさんの声に外に目を向けた。

 

 たどり着いたのは墓地。

 セシリアの両親が眠っている場所だ。

 

 




さて、いきなりですが。いやいきなりではないですが。
ほんのすこし次回のSBTの更新が遅れます。

ちょっと別口で書きたいものがあるので。
詳しくはこのあと活動報告にあげるのでそこでチェックよろしくです。


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第26話【パーティータイム】

 二年ぶりだ。

 

 リムジンから降りた時の肌寒さに手を擦り合わせる。

 北海道とイギリスはほぼ同じ気温だと言うのは本当なのかな。にわかに信じられなし、だとしたらどんだけ寒いんだよ北海道。

 

 ここはイギリス郊外の墓地。見渡す限り墓石が等間隔に並ぶ光景は、なんともシンプルながら、凄みを感じる

 

凄みを感じる。

 此処に、セシリアの両親が眠っている。

 

 

 

 ソフィア・オルコット

 ハー■■■■■コット

 

 

 

 叔父さんの名前の部分が泥に隠れていた。

 

「ありゃ、汚れてるなぁおい」

「………」

「ちょいとお掃除」

 

 バススロットからアルコールと布巾を取り出した。

 

「あなた、そんなものを?」

「んー、こういうこともあろうかとってやつ」

 

 叔父さんの名前辺りについている泥を落とし、墓石を拭いていく。

 といっても、汚れてたのは叔父さんの名前のとこぐらいだった。

 これ見る限り、母さん達はまだ来てなかったんだな。

 

「よーし、こんなもんでしょ」

 

 

 

 ソフィア・オルコット

 ハーリー・オルコット

 

 

 

 二人の名前が並んだ墓石に手を合わせた。

 

「お久しぶりです。去年は来れなくてすいません。唐突ですけど、俺IS動かせちゃいました。人生なにが起こるかわからないっすね」

 

 俺がまだ小さいとき、叔父さんの印象は何処か頼りなくてカッコ悪い印象がある。でも優しい人だった。

 

 俺が動かしたって言ったらどういう反応するのかな。多分叔父さんはひっくり返る。

 

「叔父さんはよく俺をフィッシュ&チップスの店に連れ出してくれたんだ。今もあるのかな」

「あそこは去年潰れてしまいましたわ」

「そっかぁ」

 

 あそこの美味しかったからなぁ、ちょっと残念。

 叔母さんはなんというか、少し目付きが怖かった記憶がある。

 母さんとセシリアが話してるときは笑ってた気がする。

 

「………どうしてあの時、両親は一緒に居たのでしょうね」

 

 手を合わせてしばらく。セシリアがポツリと呟いた。

 その声は僅かに震えていて、俺は振り向かずに淡々と答える。

 

「さぁてねぇ。俺はなにも知らないよ」

「わたくしが知る限り、両親が揃ってお出かけするときは必ず使用人がいました。二人っきりなど、あの時が初めてで………」

「デート、とか」

「………あり得ませんわ」

「どうして?」

「デートに行くような間柄ではなかったですもの」

 

 確かに。二人の仲は、小さい頃の俺から見ても、そこまで良いとは思えなかった。

 

「父は、婿養子としてオルコット家に来ましたの」

「そうだったな」

「それを気にしてか。父は母の顔色をうかがうような人でしたわ。ISが世に出回ってから更に拍車がかかって。わたくしには、それが酷く臆病な人に見えました」

「叔母さんも気強かったから、なおさらなぁ」

「母は強い人でしたわ。女尊男卑社会になる前からも幾つもの会社を経営し。女でありながらも逞しき人だと、イギリスでも有名でしたわ」

 

 色んな意味で正反対な二人。世間からもそんな目で見られていたと、母さんから聞いたことがある。

 

「もし………二人だけで出掛けずに、どちらか一人だったら。父か母のどちらかはまだ生きていたのではないかと。そう思ったことがありました」

「うん」

「一瞬お父様ではなくお母様に生きていて欲しかったと。そう思った時、強烈な嫌悪感が襲ってきました。わたくしはなんて酷い子なのだろうって」

 

 父親をよく思っていなかった。そうだとしても、セシリアにとって彼は掛け替えのない家族の一人なのだから。

 

「娘であるわたくしにも、お父様は何処か遠慮してるみたいでしたわ。わたくしはお父様に自分を見て欲しくて、お父様が得意だったバイオリンを始めました。だけど、お父様のわたくしに対する態度は変わりませんでした」

「そうだったんだ………」

「でも、でも一度だけ。上手く引けなかったわたくしに引き方を教えてくれたことがありました。その時わたくしは凄く嬉しくて、やっと自分を見てくれたと思ったのです。だけど」

 

 それっきり、バイオリンが上手くなっても、コンサートに出ても。父はそれ以上干渉してこなかった。

 

「わたくしは何も求めていなかった。ただ、父親として愛して欲しかった。お母様と三人で、他愛のないお話をしたかった、一緒にお出かけをしたかった。そんな当たり前のことを、一緒にやりたかった。なのに……………どうして、わたくしを置いて、逝ってしまったの?」

 

 セシリアの足元に水滴が落ちた。

 セシリアは肩を震わせ、涙をこらえた。だが一粒、また一粒と服に、靴に、土に、シミを落としていく。

 

「叔父さんは、セシリアのことを嫌ってはなかったと思うぞ。叔母さんのことも、きっと好きだったと思うよ」

「なんでそんなこと」

「聞いたから」

「誰に?」

「叔父さんに」

 

 うちの親が万年新婚夫婦なだけに、二人の夫婦仲は両親と対照的に見えた。

 だから俺は疑問だった。そんな二人が何故結婚したのか。思いきって、小さい頃の俺は叔父さんに聞いたのだ。

 

 

 

「セシリアちゃんが言ってた。お母様は強くて、お父様情けないって」

「その通りなだけになにも言えないな」

「なんで結婚したの? 俺の父さんと母さんとは凄く仲がいいよ」

「疾風君の両親は、ある意味特殊だとおもうんだけど………」

 

 今思えばまったくその通りである。

 

「そうだね、ソフィアは僕には勿体ないお嫁さんだね」

「じゃあ、なんで?」

「詳しいことは省くけど、まあいろいろあったんだよ」

「逃げた」

「手厳しいな。でもね、途中から。彼女を支えたいって思うようになったんだ」

「ささえる?」

「うん、強い人程崩れる時は一瞬で崩れちゃうから、だから崩れないように、崩れてしまった時、僕がソフィアを支えてあげたいと思ったんだよ」

「ふーん、ささえれてるの?」

「ははは、どうだろうね、むしろ支えられちゃってるのは僕の方かもしれないな」

「おじさん、だめだねー」

「そうだね。もっとしっかりしないと」

「がんばれ」

「ありがとう、頑張ってみるよ。あ、このことはソフィアとセシリアには内緒だよ?」

 

 あの時。おじさんの弱々しいながら、何処かしっかりとした笑顔は今でも脳内に焼き付いている。

 思い出してみると。おじさんもおじさんなりに強く生きていたのだろうか。

 

 とにもかくにも。

 ごめん叔父さん、約束破ったわ。

 

「嘘」

「嘘を言うメリットがない」

「わたくしを慰める為に言ってるのでしょう?」

「目を見ればわかるだろ」

「こっち向いてないじゃないですか」

「向いてやろうか?」

「駄目、今は振り向かないで」

 

 なんで? と聞くほど俺は野暮じゃないので黙っている。バレバレなのに。一夏なら振り向いたな、絶対。

 俺は気付かない。こいつは安易に人前で涙を流すような奴じゃないことを知っているから。

 だけど、泣いていいときもあると思う。だからこそ、人には涙を流すという機能があるのだから。

 

「なんか無性に音楽聞きたくなってきた」

「え?」

「凄い大音量で聞きたくなってきたな! そうだ、最近買ったイヤホンで聞いてみよう!」

 

 スマホにブスッとさしこんでボリュームをMAXにする。MAXにするときにスマホに注意が出たが無視してMAXにする。

 途端に爆音が耳を直撃した。

 

 当然ながら周りの音なんてシャットアウトして、一瞬クラッとなった。

 もっと大音量で迫力のある音楽に切り替えようとして、一瞬曲が途切れた

 

「ーーーーーーグスッーーーーーー」

 

 ………なんか聞こえた気がしたけど。気のせい。

 

 サビのシャウトが、俺の耳に衝撃となって襲いかかった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

「なんか、耳がボーーっとする」

「当たり前でしょう。イヤホン越しでも普通に聞こえてましたわ」

「なんか聞きたくなったんだよ………墓地で」

「変わった趣向ですこと」

 

 唐突に欲求が溢れたんだよ。

 

「………(ありがとう)」

「なんか言った?」

「いいえなにも」

 

 今、突発性難聴が発動してるから聞き取れんのだよ。

 一夏の奴、頻繁にこんなの発生してるのか。なんかかわいそ………じゃない、絶対にかわいそうじゃない。

 ギルティギルティ。

 

 墓参りを終えて、その後はイギリスのIS委員会本部に移動。

 今回俺がイギリスに居ることは委員会は知らないので、セシリアにリムジンに居るようにと言われた。

 来たら確実に疲弊すると忠告された。

 結果、戻ってきたセシリアは少し、いや、かなりやつれていた。

 

 その後もあちこちを転々と移動し、用事をこなすうちに空が紫になってきた。

 といっても、夏のイギリスは夜の22時まで明るい、らしい。

 

 で、今俺は何処にいるかというと。

 

「疾風様、ドレスコードはきつくありませんか」

「え、あ、はい。大丈夫ですチェルシーさん」

「お嬢様は後から向かいますので、先にパーティー会場に向かってください」

「逃げていいですか?」

「駄目です」

「はい」

 

 とあるパーティー会場にいる。

 パーティーというのは余り良いイメージが無いというのは、俺の偏見だろうか。いやそんなことはない。

 

 今の女尊男卑の世の中、こういうIS企業や国がらみのパーティーはやっぱり男の肩身は狭い。

 その対象は子供にも含まれる。

 

 まだ今のように話術や女性の対応術を持ち得ていなかった当時の俺は、そんな女尊男卑なパーティーには極力出席したがらなかった。

 出席したのは、叔父さんや叔母さん、そしてセシリアが居るときぐらい。

 

 そのときは、セシリアにあっちこっち、振り回されまくっていた記憶がある。

 まあ、振り回されているときは周りの事を気にせずにすんだけど。

 

 そんなこんなで身支度をテキパキと進める俺とチェルシーさん。

 そして、俺の顔にはいつもと違うパーツが取り付けられている。

 

「ていうか、なんでサングラス?」

「ボディーガードといえばサングラスでは?」

「それ偏見じゃないですかねぇ」

 

 鏡を見てみる。うん、壊滅的に似合わない。

 逃走中に応募出来そう。追う側で。

 

「てかちゃんと度入りなんですけど。俺の視力なんて何処で入手したんです?」

「乙女の秘密です」

 

 口に指を当ててウィンクをするチェルシーさん。可愛いと思ったのは仕方ないと思うのよ。

 

 黒のパーティースーツ&似合わない(度入り)サングラスを身につけ、パーティー会場に繋がる馬鹿でかい扉につく。

 受付の係員にIDを見せて中に通してもらう。そこにはきらびやかなドレスを身に纏った大勢の女性がグラスを片手に談笑していた。

 

「あら、あのサングラスの子誰? あんな子出席していたかしら?」

「執事かボディーガードじゃないの?」

「若すぎないかしら」

「でも何処かで見たような………誰だったかしら?」

 

 途端にざわつく女性たち。

 緊張はしていない。逆に独特の居心地の悪さに心の顔をしかめた。

 うむぅ、やっぱり男性は少なめか。

 

 IS学園に転入した時を思い出すなぁ。

 

 しかし居心地の悪い。セシリア、カムバック。いや違う、カムアーリー。

 

「来たわ、セシリア様よ」

「ああ、やっぱり綺麗なお人」

「あの若さでアレだもんなぁ」

 

 早く来てくれと願ったおかげか。彼女は直ぐに来てくれた。途端に周りの視線が俺から離れ。皆が口々に称賛の声をあげていく。

 

 場内に入ってきた若い女性、オルコット家の若き当主、セシリア・オルコットが会場に入った。

 

 セシリアはIS学園で見る雰囲気と明らかに違っていた。

 鮮やかで明るめの金髪とは対照的な、上品な輝きを放つ黒いドレス。所々光と反射しているのはスパンコールだろうか? 

 大胆にも胸元を開けたそれは、とても15の女子高生とは思えない色気を放ち、周囲の男を魅了する。

 

 いやいやまてまて。夏の時と同じことを言うぞ。

 本当に俺と同世代なのあの娘。めっさ美人じゃないか! 

 

 目がシバシバしてる俺をよそに。

 蜜に群がる蜂の如くセシリアの元に人が集まっていく。

 

「お久しぶりです、ミス・オルコット」

「IS学園での生活はいかがですか?」

「今回はまた格段にお美しい、今夜のダンスのお相手は、ぜひ私と」

 

 口々に口説かれる幼馴染を見て、なんとも不思議な感覚を覚えた。

 IS学園では女の子ばかりだったし、男なんて俺と一夏。用務員のおっさんぐらいしかいなかった。

 あいつも普通の学校に居たら、あんな風に口説かれていたのだろうか。

 高嶺の華、的な。

 

 んー、こういうときどうすればいいんだ? 

 ボディーガードだから側に居た方がいいんだけども。側にいることで勘違いとかされたらあれだし………

 

『もしもしセシリアさーん』

『疾風、どこにいますの?』

『輪の外』

 

 こういうときのプライベート・チャネル。

 え? ISを使うのはご法度? 展開してないからセウトセウト。

 

『近くに居た方が良いか?』

『大丈夫です、何かあっても対応できる距離は保っているので』

『流石』

『でも、もしもの時は宜しくお願いしまーーー』

「ミス・オルコット! ここにおいででしたか!」

 

 プラチャをカット。

 新たに会場に入ってきた男がセシリアに向かっていった。

 赤混じりの茶髪をオールバックに纏めたイケメン青年だった。

 見た感じグレイ兄と同い年くらいか。うん、グレイ兄の方がイケメンやな。

 

 赤茶毛の男がセシリアに近づくに連れて、セシリアに群がっていた人達はその男に道を開けるようにセシリアから離れていった。

 

 え? なにあの人そんな凄い人なの? 

 俺は近くに居た若いボーイを捕まえる。

 

「そこのボーイさん」

「はいなんでしょう?」

「セシ、んん。オルコットお嬢様に近づいてる男の人、誰?」

「ああ、あの人はイスラエルのIS企業、【ハーシェル・カンパニー】の若社長のクラウス・ハーシェルさんですよ」

 

 あー、あのイスラエルのとこ。

 その若社長? へー、俺とそこまで年齢変わんないぐらいなのに社長とは。エリート様な訳だ。

 

「これはこれはミスター・ハーシェル。パーティー嫌いの貴方がこんなところに珍しいですわね」

「貴方がパーティーに出席するとお聞きし、彼方からすっ飛んで来たのだよ。しかしなんと美しいお姿だろうか、一目見たとき、夜の女神ニュクスと見間違えてしまったよ」

「あら、女神だなんて。わたくし、そんな神格化されたように見えます?」

「貴女に比べれば他の女性など、道端に転がる石ころも同然だ」

 

 かーっ! よくもまぁそんな歯の浮くような台詞を吐くもんだなぁ。ニュクスってなんだよニュクスって。そんなワード普通にポーンと出るもんかね。

 てか石ころって。こんな女尊男卑の真っ只中でこれまた大胆な台詞を。これが社長パワーか。

 

「あの人、会うたびにアプローチしてるんですよ」

「マジで?」

「その度うまくかわされてますけど」

「ご苦労様だなー。あいつ身持ちの固さは第四世代級だぜ」

「架空の世代じゃないですか、それ」

「それほどってこと」

 

 あ、そういやまだ紅椿の存在は公にされてなかったわ。危ない危ない

 

「オルコット嬢を良く知ってるので?」

「んーー、ノーコメントで」

「失礼しました。しかし心配です」

「なにが?」

「ハーシェル氏。というより、ハーシェル・カンパニーが最近不景気という噂が」

 

 く わ し く。

 

「なんでも、大きいプロジェクトに失敗したとか」

「本当に?」

「噂ですけどね。確かアメリカあたりと大きなプロジェクトがあるって言ってるのを聞いたとかで」

 

 イスラエル、アメリカと大きなプロジェクト。

 ………おーん? 

 

「もしかしたらオルコット嬢に取り入ったりとか、そういう狙いなのでは、と。不承ながら思ってしまったり」

「どういうプロジェクトだったとか。なんて名前だったかってわかる?」

「それに関してはなんとも」

 

 

 

 

 

 

「ところでミス・オルコット。あなたは今、お付き合いしている人はいるかな?」

「もう、何回目でしょうか。困りますわ」

「いやはや、IS学園にむし………いや男が二人も居るとなると気が気じゃなくてね」

 

 おい今虫って言いかけたかこの野郎。

 聞こえてるからなこの野郎(ハイパーセンサー聴覚強化起動)

 

「では特別好意を持ってる人は?」

「あいにくそういう方は」

「そうか、それはよかった」

「はい?」

「ミス・オルコット。いやセシリア」

 

 ハーシェルは懐から正方形の箱を取り出し、セシリアの前で開けてみせた。

 

「僕の妻になってくれ」

「えっ?」

「はぁっ?」

「えーー!!」

 

 箱の中にはこれまた大層な宝石がマウントされた指輪、彼の盛大なる電撃プロポーズ。突然のサプライズに周りが一斉にどよめいた。

 俺はグラスを落とした。ボーイがキャッチしてくれた。

 

「初めてお会いしたあの日。あなたを一目見て、たちまち心を奪われた。僕と人生を共にしてほしい」

「困りますわミスター・ハーシェル。私は今そのようなことは」

「連れないことを言わないでくれマイ・レディ。僕は本気だ」

「しかし」

「僕では見劣りするかな?」

「あの」

「君のとこの第三世代兵器BTシステムと、わが社のサポートAI技術が合わされば、正に怖いものなしだ。悪い話ではないだろう」

 

 セシリアの言葉を遮り、畳み掛けるように口説いていく。完全にペースはハーシェルが握っていた。

 どんどん距離をつめていき、対には目と鼻の先に。いやチケーよお前離れろコラ。

 

「君の瞳。綺麗だな、思わず吸い込まれるとはこのような事を言うのだろうな」

 

 クイっとセシリアの顎を上げて目線を固定する。

 逃げようとするセシリアを捕まえるように腰に手を当てた。

 

 同じくセシリアを狙っていた男性たちが止めるような仕草をするも、サングラスをかけたいかにも屈強なボディーガードがセシリアとハーシェルを守るように立ち塞がる。

 

「あ、あのミスター・ハーシェル!?」

「悪い話ではない。君に相応しいと思うよ、僕は」

「そんな」

「少し早いが、誓いのキスで、もっ!?」

 

 誰かがセシリアに唇を落とそうとした若社長の端正な顔を粗っぽく鷲掴みした。

 

「失礼、お邪魔、します」

 

 まあ俺なんですけどね。

 そのままハーシェルさんをセシリアから突き放した。

 一世一代の勝負を邪魔されたハーシェルさんは額に青筋を浮かべて声をあげた。

 

「な、なんなんだお前はっ!」

「ごめんセシリア遅くなって。あのゴリラサイクロプスに気づかれず割りこもうと、アサシンもかくやという動きをしようとしたら手間取ってな?」

「狙ってたのではなくて?」

「いやまさか! かくなる上はプラズマ纏って突撃かけようかと思ったぐらい焦ってたんだぜ?」

「あなたには初陣での前科がありますから」

「いやあれはどちらかというとイーグルの策略かと思う。ところでセシリア、ハーシェル・カンパニーって」

「僕を無視するなぁーー!!」

 

 プロポーズの主役をほっぽって二人でお話する俺達にハーシェルさんはご立腹。

 

「セシリア・オルコット嬢のボディーガードを勤めている者です。しかし随分と強引なアプローチでしたね?」

「はっ、ボディーガード風情が。この私に立ち塞がるというのかね?」

「いやボディーガードとは立ち塞がるものかと」

「身の程をわきまえたほうが良いぞ下郎が、私が誰だか分かっているのかね?」

「イスラエル大企業の若社長様?」

「分かっていながら私の前に立ちはだかると言うのかね。何者かは知らんが、貴様ぐらい、私の力で簡単に消してやれるのだぞ?」

 

 いやさっきと口調変わりすぎだろこの男。コワッ。てかなにその喋り方、ロムスカリスペクト? 

 

 なんともまあ。この女尊男卑の世の中にこれほどプライドの高い男がまだ居るとは、男もまだ捨てたものではないな。

 

「というか、今俺のこと消すとか言ってました? 本気で言ってます?」

「ふん。雇われボディーガード一人など造作もない」

 

 息吐くように悪口言うなこの男。

 

「あの、もしかして俺のこと知らないのですか?」

「あいにく男の顔を一々覚えていられるほど私の脳は暇ではないのだよ」

 

 いや覚えろよ。IS企業の社長なら覚えてろよ。世界で二人しかいない男性IS操縦者の顔くらい。

 あ、サングラスだからわからない? サングラス如きでわからない程俺の顔は特徴ないってかコラ。うわーい潜入ミッションとかに最適だわチクショー。

 

 さっきのセシリアのことも含めて少しカチンときてる俺はツカツカとハーシェルさんに向かって歩いていく。

 

「………」

「な、なんだ」

 

 ジッと見つめられる事に居心地の悪さを感じるハーシェルさん。

 後ろに屈強なボディーガードがこれまた同じサングラス越しに俺を睨み付ける。が、全然動じない俺に気味が悪いと感じたハーシェルさんは声を荒くする。

 

「なんなんだお前は! 警備員を呼ぶぞ!」

「さっきあなた言いましたよね。わが社のAI技術があればって。随分自信を持ってるんですね」

「そ、それがなんだ」

 

 更にハーシェルさんに近づく。

 さっきのセシリアより近い距離。俺はハーシェルさんの耳元で囁いた。

 

「だったら福音(ゴスペル)の暴走なんか起こすんじゃねえよ、ボケ」

「なっ、なぁっ!?」

 

 無様に俺から後ずさるハーシェルさんは勢い余って後ろのボディーガードにぶつかる。

 顔には先ほどのエレガントさ消え去り、変わりに大量の脂汗が浮かんでいた。

 

 そう、目の前の男はあの銀の福音のプロジェクトに携わる片割れの社長。

 俺達に事後処理を押し付けた原因の一端。

 こっちはあやうく死にかけた。死ぬ一歩手前の奴もいた。

 セシリアも、一歩間違えたら………

 

「貴様、なんでそのことをっ!?」

「当事者なんですよ。俺は」

 

 サングラスを外して愛用の眼鏡をかけた。

 

「申し遅れました、今回セシリア・オルコットのボディーガードを勤めさせて頂いております、レーデルハイト工業社長、アリア・レーデルハイトの次男。疾風・レーデルハイトでございます」

「な、なにぃ!」

 

 更に顔を歪ませたハーシェル氏と同時に会場がまた騒がしくなる。

 

「疾風・レーデルハイト! レーデルハイト工業のご子息!」

「二人目の、男性IS操縦者!?」

「そんな男が何故オルコットのボディーガードに!?」

 

 周りの騒ぎをよそに俺はハーシェルさんを真っ直ぐ見つめる。

 対するハーシェルさんはボディーガードに寄りかかったまま、目を見開いてこっちを見ている。

 

「あんたの尻拭いをしてやったのは俺達だ。少しでも迷惑かけたっていう自覚があるのなら。とっとといなくなれっ」

「なっ、あっ」

「後。お前がセシリアに釣り合うだと? 鏡見ろよ」

「っ!!!」

 

 ワナワナとハーシェルさんは震えた。

 そんな彼を他所に俺はセシリアの手をとってその場を離れようとした。

 

「ふざけるのも大概にしろよ、ガキ!」

「相手の合意もなく唇奪おうとする奴より常識あると自覚してますが」

「貴様!」

 

 バッと右手をあげ、ハーシェル氏の屈強なガードマン二人が前に出た。

 

「このような場所で力づくですかハーシェルさん。流石に不躾ではございませんか?」

「何処まで侮辱すれば気がすむんだ貴様はぁ!!」

 

 いちいちうるさいな、ドタマかち割るぞ。

 

「まったく、やりすぎですわ。最後の一言は必要なかった気がします」

「あいつにやるぐらいなら俺がお前を貰ってやる」

「んなっ」

 

 突然の不意打ちにセシリアの頬に僅かながら朱が差し込む。

 

「冗談だよ。赤くなってんなよ、勘違いするぞ」

「あなた言っていいこと悪いことがっ」

「わかったわかった。んで、やるとしたら何処までやって良い? あっちは相当おかんむりだよ」

「んんっ! 私のボディーガードなら、降りかかる火の粉は払いなさい」

「了解、お嬢様」

「あと、いい加減鬱陶しくなってきたのでコテンパンにやってやりなさい」

「私怨も入ってるなー」

 

 ネクタイをグイッと緩め、目の前の男に構えをとる。

 自分より二周りの大きい巨漢二人に立ち向かおうとする俺を見てハーシェルさんは鼻で笑った。

 

「おいおい。お前ごときが僕のガードマンを倒そうというのか? やめておけ、ぼろ雑巾にされるのが関の山だ。謝るなら今のうちだレーデルハイト。今なら土下座して俺の靴を舐めれば許してやらないこともないぞ?」

「自分は後ろに引っ込んでる癖に随分なこと言いますね? こんなガキにガードマンを出すということは、自分では勝てないと言ってるようなものでは?」

「っーー!! お前たち! そのガキに社会の厳しさを骨のずいまで教えてやれ!!」

 

 忙しい人だな………

 図星をつかれたハーシェルさんの怒号に、ガードマンの一人が前に出る。

 二人がかりで来ないところを見ると、一人で倒せる自信があるのか、それとも油断でもしてるのか。

 

 先に駆け出したのは俺の方だった。対するガードマンAはどっしりとこちらを受け止める構えだった。

 相手が自分より体格が上の場合、捕まれたら高確率でアウト。

 

 俺は走りながら拳を握り、それをガードマンの顔にそれを叩き込む。

 対するガードマンはそれを受けとめ、俺を羽交い締めにして意識を落とそうとする。

 そうしようとした。

 

 捕らえようとした筈の若造の姿が視線から消えた、と同時に股間部から想像を絶する衝撃が襲った。

 

 パンチを繰り出そうとして俺が相手のガードをスルーして、そのまま床を滑り、屈強な男の股ぐらに下から蹴りあげた。

 

 金的。どんな屈強で鍛え上げた男でも鍛え上げる事ができない男の急所に的確にぶちこんだ。

 

 直ぐ様起き上がり。突然の禁じ手に思わず悶絶している男の腹にすかさず拳を二発、顎にアッパーを炸裂させた。

 吹き飛ぶ、まではいかなくとも、宙を舞ったガードマンAは地面を揺らし、動かなくなった。

 

 ガードマンAが倒れたと同時にガードマンBが飛びかかってきたところをひらりと躱し、足払いでよろけさせる。

 

 激情してこちらを向いた瞬間にその大きな顔の両耳を即座に叩く。

 脳の揺れによる視界のボケの一瞬の隙に相手の襟と腹のスーツを掴み。

 

「うっらぁ!」

 

 その巨体を床に放り投げた。

 受け身が取れなかった男は背中を強く叩きつけ、肺から強制的に吐き出された空気に目を見開く。

 相手が起き上がるのを待たずにそのまま全体重をかけた踵落としをその腹に降り下ろした。

 

 一息つこうとしたら、後ろから捕まれて持ち上げられた。さっき倒れたガードマンAが息を吹き返したのだ。

 後頭部に荒い息を感じた俺は後ろにすかさずヘッドバットで鼻を潰した。

 

「あぐっ!」

「おらっ!」

「ゴッッッ!!」

 

 鼻を押さえる彼の股ぐらをまた蹴りあげられたガードマンAは悶絶しながらも立っている。

 

「チッ、まだ生きてる」

「ま、まて」

「ふんっ!!」

 

 3度目の正直をぶちかまし、ガードマンAは泡を吹いて今度こそ倒れた。

 完全に沈んだのを確認し、ハーシェルさんの方に向いた。

 

「そんな、馬鹿な。はっ! や、やめろ! 来るなっ!」

 

 自分を守る者がいなくなったハーシェルさんは掌を返すように弱腰になる。

 段々と距離を詰める俺に腰を抜かして後ずさる。

 ギリギリまで距離を詰め、至近距離で視線を合わして。

 

「バン!!」

「わっ! わああぁぁぁ!!」

 

 大きな声に驚いたハーシェルさんは、顔面蒼白で転びそうになりながらパーティー会場から逃げていった。

 気絶して伸びてるボディーガードは警備員にズルズルと引きずられて消えた。

 

 たちまちシーンと静まりかえるパーティー会場。

 視線は全て、俺に注がれる。

 

 これはアレだな。「俺なんかやりました?」ならぬ「俺なにをしてしまいました!」だな。

 流石に股間蹴り3連はオーバーキルだった。

 

 どうしようかとセシリアと目で会話して、今更ながら解決策を考えてみる

 

「いやー、見事見事。良いもの見せてもらった」

「え?」

「ウゲッ」

 

 群衆の奥から茶髪の若い青年が拍手しながら出てきた。

 先程のハーシェルさんに負けないぐらいのイケメンっぷりである。

 

「疾風、あの方は?」

「………ザックス・アークノートさん。アメリカIS企業【スターズ】の社長の息子」

「【スターズ】というと」

「そう、ストライカーの開発元であり。福音計画のもう一つの片割れ」

「ご丁寧に説明どうも。宜しくオルコット嬢」

 

 握手をするために手を差し出す彼に、セシリアは一拍置いて握り返す。

 

「相手が男なら先ず股ぐらを蹴れ。俺の教えが活きて嬉しいぞレーデルハイト」

「ニヤニヤしてる顔で言われても嬉しくねぇよ」

「生意気な奴めー、今度は俺が相手するぞコラァ」

「わっぷ! やめ、やめろザックスさん!」

 

 ワシワシと俺の頭をかき回すザックスさん。そんな二人にセシリアは若干戸惑っていた。

 

「あの、お二人はどういう関係で?」

「ん? こいつがガキの頃にたまに会っててな、色んな事を教えてたのよ。ある意味師弟関係ってやつ」

「その度に軍用式格闘術とか習得させられ、必勝ナンパ術なんてクッソ役に立たないことも習わされそうになった」

「んだよー結果的に役立っただろうが。現在進行形で」

「後半は全く役に立つ気がしねぇよ!」

 

 部屋に突撃させられて強制的AV視聴会やられそうになったり。身に覚えのないR18本とか送られた日なんて、その場で焚書してやったわ。

 

「何言ってんだよ。こんな美人ちゃんのボディーガードやってる癖に。で? やることはやっちゃってんのか?」

「帰れ色情スカイプレイヤー!」

「おっとコワイコワイ。んじゃ、俺は美女とお喋りに戻るから。オルコット嬢と宜しくやれよ。どうせならオススメのホテルをピックアップしてやってもいいぞ?」

「死ねっ。股ぐら蹴られて悶えてろ」

「それはさっきお前がやった奴だろ。じゃーな疾風」

 

 ヒラヒラと手を振りながら、ザックスさんはまた群衆の中に消えていった。

 ザックスさんの介入により緊張感が解けた会場はまた話し声溢れた。

 

「風のような人でしたわね」

「まあ、掴みどころの無い人なんだよな。あとチャラい」

「そうですか。あ、疾風、ネクタイ解けたままですよ」

「あ、忘れてた」

「全く仕方ないですわね」

 

 セシリアは俺のネクタイを直し始めた。

 余りにも自然な流れに俺は慌てる暇さえなかった。

 

「ちょ、おい」

「じっとしていて下さいまし」

 

 そう言われてもなぁ。

 ネクタイを直すセシリアに目を向けると、自然と大胆に開かれた胸元に目が行って。俺はばつの悪そうに目をそらし、結局されるがままになった。

 

「はい、出来ましたわ」

「あ、ありがとう。お前こんなこと出来たんだな」

「失礼な、将来のための必須スキルですわ」

「将来ねー」

「それより、なにかありませんの?」

 

 この流れ、前にもあったな。

 

「散々皆に褒めちぎられてたからいらないだろ」

「あなたの感想が聞きたいのです。ほら早く、疾風は女性に気の効いた言葉の一つも言えない男なんですの?」

 

 胸元に手を置いて軽くポーズを取るセシリア。

 体のラインが分かるのはISスーツと同じぐらいなのに、なんでこうも胸をくすぐるのか。

 

「……ちょっと大胆すぎないか」

「何処が?」

「む、胸元とか。足元もスリット深いし……背中もガバッと開いてるし」

「ふふっ」

 

 俺が必死に誉めるべき場所だろうと思うところを述べているのに、肝心のセシリアはほくそ笑んだ。

 

「なんだよ」

「だって、今の貴方全然らしくないんですもの。でもそれって、少しは私を意識したという事ですわよね?」

「そ、そんなこと、ねえよ」

「うふふ、お可愛いですわね」

 

 いたずらっぽく笑うセシリアにドキッとしつつ、赤くなった顔を手で隠した。

 

 くそっ、こっちに来てから色々調子狂いっぱなしだ。ほんと、らしくない。

 と、狙ったかの如く。タイミング良くダンスの音楽が鳴り始めた。

 

「もうそんな時間ですのね、疾風、お相手して下さるかしら?」

「俺、ボディーガードなんだけど」

「大丈夫ですわよ。あんな大勢にレーデルハイトの子だと名乗ったのですから。ほら、行きましょ?」

「ちょ、待てって」

 

 結局俺は連れられるままダンスパーティーに参加することになった。

 

「ダンスは初めてかしら?」

「練習はしてきた」

「そう」

「なんだよーーーうおっ?」

 

 音楽のテンポが変わり、俺はよろけそうになったが、それを周りにばらすまいと必死に軌道修正した。

 

「最後まで立っていられるか楽しみね。精々わたくしに恥をかかせないように」

「こいつ……」

 

 やってやろうじゃねえか。

 持ち前の負けず嫌いを発揮してなんとか曲のアップダウンを見極めていく。

 

 結局、昔も今もパーティーで引っ張り回されるのは変わってねえな、俺。

 

 だけど、存外悪くはないと思う俺は。結構毒されてるのかもしれない。

 

 




 まず、お待たせしました、遅れてしまい申し訳ない。

 ハッカ杯という企画でエクスカリバーを題材にした短編小説をあげましたので、よければどうぞー


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第27話【リゼント・マリス】

 ティロリンティロリン。ティロリンティロリン。

 

 ベッドの横のミニテーブルに置いてあるスマホのアラーム。手探りで探し当ててタップ。

 ムクリと起き上がり、目蓋が解放されないながらも辺りを見回す。

 

「………広っ」

 

 客室のベッドから起きて、第一声がそれだった。

 普通の部屋が四つ入っても足りないぐらいの客室。

 見るからに、触ってみてわかるIS学園より高そうなベッドからなんとか抜け出そうとする。

 

 コンコン。

 

「はーい」

「疾風様、朝食の準備が出来ました」

「わかりました。直ぐに、行きます」

 

 まだ覚醒していない頭を無理くり働かせて、着替えの服を手に取った。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 あのあと、なんとかダンスを乗りきった俺は、オルコット邸に泊まることとなった。

 久しぶりに来たこの屋敷は相も変わらず壮大。門から家まで道があるし。

 その間には噴水や、庭師が丁寧に手入れを行っている植物の数々。

 絵に描いたような豪邸要素のオンパレードに圧倒されながらも、オルコット邸に到着。大勢の執事とメイドさんに出迎えられた。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「ただいま戻りましたわ」

 

 総勢二十数名のメイドと執事が揃ってお出迎え。

 はっきり言って壮観である。

 

 両側使用人ロードの真ん中から四十代ぐらいの栗毛の男性が見えた。燕尾服を着てるから執事さんだろう。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「ただいま戻りました、ハロルド」

「ご無事でなによりでございます。チェルシーもご苦労。今日はもう休みなさい」

 

 チェルシーさんは一つお辞儀をして屋敷の中に入っていった。

 

「ようこそ、疾風・レーデルハイト様。執事長のハロルド・ブランケットでございます」

「え、ブランケットって」

「チェルシーは私の娘です」

「そうだったんですか。どうぞ宜しくお願いします」

 

 チェルシーさんのお父さん執事長だったのか。

 偏見だけど、執事長とかってお爺ちゃんな印象がある。

 

「レーデルハイト様」

「はい」

「お嬢様とはIS学園でも大変、仲が宜しいと聞いております」

「まあ、そうですね」

「どうぞ、これからも清いお付き合いをお願い致します。もしお嬢様に何かあれば」

「あ、あれば?うぉっ」

 

 ハロルドさんが顔を近づけて、いや、あの近くない?なんかこわ……… 

 

「世界や神、敬愛すべきお嬢様に背いてでも。あなたを消しにいきます」

「ひっっ」

 

 こ、こぇぇえええ!! 

 ドスの聞いた声怖い!! 目が笑ってないよ!?

 ガチだ! ガチ過ぎる! チェルシーさんあんたの父親何者? 裏の組織的なドンじゃないよね!? 

 

「んんっ。ハロルド、そろそろ」

「失礼致しました。ではこちらへ」

「は、はい」

「先程のことは」

「我が命に刻みます!」

 

 納得してくれたのか。ハロルドさんの彫りの深い顔がほんの少し。本当に少し、柔らかくなった気がした。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 いや、ほんと怖かったなチェルシーパパ。

 まさかセシリアに対してあそこまで過保護とは。そんだけあいつが大事にされてるってことなんだろうけども。

 感謝しろよハーシェル。俺が止めなかったら、お前今頃ミンチ肉だったぞ。

 

 ハロルドさんで思い出し震えをしているうちに食堂に着いた。

 これも長い広間で、中央にはこの長い部屋と一緒に伸びたのではないかと思うようなロングテーブルと数多の椅子が陳列していた。

 

「おはようございます疾風」

「おはようセシリア」

 

 セシリアの向かいの席に座る。

 ふとセシリアを見ると、いつもよりメイクが薄い。ような気がした。素メイクというやつ? そこんとこはどうにも分からないけど。

 あ。あくび噛み殺してる。

 

「眠いのか?」

「ええ、遅くまで溜まった仕事を片付けていましたから」

「俺はここに来て直ぐにベッドに直行しちまったけどな」

 

 慣れないダンス、慣れない環境というのもあり。IS学園より上の一級品のベッドの柔らかさに誘われ、泥に沈むように寝てしまったのだ。

 

「シャワー入りそびれたから。後で入ろうと思う。で、今日の予定は?」

「今日はオーバーホールに回したブルー・ティアーズの受け取りぐらいですわ」

「もう直ったのか」

「本体の損傷は軽微でした。なので、今日は疾風のボディーガードの任を解きます」

「ああ、俺が着いていったら、なにかとめんどくさそうだもんね」

「ごめんなさいね」

「いや、俺も極力あそこには行きたくないわ」

 

 また行ったら、どんな罵詈雑言が飛んでくるかわかったもんじゃない。

 メンタルの強さには自信はあるが、あそこに進んで行くほど俺は無謀ではない。

 

「しかし、驚きましたわ」

「何が?」

「何がって。ティアーズ・コーポレーションとレーデルハイト工業の技術契約の話ですよ」

「あーー………………ハイ?」

 

 いまなんと? 

 

「え。おばさんから聞いてませんの? 本格的な発表はまだ先ですけど」

「失礼、ちょっと待って」

 

 スマホを見ると母のLINEに通知が。

 

『セシリアちゃんのとこの会社と契約取れた~(*≧∇≦)ノ

 昨日は高級レストランでごはん食べたの。疾風は忙しそうだったから呼べなかったけど。セシリアちゃんとデートだったから良いわよね( *´艸`)

 そういえばセシリアちゃんを守る為に大立ち回りしたそうじゃない? 流石、剣ちゃんの息子ねー。お母さんも鼻が高いです(`・ω・´)』

 

 こんな大事なことをLINEで言うのかマイマザー! 

 てか良い歳してんのに顔文字つけてくるなよ恥ずかしい! 

 あとデートじゃねーよっ! やめろっ! 

 

 あの時の騒動はやっぱりというかTwitterで話題を呼んだらしい。

 案の定ハーシェルさんは結構叩かれてた。セシリアはモデルをやってるからなー。そこんとこのファンとかもいるんだろう。

 内心、俺にも報復くるんじゃね? と身構えてる。まぁ、あんな目立つとこで目立つことしたんだから仕方ないと割り切ってほしい………無理だろうけど。

 

「大体わかった。まあ、これから宜しく」

「ええ、宜しく」

 

 メイドさんが持ってきたブレックファストを食べてみた。

 うん、普通に美味しかったです。 

 でも何処か味気なかったのは気のせいだと思いたい。

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 さーて。お暇をもらったわけだが、これからどうしようか。

 イギリスを散歩してみたいものだが。俺そこまで土地勘がないからなー。なにより、一人というのもどうにも寂しみがあるし、

 

 チェルシーさん、はセシリアの専属だから離れられないし。

 となると………

 

 電話を書けてみるとワンコールも待たずに出てくれた。

 

「おはよう疾風兄! 疾風兄から電話なんて珍しいね! もしかしてデート? デートだよね? デートだったら嬉しいな! デートと言ってよ疾風兄!!」

 

 電話に出るなりデートという言葉を四連発で放ってくる俺の可愛い妹、楓。

 あらかじめ耳を離してなければ危なかった。

 

「ハイハイおはよう。朝から元気だね」

「実は電話に出るまで寝てた私なのでした!」

 

 寝起き直後でこの元気のよさ。最近の女子特有のバイタリティは楓にも影響を与えてるようだ。

 てか寝てたのにあんな早く出てこれたの? あんなマシンガントーク繰り出せたの? 

 

 これ以上話していたら普通にトークになりそうなので、さっさと本題に移ることにした。

 

「実は今日1日暇をもらったんだよね」

「デートだね!?」

「そこから離れなさい。一緒にイギリス観光しようかなと」

「やったデートだっ!!」

「……意味はあってるけど、俗世的には違うからな。俺達兄妹」

「からの禁断の1ページが!」

「ビリビリビリビリビリ」

「破かないでー!」

 

 もはや恒例となりつつある俺のスルーボケにきっちり反応してくれる妹。可愛い奴め。

 

「とりあえず予定は空いてそうだな? ホテルの場所教えてくれ。迎えに行く」

「ノーだよ疾風兄! せっかくのデートなんだからちゃんと待ち合わせしないと!」

「わかったわかった。お前に任せる」

「やたっ! じゃあピカデリー・サーカスの………なんとかの像に11時!」

「エロス像な。じゃあそこで」

「は、疾風兄がエロスって言った………これはホテルをピックア」

「言わせねえよ」

 

 頭が茹だってる妹の危険な発言をカット。

 楓を(妹曰く)デートに連れてくとセシリアに伝えて、俺はイギリスの街に繰り出していった。

 最近構ってやれなかったんだ。今日1日ぐらいは付き合ってやらないと。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 ロンドンのど真ん中。イギリスの超有名な待ち合わせスポット。ピカデリー・サーカス。

 現在………11時、05分。

 

「遅いなー」

 

 5分オーバー。普通ならなんてことない。許容範囲内に収まる。だが相手があのブラコン極まりし楓・レーデルハイトが相手となれば話は別だ。

 

 もしかしたら30分前でもいるんじゃないかと、出来るだけ早く待ち合わせのエロス像に向かったのだが姿が見えない。

 途中飲み物を買ったりスマホでレーデルハイト工業とティアーズ・コーポレーションの情報を見たりと時間を潰してみたが。

 

 11時15分。15分もオーバー。

 しかも連絡無しときた。

 流石に心配になったお兄ちゃんは妹に電話をかけた。

 

 ワンコール、ツーコール、スリーコール。

 

 おかしい、いつもなら。というより今朝はプルルルのPの時点で出てくれたのに。

 

 しばらくコール音が続く。

 電車かバスに乗ってるのだろうか? と思ったら繋がった。

 

「もしもし楓? なんかあったか? やっぱ迎えに言ったほうがいい?」

「………」

「楓? もしもーし?」

 

 応答なし? まてまて、ほんとどういう………

 

「ゴメーン、お兄ちゃーん。楓ちゃんはデートにいけませーん」

「っ!!?」

 

 背筋が一気に冷えた。

 

 甲高い声が俺の鼓膜を震わす。

 楓の声じゃない。慌てて画面を見た、間違いなく楓のスマホにかけている。

 

「だ、誰だお前は! 楓は、そのスマホの持ち主はどうした!」

「うふふ、慌ててるわね。お嬢ちゃんは私の横で寝てるわ。まあ無事といってもいいわね、今はだけども。うふふふ』

「何笑ってやがる。妹に何かしてみろ! ただではすまさない!」

「あら怖い、でも身の程をわきまえなさいよ。主導権は私にあるのだから。今から指示する場所に一人で来なさい。もし誰か呼んだりしたら、彼女の純潔は無惨に散ることになるわ』

「お前っ!!」

「アハハハ! 待ってるわよ、疾風・レーデルハイト!」

 

 ブツリ、電話が途切れた。

 ダランとスマホを持つ手から力が無くなる。

 

 楓が誘拐された………

 迂闊だった。楓に文句言われても俺が迎えにいったらこんなことには! 

 

 ブルルルと、スマホからメールの着信が届いた。

 後悔してる暇はねぇ、急がねえと!! 

 

 メールに添付されたマップデータを見て、直ぐ様通りがかったタクシーに乗り込んだ。

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

「ここで下ろしてください」

「良いのかいお客さん。この先はなーんも無いぜ?」

「結構です、俺が降りたら直ぐに町に引き返してください」

「あいよ」

 

 運転手にお金を払ってUターンするタクシーを見届け、再びマップデータを確認する。

 

「行くか」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ん、く………」

 

 うっすらと覚める意識の中、楓は手足を動かそうとしたが、何故か動かなかった。

 

「ここは……」

「さあ? 何処か田舎の廃倉庫としか言えないわね」

 

 顔をあげてみたが、何処かわからない。

 動けないと思ったら身体中が縄で椅子に縛り付けられていた。

 目に見える範囲には男が三人、そして首謀者らしき赤毛の女の人が一人だった。

 

「改めておはよう、楓・レーデルハイトちゃん。手荒な真似してごめんなさいね?」

「え? なに? え?」

「可愛そうに、戸惑うのも無理ないわよねぇ」 

 

 首謀者らしき赤毛女は愉快そうに笑うと、周りの男も釣られて笑い声をあげた。

 

(なんでこんなことになってるの?)

 

 状況を理解しようと、楓は順を追って思い出してみた。

 

 愛しの次男からの電話の後、大急ぎで着替えてホテルを飛び出した。

 そこからバスとか乗り継いで目的地に走ってる途中………そう、何かに掴まれて、そのまま………

 

 誘拐、楓は自分に置かれてる状況を理解した。

 

「なんでこんなことを?」

「あら、こんな状況でも落ち着いてられるのね?」

「落ち着いてない。今も怖いもの」

「素直でいいわね。良いわ、気分が良いから教えてあげる」

 

 彼女は楓の耳元に近づきこう言い放った。

 

「疾風・レーデルハイトをこの世から消すためよ」

「っ! は、疾風兄を、消す?」

 

 消す。それはつまり。楓の目の前にいる女は疾風を殺すと言っているのだ。

 

「な、なんで? 疾風兄があなたに何をしたの? あなたと疾風兄はどういう関係なの!?」

「あなたのお兄ちゃんなんて知らないわ、会ったこともないし」

「じゃあなんで? なんで疾風兄が殺されなきゃならないの!?」

「疾風・レーデルハイトは何もしてないわ。私が恨んでいるのは母親とレーデルハイト工業よ」

「お母さん?」

「私の人生はね、レーデルハイト工業のおかげで滅茶苦茶にされたの」

 

 自分の母親であり社長。会社のことなどうわべしかしらない楓はその社会情勢などしるよしもなく。ただ話を聞くことしか出来なかった

 

「10年前、私の両親が経営していた会社がレーデルハイト工業と企業同盟を結ぶと決まったの。そうしたら今より経営も楽になって暮らしがもっと豊かになるって、思いっきりはしゃいでたのを、今でもはっきり覚えている、でもね……」

 

 キッと、先程まで穏やかな表情が憤怒の表情に変わった。

 

「いざ商談と思ったら入ってきたのは警察だったの。レーデルハイト工業は家の会社が裏で麻薬とかヤバイことに手を出してたのを感ずいて、警察と合同で捜査をして家の会社を潰しにきたの。そして瞬く間に会社は倒産。両親は豚箱行きよ」

「目的は、親の敵討ち?」

「はん、そんなんじゃない。この話にはまだ続きがある。その親の一人娘だった私は会社の取引先の社長の養子に入ったわ。でも、そこの経営は家の会社が潰れたからか経営難に陥って。『会社がこうなったのはお前の親のせいだ!』って義理の親に言われて。養子先でも酷い扱いを受けて、私はなんて不幸なんだろうって思った」

「そんな………」

「だけど、それで終わらなかった。本当の地獄はまだ先にあったの。ねえ? なんだと思う? 綺麗なお嬢さん?」

 

 怒りと空虚が入り交じったガラス玉のような瞳を近づける彼女に高校生にも満たない彼女は恐怖を覚えた。

 首を振ることさえ出来ない楓を前に、彼女はその瞳を目一杯広げ、天井に向かって叫んだ。

 

「使ったの! 私の身体を! 当時まだ小学生だった私の汚れの無い身体を! ロリコン趣味の中年相手に義理の父親は取引材料として使ったのよ!! クハハハハハハ!! 笑えるわ! なんでそんなことが出来るのか! 何故私がこんな目にあわなければ行けないのと! あの時は世界すら恨んだわ!」

「ひ、酷い」

 

 思わず溢れた声に、女の狂笑が止まった。

 

「………酷いですって?」

「ヒッ」

 

 ギョロっとした目で楓に振り向いた彼女の顔からは感情が消えていた。

 底冷えするような声に楓の体が硬直する。

 

「優しいのねぇ? 自分を誘拐した相手にそんなこと言えるなんて。ああ優しいわぁ優しいわぁ。後生大事に育てられたんでしょうねぇ。ーーーふざけんじゃないわよぉ!!」

 

 女は椅子ごと縛られた楓を倒した。

 

「蝶よ花よと愛でられたままのお子ちゃまに何がわかるっていうの!? 何を感じれるってのよっ!? 全部レーデルハイト工業が! あんたの親がうちの会社を告発したから! 私はあんなめにあったというのに!! あんたの親が悪いのよ! 私は何もしてない! 悪いことなどしていない!! なんで放っておいてくれなかったの!? ねぇなんで!? なんでなんでなんでぇ!!」

 

 感情を爆発させ狂ったように叫びながら、赤毛女はその幼い体躯に蹴りを入れた。

 

「げほっげほっげほっ。うぁっ」

「あらぁごめんなさいね。でも恨むなら親を恨みなさいよ、ねっ!!」

「かはっ!」

 

 一際強い蹴りに肺の中の空気が一気に外に押し出された。

 

「ははは、いい気味ぃ。それにしても遅いわね、あなたの大好きな疾風兄。約束の時間を設定してなかったからかしら? もう一度電話をして」

 

 首謀者の女が楓のスマホに触ろうとした瞬間。

 廃倉庫のドアが吹き飛んだ。

 

「な、なんだ!?」

 

 手下の男が慌てるなか、彼女は崩れた壁に目を向けると、歪んだ笑みが広げたのだった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 指定された廃倉庫の中を覗くと、縛られた楓に向かって赤毛女、そして男が三人。

 

「なっ!」

 

 次の瞬間俺は目を見開いた。床に倒した楓を主犯と思われる赤毛女が何度も蹴りを入れたのだ

 苦悶にみち、顔を歪めた自身の妹の姿に体の中から赤い感情、怒りが沸き上がり、満たした。

 

 あらかじめ思考していた考えは吹き飛び、俺は直ぐ様自分のIS、スカイブルー・イーグルを展開して。倉庫の扉を吹き飛ばす。

 

「なにしてんだよてめええーーっ!!!」

 

 警告なしで突っ込んだ。インパルスを持っていない方の右腕を握り締めて、赤毛の女に振りかぶる。

 プラズマを纏った拳が女に突き刺さり、ISの拳越しに固い感触(・・・・)が伝わってきた。

 

「なにっ!?」

「いきなりISで殴るなんて、酷い男」

 

 拳がふれてるのは半透明のヘックスの集合体の壁。腕には機械の腕が。

 俺のよく知るそれは。

 

「シールド・エネルギー!?」

「ラファール・リヴァイヴ!!」

 

 女が光を展開。女の体は標準色のネイビー・カラーのラファール・リヴァイヴに変貌した。

 

「たかが誘拐犯風情がIS? なんだお前はっ!」

「昔、あんたの会社のせいで人生を滅茶苦茶にされた女よ。メイブリック社と言えば分かるかしら」

「知るかよ!」

 

 脚部プラズマブレードで女ーーーメイブリックに蹴りを入れ下がらせる。

 

「折角ISを出したんだから楽しまないとねぇ!!」

 

 両手に展開したIS用ブレードをプラズマサーベルで受け止める。

 右、左とくる攻撃を難なくさばき、両腕のブレードを斬り飛ばした。

 

「やるじゃな」

「遅えっ!」

 

 新しく武器を取り出す間にサーベルで斬りつける。

 メイブリックは取り出したマシンガンを撃つも焦っているのか照準が疎らだ。

 プラズマフィールドを展開して弾を弾いてインパルスでマシンガンを斬り潰した。

 

 弱い! 動きもぎこちなく、武器展開も遅い。

 フェイクかどうかわからないが、こいつはトウシロ。

 日々専用機持ちと戦い、銀の福音と戦った俺から見たら。こいつの動きは明らかにつたない! 

 

 相手は盾を展開したところをインパルスで切り上げて蹴りを入れる。

 立ち上がろうとしたところを上空から踏みつけ、盾越しにインパルスを叩きつけた。

 

「ゴッ………」

 

 何度も、何度も、何度も叩きつけられた盾にヒビが入る。至近距離でプラズマ弾を打ち込むと盾が粉々に砕け散った。

 

「なっ!」

「よくも俺の妹を痛め付けてくれたな」

 

 インパルスの穂先を展開。ISのエネルギーを流し、プラズマがインパルスの穂先を包み込む。

 

 止めを刺す。刺せなかったら何度でも打ち下ろす。許しを請うたとしても叩きつけてやる。

 

 「楓が味わった痛みを、受けろっ!!」

 

 インパルスの最大出力状態、巨大なプラズマの槍を形成したインパルスを振り上げた。

 

 パァンッ! 

 

 俺の顔の真横にシールドが発生した。

 タイル一枚ほどのシールドが受け止めていたのは小さい銃弾。

 

「動くんじゃねぇ! 妹を撃つぞ!」

 

 ハッと楓の方を向くと、手下の男が楓の頭に拳銃を推し当てていた。

 

「楓! ぐっ!」

 

 腹部に衝撃。

 メイブリックの手にはショットガンが握られていた。

 

「お手柄よリックぅ! さぁ! サンドバッグになりなぁ!!」

 

 両手にアサルトライフルを取り出してそれを俺にめがけてぶっ放すのに対して俺は反射的に電磁フィールドを展開し、それを弾いていく。

 

「貴方はそこから一歩も動かずに私の攻撃をただただ受け続けなさい。攻撃は許さない、妹ちゃんの頭が吹き飛ぶわよぉ!」

「チィッ!」

「ガードは許してあげるわ、その方が長く楽しめるから!!」

 

 弾切れと同時にリロード、バススロットから呼び出された銃火器を絶え間無く浴びせかける。

 

 ラファール・リヴァイヴの最大の特徴であり、異名である『飛翔する武器庫』

 実弾兵装に対しては最高の相性を誇るイーグルでも。その圧倒的な物量を立て続けに受け続けてはプラズマの維持も困難になってくる。

 

 相手の銃撃を受け続けていくうちに、弾丸の一つがISのシールドエネルギーにぶち当たった。

 

「アハハッ! 当たった当たった!」

 

 上機嫌のトリガーハッピーは身の毛もよだつような笑い声をあげながら、様々な火器をばらまき続ける。

 その凶弾はプラズマの壁をすり抜け、シールドエネルギーが削られていく。

 

 くそっ、なんとか糸口を見つけようにも。この状況じゃ文字通り手も足も出ない。

 しかもこんな田舎の廃倉庫じゃ、助けも絶望的。

 くそっ! 俺としたことが! メイブリックを無視して楓を奪い去ってれば!! 

 

「あぁ楽しいわ。さて、次の武器は………これなんか良さそうねぇ」

 

 ラファールの右手から現出したのは、色は違えど、俺のよく知る最強の実体質量兵器。

 

「グレー・スケール………」

「良くご存じ!」

 

 急加速して一気に懐に入り込んだそれは、ガパリと獲物を捉えようとする爬虫類のようにシールドを開閉、奥の鉄杭がその姿を覗かせた。

 

「しまっ、防御!」

 

 打たれるであろう箇所にインパルスでプラズマを展開するも、グレースケールは容赦なくそれを突き抜けた。

 

「おらっ! おらぁ!!」

 

 続けざま炸薬を破裂させ、杭が撃ち続ける。

 インパルスの柄が二発目でヒビが入り。三発目で真っ二つに砕けた。

 四発、五発、六発を腕で受けた。

 

 メイブリックは新たにグレー・スケールを呼び出して、弄ぶかのように、装甲のある部位にすかさず打ち込んでいく。

 打ち込まれては吹き飛ばされ、無理やり立たされてはまた装甲に打ち込んで砕かれていく。

 

「死ねよぉっ!」

「い"っでっ!!」

 

 そして対に、絶対防御でも相殺しきれなかった衝撃が俺の身体に襲いかかった。

 そのあとも何度も。何度も攻撃を加える。

 もはやプラズマフィールドもろくに発動できてないその有り様は正に嬲り殺しだった。

 もう何発打ち込んだか分からない程打ち込まれた。装甲はボロボロで、ところどころ血が流れ、眼鏡が落ちてカシャンと乾いた音を鳴らした

 

「もうやめて! 疾風兄が死んじゃう!」

「当たり前よねぇ! そのつもりなんだから! あんただけは殺せってのがクライアントからの条件なんだからねぇ!!」

 

 クライアントだと? 

 黒幕はこいつじゃないのか? 

 

 もはや声を出すことも出来ず、度重なる重撃にまた吹き飛ばされた。

 ISの情報からしきりにアラートがけたたましく鳴り響く。

 スラスター不調、PIC制御困難……

 機体ダメージは、レッドを通り越してデッドゾーンか……

 

 様々な状況と情報の中、なんとか模索しようとするも、身体中から鈍い痛みが広がり、時折意識が朦朧としてくる。

 その朦朧とした意識は頭から衝撃を受けることで一時的に覚醒する。

 

「気分はどうだ、レーデルハイト。少しは私の屈辱が理解できたか?」

「あっ………うぇっ………」

 

 知るか、と吐こうとしたが上手く声が出ない、鈍い痛みがだんだん強くなってきた。

 

「でも足りない、私の憎しみは収まらない。こんなんじゃまだ足りないのよ!」

「んがっ!」

 

 ガッと、頭を踏みつけていた足でそのまま頭を蹴りあげる。

 

「このまま殺してもいいけど。それじゃあ面白みないわよねぇ。どうしようかなーー」

 

 わざとらしく辺りをキョロキョロ見回すメイブリックを睨む。だが今のこいつにはその視線すら快感になっていた

 

「そうだわ、ピッタリのがあるじゃなぁい」

 

 メイブリックは狂気な笑みを楓に向けた。

 

「あんた達、その子好きにして良いわよ」

「なっぁ!」

 

 こいつ、何を……! 

 

「ただしこの場でやること、こいつの居る目の前でやるの、そのほうが盛り上がるでしょ?」

 

 楓に銃を当てていた男は、気色悪い笑顔を浮かべたあと、楓の上着を引きちぎった。

 

「キャアッ!」

「か、えでっ!」

「ちょっと、もう少しゆっくりやりなさい、その方が長く楽しめるじゃない」

 

 やめろ!! 

 声を張り上げようとするも、喉から血が飛び出すだけだった。

 

 俺はなんとかメイブリックの足を掴むも、直ぐに振り払われてしまう。

 

「大人しくしてなさいよレーデルハイト、あの子を滅茶苦茶にしたら直ぐに殺してあげるから。せいぜい自分の生まれを後悔することね。可愛そうねぇ妹ちゃん、レーデルハイトの家に生まれたのが運のつきよ、惨めにその純潔を散らしなさい!」

「い、いやっ! 助けて疾風兄ぃっ!!」

 

 やめろ! やめろやめろやめろっ!! 

 動けイーグル!! ここで動かないと、楓が!! 

 

「おおっ。小さいくせに良い身体してんじゃねぇかぁ」

「こりゃあ楽しめそうだっ」

「最初は俺だ! どけお前ら!!」

「いやぁぁああっ!!」

「良く目に焼き付けなさいレーデルハイト! これが私の受けた傷の一部よ!!」

 

 やめろ、頼むやめてくれ。頼む! 頼むぅぅ!! 

 

「やめてくれぇえええーーー!!!」

 

 俺の叫びもむなしく、男の腕が楓の下着を掴んだ。

 

 ガシャァン! 

 

「なに!?」

 

 倉庫内を照らしていた窓が音をたてて割れた。

 続けざま黒い筒状の何かが2つ、カツンと乾いた音を鳴らして床を蹴った。

 

 突如、一瞬の巨大な音と閃光、そして黒い煙幕が薄暗い廃倉庫を包み込んだ。

 

「うっ! なによこれ!」

 

 あれは………対ハイパーセンサー用ジャミングスモーク? 

 イーグル・アイでようやくボンヤリと見える煙のなか。楓と男三人の他に。人影が、もう一人。

 

「なんだこ………ごほっ!」

「ぐあっ!」

「があっ!!」

 

 煙の中で男が嗚咽をあげる。

 

「なによこれ、なによこれ、なによこれ! こんなの聞いてないわよぉ!!」

 

 右手にライフルを展開し、煙の中を一網打尽にしようとしたメイブリックの凶行をーーー蒼の光が貫いた。

 

「なにっ!? きゃあっ!」

 

 光に撃ち抜かれたライフルが溶けて崩れ、暴発。飛散した弾薬がメイブリックを叩きつけた。

 

 今のは………レーザー?

 

「無事、ということにしておきましょう。よく耐えてくれましたわ」

 

 フワリと。

 柔らかく、ゆっくりと、天使が天から舞い降りるように。俺の眼前にあいつが現れた。

 

「……あっ………ああ………」

 

 鮮やかな蒼色。身体から離れて浮かぶ板のような翼は正しく天使の羽のよう。

 波打つように揺れる金糸の髪は、彼女の荘厳な魂を表すように煌めいていた。

 

 その瞳に、確かな怒りを宿して。

 蒼の騎士は銃口を向けた。

 

 

 



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第28話【ヒット・ワン・ショット】

遅れて申し訳御座いませぬ。
自分の中では最低二週間投稿を心がけているのですが。なんか………プチスランプとかとか。

なにはともあれ、夏休みイギリス編、完結です。

あ、ハッピー・バレンタイン(一分遅刻)
今年も安定のゼロ個でした(`・ω・´)


 土埃が舞い、一陣の風がそれを吹き飛ばす。

 

 セシリア・オルコットは愛機、ブルー・ティアーズを纏い。手に持つスターライトMKⅢを、メイブリックが乗るラファール・リヴァイヴに向ける。

 

「お嬢様、楓様の救出に成功、このまま病院に連れていきます」

「ありがとう、こちらは任せて」

「ご武運を」

「ありがとう、チェルシー」

 

 従者との通信を終え、セシリアは再び目の前の女を見据える。

 そんな彼女を見て、疾風は掠れた声を絞り出す。

 

「セシ、リア………」

「無理して喋らないで。楓さんはこちらで保護しました。あなたはじっとしていなさい」

 

 疾風は安心したのか、安堵の息を漏らす。

 彼の呟きに反応したメイブリックは信じられないという顔で頭をかきむしった。

 

「セシリア?あの代表候補生のセシリア・オルコット?なんでお前がレーデルハイトといる?なんでお前が私の邪魔をする?お前には関係ないだろ!引っ込んでろよっ!」

「………」

「お前のせいで全部グチャグチャだ!何もかも上手く行っていたのに!全部全部全部全部全部!!お前のせいでぇぇええええ!!」

 

 ヒステリックに叫ぶメイブリック。反応することなくセシリアは変わらず冷えた視線を向け続ける。

 

「なんとか言えよっ!」

「………」

「なんとか言えって言ってんだよぉ!!」

 

 無反応のセシリアに業を煮やしたメイブリックは、再び武器を量子変換するために意識を集中する。

 

「なんとか」

「………はぁ?」

「言いましたよ?満足ですか?」

「わ、私をコケにするなぁぁっ!!」

 

 マシンガンをコールし終えたメイブリックがセシリアに向ける。

 彼女越しに疾風を狙う。もしセシリアが避ければ疾風に当たる、避けられない。メイブリックは脳内で蜂の巣になる彼女の姿をイメージしてほくそ笑んだ。

 

 だが弾丸は一発も飛び出さなかった。

 撃つための銃口がセシリアと別方向から飛んできたレーザーに焼け爛れ、潰されたからだ。

 

 ブルー・ティアーズの第三世代兵器、BTビットのオールレンジ射撃。

 セシリアが廃倉庫に突入する直前にあらかじめ飛ばしておいた物。

 今のセシリアにとって、ビットと機体操作の同時運用など容易いことである。

 

「大人しく投降なさい。あなたに万に一つの勝ち目はありません」

「ふざけんな!良いとこのお嬢様がっ!!」

「警告はしましたわ」

 

 予想の範囲内とばかりにセシリアはビットを滑らせ、レーザーを放った。

 

 そこからは一方的に事が進んだ。

 

 四方から正確に放たれるレーザーにメイブリックはまともに動くことも出来ず。

 おざなりとも言える量子展開は完了したと同時にレーザーに撃たれて溶解。

 辛うじて接近戦に持ち込めたものの、セシリアのインターセプターに軽くいなされ、ミサイルで吹き飛ばされて元の位置に戻された。

 

「………弱いですわ」

 

 セシリアは冷ややかに見下した。

 絶対零度の視線を向けるのと対照的に、セシリアの心中は熱を持っていた。

 

(こんな矮小な存在に。疾風が負けてしまうという状況を作り上げられたというのか)

 

 人質を取って無抵抗の疾風をいたぶり。挙げ句の果てに動けない彼の前で実の妹を辱しめに合わせようとした。

 

 彼の痛ましい姿を見たとき。あの嬉々として空を飛ぶことに喜びを感じていた彼が、無惨にも地べたに這いつくばっているのを見たとき。

 セシリアの中の何かが焼き切れた。

 故に彼女は冷徹に、確たる力の差を持ってメイブリックを蹂躙する。

 

 相手を嬲ることなど、セシリアの趣味ではないが。怒りを燃える彼女の中に躊躇いなどあるはずがなかった。

 

「ぐ、あっ………」

「終わりです。それ以上は身体に響きますよ?」

「うる、さい。まだやれるっ!」

「そうですか」

 

 彼女の纏うラファールは所々装甲が欠損している。

 よろけて立ち上がろうとするメイブリックに、セシリアは容赦なくフルバーストをぶち当てた。

 

「くそ、が……」

 

 メイブリックは気を失い、ラファールを纏ったまま地に倒れ伏した。

 崩れたメイブリックを見て、セシリアはスターライトMKⅢをリコールした。

 

「………………ヒヒ、馬鹿がよぉっ!!」

 

 スターライトMKⅢが粒子となって消えたと同時にメイブリックは死んだふりから起き上がってブースト。右手にはIS用のナイフが握られ、メイブリックは心のなかで勝ちを確信した。

 

(浅はかな)

 

 だがセシリアはそれを見透かしていた。

 セシリアは空中で待機していたビットに指令を出す。小さな射手は弓をたがえ、光として撃ち出す準備を整えた。

 避けることすら容易いことだが。充分迎撃出来る距離だ。ISがリミットダウンするまで撃ち続け、恐怖というものを身体に教えてやろうと思った。

 

「………スイッチ」

「っ!」

 

 セシリアは撃たなかった。

 ISを持って辛うじて聞こえた、弱くか細い声。

 無茶だと思った、出来るはずないと、動かないで大人しくしておいてほしいと。

 だけどセシリアは瞬時に横に避けた。

 その掠れた声の中で確かな意思を感じ取れたから。

 

 セシリアと入れ替わって現れた疾風が、右の拳に稲妻を文字通り握り締め。

 

「ーーらぁっ!!」

「へ?ごぉっ!!?」

 

 ヘラヘラ笑ってるメイブリックの顔面にぶちこんだ。

 

 ISのシールド越しでも衝撃が伝播(でんぱ)し。メイブリックの顔面は歪み、殴り飛ばされ地を滑った。

 

「ゼー、ヒュー………喰らわしたぞ、クソッタレ………」

 

 息も絶え絶えに、砕けた装甲がパラパラと落ち、血が滴り、満身創痍の疾風はISを支えにやっと立っている状態だった。

 思わずセシリアが駆け寄ろうとしたところを制止し、血濡れの瞳でメイブリックを睨み付ける。

 

「ハハ、まだ起き上がれるとは嬉しいなぁレーデルハイト。どうしたぁ?立ってられるのもやっとだなぁ、私が楽にしてやるよ!」

「うるせぇ………お前はもう、詰みだ」

「あぁ?」

 

 メイブリックの身体、ラファールの深緑カラーの装甲に突如電撃が走った。

 自身のISを見ると、小さなステルス戦闘機のような物体が二つ、コバンザメのように張り付いているではないか。

 

 その正体は、イーグルの自立兵器であるビークビット。先程殴り付けると同時に飛ばして置いたものだ。

 メイブリックはそれを引き剥がそうと手を伸ばしたが、飛来物がその手を弾いた。

 

「あぁ?」

 

 乾いた音をたてて転がったのは、廃倉庫に放置されていた鉄パイプ。

 その鉄の棒はパチリパチリと電流が走り、カタカタと震えていた。

 

 そしてメイブリックはようやく気付いた、自身を走る電流が、空中を伝って両側に延びていることに。

 その細い電流の先には、乱雑に置かれた大量の鉄パイプや鉄板。電流の糸は廃鉄置き場の側にある残りのビークビットに繋がっていた。

 

 疾風が地に伏せている間、なにもしなかった訳ではなかった。

 戦闘を援護しようとすれば逆にセシリアの邪魔をしてしまう。だがこのままやられっぱなしでは腹の虫が収まらない疾風は一計を案じ、戦闘に使用していなかった六機をスタンバイさせた。

 

(電磁誘導、ビーク間のプラズマコントロール構築、完了)

 

 それはプラズマを応用した電磁石、エレクトロマグネット・コントロールによる鉄塊操作。

 イーグルのスペックでは自由自在に離れた鉄を浮遊させるまでは行かない。だがビークを中継点として利用すれば話は別。

 

 カタカタからガタガタと鉄の集まりは音を上げ、倉庫内に反響していく。

 

「じゃあな、出来れば死んでくれ」

「レェェェデルハイトォォォ!!」

 

 雄叫びを上げながら突撃するメイブリックにリニアモーターカーのように打ち出された鉄は余すことなく激突、なけなしのSEをぶち抜き、メイブリックをラファールごと喰らいつくした。

 ド派手な金属音が響き、土埃が空気中にぶちまけられる。

 

 鉄の塊と化したラファールとメイブリックが出来上がった。

 今度こそ沈んだ。IS反応消失、鉄パイプと鉄板の隙間から腕がダラリと覗いているのを見て疾風の身体は崩れ落ちる。

 

「疾風!」

 

 臨戦態勢を解いたセシリアが血相を変えて疾風を支えた。

 薄れ行く意識の中、イギリス国軍所属のメイルストロームが近づいてくるのを、センサーで感知した。

 

 

 

ーーー◇ーーー

 

 

 

 目覚めると知らない天井だった。

 って、何処の地下都市やねん。

 

「いっ………てぇ………」

 

 痛みで身体が動かせない。なんか体がギッチギチに縛られてるような。

 それと違う圧迫感が俺の腹辺りに、しかもなんか暖かい………

 景色がぼやけてるのは眼鏡がないせいか。薄目で見てみると長い鮮やかな金髪、青いヘッドドレスが上下にゆっくり動いている。

 生暖かい感触に気恥ずかしさを感じたので起こさないように身をよじる。

 

「んゆ……?」

 

 無理でした。

 

「は、疾風?」

「おう、セシリア、おは、よっ!?」

 

 突然目の前が金色とふわふわと良い匂いで一杯になったってええっ!?

 

「疾風!?生きてますのね?夢じゃありませんわよね?大丈夫ですわよね?無事ですわよね!?」

「ちょっま、って、イタタタ」

「あ、ごめんなさい……」

 

 我に返ったセシリアはすごすごと離れていった。顔が真っ赤っかだ。

 どうやらというか、ここはどっかの病室。セシリアが感極まって抱き締めてきたのだと知ると、俺も顔が熱くなった。

 

 とにかく眼鏡、眼鏡何処だ。

 探しているとセシリアが眼鏡ケースごとくれた。かけてみると。

 

「oh、なんか違和感。これスペアか」

「わかりますの?」

「同じ度でもかけなれてない物かけると少しクラッとするのよ」

 

 あー、あの眼鏡お気に入りだったのに。おのれ………

 改めて自分の身体を見てみると、見事に包帯だらけ。こりゃあハロウィンやれそうだな。

 

「あれ、イーグルは?」

「レーデルハイト工業のイギリス支社でオーバーホールですわ。ダメージレベル、Dですって」

「でぃ、Dぃ!?」

 

 ダメージDと言ったら、装甲から取っ替えるレベルじゃないか。

 そりゃあ全身にしこたまパイルバンカー打ち込まれまくったらそうもなるか。最後よく動けたなぁ。

 

 そこからセシリアに事件の顛末を聞いた。

 セシリアが駆けつけれたのは、俺を監視するようにチェルシーさんに言ってたからだということ。血相を変えて走ってく俺を只事ではないと判断してセシリアに連絡を取ったこと。

 事件の後にイギリスの査問委員会が来たこと、楓は怪我はあれど、そこまで酷くはないこと。メイブリックが何故あんなことをしたのかということ。

 

 メイブリックの過去は、残酷だと思う。だが同情なんかしてやるものか。

 自分も他人に消えない傷を与えようとしていた。あの女は自分から同じ穴の狢になったのだから。

 

 肝心のあの女。メアリ・メイブリックはというと、どうやら生きているらしい。俺と同じぐらいの怪我をしてるだけで生きてはいるということ。悪運の強いやつ………

 

「あのクソ女が言ってたクライアントの正体は分かったのかよ」

「本人から聴取を取れてないのでなんとも言えませんが、メイブリックの使用していたラファール・リヴァイヴのISコアの出所は分かりましたわ。ハーシェル・カンパニーの所有ISコアでした」

「んんっ!やっばりかぁ!」

 

 ここ最近で明らかに俺に恨みを持ってる奴筆頭、イスラエルのハーシェル若社長。大方(強引な)プロポーズを邪魔されたあげくネット上で晒し者にされたことへの報復といったところか。

 

「本人は否定しているようです」

「どうみても確定だろ」

「ここだけの話ですが。ハーシェルが言うに、ISコアは随分前に何者かに強奪されたと証言したそうです」

「へーそー」

 

 口から出任せにしては随分と上等な文句じゃないの………絶対信じてやらないけど。

 

 ベッドに身を投げ出す。ふと気付くと外が暗かった。

 

「なあ、今何時?」

「18時です」

 

 というと、あの倉庫についたのが10時00分ぐらいだったから………

 

「8時間も寝てたのか。てかお前こんな遅くまで居て大丈夫?ハロルドさん怒らないの?」

「………」

 

 突然俯いて押し黙ってしまった。

 あれ、俺なんか不味いこと言っちまった?

 しかしあれだな、8時間寝てるにしては異様に身体がダルいな。

 

「………2日」

「はい?」

「2日です。あなたは2日も目を覚まさなかったの」

「え、そんなに!?」

「そんなにですわよ!!」

「おぅっ」

 

 いきなり大きな声を出したセシリアに身を引こうとしたが身体が痛くて出来ず。

 明らかに怒っているセシリアに喉を奥がキュッとなった。

 

「大体疾風も疾風です!あの時あの女ではなく楓さんの救出を第一に考えていればあんな状況にはならなかったでしょう!目先の怒りではなくもっと全体を見なさい!優秀なハイパーセンサーがあるのにあなたは視野が狭いです!」

「ぐうの音も出ません」

「あなたは世界にとっても価値のある人物ということを再認識した上で行動しなさい!分かりましたか!?」

「ごもっともです!申し訳ございませんでした!」

 

 余りの気迫に思わず目をつぶってしまった。

 相当なおかんむり、怖い。

 無理もない。もしセシリアが来なかったら、俺は殺されてただろうし、メイブリックが遊びではなく本気で殺しにかかっていたら間違いなく俺は今ここにいない。

 

 それからセシリアが話さなくなったので、おそるおそる目を開けると、俺は思わず目を疑った。

 

 セシリアがボロボロと泣いていたから。

 

「え、セシリア?」

「ずっと、ずっと起きないままで。お医者さんは、寝てるだけで命に別状はないとか、回復に向かってると言っていましたけど。でももしかしたら、もう一生起きないんじゃないかって、わたくしはそれが心配で心配で!」

 

 顔を見ると唇を噛んで涙を堪えようとしてるが、後から後からと大粒の涙が溢れていく。

 お墓参りの時にあれほど自分が泣く姿を見せるのを良しとしなかったセシリアが隠すことなく泣き続けている光景に俺は驚きを隠せなかった。

 

「ボディーガードを頼まなければとか。チェルシーに監視をさせずに、屋敷から出るなと言っていれば………」

「セシリア」

「わたくしがイギリスに一緒に行こうと言わなければ。疾風もこんな目に会わずにすんだのではないかって。そう思わずにいられなくて」

 

 うつ向いたまま溢れる涙を拭うことなく落としていくセシリア。

 

 慰めようとした。そんなことはないと、お前のせいなんかじゃないと。

 だけど言えなかった。言ってもセシリアは納得してくれない。彼女は責任感が強いから、きっとまた自分を攻めてしまう。

 だから。

 

「ありがとうセシリア」

「え?」

 

 だから俺はありがとうと言う。

 言われた本人は顔を上げたまま固まった。

 その目は涙で潤んでいて、頬が仄かに赤くなっていた。

 思わず出そうとしていた言葉が引っ込んでしまった。

 見惚れてしまった。それぐらい綺麗に泣くものだから。

 

「………どうして、お礼なんて?」

「え、あ。んん」

 

 しまった。話そうと思ったのに内容がぶっとんでしまった。不意打ちとは恐ろしい。

 一つ咳払いをして気持ちを整えた。

 

「いやだってあの女。ハーシェルに頼まれなくてもうちに危害くわえそうだったし。むしろ俺がいなかったらそれこそ楓が大変な目にあってたかも知れなかっただろ?」

「それは結果論じゃ」

「かもしれない。でももしかしたら本当にそうなる可能性もあり得た訳だしさ。だからありがとうセシリア。お前がイギリスに呼んでくれたおかげだ。ありがとう、俺と妹を守ってくれて」

 

 スカートを握りしめている手に包帯に巻かれた自分の腕を置いた。

 きしむような痛みに身体が悲鳴を訴えてきたが。気にしない。

 

「………うぅ………」

「う?」

「ううぅぅぅ………」

「えっ、ちょ!慰めたんだからまた泣き始めるなよっ」

「だ、だってぇ………」

「おいおい………」

 

 慌てる俺の前で、再び涙を流し始めたセシリア。

 しばらくの間。怪我人である俺がセシリアを慰め続けるという変な構図が続いていたのだった。

 

 

 

ーーー◇ーーー

 

 

 

 疾風が目を覚ます二日前。

 

 暗闇に包まれた一室。

 広い窓を背にディスプレイを睨んでいる女性がいた。

 

『レーデルハイト工業とティアーズ・コーポレーション。技術連携を発表』

 

 イギリスが誇る二大企業が手を結んだという世界にとっても一代ニュース。

 眺める女性の顔が、画面の光に照らされている。

 ティアーズ・コーポレーションの社長であり、現イギリス代表、フランチェスカ・ルクナバルトだった。

 今回の技術連携はティアーズ・コーポレーションからしても充分に利益が見込めた。だがフランチェスカの表情は険しいものだった。

 

 そんな彼女のイヤーカフス。ISの待機形態に誰かが通信を寄越してきた。

 ビデオ通信を開くと、フランチェスカと同じぐらいの豊満な金髪をたなびかせる妖艶な美女が写った。

 

「ハーイ」

「なんのようかしら、スコール」

「疾風・レーデルハイトは一命を取り留めたようね」

 

 チッ。彼女は舌を打った。

 少なくとも、疾風の生存を良しとするような顔ではなかった。

 

「わざわざハーシェル・カンパニーから奪ったコアを与え。妹を餌にして疾風・レーデルハイトを襲撃。随分と過激じゃない?まあ結局失敗しちゃってコアは政府に撤収。肝心の子もあなたのお気に入りのお嬢さんに助けられることになったと」

「私を怒らせたいのかしら、スコール」

「あら怖いわねぇ。でもあのISコアは私達モノクローム・アバターが苦労して手に入れたものよ。それを理解してほしいわね。亡国機業実行部隊の1つ、ブルーブラッド・ブルーのリーダーさん?」

「………」

 

 フランチェスカは押し黙った。

 昔から目の前で笑う女が苦手だった。

 同性愛者(レズビアン)でありながら女性権利団体には批判的で男性を評価するときは評価する。それを除いても、フランチェスカとスコールは反りがあわなかった。

 

「でも良かったわね。セシリア・オルコットにチョッカイを出した若社長の社会的地位と権利は地に落ちた。あなたにとっては結果オーライじゃない?」

「あんな小物。コアのナンバーが割れずとも直ぐに消すつもりだったわ」

 

 コアの所在を選んだのは飽くまで万が一の為。

 事実。彼女の指示のもと、女性権利団体がクラウス・ハーシェルを潰すために動き始めている。

 

「というより。守ってくれたセカンドマンに感謝するどころか消しにかかるとか。恩を仇で返しすぎて正直引くわ」

「自称ボディーガードを名乗るなら当然のことよ。あの場でボロ雑巾にならなかったのは残念で仕方ないけど」

「そう、もういいわ。例の2号機はどうも。有効に使わせて貰うわ、それじゃあね」

 

 スコールとの通信を終え。フランチェスカは脱力したように背もたれに沈んだ。

 モノクローム・アバターから提供されたISコアの見返りに社の最新鋭機、サイレント・ゼフィルスを強奪という形で譲渡する。

 元々セシリアのブルー・ティアーズの改造案だったが。予想以上のBT適正値の上昇により2号機として製造されたのがサイレント・ゼフィルスだった。

 

 フランチェスカは席を立ってガラスの窓からイギリスの美しい夜景を見下ろす。

 

 眼下を通る老若男女。

 目に写る男。見知らぬ男も嫌悪の対象。だがフランチェスカの目蓋に写るのは、眼鏡をかけた若い少年。

 

 朝方、セシリアが突然電話をかけてきた。

 彼女に娘はいないが、兄夫婦の子供であるセシリアを我が子のように愛しているフランチェスカにとってそれは心が踊るものだった。

 だがセシリアは開口一番に『社長。ブルー・ティアーズをこれから受け取りに行きます。未調整でも構いません、今すぐ譲渡してほしいのです!』と言ってきたのだ。

 セシリア自身は隠していたが、声の何処かに焦りが見てとれた。

 

 首謀者でもあるフランチェスカは直ぐに何を求めていたのか察した。だからもっともらしい理由をつけてセシリアを止めた。

 だがセシリアは止まらなかった。『お叱りは後で受けます』と言ってラボに預けていたブルー・ティアーズを強引に持ち出して飛び出し、疾風・レーデルハイトを救い出した。

 

 彼女は愕然とした。今まで見てきたなかでこんなセシリアは見たことがなかった。

 規律を重んじ、自分に厳しく生きていたセシリアが強奪紛いな行動を起こす。

 その要因があの男性IS操縦者だというのが、フランチェスカの中にどす黒い感情を溜めていく。

 

 BT適正値の急上昇の時も、模擬戦の真っ只中だったという。その対戦相手が、またあの男性IS操縦者だという。

 

 セシリア・オルコットの転機に必ず疾風・レーデルハイトがいる。その現実がなによりもフランチェスカ・ルクナバルトの頭を殴り付けたのだ。

 

「疾風………レーデルハイトっ………」

 

 歯を固く食いしばり。握りしめた拳からは血が滴り落ちた。

 

「あの子は。セシリアは私の宝よ。あの娘を汚す存在は私が排除する。私が殺してやる」

 

 姪に対する歪んだ愛情、疾風に対する歪んだ憎悪。女尊男卑という歪んだ信念。

 

 それをいびつだと欠片にも感じず。今日も彼女は男という存在そのものを憎んでいく。

 

「全ては、素晴らしき女性至上世界の為に」

 

 

 

 



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第29話【エンカウントって怖いね】

 

 

「IS動かしていいかな?」

「なに馬鹿なこと言ってるんですか、やめなさい。あとその似合わないサングラスを外しなさい」

「似合ってない?」

「似合ってません」

「はい」

 

 パーティーの時にチェルシーさんから貰った度付きサングラスをしまってマイ(スペア)眼鏡をかけ直した。

 似合ってないってさ、どうせ格好いいのは似合わないさ。落ち込んでないもん。

 

「帰ってきたなー日本。IS動かしたい」

「さっきからそればっかりですわね」

「だって10日間も動かしてないんだよ? はやく帰ろ。そしてIS動かそう。今すぐに! 帰ろう!」

「わかりました。わかりましたから少し黙っていなさい」

「待っていろIS学園。今俺が帰ってくるぞ」

 

 先の事件で全身包帯だらけになってしまった俺。長い入院生活の間、病室というのはどーも暇で暇で。バススロットにしまってあった夏休みのアキレス腱、SYUKUDAIも片付いてしまった。

 

 夏休みの前半を病室で過ごし、最先端のナノマシン医療の激痛に耐えきり、完全復活を遂げた俺を待っていたのは。

 楓とのデートであった。

 

 いや、俺より早く日本に帰った楓なんだけど。俺が退院する日時に合わせて。病院の前で仁王立ちしてからの「デートしよう! 疾風兄!!」とまたイギリスに来たのは驚いた。

 あんな事件があったのに全然そんなことを匂わせないぐらいの通常運転スマイル。

 俺が謝った時なんて「疾風兄に比べたら全然大丈夫だし。むしろ疾風兄が王子様みたいに助けに来てくれたから全然OK!」なんて言ってくれた。やだこの子天使過ぎる。付き合ってはやれないけど。

 お詫びとして一日中イギリスを歩き回り、夜景が綺麗な超高級ディナー(自腹)の後にホテルで夜を明かした。

 

 楓が必死こいてダブルルームにしようとしたのを押しきってツインルームにしたのだが。執拗に狭いベッドに入ってこようとした楓を説得したのは疲れた。

 いや分かりきってたことだったけど。最初はホテルに一緒に入るのも躊躇ったのよ。だけど出来るだけ妹のお願いを叶えてあげたかった兄の心を分かってくれたら嬉しい。

 一応言っとくが。如何わしいことはしていません。必死に阻止しました。

 

 しかし困ったことに、ISが(当たり前だけど)動かせない! 

 メイブリ……クソ女のせいでボロボロになったイーグルが戻ってきたのがそれから五日後、それでも俺の体はまだボロボロだったので動かすことなど出来ず。退院した後でもISアリーナなんか使えるわけないのでお預け。軽く動作テストをするだけに収まった。

 今の俺は完全なるIS欠乏症になっているのだ。あと少ししたらゾンビになる。

 

「こっからIS学園までどんだけかなぁー。空いてるアリーナあるといいけど」

「ありますって。だから落ち着きなさい」

「あーい。おっ」

 

 スマホが震える、俺の心のように。んー、大分頭やられてるぞ? 

 LINEを開くと、差出人は一夏だった。

 

『まだイギリスにいるのか?』

『今帰ってきたぞい』

『そっか。実は今家の掃除しててな。もうすぐ終わるんだけど。よかったら遊びに来ないか?』

 

 ふむ、一夏の家か。つまりは織斑先生の家でもあるわけか。

 

「誰ですの?」

「一夏。家に遊びに来ないか、だって」

「そうですか」

 

 見せたスマホをじーっと見つめるセシリア。何処か物欲しげな眼差しを見て、俺の敏感な頭にピーンと豆電球が灯った。

 

「一緒に来るか?」 

「えっ? で、でも誘われたのは疾風ですし……」

「あいつがそんなの気にするたまかよ。はいポチポチっと」

 

『セシリアも連れてこれたら連れてっていいか?』

『いいぜ』

 

 即レスポンスを返してきた一夏の返信を見てセシリアはしばし悩んだ後。「行きます」と納得した。

 こいつのことだ、おおかた男の子の部屋とか家に遊びに言ったことなどないから興味があるのだろう。

 

「ところでセシリア、明日空いてる?」

「ええ、予定はありませんが」

「よしオッケー」

 

 直ぐ様LINEに文字を打ち込んでいく。おっと誤字っちまった。なおしなおし。

 

『今日は予定あるから明日でもいいか?』

『いいぞ』

『じゃあ明日セシリアと一緒に行くわ。詳しい時間帯は後程』

『わかった。楽しみにしてる』

 

 一通り連絡を済ましてスマホの電源を切った。

 

「よーし! IS学園に戻るぞ!!」

「友人の用事よりISですか………」

 

 呆れてため息を吐くセシリアをよそに俺は大股でノッシノッシとIS学園に進路を取った。

 

 待っていろ! 学園アリーナぁっ!! 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 日を改めて翌日、晴れ。夏の日差しがサンサンと紫外線となって降り注ぐ日本はイギリスと違って暑い暑い。

 セシリアも外出着なのか、胸もとが少し開いてる青のワンピースにフリルのついたシャツ。日焼け対策として白の日傘ときちんとオシャレしている。

 対して俺はシャツに短パンジーンズ、水色のつば付き帽子というTHE男の子というオシャレの欠片もない格好。

 

 なんでそんな気合いの入った格好なのかと聞いたが「淑女としてこれぐらい当然」というよくわからない返答が帰ってきた。

 隣に立ってる時のミスマッチ感が半端じゃない。現にここに来るまで俺が隣にいるのにも関わらずナンパしてきたやつがいたよ。笑顔で退散して貰ったけど。

 

 まあそんなこんなで。

 

「とーちゃく」

「……何故ここですの?」

 

 IS学園からモノレール、電車と乗り換えてついたのは一夏の家ーーではなくここらへんで一番大きいJRの駅。

 

「まあまあ考えてもご覧よ。一夏が家にいる、それはつまり織斑先生も家にいる可能性が高い。そんな場所に手ぶらで行くなんて革装備で魔王に挑むようなものよ」

「成る程。で、何を買いに行きますの?」

「ふっふっふ。今巷で噂している、ケーキの国際大会で受賞経験のあるパティシエが作るケーキ屋と言えば、セシリアならわかるかな?」

「まさか、リップ・トリック?」

「exactly!」

 

 リップ・トリック、説明は今したので詳しくは省くが。今若い人たちを中心に話題に上がっている人気菓子店。最近テレビで取り上げれて一気に認知され。今時のインスタ映えるケーキの数々が若者の心を掴んでいる。

 

「リップ・トリックですか。わたくしもあそこのケーキの味は保証します、が。今日日曜日ですわよ? 絶対に行列が出来ていますわ」

 

 そう、あまりの人気+今は8月の初期、つまり月始めの新商品が出ている。そしてとどめのサンデー、このまま地下街に繰り出せば確実に長蛇の列にぶち当たるだろう。

 

「せめて昨日なら少しは列も少なく済んだでしょうに。疾風がISを優先するから」

「仕方ないだろ。あのままIS断食が進めば禁断症状で俺の精神が危うい」

「もはや病気ですわね。わたくし嫌ですわよ行列に飛び込むなんて、疾風一人で行ってくださいな」

「冷たいなー、人の心がなーい」

「うるさいですわよ。さっさと地下に行きましょう。売り切れますわよ」

「まあまあ待ちなさいな。誰も行列に並ぶなんてめんどくさいことをする気はないよ」

「はい?」

「んー、そろそろか?」

 

 一歩も動く気配のない俺に怪訝な顔で見るセシリア。そんなセシリアを尻目にスマホの画面を見る俺。

 するとスマホに電話がかかってきた。

 

「きた。はいはい疾風ですよ。うん、駅の東玄関にいる、目印は日傘さしてる金髪の子。え、もうついてる? んーー………あ、いたいた。おーいこっちこっち」

 

 手を振る方向につられるセシリアの視線の先には、俺と同い年ぐらいの白いコックコートに身を包んだ男子が。

 

「久しぶり柴田。悪いな仕事中に」

「いやこれから休憩時間だから大丈夫。おおっ、本物のセシリア・オルコットだ、幼馴染みってのはマジだったんだな」

「まあね。セシリア、こいつは前の高校の友達の柴田」

「どうも、柴田友紀(しばた ともき)です。あの、いきなりで悪いですけど。すいません握手してくれませんか?」

「え、ええ」

「ありがとうございます」

 

 二人はキュッと軽く握手をする。

 直ぐに離れた手を柴田は握っては離して、そのあと小さくガッツポーズをした。

 

「しばらく手は洗いません。なーんて出来ないよなー食品衛生系は」

「言わないでくれよ疾風。はい、ご注文の品です」

「あいどうも。これ代金ね、少しだけ色ついてるから」

「ほんとは駄目だけど。サンキュ」

 

 懐から出した茶封筒と交換で袋に入った白い箱を貰う。その箱は、どーみてもケーキとかが入っているそれだった。

 

「それは、もしかしてリップ・トリックのケーキ?」

「そうだよー。柴田に買ってもらってこっちまで持ってきてもらったの」

「でも何故柴田さんが? アルバイトですの?」

「半分正解。セシリア、大会で受賞したパティシエの名前覚えてる?」

「えーと。確か柴田……あっ!」

 

 セシリアもやっと気がついたようだ。

 

「もしかして、息子さん?」

「ええ、まぁ」

「持つべき物は、有名ケーキ屋の親友! リップ・トリックのケーキは最高よ!」

 

 因みに俺の他にもう一人、村上がこのことを知っている。

 普段は厨房がメインだから客の前に出ないし、万一見れたとしてもアルバイトで誤魔化せるのだが。

 うち、レーデルハイト工業はリップ・トリックのお得意様。パーティーとかで手伝いをしてる最中にバッタリと出くわしてしまったのが運の尽きだった。

 

「あ、あんま大きい声で言わないでくれ。クラスの奴らにバレたらタカられるから」

「ごめんごめん。じゃあまたな、ケーキご馳走さまです」

「あ、ちょっと待って。疾風に渡したい物が」

「ん?」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 織斑家、到着。

 

「でかいな……」

「そうなのです?」

「いやお前のとこと比べたら皆ミニマムサイズだから」

 

 いや、俺もさ。いわゆる良いとこのお坊ちゃんだから、周りの家と比べたら少し敷地とか大きめだけど。

 えー、凄いなー、ひろーい、家もご立派。庭とか普通に木生えてるし。

 流石ブリュンヒルデの居城というべきか。

 

 っと、眺めても始まらんし何より暑い。ケーキが駄目にならんうちに入ってしまおう。

 インターホンを鳴らすと、聞き慣れた声が耳に入ってきた。

 

「おっ来たな二人とも。今鍵開けるからな」

「ういー、早く開けてくれー。暑い」

「わかったわかった」

 

 ガチャリと門の鍵が空いた。リモートとは。

 

「俺が来てやったぞー」

「暑いなかよく来てくれたな」

「お久しぶりです一夏さん。お元気そうで」

「セシリアもいらっしゃい。確か家の仕事だったっけ」

「ええ」

 

 一夏に導かれるまま家に入った。

 他人の家という独特の匂いと共に玄関に入っていく、と。

 

「んん?」

「あらっ?」

 

 目に飛び込んできたのは、明らかに一夏とはサイズが違う&レディース用の靴が四足。

 それだけでこの先の光景が容易に想像できてしまった。

 

「………セシリア、俺用事思い出したから帰る、ケーキは任せた」

「い、行かせませんわよ。こんなところに女性一人を置いていくなんて男として恥ずかしくありませんのっ。むしろ貴方が残りなさい!」

 

 離せー! 死にたくナーイ! 

 目の前の魔境にお互いどうぞどうぞと人気ケーキ店の箱を押し付けあう。

 

「ん? なにしてんた二人とも、早く入れよ」

「は、入って良いのか?」

「当たり前だろ。こっちから呼んだんだから」

「……セシリア」

「……ええ、行きましょう」

 

 後退る足を前にだし、モンスターハウス・オリムラに踏み込んだのだった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 案の定というか。居たよ。

 

「…………」

「…………」

 

 現在目の前にはむすっとした美少女4名。

 色々スペックも高めで、端から見たら羨ましい爆発しろと言われるだろうが、現実はそうもいかんのだ。

 

「それで何故お前が一夏の家に?」

「誘われたんだよ」

「誰に」

「一夏に」

 

 ガタタタッ! 

 突然ラバーズが手をテーブルに叩き付けてこちらにのめり込んできた。あのシャルロットでさえ鬼気迫る表情を醸し出している。

 

「何であんたが一夏に誘われるのよ!?」

「お前と一夏はどんな関係なんだ!?」

「僕達は呼ばれもしなかったよ!?」

「ことの次第によっては、自白剤も視野に入れると思え!」

「男友達だと普通じゃないかと思うのは俺だけなのか!?」

 

 何かしらの命と貞操の危機を感じた俺は説得という名の訴えを並べると、四人はそれもそうかとゆっくり腰を戻す。

 てか皆呼ばれてもいないのに全員集合? なにこのエンカウント率。ここには伝説の剣や財宝でもあるの? 

 

「じゃあ次はあんたよセシリア」

「わたくしはたまたま疾風の隣に居ただけですわ」

「たまたま居ただけで何故お前も来ている」

「一般的な男性の家というのに興味があったからです。皆さんが思うような邪な思惑はありませんのでご安心を」

「…………」

 

 流石に女子に対する当たりは厳しいか。セシリアは嘘を言っていないので堂々とした振る舞い。現にセシリアは一夏に好意を持っていないので考えた線は消えている。それでも(偶然とはいえ)一夏に誘われたというのがラバーズ4人の胸中を燻らせる。

 

「まあまあ、せっかく遊びに来たんだから楽しむとしようじゃないか? それに皆は幸運とも言えるぜ?」

「どういうこと疾風?」

「じゃーん。リップ・トリックのケーキー」

 

 タッタラタッタタータッターという効果音な出す勢いで袋から箱を取り出すと。鈴がまっさきに食いついた。

 

「え、ちょっ! あの天下のリップ・トリック!?」

「え、なんだ? そんな凄い物なのか?」

「結構有名なケーキ屋さんだよ」

「ほう、スイーツというものか」

 

 まさか対ブリュンヒルデのケーキがこんなところで役に立つとは。ありがとう柴田。

 

 各々が目当てのケーキを選んで口に運ぶと一同にシイタケ目になった。ふふふ、旨かろう。

 ラバーズは美味しいケーキにありつけたという幸運を噛み締めると同時に。男でありながらここまで粋な手土産を持ってきて、なおかつ自分たちは何も持ってこなかったということに危機感を抱いていた。

 だがケーキに罪はないので有り難く頂いた。

 

 そこからはケーキをついばみながら話に花を咲かせた。

 俺達がイギリスに居たときの話(事件のことは伏せて)。ボディーガードのこと、セシリアの両親に墓参りしたこと。二社の技術連携の背景。一番盛り上がったのは、やっぱりパーティー会場での大立ち回りだった。

 

 あとはラウラとシャルロットが急遽@クルーズという喫茶店の臨時バイトをした話。同時期に@クルーズにステレオタイプの強盗が襲撃したのを美少女メイドと美少年執事が見事撃退したという話をした時にシャルロットの汗が凄かったけど何でだろう。

 箒が夏祭りで巫女の仕事を手伝った時に一夏にバッタリ会ってしまったこと。これには他のラバーズは目を鋭くし、情報を漏らした一夏は箒に怒られて慌てふためいた。

 

「せっかくだからなんかゲームしない?」

 

 ひとしきり話続けて話題が尽きかけた時にシャルロットが持ち出してきた。

 

「テレビゲームでもやる?」

「あれ二人用だから効率悪いぞ」

「じゃあ人生ゲームとか」

『却下』

 

 ラバーズから一斉に却下された。

 な、なんでぇ? 

 

「あっ」

「どうしたの一夏?」

「ちょっと待っててくれ」

 

 リビングから出ていく一夏。

 しばらく待っていると、何かのボードゲームの箱を両手に抱えた一夏が戻ってきた。

 

「あ、懐かしい。バルザロッサだ」

「ほう、我がドイツのゲームだな?」

「千冬姉がドイツから帰ってきた時の土産でさ。中学の頃鈴と他の奴らで一緒にやってたの思い出してな。カラー粘土で何かを作って当てていくゲーム」

「面白そうですわね」

「詳しいことはあたしと一夏が説明しながらやるわ。ほら、早く広げなさいよ」

「わかったわかった」

 

 鈴に急かされた一夏が箱からバルバロッサを取り出してフィールドを広げる。

 

 先程言ったカラー粘土で何を作ったかを質問していってから当てるゲームなのだが。

 直ぐに正解されるとポイントは貰えず、かといって答えられないとポイントも貰えない。造形を元に相手に質問、出題者は「YES」か「NO」で答え。「ノー」が出るまで質問責めしていくゲームらしい。

 最初は練習用ということで、鈴を除いたラバーズとセシリアの4人でやることになった。

 

 各々がサイコロをふるってゲームスタート。双六のようにマスの指示に従い。箒が質問マスに止まった

 

 出題者がラウラ、出されたのはなんか円錐状の巨大な物体。それに箒が質問を積んでいく。

 

「では行くぞラウラ」

「うむ、来るがよい」

「それは地上にあるものか」

「YES」

「人間より大きいか」

「YES」

「都会にあるものか?」

「YESでもあり、NOでもある」

 

 この質問には東京タワーだと思っていた皆の頭を悩ました。

 成る程、逆に質問の方向性で難易度が変わるのか。面白いな。

 

「それは人間が作ったものか?」

「NOだ」

 

 「NO」が出た。ここからは箒は回答するか、降りるという選択肢が出てきた。といってもここで答えても別にペナルティはないので、箒は駄目元で答えることにした。

 ジーーっと見つめる様は真剣そのもの。意を決した箒は勢いよく指を指し。

 

「油田だ!」

「違う」

「グヌゥッ!」

 

 あっけなく撃沈。

 周りも「なぜ油田?」と彼女の回答に小首を傾げた。

 結果、ラウラは誰にも正解されなかったので減点となった。

 

「少々難しかったか。答えは、山だ」

『はっ?』

「山だっ」

 

 今度はラウラの威風堂々とした解答に呆気に取られつつも、何となくあぁーと声を上げる一同。

 確かに円錐のそれは見えなくもないが、ねえ? それにしても………

 

「いやいや待て待て、こんなに山は尖ってないだろ!」

「む、失礼なことを言うやつだな。エベレスト等はこんな感じでだろう」

「それならエベレストに特定しねーとわかんねーって!」

「五月蝿い奴だ、それでも私の嫁か!」

「だから嫁じゃねーって!」

 

 そんな論争を端に俺はスマホでエベレスト、ではなく世界で一番尖ってる山を検索中。

 ほう。マッターホルンか………

 

 そこからは皆が上手く質問を積み重ねてベストな段階で点数を稼いでいった。

 だがまたも画伯という壁が立ち塞がった。

 

「セシリア。それ、なんなの?」

「あら。誰もわからないのでしょうか?」

 

 わかっていたら正解してるっつーの。という言葉が出かける中、セシリアはもったいつけるように全員を一瞥して、それから右手を広げて大々的に言おうとした。

 

「仕方ありませんわね、答えは」

「ちょいまち!」

「なんですの鈴さん」

「疾風、あんた答えてみなさいよ。どうせ皆わかんないんだしさ」

「え? 別に良いじゃん。当の本人は言いたそうにしてるし」

「セシリアの横行で気取り屋な態度が気にくわないのよ」

「何てこと言いますの」

 

 失礼な、と頬をすこし膨らますセシリアをよそに。今まで出た質問を整理して答えを模索する。

 これまでの質問で有力なのは。人より大きく、人が作ったものではない、皆が知っている物、etc、etc………

 

「多分分かったかも。俺」

「え、マジかよ。この謎の物体Xがなんだかわかるのか?」

「それはどういう意味ですの一夏さん?」

 

 やぶ蛇を踏んでしまった一夏、案の定慌てる。得意だなーこいつ。

 

「1つ質問させてくれれば。多分合ってる」

「あら、大きく出ましたわね、1つと言わずに3つでもいいんですのよ?」

 

 いや、多分。この細長いワカメのようななんとも形容しがたい物体は多分………

 

「じゃあ行くぞ? ……それは最近俺が行ったことある場所ですか?」

 

 ピシッとセシリアの体が固まった。

 皆は「ん?」と小首に傾げる。

 

「い……えす」

 

 これ以上ないってぐらい歯切れの悪いYESに今度は「え?」とセシリアに皆の視線が注がれる。

 

「それはイギリスですね?」

「………正解ですわ」

 

 ポスンと椅子に座り込むセシリアは、先程と打って変わって雰囲気的に小さくなった縮んでしまった。

 

「す、凄いな。何で分かったんだ?」

「こいつ、なんか自由に作れ、描けって言われたら高確率でイギリスか、それに因んだ物を選ぶんだよ、ほらこいつ、生粋の愛国者だから」

「そうなの?」

 

 これにはセシリア、顔を赤くしてコクンと頷いた。

 

「いや、だけど。俺だから答えれたんであって、他の人なら難しいかったと思うし。造形が少し複雑にし過ぎたんじゃないか? もう少し難易度下げたら正解出来た人も居たと思うぞ? ちょっと挑戦し過ぎたな?」

「結構自信作でしたのに」

「え!? い、いや大丈夫だ。セシリアの感性が常人離れし過ぎただけだって。気にするなって」

「わたくしの創作センスは異常ということですのね………」

「ちょっ待ってくれ。別にそういう意味で言ったわけじゃ」

 

 やぶ蛇を踏んでしまった。俺も一夏と同レベルだ。クッ。

 

「うう………こうなったら疾風も何か作りなさい! ビシッとバシッと当てて見せますわ!!」

「なんでそうなる」

「なんでもですわっ」

「次のゲームじゃ駄目なのか?」

「今すぐですわ!」

 

 ムーっと頬を膨らませるセシリア。

 こうなっては作るまで解放されないと見た。

 

 セシリアのイギリス擬きカラー粘土を手にとって潰し、コロコロと丸め、丸め、丸めた。

 トン、と中央に置かれた物体は。

 

「丸だな」

「ボールね」

「球」

 

 キョトンとする一同、挑戦者のセシリアも流石に目を丸くする。

 

「抽象的というより………流石にシンプル過ぎません?」

「逆に分かりづらいでしょ?」

「むむむ」

 

 ルール的にはもう少し分かりやすく作らないと行けないのだが、俺が作った造形元は完全に球体なのだ。

 

「じゃあ行きますわよ。それはこの世界にあるものですか?」

「YES」

「皆が知ってるものですか?」

「YES」

「それは疾風の好きな物ですか?」

「YES」

「………それはISに関する物ですか?」

「YES」

 

 皆も予想通りというか、やはりISに関わる物。

 だが自分たちが知るなかでこんな球体のものなんてあっただろうか? 

 

「フフッ」

「あん?」

 

 セシリアから含みの入った笑い声が聞こえた。顔を見ると、鈴がムカついたような勝ち誇ったような余裕のある顔。

 

「疾風、これは希少な物ですか?」

「YES」

「それは固いものですか?」

「YES」

「今貴方が持ってるものですか?」

「Y、YES」

 

 え、持ってるの? と考えた。

 疾風が持っている、それはつまり俺の専用機のスカイブルー・イーグルに関連している。

 だがイーグルにこんな球体の物などあったのかとやはり首を傾げた。

 

「それは人が作れる物ですか?」

「YES」

「世界でも限られた数の物ですね?」

「YES」

「それはISになくてはならない物」

「YESっ」

「ISには全て搭載されてる物ですわね?」

「YESだよ」

「それを作れる人はこの場に居る親族の方」

「YES、ってもうわかってるよなお前!?」

「さあどうでしょう?」

 

 フフフと口元に手を当てて優雅に笑うセシリア。余程さっきのイギリスもどきには自信があったらしい。

 俺が踏んだのは蛇の中でもアナコンダ、いやキマイラの尻尾だったらしい。

 

 そこから更に質問が続いた。

 本来なら割り込みチップというアイテムがあって、それで割り込まれる為、解りやすすぎる質問を言い、ましてや長々と質問するのはリスキーだが。この場の回答者はセシリアだけなので問題などなかった。

 現にシャルロットとラウラは正解が解ってしまった。

 

「もう許してくださいセシリア様。この通りです」

「あらもうギブアップですの?」

「堪忍してー。ということで答えてください」

「しょうがないですわねー」

 

 外れろ! 正解率99%のうちの1%当てて外れろ! 

 

「正解はISのコアですわね?」

「はいそーですよ畜生!」

 

 疾風・レーデルハイト。完全敗北。

 というより後半完璧リンチだったよな。

 例えるなら、ロード時間がクッソ長い時のイライラ。

 

「え、ISのコアってこんな形なのか?」

「分解修理するぐらいしか見ないからな。俺は工業で何度か見たことあるけど」

「てことは俺の白式にもこんなのが入ってるのか」

「一夏さんのISは第二次形態移行(セカンド・シフト)しているので形状が変化してると思いますわ」

「確か菱形立方体だったよな。直接見たことないけど」

 

 ISが世界に出てから10年あまり、世界に467個(+目の前に異例のアナザー1)の中でセカンドシフトしているISは正に数える程しかない。

 それを踏まえると、わずか三ヶ月でセカンドシフトしてしまった白式は本当に異例、いやもはや異形の領域だ。

 

「まあ大体ルールはわかったっしょ。今度は全員でやりましょ」

「でもこれ最大六人じゃないか?」

「一人ぐらい増えても大丈夫じゃない? 駒は………消しゴムとかでいいでしょ」

「よし、この白き消しゴムはお前に贈呈しよう一夏」

「ほいほい」

 

 さっき作ったものを潰して再開する。

 やってみてわかったが。これがどうにもハマる。

 簡単なようで難しいルール。どこでアイテムを使うか。質問の内容をわかりやすくするか、難しくするか等の駆け引きも熱い。

 

「今度こそわかった! 赤ベコ!!」

「外れだ、シャルロット、赤ベコというのはなんだ?」

「牛みたいな……置物?」

「鈴、それ本当にこの世にあるものか?」

「あるわよ! 目曇ってるんじゃないのっ?」

「疾風、それはインパルスですわね?」

「いいえ、ボルテックです。ってなんだよおい! 詐欺ってなんだよ!」

 

 時間が立つのも忘れてワイワイガヤガヤと熱中していくうちに時間は午後四時ぐらいになっていた。

 やめるということを知らずにハッスルする俺達。さあもうひとゲーム洒落混もうとする時に。

 

「なんだ、騒がしいと思ったらお前らか」

「えっ?」

 

 聞き覚えがあり、ラバーズにとってある意味天敵と言える声がしたドアの方に向くと。

 そこには普段のキッチリしたスーツとは正反対のラフな格好をしたこの織斑家の大黒柱。

 織斑千冬その人が立っていた。

 

 




 ギリ二週間間に合いました。
 本当は一話で終わろうと思ったけど、安定の増筆です。グヌヌゥゥ

 コロナが世界を騒がしてるなか、皆さんどうお過ごしでしょうか。
 小中高が休みになっちゃうなか。私は通常通り出勤です。ツラミ。
 眼鏡人にとってマスクって辛いのよ、特に冬は。そもそもマスクが嫌い。

 皆さん手洗いうがいアルコールをしっかりしましょうね。では(・ω・)ノシ


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第30話【赤色が足りませんわね】

「なんだ? 一気に静まり返ったな?」

「お、織斑先生」

「お邪魔しています」

 

 思わぬ来訪者にピリリと怯むラバーズ。

 そんな彼女の内心を察したのか察してないのかニヤっと笑う織斑先生。

 教師の時の張り詰めた空気は完全とはいえなくても薄れており。オフモードだというのが伺えた。

 私服姿はワイシャツにジーパン。服の下の黒いタンクトップが豊満なバストを窮屈そうに押し込めていた。

 いつもはキリッとしたスーツの印象が強かったが。流石織斑先生、ビキニのときといい何を着ても様になるというか……

 

「千冬姉、おかえり。早かったんだな。食事は?」

「外で済ませてきた」

「そっか、じゃあお茶飲む? 暑いのと冷たいの、どっちが良い?」

「そうだな……外から帰ってきたから、冷たいのを頼む」

「わかった」

 

 一夏が織斑先生から鞄を受け取り、そこから冷蔵庫に向かうまでの無駄の無さに女子は呆気に取られる。

 

(なんか、夫婦みたい………)

 

 自分達より明らかに距離感が近い姉弟を前に、ラバーズは口に出さずに呟いた。

 口な出せばその事実を再確認してスリップダメージが発生する。

 そんな羨ましげかつ恨めしげな視線を察知したのか。織斑先生は少しばつの悪い顔をした。

 

「………一夏、すぐにまた出る。仕事だ」

「え? 今から?」

「お前たちと違って、教師は夏休み中でも忙しいんだ。事後処理とか色々な」

 

 バタンと扉の閉じる音と共に、織斑先生はリビングを出て行く。そこでやっと呼吸が出来るようになったかのように、ラバーズはぷはっと息を吐いた。

 

「教師って、大変なんだな。ん? どうした皆」

「一夏……なんだか織斑先生の奥さんみたいだった」

「え?」

「相変わらず千冬さんにベッタリだなお前は」

「そうか? 普通だろ、姉弟なんだし」

「はぁ、そう思ってるのはあんただけよ」

 

 疑問符を浮かべてる一夏に口々に呆れを示すラバーズ。黙っているラウラも歯をギリギリしている。

 

「お前ら」

「なんだ」

 

 そんな彼女たちの胸中を察した俺は見ていられなくなってしまった。

 

「身内に嫉妬するほど悲しいものはないぞ」

「ゴッ!」

「ングっ!」

「あうっ!」

「んあっ!」

 

 疾風 は 痛恨の一撃 を 放った。

 

 ラバーズは一様に胸を抑えて悶えた。

 

「まあそんな悲観するなって。お前達が考えてるような可能性はまだ低いんじゃないか?」

「は? なに知ったような口きいてんのよ」

 

 何処かカチンときて食って掛かる鈴。

 俺は机に両肘をたて、両手を口元にもっていった。

 

「本物のブラコンシスコンなんて平気でベットに潜り込んでくるぞ」

「え、ちょっとまってなんの話?」

「家に帰れば新婚三択。口を開けば一にデート、二に告白、三四に妄想、五に結婚とくるんだぞ?」

「なんか妙にリアリティあるんだけど」

 

 つらつらと並べる俺にラバーズは逆光になっている俺の表情に謎の威圧感を感じ。セシリアは察してくれたのか気の毒そうな顔をしてくれた。

 

「まあ何が言いたいかって言うと。一夏が織斑先生と結婚したいなんて言わない限りセーフだから安心しろお前ら」

「恐ろしいこと言わないでよ!」

「そんなことになったら万のひとつも勝ち目がない!」

「血の繋がりより濃いものってないよね………」

「大丈夫かシャルロット? 目に光がないぞ!?」

 

 最終爆弾を投下されて織斑宅のお茶の間は一気に阿鼻叫喚の渦に飲まれた。

 セシリアは口元に隠れてる俺の笑みを感じ取ってため息を吐いた。

 

「どうした? なんか盛り上がってるな」

 

 話題の図中に居ることを知らない一夏は麦茶を机の上に置いていく。

 

「一夏は将来織斑先生と結婚するんじゃないかって話」

「はぁ? なに言ってるんだ皆? 血の繋がった姉弟は結婚できないんだぜ?」

「そんなことわかってるわよ! そういう問題じゃないのよ!」

「な、なに怒ってるんだよ」

「落ち着けよ鈴。一夏に当たっても仕方ないだろう」

「あんたがことの発端でしょうがっ!」

 

 文字通りの正論を投げつける一夏となだめようとしてる俺に納得するわけもない鈴がムキーっと金切り声を上げる。

 他の奴らは鈴が表に出たお陰か他より落ち着いているものの。考えてることは鈴と同じだった。

 

「なんだ揉め事か? この家にいる限りは仲良くしろよお前ら」

「す、すいません」

「レーデルハイトも弄りすぎるな」

「すいません」

 

 自分の部屋から戻ってきた織斑先生は先程のラフな格好とは打って代わりいつものスーツ姿。心なしか、いつもの覇気が戻ってる気がする。

 

「一夏、今日は帰れないから好きにしろ。お前たちはゆっくりしていけ。泊まりは駄目だぞ、レーデルハイト以外はな」

 

 先生、そこで俺の名前出さないでください。ほら、今にも刺し殺し抉るような視線が! 特に鈴の目がヤバイ。

 自業自得だって? ハッハッハ、知ってる。

 

 そのあと鈴と皆を宥めるために千冬さん用に作ったコーヒーゼリーを食べ。バルバロッサとは違うボードゲームを遊んでいくうちに日も暮れ始めた。

 

「そろそろ飯の支度をしないとな。皆夜までいるだろ? なんか食べたいものあったら買い出しに行くから言ってくれ」

 

 その一夏の言葉を聞いて、ラバーズの目がキラーンと光った。

 

「それならアタシが何か作って上げる!」

「わ、私も作ろう!」

「じゃあ僕も手伝おうかな」

「無論、私も加勢する」

 

 流石ラバーズ、手料理を振る舞うことは気になる男子に対しては最大のアピールになる事を知っている。

 

「仕方ありませんわね。皆さんが動くならわたくしも作りましょう」

 

 おっ、セシリアの料理か。それは楽しみ………

 

「セシリアはいい!!」

「ほえ?」

 

 ラバーズが一斉にセシリアにお断りを入れた。

 な、なんでぇ? (パート2)

 

「セシリア、お前は作らなくていい」

「べ、別によくありません!? 何故わたくしだけ除け者にされますのっ!? 納得行きませんわ!」

「あんた、この家をカオスにするつもり?」

「鈴さん何を言ってますの!?」

「セシリア、君の分は僕たちが作るから、ね?」

「宥めてる風に行っても駄目ですわよ!」

「セシリア・オルコット。今すぐその思考を捨てろ」

「行きなり後ろに立たないでくださいラウラさん!」

 

 口々にセシリアにストップをかけるラバーズと黙って目を閉じる一夏。

 状況を飲み込めないまま置いてかれた俺は一言。

 

「なんだこれ?」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「おい見ろよ、あそこ」

「うわ、なんだ美少女ばっかじゃん」

「声かけるか?」

「やめとけ男いる」

「いや、あの眼鏡は無いんじゃね?」

「だな、でも隣の奴はきっとそうだ」

「でも眺めてるだけでも眼福眼福」

 

 一夏に案内され、俺達は今大手スーパーで夕食のための食材調達にいそしんでいる。

 が、わかってはいたが目立っている。金髪銀髪でさえ珍しいこの日本、しかも皆軒並みルックス抜群。美男子といっても遜色なしのあの姉の弟。

 そしてナチュラルに(けな)される、俺! 

 

 どうせ地味orフツメンですよ、悪かったな。眼鏡か? 眼鏡が悪いんか? コンタクトにしろってか? やだよコンタクトめんどくさいしっ! 良いだろ眼鏡だって。某歩く死亡フラグの人気サッカー少年だって眼鏡かけてるだろうがよ。

 それに外したとしても対して変わらねえよバーカッ! 

 

「疾風」

「なに」

「顔が怖いですわ」

 

 ごめんね。

 

 しかしこのまま団体で行動するのは目立ちすぎてやばい。いずれ代表候補生など、篠ノ之博士の妹だの、男性IS操縦者だと、気付かれて大騒ぎになりかねん。密集してるならなおさらだ。

 

「なあ皆、一つ提案があるんだが」

 

 

 

 

 

 

「運が悪かったな、一夏と一緒じゃなくて」

「全くだ、何故私が嫁ではなくこいつと」

「そう露骨に言われると俺も傷つくぞ」

 

 纏まってると目立つから3チームに分けようと言ったが案の定ラバーズが揉めたのでグッパーチョキで平等に決めることに。

 というわけで、今は銀髪のドイツ軍人と行動を共にしている。

 

「あの時、あの時チョキではなくグーを出していれば。嫁と一緒に買い物を………」

「正にタラレバ」

「キッ」

 

 視線が眼帯の奥からも突き刺さらんばかりだ。

 しかし、本当に何故嫁なのだろうか。本来なら夫と呼ぶのが正しいはずなのだが、これは教えたほうが良いのだろうか。しかし周りの奴等が指摘してないところを見ると、明らかに意図的に隠しているに違いない。

 

 触らぬ神に触れてまで親切心を回すべきか、触れずに静観するべきか………

 とりあえず静観の方向にしよう、何事も時期が大事だ。

 

「さて、何を作るんだ?」

「うむ、一夏は日本人だ、ならば日本の食事、和食で攻めていこうと思う。調度ドイツにいる副官からアドバイスを貰ってきたところだ」

「成る程」

 

 福音の時といい、ラウラって部隊との意志疎通がスムーズだよな。伊達に隊長やってないってことか。

 

「ところで疾風、お前に聞きたいことがあるのだが」

「何で御座いましょ」

「イギリスで何があったのだ?」

「んっ」

 

 唐突にぶっこまれた砲弾に息が詰まった。

 頭一つ分小さいラウラは眼帯に覆われてない赤色の瞳でこちらを見上げていた。

 

「えーと。なんの話? 別にトラブルなんてなかったし」

「嘘だな。先程副官からアドバイスを聞いたついでに教えてくれた。お前、イギリスで入院していただろう」

「は、いやいやなんの話かさっぱり」

「直前にIS国際査問会が情報改竄が行ったであろう形跡を我が軍が見つけた。何を隠している?」

 

 ………こいつ、軍人ネットワーク使ってきやがった。

 

 ここだけの話。メアリ・メイブリックが起こした楓誘拐事件は極秘に処理されている。

 世界で二人しかいない男性IS操縦者が親族を盾に取られて重傷。そんなニュースが発信されれば世界は一気に騒ぎ立てる。

 またこのような事件が起きないような予防策、俺や楓に対して波風が立たないように、そして何よりも世界に対するイメージ保護の為。その他の様々理由から、この事件は闇に葬られることになった。

 

 だが目の前のドイツ軍人に勘ぐられた。

 幸いかは分からんが。ラウラはIS査問会が隠蔽したというだけで、肝心の中身に関しては分かっていないようだ。

 

「言わなきゃ駄目?」

「言わないならこちらにもやり用はある」

「わかった。誰にも言うなよ?」

「いいだろう」

「……………事故った」

「はっ?」

 

 長く考えた(風)後、ポソリと呟く。

 

「事故ったの。レーデルハイト工業のアリーナで。骨がポッキリ折れて、全身プラズマで火傷。全治10日ベットの上。政府が隠してたのはそんなドジでイギリスの評判落としたくないからだろ」

「嘘ではないだろうな?」

「あのねっ! 人が恥を忍んで言ったのにそれを嘘よばわりって酷すぎないかな!?」

「す、すまない」

「はい、この話おしまい。誰にも言うなよ頼むから。オーケイ!?」

「うむぅ」

 

 集中線が入りそうな勢い+赤い顔にラウラもたまらず圧倒され、追求を断念した。

 

 まあ嘘なんですけどね。

 内容はセシリアの嘘報告を参考に、顔の赤みはここ最近の恥ずかしいこと鮮明に思い出して誤魔化した。

 前の高校在学時に演劇部にスカウトされるほどの演技力は伊達ではない。

 

 側にある大根を入れ、次は山積みに積まれたじゃがいもの前で止まり、両手にじゃがいもを、持って見比べた。

 

「話を変えよう」

「どうぞ」

「お前はセシリアの事をどう思っている」

「友達」

 

 俺の即答に、ラウラはじゃがいも両手に睨んできた。なんだよ。

 

「そういう事を聞いてるんじゃない、恋愛対象として見ているかと聞いているのだ」

「なんだそれ。ないよそんなの」

「そうか? イギリスから帰ってきたお前は何処と無くあいつに優しくなったように見えるが?」

「はぁ? いや別になんも変わってないと思うけど」

「セシリアと私たちを比べると。若干態度が違ったような気がした」

「えー」

 

 これに関しては全く見に覚えがない。

 別にセシリアに対して認識が変わったとかそういうのは………

 

 唐突にイギリスでのことを思い出した。

 誰にも見せなかった弱さ、圧倒された静かな怒り。

 よく考えてみると。思わぬことで今まで見たことない彼女の一面に触れたイギリス旅行だったな。

 

「んー、どうだろう。ぶっちゃけ意識はしてなかった」

「そうか」

「でもな。俺にとってセシリアはただの友達じゃなくて恩人なんだ。今の俺が居るのはあいつのおかげだから。もしかしたらそのせいかも」

「恩人。具体的にはどういう」

「んー、それもあんま話したくはない………」

「疾風ーー!!」

 

 言い渋っていると、鈴の悲鳴に似た声が聞こえてきた。

 

「疾風! こっちにきてっ! セシリアが自分も料理するって聞かないのよー!」

「セシリア。お、落ち着いて」

「むぅぅ。何故わたくしに料理させてくれませんのぉぉぉーー!」

 

 ………セシリアが鈴とシャルロットに取り押さえられてる………

 

「なあラウラ」

「なんだ」

「なんで皆セシリアに料理させようとしない?」

「直ぐにわかる」

 

 わかりたくない気がするのは、何故だろう。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ふぅ………」

 

 カランとグラスの中の氷を回しながら、織斑千冬は軽く息を吐いた。

 ここは【バー・クレッシェンド】。フランス製の調度品で統一された落ち着きのある空間は、千冬の行きつけの場所である。

 

「五回目ですよ、千冬さん」

 

 コトッと、おつまみであるチーズとオリーブを乗せた小皿を置いたマスターに、千冬は意識を移した。

 

「何がです?」

「溜め息です、何か困り事でも?」

「女性にあれこれ詮索するの無粋では? マスター」

「それは失礼しました」

 

 柔らかな笑みを浮かべながら、 妙齢のマスターは、再び洗い物に戻った。

 初老のマスターが一人でやっているこのお店は、その口髭に白髪のオールバックという容貌もあって女性ファンが多い。

 千冬は外見目当てで来ている訳ではないが、マスターの落ち着いた声のトーンは気に入っている。

 

「お待たせしましたっ」

「すまんな、休日に呼び出して」

「いえいえ、家に居てもダラダラしてるだけですから」

 

 摩耶が席に着くなり千冬が彼女のお気に入りを注文してやる。自然にこういうことが出来るのが、織斑千冬だった。 

 

「今日はどうしたんですか? お休みだから、帰省されたんじゃ?」

「そのつもりだったんだがな、家に女子が居てな」

「女子!? もしかして織斑くんのですか?」

「あとレーデルハイトとオルコットもだ」

「ということは専用機持ちが七人ですかぁ、戦争を起こせる戦力ですね」

「冗談にならないぞ、それは」

 

 千冬はそう言いながらも、くっくっと笑いが溢れた。

 といっても彼らはまだ未熟。福音を落としたと言えど、まだ卵から帰りたての雛鳥。

 その雛鳥を恐怖の象徴にするか、又は世界の希望となり得る存在にするのは、千冬達教育者次第と言うのもあるのだが………

 

「織斑先生としては気になりますか? 弟さんがガールフレンドといるのは」

「それなんだがなぁ………」

 

 千冬は摩耶に臨海学校のことを話した。

 例の四人に一夏はやらんと言ったこと。

 それで一夏が女子と交際すると聞かれ賛成はしても、それをよしとしないところ。

 

「よくないというか………あいつは女を見る目が無いからな、別に心配と言うわけではないが………ああ、どう言えばいいか自分でもわからん」

 

 ええ~と心の中で突っ込みを入れる摩耶をよそに、千冬はマスターにおかわりを催促した。

 

「まあ外に出てきたのはそれが理由でな。十代の女どもの背中を押したという感じか。それに、邪魔するのはなんかアレだろう?」

「ふふ、織斑先生って一夏くんとそっくりですね」

「なに? どこがだ」

「優しさに境界線の無いところが、です」

「あんな未熟唐変木と一緒にされては困る」

「そうですね。ふふ」

 

 年下の摩耶のお姉さんぶった笑みに悔しさともどかしさでムカムカした私は残りの酒をグイッと飲み干した。

 

「今日は朝まで付き合いますよ」

「そういう台詞は、男に言ったらどうだ?」

「そうですねぇ。目の前より男前な人が現れたらそうします」

「ではマスターだな。独身で男前、気配り上手の酒上手だ」

「千冬さん、年寄りをあまりからかうものではありませんよ」

 

 言いながらマスターは黒ビールではなくソルティドッグを出した。グラスの縁についた塩がまるで雪化粧のよう。

 そろそろ飲みたい頃だとマスターが大人の余裕を持って出してきた。

 

「これからどうなるんでしょうねぇ」

「さあな、平穏無事………とはいかんだろう。今回の一年の状況は異常すぎる」

「織斑君とレーデルハイト君……世界は今あの二人を中心に動いている気がします」

「あながち間違いではないかもしれん………」

 

 千冬は一息にソルティドッグを口に含んだ。

 グレープフルーツの苦みと酸味を、縁についた塩がいい感じに緩和してくれている。

 

「ここだけの話だがな」

「はい」

 

 千冬は周りを軽く見渡したあとにマスターに目配せした。マスターは意図を読み取って奥の方に消えていった。

 

「二週間程前だ。イギリスに旅行に行っていたレーデルハイトが襲われた」

「えっ!?」

「その背後に立っていたのはレーデルハイトに苦渋を飲まされたハーシェル・カンパニーの若社長という話らしいが。実際は女性権利団体が絡んでるらしい」

「っ! ついに動いて来たんですね………」

 

 摩耶がグラスを両手で包んで苦い顔をする。千冬がオリーブを一つまみ口に放り投げて飲み込む。

 

「それだけじゃない。亡国機業(ファントム・タスク)も絡んでる可能性もある。更識が言っていたからほぼ間違いはないだろう」

「更識さん、もうロシアから帰ってきてるんですか?」

「ああ。二学期から織斑とレーデルハイトにコンタクトを取るらしい」

「戦力強化、ですね」

「そういうことだな。また無人機が来ないとも限らんし、果てはテロ屋からも突撃取材が来かねない」

「丁重にお断りしませんとね」

 

 クピッと一口飲んだ後にため息を吐く摩耶。若年ながら様々な事務仕事をこなす彼女にとってトラブルは目の上のたんこぶなのだ。

 

「まあ外部もそうだが内部もだな。織斑を中心に学園内でボヤ騒ぎが起きかねん、レーデルハイトが抑止力になることを祈ろう」

「ふふっ。若いって良いですねぇ、私も昔に戻ってみたいです」

「ぷ。年寄り臭いぞ。外見に似合わず中身はじっくり老いていってるな」

「な、なんですかもう! 織斑先生だって大した変わらないじゃないですか」

「二十歳ジャストには負けるさ」

「四歳しか違わないじゃないですかぁ!」

 

 摩耶はむすーっと頬を膨らませるのを見て、千冬がプッと吹き出して笑った

 

 誰も邪魔しない先輩後輩の大人の時間。

 そんな大人の休息を、グラスの中の氷が静かに写し出していた。

 

「あっ、さっきの話のついでだがな。もしかしたらオルコットは………」

「ええっ!? それはとんだ大穴ですね!」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 ハッシュドビーフの作り方。

 

 ・食材を下ごしらえをします

 ・鍋のなかにオリーブオイルを入れ、牛肉を焼いた後取り出し、バターを入れて野菜類を炒めます。

 ・野菜がしんなりしたら、牛肉とルーの調味料を入れて煮込みます。

 

 ここでワンポイント。

 

 赤色が足りないのでケチャップを一本丸ごと入れちゃいましょう☆

 

 

 

 ブチュルルルルルルルルルルル! 

 

「チョチョチョチョチョチョチョチョーイッ!!」

 

 鍋の中に大量のケチャップが投下されるのを目撃し、ケチャップをセシリアから引ったくった。

 

「なにをしますの疾風。邪魔をしないでくださいまし」

「邪魔するわっ! なに奇行に走ってるんだお前は!」

「失礼な! 写真より赤色が足りないからケチャップを足しただけですわ」

「足す量がオーバードーズしてるんだよ! これじゃあハッシュドビーフじゃなくてハッシュドケチャーだよ!」

 

 直ぐ様ハッシュドビーフの鍋に沈み行くケチャップ達を取り出して流しに捨てていく。それでもほとんどは底に沈んでしまった。

 

「大体赤色が足りないって。今も充分レッドカラーだろ。足す要素どこよ」

「ほら見てください、明らかに色味が薄いですわ!」

「煮込むうちに水分飛んで色も濃くなるんだよ、このままでも大丈夫なんだって。だからその両手に握り締めたタバスコを離しなさい! ケチャー越えてタバスコー! にする気かお前は! 一夏! 鍋混ぜてて!」

「お、おう!」

 

 ガッとタバスコを入れようとするセシリアの両腕を必死に抑える。

 おかしい、俺達は料理をしているはずなのに何故格闘技をしているのだろう。

 

 スーパーから戻って来た俺達は一夏の家のキッチンを借りて各々料理を行っていた。

 

 一夏が全体サポート、俺も一夏と同じになるところだったが。皆から「セシリアのサポートを頼む!」と戦地に行く兵士を見送るような迫力で頼まれた。

 

 うん、最初は上手くいってたんだよ。

 作業も手際がいいし、なんで皆そんなにセシリアに料理させたがらないのか理解できなかったが。

 

「よしっ! 後は煮込むだけやな」と思っていると。セシリアがジッと鍋を見た後に冷蔵庫からケチャップを取り出し、キャップではなく蓋ごと外して鍋に投入した時はムンクになったわ。

 

「いいから離せセシリア。お前は充分頑張ったから後は俺に任せろ!」

「ちょっと! 美味しいところを横取りするきですの!?」

「美味しいを維持する為だ! 箒!」

「承知した」

「んなっ! 箒さん!? 疾風の味方をしますの!?」

「すまんセシリア。私は疾風に大きな借りがある」

「箒さーーーん!」

 

 カレイの煮付けに一段落をつけた箒がズールーズールーとセシリアを引きずってキッチン(戦場)から遠ざけた。

 

「分かっただろ疾風。なんで私達がここまで止めたのか」

「ああ、まさかセシリアがメシマズキャラだったとは………」

「意外でしょ。僕もそう思う」

 

 あいつ、家事とか料理とか全部使用人任せだったろうから経験がないんだろうけど。

 いやでもそれでもこれはない。

 

「今回なんてまだ可愛い方よ。シャルロットとラウラが転校してきた時に出されたサンドイッチときたら。ねえ一夏」

「あ、ああ。辛味と甘味と苦味と酸味が一気に襲いかかってきたな」

「なにそのマジカル」

 

 あの一夏でさえここまで渋い顔をするとは。ほんと何作ったのセシリア。

 

「なんでその時に言わなかったんだよ。こういうのは早めに治すに限るだろ」

「満面の笑みと善意が余りにも眩しくて………」

「………頑張れよ」

「無理」

 

 成績優秀、文部両道、才色兼備、不撓不屈の非の打ち所のない幼馴染みの新たな一面をまた垣間見てしまった。

 セシリア………お前ポンコツ属性も持ってたんだな。愛らしいぜチクショウ。

 

 しかし問題は目の前のハッシュドケチ………ハッシュドビーフ。

 ケチャップ結構入ったよなー、どないしよ……………

 

「おーい。一夏さーん」

「なんだ?」

 

 

 

 

 

 

 ポンっ。

 

 テーブルに並べられた五品目。

 各々が一夏の為に作りアピールするための物が四つ、と+Ω。

 

 箒達が一夏の顔をしきりにチラチラと見やり。セシリアがむすっとし、一夏は並べられた品々に感心。そして俺はなんとも気難しい顔。

 

「では、いただきます」

 

 先ず最初に目を引いたのがラウラの【おでん】

 コンニャク、はんぺん、ちくわが串にぶっ刺さったのは正しくおでんそのもの。なのだが。

 

「なんで焼き目がついてるんだ?」

「何を言っている。おでんとはバーベキューのような物だろう?」

「いや、ラウラ。おでんというのは普通煮込むものだぞ」

「な、なにっ? そんな馬鹿な、我が優秀な副官は日本のおでんはこういうものだと! 嘘をつくな疾風っ!」

 

 嘘じゃないよ。俺焼いたおでんなんて生まれてこのかた見たことないぞ。

 てかまた出てきたな副官。どんな知識ひけらかしてんだ。こいつ素直だから信じてるじゃないか。

 ーーーもしかして、ラウラの嫁発言もその副官のせいではなかろうか。

 

 興味半分困惑半分のままパクリ。

 

「ど、どうだ一夏」

「ん、意外と美味い!」

「そうか! よかった!」

 

 極限状態から脱したラウラは大きく息を吐いた。汗がやばい。

 普通のおでんと違って味がしみてないが、香ばしく焼かれたおでんと味噌ダレ(一夏作)が上手く絡んでいる。

 

 次は鈴の肉じゃが。

 見た目は不揃いでジャガイモが他と同じぐらいの大きさになっている。

 本人は偉く自信満々だ。ある意味セシリアと同じタイプだよな、鈴って。

 だが料理は見た目だけではないということを俺は先程思い知った。

 

「どうよ?」

「(見た目はアレだが)美味いな。短時間なのに味がよく染みてる」

「ふふん、これには裏技があるのよ」

「鈴、後で教えてくれるか?」

「え? ああ、良いわよ。………あんたが良かったら二人っきりで………」

「なんか言ったか?」

「な、なんでもないわよ! ほらもっと食べなさい一杯作ったから!!」

 

 照れ隠しは肉じゃがの味。あれよあれよと一夏の皿に肉じゃがの山が………。

 

 次はシャルロットと箒だが。この二人の安心感は半端ではなかった。

 

 最初にシャルロットの唐揚げだが。

 

「んんっ! ジュワっと肉汁が」

「肉柔らかいな!」

「揚げる前にお肉を大根おろしに漬けてたんだよ。前にテレビでやってたのを思い出して」

 

 いや、これは文句無しに美味い。皮も揚げたてでパリパリ、味も濃すぎずの丁度良い案配。多分冷めても美味いぞこれは。

 弁当に入れたいレベル筆頭だ。

 

 お次は箒のカレイの煮付け。

 テレビで良くみるバッテン模様には何故か食欲をそそられる。

 

「んんっ! 魚が口のなかで勝手にほぐれたぞ!」

「箒って料理美味いわよね、くやしいけど」

「一夏は、どうだ?」

「箒………成長したなっ」

「い、一夏どうした!? なんか涙ぐんでないか!?」

 

 何故か一夏が感極まって涙を浮かべた。

 二人は幼馴染み、きっとその時に何かあったんだろうなぁ。

 

 結論から言うと、ラバーズが各々作った料理は全部美味かった。美味かった。

 

 さて、現実から目を背ける時間は終わり。

 中央にドンっと配置された赤い鍋に入ったハッシュドビーフに目を向けた。

 

 手遅れギリギリだったが。ケチャップ味強めのハッシュドビーフになったのではないか。

 もしかしたら入れる前に疾風の目を掻い潜ってセシリアがアバンギャルドなアレンジを加えたのではないかと、セシリア以外は戦々恐々としている。

 

「(疾風、どうなんだ)」

「(食べればわかる)」

 

 お玉を使って皆の皿によそっていく。

 元の色が赤のせいで、味の予想がつきづらい。

 

 皆の視線が俺に突き刺さる。「お前が先に逝け」と口にしなくても伝わってくる。意志疎通が通じるって素晴らしい。

 

「では、僭越ながら俺がどくーーゲフンゲフン。食べさせて頂きます」

「今毒味って言いかけませんでしたか」

「言ってないヨ」

 

 見た目は普通のハッシュドビーフの色である赤。

 特に迷うことなくスプーンを潜らせ、口に運んだ。

 

(ゴクリッ)

 

 一様に唾を飲み込むセシリアクッキングの恐ろしさを知っている面々。

 

 咀嚼、そして飲み込み、もう一度潜らせて食べる。

 それを二、三度繰り返した後。静かにスプーンを置いて。

 俺は平然とした顔で皆の顔を見る。

 

「さあ、お食べよ」

「いやそれだけかっ!?」

「味の感想を言いなさいよ!」

「お食べ、よっ」

「なんか圧が凄いよ……」

「行くしかあるまい」

「………なんですのこの空気」

「まあ、食べようぜ皆」

 

 一夏に促され、恐る恐るハッシュドビーフを掬い上げる。

 お互いを目配せし、心の中で「アーメン!」と叫んでパクリといった。

 

「むんっ!」

「んー!」

「んっ!」

「なっ!」

 

 皆の口から驚きが漏れた。

 その声色は悲ではなく、喜。

 

「美味い、だとっ!?」

「美味しいわよ! どういうこと!?」

 

 あの後。どう修正かければいいか分からない料理初心者の俺は一夏にどうすればいいかと素直に頼んだ。

 そこからの一夏の動きは早かった。水を入れて薄めた後に、牛乳や中濃ソース、その他諸々を投入して煮込んだらあーら不思議。

 ハッシュドケチャーはハッシュドビーフに軌道修正して無事に着陸したのだ。

 

「ちょっとケチャップの主張はあるけど。美味しいね」

「うむ、良くやったぞ疾風。一等勲章を進呈しよう」

「いやいや、一重に織斑大先生のお陰だよ」

「そんな大層なもんじゃないって」

「そうよ。疾風があの時セシリアを力付くで止めなかったらどうなってたか」

「流石にタバスコが入ったら修正は難しかっただろうな」

 

 今回のMVPは、疾風・レーデルハイトのハッシュドビーフとなった。

 皆は心の中で「セシリアが料理するときは、絶対に疾風をつけよう」と心に誓ったのだった。

 

 皆が安堵の息を吐き、ようやく楽しげな食事会が再開されてるなか。

 納得のいっていないものが一人。

 

「皆さん、わたくしも作ったのですよ」

「下ごしらえだけでしょ」

「な、なんですって!?」

 

 人一倍負けず嫌いのセシリア・オルコット。自分も携わったのにも関わらず全く称賛の欠片もないことにご立腹であった。

 

「皆さん勘違いされてるようですが! わたくしの料理は最後の最後に挽回するのが常ですのよ!」

「料理は格闘技じゃないぞ?」

「こうなったら疾風! わたくしの一番の得意料理、英国式サンドイッチをもう一度作ってきますわ! 今度は更にグレードを上げて!」

 

 あれより上があるのか!? 皆の顔から血の気が引いた。

 

「至高の美味に卒倒すること間違いなしですわ!」

「血反吐吐いて卒倒の間違いだろう」

「なんてこといいますの! チェルシーのお墨付きで余りの美味しさに1日起き上がれない程と言っておりましたわ!」

 

 チェルシィィィ!! 

 日本から遠い英国の旧友の名前を叫んだ。

 お前、忠誠心高いのも考えものだぞ! 

 

「おい、まさかハロルドさんも食ったんじゃないだろうな」

「ハロルドも感極まって号泣していましたわ!」

 

 バトラァァァァ!! 

 教育係でもあるだろう貴方は! 親バカか? 親バカの気持ちでも発揮したのかあの過保護バトラーはっ!! 

 

「こうしてはおられません。一夏さん、台所をお借りします」

「バッカお前やめろ! これ以上英国の恥を晒すな!」

「な、ななななぁんてこと言いますの疾風っ!」

 

 意地でもキッチンに行こうとするセシリアを羽交い締めにして止める。

 他の奴らは自分達に飛び火しないように完無視を決め込んで料理を食べている。

 

 騒がしくも暖かい織斑宅のお茶の間。今日も俺達は平和を享受していた。

 

「離しなさい疾風ぇぇぇー!」

「こーとーわーるーー!」

 

 いや、俺は全然平和じゃなかったわ。

 

 

 

 




一週間投稿!イェイ!だが0時投稿は間に合わず!チクショッ!!

今回は料理回ということでいつもより5割り増しのポンコツお嬢の提供でお送りいたしました。

しかし、相も変わらずコロナが、やばい!
仕事が暇すぎて逆に辛い。忙しくて残業の方が心が楽なのは何故なのか。

さて、次のお話で夏休み編は終わります(ほんとか)
なんとか一話で納めたいです!はい!


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第31話【全部織斑一夏って奴の仕業なんだ】

本編
おまけ【超絶級スライダー】

の2本でお送りします


「フンフフンフフーン♪ フンフフフフフーン♪ フンフフンフーン♪ フン、フフンフーン♪」

 

 

 夏休みも残り10日となったIS学園の一年生寮の廊下に響く鼻歌。

 軽やかな足取り、揺れるツインテール。

 健康的を体現したような小柄な少女。

 顔面の筋肉が完全に労働放棄した凰鈴音が歩いていた。

 

「フフフ、フフフフフフフフフフ」

 

 立ち止まり、突然こぼれだす笑い声。

 傍目から見たら完全に不審人物である。

 

「あー! 早く明日にならないかなぁ!」

 

 不意に大きな声を出す鈴。

 傍目から見たら完全に(割愛)

 

 だがそんなことなど気にならないし、そもそも気にする気もないのが今の凰鈴音だった。

 

「フフフ、ウフー……ウヒュヒュヒュヒュ」

 

 黙っていようにも漏れてしまう笑み。それほど今の鈴の機嫌は天井知らずだったのだ。

 学生寮のロビーの開けた空間に出てもその笑みは水漏れしつづけ、むしろ更に奇怪な声に変わりもはや笑い声なのかもわからない。

 

 そんな鈴を見てる男が一人。

 

「ウヒュヒュヒュ………あれ? 疾風、居たの?」

「ああ(今すぐ逃げ出したいけどな)」

 

 ロビーの真ん中に陣取る円形ソファに右手にスマホ、左手に紙パックの苺オレを握って珍獣を見るような目で見つめる疾風。

 気持ちを落ち着かせる為に残った苺オレを音をたてて飲み干す。

 

「じゃ」

 

 空の紙パックをゴミ箱に捨てることなく持ち帰る疾風。走らないギリギリの競歩速度でロビーを去ろうと試みた。

 

「まあまあ待ちなさいよ疾風!」

「え、なに」

 

 掴んでくる満面の笑みを浮かべる鈴に引き気味な疾風。

 普段一夏程じゃなくても人当たりの良い彼だが、正直言って今の鈴とは関わりたくない何かを感じていたのだった。

 

「なんでこんなに上機嫌だと思う? 知りたいわよね? 知りたくないわけないわよね? だから話聞いて! ね、ね、ね!?」

(知りたくない………って言える雰囲気じゃねーな、コリャ)

 

 早々に諦めを悟った疾風は痛いぐらい引っ張られながらソファに押し戻された。

 今まで見たなかで一番のニコニコ顔の鈴はしばらく身悶えしたあとに口を開いた。

 

「ねねね、なんでこんなに嬉しそうなのでしょう、かっ!」

「………一夏となんかあった?」

メイ・ツォ(そのとおり)!」

 

 早期終了を求める疾風は考えるまでもない最適解を延べた。

 思わず母国語が出た鈴はまさにブレーキが壊れたトラックと同義に見える。

 

「ニュフフ、実はね、実はね実はね実はね! 一夏とデートに行くの! 二人っきりで!」

「(付き合ったじゃないのか。そりゃそうか)ああそう。それさ、ほんとに二人っきりなのか? あいつにちゃんと確認取った?」

「とったわよ! ていうかペアチケットだからどうあがいても二人っきりよっ!」

「そうか、よかったな」

「水着も服も新しいの出して、あと下着も出したのよ、結構気合い入ったやつでね。臨海学校で肌見せるってわかってから食生活とか生活習慣とかも気をつけて体型も完璧にしたのよ! ………ほ、ほら。二人っきりで過ごすうちになんやかんやそんな感じやそんな雰囲気になるかもしれないじゃない!? って何言わせてんのよもー!」

「なんも、いたっ、言ってない」

 

 バシッ! バシッ! と割りとシャレにならないレベルで疾風の背中をぶったたく鈴。

 

 そこで疾風は唐突に理解する(あっ、これ飲み会で絡んでくるウザい上司的な奴だ)、と。

 キャー! と頬を抑えて足をバタつかせる鈴の姿はその低身長な体躯も相まって中学生通り越して小学生のようだったが。中身は中年の親父のよう。

 

「はっ! こうしちゃいられない! 明日の準備とか再確認しなきゃ。じゃあね疾風! おやすみー!!」

 

 喋るだけ喋った鈴が足をグルグルになる勢いでロビーを走り去り。疾風はポツンと一人取り残された。

 

 ダッシュで自分の部屋に戻るやベッドにダイブ。ベッドに乗っていたルームメイトのティナ・ハミルトンがチョコバーを落としそうになった。

 

「鈴、行きなり人のベッドに飛び込むのやめてくんない? あんたのベッドあっち」

「えへへー、ゴメンネー」

 

 ジトッとした目線など全然気にならない鈴はバタバタとティナのベッドに顔を埋める。

 

「ねえ、鈴」

「エヘヘ」

「鈴さーん」

「ヘヘヘヘ」

「………貧乳………」

「なんか言ったかゴラァっ!!」

「あ、それは聞こえるのね。はい自分のベッドに戻る戻る」

 

 牙を剥き出しにしてうなる鈴をベッドから追い出すティナは新しいチョコバー(ミント味)を取り出す。

 自分のベッドに放り投げられた鈴は再び「エヘヘ」と笑い続ける。

 

(あんま期待し過ぎないほうがいい。って言うべきかなぁ)

「いい感じにいってー、それからー、それからー。デュヘヘヘヘ」

(まあいいや)

 

 もはや興味の欠片もないティナは本日三本目のチョコバーにかじりついた。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 カッと快晴。絶好のデート日和。

 今月出来たばかりのアミューズメントプール施設【ウォーターワールド】

 そのオープンイベントのチケットを偶然手に入れた鈴は当然のことながら一夏をデートに誘った。

 前売り券は完売し、当日券は二時間待ちという超人気施設。

 他のラバーズを出し抜いた鈴の浮かれようはもう記した通り。今回のデートで今度こそ進展を! という意気込みで望んだ。

 

 望んだのだが。

 

「おぉぉぉっそい!!」

 

 ウォーターワールドのゲート前で地団駄を踏むの必死に堪える鈴は変わりに大きい声を出した。

 声を出すのも無理はない。肝心のお相手である一夏が待ち合わせ時間になっても来ないのだ。

 

 プッツン切れた鈴が一夏に向かって電話をかけようとした瞬間、スマホが鳴った。

 画面には愛しい唐変木の名前が。

 

「もしもしぃ! あんた今どこ!?」

「学校だ」

「はいぃっ!? なんで出発すらしてないのよ!」

「あー、いやその。昨日な、山田先生から突然連絡がきて。ほら、夏休み前に白式が第二次形態移行(セカンド・シフト)しただろ? それで今日倉持技研から研究員が来てデータ取りしないといけないらしくて」

「………はっ?」

「本当にごめん。今日は行けそうにない」

「なぁぁぁああにぃぃぃぃ!!?」

 

 沸点が一気に突破した。

 耳元でキーンと大声を出された一夏が慌てて理由を話した。

 

「いや、俺も昨日言われた時に電話しようと思ったんだよ。でもお前電話出なかったし」

「部屋に来なさいよ!!」

「行ったよ。でもお前が寝てるってルームメイトの子に言われたから、なぁ?」

「んガァ、ぁ」

 

 確かに昨日は鈴も驚くぐらい早く寝たし、携帯電話も電源を切った。

 ティナには緊急時以外には起こさないようにと念入りに言っておいた。

 

(馬鹿ぁぁ! 馬鹿! 馬鹿ティナ! アメ乳!! これこそ緊急時でしょうが!!)

 

 帰ったら覚えてなさいとスマホを砕かんばかりに握りしめる鈴。

 

 補足しておくが。ティナ・ハミルトンに非はない(とも言える)。一夏に鈴が寝ていると言った時に一夏は用を言わずに立ち去ったし。なら一夏が来たと寝ている鈴に伝えようとも思ったが。

 のちの独占取材でティナは。

 

「四六時中ウザったらしいぐらい気味悪い笑い声で浮かれまくってる鈴に正直イラっとした」

 

 というコメントを残したそうだ。

 

「り、鈴? 聞こえてるか?」

「ひょ?」

「チケットの期限が今日までだし、俺はこの通りいけなくなってしまったし。かといって無駄にするのも勿体ないから」

 

 思わず魂が抜け落ちたような返事を気にすることなく一夏は続けた。

 

「箒にチケットをやったから、一緒に楽しんできてくれ」

「はっ?」

「あれ、箒いないか? ゲート前で待ち合わせって言っておいたんだけど」

 

 キョロキョロと辺りを見回す。

 いた、鈴がいるゲートの反対側に。なにやらソワソワと誰かを待ちながらも、青筋をたてて誰かを待っている風に見えた。

 

「あ、あんたねぇ………自分がなにしたか分かってるの!?」

「うおっびっくりした!いきなり大声出すなよ。え? 今すぐですか? すいませんもう少し、駄目? あー分かりましたすいません」

「もしもし?」

「わりぃ、鈴。今すぐ行かなきゃならなくなった。本当に悪いけど、プールは箒と楽しんでくれ。それじゃ」

 

 電話が、切れた。

 沸点を越えた怒りは水蒸気となって霧散とし、鈴のメンタルは真っ白になった。

 

 しばらく立ち尽くした後。鈴はフラフラとおぼつかない足取りで反対側の箒の方に歩いていく。

 

「むっ。鈴じゃないか。き、奇遇だなこんなところで(鈴も誰かときているのだろうか。まあ、私は一夏とだけどな、フフフ)」

 

 なにも知らない箒は鈴との遭遇に動揺しながらも心の中の喜びを滲ませる。

 その喜びが直ぐに崩れ去ることも知らずに。

 

「ケケケ、おめでたい顔してるわね」

「けけ? ど、どうした鈴。顔が変だぞ?」

「ケケッ!」

 

 目と口が異様に釣り上がって笑う鈴を見て箒は妖魔という言葉が浮かんだ。

 ゆらっと上がる両手はガッシリと箒の両肩を固定した。

 

「よく聞きなさい箒。一夏は来ないわ」

「え、なっ。なんで私が一夏と来ることを知って!?」

「そんなこと今はどうでもいいわ。とにかく、一夏は、来ないのよ! 此処に!」

「え? ほ?」

「あんたは今日、一夏とデートをすることはないのよ!」

「………そんなバハマ」

 

 思わず言葉がバグる箒。ドサッと手に持っていたバッグを地に落とした。

 

「………」

「………」

「………状況を整理したい。とりあえず中に入ろう。お前には色々聞きたいことがある」

「………ケケッ」

 

 フラフラとモノクロな雰囲気を漂わせながら館内に入っていく美少女二人。

 中に入っていく二人の姿が揺らいで見えたのは。きっと夏の陽炎の仕業に違いない。多分。

 

 

 

 

 

 

「つまり、一夏は自分の代わりに鈴と遊びに行ってくれ。ということを言ったのだな」

「そーねー」

 

 ズゴゴゴと中身の入っていないジュースグラスを啜る鈴。

 箒は頭を抱えてため息を吐いた。

 

「はぁ、正直おかしいと思った。一夏が私に突然デートを誘いにくるなんてことを」

「嘘つけ。私服、めっちゃ気合い入ってる癖に」

「あ、当たり前だ。一夏とデートかもしれないと思ったら気合いも入る! お前だってそうだろう」

「うぐっ……」

 

 嫌みを正論で返された鈴は押し黙るしかなかった。結果的にこの会話は自動的に終了を迎えた。

 

 チラッと横目に他の客を見る。

 家族連れもいれば友達と共に遊んでいるものもいる。

 そんな中、一際二人の目に止まったのは男女一人ずつ、いわゆるカップル(っぽい)客たちだった。

 

「見て、あそこの赤いビキニの子、腕組んでるわよ胸当ててるわよ!」

「あそこの黄色いのは男の方にあーんをしているぞ」

「ちょ。なにあの紫の子。凄い気合い入ってるんだけど。あっ」

「お、おおっ………」

 

 男女組を見つけては羨ま恨めしい視線を送り続ける箒と鈴。

 本当なら今頃一夏と二人っきりで思う存分プールで遊び。ゆくゆくは………ゆくゆくは………

 

 やめよう。これ以上惨めなることはないだろう。と、視線を外そうとしたその時。またも一組の男女が目に入った。

 

 男の方はタオルを首にかけた眼鏡の男。特に可もなく不可もなく。何処にでもいるような同い年ぐらいの少年。

 女の方は思わず目を瞬いてしまう程の美少女。足先から頭のてっぺんまでバランスの取れた黄金比のようなスタイル。

 白いビキニ、長い金髪に青いヘッドドレス。特徴的なのは左右一つずつの縦ロール………

 

「「あれ?」」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ふいー。結構周ったな」

「これでもまだ半分ですわよ?」

「遊園地かよ此処は」

 

 夏休みも、手で数える程になり。

 俺とセシリアはウォーター・ワールドに遊びに来ていた。

 ひとしきり遊んだあと、小休憩のついでに飲み物を買っていくことに。

 

 全国でも最大級の屋内レジャーランドプール施設のウォーターワールド。そのオープンイベントに俺とセシリアはあるつてで前売り券を入手したのだ。

 そのつてというのが。一夏の家に行く前、柴田からケーキを買った時だ。

 

 

 

「あ、ちょっと待って。疾風に渡したい物が」

「ん? なにこれ。チケット?」

「もうすぐ出来るでっかいプール施設。ウォーターワールドのペアチケット」

「これ、結構入手困難と言われる代物ですわよね?」

「え、マジで? 貰えるなら貰っちゃうぞ俺」

「いいよいいよ。抜け出せない用事が入ってさ。ほんとは村上あたりにやろうかと思ったけど、丁度疾風が来たから。誰か誘って行ってきたら?」

「ふむ」

 

 

 

 

 とまあ、そんなこんなで眉唾もののチケットを入手した俺はセシリアを誘って乗り出したという訳だった。

 

「しかしあのウォータースライダーやばかったよな」

「身長、年齢制限がかかるのも当然でしたわね」

「まさかあんなことになろうとは」

「思い出さないでくださいましっ!」

「ごめんごめん。 てか、もうすぐお昼だよな。ちょっと早いけど飯にするか?」

「そ、そうですわね。それがよろしいかと」

「ここ食い物も注目されてるらしいから楽し……み」

 

 ふと、視線を感じた俺は思わずその方向へ。釣られてセシリアもチラリ。

 

「「あれ?」」

「「あ……」」

 

 なんの因果か。私服姿の箒、鈴と目があった。

 あれ、鈴って今日一夏とデートじゃなかったか? 昨日ウザイぐらい浮かれてなかったけ………

 

「あそこにいるのは……」

「待てセシリアっ! 見なかったことにしろ目線をそらせ!」

「え。な、何故? 一声かけるぐらいでも」

 

 いや。駄目だ。

 こんな時に無駄に冴えまくる俺のブレインが警報を出している。

 とりあえずここは逃げることを優先して。

 

「なに目線反らしてしてんのよあんたら」

「ひっ」

 

 こ、こいつ。脳内(プライベート・チャネル)に直接! 

 

「楽しそうねぇあんたたち。ちょっとこっちに来なさいよ。ねぇ?」

「え、いや。いいよ。多分邪魔になるだろうし」

「そんな心配1ミクロンもないから早く来なさいよコラ」

 

 超絶不機嫌な鈴の声が脳内に響き渡る。

 い、行きたくねぇ。

 

「な、なんですの? 何故あんなに鈴さんは怒って。わたくしたち何か粗相を」

「いや、俺達は悪くないよ。絶対」

「早くこい」

「……箒」

「すまん二人とも。今の鈴を止めれる元気はない………」

 

 鈴とは対照的にこちらは随分と憔悴しきった声。

 選択肢がないってあんまりだと思うんだ。

 居るかどうかわからない運命の神を勝手に呪いながら、俺達は熊の巣穴に潜り込んでいった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「というわけよ。酷くない!? あんまりじゃない!? 絶許じゃない!?」

「あー、うん。それは酷い」

 

 鈴から聞いた内容が想像以上に頭お抱え案件だったことにこっちも疲労が出てきそうだ。

 

「てかあんた一夏と同室でしょうが!あいつが用事出来たって、なんで教えてくれないのよ!」

「まさか今日だったなんて思わなかったんだよ。俺のチケットも今日までだったけど。流石にそこまで頭回らねえって」

 

 とりあえず一夏。お前言葉が足りねえよ。

 鈴のそれが不幸な偶然の連続だとしても。箒にはちゃんと説明してやれよ。鈴が怒りすぎて妖怪になるのも無理ない。ていうか箒そんなに怒って無さそうだな。

 

「いや、鈴が余りにも可哀想な気がして。怒りよりも消失感が勝ってな」

 

 ああ、他人が怒ってると自分が冷静になるっていうアレ。

 

「とりあえず一夏は殴る。これ決定」

「付き合おう、鈴」

「同時に無理難題押し付けてやれ。援護してやる。メンタルボッコボッコにしてやろう」

(心なしか疾風が乗り気ですわ……)

 

 固く拳を交わす三人を前についていけてないセシリアはおとなしく静観を決め込んだ。

 

「で、お前らどうすんの?」

「いやーなんか今さら泳ぐ気なんてないわ」

「私も興が削がれた。このまま帰ることにする………」

 

 二人が立ち上がろうとした瞬間、館内アナウンスが響き渡った。

 

「本日のメインイベント! 水上ペアタッグ障害物レースは午後一時に開始致します! 参加希望の方は………」

 

 一瞬動きを止めた二人だが、特に興味がないのでそのまま帰ろうとする。が、その後の言葉にケモミミ宜しくピーンと耳を立てた。

 

「優勝賞品はなんと! 沖縄五泊六日の旅をペアでご招待ー!!」

((これだ!!))

 

 箒と鈴の脳内は一夏と二人っきりのアバンチュールが瞬時加速の勢いで構築されていく。

 

「箒!」

「ああ!」

「目指せ優勝!!」

 

 ガシッと腕を合わせる二人。

 その信念は何者にも砕ける物ではなかった。

 

(箒にはなんか考えて奪いましょ)

(鈴には代わりのものを与えて譲って貰おう)

 

「なあセシリア」

「しっ。お口チャックですわ疾風」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「参加したいんですけど」

「ニコー」

「あの………参加したい………」

「ニコー」

「なあ、行こうぜ」

「いやでも………わかった」

 

 すごすごと男性ペアが申し込むことなく列から離れていった。それを見た他の男子ペアもそれとなしに列を抜けていった。

 

「ムッフッフ。上手くいっているな」

 

 受付の様子をモニター越しに見ている少し小太りの男は去り行く男どもを見てほくそ笑む。

 

 先ほど参加を希望しようとしている男は、受付の女性の「お前空気読めよ」という無言の笑みに退けられている。

 

「むさ苦しい男より瑞々しい女ばかりの方が盛り上がるに決まっている。これだから美学がわからん者は困る」

 

 女性優遇社会であるが。水上を走り回るのは女性がいいに決まっている。

 それは主催者であり、この場のオーナーである向島光一郎(むこうじま こういちろう)の指針、というより趣味であった。

 

 しかしこの男、結構欲深く。はっきり言うとフェミニスト(スケベ親父)な向島オーナー(妻子持ち)は眉を潜めていた。

 

(先程申し込んでいたポニーテールとツインテールの子は可愛かった。他の子も勿論可愛い子ばかり。しかしこれだ!! という子がなかなか来ないな……)

 

 ムムムと唸っているオーナー。ふと、モニターに一際目立つ金髪の子が。

 

「ん? おおっ!?」

 

 思わず声を出してスタンドアップ。

 

「な、なななな何故此処にあのセシリア・オルコットがっ!?」

 

 向島光一郎は何度も目を擦ってはモニターを見てを繰り返した。

 それもその筈。このもうすぐ五十代はセシリアの超絶ファンだった。

 本人の好きな金髪属性にモデル、それに加えてお嬢様と代表候補生というてんこ盛りは見事オーナーの心を撃ち抜いた。

 

(セシリア・オルコットが出場するとなれば会場の熱気も最高潮間違いなし! そして何より! 私が見たい!!!)

 

 後半が本音である。

 

「青野君! 三番目に来る青いヘッドドレスを付けた子は絶対に出場させるのだ! わかったな! オーナー命令だ!」

「りょーかいでーす」

 

 無線越しに受付嬢に指示を出す。

 時を待たずにセシリアがシートにサインをするのを見た瞬間、オーナーのテンションは天井突破した。

 

「やった! やったぞ! 我! 勝利せり!!ワーハーハッハッハッハッ!!」

 

 のけぞって全身で喜びを発する向島オーナー。側近の秘書はいつものことと大した反応もしなかった。

 止めるものがいないまま、向島オーナーの笑いはしばらく止まることはなかった。

 

 

 

 


 

 Q・どおして誰もIS二次創作でウォーターワールドを出さないんだ!! 

 A・出さなくても問題ないからです。

 

 ぬあーー!! (爆散)

 

 どうも、作者です。

 いやーほんと少ない。見たなかで一作しか出てこなかったけど舞台がウォーターワールドで水上レースなどなかった。勿論オーナーもいない。

 見逃してるだけだろうけどもね。

 

 そして当然ながら一話では終わらないのじゃ。

 

 今回はまだ続きます。

 尺が余ったので。簡素ですが、疾風とセシリアのプールデートをどぞ。

 

 


 

 

【超絶級スライダー】

 

 

 

「でっか」

「屋内プール施設で日本一の大きさですからね」

 

 中に入ってみてわかるその広大さよ。見取り図を見るとどごぞのランドを思い出す。

 さっき見たけど。当日券2時間待ちとかだった。平時なら絶対諦めてたな。

 

「疾風の水着、臨海学校とおなじですわね」

「別に変える意味ないし。一つありゃ十分だろ」

「疾風ってファッションにこだわりとかありませんの?」

 

 ない。

 そんなファッション云々を言っているセシリアの水着は前回とは違って、少し布地の面積が一回り小さい白の水着。

 無地の白だが。面積が少ない分本人の肉感的な魅力がより一層引き立っており、水着を繋ぐリングパーツがなおのことセシリアを扇情的に見せている。

 自分のスタイルに自信を持つセシリアなればこその水着だろう。

 

「ん? なんですの疾風。もしかして、わたくしの水着姿に見惚れまして?」

「ああ見惚れた。やっぱセシリアは美人だよな」

「………からかいがいのない」

「素直に喜べよお前」

 

 プイっと視線を外すセシリアに思わず苦笑いをしてしまう。

 

 しかし色々あるなー。どっから回ろうかな。やっぱり王道のウォータースライダー? 波のプールもいいな。

 

「あのー」

「はい?」

 

 俺と反対側からセシリアに声を書ける男の人。ん、イケメンの部類。

 

「お一人ですか? 良ければ一緒に遊びませんか?」

「え?」

「すいませんこいつ貴女を見て居てもたってもいられなくなっちまって」

「言うなっ! えと、どうでしょう?」

 

 これはナンパだな。周りを見ると遠巻きにこちら、というよりセシリアを見ている男がそこらじゅうに居た。

 見た感じチャラ男的な下心丸出しじゃないだけ好印象ではあるが。

 

「すいません、うちの連れになんか用ですか?」

「えっ!? あ、すいません! 気づかなくて………それではっ」

「あ、おい待てって!」

 

 気まずくなった男は目を泳がせた後立ち去っていった。明らかに落ち込んでいる。

 

「………」

 

 が、俺も同じぐらい憂鬱になっていた。

 雰囲気を見てみると悪気はなかったのだろうが、明らかに隣に居たのにも関わらず一緒に居ると思われてなかった。

 この前柴田にケーキを受けとる時も、俺を無視してセシリアを誘おうとしていた男がいた。あの時は明らかに俺が居るとわかってて声をかけたから尚更タチが悪かった。

 

「疾風、どうしましたの?」

「なあ、俺ってそんなにセシリアと釣り合ってない?」

「は?」

「いや別に気にしてる訳じゃないけど。男避けにすらなってないと思うと、いち男として悲しみを感じるといいますか」

 

 一夏だったら釣り合ってたかなぁ。

 グレイ兄といい楓といい、なんで俺には美形の遺伝子流れなかったのさ。

 

「疾風」

「はい? あいったぁ!」

 

 振り向いた瞬間にセシリアは俺の額に強烈なデコピンを噛ました。

 

「え、なん、なに?」

「まったく何を言うかと思えばそんなことですか」

「お前そんなことって」

 

 俺の顔面偏差値専用機持ちグループ内最底辺だぞ? 

 顔面偏差値トップのお嬢にとってそんなことですかこのヤロー。

 

「疾風がどれだけ顔がよかろうと醜男だろうと。わたくしにとってそれは些細なことにすらなりませんわ」

「いやお前醜男だったら見向きもしないだろ」

「話の腰を折らない。とにかく貴方がそんなこと気にする必要などありません。周りがとやかく言おうと、わたくしが誰と一緒に居るかなどわたくし自身が決めることです」

 

 うおぉ。なんともカッコいいこと言ってくれるなコイツ。俺が女なら確実に惚れてたわ。

 

「さて、先ずは何処に行きますか? わたくしウォーター・スライダーに興味があるのですが」

「もしかして初めて?」

「ええ。アミューズメントプールはこれまで縁がなかったので」

「じゃあウォータースライダー行きますか」

 

 

 

 

 

「おいセシリアー行きなり最難関コースは無謀だってー。先ずは中盤辺りからいこうぜー」

「問題ありません。このセシリア・オルコットに勝負を挑んできたのですから。受けてたたなければオルコット家の名が廃ります」

「誰も挑んでねーよ」

 

 異様に闘志を燃やすセシリアは階段を登っていく。

 それというのも。ウォーター・スライダーのコーナーで見たあの謳い文句だ。

 

【最難関コース! 君はこの激流を制覇できるか! やれるものならやってみろ!】

 

 と、キャラクターがビシッとこちらに指を指しているイラストに目を止めてしまったセシリアの心に火が着いてさあ大変。

 

 初級中級上級をすっ飛ばして超絶級なる場所に向けてひたすら上がっていく。

 

 ヒエー、高いなぁオイ。屋内プール天井のギリギリを攻めてる。

 因みにこれ、並んでから45分たっている。つまりまだ俺達の身体は濡れてすらいない。

 

 しかし身長制限に加えて年齢確認もあった。この高さといい、さっきから聞こえる。

 

「キャー!」

「オワー!!」

「ウオァー!!!」

 

 このチューブ越しに聞こえる悲鳴(ガチ目)をBGMにしながら順番を待っているこの心境よ。

 あ、やっとこさ順番が来た。

 

「はい、ではボートに乗ってください。後ろの人は前の人にしっかり捕まって下さいね」

「だ、そうだが。どっち前行く」

「勿論わたくしが行きます」

 

 意気揚々と前に出るセシリア。

 

 さて、この場合俺がセシリアに後ろから抱きつかなければならない。

 え、嘘だろ? マジで? またあの肌に触るの? いやまてまて何言ってる俺ぁ。セシリアの身体に触るなんて今回がハジメテジャナイカ。アハハ。

 

 しかし、俺が前に行くとなるとセシリアが俺に抱きつくことになる。そうなった場合。セシリアのミサイルビット×2が俺の背中に………

 

「よしじゃあ俺後ろな」

 

 言っておくが、決してヘタレた訳ではない(迫真)

 これからプールをしっかりと楽しむための防衛措置ということをわかって欲しい。

 

 オレンジ色のボートに乗り込んで。セシリアに捕まろうとする。ん、待てよ? 別にそこまで強く抱き締めなくてええやん? やばいオレテンサイジャネ? 

 

「あ、すいません。もっとしっかり捕まってくれませんか? そう、もっとギュッと!」

 

 この係員(女)! 俺が考え付いた最善策を蹴り飛ばしやがって! 

 そうだよな! 安全は大事だもんね! 

 完全逆ギレである。

 

 やむなく俺はセシリアの腹に抱き付いた。うわ、柔らかい………

 

「ひゃっ!」

「な、なに!?」

「も、問題ありませんわ! もっとギュッとしてもいいのですのよ! ホラっ!」

 

 一度離れた腕を引き戻して自分の腹に抱き付けるセシリア。おおお、さっきより肌の隙間がぁ。

 

「プールに着いたら直ぐにその場から離れてくださいね?」

「わかりました」

「ではウォータースライダー超絶級、いってらっしゃーい!」

 

 係員がボートを押してチューブの中に放り込んだ。

 さて、超絶級とはいかほど、えっちょ、最初から早くね!? 

 

 アップダウンからグネングネンと左右に揺れたかと思えば直線からのヘアピンカーブ。

 思わず頬がブルブルと。

 

「きゃあーー!」

「んーーーー!」

 

 直も加速を続けるボートの速度は(体感)瞬時加速並みのスピードに。

 時々揺れすぎて引っくり返るんじゃないかと思うぐらりと傾いたりとスリル要素も満載。

 いやとにかく早すぎないか!? 

 

「は、疾風。これ想像以上にっ」

「あ、あんま喋るな舌噛む」

 

 最初のドキドキなど感じる暇もなく俺は振り落とされまいとセシリアの腹を締め付けるレベルで捕まっている。

 前に座っているセシリアもボートに当たる水しぶきになんとも形容しがたい顔をしている。俺に見られてないのがせめてもの幸運だったろう。

 周りの景色が見えないまま水流に楽しむ余裕さえ感じれないまま身を任せていっていると。

 

「光がっーー」

 

 セシリアの途切れた声を聞き、なんとか前に目を向けると前方に確かにそとの光があった。

 速度が緩やかになっているボート。身体の力が抜けたのかセシリアの肩に顎を乗せた。

 密かに安堵しているとバッと光がさした。

 

 やっと終わる………と思ったらそこは透明なチューブの中で。目の前にプールは見えず、やや高い景色が。

 

「疾風」

「はい?」

「目の前」

「今度はなーーーにっ」

 

 尻が浮いた、と思ったら視界が強制的に下にむけられ。次の瞬間。内蔵がフワッとした。

 

「へ?」

「ひょ?」

 

 物凄い風圧と浮遊感。気づけば俺達は外に投げ出されていた。

 

「ああぁぁ!!?」

「ヴォブブブ!!?」

 

 ボートから落ちて水中でもがきながら、とにかく上へ上へと身体を動かし。水面から浮上。

 

「ブッハァ!! ハーフー、ハーフー」

 

 一体全体何があった? 何がなんだかわからないまま終わったけど。

 後ろを振り向くとほぼ垂直のガラスのチューブが結構な高さを誇っていた。どうやら最後の最後でウォーターフリーフォールとなっていたようだ。

 いやー、ビビった。例えるならお化け屋敷の最後の最後に驚かされる感じ。まったくやってくれるぜ。

 

 てかセシリア何処。

 

「疾風、疾風何処ですの!?」

「え、お前こそ何処………」

 

 声の方に向くと裏返ったボートがボコボコと、動いていた。

 少し力を淹れてひっくり返すと中からセシリアが出てきた。

 

「おう、大丈夫かセシリア」

「え、ええ。ああ怖かった……」

 

 あのセシリアが素直に怖いと言った。

 超絶級の名は伊達ではなかったか。 

 

「とりあえず上がるか。次来るだろうし」

「そうですわね………あれ?」

「どうし」

「見ないで疾風!!」

「あべしっ!」

 

 行きなりセシリアの平手が俺の頬を直撃。

 

「いった! なに!?」

「そ、その………えと」

「あい?」

「水着が」

「はっ?」

 

 セシリアを見てみると。なんか様子がおかしい。というか違和感が。

 顔が真っ赤になり、モジモジと自分の胸部分を隠している。

 胸部分を隠している? 数回瞬きすると。違和感の正体がわかった。

 

 水着の肩紐が、ない。

 

「ご、ごめん!」

「だから見ないで!」

「あー! どっ、何処にいった!?」

 

 慌てて辺りを見渡すが。水着がプールに浮かんでいるようには見えない。

 

「お母さーん!」

「どうしたの?」

「なんか拾ったー」

 

 幼い声に俺の意識が向けられる。

 プールサイドを走る小学生ぐらいの男の子。母親の方に走る男の子の手には白くまぶしい二つの布をリングパーツで繋がれている水着が高々と握られていた。

 

「疾風!」

「かしこまりぃぃぃ!!」

 

 緊急ミッション、小さき略奪者から水着を取り戻せがスタートした

 その時、俺が繰り出したクロールは実に見事なものだったらしい。

 

 

 

 おまけ、終わり。



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第32話【激走、水上レース!ポロリもあるよ!】

「さあ、皆さん! 長らくお待たせ致しました! 第一回ウォーターワールド水上タッグペア障害物レース、開催です!」

 

 司会のお姉さんが叫ぶと同時にジャンプ。するとその動きに連動するように大胆なビキニに包まれた豊満な胸が目に見えて揺れた。

 そのせいか、会場からは何割り増しもの歓声と拍手でプールにさざ波がたった。

 

 というのも、その司会のお姉さん。向島優香(むこうじま ゆうか)は現役のグラビアモデル。

 男性客は彼女見たさにウォーターワールドの当日券を長い時間をかけて勝ち取った者もいるのだ。

 それに加えレース参加者は麗しい水着に包まれた若い女達。これで熱狂しなければ男ではない。

 

 しかし水着姿ひしめく中で異彩を放っている者が一人いた。

 全身をスッポリと包むタオル服。開いた前からは紺色のダイバースーツのようなものが覗き、フードの中から長い黒髪が溢れていた。

 恥ずかしがり屋なのだろうか。と観客の多くがそう思った。だがこれから行われるのは水上レース。落ちた時には万が一危険が起こる可能性もある。

 

「すいませーん。右から数えて四番目のペアの女の子。タオル服着たままだと危ないから脱いでくれると嬉しいなー」

 

 飽くまで優しい口調で注意する。

 見た感じそこまでアクティブな人に見えなさそうということからの配慮だった。

 

「はーーい。今脱ぎまーす」

「………え?」

 

 タオル服の中から発せられたのは女性特有のソプラノ、アルトボイスではなく。もっと低い男のようなバスボイスだった。

 会場内に響いた低温ボイスに観客がどよめくなか。身に纏うタオル服に手を掛け、バッと空中に放り投げ、髪を無造作に掴んで取り払った。

 

 長い黒髪のウィッグ、体型を覆うタオル服に隠されたその正体は。

 

「え、えぇぇ!? 嘘、え、嘘!? ななななんと! タオル服の女の子かと思えば。中から出てきたのは男性IS操縦者の、疾風・レーデルハイトそのひとだぁーーー!!」

「えぇぇーー!?」

 

 突如女の子だけのレース会場に突如現れた眼鏡男子。まるで初めて男性IS操縦者が現れたのと同じぐらいのどよめきようだった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 受け付けに行こうと赴いたのだが、受け付け周りの様子が変だった。

 なんというか、周りにいる男どもが不満そうな顔で受け付けの方を見ていたのだ。

 

 すると受け付けを前にしたのに記入することなく退散する男二人組。

 流石におかしいと思ったので先ほど去った二人組に話しかけたところ。なんでも無言の笑顔で圧をかけられてエントリーさせて貰えなかったという。

 

 変わりに女性はすんなりとエントリー出来てる。どうやら開催側は女性のみの水上レースをお望みのようだということが火を見るより明らかだった。

 このままだと男である俺とセシリアのペアはエントリー出来ない。

 このまま諦めるしかないのか? 

 

 冗談じゃない。

 そっちがその気なら何がなんでもエントリーしてやろうじゃないか。

 逆境に闘志を燃やした俺達英国コンビは一計を案じた。

 

 こんなこともあろうかとバススロットから変装用に入れておいた黒髪のウィッグ。体型を隠す為に海パンからISスーツに着替え、その上からタオル服(フード付き)を。更にセシリアのメイクで軽く化粧を施し。そうして出来上がったのが疾子ちゃんだ。

 

 エントリーに並ぶときもルックス的に目立つセシリアの影になるように、ひたすら周りの視線に入らないように配慮した。念のため、フードから覗く長い黒髪で女の子だという先入観も取り入れたのだ。

 

「え、なんで男があそこに!?」

「まさかあの受付を突破したのか!?」

「お、俺も女装すればワンチャンあったのかー!?」

 

 観客席の男勢から称賛と無念の声が上がる。

 それを聞いて俺はご満悦だった。

 

「男性は駄目だって決まりはないから。参加しても問題はありませんよね?」

「あ。えと。コホン。はい! 勿論オッケーです! 全然オッケーですとも!」

 

 困惑している司会のお姉さんにニッと笑ってやる。お姉さんは頬を赤くして咳払いした後、テンションを上げて会場を盛り上げた。

 

「ーーーおっと?まさかまさか。レーデルハイトさんのペアはなんとイギリス国家IS代表候補生であるセシリア・オルコットさん! これはとんだダークホースペアが登場しましたぁっ!!」

 

 若干わざとらしい言い回しだったが周りからしたらそこにセシリアがいることの方が驚きだったらしく。隣のペアも目を見開いている。

 

「まさかここまで上手く行くとは思いませんでしたわね」

「だな。よし、行くぞセシリア!」

「ええっ!」

 

 気合いは充分。出たからには勿論優勝だ。

 各々がこれからのレースに胸をときめかせるなか。専用機持ちペアは入念にストレッチをかかせない。

 準備運動は面倒と言っていたあの鈴でさえ真面目にやっているのが、本人達のやる気具合が見てとれた。

 

(何よ何よ。何でセシリアばっかり? あたしも代表候補生なんですけど!?)

(よかった。私が篠ノ之束の妹だとバレてない)

 

 内心でぶつくさ言う鈴と何処かホッとしたような箒。他のペアもセシリアの超絶ルックスにタジタジの様子。

 そして観客席では。

 

「セシリア・オルコットとペア? 友達だとか?」

「もしや既に大人の関係に?」

「はっ? IS動かせる上にあんな美人な彼女を持ってるって? 許せねぇ」

「呪呪呪呪呪」

 

 全方位から肌で感じる程の鋭い視線が身体に刺さりまくる。視線を赤表示したら俺見えなくなるのではないかというレベルである。

 

「ククッ」

「疾風?」

「セシリア。今俺ら観客から付き合ってるって思われてるぞ。男女ペアになったら即付き合ってる扱いだってさ。そんなことないのにね」

「つ、付き合ってるって。まったくあなたは………」

 

 少し驚きながら呆れてるセシリア。

 考えてみると、外部から見たらやっぱりハーレム野郎と思われてるんだろなぁ。村上も前メール越しで恨み節ぶつけてきたっけ。残念、ハーレム野郎はもう一人のほうです。

 とりあえず今日帰り道は気を付けよう。

 

「ではルールの説明です! このウォーター・ワールドが誇る50×50メートルの水上アスレチックエリア! その中央の島にあるフラッグを取ったペアが優勝です。途中の5つの障害物は二人で協力しないと突破は難しいので、ペアの相性と友情が試されます!」

 

 アナウンスに聞き漏れがないように一字一句取り込んだ後。再度コースを下見する。

 

 2500平方メートルなだけあってかなりの広さ。

 落ちても即失格にならず、なんならそのまま泳ぐことも可能だが。泳いで渡るにはアスレチックが邪魔で渡った方が早い。

 

 このアスレチックの量だと、一般の客なら結構苦戦するだろう。そう、一般人ならば。

 セシリアと鈴は代表候補生、一通りの軍事訓練を受け、狭き門をくぐった猛者達。

 箒は元から身体能力お化けだ。そして女には身に余るタフネスと度胸がある。

 そして俺はいつかISに乗るためにと、小さい頃から己を鍛え上げ。更に女と比べて高いフィジカルを持っている。

 

「さあ! いよいよレース開始です! 位置について、よーーい!」

 

 パァン! 競技用ピストルの号砲により。異物が一人混じった水上レースがスタート。

 

「ふっ!」

「なんとぉ!」

 

 さっそく足払いをかけてきた横のペア。いやいや開幕から殺意が高いねぇ! 

 なんとこのレース。妨害OKなのである。あれかね? 女性だけ集めてキャットファイトののちにポロリもあるよ! を期待したのかな製作陣は。

 しかしこの程度なら造作もない。足払いをかけてきたペアを逆に転ばせてプールに突き落とした。

 

「行きますわよ!」

「おう! ってゑ?」

 

 しかし問題が発生した。

 一番最初にド派手に登場した俺。容姿端麗なモデルスタイルのセシリア。

 会場全ての注目を一手に引き付けてしまった俺達に妨害上等の過激ペアどもが一斉に大挙してきたのだ。

 

『お先に!』

『失礼する』

「あっ、お前ら!」

 

 ご丁寧にプライベートチャネルで言ってきた二人は混乱に乗じて俺たち乱闘組を尻目に進んでしまった。

 あの二人が先に行くのは不味い。あれよあれよと距離が離れていく。

 なんとか抜け出そうと次々と水面に突き飛ばすも、次を相手にしてる間に直ぐに上がってリスタートしてくる。

 

「くそっ! 鬱陶しい!」

 

 力任せに吹き飛ばすことも可能だが。下手に変なところに触ればその場で騒ぎになりかねん。

 

『仕方ありません。本当なら使いたくなかったのですが、奥の手を出しますわ!』

『奥の手ってなに?』

 

 口を開いている余裕がないため、掴みかかる女子の攻防をさばきながらプライベートチャネルで会話する。

 

『ーーーーー』

『えっ、お前それマジ?』

『勝つためです! 合図したら下を向いてくださいな!』

『あーもう了解! 勝つためだ!』

 

 セシリアの提案に思わず驚いてしまったが。最有力候補ということは事実なので渋々了承した。

 俺とセシリアは前方からラリアットを噛まそうとしてる二人組に向き直った。顔面の迫力が凄い。

 

「今!」

「南無三!」

 

 目元を腕でガードしたあと下を向いた。

 ラリアットの間をすり抜け、セシリアが刹那の間に二人をプールに落とした。

 

「私達は滅びぬ!」

「何度でも蘇るさ!」

 

 ザパァッとレースに復帰しようとするペア。顔面の気合いが入りすぎて特撮の怪獣のようだ。

 だが目の前に意識を向けすぎて自分達の現状に意識を向けていなかった。

 

「その意気やよし。ですが少々大胆すぎるのではなくて?」

 

 静かに腕を上げるセシリア。両手には、色鮮やかなパステルカラーの水着ブラが計二つ。

 

「「きゃああぁぁぁっ!?」」

 

 公衆にセミヌードを披露した妨害ペア組は揃ってしゃがみこんだ。客席からレースコースまで距離が近くないのが唯一の救いか。

 セシリアは恨めしげに見る妨害ペアの水着をクルクルと丸めて遠くに放り投げた。

 

 想定外で期待以上のハプニングに会場は大いに沸き上がった。

 

「さあ、次に剥ぎ取られたいのはどなたかしらっ!」

 

 口角を上げて走ってくるセシリアにへっぴり腰になった妨害組を容赦なく水面に、時に抵抗する者にはブラ剥ぎの刑に処してか突き落としのコンボを披露して先に進んだ。

 

「おーっと! レーデルハイトペアの相方、セシリア・オルコットさんがまさかの外道戦法! これは意外な一面が見えたー!」

「だ、そうだぞ貴族様」

「あら、水着を剥いてはいけないというルールはありませんわよ」

 

 それは普通やらないからだ。俺でさえ思い付かなかったぞ。

 

「箒さんと鈴さんの姿が見えません。急ぎますわよ!」

「あいよっ!」

「さて、大幅に遅れた期待の男女ペア! 目の前に浮かぶのは第一関門である小島エリア! 一人乗っても沈みかける小島をペアで支えながら渡らなければなりません」

「うおおーー!!」

「な、なんと男女ペア! そんなの知らないとばかりに小島エリアを物凄い勢いで突破しました!」

 

 乗れば沈む。ならば沈む前に次に行けば沈まない。まるで水上を走る勢いで小島を踏み抜いた。

 

 続く次の島は放水エリア。一人が迂回して放水を止めながら進むルートなのだが。セシリアは合間をぬって、俺は放水を身体に受けながら強引に最短ルートでクリアした。

 

 お次の障害は壁。2.5メートルの壁をどうにかして片方を上に上げた後に、もう一人を引っ張り上げるというもの。

 肩車にしろ、踏み台にしろ。もたつけば時間を大幅にロスする。先に行ってるペアももう一人を中々上に上げることが出来ず苦戦している。

 

「台になる、先に上がれ」

「了解」

 

 状況を素早く見極めた俺はギアを上げて壁に走る。手前で反転して手のひらで台を作り、セシリアが俺の手に乗った。

 

「おぉぉ!らぁっ!!」

 

 そのまま力の限りセシリアを上に飛ばし、彼女を2.5メートルの頂上に跳躍させた。

 俺はセシリアを上げた後直ぐ様距離を取り、走って壁にジャンプ。壁を蹴って上のセシリアの手を掴むことなく縁を掴んでよじ登った。

 

「男女ペア、第三エリアの壁ゾーンを兎の如く突破! 先ほど同様の方法で突破したペアが一組居ましたが。彼女達はなにか特殊な訓練を受けているのでしょうか!?」

 

 なんだあいつらも同じことやったのか。道理で反応が薄かったはずだわ。

 

 しかし先程のポロリ騒動から一転。最下位辺りから怒涛の追い上げ見せる英国組の活躍ぶりに男女問わず観客のボルテージは急上昇。

 所々に配置されているアスレチックもヒョイヒョイと飛び越えてすり抜けていく。すれ違いざまに前方のペアを残らずプールに突き落としていく容赦のなさを見せながら突き進む。

 因みに二人に落とされたペアは先をいっていた鈴箒ペアにもれなく落とされてるため水落ち二回目である。

 

 そして徐々に見えてきた第四エリア。

 ここでは両側計四台のバレーボールマシンから飛んでくるボールを避けながら向こうまで渡る。

 言うて飛んでくるボールの早さは参加者を配慮してかそこまで早くなく。すり抜けるのも難しくなさそうだった。

 

 そして。

 

「鈴さん! 箒さん!」

「よぉ!お前ら元気かぁ!?」

「ゲッ! もう追い付いてきた!」

「振りきるぞ鈴!」

 

 一足先にボールエリアを突破した鈴と箒が見えた。間には他の走者がいない。

 

 迫り来るボール。さっきの早さなら一個ぐらい避けなくても強引に………ってあれ? 思ったよりボールが重い。

 

「ホゴプパァ!!」

「えっ!?」

 

 一つのボールを受け止めた俺の身体に残り三つのボールがぶち当たった。

 いや、待って。明らかにさっきよりはやかっ………

 

「ブヘッ!」

 

 ドッポーン。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「あーっと! レーデルハイトさんが第四エリアのボールゾーンで落水ー!! (あれ? なんかボールが異様に早いように見えたの気のせい?)」

 

 思わず叫んだ司会のお姉さんが疑問符を浮かべたまま様子を伺う。

 本来ボールゾーンで射出されるバレーボールマシンのスピードは時速70キロ。当たってもそこまで痛いと感じない程度の早さ。だが疾風が当たったボールの早さはとてもじゃないがそんな優しい早さではなかった。

 

 それもそのはず。疾風に向けられたボールの時速はその倍の時速140キロ。これは通常男性のスパイクに匹敵するレベルの早さである。

 なぜこんなに速度に差が出たのか。

 

「よっしゃあ! 落ちたぞぉ! よくやったお前達ぃぃ!!」

 

 それも全てウォーターワールドのオーナー、向島光一郎の策略であった。

 

「オーナー。奴は落ちましたがこのあとは」

「コースに戻ったと同時に再開だ! 奴を絶対にゴールさせるな! それとセシリア・オルコットには絶対に当てるなよお前達!!」

「イエッサー!!」

 

 インカム越しに男性スタッフに指令を出したオーナー。ムッフッフとご満悦な笑みを浮かべてモニターを眺めていた。

 

「オーナー。流石にやりすぎではありませんか? いくら男がレースに参加したくらいでそんな」

「たわけもの。それも許せんが違う」

「ではセシリア・オルコットを取られた嫉妬?」

「確かにセシリア・オルコットの横など羨まけしからんがそうじゃない」

「じゃあなんです?」

「決まっている! あの男が疾風・レーデルハイトだからだ!」

「……はい?」

 

 秘書の女性は首をかしげた。

 オーナーと疾風に接点などあるはずがないのだから。

 

「駄目だ、絶対ダメだ。織斑一夏の方がまだマシなのだ………」

 

 それは三週間前ほどのこと。SNSで話題になったあるニュースのこと。

 【疾風・レーデルハイト。華麗に軟派男を撃退】。なんとも美化されたタイトルだと思ったのだが。その時の動画を見たときの娘の反応がまずかった。

 

「凄い。なにこれカッコいい………」

 

 明らかにアイドルを見るような目をしていたのだ! 

 確かにそのときの疾風はちぎっては投げの大活躍で見ようによっては姫を助ける王子のようなもの。そこから娘はすっかり疾風・レーデルハイトのファンとなったのだ。

 

 娘である優香はグラビアでも人気を誇る美少女だと向島オーナーも自負している。現にファンも大勢。男性スタッフの九割は彼女のファンだ。

 もしあの疾風・レーデルハイトが優香のファンで、商品の沖縄旅行を手にした暁には。

 

『優香さん。俺実はあなたのファンなんです。宜しければ、一緒に沖縄旅行でランデブーしませんか?』

『行きます!!』

 

 そしてその旅行でロマンチックにアダルティーな雰囲気に………

 

「ぬがぁあーー!! 許さん! そんなことパパは許しません!」

 

 向島光一郎は確かに女好きだ。水着の女の子を特等席で見たいという理由でオーナーになったというのも過言ではない。

 だが水着の女の子も大ファンであるセシリア・オルコットも、自分の娘に比べれば塵芥に等しい! 

 向島オーナーは大分、いやかなりの娘バカだったのだ。

 

「頼むぞ我が勇士諸君! 優香の貞操を奪わせてはならないっ!!」

「イエッサー! 水底に沈んでもらいます!」

 

 再びバレーボールマシンのマキシマム射撃が再開された。

 オーナーはいけー! そこだー! とスポーツ観戦をするように熱狂していた。

 

「………やれやれ」

 

 こうなったら止めても無駄だ。

 彼の秘書兼奥さんである妙齢の彼女がそれを一番わかっていた。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「うおっぷあ! あっぶねぇ! だぁはぁっ!」

 

 水上に上がってすぐに豪速球が飛んできた。再び豪快に水にダイブ。

 

『なにこれ! なにこれ! なんのいじめこれ!』

『不思議なことに、わたくしにボールが全く飛んできませんわ』

『悪意があるねぇ!』

 

 ブクブクと水中で様子を見ながら様子を見る。

 ん? このまま水中を移動すればいいんでね? やだ俺天才じゃね?

 

『っ! 疾風!』

『え、なに。ウボボボボ!?』

 

 ボシュっ! ボシュっ! 

 水中で移動しようと試みたら。なんと奴ら水中に打ち込んで来やがった! ガチ度どんだけなの!? なに、俺なんか悪いことした!? そんなに男が出られるの嫌だったの!? 

 

(優香さんを狙うなんて許さぬ!)

(そもそもセシリア・オルコットがありながら狙うなど)

(万死に値する!)

(あと単純に妬ましい!)

 

 動機が不純なれど彼女を想う気持ちに偽りなし。彼らは最後の壁となってエデンに潜り込んだ悪魔に鉄槌を打っていく。

 

「これはなんという激しい攻撃! 男なのだからこれぐらい突破してみせろということでしょうか!? (そんなわけないよー! きっとお父さんの仕業だよこれー!!)」

 

 彼女は飽くまで会場側の人間。会場の雰囲気を高めるために的確にフォローというなの誤魔化しを入れていく。

 

『もう怒った。そっちがその気ならこっちにも考えがある。目には目を、ボールにはボールだ』

『どうしますの?』

『ぶちのめす』

『いいでしょう。付き合いますわ』

 

 こういうときのセシリアは結構ノリが良かった。段々手段を選ばなくなってきたのは果たして誰の影響なんだろうか。

 水中を叩くボールの嵐。ふと、その嵐が少しの間とぎれ。

 

『今ですわ!』

『よぉぉぉし!』

 

 水面に浮上。新鮮な空気を目一杯取り込み、セシリアの手助けでコースに復帰した。

 バレーボールを片手に持って。

 やられたらやり返す。それが俺の流儀。

 

 ボール射出マンの一人と目があった。

 次の瞬間俺は飛び上がり、左手に持ったボールを宙に上げ。

 

「オラァ!!」

「え? ひでぶっ!」

 

 男の顔面にボールをシュー! 超! エキサイティン!! 

 ボールをめり込ませた射出マンAの一人はそのまま後ろにバタリと倒れこんで気絶した。

 

「疾風!」

「よしきた! しねぇっ!!」

「うわらば!!」

 

 水に浮かんだ大量のボールを取ってくるセシリア。トスされたボールを呆然としている透きだらけの射出マンBにシュー! 同じくダウンした。

 

「よくもぉっ!」

 

 ジャンプした疾風の着地の瞬間を見極め。射出マンCのMAXスピードの凶弾が俺の背中目掛けて放たれる。

 

「させませんわ!!」

 

 その背中を守らんとセシリアが割り込んだ。

 射出マンCはヤバい! と思って思わずマシンから顔を出した。

 だがセシリアはその豪速球を見事なレシーブで上に上げた。

 

「ナイスセシリア!」

 

 背中合わせでスイッチした俺は落ちてくるボールを的確にぶっ叩いた。

 

「KILL!!」

「たわば!!」

 

 三人目もシュー!

 見たかこの野郎!花月荘で七月のサマーデビルとのバトルを制したスパイクは伊達ではないわぁ!! 

 

「残りはお前だぁ! くらぇっ!」

「うおおおっ! 優香は! 妹は俺が守る!!」

「いや誰だよ!!」

 

 グラビア界に疎い俺は目の前の射出マンDの意味不明発言に声を荒げた。

 最後の刺客はなんと、向島オーナーの息子であり司会のお姉さんの兄。

 父も父なら息子も息子であった。

 

「だぁぁ! お前マシンから出ろ! 当たらねぇ!」

「うるさい! ゴールなどさせん!」

「信じられない光景です! まさかまさかのボールの応酬による一騎討ち! 一体誰がこんな展開を予想できたでしょう! そして最終エリアでもレスリングコンビと凹凸コンビが激しい攻防戦を繰り広げています!」

 

 鈴と箒も足止めをくらってるか。

 意地になっている俺に甲斐甲斐しくボールを運んでくるセシリア。

 あちらも鬼の形相でマシンにボールを送り続ける向島兄。何度目かもわからないスパイクが奴に飛ぶ。

 

「ええーい! いい加減に倒れろコラー!」

 

 ガツーン! 

 

「はっ」

「っ!」

「およっ?」

「あっ……」

 

 俺が放ったヤケクソスパイクは射出マンDではなく、彼のバレーボールマシンに直撃した。

 グラリと揺れたマシンはけたたましい音をたてて倒れ、力尽きるように止まった。

 そしてシーンと静まり返る会場。

 

「………」

「………」

「………」

「シュー!!」

「ユウカっ!!」

「ヨシイクゾ!」

「え、ええ」

 

 それはそれこれはこれと男の頭にボールをシュー!したあと足早に第四エリアを後にした。

 

 これ以上なく全速力で走りこんだ俺達は最終エリアの山ゾーンに。その頂上にあるフラッグを取れば優勝だーーーーが。

 

「フンッ!」

「セアッ!」

 

 目の前にはレスリングコンビとおもしき筋骨粒々なペアが地面の上で延びており。奥では竹刀を持った箒とヌンチャクを持った鈴が激しい仲間割れを起こしている。

 

「ハァッ! ん? 疾風!?」

「トリャア! ってセシリアぁっ!? あんたらいつの間に!」

「いつの間にじゃねえよ」

「あなたたち何をしていますの?」

 

 呆れてる俺らを前にスッと武器を下ろす二人とも。

 

「箒が竹刀を出して私の尻ぶっ叩いたのよ!」

「鈴が私の顔面足蹴にするから!」

「この二人はお前らが?」

「知らない! 何かに当たった気はしたけど」

「その手持ってるのはなんです?」

「一夏折檻用竹刀だ!」

「一夏ぶったたき用ヌンチャクよ!」

 

 んーーまるで状況が読めないぞー? 

 まあ、ISを出さないで喧嘩していることを褒めるべきか? いや当たり前だよバカ。

 え、バススロットから武器を出すのはまずい? うーん、そこは今触れないでおこう。

 

 とりあえず。

 

「狙うはフラッグのみ!」

「押して参ります!」

「なっ、いきなり!?」

 

 目的は変わらないので鈴と箒に向かって突貫した。二人は慌てて武器を構える。

 そして唐突に急停止した。

 

「ん? あれもしかして一夏か!?」

「ま、まさかのブーメランパンツ!?」

「ちょっと。そんなはったりに騙されるとでも思って………」

「何!? 一夏のブーメランだとぉ!?」

「箒ぃぃぃ!!」

「隙ありぃ!」

 

 ムッツリーニ箒ちゃん参上。

 あ、UFO!戦法に動揺して掴みが緩くなった武器を奪ってプール上に投擲する。

 二人の間をすり抜け、グリップを掴まずに山を駆け上がる。箒と鈴も同様に追従する。

 あっという間にフラッグが目の前に。

 

「うおおおおっ! 貰ったぁ!」

「させるかぁ!」

「ぬあぁっ!」

「あたしのものよ!」

「鈴さん借りてたお金返しなさい!」

「それ今関係なぁぁーー!!」

 

 残り数メートルの攻防戦。

 そこには男も女などなくただひたすらに勝利を求める戦士のそれだった。

 ツイスター並みに絡み合いもつれ合い引っ張りあいの攻防戦の末。

 

「ウオラァぁ!」

「おーっと疾風選手抜けたぁ! フラッグまで残り一メートルだ! いけー!!」

 

 足に力を振り絞り、手を目一杯伸ばす。旗まであと30センチ………

 

 スパコーン! 俺の目の前で旗が消えた。

 

「はっ?」

「ハヤテェ! 貴様に優香はやらーん!」

 

 振り替えるとなんとシューした筈の射出マンDこと鬼ぃちゃんの姿が。

 何故か呼び捨てにされたが。その顔芸クラスの顔を見たら何故か俺から見ても兄に見えた。復讐したい系の。

 

「あーっと! 第四エリアのスタッフがボール片手に乱入!? 流石にしつこ過ぎると思います!」

「見たか優香ぁ! お兄ちゃんやったぞ!」

「誰ですかあなたは! あなたみたいな人私の身内にいません!」

「ごふぉあっ!」

 

 鬼ぃちゃん。吐血。

 

 だがそんなプチ漫才に気にする程IS学園勢に余裕はなかった。

 鬼ぃちゃんが放ったスマッシュによって飛ばされた旗は放物線を描いてプールの方に落ちていく。

 

 最初に動いたのはセシリアだった。

 そのセシリアの水着のヒモを鈴がむんずと掴んだ。

 

「最終手段よ!」

「えっちょ鈴さん! きゃあっ!!」

 

 ハラリ、水着がほどけてセシリアのバストから浮いた。

 途端に会場の男どもは待ってましたとばかりにスタンディング。懐からカメラやらスマホを取り出して永久保存版を取らんとし。オーナーも思わず立ち上がった。

 

 だがオルコット当主のセミヌードは安くない。とばかりに浮かんだビキニを腕で押さえつけ、もう片方の手で鈴の足を掴もうとするも失敗し、尻餅をついた。

 箒も飛び出し、鈴に追い付いて二人で一緒に旗を。否、こんな時にでもお前には取らせんと必死の形相で旗を掴みにかかる。

 

「一夏との!」

「沖縄は!」

「「わたし(あたし)の物だぁ!!」」

「無慈悲アタック!!」

「「ぼへぇぇっ!!」」

 

 二人の頭を鷲掴みして水面に叩きつけた。

 正に無慈悲。

 

「俺の物だぁ!」

「ぶぶぶぁっ(甘いわぁ)!!」

「ぶへぇぇっ!」

 

 沈んだままなのに箒が俺の足を掴んでビターン! と水面に叩きつけた。腹痛い!! 

 

 かすかに触れたフラッグは更に遠くに行ってしまう。

 

 水面に浮かんだ俺たちはおたがいを掴んでは取っ組み合いになって膠着状態になる。

 後ろから迫る他のペアも次々とプールに飛び込み。もはやコースも関係なしに、もはや前も見えない泥沼状態になったフラッグ戦。

 

 そんな亡者の群れの上を勇敢に飛んだ者が一人いた。

 

「疾風! 頭借ります!」

「頭? ごふふっ!?」

「べぎゃぁっ!?」

 

 水着を直し終えたセシリアが俺の頭、そして何故か鈴の頭を踏み台にして最後の跳躍。

 フラッグが浮かぶ水面に頭からダイブ、大きな水飛沫が辺り一面に飛び散った。

 

 ザワっ、ザワっ………某賭博漫画風にざわつく会場。

 もつれ合っていた競技参加者、観客、司会のお姉さん、オーナーもかたずにセシリアが沈んだ水面を見つめている。

 

「………ぷはっ!」

 

 何分にも感じた数秒後、水中から浮かび出たセシリアは顔にかかった髪を後ろに思いっきり顔ごと振り払った。

 その姿はまるで人魚のようで。その瞳がもみくちゃにされていた俺の眼とあった。

 

 すると彼女はニッと軽快に笑みを浮かべ、沈んだ右腕を高々と上げた。

 その手には、水に濡れた白い旗がしっかりと握られていた。

 

 割れんばかりの拍手と雄叫びが会場を揺らした同時に我に帰った司会のお姉さんがマイクを握りしめた。

 

「き、きまったぁぁー! 第一回ペアタッグ水上レースを制したのは! レーデルハイト&オルコットペアだー!! 皆さん! 激戦を制した二人に今一度大きな拍手をーー!!」

 

 歓声に沸くもの、水中で落胆するもの。

 勝者と敗者をきっちりわけた大活劇はいまここに幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ほんと! うちのオーナーと馬鹿達がご迷惑をおかけしました! ボール当たったところアザになってません?」

「ああ、大丈夫ですよ。レーデルハイト工業社製ISスーツは耐衝撃能力も優秀ですから!」

「なんか宣伝みたくなってますわよ疾風」

「企業戦士だから」

 

 ペッコペッコと謝る向島優香さん。

 謝る度にツインなバストが凄いことになってるがそこにはあえて触れないことにしよう。

 

「まあなんやかんや色々ありましたけど。凄くエキサイトしたのでよしということで」

「うぅー、そう言ってくれるとありがたいです」

 

 ホッと息を吐く優香さん。

 

「あの、ところで倒してしまったバレーボールマシンは………」

「あー、あれはなんとかなるので大丈夫です(お父さんのポケットマネーから出させてやる)」

 

 今度はこっちが安堵の息を吐いた。

 そうか、よかった。正直そこが一番気がかりだった。ああいうマシンって馬鹿高いって聞いたことあるからなおのこと。

 

「では俺達はここで」

「あ、すいません。その、お願いできる筋合いなどないのですが」

「?」

「サインお願いします!」

 

 後ろ手から出されたのは色紙とマッキーペン。

 

「いいですよ」

「ほんとですか!?」

「はい。ていっても他人に書いたことないんで下手だったらすいません」

「ぜ、全然大丈夫です!(マジ!? 疾風くんの初サイン!? やったー!家宝にしなきゃ!)」

 

 サラサラリと色紙を書き上げた後にウォーターワールドを後にした。

 

「よかったですわね疾風。初のサインがあんな美人さんで」

「なんか言葉に棘がある気がするのは気のせいかな?」

「それは疾風の被害妄想ですわ」

 

 言ってるセシリアは不機嫌とかではなく至ってフラットなので気にしないことにした。

 

「てかこの沖縄旅行券どうする? 行ってる間IS動かせないし、イギリスで遅れた分取り返したいからなー」

「出ること事態が目的でしたからね」

「じゃあそれあたし達に渡しなさいよ」

「お前達が必要ないなら私たちが有効に使わせてもらおう」

 

 ドンっとゲート前で仁王立ちしている鈴と箒。夕日で出ている影が黒いぜ。

 

「お断りします」

「なんでよ! いいじゃない! 使わないで腐らす方がもったいないでしょ!」

「あげるとしてもお前達にはやらん」

「何故だ!」

「簡単です。お二人ともどうせ自分が一夏さんと行くと言って決着がつかず台無しになるのが見えてますから」

「んぐぅ!」

 

 自覚があったのか、二人は胸を抑えてうずくまった。

 

「まあ、そう落ち込むでないよ。ほら、迎えが来たぞ」

「迎え? 誰よ?」

「おーーい!」

 

 向こうから手を振って向かってくるのは、二人が今日二人っきりで過ごすと思っていた、一夏だった。

 

「え? なんで一夏がここに?」

「俺が呼んだ。ほれ、行ってこい」

 

 トン、と二人の背中を押すと突っかかりながら一夏の前に出た。

 何かを言ってやるつもりだったが。突然の一夏の出現に思考が纏まらない鈴と箒はモゴモゴと声を漏らすだけに。

 

「あの、えっと」

「一夏、その」

「悪い! 二人とも!!」

「「えっ?」」

 

 手を合わせて頭を下げる一夏に面食らう二人。

 

「鈴! ちゃんと要件をルームメイトに伝えなくて悪かった! メールもしとけばよかったな! 悪い!」

「え、あ、うん。分かってるならいいのよ」

「箒も言葉足らずですまん! あんな風に行ったら普通に一緒に出かけるって方向に持ってっていくよな。ごめん!」

「な、あ。そ、そうだ! 猛省しろ猛省………」

 

 いきなり出鼻をくじかれた。

 こうもひたすら平謝りされたら怒るに怒れなくなるのは一重に惚れた弱みに他ならない。

 

「お詫びになんか奢るよ。何がいい? 甘いものとか」

 

 申し出を断ることなく数秒考えた後。鈴と箒は一夏の目を見てピシャリと行った。

 

「@クルーズ、期間限定の一番高いパフェ」

「ぐあっ」

「群林堂の高級豆大福6個セット」

「おごっ」

「「それぞれ二つずつ奢れ」」

「うぎゃあっ」

 

 @クルーズのパフェ2500×2。群林堂はわからないが。さぞかしお高いのだろう。

 御愁傷様。

 

「わかった。俺も腹をくくる」

「よし! そうと決まれば早速行くわよ!」

「なっ! お前なに腕を組んでいる!?」

「なによ。悔しいならあんたも組めば?」

「い、いいだろう! 一夏! 私も組むぞ!」

「お、おいお前ら」

「ちょっ!これ見よがしに胸おしつけんじゃないわよ!」

 

 早速わちゃわちゃする三人。本当に組むとは思わなかった鈴が箒に噛みついた。

 

「さて。俺達も行くか、@クルーズ。祝勝会的な感じで」

「お邪魔になりません?」

「どうせ二人っきりなんてなれないし。絞られる一夏見ながら食べるパフェはきっと美味い」

「それは、いいですわね」

 

 まだ暑さが残る中。夕暮れの光で影は長く伸びていた。

 前方の影は、せわしなく動いている。

 

「あの、二人とも。ちょっと」

「「歩きにくいって行ったらどうなるかわかるよな?」」

「………はい」

 

 両側から拘束された一夏はまるで連れてかれる宇宙人のようだった。

 これはしばらく頭が上がらないな。

 そんな三人を見たセシリアが口許に笑みを浮かべて俺を覗き込んだ。

 

「わたくし達も腕を組んでみますか?」

「急にどうした」

「いえ、慌てる一夏さんが面白くて。で、どうします?」

「いや。流石にあれはハードル高いよ。だから………」

 

 俺はスッと手のひらをセシリアに差し出す。 

 

「お手をどうぞ。レディー?」

「フフ。喜んで」

 

 互いに優勝の余韻があったのか躊躇うことなく手を繋いだ。

 軽やかに手を結んだセシリアと俺は少し離れていった三人に追い付こうと走った。

 

 俺達はISという年不相応な最強の兵器を扱う者達。

 だが夕日に照らされたその顔は、間違いなく年相応の少年少女の笑顔だった。

 

 

 




 景品の沖縄旅行はブランケット夫婦のもとに行きました。

 はい!これにて夏休み編終了です。いやー今回も書いた書いた。
 次回はpixiv版で密かに人気を誇ったあの子が出てきます。pixiv勢の方々、お楽しみに。


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第四章【学祭撫子(フェスティバル・シンデレラ)
第33話【華やかなる大和撫子】


「ハッハッハ。ハーっハッハッハ!!」

「当たらねぇ!!」

 

 学園のアリーナ。明日で夏休み終了。そんな夏の後半のアリーナには熱気を放ちながらISを飛ばしている若者が二人。

 白式の第二次形態移行(セカンド・シフト)で左腕に追加された多目的武装【雪羅】。その射撃モードの荷電粒子砲【月穿】をドカドカ撃つ一夏の砲撃を、俺は高笑いを上げながらヒョイヒョイと躱していく。

 

「はっはー! 甘い甘い! 狙いが甘いわ! グラブジャムよりも甘い!!」

「なんだよそれ!」

 

 世界一ゲロ甘な糖漬けドーナツ。

 

「ほれほれ当ててみなサーイ!」

「くっそ! ならぁ!」

 

 遠距離では埒があかんと近接戦闘にシフト。増加されたスラスターによる急加速で雪片弐型を持って頭上のイーグルに向かう。

 こちらもスラスターに火を入れて逃げようとしたが、白式・雪羅は瞬時加速を使うことなくイーグルの背中に刃を滑らせる。その刀は展開され、光の刃に変形していた。

 

「避ける!」

「まだだ!」

 

 躱した俺に一夏は左手を伸ばすと同時に雪羅の指間接も伸ばし、爪先から細い光の剣が伸びた。勿論これも零落白夜を帯びている。

 投網のように覆い被さってくる零落白夜の爪をプラズマフィールドで防いだ。

 零落白夜が無効にするのは飽くまで光学兵器やエネルギー兵器。純粋に電撃で構成された球型フィールドには刃が通らなかった。

 プラズマフィールドを広げて爪を弾く。直ぐに後退する。

 

「セカシフした白式はっや。普通に追い付かれてイーグル泣いてるんだけど」

「その割には当たらないんだが!」

「勿論、逃げるんだよぉー!」

 

 直線的な機動をイーグルのマルチスラスターでジグザグに避けていく。

 いくら一撃必殺級の零落白夜も、当たらなければどうということはない。

 

「直撃コース! 貰い!」

「っ!」

 

 前回の追加武装から引き継いだボルトフレアを取り出し、狙いを定めて撃つ。

 咄嗟に一夏が雪羅の零落白夜シールド【霞衣】を発動させるも、防げるはずもなく直撃する。

 呻き声を上げる一夏に接近、インパルスをコールして穂先を展開。

 至近距離で最大チャージのプラズマ弾をくらって吹き飛ぶ一夏、途中で体制を整えセカシフで新たに習得した二段瞬時加速で一気に肉薄、零落白夜を展開してない雪片弐型を振るった。

 ガキンとイーグルのシールドエネルギーにぶち当たる。手応えを感じた一夏。だが俺はその刀を左腕でガッチリ掴んだ。

 

「つーかまえたっ」

「誘いやがったな!?」

 

 俺の背後にはプラズマダガーを展開したビークが全機スタンバイしていた。

 

「一夏に聞きたいんだけど。今シールドどんだけ?」

「やべっ」

「hunt」

 

 掛け声と共にビークが一夏のSEを食い荒らし。試合終了のブザーがなった。

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ちっくしょー! 勝てねぇ」

「はい、三戦三勝な。ということでスイーツ千円分奢り宜しく」

「し、仕方ない」

 

 アリーナでかいた汗をシャワーで流したあと。俺と一夏はカフェテラスでお菓子を注文した。

 俺は菓子パンとチョコケーキ。一夏は出費が出たせいかカフェオレのみである。

 

 テーブルに向かうと、いつものメンツが既に談義に花を咲かせていた。

 

「あ、三連敗マンじゃん」

「うるさいぞ鈴」

 

 鈴に一睨み効かせながら座り込む一夏は早速カフェオレを口に含む、も熱さに思わず渋い顔をしてまた鈴が笑った。

 

「あら疾風、それベルリーナー・プファンクーヘンですわよね?」

「おう」

 

 置かれた菓子パンにセシリアは目を光らせた。

 この長い名前の菓子パンは言うなればジャム入り揚げパンだ。

 ドイツの菓子らしい。初めて食べたときラウラが我が物顔で力説していた。

 

「いやー、ただのジャム入り揚げパンだと侮ってたがこれが中々美味くてさ。今じゃ週2、3は食ってる」

「週2………3っ?」

 

 セシリアとシャルロットが揃って絶句する。

 このベルリーナーは普通の揚げパンと違ってバニラの衣がついている。味は絶品の一言なのだが、結構なカロリー爆弾なので女子から見たら手がつけたくてもなかなか手が出せない一品である。

 それを気軽にパクついている疾風に二人は戦慄を隠せない。体重増えないのか? と聞こうとしたが、余りにもリターンよりリスクが高すぎて聞かないことにした。

 

「あー、なんでセカンド・シフトしたのに勝てないんだよー」

 

 一夏が頬杖をついてぼやいていると。女子が口々に指摘した。

 

「動きが単調」

「零落白夜をバカスカ使い過ぎ」

「荷電粒子砲の狙いがなっていませんわ」

「対して疾風は間合いを完璧に取れていた」

「要するに一夏はわかりやすいんだよ」

「よ、要点を纏めてくれてありがとう。勉強になります」

 

 ぐぅの寝もでない完璧なプロファイリングに一夏はガックシと頭を垂れた。

 ズーンと青黒い縦線カーテンが見える。

 

「はぁ、どっかにエネルギー落ちてねえかな。流石に燃費悪すぎる……」

「そりゃそうだよ。ただでさえ大食いなのに追加武装出来て。更にスラスターも増やしちゃったんだから」

「てか一夏。最後の試合、零落白夜で無効化出来ない攻撃を霞衣で守ったのは完全に悪手でしょ」

「あ、あれはなんというか。咄嗟に守れっ! ってなったというか」

 

 夏休みも終わり、授業の模擬戦を終えた一夏に待っていたのは、セカンドシフトに移行した白式、もとい白式・雪羅のデメリット面だった。

 マルチプルウェポンである左手の大型手甲【雪羅】と、前の倍以上になったウィング・スラスター。戦力の大幅な増加を果たしたが、これがとにかくエネルギーを食いまくる。

 

 そしてファースト・シフトから一気にやることが増えた。近遠距離の即時切り替え、射撃訓練に新装備の慣らし………要するに一夏は自分のISに振り回されっぱなしなのだ。

 

 雪片弐型一本でやってきた一夏からしたら、他のことをやらないでいたツケが一気に来たのだ。いかにセカンド・シフトしてグレードアップしたとはいえ、使いこなせなければ宝の持ち腐れだ。

 レーザー兵器を多用するセシリアや箒には有利をとれたが、実弾やエネルギーを使わない組との戦績は敗色が強かった。

 

「しかしアレだな。そんな問題も私と組めば解決だな! 紅椿にはエネルギー増幅機能の絢爛舞踏がある!」

「なに言ってんのよ。あんときから一度も成功してないくせに。その点甲龍は燃費もいいし近接中距離もこなすから組むならアタシに決まりね!」

「ふん。それなら私も負けていない。全てのレンジを万能に対応。AICで相手を止めた相手に零落白夜を叩き込む。効率的かつ実戦的戦術だ」

 

 箒の言葉を皮切りに、各々が自分が一夏のペアに相応しい合戦がスタートする。

 一夏は相変わらず状況がわからないままスパッと切り出した。

 

「でもさ、またペアトーナメントが始まるとも限らないぜ?」

「あるかもしれないでしょうが」

「そっか………その時はシャルと組むかなぁ」

「へっ、僕!? え、ど、どうして?」

「前に組んだから」

「あ、そう………」

 

 輝きに満ちていたシイタケ目は一夏の手によって一瞬で虚無目に転身する。

 虚ろな瞳で近くにあったパンを掴んで頬張った。俺の皿から。

 

「おいシャルロット! それ俺のベルリーナー!」

「はむ? あ! ご、ごめん!」

「あ、いやこっちもごめん。食べていいぞ、好きなだけ食べなさい」

「私の饅頭いるか? 遠慮するな」

「シャルロットさん。このケーキ美味しいですわよ。一口いかが?」

「あ、ありがとう皆」

「しゃ、シャル。カフェオレ………」

「いらない」

 

 落胆したシャルロットに皆が一斉に優しくしているのを見て一夏もカフェオレを差し出すもそっぽを向かれた。

 

「一夏」

「お、おう?」

「上げて落とすとか………クズだな」

「は、疾風!?」

 

 皆の気持ちを代弁して一夏にもの申した。

 予想外の方向から襲撃してきた罵倒に目を丸くする一夏。

 

「白式よりも自分を知るべきだぞ織斑愚夏(おろか)。お前の場合はまずISよりも脳の燃費の方が欠損気味だ」

(お、怒っている。疾風が怒っている!)

 

 俺の説教を食らったことのある一夏は思わず身震いした。

 前回のウォーターワールドのことがあったせいでなおのこと辛辣になる。こいつはやっぱり朴念神だった。

 

「お、おい。どういうことか説明を………」

「まあ冗談は二割として」

「残り八割は!?」

「シャラップ一夏」

「は、はい」

 

 低音ボイスで一夏をミュートにしたあと。ラウラが戻ってきたのを見計らって口を開いた。

 

「まあ、さっきのペア云々だけど。ぶっちゃけ白式は誰と組んでも相性はいいと思うよ」

「どういう意味よ」

「白式は零落白夜というジョーカーを常に持ってる。一撃必殺を当てれば勝ち、なら相方はそのルートを作り上げればいい。誰と組むかによって、どのような戦い方を組み立てれるか。やりようによっては戦いかたは幾らでもある。だからさっきお前らが言ったことは、皆正しいということだ」

「な、成る程……」

 

 俺の説明にラバーズはとりあえず納得してくれたようだ。

 実際イーグルかティアーズを組ませても相性は良いからな。

 

「といっても。白式が中核となるんだから一夏の頑張り次第だな。遠近両用、攻防一体、速度上昇を得た白式を生かすも殺すも、一夏が頑張んなきゃ意味がない。わかったか一夏?」

「はい、これからも精進していきます」

「まあ一夏の場合その鈍さもほどほどにしないとな」

「うんうん」

「え? どういうことだ?」

「そういうとこ!!」

 

 一斉にダメ出しを食らった一夏は、何がなんだかわからないという顔のまま呆然としていた。

 これはまた駄目だな。皆は早々に見切りをつけてお茶会を再開した。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 IS学園のゲートに車が入る。

 一台や二台ではない。15台の黒塗りの車が続々とIS学園に入っていく。

 ゲートを管理する警備員も目を白黒させながら車が去っていく方を見送った。

 

 物々しい雰囲気を出しながらIS学園の校門前で車が規則正しく止まる。

 車から降りてくるのは絵に描いたようなボディーガード、黒いスーツに黒いサングラスの男がぞろぞろと降りてきた。

 そして最前列の車から初老の男が降り、後部座席のドアを開けた。

 車から一人の少女がIS学園に降り立つと、ボディーガード達の姿勢が自然と直立する。

 

「ここまででいいです」

「宜しいのですか?」

「はい。というよりやり過ぎです。過剰ですよこの数は」

「そんなことはありません。これでも足りないぐらいなのですから」

「とにかく、私はもう籠の姫ではありません。父上にもそう伝えておいてくださいな」

 

 大勢いるボディーガードに一礼し、少女は目の前にそびえるIS学園を見上げた。

 

 深く、深く深呼吸。胸に手を当てた彼女は愛おしげな笑みを浮かべた。

 

「やっと………やっと会えますね、疾風様」

 

 

 

 

 

 

「まったく、あいつの鈍感癖はどうにかならないのかな………」

「鈴、なんか言った?」

「なんもー」

 

 夏休み明けの教室。クラスメイトが夏休みに何処に行っただの何をしたのかと盛り上がってるなか、鈴は何度目ともわからないことをぼやいてみる。

 

 先生が入ってきた。今日はSHRと一時限目の半分を使っての全校集会。これから移動して体育館に行く、はずだったのだが。

 

「えーっと、今日は都合により。全校集会は明日に延期されましたので。今日は通常授業とします」

「「えー」」

 

 突然の延期宣言+やるはずのなかった筆記授業にクラス内のブーイングが飛び交った。

 それもそのはず。その全校集会には皆が楽しみにしていた学園祭の話があったからだ。

 

 というのも、此処の学園祭は、やはりというかなんというか。規模が違う。

 毎年クラス総出による、普通校とは違う予算での出し物はクオリティが高く。ISアリーナを使っての巨大な出し物等も行われ。各国からのお偉い方も来るという。とにかくスケールが違う。らしい。

 鈴もシャルロットから聞いただけで詳しくは知らないのだ。

 

「その代わりという訳ではないのですが。なんと、二組に転校生がやって来ます!」

「「「ええー!?」」」

 

 まさかの不意打ちに鈴も目を見開く。

 

「男!? 男ですか!!?」

「今度は野獣系!?」

(いやいや、そんなポンポン男性IS操縦者が出ちゃあ、世話ないわよ)

 

 内心呆れながら鈴は頬杖をついた。

 

「代表候補生の人ですか? それともなんか特別な?」

「ええ、まあ。続きは入ってからにしましょう。どうぞー!」

 

 さて、どんな子が来るのか。

 鈴の心配は、やはり一夏関連で。

 シャルロットしかり、ラウラしかり。転校してきた女の子は一様に一夏に惚れている。

 

 シュンと自動ドアから、その転校生が入ってくるのを見て鈴は品定めしようと視線を鋭くする。

 

「お、おう?」

 

 ドアから入ってきた転校生の雰囲気に鈴のみならずクラス全員が息を飲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「では、授業を終了します」

「起立、礼、ありがとうございました!」

「「ありがとうございました」」

 

 今日の午前授業が終わった。

 先生が教室を出るのを待たずにクラスメイトは弁当を出したり、足早に食堂に向かう者もいた。

 

「ちょっと残念だったな。此処の学園祭ってすごいみたいだからさ」

「そうだな、高校生になったばっかだから全容は分からないけど。まあ、明日の全校集会に期待しよう」

 

 ぶっちゃけ楽しみではある。噂によるとライトノベルに出てくるようなクオリティだとか。流石は、天下のIS学園。金のかけ方が大変豪勢だ。

 

「ヤッホー」

「お、鈴じゃないか。アホッ面の一夏は此処に居るぞー」

「おい、誰がアホッ面だよ」

「いや、一夏に用はあるけどそうじゃないのよ。疾風、あんたに客よ」

 

 客? はて、二組にそこまで親しい人いたかな? 

 鈴に促されて後ろから一人の女子が出てきた。

 

「うおっ」

「ほわぁ……」

 

 唐突だが、IS学園の人気の一つに制服のアレンジの高さがある。

 学校指定の服装がデフォルトだが。個人によっては、制服のデコレーションを行う場合もある。

 例えばセシリアはドレス風にアレンジされたもの。鈴は肩を露出させ、ミニスカートにスパッツという感じ。

 多少お金がかかるも、制服を自分好みにカスタマイズ出来るのは世界中探してもここぐらいだろう。

 で、なんでいきなりこんな話をしたかというと。目の前に現れた女子の姿がこれまで見たことないタイプだったからだ。

 

「き、着物?」

 

 そう、古来から日本で愛されていた衣服である着物。現在は余り見かけないが。京都などの古都、祭りや祝い事で見かけることがある。

 IS学園の制服カラーである白地に赤と黒を交えた物をそのまま着物にしたようなカラーリング。

 血色が薄目の肌と、それを際立たせるような緑の黒髪。その大和撫子を形にしたような平安美少女の登場に。皆が一様に彼女に釘付けとなった。

 

「疾風様!!」

 

 その和服少女と目があった。一呼吸置くことなく彼女は俺の名前を呼んだ後に俺目掛けて小走りで駆け寄り。そのままポフっと、俺の胸の中に収まった。

 

「おふっ?」

「お久しぶりです! 疾風様!」

 

 は、疾風様? 

 顔を上げてニパッと向日葵のような笑顔を見せてくれた美少女。

 教室は時が止まったようにシーンと静まりかえった。そして。

 

「「「ええええぇぇええ!!?」」」

 

 クラスに窓ガラスが揺れるレベルの音響爆弾が炸裂した。

 塞ぎようのない俺の耳に音響爆弾が直撃、そのおかげで現実に戻ってこれた。

 

 えと、状況を整理しよう。

 鈴が連れてきた和風美少女が俺を見るなり猛烈なハグをしてきました。

 うん、わからない。というか考える余裕がないのが正しい。

 だって凄い良い香りするもん。匂いじゃなくて香り。

 

「疾風様?」

「あー、その」

「………あっ! ご、ごめんなさい。私ったらはしたないことを」

 

 名残惜しげに離れた彼女。ポポポと頬を火照らせて照れる姿は正しく可憐と言えるだろう。

 しかし、なんか見覚えがある気もするけど思い出せぬ。いや、もしかしたら俺の熱烈なファンという可能性も微レ存。様付けだし。

 んー。いくら考えても思い出せない。

 

「えと、それで………」

「はいっ!」

「……どちらさまでしょうか」

「ガーン!」

 

 なので正直に聞いてみることに。

 女の子は目に見えるようにショックを受けてしまった。

 

「うぅ、そうですよね……なんせ二年半も前ですもの。頻繁に合っていた訳ではないですし、覚えていないのも無理はないですよね」

 

 うっ、罪悪感と申し訳なさが半端じゃない。

 俺は記憶の引き出しを豪快にひっくり返して捜索した。

 

「二年半前ってことは、中1?」

「はい。といっても。会っていたのは主に病室のなかでしたね」

 

 病室………。

 キーワードを聞いた途端わ、ぐっちゃぐちゃになった記憶の中身からそれは取り出された

 

「菖蒲?」

「っ!!」

 

 名前を口にすると、彼女は顔を上げて目を見開いた。

 

「思い出しましたか?」

「え、嘘っ。菖蒲なのか?」

「はい! 徳川菖蒲(とくがわ あやめ)でございます!」

 

 パァっと輝く笑顔が眩しい。

 周りは完全に置いてけぼりをくらって呆然と二人を見ている。

 

「菖蒲? 本当に菖蒲!? 足ついてる? 生きてる!? 手術は成功したのか!?」

「は、はい、ご報告が遅れてしまい。申し訳ございません。手術は無事に成功致しました」

「そっか!そっかぁ………良かったなぁ、ホントに良かった」

「ああ。そんな泣かないで下さい疾風様。はい、ハンカチをどうぞ」

「ん、ありがと」

 

 今度は俺が泣き出した。

 周りは更に困惑するなか、彼の幼馴染みが切り口を出した。

 

「あの、感動の再会のなか申し訳ありませんが。疾風、そろそろ説明してくださいな」

「え? あ、うん。ごめんごめん、感極まってつい」

 

 一つ咳払いをして心を落ち着かせる。

 菖蒲に目配せすると、彼女はコクリと頷いてくれた。

 

「この子は徳川菖蒲。徳川グループのお偉いさんの娘さん」

「徳川グループって、確か打鉄の製造元の?」

「正解」

 

【徳川グループ】

 

 日本有数のIS関連会社で、打鉄を発表して一躍IS業界に名乗りを上げた企業で。レーデルハイト工業に並ぶIS学園最大のスポンサーでもある。今では日本のIS企業の6割りは完全に掌握しているとか。

 確か白式の開発元である倉持技研は、徳川グループの傘下組織の一つだ。

 そしてIS学園にとって、レーデルハイト工業以上の最大手スポンサーだ。

 

 菖蒲と出会ったのはイギリスから日本に引っ越した時に出来た友達。

 だが、体が弱かった彼女は学校と病院を入退院で行ったりきたりしていた。

 

 親繋がりで知り合った俺は、その時から友達である村上や柴田と一緒にお見舞いに行っていた。

 

 だが中学一年の冬、菖蒲の病状が悪化した。そのときは安定したものの、このままでは遅かれ早かれ死に至ると言われた。

 それを回避するには海外の病院で手術を受けなければならない。

 菖蒲は手術を受けると言って、そのまま海外に飛んだ。

 

 それから連絡が取れないまま月日がたった。成功したのかそれとも失敗したのかわからないまま今に至ったのだ。

 

「成る程、だからあんな反応でしたのね」

「そのわりに忘れるって酷くない?」

「ごめんなさい」

「大丈夫ですよ凰様。思い出してくれただけで私は嬉しいですから」

 

 お恥ずかしながら。前の高校に居たときは時々思い出していたけれど。いや、これは言い訳だな。

 菖蒲は許してくれたみたいだが、今度なんかお詫びしよう。

 

「しかし、まさかIS学園で再会するとは思わなかったぞ」

「申し訳御座いません。疾風様がISを動かせると聞いて居てもたっても要られなくなって行動に移したのですが。色々と手続きに時間がかかってしまって」

「手続き?」

「代表候補生になるための手続きです」

「え! じゃあ今お前代表候補生なの?」

「はい、日本の代表候補生兼試験パイロットです。財閥の娘というだけでは入学出来ませんでしたので。頑張りました」

 

 頑張りました。菖蒲は一言で纏めたが、その努力の程は計り知れないだろう。 

 

「そうだったんだ。でもまた再会できて本当に良かったよ」

「私もです疾風様」

 

 クシャっと笑い合う俺と菖蒲。

 本当に手術が成功して良かった。あとで村上と柴田に連絡いれとかないとな。

 

「あ、あのー」

「ん?」

 

 遠慮がちに手を上げたのは鷹月さんだった。 

 

「その、お二人はどのような関係なのでしょうか? 普通の友達という風には、ちょっと見えづらかったなー、というか?」

「関係といっても、友達というか」

「はい、親同士が決めた許嫁でございます」

「まあそんな感………え?」

 

 今なんか凄いフレーズが聞こえた気がしたのだが。

 チラッと菖蒲さんを見ると「ん?」と小首を傾げた。

 

「え、あの菖蒲さん? 今なんと言いました?」

「親同士が決めた許嫁です」

「ワンモア」

「許嫁、です」

「はっ!?」

「「ええーーー!?」」

 

 言葉サイクロン出現、それはもはや爆音とも呼べる声量だった。

 二組と三組からも何事かと顔を出してきた。

 

「ちょ、ちょっとまて! 菖蒲! なにその話聞いてないんですけどぉ!?」

「あら? 疾風様、親御様から聞いておられないのですか?」

「初耳だねぇ!?」

 

 え、なにそれ? 全然聞いてない! 

 父さん母さん! 俺の知らないところでなにいろいろ話を進めちゃってるのでしょうか!? 

 たまらずセシリアも優雅を維持できず汗を浮かべて詰め寄ってくる。

 

「ははは疾風!? これはどういう!?」

「ちょっと待って! 俺も状況についていけないんだが!?」

「わたくしがお家事情で格闘している間に一体何がありましたの!?」

「何度かお見舞いに行ったくらいとしか言えないっす!」 

「疾風様、私と許嫁になるのはお嫌なのですか?」

「返答に困ること聞くのやめてほしい!」

「私は嬉しいですよ?」

「え!?」

「「えーー!!?」」

 

 もう何度目かわからないえー! が一年一組の教室に響く。

 て、ちょっと待とう。今話の流れのままなんと告白をされた? 

 え、え!? え? 

 

 キャパオーバーする俺と状況についていけていないセシリア、そしてことの発端たる菖蒲はニコっとしていて全く動じてない。

 修羅場だと徐々に周りがはやし立てる、ラバーズは口を開けたまま目を白黒し。あの一夏でさえ顔を赤くして圧倒されている。

 

「えと、菖蒲、その………」

「ふふ、疾風様ったらーーーーー冗談ですよ」

「……ほ?」

「「「へ?」」」

 

 先程まで騒がしかった教室が一気に静まり返った。

 皆の視線が菖蒲に針ネズミのように集中するなか、菖蒲は動じずに頬に手を当てて笑っていた。

 

「ごめんなさい、あまりにも流れが良くて。つい興が乗ってしまいました」

「な、なんだ………脅かすなよ菖浦さん」

「うふふ、ごめんなさい。疾風様にまた会えたのが嬉しくて」

 

 おとなしい子と思ったら中々とんでもない子が来てしまったわ。

 いたずらっぽく笑う菖蒲に周囲のテンションは静まり、野次馬として来ていた生徒も教室に戻っていった。

 

「私はーーー」

「え?」

「どしたセシリア」

「い、いえ。気のせいですわ」

 

 あ、そう。

 本人が気のせいと言うならば下手に追及出来ない。でも気のせいって大抵気のせいではないよなー、二次元だと。

 

「徳川さーん。あ、いたいた」

「先生? なにかありましたか?」

「書類の確認をしてもらいたいから、少し来てほしいのだけれど」

「わかりました。では疾風様、また後程」

「お、おう」

 

 楓は軽く会釈して二組の先生に着いていった。

 教室からいなくなると、急に力が抜けて椅子に座り込んだ。

 

「どうした。告白されたってのに随分やられてるじゃないか」

「あんなガチの告白なんて初めてだったんだよ」

「モドキだったけどね」

「やかましいわ」

「レーデルハイト君って告白とかされなかったんだ」

「あっても金目当ての女ばっかだった」

「IS学園に来てからは?」

「4人ほど。でも男性IS操縦者だからって理由だけだった」

 

 あーー。クラスの皆が悟ってくれた。

 納得してくれたのは嬉しいけど虚しさが込み上げてくるのはなんでだろうね。すねてないもんね。

 

「一夏、ごはん食べに行きましょ。あんたらは……どうせ来るでしょ」

「当たり前だ」

「じゃあ行くか」

 

 初っぱなから怒涛の展開がありつつも、いつものメンバーで食堂に行くことに。他の生徒もそれぞれ動き出した。

 

「………」

「行くぞセシリア」

「え、ええ………」

「大丈夫?」

「問題ありません。行きましょう」

 

 少し考える素振りをみせたが。またいつもの毅然とした態度でセシリアは先を進んでいる一夏の方に向かっていく。

 

「疾風。そいやさっきの子、徳川菖蒲さんだっけ。徳川ってもしかして」

「うん、徳川家康のガチ子孫」

「マジか! 凄い人が来たんだな」

「俺も初めて聞いた時は驚いた」

 

 道すがら菖蒲とのことを話すことにした。

 二組に転入してきたらしいし、午後の実技授業でまた会えるだろうな。

 とにかく元気になってくれて本当に良かった。

 

「………気のせいですわよね」

 

 一歩離れて歩くセシリアがポソリと呟いた。

 その呟きは昼休みの喧騒にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。

 

 

 




はい、満を持してまさかのオリヒロイン。
自ら難易度を爆上げしていくという鬼畜の所業。

pixiv版でこの子を上げた時はビクビクしたものです。

なんやかんやで第5巻編スタート。皆さん、改めて応援よろしくお願いします。


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第34話【時代劇ファイナルウェポン】

「やっぱり無駄に広いもんだ」

 

 午後授業の実習に向けて一夏はISスーツに着替えていた。

 現在男子専用となっているロッカールームは疾風と一夏以外いないため静寂に満ちていた。

 

「まあいいじゃん、なんか優越感に浸れない?」

「そうかな。俺は落ち着かん」

「まーね。よし行くか」

「あ、先行っててくれ。少し白式の状態確認したい」

「そう? じゃあお先に」

 

 服の下に来ていた疾風は一夏より先にアリーナに向かった。一夏は長椅子に座り、白式のコンソールを呼び出してパラメータとにらめっこした。

 

「やっぱり、雪羅のエネルギー効率が悪いな。疾風に調整してもらったけど。なんとかならないものか」

 

 銀の福音と戦っていた時もエネルギー切れの危機が二度もあった。あのとき箒が絢爛舞踏を発動して駆けつけてくれなかったら………

 ふと、そんなことを考えていると。急に一夏の視界が暗くなった。

 

「だーれだ?」

「えっ! だ、誰!?」

 

 背中から聞こえた声は同級生より大人っぽい。知らない誰かさんに一夏は慌てふためいた。

 

「はい、時間切れ」

 

 そう言って解放してくれる手の持ち主を確認しようと、一夏は振り向く。

 

「………誰?」

「うふふ」

 

 本当に知らない人だった。

 

(じゃあ、どっちにしろわからないじゃないか!)

 

 目の前の女子、リボンの色から二年生だとはわかる。

 疾風のイーグルに似た水色の髪にウサギのような真っ赤な瞳。

 目の前にいるのに掴み所がない。なんというか、神秘的、ミステリアス、そんな感じだった。

 

「えーっと」

「それじゃあね。急がないと織斑先生に怒られるぞ?」

「え?」

 

 サーッと血の気が引き、時計を見て、更に引いた。

 もう授業開始から、3分もたっている!!? 

 

「だああぁっ!? ヤバイ!まずい!!」

 

 もう一度元凶の人物を見たが、もうそこには誰もいなかった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「レーデルハイト、あの馬鹿はどこにいった?」

「こ、更衣室かと思いますけど。見てきますか?」

「いい」

 

 授業開始………時刻になっても一夏がこない。

 いつもの白ジャージの織斑先生の声は明らかに怒を含んでいる。

 怒られた訳でもないのに震えがヤバイよヤバイよ。

 俺は離れた。当事者じゃないからいいよね。

 

「あー、こぅわっ」

「大丈夫ですか疾風様?」

「なんとか」

 

 ISスーツを着た菖蒲が心配してくれた。優しい子。

 彼女のISスーツだが、下は黒、上は白だが、胸辺りが縁の取れた二等辺三角形状に黒色になっている。

 胸元には首から下げられた巾着袋が揺れていた。

 

「あれが初代日本代表。成る程、聞いた以上の貫禄ですね」

「まだあれは優しい方だよ。そのISスーツ特注? 似合うね」

「あ、ありがとうございます。この配色、実は弓道着をイメージしてるんですよ」

 

 ああ、胸の三角は胸当てか。

 先程のゆったりとした着物とは違うラインが出るISスーツ姿。

 

 記憶のなかの彼女は痩せこけてるといった印象だった。

 スレンダーな体型ではあるが、至って健康そうに見えたことに俺は安堵した。

 

「菖蒲、その巾着袋なに入ってんの?」

「これですか? これはですね」

「すいません遅れましたー!!」

 

 巾着袋から取り出そうとした時に全速力で一夏がアリーナを走ってきた。五分の遅刻。

 残念ながら中断、まあ後で見せて貰えばいいか。

 

「一応聞こう、何故遅れた」

「ギリギリまで白式の調整をしてたんですけど。その、えーと」

「なんだ、はっきり言え」

 

 口をモゴモゴと動かす一夏に容赦のない言葉を浴びせる織斑先生の目は身内に向けるような慈悲の心など一切存在しなかった。

 まさしく閻魔の大王の貫禄に、一夏も観念した。

 

「いきなり知らない女の子に目隠しされて、それで………遅くなりました」

「ほう、初対面の女子と楽しく会話して遅くなったと」

「そんな楽しくなんて話してませんよ!?」

 

 一夏の言い訳もむなしく状況は悪化した。

 女の子ってワードが出た瞬間に隣の女子4人から冷えた空気が流れ込んできた。

 白式のチェックってだけ言っとけばいいものを。良い意味でも悪い意味でも嘘つけないなあいつ。

 

「デュノア。ラピッド・スイッチの実演をしろ。的はそこの馬鹿で構わん」

「俺は構うのですが!」

 

 戸惑っている一夏を他所にシャルは愛機であるリヴァイヴを呼び出した。

 

「あ、あの? シャル………ロットさん?」

「なにかな、織斑君?」

「ヒッ! は、疾風、タスケテ」

 

 シャルロットにあっさり見捨てられた一夏は自身のルームメイトである俺に助けをこうた。

 まるで捨てられた小犬のよう。可愛くないけど。

 

「まったく仕方ないな」

「は、疾風ぇ」

「いいか一夏。俺の言うとおりにしろ」

「あ、ああ!」

「あとでなんか奢れよ」

「ああっ!」

 

 最後の希望が届いたとばかりに瞳を輝かせる一夏。そんな一夏に俺は現状考えられる最大の手を授けた。

 

「まず手足の装甲だけを展開するんだ」

「おう!」

「胸の装甲も出しとけ」

「わかった! それで?」

「終わり」

「よしっ!………え?」

 

 白式翼なしバージョンとなった一夏を置いといてシャルロットのもとへ。

 

「シャルロット、俺のボルトフレアを貸してやる。再チャージなしでも内蔵バッテリーだけで五発は撃てる」

「ありがとう疾風」

「疾風、さん?」

「GOOD LUCK一夏」

「はっ?」

 

 ジャキン! と両手の銃火器をアンロックするラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ。

 

「おい疾風!」

「大丈夫、ISのシールドエネルギーは優秀だ。さあ行け一夏、お前は解き放たれた」

「おいぃぃぃ!!」

「覚悟はいい、織斑君?」

「待ってくれこれは誤解」

「一夏の甲斐性なし!!」

「ヴぁぁぁあああ!!?」

 

 

 

 

 

 いやー、凄かった。

 

 アサルトライフルからショットガン、その他もろもろの武装をラグ無しでコールするラピッド・スイッチには改めて舌を巻いた。

 プリセットを減らしてバススロットを増した空間に貯蔵している武器は約20個、それをおしげもなく見せたその技量はもはやエンターテイメントの域だった。

 

「はい、疾風」

「おう、どうだった使ってみて」

「思ったより撃ってから次弾が短かったし、反動も少なくて使いやすかったよ。でもスナイパーライフルに比べて少し射線にブレがあったかな」

「そうか、貴重な意見ありがとう」

 

 こういう意見は次の開発や現在の装備調整に活かされる。同じ企業戦士のシャルロットの感想を頂けたのは正直ありがたかった。

 

「では、二学期からは模擬戦の授業を始める。実際にISの動作を体感しあうことで、各々の技術力の向上をはかる」

「あの、織斑先生」

「なんだ徳川」

「織斑様はこのままで宜しいので?」

 

 おびただしい弾痕の真ん中に織斑一夏という屍が転がっている。

 シールドがあるぶん当てない心配をしなかったシャルロットの〆グレポンをくらった様は正に爆発オチだった。

 肉親である織斑先生は一瞥すらせずにパンと手を叩いた。

 

「では、最初に手本を見せてもらう。やりたいものはいるか?」

「はい」

 

 セシリア挙手。

 

「他に立候補したいものはいるか?」

 

 最近はビットの操作率が上がって順調に勝率を上げているセシリア。非専用機持ちからしたら実力者に違いはなく尻込みしてる。

 だが専用機持ちは一夏に良いところを見せたいようで。セシリアをだしにしようと前に出た。

 

「はい!」

 

 が、先に手を上げたのは菖蒲だった。

 皆の視線がニューカマーである菖蒲にそそがれる。

 

「大丈夫か菖蒲。初戦で代表候補生はちとキツイんじゃないか?」

「私も代表候補生です。それに、オルコット様の実力がどれ程なのか是非知りたいのです」

 

 んー、そう言われたら無理に止めるのも野暮だな。

 

「じゃあ練習機取りに行くか。打鉄のほうが慣れてるだろうから打鉄のほうが良いか?」

「ありがとうございます疾風様。ですがご心配なく。新参者ですが。なにも丸腰で戦場(いくさば)に来たわけではありませんよ?」

 

 い、戦場。随分と古風な言い回しを。

 菖蒲は皆から少し離れた場所に立つとペコリと一礼した。

 すると巾着袋が光ったと思えば菖蒲の体を覆うように光の粒子が次々と現れた。

 これって、ISの展開光? 

 

 ものの数秒で現れたのは、少し形が変わった打鉄だった。

 外見は打鉄だが、元の鈍色の鎧武者と違ってこちらは華やかだった。

 カラーリングが白地に緑黄緑、本来の地味目な配色から一転、しかし何処か華やかで、落ち着きを感じさせる雰囲気だった。

 

「菖蒲、お前専用機持ってたのか……」

「はい。徳川グループが開発した、第三世代型打鉄専用パッケージ試験型、稲美都(いなみつ)パッケージでございます」

 

 シルエットはカラーリング以外打鉄と同じだが。スラスター兼用のシールドが二枚から四枚に、装甲の各所が追加、右手には鉄甲のようなパーツ。

 右肩には徳川グループのロゴである徳川家の家紋がペイントされており………

 

「あれ? おい菖蒲、何でレーデルハイト工業のロゴがついてんだ?」

 

 そう。打鉄・稲美都の左肩には、何故かレーデルハイト工業のロゴマークがプリントアウトされていたのだ。

 

「はい。この稲美都は徳川グループとレーデルハイト工業の合同で開発された、ISパッケージのテストモデルなんです」

「俺、なんも聞いてないのだが?」

「すいません、実はこれが完成したのがつい最近でして、どうせならその場でお披露目した方が宜しいかなと。疾風様のお母様から」

 

 あの恋愛脳ママっ! 最近息子に対して隠し事が多いのではないか!? 

 俺一応工業の看板を背負ったテストパイロット兼広告塔なんだけども! 

 

「この稲美都パッケージなんですけど。まだ試作テストを数回済ませただけなんです。疾風様、一緒に武装やスペックをチェックしてくれますか? 疾風様は技術面に秀でてると疾風様のお母様が仰ってましたので。意見を聞きたいのです」

「いいけど。過度な期待はするなよ」

「はい! お願い致します」

 

 呆気に取られたが。新しいISとなれば俺の中のISギークの血が騒がないはずがなかった。

 

「よし、先ずはどこやろうか。スラスター? シールド周り? 武装のノウハウ? なんでも言ってくれ」

「………」

「あ、ごめん。引いた?」

「いえ、病室にいた頃を思い出して。あの時の疾風様もISの話をしたときは嬉しそうだったなって」

「そ、そうだっけ………えと、始めよっか」

「はい!」

 

 危ない危ない。授業が押してるから短めに済ませなければ。

 イーグルと接続してデータを閲覧する。

 

「どうですか?」

「このメイン武装。俺もこういう装備は初めて見たわ。まずやってみないとわからないかな」

「あ、ごめんなさい。武装やその他のオーダーは私が発案したもので」

「ん? ああ、いいよいいよ。こういう個性的な物は好きだ」

「す、好き………。ところで、どうですか疾風様。稲美都は私に似合っていますでしょうか?」

「勿論! なんというか和、って感じ? 色合いも、菖蒲とあってる気がする」

「そうですか、良かった」

 

 和やかな雰囲気を出しながらデータを点検していく。

 そんな俺と菖蒲を訝しげに見つめる人物が一人。

 

(疾風、少しデレデレし過ぎではありません?)

 

 自身のISの状態をチェックしながら。セシリアは全方位視界で二人を盗み見ていた。

 

 もう会えないかもと思っていた友人を目の前にしたら喜ぶのは分かる。

 だけどなんというか。思い出す前にも関わらず抱き付かれても満更ではなかった彼に、セシリアの心は波がたっていた。

 

(確かに可愛い子ではあると思いますよ? ですがいきなり抱き付かれて振りほどかないって………むむ、なんでしょうねこのモヤモヤは)

 

 セシリアが前を向くといつものメンツが目に入った。

 そこには起き上がった一夏がシャルロットに話しかけてるところを離れて見つめる三人の姿だった。

 その様子を見てセシリアはハッとした。

 

 もしかして嫉妬? 

 

(いやいやいやいや)

 

 ブンブンと首を振るセシリア。自分は彼女たちと違って疾風に好意を抱いてなどいない。

 これはそう、見ず知らずの相手に心を許しすぎという危機管理のなさに腹を立てた。

 イギリスでの誘拐事件のことがあったにも関わらず警戒心が欠けてるのではと思ったのだ。

 納得したセシリアは再び二人の様子を見た。

 

「はい、チェック完了したよ。特に問題はなし」

「ありがとうございます疾風様」

「おう。セシリアは強いからな、気張れよ」

「はい。その………応援してくれますか?」

「ん? ああ分かった、頑張れよ菖蒲」

「はいっ!」

 

 パァっと表情が明るくなった彼女を見て、セシリアの胸にまたモヤモヤが沸いてきた。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 両者のISが空に飛び立つ。菖蒲が乗る打鉄・稲美都の姿はまさしく鎧武者のそれだが、こうして遠目でみると天女のように見えてくる。

 セシリアが自慢の得物であるBTエネルギーライフル、スターライトMarkⅢを取り出すのを見て。菖蒲も自身の武器を取り出そうとした。

 

「………」

「落ち着いてイメージするんだ。引き絞って放つ、自身の武器を」

「はい」

 

 暫しの時間の後、菖蒲の手にはISサイズに拡張された機械弓がコールされた。

 いや、弓の中心から2本のレールのようなものが伸びている為、見た目的にはアーチェリーのそれに近い。

 IS用の弓。意外と見たことないジャンルだ。

 しかし、その武器は打鉄とも上手くマッチしており。全体的なシルエットは更に磨きがかかったように見えた。

 

「オルコット様」

「なんでしょう?」

「手加減はなしでお願いしますね」

「ええ、勿論」

 

 武器を持つお互いの手に力が入った。

 

「二人とも、準備は出来たな?」

「「はい」」

「それでは、始め!!」

 

 お互いが対角線状を保ちつつ、円形に移動し様子を伺う。

 

 先に仕掛けたのはセシリアだった。スターライトMKⅢのレーザーが打鉄・稲美都に向かい、肩部シールドに当たる。

 

「くぅ………っ!」

 

 よろけながらも体制を整え、その手に矢を取りだす。自身の弓、【(あずさ)】にセット、弦を引き絞る。

 梓に装備されたレールパーツにバチバチとプラズマが帯電し、矢は放たれた。

 バチン、という大きくもない音と共に。高速で放たれた矢にはセシリアは反応が遅れブルー・ティアーズの足を掠めていった。

 

(は、速い! 恐らく、あれは疾風のボルトフレアの応用。しかも速度はあれより速くて、鋭い)

 

 続け様、その手に同時に三本もの矢をコールし、一定感覚で撃ち付ける。

 

「織斑、抜き打ちだ。打鉄について説明してみろ」

「え、ええ!?」

「さっさとしろ」

 

 そういう解説は疾風の役目なのではないかと思いながら、一夏は頭の中の引き出しを引っ張り出した。

 

「打鉄は第二世代型の日本製ISで、世界シェア二位の機体です。特徴は整備のしやすさと、防御力が高いです」

「他には」

「えっと。今運用されてるISの中で最もパッケージの種類が豊富で、射撃パッケージの【撃鉄】は、長距離射撃命中率の世界記録を保持しています」

「ふむ、教本通りの答えでつまらないが、まあ及第点だろう」

「ど、どうも」

「では、今のを含めて。お前から見た打鉄・稲美都の特徴を言え」

「ええっ!?」

 

 終わったと思ったらまさかの応用問題が来た。どう見ても当たりが強い姉に、なんかしたっけと一夏は思い返すと。

 

(あ、俺遅刻したわ)

 

 自業自得である。

 

「そろそろ行きますわよ!」

 

 セシリアがBTビットをオープン。周囲に展開されたビットの挙動に気をとられるうちに、蒼い射手は獲物を取り囲んだ。

 

 人間の五感では把握できない全方位攻撃に、菖蒲はハイパーセンサーを逐一確認し、的確に肩部シールドを動かして防御する。

 その表面には薄い電磁フィールドの膜が走り、ぶつかったレーザーが散らされて盾の上を滑った。

 

「レーザーが拡散して!?」

「隙が出来てますよ!」

「なっ!? きゃあ!!」

 

 ジャキンと、梓のレールパーツが前方に拡張され、矢が装填されたレールパーツから先程とは非にならない放電量が集束され、そのままプラズマ弾として放たれた。

 不意を突かれたセシリアはそのプラズマ弾をもろに喰らい吹き飛ばされた。

 

 その射撃を見て、一夏は理解できた。

 

「菖浦さんが使ってるISは所々に疾風のイーグルに似た機能が使われてるみたいです。普通の打鉄よりも全体の性能が上がってる気がします。あのパッケージはイーグルの機能を打鉄に乗せてる感じ………だと思います」

「ん、お前にしては上出来だな」

「あ、ありがとうございます(やった、千冬姉に褒められた!)」

 

 ろくに褒めやしない鬼教師の姉に褒められたのか一夏は心のなかでガッツポーズ。

 この優しいところをもっと日頃から出せれば良いのに。と思っていたら出席簿が一夏の頭を小突いた。

 

「あいてっ」

「顔に出てるぞ馬鹿者。まあ、攻撃力面での応用力はまだまだレーデルハイトのスカイブルー・イーグルには及ばないだろう。見ろ、プラズマ弾を撃ちだした後のレールバレルがボロボロになっている。恐らく本来の用途ではないのだろうな」

 

 頭をさすりながら一夏は菖蒲の梓を見た。確かにバレル部分が焼け焦げて使い物にならなくなっていた。菖浦は焦げたバレルをパージし、スペアのバレルをコールして取り付けた。

 

「油断しましたわ! おまけに固いですのね!」

 

 ビットを滑らせるも、四つのビット一機につき四つのシールドを対角線上に合わせて防御している。

 正面から来る射撃は回避したり、梓の弦に備わったプラズマブレード発生装置にガードされた。

 

「ならば!!」

 

 セシリアはビットを呼び戻し、全方位ではなく自機周辺に配置。点ではなく面で稲美都の守りを削っていく。

 徐々に押され、ずれた隙間にビームが突き刺さる。

 

「くっ! 流石代表候補生の名は。伊達ではありませんね。ですがそれは私も同じこと!」

 

 四本の盾の隙間から、弓は射られた。

 

「そんな直線的な」

 

 最小限の動きで矢の軌道からそれる。だが放たれた矢は先程と同じものではなかった。

 横によけたセシリアを追うように、放たれた矢はグイット方向を変え、当たった矢は爆発した。

 

「矢が曲がってっ!?」

 

 稲美都は通常矢の他にバリエーションにとんだ特殊性の矢を複数持っている。

 今放たれたのは方向転換ブースター内蔵型の爆裂矢【(きょく)】。

 

 崩れたセシリアを見逃さず、菖蒲は先程の矢よりも二回り大きい矢を出現させ、よろけたセシリアにすかさず放つ。放たれた矢からワイヤーを放たれ、ティアーズを拘束し。更に電撃が追い討ちをかけた。

 

 試作型対IS用電撃捕縛矢【(しばり)

 電撃とワイヤーで動きの止まったセシリアに菖蒲は好機を見出だした。

 

「決めます」

 

 静かに息を吐き。菖蒲は決めの矢をコールする。

 呼びだせれたのは先程の拘束矢の非ではないほどの巨大な矢。その円周はISの腕の太さと同じぐらいの太さ。

 バレルが拡張され、姿勢制御用に肩部シールドを四方に配置し、PICで自身を固定する。

 

 装填、弦を限界まで引き込む。

 

「照準固定、【桜花(おうか)】、放ちます!!」

 

 一際大きい音と共に放たれた巨大な矢、いやもはや矢とは言えない大きさの桜花はプラズマの尾を引きながら飛ぶ。

 そのままセシリアのブルー・ティアーズに突き進み、爆音をたてて爆ぜ広がった。

 

 試作型一撃決戦用重爆裂矢【桜花】。

 自機を固定しないと反動で照準が定まらないほどの威力で放たなければ真っ直ぐ飛ばない程の重量を誇る矢であり。発射間までのラグが長いのが弱点。

 

 爆発の風圧によって引き起こされた砂嵐が俺達に降りかかった。

 な、何て威力。セシリアは無事だろうか。

 

「やった! やりましたよ疾風様!」

「お、おう。ってまだ試合終わってないぞ菖蒲!」

「え?」

 

 勝ったと確信した喜びの余りセシリアとは反対にいる俺の方に向いた菖蒲

 敵から目をそらした。その致命的な隙をティアーズを駆るセシリアは見逃さなかった。

 

 まだ晴れない爆煙の中から瞬時加速を発動させたセシリアが飛び出した。

 

「そんな! 桜花が当たったのに!」

 

 セシリアの左手には近接ブレード、インターセプターが握られていた。

 菖蒲は慌てて肩部シールドを前方に張るが、瞬時加速に後押しされたセシリアの斬撃に稲美都は吹き飛ばされる。

 

「きゃあ!」

「ふっ!」

 

 吹き飛ばされた菖蒲に腰のミサイルビットとスターライトの攻撃を浴びせる。

 菖蒲さんはそれを防御しようとするも、それを防ぎきれずに更に態勢を崩す。

 

「痛っ……はっ!」

 

 いつの間に周囲に配置されていたレーザービットに、菖蒲は目を見開いた。

 眼前にはスターライトMKⅢの銃口を向けるセシリアのブルー・ティアーズが。

 

「チェックメイトですわ」

「………投了します」

 

 武器を下ろし、菖蒲とセシリアはゆっくりと地上に降りていく。

 

「負けてしまいました。とてもお強いのですね、オルコット様」

「いえ、貴女の戦い方も見事でした。最後の一撃にはヒヤリとさせられましたわ」

 

 ISを解除した二人はどちらともなく手を差し出して握手を交わした。

 手加減なしの白熱したバトルに生徒のテンションは軒並み上がった。

 二人が降り立つと同時に一組二組の生徒は二人、というより菖蒲に群がった。

 

「徳川さん凄い! ISで打つ弓って格好いいね!」

「レーデルハイト君といい、徳川さんといい。転入生組は総じて侮れないわね」

「そいえばレーデルハイト君とは本当にどんな関係なの!?」

「返答次第では放課後コースよ!」

「ほおほお、滑りのよい美肌ですなぁ」

「は、疾風様ーーー」

 

 おお、あっという間に菖蒲がもみくちゃに。度が過ぎたら止めに、入れるだろうか。

 あ、セシリアが出てきた。

 

「ふぅ」

「お疲れー。ナイスファイト」

「ええ、どうも」

 

 セシリアは一息吐くも直ぐに疲労を感じさせない毅然とした姿を見せる。

 

「最後の桜花の一撃どうやって回避したんだ? 直撃してなかったろ?」

「運良くワイヤーの電撃が収まったのでミサイルで相殺しました。ワイヤーはビットで焼き切りましたわ」

「流石。電撃収まらなかったらどうしてたの」

「自爆覚悟で撃ってましたわ」

 

 あらワイルドだわこの子。

 

 そのあとは各々がグループを作ってISを飛ばしていた。

 練習機同士の模擬戦もあったが。なにより身になったのは専用機との戦闘だろう。

 

 打鉄やラファールとは違う第三世代兵装との戦いは今までとは違う刺激があり。班ごとにどうすれば突破できるかと論議が交わされながら模擬戦を行う姿は正に授業の理想系とも言えた。

 

 一番顕著に見えたのは一夏のところか。結局遠距離からバシバシ撃たれるというパターンを構築されて一夏も冷や汗をかいていた。

 SEが普段の半分からのスタートだったために無闇に零落白夜を使えなかったが。そこまで練度の高くない相手だったため月穿の射撃練習になったと本人は言っていた。

 

 あっという間に二時限分を使った授業は過ぎた。

 汗を軽く流してから他のアリーナに赴く女子や、カフェテリアでスイーツを食べに行く女子もいたが。今回は菖蒲という新しい要素が加わった為、授業終了と同時に自然と彼女に群がっていく。

 

「ねーねっ! 徳川さんのISの待機形態ってどんなの? 私ISの待機形態好きなのよー!」

「あ、私も見たいな」

「え、えーと。その、あまり見せびらかせられるような物では………」

「大丈夫大丈夫、どんな奇抜デザインだとしても引かないから」

「むしろギャップ萌え」

「で、では」

 

 IS学園女子の溢れて溢れるバイタリティを前に、菖蒲は首から下げた巾着袋を緩めて中身を取り出した。

 

「ぬおっ!?」

「そ、それはまさかぁっ!!」

 

 菖蒲の周りに居た女子がズザーと後退った。

 巾着袋から出されたそれは。黒光りする漆を下地に繊細な金の塗装が施され、真ん中には徳川の紋様である三つ葉葵が刻印された、日本のカルチャーに触れた物なら誰もが知るアレである。

 

「静まれ静まれい!」

「この紋所が目に入らぬか~!」

「ちょっ! お二方!?」

 

 ズイッとISスーツ姿の相川さんとのほほんさんが菖蒲の前に躍り出る。

 

「此方におわす方を何方と心得る」

「恐れ多くも徳川の末裔。徳川菖蒲様にあらせられるぞ~」

「一同、御令嬢の御前である!」

「頭が高~い! 控え居ろ~う」

「「はっ、ははーー!」」

「み、皆さんやめてくださーい!!」

 

 打ち合わせでもしたんじゃないかという程の再現っぷり。

 IS学園女子のノリの良さは世界一。国籍問わず菖蒲の前に整列して頭を垂れた。

 菖蒲は一連の原因である某時代劇のファイナルウェポン。徳川の印籠を模した打鉄・稲美都の待機形態を握りしめながら顔を真っ赤にしてオロオロしていた。

 

「ははっ」

「嬉しそうですわね」

 

 簡易劇場が繰り広げられてるのを見て思わず笑った俺にセシリアが横から顔を覗いてきた。

 

「そう見えた?」

「ええ、まるで親が子を見るような」

「そうだな。ベッドから離れられなかったあいつを見てばっかだったから尚更な。見ろよ、なんだかんだ言って楽しそうだろ」

 

 土下座から起き上がった女子に再びもみくちゃにされる菖蒲の顔は戸惑いながらも笑みが溢れていた。

 一組もそうだが、二組も比較的フレンドリーな人ばかりなので菖蒲はあっという間に打ち解けられた。

 

「す、すいません皆さん。疾風様の元に行っても宜しいでしょうか?」

「あ、ごめんねちょっと強引だった」

「いいよいいよ。早く彼氏のとこに行きな」

「か、彼氏じゃないですよーーー疾風様! ひゃっ!」

 

 パタパタと小走りしてくる菖蒲は俺の目の前で足をもつれて体を傾けた

 一歩前に出て受け止めてあげる。うわ軽い。

 

「おっとっ」

「あ、ありがとうございます」

「はいはい。健康になったと思ったらおっちょこちょいか? 少しは落ち着けよ」

「ご、ごめんなさい。あの、疾風様にお願いが」

「どした?」

「私、まだこの学園で知らないことが多いので。お時間があれば、校内を案内してくれますか?」

 

 んー、どうしよ。この後は別のアリーナでイーグルを飛ばそうと思ってたんだけど。こっから二時間も待たせるのは酷だよな。

 

「いいよ」

「本当ですか!? じゃあ急いでシャワーを浴びてきますね! 更衣室前で待ち合わせしましょう! ではまた後程!!」

「おう。あ、転ぶなよー」

 

 激走する菖蒲を追うように俺もシャワーを浴びに行く。

 

 その場で一人アリーナでたたずむセシリアは二人の姿が見えなくなった後、静かにアリーナを出ていった。

 

 

 



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第35話【純恋・矢の如し】

「今回はありがとうございます。急なお願いだったので断られると思ってました」

「いいよ。下手すりゃマジで迷うからなここは」

「そうですね。………」

「どうかした?」

「い、いえ。なんでも」

 

 目が合いそうになった瞬間顔を伏せる菖蒲。

 ポッと体温の上がった菖蒲の頬は夕方の光が隠してくれた。

 

「じゃあどっから行こうかな。なんかここってとこある?」

「あ、アリーナが見たいです」

「よし行くか」

「は、はい」

 

 端から見たら仲睦まじい雰囲気。そんな二人を遠くの物陰から見つめる者がいた。

 

 

 

 

「じーーーーー」

 

 英国代表候補生のセシリア・オルコットだった。

 今まで見たことないぐらい真剣、というより鬼気迫る表情で談笑している二人を見ている。

 その距離は教室3個分。セシリアの卓越したスナイピング技術からくる双眼鏡レベルの視力をフルに活用した尾行に、基本勘のいい疾風に気付かれずに済んでいる。

 

「じーーーー」

「なにしてんのセシリア」

「ひゃうっ」

 

 縦ロールが万歳するぐらいビックリするセシリア。

 後ろには不思議そうな顔をする鈴の姿が。鈴はセシリアの見てたであろう場所に顔を出す。

 

「なによ疾風と菖蒲じゃ、んっっ!」

「ん?」

「どした」

「いえ、なんでもありません。行きましょう」

 

 口を抑えられて角に引っ張り込まれる鈴。

 疾風は振り替えるも特に気にすることなく菖蒲を連れて歩き出す。

 

「ぷはっ。なにすん」

「しーー」

「………なにすんのよ」

「気付かれる訳にはいかないのです。大きな動きと声は控えてくださいませ」

「なに、尾行でもしてるの?」

「び、尾行ではありません。隠密的かつ監視的な後方警備です」

「尾行じゃん」

 

 反論の余地なぞなかった。

 

「丁度いい所に来ました。鈴さん、お付き合い下さいな」

「嫌よめんどくさい」

「あらあらそんなことをおっしゃいますの? レゾナンスで強引にわたくしを連れ回したのは何処の誰かしら」

「それはそれ、これはこれよ」

 

 便利な言葉である。

 自分に関心のあること(殆ど一夏関連)にはスポンジのようにギュンギュン吸収する鈴だが、逆に興味のない物に対してはガラスのように弾いていく。ある意味裏表のない、それが鈴という女だ。

 

「てかなんであたし誘うの」

「一人だと心細いのですよ」

「尾行なんて一人で良いでしょ」

「どの口が言いますの」

「うっさい。じゃ、あたしはスイーツでも食べてくるわ」

 

 セシリアの皮肉も何処吹く風。今も物陰から二人の様子を見るセシリアを置いてサッサとトンズラしようとする鈴。

 

「もしかしたら菖蒲さんは一夏さん目当てという可能性もありますわよね」

「はっ?」

 

 鈴の足が止まる。

 

「いやいや、どっちかというと菖蒲は」

「一夏さんは容姿に優れてますからね。もしかしたら同じ男性である疾風から情報を聞き出しているかもしれないですわね」

「………」

 

 そんなことはない。と言いきれなかった。

 一夏の女子人気は魔性の域といっても過言じゃない。それに気付いていないのは本人のみ。疾風と劇的な再開を果たした菖蒲だが、もしかしたらそれはフェイク、本当は虎視眈々と一夏との接点を作る為に……なーんてことも。

 

「可能性はゼロではありませんわよねー。まあ鈴さんはスイーツに夢中のようですし、大人しくわたくし一人で」

「やはり一夏か……いつ尾行する、あたしも同行する」

「凰鈴音」

 

 

 

 

 

 

 

 

「この学園は大小合わせて六つのアリーナがある。一ヶ所にこれだけのアリーナの数を持ってるのは此処しかないね」

「この第六アリーナはタワーと密接してるのですね」

「そこは高速機動実習が可能なとこ。この間、三年の整備科がロマンマシンと題してモンスターエンジン取り付けたラファールぶっ飛ばして地面にクレーターが出来た」

「ぶっとんでますね……」

 

 

 

「整備室。っていってもまだ一年生は整備授業1項目が終わってないから使えない。専用機持ちは自由に使っていいから菖蒲は大丈夫だな」

「そうなのですか」

「まあ何か困ってたら整備科の先輩に頼めばアドバイスくれるよ………油断してたら変な装備取り付けられるから注意な」

「つけられたことが?」

「コンクリート製の柱にブースター取りつけたような鈍器をイーグルのプラズマジェネレータに直結されかけた」

「整備科の人はどれも変人さんなのですか?」

「普通の人もいるよ。多分」

 

 

 

「ここは学生食堂。値段はリーズナブルで早くて上手い。多国籍だからか料理のレパートリーがエグい。菖蒲って好きなものなに?」

「天ぷらです。特に鯛の天ぷらがお気に入りで」

(おお、良い笑顔。でも、それって徳川家康死亡説のやつでは………)

 

 

 

「ここは大浴場。俺達男が入ったから時間割りが急遽汲み取られた。結構いい湯らしい」

「らしい、とは?」

「俺実は入ったことないんだよね。シャワー派だから」

「それは勿体ないですね。大きいお風呂は良いものですよ」

「んーー、まあ機会があったら入ってみる、つもりではある。一夏曰く男湯は貸し切りのがらんどう同然だってさ」

(つ、つまり。私が入って疾風様の背中を洗うことも可能………………)

「菖蒲大丈夫? 顔真っ赤だけど」

「ふ、ふぇ!? な、なんでもございましぇん!」

 

 何を想像したのか菖蒲の顔から煙がシューと出た。

 もしかして体調不良かと慌てる疾風に菖蒲は大丈夫ですと言って誤魔化す。

 

 

 

 

 

「ねえ」

「なんですの?」

「さっきはよくわかんないノリでついてったけどさ」

「ノリノリだったじゃないですか」

 

 しばし押し黙る鈴。あの時はなんか波紋的な電波をツインテールがキャッチしてしまったのだ。

 フルフルと頭を振り、鈴はポツリ。

 

「………これ一夏の線ある?」

「………………」

 

 あれから広いIS学園を歩き続けているが一夏の話題が出た様子はない。

 それどころか話題に上がるのは疾風のことばかり。

 朝のハグ、それから今に至るまで。端から見たら分かりやすいぐらい疾風に対して好意的だ。

 徳川菖蒲は疾風のことを………

 

「まだ分からないでしょう。もしかしたら別れ際に言うかもしれませんし」

「そうかなー」

「それに彼女は他企業のスパイの可能性もあります。もしかしたら最近IS業界で騒がれてるテロリストの可能性も」

「あんたはあんたでなんでそこまで菖蒲を疑ってるのよ。まだ一日しか居ないけど。菖蒲は見た限り純粋で良い子ちゃんよ?」

「一夏さんが関わってないからそんなこと言えるんでしょう貴女は。と言うより、もう彼女を名前で呼んでるのですか? 随分仲がよろしいのですね」

「シンパシーを感じたのよ」

「シンパシー?」

「なんつーかね。似てる気がするのよ、あたしと菖蒲は」

「具体的にはどんな?」

「女の勘」

 

 なんともアバウトな返答にセシリアも眉を潜める。

 ふと笑い声が聞こえた、振り替えると疾風と菖蒲が顔を合わせて楽しそうに笑っていた。

 

「あたし降りるわ。一夏絡みじゃないなら付いてっても意味ないし。あんたも嫌われない程度にしときなさいよ」

 

 セシリアは黙って二人を見た。

 振り向いて鈴の方を向けば余計なことを口走ってしまいそう。そんな気がしたのだ。

 鈴も完全に興味を無くしたようだ。これ以上強いても意味はない。

 

「あ、念のため。念のためよ。菖蒲が一夏のこと話したら絶対にアタシに連絡しなさいよ? 絶対よ!?」

 

 セシリアは黙って二人を見た。

 

 

 

 

 

 あれから30分以上。

 疾風の学園案内は特に問題なく進んでいた。

 雑談を挟みながらIS学園を歩いていく二人は仲の良い友達に見えた。しかし時折菖蒲が見せる少女の顔にセシリアは見逃さなかった。

 

 セシリアの戸惑いの種は菖蒲だけではなかった。

 疾風が放課後のIS搭乗を蹴った。

 それは彼の病的に匹敵するISに対する執着を知るセシリアにとって何よりも信じられないことだった。

 いつも放課後は一目散にアリーナに赴く程ISにのめり込んでる疾風がISより菖蒲の頼みを優先した。

 アリーナの終了時間の後に案内をしても門限までには間に合う。それなのに。

 

 

「これぐらいだな。なんか分かんなかったとこある?」

「いえ、とても分かりやすかったです。今日はありがとうございました」

「いんや、色々話せて俺も楽しかったから」

 

 どうやら終わったようだ。

 このままどちらかの部屋に行くのか、それとも………

 

「では疾風様。また明日お会いしましょう」

「ん、また明日」

 

 特になんのアクションもなく疾風は彼女から離れていった。

 何かを渡した素振りも、後をつけるよう様子もない。

 と思ったら彼女はセシリアに向けて歩きだしてきた。

 

「ま、まずっ」

「誰かいらっしゃるのでしょうか?」

「………」

「よければ少しお話しませんか?」

 

 話す、何を話すというのか。

 分かりきっている、恐らく彼のことだろう。

 まだ彼女に姿を見せていない、このまま逃げることも可能だが。セシリアの貴族魂がそれを許さない。

 それに、セシリアも彼女に聞きたいことがあった。

 

「やはりオルコット様だったのですね」

「いつから気付いていましたの?」

「見えたのが金のお髪だけでしたので、オルコット様という確証はありませんでした。ですが複数ではなく個人なら、オルコット様という可能性が高かった」

「金髪ならシャルロットさんという可能性もあったのでは?」

「いえ、疾風様と関わりが一番深いのがオルコット様だと知っていましたから」

「疾風から聞きましたの?」

「はい、病院に居たときに何度も」

 

 柔らかく笑う彼女を前に、セシリアの表情は固かった。

 何処までも友好的で、害意も敵意もない。しかし何処か挑戦的な彼女にセシリアは苦手な印象を持っていた。

 

「IS以外だとほとんど貴女との話題でした。少し、いえ、かなり嫉妬してしまいました」

(嫉妬。何に対して?)

 

 喉元まで出掛けてる答えを押さえつけてセシリアは心中で問いを出した。

 

「オルコット様」

「はい」

「私に聞きたいことがあるのではないですか?」

「何故そうお思いに?」

「授業中、模擬戦をした後も私を見ていましたよね?」

 

 沈黙は肯定。それを分かっていても、菖蒲が聞いてきたことにセシリアは答えられなかった。

 だがこれはセシリアにとっても悪くはなかった、相手から聞く機会を貰えたのは正しく好機だった。

 

「昼休みのことです」

「はい」

「貴女は自分は疾風の許嫁だとうそぶきました。皆が冗談だったのかと笑うなか、貴女は小さく呟きました」

「え?」

 

 一時の静寂、夕焼けに照らされる2人の美少女はとても絵になっていた。

 セシリアは言うか一瞬迷った。だがこのモヤモヤを抱えるのはセシリアにとって正しく苦痛そのものだった。

 

「『私は別に冗談じゃなくてもいいのに(・・・・・・・・・・・・・・・・)』とは、どういう意味ですか?」

「っ!」

 

 菖蒲の笑顔が崩れた。

 

「き、聞かれていたので?」

「はい」

「あう、まさか聞かれていたとは」

「菖蒲さん?」

「あの、この事は他の人には?」

「知る限りわたくしだけかと」

「そうですか。うぅ、お恥ずかしい」

 

 菖蒲の色白の肌が朱に染まった。熱くなった頬を手で抑えて俯いて悶えてしまった。

 セシリアも彼女の純な反応にどうしていいか分からなかった。

 

 もっと打算的な女かと思ったのだが。それはセシリアの思い違いだったのだろうか。

 

「あの、やはり貴女は」

「はい。私は疾風様をお慕いしております」

 

 一拍置いて、菖蒲はセシリアの目を真っ直ぐ見据えて答えた。

 頬を赤くしたまま、だが瞳は揺るぎない光を宿していた。

 

 対してセシリアはそこまで驚かなかった。

 出会い頭で抱きつき、時々疾風に向ける熱のこもった視線、そして今問いただしたこと。

 それを考えれば疾風に好意を向けていると至るには容易かった。

 

「私、表向きでは試作パッケージの試験運用を目的にこの学園に来たことになっていますが。本当は違うんです」

「違う? ですが貴女は授業で」

「半分は本当です。でも、本当の目的は疾風様です。疾風様にお会いしたいが為に日本代表候補生の座を勝ち取り、使える手を使い尽くしてこのIS学園に来ました」

「貴女そこまで」

「不真面目な動機だと笑いますか? でも私は本気です。それを恥とは微塵も思いません」

 

 彼女は笑みを浮かべながらも、その目は真剣そのものだった。

 

 分かっていたことだ。疾風もこの学園に2人しかいない男のうちの一人。

 彼のことを男性IS操縦者やレーデルハイト工業社長の息子という俗物的な思いなしで好意を向ける女の子が出てもなんら可笑しいことではない。

 なのに。

 

(どうしてこんなに胸が痛むの?)

 

 セシリアは疾風に恋人が出来ることが嫌ということはなかった。

 むしろ目の前の徳川菖蒲という女性は疾風のIS好きを理解している。

 まだ会ってから半日も立っていないが。菖蒲は恐らく純粋に疾風の事を想っている。ようにセシリアの目にはそう見えた。

 

 今までの面子とは違う反応を前に、セシリアは先程鈴が言っていたことを思い出した。

 

『まだ一日しか居ないけど。菖蒲は見た限り純粋で良い子ちゃんよ』

 

 鈴がシンパシーを感じたという意味がようやく分かった。想い人を追うために代表候補生となってこの学園に来た。まったく同じ動機。

 疑問がわかった。それなのにセシリアの胸のモヤモヤはトゲを増すばかりで、セシリアの内をチクチクと刺していた。

 

「だから、貴女には負けません」

「え?」

「貴女も疾風様を想っていますよね?」

「はっ!?」

 

 突然矢のように放たれた宣戦布告を受け止めることは出来ずに避けるセシリア。

 今彼女はなんと言ったのかと、セシリアは自分の耳を疑った。

 

「あの徳川さん、今なんと?」

「オルコット様も疾風様のこと好きですよね?」

「ええっ!?」

 

 聞き間違いではなかったことにセシリアはまたも驚愕した。

 

「徳川さん、貴女は勘違いをしていますわ。わたくしは別に疾風に好意などこれっぽっちもありませんわ」

「嘘です。では何故そんな辛そうな顔をしているのですか? 私が疾風様をお慕いしていると言った時から、貴女の顔に陰りが見えます」

「辛そうって。そんな顔していません」

 

 そう、セシリアはそんな顔などしていない。するはずなどない。

 なのに窓ガラスに写る自分の顔を見るのがとても億劫だった。

 

「そうですか。では私の思い違いでしたね」

「ええ、その通りです。ではわたくしはこれで」

 

 チクチクと痛む胸を抱えながら、足早に菖蒲の横を通りすぎた。

 セシリアは今すぐ離れたかった。

 これ以上話をしていたら自分の中の何かが壊れそうで。

 

「では、私が疾風様とお付き合いしても構いませんね?」

「っ!?」

 

 バッと後ろを振り向いた。

 菖蒲は手を前にして、射抜くような視線をセシリアに向けていた。

 

「オルコット様、いえセシリア様。私は疾風様が好きです、お慕いしています。この気持ちは、誰にも負けるつもりはございません」

「………」

「勝手に喋って申し訳ございません。ですが私は本気です。では、失礼致します」

 

 礼儀正しくお辞儀をした菖蒲はセシリアに背を向けて歩きだした。

 その力強くも美しい佇まいに、セシリアは目を離せなかった。

 菖蒲の姿が見えなくなると、急に全身の力が抜けた。

 セシリアはそのまま壁に寄りかかる。普段の彼女は決して壁に寄りかかることなどしない。

 だから今周りに人がいなくて良かった、などと考える余裕は今のセシリアにはなかった。

 

 胸の痛みが酷くなる。

 何故か分からない。もしかしたら分かってるかもしれない。否、やはり分からない。

 グルグルと回る思考と共に胸は痛みを増すばかり。

 

 両親と死別してオルコット家の存続問題に忙しかった時より痛みは深かった。

 

 こんな感覚は知らない。セシリアは正体不明の痛みを抱えたまま、自分の部屋に戻った。

 その痛みの正体はいくら考えても、答えが出ることはなかった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「んーー」

 

 菖蒲と別れた後、なんとなく校内をブラブラしていた。

 ISを動かそうと考えていたが、アリーナの使用時間まであと少ししかない。

 かといって戻ってもやることなどないし。

 

 しかしなんでセシリアは俺をつけてきたんだろうな。

 菖蒲が何かを察してから後方に目を向けていたら、窓ガラス越しにあいつの顔が見えたのだ。

 

「………ん?」

「ハロー」

 

 何時から居たのか。壁に寄りかかった女の子がこちらにヒラヒラと手を振っていた。

 水色の髪にルビーの目、手には扇子を持ち何処かミステリアスな雰囲気を漂わす彼女を、俺は知っていた。

 

「お久しぶりです。更識ロシア国家代表」

「ええ、疾風君も元気そうね♪」

 

 更識楯無。現ロシア国家代表にして、最年少で国家代表の座についた若手のホープ。

 噂によると前国家代表をぶちのめして手に入れたというのを小耳に挟んだが。

 

「ところで何かご用でしょうか?」

「あら、用がなかったら会っちゃいけないなんて。お姉さん寂しい、グスン」

「さ、更識さん?」

「あたし、結構会えるの楽しみにしてたのにこんな塩対応だなんて、あんまりだわ。う~~~」

 

 えっ、ちょガチ泣き!? 

 あっという間にボロボロと大粒の涙を流す更識さん。

 脈略もない急展開に、大丈夫かと駆け寄った。その時。

 

「なーんちゃって」

「え? んっ!?」

 

 カンっ! 

 更識さんの扇子が俺の喉元にあった。

 

「隙だらけ。ということはなかったかな?」

「うくっ」

 

 更識さんの扇子は俺の喉元、その少し先のヘックス状の障壁に阻まれていた。

 直ぐ様距離をとって臨戦態勢を取った。

 

「とっさにシールドバリアを展開するなんて。やるじゃない」

「嘘泣きとはなんとも姑息な手を取りますね」

「あら。女の涙は女に許された最強の武器よ?」

 

 軽口を叩きながらも、目の前の動きを注視する。

 いつでもイーグルを展開出来るようにイメージを固めた。俺の体にはパチリとプラズマの線が見え隠れしている。

 

「あらら。警戒させちゃったかしら?」

「行きなり扇子で喉に突きつけられたら誰だって警戒するでしょう」

「それもそうね。ごめーんちゃい」

「謝る気がねぇ!」

 

 ほんと最初もそうだったけど掴み所がわからない人だなこの人は。

 てかあの大粒の涙ボロッボロ出てたのに嘘泣きって。何処に目薬仕込んでたんだろ。

 当の本人は扇子で口許を隠しながらコロコロ笑っている。

 

「アハハ、とりあえず驚かせてごめんね? 一夏君はあっさりと目隠し出来たから、貴方はどうなのか気になっちゃって」

「一夏を目隠し?」

 

 あれ、どっかで聞いて………

 

 

 

『いきなり知らない女の子に目隠しされて、それで………遅くなりました』

『ほう、初対面の女子と楽しく会話して遅くなったと』

『そんな楽しくなんて話してませんよ!?』

 

 

 

「貴女だったんですね? 一夏が遅刻した原因は」

「うふっ。私の美貌に天下の一夏君も見惚れちゃってね」

 

 バッとトレードマークの扇子を広げる。書いてあるのは『美しさは罪』。

 

「そのせいでうちの一夏君、蜂の巣にされたんですよ」

「いやん、そんな怒らないで。どっちにしろ私が仕掛ける仕掛けないにしろ遅刻確定だったんだし」

 

 そういう問題じゃないだろうなぁ。

 てかそれならこの人も遅刻したんじゃないか?

 

「あの、それで本当になんの用です? 俺の反応の良さを確かめに来ただけですか?」

「勿論違うわよ。これ以上伸ばしちゃったら流石にだれちゃうし、本題に移りましょうか」

 

 本題。セシリアより上の位置にある国家代表とも言える人が俺になんのようだろうか。

 

 俺のISの情報? それとも俺の身柄目当てか。

 でもそれだったら何故ISを展開しない?

 

 先程の喉突きは恐らく手加減していただろう。

 更識楯無は専用機を持っている。もし俺を本気で捕らえるつもりだったなら、かろうじてシールドを部分展開するだけで精一杯だった俺などひとたまりもなかった筈だ。

 

 とすればいったいなんだ? 

 

 

「疾風・レーデルハイト君」

「はい」

「生徒会に入ってくれる?」

「はい………は?」

 

 

 

 ………………は? 

 



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第36話【生徒会長・更識楯無】

 捻りのないタイトルっすね(自虐)


 徳川菖浦が1年2組に転校した日の翌日。延期されていた全校集会が行われた。

 内容は勿論、今月中程にある学園祭についてである。

 

(しっかしまあ、これだけの女子が集まると)

 

 ザワザワとしている女子のなかにポツンと男子が一人。入学当初と同じぐらい居心地の悪さを感じている織斑一夏がそこにいた。

 

「疾風の奴。何処行ったんだ?」

 

 そう、同じクラスでもう一人の男性生徒である疾風が一夏の隣にいない。

 体育館に行く途中でサッと別れたのだ。

 

『俺は別件だから。また会おう』

 

 意味がわからない

 姉である千冬こと織斑先生が何も言わなかったということはサボりではないのだろうが。

 

「それでは、生徒会長から説明をさせて頂きます」

 

 静かに告げたのは生徒会役員の一人だろうか。その声でざわついた会場が一瞬で静まった。

 コツコツと靴の音が響き、生徒会長が壇上に上がった。

 

「やあ皆。おはよう」

「ふぁっ」

「どうしたの織斑君?」

「いや、なんでもないなんでもない」

 

 間違いなかった。あの時一夏に目隠しをした二年生だった。

 ふと一夏と目が合うと、生徒会長はニッコリ笑った。一夏はどういう顔をしていいかわからずに固まった。

 

「今年は色々立て込んでてちゃんとした挨拶がまだだったね。私の名前は更識楯無。君たち生徒の長よ。以後、よろしく」

 

 生徒会長の笑みは優しく、何処か蠱惑的だった。その肌を滑るような声は同姓でさえ魅了し、あちこちから熱っぽいため息が漏れた。

 

「さて、散々待たせたから単刀直入に切り込むわよ。今月の一大イベント学園祭。今回は一味も二味も違うわよ!」

 

 生徒会長が指を鳴らした。

それに合わせて、空間投影ディスプレイに一夏の写真がデカデカと映し出された。

 

「題して!『各部対抗織斑一夏争奪戦』!!」

「………え?」

「ええええええ~~っ!!!!!?」

 

 割れんばかりの叫び声に、ホールが冗談ではなく揺れた。

 一夏がぽかんとしていると一斉に一夏へと視線が集まってくる。

 

「コホン。学園祭では毎年各部活動ごとの催し物を出し、それに対して投票を行い、上位組に特別助成金が出る仕組みでした。しかし、今年は男二人のうちの一人である、現在部活に所属していない織斑一夏を! 一位の部活動に強制入部させましょう!!」

「素晴らしい、素晴らしいわ生徒会長!!」

「こ、これは。薄い本の流れに持っていける可能性も!?」

「やってやる! やぁぁぁってやるわっ!!」

 

(凄い熱狂ぶり………俺にそんなお得感ないと思うんだけどなぁ。女子の部活に男子いらないだろ………)

 

「ちょっと待ってください! 疾風様は何故対象ではないのでしょうか!」

 

 菖蒲が小さい背丈を目一杯伸ばして挙手する。

 確かに。もう一人の疾風だって部活に入ってない。男が理由だとすれば、疾風もいないとおかしい。

 

「んふふ。それについては本人に話して頂きましょう。じゃあ疾風君、後は宜しく」

「えっ?」

 

 生徒会長が少し後ろに下がると、ステージの陰から疾風が現れた。

 皆が状況を理解できないなか、疾風はマイクの前に立った。

 

「アッア、テステス。ンフンッ、どうも皆さんおはようございます。本日付で生徒会副会長として生徒会の一員になりました、疾風・レーデルハイトでございます。皆さん、これからどうぞ、宜しくお願い致します!」

「は!?」

「ええええぇぇっ!!?」

 

 また会おうってそういうことか。一夏はようやく彼の言葉の意味を理解した。

 先程の一番争奪戦と同じぐらいホール内に声が響き渡った

 

「さて、理由についてですが。私と織斑君が部活に入らないことに各方面から苦情が発生した為です。生徒会は何処かに入部させないと不味いと思いました。ですが勝手に組み込むことも、見逃すことも難しい。そこで今回このような展開に踏み出したということになります。なお、各部対抗争奪戦に私の名前が無いのは。生徒会に入ったことで、部活動に入ったという扱いになった為です」

 

 そんなのありか!と各方面からブーイングが鳴った。

 ここだけの話。疾風は一夏とは違った意味で人気だった。

 些細な事にも気付いて手助けしたり、IS関連ではその豊富な知識から頼れる存在となっている。

 

「えー、まあ変わりと言ってはなんですが。一位になった部活動には、織斑君の強制入部に加え、私も短期間だけ入部し、マネージャーを勤めさせて頂きます」

「よぉぉぉしっ!!」

「織斑君のみならずレーデルハイト君もゲット!?」

「負けられない! 負けられないわ!!」

「今日から直ぐに準備を始めるよ! 秋季大会? ほっとけそんなもん!!」

(秋季大会をそんなものあつかいするなよ………)

 

 部活にかけた青春を突き進んでいたであろう女子の破綻っぷりに一夏は心中でツッコミを入れた。

 

「あ、学園祭の準備も良いですが。各部は秋季大会も控えています。どちらも誠心誠意をもって取り組むように。何事もそつなくこなす、これが良き人、良き女性のあり方ですからね」

 

 女子が言ったことを聞いたか聞いていないかったかは分からないが、随所にちゃんとフォローを挟む所が、なんとも疾風らしい。

 一部熱暴走した生徒は一時的だが冷やされた。

 

「皆さん! 織斑一夏を手に入れるにはとにかく頑張るしかありません! ファイトです! 戦わなければ生き残れない!!」

「はい! 頑張ります! 頑張らせて頂きます!!」

「最高で一位! 最低でも一位よ!!」

「戦え! 戦えー!!」

 

 一度火がついた女子の群れは止まらない。

 そんなお祭り騒ぎななか、一夏の叫びなど誰にも届く筈はなかったのだった。

 

「ちょっと待って俺なんも知らないんだが!?」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 時を少し遡り、菖蒲と別れた後。夕日をバックに更識楯無がこう言った。

 

「生徒会に入りなさい」

「はい………は?」

 

 今なんと? 

 

「はいって言ったわね! よし行くわよ!」

「まてまてまてまて!」

「マテッマティッカ!」

「いやネタが古いなっ!」

 

 俺分かっちゃったけども! 

 俺ギリ生まれてないけども! 

 てかキリッとした顔で言うな! 無駄に! 

 

「ゴメンゴメン。でもちゃんと切り込んでくれたわね。ナイスツッコミ!」

「それはどーも。てか生徒会ですって? なんで更識国家代表が生徒会の勧誘なんかを?」

「それは私がこのIS学園の生徒会長だからよ」

「納得しました」

 

 今思うと直ぐに分かるような質問だったな。

 でも生徒会長か、国家代表だからこのIS学園としては妥当だろうけども。

 

「それで俺が生徒会? なんでですか?」

「貴方部活入ってないわよね」

「まあ、そうですね」

「IS学園の生徒は何かしらの部活に入らなければならないということは知ってる?」

 

 勿論知ってる。

 確か九月中旬までに入らなきゃならないんだよな。

 出来れば指摘されないままで居て欲しかったぁ。

 

「いつまでたっても男二人が部活に入らないって近辺や学園長からも苦情が来ててね。もし今月いっぱいまでに入らないと」

「入らないと?」

「こっちで強制的に決めさせて貰うことになるの」

「うぎゃー」

 

 それはマジで御免被る。

 強制的に飛ばされた先がもし運動部とかだったら毎日放課後部活動でISが動かせない可能性が大。

 1日に1ISを信条とする俺にとってもはや害悪以外に他ならない。やりたいやつだけやれって感じ。

 てかそれに対して一言言いたい。

 

「はい生徒会長」

「なんでしょう疾風君」

「何故このIS学園にはISに関連する部活動がないのでしょうか!」

 

 ISを扱うことを前提としたIS学園だというのにISを扱う部活が一つもない。最初は見逃したと思って10回ぐらい見返したが表記されてるのは普通の高校にあるような物ばかり。

 

「それはね、放課後練習に使う生徒に割り振られちゃってるからよ」

「部活動という名目で独占させる訳にはいかないと」

「正解」

「じゃあIS専用機活動部というのは」

「参加条件が厳しすぎるし現状と変わらないのでド却下」

 

 ド畜生! 

 1日ISを動かせない専用機持ちの辛さを主張しても無理という袋小路。

 IS好きに救いが無さすぎる。

 こうなったら後100機ぐらいコアを取り入れないとこの学園の部活動スルーは出来ないのでは? 

 

「だけどそんな心配は無用! 貴方が生徒会に入れば。貴方は部活に入った扱いになるのですっ !」

「生徒会って部活でしたっけ?」

「細かいことはいいの」

 

 とぅす。

 

「でも生徒会に入ったとしても放課後拘束されるのは変わらないのでは?」

「そんなことないわよ。部活と違ってそこまで時間かからないし。忙しい日もあるけど毎日じゃない。貴方が望むIS使用時間の確保も充分可能よ」

「な、なんと」

 

 それは願ってもいない好条件。どちらにせよ強いられるなら選ばない理由はない。

 だけど。素直に頷けない。

 だってね。

 

「その他ほかに内申書の功績アップ。IS学園の全商品の割引、施設のある程度の利用制限緩和。整備科が使っている整備室の利用可。これ以外にも色々あるわよ?」

 

 なんとも餌をぶら下げられてる感が否めないからよ。

 

「確かに魅力しかありませんけど。何故そこまで俺を? 男性IS操縦者だからですか?」

「それは第一ね。でも理由は他にもあるわよ。貴方は現一年生の専用機持ちの中でも抜きん出た能力を持っている。銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)との戦い、戦術的構築力は目を見張る物があったわ」

 

 福音のことを知っているのか。ということはロシアはそれを知っているのか? 

 いや、この人が福音の情報を知る程の学園関係者なら漏らしたというリスクはしないか? 

 

「でもまだ拙いわ」

「拙い?」

「貴方は自身が最大級に危機的状況に陥ったときに冷静になりきれない気質がある。例えば、イギリスで妹さんの誘拐事件に出くわした時とかね」

「っ!!」

 

 思ってもいない話題を振られて自分でも分かるぐらい動揺した。表情を固めて表に出さないように努力するが、恐らくこれもバレている。

 

「何のことでしょうか。俺にはさっぱり」

「貴方を襲ったISのナンバリングはハーシェルの物だったけど。首謀者は別にいるわ。ハーシェルの若社長ははめられただけよ」

「なんだって?」

 

 この人、何処まで知ってるんだ? 

 てかあのボンボン利用されただけ?

 ザッマァ。

 

 当の本人は笑みを崩さずに俺の目を見ていた。

 俺にとって彼女の認識がロシア国家代表から得体の知れない学園生徒会長に変わっていく。

 信頼して良いものか。だけど此処で断って適当な部活に入らされてISの時間を確保出来ないのは俺にとって本末転倒。

 

「悩んでるなら仮入部扱いで良いわよ」

「………」

「でも貴方は必ず自分から生徒会に残留することを選ぶ。貴方にとって生徒会は必ずメリットになるわ」

「今出した条件以上に?」

「ええ」

 

 更識楯無の目の色が変わった。

 なんというか。姉が弟を見るような、そんな優しい目だった。

 

「わかりました。では一応仮ってことで」

「決まりね。じゃあ早速行くわよ生徒会室に!」

「え、今から!?」

「もち! 貴方には明日の全校集会でスピーチをしてもらうんだから!」

「なにそれ聞いてない!」

「今言ったもん♪」

「なんともっ!!」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「というわけで生徒会副会長になりました、マル」

「そんなあっさりと」

「せっかく弓道部にスカウトしようと思ったのですが」

「ごめん菖蒲。普通に断ってたわ」

「ガーーン」

 

 昼休みの食堂で俺はいつものメンツに案の定問い詰められていた。

 

「ねえ、もしかして一夏にも声かかるんじゃないでしょうね」

「かかるだろうな確実に」

「絶対入んじゃないわよ一夏!」

「鈴、今はそれよりも争奪戦のことだろう」

 

 ラウラの冷静な指摘に渦中の一夏はため息を吐いた。

 

「どういうことなんだよ疾風」

「知らん。てか俺マジで入ったばかりだし。あのスピーチも会長に『こうこうこういうこと喋ってね♪』って原稿完全なしでやらされたからな」

 

 即興で仕上げたスピーチ文でよーやったよ俺。 

 

「そもそもなんで一夏には直接声がかからない」

「確かに。昨日の段階で一夏と疾風を同時に引き込めば済む話だったろう」

「無理」

「どうして?」

「俺と一夏だと人気度が違う」

「ああ、疾風の方が人気だもんな」

「お前ほんと頭パッパラパーだな。織斑先生と脳味噌入れ換えてこい」

「そんな千冬さんなんか見たくないわよ」

「どういう意味だよ鈴」

 

 そういう意味だよ一夏。

 

「一夏を強制的に生徒会に入れちまったら確実に苦情を越えた物が生徒会に殺到する。何故なら俺より一夏が入部してほしいという意見が圧倒的に多いから」

「全校集会から思ってたけど、俺にそこまでメリットないと思うんだが」

「別にお前に特別何かしてほしい訳じゃないよ。入ってもらうのが目的だし」

「お荷物でも?」

「お荷物でも」

 

 お荷物=映えスポットだけどな。

 

「とりあえず一夏、色々覚悟しておけ。あの人は曲者過ぎる」

「今までで一番逃げ出したい気分なんだが」

「逃げれるといいね」

「無理そう」

 

 一夏は得体の知れない物を感じながら昼食のハンバーガーにかぶりついた。

 

「………」

「なんか沈んでるセシリア?」

「え、そんなことはないですわ!」

「あそう」

 

 バクバクと優雅さが少し無い食べ方をするセシリア。

 明らかになんかあったろうけど。聞くのは野暮?

 

「あの、疾風」

「ん?」

「その生徒会って自主制ですの?」

「いや、生徒会長が選ぶ決まりらしい」

「そうですか」

 

 さて、どうなるかね生徒会ライフ。

 俺そういうお堅いのは苦手なんだけど。あの生徒会長だから大丈夫かな?それはそれで不安要素ありありだけど。

 

「も、もしも一夏が生徒会に入るなら私も入るぞ!」

「え?」

「なにぬけがけしてんのよ!アタシが入る方が有意義でしょ!」

「寝ぼけたことを言うな。ここは部隊長である私が」

「あ、ズルい!僕も一夏と一緒に生徒会やりたい」

「いやまだ入ると決まった訳じゃないから」

「でも生徒会長スゲー自信たっぷりだったな」

「一夏!!」

「俺なんも、悪くないぞ!」

 

 いつもどおりギャーワー展開になる一同。

 その横でステーキ定食をモクモクと食べる俺。ハハッ、慣れって怖いなー。

 

「疾風様、揚げ出し豆腐食べますか?美味しいですよ」

「おっ、貰う。じゃあステーキ一切れ食べて良いよ」

「ありがとうございます!」

 

 思わぬ施しに菖蒲の瞳が輝いた。

 そんな菖蒲を横目に見ながらセシリアはヘルシーサラダを口に運んだ。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 場所変わって教室にて放課後の特別HR。今はクラスの出し物を決めるため、わいのわいのと盛り上がっていた。

 

 このクラスの出し物でも、一位には金一封が送られることがあってか。クラスの熱気も凄まじいことになっている。

 

「えーとっ………」

「………」

 

 クラス代表として一夏が、その補佐として俺が意見を纏めるために電子ボードの前に立っているのだが………

 

【織斑一夏と疾風・レーデルハイトのホストクラブ】

【(同上)とのツイスター】

【(同上)とポッキーゲーム】

【(同上)と王様ゲーム】

 

 世も末だよ。

 

「却下」

「ええええー!!」

「当たり前だ! こんなの誰が嬉しいんだ!」

「私は嬉しいわね、断言する!」

「男子両名は女子を喜ばせる義務を全うせよ!」

「織斑一夏と疾風・レーデルハイトは共有財産である!!」

 

 そーだそーだ! とクラス全員からヤジが飛び交う。

 完全に物扱いである。世紀末だよここ。

 

「や、山田先生、ダメですよね? こういうおかしな企画は!」

「え、私に振るんですか? え、えーっと………わ、私はポッキーなんかが良いと思いますよ」

 

 副担任(20)もこの始末。ポッと染めるんじゃないよ頬を。

 因みに頼みのストッパーは早々にトンズラを決め込んだ。結果無法地帯である、ハハッ楽しいねっ! 

 

「疾風、なんとかしてくれ」

「なさけないぞークラス代表。さばいてみせろー。お前ならそれができるはずだー」

「圧倒的に棒読みだな! 副担任まで敵に回った俺にどうしろと!?」

「独裁政治引け」

「箒辺りに殺されるわ!」

「どういう意味だ一夏!」

 

 カオス、正しくカオス。

 この惨状を打開するのは我らが救世主ワンサマー………は残念ながらいないな。

 パンパンと手を叩いて皆を静まらせる。

 

「はい一旦整理しよう。まあ校内で二人しかいない男性を有効活用するのは良い案ではあるよな。だけどさ。これ、俺と一夏にリソースつぎ込み過ぎだろ」

「どういうこと?」

「俺と一夏。いつ学園祭回れるの?」

「あっ………」

 

 突きつけられた結果に一同は口を開けたまま動かなくなった。

 

「一夏と俺目当てじゃない客もいるだろうから、そこら辺からは投票こないんじゃね」

「んごぉ」

「ぶっちゃけ。俺と一夏倒れるし。生徒会も流石に認めてくれないと思うよ」

 

 嘘である。

 ぶっちゃけこの案持ってきたらあの生徒会長のことだ。笑いながら採用するだろう。多分。

 

 一先ず軽く論破した後に電子ボードを真っ白にして反撃の糸口を潰した。ブーイングが飛ぶかと思ったが。以外にも反応はなかった。

 

「あ、ありがとう疾風。とにかくもっと普通な意見をだな!」

「メイド喫茶はどうだ?」

 

 そう言ってきたのはラウラだった。

 普段色事関連には皆無なラウラの発言に、クラスの皆もぽかんとしている。

 

「客受けもいいだろう。飲食店は経費の回収も行える。外部から客も来るなら、休憩所としても使えるはずだ」

「いいんじゃないかな? 一夏と疾風には執事で出てくれたらそっち方面の客も来るよね」

 

 ラウラとシャルロットのダブルショットが見事一組女子全員にヒットする。

 

「織斑君とレーデルハイト君の執事! いい!!」

「メイド服はどうする? 私、演劇部衣装係だから縫えるけど」

「クラス全員分、いけそう? 良かったら裁縫部も手を貸そうか?」

 

 確かに、服を一から縫うのって大変だ。ましてや接客担当全員分のサイズを用意しなければならないからあるから尚更だ。

 

「メイド服ならツテがある。後でかけあってみよう」

「それでは、このメイド・執事喫茶。もとい、ご奉仕喫茶で可決ということで、宜しいでしょうか?」

「賛成!」

 

 満場一致により、一年一組の出し物は【ご奉仕喫茶】となった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「「失礼致しました」」

 

 織斑先生に報告完了。職員室を出て。ドアの閉まる音を聴いて、一夏はふぅっと息を吐いた。

 

「お疲れクラス代表」

「おう。なあ疾風」

「申請書作成頑張れよ」

「先回りで潰さないでくれよ」

 

 学園祭、うちの奉仕喫茶で必要な機材と食料の申請書をクラス代表が作成する。

 一夏はそういうデータを纏める作業が大の苦手なのだ。

 

「しかしさ、織斑先生があんな笑ってたの初めてみたよ」

「俺も久しぶりに見た」

 

 ご奉仕喫茶の立案がラウラだと知ると、織斑先生は声を上げて笑ったのだ。周りの先生もUMAを見るような目で大口開けて笑う織斑先生に目をとられた程だ。

 

「てかなんで疾風も来たんだ? 報告なら俺一人でも良かったのに」

「仕事」

「なんの?」

「生徒会のよ」

「え?」

 

 またもいつの間に居たのか。

 職員室のすぐ横。学園祭騒動の元凶である生徒会長、更識楯無が扇子を広げてこちらを見ていた。

 見た瞬間一夏は俺の後ろに隠れるようにひっそり移動した。おい盾にすんな。

 

「ん? 一夏君、どうして警戒するのかな?」

「いや会長、自分がしたことを振り返ってくださいよ」

「アハッ☆」

 

 無邪気に笑う彼女を見て一夏は反論する気を失った。

 

「疾風君には一夏君を生徒会室に呼んで貰うよう頼んだのよ」

「なのに何故来たんです?」

「気分よ」

 

 それなら仕方ないですね。

 

 生徒会長につられるまま俺と一夏は生徒会室に足を進めていく。

 抜け出せそうにない、そんな無気力ながら何か言わないと気が済まない一夏は口から声を出す。

 

「あの。もしかして俺にも生徒会に入れって言うんですか?」

「んー、それが一番だけどね。今回は違うのよね」

「違うんですか?」

「ええ。今回は成り行きとはいえ君に迷惑をかけたじゃない? だからお詫びとして」

 

 腕を後ろにくんだままクルンとこちらを向いた楯無会長は変わらない笑顔を浮かべていた。

 

「一夏君のISのコーチをしてあげよっかなーって。どう、嬉しいでしょう?」

「いや、いいです」

 

 うわっ。こいつ国家代表からの直々のコーチングを秒で蹴りやがった。

 まあ朝のこと考えれば無理もないだろうけど。

 

「うーん、そう言わずに受けてほしいなー」

「なんでですか?」

「私が生徒会長だからよ」

「はい?」

「あら知らない? IS学園の生徒会長になるには条件があってね。それが………おっと珍客かしら?」

「え?」

 

 振り向いたその先には粉塵を巻き上げる勢いでこちらに突進してくる剣道着に身を包んだ女子が竹刀を上段に持って突進してきた。

 

「えっ?」

「2人とも脇によけてて」

「了解です」

 

 反応が遅れる一夏を押して壁にピッタリとついた。

 

「生徒会長覚悟ぉぉーー!!」

「迷いのない踏み込み。だけど迷い無さすぎじゃない?」

 

 会長は振り下ろされた竹刀を持つ手を掴み、そのまま後ろに投げ飛ばした。

 背中を打った副部長はそのまま気絶した。

 

「あ、合気道?」

「いいえ、パンクラチオンよ」

「パ、なんだって?」

 

 呆気に取られるのも束の間真横の窓ガラスが音を立てて割れた。

 

「ちょ!」

「なんだ!?」

 

 これには俺も驚きを隠せなかった。

 もしかしたらテロリストの襲撃かと思って身構えたが、会長は変わらず涼しい笑み。

 

「あら、随分粗っぽい。借りるわよ斎藤副部長」

 

 延びている剣道部員の竹刀を蹴りあげてそのまま隣の校舎からこちらを狙う弓道部員に投擲。

 スコーンと面白いぐらい額にヒットして弓道女子は沈んだ。

 

 バン! と今度は目の前の掃除道具ロッカーからボクシンググローブとヘッドをつけた三人目の刺客が飛び出した。

 と思ったら後ろからキックボクシング部員、右の通路から空手部員女子が立て続けに会長に襲いかかってきた。

 

「更識楯無ィィぃ!!」

「我らの春の為に!」

「ここで死ねぇぇえ!!」

 

 殺気を隠すことなく肉体凶器と化した部員が会長に殺到する。

 流石に危ないと一夏は飛び出そうとした。

 

「一夏君」

「はいっ?」

「生徒会長の条件。それは即ち全ての生徒の長たる存在は」

 

 会長に延びる拳、脚、掌は空を切り。

 気づけば鈍い痛みと共にその意識を刈り取られていた三者は音を立てて地に倒れ付した。

 

「最強で、あれ」

「お」

「おーー」

 

 会長に奇襲をかけた五人の刺客を次々と沈黙させたその姿に。一夏はただ呆然と、俺は思わず拍手をしてしまった。

 

「あ、あの。これは一体どういう状況なんですか?」

「うん? 見ての通りだよ? か弱い私は常に危険にさらされているの。だから騎士の一人や二人は欲しいなーって」

「「さっき自分で最強だと言ったばかりじゃないですか」」

「ハモりで言われちゃイヤン」

 

 会長はポンポンと埃をはたき。少し乱れた制服を整える。

 先程乱闘したとは思えない爽やかな笑顔はなおも健在だった。

 

「まあそんなこんなで、生徒会長は学園の頂点。常に最強である生徒会長は何時でも襲ってオッケー。見事打ち倒したら生徒会長になれる、ということなの」

「どんな世紀末ですか」

「会長は覇王だった?」

「覇王は一夏君のお姉さんじゃない?」

 

 俺達は納得すると同時に謎の寒気が襲いかかってきた。

 ブルル………

 

「でも久しぶりだなー。こんなのは月に一回二回あるぐらいだったし、集団で徒党組むなんて初めてだわ。あ、疾風君。この人達脇に避けといて」

「りょーかいです。一夏手伝え」

「え、俺も?」

 

 延びている四人を空き教室に放り込み、ガラス片を片付けた。

 

「まあ仕方ないか。なにせ学園祭部活一位の景品が君になったんだから。ね、一夏君」

「は、はあ」

「あら自覚なし?」

「自覚っていうか。俺ってそんな賞品価値あります?」

 

 まだ言うのかお前は。

 俺が呆れてると会長は隠すことなくスパッと言ってくれた。

 

「あるわよ。こんなことになるぐらいに」

「いい加減に認めろよ。この人気者め」

「言葉にトゲがあるのは」

「気のせいじゃないぞ」

「なんでだぁ………」

 

 なんでだろうねぇ。ため息つきたいのこっちだっつの。

 

 そうこうしてるうちに目的地に到着。目の前には他とは違う立派な扉。といっても自動ドアではないので設備的にはこっちのほうがレトロだが。

 

「いつまでぼんやりしてるの」

「眠………夜………遅」

「しゃんとしなさい」

「らじゃー………」

 

 ドアから聞こえてきた声に一夏は何かに気づいた。

 

「ん? 今の気だるげな声は………」

「ああ、今中に居るんです?」

「ええ、そういえば貴方達は知っている顔よね」

「驚くぞ、一夏」

「え、それってどういう」

 

 重厚な見た目とは裏腹に軋みを感じず滑るように開く扉をあけると。

 

「ただいま」

「おかえりなさい会長」

 

 出迎えたのは如何にも仕事が出来ますという、眼鏡に三つ編みの三年生の女性と

 

「わー………おりむーとレーちんだぁ」

 

 対照的に仕事が出来なさそう、というよりやる気の問題ののほほんさん。

 

「え、なんでのほほんさんが?」

「あら、あだ名だなんて、仲いいのね」

「あー、いやその………本名知らないので」

「ええ~!? ひどい! ずっとあだ名で呼ぶからてっきり好きなんだと思ってた~………」

「すまんのほほんさん、俺も忘れかけてた」

「レーちんまで! 裏切り者~。末代まで祟ってやる~!」

「本音、嘘をつくのはやめなさい」

「バレた。わかったよーお姉ちゃん」

「お、お姉ちゃん?」

 

 うん、そういう反応になるよな。俺もそうだった。

 そういや俺が初めてここのIS乗る時に手伝ってくれて、のほほんさん呼び出しくらってたけど。生徒会役員としてだったのか?

 

「ええ。私は布仏虚。本音の姉よ」

「妹の本音でーす。むかーしから、うちら布仏家は代々更識家のお手伝いさんなんだよー」

「姉妹で生徒会ですか?」

「そうよ。生徒会長は最強でないといけないんだけど、他のメンバーは定員数になるまで好きに入れていいの。だから、私は幼馴染みの二人をね。あ、疾風君は私が直々にヘッドハンティングしたの」

 

 取れたてホヤホヤでございます。

 

「ってことはのほほんさんも生徒会なの?」

「あー、おりむー今仕事出来そうにないって思ったでしょ~」

「いやそんなことは」

「まあそうなんだけどね~」

「おいっ」

 

 一夏のツッコミもなんのそのとぐでーとするのほほんさんは今日も絶好調。こう見えて書記職なのだ。虚先輩は会計。

 

「さ、座って頂戴な。学園祭の事については、疾風君が説明した通りね」

「いい迷惑なんですけど」

「じゃあ今すぐ部活決めれる?」

「そ、それは」

 

 核心を突く質問に一夏は口をモゴモゴして黙った。

 会長と話してると行きなり出鼻くじいてくるんだよな。

 

「まあさっきも言った通り。交換条件としてこれから学園祭までの間まで私が特別に鍛えてあげましょう。ISも、生身もね」

「あの遠慮します。さっきも言いましたけど、コーチなら沢山居るので」

「ふーん」

 

 意味ありげに会長は一夏から俺に目線を移した。

 実際問題、一夏の特訓というのは以下の通り。

 

 箒は擬音オンパレード、鈴は直感型で投げ出し、ラウラは鬼スパルタ。シャルロットの教え方は普通に上手い。

 が、最大の問題としては各コーチの相性の悪さ。基本よっぽどの事がない限りマンツーマンにはなれない。

 

 片方が教えているともう片方が乱入し、一夏そっちのけでバトってしまい次第には一夏VSコーチ二機という変則マッチができあがる。

 一夏の特訓より一夏へのアピール合戦に発展、優先されてしまうのだ。

 

 何時も余裕綽々と笑みを浮かべる会長もこればかりは眉を潜めてしまった。

 因みに俺とセシリアが教えようとしてもラバーズ達から睨まれて終了。

 だから会長が自らコーチングするという事になった。

 実際国家代表に上り詰めた実力は正しく俺達ニューカマー組より経験は豊富だろう。

 

 会長は視線を一夏に戻した。

 

「じゃあ私のコーチは必要ないと?」

「ええ」

「でも君は弱いままだよね」

 

 あまりにもさらっと。当たり前のように言われた一夏はムッとする。

 

「それなりには弱くないつもりですが」

「ううん、弱いよ。無茶苦茶弱い。自分でも気づいてるんじゃない?」

「そんなこと」

「専用機持ちの中では間違いなくワースト一位だわ。少なくとも、誰かを守れる程強いとは思えないかな」

 

 ピン、と空気が張り詰めた。

 その時、隣に座る俺は一夏の顔を見るのを躊躇った。

 

「今なんて言ったんですか?」

「言葉通りの意味だけど?」

「俺には誰かを守る事が出来ないということですか?」

「ええ、良くて守られるのが関の山ね」

 

 一夏の琴線の上でアクロバティックダンスをした会長を前に。一夏はバン! と机を叩いて立ち上がった。

 

「じゃあ、勝負しましょう! 俺が負けたら従います! なんでもやってあげますよ! その代わり、俺が勝ったらさっきの言葉は撤回してください!」

「うん、いいよ」

 

 にこりと笑った会長の顔には『罠にかかった』と書かれていた。

 

 のほほんさんは拍手を、虚先輩は眼鏡を上げ、俺はあーあ、とタメ息を吐いた。

 

 だが当の一夏はボルテージが上がりすぎて、会長の掌に乗っていることに気付くことはなかった。

 

 

 

 




 現実を見つめるには事実を突きつけるのが特効薬なんだ。

 意外と原作ではこの地雷は触れられておりませぬ。
 正直、一夏はIS適正とISとその場の土壇場でなんとか生き残れてるイメージもありけり。
 再生能力なかったら確率的に福音で死んでますしね。


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第37話【破天荒で世紀末で生徒会長】

誤字報告、本当にありがとうございます。
本当に助かってます

これからも応援宜しくおねがいします。




「更識先輩」

「楯無でいいわよ。なに?」

「なんですかこれ」

「柔道着よ?」

「それは分かります」

 

 場所を移り変わり、一夏と楯無会長は畳道場で向かい合っていた。両者とも道着に着替えていた。何故か俺も。

 因みに布仏姉妹は別件があるので不在。

 

「ISじゃないんですか? てっきりアリーナに行くものだと」

「ISで戦ったら冗談抜きで私が勝っちゃうけどいいの?」

「……いくら先輩だからって大言壮語がすぎるんじゃないですか?」

「一夏、生徒会長はロシアの現国家代表だぞ」

 

 見ていられなくなり思わず口を挟んだ。

 当の一夏は案の定というか疑問符を頭に並べている。

 こいつは入学当初セシリアに「代表候補生ってなに?」と聞くほどISに関してだけ異常に疎い。セシリアは思わず一夏のことを猿と言ったらしい。

 ごめん一夏、それだけは同意しちまうわ。

 

「代表候補生じゃなくて代表。昔の織斑先生のロシア版だぞこの人は」

「………マジで?」

「マジ」

「やーね。私はまだルーキーよ、ルーキー」

 

 錆びたブリキ人形みたいに首を動かす一夏の前で威厳もなく笑う更識会長。

 噂によれば会長は現国家代表であったログナー・カリーニーチェをボコのボコにして代表の座をもぎ取った。というのは母さん談。

 

「さて、勝負の方法だけど、私を床に倒せたら君の勝ち、逆に君が続行不可能になったら私の勝ちね」

「あの、いくらなんでもハンデつけすぎじゃ」

「大丈夫。私が勝つもの」

「………」

 

 先程のカミングアウトで少しだけ頭が冷えた一夏だったが。こうもぼろ糞に言われては表情が険しくなるのは必然だった。

 

「遠慮しませんよ」

「何時でもどうぞ」

 

 先ずは出方を見ようと徐々に間合いを詰める一夏。対して会長はなんと無防備に棒立ちで一夏を待ち受けていた。

 怪訝な顔をしながら間合いを詰めた一夏は会長の腕を掴んだ。

 

 瞬間。

 

「え?」

「は?」

 

 一夏が宙に投げ出されていた。

 

「ぐへっ!」

「一夏大丈夫か!?」

「おう………」

「先ずは一回。さっ、まだ始まったばかりよ」

 

 

 

 

 

 

「ぐはっ!」

「これで5回、まだやる?」

「当たり前、です!」

「ほいっ」

「うわぁあ!」

 

 ドシンとまた一夏が床に叩き伏せられる。

 先程からこれの繰り返しである、一夏が掴んだ次の瞬間には一夏は床と一体になってしまっている。

 とてつもなく強い。この人には弱点がないのではないかと錯覚してしまうほど。

 

「はい、これで6回」

「まだまだ!!」

 

 一夏の気迫は充分、しかし何度も打ち付けられてるせいで疲労もたまってきているだろう。

 あ、またやられた。

 

「七回目。もう降参したら?」

「ゼーハー………これで、最後にします」

「ん、潔いのは良し!」

 

 再び相対する二人。

 ふと一夏の荒い呼吸が収まった。カッと目を開いた一夏は今まで見たことない何かを放っていた。

 

 楯無会長に走った。一夏は会長の腕を掴み、胸元に手を伸ばすもまた体制を崩される。またさっきと同じように床に投げ出されると、俺は思っていたが。

 今回の一夏は崩された体制を強引に踏みとどまって耐えた。そのままバネのように更識会長に肉薄した。

 

「でやああーーっ!!」

 

 型もなにもない直列猛進。

 一夏の手はついに会長の胸元を掴んだ! 

 

「いけっ!」

「おおおおっ!!」

 

 そのまま投げ飛ばすような勢いで体制を崩そうと腕を思いっきり振った。

 

「きゃん」

「「あっ」」

 

 勢い余って道着の前を思いっきり開いてしまい、楯無会長の形のよいバストとレースの下着が覗いてしまった。

 

「一夏君、エッチ」

「え、あの、その、これは!!」

 

 突如のラキスケに一夏は狼狽して数歩下がる。先程の怒りなどもはやそこにはなく、はっきり言って全身隙だらけの状態。

 

「お姉さんの下着姿は、高くつくわよ」

 

 タッと今度は楯無会長が一夏の懐に入り、一撃。一夏の体が浮いたあと、そのまま連撃を叩き込み、吹き飛ばした。

 

「ぐはっ!!」

 

 叩きつけられた一夏は一瞬身動きしたかと思うと、グッタリと床に身を投げだして動かなくなった。

 生まれて初めて三次元版空中コンボを見てしまった。

 

「おい大丈夫か一夏? おーい!」

「大丈夫よ、頭とか打ってないし。気絶しただけでしょう。っさ! 次は疾風君よ!」

 

 はだけた道着を直しながら、楯無会長は朗らかに俺を誘う。

 

「え、俺もですか。なんで?」

「んー? 単に私が戦いたいだけよ。それに、あの時のリベンジしたくないのかしら?」

 

 挑戦的な笑みを浮かべる会長。今の一夏の姿を見てからだと正直腰が引けるが。

 一夏を脇に寝かせておいて、俺は楯無会長の前に立った。

 

「会長」

「んー?」

「俺の強さってどんだけですか?」

「弱いよ、一夏君よりは強いけど」

「でしょうね」

「怒らないんだ?」

「まあ事実ですし」

「張り合いないわねー」

 

 いや挑発と分かってて乗りませんよ俺は。

 

「ところで疾風君は勝ったらなんか欲しいものとかある?」

「カフェテリアのゴージャススイーツスペシャルセットを」

「欲が無いように見えてガッツリ欲出してきたわね。嫌いじゃないわ」

 

 両者が畳の上で構えを取る。

 こうして見ると、やはり隙が見つからない。

 勝てるかなー。勝てるっていう絶対的ビジョンがどうしても不透明だ。

 とりあえず場に立った以上無様は見せられないということは理解してるので立ち向かうことにする。

 

 さて、先ずは。

 

 駆ける。そして正面から打つ、と思わせて重心をずらして打ち込む。この間は僅か一秒に満たないが彼女はそれを確実に止めた。

 そこから隙間を余すことなく五発叩き込む、これも止められる。

 

 足払い、から掌底、手刀、回し蹴り

 当たらない、止められ、いなされ、本当にその場に立っているのかと思うほどだ。まるで霞を殴っているみたいだ。

 

「ん、悪くないわ。じゃあ、次は」

 

 ドンっと少し離れていた距離が縮まり、自分の目の前に楯無会長が表れる。

 ノーモーション、無拍子とも言われる予備動作無しの歩法。右手には既に掌打が構えられ、俺にめり込まんとしていた。

 

 だけどそれはさっきの一夏のやつで見た。

 突き出された腕の袖を引き、道着を掴み、そのまま背負い投げに移行とする

 

「あら危ない」

 

 瞬間。あろうことか背負わされた状態で更識

 会長はくるりと体制を立て直し、背中に掌打を叩き込んだ

 

「くふっ!?」

 

 無様に仰向けに床にぶつかった。即座に体制を立て直して向き合うと………

 

「や♪」

「へっ、がっ!」

 

 二回のジャブ、そこからのストレートが腹に決まり吹き飛ばされた。

 床に投げ出される瞬間に受け身を取るも、腹を強く打ち込まれた事による吐き気がこみ上げ、口の中に酸味が感じられた。

 

「中々やるじゃない、動きの無駄を最小限に止め、一度見た動きを正確に対処して応戦する。うん、良いセンスね」

「ううっ………」

「だけど」

 

 ふらつく体のまま目の前の相手を見据える。相も変わらずニコニコと笑ったまま会長

 またも無拍子で間合いをつめる。

 

「そう何度も」

 

 掴みかかろうとする腕は空を切る、楯無会長はそこから俺を軸に右旋回し、死角となる右斜め後ろから脇腹に掌底を叩き込んだ。

 

「それじゃ、私には届かないわ」

「ぐっ!」

 

 先程の一夏とは違い、一撃一撃を確実に叩き込んでくる。並みの男なら今のでダウンしていただろう。

 鍛えてて良かったと思う反面、なまじ鍛えてるせいで楽に気絶出来ないなと思いながら彼女から離れる

 

 いやなんなのこの人めっちゃ強い。いつか戦ったハーシェルのボディガードなんて目じゃないんだけどどういうこと? 

 

「ん、インパクトの瞬間に体をよじったのね。入ったと思ったのになー」

 

 いや結構入ってますです。はい。

 

「けほっ。流石です。正直勝てる気がしませんよ」

「あら、もう降参? 簡単に諦める子は好きじゃないんだけどなー」

「いやまさか。せめて一矢報いますよ。そういうの得意なんで」

「そうねー。君はそういう子よね」

 

 構えを正して、深く息をする。

 これが本当の殺し合いだったら、あらゆる手を使って即座に逃げただろう。

 勝つ見込み無いのに激昂して向かうほど、俺は勇敢ではないし蛮勇でもないとは自負しているつもりだ。

 まあ自負してるだけであのブサ女にボッコボコにされちゃったけども、

 

「会長」

「なに?」

「もし俺が貴方を殺す為に襲いかかったとしたら殺れます?」

「貴方に殺られる程弱くはないと思ってるわ」

「そうですか」

 

 だったらここからは。

 

「容赦しませんから」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「え?」

 

 会長の笑みが崩れた。

 思わず声が漏れた。

 目を瞬いた。

 頭が疑問を感じた。

 

 突如疾風の纏う物が変わった。先程のは洗練された流れるようなものだったのに対し。今の疾風は溢れ出る黒い何かを制御していた蓋を取っ払ったような圧が感じられた。

 閉じられた彼の目が開かれ、楯無に向けられる。

 

 ほんの僅か。感覚として感じられるか感じられないかのような刹那の間、確かに一瞬、楯無の体が震えた。

 

「っ!」

 

 瞬きをした瞬間、楯無の目の前に疾風の姿があった。

 いや、それだけではない、先程のどす黒い気が極限まで抑えられ、気配遮断に似た状況を作り。幾重にも重ねられた条件によって行われた接近は楯無に一瞬の動揺を感じさせた。

 

 咄嗟に繰り出された拳を受け止める。

 防御した腕から風が吹き、全身から床にかけて衝撃が走った。

 

(なんて力!)

 

 疾風はそのまま半歩下がり跳躍、空中から踵落としを決めに来る。

 普段の楯無なら空中に飛んだ瞬間に叩き落としにかかるか、投げに行くかという選択肢があったのだが。

 先程の一撃で軽く体制を崩された為、その選択肢を選ぶことは出来ず。そのまま腕を交差して受け止める。

 重厚な衝撃が爪先まで走り、思わず奥歯を噛んだ。

 

 疾風は後方宙返りで距離を取り、手刀、正拳、抜き手、蹴り、足払いと連続で畳み掛けてくる。

 楯無は攻められながらも自信のペースを取り戻していく、不安定なまま挑んでも相手の搦め手でまた逆戻りしてしまうのを防ぐためだ。

 それを察知したのか否か、疾風はリズムを変えてこちらに踏み込み、更に攻めの姿勢に移行してきた。

 いなしていなして、気が付くと楯無は防戦一方の状態になっていた。

 

(この変わりようはなに!?)

 

 今までの疾風の攻撃は競技に乗っ取ったようなスポーツマンシップたる動きだった。

 だけど今の疾風は手段を選ばずに楯無の意識を刈り取るレベルのキレが出ていた。

 

「ははっ」

 

 漏れ出た笑い声。

 彼の口角が一瞬上がったように楯無は見え。眼鏡の奥にある瞳は獲物を捕らえて喰らう獣のようなギラついた獰猛さが移っていた

 

 道着を思いっきり捕まれた。

 楯無は冷や汗をかいた。

 

 体制を崩す疾風の手を払うも勢い余って道着がはだけ、ブラがあらわになる。

 胴着の中に内包されたきめ細やかな少女の魅力を放つ胸元。

 だが先程狼狽した一夏とは違い、疾風はそれに見向きもせずに楯無を地に伏せようと攻撃してくる。今の彼の目には楯無を倒すことしか考えていないのだ。

 

 いや、そんな生半可なものではない。一瞬でも気を抜いたら自身の命が刈り取られる。そんな非日常的な気迫が彼にあったのだ。

 

 楯無は正直侮っていた。そこら辺の手練れ並みと思っていたが。その認識は改めなければならない。まさかこれ程とはと楯無の胸中は感心から危機感に変わっていた。

 

「あっ!」

 

 大降りの攻撃をするかとおもえば小さく足を払われ、今日初めて、いや久方ぶりに楯無の体勢が崩れた。

 彼の圧が一際巨大になった。抜手の形を取った右腕が楯無を貫かんと迫ってくる。目の瞳には狂喜が宿っていた

 

(殺られるっ!)

 

 比喩でも冗談でもなく本気で感じた。これを受ければ殺される。久しく感じていなかった命の危機に、楯無の全細胞が一斉に対応する。

 

 倒れかけた足を踏みしめ、後ろにのけぞった体制のまま右足で思いっきり蹴りあげる。

 予想外だったのか、それは疾風の左肩にあたり、均衡が崩れた。

 

 蹴りあげた勢いで後転し、一気に間合いをつめる、腕と脚の間接に素早く掌底を打ち込み、麻痺したところに腹部に拳を打ち込む。

 

「ゴフッ」

 

 肺から放出された空気と共に唾液が飛び、疾風の目が見開く。

 追の間を空けずに疾風の顎に掌底打ち、足が地から離れた疾風の胴に楯無は全力の飛び回し蹴りを喰らわせて疾風を吹き飛ばした。

 

「があっ!」

 

 吹き飛ばされた疾風の身体は数度床を跳ねたあと、木製の壁に打ち付けられて床に落ちた。

 

「ふぅー………はっ! やっば!」

 

 余りの状況に楯無は完全に加減など忘れてぶちのめしてしまった。

 直ぐに彼の元に走って安否を確かめる。

 

「疾風君大丈夫!? しっかりして疾風君!」

「ぅ、うぅ………あ」

 

 辛うじて身動きをしてるのを確認すると、直ぐに彼の身体を確認した。

 幸い頭を打ったり、骨折をしている様子は無いとわかると、楯無はほっと胸を撫で下ろした。

 

 ふと、自分の道着がはだけている事に楯無は初めて気が付いた。

 

「お姉さん、結構魅力ある方だと思うんだけどなぁ。一夏君は良い反応してくれたけど………」

 

 せっせっと道着を治した。楯無は気絶している疾風の顔を見つめる。

 そこには年相応の寝顔があった。

 ふと、彼のトレードマークである眼鏡がないことに気づいた。

 辺りを見渡すと、少し離れたところに彼の眼鏡が転がっていた。どうやら地面を転がった時に外れたのだろう。

 

 眼鏡を取ってフレームが歪んでいないことを確認すると、彼の寝顔にそっとかけてあげた。

 

「はぁ、油断したわ。能ある鷹は爪を隠す、か。いや貴方の場合は鷲か」

 

 彼のISの名称を思い出してポツリと呟いた

 

 楯無から見た彼は一言で言うならISジャンキー。

 ISに関することは無邪気なまでに楽しみ、励み、空を飛ぶ。

 だが今回の疾風は今まで知っていた疾風・レーデルハイトとは違っていた。

 

 驚異的な瞬発力は見て分かったが、それ以上に勝利への執着心。まるで獣のようだった。

 

「一体何が貴方をここまで強くしたのかしら?」

 

 いつかISを動かす為に鍛えていたという情報を本音からは聞いていた。

 でも本当に? 

 本当にそれだけの理由でここまで強くなれたのだろうか。

 

「改めて調べ直そうかしらね」

 

 サラッと言った楯無が、倒れている一夏と疾風を見て、自分が大の男を運ばなければならないということに気づくまで、後10秒。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「………何処やねんここ」

 

 見渡す限り何もない漂白されたように真っ白な大地、そしてちぎれ雲が漂う蒼い空。

 そして。

 

「風つっよ!」

 

 思わず目も開けられない暴風の応酬。

 立つことがやっとなその現状に、俺はなんともいえない既視感を感じていた。

 

 あれ、俺前にもここに。 

 

「また来たのか」

「へぇ?」

 

 後ろを振り向くと。自分より頭一つ少ない空色カラーのメカクレボーイがそこにいた。

 

「まったく、そうホイホイと来られる場所ではないのだがな。まあ、お前の意思ではなくーーーのシンクロ率が問題か」

「な、なんだって?」

 

 一部ノイズが走ったような。

 てか君は………

 

「思い出す必要も気にかける必要もない。今はな」

「意味が分からないんだけど」

「気にするな」

「そう言われると余計に、ブフゥ!」

 

 さっきより更に勢いの増した風圧が顔の肉を震えさせた。

 これ台風でも来てんのか!? 

 

「しかし、来たというなら助言の一つぐらい噛ませてやるか。疾風・レーデルハイト」

(はい?)

「ブレーキなんかかける必要なんてない。そんなもの取っ払ってしまえ、邪魔なだけだ」

 

 耳を叩く暴風音の中でも、メカクレ君の声はやけにクリアに聞こえた。

 

「そら、もう帰れ。隣が五月蝿くてかまわんから何とかしろ」

「ぶふーー!!」

 

 フワッと体が浮いた、と思ったら、物凄い勢いで俺の体は宙を舞って吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

「うおっ」

 

 ガバッと起きると知らない天井。

 ………いや、保健室だなこれは。

 

 起き上がろうとしたら体のあちこちが痛い。なんでこんなに痛いんだっけ? 

 

「うわっ! ラウラ待て! はやまるな!」

「問答無用! 嫁の外敵は私が排除する!」

 

 なんだなんだ? 

 隣を見るとカーテンのシルエット越しに騒がしい雰囲気が。

 って、なんか衝突音聞こえたんだけど? 

 

「なにっ!? ぐっ………」

「はい、私の勝ち」

 

 なんかわからんが。会長が勝ったらしい。てかこの声ラウラか?

 

「一夏君、動ける?」

「今俺を押さえてる手をどけてくれたら」

「重畳。じゃあ行きましょうか、ラウラちゃんも一緒に」

「ラウラ、ちゃん?」

「どこにですか?」

「第三アリーナよ。ほら、善は急げよ!」

「「うおおっ!?」」

 

 保健室の自動ドアが開く音がして、保健室に静寂が戻った。

 あれ、俺もしかして放置? 

 ………まあいいや。体痛いし、なんかまだ眠い。

 

 ………スヤァ。

 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 ISアリーナの更衣室に隣接したシャワールームで少女二人は汗を流していた。

 曇りガラスのドアには二人の抜群のスタイルがシルエットとして写されていて、同姓でさえも魅了するような健康的な色気を放っていた。 

 

「はぁーー」

「大きいタメ息ですこと」

「吐きたくなるよ。いきなりあんな………」

 

 むくれるシャルロットにセシリアは嗜めるように言ってやる。

 二人でIS搭乗前にストレッチをしていると、生徒会長が一夏とラウラを連れてこう言ったのだ。

 

「私はこれから一夏君の専属コーチになったの。宜しくね」

 

 余りにも当たり前のようにサラッと言われて虚を突かれたシャルロットとラウラは当然何故そうなったのか一夏に問い詰めたのだが。

 

「すまん、勝負の結果なんだ。ごめん」

「負けたら言いなりになるって言うね」

 

 と半ば申し訳なさそうに話す一夏と嬉しそうに言う楯無に開いた口の塞がらない二人を差し置いてトントン拍子でことが進んで一夏の訓練が始まったのだ。

 

 一夏の射撃適正の低さとノウハウを理解するために楯無が提案したのはマニュアル射撃の基本技術である『シューター・フロー』の円状制御飛翔(サークル・ロンド)だった。

 

 そのあとセシリアとシャルロットがお手本を見せていたのだが、その最中に楯無が一夏にちょっかいを出してるのを見てシャルロットが体勢を崩してスターライトMKⅢのレーザーが直撃して墜落。

 そこからはラウラを加えて一夏に積めよってセシリアが場を納めようと宥めるという事態に発展。

 

「一夏さんって年上に弱いと再認識しましたわね」

「年上といっても一歳しか違うのにね」

 

 普段温厚なシャルロットもご立腹だった。

 他の女子と比べて比較的一夏の指導担当をリードしていた彼女のスタンスを横取りされたのだから。

 

「一夏も一夏だよ。売り言葉に買い言葉で後先考えないんだからさ」

「男の子ですからね。何を言われてそうなったのかは知りませんが。それでも国家代表のコーチというのは貴重過ぎる経験だと思いますわよ?」

「そうだけど。納得行かない!」

「ウフフ」

 

 シャワーから出た金髪美少女達は髪を乾かしにいく。セシリアが使うケアマネージメントの話題に盛り上がりながら。

 ふとセシリアはシャルロットが彼女の顔を覗き込んでいることに気付いた。

 

「どうかしましたシャルロットさん?」

「ねえセシリア」

「なんでしょう」

「なんかあった?」

「何故?」

「朝から元気なかったなって思って。その割にはISに乗ってる時は力が入ってたし」

 

 髪を梳かしていたセシリアの手が止まった。気づかれないように再び梳かし始めたがその動きはぎこちなかった。

 

「良かったら話してくれない? 誰かに話すだけでも、気持ちは楽になると思うよ?」

「………」

 

 今日で何人も心配された。それほどセシリアは表情に出ていたのかと自らの未熟を呪いたくなった。

 

 しばらくセシリアは黙りこんだ。

 辛抱強く待ってくれるシャルロットを前に、セシリアは話す決心をした。

 

「他の人には内密にお願いしますね?」

「うん、もちろん」

 

 

 

 

 

 

 

「そっか、菖蒲さんが………」

 

 コクリと頷くセシリアに、シャルロットは言葉を探しながら途切れ途切れに見繕った。

 

「その。疾風と菖蒲さんが、もし付き合うとしたらセシリアはどうする?」

「べ、別にわたくしには関係ありませんわ。疾風が誰と、つ、付き合おうと………」

「本当に?」

「………」

 

 何故か口から言葉が出なかった、首の方まで上がっているのに、まるで、それ以上出すことを脳が拒否しているかのように。

 

「セシリアは、菖浦さんからそれを聞いて、どう思ったの?」

「………分かりませんわ。自分が自分でないみたいになって。もう本当に訳が分かりませんわ」

 

 セシリアの切なげな表情に、シャルロットさんはうーんと眉を潜めて唸った

 

(これは、たぶん……うーん)

 

 シャルロットも今のセシリアの状態に見覚えがないわけではなかった

 だから思いきってシャルロットは聞いてみることにした。

 

「セシリアは疾風の事は嫌い?」

「そんなことはありませんわ、憎らしいこともありますが。彼は私にとって親友ですわ」

 

 それだけは間違いないと言うセシリアを見て、シャルロットは更に畳み掛けた。

 

「じゃあ、好き?」

「すっ!? ま、まあ友達としては」

「異性としては?」

「しゃ、シャルロットさん? 何を仰っているかわかりませんわ」

「本当に?」

「ほほほ本当ですわ」

「ふーん」

「シャルロットさん、この話は終わりにしましょう」

「え? セシリア?」

「それではまた明日。ごきげんよう」

「ちょ、ちょっと!?」

 

 呆然とするシャルロットを背後にセシリアは更衣室から消えた。

 閉まる自動ドアを背後にセシリアは何処としれなく歩きだした。

 思わずに逃げてしまった。自分の行動の無責任さにらしくなさ過ぎるとセシリアは自身を叱責する。

 

「別に好きとかではありませんわよ。ええそうです。わたくしは疾風のことなど、何とも思っていな………」

「あれ? セシリア?」

「ギャっ!?」

 

 疾風の声が聞こえた気がしたセシリアは飛び上がった。

 なんとも淑女にあるまじき声を発してしまったことを恥じながら。くるっと、声のした方向に向くと。

 

「ぎょっ!?」

「ど、どうされましたセシリア様」

「なんか変だぞ? マジで」

 

 また淑女にあるまじき声を発してしまった。

 目の前には制服を来ている疾風と、もはや制服とは言えないほどの魔改造、というより別物である着物を着た菖蒲がいたのだ。

 

(よりにもよって今会いたくない人ベスト1、2と遭遇してしまうとは)

 

 いや、それならまだいい。問題はここからだ。セシリアにとって看過出来ないのは二人の状態だった。

 

「何故お二人はそんな密着していますの!?」

「み、密着してるなんて。そんな………」

「な、なんで顔を赤らめますの菖浦さん!」

 

 赤くなる理由は分かるが、この状況についていけないセシリアは弱冠混乱状態に陥っていた。

 そう、二人はお互いの肩を抱き、隙間の無いほどに身体をくっつけていたのだ。

 チクっと、セシリア胸が痛んだが。それを必死に振り払った。

 

「ま、待てセシリア。なんか誤解してる」

「何が誤解ですの? 昨日といい今日といい! 二人は本当にどういう関係ですの!」

 

 なんでこうも必死になっているのかと気付いたセシリアはどうにか冷製さを取り戻し。二人の話を聞くことにした。

 一夏と楯無との勝負の後に、疾風も楯無と勝負して敗北。そのあと保健室で一人寝ていた疾風

 やがて目が覚めて、これ以上長居をするのは良くないと保健室を出て自室に戻ろうとするも、身体の痛みに歩きづらそうな所を偶然菖蒲が発見し、今に至るという。

 

 つまり、彼らはいちゃついていたのではなく、動けない疾風を菖蒲が支えていた。

 そういう筋書きのようだ。

 

「じょ、女性に支えられるなんて。情けないですわね、疾風は」

 

 ツンとした態度をとりつつも、セシリアの胸の疼きは薄くなっていた。

 

「まったくもってその通りです。ごめんな菖蒲、部屋反対方向なのに」

「いえ、疾風様の為ならこの程度労力のうちに入りませんわ。それに疾風様と一緒に居られて、私は嬉しいですよ?」

「そ、そうか………ありがとう」

 

 疾風にお礼を言われ、照れた菖浦さんは、わたくしの視線に気づくと、先程とは違う笑みを浮かべた。

 セシリアは胸の内を見られたような気がして顔が熱くなった。

 

「あ、菖浦さん! よかったら疾風を送るのを変わって差し上げますわ! ほら、反対方向ですし」

「いえ、私は全然大丈夫ですので。セシリア様は気にしなくても良いですよ」

「し、しかしですね。重いでしょう疾風は、菖浦さんは病弱だったと聞きましたし。無理をするのは良くないのでは? な、なので疾風はわたくしが送ります」

「ご心配くださってありがとうございます。ですが私はこの通り完治しております。どうぞお気遣いなきよう」

「うぐっ」

(な、なんだ? この論争)

 

 ものの見事に論破されたセシリアは、ただただたじろいでしまう。

 疾風はすっかり蚊帳の外という感じに、セシリアはまたしても必死になってしまっていた。

 

『ピンポンパンポーン………1年2組、徳川菖浦さん。1年2組、徳川菖浦さん。職員室にお越しください。繰り返しますーーー』

 

「あら、呼ばれてしまいました」

「行ってこいよ菖蒲、俺はもう大丈………おっとと」

 

 菖蒲から離れて一人で歩こうとした疾風だが上手く直立出来ずよろけてしまった。

 

「ああ駄目ですよ疾風様、無理をなさっては。しかしどうしましょう………セシリア様」

「な、なんでしょう?」

 

 今度は何を言ってくるのか。セシリアの体は自然に強ばってしまった。

 彼女は昨日と変わらない真っ直ぐな瞳を合わせながらこう言った。

 

「疾風様を部屋までお願いします」

 

「ふぇ?」

 

 

 



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第38話【猫のような人】

 

 

「疾風様をお願いします」

「ふぇ?」

 

 先程までセシリアを言いくるめていた菖蒲があっさりと疾風を任せたことにはセシリア驚いて変な声が出た。

 

 一夏ラバーズの喧騒を常に見ていたセシリアにとってこれは正に未開のパターンだった。

 何故ならあの四人はこと一夏に関しては譲り合いというものを知らない。

 

「それでは、また明日」

「ま、待ってください!」

「はい?」

 

 思わず背中を向けようとした菖蒲をセシリアは呼び止めた。

 何故、と言おうとしたが。疾風の手前言い出そうとするのを口が渋る。

 セシリアの意図を理解した菖蒲は答えた。

 

「疾風様も早く部屋に戻った方が良いと思いました。その最適解がセシリア様に任せることだというだけです」

「そんな、あっさりと」

「私の都合で疾風様に迷惑をかける訳にはいかないでしょう?」

 

 当たり前のことを言われてセシリアはうっ、と喉を詰まらせた。 

 一礼したあとに職員室に向かった彼女を眺めながら、セシリアは未だ混乱の渦中にいた。

 

「セシリア?」

「は、はい! なんでしょう?」

「なんの話か説明してほしい。プラチャでも使った?」

「貴方には関係ない話です」

「ああそうかい」

 

 ピシャリと言われたら黙るしかないが、納得など出来るわけもなかった。

 

「セシリア。俺は一人で大丈夫だから、お前は帰れ」

 

 ぶっきらぼうにセシリアから離れ、壁を伝いながら引きずるように進んでいった。

 痩せ我慢が見え隠れしてる彼の姿に見るに見かねたセシリアは、疾風の了承を得ずに彼の腕を自身の首の後ろに回し、右手で彼の右肩に手を伸ばした。

 

「結構重いですわね」

「お、おい」

「勘違いしないでくださいまし、別に特別な意図はありません。ただ貴方のそんな姿は見苦しいと思ったので手を貸したまでです。それにここから貴方の部屋まで距離があります、途中で倒れたら困るのは貴方でしょう? だから手を貸すのです。くれぐれも勘違いなさらぬように」

「うわすげー早口」

 

 半ば自分に言い聞かせるように言い放つ。

 我ながら可愛くないと思いつつ、直ぐにそんなことを考える必要はないとセシリアは自分を戒めた。

 

「分かった。ありがとうセシリア」

「どういたしまして。早く行きますわよ、誰かに見つかって変な噂を流されるのはたまったものでは無いですからね!」

「変な噂とは」

「聞かないでくださいまし!」

「耳元で叫ぶな」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 会話がねえ………

 

 時間帯が時間帯なので一言も喋らずに進む学校の廊下は大変静か。

 小さい足音以外聞こえない廊下は電気を消えていなくてもホラーシチュ。

 

「しかし腹が減ったな」

「何か作って差し上げましょうか?」

「うん、やめて」

「何故ですの」

「馬鹿野郎」

「行きなり罵倒しないでくださいまし」

 

 何を血迷ってるんだ俺はわざわざカオス現状を思い出すようなことを言う必要なんてないだろう。

 また大きい声出される。と思ったがセシリアは少しむくれるだけでまた黙った。

 うん、やっぱりなんかおかしいよな。

 

「なあ、なんかあったのかよ」

「へ?」

「朝から調子が悪いというか。妙に落ち着いてなかったというか。さっきの奇怪な反応もそうだし。なんか嫌なことでもあった?」

「わたくしそんなに分かりやすいですか?」

「その口振りだと結構言われたみたいだな」

「え、ええ」

 

 普段弱音や弱った姿を見せようとしない気丈なな彼女が気丈になりきれない。

 一昨日までは普段通りだった。となれば昨日何かがあったのか。となれば………

 

「もしかしてお前さ」

「っ!」

「菖蒲と………」

「ハアアァァ!!!」

 

 ジャキン! バラララ! 

 非日常的な音が俺の言葉を遮った。

 

「………な、なんぞ?」

 

 曲がり角を曲がると俺と一夏の部屋なのだが。その方向から聞き覚えのある雄叫びと。何かを切り裂いて落ちた音が聞こえた。

 

「今のは、まさか」

「行けセシリア。俺はここに居るから、何かあったら連絡を」

 

 支えていた俺を離し、セシリアは一夏の部屋に直行する。

 ドアは何かで切りつけられたかのようにバラバラにされており、ISの武装によるものだとセシリアは即事理解した。

 中を覗いてみると。

 

「叫び声がしたと思って襲われてると思って斬り込んでみたらこれはなんだ一夏!! 女を連れ込んで破廉恥極まりない行為をしおって。恥を知れ!」

「ご、誤解だ箒! 襲われてるのはあながち間違いではないが落ち着け!」

 

 目の前には空裂を手にした箒、顔面蒼白な一夏、そして裸に直接エプロンの生徒会長…………裸にエプロン? 

 

「あの、いったいこれは」

「むっ、セシリアか。すまん、今お前の相手をしている暇はない」

「そのようですわね。それはそうと先ずはその刀をしまわれては?」

「はっ!」

 

 セシリアに指摘されて箒は慌てて空裂をしまった。

 これで少しは収まったとセシリアは安堵した、が。

 

「やーん、一夏くん。お姉さんコワーイ」

「た、楯無さん何を!?」

「あら、お姉さんに抱きつかれるのは嫌?」

「いまそういう話は………」

 

 むぎゅっと豊満な胸を一夏に押し付ける楯無、そして満更でもない一夏。

 再び箒の堪忍袋が切れた。

 

「一夏、貴様はいつからそんな………」

「ほ、箒さん?」

 

 箒の右手に展開光が集まり、コールされたのはIS用ブレード………ではなく竹製の刀、竹刀だった。

 セシリアには見覚えがあった。名は確か『一夏折檻用竹刀』。

 

「女子を連れ込み破廉恥な行為を公衆に晒す。大和男児にあるまじき不貞。同門の私が叩き直す!」

「やめろ箒! だから誤解だと」

「問答無用!」

 

 風が鳴る勢いで一夏折檻用竹刀が振り下ろされる。

 咄嗟にガードすることが出来ない一夏との間に入ったのは楯無だった。

 

 パンっ! 竹が鳴る音と共に竹刀が楯無の扇子で止められ、逆の手に持っていたもう一つの扇子が箒の顎をクイっと上げた。

 

「うっ!」

「勝負あり。ごめんね、からかいすぎちゃって」

 

 完全に首をとられたことと。謝ってはいるが、いつもと同じ笑みを浮かべる楯無に箒は二重の意味で困惑した。

 

「箒さん。ひとまず剣を納めましょう。一夏さんの処遇は話を聞いてからでも遅くはないでしょう」

「む、むう」

「わたくしは置いてきた疾風を回収します。生徒会長、その間に着替えておいて下さいね?」

 

 セシリアはそれだけを言って切り裂かれたドアを通った。

 

「疾風君の反応も見たいからこのままというのも」

「「とっとと着替えて下さい!!」」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ん、美味いな、このいなり寿司」

「ほんとねー。箒ちゃんは文部両道、料理をさせても上手いのね」

「ごめんなさいね箒さん。わたくしまで頂いてしまって」

「いや、元々疾風と………一夏にあげるつもりだったんだ。いっぱい作ってしまったから、1人2人増えたところでどうということはない」

 

 あのあとセシリアに連れられるとなんとドアが粉微塵。

 裸エプロン先輩はなんとか制服を来てくれたようで、今は箒が恐らく一夏用に作ってくれたいなり寿司で夕食を取っていた。

 こんな殺伐とした現場なのに我ながらほのぼのしてる。どーしよあのドア。

 

「ところで一夏、どうだ?」

「何が?」

「味だ、味! 作りすぎたからお裾分けに来たというのに、味の感想も無しかお前は」

 

 素直じゃない。一夏以外の面々は思ったのだが、それを言うのは野暮だと黙っていなり寿司をパクついた。

 

「ん、そうだな。………なんか懐かしい味だ、何だっけな………ああ、そうだ! 小学生の頃に道場で箒の母さんに貰った味に似てる気がする」

「そ、そうか。実はそのレシピを元に作ってみたんだが。上手くいってよかった」

「ああ、ほんと美味い! 箒は良い嫁さんになれるな」

「お、お嫁さん………」

 

 一夏の言葉に箒の乙女回路がフル回転。

 もはや予定調和だし放置した方が箒にとっても特なので触れないことにした。

 

「全く。会長、無闇に火種を撒かないでください。箒のドア破壊については織斑先生にちゃんと擁護しといて下さいね?」

「はーい」

 

 箒が言うに。一夏にいなり寿司を届けようとしたらドアの向こうから一夏の悲鳴が聞こえ、襲撃者が来たと勘違いしてドアをISで突破したという。

 結果はお察しだったが。

 

 ドアがなくなったという大事件があった。

 だが俺にとってそれに匹敵するぐらい気になることがある。

 

「会長。一ついいですか?」

「んー?」

「気のせいでしょうか。明らかに俺と一夏のものではない私物が大量に置かれているのですが。あれは一体」

「うん、私のだもの」

「いや、何故ですか?」

「だって私しばらく此処で暮らすんだもの」

「は?」

 

 生徒会長の爆弾発言に、一同箸が止まった。

 

「あ、あの。楯無さん? 今なんて?」

「だから、私、今日からしばらく一夏君と同居するから。宜しくね一夏君」

「ヴェっ!?」

 

 この1日で会長の人格を理解した一夏にとってもはや処刑宣告に等しかった。

 

「ど、どうしてですか!?」

「ほら、私しばらく一夏君の専属コーチになったから。寝食を共にして波長を合わせるの」

「納得行きません! 織斑先生はこの事を知ってるのですか!?」

「うん、了承済み」

「なんとっ!?」

 

 頼みの綱はとっくに切られてたらしい。

 

「ちょっと待ってください。その場合疾風はどうなりますの?」

「引っ越して貰うわ」

「なんですって?」

「荷物はもう運び終えといたから」

「あ、よく見たら俺の私物何処にもねえ!」

 

 急いで引き出しや衣装ケースを引っ張ると見事女物ばかり。

 中段あたりを引くと、下着らしきものが目の前に。

 

「あ、そこ私の下着入ってるとこ」

「は、疾風!!」

「事故! 事故だから!!」

 

 あっさり罠にかかってしまった自分を情けなく思いながらテーブルに戻った。

 め、目線が上がらない………

 

「疾風君ってR18本一冊も持ってないのね。枯れてるの?」

「プライバシーの侵害というもの知ってます!?」

「あ、デジタル派?」

「しばきますよ!!?」

 

 今訴えても………駄目だ勝てるイメージがねえ!

 これ以上この人を好き勝手に喋らせる訳にはいかない! 

 

「と、ということは俺は独り暮らしですか?」

「ううん。あなたは虚ちゃんと同室」

「馬鹿なんですか?」

 

 心の底から言ってしまった。

 

「護衛よ護衛。いくら疾風君でも一人で部屋にいるなんて無用心でしょ? ちゃんと虚ちゃんは了承してくれたから無理矢理じゃないわよ?」

「なんで了承したんだ………」

 

 言ってることは分かるけど。

 なんか納得いかないのは決して間違いではないと思うんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、俺は行くわ。ってなんか変な感じだよ。会長、頼むから一夏に手出さないで下さいよ」

「もう。大丈夫よ、私そこまで飢えてないし」

「それなら良いですけど………」

「一夏君から手を出したら、分からないけど」

「一夏!」

「わー! 待て待て! 俺は何も言ってないぞ! 楯無さん! そういうこと言うのやめてください!」

「あらあらごめんなさい」

 

 コロコロと笑う楯無さん。

 大丈夫かな一夏。内なる獣目覚めたりしないよな? 

 

「んじゃあ、おやすみ。一夏、無事でいろよ」

「何かあったらすぐ助けに行くからな! 遠慮するなよ!」

「一夏さん、どうかご無事で」

「あ、ありがとう。おやすみ皆」

 

 バタンと、そういう音がないのは当たり前だ、何故なら扉がバラバラだから………

 

 箒と別れた後、俺は会長に貰った新しい鍵を片手に、自分の部屋へ帰る為にソワソワと落ち着かない足取りで歩く。

 そして何故か後ろにはセシリアが。

 

「セシリア、もうお前の部屋過ぎたぞ?」

「同居人の顔を一目見ておこうと思いまして。虚さんとはどのような人なのです?」

「のほほんさんのお姉さんで、生徒会会計。真面目でいい人だよ」

「そうですか」

 

 聞いた後でも帰ろうとしないセシリアを追い返す気力はないのでそのまま部屋に到着。

 とりあえずインターホンを鳴らすことにした。

 出てきたのは私服姿の虚先輩。

 

「お疲れ様、レーデルハイト君」

「そう言ってくれるってことは全部知ってるんですね」

「うん。ということでしばらく宜しくね。あら? 貴女は確か」

「イギリス代表候補生のセシリア・オルコットと申します。今回疾風がお世話になるので一つ挨拶をと」

 

 お前は俺の親か。

 

「それはわざわざどうも。立ち話もなんだから入る?」

「え、いや。顔を見に来ただけですのでわたくしはこれで」

 

 なんでそこで日和る。

 

 楯無の側近ということで警戒していたセシリアだったが。俺の言葉通り真面目そうな人が出てきて、そこからのアクションは用意していなかったのである。

 

「それでは疾風をくれぐれも宜しくお願いします。疾風、くれぐれもご迷惑をかけないないように」

 

 お前は俺の親か(パート2)。

 

 部屋に入ってみると、一夏の私物が虚先輩のに変わったぐらいで特に変わったところはなかった。

 ………いやまて本当に変わってないんだけど? 

 

 棚にある本やDVD、その他私物の位置が前の部屋と同じ位置に収まっており、一瞬新しい部屋ということを忘れかけた。

 え、なにこれ。逆に怖いんですけど。

 

「レーデルハイト君の部屋を参考に置き直してみたんだけど。無くなってるものとかあった?」

「え、虚先輩が荷解きしたんですか?」

「私としては本人にやらせた方が良いと思ったんだけど、会長の指示でね。でもやるからにはしっかりやらないとと思って」

 

 いや。しっかりの範疇越えてるんですけど。

 会長といい虚先輩といい生徒会って凄い人しかいないのか。のほほんさんはああ見えて整備スキル凄いし。

 

「夕御飯は」

「食べてきました」

「じゃあ紅茶をいれようかしら。飲む?」

「お願いします」

 

 数分待つと香り鮮やかな紅茶が目の前に。ここからでも良い香りが。

 虚先輩の紅茶は本当に上手い。昨日初めて生徒会室に赴いて来た時、出された紅茶に俺は文字通り下を巻いたのだ。

 これが紅茶か、と思ってしまうレベルの美味しさだった。でも甘党の俺にしては少し苦かったかな。とても美味しいことには変わりはないが。

 

 そう思いながら口にすると。俺は目を瞬いた。

 

「あれ、少し甘い」

「昨日飲んだとき少し渋そうな顔してたでしょ? だから今日はお砂糖加えてみたんだけど。美味しくなかった?」

「いえ、とても飲みやすくて美味しいです」

「よかった」

 

 まさか昨日の俺の表情だけで紅茶の味を調整したのか、何者だこの人は。

 虚さんは優しく笑った後に自分の紅茶を飲んでホッと息を吐いた。

 

「あまり緊張しないで。というのは無理があるかしら」

「異性と同棲なんて初めてですし………」

「私もそうよ。でも、そんな肩を張ってばかりだと苦しいでしょ?」

「は、はい」

「安心して。私はお嬢様と違って弾けてないから」

 

 そう言うってことは会長の人となりは把握しているか。まあ当然か。

 

「会長っていつもこんな滅茶苦茶なんですか?」

「今に始まったことではない。というぐらいには」

「虚先輩も大変ですね」

「もう慣れたものだけどね」

「慣れるんですか、あれ」

「フフ。お嬢様、更識楯無は常に色々考えてるわ。私も全てを理解してる訳ではないけど。あの人がやることには何かしら必ず意味があるの」

 

 確かに、一夏のコーチングの件は的を得てますけど。

 やり方が一々派手だよ。

 

「レーデルハイト君に一つ忠告しとくけど。警戒しても予防しても絶対振り回されるから。覚悟しといてね?」

「怖いこと言わないで下さいよ!」

 

 心を落ち着ける為に紅茶に口をつけた。

 

「あっつ!!」

 

 

 

 ーーー◇ーーー 

 

 

 

「はあ………」

「随分と疲弊してるな元ルームメイトよ。楯無さんから個人的なレッスン(意味深)でも受けたか?」

「そんなもの、あるわけないだろ………」

 

 あれから3日、日に日にやつれてるように見える一夏は授業が終わると同時に机に倒れた。

 

「そっちはどうだ?」

「可もなく不可もなくといったところだな。紅茶が旨い」

「変わってくれ!」

「無理だよ」

 

 というより嫌だよ。

 

「そんなに酷いのか?」

「酷いというか、心休まる時がない」

「というと?」

「………露出が」

「………」

 

 一夏の一言で大方事情を理解できてしまった。

 なにせ開幕一発裸エプロンを噛ましてくる会長だ。

 

「織斑君、レーデルハイト君、学食行こう!」

「たまには私たちと一緒に食べようよ」

「専用機持ちばっかりずるいよ」

 

 女子にわあっと囲まれ昼御飯の誘いが殺到した。

 もうIS学園に入学して結構たったけど、この押し寄せる圧倒的女子比率は少し堪えるものがあるな。

 圧というか、エネルギーが凄い。精神的疲労がヤバイ一夏は大丈夫だろうか。

 

「お邪魔します」

 

 噂をすれば元凶登場。会長の手にはなにやら重箱五段のような包みがあって、ニコニコしながらこっちに向かってくる。

 

「一夏君、たまには教室で食べましょうよ。楽しいわよ、きっと」

 

 そう言ってテキパキと机や椅子をセッティングするその手並みは、余りにも鮮やかかつスムーズで、周りはただ見惚れるだけだった。

 これだよ。有無を言わせず流れ作って掴む力。会長はそれがずば抜けている。

 

 そして会長がお弁当を広げていくと、周りはどよめいた。

 その中身は伊勢海老やらホタテやら、牛肉のステーキ、デザートまである。いやいやこれはもう弁当ってレベルじゃねえぞ。

 

「これどうやって作ったんですか?」

「ん? 早起きしてよ?」

「そういう意味じゃなくて」

 

 ごく当たり前のように言う会長だけど、朝から重箱詰め込むなんて誰でも出来るようなもんじゃないと思う。

 

「一夏君、はい。あーん」

「へ? あむ………」

 

 会長の箸が一夏の口にピーマンの肉詰めを放り込んだ。

 モグモグゴクンと飲み込む一夏と「美味しい?」と笑う会長はなんというか微笑ましい雰囲気

 情報量の多さに凍りついている女子は約数秒の解凍期間をもって解き放たれた。

 

「え、え、えぇぇぇえええ!!?」

「織斑君と会長ってそういう関係!?」

「死んだ! 神は死んだ! いや元々いなかったんだ!!」

「こんな不条理を認めても良いのか!?」

「会長ズルい! 美人で完璧で彼氏持ちだなんて!」

「お姉様! 私たちのお姉様が!!」

「うおぉぉぉ! 身投げしてやるぅぅ!!」

 

 久々の音爆弾に一夏は椅子から落ちそうになった。俺はとっさに耳を塞いだから無事だったが、色々ヤバイ発言が飛んでなかったか今? 

 ゾワッ。背後から覚えのある殺気が。

 

「一夏、こ、これはどういうわけだ!?」

「ちゃんと説明してくれるかな、織斑君」

「貴様、私という夫がいながら………」

 

 一歩、また一歩と、一夏の死期が近づいている気がした。

 一夏は悪くないのにこの有り様。これも本人が持つ業の良さ故か。

 

「ごめんくださーい!」

 

 周囲がざわめく中、それに負けない声量を、出して入って来たのは、菖浦さんだった。後ろには鈴もいる。

 

「あわわ、なんかお取り込み中でしたか」

「一々怖じ気づかないの。ほら頑張りなさいよ」

 

 クラス中が一斉に振り向いた為、菖浦は少し圧倒されるも、鈴が発破をかけて促した。 

 なんかいつの間にか仲良くなってるよな、あの二人。同じクラスで専用機持ちという共通点があるから通じるものがあるのだろうか。

 

「う、うん。ありがとうございます鈴様。あの、疾風様はいらっしゃいますか?」

「あらあら、誰かと思ったら菖浦ちゃんじゃない。久しぶりねえ」

 

 精一杯な菖浦に答えたのは俺ではなく会長だった。

 菖浦さんが会長を目にすると、手にもった包みを落としそうになった。

 

「さ、更識ご当主様!? な、何故一年の教室に!?」

「あん。ご当主なんて堅苦しい呼び方しないで。楯無先輩って呼んで。あ、たっちゃんでも良いわよ?」

「たっちゃ!? 駄目です駄目です! そんな恐れ多いこと、私には出来ません!!」

「もう、徳川の才女がそんな及び腰でどうするの?」

「そんな。だって更識様は」

 

 会長の余りのフレンドリーぶりに、菖浦は更にあわあわと困惑してしまった。

 会長の家って結構名家っぽいよな。使用人の家系が付くぐらいだし。

 

「菖蒲ちゃんストップ、言っちゃいけないとこまで言いかけてるわよ」

「あ、ごめんなさい………」

「どうした菖蒲?」

「はい! 最近生徒会に忙しい疾風様の為に不詳徳川菖蒲、お弁当を作ってきました!」

 

 これまた五段重ねの重箱弁当だった。

 いました会長。やれば出来る理論は間違ってはいなかったらしいです。

 

「疾風様が元気になるようにと! 昨日のうちに仕込みをし、早朝から誠心誠意、粉骨砕身、一生懸命作らせて頂きました! 是非食べて貰えればと………あら?」

 

 トテトテと小さな足取りで俺達に近づいた菖浦の目に止まったのは、既に広がっている楯無さんの重箱弁当だった。

 

「あの。この広がっている豪華な重箱弁当は?」

「ごめんね菖蒲ちゃん、それ私の。……被っちゃったね」

 

 流石の楯無さんもアチャーと少しだけばつの悪い顔をする。

 

「か、被った、楯無ご当主様と………いえ! 味は少し。いいえ、そこまで見劣りしてはいないはずです! どうぞ疾風様!!」

 

 ドンっと勢いよく疾風の目の前に乗せられた五段重ねの重箱弁当を前に、俺は呆気に取られていた。

 重箱なんて運動会と正月しか見たことない。

 

「ラウラ様から聞きました。疲れている殿方には、手作りの、そして大量の料理を振る舞えと! なので、この徳川菖蒲! 思いきって五段重ねにしました! さあ、どうざ疾風様、お召し上がりください!」

 

 よりによって一番あてにならない人選から引っ張ってきたな菖蒲よ。

 ラウラが俺の後ろで得意気にフッと笑みを浮かべていた。

 

「菖蒲」

「はいっ!」

「俺なんかの為にここまで苦労して重箱弁当を作ってくれてありがとう。正直言ってすげー嬉しい」

「本当ですか!?」

 

 パアッと、輝かんばかりの笑顔に、クラス中の女子がその健気さに胸を打たれた。

 

「………だが、そんな素直で良い子な菖蒲さんの今後のことを考えて、あえて心を鬼にしようと思う………」

「?」

 

 俺は目頭を押さえて、苦悶の表情を浮かべ、やっとの思いで口を動かした。

 

「重箱弁当を送るのは、ちょっと、いや、かなりやり過ぎだと思うぞ」

「と、というと………?」

「バッサリ言うと………非常識」

「(ガーンッ!)」

 

 よろっと倒れそうになるのを必死に踏みとどまる菖浦さん、しかしその足は生まれたての子鹿よろしくプルプルと震えた。

 後ろにいるラウラも、俺の言葉に動揺と驚きを隠せないでいた。

 

 周りの人も「疾風君容赦ない」とヒソヒソ呟き始めた。

 やめてくれ。これも彼女を思ってのことなんだ。

 

「ももも、申し訳ございません。私としたことが、そのような非常識かつ愚鈍な事をしてしまうとは。そしてあまつさえ疾風様にご迷惑をかけてしまうとは。この弁当は私が処理させて頂きます」

 

 顔が真っ青になりながら菖蒲は重箱弁当を持ち去ろうと手を伸ばす。

 その手が触れるより先に俺は自分のところに重箱を寄せた。

 

「は、疾風様?」

「まてまて、誰も食べないとは言ってないぞ」

「へ?」

 

 包みをとき、空いているスペースに重箱を並べていくと、会長に負けず劣らずの豪華な弁当が顔を覗かせた。

 

「せっかく一生懸命作ってくれたんだ、俺が食べるよ。俺が言ってるのは此処までの代物を毎回やるのは疲れるし、大変だろって意味だから」

 

 箸を取り出して、唐揚げを頬張り。ご飯を口に突っ込む。

 

「美味い。ありがとう菖蒲」

「は、疾風様…」

「でも流石に全部は食えなさそうだから、残りは夜に食べさせてもらうとするよ。弁当箱は洗って返すから」

「い、いえ! 疾風様にそんな労力をかけさせる訳にはいきません! 夕飯時に伺いますので。宜しいでしょうか?」

「ああ、うん。いいよ」

「ありがとうございます!」

 

 パアアッと先程より数倍明るい笑顔の共に、努力が報われた菖蒲さんを見て、女子ズの心境は少し穏やかではなかった。

 

(や、やるな菖浦さん。私が一夏にやってもそこまで効果は。いや、私も重箱で攻めてみるか)

(な、なんですのあの空間は。なんかムカムカしますわ。いや待ってください何故ムカムカしますの?)

(てか、さりげなく部屋に上がり込む算段をつけたわよあの子! おとなしい子に見えて、なんて大胆なの!)

(いいなぁ菖浦さん。僕も一夏に弁当作ってあげようかな。でも、気付かないだろうなぁ。僕の気持ちには)

(ふむ、結果的に良い方向に行ったな。流石私の副官だ、大義であったぞクラリッサ。しかし嫁は生徒会長の弁当に夢中だな。クッ。何度も言うが、私という夫がいながら一夏の奴は! ええい我慢ならん!)

 

 カッと、自身の(自称)嫁に物申そうと大きく足を踏み込んだ。

 

「ラウラちゃん」

「な!? だから。ちゃんをつけるなと!」

「はい、あーん」

 

 空いた口にだし巻き玉子を放り込まれて目を見開いた。

 

「っ!? ………モグモグモグ」

 

 一瞬動きが止まるも、卵焼きを租借する。

 

「どう? おいしい?」

「むぐむぐ………………………うまい………」

 

 ラウラは苦虫を踏んだような顔をしたあと、絞り出すように感想を言う。

 すると会長はニパッと向日葵のような笑顔。

 

「あは。褒められちゃった。おねーさん嬉しいなぁ」

「な!? べ、別に褒めてなどいない!!」

「まあまあ、照れない照れない。さて、皆も食べたい?」

 

 会長が肉じゃがを箸で持ち、皆に食べるように促す。

 

「え、あっ、はい」

「お願いします」

「うんうん。おねーさんてば大人気♪」

 

 味も見た目も文句なし、しかも皆が憧れる美人生徒会長に食べさせてもらえるとなって、場の全員は食べさせてもらえる満足感を、専用機持ちは圧倒的な料理の腕の差を認識させられ、なんとも言えない表情を浮かべながら食べるのだった。

 



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第39話【あ、ありのまま今起こったことを話すぜ!】

 

 どうも、男性でありながら世界で二番目にISを動かした男。疾風・レーデルハイトです。

 

 会長が『織斑一夏争奪戦』を宣言してから一週間。

 奉仕喫茶の準備も着々と進み。ラウラのバイト先、@クルーズからメイド服と執事服が届き、セシリア指導の元姿勢や接客時の台詞回しを覚える手筈となっている。

 

 会長は一夏の強化特訓に付きっきりで空いた穴を埋める為、俺と虚先輩(とおまけでのほほんさん)が生徒会業務をこなしている。

 勿論業務が終わった後にISを動かせた。生徒会に入るという選択肢は間違いではなかったかもしれない。

 IS最高。

 

「お帰りなさいませ。ご飯にします? お風呂にします? それともわ・た・し?」

「………………………」

 

 パタン。

 

 

 

 あ、ありのまま今起こった事を話すぜ! 

 俺と虚先輩が住んでいる部屋に入ろうとしたら一夏の部屋に居る筈の会長に裸エプロン姿で新婚三択をされた。

 

 な、何を言っているのかわからねーと思うが。俺も何が起きてるのかわからなかった。

 

 頭がどうにかなりそうだった。

 超能力(ワンオフ・アビリティー)だとか超スピード(イグニッション・ブースト)だとか、そんなチャチなものなどではない。

 もっと恐ろしいものの片鱗を見たぜ………

 

 

 

 ハッ。今意識がエジプトに行ってた………

 

「疲れてんのかな俺、幻覚を見るとは」

 

 ガチャ。

 

「お帰りなさいま………」

 

 パタン。

 

 ガチャ。

 

「お帰………」

 

 パタン。

 

 幻覚じゃねえ! 

 三度確認したから間違いない! 

 

 手元の鍵を確認、ドアの数字を確認。同じだね、俺と虚先輩の部屋だね。

 

 ついに来やがったか! 虚先輩と居るから俺のとこに攻めて来ないだろうと思ったらフラグだったよコノヤロー! 

 

 えーどーしよ。

 一夏の話を他人事みたいに聞いてたけど実際直面したらここまで精神的ダメージがくるとは。

 もっと男の本能解放して助平に撤した方が楽なのだろうか………駄目だ今の女尊男卑社会で過ごしてきた俺にそれは過酷すぎる。

 

 とりあえず………

 

 俺は鍵を閉め、見なかったことにした。

 さーて、飯食べに………

 

 シュルルル………何かが俺の胴に巻き付かれる。え、なにこれ。

 

「あら、そんなことするなんて。いけずね疾風君ったら」

「へ? おぉ!?」

 

 ギュンっと、体が引っ張られ。俺は部屋に食べられた。

 

「ぶべっ!?」

 

 勢いよく部屋に引きずり込まれ、うつ伏せに転がった。

 顔を上げると裸エプロン姿の会長が。うわ、肌艶綺麗………

 

「お帰りなさい。更識楯無にします? 生徒会長にします? それとも、わ・た・し?」

「change!」

「駄目よ、ちゃんと選択なさい。はあ、一夏君は良い反応してくれるのに。ノリが悪いなぁ疾風君は。しかも無駄に発音いいとか」

 

 そんなつまらないって感じに言われても俺にどうしろと! 

 てかさっきの全部同じじゃないですか! 

 

 手にはISの武装であろう水色の鞭が握られており、先程俺を引っ張ったのは恐らくそれだろう。

 

「てか非常時以外のISの部分使用は」

「生徒会長権限よ」

「横暴!」

「生徒会長だもの」

 

 うん、意味分からないぞ。 

 待て待て屈むな屈むな!見えちゃいます……あれ? 

 

「会長。なんか水着っぽいものが見えるのですが」

「水着よ? お気に召さなかった?」

 

 スン、と急に肌の高揚が収まった。対して会長は疑問を浮かべて首を傾げる。

 鞭の拘束から抜けた俺は立ち上がって会長の背中を押す。黙って。

 

「え、ちょ、疾風君なんで押すの?」

「はい着替えましょうねー」

「せめてこの姿についてなんか無いの!?」

「会長は世界中の裸エプロン好きを敵に回しました」

「え、どういうこと?」

「会長がヘタレってことです」

「ちょっと待ってそれは聞き捨てならないわよ!?」

 

 心外!とわめく会長をズーリズーリと洗面所に押し込む。

 

「やぁん、もう押さないでってばぁ。あ、一緒に着替える?」

「いいんですか?」

「あらマジ顔? 疾風君って以外と野獣ね」

「………」

「無言で押さないでー!」

 

 

 

 

 

 

 

「むすー」

「何むくれてるんですか会長」

「だってさー」

 

 制服に着替えて対面に座る会長は頬杖をつき頬を膨らませていかにも不機嫌です、という顔をしている。

 どうやら会長は一夏みたいに狼狽えなかったことに対して不満を抱いてるようで。

 大丈夫です会長。さっき心臓バックバクでしたので。

 

「疾風君つまんなーい」

「水着じゃなかったからワンチャンあったかもしれませんね」

「ほんと? じゃあ次は」

「次来たら寮長に報告しますからね」

「大人気なーい」

 

 寮長。織斑千冬大先生を出されてあからさまに「うわー」と言う会長だがそんなの知ったことではない。

 

「何しに来たんですか? わざわざ自分の痴女っぷりを俺に見せつけてきたんですか?」

「痴女って酷くない?」

「恋仲でもないのに裸エプロンなんてされでもしたらこうもなりますよ」

「セシリアちゃんか菖蒲ちゃんだったら反応違った?」

「あの二人は会長と違って真面目ですからそんなことしません」

「あらそんなの分からないじゃない?」

 

 分からないって………馬鹿野郎想像するな俺。

 

「あ、想像した? 疾風君スケベー」

「で、本題は?」

「逃げた」

 

 やかましい。

 

「本当に何しに来たんですか?」

「今日は此処に泊まろうと思って」

「は?」

 

 今なんと? 

 

「此処に?」

「うん」

「虚先輩は?」

「今日は一夏君のとこー」

「一夏を指導するために波長合わせるんじゃないんですか?」

「細かいことはいーの」

 

 いいのか、それで。

 とにかくわかったことは今日俺はこの人と寝食を共にするということ。マジか。

 

「ということで今日一日宜しくね?」

「わかりました」

「意外と素直ね」

「拒否しても居座るでしょ貴女は。別に害意あるわけじゃないですし。なんかやましいことされたら全力で追い返しますけど」

「私ってそんな信用ない?」

「そうっすね」

 

 一夏に関するあれやそれやら。

 あと考えが読めないからどういう反応すればいいか分からないってのがある。

 まあ分かることといえば、いじめっこと同じで過剰に反応したらつけ上がるタイプだよなこの人は。

 

「まだ夕食まで時間ありますけど。お茶請けいります?」

「貰うわ」

「甘いのとしょっぱいのどっちがいいです?」

「どっちもー」

 

 どっちもか。

 ガサガサと菓子コーナーをあさってパーティーパックの大袋を引っ張った。

 

「どうぞ、揚げせんです」

「そうきたかー」

「甘じょっぱいでしょう?」

「そうね、満点あげちゃう」

「あざっす。麦茶どうぞ」

「ありがと」

 

 個包装された揚げせんをかじると、ハチミツと醤油のなんとも癖になる味が広がった。

 

「どう? 生徒会に入ってみて」

「順調ですよ。仕事もそこまで難しいものはないですし。虚先輩に色々教えて貰ってるから助かってます」

「それはよかった」

「後ISの時間作れてますし」

「結局そこなのね」

 

 会長は苦笑して揚げせんを食べた。

 

「噂で聞いたんだけど。疾風君が筋金入りのISオタクってのは本当みたいね」

「一日一回はISに乗らないと禁断症状が出ます」

「そんなに………」

「言うてそんな引くほどですかね?」

「毎日乗りたいって言う子も居るけど、禁断症状って言う子はいないわね」

「まあオーバーな表現ではありますけどね」

 

 バリッと二つ目の揚げせんに手を出した。

 実際十日も乗れなかった時は本当にヤバかったな。病院で寝たきりってのがブーストされたのもあっただろうけど。

 

「そこまでISに入れ込むのは何故?」

「何故って、ISが好きだからですけど」

「どうして好きになれるの?」

「どうしてって、いけませんか?」

「そうじゃないけど、不思議だなって」

 

 不思議? 何が不思議なのか。

 男でもISに関心を持つ者だっている。レーデルハイト工業の男たちが最たる例だ。

 

「好きに理由なんかいらないでしょう?」

「確かにそうね。でも貴方のIS好きはISに乗ってからじゃないよね」

「何が言いたいんですか」

「疾風君って反女尊男卑思考の人でしょ?」

 

 反女尊男卑。言われ慣れない言葉なのに胸に衝突してきた言葉に思考が止まった。

 

「公表はされてないけど。貴方は冤罪の濡れ衣を晴らす為に何度も裁判を起こして相手に刑罰を与えてるわよね?」

「よく調べましたね」

「その数8回。しかも全て勝利している」

「このご時世、勝てる戦いで行かなきゃ負けますから」

 

 お陰でお抱え弁護士の業績は上がったそうな。

 

「疾風君は今の世界に嫌気がさしている。我が物顔で歩くミサンドリーを敵視している。今の社会を作った原因は間違いなくインフィニット・ストラトス。それなのに貴方はISを好ましく思っている、病的な程にね。何が貴方をそこまで掻き立てているの? 何故ISを憎悪の対象で見ないのかしら?」

「………」

 

 会長の言ってることは間違いではなく合っている。

 女にペコペコ頭を下げなければならない世界が嫌いだ、それを放任してる世界を嫌悪している。

 だけど………

 

「俺はISを嫌いにはなれません」

「どうして?」

「どうしようもなくISに惚れてるからです」

「ISのせいで今の世界が出来たのに?」

「関係ありません。ISは所詮道具です。ISが原因だとしても、諸悪の根元は尻馬に乗った女尊男卑主義者どもですから」

 

 って、束博士も言ってたな。

 あの時はおまいう、って感じだったけど。改めて考えたらそれはそうかってなったな。

 

「恨んだこともないの?」

「ないと言ったら嘘になります。それでも俺はISが好きなんです。それに、約束もありますから」

「約束?」

「はい。俺が俺であるための約束。それがなかったら、今の俺はなかったでしょう」

 

 レゾンデートル。俺の生きる意味と言っても良いかもしれない。

 考えてみたら。俺、セシリアに助けてもらってばっかだな………凹む。

 

「そうなんだ」

「満足しました?」

「うん。ごめんね、変なこと聞いちゃって」

「別にいいですよ。嫌いなのは本当ですし」

「女尊男卑主義者相手にマウント取るのが好きという噂は」

「快感ですよね」

「………」

 

 黙らないでください。

 

「しかしなんでまたこんなことを?」

「この前私と試合したときの変貌ぶりが気になっちゃってね。なんか闇でもあるのかと」

「変貌?」

「あら自覚なし? 途中から勢い変わったじゃない?」

「あー………殺す気でかかりましたからね」

「そういうことサラッと言わないでよ……」

「言質取ったじゃないですか」

「そういう問題じゃないでしょ」

 

 ため息をついた会長がベットにボスンと身を任せた。

 

「あー、なんかかたっ苦しい話したから体こっちゃったわ。疾風君、マッサージして」

「一夏に頼んでくださいよ」

「一夏君ここにいないもーん」

「俺トウシロですよ、それでもいいなら」

「おねがーい」

 

 では遠慮なく。

 おもむろにグイッと。

 

「アタタタタ。ちょっと強すぎじゃないかしら!?」

「強くしてますから」

「なんか怒ってる疾風君?」

「? 怒ってないですよ。手加減してないだけです」

 

 事実である。いまんとこエセ裸エプロンされただけだし直ぐに着替えてくれたから。

 ぶっちゃけ事情知ってなかったらもっと慌ててたな。一夏とドアの犠牲は無駄ではなかった。

 

「いや私これでも女の子なのよ? いきなり全力ってどうなの」

「会長は国家代表。これぐらいの指圧を耐えれず何が代表ですか」

「関係ないと思うんだけど。疾風君って結構強引なのね、お姉さん困っちゃう」

「やめますか?」

「中途半端だから続けて。ただし手加減して」

「りょーかいです」

 

 会長の絡みをヒラリヒラリとかわしながら、今度は少し弱めに力を込めた。

 

「ん、いい感じ。どう? お姉さんの身体は」

「適度に筋肉がついてて良いと思います、多分。無駄がないというか」

「………」

「なんすか」

「疾風君つまんなーい」

 

 マッサージにつまるつまらない関係ないと思うけど。

 どんだけ慌てる姿見せたいんですか。

 ぶっちゃけあの封印されし記憶に比べたら全然大丈夫………

 

「あらいっけなーい、スカートめくれちゃった」

「な、なにしてんすか」

「疾風君直してー」

 

 今自分でやったろ絶対。

 襲われても文句。言われる前になんとかさせられるか。

 とりあえずスカートには手をつけず、ベットの掛け布団で下半身を隠してやった。

 会長はむすっとした。

 

「………」

「………」

「疾風君」

「はい」

「つまんない」

 

 すいません。

 

 次の日には虚さんが戻ってきた。

 一夏には何故一日しかとどめれなかったんだ!と怒られた。シラネーヨ。

 

 ちなみに色は水色でした。

 不可抗力不可抗力。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「一夏、また少し背中曲がってる。あと顎も」

「ま、マジか。結構気づかないもんだな」

 

 学園祭まで、残り一週間。

 

 俺と一夏は執事として接客するので、執事らしく降る待うように、訓練中だ。

 そして今やってるのが、顎を引いて、背筋をピンと伸ばし続ける練習。執事が猫背だと格好がつかないし。学園有数の男子として期待度も高いので徹底してやることになった

 

 一見簡単そうだが、維持し続けるのは意外にも難しい。

 

「背筋伸ばしてるだけなのに結構疲れるな、これ。疾風は平気そうだけど」

「堂々としてないと嘗められることがあったからな」

「誰に?」

「女に」

 

 今言った『女』というのは、クラスにいる女子ではなく。女尊男卑主義の女性の事。

 一夏はレゾナンスで遭遇した女性客を思い出していた。

 

「この学園に、あんな人居ないと思うけど」

「なにいってんだ。普通に居るし」

「そうなのか?」

「一組の皆が優しいだけだからな。会長が言うに全体的の5分の一にもみたないらしいけど」

「マジか」

 

 マジ。実際陰口叩かれたりアリーナを使ってる時いちゃもんつけられたことはあった。

 流石にティアーズ・コーポレーションのレベルは遭遇してないけど。まだ………

 

「一夏、背筋」

「わ、悪い」

「頑張れよ一夏。背筋の練習しとけば将来絶対役立つから」

「わかった。よし! やるぞ!」

「おうおう頑張れ頑張れ………プフッ」

「な、なんだよ」

「一夏、今度は反りすぎて見下してる」

「んなっ!?」

 

 一夏が羞恥に悶えていると、シャルとラウラが声をかけてきた。

 

「お疲れ一夏、どう? 少し形になってきた?」

「あー、いや。背筋伸ばしてるだけなのになんか体が痛くなったりしちゃって、あんま上手くいってない」

「まったく、そんなことでどうする。お前は私の嫁だろう! もっと堂々と胸を張れ!」

 

 ビシッと指差しで発破をかけるラウラ。励ますのはいいが、安定のお前は嫁! ムーヴである。

 

「で、なんかようか?」

「一夏じゃなくて疾風だけどね」

「私は一夏だがな」

「そうかそうか。よし一夏を任せたぞボーデヴィッヒ隊長」

「任せろ」

 

 ラウラの方に一夏をほおっておく。

 軍隊長だから姿勢とかの問題はお手のものだろうし

 

「で、どうした」

「セシリアなんだけど」

「なんかあった?」

「何か異様に火がついちゃったみたいで。『お屋敷の物置にしまっていたテーブルや食器を持ってこさせましょう!』って。店舗のレイアウトがドンドンセシリア色に」

 

 それって物価凄まじい案件じゃね? 学園祭の領域越えちまうぞ。

 まあその分の予算は浮くからそれはそれで好都合か? 

 とりあえず許可はとっとこう。

 

「メイドってイギリスではポピュラーな存在だからな。あいつ的に引き下がれない物があるんだろうさ」

「そっか。じゃあセシリアの期待に応えれるように頑張らないとね」

「そうだな」

 

 しかしそう考えてると色々取り扱い注意だな、カップ落としたなんてなったらゾッとする。

 

「疾風、シャル。ラウラと接客の練習するから見て貰っていいか? 相手がいる方が練習にも張りが出るしな」

「いいだろう、相手をしてやる。さあ一夏! 私に奉仕するがよい!!」

 

 おおっ、随分とやる気だな。

 

「いらっしゃいませ、お嬢様」

 

 一夏は上体を少し曲げ、笑みは柔らかく、声のトーンを下げ、落ち着きのある執事を演じる。

 姿勢もなんとか形になっており、なかなか様になってる。やっぱ顔と声がいいなこいつ。

 

「お、お嬢っ。ンンッ、ああ来てやったぞ」

 

 普段と違う一夏にラウラは一瞬たじろぐも、直ぐに元の調子を戻す。

 

「それではお嬢様、こちらへ、お席までご案内致します」

「うむ」

「ご注文は何になさいますか?」

 

 席に座ったラウラにメニュー代わりの教科書を見せる。

 これもお客様にメニューを持たせずに執事とメイドが開いて見せる。なるべくお客様に手間を掛けさせないように気を配る、それがご奉仕喫茶のルールだ。

 

「………」

「どうだ? 出来てるか?」

「まあ、及第点だな」

 

 どうやらお眼鏡にかなったようだ。

 

「だがまだ終わりではないぞ、注文を取るからな」

「お、おう。そうだった」

「では注文するぞ。執事よ、私にキスをしろ」

「ぶふっ!?」

「ちょ、ちょっとラウラ!? 流石に無理難題なんじゃないかな!?」

「そもそもメニューに書いてねえし」

「何を言う、私と一夏は既に唇と唇を交わせた仲、今更躊躇することもあるまい」

 

 え? 今なんと言った? 

 

「何それ? 一夏、お前何時そんな事を?」

「いや、それは」

「学年別トーナメントが終わった後だ。疾風、お前はまだいなかった頃の話だ」

「だぁ! 答えなくていいって!」

 

 一夏の狼狽えっぷりを見るに本当らしい。

 お前ら付き合って………ないのになんでそんなことを? 

 

「ラウラが強引に皆の目の前でキスをしたの」

「えらく攻めたアプローチだなオイ。それで一夏はあの様子? 鈍いとかの問題じゃないだろ」

「そのあとラウラが『お前を私の嫁にする!』って言っちゃって。一夏は反応できないままラウラが間違った知識で行動したって思ったらしいよ」

「あいつの思考回路はどうにかして回避ルートを構築するルーチンでも組み込まれているのか?」

「そうなんじゃないかなー」

 

 気の抜けた声を漏らすシャルロットをよそにラウラは目をシイタケにして捲し立てる。

 

「執事たるもの、支えるべきお嬢様の言うことは絶対、これは万国共通のルールだ! と、うちの副官が言っていたぞ」

 

 またか。ラウラの副官さんは何でこうも間違った知識を埋め込むのか。ラウラはあれで純だからころっと騙されちまう。いや、副官さんだから信じてしまうのか、信頼関係も困り者だな。

 

「さあ、早く私とキスをするのだ! 嫁よ! いや執事よ!!」

「出来るか! 流石に非常識過ぎるだろ!」

「お嬢様の言うことが聞けぬのか!」

「落ち着け」

「あだっ!」

 

 頃合いを見計らって垂直チョップ。

 なんかこいつらのストッパーとしての役目が板についてきた気がする、なんかやだなそれ。

 

「じゃ、邪魔をするな疾風。これは夫婦の問題だ」

「執事とお客様の関係だ。練習になってねえよ」

「そ、そうだよラウラ。ラウラだって、お客様から行きなりキスをせがまれるのは嫌でしょ?」

「嫁なら構わんが」

「「「俺(一夏)じゃなくてお客さん!」」」

 

 これ成立したらもはやアレな店だよ。

 

「何故駄目なのだ?」

「とにかくこういうのは駄目だって」

「納得いかん、何故だ嫁よ」

「だから嫁じゃないって」

 

 収集がつかない状況に右往左往する一夏に、突如救世主が。

 

「今大丈夫ですか?」

「どうしたセシリア、箒も」

「喫茶のメニュー案が纏まりましたの」

「クラス代表のお前に見てもらおうと思ってな」

 

 おお、ナイスタイミング。頼りになる友人が居てくれて俺は嬉しいぞ。

 

「すまん、ラウラ。後でな」

「あ、おい一夏! いや執事!!」

 

 三十六計逃げるにしかず、シャルロットに足止めを任せてこの場を脱出する。

 

「どれどれ? クッキーにケーキ、スコーン………フィッシュ&チップス、マッシュポテトに………スコッチエッグ? ってなんだ?」

「ゆで卵入りハンバーグ。結構上手いんだぜ」

「成る程」

 

 喫茶店だからか、ガッツリ食べれるのもあるんだな。

 

「結構イギリスの家庭料理が多めだな」

「あら一夏さん、良くわかりましたわね」

「まあな」

 

 実は入学始めのセシリアとのバトルの後に、一夏はイギリス料理についてネットで調べた事があったのだ。

 そこで一夏はイギリス料理のルーツを知った。

 

 イギリス料理が不味いという印象が広がる原因というのが、それは必要以上の加熱調理法にあり。

 たとえば、野菜は食感がわからなくなるほど茹でたり、揚げ物は油で食材が黒くなるまで揚げる、麺を必要以上にゆでるなどといった感じだ。

 この原因としては、昔に伝えられた衛生学が広がり、食材を必要以上に加熱殺菌し、喉さえ通ればOKという風習がそのまま後世に広がってしまった為である。

 

 といっても、イギリス料理でも美味しい物があるのは事実である。この前疾風と一緒に作ったイギリス料理は大変美味だった。

 

「なあ一夏」

「どうした?」

「これがなにか分かる? どーしても分からんのだが」

「ん?」

 

 と、メニュー表を見て俺が指を指したのが『湖畔に響くナイチンゲールのさえずりセット』、『深き森にて奏でよ愛の調べセット』という物であった。

 

「なんだよこの厨二感バリバリのネーミングは、誰だよこれ考えたの」

「わたくしですわ!」

 

 セシリアが自信満々に名乗り上げた。

 嘘だろお嬢………

 

「やだよ、これ復唱するの」

「俺も、何故ナイチンゲールが湖畔に響くんだ?」

「ナイチンゲールというのは鳥のほうではないか?」

「よく知ってるな箒」

「まさかお前も共犯者なのか?」

「私は止めたぞ」

 

 そしてメニュー作り担当にいた箒が目頭を押さえて苦々しく言った。

 

「ありがとう箒。お前の頑張りを忘れない。で、なんでこんなネーミングに?」

「物珍しい名前の方が、好奇心をくすぐると思いまして」

 

 珍しすぎて頼みづらい気がするぞ、セシリア。

 いや、逆に女子はこういう物珍しいので釣れるからこれはこれであり?

 

「俺としてはこっちの方がありなのか?って思うぞ」

「どれ?」

 

 一夏が指差した場所、表記されている『執事にご褒美セット』1000円の文字に、俺は首をかしげる。

 

 俺が首をかしげる原因である『執事にご褒美セット』とは、お金を払って執事である俺達にポッキーを食べさせるというものだった。

 これではご奉仕するよりされる側になるだろう。

 

「駄目でしょうか? クラスの皆さんがかなり推していたので」

「駄目っていうより。金払ってまで食べさせたいかぁ? 『執事にご褒美セット』ってさ」

「てか高っ! 野口1枚で釣るというところに銭欲を感じる………」

「大丈夫大丈夫! 絶対皆食いつくから!!」

 

 と、太鼓判を押すのは考案者である鷹月さんだった。それに、合わせて周囲も呼応する。

 

「俺らやメイドさんが食べさせるなら。理に叶ってるのだろうけど、奉仕だし。疾風どう思う?」

「どうって………」

 

 メニュー欄には『執事がご褒美セット』1000円、『メイドがご褒美セット』700円というものも。うわ、値段に差がある。

 

「俺なら頼まない。メリットないだろう?」

 

 少なくとも俺は。

 一夏はいけるだろうが。

 

「なら実践してみようか。丁度ポッキーあるし」

 

 なんであるんだ、狙っているのか?

 

「わ、私がやる!」

「嫁にポッキーを上げるのは私だ!」

 

 我先にと、箒とラウラは袋からポッキーを引き抜き、一夏の顔にぶつける勢いでポッキーを向けてきた。

 

「「さあ、ご褒美だ!」」

「ちょ、まてまて! これじゃ練習じゃなくて食べさせるだけじゃないか! てか、こんな鬼気迫るようなご褒美あるか!?」

「「さあ! さあ! さあっ!!」」

 

 そんなことなどお構い無しと、突き刺す勢いで一夏にポッキーを向ける二人。

 ポッキーで風穴とか笑えないな。

 

「邪魔をするな、先約は私だぞ」

「この勝負だけは、負けるわけにはいかん」

 

 ゴオッとポッキー片手に背景に炎が出るぐらいに闘志を放つラウラと箒。

 なんでそんないがみ合うのか。別に前後分かれても変わらんだろ………というのは無粋かなぁ。

 

「疾風、食べますか?」

「ポリポリポリ。おかわり」

「早いですわね、はいもう一本」

「この餌付け感よ」

 

 ポッキーうまー。

 

「一夏」

「なんだシャル? んむ」

 

 シャルロットに開いた口にポッキーを差し込まれ、一夏は条件反射でポリポリとポッキーを食べていく。

 

「ああぁぁ!? ズルいぞシャルロット!?」

「シャ、シャルロット! 私を差し置いて抜け駆けとは! 裏切ったな友よ!」

 

 青い炎が吹き上がる具合に憤慨する二人。チョコ溶けないか心配。

 

「「一夏! さあ食べるんだ!!」」

「だからそんな突き出されても食えないって!!」

 

 ずいずいっと後ろに後ずさるも、リミット(壁)は刻々と近づいていった。

 

「一夏にご褒美上げちゃった、フフっ」

「あれ、前の会長の真似だろ? 策士だなぁシャルロットは」

「うん、まあね。エヘヘ」

 

 見事一番を勝ち取ったシャルは溢れ出る喜びを隠しきれなかった。

 第一回執事にご褒美勝負は、漁夫の利を得たシャルロットの勝ち? で終わった。

 

 そのあと、女子の圧倒的支持率により。

 執事にご褒美セット、採用。

 

「あれ、もうないの?」

「食べすぎですわよ」

 

 

 

 

 

 

 




 ポルネタはやらねばと思った


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第40話【嵐の前触れ】

 

 

「ねー似合ってるこれ?」

「うん、良い感じ良い感じ」

「うう、なんか下のサイズが」

「私は上のサイズ………」

「やめなさいあんた! 二組はこの隣なのよ!?」

 

 学園祭まで早いことあと3日。

 

 @クルーズから服装が届いたので接客担当は試着してサイズを合わしていた。

 メイド喫茶というと大体は萌えやニャンニャン的なのを想像すると思うが、@クルーズの服装は古きよきメイド文化である正統派なメイド服となっている。

 

 接客担当の前には、オルコット家のメイドであるチェルシー・ブランケットがオルコット邸から持ち出した最高品質の食器類や調度品に目を白黒させていた。

 

「このテーブルとか、椅子とか。うわっ、ティーセットまで」

「幾らすんのこれ」

「下手に触れない………」

「もう、皆さん大袈裟ですわよ」

 

 と言いつつ、既にメイド服に着替えているセシリアはご満悦のご様子だった。

 

「ほんとありがとねセシリア」

「構いませんわシャルロットさん。皆様に喜んで貰えて凄く嬉しく思いますし。わざわざイギリスから持ってきた甲斐もあったというものです」

「しかしセシリア。あのメイドは何者だ? 明らかにただ者ではない雰囲気だったぞ。あれが本場のメイドというものなのか?」

 

 ラウラはチェルシーの圧倒的メイド力に謎の闘志を燃やしていた。

 

「うぅ、なんとも落ち着かないな、こういうヒラヒラした服は」

 

 しかし、周りの騒がしさをよそに何処か居心地と着心地の悪さに身をよじる箒。

 

「やはり裏方に回った方が良かったのか。いやいや駄目だ駄目だ! それでは一夏と一緒に仕事できないではないか! 気合いを入れろ! 篠ノ之箒!!」

 

 パンっと自身の頬を頬を叩き、チェルシーから貰った英国メイドマニュアル(日本語訳)をチェックする。

 参考程度の物だが。読まないよりは何かとためになる。

 

(笑顔………笑顔………出来るか私に。中学の職業体験で接客業をしたとき、顔の筋肉が完全に硬直し、笑顔を見せたら小さい子が泣いてしまったのを覚えている。そんな私にメイドが勤まるのか………)

 

「大丈夫か箒? 顔が真っ青だ」

「あら、ベルトの絞めすぎですの? 細く見せたい気持ちは分かりますけど、無理をしたら元も子もありませんよ?」

「ふ、太ってなどいない!」

「誰もそんなこと言ってないよ箒」

 

 箒の百面相に皆が笑う中、シュンと自動ドアの圧縮空気が抜ける音が聞こえた。それと同時に何時もより騒がしい廊下の声も聞こえ、出てきた相川が声を上げた

 

「お待たせー、大本命連れてきたよー」

「待ってました!!」

「早く早く!!」

「はいはい慌てない慌てない。どうぞ! バトラー諸君!!」

 

 と、大袈裟なポーズをする相川さんの後ろで一夏は少し小さくなっていた。

 

「………うぅ、何だか恥ずかしいな」

「今のうち慣れないと駄目だって、ほら、早く進め」

「お、押すなって!」

 

 一夏の背中を無理矢理押して前に出る。

 盾にしてるつもりはないからな? あしからず。

 そろそろとドアから入ってきた男子二人の格好は何時もの白基調の制服とは対称的だった。

 

 白のシャツの上に黒の燕尾服を纏い、首もとからはスカーフが覗き、ズボンは黒一色。靴も黒の革靴を履いていた。

 その二人の燕尾服姿に、先程まで盛り上がっていた教室がシーンと、静まり返った。

 

「ど、どうだ皆? 似合うか?」

「駄目なら言ってくれ、全力で降りるからな」

 

 サイレントスペースとなった教室にいたたまれなくなった一夏は不安げに訪ねる。

 俺はというと特に本心を隠すことなく端的に言う。

 執事として男子は強制的に接客担当だ。

 裏方になりたかったが、これも宿命として受け入れるしかないか。

 

 あ、セシリア発見。

 え、目線をそらされた。何故? 

 

 背後で自動ドアが閉まった。

 

「「「きゃああああぁぁぁぁ!!」」」

「「うおっ!?」」

 

 次の瞬間。突如暴発したボイスボムが俺達の耳を壊しにかかった。

 

「あぁ! 駄目!! 目が蕩ける!!」

「優しそうな甘い顔の織斑執事!!」

「正統派な眼鏡装備のレーデルハイト執事!!」

「「「ああっ生きてて良かった!!!」」」

「そこまで言うのか!?」

「に、似合ってるって事でいいのか?」

「「「勿論ですとも!!」」」

「「お、おう………」」

 

 入学当初に織斑先生が教室に来たときに勝るとも劣らないアグレッシブな熱気に執事二人は完全に圧倒されていた。

 

 なんだ。一夏の影に隠れてしまうかと思ったけど。俺も案外捨てたものじゃないじゃないか。

 素直に、嬉しい。

 

「五月蝿いぞ、小娘ども。廊下に響きまくりだ」

「あ、織斑先生!」

「すいません、二人の執事姿がなんとも凄くて」

「んん?」

 

 何時ものスーツに身を包んだ織斑先生が日誌を片手に俺と一夏を品定めした。

 

「ふむ、まだ服に着られてる感はあるが、悪くはないんじゃないか?」

「あ、ありがとう千冬ね………」

 

 カツンっ! 

 相変わらず伝家の宝刀は良い音が出ますね。

 

「織斑先生だ。織斑、スカーフはもう少し出せ」

 

 織斑先生は日誌を脇に持ち、一夏のスカーフを直した。

 

「レーデルハイトは………特に問題はないな。身嗜みはしっかりとな二人とも。じゃあ頑張れよ。精々恥かかない程度にな」

 

 ドアの向こうに颯爽と消えたクール教師こと織斑先生に男二人は呆然としていた。

 

「あの人に燕尾服着られたら、男として負ける気がするよ」

「姉だよな? 兄ではないよな、俺の姉は」

 

 原因不明の敗北感にうちひしがれる。

 あの人がもし男だったら、この学園はあの人を称える宗教国家になってたんじゃないか? 

 

「ま、まあ! 織斑先生がかっこいいのは万国共通としてだけだし。結構似合ってるよ」

「これは本番頑張るしかないでしょ!」

「舞台は整った! 後は失敗しないように練習だよ!」

 

 おーー! とクラス中が再び熱気に包まれた。

 

「い、一夏」

「おう箒。お前もメイド服に着替えたんだな」

「ま、まあな。私も接客担当だからな」

「大丈夫か? 顔ガッチガチだぞ?」

「う、五月蝿い………この仕事は投げ出すわけにはいかんのだ………」

「ん? なんか言ったか?」

「な、なんでもない!!」

 

 フンっときびすを返して皆との輪を離れ、メイドマニュアルを再び開いた。

 

「一夏さん、お似合いですよ。サイズも宜しいようですわね」

「ああ、ピッタリだよ。ありがとうなセシリア。セシリアはお嬢様だけど、メイド服も似合うんだな」

「あら、それは私が召し使いのほうが相応しいということかしら?」

「え!? いや、そういうわけでは!」

「うふふ、冗談ですわ。ありがとうございます一夏さん」

「な、なんだよ。たち悪いぞその冗談は」

「あらごめんなさい」

 

 優雅に笑うセシリアに対して、最近楯無にからかわれ三昧だった一夏はホッと溜飲が下った。

 

「俺にはなんかないのかよお嬢様」

「え? あーそうですわね。良いんじゃないでしょうか」

「何故目線をそらす?」

 

 俺が入ってからセシリアにずっと目線をそらされている。

 回り込んで視線に入ろうとするが俺が回るのに合わせて顔と体の向きを変えてくる。

 

 もしかしてこいつ素直に褒めるのが恥ずかしいのでは? これは面白いではないか。

 

「セシリアさん。お顔を見せてくださいよ。感想を聞きたいのですが」

「………」

「やあっ」

「ひぅ!」

 

 動きを予測して正面に回り込み肩を掴んで動けなくする。これで逃げられまい。

 

「どうですかお嬢様? わたくしめの姿はお眼鏡にかなっておいでですかな?」

「え、えーっと………」

 

 さあ言うがいい。今の俺は予想と違ってベタ褒めしてくれた皆の影響で気分が良い。

 

「その………」

「はい?」

「………こ、」

「こ?」

「コスプレみたいですわっ! まるでなってませんわね!」

「ごふぉ!」

 

 吐き捨てられた評価に俺の心は深々と抉れた。

 眼鏡執事、膝から崩れ落ちる。

 やべえ、ヤベーヤベー。胸が痛い、倦怠感が半端ない、目眩もする、頭がクラクラする。

 まずい、立てない。四つん這いから崩れないようにするのが精一杯だ。

 

 思ったより期待してた分ダメージが、エグい! 

 

「うぐっ、コスプレかぁ………」

「え、あの。疾風今のは」

「みなまで言うな。むしろ好都合だ。これで本番は一夏に客が集まるだろう。俺は楽できるってことさ、ハハッ………」

 

 笑おうとしたら空笑いが口から漏れた。

 大丈夫か、虹彩に光あるかい俺? 

 

「疾風、そんなに落ち込まなくても」

「そうだぞ疾風、セシリアの評価など気にするな。良く似合っている。メイドとしてはセシリアより先輩な私が言うんだ。間違いない」

「ありがとうシャルロット、ラウラ」

「一夏には負けるがな」

「デスヨネー」

「もう。落ち込ませちゃ駄目でしょラウラ。………た、確かに一夏のほうがカッコいいかもだけど………」

「オレハショセンコスプレバトラーサ、キラッ」

「うえっ!? 聞こえてた!? 疾風も! 疾風もちゃんとカッコいいからね!? ね!?」

 

 一夏には聞こえないであろう小声も俺のイヤーはしっかり捕獲していた。今だけ難聴になりたい。

 弱冠のキャラ崩壊にシャルロットは慌ててフォロー入れるも時既に遅し、燕尾服が白く見えるほど俺のテンションはロー状態だった。

 

「ちわーっす! 新聞部でーす! 取材に来ましたぁ!!」

 

 騒がしくも姦しくも入ってきたのは新聞部の副部長である黛薫子だった。今日もご自慢の一眼レフカメラの手入れは万全だ。

 

「準備期間の様子を撮ろうかなと思って、宜しいですか? ってうおぉ!? 所かしこもメイドだらけ! うひょー!」

 

 興奮冷めやらないながらもシャッターを切る事を忘れないあたり、流石新聞部のエースといったところだろうか。

 

「およよ? レーデルハイト君元気ないね? どしたの? お姉さんに話してみ? ん?」

 

 テシテシと肘で真っ白な俺をこずく黛先輩。

 IS学園きっての男子と言うことで良く写真を撮られている一夏と疾風にとって、今ではすっかり顔馴染みである。

 特に俺場合、学園の内情を知るということもあって、結構交流を深めているようだ。

 

「イエ、マア。ゲンジツトイウモノヲ、サイニンシキシタマデデス」

「わっかりやすいぐらい片言だね。何時もの得意の話術はどうしたのさ。ほらほら、元気出しなって! 私的には織斑執事よりレーデルハイト執事の方が良いと思うぞ?」

「お世辞はいいですヨ」

「お世辞じゃないってば。写真で宣伝したら絶対人気出るって! ササッ、早速宣伝用に取るからさ。ピシッとして!」

 

 宣伝用?と一同に首をかしげる。

 

「そうよー、学年唯一の男子がやる事となって、学園内でもご奉仕喫茶は話題に上がってるからね」

「広告塔なら一夏のほうが良いでしょ」

「イヤー織斑君は日頃から撮りまくってるから、インパクトが無いんだよね」

「そういうことなら」

 

 広告塔。クラスの為ならと、曲がっていた背筋をピシッと伸ばし、ずれかけた眼鏡を定位置に戻す。

 よし、活力が沸いてきた、辛うじて! 

 

「お、何時ものレーデルハイト君だ」

「クラスの為ですから。似合わない執事服だって頑張って着こなしてみせますよ」

「よーしじゃあメイドは誰にしようかなぁ。一組は写真の撮り甲斐があるからなぁ」

 

 いつでも全力をモットーにする黛先輩はカメラ片手にメイドの輪に入って一人一人物色していく。

 

「疾風、結構似合ってると思うぜ? なんか真面目だし、ドラマとかにも出てきそうだ」

「今ほどお前の優しさに泣きそうにならないことはない」

 

 だけど一夏が写真を撮るだったら何時ものメンツが我こそはと出刃っていただろうな。

 まあお前に言われてもって話でもあるけど。って、卑屈過ぎるぞ俺。直ぐにそんな考えを頭から取り払う。

 

 せっかく誉めてくれたのに、こんなことを考えてしまうとは。

 嫉妬? ひがんでいるというのだろうか。

 仕方ないじゃーん。一夏イケメンで俺はフツメンだもーん。

 

「んー、やっぱ並ぶなら金髪が映えるかな?」

 

 黛先輩はセシリアとシャルロットを並べて見定める。

 

「セシリア、一緒に写ってみたら?」

「え?」

「僕より似合ってるし、広告としてなら似合ってる人の方が良いでしょう? 疾風も良いよね?」

「まあ、セシリアが嫌じゃなければ」

「じゃあオルコットさんに決まりね、ササッ、二人とも並んで並んで」

 

 黛先輩に促されるまま二人は檀上に上がった。

 新聞部副部長としてはグリーンバックを使いたいところだが、それでは流石に他のクラスに不公平だし、アポなしということもあいまって電子ボードの前で収まった。

 

「よう、一夏じゃなくてコスプレ執事がきてやったゾ」

「悪かったですから」

 

 これ以上腐ったれてもセシリアが嫌な顔しちゃうのが目に見えるので首をふって気持ちを切り替える

 お互いの服装を入念にチェックする。先程の軽いいざこざなどは関係なしに行う。

 

「お前はさまになってるな。メイド服がドレスに見える」

「それ。前チェルシーに言ったことと同じですわよ?」

「そうだっけ?」

 

 これはミスったな。まあ別に嘘言ってないからいいでしょ……… 

 

「ポーズどうしようか」

「ただ立つだけではワンパターン過ぎますしね」

 

 あれこれ模索し、クラスの意見を取り込みながら着々と撮影準備に入る。

 

「準備オッケー?」

「はい」

「いつでも」

「はい撮るよー。ハイ、マーガリン!」

 

 受け狙いですか? とクラス中の頭に浮かんだと同時にシャッターが切られる。

 

「どんな感じですか?」

「ばっちしオッケーよ! ほら見てみなって」

 

 カメラの液晶にはポーズを取った二人が写っていた。

 セシリアの方は胸に手を当て、柔らかい笑みを浮かべた優しそうなメイドという感じに。

 対して俺の方は手袋を直す仕草に、流し目という挑発的かつクールな執事をコンセプトに撮られていた。

 うわっ、我ながら格好つけてる。

 

「セシリアは思ったより良いな。お嬢様っぽさが表に出るかと思ったけど、可愛らしい感じになって」

「か、かわっ。ま、まあ、疾風も存外悪くないのではなくて? 写真の中だけですけども」

「そうかぁ? 俺はやっぱ一夏のほうが良かったじゃないかって早速後悔してる」

「もう、卑屈ですわね。もっと自信持っても良いでしょうに」

「ついさっきコスプレってバッサリ切ったやつの台詞とは思えんな」

「だからそれは………」

 

 取り終えた途端に雰囲気が戻る俺達。

 我ながら大人げないと思うが、頭では分かっても胸の辺りがムカムカする。

 

「いやー! 御曹司とお嬢様のご奉仕スタイル! 良いわ! これは良い見出しになりそう! ご協力ありがとうございました! 近々乗るから、IS学園新聞宜しくね! あ、二人には今度写真現像しとくから! それではサラダバー!!」

 

 険悪な雰囲気を感じ取ったのか、黛は自棄に元気のある声を出した後に足早に教室から出ていった。

 

「よ、よし! じゃあ接客の練習をしよう! 裏方と厨房係はお客様役で。後四日だし、出来るだけ形にしていこう!」

「おおー!」

 

 服装も変わって心機一転、この日はテンションの上がりようもあって空がオレンジから紫に変わるまでつづいていった。

 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「疾風様、ぴゃっ!?」

「うわビックリした。って菖蒲か、どうした」

「いえ、その。疾風様が凛々しすぎて」

 

 宣伝として部屋まで執事服のままで! とクラスの皆に言われたので言われた通りクラスから出たら菖蒲と鉢合わせた。

 ついでに言うと一夏の方は早速黄色い歓声+ラバーズ包囲網に見舞われている。

 

「どうかな?」

「どうかなって。似合ってるに決まってるじゃないですか!」

「そ、そう」

「ええ。理性抑えてないとお屋敷に連行してしまうぐらいに」

 

 べた褒めしてくれてるけど。なんかここまでくると喜びづらい反応だな。

 菖蒲なんか呪われし右腕がぁ! ってばりに自分の腕抑えてるし。

 

「ところで二組は中華喫茶だったな」

「はい。接客ではチャイナ服を着るのですよ」

「菖蒲も着るのか?」

「え?」

 

 あ、やべ。これセクハラ判定入るんじゃね? 

 

「す、すまん。今のは自然と出たというか意図して言ったわけでは」

「菖蒲に着て欲しいのですか?」

「え、いや。そのへんは菖蒲に任せるよ」

「分かりました!」

 

 言うが早し菖蒲は二組の教室に戻っていった。

 

「鈴様、折り入って相談が!」

「うおっとぉ! ちょ、勢い、勢いが凄いんだけどこの子!」

「徳川さんってたまにアグレッシブになるよね」

「振り幅極端で草」

 

 ………俺の責任ではないよな。

 俺は全力で目をそらした。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

「ふいー」

 

 クローゼットに執事服をしまった俺は自室のベッドに身を預けてボーッとしていた。

 この後ISに乗ろうと思ったけど疲労からの倦怠感が半端なくてこのままベッドと同化しそうだからやめた。

 午前授業でたっぷり乗ったから発作は起きないだろう。

 

 スマホのフォルダを開くとメイド服を着たセシリアの写真が表示された。

 

 ドレスに見えた。嘘偽りない感想だ。チェルシーさんと被ったのは失敗だったが。

 だがメイドさんだと見たらキッチリメイドさんなのだ。

 

「コスプレ執事とは格が違うのですよー」

 

 自虐的に呟きながらスライドして写真をずらしていく。

 

「あ」

 

 何気なく動かしてると、夏休みにイギリスのパーティーで着飾ったセシリアが画面一杯に広がる。

 

 画面に写る彼女に思わず見惚れた。

 スパンコールを散りばめた煌めく黒のドレスに、彼女のブロンドが際立ち、大きく開かれた胸元は年不相応の妖艶な魅力を引き立てている。

 

「………あー」

 

 何故か顔に熱が差し、画面から目を離す。

 最近の俺は何処かおかしい。

 ふと気づくとセシリアが視界にいる………気がする。

 

 夏休み明けになってから皆に『セシリアとなんかあったか?』『セシリアに優しくなったね』と言われる。

『セシリアと付き合っているのか?』と聞かれたときは度肝を抜かれた。

 

 全くの誤解である。彼女とはそういう関係ではないと2学期から何回言われただろうか、黛先輩からも出会い頭に聞かれたので丁重に否定したのだ。

 

 セシリアにとっても迷惑だろう。こんな俺と並ばれるなんて。

 あいつはそんなの気にしないなんて言ってたけど。意味は違えど。

 ………まただ、胸がチリチリと疼く。

 

 セシリアが一夏と親しげにしているのを見た時もチリチリと疼いたことがあった。

 

 何故? 

 もっとも有力で仮説を立てようとした俺が居たが、即座に切り捨ててやった。

 

 しかし、他の仮説を立てても、これではないと頭が拒絶してしまう。

 

 俺は、あいつをどう思ってるんだろう。

 

 ピンポーン。

 

 ぼんやりとしていた頭がインターホンの音によって覚醒する。

 カメラの画面を見ると噂をすればセシリアだった。

 ドアを開けてやるとセシリアはピクっとした。

 

「どうした?」

「あの、今布仏先輩は」

「いないけど」

「そうですか………」

 

 顔をうつむかせて黙ってしまったセシリアを辛抱強く待っていると。

 

「放課後のこと、謝ろうと思いまして。ごめんなさい」

「ああー。別にいいよ。俺もガキだった」

 

 謝ってくれたセシリアに対して自然と言葉が出た。

 さっきふて腐れてた癖にこの有り様である。現金だな俺も。

 

「それだけか? わざわざすまんな」

「いえ、あの」

「じゃ、また明日」

「ま、待って!」

 

 セシリアの白魚のような手が俺の手を掴んだ。

 俺より体温の低い手は冷たさを感じたが一瞬で体が暑くなった気がした。

 

「な、なに?」

「その………」

「うん」

「………似合ってましたから」

「へ?」

「執事の格好、似合ってましたから!」

「へ!?」

 

 すっとんきょうな声が出た。俺の腕を掴んでいたセシリアの手も顔も熱を帯びてきていて……

 

「~~~っ! また明日!!」

 

 振り払った手をバタつかせながらセシリアは優雅さが少し欠けた状態で走り去っていった。

 

「………あーー」

 

 目を抑えた。

 

「それは反則だよお前………」

 

 ポツリと呟いた。

 頬が熱い。やっぱ現金すぎる俺………。

 

「セシリアちゃん、やるわね」

「そうですね」

「うぇい!?」

 

 ドアの後ろから声がした。

 覗いてみるとちんまりと隠れていた会長と虚先輩がそこにいた。

 

「いつから」

「私も薫子ちゃんに見せて貰ったけどなかなか様になってるじゃない?」

「大変お似合いですよ」

 

 グハァ! 

 

 誤魔化そうとISに乗りに行こうとしたが会長がわざわざ来たということは逃れるという選択肢自体が消えたということを意味するので早々に諦めることにした。

 

「虚ちゃん、紅茶お願い」

「かしこまりました」

 

 席につくなり会長は黒い箱のような物を取り出し、箱についてるスイッチを押した。

 なんじゃこりゃ。

 

「うん、大丈夫そうね。何時仕掛けられてるのかも分からないし。こういうのはたまに持ち歩くと便利よね」

「それ、盗聴機探知機ってやつですか? 穏やかじゃないですね」

「まあね、お姉さんにしては珍しくシリアスな話をしようと思ってね」

 

 コミカルな自覚あったんですね。

 会長が持ってきた市松模様のクッキーをつまんで頬張る。

 

「【亡国企業】。名前くらいは知ってるわよね?」

 

 突発的に出たワードに思わず掴んでいたクッキーを落としそうになった。

 

「え、ええ。知ってますけど。何故その名前が?」

「家の家系ってね。結構色々顔が聞くのよ。それでね、IS学園周辺の街で亡国機業の構成員らしき人物をマークしたの」

「え、つまりテロリストがこの近くに」

「いる可能性もあるわね」

 

 ブルっと体が震えた。世界の裏で騒がれ、各国のISを強奪せんとしているテロ組織が、自分達の近辺にいるのだ。

 

「奴等は此処を?」

「分からない、だけど可能性は十二分にあるわ。此処には大量のISのコアが保管されている。軍事基地に比べて、ここは隙が多いし、正に宝島なのよね。国際IS協会の後ろ楯と、初代ブリュンヒルデという者があるとはいえ。絶対に安全というわけではないもの」

「でも、今まで此処を襲撃されたことなんてないでしょう?」

「これは箝口令しかれたことなんだけど。IS学園は四月のクラス対抗戦の時にISの襲撃を受けてるの」

「マジすか?」

「マジよ」

 

 会長の言った通り、ここは絶対ではないということか。

 

「そして、近いうちに学園祭がある」

「外部からの一般客を装った、構成員が出入りする可能性が高いと」

「その通りよ。それに今回は貴方と一夏くん。男性IS操縦者という最高峰の獲物がいる。訓練機や警備機体のISのコアをISから引き抜くよりも、貴方達をISごと強奪する方が利点も大きい。だから学園祭中は生徒会、風紀委員、教師の方々には学園の警備と不審者に対する注意を呼び掛けておくわ。勿論貴方にも動いてもらう。いざという時はISの使用も許可します」

 

 IS使用、それはテロリスト共がISを使用する可能性があるということ、あんな人が集まるところで、そんなものが使われたらと思うと、心臓が鷲掴みされたような圧迫感が襲ってくる。

 

「一夏にこのことは?」

「話したわ、亡国企業の名前を出してもピンと来てなかったみたいだけど」

「それはそうでしょう。一夏は企業所属じゃないから俺みたいに注意勧告は受けてないでしょうし」

「そうね。本当ならこんな厄介事は侵入されるという可能性すらも排除しなきゃいけないのにね。我ながら情けないわ」

 

 会長は一瞬悲しげな笑みを浮かべた後、キリッと強い意思を持った目をした。

 

「だけど、貴方と一夏くん。そしてこの学園の生徒達は必ず守って見せるわ。IS学園生徒会長、そして、楯無の名に懸けて」

 

 覚悟と責務。普段の道化師のような人とは同一人物とは思えない風格か楯無会長の表情を見て感じ取れた。

 強い人だ、改めてそう思う程に。

 

「俺も微力ながら手伝います。こいつは、その為に使うべきだと思っています」

 

 俺は胸元につけているイーグルのバッジを撫でた。

 

「ありがとう、心強いわ」

 

 楯無会長は安心したかのように虚先輩が入れてくれた紅茶を飲んだ。

 

 何も起きず、平凡に過ごす。それは万人が望むことであり。それが日常というもの。

 しかし、この激動の時代、それを望まぬ者がいる。

 

 嵐は、すぐそこに。

 

 

 



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第41話【至極贅沢な不満】

 

 待ちに待った学園祭。

 早朝の開会式を皮切りに生徒のテンションは正にとどまる事を知らず、

 ある生徒は自由に学園祭を堪能し、ある生徒は各々のクラスの出し物や模擬店等に忙しくも楽しい一時を過ごしている事だろう。

 大いに結構、存分に青春を謳歌するがいい。

 

 俺も謳歌したい。

 

「ほんとどうしてこうなった………?」

 

 周りに気付かれないように体に溜まった何かを吐き出すために思いっきり息を吐いた。

 執事たるものいつでも優雅たれ。疲れの表情など出してはならない。

 

 こうなってしまった原因は二つ。

 

 先ず一つ目。

 

「はーい! こちら二時間待ちとなっておりまーす!」

「ええ、大丈夫です。学園祭が終わるまでは開店してますから」

「織斑君ご指名です! 四番テーブル! 執事にご褒美セットで!」

「お待たせ致しました。湖畔に響くナイチンゲールのセットでございます」

 

 人、人、人! 

 

 テレビで何処かの穴場飲食店を紹介された後に並ぶ行列も真っ青な行列がご奉仕喫茶を経営している一年一組の前に並んでいる。

 どうやら前に学園新聞に乗った俺とセシリアの写真。そして後に撮った俺と一夏のダブル執事の写真が、ものの見事学園女子のはーとを撃ち抜いたらしい。

 

 見出しは【あの有名企業出身の御曹司とお嬢様が、貴方にご奉仕致します】【世界でただ二人の男性IS操縦者が貴方を夢の時間にご招待】

 長い長い見出しに引かれ、校内の女子達はこぞってこの一年一組のご奉仕喫茶に集まっているのだ。

 

 まあ予想は付いたさ、他とは違うオンリーワン。いやここはオンリーツー? オンリーじゃねーなおい。

 

 そして、二つ目。

 俺にとってこれが本命だ。

 

「レーデルハイト君! 一番テーブルお願いしまーす」

「かしこまりました」

「その次に六番テーブル! 執事がご褒美セット!」

「かしこまりましたぁー!」

「二番テーブル、レーデルハイト君指名入りました!」

「へいよろこんで! (かしこまりました!)」

「疾風! 逆、逆!」

 

 おかしいな。レーデルハイトって一人しかいないと思うんだけど。

 明らかに一人に対する注文量じゃない気がする。

 

「織斑君とレーデルハイト君が執事でご奉仕だって!」

「どっち指名する! 私はレーデルハイト君かな!」

 

 織斑もいるよ。織斑もいるから。

 あっちの方がイケメンだから! 

 

「だよね! 織斑君も凄く良いけど、あの新聞に写っていたレーデルハイト君はガチ執事って感じ!」

「あたしはあの写真でやられた、手袋直しの流し目とか、最高」

「眼鏡真面目系の執事とかアニメみたいじゃん!」

 

 そんなことないんじゃないかな。

 少なくとも俺の中の執事イメージはダンディーなおじさまなのだが。

 

 まあ、とりあえず言わせて貰おう。

 

「どうしてこうなった!?」

「レーデルハイト君! 七番テーブルお願いします!」

「はいただいま!(ド畜生!)」

 

 幻覚か幻聴か。いやこれは現実である。

 何故か、何故か一夏執事よりレーデルハイト執事のほうが指名率が高い気がするのですが。

 俺の理想は、一夏執事に客がより。俺はゆるりと物好きなお客様を相手に『ああ、やっぱ一夏はモテるんだなぁ』と、半ば高みの見物ばりに笑っていたのだが。現実は真逆であった。

 

 勿論一夏も人気だ。だが比率的には俺6の一夏4。数字は僅差ではあるものの、そんなこたぁないわけで! 

 逆にメイド勢が若干お暇する時間が作れるほどの始末。

 

 まさかあの流し目と手袋クイっ、がここまで効果を発揮してしまうとは。

 地味キャラ=真面目キャラが通ってしまったとは。

 

 そのお蔭でここはメイドと執事のご奉仕喫茶の筈なのに、完全に執事主体、メイドはおまけのご奉仕喫茶になってしまっている。

 

 俺にも遂にモテ期が? こんな忙しくて息のつまるモテ期いらぬわ! 

 贅沢を言うな? バカ野郎! この忙しさを見て言え! 

 現に教室の外は最後が見えないくらい並んでるから! 

 一夏にいけ! お願いしますから! あっちはイケボだから! 

 

「疾風!」

「はいなんでしょう、シャルロット執事」

「い、今はメイドだよ!? いや、これからも出きれば執事よりメイドが良いけど。じゃなくて、少し休憩いれたら?」

「きゅきゅきゅ休憩? なにそれ、美味しいの?」

「疾風、一旦深呼吸しよ。目が凄いよ」

「ヒッヒフー!」

 

 脳に酸素がいかなすぎてハイになった頭で受け答えしてしまった為か、受け答えが謎めいてしまった。

 

「………ふう」

「落ち着いた?」

「ああ、ありがとう。で、休憩? 今抜けて大丈夫か? 俺目当てのお客さんもいるんだろう?」

「そこは一夏に頑張ってもらうから。少しぐらいだったら大丈夫、その間に息整えておいて。じゃないと最後までもたないよ」

「じゃ、じゃあありがたく」

 

 正直息も絶え絶え、喉と唇も声を発しすぎてカラッカラだ。

 休憩入ると受付に伝えた後、燕尾服を脱いで、各クラスの休憩室兼備品倉庫に使われている空き教室に向かう。

 

「あれ、疾風じゃない。何処行くの?」

 

 聞き覚えのある声に顔を向けると鈴の姿が。最近ご奉仕喫茶の準備で会っていない気がするので酷く懐かしく感じたのは疲労が溜まっている事も関係しているに違いない。

 

「何処って、休憩だよ」

「早くない? まだ学園祭始まって一時間しかたってないわよ?」

「それならそっちもだろ? 二組は中華喫茶だったよな。忙しくないのか?」

「あんたのとこに客取られて暇なのよ、隣のクラスというお零れが無かったら完全に過疎状態なのよ。実際開店から30分ぐらいはそうだったわ。だから急遽ビラ配りして、今終わって休憩ってわけよ」

「さいですか」

 

 お前も休憩じゃないか、とは言わなかった。うちが繁盛したお陰でやらなくてもいいことをさせてしまったのだと思うと少し申し訳なく感じる。

 しかしこれは一等の金一封もかけている大勝負なので、敢えて謝らなかった。おそらく勝ち気な鈴もそれを望んではいないだろう。

 

「しっかしまぁ………」

「なによ?」

「露出面積すげえな………」

「あら、悩殺された?」

「答えに困るからやめて」

 

 目線より下にある鈴を下からゆっくりと品定めして言い放つ。

 鈴の服装は赤に金色の刺繍が入ったチャイナドレス、それもかなり大胆にスリット入っており、ジャンプしたら下着なんか丸見えになるであろう代物である。

 あと背中がほぼ丸見えなのがなんとも………。

 

 そして鈴のトレード・マークであるツインテールはお団子ヘアーに変わっていた。なんか布で纏まってるけど。名前なんだっけ。

 

 しかし流石は度胸があるというが、こんな一般客もちらほらと居るなかでも全く恥じらいというものが感じられない。

 

「なによ、服装なんて生徒会でも把握済でしょう?」

「いや、最終的な確認とかは全部会長がやるから。まあ、似合ってるから良いけどさ」

 

 多分面白半分に採用したんだろうなぁ。大丈夫かな、時折通る男性客がチラチラと鈴のチャイナドレスに目配せしているのだ。

 

 ………ん? 待てよ? 

 

「おい、まさか菖蒲も着てるんじゃないだろうな?」

「あら? 気になる?」

「別にそんなんじゃないって」

 

 あの和風で清楚なイメージである菖蒲が、こんな肌の見える服に着替えてご奉仕等するのであろうか? 

 いつの日かチャイナ服を着てほしいかと聞かれたの。思い出した。

 常に着物姿というなの制服を着ている彼女のチャイナドレス姿を想像するのは、並大抵な事ではなかった。

 

「気になるなら中華喫茶に来なさいよ」

「か、考えとく」

「ふふん、じゃあねー」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かばせながら鈴は遠ざかっていった。多分うちのご奉仕喫茶であろう。

 

「あ、レーデルハイト君だ!」

 

 ヤバッ、逃げろ! 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 小休憩、飲み物。甘いものを取って戦線復帰した。

 やはり甘いものはいい、チョコレートはいい。明日への活力となる。

 

「戻りました」

「なにすんだよ!?」

「こっちの台詞よ!」

 

 はいはいなんだなんだ? 

 見ると尻餅ついてる一夏執事とフーフーと猫のように怒ってる鈴の姿が。

 

「なにがあったラウラ」

「鈴が一夏にビンタした」

 

 把握。 

 

「おいおい、なにした一夏。お嬢様、この唐変木うすら馬鹿が何か失礼を?」

「失礼だなお前」

「え、いやその」

「大変失礼致しました、こちらの執事には厳しく言っておきますので、どうかお納めください」

「う、うん」

 

 仲裁を加えられ暑くなった頭がクールダウンしていく鈴。

 あれ、思ったより手応えがないな。

 

「お嬢様、他にご注文は御座いますでしょうか?」

「い、いいわ、今回は帰る。中華喫茶に戻らないと」

 

 周りの空気もあり、鈴はこれ以上此処には居づらかった。

 

「かしこまりました、またのご来店をお待ちしております」

「お、お待ちしております」

「う、うん………えと、一夏」

「な、なんでしょうか?」

「………………楽しかったから、頑張りなさいよ。後、行きなり叩いて、ごめん……ね」

「………お、おう」

「なによ」

「いや、鈴から素直に謝ってもらうとは思わなかったから」

 

 お前は………今言うことじゃないだろう。

 言いたい気持ちはわかるけど。わかるけど! 

 

「大丈夫か、鈴? 顔赤いけど」

「う、うるさい! とにかくそれだけよ! っ~~! じゃ、じゃあね!」

 

 鈴はそそくさと入り口でお金を払って隣の一年二組に潜り込んだ。

 

「で、何をしたんだお前は?」

「いや、叩かれるような事はしてない気がするんだがな、ただ」

「ただ?」

「ポッキー食べてる時の鈴がリスみたいで可愛いなと、言ったら首に………」

「お前はまた、そうやって」

 

 眉間をおさえて溜め息吐く疾風。

 

「これだから無自覚ジゴロは………」

「え、なんだって?」

「お前ほんっと耳悪いよな、耳鼻科行け」

「突然の罵倒!?」

「耳鼻科行け」

「いや聞こえたからな?」

 

 あ? あんだってー? 

 

「織斑君、レーデルハイト君」

「ん? 鷹月さん、どうかした?」

「その………三番テーブルに使命入ったのよ、二人共」

「ダブルで? 接客はワンテーブルに一人だろ? ちゃんと事情説明しないと」

「そ、そうなんだけど………」

 

 鷹月さんは、ばつの悪そうな顔で三番テーブルに視線を移す。

 それにつられて俺と疾風は三番テーブルを見ると………

 

「やっほ~♪」

 

 そこには何故か、@クルーズのメイド服に着替えていた楯無さんの姿が。

 

「「………はぁ」」

 

 同時に溜め息を吐いたのは、もはや必然だった。

 

 

 

 

 

 

「はい、あーん」

「あーん」

「んー、良い食べっぷり。はい疾風君も、あーん」

「………あー」

「むぅ、こっちは勢い無いわね、はいもう一本と思わせて三本」

「もごぉ!?」

 

 一つのテーブルに陣どるメイドと執事二人、しかもメイドは仕切りに執事にポッキーをあげてる様は、何処か異様な雰囲気を放っていた。

 そして………

 

『………………』

 

 何故か鋭い視線が3本突き刺さってんだよなぁ。

 俺じゃない筈なのに圧が凄いなー、痛いなー。

 セシリアの方を見ると丁度目があった。反らされた。

 

「それで会長、何しに来たんですか?」

「暇だったから来ただけよ?」

「あの行列をですか?」

「買収したらするりと変わってくれたわ」

「さらりと言わないでくださいそういうこと」

「一体なにを使ったんですか?」

「知りたい?」

「「いやいいです」」

 

 どうせろくでもない物に決まっている。

 

「てか、そのメイド服どうしたんですか? ………もしかして」

「やあねえ、別に盗んだ訳じゃないからね? ちょっと借りただけよ」

「買収でですか?」

「ニパッ☆」

「はぁ………」

 

 ほんと、何を出汁に使ったんだろうか、もはや背筋が冷える。

 盗撮写真じゃねーだろうなぁ。そういや一夏争奪戦の発表の時も何気に盗撮ぽかったような。

 

「しっかし、大盛況ねぇ。流石校内に二人しかいない男を独り占めしてるだけはあるわね」

「学園外からのお客様も多いんですよ」

「それはそうよ、二人は今のこの世界ではトップクラスの有名人なんだから。よ、人気者!」

「止めてくださいよ。最近、自覚はしてきてるんですけど。どうにも実感が沸かなくて」

「沸かないと駄目だろ、お前は只でさえ警戒心無いんだから。ましては今日は外部の人も来てる、平和ボケし過ぎんなよ」

「わ、わかってるよ」

 

 ばつの悪そうに目線をそらす一夏を尻目にメイド達に接客されているお客さんを見た。

 

 男性でありながらISを動かした存在が此処に居る。どうしても警備が緩んでしまうこの日は敵にしては絶好の好機に他ならない。

 もしかしたら、このお客の中にテロリストがいる可能性も

 

 ゾッと背中に氷水を流し込まれかのような虚脱感が襲った。

 それと同時に、居るかも分からないテロリストに蹂躙される学園のビジョンが浮かんだ。

 

「どうもー! 新聞部でーす! 話題のダブル執事の取材に来ましたぁ!」

 

 突如教室に飛び込んできたハイテンションの黛先輩の声に、深層に落ちていた意識が一気に浮上した。

 

「あ、薫子ちゃんだ。やっほー」

「わお! たっちゃんじゃん! メイド服も似合うわねー。てか何よ、一人で執事二人を総嘗め? もう罪な女ね、たっちゃんは!」

 

 言いながら既にシャッターを切り始めている。楯無さんに至っては「いえいっ!」とピースまでしている。俺も流れでピースサインを出してバッチリと撮影体制を取り、一夏も遅れながらもぎこちなくピースする。

 

「あれ、二人ともなんか元気ない?」

「え、いや、その」

「会長の無茶振りに疲弊してるところです」

「言うじゃない疾風君」

「あはは、まあ今に始まったことじゃないね! さて執事の写真を撮ろうかな。でもやっぱり女の子も写らないと駄目ね」

「私写ってるわよ?」

「たっちゃんはオーラ有りすぎて駄目だよー。ということで、他の子にも来てもらおうかな。専用機持ちあたりに」

「それいいわね。その間に私がお店のお手伝いするわ」

 

 完全に俺達の意見ガン無視なのですが、そこんとこ似てる気がするな、この二年生コンビは。

 

「はーい、専用機持ちのメイドさーん。執事と写真取るからこっち来てー」

 

(一夏と!?)

(写真!?)

(ツーショット!?)

 

 ギランと目を光らせたラバーズ3人は、驚くほど速やかに接客を済ませ、お客の迷惑にならない程度に、これまた驚くほど速やかに集合した。

 

「一夏! 私と写真取るぞ!」

「ぼ、僕も一夏とツーショット撮りたいな」

「馬鹿者、夫婦は何時でもセットというものだろう? ならば私とだ!」

「そんないっぺんに来ても無理だって、これじゃ集合撮影だよ」

 

 一気に詰め寄ってきた三人に一夏は慌てている。まるで誘蛾灯みたいだなお前。

 奉仕喫茶でもルックスがズバ抜けている三人が一人の男に群がったことで心なしか男性客の顔が下を向いた気がするのは気のせいだよな? 

 

「一夏君って人気ね」

「そうですね。会長、案の定予想通り俺が蚊帳の外です。慰めてください」

「大丈夫大丈夫、貴方にはセシリアちゃんがいるわ」

「来てないんですけど」

「呼んでくるわね」

 

 スターっとセシリアのもとに行く会長はセシリアと少し話したあと接客を変わった。

 

「おう来たな」

「ごめんなさい。聞こえなかったもので」

「いや、あいつらのハイパーセンサー(耳)がやばいだけだから」

 

 渦中の一夏は雛鳥のようなラバーズの相手に四苦八苦している。

 

「お前ら、話進まないからそのへんにしとけ。どうせ一人ずつ撮るんだから」

「違うぞ疾風。あの新聞部はお前と一夏二枚ずつで撮りたいというらしい」

「なんでまた」

「疾風だけ一枚なのは格差だって」

 

 ………いらん気遣いだ。

 

 なんやかんや話は続き、俺が気にしないということでラバーズ三人は一夏と撮ることになった。

 

 

 

 

 ラウラが倒れた。

 

 一夏がラウラの顔が赤いから風邪かと思っておでこをコツンとしたら少佐どののキャパがオーバーしたらしい。

 やはり罪な男である。織斑一夏。

 

 シャルロットと箒は特に問題なくツーショットを撮り終えた。

 現在黛先輩に値段交渉している。 

 

 最後は俺とセシリアのペアだ。

 

「疾風、もっと笑顔をですね」

「してるだろ。みよ、この笑顔」

「仮面みたいですわよ………」

 

 笑顔がぎこちなくなってます。助けて。

 さっき表情筋フルで笑顔に費やしたからここで弊害が出てやがる。

 

「レーデルハイト君表情固いよー。営業スマイル見せて営業スマイルー」

「す、すいません」

「頼むよー。一応執事とメイドの人気ナンバーワンコンビなんだから。あ、そうだ腕絡ませてみようか、思いきって!」

「「はあっ!?」」

 

 黛先輩の突拍子もない提案に顔が更に引きつった。

 え、セシリアと密着するの? 

 マ? 

 

「行きなり何を言い出すんですか黛先輩! 執事とメイドですよ?」

「良いじゃない。執事とメイドの禁断の恋的なコンセプトで!」

「き、禁断の恋!?」

「あれ? 出来ない?」

「あ、あ、当たり前ですわ!」

 

 そうだぞ、言ってやれセシリア。あと使用人同士はそんな禁断でもないですよ。ブランケットご夫婦とか。

 そもそも広報なんだからみだりに接近する必要などないんだよ。

 一夏? あいつは別。

 

「そっかー、出来ないか。期待してたんだけどなー。ガッカリ」

「な、なんですの? その挑発的な流し目は………」

「まあ、出来ないなら仕様がないよね。はぁ~、出来ないなら~仕様がないね~」

「………」

 

 ギュム。

 

「………セシリアさん」

「なんですの?」

「何故腕を絡めてるんでしょうか?」

「……気紛れですわ」

「チョロすぎ」

「お黙り!」

 

 怒らないでください。いや怒ってもいいけど力入れないで。

 あたってるのよ? 

 

「良いね! ほれほれ、もっと笑顔笑顔!」

「ふふん、わたくしにかかればこれぐらい余裕ですわ」

「レーデルハイト君も」

「ニコッ!」

「怖いな笑顔が!」

「レーデルハイト君。もう真顔でいっちゃおう。執事的にはそれもいいかもしれないし」

「スンっ」

「真顔っ」

「ハイチーズ!」

 

 パシャリ。

 

 

 

 

「はい、皆ありがとうね。それにしても一組の子は写真映えしていいわ。撮る方としても楽しいわね」

「薫子ちゃん、あとで生徒会の方も宜しくね」

「もっちろん! この黛薫子にお任せあれ! じゃあ他の撮影もあるからもう行くね、サラダバー!」

 

 正に嵐の如く、エネルギーの固まりとも言える新聞部副部長はご奉仕喫茶から姿を消したのであった。

 

「セシリアさん」

「………」

「なんか言ってください」

「業務に戻ります」

 

 セシリアはお客様にスマイルを提供しにいった。

 頬が赤いのを待たずに行ったので男性客も釣られて赤くなった。

 照れるぐらいならくっつかなきゃ良かったのに。

 

「そうだ。一夏君、疾風君。私もうしばらくお手伝いするから、校内を見てきたら?」

「え? 良いんですか?」

「うん、良いわよ。おねーさんの優しさサービス」

「いや、でも。俺達二人がいなくなると」

「売上にも影響しますし」

「大丈夫よ。人も疎らになってきたし、私からもフォローしとくわ。ぶっちゃけ、少しくらい貴方達がいなくなっても。もうここの一位独走は揺るがないわよ、さっき校内をズラッと見てきたけど、もはや出来レースレベルよ」

 

 ズルいわね、男の子。と会長は何時もの笑顔で言う。

 

「それに、折角の学園祭よ? 仕事ばかりで終わるなんて勿体ないわ。だから、ここはお姉さんに任せて楽しんでらっしゃい」

 

 まあ、会長なら十分に人気もあるだろうし、お客さんも怒らないかな。美人だし

 

 現に周囲の老若男女が会長に熱い視線を送っている。

 

「じゃあちょっとお願いします」 

「うん。じゃあ行ってらっしゃーい」

 

 ヒラヒラと手を振る会長を最後に教室を出た。勿論燕尾服を着たままだ。

 これ笑われるかねー、あいつに。

 

「お?」

 

 ドンピシャのタイミングでポケットに入っていたスマホが着信が。表示すると『着いたぞ!』と学園ゲートの写真付きのメッセージが。

 

「ん? そいつは?」

「高校の友達。招待状だしたんだ」

「ふーん。あ、俺からも来てるわ。一緒に行くか?」

「俺ここらへん少し片付けてから行くから先に行っててくれ」

「わかった」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「さて、早く行かないとな」

 

 階段を一段飛ばしで降りていく。執事としてはお世辞にも行儀がいいとは言えないが、今は周りに人がいないから………

 

「ちょっといいですか?」

「おっとと?」

 

 と思ったら声をかけられた。それも階段の踊り場で。

 声をかけてきたのはスーツ姿の長髪の女性。しっかりとノリの付いたスーツはパリッと決まっている。

 

「何かご用でしょうか?」

「失礼しました。私、こういうものです」

 

 スーツの女性は手早く名刺を取り出して渡してくる。

 

「えっと………IS装備開発企業『みつるぎ』渉外(しょうがい)担当。巻紙礼子さん?」

「はい。織斑さんに是非わが社の装備を使って頂けないかと思いまして」

「はあ………」

 

 またこういう話しか、と一夏は内心タメ息をついた。

 

 一夏がISを動かしてからというもの。国色問わず白式に装備提供を名乗り出てくる企業は後を絶たない。夏休みも半分以上をそういう人たちに会うのに費やしてしまったぐらいだ。

 断れば良いのだが。断りきれない企業は世界でも名を馳せている大企業の数々。

 会合の時は姉であり担任の千冬が同伴してくれたので、事なきを得ていたのだが。

 

 こうもこぞって群がるのは、世界でも希少な男性IS適合者の一夏が駆る白式に装備を使ってもらうのは予想以上に広告効果が高いらしい。

 特に白式の開発室である倉持技研が後付装備を開発できてないという事で各国企業は躍起になってアプローチしてくる。

 

 これには二人目の男性IS操縦者の疾風、第四世代型のISを持ち、篠ノ之束の妹である箒にも適用されるのだが。

 

 疾風は実家のレーデルハイト工業という世界的IS企業というこれ以上ないというぐらいの後ろ楯。

 箒に至っては、『紅椿は全領域に対応できる万能型なので、余計な物はいらん!』と束さんが絡んでいる性もあって断固拒否の体勢だ。

 一夏自身。断れる強い理由が欲しいものだが………。

 

「あー、えっと。こういうのはちょっと………とりあえず学園側から許可を取ってからお願いします」

「そう言わずに! こちらの追加装甲や補助スラスターなどいかがでしょう? さらに今なら、脚部ブレードもついてきます!」

「いや、あの、結構で………」

「そこをなんとか!!」

 

 見た目とは裏腹にぐいぐいとアグレッシブに迫ってくる巻紙さん。どうしたものかと頭の中で考えるも、良い案が思い付かない。

 

「あの、本当にそういうのは………」

「お? 一夏? どうしたどうしたー?」

 

 やたらと間延びした声を発しながら、疾風が階段を下りて踊り場に降り立った。

 

「疾風」

「また勧誘か? 人気者だな一夏は」

 

 巻紙さんが突然現れた疾風に戸惑うなか、俺の手に持っていた名刺を疾風が奪い取った。

 

「ふむ。『みつるぎ』さんね。あれ? 今の『みつるぎ』さんに白式の追加装備発注できる余裕なんてありましたっけ? この前カナダのダブルアクションシステムの開発で切られましたよね?」

「貴方は」

「申し遅れました。自分、『レーデルハイト工業』専属テストパイロットの疾風・レーデルハイトと申します」

 

 取り出した名刺を巻紙さんに渡す疾風。一夏は何故かその一連の動作が巻紙さんより様になっているように見えた

 

「申し訳ございませんね。えっと、巻紙さん? こっちの一夏の白式の追加装備の案ですが。私のほうが先に相談に乗られてまして。今契約を結ぼうかと思いまして」

「なっ。そんな話、聞いたことは」

「まだ検討中ですけどね」

(え、え? そんな話してたっけ?)

 

 突然の展開に一夏の思考が重体した。

 

『会わせて、くれ。悪いようにはしない』

『お、おう』

「そうだよな、一夏?」

「え、あ。まあ、そうなん、です」

「で、ですが。我が社の装備も」

「大変申し訳ないですが、そういう話は今後ご遠慮下さいませ。行くぞ一夏」

 

 なおも食い下がる巻紙さんをバッサリと切り捨てた疾風は俺の手を取って階段を下り走った。

 

「お、おお!? 手を引っ張るな! あぶねって! し、失礼しました!」

 

 一夏はチラッと後ろを見やると、巻紙礼子女史が忌々しそうにこちらを睨み付けていた。

 まるで、こちらを敵として見るかのように。

 

「ここまで来れば大丈夫だろ」

「ふぅ、ふぅ」

「どうした一夏。へばってんのか? 情けない」

「お前な………」

 

 そりゃ階段走り抜けたらこうもなる、踏み外しそうになりながらついてこれた事を褒めてほしい。

 

「ていうか、俺、レーデルハイト工業とそんな話してないよな?」

「しただろ?」

「いつ?」

「さっき」

「そういうことじゃないだろ」

「えーー」

 

 不満げにジト目で一夏を見る疾風。 

 

「あんな大々的に言って、噂になったらどうするんだよ」

「ん? なんか困ることあるか?」

 

 はて? と首をかしげる疾風に呆れる一夏はの前で彼はスラスラと続ける。

 

「もし噂になったら、それをほんとにしたらいいじゃん」

「はぁ?」

「一夏が受け入れれば、今まで以上に装備の幅も広がるかもしれないし、非常時にも色々手助け出来る、レーデルハイト工業というバックがあれば、今みたいな広告目的の奴らもぐっと少なくなるしな」

「疾風………」

 

 自分を守る為にホラを吹いてくれるとは。一夏は疾風の中に男気を感じた。

 

「それに、お前が入ればうちの評判爆上がりだしな!」

「おい!!」

 

 男気というなの幻影は直ぐに崩れ去った。

 清清しいくらいにこやかな笑顔をする疾風の前に一夏は体勢を崩した。

 

「結局お前もそれなのかよ!」

「当たり前! 男性IS操縦者二人を総ナメとかこれ以上無いほどの広告効果だろ。活かさない手はない!」

 

 目を輝かせながら拳を握り締める疾風は、さっきの巻紙以上の気迫を放っていた。

 

(企業の人間だ、ここに企業の人間がいる!)

 

 一夏は輝きを放つ疾風を前に思わず後ずさった。

 

「ということでいかがかな? わが社との契約を前向きに考えてくれるだろうか織斑一夏君!」

「か、勘弁してくれぇ!!」

「悪いようにはしないから!」

「信用ならん!!」

 

 企業戦士スイッチが入った疾風から逃げるように一夏は親友との待ち合わせ場所まで走った。

 

 



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第42話【WELCOME IS学園】

 学園祭から一ヶ月前。とある民家の一室。

 

 疾風の中学時代からの友人である村上は。

 

「あばばばばば………」

 

 バグったように震え、スマホの画面を凝視していた。

 

 LINE画面に写された画像には『無事お付き合いすることになりました』という文面と。同じく中学からの友人である柴田が、隣ではにかむ彼女らしい女の子とツーショットを取っていた

 

 ピロンとLINEの通知が来た。

 

『村上のお陰で上手くいった。ほんとありかとな』

 

 善意100%のはずなのに村上は白目になった。

 「いえいえ良かったな。末長く爆発しろ」とお祝いの文面を送信した村上は。

 

「ちくしょうめぇー!」

 

 スマホをベッドに叩きつけた。

 叩きつけられたスマホはベッドを跳ねたあと、ポーンと放物線を描きフローリングにゴトッと鈍い音をたてて沈黙した。

 

「あいつっ!! うっうごぉぉぁぉおおお!!」

 

 ベッドにダイブして縦横無尽に転がりまくる姿は正に狂気そのもの。

 今の叫びは歓喜の叫びではない、いや、歓喜もほんの少しは混じってはいただろうが今は嫉妬の叫びという表現が適切であろう。

 

「おぉぉおおおお………お?」

 

 いつまで転がっていたのかは定かではないが、気付いたらスマホが鳴っていた。

 ブーと震えて僅かに動いているスマホを手に取ると画面には友人の名前が。

 

『お、もしもし』

「ゔぁやぁぁでぇぇえええ!!!」

 

 ブツッ………ツーツーツー………

 

「………いや何で切れるんだよ!?」

 

 履歴から疾風の番号をタップして電話する。

 

「………はい、もしもし」

「もしもし! 何で切った!」

「いや。間違って未確認動物(Unidentified Mysterious Animal)に繋がったのかと思って」

「あんでふぁ………なんだって?」

「すまん、お前の理解力を考慮してボケるべきだった。至らない俺を許してくれ」

「謝ってんのか、馬鹿にしてんのかどっちだ!」

「馬鹿にしてる」

「グハッ」

 

 相変わらず冴え渡るポイズン舌に村上の心は更に傷を負う。

 

「で、なに発狂してんだよ綺羅斗」

「ここぞとばかりに下の名前で呼ぶなこの野郎!」

 

 村上の名前である綺羅斗。文字通りキラキラネームというやつで。

 なんでも『お前の人生が綺羅綺羅と輝くように』と名付けられたらしい。因みに女の子だったら綺羅羅だったそうだ。

 この名前のせいで小中高ずっとからかわれっぱなし。なので親しい奴等(そうじゃない奴等にも)には名字呼びを徹底している。

 

「はいはい。どうした、一応聞いてやる」

「いやそれがさぁ!」

 

 カクカクシカジカシカクイムーブ。

 

「ほー。柴田の奴、彼女出来たんだ。前言ってた子か?」

「そうだよ」

「おめでたいじゃないか」

「おめでたいけど、おめでたくない!!」

「なんでや」

「俺達を差し置いて彼女作りやがってあの野郎! 俺達の結束はそんなものだったのか柴田ぁ!」

 

 男の友情は固いものだが。恋愛が絡めば容易く壊れやすいものなのだと村上は自負していた。

 

「はっ? お前応援してたじゃん」

「したとも!」

「色々助言したり、アドバイスとかもしたんだろう。役立ったかわからんけど」

「したよ! ちゃんと役立ったよ、多分!」

「なのになんでそんな」

「羨ましい!」

「素直だねぇ」

 

 疾風は半笑いしながら答えたが村上のボルテージは止まらない

 

「まさか本当に付き合うと思わなかったし? しかもその子可愛いし? 両想いっぽいし? これからデートとかしてイチャコラするんだろうな! そのままラブホに突入か? お盛んなこったな!」

「拗れてるなぁ」

「畜生! 柴田め。抜け駆けしやがって!」

「素直に祝福してやれよ」

「嫌だよ悔しいじゃん!」

「めんどくせぇ」

 

 男の嫉妬は理屈などではないのだ。

 女も以下同文。

 

「冷てえな疾風よぉ。なんでお前はそんなにクールなんだよ」

「言うてクールじゃないぞ、俺」

 

 少なくともISが絡むとホットだと言う疾風の言葉を聞くことなく村上は一つの疑念を抱いた。

 

「もしや」

「あん?」

「てめぇも彼女とか愛人とかハーレム王国とか築いてんじゃねぇだろぉなぁぁぁ!?」

「やめろ。どっから声だしてんだ。怖い、怖いからっ」

「だって女の園だろうがよぉぉぉぉ」

「そんなお気楽で楽しいもんじゃないぞ」

 

 何度も針のむしろとか男の人口が少ないとぼやいてはいるが彼の返答は羨ましいばかり。

 疾風はそんな思考になれる村上が少し羨ましかった。

 

「お前な、そんな言うなら彼女作る努力をしろよ」

「やってるよ、一昨日も街に繰り出したよ」

「結果は?」

「ナンパで五連敗、最後の最後には鼻で笑われたよ」

「ごしゅうしょうさまでーす」

「感情がこもってない! なんて薄情な奴だ、ハニトラにかかって人生消滅してしまえ!」

「冗談にならないこと言うのやめろ」

 

 クスンと男泣きをする村上を無視して疾風は一気に切り出した。

 

「なあ、そろそろ本題に入って良いですかね?」

「やだ、もっと俺の愚痴聞いてくれ!」

「切るぞ」

「すみません、どうぞお話し下さいませ」

 

 ドスのきいた低い声に村上の背筋がピーンと延びた

 

「徳川菖蒲って覚えてるか? 中一の時、病弱だった俺の友達がいただろ?」

「ああ、病院で寝たきりだった」

 

 名字が徳川であの徳川家康の子孫だった聞いた村上は結構印象深かった。

 中一の終わりに海外に行ってから音沙汰無しで、それ以来交流はないのだが。

 

「で? その子がどうしたのさ。手術成功したのか?」

「ああ、無事に成功。後遺症無しの万々歳だ」

「おお! それはめでてえじゃねえか。はー、そうか。良かったなぁ、うん」

「それでな、今日その菖蒲が日本の代表候補生になってIS学園に転校してきたんだよ」

「ほ、ほう。それはまたダイナミックだな」

 

 何はともあれ昔馴染みの手術は成功し、IS学園にも転校。元気にやっているならそれに越したことはない

 

「徳川さんにおめでとうって言っといてくれ、覚えてないだろうけど」

「いいけど、直接言えば?」

「いや、関係者以外は立ち入り禁止だろ?」

「それがそうじゃないんだよなぁ」

 

 何処か勿体ぶった疾風の声色。こんな時は大抵何かを企んでいる。

 だがしかし村上と疾風も長い付き合いだ。彼がISを動かしたという天変地異レベルのニュースを体験した今、ちょっとやそっとじゃ驚かないという自信が村上にはあった。

 

「一ヶ月後にうちで学園祭をやるわけだよ」

「ほうほう」

「お前の言う通り、学園に入れるのはスポンサーや各国のお偉方と限られる。ただし、例外的に俺ら生徒は一般客を一人だけ招待出来る特別チケットがある」

「ほうほう………ほう?」

 

 今なんかとんでもないこと言ってなかったか。

 

「そして俺の手元にも勿論そのチケットがあるわけだ」

「そ、それってつまり!?」

「ふふふ、綺羅斗君。君にこのただひとつ学園祭招待チケットをプレゼントしてやろうではないか」

「お、おおぉぉぉ! お? おわぁ!?」

 

 また下の名前で呼ばれたにも関わらず村上は思わずスタンダップした。

 が、急に立ち上がったせいでベッドのスプリングによりバランスを崩してフローリングの床にドスンと落着した。

 

「いったぁっ」

「ちょっと綺羅斗!? あんたなにしてんの!?」

「なんでもねぇ母ちゃん! ベッドから落ちただけ!」

 

 背中をダイレクトに打った村上は。震える手でスマホを掴んだ

 

「だ、大丈夫か村上。生きてる?」

「生きてる」

「そうか。それで、いるか? いらないか?」

「いる! ください! 恵んでください!!」

 

 こんな千載一遇な機会を捨て去る程村上綺羅斗は愚者ではなかった。

 夢の女子の花園への招待券ゲット! 生きてりゃ良いことあるもんだと万歳合唱する勢いで跳び跳ねた。

 

 ふと、喜びの感情で一杯だった脳ミソが唐突に冷やされた。

 

「あれ? そういえばお前楓ちゃんはどうしたよ。あの子だから欲しがるんじゃないか?」

「そこは大丈夫だ、楓は母さん達と一緒に二日目に来るから」

「なるほど、流石に抜かりないってわけね」

 

 これで嫉妬に狂った疾風妹が村上宅に突貫してくる未来はなくなった。

 

「近日に送付されると思う。チケットは現物だから、なくすんじゃねえぞ?」

「了解了解! サンキュー疾風! 持つべきものはIS動かせるダチだな!」

「言い方が俗っぽいぞ。じゃあ一ヶ月後な」

「おう!! ーーーっっんんっしゃああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 電話が切れると同時に、村上は拳を高々に振り上げて雄叫びをあげた。

 

「うっし! 待ってろよIS学園!! さぁて、先ずは服新調しねえと! なに着よっかなー」

「綺羅斗! 五月蝿い!」

「すいませんお母様!!」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ハー、ハー」

「そんな逃げることないだろー?」

「だって疾風の目が怖かったから」

「ハンターかよ」

「ハンターの目だったよ………」

 

 一夏と全力ランしたせいでかなり目立ちながら校舎を出る。

 途中織斑先生に捕まらなくてよかったなと思いながら奴を探してみた。

 

「おーい、疾風ー! こっちこっち!」

 

 居た。そんな手をブンブン振るんじゃないよ恥ずかしい。

 なんか服が真新しい。今回の為に勝負服を買い込んだのだろうか。

 そして近づくなり吹かれた。

 

「ブハッ! お前何そのコスプレ! 写真取っていい?」

「コスプレ言うな。これでも一部女子に黄色い声出されるぐらいのスペックはあるんだぞ」

「なんか無性に嫉妬心沸いてきたぞコノヤロー。大人しく取られることを許可しろ」

「言いがかりが過ぎるぞ。許可する」

 

 バシャシャシャシャ! 

 

「やべ、連写で撮っちまった」

「なにしてんのお前」

「これ売ったら金になるかな」

「もうTwitterに晒されてるから意味ないぞ」

「著作権とかないのな」

 

 それなー。

 

「とりあえずチケットを確認致しますのでご提示願いますよ」

「なんだよ、お前が確認取るのかよ。お姉さんがいい」

「残念、俺は生徒会副会長だから確認出来る権利があるんだな」

「マジかよ、万年帰宅部だったお前が?」

 

 悲しいけど強制入部なんだ、これがな。

 

「はい確認致しました。ようこそ綺羅斗君。IS学園へ」

「おう、ってだぁかぁらぁ! 下で呼ぶなって!」

「はっはっは!」

「笑うな!」

 

 さて一夏と合流しようかな。

 と思ったら一夏の連れっぽい赤茶毛の男が分かりやすいぐらい落ち込んでるんだけど。

 何があった。

 

「………俺にはセンスがない」

「なんだそんなことか」

「そんなことはってお前っ!」

「どうしたどうした」

「あ、疾風」

 

 一夏に釣られて赤茶毛の男もこちらを向くと目を丸くした。

 

「あ、あんた二番目の男性IS操縦者の」

「どうも、疾風・レーデルハイトです。好きに呼んでいいですよ」

「おお、ご丁寧にどうも。五反田弾だ。気軽に弾でいいぜ。宜しくな疾風」

 

 フレンドリーながら何処か苦労性な好青年に見えた。一夏の友達なだけある。

 村上が俺の肘を小突いてくる、俺も紹介しろとね、はいはい。

 

「こいつは中学からの友達の村上。下の名前は綺羅斗と呼びます」

「あからさまに下の名前を強調するな! わざとやってるだろお前! すまん、出来たら下の名前で呼ばないでほしい、あんま好きじゃねえんだ」

「そうなのか? 俺的には超イカしてると思うけど。な、一夏」

「あぁ、格好いいと思うぞ。俺は織斑一夏、宜しく」

「ありがとう。何て優しいんだ。隣の毒舌眼鏡も見習ってほしい」

 

 失礼なことを。チケット燃やすぞ。

 

「なあ、せっかくだから四人で回らないか?」

「いいなそれ、最初は二組に行くか?」

「徳川さんそこにいんのか?」

「いる、後中国の代表候補生もいる」

「鈴のとこか、でもすぐじゃなくても良いだろ。せっかくのIS学園だ。色々見ていきたいし」

「じゃあ二組を目標に道中よってく感じで」

 

 ルートが決まったので男子四人組は揃って歩き出す。

 私服二人、というより燕尾服二人というのがやはり目立つらしく道中声をかけられまくった。

 

「あ、織斑君だ。やっほー!」

「レーデルハイト君、後で絶対お店行くからねー」

「やった、執事姿の織斑君とレーデルハイト君を激写! 超エキサイティン!」

 

 周りの黄色い声に思わず半眼になるお客組。

 

「お前、無茶苦茶人気あるじゃねえか」

「今回は執事補正あるんだよ。普段はこんなんじゃない」

「おい一夏何がモテねえだよ、爆発四散しろコラァ」

「珍獣扱いされてるだけだって」

 

 間違ってないがお前は間違いなくモテの領域だからな。

 

「珍獣扱いでも羨ましいぞ。なぁ、入れ替わろうぜ」

「そうだそうだ、俺と交換しろ」

「替われるなら替わってやるぜ」

「断る」

 

 一夏は冗談を飛ばしたが俺はガチ回答。

 見事に正反対な意見だが、俺にとって此処は(IS的な意味で)楽園なのだ。

 そうこうしているうちに美術室のなんとも個性的で弾けている看板が目に入った。

 

【芸術は爆発だ!!】

 

「何時からIS学園に岩隠れの抜け忍が忍び込んだんだろうな」

「いやどっちかと言うと派手柱じゃね?」

「IS学園の壁なら持つかな?」

「マジで? どんな強素材なの此処の壁」

 

 入室。すると電子音で表現された爆発音が響いた。

 

「あ、織斑君とレーデルハイト君だ! どう? 我が美術部の爆弾解体ゲームの餌食になるかい?」

 

 フフンと眼鏡を上げながら迫ってきたのは部長という腕章をつけた女子だった。

 何故美術で爆弾解体ゲームなのか。どんな関連性があるんだ? でもなんか面白そう。

 そんな自信げな美術部部長に対向するかのように俺は眼鏡をクイッとあげた。

 

 用意された椅子に座った一夏の前にはトンと箱状の爆弾(偽)が。

 

「疾風君にはこちらを、ドン!」

 

 俺の机にドカッと重そうな音と共に現れたのは………なんか凄そうな奴。

 

「部長の私がみずから作り上げた最高傑作よ! IS学園ハイスペ男子枠の疾風君でもこれは無理でしょう! アヒャヒャヒャヒャヒャ!!」

 

 なんか世紀末的な高笑い決め込んできたぞこの美術部部長。

 というより大丈夫かこの学園。見てみろよ、完全にマッドな顔して爆弾(偽物)作ったって豪語してるぞこの部長。

 

「前にお試しにどうぞとやらされた爆弾を解体出来たのが相当効いてるみたい。逆鱗に触れたかな、これ」

「おいおい大丈夫かよ疾風」

「死ぬ訳じゃないし。気楽にやってみるよ」

「はい、これ設計図ね。制限時間は15分! よぉーーーい………スタート!!」

 

 ピピッと爆弾(偽物)のタイマーが15:00から14:59に変わり、ゲームがスタート。

 なかなかシビアな時間。

 

 言うやいなや、爆弾につけられたボルトを素早く外し、カバーを上げると、『やあこんにちは』と言わんばかりの色とりどりの配線が姿を現す。

 設計図をバッと広げ、配線を調べ、隙間からニッパーを差し込んで………切った。

 

「衝撃………よし。次」

 

 パチン………またパチンと設計図とにらめっこしながら爆弾を解体していく。

 

「ん、これは難所だな………ふむ」

 

 トラブルなく作業を進める俺を覗き込む村上さっぱりわからんという顔をしている。

 隣を見ると、一夏も問題なくニッパーを差し込んでいた。

 

「なあ疾風」

「なに」

「IS学園は爆処理も学ぶ訳?」

「まさか。爆弾を見つけた時の対処法は教わるけど、解体は教わってないよ」

「だけどお前も織斑もなんかプロってるぞ動きが」

 

 ビィィーー!! 

 

 隣のコーナーからけたたましいアラーム音が鳴り響き、強制的に意識をそちらに向き直された。

 

「一夏! なんで行きなり青を切るんだよ!!」

「いや、ブルー・ティアーズだから」

「意味がわからん!!」

 

 ギャーギャー騒ぐ弾をいさめるように、美術部員が参加賞の飴ちゃんを二人に渡す。

 一夏はどうやらプロになりきれなかったようだ。

 

「む、もうそんなとこまで………設計図あるからって、なんか手慣れすぎてない?」

 

(マッド)美術部長が解体されていく最高傑作を覗いて怪訝な表情を浮かべる。

 

「お前何処で習ったのそんなの」

「ドイツの代表候補生が軍隊の隊長さんでな。その人に習った」

「お前の人脈どうなってんの?」

 

 どっちかと言うと一夏の人脈だけどな。

 

「ISに関係する立場となれば、いつかそういう場面に立ち合わざるおえない可能性もあるから覚えておけって」

「あるのかよそんなの」

「さーね。でもこんなこともあろうかとってのは、持ってて損はないだろ?」

「はーー」

 

 だからといって、爆弾処理に対面せざるおえない状況は御免こうむる。

 たとえISがあったとしてもだ。

 

 始まってからあっという間に残り5分半。気付けば周りにはギャラリーが集まって凄いことに。

 

「結構進んだか?」

「うん、あと少しだよ」

「やっぱ疾風はすげー、俺にはさっぱりだ」

「訳わかんねえ理由でバチリと切るやつとは違うってこった」

「五月蝿い」

 

 先程貰った飴玉を転がしながら一夏はむくれる。

 まあまあ。こういうのは分からないぐらいが丁度いいのかもしれないよ。

 

「うぐっ、流石疾風君だね、次で最終ラインだよ」

「おおっ、遂にか、頑張れよ疾風!」

「………」

「疾風?」

「美術部長さん」

「はいよ」

「最後の二本が設計図に描かれていないのですが?」

 

 凝視する爆弾の奥にはまだ切られていない赤と青のコードがとてつもない存在感を放っていた。

 

「ふっふっふ、気付いてしまったか! そう! 最後の二本は運任せなのさ!」

「マジですか」

「俺のとこもそうだったな」

「スリルあるでしょ?」

 

 そういう問題ですか。

 

「最後の最後に運ゲーかよ」

「おいおいどうすんだ疾風」

「まだ一分半あるから、もう少し調べてみる」

 

 しかし無情にもタイマーは進んでいく。

 残り一分。

 

「………」

「もう切っちまおうぜ? どうせゲームだしさ」

 

 勿論そのつもりだ。なにもしないで爆破はなんか悔しい

 ………赤と青。どっちだ? 

 

「なあ疾風、少年探偵の映画で似たようなのあったぜ」

「それだとどうだったんだ?」

「青だった。赤は運命の赤い糸だからって」

 

 えらくロマンチストな爆破テロだな。

 他に案がなかったので俺はペンチを青のコードに滑らした。

 持ち手に力を込めて青のコードを………………

 

「どうした疾風」

「………」

「もう時間がないぞ」

 

 残り10秒。

 俺はコードを、切った。

 

 ビーーーーーー!! 

 

 赤のほうを。

 

「はい、ゲームオーバー! いやー、見てるこっちもヒヤヒヤしたわ。はい、これ参加賞の飴ちゃんね」

 

 ポンと渡されたのはミルクキャンディー。

 ハッと我に返った村上が迫ってきた。

 

「お、おい疾風! なんで赤のほう切った!?」

「………わからん」

「はっ?」

「なんというか。青を切りたくはなかったんだ」

「へえ?」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 大層ご満悦だった部長のいる美術室をあとにした俺達は寄り道をしながら二組を目指した

 

「一夏、あそこは何やってんだ?」

 

 と弾が指を指したのは二組、ではなく。一組の【ご奉仕喫茶】に並んでいる行列だった。

 

「ご奉仕喫茶、俺達のクラスの催し物」

「マジかよ、半端ねえな」

「あれでも少ない方だぞ。ほら、最後尾の看板が見える。さっきは見えなかった」

「「はーー」」

 

 村上と弾は何度目かとわからない呆気に取られながら二組の中華喫茶に入った。

 

「いらっしゃいませ~」

「うおー!」

「ぶはっ!? り、鈴、おま、お前っ………なにしてんの」

 

 生チャイナドレスに感激に隠しきれない村上とは対照的に吹き出す弾。

 

「なぁっ!? どうして弾が此処にいんのよ!?」

「チャ、チャイナドレス。似合わねー! 大体なんでふごっ!?」

 

 弾の言葉が強制的に遮られる。それも鈴の投げたお盆で、アーメン。

 

「おいおい、客に暴力は生徒会としては見過ごせないぞ?」

「うっ。今のは見逃してくんない?」

「いいよ、今回は弾に非があるから」

 

 酷くね? と聞こえたが。

 ここは空気を読むとしよう。

 

「鈴。こいつは村上綺羅斗。俺の中学からのダチ」

「隙あらば下の名前を呼ぶな。どうも村上です。チャイナドレス似合ってますよ」

「ありがと、あたしは凰鈴音。あんたは弾とは違ってお世辞は言えるのね、弾とは違って」

「強調すんなよ! あーさっき会った可愛くて美人な人と大違いだ」

「はぁ? 誰それ?」

「ふっ、ふっ、ふっ………教えてやらん」

「一夏、アホが壊れたわよ」

「元からだろ」

「否定してくれよ一夏!」

 

 親友二人にバッサリ切られた弾は涙を流しながら崩れた。

 とりあえず入り口で固まるのは迷惑だから移動。

 

「なあ、菖蒲は居ないのか?」

「ほんとだ、徳川さんどこ?」

「あれ? さっきまで接客してたと思うけど」

 

 辺りを見回す鈴が何かに気づいたのか、簡易バックヤードの裏に走っていく。

 

「ちょっとあんた! なに隠れてんのよ!」

「無理です! 無理です! やはり無理です!」

「疾風に見せるためって張り切ってたでしょうが!」

「でもやっぱり駄目ですよ、こんな破廉恥な格好! 疾風様に嫌われてしまいます!!」

「破廉恥!? あんた中国(うち)の伝統的かつ歴史的な衣服に文句つけんの!?」

 

 なんかバックヤードの裏が騒がしいな。

 

「そんなんで嫌うような奴じゃないでしょあいつは! ほら行くわよ!!」

「ちょっ!! 鈴様!!?」

 

 鈴が誰かを強引にバックヤードからフロントに引っ張り出した。

 そこから出てきたのは。

 

「え?」

「へ?」

「おぉ!?」

「んんっ!?」

「ひわあっ! やっぱり駄目ですよぉ!」

 

 涙目+真っ赤な顔で羞恥を訴えたのは。

 チャイナドレスを来た菖蒲だった。

 

「はいよっ!」

「ひゃあぁ!」

 

 鈴に背中を押され、俺の前に躍り出た菖蒲。

 

「あ、あわわ」

「お、おお」

「す、すいません疾風様、せっかく来てくれたのにこんな格好で………うぅぅ」

「くはっ………」

「お、おい!?」

 

 ふらっと後ろに倒れ混む村上を弾が慌ててキャッチする。

 

「大丈夫か村上!」

「駄目だ………尊い、恥じらい美女………尊い」

「しっかりしろ村上! ああっ、鼻血出てる! おい! 一夏! ティッシュぶちこめ!」

「お、おう! 任せろ!」

 

 おいおい、何がどうなってんだ。

 大丈夫か綺羅斗。

 

「は、疾風様」

「お、おう。なんだ?」

「えと、その………あぅ」

 

 俺と菖蒲がたじろいでいると、鈴がプラチャで通信してきた。

 

『何か言ってやりなさい!』

『な、なんだって?』

『だ、か、らぁ! 褒めてやりなさいっての!』

 

 褒めろ? 褒めればいいの? りょ、了解。

 早速菖蒲のチャイナドレスを見てみる。

 

 特徴的な長い緑の黒髪は、鈴と同じく団子上に纏められ、身に纏うチャイナドレスは乗機である打鉄・稲美都をイメージした黄緑色だった。

 鈴と同じく露出の激しいチャイナドレス、鈴とは違って恥じらいがあるせいか、それがかえって魅力的に見える。せめてもの抵抗で手で所々を隠そうとするも焼け石に水で。

 

 これはなんというか………

 

「菖蒲」

「は、はひっ!?」

「その………えと」

「??」

「す、凄いな、色々と」

 

 いや語彙力ゼロか俺は! 

 ここぞというときのボキャブラリーが欠落してる俺が頭を抱えていると。

 

「………………い」

「い?」

「いやぁぁーーー!!」

 

 体を深紅に染めた菖蒲は全力疾走で二組を抜け出して何処かへ消えていった。

 絶叫は暫くなりやまず、やがて掠れて消えていった。

 

 呆けていると、ゴスッと背中を叩かれた

 

「いて! なんだよ鈴」

「あんた、いつもここぞと言うときは決めるやつなのに、なんでなのよ」

「え。もしかして、まずった?」

 

 コクリと鈴は頷いた。

 

「追いかけ」

「ないほうが良いに決まってるでしょ」

「ですよね………はぁ」

 

 俺って奴は………

 

 

 

 

「はぁ………」

「疾風、大丈夫だって。徳川さんもなんか理由があったんだよ」

「ぐっ、お前に女子関連で慰められる日がこようとは。一生の汚点だ」

「あーわかる。疾風、強く生きろよ?」

「いやいや、なんでだよ!?」

 

 なんでもだよ朴念神。

 一夏から今年最大の精神ダメージを喰らうなか、鼻血ブー太郎が息を吹き返した。

 

「………はっ!? あれ、徳川さんは?」

「諸事情により退出した」

「マジかよ! 俺全然話出来なかった。あれ、なんか鼻に異物感」

 

 取るなよ、ブー太郎再発するぞ。

 

「はい、胡麻団子でーす」

「はやいな」

「席スッキスキだからねー、誰かさんらのせいで」

「言うなよ、そのかわり地獄の忙しさだぞ」

「ド暇よりましでしょうが」

 

 とりあえずごゆっくりー、と鈴はきびすを返す。

 

「しかしよぉ。さっきの徳川さんや凰さんといいさ、ここの女子は美人揃いだな! 羨ましいぞ疾風」

「まてまて、鈴を美人に位置づけすんのか? あのちんちくりんを? 流石に冗談キツ………あだぁ!?」

 

 スコーン、とトレイが弾の後頭部にヒットする。投げたのは勿論鈴だ。

 

「誰が貧乳じゃゴラァ!」

「言ってねえよ! ちんちくりんっつったんだよ!」

「おんなじじゃボケェ!」

「ギャン!!」

 

 客が俺らだけで良かった、じゃなければ閉店沙汰だ。

 とりあえずスルーしよう。飛び火したらいけない。

 

「いてて。ところでよ一夏、お前鈴とはどうなった? 教えろよ?」

「はぁ? なんの話だよ。それよりお前、さっき誰かとあったのか?」

「ああ、すっげえ可愛くて美人な人がいた」

「ここの女子は軒並みルックス高いよな。顔審査でもあんのかってレベル」

 

 つくづく羨ましいという視線が村上から飛んできた。

 やめろ。そんな目で見るな。

 

「その人を見たら胸にぐっときた。多分年上だと思う。一夏お前、あの人のこと知らない?」

「誰だよ」

「だから………俺も分かんねえよ。初対面だぜ?」

「なんか特徴は?」

「んー、眼鏡かけてた」

 

 情報量が少ない。

 眼鏡かけた美人ねえ………。

 誰だろうと考えているとスマホが震えた。

 

「うぇ」

「どうした?」

「出たくねぇ」

「誰から? セシリアじゃん。あれ、俺も電話だ」

 

 しばらく画面とにらめっこした後通話ボタンをタップした。

 

「……………モシモシ」

「なんで直ぐ出ないんですの!」

 

 キーンと、ハスキーボイスが俺の鼓膜にひびをいれかける。

 

「うぐぉ………よ、用件は?」

「直ぐに戻ってきて下さいな! 疾風は居ないのかってクレームがひっきりなしに来てて困ってますの!」

「会長は?」

「いつの間にか居なくなっていましたわ」

 

 職務放棄反対! 

 

「わかった、今二組に居るから直ぐに行く」

「頼みましたわよ」

 

 ブツッ………無機質な音と同時に、数メートル間の無線通話が終わった。

 

「一夏、誰から?」

「シャルから、戻ってくれだって」

「おっけ、すまねえ村上、弾」

「いいっていいって、さっさと行けって」

「俺は村上と学祭回るから」

「ん、行くぞ一夏。鈴、会計頼む」

「はいはい、しっかり働きなさいよ執事」

 

 了解チャイナガール。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「………ふぅ」

 

 あれからまた右へ左へ大立ち回りをし、やっと小休憩として簡易バックヤードに逃げ込んだ。

 

「流石の疾風も、今回は参ってるようですわね」

「ぜってー明日のシフト調整する。なにがなんでも」

 

 紅茶を注ぐ為に戻ったセシリアが話しかけてきた。

 その姿はまさしくメイドさんだが。その出生を知っているだけあって、なんだか不思議な気分だ。

 しかし、日頃から間近でメイドを見ていたのか接客の対応もよく。その美貌で男女問わず人気を博しメイドで1位、総合で3位を獲得していた。

 

「一夏より人気が出たのは…完全に予想外」

「ふーん、女子にチヤホヤされて良かったですわね」

「うっせ。嫌みか」

「そんなことありませんわ」

 

 ならその含み入れたような喋り方やめい。

 

「お前さ。ここ最近俺と話すと不機嫌になるよな。そんなに俺と噂されるの嫌なのか?」

「噂?」

「最近出回ってるだろ、お前と俺が出来てるって」

「そんな噂が出回ってますの?」

「勿論否定してるぞ? 新聞部にも根回しはしてるし、直ぐに収まるだろ」

「そうですか」

 

 紅茶を用意する手を止めずに聞くセシリアに更に言葉を連ねていった。

 

「お前もこんな噂たつの嫌だろ? クラスの皆にも言ってあるから。女子のコミュニケーション・ネットワークは侮れないし、こういうとこで有効活用していかないと」

「………………」

「セシリア?」

「………疾風はどう思いますの?」

「何がよ」

「わたくしと、噂になるというのは」

 

 コトンもポットを置いたセシリアの表情は、店の明るい雰囲気とは対照的に、何処か暗かった。

 

「俺は、嫌だな、ないことをあるようにされるのは」

「そうですか………」

「どうしたし。お前ほんと調子悪そうだな」

「そんなことありませんわ」

 

 紅茶をトレイに乗せて待っているお客様に持っていくセシリアは簡易バックヤードの前で止まった。

 

「疾風は、わたくしと噂になるのは嫌だと言いましたわね」

「あー、うん」

「………菖蒲さんと噂になるのもお嫌ですの?」

「は?」

「な、なんでもありませんわっ! 紅茶お届けいたしませんと。ああ、忙しい忙しい」

 

 セシリアはこっちに振り返ることなく立ち去った。

 ………マジでどうしたんだあいつ。

 セシリアと入れ替わりで今度は執事が顔を出した。

 

「疾風、三番テーブルからオーダー来たぞ」

「今行く」

 

 おっとまずい、小休憩がサボりになってしまう。

 えーと、三番テーブルは………

 

「じゃじゃん! 楯無おねーさんの登場です」

「………」

 

 思わず目からハイライトが消えた。

 そこには侮蔑と呆れが含まれ、口はへの字に歪んだ。

 一足先に覚めた一夏は直ぐに行動に移った。

 

 職場放棄人間 が あらわれた! 

 

 コマンド(一夏)

 ・逃げる

 ・逃げる

 ・逃げる⬅

 

「だが、逃げられない!」

「だあっ! 進路妨害するのやめてくださいよ!」

「まあまあ、そう言わずに。むっ?」

 

 妖怪職場放棄 が あらわれた! 

 

 コマンド(疾風)

 ・戦う

 ・逃げる

 ・チョップ⬅

 

「せいっ!」

「甘い!」

「ちっ!」

 

 心の底から舌を打ってやった。

 

「何しに来たんですか。いや何してたんですか。俺達戻るまで何とかするんじゃなかったんすか」

「やん、そんな怒っちゃやーよ。どうしても外せない用事が出たの」

「なら誰かに一報入れてください」

「神出鬼没が座右の銘なの」

「捨てちまえそんなもん」

 

 思わず敬語がシャットダウンしたがこれぐらいで怒るたまじゃないだろこの人は。

 案の定ニコニコと会長は笑いながら戯れ言を吐いた。

 

「ところでお二人さん。君達の教室手伝ってあげたんだから、生徒会の出し物にも協力しなさい」

「この人。無断で途中放棄しといて、よくもいけしゃあしゃあとっ!」

「てか疑問系じゃない!」

「うん、決定だもの」

「なんの権限があって」

「生徒会長権限」

「フ○ック」

「疾風、顔怖い。視線で人殺せるレベルで」

 

 むっ。いかんいかん、回りにもお客さんがいるというのに。

 ん? なんか顔を赤くして熱っぽい視線を感じるのは何故だろう。

 

「で、俺達は何をすれば?」

「あら、無抵抗?」

「お望みなら全力で抵抗してやりましょうか?」

「落ち着け疾風、多分無駄だから」

 

 止めるな、今の俺は忙しさで優しさ回路が渋滞してんだ。

 

「あはっ。これ以上ふざけると怖い目に合いそうなので、単刀直入に言いましょう。二人とも。生徒会の出し物、観客型参加演劇に協力しなさい!」

「は?」

「は!?」

「とにかく行くわよ! ゴーゴー!!」

「ちょ、まっ!」

 

 引っ張られる。この人やっぱ力強っ! 

 有無を言わさないも座右の銘に入れたらいいんじゃないかなこの人は。

 

「あのー、先輩? 一夏と疾風を連れていかれると、ちょっと困るんですけど」

「シャルロットちゃん貴女も来なさい、ていうか、代表候補生! 全員カモン!」

「はっ?」

「全員、綺麗なドレスを着せて上げるから。隣の鈴ちゃん含めて」

「はっ!?」

 

 俺と一夏、というより一夏と会長の話を盗み聞きしていた3人は同時に驚きの声を上げる。

 

「ちょ、ちょっと待ってください楯無さん」

「何よ、あの娘達のドレス姿を想像しなさい。見てみたくない?」

「それは………」

「見たい? 見たくない?」

 

 後ろを見やると凄い期待してる目が。

 

「見たいですけども」

「行きます楯無さん!」

「ちょ、ちょっとだけ興味あります!」

「嫁が言うのだ、仕方なくだぞ!」

「あ、あれ!? 皆なんで行きなりやる気に!?」

 

 それはそうだろ阿呆め。本人は知らんから罪が無いといえば………いや、やっぱあるわ、罪。

 

「ではわたくしは残りますね」

「なに言ってるの、貴女も来るのよセシリアちゃん」

「あの、流石にこれ以上。というより五人抜けた時点でダメージが」

「大丈夫、私の知り合いに手伝わせるから」

「ですが」

「菖蒲ちゃんも出るわよ」

「………行きます」

 

 最後の砦、滑落。

 これでご奉仕喫茶は更識楯無の手に落ちた。

 てかなんで菖蒲で落ちたんだあいつ。

 

「それで会長、なんの劇やるんです?」

「んっふっふ、それはね」

 

 バッと扇子を開く会長。そこには『迫撃』の二文字。

 

「シンデレラよ!」

「待ってください、迫撃との関連性は!?」

 

 一夏のツッコミと共に俺、否その場に居た全員は確信した。

 

 絶対ろくなことではないと………

 



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第42,5話【五反田弾は頑張った】

 番外編というやーつです。

 今回は五反田弾視点でお送り致します


 中華喫茶で一夏、疾風と別れた俺と疾風のダチ、村上はパンフレットを片手にブラリと広大なIS学園の敷地を渡り歩いていた。

 

「やっと、三分の一ってとこかぁ?」

「だな、広すぎるぜIS学園」

 

 世界に一つしかないという、歩いて分かるこの特別感。

 各々のクラスの出し物も、うちの学校祭と比べるにも烏滸がましいスケールで、パンフレットも普通と比べて二倍の厚みという。

 一夏の接客も見ようとも思ったが、絶えず途切れない行列に萎えた。

 

 しかしまぁ………

 

「これ一日で回れる気がしねえぞ」

「別にいいだろ、学園祭は明日もあるんだし、残りは次ってことでよ。お、可愛い子」

「マジで!? ………なんだ、違うじゃないか」

「いや、可愛いだろ?」

「可愛い、けど。あの人程じゃない」

「べた惚れかよ」

「おう、一目惚れって現実にあるもんだなぁ」

 

 そう、こうして歩いている間にも俺は『あの人』が居ないかと、目を光らせている。

 

 それはIS学園に来て直ぐの出来事だった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ついに! IS学園に! 来たぁぁぁあああ!!」

 

 雄叫び! 上げずにはいられない! 

 過去に例を見ないレベルでテンション有頂天な自分を押さえきれずに叫んでしまった。

 

 隣に居た同い年ぐらいの男子がビクッと驚いてしまったのはすまない! 

 

 ISを動かしたせいで男でありながらIS学園に入学した中学からの親友、織斑一夏からIS学園祭招待チケットを入手したという人生最大の幸運と言えるであろうイベントに遭遇し、見事女の園であるIS学園に足を踏み入れたのだ。

 これが幸運でなくてなんだというのか。

 

「そこのあなた」

「はい!?」

 

 少し厳しめの声に背筋がピーンと伸びた。

 まずい、少々はしゃぎすぎたか? 

 恐る恐る声のした方向性に振り向くと。五反田弾の時が止まった。

 

「っ!?」

 

 な、なんだこの人は。

 

「か、かわっ」

「え?」

「なんでもないですっ!」

「あなた、誰かの招待? 一応チケットを確認させてもらって良いかしら?」

「は、はい!」

 

 くしゃくしゃになったチケットをおぼつかない手付きで差し出した。

 

「配布者は……あら? 織斑君ね」

「え、えっと。知ってるんですか?」

「ここの学園生で、彼のことを知らない人はいないでしょう。はい、返すわね」

 

 ほんの少し口角を上げた表情に俺の心臓は冗談ではなく跳ね上がった。

 

 可愛い! いや美人? 違う、無茶苦茶可愛い美人だ! 

 

 眼鏡に三つ編み、いかにも仕事が出来ますという風紀委員に居そうなお堅そうな女性。

 年上だろうか? 少なくとも同い年には見えなかった。

 

 なんとかお知り合いになりたい! 

 その気持ち一色で普段考えない頭をフル稼働させた。

 

「あ、あのっ!」

「何かしら?」

「い、いい天気ですね!?」

「そうね」

「………」

 

 話題が、潰えた。

 

 気が付くとお姉さんは消え、代わりに見慣れた幼なじみがこちらに向かって走っていた。

 

「俺ってやつは………俺ってやつは………」

「ん? どうした弾?」

 

 何があったかわからないと、こらまた見慣れたとぼけ顔をよそに、俺の脳内に哀愁のテーマが流れていた。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 凛凛しいというのがピッタリな外見。真面目そうなその風貌は、俺のハートを見事に撃ち抜いたのだ。

 だけど、何処と無く可愛いと思ってしまった。

 

 俺の好みは金髪のゴイスーボディのアダルトレディだと思っていたが、実は違っていたらしい。

 ん? 年上というのは共通しているか? 

 

「あぁー何処にいるんだ、俺の女神様ー」

「そこまで昇華してんのかよ」

「まだチャンスがあると信じたい」

「でも玉砕したんだろ?」

「玉砕じゃねえよ、自爆したんだよ! お茶に誘おうと『良い天気ですね』と切り出してだな」

「その先が続かなかったと」

「ぐぅ」

 

 図星を突かれて撃ち落とされた俺は項垂れた。

 

 だってよー、俺ナンパなんかしたことねえんだぜ!? しようとしたことはあったけど! 

 やろうとしても綺麗な女性を前にすると、なんかどもっちまうんだよな、鈴とはなんでもねえのに。

 

 ………いや、あいつは女性というカテゴリではないか、なにしろ胸が。

 

「うぉっ!」

 

 どっかからか殺気が!? 

 

「どうした?」

「い、いや。なんでもねえよ」

「そうか。で、お前その人に会ってどうするんだ?」

「え? あー、えーっと。お茶に誘う」

「出来んの?」

「うぅ………」

 

 正直自信ないです、はい。

 

「たくっ、仕方ねえ。迷える子羊に手を差しのべるのもナイスガイの務め」

「は?」

「いいだろう、俺がお前の恋のキューピッドになってやろう!」

 

 ビシィっと指を差す村上は、俺とは対照的に自信に満ち溢れていた。

 

「マジで?」

「マジだ! 経験豊富な俺が導いてやろうじゃないか。因みに実績ありだぜ?」

「マジか!?」

「マジだ! いいか? 先ず出だしはだなぁ」

 

 村上が鼻を伸ばして得意気に話そうと口火を切ろうとすると、廊下の奥が一気に騒がしくなった。

 

「ん、なんだ?」

「なんか人だかり出来てんぞ」

「行ってみよう!」

「え? ちょ! 俺のナンパ講座はーー!?」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「だから、少し声かけただけだってば」

「ですが、貴女が強引に生徒を誘ったという目撃情報が多数発見されているのです。これ以上迷惑行為を繰り返すようなら、学園から退去して頂きます」

「おー怖い怖い。最近の女性は逞しい事この上ない。因みに俺はそういうの、めちゃくちゃタイプだぜ?」

「誰もそんなこと聞いていません」

 

 

 

 

 

「あー、すいません。あ、失礼しますー」

「なんなんだこの人口密度は。っうおっと!」

 

 人だかりを抜けると、輪の中心にはいかにも軽そうな二人組と………

 

「おぅ!?」

「どした?」

 

 あの人がいた。何やら揉めているようだが、それなのにも関わらず俺は彼女に見惚れてしまっていた。

 

 今朝門であったときと同じく。左脇にファイルを挟み、眼鏡をかけた理知的な女性。

 さっき一夏に教えてもらったリボンの色から三年生だとわかった、腕には生徒会と書かれた腕章が光っている。

 

「あの人か?」

「うん、あの人。やっぱ綺麗だなぁ、あと可愛い」

「可愛い…でもなんかお堅そうだぜ?」

「そこがいいんじゃないか!」

 

 パシンッ! 

 

 喧騒の中乾いた音が廊下に響く。見二人組の片割れの金髪が腕を押さえている。

 

「気安く触らないで。貴方みたいな女を女とも思ってない人、私は嫌いです。即刻この学園からお引き取りを」

「て、てめぇ」

 

 そこら辺の汚物を見るような絶対零度の視線を前に、金髪が青筋をピクピクさせた。

 

「お、おいやめろ。こいつ沸点低いんだから!」

「暴力に訴えますか? 直ぐに手を出すという行為に移るとは、女を口説く以外に頭を使えないのですか? このご時世でそのような手段をよういるというのは、ある意味勇敢ですね、勇敢は勇敢でも、蛮勇の類いですが」

「っ! このアマ! 下手に出れば調子に乗りやがって!」

「馬鹿やめろ!」

 

 相方の制止を聞かず、金髪が手を振り上げる。

 小さな悲鳴が各所から発せられるなか、生徒会の腕章を掲げた彼女は冷静沈着の一言だった。

 

 この程度のトラブルなど予測積み。学園最強の生徒会長の秘書的存在である彼女にとってこの程度の、些事に等しかった。

 向かってきた手を捻り上げてそれでおしまい。

 

 バシッ! 

 

「うっ」

「えっ?」

 

 だがそんなことなど梅雨ほど知らない赤茶毛の男は彼女の前に躍り出てその拳をモロにくらった。

 

「いってぇ」

「貴方…」

 

 呆気に取られる彼女の前で俺は自分より大柄の金髪を見上げて

 

「てめぇ! 男が女に手をあげるのは男として最低の行為だって教えられなかったのかよ!」

「はあ? んだお前」

「男の腕っぷしってのは女を守るためにあんだよ! 女尊男卑社会とかそんなの関係ねえ! 俺の爺さんも言ってたけどよ。こんなの漢のやることじゃねえ! そういうのは最低のクズ野郎のやることっ」

 

 ゴッ! 鈍い音が鳴った。

 力説する俺の主張は金髪野郎の拳によって、強制的にシャットアウトされた。

 勢いで吹っ飛ばされ、俺の身体は地面を滑った。

 

「げふっ!」

「弾!」

「はっ! なんだこいつ、女の子守ってナイトきどりかっつの!」

 

 プッと唾を吐いて見下す金髪を前に、村上は我慢の限界とばかりに突っ込もうとするが。先に動いた人物に止められた。

 

「チッ、しらけたぜ、おい帰るぞ。どっか近場のキャバにでも行っうぉおッ!?」

 

 突如、弾を殴り飛ばした金髪が、虚に投げ飛ばされ、そのまま後ろ手に拘束された。

 

「ガァっ! イテテテテテッ!!」

「誰か、先生方を呼んできて」

「………チッ!」

 

 薄情か、拘束された金髪を尻目に相方の男が一目散に逃げ出した。

 

「待ちなさい!」

「はっ! 待つと言って待つ馬鹿が何処にいるんだっつの! カッ!?」

 

 と、息巻いて逃げる男が崩れ落ちた。

 そこにはブラックスーツに身を包んだ学園最強の鬼教師が、出席簿を片手に仁王立ちしていた。

 

「待てと言われたら止まれ、アホが」

 

 聞きなれた、そして恐ろしい記憶を掘り起こされそうな声を最後に。

 目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

「………………んあっ」

 

 ………知らない天井だ、というより、ここで知らない場所なんていくらでもあるんだけども。

 ………いや、ほんとここ何処だよ。

 

「お、起きた! あぁー良かったぁー」

 

 村上がホッと息をついた。

 ゆっくり起き上がると、俺は白いカーテンに囲まれたベッドに身を置いていた。

 

「村上? なんで俺こんなとこに?」

「あの金髪に殴られて、お前頭打ったんだよ。MRIだっけ? あれに通されたお前見たとき生きた心地しなかったぜ。つーかMRIがある学校ってドンダケー」

 

 IS学園半端ねえな、とケラケラ笑う村上を前に徐々に記憶が戻ってきた。

 

「いやぁ、マジで良かったわ。弾、俺が誰か分かるか?」

「綺羅斗」

「下の名前で呼ぶな……いや、今回ばかりは目を瞑ろう」

「どんだけ寝てた?」

「一時間だな」

「お前、もしかしてずっと此処に居たのかよ」

「いんや、お前寝た後ぶらっと校内回ってたんだけどよ。なんか気が気じゃなくてよ、こっちに戻ってきた」

 

 なんてことだ、俺はこいつの貴重なIS学園ライフを削ってしまったということか。

 

「すまん! マジですまん!」

「気にしない気にしない、俺が勝手に待っただけなんだし。それに一人だと楽しめねえって」

 

 くっ、お前はなんて良いやつなんだ。もう確定だ、お前は俺の心の友だぜ! 

 感涙にむせび泣いていると、段々と覚醒していく頭が先程の出来事を鮮明に写し出していった。

 

「ん? ってことはなにか? 俺は横入って啖呵を切ったあげく、不意討ちくらってぶっ倒れたと?」

「おお、そのあと眼鏡の姉ちゃんが見事な背負投げ噛ましてよ。カッコ良かったな、あれは」

「おいおいおい」

 

 待て待て。俺、守ろうとして守られたってことじゃねえか! うわなにそれ格好悪っ! 勘違いエセヒーロー野郎じゃねえか! 

 しかも惚れた女の子の前で………

 

 余りに情けなくなって、ベッドに戻って頭から布団を被った。

 

「弾? 大丈夫か?」

「私は貝になりたい」

「おいおいしっかりしろって! 大丈夫だよ、さっきのお前、マジで漢って感じだったって! 今時居ねえってあんな度胸あるやつ」

 

 やめろ、言ってくれるな。

 

「いっそ殺してくれ………」

「弾くんやーい? 戻ってこーい」

 

 悲壮感MAX、あわや布団と同化しそうになる俺の耳に、ドアノック音が入った。

 

「失礼します」

 

 自動ドアの音と共に誰かが入ってきた。

 てか保健室まで自動ドアって、技術力のバーゲンセールだなIS学園。

 

 ………ん? 今の声って。

 

「入っていいかしら」

「どうぞー」

「っ!?」

 

 脳に張り付いた聞き覚えのある凛とした声に瞬時にスタンダップした俺の眼前に見えたのは。カーテンをめくる『あの人』の姿が。

 

「あ、起きたのね、具合はどう?」

「ハ、ハヒッ! 大丈夫です!」

「そう、良かったわ……」

 

 ホッと胸を撫で下ろす彼女に、俺の胸の辺りはボワボワと熱くなった。

 二人の様子を見た村上は、頭に電球が灯ったかのように閃いた! という顔をした。

 

「じゃあ生徒会のお姉さん、こいつお願いします!」

「はっ? おい村上? 何処行くんだよ」

「なにって、学園祭回るんだよ。ちょっと一人で回ってくるわー」

 

 おい待て! お前一人だと楽しめないとか言ってなかったか!? 

 そんな事知ったことかとばかりに保健室の自動ドアを通る村上は、廊下に出る前にひょこっと顔を出す。

 

「少年よ」

「お、おう」

「ファイト」

 

 激励をあげた村上はそれは大層な笑みを浮かべた後、颯爽と保健室から姿を消した。残ったのは俺とこの人だけ。

 

「行っちゃったけど、良かったの?」

「え、えーと」

 

 おいぃぃぃ! どうすんだこの状況!! 

 もう、秋なのに汗が止まらない、同時に冷や汗も出てきた。心臓なんか破裂するのではないかと鼓動を叩き込んでくる。

 おおお落ち着け五反田弾! こういうときは素数を数えろ!! 

 

 2、4、6、8、10………って違う! これは偶数だ!! 

 

「あの」

「は、はい!?」

「ごめんなさい」

「はいっ!? ………え?」

 

 突然頭を下げられて思考が停止するが、そんな事は知らずと彼女は言葉を続けた。

 

「学園を警備する立場にいながら、目の前の一般のお客様を守れないとは、本当に、ごめんなさい」

「え、え!? ちょっ! ちょっと待ってください!! 貴女はなにも悪くありませんよ! 俺が勝手にでしゃばって格好つけただけですから!」

「ですが………」

「それに、俺こう見えて頑丈ですから。あんなの、うちの爺ちゃんの鉄拳に比べたらヘナチョコパンチっすよ。だから顔を上げてくださいよ」

 

 アハハと陽気に笑うと、彼女は顔を上げた。

 

「……助けてくれてありがとう。貴方、勇敢なのね」

 

 慈しむような眼差しと笑みに心臓に本日中二度目の矢が突き刺さった。

 うおぉぉぉ! 笑った顔! 可愛い、可愛すぎる!! 

 その笑顔だけで俺は感無量です!!

 

「いやあ、そんな事ないっすよ! もう、体が勝手にババッと動いただけなので、文字通り無鉄砲なだけで。ていうか、全然役に立ってなかったですし。アハハハハ!」

「何かお礼できたらいいのだけれど」

「そ、そんな滅相もないです!」

「そう? 遠慮しなくてもいいのよ?」

 

 むむむ、見た目通り律儀な人なんだな。しかしお礼か………保健室で男女が二人で頼むことと言えば………。

 

 ボゴォッ! 

 

「え、ちょっとっ?」

「すいません、自分の中の悪霊をですね!」

「は、はぁ」

 

 全力で自信の頬を殴って煩悩を吹き飛ばした。

 俺は何を考えてんだド畜生! 

 ああ、もう引かれちまってるじゃねえかよぉ。

 ええぃ! こうなりゃヤケクソだぁぁぁ!! 

 

「あ、あの!」

「ん?」

「このあとお時間ありますでしょうかぁっ!」

「え?」

 

 

 

 

 

 ところかわって、ここはIS学園一年二組の『中華喫茶』。

 すなわち鈴がいるクラスである。

 

「いらっしゃいませ………ってまたあんたなの?」

「ま、またとは何だ。またって」

 

 仕方ねえだろ、ここしか良いの浮かばなかったんだからさ。

 初っぱなから不届きなチャイナ幼馴染みは、後ろにいる彼女と俺を交互に見比べた後、怪訝な表情を浮かべた。

 

「なにあんた、ナンパでもしたの? 見た目と違ってシャイなヘタレの癖に」

「違えよっ、いや違くないかもしれないけど。と、とりあえず案内宜しく!」

「あっそ。まあいいわ、こちらの席にどうぞ」

 

 促された席に向かい合って座る俺と彼女。

 つい先程男四人で入ったとこと同じとはお前ない程、俺はガッチガチに緊張していた。

 

「御注文は何になさいますか?」

「ジャスミン茶を一つ」

「お、おお俺も同じものを!」

「畏まりました」

 

 鈴は注文を受け取ると何処か哀れむような、又は心配そうな眼差しを向けながらバックヤードに消えていった。

 

「凰さんと仲いいのね」

「まあ腐れ縁ってやつですよ! アハハ」

「そう」

「………」

「………」

 

 会話が続かねえ………! 

 

 どうした俺! 脳内シミュレートではハーレム主人公も真っ青な口説きトークを練習していただろうが! 

 あの饒舌なトーク力は飾りか! 所詮妄想の産物ってか!? 

 

 チラッと向かいの彼女に目を移す。

 眼鏡に三編み、端正の取れた容姿は一見すると固そうに見えるが、決して刺々している感じではない。

 

 なんというか、凄腕のキャリアウーマンみたいな感じ……そう、大人の魅力ってやつだ。

 んんっ。やっぱり、何度見ても美人さんだなぁ。こんな人、俺の学校にいねえよ。

 ていうか、未だに俺この人の名前知らない。いや、そもそも自分の名前も教えてないじゃないか。

 

「あ、あの、俺の名前は……」

「お客様、ご注文のジャスミン茶で御座います」

「あ、どうも」

 

 クゥっ! なんというタイミングか! 

 

「って、あれ? あんた確か疾風の」

 

 そこには、先程羞恥に耐えきれず、教室を飛び出した徳川さんが。あれから結構時間たつし、持ち直したというところか。

 

「あ、貴方は一夏様のご友人の」

「お、おう。接客大丈夫か?」

「は、はい。なんとか」

「そうか、頑張ってね」

「ありがとうございます、それではごゆっくり」

 

 ペコリとお辞儀した徳川さんは、やはり恥ずかしいのか、足早に離れていった。

 

「「………」」

 

 そして再び始まる沈黙空間。

 なんとか打開しようと、頭に浮かんだ仮想プランの引き出しを開けた。

 

「あ、あのご趣味は」

「読書です」

「そ、そうですか」

「………」

「………」

 

 お見合いか! だからなんで続かないんだ会話! 

 鈴や徳川さんとはあんなにスラスラ話せるというのに!! 

 このヘタレ野郎! 

 

 自分自身の心を滅多打ちにする。それほどまでに口の回らない自分を恨みたかった。

 

「ごめんなさいね」

「はい?」

「せっかく誘ってくれたのに、こんな会話の続かない無愛想な女で」

「いえ、そんな……」

 

 取り繕うとするも、彼女は悟ったように首をふった。

 

「事務的な話なら慣れているのだけれども。私、男の人と一対一でお茶をするのは初めてなの」

「そうなんですか? 美人さんなのに」

「あら、お上手ね」

「いやいや、本当にそう思ってるんですよ」

「ふふ、ありがとう」

 

 笑った彼女は両手でジャスミン茶を一口含む。飲む仕草も美しい。

 

「私ね、生徒会の一員として生徒会長であるお嬢様と学園を守ってきて。あまり女の子らしいことなんてしなかったわ。風紀委員でもないのに、あれこれ注意して回ったり。規律を守る為に動いたり。気付けば三年生になって、一部ではお局様とか言われちゃってね」

 

 おもむろに語りながら彼女はまた笑う、だけどさっきより暗めな笑みだった。

 

「さっきの軽薄な男みたいな誘いじゃなくて。貴方みたいに純粋にお茶を誘われたのは、正直嬉しかったわ。実際私、女の子らしくないし。誘われるなんて稀だから」

「か、買い被りすぎですよ。俺だってあわよくばお近づきになれたらとか思ってましたし、根っこは同じっすよ。それに……」

 

 すー、と息を整えて言葉を口にする。予め考えていた言葉などとうに消えていたが、これだけはスラッと言えた。

 

「さっき、女の子らしくないと言っていましたがそんな事ありません! 俺から見たら貴女は十分魅力的で可愛らしい普通の女の子です!!」

 

 周りに他の客が居ないせいで声は教室中に響き渡り、廊下にまで達した。

 対する彼女もお茶を両手に持ったままパチクリと目を瞬いた。

 周りがシーンと静まる中、俺はようやく自分の言った事に気づいた。

 

 あれ? これまるっきり告白じゃないか? 

 

 途端に全身が一気に沸騰したかのように熱をもった。

 

「すすすいません、唐突に変なことをあっつあっ!」

 

 慌てて動いたせいでテーブルのお茶を盛大に溢し、ズボンに染みを作った。

 

「大丈夫ですかっ?」

 

 透かさず虚がハンカチを取り出して弾のズボンにあてる。

 

「「ーーーっ!」」

 

 ふと、二人の目があう。

 弾の顔は照れと羞恥で赤く染まり、虚もつられて頬を桃色に染めた。

 

「「あ、あの」」

「お客様大丈夫ですか!?」

 

 またも良いタイミングで登場した徳川さんの介入に俺と虚さんは自然(風に装って)離れた。

 

「大丈夫です、ちょっと引っ掻けただけなんで」

「ほら、これで拭きなさいよ」

 

 バフッと顔面に冷えたタオルが被さる、投げたのは勿論鈴だ。

 ほんと、客にする態度じゃない気がする。まあ、丁寧な鈴なんて気持ち悪い気もするが。

 

「あ、鈴ちゃんと菖蒲ちゃんハッケーン! と、ついでに虚ちゃんも発見!」

 

 テンション高めの水色髪の女子の登場に、鈴はあからさまに顔をしかめる。

 

「ゲッ、生徒会長」

「楯無様?」

「二人とも、今抜けれる? 抜けれなくても連れていくけど」

「調度交代の時間なので抜けれますけど、私達になにか?」

「ふふん、実は生徒会の企画に参加して欲しいのよ。ということで、今から第4アリーナの更衣室に行って頂戴」

 

 おぉ、なんか凄い押せ押せ系の人だな。

 てか生徒会長と言ったか。つまりあの人が。

 

「企画? なんかダルそう。それ参加しなきゃ駄目ですか?」

「一夏君関連だけど?」

「よし菖蒲行くわよ!!」

 

 乙女パワー全開の掌返しを発揮した鈴は徳川さんの引っ張って走り去った。

 

「ちょっと待ってください鈴様! せめて何か羽織らせて」

「駄目よ! 他のに先越される訳には行かないでしょうが!!」

「ひあぁぁぁぁ!」

 

 廊下に徳川さんの悲鳴が響く、彼女が学校で変わった目で見られないことを俺はこっそりと祈った。

 

「虚ちゃん、貴女も準備しといて頂戴な」

「畏まりました、お嬢様」

「むぅ、またお嬢様って呼んだ」

「申し訳ありません、会長」

 

 彼女ーーー虚と呼ばれた少女は濡れタオルをズボンに擦り付ける弾に目を向ける。

 

「ごめんなさい、短い時間だったけど」

「いえいえ、俺に構わず行ってくださいよ。あ、会計は俺がしときますんで」

「え?」

「男として見栄を張りたいんで」

「正直ね」

 

 目を細めて笑う彼女に俺は何度目か分からない魅了の魔法にかかった。

 

「じゃあ行きましょ、虚ちゃん」

「はい。では」

 

 軽く会釈をした虚さんは、会長さんと共に一年二組から姿を消した。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「おお、弾! あれ? 一人かよ」

「ああ、まあな……」

 

 合流した村上に渡されたタピオカジュースをすすった。

 甘い牛乳主体のドリンクと黒いタピオカが一斉に襲いかかる。タピオカをニャキニャキと歯で弄んでいると、村上がそれとなく話しかけてきた。

 

「んで? あのお姉さんとはどうなったよ」

「んんー、あー、えっと………緊張して殆ど会話出来なかった」

「かぁー! 勿体ねえ奴だなぁ!」

「うっせえ、これでも頑張ったんだ」

「メアドとか聞けたのかよ」

「メアドどころか名前も言えてねえ」

「はぁ!? 本末転倒じゃないかよ! 先ず自己紹介だろ自己紹介! せっかくお茶するってファーストミッション完了したのによぉ!」

 

 俺なんかファーストすら行けないのに! とタピオカジュースをズゴゴゴ! と啜った。

 

「なんか、大人って感じだった」

「ああ分かるわ……なんか収穫ないのか?」

「虚さんって、名前だけ」

「名前だけかぁ……」

 

 参ったなぁと言わんばかりに頭をかく村上と、無心でひたすらタピオカジュースを啜る俺。

 

「ヴァ、タピオカだけ残った」

「うわぁ、ありがち。これからどうするよ」

「そうだなぁ………」

 

 ピンポンパンポーン……

 

『まもなく、学園生徒会が主催する大型舞台演劇、シンデレラを開催致します。ご閲覧の方々は、第4アリーナまでお越しくださいませーーー繰り返しお伝え致しますーーー』

 

「お? 大型舞台演劇とは、なんかまた凄そうだな。行ってみね?」

「ああ、行くか!」

 

 コップに残ったタピオカを一気に口に放りこんで、走り出した。

 

 虚さんか、また会えるといいな………

 そんなことは無いだろうと思いながら、村上と共に第4アリーナとやらに向けて駆け出していった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「いやー楽しみねー。どうなるかなぁー。ね、虚ちゃん、飛び入り生徒会長って映えると思わない?」

「ワンサイドゲームになるので止めてください。それよりも会長、例の組織の動きは」

「わかってるわよ、今のところ怪しい人物はいないけど。もしかしたらシンデレラで釣れちゃうかもね」

「そうなったら、生徒たちに被害が」

「その為の貴女たちでしよ? 頼りにしてるわ♪」

 

 ニコッと笑う彼女だが、目の奥では楯無としての鋭い覚悟が見えていた。

 道化を演じきれてるのか、きれていないのか。それも彼女の狙いなのだろうけども。

 

 しかし、彼女はその演技で並み居る人々を虜にし、協力者とする。

 人との繋がりは強さだ。連携をとれれば強大な悪鬼に立ち向かう強さだけでなく、守りにもなりうる。

 彼女の強さは多彩かつ柔軟であり、この混沌とした世界を渡り歩いている。それが更識楯無としての彼女なのだ。

 そして、布仏家はそれを補佐するもの。布仏家は更識家の矛であり盾、更識楯無が織斑一夏、疾風・レーデルハイトを守るというのならば、布仏家の従者はそのように動くだけだ。

 

「とーこーろーでー」

 

 ビシッと眼前に向けられた扇子に思わず身体が強張る。

 

「あの赤髪君とはどういう関係なのかしら!」

「………え?」

 

 楯無の顔は何時もの含んだ笑みより、遥かに悪戯心を纏った笑みを浮かべていた。

 あ、これは面倒なものだと虚は逃走経路を確認した。

 

「あのお堅い虚ちゃんが男と一対一のデートだなんて! 何かが起きたに違いないわ! さぁ話しなさい!」

「あの、会長。あれはデートではなく、お礼を兼ねた物と言いますか」

「シャラップ! あれがデートでなかったら何だと言うの! あの赤髪君はきっとデートだと思ってたに違いないわ!!」

「そ、そんなことは」

 

 虚は言葉の続きを模索しようとしたが、直前の弾の言動を思い出した。

 これ以上ないぐらい分かりやすく純粋な好意。

 ぶつけられ慣れてない虚は楯無の問いに回答出来なかった。

 

「あー、かいちょーとお姉ちゃんだぁ~」

 

 ぶんぶんと自分の丈より長い袖を振り回しながら本音が走ってきた。

 楯無の目が光った。

 

「大変よ! 本音ちゃん! 緊急事態よ!!」

「およっ? 例のそしきですかぁ~?」

「そんなことより重要なことよ! 虚ちゃんに男の気配がっ!」

「なんと!? それは本当ですか!?」

「お嬢様、明らかに亡国企業の方が重要だと思います」

 

 普段気だるげな本音の瞳が目一杯見開かれた。ここまで驚く本音を見たのはいつ以来だろうか。

 虚のツッコミもこの二人にはどこ吹く風だ。

 

「ふぁあ~、良かった良かった~。お姉ちゃん男っ気ないから、行き遅れるかと思ったけどぉー、そんな心配なかったね~」

「本音? それどういう意味かしら? あとお嬢様が言ったことは全部妄言だからね?」

「ノンっ! それは無いわ!」

「何故そう断言出来るのですか?」

「だって、虚ちゃんが男の人にあんな笑顔するの、珍しいじゃない?」

 

 珍しい? そんなことはない。一夏や疾風にも彼女は愛想を良くしているつもりだ。

 

「あんな慈愛を込めた目線、名残惜しそうな表情。ピカンと来たわ! これでも私、他人の恋路には鋭いのよ」

「慈愛って」

 

 バッと広げられた扇子には『春が来た!』と書かれていた。

 

「あの、会長。貴女もしかして私があの子に好意を抱いていると?」

「あら違う? 少なくとも私はそう思ったけど?」

(私が彼に?)

 

 ピンポンパンポーン………

 

『まもなく、学園生徒会が主催する大型舞台演劇、シンデレラを開催致します。ご閲覧の方々は、第4アリーナまでお越しくださいませーーー繰り返しお伝え致しますーーー』

 

「あら、時間切れね。続きは後程ね? じゃあ二人とも、頼んだわよ」

「畏まりました」

「畏まりました~」

 

 楯無はルンルンと満ち足りた様子で立ち去っていった。

 

「それで? お相手の人はどんな人~?」

「行くわよ本音」

「ああ~、無視しないでよぉ~」

 

 本音の問い掛けから逃げるように第4アリーナに歩を進めた。

 気を引き締めなければ、いつテロリストが向かってくるかは分からない以上、油断は禁物だ。

 先程の楯無の言葉を虚は頭から追い出していくと、不意に彼の言葉が蘇ってきた。

 

『さっき、女の子らしくないと言っていましたがそんな事ありません! お、俺から見たら貴女は十分魅力的で可愛らしい普通の女の子ですっ!!』

 

 顔を赤らめ、普通の女の子と言ってくれた彼。

 突然の事で驚いたが、虚は彼に女の子扱いされて、本の少し嬉しく思った。

 

「お姉ちゃん」

「ん?」

「女の子の顔してる~」

 

 ゴチンと、いつの間にか追い付いてきた妹の頭部に拳骨が降りた。

 頬に手を当ててみたが、暑いかは分からなかった。心なしか手は暑い気がする。

 

「痛い~」

「下らないこと言ってないでさっさと行くわよ」

「は~い」

 

 再び引き離すように歩を進める。

 僅かに熱をもった顔に気付かないように更に足を速めた。

 

「そういえば………」

 

 彼の名前、聞いていなかった。

 

 虚は自分がどうあがいても少女であるのだと自覚してしまった事にむず痒さを感じながらも、また更に歩幅を伸ばしたのだった。

 

 今は目の前のことに集中と、雑念を払おうとしたが。

 この芽吹きかけた気持ちを無視するには。

 布仏虚は聡明すぎた。

 

 

 




 こんな裏話があったんじゃないかなーという妄想。

 一目惚れという線もあったかもしれないけど、こういうのもあっていいじゃない?
 まあ本音を言うとアニメ第二期に弾と虚が出なくて書きなぐった感があったpixiv時代でした。


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第43話【灰被りフロンティア】

 箒誕生日おめでとう!


「なあ疾風」

「ん?」

「お前小学生の時、印象に残ってる役ってなんかある?」

 

 会長に言われるままIS学園の数あるアリーナの一つ、ここ第4アリーナ男子更衣室で劇の衣装に着替える俺達。

 

 サイズがピッタリなことに、どこからか個人情報の流出があったことは事実である、教えた覚えはないから。

 そんな事を考えていると唐突に一夏が話題を振ってきた。

 

「印象に残ってるねえ。うーん」

 

 小学生の劇言っても二つは演奏だったからなぁ。

 一年は大きなカブやってたっけ。

 

「小学4年ぐらいかな。森の熊さんを題材にしたやつなんだけどな」

「うん」

「木の役だったんだよね」

「よりによってチョイスがそれ?」

 

 一夏の言いたいことはわかる。

 全身を茶色タイツにし、お世辞にも上手とも言えない葉っぱをもした飾り付けでステージのど真ん中後方に立つその姿は、はっきりいってシュールだ。

 

「実際居ても居なくても問題ない役だけど。当時純粋かつ真面目な俺は真面目に木を演じた」

「結果は?」

「一部の大人から居たことすら分からなかったという謎の評価を頂いた」

「なんだそりゃ」

 

 暗転時にステージから降りた時は騒がれたなー。「おいあの木独りでに動かなかったか!?」って。

 先生には凄い褒められたな。

 家族? 言わずもがな。

 

「一夏は? なんかねえの?」

「俺か? 俺は小学六年の頃に王子様の役やった。なんか凄い女子に推薦されてさ」

「へえ」

「次にお姫様の役を決めるときにさ、女子全員が立候補して、お姫様の役決めるだけで一時間目終わったんだよ。最終的には鈴がお姫様役に決まってさ」

「そ、そうなんだ。凄いな」

 

 お姫様役をもぎ取った鈴が。

 

「ああ、やっぱり女子ってお姫様の役に憧れるもんなんだな。でも、そのあと男子の顔がちょっと怖くてよ、なんか怒ってるのかと聞いても『何でもない』の一点ばりで、弾なんか溜め息ついてたぜ。なんでだろうな?」

「………なんでだろうねぇ」

 

 こいつの女子攻略術と唐変木・オブ・唐変木は小学生の時から顕在だったというのか。

 

「ん? どうした疾風? 顔が引き攣ってるぞ?」

「な、何でもねえよ。気にするな」

「そうか?」

 

 恐るべし、織斑一夏。

 

「ところで、この衣装なんだろうな?」

 

 俺と一夏の服は青い上着に白のズボンという典型的な王子様スタイルだった。

 

「なにって、王子様だろう? よかったな、人生で二回の王子様だぞ」

「実は中学でも王子様役やったんだ」

 

 へー。姫役誰だったんだろうなー。

 

「シンデレラって二人も王子居たっけ?」

「さあ? オリジナリティーなんじゃね?」

「疾風はなにも聞いてないのか?」

「知らん」

 

 なんかドデカイ事はするとは言ってたし、第四アリーナも少し前から使えなくなったからそこでなんかやるのかなとは思ってはいたけど。

 

「一夏君、疾風君、ちゃんと着たー? 開けるわよ」

「「開けてから言わないで下さいよ!」」

 

 言い終わってから一秒も立たずに開けてきたMiss非常識人。

 

「なんだ、ちゃんと着てるじゃない。おねーさんがっかり」

「何を期待してたんですか、あなたは」

「会長は男の裸を前にヨダレを垂らす変態だった!?」

「こらそこ、わざとらしいわよ」

 

 開幕早々、いや開幕前から楯無ワールドにげんなりする一夏と悪乗りする俺の事など露知らず、楯無さんは俺達に金色に光る王冠を被せた。

 

「はい、王冠。大事なものだから、なくさないでね?」

「あの、楯無さん。俺達脚本とか台本とか一度も見てないんですけど」

「アドリぶれば良いんですか?」

「そうよ、基本的にこちらからアナウンスするから好き勝手動いて頂戴」

 

 成立するのかこの劇。

 

「因みに一夏君が第一王子、疾風君が第二王子ね」

「俺が第一王子?」

「で、俺が第二か。まあ一夏の方が王子役は映えるわな」

「ふふん、じゃあ二人とも、頑張ってねー」

 

 ひしひしと感じる不安の中、第4アリーナに入っていく。

 

「わあ…」

「おおっ! スッゲエなこれ!」

 

 目の前は正に壮観の一言だった。

 アリーナの限界まで高くそびえ立った西洋風のお城、地面には芝が生え揃い、赤絨毯がそれぞれの色彩を際立たせた。

 

 IS学園の中でも小さい部類に入る第4アリーナとはいえ、これ程のスケールとは。つくづくIS学園のクオリティの高さに驚かされる。

 

『さあ! 幕開けよ!!』

 

 高らかに響いた会長の声と共に、アリーナのドームが閉じて、辺り一面が闇に変わった。

 ステージの中央らしき場所にライトが集中した、まるで俺達を誘うように。

 誘われるがまま、ライトの中心に立つと、客席から歓声が巻き起こった。

 

「一夏、手を振っとけ。笑顔でな」

「お、おう」

 

 一夏が手を降ると、客席からの更に歓声が沸き上がった。

 

「一夏ぁぁあ!! へますんなよぉぉおお!!」

「疾風えぇええ! 頑張れよぉぉおおお!!」

 

 何処からか聞き覚えのある友人の声が耳に届いた。

 どっかで見ているのか? 

 

 と思っていると。俺達を、照らしていたライトが落ち、代わりに巨大なホログラフィック・スクリーンが現れた。

 

『むかしむかし、あるところに。シンデレラという少女がいました』

 

 あれ、意外と普通………

 

『否、それはもはや名前ではない』

 

 なわけなかった。

 楯無さんのモノローグと共に、スクリーンの泣いていた少女が、剣や重火器を持つドレスのお姫様に変わった

 

「「は?」」

 

『幾多の舞踏会を潜り抜け、群がる兵士を薙ぎ倒し、灰塵を纏うことさえ厭わぬ地上最強の兵士達、彼女らを呼ぶに相応しい称号………それが灰被り姫(シンデレラ)!』

 

 カッと、ステージ全体がライトアップされ、舞踏会エリアに立たされる俺達が浮かび上がった。

 

「は?」

「おっと?」

 

『今宵もまた、血に飢えたシンデレラたちの夜が始まる。王冠に隠された軍事機密を狙い、舞踏会という名の死地に少女達が舞い踊る!!』

 

「はあ!?」

「えー?」

 

 シンデレラってそんな殺伐とした時代だっけ? 

 何がなんだかわからんと頭を抱える一夏の上から。

 

「貰ったぁぁぁ!!!」

 

 雄叫びと共に何かが舞い降りてきた。

 

「危ねえ!!」

「うおっ!?」

 

 先程まで一夏が居た場所に刃が降り下ろされる。そこには白地のシンデレラ・ドレスに銀のティアラを被り。中国の刀、青竜刀を手に持つ………

 

「「り、鈴!?」」

 

 鈴の姿があった。

 

「王冠、寄越しなさいよ!」

 

 柱を背に立つ一夏をキッと睨んでから、すぐさま中国の手裏剣である飛刀を投げてくる。

 投げられた飛刀は真横の柱に見事突き刺さった。

 

「ヒィっ!? ば、馬鹿! 死んだらどうするんだよ!? うおおっ!?」

 

 即座に投げられる飛刀を避けるなか、会長 の呑気なアナウンスが鳴った。

 

『大丈夫よー。ちゃんと安全な素材で出来てるから』

「ほんとかよ!?」

 

 慌てながらも一夏はその場にあった蝋燭台で飛刀を防ぐ。だが鈴は直ぐ様それを蹴り上げ、そのまま踵落としを決めてきた。

 

「わあ、馬鹿! パンツがっ」

「はあっ!」

 

 ドゴォと床が陥没する様にドン引きすると、一夏はあることに気付いた。

 

「って、おい! ガラスの靴履いてんのかよ!?」

「大丈夫。強化ガラスらしいから!」

 

 それに蹴り上げられる一夏の安否はどうなるんだ。

 死ぬぞ下手したら。

 

「死なない程度に殺すわよ!!」

「意味が分からん!」

「一夏! とぉっ!?」

 

 助けにいこうとしたら足元が破裂した。

 否、何かが撃ち込まれたような弾痕がそこにあった。

 

「ナイスセシリア!」

「セシリア!? てことは狙撃か、やっば!」

 

 ビスッビスッと立て続けに空いた弾痕から逃げ出すべくとりあえず射線をきった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「今回、一夏君と疾風君の王冠を手に入れたシンデレラには、本人との同室同居権を与えるわ」

 

 専用機持ち達は更衣室にいた更識楯無の現実場馴れした言葉にきょとんとした。

 

「た、楯無様? そんなことが可能なのですか?」

「大丈夫、生徒会長権限で可能にするわ」

 

 という更識会長の言葉に全員が奮い立った。

 

「ただし、手にいれる王冠は間違えないこと、じゃないと………お目当てじゃない人と同居しちゃうことになるから、気を付けてね♪」

 

 にっこりと笑う会長の言葉に専用機持ちの目の色が燃え盛る火の色に変わった。

 一人を除いて。

 

「あの、楯無さん」

「セシリアちゃんも頑張ってね!」

「頑張ってと言われても」

「やることないならあたし達の援護でもしなさいよ」

「はあ………」

 

 

 

 

 

「とは言ったものの」

 

 高台の上からスナイパーライフルを構えるセシリアはため息を吐いた。

 

「別にわたくしは参加しなくてもよかったのでは。というより、王冠をその場でゲットするという状況だと遠距離向きなわたくしって不利じゃありません?」

 

 ぼやきながらもセシリアはスコープを覗く。

 

 ふと考えてしまった。

 万が一の確率で、自分の手に疾風の王冠が収まり。疾風と同棲することになったら。

 

「………何を考えてるのでしょうね、わたくしは」

 

 隠れたのか、スコープの先に疾風の姿はない。

 動かして物陰に隠れる一夏を捕らえる

 

 このまま棒立ちというのも演出上良くはない。現に目立つとこにドレス姿で位置するセシリアは観客の目を引いていた。

 

「せめて皆さんのサポートをしましょう」

 

 麗しの狙撃主はトリガーを引いた。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ふう、ここまでくれば安心」

 

 隠れていた木製の大扉がバラバラに砕けた。

 

「じゃねえか!」

 

 主役なのにも関わらず隠れてばっかの一夏なので時折観衆の前に躍り出ると歓声がなったが、当の一夏はいつ飛んでくる狙撃にそれどころではなく宛もなく走り続けた。

 

「なっ、行き止まり!?」

 

 目の前と右は壁、左は高低差があるものの飛び降りれない高さではない。

 だが、それでも躊躇はする高さに一夏の足は動かなかった。

 

「もしかして誘われた!?」

「一夏何処よーー!!」

「げっ!」

 

 このままでは鈴に追い付かれる。だがとまったままだとセシリアの狙撃にさらされる。

 万事休すと諦めたその時。

 

「一夏っ! こっちこっち!」

「シャルっ!?」

「早く来て!」

「お、おう!」

 

 形振り構ってられない一夏は対弾シールドを持ったシャルロットの元に飛び降りた。

 転がるようにシャルロットのシールドに隠れた一夏はシャルロットに連れられてその場を離脱した

 

「はぁ、はぁ………ふぅ」

 

 セシリアの狙撃から逃れた二人は一先ず物陰に隠れた。

 

「シャル、助かったぜ」

「直ぐに追っ手がくると思う。さっきチラッと鈴の姿があったから。僕が食い止めるから、一夏は早く逃げて」

「お、おう! サンキュ!」

 

 ここぞという時に頼りになるシャルロットに感謝を述べながら一夏は踵を返した。

 

「あ、ちょ。ちょっと待って!」

「な、なんだ?」

「その、出来れば王冠を置いていってくれると嬉しいなぁ、って」

「う、うん。まあ、いいけど」

 

 一夏は王冠に手を伸ばした。

 しかし、これこそシャルロットの策略! 

 

 今回のシンデレラのことを何も知らされていないと察したシャルロットは咄嗟に一芝居をうった。

 それは力付くで奪うのではなく、一夏の信用を得てから譲渡してもらうこと! 

 後々一夏との確執を最小限に抑える為の、シャルロットの最善の策。

 

 シャルロットに誘導されていることに気付かない一夏は王冠を外そうとした。

 内心ガッツポーズのシャルロット。

 そんな時、楯無のアナウンスが流れた

 

『王子様にとって国とは全て。国の未来を左右する重要機密が隠された王冠を失うと』

「「失うと?」」

『自責の念によって、電流が流れまぁーす!』

「はい?」

 

 一夏は一瞬ポカンとしたが、いかんせん腕は無意識に動き王冠が外される。すると。

 

 バリバリバリバリバリ!! 

 

「ぎゃあああああっ!?」

 

 退っ引きならない音を立てて一夏の全身に電流が流れた。痛いレベルじゃなく熱いレベルで。

 

「な、な、なんじゃこりゃあ!!?」

 

 見ると王子衣装が所々焼けて煙が出てる。

 

『ああ! なんということでしょう! 王子様の国の思う心は、そうまでも重いのか。しかし、私達には見守ることしかできません。あぁ! なんということでしょう!!』

「二回も言わなくて良いですよ!」

『因みに今回の電撃王冠の製作には第二王子こと、疾風君の御実家レーデルハイト工業のご協力の元、制作されております』

「そんな情報どうでも良いですよ!」

 

 再び電流を流されたらたまった物ではないと一夏は王冠を頭に乗せた。

 

「す、すまんシャル。そういうことだから」

「え、こ、困るよぉ!」

「だけどあの電撃ビリビリはもう。っ!」

 

 一夏は本能のまま飛び退くと、その場に飛刀と突き刺さった。

 

「大人しく王冠を渡せ一夏ぁぁ!」

 

 一夏とシャルロット二人っきりという状況に修羅の顔となった鈴が飛刀をやたらめったらに投げまくった

 

「あ、待ってよ一夏ぁ! うわっ!」

「わるいシャル!」

 

 成り行きでシャルロットを盾にしたことを詫びながら第一王子は逃げ出した。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「何作ってんだうちの会社は………」

 

 自分の王冠にも内蔵されてるであろう電撃装置に恐怖を抱きながら座り込んだ。

 屋内に身を隠した俺は息を整え、今回の演劇について考察を纏めた。

 

 まず、シンデレラの目的はこの王冠。大方、会長に利益になるようなことを言われたのだろう。

 つまり、この演劇は武器ありの盛大なる鬼ごっこ。時間内までにシンデレラを撒き、王冠を死守すればいい。

 そこで得策としては、隠れながら場所を転々とすること。だが………

 

「それじゃあ、面白くないよな」

 

 観客に対してのパフォーマンスも必要だろう。

 なにより脳の中で悪い癖が囁いているのだ。

 盛り上げたいと、引っ掻き回したいと。

 

「まあ、あいつはそんな余裕ないよね。ここは俺が躍り出て、一夏の負担を減らすのもありだな」

 

 しかし、問題はセシリアのスナイプだ。

 あのライフルは恐らくサイレンサー装備、サバゲーのライフルだとしても性能は折り紙付きの高級品だろう。

 レーザーサイトが付いているのは、あれは狙っていますよというハンディキャップだろうか。

 

「まあそのハンディは俺にも適応されると………さて、そろそろ行くかね!」

 

 再び屋外の渡り通路に躍り出る。

 不意に、"カチッ"と、何かを踏んだ。

 

 トラップ!? 

 透かさずその場から飛ぶがなにも起こらず、代わりに先程出てきた出口にシャッターが降りた。

 退路を塞がれた、そしてそれに合わせるかのように。

 

「ほ、箒!?」

「疾風っ!?」

 

 渡り通路の向こうに、鈴と同じ肩出しのシンデレラドレスに身を包んだ箒の姿が。

 その手にはドレスに見合わない刃引きされた模擬刀が握られていた。

 

 まずいぞ、この状況は。箒の剣の腕前は日本剣道のトップを誇る腕前。それに対してこちらは素手と分が悪い。

 対ナイフの格闘戦を習った訓練はあれど、対日本刀の経験はない。

 

 どうする、後ろは通行止め、前には日本刀持ちのシンデレラか……

 相討ち覚悟で突っ切るかどうかを思案していた疾風に対し、箒は口を開いた。

 

「疾風。一夏は見たか?」

「え? さっき見たけど、何処行ったかは知らん」

「そうか」

 

 と、箒は踵を返して走り去った………え? 

 

「ちょ、ちょっと待て!?」

「なんだ、私は急いでるんだ!」

「王冠狙わないのか? こっちは素手だからチャンスじゃないかと思うのですが?」

 

 少なくとも俺なら即座に襲いに行く。危機回避のチャンスだが、聞かずにはいられなかった。

 

「お前の王冠などいらん!!」

「はいっ?」

 

 用無しとばかりに箒は去っていった。

 

「………あれぇ?」

 

 信じられない出来事に、やる気に満ち満ちていた俺は呆然と立ち尽くしてしまった。

 

 

 

 

 

「………」

 

 トコトコトコ………

 

「………」

 

 トコトコトコ………

 

「………追われない………」

 

 遠くで一夏の叫び声が聞こえるなか、俺は当てもなく歩いていた。

 余りにも暇なのでわざわざ見晴らしの良い場所で、周囲警戒しつつスナイピングをよけて観客を湧かそうとするも、全然狙われてる気配なし。

 

「何故?………ん?」

 

 なにやら、前方から銀髪眼帯のシンデレラが。両手にはサバイバルナイフが握られている。

 そして明らかに戦意が無い感じで訪ねてきた。

 

「む、疾風か。一夏は見たか」

「あっちで見たけど」

「感謝する」

「おーい」

「なんだ?」

「………俺の王冠は狙わないんですか?」

「お前の王冠に戦略的価値はない」

 

 速答で言い残して銀髪シンデレラは横をすり抜いて走り去っていった………

 

「………素通りってオイ」

 

 ……哀愁を漂わせた第二王子の姿が、そこにはあった。

 

 数分後、一夏の悲鳴が耳に届いた。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ふふっ、逃げ回ってる逃げ回ってる。ほんと一夏くんは予想通りに慌てふためいてて、お姉さん楽しい♪」

 

 悪魔、正しく悪魔の顔である。

 高みの見物をしてる楯無は動き回るペットを見るかのように眼下を覗き込む。

 

「んーーだけどこっちも予想通りというか。疾風君全然動かないわ、ていうか相手にされてない? あぁ、なんて悲しいの疾風君。お姉さん、泣いちゃうわ!」

 

 うっうっと誰も見ていないのに嘘泣きを流す学園最強生徒会長。目薬まで指す徹底ぶりである。

 

「肝心の菖蒲ちゃんも、疾風君見つけれてないみたいだし……あら」

 

 眼下で疾風とセシリアがエンカウントした。

 何かしら話した後に走り去るセシリアに手を伸ばした疾風は、その場でガックシと項垂れた。

 

「疾風君をからかうアナウンス掛けようかと思ったけど、流石に躊躇うわ。泣きっ面に蜂レベルじゃないもの」

 

 しかしここまで疾風側に盛り上がりがないと、観客も疾風も盛り下がる。どうしようかと頭を捻る楯無はピコンと名案を閃いた。

 

「そうだわ、良いこと思い付いちゃった! ふふふ」

 

 急いで一夏と疾風の王冠に内蔵されたスピーカーに繋げる準備をする。

 

「ふふん、感謝しなさい疾風君、貴方向けのプレゼント、特別にお姉さんが拵えてあ・げ・るっ」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 会長が何かを企んでいる間、俺は壁にはまっている西洋剣を取ろうと奮戦していた。

 

「ふんぐぐぐ、ぐっ、ぐぬぅ……んだぁ! 取れたっ!」

 

 第二王子疾風は 剣 を 手に入れた! 

 

「これで丸腰は避けれたか………はぁ」

 

 急に脱力感が起き、壁を背に座り込んだ。

 それもこれも、先程の出来事が起因している。

 

 

 

 

 

 

 part3。凰鈴音の場合。

 

「疾風! 一夏見なかった!?」

「見てない」

 

 目線の上の塀から鈴が話しかけてきた、だが先程のように飛び降りる気配はない

 ほんとは物見台を登っている一夏を見たのだが、なんか言いたくなかった。

 

「ちぃっ! あいつ何処行ったのよ! もう!」

「………なあ」

「なによ!」

「何故皆、俺の王冠は狙わないんだろうね? お前含めて」

「………し、知らないわよ。菖蒲あたりは狙ってくれんじゃないの? じゃあね! 急がないと他の奴に先越されるから!」

 

 part4、シャルロット・デュノアの場合。

 

「おぅ、シャルロット」

「疾風! なんとか逃げ切れてるみたいだね」

「逃げ切れてる………ていうか」

 

 避けられてるというか。

 

「一夏は見た?」

「見てない」

「そっか、じゃあ僕行くね」

「なあ」

「どうしたの?」

「これを手に入れると、シンデレラにはどんな特典がついてくるの?」

 

 王冠をトントンつつきながらシャルロットに問う、その声色は何処か暗めだった。

 

「そ、それは……」

 

 シャルロットがばつの悪そうな顔で目線を反らすも、疾風の虚ろな視線に耐えきれず言葉を絞り出す。

 

「ごめん、それを言うと特典が貰えないんだ」

「シンデレラが手に入れると、取られた王子様と取ったシンデレラで何かあるんだな?」

「ご、ごめんね疾風! 僕急ぐから!」

 

 文字通り逃げたシャルロットに、死んだ魚のような視線を送り続けた。

 

 part5、セシリア・オルコットの場合。

 

「あっ」

「あっ」

 

 次のエンカウントは灰被りの狙撃手こと、セシリア・オルコット嬢。流石は生粋のお嬢様というか、メイド服より遥かに似合ってる感がある。手に持ってるスナイパーライフルさえなかったら完璧だった。

 いや、これはこれで味があるか?

 

「セシリーーうおっ!」

 

 スコープを覗くことなく、俺の足元に銃痕を刻むセシリア。

 

「おいお前」

「こ、来ないでくださいまし!」

「おい待てっーーうおとっとっ!?」

 

 連撃で此方を狙った銃弾を即座に屈んでやり過ごす。

 

「一夏についてなんかないのかお前は!」

「知りませんわ!!」

「お、おーい!」

 

 虚しく伸ばされた手の延長線上にある彼女の姿が見えなくなると、俺は膝から崩れ落ちてしまった。

 少し頬が赤く見えたのは、絶対見間違いだろう。

 

 まあそんなこんなで、並みいるシンデレラは俺に見向きもせずに何処かへ消えていったのだった。

 

「はははっ、何で俺狙われないんだろー。俺も王子なのになぁー、王冠持ってるのになぁー、どうせルックス平均の眼鏡ポンチだよっ!!」

 

 八つ当りに壁に斬りかかるが模造刀故に傷などつくはずがなく。

 

「くっ! これほど一夏を羨ましく思ったことはねえ。全然面白くもないわ! やってらんねえよ畜生めぇ! ………はぁ」

 

 一頻り怒った後に再び踞る俺。あぁ、なんとも憐れな存在か………

 なまじ頭が働く分、何故自分が狙われないのか理解してしまっている疾風。しかし、女子五人から続け様相手にされないのは、分かっていても応える物があるのだ。

 せめてセシリアには反応してほしかったと信じたい。

 

 もしかしてあいつも一夏のことが好きだったりして………

 

「やべー、なんだか分かんないけど凄い落ち込む………フヘヘヘへ」

 

 可笑しいな? 笑みが溢れてくるぞ? 悲しい筈なのに、笑みが溢れてくるゾ? ナンデカナァ? 

 

 ピリリリリ、ピリリリリ。

 

 虚無感増々の王子様の王冠が震え、陽気な声が流れてきた。

 

『はいはーい、王子様の諸君? 生徒会主催の【灰塵被りし戦姫】楽しんでくれてるかな?』

「ご覧通り全然楽しくないっすよ、怒りますよ?」

 

 シナリオを考えた張本人に八つ当り混じりの呪詛を投げ掛ける。

 だが此方の声が届いてないのか、会長は構わず進めた。

 

『それでね? お姉さんはこのままでも充分楽しめてるんだけど、なんかまだ刺激が足りないなぁと思ってね?』

 

 こちとら刺激感じなさすぎてテンションがメルトダウンなのですが。

 俺は消沈しながらも楯無会長の声に耳を傾ける。

 

『そこで、王子様側からも何かしてもらおうと思うの。で、その内容と言うのがーーー』

 

 

 

『ーーーと、言うことなの。実行するのは本人の自由よ? じゃ、頑張ってねえ~』

 

 プツンと、通信終了を知らせ。レーデルハイト工業製電撃王冠は沈黙した。

 

「………………ふふふっ」

 

 踞りながら俺は再び笑った、だがその声色は、先程とは違い何処か明るめだった。

 

 ゆっくりと、笑みを溢しながら、向日葵が太陽に向かうようにゆっくりと状態を起こす第二王子。

 

「ふふふっ、ふふっ。ハハハハハっ!!」

 

 突然狂ったように笑う。

 瞬間、城内を走る王子とシンデレラ。そして観客席の人々にゾクッと寒気が走った。

 

「ハハハ………ふぅ、楯無会長。あんた最高だわ」

 

 クルンと、西洋剣を手で遊び、眼前に目を向ける。

 死んだ魚の目は水を得たかのように光を得、その笑みは何処か猟奇的な雰囲気を匂わせる程鋭角に上がっていた。

 

 駆ける。城内を闊歩し、辺りを爛々と見渡すそれは正に肉食獣の如く。

 宴は終わらない、灰塵舞う舞踏会はまだ終わらない。

 

「ハハッ♪」

 

 シナリオ創作者の鶴の一声により。

 今ここに獣は放たれた。

 

 



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第44話【灰被りランペイジ】

「俺やっぱIS学園みたいな特殊な場所じゃなくて、普通の高校で良かったわ」

 

 観客席でシンデレラと男二人が闊歩する城を見ながら弾はぼやいた。

 チューとジュースを飲み干した村上が意外そうな顔でぼやきを拾う

 

「意外。女の園だぁーって言ってた奴とは思えん台詞だな。 まあ俺もだけど」

「いや、だってねえ? あんな爆発が起きるような場所に入りたくないし、ましてや凶器を持っている女の子に襲われたくもない」

 

 先程一夏がラウラと対峙したときに何処からか迫撃砲が飛んできた。

 しかも高台からはセシリアがスナイパーライフルで一夏の足元を狙い撃ちしている。

 

「まあ、あれだよな、ラノベや漫画の世界って。見る側で充分だもんな」

「それなー」

 

 弾に同意しつつも自分達が生きている世界も大概なのではと、ふと思ってしまった。

 一歩間違えば戦争を起こしちまう兵器みたいな代物を学生でも扱え、学べてしまうインフィニット・ストラトス。通称IS。

 

 SFの2次元アニメから出てきたようなそれは間違いなく異質だと思う。

 確かに男としては空飛ぶパワードスーツはロマンだし、SF物は男の大好物だ。

 ビームサーベルや巨大ロボットに憧れない方がおかしい。

 

 けど、現実にそれがあるとなると、ましてや女にしか動かせないとか。文字通り世界バランスが変わった代物にはやはり引け目を感じちまう。

 

 周りの歓声にハッと村上は我に返った。

 難しいことなど、村上綺羅斗の柄ではない。

 村上の意識はシンデレラの会場に移った。

 

「しかしよお、疾風の奴見えねえなぁ。一夏はあーんなに動いてるっつうのに」

「そういう役回りなんじゃないか?」

「貧乏神王子一夏」

「ぶふっ!」

 

 口の中空で良かった、でなければ前の席に被害が出ていたであろう。

 

「はっ、呑気なもんだな」

「ん?」

 

 後ろの気だるげな声に目を動かす。が、そこには誰も居なかった。

 

「どうした弾?」

「あ? いやなんでもねえ」

「そうか。おおーい疾風! もっと活躍しろぉぉ!!」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「あーもう!! あいつ逃げんの上手すぎ! もうっ!」

 

 お目当ての一夏を見つけては見逃し、また見つけては見逃しを繰り返した鈴はその場で地団太を踏む。

 

「騒ぎが起これば、そこに一夏は居るだろうし。今度は飛び掛かって取っ組み合いに持ち込むか。あいつの事だもの、抵抗はするだろうけどそこまで強くは出れないでしょう」

 

 何だかんだ言って女子に強くは行けないのが織斑一夏の弱点だった。

 

「しかし、菖蒲も見つからないわ。疾風が動かないみたいだから、教えようと思ったのに」

 

 

 

 

 

【シンデレラ開幕から10分前】

 

「んー、どうしよっかな。とりあえず青竜刀は持って。予備でも一本持っとくか。あ、飛刀もあるじゃない………てか用意周到過ぎでしょう、生徒会」

 

 生徒会長から一夏との同室同居の話を聞いたシンデレラ一行は各々が用意された武器を選んでいた。

 

 IS以外なら何でもありの王冠争奪戦。

 着たことのないドレスもバッチリと着こなし戦意は充分だ。

 勝つべくして勝つ。鈴の戦意は既に点火していた。

 

「わぁ、鈴様のドレス可愛いですね」

 

 一人闘志に燃える鈴に、同じくシンデレラ・ドレスに着替えた菖蒲が声をかけた。

 

「何言ってんのよ。みんな形は一緒でしょ?」

「そ、そうなんですけど! えと、鈴様は特に似合ってるような気がして」

 

 何気なしに言ったつもりだったのだろう。狼狽えた菖蒲に対ししまったと反省する。

 

「ありがと、あんたも似合ってるわよ」

「そんな、私にはとても。なんだかふわふわしてて落ち着かなくて」

「まったくしっかりしなさいよ。今回は絶対に負けられないんだから。って言っても、あんたは一人勝ちかもね。疾風を狙うのは菖蒲だけだし」

「そうなのですか?」

「そうよ、皆一夏目当てなんだから」

 

 約一名はアンノウンだが。

 

「そうですか。でも疾風様から王冠を奪うなど、そんなこと可能なのでしょうか………私、皆さんと違って戦いなれしてませんし。出来ることと言ったら、弓を射る事と少し刀を握ったぐらいですし」

「あー」

 

 確かに一夏と違って、疾風はこういうのに慣れてそうだ。入院生活を通してきた菖蒲には今回の勝負は分が悪い、ということだ。

 

 ISとは違って生身の戦闘は持ち前の運動神経に依存してしまう。いくら邪魔は無いにしても、むしろ一対一の状態で菖蒲が疾風に勝つことなど不可能だろう。

 

 同じ二組で恋する乙女という共通点から、一気に親睦を深めた二人。なんとかならないかと、鈴は普段考えない頭を働かせた。

 

「ねえ菖蒲、あたしと組まない?」

 

 他の四人にばれないように小声で話す。幸い、他のシンデレラは自身の武具選びと一夏の王冠の事で頭が一杯だ。

 

「組む? 同盟を組むという事ですか?」

「そうよ、まず一夏を見つける。そしたらあんたが援護して、あたしが王冠をふんだくる。そのあとあたしとあんたで疾風を追い詰めて、菖蒲が疾風の王冠を取るの」

「で、でも。一夏様を追う間に疾風様の王冠が誰かに取られたら」

「さっきも言ったでしょ。疾風を狙うのは貴女だけだって。それに、さっきの生徒会長の口振りだと、誤って王冠を取ったら即相部屋よ。だから誰も、迂闊には手を出さない筈」

「な、成る程」

「どう? お互いに良い考えだと思うんだけど」

 

 短絡的な鈴と違って深慮な菖蒲は目を閉じて思考を整理する。

 

「そうですね。私も今回は願ってもいない好機ですし」

「決まりね。じゃあ二人で天下取るわよ!」

「はい!」

 

 色んな意味で共通点のある二組コンビはガッシリと固く握手をまじ合わしたのだった。

 

 

 

 

 

 

「………居ないわね」

 

 隠れるのも上手いのか、それとも悪運が強いのか。はたまたその両方か

 

「悪運が強い線あるわね、初めて無人機が襲来してきた時とかその他諸々含めて。ああもう! ほんと何処に居んのよあいつ!」

 

 文句を言うもなにも変わらないと思っていると、突如アリーナの電源が一斉に落ちた。

 

「はっ? なに、停電? こんな時に」

 

 観客席も何事かとどよめく中、生徒会長の放送が始まった。

 

『時は強き戦乙女が入り乱れる乱世。その時代のある王国には二人の王子が居ました。一人は王位継承権を持つ心優しき第一王子、もう一人は、同じく継承権を持つ逞しき第二王子』

 

「え、何これ?」

 

『ある日、平和だった王国にも他国の刺客であるシンデレラの魔の手が迫る。慌てふためく城内。このままでは王国の最重要機密である王冠が奪われ、国が他国の手に渡ってしまう。それで良いのか? このまま逃げ続け、シンデレラに怯えてるだけで良いのかーーー否、断じて否!!』

 

 生徒会長の熱演に呆気に取られる鈴。ふと静寂の暗闇の何処かからコツッ、コツッ、と足音が聞こえてきた。

 

 いや、これはただの足音ではない。誰かが意図的に鳴らしている。

 まるで自分は此処だと、此処に向かっているとでも言うように。

 

『王国は、シンデレラのティアラに王子の王冠を安全に奪取する仕掛けが施されているという情報を知る。ならばティアラを奪えば、シンデレラの侵攻を食い止める事が出来る!!』

 

「は? え? は?」

 

 もはやなんのこっちゃと鈴は首をかしげるばかり。

 足音が段々、段々大きくなる。

 

『第一王子は言った。出来るなら戦いは避けたい。第二王子は言った。私は戦う、守るべき国の為に!』

 

「え? 王子が戦う? しかも第二王子?」

 

 迫り来る足音に、鈴はまさかと暗闇に向かって青竜刀を構える。

 

『迷う第一王子、戦う第二王子。果たして、王国の運命や如何に! 王子よ! 否! 灰被り姫(シンデレラ)に抗いし灰燼纏いし勇士、灰被り王子(シンダーラッド)よっ! その剣を振るうは今ぞ!!』

 

 カッっ! 

 一際大きい足音、暗がりの向こうに何かが居た。

 

『これより語るわ、シンデレラの第二幕。『シンデレラVSシンダーラッド』! さあっ! 幕は切って落とされた!!』

 

 カッと! アリーナに消えた光が戻り、目が眩みながら眼前に居る誰かに目を向けた。

 

「なっ!?」

「「うおー!!」」

 

 見晴らしの良い渡り廊下。そこには居なかったはず第二王子、疾風の登場に。会場は沸き上がった。

 静かに、俯いていた疾風がゆっくりと顔を上げる。

 

 あらわになった表情は、薄ら笑いを浮かべ、目は獣の用にギラつき手にもつ西洋の刃をクルンと遊ばれていた。

 何時もと違う、見たことのない彼の表情に一瞬足がすくむ。

 

「っ!」

 

 その瞬間を逃さず、疾風はその名通り、風となって疾走った。

 一瞬で詰められた間合い、振るわれた剣を既のところで払う。すれ違うシンダーラッド、剣を払った腕が痺れる。

 

(なんっつー衝撃)

 

 考えるも束の間、疾風が再び距離を積めて剣戟を振るう。

 

「やあっ東洋のシンデレラ! 気分はどうだい!?」

「ぐぅっ!」

 

 力が籠った連撃。一発一発が青竜刀を伝わり鈴の細腕が震える。なんとか振り払って距離を取り飛刀を投げつけるも、彼は容易く避けた。

 

「さあ、ティアラを寄越しな!」

「はぁっ! なによそれ!? あたし達が王冠を取る劇でしょこれはっ!」

「会長が言ってたろ? 俺達シンダーラッドは、シンデレラのティアラを奪うことで王冠の簒奪を阻止する。第二幕は開かれた。さあっ、楽しもうぜシンデレラ! この灰燼舞う舞踏会をっ!!」

 

 ハイになった疾風が芝居がかった口調と共に刃を振るう。鈴は彼の急激な変化についていけず。防戦一方だった。

 

(なによこいつ、ISに乗ってるときと同じ、いやそれ以上にテンション高いじゃない! てか白兵であたしに迫ってる!?)

 

 鈴も代表候補生として、ある程度の護身術は身に付けている。それも大の大人相手にも負けないぐらいに。

 

 しかし疾風は中学の頃から己を鍛え上げ、自信の才能と能力を伸ばし続けてきた。

 いつの日か、憧れのインフィニット・ストラトスに乗れる日を信じて。

 

「おいおい! 代表候補生ってそんな程度か!?」

「くっ、何をっ!」

 

 負けじと武器を振るうも、呆気なく流される。

 

「見た目どおりひ弱ちゃんなのか? ほれほれ、かかってこいよ。猪突猛進が売りじゃなかったのかチャイニーズ」

「は、はあ? あ、あたしがそんな安い挑発に乗ると、おもってんのぉ?」

 

 疾風の手招きにほぼほぼ落ち欠けてる鈴だがすんでのとこで堪えた。

 菖蒲がいない以上、無理に相手する必要などない。

 

 冷静を保った鈴は立派だったろう。

 

 だがイレギュラーがあるとすれば。

 

「来いよ幼児体型」

「………は?」

 

 今日の疾風は、色々ぶっ壊れていた。

 

「来なよド貧乳」

「ぶっっっ殺すっ!!」

 

 殺気を剥き出しに地を蹴った。

 沸点最高度、全細胞が一気に発火した。

 

「王冠なんか知るか! 死ねオラァ!!」

「ははっ♪」

 

 満身の怒りを込めた攻撃を、疾風は嬉々として受け止める。

 

「ぜらあぁぁっ!」

「おっと、荒いなっ!」

 

 さっきの剣戟とは違い、疾風は踊るように鈴の攻撃を受け流す。

 

「舐めやがってっ!」

 

 一瞬リズムをずらして横凪ぎに払う、受けのタイミングを逃した疾風の体が左にぶれた。

 

「貰ったぁっ!」

「それはフラグでしょっ!」

 

 崩れた胴に突きを打つ。だが体制を崩していたと思っていた疾風がそれをステップで避け、渾身の突きが空ぶった

 

(誘われたっ)

「ほら正面!」

「ぬぅっ!」

 

 繰り出される蹴りを腕を交差して防御。

 だが小柄ゆえに吹っ飛んだその体躯。問題なく着地したが腕がまだ痺れていた。

 蹴られた衝撃で取りこぼした青竜刀。

 腰につけていた予備を取ろうとするも、腕が思うように動かない。

 

「あんた、今本気で蹴った?」

「まさか。少しは加減したし」

「少しってどんだけよ」

 

 駄弁りながら青竜刀を拾い上げ二刀流になった疾風。今にも鈴に向かってきそうだ。

 

「さて邪魔が入らないうちにさっさと回収、おっと」

 

 後ろに飛び退く疾風に矢が降り注がれる。

 疾風は慌てる様子もなく襲撃者に顔を向けた。

 

「鈴様、一度お逃げください!」

「菖蒲っ!?」

「お早く!」

「くっ!」

 

 その場を後にする鈴を追う疾風に、菖蒲の矢がそれを阻んだ。

 

 

 

 

 

「ふーー」

 

 なんとか疾風から逃げ仰せた鈴は菖蒲と合流し、物陰に身を潜める。

 追っ手がいないとわかると、緊張の糸が切れ、肺にたまっていた空気を一気に吐き出される。

 

「大丈夫ですか鈴様」

「なんとかね……しっかし油断したわ」

 

 打たれた手首をさすりながら鈴は苦言を漏らす。

 

「先程の疾風様、いつもと違っていましたね。なんというのでしょう……野性的といいますか」

「言えてる。あいつインドアかと思ったらアウトドアだったのね」

「そういうものでしょうか」

「あいつ凄かったわよ。バトッてる最中ずっと笑ってたから。ふざけてるようで全く隙なんてなかったし、何者よあいつ」

 

 容赦など無くただただ獲物を追い詰めて喰らい尽くす。

 あんなのが王子なものか、もはや獣か猛禽類じゃないか。

 

「このままだと追い付かれるでしょう。わたくしが足止めしますから。鈴様は休んでいてください」

「あんたを見捨てれるかっつの」

「違います。痛みが引いたら加勢に来てください。その間はなんとかしのぎますので」

 

 頼みますねと菖蒲は来るであろう第二王子の元に走った。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

『お姉さんはこのままでも充分楽しめてるんだけど、なんかまだ刺激が足りないなぁと思ってね?』

 

 突如王冠から聞こえる楯無の声に一夏はまたもげんなりしてしまう。

 これ以上何を求めるんだこの人は、と。

 

(こちとらさっきから箒たちに追われまくってへとへとだというのに)

 

『そこで、王子様側からも何かしてもらおうと思うの。で、その内容と言うのがーーーシンデレラのティアラゲットイベントよ』

「………………は?」

 

 本当に、ほんとーに何度目かの疑問符が浮かび上がる。

 

『実はね。貴方達が被っている電撃を放つ王冠はシンデレラのティアラがあって初めて安全に手に取れるのよ。だからティアラを失ったシンデレラは王子様の王冠を取ることが出来ないの。つまりシンデレラのティアラを奪えば、追われることはないという訳」

 

 どっちにしても無茶苦茶だと本日何度目かの(以下略)

 

(待てよ? ということは、誰かに王冠を取ってもらえたら、俺はこの劇から脱出できるのでは?)

『今の話を聞いて、一夏くんは王冠を誰かにあげれるって考えたと思うけど、その後は………どうなってもお姉さん知らないからね? フフン』

(バレてる………)

 

 楯無の不適な笑声に、背中に氷を入れられたみたいに一夏の背筋に冷えが走った。

 

「もうなんなんですか! この王冠ゲットしたら何かあるんですかっ!?」

『ああん残念、一夏くん慌ててるみたいだけど、お姉さんには貴方達の声が届いていないのよ、残念。因みにティアラを無事ゲットしたら、お姉さんから豪華特典をプレゼント! ーーーと言うことなの。実行するのは本人の自由よ? じゃ、頑張ってねえ~』

「あ、あの楯無さん!? もしもし楯無さん!?」

 

 

 

 

 

 

「って言ってたけど。だからどうしろっていうんだ………」

 

 第二幕が始まってからしばらく立ったが、辺りの戦々恐々とした雰囲気は収まっていない。警戒しながら気が重い足をせっせと動かす。

 

 見た感じシンデレラは各々武器を持っている。対してこちらは素手。

 相手の攻撃を掻い潜りながら、シンデレラの頭からティアラを奪い去る。そんなことは可能なのか。

 

「いや、無理だろ」

 

 頭に浮かんだ疑問に即決する。

 相手は代表候補生、候補生になるために訓練も受けているはずだ。そのなかでもラウラは現役軍人で、代表候補生ではない箒は女子剣道日本一の腕前。

 

 素手と武器で只でさえ不利なのに。本人の実力を加えれば最悪太刀打ちは出来えど、ティアラまでは無理だ。

 

 ふと自分と同じ境遇の王子を思い出した。

 疾風は無事なのだろうか。

 まさか楯無の言葉に乗せられてティアラを奪いに行ってるのではなかろうか。

 

「………」

 

 何故かわからないが、ありえないという選択肢が浮かばない一夏は首を捻ったのだった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「あれ? そっちから来てくれたの」

「ええ。嬉しいですか?」

「とても」

 

 鈴を追っていたら向こうからシンデレラ姿の菖蒲が立ち塞がった。

 といっても結構な距離を保ち、弓矢をこちらに構えている。

 

 和服のイメージが強かったが、その姿はなかなかどうして。

 

「態々高台の利点を潰してまで同じ土俵に来るとは思わなかったけども」

「色々事情がありまして」

「なるほど、それは仕方ないね」

 

 腰のベルトに差し込んでいた西洋剣と鈴から奪った青竜刀を抜き取る。

 

「疾風様、ですよね? 私達の知らない二重人格とかそういうのではなく」

「いやそれはそうでしょ。まあ確かに何時もの俺じゃないみたいに見えるけども」

「何故そんな攻撃的なのか聞いても?」

「うーん、まあ色々現実を見せられた後に予想だにしなかった一撃を喰らった上に誘導されたといいますか。まあ深く聞かないでくれ」

 

 鬱憤はこの後会った時にぶちまけるつもりだから。

 

「言っとくけど見解どおり今の俺は容赦ないぞ………と言いつつもお前にはあまり乱暴なことはしたくないんだよな。ということでティアラ頂戴」

「貴方の王冠と交換ならいくらでも」

「あれ、お前は俺の王冠を狙うわけ?」

「是が非でも欲しいです」

 

 他のみんなが見向きもしなかったから心底意外だった。

 相対する菖蒲の今までより強気な姿勢を見るに本気なのだろう。

 

「そっちも何時もより覇気があるじゃないか」

「これでも将軍の血筋ですので」

「成る程納得」

「ただ」

「ん?」

「この場合だと、魔法がかかってるからでしょうかね?」

「アハハ! 好きだねそういうの!」

 

 二刀を構えて走りだす、瞬間菖蒲は弓を射った。

 人の意識で図れない速度の矢は右耳の耳たぶを擦った。

 矢筒から放つ矢が2………3射たれる。

 かわす、かわす。最後の矢はかわせなかったので。

 

「見事っ」

 

 下段からの青竜刀で弾いた。

 

 距離三メートル、踏み込んで間合いを詰めれる距離になって菖蒲は弓をしまって腰から刀を引き抜いた。

 

 西洋剣と刀がぶつかる、僅かな拮抗の後菖蒲の体が後ろにのけぞった。

 畳み掛ける。両の手の連撃に菖蒲は受け太刀で対応する。

 菖蒲の剣はこれ以上ないぐらい捻りがなく真っ直ぐだった。

 素人から見たらやるほうだが。先程の鈴と比べるとまだ拙かった。

 

 だが彼女の気迫、本気度は見て取れてわかった。

 隙あらばこちらの王冠を当てて落とそうという気概が伝わってくる。

 だがそこに意識を割きすぎて胴が些か疎かになっていた。

 

 当てようと思えば二刀の手数で叩き込める。

 だが今の俺が異様に高ぶって攻撃的な気質を剥き出しになっていたとしても菖蒲の横っ腹を殴打することは。なにかと躊躇いが生まれてしまっていた。

 

 なので。振り下ろされる刀を二刀で受け止めたのち、体ごと彼女の体にぶつかった。

 

「あっ!」

 

 カランカランと乾いた音が落ちた刀から鳴った。

 

「あたっ。あっ」

「王手」

 

 拾い上げた日本刀の切っ先が菖蒲の目の前に向けられる。

 あまり取っ組み合いとかしたくないから、大人しく譲ってくれるとありがたいが。

 

「………」

 

 彼女の強い目は諦めを持ってなかった。

 また諦めてなるものかと言っていた。

 

 でもこれは勝負だ。俺が勝ったなら褒美がなければならない。

 だから俺は刀で菖蒲のティアラに切っ先を伸ばした。

 

 その時だった。刀が赤く光り、俺の眼鏡に赤い光が散った。

 

 カン! 刀に衝撃が走った。

 衝撃が伝わる手前で俺は刀から手を放し、後ろに飛びのきながら左上に視線を移した。

 

 ここからかなり高い高台。

 そこに居たのは。

 

「セシリアかっ」

 

 なんとあの細い刀にピンポイントで狙撃したのだ。いやなにそれ本職かお前! 

 構える銃口が僅かに下がった。ヤバイと思う前に更に後ろ足に地面を蹴った。

 案の定いまいた場所に銃痕が穿たれた。

 

「あーくそ躊躇うんじゃなかった!」

 

 振り返って射線が通らない場所まで無我夢中で走った。

 

 

 

「菖蒲、無事!? あれ、疾風は?」

「逃げられました」

「え? まさか撃退したの?」

「いえ、私ではありません」

「じゃ誰よ」

 

 地面に転がった刀を拾い上げた。

 刀身を見ると、小さく丸い跡がうっすらと残っていた。

 セシリアが居た高台。そこにはもう彼女の姿はなかった。

 それでも菖蒲はまだそこにセシリアが居るのではないかと錯覚した。

 

「助けた………訳ではないですよね?」

 

 出来るならばプライベートチャネルを使ってでも言ってやりたかった。

 菖蒲は少し恨めしく思いながら呟いた。

 

「は?」

「なんでもありません。行きましょう。先程一夏様の悲鳴が聞こえました」

「ちょ、それ早く言いなさいよ! 行くわよ!」

「はいっ」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「んー」

 

 対弾シールドを片手に、辺りを見渡すシャルロットは、目当てのシンダーラッド探しに明け暮れていた。

 

 男装をすれば、紛うことなき美少年にクラスチェンジするシャルロット・デュノアであったが。そのドレス姿は正にお姫様のそれで見るものを魅了し男共から黄色い声援を浴びていた。

 

「いないなぁ一夏、さっきの第二幕? から歓声が上がるのが多くなってるけど。近くにそんな気配はないし。もしかして反対側に居るとか? うわっ、それなら最悪だな」

 

 さっき強引にでも奪えばよかったかなと一人タメ息を漏らした。

 

「ん。ダメダメ弱気になっちゃ。これは争奪戦なんだから、先ずは見晴らしの良い場所に向かって一夏を」

 

 フッ。自身に影が指した。明かりが消えたのではなく何かが横切るような。

 それと同時に並々ならぬ予感めいたものが背筋を走り去った。

 一瞬の思考の後影が指した場所に視線を向けると………

 

「おぉはよぉうございまぁす!!」

 

 視線の先には満面の笑顔を浮かべ、剣を手に斬りかかってくる疾風の姿が。

 

「ちょっ!?」

 

 地面を転がって降り下ろされた刃を躱すも、かすった刃がドレスを裂く。

 

「は、疾風!?」

「今の俺はシンダーラッドさ!」

 

 対弾シールドを割らんばかりに打ち下ろされる剣戟を受けながら、特殊警棒を取り出して応戦する。

 

「ちょ、ちょっと!? 今どっから来たの!? まさかよじ登ってきたの?」

「隣からピョーンと兎の如くね」

「隣って結構な高さだけど………」

 

 一瞬目を横に動かして再度応戦する。

 数回斬り結び、ふとシャルロットは疾風が左手で振るう得物に気づく。

 

「それ、鈴が持ってた武器だよね」

「シンデレラから武器を奪っちゃ行けないなんてルールは無いだろう?」

「ということは、僕より前に鈴とやり合った訳」

「菖蒲ともな」

 

 あっけらかんと語りながらも疾風の動きは苛烈で、尚且つ活き活きとしていた。

 

 このままでは押しきられると感じ、盾を突き出して間合いを取る。逃げる為ではなく体制を整える為だ。

 逃げようとすれば、忽ち間合いを詰めに来る。

 

 だからあえて一定の距離で睨み合うのだ。

 

「納得した。今の第二幕ってのは疾風向きの劇って訳だ。なかなか暴れちゃってるみたいだね」

「まあね、もう溜め込んだ何かを全開放してる感じでもう爽快感バリバリよ」

「うん、分かるよ。だって疾風の目凄いキラキラしてるもん」

 

 正直水を得た魚を越えていた。

 理性蒸発してるんじゃなかろうか。そう思えるほど今の疾風には戦闘狂という言葉が似合っていた。

 

「てかここまで豹変するって何があったの」

「うん。箒とラウラは『邪魔だどけ』って感じ、鈴とお前には誤魔化され。挙げ句の果てにはセシリアに銃弾ぶちこまれたし………あれはつらかった」

「もしかして、今の状態ってその反動もきてる?」

「否定はしない!」

 

 子供みたいな満面の笑みとは裏腹に纏っている物は悔しさと悲しさが滲み出ていた。

 蹴りをひらりと避けて距離を取った。

 

「知ってたけど相手にされないってこんなに悲しいのね! やっぱ執事verは幻想だったな! まあ菖蒲は相手してくれたけども」

「疾風ってモテたいの?」

「いや別に」

「じゃあなんで」

「知らないよ」

「あ、わかった! セシリアに拒否されたのが」

「よし。先ずはその盾砕くか」

(やばい、地雷踏んだ)

 

 普段の何オクターブも下げられた低音ボイス

 身の危険を感じたシャルロットは脇目もふらずに走り出した。

 

 シャルロットも運動神経はいいが、如何せんかさ張る防弾シールドを持ったままで逃げれる筈もなく。

 疾風の両の剣はすぐそこだった

 

(やっぱり逃げれないか。仕方ない)

 

 思考が完了するより早く反転、地面を蹴って防弾シールドを前にせり出す。

 不意を突かれた疾風は即座にブレーキをかけるも、勢いを前に出しすぎてそのままシールドに体当たりをかます。

 

「とっ!?」

 

 中途半端に止められた勢いで両者に空間が開く、振り替える間に空いた手でモデルガンを引き抜いてそのまま撃ち放った。

 

 狙いも定まらずに三発、一発は床と宙に向き、二発目は疾風の青竜刀に、三発目は彼の頬をかすった。

 体制を崩されたたらを踏みながらも。その場で踏み止まって次弾に備えて武器を構えなおす。

 

(右肩と右胸、貰う!)

 

 今度は狙いを定めての二発、距離感も近い。

 当たると確信し、身を翻してその場を脱しようと足を動かす。一夏を早く見つけなければという焦りもあってその行動は早かった。

 

 バチンっ! 

 

 視界の隅に写った疾風にシャルロットは思わず目を見開いた。

 それもそのはず、完全に当たると思っていた二つの銃弾。

 右肩を狙ったそれは僅かにかするだけに留まり。右胸にめり込むはずの銃弾はあろうことか彼が振るった剣で弾き飛ばされたのだ。

 

「嘘でしょっ!?」

 

 銃弾を剣で弾く。それは言うよりも遥かに難しいもの。

 色々条件はあるものの敢えて要素を出すならば、飛んでくる小さな銃弾に正確に当てる動体視力。

 

 疾風は日頃から身体トレーニングの他に動体視力のトレーニングを欠かさずに行っている。

 

 ISには全体視界機能がある。目まぐるしい空中戦闘が主なISでの戦闘はとにかく情報量が多い

 見るものを理解すればおのずと戦闘に有利となる材料を拾えるということに他ならない。

 近距離故に弾道がぶれなかったこと、モデルガン故の威力というのもあるが。

 銃弾を弾いたという事実はシャルロットを揺さぶるには充分過ぎた。

 

 思いっきり地を蹴り出し、目を見開いているシャルロットに二刀の重撃を叩き付ける。

 硝子製の防弾シールドはそれに耐えきれず粉々に砕け散り、衝撃でシャルロットの表情が歪む。

 

「取るぞティアラっ!!」

 

 足を踏みしめ、ブロンドヘアーの上に鎮座するティアラに手を伸ばさんとする。

 

(と、取られる!)

 

 咄嗟に腕を交差してティアラを守ろうとしるも、それも空しく、疾風の手が早いことは明確だったーーー

 

 が、何故か踏みしめようとした疾風の足が不意に沈みこんだ

 

「いぃっ?」

 

 ティアラを手にいらんとしたその手は代わりにシャルロットの持つ黒光りしたモデルガンを奪い去った。

 次の瞬間、シャルロットの居た場所から疾風の頭ひとつ分の壁が迫り上がり、彼女を塀の上に押しやった。

 

「うわあっ!」

「はぁっ!?」

 

 突然のギミックに困惑しながらもシャルロットは疾風とは逆サイドに降りたって必死にその場から離れた。

 

「ちょ、逃がすか!」

 

 このていどの高さなど登れない疾風ではない。

 少し助走をつけて壁の上に這い上がろうとすると。

 

 ビスッ! 

 

「わたっ!?」

 

 目の前の地面が弾けた。

 驚きのあまり後ろに落ちて尻餅をついた。

 

「いったー! なに今の」

 

 左右を見ると。先程疾風が飛び降りた場所にライフルを持ったセシリアが走り去って行くのが見えていた。

 

「あいつなんなんだよマジで!」

 

 苛立ちを隠すことなく吠えても空しく響くだけで。

 今から飛び越えても間に合わないと判断した疾風は即座に次の獲物を求めて駆け出した。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 歓声で震える第四アリーナの振動が伝わる何処かの暗がりに、一人の女性が佇んでいた。

 

 一夏に声をかけていた、IS装備開発企業『みつるぎ』の巻紙礼子女史だった。

 

 一夏に向けていた愛想など微塵もなく、何処か苛立ちを感じながらしきりに舌を打ち続けていた。

 

 ポケットの端末が震え、連絡先の名前に。思わず喜の感情が沸き上がった。

 一度沸き上がった感情を咳払いで制止、電話口に出向く。

 

「………私だ」

「御機嫌よう、巻上玲子さん」

「お前にその名前で呼ばれるのは嫌だな」

「あら、ごめんなさいオータム」

 

 鈴の鳴るような声色が耳を撫でた。

 電話の向こうで、彼女が口許に手を当ててクスクスと笑っているのが容易に想像が出来た。

 

「それで、首尾はどうなってるのかしら?」

「一度目のアプローチは失敗。今あのガキ共は学園のイベントとやらで走り回っている。一応網ははっているが、余程のラッキーパンチが無きゃ引っ掛からねえだろうよ」

「まあ場所が場所だものね」

「いざとなりゃ穴から飛び出して標的ごと拐うさ」

「あら、蜘蛛から蟻地獄にクラスチェンジ?」

「ハハッ、おもしれぇ。」

 

 ジョークを笑い飛ばすオータム。

 だが次の言葉でその笑いは止まった。

 

「先程Mから連絡が来たわ。『手子摺るようなら私が行く』って」

「はっ!? あいつを連れてきたのか!? 私だけで充分だと言っただろう!?」

「落ち着いて。別に貴方の力を信じていない訳じゃないわ。だけど念には念を入れておいた方が良いでしょう?」

「だけどよー」

 

 あの新顔が近くに居るとわかると、無性に腹が立ってくる。

 オータムは声に出さないように憤りを隠した。

 

「あいつに伝えといてくれ。お前は帰ってミルクでも啜ってろってな」

「はいはい、それじゃ頑張って頂戴ね」

「ああ」

 

 電話が終わると、また歓声が耳に届いた。

 

「チッ」

 

 平和ボケしたIS学園に嫌気がさすかのように巻上、もといオータムは一際大きく舌を打った。

 

 

 



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第45話【灰被りブルーデュエル】

「一夏何処よ一!」

「見失いましたね」

「んがあぁ!」

 

 頭をガシガシ掻きむしって鈴が天井に吠えた。

 

「り、鈴様。そんな大声あげたら疾風様が来てしまいますよ?」

「あ、いけないいけない」

「まだ遠くには行ってないでしょうし、探しましょう」

「ええ」

 

 菖蒲のおかげで平静を取り戻した鈴は、見失った一夏を捜索すべく駆け出した。

 二体一でも怪しいことだと考えた二人は先ずは一夏の王冠から刈り取る。

 疾風は、残りのシンデレラ全員で袋叩きにするということにした。

 

「鈴様、一夏様はどれぐらいお強いのですか?」

「んー。箒の話だと小学生まで剣道やってたみたいだけど。あたしと居たときはバイト三昧だったからねー」

「成る程」

「それにあいつISならいざ知らず女子相手に強く出れない。男が女をうんたらって奴だから」

「では早々に奇襲をかけて強奪しましょう。狼狽えてるうちに叩き伏せるのです」

「………あんたって時々言動が物騒よね」

「え?」 

 

 

 

 

 

 

 

「………なんとか撒いた」

 

 まるでフルマラソンを走りきったみたいに足に乳酸が溜まっている。

 まったく休む暇もないとはこの事だ。

 一夏は逃げながら考えていたことを吐露した。

 

「てゆーか、何時になったら終わるんだこの劇は………」

 

 お恥ずかしながら一夏は学園祭のしおりは特に目を通してはなく。イベントの時間帯など皆目検討もつかないのだ。

 此処に来るのも、楯無に無理くり連れてこられたせいもあり。

 

 もしやどちらかの王冠、又はティアラが無くなるまで終われません! と思うと身震いを禁じ得ない

 

「やっぱり誰かに王冠渡そうかな。でもあの楯無さんの意味深な笑みが怖いし。だけどこれ以上続けるのも………ああ! どうしたらいいんだよ!!」

「簡単だよ、奪って奪って奪いまくればいいのさ」

「奪う? やっぱり戦うしかーーえ?」

 

 今誰と話していた。振り向いた先には。

 

「ていやぁ!」

「いてっ!」

 

 カツンと頭を叩かれて一夏は転がった。

 

「油断しすぎだぞ第一王子ワンサマー。こんな近くに居ても気付かないとか警戒心皆無か」

「は、疾風!?」

「どうも第二王子ゲイルです」

 

 何時の間に居たのか、武器をクルクル回している疾風がいた。

 

「相変わらず平和ボケ噛ましてんな。俺が姫サイドだったらお前ジエンドだからな。良かったな。皆が皆、猪突猛シンデレラで」

「上手いこと言ったつもりか?」

 

 目の前でケラケラと笑う疾風はなんというか。一夏と違って充実していた。

 

 右手には飾り気のない西洋の剣。左にはついさっき見たものと瓜二つの青竜刀。腰のベルトにはハンドガン一丁と複数の飛刀が刺さっていた。

 

「なんだその姿は」

「奪った」

「なにから?」

「シンデレラから!」

 

 ニカッと爽やかに笑っているにも関わらず、一夏はヒクッと口許をひきつらせた。

 

「お前、楯無さんが始めたティアラゲット作戦を実行してんのか?」

「おう、向こうから一向に狙ってくれないからさ。ならばこっちからハンティングしちまえってな! サーチ&デストロイよ! サーチ&デストロイ!」

「て、テンション高。てか声でけえよ!」

 

 慌てて辺りを見回した後。小声でヒソヒソ喋る。

 

「ね、狙ってくれない? な、なんでお前だけ狙われないんだよっ。理不尽にも程があるっ」

「じゃあ、逆になんでお前が狙われるのか考えてみろよ」

「え、えー。えーと………俺の方が取りやすいからか?」

「それ自分で言ってて悲しくない?」

 

 自分でも情けない事を言ってしまったのは分かっていた。だが改めて言われると杭を更に打たれるような精神的苦痛が襲い掛かって来た。

 

「情けないなぁ。本当に情けないなぁ」

「お前が勇まし過ぎるんだよ」

「ほれ。武器一個上げるから、これで頑張りな」

 

 一夏は疾風に差し出された二つのうち、西洋剣の方を手に取った。

 戦うか戦わないかは別にして、丸腰よりは幾分精神的な余裕も生まれる。

 

「それはそうと一夏、提案があるのだが」

「ん?」

 

 疾風は先程の笑顔と違う、とても真剣な顔をしていた。

 

「お前と俺がいて初めて上手く行く計画なんだ、聞いてくれるか」

「お、おう。俺に出来ることなら何でもやるぞ」

「頼もしいな。じゃあ言うぞ」

(い、一体どんな作戦なんだ)

 

 疾風の事だ、この状況を打開できる一手を出してくれるに違いない。

 期待に胸を膨らませ、一夏は疾風の次の言葉を今か今かと待った。

 

「お前、見晴らしの良い場所で大声出してくんね? それで群がってきたシンデレラを俺がーーー」

「却下だっ!」

「チッ、引っ掛からなかったか」

「そこまで馬鹿じゃねえよ!」

 

 仮に一斉に来た6人中の一人を疾風が相手するにしても。全員俺狙いなら残り5人と鬼ごっこじゃないか!! 

 

「シクシク。俺を信じて活き餌になってくれると信じてたのに裏切られた」

「お前なぁっ」

「ハッハッハ、怒るな怒るな。じゃ、俺は行くわ。精々頑張んなよ第一王子。ーーーオラァァァ! 何処に居るシンデレラぁ! 俺は此処だぞーー!」

 

 疾風は叫びながら何処かに消えていった。

 あんな大声出したら皆に気づかれるだろうに。

 とりあえず、さっきの疾風の作戦じゃないが注意を引いてくれているうちに此処を離れなければ。

 

「あっ、シンデレラがいつ終わるか聞けば良かった」

 

 今から疾風を追うのは無理だ、シンデレラと鉢合う可能性が高いし。なによりあいつは恐ろしく足が速い。

 

「ここら辺に一夏が居る気がするわ」

「どうして分かるんですか?」

「女の勘よ」

「信じましょう」

(ゲッ、今のは鈴と菖蒲さんの声)

 

 気づかれないように声がした方向とは逆に足を動かす。

 

 パキッ

 

「ヴァっ」

 

 なんという不幸か。足元に目を向けるとポキリと折れている木の枝が……

 

「一夏ぁぁ!」

「お命頂戴!」

「うおおおぉぉぉ!?」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「………はあ」

 

 スコープを覗きながらセシリアはタメ息を吐いた。

 その先には一夏を追う鈴と菖蒲の姿があったが。彼女は引き金を引くことはなかった。

 

「何がしたいのでしょうね、わたくしは」

 

 先程の狙撃を思い出してまたタメ息を漏らす。

 疾風が菖蒲のティアラを奪おうとした時に二発。

 疾風がシャルロットを追おうと壁を登ろうとしたときに一発。

 

 はっきり言って。あの三発は完全に意識的に撃った。

 もしシンダーラッド側がティアラを奪った時、その報酬が自分たちシンデレラと同じだとしたら。

 そう考えた瞬間頭が真っ白になって気付いたら疾風の行く手を遮っていた。

 

 何故か。どうしてか。

 考え付いた先の答えを見つけようとしたらなんとも言えないノイズが邪魔をした。

 

 認めたくないのか。そうなるのが嫌だったのか。

 

「………………何を?」

 

 自分に問いかけた。

 何度考えたか、何度疑問にしたか。その度に頭のなかでグルグル回ってグチャグチャに絡まって終わる。

 

 答えなんて。

 とっくに出てるのかもしれない(そんなの出るわけもなかった)

 

 セシリアは考えるのをやめた。

 そろそろ場所を移そうとセシリアは後ろを向いた。

 

「ーーえっ」

「あっ」

 

 距離にして2~3m。

 振り向いた先に王子服には身を包んだ疾風がセシリアに手を伸ばしていたまま固まっていた。

 

「「っ!」」

 

 コンマ数秒の硬直から解かれた二人は速かった。

 セシリアはライフルを腰だめで構え、撃つ。

 だがそれより速く伸ばした手とは逆に握っていた青竜刀の刀身で弾をガード。

 

 距離的にも分が悪いと判断したセシリアは持っていたライフルを投げつけ、即座に射程外へ退避。

 

 ライフルを払った疾風にモデルガンを抜く。疾風も同様に腰からモデルガンを抜いて相対する。

 束の間の沈黙が二人を覆った。

 

「感が良いな。それとも運が良いのかお前」

「運が良い? 貴方に出会ったという事だけで状況は最悪ですわ」

「さっき自分がやったことを承知で言ってるのかお前は」

 

 引き金に指をかけたままのセシリアに疾風は独白する。

 

「最初。他のやつらにもことごとくスルーはされた。それはいいよ大体予想つくし。一夏はモテますねですんださ。けどさ。出会い頭にライフルぶっぱなすって酷くない!? あれほど俺の心を抉ったもんは無かったぞ! 思わず膝をついたわ!」

「そ、そんなに?」

「そんなに! 菖蒲は俺の王冠欲しいってさ! 優しいねあの子!」

 

 菖蒲の名前が出てセシリアの機嫌が悪くなる。

 ひくつく唇を必死に制止しながらセシリアは口を開く。

 

「あ、菖蒲さんに相手にされて良かったですわねぇ疾風」

「ああそうだな。だけどお前が邪魔したせいでティアラ取れなかったけどな!」

「や、やはり取ろうとしてましたの!?」

「当たり前だろう?(豪華賞品欲しいし)」

「あ、ああ当たり前!?(まさか疾風は菖蒲さんと一緒に!?)」

 

 カタカタとセシリアのモデルガンが震えた。隙を見つけた疾風だが、何故か狼狽えてるセシリアを前に様子を見る選択をとった。

 

「そ、そうですわ! あなた菖蒲さんのティアラを狙っておきながら鈴さんとシャルロットさんのティアラも狙いましたわね!?」

「え、そうだけど。だからなに? どのティアラから取ろうが俺の勝手じゃん(どれ取っても賞品ゲット出来るし)」

「だ、だからなに!? あ、貴方いつからそんな節操なしになったのですか!?」

「節操なし言われても」

 

 そういうゲームだしと、疾風は心底わからないと首を捻るなかセシリアは頭を抱えて悶えていた。

 

「ま、まさか貴方。他の皆さんのティアラも狙ってますの?」

「ああ、可能ならコンプリート目指したいな」

「こ、こここコンプリートぅぉ!?」

「大丈夫かお前」

 

 グラッとセシリアはふらつきながらも貴族精神を支えに踏みとどまった。

 

(こ、コンプリート………それって、それってすなわち………)

 

 セシリアの脳内に白いバスローブを着た疾風が皆を侍らせてハーレムしてる光景がありありと浮かんだ。

 

「とりあえずコンプ目指すにはお前の狙撃は邪魔だからな。先ずはお前のティアラを頂いてリタイアさせてやる!」

「わ、わたくしのティアラもっ!!?」

 

 バスローブ疾風のお膝の上にセシリアが追加された。何故かベビードール姿で。

 

「あ、あぁ………」

「おいどうした。マジで大丈夫かお前」

「なんということ………なんということですの………」

「もしもし。聞こえてる? セシリアさーん?」

 

 疾風の声など聞く余裕もなくセシリアはプルプルと小刻みに震え続けた。

 

(どうしよ。もうなんかこれに乗じてティアラ奪っちまうか)

「………ゆ」

「?」

「許しませんわ」

「は?」

 

 セシリアは右手に持っていたモデルガンをしまい。腰からレイピアを抜き取った。

 

「わたくしの知らぬ間に。疾風が節操なしに」

「はあ?」

「わたくしが何か色々考えてる間に。よくもまあそんなふしだらになられましたわね!」

「ちょっ、なんの話!?」

 

 シュっとレイピアをしならせ切っ先を疾風の顔面に向けた。

 

「オルコット家当主。セシリア・オルコット! 今こそ友の不義を正します!!」

「行きなりやる気出しすぎだろお前!」

「問答無用! セェアァァッ!!」

 

 今まで出したことないぐらい気合いの入った声を発しながらセシリアは疾風に突っ込んだ。

 対する疾風も一先ず思考を捨てて戦いに乗り出した。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「あー、足いてー」

 

 ドカッと腰を落とした一夏はたまらず息を吐き、体の力を抜ききってリラックスする。

 

 演劇が開始してから約20分、一夏はずっと走りっぱなしだったのだ。体力にはある程度自信のあると思っていたが。やはり中学時代に帰宅部だったせいか、身体は確実に衰えていた。

 

「このままだと、何処の分からない部活に入んなきゃいけないんだよな。こんなことになるなら、もっと真剣に考えるべきだったな」

 

 一夏が部活を決めないせいで女子達が苦情を言ってきたのがことの発端な訳だが。

 それでこんな騒動になるとは、巻き込まれる側の一夏にとって溜まったものではなかった。

 

「はあ。でも一ヶ所にとどまるのは危険だな。演劇終了まで逃げ延びねーーうおっ」

 

 何処かでカンッ!と乾いた音が鳴り、一夏は急いで周囲を見渡した。

 

「な、なんだ?」

「一夏、こっちだ」

「え、箒? どこだ?」

「こっちだこっち」

 

 物陰を覗いてみると此方に手招きする箒の姿があった。

 

「早くしろ。こっちだ!」

「お、おう!」

 

 箒も王冠を狙っているのかと一瞬勘ぐった一夏だが。箒は騙し討ちなどしないだろうと迷わず近づいた。

 

「一夏、大丈夫か」

「ああ………ふう」

「これしきのことで息も絶え絶えとは。鍛え方がなってないのではないか」

「ぐうの音も出ない」

 

 自分より動いているであろう疾風を思い浮かべながら一夏は肯定した。

 

「とにかく今地上は危険だ。この先に梯子がある、それで上に行こう」

「わ、わかった。助けてくれてありがとう」

「い、いやその………ここで奪いにいっても誰かに邪魔されるだろうし、やるなら正々堂々と………」

「え?」

「な、なんでもない! 行くぞ」

「お、おう」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 俺の青竜刀とセシリアのレイピアがかち合った。

 手が少し痺れた。というか突きの威力が細腕に見合わないぐらい強い。

 このまま打ち合いになるかと思ったらセシリアが腰からモデルガンを抜いて撃ってきた。

 

 俺は連射される弾を紙一重でよけながら距離を取った。

 こっちもシャルロットから奪ったモデルガンで応戦したいところだが、予備弾倉がないために無駄撃ちが出来ない。

 

 対してセシリアは弾が尽きると、マガジンを交換して即座に撃ちはなってくる。なんとかリロードの合間に仕掛けようにも距離の取り方とリロードの早さで、なかなか付け入る隙を与えてくれない。

 

 ていうか顔がマジすぎるんですけどこのお嬢様。

 軽口を叩く暇すらねえ。

 

 あの射撃を掻い潜って攻撃をするのは難易度は馬鹿にならない。

 この射撃の正確さだ。ISでの射撃能力の高さも頷ける程の精密射撃。

 

 距離離したらそれはそれで駄目だ。かといって近づくか? 

 長期戦は不利だろう。というかその前に取られる。

 うん、ならやることは一つだ。シンプルで良いじゃないか。

 

 こっちの装弾数は5発。

 あっちも同じ型なら後3発……2…よし今っ! 

 残り一発が撃った瞬間、全速力で駆け出し残りの弾をぶっ放して接近する。

 

 走りながらで当たりもしない弾をセシリアは焦らずに躱しながらマガジンを再装填する。

 だが撃たれてることで先程の手際の良さは鈍り、残り1mの時点で射撃体勢に入らせることが出来た。

 

 姿勢を低くして敵の喉元に食らい付く、対するセシリアも至近距離から躊躇いもなく弾丸を撃つ。

 

「いっ! っらぁ!!」

 

 肩に弾がめり込んで痛みが走る。奥歯を噛み締め、右手に持ち直した青竜刀をそのモデルガンに向けて力の限り振り上げた。

 

 青竜刀に弾かれたモデルガンは回転しながら物見台の下へ落ちていった。

 

「ちっ!」

 

 セシリアは腰に差していたレイピアを一閃。大振りにより隙だらけの俺に切っ先を打ち込む。

 

 それを見越し直ぐ様振った方向とは逆に青竜刀を戻してレイピアを弾き、距離を取った。

 

 体勢を戻そうとするも、それをさせまいとセシリアは踏み込んで連撃を加える。

 軽やかな動きとは裏腹に鋭く重い刺突に自身の重心がぶれる。

 刺突かと思えば横薙ぎ。多彩かつ素早い攻撃に防戦一方を強いられた。

 接近戦不得意って絶対嘘だろこいつ。

 

 IS初戦の時も特訓の末に身に付けたというが。単に接近戦サボってただけじゃね? と思わずにいられない。

 

 ギリギリでよけるもレイピアの薄い刀身がしなり、服をこすって裂く。

 負けじと青竜刀を振るってセシリアのドレスが破れる。

 

 強引に距離を離し、腰に差していた残りの飛刀を向かってくる彼女に投げ付ける。

 だがセシリアは止まらない。向かってくる飛刀を叩き落としてきた。

 

「いやお前ほんとっマジ!」

「人のこと言えないでしょう!」

 

 飛刀を投げた俺の青竜刀はこちらの獲物とは逆方向。どうあがいても青竜刀でレイピアを払うのは不可能だった。

 がら空きとなっている左手に今正にそれは突き刺さらんとする。

 

 向かってくるレイピアを直接腕で振り払った。

 

「えっ!?」

 

 本来なら痛みと共に鮮血が飛び散るはずだが。今回の武器は模擬刀であるが為に白刃が存在しない。

 更に力が横にかかっていないのでそれを振り払うのに余計な力もダメージも軽くすんだ。

 

 だが本人は分かっていたとしても通常のレイピアと同様に意識して振るっていたため、その行為に目を疑い驚愕の表情を浮かべていた。

 その隙を逃さずにその細く白い腕に青竜刀を当てる。

 

「くっ!」

 

 右腕から走る痛みにセシリアは鈴と同様にレイピアを持つ手が緩み、その手から離れた。

 

 俺は青竜刀を逆手に持ち替え、その切っ先を白銀のティアラに向ける。

 誰もがセシリア(シンデレラ)の敗北を、疾風(シンダーラッド)の勝利を感じた。

 

 ただ一人。痛みに体が麻痺し、それでもなお信念の火を絶やさない。シンデレラを除いて。

 

 カンッ! 

 

「なにっ!?」

 

 姿勢を低くしたままの体勢でセシリアは腕を思いきり振り上げた。振り上げられた腕は青竜刀を弾いた。

 

 セシリアからは疾風の上半身は目に入っていなかった。だが疾風なら必ずこうすると、チャンスを逃さないはずだという確信があった。

 先程セシリアにしたことをそのまんま返された俺の胸倉を掴みあげ、なんとそのまま自分の頭に引き寄せて頭突きをかましてきやがった。

 

「ぐっ!」

「~!」

 

 その清廉な容姿から似つかないプライドガン無視の泥臭い攻撃に会場は驚きに沸き上がった。

 だが一番衝撃を受けていたのは頭突きを受けた俺自身だった。

 

 頭がチカチカする。目眩も来てる。とにかく相手に目線を向けることに集中する。

 身体的なショックもあるが、精神的にも来たものがある。

 

 まさかあんな野蛮な攻撃を目の前の由緒正しい貴族様が噛ましてくるとは。

 

 目の前のシンデレラ様は頭を振りながら、痺れている利き手である右手とは逆の左手でレイピアを構えた。

 

「いってーな。随分とワイルドに決めてくれたもんだな。取れると思ったのに」

「友の不義を正すためですもの。なりふり構っていられませんわ」

「お前、俺相手だとなりふり構わなさ過ぎじゃない? てかなんだよ不義って」

「不義は不義ですわ! ハーレムなど作らせるものですか!」

「もう何度目かわかんないけどマジでなんの話!?」

 

 明らかに俺を地に伏せる敵意を宿したその目と立ち振舞いに思わず身震いする。

 てかハーレムってなんぞ? 生まれてこのかた考えたことないんですが。

 

 俺は心当たりがあるようでない敵対心と向き合うことにした。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「はあ……やっとついたぁー」

 

 箒に手招きされ、案内された梯子を登って上階にたどり着いた一夏と箒はその場に座り込んだ。

 一息ついた後。一夏はジロリと箒を横目に見た

 

「なぁ箒。助けてくれたのは感謝してる上で。一つ言いたいのだが」

「な、なんだ」

「俺が悪いのは重々承知してるけどさ、それでも言わせてくれ。先に登っておいて上を見るなは酷いと思う。そして更に蹴りを入れるって……」

「わ、悪かったな! 私だって必死なんだ………」

 

 そう、梯子を登るときに一夏はレディファーストの精神で先に行かせたのはよかったが。上記の通りである

 

 自分にも非があると思っているのでそこまで強く出れない一夏だが。

 

「まあいいや。とりあえずありがとう、ほう……き?」

 

 振り替えると。箒がそそくさと距離を取っていた。

 

「箒? なんで離れる? なんで武器に手をかけるんだ!?」

「お、お前だって武器を持ってるだろう。さっきの楯無さんの話も聞いているはずだ。現に疾風が暴れまわってるのを見ているからな」

「ま、まてまて! 俺は奪い取るとかそんなつもりねえって!」

「だ、だが。それなら私達は遠慮なく襲い掛かるぞ」

「だとしても、無闇矢鱈に女子に手をあげるわけには行かないだろ」

 

 仮にそういうルールだとしても、一夏は極力戦いたくない派だ。

 

「まったく! お前は本当に甘い奴だな………まあそこがお前の長所でもあるのだが………」

 

 箒は武器から手を外し。今度は何処か居心地が悪そうにもじもじとしだした。

 あ、これは………

 

「と、ところで一夏……」

「王冠を渡してくれないか、だろ?」

「なぁっ!?」

「流石に何度も言われたら分かるよ」

「な、なに! お前本当に一夏かっ!?」

「お前俺をなんだと思ってるんだ!」

「鈍感! 耳腐れ! 唐変木!!」

「ぐはっ!」

 

 即座に吐き出された三連発は確実に一夏にの体に突き刺さってた。致命傷である

 

「な、なあ。なんでこれを狙うんだよ。それがハッキリしないとこっちも渡しようがないんだよ」

「そ、それはだな………その、えっと」

「?」

「………言えない」

「だろうな」

 

 一夏は10回目を越えたタメ息を吐いた。

 

 ガッコン! 

 

「「ヘ?」」

 

 音のした方向に向くと。壁だと思ってた所が観音開きで開かれ、中から巨大なボールが転がってきた。

 

「ええ!?」

「やっば!! 逃げるぞ箒!!」

「ふ、ええ!?」

 

 箒の手を取り、一夏は迫り来る大玉から走る。

 だが大玉は確実にこっちとの距離を詰めてきていた。

 

「まずい、まずいぞこれは!」

「わわわわ」

「あ、あそこに!」

「え? きゃっ!」

 

 通路の途中にあった窪みに箒ごと自分の体を放り込んだ。

 間一髪、大玉は一夏達を通りすぎて下まで転がっていった。

 

「ふぅっ。助かった」

 

 しかしこんな仕掛けが来るとは。先程食らった迫撃砲といいこれ本当に安全が保証されてるのだろうか。

 制作者側に言いたい文句が増える一方の一夏の腕の中で箒は身動ぎした。

 

「い、一夏。その、手をどけてもらえないだろうか」

「え? あ、すまん」

 

 思いのほか密着してしまってお互いに気不味い雰囲気が漂った。

 

「箒、さっきの続きだけど、なんで皆この王冠を欲しがるんだ?」

「そ、それはだな………」

「王冠は私が頂く!!」

 

 振り替えると先程別れたばかりのラウラがナイフを手に飛びかかってきた。

 それをさせじと箒が日本刀でそれを受け止めた。

 

「どういうつもりだ!」

「知れたこと! お前に一夏は渡さん!」

「こちらの台詞だ!!」

「お、おい! お前ら!!」

 

 二人は屋根づたいに移動し、再び切り結んだ。

 

「先ずは貴様から排除してくれる!」

「ふん、やれるものならな!」

 

 刀とナイフによる甲高い音がに響く。

 ラウラの縦横無尽な攻撃を、箒は刀一本で捌いていく。

 

(こ、ここは混乱に乗じて逃げるべきか? いや、先ずは二人を止めないと)

 

 お人好し一夏君が発動した。

 

「おい! お前らやめろって!」

「「はぁぁぁあああっ!!」」

 

 だが二人は止まるどころか益々ヒートアップ

 どうしたらいいかとオロつく一夏。

 その時。

 

 ズガァァァン!! 

 

「こ、今度はなんだ!?」

 

 一際大きい音が向こうの方から。一夏は勿論、剣劇を繰り広げていた二人もたちまち向こうを向いた。

 そこには。先程の大玉がぶち当たり、轟音を立てながら傾く物見台の姿があった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「せいっ!」

「はぁっ!」

 

 箒とラウラが切り結ぶのと同時刻、物見台の決闘は佳境に迫っていた。

 お互い一歩も譲らない剣捌きを繰り広げ、会場の観客もその試合にのめり込んでいた。

 

「そこだっ! やっちまえ!」

「今だ! 突け! 突け!」

 

 一番目立つ場所にあり。戦いが長引いているせいかいつの間にかシンデレラの主役はこの二人になっていた。

 

 斬っては引き、突いては薙ぎ。変幻自在の攻撃を放つ英国血統のシンダーラッドとシンデレラは大勢の歓声を浴びながら、剣戟の舞を踊り続けた。

 あと一歩で届く、だがその一歩が余りにも遠い。

 互いに一歩も揺るがず、この剣舞がいつまでも続くものだと思われていた。

 

 先に疲れを見せ始めたのは俺の方だ。

 それも当然だ、なんせこの戦いを含めて4人も相手をしているのだ。

 でも不思議と体は高揚していた。

 

 セシリアが何故こうまで迫力を醸し出してるのかわからないが、俺はこの戦いを楽しんでいた。

 男だとか女だとかそんな下らない枠組みなどなくただ純粋に心が踊っていた。

 

 だが疲労が溜まっているのはセシリアも同じだろう。

 

 セシリアは慣れない左手を酷使しているせいもあり、いつも以上に体に力が入っている。そして疾風とは圧倒的にスタミナの差がある。

 疲労により判断力が鈍りかける。右手は未だに痛みが残り、左手も痺れてきた。だがそれでもと諦めない理由はただ一つ。

 

(親友の爛れた野望を阻止する為!)

 

 素晴らしき友情である(棒)

 

「はあぁぁ!!」

 

 前に足を着き渾身の一突きを放つ。突きだされたレイピアは青竜刀を弾き、深々と俺の腹にめり込んだ。

 

 セシリアの笑みを浮かべた、だがそれは直ぐに崩れた。

 

 ガシリと。俺は右手でレイピアを直で握りしめた。遅れて青竜刀が落ちる乾いた音がなった。

 驚愕が現れているセシリアと目を合わせ、痛みを忘れて言ってやった笑ってやった。

 

「肉を切らせて骨を断つべしってな!」

「誘われっ」

 

 時既に遅し。空いた左腕がセシリアの顎を打ち抜いた。

 揺さぶられた脳が平衡感覚を失い、たちまちノーガード状態になる。

 

 しっかり腰を落とし、セシリアの腹に一発打ち込んだ。

 容赦のない渾身の一撃が見事入り、セシリアの体は地面に投げ出された。

 

 先程放ったレイピアの痛みが疲労によって押されたのか、俺も思わず膝をついた。

 お互い肩で息をし、だがそれでも相手に目を向け。なんとか立ち上がろうと身体を動かす。

 

 まだ戦いは終わっていない、王冠(ティアラ)を奪うまでは。

 体は傷ついてもまだ心は折れず。

 両者は立ち上り、力強く一歩を踏み出す。

 

「セシリアぁっ!」

「疾風っ!」

 

 お互いに拳を振り上げた。次の瞬間

 轟音と共に地面が冗談抜きで飛び上がった。

 

「「!?」」

 

 一体何が起こったのか? 

 徐々に傾き始めた物見台に俺達は困惑を隠せない。

 ミシミシと嫌な音がなり、地面にヒビが走る。

 とにかくこの場を離れなければ。

 だが一体どうやって? 思考を絶やすことなく対策を考える。

 しかし、直ぐにその必要は無くなった。

 

「きゃあっ!?」

「なっ!」

 

 俺はなんとか踏みとどまったが。ふらついて力が入らなかったセシリアは足を踏み外して物見台から飛び出した。

 自身の体重が消え、下向きに重力が向かれる。

 

 ………この時、自分でも何を思ったのか分からなかった。

 轟音と共に足場が揺れたから、とにかく踏み留まることだけを考えたていた。

 

 だけどあいつの悲鳴が聞こえ、白色のドレスと綺羅びやかなブロンドが徐々にフェードアウトしていくのを見て、思考が止まったのだ。

 観客は悲鳴を上げたが耳に届くことがなく。視界がやけにスローモーションに写った。

 

 気づいたら俺は物見台から身を投げ出していた。

 

 落下していくなか下にはドレスと髪を揺らめかせながら落下していくセシリアの姿が。俺を見るなり彼女は目を見開いて呆然としていた。

 当然だ。俺が逆の立場だったら同じ顔をしてた。

 

 身体を真っ直ぐにしセシリアより速く落下する。そのままぶつかるように彼女を抱き止め、イーグルに命令を下す。

 

 ウィングスラスター緊急展開。

 

 ISを構築する特有の白い粒子が合わさり、空色の大翼を展開、即座にスラスターを吹かし、落下速度を軽減する。

 

 よし、これなら……

 

 ビビー!! 

 

 赤いウィンドウと共に警告音が木霊する。

 

 どうやら完全にスラスター構築する前に最大出力でブーストしたせいで一部不具合が発生したようだ。

 

 直ぐにスラスターの出力を修正するためにブーストが一時停止し再点火される。

 僅か一秒の間だったが、これでは落下の衝撃が完全に封殺出来ない。

 

 対衝撃機構を持ってして、良くてIS悪くて骨にヒビだな。

 割かし冷静だった俺はセシリアだけは守らんと彼女を上に位置させるように身体を動かした。

 

「疾風!?」

 

 セシリアの声が聞こえた気がした。来るべき衝撃に備え、目と奥歯をぎゅっと閉じた。

 

 ブニョン。

 

「「え?」」

 

 襲ってきたのは固く強い衝撃ではなく、柔らかく弾力性のあるものだった。

 

「きゃっ!」

「ぐへ!」

 

 そのまま一度バウンドしたあと、ボヨーンと音が聞こえそうな反動と共に俺達は地面に投げ出された。

 

 な、何が起こった? 

 展開していたイーグルのスラスターをしまい。状況を確認する。どうやら自分は五体満足、目立った外傷も無いようだ。

 

 落下した俺達を出迎えたのはオレンジ色の巨大なゴムクッションだった。

 

 セシリアの方も、尻をさするだけでなんとも無さそうだった。

 

『シンデレラを救わんと飛び出したシンダーラッド。そのまま地面に激突するかと思いきや! なんと調度そこを通りがかった魔女の魔法によって無事生還! 正に危機一髪。シンダーラッドの壮大な勇気に、皆さん拍手をお願いしまーす!』

 

 直後、会長の芝居がかった実況に呼応するように呆然としていた観客席から拍手喝采が上がった。

 

「御二人とも、怪我はありませんか?」

 

 呆気に取られている俺達は声をかけられた方向に顔を向けると、又も呆気に取られる。

 

「本当に申し訳ございません、本来なら大玉は指定した場所に止まるはずだったのですが、トラブルが発生してしまって」

「あ、ああ、そうなのですか。ところで虚さん。その格好は?」

 

 声をかけてきた虚さんはラファールに身を包んでいた。

 だがそのラファールには紫の布がかけられ。手には先程のゴムボールを射出したと思われる銃器、頭には紫色の三角帽子が。

 

 この格好はまるで。

 

「魔女です」

「魔女……」

「はい、お嬢様が緊急事態に備えて私達を配置していました。この格好もお嬢様が用意してくれて」

「そ、そうですか。ありがとうございます」

「こちらの監督不行き届きですのでお気になさらず。それでは失礼致します」

 

 ホバー移動で立ち去ろうとする虚さんは、何かを思いだしたかのように此方を振り替えった。

 

「あ、オルコットさん」

「はい」

「王冠獲得、おめでとうございます」

「「へ?」」

 

 ぺこりと一礼して虚さんは去っていく中、俺は頭に乗っていた異物感が無いことに気付いた。

 あ、あれ? 私の王冠は何処に? あれ? 

 

「あっ、あぁぁぁぁ……」

「おう?」

 

 か細い震え声がセシリアの方から零れる。見ると手には金色の王冠があり、顔面蒼白でそれをガタガタ震えながら見ていた。

 

『パンパカパーン! セシリア・オルコット! シンダーラッド・疾風・レーデルハイトから見事王冠を奪い取ったぁぁ! コングラッチュレーション!!』

 

 会長の陽気な声と共にジオラマ周辺から無数のクラッカー音が鳴り響いた。

 

『これにより! 疾風王子はリタイアとなります。皆様、壮絶なる戦いを繰り広げたお二人に、今一度大きな拍手をお願いしまーす!』

 

 再び客席から割れんばかりの拍手を上がった。

 

 負け? マジで? うわぁ。

 

 会場が割れんばかりの音のなか、俺はどっかりと腰を下ろした。

 

「あぁぁ負けちまったーー!」

「………」

「まあ、最後にお前と思いっきりやりあえたしいっか。ああだけど、負けるのはやっぱ悔しいな」

「………」

「おい、さっきから何黙ってんのさ? 王冠ゲットしたんだからもっと喜べよ」

 

 それでも反応のないセシリア。俺は近づいてその顔を覗きこんだ。

 

「こんなはずでは」

「は?」

「こんなはずでは、こんなはずでは、こんなはずでは、こんなはずでは、こんなはずでは………」

「お、おい大丈夫かお前」

「ヒゥッ!?」

 

 ポンと肩に手を置くと、セシリアの中にある何かのスイッチが押ささった。

 

「違いますから」

「なにが」

「違いますからぁぁぁーー!!!」

「うわったっ!?」

 

 行きなり発狂したセシリアは俺を思いっきり突き飛ばし、王冠を手にしたまま彼方に走り去っていった。

 

「いやあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「おーい!?」

 

 優雅さなんか微塵もない爆走っぷりでセシリアが見えなくなった。

 段々と叫び声が遠ざかるなか、王冠を奪われた第二王子こと疾風レーデルハイトは。

 ただ立ち尽くすしかなかった。

 

 

 

 

 



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第46話【嗤う女郎蜘蛛】

 どうも、元シンダーラッドの疾風です。

 

 王冠が奪われました。

 所謂ゲームオーバーというやつです。

 畜生め。

 

 俺の王冠を奪ったシンデレラことセシリア・オルコットは喜ぶどころ悲鳴を上げながら走り去っていきました。そりゃもうこの世の終わりとばかりに。

 

 何ででしょうね? 私にはさっぱり分かりません。

 シンデレラとシンダーラッドの報酬は違うのだろうか。だとしても悲鳴上げるほど嫌なものってなに? 

 

「疾風君お疲れ様。今の気持ちを正直にどうぞ?」

「疑問しかないですね」

 

 コアネットワーク通信ごしに聞いてきた会長の問い掛けに正直に答えた。

 

「会長、一体この王冠はなんなんですか?」

「ふふふふふ、内緒♪」

「後で教えてくださいよ」

 

 もう慣れっこになったのでこれ以上追求しないことにした。

 

「で、俺はこれからどうすれば?」

「疾風君はリタイアだから直ぐにアリーナから出て頂。こっからだと三番出口が近いかしら」

「三番出口………なんか塞がってるんですけど」

「大丈夫よ、今開けるから」

 

 三番出口を繋ぐ跳ね橋が音を立てて倒れた。

 

「これまた豪勢なーーーん?」

 

 なんか地響きが………

 

『さあっ! ここからは! フリーエントリー組の参戦です! 王子様の王冠は残り一つだけになりましたが、皆さん、がんばってくださーーーい!!』

「「「織斑くぅぅぅん! おとなしくしなさぁぁぁい!!!」」」

「おっとぉ!?」

 

 跳ね橋の向こうから我等がIS学園の女子生徒が学年問わず大挙して向かってくるではないか。

 俺は全速力で右に走った。潰されると本能が叫んだのだ。

 

「あ! レーデルハイト君! なんで王冠とられちゃったの!?」

「私狙ってたのに!」

「こうなったら何としてでも織斑君の王冠狙ってやる!」

「代表候補生がなんぼのもんじゃぁぁ!!」

 

 何人かが俺の姿を見て止まったのも束の間、白い大波はしばらく俺の横を通りすぎていった。

 

「………わーお」

 

 ざっと百人、いやもっと居たな。

 

 あの人数相手に鬼ごっこか。一夏、御愁傷様。

 

「しかし俺の王冠をか。ふむ」

 

 王冠の特典は未だに不明だが、およそ十数人は俺狙いだったらしい。

 

「んー、やはり俺も捨てたものじゃない? 男性操縦者補正? ハハッ、知ってる」

 

 役目を終えたシンダーラッドは自嘲気味に笑いながら三番出口の跳ね橋に向かって歩を進めた。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

『さあっ! ここからは! フリーエントリー組の参戦です! 王子様の王冠は残り一つだけになりましたが、皆さん、がんばってくださーーーい!!』

 

 疾風の王冠がセシリアに取られたという楯無のアナウンスから間を置かず、一般生徒が群れをなして壇上に上がってきた。

 

「な、なんだフリーエントリーとは! そんなもの聞いてないぞ!?」

「フン、あの生徒会長が仕掛けた茶番だろう。だが何が来ようとも、私と嫁の未来の邪魔をするものは粉砕する」

「それは私も同じーーー。おい、一夏は何処に行った?」

 

 側で箒とラウラを止めようとしていた一夏が忽然と姿を消していた。

 

「探せ!」

「言われなくても!」

 

 

 

 

 

「織斑君、おとなしくしなさい!」

「私と幸せになりましょう、王子様」

「そいつを寄越せぇぇぇぇ!」

(冗談じゃない!!)

 

 迫り来る数多の女子の猛攻を掻い潜って、セットの上を走り回り、城内の一室に隠れる。

 

「あの人は本当何を考えてるんだー!」

 

 もう10回以上は行っている文句を叫んだ。居場所がばれるなど知ったことではない。

 

「これじゃ迂闊に外に出られない。どうすればいいんだよ………」

「織斑さん」

「へ?」

 

 床の一部が開き、手招きしていた。

 

「こっちに逃げたのを見たわ!」

「さがせぇぇぇ! 草の根抉り出してでもさがせぇぇぇ!」

「こちらへ! 早く!」

「ああ、もう!」

 

 なりふり構わないと一夏はその穴に飛び込んだ。

 

 

 

 

「着きましたよ」

「はぁ、はぁ……ど、どうも」

 

 俺は誘導されるまま、セットの下を潜り抜けて更衣室にやって来た。

 

「えっと……あれ、巻紙さん?」

「誰か分からずに着いてきたのですか?」

 

 一夏を助けてくれたのは今日名刺をくれた巻紙礼子さんだった。相変わらずビジネススマイルを浮かべている。

 

「あの、どうしてここに?」

「はい、この機会に白式を頂きたいと思いまして」

「は? っ!」

 

 突然白式と言われて一夏はキョトンとした。

 だが直ぐに悪寒が体を走り、本能のままその場から飛び退いた。

 一夏が居た場所に足が滑る。その場にとどまっていたら今頃一夏の体はロッカーに叩きつけられていただろう。

 

「この距離で私の蹴りをかわすとは。ポワポワした平和ボケしたガキと思ってたけど、なんともまあ」

 

 先程の口調から一変して粗い話し方と表情に、悪寒が確かなものに変わり一夏の頭の中で弾けた。

 

 目の前の女は敵だ! 

 

「何だあんたは! ただの企業の人ってわけじゃないな!?」

「へえ? なかなか頭が回る。誰かに気を付けろとでも言われたかぁ?」

「答えろ!」

「キャンキャン騒ぐなよガキが。そうだな、企業の人間になりすました謎の美女ってとこだなっ!」

 

 女の体が光に包まれ黄色と黒の禍禍しい配色のISが現れた。

 上半身が女性で下半身が蜘蛛の異形のISに一夏は身構えた。

 

「おら、嬉しいか坊や? お姉さんが優しくレクチャーしてやるぜ?」

「ふざけんな! 白式!!」

 

 一夏が白式呼び出すと、巻上はISのバイザー越しに歪んだ笑みが覗かせた。

 

「待ってたぜ。そいつを使うのをよぉ!」

 

 八つの装甲脚の先が割れ、そこから銃口【ルーフワープ】が顔を見せる。

 

「やべっ!」

 

 足のスラスターを思いきり床に叩きつけ、それと同時に最大噴出を行い天井に逃げた。

 弾幕にさらされたロッカーがちぎれとんだ。

 

「やるじゃねーか、よっ!」

「はあぁぁっ!」

 

 弾幕を回避し雪羅をクローモードで起動。そのまま相手に叩きつけた。

 巻上はビームクロウによる斬撃を後ろ飛びでかわした。

 

「なんなんだよあんたは!」

「ああん? 悪の組織の一人だっての」

「ふざけんーーー」

「ふざけてねえっつの! ガキが! 亡国機業(ファントム・タスク)が一人、オータム様って言えばわかるかぁ!?」

「亡国機業だと!? 楯無さんが言ってたテロ組織か」

「知ってたのかよ。まあだからなんだって話だけどな!」

 

 再び撃たれた射撃を躱し、雪片弐型を上段で斬りに行く。

 

「貰った!」

「甘ぇ!」

 

 装甲脚が雪片と交わりそのまま一夏は弾き飛ばされた。

 

「ぐあっ!」

「こっちこそ貰ったぁ!」

 

 巻上ーーーオータムが装甲脚を突き出して迫る

 数秒で装甲脚の刃が白式に突き刺さらんとしたとき。更衣室の扉が吹き飛び、空色が飛び込んできた。

 

「ちょいさぁ!!」

「何!? ぐほっ!」

 

 高速の一撃が横っ腹に決まり、オータムはロッカーを薙ぎ倒しながら吹き飛んだ。

 

「おっと。よぉ一夏、生きてる?」

「は、疾風!?」

 

 変わらぬ笑みを浮かべた疾風がISを纏って乗り込んできた。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 シンデレラの第三劇、フリーエントリー組乱入から数分。城内が生徒で溢れ変えるなか、本家シンデレラたちはたたらを踏んでいた。

 

「くっ、逃げ足の早い奴だなあいつは!」

「ふん、貴様が私と嫁の邪魔をするからだ」

「邪魔をしないわけないだろう、一夏は私と住むのだ」

「やはり、貴様から先に仕留めておかねばならぬか」

「あれ? あんたたちも見失った口?」

 

 一触即発の雰囲気を破ったのは鈴だった。軽快な走りで二人に近づく。

 

「鈴か。菖蒲さんはどうした? さっき一緒だったろう?」

「菖蒲ー! ちんたら歩いてんじゃないわよー!」

 

 鈴とは対照的にとぼとばと歩く菖蒲。その表情は明らかに明るいとは言えなかった。

 

「鈴様、疾風様の王冠は取られる心配はないと言ったではありませんかぁ……」

「いや、だから私に言われてもねえ」

「言ったではありませんかー! セシリア様に取られてしまいましたよー!!」

 

 瞳から涙を流しながら飛びかかる菖蒲に鈴は為す術もなく地面に伏された。

 

「うわぁ!? ちょ。引っ付かないでよ! あ、この子意外と力強い! ちょっと助けてあんたたち!」

「やはりセシリアが疾風の王冠を手にいれたのは本当なのか」

「生徒会長の言葉通りならそうだろうな」

「ちょっと無視しないでよ!」

「鈴様ぁぁぁぁぁ!」

 

 妖怪と聞き間違いそうなオドロオドロした声を発しながら、鈴のドレスを破る勢いの菖蒲。

 

「あ、皆! 調度いいところに!」

「シャルロット?」

「ちょっとこっち来てくれる? 僕じゃどうにもならなくって」

「「ん?」」

「うぁぁぁぁん!」

「いい加減離れなさいよあんたはぁ!!」

 

 

 

 

 

「こっちこっち」

「なんだというのだ」

「早く一夏を探さねばならないと……ん?」

 

 シャルロットに案内された場所には、所謂体育座りで鎮座している見知った人物が。

 

「あれは……セシリア?」

「だと思う……が」

「いやいやどう見てもセシリア………よね?」

 

 何処か自信なく言うしかなかったのは、彼女の姿にあった。

 薄汚れており、所々破れているドレス。綺羅びやかな金糸の髪はボサボサで、何処か色褪せて見える。

 

 なにより普段の彼女を知っている箒達は、セシリアが体育座りで踞っているという光景をどう見ればいいか分からなかった。

 

「よし鈴。行け」

「な、なんでアタシ!?」

「切り込むのはお前の専売特許だろ」

「それはあんたもでしょうがこの剣道馬鹿!」

「じゃ、じゃあラウラ宜しく」

「私か? 別に構わないが、先に菖蒲が突貫したぞ?」

「「「え?」」」

 

 先程の暗い雰囲気とは正反対の力強い足取りで菖蒲はセシリアに近づいた。

 

「セシリア様」

「………」

「やはりセシリア様は疾風様の事を」

「違いますわよっ!!」

 

 ガバッと立ち上がったセシリア。目は赤くなり、ボロボロな外見が相まって恐ろしくも見える。

 

「なら何故王冠を取ったのですか!」

「取ってませんわ!」

「じゃあその手に持ってるのはなんなんです!?」

「うっ」

 

 論より証拠。

 その手に光る王冠は菖蒲が欲してやまない至上の宝物に他ならなかった。

 

「こ、これは事故です! 決して本意で取った訳ではありませんわ!」

「では疾風様との同棲を狙った訳ではないと?」

「ええ勿論」

「その言葉に偽りは」

「あ、ありませんわ」

「そうですか分かりました。では私が貰います」

 

 グワシッと菖蒲はセシリアの持つ王冠を掴んで引っ張った。

 何故引っ張ったという表現なのかと言うと、セシリアが王冠を手放さなかったからだ。

 

「お離しくださいセシリア様! 疾風様と同棲するのは私です!」

「だ、駄目ですわ。渡すわけには行きません!」

「何故ですか!」

「貴方を疾風の獣欲の餌食にするわけにはいきません!」

「むしろ望むところです! 私は何時でも準備は出来てますし! 既成事実を合法に入手出来るなど願ってもいない機会です!」

 

 互いの主張が相容れぬまま綱引き状態に。

 一夏ラバーズに至っては「何を見せられているんだ」と蚊帳の外に追いやられた。

 

 ウーーー! ウーーー! 

 

 すると学園全土からサイレンが鳴り響いた。学園の至るところなら赤いホロウィンドウで火災と表示される。

 

『ただいまロッカールームにて火事が発生しました。お客様はホログラムガイドに従って避難をお願いします。繰り返します………』

 

「火事? どっかのクラスがやらかしたの?」

「ロッカールームでか?」

 

 唖然とするなか全員の待機形態から連絡が来た。

 

「全員、聞こえてるな?」

「織斑先生?」

「時間がないから手短に伝える。今発している火災警報はダミーだ。現在第四アリーナのロッカールームで未確認のISを織斑とレーデルハイトが交戦している」

「はぁっ!?」

「織斑先生、テロリストということですか?」

「そうだ。全員即時ISを展開。状況に備えろ」

「了解!」

 

 千冬の指令に各々はISを展開。綺羅びやかなシンデレラドレスは武骨で、それでいて優美な装甲に変化する。

 

「篠ノ之、オルコット、凰は哨戒につけ! デュノア、ボーデヴィッヒ、徳川は学園内を警戒。来場客と一般生徒の避難をフォローしろ!」

「あの、お二人の援護に向かわなくても宜しいのでしょうか?」

「そうです。一夏達だけで大丈夫なんですか?」

「心配するな。そっちには既に応援を向かわせている。お前達は各々の任務につけ」

「分かりました!」

「行くぞ!」

「ええ!」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「疾風、なんでここに」

「なんでって着替えにこようとしたらドンパチ始めてんだもん。あー、ロッカーが悲惨なことに。制服無事かなこれ………」

 

 凄惨たる有り様を見てウゲーと顔をしかめた。

 瓦礫が動く音に振り向くと敵と見られる異形のISが立ち上がった。

 

「いってーなぁ。ドデカイの横っ腹に食らっちまった。って、誰かと思えば二人目か」

「そういうあんたは亡国機業でオケ?」

「へえ」

 

 自身の組織を言い当てられたオータムはニヒルに口角を上げた。

 

「お前も知ってるのか疾風?」

「ああ。こいつら最近各国でISの強奪事件が起こしてる一級テロリストだ。で、目の前の蜘蛛のISはアラクネ。亡国機業に奪われたアメリカの試作してた第二世代だ」

「ご名答。さっすが大企業のお坊っちゃまだ、そこらへんの情報は抜け目ねえなぁ」

「そりゃどうも、褒めてくれたついでに俺達を狙わないと約束してくれます?」

「はっ! それは無理な相談だ」

「うわぁ手厳しい」

 

 おどけた口調ながら警戒は崩さない。

 福音とはまた違ったスポーツとは違う修羅場。明確にこちらを狙うテロリストを見定めながら一夏にプラベを繋ぐ。

 

『一夏、聞いてくれ』

『疾風?』

『奴のアラクネは装甲脚に独自のPIC発生機構を有している。今までのISとは挙動が違う。それに相手は単騎で攻めてきたということは腕に自信があるんだろう』

『じゃあ、どうする?』

『客の避難が終わってない以上、こいつを外に出すわけには行かない。合図したら動いてくれ。パターンは………』

 

 即興で考えた作戦を伝えながら悟られないようにオータムと会話する。

 

「それで、あんたの目的は何かな? 出来たら教えてくれませんかねぇ?」

「ああん? そんなのお前らに決まってんだろうが!」

 

 アラクネの主腕にコールされた大型ビームキャノンが火を吹き、背後の壁が派手に爆ぜた。

 爆ぜた壁は瓦礫となり、先程俺が突き破った扉をふさいだ。

 

「ですよね! 行くぞ一夏!」

「おう!」

 

 一夏がオータムの周りを旋回し、少し遅れて疾風が続く。

 

「ちょこざいな!」

 

 両手にマシンガンを形成、装甲脚と合わせた10門の一斉射撃がロッカールームを入り乱れた。

 俺達はそれを遮蔽物とサークルロンドを利用して回避する。

 

 一夏がついてくるか不安だったが。毎日会長とこなしてきた特訓が確かに実を結んでいることを確信した。

 

「うおおおっ!」

「せいっ!」

「おっとぉ! 危ねえなっとぉ!」

 

 隙をついて斬りかかるが、オータムはそれを緩やかに躱していく。

 

 アラクネの装甲脚に搭載されている独立したPIC。今まで見たどのISよりもしなやかで生物的な動きをし、名前に違わず正しく蜘蛛のよう。

 

 そこから疾風はプログラムを入力したビークビットを展開、ロッカーを隠れ蓑襲撃し、隠れては斬りかかるを繰り返す。

 

 手数を増やされ、更に狙いが分散された装甲脚。一夏はガラ空きとなった左側から一気に斬り込んだ。

 

「だから甘ぇって!」

 

 それを見越してオータムは装甲脚を操作、四本の装甲脚は再び雪片弐型を固定する。

 

「単調だなガキぃ!」

「それは」

「どうかなっ!」

 

 白式の背を飛び越え、両手に装備された固定プラズマサーベルで副腕を切り裂いた。しかしそれは浅く、切断までは至らなかった。

 

 だが拘束が緩んだそれを見逃さず一夏は固定している装甲脚を蹴りあげ、雪片弐型を回収。そのまま俺が斬り込んだ副腕をもう一度切り裂き副腕は宙を舞った。

 

「何っ!?」

「良し、まず一本!」

「上出来上出来! 次行くぞ!」

 

 再びアラクネから離れ、サークルロンドで射撃からの斬撃を繰り返していく。

 

「やるじゃねえかよ、ガキ共! このアラクネ相手にちょこまかと!」

「うるせえ!」

「そりゃどうも!」

 

 撃っては斬り、アラクネがカタール【ルームシャトル】を展開して斬りかかるところ避けそこから離れて撃つ。

 

 バギャンと重くも軽い金属音と共に装甲脚がまた一本、主から離れた。

 

「ちぃっ!」

 

 これは偶然にもシャルロットが得意とする戦法、砂漠の呼び水(ミラージュ・デ・デザート)に似ていた。

 

 求めるほどに遠く諦めるには近く、その青色に呼ばれた足は疲労を忘れ、緩やかなる褐色の死へと進む

 

 本来なら高速切替による近距離と遠距離の武器を変えながらの戦法だが、白式とイーグルには固定武器とモードチェンジにより、ラグ無しで行う事が出来た。

 

 だがオータムも単騎で突っ込んできただけあって中々の手練だ。先程の損傷からこちらの斬撃を無理に受け止めようとはせず、受け流すことを重点に置いてきた。

 射撃兵装はコールされたシールドを展開して防御。それ以外は回避と着々と対策を取られていく。

 

『疾風。このままじゃジリ貧だ。どうする?』

『応援を待っててもいいが、遠隔通信にノイズがかかって望みは薄い。ここは隙をついて瞬時加速からの零落白夜で仕留めにいく!』

『確かに敵の応援が来ないとも限らないからな。了解だ!』

 

 再びアラクネを軸にサークルロンドを展開、オータムの意識を散らしていく。

 よし、このままこいつ封殺して………

 

「ハハハ! ガキ相手と侮ってたが大したもんだな。楽しませてくれた礼に良いことを教えてやるよ、織斑一夏!」

 

 オータムの歪んだ笑みに何かを感じた。

 

「第二回モンド・グロッソで織斑千冬が優勝出来なかった理由は知ってるよな?」

「それがどうした」

「うちの組織なんだよ」

「なに?」

「分からねえのか? 第二回モンド・グロッソの最中にお前を拉致したのは、うちら亡国企業だって言ったんだよ!」

「ーー!!」

 

 その言葉に、一夏の頭の中が真っ白になった。

 

「お前、らが?」

「そうだ、感動の再開ってやつだな。嬉しいかオイ、ギャハハハハ!」

 

 下卑た笑い声に一夏の頭は一瞬にして沸点を越えた。

 

「一夏、戯言だ!耳を貸すな!」

(こいつが! こいつらのせいで千冬姉はっ!)

 

 ギュオン!! 一夏の怒りに応えんと白式・雪羅の四枚のウィングスラスターが唸り声をあげた。

 既に俺の声は一夏の頭に入っていなかった。

 

「だったら!」

「駄目だ一夏! 早まるなっ!」

「あの時の借りを返してやらぁ!!」

 

 俺の制止を聞かず目の前の化け蜘蛛を斬り伏せんと零落白夜の黄金色の光と共にオータムに斬りかかった。

 

「この距離は白式の距離だ!」

「ククッ、馬鹿が、こんな真っ正面から突っ込んで来やがってよぉ!!」

 

 バシュっと副腕から白い何かが放出された。

 

「そんなもの!!」

 

 射出された糸のような物ごとオータムを斬り伏せようとしたが、それは目の前でぱんっと弾けて巨大な網へと変化した。

 

「なにっ!?」

 

 エネルギー体のワイヤーで拘束された白式はアラクネの手によって宙吊りにされる。

 

「一夏!! ちぃっ!」

 

 残った装甲脚の射撃がイーグルの接近を許さない。

 

「ハハハ! やっぱガキだなぁてめぇ。少し挑発すればこの通り。まったく楽勝だぜ」

「てめぇっ!」

「やらせるかっての!」

 

 副腕から再び放たれた糸塊が雪羅に命中、粘性のあるそれは雪羅の変形機構を阻害した。

 

「なっ!?」

「危ねえ危ねえ、そのワンオフは俺のと相性悪いからな」

「一夏を離せ蜘蛛女!」

 

 俺は右手にインパルス、左手にエクレールを構えて

 

「おぉ怖い怖い!」

 

 オータムはサッとワイヤーに吊り上げられた俺を盾にし疾風の射撃を躊躇わせる。

 直ぐに射撃を中止、ビークを飛ばしオールレンジからアラクネを狙いに行く。

 

「はははっ! ほら狙ってみろ! 鬼さんこちらっとぉ!」

 

 固定射撃、カタール、装甲脚による斬撃に、ビークビットは蜘蛛の巣にかかった獲物の如く補食された。

 

 しまった! 今のはオータムを狙わずに一夏を拘束しているワイヤーを斬りかかれば! 

 

 残ったビークビットに使令を与えるも、プログラム特有のラグをオータムが見逃すことはなかった。

 たちまち両断されたビークビットの爆煙がオータムを一瞬隠した。

 

「おやおや、可愛い小鳥さんは悪い蜘蛛に食べられてしまいましたとさぁ。はっはっはっ!」

 

 ちょこまかと避けながら着実に距離詰めてくるオータム相手にこちらも後退を余儀なくされる。

 

「どうしたどうした御曹子様! 所詮一人じゃ何も出来ないお坊ちゃんかぁ!?」

「嘗めるな醜女!!」

 

 インパルスとエクレールをしまい、小回りの効く固定プラズマサーベルと脚部プラズマブレードでオータムの多腕をさばかんとするも、アラクネの多手多様の攻撃に押されていく。

 

「一夏、動けるか!」

「駄目だ、全然動けねえ!」

「余所見する余裕あんのかぁ!?」

「ぐあっ!」

 

 吹き飛ばされ壁に激突し。殺しきれなかった衝撃が背中に走った。

 

「さーて、お前もねんねしな!」

 

 副腕から再びエネルギーワイヤーが放たれ、疾風を捕らえんとする。

 

「疾風!!」

「はっはぁー!」

 

 ワイヤーが網へと変化し、イーグルに覆い被さる。

 

「フィールドマキシマムっ!」

 

 バチチと俺の声と共にプラズマジェネレーターが唸りをあげ、イーグルを中心に球状の蒼いプラズマ力場が展開した。

 覆い被さらんとしたエネルギーワイヤーが高電圧の壁を前に消しとんだ。

 

「なんだと!?」

 

 これにはオータムも虚を突かれたのか、狼狽して後ろに下がった。

 

「インパルス! リミッター解除! 落とし前、ツケてもらう!!」

 

 インパルスの穂先が通常より更に展開される。

 プラズマエネルギーが溢れ変えり、やがてそれは巨大な雷槍へと固定されていく。

 

 エネルギー消費が多い代わりに発動するフルパワーアタック。白式の零落白夜をヒントに発案した新機能。

 先程ロッカールームのドアをぶち抜きアラクネを吹き飛ばしたのはこの機能だ。

 

 再びインパルスを最大出力で展開、そのまま突貫する。

 させじと装甲脚の射撃が襲いかかるも、殆どがプラズマフィールドに弾かれる。

 

「覚悟しろ、亡国機業(ファントム・タスク)!」

 

 巨大な雷槍がオータムを串刺しにせんと、襲いかかる。

 

「糞がぁぁ!! ーーーなんてな」

 

「っ? ぐっ!!?」

 

 オータムから違う方向、横から無数の黒い何かがイーグルに命中した。

 

 連続で放たれた黒い塊はプラズマフィールドを異に返さずイーグルの空色と白のツートンカラーの装甲に当たり、バシャっと弾けた。

 

 横っ腹から射撃を受けてインパルスを取り落とし、俺は壁に激突した。

 

 そして弾けた黒い何かはイーグルと壁を縫い付け、動きを封じ込めた。

 

 黒い粘着物を引き剥がそうとプラズマジェネレーターを最大出力で展開するも、少し表面が焼け異臭を放つだけだった。

 

「この焼けた臭い。ゴムかっ!?」

「ハハッ、そうだ、お前の為に用意された特性粘性ゴム弾だよ!」

「くっ、いったい何処から……」

 

 イーグルのイーグルアイが瞬時に射線を計算した。

 視線の先には先程俺達が斬り落とした副腕が落ちていた。その銃口はこちらを向いていた

 

「知ってるか? 虫ってのは手足ちょん切られても暫くは動くんだってよ」

「わざと、斬らせたのか」

「いんや、それは偶然ってやつだ。お前たちは良くやったぜ? このオータム様に冷や汗をかかせたんだからよ。さーて、待たせたなファーストマン。お楽しみタイムと行こうぜ」

 

 もったい付けながら再び一夏の眼前に迫るオータムの手には見たことのない四本足の機械が握られていた。

 

 大きさは40センチほど。君の悪い駆動音を響かせるそれを一夏の胸部に取り付けた。

 取り付けられた装置は更に足を伸ばし、白式の装甲にまとわりついた

 

「お別れの挨拶は済んだか?」

「な、なんのだよ」

「決まってんだろうが、てめーのISとだよ!」

「なにっ?」

 

 刹那、一夏の体に電流が流れる。

 

「がああああっ!!」

「一夏!!」

 

 一夏が苦しんでいる間もオータムは楽しそうに哄笑していた。

 それが余計に一夏の神経を逆撫でし、その怒りがなんとか意識を保てていた。

 

 やがて電流は収まり、体の自由は解けた。

 だがそこには先程纏っていたものはなかった。

 

「な、なんだこれ? 白式!? どうしたんだよオイ!」

 

 腕を見ると白式の白色の装甲どころか待機状態のブレスレットまで無くなっていた。

 今の一夏の身を包むのはISスーツのみだった

 

「お前の大事なISならここにあるぜ」

「な、なにっ!? グアッ!!」

 

 一夏を蹴りあげたオータムが手にしているのは菱形立体のクリスタルだった。

 それは紛れもなく白式のコア。第二形態に発展したそれは通常の球型コアよりも強い輝きを有していた。

 

「さっきの装置はなぁ! 解離剤(リムーバー)っつうんだよ! ISを強制解除し奪い取れる画期的な秘密兵器だぜ? 生きているうちに見れて良かったなぁ!」

「な、なんだよそれ。そんな装置聞いたこともない」

「だから秘密兵器っつってんだろうが。安心しな、お前の分もちゃんと用意してっからよ」

 

 オータムの手には別の【剥離材】が握られていた。

 それを見て、自分の顔が引きつったのを感じた。

 

「ハハッ、青ざめたなジャリガキ、そうだよなぁ。お前はISに異常に失着してるそうだな? お前にとってスカイブルー・イーグルは自身の全てであり掛け替えなのないもの。それを奪われたらそこに転がっているガキよりもショックがでけえもんなぁ」

「ちぃっ!」

 

 疾風は再びプラズマを最大出力出力で放出すると、へばりついた特殊ゴムは微かに焼かれるだけにとどまった。

 

 内蔵火器を展開しようにもゴムで塞がれ。俺は文字通り壁に磔にされていた。

 

「無駄無駄。さぁて、とっとと二機目回収して」

「かえ……せ……」

「あん?」

「返せ! てめぇ、ふざけんな!」

 

 ようやく体が動かせるようになった一夏は無謀にも白式のコア目掛けて手を伸ばした。

 

「だから遅えってんだよ!」

 

 オータムは飛び掛かる一夏を装甲脚で吹き飛ばす。

 ISに保護されていない一夏を守っているのはISスーツのみ、対刃性には優れるが衝撃は殺してくれない。

 

「ゴハッ、っぐぅ。くっそぉぉ!!」

「オラァッ!」

「ガァッ!」

 

 蹴られては吹っ飛び。また立ち上がって向かうもまた吹き飛ばされるのを繰り返し、一夏は動かなくなった。

 

 その場で踞る一夏を無視してオータムは再び俺の方に歩いてきた。

 目の前の蜘蛛は機械だ。伝承に聞くような化け物ではない、ISだ。

 それなのに。

 

 震えが止まらない………! 

 これからあの機械で白式と同じようにコアだけにされて奪われる。

 そう考えるだけで息が荒くなった。

 叫び声を上げたかった。だけど喉が詰まったように声がでなく震えた空気が出るだけだった。

 

 やめろ、くるな。来ないでくれ………! 

 

 ………………誰か助………

 

「うぐっーーおおおぉぉぉぉ!!!」

 

 全身の力を振り絞って放たれた咆哮、大地を踏みしめ蹴りあげる。

 一夏は闘志を目に宿し、果敢にアラクネの下に潜り込んだ。

 

「何度来たって同じだ!」

 

 襲いかかる6本の装甲脚、横凪ぎに振られたそれを姿勢を低くして擦り抜けた。

 目の前には白式のISコア、あれに触れさえすれば。

 

「届けっ!」

 

 心の底から願った、地を飛び立ち、一直線に飛ぶ。

 触れる、もう少しでその証に触れーー

 

 ドゴッ! 

 

「っ!!」

 

 奮闘も虚しく、アラクネの蹴りがISスーツに覆われた一夏の腹にめり込む。

 

「こはっ………」

「これが現実だ。所詮お前たちはISには勝てねえのさ。わかったら黙ってそこで見てな」

「ふざ、けるな」

「まだわかんねえのか? 今のお前は無力以外のなんでもねえ。やる気だけでやってけるほどこの世界はイージーじゃねえんだよ」

「うるせえ………例え無力でも、ISが無くても………それで俺が諦める理由にはならない! あああぁぁーっ!!」

 

 最後の力で掴みかかった一夏の腕はオータムに軽く振るわれるだけで離れた。

 

「はっ、いい啖呵切るじゃねえか。その勇敢さに免じてお前は殺さないでやるよ。まあお坊ちゃんの命は保証できねえけどな。可能ならセカンドを殺せってブルーの奴にオーダーされてるからな」

「ブルー……?」

「口が滑ったな。お前は知らなくていいことだ」

 

 手に持つリムーバーのスイッチを入れ、こっちに歩いてくる。

 もう視点が覚束ない、抵抗したくても出来ない現状に苦しさが込み上げて目が熱くなった。

 

「安心しな。ISを奪ったら悲しむ間もなくても殺してやるよ」

 

 殺す? 死ぬのか俺は? 

 なにもなせないまま、ただ理不尽に殺されるのか? 

 ………俺は何のためにこの世界に。

 

 後数メートルでリムーバーが取り付けられる。

 

 

 

 その時………

 

「あら、そういうのは困るわ。一夏君と疾風君、私のお気に入りだから」

「誰だ!? グッ!」

 

 リムーバーの持つ手が衝撃で弾き、リムーバーが乾いた音をたてながらすべった。

 

「うん。二人ともまだ生きてるわね! 重畳重畳♪」

 

 場に削ぐ和ぬ楽しげな声にその場にいた三人は見た。

 そこに居たのはISスーツ姿の会長。

 その手にいつもと変わらぬ扇子をはためかせながら。

 

「良くやったわ二人とも。お姉さん、先輩として鼻が高いわ。ちょっと無鉄砲過ぎる気もするけどね?」

 

 場違いな満面の笑み。

 だがそれは俺達に確かな安心感を感じさせてくれた。

 

「てめえ、どこから入った? 今ここは全システムをロックしてんだぞ………まあいい、見られたからにはお前から殺す!!」

「楯無さん!」

「会長!」

 

 身を翻し会長に襲いかかるオータム。

 装甲脚の刃が迫る。だが会長は変わらぬ笑みを浮かべながら回避の素振りすら取らなかった。

 

「私はこの学園の生徒達の長。ゆえに、そのように振る舞うのよ」

「なに言ってやがんだてめぇ!」

「可愛い後輩を苛めた貴方を許さないと言ったの」

「抜かせ!!」

 

 数秒後。

 肉と生地を貫く音が耳に入った。

 

 

 

 

 



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第47話【笑う生徒会長】

「学園西側、不審者無し」

「東も同じだ」

「南も同じく」

 

 学園のロッカールームの激闘の中、箒、鈴、セシリアは上空からの新手に備えていた。

 

「学園の皆や来客の避難は順調みたい」

「疾風と一夏さんは無事なのでしょうか」

「分からないが、私達は私達の出来る事をしよう」

 

 箒の言葉に頷くセシリアと鈴のもとに司令塔から通信が届いた。

 

「学園の北側から、未確認のIS反応を確認!」

「三人とも、油断するな」

 

 このタイミングで来るということは、間違いなくテロリストの仲間。

 

「食い止めるわよ」

 

 緊迫感が三人を包む。この感覚は銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)のそれと同じ。

 生存を約束された模擬線ではなく、命のやり取りを行う戦場。

 

 それぞれのハイパーセンサーに新手のIS反応がヒットする。

 一体どのような面構えなのか。敵にカーソルを合わせ、ハイパーセンサーを望遠モードにして確認する。

 

「………………なっ!? あれは!」

「セシリア?」

 

 ハイパーセンサーに写るその機影に、セシリアは思わず目を見開いた。

 何故ならその機体を彼女は良く知っているから。

 

 ブルー・ティアーズより濃い藍色。カスタム・スラスターは蝶の羽を模し、腰には6機の小型の自立端末兵器。

 ティアーズ・コーポレーションの資料で見た、セシリアの機体とは別のBT試験機。

 

「あ、あれは。BT2号機、サイレント・ゼフィルス!?」

「BT2号機って………セシリアのブルー・ティアーズの後継機だというの!?」

「そんな物が何故こんなところに!?」

 

 セシリアが箒の問いに答えることはなかった。正確には出来なかった。

 

 ブルー・ティアーズの強化プランだったものを2号機として組み上げたサイレント・ゼフィルスはティアーズ・コーポレーションで開発を進めていたIS。

 他企業に譲ったという報告は来ていない。勿論、この日この場所であの機体が来るなど聞いたことはない。

 

 今起きてる状況を踏まえて出せる答えは一つ。テロリストに強奪されたということ。

 

(なんということか、なんという失態か! これでは、イギリスの信頼が地に落ちてしまう)

 

「セシリア何してんの! 撃って!」

「は、はい!」

 

 鈴の龍砲から放たれた不可視の弾丸にセシリアは我に返り、スターライトMarkⅢの引金を引いた。

 だが放たれた衝撃砲とビームはゼフィルスのシールド・ビット【エネルギー・アンブレラ】に阻まれる。

 

「な、なんなのよあいつ!」

「ならば、こちらも!」

 

 腰のミサイルビットを起動し、ゼフィルスに撃つ。それを迎撃しようと、ゼフィルスは専用ライフル【星を砕く者(スター・ブレイカー)】で迎撃する。

 

 BT制御による不規則な軌道を持った四発のミサイルはスター・ブレイカーの射撃を躱し、目標に飛翔する。

 

 セシリアは必中を確信したが、次の瞬間目の前で信じられない現象が発生した。

 ビームが弧を描いて曲がり、撃ち放たれたミサイルビットを全て撃ち落としたのだ。

 

「「なっ!?」」

「今のはまさか。BT兵器の高稼働時にのみ可能な偏光制御射撃(フレキシブル)!?」

 

 あれはBT兵器の到達点。発射されたレーザーをいのままに歪曲、操作出来るという。正しく机上の空論と呼ばれた超上技術。

 

 現在公式記録でのBT適正の最高率はセシリアだが彼女は発現できていない。

 ましてや不埒な略奪者にフレキシブルを使用されたという現実がセシリアの胸に深々と突き刺さった。

 

「くっ!」

 

 屈辱に奥歯をグッと噛みしめ、レーザービットを分離してサイレント・ゼフィルスに接近する。

 

「「セシリア!?」」

「はあぁぁぁ!!」

「ふん」

 

 セシリアが雄叫びをあげ、スターライトMarkⅢと自立稼働レーザービットの五門同時制御射撃を撃つ。

 サイレント・ゼフィルスはつまらなそうにビットを操作、相手より二機多いレーザービットと二機のシールドビットで無力化する。

 

 繰り出される敵のフレキシブル、何故自分は使用できないのかという不条理な怒りを込めたセシリアの射撃も相手の動きとシールドビットに阻まれ、逆にセシリアのビットがフレキシブルで全て落とされた。

 

「そんな!」

「こんのぉ!!」

 

 敵のビームを避けながら、鈴は崩拳と龍砲による同時不可視射撃を乱れ撃ちする。

 だが見えないはずの不可視の砲撃を、襲撃者は弾道予測と特徴的な大型スラスターでヒラリヒラリと正しく蝶のように躱していく。

 

「くぅっ! 当たらない!! 初見の衝撃砲がここまで当たらないってあるっ!?」

「ならば、接近戦で!」

 

 紅椿が全身の展開装甲を展開し瞬時加速。

 MAXスピードで襲撃者に双刀を降り下ろし、ゼフィルスはスター・ブレイカーにブレードを展開してそれを受け止める。

 

「これ以上好きにはやらせん!」

「篠ノ之束の妹か。第四世代機とはいえ、十全にこなさなければ意味もない」

「だからなんだ!」

「拙いんだよお前は!」

 

 いつの間にか周囲に配置された敵のビットから放たれた六条の紫光が、紅椿に突き刺さって爆ぜた。

 

「箒! うぁっ!」

「きゃあ!」

 

 乱れ撃ちされた敵のフレキシブルレーザーがヒット。三機は襲撃者の前で体勢を崩された。

 

「三人がかりでこれか。つまらんな」

 

 襲撃者はセシリア達を一瞥した後、蝶のような大型スラスターを唸らせてその場を離脱する。

 

「あいつ、学園に!」

「逃すものですか!!」

 

 セシリア達は急ぎ機体を立て直し、襲撃者の後を追った。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「楯無さん!」

「会長っ!」

 

 突如現れた学園生徒会長の更識楯無をオータムは一時の迷いなく装甲脚を突き刺す。

 突き刺された会長は力なくブランと吊るされ、二人は彼女の絶命を確信した。

 

 だがオータムは違った。全身を突き刺し、排除したというのに、拭いきれない違和感を感じた。

 

 何故こうも容易く殺せたのかと。

 

 ロッカールームは完全にロック、唯一破壊された扉は瓦礫により隙間なく塞がれている。

 この隔離されたこの空間に、誰にも気づかれず音もなく入りこんだ奴が何故こうもあっさりと。

 そしてなにより、一番の不安材料は。 

 

「なんだ、この手応えの無さは?」

「あら、穴だらけになっちゃったわ。これじゃあお嫁に行けないわね」

「!?」

 

 何が起きているのか? 

 何故生きているのか? 

 何故何事も無かったかのように笑っているのか? 

 

 目の前の非現実的な光景にオータムは開いた口が塞がらなかった。

 

 そこでオータムはやっと気づく。

 全身を突き刺した楯無から流れているものが深紅の血液ではなく無色透明の液体であることを。

 途端に楯無の体から色が消え、パシャっと音をたてて弾けた。

 

「これは………水?」

「そう、それは私が作ったお人形さんよ♪」

 

 いつから居たのか、オータムと一夏の間には、水色のISを纏った更識楯無が立っていた。

 

 会長は手にもつランスをオータムに一閃、アラクネは回避するも、切っ先はシールドエネルギーを掠り火花を散らした。

 

「残念、掠っただけか。そのIS、見た目に反して中々の機動性をもってるのね」

「なんなんだよてめえは!」

「ふふっ。IS学園生徒会会長、更識楯無。そしてIS、霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)。覚えておいてね、お・ば・さ・ん」

 

 テロリストを前に、ポーズを決めながら自己紹介をする会長。

 

「なんだ、あのISは」

 

 優雅な佇まいである会長のISの姿を見て、俺は思わず困惑する。

 

 通常ISはフルスキンタイプを除いて全身を装甲を覆う必要はない。その理由はISの基本機能であるシールドエネルギーだ。

 腕と足はISのパワーアシストと被弾率の高さから装甲が施され、胴体と下腹部は基本装甲を纏わずに無防備でありシールドエネルギーによって守られている。

 

 更識楯無のミステリアス・レイディのその姿は様々なISのデータを見ている俺からすれば極端に装甲を覆う面積が少なかった。

 だがそれを補うかのように波打っているような透明で薄い水膜が。装甲の代わりに彼女の全身を覆っている。

 

 通常のISを甲冑鎧に例えるならば、ミステリアス・レイディのそれはドレスアーマー。

 

 他のISとは一線を画する水色の機体の側には特徴的な物体が三個一対、合計六個の【アクア・クリスタル】と呼ばれる浮遊物から装甲の上を覆う物と同じ水のヴェールが搭乗者を守護するかのように覆う。

 

 そして水は手に持った大型のランス【蒼流旋】の表面にも流れ、まるでドリルのように回転を始めていた。

 彼女の足もとからも白い水蒸気が溢れ、浮遊した水滴が彼女を彩る。

 

 手も足も出ず。自身が正しく絶体絶命である状態にも関わらず、水と霧を纏うISに俺は見惚れてしまった。

 

「ごちゃごちゃと! 今すぐ殺してやらぁ!」

「うふふ、なんて三流の下っ端が吐きそうな安台詞なのかしら。これじゃ私が勝つのは必然ね」

「言ってろやぁ!!」

 

 アラクネの残った6本の装甲脚からの斉射を楯無はランスを前に出して水の障壁を展開、回転するそれはオータムの弾丸を弾き、又は絡め取り、悉く無力化される。

 

「ちぃっ! ただの水って訳じゃねえな!」

「あら鋭い。これはISのパワーを伝達する特殊なナノマシンを使って制御している水よ。そんな雑で軽い攻撃じゃ、私の守りは崩せないわ」

「糞が! なんなんだよ、てめぇは!」

「やぁねえ、ついさっき言ったじゃない。正確には49秒前だけど」

「しゃらくさい!」

 

 アラクネは横に飛びながら水が張られていない側面にルーフワープを斉射しようとする、だがアラクネの動きに合わせるように、水の羽衣は二人の間を隔てていた。

 

「射撃戦がお好み? 良いわよ、付き合ってあげる!」

 

 蒼流旋をしまい、取り出されるのは身の丈程あるガトリングキャノン【バイタル・スパイラル】。

 

「パーリィ!」

 

 重厚な音が出るかと思えば思った程重い音ではなく。ガトリングキャノンから出たのは実弾ではなく超圧縮された水の弾丸だった。

 アラクネのルーフワープの実弾射撃はアクア・ヴェールに阻まれるが、水のガトリングキャノンはアクア・ヴェールをすり抜けて向こう側のオータムを乱れうちにする。

 

「てめぇ! インチキめいた装備使ってないでかかってきやがれ!」

「いやよ。私苛めるのは好きだけど、苛められるのは嫌いなの。ということで、一方的に殴られる、痛さと怖さを思い知りなさい!」

「冗談じゃねえ!!」

 

 射撃が通じないとわかると、今度は先程ロッカールームの入口を崩落させた可変出力ビームライフル【ハウリング・レイ】を展開。最大出力で撃ち、高出力のビームは楯無の水膜を貫いた。

 

「あら危ない、抜かれちゃったわ」

 

 貫いたビームを楯無は最小限の動きで躱し、背後の壁がビームの熱膨張で爆発する。だが楯無は余裕の笑みを崩さずに涼しくしている。

 

「た、楯無さん!」

「大丈夫大丈夫、ここはおねーさんに任せて、一夏くんは休んでなさい。こんな蜘蛛お化けに負けるほど弱くはないから」 

「余裕ぶってんじゃねえぞ!!」

 

 砲身の冷却を追え、再びハウリング・レイから光が放たれる。

 

「それは大海のように、災厄を隔てる壁とならん」

 

 楯無は両肩に浮遊しているアクア・クリスタル前方に移動。

 クリスタルから膨大な水が形勢され彼女の前にタプンと水の壁が出来上がる。

 

 水の壁に入り込んだ強出力ビームはアクア・ナノマシンが作り出す水の動きで噛み砕かれ、拡散。空中に浮かんだ疑似水槽の中で霧散した。

 

「ここでお姉さんからの豆知識。ビーム兵器っていうのは海のような膨大な水の中で発射すると威力が減退しちゃうのよ、年期の入ったおばさんなら当然知ってるわよね。ではお返しするわ。BIGWAVE・ATTACK!」

「な、おぼぉ!!?」

 

 膨大な水の壁が崩れ、それは波となってアラクネを飲み込んで押し流し、溺れさせた。

 ISの保護機能とフェイスガードにより溺れるという表現は正しくはないだろう。

 だが視界が水で満たされ、なすすべもなく流されるその様は溺れるという感覚を味あわせるには充分すぎた。

 

「な、めん、なぁ!!」

 

 オータムは楯無を突き放して両手にルームシャトルを展開、カタールと装甲脚六本、合計八つの近接兵装でミステリアス・レイディを切り刻まんと攻勢に転じる。

 

 だがその攻撃は一個も通ることは無かった。楯無はバイタル・スパイラルをリコールして再び蒼流旋をコール。

 アクア・クリスタルにより展開されたアクア・ヴェールと槍を巧みに使ってアラクネの八連撃を見事に捌いている。

 避けては受け流し、受け流したと思えば突き上げ、突き上げたと思えば避けていく。

 

「ん、なかなか手数の多いこと。ならこちらも追加といきましょう」

 

 空いた手に剣の柄のような物が、柄からはアクア・ナノマシンで固定化した透き通る水のハンドソード【ラスティー・ネイル】が飛び出してきた。

 

 そこから防戦に徹していた会長が苛烈に迫った。倒れているものと倒れていないロッカーを踏み台にしながら縦横無尽にアラクネを斬りつけていく。シールドエネルギーが徐々に削られて焦るオータムはそれを弾かんと装甲脚で払いにかかる。

 それを尻目に更なる攻勢に移るため、会長のラスティー・ネイルの刃が伸びた。

 

「はぁっ!?」

「凄いでしょ、このラスティー・ネイル、伸びちゃうのよ、何処までも」

 

 驚くのも束の間、蛇腹剣となったラスティー・ネイルは装甲脚を二本纏めて縛り付ける。

 グッと地に足を踏みしめ、PICを最大にして固定。ISのパワーアシストを最大限にまで引き上げ。

 

「そぉぉぉぉれっ!!!」

 

 アラクネをマグロの一本釣りかの如く後ろに投げ飛ばした。

 

「げふぁっ!?」

 

 ここでおまけを一つと蒼流旋に内蔵された四連ガトリングガンが逆さ状態のアラクネのメット部分に命中。

 シールドバリアによりメットを直撃はしなかったが、目眩まし効果+逆さまの状態はオータムに軽いパニックを起こさせた。

 

 手持ちの火器をフル装備にして、辺りにやたらめったらに乱射する。

 生身の一夏は何処かに隠れようとするも、回りのロッカーは全て薙ぎ倒されており遮蔽物は無く、このままだと銃弾により穴あきチーズは確定的だった。

 

「あら危ない危ない」

「た、楯無さんっ。ありがとうございます!」

「いいのよぉ。可愛い後輩の為なら喜んで盾になるわ」

 

 狼狽える一夏を守るためにアクア・ヴェールを前面にひらく会長の顔はとても涼しげだった。

 

 がっ。

 

「いだっ! 会長! ここにも可愛い後輩が一人いるのですが アウッ!」

 

 壁にゴム漬けにされ、身動きの取れない俺に容赦なく乱射弾が降り注ぐ。

 硬質化したゴムのお陰で胴体は無事だが、覆われていない顔面(シールドバリア越し)に命中し、殺しきれない衝撃がフェイスを揺さぶっていた。

 

「ごめんね、そこまで水は伸ばせないの。それに、生身の人優先なのは当然でしょ?」

「本音は?」

「私のちょっかいに良い反応してくれないから一夏君を見習って反省の意味を込めて自分で防御しなさい」

「あんた人間じゃな、うわっ! また弾丸が!」

 

 会長の鬼畜な言い分に愕然としつつも急ぎ顔部分にプラズマフィールドを張る。

 飛んできた弾丸がフラッシュとともに弾けた。

 

「ふふ、ところで侵入者さん。この学園の生徒会長がなんて呼ばれてるか知ってるかしら?」

「知るかよ!」

「大サービスで教えてあげるわよ?」

「いらねえよ!」

 

 オータムは状況を打開すべく切り離された副腕を操作する。

 エネルギーネットも粘性ゴム弾は既に空だが、囮としてなら充分機能できる。

 

 ピピッ、電子音の後に副腕は爆発四散した。爆発によって生まれた衝撃と爆炎は広げられたアクア・ヴェールによって無効化されたが、会長の意識は爆発に向いてしまった。

 隙を逃さずオータムはカタールを再展開。会長に肉薄し、薄くなったアクア・ヴェールにカタールと装甲脚を突き刺した後に瞬時加速を用いて強引にヴェールを破り捨てて突破。

 その勢いのまま会長を捕らえ、壁際に押しやった。

 

「何が生徒会長だ笑わせんな! そんなに偉いもんかよ、ええっ!?」

 

 装甲脚を格闘モード、両手のマシンガンによる同時攻撃で壁際の楯無を追い詰めた。

 

「これは流石に重いわぁ」

「その減らず口もここまでだっ!」

 

 ミステリアス・レイディの防御を突き破ると、アラクネはエネルギーネットを射出、一夏と同じく雁字搦めにする。

 

「あららー、動けなくなっちゃったわ。はっ! これはもしや憐れもない姿にされて『くっころ!』な展開かしら? やめて私に乱暴する気 でしょ! 薄い本みたいに、薄い本みたいに!」

「冗談言ってる場合かあんたは!」

 

 こんな状況に至っても相変わらずな会長。

 緊張感の無さについ声を荒げてしまう。

 

「楯無さん!」

「あはっ。大丈夫よ一夏君。お姉さんはこんな感じになっちゃったけど何も心配いらないから」

「で、でも!」

「だから、一夏君は強く願っていなさい。今貴方が一番に望むこと、それを強く思うのよ。そうすれば、道は開けるはずよ」

 

 何時もと同じような楯無の笑みに、一夏の思考はスッとクリアになった。

 楯無の意図を完全に理解したわけではない、だがそこには妙な安心感と説得力があった。

 

「分かりました」

「素直で宜しい」

「最後までふざけた態度してんな、てめえは」

 

 オータムはハイパーセンサーに映された時間を見て軽く舌打ちをする。

 

「チッ、余計な時間かけちまった。これからお前を殺してレーデルハイトの坊っちゃんのISを奪ってとんずらすれば任務完了だ。ついでにてめえのISも奪ってやるよ。専用機が一気に三機か、今日はついてるぜ」

「あら、捕らぬ狸の皮算用って知らないのかしら? そういうのは、勝ち誇った後に言わないと負けフラグよ?」

「はぁ? だから言ってんじゃねえか。お前と坊っちゃんは行動不能、残りの坊やはISを持ってない。この状況で勝ち誇らないでいつ勝ち誇るっていうんだ」

「そうね、確かに貴女の言い分は間違っていないわね」

 

 絶体絶命、それを体現している楯無は最初と変わらず余裕の笑みを崩さない。

 さっきの水人形? いや、目の前の女は正しく本物。なのに楯無のこの態度はなんなのかと。

 

 たらりと大粒の汗が頬を伝う、息苦しい心境がオータムを焦らせる。

 この女は危険だ、殺せ、今すぐに。

 自身の不安を拭うべく、オータムはその凶刃の切っ先を楯無に向ける。

 

「さっきの話だけど。この学園の生徒会長はね? 最強の称号を意味するのよ」

「あ?」

「その最強を冠する私がこんなあっさりと捕まって何もしないなんて。可笑しいと思わない?」

「さっきから五月蠅えぞてめえ! 今すぐその喉を掻き切ってやる!!」

 

 不信感とイライラからオータムは声を荒らげる。先程俺と一夏を、弄んでいた奴にしては少し妙だった。

 

「短気な人ねえ。あ、ところで疾風君。不快指数って知ってる?」

「………は?」

「いいからいいから」

 

 ニコニコした顔で突然吹っ掛けられ、俺だけじゃなくオータムまでも呆気に取られた。

 まこと正気とは思えないと思いながらも、俺は彼女の問いに答えた。

 

「不快指数、気温と湿度によって生じる体感温度の値を数値化したもの……」

「はい正解、流石秀才君ね♪」

「お前は、さっきから何意味わかんねえことをベラベラと」

「あら、意味はあるわよ」

 

 会長の怪しげな笑みがオータムに向けられた。

 俺と一夏はその表情に見覚え、というより知っていた。

 

「ねえ、なんか暑くない? というより湿度ね、 蒸し暑いったらないわ。今すぐ扇子扇ぎたいぐらい………だけどここ、最初からこんなに暑かったかしら?」

「!?」

 

 オータムは楯無の言葉に狼狽えた。

 いつの間にか、自身の回り、専用機アラクネに異様に深い白色の霧が纏わりついていていた。

 

「私のIS、霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)の第三世代能力。それは水をISのエネルギーを伝達させたナノマシンで操ること。だけどね、誰も液体だけとは言ってないわよねぇ?」

「まさかお前っ!」

「Bonn!」

 

 慌てるオータムに有無を言わさず、アラクネを覆っていた霧が爆ぜた。

 

清き激情(クリア・パッション)

 散布された水に含まれたナノマシンを発熱、一瞬にして気化させることで水蒸気爆発を発生させるミステリアス・レイディの十八番。

 使いどころの難しい技だが、この技能により楯無は常に無色透明の爆弾を待機させると思えばその驚異は計り知れない。

 

 クリア・パッションによって発動した水蒸気爆発の爆炎は瞬時にオータムを包み込み、アラクネの絶対防御が発動する。

 ミステリアス・レイディに纏わりついていたエネルギーワイヤーも、クリア・パッションによってほどかれた。

 

「あはっ。伊達や酔狂でベラベラ喋ってた訳じゃないのよ。私はね、相手が自分の失態に気付いたその瞬間が堪らなく大好きなの! んふん、今の貴方とても良い顔をしてるわぁ」

 

 ふわっと地面に降り立った会長の瞳には恍惚な光が移っていた。

 

「ガフッ、ま、まだだ。この私が………こんな嘗められたままで終われる訳ねぇだろがぁぁ!!」

 

 装甲脚が破損し、残りは二本。片腕の副腕と装甲から火花を散らしながらも。なおオータムとアラクネは立ち上がった。

 それは正に執念と屈辱からの反抗で動いてるようなものだった。

 

「確かに、嘗められたまま終わるのって悔しいわよね。わかるわーその気持ち。貴方もそうでしょ? 一夏君」

「!?」

 

 会長の言葉にオータムは一夏に振り向いた。そこには、腕を突きだして目を閉じた、一夏の姿があった。

 

 

 

 

 楯無が言った。

 自分の思うことを強く願えと。

 

(俺の願い、それは何か? そんなの決まっている!)

 

 取り戻せ、あそこには、白式には、千冬姉から受け継いだ刃がある。

 

 それを奪われるのは俺のーー織斑一夏としての誇りさえも奪われるということだ。

 それだけは断じてあってはならない! 

 

(だから白式、俺に応えてくれ。俺に、あいつを斬り裂く力をくれ!)

 

 意識を極限まで集中する。何もなかった頭のなかに、うっすらと光が刺す。

 光がだんだんと大きくなる。目の前の光が膨らみ、真っ白になり、景色が変わる

 一夏は目を開いた。

 

 そこには何処までも鏡面の水が地面と青い空が広がる景色が広がっていた。

 そして一夏の前に白いワンピースと、白い帽子を被った少女の姿が。

 

 

『易々と奪われるなんて、不甲斐ないんじゃない?』

「ごめん」

 

 目の前の少女が誰かはわからない、だけど俺は自然と謝ってしまった。

 いや、もしかしたら分かっているのかもしれない、だがそれを確かめる術は俺にはなかった。

 

『いいよ、君に免じて許してあげる。だけど次は愛想つかしちゃうかも』

「わかってる。もう離さない」

『ならばよし』

 

 悪戯っぽく笑う少女は一夏に手を伸ばし。一夏はその手を迷わず掴むと、再び世界が弾けた。

 

 カッと目を見開く、視線の先にはアラクネの装甲にマウントされた菱形のコアユニット。

 これ以上伸びない手、だけど一夏の手には。しっかりとそれに届いていた。

 

「来い! 白式ぃ!!」

 

 この学園に来てから共にあった頼れる相棒の名を高らかに叫んだ。

 菱形のコアはそれに応えるようにその水晶体の光を増幅させ、パシュっと弾けて消えた。

 

「なっ、コアが!? はっ!?」

 

 弾けたコアが一夏の手の中に収まる。

 それは再び弾け、待機形態である白い腕輪に変化する。

 

「白式・雪羅! 展開!」

 

 腕輪が輝き、意識が拡張される。

 体内を駆け巡る充足感。体が軽く、何処までも飛べるような感覚と共に白色の装甲が展開。

 背部に大型二対のウィングスラスター、左手には複合武装腕【雪羅】そして右手には誇り高い姉から受け継いだ刃【雪片弐型】がしっかりと握りしめられていた。

 

「な、なに!? てめぇ、一体何を!?」

「知ったことか!」

 

 瞬時加速に迫る程の速さでアラクネに接近、対してオータムは狼狽えながらも固定銃座とエネルギーワイヤーを撃ちまくる。

 だが。

 

「遅い!」

 

 実弾の被弾は最小限にとどめられ、エネルギーワイヤーは霞衣の前に霧散し、そのまま装甲脚の一本を斬り飛ばした。

 

「ガキぃ!」

 

 繰り出される副腕と装甲脚の刃が一夏と白式に迫る。しかしそれは酷くゆっくりに感じられた。

 

(なんだこれ。奴の動きがやけにスローに見える。いや違う、これは俺が速いのか。白式が俺の思う以上に動く!)

 

 装甲脚による刺突を最小限の動きで躱す。

 背後に回って雪羅をカノンモードに変形、至近距離で荷電粒子砲【月穿】を撃ちオータムをしりぞける。

 

「こいつ! 急に動きがーー」

「せあっ!!」

 

 雪羅のビームクローを起動、一夏に振り返ったオータムは地面を蹴って回避。だが着地地点の瓦礫にバランスを崩してしまう。

 畳み掛けるように一夏が上段の構えで斬りかかる。オータムは残った主腕、副腕、装甲脚を前にかざした。

 判断は間違っていない。むしろ体勢を崩し、劣性に迫られた状況で防御に即移行出来たのは誉められたもの。

 

 相手が白式でないのであればの話だが。

 

(ここだ!)

 

 全神経を機械仕掛けの刀に注ぎ、自身の分身であるISは彼の呼び掛けに迷わず応えた。

 

《ワンオフ・アビリティー【零落白夜】発動》

 

 雪片弐型に搭載された展開装甲が起動。

 鉄の刀身が収縮され代わりに光の刀身を抜刀。それを伝うように黄金色の光が伸び、やがて白式全体を覆った。

 

 その持ち手が砕けるのではないかと思うほどに力強く握る。眼前の魔化魍を屠る為に、一夏は全ての力をこの黄金の一刀に注いで吼えた。

 

「せえぇぇああぁぁぁっ!!」

 

 咆哮と共に降り下ろされた文字通り全力の一刀はISの基礎機能であるシールドバリアを霧散させ。アラクネの特徴であった残りの装甲脚と副腕を吹き飛ばし、主腕を払いのけ、その必殺の一撃をそのまま胴体に叩き込んだ。

 絶対防御が発動、アラクネはシールドエネルギー切れにより戦闘不能になった。

 

「こ、この私が。こんなガキに!?」

「一夏君! その人拘束して!」

「え、あっはい!!」

「糞が!」

 

 オータムはコンソールを操作しブシュッ! と圧縮空気の音を響かせてISと本体を分離させた。

 すると主が離れるや否や、下の蜘蛛型ユニットがワシャワシャとこちらに向かってきた。目は赤く点滅し、アラートを鳴らしながら。

 

「置き土産だ、受け取れ!」

「な、何だ!?」

「一夏君!!」

 

 アラートの感覚がコンマ数秒になった瞬間、蜘蛛型ユニットが光を放って大爆発を起こし、その余波は貼り付けになっている疾風にまで届いていた。

 

「うおぉぉっ!? い、一夏! 会長!?」

 

 二人の安否を心配した疾風は爆心地に向けて叫んだ。

 爆発による黒煙が晴れると、そこにはIS二機分を十分に囲えるほどの水のドームが二人を包んでいた。

 

「大丈夫? 一夏君」

「え、ええ。あの女は?」

「逃げられたわ。恐らく装甲の中にためてた残りのエネルギーを丸ごと爆弾にしたみたいね。まったく無茶苦茶してくれるわ。下手すれば生身の自分ごとお陀仏だったのに」

 

 パシュっと水のドームが弾けると、一夏は急いで立ち上がった。

 

「直ぐに追わないと」

「いいえ、一夏君。貴方は上で避難誘導をしているラウラちゃん達と合流してちょうだい。あの女は私が追うから」

「え、でも!」

「だーい丈夫。お姉さんの実力、貴方は分かってるでしょ?」

「……分かりました、ラウラ達と合流します」

「宜しい、なら早速行動よ!」

 

 楯無さんは一度ISを解除して俺がオータムに誘導される時に使った隠し通路に、一夏はロッカーの扉の瓦礫を最大出力の月穿で吹き飛ばした。

 

 ロッカールームでの激闘を終え、一夏は皆の元へ急がんと窓から外に飛び出していった。

 

 ただ一人。

 

「………放置プレイかよ」

 

 ゴム磔にされている疾風を置いて。

 

 

 

 



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第48話【嘲笑う藍の蝶】

「糞が! なんでこんなことに!」

 

 IS学園の人気のない裏道を走りながらオータムは罵言を吐き出す。

 

 最初は上手くいっていた。

 待ち構えていた所に織斑一夏がやって来て、オータムの誘いにホイホイと付いてきたのだから。

 疾風・レーデルハイトが乱入してきたとはいえ、それは差ほど問題はなく。結果的に二人とも無力化出来た。

 だがその後に来た女によって全てが狂った。

 

 油断などしなかった、だが明らかにあちらのペースに終始乗せられ続けたのがオータムの敗因。

 そしてそれ以上の不確定要素が発生したのだ。

 

 リムーバーで奪取した白式のコアの遠隔コールだ。

 

「何がリムーバーだ! あんな遠隔でコールされたら奪っても意味ねえじゃねえかよ!!」

 

 とんだ食わせ物を掴まされたオータムの頭には、それを寄越した張本人であるMの顔を浮かんだ。

 

「………オイオイそれってつまり」

 

 Mはこうなることを最初から知っていたのではないか? 

 リムーバーを使えば所有者が一定の条件下に入れば遠隔コールを可能に出来ると。そしてリムーバーを使用したコアはそれに対して耐性が付く、すなわち使用したコアには二度とリムーバーは使えない。

 

 言葉にしてみれば織斑一夏にとってプラスになる事ばかりだ。

 何故こんなものを寄越したのか。だがオータムにとってそんな事はどうでもよかった。

 

「殺す殺す殺す! 殺してやる! よくも私の顔に泥を塗りやがったな! ゼッテー殺してやる! じっくりと嬲り尽くして、私という存在をその身に刻み込んでっ」

 

 怒りに歯止めのかからないオータムの言葉が目の前に突き刺さった飛来物によって止められた。

 

「矢、だと?」

 

 そのコンクリートの地面を穿ち、ひびを入れたのは一本の矢だった。

 オータムはその矢の前に立ち尽くし、今自分が狙われている事を認識した。

 マズイ! と思った時には既に遅く。目の前に異様な迫力を出しながら着地した黒の巨体に反応するようにオータムは下がろうとした。

 

ドイツの黒兎部隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)!?」

「良く知ってるじゃないか」

 

 バックステップを取ろうとしたオータムが空間に張り付けにされる

 AIC。ドイツが誇る第三世代技術により動きを固定化されたオータムはじわりと嫌な汗を流す。

 

「シャルロット、今侵入者を捕らえた」

「了解、すぐに行くよ」

「急げよ。さて、妙な真似はするなよ亡国機業。優秀な弓兵が今もお前の眉間を狙っている」

「弓兵? あの嬢ちゃんか?」

 

 オータムの視界の先には学生寮の上に陣取るISを着こんだ菖蒲の姿があった。

 日本の最大手企業、徳川財閥の一人娘である徳川菖蒲。

 彼女が操る打鉄の試作パッケージモデル、打鉄・稲美都の主兵装が弓だと言うことを思い出した。

 だがオータムはそれを解った上で鼻で笑った。

 

「おいおい、脅しにしては可愛すぎるんじゃねえの? あんな愛でに愛でられた箱入り娘がこのオータム様の眉間を狙っていると? はっ! 虚仮威しにもなりゃしねえ! 殺れるもんなら殺ってみやがれってん──」

 

 ビンっ! とオータムの眼前に現れたそれはオータムの口を止めた。

 

「………ぇ?」

 

 オータムは辛うじて声を縛り出す。ついでにラウラも息を溢す。

 無理もない、正に目と鼻の先には先程オータムの足を止めたのと同じISサイズの矢が存在していたのだから。

 地面に落ちずにオータムの眼前に止まっている。否、ラウラがAICによって止められた鉄の矢。

 もしラウラがAICを展開していなければオータムの顔面は真っ二つに割けていただろう。

 疑うことなく、徳川菖蒲の打鉄・稲美都が放った電磁弓射だと分かった。

 

「菖蒲、まだやらなくて良かったぞ?」

「今のは威嚇です。我々がどれだけ本気なのかをその醜女に教えなければならないでしょう?」

「私がAICを解除していたらどうなっていたんだ?」

「そのテロリストが死ぬだけです。情報を抜き出せないのは残念ですが、ここに無法を働いた以上生殺与奪の権はこちらにあると思いますが?」

「いや、まあ、確かにそうだが」

 

 矢面に立たされたオータムは勿論、それを止めたラウラは揃って口を噤んだ。

 尋問にはリアリティも必要だ。だがもし、本当にもしAICが解除していたらと。ラウラは思わずに居られなかった。

 ラウラは軍人だ、時に対象を殺傷しなければならないだろう。だが菖蒲は違う、少し前まで病院で篭の鳥となっていた彼女は違う。

 だというのに今の矢には本気度が感じられたのだ。

 それをわかったのか、オータムの顔はひきつったままだった 

 

「ということだ。私でも今の奴が何をするか分からん。大人しくした方が身のためだぞ? 奴に殺されたくなければな」

「くぅっ」

「では質問だ、そのコアはアメリカの第二世代だな? 何処で手に入れた?」

「だ、誰が教えるかっ」

「ふん。いいだろう、私も尋問の心得がある。お前の組織について、洗いざらい吐いてもらう。安心しろ、そう長くはかかるまいよ。我がシュヴァルツェ・ハーゼの尋問術の前ではな。まあその前にお前の命があればの話だが」

 

 目の前の女はISパイロット。ISの絶対数に限りがある以上、それを与えられた人物は間違いなく重要人物。

 ましてや愛しの男に襲いかかった痴れ者、長くはかからないと言ったが、出来るだけじっくりと絞り上げていきたいという黒くドロッとした感情が腹の奥から沸き上がってくる。

 

 先ずは足を折る、再生医療が急速に発達したこのご時世だ、テロリストに対してなら、なんの問題もない。

 そんな黒い思考はオープン・チャネルに遮られた。

 

「皆さん、聞こえますか! 誰か応答を!」

「セシリア? どうした?」

「所属不明の一機を逃しました! 間も無く学園に到着する頃かと」

「なんだ………」

 

 言葉を綴ろうとしたラウラの右肩がレーザーで撃ち抜かれた。

 

 衝撃が肩に走り、次に痛みが走る。集中力によって作用するAICの拘束が解けかかる。

 すかさずラウラは自身の左目の眼帯を量子化、ハイパーセンサー補助システムインプラント【ヴォーダン・オージェ】を発動。

 オータムを拘束するAICを補強し右肩に着弾したレーザーから弾道計算、ハイパーセンサーにより襲撃者であるサイレント・ゼフィルスを視認する。

 

「速い!」

 

 サイレント・ゼフィルスはビットを射出、近くにオータムが居るのにも関わらずライフルと合わせた弾幕射撃をラウラに撃ち込む。

 

 対IS戦闘には破格の性能を及ぼす慣性停止結界も光学兵器の前には梅雨ほども役に立たない。それでもラウラは強化された感覚と六本のワイヤーブレードをもって降りかかるレーザーの半分を防いで見せた。

 

「ほう、紛い物の玩具にしてはなかなか良い眼をしている。ん?」

 

 ゼフィルスのすぐ横を稲妻が通りすぎた。続けて二発、高速で飛来する鉄の矢を最小限の動きで避けた。

 

「ラウラ様の所には行かせません!」

「箱入り娘が調子に乗るかっ」

 

 標的をラウラから菖蒲に変え、飛翔するゼフィルスを矢継ぎ早に放たれる鉄の矢が飛ぶ。

 高速コールで呼び出される鉄矢の合間に変動軌道矢【曲】が混じりゼフィルスに襲いかかる。

 だがゼフィルスの操縦者は鉄矢に混じった【曲】を難なく撃ち落とした。

 お返しと言わんばかりにゼフィルスのレーザーが菖蒲に襲いかかる。

 

「箱入り娘と侮らないで!」

 

 稲美都の増設された四基の物理電磁シールドユニットが全面に構えられ、ゼフィルスの光の雨を全て掻き消した。

 電磁強化パッケージ稲美都は総合的出力の向上に成功しているが、その真価は堅牢な防御力にある。

 唯でさえ第二世代最高と言われる打鉄の防御の数を二倍にし、電磁皮膜で覆った防御力は元になった打鉄や技術元のスカイブルー・イーグルを凌駕している。

 

 菖蒲は降り注ぐレーザーを弾きながら、盾の合間から次段射撃を立て続けに放つ。

 

「鬱陶しい」

 

 ゼフィルスはビットを戻し、エネルギーアンブレラを呼びだした。それに向かってレーザーを放ち、押し出されたシールドビットはその威力により加速した。

 突出されたシールドビッドは電磁シールドにぶつかり内部の高性能爆薬を起爆、爆炎が打鉄・稲美都を包んだ。

 

「きゃあっ!!」

 

 四連シールドとSEのお陰で本体へのダメージは押さえられたが、爆発の衝撃と光に菖蒲は思わず悲鳴をあげた。

 

「ううっ! あれ? 敵は何処に?」

「菖蒲、後ろだ!」

「っ!? ああっ!」

 

 ラウラの声も空しく、無防備な背中に紫光のビームが突き刺さり爆ぜる。

 

「ぐっ。うぅぅぅあぁっ!!」

 

 倒れかかる足を踏みしめ腹から声を絞りだし、晴れる爆煙の中から一際大きい矢【桜花】をつがえる。狙うは自分より上に位置する藍の蝶。

 

 未拘束の相手による射撃、装填から発射までのラグ、ハイリスク・ハイリターンを地で行く稲美都の最大火力。

 搭乗してまだ日が浅い菖蒲では当てるのでさえ至難の技だった。

 

 だが幸いにも敵は微動だにせず菖蒲を見下ろして笑っている。

 慢心か、それとも直ぐにでも避けれるという自信の現れか。

 それでもと菖蒲は弦を引き絞り、桜花を放った。

 放たれた巨大弾頭矢は爆発し、周囲に衝撃と爆炎を放った。

 

「え?」

 

 菖蒲の目の前で。

 

 ゼフィルスとは反対方向、菖蒲の背後に置かれていたビットから飛んできた紫色のBTレーザーが、放たれた瞬間の桜花を突き抜けたのだ。

 至近距離からの大爆発により打鉄・稲美都は地面に叩きつけられ、学生寮に当たって止まった。

 

 菖蒲を撃破したサイレント・ゼフィルスはラウラに拘束されているオータムの傍に降り立ち、スターブレイカーのバヨネットを展開。ピンク色に発光したブレードでAICを切るように動かすと、AICによる感性停止結界が消し去られた。

 

「なにっ!? ぐっ!」

 

 呆気に取られるラウラのレールカノンにゼフィルスのレーザーによって爆ぜた。体制が崩されたラウラは即座にワイヤーブレードを展開するも、展開したワイヤーはゼフィルスのビットにより溶断される。

 AICを再展開する余裕もなく、ラウラはゼフィルスに組み敷かれ。眼前にスターブレイカーの銃口が向けられた。

 

「ふん、この程度の干渉でAICが解けるとは。ドイツのアドヴァンスド、所詮は猿真似の出来損ないか」

「き、貴様! 何故そのことを!?」

「答えるとでも? これから死ぬ奴に」

 

 バカッとスターブレイカーが高出力モードに変化し、銃身内部で光が圧縮され、至近距離にあるラウラの顔が光に照らされる。

 殺られる、ラウラは次に来る衝撃に歯を食い縛った。

 

「ラウラを離せぇぇぇ!!」

 

 が、その銃撃は瞬時加速で肉薄した一夏に遮れた。

 ラウラから離れたゼフィルスはチャージしたエネルギーを割り込んだ一夏に発射するも、雪羅の霞衣によって霧散した。

 

「一夏!」

「無事かラウラ!」

「あ、ああ。だが武装の殆どを持ってかれた」

「大丈夫だ、後は俺が──」

 

 ラウラとゼフィルスの間に立った一夏は雪片弐型を構え直してゼフィルスを睨む。だが直ぐにギクリとする。

 冷ややか、かつ鋭利で鋭い眼差し。まるでナイフを首筋に当てられたのような、冷酷無慙なサイレント・ゼフィルスの視線に一夏の体が硬直した。

 

(なんだ、この感じ。こいつ、只者じゃない!)

 

 オータムとは違うその威圧感になんとか抗おうと一夏はゼフィルスを睨み付ける

 

「織斑、一夏──」

 

 相対する相手の名を口にし、ライフルを構えたその腕は再び妨げられた。

 

「あら、一夏君に先を越されちゃったわ」

「これ以上はさせないよ!」

 

 一夏とは別方向に向かっていた楯無、学園の反対側を巡回していたシャルロットが戻ってきた。

 これで4対1となった。

 

「間も無く教員の応援、そして貴方が置いてきた哨戒組も戻ってくる。降伏なさい亡国機業のテロリストさん。逃げ場はないわ」

「チッ、姦しい」

 

 このまま、自身だけ逃げる事なら可能だ。むしろサイレント・ゼフィルスの操縦者、Mは今すぐにでもそうしたかった。

 だが上官からはオータムを回収しろとの命令が来ている。あの女は優秀ではあるが、オータムが絡むと私情が見え隠れする。

 遊びすぎたかとMは内心毒づいていると、上空から新しいISの反応が出てきた。

 

「散開!!」

 

 アラートと同時にシャルロットは離れ、楯無は動けない菖蒲を、ラウラは出遅れた一夏の首根っこを掴んで離脱。

 残されたMとオータムがいる場所に無数のミサイルが降り注いだ。

 

「どあぁぁぁああ!!?」

 

 爆風に煽られたオータムはすっとんきょうな声を上げた。

 Mは面倒と思いながらオータムを破片から防御する

 

 炎と土煙が上がる広場の空から現れたのは標準色であるグリーンカラーのラファール・リヴァイヴ。

 機体各所には先程撃ったと思われるマイクロミサイルコンテナ、顔はフルフェイスガードによりどんな人物かは分からなかった。

 

「なんのつもりだ」

「ーーー」

「クイーンからだと? チッ、余計なことを」

「ーーー」

「わかっている。オータムを回収する」

 

 Mはラファールのパイロットとプライベート・チャネルで会話をし、オータムの横に降り立つ。

 

「行くぞオータム」

「おまっ! 様つけろ様を! 新入りだろお前!」

「………」

「なんだよ」

「いや、無様だなと思ってな」

「てんめぇ! うおぉ!?」

 

 Mはオータムを小脇に抱えて飛翔する。

 逃すまいと手すきのシャルロットが追う。

 

「駄目よシャルロットちゃん!」

「時間を稼ぐだけでも!」

 

 シャルロットは両手にガルムをコールしゼフィルスに向かう、だがその行く手をラファールが遮った。

 シャルロットはガルムを発射しラファールはシールドを展開し防御、同じく右手にガルムを展開してシャルロットのガルムを一丁弾き飛ばした。

 

 左手にシールドを保持したままガルムをグレネードランチャーに切り換え、発射。

 それを瞬間的に入れ換えられたガルムでグレネードを撃ち、空中で破裂させる。

 

「ぐぅっ! 今のは、ラピッド・スイッチ? はっ!?」

 

 爆煙を勢いよく突き抜けたラファール、その手には巨大なパイルバンカーが瞬間展開されていた。怯んだシャルロットは為す術もなく腹に単式大型パイルバンカー【ロワイヤル】を叩き込まれる。

 リコイル制御を犠牲にした巨大な衝撃は絶対防御に達し、殺しきれない衝撃がシャルロットを襲い嗚咽を漏らす。

 オレンジの機体は燃える大地に叩きつけられた。

 

「シャルー!!」

 

 クレーターの中心に位置するシャルロットに駆け寄る一夏、腕の中のシャルロットはぐったりと力なく倒れていた。

 

 それを、見届けたラファールはIS学園から立ち去り、入れ違いで哨戒班が戻ってきた。

 

「今のは!?」

「敵の増援よ」

「なら、追わないと!」

「ああ! このまま黙ってられるかよ!」

「駄目よ二人とも! 今行っても、まともに戦えるとは思えないわ」

 

 飛び出しそうになる一夏と箒を宥める楯無。学園最強である彼女にそこまで言わせる、その強い言葉に未だ未熟な二人は納得せざるおえなかった。

 

「箒ちゃん、鈴ちゃん。第四アリーナの更衣室で疾風君が身動き取れなくなってるわ。助けに行ってあげて」

「わ、わかりました」

「あいつ何やってんのよ」

 

 二人は楯無の指示通り疾風のもとに向かっていく。

 セシリアは楯無の腕の中にいる菖蒲に近づいた。

 

「菖蒲さん、大丈夫ですか?」

「は、はい。稲美都が私を守ってくれました」

「流石ISってところかしらね。機体の損傷は酷いけど、大怪我はないみたい」

「そうですか」

 

 笑顔を向ける菖蒲にほっと胸を撫で下ろすセシリア。

 シャルロットの元に駆け寄った一夏とラウラからも通信が入った。

 

「シャルロットが目を覚ました」

「ご、ごめん、情けないとこ見せちゃった。うー、なんだかお腹痛い」

「大丈夫か!? さっきの一撃で骨が折れたんじゃ!」

「大丈夫大丈夫。いたた」

「無理すんなって。シャル、IS解除出来るか?」

「うん」

「よし。よい、しょっと!」

 

 言われた通りラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡを待機形態に戻したシャルを抱き抱えるように持ち上げた。

 所謂お姫様抱っこである。

 

「ちょ、いいっ一夏!? 行きなり何を!?」

「無理に動いて悪化したら困るだろ? このまま医務室に運んでいくからな」

「だけどこれはちょっと。顔が…近いというか」

「遠慮すんなって。友達だろ?」

「……そうだね。友達なら、いいよね?」

 

 顔を赤らめ、にやけを必死に隠そうとするシャルロット。この場に一夏幼馴染組が居たら間違いなく食い付きかねん状態だろう。

 

「どうしたラウラ? 凄い難しい顔してるぞ?」

「な、なんでもない。そうだな、シャルロットに何かあったら大変だからな、仕方ない………仕方ないのだ」

「?」

 

 現にラウラも状況と自身の葛藤の板挟みに顔をしかめている。

 一夏も表情は見えても、その内面はさっぱりと理解が出来なかった。朴念神の名は伊達ではない。

 

「ラウラちゃん」

「なんだ。ってラウラちゃんって呼ぶな!」

「まあまあ、それは置いといて。菖蒲ちゃんも医務室に連れてってくれない? 私は事後処理で忙しくなるから。お願い、ラウラちゃん」

「だからちゃんと呼ぶなと……わかりました。一夏とシャルロットと一緒に! 医務室に行ってくる」

 

 一緒という言葉を強調したラウラは打鉄・稲美都を解除した菖蒲を抱え。一夏と一緒に医務室に向かっていった。

 

 

 

 

 

 あの後。教員、代表候補生らは事後処理に追われていた。

 亡国機業によるIS学園襲撃事件。表向きには亡国機業の名前は出さずに火災として処理された。

 幸いにも、更衣室と学生寮と一部区画の破壊にだけ収まり。戦場が限定されただけあって、一般生徒と来客には怪我人は無かったそうだ。

 

 シャルロットと菖蒲さんもISのダメージは大きいが、身体には以上はなし。

 しかし菖蒲の稲美都はシャルロットのリヴァイヴよりダメージが深刻で、一度本社に預けられる事になったらしい。

 

 ………で、肝心の学園祭がどうなったかというと。

 

「「一夏! 明日来客禁止って本当か!!?」」

「ああ、学園祭は通常通りやるみたいだけど」

「「俺達のIS学園ライフーーーー!!」」

 

 そう、二日目は来客禁止の生徒のみの学園祭となった、オータムが来客に紛れてことを犯したのが原因だ。

 二日目には各国の重役の人々も控えていたみたいで、現在教員はその対応に追われている。

 火事だけでは決め手にかけるから色々でっち上げるらしいが。そのでっち上げが凄く大変とのこと。

 

 世間知らずと言われている一夏でも千冬や先生方が大変なのは分かるし、原因が自分にあるから尚の事申し訳無い気持ちになる。

 

 勿論不満の声があるのはお偉いさんだけではない。現に目の前で弾と村上がものの見事にシンクロしている。それほど二人にはショッキングな報告だったのだ。

 

「な、なんということだぁ、まだ回ってない場所がしこたまあったのに」

「うおおぉぉぉ虚さぁぁぁん!」

「すまん」

「いや、一夏のせいじゃないだろ? ほら、弾も立ち直れって」

「くぅ、そうだよな。仕方ねえ………」

 

 なんとか納得してくれたようだ。が、ぷるぷると震えているあたり、内から溢れそうなものを必死で押さえ付けているようにも見える。

 ついでだが、弾の気になる人が虚と聞いた一夏は意外だと思った。

 彼の好みを知っているからというのもある。鈴や弾の妹である蘭が聞いたらどんな顔をするだろう。

 

「ところで疾風は? もしかして怪我とか」

「あぁ、保健室に行ったみたいだけど」

「え、なんかあったのか!?」

「火災の対処の時にトラブルがあったらしい。大きな怪我はないから安心しろって。村上に宜しくって言ってた」

「そうか、そりゃあ良かった」

 

 高校の同期の安否を確認できて村上はホッとする。

 本当はまだベットで寝てるのを知ってる一夏にとって心苦しかった。

 

「しっかし、お前らいつの間にそんな仲良くなってるんだ?」

「ふっ、モテ男には分かるまい」

「男の友情という奴よ!」

「「ハッハッハッハッハッハッ!!」」

「そ、そうか」

 

 よく分からないが、仲が良いのは良いことだと無理やり納得する。

 

「おっと、そろそろモノレールの時間じゃね?」

「やべっ、じゃあな一夏! また連絡するわ。虚さんに宜しくって伝えといてくれ!」

「ああ、気を付けてな」

「おう!」

 

 二人はゲートに向かって歩いていったーーと、思ったら村上が戻ってきた。

 

「すまん、一夏。最後に聞きたいことがあるんだが」

「なんだ?」

「えと。そのだな?」

「ん?」

「えっとな」

「なんだよ?」

「………女の子にモテる秘訣ってなんですか!」

「はい?」

 

 鬼気迫るような表情の村上に思わず圧倒される。

 

「俺もな、別に自分に自信がないって訳じゃぁないんだ。だけどそれだけじゃモテないのが現実なのよ。このご時世にそれだけモテる一夏なら何か知ってるんじゃないかと思ってだな?」

「お、おう?」

「というわけで教えてください! お願いします!!」

 

 村上はこれまた綺麗なお手本のようなお辞儀をしてみせた。営業とかなら有力株間違いなしの見事なお辞儀である。

 

「待て待て。別に俺モテてないぞ?」

「そんなご謙遜なさるなって! 水臭いぞ一夏氏」

「だって俺なんかがモテモテって……なんかの冗談だろ?」

「おいおい冗談って……」

「いやいや、どっちかって言うと疾風の方がモテると思うぜ? 現に執事喫茶だと疾風の方が人気だったし」

「いや、でも。もしかしたらこの子気があるかもって思わない?」

「なんで? ありえないありえない」

「………」

「それに、俺にモテる要素なんかないだろ?」

「………………」

 

 村上は思った。友人、疾風が言ったことは本当だったと。

 電話越しで疾風が言うに、一夏は鈍感だとは聞いていた。ラノベ主人公レベルを凝縮して煮詰め、更に煮詰めまくっても足りないレベルだと。

 

 聞いたときは、そんな馬鹿なと思った。村上も鋭い方ではないが、女の子と話が盛り上がるともしや? と思ってしまう。

 だが目の前の織斑一夏は、そのもしや? という考えから全否定されちゃってる訳だ。

 

「因みに彼女が欲しいなぁと思ったことは?」

「いや、ないけど」

「……………………」

 

 開いた口が塞がらない。その肩にポンと手を置いたのは出来て間もない親友の手。

 

「ま、そういうことだ」

「え? え? え? え? つまりなにか? こいつは無自覚無意識に女の子を絆しまくってるラノベ主人公も真っ青な奴ということ?」

「ああ。うちの妹も、な」

「ウソダドンドコドーン!!」

 

 ガックシ、という表現が適切過ぎる崩れ方をした村上。気のせいか、彼の回りに青黒い線が大量に見える。

 

「やっぱり……やっぱりよぉ」

「お、おい?」

「世の中理不尽だぁぁぁーーー!!」

「村上ぃぃぃぃ!!」

 

 悲痛な悲鳴を上げながら村上は脱兎の如く走り去っていった。振り替えるときキラッと光る物を見た気がする。

 弾も一夏に振り向くことなく村上の後を追っていった。

 

「………なんだったんだ、一体?」

 

 諸悪の根源は何一つ理解せず、只々疑問符を浮かべていた。

 

 特に気にせず、さて戻るかと思った時。

 

「お命頂戴!」

「ひゃぁっ!!?」

 

 突如脇腹を突かれた衝撃に一夏は飛び上がる。振り向くとそこにはやはりというか更識楯無その人がいた。

 

「こぉら! さっきあんなことあったのに、危機管理が無いんじゃないの?」

「すいません」

「全く、疾風君を見習いなさい。あの子、私が本気で忍び寄ったのに気付きかけた事あったんだから」

 

 気付きかけた、ということは最終的には気付いていないということだろう。流石学園最強である。

 

「だから私が近づいても気付けるようにしなさい。わかった?」

「いやいや、楯無さん相手にそれは……」

「あら、私より強い人なんて世界にごまんと居るわよ? 織斑先生とか、篠ノ之博士とか。勿論、テロリストにもね?」

「っ!」

 

 楯無の言葉で一夏が頭に出たのは、サイレント・ゼフィルスの操縦者

 仮面に隠されてもなお突き刺さるような冷たい視線。一夏は15年生きたなかで経験したことない寒気。

 今でも思い出せば残るあの瞬間の硬直、一夏は無意識に震える腕を押さえていた。

 

「ところで一夏くん今暇かしら?」

「暇ですけど」

「そっか、じゃあ一つ頼まれてくれない?」

「頼む、何を?」

 

 一夏の問いに楯無は扇子で答えた。

 扇子には補助の文字が。

 

「疾風君のことお願い出来る?」

「え?」

 

 

 



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第49話【守る理由 / 戦う理由】

 真っ黒。

 

 墨汁で満たしたかのような漆黒の空間。

 

 その光り一つない空間を、愛機であるイーグルと共に滑空している。進んでも進んでも代わりない景色。黒と一つの空色がこの空間の全てだった。

 

 進み続けた、終わりの見えない空間。それでも進むということを止めるという考えは浮かんでこなかった。

 

 あれ? 

 

 そこでふと気が付いた。

 そもそも、俺はなんでこんなとこに居るんだっけ? 

 

「っ!」

 

 疑問を浮かべていると、背後に重い何かが落ちてきた。

 

 振り替えるとそこには上半身が女性、下半身が蜘蛛の半人半蜘蛛の機械の怪物が居た。

 アメリカ第二世代IS【アラクネ】。この漆黒の空間に追加されたワインレッドカラーは、アラクネの不気味さを際立たせ。搭乗者のオータムがメット越しに猟奇的な笑みを浮かべ、それがまた恐怖を誘う。

 

 何故? どうして? 

 そんな事を考える前に槍を持って突っ込んだ。

 

 アラクネは既に装甲脚を展開して斬りかかってくる。

 手数は文字通りあちらの方が上、まともに鍔迫り合ったら絡めとられる。ヒット&アウェイを主軸に、隙が出たらすかさずバーストモードのインパルスで貫く。

 

 ばら撒かれる射撃はプラズマフィールドで防ぎ、装甲脚の斬撃は槍のリーチを活かして躱していく。

 暫く続くと思われた競り合いは思ったより早く終わった。アラクネの装甲脚を抜け、がら空きの背後に躍り出る。

 その隙を逃さず、インパルスのバーストモードを発動。

 パーツが展開し雷光が溢れる。二回り程大きくなった雷槍の柄を握りしめ、その背中に突き刺した。

 捕った! 後数瞬もすれば、巨大なプラズマの塊がアラクネのSEを焼く、筈だった。

 

 その雷槍はアラクネの体から数センチのところでビタッと止まった。

 

「なっ!?」

 

 動かない。いくら前に腕を、スラスターを吹かしても、雷槍はピタリと動かないままだった。

 ふと、自分の腕辺りに白いなにかが巻き付いているのに気付いた。

 アラクネのエネルギーワイヤーだった。

 

 それを、見て困惑を隠せなかった。目の前のアラクネは糸を放っていないからだ。アラクネの装甲脚を切り裂いてないため、遠隔操作による不意打ちでもない。

 ではこの糸は何処から来たのだ。ハイパーセンサーに頼らず首を後ろに回して、糸の発射点を確認した。

 

「なっ! は!?」

 

 背後を見た途端、思考が停止しかけた。

 そこには、目の前のアラクネとは別の、もう一体のアラクネが居たのだ。

 何故ハイパーセンサーに反応が無かったのか、亡国機業でアラクネが量産されたのか。  

 

 そんな茶地な考えは直ぐに吹き飛んだ。何故なら、搭乗者を保護するアラクネのフルメットバイザーの向こうにこれまた猟奇的な笑みをした、もう一人のオータムが居たからだ。

 

 急いで、元々いたアラクネを向くと、そこにも間違いなくオータムが居た。

 アラクネを着込んだオータムが二人いるのであった。俺は訳もわからず軽いパニック状態に陥った。糸を振りほどこうにも、絡み付いたワイヤーは更にイーグルの翼に纏わりつく。

 最初に居たアラクネが白い四脚の装置を取り出した。ISを強制解除するリムーバーであった。

 その装置がもがく俺の胸元に取り付けられた。

 

「や、やめ。ああああぁぁぁぁぁ!!!」

 

 電流が流れ、体験したことのない痛みが襲いかかった。俺とイーグルのリンクが次々と寸断され、空色の装甲は光の粒子となって消えていき。オータムの掌に球体のコアとなって収まった。

 目的の物を手にしたオータムはそのまま、PICで宙に浮いた。

 

「ま、まてっ! うぐぅ!?」

 

 ISが解除されたことで糸との間に空きが出来て動けるようになった俺は直ぐに取り返さんと前に足を踏み出そうとした。だがイーグルを拘束していたワイヤーがまるで意思を持ったかのように俺の体に巻き付き、口許を覆い隠した。

 アラクネを纏ったオータムは徐々に高度をあげ、既に生身の俺では到底届かない高さに居た。

 

「!!」

 

 声が出せないながら喉が破れんばかりに呻き声をあげる。ワイヤーが右目を覆い、視界が半分になった。

 

「んーー!! んーー!!」

 

 体がヒュッと冷えていく、伸ばそうとした手もワイヤーで固定され、もう身体の殆どがワイヤーの白で巻かれていた。

 自分の一部分を奪われたような喪失感、覆しようのない絶望感が俺を襲った。

 

 返せ! 

 返せ! 返せ! 返せ! 

 

 残された最後の左目が、エネルギーワイヤーに覆われた。

 

「返せえええーーーー!!!」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ああぁぁーー!!」

 

 吹っ飛ぶ勢いでベットから跳ね起きた。

 目の前が白黒して、気持ち悪い。

 直後に襲いかかったのは喉の渇きだったが手元に飲み物は無かった。

 

「ゲホッ、げっ、オゥエ」

 

 息が苦しい。整えようにも上手くいかず、鈍い苦しみが喉を焼いた。肺から空気が吐かれていくばかりで頭がクラっとした。

 次に襲ってきたのは身体の痛み、何かに殴られたかのようなこれまた鈍い痛みがジンジンと刺激していた。

 

 ようやく息が整えられ、状況確認に目を向けた。

 白いベットに白い掛け布団、白いカーテンに白い天井。先程の真っ暗な空間とは見事に正反対の白一色だった。恐らくここは保健室だ。

 

 さっきの悪夢のせいか、汗で身体に張り付いたシャツを掴みながら悪態をついた。

 

「………………………あれ」

 

 ふと違和感に気付いた。

 俺は今制服の右胸を掴んでいるが、そこにいつもつけている筈のイーグルの待機形態であるバッジの感触が無いのだ。

 

「え、何処?」

 

 キョロキョロと首を回すも、バッジは見つからない、ポケットを全部調べたが、やはり見つからない。

 

「え、え、え!? 何処行った!? おいおいおい待て待て待て待て、何処いったおい!!?」

 

 ベッドの横のテーブル、枕の下、ベッドの下。布団をどかして確認するも何処にもイーグルのバッジは見当たらなかった。

 

 体温が急激に奪われる感覚、夢でみた時と同じ心理状態が俺を襲った。

 汗は流れ落ち、瞳孔は開かれ、再び荒い呼吸が口から絶えず漏れだした。

 

 形振り構わず隔てられた白いカーテンから飛び出す、保健室の先生は居なかった。俺は転びそうになりながらも保健室のドアに向かって走った。

 

「うおっ!」

「わっ!!」

 

 タイミングがいいことにドアを開けてきた一夏と正面からぶつかり思いっきり尻餅をついた。

 

「いっててて、悪い疾風。大丈夫か、ってうわっ!?」

「おい! 俺のイーグルは何処だ!? 何処だよ!!」

 

 行きなり一夏に掴みかかるなり、彼を揺さぶって問いただした。弱冠怯えの入った彼の瞳には、目を血走らせ、必死の形相を浮かべる時針の姿が写し出されていた。

 

「ど、どうしたんだよ疾風」

「何処なんだよ! お前なら知ってるだろ!?」

「ちょっまっ、少し落ち着けって」

「何処だよ! 早く言わないと……」

「だから落ち着けって!!!」

 

 いつもの一夏からは聞いたことの無い声量にビクリと体が硬直した。

 俺が止まったのを見計らって、一夏はポケットからある物を出した。

 

「悪い、大声出して。ほら、お前のイーグル、さっきまでメンテナンスしてたんだよ。ダメージレベルはそうでもなかったけど、オータムになにかされてないとも限らな」

 

 一夏が言い終わる前にイーグルを引ったくる。ホロウィンドウを呼びだし、右腕部装甲だけを展開、直ぐに格納し、バッジは定位置の右胸元に収まっていた。

 

「っっはぁぁーー。良かったぁ」

 

 胸につけられたバッジを握りしめ、胸に詰まった嫌な空気を吐き出した。

 異様に冷えていた指先に体温が戻り、早鐘を打っていた心臓は一定のリズムに、過呼吸気味の肺は再び酸素と二酸化炭素を循環させた。

 

「………あ、悪い一夏」

「あ、いや大丈夫だ。なんともないから」

「そ、そっか。イタタタ」

「おい大丈夫か?」

「大丈夫、じゃないかも」

 

 一夏に支えられてベッドに戻った。我ながらよくあんな動きが出来たなと思う。

 

「あーー、取り乱したわ………恥っずかしい」

「気にするな、って言いたいけど、ビックリしたぞあれは」

「お恥ずかしい限りです」

 

 鈍い痛みを訴える腹辺りを擦る。動かなければそこまで痛みを感じないからそこまで問題ではないのだが。

 大分落ち着いてきたのか。俺はベッドに五体を完全に預け、深く息を吐き出した。

 しかし取り乱し過ぎだ俺。会長に見られなくて良かった、もし見られてたら今年中ネタにされるだろう。

 

「悪い疾風」

「何が?」

 

 俺が勝手に悶えてると一夏が神妙な顔で謝ってきた。

 

「その、オータムのこと。あの時俺が無闇に突っ込まなかったら、ああはならなかっただろうなって」

「ああ、まあ、うん」

 

 一夏が何故謝ったのかを理解した。

 確かに、あの時は状況は拮抗していた。拮抗を破らされたのはオータムの挑発、それに乗ってしまった一夏。

 仮にあのまま長引かせていたら、会長を加えた三人でオータムを囲えたかもしれない。

 もしあの時会長が来なければ、俺達二人はISを奪われて処分されていただろう。

 

「言われる前には冷静だったのに、オータムに挑発された途端見たことないぐらいブチ切れて真正面から猪突猛進。お前を彼処までさせたのって何なんだ?」

「………」

「いや、いい。言いたくないなら良いよ。簡単に踏み込んでいい話題でもなさそうだし」

「い、いや話すよ。疾風には迷惑をかけたから………だけど」

「ん、オフレコにしとく」

 

 重々しく一夏は話し出した。

 

 第二回モンドグロッソ。日本代表の織斑千冬はバトルトーナメントを順調に勝ち抜け、最後の試合であるイタリアのアリーシャ・ジョゼスターフとの決勝戦が迫っていた。

 

 当然一夏もその決戦を見ていたのだが、一夏は関係者席を出てトイレに行き、出てきた瞬間誘拐されてしまう。

 そこからはなすがままだったらしい。手足を縛られ、猿轡をされ、側には知らない言葉を話す大柄な男達。

 怖かった、姉とは違い何もない幼い一夏はただただ震えることしか出来ないことに、一夏は涙を流すしか無かったのだ。

 

 直後に姉がISを駆り自身を助けに来てくれた。

 監禁場所の扉を無理矢理抉じ開け、抵抗する時間を与えぬまま男達を壁に吹き飛ばして再起不能にした。

 

 一夏の無事を確認すると、千冬は涙を流した。一夏は涙ぐむ姉に「ごめんなさい」と言った、姉は「何故謝る?」と涙を拭かないまま聞き返した。

 

 姉は自分を助けるその為に大事な試合を蹴り飛ばした。

 あの試合は個人の意思が尊重される物ではない。国の意地とプライド、今後の未来さえも左右する壮大な物だ。

 当時の一夏には難しいことは分からなくても千冬が放棄した試合がどれだけ大事な物なのかを理解していたから、それ故の謝罪だった。

 泣きながら謝る一夏とは対照的に、千冬は今まで見たことないくらいの優しい笑顔でこう言ったのだ。

 

『たった一人の家族より大切なものなど、この世にはないさ』

 

 その言葉で一夏は理解してしまった。

 姉は自分を助けるために何もかも躊躇いなく、持つべき物をかなぐり捨てて助けに来たのだと。

 それからしばらくして千冬の現役引退が発表され、調査協力をしてくれた黒兎隊の教官を勤めることになった。ラウラが時々織斑先生を教官と呼ぶのはそのためだとか。

 

「俺さ、もしあの誘拐事件がなかったら、千冬姉は今でも国家代表としてISに乗ってたんじゃねえかな。千冬姉がどういう理由で国家代表になったのかは知らないけど。もしかしたら俺が、千冬姉の道を閉ざしてしまったんじゃねえかって」

 

 一夏は唇を噛み締め、拳を跡が残るぐらい握りしめた。その悲痛な表情から、一夏にとっての第二回モンドグロッソの事件は骨身に刻み込まれているのだ。

 

「一夏は悪くない。悪いのは全部亡国機業だろ」

「違う、あの時俺が」

「何が出来たって言うんだ? なんの力のないガキんちょが、大人に勝てるわけないだろ」

「疾風?」

「第二回モンドグロッソの日本代表途中棄権の責任はお前や織斑先生にはないと俺は思う。お前は何も出来ない子供で、織斑先生は日本代表である前にお前の家族だった。それだけだろ」

 

 一番安全牌の解答を差し出しても、一夏は完全には納得してはいなかった。

 もし織斑先生が此処に居たら、きっと同じことを言っていたと思う。

 なんだかんだ一夏に甘いようだし、あのブリュンヒルデは。

 

「お前がそう思う気持ちは分からないでもないよ。むしろよくわかる」

「そんなこと」

「分かるさ。俺も何回か誘拐されたことがある」

「えっ?」

「そんな意外か? これでも俺は世界でも有名なレーデルハイト工業の御曹司だぞ? 強い光の前には影もある、その影は度々俺に襲いかかってきた時もあったんだから」

 

 時には商談相手のライバル企業。母親のイギリス代表就任を良しとしない者達。端やレーデルハイト工業に恨みを持つもの、これは最近あったな、完全な逆恨みだったけど。

 

 だから誘拐された時の一夏の心境は理解できた。

 俺の言葉に感化されたのか、一夏はポツリと漏らした。

 

「………俺さ」

「うん」

「あの時千冬姉に助けられたその時から、誰かを守れる力が欲しいと思ってた」

 

 初めは薄ぼんやりとした、理想のようなもの。願いのようなものだった。

 直ぐに家計の為に剣道をやめてバイトを始めて、そんなことを考える暇などなかった。

 

 だが高校受験の日。打鉄に触れた時に一夏の人生は一変した。

 

「色々あって、白式を手に入れて。また色んなことがあって。その時俺は思ったんだ。白式の力さえあれば、あの時の千冬姉みたいに誰かを守れるんじゃないかって。その時福音の事件が起こった。密漁船が危ないと思った時は考えるより動いてしまったし、最後は箒を庇う為に身を投げ出した」

「あれは背筋凍ったわ」

「そのあとよく分からないまま体が治って、白式もセカンド・シフトして、福音を倒した。そのあとさ、お前に言ったよな『俺って皆を守れたよな』って。そしたらお前はそうだって言ってくれて。その時俺、凄い嬉しかったんだ。俺はやっと誰かを守れる力を手に入れたんだって」

 

 腕に巻いている白式の待機形態である白いブレスレットを撫でた。

 白式と同じ白は夕焼けのオレンジに染まっていた。

 

「でも違っていたんだ。今日オータムと戦って、それは間違いだって気づいた」

「なんで?」

「俺は側で戦ってくれた友達一人助けれなかった」

 

 それは違う。とは言えなかった。

 現に会長が来なかったら俺は………。

 

「あの時俺は何処かでおごっていたのかもしれない。俺と白式ならやれるって。千冬姉から受け継いだ雪片と零落白夜があればあんな奴に負けるわけがねえって。だけど結果はあの様だ。まんまとあいつの挑発に乗って負けちまった」 

「………」

「考えてみたら俺は、俺だけで今まで乗り越えられた訳じゃない。必ず側に誰かいた。皆のお陰で俺は困難を切り開いていけた。俺は、俺一人はこんなにもちっぽけなんだって。俺はとんだ勘違いヒーロー野郎だった………俺は、千冬姉のようにはなれない………」

 

 ズボンの上で握りしめた拳に雫がポタリと落ちた。

 一夏はこっちに顔を見せずに震えていた。歯を食いしばり、目尻に浮かんだ涙を。

 

 つられて俺の胸が痛んだ。

 さっきとは違う痛み。

 俺は知っている、この痛みを。そして、一夏がなんで泣いてるのかも。

 

「一夏、お前に言いたいことがある」

「な、なんだ?」

「俺。実はお前に嫉妬してたんだ」

「………えっ?」

 

 一夏は驚いたように顔を上げた。

 それは先程の誘拐云々の時より驚愕に染まっていた。

 

「な、なんで? だって疾風は俺より頭良いし、ISの操縦だって」

「そうだな。確かにISの成績は俺の方が高いけど、そういう目に見える物じゃなくて。こう、えーと………俺ってさ、自他共に根っからのISオタクじゃん?」

「ああ、でもそれと何の関係が」

 

 脈絡のない話題に一夏の涙が思わず引っ込んだ。

 うん、俺が逆の立場なら行きなりなんの話なんだって思うよ。

 

「お前が世界で一人目のIS操縦者になった時、正直嬉しかった。もしかしたら俺もISに乗れるかもって。年甲斐もなく沸き上がって。まあ結果はお察しだったけどな」

「確かに、一斉捜査のときに名前は上がらなかったよな」

「ああ。そっからIS学園に来るまで、俺はなにやってたと思う?」

「なにやってたんだ?」

「ISを弄ってた。ただのISじゃないぞ。お前が初めてISを動かした時に乗った、あの打鉄だ」

「えっ!?」

 

 まさかこの話をセシリア意外に話すことになるとは思わなかったな。

 だけど特につまることなく俺は一夏に話した。

 

 親に我が儘を言って他の皆から隠れて打鉄を整備し、何度も試乗テストをしたこと。

 結果的に乗れなくて、ヤケになりかけたこと。理不尽な嫉妬や恨みを一夏に向けてぶつけていたこと。

 流石にセシリアのとこは省かせてもらった。

 

「とまあこんなところだな。俺はお前が羨ましかった。織斑千冬の弟ってだけでISに乗れたんじゃないのかとか。篠ノ之束に何かしてもらったんじゃないのかとか。根も葉もないこと考えたりして」

「そうだったんだ」

「驚いた?」

「ま、まあな。あんまイメージない」

「俺、結構底意地悪いんだぜ?レゾナンスで絡んできたあの女覚えてるか?あのあと逆に言葉でボコボコにしたんだよ俺」

「マジか」

「あと一歩で裁判に持ち込めたのに」

「裁判!?」

 

 まあ織斑先生に止められちゃったけどな。

 

「因みにイーグルに使われてるコアはその時調べてた打鉄のコアだったりする」

「えー!?」

 

 我ながら数奇な運命だなと思う。

 一夏をこの世界に引っ張りこみ、巡りめぐって今は俺の翼になっている。

 

「話戻すけど。秘密裏にレーデルハイト工業でやってたことを皆に言ったら怒られた。『なんで俺達を頼ってくれなかったんだ』ってさ」

「え、それだけ?」

「うん。その時俺は気づいた。俺って奴はなーに一人で意地張ってたんだろって」

 

 一人でやらずに皆と一緒にやっていたら、あそこまで憔悴しきってなかったんじゃないかと。

 まあ結果セシリアに再開したり色々結果オーライにはなってしまったけども。

 それでも見渡せば志を同じくする仲間はすぐ側に居たんだ。

 

「何が言いたいのかって言うとな。別に一人でやれなくても良いんじゃないか?」

「え?」

「だって一人でやれることなんてたかが知れてるだろ。ブリュンヒルデやヴァルキリーだって例外じゃない。織斑先生にだって出来ないことの一つや二つはあるだろ?」

「まあ、色々とある」

 

 一夏は姉の部屋を思い浮かべた。

 

「なんでもかんでも一人でやる必要はない。誰かを守ることだってそうだ。時には助けて、助けられて。何でも一人でしょいこむ必要なんか何処にもないと思う。飽くまで俺の意見だけどな」

「一人で、やらなくてもいい」

「うん、皆だって。一夏のことを助けになりたいし、守りたいと思うときもあると思うぞ。俺はそうだ」

「皆が、俺を………」

 

 俺の言葉に一夏は見えない物が見えた気がした。

 今まで見えなかった場所、今まで考えてもいなかった考えが見えた、気がした。

 

「一夏、俺達はまだまだひよっこで。はっきり言って弱い」

「ああ」

「だけどやられっぱなしってのも悔しいだろ?」

「勿論だ!」

「なら強くなるぞ。皆で」

 

 眼鏡を上げ直して一夏に向き直った。

 

「今回は俺達の敗北だ。だけど次はこうはいかない。その為に強くなるぞ」

「そうだな」

「だからお前は何でも一人でやろうとするなよ? いざというときは俺達を頼れ。俺や皆もお前を頼るから」

 

 なにも俺達は一人一人のワンチームじゃないんだ。

 まだまだ強くなれる、そう何処までも。

 

「勝つぞ一夏! 次はあの蜘蛛女を完膚なきまでにぶちのめす!」

「ああ!」

 

 俺と一夏は拳をかち合わせた。

 一夏の瞳に先程の迷いはない。だがそれは無鉄砲なだけではなかった。

 

 今度こそ守り抜く為に。

 そして二度と奪われないように。

 決意を再確定し、次に活かすために

 

「うんうん、良いわね男同士の友情って、お姉さん涙出てきたわ、グスッ」

「「ん?」」

 

 何処からか会長の声が聞こえた、気がした。

 しかしキョロキョロと見回し、カーテンの裏を覗いても姿はなかった。

 

「………気のせいだな、一夏」

「そうだな、きっと気のせいだ」

「とりあえずスルーの方向で」

「オッケー、更識楯無という人はここには居ない」

「しかし改めて思うけど。裸エプロンとか、羞恥の欠片もないのかな。あの人」

「ああ、お前もやられたっけ。ないだろうな、女としてどうかと思うが」

「なんか残念な美人って言葉が似合う気がする」

「いやむしろあれはむしろ痴じ………」

「ちょっとー。命の恩人に対してその扱いはあんまりじゃない?」

「「うわぁ!!?」」

 

 噂をすれば横に会長が召喚された。

 手には【憤怒】の文字が浮かぶ扇子が。

 

「ど、何処にいたんですか!?」

「ベッドの下よ! 誰が残念美人よ!」

「ベッドの下にいる時点で残念ですよ」

「忍び的な性なのよ、受け入れなさい」

「無理です、てか待ってください、いつからそこに?」

「一夏くんが入ってくる前から」

 

 会長の言葉にサーっと血の気が引いてくるのを感じた。

 

「え、えーと。つまりえーと?」

「よっぽど専用機に思い入れがあるのねー。面白いものが見れたわ、疾風君のあーんな取り乱した姿」

「うごぉぉぉ!!」

「え、つまり俺の」

「若きヒーロー君の今後に期待ね」

「ヴぁーー!!」

 

 完全に俺と一夏の世界で話していた。

 仮にこの対話が校内放送で流れてみろ。

 端的に言って死ぬ

 

「お願いします忘れてください、後生ですから。残念美人ってのは嘘です、貴方は世界で一番美しい女性です」

「失言は謝ります。貴方は何処までも清らかな清流のような女性です。なので忘れてください」

「えー嫌よー。だって二人の大事なルーツじゃない? 二人の身柄を預かる身としては知っておかないと」

 

 聞けて良かったわと会長はいつもと変わらない笑みを向けた。

 弱味ってほどでもないけど弱味を握られた俺達だった。

 

 とりあえず話題を転換しなければと俺は学園祭がどうなったのかと会長に聞いてみた。

 

 

 

ーーー◇ーーー

 

 

 

「そっか、明日は来場者無しで。生徒のみの二日目という訳ですか」

「ニ度目の侵入者が来ないとも限らないし。だけど中止にするとなると、今日まで準備をしてきた生徒からの批判の声も出る。疾風君は明日親御さんとかが来るらしかったけど、ご免なさいね?」

「いえ、状況が状況ですし、仕方ないですよ。一夏。村上嘆いてなかった?」

「弾とシンクロで吠えてたよ」

 

 やっぱり、しかしこれには我慢してもらうしかない。今回は犠牲者が一人も出なかったのは本当に奇跡だ。二日目もそうなるとは限らない。

 

「村上が疾風に宜しくだってさ。保健室に担ぎ込まれたって言って心配してたぞ」

「一夏、そういうのは喋らないお約束だろうよ」

「すまん、でも知られて困ることでもないだろ? 火事の対応で怪我したって言っといたから」

 

 ただのドジ野郎じゃないか! 

 まあもっともらしいけども。

 

 しかし心配をかけてしまったのは事実だし、後でラインの一つでも打ち込んでやるか。

 学園祭のことで泣きつかれそうだが。

 ああ糞、あの蜘蛛女め。何もかもまたあいつのせいだ、ムカつく。

 今度あったらマジで覚えとけ

 

 ………ん? 

 

「あれ?」

「どうした疾風?」

 

 俺はふと疑問が浮かんだ。

 確かに拘束されて身動きが取れなくはなった。だが別に意識が飛ばされるようなことをされた覚えはない。

 何故なら俺はずっと張り付けられたままだったし、それからは俺は孤独に一人でしたし。

 

「俺を此処まで運んだのって誰?」

「箒と鈴だと思うぞ、二人が助けに向かったから」

「箒と……鈴……」

 

 俺は一夏達に置いてかれた後のことを思い出そうと試みた。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 一夏と会長においてかれた俺は体に纏わりつく粘着ゴムと戦っていた。

 

 この粘着ゴムはどういうわけか的確にイーグルの固定武装辺りに着弾しており。プラズマブレードを展開するどころかビットも全て破壊されている始末。

 体外放電をしてもやはり悪臭を放って少し焼けるだけ。そして一部は機体の関節にまで入り込んでいる始末、あれ、これエネルギーワイヤーより強くない? 

 

 いっそのことISを解除して脱出しようかとも考えたが、ゴムの表面が心なしかヌタヌタしているように見える。

 もし解除してスーツや肌に引っ付いたなんて事になったら目も当てられない。

 なので今俺が出来ることと言えば機体を揺らしたり、小ブーストをかけてゴネゴネと抗うだけだ。結果はまあ、この通り。

 

「……あぁぁぁぁーくそーうざったいっ! 誰か来てくれませんかちくしょー! ヘルプミー!」

「変な声を上げるな馬鹿者」

 

 試しにやけくそに叫んでみると捨てる神あらば拾う神の声が。

 目を向けるとISスーツ姿の箒と鈴が呆れた顔でこちらを見ていた。

 

「い、祈りが届いた?」

「そんな格好してるのに随分余裕じゃない」

「そんなことない、上でさっきまでドンパチやってたんだろ? 加勢に行けなくて胃がキリキリしてた」

「ISでバトりに行けなくてモヤモヤしてたじゃなくて?」

「それはないと言ったら、嘘になるけども」

 

 友人のISオタの極まれっぷりにまたも呆れの視線を向ける二人。居たたまれなくなった俺は口を動かし続けた。

 

「で? あの蜘蛛女はどうなった? 一発拳を入れたい気分なんだけど。後なんで二人はここに?」

「蜘蛛女? ああ、学園に侵入してきた女は加勢に来た敵の増援で逃げられた。一人はラファール、もう一人はブルー・ティアーズの姉妹機らしい」

「は? え、なにそれ? ブルー・ティアーズの姉妹機? どゆこと?」

「知らん、後はセシリアに聞いてくれ。私達はお前を救助するために来たんだ」

「そっ、だからちゃちゃっと終わらせるわよ」

 

 黒と桃のリングが光り、同色の機体である甲龍となって鈴の身を包んだ。

 腕には身の丈ほどある得物、双天牙月が握られていた。

 

「動くんじゃないわよ」

「いや、動きたくても動けないから」

「それもそっか」

 

 やれやれ、やっと解放される。

 おのれあの蜘蛛BBA、こんな雁字搦めにしたあげく俺のイーグルを奪おうとするとは。許さん。極刑に値する。

 次あった時にはその体を亀甲縛りにした後に上から高笑いして「ねえ今どんな気持ち?」って煽りに煽ってやる。

 

 胸のうちで固く誓い、リベンジハートを宿した俺は鈴に救助される時まで目を閉じて待った。

 粘着性ゴムと言えどもゴムはゴム、双天牙月ほどの大刃の切れ味ならこのゴムも細切れに出来よう。ISを纏っているから俺自身には刃が当たらないので全力で斬って貰う事が出来る。

 ああ、だけどイーグルの装甲に傷はつくかなぁ、いやこればかりは仕様が「ザクッ」………なんだ今の音は? 

 

 目を開けると双天牙月が床に深々と突き刺さっていた。

 目線を上げると、そこにはニッコリと笑う鈴の姿と、龍の顎が開かれ、その口からほのかに光を放つ甲龍の特徴的なアンロックユニットがあった。

 

「あの、鈴? 龍咆より双天牙月でザクザクっと斬ったほうが早いと思うんだけど」

「いいのいいの、ちゃんと出してあげるから」

「いや、出してあげるって言うか。チャージ長くない? そこまで長かったか? 言うて数秒ぐらいじゃなかったかな? あの、空間の歪みが目視で確認できるぐらい歪んでるんだけど?」

「そりゃそうよ、最大出力でやってるんだから。あ、ごめん間違えた、もう最大出力でそっから出来るだけ加圧力上げてたわ」

「ちょ、ちょっと待とう? あの、鈴さん。もしかして、なんか怒ってる?」

「んーー? 怒ってるわよ? それがどうかした?」

「あー、そうか怒ってるか、そりゃ怒って。いや、え?」

 

 今怒ってると言った? 怒ってないじゃなく? あれー? 

 

「ごめん、もっかい聞いて良い? 怒っていますか?」

「ええ怒ってるわ。何回も言わせんな、コロがすぞ」

「ヒェ!?」

 

 い、怒り心頭でいらっしゃる!? 笑顔なのに目に虚無を抱えてるんですが? ヤンデレピンクヒロインが鉈を持つ張りに暗い眼なのですが!? 

 

「ちょちょちょ待って待って! 申し訳ないけど見に覚えがないんだが? あ、あれか? 思いっきり蹴りいれたこと? すまん、あんときは色々高ぶっていたといいますか!」

「そんなの鍛えてるからどうでも良いわよ、代表候補生なめんな」

 

 え、違うの? じゃあなんだ? 最近鈴を怒らせること。

 ご奉仕喫茶で中華喫茶の客を奪う、のは違うな。鈴の接客中に横槍を、いや違うだろ。じゃあ他は………………あ。

 

「もしかして」

「誰が幼児体型だって?」

「ヴァっ」

「ド貧乳がなんだって?」

「ヴォォ!」

 

 そうだ言った! 挑発として言った! 言ってしまったよ俺! 

 なんで言ったのかなあんなこと! 完全に失言! 無駄にテンションテンアゲだったからなー、あんとき。

 手は使えないながらも頭を抱えてしまった。なんとか便宜を計らなければ、今も龍咆の歪曲は続いている。

 

「ああああれは、なんというか。そう、咄嗟に出たと言いますか、深い意味はないと言いますか、た、他意はないんですよ!」

「そう、咄嗟に出るくらい私は凹凸が少ないと言いたいのね?」

 

 うぼぁぁ! 火に油を注いだぁぁ! 逆鱗ツータッチしてしまったぁぁ!! 

 

「すいません! ごめんなさい! 軽率な発言でした! 反省しています心の底から!」

「で?」

「だから龍咆はやめてください! 俺は元よりイーグルの装甲がぶっ壊れる! 知っていますか? ISの絶対防御は完璧ではないのですよ? SEを突破する攻撃力があれば本体にダメージを通せるのですよ!?」

「知ってるわよ? 殺さない程度にいたぶる事は出来るってことでしょ?」

「殺意120%なのは気のせいかな!」

「あ、チャージ終わったわ」

「嫌ぁぁぁあああああ!!」

 

 Kクラッシャー並みの叫びを上げながら必死に身をよじる、しかしゴムははがれることはない。

 

「り、鈴。そのへんにしてやったらどうだ? 疾風だって反省を」

「黙れ乳、モグゾ」

「ひっ!」

 

 持つべき者は止めに入ったが持たざる者の殺死線の前に萎縮してしまった。持たざる者は持つべき者の胸部装甲を一瞥し、舌を打ってこちらに向き直る。

 床に突き立てた双天牙月をハーケンとして今にも咆哮が放たれんとしていた。

 

「辞世の句でも残す?」

「難しいこと聞くね!? いやすいませんごめんなさい許してください!」

「オッケー、確かに聞いたわ」

「ま、まって! 最後に一つだけ!!」

 

 懇願が届いて猶予をくれた。ありがたい。

 しかしどうしようもないこの状況。俺は一か八かの大勝負に出た。

 

「鈴!」

「なに?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏は体型とか気にしないと思うぞ」

「死ねっ!!!」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「………」

「だ、大丈夫か疾風? 汗が凄いぞ。まさかオータムに何かされたんじゃ」

「………なあ一夏よ」

「おう?」

「鈴ってなんか禁句ワードとかある?」

「えっ? 胸のこととか。って、まさかお前!」

「………」

「良くぞ、生きててくれた」

「………」

 

 感の鈍さワールドクラスが理解するほどのお察し力。

 よく五体満足無事で居てくれたものだ、ISの防御性能を改めて思い知らされた瞬間だった 。

 

 ………後で、明日あたりにちゃんと謝っておこう。今日は流石に二度目のドラゴンブレスは無いだろうがドラゴンクローが来そうだ。

 もう鈴をからかうのは止めよう。いや、からかうにしても胸の事は絶対に言わないようにしよう、うん。

 俺は自身の胸に固く誓った。

 

「ところで、会長はなんで此処に来たんです? 学園祭の報告なら帰ってくださいよ」

「いやんっ。そんな邪険にしないでよぉ、お姉さん泣いちゃう」

「本題をお願いします」

「ツレナイワー」

 

 会長が話してくれたのはオータムが逃げた後のことだった。

 亡国機業の増援が学園を強襲、オータムを連れ去って学園から退去。イギリスのBT搭載機、ラピッドスイッチ持ちのラファールについては、まだ調べているとのこと。

 

「菖蒲ちゃんのISが結構ボロボロで、倉持技研に預けられるって。菖蒲ちゃんは無事よ」

 

 マジか。大丈夫かな菖蒲。

 第一って言うと、篝火さんのとことは違うとこか。今あの人なにやってるんだろ。

 

「あの、ところで。楯無さんって何者なんですか? さっき忍びとか言ってましたし」

「才色兼備眉目秀麗完璧超人の生徒会長とは私のことよ」

「そういうのはいいです」

「ああっ、対に一夏くんまで適当に、オヨヨヨ。コホン、更識家というのは、昔から日本を守護するお家柄でね。暗部ってわかる?」

「ええと、裏の実行部隊的な?」

「そうよ。そのなかでも更識は対暗部用暗部、日本を蝕まんとする者を秘密裏に対処したりする、日本の裏の番人ね。私はその更識の若き当主なの。今の私の仕事はあなた達男性IS操縦者を守ること」

「もしかして、俺と一夏の部屋換えも?」

「ええ。まあ、当面の危機は去ったでしょう。流石に立て続けに学園を襲撃するとは考えにくいし、私も少しは休まるわぁ。あ、でも絶対ではないから気を引き締めといてね二人とも」

 

 揃って頷いた。まだ危機事態は去っていないのだから。

 しかし暗部用暗部、それも当主とは。想像以上に曲者だったというわけだな。

 あのハイスペックぶりも頷けるわ。

 てかロシア国家代表と生徒会長も加えて属性盛りすぎじゃないかこの人。

 

「てことは、楯無さんは俺の部屋から居なくなるんですか?」

「寂しい?」

「え、いや…………そうですね、少し寂しくはあります」

 

 ホッとしたの間違いじゃないのか? と思ったが口には出さない、出したら俺のとこに押し入って来そうだ。

 今度はマジで裸エプロンされそうだし。

 

「そうねー、私も寂しいわぁ。一夏くんで遊べなくなるし」

「あはは」

「なーーんてっ。そうは問屋が下ろさないのよねぇ! これなーんだ!」

 

 じゃーーんとテンション高めに出されたのは、俺達がシンデレラの劇で被っていた王冠だった。

 

「王冠ですね?」

「うん、これを手にした物は栄光。つまり、シンダーラッドと同じ部屋に暮らせるという素敵アイテムなの、だっ!」

「「はぁ!?」」

 

 これで納得した、一夏ラバーズが血眼になってまで一夏の王冠を欲し。逆に俺を全く狙わない訳を。

 

「なに考えてるんですか。俺と暮らして楽しいわけないでしょう」

「いやいやいや。相変わらず鈍いなお前、もう惚れ惚れするよ」

「え? おう、ありがとう?」

 

 誉めてない、一個も誉めてない。

 一夏との一緒の部屋に暮らすということは相対的に他の女の子より長く接する事が出来るという強大なアドバンテージを誇る。

 女子にとっては喉から。否、全細胞約60兆から手が出る程の眉唾物なのだから。

 

「あら、随分他人事みたいに言うのね疾風君は。鈍いなら疾風君にも言えるわね」

「え?」

「貴方の王冠何処に行ったっけ?」

 

 俺の王冠? 王冠………王冠………

 

「………………」

「は、疾風? 大丈夫か? さっきとは比較にならない量の汗が出てるぞ! すごい震えてるし!!」

 

 一夏の声など既に届かなかった。てかそんなの聞いてる余裕など今の俺には砂粒一つも残されてなかった。

 

「か、かかかか会長」

「んーー?」

 

 ニマニマと満面の笑みを浮かべる会長、しかし俺はそれすら目に入らない。

 

「お、俺の王冠は」

「うん、セシリアちゃんに取られたわね♪」

「え、えと」

「うん、セシリアちゃんは貴方と住むことになるわね♪」

「そ、それって」

「うん、おめでとう♪」

 

 何がおめでとうなのか。会長は正に上機嫌、対して俺の顔はふるふるとバイブレーションの如く。

 そして俺の物覚えのいいヤングブレインを辿ると、セシリアは王冠を手に青ざめて悲鳴をあげたことを思い出した。

 

「か、会長、拒否権」

「ないわよ、皆にもちゃんと言ったし」

「あ、あれは事故」

「でも持ち去ったわよねぇ彼女」

「じょ、女子と同じ屋根の下などそんな」

「避妊はしっかりしなさいよ。ほら、これ上げるから」

「それの必要性はない! てかなんで持ってる!?」

「避妊は大事よ!?」

「そうじゃなぁぁあああいっっ!!!」

 

 退路を完全に塞がれた男の嘆きが校内に響き渡った。その手にはゴム性の物が。

 

 世界で二番目の男性IS操縦者疾風・レーデルハイトは、イギリスの代表候補生権幼馴染のセシリア・オルコットと同棲する義務が与えられたのだった。

 

「はい一夏君にもあげる」

「いりませんよ!」

「え、一夏君。私との子ど」

「言わせませんよ!!」

 

 

 

 



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第50話【その楽しそうな顔が見たい】

ナンバリング50達成しました。
中々感慨深いものを感じます

これからもスカイブルー・ティアーズを宜しくお願いします。


 どうも皆さん疾風・レーデルハイトでございます。

 

 亡国機業が襲来した日の翌日。

 外部客無しの学園祭二日目が始まり、今日も我らが一年一組主催の【奉仕喫茶】は今日も繁盛しております。

 

 そんななか小休憩とバックヤードの後ろに居るのですが。

 

「………………」

「………………」

 

 絶賛気まずいワールドを展開されてます。

 タスケテクダサイ。

 

 

 

 

 

 遡ること三分前。

 

「ふあー! 今日も大盛況だな」

「あぁ………」

 

 執事組二人はバックヤードに逃げ込んだ。

 まだ朝の八時だというのにこの疲れよう。

 

「でももうすぐ楽できるな。ありがとな疾風、シフト制にしてくれて」

「なーに。可能性を考えれなかった俺にも落ち度あるしな」

 

 そう。今日は前日の反省を活かして俺と一夏の時間を大幅に短縮。

 一番最初の二時間と終わりの一時間限定となっている。

 つまり残りの時間を思う存分遊びに使えるのだ。

 じゃないととてもじゃないが学園祭は楽しめん。これでもかなり譲歩したんだ。

 

 総合売上げに関してはまったく問題ない。むしろ今日は開催しなくてもレース独走だと会長が言ってたし。

 その会長だが、また何かやるらしい。午後の時間開けといてねとのこと。

 

「あら」

「あ、セシリア」

「ヴェ」

 

 バックヤードにセシリアが入ってきた。

 俺と目を合わせるや直ぐに目線をそらし、一夏の隣の椅子に座った。

 

「………………」

 

 THE、沈黙。

 とたんになんとも知れない空気がバックヤードを埋め尽くす。

 

「あ、俺そろそろいかなきゃ。じゃあな疾風」

 

 オイィィ! この重苦しい空気のなか二人っきりにするな! 

 なんでこんな空気になったのか知ってるだろお前はってオーーーーイ!! 

 

 

 

 

 

 

 とまあ。昨日親睦を深めたはずの親友にあっさりと見捨てられた俺は現在セシリアと特に話すことなく、何かをすることなく大人しく座って下を見ていたのだった。

 休憩だというのに全然心が休まらないし今すぐにでも現場に行って女の子にキャーキャーされたい。

 そんなぐらいここの空気、重い。

 

 因みに今日俺とセシリアは一度も言葉を交わしていない。

 挨拶をしようと思ってもあっちがそそくさと離れていくのだ。

 なので俺達は同棲の話には一度たりとも触れてはいない。会話などしていないのだから当たり前である。

 

 だからといって先に出ていくのはなんとも負けた気がする。何にかわからんが。

 先に出たらあたかもそれに意識してるみたいじゃないか。

 

 ………べべべ別に気にしてないし? 

 裸(水着)エプロンの衝撃に比べれば別にセシリアとの同じ部屋だってぜーんぜん気にならないし? 

 ていうか普通に休憩終わったって言って出ればいいんじゃね? 

 やべーよ俺天才かよー! そうと決まればこんなところからオサラバだ! ヒャッホー!! 

 

「あの」

「なんだよ」

 

 なーーんで逃げようと思考したらドンピシャで止めるのかなーこの子は! 

 止まる俺も俺だけどさ。

 

「今日は残念でしたわね。ご家族が来る予定だったのでしょう?」

「まあ、そうなんだよね。親と兄は納得してくれたよ」

「楓さんは?」

「………」

 

 回想に突入。

 

 

 

 

 それは昨日会長からのカミングアウトに放心してしばらくのこと。

 

 側に置いていたスマホが振動した。

 

「誰だ? ………おぅぅおっ!」

「何て声出してんだよ疾風」

「もしかして女の子から?」

 

 大正解です。

 

 彼女が生まれたときには俺は側にいて。俺にとって掛け替えのない大切な人で、そして今もっとも話したくない相手だった。

 ぶっちゃけこのまま居留守を決め込みたかった。話の内容が予知できる分なおさらだった。

 

「出ないのか?」

「出たくない、でも出ないと駄目だわ、死ぬ」

 

 意を決して応答のボタンをタップし、恐る恐る耳に当てた。

 これ今日二回目だな。

 

「………もしもし」

「疾風兄学園祭中止ってどういうことっ!?」

 

 キーーンと左耳から右耳をダイレクトに通過したハスキーボイスが俺の鼓膜を揺さぶりに揺さぶった。

 レーデルハイト家長女にして妹。楓・レーデルハイト、お冠である。

 

「マイシスター楓、落ち着いてくれ。別に中止じゃなくて来客禁止だから」

「私にとっては中止に等しいの!!」

「ごもっともでございます」

「せっかく疾風兄に会えると思って服もメイクも奮発したのにぃ!!」

「おーけー、その代金はプレゼントとして俺が立て替えといてやる」

「お金の話じゃないの!!」

「ごもっともでございます!」

「でも疾風兄からのプレゼントも欲しいからお菓子を希望!」

「喜んで!!」

 

 話のノリと断りたくても断れない状態+妹が兄に強請るという的確に兄に報酬を分捕る算段を整えてしまうとは。流石一流企業CEOの娘、侮りがたし。

 

 側では一夏が大変そうだと同情し。片方は笑いを堪えていると思いきや、何やら深い顔で「分かる、分かるわよ疾風君」としきりに頷いている。

 そういや貴女、妹居ましたね。

 

 

 

 

 回想終了。

 

「大変だったとだけ言っておく」

「そうですか」

「うん。そろそろ休憩終わりだから戻るわ」

「あの、最後に一つ。今日このあと予定はありますか?」

「ああ、このあと菖蒲と学園祭まわる」

「………」

 

 分かりやすいぐらい機嫌悪くなったね。

 もう分かってしまったというか理解したというか。セシリアは菖蒲関連の話題になると機嫌が悪くなることが分かった。

 二人の仲は悪いわけではない。むしろ良い方だと思うのだが。

 といってもこれは飽くまで俺の予測に過ぎないし、わざわざ聞く勇気など俺にはない。

 

 話を戻すが、昨日ベッドで寝てたら菖蒲から電話が来て開口一番に一緒にまわりましょうだと。

 俺も菖蒲に聞きたいことがあるから了承した。

 

 それから特に何もなく俺は残り一時間の業務にいそしむのだった。

 接客中セシリアの視線をチラホラ感じた気がしたが、多分気のせいではないのだろう。

 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ふーー」

 

 業務終了。

 結局セシリアと一言も話さずに終わってしまった。

 

 宣伝用としてまた執事服のまま二組に居るであろう菖蒲を迎えにいく。

 

「お邪魔しまーす」

「あ、レーデルハイト君。おーい菖蒲さーん。レーデルハイト君来たよー」

「い、今着替えてますので!!」

 

 やはりというかあのチャイナドレスを見られるのが恥ずかしいのかバックヤードから声がした。

 

 じゃあ待ってる間にもう一つの用事を片しておこう。

 

「ねえ、鈴っている?」

「鈴? 多分バックヤードだけど呼んでこようか?」

「頼むわ」

 

 青いチャイナの子がバックヤードの向こうに行くと、入れ違いで鈴が出てきた。

 特徴的なツインテールを団子に纏めた鈴は目が合っても特に変わることなく無表情で歩いてきた。

 

「なんか用?」

 

 鈴にしては珍しい淡々とした口調。

 いつも快活な人ほど無表情は怖いものはない。だけど引くことは許されないししたくない。

 

「えと、昨日のシンデレラの時はごめん。完璧悪意込めて言った。本当にごめんなさい」

 

 しっかり頭を下げて謝罪した。

 テンションが上がったなんて理由にはならない。俺は鈴に酷いことを言ったのだから。

 

 正直凄い胸が痛い。

 もしかしたら許してくれないかもしれないし、これからの鈴との関係が壊れるかと知れない。

 鈴とはとても話しやすく腹を割って話せる気のいい奴だ。

 一夏と絡む以上鈴との接触は避けられない。不仲のままというのは、友達としてとても耐えれるものではなかった。

 

「別にいいわよもう」

「え?」

「何よその顔」

「いや、ぶっ飛ばされるの覚悟で来たから」

 

 顔をあげると何処か呆れた顔をした鈴がいた。

 

「そんな本気で謝られたら怒るに怒れないっての」

「ほんとごめん」

「だから良いっての、次謝ったら殴るわよ」

「うん。ありがとう、鈴」

 

 お礼を言うと鈴は「よろしい」と言うようにフッと笑った。

 喧嘩別れにならずにすんだと胸に詰まった息をバレずに吐き出した。

 

「あたしって昔からアレ言われると見境なくなってさ。自分でも直そうと思ってるけどなかなか直らなくてね。一夏と再会してから言われた時なんか壁に穴空けちゃったし」

 

 それが俺の顔じゃなくて本当によかった。

 

「あたしもやり過ぎたわ。あんたこそ大丈夫なの?」

「ああ。ISの装甲が少しひしゃげたけど無事に直ったよ」

「そうじゃなくてあんたの体よ。我ながら至近距離でド派手にぶち抜いたからさ」

「骨にヒビは入ってないらしい」

 

 ほんとIS様々だね。

 

「まあ、更衣室の壁ぶっ壊したのと動けないあんたをぶち抜いたせいで千冬さんに説教されたわ」

「俺が悪いのに?」

「それでも限度があったってさ。あたしそん時まだ頭に血のぼってて思わず言い返したのよ。疾風は言ってはならないことを言ったって。そしたら千冬さんなんて言ったと思う?」

 

 え、わかんない。

 そんなの理由にならないとかかな? 

 

「『ありのままを言われたぐらいで一々癇癪を起こすな。処理するほうの身にもなれ。悔しかったら大きくしろ』………だって」

「………………うわぁ」

 

 完膚なきまでに叩き潰しにかかりやがったな元日本代表。

 相当お冠だったでしょうし言ってることはわかるけど。もう少しオブラートに包みましょうよ。

 

「流石に空いた口が塞がらなかったわ」

「だ、だろうね」

「怒るという感情より先に宇宙が見えたわ」

「頼むから外の神と繋がるなよ?」

 

 ふんぐるいふんぐるい。

 

「お待たせしました疾風様」

「いや、丁度終わったよ」

「何よあんた結局着替えたの? 根性ないわねー」

 

 チャイナドレスからいつもの着物制服に着替えた菖蒲はポポっと頬を赤らめて汗をかいた。

 

「流石にあのまま校内を歩くのは恥ずかしいですよぉ」

「着物ではいけるっていう思考がわからないわよ」

 

 まあ精々楽しんできなさいと鈴は後ろ手で手を振って教室に戻っていった。

 

「あ、鈴いいこと教えてやる」

「なによ?」

「一夏もこれから休憩なんだよ。今頃一夏巡って争奪戦起きてるかもよ」

「それ早く言いなさいよありがとね!」

 

 凰鈴音、風になった。

 これで二組だからとハブられることはないだろう。流石にフェアじゃないしね。

 お詫びとしては十二分の情報だろう。

 

「フフッ」

「なんだよ」

「疾風様は変わらずお優しいなと思いまして。他人の恋を応援できる人、私は好きですよ」

「それは、どーも」

 

 好きですよと言われた時に心なしか顔の体温が上がった気がした。

 なんか、そんな声色だった。

 

「………」

「どうかなさいました?」

「いや、なんでも。じゃあどっから行こうか」

「疾風様の行きたい場所が良いです」

「良いのか?」

「はい。疾風様昨日お友達の付き添いで行きたい場所に行けてなかったのではないかと思いまして。私がいなくなったあと一組の出し物に引き戻されたとも聞きましたし」

 

 見られてたのではないかというぐらいピタリと当たってる。

 再会してから思ってたけど、この子凄い気配りが上手。

 

「じゃあお言葉に甘えて」

 

 

 

 

 

 

 

「おおーー」

 

 目の前の光景に俺は目を輝かせていた。

 まるで憧れの特撮ヒーローショーを見る子供のように、動物園でライオンを見る子供のように。

 今の俺は完全に童心に戻っていた。

 

 場所は三年の整備化の教室。

 そこにはISの第一世代から第二世代に移る歴史が展示されていた。

 

 テーマは『始まりから次世代へ』

 

 皆が知ってるようなポピュラー知識は勿論のこと。これどっから調べたんだろうと言うぐらいのコアな物まで選り取りみどり。

 

 テンペスタの前身モデルの項目を見ていると案内役の三年生が話し掛けてきた。

 

「どうだいレーデルハイト君?」

「生きてて良かった」

「アハハ! それはよかった!」

 

 回答に満足した先輩は豪快に笑った。

 

「これどっから調べたんですか? 俺結構ISの情報網羅してるつもりだったんですけど。テンペスタのプロトタイプモデルの詳細って公開されてなかったはずじゃ………」

「うちの親がテンペスタ初代開発チームやっててさ、もう利用価値のない情報だからって提供してくれた」

「プレミアの眉唾物じゃないですか!」

 

 どれぐらいレアかというと。もしこの情報が六年前ぐらいに公開されたらイタリアのIS開発は大幅に遅れるレベル。

 いやー、世界って狭いなぁ! 

 

「天下のレーデルハイト工業のご子息にそう言ってもらえたなら交渉したかいがあったもんだよ」

「いやそんな」

「でも連れの子ほっといてよかったのかい?」

「あっ」

 

 しまった。夢中になりすぎて完全に忘れてしまった。

 菖蒲は………いた。

 

「ごめん菖蒲」

「え? どうかしましたか?」

「展示に夢中になってて菖蒲放ったらかしにしちまった」

「私は全然構いませんよ? 疾風様が喜んでくださるだけで充分です」

 

 ほんっっとこの子良い子だわ! 

 世の女性が忘れてしまった善性のほとんどが菖蒲に行き着いたんじゃねーのかなって思うぐらい良い子だわ。

 

「菖蒲はなに見てたんだ?」

「日本の展示があったので」

「どれどれ?」

 

 展示項目には打鉄と、第一世代のフルスキンモデルの詳細が載っていた。

 

「そうそう。一番最初ってこんな鎧武者みたいな奴だったんだよな」

「はい、徳川財閥本社にもアーマーは置いてありますが。流石にそれ以外は残っていませんね」

「打鉄と比べるとどうしてもアーマーが可動域の邪魔をしちまうからなぁ。当時フルスキンってほんとガチガチの鉄の鎧だったし」

 

 しかし、それを見ると。

 隣にもう一つ日本の展示ポスターがあった。そこには誰もが知るあの人と、伝説と言われたISの写真が。

 

「暮桜は第一世代でありながらほんとスリムだよな」

 

 全身を覆うフルスキンであるにも関わらず装甲は極限まで磨り減らし、間接部分は肌が露出している。機動力と攻撃力のみに特化した第二世代の先駆け。

 

「暮桜、近接ブレードと零落白夜以外殆どデータのない。白騎士についで謎の多いIS」

「徳川も倉持も詳細を知りません。しかし数少ないデータから試験機が二機作られ、1号機が現国家代表である楠木麗の白鉄(しろがね)。2号機は……別途で試験中らしいです」

「そっか」

 

 まあ、恐らく2号機は篠ノ之束が手を加え、一夏の専用機となった白式ってわけだな。

 恐らく白式の出所についてはあまり公に出来ないのだろう。おもに篠ノ之束関連で。

 

 菖蒲は詳細を知ってるのかわからないし、場所が場所だから聞くのはやめておこう。

 

「白騎士についての項目は、まあ予想通りというか」

「こればかりは本当に詳細がなくて。篠ノ之博士が作ったと自ら公表しましたけど、実物は誰も見たことがありませんし。本当に白騎士は一機だけだったのかとさえ怪しい言われてる始末ですからね」

「そして、今公的に束製と言われてる紅椿の国籍を巡って政治的泥試合が行われてる………と」

 

 朝箒に聞いた話だが、昨日は一夏以上に勧誘や装備提供の話がこぞって来たらしい。

 余りにもしつこくて織斑先生が助けてくれたとか。

 

 絢爛舞踏。

 ワンオフ・アビリティーと定義してもチートにも程がある一を無限にするエネルギー増幅機構。

 下手すればISコアを経由して都市国家の電力を賄えるのではないかとも噂されてる力。

 この能力一つがあれば一国家の戦闘継続能力は飛躍し、他国に対して強力なアドを取れる。

 

 肝心の箒と紅椿を手に入れる為に、政府は水面下で暗躍している。というのが社会の裏の裏までも把握している会長の談だった。

 一個人、篠ノ之箒がその人間性を無視され国の道具にされる。それは箒や周りの皆が思う一番最悪のケースだ。

 IS学園に在学してるうちに、なんとかしたいのが学園上層部の意思らしい………

 

「疾風様。こちらにレーデルハイト工業の名前が載ってますよ? 見てみませんか?」

「ん? ああ、見てみよっか」

 

 まあ今は難しいことを考えずに学園祭を楽しむことにしよう。

 今日だけは平和に過ごしたい、そう信じて。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「いやー、回った回った。ていっても意外とIS関連だしてるクラス少なかったな」

「24クラスあるなかで4つですからね」

「でも満足した」

 

 一つ一つがしっかり確実性のある情報で構築され、被りが一つもないことから本気度が伺えた。

 今まで知ってたものが多かったが、新たに知った知識が見つかったことが何よりも嬉しかった。

 特にプロトタイプテンペスタはマジでヤバかった。まじ卍とはこのことである。

 

「疾風様は本当にISが好きなんですね」

「自他共に認めております」

「ええ。教室に入る度にはしゃぐのを我慢する子供のようでしたよ?」

 

 まったく間違っちゃいないな。

 

「まだ昼には早いですね。次は何処に行きましょうか?」

「俺はまだ時間あるけど。菖蒲大丈夫?」

「まだ大丈夫ですよ」

「そっか」

 

 じゃあ、何処に行こうかな………うーん。

 

「あ、じゃあさ。ちょっと寄りたいとこあるんだけど」

 

 

 

 

 

 

「こんにちわー」

「はいはいようこそ弓道部に、ってレーデルハイト君だ! と徳川さんも?」

「こんにちわ朝倉部長」

「なになに? 二人ともデートかい?」

「そんなところです」

「こらこらー。平然と誤解を招くこと言わないの」

「私は一向に構いませんっ」

「何処の中国拳法の使い手だい君?」

 

 時々変なノリが来るよなこの娘は。

 

 というわけで菖蒲が所属する弓道部に来ました。

 中には少数だが弓を射ってる人がチラホラと。

 

「しかしここで良かったのですか?」

「この前弓道部に勧誘しようとして断っただろ? せめて学園祭の出し物ぐらいはと思ってさ」

「疾風様、この徳川菖蒲。感謝の思いで一杯です!」

「そんな大袈裟な」

 

 感極まった菖蒲を一先ず置いといて弓道部部長が説明してくれた。

 

「まあ見ての通り此処では弓を射つ体験が出来るよ」

「結構人気だと聞きましたけど」

「うむ、特に外部客が多かったかな。でも今日は外部から来れないから客足は少ないけどね」

「逆に空いててラッキーでしたよ」

「ありがと。徳川、貸し出し用の胴着と弓矢持ってきてくれたまえ」

「わかりました」

 

 着物制服のまま奥の方に歩いてく菖蒲。弓道部の雰囲気と相まって凄く溶け込んでるというか、本人の出自もあって正に武家の娘って感じ。

 

「ところで君はうちの徳川とはどういう関係なんだい?」

「友達ですよ」

「無難な答えだねー。最近君がオルコット嬢と徳川のどちらが本命なのかというのがうちのもっぱらの話題の種さ」

「またその話ですか」

 

 もう何回も聞いた話に内心うんざりする。

 恋に恋する少女の性と分かってるものの、少し親密なだけで付き合ってるのではと言われるのはどうにもむず痒い。

 

「実際どうなんだい?」

「俺は今ISに夢中ですので」

「だが君の王冠はオルコット嬢に渡ったね?」

「………あまり思い出させないでください」

「それは無理な相談だ。いまや君とオルコット嬢の同棲はIS学園のホットニュースなんだから」

 

 分かっているから嫌なんだが。

 ニヤニヤまでいかなくても試すように笑いかける弓道部部長の目線に耐えられなくなっていると菖蒲が胴着に着替えて戻ってきた。

 

 数分後。

 胴着に着替えた俺は怪我防止用に弓道用の手袋をつけて貰っている。

 

「本当は弦を調整したりするのですが。ある程度調整されてるので大丈夫ですよ」

「おう、しかし結構厚いな手袋」

 

 菖蒲が言うにはこれでも軽装らしいが。

 

「先ずは巻き藁に射ってみましょうか」

「巻き藁、あれか」

 

 そこには木の台に乗った、牧草ロールの小さいバージョンのものが数個並んでいた。

 

「最初からあの遠い奴ではないんだな」

「感覚をつかんだり、引き方を調整するのに使うんですよ」

「まあ、いちいち遠くまで取りに行くわけにもいけないよな」

 

 危ないし、歩くのに時間割くものね。

 

「じゃあ宜しくお願いします先生」

「はい、任されました」

 

 弓を持つ菖蒲の姿は凄く完成していた。

 打鉄・稲美都に乗ってる時の姿もいいが、こちらはより精練されている気がした。

 自然と背筋が伸びた。

 

「先ずは足を開きます、はいそのくらい。的の方を見て、矢を構えます」

「こんな感じ」

「少し上ですね。もう少し下でいいです」

「真ん中じゃないんだな」

 

 弓の中心に矢を置いて引くものだと思ってたけど。こうして経験してみると今まで弓道というものを浅く見ていたのだと実感する。

 

 弓が結構大きいし、上の部分が大きいから少しバランスが揺れる。

 

「そこからゆっくりと引いて。力みすぎるとぶれますので落ち着いて」

「はい………」

「自分でここだというタイミングで」

「ふぅ………………っ」

 

 引いてた弦を離すと、飛ばされた矢は2メートル程先の藁に刺さった。

 

「おおー」

「どうですか?」

「一回射っただけなのに凄い神経使う気がする」

 

 狩猟用のライフルを撃ったことはあるが。こっちは反動はないのに胸辺りに疲労感が来た。

 なんつーか。力じゃなく心で射ってるような。よく分からないけどそんな感じ。

 

 そこから三発ほど巻き藁に射った後本番の的に向かうが。

 

「遠っ」

 

 弓道は一般的に遠的競技と近的競技の二つに分けられる。

 

 遠的の的は60メートル。近的は28メートルに定められている。

 今俺の目の前にあるのは近的競技。それでもこの距離から矢当てるというのは。

 

「当てれる気がしない」

「まあ、駄目でもともとです。先ずは射って見ましょう」

「むぅ」

 

 とりあえず先程巻き藁に射ってみたときと同じフォームを取る。

 銃と違って矢は早く落下しそうだから………

 

 ここらへん? 

 

 弦がしなる音が鳴り矢が少し山なりに飛んでいく。

 そのまま真っ直ぐ的に向かい。

 ーーー的のかなり前に刺さった。

 

「知ってた」

「まあ、ビギナーズラックなんて早々起きるものじゃありませんから。さあっ! 当たるまで射ってみましょう!」

「菖蒲さん? なんかスイッチ入ってない?」

 

 そこから28メートル先の丸い的にひたすら弓を引いた。

 力の加減を変えながら、微調整しながら射つこと10本目。

 

「………ああっ。惜しい!」

 

 的の数センチ横に突き刺さった。

 的の壁には届くようになったが、やっぱり当たるもんじゃないのかな。

 

「ねえ、弓道部って1日何本ぐらい射つの?」

「大体20本から40本ほどですね」

 

 すげー。

 恐らく俺の弓の引き方に問題があるんだろうけど。女子の力でそれだけ射てるって素直にすげえ。

 

「大丈夫ですか疾風様」

「ああ。情けないけど手痺れてきた」

「無理なさらない方が」

「そうだな。いやーど真ん中とは言わなくても一発は当てたかったな」

 

 こればっかりは仕方ないか。

 貴重な体験が出来たことは変わらないから良しとしよう。

 

「疾風様、もう一回だけ射ってみませんか?」

「いいけど。流石に当たらんと思うぞ?」

 

 渡された矢を弓につがえる。

 

「弓はまだ引かないで下さいね」

「おう。って菖蒲?」

「少し身体触りますから」

 

 そう言うと菖蒲は俺の背中に密着してきた。

 

「ちょ、何して」

「フォームを調整します。もう少し狙いを下に、肩はこのくらい、足はもうちょっとだけ開いて」

 

 淡々と話す菖蒲の指示通りに身体のあちこちを微調整する。

 

「はい、引いてみて下さい。まだ射たないで下さいね」

「了解」

「………もう少し右」

「こうか」

「………はい」

 

 菖蒲が俺から離れたことを確認し。俺は弦を持った指を離した。

 

 11回目の矢が飛んでいく。先程と同じく真っ直ぐ飛んでいく矢は的の方に向かっていく。

 

「あっ」

 

 息が漏れた。

 当たる。

 唐突にそんな予感がした。

 

 飛んだ矢は直径100センチの丸い的、ド真ん中よりすこし上に突き刺さった。

 

「あ、当たった………」

 

 弓を構えた

 

「お見事です疾風様!」

「あ、ありがとう。おおー当たった。なんか達成感とは違う何かを感じてるよ今」

 

 まるで自分のことのように喜ぶ菖蒲を前に正体不明の感情を浮かべる俺。

 良く分からないけど、負じゃなく喜の感情なのは確かだからとりあえず喜んどくべきなのだろうか? 

 

「ていうか当てたの実質菖蒲じゃん。菖蒲の微調整なかったら当たんなかっただし」

「いえいえ! 確かに調整はしましたが最後に弓を射ったのは疾風様です! 誇っていいのですよ!」

「そう? じゃあそうする」

 

 自覚したらなんだか腹の奥からムズッとしたのが上がってきた。

 的の方を見ると俺が射った矢がちゃんも突き立っていた。

 写真、とったら怒られるかな? 

 

「疾風君」

「はい。あ、部長。すいません長丁場になってしまって」

「いやいや全然大丈夫だよ。当ててくれてこっちも感無量さ。そこで一つ提案があるのだが」

「なんでしょう」

「弓道部に入りたまえ。君はなかなか筋が良さそうだ」

 

 唐突に勧誘されたんですけど。

 

「すいません俺生徒会に所属してまして」

「掛け持ちすれば良いじゃないか!」

「ISの時間も作りたいので」

「週一でもいいから! その時はこの我が部の美少女徳川菖蒲ちゃんが付いてくるぞ!」

「手取り足取り!」

「時には腰取りも!」

 

 ん? なんか部長とは違う声も聞こえるぞと思ったらいつの間にか包囲網が構成されてる!? 

 

「菖蒲ちゃんはいいぞ」

「容姿は申し分なし何より気配り力が半端じゃない」

「ご飯も馬鹿上手い」

「お嫁にいかが?」

「なんか違う方向性に持ってきてません!?」

「さあさあ」

「さあさあ」

「皆さん疾風様を困らせないでくださーい!」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「圧が凄かったな」

「そ、そうですね」

 

 なんとか弓道部包囲網を脱した俺と菖蒲は。

 

「ん、この黒糖きなこわらび餅クレープ上手いな」

「はい、とっても」

「口の中の水分ギュンギュン持ってかれてるけどな」

 

 屋上でクレープを食べていた。

 弓を射つのに夢中で気付かなかったが時間帯はお昼時になっていて、道すがら露店でピックされてた黒糖きなこわらび餅クレープをゲットしたのだった。

 

「お水買えば良かったですね」

「イーグルのバススロットに水入ってるけどいる? 未開封のやつ」

「宜しいのですか?」

「うん。はいどうぞ」

 

 虚空からポンとミニサイズのミネラルウォーターを二つ取り出して一つを菖蒲に渡した。

 喉をならしながら飲む菖蒲。半分なくなったところを見るとやっぱやられたか水分。

 グイッと飲んでみると乾いた細胞の隅々に水分が行き渡った。うーん、オアシス。

 

 ………しかし菖蒲はどうしたんだろうか。

 

「疾風様」

「んー?」

「………いえ、なんでも」

 

 屋上についてから頬を赤くして俺の名前を読んでは口ごもる。

 その後にキョロキョロと辺りを確認しているように目を動かす。

 とにかく落ち着きがなかった。

 

 因みに最初のほうはチラホラ人がいた屋上はいつの間にか無人になっていた。

 

 クレープの最後を放り込んだ。ん、尻のほうにもわらび餅が入ってる。これは当たりだな。

 

 ふいに菖蒲の方を見るとバッチリと目があってしまった。

 ポッと更に赤くなった菖蒲は残りのクレープを押し込んで水で流し込んだ。

 

「菖蒲。なんか俺に言いたいことあったりする?」

「………はい」

 

 頬に手を当ててうつ向く菖蒲。

 根気強く待って上げると。意を決したのか菖蒲はベンチから立ち上がった。

 

「疾風様」

「はいはい」

「その………私と学園祭回れて楽しかったですか?」

「勿論。ていっても半分以上IS関連ばっかだったな」

「それは私も楽しかったですし。疾風様の好きな物を共有できたのは嬉しかったです」

「そう言って貰えると助かる」

 

 結構ISにのめり込んだ自覚はあったから。

 IS好きだからって理由にはならないよな。これからは少し気を付けないと。

 

「疾風様」

「うん」

「………私」

 

 風が鳴った気がした。

 それ以外の音がシャットアウトされ。菖蒲の声がやけにクリアに聞こえた。

 

 予感めいた物を感じた。

 考えないようにしてたもの。

 弓道部での最後の一射のときに感じたのと同じような物を。

 

 菖蒲は思いっきり息を吸い込んで吐いた。

 

 俺は菖蒲が次に話すことを聞き逃さないように集中した。

 

 何故かはわからない。だけど

 この言葉は絶対に聞き逃してはならない。

 そう思ったからだ。

 




 鈴は二組だけど居ます(断言)
 鈴と一夏だったらどの部活に言ってたでしょうね。
 興味がつきません。


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第51話【人生で一度はある俺を殺せ!な時】

 

 

「………ふーーーーーー」

 

 誰もいない屋上で顔を手で覆いながら長く息を吐いた。

 

 夏の暑さが幾分か抜けた生ぬるい風が執事服を揺らす。

 

「あーーーーーー」

 

 今度はそのまま上を向いて呻いた。

 顔は覆われているが。隠せていない耳は真っ赤だった。

 

 

 

ーーー◇ーーー

 

 

 

「疾風様………私」

「………」

 

 今の俺は全神経を菖蒲の声に傾ける為に使っていた。

 それゆえに周りの雑音は一気にクリアになった。

 菖蒲は頬を赤くしながらも目は真剣そのものだった。

 

 意を決したように菖蒲は口を開いた。

 思わず身体に力が入った、が。

 

 菖蒲がチラッと俺の後ろを見た気がした。

 釣られて俺も後ろを見てしまった。あるのは屋上の入り口しかなく、誰かいるようには見えない。

 

「疾風様」

「わっはい! なんだ?」

「疾風様にお願いがあるのですが」

「お願い………お願い?」

 

 ん、あれ? 

 

「学園祭の終わりにキャンプファイヤーがありますよね」

「うん、あるけど」

 

 えっと?

 

「そこでフォークダンスがあるのですが。良かったら一緒に踊りませんか?」

「俺でいいなら別に………」

「ありがとうございます!」

 

 菖蒲はパアッと花が咲くように笑った。

 対照的に呆然とする俺に、菖蒲は疑問符を浮かべた。

 思わず俺は聞いてしまった。

 

「菖蒲、言いたいことって、それだけ?」

「え?」

「いや、なんでもないでございます!」

「なんか言葉遣いが変ですよ?」

「………」

「大丈夫ですか疾風様?」

 

 

 

 

 

 その後はというと。菖蒲は徳川財閥本社の人から電話が来て屋上を出た。

 なんでも昨日損傷した打鉄・稲美都を受け取りに来たんだとか。

 

 そして屋上で一人残された俺はというと。

 

「………死にてぇ」

 

 ベンチに横になって悶えていた。

 

 いやかなり死にたい………マジでほんと人生で一番恥ずかしい。今なら姫騎士も真っ青の「くっ、殺せ!」が言えるだろう。

 

 だってさ、だってさ。

 

「告白かと思ったじゃん」

 

 口にした途端がーー! っと胸の辺りが熱くなりムズムズした。

 これ以上ないぐらいというか平静を保てないレベルでそれはもうガチで時を戻したいレベルでの羞恥。

 

「俺の馬鹿、マジ馬鹿、身の程をしれ、この、地味眼鏡!」

 

 なーーにが告白だと思ったじゃんだよ!

 ばっかじゃねーの!? 

 あーもうなに身構えてたの死ぬほど恥ずかしいわ! 

 恥ずっ! 恥ずっ! 恥ずっ! 恥ずっ! 

 

 ほんと自惚れてんじゃねえよ俺は! 天然女性落とし織斑一夏君じゃねーんだぞ! 

 俺はただのISギーク地味眼鏡の疾風・レーデルハイトだっつの!

 

「あーーもう、マジでほんと。あーー」

 

 ベンチの上で悶え狂う執事というドン引きな光景を晒してる。誰も見ていないのが幸いだろうか。

 

 奉仕喫茶の人気No.1執事。二人しかいないとはいえ一夏より人気だというのは個人的に嬉しくないと言ったら嘘だった。

 忙しさで倒れそうだったけど。なんの打算も無しに女子から人気があるというのは嬉しかった。

 村上みたいに女子にモテたい! とは思わないけど、それでも嬉しいもん。だって男の子だし。

 

 それで俺にも男として自信がついたのは確かだった。

 

 自分でいうのはアレだが。俺は勘が良い。

 そばにいる一夏に比べたら雲泥の差で勘が良いと自負してるし、他人からもそう思われてる。

 疾風の爪の垢を煎じて飲んでほしいというのが一夏ラバーズの談である。

 

 だから菖蒲の行動を見て、もしかしたら俺は菖蒲に好かれてるのかもしれない。そんな幻想を抱いたのは仕方ない………と思いたい。

 

 再開して行きなり感極まってハグしてきたこともあった。

 俺のためと言って重箱弁当を作ってくれたし。

 ところどころ赤くなってしどももどろになってた。

 

 そして極めつけが。

 

『貴方の王冠と交換ならいくらでも』

『是が非でも欲しいです』

 

 シンデレラの時、菖蒲は俺の王冠を欲した。

 シンデレラの王冠の報酬はその王冠の主との強制同棲権。

 他に報酬があるのかと会長に聞いたけどそれはないと言っていたから間違いはない。

 

 もし菖蒲の目的が一夏ラバーズのものと同じだったら。

 これまでの行動にも納得が言ったと思った。だから機会を見てどうして俺の王冠を狙ったのかと聞いたつもりだった。

 

 結果はこうだったが。

 

「第一、告られたとしてどうしたんだよ俺………」

 

 俺にとって菖蒲は大切な友達であって、恋愛対象としては見ていない。

 菖蒲が魅力的じゃないという訳ではない、むしろ菖蒲は世の男が望む理想的な女性像だろう。

 それでも恋愛として見るのは話は別だ。

 告白されたからといって、それに流されて交際に同意することは相手にとって失礼だと俺は思ってる。

 

 なーに偉そうに語ってんだか。

 

「………一夏のこと鈍いって言えねえわ………あー、ほんと馬鹿だよ俺は」

「さっきから何をブツブツ言ってますの?」

「おおっ!?」

 

 突如声が上から降りてきた。

 突然のこと過ぎて起き上がろうと身体をよじったが、幅の狭いベンチの上で行きなり身体を起こし、ましてや異様に動揺してる状態でそんなことをしたらどうなるか。

 

「いっ、ぐへっ!!」

 

 結果は明白である。

 

「大丈夫ですの、疾風?」

「………………頼むからそっとして」

 

 そこにいるであろうセシリア・オルコットに向け。俺はか細すぎる声でそう言った。

 

 よりによって一番見られたくない奴に見られた………

 さっきより恥ずか死にたい状況になった。

 

 それから時間にして数分無言の時間、というより俺の精神メンテナンスの時間が費やされた。

 ある程度回復した俺はこればかりはハッキリさせなければと、メイド服に身を包んだセシリアに聞いてみた。

 

「セシリア、いつから居た」

「えと、その、ついさっきですわ」

 

 信じるぞその言葉。じゃないと俺は羞恥で体内から爆発四散しかねない。

 

「とりあえず起き上がりなさいな。執事が床に寝そべるなどあってはなりません」

「この状況でよくもまあ………いやなんでもねえ」

 

 動くのを半ば拒否してる身体を無理やり動かし、ベンチに戻った。

 

 ようやく目を開けてみると。隣にはメイド服のセシリアが。

 相変わらずの似合いよう。流石奉仕喫茶No.1メイドだ。

 

「で、なんでお前ここに来たのさ」

「………噂を聞いて」

「噂とな」

「その、疾風が菖浦さんに告白されるとか、なんとか」

「ないです」

 

 即答してやった。

 胸に穴空いてないかなってぐらい痛みが走ったけどもう気にしねえ。

 

「ないです、ありません、そんな事実は何処にも存在致しません」

「な、何故そんな否定しますの」

「聞くな………」

 

 頼むからこれ以上俺の傷に粗塩をぶちこんですりおろさないでくれ。

 

 チラッとセシリアを見てやると。

 

「そうですか、違いましたか。そうでしたか………」

「なんで嬉しそうなんだお前は」

「べ、別にそんなことありませんわよ!」

 

 なんかニマッとしていた。

 直ぐに引き締めたけど間違いなくニマッとしてた。

 

 ま、まさかこいつ。菖蒲が告白してくるんじゃと勘違いしていた俺を察してそんな顔を!? 

 あ、悪魔め………

 

 幼馴染みの思わぬ悪趣味っぷりに衝撃を受けた俺は更に凹んでしまった。

 青い線出てねえかな………

 

「コホン。それで疾風、結局菖浦さんに何を言われたのですか」

「とことん追い討ちをかけてくるね。そんなに俺を傷つけて楽しいか。あれか? 今までの仕返しという奴か? おん?」

「なんの話ですか。じゃあ何も言われてないのですね」

「いや、夜のフォークダンスに誘われただけだけど」

「え!?」

 

 セシリアが驚きの声を上げた。

 そんな驚くことか? あれか? 俺みたいな勘違いイキリ野郎なんか誰からもフォークダンスに誘われないだろうから驚いたって奴か? 

 ………駄目だ。超ネガティブになってる。

 

「あの、それで。お受けしたのですか」

「したよ」

「な、何故?」

「別に断る理由ないし」

「断る理由が、ない?」

 

 なんかショックを受けたような顔をしてる。忙しいなお前。

 ………あー、成る程。

 

「そういやお前さ。シンデレラで俺のこと不埒野郎って罵ってたよな」

「そ、それがなんですか。事実でしょう、ハーレム結成なんて目論んで」

「豪華商品でどうやってハーレム作れるんだろうね」

「そうです豪華商品で………え?」

 

 今度はキョトンとした顔をした。目をパチクリとさせている。

 今日だけで何個表情見れるんだろうか。

 

「え、え? シンデレラとの同棲権ではないのですか?」

「会長からは豪華商品としか知られてないよ」

 

 まあその豪華商品=女性の同棲権っていう爆弾の可能性もなきにしもあらずだがな。

 相手があの会長だし。

 

 勘違いで俺に切ってかかったことに気づいたセシリアは目に見えて落ち込んだ。

 そうなるのも無理はない。セシリアは根っからの貴族精神で高潔、責任感というのが人一倍強い奴だ。

 無実な俺を勘違いで罰しようとしたと分かれば間違いなく自分を攻める。セシリア・オルコットという女はそういう奴なのだ。

 

「ご、ごめんなさい疾風。とんだ思い違いを」

「ぶっちゃけ会長はその勘違い狙ってた説もあるよな。なんせTHE愉快犯な生徒会長だもの。まんまと乗せられたな」

「うぅ………」

 

 ということでここでフォローしとかないと後々面倒臭くなるのは明白。

 ………うん、良い機会だからここらへんでぶっ混んどくか。図らずとも二人っきりな訳だし。

 

「そんなことよりどうすんだよ」

「何がです」

「同棲、俺とお前の」

「!!」

 

 そう、散々引っ張ったけど一番重要な問題がまだ解決していないのだ。

 

 なんかどっかの記事で誰かが言っていた。

 

『時間のいいところを教えてあげよう。必ず過ぎていくことだ』

『時間の悪いところを教えてあげよう。必ず訪れることだ』

 

 まっことそのとおりで今ほど当てはまるものはないだろう。

 

 会長が言うには早くて明日、遅くても明後日には同棲するのだ。俺と、セシリアが。

 

「お前なんで俺の王冠持って逃げたんだよ」

「き、気が動転してしまって」

「てかそもそも何故参加したし」

「強制的にあれよあれよとドレスを着替えさせられてですね。疾風に会うまでは皆さんのサポートをしていましたわ」

 

 強制的って。マジで巻き込み大好きだなロシア国家代表。

 

 正直、虚先輩と会長一緒に住むのと何が違うんだって思うことだろう。

 全然違う。

 

 虚先輩とは適度に距離感をもって過ごしていられた。互いに必要以上に干渉せずに飽くまで同居人としてやりくりしていた。

 会長の場合は1日だけだったし、対応を誤らなければ一夏のようにはならない。もし同棲が長引いてたとしても、ああ見えて会長は一線は弁える人………な、気がする。

 

 対してセシリアはどうか。

 お互いある意味勝手知ったる仲。お互いの弱みも理解しあい、二度とはいえ死線を切り抜けた頼れる親友。

 いつものメンツの中で特に距離感が違うのは間違いなくセシリアだ。

 なによりセシリアは美人と呼ぶにふさわしい。上記二人が美人なのではないということは決してないが、セシリアのそれは………なんというか、言葉に出来ないが他の人とは違うのだ。

 

 そんな彼女と同じ屋根の下でしばらく暮らす。それは字面以上に高難易度なシチュエーション。

 ………最大の懸念は、何かしらトラブルが起きて関係が拗れること。

 それが一番怖いのだ。

 

 セシリアのことを考えても、やはり得策ではない。

 彼女の出自も考えると、恋人関係でもない男と同棲なんて心底嫌だろうし………。

 

「あっ」

「なんです?」

「同棲しなくてもいい方法を思い付いた」

「どんな?」

 

 思ったより食いぎみじゃないことは置いといて俺は人差し指をたてた。

 

「お前が全力で拒否すればいいんだよ」

「拒否?」

「そうそう。いくら会長が強制とか言ったとしても、お前が強く反対しまくれば会長も折れるだろ」

 

 生徒会長権限といっても最終的に対象がどうしてもやりたくないと言えば流石に渋る筈。

 会長は他人で遊ぶ人だが、本人が絶対にやりたくないということはしない。

 飽くまでほどよい加減で他人を巻き込んで楽しむ、それが更識楯無という人だ。

 

「わたくし一人の発言など容易く飲み込まれてしまうのでは?」

「そんときは学園内にセシリアが俺と同棲したくないって噂を流すさ。なんなら黛先輩に頼んで新聞で広めてもらうよ」

 

 学生の新聞と侮ってはいかない。IS学園新聞の浸透率の高さは奉仕喫茶の宣伝用写真が証明している。

 おかけで俺とセシリアはどちらもNo.1指名率だ。

 

「黛先輩は楯無先輩側の人間だと思うのですが」

「断られたときは………まあこの身を生け贄にしてでも頼むさ」

 

 1日密着取材とかされそうだ。

 いや、その程度ですめばの話だな。

 だが校内新聞として生徒の全員が認知し、それでも同棲を強硬すれば生徒会長の権威に響く。

 

 我ながらえげつない策だと思いながらセシリアの顔を見ると。予想とは裏腹にセシリアの表情は優れなかった。

 

「セシリア?」

「わたくしは反対です」

「なんでさ」

「だって、そんなことをすれば疾風の評判が悪くなるでしょう」

「それは、まあ」

 

 この作戦のデメリットはセシリアが言った通り俺の評判が低下することだ。

 校内でも数少ない専用機持ちであり代表候補生。文部両道、眉目秀麗を地でいくセシリア。彼女がそこまでのことをしてまで疾風・レーデルハイトと同棲したくない。

 

 そうなればどうなるか。

 答えは簡単、疾風・レーデルハイトはそれに同棲するに値しない、もしくは同棲したくないと言われるほど低俗な男なのではないかと。

 

「じゃ、じゃあ俺も一緒に言えばお互いの印象もそう悪くは………」

「………疾風は、そんなにわたくしと同棲したくないのですか?」

「はぁ?」

 

 何を言ってんだコイツは。

 突拍子もないことを言い出したセシリアに俺は思いっきり首を傾げた。

 

「だって、さっきから否定的なことばかり言って。そんなにわたくしのこと」

「おまっ。俺は、お前が俺なんかと同棲なんかしたくないって思ったから言っただけで」

「誰もそんなこと言ってませんわ」

「はぁ!? じゃあ何? お前俺と同棲したいわけ?」

「そ、そうは言ってないでしょう!」

「じゃあなんなんだよ!」

 

 いつまでも煮え切らないセシリアに思わず大きな声を出してしまった。

 

「………」

「お前菖蒲となんかあったのかよ」

「い、今関係ないでしょうそんなこと」

「ほんとにねえのかよ。それを差し引いても最近のお前の様子がおかしいのは菖蒲が関係してるんじゃねえのか」

「………答えたくありません」

 

 唇を噛んで目を伏せるセシリアを見て胸の辺りが痛くなった。

 

「菖蒲がお前に嫌がらせしてるって訳じゃないよな?」

「それはありません! ただ、その………ごめんなさい」

「謝んなよ」

 

 別にそういう顔してほしい訳じゃないんだよ………

 

 それからセシリアは顔を伏せたまま黙り込んだ。

 いつもキリッと自信満々で荘厳な彼女を知ってる俺としては今のセシリアは酷くくたびれてるように見えた。

 

「セシリア」

「はい」

「一緒に学園祭回らない?」

「え?」

 

 セシリアが顔を上げると、いつ見ても宝石のように綺麗に光る蒼い瞳と目があった。

 ほんと整った顔してると思いながら戸惑うセシリアを誘ってみる。

 

「まだ俺時間あるし、このまま一人で回るのも味気ないだろ。それに二人で回ったら宣伝効果にもなるし」

「それはそうですけど」

「とりあえず今は難しいこと忘れて楽しまないか? お前が良ければだけど」

 

 正直落ち込んだ女の子の慰めかたなんてそこまで熟知してないし、話を振っておいて凄く虫のいい言い分なのも自覚してる。

 こういう時決まって一夏ならもっと上手くやれたかなと思う。鈍感云々置いといても、あいつのコミュ力は凄いから。

 

「疾風は、いいんですか?」

「ん?」

「わたくしと一緒に回っても」

「少なくとも俺はお前と学園祭回りたいと思っている」

 

 だから直球で勝負するしかない。

 いや一夏も直球一直線か? じゃああいつと俺の何が違うんだろう。

 にじみ出るジゴロ力? あと顔と声? 

 

 割りとどうでもいいことを考えていると。セシリアはフッと笑った。

 

「しょうがないですわね。疾風がそこまで言うのでしたら付き合ってあげようではありませんか」

「なんか引っ掛かりのある言い方だな」

「あら、疾風はわたくしとどうしても一緒に回りたいのですよね?」

 

 そこまでは言ってないんだが。

 確かに一緒に回ろうとは思って誘いましたけども。

 しかしここで否定するとまたややこしくなるのは分かりきってることだし。

 

「ええ、どーしてもセシリアと回りたいです」

「よろしい、では行きましょうか」

「畏まりました、お嬢様」

「あら、今のわたくしはメイドですわよ?」

 

 意外とはまってるのかいセシリアさん。

 

 ということでセシリアと学園祭に回ることになった。デートではないぞ、もう自惚れん。

 

 正直言うとイギリスの2号機のことも聞きたかったが。今のセシリアにこれ以上深く行くのは酷だろう。

 今はセシリアの機嫌が直ったからよしとする。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 何処を回ろうかと吟味し、俺達は部活関連の出し物に行くことにした。

 弓道部のやつを見るに普通に部活体験的なことが出来ると分かった。

 美術部のような例外はあるだろうが。

 

 時間はあるが有り余ってるわけではないので、比較的空いてるところを中心に回ることにした。

 

「唐突ですが腹が減りました」

「何も食べてませんの?」

「クレープは食った」

「それだけじゃ膨れないでしょう。丁度あそこにおあつらえ向きなのがありますわよ」

 

 セシリアが指を指したところは調理室、つまり。

 

「ようこそ料理部へ! ってレーデルハイト君とオルコットさんじゃない!」

 

 料理部に来てみた。初っぱなから料理部部長に捕まった。

 大分アグレッシブなお方らしい。

 

「なになに? メイドと執事の逢い引きって流行ってるの?」

「どういうことです?」

「さっき織斑君とデュノアさんも来てたんだよ」

 

 ほう、シャルロットは料理関連で攻めたのか。

 男は胃袋掴んでなんぼってのは熟知してるのだろう。現に調理室の黒板にデカデカと「男の胃袋を鷲掴め!!」と書かれている。

 女子高だから未来の花嫁修行の一環もになってるのだろうか。

 

 シャルロットの場合。相手は織斑家の家事を一手に引き受けるTHE主夫なのが難題だ。あいつの飯マジで美味いから、ほんとに。

 

「和食の惣菜がメインなんですね?」

「食べてくかい? 特別にお代はタダにしてあげるよ?」

「マジすか?」

「対価は?」

 

 すかさず条件があると踏んだセシリアがサッと突き込んでいく。

 

「二人の写真撮らして! そしてここに票を入れて頂戴!」

「まがりにも生徒会副会長の前に堂々と賄賂ですか」

「だって織斑君料理上手って評判だし、男子であるという点を除いてでも欲しい人材なんだよ!」

 

 成る程、単に物珍しい目的ではないということか。

 

「駄目ですよ、ちゃんとお金払いますからね。今のは聞かなかったことにします」

「えーー、じゃあせめて写真だけでも。割り引くからさ」

「どうする?」

「良いではないですか。もう撮られてるわけですし、減るものではないでしょう。お代はきっちり払わせて頂きますが」

「クッ、流石にリッチコンビ相手に値切りは愚策だったか」

 

 愚策と知りつつも突き進むその気概、嫌いじゃないですよ。

 

 テーブルの上にズラッと並ぶ惣菜。どれも彩りがよく、例外なく美味そうだ。

 

 肉じゃがに豚汁、秋刀魚の塩焼き、お寿司まである。

 なかなか豪勢なラインナップのなか、一際目を引いたのは。

 

「部長さん、唐揚げいただいても」

「はいはい。どうぞー」

「「頂きます」」

 

 揚げ物の王道の一つ、鳥の唐揚げ。

 

 茶色という色の脇役と言えるのにこれ程食欲をそそるのは揚げ物の特権だな。

 小皿の上で存在感を放つ一口大の唐揚げをつまんでパクリ。

 

「ん、あふあふ。んー、これは」

「んふ、肉の旨味がこれほど」

 

 火傷しかけながらほう張る唐揚げのこれまた美味しいこと。

 ちゃんと火は通ってるのに肉が全然固くなく、ジューシーな肉汁が口内に容赦なく襲いかかる。

 

「んふー。美味しいでしょ? 料理部の唐揚げは一味違うぞ。ここでは一回で上げずに何回にも分けて揚げてるのさ」

「一度で一気にじゃないんですか?」

「何回かに分けることで肉の旨味と水分を閉じ込めるのさ。詳しく聞きたければ入部したまえレーデルハイト君!」

 

 やはり勧誘が来たか。この味は魅力的だが、やはりISには勝てぬ。

 本当に美味しいのだが。

 三個ぐらいあった唐揚げをペロリと平らげる。

 ふとセシリアは残り一個の唐揚げをジーーっと見つめていた。

 

「………」

「どうしたセシリア」

「料理部、入ってみようかしら」

 

 ピシッ! 調理室に戦慄が走った。

 他の生徒に料理の案内をしていた料理部部員も一斉にこちら、というよりセシリアを見て青ざめた。

 

 全員がセシリアが部活入りした時のイメージを構築したのだろう。

 間違いなくカタストロフィ的な飯テロが起こる。

 飯テロ、意味は真逆なのがこんなのにも悲しいとは。

 

「オルコットさん」

「はい?」

「悪いが諦めてくれ」

「な、何故です!?」

「必然だな」

「何故ですか!?」

 

 このあと料理部部長の悲壮に満ちた説得により、セシリアの料理部入りは無事阻止されたのだった。

 

 ふと、根本的に解決しなければ俺の命も危ういのではと気づいた。

 気づきたくなかったよ、こんな同棲リスク。

 

「納得いきませんわ!」

「してくれ頼むから」

 

 じゃないと俺が死ぬ。

 

 そう願いながら俺は追加の肉じゃがをモグモグしていたのだった。美味しかったです。

 

 



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第52話【不確定だからこそ未来なのだ】

「バリッバリ。バリッバリ」

「おいおい、お嬢様がそんな非エレガントな顔して食っていいのかよ」

 

 次の部活動のとこに行く途中でお祭り同好会なるところからりんご飴を買ったので道中で齧りついていく。

 だがセシリアは料理部から拒否られたせいでご機嫌斜めなのか雑に赤い飴を噛み砕くという事態になってしまった。

 

 結局セシリアはなんで断られたか分からずじまいに。

 自分の噂ほど本人は知らないというのはあるが。セシリアの場合不思議とそういう噂はたっていない。

 皆が言うには善意100、いや120%で作ってくれたのに不味いと言えない。

 オルコット家使用人一同は間違いなくセシリアの為ということだろう。ベクトルが違うけど。

 

 俺から見たら原因を指摘しないで危険物扱いで放置した結果引くに引けなく、後ろに下がることも出来ずという八方塞がり状態なのだろう。

 なんとかしなければ。結局同棲の話も決着がついてないし。

 

「疾風」

「なんだ」

「これはどうエレガントに食べればいいのです?」

「しっかりしろお嬢」

 

 幸先不安だ………

 頼むからりんご飴をそんな光のない目で見るな。悲しくなるから。

 

「あれ、奇遇ね」

「よっ」

「おいっす」

 

 一夏と鈴を発見。

 イケメン執事と活発チャイナ娘という組み合わせは一夏という存在も相まって存在感が半端じゃない。

 

「その様子だと無事に勝ち取れたみたいだな」

「お陰さまでね。ていっても四番目で最後だったけど」

「一緒に回れてよかったな」

「まあね」

 

 心のこそから嬉しそうに笑う鈴。

 教えた甲斐があったというものだ。

 

「一夏は一夏で若干顔に疲れ出てる?」

「いや全然そんなことないぞ。まだまだ元気だ」

 

 即座にそう言える辺り流石というしかない。

 一夏のいつもの気さくな笑顔を見て感心する。

 

「セシリアはどうしたんだ? なんかりんご飴をジーっと見てるけど」

「自分自身を見つめてんじゃね?」

「………あら? 一夏さんと鈴さん、いつからそこに?」

「あんた大丈夫なの?」

 

 思わず半眼になる鈴の前でセシリアはりんご飴をおもむろにガブリ。釣られて俺もガブリ。

 

「二人はこの後何処に行くんだ?」

「部活の出し物まわろうかなって。一夏は部活のやつどっか行った?」

「えっとシャルとは料理部、ラウラは茶道部で箒とは」

「剣道部か?」

「あたり。あとさっき鈴とホラー研究会のお化け屋敷に行った。結構怖かったぞ、鈴なんか終始震えっぱなしだった」

「余計なこと言うな!」

 

 脛を的確に打ち抜いた鈴の蹴りは一夏を悶絶させるには充分すぎた。

 

「それで、鈴はハプニングついでに一夏に抱きついたと」

「だ、抱きついてないわよ! ていうかそんな余裕なんかなかったし」

「勿体ねえ。鈴、その時の一夏との出来事をちゃんと思い出してみようか。幸せな気分になれるぞ」

「……駄目だわ! お化け屋敷のビジョンしか浮かばない! てか嵌めたわねあんた! また怖くなってきたじゃない!」

「ハッハッハ」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「はーいいらっしゃーい。おっ、また執事とメイドさんだわ」

「ども、一夏の紹介で来ました」

「あら嬉しい。ようこそ茶道部へ。ところで写真とっても?」

「「どうぞどうぞ」」

 

 行く先々で写真をねだられてもはや疑問も躊躇もなかった。

 即座にポーズを取るのも手慣れたもの。

 

「しかし見事な部室ですわね。学校の中じゃないみたいです」

「IS学園ってそこらへんの気合いの入れようは凄いのよ」

「納得です」

 

 畳張りなのはもちろんのこと、壁や棚などもしっかりしている。

 出された茶器も安物ではなくちゃんとしたものだろう。

 ふとカッコーンという音が聞こえた、何処かにししおどしでもあるのだろうか? 

 

 まあとにかくIS学園はIS関連ではない設備も充実しているのだ。そのおかげもあって部活の催し物はクラスのものとは一線違ったものを感じる。

 

「じゃあこちらに正座でどうぞ」

「せ、正座か」

 

 確かに茶室で胡座や崩しは違うよな。

 言われたとおり正座したはいいものの、茶室に執事とメイド服が正座って完全に浮いてるよな。

 

「ところで、あなたこういう経験は?」

「まったくない。ネットで見たぐらい」

「体験だからそこまで作法に厳しくないから安心して。ここの目的は抹茶の美味しさと和菓子を楽しむ為の物だから。ここだけの話、行きなり固くやりすぎると萎縮しちゃって票が貰えないからね」

 

 成る程、こういうところで戦略が動くわけか。

 それでも正座を指定してくるってことは、そこだけは譲れないという気持ちの現れだろうか。

 

「はい、和菓子でございます。食べてる間にお茶を点てとくからね」

「お茶を点てる?」

「抹茶をお湯でとかして、そのブラシみたいな………なんて名前ですかそれ」

茶筅(ちゃせん)

「ありがとうございます。その茶筅で抹茶とお湯を撹拌して泡立てる」

「そうするとどうなりますの?」

「美味しく、なる?」

 

 漠然とした答えにセシリアは俺から部長に視線を移した。

 部長はにっこり笑って頷いた。

 

「はい、あってますよ。理由といっても、このほうが美味しくなるというのが正解です」

「よかった………。あ、すいません知ったような感じで話して」

「いーえ、おかげで説明する手間が省けたわ。はい、お茶菓子です」

 

 出されたのはねりきり(白餡とつなぎを混ぜ合わせたもの)で作られた桜と白兎だった。

 

「これは、なんとも愛嬌のある」

「まさか可愛すぎて食べれないという?」

「むっ、出された以上責任をもって食べますわ」

 

 そういったセシリアは白兎をパクリと食べた。

 俺も桜のねりきりを取った。

 五つの花弁に真ん中には花芯を模した黄色に着色されポツンと。デフォルメされたデザインだが、一目で桜と分かるあたりポイントはちゃんと抑えられたフォルムだ。

 桜を頬張ると、白餡の甘味と舌触りが広がって溶けていく。

 

「美味しい。優しい味ですわね」

「セシリアちゃんはあまり抵抗がないのね?」

「というと?」

「さっき織斑君と来ていたボーデヴィッヒさんなんかどう食べたらいいのか分からなくて眉間に皺がよってたわ。兎ちゃんと目があっちゃったのね」

「なんですかそのほんわか話」

 

 前から思ってたけど、時々ラウラのことを軍人だって忘れる時がある。

 なんつーか。副官の間違った日本知識を鵜呑みにしたり、可愛いものに目がなかったり、純粋過ぎるというか。

 あれでISを乗せたら苛烈に敵を殲滅しにかかるドイツ最強部隊の部隊長だと言うのだから、人間とは見た目だけで認識してはいけないのだと分からされる。

 

「どうぞ」

 

 俺とセシリアの前に点てられた抹茶が出される。

 撹拌された抹茶はきめ細かい泡に覆われている。

 

「確かお点前いただきますといって飲んだ気がする」

「成る程」

「「お点前いただきます」」

 

 ズッと抹茶に口をつける。

 抹茶アイスより苦い抹茶が口に広がる。思ったよりもったりしていない。

 

「なんとも浸透するような苦味ですわね」

「お茶菓子と一緒に食べれば苦味が薄れますよ」

「ふむ」

 

 白餡で作られた白兎さんを食べ、再び抹茶を流し込んでみる。

 

「ほー。なんともホッとする味といいますか。心が洗われるといいますか」

「美味しいです」

 

 最後の一口を飲みほし、茶碗を置いた。

 

「結構なお点前で」

「…結構なお点前で」

 

 〆の台詞を言うと一拍遅れてセシリアも言ってくれた。

 

「今日はありがとうございます。とても美味しかったですわ」

「それはそれは。オルコットのお嬢様に言って貰えて嬉しいです」

「生の抹茶って凄い苦いイメージあったんですけど、そこまでじゃないんですね」

「結構誤解されてるのよ。よかったら広めてくれたら嬉しいな」

「わかりました。クラスの人に言ってみます」

 

 本当は色々細かい作法とかあったんだろうな。最初と〆の台詞も多分タイミングとかあったんだろう。

 

 部長さんに見送られ、俺達は茶室を後にした

 

「そういや聞いた話なんだけどさ。茶道部の顧問って織斑先生らしいぞ」

「え? そうなんですの?」

「そうそう」

「それなら大層人気の部活なのでしょうね」

「と思うじゃん? 来たやつ全員正座されてふるいにかけられたらしいぞ。しかも、二時間も」

「に、二時間………!」

 

 ヒッと悲鳴が漏れた。

 それもそうだろう。臨海学校のデブリーフィングでわずか四分の一である30分で阿鼻叫喚の声をあげた箒を除く一夏ラバーズの姿を思い出せばこうもなろう。

 現に短時間なのにも関わらず俺達の足に若干の痺れがある。

 

「てっきり剣道部かと思ってましたわ」

「それな? じゃなくても運動部かと思ったのに」

「織斑先生はお忙しい方ですから、文科系なのではないですか?」

「そうだな。しかし和服でお茶を飲む織斑先生か………」

 

 髪を纏め、和服に着替えた織斑先生。

 流れるような動作、そして抹茶をすする。

 

「………こりゃあファンも殺到するわ」

「想像だけで美しいとはいったい………」

 

 その場にいなくてもやはり織斑先生は織斑先生だった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 セシリアが少しよりたいところがあると、寄ってみたのは吹奏楽部の楽器体験コーナーだった。

 

「おっ! 本日54人目のお客様! と思ったら奉仕喫茶No.1コンビじゃん! 写真」

「いいですよ」

「やりー!」

 

 ピロリンとスマホの音声が鳴った。と思ったら回りから一気に電子音の嵐。

 流石吹奏楽部、スマホでさえ楽器になり得るのか。

 

「ここではどのような楽器を体験出来ますの?」

「ここにあるのならどれでも出来るよ」

「マジすか、太っ腹ですね。その割にはお客さんあんまり来てないみたいですけど」

「ほんとね、なんでだろうね?」

 

 流石にわからない。

 楽器の体験なんてそうそう出来ないものだと言うのに。

 吹奏楽部は悪い噂なんてないから益々謎だ。

 

「疾風、なにかやってみたいのは?」

「やってみたいっていうか。音楽室来たならアレはやりてえな」

 

 おもむろに向かった先には木琴と鉄琴が。

 バチを持って、木筋の真ん中を叩く。

 

 コン♪ 

 

「んーっ」

 

 そのまま横に滑らせると、連続してこ気味の良い音が鳴った。

 

「やっぱいいな、木琴。小学校の音楽ステージだと絶対木琴だった。掃除したあとに隠れてやってて怒られたことあるけど」

「あなた好きに対するリミッター外れてますわよね」

 

 否定できないな! 

 する気もないけど! 

 

「セシリアもなんか触れば?」

「わたくし弦楽器以外触ったことがなくて」

「ふーん、じゃああれ触ってみれば?」

 

 指差した方向にはハープが。

 吹奏楽部ってハープも置いてあるんだな。

 

「ハープですか。流石にバイオリンとは毛色が違うような気もしますが」

「やる前から何言ってんのさ。すいません、こいつにハープやらせてみてください」

「はいはいただいま!」

「え、ちょっ、そんな強引に」

 

 セシリアは吹奏楽部員にハープのとこまで拉致られていった。

 俺は引き続き木琴を叩いてみた。

 キラキラ星でもやってみようか、それとも某核実験怪獣のテーマとか。

 

 10分後。

 

 ポロン♪ ポポポロン♪ 

 

「いや出来るんかーい」

「まだ触りだけですわよ?」

 

 謙遜しながらも得意気なセシリアは優雅にハープを弾いてみせた。

 流れるように動く白い手で弦を弾く。なんかあやとりみたいな動きだなと思ったが、見続けるとなかなか。

 というか似合うなぁ。

 

「ねえ、オルコットさん綺麗だね」

「ですね」

「凄いねレーデルハイト君」

 

 あ、これは。

 

「こんな綺麗な子と同棲出来るなんてさ」

「その話題は審議中なんでやめて下さい」

「あらごめんね。でももう確定なんでしょ?」

「ほら、演奏聞きましょうよ」

 

 露骨に話題を反らしてセシリアの演奏を見た。

 

 綺麗な子? 

 そんなのとっくに分かってる。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「はぁ………」

「疾風?」

「あ、ごめん」

 

 無意識にため息が出てしまった。

 自分から誘っておいてなんだが。セシリアと二人で学園祭を回るのは得策ではなかったかもしれない。

 

 あれから色々な部活を覗いてみたが、何処に言っても俺とセシリアの同棲話をコソコソ話しているのを耳にしていた。

 俺だけじゃなくセシリアに聞いてくる人たちも居たし、その時のセシリアは明らかに困っていた。

 

 ………だけどいつ話すんだ? 

 俺からその話題を振ったら屋上みたいになるし、だけどこのままなんの話もなくズルズル同棲。

 本当にそれでいいのだろうか。

 

「どうかしましたの?」

「え、いや。なんでもない」

「そう。もうすぐ剣道部の部室ですわよ」

「ああ」

 

 通路の先にはいつかの武道館。

 そこで俺と一夏は会長にコテンパンにのされたんだよな。

 

「お邪魔します」

「お邪魔しまーす………?」

 

 入ってみると、圧倒的に暗い。

 なかの光は行灯だけで凄く薄暗い。

 

「なあセシリア。ここって剣道部の部室であってるよな?」

「武道館、ですから。そのはずですが」

「いらっしゃいませ?」

「うわぁっ!?」

「うひゃあ!?」

 

 突如後ろに現れたのは剣道具に身を包んだ女子だった。

 暗がりの中で行灯に照らされたフル装備は正直ビビる。

 

「おや、誰かと思えばレーデルハイト君とオルコットさんだね?」

「え、ええ。あの、ここは剣道部で」

「あってるよ?」

「ここではどのような出し物を?」

「占いコーナーだよ?」

「剣道部なのに!?」

 

 どういう方向転換チョイスなんだこれは。

 

「あの、聞いた話だと昨日は剣道の体験コーナーだと聞いたのですが」

「最初はそうだったんだけどね? 昨日は圧倒的に客が来なくてね? なんと御客様一桁だったのよ、どう思う?」

「なんでそんな人気ないのかと疑問に思います」

「そうだよね? 剣道って、いいものだよね?」

「いや俺達に聞かれても」

 

 今気づいたけど、この人受け答え全部疑問系だ。

 植物のように生きたい殺人鬼と遭遇したら怒れそうだ。

 

「まあそんなわけでね? 急遽部長である私の判断で占いコーナーに変更したわけだったのだよ、面白いでしょ?」

「思いきりましたね」

「それで客足は」

「10倍ぐらいかな?」

 

 一桁の十倍………これ票数は望めないな。

 てかこの人部長だったんだ。

 疑問系剣道部部長。IS学園の部長ってどれもキャラが濃いと思うのは気のせいか? 

 

「せっかくだから占ってく? お金はいらないよ」

「え、そうなんですか?」

「うん、当たるか分からないから?」

「占いだからそうなんでしょうけど。それ自分で言ってて良いんすか」

「いいんじゃない? じゃあ座って?」

 

 勧められるまま座布団に座る。

 行灯の薄暗さから雰囲気は抜群だが、目の前のフル剣道着が相手だとどうにも。

 迫力はあるのだけれど。

 そんな部長の懐から出されたのは。

 

「花札?」

「うん、私がやるのは花札占いなんだよね?」

「初めて聞きましたわ」

「今日作ったからね?」

「はいっ?」

 

 もう一回言おう。はいっ? 

 

「とりあえず二人の恋愛運でも占うね?」

「あの、部長さん? 選択肢は」

「セシリアもういいよ。部長さん、それでお願いします」

「疾風まで」

 

 既に突っ込む気もない俺はそのまま流れに身を任せることにした。

 半眼で見つめるなか、部長はせっせと花札を並べていく。

 

「まずレーデルハイト君。青短が出てる、山あり谷あり苦難の連続かな?」

「そこは疑問符にしないでくださいよ」

「あら? むしろ疑問符のほうが救いがない?」

「だから聞かないで下さいよ。疑問符取りましょう部長」

「ごめんなさいね? この様式は私の生き様なの。ラッキースポットは第一アリーナ?」

 

 全てに疑問をつける人生ってそれはそれでハードそうだぞ? 

 てかラッキースポットが限定的すぎる。

 

「オルコットさんは猪鹿蝶。恋敵に注意、かな?」

「こ、恋敵っ!」

 

 おおっ。こっちはえらく反応するね。

 

「あの、具体的にはどういう?」

「そこまでは見れないかな? ラッキースポットは空だね?」

「いきなり難易度上がった」

「それでいて漠然的ですわ」

 

 この占いほど半信半疑という感情が浮かんだことはないな。

 信憑性がまるでないぞ。

 とりあえず花札占いは終了みたい。

 

「最後は二人の相性占いでもしようか?」

「相性占い?」

「二人はなにかと物入りでしょ? 占ってあげるよ?」

 

 物入り、確かに物入りであります。

 

「それでは二人とも向かい合って手を合わせて? 目線を合わして? そう、そのまま十秒間ね?」

 

 言われた通りセシリアの目を見たまま手を握りあった。

 

 ………

 

 ………

 

 ………

 

「………あの部長さん? もうとっくに10秒こしてるんですが?」

「うん、もう一分たってるよ?」

「何故止めませんの?」

 

 気恥ずかしさがジワジワ来た俺達は自然と腕を離して部長さんに向き合った。

 部長さんは面越しに笑っていた。

 

「それで今ので何がわかったんですか?」

「ん? 二人はお互いを嫌ってないよね? ってこと」

「へ? それだけ?」

「うん、だってお互い嫌っていたら一分も手を合わせて見つめ合わせても嫌でしょ? ということで二人は仲良しですね?」

「「はぁ………」」

「はい、終わり」

「「………………」」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ということで宜しくお願いします」

「アハハ、それは大変だったね」

「大変というか………呆れといいますか」

 

 どうにも釈然としない俺とセシリアは本家本元の占い研究会に足を運んだ。

 あの疑問系部長の話をしたら占い研究会会長のナタリー先輩が困ったように笑った。

 

「私と彼女は同じクラスなんだけどね。まあ、あのスタンスだから少し不思議ちゃん扱いされてて」

「でしょうね」

「でも剣道の実力は本物よ。これまで数多くの大会を制してきたみたいだし。あの篠ノ之さんも負け越してるぐらいなんだから」

「あれでですか」

「あれでよ」

 

 人ってほんと見かけによらないなー。

 

 ナタリー先輩が出したのは七色の石だった。

 

「さて私がやるのは石占いだ。といってもうちの流派は他とは違う我流なんだ。うちの母さんに比べたらまだ未熟者だけど。結構当たると評判の私だ」

 

 おお、さっきとは違って期待感ありありだ。

 

「さて何を占おうか」

「そうですね。今後の成功とか」

「わたくしもそれで」

「オッケー、じゃあ先ずはレーデルハイト君からね」

 

 サークルの中に石が撒かれる。

 紫に白の魔方陣っぽい紋様の上に散りばめられた七色の石はとても幻想的だった。

 

「ふーむ」

「どうですか」

「レーデルハイト君は何か壁にぶつかると出てる」

「壁ですか?」

「うん、君はもうすぐ困難の壁にぶつかる。その壁を突破しなければ、君の運気は悪化の一途を辿るだろう」

「え、どうすればいいんですか?」

「勿論悪いことばかりではない。その壁を突破すれば、逆に運気が爆発的に上昇するだろう」

 

 なんともハイリスクハイリターンな壁だな。

 壁か、また亡国機業(ファントム・タスク)が襲撃してくるのだろうか。

 

「壁に当たった時の対処法はそれぞれだ、ぶち破るもよし、迂回するもよし、よじ登るのもよし。だがその為には君自身が変わらなければならない」

「俺が変わる?」

「そうだ。今のままでは壁は突破できない。君にとって劇的な変化というものが必要になる。と、この石達は言っているのさ」

 

 変わるって、戦い方とか、それとも精神的な? 

 

「次はオルコットさんだ」

「お願いします」

「はいよ、ホイッ………おおっ? これは面白いね」

「面白い?」

 

 覗き込んでみると………あれ? なんか。

 

「俺の時と配置が似てる?」

「え?」

「よく気づいたね。そう、さっきのと配置が同じ石がある。でもオルコットさんの場合は既に困難の壁にぶつかっていると見ていいだろう。それも複数だ。どうかな?」

「………当たっていますわ」

 

 セシリアは渋い顔で石を見つめている。

 

「オルコットさんはそれについて結構悩んでるし、行き詰まっていたりするかい?」

「はい」

「そういう時は自分自身を見つめ直し、受け入れ、理解すること」

「わたくし自身を」

「オルコットさんは見るに少し意地を張りがちな性格に見えるかな」

「そんなこと」

「いや、大体当たってます。それに加えて負けず嫌いです」

「ちょっと疾風?」

 

 いや俺はありのままというのを言っただけでね? 決して悪口を言ったわけではないぞ。

 だからそんなきつい目で睨むな、睨むな。

 

「じゃあ次は何を占おうかな?」

「恋愛運でお願いします」

「え、セシリア?」

「べ、別に他意はありませんよ? 疾風も先程の占いで納得がいってるわけではないでしょう?」

 

 確かにそうですけども。

 そういう割にはには結構早口ですね。

 やはり女子は恋愛事が気になるお年頃なのだろうか。

 

「じゃあオルコットさんね…………オルコットさんの場合、『待ち人は既にあり』だって」

「「え?」」

 

 思わず俺もえっと言ってしまった。

 

「それが誰を指すのか、明確な特徴や人物はわからない。でも貴女は既に会っている。それに気付けば、その人はオルコットさんに多大な影響力を与えるでしょう。唐突だけどレーデルハイト君、耳をふさいでくれるかい?」

「え? あ、はい」

 

 言われた通り耳を塞いだ。

 ナタリー先輩がセシリアの方に乗り出して耳打ちをした。

 

「案外近くにいたりしてね?」

「っ!」

 

 ポソリと呟かれたことにセシリアの身体が跳ねた。

 

「なっなっななな」

「レーデルハイト君、もう離していいよ」

「はい。ってなんかセシリアバグってるんですけど、なに言ったんです?」

「ごめん、これは言ったら効力がなくなるから」

 

 それなら、仕方ないですね。

 そんな気になるとかそういうのでもないし………いや少し気になるな………。

 

 未だバグっているセシリアを一先ず置いといて今度は俺の恋愛運の番。

 石がまた紋様の上にばら蒔かれた。

 今回はセシリアとは全く別の位置。

 

「レーデルハイト君って今好きな子いる?」

「いませんけど」

「成る程、じゃあ気になる人は」

「気になる人は………いないです」

 

 一度口のなかで噛み砕いた言葉にナタリー先輩はふむと顎に手を置いた。

 

「レーデルハイト君の場合はねー。確かにまだ恋愛はしてないと出てる」

「でしょうね」

 

 てか当ててるなぁこの人。

 

「石が言うには、これから君は間違いなく苦労するということ」

「まあこのご時世ですからね。一夏みたいによほどのことがない限りそう巡り会うものはないでしょう」

「まあねー。君の場合、結構道は険しそうだ。占いだとレーデルハイト君は苦労する。女難の相すら出てる」

 

 ヴェ、女難の相って一夏だけの専売特許じゃなかったのか………

 今失礼なこと言ったって? 揺るぎない事実だから仕方がないじゃないか。

 

「先輩、この場合俺はどうすればいいですかね?」

「そうだねぇ。じゃあそれについての活路も占ってみようか」

「いいんすか? 結構占ってくれてますけど」

「いいよいいよ。半ば私の趣味的なものでもあるし。私も知りたいからさ。料金は一律にさせて貰うから安心してくれたまえ」

 

 先輩はそういって再度石を転がした。

 今度は何処か纏まってるような感じに。

 

「出ました」

「どうです?」

「まあシンプルに言うとね」

「はい」

「止まるな、挫けるな、揺れるな。かな?」

「なんとも直線的ですね。まるで少年漫画みたい」

「ハハッ、君の場合強ち間違いではないのではないかい? 特別という点を見ればね?」

 

 まあそうですね。

 一夏が一号ヒーローなら俺は二号ヒーローだな。

 昨今の二号ヒーローは主人公よりヒーローしてるってのがもっぱらだけど。

 

 てかこれ恋愛運の話だよね? 

 

「男の子はそれぐらいが丁度いいと思うよ? まあこれは君より織斑君のほうが当てはまると思うけど」

「まああいつは典型ですからね」

「フフッ。じゃあ次で最後にしようか。何がいい? 私としては君たちの相性を見たいところだけど?」

「あ、相性ですの?」

 

 あ、復活した。

 

「さっきので不完全燃焼でしょ? 私としても是非占わせて欲しいなぁ。駄目かな?」

「そ、そうですね。それではお願いしますわ。別に気になるというわけではありませんからね? 単に不完全燃焼なだけですから」

「お前さっきから言い訳がましいな」

「お黙りなさい」

 

 はーい。

 

 石投げスタート。

 

「ほーう」

「「どうですか?」」

「………」

「「………?」」

「相性はいいよ。良きパートナーとなりえるでしょう」

「それはどういう意味で?」

「それ以上はわからないかな? 決めるのは君たち自身だ。それで未来は如何様にも変わるだろう。少なくとも同棲しても問題はないと出てるよ」

「ちょっ、どさくさに紛れて何調べてるんですか!?」

「ん? なんか悩んでる風に見えたのはそれ関連だと思ったけど? 違ったかな?」

 

 違いませんけども! 

 違いませんけどもっ! 

 

「まあまあ君たちの関係性は概ね良好だ。大いに青春を謳歌したまえよ」

「はぁ、そうですか。どうもありがとうございます」

 

 視線をはずすついでに壁にかけられてる時計を見ると、生徒会の出し物の時間が迫っていた。

 

「すいません。そろそろ時間なので失礼します」

「そうか、また更識が何かやらかすのかな?」

「さぁ、例のごとく何も知らされてないので」

「そうかそうか。まあ精々頑張りたまえ」

 

 料金を払って俺達は占い研究会を後にした。

 

「つーかさ」

「?」

「俺の場合剣道部部長さんの言ってたことがほぼ当たってた件について………」

 

 なんか、よくわからないけど悔しみを感じてきたんだが、これは正当な感情だよな? 

 

「てかセシリアは恋敵的なのいるわけ?」

「いるわけないでしょう。第一恋なんて生まれてこの方したことありませんわ」

「だよなー」

 

 てか俺恋愛運結構ヤバイ感じだなー。

 さっきフラグぶちおれたから余り信憑性ないけども。

 

 どーなるかなー。俺の青春。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 疾風とセシリアが占い研究会を出たあと。ナタリー研究会会長は一人石を投げていた。

 石の配置を見て、ナタリーはニンマリと笑みを浮かべた。

 

「本当はまだ言いたいことあったんだけど。私の口から言うのは野暮だよねー」

 

 再度石を集めて投げる。

 

「未来なんて確定なんかしない。石ころみたいな要素でさえ未来は簡単に分岐してしまう」

 

 再度石を集めて投げる。

 

「だからこそ人生というものは面白い。精々頑張りたまえ少年少女達。なーんて」

 

 再度石を集め、紋様に向けて投げつけた。

 

 果たしてナタリー研究会会長に何が見えたのか。

 それは本人しか知りえないのだった。

 

 




 

 剣道部部長さんのキャラわりと好きな自分。
 見た瞬間ガンダムSEED外伝の火星人を思い出しましたが。

 未来は石ころ一つで変わる。二次創作もそんな感じだよなと書いてて思いましたね。



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第53話【エキシビションマッチ】

「というわけで私と戦って貰うわ!!」

「唐突っ!?」

「会長は一度『というわけで』という言葉をちゃんと調べてください」

 

 第4アリーナの女子更衣室に集められた俺と一夏。

 

 ………とりあえず何故女子更衣室なんぞに入っているのかというのを弁明させて頂くと。

 男子更衣室が木っ端微塵になっているのですよ。

 

 オータムとの戦闘でロッカーは薙ぎ倒され、アラクネのアーマーが自爆したことにより男子更衣室は殆ど焦土と化し。

 とどめに鈴が俺ごと撃ち抜いた限界火力の衝撃砲で男子更衣室と女子更衣室が繋がってしまった。

 劇的ビフォーアフターである。

 

 今はその場しのぎで壁は塞がってるが。数少ない男子更衣室の一角が潰され、俺と一夏は実技学習の度に走る回数が増えることに。

 もうエネルギー消費覚悟で制服から直接変身しちまおうかなとさえ考えている。

 

 話を戻そう。

 俺と一夏は会長に生徒会のイベントのために第4更衣室に集められ「私と戦って貰うわ!!」と言われたのである。

 説明終わり。

 

「会長と戦うことと生徒会の出し物って関係あるんですか?」

「具体的には生徒会の出し物ではないのよ。生徒会主催ではあるけど」

「え? えーと。それってどういう?」

「生徒会の出し物は飽くまでシンデレラであって、今回は単純に皆を楽しませる為にISバトルを開催しようってわけ」

 

 成る程。ISバトルの観戦は観客にとっては至上の娯楽。

 SFから飛び出したような現実離れした戦いをノーCGノンフィクションで見れる。ましてや無料で見れるのだから楽しみだと思う人もいるだろう。

 

「一夏くんと疾風くんがペアとなって、私とエキシビションマッチ。シンデレラ城ステージでやってもらうわ」

「俺たちと会長が、ですか」

 

 国家代表、しかもオータムを完全に手玉に取った実力者とのバトル。

 勝ち目はほぼなし、はっきりいって無謀。だけど………

 

「やろうぜ疾風。俺は楯無さんと戦ってみたい」

「やる気だな一夏」

「今の自分の実力でどれだけ楯無さんに食い下がれるか知りたい。手を貸してくれるか疾風?」

「わかった。会長、こちらからも宜しくお願いします」

「そういってくれて嬉しいわ。断られたら色々やるつもりだったけど無駄になって良かった」

 

 相変わらず背筋が冷えそうなことを言ってくれる。

 

「二人とも親睦が深まったみたいね。なんていうの? 男の友情的な?」

「「そうですか?」」

「ほら仲良し」

 

 会長は【絆】の文字がついた扇子を広げた。

 元から俺と一夏はなかが良かったはずだけど、昨日お互いのアキレス腱を見せたことで会長の言うように親睦が深まったのだろう。

 なんかむず痒いな。

 

 会長は「先にピットに行ってるから」と更衣室を出ていった。

 

「じゃあ一夏、作戦会議でもするか」

「ああ。と言いたいところだけど。先ずは着替えてピットに行こうぜ。ここ一応女子更衣室だし」

「あ、そっか」

 

 失敬失敬。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「じゃあ行くか! お先に一夏!」

「おう」

 

 電磁カタパルトが俺とイーグルをアリーナに放り出した。

 一番最初に見えたのはシンデレラの舞台であるシンデレラ城。

 ここで俺はセシリアに王冠を取られたんだよな。

 

 ………いや、今はISバトルに集中しよう。これが終わったら、改めてちゃんとセシリアと話をつけよう。

 

 俺と反対側の空に装甲量の少なさをアクア・ヴェールで補った更識会長とそのIS、ミステリアス・レイディが待ち受けていた。

 

 遅れて一夏と白式もアリーナに入ってくると、会長は頬を膨らませた。

 

「遅いわよー。レディを待たせるんじゃないの」

「ギリギリまで作戦考えてたんですよ。無策で勝てるとは思えませんし」

 

 言うて五分前だし。

 

「あら、私の予測を覆せるかしら?」

「やってみせますよ。こっちも貴女に対して一個だけ実績あるんですから」

「え、マジで?」

 

 マジである。

 今回はマガジン花火なんて手は使えないが。うん、懐かしいな。

 

 あの時は1ダメージも与えられなかった雪辱を晴らす意味でも負けられない。

 

『さーて始まりました生徒会主催エキシビションマッチ! 実況はいつでも部長の座を狙っています! 下克上目論む新聞部副部長、黛薫子がお送りいたします!』

 

 あ、黛先輩だ。

 眼鏡が光で反射してることから相当やる気なのだろう。

 

『本来なら解説に織斑先生をお呼びしたかったのですが。事務作業が大変で解説してる場合ではないとか! お疲れ様です!』

 

 これには観客からもブーイングが鳴る。致し方ないと理解しつつもブーイングせずにいられない。

 いや、ほんと申し訳御座いませぬ。一応心から謝らせていただきます。

 

『対戦カードは織斑一夏くんと疾風・レーデルハイトくんの男子ペアというミラクルタッグ!』

 

 アリーナ中央のホロスクリーンにデカデカと俺と一夏の顔写真が写し出され、観客席から拍手と歓声が鳴り響いた

 

『対するは我らが生徒会長。学園最強の名は伊達ではない! ロシア国家代表、更識楯無だぁ!』

 

 変わって会長の顔写真。

 俺たちに負けないぐらいの拍手喝采を起こった。

 

『現在観客席でどちらが勝つかという投票を行い………結果が出ました! こちらでございます!』

 

 ホロスクリーンに出された投票結果。

 男子ペア、31%

 更識楯無、69%

 

「………意外と多かったな」

「ああ」

 

 ほとんど一年票な気もする。

 それでも倍の差が開いた。

 

 自然と武器を持つ手に力が入った。

 同じく自身の得物である蒼流旋を持つ会長は、いつものおどけたような笑みではなく、挑戦的な笑みをこちらに向けていた。

 俺たちの口元も自然と上がっていた。

 

『さてお待たせ致しました。男子ペアVS生徒会長! まもなく試合開始です!』

 

 ホロスクリーンに10カウントが置かれる。同時にプライベートチャネルで一夏に回線を開いた。

 

「一夏、先ずは手はず通りパターンAだ」

「わかった」

 

 3、2、1、0! 

 

 チャージしていたインパルスのプラズマを飛ばす。会長はアクア・ヴェールを前にかざす。

 プラズマの塊はアクア・ヴェールにぶつかり、流れることなく電撃は弾かれた。

 

 二人同時に瞬時加速を使用。インパルスを叩き込むもそれもアクア・ヴェールで防がれ、一秒遅れで一夏が肉薄する。

 

 正面から切りかかる一夏の前にアクア・ヴェール滑らした。

 アクア・ヴェールに雪片弐型が衝突する。

 

 しかし一夏は当たる瞬間、瞬時加速中に急制動をかけ、無理やり機体を横に滑らし。会長の右後ろを取った。

 その手の雪片弐型は零落白夜のビームブレードが展開されていた。

 

 だが読んだのか、はたまた対応したのか。会長は零落白夜を螺旋する水を纏った蒼流旋で受け止めた。

 

「くっ!」

「フェイントだなんて、いつの間に覚えたのかしら?」

「っ! 離れろ一夏!」

 

 指示で即座に一夏、そして俺が離れると同時に先程俺たちが居た場所に水蒸気爆発が発生した。

 突っ込んでくると想定して水蒸気を配置していたのだろう。

 イーグル・アイであらかじめ湿度を測定していなければ巻き込まれていた。

 

「それとも疾風くんの入れ知恵かしら! ってあれ?」

 

 蒼流旋のガトリングをアクティブにして狙う。だが男子ペアは即座に撤退し城の影に隠れてしまった。

 

「んー。策士キャラが居ると即殺は無理か」

 

 ハイパーセンサーから二機の反応が消失した。

 

「さてどうしようかしらね?」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

『男子ペアの初撃は失敗に終わり、一先ず距離を取ってステルスモードに。ここから体制を立て直す算段でしょうか?』

 

「まあ、そんなとこよね。てか今の疾風の作戦?」

「だろうな、一夏なら一度引いたとしても再び向かう筈だ」

 

 観客席のいつもの面子が先程の二人の行動に意見をかわしていた。

 幼馴染み組は一夏の性格を見て納得する。

 

「更識楯無のISは防御力、そして見えない水蒸気爆発。加えて国家代表という実力だ。疾風は最初から実力の違いを理解した上で行動した」

「では、一夏様のフェイントも疾風様の案なので?」

「真偽のほどは分からんが、恐らくな」

「だけど一夏、なんか昨日と少しだけ雰囲気違ったよね。よく言えないし、そこまで変わってるって訳じゃないけど」

「確かに。確証はないが」

 

 一夏と学園祭を回った四人は一夏の些細な変化について、乙女の勘的なものが発動していた。

 理由はやはり。

 

「昨日の襲撃(アレ)が原因?」

「十中八九そうじゃない? 聞いた話かなりピンチだったみたいだし。疾風はああだったし」

「今の世界の闇を見たのだ。多少認識が、特にISに対する見方も変わってくる」

 

 この中でただ一人軍属であるラウラは一夏たちが隠れてたであろう城を見つめる。

 

 目の前の相手から一度引く。今までの一夏なら考え付かないような戦い方。

 たとえ疾風が指示したとしても、あそこまであっさりと引くのは皆の目から見ても驚きだった。

 

 それほどあのオータムの戦いは一夏の中の何かを変えたのだ。

 

「菖蒲はどうなのよ? 疾風、なんか変わったこととかあった?」

「私は特に。あ、でも」

「でも?」

「整備科のクラスが出していたISの出し物には凄く目を輝かせていました。童心に変えるとはあのようなことを言うのでしょうね。なんだか可愛らしかったです」

 

 ポッと照れたように惚気る菖蒲を生暖かい目で見る一夏ラバーズの面々。

 自身よりも相手の楽しみを優先し、なおかつそこに幸せを感じている菖蒲。

 その献身さに何処か心を打たれた一夏ラバーズは間違っても「そういうことじゃないよ」とは言えなかった。

 

「もしかしてずっとIS巡りに付き合ってた訳?」

「いえ、弓道部にもよってくれましたよ」

「ほうほう」

「てことはハプニング的なのはなかったと」

「え、えーと。その時に密着してしまったときは、少しドキドキしました」

「密着っ!?」

「なんであんたがいの一番に反応すんのよ」

 

 思わず滑った口にセシリアが信じられないものを見るような顔で菖蒲を見た。鈴がすかさず突っ込んだ。

 

「弓道部でくっつく要素なんかあるのか?」

「菖蒲、大人しい外見に似合わず大胆だな」

「ち、違いますよ!? 弓のフォームを調整するために自然と密着してしまっただけで邪な考えなどありませんから。図らずとも密着して棚から牡丹餅程度にしか思ってませんから!」

「し、自然的に………」

 

 打算をたてて空回り率高めな一夏ラバーズの面々はそのスタイルを見習うべく詳しく聞くことにした。

 部が悪いと判断した菖蒲は戦略的撤退、もとい囮を使った。

 

「せ、セシリア様はなにかありました?」

「わたくしですか。物思いにふけっていたことが度々ありまして」

 

 菖蒲の時にはそんなことはなかった。なのに何故自分だけとセシリアは悪い方向に考えてしまう。

 

「それはまあ。仕方がないのではないか?」

「え?」

「問題の渦中だからな」

「一夏はあの生徒会長とでしょ? はっきり言ってズルよズル」

「頑張ってねセシリア」

「皆さん? なんか話の方向性が変わった気がしませんこと?」

「セシリア様、今からでも遅くなりません。私に同棲の権利をお譲り下さいませ」

「やっぱり変わってますわね!」

 

 いつの間にか亡国機業(ファントム・タスク)の襲撃から疾風とセシリアの同棲の話にすり替えられていた。

 先程の真面目な雰囲気は何処にいったのか。

 

「え、もしかしてセシリア。まだ疾風と話ついてないの?」

「ヴッ」

「セシリア。私たちは一夏と住めないのだぞ。なのに目の前でそうハッキリしないのは。なにかと応えるぞ」

「やはり私に同棲権を」

「軟弱者め、いい加減腹を決めろ。一緒に同棲するだけで何故そこまで悩む。むしろ喜べ」

「それは貴女たちとわたくしとでは根本的な違いがありますから」

「モタモタしてると菖蒲にぶんどられるわよ」

「セシリア様。お金の用意は出来ております。先ずは1000万からどうでしょう」

「小切手を出さないで下さい菖蒲さん!」

「ご安心を、ポケットマネーですので」

「そういう問題ではありませんし、わたくしこれでもイギリスでも高名な貴族なのですよ!?」

 

 そんな上流階級出身に躊躇わず金銭賄賂で攻めてくる菖蒲は色んな意味で積極的というか突貫的だった。

 

「すいませんセシリア様」

「まったく」

「やはり1億から始めなきゃ話になりませんでしたね。徳川菖蒲の本気をお見せしましょう」

「菖蒲さん。先ず落ち着きましょうお願いしますから」

 

 もはや止まることを知らない菖蒲にセシリアは本気でストップをかけた。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「疾風、こんなんで隠れられてるのか? ステルスモードなんて初めて使ったけど」

「結構中側に入ったからな。覗き込まれでもしない限り通常ISの索敵だったら大丈夫」

 

 今俺たちはステルスモードを最高レベルで発動している。

 この近い距離だと戦闘出力はおろかスラスターを少しふかすだけでバレる。

 音声でもバレる可能性があるため、今俺たちが出来るのはシールドバリアとPIC、そしてプライベートチャネルのみだ。

 

「予想通りとはいえ、やっぱ防がれたな」

「やっぱ付け焼き刃のフェイントじゃ駄目だったか」

 

 一夏の攻撃は直線的だ。それ故に射撃戦だと被弾率が高く、近づく前にやられるのが一夏の負けパターンだった。

 それは皆にも注意されていたし。そのためのサークル・ロンドだったのだから。

 

 だから今回は初撃からフェイントを噛ましてみた。

 

「一夏の性格を知ってる相手で、代表候補生レベルなら一発ぐらい刺さりそうだったけどな。今回は相手が悪かった」

「やっぱ凄いんだな、あの人」

「代表だからな」

 

 俺の目標の一つ、国家代表。それを俺と同じ僅か16歳の時にもぎ取った会長は、やはり俺たちとは一線を越えた存在だ。

 

「しかし疾風のプラズマ全然通んなかったな?」

「ん?」

「水って電気を通すだろ? でもアクア・ヴェールの上を滑るだけで効いてる感じしなかった。やっぱISのエネルギーが通ってるからなのか?」

「それもあるだろうけど。多分会長はイーグル対策で純水を作ってる」

「ジュンスイ?」

「不純物が極端に少ない水のこと。電気は混じり気のある液体じゃないと通りにくいからな」

 

 逆に不純物である塩を多く含む海水は異様なほど電気を通す。

 ミステリアス・レイディのアクア・ヴェールはアクア・クリスタルを通して精製される。純水を作るなどお手のものだろう。

 

「遠距離で一番威力の高いインパルスが防がれたとなると、手持ち火器だけで貫通は難しいな」

「俺の荷電粒子砲は?」

「可能性はあるけど当てれる?」

「多分駄目」

 

 目に見えて一夏は落ち込んだ。

 

「とにかく気を見て奇襲をかける。そこから連撃でどうにか体制を崩して零落白夜だ。長くなれば成る程勝ちの目がなくなるから」

「わかった」

 

 さて、同じ場所に長くとどまるのは流石にリスクがあるし会長も馬鹿ではない。

 もし出会い頭に見つかったらその時は一気に攻勢に出る。

 

「移動しよう、音を立てずにな」

 

 一夏は頷いた。

 

 移動しようとしたその時。

 

 頭上から破裂音が聞こえた。同時にパラパラと破片が降ってきた。

 

「な、なんだ?」

「爆発音………水蒸気爆発?」

 

 クリア・パッションで城を攻撃してるのだろうか? 

 そのあと立て続けに小規模な爆発音が立て続けに続いた。

 

「こ、これ大丈夫か疾風?」

「………」

 

 手当たり次第に爆発。目的は俺たちの炙り出し? 焦って飛び出てくるのを待ってるのだろうか。

 

 ふと俺は昨日、会長との雑談を思い出した。

 

 

 

 

「会長。いつの間にうちとパイプ持ったんですか? こんなけったいな王冠作っちゃって」

「王冠だけじゃないわよ? 今回の城ステージの建設にも一枚噛んでるんだから」

「そういや建設関連企業もあったなー」

「フフッ。今回の城の設計は私が考案したの。ギミック満載で盛り上げたくてね。満足したわー」

 

 

 

 心底楽しそうな会長の顔が浮かんで消えた。

 なんで今さら思い出した? 

 なにに引っ掛かった? 

 

「てかこの城。結構早く作った割にしっかりしてたよな。アリーナ封鎖したのって十日前だっけ?」

「ああ、内装とか手抜いてるけど。僅か短時間でここまで作り上げるのは………ん?」

 

 そも、この城の建築はどれだけの人が知っていた? 

 少なくとも、俺と一夏意外の生徒会メンバーは知っていた。

 そしてそれを指揮していたのは? 

 

『今回の城の設計は私が考案したの』

 

 ………あっ!? 

 

「ヤバイ一夏! ここから出るぞ!!」

「え、なん」

 

 俺たちより遥か頭上。大きめの爆発音が鳴り響いた。

 

 ミシミシと嫌な音がなり、あちこちで崩落の轟音が鳴る。

 そして俺たちの部屋の天井が派手に砕け散った。

 

「うそっ!?」

「チィッ!」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 

『な、なんということでしょう。優美にそびえ立っていたシンデレラ城が………』

 

 楯無の破壊工作により、鈍い音と共に瓦礫の山となったシンデレラ城。

 流石の黛薫子も目の前の光景にドン引きしていた。

 

 観客席の生徒も同様、いや動揺していた。

 箒たちも開いた口が塞がらず。菖蒲は思わず口を抑えてしまった。

 

 更識楯無は一向に出てこない男二人の様子を周回しながら探していた。

 だが下手に近づけば奇襲に合いかねない。

 

 だから楯無は閃いた。

 

「そうだ、更地にしよう」

 

 城の設計に携わった楯無は城の支柱となる場所を熟知していた。

 城の周りを周回しながらアクア・ナノマシンの霧を仕込み、支柱を根こそぎ爆破。

 自重により瓦解した城は中に隠れていた二人ごとぺしゃんこにしてみせたのだ。

 

 木の葉を隠すなら森のなか。

 ならば隠れてる森ごと焼き払えばいい。

 楯無が行ったのは正にそれだった。

 

 見るも無惨な形となった城の上で浮かぶ楯無の顔は正に悪役そのものだったと、観客は後に語っていたという。

 

 誰もが無事ではすまないだろうと思った。

 だが試合終了のアナウンスはならない。

 何故ならまだ試合は続いているから。

 

 つまれた一ヶ所の瓦礫から一筋の光が上がり、瓦礫が吹き飛んだ。

 そこから飛び出したのは白と水色の体躯。

 白式・雪羅とスカイブルー・イーグルだった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「脱! 出!」

「ま、マジで死んだかと思った………」

 

 まったくだ。本当に。

 

 咄嗟にプラズマフィールドで瓦礫をせき止め、一夏の荷電粒子砲の最大出力を持って間一髪で脱出出来たのだ。 

 

「あら、おかえりなさい」

「はいただいま。じゃないですよ楯無さん! 幾らなんでもやりすぎですよ!」

「この後もまだバトルあるのに障害物軒並みぶち壊すって。ほんと無茶苦茶」

 

 ISがあるから死なないと分かっていてもあんなもの早々経験できるものではなく、普通に恐怖体験だった。

 元凶は相も変わらずニッコニコしてやがる。殴りたいその笑顔。

 ということで。

 

「行くぞ疾風! 流石に頭きた!」

「同感、だけど熱くなりすぎるなよ。からめとられるから」

「っ! 分かった!」

 

 温厚な一夏も流石に余裕綽々の楯無さんに堪忍袋の緒切れたよう。それは同棲してからの精神的ストレスも後押ししてることは本人さえもわからない。

 それを分かってるから俺も止めなかった。どのみち隠れる場所がなくなった以上予め用意していたプランの大半は消失した。

 だけどちゃんと忠告を入れることも忘れずに。今の一夏なら耳に入れてくれると信じたから。

 

「来なさい二人とも」

「「言われなくとも!!」」

 

 高機動スラスターに火をいれる。

 イーグル・アイの情報に会長の周りに霧が対流してることが分かっていた。

 

「霧を飛ばす!」

 

 チャージしたインパルスのプラズマ弾を撃つ。

 

 アクア・ヴェールに阻まれる、それが純水なのは折り込み済み。ぶつかった瞬間プラズマは拡散して会長の周りに広がった。

 最初から拡散する目的で収束率をまばらにしていた。シールドや計器類にダメージは与えられないが、俺の狙いは別にある。

 

「やるわねっ」

 

 狙いは会長の周りに対流していたクリア・パッション用の霧。

 高電圧には煙や霧を晴らす効果がある。電撃が通らなくても、気体爆弾の元は拡散出来る。

 

 そして。

 

 突き出したインパルスがアクア・ヴェールに突き刺さる。

 そのまま強引に穂先を展開、銃口が開かれて撃たれたプラズマは初めて明確にミステリアス・レイディに通る。

 だが会長はもう一つのアクア・ヴェールでプラズマをギリギリで防いだ。

 

 だがインパルスは一枚目のアクア・ヴェールに突き刺さったまま。

 穂先が閉じたその切っ先は二枚目のアクア・ヴェールに届いている。

 

 ワンテンポずらして一夏が横から斬りかかり、会長は蒼流旋で受け止める

 会長のアクア・クリスタルの数は6、アクアヴェール展開に必要な数は3。

 つまり会長が展開できるヴェールは二個が限度。

 

 そして今、意識が散らされた。

 

 スカイブルー・イーグルの全身に配備されたプラズマジェネレーターの稼働率が上昇。

 生成されたプラズマをボディを通してインパルスの切っ先に集中、一気にぶちまける! 

 

「純水は電気を通さない。けど、この距離なら形を維持してるナノマシンには届きますよね!」

「!?」

 

 最大出力で拡散されたプラズマがISのエネルギーを伝たちしてるナノマシンを焼き潰した。

 支えがなくなったアクア・ヴェールはパシャンっと元の液体に形状崩壊しインパルスを止めていた盾がなくなる。

 会長は左手にラスティー・ネイルをコールしガードするが。

 そんなのは関係ない。

 

 同時進行でエネルギーをためていたスラスターで瞬時加速! 体ごとぶつかり。

 

「ちょっ、疾風くん!?」

 

 渾身の力をこめてその細い体を。

 

 抱き締めた。

 

 HAG、抱擁、ギュー。

 色んな言葉はあれど俺は戦闘の真っ只中。現在進行形で対戦相手であり敵である会長をミステリアス・レイディごと正面から抱き締めたのだ。

 

 余談だけどスカイブルー・イーグルとミステリアス・レイディの装甲色ってどっちも水色なんだよね。

 俺のは厳密にいうと空色だから若干こっちのほうが色薄いんだけど。

 

 そのまま瓦礫の城がそびえる地面に突っ込む。地面にぶつかる瞬間、会長を守るように方向展開してから。

 背中にくる衝撃は昨日のゴムボールの非ではなく。対衝撃を持っても衝撃が背中から突き抜けた。

 

「ぐふぅっ!」

「あ、貴方一体何を!?」

 

 会長からしてまったくの想定外だったのだろう。

 いくら国家代表といえども一人の人間だ。予想外のことが立て続けに起きれば慌てもするし動揺もする。

 

 いまだ全身を使って会長の体に絡み付く俺とイーグル。

 観客の動揺の声も聞こえるし、多分黛先輩も困惑してるかテンション上がってるだろう。

 

 さて先程の質問に答えようか。

 我武者羅にこんな奇行に走ったのは他でもない。

 

「やれぇー!! 一夏ぁぁ!!」

「応!!」

 

 ハッと見上げた空。

 そこには一夏と白式・雪羅の姿。

 

 俺たちは会長に比べたら弱い。それは抗いようのない事実であり。正攻法で攻めたとして、例え2体1だとしても負ける可能性は充分にあるし、それは全生徒も周知のこと。

 

 だからとにかく即実速攻の強襲攻撃。時間をかけずに一瞬の間に叩き込む短期決戦仕様。

 零落白夜を当てれば俺たちの勝ち。ならば。

 

「死なばもろともですよ会長!」

「冗談じゃない!」

 

 この後の展開を読んだ会長は形振り構わずクリア・パッションを自機周囲に展開、自爆覚悟でこの拘束を抜け出す。

 

「プラズマ・フィールドォォォッ!!」

 

 会長ごと包むように電磁バリアを展開。霧は霧散し、新たな霧も生成出来なくなった。

 

「零落白夜! 全、開!!」

 

 白式・雪羅が金色の光を纏った。

 二段階瞬時加速(ダブル・イグニッション・ブースト)と最大出力の零落白夜を発動させてこちらに突っ込む姿は正に流れ星。

 

 あと数瞬もすれば零落白夜の刃が俺ごと会長を切り裂くだろう。

 一夏に躊躇いはない。当然だ、これは予め考案していた最終プランに他ならないのだから。

 

「やってくれるわね疾風くん! だけど私は生徒会長なのよ!」

 

 突如、会長の体が爆発した。

 

「な、にぃぃ!?」

「えっ?」

 

 気付けば俺は会長から離れ、一夏の斬撃射線上に投げ出されていた。

 背後から切り裂かれる感覚と音がなった。

 

『おっとぉ!? ここでスカイブルー・イーグルのシールドエネルギーがエンプティ!! えっ、たっちゃんの間違いじゃなくて!?』

 

「え、疾風!?」

 

 俺ごと会長を斬るつもりでいた一夏。だが切ったのが会長ではなく俺だけだという事実に一夏は困惑し、隙が生まれた。

 

「うわっ」

 

 白煙の中から薙ぎ払われたラスティー・ネイルの鞭が一夏の体を縛り付けた。

 

「はー、正に間一髪だったわ。もう、ボロボロになっちゃったじゃない」

 

 白煙の中から現れた会長のミステリアス・レイディ。

 四肢に備え付けられていた丸いパーツが弾け飛んでおり、ただでさえ少ない装甲が更に少なくなっていた。

 

「まさか。装甲内部のウォーターサーバーを爆弾変わりにしたのか!?」

「ええそうよ。捨て身過ぎるから出力は抑えたけどね。おかげで私のシールドも減ったけど、零落白夜を食らうよりはマシよね」

 

 俺も無茶苦茶やった自覚は大有りだが。会長も負けず劣らず無茶苦茶だ! 

 

「私も勝つためなら手段選ばないのよ。さて、そろそろいいかしらね!」

 

 何も持たない会長の右腕にいつの間にか集まった三つのアクア・クリスタル。

 そこから飛び出した大量の水が形をなし、蒼流旋と同サイズの水の槍を生み出した。

 

「最大出力は無理だけど。今の一夏くんならこれで充分!」

「うわっ!」

 

 巻き付いたラスティー・ネイルで一夏を引き寄せる。

 最大の二段階瞬時加速を使用したばかりの白式にそれを振りほどける力はなかった。

 

「ここまで私を追い詰めたご褒美に見せてあげる! ミストルテインの槍! バージョン・クォーター!!」

 

 一夏に突き立てられた水の槍。

 純水なエネルギーが込められた水の塊。それが意味するのは勿論、爆発だ。

 

 一夏と白式は爆炎に呑み込まれ、派手に吹き飛んで地面を転がった。

 

「白式・雪羅! エネルギーエンプティ!! 勝者! 更識楯無!! 流石生徒会長! 強烈なパフォーマンスだぁぁ!!」

 

 息をつかぬどんでん返しにアリーナ観客席のテンションは最高潮。

 

「イエーーイ!!」

 

 そのアリーナのど真ん中。

 ボロボロのミステリアス・レイディの中で生徒会長・更識楯無は勝利のVサインを掲げていたのだった。

 

 



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第54話【ただひたすら真っ直ぐに】

 学園祭編これにて終了です。
 


「皆、二日間お疲れ様!」

「お疲れ様ー!」

「二人もお疲れ!」

 

 最後の執事接客時間を終えてIS学園祭一年一組ご奉仕喫茶もお開きとなった。

 執事二人の見せ納めということもあって一時間にも関わらず大勢の客が来てお一人様三分という制約にも関わらず大盛況。

 

 ご奉仕喫茶はIS学園史上最高の人気度になったことだろうというのは。疑うなというほうが無理だった。

 その結果。

 

「えー、慣れない作業で大変だったと思いますが。その努力は無駄ではなかったでしょう。皆さんの働きにより純利益がとんでもないこととなっております」

「「うおおぉぉぉぉーー!!」」

 

 『執事にご褒美セット』『執事からご褒美セット』が売り上げの大半だったが。メニューのイギリス料理が思いの外ヒットしていた。

 見出しに『美味しいイギリス料理があります! (織斑一夏監修)』とも書いておいた。

 イギリス料理に難色を示した人は多くいた。だが執事目当てで来た人が興味本位で注文したイギリス料理がウケ、それがたちまち口コミで広がり料理目当てで来た人も少なくはなかった。

 

 結果的に学園内のイギリス料理に対する偏見も払拭されたと考えてもいいだろう。これにはセシリアもニッコリ。

 

 しかし山分けしても大金な純利益。流石に全額は学生の領分を越えてるので半分は学園に寄付、もう半分を取得ということになった。

 

「これは一位頂きかな!」

「一位は学食の割引パスだよね!」

「大丈夫かな。流石に儲かり過ぎじゃない?」

 

 儲かり過ぎ、なんとも幸せな悩みだなと苦笑すると相川さんと鷹月さんがお礼を言ってくれた。

 

「ほんと今回の業績は二人のお陰だね。一日目もそうだけど、お疲れ様」

「俺達だけじゃないよ。皆がサポートしてくれたから俺達もなんとか捌けたんだから」

「そうだぞ。じゃなかったら今頃俺と疾風ぶっ倒れてたと思うし」

「そう言って貰えると私たちの頑張りも報われるよ」

 

 確かに売り上げの大半は執事だったが、それだけではここまで上手く行かなかった。

 皆が必死に言葉遣いを学んだり、姿勢の調整はとにかく大変だった。

 どれが欠けてもここまでの業績は叩き出せなかっただろう。

 

「よし、一時間後に閉会式だ。着替えた後に片付け! 時間はあるようでないから手早くいくよ!」

「はーい!」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「それでは、生徒会長更識楯無さん。宜しくお願い致します」

 

 かくして、閉会式。

 体育館に集まった皆の様子は以外にも大人しめだった。

 否、張り詰めてるといったほうがいいだろう。それはこの後発表される、一夏争奪戦の結果発表に他ならないのだから。

 

「皆さんこんにちは。もうこんばんはになるかしら。一日目にハプニングは起きちゃったけど、無事に終わらせられたのは皆のお陰よ。生徒会長として礼を言わせてもらうわ」

 

 会長にしては静かなスタート。だがここから盛り上げていくのが更識楯無だ。

 

「はい、湿っぽいのは終わりよ! 皆が気になる部活投票の前にクラス投票の結果を発表するわ。ためる意味もないからスパッと言うとしましょう! 一位は一年一組の『ご奉仕喫茶』! おめでとう!!」

 

 一年一組を中心に歓声が鳴り響いた。

 他の皆も予想通りと思ったのかおもむろに拍手をしてくれた。

 

「さて二位は………はいはいわかってるわ。これ以上長引かせたら可哀想ね。それでは、織斑一夏争奪戦の結果を発表致します」

 

 一夏争奪戦。投票一位の部活には一夏の部活入りの権利が与えられる。

 

 皆が固唾を飲んで見守るなか、会長は迷いのない目で結果を読み上げた。

 

「一位は………」

「「ゴクリ………」」

「生徒会主催、観客参加型演劇『迫撃! シンデレラVSシンダーラッド』!」

「「「………………………へ?」」」

 

 ぽかんと全校生徒の口が開いたまま立ち尽くした。

 一夏も疑問符を浮かべ、隣に立つ俺は何処か納得したように呆れの表情。

 

 数泊の間。宙に漂った魂が戻った全校生徒から一斉にブーイングが起きた。

 

「なんで生徒会なの!?」

「私たちこの日の為に頑張ったのよ!? 三徹したのよっ!?」

「一体どんな手を使った更識楯無ぃぃ!!」

「ロシアの陰謀か! ボルシチで釣ったのか!!」

 

 それだとポルシチパワー強すぎだろ。

 

 正に非難囂囂のなか会長は相変わらず涼しい顔でまあまあと生徒を宥めていく。

 

「なにも卑怯な手は使ってないわよ。皆がこぞって参加したシンデレラの参加条件は『生徒会に投票すること』よ」

 

 うわっ、エグッ………

 会長がしたのは水不足で悩む砂漠の民にタンク一杯の水を差し出すということに他ならない。

 この場合代金が法外すぎて詐欺一歩手前だが。

 

「私たち生徒会は決して参加を強制したわけではないし、CMのちっこい注意書きみたいじゃなく、ちゃんと皆に見える文字の大きさで書いたわ」

 

 会長が指を鳴らすと背後のスクリーンに参加条件のポスターが映し出される。

 そこには確かに『一般生徒参加可。参加条件は投票用紙を生徒会の投票箱に入れること』と書かれている。

 そしてその下には更にでかく『王冠を手に入れた生徒は王子と同棲出来る! 集え若きシンデレラ達!!』

 

 正直下のインパクトがでかすぎる気がするが、嘘は言っていない。

 

「つまり、これは立派な民意であり正攻法。不正などしていない紛れもない結果なのです!」

 

 不正がないとは、よくもまあ………

 俺は半眼で壇上の上の会長を見た。

 会長の顔。なんとも悪役だ。

 

 しかし結果的にこれは正に最適手段といえるだろう。

 喉から手が出るほどの男性操縦者との同棲権利。

 皆が告知を見た瞬間理性を手放せるを得なかっただろう。もたもたすれば他の女子に同棲権を取られてしまう。

 そんな焦りと目の前の豪華商品をチラつかせたら、大半の女子は落ちるだろう。

 

 そして何より、部活勢の人気は全体的に下方気味だった。

 その原因はご奉仕喫茶にほとんどの客を吸われたからに他ならない。

 ご奉仕喫茶とシンデレラの壮絶なダブルインパクトが、生徒会の圧倒的勝利条件を構築したのだ。

 

 会長の言葉は正論だ。なにも間違ってはいない。参加条件は満たし、投票に不正はない。

 だがいつの世も、正論は必ず受けいられるとは限らない。

 

「そんなんで納得できるわけないでしょ!」

「つーかあんな城なんか出されて勝てるわけないじゃない!」

「予算どうなってんだコラー!!」

 

 女子生徒からのブーイングは悪化の一途を辿り後一歩で暴動が起こりそうだ。

 とりあえずお前は落ち着け一夏。情報量大くてパンクするのはわかるけど落ち着け。

 

「はい静粛に! 私だって鬼ではないわ!! 皆が納得できる譲歩作を用意してある!!」

 

 皆のブーイングに負けないよう高らかに宣言した会長を前に生徒一同はとりあえず鞘に納めた。

 

「生徒会メンバーになった織斑一夏くんですが。希望した部活にのみ、適宜派遣することを決定します!」

「え、それってつまり?」

「そう! 投票のランキング関係なしに織斑一夏くんを数日間に限り入部させることを。生徒会長の名において宣言します!!」

 

 これは、凄いな。

 つまり一夏は希望者。事実上学園のほとんどの部活に駆り出されることが決定したということだ。

 一夏、今すぐ出てきた魂を口に戻しなさい。

 

「やった! 織斑くんが部活に来る!」

「私のとこ勝ち目薄すぎたし。正にひょうたんから駒ね!」

「水泳部! 水泳部に来てください!!」

「ぜひ漫画部に! そしてその瑞々しい裸体を………ウヘヘヘヘヘヘ」

 

 直ぐ様各部活動のアピール合戦が開始された。

 みんな先程のブーイングなどすっかり忘れていることだろう。

 

 流石は生徒会長。人心掌握にかけては右に出る者はいないな。見習わなければ。

 

「更におまけとして。元から生徒会に所属していた副会長の疾風・レーデルハイトくんには希望部活のなかから抽選で織斑一夏くんと一緒に貸し出す権利を与えましょう!」

 

 おっとぉ!? 油断してたら突然爆弾が投げ込まれたんだが! 

 てかその日のISの時間は確保されるよな? 俺はそこさえクリアするなら妥協出来るぞ。そこさえクリアすれば。

 

「それでは、織斑一夏くんは生徒会長補佐として生徒会に所属。以降は私の指示に従ってもらいます」

 

 そういって会長は一夏に向けてウィンクをした。

 一夏に至っては顔を真っ青にして俺の肩をグワングワン揺らしていた。

 

「疾風! どういうことだ!?」

「そういうことだ」

「俺の意思がまるで無視されてるんだが!」

「今更だろう。受け入れろ。俺は受け入れた」

「お前順応力の高さ異常過ぎないか!?」

 

 順応ではない。諦めの極致だ。

 

 人生諦めも肝心だぞ一夏よ。

 じゃないとあの人の下でなんか生きられない。

 しかし生徒会長補佐か………頑張れよ一夏。

 

 そろそろ気持ち悪くなってきたので、引き続き肩を揺らしてくる一夏を宥めにかかった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 場所は生徒会室。

 

 

「一夏くん生徒会入りおめでとー!!」

「おめでとう、これから宜しくね」

「ど、どうも」

 

 パパーンと盛大に鳴らされたクラッカー。

 鼻にツンとする火薬の匂いと中に仕込まれたリボンと紙吹雪が一夏の上に降りかかった。

 生徒会入りおめでとうと書かれたタスキをかけられた一夏は未だ状況を飲み込めないでいた。

 

「「おめでとう! おめでとう! おめでとう! おめでとう! おめでとう!」」

「なんで疾風とのほほんさんは張り付いたような笑顔で拍手してるんだ!? やめろ! なんか逃げ場無さすぎるだろう!」

 

 逃げちゃ駄目だからな。

 ほら、笑えよ一夏。

 

「てかなんなんですか部活派遣って」

「最適案でしょ? 仮に一夏君がそうね、生徒会権限で剣道部に入ったとしましょう。そしたらどうなると思う?」

「………?」

「他の部活から『うちの部活に入れて』と苦情が殺到するわ」

「え、生徒会権限なのに?」

「女は理屈じゃないのよ」

 

 説得力抜群な言葉に一夏は言葉を詰めざるえなかった。

 

「ことごとく俺の意思というものが潰されてるような」

「あら、こんな美少女三人が居るのに不満?」

「確かに皆さん可愛いし綺麗でしょうけど」

「臆面もなくそんなこと言えるのが一夏君の凄いところよね。ちょっと照れる」

 

 これで数多の女を落としてきたんですよ。

 天然ジゴロの名は伊達ではない。

 

「疾風は何処まで知ってたんだよ」

「なんも。会長には必勝策があるって聞いただけでまさかここまで大人げないものだとは思わなかった」

 

 これは本当。シンデレラの内容物など知らなかったのが何よりの証拠である。

 じゃなきゃ今の今まで悶々としていない。

 

「というか会長。ハッキリ言って今回の出来レースですよね?」

「違うわよ? 皆進んで票を入れたんだし八百長なんてこれっぽっちもないわよ?」

「よくもまあそんな」

 

 こちらも臆面もなくさも当然のように言ってくる。こっちは確信犯だというのが一夏との違いだろうけど。

 

「でも一夏くんが生徒会に入ったのはプラスでしょ?」

「ISに時間割けるからですか?」

「そう。今回で痛感したでしょ。自分の技量がどれほどなのか」

「はい」

 

 オータムと会長とのバトル。

 どちらも完膚なきまで惨敗という結果を残した一夏はその事実をすんなりと受け入れた。

 

「これからも一夏くんのコーチを引き続き続けていくわ。疾風くんと三人で頑張りましょう」

「疾風も一緒に?」

「閉会式終わってすぐに頭下げられてね」

「一緒に強くなろうって言っただろ。俺もまだまだ未熟だから」

「わかった。宜しくな疾風」

「おう」

 

 自然に俺と一夏は拳を付き合わせた。

 会長が隣で我が物顔になってるのはこの際無視しといた。

 

「とりあえず放課後に生徒会室にくればいいんですか?」

「当面はそうしてもらって、派遣先のくじ引きを纏め次第そちらに行く形に」

「わかりました」

「俺ってどんだけ派遣されるんですか?」

「レーデルハイトくんは10件担当してもらいます」

「10件も………」

「そういうなよ疾風。俺なんてそんな数じゃ済まされないかもしれないんだぞ」

 

 確かにそうだけれども。

 約30日もIS使用時間を削られるのか。

 発狂しないといいな………

 

「さっ! 今日は新規生徒会メンバーが揃った記念にケーキ焼いてきたから皆で食べましょ!」

「わーいケーキ~!」

「ではお茶入れてきましょう」

「お皿持ってくるね~」

 

 一緒に連れ添っていた三人の連携プレーにより着々と準備が進められていく。

 

「それでは。これからの生徒会と二人の活躍に、乾杯!」

「乾杯」

「かんぱ~い!」

「「乾杯」」

 

 こうして一夏の生徒会入りが決まった。

 生徒会室補佐という本人には不穏しかない役職だが、これも人生経験だ。頑張れよ一夏。

 

 会長が作ってきたショートケーキは思わず喉を鳴らすような美味しさだった。もう一個貰えるだろうか。

 

「あの、織斑くん。ひとつ聞きたいことが」

「なんですか?」

「学園祭で来たお友達、なんという名前なのですか? 赤い髪の」

「弾のことですか? 五反田弾です。今は藍越学園に通ってます」

「歳は織斑くんと?」

「ええ。同い年で、中学からの仲なんです」

「そう、ですか………やっぱり年下………」

「弾がどうかしたんですか?」

「ううん。なんでもないの。教えてくれてありがとう」

 

 丁寧にお辞儀した虚さんの顔は何処か赤かった。

 ふむ。

 

「なあ一夏、弾って彼女いないんだよな?」

「ああ、だけど今日気になる人いたって言ってたな」

「!」

「ああ、眼鏡をかけた可愛くて美人な人って言ってたよな」

「!?」

「そういえば帰り際に虚先輩の名前叫んでたな。なんでだろ?」

「!!?」

 

 おー、みるみるうちに虚先輩の頬の赤みが濃くなっていく。

 

「虚ちゃん。扇子いる? 今日暑いわよねー」

「い、いただきます」

 

 パタパタと顔の熱を出そうと強めに扇子を扇いだ。

 だが一度生まれた熱を冷ますには扇子の冷却力では足りないように見えた。

 

 よかったな弾、お前の未来は明るいぞ。

 

「疾風、今日ってそんなに暑いか? むしろ寒いほう」

「朴念神は黙ってようねー」

 

 こいつは通常運転過ぎて逆に安心するわ。うん。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 一夏の歓迎会を終えた楯無は学園長室に向かっていった。

 

「失礼します」

「どうぞ」

 

 中から聞こえたのは初老の男性の声。

 楯無はその重そうなドアを開いた。

 

「お疲れ様、楯無くん」

「ありがとうございます」

 

 学園長の席にはホームページに乗っている女性ではなく。先程応対した初老の男性が座っていた。

 

 轡木十蔵。普段は『学園内の良心』と言われる用務員だが。その正体はこのIS学園のトップであり、最高責任者である。

 

 普段は妻である女性が表舞台に立っている。

 その理由はISを扱う学園のトップが男性では難色を示される、女尊男卑という世界に対してのカウンターだった。

 

「それでは報告をお願いします」

「はい。当初の予定どおり織斑一夏、疾風・レーデルハイトの生徒会入りは成功。織斑一夏のIS訓練は順調に進んでおります」

「彼の学習能力には目を見張るものがありますね。流石は織斑先生の弟さんということかな?」

「ええ、今まで見てきた女子と比べてもその差は歴然です」

「レーデルハイトくんのほうは?」

「過去の資料と合わせて、彼の状況構築力の高さには驚きました。想像以上ですが、まだまだ研鑽の余地はあるかと」

 

 それでも渡された資料から二人の潜在能力が如何に高いかが見て取れた。

 ここから育て上げればどれほどの逸材になるのか。それは少なくとも世界の未来に大きく関わっていくことを案じていた。

 

「次に亡国機業(ファントム・タスク)ですが、確認しただけで三機のISを保有していました。うちアラクネはコアを抜き取ったため、再稼働には時間を有すると思われます」

「今回は、完全にしてやられましたな」

「申し訳ございません」

「いえ、楯無くんだけの落ち度ではないでしょう。侵入ルートは?」

「大胆にもチケットを持って正面から。現在そのチケットの出所を調査中です」

 

 更識の調べから『みつるぎ』に巻上礼子という名前はあれど、全くの別人だったという。

 

「報告は以上です」

「ありがとう。君にはいつも苦労をかける」

「轡木さんには負けますよ。また詰め寄られたんじゃないですか?」

「ええ。やれコアを渡せだの、警備体勢がなってないだの。好き放題言われておりますよ」

 

 世界の枠を見てもコアの最高保有量を誇るIS学園。

 教育機関としてこれでも足りないぐらいだというのを分かっていながら言ってくるのだから始末に終えない。

 

 警備体勢に対しても、世界最大とも言えるセキュリティを突破され。

 挙げ句の果てに送り込まれた代表候補生に本人さえ知らされていない違法システムが組み込まれていた。

 逆にそちらで対処出来るもんならしてみろという言ってやりたい。

 

「まだ可愛いほうではありますがね」

「やはり最近活発化してますか。女性権利団体が」

「ええ、IS委員会でも発言力が増してきています。政界でも同様に」

「………」

 

 思わず苦い表情を浮かべる楯無。

 ISが生まれて10年余り。多少緩和されたとはいえ男性軽視の環境は続けている。

 それはIS学園でも例外はなかった。

 

「学園の状況は」

「やはりレーデルハイトくんが生徒会に入ったことに納得が言ってない声が。少数ながら苦情が生徒会に寄せられています」

「織斑くんも入ったことから、更に勢いが増しそうですね」

 

 学園外の驚異の対処は勿論だが。楯無と轡木の懸念は学園内の不協和音にあった。

 

「こちらも本腰を入れて対処していきます。彼らを引き入れた私の責任として」

「宜しく頼みます。刀奈(・・)さん」

「はい、十蔵おじさん(・・・・)

 

 そういってお互いにこりと微笑んだ。

 先程張り詰めた息苦しい空気は今ので一気にほぐれていった。

 

「さて、お茶にしましょうか」

「しましょう。虚ちゃんが入れてくれた最高級の玉露がありますよ」

「おおっ。こちらも群林堂の豆大福を用意した甲斐がありました」

「やたっ! 私本当に大好きなんですよその豆大福!」

 

 まるで少女のようにはしゃぐ日本暗部の長更識楯無と、喜びをなんとか隠そうとするIS学園の影のドン。

 そんな二人が年甲斐もなくはしゃぐ姿など。世界の重鎮は知るよしもなかったのである。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「一夏はあたしと踊るのよ!」

「一番手は譲らん!」

「一夏、僕は最後でいいからね」

「私も最後を希望する。シャルロットが最後を要求するということに意味があるはずだ」

「時間あるんだから皆で踊ろうぜ………」

 

 いつもの風景いつもの光景が一夏の周りで起きている。

 

 なんでもキャンプファイヤーのフォークダンスで踊ったペアは永遠に幸せになれるという噂。

 ぜってーーーー嘘。

 

 男子入学したの今年だぞ。なのにそんなアルアル青春ジンクスがIS学園にあるわけないだろうがい! 

 あれか? 百合か? 百合ップルか? そこまでは管轄外だよこのやろう。

 

 とまぁ、まんまと乗せられた一夏ラバーズは藁にもすがる思いで一夏とのフォークダンスペアを取り合っている。

 

 それのおかげで専用機持ち以外が遠巻きで羨ましがったり。「うほっハーレムやん」と出歯亀丸出しで写真を取っていた。

 

「疾風」

「よっ、セシリア」

 

 そんな姿を遠巻きに観察してると、セシリアが声をかけてきた。

 服装もいつものアレンジ制服に戻っており、二日間メイドの姿だったので何処か新鮮だった。

 

「菖蒲さんは?」

「後で来るってさ」

「そう。それにしても随分声をかけられたのではなくて?」

「見てたのかよ」

 

 男子一人がポツンと立っていると物珍しさに近寄ってくる女子が結構居た。

 時にはダンスの誘いも来たが、先約がいると丁重にお断りをしておいた。

 

「疾風。同棲の件ですが」

「おおぅ、いきなりぶっこむなぁ」

「散々引き伸ばしてしまいましたので」

 

 そうだけど。

 俺から話すつもりだったから助かるといえば助かる。

 

「疾風は、わたくしと同棲に関しては。お嫌ですか?」

「えっと、嫌っていうか。別になんていうか。嫌ではない、けどお前は良いのかっていう」

「ならわたくしが良いと言ったら一緒に住んでくれますの?」

「………………まあ」

 

 一応そういうことにしておく。

 いやだってさ。ここで俺がセシリアと同棲したいなんて言ったら、まるで俺が女子と同棲したくてしたくてたまらない性欲野郎って思われるじゃん。

 考えすぎ? そんなことないよ。

 

「わかりました。なら同棲しましょう」

「い、いいのか?」

「わたくしが断ったら。どのみち疾風に風評被害が飛んできますし」

「はぁ」

「それに………別に悪くはないとも思いますし」

「へぇっ!?」

 

 凄い変な声出た。

 セシリアの言ってることは合ってるけど。

 ええっ? 

 

「お前はそれでいいのかよ」

「いいです。腹をくくりました」

「ハロルドさんがなんていうか」

「もう話しました」

「なにっ!? なんて言ってた」

「手を出したら処す。と」

 

 わかりました! 絶対に手を出しません!! 

 ええ絶対に!! 

 

「来ましたわよ」

「疾風様ー!」

「菖蒲」

「では」

 

 軽く会釈をしてセシリアが人の波に消えていった。

 随分と事務的だったな。どっちみち俺と暮らすのに難色を示していたのはお家的な事情でしかなかったということかな。

 ………なんか胸がいずいな。

 

「ふぅーー。お待たせ致しました」

「まだ始まってないよ。そんな走ってこなくても」

「いえ、疾風様は人気者ですから。私がいない間に誰かに取られるのではないかと」

「菖蒲と踊るって約束したのにそんなことするわけないだろ」

「ありがとうございます」

 

 ホッと安心したように笑う菖蒲を見て俺は一つの推測が浮かんだ。

 菖蒲はフォークダンスの意味を知っているのかと。

 

 そんな考えを抱くと同時に俺は直ぐ様その推測を蹴り飛ばした。

 この青少年青春脳めっ! 懲りろいい加減に! 

 

 脳内の不純物質を排除するなか、周りから歓声が。

 

「疾風様、火が着きましたよ」

 

 俺たちの身長より詰まれた(やぐら)に教員が火を着けた。

 火は段々と櫓をかけ上っていき、盛大なキャンプファイヤーが灯された。

 同時に音楽が炎に負けないぐらいの大音量で流れてきた。

 

「踊りましょう疾風様」

「おう」

 

 皆が櫓を囲んで踊り始めた。

 ペアになって踊るもの。

 ぺアなんか知らねえぜ! とばかりにダイナミックにブレイクダンスをする集団。

 フォークダンスがわからずに取り敢えずその場のノリで踊り出すもの。

 

 キャンプファイヤーを囲ったダンスはたちまちフォークダンスの名を借りた自由系ダンスパーティーになった。

 

「これも多国籍故ってやつだな」

「疾風様。あそこ、一夏様のところ」

「ん? ブハッ、なにあれ?」

 

 菖蒲に釣られて見てみると。

 なんとも不思議空間が構築されていた。

 

「一夏、次はこっち!」

「さあ、夫の胸に飛び込め嫁よ!」

「ちょっとラウラ! 次は私のとこでしょうが!」

「さあ来い一夏! 私が受け止めてやる!」

「待て箒! それは受けの構えじゃ、おわー!」

 

 なんていうか。四人が一夏の四方に立っており。一人が少し踊ったと思えば他の奴にパスされて一夏がたらい回しになってるという。

 俺ああいうの見たことある。サッカーの鳥籠っていうパス練習の奴や。

 

 いいのか一夏ラバーズたち。

 お前たちはそれをダンスとして満足出来ているのか? 

 

「菖蒲、あれって」

「楽しそうだから良いのではないですか?」

「楽しそうなんだ。そっか、菖蒲にはそう見えるんだな」

 

 ならもうなにも言うまいよ。

 一夏が目を回してるように見えるけど、楽しんでるなら良いよね。

 

「今日はありがとうございました疾風様。とても楽しかったです」

「こちらこそ。弓道体験楽しかった」

 

 なかなか体験出来ないよなあれは。

 最後は当たってくれて嬉しかった。

 

「そういえば、先程セシリア様と何か話されてましたね?」

「ああ」

「同棲のことですか?」

「鋭いね、菖蒲は」

「で、どうなったのですか?」

「まあ。収まるところに収まった。明日は引っ越し作業だ」

「そうですか………」

 

 顔をうつ向かせる菖蒲。

 どうしたのか彼女の名前を呼ぼうとしたとき。

 

「………残念です」

 

 彼女の呟きを拾ってしまった。

 

 思わず躍りの足を止めてしまった。

 か細くて掠れたような声だったが。普通なら聞き逃し、気のせいだと思うような声量だったが、俺の耳は拾ってしまった。

 

 何故残念ですなんて言ったんだ? 

 その疑問が俺の頭でグルグルと回りだして。回りに回って、言葉の引き出しを開けてしまった。

 

「菖蒲」

「はい」

「なんで俺の王冠を欲しがったの?」

 

 屋上で聞こうと思って聞けなかったこと。

 王冠を手に入れる。それは俺との同棲を意味する。

 セシリアは取る気はなかった。箒たちは勿論一夏との同棲の為にそれを欲した。

 

 じゃあ菖蒲は? 

 菖蒲はどうして俺の王冠を。

 

 俺より頭一つ小さい菖蒲。

 俯いていた菖蒲の顔が上がり、至近距離で俺たちは目を合わせた。

 

「好きだから、です」

「えっ」

 

 その言葉に捕まった。

 思考が止まる、何てことはなく。

 俺は菖蒲の言葉を一字一句逃さず聞き取り、理解しようとした。

 

「私は疾風様が好きです。好きだから同棲したいと思って王冠を取りに行きました。疾風様がIS学園に入学したから、私は代表候補生の資格を手にここに来たのです」

「菖蒲………」

「私、徳川菖蒲はーーー疾風・レーデルハイトを愛しております」

 

 疑いようのない言葉。

 真剣そのものの眼。

 

 勘違いしようのない、菖蒲からの告白だった。

 

「菖蒲、俺は」

「わかっています。疾風様は私のことを友達としか見てないということを。それでも良いんです。今私は、私が貴方のことを好いているということを知ってほしかった。だからダンスに誘ったのですよ」

 

 IS学園の、でっちあげのジンクス。

 

 それにすがったのはあいつらだけじゃなかった。

 

「だから私は待ちます」

「待つ?」

「貴方が答えを見つけるその日まで。たとえどんな結果になろうとも。私は受け止めます。ですが」

 

 菖蒲が俺から離れた。

 その瞳は変わらず真っ直ぐ、俺の目を捕らえていた。

 

「私を受け入れてくれることを、願っています」

「菖蒲………」

「今日はこの辺で。また明日、疾風様」

 

 そう言って菖蒲は校舎の方に戻っていった。

 残された俺は周りが踊るなか、ただその姿を見送っていた。

 

「いてっ」

「ちょっと、そんなとこで突っ立てんじゃないわよ!」

「す、すいません」

 

 すぐにその場を抜けようと輪の外に出た。

 キャンプファイヤーに背を向ける。

 俺はただただ、先程の菖蒲の告白を思い出していた。

 

「疾風!」

「セシリア?」

「こんなとこで何をしてますの? 菖蒲さんは?」

「えと、用事があるからって校舎に」

 

 とっさに嘘を着いた。小さい嘘なのに、セシリアについた嘘が俺の胸に針となって刺さった。

 

「もしよかったらですけど。相手がいないなら一緒に踊りませんか?」

「悪い、俺も疲れたから帰るわ」

「疾風?」

「ごめん、また明日」

 

 セシリアの顔を見ることなく逃げるようにその場を後にした。

 なんでかセシリアと目を合わせられなかった。

 

 部屋に戻って制服のままベットに横になった。

 幸い虚先輩は居なかった。

 仰向けになって薄暗い天井を見上げた。

 そのまま目を閉じた。

 

 今は何も考えれなかった。

 だけど、俺の頭は冴えていて。菖蒲のあの言葉がずっと頭に残っていた。

 

『私を受け入れてくれることを、願っています』

 

 寝たくても寝られなかった。

 寝れるわけがなかった………

 

 

 



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第五章【至上主義(スクール・カースト)
第55話【一つの終戦】


「てめえどういうことだエムぅっ!!」

 

 高層マンションの最上階。

 綺羅びやかで豪華な装飾のその部屋に似つかわしくない声をあげるオータムにサイレント・ゼフィルスの操縦者、コードネーム・Mが鬱陶しそう振り返る。

 

「なんの話だ」

「お前が寄越したあのリムーバー! とんだパチモンじゃねーか!」

「知るか。私は上層部から渡された物をそのまま渡しただけだ」

「しらばっくれんじゃねえ!」

 

 オータムはエムの胸ぐらを掴み、そのままソファに叩き付け、ナイフを向けた。

 

「お前知ってたんだろ! 織斑一夏に使ったら奴が遠隔コール出来ることを!」

「何を証拠に」

「その顔が何よりの証拠だろうが!」

「やめなさいオータム」

 

 オータムを止めたのはバスルームから出てきた金髪の女性だった。

 妖艶という言葉をそのまま人の形にしたような彼女はバスローブ姿でエムが組み敷かれているソファに座った。

 

「スコール……」

「まず落ち着きなさい? このソファ気に入ってるんだから、血で汚れるのは嫌よ?」

「………」

 

 オータムは苦い顔でナイフをホルスターにしまい、エムを解放した。

 

「良い子ね。ほら、隣に来なさい」

「おう。いやまてまて、そんなんで私を絆そうったってそうは………」

「来てくれないの?」

「………あーもう」

 

 仕方ねえなという体で来てるが、隣に座りたいのはオータムも同じだというのは頬を見れば一目瞭然だった。

 

「エム、サイレント・ゼフィルスの整備をしてきなさい。まだ完全に慣れてる訳じゃないんだから。ちゃんと物にしときなさい」

「わかった」

 

 エムは短く返事をしドアを閉じた。

 

「オータム。髪を拭いてくれる?」

「ああ」

 

 渡されたタオルで彼女の髪を傷つけないように優しく拭いていく。

 心地良さそうに目を閉じるスコールは次第に鼻唄を歌う。

 

「~~♪」

「なんの歌だ?」

「貴女が生まれる前にヒットした曲」

「年齢バレるぞ」

「今更ね」

 

 他愛のない会話を交わす二人のそれは仕事の同僚のようで、テロリストの会話とは思えない。

 

 亡国機業(ファントム・タスク)の実行部隊の一つ、モノクローム・アバター。現在の任務は、各国のISの強奪だった。

 

「お前は知ってたのかよ」

「リムーバーのこと? 遠隔コールは、まあ予想は出来たかしらね」

「なんで教えてくれなかった」

「予想は出来ただけで確証はなかったから」

「本当かよ」

「本当よ、だからそんな悲しそうな顔しないで?」

「見てねえのになんでわかるんだよ」

「わかるわよ。貴女は私の唯一無二、大切な恋人なんだから」

 

 そう言ってスコールは振り返った。

 オータムの顔は一見悲しそうには見えないが、スコールから見たらまるで玩具を取り上げられた子供のようで、余計可愛く見えた。

 そんなオータムの目蓋に口づけを落とすと、スコールは目を細めて笑った。

 

「先に部屋に行ってて。私も直ぐに行くから」

「まだ私は納得してねえぞ」

「たっぷり説明してあげるから」

 

 オータムはため息を吐いた後、部屋から出ていった。

 

 入れ違いで金髪の女性が入ってきた。

 オータムとエムを援護した、ラファールの操縦者である。

 

「今日はありがとう。お礼を言わせてもらうわ」

「別にいい、クイーンに命令されただけだから」

「あの女、もしかして借りを作ろうって魂胆かしら? 図々しいわね」

「知らないわよ」

 

 ラファール乗りは退屈そうに背を向けた。

 

「あら、もう帰っちゃうの?」

「これからお楽しみでしょ? 私は戻らせてもらう。クイーンに伝言があるなら伝えるけど?」

「なにもないわ」

「そっ」

 

 飽くまで仕事上の関係。

 名残惜しさの欠片も見せずに立ち去ろうとする彼女の背中にスコールは言葉を投げた。

 

「一つ聞いていいかしら。アニエス・ドルージュ」

「………………なに?」

 

 アニエスと呼ばれた女性は振り返ることなく聞き返した。

 

「何故あの女の下に居るの? フランス代表である貴女が曲がりにもイギリス代表の下に付くなんて」

「別に代表とか気にしてないし、あの女の考えることに賛同したつもりはない。私は女性至上主義に興味などない。単に利害が一致してるだけだから」

「利害?」

 

 正直。スコールはあの女、フランチェスカ・ルクナバルトと反りが合うのは女尊男卑主義者だけだと思っている。

 現にスコールは彼女に魅力を感じていない。

 だからこそ目の前の女性が不思議に思えたのだ。

 

「貴女の目的はなんなの?」

「決まっている」

 

 アニエスは最後までスコールに振り返ることなく、目の前を見据えたまま、確固たる決意を込めて答えた。

 

「アルベール・デュノアを潰すことよ」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「うわー………」

「入って早々失礼ではなくて?」

 

 心外、というように頬を膨らませるセシリアだが。俺としてはそれどころではない。

 

 学園祭の次の日の振り替え休日。

 菖蒲に告白され、考えに考えて迷走したまま考え疲れて寝てしまった。

 

 寝ぼけ目のまま動く気力もなく、朝のランニングも中止。

 虚さんに促されるまま、荷造りした俺は同棲先のセシリアの部屋に訪問した。

 

 途中で菖蒲に出会わなかったが、少しだけホッとした。

 

 で、セシリアの部屋に入ったのだが………なんともまあ。

 

 ここだけの話。セシリアのオルコット家もIS学園に多額の寄付をしている。

 故に他の学生には出来ない部屋の大規模改装も可能なのだ。

 だとしても。

 

 これはやりすぎだろう………。

 

 入った瞬間まず壁紙の高級感に目をやられた。

 壁紙がセシリアの家の壁に似ていて、寮室じゃなくてオルコット邸に入ってしまったのかと錯覚してしまった。

 

「お邪魔します」

「はいどうぞ。ってもう貴方の部屋でもあるのですからね」

「へいへい」

 

 取り敢えず近場から攻めよう。

 玄関の近くのトイレを見てみよう。普通はトイレのはずなんだけど。改装したらしい………

 

 オープン、クローズ。

 

 ………トイレの種類から違う。

 あと良い香りがフワッじゃなくブワッときました。どんな芳香剤置いてやがんだ。

 しかし決してキツいわけではなく普通に安らぐフレグランスでした。

 

 次に風呂場だ。もう大体予想付くぞ

 てか廊下が既に高級絨毯がしかれているぅ。

 

 浴室のドアから変わっている。

 

 オープン。

 

「………」

 

 クローズ。

 

「何故先程から開けた途端閉めにいきますの?」

「………俺ここ使わない、というか使えねえわ。高級という言葉に殺される」

「? 疾風の家も似たようなものでしょう?」

「ちげーよ! 普通のユニットバスだわ!」

 

 そりゃあ、他の家よりは少し広めだけども。

 このバスルームはなんつーか。完全にセシリア・オルコット専用と化している。

 バスルームやシャワー、小物、棚、休憩用の椅子に至るまで高級仕様

 同居人はこれに入って落ち着いて身体を休められていたのだろうか。

 

 まあ俺はシャワー派だから浴槽は使わないからいいか。気を使いそうだが。

 シャワーだけ一夏のとこ行こうかな………

 

 さぁて………

 既にHPが四割ほど削られているが。ここから先が魔境の中心地【リビング】

 

 果たしてどんな感じになってるのかは想像は出来るが出来ない。

 もう気を張るのも馬鹿らしくなってきたので俺は躊躇いなくドアを開けた。

 

「………んー?」

 

 開けた先には、まあ家具は変われどレイアウトにそこまで違いはなかった。

 トイレとバスルームを見たせいもあってそこまで衝撃は来なかったが、まだなんとか耐えれるものがあった。

 

 取り敢えず住むにはなんとかなりそうだなとベッドの方に目を向けた。

 

 うわっでかいベッドある。天蓋までついてるし、これ一人用で使うようなもんじゃないよな。

 しかしこれの隣で寝るのか………あれ? 

 

「セシリアさん」

「はい」

 

 通常の倍のサイズであるセシリア専用天蓋付きキングベッド。

 元からあった衝立を外してまで置いた、それはまだいい。セシリアだし、これを置く権利もあるわけだし。

 でもさ………

 

「ベッド一つしかないんだけど」

 

 もう一つのベッドどこ行った? 

 

「………あっ」

「あ、じゃねーよ! さっきまで見たのはまだ許容出来たけどベッドないことに関しては流石に文句言うぞ!? そんなに俺と暮らすの嫌か!? 昨日そこらでこんなベッド仕込むぐらい嫌か!? そういう意思表示か!?」

「違います! これはわたくしが此処に来た当初からあるものですわ」

「はぁ?」

 

 最初からあった? 

 え、それってつまり………

 

「お前、同居人のベッドを削除してまで自分のベッドを、置いたの? お前、なんて横暴で惨いことを………」

「ちょっ、違いますわよ! そんなドン引きしないでくれます!?」

 

 気がつくと俺の足は自動的に後ろに移動していた。

 か、考える前に俺の身体が逃げろと告げている。

 

「いや、引きざるをえない………驚いた、お前自分のパーソナルスペースでこんな独裁政治を引いていたなんて」

「だから違いますってば! 同居人の如月さんがキャンプ同好会の出で、わたくしが困ったときに自分は寝袋のほうがいいと言ってくれましたの!」

「えーー」

「何ですのその顔は!」

 

 そんな上手い話があるかね。

 いや、そうじゃないと今まで同居してはいないか。

 

 色んなとこを見てきて一先ず部屋の構造は理解できた。

 それを踏まえて言わせてもらおう。

 

「魔改造しすぎだろう。原型がない………」

「わたくしに相応しい装いと言ってくださいまし」

 

 相応しすぎるわ。

 セシリアが入れてくれた紅茶を呆れた顔ですすりながら胸中でツッコミを入れる。

 

「つーかさっき言ってた如月さんは良かったとして、俺はどこで寝たらいいんだ?」

「今から実家にワンサイズ小さいベッドを頼みます。近日中に届くと思いますから、そしたら今あるベットを解体して二つに戻します」

「それっていつ?」

「早くて二日」

「マジで俺どこで寝たらいいの?」

 

 一夏の部屋は会長が陣どってて満員。

 俺が前いた部屋は既に引き払われている。

 

「床に布団敷いて寝るしかないか。お前を床に寝させる訳にいかねえもん」

「あの、ベッド大きいから二人で寝るという案は」

「お前それ本気で言ってる? 襲うぞ」

「襲っ! 勿論冗談ですし言ってみただけですから!」

「だろうな。これから一緒に済むんだからそうやって無自覚に煽るようなことすんなよ。俺は一夏みたいに鈍くないし男の子なんだから」

「一夏さんも男の子ですわよ?」

「あいつは自動的に悟りか振り回されルートに行くから除外だ除外」

「ん? 疾風が何を仰りたいのかわかりません」

「サンオイル事変、あの時言った三つの言葉を思い出せ」

「………………!!」

 

 しばし目を閉じた後たちまちトマト色になった。俺も頬が熱いぜ。

 

「じゃあ、そろそろ決めに行くか」

「え、ええ」

 

 頬の熱が冷めぬまま、同居関係となった今、大まかとはいえルールを設定しなければならない。

 

 ここで最近知った豆知識だが、同棲とは婚姻関係のない恋仲の男女が一緒に住むことを言うらしい。

 会長が敢えて同棲と称したのは、恐らく一夏ラバーズに対する発破かけ、もしくは面白がったということだろう。

 つまり俺とセシリアは同居というのが正しい。

 

 閑話休題。

 

「さて、先ずはトイレは必ず鍵をかけること」

「そんな当たり前のことから始めますの?」

「何事も小さいことからだ」

 

 そこから各々の生活スタイルについても話し合った。

 同居するにあたって必要以上に互いのプライベートに干渉し過ぎないこと。

 どうせ短い間の同棲期間なのだ、今後に遺恨を残さないためにもこういうのは大事だ。

 自分にとって些細なことでも相手には重要なことだってあるのだから。

 

「ここ重要だけど。部屋に一人だとはいえラフ過ぎる格好でいないこと。タオルを巻いて歩くなどは論外な。一夏と箒はこれでハプニングった」

「噂だとシャルロットさんともですわ」

「お前だって見たくないだろ、俺のパン一姿」

「疾風はどうですの?」

「お前は俺の答えの何を期待してるんだ?」

 

 さっきからなかなか際どい質問してることに気付いてないのかこいつは。

 

「洗濯は個人で、掃除は交代制」

「それでいいですわ」

「そしてここが一番の重要ポイントだけど………」

 

 ゴクリと溜まった唾を飲み込んだ。

 ここからが勝負だ、ここをクリアしなければ。俺はマジで死に至る! 

 

「自炊は全部俺がやるから、お前はやるなよ」

「むっ、何故ですの。わたくしだって料理は出来ますわ」

「駄目、台所に一人で近づくことも禁ずる」

「さ、流石に横暴ですわよ!」

「これでも譲歩したんだ」

「これでも!?」

 

 これでも。

 

「お前は自分の料理の腕はどうだと思っているんだ?」

「絶品だと太鼓判を押されましたわ!」

 

 F言葉が出そう。

 胸をはって得意気に言ってのけるセシリアを相手にポーカーフェイスを保てている俺、凄い。

 

 いろんな所から聞いたところセシリアのクッキングハザードは留まることを知らない。

 チェルシーさんに聞いたが、オルコット邸の執事とメイドはセシリアクッキングで退職せざるおえない者もいたというのだ。

 もう少しハロルドさんには頑張って欲しかった。どんだけ溺愛してんだって思った。

 

 だがこの負の連鎖は止めねばならない。

 今後のセシリアの為にも、オルコット家当主でありイギリス代表候補生がテロ級の料理音痴だと世間に知られないためにも。セシリアには現実を知ってもらわねばならない。

 

 誰もやらぬなら俺がやってみせる。

 勝手知ったる俺がやらずに誰がやるのか。今こそセシリアの幼馴染みという称号を掲げる時だ。

 

「そこまで言うなら、今日の夕飯はお前が作れ」

「いいでしょう! わたくしの手料理で貴方の舌を唸らせてみせましょう!」

「期待してる」

 

 本当に。

 

 これにて第一回同居会議が終了した。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「出来ました! ローストビーフですわ!」

 

 置かれたのはイギリスの代表的な肉料理、ローストビーフ。

 赤身が残った薄切りの牛肉に、グレービーソースが輝く。

 付け合わせのポテトフライに焼かれたロールパン、そして俺が付け合わせたリーフサラダが今日の夕食だった。

 

 思わず喉が鳴った。鳴ってしまった。

 それほど見た目が完璧だった。

 

「久しぶりに夕食を作りました。如月さんは最初の一回以降自分が作ると聞かなかったので」

 

 でしょうね。

 

「では、召し上がって下さいな」

「お前は食べないのか?」

「料理を作ったものが先に食べるわけにはいきませんわ」

 

 もしかしたら正しいのかもしれないけどセシリアが言うと謎理論に聞こえるな。

 

 如月さんもこう言われて先に食したのだろう。他のものも同文。

 

 だが。

 

「いや、セシリアから食べてくれ」

「でもそういうわけには」

「これからは俺とお前は対等だ。お前のその精神は美徳だが、変に遠慮しあうことはない。ということでお前から食べてみてくれ」

「はぁ、まあそこまで言うならば」

 

 セシリアは慣れた手付きでフォークを動かす。

 その仕草はフォークでローストビーフを刺すという行為にも関わらず精錬された物を感じ取れた。

 

 良い感じに赤身が残る肉、滴るグレービーソース。

 見るものを魅了する極上のA5肉。

 セシリアは口を開き。

 

「あぁ、むっ」

 

 ローストビーフを食した。

 

「………………」

 

 さほど時間が立つことはなく、カランと金属音をたててフォークが皿の上に落ちた。

 

「!! 、!? 、!?!!!?」

 

 形容しがたい表情で口を抑えたセシリア。

 まるで毒物を飲み込んで悶え苦しむサスペンス被害者のようではないか。

 

「ほう、そんなになるほど絶品なのか。じゃあ俺も」

「!? だ、めっ、疾風………っ!」

 

 ローストビーフを一つ刺して躊躇いもなく口に放り込んだ。

 

 ガタタッ!! 

 

 思わず机の端を砕ける勢いで掴んだ。

 全身から脂汗が滲み出る。

 とても人の文字では表現できないようなカオスでデストロイにエクスティンクションな味覚が全身を駆け巡った。

 

 クラッと意識が揺れた。

 このままでは意識を失うと分かった。

 

 だがそれでは駄目だ、まだ俺は………

 倒れるわけには行かない! 

 

 イーグルを準起動。ISの生体保護機能をフルに使って意識の混濁を防ぎ、気絶を回避した。

 

「あなた………んん!!?」

 

 ダッとセシリアが駆け出した。

 トイレの方に向かい、乱雑にドアを閉めた。

 

 俺も耐えきれなくなり、予め用意しておいたビニール袋を………

 

 

 

 

 

 

 

 川のせせらぎのようなBGMが流れたことだろう。

 

 回復まで約一時間を有した俺とセシリアはすっかり冷めてしまった夕食を前に鎮座していた。

 俺の頬はゲッソリと痩けていたが、セシリアはその様子はない。というのも、先程化粧ケースを持って洗面台に行ったのを見かけたが。

 

 席に座ってからもずっと無言で、セシリアは目の前のローストビーフを見つめていた。

 

 正直、今回の料理は賭けだった。

 

 万が一セシリアが味見をして軌道修正をする。億が一余計なアレンジをせずに超絶品の料理を作り上げる。

 そうなればセシリアは自信を増し、これからもわたくしが料理を作りますわという、ディストピアスペースが出来上がってしまう。

 

 だが喜ばしいことにセシリアは裏切ってくれた。

 

 俺はセシリアがローストビーフを作っているところを遠目から見ていた。

 手際も良く、プロ顔負けの効率。夏休みのハッシュドビーフと同じく途中までは良かった。そう、途中まで。

 

 その後がヤバかった。

 照りを出すためにローストビーフには間違っても絶対に入れないような物を多数加え、グレービーソースも以下同文。

 とどめに超高級と称された一振一万の香水、レリエルのナンバーシックスを吹き掛けるという暴挙を行った。

 セシリア本人は、何も疑うことなく。本当に美味しい料理を作ろうとする姿が。なおのことこの料理の悲惨さを物語っていた。

 途中で何度止めに入ろうと思ったことか。

 呪われた右手を持った厨二病患者の気持ちが理解できた。

 

 料理を作っている間。俺はセシリアの同居人である如月キサラさんに電話をしていた。

 如月さんが言うには、彼女も初日にセシリアの手料理を食べたとか。

 見た目が天国級の料理に目を輝かせて食べた途端地獄に落とされてるとは夢にも思わず。

 セシリアには自分が作ったアウトドア飯を食べてもらったお陰で、セシリアは自身の料理について何も知らないで通ったらしい。

 その後はお察しの通り、最もらしい理由をつけて如月さんが自炊を引き受けたそうな。

 

 こうして皆の善意によってセシリアは自分の料理の事実を知ることなく、度々皆に料理を振る舞うという地獄スパイラルがIS学園で形成されたのだった。

 

 誰が悪いとかそういうものではい。

 セシリアの周りが優しさに満ちていた。その優しさゆえ、このような悲劇が起こったのだった。

 

 ふとポケットのスマホが鳴った。

 見てみると一夏からだった。

 つくづく良いタイミングで鳴ると、俺は電話に出た。

 

「もしもし」

「あー疾風。元気か? セシリアと同居だけど、大丈夫か?」

 

 その大丈夫は俺の予想する今の現状を心配してのことだろうか。

 そうだとしたら大正解だ。

 

「丁度良かった、セシリアがお前に用があるから変わるぞ」

 

 ビクッ! とセシリアの肩が跳ねた。

 

「え、なんでセシリア?」

「頼む。これは他の誰でもないセシリアの為なんだ」

「なんだかわからんが。わかった」

「任せたぞ」

 

 セシリアの前にスマホを置いた

 沈んだ表情で画面を見るセシリア。

 

「もしもし? あれもう変わってるのか」

 

 チラッとこっちを見てきた。

 俺は促すように頷いてあげた。

 スマホを手に取り恐る恐る耳にあてた。

 

「………もしもし」

「あ、セシリア。用ってなんだ?」

「その、一つ聞きたいことがありまして」

「おう、なんだ?」

 

 セシリアが自分の唇を噛んだ。

 わかる、今のお前の気持ちわかるぞ。

 ばつの悪いことを親に告白するような気持ちだよな。

 でも言ってみたら案外楽だったってのもあるぞ。

 

「シャルロットさんとラウラさんが転入した時、皆さんで屋上に昼食を食べに行きましたわよね。その時わたくし一夏さんにサンドイッチを出しましたわ」

「あ、ああ。そうですね………」

「どうでした?」

「美味かったぞ!!」

 

 肝心のフレーズでどもらなかった一夏は正しく勇者だった。

 だが料理に関してお花畑だったセシリアはもういない。

 

「一夏さん、ありがとうございます。わたくしの料理を美味しいと言ってくれて。ですが」

「セシリア?」

「正直に申してくださいな。わたくしが作ったサンドイッチ。いいえ、今まで食べてくださったわたくしの料理。如何でしたか」

 

 いつも聞かない暗い声色に流石の一夏も何か気付いたようだ。

 電話越しに生唾を飲んだ一夏は恐る恐るセシリアに聞き返した。

 

「本当にいいんだな?」

「はい、情け容赦なく」

「わかった。セシリア」

「はい」

 

 一夏は今までズルズル引きずった自身の優しさ故に伝えなかったことを伝える為、意を決して言葉を紡ぎ合わせた。

 

「正直言うとな」

「はい」

「この世の物とは思えない代物がチラホラと」

「んんっ!」

「それ以外にも味が予測不能で、それなのに見た目だけは凄いからある種の才能なんじゃないかって思えた」

「ぐっ」

「ぶっちゃけると。料理を冒涜してるって思う時は何回かあった」

「ああっ!!」

 

 セシリアが椅子から崩れ落ちた。

 スマホを落とさずにいたことは彼女の屈強な精神力の賜物だろう。

 

「本当に、申し訳御座いません。今までのわたくしはさぞ滑稽に映ったでしょうね………」

「いや、俺も言おう言おうと思って結局言えなかったのも悪いから」

「良いのです。それが一夏さんの長所であり誇るべきものです。正直に言ってくれてありがとう御座いました………」

「お、おう。まあ頑張れよ。料理を作ってきてくれたこと事態は嬉しかったからな」

「はい」

「じゃあな」

 

 通話、終了。

 床にうちひしがれているセシリアは悲壮感が前面に出されており、正に悲劇のヒロインと言うべき姿だった。

 悲劇のベクトルが少し違うと思うが。

 

「疾風」

「おう」

「一夏さんが私の料理を冒涜だと言ってくださいましたわ」

「だろうな」

 

 一夏も良くそんな言葉をひり出してくれたよ。今頃罪悪感沸いてんじゃないかな。

 そこらへんは会長に任せよう。

 

「なあ。何でお前ってば一回も味見しなかったんだ? 料理作る上での基本だろ?」

「わたくしは国の代表候補生でありファッションモデルも兼任しております。無駄なカロリー摂取しないために味見(間食)はもっての他だと」

「味見程度が間食に含まれる訳ないだろ。バカ」

「あう………」

 

 なんともセシリアらしい理由だった。

 完璧思考もここまで来るとなると逆に欠点だな。

 

「ちょっとチェルシーに電話しますわ」

「おいおい、流石に明日でいいんじゃね」

「いいえ、後回しなど許されませんわ」

 

 セシリアはチェルシーさんに電話をかけた。

 

 10分後。

 

「くはっ」

「セシリア!?」

 

 セシリアは受け身を取らずにバタンとぶっ倒れた。

 

「いやいやおいおい、チェルシーさんは何て言ったんだ」

「………………わたくしの料理は料理ではなく生体兵器だと」

「おおーう」

 

 先程食べた味を思い出して言い得て妙だと納得してしまった………。

 流石チェルシーさん。飛び出る言葉のナイフはレーザーカッターレベルだぜ。

 

「まあ今回でわかったろう。現実というものを」

「ええ、文字通り身に沁みましたわ………」

 

 椅子越しに見下ろす形になったorz状態のセシリアをこの先どうしようかと考えてみる。

 

「まあ最悪のパターンであるお前の味覚障害じゃなかったということだけわかって良かったよ俺は」

「これでも舌は肥えてる方でしてよ」

「そうだね。なのにこれだよ」

「うぅ………」

 

 当たり障りのない言葉で慰めようかと思ったけど更に落ち込ませてしまった。

 いっそのこと徹底的に落ち込ませてみるか。いや幾ら反骨心のあるセシリアでも流石に可哀想だな。

 

「一つ疑問があるのですが」

「なにさ、お前の料理の腕が異次元レベルというのは紛れもない事実だぞ」

「違いますわよ、いえ違いませんけど。そこじゃありませんわよ」

 

 ネガティブモードから回復したセシリアは椅子に座り直した。

 

「何故ローストビーフを食べましたの?」

「何故とはなに?」

「疾風はずっとわたくしが料理してるとこを見てたのでしょう? ならこの料理が劇物レベルだというのは分かっていたでしょう。わたくしに分からせるだけなら貴方が食べる必要などなかったでしょう?」

 

 至極真っ当な意見だ。

 俺がやったことは敢えて無策に死地に飛び込んだようなものだろう。

 たとえセシリアじゃなくても疑問に思うことだ。

 

「そりゃ、お前が食べたんだから俺も食べないと。説得力がないだろ」

「え?」

「俺はまだお前の手料理を食ったことないんだ。それなのにお前の料理がテロ物だっていっても憶測でしかないだろう」

「それならまだ疾風が食べなければならないという説明にはならないでしょう」

 

 確かにそうだ。

 どっちみちセシリアに気付かせるだけならそれで充分だ。

 

「まあなんというか、こうなるって分かったのにお前に食わせてしまった責任というか」

「そんなことを」

「あとあれだ。これから教える立場として現状を知っとかないとね」

「え?」

「ん?」

「教えてくれますの?」

 

 ………あ。

 なんか当たり前に教える気でいてた。

 

「いや、あの。お前だってこのままじゃ嫌だろ? 苦手なものを苦手なままにするのなんて我慢出来ないだろうし」

「も、勿論ですわ!」

 

 セシリアがわたくしはやる気ですというポーズをする。

 その姿がなんだか子供っぽくてなんか可愛かった。

 

「現状がこれだから後は上げていくだけだから。頑張ろう。とりあえずレシピ本片手に俺も教えてやるから」

「は、はい」

 

 これからのセシリアのため。

 そしてなにより俺の見の安全のために。

 

「てことでまあ。今日から宜しく」

 

 手を差し出すと、セシリアは迷いなくその手を取った。

 

「ええ、宜しく」

 

 こうして俺とセシリアの同居生活が始まったのだった。

 

 




 新章突入でございます。
 原作ではチェルシーとの料理を食べ比べての改善でしたが。そんな悠長に構えないのがうちの疾風くんです。
 他の登場人物にくらべて彼は優しくないので(笑)

 今回の章ではISという作品の裏側にメスを入れて行こうと思っております。
 IS二次でもあまり触れずらい場所(勝手に思ってる)に挑戦しようと思ってますので。
 応援宜しくお願いします(o´∀`)oファイト


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第56話【迷っても進もう】

 昼休み。

 それは高校生活の中間に位置する、一時間の休息。

 午後の授業に向けて昼御飯を食し、そのあとは次の授業にむけて鋭気を養う。

 

 IS学園は昼食スペースが多い。

 食堂は勿論、教室、更に屋上も解禁してる。秋の晴れの日には涼しげな風と海、そしてIS学園を一望できる。

 皆が購買や自炊弁当を持ち寄って会話に花を咲かせながら和気あいあいと青春を謳歌する。

 

「というわけで。皆さんにセシリアのサンドイッチを食べてもらいます」

「嘘でしょ?」

 

 まあ和気あいあいではなく戦々恐々もあったりするのがIS学園だったりする。

 

 いつもの1年生専用機メンバー総勢8名が屋上の円テーブルを囲んでいる。

 そして俺とセシリア、そして菖蒲以外の五名の視線はセシリアの色白で彫刻のように白い膝、ではなく膝の上に置かれている大きめのバスケットだった。

 

 そのバスケットには見覚えがあった。

 かつて俺が来る前に持ってきたセシリア特性サンドイッチが入ったバスケットだ。

 

 バスケットの蓋を開けると、そこには色取り取りの具材が輝くサンドイッチの群れがあった。

 皆の喉がゴクリと鳴る。それは何を意味してなのかは皆さんのイメージに任せよう。

 

「全部セシリアが作った。美味しそうだろ?」

「ああ、見た目はな」

 

 ラウラがありのままの現実を言葉にする。

 それでも皆の警戒心は解けないままだった。

 

 セシリアの料理は見た目だけ(・・)は完璧なのだ。

 それは周知の事実だ。

 ただ一人現状を理解できない菖蒲は皆の反応に疑問符を浮かべる。

 

「疾風様」

「お、おう?」

 

 声をかけられて身体が少し跳ねた。

 あの一件以来、俺は菖蒲と話すと不自然に身体が強ばった。

 決して嫌悪感などではないが、なんというか、そう、気まずさがあるのだ。

 

「何故皆さんのお顔が優れないのでしょうか」

「それは………」

「わたくしの料理がド下手だからですわ」

 

 俺の代わりにピシャリと言ったセシリアに皆の顔に驚きが浮かんだ。一夏は視線を少し反らした。

 

「え、え? セシリアいまなんて言ったの?」

「私の料理は生体兵器で人を殺せると言いましたわ」

「いや違う、そこまでは言ってなかったわよね? そうじゃなくて、え、あんたほんとにセシリア?」

 

 鈴が目の前の現実を認識できないでいる。

 セシリアはそんな鈴に向けて真剣そのものの視線を送る。

 

「わたくしは正真正銘セシリア・オルコットです。なんなら鈴さんがわたくしに借りてるお金、一桁違わず言ってみましょうか?」

「みんな! この人は紛れもなくセシリア・オルコットよ!!」

「いやそれは最初から分かっている」

「てかお前いい加減お金返してやれよ。てか俺もまだ500円返して貰ってないぞ」

「ぴゅぴゅーぴゅーぴゅー」

 

 ド下手糞な口笛で誤魔化す鈴を一旦放置してセシリアは皆に向き直った。

 

「まず最初に皆さんに謝罪させていただきます。この度皆さんの善意に甘えて無知で恥知らずな小娘の現実逃避かつ滑稽極まりない所業の数々で皆さんを振り回してしまい、大変申し訳ございませんでした」

「せ、セシリア? 僕たちそこまでは」

「黙って聞いていろシャルロット」

「ああ、これはセシリアの真意に他ならない」

 

 いまセシリアに対して優しさはむしろ毒。

 武人コンビはそれを察して黙って聞くことにした。

 

「認めざるおえない現実にわたくしは曇った視界を払いました。皆さんに謝罪の気持ちを込めてこのサンドイッチを作りました。なので!」

 

 セシリアはバスケットに手を突っ込み、ハムサンドを取り出してかぶりついた。

 皆が制止する暇を与えずにセシリアはムシャムシャと行儀を守りながらハムサンドを食べ進め、あっという間に胃袋にサンドイッチを納めた。

 

「どうか食べてくださいな。今回は味見も致しました」

((う、うーん))

 

 セシリアが先に食べたのは毒味の意味を込めてのものだろう。

 それでもみんなの手があと一歩進まないのは、セシリアは味音痴なのではという疑いもあってだろう。

 

 及び腰になる面々のなかで、次に手を差し入れたのは。

 

「セシリア、いただきます」

 

 一夏だった。

 タマゴサンドを手に掴み、なんの迷いもなくかぶりついた。

 

「うぐ、アム」

「ど、どうですか一夏さん」

「ゴクン。うん、美味いぞセシリア」

 

 そう言ってもう一度噛み締める。

 一夏の表情は無理を感じさせず、本当に美味しそうにパクパク食べていった。

 

 そんな一夏の姿に促され一人、また一人とバスケットからサンドイッチを取り出し、勇気を振り絞ってかぶりついた。

 

「こ、これはぁ!?」

「革命よ、これは革命だわ!!」

「学園の脅威が一つ消えたね!」

「これは宴を開かねばなるまい!」

「ううっ」

「大丈夫かセシリア」

「ええ、これも当然のこと。受けるべき報いですわ」

 

 おおよそ料理を食べた感想とは思えないワードが浮かぶことにセシリアは胸を痛めた。

 だがこれはセシリアのこれからの成長に繋がることに間違いはないだろう。

 セシリア・オルコットは自らの殻を破り、更なるステージに足を踏み入れたのだ。

 

 てかシャルロット。優しい顔してお前が一番言葉がキツいことに気づいているか。

 と、嬉しいやら困惑するやらの感情をない混ぜにしながら俺はBLTサンドを手に取った。

 

 同棲から三日。少し目を離した隙に違うものを入れるとか、根本的に意味を履き違えたりとか色々あったが。なんとか形に出せた。

 悪意のない悪意ほど恐ろしいものはないと思い知った同居生活だった。

 凄くドキドキした(別の意味で)。

 

 だがその甲斐はあった。

 皆に食べさせ、成功させた第一号が偶然にもイギリス発祥のサンドイッチだというのはなんとも感慨深かった。

 

「セシリア様、美味しいです」

「ありがとうございます菖蒲さん」

 

 サンドイッチにホクホク顔な菖蒲の横で俺もサンドイッチにかぶりついた。

 

「「セシリア、ご馳走さまでした」」

「はい、お粗末様です………ふぅ………」

 

 溜め込んだ安堵のタメ息を吐くセシリアにみんなが笑った。

 

「やはり疾風には人を矯正させる力があるな」

「ああ、確かにそうかもな」

「おいおいお二人さん。褒めてもISの模擬戦ぐらいしか出ないぞ?」

「それあんたがやりたいだけでしょうか」

「アハハハ」

 

 セシリアのサンドイッチのお返しに皆が自慢の料理をつつきあった。

 本当の意味で楽しい昼食会は進み、弁当の中身があれよあれよと胃袋に吸い込まれていく。

 

「ふぅ、サンドイッチは腹に溜まるな」

「ラウラ結局三個も食べたもんね」

「本当に、良かったわ。親の気持ちだわ今」

「疾風様、感極まってますわ」

 

 菖蒲がくれたハンカチで涙を拭いた。

 セシリアは「もうっ」とむくれたが、それでも嬉しそうだった。

 

「そういえばさ、みんな部活動に入ったんだよな?」

 

 そう、学園祭が終わって直ぐに部活に入ってない専用機組に限らず生徒の多くが部活入りしたのだ。

 部活入部の期限が迫っていたのもあるが。何よりも一夏の部活派遣が原因なのは言うまでもなかった。

 

 部活勧誘のポスターの多くには『織斑一夏の部活派遣に立候補します!』と書かれたぐらいだ。

 結果は大成功。多くの部活は新入部員の勧誘に成功したのだ。

 

「私は最初から剣道部だがな」

「幽霊部員だったろ」

「う、うるさい! 最近は頻繁に顔を出している!」

 

 一夏のツッコミに顔を赤くしながら答える箒。

 聞いた話によると、あの疑問系剣道部部長からあからさまな「もっと来てくれないかな?」的な花札占いの結果を示されたのだという。

 

「鈴は?」

「あたしはラクロスよ! 何処に入ろうかなーってブラッとしてたらヘッドハンティングされたわ!」

「凄いじゃないか。理由は?」

「見るからにすばしっこそうだって」

「ああ、納得した」

「なによその言い方。なんか文句あるわけ?」

「違う違う。普通にそう思っただけだ」

 

 どうしても一夏にツンツン気味になってしまう鈴。これも二人の仲ゆえなので気にしない。のだがそんな二人の距離感にラバーズはヤキモキするのは予定調和なのでこれも放置

 

 現に部活入りした鈴は行きなりポイントゲッターの素質を見せ、エース入りも視界に入っているという。

 

「シャルロットは何処入ったんだ」

「僕は料理部」

「料理部か! 俺と学園祭で回ったとこだな」

「う、うん。日本の料理を覚えたいし………そして一夏の胃袋を掴もうかなって………」

 

 料理部の出し物のスローガンは見事にシャルロットの胃袋を掴んだようだ。

 だが先に掴むのは肝心の言葉を聞かない一夏の鼓膜なのではと言おうとしたが踏みとどまった。

 

「ラウラは茶道部か?」

「な、何故わかった!?」

「いや、だって。なあ?」

「「うんうん」」

 

 自他共に認める織斑教官大好きっ子のラウラが織斑先生が顧問を勤める茶道部に入るのはある意味必然だった。

 

 例に漏れず新入部員が入ったらしいが。

 

「てかラウラ正座大丈夫だったのか? 臨海学校の時大変だったろ?」

「私だって成長する。あれから必死に練習したのだ」

「ああ、そういえば部屋だと正座で居ること多かったよね」

「教官の前で無様を晒す訳にはいかなかったからとても有意義だったと言えるだろう。それに軍で受けた拷問に比べればなんてことない」

「いや正座は別に拷問じゃないからな?」

 

 ラウラのアーミージョークに引くついた。

 部屋でも正座かぁ。

 正座大っ嫌い人間の俺からしたら正しく拷問だよ。一分もしないうちに痺れちゃうもの。

 

「そういやセシリアは? お前も帰宅部だったろ?」

「その言い方止めてくださいまし。わたくしはブルー・ティアーズのテストに時間を使いたかったのですから」

「悪い悪い。で、何処の部活入ったのよ」

「当然、英国が生んだ国民的スポーツ、テニス部ですわ」

「なんともらしいものを」

 

 正確な起源は古代エジプトに遡るが、コートを使った通称ロイヤル・テニスの発祥はイギリスにある。

 テニスで有名なウィンブルドン選手権もイギリスで開催され、第一回としての舞台がロンドンなのだ。

 

「へえ、もしかしてイギリスに居た頃から?」

「はい。ハイスクール時代では蒼の王女(ブルー・プリンセス)の異名で呼ばれるぐらいの実力者でしたのよ」

「それは凄いな。俺テニスなんてやったことないや」

「なら一夏さん。部活に来るときにわたくしが教えて差し上げても宜しいですわよ」

「おおっ、そんときは頼むわ」

「はいっ」

 

 ニコリと笑うセシリアを見て俺は少し安心した。

 菖蒲が転校してから様子がおかしかったし、BT2号機の件もあって沈んでると思ったが。なんとか持ち直してくれたみたいだ。

 

「弓道部も新入部員増えたんだよな」

「はい。疾風様が射った時の動画のおかげです」

 

 そう、あの時実は俺の弓を射つ姿を部長がスマホで取っていたらしく。部活PRで使わせてくれと頼まれたのだ。

 断る理由もなかったので(菖蒲がくっついて補正したシーンは除くことを条件に)許可したところ一気に部員が増えたという。

 うーん、第二男性操縦者効果凄い。

 

「一夏の貸し出しはいつからなのよ副会長さん?」

「一番早くて三日後だ。締め切りは今日の4時半だからな。お前らの部活は大丈夫か?」

「大丈夫………の筈だけど心配だから確認してこよう」

「あたしも行く。うちの部長結構おっちょこちょいだし。またね一夏」

 

 鈴が言うなら相当だな。

 箒と鈴が席を立つと同時にラウラとシャルロット、菖蒲も立ち上がった。

 大丈夫かと思うが一応確認しとくことにこした事はないだろうとのこと。

 あっという間に俺と一夏、セシリアの三人だけになった。

 

「次はIS実技だったよな。そろそろ俺達も行くか」

「そうだな。セシリア、今日のサンドイッチ美味かった。特にタマゴサンドが」

「本当ですか! 嬉しいです」

「ああ、丁度いい甘さで美味しかったぞ」

「「えっ?」」

 

 グッ、と。俺とセシリアの足にブレーキがかかった。

 ブレーキをしたまま動かなくなった俺とセシリアに何事かという一夏。

 

「ど、どうした二人とも」

「一夏。タマゴサンド、甘かったの?」

「ああ、甘かったけど、それがどうかしたのか? セシリア、震えてるけど大丈夫か?」

「し」

「し?」

「塩と砂糖を間違えましたわ!」

「え?」

 

 そう、当初の予定ではタマゴサンドに入れるのは塩だったのだ。

 俺とセシリアはタマゴサンドを口にしなかったから気付かなかったが。結果的皆には甘口タマゴサンドイッチが渡ったことになる。

 

「わたくし最後の最後で間違えましたわーー!」

「大丈夫だセシリア! 今回は致命的じゃない!」

「そ、そうだぞセシリア! 砂糖と塩を間違えるのは誰でも通る道だ! 実際甘い卵焼きもあるから!」

 

 俺と一夏は頭を抱えてうずくまるセシリアを慰めに入った。

 そんな微笑ましいミスが発覚した昼休み終了はすぐそこだった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ふーー。肩こりそ」

 

 疲労がたまった肩をほぐすように手元のダンボールの持ち方を変えてみる。

 

 この中には一夏の部活貸出し希望者の用紙が入っている。

 期限を越したものを生徒会副会長として、回収したという訳だ。

 

「こっから俺が貸し出される奴も選出されるわけだよな。どうなるかなー」

 

 運動部じゃなくて文科系がいいなと思う。

 別段運動は不得意というわけじゃないが。俺はどっちかというとインドア(ISを除く)より。

 

 野球とかサッカーとかテニスとか。トレーニングや筋トレとは違った運動だから疲れ方が違ってくる。

 なによりISを動かすのにも支障が出てくる。そう、IS。

 文科系だったらそこまで筋肉を酷使しないから終わった後のIS操作にも意欲的に取り組める。

 

 もうISが動かせるなら大抵我慢できる私だ。

 四六時中イーグルを動かし続けたおかげで代表候補生の稼働時間にも追いつきの目処が立ってきたというものだ。

 

「とうちゃーく。失礼しまー」

「だから何度も言っているじゃないですか!」

「おっとぉ?」

 

 防音性の高い生徒会室の扉を少し開くと中から怒鳴り声が聞こえてきた。

 気付かれないように隙間から覗いてみると六人ぐらいの女子グループと、恐らくその先にいるであろう会長がいた。

 

「織斑一夏と疾風・レーデルハイトを即刻退学処分にしてくださいと! ここに署名もあります!!」

 

 んんんんん?? 

 なんかとんでもない話になってるパティーン? 

 

「たった二枚ぽっちの署名じゃあねぇ。ていうかこんなの書いてきてと言った覚えもないんだけど?」

「これはまだ一部です! 今も続々と署名者が増えているんです!」

「たとえ全校生徒全員分の署名を書いてきたところで二人を退学になんて出来ないわよ。なんせ国家IS委員会の意思なんだし。それに私ただの生徒会長という名の学生よ?」

「更識会長は国家代表ではありませんか! そこから口添えすれば」

「一国の代表が騒いだところで門前払いが関の山よ。そもそも私にその意思が欠片もないんだから」

 

 ありがとう御座います会長。

 あんまり話見えませんけど。

 

「何故ですか!? 彼らはこの学園の癌細胞ですよっ!?」

「発言が過激ねぇ」

 

 俺もそう思います。

 

「あの二人。いいえ、織斑一夏が来てからこの学園はアクシデントだらけです! 正体不明のISとドイツ代表候補生の暴走事故! 学園のカリキュラムを尽く阻害され、臨海学校では篠ノ之博士が乱入したと思ったらまたトラブル! 挙げ句の果てにテロリストの侵入さえ許したんですよ!?」

 

 え。亡国機業(ファントム・タスク)のこと漏れてる? なんで? 

 女子グループリーダー格の言葉に俺は耳を疑った。

 

「テロリスト? なんの話?」

「惚けないでください! ロッカールームの火災などデマ! そもそもロッカールームとは関係ない三年生寮の一部も封鎖されてるなんておかしいでしょう!」

「その事についてはロッカーとは別件でトラブルがあったと。学園新聞を通して皆に伝わったと思ってたのだけれど」

「だからそれはデマだと」

「証拠はあるの?」

「うっ」

 

 会長相手に火が着いたように息巻いていたリーダー格は途端に無酸素状態になった。

 

「貴女たちが幾ら憶測を並べようとも、万が一その憶測が全て真実であろうとも。一夏くんと疾風くんがこのIS学園を去ることは絶対にない。これは国際IS委員会の決定であると同時に、IS学園の総意でもある」

「くっ………」

「今のうちに言っておくわ。こんなことに時間を費やすならもっと有意義に使いなさい。せっかく高い学費を払ったのにイライラしてばっかだと損しちゃうわよ?」

 

 完全にクリティカルをかまされた女子グループは踵を返して生徒会室を出ようとした。

 って、やべこっちにくるやん

 

 サササっと俺は扉にぶつからないように脇によけた。

 

「このままでは終わりませんから!」

「終わって欲しいんだけどなー?」

「失礼します!」

 

 少々乱暴に開けられた扉から出てきたリーダー格と目があってしまった。

 

「………」

「どもー」

「チッ!!」

 

 デッケー舌打ちですこと

 

 肩を張りながら歩くその姿を見送った後、気にすることなく自然に生徒会室に入っていった。

 

「失礼しまーすっ。貸出希望の箱持ってきましたー」

「ありがとう」

 

 入ってみると会長しかいなかった。

 

「他の皆は?」

「虚ちゃんは整備科、本音ちゃんは別件。一夏くんは織斑先生に呼ばれてるみたい」

「てことはこのパンドラボックスは俺と会長で処理しないと駄目なんですね」

「まあまあ。唯一残ったのが私なんだから、むしろラッキーじゃない?」

「いえ、予想できる最悪のパターンが現在進行中です」

「あれ、私ディスられてる?」

「ご想像にお任せします」

 

 テーブルの上に投票箱の中身をひっくり返す。

 明らかに部活、同好会総数より多いのは気のせいではない。

 

「一夏くんの貸出しにかこつけて随分と新しい部活と同好会増えたわねー」

「規定人数に達してない、明らかに一夏目的だけのやつは対象外ですよね」

「虚ちゃんが除外のリスト作ってくれたわ」

「流石虚先輩」

「むっ、虚ちゃんだけ褒められるのズルーい」

「よっ! 流石ロシア国家代表! 生徒会長サイコー!!」

「宜しい」

 

 会長を煽て終わったので作業開始。

 とりあえず正統派っぽいのとそうじゃないのと仕分けしとくか。

 

「剣道部にゴルフ部。チュパカブラ同好会? 捨てで」

「見て見て疾風くん。織斑一夏ファンクラブだって」

「俺のファンクラブはありますかね?」

「あったら行く?」

「………行きません」

「あ、迷った」

 

 クスクスと笑う会長に控えめに笑い返して仕分け作業を続けた。

 チュパカブラ愛好会。二枚目来やがった。

 

「そういえば会長」

「んー?」

「さっきの一団はなんなんですか?」

「あら聞いてたの?」

「すいません」

 

 作業を止めずに会長が「別にいいわよ」と言った。

 うわっ、チュパカブラを称える会。なんなんだよチュパカブラって………

 

「まあ聞いた通りよ。最近活発化してるのよねー。女性の為の会」

「別名、女性至上主義の会ってやつですね」

「夏休み明けから勢いがついてきてね。学園に帰って早々ゲソっとしたわ」

 

 俺を勧誘する顔の裏側にそんな苦労があったとわ。

 てかそれを加味して俺を入れたのか。

 

「一夏くんがIS学園に入学した時、まあ今年から出来てね。疾風くんが生徒会に入って、一夏くんも生徒会入りしてから活動が活発化。この学園の生徒会は普通校の生徒会と違って自警団を担ってる。生徒会は実質的に学園の最高権力という立ち位置にあるのよ」

「そこに男二人、ましてや俺という男が生徒会副会長という現状が面白くないと」

「一学期ではある程度大人しかったんだけどねー。こうもトラブル続きだと」

「気持ちは分かりますけど。ああいう連中が言うと尻馬に乗った感がマシマシですね」

 

 まるで野次だけしか飛ばさない政治家みたいだ。

 

「さっき凄かったですよ。出てくる全員が俺に睨み効かせてきて帰ってくんですから。笑い堪えるの大変でした」

「図太いわねー」

「いやいや、あんなの犬に吠えられるより可愛いですよ。本当の睨みなんてマジ怖いっすから」

 

 織斑先生とか、あとついでに母さんの後釜おばさんとか。

 

「笑ってるけど。あの手合いはやり方が過激思考に行く傾向があるから気を付けてね?」

「気を付けます。いざとなったら」

「裁判沙汰は駄目よ」

「大丈夫ですよ、勝ちますから」

「駄目ったら駄目。私を心労で殺す気?」

 

 そんなんで死んじゃう人が裏社会のトップに君臨してるわけないでしょう。

 まあそこまで言うなら裁判はやめよう。

 

「少し心配よ。疾風くんがちょっかい出さないか」

「出しませんよ。そんな暇あったらIS動かします」

「ほんとIS中心ね」

「それが俺です」

 

 何回目か分からない問いに何回目か分からない答えを出す。

 気づくと仕分け作業も大分進んでいた。

 あ、またチュパカブラ………

 

「会長のことです。近々何かしらアクション起こすんでしょ?」

「あんまり起こしたくないのが本音だけど。このままだと勢力が増しそうなのが怖いのよ。実際一夏くんたちが入ったのが原因というのも、強ち間違いじゃないし。それが原因で不安に思ってる生徒が多いのも事実」

「付け込まれて勢力が増える。悪夢ですね」

 

 恐怖は伝染する。

 それがたちまち集団心理に発展し、一つのコロニーとして形成される。

 そんなことになったら。

 

「IS学園が二つに割れますね」

「力の勢力図的にはこっちに分があるのが救いね」

「そこんとこは一夏に感謝しましょう」

 

 一夏が入ったおかげで各国から代表候補生が専用機を携えて学園に入ったことで、そのまま学園の戦力となっている。

 更にそのほとんどが一夏を中心にネットワークを築いている。これは確実にプラスだ。

 

「一夏くんが入ったおかげで、男子もわるくないじゃない? って思う人が一気に増えたのよね。私としては手間が格段に減ってくれて助かった。だから残りの膿が濃いのよ」

「膿って言っちまいましたね」

「実際ああいうの嫌いだもの、私」

 

 相当うんざりしてるのかとうとう本音を出してしまった会長。

 この話題はこのまま続かないなと思った俺は方向転換に移った。

 

「そういえば。一夏との同居が継続になりましたけど。どういう感じですか?」

「変わらないわよー。時々作ってくれるご飯は上手いし、いじり甲斐があるし。あー、あんな子を婿養子にしたーい」

「会長なら落とせるんじゃないですか」

「根拠は?」

「基本外見的に完璧なんですから。押せ押せでごり押ししたら案外落ちるかもしれませんよ? ようは誤魔化しようのないぐらいに直線で行けば気づいてくれますよ」

 

 多分、だけど。

 

「ふーん」

「なんすか」

「それって菖蒲ちゃんの告白みたいに?」

「ん!?」

 

 ビリッ、選別していた紙が破けた。破いてしまった紙はまたもチュパカブラだったが。そんなの見ていられなかった。

 

「なんのことでしょ」

「フォークダンスの時に告白されたでしょ? あそこ生徒会室から丁度見える位置なのよ」

「会話聞こえるわけないじゃないっすか」

「読心術」

 

 そのワードで納得できてしまった自分が憎い。

 立ち上がって窓から校庭を見下ろした。

 ………いやいや距離離れすぎでしょう。

 

「お望みなら一言一句リピートしてみせましょうか?」

「参りました。菖蒲に悪いんで止めてください」

「ん。ていっても疾風くん、相談したかったんじゃないの?」

「いや、そういう意味で言ってたんじゃないっすよ」

 

 相談、してもらえたらなって思ってはいたけど。

 

「実際、そんな気はしてたんですよ。でも俺の思い違いじゃないかって、実際思い違いだっ! ってなったんですけど」

「でも間違ってなかったと」

「はい………」

 

 菖蒲に告白されたとき。完成間際のジグソーパズルの最後のピースを嵌め込んだような感覚だった。

 今まで菖蒲の行動に対して半信半疑だと思っていたものが全部的を得ていたこと。

 

「あんな真剣な告白されたの。初めてで、何がなんだか」

「あら以外ね。疾風くんみたいな子なら告白された経験あったと思ったけど」

「勿論告白されたことはありましたよ。中学高校問わず結構な数」

 

 でも全部断った。

 

「俺、ちっちゃい頃からよく感がいいとか、感受性が強いとか言われてたんすよ。母の手に繋がれて親のパーティーに出席したとき、下心とか工業の利益掠め取ろうとか考えてる奴らを下から見上げた時なんて。怖くて怖くて泣いたこともあったぐらいで」

「その気持ちわかるわ」

「だからっすかね、告白してきたのが罰ゲームだったり、俺の家柄とか金目的で近づいたとかってすぐわかっちゃうんですよ」

 

 誰も俺自身を見た人はいなかったな。

 しおらしそうに告白する女子の瞳に野心めいたギラギラしたもの。女尊男卑的な子は凄く分かりやすかった。

 

 断ってそのまま別れるならまだマシだった。酷いときなんか逆上して激怒して、次の日には見に覚えのない噂を流されたこともあった。

 

「IS学園に来てからも何回か告白されたんですけど、結果はお察しです。世界で二人目の男性IS操縦者、世界的大企業レーデルハイト工業の御曹司。自分を着飾るアクセサリーにすることしか考えてなくて、マジで萎えました」

「鈍感すぎる一夏くんも問題だけど、鋭敏過ぎるのも考えものね」

「そのおかげで痛い目にあってませんから。今思えば良かったですよ」

 

 一夏レベルのイケメンだったら本気で告白してきたやつもいたのかね。

 もしかしたら俺が勝手にそう思ってただけで本気で告白してきた子もいたかも………って思うのは流石に驕りすぎか。

 

「答えは決まってるの?」

「それは、まあ」

「受けるの?」

「………俺にとって菖蒲はずっと友達として見てきたので、その………断ろうと」

 

 屋上の時から決めていたものだ。

 俺を好きでいてくれたから、俺自身は友達としか見てなかったけど付き合いましょう。

 そんなの駄目だ。他の人は分からないけど、俺はそんな中途半端な気持ちで付き合うなんて、出来ない。

 

「疾風くんの気持ちはわかるけど。そのまんま伝えても菖蒲ちゃんは納得しないわね」

「でも答えを待ってるって」

「菖蒲ちゃんは疾風くんが友達としか見てない。それを知ってて告白したんでしょ? 何でだと思う?」

 

 言葉に詰まった。

 何故そうなのかと答えに至るルートを構築する前に、会長が答えを出した。

 

「私は貴方を好きだから、これから貴方を惚れさせてみせます。そう伝えたかったんじゃないかしら」

「………」

 

 そういうことかと納得してしまった。

 だけどそれならどうしたらいい? 

 俺が菖蒲に惚れなかったら、彼女は。

 

「意思表示をしてないだけで、彼女の本質は一夏くんの周りにいる子となんら変わらないわ」

「相手に振り向いてほしい」

「そういうこと。だから変に意識して避けたら落ち込むと思うわ」

「難しいです」

「そう思ってる時点で菖蒲ちゃんの目論見は成功ね」

「え?」

「いま菖蒲ちゃんのこと考えて悶々としてる」

 

 ………凄いな、菖蒲は。

 

「貴方がこれからどういう答えを出すのかは菖蒲ちゃん自信も分からない。答えは貴方しか作れないんだから」

「そうですね」

「だから考えて悩みなさい。菖蒲ちゃんへの答え。そして、疾風くん自身の心にも」

「俺の、心?」

 

 どういうことだろうか? 

 

「お姉さんが言えるのはここまで、ていうか結構サービスしたわね私」

「その、ありがとうございます」

「いいわよー。ていっても私も疾風くんと同じで相手の運に恵まれないのよねー。お家事情で」

 

 会長は日本の裏の実質的トップ。

 表の事情である俺よりもドロドロな思惑がぶつかっているのだろう。

 

「やっぱ一夏くんをゲットしたほうが良いかしら?」

「気が向いたらでいいんじゃないですか」

「それもそうね。よしっ、さっさとこれを終わらせましょ、あら?」

 

 会長がポケットから震えてるスマホを取り出した。

 画面を見るなり、会長の目が鋭くなる。

 

「ごめん疾風くん。家からだわ」

「出たほうがいいです?」

「ええ、これそのままで良いから」

「了解です、ではまた明日」

「ええ、また明日」

 

 書類だけを揃えて生徒会長室を後にした。

 

「ふぅ」

 

 会長の鋭い雰囲気に思わず息を吐いてしまった。

 対暗部用暗部の長、更識楯無。その両肩にはどれほどの責任と覚悟がのしかかっているのだろう。

 普段はまるっきり愉快犯な会長だからああいう仕事モードな会長には慣れてない。

 そんな仕事モードではない会長が俺の悩みを茶化すことなく真摯に向き合ってくれた。

 

「俺の気持ち………か」

「あれ、疾風様?」

「菖蒲?」

 

 廊下の曲がり角で菖蒲と会ってしまった。

 

 不思議と身体は普通通りだったが、菖蒲から視線を反らしそうになる。

 

 ………いや駄目だ。

 

「菖蒲、これから予定とかある?」

「はい、今日は練習機が借りれるのでこれからアリーナに」

「俺も行っていい? 一緒に」

「勿論です! 場所は第5アリーナなので、行きましょう」

「おう」

 

 先を行く菖蒲を見ると、明らかに軽やかな足取りで歩いていくのがわかった。

 

 ………今はまだ結果は言わない。

 俺の気持ちが変わるかどうか分からないし。俺自身どうしたいのか、俺はもしかしたら他に好きな人かもしれない。

 

「疾風様?」

「今行く」

 

 それでも、たとえ菖蒲が望まない結果になろうとも。俺は自分の事を偽れない。

 同情でなんて付き合ってなどやれない。

 

 それでも逃げずに向き合おう、それが俺に告白してくれた菖蒲が望むことだ。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 疾風が出た後に楯無は再び端末に目を通す。

 更識のみが使える秘匿回線。それがなにを意味するのかは明白。

 楯無は生徒会長でも国家代表でもなく更識家17代目当主として電話に応じた。

 

「私よ」

「布仏です。即時お耳に入れて欲しい情報が」

 

 出たのは若い男の声。

 更識の召し使いの家系であり、諜報部隊である布仏の若き当主。虚と本音の兄からだった。

 

「先程入った情報です。日にちは昨日の17時43分。北アメリカ第十六国防戦略拠点。通称『地図にない基地(イレイズド)』が襲撃されました」

「イレイズド………!」

 

 イレイズド。地図にない基地の通りアメリカでも秘匿性の高い実験施設兼防衛拠点だ。

 構成員にはアメリカ代表のイーリス・コーリング。そして、ナターシャ・ファイルスが中核を為している。

 

 その二人が守る基地、そこに安置されているのは勿論。

 

「敵の狙いはやはり」

銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)です。機体ごと凍結処理されていますが」

「襲撃者の目星は」

亡国機業(ファントム・タスク)の可能性が大かと。襲撃者のISを目撃した隊員が述べた特徴から、BT2号機のサイレント・ゼフィルスだと分かりました」

 

 サイレント・ゼフィルス。学園を襲ったのにも関わらずイレイズドを襲いにかかるとは。

 亡国機業、思った以上にやり手の組織だ。

 

「福音はどうなったの?」

「健在です。亡国機業のIS乗りはアメリカ代表が追い払ったみたいです。怪我人はいますが、死者はゼロです」

「それは何よりね」

 

 楯無はホッとした。

 死者が出るとなればアメリカが過剰な対応を取る可能性も出てくる。

 その飛び火が日本に来ないとも限らないからだ。

 

「報告は以上です」

「ご苦労、引き続き情報収集を」

「了解ーーーなんだ? 今ご当主と電話だ」

「どうしたの?」

 

 電話の向こうが急に騒がしくなった。

 それでも冷静な諜報組織は布仏家当主に言伝てする。

 

「楯無様、追加の情報です」

「イレイズドの?」

「いえ、別口です。たった今入った情報なので裏は取れてませんが」

「話して頂戴」

 

 楯無は神経を研ぎ澄まして一言も逃さないと耳を傾けた。

 淡々と語る布仏家当主から伝えた情報に、楯無の顔には先程とは違い動揺が走った。

 

「なんですって!?」

 

 楯無は勢い良く振り向いた。

 

「レーデルハイト工業の実験施設が、襲われた!?」

 

 その視線の先には先程疾風が出ていった生徒会室の扉があった。

 

 



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第57話【燃やせ!レーデルハイト魂!!】

 いつもより時間がかかってしまいましたが。書くの楽しかったです。

 この放送は、はっちゃけとパロディの提供で、お送りいたします。




 日本のとある小島。

 そこに立つのはレーデルハイト工業が所有する大型実験施設、そして工房施設。

 本社地下のラボでは扱いきれない装備。または新装備の実験として使われている。

 スカイブルー・イーグルの新装備、基礎設計もここで行われていた。

 

 青い海に囲まれた島。

 その海岸に似つかわしくない、しかし妖艶な存在感を放つ露出の多い赤いドレスを身に纏う亡国機業(ファントム・タスク)実働部隊モノクローム・アバターのリーダー、スコール・ミューゼルが居た。

 

「あれね?」

 

 コンパクト双眼鏡が見つめる先には施設に繋がるゲート。

 監視カメラが多数配備されており、警備は厳重だった。

 

「流石天下のレーデルハイト工業、セキュリティはバッチリね。まあイレイズドには及ばないでしょうけど」

「なあスコール」

 

 スコールは通信機越しに聞こえた自身の恋人であるオータムの声に耳を傾ける。

 

「こんな一企業にスコールが出向く必要あるのか? むしろスコールがイレイズドに行くべきだったんじゃね?」

「Mが狙う銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)は凍結中。アメリカ代表のファング・クエイクも未完成だもの。Mの腕なら万が一でも逃げ切れるわ」

「こっちの方が難易度高いってか?」

「ええ。なんせ日本には一筋縄でいかない人間が三人も存在する。でも今はその内の一人であるアリア・レーデルハイトは彼処にはいない。あとなんか嫌な予感がするのよね」

 

 スコールの仕事はいつも鉄火場といっても過言ではない。こういう時の女の勘は馬鹿に出来ない。というのはスコールの談である。

 

 これから奪いに行くのはレーデルハイト工業の新型。

 それはアリア・レーデルハイトの専用機として建造される、イーグルに続くライトニングシリーズ2号機の強奪だった。

 

 情報によると既に完成率は70%。完成した状態でアリアの手中になる前に奪い取る。

 アリアが本社に出勤してきたというのは他の構成員を通じてオータムから報告済み。今なら彼女からの妨害はない。

 

「スコール、Mがおっ始めたぞ」

「なら私も行きましょうか。ぐずぐずしてると日本代表も出張ってくる可能性もあるし。じゃあオータム、情報索敵宜しくね」

「おう、気を付けろよ」

 

 通信を切り、スコールは眼前の実験施設を眼中に納める。

 

「行くわよ、ゴールデン・ドーン」

 

 スコールはISの待機形態である金色のイヤリングを指で弾いた。

 

 

 

 

 

 数刻前まで平穏を保っていたレーデルハイト工業実験施設は警報と警告ウィンドウに埋め尽くされていた。

 

 下ろされた隔壁が熱で溶解し、吹き飛ばされた。

 避難シェルターに避難する一般職員に目もくれずスコールは文字通り一直線に目標に向かっていく。

 

 スコールの専用機、ゴールデン・ドーン。

 黄金の夜明けという名前に違わず全身が金色のカラーリングで施されている。

 腕に装備された大型の鞭と巨大な尾という異形の姿は、金色のカラーと相まって正に美しき獣と呼ぶに相応しかった。

 

「エレガントとは言えないけど。たまには悪の組織らしく強引に行くのも悪くないわね」

 

 フルフェイスメットの中で上機嫌に笑みを浮かべるスコールは両腕の火炎機構の出力を上げる。

 抵抗という抵抗がないまま次々と隔壁を火の粉を超圧縮させた高熱火球【ソリッド・フレア】で吹き飛ばしていく。

 

「この先ね」

 

 最後の隔壁を打ち破り、メイン実験エリアと思われる広い空間を探知した。

 

 本来は自動ドアだが、開けてくれる訳もなく。スコールはソリッド・フレアを打ち込んだ。が、表面が焦げるだけで破るには至らなかった。

 

 実験エリアなだけに他の隔壁に比べて強度は折り紙つき。ソリッド・フレアの出力を最大にしてこの辺りごと吹き飛ばすことも可能だが、その場合施設ごと倒壊し死者も出るだろう。

 

 だがそれで大人しく帰る選択はスコールにはない。

 スコールはゴールデン・ドーンのテールユニットをガパッと広げて扉に密着させた。

 

「開かぬなら、ぶち抜きましょう、ホトトギス。なんてね?」

 

 テールユニットの先端に仕込まれたヒートパイルが扉に打ち込まれ、鋼鉄を穿つ音が辺りに響いた。

 二発、三発、四発と打ち込まれ続けるドアはヒビと熱でひしゃげていった。

 

「そーれっ」

 

 最後の一発にドアが熱膨張と衝撃で爆発した。

 

 爆炎の中から現れるゴールデン・ドーンは正に力の象徴足るISの別側面を明確に現していた。

 生身の人間がどうあっても敵うわけない究極にして不完全で不平等な絶対兵器。

 

 今の社会を形作ったインフィニット・ストラトス。

 ISを扱える女が絶対であり男はとるに足らないものとされ、男はその社会を前に萎縮していく世界。

 

 ISに立ち向かおうとする男など、この世に居るはずがない。

 

 一部例外を除いて。

 

「さて、お宝は何処………」

 

 ゴールデン・ドーンが煙から出てきた瞬間、スコールに向かって弾丸の土砂降り(スコール)が降り注いだ。

 

「え、なに!?」

 

 IS反応がないせいで反応が遅れたスコールは数発の銃弾をシールドバリアで受け止めたあと、自身の防御兵装である熱線バリア【プロミネンス・コート】を展開して防御した。

 

 それでも尚、途切れることのない銃弾の雨の方に目を向けたスコールは。

 

「へぇ?」

 

 自分でもわかるほど間抜けな声をあげてしまった。

 目を向けた先にはバリケードの向こうから撃ち続ける複数の男性。

 それなら特に驚くことはない。抵抗を予想していなかった訳ではないし、ましてやこっちはテロリストなのだから撃たれることも想定のうち。

 

 問題は撃ってる面々だった。

 

「ようこそレーデルハイト工業へぇぇぇぇぇっ!!」

「歓迎するぜ! 盛大にな!」

「撃て! 撃ち続けろ! 銃身が焼けつくまで撃ち続けるんだ!」

 

 現在進行形でスコールにアサルトライフルをぶっぱなしてる男どもは派遣された軍隊やPMCでもなかった。

 ゴールデン・ドーンに搭載された顔認証システムに表示されたのはレーデルハイト工業に所属するエンジニア(・・・・・)の名前だった。

 

 ISが世に出回ってから各国の軍の在り方もガラリと変わった。

 戦闘機や戦車を主戦力としていた軍はISに変わり、軍用費や人的費もそちらに回されていった。

 出番を失い、入ってくる女性に対してあぶれていった男性が軍をやめることは珍しいことではなかった

 そんな路頭に迷うこととなった英国、日本の男性資源を拾い上げたのが当時から軍と密接な関係を築いていたレーデルハイト工業だった。

 

 男たちはISに限らず幅広い企業展開を行っているレーデルハイト工業の傘下企業に配属された。

 男性の就職率が過去最底辺という社会問題となったIS黎明期(れいめいき)時代に取り残された男性にとって正に地獄に仏だった。

 

 軍人出身故のフィジカル溢れる貴重な労働力によりレーデルハイト工業は更に波に乗った。

 レーデルハイト工業の男性従業員の半分はそんな退役軍人だった。

 

 近年発生するIS強奪に対抗する為、この研究施設に集められた元軍人は卑劣な強盗に天誅を下すため再び銃を手に取った。

 

「今こそ拾われた恩義を果たす時!」

「バリアがなんぼのもんじゃーい!!」

「撃て! 奴のエネルギーを消費し続けろ!」

「レーデルハイト魂!!」

「「「レーデルハイト魂!!!」」」

「なんなのこの人たち暑苦しい!」

 

 元軍人の熱気を前に熱を操るスコールも思わずドン引きした。

 それもそうだろう。戦闘用アーマーとバリケードというIS相手にはあまりにも貧弱な防御力で自社の名前を銃声に負けない声量で叫びながら嬉々として銃をぶっぱなしているのだから。

 

「悪いけど、貴方たちに当てる時間はないの」

 

 余りにも非常識な光景を前に流石のスコールも狼狽えたが、直ぐに気持ちを切り替える。

 

 銃弾を弾く熱線バリアの周囲に展開した九つの火球をバリケード付近に飛ばした。

 着弾と同時に発生した熱気と風圧に元軍人チームはひっくり返った。

 

「うわっちー!!」

「燃え尽きる程ヒート!」

「アーマーなかったら死んでたー!」

「テンションおかしいわよ貴方たち………」

 

 暑さにのたうち回る彼らにもはや呆れすら感じるスコールはバリアを解除し、目的のISを見つける為に周囲をサーチングする。

 すると後方から猛スピードで接近する機影が………

 

「Surprise Attack!!」

「っ!」

 

 真後ろから振り下ろされた長槍をテールユニットで弾き返した。

 そのまま振り下ろされるテールユニットをISパイロットはバックステップで躱した。

 

「Shit! 奇襲に対応するとはやるじゃない!」

「いやトンプソンさん。明らかにステルスモードじゃない状態で奇襲と言われても………」

「細かいことはいいの!」

 

 トンプソンと呼ばれる茶髪の女性が身に纏うのは現在IS学園に居る徳川菖蒲の専用機の打鉄・稲美都と瓜二つ。

 カラーリングは元の白地に黄緑という鮮やかさとは打って変わり、元の鈍色に黄色の装飾が加えられたシンプルな物だった。

 

「打鉄・稲美都パッケージの正式採用タイプ。稲鉄(いながね)パッケージ」

「ご存じでしたか。近日ロールアウトなのでそこんとこ宜しくっ!」

「テロリスト相手に販促なんて、商魂逞しいわね」

「レーデルハイト魂ですからっ!」

 

 振り下ろす槍はスカイブルー・イーグルが使っているのと同じ長槍、ボルテック。

 打鉄自体はプラズマ機構を持たないため、パッケージからエネルギーケーブルを繋いで運用している

 帯電する青い槍を両腕の鞭でガードした。

 

「ところでテロリストさんのお名前は!」

「答えると思ってるの?」

「そうでした! 自分から名乗らないで相手に名前を伺うのは失礼でしたね!」

「いや、そういうことではなくて」

 

 トンプソン女史はスコールと距離を離し、ボルテックを床にドンと置き、比較的控えめな胸を突き出して高らかに声を上げた。

 

「私の名前はアメリア・トンプソン! 21歳! 元イギリス代表候補生で現在レーデルハイト工業の戦闘警備員! 誕生日は8月29日! 血液型はO型! 身長は166cm! 体重はっ、大人しく捕まってくれたら教えてあげます! 趣味はアニメ視聴で、好きなものはフィッシュ&チップス! あとはえーと、彼氏いない歴は年齢と同じっ!! 現在絶賛募集中!!」

「…………」

 

 スコールはメット越しに「変なのが来た」という顔をした。

 それに気づかずにアメリアはボルテックをあたかもマイクのようにスコールに向けて問うた。

 

「さあ貴女のお名前なんですか!」

「だから答えないってば」

「あれぇ!?」

 

 めんどくさそうに撃たれたソリッド・フレアをボルテックで叩き落としたアメリアの口からすっとんきょうな声が出てしまった。

 

「ちょっと! 名前ぐらい良いじゃないですか!」

「いや、流石に今のは無理があったよトンプソンさん」

「てか彼氏いないってマジ?」

「俺立候補していいですか!?」

「藤原くんは前に私が進めたアニメで解釈違いな感想言ったから却下っ!」

「ぐあーー!」

 

 アメリアのお断り宣言に藤原と呼ばれた男が頭を抱えて叫び声をあげた。

 目の前の戦闘中とは思えない緩い空気。前にスコールは一瞬とはいえ思ってしまった。

 

 帰っていいかしら? っと。

 

「っ! だめよだめよ。完全にペース持ってかれちゃったわっ」

「うおっといきなり!?」

 

 頭に浮かんだ邪念を振り払うようにスコールはプロミネンスの火炎機構を起動し、そのまま打鉄に振り下ろす。

 縦横無尽に振るわれる炎の鞭をアメリアは通常の打鉄より一回り拡張されたシールド二枚とボルテックで防御する。

 

「くぅっ! かくなる上は、話はベッドで聞かせて………」

「もう黙りなさい貴女」

 

 プロミネンスでボルテックを絡めとり、ソリッド・フレアを至近距離で命中させ得物を奪い取った。

 テールユニットの先が食虫植物のように開き、打鉄の胴体に食らい付く。そこからヒートパイルを三発連続でぶちあて、空中に放り投げた後プロミネンスの火炎鞭で吹き飛ばす。

 吹き飛ばされたアメリアと打鉄・稲鉄はバリケードにぶち当たった。

 

「うぐっふぅ!」

「トンプソンさん!」

 

 今までの鬱憤とばかりに叩き込まれた連続攻撃にアメリアも苦悶の声を漏らした。

 

「うあーやばっ。今ので残り二割って。一応こっちもアンリミテッドなのに」

「総員援護だ!」

 

 元軍人チームが再びアサルトライフルの斉射を行うも、全てプロミネンス・コートの熱線に弾かれる。

 小煩い蝿を払うようにもう一度バリケードにソリッド・フレアが発射された。

 

「だから熱いー!!」

「トンプソン大丈夫か!?」

「今のでシールド一割! ギーリギリまーで、頑張ーるー!」

「まだ元気そうね」

 

 もう一度ソリッド・フレアを形成するために火花が収束する。

 ここまで彼らが戦闘不能になっていないのは単にスコールが手心を加えているからだ。

 ペースを乱されっぱなしなスコールは少し痛い目にあってもらおうかとソリッド・フレアの密度を高める。

 

 すると突然アメリアが笑った。

 

「フッハッハ。もう勝ったと思ってんのかな、亡国機業(ファントム・タスク)

「あら、それは知ってるの。そういう貴女はまだ諦めてないように見えるわね。まだ逆転の目があると?」

「レーデルハイト工業心得の一つ『不利な時こそ不敵に笑え』。生憎こっちのバトルフェイズはまだ終了してないぜ!」

「投擲ー!!」

 

 掛け声と一緒にバリケードから投げられたスモークグレネードが爆発。辺りはたちまち灰色に覆われ、ゴールデン・ドーンのハイパーセンサーにノイズが走った。

 

「ジャミングスモーク? 嘗められたものね」

 

 形成していたソリッドフレアを周囲に撃ち込み、爆風でスモークを吹き飛ばした。

 

「さあ、そろそろ遊びは終わりよ」

「遊び? 失礼しちゃうねマダム」

 

 煙が吹き飛ぶのと同時にISでは聞かないキュイィィィィィという甲高いローラー音と共に煙を突き抜けて来たのは。

 ISとほぼ同サイズ、そしてスリムなISとは対照的なずんぐりとした黒い物体だった。

 

「こっちはいつでも本気だぜぇぇぇぇぇ!!」

EOS(イオス)!?」

 

 出てきたのはレーデルハイト工業の親方的存在。レーデルハイト工業整備班のチーフでありCEOの夫にして疾風の父親、剣司・レーデルハイトが駆るEOSだった。

 

 飛び出してきたEOSの右腕にはその全長と同じぐらいの杭打ち機が装着されていた。

 

「どっせぇぇぇぇいっ!!」

 

 その杭をスコールが展開したままの熱線バリアに衝突させ、その引き金を引いた。

 

 ズガンッッッッ!! 

 

 部屋全体を振るわせる轟音と衝撃がスコールのバリアに襲い掛かり、これまで破れなかったバリアをガラス細工のように砕き伏せた。

 

【EOS】

 Extended Operation Seeker《エクステンデッド・オペレーション・シーカー》、略してEOS。

 ISの絶対数が少ないことから急遽第一世代ISのノウハウを応用して作られた外骨格構成機動装甲。

 目的は重機作業、災害救助から軍事活動まで幅広く活躍、する予定の代物だ。

 

 予定というのも、このEOS。ISと違って半重力システムPICを搭載していないため酷く鈍重。

 稼働時間も一つ30㎏もするバッテリーで僅か十数分しか動けない。

 例えEOSが千機いたとしてもIS一機に勝つことは出来ない。というのが世間の見解だった。

 

 だが剣司が操るEOSは亡国機業のISをノックバックで吹き飛ばした。

 

『右プロミネンス・コート発生装置破損、修復予想時間まで一分』

「あぐっ! EOSでゴールデン・ドーンのプロミネンス・コートを破るなんて」

 

 衝撃による本体へのダメージはないものの、右腕部のプロミネンス・コート発生機構にエラーが発生した。

 

 ISを損傷させたという大戦果といえるEOS。しかしその代償は高くついた。

 

「あー、やっぱ吹っ飛んじまったか」

 

 見ると先程杭打ち機保持していた右手前腕部のパーツが杭打ち機ごと吹っ飛んでいた。

 今使用したのはデュノア社が開発した単発式パイルバンカー【ロワイヤル】。ISでも反動が強いものをPICを持たないEOSならば当然の結果、むしろ右腕だけで済んだだけ御の字だろう。

 

「どうだい亡国機業! EOSも馬鹿に出来たもんじゃないだろう!」

「そうね、さっきの速力といい普通のEOSより大幅にチューンしてるのね」

「そうさっ! 稼働時間を更に犠牲にし、出力は通常のEOSの三倍! 装甲にはドイツのISの装甲を参考に作られた対光学兵器装甲を施した! 対IS屋内戦闘特化型のEOS剣司・レーデルハイトスペシャルだ!」

 

 これが特撮なら背後に爆発が起きてたレベルでキビキビ動く剣司のEOSスペシャル仕様。

 普通ならその重さ故にこんなに動けない代物なのだが。

 そこは筋肉が全てを解決した。

 

「大した物ね。でも攻撃の度に腕が飛ぶのはリターンに見合わないんじゃない?」

「なんの! 右腕が無くなったなら!」

 

 破損した右腕部を排出。背中から別の武器を保持した新しい右腕がガションと装着された。

 

「もっかい付ければ良いだけの話よ!」

「そんなのあり?」

 

 スコールは此処に来て何度目かわからない初体験にとうとう頭痛が起き始めた。

 そしてもはや恒例となる沸き上がるレーデルハイト工業職員。

 

「流石チーフ! 俺達が考え付かないことをやってのける!」

「そこにしびあこ!!」

「マッスルジーニアス!!」

「おうとも! ついでにこれも食らっとけ!」

 

 右腕に装備された射撃兵装からばら蒔かれた大量の小型プラズマ弾がスコールに降り注ぐ。

 視界に広がる白い弾丸をプロミネンスを回転させて払いのけた。

 そのあとも剣司は白い弾幕をバカスカと射ちまくった。

 

「そらそらまだ行くぞ!」

「ちょっと。EOSが扱って良い武器じゃないわよそれ」

「ご名答! この試作型プラズマショットガンは一発射つごとに稼働時間が2分も短縮されちまう程燃費が劣悪だ!」

「チーフ! なのにまだ動いてる理由は!」

「バッテリーを二つ装備してるからさ!!」

「もういや………」

 

 30㎏のバッテリーを二つ持ち、ローラーダッシュで縦横無尽にEOSらしからぬ動きで疾走する剣司にスコールは本気で現実逃避をしたかった。

 だが突然弾幕が収まった。

 

「あ、やべっ、オーバーヒートだ」

「もう倒れときなさい!」

「ぐおー! なんのっ! 背面炸裂装甲の反動で起きーる!」

「そらっ!」

「二回目は聞いてねぇ!!」

 

 一撃目は背部起立アームの代わりに装着された炸裂装甲で体勢を立て直すも無慈悲に振るわれた二撃目で背面から床に倒れた。

 スコールは仰向けに倒れた剣司のEOSをテールユニットで持ち上げた。

 

「くっそー! あれ、なんか腹あたりが熱く………」

「ええ、熱を送ってるもの」

「うおおー!? EOSの中がサウナ状態に!!」

 

 剣司の眼前に開かれたテールユニットのヒートパイルが覗いた。

 

「普通のEOSより固そうだけど。流石にこれは防げないわよね?」

「チーフ!」

「動かないで。大事なチーフを貫かれたくなければ大人しくしてなさい」

「人質とは卑怯な!」

「この人でなしぃ!」

「卑怯よ。だって悪の組織だもの」

 

 ようやく本来の調子を取り戻すことに成功したスコールは笑みを浮かべる。

 

「要求は一つよ。今すぐここで開発している新型ISをこちらに渡しなさい」

「えーーーーー」

「あれ徹夜で仕上げてるんですよ。それを無償と言うのはちょっと………」

「おいくらで取引なさいますか?」

「此処を出て右に応接室があるのでそこでよう相談を」

「………」

「うわっ!? 無言で撃ってきた!」

「やべーおふざけが過ぎた!」

「撤退撤退!!」

 

 流石に堪忍袋の一つが切れたスコールは火球を連続で叩き込んだ。

 アメリアと元軍人部隊は一時撤退を決め込んだ。

 そして残ったのはスコールとそれに捕まれて宙吊りにされている剣司だった。

 

「ここは教育がなってないと思うのだけれど? そこんとこどうなのかしら?」

「レーデルハイト工業心得の一つ『いつでも楽しく仕事をしましょう』。みんな優秀な社員ばかりだぜ?」

「そうね、私を待ち伏せして捕まえようなんて考える企業だもの」

 

 そう、レーデルハイト工業が日本政府と交渉し、実行されたのがこの【亡国機業構成員捕縛プロジェクト】

 

 襲撃犯の多くはISを使って襲撃してくる。ISを任されるというのは組織にとって重要なポスト。

 もはや見てみぬ振りが出来ない程表面化した組織。その全貌を掴む手がかりは、今この場に居るゴールデン・ドーンとスコールを捕縛することで達成される。

 

「だけどそれはご破算。さあISは何処なの? 早く答えないと装甲ごと貫くか、蒸し焼きにするわよ?」

「あれは愛するマイワイフの専用機だぜ? 簡単に渡せるわけないだろう」

「自分の命より妻の専用機を優先? 微笑ましい夫婦愛ね?」

「ああ、俺の嫁さんは世界一さ。あんたも綺麗だが、嫁さんには到底叶わない」

 

 徐々にEOS内の温度を上げられ、眼前に熱せられた杭を突きつけられてなお剣司・レーデルハイトは口角を上げていた。

 

 スコールは脅し目的で一度ヒートパイルを打ち込んだ。

 貫通はしなかったが、装甲にはヒビが入った。

 

「チーフ!!」

「大丈夫だ、生きてる!」

「ええ、生かしているのだから当然ね? これが最後通告よ。新型IS【ディバイン・エンプレス】を渡しなさい。頼みのアリア・レーデルハイトは日本の本社に居るのは確認済み、貴方たちに勝ち目はないわ」

 

 ギリギリとテールユニットの爪の握力を強める。EOS内部には警告音が鳴りっぱなしだ。

 だが中に居る剣司・レーデルハイトは慌てることなく首を後ろに向けた。

 

「ところでアメリア、今何時だ?」

「今ですか? 9時52分です!」

「そうか。よし、合格点だ。よく持った方だぜお前ら」

「は? ところでですって? 貴方一体何を」

 

 死が目の前に近づきすぎて頭がイッてしまったのだろうか。スコールが訝しんでいると、剣司は不敵に笑った。

 

「あんたさっきアリアは本社に居ると言ったよな?」

「それがなに?」

「おかしいんだよなー。そんな筈ないんだよ。何故なら俺は今日アリアに会っている。この研究施設でな」

「何を言うかと思えば訳のわからないことを………」

「スコールっ!!」

 

 突如、ゴールデン・ドーンにオータムからの通信が繋がった。

 その声は酷く慌てていて、落ち着きの欠片もなかった。

 

「どうしたのオータム?」

「やられた! レーデルハイト工業本社を監視してる奴から連絡が来た! 本社に出勤してるアリア・レーデルハイトはダミー、影武者だ!!」

「なんですって、それってどういう」

 

 詳細を聞き出そうとするスコールだったが、それは叶わなかった。

 

「私の旦那になにしてるの? この泥棒猫」

「っ!!」

 

 オープンチャネルで聞こえたのは聞き覚えのある女性の声。かつて織斑千冬と剣をまじ合わせることが出来た歴戦の実力者でありヴァルキリーの称号を持つIS乗り。

 

 スコールの豊満な身体に走ったのは強烈な虫の知らせ。本能的にEOSを掴んでいたテールユニットを離し、その場から飛び退いた。

 

 その瞬間、天井が割れた。

 

「二刀両断っ!!」

 

 豪快な音と共に天井を突き破ったそれは両手に持つ双剣をEOSの目の前、スコールが今さっき居た場所に叩きつけた。

 叩きつけられた地面は陥没し、床板が跳ね上がった。

 

 スコールは目の前の光景を見るのと同時に理解し、自分の判断が正しかったと判断した。

 此処に来たのがMじゃなくて私で良かった、と。

 

「待たせたわね、みんな!」

 

 現れたのは白地に黒と黄色のスリートーン。鎧騎士の異称を持ち、手に二つ、そして肩のアンロックユニットに同じものが五つ保持された、剣撃女帝(ブレード・エンプレス)の為だけに作られたIS。

 

「私が、来たわ!!」

 

 ライトニングシリーズ2号機、【ディバイン・エンプレス】を纏ったアリア・レーデルハイトその人だった。

 

 

 




 ISに関連してる偉い人って大半は頭おかしい気がするのは気のせいではないはず。
 ここまでパロディを詰め込んだのは初めてで大変だった。
 笑っていただければ幸いです


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第58話【剣撃女帝(ブレード・エンプレス)


 今年が終わるまで後7週間ほどと聞いて焦りまくりの私です。


 

 

 天井からぶち抜いてきた(降りてきた)アリア・レーデルハイトはブレードをスコールに向ける、ことなく夫のEOSに駆け寄った。

 

「大丈夫あなた?」

「ああ、少し熱い抱擁をされただけだ」

 

 装甲に覆われていない場所(EOSスペシャルは前面にも装甲がある)を覗き込むアリア。

 その背中を視界に捕らえるスコール。

 視線はこちらに向けられていない今、スコールは一瞬交戦を考えたが却下した。

 

 現に今スコールは絶好の攻撃チャンスであるにも関わらず動かなかった。

 

(今下手に動けば、斬られる)

 

 距離にして4メートル、距離にして長い方だが。アリアは生粋のインファイター、一瞬で詰められる距離だ。

 

(右手のプロミネンス・コートは修復した。リムーバーはあるけど、取り付けれる隙はあるの?)

 

 お宝は目の前。だがそれはパンドラの箱。

 数多の災厄の向こうに残るただ一つの希望を掴めるか。

 

「ハッチに不具合出てるけど、出られる?」

「ああ出られる。よいっしょぉっ!!」

 

 バゴーン! とひしゃげた前面装甲が中から吹っ飛び、剣司がのそっとEOSから出てきた。

 もうスコールはツッコまなかった。

 

「アメリアは大丈夫?」

「すいません。奴のボンッキュッボン! に圧倒されました」

「だらしないわね。スタイルの差なんて愛と勇気でカバーするのよ」

 

 ためになるかわからないアドバイスをしたアリアはスコールに向き直った。

 

「剣ちゃん、アメリア。下がりなさい。私がやる」

「おう」

「Rogerです」

 

 二人が離れたバリケードに避難したのを確認し、アリアはブレードの切っ先を向ける。

 

「ようこそ、レーデルハイト工業へ。逃げ場はあるけど逃がす気はないから宜しくね」

「普通は逃げ場はないじゃないの?」

「レーデルハイト工業心得の一つ『普通と常識に捕らわれるな』いつでも創造的かつ独創的に仕事に挑む。それがIS稼業で生きるコツなのよっ!」

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 縮地と見まがう程の素早さでスコールの眼前に姿を現したアリアは自身の得物である片刃の剣、【フラッシュ・モーメント】の12本のうちの2本を滑らせる。

 スコールはプロミネンス・コートを発動するよりも先にプロミネンスで防御する。

 

「会いたかった、会いたかったわ亡国機業(ファントム・タスク)!」

「私は会いたくなかったわ、剣撃女帝(ブレード・エンプレス)!」

 

 剣を弾くと同時に放たれる多数のソリッド・フレアをアリアは二本のフラッシュ・モーメントを巧みに操って残さず斬り伏せる。

 インパルスやボルテックと同じくプラズマを刃に走らせるフラッシュ・モーメントは収束された火花の結合をたちまちバラバラにしていく。

 

「貴女達を斬り刻むことを夢にまで見たわ!」

「一週間も立たないうちに夢に見るなんて相当ね」

「当たり前でしょ! 貴女達のせいでうちの息子はISを奪われかけ。妹は学園祭に行けると胸を高鳴らせていたのに寸前でドタキャン! ついでにうちが協力していたシンデレラ劇も台無しにされた! これが怒らないなんて無理があるでしょう!!」

「悪いけど。そんなお家事情を考慮するほど暇じゃないのよ」

 

 スコールは小型のソリッド・フレアを、合わせ、2メートル大の火球を打ち出した。

 アリアはそれに対して各部装甲のスリットを開き、プラズマフィールドで防御した。

 

「そして、今日。あんたは私を更に怒らせたーーーよくもうちの旦那を誘惑してくれたわね!」

「はっ? 誘惑した覚えなんかないんだけど」

「熱い抱擁をしたっていうじゃない。EOS越しに抱き締めるなんてなんという高等なプレイを………」

「違うわよ。全然違うわよ」

「残念だったわね! どんなダイナマイトボディでうちの剣司さんを誘惑したところで彼はもう私の身体に夢中よ! それはもう毎晩毎晩乳繰り合うぐらいのバーニングラブなんだから!」

 

 「そんなの誰も聞いてない」と言い返す前に、お返しとばかりにフラッシュ・モーメントに集められたプラズマが切っ先から撃たれ、プロミネンス・コートのバリアを打ち付ける。

 

 再度瞬時加速でバリアに剣を打ち付けるアリアはバリア越しで得意気に笑った。

 

「どう! 完成率70%にしてはやるでしょう!」

「抜かしなさい! それもダミーでしょうに!」

「ご名答! フィッティングに時間がかかって重役出勤しちゃったけども!」

「随分とノロマだったじゃない。従業員が死ぬ可能性もあったでしょうに」

「ええゼロではないわね。でも少なくとも、貴方に殺す気はなかった。それは今までの襲撃事件で死者が一人も出てないことが証明してくれている。よく頑張ったわあんた達!!」

 

 確かにスコール率いるモノクローム・アバターは可能限り死者を出さないように行動している。

 不用意に死者増やせば襲撃国からの飛び火を僅差でありながら抑えれる。それに無作為に殺戮を広げることはスコールの美徳に反していた。

 

 現に今イレイズドを襲撃しているエムにもそう命じている。

 たとえ本人がそれを望まなくとも。

 

 だが先程アリアが言った通り、それを含めても殺される可能性はゼロではない。

 それでも今回の作戦に踏みきり、それに協力してくれた従業員。それは社長のカリスマとそれを元に構築された結束力の賜物だった。

 そしてそれ以上に許せないのは。

 

「一つ聞くわ。何故疾風だけを殺そうとしたの!?」

 

 学園祭襲撃の夜に疾風からアリアに連絡があった。

 亡国機業のISアラクネに襲われたこと、ISを強制回収するリムーバーの存在、そして、亡国機業が自分の命を狙ってるということ。

 

 これを聞いたアリアは亡国機業に対して徹底抗戦の構えを取った。

 その為に系列企業に秘密裏にダミーを交えた情報を出し、影武者を使い。亡国機業を絡めとる罠を張った。

 

 全ては会社の利益を守るため。

 そして何よりも愛する息子、そして従業員にとって息子であり、大事な弟分でもある疾風を怖がらせた報いを受けされるため。

 

「何故なの! 何故疾風が命を狙われなければならないの!疾風が何をしたというの!?」

「それについては黙秘しとくわ、私たちにも一応信頼関係というのがあるもの」

「私たち? 貴女とは別の指揮系統があるということ?」

「あら、鋭いわね」

 

 答えを弾き出したアリアにスコールは笑みを浮かべた。

 その笑みにアリアは気にくわないとばかりにより苛烈に双剣を振るう。

 

「疾風と一夏くんを襲ったアラクネは別のグループ?」

「いいえ、オータムは私の部下よ」

「安心した。心置きなく貴女を斬り刻める!」

 

 アリアは更に剣撃の速さが上がた。

 もはや両の手のプロミネンスで防ぐ手数ではないと、スコールはプロミネンス・コートとプロミネンスを回転させて防戦に移った。

 

(さて、ここからどうしようかしら)

 

 スコールはもはやディバイン・エンプレスの拿捕は諦めていた。

 スコールが勝負を諦めたわけではない。スコールの腕ならば例えアリア・レーデルハイトが相手でも拮抗出来、勝利する可能性もある………だが。

 

(ここまで用意周到な奴ら。待ち受けていたということは、日本代表にも話は通しているはず)

 

 なればこそ、時間はかけられない。

 リムーバーなどつけれる余裕などない。

 当初のプランから外れた今、必要以上に固執した場合のリスクを考えると撤退が最善手だ。

 

 先程オータムからメッセージで『エムが撤退した』という情報が届いた。

 

 あとはどうやって目の前のヴァルキリーを躱し、脱出するかだ。

 

(最悪腕を一本犠牲にする覚悟も必要か………)

 

 スコールはこれまで培った実力と情報を元に脱出プランを構築する。

 

(後はチャンスを見つけるだけ。ここが、勝負!)

 

 スコールはアリアのフラッシュ・モーメントがプロミネンス・コートに触れる瞬間にバリアを解除し、空を切らせた。

 僅かながらアリアの体勢がずれた。

 

 スコールはソリッド・フレアを展開、それを置き土産にアリアの射程圏外に待避しようとする。

 

 カンッ! 

 

 その瞬間、スコールの頬(に展開されたシールドバリア)に弾丸が掠った。

 反射的に撃たれた方向に視線を動かすと、バリケードを支えにボルトフレアを撃ったと思われるアメリアの打鉄・稲鉄の姿が。

 

 一瞬ともいえる意識の変更が彼女の体勢を整えさせた。

 

「総員ーー」

 

 肩のアンロックユニットに装填されていた十振りのフラッシュ・モーメントのロックが外れた。

 

「ーー抜剣」

『Ready』

 

 音声認識によりディバイン・エンプレスの演算出力値のリミッターが外された。

 

 姿勢を低くし、両の2本を水平に。

 ユニットから外された10本は新たなアンロックユニットとなって斬撃体勢に入った。

 

 アリアはスコールの顔を見上げ、これまた愉快に笑顔を浮かべた。

 

「Shall we dance?」

 

 一際大きなプラズマがディバイン・エンプレスの機体を走った。

 スコールはソリッド・フレアを放った。

 

「ダンスマカブル」

 

 刹那。スコールの周りに展開されていたソリッド・フレアが霧散した。

 

「ブレードアーツ!!」

 

 スコールの目に無数の斬撃の線が移った。

 瞬間ゴールデン・ドーンに無数の衝撃が走った。

 

 認識するより先にスコールはプロミネンス・コートを最大出力で展開。金色の繭と言われる程にスコールを守るバリアは衝撃で揺らぎが生じた。

 

 そこからは一方的に息つく暇のない程の剣撃音が研究スペースに響いた。

 

 ガガガガガガガガガガガガガガガッ!!! 

 

 まるでミニガンの一斉掃射を食らったかのように絶え間ない剣の応酬。

 それを繰り出すのは目の前で12本のフラッシュ・モーメントを手繰り寄せる元イギリス代表だった。

 

 時に、ISで一番火力の高い近接攻撃とは何かと問われれば。一様に暮桜の零落白夜と答えるだろう。

 

 モンド・グロッソで多くの国家代表をその一振で切り捨てたその姿は正に最強に相応しく、量より質という言葉を極限まで切り詰めた代物と言っていいだろう。

 

 だがその能力は当時唯一無二のワンオフ・アビリティー。誰も真似できる筈もなく。一撃必殺と言えば織斑千冬の零落白夜というのが満場一致している。

 

 ならその逆は? 

 量より質ではなく質より量を極めたらどうなるか。

 その答えがアリア・レーデルハイトの【ダンスマカブル・ブレードアーツ】だった。

 

 右手のフラッシュ・モーメントの一撃を振り抜いた瞬間にそれを手放し、丁度いい位置に配置された別のフラッシュ・モーメントを握ってそれを振るう。

 左手も同様に斬りつけた後に別の剣を握ってスコールに斬りかかる。

 

 その双剣の間に空いた僅かな時間を、アリアの横に停滞している二つのフラッシュ・モーメントが自ら獲物に斬りかかる。

 

 右手で斬り、左手で斬り、右手で斬った後に浮いている剣が突き刺さり、左手で斬り、また右手で斬りつける。

 一秒で約5回前後。アリアはスコールにフラッシュ・モーメントで斬りつけていた。

 

「うっあぁっ………!」

 

 スコールは反撃など出来ず、ソリッド・フレアも出すことなど不可能。二種類のプロミネンスを全力で防御することしか出来なかった。

 

 もうひとつ余談だが、アリアはラピッド・スイッチが使える。

 

 ラピッド・スイッチと一口に言っても、種類は二つある。

 一つはバススロットの多彩な武器を瞬間的に展開するという、特異技能と言われる物。

 これはフランス代表のアニエス・ドルージュ。フランス代表候補生のシャルロット・デュノアが当たる。

 もう一つは、全く同形状同サイズの武器を多数展開、または断続的に展開するもの。

 アリアは後者に当たった。

 

 当時メイルシュトローム・カスタムに乗っていたアリアはそのラピッドスイッチを用いてブレードアーツを繰り出していた。

 だが扱える武装が手のひら二本という事実、武装コールにて発生するコンマ数秒の時間故、どうしても連撃に一瞬の隙が生じてしまう。モンド・グロッソでは千冬がその隙を強引に零落白夜をねじ込むことで勝利した。

 

 後に当時の千冬はこう語った。

 

「零落白夜が無ければ彼女には勝てなかったかもしれない。それほどあの連続攻撃は脅威だった」

 

 その結果、第二回モンド・グロッソで千冬はアリアに対して必要以上に接近しようとしなかった。

 

 ならば、その隙を可能な限り埋めた場合はどうなるか? 

 その思考の末にたどり着いたのが第三世代型IS、ディバイン・エンプレスだった。

 

 フラッシュ・モーメント。

 アンロックユニットから外れアリアの周りを浮かぶ12本のブレードは、イーグルのビークとは違い、ビット兵器ではない。

 それを浮かしているのはプラズマによる磁場。フラッシュ・モーメントはディバイン・エンプレスの周囲でのみ、ビット兵器として働く、云わば衛星のような物。

 

 彼女の絶技に特化した処理AIは時に彼女が次に握りやすい位置に剣を置き、連剣が途切れた時には自動的に斬りつける。

 

 バリアがあろうと、シールドがあろうと、受け止める剣があろうと。

 全てを噛み潰し、その一欠片まで食らい尽くす。

 

 モンド・グロッソの時より更に磨き上げられた、レーデルハイト工業の技術とアリア・レーデルハイトの剣技が織り成すダンスマカブル・ブレードアーツ。

 

 命尽きるまで踊り続ける死の剣舞の名を関し、彼女を剣撃女帝(ブレード・エンプレス)と言わしめた絶技の完成形だった。

 

 ピシッ、とプロミネンス・コートに亀裂がはしる。

 一度つけられればそれはたちまち至るところにヒビが発生し、後十数秒すれば崩されるのは火を見るより明らかだった。

 

(ゴールデン・ドーンの防御が割られる。その後は、私が切り刻まれる!)

 

 そうなれば例え80%残ってるシールドエネルギーも溶けるように削り殺される。

 

 バリアのヒビが全体に張り巡らされる。

 

(無傷は無理。仕方ない!)

 

 スコールは苦渋の決断を切った。

 何百となる剣撃の末。ついに最大出力のプロミネンス・コートが割れた。

 アリアは宝箱を空けた冒険者のように口を綻ばせた。

 

(やっと斬れる!)

 

 嬉々として双剣を振るうアリアにスコールは背中を向けた。

 

 ゴールデンドーンの特徴的なテールユニットにフラッシュ・モーメントが当たった瞬間。爆発した。

 

 スコールはバリアが破られる前にテールユニットに搭載されてる火炎機構を意図的に暴走させ、即席のリアクティブ・アーマーとしたのだ。

 

 爆発により強制的に中断されたダンスマカブル・ブレードアーツ。

 その横を瞬時加速ですり抜け、先程アリアがぶち抜いてきた天井から外に飛び出した。

 

「えっちょっと!? 待ちなさいよあんた!!」

 

 スコールの全力エスケープにアリアは浮かせているフラッシュモーメントをアンロックユニットに戻して後を追った。

 

「ちょっと! あそこは大人しく微塵切りになって正義ポジションが勝つ流れじゃない!」

「そんなの知らないし付き合う義理もないわ!」

 

 撤退を決め込むスコールはソリッド・フレアをばら蒔くが、躱すのも手間だとばかりにその全てを斬って散らすアリアには効果がなく。

 

 ディバイン・エンプレスはクロスレンジ向けのIS。そして乗り手は高速機動部門のヴァルキリー。

 勿論スピードも一級品であった。

 

 着々と距離を詰められるスコールは全方位視界で後方から迫る剣鬼を映しながら舌を打った。

 

(このままじゃ振りきれないわね。最大火力のソリッド・フレアを当てれば行けるだろうけど。撃つには溜めがいるし溜めてる間に追い付かれる)

 

 そう考えている間にも刻一刻と距離が縮まっていく。

 

(アレを使うか。でも、アレはリスクがでかすぎるし。まだ調整も終わってない、また賭けね)

 

 悩んでる暇など無い。

 スコールは覚悟を決めてアリアに振り返り、ゴールデン・ドーンの奥底にしまい込んでいる機能を呼び起こそうとした。

 

「スコール今どこだ!! いや言わなくて良い! 追われてるんだな!?」

「ごめんなさいオータム、今話してる時間は」

「そっちにアイツを呼んだ! それで逃げろ!」

「アイツ?」

 

 ゴールデン・ドーンから聞こえるオータムの声に疑問符を浮かべていると、背後から藍色のレーザーがディバイン・エンプレスに縦横無尽に襲い掛かった。

 

「れ、レーザーが曲がる!?」

 

 鋭角的に歪曲したレーザーにアリアは慌てながらもプラズマフィールドでガードした。

 

「情けないな、スコール」

 

 呆れと哀れみを含みながらスコールの隣に降り立ったのは、同じモノクローム・アバターのメンバーで、先程イレイズドを強襲していたエムのサイレント・ゼフィルスだった

 

「エム!? どうして貴女が」

「オータムが五月蝿いから来てやったんだ。それにしても散々な有り様だな」

「予想外に予想外が重なりすぎてね」

「フンッ、こんなことなら私がこっちに来るべきだった」

「それはやめた方がいいわ本当に。貴女死ぬわよ、色んな意味で」

 

 ガチトーンで止めるスコールによく分からんという顔をするエム。

 その二人を前にしてもアリアの戦意は揺るがなかった。

 

「サイレント・ゼフィルス。フランのとこから奪った奴ね。相手にとって不足なし」

「やる気のところ申し訳ないけど。今回は帰らせてもらうわ。エム」

「まったく」

 

 エムは仕様がないと思いながらもスターブレイカーとBTビット六基の偏光制御射撃(フレキシブル)を交えながら一斉射した。

 

「うおっとっちょ! 猪口才な!」

 

 歪曲するレーザーを残らず斬り飛ばすアリア。

 スコールは右手を頭上にかざし、今まで撃っていた物とは比べ物にならない大きさのソリッド・フレアを形成した。

 

「っ! あんた、せこいわよ!」

「なんとでも。じゃあねアリア・レーデルハイト。私を追い詰めたお礼にとっておきのプレゼントをあげるわ」

 

 特大の火球がアリアめがけて放たれた。

 躱すという選択肢はない、何故なら彼女の背後にはレーデルハイト工業の研究施設がある。

 

「チィッ! モード・コールブランド!!」

『ready』

 

 ディバイン・エンプレス両肩のアンロックユニットを10本の剣ごと腕に合体させる。

 両の手に持つフラッシュ・モーメントの背を合わせ、一本の大剣とする。

 

『プラズマエネルギー。腕部、及びフラッシュ・モーメントに集中』

 

 アンロック・ユニットに蓄積されていたプラズマを一点解放し、四メートルにも相当する巨大なプラズマブレード【コールブランド】を生成した。

 

 縦に振るわれたコールブランドは巨大火球にぶち当たり、受け止めた。

 

「せえぇぇぇいやあっ!!」

 

 そしてそのまま巨大火球を真っ二つに切り裂き、行き場を失ったエネルギーはその場で霧散、もしくは爆発した。

 

「ふーー」

 

 爆煙が晴れた中で深く息を吐くアリアの視線の先には、遥か遠くに飛んでいく亡国機業の二機の姿だった。

 

「取り逃したか………まあ、ぶっつけ本番で性能はオールクリア。良い機体テストだったと割りきれ………はしないかぁ。はぁ………」

 

 あからさまにガックシと肩を落とすアリア。

 入念に準備を効かせ、本気で捕らえようと思ったのに失敗したとなればこうもなる。

 

「アリアさーーーん」

 

 そんな落ち込むアリアの後ろから声が聞こえた。

 振り返ってみると、打鉄二機と、それに酷似した白いISが見えた

 白いISは打鉄の次期第三世代モデルにして、白式の兄弟機ともいえる、日本代表の楠木麗(くすのき うるは)が駆る白鉄だった。

 

「あら麗ちゃん」

「あー、もう終わっちゃいました? うわー大遅刻じゃないですか」

 

 麗は随伴した二機の打鉄に周辺警戒を命じた。

 

「すいませんアリアさん。丁度仕事してたところを急いで纏め上げて来て。あー、あのハゲ爺ぶん殴ってでも来るんでした」

「仕方ないわ、貴女は現国家代表でなにかと縛りがあるし。それに作戦の決行は三日後の予定だったんだから。あっちの動きが早すぎたのよ」

「それを予測して影武者置いとくあたり流石ですね」

「あらバレてたの?」

「此処に居る時点で分かりますよ」

 

 それもそっかと納得すると。アリアはPICを器用に使って寝転がった。

 

「ところで襲撃してきたテロリストは追っ払った感じなんです?」

「ええ。私のパワーアップした秘奥義であと一歩のところまで追い詰めたわ」

「流石ですねー。どうです? このあと一本だけ」

「そうしたいのは山々だけど、これからまた忙しくなりそうなのよねー」

 

 起き上がったアリアは眼下の研究施設を見やる。

 所々から煙が上り、天井の一つには穴が空いている始末。

 

 これから始末書と請求書。諸々各所への報告。やることは一杯で、息子の為にも新装備を作らなければならない。

 

「手伝いますよ、アリアさん」

「ありがとう、そうしてくれると助かるわ」

「いえいえ。それで時間があったら」

「はいはい。休憩がてらやりましょう」

 

 近接戦闘ワールドトップクラスの二人はレーデルハイト工業研究施設に戻っていった。

 

 しばらくして、今回の襲撃事件にてレーデルハイト工業がテロリストを撃退したという情報が一躍大ニュースとして注目されるのは。

 また別の話である。





 やっと出せました、疾風ママの実力。
 スコールさんが弱いんじゃない、相性とママが強すぎたんや………


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第59話【不条理な災禍】

「ふわぁっ」

「だらしない」

「俺が人間である証拠………」

 

 セシリアの叱責も大口を開けた俺に届くことなくゆるりと歩いていく。

 昨日の夜はインフィニット・ストライプスをよみまくって夜更かしをしてしまったのだ。

 

「朝食を食べてるとき貴方半分寝てましたよ」

「マジ?」

「よだれでてましたわ」

「マジ!?」

 

 さ、流石にそれは恥ずかしいぞ。

 写真撮られてないと良いけど。

 

 そんなこんなでセシリアとの同居も一週間たった。

 予想してたようなドギマギしたようなことはなく。特にハプニングが起こることもなく普通に暮らしている。

 身構えすぎたせいもあるし、お互いの決まりごともしっかり守ってるからトラブルもなし。

 困ることと言えば、風呂上がりのセシリアが色っぽくてあまり目線を向けれないぐらいだ。

 

 みんなにこの話をすると一様に「つまんない」という顔をする。

 つまんなくねえよ、これが普通なんだよ。一夏がハプニングなりToLOVEるを起こしまくってるだけなんだよ。

 

「あら?」

「どした。ん?」

 

 校舎玄関のところで異様な人だかりが。

 

「何かあったのでしょうか?」

「あれじゃね。打鉄の新型パッケージが来るから」

「ああ、菖蒲さんの正式採用型の」

 

 特に気にすることなく横切っていく。

 人だかりから聞こえている声が喜よりの声でない気がしたが。

 

「………」

「………なんか視線が多い」

 

 数少ない男子だ。通りがかっただけで目線を引くのはもう慣れたものだが。今日はそれを加味しても多い。

 所々ひそひそやクスクスと小さな雑音が耳に届いてくる。特にクスクス声が妙に耳に残った。

 

「疾風………」

「行くぞ」

 

 まあ気にすることなく歩くんですけどね。

 

 

 

 

「おっはーよー」

「あ、疾風様!」

「おはよう菖蒲ってなんで引っ張るのん?」

 

 前のめりになりながらも席に案内された。

 俺の机の上には。

 

「なっ!?」

 

 俺が口を開く前にセシリアが思わず声を上げた。

 俺の机の上に白い紙が一枚セロテープで貼り付けられていた。

 紙には黒いマジックで『死ねっ!!』と書かれていた。

 

「疾風様だけではありません」

「一夏もか?」

 

 一夏の席の上にも『ここから出ていけ!』と書かれた紙が貼られていた。

 

「誰がこんなことを………」

「一番最初に私とシャルロットが教室に入ったのだが、既に貼られていた。現場維持の為に残していたが」

「ふーん」

「ふーんって。自分のことなのですよ。もうすこし真剣に」

「疾風!」

 

 気の抜けた反応にセシリアが呆れた声を出すも、最後まで続くことはなかった。

 後ろから一夏と箒と鈴が一組に雪崩こんできた。

 

「おはよう幼馴染みトリオ」

「おうおはよう。じゃなくて! 玄関の掲示板見たか!?」

「いや見てないけど。何かあったのか?」

「ああ! これっ!」

 

 目の前につき出されたのはまたも紙。それも三枚。どれも似たような言葉がマジックで書きなぐられていた。

 

「あそこだけじゃない。学校中に貼られているらしい」

「いつか来るかって思ってたけどさ。本当に来るなんてね」

 

 二人とも静かに怒りを燃やしていた。他でもない一夏(ついでに俺も)がこんな弊害を受けたのだ。声を荒げないだけでも立派だった

 

「どうする疾風」

「ほっとく」

「そうか! ………え?」

「え?」

 

 俺の返答に呆気に取られたのか一夏が間抜けな声を出して、釣られて俺も変な声が出てしまった。

 

「ほ、ほっとく?」

「うん」

 

 さも当然のように言う俺に何を言ってるのかわからないという幼馴染みトリオに思わずタメ息が出た。

 

「お前ら揃いも揃って良いように踊らされてんな?」

「どういう意味だ」

「お前達のことだ。人混み押し退けて掲示板の前に立って『なんだよこれ!?』とか言ったんじゃないか?」

「な、なんでわかった?」

 

 やっぱり。

 

「なあ、放火魔って何処で火事を見てると思う?」

「え?」

「あたし知ってる。野次馬の少し後ろよね」

「鈴、正解。何でだと思う?」

「えーと、なんだっけ?」

「火事を見てる野次馬の反応を見るため」

 

 燃えている物。それを騒ぎ立てて写真を取ろうとしたり怖がる野次馬。そして消防が声を上げて野次馬を牽制したり、火事について調査してるのを見る。

 そして放火魔はこう思うのだ。「自分が起こした事で人が騒いでる、注目している」と。

 

 全部が全部ではないが。放火魔の思考の一つだ。これは放火魔だけでなく犯罪者の大半がそうだ。

 犯人は現場に戻るという理由の一つでもある。

 

「野次馬が集まって注目した段階で犯人の目論みは成功。そこに当事者のお前が騒いで張り紙をかっさらって行きました。さて問題です犯人はどう思うでしょう?」

「えーと。よくも剥がしやがったな?」

「ブー。ムキになったと今頃シメシメとしてる。つまり相手を更に喜ばせました」

「え………」

 

 ここは楯無会長と同じだ。相手が良いリアクションを取れば取るほど良い気分になり、更に増長する。

 まあベクトルは全然違うけどな。

 

「一夏、あんまり過剰に反応するな。相手を喜ばせるだけだ。あいつらは俺たちが慌てれば慌てるほど喜ぶんだから」

「お、おう」

「やけに知った風に話すのね」

「別に、そういうもんだろ?」

 

 そう、そういうもの。

 

「とりあえず紙くれ。もしかしたら会長が暇潰しに指紋とか筆跡とかやってくれるかも」

「そんな暇あるかな」

 

 証拠物品(仮)をイーグルのバススロットに入れた。ゴミ箱に捨てるのも面倒だし。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 今日のことを報告するために会長の部屋、もとい一夏の部屋に来た。

 勿論先に一夏を入れさせて会長のイタズラの盾にして入った。反省も後悔もしていないし安心を手に入れて良い気分だ。

 

「まあ、そんなことがあったわけです」

「テンプレートねー」

「まったくです」

 

 会長の前に並べた物を見て、会長は頬杖をつきながら退屈そうに言った。

 俺も心からの同意を述べた。

 

「はい烏龍茶」

「ありがとう一夏。で、どれ程の規模なんです?」

「学園の掲示板の至るところに貼ってあった。皆には見つけ次第撤去するようにしたけど」

「ご苦労様です。犯人は例のですか?」

「多分ね。というのも監視カメラに映ってはいたんだけど。皆覆面やらお面やらつけて顔は分からなかった」

 

 まるで強盗だな。

 

「例って?」

「女性の為の会、通称女性至上主義の会だ。女尊男卑思考の女子が徒党を組んでるんだ」

「そんなのあるのか」

「臨海学校前にレゾナンスで遭遇した女居ただろ? あんなのがいっぱいいると思え」

「うげぇ………」

 

 流石の一夏も苦い顔をした。

 多分そいつも入ってるんだろうなぁ。

 

「生徒会や風紀委員としては、まだ動くことはないわ」

「そうなんですか?」

「まだそこまで動けるほど騒ぎが大きくないから」

「泳がせるということで?」

「ええ。こっちも出来るだけ見張ってるけど、それも限度があるし。確たる証拠が出れば直ぐにでも動くわ」

 

 まあ、今やってるのはSNS上の誹謗中傷と対して変わらないからな。

 

「とりあえず俺達はスルーの方向で。しばらくはイタチごっこで?」

「貴方たちには悪いけど、それでいいかしら?」

「わかりました」

「俺も賛成です。それにこっちが大した反応しないのに朝早くからせっせかせっせか誰かに見つからないようビクビクしながら張り紙を貼り続けていくミサンドリー共を想像するのはそれはそれで楽しいし心が晴れやかになります」

「ぶれないわねぇ、疾風くんは」

「俺、時々お前の感性疑う………」

 

 あれ、引かれてる? 何故、WHY? 

 

「オホン」

「なんですかわざとらしく咳真似なんかして」

「なんでか分からないけど凄く似合う」

「ありがとう一夏くん。ちょっと私からも二人に凄く真面目な話があってね」

「さっきよりもですか?」

「ええ。亡国機業(ファントム・タスク)についてよ」

 

 亡国機業。そのワードで緩みがちだった空気が凍りつき、俺たちも表情を引き締めた。

 

「二人は銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)を覚えてるわね?」

「忘れるわけないでしょう」

「うん。そのISが凍結処理されている米軍の秘密基地が襲撃されたらしいわ。襲ったのはサイレント・ゼフィルスよ」

「サイレント・ゼフィルス………」

 

 BT試験二号機。ティアーズ・コーポレーションから奪ったIS。

 ブルー・ティアーズの姉妹機にして発展機。

 あれから結局聞けずじまいだな。でも無作為に掘り起こす話題でもないと先延ばしにしてた。

 

「幸い銀の福音は奪われなかったわ」

「そうですか、よかったです」

「あれがまた敵になるなんて想像もしたくないです」

 

 オータムとの敗戦後、揃って会長とのトレーニングに勤しんでいるが。思ったような成果はまだ出せていないのが現状。

 あの時は無人機相手だからなんとかなったというのもあったわけだし。また相手するというのは、出来れば遠慮したい。

 

「そういえば。疾風くんはレーデルハイト工業からなんか連絡があった?」

「ああ、近々IS学園に打鉄の新パッケージが来るって言ってました。ロールアウトは少し遅れるみたいですけど」

「そうか」

「どうかしたんですか」

「えーと、実はね。近々ニュースになるらしいから言っても良いんだけど………」

「はい」

「レーデルハイト工業の研究施設が、四日前に亡国機業に襲撃されたの」

「なんですって!?」

 

 ガタッ! と椅子が吹き飛ぶ勢いで立ち上がって会長に詰めよった。

 

「会長! 詳しく聞かせてください!」

「ごめんごめん前置きをミスったわ。従業員の死者はゼロ。怪我人も軽症だって言ってたわ」

「そ、そうなんですか」

「うん。それどころか撃退して追い返したって」

「お、追い返した?」

 

 倒した椅子を戻して落ち着くために烏龍茶を一気飲みした。

 

「えっと、改めて詳しく」

「えっとね………」

「どうしたんですか?」

「なんというか。報告書がなんとも奇抜でね」

「どういうことですか楯無さん」

 

 会長は端末を取り出してしばらく見通した。

 

「要約するとね。敵ISが研究スペースに突入した途端、元軍隊出身の従業員からアサルトライフルで蜂の巣に」

「も、もと軍隊出身?」

「ああ。退役軍人多いからうちんとこ」

「警備のIS一機が強襲、のうちに敗退。そのあとEOSが単騎で突進して敵ISを吹っ飛ばしたって」

「ブフッ!」

 

 EOSってあのEOSか? 

 

「イオス?」

「簡単に言えばコアのない外骨格アーマー。スペックで言うと千機あってもISに勝てないぐらいの性能よ」

「あの………もしかしてそれ動かしてたの俺の父親ですか」

「よく分かったわね。そう、その人」

「お前の親父凄いな………」

 

 まあ、凄い。

 EOSでISに突っ込んで善戦するなんてあの知的筋肉チーフ以外考えられないし。普通考えないし。

 

「最後に社長であるアリア・レーデルハイトが新型ISで応戦。見事撃退して終了。情報によると、レーデルハイト工業は最初から亡国機業を捕まえるために罠を張ってたらしいわ」

 

 新型IS!? なにそれそこ詳しく! 

 

「お前のとこの会社すげーな」

「え? ああうん。他と比べて結構変わってるから」

「お前みたいな奴が生まれる訳だ」

「おい、事と次第によってはオハナシしようじゃないカ」

 

 失礼なことを言う口を頬をグニることで粛清する。

 

「とにかく。また亡国機業が襲ってくるとも限らないわ。二人とも自分のISを奪われたりしないように、普段からしっかり気を付けること」

「はい。二回も同じ手はくらいませんよ」

「絶対奪わせはしません」

 

 もうあんな思いをするのは、二度とごめんだ。

 胸のバッチを握りしめながら俺はあの時の恐怖を思い出した。

 

「よろしい。男の子はそれぐらい勇ましくなくっちゃ。理想としては私を惚れさせるぐらいにね」

「また難易度の高いことを」

「会長無駄に理想高そうっすよね」

「えーそんなことないわよ。私だって女なんだから収まるところに収まるわよ」

 

 そんなもんか。

 会長ならなんかそこんとこうまく見繕いそうだし。なんだかんだ言って。

 

「案外一夏くんを好きになったりしてね」

「ははは、またそんな冗談を」

「わからんぞ一夏。お前結構優良物件なんだから知らないうちに既成事実取らされるぞ」

「な、なんかいきなり現実味沸いてきた………」

「一夏くんひどーい」

「ハハハ」

 

 しかし会長がガチで取りに行ったら一夏ラバーズ勝ち目ないんじゃね? 

 至るところのスペック越えてくるだろうし。ここぞというときに動けるからヘタレの可能性はないし。

 

「疾風くんも笑ってるけど。もしかしたら疾風くんにターゲットしぼるかもよ?」

「頼むから今はやめてくださいね」

「どーしよっかなー」

「いやほんとマジで頼みます」

 

 まだあいつに明確な答え出せてないんだから。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 それから少したって。張り紙は段々と枚数を増やしていった。

 が、そこまで気にしないと決めた俺と一夏は黙って机に張ってある奴だけ剥がしていった。

 今ではそれを丸めてゴミ箱に投げ入れるゲーム的なのをしてるぐらいだ。

 

 そんなこんなで犯人も業を煮やしたのか嫌がらせのバリエーションを増やしていった。

 

「うわー」

「流石にこれは看過出来ませんわ!」

 

 朝教室に来て一番にセシリアが怒った声をあげた。

 セシリアが怒るのも無理はないだろう。

 いつもと同じ張り紙を剥がすと、そのしたにマジックで直接机に書かれてるのだ。

 

「そんな怒るなセシリア。騒ぐと奴らが喜ぶ」

「ですがこれでは授業になりませんわよ」

「そういう時は。一夏くん、例のものを」

「はいはい」

 

 一夏が鞄から取り出したのはアルコールスプレーと布巾。

 布巾にふきかけ、軽く力を入れて擦ると………

 

「おおっ、みるみる汚れが」

「油性マジックだからアルコールがよく効くんだ」

「織斑くん家庭的ー!」

「主夫属性持ってたんだ」

「なんという優良物件なの!?」

 

 と、一夏の主夫力をお披露目し一夏の株を上げることとなった。

 

 このあともラクガキがあったり。はてや花瓶まで置かれることとなったが。その花瓶はそのまま一組のインテリアになった。

 

 後はよくある告白詐欺。

 

 一夏の場合。

 

「付き合ってください!」

「いいぞ。何を手伝えばいい?」

 

 相手を選べとしか言いようがない。

 

 疾風の場合(取り巻き付き)。

 

「ずっと好きだったの、私と付き合って」

「ごめん、初対面の人とはちょっと」

「ちょっとあんた! その振り方は酷いんじゃないの?」

「せっかく勇気出して告白したのよ!?」

「いや、そもそも取り巻き連れてる時点で評価下がりまくりなんだよね。俺そうやって徒党組んで追いたてる女子ほど嫌いなものはないし。そもそもお前このまえ生徒会に難癖付けてきた奴の一人じゃん。よくもまあその顔で告白しようなんて思ったね? それにあんた………」

 

 結果。取り巻き含めた女子は理論マシンガントークでねじ伏せられて心が折れ、最後は涙目になった。

 相手が悪く、しかも時期が悪すぎた。

 

 更に極めつけ。

 

『織斑一夏。他校の生徒とラブホテルへ!』

『疾風・レーデルハイトが万引き!?』

 

 なんてデマが校内に出ても。

 

「あーこれ合成だわ。しかも下手くそだなオイ。首の位置ずれてんじゃん」

「こっちは?」

「少し前に流行ったディープフェイクってやつだな。今イーグルで計算したけど。俺より身長が5センチ低いと出た」

 

 とまあこんな風に直ぐにバレ、そのネタを新聞部に提供。

 校内でも信頼のおける新聞部の新聞で目出しにされた。

 タイトルは「ディープフェイクを使ったのにも関わらずお粗末なフェイク画像。ミッケの方が難しい」。因みにこの煽り文は俺ではなく黛先輩だということを明記しておく。

 

 更にあの手この手で嫌がらせが来たものの、のらりくらりと躱していった。

 これも精神的に図太いクラスメイトが味方であるという精神的余裕。

 嫌がらせも一夏が発揮する気づきすらしない鈍感力。

 更に俺と会長が作った対嫌がらせ攻略マニュアルなるもののお陰で嫌がらせも周囲の笑いの種に変えて見せた。

 

 更にこの女尊男卑で萎縮していく男性のイメージを覆すかのように嫌がらせをものともしない男子二人に校内女子の評判が上がる結果となった。

 学校のイメージダウンを狙ったつもりが逆にイメージアップになったともなれば、主犯と思われる女性至上主義の会も堪ったものではなく、更に方法を過激にならざるおえなかった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「本当にやるの?」

「当たり前でしょ! IS学園の汚れを排除するのが此処の生徒の勤めよ!」

「そのとおりよ。てかこれマジで臭い」

 

 息巻く3人の女子の目線の先には男子生徒が入ったことによって外に建設された男子専用公衆便所だった。

 

「TOTO、ととべんき~。TOTO、ととべんき~」

 

 なんとも不思議な歌を歌いながら入って言ったのは二番目の疾風・レーデルハイト。

 ここ最近決まってこの時間にトイレに行く。

 そして疾風はどんな時にでも便座に座る派という情報も掴んでいる。

 

「入った」

「行くわよ」

 

 三人が揃って仮面やら変装用マスクを被る。手に汚水の入ったバケツを持ち、足音を立てずに男子トイレの前に。

 

 カチャリ。個室に入って鍵をかける音を確認。

 ゆっくりと扉のしまっているトイレに近づいていく。

 

「フフフッ」

「クスクス」

 

 これから起こる惨状を想像して声が漏れるのを唇を閉じて防ごうとしたが漏れている。

 疾風が入っているであろう個室の前に立つと。バケツを持つ手に力を込め。

 

「「「そーーれぇぇ!!」」」

 

 上から思いっきりバケツの中の汚水をぶちまけた。

 

「うわーー!」

 

 中から汚水を被った疾風が叫び声をあげたら。慌てふためいてることから彼の服が汚ならしい水と悪臭に襲われていることは容易に想像が出来た。

 

「ハハハッ! ざまあみなさい!!」

「調子に乗ってるからこうなるのよ!」

「さっさと此処から出ていきなぁ!!」

 

 ゲラゲラ笑いながら中にいる疾風を罵倒する三人。変装マスクのせいでなおのこと不気味な風貌。

 

「行くわよ!」

「これに懲りたら大人しくするのね!」

「キャハハハハハ」

 

 今までの鬱憤を晴らす大満足な結果に三人組は悠々とトイレを出ようとした。

 

「あら楽しそうね? 私も混ぜてくれる?」

「!!?」

 

 そこに居るはずのない声に口から心臓が飛びかけた。

 

 トイレの入り口には扇子を持った水色髪の二年生。更識楯無生徒会長その人がいた。

 

「な、なんで」

「んー? 夜のパトロール。最近校内物騒だから見回りしてるのよー」

「そんな………」

「ところでみんな顔隠して男子トイレに潜入? キャー! ませてるわねー!」

 

【大胆】とかかれた扇子を開きながらクネクネする会長。

 余りにも陽気な雰囲気に三人は呆気に取られるなか。楯無の赤い目が開かれた。

 

「で? 何してたの貴女たち」

 

 その時三人は首筋にナイフを当てられたかのような肌寒さを覚えた。

 それもそのはず。楯無の顔は今まで見たことがないぐらい冷ややかで、感情をなくしたかのような目に三人は射抜かれた。

 

「そ、掃除を………」

「掃除? それにしては随分とおざなりね。ここまで臭いが来てるし。やるならちゃんとした方がいいわよ」

「え、えーと。えーと………」

「疾風くんもそう思わない?」

「全くですわ」

 

 ガチャ。スライド式の鍵が開く音は彼女たちにとって死神の足音に等しかった。

 思わず「ヒッ!?」と上ずった声を出した女子は音のしたほうに振り向いた。

 

 汚水が滴るドアから出てきたのは疾風。

 それ事態はおかしくはない。中に入っていたのはわかっていたから。

 

 問題は個室から出てきた疾風自身がなにも起こってないかのように平然としているからだ。

 

「いや、酷い臭いだな。まあそれもそうだよな。生ゴミヘドロ入りの水なんて殺意高過ぎ」

「な、なんで!?」

「なんで? 何でってなに? ああなんで濡れ鼠になってないのかって? フフン、バーーリアッ♪」

 

 ニコリと笑っている疾風が手を広げると、ヘックス状のシールドバリアが疾風を包み込んでいた。

 

「あ、IS」

「おいおいシールド1も減らせてないぜ? いやー貧弱貧弱」

「あんた! 校内でのISの無断使用は」

「無断? 俺は自分の危機回避の為にISを使っただけだぜ? ですよね会長」

「ええ、全く問題ないわ」

 

 ここまで来てようやく気付かされた。

 自分達はまんまと罠にはまってしまったのだと。

 

「なあ? なんで蔑んでた俺がISを持ってて、上位存在であるはずのお前らが持ってないにも関わらずそんなでかい顔が出来るんだ?」

「っ!」

「あ、この一部始終は全部カメラで抑えてあるから。決定的証拠ゴチでーす!」

「そ、そんな横暴が」

「ハハハハ。おまいうで草」

 

 心から愉快そうに笑う疾風を前に段々と怒りがこみ上げてきた女子の一人は手に持ったバケツをぶつけてやろうと力を込めた。

 

「なんだ、騒がしいぞ」

「あ、織斑先生」

「え!?」

 

 学園の閻魔様降臨。

 

「更識、とレーデルハイト。なんの騒ぎだ」

「器物破損と暴行罪の現行犯です」

「頭から腐った水ぶっかけられました!」

「そうか」

 

 特に変わった様子もなく織斑先生は覆面3人に目を向ける。

 

「おい、そのヘンテコなものを脱げ」

「そ、そんな」

「脱げ」

「は、はい………」

 

 有無を言わさないとは正にこのこと。睨まれた三人は震えながらも覆面を脱いだ。

 

「二年生か」

「………」

「こうもあからさまだと、流石に見てみぬ振りも出来ないな。先ずはここの掃除、その後に生徒指導室に来い」

「はい………」

 

 この世の終わりだとばかりに絶望と悲壮に満ちた表情を浮かべる三人組。

 先ほどの横行闊歩振りはすっかり影を潜め震えていた。

 

「はいチーズ」

「うっ!」

「いい表情。あ、心配しなくても直ぐにはアップしないから。ちゃんと審議した上で決めるからね」

「くっ」

「煽るなレーデルハイト。これ以上用がないならさっさと行け」

「はい。失礼致します」

 

 

 

 

 

 織斑先生に後を任せ、俺と会長は学生寮に戻ることにした。

 喋ることなく、黙って学生寮の中に入り。そのまま一夏の部屋にお邪魔した。

 

「お帰りなさい楯無さん。あれ、疾風も? ってことは」

「………やったぜ一夏ぁっ!!」

「お、おおおっ!」

 

 上げた手に反射的に出した手でハイタッチした。凄まじいぐらい快活な音が響き、そのあと手のひらに鋭い痛みが走った。

 

「いっってー!」

「おお痺れる痺れる」

「いやー成功成功! 一週間ずっと同じ時間に行き続けた甲斐があったわ!」

「まさか本当に釣れるとは思わなかったわ。ここまで行くと本当にテンプレね」

「またまた、会長だって今日はアクアナノマシンでなんちゃって光学迷彩するぐらいノリノリだった癖にぃ」

 

 実は会長はずっと透明のまま俺の後ろに行き、トイレの前で腕を組んで立っていたのだ。

 あの三人はそれに気付かないまま会長の横を通りすぎていったのだ。

 

「しかしまさか織斑先生が出てくるとは思わなかったよな」

「あら? あれって疾風くんの差し金じゃないの?」

「違いますよ。いつ来るか分からないのに先生を呼べませんし。いやー偶然ってほんと怖いですね」

「千冬姉に捕まったのか………相手が相手だけど、ご愁傷さま」

 

 今頃あのくっさい男子(・・)トイレで掃除してる頃だろう。

 さっき撮った写真を出してみるとニヤケが止まらなかった。

 

「イキイキしてるわ疾風くん」

「もう、さいっっっこうです」

「IS動かしてる時より楽しそうだなお前」

「ま、マジ? やばっ」

 

 流石にそこまで行くと自重しなければならない。

 ISよりサディスト成分が勝るというのはショックではないがあんまり良い感じではない。

 ISよりあいつらが上なんて虫酸が走るし。

 え、そこじゃない? 

 

「じゃあ部屋戻るんで」

「おう。戻るまでニヤケるの直しとけよ」

「今の顔結構ヤバイわよ」

「了解」

 

 そんなにヤバイのか。もしかしてオリジナル並みにやばい? 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「あー、眠い」

 

 完全寝不足だ。朝のトレーニングもサボっちゃったし。

 セシリアはもう先に行ってしまったし………

 

「ふぁーーー」

「大きいあくびですね」

「ん?」

 

 いつから居たのか隣には着物(制服)姿の菖蒲が居た。

 いやほんといつの間に? 

 

「少し前からいましたよ?」

「マジか」

「私の接近に気付かないなんて。疾風様らしくありませんね」

「はは、まじかー」

「でもそんな疾風様も素敵です」

 

 ポヤーと笑う俺に菖蒲は笑い返した。

 

 あれから菖蒲は俺に催促はしなかった。

 変わりに距離が近づいたり、週に二回はお弁当を作ってきたりと、アプローチに遠慮がなくなっていた。

 

 その気持ちが分かってる上で攻めてくる菖蒲に俺は菖蒲を納得させれるだけの答えを示していない。

 菖蒲は本当に気にしていないのだろうか。ただ待っているだけなのか。そう思ってるのは俺だけなのではないか。

 それでも言えない現状。恋愛に関してはここまで臆病だとは自分でも知らなかった。

 

 このことを村上に相談したら「もげろ」と言われた。それはそうだと謝ったが。

 ついでに「他に好きな人いんのか?」と言われたが。それもわからないのが現在進行形。

 

「菖蒲も今日は遅いほうじゃないか?」

「弁当作りに失敗して、作り直したらこんな時間に」

「なる」

「その分今日は自信作ですから。期待しててくださいね」

 

 俺は誰かが誰かを好きになる気持ちは分かるが。自分が誰かを好きになる時の気持ちがわからない。

 恋をしたことがないから、恋をするような女子がいなかった。周りにいた女子は人間と呼ぶには醜すぎた。

 

 菖蒲はいつも俺に心から笑いかけてくれている。

 俺がいつまでも答えを出さないでいるのに笑ってくれる。

 だから俺は決して勘違いさせないように、当たり障りのない台詞で誤魔化した(答えた)

 

「ああ、楽しみにしてる………」

 

 ガコンっ!! 

 

 何の音? 

 反射的に上を見ると、網目状のフェンスが徐々に大きくなって………

 

「疾風様っ!!!」

 

 ドンっと身体を押されて空中に投げ出される。

 

 え、なに? 

 

 耳をつんざくようなガシャン! という音がなった。

 受け身を取って起き上がると土煙が顔を叩き、砂が眼鏡に当たった。

 

 目を開けると、先程まで俺と菖蒲が居た場所に土煙がモウモウと立ち込めていた。

 

 ぼやけていた頭が覚めていき、状況を理解してしまった俺は全身の骨が凍りつくのを感じた。

 側に菖蒲が、いない………

 

「あ、ぁ、菖蒲ーーー!!!」

 

 朝の校舎に悲痛な叫び声が木霊した。

 

 



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第60話【宣戦布告はインパクトが大事】

 全身の力が抜け膝から崩れた。

 

 

 

 頭が真っ白になって、ただただ目の前の土煙を網膜に焼き付けるだけの人形になっている。

 

 

 

 目をつぶりたいのに瞬きすることもなく土煙が晴れるのを待つ。

 

 

 

 見たくない見たくない見たくない。

 それでもそらすことなど出来ずに俺は………

 

 

 

「セーーフっ!」

「えっ!?」

 

 黄土色の煙から見知った白と聞きなれた声が聞こえてきた。

 

 白式・雪羅と一夏だった。

 

「菖蒲さん大丈夫か?」

「はい。それより疾風様は」

 

 白式を纏う一夏に覆い被されるように菖蒲が身を縮ましていた。側には先程落ちてきたフェンスがひしゃげて転がっていた。

 

「菖蒲………よかった………」

 

 菖蒲の元に行こうと立とうとしたが、バランスを崩して尻餅をついた。

 

 ふと、尻餅をついた勢いで上を見た。

 丁度落下防止用のフェンスが抜けている場所から。こちらを見下ろす人影が二つ………

 上を見る俺に気付くなり影は引っ込んだ。

 

「大丈夫か疾風」

「あ、ああ。でもなんで」

「寝坊して遅刻しそうになって。ここ近道だから通ろうとしたら二人がいて。挨拶しようと近づいたら上からフェンスが落ちてきたの見えてさ。後はガムシャラにな」

 

 間に合ってよかったと安堵の息を吐く一夏。

 

「しかし不運なんてもんじゃないな。錆びて劣化してたのかな」

「………いや違う」

「え?」

「どういうことですか?」

 

 疑問に思う二人に俺はさっき見たことを話した。

 

「それって、人為的に起きたということですか?」

「おそらく。俺を狙ったものだと思う」

「なんだよそれ! そこまでいったらもうイタズラじゃ済まされないだろ!」

 

 一夏の言う通りだ。

 これが人為的だというなら殺人未遂に値する。

 

 キーンコーンカーンコーン。

 呼鈴が鳴った。

 

「とりあえず教室に行こう。このことはとりあえず内密に。織斑先生と会長には俺から話しておく」

「わかった」

 

 俺達は現場の写真を取ってから、急いでホームルームに向かった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「「………」」

 

 放課後の生徒会室は重苦しい空気で満たされていた。

 会長は不在のまま、俺と一夏は布仏姉妹にことの顛末を話した

 

 のほほんさんでさえショックで言葉も出なかった。

 無理もない。なにせ一歩間違えれば俺と菖蒲は死んでいた。

 いや、俺はISがあるから万が一なんとかなっただろうが。今ISを持ってない菖蒲は防ぎようがない。

 連中はそれを知っていてやったのだろうか。

 

「レーデルハイトくん。本当に人が居たの?」

「はい、二人です。逆光で顔は見れませんでしたが」

「野次馬という線は~?」

「それなら俺と目があった瞬間逃げるように引っ込むか? 野次馬ならそのまま見てるだろう」

「ですがそれでは故意か偶然か判別出来ません。断言するには証拠が少なすぎる」

 

 虚先輩の言うことはもっともだ。

 仮にしらばっくれられたら、追及しきれない。

 

「じゃあこのまま対処しないんですか? 疾風と菖蒲さんは死にかけたんですよ?」

「立証が出来ない以上。今の世の中で攻め立てるのは不可能だ」

「そんな………」

 

 コンコン。

 

「失礼致します」

「どうぞ」

 

 入ってきたのは十数人の女子、って多いな! 

 揃いも揃って俺と一夏を見るなり顔をしかめた。

 

「あなたたちは」

「生徒会長は?」

「今は留守ですよ」

「あなたには聞いてません」

 

 受け答えした一夏を一刀両断。

 

 なんとも偉そうだなこの女

 俺と同じ一年リボンの癖に。

 そういや前喋ってたやつもコイツだったな。一年がリーダー? 

 

「用があるなら俺から会長に伝えときますよ」

「あなたにも聞いてない」

「俺は曲がりなりにも副会長なので。会長がいない間は一応俺が取り仕切るのですが」

「私たちはあなたが副会長だなんて認めてはいません。そもそも何故まだこの学園にいるの」

「俺に言われても困るし。君たちがいくら言っても俺はここから離れるつもりはない」

「あなたたちの存在はこの学園の腫瘍! 現に今生徒たちがあなたたち二人のせいで不安を訴えかけているのが何故わからないの!?」

 

 お前が言うな! 

 と口に出しそうになるところを唇を噛み締めて堪えた。

 一夏なんかもう殴りかかる拳を抑えている。

 

「あなたたちがこの学園から居なくなれば。この騒動は直ぐにおさまる。他の生徒が不快になることを何故考えようとしないの!?」

「………」

「分からないなら私が実行犯の言葉を代弁して上げるわ。あなたが」

「フェンス」

 

 もう我慢の限界などとうに突破していた。

 

「はい?」

「今日、登校していたら頭上からフェンスが落ちてきた。奇跡的に怪我はしなかったけど。一歩間違えたら一緒に居た菖蒲が怪我どころじゃすまされなかった。俺と一夏を攻撃しているであろう女尊男卑主義者は、その守るべき女性が居たにもかかわらず、お構い無しに強行した」

「ふーん。それは気の毒ね───でも自業自得だと思うわ」

 

 ………は? 

 

「男に媚びへつらってるような女だもの。一緒に標的にされるなんて本当に哀れね」

「待ちなさい、言っていいことと悪いことが!」

「でも彼女にとっていい薬になったでしょう。これでその女も自分が間違っていたと目を覚ました筈ですし」

 

 なに言ってんだこいつ。

 

 隣で一夏が詰め寄ろうとしているところを虚先輩が必死に止めている。

 そして喋り続けるリーダー格。

 それに便乗して騒ぎ出す取り巻き。

 

 俺は周りのそれを感じとりながら、目の前のリーダー格に釘つけになった。

 

 フェンス落下には証拠はない。

 

 だからなんだ? 

 

 こいつだ。こいつがそう仕向けたんだ。

 何故かって? 

 そんなのわからないさ。

 

 だけどわかる。わかってしまった。

 目の前の人間の形をしたナニカがやったんだと。

 

 俺の中にある何かのスイッチが押された気がした。

 

「だから何度も言いますが」

「出ていけ」

「は?」

「出ていけと言った」

 

 話続けるリーダー格の女を見据え、静かに言いはなった。

 

「あなた、私の言ったことをわかった上で」

「全然わからない。だからこの問答は無意味だ。今日はここまでだ」

「そういうわけには」

「出ていけ」

「だから」

「何度も言わせるな。お前たちが自分を賢い女性だとうたうなら、今すぐここから出ていけ」

 

 取り巻きはいつの間にか黙っていた。

 その目は虚勢を張りつつ僅かに怯えが見え、俺と目線を合わせられた人は居なかった。

 

「いいでしょう、今回は引きます。先ほど私が言ったこと、その容量のない頭で覚えておきなさい」

 

 捨て台詞を吐いて女性至上一行は生徒会室を出ていった。

 

「………ふぅ」

 

 肺に淀み溜まっていた息を吐き、新鮮な空気を吸い込んだ。

 よくやった疾風・レーデルハイト。ここで手を出すのは得策ではない。

 

「レーちん」

「ん、どうした」

「凄い、怒ってる?」

「わかる?」

「顔見なくても。だって後ろにいても鳥肌立っちゃったもん」

 

 いつもの語尾を伸ばす口調がない。怯えているのだろうか? いや俺が怯えさせたのか。

 

 もう一度深呼吸をし、頬を一回叩いた。

 気持ちを落ち着かせた後、俺は笑顔で振り返った。

 

「ごめんのほほんさん。怖がらせるつもりはなかった」

「うん、大丈夫~」

「虚先輩もありがとうございます。一夏を止めてたでしょ」

「気にしないで」

「ごめん疾風。頭が熱くなって」

「いや、お前が声を荒げてくれたおかげで俺も殴らずにすんだ」

 

 実際声なんて聞こえなかったけどね。

 

「しかし、リーダー格はさっきの女子ですよね。一年でトップって、何者なんですか彼女」

「それは私が答えるわね」

「え、会長?」

 

 周りを見ても会長はいない。机の下? 生徒会長席の中を見てもいなかった。

 もしかしてここ? と一夏が衣装タンスの扉を開けると。

 

「よく見つけたわね」

「何してるんですか楯無さん」

「いつから居たんです」

「最初からよ。あの人たち来るって知ってたから私がいなかったらどんな反応するかなって思ったけど。あんま変わんなかったわね……」

 

 珍しいシリアス顔の会長だが、衣装タンスから出てきてるせいでなんか締まらない。

 会長も自覚してるのかばつの悪そうな顔で続けることにした。

 

「名前は安城敬華(あんじょう けいか)………一年四組の生徒よ。彼女はね、日本女性権利団体の会長の娘なの」

「なるほど、合点が行きました」

 

 それなら一年で先輩がいるのにもかかわらず女尊男卑グループを牛耳っている理由がつく。

 

「女性の為の会を作り上げたのもあの娘なのよ」

「そうなんですか」

「それよりもなんなんだよあいつは! まるで自分たちは無関係ですって言っときながら私がやりましたって言ってるようなこと言いやがって!」

「罰せられないって自信があるんだ。今の世の中、決定的証拠がない限り女性は裁くことは難しい」

 

 そして、それに反して男性の冤罪率は高い。考えるだけで胸糞が悪い。

 

「それについてなんだけど。疾風くんと一夏くんに謝っておかなければならないことがあるの」

「なんです?」

「今回のフェンス落下事件。疾風くんの言う通り事故ではない。彼女たち女性の為の会が差し向けたものよ」

「えっ!?」

「会長、俺が言うのも何ですが。なんでそんなハッキリと」

「実はね。女性の為の会には更識の息がかかった者を忍ばせてるの。結成当初からね。だから今回起きることはわかっていたわ。私はそれをわかった上で黙認していたの」

「そんな」

「勿論対処はした。その為に一夏くんには私が、疾風くんにはラウラちゃんを近くに待機させていたわ」

 

 ラウラが近くに? 気づかなかった。

 流石はドイツが誇る黒兎隊の隊長というべきか。スニーキングもお手のものということか。

 

「そして、こんなものが生徒会宛に送られてきたわ」

 

 会長が取り出したのはA4サイズの紙。

 そこには今回の事件を仄めかす物。そしてこれ以上俺と一夏が学園に居続ければ、俺と仲良くしている誰かがまた犠牲になるということが書かれていた。

 紛れもなく脅迫文だ。

 

「どうしてそんな危険をおかしてまで放置したんですか。会長、女性の為の会には何があるんです? そこまでする何かがあるんですか?」

 

 そうでなければここまで会長が静観するということがわからない。

 俺達が知らない何かを、会長が知ってるとしか思えなかった。

 

「………安城敬華は、亡国機業(ファントム・タスク)と繋がってる可能性があるの」

「なっ」

「マジか………」

 

 あのリーダー格、安城が亡国機業と繋がっている。

 もしそれが本当なら、奴が亡国機業のテロのことを知っていることも説明がつく。

 

「決定的な証拠はまだだけど。巻紙礼子、亡国機業のオータムを学園祭に招待したのは彼女だと思う」

「つまり、彼女は亡国機業のスパイ?」

「の可能性がある」

「確定ではないと?」

「残念ながらね。彼女のIS技能は普通。構成員ではなく諜報員、もしくは組織との橋渡し役なのか」

 

 だがどれも確実ではない。

 亡国機業が絡む以上、この案件は思った以上にデリケートだ。

 日本を守護する家系の筆頭である更識楯無としては、たとえ証拠があろうと迂闊に切り込むことも出来ないのだろう。

 

 ーーーだが。

 

「会長、亡国機業の情報が不十分な以上、それを切り口に彼女を告発するのは出来ない。と言いましたね?」

「ええ」

「だけど、今先に解決すべきことは。亡国機業ではなく、IS学園の根底にある女尊男卑の見解です。亡国機業のことも大事です、無視できない案件です。だけどこうして停滞してる間に無関係の友達が傷つくのは。我慢出来ません!」

 

 奴らは本気だ。本気で俺達を排除しようとしている。

 あわよくば、俺達の命を奪う勢いで。

 

「じゃあ、今日のフェンス落下の情報を武器に女性の為の会を追い込むのか?」

「ああ。だけどそれだけじゃ駄目だ。今回のことで潰しても、また別のやり方で俺たちに危害を加えてくる。学園の流れがあっちに傾いている以上、あいつらは止まらない」

「ならどうすれば」

「疾風くん、何か考えがあるのね?」

 

 会長の質問に俺は頷いた。

 

「正直、ここまで大人しくしてました。だけどそれで連中が引き下がらないというのならーーー少々乱暴に行きましょう。男らしく、ね」

 

 会長以外が息を飲んだ。

 ああ、また俺ヤバい顔になってんのかな………

 

 でももう止まらない、止める気もない。

 もう我慢する必要などないだろう? 

 

 大丈夫、あの時(・・・)と同じだ。

 

「任せていいのかしら?」

「ええ、最高に楽しくやってみせますよ」

「疾風」

「一夏、お前にも頑張ってもらうぞ」

「ああ、なんだって言ってくれ」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 フェンス事件の翌日。

 SHRで伝えられた緊急の全校集会に集められた女子の話し声は小さくも響き、途切れることを知らなかった。

 

「いきなりどうしたんだろうね」

「やっぱり最近学園で出回ってるやつじゃない?」

「いつまでやるのかな」

「あの2人がいなくなったら収まるんじゃない?」

「ちょっと、そんなハッキリ言わなくても」

「だってそうじゃん、もしかしたら私たちも巻き添えくらうかもしれないんだよ?」

 

 所々から一夏と疾風を非難し始めていく。

 それは生徒の不安に入り込み、水に足らされた絵の具の用に広がっていく。

 

 人は目の前の噂に飛び付く。

 文面でしか理解せず、その裏側や奥を見ようともしない。

 人は不安になると何かにすがり付かずにいられなくなる。何かを掴めば、それを安息の地として収まるからだ。

 

(地盤は固まりつつあるわね)

 

 ざわめく女子の中で、女性の為の会リーダーである安城敬華はほくそ笑んだ。

 

(昨日の牽制と脅迫文は見事効果を為した。私たち女性がどれだけ本気だったのかようやく理解してもらえたようね)

 

 様々な陰湿なイジメ、フェイクニュース。色々手段を講じても彼らに対したダメージを与えることは出来なかった。

 

 偽告白は完全に悪手だったと思っている。

 まさか疾風に告白した女が軽く男性恐怖症になり、翌日一夏を通して謝りに行こうとした時は此方の差し金だと気付かれることを阻止するために本気のカウンセリングをしなければならないとは思わなかったが。

 

 埒が明かないと考えた敬華たちは、ついに直接危害を加えるということにシフト。

 勿論最初は寸止めのつもりだったが、フェンスを外すのに手間取って直撃コースになってしまったのは予想外。だが結果的に状況は大きく動いた。

 

 敬華たちの言い分を歯牙にもかけなかった楯無がついに動いた。

 ようやく重い腰を上げた。良くて男子2人の退学、悪くても男子に対して何かしらの制約がかかることだろうと。

 

 脅しの文は本気だ。

 もしも一夏と疾風がこの学園から去らなければ、その周りに危害を加える。

 敬華ら女尊男卑主義者(ミサンドリー)からすれば、彼らと仲の良い女子は男に平気で媚びをうる尻軽に過ぎない。

 そんなの今の女性の正しい在り方ではない、それに気付かせることも女性の為の会の使命なのだと考えている。

 

(愚かな考えをただし、今の社会に胸を張れる女性に矯正する。これは救済なのだから)

 

 その為にこの神聖なる学園から追い出す。

 その思いが今、実ろうとしている。

 敬華たち女性の為の会メンバーはそれを疑わずにいまかいまかと全校集会の始まりを待ちわびていた。

 

「それでは生徒会長、よろしくお願いします」

 

 生徒会会計である虚に促され、更識楯無が壇上に上がった。

 

「みんな、おはよう。今日は集まってくれてありがとう」

 

 楯無はいつもと変わらない笑みを浮かべてみんなに挨拶するが。生徒の反応はいつもより収めだった。

 

「さて、今回の議題はみんなが予想してる通り校内で起こっている反男子運動よ。それについて生徒会からお知らせがあります」

(来たっ!)

 

 敬華は顔に出ないように下唇を噛んで耐えた。だが目は水を得た魚、鯉の滝登りで竜になったかのように輝いていた。

 

「それでは副会長、宜しくね?」

「は?」

 

 そして呆気に取られた。 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 壇上に上がると、色んな視線を感じた。

 

 困惑、期待、疑問、そして嫌悪、侮蔑。

 

 誰がどんな視線をしてるか、一人一人注意して見ればわかるが。始めてこの場所にたった時よりは格段に居心地は悪いということは明白。

 

 だが不思議と悪い気はしなかった。

 

 ふと、一人の生徒と目があった。

 金髪のブロンドに青のヘッドドレス。宝石のように蒼い瞳は俺を捕らえて離さなかった。

 

 あいつどんな顔するかなー。なんかやらかすんじゃって思ってるのかなー。

 

 まあするんですけどね。

 

「皆さんおはようございます。行きなりですが今回の一連の犯人は女性の為の会という女尊男卑思考の女子グループによる犯行です」

 

 あまりにも、あまりにもサラッと言った内容に体育館はシーンと静まり返った。

 うわ、静寂。

 

「もう一度言います。今回の一連の犯行は女尊男卑を掲げる女性の為の会の犯行です」

「え、それ本当に?」

「ちょっと! 何をでたらめなことを!」

「私まえからあそこ胡散臭いとことは思ってたんだけどねー」

「嘘だっ!」

 

 口々に言ってくれる生徒たち。

 とても良い反応をくれるもんだから口許が緩みかける。

 

「今から一週間前に始まった反男子運動。俺と織斑一夏はこれに関して当初はスルーしたり上手く受け流したりして居ましたが。彼女らは業を煮やしたのでしょう。昨日の朝の登校で、俺と一年二組の徳川菖蒲さんの上からフェンスが落下してきました」

「え!?」

「それって……」

「今から見せるのは、この時間一髪で助けてくれた。織斑くんの白式のログから取り出したものです」

 

 ホロコンソールを操作し、後ろのスクリーンに動画が流れる。

 そこにはその時の惨状と臨場感が伝わる良くできたログだった。

 

 本当に間一髪だったんだな。

 近くにラウラが居たみたいだけど………この一瞬じゃわからないな。

 

 動画を落ちてきたフェンスの画像に変えてマイクを手に取った。

 

「そして放課後。差出人不明の脅迫状が届きました。内容を読み上げますーーー神聖な学園にこびりつく蛆虫、疾風・レーデルハイトと織斑一夏に勧告する。今朝のフェンスは警告だ。即刻IS学園から退去せよ、さもなくばお前たちの周りで媚を売る友人に危害を加える。これは最後通告である。足りない頭でよーく考えることだーーーだそうです。ハハ、酷い言われようですね………ほんとうふざけてる」

 

 ビリッ! 

 

 唐突に、俺は脅迫文を二つに裂いた。

 生徒が困惑するなか、脅迫文を四つ、八つと、紙を裂き続ける音がマイクを通してASMRのように流れる。

 

「滑稽過ぎて笑っちまいそうです」

 

 それを眼前に放り投げた。

 紙吹雪とかした脅迫文がヒラヒラと床に降り積もっていく。

 

「俺たちは我慢しました。過剰に反応すれば相手を喜ばせるだけだと。再発防止のために色々頑張って、収まるのを待つのが得策だと信じて来ましたが。ええ、ええ、甘かったと自覚していますよ、本当に甘過ぎた」

 

 目元を抑えた。視界の裏には昨日の喪失感と無力感、絶望感が鮮明に写し出される。

 いっそのことこの映像を現像できればと思うほど。

 

 深呼吸をし、目に確かな意思を持ち。この場にいる全員に言葉で殴り付けた。

 

「いまここに生徒会は宣言します! 生徒会はあらゆる手段を持って! この学園に根付く女尊男卑の弊害、女性の為の会の解体、打倒を宣言する!」

 

 俺の宣言に一気に生徒はどよめいた。

 一部教師も驚きを隠せず織斑先生でさえ腕をくむ手を強めた。

 

「全生徒に問います! 今この世に男性が2人、ISに乗れるという現状に関わらず女性がまだ強いという風習が消えない。その要因は操縦者の絶対数に他ならない。数の利では圧倒的に男は不利だ。俺たちがいくら叫んだところで、世界は愚か、この学園の誰も見向きはしない! 今の学園の根底を覆すことなど出来はしないでしょう。ならば覆す! その固定概念を俺たち生徒会が踏破する!」

 

 バックスクリーンの画面が代わる。

 

「そこで生徒会は女性の為の会に、異種多人数チームIS戦の挑戦を申し付ける!!」

 

 スクリーンには俺と一夏、布仏姉妹の四名の写真。そしてその下にVSと区切られて、女性の為の会、12人と書かれていた。

 

「こちらは更識楯無を覗いた4人! 対する女性チームは12人。戦力比3倍という異色のISバトルです!」

「4対12って、そんな戦力差」

「いくら専用機があるからってそんな無茶を」

「本気で言ってるの?」

 

 端から見たらあまりにも、無茶が過ぎる発言に生徒は困惑を隠せない。

 

「もしこちらが勝利すれば、女性の為の会は解体する。我々もただ黙っていたわけではない。今日のような日に備えて。女性の為の会を失墜させれるだけの証拠が此方にはある!」

「なっ!?」

「だが俺たちは敢えて公表はしない。仮に女性の為の会を正攻法で解体したからと言って、また第二第三の組織が生まれ、また繰り返すでしょう。その為の異種多人数チームIS戦! この圧倒的戦力差に勝利し、女性の為の会の優位性をことごとく粉砕する!」

「「おおーーー!!」」

 

 生徒の熱声が体育館を震わす。

 生徒は怒涛の展開に見事飲み込まれた。

 校内に漂っていた男性に否定的だった流れが、たちまち生徒会(ヒーロー)女性の為の会(ヴィラン)という流れに傾いていった。

 

「さて。何か言いたいことはありますか? 女性の為の会リーダー、一年四組の安城敬華さん」

 

 熱狂が静まり一人の生徒、安城敬華が壇上に誘導された。

 彼女は動揺を隠し、冷静を装って俺と対峙した。

 俺は笑顔でどうぞと発言を促すと、昨日と変わらない丁寧語で話し始める。

 

「随分と妄言を並べられたものですね」

 

 妄言か。よくもまあこの空気で折れずに居てくれたものだな。

 そうじゃないと張り合いがなさすぎるけど。

 

「妄言かどうかはあなたたちが一番知ってるでしょうに」

「ええだからこういうわ。全て生徒会の空想よ」

「敢えて言ってないんだけど」

「口ではなんとでも言えるわ。我々はいたってクリーンな集まり。世の女性をより正しく導く為に日々努力を」

「アハハハハハハハ!!」

 

 突然声を上げて笑いだした俺に流石の安城もビクっと後退りした。

 

「な、なに!?」

「いやいや失礼。余りにも的外れな発言をさも当然のように言うものですから」

「なんですって? 我々の崇高な理想を」

「崇高な理想? 馬鹿も休み休みに言え。お前たちの理想に正しさがあると? ふざけるな。なんの罪のない男性をことごとく冤罪に持ち込み、ISを動かしてもいないにも関わらず暴君のように振る舞うミサンドリーの、何処に正しさがある!!」

 

 こいつらは紛れもなく異常者だ

 間違った倫理をさも当然のように振りかざす、理不尽に糾弾する。罪悪の欠片すら持たない女尊男卑(ミサンドリー)の権化。

 

「もう一度言う。俺たち生徒会の申し出を受ける気はあるか」

「断る。こんな遊びに付き合うほど暇じゃない」

「この戦力差で負ける自信があると?」

「愚問ね。そんなことは万にひとつもあり得ない。わからないなら言って上げるわ。ハッキリ言って、これを受けるメリットがない」

 

 確かにこれでは一方的に条件を提示しただけだ。安城の言うように、メリットはこちらしかない。

 今現在では。

 

「ならそちらが一番に望む報酬提示しよう」

「報酬?」

「ああ、お前たち、いやお前が一番に望むものだ」

「………っ! お前まさか」

 

 気づいた彼女の言葉を遮るように、再び眼下の生徒に向き合い高らかに宣言した。

 

「この勝負に生徒会が敗北した場合。疾風・レーデルハイトと織斑一夏は、IS学園から自主退学することを、この場にいる全ての人に宣言します!」

 

 笑顔で言い放つには衝撃過ぎる宣言に。全生徒は余すことなく絶句した。

 

「勿論一夏も了承済みだ。俺たちが負けた場合はお前たちに対する発言を全て撤回する。俺と一夏がいなくなれば、お前たちはこれ以上行動を起こす意味もなくなるからな」

「本気なの?」

「ああ、これが俺たちの覚悟だ」

「………」

「覚悟しろ」

 

 俺はマイクの電源を一時的に落とした。

 

「化けの皮を剥がしてやる。テロリストめ」

「っ!!」

 

 安城の顔が少し老けた。

 良い顔。これを見れただけでも成果はあったな。

 

「勝負は一週間後! 放課後の第一アリーナにて執り行います! 女性の為の会メンバーは明日までにエントリーする人物をピックアップして生徒会に提出してください。練習機を他のアリーナから運ぶのにも手続きがいりますからお早めに。生徒会からは以上です。皆さん、ご清聴ありがとうございました」

 

 演説が終わり。壇上から降りた。

 

 10年続くIS学園の歴史に。間違いなく刻まれた瞬間だった。

 

 

 

 



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第61話【バレなきゃイカサマじゃない】

 最近体調崩してという理由付けをして投稿。
 いよいよキャノファス編に突入すら出来ないのではと思い始めた自分。
 もっと早く書きたいものです。


「どういうことですの!!」

「ヒェッ」

 

 大胆な宣戦布告の日の放課後。

 今日出された課題を終わらせようと部屋に戻って机に向かったらセシリアが台パンしてきた。

 正直に怖いです。

 

「どういうことと言うと」

「決まってるでしょう! 今朝のあれはなんです! 説明してください!」

「そう言われてもありのままの内容だということしか。ね?」

 

 言いたいことはあそこで全部出しきったし。

 それ以上もそれ以下もないんだが。

 

「本気ですの。あの馬鹿げた内容は」

「馬鹿げたって失礼だな。ガチの本気で真剣に言ったんだぞ」

「4対12のISバトルなんて非常識なことを真剣に言うことに問題がありますのよ!」

 

 いやまあ。歴史的にみても異例の戦闘方式でしょうけども。

 実際その数で戦えば勝敗など目に見えてるだろうけども。

 

「だってさ。同数でやっても専用機があったから勝てたとか言われるだろうし、そんな勝負持ちかけても断られるし。校内のイメージを払拭させる意味もあって数に差があるということに意味があるんだよ」

「ならなぜ生徒会長を抜いたのですか」

「いやいや、あの人出したら『もう全部楯無一人でいいんじゃないかな?』って空気になるでしょうよ」

 

 実際一人で無双出来そうだ。なにせ代表だし。

 もしかしたら流体変化的な不思議なことが出来てもあの人なら不思議じゃない。

 

「心配しなくても学年ごとのエントリーは制限かけてるから。3年生が2人、2年生が3人、残り7人が一年、リーダーの安城敬華は必ずエントリーすることって。あっちもそれで了承してくれたよ?」

「あなた自分の言ってることを理解してますの?」

「それは勿論わかってる。全部俺が企画したんだからさ」

「馬鹿じゃないですか」

 

 酷い。なぜこうも罵倒されるの。

 

「本気ですの? 負けたらこの学園を去るって」

「何回も言ってるけど本気。てかあんな大袈裟でインパクトのある演説でガッツリ勝利宣言して負けたら恥ずかしすぎて引きこもり不可避案件じゃん?」

「茶化さないで下さい! この場所は疾風の夢でしょう!? それなのにあんな、あんな………」

 

 セシリアの言う通り。

 俺にとってここは大切な場所。男性IS操縦者という特異存在である俺が伸び伸びとISを動かせる場所。

 もはや中毒とか病気レベルでISを好んでいる俺にとっても、この場所を離れるなんて絶対に嫌だ。

 

 セシリアがこんな顔になるのも。それを知ってるからだろう。それでも。

 

「俺は本気だよセシリア。あの場所であの提案を受けさせるには、あれぐらいの覚悟が必要だった」

「あんなことする必要が、本当にありましたの?」

「言ったろ。今のやつを潰しても、燻ってる奴がまた火種を生む。学園内の価値観をガラッと変えないと根本的な解決にはならない。俺が、俺たち生徒会がどれだけ本気なのかってのを示さなきゃいけなかった」

 

 明確な証拠を提示していないのにも関わらず、あの演説から女性の為の会に対する目は厳しくなった。

 変わって俺の熱弁は大多数の人に届いたのか、応援してくれる声も少なくはなく。逆に非難する声はそれに萎縮されて睨みを聞かせる程度だった。

 

 傍目から見たら強引すぎる印象操作だし、もしこれが冤罪なら謝罪案件だが。今回は完全に裏を取れてるから謝らないし、フェイクニュースを先にしかけたのはあっちなんだから罪悪感はない。

 

「奴らは本気だ。だから脅迫状に書かれたことも本当だと思った。俺と仲良くしてくれている友達やクラスメイトがそんな理不尽で傷つくのは。我慢できない」

 

 だから行動を移したんだ。

 そう言ってもセシリアはまだ納得までいってないみたい。

 

「それでも。自分がどれだけ無茶なことをしたか分かっていますの? 4対12ですわよ、ISでこれだけの戦力差がどれほどの物か」

「まあ無謀と勇気を履き違えたように見えるよな」

「勝てると思ってますの?」

「勝つよ」

 

 迷いなく即答で答えた。

 

「あなたのことです。なにか考えがあるのでしょうし、無策で挑むような人ではないとは思っています」

「うん」

「それでも勝率は低いですわ。専用機が二機あり、一夏さんは第二次形態移行(セカンド・シフト)してるといえ」

「それでも勝つ。俺は此処から居なくなるつもりはないよ、だからそんな不安そうな顔しないで?」

 

 下からセシリアの顔を覗いてみると、目が不安を訴えかけ。いつも勝ち気な彼女も眉が下がりっぱなしだった。

 

「俺と一夏がいなくなるのは嫌?」

「当たり前です。2人ともわたくしにとって掛け替えのない親友なのですから」

「うん、俺もいなくなるのは嫌だよ。だから応援してくれる? お前がそんな顔してると、俺も不安になっちゃうよ」

「な、何を言ってるんですか」

 

 おいおい、そこで照れないでくれよ。

 

「どうせISを動かせないからでしょう」

「いやそれだけじゃないぞ!?」

 

 そして照れ隠しが結構ダメージ。

 し、失礼な奴だな! 俺だってみんなと離れたくなんかないんだぞ。

 女子が多いってのに抵抗感あったのは最初だけでIS学園の女子って軒並みノリが男子っぽくて凄い居心地良いんだから。

 

「それにまだ此処に居なきゃいけない理由もあるし」

「なんです?」

「それは秘密」

 

 とても話せる内容じゃないし。少なくともセシリアには。

 なんでかわかんないけどセシリアには菖蒲とのことを知られたくない。なんでかわからんけども。

 

「納得してくれた?」

「………納得はしません。ええしませんとも」

「だよなぁ」

「ただ」

「ん?」

「………………わたくしに手伝えることがあれば、何でもおっしゃって下さい」

「おう、頼りにする」

「………~~! しゃ、シャワー浴びてきます!!」

「行ってらっしゃい」

 

 衣装タンスから着替えを取り出してバスルームに消えていったセシリア。

 姿が見えなくなると、顔が少し熱くなった。

 

「何でも………いやいやそういう意味じゃねえよ馬鹿、バカバカ」

 

 なんであいつが言うとこうも破壊力あるんだろうな。不思議だね。

 

 とりあえず宿題をやることにした。

 想定より時間がかかったのは別の話。

 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「では、来週の異種戦に向けて作戦を説明しまーす」

「「「「はーい」」」」

 

 みんな良いお返事ありがとう。

 虚さん、意外とノリがいいですね。

 

 というわけで生徒会に集まって作戦会議を開いてます。

 司会進行役は企画提案者&作戦立案者の疾風・レーデルハイトがお送り致します。

 

「作戦は単純! 一夏の零落白夜でみんなぶった斬る! 他三人はそれを補佐&一夏をガード」

「うん、ぶっちゃけ予想してた!」

「それしかないもんねー」

 

 そらぁね。

 この多人数でノーマル状態でやってもジリ貧で死ぬのは確定だし。

 

「まあ言うは易し行うは難しなのは目に見えてるわね」

「しかし理にはかなっています。現状の戦力を考えて最適解だと思います」

「ありがとうございます。では詳しい内容の前に俺たちの戦力とその見直しをします」

 

 机の上に置かれた小型ホログラム発生機を起動し、ミーティングがスタートした。

 

「まずISですが俺と一夏は決まってるとして、布仏姉妹のお二方には打鉄に乗って貰いたいと思います」

「堅いから~?」

「まあね、一夏を守るというのもあるけど。こっちのほうが落ちにくいから」

「異論はないわ」

「意義な~し」

 

 パッケージ云々は後で要相談ということで次の議題。

 それはメンバーの戦力分析と役割。

 

「まず虚先輩。一夏の護衛と、掩護射撃。このメンバーで一番射撃技能が高いのは虚先輩なので、アウトレンジからフィールド全体の調整を。余裕があれば、この前みんなに話していた例の『分解』で相手の戦意を削いでくれたらありがたいです」

「わかったわ。久しぶりだから感覚思い出しとかないと」

 

 眼鏡を上げた虚先輩の目は戦意充分でとても頼もしかった。

 

「次はのほほんさんだな。虚先輩と同じで一夏のガードなんだけど、問題は………」

「はーい、私は射撃技能ゼロでーす」

「そうなんだよな………」

 

 朗らかに言うのほほんさんを前に虚先輩がため息を吐いた。

 顔に妹がすいませんと書いてある。

 

 のほほんさん。本名布仏本音の射撃技能。

 衝撃の0点。

 

 とにかく彼女に遠距離武装を持たせると当たらない。

 的を掠りもしない。フォームはあってるのに当たらない。

 一年の段階で唯一射撃補修を受けたことでも有名だ。結局数時間の末一発当たって補修終了。

 その時のほほんさんは終始笑顔だったという、鬼のメンタルである。

 

「さっきも言ったけど、基本のほほんさんには一夏のガードを頼む。同時に場を引っ掻き回して相手チームのペースを崩してもらう。当たらなくても牽制にはなるし」

「りょーかい~」

 

 実際それが最適解だし、のほほんさんは射撃以外は優秀だ。

 しかしまあ。

 

「追加武装としてミサイル、それも誘導性の高いのを装備させる。なんか良いのあるかな」

「あ、ミサイルならあてがあるから任せて~」

「あて?」

「本音ちゃんそれって………」

「大丈夫ですよ~。なんとか説得してみますんで~。レーちんのお眼鏡にも必ずかなうと保証します」

「じゃあ、そこは任せるね?」

「あいさ~」

 

 若干不安だけど。のほほんさんはやる時はやる子だから大丈夫なはず。

 

「次は俺だ。俺の役割は遊撃と撹乱。とにかく場を無茶苦茶にかき回して、相手のヘイトを一夏から出来るだけ俺に向けさせる」

「大丈夫なのか?」

「口ばっかの奴らの弾なんか当たるかよ。それにイーグルはその気になれば打鉄よりガードは固いから大丈夫。少なくとも福音とのタイマンドッグファイトより優しいでしょ」

 

 それに、安城が本当に亡国機業と繋がっているなら。一夏より先に俺のメンツを潰したい筈だ。

 

「最後は一夏だ。役割はさっき伝えたとおり、零落白夜で斬りまくる。そこで、一夏の特化戦力強化プランを提示する」

「強化プラン?」

「うん。仮に一夏が初っぱなから落とされたら俺たちは9割り負ける。中盤で落ちても厳しい、終盤でも落ちなかったら俺たちは凄く嬉しい。その為の強化プラン」

「つまり零落白夜の特訓ということね?」

 

 静観していた会長の言葉に俺は深く頷いた。

 今回の数の差をひっくり返す重要な手。

 それは零落白夜でどれだけ相手を戦闘不能にさせれるかということに他ならない

 

「さて一夏。いきなりだけど、お前が思うに零落白夜の欠点はなに?」

「燃費が劣悪。シールドバリアを消費するから使えば使うほど撃墜されやすくなる」

「正解。ならどうすればいい?」

「えっと、ここぞという時に使う?」

「正解。俺は昨日一夏の戦闘記録を見れるだけ見たんたけど。改めてみて気付いたことがある」

 

 10を越えた後は数えるのやめたけど。

 学園のデータベースに残ってるものを見ていくうちに、俺は初歩的なことに気付いた。

 

「一夏、お前が試合中に零落白夜を使う回数は少なくて一回か二回、多くて四回なんだ。だけどお前は零落白夜を使って負けた試合のほとんどがエネルギー管理のミスによるミリ残しを潰されるパターンが多い」

「あー、確かに。雪羅になってから割合が増えた気がする」

「原因はなに?」

「えーーっと………使いすぎ?」

「惜しい、かな。正解は、零落白夜を継続して出す時間が長いことだ」

 

 零落白夜はシステムを発動した瞬間からシステムを終了する間だけSEを消費する。

 

「一夏。お前は零落白夜を発動するのが早すぎる、そしてしまうのも遅い」

「どういうことだ?」

「零落白夜は展開してるだけならただの光るブレード。当ててシールドを素通りし、絶対防御に触れることでISに大ダメージを与える、織斑千冬が暮桜で発動したワンオフ・アビリティーと同種の物だ」

「うん」

「単刀直入に言うとな、お前は零落白夜を無駄遣いしてる」

「なっ! ………理由を聞かせてくれ」

 

 姉と同じ能力を無駄遣いしたと言われ一夏は一瞬沸点が上がったが。直ぐに落ち着いて続きを待った。

 

「先ずはこれを見てほしい」

 

 生徒会に備え付けられた液晶テレビをつけ、DVDを再生した。

 画面には、IS学園のアリーナより遥かに巨大なアリーナの試合だった。

 映し出されたのはカナダの第二世代のメテオダウン、もう一機は。

 

「千冬姉」

「そう。これは第二回モンド・グロッソの試合の一つだ。一夏、瞬きするなよ」

「わかった」

 

 再生。カナダのメテオダウンがハンドガン二つを展開し撃った。

 次の瞬間、織斑千冬の暮桜がメテオダウンを斬り。試合が終わった。

 

「え?」

「速いだろ。織斑先生は一つの試合を除いて。全部一太刀、もしくは二太刀の速攻で試合を終わらせてる」

「………もう一回見せてくれ」

 

 巻き戻して再生する。

 先程と同じく織斑先生の勝利で終わる。

 

「もう一回」

 

 巻き戻して再生。

 

「もう一回」

 

 巻き戻して再生。

 

「もう一回」

 

 巻き戻して再生。

 

 五回見たところで一夏は画面から目を離せないでいた。

 その目は驚愕に満ちていた。

 

「なんか気付いた?」

「えと、気付いたっていうか。………千冬姉、いつ(・・)零落白夜を発動したんだ? いや、そもそも発動してるんだよな?」

 

 一夏が出した理想の解答に顔がほころびた。

 

「織斑先生は間違いなく零落白夜を発動してる。さていつ発動してるでしょう」

「………雪片が当たる瞬間?」

「大正解、対して一夏は」

「相手に突っ込む時に零落白夜を発動してる。そしてその間もシールドは消費してる」

「パーフェクトだ一夏」

 

 とても回りくどい言い回しだったが、こういう欠点の改善は自分から気付く方が効果がある。

 特に一夏のようなタイプならなおさらだ。

 

「もう一つ補足。一夏は零落白夜を外したあとも零落白夜を展開したまま追撃してるだろ? 相手を追っかけてる間も、刻一刻とシールドを消費し続けている」

 

 そして最後にはガス欠になって落とされる。

 それが一夏の負けパターンになっているのだ。

 

「まあ、ワンオフ・アビリティーはボタンを押して発動じゃなくて操縦者がISとディープ・シンクロ、つまり集中して発動が普通だからな。だけど熟練のIS乗りは好きなタイミングで瞬時に発動できる」

「そうなのか? 俺は発動しようと思ったら直ぐに零落白夜出せるけど」

「そこだ一夏。お前はワンオフ・アビリティーの発動に関しては既にその域に達してるんだ」

「じゃあ後はタイミングということか」

「そう。だから一夏には連携訓練の他に、零落白夜の特訓もしてもらう。そこに関しては会長に任せても?」

「ええ、任せて頂戴。期限までにバッチリ仕込んどくから」

 

 持ち前の扇子には『委細承知』。

 ほんと何個扇子持ってるんだろうこの人は。

 

「一夏にはこの織斑先生だけの試合をピック編集したDVDをあげる。ワンオフ・アビリティーはイメージだから暇があったら見てくれ」

「わかった。ありがとな疾風」

「ん。じゃあ各員の役割がわかったところで本格的な戦術プランを説明します」

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけです。基本はこの感じで攻めて行こうと思います」

「………」

「どうした一夏?」

「いや、概要は少し聞いてたけど。改めて聞くとエグいなって」

「え? これでもかなり抑えた方なんだけど」

「これで?」

 

 対多人数用に戦術プランを練ったので大まかに説明したところ早速一夏がゲソっとしていた。

 

「今回は俺たちはどっちかというとヒーロー的だからな。過度なラフプレイは控えようかなって」

「ヒーローかあ………ヒーローかぁ?」

 

 なんか一夏が苦い顔してる。

 あれ、他三人のも心なしかテンション下がりぎみ。

 

「本当なら相手の心を粉微塵にするために紅葉おろしとIS使ってサーフィンとかして精神磨耗させたいのを凄く我慢したんだからな」

「普通やろうとすら考えねえよ」

「レーちん容赦なーい」

 

 当然。目指すべきは完膚なきまでの勝利だ。

 加減なんかしてたら数であっという間に喰われる。

 

「一夏としては、この作戦に嫌悪感あると思うけど」

「ないと言ったら嘘だけど………いや、大丈夫だ。四の五の言ってられない。俺もまだこの学園にいたい。それに、それ以上にあいつらは許せねえ」

 

 了承してくれたとはいえ、やはり懸念が残ってるようだ。

 そうならないために作戦を幾重にも組み込むのだ。

 

「あ、そういえば朝掲示板見たけど。菖蒲さんのを参考にした打鉄の新型パッケージが延期になったのは痛いよな。のほほんさんと虚先輩は打鉄でいくから、戦力になると思ったのに」

「ああ、それなら俺が菖蒲を通して意図的に延期してもらったんだ」

「えっ、そうなのか?」

 

 朝の掲示板に張ってあった新型パッケージ延期の知らせ。

 これを見た安城を横目に見たけど、見事グヌヌって顔してたな。

 

 雷装強化型パッケージ・稲鉄。

 通常よりも大型化されたシールドとプラズマドライブを搭載したこれは燃費を少々食らう変わりに打鉄の基本性能を底上げするものだ。

 

「稲鉄つけられると普通に強くなるからな。やつらの戦力アップを阻止する意味を考えてメリットよりデメリットの方が大きいと判断した」

 

 こちらの作戦的にも敵には打鉄よりラファールをつけてもらいたいしな。

 

「よぉし! 作戦会議は終了よね」

「ええ。早速連携訓練をしたいところです」

「でも一般アリーナで連携訓練していいのか? あそこ一般開放だから、相手に手の内を明かしちゃうんじゃないか?」

「フフーン。フフフフフー」

 

 一夏の言うとおり、敵に練習を見られたらどういう戦法か予想される恐れがある。

 そんな最もな意見に会長は不敵、というより不気味に笑った。

 

「な、なんですか楯無さん。そんなよくわからない笑い方して」

「一夏くんの考え、ましてや奴さんの考えなど私にはまるっとするっとお見通しよ!」

「驚くぞ一夏。正直言うと、これはズルい」

「ズルい?」

 

 一夏は頭にクエスチョンマークを出しまくって首を傾げた。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「どうして駄目なんですか!」

「どうしてと言われましても。規則ですので」

「これじゃ私たちの連携訓練が出来ないじゃないですか!!」

 

 放課後の練習機受付所で安城敬華が受付嬢に噛み付いていた。

 

「無理を通しているのは重々承知しています! でも私たちはこの戦いに勝たなければ行けないのです! 一回だけでもいいです! 来週まで12機のIS合同の訓練をさせてください!!」

「ですから、それは一週間後の異種ISバトル戦限定のみの特例措置なのですから」

「クッ!」

 

 正論を前にしては流石の安城も引かざるを得ない。

 

 無理筋なのは流石の安城もわかっていた。

 自分たち以外の女子(・・)も訓練機を利用する。自分たちだけが独占、ましてや他のアリーナから持ってくるなど出来る訳がない。

 だが一度も連携訓練をせずに望めば連携の無さを突かれてもしかしたら………

 

(もしかして奴はこれを狙ってた!? いやだけど数は圧倒的に有利、最悪連係出来なくても実力差で押せる。経験の平均はこっちのほうが上なんだから!)

 

 仕方ないと諦め、安城は空いている練習機を聞こうとする。

 そう思った矢先、受付嬢の人が固定電話を取った。

 

「あ、ちょっとごめんなさい。はいもしもし。はい来てます、今対応中で………わかりました。そう伝えときます。安城さん」

「はい?」

「たった今連絡が来て、来週の異種ISバトルの前日のみ。12機の練習機で合同練習をしても良いという知らせが」

「本当ですか!?」

 

 その知らせはほぼ不可能と考えていた安城と女性の為の会にとって正に寝耳へ水の果報だった。

 

(勝った! こっちが負ける可能性はゼロだけど、更に勝率は上がった!)

 

 生徒会チームも練習機を二機確保できなければ連携訓練など出来ない。

 あの宣言が出てからこっちも空いている練習機はほとんど抑えた。後手とはいえ、二機揃って空いてる席などない。

 これは完全にこちらのアドバンテージ。

 

 この勝負で女性の為の会の勝利は揺るがない。

 安城は磐石の態勢を取った。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 安城が顔芸スレスレの笑顔をしてることなど露知らず。

 会長に案内されている俺たちは非常灯のみが照らす薄暗い廊下を歩いていた。

 

「疾風、ここどこ?」

「ちょっと言えないとこ」

「え?」

「悪い一度言ってみたかったんだ」

 

 シチュ全然違うけど。

 

「実は俺も初めて来たんだ。どういうところかは話だけ聞いてるけど」

「ここはIS学園の地下特別区画よ」

「え。そんなとこに俺たち入ってきて良いんですか?」

「一人では駄目よ。私が居るなら話は別(本当にヤバいとこは更に地下にあるだろうし)」

 

 此処より更に地下になんかあるんだろうなぁ。

 俺はISでこっそりスキャニングしたい欲を必死に(バッジを)抑えながら進んだ。

 

「ゴマ開け!」

 

 会長の声門認証で何ともない壁が自動ドアとなって開いた。

 

「微妙なアレンジっすね」

「いやまずこのドアに驚くべきじゃないか?」

「フフン。固定観念に囚われた頭の固い人ほど結構効くもんなのよん♪ 山田先生! 明かりをお願いしまーす」

「はーい」

 

 山田先生居るの? 

 なんかこういうとこに居るの場違い、ていうか関われるポジションに居るのかあの人。

 大分失礼なこと考えていると暗い部屋に明かりが灯った。

 

 眩しさに目をつむって開いた目の前に広がったのは。だだっ広い真っ白な空間だった。

 広さは学園で一番狭い第三アリーナよりも小さいが、ISが充分飛ばせるだけの空間は確保されていた。

 

 あ、ガラス窓に山田先生が手を振ってる。振り返したろ。

 

「なっ、なんなんですかここ!」

「これが会長の言っていた、幻のアリーナですか?」

「そうよ。ここで私たちは連携訓練。ならびに各強化トレーニングを致します!」

「イエーイ!」

「いえ~い!」

 

 会長の号令にいの一番に音頭をあげる俺とのほほんさんに置いてかれて一夏は波に乗れず流されてしまった。

 

「ここは特殊な場所でね。ここでISを起動してもISコアの反応が外部に漏れないのよ」

「つまり、アリーナで動かしてるあいつらにもここでやってることはバレないというわけだ」

「それって」

「アリーナ時間外になったとしても練習出来るってこと」

「え、そんなことして怒られませんか? 特に織斑先生とか」

「一夏、あれ」

「ん?」

 

 一夏が俺が指差したほうを見てみると、山田先生の後ろで腕組みをしてる織斑先生がこっちを見下ろしている。

 

「織斑先生も裏向きはこっち側ってことだ。ここの責任者は織斑先生らしいし」

「そうなんだ」

 

 しかしこうして見ると。織斑先生は(あと山田先生も)学園にとって結構重要な立場に居るってことになるよな。

 だってIS反応を遮断するような施設なんて。ぶっちゃけ聞いたことすらないし。

 

「で、虚ちゃんと本音ちゃんが使う打鉄はあそこにあるやつ。本来なら教員用として使われる奴なんだけど。今回は特別に使わせて貰うわ」

「練習機とは別ってことですね」

「それだけじゃないぞ。この教員用は練習機と違ってずっとここに置かれるから初期化する必要がない」

 

 本来練習機は生徒が乗り終わった後に自動的に初期化される。

 対して俺たちにあてがわれるこの打鉄は初期化する必要はなし。

 

 つまり奴らが乗る練習機がレベル1なのに対し、こっちの打鉄はある程度レベリングが付けられたISで勝負出来る。

 

「正直言うとズルいですね」

「ふふん。彼女たちは生徒会、つまり学園に勝負を挑んだんだもの。私たちは使えるものを使ってるだけに過ぎないからこれは不正ではないわ!!」

「そのとおりだぞ一夏くん! それに言うだろ? バレなければイカサマではない」

「うわっ、凄い悪い顔してるぞ疾風!」

 

 そりゃあね。あいつらが練習機獲得するのに四苦八苦してる間にこっちは伸び伸びと練習出来るんだ。

 笑うなと言うほうが無理だろう? 

 

「なんていうか。改めて見返すと結構汚ない手使ってるなぁ」

「一夏の性格を考えて、正直苦行じゃないかなって。それだけは悪いと思ってるよ」

「いや、乗り掛かった船だ。最後まで付き合うぜ、疾風」

「心強いよ一夏」

 

 汚ないも綺麗もない。

 これは殲滅戦だ。数の優劣など関係ない。

 会長の言うとおり、使える手はどんなものも使ってやる。

 

「フフッ。男の友情ね。さっ! 始めるわよ! 時間は限られてるんだから!!」

「はいっ!」

 

 会長がミステリアス・レイディを纏い、俺たちも専用機を呼び出し、布仏姉妹が打鉄を装着する。

 こっから俺たちの秘密の特訓が始まった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 時が経ち一週間後。

 

 あれから時間を見つけては地下で特訓し。練習機がアリーナで取れた場合はそこで動かし。

 練習機が取れない時は専用機組VS男二人というぶっちゃけこっちのほうが難易度高いんじゃね? と思えるような激戦を繰り広げたりした。

 途中で面白がって来たのか、学園が誇る上級生専用機コンビ『イージス』の二人も応援に来てくれたりした。(因みにその時は惨敗してしまった)

 

 相手メンバーの戦力を調べたり。そこから戦略パターンを更に練り上げ。準備を徹底した。

 

 4対12という圧倒的な物量差に不安を感じることなく。俺たち生徒会チーム四人は会長に見送られてピットに向かっていた。

 

「ん?」

「あっ」

 

 ピットに続く廊下の途中で菖蒲が居た。

 顔を見るに、待っていたというより偶然出くわしたように見えた。

 

「ごめん、先行っててくれる?」

「逢い引き~?」

「こら本音」

「わかった、遅れるなよ?」

 

 一夏たちが離れ、廊下で俺と菖蒲の二人っきりになった。

 

「あれから大丈夫か?なんかされてない?」

「大丈夫ですよ。皆さんと一緒に行動してましたから」

 

 当たり障りない話をかわす。

 菖蒲はいつもと変わらず制服と呼ばれてる着物を来て笑顔を見せてくれている。

 

「菖蒲」

「謝らないでくださいね?」

「流石というか。そんな顔に出てる?」

「ええ。疾風様って自分でも気づかないくらいわかりやすい時がありますよ」

 

 え、それはそれで結構ショックだぞ。

 ポーカーフェイスには結構自信があるのを自負してるのに。

 

「まあそういう時は親しい人とお話してる時ですからご安心下さい」

「いやマジで読んでるな。菖蒲何者?」

「疾風様を好きでいるだけのただの女ですよ」

 

 菖蒲が臆面もなく言った言葉に一瞬息を飲んだが、驚きはしなかった。

 

「俺はお前を巻き込んだあいつらが許せない」

「はい」

「だけどそれはお前を特別に好きというわけじゃなくて。お前が俺の大切な友人だから」

「わかっています」

「だけどお前はこんな答えじゃ納得しないだろう?」

「勿論です」

 

 淀みなく、間を置かずに答えてくれる菖蒲の目は俺を真っ直ぐ見ていた。

 

 あんな目に遭ったのにも関わらず菖蒲の俺に対する気持ちは変わらないで居てくれている。

 それがどれだけ強い想いなのか、俺は痛いぐらいしっている。

 

「まだ俺はお前が納得できるような答えは出せていない。だから俺はここを離れる訳には行かない………だから勝ってくる。考え続ける為にも、俺自身どうしたいのかを考えるために」

 

 菖蒲の目を真っ直ぐ捉えて今出せる答えを出した。

 菖蒲はそんな俺を見て笑った。

 

「それでこそ疾風様です」

「ハハッ。ここまで肯定されると少し恥ずかしいな」

「本心ですから。それに疾風様は一つ勘違いをしていますよ」

「なに?」

「疾風様が仮に此処を離れるなら、私もそのままこの学園を出ますから」

「え?」

「不思議ではないですよ。私は疾風様が居るからIS学園に来たのですから。あなたのいない場所に私は価値を見出だせません」

「なんとも」

 

 俺が考えていた以上に。徳川菖蒲という女は強かだったようだ。

 一夏ラバーズのみんなも同じこと言うのだろうかね。

 

「負けられない理由が増えたな」

「それは何よりです。私けっっっこう重たい女ですからね」

 

 それは違いない。

 ここまで惚れられるというのも不思議だ。俺はそこまで自分が魅力的な男というのはどうにも思えないし。

 

「そろそろ時間だから行くわ」

「はい、ご武運を」

 

 お互い背中を向けて歩き出す。

 それぞれの決戦の地に行くために。

 俺たちは前に進むしかないのだから。



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第62話【異種多人数ISバトル 前編】

 雁首揃えてゾロゾロと。

 

 そんな言葉が似合うのは果たしてどちらの陣営か。

 打鉄とラファールが綺麗に半々で別れている女性の為の会の12機のISか。

 はたまた打鉄二機に加え色鮮やかな空色と染み一つない白色のISを保有する生徒会チームか。

 

 表向き清廉潔白をうたう陣営と表向きヒーロー気質な陣営。

 史上希に見ることもない異種多人数チーム戦の幕が、今か今かと幕を開けようとしていた。

 

「あら、逃げずに来たのですね」

「いやドチャクソこっちの台詞過ぎるんですけどそれは」

 

 打鉄を駆る安城敬華はなんかポーズもどきを出しながら煽ってきた。なので冷静にツッコンだ。

 こっち勝負吹っ掛けた癖に居ないなんて笑い話にもなりはしない。

 

「そう言う割にはやる気あるのですか? そんな場違いな物を取り付けて」

「開幕から失礼だなオイ」

 

 場違いとあざける安城が言うのは俺のイーグルの姿だろう。

 まあ高速機動戦闘でないにも関わらず高機動パッケージ【ソニック・チェイサー】を、肩にはクローのようなもの、腕にはスッポリ覆うように長方形のコンテナつけている姿を見れば、誰しも疑問に思うだろうけど。

 

「まあいいでしょう。疾風・レーデルハイト。あなたに最後のチャンスをあげましょう」

「チャンス?」

「この試合はどう見ても我々の勝利は確実。無様にボロ雑巾になって恥をかきたくなければ、今ここで謝罪し学園を………」

「なあ。負けたくないからさっさと降参して下さいお願いしますみたいなこと言うのやめてくれね? 冷めるから」

 

 安城のジャブをアッパーカットでぶち抜いた。

 

「それともなに? こんな戦力差で自分たちの勝利は必然って言っときながらわざわざそんなこと言うってことはさぁーーーもしかして自信ないの? 超うけるんですけど」

「っ!!」

 

 はーいピキキ顔頂きましたー。

 

「あとお前にそんな台詞似合わねえ。そういうのはセシリアみたいに自分に自信満々な奴がルーキーに言うものだぜ」

「聞こえてますわよーー!!」

 

 観客席のお嬢様から怒声が聞こえた。

 後ろで一夏が何かを思い出したかのように小さく笑っていた。

 

「何が言いたいの?」

「チープ・小物・雑魚っぽい」

「貴様っ………!」

 

 あれ大丈夫ですか? はやくも化けの皮の先っぽめくれて中身見えてない? 

 血管切れて棄権しないでね? 

 

「疾風、あんま煽るなよ」

「なんてこと言うの一夏!? お前が今言ったことは目の前にISがあるのに乗るなって言うようなもんだぞ!?」

「なんで! って顔されても困る。つかそれ疾風限定だから」

 

 そんなこと言っていいのか、知ってるんだぞ一夏。

 お前が入学試験でうっかり目の前にあった打鉄に触ってファーストマンになったことを! 

 

「てかその相談は無理だぞ。今の俺はまさしくリミッターを外した新生疾風・レーデルハイトくんなんだからな」

「頼むからラフプレイはほどほどにな?」

「うんわかったー、ドン引きされない程度にやるー」

「よし、その言葉をもう一度俺の目を見て言ってくれ」

 

 すまん。今首が動かないんだ。

 

 自分たちの今後が関わる一大決戦であるにも関わらずのんきに話す俺と一夏を見て女尊男卑チームだけじゃなく観客も呆気に取られていた。

 

『戦闘開始まであと30秒』

 

「さーて行こうか!切った張ったの大立ち回りを」

「ああ!」

「は~い」

「行きましょう」

 

「踏み潰す。その生意気な顔。二度と出来ないぐらいに!」

 

『3・2・1』

『試合開始!!』

 

 ガチャン! 

 女尊男卑チームが揃って手に持つ銃火器を前方に向ける。

 数の理を活かして蜂の巣にしてやる。安城が口角を上げて引き金を引こうとした。

 

 その時。安城、いやチームの頬に疾風(しっぷう)が通った。

 

 ビーー!! 

 

『カトライア機、リミットダウン』

 

「………………へ?」

 

 無機質なブザー音と電子音声に安城は思考を忘れ声を漏らした。

 後ろ、というより下にはエネルギーエンプティで落ちていく三年生のISの姿が。

 

「あ、行けるわ。プランAー2。蹴るよ」

「了解!」

 

 いつの間に女性チームの上に陣取っていた俺と一夏。

 ヨーイ・ドンで一夏が俺のウィングを掴み、白式雪羅の二段階瞬時加速(ダブルイグニッション・ブースト)と高機動パッケージ装備で無理やり練り上げたイーグルの疑似二段階瞬時加速(ダブルイグニッション・ブースト)を同時に発動した2×2の連結加速(ブースト・コネクト)で一瞬のうちに一番背後にいた三年生のISを零落白夜で切り裂いた。

 

 そんな二人が彼女らの頭上で足を合わせていた。

 知ってる人は知ってる、その技の名は。

 

「必殺、空恋嵐」

「そんなんだったか!?」

 

 またの名を、スカイラブ・ハリケーン。

 

 バネのように弾き出された一夏は急転直下で女性チームのど真ん中を零落白夜でぶち抜いた。

 一年のラファールがすんでで直撃を避けたものの、零落白夜で切り裂かれたシールドエネルギーは残り三割を切っていた。

 

「はい二人目」

「え?きゃあっ!!」

 

 怯んだ一年生に向かってイーグルの足にプラズマブレードを展開、食いかけの餌に食らいつき地に落とした。

 

『アウベス機、リミットダウン』

 

 足のブレードを当てたままアリーナに落下した俺と一年生機は地面にクレーターを作り上げた。

 そして二人目の脱落者が出た。

 

「おいどうした何呆けてんの。もうスタートから15秒もたったぞ?」

 

 一年生の打鉄を足に敷いたまま俺はイーグルの両手にある長方形コンテナの側がパージし、中身を取り出した。

 それは無数の突起物を生やした棒状の物だった。棍棒と言うには余りにも刺々しい凶器の物体は恐怖心を煽るには充分過ぎた。

 

「もっと楽しめよ、なぁっ!?」

 

 思いっきり笑顔で武装を起動。

 突起物の先が光り、プラズマが走った。

 

「飛べ! 燕の巣(スワローズ・ネスト)!」

「さ、散開!」

 

 戦闘指揮を任されている残った三年生の打鉄が叫ぶと同時に棒状の物体から突起物=小型ビットミサイルが一斉に飛び立った。

 一房に計10基×2に取り付けられたスワローズが一斉に飛び立ち、10機のISに群がっていく。

 ラプターの小型版として産み出された高価格使い捨て消耗品は半分は撃ち落とされ、残りは敵に取り付いて爆ぜた。

 同時にのほほんさんが背中につけていたプロトタイプ指向性誘導ミサイル、『(おろし)』をぶっぱなす。

 

 その爆撃であぶれたところを虚先輩が焔備で的確に撃ち抜いていく。

 

「くっ! 織斑一夏は、どこ!?」

 

 スワローズ・ネストと颪で見失った一夏を探すためにレーダーを展開する二年生の打鉄。

 アリーナ下で移動するのほほんさんとその横で並走する一夏を見つけた。

 

 二年生の打鉄は側にいた一年生二人と一緒に眼下の一夏たちを銃撃する。

 狙われると同時にのほほんさんが迷わず一夏の前に出る。両手にコールしたシールドと肩のシールドに銃弾が絶えず跳ね返る。

 

「おりむー!まだ前にでないでね~!」

「わかった!」

「はっ! 女に守られてさぁ!!」

 

 女性チームは更に二人追加してその場に一夏を張り付けにした。

 

「織斑一夏を抑えろ! 零落白夜を抑えさえすれば数で勝てる!」

「了解!!」

「理に叶ってます。疾風くんも数人がかりで抑えてて。ですが」

 

 一夏と本音に飽和射撃をしていたメンバーのうち二人の銃器が突如バラけた(・・・・)

 

 打鉄の高機動パッケージ【鉄風】を装備した虚先輩は続けざま両手に持つ細身の剣を二年生打鉄の焔備に突き刺した。

 

「私もお忘れなく」

 

 虚先輩が突き刺した腕をクイッと動かすと、その手に持っていた焔備がたちまちパーツとなって分解された。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 分解の虚。

 

 整備課のエースとして名を馳せる彼女の装甲取り替えのスピードはまるでF1レーサーのタイヤ交換の如き早さで取り替える、構造が複雑な装備も気付けばパーツになっているなど。その手際の良さからついたあだ名が分解の虚だ。

 

 だがその異名の成り立ちは整備課からの物ではなかった。

 その要因がこの近接武装。

 

 対武装破壊超振動刀【啄木鳥(きつつき)

 

 倉持技研が開発した相手の武器破壊を目的で作られた近接武装。

 武器のパーツの継ぎ目にピンポイントで突き刺し、超振動で武装を形状分解させ、相手の戦闘力を削ぐ。

 武装のなくなったISは戦闘の選択肢が狭まり、こちらアドバンテージを取れるというものたった。

 

 だがこの武装を十全に発揮させるには破壊する武器の特性とその弱点を知る知識、IS戦闘という高速戦闘中に的確に弱点に刺し込める技量、相手と渡り合えるだけのポテンシャルが必要だった。

 余りにも欲求される難易度の高さと超振動機構を発揮させるために通常武装よりサイズダウンされた故のリーチの短さと威力の低さ。

 誰にも扱いきれない武装に世間から玄人向け、ネタ武装として酷評を受けた。

 

 だが2年前の後期クラス対抗戦第一試合にて啄木鳥はその日の目を浴びた。

 使用していたのは当時一年生の布仏虚。彼女は啄木鳥を両手に一本ずつ持ち試合に参加。

 そして第一試合の試合結果に生徒先生とわず度肝を抜かれた。

 相手のリザイン、投了による試合終了。

 対戦相手が使える武器が全て損失したことが原因だった。

 対戦相手はこう語る「気づいたら手に持っていた武器がバラバラになっていた」と。

 

 啄木鳥のポテンシャルを余すことなく十二分に発揮した虚。

 第二試合でアメリカ代表候補生のダリル・ケイシーの武装を同様にバラしたが。最後は第3世代型IS、ヘル・ハウンドの炎熱機能を纏ったダリルのボクシング戦法に敗北。

 もし第二試合でダリルに当たらなければ。もし虚がダリルに勝利し、その後も試合が続いたのならば、更に無数の武器がスクラップになったことだろう。

 

 そのあと虚は整備課に入り、更識楯無の補佐に回ったため戦線から離れた。

 武装分解の虚の名は半ば都市伝説となり、整備課の分解の虚として整備課のエースとして君臨した。

 

 その日観戦していた三年生は思い出した。

 数瞬のうちに反応の遅れた残り三人の武装をバラし、合計5機のISを武装解除して離脱した布仏虚の姿を。

 それは正しくあの時クラス対抗戦で猛威を振るった、武装分解の虚の姿だった。

 

 閑話休題。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 一瞬でバラけた自身の武装に目を見開いた打鉄の二年生パイロット。

 

「はぁっ!?」

 

 目の前で起きた不可思議な現象に二年生打鉄の思考が焔備と一緒にバラバラになった。

 その隙を逃すことなく背後からイーグルが爪をたてた。

 

「背後失礼しまぁぁす!」

「がっ!」

 

 背後からブーストを効かせた膝をぶち当てた。防御機構がなければ確実に背骨を砕いていたそれを当てたまま一夏のほうに運んでいく。

 

「バッター!」

「こいっ!!」

「ピッチャーーー蹴ったぁっ!」

「おいぃ!?」

 

 のほほんさんの影から飛び出した一夏が準備に入る。

 連れてった二年生を蹴り飛ばし、そのまま一夏の斬撃線上ストレートに放り投げた。

 

 一閃。零落白夜が二年生のボディを滑り、8割残っていたシールドを掠め取った。

 当たった瞬間にワンオフ・アビリティー発動とまではいかなくても、一夏は当てる二秒前を見計らって発動させることは出来るようになった。楯無会長とひたすら練り上げた零落白夜の制度は格段に向上していた。

 

『片倉機、リミットダウン』

 

「ムーブムーブ!」

 

 三人目を切り捨てたことを喜ぶ間もなく敵はムキになって三人に攻撃する。

 

 二人と別れた俺はそのまま上昇し、アリーナ外周をぐるぐると回っていく。

 

 作戦の第一段階は終了。

 一夏が初撃で一人、呆けてる人をもう一人やれたのはぶっちゃけかなりラッキー。

 そのあと爆撃で相手の指揮系統を崩し、そこに虚先輩の武装分解が見事刺さり、そのまま三人目を屠る。

 これで相手は危機感と同時に焦りを持ち始める。

 

 しかし虚先輩が分解がここまでだったとは、今も射撃をしてチャンスと見るや相手のブレードやライフルをバラしていってる。心なしか活き活きしてる気がするが良いことなので良しとしよう。

 

 ボルトフレアを呼び出し、大きくサークルロンドしながら撃つべし! 撃つべし! と相手のヘイトを稼ぎながら撃っていく。

 からの。

 

「唐突にお邪魔しまーす!!」

「うわっ!?」

「邪魔くさい!」

 

 プラズマ・フィールドを纏ってIS一機に突っ込んだ。

 やつらは完全に連携を維持出来ず、何人か集まって各々攻撃を仕掛けていってる。

 この様子を見る限りろくに作戦考えてなかったんだろうか、あるいは一気に三人落とされて冷静じゃなくなっているのか。

 

 どっちにしろ好都合、もう少し彼女たちには怖い思いをしてもらおう。

 

「お、織斑一夏をマーク! 抑えておけ! 先ずはあいつ! レーデルハイトを潰せ! やつが指揮を出している!」

 

 なんか安城が指揮官を気取りだした。

 ああ、なるほど。もう一人の三年生も落ちたのか。

 

『フラジール機、リミットダウン』

 

 三人の連携で隙が出来たところを零落白夜で削られた三年生がのほほんさんの投げたグレネードで煙を上げながら落ちていた。これで四機目。

 のほほんさん射撃は駄目なのに投げ物は上手なんだよな。それが役に立った。

 

 そろそろソニック・チェイサーにためていたエネルギーがなくなる頃だ。

 あっちの戦力が一年6人、二年が2人。三年生の2人は終了。

 

 そろそろ俺もヤるか。

 

 急停止、アリーナのシールドに足をつけ、膝を縮め、スラスターが淡く光る。

 手に新型の槍をひっさげ。俺は相手を見据える。

 

 最大ブースト。比較的密集してるとこに突っ込む。

 飛び交う銃弾。多生の被弾を無視し突破。

 自分でも口角が釣り上がるのが感じ取られる。

 俺はそのまま特になにもせず(・・・・・・・)通り過ぎた、

 

「逃がすか! ーーーん?」

 

 振り返って銃を構えたが、その時ふと妙な色が混ざっていた。

 俺が通り過ぎた横に、パージされたパッケージ(水色の物体)が捨てられていた。

 

「重いからあげる。(他人)に押し付けるの好きでしょ、あんたらも」

『Bonn!』

 

 電子音声が鳴るとパッケージ内部に仕込んでた高性能爆弾による衝撃とそれに誘発されたプラズマ波が奴らの横っ面に殴りかかった。

 

「そうだろ? 一年八組の加藤百合子」

「っ!」

 

 爆発に紛れて至近距離で一年生の打鉄なや切迫。

 そのままプラズマブレードを胸あたりにサマーソルトで蹴りあげ、その機体を掴んで地面に急転直下した。

 

「きゃーー!」

「騒ぐ暇あったら動け」

 

 俺はそのまま叩きつけることをせずに済んで離した。がむしゃらに動こうとした加藤はバランスを崩して体勢を崩しながらなんとか地面に立った。

 

「ハロハロー改めて話すの久しぶり。ところであれから水着は買えたのか?」

「せ、セクハラよ!」

「訴えていいよ、勝てるならね」

 

 ヒス気味に叫んだこいつは懐かしくも俺が織斑先生の横槍で裁判に持ち込めないでいたレゾナンスで絡んできた女だった。

 あんなことがあったのにこうして目の前に居るというのはね。中々度胸というか、根性がおありのようだ。

 

「うるさい! あんたのせいで毎日気が気じゃなかったのよ! いつあのネタを使って強請(ゆす)られるのかって!」

「実際強請ってないし先生に止められてから強請る気もなかったし。そもそも全部まるっとそっちの自業自得だろ」

「五月蝿い! 男の癖に!!」

「草生える。理由がしょぼい上にボキャブラリーも少ない。流石、優秀な女性は言うことが違うね?」

「黙れーー!!」

 

 近接ブレード【葵】を引っ提げ突っ込んできた。

 拙いなぁ。その太刀筋を代表候補生勢と比べながら俺は馬上槍(ランス)形状の新兵装【ブライトネス】で受け止めた。

 唾競り合いになるが、通常の打鉄の馬力でイーグルを吹き飛ばせる訳もなかった。

 

「そんな密着して、熱烈ぅ」

「黙れ!黙れ黙れ黙れっ!!!」

「でもごめん、おまえ好みじゃないの」

 

『ブライトネス。カートリッジ、レディ』

 

「だから纏わりつくんじゃねえよ。気持ち悪いからさっ!」

 

 ブライトネスの柄にあるトリガーを引くと内蔵されたプラズマカートリッジに火がついた。

 槍が一瞬光り、圧縮されたプラズマがそのまま衝撃となって打鉄のブレードを揺らした。

 

「いいね」

「かっ!」

 

 離れたブレードを弾き、ブライトネスを加藤の腹に突き立て、トリガー。

 圧縮されたプラズマの衝撃が腹をうち、加藤は軽くくの字に曲がる。そのまま滑るように距離が空けた。

 

「上々の出来だ、父さん(チーフ)

 

 俺は空になったカートリッジ二つを排出。

 腰に巻いているカートリッジベルトから量子切換で装填する。

 

【ブライトネス】

 馬上槍の形をしたこれは言うなればプラズマ版パイルバンカー。

 炸薬による衝撃の代わりにプラズマを内包したカートリッジを使用し。槍を起点に圧縮されたプラズマの衝撃を与える。

 グレー・スケールに比べれば威力は劣るものの、相手の体勢を崩したり、唾競ってくる武器を弾く程度の威力はある。

 最大6発装填&連続使用が可能。

 

「惚れそうだなこの性能。どうした? おれが怖いのか?」

「そ、そんなこと」

 

 明らかに怯えてる加藤。

 そんな姿を見て俺はふと会長との特訓を思い出した。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「疾風くんはまだ遠慮してるわね」

「そうですか?」

「うん。疾風くんはISに深入りしてる分、ISを兵器として感じてるってことに負い目を感じてるのね。通常の試合だとそれが自然とストッパーになってる」

 

 学園祭が終わってから一通り稽古を付けてもらい、会長と反省会の最中言われたのが無意識に手が抜けているということだった。

 

「技量よし知識よし、ISの動かし方も状況把握も悪くない。本当ならもっと戦果を上げてるはずなのよねー」

「買い被りすぎでは」

「疾風くん。あなたも一夏くんに負けず鈍いわね」

「なぁっ!?」

 

 その言葉は俺の胸に突き刺さって爆ぜた。

 もしも今立っていたら崩れる一歩手前だったろう。

 それほど一夏と同じ相手と言われることはショッキングな出来事だった。

 

「確かにあなたは私や他の国家代表。上級レベルの代表候補生に比べたらまだ格下。それでもあなたの実力は高く評価されるべきものなのよ」

「はい」

「謙遜するのはいい。自分が他者より優れていると無駄におごったり慢心するよりは遥かにマシ。だけど、あなたのそれは自分の実力を正当に理解出来てない愚か者になってる」

「っ!! はい、すいません」

 

 自分が他社より優れてると思ったことはない。

 自分以上の実力者など余るほどいるし。近接の立ち回りは一夏やラウラ。遠距離狙撃の技術はセシリアにも劣るし、ラピッドスイッチのような特異技能も持っていない。

 だけど会長の言葉はどこか的を得ていた。

 

「疾風くん。あなたは自分を低く見すぎなの。それも自分をセーブしてる要因の一つ」

「はい」

「第二次天使討伐作戦(エンジェル・ハント)の作戦指揮を見た。あの作戦は繊細さと豪胆さのバランスを見極めた良い作戦だった。予定外のシフトアップで崩されたとはいえね」

「それは」

「みんなのお陰。だけど一部を抜けばみんなルーキーよ。そんな個性がバラバラで統率されてない学生が正規軍隊でも困難なミッションをあなた達は成し遂げた。戦闘というのはね、優秀な指揮官がいるかいないかで雲泥の差になるのよ」

 

 説教からの唐突の誉め殺しに俺は喜んでいいのかどうかわからなかった。

 そんな出来た人間じゃないのになと、言われたばかりなのに無意識に自虐してる自分に気づき恥ずかしくなった。

 

「私にミストルテインの槍を小さいながらでも出させた。私、この学園に来てあんな無茶したの初めてだったのよ」

「あの水爆弾の槍ですか?」

「あとあんなスタイリッシュじゃない自爆をさせられて。実質私のなかで負け判定なのよあれ。結果は白星だけど」

「は、はあ」

「あなたは充分凄い子なの! 私がそう言ったのだからそうなのよ! わかった!?」

「はい! わかりました!」

 

 どうやら俺は会長から見ても凄いルーキーらしい。

 セシリアあたりに言ったらボロクソ言われる予感するけどな、アハハ。

 

「俺がその、まあまあ凄いとして。自覚だけで戦い方変わりますかね」

「変わるわ。自分の力量を理解し、自信を持って行う行動はそうでないものでは全然結果が違ってくる。自信がつくってのは、それだけでアドなのよ」

「成る程」

 

 自信がつけば行動に迷いがなくなる。

 迷いがなくなるということは、迷った分のラグがなくなるってことになる。

 

「まあ、疾風くんの場合は既に実践済みよね」

「え? どういうことです?」

「私と初めてやりあった時とか、シンデレラVSシンダーラッドに」

「あれですか?」

「まあズバリ言うとね」

 

 もったいつけて大袈裟に扇子を広げた会長がそのまま俺の眼前に扇子を突き出してこういった。

 

「獣になりなさい疾風くん!!」

「………………………はあ?」

「あ、別に性欲を解放しろって訳ではないのよ?」

「すいません。返せるコメントがないです」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 なんか余計なことも思い出したな。

 まあいいや。

 

 獣になる。

 そのことを俺なりに真剣に考えてみた。

 

 余計な考え(理性)をとっ払い臨機応変(本能)でその場の判断を感じとって動く

 

 獣は躊躇などしない。

 生きるか死ぬかの瀬戸際にそんなことを考えればたちまちこちらが屠られるから。

 

 俺は会長に見せられた初対決とシンデレラで暴走した姿を見て納得した。

 この時の俺、凄いバトルジャンキーっぽいと。

 だって顔つきが明らかに違うもの。俺って結構大人しい面構えだった気がしたんだけど。

 

 正直自分でも引いたけど。これが最適解というなら試してみよう。

 丁度遠慮のいらない獲物(相手)が目の前にいるのだから。

 

「行くぞイーグル。最後まで着いてきてくれるよな」

 

 俺の呼び掛けに答えるようにイーグルのプラズマコアがキュイィィィ! とうねりをあげた。

 ブライトネスを握りしめる。

 イーグルの肩に追加装備された【シザーアンカー】の口がバカッと開いた。

 

 ニヤッと笑った。

 相手の喉が鳴った音が感じられた。

 逃げたいと思ってる相手の思惑が手に取れた。

 

 加藤は思わず息をすることを忘れ、まるで人ではなく化け物を見るような目で手に待つ焔備の引き金に力を込めた。

 

「覚悟はオーケー?」

「来ない──」

「待たないがな!」

「──で」

 

 加藤の言葉は置き去りにされた。

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)で弾丸を突っ切り敵の懐に入りまずはブライトネスを一発。

 

 体勢が崩れた打鉄を左手のプラズマブレードで切りつける。その間にブライトネスを腰のハードポイントに保持、インパルスをコール。

 シールドユニットに防がれる。ガードが空いたところにインパルスのプラズマ弾を打ち込む

 

『シールド残量 82%』

 

 よろけたところをインパルスをリコールしブライトネスで一撃。

 必死こいて逃げようとする加藤の打鉄。

 両肩のシザーアンカーを射出。加藤の腕に噛み付き、こちらに引っ張ったところを右足のブレードで蹴りあげる。

 

『シールド残量 70%』

 

「い、いやっ」

 

 涙目になった加藤の涙がシールドと胴体に当たった三発のブライトネスでちぎれ飛ぶ。

 離れたところをプラズマバルカンで追撃。コールしたボルトフレアを三発発射。うち一発がシールドに阻まれ、二発命中。

 

『シールド残量 52%』

 

 シザーアンカーで釣り上げたのちに回収。

 ビークを射出。ブライトネスを前に突き出し、ビークと合わせて突撃する。

 

「つあっ!!」

「っ!!」

 

 打鉄のシールド一つにつき三個のビークが突き刺さり。腹のシールドエネルギーにめり込んだブライトネスが五発目と六発目を叩き込む。

 

 そのままアリーナの壁に突っ込んだ。

 

『シールド残量 43%』

 

「ハハッ」

 

 身体と思考が繋がったような手応えに。思わず笑いが溢れてしまった。

 いや、それだけじゃないな。

 

「うあっあぁぁ………」

 

 嗚咽をあげ、目尻に涙をためた加藤の姿に俺は腹の底から沸き上がる感覚に体が震えた。

 

 俺は女尊男卑主義者が大嫌いだ。

 ISというオーバーテクノロジーから生まれ、派生されたテクノロジーは人類に発展をもたらした事実。

 だがその風潮に乗っかり、ISに乗ったことすらない奴らが暴君面してるのが我慢ならなかった。

 

 あぁそうだ。

 分かってたけど再確認する。

 

 俺は相手の煽りを煽り返して口を引っ込めた時は胸がすいて爽快感が出てくる。

 雑に固めただけのプライドを木っ端微塵にした時は快感すら覚える。

 自分より劣ると思っていた存在思ってる奴の自尊心が砕ける瞬間、思わず笑みが溢れる。

 

 俺は虐げる存在と勘違いしている女尊男卑主義者(ミサンドリー)のお高く伸び上がった鼻をへし折ることが、大好きだ! ISと同じくらい大好きだ!

 

 俺は趣味が悪い。こんな俺を見たら誰しも悪趣味と批判されることだろう

 だからどうした? 

 俺はこいつらが許せない。

 目的の為なら人の命を軽んじ、薄っぺらな思想を掲げて真実を揉み消すこいつらに反吐が出る

 それだけのことをしたのだろうお前らは?

 だからその苦しみを自分で味わってみろ。

 

 なんの問題もない。これはISのバトルなんだから。

 ──だからスカッとさせろ。

 

 ブライトネスのカートリッジを排出。

 自分の中の建前と同時に予備のカートリッジを装填。接続、点火完了。

 

 エネルギー固定放出を拡散(・・)するように設定した。

 

「や、やめて」

「いや全員倒さないと試合終わらないでしょ?」

 

 ズガン! 

 

『シールド残量 37%』

 

 背後で相手が俺の後ろに迫る。

 布仏先輩がインターセプト。

 

「怖い? 怖いよな。みんな手一杯でだーれもお前を助けてくれない」

「ゆ、許して。お願いだから………」

「お前にそういった男は何人居たんだろうね?」

「っ!!」

 

 ズガン! 

 

『シールド残量 31%』

 

「お前も親が女権団体の一員だって? それを盾にあらゆるところで男に横暴働いて。冤罪被せたのも少なくないよね?」

「そ、それは」

 

 ズガン! 

 

『シールド残量 26%』

 

「俺に逆に脅されて頭に来たのか? 挙げ句の果てに。俺と菖蒲の上にフェンスを落とすなんて馬鹿げたことしたと?」

「っ! な、なんでそれを!?」

「あそこ、見えづらいとこに監視カメラ増設したんだよ」

「っ!!」

「全部録画されてるの、お前の顔もね?おめでとう。お前の人生、終わりだね?」

「あ、あ、あぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 自分が隠していたものを丸裸にされ、その後の未来を想像した加藤は絶叫した。

 だがその叫び声が聞こえたのはオープンチャンネルで聞いていたアリーナ内のISだけ。

 アリーナシールドの外の観客には届くことはなかった。

 

『ブライトネス。変更した設定をリセット。通常出力に変更』

 

 高揚していた感情が反転して一気に冷えた。

 ふと。もはや涙を通り越して笑うことしか出来ない加藤の見開かれた瞳に俺が写っていた。

 その瞳に写された俺は。

 

「さようなら加藤百合子」

「はは、ひひっ」

 

 自分でも怖いと思えるくらい、嘲笑(わら)っていたのだった。

 

「手錠かけられる君が見られるのを楽しみに待っているよ」

 

 

 

 

 

 

 ズガン! ズガン! ズガン!! 

 

 ビーーー! 

 

『加藤機 リミットダウン』 

 

 

 




 最後書きながらこんな主人公いていいのかって思えるwww

 いやいやこんなのまだイージーよね!!殺してないし!!(ソコジャナイソコジャナイ)

 一応補足説明。
 今回のスカイブルーイーグルはパッケにシザーアンカーと槍二本とボルトフレアとビーク六基というてんこ盛り。
 のほほんさんが出したプロトタイプミサイルは。まあ名前からしてあれ経由です。

 よしお茶を濁したな!(オイコラ)

 話変わるけど、虚先輩が戦ってるとこ二次創作含めて見たことない。なんでやろね?
 


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第63話【異種多人数ISバトル 後編】

『加藤機 リミットダウン』

 

 これで5機目。

 連続稼働したブライトネスの排莢を済ませ、排熱シークエンスに入る。

 試作ゆえにまだ十全とはいえないが。満点の出来だ。

 この性能、惚れたぜ。

 

 再起不能になった加藤は失神していた。

 白目で口を半開きにし、ピクピクと痙攣している。

 そんな彼女を見て心が一気に軽くなった。

 怖い思いをした菖蒲の万分の一の痛みを感じれただろうか。

 それはわからないし。このやり方は間違ってるのかもしれない。

 

 知ったことか。

 

『ALERT!』

 

 自動防御プログラムでビークがバリアを出してくれた。

 

 まだ試合は終わっていない。

 

「虚先輩、合流します。一番疲弊してる奴をやります。すぐに」

「了解、タイミングは任せて」

 

 狙いは金髪の一年生ラファール。

 最初の連続爆撃で一番ダメージが(生き残りの中で)高いやつ。

 

「レーデルハイトーっ!」

「すいません先輩キャンセルで。ビーク渡します」

 

 横から安城が葵で切りかかるのをインパルスで弾く。

 同時にビークを虚先輩の周りに追従させる。

 弾いた安城がめげずに斬り込んで来たのでプラズマフィールドで受け止めてあげた。

 

「よーもう五人やられたぜ? You焦ってるー?」

「あなた、何をしたの!? こんな連携! 二、三回練習しただけで出来るものじゃないわよ!?」

「そんなもん。企画する前に何回もシミュレーションしたからに決まってるだろ!」

 

 嘘だけど。

 

 フィールドから突き出したプラズマ弾で安城を離しインパルスを左手に持ち代え、腰に差していたブライトネスを引き抜いた。

 

「生徒会は結成当初からお前ら何かするんじゃねーかな? ってマークしてたらしいぞ。それに限らず生徒会でチーム戦を想定しないわけないじゃん? ここ一週間でやったことなんて一夏の零落白夜の精度上げぐらいさ」

 

 嘘である。

 

「しかしそっちは結束もなにもあったもんじゃないよな? 昨日の練習は身になりましたかー?」

「黙りなさいゴミの分際で!! まだこっちは7機もいる! 12対4という絶対的数字の勝負! こちらが負ける道理なんてないのよ!」

「そうだね」

 

 マジで12対4だったならな。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 一週間前。

 

「「4対12のISバトルーー!?」」

「一夏、会長。ナイスリアクションありがとう」

 

 IS学園史上最大のインパクトを残した演説の一日前。つまりフェンス落下事件と安城達が警告をしたあとに話し合ったおれのプランにその場にいる全員が絶句、もとい驚愕をあらわにした。

 

 そこから要点だけを纏めて説明したが、やはり反対意見は多かった。

 

「疾風くんがIS学園を抜けるというのは。学園側としても政府側としても痛手よ。現状此処が一番あなたたち男性IS操縦者の身の安全を守れてるんだから」

「トラブル続きだけどね~」

「本音、思っても言わない」

「会長の言ってることはごもっとも。ですがこれだけの条件を提示しなければ学園全体に生徒会がどれだけ本気なのかというのを理解させれません」

「だけどね………」

「それに、亡国機業(ファントム・タスク)は一夏ではなく俺の命を狙っています。俺が交渉カードに上げれば相手は絶対に食いついてきます」

 

 あの時オータムは確実に俺を殺す気でいた。

 その場のジョークにしては。オータムの声色は本気過ぎた。

 

「疾風。俺もその賭けに乗らせてくれ」

「一夏くんまで!?」

「いいのか? 此処を抜ければ、俺とお前は国際研究機関でモルモットの恐れもあるぞ」

「えっ!? いや構うもんか! ISが大好きなお前が言うんだ。それに俺は何でも協力すると言った! 俺も一口、いや全部噛ませろ!」

「ありがとう」

 

 当初、話の段階では俺が抜けるという算段で話していた。

 が、ここで一夏が男気を発揮してくれてレートに乗ってくれた。結果会長、突発性頭痛発症。

 

「それに、お前がそこまで大見得切ったんだ。勝算はあるだろ?」

「ああ。それを踏まえて。会長に折り入って頼みがあります」

「はぁ………聞くだけ聞きましょう。それで頼みって?」

「一週間後の12人のメンバーに更識のスパイを入れてください」

「ええっ!? それってつまり」

「はい、チーム内の裏切り。八百長という歪みを作ります」

 

 異種多人数ISバトルの最大にして最悪の秘策。それが『スパイによる戦場の前提崩壊』だ。

 

「疾風、お前」

「手段なんか選ばねえよ。前もって言っとくけど12対4でも俺の想定なら充分勝ち筋はある」

「じゃあなんでそんなこと」

「IS学園離れたくないもん」

「え、ええ?」

 

 さっき交渉カードと言っときながらこの言いようである。

 まったく悪びれずに言う俺に流石ののほほんさんも目を開けている。

 

「それで会長。人員を出せるとしたら何人出せますか。出来れば学年ごとに一人は欲しいです」

「あっけらかんと言ってくれちゃって。まあ出せるとしたらそれが限界ね。今の女性の為の会を潰して、仮に似た勢力が出たときに潜り込ませたいから」

「裏切りの可能性は」

「ゼロよ。もし命令に背けばそれは更識への裏切り。その場合、死より恐ろしい罰を与えるわ。更識を甘く見ないでね疾風くん。これでも日本暗部の元締めなんだから」

「気分を害したのならば謝ります。ですが間者を中核に潜り込ませる以上、そこだけは徹底しなければなりません」

 

 もし漏れだしたならば。前提として作戦を立てたこちらの大敗、卑怯な手段を生徒会がしたとして。リカバリーは不可能となる。

 

「一夏。お前は許さないだろう。これは紛れもなく卑怯な作戦だ」

「………なんでこんなことを考えた?」

「理由か? 生徒会の勝利を確実にするため………なんてのは実質的建前だよ」

 

 そう、本当の目的は他にある。

 単純に数を出すなら8対4の二倍数でもいいんだ。それでもISバトルに置ける戦力差は歴然だ。

 

「俺たちはあいつらの掌の上で足掻いていた。そして一度敗北した。あいつらは人の命なんてなんとも思ってもない。そんなのに慈悲をかけるなんて馬鹿馬鹿しいだろ! だから今度は俺が、俺たちがあいつらを掌の上で転がすのさ」

「疾風、お前」

 

 理由を聞いていた一夏絶句を通り越して困惑していた。

 目の前の男が本当に自分の知る疾風・レーデルハイトなのかと。

 そして同時に理解した。

 

「自分たちが盤上の駒だと気付かぬまま内側から食い破られて惨めに散っていく、しかも蔑んでいた男の計略によってだ。これ程あいつらにとって、これ以上に惨めで滑稽で屈辱的なことなんてあると思うか?」

 

 彼女ら女性の為の会は。もっとも怒らせてはいけない男の逆鱗に触れた。

 一夏は初めて疾風を怖いと思った。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 最終的に一夏は納得してくれた。

 無駄に説得させるようなことなどせず。最後に一夏と会長の部屋に言って確認を取った。

 一夏は気持ちいいぐらい真っ直ぐな男だ。だから罪悪感はあった、正直で誠実なこの男に、卑怯で最低な片棒を担がせたことに。

 

 結果。この試合は生徒会()内通者()VS女尊男卑()という構図になった。

 残念ながら作戦は聞けなかった。なぜなら作戦らしい作戦を奴らは考えもしなかったからだ。

 

 当初の予定通り学年から一人ずつ間者を出した。

 三年生からはロシアのポリーナ・カトライア先輩。最初に零落白夜で落とした人だ。

 最初に実力者の一角を落として精神的衝撃を与えるのが作戦の序章だからだ。

 

 二年生は………

 

「ミサイルどーん!」

「崩した! 一夏くん!」

「二つでぇぇぇっ!!」

 

 のほほんさんが炙り出し、虚先輩が武器をバラしたノーガードの胴体に雪片弐型と雪羅の零落白夜二刀流をくらったほぼ満単だった二年生の打鉄が墜ちた。

 

『藤原機 リミットダウン』

 

 ように見せかけてたった今落ちてくれた藤原祥子先輩。

 的確に相手の逃げ道にたまたま居るようにボジショニングしてくれたため更にやり易くなった。

 

 残る一年はボロボロ(のふりして)生存中。

 

 残り一年生5人、二年生1人。

 

「6機目落ちたよ。(スパイ抜いたとしても)同数ならとっくに負けてるけどなんか言いたいことある?」

「黙れ卑怯者! なにをした!」

「そっちが弱いのさ。悔しかったら証拠出しなよ」

「くぅっ!!」

 

 証拠を出してみろ。

 数ある煽り文句で一番言いたかった言葉だ。

 これまで数多くの男が証拠不十分のまま有罪判決を受けてきた。

 俺の知ってる人、友人の知り合い、ニュースでも数多く取り出されていた。

 

 どうだ、男は搾取されるべき存在と蔑んできたお前たちの首に牙が食い込み始めてるぞ? 

 

 俺は紛れもなく卑怯者だ。

 そう卑怯者だ、それがどうした! 

 お前たちがどうかなんてこの際関係ない。どう言い訳しても俺は卑怯者だ。

 そんな卑劣な卑怯者の手にかかって。

 

 墜ちてきな、女尊男卑主義者(ミサンドリー)

 

「残念だけど。まだお前の相手するつもりはないんだ」

「な、に?」

「お前はメインディッシュだ。誰も助けのこない孤独な状況で、親のすねに噛るだけの能無しを叩き落としてやるよ」

「っ!!」

「じゃそういうことで」

「いやっ!」

 

 眼前にブライトネスを突きだすと安城は咄嗟に腕でガードしてきた。

 

「びびってやんの。だっさ」

 

 俺は敢えて打ち込まず。距離を離して別の奴らを相手しに行った。

 

 安城は腕を下ろして戦いの最中であるのにも関わらず呆然とした。

 

「私が………恐れた? ………私が?」

 

 見ると手が震えていた。

 

 上級生の実力者は残り二年生の1人。後はISを十数回乗った一年生だけ。

 対する相手はワンオフ・アビリティー持ちの男と縦横無尽に戦場をかける男。そして、完全にノーマークだった布仏姉妹。

 

 勝てるのか? 

 そんな言葉が安城の頭の中を走っていった。

 

「安城! 何を止まってる! 斬られるぞ!」

「はっ!」

 

 生き残った二年生が虚の相手をし、シールドの一部が剥がれて飛んだ。

 我に返ると同時に安城は一週間前の演説を思い出した。

 

『ISを動かしてもいないにも関わらず暴君のように振る舞うミサンドリーの、何処に正しさがある!!』

 

「違う! 私たちは選ばれた人種! 劣等種に負けるなんて! あってはならないのよ!」

 

 安城はライフルを取り出して二年生に絡み付いてる虚先輩を狙って撃った。弾丸はシールドに当たっただけでダメージは与えれなかったが。引き離すことに成功した。

 

 憎悪と拒否を瞳に宿して安城は吠えた。

 

「全員後退! 密集してフォーメーションを整えるのよ!」

 

 命令通り強引にアリーナの西方向に終結した六人。

 

「あれ、吹き返した?」

「どうする疾風」

「こっちも集まろう。場所は真ん中より少し後ろ」

 

 距離を離しすぎず、そして近すぎない距離を維持する。

 

「一夏シールドどんぐらい?」

「丁度四割だ」

 

 40%。

 繰り出す零落白夜が一発必中とは必ずしも言えず。たまに掠り弾に当たることもあって減ったものだが。

 これは重畳。単純計算で12%につき1機×5機落としてくれた。

 一機落とすのに息も絶え絶えになっていた時に比べれば、他三人のサポートを加味しても大躍進だ。

 

 密集した六人は即興で作戦を考えているのだろう。

 あちらが動き出す前にこちらもプランを選ばなければ。

 

「のほほんさんは」

「68~」

「わかった。じゃあ次はボンバーで。一夏は白式に飯食わせろ」

「了解だ」

「ほいさ~、派手に行くぜ~い!」

「じゃあ早速」

「おけー。照準セット~。ふぁいやー!」

 

 のほほんさんの背中に装備している颪が再び火を吹いた。

 放射状に広がる16発のミサイル。

 複雑にウネウネ動く颪に女性チームの発汗量が増えた。

 

「来たぁ!」

「どどどどうすんの!?」

「撃ちながら右に移動だ! それしかねえ!」

 

 まだ作戦は纏まってないのか。決まったのか。

 まあどっちにしろ食い潰すだけだけども。

 スパイの一年生はまだ中心に居る。

 当てにしすぎず。上手く利用していこう。

 

 相手6人は各個撃破を避けるためにつかず離れずで行く方針のようで。

 固まったまま、颪に向けて銃を撃ちまくる。密集して弾幕の密度が増したのか銃弾は颪のマイクロミサイルに穴を開けた。

 

 穿たれたミサイルから爆炎………ではなく灰色の煙幕が疎らに広がった。

 

「ボンバーのほほんマン作戦。開始」

「改めて聞くと気が抜けますね」

「言っちゃ駄目だよ~」

 

 俺と虚先輩がグレネードランチャーをコール。煙幕弾をばらまき、相手チームを煙幕攻めにする

 

 のほほんさんが両手にグレネードランチャーを一丁ずつたずさえ、ノーコントロールで辺り一面に向けて乱射。

 更に再装填された煙幕ミサイルが四方八方に散り。フィールドの大半が濃い灰色に覆われ、アリーナのシールドにぶつかって上昇することなくその場に滞留した。

 

「は、ハイパーセンサーが」

「赤外線!」

「駄目です!」

「サーモは!?」

「目の前オレンジだらけ!」

「なによそれ!?」

 

 混乱してる混乱してる。

 通信は聞こえないし、こっちもレーダー潰されてるけど手に取るように分かる。それだけの代物だ。

 

 このジャミングスモークは某国が開発してる対IS用特化型をレーデルハイト工業が独自アレンジしたもの。

 爆発時に高熱水蒸気を発生し、なおかつセンサー弱体化の粒子スモーク。

 なおこれもお値段は通常より高めでございます。

 

 そしてダメ押し。

 

「きゃーー!」

「撃ってきた!」

 

 高機動組の俺と虚先輩が煙の中に弾丸をばら蒔く。

 

「落ち着いて! あっちもレーダーは見えてない! 当てずっぽうよ!」

「でもこっからどうするんですか!?」

「いやー!」

 

 女性チームの一年生は阿鼻叫喚。指揮者気取りの安城も右往左往するばかりで役に立たない。

 

 こっちは大体の位置をイーグル・アイで把握してるものの相手の姿は明確に分かりはしない。

 だが今は相手の心を崩す。

 当てずっぽうに撃たれる弾丸は時にはISに、そして大半はアリーナのシールドにぶつかって音をたてる。

 

 視界不良のなか絶えず鳴り響く激発音と衝突音、火花は確実に相手の精神を磨耗させていってる。

 アリーナの端に集まったことが仇となっている。

 なら弾丸を突っ切って煙幕を抜け出せばいい。

 

 だがそれは出来ない。

 

 煙を抜け出せばそこに一夏の白式が待っているかもしれない。

 撃破数の大半を零落白夜で落とされてるという事実は確実に彼女らの脳裏にありありと写し出されている。

 動かないことが最善なのか、動くことが最善なのか。女性チームはそれが分からず。打鉄の防御力を盾にしてアリーナの端で縮こまっている。

 

 さて、そろそろか? 

 

「終わったよ~レーちん」

「ご苦労様」

 

 煙に紛れて、のほほんさんから一夏にコア・パイパスでエネルギーを譲渡していた。

 一夏と俺が落ちる。男が負けるという構図は試合に勝ったとしても当初の目標のイメージに関わる。

 

 量産機故に調整に時間がかかったが、そこは更識の整備担当。過去にシャルロットから一夏にバイパスを行ったデータを参考に1日でこなしてくれた。

 

「いつでもいけるぜ~い」

「りょーかい。レーザー照射!」

 

 先ほどのほほんさんのバススロットから借り受けた探知用レーザーユニットを照射する。

 煙の中に突き刺さる無数の赤色レーザー。

 その数本が固まってるIS群にヒット。データを元にイーグル・アイが計算。完了。

 

「ひっ! なに!?」

「レーザー? でもダメージはない」

「じゃあなんのため」

「こういうことで~す」

 

 ボフッと煙から出てきたのは満面の笑みを浮かべるのほほんさんこと布仏本音。

 至近距離で接近する際ハイパーセンサーが関知したが。それは震源近く地震速報並みに役に立たなかった

 

 普段開かないのほほんさんの糸目が開いた。

 三日月のような瞳は煙の中でもキラキラと光って見えた。

 

「でぃす いず だいなまいと」

 

 のほほんさんの打鉄のアンロックシールドと腰回りの装甲が裏返しになった。

 そこには可愛らしい爆弾のマークのついた代物がミッチリと敷き詰めらていた。

 

「か、回避!」

 

 もうそれは限界に膨らませた緊張に針を刺したようなものだった。

 二年生が叫ぶ前にフォーメーションなんか知らないとばかりに四方八方に動いた。

 二年生も少しでも離れようと動こうとした。

 

「いぃっ!?」

 

 だが移動しようとした二年生は背後で涙目になっている一年生に背中からぶつけられ体制が崩れた。

 

「ご、ごめんなさ!」

「お、お前ぇぇーー!!?」

 

 まあスパイの一人なんですけどね。

 流石裏家業の人。ナイス演技。

 

「ぼかーーーん!!」

 

 のほほんさんの身体を張った人間爆弾ならぬIS爆弾、点火。

 煙を吹き飛ばし、アリーナに紅蓮の華が咲いた。

 

「布仏本音機 リミットダウン」

『フィッシャー機 リミットダウン』

『トリウォノフ機 リミットダウン』

 

 のほほんさんが自爆で落ちた。一夏にエネルギーを与えて出がらしになったのほほんさんは落ちる可能性大。

 ならば自分から自爆して相手に負けるのではなく自ら勝負を降りるというイメージとアドバンテージを取れば良い。

 

 そして先ほど落ちたジーナ・トリウォノフさん。ロシア人の一年生。

 実は更識組織内で彼氏がいるらしい。

 それなのに女尊男卑と足手まといという役を買って出てくれた。感謝しますトリウォノフさん。

 

 てか更識家ってロシアにまで手を伸ばしてるんだな。

 会長がロシア国家代表になってからパイプが出来たのか、それとも元からなのか。

 因みに会長はロシアのワンエイス。つまり8分の1はロシア人らしい。

 

「そんな、最後の二年生が………」

「うぉぉぉー!!」

 

 煙から逃れた一年生に一夏が猛追する。

 一年生もブレードを展開して振り下ろすも、一夏は避けることすらせず雪羅の大型マニピュレーターで直接受け止め、掴みかかった。

 ただでさえ零落白夜を行使していると分かっている相手からしたら目を見開くことだが。白式は完全回復してるためこの程度傷のうちに入らない。

 

 そのまま零落白夜を発動した雪片弐型で切り裂く。

 

『ペトレッラ機 リミットダウン』

 

「なんで、なんでそんなシールド残ってるのよ!!」

 

 恨み言を叫びながら落ちるのを見下ろすことなく一夏が俺たちのとこに戻ってきた。

 

「なあ安城。数、同じになっちまったな?」

「う、嘘よ………」

 

 試合開始して10分足らず。

 そんな僅かな時間で9機も失い、残り三機もほぼ死に体という状況。

 嘘と思いたいのは分かる。俺が逆の立場なら………それはそれで燃えるか? 

 おっと、変な思考に行ってしまったな。

 

 三機編隊となって安城の僚機を消しに行く。

 

 一夏の月穿、虚さんの射撃で両脇の退路をたったところでブライトネスを突き刺す。

 アンカークローで捕縛したのち4連射で落ちた。

 

 残り一機も虚さんが安城を抑えてる間に一夏が接敵。

 マシンスペックがほぼ雲泥の差であり、メンタルにおいても同様なら結果は一目瞭然。

 今試合で最高のタイミングとキレを見せた零落白夜で屠られた。

 

『輪島機 リミットダウン』

『スチュワート機 リミットダウン』

 

 10機目、11機目撃破。

 残るは安城の打鉄のみ。

 

「残り一機。言ったろ、メインディッシュは残すって」

「………」

 

 こっちはほぼ五体満足のスカイブルー・イーグル。白式・雪羅。そして70%の虚さんの打鉄・鉄風。

 

 戦力差は歴然。安城から見たらこれほど無理ゲーでクソゲーなことはないだろう。

 

 連携練度の差。味方にはスパイが潜り込み。そして数の有利に慢心した結果がこのザマだ。

 ホームかと思ったらアウェーだった戦場。そんなことも知らずに安城は意気揚々にこの戦場に赴いたのだ。

 

 正直面白いくらい上手く行きすぎてこれは夢かと疑問を抱いている。

 まるで攻略データを知ってるゲームみたいにスルスルと試合が進む。

 戦場を完全に掌握した感覚に腹の奥からゾクゾクっと心地よい波が押し寄せた。

 

「まだ続けるか安城」

「くっ………」

 

 もはやほとんど戦意などないだろう。

 それでもなお震えながら睨めるのは、ちっぽけな自尊心と女尊男卑思考による選民思想か。

 

「最後のチャンスをあげようか」

「っ!!」

「この後お前が落ちることはほとんど決定事項。これ以上惨めな姿を大衆に晒したくなければ。今ここで全ての真実を明らかにし謝罪しろ。そうすれば許してあげることを考えてやらなくもない。どうする?」

 

 戦闘前の意趣返し。完了。

 気分は晴れやか。これ以上内くらい清々しい気分だ。

 顔にでないように必死に抑えながら奴に手を差し伸べる。

 

 慈悲ではなく哀れみを。

 蔑んでいた男にされることは安城にとって何事もにも変えられる屈辱に他ならなかった。

 

「ふざるなあああぁぁぁぁぁ!!!」

「制圧開始」

 

 吠える安城とは対照的に淡々と指示を出した。

 近接ブレードの葵で突撃するところを虚先輩がシールドで受け止める。動きが単調一辺倒ならたちまち虚先輩のカモ。2、3回打ち合ったのち強引にねじ込んで葵をバラして見せた。

 

 雪片弐型を振りかぶる一夏に対して武装をバラされた安城がオーバー気味に避けたところを瞬時加速とプラズマを乗せた蹴りを腹にぶちこんで地面に落とした。

 

「勝ったわ」

 

 余裕でも慢心でもなく必然的にそう思った。

 こっから福音みたいにビックリ第二次形態移行(セカンド・シフト)しないかぎり安城に逆転の目はない。

 かわいそうなぐらいない。かわいそうなんて絶対思ってやらないけど。

 

 インパルスで上空から斬りつけ、突き飛ばす。

 

『インパルス バーストモード』

 

 インパルスの限定解除発動。膨大なプラズマ刃を呼び出す。

 ヒーローは必殺技で決めるものだろう。

 ん? 容赦なさ過ぎてそう見えないか? 

 どっちでもいいや。

 

 出来るだけ恐怖に顔を滲ませながら負けてくれよ。

 あー、こんなこと思う時点でヒーローじゃないわ。

 

 瞬時加速に入りながらその顔に特大を叩きこんだ。

 

 

 

 

 

 

 訂正、叩き込もうとした。

 

 

 

 

 

 バギャァァァァン!! 

 ズドオオオオオンッッ!!!! 

 

 何かが割れた音と何かが墜落した音と衝撃がアリーナを揺らしに揺らした。

 

 しかも文字通り間の悪いことに俺と安城の間に綺麗に落ちてくれた。

 

「な、なに!? なになに!?」

 

 隕石でも落ちたのか? んなアホな。

 遮断シールドをガラスに投げた石のように突き抜けてきた代物は不透明な土煙に紛れて詳細が見えない。

 

『ALERT! ALERT!』

「え、なに?」

『警告。前方に未確認のISが出現、IFF応答なし』

 

 イーグルが警告を出してくれた。

 ていうか………

 

「ISだって?」

「疾風大丈夫か!?」

「一夏! あんなかにISがいる!!」

「なんだって!?」

「こっちも反応が出たわ。これってもしかして………」

 

 側に降りてきた一夏と虚先輩。

 

 丁度土煙が晴れると。

 その中にいたのは黒色一色の物体。いや、この場合はISだった。

 

 黒色のISは畳んでいた手足を折り紙を解くように開いていく。

 

「第一世代?」

 

 開き終わったISを見て俺は即座に呟いた。

 第一世代の大半、暮桜以外のISは総じて全身装甲で肌を一切露出しないフルスキン。目の前のISもフルスキンだった。

 

 両腕は明らかに異形と思えるぐらい太ましく。両腕一個ずつ装着されている巨大ブレード。手のひらには銃口と思われるものが一門。

 胴体はアンバランスとも言えるぐらい細身で女性的な体つき、だがそう呼ぶには武骨すぎるシルエットと、人が入ってるのかと疑いたくなるぐらい細すぎる腰部分。

 背部に本体と直接接続している巨大なブースターユニット。肩には何かの武装なのか三本のブレードパーツが伸びており。

 そして球状の頭部には一本のブレードアンテナ。中央のモノアイが忙しなく不気味に動き、こっちを見て光った。

 

「こいつは!」

「一夏知ってんの?」

「確証は取れないけど。もしかしたらあの時の無人機の」

「無人機ぃ? 一夏、もっと説明を頼む」

 

 ISにおいてあるはずのないワードに信じられないとばかりに説明を催促し、一夏が話を続けようとした時。

 

 向こうにいる安城が突然笑い声をあげた。

 

「アハハハハ! 来てくれた! 助けが来てくれた!」

「なんだ? ついにとち狂ったか?」

 

 安城の奇声に反応するようにアンノウンが安城に振り向いた。

 

「見たか! 世界はいつでも女性の味方なの!! 搾取される側は大人しく搾取されればいい! 自分の行いに後悔しながら死んでいーーー」

 

『命令受諾。排除行動に移行』

 

 アンノウンの砲口が安城をロックした。

 

「ーーーけ?」

 

 砲口からビームが連射された。

 

「ごぽっばはっ!?」

 

 撃たれることを微塵にも思ってなかった安城は断末魔を上げながらビームの雨に埋もれ、アリーナの端に弾き飛ばれていった。

 

『安城機 リミットダウン』 

 

「どうやらあちらさんの味方というわけではないらしい」

 

『試合終了。勝者 生徒会チーム!』

 

 プログラム通りに組まれた電子音声が空気を読まずに試合終了のアナウンスを知らせる

 普通なら勝利を喜ぶか笑うところなんだろうけど。目の前の存在故にシリアスは崩せないようだ。

 

「そしてこっちの味方でもないらしい」

 

 安城を始末したアンノウンはこちらに大型ブレードの一振を向け、戦意十分とモノアイを輝かせた。

 

 そして異様なことに。こんな非常事態にも関わらず観客席の緊急シャッターが降りていない。

 

『未確認ISの識別信号受諾。名称『ゴーレムⅡ』』

 

 ゴーレムⅡ。それがアンノウンの名前らしい。

 

「Iはどこ行ったんだ?」

「「えっ、そこっ!?」」

『ウォォォォォォォン!!』

 

 俺の軽口に対してツッコミを入れる両人と雄叫びで答える未確認ISことゴーレムⅡ。

 

 銀の福音に続いて、想定外のラウンド2が始まろうとしていた。

 

 

 

 




 IS特有乱入イベントですね。いやーラノベラノベ。

 さて、思ったとおりエグい作戦でしたね。もはや作戦じゃなくて計略だな。

 因みにこのスパイ戦法。原作の一夏だったら猛反対間違いなしでした。その場合は試合にも大なり小なり影響するか。一夏に黙ってそのままスパイ強硬するかでしたかね。

 間違いなく今作のオータム戦の影響を受けています。
 一夏の頭が柔くなったと前向きに捕らえるかは、今後の私の筆次第ですかね。

 次回、いるはずのなかった2号機ちゃんの活躍にご期待ください。


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第64話【男ならば】

 更新遅れて誠に申し訳ない。
 
 実は二週間前に大阪行ってUSJ行ってきました。
 ハリー・ポッターエリア満喫してきました。杖も買っちゃった。
 初めてのソロ旅行だったので緊張したけど楽しかった。オルコっ党支部長にも会えましたし。

 イマジネーションは大阪に置いてきた!
 そんなわけねえだろってね。いや申し訳ないです。
 なんとか今年中にこの章は終わらせる!今はそれを目標に頑張ろうと思います。
 残り一月、応援よろしくです。
 


「セキュリティシステム、ファイアウォール共に突破されました! それと同時にシステムが再構成され、こちらのアクセスを受け付けません!」

「カウンタープログラムは」

「全て効果無しです」

「はぁーー」

 

 アリーナのオペレータールームで観戦していた千冬は今月最大のタメ息を吐いた。

 こちらが幾ら防壁を強化しようと対策を講じようと相手は積み木の城を蹴り上げるように無に返してくる。

 それがわかっていても対策を講じなければならない。警備責任者としてのメンツをこれ程疎ましく思ったことはなかった。

 

 気持ちを切り替えた千冬は突如現れた乱入者の姿を見て普段鋭い目を三割増しにして舌を打った。

 

 今回の試合は学園の在り方を変える絶好の機会。勝負は終わったような物だが、漁夫の利を奪われたという感覚が奥歯に挟まってきた。

 

(奴にとってそんなのお構いなしか)

 

 あの乱入者の出所。もとい開発者に向かって心中で吐露する。

 

「アリーナの状況は」

「シールドレベル5。観客席の生徒も避難できない状態です! 通信もジャミングがかけられ、専用機持ち。並びに戦闘教員との連絡も取れません!」

「恐らく援軍を寄越さないための措置だな。まったく、こちらの手段を的確に潰してくれる」

 

 アリーナ内には既にリミットダウンしてるISが13機。戦えるのが3機。

 戦力的には申し分ないが………

 

「織斑先生。正体不明ISの解析が完了しました」

「どうだ?」

「はい。形状は大きく違いますが、前回のクラス対抗戦で出てきたISの類似系統と考えて間違いなさそうです」

「生体反応は」

「反応無しです。つまりあれは」

「無人機、ということだろうな」

 

 だがそれが分かったところで今の自分たちに出来ることは限られている。

 

「山田先生。急いで通信の復旧を」

「了解しました」

 

 だが今は出来ることをする。

 決して手を止めない。

 それがせめてもの抵抗だ。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「来た!」

 

 スラスターから火を吹かして巨大なブレードを斬りかかるゴーレムⅡ。

 そのスピードは通常の白式・雪羅に匹敵していた。

 

「速いな!」

 

 ノックバックの勢いで距離を取るが相手の速さがそれを許さず射程距離を一定に保っている

 正確無比な斬撃は確実にこちらの命を捕るような動きに見える。

 無機質な殺意。表現するならこれ以上ない捉え方だった。

 

「虚先輩! のほほんさんと一緒にそこら辺に転がってる奴らを待避させてください!」

「わかったわ。本音」

「はーい、今起きまーす」

 

 のほほんさんが緊急用にプログラムされた解除プログラムを使って打鉄をアンリミテッドモードに移行して動けるようにする。

 虚先輩とともに女性の為の会の面々を安全な場所まで退避させる。

 

 色々規定破りな荒業だが非常時なので大丈夫。いざとなったら会長がなんとかしてくれる。

 斬りかかるブレードをインパルスでいなしていく。いや、いなしきれてなくて腕が痺れる。

 

「なんつーパワーなんだよ。しかもこの連撃!」 

 

 とにかく無駄がないのだ。二本の巨大ブレード、しかも固定装備という取り回しの悪い武器の癖に見事に連撃を繰り出してくる。

 だがこっちに夢中なら好都合! その隙に本命がいく! 

 接触の一秒前に零落白夜発動。黄金の刃が背後から斬りにいく。

 

 しかしゴーレムⅡは胴体から上だけ(・・・)を回転して一夏を吹き飛ばす。

 更に斬撃と同時に掌のビーム砲を乗せてきた。頭上数ミリを熱線がかすった。

 

「うおっと危ないっ!? 斬るのと同時に撃つなんて器用だな!」

「まるで箒の空裂みたいだ」

「そしてそのまま回転して?」

「やばっ! 離れろ疾風!」

 

 一夏の必死さを見たら素直に従うに限る。

 バックでブーストするとゴーレムⅡが駒のように回転しながらビームを撒き散らしてきやがった。

 これぞ本当の人間花火ってか。

 幸いビームの射程はそこまでだった。

 プラズマフィールドを展開する時間なかったし、一夏の言うとおりにしてよかった。

 

「んでさっきの話途切れたけど。あれが無人機ってマ? ていうか今の動作人が乗ってたら腰ねじ切れてたよな」

「そうだな。大分フォルム違うけど、疾風がIS学園に来る前に襲撃してきた無人機に似てる」

「無人ねえ、人が乗ってないのにISが動くってあり得な………いことはあり得ないよな。ISの場合」

 

 福音だって人が中にいたとは言え実質目の前の無人機と同様だ。

 インフィニット・ストラトスという代物は半分はオカルトに漬かってるんじゃねえかってひしひしと感じ始めてきたし。

 どっかの人が言ってた『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』とは、よく言った物だよ。

 

「通信駄目だ。アリーナの外とまったく連絡が取れない」

「十中八九あいつの仕業だよな」

「だろうよ。だから先ずはあいつをぶっ壊さねえといけないって訳だよ!」

 

 しかし止まらないんだけどあの人間花火。独楽のように回転しながらこっちに来てるし。

 近づけないからレンジ外からインパルスをフルチャージで撃つことにした。

 

「この威力ならかき消せるだろ!」

 

 撃たれた特大プラズマ弾は乱れ撃たれるビームを突っ切りゴーレムⅡに直進。ゴーレムⅡは当たる瞬間に止まり、胸で受け止めた。

 命中したプラズマ弾はパン! と弾けた。散ったプラズマは装甲を滑り排水口に流れる水のように両肩に生えた三本のブレードパーツに吸い込また。更にゴーレムⅡのブレードがプラズマに覆われ、大型のブレードが更に一回りも大きくなった。

 

「へぇ!?」

 

 まさかの電撃耐性ガン済み。

 耐電装甲に避雷針ユニットとか! 

 前回のゴム弾といい襲撃者がガチで俺を殺しに来てないか!? 

 

 ハイブーストで斬りかかるゴーレムⅡのプラズマブレードをプラズマフィールドで防御する。

 そしてまた肩の避雷針が光り、プラズマフィールドから二本のプラズマの線がゴーレムⅡの両肩と繋がった。

 

『警告! スカイブルー・イーグルのプラズマ・エネルギーが吸収されています』

「ふざけ! ふざけるなよオイ!」

 

 そしてなんでお前のプラズマブレードは素通りなんだよ指向性のある避雷針ってなんだよアホか! 

 フィールドを解いたら斬られ、解かなくても電池切れで斬られるという前門後門状態のなか。一夏の荷電粒子砲を察知したゴーレムⅡがイーグルから離れ、避雷針の線も途切れた。

 

 マジナイス一夏!! 

 

臓物(ハラワタ)をブチ撒けろ!!!」

 

 追いすがるように懐に潜り込む。ブライトネスを渾身の力で差し込み、プラズマの六連撃をブチかました。

 無人機なんだから臓物じゃなくて配線だな。まあいいぶちまけろ! 

 

 六連発のカートリッジを排莢。ダメ押しで三発ぶちこんだ! 

 理論的に最大連射の9連発。使ったらしばらくブライトネス使えないけど少ないチャンスを物にする! 

 

「これは流石に効くだ、ろっ」

 

 真横からプラズマブレードが飛んできた。

 ブライトネスで受け止めたが受け止めたブライトネスごと空中に投げ飛ばされた。

 

『敵IS。推定ダメージ、低』

 

 衝撃はあった。だがそれに上乗せされているプラズマは装甲の奥に届かず、全てその上を滑って避雷針ユニットに吸われた。

 

 ゴーレムⅡは空中で無防備になった俺に向けて胸部装甲を開いた。中から明らかにキャノンっぽいものを覗かせて。

 

 あ、それ明らかにヤバいやつ。

 

 視界が真っ白に染まった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ちょっとあれってもしかして!」

「一夏たちが言ってた無人機?」

「皆さん落ち着いて! 慌てずにゆっくりと行動を!」

 

 ゴーレムⅡの襲撃に会場は浮き足だつ観客席。

 何度目の非常事態だと嘆くか叫びたくなるがそんなことは考える余裕もなく。皆が出口に駆け込んでいく。

 

「通信はジャミングがかけられてるようです。ど、どうすれば?」

「どうするって」

 

 織斑先生からの指令がない以上無闇に動けない。

 専用機持ちが案を絞り出すなか。ダメ押しに生徒の悲鳴………というより怒声が飛んできた。

 

「ヴぁぁ!? やっぱり出口のシャッター閉められてるぅ!!」

「もう廃止しろよ出口のシャッター!!」

「だから言ったのよあいつら疫病が」

「「「お前は黙ってろぉっ! 今それどころじゃねぇんだぁっっ!!」」」

 

 シャッターを蹴っていた女子がこれ幸いと避難してきた女子に顔芸を繰り出してシャットアウトした。

 

 今年でトラブル件数は合計3回(1年生は4回)。

 IS学園の生徒は段々と仕上がっている………気もしなくもない。

 

「先ずは生徒の避難を進めよう。隔壁ならISで破壊できる」

「え、いいんですか!?」

「無問題。ほら行くわよ!」

 

 各々がISを展開。避難口で密集している生徒に離れるように注意する。

 

「わたくしたちも行きましょう菖蒲さん」

「はい。あ、疾風様!!」

 

 菖蒲の悲鳴にセシリアはアリーナのゴーレムⅡと疾風を見た。

 次の瞬間。疾風とスカイブルー・イーグルが光に包まれて………

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「うおおおーー!!」

「うわったぉっ!?」

 

 

 光に飲み込まれた瞬間に一夏が横からダイビングレスキュー。シールドは減ったが継続ダメージは避けれた。

 いや、ほんと今日の一夏マジヒーロー過ぎる。

 

「ひ、光に飛び込むのは二回目だ………」

「そんな体験二回もあってたまるか」

「前の襲撃の時なんだけど」

「しかも従来機ときた!」

 

 俺がいない間にもIS学園は危険に満ちていたみたい。

 

「さっきのキャノンから出たのは俺から吸ったプラズマだな。いやまて、あんな短砲身でなんでこんな威力出るんだよ技術の差ヤバすぎる」

「無人機作れるようなのが相手だからな」

「納得、っとぉ!」

 

 空気を読まずにブレードを叩きつけるゴーレムⅡ。

 少し離れたところに居たのほほんさんがギョッとしていたが、ゴーレムⅡはのほほんさんを無視してこっちにビーム砲で攻撃してきた。

 

「あいつ。さっきから俺と疾風にしか攻撃しないな。相手チームを救助してる二人には目もくれない」

「最初から俺と一夏目当てだろうなぁ。あの避雷針と帯電ユニットとか。大型ブレードとか」

 

 あの超火力を最初から使わなかったのは、あれにはプラズマバッテリー、又はそれに準拠してるものは搭載されていないからだと思われる。

 搭載されていれば最初からブレードにプラズマを纏わしているし、現にスカンピンになったからかブレードのプラズマが消えている。

 

 つまり奴のプラズマ兵装のエネルギーは俺のイーグルに依存している。

 そして完全に俺のイーグルのメタを張られてる。

 

亡国機業(ファントム・タスク)の差し金………には見えないんだよな」

「根拠は?」

「なんとなくだから無い」

「奇遇だな。俺もなんか違うと思う」

 

 散り際(死んでない)の安城が言ってたことは気になるけどアレは無視していいとして。

 

 奴らが敗北を認めないためにこいつを乱入させ、それを悟らせない為に自作自演でやった。ていう考えもある、が。

 

 それならなんで有人機でこなかった? という疑問が浮上するのだ。

 

 そも無人機IS=女性を必要としないISの存在は女尊男卑主義者にとってはとても都合の悪い代物。

 ミサンドリーどもはISは女性だから扱える。女性にしかISは動かせない、だから自分たち女は偉い、ヒエラルキーの頂点は自分たちにある。というスタンスで行っている。

 言ってみれば、無人でプログラムとAI、又は遠隔操作で操れるであろう無人ISはミサンドリーにとって数少ない男性IS操縦者以上の驚異と言える。

 

 まあだからなんだって話。

 現状は変わらず試合も滅茶苦茶だ。

 

「さっきから零落白夜を当てようとしてるけど。あいつ、零落白夜を発動してきた時の動きのキレが鋭くて胴体に当てれない」

 

 そう。一夏が零落白夜を展開するときゴーレムⅡはものすごいキレのある動きでよけるかブレードでいなしてくる。

 まるであの時の銀の福音のように零落白夜を明らかに警戒してる動きだ。

 

「平然とブレードで受けてるからな。対光学兵器素材かアンチビームコーティングなのかも」

「やっぱり完全に対俺たち仕様のISってことだな」

「ああ」

 

 その証拠に、俺と一夏はあいつにダメージを与えられていない。

 それに先程の多対戦に神経をすり減らしている。対して無人機は生き物じゃないから疲労なんか感じない。

 

 これは………

 

「勝てないかな、こりゃ」

「ちょ、なに言ってんだよ!?」

「勘違いすんな、負けなければいいんだ。時間がたてば避難も終わる。教師陣だってこっちに介入するために動いてる筈だ」

「だけどよ………」

 

 一夏の言いたいことは分かる。

 だけどここまで対策が取られまくられてる以上、無闇に踏み込みすぎれば命の危険がある。

 いま俺たちがいる場所は試合ではなく戦場。

 

「だからここは無闇に動かず。相手の意識をこっちに向けたまま順次後退して」

『疾風ぇぇぇーー!!』

「んんあああっ!?」

 

 キーーーン!! 

 

 プライベートチャンネル越しに聞こえたテレパシーボイスが脳内を大きく揺らした。

 実際ISのボイス機能故にそんなことはないのだが。それほど迫力のあるボイスだと言うことを理解してほしい。

 

「え、いまのって?」

「せ、セシリアか? 通信が復旧したのか。おい今そっちどういう状況」

「そんなこと後ですわ!」

「はぁっ!?」

 

 先に言ってくれよ! 非常事態宣言だぞ今。

 なに考えてんだあのお嬢は。

 

「さっきから黙って聞いてればなに情けないことばかり口走りまくってますのあなたは!」

「あ、あのセシリア様。今は疾風様の言うとおり先ずはこちらの状況を」

「少し黙っていてください菖蒲さん! これからしますから!」

「は、はいな!」

 

 セシリアが菖蒲さん一括して黙らせた。

 なんか分かんないけど凄い怒ってるようだ。

 

「良いですか二人とも! いま教師陣がそちらに向かってますが。隔壁の除去に手間取ってそちらに向かうのは困難です! なので増援は見込めないと思いなさい!」

「最悪だなオイ!」

「ほらまたネガティブなことを言って!」

「客観的かつ現実的に見てんだよこっちは!」

 

 根性論でやれるほど甘くは………

 

「そんなの知りませんわよ!」

「ほんとどうしたお前!? 情緒不安定?」

「わたくしは至って正常です。疾風が情けなさ過ぎて怒ってるだけです!」

「はぁ?」

「もう完全に負けモードではありませんか! 諦めモードじゃありませんか! あの時わたくしに詰め寄られても強気でいた疾風は何処に行きましたの!」

「いや何を言いたいんだお前は」

 

 俺が聞くとセシリアはプライベートチャネルを切り。大きく息を吸い込んだ。

 

「男ならば!! それぐらいの敵に勝てなくてどうしますの!!」

「!!」

 

 センサーでセシリアを見ると。明らかに怒ってるように見え。だけど何処か心配そうにも見えた。

 

「以上ですわ!」

 

 そう言ってセシリアは避難する生徒を誘導するためにその場を立ち去った。

 

 セシリアの渾身の叱責。

 先程ハイパーセンサー越しの声みたいに脳をやられる程の大音量でもないし、喋った内容もドシンプル。

 

 だけど今ので胸のうちが激しく揺さぶられた。

 

「なあ一夏」

「なんだ」

「あいつムカつかね?」

「え、セシリア?」

「いやいやいや、無人機のほう」

 

 セシリアに大声を上げた時から律儀に止まってるゴーレムⅡを見て呟いた。

 

「多分あれ作った奴。『勝てるものなら勝ってみな』とか『うわっ、全然駄目じゃん雑魚だなこいつら』みたいに今頃画面の前で思いっきり馬鹿にしてる。そう思ったらさ」

「………確かにムカつくな」

 

 一夏の表情も険しくなってきた。

 そんなやつに虚仮にされてる。そしてそんな奴の思惑にまんまと乗せられてしまった自分にもムカついてきた。

 

「だからこう考えた。どうせ勝ちに行くなら相手が最も惨めになるやり方でやってやろうじゃん?」

「疾風。まーた悪い顔戻ってきてるぞ」

「さっきのセシリアのやつが効いたのかもな」

 

 てかあいつにここまで言われる原因もアイツだよな。ますますムカついてきた。

 八つ当たり? 知ってる。

 

 武器を構え直すと、ゴーレムⅡも再び戦闘態勢に入った。

 

「プラズマで倒したいな。プラズマ効かないと思ってる奴を電撃で倒せたら凄いそそる」

「出来るのか?」

「うーん、言ってみたけど無理じゃないかな。まあいま言ったのはぶっちゃけエクストラウィンだよ。メインは普通に零落白夜でぶった斬ろう。中に人いないんだ、真っ二つにする勢いでやっちまえ!」

「わかった!」

 

 開幕から二機同時に瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 先行した一夏が零落白夜を起動。ゴーレムⅡのモノアイがキュイっと動き、繰り出される斬撃パターンを分析して対処に移すが、一夏は斬ると見せかけて左手の雪羅から荷電粒子砲【月穿】をゼロ距離で撃った。

 

 予想していなかった攻撃にゴーレムⅡは回避の為に上半身を回し背部ブースターで無理やり右に避けた。

 

「ゲッチュッ」

 

 カンッと! ハニカム状のシールドエネルギーがゴーレムⅡの前で弾けた。

 ボルトフレアを腰だめで撃ってみたが。

 

「当たるねぇ!」

 

 ボルトフレアのレールガンはプラズマではなくプラズマで撃ち出された実弾。

 多少プラズマを帯びてるがそれを吸いとったとはいえまったく問題ない! 

 ていってもさっきの多対戦で残弾ないけどな。

 残りを撃ちつくしたボルトフレアをリコールしインパルスのバーストモード発動。

 プラズマの大刃で接近するとゴーレムⅡは避雷針ユニットでプラズマを吸い取って吸い取り無力化を図る。

 

「リーチをさぁ!」

『!!?!?』

「変えるんだよ!」

 

 バーストモードを形成したプラズマは焼失したが、その中にあるインパルス本来の実体刃が敵のブレードをすり抜けて横っ腹を切り裂いた。

 

「しっ!」

 

 そのよろけたところを一夏の零落白夜による高速の突き技がヒット。

 ゴーレムⅡはそのまま後方に吹っ飛んだ。

 

『状況更新。戦術パターン変更。スカイブルー・イーグルの無力化を選択。開始』

 

 大型ブレードがまたプラズマに覆われる。

 背部ブースターを吹かし急接近。だがこの速度は先程とは一線を越えていた。

 

 この速度は瞬時加速(イグニッション・ブースト)か! 

 

 イーグルの機動性をもってしてなんとかギリで避けれた。

 それを見越したゴーレムⅡはクイックターンで強引に反転した。通常なら人体に負荷がかかる無茶な行動だが、肉を持たない機械人形ならそんなの関係ない

 俺の背後に剣を突き立てるゴーレムⅡにイーグル・アイが予測、計測しアラートを鳴らしてくれた。

 背中にプラズマフィールドを接触の瞬間に展開し。当たると同時に衝撃を利用して上に宙返りしシザーアンカーをゴーレムⅡの両腕に巻き付けた。

 

 PICブレーキを全開。距離を離そうとしたゴーレムⅡが態勢を崩した。

 

「つーかーまーえー、ウワババババ!」

 

 こいつアンカーからプラズマ流してきやがった!

 ダメージは軽微だけど、スリップダメージ的にシールドが減ってきている

 

「うおっ! 大丈夫か疾風!」

「びっくりして声出ちゃったわ」

 

 そしてお約束通りあいつが出すプラズマ、もとい、俺のプラズマを媒介にしたプラズマは避雷針ユニットに吸い取られない。

 

 固定化した電気すら吸い取るぐらいの吸引力のはずなのになんで………

 

「あっ!」

「どうした?」

「一夏。エクストラウィンの条件見れたかも」

「本当か!?」

「ーーーよし、行けるかもしれん!」

 

 シザーアンカーを根本から切り離して一夏と合流した。

 外れたユニットはそのままデットウェイトとして絡み付いた。ゴーレムⅡはなんとかそれを外そうとするが、でかいブレードが邪魔で上手くいかない。

 

「ちょっと付き合ってくれるか一夏。若干情報不足でぶっちゃけ博打的なプレイングだけどさ」

「お前がそこまで言う間違いねえだろ? 付き合うぜ疾風」

 

 気持ちいいぐらい即答してくれる一夏。

 なんだか頼もしすぎて笑いが込み上げてきた。

 

「ハハッ。なんか俺たちドラマの相棒みたいだな一夏?」

「良いんじゃないか? 俺と疾風は世界で二人しかいない男性IS乗りなんだし」

「そうだな。ああ、そりゃいいや」

 

 なんのイタズラか俺達は世界の中心人物となった。

 

 互いの弱みも見せあった。

 困難にぶつかりまくった。

 ズルいことを考え、ズルいことの片棒を担いでくれて。

 あと一番重要だけど気が合う。

 うん、なんかいい気分だ。

 

 右手にインパルス。左手にブライトネスを。

 両手で雪片弐型を強く握る。

 

 これ、後で思い返したらこっ恥ずかしいパターンかな? だけど一夏は本気で言ってそうだな。

 

 まあ俺も嘘じゃないし。テンション高ぶってるから。

 今はこのまま乗っかっちまうか! 

 

「よし、やろうぜ相棒(一夏)!!」

「ああ、行こうぜ相棒(疾風)!!」

 

 意気揚々と三度目の突貫。

 ゴーレムⅡはアンカー外すのを諦めワイヤーだけを切り裂いた。

 

『標的接近。防衛行動に移行』

 

 それに対してゴーレムⅡは上半身を激しく回転。もはや人が入っていないことを疑いのない動きにもはや驚きはしない。

 そのままビーム砲を乱射しながらこっちに向かってきた。

 

「一夏ぁ!」

「霞衣展開!」

 

 雪羅の疑似展開装甲が開いて現出したエメラルド色の霞の盾が乱れ撃たれるビームをかき消した。

 

「スイッチ!」

「解除!」

 

 霞衣と入れ替わるようにプラズマフィールドを展開して一夏のまえへ。ゴーレムⅡは回転をやめ、その勢いのままブレード二本。叩き付けた。

 

「気合い入れろイーグル!」

 

 うねりを上げるジェネレーターに呼応して色濃くなるフィールド。

 フィールドごと切り裂こうとするゴーレムⅡ。このままプラズマを吸い取って打ち破る選択を取ったゴーレムⅡはブレードを押し当てる。

 だが一向に破れないプラズマフィールドにゴーレムⅡは想定通りではない異常に気付いた。

 

 スカイブルー・イーグルのプラズマが吸い取れないことに。

 

「大当たりだ!」

 

 プラズマフィールドを解除。

 ブレードの一本が肩に当たったが、それぐらいくれてやる! 

 

 もう一度ブライトネスを突き刺し、トリガーを引いた。

 ブライトネスを伝って撃たれる6発プラズマは、先程と違いゴーレムⅡのシールドと装甲に余すことなく叩き込まれた。

 

『プラズマアブソーブ正常に作動中。敵ISのプラズマエネルギー吸収失敗。ダメージ40%。理解不能。情報構築開始………』

「イーグルのプラズマが吸い込まれていないぞ!?」

「やっぱな」

 

 恐らく奴は俺のプラズマをそのまま放出してるのではなく、一旦溜め込んでから波長の違うプラズマとして放出している。

 あの避雷針は一定の波長以外のプラズマのみを吸い取る。

 

 だから俺はそれを逆手に取った。

 さっきワイヤー越しに流されたゴーレムⅡの電撃の電位の値を計測し。奴と同じ波長パターンのプラズマを構築したのだ。

 

 どういうメカニズムで吸い取る電気を分けてるのかは分からないが。原理は俺の予想通りの筈だ。

 電位とかそういうのが関係してるんだろうけど。正直俺の頭はそれを説明できるレベルじゃないから割愛。

 今重要なのは、この短時間。奴がそれを理解してプラズマの波長を調整するまでこちらのプラズマが通じるということ。

 

「斬れ! そのままやってもいい!」

「うおーーっ!!」

 

 ノックバックで離れたゴーレムⅡに斬りかかる一夏。零落白夜の発動にゴーレムⅡは対抗しているパターンで対応する。

 

「今だ! 二段階瞬時加速(ダブル・イグニッション・ブースト)!!」

 

 零落白夜が当たる直前に瞬時加速を越えた二段階瞬時加速で体当たりを噛ました。

 インパクトのタイミングをずらされたモーションパターンは使い物にならず。渾身の一太刀がゴーレムⅡの胴を滑った。

 

「逃がすかぁ!!」

 

 雪羅の零落白夜を展開。身の丈程ある光の爪はシールドと絶対防御を破砕し、ゴーレムⅡに爪痕を刻み、内部パーツが見え隠れした

 

「浅いか!」

『損傷率92%。一時後退を選択。態勢を』

「いや、充分だ!」

 

 後退をしようとするゴーレムⅡに影がかかる。

 モノアイが上を向いたが対応が間に合わない。上空から強襲したインパルスの穂先が絶対防御を突き破り。零落白夜でついた傷痕から内部機械まで深々と突き刺さった。

 

「ゼロ距離で吸われてたけど。マイナス距離でも吸えるのか?」

『!?!?!?!?』

「弾けろ」

 

 めり込んだインパルスの切っ先から高電圧を流し込んだ。

 無人機の身体を構築していた回路や機材が次々とショートし、両肩の避雷針ユニットが中から吹き飛んだ。

 内側から次々と誘爆が起こり、プラズマと爆発で膨らんだゴーレムⅡは盛大に爆ぜてバラバラになった。

 

 吹き飛んだパーツが次々と地面に落下する。

 頭と胴体だけになったゴーレムⅡは不規則にモノアイを光らせたあと。静かに停止した。

 

「………ふー」

「やったな疾風!」

「ああ。一夏のお陰だ」

「なに言ってんだよ。お前がたてた作戦が良かったんだよ」

「そりゃどうも」

 

 どうやら分の悪い賭けには勝てたようだ。

 

「そういや。今回の多対戦はどうなるんだ?」

「あー。その事については後で考えよう。アリーナのシールドとかセキュリティも解除されてるみたいだし」

「だな。まあ何にしてもようやく終わったことだし。戻ってお茶でもーーー」

 

 ビー!! 

 

『警告! 敵ISが再起動。ロックされています』

 

「なにっ!?」

 

 一夏がゴーレムⅡの残骸を見ると。ゴーレムⅡの胸部装甲からプラズマ砲と、一際赤く輝くモノアイが見えた。

 狙いの先は、スカイブルー・イーグルの背中だった。

 

「疾風! 逃げろぉ!!」

「焦んなよ一夏」

「え?」

 

 臨界まで溜めたプラズマ砲が発射される瞬間。頭上から六基のビークが胴体だけのゴーレムⅡに突き刺さった。

 万が一を考え、先程上空から攻撃するときに空中に置いてきた物だ。

 

「中でエネルギーがくすぶってたのバレバレだったぜ? 死んだフリなんてコスい手、他のIS相手なら通じただろうけど。このスカイブルー・イーグルの目は誤魔化せない」

 

 観察特化仕様ハイパーセンサー【イーグル・アイ】。

 分析に置いては他のISより一手先を行く。

 

 砲身を潰されて行き場を失ったプラズマはゴーレムⅡの胴体を駆け巡り、膨れ上がった。

 

「言ったろ? お前はプラズマで倒すって」

『理、解………不能………』

「俺たちの勝ちだ」

 

 背後でゴーレムⅡが木っ端微塵に爆発した。

 俺は後ろを振り向くことなく。その場を離れた。

 

 エクストラウィン、達成。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、一夏。今の俺、最高にカッコ良くない?」

「あー。今の台詞なかったら満点だったかな」

「アチャー」

 

 

 




 科学過ぎることはニワカで押し通すことにしました(オイ)


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第65話【ノット・オーバー・ヤット】

いつも誤字報告ありがとうございます。


 IS学園の地下区画。

 その更に奥にある地下特別区画の解析室。

 ホログラムの光に照らされた薄暗い部屋で山田真耶は木っ端微塵になった無人IS、もといゴーレムⅡの解析を行っていた。

 

 せわしなくコンソールを操作する横でマグカップが置かれた。

 

「織斑先生」

「一息入れろ。インスタントで悪いがな」

「いえいえ。頂きます」

 

 千冬はコーヒーを冷ます真耶の横でスクラップを越えて鉄屑となったゴーレムⅡを眺めながらコーヒーを一口飲んだ。

 

「派手に壊したな」

「ええ。清々しい程に」

「レーデルハイトのやつ。もしかしたらコアを壊したんじゃないかってあのあと顔面蒼白で詰め寄ってきたぞ」

「あらあら。アリーナでは凄くイキイキしていましたのに」

「ああ。昔のお前を思い出すな」

「な、ななななんのことでしょぉ。あーコーヒー美味しいアチチチ」

 

 普段以上の慌てっぷりを必死に隠すためにゴクゴクとコーヒーを飲み干した。アツアツのを。

 

「の、喉が熱暴走してます」

「フッ。で、解析は出来たのか?」

「ンフンッ。コアは破損していて断片的なデータしか取れませんでしたが。やはり未登録のコアでした」

「そうか」

 

 驚くこともなく千冬は黙ってモニターを見る。

 

「それ以外は」

「いえ、まだそこまでは」

「気にするな。コアが無事だろうが破損してようが。情報なんて抜き取れるもんじゃない。むしろ壊れていて良かった」

 

 そんな尻尾を出すような奴ではないしな、と千冬は頭の中で陽気に笑う兎女を追い出した。

 

「………」

「どうした?」

「織斑先生は今回の首謀者をご存知なのですか?」

「なぜそう思う」

「それは、その………織斑先生が現状を見ても落ち着いてるといいますか………落ち着きすぎてるといいますか………」

「私が焦れば他の奴らも焦るだろう」

「………もしかして。前回と今回の無人機を仕掛けたのは………」

「そこまでにしておけ真耶」

 

 真耶の見解を千冬が制した。叱るのでもなく、諭すように言ってきた千冬に摩耶も口をつぐんだ。

 

「私もな、確信はしても確証はないのさ。確証のないことは無闇に言うべきじゃない」

「すいません」

「いや、私こそすまない。色々苦労をかける」

「いいですよそんな。此処に赴任した時から覚悟はしてますから」

「ありがとう」

 

 この場所は限られた数名しか詳細を知らない。

 そんな限られた機密を共有するパートナーに千冬は真耶を選んだのだ。

 

「しかし。どうなるんでしょうね。学園の女尊男卑問題は」

「今回のことは生徒会に任せている。レーデルハイトのことだ。また何かしら策をたてるだろう」

「あの若さで策士ですか。凄いですね」

「ああ………一体何を持ってああなったのだろうな」

 

 千冬は少し温くなったコーヒーを飲み干した。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「無効試合よ」

「はぁ!?」

 

 場所は夕焼けのオレンジに染まった生徒会。

 女性の為の会リーダー安城敬華の言葉に思わず反感を隠せない一夏は困惑する。

 

「まあそうだね」

「疾風!?」

 

 対して安城とテーブルを挟んで対面してる俺はあっさりとそれを認め。一夏はまたも声をあげた。

 

「なっ」

「いやいやなんでそっちが驚いてるの」

「随分と素直に認めるのね」

「ぶっちゃけテンプレート過ぎて怒りも笑いもしないって感じ」

 

 こっちがどう言ったところで絶対に敗けを認めはしない。

 こっちが事後処理に忙しいところにわざわざ押し掛けてきたんだからなおのこと。

 

「まあ俺たちが勝敗論議したところで、他の生徒から見たらどっちが勝ったかなんて明白でしょ。サッカーでいうならこっちは11点とオウンゴール、そっちは無得点なんだから」

「だけど私たちは再戦を欲求するわ。このまま終わりなんて納得がいかない!」

「そうだよねー。勝手に乱入者を味方と勘違いしたあげく蜂の巣にされたら面目丸潰れだもんね」

「っ!!?」

 

 かぁーっと安城の顔が赤くなった。

 

 あーいい顔。たまんないね。

 おっとまたいけない笑顔になってる。

 自制自制。

 

「再戦ね。生憎もう異種多人数戦は出来ないぞ。今回は特例中の特例なんだから」

「それなら4体4で仕切り直しをすればいい」

「三倍の数で大敗したのに?」

「だ、黙れ! いいから再戦を受けなさい!」

「うん、お断り」

「なっ!?」

 

 いやなっ!? じゃなくてね。

 

「もう生徒会の目標は達せられた。これ以上やってもメリットはない」

「逃げるというの」

「うん、勝ち逃げするのも手かなーって」

「私たちは負けてない!!」

「今回の試合の作戦をたてた疾風・レーデルハイト。かつて織斑千冬が扱った零落白夜を見事使いこなし、敵の大半を落とした織斑一夏。更に突如襲来してきた正体不明のISを男性操縦者のみで倒した。結果はご覧の通り、さて生徒はどちらが勝ったと認識するだろうね?」

 

 あの試合が終わったあと生徒の間で生徒会、そして俺と一夏の評価は爆上がりした。明らかに無謀な戦いを見事制した。

 この活躍は学園の全てが目撃し、学園内の風潮は早くも変わりつつある

 

 まあこっちは結構ホーム的な策略で相手を四面楚歌状態にしたから素直に称賛受けるとむず痒くなるけど。

 

 現にそれに焦りを感じた安城が事後処理の真っ最中の生徒会に単独で来る始末だ。

 

「勝負は無効。並びに俺と一夏の自主退学の話も無しになった。俺たち生徒会はこれ以上続ける気はない」

「だから再戦するって言ってるでしょ!?」

「あ、因みにお前たちの告発は予定どおり行うから宜しくね?」

「はぁっ!? そんな横暴が通ると思ってるの!?」

 

 頼むからお前たちが「横暴」なんて言葉を使わないでくれよ。また笑っちまうだろうが。

 

「覚えてないのか? 緊急生徒集会でも言った通り、生徒会はお前たち女性の為の会を壊滅に追いやる証拠を持ってるがあえて異種多人数ISに持ち込んだ。こちらの目的が達せられた以上、わざわざ引き伸ばす道理なんかないだろ。こっちははなからお前たちの存在を認めてない。お前たちは境界線を踏み越えた。報いは受けるべき者に受けるべきだろう。ですよね会長?」

「ええ、その通りよ。フェンス落下実行犯の加藤百合子は退学ののちに警察に引き渡します」

 

 会長が出したホロスクリーンには加藤百合子がフェンスを外してる様子と彼女の顔がバッチリと写っていた。

 ここまで証拠があるなら言い逃れなど出来る訳がない

 

「そこからは芋づる式。生徒会は女性の為の会の解体に乗り出すわ」

「だそうだ」

「………………」

 

 安城はもう反論出来る気力はなかった。近いうちに来る未来にカタカタと身体を震わせ、顔を青くすることしか出来なかった。

 

「まあ俺も残念だよ。正直無効試合になったから不完全燃焼だし」

「……………」

「だから取引しないか?」

「え?」

「一週間後に中期クラス対抗戦がある。それにお前も出ろ。俺も一組代表として出る」

「クラス代表は一年間変えれないはずじゃ」

「学年責任者の織斑先生から特例として、クラス対抗戦のみ変更という許可は貰った。四組のクラス代表の更識簪も快諾してくれたよ」

 

 特例措置の書類を安城は隅々まで確認する。 

 

「1対1をするというの?」

「その通り。タイマンでやるなら実力のある方が勝つ。お前が俺みたいな男より優れてるっていうなら勝てる戦いだよな?」

「そ、それは」

「あれ、もしかして専用機がないから勝てるわけないなんて言うの? へー、優秀な女性は負ける理由を予め用意してるんだ」

「そんなわけないじゃない!!」

「それは良かった。なら出てくれるよな?」

「っ!」

 

 圧倒的営業スマイルを前に安城は自分の顔に「しまった!」と書いた。

 勿論ボイスレコーダーには記録済み。吐いた言葉は今さら戻らない。

 

「勝負の報酬はこちらが勝てばお前たちを強制的に解体、お前たちがしてきた事を明るみに晒す。あ、名前を出すのは今回の一連の事件に大きく関わってる奴らだけだから」

 

 現に今回の張り紙やら嫌がらせに関わっていない生徒も少数居るし。更識の間者への被害も最小限にしたいからな。

 

「逆に俺が負ければこれ以上事を荒立てない限り女性の為の会の解体には乗り出さないということを生徒会は約束しよう。その紙はそれに対する契約書だ。書けるよな? これ以上の譲歩案はないと思うけど」

「な、なんで」

「ん?」

「なんで態々」

「お情けだよ」

 

 安城の目が開かれて俺を見た。

 次第にその瞳は怒りの色を滲ませていった。

 

「意味、わかるよな。お前たちが下等生物と蔑む男がわざわざ上位存在であるお前ら女に救いの手を差し伸べる。お前のような女尊男卑主義者にとって、これ以上の屈辱はないだろう」

「き、貴様!!」

「言わなくてもわかるだろうけど。クラス対抗戦までに妙な真似したら即解体に持ち込む。契約も破棄だ。わかったらさっさと契約書にサインしろ」

「くっ!」

 

 ギリリと歯ぎしりするほど歯を噛みしめる安城。

 俺が目の前で契約書にサインをすると、他に道はないと理解した彼女は自分の名前と学年を契約書に書き出した。

 

「なあ安城。今どんな気分だ?」

「え?」

「逃げ場のない八方塞がり。自分に降りかかるであろう罰。そして周りから非難の眼差しを受けながら生きていくという不安ーーー全部お前たちの被害にあった男が感じたことだ」

 

 トーンの低い声にビクッと震えた安城の目を真っ直ぐ捉えた。

 その目には先程のおちゃらけた様子とは打って変わり、蔑むような冷酷な視線だった。

 

「その身にしかと感じろ。全部お前たちがやったことだ」

「………」

「契約書もらうね。会長、確認を」

「はい………確かに受理しました」

 

 生徒会長の判子が押される。後は織斑先生の判が押されれば契約成立だ。

 

「安城さん、もういいわよ。くれぐれも大人しくしていてね」

「………はい。失礼します」

 

 もはや否定する気力もなく、安城は生徒会室から退室した。

 

「………こんな感じで良かったですか」

「ええ、ばっちりよ。特に最後が良かったわ。これで彼女は更に追い詰められた筈」

「尻尾、出しますかね」

「異種多人数バトルの時は慢心して自分たちが負けるイメージなんてまったくなかったわ。でも今回は違う。いまの彼女は後のない負ければ終わりという崖っぷちの状況。必ずボロを出す、又は動いてくる」

「いよいよ締めって訳ですね」

 

 学園の根底改革は上手くいった。

 あとはもうひと押し。

 

「頼むわよ疾風くん。責任重大よ」

「ええ。万にひとつも油断はしませんよ」

 

 負けても失うものは無くなったが、それでも負ければせっかく構築した男性理解の波を崩すことになる。

 それを差し引いても、負けてやるつもりは更々ない。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「じゃあ俺たちこっちだから」

「一応だけど、道中気をつけてね」

「了解です。じゃあまた明日」

 

 会議の後に事後処理をしたが結構な量で外はもう暗くなってしまった。

 

「腹減った」

 

 セシリアには遅くなるって伝えてるからそっちはいいとして。俺はどうしようか。卵とベーコンあったからそれ焼いて食パンと合わせればいっか。

 

「ん?」

 

 部屋に戻ると、なんかリビングの方から良い匂いが。

 

「ただいまさーん」

「あ、おかえりなさい」

 

 キッチン(ここもセシリアが改造済み)を見ると、セシリアがエプロンをつけて料理をしていた。

 料理をしている!? 

 

「な、何をしてるのですかセシリアさん」

「夕御飯を作っていますが」

「ひ、一人でか? 大丈夫か? 味は」

「大丈夫ですわよ! ちゃんと味見をしていますから」

 

 ああ、そう。それなら安心か? 

 

「しかしなんでまた一人で?」

「疾風もお疲れでしょうし。そんな人に付きっきりで料理の手伝いを頼むなんて酷かなと」

「成る程」

「それに昼間のことのお詫びといいますか」

 

 昼間? 

 ああ、あれか。

 

「別に気にしてない。あれのお陰で勝てたんだから」

「でもその。思い返すと疾風の言う通りちょっと情緒不安定だったかなって」

「しおらしいお前なんて珍しい」

「ううっ」

「いやなんか言い返してくれよ」

 

 張り合いがなくて調子狂う。

 

「お前って男に対して理想抱きがちだよな」

「男も強くあれ、男こそ強くあれと思ってますから」

 

 セシリアの父さんが妻に対して萎縮してるのを側で見ているセシリアは軟弱、臆病な男に嫌悪感を持っている。

 あの時負け腰だった俺を見てそれを思い出したのだろう。

 

「それと。負けたら疾風がIS学園から居なくなると思ってしまって」

「あのゴーレムは女性の為の会とは無関係だぞ」

「ええ、だから気が動転していました。らしくありませんでしたわ」

 

 ふむ、不意にそう考えてしまうほど俺が居なくなるのは嫌だったという解釈で良いのだろうか。

 指摘したら凄い誤魔化しそうだから言わんけど。

 

 とりあえずセシリアの叱責のお陰で大勝したといっても言い。

 ………結局セシリアに背中を押される形になったんだな。うーん、最後の最後でセシリア離れが出来てない気がする。

 

「まあこれからはお前のお眼鏡に合うような強い男になれるように頑張りますよ」

「そ、そうして下さいな」

「ん。もう出来たか? 皿運ぶわ」

 

 今日の献立はスコッチエッグとコンソメスープにサラダ。あと何故か赤キムチ。

 

「見た目は美味しそう」

「味も美味しいですっ。いただきます」

「いただきまーす」

 

 スコッチエッグにトマトソースをかけてパクリ。

 

「んんっ? こぼれる!」

「あらあら大丈夫ですの?」

 

 すんでのところでご飯の上に避難した。

 噛んだ瞬間中から濃厚な黄身がジュワっと溢れだした。とっさのことだったので反応できなかった。

 肉もちゃんと火が通っていて、スパイスが入っているがしつこくなくちょうど良い案配だった。

 要するに、凄い美味しい。

 

「学園祭の時のレシピを一夏さんから貰って。半熟のスコッチエッグの作り方もそこから」

「………すまんティッシュ取って」

「はいどうぞ………何故泣くのです?」

「成長したなぁって。俺の教育の賜物だな」

「その通りですけど。改めて言われるとムカつきますね」

 

 そこは弁明出来んよ。

 まあ成長したからといって極力一人での料理はしばらく控えて貰うとありがたい。どんな化学反応が起きるかわからんから。

 

「あ、そうだ。明日噂になるだろうから今言うけど。俺と一夏の退学は取り消しになったから」

「本当ですの!?」

「うん。安城が色々言ってきたけど結局無効試合ってことになった」

「そうですか。良かった………」

 

 胸に手を当てて安堵するセシリアの姿に思わず胸がじわっとなった。

 ん? なぜこんな感情に? 

 いや、心配してくれたの嬉しかったからでしょ素直に。

 

「それで、女性の為の会はどうなりますの?」

「こっちが負けてないから手出ししないって話も無効になったから予定どおり動きますって話になってな」

「まあそうですわね」

「だけどあえて蹴って次に繋いだ」

「次?」

「中期クラス対抗戦で女性の為の会の待遇をかけて俺とバトルすることになった」

「え、ですがクラス代表は一年の任期では?」

「今回だけ特例として許可された。因みにブリュンヒルデ印の特注品」

 

 ブリュンヒルデってすげーわ。

 この名前出せばあいつら大抵のことは止まってくれるもん。

 

「何故そんな回りくどいことをするのです? 物証があるのなら早急に解体すれば宜しいのではなくて?」

「うーん。その事についてはあまり詳しく言えないんだよね。生徒会の考え的に」

「そうですか」

「でも俺と一夏の退学は関係ないから幾分か気楽だよ」

 

 あ、後でクラスと専用機LINEに退学の話なくなったこと伝えとかなきゃ。一夏あたりがやってくれてたら助けるけど。

 

「しかし彼女も不運ですわね。疾風との1対1の対戦なんて。勝算があると思ってるのでしょうか」

「そんなの関係なしにゴリ押しで契約書に判を押させたからなぁ、そこは知らん。あいつ震えながら書いてたよ」

「うわ」

「引くなよ。これも必要なことなんだから」

「本音は」

「至極の愉悦」

「うわぁ」

 

 引かないで。

 いや抑えるなんて無理だよ。待ちに待ちわびた待望の瞬間だぜ? 

 明日は実行犯の加藤を警察に受け渡すところに付き添うけど。それはそれ、これはこれ。

 

「俺の退学がかかってなくても本気でボッコボコにしてやるさ。全校生徒の前で恥をかかせた上で学園から追い出してやる」

「因果応報とはいえ散々ですわね。同情はしませんが………」

「まあ一週間後までお待ちをってな」

 

 そういえばフェンス落下事件の前まで一番怒り心頭だったのはセシリアだったな。

 彼女の心情を鑑みるに今すぐにでも現況を潰したいんだろうけど。

 

 それまでは我慢して貰おう。

 

「話変わるけど。俺の情報レベル制限がCまで解除されたって会長が言ってた」

「あ、やっとですか」

「今回無人機が襲撃して俺が対応に回ったから、前回の無人機戦のこと見とけって。あともう一つ事件あったからそれも見といてくれと」

 

 一夏が言ってた一番最初のゴーレムの事件と。学年別トーナメントでの事件。

 やっぱ俺が来る前から波乱の連続だったらしい。

 イベントごとに事件起きてるとか、IS学園ってマジで呪われてるんじゃないか。

 しかも今年からだ。うーん認めたくないけど、俺と一夏の疫病神疑惑出てきてる? 

 

「専用機の待機形態と接続すればパソコンからも見れますよ。後でやり方教えますね」

「助かるーーーんんっ!? このキムチかっれ!!」

「ああ、それ如月さんの新しいルームメイトが作った物のお裾分けですって。韓国の方だとか」

「お前大丈夫なの?」

「少し辛いですけど美味しいですわよ」

「もしかして料理オンチなのってお前の味覚も………」

「それは疾風が子供舌なだけですっ」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 

 

 女性の為の会リーダーの安城は自室に戻った後でもショックを隠しきれなかった。

 

 ルームメイトは空気を読んだのかいつの間にか部屋から居なくなっており、ぶつぶつと呟く安城を止める者は居なかった。

 

「まずいまずいまずいまずい」

 

 異種多人数ISバトル。

 結果的には大敗だ。安城も底無しの馬鹿ではないから結果は無効になったとはいえ理解だけはしていた。

 だけど決して納得するわけにはいかない。

 

「まずいまずいまずいまずいまずいーーー」

 

 女が男に敗北した。

 そんなことがあってはならない、絶対にあってはならない。それだけは認めるわけにはいかない。それを認めるのは女の矜持に関わるから。

 

 負けたのは男ではなく生徒会だという考えも浮かんだが。戦力の8割をおとしたのは紛れもなく二人の男だった。

 

 試合は無効になった代わりに結果はクラス対抗戦に持ち越しになった。

 女性の為の会は首の皮一枚繋がった。 

 

「いやそんなことない。全部生徒会の策略に乗せられてる」

 

 最大の目的である疾風・レーデルハイト並びに織斑一夏を学園から排除する算段が完全に霧散した。

 逃げ場を完全に無くされてなし崩し的に自分たちにデメリットしかない契約をさせられた。

 

 無意識のうちに彼女らは虎の尾を踏んだ。

 その報復は見事その中核を打ち砕いた。

 

 自分たちは正しい、間違ってなどいない、自分は女性としてのあるべき姿。

 延々とそれを頭の中で呪詛のように繰り返した。そうでなければ安城は平静を保つことさえ出来なかった。

 それほど今回の結果は安城にとって受け入れがたい現実になったのだ。

 

「も、もしかしたら。学園祭のチケットのこともバレてるんじゃ………」

 

 呟いた途端身体が震え出す。

 

 チケットを横流しして亡国機業(ファントム・タスク)のメンバーを学園に入れた。

 母親から亡国機業(ファントム・タスク)の橋渡し役として出された安城。

 上手く行けば男性IS操縦者を葬れるということを聞いて喜んで協力した。

 

 オータムが失敗した後は再び母親経由で男性操縦者両名の排除の指令が出た。

 入学してから着々と勢力を増やした女性の為の会を使い、初めて認知した瞬間から目障りで虫酸が走る男性IS操縦者を陥れる。

 

 見事成功した暁には女性権利団体を支援している亡国機業の組織、ブルー・ブラッド・ブルーの参入も有り得た重要な案件。

 こんな大役に関われることを光栄に思いながら直ぐに行動に移した。

 この世は女性の味方、自分たちの味方。そう疑うことを知らずに猛進した。

 

 その結果がこの有り様だ。

 

(どうしてこうなった。勝てたはずだ、数では圧倒的に勝っていたはずだ。なのに何故こうなったんだ!?)

 

 未だに原因を紐解けない安城は思考の渦に囚われていた。

 

 女性の為の会のメンバーも、あの試合を皮切りに半分以上が退会した。

 残ったメンバーも保守的な姿勢を見せて、もはや女性の為の会は砂上の城だ。

 

(どうしたらいいの。私が亡国機業と繋がってることを感づかれたら、あの方に迷惑がかかる)

 

 もはや打つ手はない。

 今さら引き下がることなど出来ない。

 

 自分の思想に従う者はついてきた、思想に従わない者も自分を恐れて不必要に触れようとしなかった。

 今まで日本女性権利団体の娘という肩書きだけで生きていた安城敬華にとって権力が通じないことなどなかった。

 

 だけどこれから戦う相手にそんなのは通用しない。

 ISの成績はごく普通の安城。三倍の戦力差でも勝てなかった相手に勝てるのか。

 

 疾風・レーデルハイトに勝てるのか。

 

「勝てるわけ、ない」

 

 絞り出すように出た声は苦痛に満ちていた。

 

 一年の専用機の中でも疾風はラウラ・ボーデヴィッヒに次ぐ実力者。そして今回の試合でまた一つ殻を破った彼の戦闘力は図りし得ない。

 現にシールドがほぼ満タンだった加藤がなす術もなく一方的に削り殺された。

 一夏のような一撃必殺を持たずにだ。

 

 それ以前に他の対戦相手は? 自分と相反する相手に勝てるのか? 二組の専用機持ちの凰鈴音に勝てるのか? 

 

『今どんな気分だ?』

 

「!?!?」

 

『その身にしかと感じろ。全部お前たちがやったことだ』

 

「黙れ! 黙れ! 黙れ黙れ黙れぇっ!!」

 

 突如聞こえてきた幻聴を振り払う。

 だが疾風の声はエンドレステープのように脳内で反響した。

 

 精神が磨耗しきった彼女を助けるものはいない。

 安城敬華は孤独に幻聴を振り払うべく叫び声を………

 

 プルルルルルルルッ。

 

「ヒッ!?」

 

 スマホから着信が鳴ると同時に幻聴が消えた。

 鳴り続ける着信音、スマホの画面には非通知と出ていた。

 

「も、もしもし?」

 

 すがるような思いで電話に出た。

 

「こんばんわ。安城敬華さんでいいかしら?」

 

 聞こえてきたのは変声加工が施された高い声だった。

 本の少し恐怖を覚えるも、安城は恐る恐る応じた。

 

「だ、誰?」

「諸事情により声を変えてるのは許してね。私はクイーン。あなたのお母様から名前だけは聞いてるわよね?」

「く、クイーン!?」

 

 クイーン。それはブルー・ブラッド・ブルー総帥のコードネーム。

 安城があの方と呼ぶ人だった。

 

「ど、どうして私のスマホに」

「いまあなたがどんな状況なのかは分かっているわ。それをふまえてあなたを手助けしようと思って」

「な、なんで?」

「?」

「だって私は失敗して」

「あなたは何も悪くはないわ。悪いのは全て汚ならしい蟲。あなたは立派に勤めを果たそうとした。攻める謂れはないわ。それに困った女性に手を差し伸べるのは当然の事でしょう?」

 

 慈愛に満ちた声に安城の心拍数が段々と落ち着いていった。

 

「手を貸してあげる。今を打開出来る最善の手を。私の言う通りにすれば、全て上手く行くわ」

「ほ、本当に?」

「ええ、だけど代わりにお願いを聞いてくれるかしら?」

「な、なんでもします! だから助けて!」

 

 例え自分の死を命じられても従うつもりだった。

 相手がクイーンなら大丈夫。そういう絶対的かつ妄信的な信頼があった。

 

「疾風・レーデルハイトを殺しなさい」

 

 突然耳に届いた言葉に安城は一瞬息をすることを忘れた。

 

「こ、殺す?」

「そうよ。でも大丈夫、あなたが罪に囚われる事はない。疾風・レーデルハイトは事故で死ぬの」

「事故………」

「それが私が心から望むこと。協力してくれる? 安城敬華さん」

「はいっ!!」

 

 常識を逸した申し出。

 それでも安城は快諾した。

 月明かりに照らされた口元を歪ませながら。悪魔(女神)の手を取ったのだ。

 

 災禍はまだ終わらないーーー

 

 

 



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第66話【影法師の狂剣】

沢山のコメントありがとうございます。
一度にこんなにくるのは初めてで戸惑うと同時に凄く嬉しかったです。

ミサンドリー編も残り2話。頑張ります。


 一週間後。

 中期クラス対抗戦(リーグマッチ)当日。

 

 第三アリーナで準決勝第一試合が行われていた。

 

「わっ、ちょ! たんま!!」

「たんまなし!!」

 

 ミドルブレードを両手に持つ双剣スタイルの対戦相手に対し付かず離れずにイーグルのプラズマブレードで切り崩す。

 

 動きが止まった僅かな隙を逃さずミドルブレードに向けて近距離からクローアンカーが噛みつく。内臓ブースターで強引に手元から引き剥がし、至近距離からインパルスのプラズマ弾を当て体制を崩した。

 

「ちぇぇぇやぁ!!」

「ぐあっ!」

 

 射出したビークで四肢に衝撃を与え、体勢を崩したところがら空きの腹めがけてブースト。

 

 打鉄の腹にブライトネスを全弾ぶちあて、相手のシールドを枯らした。

 

『7組、シエラ・パーキンソン。リミット ダウン 勝者 1組、疾風・レーデルハイト!』

 

 勝者を知らせるアナウンスと共に会場が沸き上がった。一部残念がるエリアがあるが、勝負なのだから仕方ない。

 

「ナイスファイト」

「ありがとうレーデルハイトくん。やっぱり専用機なしだときついなぁ」

「なに。専用機なんか無くても強い人は強いよ。会長とか」

「あれと比べられてもね。よいっしょ」

 

 仰向けに倒れたパーキンソンさんを起こした。

 

「頑張ってね、応援してる」

「ありがとう。期待に添えれるよう頑張るよ」

 

 最後にマニピュレーター越しに握手して、試合が終了した。

 

 

 

 

 

 

「準決勝突破おめでとう疾風くん」

「ありがとうございます会長」

 

 ピットに戻ると会長が居た。

 扇子をヒラヒラしながらふにゃっと笑う会長を見ると、なんというか実家の安心感がある。

 一夏は会長と会うと「何かされるのではないか」と緊張で身構えるらしい。難儀なものだ。

 

 スカイブルー・イーグルをハンガーに預け、エネルギーを補給する。

 ISのエネルギーって電気をISコアがISエネルギーに変換してるらしい。

 プラズマでも代用できるかってレーデルハイト工業でも試したらしいが、変換効率が目を塞ぎたくなるような有り様だったらしい。

 

「学園に来た時と比べて武装が増えたわねぇ」

「そうですね」

 

 今のイーグルは近距離武装にインパルスとブライトネス。遠距離にボルトフレア、ビット兵器であるビーク。肩にはクローアンカーが装備され。手足にはプラズマブレード発生機。

 第三世代型としては破格のポテンシャルといえる。

 

「こんだけ多いと目移りしちゃうわね」

「そうでもないですよ。用途はキッチリ分かれてますし。どれを使えば効率的に相手の動きを潰して連続攻撃出来るかってのは自然に理解出来ちゃうんです」

「疾風くんって器用だもんね」

「ISオタクですから。あ、エネルギー効率も20%向上してるんです。今は更なる能力値向上を目指してるとか。まだまだ強くなりますよ、こいつは」

 

 今は近いうちに開催されるキャノンボール・ファストに向けて何かを作ってるらしい。

 

「しかしあざやかね、さっきといい第1回戦といい。最後の連撃コンボは鮮やかね」

「イーグルの勝ちパターンですから。零落白夜みたいな一撃必殺がない分、質と同時に量も求められますし。異種多人数戦が良い刺激になりました」

 

 名前をつけるなら、マルチプル・コンボ・アーツ。

 母さん、アリア・レーデルハイトが使うダンスマカブル・ブレードアーツを参考に。イーグルの観察特化センサーと、機動力、武装で模倣、考察した戦術パターン。

 このコンボが決まればシャルロットの戦術パターンである砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)をも強引に突き破ることすら出来る。

 

 もとのDMBAに比べれば手数も足りない劣化版だけど。使ってみると結構楽しい

 

「ていうか会長。なんで一回戦から安城と組ませなかったんですか。早期決着出来たのに」

「そんなこと言われてもねー。契約書書く前からトーナメント表決まってたんだししょうがないでしょ」

「だからって決勝戦まで引き伸ばさなくても………」

 

 クラス代表が一時的に特例で変更された翌日の朝に張り出されたトーナメント表。それはまあ酷いもので。

 安城は決勝戦に行くまでかち合うことはなく。しかも安城の準決勝の相手がまさかの鈴という。安城が決勝行く前に終わっちまうんじゃねえかって少し不安になる。

 

 そうなった時はどうするか決めなかったなぁ。

 鈴なんか「悪いわね疾風。菖蒲を怖がらせたあいつはあたしがぶちのめすから」と、戦意充分の様子で。

 

 まあその時は改めて放課後にタイマンを持ち込むとするか。鈴が負けるなんてイメージつかないし。

 

「安城敬華は二回戦を突破したみたいよ。二回戦の相手はあっちサイドの人だから八百長ね」

「そうっすか」

 

 答える俺の声は低かった。

 あいつが勝ち上がることに喜んでる訳ではないが。原因はそれじゃなかった。

 

「会長の予想通り、動いてきましたね」

「ええ。まさか代表候補生になって専用機を持ってくるなんてね」

 

 そう。まさかのまさか。安城はこの一週間の間で日本の代表候補生になった。

 安城は随分前から代表候補生の適正試験を受けていたらしく、晴れて適正が通って代表候補生になったという。それに付属する形で専用機も受領したらしい。

 

 というのが公的な資料による情報だが。

 更識サーチによるとブラックよりのグレーらしく。この申請には女性権利団体、つまり安城の母親が納める組織が見え隠れしてるという。

 

「使用してるISの名前は黒鉄(くろがね)。暮桜の第三世代試験モデルの一つよ」

「このフォルム。日本代表が使う白鉄の姉妹機ですか」

 

 黒鉄の外見は打鉄と白式を足して割ったようなフォルム。少々小ぶりになった盾と、大型スラスターがついており。外見は黒と赤のツートンでISだけ見たら素直にカッコいい。

 

「うん、あと白式の姉妹機でもあるわ」

「あ、やっぱそうなんですね」

「あれ? 一夏くんから聞いてなかった?」

「あいつが知ってると思います?」

「あらいけない私ったら。じゃあオフレコでね?」

「軽いなぁ。了解です」

 

 こっちも推測の粋だったけども。

 

 白鉄、黒鉄が使う第三世代技術ははっきり言って暮桜のデッドコピーと呼ぶことすら叶わないほどの劣化品。

 シールドを消費して攻撃に転化するというのは同じだが。エネルギーを霧散させることは出来ず、シールドを素通りして絶対防御を発動させることも出来ない。

 

 利点があるとするならば。発動するとシールドを一定値消費して既存ビーム刃を形成して攻撃するのでエネルギー消費の目安を管理しやすいこと。

 専用のビーム発振器内蔵型実体剣【光刃】から繰り出す斬撃の威力は。既存兵器の枠組みで最上位の破壊力を持つ。

 

 現日本代表の楠木麗は日本代表決定戦でこれを使用して代表に登り詰めたという。

 

「まあ、そいつにそれを扱えるだけの技量があるとは思えないですけどね。一回戦も隠れ派閥でしょうに」

「まあね。でも次は鈴ちゃんよ。もう八百長は通じないはず。いま戦ってるけど、見に行く?」

「もう終わってる頃でしょう。鈴が負けるとは思えないですけど。あ、ちょっと失礼」

 

 スマホの着信。菖蒲からだ。

 

「はいもしもし」

「疾風様。大変です」

「どうした? こっちは無事勝てたけど。そっち今どうなってる?」

「鈴様が………敗退しました」

「は?」

 

『準決勝、第2試合終了。勝者、安城敬華。決勝進出です』

 

 ピットのモニターのトーナメント表が動いた。

 凰鈴音のネームが暗くなり、安城敬華のネームが線にそって上に上がった。

 

 

 

 

 

 

「鈴!」

「あ、疾風。と生徒会長」

 

 第4アリーナのピットに行くと、いつもの面子と。憔悴してる鈴の姿があった。

 

「何があった?」

「何って負けたのよ。完膚なきまでに」

 

 ぐっと唇を噛む鈴。拳も爪が食い込むほど握られ、鈴の心情が痛いほど伝わってきた。

 

「菖蒲。鈴をここまでやるなんて。安城の奴そんな強かったのか?」

「最初の中距離戦は鈴様の衝撃砲で優位に取れました。ですが、近距離に持ち込んだ途端。鈴様が一方的に」

「ますます不可解ね。幾ら専用機が近距離戦仕様とはいえ、一夏くんと対等にやりあえる鈴ちゃんがそんな……」

 

 会長の言うとおり。鈴のインファイト能力は専用機持ちでもトップクラス。

 一体どんなカラクリを………

 

『まもなく、第一アリーナで決勝戦を開始します。出場者は準備をお願い致します』

「行かなきゃ」

「気を付けて」

「ああっ。ぶっ潰してくる」

 

 一足先にピットを出た。

 落ち込む鈴の側にいた菖蒲がみんなに目配せをして先に行かせた。

 

「ごめん菖蒲」

「何がです?」

「仇、取れなかった」

 

 鈴と菖蒲の二人だけとなったピットで鈴がポツリとこぼした。

 

「絶対ぶっ潰してやるつもりだった。菖蒲に酷いことさせたあいつらに。指示を出したアイツに。だけど結果は惨敗。あたし、すごく惨めだわ………」

「鈴様は立派です。それに、決して無駄ではありませんよ。鈴様から聞いた情報はきっと疾風様の助けとなります」

 

 菖蒲は目頭にたまった涙をハンカチでそっとぬぐった。

 

「さ、いきましょう。早くしないと見逃しますよ!」

「ちょっ、待って! 先に着替えさして!?」

「あ、ごめんなさい」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「疾風!」

 

 イーグルに搭乗しようとしたらセシリアが走ってきた。

 

「どうしたセシリア? なんか用?」

「えっ? よ、用なんかありませんわよ。悪かったですわね」

「いや別に悪いなんて言ってないが」

「見送ろうと思っただけです。決勝戦ですし」

 

 なんかセシリアがマゴマゴしてる。

  トイレ、な訳ないよな。やばい、今のは一夏と同じ思考回路だった。

 

 とりあえず言葉の渡し船を出すことにした

 

「それだけじゃないだろ? どうした?」

「………あの黒鉄というIS。なんか嫌な感じがして」

「根拠は?」

「ありませんわ。ですが安城が鈴さんを一方的というのはどうにも信じれなくて」

「わかってる。油断も慢心もする気はない」

「ええ………」

 

 不安を拭いきれない。そんな顔をしてる。

 まったく。こんな直ぐに顔を出て当主なんかやっていけてるんだろうか。

 

「セシリア」

「はい?」

「俺を見ててくれ」

「! ええ、勝ってきなさい!」

「ああ!」

 

 その言葉に意気揚々と答え、ピット・ゲートのカタパルトに乗り込む。

 セシリアの応援に胸が熱くなる。不思議と力も沸いてくる気がした。

 

「行くぞ」

 

 ゲート解放、カタパルト起動。

 瞬間的に身体にかかるGに心地よさすら感じながら戦場に馳せ参じた。

 

 視界が開ける。

 目の前には黒鉄に身を包み。黒いラインバイザーで顔の上半分を隠した安城の姿があった。

 

「鈴を倒したようだな。上手くなったんじゃないか」

「………」

「随分露出の少ないISスーツだな。新調したのか?」

 

 安城のISスーツは前回と違い足首から首もとをスッポリ覆う飾り気のないダイバースーツタイプだった。

 こういうのは軍関係とかそういうのが使用するから、学園の女子では着てる人は少ない。

 

「フフフ」

「あん?」

「この試合であなたは終わる、文字通りね」

「なにを言ってる?」

 

 仮にだ。この試合で俺が負けても俺はIS学園から立ち去ることはない。

 言うなればこれはエクストラゲーム。この試合、そしてそのあとの結果を足掛かりに安城と亡国機業の繋がりを掴む。

 

 なのに、あの不適な笑みはなんだ? 

 何故こいつは鈴に勝てたんだ? 

 

 不気味だ。こいつ、本当にあの時震えながら契約書書いてた安城敬華なのか? 

 

 何はともあれ。あいつが見てる前だ。

 負けてやるつもりなんかない。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 勝てる。

 

 安城は口に出さずに呟く。

 

 必ず勝てる。

 

 力が欲しかった。疾風・レーデルハイトを完膚なきまで叩きのめす力が。

 

(あの方が。私の望む物を全て与えてくれた。あの方が、クイーンが私に期待している)

 

『システム構築。ISスーツとの同調確認。機体各部のポイント更新』

 

(ならば殺す。あの方が望むなら殺す。私が望むから殺す。この力があれば殺せる。私に屈辱を与えたあの男を殺す)

 

『血中のブルー・ブラッド・ナノマシン起動。IS適正値、BからAに上昇、確認。最終安全装置解除』

 

 黒鉄の装甲が鳴動する。

 黒鉄の情報サーキットが塗り変わる。

 

 黒鉄と呼ばれたISに別のISが覆い被さる。

 

『模倣対象、暮桜。織斑千冬に設定。完了』

 

 気分が高揚する。数分後に血塗れのバラバラ死体となっている疾風を想像し、笑みが止まらない。

 これ程愉快な気分は初めてだ。

 

「覚悟しろ疾風・レーデルハイト」

 

 3、2、1。

 

「最強の力。特と味わえぇっ!!」

 

 安城の眼の虹彩が蒼に染まった。

 

『ヴァルキリー・トレース・システム。起動』

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 

『試合開始』

 

「はあああぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 雄叫びを上げた安城はブースト。獲物である光刃でこちらに斬りかかる。

 俺は受け止めて返す刀でインパルスで斬り、まずは勝負のマウントを取ろうとした。

 

「死ねっ!」

「!?」

 

 その時。安城の笑みを見て背筋が冷えた。そして、黒鉄のラインバイザーが怪しく光る。

 迎撃ではなく防御を。だがその剣筋は構えていたインパルスをすり抜け、胴体を切り裂いた。

 直前で剣の起動が変わったのだ。

 剣自体が曲がったのではなく、操縦者の手さばきでだ。

 

「なっ!?」

 

 削られるシールドの値が通常より多い。黒鉄の第三世代能力であるシールドエネルギーでブーストされた威力。

 だが驚いたのはシールドの減りではなく、安城の剣だった。

 

 明らかに剣の動きが素人じゃなかったぞ!? 

 

 長年の経験に裏打ちされた熟練者の用な剣。だがその剣筋は一夏と箒よりも鋭かった。

 

 鈴の言うとおり。今の安城は一週間前と段違い。

 こっちは油断なんて一ミリもしていない、最初から全力でタタキ潰して即ゲームエンドのつもりだった。

 

 背にまわった安城にインパルスを撃つが紙一重で避けられた。また、強化された斬撃が来る! 

 

「くぅっ!?」

「よく受けたわ! でも無駄ぁ!!」

 

 当たったと思ったら第二撃、三撃、四撃と連なるように剣が襲ってくる。

 たまらずバックブーストしながらインパルスとボルトフレアで撃ちまくるが掠りもせず、全て紙一重で避けられた。

 

 機体性能で片付けるには安城の腕前は拙い。だけどそれで片付けれる程イーグルと俺の射撃は甘くはない。なのに全て紙一重で避けられる。

 

 あのバイザーが俺の攻撃を予測してるのか? いやそれでも、この動きの無駄の無さはなんだ!? 

 

 機械的と見るには有機的、有機的と見るには機械的な動き。

 この前戦った無人機も無駄はなかったが。目の前の動きは洗練され過ぎている。

 本当に目の前で戦ってるのは安城敬華なのかと、そう思うぐらい別物! 

 

 接近した安城にボルトフレアの銃身が斬り飛ばされた。

 

 攻撃の予測はついても、対応して攻勢に移れるビジョンが見えない。

 今の安城の立ち回りはまさしく熟練者の動きだった。

 

 インパルスをリコール。腕のプラズマサーベルで応戦するが。黒鉄の光刃の方が剣速は上だ。

 

「この力に勝てるわけないでしょ! とっと死ねぇ!」

「くそっ!」

 

 苦し紛れに飛ばしたビーク六基が一瞬でスライスされた。

 

 あっという間に防戦一方。

 おかしい、何かがおかしい。

 何かは分からないけど。俺はこの試合に今まで感じたことのない異質さを感じていた。

 

 対戦相手と戦ってるのに対戦相手と戦ってる気がしない。

 

「ぐっ!」

 

 右肩のアーマーがクローアンカーごと吹き飛んだ。絶対防御も発動し、シールドが早くも5割まで迫った。

 

「どうしたのよ一方的ね! でも恥じることなんてない! これは必然なのよ!!」

 

 安城の狂喜じみた声。超ハイテンションだなクソッタレ!!

 

 だけど分かることもある。こいつの剣は一夏のそれと似た、剣術に関連してること。

 俺は安城がどんな戦い方をするのかはデータで見た。だが奴が剣術に精通したという記録も経験はない、どっちかというと中距離タイプだった。

 なのにこれだけの近接格闘能力。

 

 この一週間でここまで変われるものか?

 

 そしてこの剣の動き、俺には見覚えがあった。

 

「ん?」

 

 あれ? 

 なんで俺、見覚えがあるなんて思ったんだ? 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「なっ!?」

「あの、すいません」

「あ、こちらこそ」

 

 観客席で観戦する一夏は思わず立ち上がった。直ぐに後ろの邪魔になると気づいて座り直した。

 

「どうした一夏」

「箒、安城の剣を見ておかしいと思わないか?」

「それは私もわかる。奴が疾風を防戦一方にさせるほどの剣を使えるとは思えない。だがあれは」

「千冬姉の剣だ」

「どういうことだ?」

「一夏の言う通りかもしれん」

 

 一夏の変わりに肯定したラウラは眼帯を外していた。

 眼帯に隠された金色の瞳、境界の瞳(ヴォーダン・オージェ)の疑似ハイパーセンサー・インターフェースが安城の動きを捕らえていた。

 

「あの太刀筋、身体の動き。モンド・グロッソに出ていた教官の動きと酷似している」

「でもそんなことが可能なのですか? 幾ら何でも一週間で織斑先生の動きを真似できるなんて」

「一日も必要ない。一つだけあるだろう。熟練の動きを可能にする代物が」

「VTシステムか!?」

 

 ヴァルキリー・トレース・システム。

 VTシステムと呼ばれるそれは文字通りモンド・グロッソ武門優勝者のヴァルキリーの動きを模倣、再現させるシステム。

 これを使えばIS初心者でもヴァルキリーと同じ戦い方が出来る。

 

 かつてラウラも研究機関の陰謀で無断で搭載されたVTシステムで暴走したことがあった。

 

「た、確かに言われてみれば安城の動きは千冬さんに似ているようにも見える」

「千冬さんを良く知ってる三人がそういうなら間違いないでしょうね」

「でもVTシステムなんて誰でも使えるような代物じゃないよ!? ラウラはともかく安城さんは普通の学生。到底負荷に耐えれるとは思えない!」

「ああ、だが奴はもう3分も動かしている。薬物投与か、或いはあの黒鉄というISに何か細工があるのか」

「とにかく織斑先生に連絡を」

「ああ」

 

 シャルロットの言う通りVTシステムはヴァルキリーと同等の戦力を得る変わりに致命的なデメリットがある。

 それは操縦者本人にシステムによる動きを強要させること。システム発動中は本人の思考と身体の動きはシステムに支配される。

 無理やり戦い方と動かし方をロードされ、実行するには精神と肉体に甚大な不可がかかる。

 下手すればシステムを発動して直ぐに廃人になってしまう。

 

 当然ながら違法なシステムとして国際条約でも厳しく制限されている。

 

「っ!」

「一夏、気持ちはわかるが」

「………大丈夫だよ箒。俺は冷静だ」

 

 そう言う一夏の眼差しは普段の彼から想像できないぐらい厳しく、怒りを込めたものだった。

 千冬の剣は千冬自身の物。それを我が物顔で使っている安城に一夏は怒りを感じていた。

 

「早く試合を止めませんと! このままでは疾風様に危険が!」

「ですが。彼女がVTシステムを使っているという証拠がありませんわ」

「セシリア様! そんなこと言ってる場合ですか!?」

「いや、セシリアの言う通り。ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンと違って機体が変質していない」

 

 レーゲンがVTシステムを発動した時。レーゲンの装甲が融解し、暮桜の形に再構成された。その時は現場の異常性に気付き、直ぐに緊急避難対応がなされた。

 

 だが安城の黒鉄は変質せずにVTシステムを発動している。

 VTシステムを発動すれば装甲変質を行うかどうかは定かではないが。今の安城は端から見たら専用機の力で戦うだけに見える。ギャラリーの誰もが戸惑うことはあれど、VTシステムを使っているとは夢にも思わないのだ。

 

「安城さん。ラウラの時と違って暴走してるように見えない」

「ああ、あの時のラウラは暗闇の中で何も出来ない感覚だったらしい」

 

 操縦者ではなくシステムがISと操縦者を動かす。

 それがVTシステムというもの。

 だが安城の様子から意識が消失してる様子はない。

 

「あいつが自分からVTシステムを任意で発動したってことか? そんなことが」

「もしかして、あいつ疾風を殺す気で」

「は!? こんな公衆の面前でそんなことしたら誤魔化しようが」

「そんなもの。VTシステムが暴走したということにすれば逃れられますわ。少なくとも、法廷ではそれが武器になりえる」

 

 故意ではなく不可抗力。

 安城の母親が法廷にも顔が効くのだとしたら、その可能性は十二分にある。

 安城の目的は、VTシステムという異常性を盾に疾風を殺すこと

 

「いま教官に試合を止めてくれるよう連絡を送った。だが、果たして応じてくれるかどうか」

「そんな」

「大丈夫よ。千冬さん、織斑先生も馬鹿じゃないんだし。きっと動いてくれるわ」

「………歯痒いですわ」

 

 出来るなら自分が今すぐ飛び出したいと。セシリアはそう思っていた。

 

 ゴーレムⅡの時も、本当は自分がいの一番に助けに行きたかった。

 だがあの時と違っていま疾風に通信を送れない。疾風と通信すれば疾風の方が大会規定に違反し、失格となる。

 

 確たる証拠がない。それだけの理由でまた男が追い詰められている。

 

「あっ!!」

 

 イーグルのもう片方のクローアンカーユニットが破壊された。

 疾風も一度距離を離そうとするが。高機動仕様にシフトされている黒鉄が猛追する。

 

「疾風!!」

 

 セシリアの悲鳴が木霊するなか。

 安城が持つ光刃から放たれる紫の光が疾風の首に襲いかかった。

 

 

 



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第67話【この世が理不尽で出来てても】

 セシリア誕生日おめでとう!
 四日遅れ、俺は駄目な奴だ。

 至上主義(スクール・カースト)編、最終回。

 これが年内最後の投稿になります。
 コロナが今も猛威が振るうなか、コツコツと書いて行きました。

 皆さん、よいお年を。くれぐれもコロナにお気をつけて。


 

 

 紫の光が迫る。

 俺の首をシールドごと切り飛ばす勢いで振られる横薙ぎの刃が眼前に迫った。

 

 転べっ!! 

 

 瞬時に手足のデバイスを動かしズルッと氷の上で足を取られるようにISの体勢を倒した。

 目の前を通る紫の刃。ISの保護がなければ目をやられる光量を出す光刃。

 

 横向きにスラスターを出し独楽の勢いで足のプラズマブレードを振った。

 黒鉄の足に命中。黒鉄が崩れる隙をつかずにその場を離れた。

 

 当たった? 

 情けない話だが今まで紙一重で見切られていて、今のがこの試合で初めての明確なヒットだ。

 

「待てええええ!!」

 

 とにかく一度離れて状況を整えなければ。

 そう思ってもあっちの初速はイーグルに追い付いている。

 流石は白式と白鉄の姉妹機。褒めてやるよ、ISだけな! 

 

「死ね! 死ね! あの方のために死ねぇ!」

「誰だよ!!」

 

 がむしゃらな安城の声とは対極に繰り出される精錬された剣技。

 段々と目が慣れてきたというか。イーグルが解析してくれたおかげでなんとか致命傷は避けれてきた。

 

 ピピッ。

 

『ミステリアス・レイディから緊急通信』

「あん!? 緊急通信!?」

 

 本来試合中の通信は禁止。

 それを承知の上でかけてきたということは。

 

 バススロットにしまっていたラプターを眼前にコールし、それを切らせた。

 至近距離で爆発され、プラズマ球でお互い吹き飛んだ。

 

「繋げ!」

「疾風くん無事ね!?」

「見た通りです!!」

「落ち着いて聞くのは無理かもしれないけど聞いて。安城敬華はヴァルキリー・トレース・システム。VTシステムを使ってる可能性があるわ」

 

 VTシステム。

 記録映像でラウラが暴走したやつか! 

 

「彼女はそれで織斑千冬の動きをトレースしてるわ」

「だからこんな攻撃が出来るわけだ!!」

「おそらく彼女はVTシステムを理由に貴方を殺す気よ!」

 

 裏工作はやめて正攻法で殺しに来たという訳か! 

 亡国機業(ファントム・タスク)はなりふり構わず俺を消すことに必死らしい。

 

「それ違法なんですよね。分かってるならなんで試合中止にならないぃぃっ!!」

 

 いま胸かすった! これが零落白夜ならやられた。

 あと一発もろに食らったら間違いなくシールドがゼロになる。

 

「確定じゃないのよ。前回ラウラちゃんが使ったときは明確に異変があったけど。今回念入りにチェックしても異常はなかったのよ」

「だから踏み込めないっていう!」

「私だって歯痒いわよ! でも確証がなければこっちも迂闊に手が出せないのよ」

「ごもっとも!」

 

 あんときはレーゲンが泥人形みたいになってたから手を出せた。

 実際は一夏が解決したけど

 

 シャルロットのラファールからのエネルギーパイパスで限定権現した白式。ほぼ生身だった一夏がVTシステムの動きを見切ったとか。

 

「疾風くんがシールド切れになり、それでも襲いにいった瞬間に戦闘教員が取り押さえる手筈になっている。もしくは疾風くんがリザインするかだけど」

「それだけは駄目です! もし降参して奴がシステムを隠しでもしたら!」

 

 子供じみた理由だが。ここで自分から負けを差し出せば俺は一生後悔する。

 たとえ俺が負け、そのあとVTシステムの存在が露見したとしても。俺が安城に負けたという事実は消えはしない

 

 だがどうやって勝つ? 

 今の安城はモンド・グロッソで頂点にたった織斑先生の動き。

 このまま削り殺されるのは時間の問題。

 

 ───本当にそうか? 

 

 迫りくる光刃をブライトネスの衝撃で逸らし、その腹に蹴りを入れるが避けられる。

 

 先程から感じてる違和感。

 覚えのある動き。それを防いだ。

 

 何故防げる? 

 

 これが本当に織斑千冬の剣だというなら何故俺は負けてない? 

 俺の戦闘能力がブリュンヒルデに対抗出来てるから? 

 違う。流石に自惚れが過ぎる。

 

 何故ISに乗って半年足らずの俺がブリュンヒルデ相手に生き残れている? 

 零落白夜ではないから? 

 違う、あれが零落白夜のデッドコピーだとしても。織斑千冬の剣を防げてる理由にはならない。

 

 何故俺は対応出来始めている? 

 

「会長」

「どうしたの?」

「織斑先生に繋いでください。今すぐ確認したいことがあります!」

「わかったわ………繋いだ」

「私だ」

「織斑先生。安城が使ってるVTシステムについて聞きたいことがあります!」

「言ってみろ」

 

 黒鉄の光刃の光が一瞬弱まり、また輝いた。シールドエネルギーを補充したんだ。 

 

「VTシステムに使われてるデータは第一、第二モンド・グロッソによるもので間違いないですか?」

「ああ、そうだ」

「それ以外のデータが使われてる可能性はありますか! 例えば練習時間だったり、日本代表決定戦や、フリーの対戦だったりとか!」

「可能性はゼロではないが、ほぼゼロだろう」

「うおっ! 何故そう思うのです!?」

「私はモンド・グロッソ以外で公の場に出なかった。練習は他人に見せてはいない。代表決定戦も他国に情報が漏れないように秘密裏に行われた」

 

 つまり、VTシステムに使われてるのは正真正銘モンド・グロッソでの戦闘データのみだということ。

 

「レーデルハイト。あのVTシステムはボーデヴィッヒより更に洗練されたものだ。今上層部に掛け合って、こちらから強硬手段に移ることを打診している」

「いいえ必要ありません。今の情報で勝ち筋は見えました!」

「考えがあるんだな?」

「絶対、ではないですけどね」

 

 一夏なら絶対勝つとか言えるんだろうな。

 だけど俺は変に捻くれてる。ことバトルに対しては100%とか中々言えない。

 

 だが織斑先生は口出しすることなく教え子である俺の背中を押した。

 

「いいだろう。やってみろ」

「はい!」

 

 今一度安城の、VTシステムの動きを見た。

 その動きは素人目から見ても驚異を覚える太刀筋だ。

 

 横からの攻撃をよける、下からくる、弾く。

 突き、耳元を通るが、当たらない。

 

「まぐれがぁ!」

 

 右、左、右上、下、上、左。

 

 その全ての斬撃を受けることなく避け続けた。

 

「何故当たらない!」

 

 安城が焦り始めても太刀筋はぶれることない。寸分の狂いもなく剣は振るわれる。

 動かしてるのはVTシステム。安城はシステムに身体を貸してるだけにすぎない。

 

 そこに血は通っていない。

 魂も信念も何一つ籠っていない。

 

 ブーストからの一閃を躱し、プラズマサーベルで斬り着けた。

 上下の二段斬りの間をぬってブライトネスを腹に打ち込んだ。

 フェイントを混ぜた必殺の一撃も逆に背後を取って蹴りを入れた。

 

 よく見たら本物に似せただけの真似事の剣じゃないかと思えてきた。

 俺はこんな攻撃に苦戦してたのか。

 

 なんかイライラしてきた。

 まるで見たい動画の画質が最低に設定されていて、変更できない仕様になってるものを延々と見せられてるみたい。

 

「当たらない! なんで!!?」

 

 これ以上当たるものか。当たってやるものか。

 

 その攻撃。動き、立ち回り。

 俺はそれを何十回、何百回も見たことがある。

 

「行くぞ、一方的だ」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「疾風のやつ、見切り始めてる?」

 

 序盤劣性だった決勝戦。

 安城の猛攻の前に倒れると思っていた疾風はふいに攻撃を避け始める。

 

 避ける、とにかく避ける。

 そして動きを最小限に確立させると斬撃の合間をすり抜けて攻撃を当てていく。

 攻撃が当たるとわかれば更に攻撃の密度を上げて追い詰めていく。

 

 まるでパズルを組むように。

 レシピ本を参考に料理を作るように。

 手順を積み上げて結果を手繰り寄せていった。

 

「あれほど対応出来るのか? 紛い物と言えどあれは教官の動きだ」

「多分、疾風も気づいたんだと思う。あれが千冬姉の動きをしてるって」

「それが分かったところで直ぐに実践出来る筈が」

「疾風は出来るんだ。何故なら、VTシステムの千冬姉の動きは全てモンド・グロッソで実際にした動きだ」

「どういうことなのだ?」

「それは」

「見続けていたからですわ」

 

 一夏の言葉をセシリアが引き継いだ。

 

 以前疾風がパソコンでモンド・グロッソの試合を見たとき聞いたのだ。

 

 

 

「それ、織斑先生の試合ですの?」

「うん。もう何回見たかなぁ。ほぼ毎日見てるから」

 

 疾風が動画ファイルを閉じると、そこには編集されたファイルがズラッと並べられていた。

 ファイルの名前には疾風の母親やアリーシャ・ジョゼスターフ。その他にも代表の名前がズラッと並べられていた。

 

「まさか、一人一人の総集編を?」

「そうだよ。DVDだけじゃなくテレビの特集やネットにアップされた奴を切り貼りして」

「なんのためにこんなことを?」

「うーん。個人的に見やすくしたり、趣味ってのもある。あとは………」

 

 セシリアの方を向いた疾風は眼鏡を上げて笑ってこう言った。

 

「俺が代表になるための足掛かり、かな」

 

 

 

 

 

「疾風はモンド・グロッソが始まってから何回も繰り返し動画を見て育ったと言ってました。中学校に上がってからは次第に見るだけじゃなく分析をし始めたと。特に織斑先生の暮桜を徹底的に」

「あいつは本気だったんだな。いつかISに乗れることを信じて」

「ええ」

 

 徐々に戦況は疾風に傾いてきた。

 安城の動きがそれでも乱れないのは一重にVTシステムの恩恵。

 

「勝てますか、疾風様」

「勝ちますわ、必ず」

 

 菖蒲の問いにセシリアは力強く答えた。

 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

(読まれてる!? なんで、なんでなんでなんで!!)

 

 既に黒鉄の攻撃は掠りもしない。

 スカイブルー・イーグルの攻撃を避けることが出来ない。

 

「おいいつまでギリで避けようとしてんの? 少しずらせば当たるぞ? いやすまない。自分で動かしてる訳じゃないもんな」

「っ!?」

「早く解除した方がいい。その方が俺に勝てる確立は高い」

「そんなわけあるかぁ!!」

 

 疾風が軽口を取り戻してることに安城は激しく動揺する。

 一瞬VTシステムを解除するか迷うほどに。

 

「ある意味賢いよお前。自分の実力で勝てないとわかって策を講じてきたんだから。でも」

 

 距離を話そうとする黒鉄にインパルスとブライトネスを同時に放った。

 

「それは悪手だ」

 

 バランスを崩しながらもVTシステムは即座に機体を立て直す。

 気持ち悪いぐらい綺麗にスラスターを小刻みに動かし斬撃の体勢を整える。

 

「負ける筈がない! この力は最強なんだからっ!!」

 

 だが、暮桜はそんな動きはしなかった。

 暮桜は、織斑千冬は。母さん相手にそんな小綺麗な足掻きなんかしなかった。

 

 本人の感情を置き去りにした無機質な刃を握りしめながら、暮桜の皮を被った黒鉄が一直線に向かってくる。

 

 そんなあべこべにぐちゃぐちゃな姿についに堪忍袋の緒がブチ切れた。

 

「いい加減にしろ!!」

 

 それはVTシステムを使い続ける安城に対してか、暮桜の模倣をするVTシステムに対してか。はたまた両方か。

 

 上段から襲ってくる黒鉄の光刃をプラズマを纏わせた手で挟んだ。

 

「これ以上俺たちの憧れに泥を塗るんじゃねえっ!!」

 

 右キックスラスター全開。イーグルの渾身の膝装甲を思いっきり刀にぶち当てた。

 

「ISのブレードを」

「白刃取りだとっ!?」

「すげぇ………」

 

 観客席が一気にざわついた。

 ISでの白刃取りなど、早々お目にかかれる物じゃない。

 たとえ相手の動きを完全に掌握していたとしても、並大抵の技術ではない。

 

 衝撃で黒鉄の手から抜け出した光刃を掴み取って一撃を見舞った。

 

「ぐ、っつあ!!」

 

 空中を滑るように後ずさる黒鉄。

 シールドを減らして威力に上乗せする仕様。動きをよんでチクチク攻撃していった。そして今黒鉄の最大火力を奪ってぶちこんだ。

 それでも奴は倒れず、二本目の光刃を抜刀した。

 

「競技試合でアンリミッテッド解除。そしてそれを検知させないジャミング装置。どんだけこすい手を使えば気が済む」

「この世は弱肉強食。弱い男は強い女に食われる。それがこの世界なのよっ!! お前が死ねば。私はあの方の元へ行けるの!!」

 

 光刃が放つ紫の輝きが一際強くなった。

 限界までシールドエネルギーを注ぎ込んだ最高出力の光刃。

 あれを食らえば残ったシールドごと俺に傷を負わせる可能性あり。

 最悪死ぬ。

 

「インパルス。バーストモード」

『ready』

 

 だが一つも怖くなんかない。

 銀の福音やゴーレムⅡに比べればこんな相手。

 イージー過ぎる。

 

「死ぃぃぃぃいいいねええええええ!!」

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)で迫る黒鉄に瞬時加速(イグニッション・ブースト)で迎え撃つ。

 

 振るわれる紫の軌跡。

 稲妻を纏う空の軌跡。

 

 すれ違う二機は互いの刃を振るった。

 

「せえあぁっ!!」

「かっ!?」

 

 黒鉄の刀は届かず。

 スカイブルー・イーグルの稲妻はブリュンヒルデの影を切り裂いた。

 

「馬鹿な………私は……最強の力を……」

「最後まで影を手放さなかったか。馬鹿なやつ、自分からチャンスを捨てやがって」

 

 ゆっくりと空中で倒れ、落ちる黒鉄と安城を見下ろした。

 

「俺の勝ちだ。クソビッチ」

 

『4組、安城敬華 リミットダウン。勝者 1組、疾風・レーデルハイト!』

 

 試合終了のアナウンス。

 

 歓声が降り注ぐ中、俺はインパルスを頭上に掲げた。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 ティアーズ・コーポレーションの社長室。

 紅茶を飲んでいたフランチェスカはカップから紅茶を溢した。

 

「失敗した?」

「ええ、レインからの報告だと疾風・レーデルハイトの勝利。あれはVTシステムもバレてるわね」

「そんな馬鹿な! ありえないわ!」

「とりあえず伝えたわ。じゃーねー」

 

 ♪がつきそうな軽い口調のまま切られた通話。そしてその後送られた試合の動画ファイルを見て、フランチェスカ・ルクナバルトは震えに震えた。

 

「しゃ、社長?」

「大丈夫、私は大丈夫よ。それより日本女性権利団体会長の安城さんの逃亡補助を。それと、娘さんの弁護士を至急手配!!」

「は、はい!」

 

 足早に退室する秘書。

 じっとしてられない憤りを感じ、フランチェスカは爪を噛んだ

 

「ふぅーふぅー。大丈夫。VTシステムとブルー・ブラッド・ナノマシンの親和性は取れた。安城敬華は立派に勤めを果たした」

 

 スマホの画面に映る疾風を睨んだ。

 精度を上げたVTシステムの幻影を切り裂いたその姿を見て血管が破裂しそうになる。

 

「またしても、またしても思いどおりに………ああっ!!」

 

 超高級品のアンティーク・ティーセットが宙を舞い。最高級の紅茶がカーペットを濡らした。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 試合が終わった日の翌日に俺と会長は織斑先生に召集された。

 内容は勿論、安城と黒鉄について。

 

「安城が使用していた黒鉄だが。お前たちの予測通りVTシステムが搭載されていた。ボーデヴィッヒのシュヴァルツェア・レーゲンに搭載されていた物より小型で、かつより高度な模倣を可能にする代物。更にIS適正を強制的に引き上げるナノマシンを服用した痕跡も見つかった」

 

 違法システムだけじゃなくナノマシン。

 一介の組織で運用できるもんじゃない代物がゴロゴロ出てくるな。

 

「会長から聞いたんですけど、ラウラのVTシステムの開発元は行きなり消滅したと。そことは別の勢力なのでしょうか」

「そこに関しては調査中。だけどラウラちゃんが使っていたVTシステムと今回のVTシステムには共通点が多く見られたから、もしかしたら同じ勢力の可能性。もとい亡国機業(ファントム・タスク)の可能性はありよりのあり」

 

 つまり鋭意捜査中ということ。

 

「あの、試合はどうなるのでしょうか」

 

 相手が違法装置を使った、となれば試合は無効試合になる。

 これまでもゴーレム、そしてラウラのVTシステムで大会事態が無効になった。

 

「無効にはならない。というのも、今回は表向きは異常はなく、大会が実行されたということになる」

「安城がVTシステムを使ったことは公開されないと?」

「それに対しては審議中だ。なにぶん、VTシステムというワードは慎重に扱わなければならない。良くて、条約違反のシステムと明記されるだろうな」

 

 マスコミが喜びそうなネタだな………

 

「黒鉄自体については倉持技研第一研究所の物でしたが、女性権利団体とIS委員会から圧力をかけられた痕跡がありました」

「安城の母親か」

「その母親ですが。こちらが捜査に踏み込んだ時には不在でした。無断欠勤だそうですが、恐らくは亡国機業(ファントム・タスク)の元に行った可能性が」

亡国機業(ファントム・タスク)の詳細は知ってましたけど。ただのテロ組織に見えなくなってきましたね」

 

 会長に見せてもらったレーデルハイト工業研究施設襲撃の供述を見るに、亡国機業も一枚岩ではないらしく。オータムの派閥と安城ら女尊男卑社会の派閥は別物の可能性が高いらしい。

 

「話を進めよう。今回生徒会と女性の為の会の契約内容は達成された。女性の為の会のこれまでの行動の暴露、及びグループの解体を実行する。更識、それで間違いないな?」

「はい、間違いありません」

「分かった。ではそのように進めよう」

 

 これで奴らとの因縁も終わりか。

 やっと肩の荷も降りるもんだなぁ。

 

「レーデルハイト」

「はい」

「ご苦労だった。お前には迷惑をかけたな」

「規則って面倒ですね」

「それに関しては立場上コメントしないでおく」

 

 ごもっとも。

 

「一つ聞きたいことがある」

「なんでしょう」

「お前と戦った暮桜を模倣したVTシステムだが。強かったか?」

「どうでしょう。種が分かったら動きの予測はカンペしてるみたいに楽に対処出来ましたし。でも知る前は素直に安城の腕前と違いすぎて違和感が凄く感じられました。強い弱いでいえば、間違いなく強かったと思います」

「そうか」

「ですが」

「ん?」

「織斑先生とは比べるまでもなく弱いと思いました。まだまだ強くならないとと改めて感じさせられました」

「そうか。褒め言葉として受け取っておこう」

 

 つくづく思うけど、本当にこのお姉さんは素直じゃない。

 一夏とここまで違うと戸惑っちゃうな。

 まああんな粗悪品と比べられたら素直に受け取りづらいか。

 

「すまない、電話だ。私だ………そうか分かった」

「誰からですか?」

「学園長だ。警察がまもなく到着するということだ」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 立ち会いを認められた俺は安城が居る受け渡し場所に出向いた。

 そこには警備員の間に縮こまっている安城と。

 

「あれ、菖蒲?」

「ごきげんよう疾風様」

「おう、なんでここに?」

「今回は徳川財閥の立ち会いです。黒鉄は倉持技研、つまり徳川財閥の系列ですから」

 

 倉持技研と徳川財閥からしたら自分とこの商品を強引に取られたあげくヘンテコなシステムを入れられたからな。

 

「織斑先生、少し彼女と話しても?」

「五分やろう」

「ありがとうございます」

 

 制服姿のまま手錠に繋がれた安城。

 安城は自尊心丸出しの傲慢さを残しつつも憔悴した顔をしていた。

 

「よお」

「………」

「気分はいかほど」

「最悪よ」

「自業自得だな。俺は五体満足、気分は晴れやか。まあこれ以上煽るのは可哀想だから聞きたいことを聞くことにする。お前、一夏を殺せと言われたか?」

「………」

 

 何故一夏は殺害対象から外れてるのか。

 オータムはこう言っていた。

 

『その勇敢さに免じてお前は殺さないでやるよ。まあお坊ちゃんの命は保証できねえけどな。可能ならセカンドを殺せってブルーの奴にオーダーされてるからな』

 

 亡国機業は俺を殺すことに積極的、でも何故か一夏は見逃されてる。

 一夏も男性IS操縦者。ミサンドリーからすれば俺だけを始末しても男性IS操縦者という要素が残る。

 それを指揮し、オータムとこいつにオーダーを出した人物。

 

「ブルーってなんだ?」

「っ………」

「組織か? 個人か? こんなことを平気で言うやつだ。性根が腐ってて自分が超越者気取りの頭が痛いブスなんだろうけど」

「黙れ!! あの人を貶すな! 殺すぞレーデルハイト!!」

 

 はいヒット。

 

「これは失礼した。で、何処を訂正してほしい? 詳細に言ってくれれば土下座して謝ってやるぞ?」

「全部だ! あの人は女性の為に誠心誠意尽くしてくれる高貴なお方だ!」

「ていっても下っ端の下っ端のお前なんか歯牙にかけないだろ。ぶっちゃけお前捨て駒だぞ」

「わかってない、わかってないな。あの人はどんな時でさえ私たち女性を見捨てない。クイーンは私たち女性にとって真の救世主だ!!」

 

 更にヒット。

 ブルーは組織、または組織名の通称。それを取り仕切ってるのがクイーンということか。

 

「死ね! 死んでしまえ! この世界の為に死ね!! 生きていく価値すらない汚物がぁっ!」

「じゃあその汚物に負けたお前は汚物以下だな。クサイクサイ」

「キスァマァーーー!!!」

「じゃあな。精々臭い飯食ってろ」

 

 聞きたいことは聞けたから満足です。

 澄ました化けの皮も剥がれて吠え面も拝めたし。

 

「待てレーデルハイト! 殺す! 殺してやる!!」

「落ち着きなさい!」

「うるさい! 私は選ばれた人間だ! 離せ! 男に媚び売って恥ずかしくないのかぁ!!」

 

 パシンッ! 

 

「う?」

「少し黙ったらどうです。気品ある女性を吟うならそうあれと振る舞いなさい」

 

 菖蒲が安城をひっぱたいた。

 

 叩かれた安城は勿論、俺や会長と警備員。果ては織斑先生も目を丸くした。

 

「あなたは言いましたね。私が男に媚びへつらうだけの女だって」

「だから何よ」

「言い方に語弊はありますが。概ねその通りです。私は疾風様に良く見られたいですし、良く思われたいです。私は別に何を言われても構いませんし、言いたいなら言いたいだけ言えば良いです。でも疾風様への暴言は許せません」

「いったい何を」

「こういうことです」

 

 菖蒲の着物がひるがえった。

 

 足を踏みしめ、腰を回し、体重の乗った菖蒲の拳が安城の頬を打ち抜いた。

 

 ボゴォッ! 

 

「わおっ」

「ヒャッ」

 

 鈍い音と一緒に安城が警備員の拘束を抜けて吹き飛んだ。

 同時に俺と会長も変な声が出た。

 

「私、あなたが想像するよりずっと過酷な生き方してますので。夢忘れぬよう。では失礼」

 

 丁寧にお辞儀をして菖蒲は立ち去った。

 殴られた頬にジンジンと痛みが走り、混乱がなくなると同時に騒ぎだした。

 

「な、殴ったわね私を! 警備員さん! 暴行! あいつを暴行罪で捕まえて!」

「はい、立って。行きますよ」

「離しなさいよ! あいつを! この私を殴ったのよ! 訴えてやるっ! 私を誰だと思ってるのよぉぉぉぉぉ!!」

 

 さて帰ろう。急いで振り返ろう。はやく、フリカエンナキャ………

 

「だ、駄目よ疾風くん、笑っちゃ駄目よ」

「わかってます。プスッ、わかってますよ」

 

 じゃないと顔面崩壊しちまう。

 真面目なシーンなんだから笑っちゃ駄目だって。

 顔を引き締めて前を向くと菖蒲の背中が見えた。

 

「殴ってしまった………どうしよう。疾風様に乱暴者だと思われたら………」

「菖蒲ちゃーん!」

「ひゃあっ!? な、なんですか更識様」

「菖蒲! カフェ行くぞカフェ!!」

「え、え、疾風様? なんか変な顔してますよ?」

「クフッフ! 気にするな! よし行くぞ! 奢ってやる!」

「ゴーゴー!!」

「え、えーーー?」

 

 しばらくした後、関係者専用の通路に笑い声が盛大に響いた。

 この時ばかりは、織斑先生の怒号は飛んでくることはなかった。

 



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第六章【涙滴疾走(ティアドロップ・ファスト)
第68話【雨が降っていた】


 新年初IS投稿。
 明けましておめでとうございます。

 ついに、ついにキャノンボール・ファスト編に着手出来ました。長かった。本当は去年にやりたいという目標があったのにコノヤロウ。

 皆さんのご期待に添えれるよう頑張るので応援よろしくお願いします。

 
 


 クラス対抗戦が終わって、IS学園もすっかり元の風景に戻っていた。

 

 何処から漏れたのかは定かではないか、安城がVTシステムを使ったのでは? という噂がもっぱらの話題になっていた。

 

 安城の腕に見合わない剣技は全校生徒が見たとおり。

 疑心が確信に変わったなら人の認識という物はそこに定着し、噂という曖昧なVTシステムは明確に見える違法システムとして生徒の目の前に残った。

 

 それと同時に。

 

「レーデルハイト君って結構強かったんだね」

「VTシステムのデータって織斑先生のやつらしいよ?」

剣撃女帝(ブレード・エンプレス)の息子さんだから素質あったんじゃない?」

「12対4の多人数戦の作戦はレーデルハイト君が全部考えたみたいだよ」

「よくよく見たら顔もカッコいいかも」

「いまのうちにツバつけとくのもあり?」

 

 俺の評価も右肩上がりで良くなっていた。

 顔がカッコいいというのはきっと幻覚だ。俺は精々中の中の眼鏡メンだからな。一夏と並べてみろ、直ぐに目が覚める。

 

 演説での大胆不敵な啖呵。

 数々の実績。

 それが繋がって俺の評価となり、学園新聞にもデカデカと特集として載った。

 

 俺の評価は置いとくとして、学園内での男性の評価は改善された。

 これにて生徒会の一大作戦は見事に功を奏したのだ。

 

 ───まあ、恋する乙女にとってそんな話題よりも優先される物があったのだった、まる。

 

「えっ!? 一夏の誕生日って今月なの!?」

「お、おう」

「いつ!?」

「9月の27日」

「日曜だね!?」

「そうだって。ちょっと落ち着けよシャル」

 

 そんな驚くことかなと一夏は引き気味だがそんなの知ったこっちゃねえ。

 恋するラバーズには正に馬の耳に念仏かつ寝耳に水。

 

 必死で脳内に叩き込むシャルロットの隣でハッシュドビーフを食べていたラウラがスプーンを置いた。

 

「一夏、そういうことはもっと早くに言え。戦場に置いて情報の遅れは即死に繋がるんだぞ」

「俺の誕生日で何故戦いが始まるんだ」

 

 残念ですが既に牽制射撃が始まっています。

 手遅れです。

 

「とにかく早く言え。こっちも準備があるんだ」

「わりぃ。別に大したことじゃないかなって」

「………まあいい。問題はこいつらだ。知っていたのに黙ってそのままやり過ごそうなんて思っていただろうからな」

「「ギクゥ!」」

 

 口から効果音出てきた幼馴染みコンビ。

 ほぅら一触即発。楽しくなってきました。

 

「べ、別に隠してたわけではない! 聞かれなかったから答えなかっただけだ」

 

 目が泳ぎまくって渦巻き発生してるぞ武士道娘。

 

「そうよそうよ! 聞かれもしないのに喋るとKYになるじゃない!」

「この場合のKYは空気を読まないではなく、(空気を)(読んで)が正しいですわね」

「言い訳が小ズルさマキシマム」

「だまらっしゃいそこの英国コンビ!!」

 

 英国コンビは忠告通り食事を再開した。

 

「では9月27日は一夏様の誕生日ということですね」

「予定開けときなさいよ一夏!」

「あ、ああ。その日は中学の友達が祝ってくれるから俺の家に集まる予定なんだけど。みんなもくるか?」

「もちろん! 何時集合?」

「四時くらいかな。ほら、当日ってアレだろ?」

「キャノンボール・ファスト! いやーマジで楽しみ」

 

 キャノンボール・ファスト。

 弾丸より速くという題名のもと、ISによる高速バトルレース。

 

 一年に一度。IS学園の協力の元開催される市のイベントとして催されるこの競技は、IS学園で選ばれた生徒が参加する一大イベント。

 

「嬉しそうだな疾風」

「まあな。本来は参加できるのは二年生からだったんだけど、今年は俺たちが居るから仕様が変わって一年も参加できるからな」

 

 今年は生徒の専用機の数が例年の比にならない数なので、練習機枠と専用機枠として分かれ。これにより専用機枠は強制参加。

 国の看板を背負う以上、過去最大の盛り上がりを見せること間違いなしという。

 

「それに高速機動部門競技と聞いたら個人的に負けられないからな」

「そういえば疾風の母親は高速機動部門のヴァルキリーだったな」

「うん。流石レーデルハイトさんの子供だなって言われるように頑張らねえと」

 

 正直プレッシャーはあるがそこまで重荷になっていない。

 前回の一件から難しく考えすぎないことを心情としてる分、精神的に余裕が生まれている。

 

「キャノンボール・ファスト用に高機動調整が始まるんだよな。具体的に何するんだ?」

「基本的には高機動パッケージのインストールだが。お前と箒には無いから駆動エネルギーの分配調整とかスラスター出力の調整。紅椿に至っては展開装甲の調整だな」

「今から頭が痛くなってきた」

「高機動パッケージっていうと、疾風と………セシリアみたいなやつか」

「ええ。わたくし、ブルー・ティアーズには高機動戦闘を想定したオートクチュールが用意されておりますわ」

 

 ストライク・ガンナー。通常出力なら白式・雪羅や紅椿にも匹敵するスピードを出せる特注品。

 

「フフフ、実は今のわたくし向けに改良が施されてるらしいのです。楽しみですわ」

「なにそれなにそれ。すげー興味あるんだけど!」

「残念ながら当日までのお楽しみということで」

 

 くぅ、焦らしてくれるじゃん。

 BT適正値が上昇したからそれ関連の奴なのだろうか。

 

「ということは、セシリアはこの中で一番高機動戦闘に慣れてるってことだよな。今度超音速機動について教えてくれよ」

 

 マズい! 一夏ラバーズは自分が教えようと思っていたばかりにたらりと汗を流した。

 だが一夏の言うとおりことそれに関しては一日の長がある。ラバーズ各員はセシリアの出方を伺った。

 

「………申し訳ありませんが、一夏さんの要望にはお応え出来ません」

「そうか。なら仕方ないな。じゃあ疾風に教えて貰おうかな」

「俺か………」

 

 別にいい、と言いたいところだが。

 如何せんラバーズからの視線が鋭い。

 

「一夏、僕のリヴァイヴは高機動パッケージはないけど、増設ブースターで対応するんだ。一夏が良ければ僕が教えるよ」

「お、そうなのか。じゃあシャルロットに」

「ちょいまち! 一夏! 今度あたしのとこも高機動専用オートクチュールがくるのよ! だからあたしとやりましょ!」

「それなら私も姉妹機である『シュヴァルツェア・ツヴァイク』の高機動パッケージを調整して出してくれることになっている。本国に長く居る分、開発も進んでいる」

「待て!白式がパッケージを装備できないなら同じく装備できない私が一緒に練習した方が身になるのではないか?」

 

 口々に自身の利点をPRする。

 律儀に考える一夏は置いとくとして。

 

「シュヴァルツェア・ツヴァイク! 噂で聞いたレーゲンシリーズの2号機か!? てか鈴も新型オートクチュール!?」

 

 俺的にはそっちの方が気になりますねぇ!

 

「すまん! そこんとこ詳しく聞かせてくれ二人とも!」

「「少し黙って(ろ)疾風!!」」

「殺生な!!」

 

 シイタケ目強制シャットアウトされた、泣きそう。

 

 いやしかしどっちにしろ国家機密とやらで教えてはくれなさそうだなぁ。

 鈴のは分からないけど。ツヴァイクもAICを使った第三世代技術を積んでいるのだろうか。

 

「あれ? そういえば菖蒲は? 打鉄・稲美都戻ってきたの?」

「残念ですが私は練習機の部門で出場します」

「え、そうなのか?」

「はい。実は打鉄・稲美都をベースに私の専用機を再設計するみたいで、それまで私は専用機持ちの任から外されます」

「打鉄・稲美都とはまったく別物の専用機が宛がわれるってことなのか?」

「はい、そのとおりでございます」

 

 おいおいなんだなんだ? そこらかしこからISオタクセンサーがビンビンなってるぞ? 

 こりゃあひと波乱起きそうだぜ。

 

 あ、波乱と言えば………

 

「そうだ。一夏は会長から聞いてると思うけど。みんなに伝えておくことがある」

「なに」

「今回のイベントはスポンサーの他にも一般客が大勢くる。それと平行して、思わぬ妨害工作が来る可能性もある」

「まさか、亡国機業(ファントム・タスク)が仕掛けてくるのか?」

「勿論確証はないし、杞憂に終わればそれに越したことはない。だけど可能性はゼロではないってことだけ覚えてほしい」

「わかった」

 

 今回亡国機業(ファントム・タスク)の尖兵をコテンパンにしたことで、更に矛先が向けられる可能性ある。

 警戒しとくに越したことではない。

 

「じゃあ俺は部屋に戻るわ」

「待て、誰が指南役になるか決めてないぞ」

「そうよ! 逃げようたってそうはいかないわよ!」

「構わず逃げるぜ!」

「「あ、待てっ!」」

 

 一夏は振り払うことを覚えたらしい。

 一夏も一夏で成長しております。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「疾風は強くなりましたわね」

「へぇ?」

 

 部屋でIS関連のニュースを見ているとセシリアが唐突に聞いてきた。

 余りにも唐突すぎて変な声が出た。

 

「そうかな」

「ええ。学園に入ってから見違えるように」

「お前の目から見てそう思ってくれたなら。嬉しいよ」

「わたくしだけではありませんわ。異種多人数戦。誰もが無謀かと思われたあの戦いを見事制した。誰にでも出来ることではありませんわ」

「それに関しては手放しで褒められると少し困るな」

 

 外方の技を使いまくったし。

 

「フフ、なにかよからぬ手でも使いました?」

「ノーコメントで」

「別に咎めてる訳ではありませんよ。目には目を、歯には歯を。無法には無法を使うのも、時には必要でしょうし」

 

 わたくしには出来ませんわね、とセシリアも本を取り出して開いた。

 

「もし俺が卑怯な手を使ってあの勝負に勝ったとしたら、軽蔑する?」

「………いい思いはしませんわね」

「だろうな」

「ですが………疾風は彼女らとは違って、己の欲の為にそんなことはしないでしょう?」

「俺、そんな小綺麗な奴に見えるかな」

 

 自分でもひねくれてると思うけど。

 

「いい思いはしませんが、軽蔑はしません。疾風には疾風の考えがありますし」

「そうかい」

「ですがVTシステムにも打ち勝った決勝戦。あれには感服致しましたわ。もしあの場所に居たのがわたくしだったら負けていたかもしれません」

 

 ………その発言はセシリアらしくなかった。 

 

「上手くいってないのか」

「え?」

「フレキシブル」

 

 さっき一夏の誘いを断った時。

 あれは「自分の訓練に時間を使いたい」と言ってるように見えた。

 

「最近セシリアが的を外しているってことを小耳に挟んでさ。レーザーを歪曲させて当てようとわざと射線ずらしてるんだろ」

「そういう風に見られますわよね」

「大丈夫か」

「大丈夫ですわ」

「大丈夫じゃないな」

 

 大丈夫なはずがない。セシリアは悟られないようにしているが、思わず弱気なことを溢してしまうぐらい精神的に疲弊してるのではなかろうか。

 

 その原因が。

 

「サイレント・ゼフィルスか」

「!」

「すまん、いつか聞こうとは思ってたんだけど。学園祭終わってからそれどころじゃなかったし、時間も置くべきかなって」

 

 学園祭でオータムの増援として来た亡国機業(ファントム・タスク)のIS乗り。

 その乗機がセシリアの乗るブルー・ティアーズ・シリーズの2号機、サイレント・ゼフィルス。

 

 実弾・レーザー両立のバヨネット付きライフルにレーザービット六基、シールドビット二基。BTシリーズの戦闘仕様機がこの2号機。

 

 更に驚くべきところはレーザーの歪曲という机上の空論とされたオーバースキル、偏光制御射撃(フレキシブル)の使用。

 それは公的記録で一番適正値の高いセシリアをゆうに乗り越えたBT適正値ということを証明し、セシリアたちはそのフレキシブルの前に破れた。

 

 礼節を吐き捨てたテロリストに出来て自分に出来ない。

 セシリアにとって何よりも心を抉るものであり、屈辱的な現実だったに違いない。

 

「上手くいってないのか」

「ほっといてください。これは自分の問題ですわ」

「だけどさお前」

「ほっといて」

「………わかった。だけど俺にやれることあるなら手を貸すからな」

 

 それしか言えない、それしか言えないのがなんか悔しかった。

 セシリアの力になれないことに、自分の力のなさを痛感されられたような気がして。

 

 この同居期間もあと少し。キャノンボール・ファストが終わる翌日に解消される。

 この生活ももう長くはないんだ。

 

「疾風は私とここで再開した日を覚えてます?」

「不審者と間違われた日だろ」

「ええ。わたくし、あの時本気で疾風だとわかりませんでしたわ。何故だかわかりますか?」

「うーん眼鏡かけてたから?」

「間違ってはいませんわね」

 

 というと。

 

「外見的変化もあったでしょう。身長も顔つきも、あの時かけてなかった眼鏡も。私の知ってる疾風とは違った。だけどそれ以上に、昔のあなたとは違う雰囲気、オーラを感じました。正直言うと、あの時疾風だとわかってもあなたのお父様に会うまでは少し疑っていたんですよ。本当に自分の知る疾風なのかって」

 

 パッと窓の外が光り、雷音が遅れてやってきた。

 

「激しくなりそうだな」

「ええ。あの時もこんな雨でしたわね」

「葬式の日?」

「ええ………」

 

 後ろで雨が窓を叩いた。

 

 そう、あの時もこんな土砂降りだった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 3年前。俺は13歳になりたて。

 

 雨が降っていた。

 その日は土砂降りで、遠くの景色が灰色に濁って見える程の土砂降りだった。

 

 墓石が並ぶ墓場には黒い傘と黒い喪服で彩りの欠片のない光景で。

 皆が涙を流していた。

 

 列車事故。

 イギリスの歴史に残る大規模な脱線事故は多くの犠牲者を出し、そのなかにはセシリアの両親が居た。

 

「まさかこんな形でなくなるなんて」

「まだセシリアお嬢様はハイスクールにも入っていないというのに」

「これからオルコット家はどうなるんだ」

「彼女が当主につくそうよ」

「可哀想に、余りにも荷が重いのではないのかね」

 

 皆が墓石の前にたつセシリアを見ていた。

 メイド長のさす傘の下でセシリアは黙って墓石を見つめていた。

 

「「「可哀想に」」」

 

 その回りで一様に彼女を見て可哀想と言っている集団がいて。

 

「ねえ」

「え?」

 

 声をかけられた大人は下を見ると、自分たちを見上げる少年を見つけた。

 

「あら、あなたは」

「どうしてセシリアちゃんのことを可哀想って言うの?」

「え、なんでって。ご両親がなくなったのよ。気の毒じゃない」

「気の毒って?」

「みんなセシリアちゃんのことを心配してるのさ」

「そうなんだ………」

 

 見上げていた少年は大人たちから目をそらし、しばし考えたあと。

 

 少年は………俺は再度大人たちにたずねた。

 

「ねえ、なんでみんな笑ってるの?」

「!!?」

 

 年端もいかない少年の質問に大人たちの顔がひきつった。

 まるで仮面が剥がれ落ちたかのように、隠していた眼は動揺し、震えた。

 

「お母さんが言ってた。葬式は悲しい物だって。なのにみんな笑いながら可哀想って言ってる」

 

 剥いでいく。

 

「そ、それは」

「どうして? 可哀想って楽しいものじゃないでしょ? なんでみんなセシリアを見て笑いながら可哀想なんて言うの?」

 

 剥いでいく。

 子供の純粋な目と言葉が大人の鎧を剥ぎ取る刃となって、その奥を見ようとする。

 

「ち、違うんだ。おじさんたちは本当に」

「怖いよ。なんでみんな笑ってるの? ハーリーおじさんが居なくなって嬉しかったの? ソフィアおばさんが居なくなってよかったの? ねえ、なんでみんな笑ってるの?」

「君いい加減に!」

「疾風なにしてるの?」

 

 怒鳴り声に気付いた母さんが駆け寄ってきた。

 

「お母さん」

「あの、うちの子がなにか失礼なことを?」

「レーデルハイトさん。あなた自分の子供にどういう躾をなさっているのですか?」

「というと」

「この子が私たちに向かってオルコット夫妻の死を喜んでるんだとホラを吹いてきたんだぞ」

「そうでしたか。息子が失礼致しました。ほら、疾風も謝って」

「………ごめんなさい」

 

 頭を下げると大人たちはブツブツ言いながら立ち去っていった。

 俺は母さんの手に引かれ父さんの元に連れてかれた。

 

 母さんは特に何を言うわけではなく無言だった。

 自分から聞いても後でって言うだけだった。

 

 

 

 

 

 

 一人の女性がセシリアをかばうように大勢の大人に向かって怒りを交えながら口論していったのを最後に、葬儀に参列した人たちは散り散りに帰っていった。

 

 ただ一人、傘をさして墓前の前に立ち続けているセシリアを見て、胸がうずいた。

 親に断りをいれて一人佇むセシリアの隣に向かった。

 

「セシリアちゃん」

「疾風………」

「大丈夫?」

「大丈夫ですわ」

「ほんとうに?」

「大丈夫ですわっ」

「ご、ごめん………」

 

 この頃から勝ち気な性格だったセシリアに俺は縮こまった。

 今の俺とは違って当時の俺は結構弱虫だった。

 

「ねえ、さっき怒ってた女の人って誰?」

「わたくしの叔母ですわ。わたくしを保護するなんて言ってきた親戚に対して自分が身元引受人になるって」

「そうなの?」

「ええ。どうせ言い寄ってきた人たちはオルコット家の地位と富が欲しいだけだって怒っていましたわ」

「富って?」

「お金のこと」

 

 ギュッとセシリアの傘を握る手が強くなった。

 

「遺言書のとおり、わたくしはオルコット家の当主になりますわ。飽くまで仮ですけど」

「凄いね」

「これから財産を守るために戦わなければいけない。オルコット家のお金に手をだそうとする金の亡者から家を守らないといけない。わたくしは、これから戦わなければならない」

 

 豪雨の中でもセシリアの声は力強く耳に届いていた。

 自分とは違う。やっぱりセシリアちゃんは凄い子だと俺は頭ではなく心で理解した。

 

 だけど見てしまった。

 

 彼女の目尻に雫が浮かんでいるのを。

 必死に押し留め、流してなるものかと目に力を居れて。

 

 大丈夫なわけがない。

 悲しくないわけがない。

 

 母を尊敬し、父は距離を開いていても。セシリアは二人のことが大好きで仕方ないんだ。

 だけどもう会えない。二人は目の前の墓に埋まっていて、もう出てくることはない。

 

 もう、二人には会えない。

 

「うぅ」

 

 二人に二度と会えないとわかった途端急に涙腺が壊れた。

 止めたいと思うことなく俺は泣き出した。

 セシリアは急に泣き出した俺に驚き、泣くのを止めようと詰めよった。

 

「な、なんで泣きますの!? やめなさい疾風! 泣くのをやめなさい!!」

「うわぁぁぁん! うぁ、ぁああぁぁぁーー!!」

 

 声の限り泣いた。

 泣いて泣いて泣き続けて。雨の音に負けないぐらい泣き叫んだ。

 

「わたくしも我慢してますのよ! だけど泣いちゃだめなの! わたくしはオルコット家の当主になるの!! 泣いてる暇なんて、泣いてるなんて………ひぐっ、ぅぅ、うぅぅぅ………」

 

 ポロポロとセシリアの目からも涙の筋が出来はじめた。

 

 幼い俺とセシリアはセシリアの両親の前で泣き続けた。

 

 張り裂けそうな思いを吐き出すように。

 出てほしくないのに出てくる涙を止めようと目を擦って。

 

 少年少女はなにも考えずにただただ泣き続けた。

 泣いても帰ってこないのに。来るわけないのに泣き続けた。

 

 泣くことしか、俺たちには出来っこなかったんだ。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「泣いて泣いて、どれくらいたったかわからないくらい泣きましたわね」

 

 あんな大声で泣いた時もあったな。

 

「あのあと疾風は日本に行くことになって。わたくしは空港まで見送りにいって」

「そっから音信不通になったな。お前はすぐに代表候補生になっちまって」

「疾風は空港で別れる時わたくしに大っきな声でこう言いましたわね。『セシリアちゃんに負けないぐらい強くなる!』って、思わず笑ってしまいましたわ」

「記憶にねーなー」

 

 嘘です、ばっちり覚えています。

 でもそんな大声で言ったっけ。

 ………言ったな。

 

「でも疾風は逞しくなりましたね。再開したらあんな逞しくなって。その後すぐに弱虫の顔覗かせましたけど」

「出来ればその部分だけ忘れて欲しいな」

「してあげません」

 

 いたずらっぽく笑うセシリア。

 少しホッとするのもつかの間、また目尻が下がった。

 

「疾風はどうしてあそこまで強くなれましたの」

「それは、あいつらが許せなかったから。手段なんか選んでられないっていうか」

「違いますわ」

「え?」

「言い方を変えますわ。あなたは何故今の自分に変われたのですか? あの時泣きじゃくっていた疾風が、どうしてここまで強くなれたのですか?」

「なんでって」

 

 なんか調子狂うな。

 

 それを聞いたところでなにになるのかと思ったけど。

 それが結果的にフレキシブル成功に繋がるのなら。セシリアの気分が少しでも晴れるなら。

 

「強くないと生きられないだろ。今のご時世」

「そうですわね」

「とにかく強くなりたかった。勉強も運動も、心理戦とか、どうやったら相手の鼻をへし折れるのかとか。ずっと考えてひたすら努力したらこうなった」

「なるほど」

「あとはやっぱISに乗れるようになった時に向けてかな。じゃないとアラスカ条約加盟国の言語覚えるなんて出来ないし」

 

 やろうとも思わないだろうし。

 IS動かせなかったらバイリンガルって道もあったな。

 絶対嫌だけど。

 

「満足したか」

「ええ、変なこと聞きましたね」

「まったくだ」

「汗を流してきますわ。お先によろしくて?」

「いってらーい」

 

 セシリアが衣装タンスを開くと同時に俺はスマホをいじって気を反らした。

 

 セシリアがシャワーを浴び始めて、俺はベッドに背中を落として身を任せた。

 

「強くなれた理由か」

 

 確かに強くなれたと自分でも思う。

 昔の面影がないなんて言われたら正にその通りだし。

 暗いとこで本読みまくって眼鏡かけ始めたし。

 背も伸びたし筋肉もついた。

 相手の出方を見て対応する力もついた。

 慣れない戦場でも的確に指示を出して味方を導いて、現国家代表である会長からも一目を置かれた。

 

 偽物の贋作劣化品とはいえブリュンヒルデのアバターにも勝つことが出来た。

 

「なんで強くなろうなんて言ったんだっけ」

 

 誰に聞こえることなくそれは雨の音に消された。

 

 何故そんなに強くなれたのか。

 

 今のこの世界に対する反骨心。

 いつかISに乗るためのスキルアップ。

 

 どちらも確かな理由だ。

 

 だけどまだ中学になりたての俺がそんな深く考えて「セシリアに負けないぐらい強くなる」なんて言ったんだろうか。

 

 もっと簡単で、それでいて重要な理由があったはず………なんて思い始めてモヤモヤし始めた。

 考えても思い出せなかった。解くに難しく考えてなかったのかな。

 

 雨はやむことなく降り続けている。雷も鳴ってくる始末。

 

 明日晴れるかなと思いながら俺はISのウィンドウを開いた。

 



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第69話【ガールズハート・オータムスカイ】

 誤字報告機能って凄いですよね。
 自分が気付かなかったところを読者が指摘してくるって素敵な機能ですよね。

 作品は読者があってこそとはよく言った物です
 いやなに綺麗に言ってんだテメーはってね。

 誤字報告まじで感謝してます。これからもあれば宜しくお願いしますペコペコ




「のほほんさん」

「あれぇどうしたの~? レーちんが速攻でアリーナに行かないなんて珍しぃー」

 

 今日の生徒会業務はお休み。

 机の上でぽけーとしてるのほほんさんに声をかけたのは他でもなくあのこと。

 

「この前のほほんさんが使ってた颪を提供してくれた人にお礼を言いたいんだけど。誰か教えてくれない?」

「かんちゃーん」

「かんちゃん………四組の更識簪さん? 学生なのに装備提供なんか出来るのか」

 

 いや、更識姓ならその程度造作もない?

 

「んーんー。私が使ったミサイルは元々かんちゃんの専用機に取り付ける奴のプロトタイプモデルなの~」

「専用機? 更識さんが専用機持ってるなんて情報知らなかった」

「それは完成してないから~。かんちゃんは一人で専用機作ってる~」

「なんだって?」

 

 一人で専用機を? 

 そんな芸当一介の学生に可能なことなのだろうか。

 

「正直それに凄い興味あるけど、今は置いとくか。じゃあ四組に行けばいいか」

「多分いないと思う。暇な時間は専用機製作に没頭してるから~」

「場所は?」

「第6整備室~」

「ハシッコだな。わかったありがとう。褒美に飴ちゃんを献上します」

「わーいパインアメ~」

 

 いい情報だったので余分に渡しておく。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「………………」

 

 整備室について立ち尽くした。

 

 更識さんがいない………というわけでなく。いやいないんだけど、それ以上に目を奪われる。

 

「これは………」

 

 目の前にISが鎮座しております。

 しかも明らかにワンオフ仕様の専用機的なISがポンと置かれていた。

 

 色は薄青みがかった鼠色。

 全体的にスタイリッシュな作りから恐らく高機動型のIS。

 肩部ユニットは大型のスラスター、腰には砲塔のようなもの、各部には颪に酷似した八門ずつのマイクロミサイルコンテナが装備されていた。

 

 しかし外見がかなり違うがもしかしてこれ打鉄の………

 

「だ、誰」

 

 振り向くと入り口に女子が居た。

 髪は水色、眼鏡の奥の瞳は紅玉の赤。

 頭にはISのヘッドギアみたいな髪飾りにしては大きめのアクセサリー。

 

「君は、っうぉ」

「!!」

 

 俺を突き飛ばす勢いでISの前に躍り出た彼女はせわしない様子でISを待機形態に戻した。

 指輪に変化したISを抱き締めるように隠し、俺を見上げて睨んだ。

 

「………」

「更識さんだよな」

「名字で、呼ば………ないで」

「下の名前の方がいいと」

「名前でも………呼ばないで」

 

 ………どうしろと? 

 

「………」

「………」

 

 なんだこの沈黙。

 てかこの子目のクマが凄いな。

 徹夜が続いた証拠だな、父さんがしょっちゅうこうなるから分かる。

 

 外見もおとなしめで若干ネガティブより、喋りなれてもいないみたい。

 本当にあの快活で外面昼行灯の会長の妹なのか? 

 

「………ジロジロ見ないで」

「ああごめん」

「………」

「ああちょっと待って!」

 

 俺が謝ると同時に俺の脇を通りすぎようとする更識さんを引き止めると、彼女は明らかに不機嫌な様子で振り向いた。

 

「………なに?」

「いや、君にお礼が言いたくて」

「お礼? ………別に、私はあなたに………なにもしていない」

「この前の多人数戦でのほほんさん、布仏にミサイルを提供してくれただろ?」

「………ああ、颪のこと」

 

 そうです、颪のことです。

 

「あれのお陰で試合運びが格段に良くなったからさ」

「別にいい………私も実践データ取れたから」

「それでもだ。あの誘導性能は学園のミサイル装備では出せないから凄く助かった」

「颪じゃなくてもあなたが出した燕の巣(スワローズ・ネスト)の方が性能は良かったと思うけど」

「いや、あれじゃあ駄目だったんだ」

 

 主にコストとかスロット容量とか取り回しとか。

 

「だからお礼を言いにきた。ありがとう更識さん」

「………」

「あ、ごめん」

 

 反射で名前が出ちまった。

 

「用は、終わり?」

「え? あ、まあ」

「そう」

「あ、ちょっと!」

「まだあるの?」

 

 思わず呼び止めちまった。

 彼女はなんか凄い不機嫌そうに睨んでくる。俺なんかしたかな。

 いや、したわ。

 

「今度から離れる時はISを忘れないようにな。いまISを強奪するやからが増えてるから」

「余計な………お世話」

「いや、それでも専用機を持つならそこら辺ちゃんとしないと。あとちゃんと休んでないんじゃないか? だからIS忘れたりしちゃうんじゃ」

「ほっといて」

「あ、ちょっと」

 

 逃げられた。しかもダッシュで。

 

 しまった。思わず説教臭くなってしまった。

 注意するにももう少し言い方をやわくするべきだったか。

 見るからにナイーブな子だったし。

 

 でも責任問題的にやばいよなぁ。

 どんだけ疲れてたとしてもそれは言い訳にはならない。

 

 ………まあ帰ってから改めて反省してくれることを願おう。

 彼女から見たら俺がそのISを取ろうとしたやからと見られてもおかしくなかったし。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 1日1回ISのノルマを達成した俺は部屋に戻った。するとそこには。

 

「お邪魔してるわよー」

「………ふ、不法侵入者? ツウホウシナキャ」

「棒読み過ぎよ」

 

 会長、部屋にIN。

 

 不法侵入するなら一夏の部屋に………いやいまは一夏と同居中だったか。

 

「なんかようですか? 暇潰しなら一夏にやってくださいよ」

「ご安心を、ちゃんとからかった後にシャルロットちゃんにバトンタッチしてきたから」

 

 順当に修羅場作って退散したなこの人。

 

「で、なにようで」

「えっとね。………」

「………?」

 

 話題を切り出さない会長に首をかしげる。

 うーとかむーとか言ってなんか、会長らしくない。

 

「話題ないなら退散してくれますか。もうすぐセシリアが帰ってきますし。あいつ最近上手くいってなくてセンチな気分なんですよ」

「いやいや言うわよ。ちゃんと用あって来たから」

 

 会長は深呼吸をして真剣な表情で口を開いた。

 

「か、簪ちゃんと何を話したの?」

「へ?」

 

 変な声出ちゃった。

 なんで知ってるんだろ。のほほんさんから聞いたのか。

 

「なにって。颪の件でお礼をと」

「それだけ?」

「それだけです」

「まさか狙ったりしてない?」

「はい?」

「いくら疾風くんでも簡単に簪ちゃんは渡さないわよ。簪ちゃんに手を出すならばこの場でなんやかんやすることもやぶさかではないわ!!」

 

 え、なに!? 行きなり怖いぞこの生徒会長! 

 

 そうこうしてるうちになんか臨戦態勢な雰囲気の会長。

 これには流石の疾風くんも焦ります。

 

「落ち着きましょう会長。俺は妹さんに特別な感情なんかこれっぽっちもありませんし何よりも初対面ですからね?」

「そっちこそ何を言ってるのかしら。簪ちゃんは可愛いじゃない」

「はえ?」

「可愛いじゃ、ない?」

「え、ええまあ。可愛い部類に入るのでは?」

「そんな曖昧なものじゃないわ!」

 

 えぇ………? 

 

「簪ちゃんは私なんか歯牙にかけないレベルの可愛い美少女よ! 守って上げたくなる系女子なのよ! そんな簪ちゃんよ!」

「………はぁ………?」

 

 ヤバイ、久しぶりに状況が理解できん。

 いや一個だけわかったぞ。

 この人ドのつくレベルのシスコンだ! だって俺を褒め殺す時の楓にそっくりなんだもん!

 俺のまわりの人そこらへん拗らせた人たちばっかだなオイ! 

 

「だからね疾風くん。一夏くんみたいなホモと間違われるレベルの朴念仁じゃない限り一目惚れする確率は9割り越えてるのよ」

「そこは10割じゃないんすね」

「で! そこんとこどうなの!!?」

「い、いやだからなんとも思ってないですって」

「疾風くんもホモなの!?」

「ぶち殺しますよ?」

 

 よーし話通じないな! 

 

「お姉ちゃんは心配なのよ!」

「杞憂です会長。今日は本当にお礼を言いに行っただけですから」

「本当ね?」

「そんなに気になるなら本人に聞けば良いじゃないですか、妹なんだし」

「それが出来たら苦労しないわよぅ………」

 

 おっと一気にクールダウンしたぞ? 

 この学園最強、情緒が不安定過ぎる。

 

「もしかして会長。妹さんと仲があまり宜しくない?」

「はぅ」

 

 あ、崩れ落ちた。

 

「疾風くんは良いわよね。妹から愛されてるらしいじゃない………」

「行き過ぎな気がして気が気じゃないくらいには」

「こっちは何年もろくに会話してない」

「えぇ………」

 

 それってほぼ絶縁状態じゃないですか。

 

「一体何やらかしたんですか」

「そこはまあ………色々あったのよ………」

「わかりました。お家的な問題なんですね」

 

 ならばこれ以上踏み込むべきではない。

 

「あー」

「なによ?」

「会長から、というか。誰かを通じて妹さんに言ってもらえますかね? 詰め込みすぎるのもほどほどにって。彼女ISを置いて持ち場離れてたんで」

「そう。わかった、本音ちゃんに言っておくわ」

 

 そうしてくれると助かる。

 見つけたのが俺だからまだ良かったものの。もし亡国機業(ファントム・タスク)のスパイだったら大惨事だ。

 

 いや俺も危うく触れそうになったな。

 しかしカッコよかったなあのIS………。

 

「むーーー」

「どうしました」

「やっぱ羨ましいわ」

「はえ?」

「てりゃあっ!」

「うおっとぉ!」

 

 ベットに投げ飛ばされた。

 そして会長が飛びかかってきた! 

 

「ちょっ! 会長!?」

「そういえば疾風くんにはなんやかんや躱されてきたのよね。ここでキッチリ上下関係を示すのもありね。それに一夏くんだけいじるってのも不平等だし」

「ちょっ! ほんとセシリア帰ってきますから!」

「あら、わたくしを呼びまして?」

 

 oh、Jesus。

 

「あらセシリアちゃん。お邪魔してるわねー」

「セシリアちょうどよかった! 会長どかしてくれない?」

「………」

「あれ? 何処に行くのセシリアさん? なんで無視するの? ちょっとそのままバスルームに消えないでもしもーーし!!」

「ごゆっくり」

 

 あるぇ!? なんか怒ってる雰囲気!? 

 なんで!? 

 

「さてセシリアちゃんの許しも選られたし」

「選られなくてもやる気でしょあんたは!」

「レッツ! パーリナイ!!」

「ヒヤァァァァーーーー!!」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 疾風の悲鳴が聞こえると、セシリアはフンッと鼻を鳴らした。

 

「満更でもなかった癖に………」

 

 不貞腐れるように言うセシリアは制服に手をかけた。

 

 綺麗な動作で服を脱ぎ、温水を身体に浴びる。シルクのような色白の肌に雫が滴り落ち、その姿は沐浴する女神と同じぐらい麗しかった。

 そんなセシリアの顔は何処か物憂つげだった。

 

「はぁ………」

 

 ため息の理由はフレキシブルが発現出来なかっただけではなかった。

 

 訓練を終えたセシリアは菖蒲と鉢合わせたのだ。

 出来るなら菖蒲と一対一で鉢合わせたくはないセシリアだったが。ふと気になって聞いてみてしまった。

 

「菖蒲さんは今でも疾風を想っていますの?」

「勿論です」

 

 歪みも躊躇いの欠片なくことなく答える菖蒲に。セシリアは更に踏み込んだ。

 

「もう告白とかは………」

「しましたよ」

「!!」

 

 可能性はゼロではなかった。だが周りの女子は告白を躊躇している人しか居なかったから菖蒲が特になんともなくサラッと答えたことに驚きを隠せなかった。

 

 何故誤魔化さずに答えたのか。

 それは恐らくセシリアに対する宣戦布告。

 

 なにぶんこの徳川菖蒲。外見と性格からか弱いお嬢様という風に見られがちだが、その内は肝の据わった武士そのもの。

 

 疾風から聞いた話だとあの安城敬華に拳を叩き込んだという。

 自分には到底真似できないと思うと同時に強い女性だと改めて再認識した。 

 

 いつ疾風に告白したのか聞いたところ、告白したのは学園祭二日目のキャンプファイアーの時だという。

 

(だとしたら別れ際の疾風がおかしな様子だったのも説明がつく)

 

 そしてしばらく何かに悩んでいたことにも。

 

 セシリアは菖蒲の告白に対して疾風がどう返したのか聞くのが怖かった。

 今思えば聞いておけばよかったと後悔している。だけど聞く勇気が持てずにその場を立ち去った。

 ある時を境に悩んでるような表情をやめ、イキイキとしだした疾風を側で見続けていたからこそだった。

 

 安城ら女性の為の会打倒の対策を考えただけなのかもしれない。

 だけどもし疾風が菖蒲の気持ちに応えたのだとしたら、恋人が出来て喜んだのでは………そう考えてしまった。

 

 そんなことを考えながら部屋に戻ると、楯無が疾風を押し倒していた。

 そんな疾風に心のなかで節操なしと言ってそっぽを向いたら少しだけ気分が軽くなり、そんな自分を恥じてまた重くなった。

 

「疾風………」

 

 唯一無二の親友でありライバル。

 お互いの間に秘密はなく、何もかもさらけ出せる気心しれた仲だと思っていた。

 

 そんな疾風の知らないことを徳川菖蒲が知っている。

 そう思うだけで胸に薄い傷みが滲み出した。

 

 勿論疾風がセシリアに話す必要などこれっぽっちもない。

 誰にだって秘密はあるし、何もかも開示しろだなんてプライバシーの侵害だ。

 

 仮に自分が他人に告白されたとして。疾風に話すことはないだろう。

 

 恋仲ではないのだから。

 

「ッ」

 

 傷みがじんわりと肺を覆い被さるように広がり。息苦しくなった。

 

「こんな調子では、フレキシブルなんて夢のまた夢ですわね。明日は新調されたストライク・ガンナーが届きますからブルー・ティアーズのコンディションチェックを」

 

 シャワーを止めるとまた疾風の悲鳴が聞こえてきた。

 

「………………」

 

 セシリアはまたシャワーの栓を捻った。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ズーーーーー、タハーーーー」

 

 今日は休み、ISを動かした後に学園のカフェテラスに寄ってタピオカ黒糖ミルクを買った俺はタピオカを吸引したあとガッツリと脱力した。

 

 昨日はマジで大変な目にあった。

 シスコンを拗らせた会長にくすぐり地獄をぶちかまされるわ。セシリアも終始そっけないわで。

 

 普段の行いが悪いのかと振り返ってみるけど。思い当たる節はあるにはある………

 生活態度改めて見るべきかなぁ。

 

 しかし、まあなにも悪いことばかりが人生ではないからなぁ。

 まさかあの人に会えるとは。

 

 

 

 

 

 

「んっふふーん♪」

「やけに上機嫌だな鈴」

「そりゃあねぇ。一夏とデートなんだし!」

 

 寮でバッタリ鈴と出くわした。

 いつものラフな服とは対照的な明らかにオシャレしてます! な外見に俺は即座に一夏関連だと悟った。

 

「シャルロットも居るんだろ」

「些事よ些事。大人数じゃないだけマシだっての」

「そりゃあねぇ」

「あんたはアリーナ?」

「ああ。休みはいい。一日中ISに乗れるんだからな」

「たまには外出したらどうなの」

「別に休み全部をISにつぎ込む訳じゃないぞ」

「嘘ね」

「嘘じゃねえよ」

 

 あながち嘘でもあるような気もしなくもないけども………

 鈴は特に追求せずに廊下の鏡をチラッと見るたびに笑顔になる。

 文字通りの有頂天。一夏と出かけるのだから当然か。

 

「まあ浮かれすぎないように程々の期待度にしとけ。また叩き落とされるぞ、ウォーター・ワールドみたいに」

「やめてよ! あれガチでトラウマだし! 今度はちゃんと一夏に五回も確認取ったから!」

 

 五回はやりすぎだろ。

 

「まあ楽しんでこいや」

「ええ、でも程々なんて無理よ。一夏とのデートなんだし。そう何回もあんな不運が来るわけないzy」

「おはようございます、凰 鈴音代表候補生」

「ひゅっ!!?」

 

 旗が吹き飛ぶ音がしたなぁ。

 

 ロビーに入ったとたん磔の呪文にかかったみたいに顔をひきつらせる鈴。

 階段の下にはビジネススーツをバシッと着こなした眼鏡をかけたアジア系の女性が居た。

 

 あれ? あの人どっかで見たことあるな。

 

 ガッチガチに固まりながら階段を下りる鈴。その姿。ブリキの如し。

 

「お、おはようございます、(ヤン)候補生管理官」

「おはようございます」

 

 楊? 楊………中国………あぁっ!! 

 

「し、失礼します! もしかしてあなたは元中国代表の楊麗々(ヤン・レイレイ)さんでは!?」

「ええ。あなたはレーデルハイトの」

「疾風・レーデルハイト、アリア・レーデルハイトの息子です! 直ぐに気づけずにすいません!」

「いえ、今と違って昔はまだ可愛げがあった頃でしたので」

(可愛げなんかあったのこの人………)

 

 確かに五年以上たってて容姿も少し変わってる、というか大人びていたな。

 当時はロングヘアーだったし、眼鏡もかけてなかった。

 

「第一回モンド・グロッソの偃月刀捌きは何度も拝見致しました! お会いできて光栄です!! よろしければサインをお願いします!!」

「………あんたその色紙どっから出したの?」

 

 こんなこともあろうかとバススロットに常備してあるのさ!! 

 

「私はもう代表ではなくただの候補生管理官ですが」

「なにとぞ宜しくお願いします!」

「まあいいでしょう。サインを書くのも久しぶりか」

 

 と言いつつもサラリと書いてくれました。

 うわぁ綺麗な字や………

 

「ありがとうございます!」

「お構い無く───何処に行くのですか凰候補生」

「ヒョオィア!」

 

 どんな悲鳴なんだ。

 

「わ、わたくしに何か用で御座いましょうか?」

「キャノンボール・ファスト用に調整した高機動オートクチュール【(フェン)】をお持ちしました。即刻セットアップとインストールののちに試運転を開始します」

「え、ちょ! なんですかそれ!? 今日だなんて聞いてませんよ!?」

「何を言ってるのです。一週間前に告知しましたが」

「………………忘れてた」

「一昨日もメールをしましたが」

「………………ほんとだぁ………」

 

 もはやおっさんの声量レベルまでテンションダウンした鈴。

 おまえ一夏関連で完全に頭がパーになっちまってるじゃねえか。大丈夫か今後の中国。

 

「まさか凰候補生。大事なオートクチュールのテストを蔑ろにして外出しようだなんて考えてませんよね」

「そそそそそそそんなことあるわけないじゃないですかアハハハハハ!」

「その割には服装に気合いが入っているのでは。そんな女の子らしい服着てるとこファッション誌でしか見たことありませんけど」

「あ、IS学園に着てファ、ファッションの偉大さに目覚めたんです!!」

 

 嘘をつけぇ。と言いたいところだが鈴が結構限界だ。

 上半身はなんとか踏ん張っているが下半身がバイブレーションしてる。

 

 助け船でも出すか、楊麗々のサイン貰えたし。

 

「鈴、楊麗々さん。一つ提案があるのですが。今回のテストに俺も付き合わせてくれませんか?」

「何故あなたが?」

「キャノンボール・ファストが近いのか高速レース用の第6アリーナが定員オーバーなんですよ」

「へ、へぇ! じゃあ今日はテスト出来ないんじゃ」

 

 鈴は一筋の光明を得たが。

 すまん鈴、そっち方面じゃないんだ。

 

「自分この後第6アリーナに予約いれてるんですよ。自分のISにも高機動パッケージ積んでるんでテストには最適かと思うんですよ」

「ふむ」

「ちょ、ちょっと待って! 今回のパッケージは国の最新技術が使われてるから他企業のテストパイロットに見られるのは」

「いえ、一般のアリーナを使うなら秘匿性もないでしょう。申し出を受けます」

「はがぁ………」

 

 鈴、真っ白に燃え尽きる。

 

「凰候補生」

「ハイ」

「私は(フェン)を第6アリーナまで運びます。あなたは早急に準備をすませるように」

「リョウカイデス」

「ではレーデルハイトさん。宜しくお願いします。あと、もし凰候補生が逃げ出した時は」

「ふん縛ってでも連れてきます」

「感謝します」

 

 会釈をして楊さんはいなくなった。

 

 ロビーに残ったのは制服姿の俺と勝負服姿のあしたの鈴。

 

「鈴、残念だが今日は諦めた方がいい。一夏に連絡いれとけ」

「………ガミ」

「はい?」

「この疫病神ーーー!!」

 

 繰り出されるローリングソバット。

 当たるつもりはなし。

 

「窮地助けたのにこの言われようよ」

「なぁにが窮地よ! 前回もあんたに鉢合わせておじゃんになったじゃないのよ!!」

「関係ねえだろがい。それに今回はトライアル忘れて一夏と出掛けようとしたお前が悪い」

「そ、そんなの知らないわよ!」

 

 何処までも唯我独尊。それは恋する乙女の特権だが、強制イベントからは逃げられない。

 

「ほら、さっさと行くぞ。楊さんに怒られたくなければな」

「なんか機嫌良くなぁい?」

「そんなこたぁない」

 

 嘘である。

 この男。楊麗々元中国代表のサインだけじゃなく最新パッケージを間近で見れることに心踊らせている。

 

 だがそれを表に出すのは流石に不憫だと思い、舌を噛んで耐えているのだった。

 

「あーもう仕方ない!! これ以上楊管理官の機嫌損ねないうちに行くわよ!」

 

 流石鈴。切り替えの速さは代表候補生であるがゆえか、はたまたヤケクソになったのか。

 

「『ごめん急用』………………はぁぁぁぁ」

 

 御愁傷様。

 

「くぅーー! 一夏! この埋め合わせは絶対して貰うんだからねっ!!」

 

 いや一夏は悪くないだろう。

 

 これを口に出さなかったことに俺は自分を褒め称えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ? 男がいると思ったら眼鏡ルーキーじゃねえかよ」

 

 取り出した色紙にニヤニヤしていると聞きなれないが聞いたことのある声が

 

 視線を向けると手にタピオカミルクティーをチャプチャプと揺らすアメリカ代表候補生のダリル・ケイシー先輩が。

 

「あ、ダリル先輩。こんにちは」

「おう。よっこいしょ」

 

 断りも入れずにドカッと向かいに座る豪快さ。なんかアメリカンガールって感じ。

 

 そして座った同時に勢いよく揺れた大きめのバスト。

 改造制服のそれは胸元がガッツリ開いており、赤のレースブラが覗いて大変セクシーだった。

 

「エロガキ」

「み、見せつけといてそれ言いますぅ?」

「ちげーねぇ。どうだ、オレと一発やるか?」

「何がどうだですか。サファイア先輩泣きますよ」

「それもちげーねぇな」

 

 ブラックジョークを流し、ズズーとタピオカを吸い込むケイシー先輩。

 

 三年のダリル・ケイシーと二年のフォルテ・サファイア。

 IS学園で知らぬものはいない学園最強タッグ。

 炎と氷という相反する属性を持ったISが繰り広げる絶対防御から付けられたコンビネームが【イージス】。

 ソロでも相当な実力者だと聞き、二年三年のクラス対抗戦は揃って優勝(会長は生徒会長のため辞退)した。

 

「てかなにそれ」

「これですか? 元中国代表の楊麗々の直筆サインですよ。さっき学園に来てたんですよ」

「へぇ。お前サイン好きなのか。なら俺も書いてやっか?」

「先輩が代表になったら是非」

「このガキ」

 

 挑戦的な目線に先輩はケラケラと笑った。

 

「そうだ。異種多人数ISバトルとクラス対抗戦優勝おめでとう」

「ありがとうございます。ダリル先輩も練習に付き合ってくれてありがとうございます」

「いいってことよ、オレもああいう下しか見てねえやつ好きじゃなかったし。変わりにぶちかましてくれてスカッとした」

「恐縮です」

 

 色紙をバススロットにしまい、クラス対抗戦優勝のスイーツ無料券で買ったタピオカ黒糖ミルクをすする。

 

「そういえば先輩がたはキャノンボール・ファストの専用機枠には出ないんですか? リストになかったので」

「オレとフォルテはそれぞれの学年で出るぞ。更識は例のごとく警備らしいけど」

「そうですか」

「残念そうだな?」

「それはまあ。先輩がたとレース出来るのかなって期待してましたし」

「いっとくけどオレらが出たらワンツーフィニッシュ間違いなしだぜ」

「それを打ち破るのが、燃えるんじゃないですか」

「ハハ、いいね」

 

 首元のベルトチョーカーをさするダリル先輩。

 その目には闘志の炎が燃えていた。

 

「どうよ? このあと一戦やるか?」

「いいっすね!」

「よぉし! そうと決まれば早速アリーナ」

「駄目っスよダリル」

 

 立ち上がった俺たちに待ったをかけたのはダウナーな雰囲気の女の子。イージスの片割れであるギリシャ代表候補生のフォルテ・サファイアだった。

 

「このあと私と映画を見に行く約束じゃないっスか」

「あーーそうだったーー………明日じゃ駄目?」

「駄目っス。もうチケット買ったんだし無駄になるッすよ」

「えーせっかく火ついたのによー。なあレーデルハイト」

 

 まったくです。先輩とガチファイトなんてやらない手はない。が。

 

「俺はいいですよ。また今度やりましょうよ。約束は守らないと駄目ですよ先輩」

「………だよなー」

 

 先約がいるなら引き下がらないと。

 非常に惜しいけど。

 

「むすぅ」

「ほーらそんな顔すんなってフォルテー。ほら、オレのタピオカやるから」

「飲みさしじゃないっスか。貰うけど」

 

 ズーっと吸うフォルテ先輩。

 背丈や猫背なのもあって凄い小動物感。

 

 フォルテ先輩の頬が少し赤いのは間接キスだからか、それとも。

 

「あのー、つかぬことをお聞きしていいですか」

「良いぞ」

「お二人の関係って………噂通りなんです?」

「ああそれか………フォルテ」

「ん? なんス、ムグゥ!?」

「んん!?」

 

 ダリル先輩はしばし考えたあとおもむろにサファイア先輩の唇を奪った。

 

 思わず吹き出しそうになりながらその生々しい光景に目を奪われた。

 

 ………てか長いな! 舌もガッツリ入れてるし!! 

 

「ジュル………プハァ」

「ふぅ。まっ、こんな関係だ」

「ハハ………ご馳走さまです」

 

 クタッと力の抜けたサファイア先輩を抱き止め、ダリル先輩は勝ち誇ったように笑みを浮かべた。

 

「な、何をしてくれてるんスかダリル! 後輩の前でこんなこと!!」

「いや、口で説明すんのもめんどくさいなーって。あ、実質これも口で説明したことになる?」

「ならないっスよ!! ズゾォォーーー!!」

 

 羞恥心が臨界に達したフォルテ先輩はタピオカをグビグビと飲んでいく。

 こっちも気恥ずかしさMAXなのでとりあえずタピオカをすすることにする。

 

「オレからも一つ聞きてえんだけどいいかレーデルハイト」

「はい?」

 

 なんだろう。改まって

 

「今度のキャノンボール・ファスト………荒れるか?」

 

 先輩の言葉に俺とフォルテ先輩のストローが止まった。

 それはキャノンボール・ファストが白熱する、とは別ベクトルだと理解したからだ。

 

「荒れると思いますよ。あそこはここより警備緩いですし」

「へえ、そしたらお前はどうする?」

「そりゃ勿論。叩き潰しますよ」

「ハッ、わかってんじゃねえかよ。行くぞフォルテ」

「あっ、待ってくれっス!」

 

 

 

ーーー◇ーーー

 

 

 

「なかなか肝が座ってるじゃねえかあのルーキー」

「レーデルハイトっスか? 確かに今のご時世じゃあまり見ないタイプっスね」

 

 デート用の服に着替えながら談笑するイージスコンビ。

 学年が異なるのに同室を許されてるのは専用機の相性と親和性の検証という名目で特例措置として許されている為。

 というのが表向きの噂。

 

「でもそれなら織斑一夏も当てはまるんじゃないっスか? 最近頭角表してるじゃないっスか」

「あれも最初の頃とは見違えてはいるがな。レーデルハイトの奴とはまた違うんだよ。なんつーの? 覚悟決まってるっていうか、ヤる気が違うというか」

「色々容赦ないっスもんね。異種多人数の12対4なんて普通思い付かないっスよ」

 

 とにかく手段を選ばない。

 何事にも貪欲に取り組み、または取り込むその強欲さ。

 それでいて彼の存在は一年専用機持ち全体の認識を変えていった。

 

 その影響を1番に受けたのが織斑一夏。

 誰かを守るという漠然とした指標にどのように行動すれば他者を守ることに伝わるかということが加わり、行動に現実味が現れ始めた。

 それに感化されるように一年専用機持ちも鍛練にも渇が入ってきている。

 

 疾風・レーデルハイトは行動する。

 もはや行動力の化身と言われるぐらい、目の前のタスクを的確に処理していく。そして彼の行動に周りの人も引っ張られていく。

 彼にはその能力があると、三年生で唯一の専用機乗りであるダリル・ケイシーは分析したのだ。

 

 ダリルは首元につけてる自身の愛機、【ヘル・ハウンド】のチョーカーベルト(待機形態)をさすった。

 

(こりゃなめてかかると落とされるのはオレらかもしれねえぞ。スコールおばさん)

 

「ん? 何か言ったっスか?」

「なーんも。ほら早く行こうぜ。映画間に合わなくなる。それともここで一発ヤるか?」

「ヤらないっス!!」

 

 ダリルはフォルテの顔を見て一旦考えるのをやめた。

 

 たとえこれが偽りの日々であろうとも、レイン・ミューゼル(ダリル・ケイシー)は午後から始まる恋人との相瀬に想いを馳せるのであった。

 

 

 




 簪っていざ書いてみると結構癖が強い。


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第70話【モヤモヤ・イライラ・ドキドキ】

 放課後。

 

 俺はいつも通りアリーナでISを………ではなくテニスコートのベンチに座っていた。

 

「はぁぁぁ~………」

「クソでけぇタメ息だなぁ」

 

 今日は『生徒会執行部・織斑一夏貸し出しキャンペーン』With疾風・レーデルハイト貸し出しバージョンなのだ。

 

 全部活動参加ビンゴ大会という余興のあと。当選者がクジを引き、当たりを引いた部には+αとして俺がついてくるのだ。

 

 因みに生徒会執行部という名前は生徒会を部活として成立させる為の名称らしい。

 

 今日はテニス部に出張。

 目の前のコートではテニス部員が鬼気迫る表情でラケットを振るっていた。

 

「ちょれぇぇい!!」

「やられはせぬぅぅ!!」

「マッサァジィィィ!!」

「織斑くんとマンツーマンッッ!!」

「………はぁぁーー」

 

 コート場の熱狂と対照的に深いタメ息を吐く我らが織斑一夏の表情は暗い。

 その理由と言うのが現在開催されている『織斑一夏のマッサージ権獲得イベント』。

 

 誰が言い出したのか知らないが「せっかく男子がいるんだから優勝した人に何かしてもらおう」という話になり。様々な議論が飛び交ったのち。

 

「確か一夏さんはマッサージがとても得意でしたわね」

 

 とセシリアが言ってしまってさあ大変。

 テニス部員の目が燃え上がり狂喜に満ちたテニストーナメントが開始されたのだった。

 

 まあわかるよ一夏。マンツーマンで他人にマッサージって結構くるよな。

 あれから忘れよう忘れようと思っても臨海学校のドキドキサンオイル事件は今も頭に残ってる。

 

 けどな。

 

「人気者は辛いな一夏よ」

「お前、自分が対象外だからって高みの見物しやがって」

「フフッ。楽しいね」

「お前ほんと性格悪いな!」

 

 何とでも言うがいい。

 他人の不幸は蜜の味。それもイケメンモテ男の修羅場とか最高の肴になる。

 巻き込まれなければ俺はそれでいい。

 

 しかしまぁ。

 

 睨んでくる一夏をシカトして俺はひとつ向こうのコートに視線を移した。

 

「いきますわよ!!」

「ぬぐっ! 相変わらず重い玉を!」

「SMASH!!」

「にゃあぁっ!?」

 

 元凶である本人のやる気が他より違うんだよな。何事も全力なのがセシリアの美徳だけど。

 

 自分から一夏のマッサージの案を出したってことは。セシリアは一夏のマッサージを受けたかったのだろうか。

 確かに一夏のマッサージは本職顔負けだろうけども。

 

「………あーモヤる」

「なんか言ったか?」

「なんでもねえよ」

 

 あ、またスマッシュ決めた。

 

「勝利! ですわ!!」

 

 勝利のVサインの変わりにニコッと笑うセシリア。

 汗をかきながらもその美貌は陰りはせず、爽やかささえ感じさせられていた。

 

 まあ、元気ないよりはいい。これを気に心機一転してくれればなお良し。

 

 それから試合は続き、セシリアはほとんどストレートで決勝までコマを進め。見事ストレート勝ちを決めた。

 ハイスクール時代の蒼の王女(ブルー・プリンセス)、ここにあり。

 

 俺と一夏は臨時マネージャーとして試合が終わった女子にタオルとスポーツドリンクを配っていった。

 

「おつかれセシリア。ナイスプレイ」

「はぁ、ふぅ。………当然………ですわ……。けほっ」

「ほれ。スポドリ飲め」

「どうも………うぅ、重いですわ………」

「ああもうほら、補助してやる」

 

 腕に力が入ってないのかスポドリを持つ手が覚束ない。

 息も絶え絶えの満身創痍といった感じ。

 

 俺はペットボトルに手を添えてセシリアの腕の負担を少しでも減らした。

 うっ、視線が痛い。

 

「プハァ………あの、疾風」

「なんだい」

「その………いま腕が棒のようになってまして……はぁ、ふぅ………よろしければ、顔を吹いていただけると、ありがたいのですが」

「了解、お嬢様」

 

 最初からフルスロットルで決勝までぶっ通しだったからな。ストレスでも溜まってたんだろう。

 躊躇うことなく言われるままセシリアの顔に張り付く玉汗を吹いてあげた。

 

「「あーーーーー!!」」

 

 うるっさ。

 

 タオルでセシリアの汗を拭いていると周囲から一斉に音響爆弾が投げられた。

 

「セシリアなにしてんのよ!」

「レーデルハイトくんの独占ご奉仕だなんて!」

「優勝したからってそれはズルいでしょ!」

「え、え。わたくしそんなつもりは」

 

 みんなから一斉に指摘されて火照っていたセシリアの顔に更に赤が差す。

 

「レーデルハイトくん私たちの汗も拭いて!」

「いやいや。お前たちは手動くだろ」

「だってセシリアだけズルいじゃん!」

「セシリアだけ特別扱いするのー!?」

「「ズルいー!!」」

 

 待て待てなんでこうなってる。

 こういうのは俺じゃなくて一夏の役目だろ。巻き込まないで下さい。

 

「ほーらみなさん一夏のほう空いてますよー!」

「おまっ! 平気で友達を売るな!」

「勿論一夏くんにもしてもらうわ!」

「既に退路がないだと!?」

 

 クッ、一夏撒き餌作戦は失敗か! 

 最近この戦法が使えなくなってきて若干焦っている。

 

「こうなったらセシリア以上のご褒美を即時報酬として確立するしかないわ!」

「副部長! 何か案があるのですか!」

「勿論よ──私たちも汗を拭いてもらうのよ。背中とか、ね」

 

 その時、テニス部員にイナズマが走った。

 

「それはナイスアイディアね!」

「私汗だくでやばいから是非ともお願いしたいわ!」

「「いいよね二人とも!!」」

「「いいわけあるか!!」」

 

 むしろ何故通ると思ったこの脳内お花畑ども! 

 

 部員の言葉をそのまま受け止めるとして。

 部室という密室空間で下着姿の女子全員の背中の汗を拭いてまわることになる。

 汗から発散される女子特有の臭いと視覚的暴力。

 極めつけには、そのなかにはセシリアがいる。

 

 うん、駄目ですね!! 

 

「み、皆さん破廉恥ですわよ!」

「そ、そうだ! こんなこと許されるか!」

「部長! こんなモラルがなくていいんですか!?」

「んー? いいんじゃね? 本人たちが言いと言ってるし」

 

 クソッ! IS学園の女子はある意味男らしいぜ! 

 欲望に忠実すぎる! 

 

「むしろ役得ってことにしとけ? 合意で女子に触り放題だぞ」

「言い方ぁ!」

「とにかくそんなこと出来ません! サービス対象外です!」

「「えええええ~~~!!」」

 

 えーじゃねえこの馬鹿ども! ピンクブレイン! 

 トーク番組の定番音声流してんじゃねえ! 

 

 これ以上文句言うようなら俺らの頭目に報告………駄目だぁ、全力バックアップ待ったなし。

 

「とにかく駄目です! 閉廷!!」

「いいじゃんいいじゃん! こっちはスポーツブラなんだし!」

「全然恥ずかしくないよ!」

「「「頼むから羞恥心を持って下さい!!」」」

 

 専用機トリオの叫びとブーイングが放課後のテニスコートに響いたのだった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「あーー疲れた。あんなのに俺のIS時間が奪われたのか? ふざけるなよ畜生めぇ」

 

 結局あのあと予定より伸びた部活時間におされて普段の半分もISを動かせなかった。

 悪意はないのだろう。悪意がないからなおのことたちが悪いのだ。

 

 一夏の苦労が分かった気がする。

 

 今はそのフラストレーションをキーボードにビシバシ打ち込んで発散している。

 

 後ろでセシリアがシャワーから上がってきた。振り返ることなく俺はキーボードを打ち込む。

 

「疾風、あなたもシャワーに入ったらどうです?」

「いや後ででいい。さっき本社から高機動パッケージの稼働データとレポートを送ってくれって連絡が来てさ。今ストレスと共に打ち込んでる」

「レポートは丁寧に」

 

 わかってますよー。

 

「てかお前も念入りだな。部活後にシャワー入って、こっちでもシャワー入って」

「これから一夏さんのところに行くのですよ。とうぜんでしょう」

 

 ああそうだった。

 あのゴタゴタで忘れてたわ。

 

「間違ってもネグリジェで行くんじゃねえぞ」

「行きませんわよ!」

「無難なやつにしとけよ」

「わかってますわ。男はみんな狼ですものね」

 

 はい、そうですよ。

 

 着替え終えたセシリアを見てみると薄水色のパジャマを着ていた。

 セシリアの顔は湯上がりで火照った頬と湿り気が少し残った髪というなんとも健康的な色気を纏っている。

 触りだけのメイクなのにそれでもセシリアの美貌が損なわれることはない。といってもセシリアはノーメイクでも普通に綺麗なのだから世の中本当に不公平だと思う。

 

 格好は無難。だけどこれはこれでグッとくるのはセシリアの素のポテンシャルの高さだ。

 

「では行ってきますわ」

「はいよ」

 

 ………………

 

 セシリアが部屋から出ると。

 なんとも言えない感じが身体の底から上がってきた。

 原因は間違いなくセシリアだ。セシリアが絡まないとこうならないと最近気づいた。

 

「大丈夫だろ、一夏だし。会長だって居るんだから何も心配することなんかないない………レポート仕上げねーと」

 

 俺は気を紛らわすためにキーボードを打ち込む。

 明確に固まらない感情はフヨフヨとしたまま胸のなかを漂っており、なんとも集中が散漫する。

 

 ………同居生活ももうすぐ1ヶ月になる。

 最初はとんでもないことになったと焦りに焦ったが。お互い色々ルールを決め、特にトラブルもなく過ごせた。

 

 二人でISに関することをいっぱい話した。

 セシリアには結構コアで理論的な討論が出来るからそれが堪らなく楽しくて、気付けば一時間たつことなどざらだった。

 

 家事に不慣れなセシリアに色々教えた。特に自炊をする時は必ず二人で作った。

 たまにとんでもないことになりそうなこともあったけど、それでも楽しかった。

 

 それはとても充実した日々でもあったし。それがもうすぐ終わるのは正直言って寂しい。

 もっと一緒に過ごしたいとさえ思える。

 

 唐突だが。俺は色んなジャンルの本を読む。難しい物は読めないから基本ラノベやら漫画だが。

 なかには楓から借りた少女漫画物も含まれたりしている(やけに義兄妹物が多かったりした気がするがそこはノータッチ)。

 

 で、その漫画の中には今の自分に似たようなヒロインと同じ屋根の下みたいなシチュエーションもあったわけで。

 モヤモヤしていた主人公は最終的にそれが恋であると自覚し、紆余曲折あってヒロインと恋人になりハッピーエンド。

 

 俺のこのモヤモヤする感情は果たして恋なのだろうか。

 俺はセシリアをライバルではなくそういう対象として見ているのだろうか。

 

 だから一夏のところに行ったセシリアにモヤモヤしてしまうのだろうか。

 

 そうだとしたら辻褄は合う。

 合うんだが………

 

 ピンポーン。

 

「誰だ? はーい」

「ハロー疾風くん」

 

 画面には見知った生徒会長の笑顔が。

 

 え、会長!? なんで、いま一夏の部屋にいるんじゃ。

 

「開けてー。開けないと斬るわよぉ」

「開けますから斬らないで下さい! うぉっと」

 

 途中ずっこけかけながらも玄関の鍵を開け。

 

「はーい楯無お姉さんでーす」

「いや、会長。その」

「まあとりあえず居れなさいな」

「え、ちょ」

 

 脇をすり抜けて入ってきた会長。

 扉を閉めて鍵をかけてから。リビングにいく会長に声をかけた。

 

「あの、会長。なんで一夏の部屋にいないんです?」

「んー? 別にマッサージ受ける側じゃないし。それに私が居たら気が散るかなぁって」

 

 気が散るって………

 てことはいまセシリアは一夏と二人っきりにということになる。

 

「あ、いま変なこと考えた?」

「考えてませんよ!」

「もう、怒っちゃやーよ」

「怒ってませんよ。怒ってなんか」

 

 ムカムカする。モヤモヤする。

 なんとも言えない感じが一気に大きくなっていって、顔にでないように必死になる。

 

「そんなに一夏くんとセシリアちゃんが二人っきりになっちゃうのが嫌?」

「はぁっ!?」

 

 だがそんな強ばりも会長の一刺しで崩れた。

 思わずおっきい声出ちまった。慌てて口を抑えるももう遅い。

 

「あら、疾風くんにしては良いリアクション。これからはそっち方面で攻めようかしら」

「怒りますよ」

「いやん」

 

 完全に会長の手のひらの上。

 なんとか脱出したいが糸口がまるで見えん。

 

「会長なんかようですか。暇なら他当たって下さいよ。いま本社用にレポート書いてるんですから」

「えー、いやー」

「子供かあんたは」

「疾風くんだって子供でしょうに」

 

 それは年齢ではなくもっと対外的なものだということがわかった。

 

「何が言いたいんすか」

「別に。でも言いたいことはいま出てきたわ」

「なんですか」

「疾風くんってセシリアちゃんのこと好きなの?」

 

 なんの脈絡もなく驚く暇すらないほど会長がさらりと言った。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「おうセシリア。来るのまってたぞ」

「お待たせしましたわ」

「シャワー入ってきたのか?」

「ええ、レディーとして最低限の身だしなみですわ」

 

 セシリアは部屋の状況を確認した。

 一夏の他にルームメイトの更識楯無。

 一夏のことは信頼しているが、一応の安心は確立できた。

 

「一夏くん。お姉さん出掛けてくるわね」

(えっ!?)

「はい、行ってらっしゃい」

 

 セシリアの脳内にプチアラートがなった。

 

(お、落ち着きなさいセシリア・オルコット。相手は一夏さんなのです。大丈夫ですわよ。男は狼ですけど彼は大丈夫ですわよ。それにしてもあの人絶対面白がってやってますわね!)

 

 既に居ない楯無に怨み節を投げるセシリア。だが状況は変わらず。

 

「じゃあ早速始めるか」

「えっ、もう!?」

「なんか都合悪かった?」

「えと、その………気持ちを落ち着かせるために何か飲み物を」

「了解」

 

 一夏はマッサージの準備が施されたベッドにセシリアを促し、キッチンに向かった。

 

「リクエストとかある?」

「こ、紅茶を」

「紅茶………ティーバックしかないな。それでもいい?」

「お構い無く」

 

 お湯を沸かし、ティーバックを準備する一夏の後ろ姿を眺めるセシリア。

 Tシャツ姿の彼は間違いなく男の骨格だった。

 

(一夏さん、初対面の時より幾分か逞しくなられましたわね。疾風も結構鍛えていますけど。そういえば彼の高機動訓練の教官は誰に決まったのでしょう? シャルロットさんかラウラさんでしょうけど)

 

 一般女性にはない男らしさを眺めながらセシリアは何をすることなく待ち続けた。

 

「ほい」

「どうも。いただきます」

 

 手に持ったティーカップを口に持っていくと。程よく温度が下げられたぬるめの紅茶を下で味わった。

 すぐに飲めるようにぬるめにしてくれた。

 そのさりげない気遣いにセシリアは胸のあたりが暖かくなった。

 

(疾風とはまた違った気遣い方ですわね)

 

 顔もよく運動も出来、勉学は苦手だがやる気になればその飲み込みの早さで対応する。ISの腕もメキメキと上達し、零落白夜も様になってきた。

 だが彼はそれに驕らず現状に満足せず邁進し続ける。

 

 そして一夏はとにかく優しい人だ。

 他人のSOSを意識的、無意識的に察知し手を差しのべ、困難な道を自ら進む。

 

(皆さんが惚れるのも納得がいきますわね)

 

 女性が絡むとわざとやってるのではと思うぐらいの鈍さとデリカシーのなさを発揮するが。

 そんなところも彼女たちには愛おしく思い、憎みきれないのだろう。

 

「どうだ? セシリアの舌には合わないかもしれないけど」

「いえ。ティーバックとは思えないぐらい美味しいですわ」

「良かった。そのティーバック虚先輩に貰ったんだ」

 

 布仏虚。セシリアが同居するまえにいた疾風のルームメイト。そして同じ生徒会の一員。

 

(そういえばわたくし。生徒会としての疾風をまったく知りませんわ)

 

 日常の会話でも生徒会の話題は出るが、それは表面上の当たり障りのないもの。

 

 セシリアは途端に知的探究心が芽生えた。

 

「あの、一夏さん。一つ聞きたいことが」

「なんだ?」

「生徒会の疾風ってどんな感じなんですの?」

「生徒会の? ちゃんと働いてるよ。特に書類仕事や情報整理が凄くてさ。虚先輩が感心するぐらいで」

「そうなんですか」

「まあそれもこれも早く仕事終わらせてIS動かしたいのが根っこだろうけどな。終わったら速攻でアリーナに走っていくんだぜ」

「ぶれませんわね」

「ハハ、まったくだな」

 

 何処までもIS一本。

 この世で一番ISを愛してやまないのではと割りと本気で思い始めている。

 

「もし俺と疾風が一緒にIS学園に来てたらどうなってたかな」

「え?」

「いや。ISのこと全然知らない俺とISのことならなんでも知ってる疾風。ISの捉え方が正反対な男二人って結構凄くないか」

「そうですわね。少なくともISの参考書を電話帳と間違えて捨てたり代表候補生ってなに? と聞くことはないでしょうね」

「そのことについては触れないでくれると助かる。もしかして根に持ってる?」

 

 今となっては織斑一夏にガッツリ刻み込まれた黒歴史になっている。

 あの時の自分はあまりにも世間知らずだったとたまに思い出しては悶えるファーストマンだったのだ。

 

「あの頃に比べて立派になられましたわね」

「セシリアは俺のなんなんだよ」

「さあなんでしょう。今では戦績も伸びてきて、わたくしにも勝つようになってきて」

「それに関しては白式のお陰な気もしないけどな」

 

 レーザー兵器が主流のセシリアにとって一夏の白式・雪羅の光学兵器無効は天敵だ。

 最近は零落白夜と接近の仕方が化けてセシリアでもなかなか勝率を稼げないでいた。

 

 ばつの悪くなった一夏は話を戻した。

 

「俺も事務作業やってるけど、疾風ほど上手く出来ないんだ。あいつはほんと凄いやつだよ。まあ今は部活動レンタルが主になってきたけどな」

「大変そうですわね」

「そうなんだよ。そもそも俺なんかが来て嬉しいか?」

「現に喜ばれてるじゃないですか。皆さん一夏さんのこと好きですから」

「なんでだろうなぁ。俺が男性IS操縦者だからか?」

「それは………」

 

 そうではないと言いたかったが言えなかった。

 女子のターゲットは一夏だけではなく疾風にも向けられてきたのだ。

 

 一夏の人気が薄らいだわけではないが。女子生徒の間で「レーデルハイトくんも良いよね」という風潮が出てきたのだ。

 

 嫌われるよりはいいし。待遇が改善されたのは喜ばしく、疾風始動で行われた過激派女尊男卑思想の撤廃は大成功だった。

 

 だけどセシリアは素直に喜べない自分がいることに目をそらしている。

 

「一夏さん、始めましょう」

「いいのか?」

「ええ、余計なことを考えそうになったので」

「え?」

「なんでもありませんわ」

 

 セシリアはベッドにうつ伏せに横たわった。

 

「じゃあ始めるぞ。まずは足からな」

「ええ、お願い致しますわ」

「おう」

 

 ゆっくりと始まったマッサージ。

 シルク地のパジャマがすれる音が静まった部屋に広がった。

 

「んっ」

「あ、痛かった?」

「いえ。あの、捲った方が宜しいかしら?」

「いや、服の上で大丈夫だけど。あ、パジャマ痛んじゃうか?」

「その心配は不要ですわ、このままお願いします」

 

 グッ、グッと手のひらを使ったマッサージは乳酸や疲労のたまった足を解し、血流の流れを良くして熱を持った。

 

(これは、体験してみると想像以上に気持ちがいい)

 

 テニス大会で頑張ったかいがあったとセシリアは早くも実感していた。

 

「ふぅ………一夏さんお上手ですわね。本当にご経験がないのですか?」

「あぁ、元は疲れた千冬姉を労うために独学で始めたんだけどな」

 

 本当にマッサージ店を開けば大層儲かるだろう。

 その時は投資をしてみようかとセシリアは冗談交じりに思った。

 

「大分疲れがたまってるな。見た目じゃ分かんないけどかなりこってる」

「ええ、最近はアリーナに入り浸ることが多くて」

「あれか、偏光制御射撃(フレキシブル)ってやつか」

「知ってましたの?」

「疾風から聞いた」

 

 余計なことを、とセシリアは内心毒づいた。

 

「疾風はなんて?」

「あーー」

「口止めされてるので?」

 

 念を押す彼ならやりかねない。

 

「いやそういうんじゃないんだけどな。『セシリアは一人で無茶しがちだから見かけたらそれとなしに気にかけてやってくれ』って」

「え、疾風がそんなことを?」

「ああ、なんか自分じゃ力になれないからって。専用機持ちみんなに言ってるみたいだぞ」

「そう、ですか」

 

 何故か分からないが心臓のドキドキと勢いを増した。

 きっとマッサージで血流がよくなったせいだと一人で納得した。

 

「あとあいつBTエネルギーについて楯無さんに聞いてたな」

「生徒会長に?」

「ほら、ミステリアス・レイディの水操作あるだろ。あれってイギリスの技術を使ってるらしいから」

「え、そんなの初耳ですわ!?」

「そうなのか?」

 

 これって喋って良かったのだろうかと一夏は難しい顔をしたが、セシリアの関心はまた疾風の話題に戻った。

 

「そ、それで疾風はなんでそんなことを?」

「なんでってセシリアの為だろ?」

「わたくしの?」

「あいつ最近口を開けばセシリアのこと言ってるぜ」

「わ、わたくしを!?」

 

 さらりと漏らされた情報にセシリアは度肝を抜かれた。

 

「一人で無理してないかとか。どうすればフレキシブルを成功できるかとか。凄い難しい顔してる時もあるし」

「知りませんでしたわ」

 

 そんなこと気づきもしなかった。

 

 セシリア自身がほっといてと言ってから疾風はフレキシブルやサイレント・ゼフィルスの話題を一つも出さなかった。

 だけど彼は影でセシリアのことを気遣っていたのだ。その事実にセシリアの体温が一気に上がった。

 

 マッサージのせい、と言い訳出来ないぐらいに。

 

 セシリアが悶々としながらもマッサージはメインに入っていく。

 

 一夏の手が腰へと移り変わり、一つ一つ丁寧にコリが解されていく。

 その絶妙な気持ちよさにセシリアは考え続けることが出来ずに微睡んでいく。

 

(疲れが吹き飛ぶとはこのことを言うのですね。気持ちいいですわ………)

 

 うとうとし始め、寝落ちかけながらもセシリアは意識を保とうと努力した。

 人様の部屋で寝惚けるなどそんなことは出来ないと思いながら。

 だがその絶妙な気持ちよさにセシリアの意識がゆっくりと落ちていき………

 

 

 

「セシリア」

「ん?」

「セシリア」

「ひゃっ!?」

 

 バッと振り向くとそこには疾風の姿が。

 一夏の姿がない。

 

「一夏なら会長に呼ばれたって言って出てった。なんか緊急だって」

「そ、そうですか」

「だから俺が代役な」

「へ?」

「マッサージの」

「へッ!!?」

 

 セシリアの眠気が吹き飛んだ。

 

「いやか?」

「え、その」

「いやじゃないならやるぞ」

「………お願いしますわ」

「りょーかい」

 

 笑顔を浮かべる疾風に不覚にもドキッとした。

 普段見られない慈愛にみちた顔にセシリアは不意を突かれた。

 

「触るぞ」

「………っ!」

 

 ビリッと電流が走ったような気がした。

 先程の一夏のマッサージとはまた違ったむずっとくるジャンルの気持ちよさにセシリアは枕に顔をうずめた。

 

「セシリア」

「ひゃあっ!」

 

 突如耳元から息と声が。

 ひどく艶の入った声にセシリアは身体をビクンと弾ませる。

 

「力入ってるから楽にしてくれると助かる」

「え、ええ」

 

 な、なんか普段の疾風と違う。

 さっき一夏に疾風のことを聞いたから変に意識しているのだろう。

 でなければ自分がこんなに彼を意識するわけがない。

 

 だが心臓のドキドキが直接脳内に入ってくるぐらい鼓動を鳴らしてるのだ。

 

 肩の施術が終わり、文字通り肩の荷が降りたセシリアは以前枕に顔を押し付ける。

 

「セシリア」

「ひゃ、ひゃい」

「お尻もやっていいか?」

「ええっ!?」

 

 彼は今なんと言ったのかとセシリアは目を見開いた。

 

「ピアノとか座り仕事でこってるだろ?」

「………………」

「いいか?」

「………………………どうぞ………」

 

 普段の彼から想像できないぐらいの積極性にセシリアはか細い声で答えるだけで精一杯だった。

 

(大丈夫、大丈夫ですわ。毎日30分のシェイプアップストレッチをしていますし………)

 

 セシリアの心配をよそに疾風は躊躇うことなくセシリアの豊満な臀部に手のひらを埋めた。

 

 ──むにゅっ。

 

「ヒュッ………!」

 

 思わず声を出しそうになるのを枕でガードする。

 臨海学校のサンオイルとは違うじっくりとしたマッサージに意識が集中してしまう。

 

 羞恥心とむず痒さが彼女の脳髄を支配し、次第に高揚感に変更されていく。

 何故彼は落ち着いていられるのかと考える間もなくコリと一緒にセシリアの精神が解されていく。

 

 薄桃色の息が漏れるなか、疾風の手が止まった。

 

「はぁはぁはぁ………は、疾風?」

「セシリアは綺麗だな」

「え?」

「まるで芸術品だ。お前ほど綺麗で美しい人間を俺は知らない」

「え、え、え!?」

 

 本当に彼の口から出たのかと疑うほどの睦言にセシリアの精神はとうに限界を迎えていた。

 

(は、疾風!? 急にどうしたのです!? 本当に後ろにいるのは疾風なのですか!?)

 

 キャパシティオーバーの脳で必死に思考を整理するも渋谷のスクランブル交差点のようにグチャグチャにからまり纏めることが出来ない。

 

「セシリア」

「ひぅ………」

 

 もはや名前を呼ばれるだけで感じてはいけない何かを感じてしまい、もう涙目だった。

 

「直接、触ってもいい?」

「ど、どこを?」

「体に」

 

 ボフッと湯気が上がった。

 

(それ以上は流石に駄目ですわ! 流石にそれ以上は、正式に付き合ってからでないと。で、でも疾風は菖蒲さんではなくわたくしを選んで………な、何を考えているのですわたくしは!? 疾風と交際しようなどそんな………でも決して嫌というわけでは、いやいやしっかりしなさいわたくし!!!)

 

 セシリアの脳内は正に合戦のさなか。

 押し寄せる誘惑を撃ち取るべく小さなセシリアが徒党を組んで立ち向かう。

 

 決して屈してはならない。

 この一線だけは乗り越えてはならないと

 

「駄目か? セシリア………」

「………ど、どうぞ」

 

 だがセシリアの口が勝手に答えてしまった。

 直ぐ様我に返り撤回をしようとした。

 彼の手がパジャマの隙間に入り込むまでは。

 

「きゃっ!」

「臨海学校の時もそうだったけど、この肌は反則だな」

 

 そう述べながら疾風の手は腰から背中、そして胸の後ろ。ブラのホックに伸びていく。

 

(駄目駄目駄目! 本当にそれ以上行ったら戻れなくなる!! だけど心地いいと感じてる自分も、違いますわ! わたくしそんな淫らなことを望んでるなど………)

 

 ゆっくりと背中を這う指。

 

 その指がついにセシリアの最終防衛線(ブラホック)にたどり着いた。

 

「!!!」

 

 もはや逃れることは出来ないと。

 

 セシリアはついに観念してその身を任せてしまった………

 

 

 

 パチンッ! 

 

 

 

「………………へ?」

 

 ブラのホックが外れた音………ではなく、誰かが手拍子をした音に聞こえた。

 

「お嬢様。難しく考えることはあなたの悪い癖ですよ」

「………ちぇ、チェルシー?」

 

 イギリスに居る筈の幼馴染みにして専属メイドのチェルシー・ブランケットがベッドの脇に立っていた。

 

「少しは自分に、そして他人に素直になってはいかがでしょう。と、失礼ながら述べさせて頂きます」

 

 チェルシーの言葉がスッと耳に入り。異様に火照っていた身体が冷めていった。

 

 普段とは明らかに様子が違う疾風。

 そして此処に居るはずのないチェルシーがいる。

 

 つまりこれは………

 

「はい。夢です」

 

 パチン。

 

 チェルシーがもう一度手を叩くと世界が一瞬で白塗りになり。たちまち真っ黒に消灯し、セシリアの意識は喪失した。

 

 チェルシーのほほ笑みがまるでチェシャ猫のように脳裏に残りながら。

 

 

 

 

 



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第71話【高速機動プラクティス】

「!!」

「あ、起きた」

 

 目が覚めるとセシリアは学生寮の廊下で疾風におんぶされていた。

 

「あの、わたくし」

「お前マッサージの最中に寝落ちしたんだよ………まったくあんな無防備に………」

「寝ていた?」

 

 ボヤボヤする意識のなかセシリアは記憶を整理する。

 

(どこからが夢でしたの?)

 

 テニス部のトーナメントで優勝、身体を清めて一夏の部屋に行きマッサージを受けた。

 そして………

 

「疾風。あなたわたくしにマッサージしました?」

「は? してねえよ」

「本当に?」

「俺が寝てるやつに手を出すクソ野郎だって言いたいわけ?」

「ち、違いますわよ」

 

 ということは、夢は疾風がマッサージをすると言い出した時。

 途端にセシリアは顔を真っ赤にした。

 

(わ、わたくしはなんて淫らな夢を見て!!)

「おぅ、なんだよどうした?」

 

 思わず肩に顔をうずめたセシリアに疾風は動揺する。

 

(いい匂いが………)

 

 ずり落ちそうになったセシリアの足をもう一度上げなおし、また歩き出す。

 

「あの、疾風」

「なに?」

「怒ってます?」

「………………怒ってねえよ」

 

 と言いつつ声色は不機嫌を隠しておらず、むしろ隠す気すらないのではというぶっきらぼうっぷりである。

 

 疾風もあえて追求せず黙って歩き続けた。

 釈然としないと顔に書きながら。

 

(うぅ、今回は確実にわたくしの落ち度ですわ。ですが、ですが………………わたくし、欲求不満なのでしょうか)

 

 先程の夢がありありと残っているセシリアは黙って疾風の肩に顔を埋めるのだった。

 

 今日のことは、少なくとも夢のことは忘れよう。そう決意した。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 朝食時の学食。

 一日のエネルギーを補給する為の大事な時間。

 そんな憩いの場に乙女突風が吹き荒れる。

 

「セシリア! 昨日織斑くんのマッサージ受けたって本当!!?」

「んん!? ゲホッゲホ」

 

 決意した翌日にクラスメイトに掘り返されたセシリアは飲んでいた水でむせた。

 

「え、ええ」

「ま、まさか二人っきり!?」

「………………」

 

 思わず口ごもるセシリア。

 だがその程度でエンジンのかかった青春女子は止まらない。

 

「どうなの織斑くん!?」

「え? まあ、そうだけど」

「ちょ、一夏さん!?」

 

 なんのことなしに答える一夏。やましさの欠片のない美顔から放たれる純粋な瞳をセシリアは直視出来なかった。

 

 そして女子の一言に先程一夏と談笑していた一夏ラバーズのスイッチが押された。

 

「ええーー!?」

「い、一夏! あんたセシリアと二人っきりでマッサージ!?」

「せ、生徒会長は?」

「よ、用があるって出てった」

「一夏! お前セシリアに何をした!?」

「マッサージだよ!」

 

 思わぬとばっちりに一夏はギャーと悲鳴をあげた。

 

「で、その後どうなったのセシリア」

「え、どうなったとは」

「とばけるでねぇ! 男女二人っきりのマッサージ。なにも起きない訳がないでしょう!」

「え、ええ!? そ、そんな。そんなわけ………ないでしょう」

 

 なにも起きないはずもなく。

 実際なにも起きなかったがセシリアは昨日の夢を思い出して真っ赤に、声もしどろもどろになってそれがまた誤解を生んだ。

 

「一夏ぁ!!」

「誤解だよ! 濡れ衣過ぎるだろ!」

「うっさい! あたしが気に入らないのは生徒会長以外で女子と二人っきりになったことよ!」

「そっちかよ!」

 

 あながち見当外れではないが一夏は突っ込まずにいられなかった。

 相川を筆頭とするデバガメ女子は更にセシリアに追求する。

 

「ねえねえ、どうなったの? もしかしてそのまま泊まったとか?」

「な、なにもありませんわ」

「いやそうならそんな顔赤くならないでしょ」

「くぁー、一足先に大人の階段言ったかぁ………」

「ちょっと谷本さん!」

「セシリア、大胆」

「夜竹さんまで!?」

「さぁさぁ、洗いざらい話しちまいな?」

 

 ジリジリと包囲網を形成されていくセシリア。

 そして徐々に鮮明化される夢の中の疾風とのギリギリなマッサージ。

 

 見当違いな確信を元に尋問が始まろうとしていた───

 

 ベキンッ!! 

 

「ん?」

「え?」

 

 その時、何かが折れる音が聞こえた。

 

 一同は何事かと辺りを見回した。

 

「疾風様。疾風様」

「ん? なに?」

「あの。お箸が、折れています」

 

 視線を落とすと疾風の手に持っている箸がものの見事に真っ二つに折れていた。

 

「あ、ほんとだ」

「大丈夫ですか?」

「うん。変えてくるわ」

 

 折れた箸を持って立ち上がった疾風は学食のおばちゃんの方に向かう。

 

「あ、そうそう」

 

 その途中で一夏とセシリア、他クラスメイトが座るテーブルの横で立ち止まった。

 

「昨日セシリアは一夏のマッサージの最中に寝落ちして、その後連絡を受けた俺が回収に向かったんだ。だからセシリアが一夏の部屋に泊まったとかはないし。ちゃんと俺とセシリアの部屋で寝たよ」

「そ、そうなんだ」

「だからやましいことなんてない………そうだよな、二人とも」

「「も、もちろん!!」」

「ならいい」

 

 ふいっとそっぽを向いた疾風に一同は冷や汗を流し、その背中を見つめた。

 

「疾風のやつ、怒ってた?」

「え、なんでよ?」

「いやなんとなく………」

「もしかして私たちのせい?」

「セシリアのことからかったから?」

 

 その後箸を取り替えた疾風が席にもどって食事に戻った。

 

 一夏ラバーズは自分もマッサージしてもらおうかと頼もうとしたが、とてもそれを持ち出せる空気ではなかった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 はぁ………

 

 幾らなんでも大人げない。

 

 噂なんて尾ヒレはヒレもなんぼのもん。

 特に気にすることはないだろう。

 

 なんで赤くなってたんだよ、セシリア。

 

 決して二人を信じてないわけではない。むしろ信じている。二人が嘘をつくはずなどないと。

 

 だが相川さんたちの会話を聞いてどんどん嫌なイメージが沸いてきて。

 

 もしかしたら二人はみんなに隠れて付き合っているのではないかとか。

 二人の空気を読んで会長が部屋を出たのではないかとか。

 二人っきりの密室でことに及んだのではないのかとか。

 

 気づいたら箸が折れていた。

 

 向かいの席に座っていた菖蒲も引き気味だったし。そりゃ箸折れたまま微動だにしない男なんて怖いよ。

 

『疾風くんってセシリアちゃんのこと好きなの?』

 

 昨日会長に聞かれた時、俺は答えることが出来なかった。

 

 友人です、ライバルです、ただの同居人です。

 

 そう答えることが出来たのに答えられなかった。出たのはかすれた吐息だけで、答えること事態を拒否していた。

 

 都合よくそれが『恋』だなんて答えたくなかった。

 都合よくそれを『愛』だなんて形にしたくなかった。

 

 そんな俺を見て会長は特になにかする訳でもなく意味深な笑みを浮かべてこう言った。

 

「ズバリ恋かな?」

「わかりません」

 

 息詰まった癖に即答しやがった。

 違うとは言う暇すらなかった。

 答えなんてないくせに答えやがった。

 こんな時に限って一番無難な答えを出しやがった。

 

 そんな俺を見て会長は声を出して笑った。

 

 そして良いものが見れたと言って会長は部屋を出ていった。

 

 一人残された俺は寂しく自己嫌悪。

 

「フフッ」

「ん? どうした菖蒲」

「いーえ、なんにも」

「?」

 

 そんな情けない男に告白した女は笑みを浮かべながらご飯を食べた。

 奥底を見透かされたのだろうか。

 それはねえか。だって菖蒲は俺を見て楽しそうに笑ったのだから。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「はい、それでは皆さーん! 今日は高速機動についての授業をしますよー!」

 

 我らが副担任、山田先生の声が第六アリーナに響き渡る。

 相も変わらずその暴力的な身体をISスーツにギュッと納めるそのフォルムはやはり目の毒。

 入学当初は女子のISスーツ姿よりISに夢中だった俺も今や環境になれたせいでこの有り様よ。

 

 俺のIS愛は所詮この程度か。こういう時はセシリアのストライク・ガンナーを見て落ち着こう。美しい………。

 

「この第六アリーナは中央タワーと繋がっており高速機動実習が可能であることは先週皆さんに話しましたね?」

「あ、あの先生」

「はいなんでしょう」

「どうして最適なんでしたっけ?」

 

 おずおずと手を上げた生徒に山田先生は優しい笑顔で答えた。

 

「それではレーデルハイトくん。おさらいとして説明してくれますか?」

「了解です。このアリーナは他のアリーナより横に長く、超加速による実験や練習に最適です。中央タワー事態がシールド発生装置としての役割を持っていてシールド発生範囲が縦にも長く、高速機動状態のIS間での事故防止にもなっています」

「レーデルハイトくん、ありがとうございました!」

 

 いえいえ、これぐらいなんてことないですとも。

 

「それでは始めに高速機動経験のあるレーデルハイトくんとオルコットさんに実演してもらいましょう」

「「はい」」

「まずは高機動パッケージ【ソニック・チェイサー】を装備したレーデルハイトくん!」

 

 通常の装甲に追加スラスターと尾羽根状のテールスラスターを装備し、シャープ感の増したイーグル

 前に出た俺にクラスメイトがオーと声を上げた。

 もっとだ。もっと褒めて俺のISを! 

 

「そして同じく高機動パッケージ【ストライク・ガンナー】を装備したオルコットさん!」

 

 ムフーとしてる俺の横に並んだセシリアはこれまた凛々しい顔。

 ビットの砲口を封じ、その全てを推進力に回した高速特化装備。

 相変わらずビットがスカートのようで、ブルー・ティアーズがドレスに見える。

 

「それでは二人とも、準備をお願いします」

 

 おっと、見惚れてる場合じゃなかったな。

 

『高速機動補助バイザー、起動』

 

 高機動モードに移行したイーグルのハイパーセンサーの影響で一瞬フラッシュがたかれた用に画面が光り、見慣れた景色が更に洗練されたものに変わった。

 

 分かりやすく言うなら、新しい眼鏡を変えた時に違和感を覚える感じ。

 いや、これは眼鏡人にしか分からないか。

 

『ホログラムコース、オン』

 

 アリーナのホログラム生成機がコースを形成する。

 お試しと言うこともあってか、それほどエグいコーナリングはなさそう。

 

「二人とも、準備は宜しいでしょうか」

「「はい!」」

「それでは。3・2・1・ゴー!」

 

 山田先生のフラッグで二機のスラスターに火が入った。

 加速につぐ加速。IS自体がレールガンの弾頭みたいに弾き出される。

 常時瞬時加速(イグニッション・ブースト)と見紛うほどの速力に、改めてISという代物のポテンシャルの高さを思い知らされる。

 

「お先に!」

「あ、マジか!」

 

 思考してる間にセシリアがギアを更に上げて前に出た。

 そのまま中央タワーをグルリと周回していく。

 

「ギアアップだイーグル!」

 

 慎重にチンタラやってたら追い付かない。

 大胆かつ繊細に、ぶつかることを恐れずに突っ込む! 

 

 マニピュレーター内の操縦桿を的確に操作し、マニュアルで最短に次ぐ最短でコーナリング、そして瞬時加速(イグニッション・ブースト)! 

 

 もはや二段瞬時加速(ダブル・イグニッション・ブースト)に匹敵する速度を持ってやっとブルー・ティアーズを射程に納めた。

 

「追い付いたぁ! 見えたぜセシリア!」

「あら? わたくしの魅力的なヒップが?」

「確かに魅力的だけど」

「ふぇっ!?」

 

 とっさに出てきた思わぬ返答にセシリアの顔が真っ赤になり、ISの挙動に揺らぎが見えた。

 

 そのまま並走状態で追い越し、IS1機分の差で先にゴールした。

 

「はいっ。お疲れ様でした! 流石経験者ですね、お見事です」

 

 山田先生が子供のようにピョンピョンと満面の笑顔で飛び上がって喜んだ。

 そのせいで豊満な胸部装甲が狂喜乱舞。

 

 相変わらず目のやり場に困る。

 またセシリアに養豚場の豚を見る目をされたくなくて目を反らしたら一夏がラウラにAICでロックをかけられていた。何してんだろあいつ。

 

「それでは。次に通常装備状態ですが。スラスターに出力調整を施し、仮想高速機動仕様にした織斑くんと篠ノ之さんに1周して貰いましょう」

「わかりました」

 

 AICを解除された白式・雪羅と紅椿が並び立つ。

 片方が第二次形態移行(セカンド・シフト)、もう片方が前人未到の第四世代ISという面立ちに生徒から感嘆の声が上がる。

 

「これがセカンド・シフトかぁ。まじまじと見るには始めてかも」

「二人とも綺麗なISだよね。紅白で縁起もいいし」

「通常出力でも相当速いらしいよ」

 

 確かに二機の間には親和性がある。

 篠ノ之博士はこの二機でワンセットというコンセプトで作ったみたいだけど。

 

 しかし二人は福音戦で経験があるとはいえ、こういうレース系には慣れてないと思うけど設定とか大丈夫だろうか。

 

「一夏、わからないところはあるか?」

「いや、大丈夫だ。バイザーのモードをハイスピードにするのに苦戦したけど」

「私のは探そうと思ったら目の前に現れたぞ」

「流石束さん製だな」

「それはお前もだろうに」

「まあな」

 

 うん、大丈夫そうだな。

 

「あの、疾風」

「はい」

 

 振り替えるとまだ赤いセシリアが。

 なんかモジモジしてて可愛い………かもしれない。

 

「さ、さっきのは一体どういう」

「え?」

「み………」

「み?」

「魅力的だって」

 

 魅力的、魅力的………あっ。

 

「ああ、言ったな」

「や、やっぱり言いましたの!?」

「そりゃ、本当のことだし────ストライク・ガンナーのビットスカート」

「はっ?」

 

 セシリアから感情が消えた。

 

「いや、この流線型のフォルムと光沢が高機動時の視界とこう見事にマッチし、いっだぁっ!?」

 

 ゴツンっ! と鈍い音を立てて後頭部が殴打された。

 見ると分離したビットがフヨフヨと浮いていた。

 

「おい痛いじゃないか! いま首がグインってなったよ!? シールドも減ったし!」

「知りませんわ! 馬鹿っ!!」

 

 怒ってしまったセシリアはビットをスカートに戻し。ラウラとシャルロットの元に行ってしまった。

 あの様子から愚痴りに言ったのだろう。

 

「………あっぶねえ」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「箒、大丈夫か」

「大丈夫だ、これ以上言わないでくれ」

「おっけー。俺も人のこと言えないからな」

 

 福音との高速機動の経験がある二人だが、ジャンルの違うレースとなると勝手が違ったのか曲がりきれなかったり、加減速が上手くいかない箇所があった。

 それでも充分及第点だと山田先生が褒めに褒めまくったことで事なきを得た。

 

「いいか。今年は異例の一年生参加だが、やる以上は結果を残すように。通常とは違うISの動かしかたは必ず生きてくる。3日後に練習機組の選抜メンバーを決めるため、各員努力を怠らないように」

「はい!」

「それでは各自割り振られた機体に乗り込め。時間は有限だ、ぼやぼやするなよ。では開始!」

 

 パンッと織斑先生の合図で生徒が散り散りにISに群がっていく。

 

「織斑くんたちに負けてられないわね!」

「お姉さまにいいところを見せ、勝ってデザート無料券をゲット!!」

「やるぞーー!」

「おーー!」

 

 生徒の気力も充分、動機が目先の欲に向けすぎなのはいつもの光景なので問題なし。

 

 さて俺はコースが空くまで専用機組の様子見兼敵情視察と行くかな。

 

「疾風ー」

「おう一夏どうした」

「スラスターのエネルギー分配について相談したいんだけど。俺が一人でやると目が点になって情報が入ってこない」

「成る程」

 

 一夏は要領は良いんだけど、相変わらずこういうメカニック系については苦手の域にある。

 だが一度理解すると爆発的に成長する、なんとも育てがいのある子なんです。

 

「俺が教えてもいいけど、先ずはみんなの様子を見て参考にしたらどうだ? そのあと一緒にやってこう。幸い一夏と同じ感じで悩んでる奴も居るだろうし」

「そうだな。箒あたりが苦戦してそうだ」

 

 

 

 

 

 

「箒」

「………」

「箒ー?」

「………」

 

 眉間に皺をよせて空中投影ディスプレイとにらめっこしてる箒。

 一夏の声が届かないほどの集中具合。

 

 こういう時の対処法は心得ている。

 

「あ、あそこに居るのは篠ノ之束!?」

「「なにっ!? 何処だ!?」」

「いやお前も引っ掛かるのかよ一夏」

 

 仲良しかお前ら。

 

「あれ、姉さんは?」

「いないよ」

「疾風! お前騙したな!」

「スマンスマン。でもお前顔ヤバイことになってたぞ」

「なにっ!? み、見たのか一夏!」

「いや、そんなにヤバイ顔してなかったぞ」

「見られてるということじゃないか………」

「いや大丈夫だ箒、ヤバイってのは結構オーバー気味だったからそんな落ち込むなって」

 

 ガックリと萎れる紅椿と箒。

 随分と苦戦してたみたいだ。 

 

「箒、俺も追加装備無し組だからさ。疾風を交えて一緒に考えてみないか」

「構わん。私一人だと辿り着けないからな」

 

 断言しちゃうんだ。

 まあ着地点を早めに見つけるのは良いことだ。

 

「じゃあまず一夏から聞くか。一夏はどんな感じでやろうと思ってる?」

「うーん。俺は高速機動に慣れてないし、射撃技能もまだ立派になったとは言えない。零落白夜はチャンスがあれば当てにいきたいけど、いまんとこ望み薄だ。だから」

「「だから?」」

「敢えて武器を出さずにスラスターに全振りした方が良いんじゃないかと」

「お、おぅ」

 

 思わず息を飲み込んだ。

 だが一夏の顔は真剣そのもので、冗談で言ってる訳じゃないことは確かだ。

 

「一夏、お前攻撃を受けたらどうするんだ?」

「かわす」

「お前から仕掛けるときは?」

「速度に者を言わせて体当たり。あとは漁夫の利を狙って全力で逃げ切る」

「「猪武者だな」」

「言うなよ! 俺も色々考えたけど速度に気を遣いながら雪片や雪羅を使って立ち回れるイメージがつかないんだよ!」

 

 拳を、マニピュレーターを握りしめて一夏は歯を食いしばった。

 

「ま、まあ。それも純粋に戦術の一つだと思うぞ。しかし、なぁ?」

「ああ、一夏は目立つからな。全力で逃げたら全員が全力で撃滅しに行く未来が見える」

「牽制でも荷電粒子砲撃つべきかなぁ」

「キャノンボール・ファストは他競技に比べてリミットダウンが起きにくいから、そこまで積極的に相手を倒すより妨害に徹するパターンもあるぞ」

 

 一発の被弾で機体が錐揉み回転ってのも珍しくないし。

 

「そういや千冬姉はどうだったんだ?」

「ああ。辻切りの如くすれ違いざまにバッサリバッサリ。命を懸けた鬼ごっこと言われても間違いではなかったな」

「やっぱ千冬姉すげえなぁ」

「格の違いとはこのことだな」

 

 高速機動部門ヴァルキリーの母さんも「切り合いに持ってかれたら私も落とされてたわね」って言う程だし。

 暮桜は白式と違ってパッケージつけてたから安定してたよなぁ。

 

「とりあえず雪羅はオンにしとけば? ハイスピードだと荷電粒子砲の威力は絞っても充分妨害になると思うし、霞衣で防御したビームは霧散するからスピードロスにならないだろ」

「問題はピンポイントに展開できるかだな。そこは慣れるまで練習か」

「一応お前にモンド・グロッソのキャノンボール・ファストの動画あげようか?」

「頼むわ」

 

 一夏のコンセプトは大体決まったようだ。

 

「次は箒だな。見てみると、展開装甲のエネルギー分配か」

「ああ、全部開けば他の追従を許さないぐらいの速度は出せるのだけどな」

 

 福音のファーストアタックの時のあの速量は目が飛び出そうになったな。

 しかもあれで瞬時加速(イグニッション・ブースト)なしなんだから恐れ入る。

 

「だけどそれじゃあ直ぐにエネルギーが空っけつだよな」

「そうなんだ。それに曲がることも出来ずに直進してしまう。全部が全部全力で行けば良いということではないのは先程体験済みだ」

 

 データを見るに、紅椿は背部と脚部だけで高機動モードになれる。

 

「紅椿って本当に汎用性の塊だよな。出来ないことがないぐらいに」

「だが燃費は劣悪だ。エネルギーが無ければISはただの鉄塊に過ぎん。まったく加減というものを知らないんだあの人は………」

 

 ああ。箒の機嫌がストップ安に。

 未だに姉のこととなると顔に出てしまう。

 他人事だけど、あの姉だからなぁ。

 

「でも絢爛舞踏あれば解決だよな」

「あ、あれは。まだ使えない。臨海学校の時に使ってからまだ二回しか発動していない」

「え、そうなのか?」

 

 一夏の零落白夜で麻痺しそうだけどワンオフ・アビリティー発動のメカニズムってまだ黒箱状態な部分あるんだよな。

 というのも、そもそもワンオフ・アビリティーを発動できることが世界でも数えれる程度しかいない。

 

 箒みたいに上手く発動できないっていうのは特段珍しいことではない。のだが。

 

「俺から見て思うんだけど。紅椿って絢爛舞踏発動を前提に出来てる気がするんだよな」

「一夏の言うとおりだな。発動すれば使いきったエネルギーも回復。スペックで言うとマジで魔王マシンだ」

「疾風、それ褒めてるのか?」

「超褒めてる」

 

 超高速で飛び回るうえ、高威力の射撃と実力に裏打ちされた剣術に加えて1でも残ったら全回復されるとか相手からしたら恐怖でしかない。

 

「まあ不確定な物を何時までも論議していても仕方ない。レース中は一発の被弾が致命傷になりかねないからシールドモードはセミオートで。直線になれば私に分があるが。急カーブはどうにも慣れん、直角はやろうと思えば出来るがそれだとコースアウトになるし」

「曲がるときに片側だけ展開って出来ないのか? 俺のイーグルは曲がるとき片側だけ出力高めとかにしてるけど」

「………やってみるか」

 

 やってみた。

 

「出来たぞ!」

「はえーなオイ」

「気持ちいいぐらい上手く回れたなぁ」

 

 いやはや、やっぱ箒も掴み取ったらガッツリ上がるタイプかもしれん。

 間違いなく箒は理論より感覚よりだし。

 

「とりあえず分かったことはある。つべこべ言わず鍛練あるのみ! 行くぞ一夏! 疾風もありがとう!!」

「お、おう! じゃあな疾風!」

「はい行ってらーい」

 

 白式の肩アーマーを掴んでレース場に行く箒。

 骨の髄まで武道少女の箒。一夏もその気質あるし。IS関係なく良いコンビだよな。

 

 さて俺はシャルロットかラウラあたりに行こうかねぇ。

 キョロキョロと辺りを見回す俺にISを装備した山田先生がスイーっとよってきた

 

「あれ。レーデルハイトくんもしかして持て余してます?」

「いえいえそんなことありませんよ山田先生。今も一夏と箒にアドバイスしていた程です」

「レーデルハイトくんって教え上手ですよね。どうです? 将来IS学園に就職するとか」

「ハハっ、考えておきます」

 

 そうか。IS学園に就職すれば就職してもIS動かし放題か。

 考えておきますと当たり障りの無い返答をしてしまったが、候補に入れとくのも悪くないな。

 

「そうだ。せっかくだから私と模擬レースしませんか? キャノンボール・ファスト想定の高速機動戦闘です」

「良いんですか!? 是非お願いします!」

 

 山田先生とバトルしたことって実はないんだよな。

 セシリアが言うには鈴とタッグで組んでも勝てなかったというし。これはまたとない好機! 

 

「おおっ。山田先生なかなかゴツいの積んでますね。うわっ、シールドユニットにもスラスターついてる」

「これは主にサイドスラスターとして使用してます。あとは背部に三基ほど」

「これ、デュノア社規格じゃないですよね。さっきチラッと見たシャルロットのカスタムはもうちょっとコンパクトでしたし。あっ、これ国際宇宙開発のロゴですよね?」

「良く気づきましたね。これは元々大気圏離脱用のものを転用してるんです。ロケット燃料を使う分、大型化してるんですよ」

 

 つまり、スペースシャトルのロケットブースターのような物か。

 

「こういうのを見ると。ISが元々外宇宙活動用パワードスーツとして製造されてたっていう篠ノ之博士のファーストプランを思い出しますね」

「本当はそれを主導にISは運用される筈だったんですけどね」

「白騎士事件の影響大きすぎましたからね」

 

 いまや女性優遇社会の象徴もしても祭り上げられている。

 あの篠ノ之束が白騎士事件を起こしたのだとしたら。

 こうなるということを予測できなかったのだろうか………。

 

「ハイ! 湿っぽくなりましたが。早速始めましょう。レーデルハイトくん、準備は良いですか?」

「いつでもどうぞ!」

「では始めましょう。カウントスタート!」

 

 山田先生の掛け声でホログラムがカウントを表示する。

 

『3・2・1』

 

「「ゴー!!」」

 

 スカイブルー・イーグルの電子スラスターの鋭い音が、ラファール・リヴァイヴのロケットブースターの爆音に掻き消された。

 

 それでもスタートダッシュを決めたのはイーグル。開幕から行きなり瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使い山田先生を後ろに置いた。

 

 八基のフレキシブルスラスターと追加スラスター、テールブースターを器用に使いインコースをひたすら攻めていく。

 

「やりますねレーデルハイトくん。流石はアリアさんの子供ということですか」

「どうでしょうね!」

「では先生も手を出さざるおえません」

 

 山田先生が速度をあげ、手にアンチマテリアルライフルを構えてきた。

 

 スドン! と重い音をたてて特殊徹甲弾が放たれる。

 それをイーグルのプラズマフィールドを使って斜め上に弾き飛ばした。少し機体が揺れたが、問題ない。

 

 負けじと後ろ手にプラズマバルカンをばらまいて山田先生の注意を削ぐ。

 

『警告! コース上に爆発物』

 

 見ると山田先生がコース越しにグレネードランチャーで置き攻めをしていた。

 進路上に置かれた複数のグレネードは警告された時には既に目と鼻の先。ドンピシャのタイミングで起爆した。

 

 だがそんなのは予測済み。爆発の影響でコースアウトしないようプラズマフィールドの形を変えて爆風の流れを受け流し、PICブレーキで踏みとどまった。

 

 そして後方にビーク六基をパージ。すれ違いざまに山田先生のラファールを傷つけて時間稼ぎをする。

 

 普段見せない好戦的な笑みを浮かべた山田先生は再度ロケットブースターを再点火、爆発的な加速でイーグルの後ろについた。

 

 撃たれるマシンガンを掠めながら。俺とイーグルはゴールテープホログラムを切り裂いた。

 コンマ数秒で山田先生がゴール。

 観戦していた生徒から歓声が鳴り、演習は終了した。

 まさにあっという間の攻防。普段のバトルとは違う緊張感に思わず溜まった息を吐き出した。

 

「フーー」

「お疲れ様でしたレーデルハイトくん。お見事でした」

 

 そう言う山田先生はケロリとしていた全然平気そう。

 なんでそんな平気そうなんですか。技量ゆえですかね。

 

「いやぁ。負けるつもりは無かったんですけどね。最初の瞬時加速(イグニッション・ブースト)で引き離されて抜けなかったのが痛かったですね」

「抜かれたらもう追い越せないって予感はしてたんで」

 

 相手は学園で戦闘教員に抜擢される程の腕前。不意をつかないとあっという間に引き離されると思った。

 

「プラズマフィールドがここまで厄介だとは思いませんでした。途中のグレネードも対策済みでしたし。予感はしてたんですか?」

「ええまあ。進路上のグレネードはフランス代表が良く使う手だったので、何回も見直した甲斐がありました」

 

 ぶっちゃけ予習してなかったら確実にコースアウトしてた。

 もし俺が山田先生の後ろについてたら、的確な射撃とグレネードで追い抜くことは困難だっただろう。

 

「それじゃあ先生は他の生徒を見てきますね」

「ご指導ありがとうございました」

「いえいえ、私も楽しかったです」

 

 笑顔でお辞儀をした山田先生は悪戦苦闘している訓練機組に向かって行った。

 

 しかし正にバッチリのタイミングで打ち出したグレネード。直撃ではなく爆風と爆炎でコース外しを狙うとは。

 

 山田元日本代表候補生。侮りがたし。

 

「疾風ー!」

「あい、どうしたシャルロット」

「いまパッケージのインストール終わったんだ。僕とラウラでレースの練習しない? あ、エネルギーまだ残ってる?」

「ええと。大丈夫だ、行こう」

 

 俺はエネルギー残量を確認した後、ラウラの待つスタート地点に向かった。

 

 レースは一週間後。

 うかうかしてたら直ぐに追い付かれてしまうな。

 もっと頑張らないと。

 

「そういえばさっきセシリア怒ってたけどどうしたの?」

「忘れてくれ」

 

 

 



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第72話【臨時コーチの専用機強化指導】

 ハッピー、バレンタイン!

 というね。
 


 どうも皆さん、疾風・レーデルハイトです。

 現在放課後。夕焼けが眩しい今日この頃。

 そんななか俺は。

 

 屋上に呼び出されています。

 

 放課後のISを動かし終えた俺は待ち構えてたとばかりに箒、鈴、シャルロット、ラウラに仁王立ちされていたのです。

 いや、シャルロットだけは仁王立ちせずアハハと困った笑いを浮かべていた。

 良い子ちゃんめ。

 

 呆然としている俺の手を掴みあれよあれよと屋上に連行され。何故かわからんが缶コーヒーを渡された。

 俺コーヒー飲めないのに。

 

 まあ呼び足された理由はおそらく一夏関連かなと予想している俺。

 ていうかこの面子で一夏関連じゃなかったら逆に凄い。

 

 先陣を切ったのはチャイナガール凰鈴音。

 

「疾風!」

「はい」

「あんたに折り入って頼みがあるわ」

「はあ」

 

 さて、どんな無理難題が来るのかな。

 もうすぐ来る一夏への誕生日かな? 

 

「あたしたちに1日ずつコーチしなさい!」

「んんっ?」

 

 あれ、一夏の話題じゃないだと?

 こいつら本物か?

 

「なぜ俺?」

「あんた教えるの上手いじゃない」

「まあ」

 

 箒と鈴よりは。

 

「今失礼なこと考えた?」

「いーえ」

 

 なんで分かるんだよ。

 ポーカーフェイス意識してたのに。

 

「最近一夏の成長が目覚ましいのは知ってるだろう」

「まあね」

 

 零落白夜の使い方が最初とは雲泥の差となった。

 今では自滅エンドも少なくなり、勝率が一気に上がったのだ。

 

「一夏自身の意識改革もあってね。貪欲に強さを吸収していくっていうか。なんていうか、言うようにもなったのよ」

「というと?」

「………」

 

 聞き返すと鈴はバツの悪そうな顔で頬をかいた。

 

「その、あたしたちってさ。一夏の特訓絡みで喧嘩することがたまにあるじゃない?」

「しょっちゅうだろ」

「そ、そうとも言うわね!」

 

 お、言い返して来なかった。珍しい。

 

「この前私と鈴がどちらが一夏に教えるかと喧嘩になったことがあってだな。その時見かねた一夏がこう言ったのだ。『すまん二人とも! 時間押してるから今日と明日で一人ずつ分けないか?』とな」

 

 ほぉ。一夏は本当に言うようになったな。

 

 以前なら持ち前の優しさと流され体質でなあなあになってしまうのに。

 

「そんな一夏を見て私は思った。これは嫁に負けてはならないと」

「いやお前の嫁じゃないだろ」

「つまり、私たちが仲違いしてる場合ではないということ」

「まあなんていうか。あたし達の都合を押し付けて一夏の練習邪魔するのは悪いなって」

「お前本当に鈴か?」

「ド失礼ねあんた!」

 

 いや、あの鈴が相手の。というより一夏の都合を考えて動こうとするなんて。

 唯我独尊リトルドラゴンの鈴が言うと偽物かと疑いたくなる。

 

「要するに。一夏も強くなろうと頑張ってるから僕たちも心機一転してISの練習頑張ろうって話」

「それで何故俺に教えをこうことに繋がるんだ?」

「簡単よ。ここ最近一夏の伸びが良いのはあんたがアドバイスしたからでしょ」

「一夏も言っていた。疾風のアドバイスは本当にためになると」

 

 それはまあ、教えた側からしたら感無量だな。

 

「この前お前に教えて貰ったカーブのやり方をみんなに教えたら好評でな」

「そしたら僕たちも個人的にアドバイスを貰おうって」

「あんたは察しが良いし。あたしたちでも気づかない強化案があるんじゃないかって」

「ここ最近無人機や亡国機業(ファントム・タスク)の被害が多い。次のキャノンボール・ファストで油断できない以上、少しでも戦力強化が望ましい」

 

 なんだろう。最近まわりからの評価が目に見えて上がってきてなんだかむづ痒い。

 

「「ということで宜しくお願いします!」」

「お、おぅ」

 

 四人一斉にお辞儀してきた。

 正直面食らってるが。これに答えれなきゃ男じゃないな? 

 

「みんなの気持ちは充分伝わった。こちらこそ宜しくお願いします」

「よしっ!」

「じゃあ明日から一人づつね、キャノンボール・ファストの練習をしつつやっていくということで」

「異議なし」

 

 その後全員のスケジュールを確認し、部屋に戻った。

 

 ていうかわざわざこんなところまで連れてく必要はなかったのではと聞いたところ。

 

「色々事情があるのよ」

 

 便利な言葉である。

 

「ただいま」

 

 返事がない。が、シャワーの音がする。

 

「………お前も素直に手を貸しなさいって感じで言やいいんだよ」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

【箒、紅椿】

 

 

 

「動きが単調だ箒! いくら早くても読みやすかったら」

「くあっ!?」

「弾置いただけで当たるぞ!」

 

 一見展開装甲による超速移動に目を回しがちだが、良く見れば直線の動きが目立つ。

 

 ビークを射出。四方から襲いかかるそれに対抗するように箒も展開装甲を分離させビットとして展開する。

 

「ワンオフ・アビリティーを意識しろ! 発動すれば一気に形成が逆転する!」

「わ、わかった!」

 

 箒はグッと身体に力を入れ、イメージを練りだした。

 

「すえりゃああっ!!」

「ちょっ! 待て! こっちは今集中」

「戦闘中に都合良く敵が待ってくれる訳がないだろうがーー!」

「そうだったぁぁーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘訓練後に反省会をかねてカフェテラス。

 今回の俺に対する報酬としてスイーツ無料チケット一枚を贈呈してくれるという。

 

 今日は和栗のモンブラン。

 

 半分ほど食べたところで、纏めたデータをテーブルに広げた。

 

「近接は文句無し。射撃もある程度問題なし、なおこれは高度な照準補正制度の恩恵もあり。機動制御は紅椿に振り回され気味。ワンオフ・アビリティーは、要検討」

「的確な分析。感謝する」

 

 言葉の割りに渋い顔。

 厳しいかも知れないがこれが現実。

 

「やはり私は紅椿の性能に頼りきりだな」

「そうだな。性能を抑えれば操作しやすくなるだろうけどね。紅椿は白式とは逆の意味で玄人向けだな」

 

 一つしか出来ない白式とは違い、紅椿は多種多様の戦い方が出来る。

 ハイスペック、距離を選ばない戦い方、自立兵器装備。

 選択肢が多い分咄嗟に何をすれば分からなくなるのが今の現状。

 

「受領してからもうすぐ3ヶ月。高度な操縦者補正、私のデータを元に開発されたからこそ今までやってこれたのだろうな」

「ほんと、紅椿を作り出した篠ノ之博士は規格外だな。世界中の技術者の泣き顔が目に浮かぶ」

「まったくだな」

 

 姉の話題が出しても機嫌が悪くならない程気落ちしている。

 最近のセシリアみたいだな。

 

 ………またセシリアのこと考えてるし。

 

「お前のイーグルも多才だな。何か動かすコツとかあるのか?」

「俺の場合は常にどう戦えば良いかイメージしまくって。それをそのまま行動に移してるんだよ。ISの動きはイメージ力と操縦技術が重ねあって初めて真価を発揮するから」

 

 ISに乗らない時も良い動かしかたを閃いたら直ぐメモし、次動かす時に実践。

 そうした積み重ねを実直にこなしていけば自ずと動かしかた、動きかたがわかるのだ。

 

「とりあえず先ずは全体の動きを調整だな。特に機動操作のところ。素人相手には脅威だが、代表候補生クラスになるとさっきみたいに動きを読まれる」

「やはり練度に差があるんだな」

 

 俺は暇さえあれば動かしてるからな。

 

「だけど光る物もあったぞ。斬撃と見せかけて空裂のエネルギー刃を飛ばすというのは正直良いと思う。あれには結構驚かされた」

「そ、そうか? 当たらないと思ってやっつけで撃ってみたんだが」

「紅椿の空裂は近接モーションにそって撃たれるから予備動作が分かりやすいけど。今回の攻撃は相手を迷わせるし意外性が高い。雨月と空裂は外見が酷似してるから、相手の目を盗んで刀を持ち変えて、雨月かと思ったら空裂だったって攻撃も面白そう」

「ぬ、ぬぅ」

 

 プスプスと箒の頭から煙が。

 

「あ、ごめん。そういう戦法もあるぞってだけだからな」

「す、すまん」

「いや、俺も少し興奮してしまった」

 

 箒はとにかくこういうメカニズム文字や説明に弱い。

 本人の説明の仕方(ズガーンやチュドーンなど)を見ると分かる。

 

「あとはまあ、絢爛舞踏だな」

「やはりそこに帰結するか」

「これがある無しだと本当に雲泥の差だからな」

 

 今の高スペックを見ても断言できる程絢爛舞踏は零落白夜以上にオーバースペック、まごうことなきチート能力と言える。

 

 もし絢爛舞踏を自在に、なおかつ持続的に発動させれたらとしたら。紅椿は無限のエネルギーによる超火力の応酬、連続の瞬時加速、常時展開装甲全開。

 

 相手から見て、これほどのクソゲーエネミーは他にない。

 

「ワンオフ・アビリティーの発動は本人とISのディープ・シンクロ。というのが定番説明だけど。操縦者の強い感情、想いに反応して発動する。コツを掴めば一夏のように好きなタイミングで発動できる、のが理想」

「うむ」

「端的に聞くけど。ワンオフ・アビリティーを発動した時の心境って覚えてる?」

「も、勿論だ」

「教えてくれる?」

「なっ!?」

 

 ん? どうしたのだろう。

 段々箒の顔が赤くなっていく。

 

「い、言わないと駄目か?」

「言ってくれるとありがたい」

「………………一夏と」

「ん?」

「一夏と一緒にいたい。一夏の力になりたい……とか」

「オゥフ」

 

 思わず俺も赤面してしまった。

 

 甘味料(サッカリン)を大量に接種したぐらい甘い。酸っぱさがない。

 箒の一夏に対する想いは知ってたけど、こいつ本当に一夏のことが好きだな! 

 

「その気持ちをもう少し一夏に対して出したら良いんじゃないか?」

「よ、余計なお世話だ!」

「そうだな! ごめんね!」

 

 思わずモンブランをパクり。

 うわっ、クソあめぇ。

 

「………」

「………」

 

 どうしよう。

 恋愛童貞の俺にはこの議題を解決できる答えが見つからねえ。

 

 一夏を想う気持ちがトリガーになる。

 それで発動しないなら箒の一夏への想いが足りないんじゃないか

 

 そんなわけないだろ。

 それは俺も理解してる。

 

 ………………

 

「あのさ」

「な、なんだ?」

「恋をするってどんな感じなの?」

「え?」

 

 箒はキョトンとした。

 

「なんだよその顔」

「いや、お前にそういう関心があるとは思わなくてな」

 

 どうやら照れより驚きが強かったらしい。

 

「ホモだと言いたいのかテメェ」

「違う違う! なんというか。お前の場合「俺の嫁はISだ!」と言いそうな気がして」

「ラウラの変質バージョンじゃないか」

 

 人並みに興味あるわ。

 

「しかし何故行きなりそんなことを」

「いや、俺って恋愛したことなかったからそういうの理解出来てなくて。箒はどういう経緯で一夏に好意を抱いたのかって純粋に気になるんだ」

「よりによって私にか?」

「ワンオフ・アビリティーのきっかけが一夏になるぐらい好きなんだろ。これ以上適役は居ないし」

 

 それに、客観的に聞けば何か掴める気がする。気がする。

 

「話したくないなら話さなくていいよ。あんまり他人に好きに話せる内容じゃないし」

「いや、良いだろう」

「いいのか?」

「お前のお陰で今の私がある。他ならぬお前の頼みだしな」

 

 箒は紅椿の待機形態に手を当てて目をつぶった。

 

「一夏と初めて会ったのはまだ私が小学生に成り立ての頃だ。姉さんの紹介で千冬さんと一夏が家の道場に入門してきたんだ」

「箒の家って道場持ってたの?」

「ああ。篠ノ之柳韻を知っているか? 私の父だ」

「すまん、後で調べて見る」

 

 調べてみたら篠ノ之柳韻は篠ノ之道場の師範であり、篠ノ之神社の神主だそうだ。

 当時彼は剣道に置いては伝説ともされる人で「剣聖」と呼ばれる程の剛の人だったそう。

 箒のお母さんに当たる人も剣道界では名うての人物らしい。

 

「当時の私は今よりも気難しい性格でな。その時の一夏とはどうにも馬が合わなかった。やけに勝負を挑んできては負かして、それでも懲りずに挑んでくる変な奴だと」

「一夏らしい」

「そうだな。それから一年たって二年生になった時だ。当時から今のような喋り方、竹刀を持つのがお似合いで可愛げのない私は周囲から『男女』と呼ばれて弄られるようになった」

 

 男女ねぇ。

 確かに箒は並みの男より男らしいけども。

 

「放課後の掃除だったかな、掃除そっちのけで私をいびる男子が男女の癖に女の格好をするなんて笑っちまうと嘲笑ってきてな」

「幼稚くせぇ」

「その時一夏はどうしたと思う?」

「パンチ」

「フフッ、正解だ。良くわかったな」

 

 なんとなく予想がつく。

 一夏は今も昔も芯の通った性格だったろう。

 

「男子三人相手に大立ち回りをした一夏はこう言った。「お洒落をしてる篠ノ之はただの可愛い女の子だろ」とな。可愛いなんて家族ぐらいにしか言われたことない私はそれはもう目を見開いたさ」

「無意識に言ったんだろうなぁ」

「だな。その時からだな、私があいつを好きになったのは」

 

 箒は少し照れながらも嬉しそうだ。

 一夏は昔からヒーロー気質だった。

 その真っ直ぐさに箒は救われたのか。

 

「それから少したって白騎士事件が起きた。ISの第一人者である姉さんとその家族は重要人物保護プログラムの影響で各地を転々とし、一夏とはそれっきり、もう会えないとさえ思った───此処に来るまでは」

 

 一夏が男性IS操縦者第1号としてIS学園に編入。二人は感動の再会をした。

 

「全然変わってなかった。鈍いところも、変に真っ直ぐなところも」

「セシリアと決闘するぐらいだもんな」

「そして………はぁ」

「どうした」

 

 行きなり箒が深いタメ息を吐いた。

 顔を手で覆い項垂れるその姿からは酷く哀愁が漂っていた。

 

「行きなりで悪いが愚痴っていいか」

「どうぞ」

「すまん。実は疾風が来る少し前に学年別タッグマッチトーナメントなるものがあってな」

「はい」

「始まる前に私は一夏にこう言ったのだ『私が優勝したら、付き合って貰う!』とな」

 

 あっ(察し)。

 

「トーナメント事態はラウラのVTシステム暴走事件で中止になり。約束も無しになり、私はさも魂のない脱け殻になった」

「うん」

「そしたら一夏がこう言ったんだ「付き合ってもいいぞ」と」

 

 俺は目頭を抑えた。

 

「私は正に寝耳に水。喜びに沸き立ち頭の中で拍手喝采をあげた。動転しながらも一夏に理由を聞いた。そしたらあいつ、何て答えたと思う?」

「続けなさい」

「『そりゃ幼馴染みの頼みだからな。付き合うさ────買い物ぐらい』」

「ごめん泣きそうになったんだけど泣いていい?」

 

 お前、お前。一夏お前。

 

 そんなドテンプレートなことしでかしたの? 

 馬鹿なの? 死ぬの? 

 

「一瞬なにが起きたか分からなくなった」

「そうだろうよ」

「それはな。あいつが鈍いのは知ってたさ。肝心なワードが抜けてたかも知れないさ。でも………これはあんまりじゃないか!?」

「そうだなあんまりだ! 箒、ケーキ食うか! 自費で払う!」

 

 ショートケーキを購入。

 

「私なりにストレートに言ったんだぞ。なにか? 『私と恋人になってくれ』と言ったら通用したのか!?」

「わからねぇ」

「あの時私は思わず殴ったよ、鳩尾に蹴りも入れた。カッとなって相手を殺す殺人者の気持ちを理解できた気がする」

「お前は何も悪くねえよ」

「ケーキ! 食わずにいられない!!」

 

 ケーキをやけ食いする箒のまた哀愁が漂うこと。

 

 あまりにも不憫に思った俺は当初の目的を置いといて時間が許す限り箒の愚痴に付き合った。

 酒を飲んでもいないのに呑まれてる箒を見て俺はまた涙を流した。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

【鈴、甲龍】

 

 

 

「くぅ! あんた攻めが強くなったわね!」

「そりゃどうも!」

 

 といいつつ足ブレードで双天牙月を受け止め、至近距離からインパルスを撃つ。

 

「こんのっ!」

 

 鈴は龍砲を展開。チャージの時間を稼ぐ為に腕部の崩拳で牽制する。

 イーグル・アイで衝撃砲の弾幕を予測、可視化して回避するが近づけない。

 

「くらえっ!」

 

 チャージを完了した龍砲。

 だが射線予測と空間の歪みが崩拳より強い龍砲は情報を集積したイーグル相手には当たらなかった。

 

 

 

 

 ISのエネルギー補給の為に小休憩を挟みながら先程のデータを見る。

 楊麗々の指導の元、一年で代表候補生に至った彼女の素質はやはり凄い。

 一見強引で無鉄砲に見える戦闘スタイルだが、それは類まれなるインファイト能力と戦闘センスに裏打ちされたもの。一手一手がまるで舞踊のように繋がる青龍刀捌きは無策で突っ込めばたちまち噛み砕かれる。

 

「流石は代表候補生ってとこだな」

「当然。遊びで甲龍与えられてる訳じゃないっての」

 

 褒めてやると鈴は得意気に胸を張った。

 鈴はいつも自信に満ち溢れている。たまにそれが過信に繋がることもあれど、それは間違いなく彼女の強さだ。

 

「あとは龍砲だな。ここんとこ命中率が著しくないみたいじゃないか?」

「そうなのよねー。最初は結構当てれたのに段々見切られてきてさ。最近は腕の崩拳を使うのが増えたのよね。あれって龍砲に比べて速く撃てるから」

「実際透明な弾丸がバシバシ飛んでくるのは結構プレッシャーかかる」

「ヒラリヒラリ躱してる奴がよく言うわ」

「一重にイーグル・アイのお陰だよ」

 

 衝撃砲のデータ学習、集めたお陰で対衝撃砲サーチの空間の僅かな歪み、光の屈折をデータ状で可視化することで回避を比較的容易に行うことが可能になった。

 因みにこれはAICも同様の手段で可視化出来つつある。

 

「ちょっと試したいことがあるんだよな。鈴」

「なに?」

「衝撃砲使わせてくんね?」

「はい?」

 

 

 

 

 

「ホログラムの当たり判定で龍砲を再現するのね」

「本当ならお前の龍砲を手っ取り早くイーグルにドッキングするのが理想だけど。それは物理的に無理だからな」

「でもなんの為に?」

「まあやってみたらわかると思う」

 

 イーグルと甲龍の視界データを弄り、俺の両肩に甲龍と同等の衝撃砲発生装置を仮想配置する。

 勿論空間の歪み、光の僅かな屈折も再現してだ。

 

「データありがとう。終わったら記録しないで破棄するから」

「私は別に良いんだけどね。お国的にグレーすれすれにタブーだから」

「本当は記録したい」

「やめなさい」

 

 はい。

 

「データ更新、仮想龍砲設置」

 

 イーグルの両肩にクリアカラーの龍砲が現れた。

 近い目で見るとなおのことゴツいな。

 

「行くわよ!」

「よしこい!」

 

 早速龍砲(ホログラム)を起動。

 チャージまで2秒ほど。インパルスと同じぐらいだな。

 

「発射!」

 

 ホログラムによって模倣された不可視の弾丸が甲龍の肩をかすった。

 

「ぬっ! 我ながら厄介ね衝撃砲!」

 

 ビークを射出、ボルトフレアとインパルスで射撃戦を開始する。

 

 鈴も衝撃砲で応戦するも、距離が空きすぎてるせいかなかなか当たらず。

 

 しばらく付かず離れずの距離感での射撃の応酬。着実と当たる弾道を引く俺に対して鈴の衝撃砲の狙いが段々散漫になってきた。

 

(疾風のやつ、最初の一発からぜんぜん衝撃砲撃ってこないじゃない!)

 

 だがいつ撃ってくるか分からない以上警戒しない訳にはいかない。

 そんなジリジリして状況に沸点の低い鈴は早くも限界突破した。

 

「ああしゃらくさい!」

 

 双天牙月を両手にコールし瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 

 対するイーグルはインパルスのバーストモードを発動。

 撹乱しつつ肥大化したプラズマスピアで迎え撃つ。

 だがそこは鈴、激情の中でも咄嗟の機転が効く。

 

「おあいにく様! そんな大技態々当たるつもりは!」

 

 直前で崩拳で牽制、インパルスでガードした隙をつき。ビークの包囲網が薄い俺の背後にまわった。

 

「ないっての!!」

 

 無防備な背後に双天牙月を振り下ろした。

 決まったと確信した鈴。だがその挙動は振り下ろされることなくブレーキが聞いたように硬直した。

 

「なっ!?」

『龍砲、ヒット。シールド-160減少』

「はぁ!?」

 

 イーグルのホログラム龍砲の当たり判定が発動。

 一瞬硬直した鈴の首もとにインパルスの穂先がそっと当てられた。

 

「まあ、俺がやりたかったのはこういうことだ」

「………参った」

 

 鈴が白旗を当て、再びエネルギー補給のためにピットに戻った。

 

「あんた最後の龍砲の時こっち見てた?」

「見てた」

「こっち向いてなかったじゃない」

「ハイパーセンサーの全方位視界で見たからな」

 

 ハイパーセンサーは理論上死角はない。

 元々宇宙空間で操縦者の知覚補佐を目的に作られたISの基礎機能は、やろうと思えば視野外の後方や斜め後ろも知覚出来る。

 

「龍砲って基本的に射角がないって知ってたんだ。だけど鈴って大抵正面から扇状に撃つことが多いだろ? 俺が対戦するとき背後に回ったら弾幕が薄くなるのが少し不思議だったんだ」

「それはまあ、後ろに撃つのって結構面倒だし。それなら振り返って撃った方が早いかなって」

 

 鈴の言ってることは正しい。

 よほどのことがない限り背面撃ちなんて曲芸をする必要はないし、衝撃砲は発射にラグがあるから相手の動きを予測して準備しなければ当てるのは難しい。

 

 衝撃砲は第三世代技術。操縦者のイメージを形にして機能する武装。

 衝撃砲は射角に制限はないが、一度砲身を形成した後はそこまで射角をずらすことは難しい。なお砲身はISの動きにあわせてずらすことも可能なのでそこはなんとかなる。

 

 今回もビークの包囲網をわざと自身の後方に抜け道を作って鈴を誘い出したからぶち当てる事が出来た。

 

「鈴。最初の一発から最後のやつ来るまでどんな気持ちだった?」

「え? なんつーか。いつ来るか分かんなくて気が気じゃなかった」

「さっきも言ったけど。不可視の弾丸はその性質上、目に見えない分他の武装よりプレッシャーがかかる」

 

 俺が知ってるなかで。撃っても厄介、撃たなくても厄介な武器なんて衝撃砲ぐらいだ。

 

「でもこれじゃ私が衝撃砲当てれない理由にならないんじゃない?」

「鈴は衝撃砲撃つぞって時分かりやすいんだ。今から撃つぞって目が凄い言ってるから。一夏も鈴の衝撃砲は透明だけど視線を見ればある程度射線が分かるって言ってた」

「うわっ。一夏にまで見抜かれてたとか、最悪」

 

 セシリアがビットを動かす時、自身が動けなかったり。ゴーレムⅠを無人機と短時間で見抜くなど。

 普段の朴念仁でとぼけた感じの彼だが。戦闘時の洞察力は普通より抜きん出ている。

 

「そこまで分かってるなら、わざわざ時間かけなくても普通に言えばいいのに」

「鈴って習うより慣れろだろ。代表候補生の研修でも戦術授業は苦手だけど実技授業の成績は良かったらしいし」

「ちょ、それ誰から聞いたの!? 一夏にすら喋ってないのよ!?」

「楊候補生管理官」

「ヴぇっ! なんで連絡先知ってんのよぉっ!」

「この前名刺交換した」

 

 ブイサインを出す俺に対し鈴は空いた口が塞がらなかった。

 

「鈴の課題は全方位視界に少しでも慣れること。いつでも縦横斜め360度どこにでも衝撃砲を展開して撃つことかな」

「うげぇ、大変そう」

「これが出来たら後ろの隙もなくなって衝撃砲の驚異度も格段に飛躍する。残り時間は俺が作ったホログラムターゲットプログラムを元にトレーニングしよう」

「わかった。教えてって頼んだのはあたしだし従うわよ」

 

 スポドリを飲み干した鈴は甲龍に乗り込んだ。

 

「あ、因みにこのプログラムは楊さんと相談して作り上げた代物でターゲットの出現時間が5秒しかないっていうスパルタ使用だから心してかかるように。高得点取ったらスイーツ奢ってやるぞ」

「………」

「鈴?」

「あんたって指導官の才能あるわ………」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「一夏を好きになったきっかけ?」

 

 鈴は俺が買ったフルーツゼリーを口に運んだ。

 

「なんでそんなこと」

「気になるなって。人って何をきっかけに他人を好きになるのかって」

「哲学?」

「ううん。もっと漠然とした感じ」

 

 俺はミルフィーユを倒してフォークを突き刺した。口のなかでサクッと解れるミルフィーユ生地とカスタードが舌の上を滑った。

 

「あたしと一夏が会ったのは小学校四年の時にこっちに転校したの。箒とは入れ違いで転校したから箒のことは知らなかった」

 

 そうなんだ。

 そしてその二人が一夏のもとに集うってなんというか運命力を感じる。

 

「まあなんていうの。外国人ってだけで標的になるっていうか、男子から『リンリン』ってパンダみたいに弄られてさ。一夏とも仲良かったから一部女子からも目の敵にされてさ」

「当時から一夏の人気は凄かったわけだ」

「本人は気づいてないけど」

 

 だろうね。

 

「まあ鈍くても敏感なとこはあったのよ。私を弄った男子と取っ組み合いになったり。女子には話し合いに持ち込んだりとか」

「凄いな」

「ほんとに。普通関わりたくなくて自分は無関係ですって感じが普通なのにね」

 

 助けたら今度は自分が標的にされる。

 しかも女尊男卑の世の中で男が目立った行動をすればそれこそ目の敵にされる。

 だが当時の一夏はそんなの知ったことかの精神だったんだろう。あいつは誰かのために動ける人間だ。

 

「それが惚れたきっかけ?」

「そうね。直ぐに好きになるとかそういうのじゃなかったけど。一緒にバカ騒ぎしてるうちに弾や他の奴らと違う感情が浮かんで。ああ、あたしは一夏が好きなんだ。ってなった」

「成る程」

 

 箒と似てるようで微妙に違うパターン。

 二人は一夏に救われたんだな。

 

「んで、中二の終わりに親の都合で中国に帰って離れ離れ。あたしは適正があったから代表候補生の研修を受けたの」

「それでIS学園で一夏に再会と」

「最初は行く気なくて断ったのよ。でも一夏がIS学園に行くって聞いて急遽IS学園に行こうって」

「上の人締め上げたって噂は聞いたことあるけどその真偽のほどは」

「そ、そんな話どうでもいいのよ」

「ハイハイ」

 

 真の方だったらしい。

 

「でさ。一夏と再会してもあいつはなーんも変わってなくて。ほんとなんも変わってなくてね。………本当に」

「ん?」

 

 この空気は。

 

「ぬぅ………」

「愚痴なら乗るぞ」

 

 箒と同じ空気だ。

 

「うちって中華料理店やっててさ。あたしそんなに料理出来なかったの。それで中学で別れる前に約束したのよ」

「はい」

「あたしの料理の腕が上達したら………毎日酢豚を食べてくれる? って」

「………ん?」

 

 えっと。なんかどっかで聞いたようなニュアンスだな。

 えーっと………。

 

「ああ、口説き文句か」

「そう! そうなのよ! でもあいつ私が約束のこと持ち出したら何て言ったと思う!?」

「なんて言ったのさ」

「『毎日酢豚を奢ってくれるってやつか?』って曲解したのよ!? 酷すぎない!?」

「う、うーん」

 

 えっと。その。

 

「鈴の怒りはもっともではある」

「でしょ!! あいつは本当に乙女心を知らないっていうか」

「でも鈴にも原因があるっていうか」

「はぁ!? あたしが悪いって言うの! むぐっ」

「落ち着いて聞いておくれ。ミルフィーユ上げるから」

「もうあげてるじゃない。モグモグ」

 

 大口を空けた鈴の口にミルフィーユを放り込むとクールダウンしてくれた。

 やはりスイーツは偉大だ。

 

「まず鈴の口説き文句だけど。ああいうのって世間的には男性から女性に言う口説き文句なのよね」

「別に女が言っても良いじゃない」

「もうひとつ。味噌汁を酢豚に置き換えたところ」

「私の得意料理の予定だったし」

「最後に。一夏の鈍感と朴念仁は天元突破レベルだということ」

「つまり?」

「アレンジが効きすぎて一夏が気づくのは至難の技」

「なによそれー!!」

 

 うん、ほんとそれ。

 普通なら俺みたいに少し疑問に覚えつつも理解は出来る。

 だが相手はあの一夏。正攻法で言っても神回避を行う最強のフラグブレイカー。

 相手が悪かった。

 

「時間もたったら料理上達したからその時は私の料理を食べて。って一夏の見解もまあ少しは理解できるかな。お怒りはわかるけど一夏の鈍感相手には変化球過ぎたかな」

「だ、だってストレートに言うなんて恥ずかしいじゃない!」

「ままならないな」

 

 乙女心というものは。

 

「でもその後仲直りはしたんだろ? 誤解は解けてはないんだろうけど」

 

 誤解解けてたらそのまんまの意味だって思うだろうし。

 

 すると鈴の怒りの炎は酸素が無くなったかのように鎮火していった。

 

「………」

「どうした鈴。行きなり黙りこくって」

「その、ね」

「ん?」

「誤解は解けたのよ。もしかしたら違う意味だったのかって」

「え、マジ?」

 

 あの一夏が正常に意味を理解したのか。

 凄くね? 

 

「良かったじゃん。あれ、でも」

「あたしはそん時大ぺけしちゃったのよ。直前になってタダ飯であってる! って誤魔化しちゃって」

「………」

「一夏は深読みしすぎたなって………」

「………鈴。これだけ言わせてくれない?」

「なによ」

「お前馬鹿だねぇ」

「五月蝿いわよ!!」

 

 いや馬鹿だよ大馬鹿だよ。

 

「なぁに前代未聞空前絶後のチャンスを自ら不意にするわけ? 一夏が自分から気づくなんて天文学的確率だろうがよ! それをおじゃんにしたってお前マジか!」

「し、仕方ないじゃない! 行きなり不意をつかれて動転しちゃったんだもん!」

「今からでも遅くない。訂正しに行け」

「嫌よ恥ずかしいじゃない!!」

「ツンデレも大概にしろお前! 頑張れよこれから!」

 

 乙女心は本当にままならない。

 俺は今日それを理解しました。

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ疾風」

「はい?」

「さっきの話題って菖蒲と関係ある?」

 

 寮で別れる時、鈴が訪ねてきた。

 言われるだろうなと思って結局言われなかったかと思ったらこれである。

 

「別に隠さなくてもいいわよ。キャンプファイアーのジンクス教えたのアタシだし」

「そうなの?」

 

 ということは。菖蒲と俺のこともほぼ知ってるということか。

 

「ありかなしで言ったら。あり」

「あんた菖蒲になんて答えたのよ」

「菖蒲から聞いてくれ」

「あいつはただ待つって言ってた。断ったの? 別に答えたくないなら答えなくていいわよ。そこまで出歯亀するつもりないし」

 

 鈴はそう言いつつも本心では知りたいのだと思った。

 自分と同じく想い人を追ってIS学園に来た者として。

 

「俺は、大切な友達と言った」

「残酷な言葉ね」

 

 我ながらそう思うよ。

 

「でもハッキリと断ってない。ただの友達ってだけじゃ納得はしないって。だから俺が答えを出すまで待ち続けるって」

「あいつもあたしに負けず劣らず不器用ね」

 

 鈴の部屋につき、鍵を開けた。

 

「まあ、なんであんたがあたしに聞いたのかってのは分かった」

「そうかい」

「だから恋愛の先輩として一つアドバイスしてあげるわ」

 

 部屋の前で鈴は振り返った。

 その顔はどこか悟ったようで、そして笑っていた。

 

「恋なんて理屈じゃないのよ」

「理屈じゃない」

「そっ。じゃあね、精々苦しみなさいな」

 

 鈴はそれだけ言って部屋に戻っていった。

 

 



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第73話【元ブロンド貴公子(ジェントル)の胸のうち】

【シャルロット、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ】

 

 

 

「うーん」

「は、疾風? そんなに酷かった?」

「違う」

 

 今日はシャルロットの強化指導。前回の二人から聞いたのかシャルロットも気合い充分で特訓に挑んだ。挑んだのだが。

 

 一通りの模擬戦を通して、シャルロットの改善点、強化案を洗いだそうとする俺は額にシワを寄せて唸っていた。

 

 それはシャルロットが改善点だらけでも、汚点があったというわけではなく。

 

「シャルロット、はっきり言うぞ」

「う、うん」

「ぶっちゃけ目立った改善点が見当たらない」

「え、えっ?」

 

 本人にとって想定外の返答にシャルロットは一瞬フリーズした。

 

 冗談に聞こえるかもしれないが。これが俺が弾き出したシャルロットとラファールの見解だ。

 

 まずシャルロットは距離を選ばないオールラウンダー。

 近中遠距離をそつなくこなせる武装の豊富さ。そしてそれを戦闘に活かせる戦闘能力。

 

 ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡは基本装備を外すことでバススロットを増量し、その中に計20もの武器を持っている。

 量産機でも空飛ぶ武器庫と言えるラファール・リヴァイヴだが、シャルロットのラファールは言うなれば空飛ぶ格納庫。

 

 通常なら20も武器があったら持て余し、とっさに武器を間違えたり、コールのウェイトを考えると増やしすぎるのはメリットとは言えない。

 だがシャルロットの場合は例外だ。

 

 システムとは別に存在するシャルロット・デュノアの特異技能【高速切替(ラピッド・スイッチ)】。

 

 武装のコールを短縮、跳躍することで通常早くても0,5秒かかるそれを0,1、あるいはそれ以上の早さで武装をコールすることが出来る。

 分かりやすく言えば瞬きの瞬間に相手のアサルトライフルがショットガンに、ブレードからスナイパーライフルに変わる。もはや魔法、マジックの域に行く技術。

 

 彼女は20の武器を状況に応じて高速切替で立ち回り、弾切れの武装を素早く別武装に、瞬時に防御シールドを三枚重ねられるなど、戦闘におけるロスタイムを限りなく削った戦い方が出来る。

 

 最近だと武装ごとではなくマガジンを量子変換するタクティカルリロードを高速切替で行うから手に終えない。

 もし対応できない相手がいるならばそれを想定して予め20のフォルダをカスタムして対応すればいい。

 

 火力がないかと思えば彼女のシールドに仕込まれた第二世代最大火力カテゴリーのリボルバー式パイルバンカー【灰色の鱗殻(グレー・スケール)】が火を吹く。

 

 俺のブライトネスより高火力のそれは全段直撃すれば並みのISのシールドを7、8割り削れる代物だ。

 

「実弾が効かない相手用に光学兵器を持った方が良いんじゃないかってアドバイスしようとしたら、しれっとビーム装備こさえてるしさ。【ヴァーチェ】だっけ? デュノア社が最近出したやつ」

「うん。ラウラや疾風には実弾兵装はあまり役にたたないから本社から試験がてら調達して貰ったんだ」

 

 外見的には標準なビームライフルだが、なかなかの高出力で集中照射されたらイーグルのプラズマ・フィールドも抜かれる恐れあり。

 

「本人の技量よし、ISとの相性よし、おまけにラピッド・スイッチを応用した戦術パターン【砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)】。なんつーか。シャルロットのラファールは完成されているんだよな。すまん、未熟な俺を許してくれ」

「大丈夫だよ、謝ることじゃないよ疾風」

 

 つまりシャルロットは第二世代、ラファール・リヴァイヴのパイロットにとってこれ以上好条件だということ。

 他にいるとしたら同じく高速切替(ラピッド・スイッチ)を持つフランス代表のアニエス・ドルージュぐらいだろう。

 

「あえて改善点を上げるとすれば。戦術眼を更に磨くことだな。この前学園祭で襲撃してきた高速切替(ラピッド・スイッチ)持ちのラファールとの戦闘を見たけど。あれは単純に武装の読み負けされた感じだな」

「うん」

「だからシャルロットには新しい戦術パターンの構築を目的にトレーニング。あとはひたすらバトルして戦術眼を磨きまくる」

 

 読み合いで勝てればシャルロットは有利に立ち回れる

 ほんと第二世代ISの希望の華だよ彼女は。

 

「………やっぱり、第三世代じゃないと器用貧乏にしかならないのかな」

「ん?」

「あ、ごめんね。こんなこと言ったらリヴァイヴに失礼だよね」

 

 専用機メンバーで唯一の第二世代の専用機持ち。

 菖蒲が第三世代に乗り換えると聞いてシャルロットにも思うところがあるのだろう。

 

「確かに第二世代は第三世代と第四世代に比べて突出するものはない。だからと言って第二世代が劣るなんてことはありえない」

「え?」

「白騎士の第零世代に始まり、黎明期を気づき上げた第一世代、そして今の地盤を固めた第二世代。たとえ第三世代の思想が固まっても、それで力の優劣が決まるなんてことは絶対にない」

 

 力強く答える俺にシャルロットは目を丸くした。

 

「シャルロット、IS乗りの強さとして。最大の要素はなんだと思う?」

「えっと………ワンオフ・アビリティー?」

「違う。操縦者自身の強さだ。たとえ第二世代でも第三世代に充分通用する。第三世代は何も絶対の力じゃない、飽くまでISの技術を応用した装備に過ぎない」

 

 実際第二世代が第三世代に勝てることはそう珍しくもないし。

 第三世代は特殊な技量を使うからそれに気を取られ過ぎて負けるなんてザラだからな。

 

「シャルロット、気分を悪くしたら申し訳ないんだが。もしかしてお前、自分だけが第二世代だということに負い目を感じてるんじゃないか?」

「そ、そんなことは………」

 

 普段滅多なことでは動じないシャルロットが珍しく動揺を顔に出した。

 

「それが悪いことだって言ってる訳じゃないんだ。そういう気持ちも分かるって話。だけど俺がまったくの見当違いのことを言ってしまったのなら訂正する。ごめんシャルロット」

「ううん。謝らなくていいよ。疾風の言ってることも一理あるし」

 

 そう言いつつシャルロットの顔色は優れなかった。

 

 明らかに地雷だったろう。だがそれは分かっていたこと。

 だけど根底にあるものを改善しない限り、その先に進むことは難しい。

 

 俺も会長に言われるまでそうだった。

 自分のことを過小評価し、本来の自分をだせない故に十二分に実力を発揮することは出来なかった。

 

「そろそろ良い時間だから昼御飯食べよう。今日は土曜だから、まだ時間はある」

「いいの? 午後は自分のISに時間当てるんじゃ」

「ここまで来たんだ、徹底的に付き合うよ。シャルロットのアフターケアもかねて。俺のせいで気分を害しちゃったし」

「ううん、ありがとう疾風。ごはん食べよっか。お腹すいちゃった」

 

 

 

 

 俺はハンバーガーセットに、今日のスイーツであるベイクドチーズケーキを食べた。

 シャルロットからよく毎日ケーキ食べれるねと言われたが。甘いものが好きなんだからしょうがない。

 

 ご飯を食べたあと、アリーナに向かう前にシャルロットに話があると屋上に連れていかれた。

 周りに人はいないことを確認したシャルロットはそのままベンチに座り、一マス空けて俺も座る。

 

「ごめんね、時間使っちゃって」

「いや俺は構わないけど。どうした?」

「うん。前から言おうかなって思ってたけど。疾風に話そうかなって」

「何を?」

「僕の秘密」

 

 言い終わった時シャルロットの肩が少し強ばった気がした。

 秘密、それが何かわからないが、重要なことだというのは空気でわかった。

 

「疾風は知ってる? IS学園で二人目の男性IS操縦者が転入したって話」

「えーっと。確かフランス出身の貴公子風の美少年がIS学園に来たって一時SNSやスレで話題になったけど」

 

 しばらくしてそのスレも消去されたりして有耶無耶になったな。

 

 一夏の存在が公表されてからというもの、至るところから二人目の男性IS操縦者のデマが後をたたなかった。さっきのもそのひとつだが、それはえらくリアリティがあってよく覚えている。

 

「実はそれ、僕のことなんだ」

「は?」

 

 え、いやいや何を言ってるんだこの子は。

 シャルロットはどうみても女性じゃないか。

 

「ごめん、それってどういう」

「僕は最初、シャルル・デュノアという名前の男性IS操縦者としてこの学園に来たんだ」

「え?」

 

 シャルロットの爆弾発言に脳の処理が追い付かない。

 シャルル・デュノアだって? 

 

「えっと、えーっと?」

「ごめん、順を追って説明するね。疾風はデュノア社がどういう会社か知ってるよね」

「世界シェア第三位のラファール・リヴァイヴを生産したISの一流企業。この学園のラファールのパーツもデュノア社から来てるんだろ」

「じゃあ第三次イグニッション・プランは?」

「欧州連合が進めている次期主力機、つまり第三世代の量産化プロジェクトの総称だろ? レーデルハイト工業も参加してるから勿論知ってる」

「流石だね」

 

 ちなみに俺のイーグルがその候補に入っている。

 プラズマの固定化技術と、AIを導入した自律飛行武装がそれに当たる。

 

「シャルロットのとこもプランに入ってるだろ?」

「ううん。デュノア社は第三世代の開発につまづいちゃってね。イグニッション・プランから除名されて予算援助をカットされたんだ」

「え!? それ、かなり致命的じゃないか?」

 

 プランの援助は政府から至急される。

 ISの開発には多大なる資金が必要とされ、数多くの企業は政府からの援助で成り立っている物が大半だ。

 

「今のデュノア社はラファール・リヴァイヴのシェアだけでなんとか食い繋いでる。母親の家族が政府のお偉いさんだからそこからも援助して貰ってるみたいだけど、それも限界でね」

「たしかデュノア社ってISを出す前にも一度経営危機にならなかった?」

「うん、だから父さんは政治家の娘であるロゼンダさんと結婚したんだ」

 

 そうだったのか。

 

「あれ、でもおかしくないか? デュノア社の社長のアルベール・デュノアがロゼンダ女史と結婚したのは14年前。シャルロットと微妙に年齢が合わない」

「それはそうだよ。僕はロゼンダさんの子供じゃないから」

「はい?」

「僕はね、愛人の子なんだ」

「は、ぁっ?」

 

 声を出そうとしたが掠れてしまった。

 シャルロットの口から出たのは余りにも浮世離れしていて、なおかつ途轍もなく重いものだった。

 

「僕は物心ついた時から父親が居なかった。母親と二人で田舎に住んでてね。その時には自分の父親がどういう存在かは知らなかった。でも二年前にお母さんが病気で亡くなって途方にくれた頃に、デュノア社の社長。つまり僕の父親に引き取られたんだ」

「そんなことが」

「引き取られてから色々検査するなかで、僕のIS適正が高いことに目を付けられて非公式でデュノア社のテストパイロットになったんだ」

 

 愛人の子だということが公的に知られれば体制が悪くなるということなんだろう。

 

「引き取られてからほとんど別邸で軟禁状態でね、プライベートで父にあったのは二回くらい。一度本邸に呼ばれた時にロゼンダさんに殴られたよ。『ドルージュの娘がなんでこんなところにいるのよ!?』って、泥棒猫の娘とかも言われたな。酷いよね、僕は、私はなんにも知らないまま連れてこられたのにさ」

 

 思わず耳を塞ぎたくなった。

 今話してることもそうだが、シャルロットは自分のことを話してるのに他人事のように話す姿があまりにも辛かった

 

「シャルロット、なんでそんなことを話す?」

「これは必要なことだから。疾風もさっき言ってたでしょ? 僕は自信が持てないって」

「確かに言った! だけど俺、そんなこと全然知らなくて………」

「知らなかったんだから無理もないよ。でもこれは受け止めなきゃいけなことだから」

「だからって」

「大丈夫。このことは僕のなかである意味吹っ切れたことだから」

 

 俺はシャルロットが辛そうだから止めようとした。

 

 だがシャルロットは話すことをやめる気はさらさら無かった。

 彼女の目がそう言ったのだ。

 

「続けていいかな?」

「あ、ああ。ごめんな遮って。最後まで聞くよ」

「ありがとう。それからしばらくしてデュノア社は経営危機に陥ったんだ」

「それとお前が男装するのと何が関係してるんだ?」

「僕をIS学園に行かせるためだよ。いくら専用機を持つ代表候補生とはいえ、試験運用テストの名目がない以上IS学園の途中入学は出来ないからね。デュノア社は菖蒲さんの徳川財閥ほどIS学園の資金援助に貢献してないから」

 

 確かに鈴やラウラは第三世代のテストの名目(裏で一夏の情報収集)でIS学園に入学出来た。

 シャルロットがラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡを持ち込んでも門前払いされることだろう。

 

「だけど男として動かせるなら。それ事態がテストケースとしてIS学園に行ける。だから僕はシャルル・デュノアという男の子としてIS学園に転入したんだ」

「そんなこと、一企業の力だけじゃ到底出来ることじゃ。まさか」

「そう、フランス政府も絡んでいる」

 

 つまりシャルル・デュノアの編入は国家規模の陰謀。

 デュノア社長はリスクがありすぎるその対象をシャルロットに選んだ。

 愛人の娘で、たまたまIS適正がある。ただそれだけの理由で。

 

「男性としてIS操縦者になればそれだけでデュノア社の広告塔にもなるしね。でも本当の目的はそれだけじゃないんだ」

「学園の第三世代ISのデータ収集」

「正解。そのなかでも特異ケースの一夏に接触すること」

「白式と一夏のデータを盗むためか」

「流石疾風。鋭いね」

 

 これでわかった。

 なんでシャルロットがこんな淡々と話せるのか。

 

 自分と父親を赤の他人だと思ってるからだ。

 そう自分に言い聞かせる為に。

 

「まあそんな企みもハプニングで一夏にバレておじゃんになったんだけどね。一夏にもこのことは話したよ」

「他に知ってる人は?」

「一夏といつものメンバー。菖浦さんにはまだ話してないかな。あとは学園の上層部」

 

 ということは、勿論会長も知ってるな。

 

「ああ、これで終わりなんだって思った。正体を偽って入学した以上、もうIS学園には居られない。本国に戻って僕は犯罪者になっちゃうのかなって」

「そんな」

「その時は何もかもどうでもいいとさえ思えた。僕の人生は母さんが死んだとき、とっくに終わったんだって。でもね」

 

 一度区切ったシャルロットは、さっきとは違って何処か嬉しそうに話し出した。

 

「僕の話を聞いたら一夏がすごい剣幕で怒ってくれたんだ。そんなのおかしい、子供は親の所有物じゃないんだぞ! って」

 

 まったくもってその通りだ。

 当たり前のことだが、勘違いしてる親は沢山いる。嘆かわしいことだ。

 

「一夏は僕を咎めようとしなかった。むしろ僕を助けようとした。凄いよね、僕は一夏の大切なデータを盗もうとして近づいたのにさ」

「ほんとあいつは。どこまでもだな」

 

 まさに究極のお人好し。

 あんなやつ、ライトノベルの主人公ぐらいしかいないだろう。

 

 だが一夏は目の前の理不尽に怒れる男だ。

 それが人ならばなおさらのこと。

 助けたいと思ったらもうあいつは止まらない。

 

「一夏はここに居ろと言ったんだ。IS学園に居れば三年間は安全だって」

「IS学園特記事項第21条か」

 

 IS学園の生徒はその在学中ありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。

 本人の同意が無い場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする。

 

 これはIS学園が必要以上に他国の干渉を受けない為の措置だ。

 IS学園は世界でもっともISコアを保有する機関。今も水面下でIS学園の実権を握ろうと様々な国家が暗躍してるというのが会長の話だった。

 

「一夏にここに居ろって言われた時ね。本当に嬉しかったんだ。やっと居場所が出来たんだって」

「一夏のいる場所か」

「うん。その時から僕は一夏のことを観察対象とは別の意味で気になって気になってしょうがなかった。そして気付いたんだ。ああ、僕はこの人に恋をしたんだって」

 

 何処にも居場所がなく、誰にも助けを呼べないシャルロット。

 その彼女の居場所であり、救いの手を伸ばした一夏は間違いなく白馬の王子様だったろう。

 

 乗ってるのは白馬じゃなくて白ISだけど………凄いしょうもない。

 

 俺が自己嫌悪してることを知らずにシャルロットは話を続けた。

 

「それから僕はシャルロット・デュノアという女の子としてIS学園に再入学したんだ。色々考えたけど、ありのままの自分として一夏の側に居たかったんだ」

「恋する少女は無敵だな」

「アハハ、なんか照れるね。そして僕が再入学した少し後に疾風が転入してきたんだ。流石の僕も腰を抜かしそうになったよ」

 

 そりゃあ、そうだ。

 

 男として偽って入った奴が実は女子でしたってカミングアウトした後にモノホンの男性IS操縦者が出たなんて、凄い偶然があったもんだ。

 

 そういえば俺に殺到した奴の中に「実は女の子じゃないの!?」って言ってくる奴がいっぱい居たのはそのせいか。

 

「だけど、それがさっきアリーナで話していた事とどういう関係が?」

「疾風の言った通り。僕は自分だけが第二世代だということを気にしている。何処まで頑張っても第三世代という結果には勝てないって。それに」

「それに?」

「僕は疾風が羨ましかった。ううん、恨めしいとすら感じていた、嫉妬していたんだ」

 

 自嘲気味に話す彼女の視線はイーグルの待機形態のバッジに向けられていた。

 

「レーデルハイト工業の社長の一人息子。正真正銘の男性IS操縦者にして第三世代ISの専用機を持ち。家族や従業員に愛されている疾風。ああ、この人は僕が持っていなかった物を全部持ってるんだって思った」

「そんなこと思ってたのか………」

 

 全然知らなかった。

 初めてシャルロットに会った時、彼女は笑って歓迎してくれた。

 そんな笑顔の裏でそんなことを思っていたとは。

 

「勿論それは見当違いも甚だしいと気付いたから直ぐにその考えは消えたよ。でも僕、疾風が内心怖かった。僕の過去を知られて、それがデュノア社の取り引き材料にされるんじゃって」

「え!? じゃ、じゃあなんで今俺に話してるんだよ!?」

「菖蒲さんが大怪我しちゃうところだったフェンス落下事件を切っ掛けに、疾風は女性の為の会に宣戦布告したでしょ。しかも誰よりもISとIS学園を好きな彼がそれを投げ売ってでも立ち向かおうとした。その時確信したんだ、疾風も一夏と同じく。友達の為に怒り、理不尽に立ち向かえる人だって。だから話しても良いって思えたんだ」

 

 な、なんだ。

 凄い話したと思ったら行きなり褒められて、もう頭がパンクしそうなんだが。

 

「俺が腹に逸物抱えた外道野郎だったらどうするつもり」

「そう思わないから話したんだよ」

「そ、そうですか」

 

 なんつーか。俺は真にシャルロットに認められたってことになるのか。

 てかいつもそんな風に見てたのか。

 なんか申し訳ないな。

 

「あーーー。スッキリした!! ごめんね疾風、いきなりこんな重い話してさ」

「ヘビー過ぎて身長縮んだかと思った」

「フフッ。大丈夫、縮んでないよ」

 

 そう言って向日葵のように笑う彼女に思わずドキッとした。

 本音を晒しだした彼女は一皮向けたように強い女性に見えたから。

 

 前よりシャルロットとの心の距離が縮まった気がした。

 

「そういえばシャルロット。さっきドルージュの娘って言ってたけど」

「それは僕の旧姓。もともとはシャルロット・ドルージュって名前なんだ」

「あれ?あのー、もしかして。今のフランス代表と親戚だったりする?」

「そうだよ」

「うぇい!?」

 

 思わずすっとんきょうな声が出た。

 

「あれ、言ってなかったっけ? アニエス・ドルージュは僕のお母さんの妹なんだよ」

「初耳だねぇ!」

 

 おいまてシャルロットさん。これ以上とんでも情報持ってきて俺をどうするつもりなの!? 

 

「このこと一夏たちは知ってるの」

「うーん。もしかしたら言ってないかも」

「シャルロットさーん!」

 

 この子意外ととぼけたとこあるのね。

 シャルロットの新しい一面を見れた。

 

 

 

 その後、シャルロットとの戦闘訓練はとても身が入った。

 彼女の動きに勢いが生まれ、間合いを見計らう砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)の他に。

 

 積極的に距離を積めまくってグレー・スケールをぶち当てる戦法と。

 とにかく距離を縮めさせない高速切替(ラピッド・スイッチ)による途切れない多彩な弾幕射撃など。

 どちらかと言えば慎重派の彼女の心のうちに貪欲に勝ちにいくという意気込みが見えてきた。

 

 イーグルのプラズマと相性が悪いのにもかからわず10回勝負のうち何回か負けてしまった。

 特にプラズマ・フィールドを強引にぶち抜いてパイルバンカーをねじ込まれたときにはかなり恐怖を感じました。

 その時凄く良い笑顔だったのでお返しにブライトネスを思いっきり突きだしました。

 

 何故か分からないが彼女にシンパシーを感じた。

 

 結論。シャルロット・デュノアは第二世代とかそういう要素抜きでも強いということを再認識しました。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 アリーナの使用時間が過ぎたので俺たちは帰路についた。

 あの後キャノンボール・ファストの練習をし。終了時間まで模擬戦をやりまくった。

 

 途中一夏や箒がアリーナに来たので二人を誘ってバトルしたり。

 慣らし運転のためにアリーナに来た山田先生を捕まえてISバトルをした。

 

 高速切替(ラピッド・スイッチ)を持ってなくても充分強いラファール乗りの山田先生とのバトルはシャルロットにとってこれ以上ない相手であり、今後時間がある時に指南役をしてもらうことになった。

 

 山田先生もボソッと昔の血が騒ぎますと言っていたが、あれはどういうことだろう。

 

「フーー。こんなに長い時間ISに乗るのも久しぶりだなぁ」

「たまには良いもんだろ」

「そうだね。ありがとう疾風。今日は本当に実りのある1日だった」

 

 昼の大胆カミングアウトからシャルロットはなんかスッキリした顔をした。

 多分気のせいレベルの変化だろうけど。俺とシャルロットの間にあった壁がなくなったのが大きな要因だろう。

 

 そういえば俺、他の専用機持ちと比べてシャルロットと面と向かって話したことなかった気がする。多分。

 

 知らず知らずに彼女は俺を一歩引いたところから話してたんだろうなぁ。

 

「実はね。キャノンボール・ファスト当日にロゼンダさんが来るんだ」

「そうなのか?」

「うん」

 

 ロゼンダ・デュノア。デュノア社社長アルベール・デュノアの妻であり、シャルロットにとっての義理の母親。

 

「ロゼンダさん、デュノア社の技術主任なんだ。だからデュノア社を代表して視察に来るみたい」

「大丈夫なのか」

「うん。なんだかんだデュノア社から装備提供は来てるから。直接顔を合わせるのは気が引けるけど。あの人も僕と話なんかしなくないだろうし、事務的な話だけで終わると思うけど」

 

 特に気にしてない風に言ってるが、さっきの話を聞いたらそう聞こえる訳もなかった。

 

「なあシャルロット」

「なに?」

 

 学生寮のロビーに差し掛かったところで俺はシャルロットを引き留めた。

 

「お前の親父さんは白式と一夏のデータを盗めと言ったんだよな」

「うん」

「他の人のデータは言われてないのか? セシリアや鈴。あと篠ノ之束の妹の箒のことも」

「ううん。お父さん……デュノア社長は一夏のデータだけを取れって。他には触れるなって」

「………」

 

 俺は少しずれた眼鏡を直し、そのまま考え込むように黙った。

 その姿にシャルロットは小首をかしげた。

 

「どうしたの疾風?」

「シャルロット。一ついいかな」

「?」

 

 言おうか言わないか迷っていた。

 

 だが言わないといけない。

 そう決心した俺は言の葉を吐いた。

 

「お前の父親は本当に一夏と白式のデータ目当てに男装させたのか?」

 

 俺の投げ掛けた問いにシャルロットは文字通り目を丸くした。

 

「ど、どういうこと?」

「ちょっと場所を移そう。ここじゃ誰が聞き耳たててるかわからないし」

 

 それぐらい重要になるだろう。

 

 今から言うことはこれからのシャルロットにとって選択を求められることになるのだから。

 





 二巻を読み返したのですが。これだけ見たらデュノア社長が凄い糞やろうに見える。

 そりゃあ数多の二次創作デュノア社長がひどい目にあうわけだよ。


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第74話【シュガー&ビター・オリジン】

 寮の屋上に行き、さっき自販機で買ったミルクティーをシャルロットに上げた。

 シャルロットはミルクティーを一口入れたあと黙って俺を見ていた。

 

「これから言うことは完全にお節介で、信憑性のないことだということを留意しといてくれ」

「う、うん」

 

 恐らく今から話すことはシャルロットにとってのターニングポイントになってしまうだろう。

 それでも話さないと行けないと思った。それがただのエゴだとしても

 

「さっき言ったことを含めて、俺なりに情報を整理したんだが」

「整理? なんのこと?」

「シャルロットが男装してここに来たこと」

 

 買ったココアを一気に半分ほど飲み干し、深呼吸し。俺は話の口火を切った。

 

「はっきり言って。一夏と白式のデータがデュノア社の利益になるとは思えない」

「え?」

 

 唐突に告げられたことにシャルロットは思わず冷や汗をかいた。

 

「そ、そんな筈ない! 一夏と白式のデータがあればデュノア社は立て直せるってお父さんは言ってたんだよ!?」

「白式のデータを第三世代ISに活かせると思うか? その時の白式はワンオフ・アビリティーが使えるだけの高性能機、元の第三世代能力はオミットされてたと聞いてる。それに、白鉄や黒鉄と同じシールドからの攻撃転化能力は既に倉持技研第一研究所を中心に日本の一大プロジェクトの一つとされている」

「それは、確かにそうかもしれないけど………」

 

 仮にこれを使って真似したとしたら。デュノア社は日本政府から激しい追求を受ける。

 そうなれば情報が漏れたのがシャルルだと解れば、そこから芋づる式にデュノア社は干されるだろう。

 

 それに、まだ白鉄系列の第三世代能力は未完成で燃費が劣悪。実用化したとしてもコンペディションを通るとは思えない。

 

「データ取りを目的とするなら、白式よりもブルー・ティアーズと甲龍。もっと言うならヘルハウンドとコールド・ブラッドのデータを取るよう言われる筈。白式だけに固執し、他を無視するというのは明らかに不自然だ」

「………」

「一夏のデータも同じだ。これを使ってどうする? 男性操縦者を増やすとでも言うのか? とても会社を立て直す材料になるとは思えない」

 

 実の娘に男装させてまで得る情報にしてはあまりにもハイリスクノーリターンだ。

 

「仮にその情報で得をするとしたら。裏の組織ぐらいだな。亡国機業(ファントム・タスク)あたりの」

「ま、まさか。デュノア社は、お父さんは裏でテロリストと繋がっていたとでも言うの!?」

 

 思わず狼狽するシャルロット。

 データを盗むということは紛れもなく犯罪行為だが、それが会社の為ではなくテロリストに繋がる物だと認識すればそうもなる。

 

「俺はそうは思わない」

「どういうこと?」

「確かにその考えは浮かんだ。だけどその可能性は低いと俺は考えている。その証拠がシャルロット、いやシャルル・デュノアの存在だ」

「ぼ、僕の?」

 

 青ざめる彼女をなんとか宥め、話を続ける。

 

「時にシャルロット。お前、この学園に来る前に身体検査は受けたか?」

「え、なにそれ?」

「因みに俺はゲノム検査とか色々身体を一通り調べられて男性IS操縦者だと確認されたよ。一度全裸になったこともあったな」

「ぜ、全裸!?」

 

 一夏が男性IS操縦者だとわかってから。各国ではデマや偽物が出たのは少なくなかった。

 動かせない癖に動かせるとホラを吹いたもの。女性が男装して審査を通ろうとしたこともあったが、全て調査の末おじゃんになっている。

 

「まあその反応を見るに、シャルロットはそういう検査は受けてなかったみたいだな。IS学園に入学するというのに検査もなしにそのまま男性として通すなんて。流石におかしいと思わなかったのか?」

「確かに。ある日お父さんに言われて、そのまま入学したときはあっさり通れたなって思ったけども」

 

 多分IS学園に入学するまで内心穏やかじゃなかったろう。

 それなのにサラッと入れるなんて。世界中の施設と比べてもハイランクで警備の厳しいIS学園にしては緩すぎる。

 

「あと、広告塔って理由も矛盾してるよな」

「どうして?」

「だって。俺、お前に言われるまでシャルル・デュノアなんて名前も、二人目の男性IS操縦者が現れたなんて知らなかったんだぜ?」

 

 仮に本当に二人目の男性IS操縦者シャルル・デュノアが一度でも報道されていたのなら。ISオタクの俺が知らない筈もない。

 

 それに俺が二人目の男性IS操縦者と報道された時は世界中が文字通り沸き上がる程の特大ニュースとして取りだたされていた。

 

「確かにそうだね。僕の情報は世間に公表されていないなら、広告塔になんてなれる筈がない」

「あとはお前が女性としてIS学園に再入学したことだ。おおかたお前が女性だったことは学園にはバレてたんだろう?」

「そ、そうだね。少なくとも織斑先生と学園長は知ってたかな。僕が一夏目当てで来たと言っても分かってたみたいだし」

 

 多分シャルロットが自分から言わなかったとしても、遅かれ早かれ学園側から来ただろうな。

 恐らくシャルル・デュノアがシャルロット・デュノアだということは最初からバレていたことだろう。

 

「でも、それだとおかしくない? 初めから僕の正体が分かっていながら、どうして一夏と同じ部屋にしたの?」

「一夏ならたとえバレてもお前を庇うと思ったから、とか?」

「行きなりボヤけたね」

「も、勿論ちゃんとした理由もある。シャルロットの行動範囲を制限して、周囲にバレることを防いだのかも。あまり動き回ると他の誰かにバレて騒ぎが大きくなる可能性があったし」

 

 仮にシャルロットがセシリアと一緒の部屋だったらどうなってただろう。

 想像するのが少し怖いな。

 

「だけど。それじゃあなんで僕はIS学園に入ることになるの? 結局僕がここに来てもメリットがないのに」

 

 シャルロットの言うとおり。

 さっき説明した中、シャルロットの行動はメリットどころかデメリットだらけ。

 シャルロットがシャルルとして侵入し、他国のISのデータを盗むという条約違反行為が公になれば間違いなくデュノア社は潰れる。

 だがIS学園はデュノア社の企みを公にするどころかシャルル・デュノアをシャルロット・デュノアとして迎え入れた。

 

 つまり、デュノア社社長。アルベール・デュノアの真の目的は。

 

「シャルロットをIS学園に行かせること事態が目的だったんじゃないだろうか」

「えっ?」

「一夏と白式のデータは建前。シャルロットをIS学園で保護させるのが目的だったのかも」

「なんのために?」

「シャルロットを守るためじゃないかと俺は考えてる」

 

 ここからは更に推論だ。

 

「セシリアから聞いたんだけど。デュノア家ってフランスの古い貴族家系って聞いた。そのなかでもデュノア家は貴族の家系を重要視する、言うなれば純血派という風潮があるらしい」

「そんなことが」

「ロゼンダ夫人もデュノアの遠い家系なんだってさ。そんななか、アルベール・デュノアの隠し子であるシャルロットを良い眼でみないだろう」

 

 だからシャルロットの身の安全のためにIS学園に寄越した。

 そう仮定すれば辻褄は会う。

 

 特記事項第21条が適用されれば。シャルロットはデュノア家に戻る必要はなくなる。

 

「それに、アルベール・デュノアとIS学園は裏で繋がったんじゃないか。ここまで綺麗になんのトラブルもなく再入学が決まったんだから」

 

 そうでなければ、ここまでシャルロットがシャルルとしてIS学園に入学など到底不可能だ

 全部デュノア社長の計画。

 これが本当ならとんだ傑物だな。

 

「な、なんで……」

「ん?」

「なんでそんなことをする必要があったの? 僕はあそこでは厄介者なのは分かってた。でも、お父さんが僕にそこまでする必要があると思えない。お父さんにとって僕は愛人の子。………僕は愛されてなんかいないのに」

 

 うつむくシャルロットの顔はどう受け止めていいか分からないと語っていた。

 

 今まで音信不通だったのに母親が死んだ時に引き取られ、冷遇され、自身を道具として極東の地に放った実の父親。

 困惑するのも無理はないだろう。

 

「デュノア社長の真意は分からない。今言ったことは全部状況を見て立てた俺の推論だ。もしかしたら本当に目障りという理由でIS学園に行かせたのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。会長ならなんか知ってると思うけど。話してくれるかどうか」

「…………」

「それでも、俺はシャルロットに伝えたかった」

「どうして?」

「憎む以外の選択肢があるなら、知らないなんてあんまりだろ」

 

 人の見解なんて簡単には変わらない。

 一度決めつけてしまえばそうとしか見れなくなってしまう。

 

 シャルロットの父親は本当の意味で畜生なのかもしれない。

 でももしそうじゃなかったら? そう考えてしまった。

 

「針ほどの希望的観測だ。所詮子供が考えた絵空事かもしれない。だけど、シャルロットに後悔して欲しくないって思った」

「後悔………」

「俺の言ったことをどう受け止めるかは任せる。だけどシャルロットの問題には時間制限がある。IS学園にいる三年間は安全だけど。その後の対策は考えたのか?」

「ううん」

「今度ロゼンダさんに会うんだろ。だったらちゃんと真っ直ぐ顔を見て聞いてやったらどうだ」

 

 なんのために自分を利用したのかって。

 

「戦ってやろうぜシャルロット、理不尽ってやつに。結果はどうだって、真正面からぶち壊してしまえ」

「戦う、か」

「シャルロット。正直ムカつかないか? 意味分かんないのに殴られたままなんてさ」

 

 うつ向いていたシャルロットは前を向いた。

 そのアメジストのような紫の瞳には、まだ小さい決意の光が見えた気がした。

 

「そうだね。なんかムカついてきたよ。なんで僕がこんな理不尽な目にあわなきゃならないんだろうね?」

「そうだな」

 

 シャルロットは手に持った缶の紅茶をあけ。ゴクゴクと一息に飲み干した

 

「プハァっ! ………ふぅ、ありがとう疾風。なんか目の前の景色がひらけた気分だよ」

 

 そう言ってくれるなら、お節介をやいた甲斐があったという物だ。

 

「正直少し怖いけど。僕も戦ってみるよ疾風」

「そうか。でもシャルロット」

「ん?」

「シャルロットには俺たちが付いてる。みんながシャルロットの味方だということを忘れないでくれ」

「うん、いざというときは頼りにさせてもらうよ」

 

 シャルロットが理不尽な目にあうことなどあいつらは絶対に許さない。

 やろうと思えば国を滅ぼせる戦力が味方にいるってのはなんとも恐ろしいもんだな。

 

「あっ、そうだ。もし社会的に報復したい時は俺とレーデルハイト工業を頼ってよ。シャルル・デュノアのことをネタに告発なり乗っ取るなりしてデュノア社潰すから」

「サラッと僕が恐れたことを提案するんだね!?」

 

 会長にお願いしてあら探ししてもらうのも悪くないかもしれない。

 

「それと身寄りなくなったらレーデルハイト工業で雇ってやるよ。高速切替(ラピッド・スイッチ)持ちなんて稀少だし、あわよくば専用機ごとコアを、フフフフフッ」

「やめよう疾風! 怖い怖い!」

「あ、それとも一夏に嫁入りして家族になった方が手っ取り早いか?」

「疾風っ!!」

 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

【ラウラ、シュヴァルツェア・レーゲン】

 

 

 

「やっぱりAICは近接系の大敵だな」

「しかしサイレント・ゼフィルスには意図も簡単に切り払われた。あの時はオータムを最大出力で縛っていたのにだ」

「恐らくだけど。ゼフィルスのバヨネットには力場干渉の力場が発生していたんだろうな」

 

 学園祭の襲撃者の話を推論を立てながら論議した。

 

 サイレント・ゼフィルス、BT2号機を強奪したテロリスト。本当に何者なのだろうか。

 オータムと違って人となりが見えない以上底が知れない。

 

「ラウラのAICって精度良いよな。雪片弐型の柄部分を止めて零落白夜を通さないって。普通出来ることじゃないよ」

「まあな。部隊の中でAICを、シュヴァルツェア・レーゲンを一番上手く使えたのは私だった。だから私は黒兎隊(シュヴァルツェア・ハーゼ)の隊長となり、代表候補生としてこの学園に来ることが出来た」

 

 俺と同い年なのに軍の隊長を任される。

 普段なんとも素面でボケをかますラウラだが。ことISや軍関係となると俺と同い年に見えない大きな存在に見える。

 

 俺より頭一つ小柄なのにな。

 

「ムッ、今なんか失礼考えたか疾風」

「いやなんも」

 

 勘の良さも一級品だ。

 

「話を続けよう。さっき零落白夜を止めたと言ったがな。最近の一夏は零落白夜の発動タイミングが読めないどころかAICすら切り裂いてくる」

 

 AICはPICを発展させた空間に作用する第三世代兵器。

 慣性停止結界と言われたそれは文字通り物体の慣性を停滞させ、停止に持ち込んで攻撃を止めるもの。

 実弾兵器や近接武装を完全に制止させ、ISに使えば指一本動かせず、一方的に攻撃出来る。

 

 一見タイマンでは無敵に聞こえる能力だが。勿論欠点もある。

 

 空間にエネルギーをかけて作用するのは衝撃砲と同じだが、AICを維持させる為にはその場にとどまる必要があること。

 レーザーやプラズマなど、指向性のある非実態兵器には効果がないこと。

 そして、使用するには膨大なイメージリソースが必要な為。使用するには多量の集中力が必要で、攻撃を受けると解除される。

 

 さらにエネルギーで空間に圧をかけ続ける性質上、零落白夜が当たると力場が消滅する。

 

 ラウラの行った通り、一夏はラウラのAICをある程度見切って消滅させるようになった。まだ確率は安定してはなく、斬ろうとしてAICに捕まったなんてことはあるが。

 

「我が嫁の成長は嬉しいが、ここのところの勝率が下方傾向にある。夫が嫁に遅れを取るなど情けない話だと思わないか?」

「ウン、ソダネー」

「ちゃんと話を聞いてるのかお前は」

「キイテルヨ」

 

 同意したくないダケ。

 

「まあいい。自惚れる訳ではないが、私の基本技術は一定水準に達している。やはりAICの強化とが妥当だと思うのだが。どうだろうか」

 

 間違ってはいないと思う。

 ラウラは操縦技術に関して一年のなかでは五指に入る。立ち回り事態はシャルロットと同様高い水準に達している。

 シュヴァルツェア・レーゲンはどの距離にも対応できる武装が基本装備として備わっていて、それを十全に扱えるだけの技量がある。

 

 故にラウラの今後の課題はAICの強化だ。

 

「うん。俺もそう思っていた。その為にも、AICについて何個か聞きたいことがある」

「なんだ?」

「ラウラのAICって前後左右上下何処にでも展開出来る?」

「勿論だ」

「AICの効果範囲はIS一機を包み込めるぐらいの範囲の球体フィールドで間違いないよな?」

「正解だ。イーグル・アイで見たのか?」

「衝撃砲と同じようにな」

 

 改めて思うが。俺のイーグル・アイは不可視能力と相性がいい。まあステルスという訳ではないし、膨大な戦闘データと環境データの詰め合わせによるものが大きいけど。

 

「ラウラってAICを発動するときは手をかざすよな。あれってやっぱりAICのイメージを補助するため?」

「ああ、AICを十全に発動するには強いイメージが必要だ。私が手をかざすのは強く『止まれ!』と念じる必要がある」

「やっぱりそうか。手をかざさずにAICは出来る?」

「出来ないことはない。念じようと思えば止めることは出来るが、瞬間的に発動させるには弱い。何度か手をかざすモーションを省略して使用したことがあるが、戦闘中だと手をかざした方が早く強力なAICを展開出来るという結論に至った」

 

 流石というかなんというか。

 自分の欠点を明確に理解した上で使用してるんだな。

 

「恐らく一夏は私が手をかざしたところを見て、そこから発生箇所を予測して斬ろうとしてるのだろうな」

「すげーなあいつは」

 

 とにかく成長スピードがえげつない。

 会長の扱きに値を上げる回数も少なくなってきたし。

 みんなが俺にアドバイスして欲しいと言ったのも、一夏に負けたくないからって言ってたし。

 

「疾風、なにかアイディアはないだろうか」

「考えたものだと。移動中でもAICを発動出来ることとか」

「そんなこと出来るのか? 力場定着させるにはその場でとどまる必要がある」

「でも一瞬発動できる。ラウラのAIC発動速度は早いから、移動中に当たる攻撃もピンポイントで止めて防ぐことは出来る………と思う」

「ふむ、それなら停止してる時に他から狙われるリスクも軽減されるな」

「まあ言った通り一瞬だからタイミングがシビア過ぎるから使い物になれるか分からないけど」

「それはこの後試すことにしよう。何事もやってみないことには始まらん」

「そうだな」

 

 仮にこれが実用化されれば。文字通り大きな武器になるだろう。

 すれ違い様に一瞬で止められれば敵の態勢を崩すことも出来るかもしれない。

 それと次に始まるキャノンボール・ファストの時に緊急回避用に活用出来るかもしれない。

 

「あとはあれだな。AICの持続強化。多少の被弾や衝撃があっても動じない強い精神力を鍛える」

「つまりどういうことだ?」

「ド根性」

「いきなり知能指数が下がったな」

 

 真顔で冷静なツッコミをいれんでくれるかい。

 一夏のクソ寒いダジャレじゃないんだからさ

 

「いやいや。AICなんて集中力に物を言わせた代物だ。正に何事にも動じない強靭な精神があれば多少の邪魔なんか意にかえさずAICを維持し続けることも可能だろ。正にド根性だよ」

「………」

「それに俺との戦闘だとAICで止めたとしてもプラズマ放射で捕まえられた試しがないだろう? あれに耐えれる精神力があれば俺でもAICで止めれることが可能だ」

「む、むぅ。確かにそうだな」

 

 よし、なんとか納得してもらえた。

 これで俺がスベったことを言ったという結果は回避された! 

 

「でもあれだな。ワイヤーの先からAIC出たら強いなぁって思うとこある」

「ふむ」

「流石にIS一機丸ごと止めることは出来ないかもしれないけど。空中にピン止め出来たら空中ワイヤーアクション戦法! なんて出来るんじゃないかなって。これならキャノンボール・ファストでも曲がるときにスイングバイの要領で応用出来るし、緊急回避にも役にたつだろ?」

「成る程」

「あ、ごめん。また興奮してしまった。まあ流石に欲張り過ぎだな。忘れて忘れて」

(実は本国のシュヴァルツェア・ツヴァイクは正にワイヤーの先からAICを発生させるのだがな。防御型AICでも出来ないか本国に問い合わせてみるか………)

 

 思案にくれるラウラをよそに準備を終えた俺はラウラにたずねた。

 

「よし、先ずはどっちからやる?」

「移動中のAICだ。あれが出来るか出来ないかで指導方針が決まるだろう」

「了解だ。先ずは一定距離を一定速度でサークルロンド。俺はショットガンを撃つから、当たる瞬間に止めていってくれ」

「分かった、早速始めよう」

 

 バススロットに入れていたショットガンを担いで空中に移動。

 そのままサークルロンドに移行しながらショットガンを撃った。

 

 撃ち出された散弾はそのまま直撃コースに。

 ラウラはAICを展開しようとするが、展開から終了の時間が短く、バラけた弾がレーゲンのシールドを叩いた。

 

「10秒感覚で行くぞ!」

「わかった!」

 

 その後マガジンが切れるまで訓練が続き、実際止めれたのは二割ほど。

 だが止めれることがわかったので今後訓練に入れるとのこと。

 

 次に精神力強化として、俺をAICで止めた状態からイーグルのプラズマ放射を受けながらAICを維持する訓練。

 

 だがやはりどちらも難しい課題だからか、今日は目立った成果は得られなかった。だが兆しが見えたことはラウラにとっては最大の収穫だろう。

 

「じゃあ最後に一回模擬戦して終わりにするか」

「ああ、行くぞ!」

 

 本日の〆として一回フルバトル。

 

 現在のラウラとの戦績は5:5のタイ。だが最近は俺が勝ち星を上げ始めている。

 それもあってラウラも攻めの姿勢で勝ちに来ている。

 

 誰に対してもそうだが。

 負けてられない!! 

 

「そういえば疾風」

「え、なに」

「お前好きな人が出来たのか?」

「んん!?」

「頂く」

「おいちょっ!」

 

 

 

 

『スカイブルー・イーグル リミットダウン』

 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ラウラさんや。あれはないんじゃないかな。動揺させた隙にAIC決めてからフルフルボッコボッコってあまりにも酷いんじゃないか」

「動揺して反撃すらしなかったお前が悪い」

 

 い、言い返せねぇ………

 

 今日のスイーツ、トルタ・メリンガータをフォークでサックリと切って口に運ぶ。

 

 冷たいメレンゲが口のなかでホロホロと崩れていくのがたまらない。

 

「てかラウラ、なんであんなこと聞いたの」

「皆に一夏との馴れ初めを聞いてるのだろう? なんでも恋とはどういうものかと。お前にも春が来たのだな」

「いや、別に」

「今さら取り繕う必要もあるまい。お前はセ」

「はい、ここ公共の場。不用意なことをいわなぁい!」

「まわりに誰も居ないではないか」

 

 それでも駄目だよ。

 壁に目あり障子にメアリーって言うだろ。

 

 まったくこの子。突拍子もないことをサラッと言うんだから。

 ………突拍子もなくもないこともサラッと言うんだから。

 

「まあいい。この話はまた次の機会に」

「しなくていいよ」

「恋バナは女子の独壇場なのだろう?」

 

 誰から聞いたんだよ。また例の副官か? 

 いや間違っちゃいないけどよ。

 

「お前、シャルロットから出自の話を聞いたんだな」

「うん。確かお前とシャルロットは同室だったな」

「うむ。疾風に話したとシャルロットから聞いた。お前の考えのこともな」

「そうか」

「シャルロットも心なしか表情が明るかった。お前には礼を言う」

「俺がやったのはただのお節介だよ」

 

 自分の考えを言っただけなのだから。

 

「………」

「どうした?」

「シャルロットがお前に自分の過去を話した。男装して入ったことも、自分が(めかけ)の子だということも。お前はそれを話しうるに値すると考えただろうとな」

 

 ラウラはカフェオレを口に含み、ホッと息を吐いた。

 その目に決意の光が見えた。

 

「なら私も話すべきだと思ってな」

「何を?」

「私の過去。そして私がこの学園に来てから、お前が学園に来るまで私が行った蛮行を」

 

 思わずゴクリと唾を飲んだ。

 この空気が、昨日のシャルロットに似ていたのだ。

 

 身構えていると、ラウラは話始めた。

 それは俺の予想を遥かに上回る、浮世離れした言葉だった

 

「疾風。私はな、普通の人間ではない」

「は? 今なんて」

 

 

 

「私は戦うために生み出された試験管ベイビー。人工合成された受精卵から作られ鉄の子宮から生まれた。遺伝子強化素体、アドヴァンスド・チルドレンだ」

 

 

 

 




 サイザリヤのメリンガータって美味しいよね
 期間限定らしいけど、なんでレギュラーにならんのやろ。

 そして疾風はケーキ食い過ぎです。


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第75話【冷氷と呼ばれたホムンクルス】

「………………」

 

 言葉も出ない。というより思考が完結しなかった。

 

 遺伝子強化素体だとか、アドヴァンスド・チルドレンだとか。

 鉄の子宮? なにそれ。

 

 SFではクローン人間とか遺伝子いじくって宇宙に適した人類を人工的に作るとか。

 そんなの二次元やフィクションの話だと思っていた。

 

 いつもの突拍子もないぶっ飛んだ発言だと思いたかったが、目の前のラウラの表情は軍人スイッチ時のソレで、とても妄言とは思えなかった。

 

 どう返していいかわからないまま、ラウラは何かに気づいたように声を上げた。

 

「あっ。すまないが疾風、さっきとこれから話すことは他言無用で頼む。国家機密レベルなのでな」

「いやおせーよ!!」

 

 思わず大声で手をバシーンというド定番でツッコんでしまった。

 シリアス空間が振るわれたバットに割られたガラスのように砕け散った。

 

「すまない、うっかりしていた」

「うっかりし過ぎだ! 今言ったことをどう処理するのかで悩んでいた最中だったんだぞ!」

「そう言われても嘘偽りない真実なので、そのまま受け止めてくれるとありがたいのだが」

「無理だよ!」

 

 どんなこと言われるのかな。流石にシャルロットより重いのは来ないだろうなぁ、ラウラだし。

 って思ったら自分は戦うためだけに生み出された遺伝子改造人間でしたなんて。

 重いどころじゃないんだけど。

 

 残ったメリンガータをバクリと食べて心を落ち着かせる。

 しばらくして落ち着いた俺は改めてラウラの話を聞くことにした。あまりにもファーストインパクトが強すぎた。

 

 チラッとラウラ見てみると、なんともスンとした顔でエクレアをモッキュモッキュと食べている。

 煌めく銀髪に赤い目。白磁のようにシミひとつない肌。確かにこれが人工的に調整されたからこうもなるって言われたら納得したくないけどしてしまうなぁ。

 

「んで。えっと、お前は戦うために生み出された存在だって?」

「そうだ、ISが生まれる少し前からドイツの秘密機関で優秀な遺伝子を掛け合わせ、そして生み出し続け、その成功作が私だ」

「淡々と話してるけど。ラウラはなんとも思わないのか?」

「ない、な。私にとってそれが当たり前だと教えられ、私も納得した。普通の人間を見ても特に羨ましいとかそういう感情はなかった」

 

 そう教えられたから。

 

「それって、明らかにゲノム法違反だよな」

「そうだな。私は生み出されてしばらくたってから直ぐに軍に属され、訓練を受けた。後に私が生まれた機関は壊滅したという情報が入ってきた。それだけだな」

 

 その後は、ひたすら訓練の日々。

 戦うために最適な兵士を作るという目的の名の元で生み出されたラウラは戦うことだけを学んだ。

 

 何処を撃てば人は死ぬか、何処を切れば致命傷を与えられるか。

 様々な兵器の扱い方。銃、ナイフ、手榴弾、戦車、戦闘機の扱いを。

 まだ幼い彼女はそれを当たり前のようにこなし、並みの大人すら上回る程の戦果を上げた。

 

 ラウラは正にそのゲノム機関が思い描いた理想の姿であっただろう。

 

 戦うだけが生きる意味であり存在意義。

 それがラウラ・ボーデヴィッヒの全てだった。

 

「だがISが生まれ、白騎士事件を経て全てが変わった。今までの兵器体勢は追いやられ、ISによるパワーバランスが主流となった」

「IS一機あれば、非IS部隊を一方的に屠ることも不可能ではないからな」

「私も当然ながらISを駆るようになった。まだ第二世代成り立ての【シュヴァルツ】に乗り込み、そこでも戦果を出した。あの日が来るまでは」

 

 ラウラはカフェオレを飲んで一息置いた。

 ここから話すことがラウラの分岐点だと俺は予測した。

 

「軍はISへの適合性を上昇させるため、兵士にナノマシンインプラントによる疑似ハイパーセンサー、【越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)】の実装に着手した」

 

 それはIS搭乗者にナノマシン施術を施し。脳への視覚信号伝達、動体視力、状況処理能力を爆発的にブーストするもの。

 ISへのリンクも飛躍的に上昇するそれは使用すればISの動作、戦闘力も上昇する。

 

「当時、その技術は確立されたものとして運用された。希望者を集め、処置は実行。理論上は危険もなく、不適合も起きないということだった」

「嘘くせぇ」

 

 理論上は問題ない、危険はないなんて一種の死亡フラグだ。

 そう言って最後は「こんな筈では!」なんてのがお約束だ。

 

「まぁ、能力に個人差があったり、発動しないということはあっても不適合は起きなかった。成功したものはヴォーダン・オージェの力を発揮し、実験は成功した………私を除いてな」

 

 ラウラは自身のトレードマークとも言える左目の眼帯を外し。ゆっくりと目蓋を開いた。

 

「お前、それ」

越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)。ドイツのナノマシン技術の最高傑作とうたわれたナノマシン技術だ」

 

 開かれたその目は右目と同じ赤ではなく。輝く黄金の瞳だった。

 黄色かかったとかそういうのではなく。本当の金色。その目は光に照らされる純金のように淡く揺らめいていた。

 

 この世の物とは離れた幻想的な瞳に俺はしばらく見惚れていた。

 

「光ってる、のか。その眼。ちょっとごめんね」

 

 ラウラの左目に手のひらを近づけると、ほんのわずかだがそれは光を放つ光源となっていた。

 

「ほんとに光ってる。ていうか、失明してた訳じゃないんだな」

「ああ。この眼は見え過ぎるんでな。特殊な眼帯を通して見なければ疲れる。普段は眼帯越しに見ることで処理能力を落としている」

「ていうことは、眼帯してても左目見えてるのか」

「まあな」

「ちなみにこれ何本に見える」

「4本、から1本に変えたな」

 

 ホントに見えてるんだ。

 

 目隠ししてもなお見えるって、確かに見え過ぎだよな。

 

 ISを補助するナノマシン・インプラント。

 条約としてはギリギリというところだが。当然ながら通常のISバトルでは規定違反。

 正に本当の戦闘を目的に想定された処置ということになる。

 

「それで、さっき私以外はって言ってたけど。それは正常に作動していないってこと?」

「いや、逆だ。常に稼働状態のままカット出来ずに制御不能となった。本当はオンオフが聞く代物なんだ」

「だから眼帯を。なんでラウラだけそんな………」

「恐らく、私が遺伝子強化素体だからだろう。ヴォーダン・オージェのナノマシンと相性が悪かったのか、又は相性が良すぎたのか」 

 

 なんとも皮肉な話だな。

 最高の物と最高の物を掛け合わせて必ずしも良いものにはならないという訳か。

 

「今の状態もかなり良くなった方なのだ。移植当時は圧倒的な情報量を処理出来ず、ISは愚か通常戦闘すらまともにこなせなくなり、私はトップの座から転げ落ち、『出来損ない』の烙印を押された。そこで待っていたのは侮蔑と嘲笑、私は誰からも眼をかけられなくなり、私は一人になった」

 

 勝手な話だと簡単に切り捨てること簡単だ。

 だが軍事は実力が全て。

 戦力にならないものは前線から外されるのは必然である。

 

「今までの輝かしい戦績は闇に葬られた。私はその闇の中で存在意義を失い。ただうずくまるだけの木偶に成り下がった。その時、私は教官、織斑千冬に出会った」

「一夏から聞いた。織斑先生はドイツのIS指導を任されたって」

「教官の決勝戦辞退の話しは」

「全部一夏に聞いた。それが亡国機業(ファントム・タスク)の仕業だということも」

「そうか、話が早いな。教官は落ちぶれていた私を見つけ、私を部隊内最強の地位に戻してやると言った。その力強い言葉と姿に、私は光を見つけた」

 

 それから織斑千冬の指導の元、教えを忠実に実行していく内に力を取り戻し。やがて今のIS専門部隊『黒兎隊(シュヴァルツェア・ハーゼ)』に変わった軍で再びラウラは最強の座に返り咲いた。

 

「私は黒兎隊の隊長となり元の景色より上を見た。だが私は安心出来なかった。私を蔑み疎んでいた部隊員も上官も、国も軍も自分さえもどうでも良かった。あの強者であり、そして凛々しく、いつでも堂々としている織斑教官に焦がれた。私も、この人のようになりたいと」

「隣に居たいと思ったのか」

「どうだろうな、そこまで細かいことは考えてなかった。ただ傍に居たいと思った。私にとって教官は一であり全だった」

 

 世界最強の存在、何者にも負けない絶対的存在。

 ラウラはそんな織斑千冬を盲信した。

 

「そんなある時だ。私は教官に何故そこまで強くなるのかと聞いた。その時だ、いついかなる時も鬼のような厳しさを持った教官が、優しく笑ったのだ」

「………」

「教官は言った。『私には弟が居る、あいつを見ると強さとは何か、そのさきに何があるのか』と。そんな教官を見て、私は眼を背けたくなった。こんなの私が憧れた教官ではないと。その時の私は愚かにも目の前の教官に戸惑い、否定した」

 

 そしてラウラは千冬を変えてしまった要因である一夏を調べ、その仮定で千冬の第二回モンド・グロッソ決勝戦棄権の真相を知った。

 

「私は許せなかった。教官を変える存在である一夏を、教官がモンド・グロッソ二連覇の偉業を邪魔をした一夏を。この手で叩き潰すと誓った」

「だけどそれは」

「ああ、分かっている。そんなもの独りよがりのエゴであると。だが教官を盲信していた私にはその事に気づくことなく、一方的に一夏に恨みを抱いた」

 

 それはあまりにも一方的かつ独善的だも思った。

 だけど俺は口を出さずラウラの話を聞くことに集中した。

 

「私はドイツの代表候補生としてIS学園に赴いた。その中で一夏の姿を見た私は眼を疑った。こんな惚けた顔をした明らかに世間に疎そうな凡愚が教官の弟なのかと」

 

 うわー、酷い言いようだー。

 確かに一夏は顔は似てるけど織斑先生とはほぼ正反対な性格とスタンスだよな。

 

「こんな男に教官の栄誉を汚されたのかと思うと怒りを抑えられなくてな。初対面で行きなり渾身の平手打ちを放った」

「うへぇ」

「一夏にしては何故殴られたか分からなかっただろう。今だから思うが、あの時嫁と絶縁にならなくて良かったと心から思う。もしそうなったらと考えるだけで震えが止まらない。あの時の愚かな私をレールカノンで吹き飛ばしてやりたい」

「黒歴史だなぁ。これが噂に聞く初期ラウラこと冷氷ラウラちゃんか」

「誰から聞いたそんなふざけたあだ名」

「会長」

「あの女っ」

 

 ラウラは思わず拳を握りしめた。

 一夏の話だと、軍属のラウラでも会長に良いようにされてるらしく。ラウラは会長を二重の意味で敵視してるらしい。

 

「オホン、話を戻そう。当時の私はIS学園の生徒、一年一組みんなを見てまたも眼を疑った。こいつらはISが兵器であることを理解していない。意識が甘く、危機感にも疎い、武器を扱ってるという自覚もなく、ISスーツのデザインがどうとかと盛り上がる。ISをファッションか何かと勘違いしている程度の低いものだと認識した」

「軍事基地と空気違いすぎるからなぁ」

 

 IS学園は軍事基地以上にISを保持しているが、軍事基地ではなく。ISを学ぶための専門機関であり、専門学校に近しい物。

 ましてや入学してきた者の中には織斑千冬に会いたいが為に入ったという者すらいる。

 

 軍属出身のラウラにとってその現状には我慢出来ないものを感じていたのだろう。

 

「2年、3年なら分からないけど。1年、それも入学してきて半年もたってないのにそれを求めるのはいささか酷じゃないか?」

「それでも私は我慢ならなかった。織斑教官にも同じことを言った。こんな極東の場所で愚者に教えを授けるならドイツに戻って教鞭を振るった方が遥かに有意義だと」

「織斑先生、怒ったでしょ」

「ああ『15歳にして選ばれた者気取りか?』とな。今思えば戦争と戦闘を知らない者にそんな認識が最初からある筈もない。誠の愚か者とはあの時の私に他ならなかった」

 

 当時は今とは違いとにかく冷徹で表情も乏しく、IS学園では異彩を放っていたラウラ。

 今のラウラと比べるともはや別人じゃないかと思うぐらい、ラウラが話すラウラは本人と別人のように聞こえた。 

 

「私は一夏を叩き潰して力を示そうとした。教官の弟である一夏を排斥すれば、教官が私を見てくれる。あの荘厳で最強の存在である教官に戻ってくれるのだと。たとえどんな手を使ってでも成そうとした。だが当の一夏は戦う理由がないと、勝負に取り合ってくれなかった。だから私は理由を作ることにした」

 

 カフェオレのカップがカチンと受け皿に当たって音を鳴らした。

 俺の眼を真っ直ぐ見るラウラの目には真摯な思いと、迷いがあるように見えた。

 

 息を吸い、吐いたラウラは重苦しい息と共に話し始めた。

 

「その手段として、私は鈴と………セシリアを利用した。彼女らを一夏を釣るための餌として」

「え?」

 

 唐突に出てきたセシリアの名前に俺は思わずラウラを見て身構えた。

 

「私はたまたまアリーナに行くセシリアと鈴を見て、彼女らを利用しようと思った。セシリアが一夏と親しいことは分かっていたし、鈴が一夏に好意を持ってることも見れば分かった。だから二人を焚き付けてIS戦に持ち込み、二人を蹂躙した」

「蹂躙って」

「文字通りの意味だ。二人を痛みつければ一夏が来ると考えた。今ほどの技量を持ってない二人に私はシュヴァルツェア・レーゲンの力を存分に振るった。二人のISのダメージがダメージレベルCになり、あと一歩間違えれば再起不能に追いやる程」

 

 ラウラが話すことは、俺が知りえもしない出来事だった。

 

「その時は一夏が割って入ることで大事には至らかったが、二人は学年別タッグマッチトーナメントに出ることは出来なかった。もし、一夏が来るのが間に合わなかったら、今頃セシリアと鈴はこの学園に居なかったかもしれない」

「っ!?」

 

 ゾクリと嫌な悪寒を感じた。

 それと同時に一夏が福音との戦いで重傷を負ったことを思い出した。

 

「セシリアと鈴を破壊していく私は笑っていた」

「なっ」

「あの時の私は軍人と呼ばれるに相応しくない畜生だった。二人に力を行使することを、自分が強者であるという愉悦し、それに酔いしれた痴れ者に成り下がった。あの時の私は軍人以前に人以下の獣だったのだ」

「………」

 

 ラウラの言ったことに絶句した。

 ラウラの言ったことが本当なら、一歩間違えれば本当に二人は生きてはいけないということになってしまっていたということになる。

 

「これを聞いて疾風が私をどう思うかはお前に任せる。絶交してもいい、私に報復したいなら私はあまんじて受けよう」

 

 ラウラは本気で言っている。

 それほど過去の自分の行いに対して負い目を感じているのだろう。

 

 もし俺がその現場に居合わせたら………

 

「ショックでは、ある。怒ってないと言ったら嘘になるし。話を聞いて、俺はその時のラウラをぶちのめしに行きたいと思ってる」

「そうか………」

 

 セシリアを傷つけたと聞いた時は全身の毛が逆立つような感覚になったし、怒りも沸いた。

 

「だけど。それはもう終わったことだ。鈴が、そしてセシリアかお前を許している………だから俺からは何も言わない」

 

 だが今のラウラと過去のラウラは違う。

 ラウラは自分の過ちを恥じ、悔いている。

 

 部外者の俺が今さら掘り返してラウラを同じ目にあわすことは間違ってると思った。

 

「一つ言えることは………俺がその場に居なくて良かったなって。居たら俺、本当にお前を許さなかったと思う」

 

 鈴が傷つけられたこと。

 そしてセシリアが傷つけられたことを。

 セシリアは掛け替えのない友人であり、同じ理想を夢見て、切磋琢磨するライバルで。俺にとって大事な人だ。

 鈴も大切な仲間だ。

 

 もし二人の命に危機が走れば。一夏みたいに俺はラウラの前に割って入っただろう。

 

「私を許してくれるのか」

「許すも何も、もう終わった事なんだろ。正直言うと、まだ完全に話を整理したとは言えないけど。俺はこれからもラウラとISでバトルしたいし、仲良くしたいと思ってるよ」

 

 これは嘘偽りのないことだ。

 俺は今のラウラを嫌いになりたくない。

 

「ありがとう疾風。正直言って、私は明日の朝日を拝めないであろうという覚悟だった」

「いや覚悟決めすぎ」

「それだけのことをやったからな。自業自得という奴だ。だがそんな私を疾風は許してくれた。お前は尊敬に値する男だ」

「そ、そうか?」

「ああ。お前は一夏の次に良い男だ」

「褒めすぎだよそれ」

 

 な、なんだかデジャブを感じる言葉だな。

 最近みんな俺を褒めること多いから凄いむず痒い。

 人って他人から自分の人間性を褒められるとなんかムズムズするよね。

 

「聞いてくれてありがとう。他人から耳に入る前に私から話したかったんだ」

「昨日に続き重い話聞かされて胸焼けしそうだよ」

「四日連続でケーキを食べれてるから大丈夫だ」

 

 それな。

 

「ところで一つ俺から聞きたいんだけど」

「なんだ?」

「お前いつ一夏に惚れたんだ?」

 

 聞く限りラウラは一夏を憎んでいた。初対面で平手を打つような奴だ。

 一体どういう紆余曲折を経て「一夏は私の嫁だ!」になったのだろうか。

 

「私がVTシステムに呑まれたことは知ってるな?」

「記録映像を見たけど。よくラウラとレーゲンが無事だったって思うよ。お前が強化された人間だったからか?」

「だろうな。常人なら廃人は免れないだろう」

 

 装甲を粘土のように捏ね回して暮桜の形とする。

 あの異形の姿はなんともトラウマものだな。それほど不気味だった。

 

「私はその時教官のような強さではなく、教官になりたいと思った。VTシステムは私の願いに反応し、発動したと思われる」

 

 知らない間に自分のISにVTシステムが組み込まれ、自動発動する。

 まったく勘弁してほしい。ゾッとする。

 

「一夏に救出された時。私は一夏の意識と繋がった」

「意識が繋がる?」

相互意識干渉(クロッシング・アクセス)というものを知ってるか?」

「言葉だけなら。ISか搭乗者同士の波長が合う時に稀に発生する深層領域空間リンクとか」

 

 まだ事例が少ないから科学的証明に至ってはいないが。

 相手と深く繋がると同時に共鳴することから、共鳴現象(レゾナンス・エフェクト)の一種とも言われる。

 

 クロッシング・アクセスには深度があり。ログに残らない会話の先に、お互いの思ってることが分かるテレパシーじみた物ことや。相手の記憶を垣間見えることもあるという。

 

「その時私は問うた。強さとはなんなのかと」

「一夏はなんて?」

「強くなりたいから、強い。だそうだ」

「単純かつ明確だな」

「ああ。一夏はその強さで、自分の全てを使って誰かを守りたいと言った。そして」

「そして?」

「私が不安に思うことを汲み取ったのかは定かではないが、一夏は私を見てこう言った。『だからお前も守ってやるよ、ラウラ・ボーデヴィッヒ』とな」

 

 それを聞いて俺は改めて一夏が凄い奴なのだと再認識した。

 

 誰かを守る。

 それは簡単なようで一番難しいことで、公言することもはばかれること。

 

 だが織斑一夏はそれが言えるのだ。

 

「惚れる訳だ」

「ああ、あの時胸に感じた衝撃は今でも忘れられない。恋愛とは程遠い存在である私が恋だと気付く程にな」

 

 それはなんとも強烈な。

 まあ本人は本当に守るという意思表示をしただけで恋愛対象として言ったわけではないわけだが。

 罪な男だ、織斑一夏よ。

 

「しかし分からないのだ」

「何がよ」

「私は分かりやすくあいつにアピールをしているというのにアイツは冗談だと見てる節があってな。一夏にお前は私の嫁だと公言し、復帰してから口付けを交えたというのに。一夏はまるで気付いてくれん」

 

 それはまぁ。

 そういうことだろうよ。

 

「疾風、何故だと思う」

「俺から言うのは駄目かな。箒や鈴、シャルロットに聞け」

「聞いた。だが何故か誤魔化せられる。疾風、知っていたら教えてくれ」

「そうだなぁ。俺に彼女が出来たら答えてやろうかなー」

「よし、今の言葉は私の脳髄に刻んだ。忘れるなよ疾風」

 

 しまった、俺としたことが迂闊なことを! 

 

「そそ、そういえば。乱入した一夏と対決したって言ってたけど。その時結果はどうなったんだ? 大方中断したんだろうけど」

「ああ、その時は教官が更に割って入ってくれてな」

「打鉄でも使ったのかな」

「いや、生身だ」

「ほあ?」

 

 いまなんと言ったんです? 

 生身? ナマミって名前のISかな? 

 

「生身だ。スーツ姿で」

「マジで生身!? IS着ないで身体一本で!?」

「ああ、ブーストをかけた私のプラズマ手刀をISの近接ブレードで受け止めた。流石教官だと思ったな」

「なにそれぇ! もうそれ人じゃなくてゴリラじゃん!」

「ほぅ、私をゴリラ呼ばわりか」

「ヒュエっ!?」

 

 後ろを振り向く我らがブリュンヒルデ織斑千冬ティーチャーが。

 

「フッ、まさかここで中学時代のあだ名の一つを聞かされるとは思わなかったな」

「申し訳ございませんでしたぁ!」

 

 起立! きょうつけ! 謝罪! 

 腰の角度は90度!! 

 

「ボーデヴィッヒ。さっき織斑がお前を探していたぞ」

「本当ですか! 分かりました! 至急向かいます!」

 

 おいラウラ、こんな状況で俺を置いていくのかお前。

 

「疾風、相談に乗ってくれてありがとう。これからも宜しく頼む」

「お、おう」

「ご指導感謝する! では!」

 

 ペコリと頭を下げたラウラは走らない速度でカフェテリアから立ち去っていった。

 

「では俺も失礼します」

「待てレーデルハイト。少し付き合え」

 

 え、何に? 拷問? 

 

「どうか命だけは」

「馬鹿。そんなことしない。少し雑談に付き合って欲しいだけだ」

 

 拒否権なしとみた。

 

「いいですけど。飲み物買ってきてもいいですか? 喉が乾いて」

「いいぞ。奢ってやる」

「いえ、自分で払います」

「奢ってやる」

「ありがとうございます!!」

 

 やったぁ! あの憧れのブリュンヒルデに奢ってもらえるなんて最高だぁ! 

 ゴキュゴキュゴキュ! うーん! オレンジジュースウマーい!! 

 

「………」

「………」

「あの」

「なんだ」

「生身でISのブレードを振るってシュヴァルツェア・レーゲンを止めたというのは本当ですか」

「事実だ」

「………今インパルス出すんで持って振り回してくれますか?」

「やめろ。そんなことでISを出すな」

「はい」

 

 どう見ても筋骨粒々に見えないし水着姿でも普通だったし。筋繊維密度8倍とかにでもなってるのかこの人は。

 俺も生身でインパルス持とうとしたことあるけど絶対振り回せない。 

 

 もしかしたらラウラと同じ遺伝子強化素体だったりするのか? 

 そこんとこどうなんでしょうかなんて口が裂けても言えないけども

 

「ここ最近思うのだ」

「な、なんです」

「なんというか、私は生徒に好かれてないのだろうか」

「いや、それはないでしょう。出る度にキャーキャー言われてるんですから。みんな織斑先生と話すと緊張するんですよ」

 

 一夏ラバーズは別の緊張だろうけど。

 

「どうすれば生徒に親しみを持たれるようになれるのか。生徒の一部は私を崇拝対象のように見てくるものもいる」

「それはもう。全女性の憧れですし」

「私に会うためにIS学園に入学した生徒も居る。来年はお前たちが居るから更に増えるぞ」

「困ったら何か手伝いますよ。微力ながら」

「助かる」

 

 倍率一万倍が更に跳ね上がるのか。

 楓、入学出来るかな。

 

「覇気を少し潜めれば良いと思います。なんていうか、平常時でも気を張ってたら疲れません?」

「平常運転なのだがな………」

「いやまぁ、警備責任者ですものね」

「最近セキュリティを強化することに価値を見いだせないでいる………」

「頑張りましょう。俺も頑張ります」

 

 迫るキャノンボール・ファストのことも考えて精神的に疲弊してるんだろうなぁ。

 後で一夏に言伝てしておこう。織斑先生ブレードぶん回し案件のことも含めて。

 

「人に話すと楽になるとは本当だな」

「相手生徒ですけどね」

「お前を生徒というカテゴリーに入れていいか最近迷ってる自分がいる」

「泣いていいですか先生」

 

 俺そんな問題児的なカテゴリーですか。

 確かに最近派手にぶちかましたましたけど。

 

「褒めてるんだ。楯無と同じ感じだな」

「俺あそこまで強くないんですけど」

「力の強さとは違う。お前には他人を引っ張っていく力がある。織斑や他の専用機持ちの意識が変わっているのを気が付いてない訳でもあるまい」

 

 まあ確かに。

 

 一夏は自分のあり方を見詰めなおし、より堅実に行おうとしている。

 箒たちは一夏だけを見るだけでなく、今より強くなろうと各々走り出している。

 IS学園の女尊男卑の風潮もぬぐえた。

 

 セシリアは………………。

 

「最近お前、いろんな奴に恋とは何かを聞いてるようだな? 色を覚え始めたか?」

「え、いやそんな」

「隠さなくてもいい。私は口の固さには自信がある。生徒の悩みを聞いてやるのも教師の勤めだからな」

 

 織斑先生が目で「ほら、言ってみろ」と告げてる。

 面白がってるように見えるのは気のせいかな?

 

「分かりません。俺にとって女性は女尊男卑思考かそうでないかで分かれてましたから。俺、恋を経験してことがないんです」

「だから小娘どもに聞いて回ってるのか」

「はい」

 

 言い寄ってくる女は俺の足元ばかりを見て、俺を見てくれる奴はいない。

 俺を敵視するものは俺が単に男だからという理由で目の敵にし。

 挙げ句の果ては女尊男卑思考のファッキンシットは俺を殺そうと血気盛んだ。

 

 俺は女性のそういうあり方に失望しているのかもしれない。

 

 だから菖蒲から本気の告白を受け取った時は戸惑ってどうすればいいか分からなかった。

 一度断るていを経てもなお俺を想う菖蒲にどうすればいいかわからなかった時があった。

 

「お前の言ってることはわかった。といっても私は恋などしたことがないからあまり助けになれん。偉そうに言ってこの様で悪いな」

「いえ」

 

 聞いてくれただけでも良かった。

 こうやって心中を吐露したかったのかもしれないし。

 

「色恋はわからん。だが一つ言えることがある」

「?」

「もしお前が恋をしたとしよう。それが篠ノ之たちに聞いた恋愛観と違っていたら、お前はそれを恋ではないと切り捨てるのか?」

「っ!!」

 

 言葉にぶった斬られた錯覚。

 今まで持っていた考えを全て木っ端微塵にされたような衝撃と共に思い出したのは鈴の言葉だった。

 

『恋は理屈じゃないのよ』

 

 俺は残ったオレンジジュースを飲み干した。

 

「ありがとうございました。失礼します」

「ん。ISの自主練か?」

「いえ………それより大切な事です」

 

 俺は織斑先生が見えないところまで行ってから走り出した。

 

 廊下をならす靴音を聴きながら織斑先生はコーヒーを口に入れた。

 

「………甘い」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 今日のIS練習を終えたセシリアが部屋に戻った。

 もう夕方を越えて空が紫になってきた。

 

 長らく一人で黙々とビットの偏光制御射撃(フレキシブル)を試したセシリアだったが、結果としてはBT適性値が数%上昇したぐらいで。曲がることはなかった。

 

 風の噂で疾風が他の専用機持ちに個人指導をしているということを聞いた。

 評判は良いみたいで、各々がステップアップしているらしかった。

 

 自分も疾風にアドバイスを貰えたらフレキシブルを使えるようになるのか、と考えたが。これは自分自身の問題だと割り切った。

 サイレント・ゼフィルスを取り戻すことはイギリス代表候補生であり、ティアーズ・コーポレーションのテストパイロットである自分の使命だと。

 

 そう自分に言い聞かせながら黙々とトリガーを引いたのだった。

 

「………あら?」

 

 玄関に入った途端。いつもと違う匂いがした。

 玄関先に置いた芳香剤の匂いとは違う、甘くて香ばしい匂い。

 

「あ、おかえり」 

「ただいま戻りましたわ」

「丁度良かった、もう冷めたところだ」

「え?」

「手洗ったらリビングに来てくれ」

 

 疾風の言う通り手洗いを済ませたセシリアはリビングに入ると、玄関先でも感じた匂いが更に感じ取られた。

 

 これは、焼き菓子の香り。

 

「じゃん。どう?」

 

 テーブルの上に置いてあるのはケーキだった。

 茶色のケーキの上に白いアイシングとレモンの皮が乗っかったそのケーキは、セシリアの大好きなイギリススイーツの一つだった。

 

「これって。レモンドリズルケーキ?」

「そう。疲れた時は甘いのと酸っぱいのって考えたらこれが思い付いてさ。カスターシュガーとクロテッドクリームなかったから少し風味違うかもしれないけど」

「あなたが作ったのですか?」

「うん。初めて作ったから少し不恰好だけどね」

 

 それでも元料理テロリストだったセシリアにとって疾風が凄い人に見えた。

 

「もう食べれるぐらい冷めたけど。食べる?」

「いただきますわ」

 

 疾風がレモンドリズルケーキをカットし、皿に乗せ、アールグレイを入れて準備完了。

 

「ではいただきます」

「いただきます」

 

 白い化粧がかかったケーキを口にいれると。生地に染み込んだレモンシロップの酸味とアイシングの甘味が口の中に広がった。

 アールグレイを挟むと爽やかな味わいが気分をスッキリさせ、身体に溜まった疲労感がなくなっていく気がした。

 

「美味しい?」

「ええ、美味しいです」

「そっか、良かった」

 

 柔らかく笑う疾風に思わずドキッとしたセシリアは黙々とレモンドリズルケーキを食べた。

 その顔が以前夢に見た時の疾風の顔にそっくりだったから。

 

「セシリアに何が出来るかってずっと考えてた。ISしか取り柄のない俺がIS以外で何かしてやれるかって。だからケーキ作った。甘いもの食べたら少しはリラックス出来るかなって」

「そう、ですか」

「でも。ケーキなんて何回も食えないだろ? (カロリー的な意味で)」

「まあ、そうですわね」

 

 こんな美味しいものを毎日食べ続けたら絶対に肥える。

 

「だからIS以外で出来るだけサポートする。一夏にマッサージのやり方教わったし、ご飯の健康管理とか、有用な資料があったら直ぐに提供する」

「疾風…」

「だけど、もしセシリアが良いのなら。フレキシブルの特訓に付き合いたいって思ってる。俺、見てみたい。セシリアがレーザーを曲げるとこ、俺見たいな」

 

 それはきっと。限りなく美しく、カッコいいと思ったから。

 

「ありがとう疾風。でも」

「うん」

「もう少しだけ一人でやらせてください。それでも息詰まったら………私を助けてくれますか?」

「勿論。何時でも言ってね。俺はセシリアの力になりたい」

「ええ」

「………食べよっか! いやー、慣れない菓子作りって頭使うから糖分を欲しちゃう」

「何を言いますか。聞きましたわよ、あなた三日連続でケーキ食べてるって」

(今日で四日目です、すいません)

「フフッ」

 

 察したのか察してないのか定かではないが。セシリアは疾風が作ったレモンドリズルケーキを頬張った。

 

 その姿を黙って見つめる疾風の眼差しは、何処までも優しかった。

 

 

 

 



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第76話【キャノンボール・ファスト開催】

 このタイトルを出すのに。俺は何年も待った。
 まあ書くのは俺だからさじ加減なのですが。

 ようやくキャノンボール・ファストまでたどり着きました。


「空は快晴、雲一つなく。紅蓮の太陽は俺たちを輝かせる。セシリア。俺たちは今、蒼穹(そら)に祝福されている」

「感極まってるのは分かりますが。今のあなた俗に言う厨二病ですわよ?」

「俺は会場(ここ)にいますか?」

「あなたはここにいます」

 

 ふぅ(感無量)。

 

 キャノンボール・ファスト当日。

 

 会場は満員御礼。空には煙花火が上がり、会場のボルテージは際限なく盛り上がっていた。

 

 プログラムとしては。

 二年生のレースが一番目。

 一年生訓練機部門が二番目。

 そして一年生専用機部門が三番目でトリが三年生のレースで締め括られる。

 

 この巨大レース会場は元々アイドル企業が大枚はたいて建造したスタジアムをIS運営委員会がこれまた大枚はたいて買い上げたらしい。

 なんでも会場が満員に成る程集まらなくて、そのまま死蔵されてたって話。

 

 そんなスタジアムだが、みんなISを生で見れるとこぞって来場して満員に。テレビ中継もされるらしく、一年でもっともISが認知される大会の一つと言って良いだろう。

 

「世界中の企業やスポンサーも来てるんだよな」

「ええ。叔母様も来てるみたいですわ」

「会わないようにしよう」

「そうした方が宜しいかと」

 

 気のせいか分かんないけど。殺気を感じたんだよなさっき。

 気のせいだよね、うん。

 

「アリアさんも来てるのですよね?」

「うん。しかも解説役でね」

 

 高速機動部門二冠のヴァルキリーが解説するとなって視聴率も上がってるらしい。

 そういや例の新型IS持ってきてるんだろうか? 

 後で見せてくれないかなぁ。凄く見たい。

 

「楓どこかなぁ。番号聞いてなかったからわかんねぇや」

 

 さっき会場に着いたって連絡が来たからなぁ。一人で大丈夫だろうか。

 

「彼女、きっと周りに負けないぐらい大きい声で応援してくれるでしょうから気付きますわよ。さ、二年生のレースが始まりますわよ。行きましょう」

「おう!」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「F、F46………あれここR? 道間違えたかな?」

 

 疾風の妹である楓はマップと座席番号を見て小首を傾げた。

 

 今日は待ちに待った兄の晴れ舞台。

 前回学園祭では無念の外部入場お断りとなって学校を休むほどダメージを受けた楓だが今回は来れたのでウッキウキだ。

 

 新しく買った勝負服に決戦用のメイクを施し、母譲りのルックスが相まって中学生でありながらすれ違う男はチラ見しまくるという美少女っプリをかましていた。

 

 だが彼女の目に映るのは愛しき次男のみ。

 

 長男と長女は美男美女なのに次男は普通だなと言うことを耳にしたがそんなの気にしないし、そんな腐りきった目しか持たない他人など歯牙にかけない。

 

 疾風にとってISが一にして全であるように楓にとって兄こそが一であり全。

 この姿も兄に可愛い、綺麗だと言われたいが為に着飾った物。

 織斑一夏の誕生日会にも招待された。噂によると彼と兄の周りにいる専用機持ちは美少女ばかりだとか。

 

(フフフッ。でも関係ないし負けるつもりもないもんね。今の私は過去一可愛い! 私の魅力で今度こそ疾風兄を落としてゆくゆくは禁断の関係に行くのよ!!)

 

 存在するかしないか分からないヴァルハラを求めて今日も兄に恋する妹は席を探しながらもスタジアム内の兄を探しているのだ。

 

「いたっ! 疾風兄! ………あれ?」

 

 愛しき兄の横に誰かが居る。

 すかさず疾風観察用双眼鏡を用いて兄の側に居る不届きものを見る。

 

「せ、セシリア・オルコットぉ!」

 

 二人はそれはもう楽しそうに談笑(楓にはそう見える)してる姿に楓はワナワナと身体を震わせる。

 

 セシリア・オルコット。自分たちがイギリスに居た頃に交流のあったオルコット家の才女。

 楓が唯一ルックスで勝てないと思っている楓の最大の(自称)ライバル。

 楓もスタイルが悪いわけではなく胸もそれなりにあるが、外国人の反則的なスタイルには太刀打ち出来ない。

 

「ヴぁぁぁ。なんでそんな女に笑顔を向けてるの疾風兄ぃぃ。その笑顔は私にだけ向けてぇー、でも誰とでも分け隔てなく接するのは疾風兄の美徳だしぃ、あーーでも悔しいのぉぉぉ………」

 

 モデルとしても活躍してるのだからそれは当然なのだが、楓が敵視してるのは兄がセシリアを何処か特別視しているということ。

 

 ISに関わらずセシリアが載っている冊子は余さず買っている。

 彼女が何か成果を残すとまるで自分のことのように喜ぶし、テレビでイギリスのことが報道されるとピクッと反応する。

 

 兄がIS以外でここまで反応することは普通ではない。もしかしたら兄はセシリア・オルコットを好いているのではないかと楓は気が気じゃない。

 

 因みに楓は疾風とセシリアが同居してることは知らない。

 知ってしまったら、それはもう大変である。

 

「うびゃあぁ。なんか疾風兄の眼がいつもと違うのは気のせい? 気のせいだよね? なんか慈しみが込められてるのは気のせい? ああ、でもそんな疾風兄が最高に素敵なのぉ………」

 

 こうしてはおられない。楓はもっと近くで見なければと階段を駆け降りた。

 

「キャッ!」

「フャッ!」

 

 だが疾風にしか眼になかったせいで案の定ぶつかってしまった。

 

「ご、ごめんなさい!」

「いえこちらこそぉ!」

 

 おもいっきり尻餅をついた楓はぶつかった相手を見た。

 

(オォ。綺麗な赤茶色の髪、染めてないなこれは。私お母さんの金髪じゃなくてお父さんの黒髪受け継いだからちょっと羨ましい)

(うわぁ。私と同い年ぐらいなのに凄いお洒落! 私もそれとなしにお洒落したけど。ま、負けてる? 大丈夫だよね?)

 

 条件反射で相手のルックス観察をしてしまった両名は地面に落ちた番号シートを拾った。

 

「あれ、Fの45?」

 

 自分の番号は46だったようだが気のせいか? とはてなマークを浮かべた。

 

「あ、すいません。それ私のです、ってあれ? F46?」

「もしかして隣? うわっ、凄い偶然!」

 

 まるでドラマのようだと楓のテンションが上がった。これで相手が疾風兄ならめくるめくドラマチックラバースが………

 

「あ、疾風兄!! ………あれぇ?」

 

 楓は急ぎアリーナに眼を向けるが疾風の姿は何処にもない。

 双眼鏡がなくても疾風の姿なら的確に見つけ出せる楓アイに疾風の姿は写らなかった。

 

「うぅ、ピットか控え室に行ったのかな。おお、神よ」

「だ、大丈夫ですか?」

「へ? う、うん大丈夫! はい返すね!」

「は、はい。私も」

 

 それはそれこれはこれと感情の高速切替(ラピッド・スイッチ)を発動した楓は直ぐに気分を持ち直した。

 良い女(自称)は必要以上に引きずらないのだ。

 

「あ、あの。この座席って何処か分かりますか? 私、実は迷っちゃって」

「そうなの? じゃあ一緒に行こうか」

「え、良いんですか?」

「もっちろん! これもなんかの縁だしね!」

 

 自分も道を間違えたがそんなの関係なし。

 

 疾風の探索は一時中断。時間が過ぎれば兄の晴れ姿を見れる。楽しみは後に取っておこう。

 

「じゃあ行こうか。いざF45、6座席へ! ふぎゃっ!」

 

 クルリと回れ右して歩き出すとまたもぶつかってしまった。

 楓・レーデルハイト、不覚。

 

「あら? 大丈夫?」

 

 目の前に居たのは美しい金髪をなびかせる大人の女性だった。

 

 歳は二十代後半か三十代前半。如何にも出来る女という空気を纏う豪華な赤いスーツにサングラスをかけ。

 放漫なバストと括れた腰に形のよいヒップというボンキュッボンを形にした艶姿に二人はゴクリと喉を鳴らした。

 

(うわっ、綺麗な人………)

(こ、この人、お母さんと同じぐらい美人!)

((負けたっ!!))

 

 女としてのレベルの違いに圧倒された二人は開いた口が塞がらない。

 

「大丈夫?」

「の、No problem!」

「うふふ、英語お上手なのね。それじゃ気をつけてね。今日は人が多いから」

「は、はい」

 

 金髪の女性は小さく手を振ると二人の横を通りすぎた。

 すれ違う時、耳に付けたゴールドとルビーのイヤリングが日の光に反射して光った。

 

「やっぱりISのイベントだから色んな人が居るんだね」

「そうだね。お母さんも呼ばれたし」

「お母さん有名な人なの?」

「うん、お母さん元イギリス代表なの」

「え、それってアリア・レーデルハイト? え、もしかしてあなた疾風・レーデルハイトの」

「そう! 疾風・レーデルハイトの最愛の妹! 楓・レーデルハイトとは私のことよ!」

 

 得意気に胸を張る楓。

 中学生にしては少し大きめな楓のバストに蘭は自分の胸を一瞬確認した。

 

「そ、そんな凄い人だったんだ」

「ううん、私は大したことないの。凄いのはお母さんと疾風兄で私はたまたまその家族ってだけのただの女の子だから」

「え、さっき凄い得意気だったのに行きなり謙虚になったね?」

「ごめん、疾風兄の妹であることを伝えたい欲求が抑えられなくてね」

 

 この妹、遠慮はしない。

 

「私は五反田蘭、定食屋の娘っていうごく普通の子よ」

「定食屋ってもしかして五反田食堂?」

「うん、そうだよ」

「私行ったことある! あそこって安いのに凄い美味しいんだよね! 看板メニューの業火野菜炒めも勿論美味しいんだけど、私はあの生姜焼き定食が好きかな。なんかTHE定食って感じがするしとにかく値段がリーズナブル!」

「あ、ありがとう」

 

 蘭は楓の圧倒的コミュ力に呆然とした。

 蘭も活発な性格だが、自分に自信があるということが分かるぐらい存在感のある楓は輝いて見えた。

 

「あ、ごめん。私、結構うるさいって言われるんだよね。ウザかった?」

「ううん、大丈夫だよ」

「よかった。じゃあそろそろ席行こうか。人多くなったし」

「うん!」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「おおっ! 今のクイックターンえぐっ! あっ! フォルテ先輩が氷で塞いで……おおっグレポンで吹っ飛ばした!」

「疾風、少し抑えて」

「あ、ごめんね」

 

 現在二年生のレースが行われている。

 先頭はフォルテ先輩のコールド・ブラッド。首位にたってから後方に第三世代能力で作り上げた氷塊を出しまくって後続の妨害をしまくっている。

 が、二位から下も抜きつ抜かれつのデッドヒート。

 

 特に二位のサラ・ウェルキンのラファールがフォルテ先輩の足元に食らいついている。

 

「イギリスの代表候補生なんだよね、サラ先輩って」

「ええ。専用機は持っていませんが、優秀な方です」

「俺あの人とバトルしたことあるけど。射撃のルートが鋭すぎるんだよな」

 

 ラファール・リヴァイヴのハードポイントをフルに使った重射撃型スタイルの彼女。

 回避しようにも回避先を軒並み銃弾が通るからノーダメージは至難の技。

 

 セシリアが本国に居たころに射撃技能の習得時、彼女にお世話になったというのだから納得だ。

 

 そして彼女を語るのに欠かせないのが、彼女の容姿。

 彼女の髪色が赤毛だということ。

 

 イギリスでは赤毛は不吉な象徴と言われており、赤毛差別という社会問題となっている。

 イギリスで赤毛の人がいじめられた事がないという人がいないと言われるほどだが差別の度合いは『からかう』や『悪口』が殆ど。

 過剰な差別は犯罪に値するのでそこらへんは自重しているのか、だが当人からしたらたまったものではないだろう。

 

 だが昨今のイギリスではその風潮は逆転の傾向にある。

 

 その要因は、彼女の姉が関係している。

 

「サラ先輩って確かジュリア・ウェルキンの妹さんだよな?」

「ええ。国家直属IS部隊。インスパイア・ナイツの若き団長の妹がサラ先輩ですわ」

 

【インスパイア・ナイツ】

 

 団長のジュリア・ウェルキン代表候補生が発足した新生IS部隊の名称。

 

 ジュリア・ウェルキンは自身の燃えるような赤毛を誇りにしており、世間の赤毛が不吉という風潮を覆すべく、現代の力の象徴であるISを駆ってその力を示し。女王の目に止まった彼女が作り上げたのが始まりだと。

 

 その後彼女はイギリスの軍事で八面六臂の活躍をし、世間に認められた事実上イギリスNo.2。現国家代表と凌ぎを削ったという。

 実は母さんからISの直接指導をされたらしく。その剣撃の凄まじさは盾をも砕くと言われている。

 

 そんな彼女の活躍はイギリスで広く知れ渡っており、今も赤毛の風評被害と戦っているという。

 サラ先輩も、行く行くは姉のIS部隊に入ることを目標としているとか。

 

「あっ! ゴールしましたわ!」

「僅差だったな! 結果は………あぁっ! タッチの差でフォルテ先輩か!」

 

 一番最後に放った絶好のタイミングでの大氷塊が上手く刺さった。

 しかし手に汗握る良い勝負だった。

 風に揺れた彼女の赤毛は観客席からでも輝いて見えた。

 

「次は菖蒲たちだな………うーん」

「どうかしまして?」

「更識さん、やっぱいないなって」

「生徒会長は警備担当ですからね」

「いやそっちじゃなくて妹の方」

「更識簪さん、ですか。彼女、こっちにも来てないみたいですわ」

「マジ? ………あぁ、そういうことか」

 

 今回観戦の生徒は自由参加。

 恐らく候補にも名乗ろうとしなかったんだろうな。

 今の彼女にとって打鉄弐式の完成が何よりも最優先事項ということ。

 

 キャノンボール・ファストなど彼女にとってどうでも良いのか。

 果たして完成したその後、彼女は何を指針に生きていくんだろう。完成して彼女は何がしたいのだろう。

 

「疾風?」

「んあ、なに?」

「菖蒲さんたち、もう始まりますわよ」

「おう。よし、しっかり応援しないとな」

 

 打鉄・稲美都がなくなってからISに乗れる回数が格段に減った彼女。

 だが専用機持ちと一緒に練習した時間は決して無駄ではない。

 

 レースがスタートした。

 

 一年生の打鉄・鉄風パッケージとラファールの高機動パッケージが一斉にスタートラインを切った。

 二年生と違いコースが大幅に簡略化されているが。一年生はまだ高機動実習に慣れてないのも相まって各々の差が大きく開いた。

 

 対して菖蒲は。

 

「8人中6位ですか」

「最初だからな。ほらもう動いた」

 

 菖蒲がコールしたのは日本製のアンチマテリアルライフル。

 打ち出された徹甲弾が5位の背中に当たり、態勢を大きく崩された訓練機はバランスを戻せず地面をゴロゴロと転がった。

 

 キャノンボール・ファストは妨害ありの特殊レース。

 高速化での被弾はたった一発でも大きく挙動がぶれる。

 高機動慣れしていない生徒が背後からAMライフルクラスの重いものを食らえば結果は見ての通りだ。

 

 その後も菖蒲は次々と目の前の対戦相手を射撃で地に落としていった。

 

「………疾風、菖蒲さんに何か吹き込みました?」

「特に何も? 強いて言うなら焦らずじっくりどっしり構えて行けって言ったよ」

 

 慣れないことはしない。

 菖蒲はセシリアには負けるが中々の射撃センスの持ち主。

 連射より単射タイプの銃器が性に合ってる彼女は文字通り飛ぶ鳥を落とす勢いでトップにたった。

 

 背後からくる射撃も打鉄のシールドで防御し。そのあと特にトラブルもなく1位でゴールした。

 

「いやー、菖蒲もエグいなぁ。自分より前に出てる人に『私の前に立つな!』とばかりに全部撃ち落としやがった。これで13スナイパー的な物も加われば正に敵無しか?」

「彼女、段々あなたに似てきましたわね」

 

 ん? いま何か言いました?(すっとぼけ)

 

 すると俺たちに気付いたのか菖蒲がこっちに手を振ってきたので振り返した。と思ったら観戦していた生徒にもみくちゃにされた。

 

「よし、次は俺たちだな。準備しに行こうぜ」

「ええ。ではまた後で」

「おう」

 

 専用機持ちは各々でピットが分け与えられいる。

 というのも独自のオートクチュールの関係上専門スタッフが最終チェックすることもあるからだ。

 

 そういえば。

 

「シャルロット、大丈夫だろうか」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「………………」

 

 シャルロットはガチガチに固まっていた。

 

 目の前で淡々と稼働データを閲覧するデュノア社の技術主任にして義理の母親であるロゼンダ・デュノア。

 

 煌びやかな金髪と、それを更に際立たせるメイクとアクセサリーと、漆黒のスーツ。

 着飾っていても威厳を損なうことのない彼女の冷ややかな視線に晒された時、IS学園に来る前のトラウマが刺激されてシャルロットは立ち尽くしてしまった。

 

「シャルロット・デュノア。ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ、及び新型パッケージのデータを拝見しました」

「はい」

「どれも基準値内に収まっており、変わり映えのしない結果ですが。それもデュノア社のラファールが堅実であるという証拠でしょう」

「はい」

 

 口から出てきたのは機械的な応対。

 何かを言おうと思った。だが直前になって頭のなかが真っ白になって何を言えば言いか頭のなかで停滞して………

 

「最近、戦績が低下傾向にあるようね」

「はい」

「あなたはデュノアの看板を背負う者。生半可な気持ちで挑んでもらっては困るわ」

「………はい」

「話は以上です」

 

 飽くまでも、飽くまでも機械的に言い残してロゼンダは背を向けた。

 初対面時の苛烈な様をまったく感じさせない仕事を淡々とこなすだけの人。

 だがその目はチロチロと炎が宿っているようにシャルロットは見てとれた。

 

「あっ」

 

 シャルロットは心細くなって咄嗟に右手で左手首を触った。

 そこには臨海学校前に一夏からプレゼントされた銀色のブレスレットだった。

 

 あの日一夏に救いだされ。自分に価値を見いだしてくれた彼との大事な繋がり、掛け替えのない記憶。

 

(ここで逃げ出したら。一夏に合わせる顔がない)

 

 キッと、目に鋭い光を宿し。

 軽く息を取り替えて声を出した。

 

「あ、あの!」

「………なに?」

「一つ聞かせてください。なんで、僕をIS学園に寄越したのですか?」

 

 言えた。

 先ずは第一関門を突破できた自分を鼓舞しながらシャルロットは言葉を連ねた。

 

「一夏と白式のデータを取るために男装させた。僕はそこに意味があるとはどうしても思えない。何故他の第三世代ISを調査させなかったんですか?」

「何を訳のわからないことを」

「余りにもメリットよりデメリットが大きい。白式のデータがどうデュノア社に繁栄をもたらすのですか? 本当に父は僕にISのデータを盗むためにIS学園に向かわせたのですか!?」

 

 疾風の受け売りだが、変に言葉を変えるより効果はあると思った。

 それだけあの時の疾風の説明は的を得ていたからだ。

 

「男装がバレた時、何故IS学園は僕を排斥しなかったのですか。僕の男装はIS学園に入る前からバレていたのではないのですか?」

「………」

「答えてください。父に一番近いあなたなら何か知って」

「調子にのらないで愛人の娘が」

「っ!」

「さっきからベラベラ良く喋る口ね。自分の立場を理解してないと見えるわ」

 

 冷ややかに放つロゼンダの声色にシャルロットは後ずさりそうになった。

 だが胸の中で揺れたラファールのペンダントがシャルロットを踏みとどまらせた。

 

「本来なら没収される筈の専用機を与え続けているのはあなたが偶々手に入れている特異技能とIS適性があるからよ。あなたはこれからも黙ってデュノア社に奉仕すればいい」

「僕を傀儡にする気ですか」

「傀儡よ。あなたは最初からデュノアの傀儡なのよ。あなたはあの人に愛されてなどいない、ただの傀儡よ!」

「ならどうして父は僕を引き取ったのですか!」

 

 初めてシャルロットが声を荒げた。

 そのアメジストの瞳にはもはや迷いはなく。確かな勇気を刻んでいる。

 その瞳にロゼンダは顔を引きつらせた。

 

「母さんが死んで直ぐにデュノアの家から使いが来た。デュノア家にとって僕は間違いなく一家の汚点! なのに何故わざわざ自分の側に引き寄せたんですか! アニエス叔母さんのところに引き取らせれば良かったじゃないですか!」

「それはあなたの知るべきことではないわ!」

「いいえ! 僕には知る権利がある! 知っているなら教えてください! あなたが教えてくれないなら、直接父に」

「いい加減にしなさい!!」

 

 バシンっ! 

 

 ロゼンダが腕を振った。

 今すぐその口を黙らせようと振るわれた平手。

 

「なっ」

「もう、黙ってくらうつもりはありませんよ」

 

 だがシャルロットは左手で受け止めた。

 以前のシャルロットなら何の抵抗もなく受けた平手。その腕を掴み、シャルロット・デュノアは真っ直ぐとロゼンダの目を見た。

 

 ロゼンダは喉を詰まらせた。目の前にいる少女は本当にあの時会合したシャルロット・ドルージュなのかと。

 

 それでもロゼンダは歯を噛みしめ、彼女をけなす言葉を投げ掛けた。

 

「あ、あなたは。所詮あの人の一時の感情で生まれた子。あの人はあなたを道具としか思っていない。あなたがどう思おうと、アルベールはあなたを愛することはない」

「そうでしょうね。僕もつい最近はそう思っていましたし。あの人に愛されてるなんて観測的希望を望むつもりも期待もしてませんよ」

 

 今さら愛情を欲しがるつもりはない。

 だけど何も知らないまま何も行動を起こさないでその場で立ち止まれば、シャルロットはきっと後悔する。

 

「一つ、思い出した事があるんです。死ぬ間際に母が、ジャンヌ・ドルージュが僕に言ったことを」

 

 ジャンヌ・ドルージュ。

 彼女もよく知っている、目の前の少女の母親の名前にロゼンダの肩がピクッと震えた。

 

「な、なにを」

「『あの人を、あなたの父親を恨まないで』と」

「!!」

 

 シャルロットはずっと母と二人暮らしだった。

 シャルロットの母、ジャンヌは一度も別れた父親を悪く言うことはなかった。

 何度か自分の父親がどういう人なのかと聞いた時、母は決まって「不器用な人よ」と笑ったのだ。

 

「僕は、何故母さんがそんなことを言ったのかわからない」

「………」

「だから知りたい。何故母さんは父さんに恨み言を残さずに死んだのか。何故僕がIS学園に行かされたのか。僕は、なにも知らないまま生きていたくない」

 

 ロゼンダは後ずさり、シャルロットから目線を反らした。

 その目には先程の苛烈さはなかった。

 

「僕はもう逃げません。あなたからも、デュノアからも。そして、父親からも。今の僕は、シャルロット・デュノアだから」

「………」

「失礼します」

 

 言いきったシャルロットはロゼンダの横を通ってアリーナに向かった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 一人部屋に残されたロゼンダはただただ立ち尽くすだけだった。

 

 ただの小娘だと思っていたシャルロットがあんなに強く出るとは夢にも思わなかったから。

 そして、また彼女の、ジャンヌの名前を聞くとは思いもしなかった。

 

 ジャンヌ・ドルージュは素朴な女だった。

 ただの村娘で、自分たち貴族界とは間違っても縁のない女。

 そして唯一、ロゼンダが勝てないと思い知らされた女。

 

『結婚おめでとうロゼンダ。あの人を、お願いね』

「っ!」

 

 不意に涌き出た彼女の笑顔がフラッシュバックとしてロゼンダに襲いかかり、ロゼンダはしゃがみこんだ。

 嗚咽と吐き気が込み上げるのを必死に飲み込み、涙がこぼれた。

 

「く、ふぅ………」

 

 すすり声をあげる彼女の声を聞く者はいない。

 肩を抱き、震えるその姿は。大事な物を取り上げられた少女のようだった。

 

「これ以上、私からあの人を奪わないで………ジャンヌ………」

 

 奪ったのは自分自身だということ。それは自分が一番理解している。

 それでも手に入ることはなかった。

 彼女が死んでも彼の心は変わらず。

 故に嫉妬し、彼女を蔑み。なにも知らない義理の娘に当たることしか出来ない情けない自分が一番嫌いだった。

 

 矛盾をはらんでも、相反する感情を抱えながら、ロゼンダ・デュノアは求め続ける。

 

 シャルロットの姿と重なった、今は亡き彼女の母親を脳裏に映しながら。

 

 

 




 ようやくロゼンダ女史登場。
 2巻で存在をほのめかされ、11巻で初登場して「誰だお前!?」となったのは今でも覚えてます。

 なんというか。なんとなくこじれた女にしたかったという作者心。


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第77話【デッドヒート・オブ・ユース】

「どうよ一夏! 甲龍のキャノンボール・ファスト用オートクチュール【(フェン)】の勇姿!!」

「おー! なんかスゲー、尖ってるな!」

「そうでしょうそうでしょう!」

 

 元の特徴的な龍砲を取り外し、増設スラスターを四基積んだその姿は如何にも早そうと言うイメージを見せつけられる。

 妨害目的で横を向いている一回り小さくなった拡散衝撃砲、全方位撃てるのに態々横に向いてるのは実はブラフではなく横に撃つ衝撃砲は前後方向より砲身形成時間が短縮されるらしい。

 追加胸部装甲は大きく前面に突き出たコーン型。もしこれで体当たりされたら痛そうである。

 

「ふふん、この胸部装甲は見かけ倒しじゃないのよ。甲龍の空間圧能力をこの胸部装甲から出すことで空気抵抗を格段に減らすことも出来ちゃうわけよ!」

「おおっ、マジでキャノンボール・ファスト専用なんだ。でもそれ対戦相手である俺に喋って良かったのか?」

「いいのよ! 私が一夏に言いたかったから!」

 

 それだけ今日のあたしは一味違うのよ、と鈴は言いたいのだ。

 

(セシリアと疾風は高機動パッケージだけど。私はキャノンボール・ファスト仕様の特注品! これを使って観客席は勿論のこと一夏の視線も釘付けにしちゃうんだから!)

 

 大会のあとは個人的メインイベントである一夏の誕生日も迫っている。

 ここで一位になって一夏へのアピールに使わせてもらう。

 

「おーい一夏、鈴」

「お、疾風!」

(来たわね疾風! 前にも見せたけど。もう一度私の見姿を拝ませてあげようじゃない)

 

 鈴は精一杯カッコつけて疾風の方に振り向いた。

 特別製のオートクチュールを最大の角度で見せつけることはモデル経験のある鈴には造作もないことだった。

 

「………にゅ?」

 

 鈴は開いた口をキュッと閉めた。

 目の前に現れた疾風とスカイブルー・イーグルは自分の想像していた物とまったく違う代物だったからだ。

 

「おぉっ!? 疾風も新型パッケージなのか!」

「そうなんだよ。どうよっ、俺のスカイブルー・イーグルの決戦コーディネート、その名もアクセル・フォーミュラ! 最高にいかすだろ!」

 

 ハイテンションにISを見せる疾風の姿は甲龍とはまた別ベクトルのシャープ差を誇っていた。

 

 今回のスカイブルー・イーグルのオートクチュールは強襲離脱型のソニック・チェイサーではなく、キャノンボール・ファスト専用パッケージ【アクセル・フォーミュラ】を装備している。

 

 ソニック・チェイサー時の特徴的な尾羽型スラスターはそのままに、肩には旋回よりにチューンされたサブスラスターと回転式プラズマ機銃。

 背中にウェポンベイユニットを装備し。機体速量を損なわないギリギリのペイロードを攻めている。

 

 一対のカスタムウィングは腰よりの位置に再設定。

 

 新武装としてスラスター内蔵型の大型槍のボルテックにインパルスのプラズマ弾発射機構を備えた【ボルテックⅡ】を装備。

 柄部分の長さを変えれるので咄嗟の取り回しの良さもあるぞ。

 

「騙したわね疾風!」

「開幕から酷いなオイ」

 

 鈴が目と口を三角にしてこっちを指差してギャイギャイと威嚇した。

 

「あんたソニック・チェイサーで出るって言ってたじゃない! 新型パッケージなんて聞いてないわよ!?」

 

 どうやら鈴は疾風のスカイブルー・イーグルが臨海学校とIS学園で見せたフォルムと違うことに苦言を申したいらしい。

 

「いやいや、俺は高機動パッケージで出るって言ったけどソニック・チェイサーで出るなんて一言も言った覚えはないぞ凰鈴音くん」

「これ見よがしに眼鏡上げてるんじゃないわよ!」

「ハッハッハ」

 

 これまたご機嫌な疾風になおも鈴は噛みついた。

 もはや意地である。

 

「てかこれ積載量オーバーじゃない! ズルしてんじゃないの!?」

「フッ、甘く見るなよ中国。スカイブルー・イーグルは日々進化、日々技術進歩する! バススロットもほんの少し増えたのさ!」

「そんなのあり!? てかなんか言い回しに暑苦しさを感じる!」

「ハハハッ! 我がレーデルハイト工業に際限と自重と限界などなぁぁい!!」

「暑苦しい!」

 

 この男、新型オートクチュールと会場の熱気に有頂天になっている。

 ISギークソウル&企業戦士パワー最大出力である。

 

「鈴。俺は一つお前に謝罪しなければならない」

「なによ」

「ぶっちゃけその顔が見たくてあえて紛らわしい言い方をしたという側面がほんの少しあったんだ。ハハッ、スマンナ」

「ムガッキュイイイイイ!!」

 

 ミニドラゴンの なきごえ!

 腹黒メガネの とくこうが 上がった!

 

「もう、二人ともなに騒いでいますの? はしたないですわよ」

「セシリア聞いてよ! 疾風のやつ新型パッケージなんかを隠していて………ハァウハッ」

「どうか致しまして?」

 

 鈴はセシリアを見るなり顔芸を披露した。

 

 見るとセシリアのストライク・ガンナーも前とは少し違うシルエットだったのだ。

 新パーツを引っ提げて来たセシリアに鈴は(気分だけ)瞬時加速(イグニッション・ブースト)で詰めよった。

 

「あんたもかぃぃ!!」

「え、え!? 何がですの!? あ、や、やめてくださいまし! 伸びます! ISスーツが伸びます!!」

「伸びろぉ! 伸びてしまえー!」

 

 ご丁寧に腕部装甲を解除した鈴の腕がセシリアの胸ぐらを掴み揺すりに揺すった。

 それと同時に谷間が見えたので疾風は目線を反らした。ハイパーセンサーを発動しそうになったが壮絶なる理性で抑え込んだ。

 

「なあ疾風、なんで鈴はあんなに怒ってるんだ」

「おそらくあれだ。新型パッケージが自分だけだと思っていたのに。立て続けに俺とセシリアの新型パッケージが出てきて自尊心傷つけられたんだろ。ちょっと悪いことしたな」

「本当にそう思ってるか?」

「………6割ぐらい」

「お前にしては上々だな」

「俺のこと段々理解してくれて嬉しいぜ相棒」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 さてそろそろ止めにいかなければセシリアのISスーツがダルダル通り越して千切れてしまう。

 行くぞイーグル。大丈夫だタブーポイントには触れてないから死にはしないだろうさ。

 なんとなくイーグルが重いのは気のせいだよねきっと。トラウマったイーグル? 

 

「はい鈴。そろそろ止め時だ。観客から丸見えだから」

「焚き付けた奴が言うそれ」

「楊さん来てるんじゃないの?」

「ぬぐっ! し、仕方ないわね。レースで覚えてなさい疾風」

 

 気を付けるとしよう。

 

「しかし完成したんだな【アサルト・ガンナー】。すげー良いじゃん」

「ありがとうございます」

 

 ブルー・ティアーズの新型、というより前回のストライク・ガンナーの改造プランであるアサルト・ガンナー。

 

 本元のストライクガンナーの姿はそのままだが、目玉は両肩に一基ずつ装備されたブースターを兼ねそなえた大型ビット兵器【アルペジオ】。

 

 これはBT能力が向上したセシリア用に作られた高速機動対応型BT兵器だ。

 通常は大出力レーザーの固定砲台&増加スラスターとして機能するが、いざとなれば大出力ブースターを利用した高機動下のオールレンジ攻撃が可能。

 ついにティアーズ・コーポレーションはハイスピード化でのビットを完成させたのだ。サイズは多少大きくなったが。

 

 高速化を想定しているため射出時は牽引用ケーブルを使う。これは再装着をやりやすくすると同時に電源ケーブルを兼ねている為、飛ばしている間電源切れになることはない。

 勿論ケーブルなしでも飛ばせる。

 

「凄い似合ってるよセシリア」

「ありがとうございます。この肩の装備が武骨過ぎるのではと内心不安だったのですが」

「それが、良いんだよ」

「そうですか(疾風の目が輝いていますわ)」

 

 ロマンだよこれは。

 有線大型ビットなんてロマン成分マシマシだぜ。

 

「そしてね。ブルー・ティアーズに新型ライフルが出たと」

「ええ。スターライトMK-Ⅳですわ」

 

 ブルー・ティアーズが元々装備していたスターライトMK-Ⅲの発展モデルであるスターライトMK-Ⅳの最大の特徴は銃身を二つ重ねたダブルバレルライフル。

 従来のレーザー射撃に加えて実弾射撃も可能になり、ついにブルー・ティアーズにも汎用型実弾射撃武装が追加された。

 

 この機能に加え、俺とイーグルの初陣でセシリアが披露したエネルギーチャージからのバーストシュートも問題なく発動出来るようになったらしく。ブルー・ティアーズの戦略性に大幅な強化が加えられた。

 

 と、なんで俺がこんなにブルー・ティアーズの新武装に詳しいかというと。

 

「これもレーデルハイト工業の技術提供のお陰ですわね。ありがとうございます疾風」

「うん。まあ俺は今回アイディア出してないけど。どういたしまして」

 

 仮に俺が出したアイディアだったらあっちの社長がノーサンキューと断ったに違いない。

 いつか俺が考えた装備をセシリアが使ってくれないかなって柄にもないことを考えた。

 

「二人とも準備万端だね」

「あらシャルロットさん」

「シャルロット」

 

 増加ブースターを装備したラファールを展開しているシャルロット。

 継母には会ったのだろうか。

 

 心配そうな顔をしてしまったのか。

 シャルロットからプライベート・チャネルが来た。

 

『心配しないで疾風。僕は大丈夫』

『無理してないか?』

『うん。言いたいことは言えた。これも疾風と、一夏のおかげ』

『そっか』

 

 ならこれ以上俺が言うことはない。

 

「一夏はあっちだよ。声かけに行ったら?」

「そうする。また後でね、二人とも」

 

 スィーとラファールを滑らせるシャルロットを見送ると、セシリアがジーッとこっちを見てることに気づいた。

 

「どうした?」

「いえ、私もそろそろレーンに行こうかと」

「そっか、俺はもうちょっとしたら行くわ」

「わかりました。では」

 

 軽く会釈をしてセシリアはシャルロットのあとを追った。

 これは気付かれたかな、プラチャ使ってたの。まあ内容までは分からないからいいけど。

 

「ん? おーいラウラー」

「うぉっ疾風!?」

 

 フロート移動するラウラを捕まえると突然背後から触ってしまった兎のようにビクゥッ!ってなった。

 な、なんでそんな驚くのラウラさん? 

 

「どうしたラウラ、なんかお前らしくないぞ」

「ああすまん。実は今朝夢見が悪くてな」

「そうなのか? 悪夢って人に話すと楽になるって聞くけど良かったら」

「うーむ。まあお前に関係ないとも言えんしな」

 

 ん、それはどういうこと? 

 

「実はな。疾風にISバトルでボコボコにされる夢を見た」

「え、ええ? それはなんか申し訳ない。なんでそんな」

「前に私が鈴とセシリアを痛め付けたことは話しただろう。その時割って入ったのは一夏だったが、夢の中では疾風とスカイブルー・イーグルだったのだ」

 

 へぇ、それは奇妙というか………ラウラって案外引きずるタイプだったんだな。

 

「リアルな夢だった。疾風はまず始めに部隊や教官のことをネタに私を煽り、冷静さを失った私を容赦なく叩き潰した。あれは異なる世界線の出来事というものなのだろうか、私の懸念は正しかった」

「大丈夫だぞラウラ! 俺はそんな風に思ってないから! だから気にするなよ、なっ?」

「う、うむ」

 

 わりかしあり得そうな感じだからなんとも言えないグアーとした感情が涌き出てきた。

 ああもう本当に怯えた兎みたいに見えるじゃないか。おーよしよし。

 

「一夏のとこ行こうか。一夏と話せば気も楽になるだろ」

「もしかしたら一夏もあの時のことまだ怒っているのでは………」

「一夏ー! ラウラがお前と話がしたいってさー!!」

 

 この子いつも無鉄砲なぐらいポジティブなのにいざネガティブになるととことん沈むタイプだ! 

 あーもうなんだろう! 俺悪くないはずなのに罪悪感がやばいんだけど。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「さて、もうすぐ始まります一年生専用機部門。改めまして司会の小林加奈と申します。そして」

「解説のアリア・レーデルハイトです」

「はい、ありがとうございます。いやー流石にここまで専用機が揃うとカラフルですねアリアさん!」

「そうですね。量産機にはしっかりと構えた堅実なレースが目立ちましたが。専用機は各々の個性が光るので、一癖も二癖もあるレースが見れると思います」

 

 テレビやライブ配信に映っているので最初から仕事モードのアリア社長。当たり障りのないかつしっかり双方にフォローを入れた100点回答を見せた。

 

「IS学園にこれだけ専用機が揃うのは前例のないことのようですね。彼女らの存在があって、今回は一年生レース種目が急遽決まったという話ですから」

「恐らく各首脳陣や開発陣が一際注目するレースでしょう。目の前に並ぶのは各国の最新鋭機、特異技能高速切替(ラピッド・スイッチ)持ち、第四世代IS。そして男性IS操縦者、片方は異例の速さで第二次形態移行(セカンド・シフト)を果たしています」

「期待が高まりますね」

「ええ、誰が一位になってもおかしくはありません」

 

 と、言いつつ。

 

(やっぱりスカイブルー・イーグルのアクセル・フォーミュラを装備した疾風、いい! 言いたい! 私の息子が最高だとオンエアで贔屓したい! 一位を取るのは息子だと言いたい! でもセシリアちゃんも捨てがたいのよね、ワンチャン同着にならないかしら)

 

 内心私情まみれである。

 どう取り繕っても一番応援してるのは自社製品と息子。そしてその幼馴染みで息子のガールフレンド(日本準拠)。

 

 それを尾首にも出さないのは工業の長の賜物。

 だがそう浮かれていられないのも事実。

 それは前日息子に言われたことが原因だった。

 

『今回、またどこかから介入。というよりテロリストが乱入してくる可能性もゼロではないから。母さんも気をつけてくれ』

 

 息子はこういうことに関しては決して冗談は言わない。

 現に学園祭で亡国機業(ファントム・タスク)が強襲している。

 

(ここまで手を出されていない。狙うとしたら最新鋭ISかつルーキーが揃うここ)

 

 もしもの時には自分の出番が来る可能性もある。

 

 アリアは結婚指輪とは別につけているティバイン・エンプレスの待機形態である指輪を見やった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ふぅ」

 

 不安はある、がそれと同時に気分が今まで以上に高揚している。

 

 キャノンボール・ファスト。

 モンド・グロッソでも競技種目とされるこのジャンルで母はあの織斑千冬さえも抜き去って栄光を掴み取った。

 

 今その母親、元イギリス代表アリア・レーデルハイトが特別席で俺を見ている。

 

 母、ではなく越えるべき相手として。俺とスカイブルー・イーグルの躍動をみてもらう。

 

「疾風にぃぃぃ!! がぁぁぁんばれぇぇぇぇーーーー!!!!」

「うん?」

 

 今聞こえたな。

 

 何処だ? 右側から聞こえたけども。

 

 イーグル、楓の顔で顔認証よろしく。

 

『イーグル・アイ、セミアクティブ。楓・レーデルハイトの顔認証と一致する対象を検索。ヒットしました』

 

 ズームしてみるとこっちにブンブンも手を振っている楓の姿が。

 手を振り替えしてやると、楓は

 一瞬フリーズした後に隣の赤毛の女の子の手を握ってブンブン振りまくった。

 おいおいその子知り合いか? 赤の他人じゃないだろうな妹よ。

 

「楓さんは見つかったのですか?」

「うん」

『それでは皆さん、まもなく一年生専用機部門のレースがスタートします。選手は準備をお願いします』

 

 お、ついに始まるな。

 

「疾風」

「うん?」

「負けませんわよ」

「勿論、お前だけには負けないさ」

「望むところですわ」

「コラコラ二人の世界に入らない」

「「あらっ!?」」

 

 あれ、間違ってオープンに? 

 

「あ、わたくし間違ってオープンにしてしまいました」

「おぃぃ!」

 

 なんという凡ミスしてるのセシリアさん。

 そして気づかない俺も俺だよ。

 

 これがもし本当にプライベート・チャットしなきゃならない的な会話だったらどうするつもりなんだいお嬢。

 

「あたしにも目を向けてないと痛い目あうんだからね」

「ああ、教官も見ているからな。こちらも全力を越えさせてもらう」

「今までの僕と同じと思わない方がいいよ。今の僕に迷いはないからね!」

「むっ、シャルロットがシャルロットらしからぬ強気な発言をしているぞ」

「負けられねえな。ということだ、お互い悔いの残らないレースにしようぜ!」

 

 一夏の言葉で締め括られ、オープン・チャネルは終了した。

 

『選手諸君、準備はオーケー? よしオーケーだね。じゃあ始めましょう! 世界で一番エキサイトでクレイジーなレースを!』

 

 司会の言葉で幕が上がった。

 

 全員スタートに目を向け、自身の愛機に火を入れた。

 

 高速機動用ハイパーセンサー、オン。

 各システムオールグリーン。

 アクセル・フォーミュラとスカイブルー・イーグルの接続良好。

 

「さっ、こい!」

 

 満員の観客、画面の外の観客がかぶりつきで見るなか、シグナルランプが点灯した。

 

『3!』

 

 ラファールとレーゲンの増加スラスターが唸り声を上げる。

 

『2!!』

 

 白式、紅椿、甲龍のスラスターの音が研ぎ澄まされる。

 

『1!!!』

 

 イーグルとティアーズのパッケージが蒼の光を輝かせた。

 

『ゴォォォぅ!!!!』

 

 シグナルブルー! 

 

 白・紅・蒼・桃・橙・黒、そして空色が一斉にスタートラインをぶっちぎった。

 

 開始コンマ秒で視界が吹き飛び。

 開始1秒で鮮明化され。

 開始2秒で入り乱れ。

 開始3秒で次のコーナーが見えた。

 

 そして開始5秒で一夏以外の射撃兵装が俺に向いた。

 

 この中で一番得体の知れないのが俺、何をするかわからないのが俺。そして一番警戒する相手が俺。

 だから不確定要素は出来るだけ後ろに追いやる。

 偶然か組んでいたかわからないが、それがみんなの共通認識。

 

 流石にやる。ここで集中砲火を食らえば間違いなく一発は当たってバランスをくじく。出鼻を挫かれれば復帰は厳しい。

 追い付くことに役割が偏り、しばらくはろくに思いどおりにならないだろう。

 

 だけどね。

 

(俺がそれを予測してない訳ないっしょ!)

 

 皆が照準を向けるほんの少しまえにイーグルの身体に蒼雷が走った。

 全員が本能的に危機を感じると同時にスラスターに装備された増加バッテリーが光り、イーグルの全身から電撃の膜がぶち飛ばされた。

 

「ちっ!」

「くぅ!」

 

 スカイブルー・イーグルの全身から発せられた高濃度エレクトリック・マグネチック・パルス、通称EMPが全員のISに襲いかかった。

 

 紅椿とラファールは直前で攻撃から防御にシフト、白式と甲龍は急遽スラスター出力を上げたことでEMP圏外に逃げたことで乗り切った。

 ティアーズとレーゲンにも目立ったズレがないが、やや後方に下がってしまった。

 

 焼けついたEMPカートリッジをカスタムウィングからパージ。

 

 強烈な閃光と衝撃で照準補正と機体維持を揺るがされたISに各自機体を持ち直す為に動いた。

 

 そこに更に追い討ちをかける! 

 

 カーブ手前で背部ウェポンベイから大量のプラズマ・フロートマインがバラ撒かれ、後続にいた四機の目の前で高電圧球が幾重にも展開された。

 

「うおわぁっ!?」

「エグい!」

 

 カーブ地帯は特に機体制御がシビア。そこに大量のプラズマ球が転がるなんて相手からしたらたまったものではない。

 そのままダメージ覚悟で突っ込むか迂回するしかないという選択肢を高速機動下で迫られるのはマジでやられたくないパターンランキングに乗るぐらい厄介なものとなる。

 

「キャノンボール・ファスト専用パッケージの名は伊達ではないわ! ハッハー!!」

「やってくれる!」

 

 レースが1分にして直ぐ様魔境と化した専用機部門。

 前方の白式、甲龍が目の前に迫った。

 

「ハロー二人ともぉぉっ!!」

「うわっ! もう来た!」

「やべぇ! やっぱスイッチ入ってる!」

「当たり前だよなぁ!?」

 

 顔を引くつかせた二人にプラズマバルカンと両肩プラズマ機銃をプレゼント! 

 

「うわっ! こんのっ!」

『甲龍に空間圧確認』

「拡散!」

「ふっとべ!」

 

 こちらをノールックで背面拡散衝撃砲。

 よけることは出来ずボルテックⅡから出したプラズマシールドでノックしてくる衝撃を防いだ。

 お返しにチャージしたプラズマ弾を背部に撃ったが、残念躱される。

 

『ALERT』

「っと!」

 

 背後から3本、いや5本のレーザー。

 背後に広げたフィールド越しに受け止めた。

 

 この新型ビットのアルペジオ。一門かと思ったらビーム砲が二門もついている。

 普段より二回り三回り大きいビットは伊達ではない。

 

「復帰早いな!」

「あなたが何かしでかさない訳がない。警戒しないわけないでしょう!」

「そういうことだ」

 

 背後からレーザー、ビーム、砲弾、徹甲弾がプラズマ・フィールドを激しく揺さぶった。

 

「これしきで挫けると思ったか疾風!」

「少し見立てが甘いんじゃない?」

「なんとも!」

 

 どうやら先ず俺を落とすことを優先したらしい。

 回転式プラズマ機銃を後方に向けるがIS四機全員を相手取るには射撃密度が違いすぎた。

 このままプラズマで受け続けるのはエネルギー的にも状況的にも宜しくない。

 

「なら答えるのが男だよな!」

「なにかするき」

「と思ったら行動してるんだぜ!」

 

 ブースト方向を斜めに、ボルテックⅡを手に回転しながら後ろ四人に突っ込んだ。

 

「なぁっ!?」

「危ないっ!」

 

 ラファールのシールドとレーゲンの肩をかすったイーグルは体勢を建て直したが最下位に、そして全員の後ろについた。

 

「ハハハ! これは予想できたかセシリアぁ!!」

「出来るわけないでしょう!?」

「ほんと無茶苦茶だなお前は!」

「ほらほら前見なきゃ危ないぞ──龍がこっちを見てる」

「「!!」」

 

 前に意識を戻すも時既に遅し、元々俺を狙うために溜めていた甲龍・風の拡散衝撃砲が眼前に放たれた。

 衝撃砲で怯んだ面々の横っ面から打撃と射撃をばらまいて再び四人の前に出た。

 

 だがガクッとイーグルが揺れた。見るとイーグルの尾羽スラスターに見慣れたワイヤーブレードが引っ掛かっていた。

 

「ラウラかっ!」

「特訓の成果を出させてもらった!」

 

 てことは移動中ドンピシャAIC成功したのか! 

 直ぐに身をよじってワイヤーを外すがレーゲンの体勢を崩すには至れなかった。

 箒は展開装甲を一時的に全開にして遅れを取り戻し、セシリアとシャルロットも攻めの手を緩めず下克上を淡々と狙っている。

 

「おいおいこんだけ掻き乱しても脱落者なしかよ!」

 

 確実に全員がスキルアップしていることに喜びを感じるとともに危機感も感じていた。

 

 中盤組とは別のトップ二人も激しいデッドヒートを繰り広げていた。

 一夏は迂闊に後続に手を出さずに白式・雪羅の速度を活かしてとにかく前だけを向いて逃げきりの姿勢、そこを狙いを俺から一夏に変更した鈴が追いかける。

 

「一夏ぁ!」

「鈴か! 厄介だなバラける衝撃砲!」

「あんたも荷電粒子砲使ったら!?」

「使うときに使わせて貰うぜ!」

「エリクサー病にならないようにな一夏!」

「「ゲッ! 疾風!!」」

 

 フルスロットルでコーナーで差をつけた俺が一夏と鈴のケツについた。

 そして。

 

「うおっ!」

「んにゃっ!」

 

 俺を狙って撃ってきた四機の流れ弾が二人のISを掠めた。

 

「悪いな! 俺一人じゃ流石にもて余すからさ!」

「あんたってほんとロクなことしない!」

「鈴さん、ご心配なく」

「全員撃ち落とすだけだから!」

 

 最後尾のセシリアがアルペジオを射出。

 シャルロットが銃火器新調。

 スターライトMK-Ⅳとアルペジオの広範囲射撃、そしてシャルロットも持てる火力の全てを前方に向けた。

 

 レーザーと実弾の即席スペシャルタッグの弾幕射撃で前方のISは軒並み体勢を崩された。

 

 まだ一週目、まだあと二週あるというのにもうラストラップ並みの後先考えてないんじゃねえかという程の激戦。

 

 だが高速機動化ということで一発の被弾に相当神経を使う。

 これは全員がそれだけ余裕がないということと、それだけ皆のスキルが高いということに他ならない。

 学園祭の敗北が全員を強くした。その結果が今のキャノンボール・ファストだ。

 

 今ほど全方位に展開できるプラズマ・フィールドがありがたいと思ったことはない。だけど流石に限界がやばい!! 

 

 そして同じく全方位防御が出来る箒が展開装甲シールドでしのぐうちに瞬時にスラスターモードに変更。

 再び全身の展開装甲を咲かせた紅椿がどさくさでトップに躍り出た。

 

 もうすぐ二週目、いやまだ二週目に差し掛かるが、観客のボルテージは天井をぶち抜くほどの勢い。

 

 狂乱の熱気に包まれたバトルレース

 もっと、もっとこのレースを見せてくれと! いま観客の心は一つとなった。

 

 色取り取りのISが織り成す一つのストーリー。まだまだ見ごたえのある一つのレース! 

 

「行かせないぞ箒!」

「悪いが一夏、トップは譲らん!」

「全員撃ち抜きますわ!」

「今見せるときだよリヴァイヴ!」

「まだだ、まだこれからだ!!」

「こんちくしょぉぉぉ!!」

 

 白式の雪片弐型を紅椿の雨月が受け止め。

 セシリアはアルペジオを戻し、シャルロットが新たな銃器を呼び出し。

 レーゲンがワイヤーでスイングバイし、甲龍の胸部装甲が風を切り裂いた。

 

 目の前の光景に俺は心を奪われた。

 こんな楽しいこと、IS以外に出来やしない。

 

 いい、最高だ。

 

「お前ら最高だ!!」

 

 俺はアクセル・フォーミュラの奥の手に手を掛けた。

 出し惜しみなどしない! みんなの全力に答えるなら、こっちもフルスロットルを越える!! 

 

 限界など置き去りにした! 

 ただ今この瞬間を燃やし尽くす! 

 それが弾丸疾走(キャノンボール・ファスト)! 

 

 誰にも。

 誰にもこの祭典を止めることは出来ない。

 

 

 

 

 

 はずだった。

 

 

 

『未確認のIS反応検知』

「「!?」」

 

 ALERTと同時に空から複数の光が降り注いだ。

 

「なっ!?」

「箒!!」

 

 箒を狙ったレーザーを瞬時加速(イグニッション・ブースト)で割り込んだ一夏の霞衣が打ち消した。

 

 セシリアのレーザーではない、だが限りなく酷似したもの。

 突如出現した乱入者を睨み、俺とセシリアがその名を呼んだ。

 

「サイレント」

「ゼフィルス!!」

「フッ」

 

 7機のISを見下ろす襲撃者(サイレント・ゼフィルス)の操者は、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべた。

 

 




 文章に熱を込め過ぎて一瞬真っ白の灰になった、私です。

 書いててわかったけど。マドカの邪魔者と水さされ感やばい。


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第78話【ワルキューレ・オートマトン】

 突如レース場を襲撃したISの手により祭典は惨状になった。

 

 歓声は悲鳴へと変わった。

 応援は怒号へと変わった。

 狂喜は恐怖へと変わった。

 日常は非日常に変わった。

 

 自分は安全だ、そんな考えが吹き飛んだ瞬間。

 アリーナのシールドに守られてるなんてそんなことお構いなしに観客は出口へと駆け込んだ。

 

 落ち着いて避難してくださいと呼び掛けるスタッフの声は誰一人届くはずもなく、我先へと逃げていく。

 

「きゃっ!」

「蘭ちゃん大丈夫!?」

「う、うん」

 

 老若男女お構いなしに、そこには優劣など存在せず、まだ中学生の蘭はぶつかった衝撃でよろめき転びそうになった。

 

「少し脇に行こう!」

「ありがとう」

「今いくと潰れちゃうかも。隙を見て列に混ざろうね」

「楓ちゃん、落ち着いてるね」

「レーデルハイト工業心得『無闇に慌てるな』。こういう時こそ落ち着かないと下手すれば命を落とすからね」

 

 自分よりしっかりしている。こんな時でも目に光を失わない楓に蘭は確かな力強さを感じた

 

 ビシュン! とレーザーが発射された音に蘭はビクッと身体を震わせた。

 蘭は先程の襲撃者が一夏に向けて発砲したことを思い出した。

 

(一夏さん、大丈夫だよね?)

 

 不安に震える蘭。その手を楓が強く握った。

 

「大丈夫! あんなやつ、疾風兄があっという間に倒しちゃうんだから!」

「お兄さんのこと信頼してるんだ」

「勿論! 疾風兄は世界一のお兄ちゃんだもん!」

 

 非常事態にも関わらずニコリと笑顔を浮かべる楓を見て、蘭は身体の震えが収まって行くのを感じた。

 

「いこっ! 今はここから逃げよう!」

「うん!!」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「襲撃者確認! レース中断! 亡国機業(ファントム・タスク)だ、各機事前に伝えた陣形で、おいセシリア!!」

「BT2号機! 今日こそここで!!」

 

 ゼフィルスを見るや突貫するセシリア。その目は闘志と使命感が宿っていた。

 

「各機セシリアをフォロー! 数で囲め! 奴のビット捌きに翻弄されるな!」

「「了解!」」

 

 即興で指示を出してサイレント・ゼフィルスを取り囲もうと動く。

 

 ブルー・ティアーズのスターライトMK-Ⅳと紅椿の空裂がゼフィルスに向かう。

 襲撃者は特に回避することなく不適な笑みを浮かべ、シールドビットのエネルギーバリアで射撃を弾いた。

 

 そしてゼフィルスの腰にマウントされたビット六基が射出、手持ち火器のスター・ブレイカーを合わせた射撃が光の雨となって降り注いだ。

 

「うわっ!」

「くっ! なんて正確な射撃だ」

 

 そして後方から攻撃しても的確にシールドを置かれるか回避される。

 ビット使いの利点は一対多を想定出来ること。そのなかでもこの使い手は相当のやり手だ。

 こちらにも同型機のセシリアがいるが、彼女は今通常のビットは使えず、今もアルペジオ二基を飛ばしているが。手数の差は歴然だった。

 

 更に。

 

「うあっ! 曲がる!?」

「これがフレキシブルか! ログでは見たけど、歪曲率が想像以上だ!」

 

 奴にはセシリアにはない特異技能、偏光制御射撃(フレキシブル)を使う。

 一度撃たれたレーザーのどれかが360度何処へでも曲がりくねり、なかなかゼフィルスに近づけないでいる。

 

 フレキシブルを相手取るのがここまでとは。

 

「一夏! 多少強引でも膠着状態を切り開け!」

「わかった!」

「援護する! シャルロット!」

「了解!」

 

 シャルロットがアサルトライフルで牽制、ラウラがレールカノンで進行ルートを構築する。

 

 弾幕が薄れたところを一夏が突っ込んだ。

 襲撃者ーーエムは直ぐにフレキシブルを一夏に向ける

 

「うおぉぉぉ!!」

 

 着弾の瞬間一夏が霞衣を展開。

 向かってくるレーザーをかき消し、その身体に零落白夜を纏った雪片弐型をぶち当てた、がエムはスター・ブレイカーのバヨネットでガードした。

 

「くっ! 狙いはなんだ! 亡国機業(ファントム・タスク)!」

 

 一夏の質問を意に介さずバヨネットで弾いたのち回し蹴りを繰り出す。

 

「っ! なんのっ」

 

 それをすんでのとこで回避した一夏が回転の勢いで雪羅のクローで斬りつけるが紙一重で躱された。

 

 ライフルを向けられ一夏は霞衣を発動。

 だがスター・ブレイカーから出てきたのはレーザーではなく実弾だった。

 スター・ブレイカーはスターライトMK-Ⅳと同じく実弾とレーザーを使い分けれるタイプだった。

 

 霞衣を素通りする実弾に一夏は地に弾き飛ばされた。

 

「なに!? ぐあっ!」

「フン、茶番だな」

「乱入してその言い草はねえだろ!」

「っ!」

 

 一夏と入れ替わるように振るわれたイーグルのボルテックⅡをエムはスターブレイカーで受け止めた

 

「俺とも遊べよテロリスト!」

「………」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 観客席の一角、観客が避難したにも関わらずただ一人サングラスの奥から戦闘を眺める赤いスーツを着こなした女が居た。

 

「流石ね、エム。これだけの相手と渡り合えるとは。といってもいつもみたいに攻めきれてないわね。調子悪いのかしら、それとも」

 

 IS学園専用機の練度が数的有利に比例してしまっているのか。

 

 耳元のゴールドイヤリングを光らせるその女性はレース開始前に楓とぶつかった女性だった。

 

「しかしファーストとセカンドマンも良い動きをするわね。エムに接近出来るなんて………ん?」

 

 ポケットで震えるスマホを取り出し、画面を見て息を吐いたあと耳に当てた。

 

「ハーイ、クイーン。ごきげんよう」

「呑気に挨拶しないでスコール! これはどういうことなの!? 介入するのは専用機部門レースが終了した直後のはずでしょう!? それに、今回の襲撃は私たちブルー・ブラッド・ブルーと共同のはず! 何故先走ったの!?」

「はいはい。あまり一度に質問しないで、パンクしちゃうわ」

 

 クイーン──フランチェスカの怒声が全く応えてないのかスコールは悠長な声で応対した。

 

「ごめんなさいね? どうもうちの新参が我慢できなかったみたいで。これも若さかしらね?」

「そうよ! 何故サイレント・ゼフィルスを出したの!? あれは今回不参加のはずよ! 各国の重鎮が見てるなかであの存在を公にするなんて! 私を破滅させる気!?」

「あとでキツく言っておくわ。でもIS学園襲撃でもう姿現してるんだから今更じゃない?」

「くっ!」

 

 電話の先で苦虫を潰したのを思い浮かべながら、スコールは提案した。

 

「悪いとは思ってるわよ? お詫びにあなたのテストにエムを使ってもいいわよ。彼女のBT適正の高さはあなたも知ってるでしょう?」

「勿論よ」

 

 通話を切ると今度はISのプライベート・チャネルの回線を開き、サイレント・ゼフィルスに繋いだ。

 

「エム。クイーンがちょっと不機嫌なの。あなたにもワルキューレの接続テストをお願いするわ」

「お前の不始末を何故私が」

「あなたが我慢できなくて飛び込んだのも原因でしょう? それとも、出来ないのかしら?」

「フン」

 

 ブツっと切られたチャネルにスコールは満足そうな笑みを浮かべてアリーナの戦いを眺めた。

 

「しかし思ったより専用機持ちの動きがいいわね。先程のレースといい、ルーキー達も強くなってるのかしら」

「それはもう、私の自慢の後輩だもの」

「あら」

 

 肩にかかった髪を払いながら優雅に振り向いたスコールの先には、IS学園最強の生徒が居た。

 

「日本の更識家の若き当主にしてロシア国家代表。更識楯無」

「そういうあなたはモノクローム・アバターのリーダー、スコールね。亡国機業(ファントム・タスク)実働部隊の一つの」

「あら、そこまで掴んでるの? 拍手してあげる」

 

 パチパチと子供の成功を喜ぶように手をたたくスコール。

 彼女を知っているというのに驚かないのは高い確率で自分と接触することを予見していたからだろう。

 

「レースに参加しないで警備一本だなんて、真面目さんね。若い子は適度に息抜きしないと駄目よ?」

「ご忠告ありがとう。おばさん」

「あら失礼しちゃう」

 

 スコールは虚空から出したナイフを数本楯無に向かって投げつけた。

 楯無は焦ることなく蛇腹剣、ラスティー・ネイルで残らず弾き飛ばした。

 

「『モスクワの深い霧(グストーイ・トゥマン・モスクヴェ)』だったかしら? もう霧は晴れる季節じゃなくて?」

「それは前の名前、今はミステリアス・レイディって名前なの」

「へぇ、そういうこと」

 

 アリーナ内で大きな爆発が起きた。

 それに目もくれず一定の距離を保つ二人の目は鋭かった。

 

「助けにいかなくていいの?」

「生憎あっちには現場を任せられる頼もしい副会長がいるの」

「疾風・レーデルハイト。規則外な戦力差とVTシステムを打ち破った子ね」

「無駄話はここまでにしましょう亡国機業(ファントム・タスク)。わざわざこんなところまで来て何が目的なのかしら?」

「直ぐにわかるわ。だから私はそろそろお暇するわね」

「させると思うのスコール!!」

 

 ラスティー・ネイルがしなり、コールした蒼流旋からガトリングが火を吹いた。

 正確に捉えたが楯無の顔色は優れない。それは目の前で金色の繭を展開するゴールデン・ドーンに包まれたスコールの姿があったからだ。

 

「やめましょう? あなたのISは私とは相性が悪い。その機体で私のISを突破するのは至難の技よ?」

「勝てない、倒せない相手なら時には引くことも大事。だけど、必ずしもそれが引く理由にはならない。あの子たちが頑張ってるのに、生徒会長である私が尻尾巻いて逃げる訳にはいかないじゃない?」

 

 楯無も腕だけの状態から一瞬でフル装備に換装する。

 

 目の前にいるのはオータムとは比べ物にならないレベルの大物。

 意地でも逃がすわけにはいかなかった。

 

「柄にもなく怒ってるのかしら? 更識楯無」

「そうね、特にうちの副会長が楽しみにしてたし。だからね」

「?」

「私より凄く怒ってる人もいるの」

「なにを」

「スラァァァァァァァァーーー!!」

 

 ハイパーセンサーが警告するより先にスコールはその場から飛び退いた。

 

「シュッ!!!」

 

 頭上から双剣を携えたISが降ってきた。

 ズドンと強い衝撃に付近の席が宙を舞い、地面が揺れ、二本の剣が振り下ろされた先には軽いクレーターが出来ていた。

 

「また会えたわねぇ! スコール!」

「私は会いたくなかったわ。アリア・レーデルハイト!」

 

 ディバイン・エンプレスの得物を構えたアリアはこれまた好戦的な表情。

 いつかと同じようなやり取りをしながらアリアはフラッシュ・モーメントの切っ先を向けた。

 

「よくも、よくもまた息子の晴れ舞台をぶち壊してくれたわね! 今度は尻尾だけじゃなく全身微塵切りよ!!」

「アリアさん、中身は残しといてくださいね」

「大丈夫よ更識ちゃん。ISのシールドバリアは優秀だから中身までは傷付かない………まあその時の状況と私の機嫌にもよるけど」

(ああ、この人間違いなく疾風くんの母親ね)

 

 だがこの上なく頼れる助っ人ということに変わりはない。

 二人がかりならスコールを捕らえれる! 

 

「まさかあなたが更識と手を組むとはね、レーデルハイト」

「縁を結んでくれたのは息子よ。ほんと自慢の息子過ぎてどうにかなりそう。だからこそ斬るわ、あなたを」

 

 全12本のフラッシュ・モーメントを抜刀。

 ダンスマカブル・ブレードアーツ。死ぬまで踊る剣の舞。その恐怖をスコールは骨身で理解している。

 

「今度は逃がさない。さあ、爆死か斬死があなたのゴールよ」

「念を押しますけど殺さないでくださいね? 気持ちは十二分理解できますが」

「更識の娘はともかく、正直あなたとはやりあいたくないわ。単純に相性悪いし」

「じれったいからもうやるわ」

「だから私も援軍を呼ぶわね」

「!!」

 

 スコールが屈むのと同時に大口径弾丸が飛来。浮かばせたモーメントを交差してガードするやいなや二人は横に飛び退き、その間を瞬時加速(イグニッション・ブースト)のISとド級の衝撃が走った。

 

 冗談抜きで地面が揺れ、範囲内の観客席がひしゃげて吹き飛んだ。

 

 ロワイヤル(単式パイルバンカー)とフルフェイスヘッドのノーマルカラーのラファール・リヴァイヴだった。

 

「学園祭で現れた、亡国機業(ファントム・タスク)のラファール・リヴァイヴ!!」

「任せるわ。今日の私は飽くまで観客だから」

「待ちなさい!」

 

 ラファール使いにこの場を任せ、スコールはアリーナから撤退。それを追う楯無の前に立ち塞ぐラファール使いをアリアが抑え込んだ。

 

「行きなさい更識さん! 私はここ以外でISを使用出来ない!」

「任せます!」

 

 脇をすり抜けるミステリアス・レイディと楯無に見向きもせず、ラファール使いはアリアと距離を取った。

 

「成る程。あなたの役目は私の足止めか。なかなか年期の入ったラファール・リヴァイヴのようだけど」

 

 ラファール・リヴァイヴを品定めしていると。その両手にはいつの間にかショットガンが握られていた。

 

高速切替(ラピッド・スイッチ)持ちか。あなた誰? 私の知ってる人?」

「………」

「答える気なし。実直にミッションこなすタイプ? いいわ」

 

 アリアのテンションに呼応してフラッシュ・モーメントに紫電を纏った。

 

「力付くも大好きよ」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「エム。クイーンがちょっと不機嫌なの。あなたにもワルキューレの接続テストをお願いするわ」

「お前の不始末を何故私が」

「あなたが我慢できなくて飛び込んだのが原因でしょう? それとも、出来ないのかしら?」

「フン」

 

 スコールとの通信を切ると今度はクイーンからコールが来た。

 しばらく無視しても切られる様子がないので、エムは仕方なしに通話に応じた。

 

「スコールから聞いてるわね。独断行動を不問にする代わりに、あなたにワルキューレ5機を担当してもらうわ」

「それだけでいいのか?」

「構わないわ。盾にするなりなんなり、やり方はあなたに任せる。サイレント・ゼフィルスに乗ってる以上、多少こちらにも協力してもらうわ」

「10機よこせ。スコールになめられればオータムが鬱陶しくなる」

「気持ちはわかるけど。これはテストだから5機にとどめて頂戴」

「了解」

「彼女には私から口添えしておくわ」

「必要ない。やるからには結果を残す」

「期待してるわ」

 

 通信を切ったエムはアリーナを飛び回りながらフレキシブルをばらまいていく。

 本来なら各自各個撃破で蹂躙しようと思った。だが迂闊に攻めすぎるとエムの方が包囲撃滅させられる恐れがあった。

 俊敏なビットとフレキシブルがなければ、彼女はもっと不利になっていた可能性を考えてしまったエムは舌を打った。

 

「雑魚の分際で………」

「聞こえてるよぉ!!」

「クッ!」

 

 特にスカイブルー・イーグルを駆る疾風がエムの苛立ちを増長させていった。

 イーグルのプラズマがフレキシブルのレーザーを持ってしても仕留めきることが出来ない。そしてこちらが攻撃しようとする絶妙のタイミングで妨害をかけてくる。

 

 更に。

 

「いい加減当たれっての!」

「追い込むよ!」

 

 相手の攻撃が必ず次に繋がっていて思うように運ばない。

 不可視の弾丸と実弾の応酬にシールドビット【エネルギー・アンブレラ】で防御するも防ぎきれず回避を余儀なくされる。

 

 最大火力の一夏は時折味方の防御をする以外無闇に突っ込んでこない。

 

 それもこれも疾風の的確な状況把握指揮によるものだということが尚更エムの機嫌を損ねた。

 

「くらいなさい!」

 

 セシリアの一斉掃射をバックロールで躱すエムはお返しに発射していたレーザーを曲げてブルー・ティアーズに向かわせる。

 

「セシリア、先走り過ぎだ!」

「これ以上! その機体を悪行に荷担させる訳には!」

 

 唯一穴があるとすればセシリア。

 いつもより好戦的かつ、動きに余裕がなく。焦りが見て取れた。

 

「そろそろか」

「なんだと?」

「面白いものを見せてやる」

「世迷い言を!」

「来るぞ」

 

 エムが言ったことの意味を理解しようとした時、ISのアラートが鳴った。

 

「え、これって」

「アリーナのシールドが解ける!?」

 

 上を見ると、シールドの天辺が徐々に穴が広がり始めた。

 

 更に新たなアラート表示が。

 

「今度はなに!?」

「5時方向から飛翔体接近! 数6!」

「ミサイル? それとも敵の援軍?」

「来るぞ!」

 

 IS学園の7機がエムから距離を取る。エムの周囲に、ISより一回り大きいサイズ白いコンテナが6つ降り立った。

 

 ガチッ、プシュー。

 

 圧縮空気が排出される音と共にコンテナが開き、中から何かが出ていた。

 

 出てきたのは白い人型。

 

「人?」

「いや違う」

 

 サイズは2メートルとISより一回り小さく。女性的なシルエットで、手はダガーと一体になった銃口になっている。目はラインバイザーで覆われ、鎖骨から肩にかけてブレードアンテナが伸びていた。

 背中にはバックパックと思われるランドセルユニットが備わっている。

 

 一つのコンテナから5体×6、計30体の人型ロボットが現れた。

 

 なんだあれは? と一様に思った。

 わかることはあれは人ではないということだけだった。

 

『ワルキューレ、No.10からNo.15。BTネットワーク確立。サイレント・ゼフィルスと同期、完了』

「始めようか、人形劇を」

「っ! 散開!」

 

 人型ロボットが頭上の疾風たちにレーザーガンを撃ってきた。

 単発ではあるが、30機からの一斉射撃はそれだけで脅威となった。

 

 7対1が一瞬で7対31に化けた。

 

 逃げる敵を追うようにロボットはフロート移動で、半分はランドセルユニットのスラスターを吹かし疾風たちを追従した。

 

「こいつら! 数に物を言わせて!」

「変だよ! こいつらからIS反応がない!」

「ということは純粋にロボット兵器だって!? そんな馬鹿な!」

 

 各機がロボット群に射撃を試みた。

 だが相手は深く切り込もうとせず直ぐに回避運動を優先して引き気味に戦っている。

 

「ちょっと! 今のロボット工学ってここまで進化してんの!?」

「違う。こいつらから電波が飛んでる。遠隔操縦で動かされてるんだ!」

「まさか、これ全部サイレント・ゼフィルスが操ってるというの!?」

「そんなっ………」

「全員落ち着け! 今現実に起きてることを受け入れろ!」

 

 セシリアたちの士気が下がりかけたところを疾風の激が飛んだ。

 

「とにかく迎撃だ! コアがないってことはシールドバリアもない! ということは!」

 

 疾風が強引に射線を突っ切り、ボルテックのプラズマ弾をロボット群にぶちこみ、ロボット群の一機が爆発四散した。

 

「当たれば壊れる! 怯むな! 戦力的優位はまだこっちに」

「きゃあっ!」

「シャル!」

 

 エムのフレキシブルがシャルロットのパッケージに直撃した。

 一夏がフォローに入り、箒がその補助に当たった。

 

「疾風! さっきレースで使ったEMPは撃てないの!?」

「出来ない! あれは取り付け式のカートリッジのプラズマを放出して撃てた! 素のイーグルじゃ無理だ!」

「撃墜! ようやく3機目!」

「敵は小さい上に小回りがきく! 点より面で攻撃しろ! セシリア! ラウラ!」

「は、はい!」

「了解!」

 

 ティアーズがアルペジオ、レーゲンがワイヤーブレード、イーグルがビークを射出した。

 

(これだけの数をあいつ1機で? 本当にそうなのか? くそっ! 今は確かめる術がない!)

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ワルキューレNo.12、20が撃墜。残り27機です」

「エムの素質の高さでこれだけ動かせれば充分だわ」

「クイーン、気分は宜しいですか?」

「ありがとうアイビス。問題ないわ」

 

 心配する秘書にフランチェスカは笑いかけた。

 

 アリーナから少し離れた高層ホテルの一室。

 中ではティアーズ・コーポレーション社長にして亡国機業(ファントム・タスク)のフランチェスカ・ルクナバルトがISのヘッドギアを部分展開させていた。

 

 ISの望遠越しのアリーナ内では8機のISと無数の無人兵器の戦闘が見えた。

 

 IS対応人型BT兵器【ワルキューレ】。

 通常のビット兵器を人型汎用タイプに変えた代物。

 自由自在に動かすとなればビット型より困難だが、単純な命令コードを打ち込めば後は半自動的にAIユニットで動いてくれる。

 

 つまり、ティアーズ・コーポレーションとレーデルハイト工業の技術のハイブリットだった。

 

「流石ですクイーン。この距離から25機ものワルキューレをオペレートするとは」

「これぐらいの数。私のワンオフ・アビリティーをもってすれば容易いわ」

 

 エムは半ば使い捨てのように5機操っているが。フランチェスカは25機のワルキューレを同時操作している。

 しかも操作性はエムに比べて格段に上だ。

 

 元は彼女のISから生まれたワンオフ・アビリティーを元に第三世代兵器として作られたのがブルー・ティアーズシリーズの能力。

 すなわちフランチェスカ・ルクナバルトとそのISはBT兵器の祖なのである。

 

 彼女の視界に写る二番目の男性IS操縦者にその美しい顔が歪む。

 

「悪いけど。今回は飽くまで実験よ。私の寛大な心に感謝しなさい。疾風・レーデルハイト」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「死ねっ!!」

 

 強引に段幕を突っ切った俺のボルテックがワルキューレの頭蓋を叩き割った。

 

 これで7機目だ。

 

 くそ! こいつら明らかに雑魚フォルムなのに弾を避けるわ躱すわで鬱陶しい。

 レーザーガン一発当たりの威力は低いが、そこに意識を散らされると本命のBTレーザーが飛んでくる! 

 

 そして………

 

「セシリア! もっと動け! 狙い撃ちにされるぞ!」

「い、言われなくても」

 

 セシリアの動きが目に見えて悪い。

 射出されたアルペジオにもキレがなく。使用時のセシリアの動きも何処かたどたどしかった。

 

(わたくしだってやれる! テロリストがあれだけ動かせる。わたくしだって!!)

 

 実際エムが動かしているのは5機だということをセシリアは知るよしもない。

 だからこそ、これだけの数のワルキューレの制御をエムが一手に担っているとセシリアは思い込んだ。

 

 更にエムは先程と変わらずビットと自機の射撃を行っており、フレキシブルすらこなしている。

 セシリアは自分と相手の実力差を前に打ちのめされつつあった。

 

 彼女の眼にいつもの力強さはなく、目の前の現実全てを受け入れようと必死だった。

 彼女風に言うなら、エレガントではなかった。

 

「うぅっ!!」

 

 スターライトMK-Ⅳの出力最大をサイレント・ゼフィルスに放つが、エムが動かしたワルキューレが盾になった。

 

「まずはお前だ」

「!!」

 

 爆炎が晴れた先にはバーストモードのスターブレイカーをセシリアに構えたエムの姿だった。

 

「回避を、うあっ!」

 

 回避機動をとろうとしたセシリアをワルキューレ1機が組み付いた。

 直ぐにインターセプターをコールし、ワルキューレに突き刺して無力化するが。エムにとってそれだけで充分だった。

 

「沈め」

「っ!!」

「させるかぁっ!!」

 

 エムとセシリアの間にたった鈴が双天牙月を交差してゼフィルスの大出力レーザーとかち合った。

 だが拮抗は一瞬で鈴はレーザーの余波で吹き飛ばされ、弾けたレーザーが(フェン)の増加スラスターに当たって爆ぜた。

 

「鈴さん!」

 

 思わず鈴に駆け寄るセシリアが甲龍を抱き起こした。

 

「なんでわたくしを」

「あんたがノロイから、でしょうが」

「鈴さん………」

「いつもムカつくくらい自身家なあんたが、らしくないってのよ!」

 

 鈴はセシリアを押し退けて立ち上がる。

 先程の爆発でスクラップとかした増加スラスターと衝撃砲一門をパージ。

 

「ぐだぐだ考えてる暇あったら動け! あいつはあんたと関係あんでしょ!」

 

 言い捨てた鈴は目の前のワルキューレに飛びかかった。

 腕を切り裂いたその後ろを襲いかかるワルキューレの一機をノールック衝撃砲で吹き飛ばした。

 

「わたくしは、何をして!」

 

 大勢のワルキューレ、偏光制御射撃(フレキシブル)。それに戸惑っている自分自身を一度排斥し、キッとサイレント・ゼフィルスを睨みつける。

 

「今わたくしが出来ることを!」

 

 アサルト・ガンナーの増加スラスターを目一杯吹かした体当たりを噛ました。

 

「こいつ!」

「あなたの相手はわたくしですわ!」

「いいだろう。望み通り相手をしてやる!」

 

 サイレント・ゼフィルスは解けたシールドの一部から市街地に向かって飛翔した。

 まるでセシリアを誘うように。

 

「逃がしませんわ!」

「セシリア何を!?」

「ドローンを動かしてるのがあのISなら、無力化するべきです!なにより、サイレント・ゼフィルスはわたくしの相手です!!」

「待てセシリア!!」

 

 俺の静止を聞かず、セシリアは飛び去ったサイレント・ゼフィルスを追いかけていった。

 高機動パッケージを纏ったセシリアはあっという間にアリーナを離れていった。

 

 放ってはおけない! 

 だが追いかけようとする俺とイーグルを阻むようにワルキューレが徒党を組んで立ちふさがった。

 

「こいつらっ!!」

 

 がむしゃらに突撃をかまし、セシリアの後を追おうとするが。先程と打って変わってワルキューレは俺に狙いを集中させた。

 

「鉄屑どもが! どけよっっ!!!」

 

 思わず口調が荒くなりながら、ワルキューレの軍勢を弾き飛ばす。

 だがそれでもしつこく絡み付く軍勢に俺の心は焦りを募らせた。

 

「また飛翔体、いやコンテナ!?」

 

 追い討ちとばかりに頭上から追加で二機のコンテナ。空中から五体ずつ出撃したワルキューレが行く手を阻んだ

 

「っ! アリーナのバリアが!」

 

 ワルキューレが通り抜けた途端、解けていた天辺のバリアが修復されていく。

 このままではセシリアを追うことが出来なくなる。

 

 心臓が一気に冷え、それを振り払うよう遮二無二にワルキューレを蹴散らせそうと動いた。

 

「疾風様! 防御を!」

「!?」

 

 突撃を噛まそうとした俺を、通信越しの声が引き戻した。

 咄嗟にプラズマ・フィールドを張ると、同時に俺を包囲していたワルキューレが爆炎と共にスクラップとなった。

 

 撃たれた方向を見ると、練習機の打鉄に乗り込んだ菖蒲の姿があった。

 

「菖蒲!?」

「疾風様はセシリア様を! お早く!!」

「すまん!!」

 

 スラスターを最大で稼働し、閉じる穴をギリギリですり抜けた。

 

「今いく、セシリアっ!!」

 

 流行る気持ちを抑えることはせず、遠くで戦っているセシリアの名を叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまん、ですか。そこはありがとうで良いのですよ、疾風様」

 

 言葉を選ぶ余裕などなかったのだろう。

 飛行機雲を伸ばすスカイブルー・イーグルを眺めながら、菖蒲は小さく呟いた。

 

 その周りを白い躯体の人形、ワルキューレが取り囲んだ。

 

「あなたたちに疾風様の邪魔はさせません」

 

 菖蒲は打鉄のブレードを取り出し、その切っ先をワルキューレに向けた。

 

「かかってきなさい!!」

 

 レーザーガンの弾幕をシールドで突っ切り、菖蒲と打鉄はワルキューレに斬りかかった。

 

 

 

 



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第79話【蒼の旋律(フレキシブル)

『現在、国際ISアリーナ会場にてテロが発生しました。避難区画の市民は速やかに避難をお願いします。繰り返します、現在………』

 

 アリーナ近くの民家に鳴り響くサイレン。

 

 休日の民家から人は飛び出し、各々が車に乗り込んで避難所に赴いた。

 

「お母さん、何処か行くの?」

「避難するの! ほら早くいくよ!!」

 

 親子が玄関から車に乗り込む。子供は戸惑うが、そんなことを構うほど母親に余裕はなかった。

 

「………? お母さん」

「なに!?」

「あれなに?」

 

 空の向こうから二つと点。子供が不思議そうに見てるとその頭上を高速で通り抜け、遅れて音と風が鳴った。

 

「あれって………IS?」

「スゴーい!!」

 

 はしゃぐ我が子に反応せず、母親はただ目を見開くばかりだった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 住宅街の上を駆ける、空の青より濃い二つの蒼。

 

 片や流線型のしなやかな蒼のIS。

 片や蝶を型どった蒼より藍のIS

 

 飛び交う二機には様々な共通点があった。

 実弾とレーザーを撃ち分けるハイブリットライフル。

 そして自立飛行が可能な移動砲台。

 

 それもそのはず。この二機はイギリスの最先端を担う第三世代試験ISモデルの姉妹機。

 人の目から見れば、撃ち放つレーザーと同じく一瞬で過ぎ去っていくIS学園のブルー・ティアーズと亡国機業(ファントム・タスク)のサイレント・ゼフィルス。

 その姉妹機がこうして街中で命のやり取りをするとは、なんという神のいたずらだろうか。

 

(追ってきた身とはいえ。まさか市街地で躊躇なく撃ってくるとは!)

 

 改めて目の前で飛ぶテロリストに道理は通じないことを思い知らされる。

 撃たれていてはこちらも応戦しない訳にはいかず、セシリアもスターライトMK-Ⅳの引き金を引いた。

 

 空に煌めくレーザーの応酬。

 地上から見れば恐怖を忘れて魅了されてしまうほど幻想的な魅力を出していた。

 

「今度こそその機体を返してもらいます! このBT1号機、ブルー・ティアーズの名に懸けて!!」

 

 セシリアはスターライトMK-Ⅳとアルペジオの引き金を引く、だがサイレント・ゼフィルスはヒラリと舞う蝶のように軽やかに回避する。

 

 この市街地戦。両者互角というわけにはいかず、セシリアが圧倒的に不利な状況に立たされていた。

 

 従来のストライク・ガンナーとは違い、アサルト・ガンナーは火力に関しては通常のブルー・ティアーズと同等までに引き上げられ、有線ビットにより多角攻撃もある程度行えるよう改善がなされた。

 

 だがそれでも砲門の数は2号機の方が上、さらに。

 

「肩書きだけではな」

 

 サイレント・ゼフィルスのビット射撃を躱す為に上方に移動するセシリア。

 だがその六つの光線はセシリアを追うように歪曲する。それは学園祭でも見た攻撃だった。

 

「くっ! フレキシブル! 相手にするとこうも厄介とは!」

 

 偏光制御射撃(フレキシブル)

 

 セシリアには出来ない特異技能。

 

 歪曲するレーザーは獲物に食らい付く肉食獣のようにセシリアとティアーズを追いかける。

 

 これだけでも戦力に差がでるが。一番はセシリアが度々攻撃を躊躇っていることが大きかった。

 

 それがこのフィールド。

 

 いつもは地面になにもなく、全面がシールドに囲われた箱庭のようなフィールドで戦っていた。

 学園外で銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)と戦っていた場所も一面が海で、被害を気にすることなく存分に戦いに赴くことが出来た。

 

 だがここは多くの人々がひしめく市街地。勿論それを守るシールドバリアなどあるはずがない。

 一歩間違えて地上にISの攻撃が向かえば、被害は計り知れないものとなる。 

 

「フッ」

「この人また!」

 

 更に追い討ちをかけるように、サイレント・ゼフィルスは市街地に近いギリギリの場所を飛んでいた。

 

 サイレント・ゼフィルスはどのような高度からでもなんなく射撃することが出来るが、ブルー・ティアーズは必ず相手と同じ高度に位置取らなければならなかった。

 仮にセシリアがエムより上方から射撃をし、エムが回避すればどうなるか。その射撃はたちまち眼下の街を焼き払い、夥しい犠牲者を出す。

 もし彼女が偏光制御射撃(フレキシブル)を完全に会得していれば、このような心配はなくなる。

 

 だがエムが一度高度を上げればセシリアも急いで同じ高度を取る。

 何故なら、彼女がセシリアに向けて発砲し、必ずしも弾道を曲げるとは限らないからだ。

 もし曲げられずそのままなら? 想像しただけでセシリアは身震いする。

 

 それがわかっているのか、エムは絶えず薄ら笑いを浮かべて何度も何度も高度を変えてセシリアを翻弄していた。

 自分の裁量でセシリアの次の一手が制限される。自分がこの戦場を支配してるとでも言うように。

 

 セシリアは攻撃と回避において同時に重荷を背負うこととなった。

 

「あっ!」

 

 飛ばしていた二基のアルペジオがエムのフレキシブルにより蜂の巣にされ爆散した。

 これによりセシリアの射撃武装はスターライトMK-Ⅳだけとなり、射撃戦が更に厳しいものへと変わった。

 

 先程からエムが上昇する度に攻撃を何度も中止し、それを気にするあまりビット制御に心を割ききれなかったことが原因だった。

 

「散漫だな?」

「くぅっ………」

 

 バイザーの下の笑みがエムの機嫌を表していた。

 相手を陥れた時の愉悦の笑み。

 それに似た物を彼女はすぐ近くで見たことがあったが、彼とエムでは不快感が雲泥の差だった。

 

 卑怯者! と声高に叫ぶこと簡単だ。だがセシリアはギュッと唇を閉じて抑えた。

 そんなことを言ってもエムが応じるわけもなく、逆に相手を喜ばせるだけだと理解していたからだ。

 

 その怒りを込めてセシリアのアサルト・ガンナー装備のティアーズが加速。

 手には唯一の近接兵装、インターセプターが握られていた。

 

 セシリアも自身の弱点である近接戦闘の使い手に直々に指導してもらった。

 敵も同じティアーズタイプなら、近接戦闘が苦手な筈と読んだ選択だった。

 

 加速とともに振るインターセプターをエムはナイフで受け止める。

 

「フンっ」

「まだまだっ!」

 

 先程の射撃戦とは真逆の短い得物どうしの切り合い。

 セシリアも一夏やラウラに比べればまだ拙い物があるがある程度戦えるぐらいに仕上がっている。

 

 それに、この近接戦闘なら眼下の人々を気にせず戦える。

 

 だが目の前のサイレント・ゼフィルスの操縦者のナイフ捌きはセシリアの予想を遥かに上回っていた。

 

 セシリアの攻撃は流され、弾かれる。

 だがエムからは決して切り込まない。セシリアが繰り出すインターセプターを自身のナイフで転がすようにいなしていく。

 

 セシリアは汗が垂れる程必死に繰り出すが。エムは薄ら笑いを浮かべながら、時に右手から左手に、左手から右手に持ち替えながらインターセプターを防いでいた。

 

 しかも、それら全てが後ろ向きに動きながら行っていたのだ。

 

 完全に遊ばれている。セシリアは自分の目測の甘さと、相手の力量の差に愕然とした。

 

「次はこちらから行かせてもらう」

「なっ」

 

 セシリアのインターセプターを押しやり、ブルー・ティアーズを斬りつけた。

 セシリアはナイフの刺突をインターセプターで防御しようとするが正に焼け石に水。エムは恐怖を与えるように人体の急所をなりえる部分をシールド越しに突き刺した。

 

 なんとか距離を離そうとするセシリア。だが微調整されたサイレント・ゼフィルスのマルチ・スラスターが付かず離れずとセシリアを斬りつけた。

 

「ハハッ」

 

 エムが初めて声を出して笑った。

 セシリアの顔が一瞬恐怖に歪むのを見て思わず声を出してしまったのだ。

 

「こん、のっ!!」

 

 これ以上やられっぱなしでいられるかとセシリアはインターセプターを突き出した。

 自らの恐怖すら込めたストレート。その一撃を風に揺られる蝶のようにエムは距離を取って高度を下げた。

 

 また下の人を背にする気かと釣られるように目線を下げると、突如ブルー・ティアーズが衝突アラートを鳴らした。

 

 慌てて目の前を見ると、眼前に高速道路の立体交差ポイントが視界に映った。

 激突すれば高速化のブルー・ティアーズはコントロールを失い、最悪道路を走っている車と正面衝突する。

 

「くぅあっ!!」

 

 高速横回転(アーリー・ロール)であと数ミリで掠るというレベルで回避する。

 またも鳴るアラート、目の前には電光板、その先には案内版が待ち構えていた。

 

「くっ! なん、とぉっ!!」

 

 思考が完結するより先にセシリアの類まれなる超感覚と操縦技術で数枚の障害物をなんとか回避することが出来た。

 

 そして思わず上昇した矢先、サイレント・ゼフィルスのビットから撃たれたレーザーを躱すが。今度はスター・ブレイカーの実弾が胸部にヒットした。

 

「このままだと、きゃあぁっ!」

 

 背後から無数の衝撃。

 先程撃ったレーザーがフレキシブルで反転し、セシリアの背中に直撃。みるみるとシールドエネルギーが減少していく。

 

 完全にテロリストの掌の上で自分は踊らされている。

 まるでクラゲが捉えた小魚を動けなくするように、食虫植物が捕まえた昆虫をじっくりと溶かすように、猫が仕留めたネズミを食べずに弄ぶように。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと。エムはセシリアを恐怖の底に突き落とそうと画策していたのだ。

 そう理解したセシリアは本能的に恐怖を覚えた。

 だがその心の支柱はまだ折れず。反撃しなければとスターライトMK-Ⅳを再びコールしセシリアの遥か頭上に位置していたエムに目を向けた。

 

「っ!!?」

 

 だがその視線の先にはバーストモードのスター・ブレイカーをこちらに向けているサイレント・ゼフィルスの姿。

 バイザーで上半分が隠れた顔、その口元は笑っていた。

 

 セシリアは体温が急激に下がる錯覚に陥った。

 先程から常に気を張っていた最悪な状況がついに来た。ゾッと背筋が凍りつくなかセシリアが撃つより先に破壊の光が放たれた。

 

「くっぅぅぅぅぅーーー!!」

 

 避けるなんて選択肢、思考なぞ存在しない。

 咄嗟に構えたスターライトMK-Ⅳが融解し、バーストレーザーがシールドエネルギーを更に削り取った。

 セシリアは身を挺して地上への被害を防ぎきった。

 

「インターセプタぁぁっ!!」

 

 レーザーが途切れた瞬間に瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 しかし苦し紛れの最後の抵抗もスター・ブレイカーのバヨネットの一閃でセシリアの手のひらから離れた。

 

「あっ………」

「もういい、飽きた」

 

 展開した六つのビットから降り注ぐフレキシブルレーザーが絶望の表情を浮かべたセシリアに突き刺さった。

 

「あぁっ!!」

 

 シールドバリアが危険域に到達した。

 アンリミテッド仕様に解除されたセシリアに予備エネルギーなど存在しない。

 つまり後がなかった。

 

 サイレント・ゼフィルスのバヨネットがぽうっと青い光を纏う。BT粒子によるコーティングだった。

 

 距離にして7メートル。それはISにとって目と鼻の先。

 セシリアを貫こうとするエム。だがセシリアの瞳には強い光が残っていた。

 

「まだ、まだですわ。わたくしにはまだジョーカーがありましてよ!!」

「っ!」

「全ビット、強制パージ!!」

 

 バキャンっ! 

 

 射出というより分離に近い音。

 アサルト・ガンナーのスカートスラスターを形成していた自機と同じ名を関するBTレーザービット、ブルー・ティアーズ。

 

 その閉じられた四つの砲門はスター・ブレイカーを突き出すサイレント・ゼフィルスにむけられた。

 

 高速機動パッケージ装備時、本来のビットは全てスラスターとして機能していた。

 つまり通常より高出力のBTエネルギーがビット内に蓄えているということ。

 

 それを一気に解放すればどうなるか。

 

「受けなさい! ブルー・ティアーズ! フルバーストっ!!」

 

 セシリアの命令と共に閉じられたカバーが吹き飛び、その小さいビットに収まりきらない膨大なエネルギーレーザーが発射された。

 そのエネルギーの大きさに撃ち出したビットは赤く発熱し、破裂ののち蒸発した。

 

 この一撃を外せば文字通りブルー・ティアーズは丸裸。

 

 そしてこれはアサルト・ガンナー、並びにその前身となったストライク・ガンナーにとって禁じ手中の禁じ手。

 本来なら手順を踏んで切り離すはずの高速パッケージでのビット射出。

 これを行えば良くて推力低下、最悪の場合ISが空中分解。PICにも不調をきたし、搭乗者であるセシリアの命を脅かす。

 

 だがこの位置、間合い、そして全てに置いて完璧なタイミングによる不意打ち。

 偏光制御射撃(フレキシブル)を持たないセシリアが繰り出す文字通りの最後の切り札(ラストカード)! 

 

(当たって!!)

 

 回避など出来ようはずのない。正に必殺の一撃だった。

 

「悪くない………だが」

 

 エムは両肩に納められていたエネルギー・アンブレラのシールドを発動。

 機体をロールし、回避しきれないレーザーをシールド・ビットで受け流した。

 

「なっ!?」

「無意味だ」

 

 ザクッ! 

 受け入れがたい音と共にスター・ブレイカーの銃剣がセシリアの二の腕を貫通した。

 

「ああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!!!」

 

 悲痛な叫びが空に響き渡った。

 耐え難い痛みがセシリアの全身を支配し、そして脳髄を焼き付ける。

 

 ズルッと抜かれた銃剣は血で滴り。傷口からも夥しい量の血が吹き出した。

 

(痛い痛い痛い痛い痛い! 苦しい! 怖い、怖いっ!!)

 

 普段の逞しく凛々しい彼女は年相応の少女のように涙をこぼした。

 逃げ出したい。今すぐここから逃げ出したいと、その時のセシリアは本気で思ってしまった。

 

 感じたことのない激痛を前に。

 セシリアの目の前は真っ暗になった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 何処かの一室。というには些か広い部屋で一人の小柄な少女がバイオリンを引いていた。

 幼い身ながらの愛らしさに加え、気品と美しさを兼ね備えており。高貴な生まれだと一目でわかる。

 

 そんな少女がバイオリンを引く姿はとても絵になっていた。

 

 音色が酷いものでなければ。

 

 ギィィィィ………ギギィィ。

 

「………」

 

 ギギギ………ギィィィィ。

 

「うぅ………」

 

 ギィィ、ギュィィィ! 

 

「もう! どうして引けませんの!?」

 

 だがそのバイオリンからはお世辞にも音色と形容する物は出なかった。

 いくら弓を引いても、どのように弓を引いても綺麗な音を奏でることが出来なかった。

 少女がそれに対して癇癪を起こしたのを見てビクリと身体を震わせた観客がいた。

 

「せ、セシリアちゃん、もう諦めようよ」

 

 傍で耳を塞いでいた気弱そうに見える少年が濁音をかます少女に促すが、少女はキッと少年に詰めよった。

 

「何を言いますの疾風! このセシリア・オルコットの辞書に諦めるという文字はありませんわ!」

「で、でもさっきから全然音出てないじゃないか」

「それでもやるの! お母様の誕生日にサプライズしますの!!」

(こんな音出してたらもうバレてるんじゃないかなぁ………)

 

 そんなことを言えば最後、目の前の少女に何されるかわかったもんじゃないと少年は沈黙を選択した。

 それでももう小一時間も付き合わされれば嫌にもなるというものだ。

 

「セシリアちゃんの引きかたが間違ってるんじゃない?」

「なぁっ!? わたくしが間違ってるといいますの!?」

「だ、だって………」

「なら疾風が引いてみなさい!!」

「ええ!? 無理だよぉ! 僕バイオリン引いたことないのに………」

「もし上手く引けなかったら酷いですわよ!!」

「そんなぁ………」

 

 少女にバイオリンを押し付けられた少年は渋々バイオリンを受け取った。

 

 見よう見まねでバイオリンを構え、少し震えながらバイオリンに弓をたがえた。

 少年は目をギュッとつぶり、神様に祈りながらゆっくりと弓を引いた。

 

 ギギィィ。

 

「ほら、疾風だって出来ない」

 

 ギギ………~~♪ 

 

「なっ!?」

「あっ」

「どうして出来ますの!?」

「し、知らないよ! 僕は普通に引いただけなのに」

「返しなさい!!」

 

 少年の手からバイオリンを引ったくった少女は再びバイオリンを構えて弓を思いっきり引いた。

 

「………」

「………」

「出ないね」

「もぉぉぉぉぉーーー!!」

 

 少女は地団駄を踏みまくった。

 その姿は優雅とは程遠いものだったが。少女がそれを気にする程余裕がなかった。

 

「はぁはぁ………楽器のせいですわ」

「え?」

「このバイオリンが不良品だから引けないのですわ! でなければ、このセシリア・オルコットが引けないなんてことあるはずありませんもの!!」

「でも僕は引けたよ?」

「わたくしが引けなければ意味はありませんの!!」

「お、落ち着いてセシリアちゃん」

 

 言ってることは滅茶苦茶だがそんなこと知ったことではなかった。

 こうなってしまっては少年には止める術はない。せめて自分に火の粉が飛ばないように宥めるのが精一杯だった。

 

「なんか叫び声が聞こえたけど。何かあったのかい?」

「ふにゃっ!? お父様!?」

「あ、おじさん」

 

 騒ぎを聞き付けたのか。開いているドアからお父様と呼ばれたスーツ姿の男性部屋を覗いた。そして男性は少女が手に持っているバイオリンを見て目を丸くした。

 

「それ、僕が6歳の誕生日に上げたバイオリンかい?」

「ち、違いますわよ」

「でも」

「たまたま同じのがあっただけですわ! お父様からもらったバイオリンは………そう! 今頃タンスの奥で埃をかぶっていますわ!」

(僕が特注で作ってもらったフルオーダーメイドなんだけどな………)

「な、なんですの!? 何故笑っているのですかお父様!!」

「ううん、なんでもない」

 

 笑いを抑えようとした少女の父だったが。無理な話であった。

 

「それで。どうしたんだいセシリア?」

「な、なんでもありませんわ!」

「セシリアちゃんがこのバイオリンはふりょーひんだって」

「疾風!?」

「え、そんなはずは………見せてもらってもいいかい?」

「え? ………ど、どうしてもというのでしたら」

 

 仕方なく、仕方なくといった感じで少女はバイオリンを渡した。

 

「ふむ………弦も弓もしっかり張られているし、調整も問題なし………引いてもいい?」

「どうぞ」

 

 男性は子供用のバイオリンを器用に構えて弓を引いた。

 すると、先程濁音を出したバイオリンと同じと思えないほど綺麗な戦慄が流れ出したではないか。

 そのまま男性は軽く一曲を奏でた。サイズが違うバイオリンだというのに男性は軽快に演奏を終えたのだった。

 

 パチパチパチパチ! 

 

「凄い凄い! おじさんバイオリンできたんだ!!」

「これでもバイオリンは得意なんだ」

「知りませんでしたわ………」

「あまり披露したことなかったからね。こんなおじさんの演奏なんて誰も聞きたがらないだろうし」

 

 自嘲気味に笑う男性はバイオリンを少女に返した。

 

「ならどうしてわたくしが引いても音はなりませんの? こんなに一生懸命引いてるのに………」

「セシリア」

「はい」

「構えてみて」

「バイオリンを?」

「そう」

 

 男性に言われて渋々バイオリンを構える少女。その後ろを男性が優しく支えた。

 

「肩の力を抜いて、深呼吸して」

「スー、フー」

「ゆっくり、ゆっくりと引いてごらん」

「ゆっくり………」

 

 ………………~~♪ 

 

「あっ!」

「出た! 音が出ましたわ!!」

 

 飛び上がるように喜ぶ少女に男性は優しい眼差しを送った。

 

「でもどうして? いくら練習しても鳴らなかったのに」

「さっきまでセシリアは力任せに引いただろう? そうやって無理やり音を出そうとしても綺麗な音は出せない。楽器と使う人、二つの波長が一体となって初めて楽器は音色を出してくれるんだ」

「わたくしも練習したら、お父様のように引ける?」

「引けるさ」

 

 男性──ソーレン・オルコットは娘であるセシリアの頭を優しく撫でた。

 

「セシリアは父さんの娘だからね」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ハッ!」

 

 セシリアは閉じていた目を見開いた。

 

 目線の先には変わらず笑みを浮かべるサイレント・ゼフィルスの操縦者エムの姿。

 

 一瞬意識を失っていたのか。

 それともこれが死に際の走馬灯ということなのか。

 

「いっ!!」

 

 右の二の腕から走る痛みに顔をしかめる。ISの操縦者保護機能により止血と痛覚緩和効果が働いてるお陰で先程よりも痛みはないが、それでも激痛が走る。

 

 スターライトMK-Ⅳ、インターセプター、アルペジオ、BTレーザービット損失。

 腰のミサイルビットもスラスターとしての機能に振っているため、弾頭が装填されていない。

 シールドはほぼゼロ、PICも不調で。その場で浮遊してるのがやっとだった。

 

 まさに死に体、そう呼ぶにふさわしかった。

 

 意気揚々とサイレント・ゼフィルスを追ってこの様とは。なんとも情けないとセシリアは自らを恥じた。

 

「終わりだ。死ね」

 

 バカッとゼフィルスのスターブレイカーが三股に開き、エネルギーがチャージされた。

 ここで確実にセシリアを仕留めるつもりだ。

 

 動くことなど出来はしない。

 これでは下の人々の盾になることすら危ういだろう。

 

 自分は死ぬのだろうか。

 そう思った瞬間悔しさが込み上げた。

 

(このまま何もなし得ないで死ぬ。これでは亡き両親に顔向け出来ない。それだけは駄目。絶対に駄目ですわ)

 

 すがる物はもはや何もない。

 

「お願い………ブルー・ティアーズ」

 

 それでもセシリアまだ動く左手を空にかざした。

 

「わたくしに力を………貸して………」

 

 

 

 

 

 ピチョンッ………

 

 

 

 

 

「!!」

 

 セシリアの心に蒼の雫が落ち、波紋が広がった。

 

 幻覚か、それとも死に際のイメージか。

 

 時間が、限りなくゆっくりと流れた。

 

 セシリアの視線はスター・ブレイカーをこちらに向けるエム………ではなく。

 

 その先の先。遥か向こうに輝き直進する四本の光だった。

 

 セシリアの意識の指先がその光に触れた時。セシリアは頭ではなく直感で理解した。

 

「フフッ………なぁんだ。こんなに単純なことでしたのね………」

「?」

 

 ゆっくり微笑みを浮かべるセシリア。

 その表情は死を前にした者にしては、あまりにも慈愛に満ち溢れたものだった。

 

 セシリアは伸ばしていた左手を動かした。

 親指を上に、人差し指を正面に、残った三つの指を握る。

 そう、指鉄砲だった。

 

「────バーン」

 

 軽やかな口調で発せられた発砲音。

 

 指で作ったピストル、その指先からは勿論なにも出ない。

 

 エムは意図を図りきれず困惑した。

 死にかけで頭が可笑しくなったのか。それとももはや自暴自棄になったのか。

 

 だが次の瞬間! 

 

「なん!!??」

 

 エムの、サイレント・ゼフィルスの背後を高出力レーザーが貫いた。

 

 偏光制御射撃(フレキシブル)

 

 BTエネルギー最高稼働率時にのみ使える、ブルー・ティアーズシリーズのオーバースペック・アビリティ。

 

 今まで一度もフレキシブルを成功させれなかったセシリアが、この土壇場の鉄火場で発現し、先程撃ったフルバーストを呼び戻したのだ

 

「なにも、難しいことなどではなかったのですわ………」

 

 セシリアは今まで、必死にレーザーが曲がるように念じ、思いどおりにしようとした。

 だがそれではBTシステムの真なる力を目覚めされるには至れなかった。

 

(操ろうと思い過ぎるから駄目なのですわ。ブルー・ティアーズはわたくしの手足。ならば、わたくしの脳波で動くBTビットやフレキシブルも、わたくしの一部ということに他ならない)

 

 そう。手足を動かすのに余計な思考などいらない。

 

(ああ、バイオリンの演奏に似てますわね)

 

 ブルー・ティアーズは楽器。

 レーザーは音。

 空間はコンサート、

 相対する相手は観客

 そして自分はこの場を彩る指揮者であり奏者。

 

 自分はただ、奏でていけばいいのだ。

 

(ありがとうございます、お父様。セシリア・オルコットは初めて、ブルー・ティアーズのなんたるかを理解出来ましたわ)

 

 天国にいる父親に感謝の念を送り、セシリアは満ち足りた表情を浮かべた。

 

 そんな納得するセシリアとは対照的にエムは酷く狼狽していた。

 

 自分より格下だと思っていた相手に不意打ちを食らわされた。

 だがそれだけではない。驚くべきはその精度の高さ。

 

(馬鹿な! 撃ってからどれだけたったと思っている!?)

 

 レーザーの弾速からして、フレキシブルを行おうとした時にはもう雲の上だ。

 その頃にはもうレーザー事態が減衰し、戻ってくる頃には消えていた筈だった。

 

 だがセシリアは四本の消えかけのレーザーを一本に融合し、充分な出力のレーザーとして反転させたのだ。

 

 そんな芸当、エムでさえ出来ないこと。つまり。

 

 今この場に置いて、セシリアのBT適正はエムのそれを凌駕している。

 

「このっ、雑魚風情がぁぁぁーー!!」

 

 激昂したエムはバヨネットを展開し直下のセシリアに突き進む。

 バイザー越しに醜悪なまでに憎悪を剥き出しにするエムに対し、セシリアは何処か満足げに笑っていた。

 

(これまでですわね………ですが一矢報いましたわ。このデータは送信した。たとえわたくしが倒れても、偏光制御射撃(フレキシブル)のデータは英国の発展に繋がる)

 

 シールドもゼロ。このままエムの凶刃が突き刺さればセシリアは間違いなく死に至る。

 

 後悔はない。このまま惨めに命乞いなど、貴族として潔くない。

 かねてより悲願としていたフレキシブルを自らの手で果たすことが出来た。

 もう後悔は………

 

『俺、見てみたい。セシリアがレーザーを曲げるとこ、俺見たいな』

 

 いや、一つだけ心残りがあった。

 

(疾風に………わたくしのフレキシブルを見てほしかった………)

 

 セシリアが目を閉じると、彼女の脳裏に彼との思い出が浮かび上がる。

 

(………最後にもう一度)

 

 彼の喜ぶ顔が見たかったですわ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どっけえええええぇぇぇーーーっ!!!」

 

 数センチの切っ先が届く前に。エムの横っ面が何かに打ち抜かれた。

 

 最大戦速で突っ込んだ空色のISはサイレント・ゼフィルスを彼方に吹き飛ばした。

 エムを退けた彼は腕の装甲を解除し、優しくセシリアを受け止めた。

 

「遅くなって、ごめん」

「………え?」

 

 セシリアは閉じていた目を開いた。

 

 そこには黒髪に青ぶちの眼鏡をかけた、ごく普通の少年がいた。

 彼女が一番見知った、笑顔を浮かべている少年がいた。

 

 誰よりも待ち望んだ彼がそこにいた。

 

「ちゃんと見たよ。フレキシブル。まるで流星みたいだった………凄く、綺麗だった………」

 

 一つ一つ。噛み締めるように言った彼の姿を前に、胸のあたりからじんわりと心地のよい暖かさが広がった。

 

「よく頑張ったな。セシリア」

「はや、て」

 

 溢れる涙を隠すことなく。

 セシリアは彼の名を呼んだ。

 

 

 




 フーーーー。

 やっと。やっとここまで来ました。
 アニメでキャノンボール・ファストが放送されないのを知って。自分の手で書きたいと思った日々。

 ついに。セシリア・オルコットの偏光制御射撃(フレキシブル)。書くことが出来ました。

 ここまで書けたのもハーメルン、そしてリメイク前のpixiv。そして、Twitterで知り合えた師匠のおかげです。
 なによりここまで読んでくれた読者様のおかげです。

 オルコッ党ハーメルン支部、ブレイブ。
 感無量でございます。



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第80話【強くなれた理由】

 

【三年前】

 

 

「しばらく会えなくなるわね、セシリアちゃん」

「はい」

 

 イギリスの空港。

 セシリアの両親の墓参りを終えたレーデルハイト一家はゲート前でセシリアとブランケット一家が話していた。

 

 まだ高校生にもなってない中学生のセシリア。だがそのいで立ちは子供のそれではなかった。

 

 無理して大人になろうとしているが、それでもそれを悟らせない気品と険しさを持っていた。

 

「フラン叔母さんは忙しいから来れなかったのかしら?」

「お母様から引き継いだティアーズ・コーポレーションを始め、傘下組織に対する対応に追われています」

「なにかあったら遠慮なく言ってね。力になるわ」

「ありがとうございます。ですが、極力手を借りることはないかと」

「………そう」

 

 セシリアの瞳の奥に宿る警戒の色に、母さんは寂しそうに笑った。

 葬式が終わり、数々の企業や人が助け船を出した。

 が、それはどれも泥舟。みながオルコット家の財産、そして現当主のセシリアに取り入ろうと、あるいは掌握しようと企んでいる金の亡者。

 

 その事実を目のあたりにし、セシリアは周りを信じることに恐怖を感じているのだ。

 

「ハロルド、グレース。そしてチェルシーちゃん。セシリアちゃんをお願いね」

「この命にかえましても」

「そちらも気をつけて」

「わかりました」

 

 オルコット家に仕える執事長、メイド長、そして二人の娘であり、セシリアの専属の使用人であるチェルシーが母さんに丁寧なお辞儀をする。

 

「………」

「なんて顔をしてるのですか疾風」

「俺、なんも力になれてない」

「当たり前でしょう。あなたはレーデルハイト工業CEOの息子ですが。単にそれだけなのです。あなたが火の粉を浴びる必要などないのです」

「………俺は」

 

 うつむいていた顔を上げ、俺は目の前のセシリアを真っ正面に見据えた。

 

「俺は、強くなる」

「え?」

「俺は強くなる。セシリアちゃんに負けないぐらいに、ううん」

 

 深呼吸をし、セシリアに決意をぶつけた。

 

「セシリアを守れるぐらい、強くなってみせる!!」

 

 大きな声に周りは何事かと目線を飛ばすが、そんなことお構い為しに、俺は今まで見たことのないぐらい強い眼差しでセシリアを見つめた。

 

 初めて呼び捨てにされたセシリアは一度目を丸くしたあと、笑みを浮かべた。

 

「なんとも大きく出ましたわね」

 

 そう言ってセシリアは鞄から一冊の古そうな本を取り出して渡した。

 

「これって、小さい頃呼んでたアーサー王伝説の?」

「お渡しします」

「でもこれセシリアの大切な宝物じゃ」

「これはお守り。今より強くあろうとするあなたへの。受け取ってくれますか?」

「…分かった。大切にするよ」

 

 もらった本を小脇に抱え、俺とセシリアは自然と手を差し出し、握手をした。

 

「お互いに」

「うん、頑張ろう」

 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 IS越しにセシリアの情報が流れてくる。

 

 右腕に刺し傷、血はISの保護機能で止血されている。

 バイタルサインは危険域ではないが、セシリアの顔色が著しくない。

 

 ISもシールドゼロ。何一つ武装もない。

 だがこちらを見上げるセシリアの目は今もなお強い光を宿していた。

 

「後は任せろ」

「お任せします」

 

 それを最後に彼女は意識を手放した。

 

 ここまで弱った彼女を見るのは初めてだ。

 

「………チッ」

 

 吹き飛ばされたサイレント・ゼフィルスが体勢を立て直した。

 バイザーには小さなヒビが入っているが、まだ奴は健在だ。

 

 そして、後方から高速で接近するIS反応。

 

「セシリア! 疾風!」

「一夏?」

 

 後方から追い付いた一夏と白式が俺たちとサイレント・ゼフィルスの間に入った。

 

 恐らく出ていった俺とセシリアを前に我慢出来ず、アリーナのシールドを零落白夜で抜けたのだろう。

 

「セシリアは?」

「右腕を刺された」

「なんだって!? あいつがやったのか!」

 

 怒りをあらわにした一夏はサイレント・ゼフィルスを睨み付ける。

 

「一夏、お前はセシリアをIS学園に運べ、近くの病院では受け入れてくれるかわからない」

「わかった、ってお前はどうするんだよ」

「サイレント・ゼフィルスを鹵獲する。あれはティアーズ・コーポレーション、セシリアの親元の物だ」

「一人でやるのか!? そんなの無茶だ!!」

「早く行け」

「っ!!」

 

 一夏は思わず息を飲み、後ずさった。

 

 目の前の親友が発した声は静かで、まるで地獄の底から響いてきたような低い声色だった。

 背中越しでも分かる親友の怒りに一夏の怒りは飲み込まれた。

 

「行け、セシリアに何かあったら。俺はお前を許さない」

「……わかった。ここは任せる。無理はするなよ!」

「ハハッ。お前が言うなっての」

 

 思わず笑ってしまった俺を後に、セシリアを抱えた一夏はIS学園に飛んでいった。

 

「わざわざ待ってくれたのか?」

「………」

 

 問いかけに答える気がないのか、文字通り沈黙するサイレント・ゼフィルス。

 だがそれは単に俺と話してるからではなかった。

 

『エム。あなたセシリア・オルコットを殺そうとしたわね? それはブルー・ブラッド・ブルーから禁止されていた筈よ』

『そんなもの、一々覚えていない』

『………クイーンはおかんむりよ。流石に私も今回は擁護出来ないわ』

『クイーンのオーダーをこなす。丁度疾風・レーデルハイトが目の前に居る。オーバー』

 

 スコールとの通信を切ったエムは俺と向き合った。

 

「お前、名前は?」

「………エム」

 

 エム。恐らく本名ではないんだろう。

 

「お前も俺を殺せって言われてるのか?」

「話が早いな」

 

 エムはスター・ブレイカーをアクティブにする。

 だが俺がろくに構えもしないことに疑問を抱いたが、迷わず引き金に手を掛けた。

 

「お前には死んでもらう」

「無理だ」

「命乞いか、だがお前の確認など必要は」

「お前には無理だ」

「………なに?」

 

 エムは俺の物言いから無理=死にたくない、ではなく。無理=お前に俺は殺せないという意味だとわかった。

 エムが怪訝な顔をした。だが次の一言で豹変した。

 

「だってさ───お前弱いだろ」

「なっ………」

 

 エムは俺の抑揚のない言葉を前にバイザー越しで目を見開き、息を飲んだ。

 一瞬幻聴かと迷ったところを、間髪いれずに言ってやった。

 

「もう一度言う。お前は弱い」

「虚言を」

「わからないなら、わかりやすく言ってやろうか。お前は雑魚だ」

「ふざけるな! それ以上口を開くな!! 私にそのような言葉を吐くな!!」

 

 度重なる侮辱に普段は澄ました顔をしているエムも声を荒げた。

 スター・ブレイカーの砲身を開き、エムのイラつきと同じように溜まる光を見ても、俺は動じることなく話し続けた。

 

 どうやら彼女にとって『弱い』という単語は禁止ワードらしい。

 

「何故お前が俺に勝てないと断言するのか。単純だ。それはお前がセシリアより弱いからだ」

「なっ………」

 

 自分があの女より弱いだと? 

 エムは本気で耳を疑った。

 

 現に最後の不意打ちを除いて彼女の攻撃を一発食らっていない。逆に彼女を丸裸にした。

 それなのに目の前の少年はセシリア・オルコットの方が強いと言っているのだ。

 

「なに面食らった顔をしている? 俺の言っていることがそんなに信じられないのか?」

「当たり前だ! 私はあの女より劣るとでも言うのか!」

「………驚いた。お前本気でセシリアに勝ったと思い込んでるのか」

「なにっ?」

 

 度重なる疑問にエムの頭はこんがらがる。

 そこに畳み掛けるように説明した。

 

「お前と戦ったセシリアは実力の半分も出せていない。もしセシリアが本気でお前を落としにかかったなら、ここまで消耗することはなかった。たとえフレキシブルを使えなかったとしてもだ」

 

 BTの遠隔操作は操縦者の精神状態がダイレクトに伝わる。

 本来のセシリアなら、あそこでアルペジオを二基同時に失うとは思えない。

 

 ここに来るまでの間。通常視界とは別に超望遠モードでセシリアとエムの戦いを見ていた。

 そして二機がしきりに高度を変えていたことも。セシリアが攻撃する時は相手と同じ高度を取っていた時だけだということを。

 そして、セシリアが敵の砲撃に身を挺して受けていたことも。

 それだけで俺は理解した。

 

「何故セシリアが本来の力量を出せなかったか。それはお前が街を、下の人間を盾にしていたからだ。じゃないとセシリアに勝てないと思ったんだろ」

「違う!!」

 

 エムは全力で否定した。何故なら、本当にそういうことではなかったからだ。

 

 エムはセシリア相手に遊んでいた。セシリアの生真面目な性格を読み取り。こちらが背にしていれば撃ってこない、自分が上を取ったら慌てて高度を上げてくると分かっていた。

 

 決して自分がセシリアを恐れていたからではない。エムはそれを言いたかった。

 

 実際、エムの言い分は正しいのだろう。

 どんな理由にしろ、戦場にあいて負けた側の理由など通りはしない。世間一般的な見解ではセシリアの敗北と見られるだろう。

 

「それでも俺は言わせてもらう。セシリアはお前より強い。お前とは見えている物が違うんだ」

 

 だけど俺はそうは思わない。

 

 現にセシリアは眼下の街に被害を出さなかった。

 

 ノブレス・オブリージュ。

 貴族たるもの、身分にふさわしい振る舞いをしなければならない。

 国は違えど、セシリアは守るべき者を守りきった。

 

 それが強さでなければなんというのか。

 

「故意だろうが無意識だろうが。お前が街を盾にした時点でお前の敗けは決まったんだよ。この臆病者」

「貴様っ……」

 

 俺が喋る度にエムは青筋をピクピクと痙攣させていた。

 あと少しで血管がぶち切れるところだったが。エムはなんとか癇癪を抑え込んだ。

 

「仮にそうだとしても。お前が私より優れているという理由にはならない。それとことはまったく関係のないことだろう!」

「ああ、まあそうだな。それに関してはもっとシンプルで特に深い理由じゃないんだ」

 

 ライフルを向けたエムはまたも疑問符を浮かべた。

 

「俺はセシリアより二勝多く勝ってるんだ。数値上で俺はセシリアより強いことになってる。つまりセシリアより弱いお前が俺に勝てるわけない」

「………は?」

「あとあれだ。お前を見て、ぶっちゃけオータムの方が強そうに見えた」

「………」

 

 もうここまで来たらエムは目の前の男が何を言ってるのか分からず思考が停止した。

 それだけで相手は自分より強いと吠えてるのかと。何故そんな結論に至るのか理解出来なかった。

 

「長話させたな、ご清聴どうも。じゃあそろそろ始めようか」

 

 スカイブルー・イーグルのスラスターとアクセル・フォーミュラの増加スラスターに火を入れた。

 出力を順戦闘出力から戦闘出力へ。

 

 それと同時にエムも身構えた。

 

「といってもまた街を盾にされたらたまったもんじゃない。場所を変えよう」

「なんだと」

「このまま逃げてもいいぞ。恥ずかしいことじゃない、お前は俺を恐れて尻尾を巻いて逃げた。その結果が残るだけだ」

 

 あからさまな挑発を後に、俺はサイレント・ゼフィルスを置き去りに一気に上昇した。

 そのまま雲に穴を空けて遥か上空に飛んでいった。

 

「来るなら来いよ。誰にも邪魔されない場所で勝負しよう。お前が本当に強いなら、セコい手使わなくても俺ごときに負けるはずないよな?」

「………上等だ」

 

 もはや任務など関係ない。

 ここまで自分を侮辱してくれた男を殺す。

 

 どんな風に嬲り殺そうか。それだけを胸にエムは飛翔した。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 アリーナ観客席Gブロックの有り様は酷いものだった。

 ある椅子には夥しい数の弾痕が、ある椅子は熱により焼けただれ、ある椅子は真っ二つに切り裂かれていた。

 もはや観客席としての機能など欠片すら残されていない。

 

 アリーナ内のワルキューレと専用機持ちの激闘に引けを取らず、こちらも苛烈な戦いを繰り広げていた。

 

 元イギリス代表のアリア・レーデルハイトのディバイン・エンプレスと亡国機業(ファントム・タスク)のIS乗りのラファール・リヴァイヴ。

 

 アリアが斬りつければ一歩引き。アリアがプラズマ弾を撃てばシールドで防御。

 顔全体をすっぽり隠したフルフェイスのラファール乗りは決してアリアの間合いに踏み込まず、引きすぎず。高速切替(ラピッド・スイッチ)を駆使した多種多様な銃撃戦を展開していた。

 

 ラファール乗りもアリアにダメージを与えれていなかった。

 小口径の銃弾はプラズマ・フィールド。大口径のマテリアルライフル級は躱すか両手の剣で切り裂いた。

 

 未だにどちらもダメージというダメージは与えられない。

 文字通りの一進一退。

 だがラファール乗りの目論見がアリアの足止めというのなら、これ以上ない戦果だ。

 

「っ!!」

 

 次の瞬間ラファール乗りは大型パイルバンカー、ロワイヤルを右手に出した。

 アリアは大袈裟と見える程ラファールから距離を離し、ラファール乗りはロワイヤルのトリガーを引いた。

 

 空振りなのに関わらず風圧が飛ぶ威力にアリアは冷や汗を垂らした。

 

「あーもう。こいつばっか相手にしてられないのに」

 

 さっさと目の前の敵を叩き潰して専用機持ちの加勢に行きたいアリア。

 今からスコールを追っても追い付けないし、追い付けたとしても邪魔になるからこその選択だった。

 

 そして、それよりも心配なのがアリーナの外に飛び立っていった若きISパイロット三人。

 

(一か八かで強引にコールブランドで薙ぎ払うか。でも外したらロワイヤル(パイルバンカー)が待ってるのよね)

 

 ロワイヤルを構えたまま動かないラファール乗り。

 あのドでかい杭打ち機を前には防御が得意なディバイン・エンプレスといえど一溜りもない。

 

(この私が攻めきれない。ここまで制度の高い砂漠の呼び水(ミラージュ・デ・デザート)の使い手なんてそうはいない)

 

 砂漠の呼び水(ミラージュ・デ・デザート)高速切替(ラピッド・スイッチ)を元に組み上げる戦術プラン。

 それは対近接戦闘において最高のパフォーマンスを発揮する。

 

 だが高速切替(ラピッド・スイッチ)自体が特異技能ゆえ、使える人間は限られる。

 

 アリアの脳裏に浮かんだのはかつてモンド・グロッソで猛威を振るい。今もなお現役として君臨しているフランス代表、アニエス・ドルージュ。

 アリアは彼女以上にラファール・リヴァイヴを操れる人物を知らない。

 

 目の前の乗り手はアニエスと同等の実力の持ち主。

 それとも………

 

 あり得ない筈の仮説が浮かんだ一瞬の気の緩みをラファール乗りは見逃さなかった

 踏み込んで接近しようと地上を滑空し、ロワイヤルを突き出した。

 

「ヤバッ!」

 

 一瞬判断が遅れたアリアは半歩後ろに下がり、即座に迎撃の構えをとる。

 しかしラファールが繰り出した攻撃はロワイヤルではなかった。

 ラファール乗りは一瞬でロワイヤルをしまい、両翼のウェポンラックにマイクロミサイルランチャーをコールしてアリアに撃つ。

 

「ブラフ!!」

 

 計24発のミサイルを複数のフラッシュ・モーメントで撃ち落とし。残りのミサイルをフィールドで受け止めた。

 

「………はぁ」

 

 目の前の光景にアリアのタメ息が出た。

 

 ラファール乗りはミサイルに紛れて忽然と姿を消した。

 広域索敵でそれらしい反応はあったが、直ぐに消失した。

 おそらくISを解除したのだろう。

 

「逃がしたのはしょうがない。ということにして、今は子供たちの加勢を──」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「くっ! 一発一発の威力は低いが、この弾幕!!」

「あのドローンを操ってるのサイレント・ゼフィルスじゃなかったのかな!」

「分かりませんが。このドローンたち、動きが良すぎます。もしAI制御だとしたら誉めるべきですね!」

「でぇい! みんな、残りエネルギーどんぐらい!? あたしはまだ行けるけど!!」

「強がるな鈴。だがこのままでは決着がつかんな!」

 

 一夏が2人を追った後。

 3人減り、菖蒲が入ったことで戦力差はマイナス2になった戦場は膠着状態に陥っていた。

 

 数は先程増加した分も数えて20機以上。

 この人型ドローン兵器は決して攻め過ぎず引き気味に戦っている。一機一機の回避率も高く、弾が当たらない。

 これらを操ってる敵はこちらの武装を完全に把握しているように動いていた。

 

 ワルキューレのレーザーガンの嵐を前に専用機持ちは防戦一方。

 突撃からの近接戦にて中央突破を試ようとしたが。

 

「んわあっ!」

「自爆した!?」

 

 その瞬間ワルキューレ数機による自爆特攻をしかけてられてシールドが減る始末。

 全ドローンに自爆機能をついてるのかついていないのかが不確定である以上迂闊に接近するわけにもいかない。

 

 それが祟ってなかなかIS学園勢が攻めこまずにいる。

 更に追い討ちをかけるように、全員のシールドとエネルギーがそろそろ危ないところまで来ている。

 

 レースがデッドヒートしてるところの乱入とサイレント・ゼフィルスに削られたシールドが後を引いている。

 

 このままではジリ貧だと、この場に居る全員が理解していた。

 手があるとすれば。

 

「箒! 絢爛舞踏は使えるか! あれがあれば戦局を覆せる!」

「あれは、そんな都合良く使えるものでは………」

 

 箒のワンオフ・アビリティーのトリガー。

 それは一夏を強く思うこと、彼の力になりたい。一夏の側で戦うことを強く願うこと。

 これまで数回発動した時には必ず一夏が側にいた。それでも発動しない時があった。

 一夏がこの場に居ない状況で発動できる自信が箒にはなかった。

 

 箒の言う通り、そう都合のいいものではないということは尋ねたラウラ自身も理解していた

 

「みんな、ここは私が敵陣に穴を空ける。AICならば敵の自爆のダメージも防げる」

「馬鹿! そしたらレーザーで蜂の巣になるだけでしょうが!」

「だがこのままでは全滅だ! 敵ドローンを分散した後各個撃破。それが一番堅実的だ!」

 

 ラウラの言うことは一理あるが、友人をそんな危険な目に合わせる訳にはいかないと承諾出来ずにいた。

 だが膠着状態が続いても危険なことには変わらない。

 隙をつかれて全ドローンで特攻自爆された暁には凄惨たる未来が確定する。

 

(私はなんて役立たずなんだ!)

 

 空裂のエネルギー斬撃を振るいながら自分を叱りつけた。

 

(肝心な場面で使えない! 味方の窮地を救える力がありながら私は!!)

 

 自分の絢爛舞踏は一夏への想いの強さで発動してきた。

 だから絢爛舞踏を発動できない度に、箒は不安になったのだ

 自分の一夏への想いが足りないのではないかと。

 

 接近するワルキューレ1機に雨月の刺突を繰り出すも躱され、接近を許した。

 バイザーアイが赤く点滅している。それは自爆モードのサインだった。

 

「しまっ」

「どっっせいっ!!」

 

 真横から飛んできた鈴の連結双天牙月のブーメランに二枚下ろしにされたワルキューレが箒の目の前で爆散する。

 

「箒、あんたって見掛けによらず豆腐メンタルよね!」

「な、なんだ行きなり!!」

「ワンオフ・アビリティーのトリガーがなんだか知らないけど。どうせ一夏絡みなんでしょ」

「んなっ! 何故それを!?」

「あ、ホントにそうなんだ。ごめん」

「鈴!!」

 

 箒は心中で不覚を取ったと嘆いた。

 

「まあ予想通りだったから言わせて貰うけど。発動できないからって自分が本当は一夏のこと好きじゃないんじゃないかって考えてるなら殴るからね」

「そ、そこまで考えてはない!」

「あっそ。だったらシャンとしなさいよ」

「言われなくとも」

「あっ、もう一個言うわ」

「今度はなんだ」

 

 これ以上何を言われているのかとうんざりし始めた箒に鈴は特に抑揚もなく言った。

 

「あたしがなんで強くなりたいか、知ってる?」

「一夏だろう」

 

 それ以外に何があるのかと、眼差しを向けられた鈴はニッと笑った。

 

「も一つあんのよ」

「なんだ」

「強くなりたい。ただそれだけよ」

「……!」

「あー、我ながらガラにないこと言ったわ。行くぞオラァ!」

 

 ムズッとした鈴は拡散衝撃砲をぶっぱなしたのちに再び斬りかかった。

 

 短い言葉だった。

 だがその言葉は何よりも力強い言葉だった。

 

 その言葉に箒は疾風の個人指導の終わり際に言われたことを思い出した

 

『箒はもう少し柔らかく考えてみたらどうだ? 箒ってなんでも固く考えすぎるとこあるし。ワンオフ・アビリティー発動にも、縛りはいってるんじゃないか?』

『一夏への想いを捨てろというのか』

『そうなったらますます発動できなくなるわな』

 

 箒の買い言葉をケラケラと笑いながら躱す疾風。

 

『発想の転換だ。一夏の側にいなくてもお前は一夏が好きだろう?』

『当たり前だ』

『なら側にいなくても箒は絢爛舞踏を発動出来ることになる』

『意味がわからん』

『え、これ以上ないくらい分かりやすく言ったつもりだったんだけど………』

 

 困惑する彼。

 あの時はそこまで気に留めなかった。

 

 だが鈴の叱責が疾風の言葉を繋いでくれた。

 

(そうだ。離れていても一夏への想いは変わらない。なにせ私は四六時中一夏のことを考えているといっても過言ではないからだ)

 

 我ながら恥ずかしいことを考えているが、今の箒に羞恥心などない。

 むしろそんなの邪魔だったのだ。

 

(一夏は二人を追った。自分がすべきことを為すために。なら私も、今自分に出来ること為す!!)

 

 一夏は格段に強くなった。

 その姿を見て鈴は強くなりたいと思った。それは自分も同じだと箒と紅椿は正面を向いた。

 

「私は強くなりたい。誰にも負けないぐらい強く! 力を貸せ紅椿! みなと共にこの状況を打開するために!!」

 

 ギュイィン! 

 紅椿の装甲。否、紅椿の展開装甲の内部が鳴動した。

 短く唸った後、箒の呼び掛けに答えるように紅椿の全展開装甲が花開いた。

 

『絢爛舞踏、発動。エネルギーバイパス接続。オールクリア』

 

 薄桃色のエネルギーウィングと紅の装甲が黄金に輝き、紅椿のエネルギーがレッドゾーンからフルに変わった。

 

 絢爛舞踏、発動成功。

 

 だがそれだけではなかった。

 

 突如紅椿の肩部ユニットがジャキンと音を立てて変形していく。

 変形が終わったその姿はテールスタビライザーを携えたクロスボウのようなものだった。

 

無段階移行(シームレス・シフト)、蓄積経験値の規定値をクリア。最適化開始。出力可変型ブラスターライフル【穿千(うがち)】、スタンバイ』

「な、無段階移行(シームレス・シフト)だと?」

 

 一瞬困惑するが、姉が密かに組み込んだ機能だろうと無理やり納得した。

 

 視界に穿千の詳細が書かれるが、今はそんなものを見てる余裕などないし見たところで箒は理解できないとパネルをどけた。

 

 射撃兵装という文字が見えた。

 それだけわかれば充分。

 

「みんな! ドローンを出来るだけ中央に集めてくれ!」

「え、それって」

「細かいことは聞くな! 説明など出来ん!!」

「了解!!」

 

 箒が絢爛舞踏、そして見知らぬ装備を展開してるのを見た専用機持ちは箒の言うとおりワルキューレを取り囲むように動いた。

 

 紅椿の黄金の輝きはまだ収まらない。

 その無限のエネルギーを両肩の穿千に収束していく。

 

『フルチャージ完了。PICブレーキ、最大』

「ぶちぬけ!! 穿千ぃぃ!!」

 

 2門の穿千から閃光が爆ぜ。極太のビームがアリーナの地面を焼いた。

 

 僚機のおかげで中央に集まったワルキューレの大半は光の本流に呑み込まれ、掠った物は吸い込まれるように流されて爆散した。

 

 20機以上残っていたワルキューレが、一瞬で半分の10機にまで減った。

 

「覆るとは言ったが、ここまでとはな!」

「ほんと規格外だね紅椿は!」

 

 紅椿は穿千を収納したのち再び展開装甲を全て開いた。

 金色の光を放ったままの紅椿を纏った箒は両の刀を構え直す

 

「みんな、私が飛び回る! すれ違いざまにエネルギーを受け取ってくれ!!」

「わかった! みんな、もう一息だ!」

 

 大輪の華が展開装甲に物を言わせてアリーナ内のワルキューレに斬りかかり、近くにいた甲龍とハイタッチした。

 

 三分の一ほど回復した自身のエネルギーパラメーターを見て、鈴は軽くタメ息を吐いた。

 

「まったく、どんだけ好きなんだっつの」

 

 鈴は双天牙月を構え直して加速し近くにいたワルキューレを真っ二つにした。

 愚痴るようにこぼすが、鈴の顔はライバルに対する戦意に満ち溢れていた。

 

 






 思ったより紅椿の覚醒パートが長引いて分けることに。

 次回、おまちかねの疾風VSエムとなります。
 お楽しみに


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第81話【確固たる意思(フィルム・ウィル)

 ひたすら直上に上がっていく。

 

 厚い雲を突き抜け、その先には何をも遮ることのない蒼い空と白い太陽。

 

 そしてその先には暗くて深い黒い青の世界。

 

 成層圏が広がっている。

 

「来た」

 

 サイレント・ゼフィルスも上がってきている。もうすぐ雲からその姿を出すだろう。

 

 必要以上に噛ました挑発が効いてくれたらしい。これで下を気にすることなく戦える。

 

『ALERT』

 

 サイレント・ゼフィルスが雲から抜け出したと同時に撃ってきた。

 数は2。

 

 右に機体を向けて避ける。

 真横を通るレーザー。そのうちの一本が直角で曲がった。

 

 

 

 ………先程の挑発だが。

 半分ぐらい、わりと勢いで言葉を選んだ自覚がある。

 

 数値上俺はセシリアより強い? 

 こんなの本気で言ってる訳がない。

 たった2勝だけ勝ってて意気がる程俺は自分を強いだなんて思っていない。

 

 勿論、街を盾にしたことを非難したのは本当だ。

 それは決して許してはならない外道のそれだ。

 民間人を盾にして相手の気を削ぐのは極めて合理的だよね、なんてことを言えるほど俺は甘さを捨てれたつもりはない。

 

 俺がサイレント・ゼフィルスに必ず勝てるか。エムは俺より弱いのか。

 そんなもん分かるわけない。

 もしかしたらオータムなんかよりずっと強いのかもしれない。

 

 それでも負けてやるつもりはない。

 

 放った言葉は勢いでも。そこに込めた決意と覚悟は本物だ。

 

 

 

 不意を突いた偏光制御射撃(フレキシブル)。エムは口角を上げた。

 

 示し会わせたようにレーザーの正面に向き、その勢いで振るったボルテックⅡでレーザーを斬り散らした。

 

 細かい光の粒と化したレーザーを前にエムから笑みが消えた。

 

(こいつ偏光制御射撃(フレキシブル)が来ることを分かっていたとでも? そんなことが)

「おい。今のが本気なんて言わねえだろ」

「!」

 

 サイレント・ゼフィルスと同じ高度まで下り、槍を突き出して言ってやった。

 

「舐めプしてると喰うぞ、羽虫」

「……言ってろ、雛鳥」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「命中! 残り一機!」

「箒!」

「任せろ! ぜあぁぁっ!!」

 

 最後に残ったワルキューレに紅椿が一閃。

 両腕のダガーで受け止めたワルキューレだが。箒は接触の瞬間に空裂のビーム斬撃を撃ち、ダガーごとワルキューレを溶断した。

 

「………ふーーー、これで終わり、よね? 実は生きてたパターンで後ろから撃たれたくないわよ?」

「大丈夫だ、熱源は消えている」

 

 スクラップと化したワルキューレの残骸がアリーナの至るところに点在している。

 

「ありがとう箒。エネルギー補給助かったよ」

「しかも新武装引っ提げてぶっとい光線まで出して。あんなのあるなら最初から出しなさいよ」

「いや、あれはついさっき使用できるようになって。私も初めて知ったんだ」

「なにそれ?」

「分からん。無段階移行(シームレス・シフト)だの蓄積経験値と言っていたが………」

「篠ノ之博士のオリジナル。色んな意味で規格外ですね」

 

 IS学園で詳しく調べれば詳細が分かるだろう。少なくともこの場で箒が説明するには難易度が高すぎた。

 

「あれ? ラウラ何してるの?」

 

 箒たちから離れてラウラは比較的壊れていないワルキューレを解体していた。

 

「これが何で動いてるか知りたくてな」

「遠隔操作じゃないの?」

「知りたいのは動力だ。ISでもないのにこの小型の体躯で飛行と低出力とはいえレーザーガンをあれだけ撃てた。となると………やはりか」

 

 ワルキューレの装甲をひっぺがし、中から取り出したのは少し黒ずんだクリアブルーの物体だった。

 

「こいつらの動力は時結晶(タイム・クリスタル)だ」

時結晶(タイム・クリスタル)………ってなに?」

「ISコアの材料ですよ鈴様」

 

 時結晶(タイム・クリスタル)

 菖蒲が言った通りこの水色の鉱石はISの心臓部であるコアの原材料と同じもの。

 篠ノ之束はこれを素材にコアを作り出している。

 

時結晶(タイム・クリスタル)はある一定のプロセスを組むとエネルギーを生み出す希少な鉱石だ」

「それでこいつらが動いていたと」

「ああ。だがこのサイズであれだけ動けるとはな」

「というと?」

「こいつは確かにエネルギーを生み出せるが。今の技術力では動力源として運用するには技術不足なんだ」

 

 ISが生まれる前から存在していたこの鉱石の有用性を見いだした国々が様々な検証を行った。だが結果は散々たる有り様。エネルギーを抽出して使えたとしても電気を使ったほうが明らかに燃費が良く効率的という始末。

 

 だからこそ同じ時結晶でISを動かせる破格なエネルギーを作り出した篠ノ之束に世界中の技術者は暗黙の敗北宣言を出すしかなかった。

 

「ちょっと待って、それってつまり」

「ああ」

 

 時結晶(タイム・クリスタル)の加工と、簡易飛行が可能な人型ドローンの運用。

 敵は自分たちが思う以上の技術力を持ってるということになる。

 

 専用機持ちが敵の技術力を目の当たりにするなか。各ISに白式から通信が入った。

 

『みんな、大丈夫か!?』

「一夏か。こちらは今戦闘が終わったところだ」

「箒が絢爛舞踏を使ってくれたんだ」

『良かった。こっちはセシリアをIS学園に運んだところだ』

「IS学園に? なにかあったの?」

『セシリアが怪我をした』

「なっ!?」

「大丈夫だ、ISの保護が機能してたし。命に別状はないってさ」

「良かった………」

 

 全員がホッと胸を撫で下ろした。

 

「一夏様。疾風様もそこにいるのですか?」

『………疾風は今、サイレント・ゼフィルスと戦ってる』

「え!? もしかして一人で!?」

「あいつ、福音の時といい殿をする趣味でもあるわけ!?」

「そんなことより疾風のところに行かないと!」

『駄目だ』

 

 通信に割って入ったのはIS学園にいる織斑先生だった。

 

『ISの市街地戦闘、飛行は原則として禁止されている。お前たちは動くな』

「そんな! 疾風様を見殺しにする気ですか!?」

『落ち着け徳川。現在そっちには更識を向かわしている。こちらから指示を来るまで、お前たちはアリーナ内で待機しろ。いいな?』

「……了解」

 

 通信終了。

 一同が静まりかえり。菖蒲は胸に手を置いて疾風の無事を祈った。

 疾風を外に送り出したのは菖蒲だ。もし自分が送り出したせいで彼の命が脅かされる結果となったら………

 

「大丈夫だよ菖蒲さん」

「シャルロット様………」

「過去にも疾風は似たようなことがあったけど、その時もなんとかなったんだ」

「そうそう、あいつのことだからきっと大丈夫よ」

「そう、ですね」

 

 皆は信じていた。

 疾風・レーデルハイトという男が簡単に負ける男ではないということを。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 サイレント・ゼフィルスの攻撃は苛烈だった。

 ビットとスター・ブレイカーから幾重にも放たれる数多のレーザー。そのうちの何本は偏光制御射撃(フレキシブル)の歪曲射撃でイーグルを貫こうとする。

 

「どうした防戦一方じゃないか! 少しは楽しませて見せろ!」

「おーおー、嬉しそうだな。良かったね」

「まだそんな口を叩ける余裕があるか。だがいつまでもつかな!!」

 

 度々来る避けきれないレーザーをプラズマ・フィールドとプラズマサーベルで払うが、全てを裁ききることは出来ず、二発ほどシールドを掠める。

 

 こちらからも撃っては見るが、シールドビットで防がれ効果はない。

 

「ははっ! やはり先程弾いたのは紛れか! どうした! もっと足掻いてみせろ!」

「お前なんかキャラ変わってねえ?」

 

 もっと冷徹で虫みたいなやつだと思っていたが。どうやらこっちが素らしい。

 

 一身で受けてみたフレキシブルレーザーだが。一言で言うとエグい。

 撃たれたレーザーはエムの好きなタイミングで曲げてくる。そして曲げられたレーザーのホーミング性能は簡単に振りほどくことが出来ないぐらいしつこい。

 

「安心しろ。あの女みたいに嬲ることはしない。直ぐに方をつけてやる」

「そのわりには仕留めきれてないじゃん。もう5分も立ってるけど」

「減らず口を、貴様だって同じだろう。悔しかったらお前も攻めてみたらどうだ?」

「じゃあそうする」

 

 アクセル・フォーミュラと既存の物を含めた全スラスターを稼働し、瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 一瞬で生まれた爆発的な速度でサイレント・ゼフィルスの喉元に迫る。

 

「正面とは芸がないな!」

 

 だがマドカは慌てずじっくりと狙いを定めてレーザーを撃った。

 ビットとライフルの計7本のレーザーをしっかり見定めて躱すが、そのうちの3本が軌道を変えてイーグルへの直撃コースへ入った。

 

 レーザーがプラズマ・フィールドの発生圏内の内側に入った。瞬時加速(イグニッション・ブースト)中では躱せない、エムは当たると確信した

 

 バチチチン!! 

 

「は?」

 

 だが結果はどうか。

 イーグルは機体を器用に捻り、曲げられたレーザーをボルテックⅡ、プラズマサーベル、脚部プラズマブレードで残らず打ち落とした。

 

 エムは瞬時加速(イグニッション・ブースト)中にあれだけ動けたことに驚きを隠せない。

 なんてことはない。瞬時加速(イグニッション・ブースト)をキャンセルして、減速したのち対応しただけだ、普通は出来ないが、キャノンボール・ファスト仕様のこいつだから出来た芸当だ。

 

 エムが呆気に取られるのも束の間、ボルテックをリコールして両腕のプラズマサーベルでエムを切り裂く。

 

「グッ!」

 

 後退するエム。だが俺はエムを追わず彼女の周りに停滞しているビットを一つ斬り飛ばした。

 そのままスカイブルー・イーグル本体のスラスターを吹かし、もう一つのビットに接近。眼前に撃たれるレーザーをかすめ、そのまま蹴り上げた。

 

 残りのビット数、4。

 

 後ろに下がるサイレント・ゼフィルスに本体とは別のアサルト・フォーミュラのスラスターを別個で起動し接近する。

 

 再度レーザーを撃つエム。もう一度直線からランダム曲射を撃つが今度は局所でプラズマフィールドで受け止め。

 曲がらないレーザーには見向きもしない。

 

 そうして何度かの攻防の末に、エムはついに確信してしまった。

 

「貴様、わかるのか!? どのレーザーが曲がるのかが!」

「ああ、アリーナと今のでじっくりと見定めさせてもらったよ」

 

 サイレント・ゼフィルスがレーザーを曲げる時、レーザーのエネルギー総量が僅かながら揺れ、曲がった瞬間に本の少し出力が上がる。

 本当に微弱な揺れで普通のISのハイパーセンサーでは察知出来ない。

 

 だが俺のイーグルの目はそれを見抜ける。

 

 三基目のビットをワイヤークローで掴み、プラズマを流し込んで爆発させた。

 残りのビット、3。

 

「どうした、ビットが緩慢になってるぞ」

「調子に乗るなよ!」

「お前が言うか」

 

 不意打ちが効果をなさないと判断したのかビット3基とスター・ブレイカーの射撃全てが偏光制御射撃(フレキシブル)に変換。

 

 俺は最大出力でフレキシブルを引き離し、レーザーが追従する。

 

 追加で放たれたレーザー、曲がるレーザーの数は総勢10本。

 乱数軌道のレーザーが全方位から踊り狂った。

 自在に曲がる無数レーザー。

 実際目の当たりにすればそれがどれだけ厄介極まりないことがわかる。

 

 だが問題ない。

 

 言い換えればフレキシブルレーザーは異様に曲がる高性能なミサイルと変わらない。

 充分な速度があれば振り切り。最終的に曲がるレーザーは俺の元に行き着く。

 

 そして。福音の時と同じく、プラズマネットが有効だということ。

 全方位のレーザーの囲いを突抜け、一定範囲に収まったレーザーをプラズマネットで絡めとり、出力が落ちたレーザーは消失した。

 

 矢継ぎ早にアラート。

 向いた先にはバーストモードで放たれたゼフィルスの砲撃。

 

 エムは俺を倒すと公言していた。

 だがエムははっきり言って慢心していた。

 

 IS学園の生徒の中でも異彩を放つ疾風・レーデルハイトという存在を耳にしてもなお、過酷な鉄火場を経験した自分に劣る筈がないと。

 

 だがそれは誤りだった。

 

 だからこそエムは慢心を捨てた。

 先程お遊びのようにセシリアを弄んでいたようにやっていれば、今度は自分がやられると認識したのだ。

 

 故に完璧な射撃タイミング、弾速。避けられない一撃がスカイブルー・イーグルの首をとらえた。

 

「っ!」

 

 顔面のシールドに直撃。

 

 確実な手応えを感じたエムは先程の歪なものとは違う純粋な笑みを出した。

 

 だが顔面をぶち抜いたと思った相手は衝撃を受け流して空中で宙返りし、なんてことない顔で直進した。

 

 シールドが守ってくれるとはいえ緊迫した戦闘で顔面に弾、ましてやレーザーをくらったらベテランでも少しは怯む。

 

(恐れがないのかこいつは!?)

 

 そんな気配をまったく感じさせない俺の顔に流石のエムも大きく狼狽えた。

 

 確かにエムは慢心を捨てて全力で倒しにかかった。

 

 だが遅すぎた。

 今まで負け知らずのはずだったエムの乱れた意識が整うのを待つには時間が無さすぎたのだ。

 

 そしてその狼狽えは高機動パッケージを持つ俺が近づくには充分だった。

 

「来るな!!」

「嫌だね」

 

 振りかぶったボルテックⅡをバヨネットで跳ね返したが、俺の左手に光が集まりもう一つの槍であるブライトネスをコールした。

 

「まだ武装が!?」

 

 単純に使う機会がなかっただけだが、結果オーライだ。

 シールド越しの腹に六発の衝撃が走り、殺しきれなかった衝撃がエムの内臓を揺らした。

 

 一瞬の意識の混濁で力なく降りたスター・ブレイカーのライフルを左手で掴み、右手でエムの左手を掴み上げた。

 

 エムはゼフィルスのマニピュレーターの操縦桿を握る自分の手がカタカタと鳴っているのに気づいた。

 

(ふ、震えている? この私が? こんな生ぬるい温室育ちのルーキー相手に震えているのか? 目の前の男に恐怖してるとでも言うのか!?)

 

 今まで亡国機業(ファントム・タスク)に入ってから感じたことのない感覚。

 いつ如何なる時でも獲物を狩る捕食者の側にいたエムが初めて感じた、得体の知れない物への恐怖心抱いた。

 

 自分が狩られる側という、この状況に。

 

「き、貴様! 離せ! 離せよ!!」

 

 半ば狂乱状態へ陥ったエムは必死に拘束を逃れようと身をよじるためにガチャガチャと操縦桿を動かす。だが自分を掴むイーグルのマニピュレーターはピクリとも動かなかった

 

「俺はお前を許さない」

「!?」

 

 イーグルに握られたスター・ブレイカーにヒビが入った

 

「セシリアを傷つけたお前を許さない」

 

 手の中にあるライフルが軋み、銃身がへこんだ。

 

 今まで見たことないぐらい疲弊した彼女。

 あと一歩遅かったらセシリアが死んでいた。

 あと一歩遅かったらエムはセシリアを殺していた。

 

 痛め付けられたセシリア見た時、これ以上ない程の怒りの感情が沸き上がった。

 

 今までも許せない敵がいた。

 仲間を傷つけられたことも何回もあった。 

 だけどこれまでと違う。今までと違うベクトルの怒りの感情だった。

 

 イギリスの空港でセシリアと離れるとき。強くなろうとした。それは何故か。

 

 いつかISに乗れる日を信じてか。

 自分を見下す女尊男卑主義を見返す為か。

 

 その気持ちに嘘はないが。

 それは飽くまで後付けだった。

 

 俺があの時強くなろうと決意した、本当の理由。

 それはセシリア・オルコットという女の子を守りたいと願ったから! 

 

 俺にとっての恩人を。

 唯一無二の友人を。

 苦楽を共にするライバルを

 

 

 

 そして。俺が初めて好きになった女性を! 

 

 こいつは弄び、傷つけた!! 

 

 

 

「だからお前は今ここで、俺が倒す!!」

 

 俺はライフルを握っていた手に更に力を込め、そのままスター・ブレイカーの銃身を握りつぶした。

 

(負ける!………い、いま私は何を!?)

 

 反射的に浮かんだ敗北のビジョンに戸惑うエム。そのビジョンを振り払うように声を荒げた。

 

「ふざけるなぁぁーー!!」

 

 エムは使えなくなったライフルを捨てて距離を取る。

 彼女を守るようにサイレント・ゼフィルスのビットが発砲、だがプラズマ・フィールドに防がれた。

 

「ボルテックⅡ、バーストモード!」

『ready』

 

 穂先を展開。高濃度のプラズマがインパルスのバーストモード以上の出力を誇るプラズマブレードを形成する。

 高機動パッケージによる出力粋計算。前パッケージであるソニック・チェイサーと白式・雪羅のデータを応用し、限りなく本物に近づけた二段瞬時加速《ダブル・イグニッション・ブースト》を発動。

 

 エムも迎撃の構え。残ったビットによる偏光制御射撃(フレキシブル)とレーザーガトリングを掃射し迎え撃つ。

 

「アクセル・フォーミュラ、リンケージ!」

『ボルテックⅡとの同期完了』

「【インドラの槍(ヴァジュラ・スピア)】発動!!」

 

 スカイブルー・イーグルとアクセル・フォーミュラのプラズマ発生機構スリットを全開放。

 放出されたプラズマはバーストモードのボルテックⅡを気転に収束。青白いプラズマエネルギーはスカイブルー・イーグルを包み。スカイブルー・イーグルそのものを一本のプラズマの槍となる。

 今の俺とイーグルが出せる最大火力だった。

 

「な、なにっ!?」

「うおおおおおぉぉぉぉーーっ!!」

 

 プラズマの塊と化したイーグルは二段瞬時加速(ダブル・イグニッション・ブースト)の速力のまま直進。

 フレキシブルレーザーとレーザー・ガトリングを全て弾き飛ばし。高性能爆薬を兼ね備えたシールド・ビット、エネルギー・アンブレラさえも無力化。サイレント・ゼフィルスのシールドと激突した。

 

「ああっ!!」

「フルブラスト!!」

 

 イーグルを覆っていたプラズマエネルギーを全て前方に放出。

 巨大なプラズマバンカーとしてサイレント・ゼフィルスに叩き付けた。

 

「ごはっ!」

「まだぁっ!」

 

 ボルテックⅡを捨ててブライトネスをコール。ランス形状のブライトネスのシャフト部分のスリットを解放。

 

「堕ちろぉっ!!」

 

 エムの顔面のシールドに突き刺し、装填カートリッジ六発分を一斉解放した。

 

「っ! かぁ………!」

 

 ダメ押しの一撃に絶対防御発動。

 元から入っていたサイレント・ゼフィルスのバイザーのヒビが広がり、右半分が砕け散った。

 

 まだ奴のISは生きている。もうひと押し! 

 プラズマ・サーベルでサイレント・ゼフィルスのなけなしのシールドを削るために振りかぶった。

 だが………

 

「え?」

 

 バイザーが砕け、右半分があらわになったエムの顔を見て振り下ろす手が止まった。

 その顔は、俺がよく知る人に瓜二つというほど似ていたからだ。

 

「織斑先生?」

「!?」

 

 いや違う!

 似てるけど本人に比べて少し幼い。

 だが本当に似ていたのだ。

 

「お前、一体」

「そこまでよ、疾風・レーデルハイト」

「うわっ!」

 

 下からエネルギー・フィールドを纏わせた金色のISがエムから俺を退ける。

 

「随分とボロボロにされたわねエム。撤退するわよ」

「まて、私はまだ負けては」

「少し眠りなさい」

「スコー、る………」

 

 割って入った金色のISは気絶したエムを受け止めた。

 

「ゴールデン・ドーン。スコール・ミューゼルか」

「あら、私のこと知ってるのね。嬉しいわセカンドマン」

 

 フルフェイスメットの奥で妖艶に笑うスコールを前に俺は冷や汗を流した。

 

 こっちはエネルギーをほぼ使いきってチャージまで時間がかかる。

 この状態でこいつを相手にするのか。

 

「安心なさい。やりあおうなんて思ってないから」

「なんだと?」

「本当はあなたを殺さなきゃいけないんだけど。エムをここまで追い詰めたご褒美。あと、セシリア・オルコットを傷つけたお詫びね」

「見逃すというのか?」

「ええ。その代わり私たちも見逃すこと。もう潮時だし、この子を抱えた状態で更識とやりあうのは面倒だもの」

 

 センサー領域を拡大すると、後方からミステリアス・レイディが近づいて来るのがわかった。

 スコールは俺に背を向けて撤退しようとした。

 

「ま、待て! そいつはなんだ!? なんでそいつは織斑先生、織斑千冬に似ている!?」

「あら、見ちゃったのね。残念ながら答えることは出来ないわ。でも………」

 

 スコールは首だけをこちらに向けた。

 その顔は何処か面白そうに見えた。

 

「その織斑千冬に聞いてみればわかるんじゃないかしら」

「な、なにを」

「フフッ。じゃあね」

 

 スコールの言葉に戸惑う俺を置き去りにスコールは飛び去っていった。

 

「疾風くん!」

「会長」

 

 入れ違いで追い付いた会長。

 全速力で飛ばしてきたのだろう、額に汗が流れるその姿はいつも余裕を保つ会長のイメージと離れていた。

 

「大丈夫? 怪我はない?」

「俺は大丈夫です。それより奴らは追わなくていいんですか」

「これ以上の追跡は危険だわ。悔しいけどここで終わり」

「そうですか」

 

 下手に追って下を危険に晒すことは避けたいもんな。

 

「あっ、セシリアは! IS学園に行ったはずですけど」

「大丈夫よ。さっき織斑先生から連絡が来て、命に別状はないって」

「そうですか………良かったぁ」

 

 安心すると一気に身体の力が抜けた。

 PICがなかったらそのまま落ちるレベルで。

 

「アリーナ内のドローンも掃討済み。みんな良くやってくれたわ。特に疾風くんは大戦果ね」

「いえ」

 

 結局サイレント・ゼフィルスを逃がしてしまった。

 勝ったは勝ったが、どうにも後味が悪い。

 

「だーけーど。緊急事態とはいえあなた達は街中をISで飛び回った。重大な規則違反よ。後で取り調べがあるからそのつもりで」

「ええ、覚悟はしてますよ」

「………まあ、出来るだけ擁護はしてあげるわ。街の被害を防ぐために高所に上がって、海の上にまで持ってきてくれたんだものね」

 

 海の上? 

 下を見てみると、確かに海の上だった。

 戦闘で大幅に移動したんだな。気づかなかった。

 

「さて、私たちはこのままIS学園に戻りましょ。取り調べもあるし、アリーナの後片付けはあそこにいるメンバーで充分だわ」

「わかりました」

 

 取り調べか、前科つかないといいな………

 

「あの、会長」

「なに?」

「………織斑先生って、ずっと学園に居たんですよね?」

「ええそうよ。それがどうかした?」

「いえ、なんでもないです」

 

 エムのことを会長に話すか迷ったがやめた。

 

『その織斑千冬に聞いてみればわかるんじゃないかしら』

 

 先程のスコールの言葉がリフレインする。

 織斑先生は何を知ってるんだ。

 なんでスコール・ミューゼルがそんなことを言えた? 

 一夏はこのことを知ってるのだろうか。

 

「ほら、ボーっとしてないで戻るわよ」

「あ、はい」

 

 今はやめよう。

 今日は一夏の誕生日だ。

 

 もしかしたら俺はとんでもない核心に触れてしまってるのではないかと。

 

 そう思ったからだ。

 

 




 お待たせしました。
 疾風VSエム、決着でございます。

 最近コロナがまた爆発しはじめてますね。
 そのせいでまだまだ離職者が後をたたないとか。苦しいですね。

 皆さんも手洗いアルコール、マスクを忘れずに。


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第82話【トライアングラー】

 あれはIS学園で疾風と久しぶりに再開した次の日の朝だった。

 

 

 

 朝の日課である紅茶を入れ、新しい1日に感謝する。それがセシリア・オルコットのモーニングルーティンだった。

 その日はアッサムとセイロンをブレンドした茶葉を使った。口当たりがとてもよく、セシリアが持ってる茶葉の中でもお気に入りの紅茶。

 

 白い湯気と共に香る紅茶を飲もうとした時だった。

 従者であるチェルシー・ブランケットから連絡が来たのだ。

 こんな早朝から、しかも電話とは普段から考えられないと思いながら通話を開いた。

 

「お嬢様! テレビを見ていますか!? 見ていないのなら今すぐ見てください!!」

 

 彼女らしからぬ尋常じゃない慌てぶりだった。

 戸惑いながらもテレビをつけ、紅茶を口に含んだ。

 

 そしたら。

 

『現在、私は世界で二番目にISを動かした男性、疾風・レーデルハイト君の自宅に来ています。今、レーデルハイト工業代表取締役のアリア・レーデルハイト氏がマスコミの対応に当たっています』

「んん!?」

 

 なんとテレビに昨日再開した幼馴染みの顔が写っているではないか。

 しかもISを動かしたとぬかしている。

 

 思わず紅茶を吹き出しそうになった。

 自分が高貴な出じゃなかったら絶対に吹き出していた。

 思わず紅茶を飲むことすら忘れてテレビに釘付けになった。

 

 急いで彼に電話をして確認しようとしたが。彼と連絡先を交換してないことに気づいて猛烈に後悔した。

 

 次の日、テレビに証拠映像として彼がレーデルハイト工業のラボで打鉄を動かした映像が出たことで疾風が二番目の男性IS操縦者だということが確定した。

 シャルル・デュノアのように実は女性だったという事ではないということは。自分が一番知っているからだ。

 

 

 

 発表から一週間後に彼はIS学園に来た。

 学園の制服に身を包んだ彼は緊張はしているものの明らかに興奮しており、笑いを堪えるのに苦労した。

 

 彼と初めてISで戦った。

 一夏さんの時とは違い、最初から全力で戦った。

 初心者とは思えない彼の動きに負けたくないと願った時にBT適正が上昇したが、結果は自分の負けだった。

 悔しかったが、それ以上に喜びが勝っていた。

 いつか二人で誓った約束が夢幻ではなくなった。

 それがセシリアの胸を喜びで満たしていた。

 

 

 

 臨海学校で彼に素肌を触れられたことは忘れたくても忘れられなかった。

 実をいうと、自分とは違う男の手にドキドキしっぱなしだった。この事実は墓場まで持っていこう。

 

 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の暴走事件の対処に当たり、負傷した一夏と箒を逃がすために疾風と二人で殿を勤めた。

 初めての共闘にも関わらず息のあったコンビネーションを発揮。軍用である福音に手傷を負わせれるとは思わなかった。

 

 第二次作戦でも疾風の的確な指示で福音を完全に翻弄した。彼は指揮官に向いてるのかもしれないと本気で思った。

 結果。イレギュラーはあっても生還した一夏さんと疾風の指揮で見事勝利を納めた。

 

 作戦が終わった後に弱音を吐いた疾風を激励した。それが彼の力になったのかは定かではなかったが、疾風は改めて前を向いた。

 

 ………福音のパイロットに投げキッスを送られたときに照れる疾風の写真をクラスに拡散した。

 あの時は珍しい顔を見れたのと、普段からからかわれてる仕返しを込めた。

 本当は頬を赤らめる疾風を見て面白くなかった………のかもしれない。

 

 

 

 夏休みに彼をボディーガードというていで誘い、両親の墓参りに行った。

 彼が話した自身の父親の人物像に戸惑ったが。今思えば彼が言ったことは正しかったとわかる。

 その点を含めても、彼には感謝しなければ。この時のことがなかったらわたくしは偏光制御射撃(フレキシブル)を発動することは出来なかったかもしれない。

 

 パーティー会場でハーシェルの側近のボディーガードの男を一瞬で撃退したのには………正直驚いた。

 

 次の日にティアーズ・コーポレーションとレーデルハイト工業が技術連携したのも束の間。疾風と妹の楓さんが事件に巻き込まれた。

 あの時ボロボロだった彼の姿は今でも目蓋の裏に焼き付いている。

 彼が目覚めた時には思わず抱きつき、ついには目の前で大泣きしてしまった。

 

 

 

 彼を好きだと言う徳川菖蒲という存在には心を掻き乱された。

 その時から正体不明の感情に胸が痛み、戸惑うばかりだった。

 生徒会主催の演劇で彼の王冠を間違って手にとってしまい、思わず絶叫して逃げ出した。流石にあの対応はあんまりだったと反省した。

 

 疾風との同居生活が始まった。

 彼との同居生活は最初こそ慣れなかったが。時間がたつにつれて、性別の違いを気にすることなく、とても居心地が良かった。

 これも彼の細かい気遣いのお陰だ。

 ………自分の料理が生体兵器だと気づけたのは本当に良かった。彼には感謝してもしきれない。

 

 

 

 そして、ついに疾風と一夏さんを快く思わない者たちが動き始めた。

 叔母様がそれに類ずる人物だったから彼女たちがどういう感情を抱いてるのかは理解していたつもりだったが、認識が甘かった。

 

 結果、菖蒲さんは命の危機に瀕した。

 そこからは疾風の独壇場。4対12の異種多人数IS戦、VTシステムを使った安城敬華を倒し、学園に平穏を取り戻した。

 この反抗作戦は全て疾風が立案したものだと聞いた時には、『間違っても疾風の敵にはならない』と密かに思ったものだ。

 

 彼は、本当に強くなった。

 もしかしたら自分よりも………

 

 

 

 菖蒲さんが疾風に告白したことを知った。

 わたくしは疾風に事の真意を確かめることをせずに偏光制御射撃(フレキシブル)習得の為に鍛練を続けた。

 

 ………違う。彼に真相を聞くのが怖かったのだ。

 もし疾風が菖蒲さんとお付き合いをしていたら? 

 そう考えるだけで胸が痛かった。だからその思考を排斥し、愚直に訓練をこなした。

 要するに逃げたのだ。由緒ある貴族が聞いて呆れてしまう。

 何故逃げたか? それはいくら考えても分からなかった。いや、分かろうとするのを拒んだのかもしれない。

 

 

 

 サイレント・ゼフィルスとの戦闘で、初めて死を覚悟、認識した。

 銀の福音でもここまで確信を持てなかった死のビジョン。

 

 走馬灯が浮かぶなか、最後に浮かんだのは彼の笑顔だった。

 

 

 

「遅くなって、ごめん」

 

「よく頑張ったな。セシリア」

 

「後は任せろ」

 

 

 

 彼が来てくれた。

 その姿はまるでお伽噺の王子様のよう。

 

 彼の腕に包まれると冷えきった身体に熱が通った。

 こんなに安らかな気分になったのは何時ぶりだろう。

 

 それと同時に自覚してしまった。

 自覚するしかなかった。

 ずっと背けていた彼への感情に。

 

 彼に負けたくないと思ったことも。

 彼が弱音を吐いた時に背中を押したくてたまらない時も。

 彼が他の生徒から密かに人気を得たことにモヤモヤしたことも。

 徳川菖蒲に嫉妬したことも。

 彼に偏光制御射撃(フレキシブル)を褒めてもらった時、これ以上ないくらい嬉しかったことも。

 

 意識すると途端に胸を熱くする。この止めようのない感情の奔流を。

 もっと疾風のことを知りたいと思うこの心も。

 

 そして理解する。

 彼の隣に居たいと願う。この尊き想いの正体を………

 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「………んん」

 

 セシリアが目を覚ますと。白一色の世界。

 天井も、壁も、床も。そして自分が横たわるベットさえも。

 

「おはよう」

 

 まどろみの中で声をかけられたセシリアは目線を持っていくと。そこには本を読んでいた疾風がいた。

 

「疾風?」

「はい疾風ですよ。自分の名前わかる?」

「それぐらいわかります」

「そっか。あの時と逆になったな」

 

 起き上がると同時に鈍い痛みがセシリアの脳に届く。見てみると右腕が包帯とギプスで固定されていた。

 

「しばらく痛むぞ。医療用ナノマシンが効いてるからな」

「そうですか」

「チラッと見たんだけど凄かったぞ、お前に打ってたナノマシン。少し前に発表された最先端中の最先端の代物だ。先生も痕は残らないって言ってた。凄いなIS学園」

 

 ハハハと笑う疾風だが。上手く笑えてないのがセシリアにもわかった。

 目覚めるか分からない相手を側で見守ることの辛さはセシリアも体験したことがある。

 

 ひとしきり空笑いをする疾風はスッと真面目な顔つきになる。

 

「なんで一人で行ったんだ」

「サイレント・ゼフィルスを取り戻そうと」

「遠巻きからお前がとどめを刺されそうになったのを見た時、生きた心地がしなかった」

「ごめんなさい」

「俺が言えた義理じゃないけど言わせて貰うぞ。無茶し過ぎだ馬鹿。プライドも大事だけど、それを免罪符にするな」

「はい」

 

 こればかりはセシリアも猛省する。

 焦りはあった。サイレント・ゼフィルスが亡国機業(ファントム・タスク)の手に落ちたのはイギリスの、自身が所属する会社の落ち度だと。

 だから取り戻さんと飛んだ。その後の具体的なことは考えずに。

 

「ありがとうございます疾風。あなたが来てくれなければ、私は今頃」

「マジで肝を冷やした」

 

 思い出したのか疾風はブルッと身体を震わせた。

 

「まあなんにせよ。お前が無事で本当によかった。一夏に感謝しろよ。お前をここまで運んだのはあいつなんだからな」

「そうだったのですか。あの、サイレント・ゼフィルスは」

「一夏にお前を任せた後。戦闘に入って、そして勝った」

「勝ったのですか?」

「ああ。相手が慢心してなかったらどうだったかわからんけど。人質取れなきゃ戦えねえチキン野郎だ。ボコボコにしてやった」

 

 ISの相性もあったしな、と疾風は胸元のバッジを撫でた。

 街を盾にされたとはいえ、自分を圧倒したサイレント・ゼフィルスを倒すとは。

 セシリアは信じられないという顔で疾風を見た。

 

「そのあと敵のリーダー格に横やり入れられて逃げられた。ごめん、任せろと言った癖に」

「いえ、あなたが無事で良かった」

「お互い様だな」

 

 疾風はあの時の借りを返せたと密かに思ったのだった。

 

 ふと、セシリアは疾風が持つ本に視線が行った。

 いつものIS関連の本かと思ったが、見るからに古びたセピア色の表紙から違うとわかった。

 

「疾風、それもしかして」

「これ? うん、あの時お前がくれた円卓物語」

 

 差し出されたその本を表紙の題名をセシリアは指でなぞる。

 手触り、独特な紙の匂い。間違いなくセシリアが疾風に渡した本だった。

 

「ずっと持っていてくださったの?」

「うん。辛い時はこれを読んだこともあった。イーグルを受領してからはずっとバススロットに入れてた」

「ということは肌身離さずに?」

「俺にとってのお守りだからな。もしかしたらイーグルも読んでたりして」

「そうかもしれませんね」

 

 一説にはコアには固有人格があるという仮説があるという。

 ISが操縦者の経験を見て育つなら、バススロットに入った本を読むこともあるかもしれない。

 

 だがセシリアはそんなことよりも疾風がずっとこの本を大事にしていたことを喜び、本を抱き締めた。

 

 そのあと、疾風はセシリアが寝てる間のことを話した。

 セシリアが寝てたのは6時間ほどで、もう夕方だということ。

 アリーナに現れた人型ドローン兵器『ワルキューレ』の動力には時結晶(タイム・クリスタル)が使われていたこと。

 箒が新武装を手に入れてワルキューレを一掃したこと。

 疾風と一夏が市街地飛行、及び戦闘で取り調べをうけたこと。

 

 キャノンボール・ファストは当然ながら中止。

 なんかイベントごとに事件が起きてるよな、と。予想してたとはいえ疾風も意気消沈した。

 

 事件の顛末を話し終えた。

 それから話すこともなくなり、二人はしばらく虚空を見つめ、無言の時間が続いた。

 

「あの、一つ聞いても宜しいでしょうか」

「ん?」

「………学園祭のキャンプファイヤーの時、菖蒲さんに告白されたというのは本当でしょうか」

「本当だ」

 

 ズキりとセシリアの胸が痛む。

 わかっていたことだ。菖蒲が自らの見栄の為に嘘をつく人間ではないことなど明白だ。

 それでも彼の口から出たことでそれはより現実となった。

 

「さっき菖蒲に会ったんだ」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 セシリアが目を覚ます少し前。

 取り調べを終えた俺は廊下で待ってた一夏に声をかけた。

 

「長かったな疾風」

「お前と違って戦闘もしたからな」

「街に被害を出さないために空に敵を誘い込んだんだろ。凄いな疾風」

「ハハッ。奴の煽り耐性のなさに感謝だな」

「相手を怒らせる天才だよな疾風は」

「何故かお前に言われると違和感ある」

「なんでだよ」

 

 なんでだろうね。何回目かもう数えるのも馬鹿馬鹿しいぐらいだけども。

 

「キャノンボールは中止になったけど、お前の誕生日会は予定通りやるんだろ?」

「ああ、もうみんなには連絡した。セシリアはどうしよう」

「あいつが目を覚まさない限りはな。起きたら聞いてみる。ギリまで待つから先に行っててくれ」

「わかった」

 

 セシリアの治療は順調だ。

 それだけが俺にとって救いだった。

 

「あっ」

「あっ」

 

 デジャビュ。とはこのことか。

 いつかの日みたいに菖蒲と廊下でバッタリ出くわした。

 あの時と違うのは、今回は本当に偶然だということだろう。

 

「俺先に家に行ってるわ。色々準備しなきゃいけないし」

「おう」

 

 あいつが状況を察するなんて、今日は天気は槍か? いやレーザー? 

 そんな一夏は俺と菖蒲を置いて足早に去っていった。

 

「………あー、その」

「?」

「………練習機部門の1位おめでとう」

 

 違うだろ! 

 と脳内でハリセンを噛ました。

 さっそく言いたいことを間違えて逃げてしまった自分が恥ずかしい。

 そんなことを知らずに菖蒲は笑顔で受け答えた。

 

「ありがとうございます。疾風様のアドバイスのお陰です」

「そ、そうか。でも菖蒲も頑張っただろ。打鉄の性能を余すことなく発揮した良いレースだった。ライブ中継をチラ見したけど、解説役の母さんも誉めてたし」

「そういってくれると嬉しいです」

「そうか。いや、えと、そうじゃなくてな」

 

 思わず話題がそれてしまった。

 今度こそ言おう。と思ったが、またも本の少しずれた。

 

「その。お前が助けてくれたお陰でなんとかセシリアを助け出せた。ありがとう菖蒲」

「それは良かったです。先程セシリア様の病室に行ったのですが、まだお目覚めになっていませんでした」

「そっか」

「………」

「………」

 

 黙ってしまった。

 

 というより俺が黙って、菖蒲が次の言葉を待っているといったところだった。

 

 出来れば誕生日会後に言おうと思っていた。

 だけど会ってしまった以上。俺は彼女に言わなければならないことがある。

 

 言葉なんて考えていない。

 そんな上っ面の言葉なんて、かけられる訳な。

 呼吸を整え、言葉の一つ一つを組み上げた。

 

「………菖蒲」

「はい」

「学園祭の時の告白。答えを言うよ」

 

 真っ直ぐに、まるで放たれた矢のように真っ直ぐ俺と目を合わせる菖蒲。

 言葉に詰まった。もう一度深呼吸をし、俺は意を決して口を開いた。

 

「ごめん。俺は菖蒲の気持ちには答えられない───俺には好きな人がいる」

「私ではない人ですか」

「うん」

 

 菖蒲は目を閉じた。

 しばらく閉じ、再び目を開け。もう一度俺の目を見た。

 

「わかりました」

「ごめん」

「謝らないでください。私はあなたの意思を尊重します。それに」

「それに?」

「断られることはわかっていましたので」

「え?」

 

 わかっていた? 

 どういうこと? 

 

「私が告白した時から、疾風様はセシリア様に好意を抱いていましたものね」

「は? ………は?」

 

 え、ちょっと待って。俺があいつを好きだと自覚したのはついさっきなんですけど? 

 ていうかバレてる? 

 

「え、ちょっ、待っ。俺はセシリアが好きだなんて一言も」

「シンデレラの時、落下するセシリア様を追って身を投げましたね」

「いや、あの状況なら誰だって」

「学園祭のあとも疾風様はいつもセシリア様を見ていましたし、彼女を陰からサポートしていました」

「あれは別にそういう意味では」

「それに疾風様、セシリア様が一夏様と一緒にいる時嫉妬していましたよね」

「え!? いやそんなこと」

「無意識に箸を折るぐらいですもの、相当だと思いました」

「うぐっ!」

 

 か、考えてみれば。

 俺の行動の一つ一つにセシリアへの好意を組み合わせたら何もかも辻褄が会う。

 

「でも、そんなの」

「私はずっと疾風様を見ていましたのよ? 一挙一動一投足。そんな私が疾風様を見て確信したことです。間違っていますか?」

「うっ」

 

 俺は無意識にセシリアに好意を向けていたことになる。

 しかもそれを他人である菖蒲に暴かれるって。どんな罰ゲームだこれ。

 

 いやちょっとまて。

 

「菖蒲。俺がセシリアを好きだって気づいたって言ったよな。告白する前から?」

「ええ。知っていて告白しました」

「どうして?」

 

 思わず聞いてしまった。

 

 菖蒲の言ったことが本当なら。

 菖蒲は断られる可能性が高い告白をしたことになる。

 

「決まっています。私がどうしようもないほど貴方に恋をしてしまったからです。それに、たとえ疾風様が私とは違う人に目を向けていたとしても。私がその恋を諦める理由にはなりませんから」

 

 菖蒲の目に曇りも嘘もなかった。

 彼女が俺に好意を抱いているのはわかっていたつもりだったが。こちらが想う以上に彼女は俺を愛していたのだ。

 

 それでも。俺は彼女の想いに応えることはできない。

 

 彼女は悲しそうな表情を感じさせない笑みを浮かべた。

 

「では私は先に一夏様のご自宅に伺います」

「ああ、わかった」

 

 会釈をし、俺とすれ違う菖蒲。

 

「………」

 

 今までも告白は断った奴らは沢山いた。

 だがそいつらは俺の足元や後ろとか開示されてるデータを見てばかりで俺を見ようとしてる奴は一人もいなかった。

 その癖こっちが断るとその場で癇癪を起こす人。腹いせに校内で女性であることを盾に傍迷惑な噂を流す女子さえいた。

 

 だけど菖蒲は違う。

 あいつは本当に俺を好きでいてくれているんだと。俺が思う以上に俺を想ってくれていたんだとわかった。

 それなのに俺が断って、そして俺の意思を尊重するなんて言った。

 答えをわかっていながら、何時までも待っていますと言ってくれた。

 

 なんて強い女性なんだと思う。

 

 胸が痛かった。

 だけど一番辛いのは菖蒲自身だ。

 こんな痛みを抱えるなんて。おこがましいにも程がある。

 

 俺は胸の痛みを飲み込み。決して振り返らずにセシリアの病室に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、菖蒲?」

「鈴様………」

「………ほれ」

「え?」

「胸なら貸すわよ」

「………ありがとうございます」

 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 

「………そうですか」

 

 流石に事細かに言えず、疾風は結果だけをセシリアに伝えた。

 すると、セシリアは口許を抑えた。

 

「セシリア?」

「疾風、ちょっとあっちを向いて欲しいのですが」

「え、お、おう?」

 

 何故か分からずに疾風はセシリアから顔を背けた。

 

 疾風が菖蒲の告白を断ったと聞いた瞬間。

 セシリアはよかった。と思ってしまった。

 

 卑怯な感情だと思った。

 間違いなくその事実に安堵し、喜んだ自分がいる。

 そんな醜い一面をセシリアは疾風に見られたくなかった。

 

 もしかしたら彼女はあの時から。彼女が転校したその日から。

 自分が疾風に特別な感情を抱いていることを見抜いていたのではないか。

 

 改めて聞くつもりはないが。そうだとしたらしっくり来た。

 

「も、もういいですわよ」

「おう。って、大丈夫かセシリア。顔赤いけど」

「ゆ、夕日のせいですわ!」

「そ、そうか」

 

 そういうことにした。

 無理やり誤魔化す。それは一夏ラバーズが一夏に対して行う常套手段。

 まさか自分が使うとは思わなかったセシリアは上手く切り抜けたと自分を褒めた。

 

 相手が疾風じゃなければ上手くいっていただろう。

 

「あの、勘違いだったら悪いんだけど」

「なんです?」

「最近調子が悪かったのって、もしかして菖蒲の告白が原因だったりする?」

「ち、違いますわよ! 偏光制御射撃(フレキシブル)の訓練が上手く行かなかったからです! 変な勘繰りはやめてください!!」

「ご、ごめん!!」

 

 セシリアに強く出られて疾風は戦線離脱を試みた。

 薮蛇を突いたか、あるいは惚れた弱みか。

 それ以上追求することなど出来るはずもなかった。

 

「あー。俺、織斑先生呼んでくる。お前にも取り調べあるだろうし」

「お、お願いします」

 

 なんとなくその場に居づらくなった疾風はもっともな理由をつけて病室を後にした。

 

「あ、一夏の誕生日会どうする? 出たいなら交渉しとくけど」

「それは………わたくしから言いますわ」

「そっか。じゃああとでまた」

「ええ」

 

 セシリアの病室を出た疾風は深く息を吐いて壁に寄りかかった。

 疾風が病室を出た直後、セシリアは再びベッドに身を預けて深く息を吐いた。

 

(………もしかしたらセシリアも)

(………もしかしたら疾風も)

 

 自分に好意を持っているのだろうか。

 

((………いや))

 

「流石に自惚れ過ぎだな」

「流石に自惚れ過ぎですわね」

 

 互いの思いを知らぬまま。

 二人はまたも息を吐いた。

 

 

 



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第83話【ハッピーバースデーは賑やかに】

 

 

「みんな持ったな。はい! せぇぇのっ!!」

「「一夏っ! お誕生日おめでとうっ!!!」」

 

 俺の気合いの入った声を合図に無数のクラッカーと誕生日常套句が部屋に響き渡った。

 

「うわぷ。あ、ありがとうみんな」

 

 ツンとする火薬の匂いとともに色とりどりの紙吹雪とテープが一斉に一夏に襲いかかった。

 だがテープまみれになった一夏も満更でもない顔だ。

 

「ほら一夏! ケーキの蝋燭消しなさいよ!」

「おう。フーーー」

 

 一夏がホールケーキの蝋燭が消すと口笛や歓声でまた織斑家が揺れた。

 そして待ってましたとばかりに各々が料理やらケーキやらを取り分けていく。 

 

「しかし、この人数は何事だ?」

「ハハッ、賑やかだなオイ」

 

 時刻は夕方五時。場所は一夏の家のリビング。

 そこそこ広いリビングには無数の人。

 

 いつもの専用機メンバー6人。

 生徒会メンバーの3人、そして何故か+αな新聞部エースの黛薫子。

 一夏の友達の弾とその妹である五反田蘭、そして初対面の御手洗数馬。

 さらには俺の友人である村上と柴田、更に。

 

「疾風兄!!」

「うおっ楓! 飲み物持ってるんだから突っ込むな!」

「むふー」

 

 俺の胸に頬擦りしてる妹の楓。

 そこに俺と一夏を加えた総勢18名という大所帯。

 広いはずのリビングはパンク寸前だった。

 

「今日の疾風兄凄くカッコよかった。IS乗った疾風兄は映像でしか見たことなかったから嬉しい!」

「ありがとう楓」

 

 学園祭は呼べなかったからな。喜んでもらえてなによりだ。

 

「しかし。やっぱり睨んだ通り美少女揃いだなぁ。この全員が疾風兄を狙ってるのね!」

「残念ながら人気度では一夏の方が上だぞ」

「え? 揃って疾風兄の価値を見いだせないなんて、みんなモグリだね」

 

 こら、初っぱなから失礼なこというんじゃありません。

 

「んー、それでも一応警告という名の威嚇をしなければならないな。疾風兄の妹として」

「それより楓。その服似合ってるな」

「でしょ!! 疾風兄を骨抜きにするために気合い入れまくったんだから!!」

「メイクも楓に合ってるよ」

「もう! 疾風兄大好き!!」

 

 楓の得意技。感情の高速切替(ラピッド・スイッチ)発動に成功。ちょろいぜ。

 まあ何時もより可愛いのは本当なので許しておくれ。

 

「あ、そうだ。蘭ちゃん! 蘭ちゃんどこー!?」

 

 俺から離れた楓は弾の妹である蘭ちゃんを探しに行った。

 

「疾風の妹。凄いブラコンだな」

「まあな。そろそろ兄離れしてほしい」

「来るかなぁ」

 

 ………来てくれ。 

 

「ほーら蘭ちゃん! 早く渡さないと!」

「え、でも。流石に」

「いい? 恋する乙女はいつでも真っ向勝負なんだから! ほらっ!」

「うわわっ」

 

 楓に押し出されて蘭ちゃんが一夏の前に出てきた。

 

「おお、蘭。今日はどうだった? といっても色々大変だったけど」

「い、いえ! とても楽しかったです! それに、カッコよかったです!」

「そうか、良かった」

 

 一夏が笑いかけると蘭ちゃんは赤い頬を更に赤くした。

 成る程、この子もか。

 

「あ、あの私ケーキ焼いてきました! その、レーデルハイトさんのお友達が持ってきたケーキには見劣りすると思いますけど」

「そんなことないぞ。食べてもいいか?」

「是非っ!!」

 

 蘭ちゃんが差し出したケーキに一夏はフォークで切り取る。

 ココアスポンジに生クリームとチョコ。リップトリックのケーキと比べたら見劣りすると蘭ちゃんが言ってたが。込められた想いは確実に勝っていることだろう。

 

「うん! ちょうど良い甘さで美味しい」

「本当ですか!?」

「俺はこのケーキ好きだな」

「す、好き!?」

「ああ。蘭って料理上手だよな。きっと良いお嫁さんになるぞ」

「お、お嫁さん!?」

 

 わーお。二段階攻めの口説き落とし(無自覚)。

 蘭ちゃんも赤かった頬が紅に変わり、キャパシティオーバーを引き起こしていた。

 

 まあこんな良い雰囲気を快く思わない物も居るという。

 

「一夏! あたしの作った誕生日飯を食べなさい!!」

「おうっ!? ら、ラーメンか? てか、お前ほんといきなりだな」

「なに言ってんの。料理は出来立てが一番! 冷めたら台無しよ! ほら食べなさい!」

 

 蘭ちゃんのケーキを一度テーブルに置き、ズイッと渡されたラーメンに箸を通す一夏。

 黄金色の油が浮かぶスープに浮かぶ縮れ麺。そこにネギやメンマ、チャーシューと言った引き立て役にして主役陣が一夏の目から食欲を誘った。

 

「いただきます」

 

 ずずーと勢いよくすすられたラーメン。

 その味は見事に一夏の舌を唸らせた。

 

「どう?」

「美味い。海鮮系の醤油スープに麺がしっかり絡んでる。さっぱりしてるけど薄いわけじゃない。それに麺にコシが会って歯応えがいい」

「麺もスープもチャーシューも私の手作りだからね」

「チャーシューも? あむ、んー。肉の味がして美味い! 脂身も甘いな!」

「そうでしょうそうでしょう!」

 

 一夏の渾身の食レポに鈴はすっかりご満悦だ。

 正直横から見てる俺も思わず腹が減る程の代物で、思わず鈴に視線を送った。

 

「なに、疾風食べたいの?」

「い、いやそんなことないぞ。これは一夏への誕生日プレゼントなんだから俺が手を出す訳には」

「はい、ミニラーメン」

「いただきます! ウマーい!」

 

 即落ち二コマである。

 しかもチャーシューもちゃんとついている。

 あー、美味いぞぉぉ! 

 

「あんたには世話になったしね。お礼よお礼」

「ありがとう。ほんと美味いよこれ」

「だな。鈴、また料理の腕上げたか?」

「まぁね。目指せ一夏以上の料理スキルよ。それで一夏………私も良いお嫁さんになれそう?」

「ああ、きっとなれるさ」

「そっかそっか………よっしゃ」

 

 一夏から最大限の評価を頂いた鈴は思わず後ろを向いてガッツポーズ。

 照れを抑えた良いアプローチだ。そっちも成長してる凰鈴音。

 

「………鈴さん」

「あれぇ? 蘭居たの? てっきり夢の国にトリップして帰ってこないと思ったわ。まだいていいのよ。一夏は私のラーメンに夢中だから」

「相変わらず失礼な物言いですね鈴さん。少しは胸育ちました? 私に勝てるぐらいに」

「そういうあんたも背伸びた? アタシに勝てるぐらいにぃ」

 

 竜虎相うつ。

 お互い譲れない物があるため火花をぶつけ合う二人。

 一瞬にして険悪ムードとなった二人に一夏は困惑する。

 

「いつもああなの?」

「ああ、会えば必ずああなる。なんであの二人は仲良くできないんだ?」

「原因はお前だぞ一夏」

「え、なんで? ケーキもラーメンも残さず食うぞ?」

「おくたばりなさい織斑一夏」

「丁寧語!?」

 

 深く切り込まず浅くなで切りにした俺は鈴に渡されたミニラーメンのスープを飲み干した。

 ご馳走さまでした。

 

 ラーメンどんぶりをさげに行こうとしたらシャルロットが新しい皿を出していた。

 

「あ、一夏。お誕生日おめでとう」

「ありがとうシャル。皿出してくれるのか?」

「料理の種類多いからね。あとケーキ用とかも」

 

 今回の料理は箒とシャルロットを先頭に菖蒲と会長、そして楓までもが補佐に入った。

 ホールケーキのみならずリップトリックの多種多様のスイーツを持ってきた最大功労者である柴田も忘れてはならない。

 

 とにかく大人数なので皿が必要になるのだ。

 追加で学生寮から皿を追加で持ってきても足りないぐらいにだ。

 

「はい一夏。誕生日プレゼント」

「おっ。この前言ってた時計か?」

「うん。機能も盛りだくさんな最新モデルのホワイトゴールドカラー。一夏に一番似合いそうなものを選んできたよ」

「ありがとうシャル。でもこれ高かったんじゃないか?」

「ラウラが前に言ってたでしょ。こういうのは値段が重要じゃないんだって。一夏が使ってくれたら僕も嬉しいな」

「わかった。さっそくつけてみて良いか?」

「もちろん!」

 

 一夏が箱から時計を出すなか。俺はプライベートチャネルでシャルロットにコソッと話しかけた。

 

『シャルロット・デュノアさんや』

『なんでしょう疾風・レーデルハイトくん』

『値段は重要じゃないって言ってたけど。あれガチでヤバイ値段のやつじゃね?』

 

 一夏が貰ったホワイトゴールドの腕時計。

 

 気温、湿度、天気、最新ニュースまで見れる超高性能腕時計で。横のボタンを押すと小型空中投影ディスプレイが表示される。

 電池は最新式の太陽光電池・体温発電機能電池。更に驚くことに、最新型の小型空気電池ときた。

 

 お値段は、とても学生が出せる代物ではないと言っておこう。

 

『僕も迷ったんだけどね。一目見たときにこれだ! ってなって。そのあとどの時計を見てもあの時計が頭にチラついて。それでね』

『うわーお』

『勿論あれは代表候補生で稼いだお金だから合法だよ』

『別にそっち方面を考えてないから安心しなさい』

『うん。あっ、勿論一夏には黙っててよね』

『了解』

 

 値段は重要ではないんだ。

 込められた想いが重要なのだ。

 

「つけてみたけど、どうだ?」

「うん! やっぱり似合ってるよ一夏!」

「ありがとう」

「そういえばラウラが後で庭に来てくれって言ってたよ」

「ラウラが? ちょっと行ってみるか」

「おう、行ってら」

 

 流石にご指名となればついていく訳には行くまい。

 そこら辺の料理でもつまんでおくかね。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ふぅ」

「お疲れ様です織斑先生」

「ああ」

「終わったんですか?」

「重要な書類はな。まだまだ片付けなければならないものは山積みだが」

 

 セシリア・オルコット、疾風・レーデルハイト、織斑一夏が行った市街地飛行の書類を筆頭に様々な事後処理タスクが山のように積まれている。

 警備責任者も楽ではない。

 

「そっちはどうだ。例の人型ドローンの解析」

「サンプルが多かったのである程度は解析できました」

 

 千冬は渡された電子端末に目を通す。

 最後の項目を閲覧し、険しい目付きが更に鋭くなった。

 

「BT兵器だったか」

「はい。組み込まれた時結晶(タイム・クリスタル)には動力源の他にBT兵器にも組み込まれているBTクリスタルとしての役割も担っていました」

 

 BTクリスタルとはBT兵器やブルー・ティアーズシステムに使われている脳波送受信媒体だ。

 そのBTクリスタルの材料に時結晶(タイム・クリスタル)が使われている。

 偏光制御射撃(フレキシブル)が可能とされるBTレーザーはこのBTクリスタルを通して放たれる。

 

 時結晶(タイム・クリスタル)にはエネルギー生産の他に、通信媒体としての効果がある。

 といっても。これは時結晶(タイム・クリスタル)をレーザーに起用出来ると踏んだイギリスIS企業と。その技術が使われたフランチェスカ・ルクナバルトのISがワンオフ・アビリティーを発現したことで発見された偶然の産物だった。

 

 それが人型ドローン改め、人型BT兵器『ワルキューレ』があれ程の戦闘能力を発揮できたカラクリだった。

 

亡国機業(ファントム・タスク)が奪ったサイレント・ゼフィルスを解析して製造したのでしょうか」

「そして時結晶(タイム・クリスタル)のような稀少な鉱石を入手出来るパイプを持っている。更にこのような複雑な兵装を操れる人形使いがいる」

 

 時結晶(タイム・クリスタル)を加工、運用出来る企業がバックにあり、なおかつ優秀な脳波技術。

 例えば、ブルー・ティアーズの親元の………

 

「織斑先生、織斑くんの誕生日パーティーに行かなくて良いんですか? もう始まってる頃ですよね?」

 

 書類を物色していた真耶に千冬は現実に引き戻された。

 

「いや、まだ片付けなければならない書類が」

「残りは織斑先生の許可がなくても出来る書類ばかりです。後は残った人員で対処します。弟さんのプレゼントも買っているようですし」

「なっ」

 

 何故それを知っているのか、ということを千冬は既で飲み込んだ。

 

 周りを見てみると、他の先生がなんとも生暖かい視線を千冬に向けている。

 側にいる山田真耶に至っては満面の笑みを浮かべている。

 

「行ってみてはいかがですか?」

「………」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「おかえり一夏。ラウラはなにくれたの?」

「ナイフだ」

「ナイフ?」

 

 見てみるとそれは刃渡り20cmを越える。バタフライナイフみたいなチャチな代物とはまったく違う、明らかに軍用なナイフだった。

 

「ラウラが言うには。切断力に長け、耐久性も高く。自分が実戦で使っていた物だって」

「説明お疲れ」

 

 通販番組かなと思ったのは秘密。

 なんだ? ラウラはこれで一夏にナイフ戦でも仕込むつもりなのか? 

 

「おーい一夏! 誕生日プレゼントだ受けとれ!」

「俺と弾で選んだんだ」

「ありがとう弾! 数馬!」

 

 弾と数馬から貰った袋を開ける一夏。

 

 するとラウラが俺の横によってきた。

 

「んで、一夏にナイフを送った意味は?」

「刃物を贈る。それは悪運を断ち切り、未来を切り開くという意味がある」

「成る程。確かに一夏向けだ」

「後は………戦士が己の武器を渡すという意味はだな………」

 

 顔を赤くして黙り込むラウラを見て俺はあのナイフに込められた真の意味を理解した。

 

「ちゃんと伝えないとわかんないぞきっと」

「伝えようとしたのだ。ただ………」

「ただ?」

「照れが先に来て。私が話を断ち切った」

 

 フラグもスパスパ切れる代物らしい。

 

「おおっ、駄菓子詰め合わせだ!」

「へへっ。実は老舗の駄菓子屋を数馬が見つけてな」

「金をかき集めて買いまくったんだ」

「おおっ。見たことないお菓子まである」

 

 あっちはあっちで楽しそうだ。

 うん? 弾がこっちに近づいてきて。

 

「なあ疾風。虚さんどこ? 一夏知らないらしくてさ」

「え? さっきまで居たんだけど。あ、あそこにいるぞ」

「うおっ、虚さん………どうしよう」

「行けっ」

「だ、だけど」

 

 お目当ての人物を見て足がすくむ弾。

 虚先輩も弾に気づいて顔を赤らめた。

 

 双方の事情を知っていると焦れったい現状。だが当人からしたらそれどころではないのだろう。

 ならばやることは一つ。

 

「弾。必勝のアドバイスを教えてやる」

「ひ、必勝? なんだそれは」

「迷わず進め。以上」

「それだけ!?」

「あともう一つある」

「なんだよ」

「つべこべいわず中庭に行け。ほらゴー!」

「お、おう!」

 

 弾をむりくり中庭に放り込んだ。

 さて次は。

 

「虚さん中庭に行ってください。そしてメアドゲットしてください。弾からより虚さんから聞き出せば弾の方も自分に気があるのではと思うはずです、そしてそこから順当に関係を構築するのですレッツゴー」

「ちょ、ちょっと待って。私別に彼に気があるわけでは」

「つべこべ言ってるとあの人がスタンドアップしますよ」

 

 サッと俺と虚さんが会長のほうを向くと。会長は『恋慕』と書かれた扇子を広げて目を細めた。

 

「………」

「………」

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 

 虚さんも中庭に突入。

 ミッションコンプリート。

 

「なあ疾風、弾の奴どうしたんだ?」

「春が来たんだよ」

「今は秋だぞ?」

「凍えるがいい織斑」

「お前のその脈絡のない罵倒ってほんとなんなんだ?」

 

 知らんぷり。

 

「あの、レーデルハイトくん」

「疾風で良いよ御手洗」

「じゃあ俺も数馬で。弾に春ってほんとか?」

「マッチング率100%レベル」

「マジか。弾もやるなぁ」

「まったくだぜ」

「なかなかお似合い」

 

 綺羅斗参戦。おまけに現在彼女ありの柴田も参戦。

 

「これは師匠として見守るしかあるまい、行くぞ」

「不躾だぞ村上。こっそり行こう」

「弾にも春が来たかぁ………」

 

 男子の友情は固い。

 三人は友の恋路を見守りに行った。

 ついでにのほほんさんもついていった。

 

「楽しんでおりますか、一夏様」

「菖蒲さん。お陰さまでな」

「それは良かったです。これ、私からのプレゼントです」

 

 IS学園の着物制服とは違う着物を着こんだ菖蒲が取り出したのは長方形の黒い箱だった。

 

「知り合いの名工に作らせて貰った包丁でございます。お料理が得意と聞きましたので」

「ありがとう菖蒲さん。丁度新しい包丁を買おうと思ったんだ。大切に使わせて頂きます」

「それは良かった。代わりと言ってはなんですが、今度料理を教えて貰っても宜しいでしょうか。まだまだ花嫁修行が必要ですので」

 

 菖蒲がこちらに微笑んだと思うと。俺の横にピトッとくっついてきた。

 

「菖蒲?」

「まだまだ女を磨かなければなりませんもの。ね、疾風様?」

「あの、あや」

「ちょっと菖蒲さん!?」

 

 大きな声を出して割って入ったのはセシリアだった。

 

「あらセシリア様。珍しく強引な」

「そ、それは申し訳ないですわ。ではなくて、あなた疾風に断られたのではないのですか?」

「ええ。ですが決して疾風様を諦めた訳ではありませんよ?」

「ほぁっ!?」

 

 予想外の返答に何処から出したかわからん声を上げるセシリア。

 という俺もあんぐりと口を開けたままフリーズ。

 

「一度断られたぐらいで疾風様への想いは冷めませんよ。彼が別の人を好きになろうと、付き合っていないならまだ望みはありますし」

「いやあの菖蒲さん?」

「これからも宜しくお願いしますね。疾風様」

「お、おう」

 

 満面の笑みを浮かべる菖蒲に俺はなす術もなく答えるしかなかった。

 徳川菖蒲。ただでは転ばない女。

 ほんと強かというかなんというか。

 

「というわけでセシリア様」

「な、なんです」

「フフッ」

 

 今度は妖しく笑ったあとセシリアの耳元に近づいた。

 

「ぼやぼやしてると私が取ってしまいますよ?」

「なぁっ!」

「では失礼します。一夏様、お誕生日おめでとうございます」

 

 ペコリと礼をして菖蒲は鈴の元に歩いていった。

 

「なあ疾風。いったい何の話なんだ?」

「聞くな」

 

 俺も何がなんだかわからないんだから。

 ていうかセシリアの反応に既視感を覚えた件について。一夏ラバーズ的な。

 

 いやまてまて。そっち方面で行ったらセシリアもそういうことになるじゃん。

 やめろ、自惚れてしまう。

 

「あ、そうですわ。一夏さん、お誕生日おめでとうございます。こちらプレゼントです」

「ありがとうセシリア。おお、ティーセットだ。しかもなんか、高そうだ」

「お目が高いですわね。これはイギリス王室御用達のメーカー『エインズレイ』の高級セットです。わたくしが普段愛飲してる一等級茶葉もお付けしておりますわ」

「お、おう。これはまた凄いものを。虚さんに教わりながら淹れさせてもらうよ」

 

 セシリアが渡した茶葉は俺も飲んだことがあるが本当に美味しい代物だ。

 こちらも相当な値打ちもの。

 

「セシリア。怪我してるのに来てくれてありがとうな」

「いえ。一夏さんはわたくしの恩人なのですから。出ないわけにはいきませんわ」

 

 あのあと織斑先生と医師に頼みに頼んだセシリアは特別に外出許可を取らせてもらった。

 包帯で固定されてる腕があまりにも痛々しく見えてかなわない。

 

「ほんとうに大丈夫なのかセシリア」

「もう、そんな辛気臭い顔をなさらないで下さいな」

「うん。まあ、また痛くなったらちゃんと言うんだぞ?」

「ええ」

 

 活性化再生治療の痛みは痛み止めでなんとか対応している。

 本人は大丈夫と笑ってるが、やはり心配になるわけで。

 

「ドーン!」

「ぐえふっ!」

 

 唐突に背後から衝撃が! 

 

「なぁに? 祝いの席でそんなしんみりするんじゃないの」

「あの会長。結構いいの入ったんですけど………」

「傷心してる時にアオハルな空気を立て続けに感じたからやつあたりしたの。ごめーんね」

 

 この会長。謝る気ゼロ! 

 

「ん、会長。立て続けってなんすか」

「あら私の勘違い? なんか二人の距離がガッツリ縮まったような気がしたのだけれど?」

「ふぁっ!?」

「ちょっと生徒会長なにをイタタタ」

「おい大丈夫か!?」

「大丈夫です。ナノマシンの定期的な痛みが来ただけですので」

 

 あービックリした。

 前までここまで大袈裟に反応しなかったのに。

 ………変わったなぁ俺。

 

「あー、これ以上からかったら馬に蹴られるわね。なので虚ちゃんのとこに行こーっと」

 

 からかうことはやめないのですね。

 

「ほ、ほら疾風。あなたも一夏さんに用意してるのでしょう?」

「ああそうだった。一夏!」

「おう」

「受けとれ! これが俺が用意した渾身のバースデープレゼントだ!」

 

 すっかり蚊帳の外にされてしまった今回の主役に貢ぎ物を。

 バススロットから取り出したるわ菖蒲が出した物より小さめな黒い箱だった。

 

「開けてもいいか?」

「どうぞ!」

「えーと………おおっ! こ、これはっ!?」

 

 開けた瞬間一夏は思わず大きな声を出してしまった。

 その声に皆が振り返るなか。箱の中にあったのは。

 

「ちっちゃい雪片弐型!?」

「その通り! 一夏の雪片弐型をイーグル・アイのデータを筆頭に設計して作り上げたこの世で一つしかないミニ雪片弐型だ!!」

「おぉ………」

 

 小さいとはいえ精巧に作られた雪片弐型。普段持っている一夏でも感嘆してしまうぐらいの細部の作りに思わずホォッと息を漏らした。

 

「凄い細かいぞ。ほんとに雪片弐型だ」

「驚くにはまだ早い。刀身を持ったままスライドすると?」

「うおっ! 展開装甲状態!?」

「しかも付属のクリアパーツをつけると」

「零落白夜状態になるのか!」

 

 しかも通常ビームソードのクリアブルーと零落白夜のクリアゴールドバージョンの二種類が付属。

 

「ん? だけどサイズの割りに重い?」

「材質はIS装甲と同じ素材だ。制作するときに出る破片を使わせてもらった」

「す、すげぇ」

「台座パーツもあるから机の上にでも置いてくれ」

「ありがとう疾風!」

 

 女子目線とは違う男子目線アプローチは一夏のハートはガッチリ掴んだ。

 合間合間で苦労して作ったかいがあったぜ。

 

「す、凄いわね。一夏が玩具を貰った子供みたいよ」

「男の子ならではのプレゼントだね」

「それならナイフも良い勝負ではないか?」

 

 そして想定外過ぎるプレゼントに回りの女子も思わず嫉妬を通り越して感心してしまった。

 

「オホン」

 

 そんななか割って入ったのは箒だった。

 咳払いをして頬を赤くしながらも、真っ直ぐ一夏の目を見た。

 

「一夏、受けとれ!」

「箒、これは?」

 

 手には大きめの袋。中には包み紙に包まれた何かが覗いていた。

 

「開けてみろ」

「わかった。おっ、着物だ!」

「実家に良い布があって仕立てて貰った。その、この前夏祭りに行ったときに着物を持ってないと聞いてな」

「触ったらわかるけど本当に良いものじゃないか? サンキュー箒!」

「う、うむ」

 

 渡された着物は落ち着いた色合いで部屋着にも使えそうだった。

 一夏は着物の着方の心得があるので、帰ったら早速着替えてみようと思った。

 

「実はその………その柄は私が持ってるものと対になっていてだな………」

「ん? なんか言ったか?」

「いやなんでも! ………ええい! 着ろ!」

「え、ここで?」

「違う! 正月の初詣にだ! その着物を来て篠ノ之神社の初詣に来い! いいな!?」

「お、おうわかった。約束する」

 

 おおっ。箒の奴照れ隠しを勢いで乗り切った。

 さっきの鈴といい、幼馴染み組は間違いなくいろんな意味で成長している。

 

 だが流石に限界が来たのか、箒はそっぽを向いた真っ赤な顔でポニーテールのリボンをいじった。

 

「そのリボン、俺があげた奴だよな? ずっとつけてくれていて嬉しいぞ」

「べ、別に毎日同じものをつけている訳ではないぞ!?」

「わかってるって。週二日ぐらいだろ?」

「よ、よく見ているな」

「箒のことだからな」

「ぬっ!? そ、そうか………私のことだからか」

「お、おう」

 

 自分を見てくれていることが嬉しかったのか。箒は恥ずかしいやら嬉しいやらで更に顔を真っ赤に染めた。

 

 そんな普段とは違うしおらしさで恥ずかしがる箒を前に調子を崩される一夏も不思議とドキドキするのだった。

 

 が、そんな二人の様子を快く思わない人物が三人。

 

「「「ジーー」」」

「はっ!?」

「わっ。どうしたみんな?」

「なんか良い雰囲気じゃない? あたしの時より」

「みんながいる場でそういうの良くないと思う」

「浮気者め。お前と同じナイフで裂いてやろうか」

 

 鋭き眼光が六つ、そしてそれを囲むギャラリー+「修羅場キタコレ」とカメラを押す黛新聞部エース。

 最近周りの空気にある程度察知出来るようになった一夏はコマンド「三十六計逃げるに如かず」を発動した。

 

「あっ! そろそろ飲み物が足りないんじゃないか? 俺買ってくるぜ! 行くぞ疾風!」

「俺も!? ちょっまっ!」

 

 俺を巻き添えにして。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「わりぃな疾風、巻き込んじまって」

「いやまぁ。良いけどさ」

 

 あの場で一人で抜け出すことは至難の技だっただろう。

 たまたま近くにいた俺を盾にしたって感じだ。

 

「一人で外に出ていくなんて無鉄砲なこと考えなかったから許してやる」

「連れ出した後にそういえばって感じで気づいたからな」

「70点だなぁ」

「意外に高い」

 

 玄関で靴を履いてる時、一夏に「まだ亡国機業(ファントム・タスク)のやつらが彷徨(うろつ)いてる可能性もあるかもしれないから。頼む」と言われたのだ。

 あの一言がなかったら着いていこうなんて思わなかったかも。

 

 なので。

 

『会長』

『大丈夫よ、二人の周りに不振人物はいないわ』

 

 後方から会長が予備対策として周辺警戒をしてくれている。

 ISを持っているとはいえ二人だけで大丈夫かと思ったところに会長から言ってくれたのだ。

 ついでにみんなが飲みたい物をリストアップしてくれた。ありがたい。

 

 近くの自販機から人数分の缶ジュースやペットボトルを買い込むと、かなりの量になった。

 これは一人では厳しかったかも。

 

「つかさ。お前箒のこと良く見てるよな。リボンの柄なんてわからんだろ」

「え、普通にわかるだろ?」

「いやわからんよ」

 

 なに当たり前のことを的なことを言ってるのかと言う顔をする一夏。

 なんだろうな。ISに関して言ってる時の俺ってこんな顔してんのかな。

 

「お前箒に気があるの?」

「なにそれ」

「恋愛的な意味で好きなのかって話」

「そんなんじゃねえよ」

「逆にお前好きな奴とか、この子と将来的に恋愛的なお付き合いしたいなとかいないの?」

「いない」

 

 間髪入れずに答える一夏。嘘ではなく本心なのだろう。一夏ラバーズの努力もまだまだ一夏に届いてないと見える。

 

「そっか」

「ああ」

「良かった」

「何が?」

「お前がセシリアのこと気になってるとか言わなくて」

「え?」

 

 何を言ってるのかわからない。って顔をしてるのは見なくてもわかった。

 

「俺はセシリアが好きだ」

「え、えっ?」

「勿論恋愛的な意味でな」

 

 なので言ってやった。

 案の定一夏は状況を飲み込めず止まってしまった。

 

「ほんとに?」

「ほんと」

「なんで俺にそんなこと言うんだ?」

「お前が万が一セシリアを好きにならないとは限らないからな。だってセシリアは綺麗だし、普通なら周りの男はほっとかないだろ」

「別に俺はセシリアのことは友達としか見てないぞ?」

「わかってる。でもこう言っておけば牽制になるかなって」

 

 我ながら小ズルいことを言ってる自覚はある。

 他の男なら言わないが、だが相手は一夏だ。

 俺にはないルックスを持ち、様々な女の視線を奪う男。

 

 そしてこんなみみっちいことを考える俺より強い心を持ち、そして気取らない男。

 もし一夏がセシリアに好意を持つ、または逆のパターンがあるとしたら。

 そんなこと考えたくもない。

 間違いなく強敵になるから。

 

 セシリアの内情が不明瞭な以上。

 というより不安なのだ。

 それほど織斑一夏は男の俺から見てもカッコいい奴なんだから。

 

「わりぃ。変な話した。このことはくれぐれも内緒にな」

「わかってるよ」

「じゃあ戻るか」

 

 街灯だけが照らす薄暗い道を冷えた飲み物を抱えて歩いた。

 今更ながら余計なことを言ったなと反省する俺に、一夏は声をかけた。

 

「疾風」

「なに?」

「俺は応援するぞ。結構お似合いだと思うし」

「そうか? ありがとう」

「おう」

 

 ………杞憂だったかなぁ。

 

 そう思いながら俺たち二人は今だに賑やかなパーティー会場に戻るのだった。

 

 

 




 はい。ということで。
 第六章【涙滴疾走(ティアードロップ・ファスト)】、終了です。

 長かったです。ほんとに。セシリアの偏光制御射撃(フレキシブル)シーンを書いてから若干燃え尽き症候群になりかけましたが。なんとか書ききりました。

 さて。みなさん思ったこともあるでしょう。
 あれ?原作みたいにマドカが襲撃してこなかったなと。

 第六章は終わりですが。このあとここに書ききれなかったオマケページを書こうと思います。
 お楽しみに。


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第84話【強さ】


 おまけと言いつつガッツリ書いてしまったのでおまけじゃなくなったでござるの巻。


 

 

 

「なあ柴田よ」

「なんだい」

「俺が言った通りIS学園女子って可愛い子ばかりだったろ」

 

 村上と柴田は主役と友人が居ない誕生日パーティーの景色を見ながら皿に盛られたケーキを食べた。

 

「まあ、そうだね」

「あ、可愛いって言ったな! 彼女にチクってやる」

「もうお前にケーキ恵んでやらん」

「すいませんでしたぁ!」

 

 甘味を征する者が全てを征す。

 直角90度で謝罪した村上が良い例だった。

 

「まあ前座は置いといてさ。あのセシリア・オルコットが疾風の幼馴染みって知った時には驚いたよな」

「俺は夏休みには知ってたけど。握手した時に手を洗うか迷うぐらいに美人だよね」

 

 もし同じ学校に居れば彼女は間違いなく高嶺の花。自分なんか歯牙にかけない存在と成り果てる。

 常に世界は不公平だと思ってる村上は初めて知った時はハッキリ言って嫉妬した。

 

「人のこと言えねえけど。疾風って顔は平凡の部類じゃん?」

「そうかな。少なくともIS学園に行ってから顔つき変わった気がするけど」

「それでも織斑一夏に比べれば普通だろ?」

「比べる相手が悪いよ」

「だからよ。俺は初めて聞いた時は耳を疑ったわけよ」

 

 村上は残ったケーキを頬張り、しばし間を置いた。

 

「でもさ。不思議と疾風だったらああそうなんだなぁって受け入れたんだよな」

「というと?」

「家柄? じゃないよな。でもなんでか納得したんだよ」

「なんだそれ」

「あの」

「はい?」

 

 二人で話し込んでるといつの間に居たのかセシリアが目の前に立っていた。

 彼女の美貌に目が眩むと同時に痛々しさが前に出た包帯で現実に引き戻された。

 

「あの、俺ですか? それとも村上?」

「ちなみにこいつは彼女います。ですが俺はフリーです」

「違います」

「はい」

 

 1ミクロンの希望は全容を話す前に打ち砕かれた。

 軽く落ち込む素振りを見せたあと、直ぐに気を持ち直した。

 

「わたくしが用があるのはお二人です」

「俺ら、ですか?」

「はい。あなた方は中学から疾風と知り合いと聞きまして」

「ええ、一年からずっと一緒です」

 

 高校に上がっても一緒なぐらいの腐れ縁だった。

 疾風なら最上位の学校にも充分狙えたが「IS学園以外どれも大差なんかない」と言った

 結局三人は近く、そしてそれなりに高いランクの学校というだけで選んだ。

 

「中学の頃の疾風を知りたいのです」

「疾風から聞いてないんです?」

「当たり障りのないことぐらいしか」

「成る程わかりました。俺たちの話でよければ」

「ほんとですか。ありがとうございます」

「いえいえ!えっと、先ずは………」

「ちょいまち村上」

「な、なんだよ」

 

 軽く笑うセシリアに見惚れる村上に柴田は待ったをかけた。

 

「失礼ですが。中学の疾風についてはどこまで知ってます? 深いことはどこまで?」

「彼がイジメにあっていたということは知っています。とても酷い状況だったと」

「そうですか。それなら話せます」

 

 問題をクリアという顔をした柴田。柴田に促され、村上は話し始めた。

 

「あいつと出会った時は。まあ普通って感じでした。ハーフだから興味本位に聞いてみたら大企業の息子だって聞いた時は驚きました」

「頭も良くて運動神経抜群。なんでそんなに頑張れるのかって疾風に聞いたら『出来て困ることはないし。それに、いつか自分がISに乗れる日が来ても困らないように』って。初めて聞いた時はこいつなに言ってんだって思った」

「でもあいつガチの本気で思ってたからな。それが面白くて気づいたら友達になってました」

 

 今の疾風とは違うセシリアの知ってる疾風の人物像が出てきた。

 そして、あんなことは言いつつも、当時の彼も自分との約束を覚えていたのだと。セシリアは少し嬉しくなった。

 

「しかしまあ。金持ち、ハーフの男。更に男なのにISに乗りたいなんて変わった夢。良い意味でも悪い意味でも疾風は目立ちました」

「そしていじめに」

「酷いもんだった。教科書や靴を隠す、机に落書きや花瓶。ガタイの良い男の先輩を使ってカツアゲ。ドラマで出てくるようなイジメのオンパレードだったな」

「しかも主導してたのは、当時一年でヒエラルキーの高い女子でした。その子の親が女性権利団体に所属していて、しかも結構偉い役職らしく」

 

 この時の女性権利団体はまさにカーストの頂点。穏健派の女性保護団体という組織もあるが。前者に比べてそこまで発言力と影響力はない。

 

「あの、その人の名字って安城でした?」

「いいえ。貝塚って人でした」

「そうですか」

 

 安城とは別人。

 流石にそこまで来たら因縁レベルだとセシリアは安堵した。

 

「まあそんな奴らだから疾風がイジメを受けても教師を含めて周りは見てみぬふり」

「俺たちも似たようなものでした。情けない話です」

「言うなよ。あん時はマジで貝塚の恐怖政治だったんだ」

 

 女尊男卑社会においての女性によるスクールカーストは一度築かれてしまえば酷いもので。それが過激派であれば親の名を交渉材料にすれば充分脅迫のネタとなれる。

 

 同じクラスの生徒は貝塚に恐怖心を抱いていた。それは被害者、同姓異性問わず周りの生徒。

 みな彼女の機嫌を損ねないよう知らぬ存ぜぬを通した。

 

 イジメを容認していた周りも同罪とよく言われる。

 だがひとたびその矛先が自分に向けられたら? 疾風と同じことが自分の身に降りかかったら? 

 それは間違いなく恐怖そのものだ。

 

「あいつはただ耐えるだけだった。俺たちも疾風が孤立しないように貝塚から見えないところで仲良くするしかなかった」

「疾風も親にそのことを言わなかったから。入学から夏休みまでずっと続きました。聞いてみたら、小学校の時も時々そういうのあったみたいで」

「そうだったのですね」

 

 セシリアの両親の葬式の前に、一度イギリスに来てくれたことがあった。

 その時は疾風がイジメにあってることなど欠片も知らず。それでいて疾風もそれを悟らせることはなかった。

 

「ずっとそんな環境が続くと思ってた。でも、一年の夏休みの後から疾風は変わりました」

「三年前、ですね」

 

 間違いなく両親の葬式の後の事だ。

 

 そしてセシリアは理解してしまった。

 ここから今の疾風の人格が形成されたのだと。

 セシリアを守るために強くなる。

 その為には自分に来る火の粉ぐらい払えなくては駄目だと疾風は行き着いたのだろう。

 

 優しいままでは生きられないと。

 そんな彼を変えてしまった今の世界にセシリアは胸を痛めた。

 

「疾風は段々とイジメに対して怒りを見せてきたんです。いつも暗い顔で抵抗せずされるがままだったのに。『このままやられてばかりでいられるか』って」

「そしたら段々と疾風のイジメの頻度が減っていったんです。間接的なことはあれど直接的なイジメ、取り巻きを使ったカツアゲがなくなったんです」

「疾風に何かしたのか? って聞いたんですけど。疾風はなんもしてないって」

「嘘ですわね。疾風がなにもしないはずは」

「呼んだか」

「「「わっ!?」」」

 

 本当にいつの間にいたのかそこには話の中心の疾風が。

 遅れて入ってきた一夏がジュースを配っていく。

 

「なんの話してた?」

「え、えっとそれは」

「疾風の中学の時の話ですわ」

「オルコットさん!?」

「あー成る程。たくっ、お前ら」

「彼らは悪くありませんわ。わたくしがどうしてもと言ったのですから」

「そうかい。取りあえず飲み物置いてくるから待ってろ。あ、飲みたいのここにあったら取れ」

 

 残った飲み物をゴトリとパージ。

 疾風はオレンジジュースの缶を半分まで飲み干した。

 

「しかしお前らよくセシリアに話そうと思ったな。2年、3年に上がっても誰にも話さなかったろ」

「オルコットさんなら良いかなって」

「その心は?」

「だって疾風がオルコットさんのこと話す時いつも楽しそうだし。半ば女性不信な疾風がそこまで入れ込んでるなんて相当だなって思ったし」

「えっ、そうなのですか疾風?」

「あー、そうなん、じゃないの?」

 

 特に否定することなく頬をかく疾風はオレンジジュースを流し込んだ。

 

(は、疾風がわたくしに入れ込んでるとはどういう? もうっ、疾風がわかりませんわ!)

 

 セシリアも釣られてミルクティーを飲むことで誤魔化した。

 

「まあ、セシリアにはいつか話すつもりだったからいいか。んで、どこまで話したんだ」

「疾風が夏休みの後から変わったよなって話と、そっからイジメの規模が小さくなったなって」

「疾風がなんかしたのか?」

「ああ、あれは危害加えてくる奴らとの会話を逐一ボイスレコーダーで録音してから一対一で交渉して止めさせたの。『これを親やその他諸々に流されたくなかったら金輪際俺に関わるな』って定番の脅し文句でな。交換条件が不可侵だから大抵の相手は大人しく引き下がってくれたよ」

「えっ、お前をカツアゲしてたゴリラ野郎も?」

「ああ、あいつらは力付くでボイスレコーダー奪おうとしたよ。させなかったけど」

「まさかボコられたのか?」

「いや、相手が疲れるまでいなしたり転ばしたりしてそのあとまた話し合ったよ。流石に学校で喧嘩沙汰になったら校内の印象悪くなるしな」

 

 その気になれば一方的に叩きのめすことも出来たのでは? とセシリアは思わず邪推した。

 

「結果、貝塚の勢力は大幅に縮小した。ああいうのは群れて力を発揮するからな。取り巻き減らせば沈静化するって思ったんたんだが。そう簡単には行かなかった」

 

 対照的に間接的、そして貝塚本人からのイジメが激化した。毎日毎日机や下駄箱にイタズラ。酷いときには机と椅子がなくなったことすらあった。

 

「流石に教師も見てみぬふりが出来ないと対応した。けど長く続かないで、結局イジメアンケートで当たり障りのないこと書かされてはいおしまい」

「流石にこれで終わりかと思った俺たちは教師を問いただしたんですよ。そしたらビックリ、貝塚の親がちょっかいかけて来たって分かったんですよ」

「圧力ですか」

「ええ、子も子なら親も親。流石に呆れ果てましたよ」

 

 まるで政治家に圧力をかけられる刑事ドラマだと思った。

 

「そして最悪なことに。俺と一緒にいた村上と柴田にも被害がおよんだ」

「そんな」

「疾風と縁を切れとか。そういう紙が張られたりな。画鋲入れられたこともあったよなぁ」

「流石に我慢できなくなって俺は貝塚と直接話をした。これ以上俺たちに危害を加えるなら覚悟しろって」

 

 結果は変わらず。

 このままでは村上と柴田までエスカレートするイジメの渦に巻き込まれる。

 そう考えた疾風は遂に最終手段を発動した。

 

「裁判を起こした。内容は俺に対するイジメとして。自分に被害が来るわけないと思ったんだろうな。ペラペラと自分には女性権利団体の後ろ楯があるとか、お前は私の奴隷なんだから楯突くなとか。証拠材料をポンポン出してくれて助かったよ」

「それで結果は?」

「こっちの勝ち。証拠は沢山あったし、目撃証言も素直に話すようにクラスメイトや先生にも交渉した。初めて裁判起こしたから色々大変だったけど、うち専属の弁護士が色々助けてくれた」

 

 結果。貝塚からのイジメはパッタリなくなった。

 裁判結果で負けた。それは再犯を起こせば更に自分の立場が悪くなるということに繋がる。

 

「ほどなくして貝塚は学校を転校したよ。未成年だから世間に顔は知れてないけど。男側、しかもイジメの裁判に勝利したことで世間の注目を浴びた。何処からかマスコミにも名前がバレて親も仕事やめたらしいよ」

「まさか貴方がリークしたのではないですよね?」

「いやいや流石にそこまではしてないよ。多分俺以外にも貝塚の被害にあってた奴が話したんじゃないか? 知らないけど」

 

 これにて貝塚の恐怖政治は幕を下ろした。

 

 そこから先の学園生活は至極平穏なものだった。

 疾風に手を出せば社会的に殺される。誰が流したかわからない噂が流れてしばらくは人が寄り付かなくなったけど。

 

「こんなところだ」

「なんというか。想像していた通りでしたわね」

「想像出来たのオルコットさん!?」

「うへー。流石疾風の幼馴染み」

「穏便に済ませていますし。まだ可愛らしさもありますわね」

「疾風、お前IS学園でなにした?」

「法には触れてねえよ」

「「当たり前だ!」」

 

 思わず大きな声を出した二人に流石の疾風も両手を上げて笑った。

 疾風はやる時はとにかく容赦ないが必ずルールは守る。

 ルールを破れば自分の正当性は失われる。だがルールを守っていれば周りが難色を示してもまかり通れる。

 それが疾風・レーデルハイトだ。

 

 だけど村上と柴田は知っている。

 

 天狗の鼻をへし折ることに快感を覚えるという困った悪癖を持つ疾風だが。

 それと同時に確かな優しさと気のよさを兼ね備えた人物だということを。

 

 だが。

 

「オルコットさん。こいつのこと頼みます。道徳はあるけど的確にルールの穴を抜けるやつなんで」

「決して悪い奴ではないんですけど悪いやつ以上に悪いことしそうなので要注意です」

「お前ら褒めてるようで貶してるな?」

「「そんなことねえよ?」」

「まあ白々しい」

 

 それはそれこれはこれ。

 彼が危なっかしい人物であることに変わりはない。

 

「ご安心を。疾風の手綱はわたくしがしっかり引かせて頂きますわ」

「「宜しくお願いします」」

「ククク。果たしてお前に俺を御すことは出来るかな?」

「あなたは少し自重なさい」

「あいた」

 

 セシリアのチョップに疾風はクールダウン。それを見て二人はこの人なら安心だと直感した。

 

 そんななか、リビングのドアからガチャリと音がした。

 

 もうパーティーメンバーは全員リビングにいる。

 そんななかで入ってこられる人物は一人しかいない。

 

「ちふっ、織斑先生!?」

 

 この家の家主にして一夏の姉である千冬である。

 いつもの黒いスーツ姿の彼女を前に一夏は思わず名前で呼びそうになった。

 

「普通でいい。今の私は教師ではなくお前の姉だ」

「お、おう分かった千冬姉。でもなんでここに?」

「何故? 弟の誕生日を祝うのに理由などいらないだろう」

「え?」

「誕生日おめでとう、一夏」

 

 そう言って千冬が出したのは本日何回目かわからない黒い長方形の箱。

 一夏が開けるとそこには艶消しの黒と金メッキ色の如何にも上等なボールペンだった。

 

「ボールペン?」

「ああ。生徒会や関係資料でペンを使うことが増えてきただろう。それは私がいつも仕事で使っているものと同じ物でな。書きやすく長持ちする代物だ」

「持っただけで分かるよ。これは良いペンだ」

「ほう、そんなことが分かる歳になったのか?」

「一個歳くったからな。ありがとう千冬姉」

「喜んでくれて何よりだ。これから書くものも増えるからな。目一杯使うといい」

「どういうこと?」

「………本来ならここで言うことではないが、明日には公になるからな」

 

 コホンと一つ咳払いをし。千冬は一時的に教師としての立場に戻った。

 

「織斑一夏」

「は、はい」

「疾風・レーデルハイト」

「はい」

 

 二人の名前が呼ばれた。ということは先ほどの市街地戦についてのことか。

 と思ったがそれならセシリアも呼ばれるはず。

 小首を傾げるなか。千冬は鞄から書類を取り出した。

 

「先ほどIS国際委員会より正式な申し付けがあった。本日付で織斑一夏、疾風・レーデルハイトの両名は日本代表候補生としての任につくこととする」

「えっ!?」

「俺と一夏が、代表候補生?」

 

 一夏の白式は日本の倉持技研からの出。

 そして疾風は日本とイギリスのハーフではあるものの、国籍は日本だ。

 

「表面上は決まっていたらしいが、今回の襲撃事件で後押しされたようだ。以後、二人は国の看板を背負うことになる。わかったな」

「「はい」」

 

 疾風はともかく、一夏は専用機持ちでありながら無所属だ。

 長らく議論されていたが、収まるところに収まったというところか。

 

 そして、それはもう一人にも適用される。

 

「そして篠ノ之箒」

「はい」

「お前も暫定的だが日本代表候補生となる。お前のISの出自は特殊だからな。仮止めという形で所属することになる。異論はあるか」

「いいえ」

「よし」

 

 三人は千冬から書類を受け取った。

 

 性急な話となったが。IS学園に在住するレアケース三人は瞬く間に日本所属となった。

 

「すまないな。せっかくの祝い事に水をさすような真似をして」

「いや、これは必要なことなんだろ」

「ありがとう一夏」

 

 目の前の重大発表に空気が張りつめるなか、その空気をぶち破ったのは学園が誇る生徒会長だった。

 

「はいはい! 湿っぽい空気は終わり! こっからは一夏くんの誕生日に加えて三人の代表候補生就任祝勝会よ! さあ騒ぎなさい若人!」

「そ、そうですね! おめでとう!」

「おめでとう!!」

 

 場を盛り上げることに関して彼女の右に出るものはいない。緊張が解れてざわめき、各々が料理やスイーツに手を出した。

 

「箒、これで同じ土俵ね。負けないんだから!」

「ああ、望むところだ」

「疾風、おめでとうございます」

「なんだかまだ実感がないけど。とりあえず足掛かりは掴めたかな」

 

 ここにいる大半がISを持っている。

 そんな異様な環境など忘れてるかのように。みな年相応に騒ぎあった。

 

「千冬姉。今日はもう仕事ないんだろ? ケーキあるから食べようぜ」

「ああ、いただこう」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ええ、今回は完全にこっちの落ち度よ。わかってる、リードはしっかり握るわ。ええ、それじゃ」

 

 スコールは一呼吸置いて電話を切った。

 

 電話の相手は亡国機業(ファントム・タスク)の別動隊ブルー・ブラッド・ブルーのリーダー、フランチェスカ・ルクナバルト。

 

 内容は勿論、自分の部下であるエムが彼女のお気に入りであるセシリア・オルコットに重傷を追わせたこと。

 

 エムをセシリアにぶつける。

 これ事態は数多の計画ルートのうちの一つに入ってはいた。

 

 優れたBT適性を持つもの同士をぶつけ、セシリア・オルコットの偏光制御射撃(フレキシブル)を誘発させる。

 結果は大成功だが。ここでエムの悪い癖が出てしまった。

 

 フランチェスカの計画にはセシリア・オルコットの偏光制御射撃(フレキシブル)データが必要なのだという。

 エムのデータでは駄目なのか? そう聞いたこともあったが、エムのデータは特殊過ぎてそれ単体では計画に必要なピースにはなり得ないのだという。

 

 それでもエムのBT能力はあちらの助けになるのだろう。

 お気に入りを傷つけられても、エムはこれからも彼女の計画を手助けする手筈となっている。

 

 サイレント・ゼフィルスを取り上げられなかったのは。ひとえにエムの能力の高さ、そしてサイレント・ゼフィルスとの相性の良さ故だった。

 

「なにを考えているのかしらね………」

 

 計画。人型BT兵器ワルキューレもその一つなのだという。

 あの兵器は単純に戦力を補充できるが、欠点としてBT適正者なしでは少し動くだけの鉄の案山子。

 

 そんなものを用意してフランチェスカ・ルクナバルトが何を計画してるのかはスコールも知らない。

 自分が言えたことではないが、よからぬことを考えているというぐらいしか。

 

 スコールはふと、彼女が一番目の敵にするセカンドマンの顔を思い出した。

 

 初めて写真越しではなく、面と向かって話した。

 

 そして思った。

 似ていると。

 かつての知人に。

 

「──!!」

「──! ──!!」

 

 別室から怒鳴り声が聞こえた。

 スコールは髪をかきあげ、閉め出されたドアを開けた。

 

「離せオータム!!」

「あーもう! いつも以上にじゃじゃ馬だな! ナノマシン打つって言ってんだから大人しくしやがれ!!」

「必要ない! 殺す! 奴を殺す!! 私は負けてなどいない!!」

 

 ベッドに押さえ付けられてるエムとそれを押さえ付けるオータム。

 アラクネは修復中、サイレント・ゼフィルスは今スコールが持っているため二人ともISがない。

 もしあればこの部屋は見るも無惨な姿に変わっていたことだろう。

 

「エム」

「スコール! ISを返せ!! 今すぐ疾風・レーデルハイトを殺す! 私は弱くなど」

「スレイブコード・バインド。アクティブ」

「っ!!?」

 

 スコールがISの待機形態であるイヤリングに手を当て、キーワードをコールした。

 

「があああぁぁぁっ!! ああっ! うぐっ、うわぁーーー!!!」

 

 突然エムが頭を抱えて苦しみだした。

 エムの体内には監視用ナノマシンが注入されており。スコールの認証によって行動を制限できる。

 いまは無力化用の低出力モードだが、やろうと思えば数秒で脳中枢を焼き切ることが出来る危険な代物だ。

 

「カット」

「ああっ! ぐぅ、ふぅ、ふぅ………」

「す、スコール………」

 

 だがスコールは今までエムにそれを使ったことはなかった。

 スコール自身こういうやり方は好みではないためだ。それをわかっているからオータムもスコールを見て驚いている。

 

 普段穏和な笑み浮かべるスコールも、今回ばかりは許容出来ることではなかった。

 

「エム、あなたはやり過ぎたわ。今後、私の許可なしに行動すれば、今度はキルモードで使わせてもらう」

「ぐっ、か、は………」

「エム。あなたが織斑マドカであろうとそうでなかろうと、私には関係ないの。でもここにいる間は亡国機業(ファントム・タスク)のエムとしていて頂戴」

 

 織斑マドカ。それが織斑千冬と酷似してる彼女の本当の名前だった。

 

「でないと、織斑千冬との決着なんて夢のまた夢よ。今のあなたは彼女の足元にも及ばない」

「貴様が姉さんを語るな」

「はいはい。私にも立場はあるの、賢いあなたなら理解できると信じてるわ」

 

 スコールが出ていくのと同時にオータムも部屋を後にした。

 一人ベッドの上に倒れるエムは胸元のロケットを震える手で開いた。

 そのなかには、織斑千冬の顔写真が納められていた。

 

織斑千冬(ねえさん)………」

 

 ギュっとロケットを握りしめながら彼女を姉と呼んで目蓋を閉じる。

 

「ねえさん、すまないがねえさんは後回しだ」

 

 しばらく握りしめたあと。エムは再び目蓋を開いた。

 その瞳には憎悪の炎が灯っていた。

 

「疾風・レーデルハイト………この借りは忘れない………」

 

 憎しみ。

 敗北を肌で感じた今のエムにとって。それだけが自身を支える糧だった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 一夏の誕生日パーティーが終わり、華やかとなったリビングはすっかり元に戻っていた。

 いまリビングにいるのは一夏と、着替えを済ませた千冬の二人。

 

「お疲れ千冬姉」

「それはお前もだろう。現場にいたのだからな」

 

 入れてきた紅茶を千冬の前に置き、一夏も椅子に座って紅茶をすすった。

 

「……飲んだことない味だ。それにこんなカップうちにあったか?」

「セシリアのプレゼントだよ。イギリスのいいとこなんだってさ」

「そうか」

 

 普段コーヒー派の千冬でもこれは美味しい物だとと感じた。

 

「最近はどうなんだ。一人は気になる女でも出来たか」

「またその話? いないってば」

「部活の助っ人でいく先々で人気らしいじゃないか。モテモテだな」

「だから違うって」

 

 久方ぶりの家族として時間を過ごす二人。

 中学時代も千冬の仕事や一夏のバイトですれ違いがあり、IS学園に入ってからは完全に離れた二人。

 わざわざお互いの部屋に行くこともなく過ごした二人にとって今の時間は何物にも変えがたい物だった。

 

 ゆっくりと話が出来る。

 そんな状況の中で、一夏は普段聞けないことを聞いてみることにした。

 

「千冬姉」

「ん?」

「なんで俺ってIS動かせるんだ?」

 

 一夏が偶然動かしてしまったIS。

 疑問に思ったのは最初の頃で、途中からはそれどころではなくなった。

 疾風という二人目の存在が出たとはいえ、それ以上に出たという情報はない。

 

 そして自分の存在が世界にどれだけ重要視されてるか、そして自分の存在を目の敵にしてる者もいるということを知った。

 

「何故動かせるかについては。私から話せることはない」

「知らないってことで良いのか?」

「そうだ」

「本当に?」

「二度も言わせるな」

 

 若干引っ掛かりのある言い方に聞こえた一夏は怯まず聞いてみるが結果は得られなかった。

 

「束さんは知ってるのか?」

「どうだろうな。それに聞いたところで素直に答えると思うか?」

 

 誰に聞いても満場一致でノーだ。

 

 この話は終わりとばかりに千冬は紅茶を口にする。

 ある意味予想できた答えだったためにそこまで落胆していない一夏もティーカップを持ち上げた。

 

「すまんな」

「ん、なにが?」

「お前をISから遠ざけたことだ」

 

 第二回モンド・グロッソの事件から。一夏にはISに関する一切を断つようにと千冬に言われた。

 ニュースにISの内容が出ると番組を変えるぐらいの徹底振り。

 一夏自身もネットで調べることもせず、やるとしたら弾や数馬の家でISVSをやるぐらいだった。

 

「なんでそんなことを」

「お前がISに関われば束が動く。そうなればお前に危険が迫ると思った。そんな私の言いつけをお前は素直に守ってくれた」

「それは」

「そのせいでお前に恥をかかせてしまった。オルコットとのいさかい、ボーデヴィッヒとの確執。元を辿れば全て私の責任だ」

 

 当時の一夏は自分に置ける状況もわからず。とにかくISに関しては無知だった。

 代表候補生とはなに? と聞いたときのみんなのリアクションの意味を今では痛いほどわかる。

 

「俺がISに近づいたら動かせるって。千冬姉はわかってたのか? だからISから遠ざけた?」

「確証はなかったが。お前は束のお気に入りだ。実の妹だからという理由で第四世代を渡す女だぞ。しかも新造されたコアをつけてだ」

「それはまあ」

 

 自分と疾風は日本代表候補生になった。

 だが箒は一時保留という扱いで暫定日本代表候補生。

 それほど紅椿と紅椿のコアは扱いに困る代物なのだ。

 

「私はお前を可能な限りISから遠ざけて守ろうとした。だが今となってはそれは間違いだった。私がお前にしたのは守護ではなく隔離だ。お前は私の弟。遅かれ早かれ巻き込まれることはわかっていたはずなのに」

「千冬姉」

「すまない一夏」

 

 千冬は対面に座る一夏に頭を下げた。

 一夏はこんな千冬を見たことはなかった。いつも傍若無人で、それでいて強い人。

 IS学園でも鬼教師、人の心がないなんて冗談交じりに思ったことはあったが、こんな姉の姿は見たことがなかった。

 

「謝ることじゃないだろ千冬姉」

 

 そんな姉から目を離さず、一夏は言葉を投げ掛けた。

 

「千冬姉がやってたことは全部俺を思ってのことだろ? 俺は別にそれで嫌な気持ちになったことはないし。現に俺いまはなんとかなってるだろ。だから千冬姉が謝ることなんて一つもねえよ」

「………ありがとう一夏」

 

 一夏は確かに優しい。だがそれでも人の子だ。こればかりは不平不満を言われることを千冬は覚悟していた。

 

 それでも一夏は千冬を許した。いや、許すもなにも一夏は最初から不満などなかった。

 千冬にとって一夏はたった一人の家族。

 家族を守るということは至極当たり前のことなのだと一夏は自分にも言い聞かせているからだ。

 

 顔を上げた千冬はしばし押し黙った。

 なにかを言いたげな、だが迷ってるようなふうに。

 そして意を決したのか。千冬の目は一夏の目を真っ直ぐとらえた。

 

「一夏」

「ん?」

「強くなったな」

「………え?」

 

 しばらくして出された千冬の言葉に一夏は耳を疑った。

 

 いま自分の姉はなんと言ったのか。

 もう一度ちゃんと聞きたかった。だが普段突発性難聴だと言われてる自分の耳には確かに強く残っていた。

 

 強くなったな、と。

 

「千冬姉」

「勘違いするな」

「え?」

「確かにお前は強くなった。だが私から見ればまだ殻を破った雛鳥に過ぎん。これからも自分の腕を過信せずに精進しろ」

 

 言い終わった千冬は立ち上がってリビングを後にした。

 

「ち、千冬姉どこに」

「トイレ」

 

 パタン。なんとも味気のない音と共にリビングから千冬がいなくなった。

 

 呆気に取られる一夏だったが。次第に腹の下から沸き上がる情動に身体が震えた。

 

「………よっっしっ」

 

 そして満面の笑顔で小さくガッツポーズをするのだった。





 これにて本当に第六章終了です。

 5000文字ぐらいで終わるかと思ったら倍になった。相変わらず上手く纏めれない私です。

 このあとはそろそろ出そうかと思った設定ページでも出そうかなと思います。


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SBTファイル【疾風・レーデルハイト+専用機】

【人物設定】

 

 

 名前:疾風(はやて)・レーデルハイト

 性別:男

 年齢:15→16

 容姿:癖のない黒髪黒目、眼鏡を着用

 好きなこと:IS関連全て、甘いもの

 嫌いなこと:女尊男卑、辛いもの

 国籍:日本

 専用IS:スカイブルー・イーグル

 

 IS企業レーデルハイト工業CEOの息子にして世界で二番目にISを動かすことが出来る男。

 

 日本人の父とイギリス人の母から生まれたハーフだが。外見からは何処にでもいる日本人に見える。

 作中でも言及されてる通り容姿は普通で。告白されたことはあれど家柄や金目的がほとんど。

 少なくともIS学園である程度修羅場潜ってから顔つきが変わったらしい。

 

 一より二よりIS、三四にIS五にISという根っこからのISマニア。

 自他共に認めるIS依存症であり、その度合いはISを動かせるようになってから更に重症化。一日でもISを動かせない日があると禁断症状が起こる(なお、これは精神的なものであり生命に別状はない)

 

 いつかISを動かせるという一握りの可能性を信じ、日頃から勉学と鍛練を続け。成績はオール5、運動神経抜群、IS主要国の日常会話をマスター。文武両道を体現している。

 またIS関連の知識もズバ抜けており、当時机上の空論として比較的世論に浸透していない第四世代ISの説明をその場でしてみせた。

 

 IS操作技術は「知識とイメージを元に体がそれについてこさせれば良い」とIS操縦とは相性が良く。更に初めからマニュアル操縦で乗り初め、一夏より早い段階で物にしている。

 当初はより確実な手をと若干引き気味の戦い方をしていたが、楯無のアドバイスにより思い切りのあるバトルスタイルを確立。

 戦闘能力と勝率が大幅に上昇し、その攻撃の苛烈さと搭乗しているISから猛禽類と例えられることがある。

 

 状況を把握する能力を持ち。専用機の能力と併用して作戦立案と指揮を行い、何度もチームや僚機を勝利に導いた手腕は楯無でさえ一目置くほど。

 

 性格も人当たりが良く思いやりと確かな熱意を持ち、相手の機敏に敏感で随所で気配りが出来ることから、学園祭後から一夏ほどではないにしろ女性人気を一定数獲得している。

 

 端からみたら非の打ち所がない優等生のように見えるが、小学生の頃から女尊男卑の弊害として様々ないじめにあうという経験があり。女尊男卑社会とそれに便乗するミサンドリーを嫌悪している。

 自身の状況を打開する過程でサディストの気が色濃く出るようになり。自信に危害を加えてきた相手に対しての加虐心が表に出る。

 一度スイッチが入れば相手のプライドや自尊心を完膚なきまでにへし折ることに快感を見いだすという困った悪癖を持っている。

 更にいつでも証拠を録音できるように常日頃からボイスレコーダーを持ち歩き、最近ではISの待機形態を使って映像の録画まで行っている。

 

 ルールの抜け穴を探すことが得意で、最近では楯無も悪ノリして更に手がつけられなくなる状況も少なくはない。

 

 セシリア・オルコットとは旧知の幼馴染みであり。幼少時代は彼女に振り回されたり直ぐに泣いてしまったりと今とは正反対な性格だった。

 そんな彼女とIS学園で(ある意味)劇的な再開を果たし、彼女からの激励により疾風は前に進むことを約束。その直後にISを動かせるようになったことから、疾風はISを動かせた理由に『セシリアが背中を押してくれたから』と考えている。

 

 そして紆余曲折がありつつも彼女に対する確かな好意を自覚する。

 本人は決して鈍いという訳でもなくむしろ鋭い部類に入るが。恋愛経験の無さと過去に経験した女尊男卑社会の影響と弊害から自分に対する恋愛的好意に否定的になりがち。

 セシリアに対しては「もしや?」と思っているが自信を持てず一歩踏み出せないでいる。

 

 セシリアから貰った円卓物語の本をお守りとして常に持ち歩いており。ISを受領してからは常にバススロットにいれている。

 眠れない時や落ち着かない時に読むことが多く、一種の精神安定材料として扱っているときがある。

 

 第六章終盤で日本の代表候補生に任命された。

 

 

【作者コメント】

 

 コンセプトは【一夏と正反対のキャラ】

 ISに対する認識、容姿、鋭敏さ。

 大企業の息子、手段の選らばなさetc

 

 眼鏡は暗いとこで本やら画面やらを見たことが原因の真性の眼鏡男。外してしまうと少し先の顔もぼやける程目が悪い。

 

 リメイク前はいまいち特徴のない人物だったが、リメイク後はIS狂いとドS要素で一気にキャラが濃くなった。

 

 スペックはとても高水準なのに一夏と同じぐらいモテないのは顔と性格ですかね。

 あと同じぐらいスペックが高い代表候補生が周りに何人もいるからそこまで目立たないのかも。

 容姿は普通と書いたが、外見的にイケメンな弾がIS世界では普通と言われてるのでIS世界のイケメン基準が厳しいのではないかというのが作者の予想。しかし一夏よりモテてないのは紛れもない事実………おっと誰か来たようだ。

 

 

 

 

【専用機設定】

 

 

 機体名:スカイブルー・イーグル

 和名:空鷲

 形式:LL-01

 機体色:空色と白

 単一能力:無し

 世代:第3世代

 タイプ:近中距離

 待機形態:鷲と稲妻を象った水色のバッチ

 操縦者:疾風・レーデルハイト

 開発元:レーデルハイト工業

 仕様:プラズマ兵器、自立AIビット

 

 

 レーデルハイト工業で開発していたISの原型に疾風のリクエストを取り入れて作り上げられたIS。

 搭載されてるISコアは織斑一夏と疾風・レーデルハイト両名が初めて動かした打鉄のコアが使用されている。

 

 高機動型ISの中でもかなりの高出力機として設計され。マルチスラスターによる多角機動による乱戦、一撃離脱が可能。

 原動力のコアの他にプラズマジェネレーターを装備し、IS各部にプラズマコンデンサーを内蔵。

 攻守速全てにプラズマを絡ませることで全体の出力アップに成功している。

 

 第三世代能力の一つであるプラズマの固定化は通常なら放出、拡散してしまうプラズマエネルギーをISのエネルギーで制御し、コントロールするもの。

 

 本機の特徴として頭部には鷲を象った強化解析型ハイパーセンサーユニット【イーグル・アイ】を装備。

 プラズマとマルチスラスター、後述のビット制御をコントロール。そして他のISのハイパーセンサーより情報解析能力に優れているため、これにより通常では察知できない微小出力や対ステルスレーダーとしての機能も完備。

 センサー範囲内の状況を的確に分析し、パイロットに表示することで指揮能力の強化を促している。

 

 あらゆる状況に対応出来る万能機であるが機体出力のピーキーさ。イーグル・アイから送られる数多の情報を的確に整理する情報処理能力。これら全てを使った最善の選択を選ぶ洞察力と判断力を必要とし。並大抵の腕前ではISの真価を発揮ことは出来ず、操縦者を選ぶISとなっている。

 

 

《武装》

 

 

【インパルス】

 

 イーグルのメイン武装である槍型複合兵装。

 斬撃の他に穂先を展開してプラズマ弾による射撃。プラズマを一ヶ所に集中してプラズマシールドといった幅広い運用が可能。

 最大出力(バーストモード)発動時では高密度プラズマによる大型プラズマブレードを展開。その威力はIS学園の防壁を軽々と突き破るほど。

 

 

【ビーク】

 

 マルチスラスターに6基装備されているビット兵器。

 ビットとしては小型で、攻撃時にはプラズマダガーを展開して対象を攻撃する

 一つ一つに独自のAIを搭載し、IS本体からのコマンド入力によるオールレンジ攻撃が可能で三基以上合わせることでプラズマバリアを展開出来る

 しかし欠点としてプログラム制御故に完全なる自由自在という訳にはいかず。現在進行形でプログラムのアップロードが行われている。

 

 

【腕部プラズマバルカン/サーベル】

 

 腕に装備された固定武装。

 

 

【脚部プラズマブレード】

 

 脚部に装備されたプラズマブレード。

 扱いが難しいが不意打ちやコンボパーツの一種として優秀。

 

 

【ボルトフレア】

 

 折り畳み式の電磁加速レールライフル。

 ISのプラズマ動力と直結してエネルギーを送っている為、既存のレールガンと比べて小型化に成功。

 レーゲンのレールカノンより威力は低いが弾速と射程距離は優れている。

 プラズマ動力対応型以外のISでも内部電力分の射撃は可能で1マガジン5発分は撃てる。

 

 

【ブライトネス】

 

 馬上槍(ランス)形状の近接兵装の形をしたプラズマ式パイルバンカー。

 炸薬の代わりにプラズマを内包した専用カートリッジを使用し、槍を起点に圧縮されたプラズマの衝撃を与える。

 デュノア社製グレー・スケールに比べれば威力は劣るものの取り回しに優れ、相手の体勢を崩したり唾競ってくる武器を弾くなど。疾風は使い勝手や応用の幅が聞くことからこの武装を大層気に入っている。

 プラズマカートリッジは最大6発装填可能で使いきったあとは排出されバススロットリロードで補充される。

 最大出力(バーストモード)発動時にはシャフト(ランス)部分の冷却用スリットを展開、六発分のカートリッジを全て解放した大出力攻撃が可能。

 

 

【クローアンカー】

 

 肩に装備された有線拘束武器。

 小型ブースターを内蔵し、射程も充分。

 

 

 

《オプション装備》

 

 

【ボルテック】

 

 高機動パッケージ『ソニック・チェイサー』用に調整された槍型近接兵装。

 インパルスより大型の槍で射撃兵装がオミットされた変わりに小型スラスターを内臓している。

 穂先を縦に伸長し、スリットからプラズマネットを展開可能。

 プラズマネットはプラズマシールドやフィールドに比べて防御力は低いが広範囲に放出することで接近するミサイルや小口径の射撃を文字通り網のように絡めとり無力化することが出来る。

 

 

【ラプター】

 

 ビークより一回り大きいビット兵器。

 起動するとロックされた対象に向かっていき、対象が近づくとプラズマ・コンデンサーをオーバーロードさせて砲電球を形成する。

 この砲電球は非常に強力で短時間ながらISのハイパーセンサーに障害を発生させる程の高電圧を放つ。

 使いきりの武装故にビット兵器というよりミサイルに近い。

 

 

【スワローズ・ネスト】

 

 10基の小型ビットミサイルをマウントしたコンテナ。外見は棘付きの棍棒。

 ラプターを小型化させたミサイルビット、着弾時にプラズマショックを発生する。

 疾風曰くとても高コストの武装らしい。

 

 

【ボルテックⅡ】

 

 CBF専用パッケージ『アクセル・フォーミュラ』用に用意されたボルテックの改良型。

 従来のボルテックにインパルスと同等の射撃機能が追加された。

 持ち手は長さを変えることで咄嗟の取り回しを良くしている。

 最大出力(バーストモード)発動時にはインパルスより大型のプラズマブレードを形成する。

 

 

 

《専用オートクチュール》

 

 

【ソニック・チェイサー】

 

 ウィングスラスターと機体各所に補助ブースターを装備し、腰に尾羽型の姿勢制御スラスターを装備した一点突破型パッケージ。

 

 機体のハイパーセンサーは超望遠モードに調整され。遠くの敵を視認し的確な進行ルートを確立して相手を叩き落とすというコンセプトをもとに実行されている。

 

 

【インドラの矢】

 

 ソニック・チェイサー装備のイーグルが使用した超高高度急降下強撃モーション・パターン。

 第二次天使討伐作戦(エンジェル・ハント)にて零落白夜の変わりとして考案された。

 成層圏からパッケージ全てを使った瞬時加速(イグニッション・ブースト)、重力の過重、さらに電磁エネルギーを利用した必殺の一撃。

 その姿はまさしく雲鷹、空から落ちてきた雷と見紛う程のスピードを誇り。破壊力だけなら既存兵器を凌駕し、零落白夜さえも上回る。

 だがイーグル・アイの観測機能を持ってしても目標に当てれる可能性は限りなく低く。一歩間違えれば目標ISの搭乗者ごと真っ二つにしかねない条約違反ギリギリの運用方法。

 

 

【アクセル・フォーミュラ】

 

 ソニック・チェイサーをキャノンボール・ファスト仕様に変更した高速レース特化型パッケージ。

 変更点として肩に旋回補助のサブスラスターを追加、肩のクローアンカーは腰に移動し、カスタムウィングも腰辺りに再配置されている。

 武装としてはサブスラスターに付属された回転式プラズマ機銃。背中には妨害用のプラズマ・浮遊機雷(フロートマイン)を内蔵したウェポンベイ。機体各所に取り付けられた外付けプラズマ・カートリッジを一斉解放して発動する広範囲EMPと。徹底的に相手を妨害する武装構成となっている。

 白式・雪羅とソニック・チェイサーのデータを応用し、二段階瞬時加速(ダブル・イグニッション・ブースト)も再現可能。

 

 

インドラの槍(ヴァジュラ・スピア)

 

 ソニック・チェイサーのインドラの矢のデータを元構築されたモーションパターン。

 スカイブルー・イーグルとアクセル・フォーミュラのプラズマ機構に貯蔵していたプラズマを一斉解放。最大出力時(バーストモード)に移行したボルテックⅡを起点として収束し、スカイブルー・イーグルそのものを巨大なプラズマの槍として形成する。

 纏ったプラズマはそれ自体が高濃度のプラズマ・フィールドであると同時に巨大なプラズマバンカーであり、インパクト時に放出することで対象に二段構えの衝撃を与えることが出来る。

 

 

 

【作者コメント】

 

 複合兵装、ビット兵器、足ブレード。とにかく作者の好きを詰め込んだと言っても過言ではないIS。

 

 メインパワーをビームではなくプラズマにしたのは一夏の零落白夜に対抗するため。

 

 いざ書き連ねて見ると説明文章の濃さに自分でも驚いている。

 

 



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第七章【更識姉妹(クリスタル・シスターズ)
第85話【男だって着飾りたい】


「ほれセシリア」

「待ってください疾風。まだ心の準備が」

「時間は有限だぞ。それに俺も長引くと、少し恥ずかしい」

「で、ですが皆さん見てますし………」

「諦めろそこは」

「………はい、大丈夫です」

「よし、行くぞ」

 

 妙な緊迫感。それを醸し出しながらもセシリアは決心し。

 

「はい、あーん」

「あーー」

 

 口を出来るだけ大きく開いた。

 

 先日のエムとの決戦で受けた右腕の傷はまだ完治しておらず、利き腕を封じられたセシリアの代わりに俺の箸をかいして刺身を食した。

 

 パクり。

 醤油をつけた刺身を口に入れ。左手で口許を隠しながら租借した。

 

「どうよ」

「美味しいですわぁ」

 

 皆に見られるという状況に流石に照れを見せたが口に入れた瞬間うっとりと刺身を味わうセシリア。

 

「ほれ、次」

「は、疾風も自分の物を食べませんと」

「俺もちゃんと食べるから気にすんな。わさびつけるか?」

「お願いします」

 

 一度目を越えて続く二回目を食べるセシリアはまたも美味しそうに頬を緩ませる。

 

「いいなぁ。疾風くんの完全介護」

「腕の怪我にかこつけて甘えてるだけじゃないの?」

「わざわざ箸を使う刺身なんか」

「ぶっちゃけ羨ましい」

 

 そんな彼女を見ているギャラリーはこちらにギリギリ聞こえてしまうような声で喋り出す。

 バツが悪いのかセシリアは咳払いをした。

 

 セシリアの目の前に広がるメニューはカワハギの刺身定食(本わさび付き)。

 お味噌汁、白飯、きゅうりの漬物、だし巻き玉子と見事に箸オンリーの和食だった。

 

 フォークやスプーンのように利き手ではないほうでも食べられる料理を頼めば良いのにとギャラリーは思わずにはいられない。

 

 だが彼女の名誉の為に言っておくが。

 決してセシリアが俺に食べさせてほしいと画策するためにこのメニューを選んだ訳ではない。

 

 それもこれも『本日限定! 新鮮なカワハギの刺身定食、限定100食!』なる誘惑成分をこれでもかと仕込まれたサプライズメニューが突如として出現してしまったが悪い。

 

 実を言うとセシリア。臨海学校でカワハギの刺身を食べてから味を占めたのか学食でも刺身を注文するようになった。

 だがカワハギの刺身は学食で出ることはなく。一緒にいる時も度々カワハギの刺身が出てほしいと口にしていた。

 あの味をもう一度食べたいと休みの日に遠出して食べに行ってしまうレベルでカワハギの刺身はセシリアの好物となっていた。

 

 そんなセシリアが幸運にもメニュー画面にカワハギ定食が見つけたとなれば食べたいと思うなというのが土台無理な話である。

 普段なら迷わず買おうと思ったセシリアだったが。今は利き手を封じられているためそれを選択するのを躊躇った。

 

 利き手でしか箸を使えない。ならばフォークで刺身を食えば良いのでは? それは何か間違ってる気がすると考えるセシリア。

 そしてこの機会を逃せば次いつカワハギの刺身にありつけるかわからないという板挟みに頭を悩ませていた。

 

 そんな硬直状態を抜け出すために動いたのが俺こと疾風・レーデルハイトだった。

 

「なにセシリア、カワハギ食いたいの?」

「え、ええ。ですがこの腕では箸を使えませんわ。残念ですが、今回は諦めて」

「食えばいいじゃん」

「ですから箸を使えないと」

「俺が食わせてやる」

「え?」

 

 俺の顔を見て固まるセシリア。対して俺は特になんともない顔。

 

「え、それってつまり」

「俺が箸使って食わせてやる」

「ええ!?」

「だって食いたいんだろ?」

「でもそれでは疾風に迷惑」

「迷惑じゃないから。それともカワハギ食べたくなかった?」

「そんなことはありません! でも………」

 

 言いよどむセシリア。

 是が非でも食べたいというのは火を見るより明らか。

 だがこれ以上ここで時間を食えば後ろに並んでいる人にも迷惑がかかる。

 

 なので。

 

「あー間違って二個のボタン押しちゃったぁー!」

「は、疾風!?」

「わっ、手が滑って決定ボタン押したぁっ!」

「疾風!?」

「すまんセシリア。勝手に選んだお詫びに奢るから」

「そういう問題ではないでしょう!?」

「おばちゃーん! カワハギ定食二つ!」

「あいよぉ!」

「ちょっと!?」

 

 とまあこんな事があったわけだよ。

 つまりアプローチをしかけたのはセシリアではなく俺だと言うことだ。

 受付のおばちゃんの景気の良い声とサムズアップは見ててとても気持ちの良いものだった。

 ありがとうおばちゃん。 

 

 しかしこれでセシリアがあらぬ疑いをかけられるのはこちらとしても宜しくはない。

 セシリアの腕を見ればそういう声も無いと思ったが浅慮だったか。

 

 でもセシリアに食べさせたい自分もいるのも確か。

 なんとか切り出せないものか。

 

「おいお前たちさっさと食え。時間は有限だ」

「は、はい!」

 

 そんななか現れたのは我らが織斑先生。

 ヒソヒソ話をする女子をたちまち食事に戻した。流石のカリスマスキルEXである。

 

「わざわざ食べづらいものを頼むか。そんなに食いたかったのかオルコット」

「いや違うんです織斑先生。確かにセシリアはカワハギを食いたかったのは確かですけど。俺が間違って二枚のを押しちゃって」

「そうか。まあお熱いのは結構だが時と場所を考えるように」

「「織斑先生!?」」

 

 違いますよティーチャー! 

 俺たちまだ付き合ってないです! 

 えっ、そういう風に見られてたの? これは喜ぶべき? それとも恥ずべき? 

 

「行きましょうか織斑先生」

「うむ。お前たちも早く食べろよ」

 

 満足したのか織斑先生は山田先生を連れて奥のテーブルに向かっていった。

 そして俺とセシリアは顔が熱いので氷水をグイッと飲んだ。

 

「疾風様。あとは私がセシリア様に食べさせますので」

「あー、じゃあ頼むわ。ごめんなセシリア」

「いえ。ありがとうございます疾風。本当は凄く食べたかったので」

 

 気づけば菖蒲の皿は既に無くなっていた。

 こうなることを予想して食べ終えたのだろうか。

 

 んー。アプローチというのもなかなか難しいな。

 ちゃんと考えないとなぁ。

 

「セシリア様、美味しかったですか?」

「ええそれは」

「ドキドキしました?」

「菖蒲さん!?」

「うわっどうしたセシリア」

「なんでもありません!あっつ」

「おいおいなにしてんだ」

 

 空いた左手で熱々の味噌汁の飲んで自滅したセシリアの為に水を差し出した。

 そんな俺たちを見て菖蒲はクスクスと笑ったのだった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 カワハギ定食を食べきった俺とセシリアはそのまま自室に戻った。

 一夏と一夏ラバーズの面々はそのまま部屋になだれ込んで行った。セシリアのアーンに触発されたのだろうか、みな口許が少し緩んでいた。

 

「そろそろ包帯変えるか」

「ええ」

 

 包帯交換のマニュアルをホロウィンドウで出しながら今ある包帯を解いていく。

 何重にも回された包帯を取っていくと、痛々しかった傷が露になった。

 

「凄いな。もう皮張ってる」

「ナノマシンが優秀みたいですわ」

「だなぁ。一昔前だと有り得ないよな」

 

 ISを解析する過程で生まれた現代の最先端医療技術である医療ナノマシンによる再生治療。

 現在は外科手術で大いに活躍しているスーパーテクノロジー。

 内科手術、例を挙げるなら癌や心臓病に対してはまだ確立していないらしいが。それも時間の問題なのではないかと議題に上がっているらしい。

 

 といってもセシリアに使われてるナノマシンは最新式中の最新式。値段も大層な代物らしい。

 会長に聞いた話、なんでもセシリアの叔母のルクナバルトさんが多額の寄付金と共に「幾らかかっても構わないから最短でセシリアを治せ」と言ってきたらしい。

 あの人やっぱ過保護の気あるよな。

 

 とまあ、その恩恵もあってセシリアの腕の怪我は数日後に完治するそうだ。

 

「はい終わり。痛くない?」

「大丈夫ですわ」

「それは良かった」

 

 よしミッションコンプリート。

 事前に虚先輩と練習しておいてよかった。

 

「セシリア、お茶入れようか?」

「お願いします」

「茶葉は?」

「お任せします」

 

 本来ならセシリアが入れるが彼女は今満足に作業出来る身体ではない。ので、俺が入れることに。

 

 しかしお任せか。じゃあパッと目についたこれにしようか。

 お茶うけはこの前買った缶クッキーでいいか。まだあったかな。

 

 さて紅茶を入れよう。

 毎度のことながら紅茶を入れる時は緊張する。なんせ相手が相手だし。

 

「疾風」

「はいよ」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫ヨ」

 

 とりあえずガチガチでやっても仕方ない。リラックスして入れるとしよう。

 飽くまで美味しく入れることを前提に。

 

 水を入れて沸かす。前にポットとカップを温めておこう。

 

 沸騰直後になったら下ろす。早すぎても遅すぎても駄目。お湯の温度で味が変わると知った時は驚いた。

 さっきポットとカップを温めておいたのはその為。

 

 温めたポットに茶葉を投入。沸いたお湯を勢いよく入れる。勢いよく入れたら茶葉が舞うんだとか。

 そして直ぐに蓋をして蒸らす! 

 蒸らす時間はこの茶葉だと3、4分だな。茶葉大きいし。

 

「あ、やばっ、ティーコゼー出してねえ」

「はいどうぞ」

「あ、どうも」

 

 おろ。いつの間にか隣にセシリアさん。

 左腕しか動かせないのにお手数おかけします。

 

 ポットの上からティーコゼー、ポットを保温する為の布製のカバーを被せる。

 上手い紅茶を入れる時の便利アイテム。

 温度を下げないのがポイント。これをすると紅茶はより美味しくなる。らしい。

 

 ピピピピッ。

 

 タイマーがなった。

 蒸らしが終わったのでポットの中をスプーンで一混ぜ。これ以上はいけない。混ぜすぎると確か苦味が出るんだっけ? 

 

 茶漉しで茶葉を漉しながらカップに注ぐ。

 数回に分けて入れて………終わり。

 

 美味しい紅茶を入れるのは結構手間がかかる。慣れないと精神的疲労が来る。ISの操縦なんかより気を使う。

 

「どうぞお嬢様」

「ありがとう」

「ではっ」

 

 いただきます。

 カップを口許に持っていくと鼻腔をくすぐる良い香り。

 恐る恐る熱めの紅茶を飲む。

 

 美味い………けど。

 

「セシリア、どう?」

「まあ。及第点ですわね」

「だよなぁ」

 

 美味しい紅茶だと思う。だけどセシリアや虚さんが入れるのと比べるとやはり見劣りする。

 

「やっぱ簡単にあの味は出せないなぁ」

 

 実を言うと何回もトライしてはいる。

 最高に良い状態に仕上がったのはレモンドリズルケーキを作った時に入れたアレぐらいだ。

 

 生徒会のお茶汲みでも手伝うついでに学んでたりしたのだが。

 紅茶の道は一日にして成らず。まだまだ修行中の身でございます。

 

「お前と離れる前に美味い紅茶入れてやりたかったけどな」

「その気持ちだけで充分ですわ」

「優しいなあセシリアは」

 

 セシリアと離れる。

 

 学園祭のシンデレラで紆余曲折あった末の結果であるセシリアとの期間限定同居も、あと一週間に迫っていた。

 

 セシリアとISの理論談義は心が踊った。

 一緒に住んでいたからこそ初めて見つけたセシリアの知らないとこも少なくはない。

 一緒に過ごしていくうちに変化、自覚した俺のセシリアへの気持ち。

 

 とても居心地が良かった。

 願わくばまだ一緒に過ごして行きたいと思える程に。

 

「寂しいですか?」

「うん。寂しくなる。離れたくないな」

 

 変に誤魔化すことなくストレートに答えてやるとセシリアは紅茶を飲んで頬の赤らみを誤魔化した。

 

 やっと気づけた恋心。

 これからどうアプローチし、彼女の真意を見極めようかと思ったのだが。

 如何せん時間が無さすぎる。だからといってこうを急いでは元も子もない。

 強引に迫るなんて事をしたらいつぞやのハーシェルみたいなエセ金持ち野郎と大差変わらない。

 別に学園でいつでも会えるのだから焦りは禁物だ。

 

 菖蒲が俺にしたように思いきって告白し、自分の想いを気づかせて更にアプローチをしようか。と考えたこともあったが。

 

 無理だ。

 

 もしそれで拗れるなんてことがあったら、正直言って死ねる。

 菖蒲は凄い。ほんと凄い。ほんとリスペクトする。あいつは本当に凄い奴だ。

 

 異性へのアプローチ。一夏ラバーズや菖蒲を見てある程度分かったつもりでいたが。

 女性から男性。男性から女性となるとやり方が異なる。

 

 どうしたもんか。せめてあと一週間の間でなにか変化をつけたいが………

 そもそもセシリアの好みの男って。

 

「疾風、どうかしましたの? 凄い難しい顔してますけど」

「ああ。セシリアの好みの男について考えてた」

「はい?」

「はい?」

 

 ん? あれ? 

 あれっ!? なんか凄まじいこと口走らなかったか俺。

 

「えっと疾風」

「いやその………セシリアは男らしい人が好みって聞いたのを思い出してさ。それの基準とかなんかあるのかなぁって。だって縁談とかパーティーとかでそういう申し付けとかあるのに全部断ってるだろ? ていうことはそこら辺の価値観というか、そういうのあるのかなぁって」

「成る程。そういうことですか」

「うん、そういうこと」

 

 あっぶねー! 

 ナイス機転! ナイス俺! 

 今ほど自身の頭の回転力に感謝したことないぜ! サンキューマイブレイン!! 

 

「そうですわね」

「うん」

「わたくしとしては情けない男性とは絶対にお付き合いしませんわね。どんな逆境にも挫けず、そして志の高いお方が理想かしら」

「逆境に負けず、志の高い」

 

 ………果たして俺ってそのジャンルに当てはまってるだろうか。

 逆境には負けない的なのはあると思う。

 けど志が高いとなると………セシリアみたいな貴族系だとハードルやばい気がするぞ。

 

 大丈夫か俺。セシリアの守備範囲に入れてるかな。

 

「そうだ。容姿とかって気にする?」

「特には。人並みであれば」

 

 よしっ! イケメンの方が良いと言われたら俺死んでた!! 

 

 俺は机の下で小さくガッツポーズをする。

 

「そうですわ。わたくしが言ったのですから次は疾風の番ですわ」

「ほあ?」

「まさかわたくしに言わせて終わりという訳ではないでしょう? 次は疾風の好みの女性について話してくださいまし」

 

 お前だよ!! 

 と言えたらどんだけ楽かな。

 

 まさか俺がこんなラブコメ定番ワンフレーズを叫ぶとは思わなかったぜ。

 

「えーっとまず。俺のIS好きに理解がある人」

「大前提ですわよね。あなたの場合」

「まあなぁ。あとIS関連の高度な会話が出来るとなおよしだな」

 

 因みにこの二つはセシリアはバッチリクリアしている。

 アリーナの練習中に論理議論をしていたところ一夏と箒に「お前たちが話してるの日本語?」と聞かれたことがある。

 

「性格が良いのは大前提。ほんと今時の女性の半分は性悪ばっかで。内面の醜さが外見にも出ると最悪」

「要するに女尊男卑思考の人でしょう?」

「それだ」

 

 ほんと内面で損してる奴がこの世には多すぎてゲンナリする。

 前回の大掃除でIS学園も居心地が良くなった。

 

「外見は」

「ぶっちゃけると。外見より中身を重視するから俺も人並みかそれ以上。美人ならなおいいけど、贅沢は言わないかな」

「成る程」

 

 お前はそこら辺が裸足で逃げ出すレベルの絶世の美女だがな。

 だがそれをそのまま言ったら「理想高すぎて引きますわ」と言われかねん。

 

 恋は駆け引き、惚れた方が負けとは良く言ったもんだ。

 一時の展開で総崩れなんてシャレにならん。

 

「因みに」

「はい」

「セシリアから見て俺の容姿はどの辺りでしょうか」

「えっ?」

「いや客観的な知っておきたいというか。顔は変えようがないから身だしなみとか変えれるとこを変えたいなとか」

「わたくしはそのままの疾風で良いと思いますが」

「そう? ありがとうセシリア」

 

 そう言ってくれるのはありがたいが。それでもカッコよくなりたいのが男のさが。

 我ながら漠然としてるな。どうしたもんか。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「で? 疾風はイメチェンがしたいと」

「んむ」

 

 後日休日の昼下がり。

 鈴とシャルロットを誘ってカフェに。

 

「でもどうしたの? 僕から見た疾風はそこまでオシャレに気を使ってる風には見えなかったけど」

「思いの外ガッツリ言うのね。まあその通りなんだけどさ」

「どんな心境の変化よ」

「俺も晴れて代表候補生だからな。少し見直してみようかなと」

 

 嘘である。

 代表候補生だけなら今まで通り通そうと思っていたが。

 なんというか。カッコいい男として周りから見られたい。モテたいとかそういうのじゃなくて、純粋に。

 いや出来ればセシリアにカッコいいと思われたい。

 

「俺は一夏と違って顔が平凡だから少しでも個性をつけたくてさ………フッ」

「自分で言って自分で傷ついてんじゃないわよ」

 

 だって俺の容姿平凡中の平凡だもん。

 デフォルトっぽい外見にオプションで眼鏡つけたような感じなんだもん。

 

「でも学園祭の時にプチブレイクしたのを鑑みるに。俺ももしかしたら磨けばそれなりに輝けるんじゃないかって思ったのよ」

 

 飽くまで希望的観測だけど。

 

 ということなので。俺的にファッションに詳しいと思った2人に白羽の矢かたったということだ。

 鈴は代表候補生としてファッションモデルの経験があり。シャルロットは素でセンスが良い。

 

「手っ取り早いのは眼鏡を外すとか」

「無理、絶対無理。コンタクトレンズなんて無理よ無理」

 

 一度やろうとしたことがあったが、目にレンズをいれようとする段階で恐怖で身体が拒絶し、断念した中学中期の青き記憶。

 

「あと服かな」

「ISの制服改造すべき?」

「いや私服よ私服。外用の服なんか持ってないの?」

「上はシャツかパーカー。下はジーンズ」

 

 とにかく無難で機能性と着心地を優先していた。

 柄も無地かチェック柄。色は灰色か青。

 今時の若者が来てるような特徴的なもの(ドクロとかそういうの)とかダメージジーンズなんて持ち合わせていない。

 

「もっとこう。なんか特徴的なもの買った方がいいのかな」

「特徴的なものって?」

「わからん」

「疾風的にはどういう観点で行くつもり?」

「観点?」

「オシャレって一口に言っても色んな種類があるし。疾風はどういう方向性でコーディネートしたいのかが重要だと思うな」

「あんた風に言えばISのコンセプトみたいなもんよ。高機動型ならこれ、砲撃型ならこれとか」

 

 理解した。

 服と一口に言っても様々なジャンルがある。

 軽く出掛けるようとかデート用とか。

 

 俺のコンセプトは。

 

「セシリアの隣に立っててもお似合いと言われるぐらいのクオリティ」

 

 ここは包み隠さずに言った。

 

 セシリアの横に居るにも関わらず連れと認識されないことが多いのは服装があまりにも普通過ぎるからだと思う。

 顔もあるだろうけど。

 

 それでもセシリアと一緒に居ても雰囲気があってるような。そんな感じのが良い。

 

「セシリアの隣か」

「ハードル上げすぎかな」

「そんなことないよ。それだとこういう落ち着いた色味とかが良いかな?」

「アウターってのもあるのよ。知ってる?」

「アウターとな?」

 

 そこから時間は恐ろしいぐらい早く進み、ファッション談義は気づいたら1、2時間の長丁場となっていた。

 

「くふっ」

 

 気づけば俺は机に突っ伏していた。

 ファッション、オシャレと口にするには簡単だがいざ突き詰めるとなかなか奥が深い。

 

 とにかく普段使わない脳領域をガッツリ使ったような。そんな疲労感が全身に回っていた。

 

「いやー話したわねぇ」

「大丈夫疾風?」

「糖分が欲しい」

「大丈夫そうね」

 

 俺とは対照的に心なしか鈴とシャルロットの肌がツヤツヤしてる気がする。

 途中俺のファッション談義から鈴とシャルロットの対一夏ファッションについて話した気がするけど。ぶっちゃけそこら辺はよく覚えていない。

 

「とりあえず重要なとこはメモした。ありがとう2人とも、とても勉強になった。あとはネットの画像とか、実際に行ってみて漁ることにするよ」

「店員さんに聞いてみるのも手だよ」

「その店員がミサンドリーじゃないことを祈る」

「身も蓋もないわね」

 

 身も蓋もないね。

 

 さて、少し休んだらIS動かそう。

 まだ今日動かしてないから。

 

「そうだ疾風。服の他にも出来るオシャレもあるんだよ。直ぐには出来ないけど」

「んー?」

 

 シャルロットの端末に写された写真を見てみると………

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「髪を伸ばす?」

「うん、イメチェンしようかなって」

 

 シャルロットに見せてもらったのはメンズのヘアーカタログだった。

 色々見ていくうちに目に止まったのが。

 

「少しだけ伸ばしてポニテとか1本結びとか。俺顔がド平凡だから髪型とかで個性出そうかと」

「………成る程」

 

 あれ、なんか反応悪い。

 分相応なオシャレは愚の骨頂とかそういう感じ?

 

 我ながら思いきったと思ったのだが。 

 

「やっぱやめようかな」

「え、どうして?」

「いや。お前が似合わないと思う格好になりたくないし。身の程を知れって感じだな。反省」

「そんなことありませんわよ」

「お世辞はいいぞ」

「本当です!」

「本当に?」

「ええ! 新しいことにチャレンジすることは素晴らしいことですわ!」

 

 おお今度は凄い押すね。

 セシリアの感情スイッチがわからん。

 

「しかし意外ですわ」

「なにがよ」

「疾風ってそういうとこ無頓着な部類だと思ってたので」

 

 うぼぁ。

 シャルロットに言われる前にもわかってはいたが、セシリアから改めて言われると刺さるものがあるな。

 実際服なんて着れればどうでも良いみたいに思ってたし。

 ついこないだまではそう思ってたさ。

 

「この前、ウォーターワールドでお前が言ってくれたよな『周りがなんと言おうと、自分が誰と一緒に居るかは自分が決める』って」

「ええ」

「でもね。俺だってお前の隣に立って遜色ないような男になりたいんだよ」

「………」

 

 ………我ながらくさいこと言った。

 うわっ、なんか一気に恥ずかしくなってきた。

 割りと告白まがいにとらわれかねないんじゃないか。

 

 攻めすぎだな俺。

 

「そうですか。そういうことなら応援しますわ」

「ありがとう」

「よろしければ今度一緒に服を買いに行きましょう?わたくしにも心得がありますので」

「マジで?」

 

 セシリアと一緒にか。

 てことは否応なしにセシリア好みのコーディネートが出来るということでは? 

 

 てか擬似的にショッピングデート気分にもなれる? 

 

 なんたる僥倖。

 

「じゃあ頼みますセシリアさん」

「お任せを」

 

 よしっ、幸先良いスタートじゃないか。

 

 髪は直ぐには伸びないから、今のうちにロングの手入れについて情報収集しとくか。

 

(疾風は今でも充分カッコいいのにこれ以上? ………うっ、自分でも恥ずかしいこと考えちゃってますわ) 

 

 セシリアは疾風のイメチェンした姿を想像して一人顔を火照らせた。

 

 そんな彼女に気づくことなく俺はスマホで髪の手入れについて調べたのだった。

 

 





 文にもあるとおり疾風の生殺与奪の権利はセシリアが握ってる説。
 書いてみると押せ押せなのかそうじゃないのかわからないアプローチをする疾風くんになった。
 あまずっぱい。


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第86話【国際IS研究機関本部】

 

 

 

 俺こと、疾風・レーデルハイトは悩んでいた。

 

 おしゃれのこと? それについては悩んでいない。

 髪なんて1日そこらで伸びるわけない。日本人形じゃあるまいし。

 服についてはある程度目星はつけた。

 だからこれは解決。

 

 セシリアとの同居期間終了。

 それについては悩んでも仕方ない。今でも絶賛悩みの種であることは否定しないが。

 事前に期間が決められた以上延長されれば他の生徒の反感を買う。

 自惚れる訳ではないが。諸々の活躍から女子からの認知度が高くなっている。

 セシリアの怪我も完治。怪我を理由に期限を伸ばすことも出来ない。

 期間内に告白、も考えたが。俺はどうもヘタレのようだ。

 相手が一夏と違って答えがわからない段階ではそのような強行策を取ることなど出来ず。

 それとなしにアプローチしてるが、思った以上に効果はない。

 

 余談だがヘタレ一辺倒だった一夏ラバーズも最近本の少しだけ攻めの姿勢を見せ始めた。

 もしかしたらヘタレ度合いを抜かされてしまうかもしれない。ある意味由々しき事態である。

 

 とりあえずこれらはそこまで深刻な問題ではない。

 

 なら何に悩んでいるか。

 

 サイレント・ゼフィルスのパイロットについてだ。

 

 織斑先生を俺や一夏と同じぐらい若くしたような。そんな容姿。

 

 実を言うと。あの時のログは取っていた。

 見返してみたらバッチリとエムの顔が見えた。ホログラムフィルターの疑いも睨んだが、イーグルの計算ではその兆候はないとのこと。

 査問委員会には見せていない。見せれば織斑先生の世間的立場が悪くなることは間違いないから。だが秘密裏に保存している。

 

『織斑千冬に聞いてみればわかるんじゃないかしら』

 

 亡国機業(ファントム・タスク)の実働部隊、モノクローム・アバターのリーダー。スコール。

 彼女の言ったことが本当なら織斑先生はエムがどういう存在かわかっているはず。

 

 それとなしに一夏に「織斑先生以外に従姉妹とか女性の親戚がいるか?」と聞いてみたが本人は「いない」と答えた。

 なんでも、織斑家では家族、親戚関係の話題はタブー視されている。

 わかっていることは、一夏には織斑千冬以外に家族はいない。それどころか、親戚の一人もいないのだと言う。

 珍しいと思った。家族がいないのはまだわかるが、親戚が一人もいないなんて。

 

 偶然か、それとも訳ありか。あるいは、アンタッチャブルの領域に入るのか。

 

 いずれにしろ。一度聞いてみないことには話が始まらない。

 だが織斑先生も多忙の身、なかなか時間が取れない。

 

 どうしたものかな。

 

「レーデルハイトくん」

「はい?」

「返事をしてくれると嬉しいかなぁ?」

「え?」

 

 現在帰りのSHR。目の前には困ったようにこちらを覗く同世代と言われてと納得する山田先生の童顔(+大胆に開いた双丘のマザーポイント)

 

 情報収集完了。

 

「すいません先生。聞いてませんでした」

「ではもう一度言いますね。ホームルームが終わり次第織斑くん、オルコットさん、篠ノ之さん、レーデルハイトくんは。織斑先生のいる職員室に向かってください」

「わかりました。ありがとうございます山田先生」

「いえ、最近大変だったからついボーっとしちゃったんですね。次はないように」

「はい」

 

 危なかった。織斑先生がいたら出席簿(弱バージョン)を食らうところだった。

 専用機メンバーの中で出席簿をくらったことがないのは俺の密かな自慢なんだ。

 

「それでは、ホームルームを終わります。日直の相原さん、お願いします」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「疾風が上の空なんて、珍しいこともあるもんだなぁ」

「一夏はしょっちゅう織斑先生に叩かれてるがな」

「人のこといえたぎりか?」

「あれは一夏のせいだ」

「おかしいだろ」

「何はともあれ運が良かったですわね疾風」

「うん、マジでそう思う」

 

 今月の運使い果たしたかもしれない。

 

「なんか悩みでもあるのか?」

「相談なら乗ろう」

「気持ちは嬉しいが他人に話すのが難しい悩みなんだ。ポッシブルレベルで」

「そうか」

「相談に乗るときは嫌だと言っても話すからその時は頼むわ」

 

 話さない方向だとありがたいが。

 

「それにしても私たち四人が呼び出しってなんなんだろうな」

「やはり先の市街地戦闘でしょうか?」

「それなら箒が一緒に呼ばれてるのはおかしいだろ」

「日本代表候補生組だとしてもセシリア余るしなぁ」

 

 職員室に到着。最初こそ緊張していたが、生徒会の仕事としてここの出入りも増えてきたから慣れたものだ。

 

「失礼致します。織斑先生はいらっしゃいますでしょうか」

「ここだ」

「うわっ!!?」

 

 中にいると思ったら後ろに織斑先生が! 

 思わず驚き方がシンクロしてしまう俺たち。

 

「そんなに驚くことはないだろう」

「すいませんまさか後ろから声をかけられるとは思わなくて」

「瞬間移動?」

「トイレだ馬鹿者。ほら、さっさと入れ」

 

 織斑先生のデスクに移動。

 あービックリした。

 

「さて、今日呼んだ件についてだが。次の日曜日、お前たちには国際IS研究機関本部に出向いてもらう」

「国際IS研究機関本部!?」

 

 思わず出てしまった大きな声に職員室内全員の視線が一点集中。

 

「あ、すいません」

「研究機関って。俺がISを動かして直ぐに検査を受けに言ったところか?」

「いや、あれは支部だ。お前たちが行くところはIS研究において世界含めて中枢に位置するところだ」

 

 ていうことは。IS研究のトップ施設に行けるということか? マジで? 

 

 国際IS研究機関本部。ISの発祥国である日本に置かれた。IS国際委員会直属の最高機関。

 世界中の最先端の科学力が集結し。セキュリティもIS学園と同じか、それ以上の代物。

 防衛用ISが軍以外で3機以上置かれることを許可される唯一の場所だ。

 

 そんな難攻不落トップシークレット&トップテクノロジーの巣窟に行けるなんて。夢のようだ。

 

「レーデルハイト」

「は、はい!」

「トリップするのは良い。だが話を聞かないと困るのはお前だぞ」

「すいません」

 

 うおお、出席簿回避。

 またも運気を使ってしまったぜ。

 

「オルコット以外の三名は先日代表候補生となった、篠ノ之は暫定だがな。それを気に一度研究機関で精密検査、そしてISのデータを取る為に行く。これは国際政府からの正式な依頼である」

「わたくしは何故?」

「オルコットのブルー・ティアーズの第三世代能力の到達点である偏光制御射撃(フレキシブル)は他の第三世代に比べてISのイメージ・インターフェースの恩恵を全開で受けている。その脳波パターンは今後のIS研究において重要なファクターとなる、というのが向こうの言い分だ。お前の親会社の了承も受けているから安心しろ」

「わかりました」

 

 聞いてみるに、やはりセシリアの偏光制御射撃(フレキシブル)は他とは一線を画しているんだな。

 AICや衝撃砲、水流操作にシールドエネルギー転換。そして俺のプラズマ固定能力。どれも通常ならなし得ない技術だが、偏光制御射撃(フレキシブル)の特異性には及ばないというのがひしひしと伝わってくる。

 

「あの、織斑先生。私の紅椿はどうなのでしょうか」

「束か」

「はい。姉さんは政府に対して紅椿の調査、接触を禁ずると抗議文を出したのは耳にしています。今回の暫定代表候補生という決定でさえ姉さんの琴線に触れてしまうのではと思っていました。それなのにこんなことをしてあの姉が何かしでかさないか………」

「その心配はない」

「え?」

「束にも確認を取った。了承してくれたよ」

「え!?」

 

 箒が心底信じられないという顔をした。

 それは声に出さないまでも俺と一夏とセシリアも同じだった。

 

 篠ノ之束は今の世界を築き上げた無類の天才にして天災。

 誰にも従わず、誰にも同調せず、目に止まった人にしか心を開かない。

 そして何を考えてるのかわからない。というより常人の思考とはステージが違うから理解しようとしてる時点間違いなのかもしれない。

 

 そんな彼女が国際期間の要請にオッケーサインを出した。

 一体どんなからくりだ? 

 

「国際IS研究機関本部の所長の御厨麻実(みくりや あさみ)は知ってるな?」

「篠ノ之束が立ち上げた初期のIS開発プロジェクトのメンバーとしか」

 

 というのも。御厨麻実と呼ばれる人は篠ノ之博士以上にメディアに顔を出さない。

 故にIS開発に携わった女性としか公には知らされていないのだ。

 

「あの人は私と束の恩師なんだ。あの人が相手では束も無下には出来ないのさ」

「姉さんにそんな人が居たなんて………」

「凄い人さ。あの束でさえ頭が上がらん。私もそうだ」

「えっ!?」

 

 今度は一夏が声をあげた。

 あの世界最高のレニユリオンが頭が上がらず、世界最強のブリュンヒルデに凄い人と言わせる人。

 

 一体どんな女傑なんだ………

 

「そういうわけだ。日曜の朝9時に迎えの車が来る。制服とISスーツを着用して正面ゲート前に集合。異論はないな?」

「はい」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「わかっていたけどさ。落ち着けよ疾風」

「なに言ってるの。微動だにしてないだろ俺」

「いや、さっきから震えてるじゃん」

「これでも抑えてるんだが」

「ほんとかよ………」

 

 興奮から震えが止まらない。

 昨日も遠足を待ち遠しく感じる小学生宜しくなかなか寝つけなかった。

 

「だってさ。国際IS研究機関本部だぜ? 一般人はおろか政府高官でさえ厳重な許可申請が必要なんだ。胸が踊るだろ」

「分かってると思いますけど施設内では撮影禁止ですからね。破ったら国際法で裁かれますわよ」

「わかってるよ。ていうか福音の時も思ったけどそこら辺の俺に対する信頼皆無過ぎない?」

「「「疾風だから」」」

「冤罪だ!」

 

 裁判起こしてやろうかコノヤロウ。

 

 コントをしてると織斑先生と山田先生。そして会長が来た。

 

「みんなおはよー」

「おはようございます楯無さん」

「おはようございます。会長も来るんですか?」

「そうよー。といっても中には入らないけどね」

「そうなんです?」

亡国機業(ファントム・タスク)の動きが収まった保証がないからね。私は外で警備に加わるのよ」

「成る程」

 

 ただでさえ最先端技術の宝庫。

 そこに、最重要人物三人+偏光制御射撃(フレキシブル)を成功させた代表候補生。テロリストに知られれば格好の的だろう。

 

「本当は私も中に入りたかったのよ。でもね。私って色々訳アリだし?」

「ああ、ロシア国家代表」

 

 と、日本の暗部のドン。更識の長。

 

「まあ研究機関の最大の目的はわたしのBTデータね。データだけを入り口で渡す手筈になってるわ」

「そこだけは通すんですね。てか公にされてない情報を渡して良いんです?」

「研究機関が積み上げた一部データをロシアに譲渡することで交渉成立よ」

 

 うわぁなんてエグい物々交換。

 アラスカ条約で情報の随時開示を求められる現状だが。表面的な物を見せて水面下では………というのがザラなブラックワールドなIS情勢。

 第三世代技術では未だ試作中という大義名分をもとに、公的情報よりもっと進んでいる。というのが暗黙の了解となっている。

 

「迎えが来たぞ」

「あのワゴン車か。ん?」

 

 あれ? 

 俺の眼鏡込みの視力に誤りがなければレーデルハイト工業のロゴがあるのですが? 

 

 車が止まり。運転席から出てきたのは。

 

「おはよう疾風! 今日は良い天気ね!」

 

 我が母、アリア・レーデルハイト。

 爆誕。

 

「………」

「どうしたの? 目頭なんか抑えて」

「母さん。事前に連絡して?」

「さぷらぁーいず」

 

 殴りたいこの笑顔。ダブルピースするんじゃない。

 

「ていうかなんで母さんが迎え?」

「私は疾風の付き添いとして中に入るからよ」

「成る程」

「あと久しぶりに麻美ちゃんの顔見てみたいし?」

「麻美ちゃん?いま麻美ちゃんって言った?」

「うん、だって友達だもの」

「はっ!?」

 

 私、聞いてない!!

 開いた口が塞がらない俺に母さんが耳元で囁いてきた。

 

「それにレーデルハイト工業はちょくちょく研究機関本部にもの送ってるしね」

「へぇ!?」

「ふふっ、秘密よ?」

 

 ウィンクをしながら口許に指を当ててシーとする母さん。

 

 そんな我が道を行く母を前に一つ気づいたことがある。

 いつも一緒にいる秘書のグレイ兄がいない。

 

「運転席から出てきたように見えたけど」

「うん。私一人だからね」

「グレイ兄は?」

「グレイは別件で忙しいから会社に置いてきたわ。それにグレイが乗ったら定員オーバーだし」

 

 後者が本音じゃないよな? 

 

「はぁっ!」

「なに?」

「1人オーバーなら疾風の膝の上にセシリアちゃんを乗せて良い雰囲気に持ち込めたのでは? このアリア、一生の不覚!」

「織斑先生出席簿貸してください! この四十代恋愛脳の頭かち割るので」

「生憎いま持っていない」

 

 織斑先生に助け船を出したが我関せずとそっぽを向かれた。

 泣きたい。

 

「やっぱ疾風の親すげーな」

「やめろ一夏てめぇコラ」

「大丈夫だ疾風。姉さんよりマシだ」

 

 あの奇人と一緒は流石に嫌だぞ! 

 と口に出すことをどうにか飲み込んだ。

 もしかしたら聞き耳立ててる可能性もなきにしもあらずだし。

 

「疾風も良いお友達を持てて。お母さん嬉しい」

「ああそうだな。母親がまともだったらもっと嬉しかったな」

「あら酷い」

 

 知人の前で親の奇行を見せられる俺の身にもなってくれ社長。

 セシリアのほう怖くて見れないんだけど。

 

「ねえ疾風くん」

「なんですか会長」

「あなたのお母さんと気が合いそうなのは気のせいかしらね」

 

 疾風は黙秘権を発動した。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 母さんが運転する搭乗満員の車の中は大変賑やかだった。

 一夏と隣に座った箒をからかう会長。それに狼狽えるというか満更でもない一夏に詰め寄る箒。

 普段それを一括の元に静まらせる織斑先生は学校外だからと特に突っ込むことはせず。助手席から窓を見て時々母さんの話し相手になっている。

 

 俺? 俺は前の席の三人をなだめながら山田先生とお喋りをした。

 セシリアのほうは、なんとなく顔を向けれず。セシリアから話しかけられるまで少し気まずかった。

 

 余談だが、途中俺は車のなかで寝てしまい。セシリアの方に寄りかかって驚いたセシリアに突き飛ばされ。

 そのまま山田先生の胸にダイブしてセシリアにシバかれかけたのは秘密な。

 

 そんなこんなで目的地に到着したのだが。

 

「デケーなぁ」

「あ、ああ」

 

 世界最大のIS研究機構というのは伊達ではない。

 山奥に設置された研究施設は途中道路から見てもその大きさが伺えた。

 地下にも施設が広がってると見ると。いやはや。

 

 過去にレーデルハイト工業の実験施設を訪れた事があるが。そんなのと比較にならない巨大さだ。

 

 そして。

 

「疾風、上に」

「ああ、ストライカーだ」

 

 アメリカの第二世代ISにして世界シェア1位のストライカー。

 さっき遠目で打鉄とラファールも見れた。シェアトップ3が揃い踏み。しかも拠点防衛用装備だ。

 更に多数の銃器を持った警備員が常駐。対空砲まで備えている。

 

 IS学園のような教育機関では見れない。殺伐とした雰囲気が漂っている。

 

「会長会長」

「なーに?」

「更識はこの中で何をやってるかってのは分かってるんですか?」

「ここは日本であって日本じゃないところだから。更識も下手に手を出せないのよね」

「IS学園と同じ法的区間外ということですか?」

 

 コクりと頷く会長。

 IS学園の運営には更識も一口噛んでいると聞く。

 つまりこの施設がIS学園より厳重だという証拠だ。

 

「お前たち。間違ってもここでISを起動するなよ。直ぐに取り押さえられる」

「初っぱなからビビらせることを言うなって織斑。鞭ばっかじゃ子供は育たんぜ?」

 

 陽気な声と共に現れたのは。

 白衣にスク水(ISスーツ?)な奇抜な格好の女性だった。

 頭に水中眼鏡をつけ、銛は………今回持っていない。没収されたのだろうか。

 

 そんな一見、ていうか完全に不審者な女性を俺はよく知っている。

 

「篝火。なんだその格好は」

「私の正装」

「はぁ………」

 

 頭を抱える織斑先生。

 分かりますその気持ち。

 

 織斑先生の脇をササッと通り抜けた篝火さんは一夏の前に立って水中眼鏡を外した。

 

「おっ、君が織斑の弟くんだね? 私は篝火ヒカルノ。倉持技研第二研究所所長さ」

「倉持技研第二って。もしかして白式の?」

「ザッツライト! って言いたいところだけど。完成までこぎつけなくて結局アイツに」

「ゴホンッ」

「おっと。すまんねこれ以上は喋れないや。とにかく開発元の所長さ。そして君の姉さんとは同級生なのさ」

「「「えっ!?」」」

 

 俺と一夏、箒が揃って声を上げた。

 織斑先生と同期というだけでも驚きだが。それってつまり。

 

「もしかして姉さんとも?」

「そうだよ」

「友達だったんですか?」

「いやいやいやないないない」

 

 篝火さんは手をブンブンふって笑った。

 

「友達というのは対等な存在のことを言うんだよ。篠ノ之にとって対等なのは君のお姉さんと、あと数人ほどかな。私は学生時代から何回も下克上しにいって返り討ちされまくった。まあ結局足元に及ばなかったさ。だから私と篠ノ之は友達じゃない、ただの同級生さ」

「そうなんですか」

 

 学生時代の篠ノ之博士かぁ。今より酷かったってのは一夏談だけど。

 それに食い下がりまくった篝火さんも篝火さんだな。

 

「まあ織斑とは友達と言えないこともなかったかな。なあ織斑」

「お前みたいな変人と友達になった覚えはない」

「あーひっど! てか変人じゃないって織斑が言う!? 織斑の武勇伝ここでぶちまけてやろうかコラ!!」

「やってみろ。その前にお前の頭かち割ってやる」

「ヘイヘイやってみろ! 今もなお下克上狙いまくって鍛えた私のステップについてこられるかぐぁぁぁ! なに今の! 縮地!? 縮地でも使ったのかお前ぇ!!」

 

 織斑先生に喧嘩を売りまくって瞬殺された篝火さん。

 てか今の織斑先生にマジで見えなかったな。元々いた場所の地面が少し凹んでる気がするけど多分気のせいよね。

 

 しばらく織斑先生のアイアンクローの洗礼を受けた篝火さん。

 解放されたあとサッと織斑先生の射程圏外に対比した。

 

「あいててて。相変わらず人間外れの馬鹿力だなお前。実はミュータントとかない?」

「どうやら講習の面前で全裸をお望みのようだ」

「当たり前のように手刀の構え取るな! てかそれでやれちゃうのお前!? 助けて眼鏡くん!」

「ちょっ、俺ぇぇぇ!?」

 

 待ってください篝火さん! 俺を盾にしたら俺の全裸がフルオープンになるのでは!? 

 男の全裸の何処に需要があるんですか! あと何気に胸当てるの止めて! 

 

「うちの副会長を離してくれませんか倉持技研第二研究所所長さん」

「これは更識ロシア代表」

「どうも」

「「………」」

 

 ………え? なに? 

 なんなのこのピリッとした空気。

 どっちも笑み浮かべてはいるけど目が笑ってないよ? 

 なんで二人とも黙ったまま動かないの怖いよ? 

 

「はいっ!」

「っ!」

 

 膠着した空気に針を入れたのは母さんだった。

 

「双方いろいろあるだろうけどこれ以上入り口でまごつくのは駄目じゃない? さっさと入ろうじゃない」

「分かりました。すいません篝火博士」

「あー、いや。あんたはなんも悪くねえだろ」

 

 先程の陽気さとは真逆の居たたまれなさを醸しながらガシガシと頭をかく篝火さんと。特に気にしてない風を装いながら扇子で口許を隠す会長。

 二人にどんな接点があるんだろうか? 

 暗部関連でバチバチやったのかな。

 

 ビーー!! 

 

「うわっなんだ!?」

「狼狽えるな馬鹿者」

 

 ブザー音と共に分厚い正面ゲートが開いた。

 

「まさかここに来れるとはな」

「ええ」

 

 世界一と言っても過言ではないトップシークレットエリア。

 

 国際IS研究機関本部の扉が。今開いた。

 

 





 どうも作者です。
 活動報告にあるとおりですが。作品が増えました。
 エースコンバットの連載系です。

 メインは変わらずこちらですが。少し更新の感覚が開く可能性があります。
 今まで以上にギアを入れて書いていこうと思いますので。こちらを疎かにすることはないのでご安心を。

 これからも応援宜しくお願いします。
 


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第87話【御厨麻美という女】

 

 

「ようこそIS学園の皆様。お会い出来る日を心待ちにしておりました」

 

 会長と出口で分かれて研究機関に入ると、丁寧な口調で出迎えてくれた頭の良さそうな男性を筆頭に白衣に包まれた多国籍な面々がズラッと並んでいた。

 

 一夏と箒は緊張でカチカチ、セシリアは少し圧されながらも平静を保ち。俺は興奮と緊張で何がなんだか分からなかった。

 

「御厨所長は何処に?」

「所長は………おい所長は何処に行った?」

「さっきトイレ行くって言ってましたよ」

「またか、なんでこうタイミング悪いんだあの人は。申し訳ございません、所長は今席を外していて」

「ここにいるよ」

 

 科学者陣営が一斉に後ろを振り向いたあとサーと横によけた。

 奥から歩いてきたのは同じ白衣にPDAを何個もぶら下げる女性だった。

 黒い髪が伸び放題でノーメイク、飾り気のない眼鏡と唯一のオシャレである胸元の梟を象ったブローチ。

 端的に言うなら、地味めの女性だった。

 

「すまない遅れた」

「遅れたじゃないですよ所長。この間の総理の対面も米国の軍事参謀副議長との対談でも遅れてきて」

「しょうがないじゃないかこの間来た政府のネジ込みで三徹の上に朝食べた野菜炒めが腐ってたというダブルパンチだよ? 少しは所長を労ってよ………」

「後半は自業自得でしょう」

 

 しょぼくれる所長と呼ばれた人物。

 あれが織斑先生と篠ノ之博士が頭が上がらない人? 

 なんかイメージと全然違うんだけど。

 少なくともあの二人を御せるようなパワーは感じない。

 

「ンフン。ようこそIS学園の皆様。私は国際IS研究機関本部の所長、御厨麻美です。本日は皆さんのよりよいデータを取れる事を期待し、願いたいと思います」

「宜しくお願いいたします」

「………………」

 

 ん? なんか俺の顔ジッと見てない? 

 思わず見返す。

 

 お? なんか近づいてきて、腕を捕まれた!? 

 

「な、なんですか」

「………」

 

 手首を掴んで脈を計り、その後は顔をペタペタ触ってきた。

 

「な、なんすか?」

「ごめんなさい。ちょっと顔が青く見えたから。昨日寝てないでしょう?」

「えっと、その今日が楽しみで」

「ちゃんと寝ないと駄目よ? 私が言えたことじゃないけど」

「あっ、はい」

 

 なんか凄い、なんか親に叱られてる感。

 眼鏡の奥から覗く眼に俺の眼鏡の奥の眼、更にその奥を見られてる気がした。

 

 マイマザーは後ろでなんかニヤニヤしてるし。

 

「うちの息子可愛いでしょ、麻美ちゃん」

「ええ、親の育て方が良いのね」

「あらあら。素直に褒められると照れるわね」

「底意地の悪いところも似てないといいわね」

「なんのことかしら?」

 

 何処知らぬ顔でそっぽを向く母さん。

 俺の性根の悪さは果たして母由来なのか自己生産型なのかは今度考えてみたいものだな。

 

「久しぶり織斑さん。いえ、織斑先生」

「あなたに先生と言われるのは些かくすぐったいものがありますね。御厨所長」

「もう先生とは呼んでくれないのね。寂しい」

「からかわないでください」

 

 先生つけないと出席簿飛びますものね。

 ていうか御厨所長が先生? 

 

「私は変わらず先生と呼びますよ御厨先生」

「篝火さん………ここ海じゃないわよ?」

「私の正装ですので」

「外は虫が多いから刺されないようにね」

「大丈夫です! 防虫スプレーはかけてきましたので!」

 

 うーん、論点が違う。

 そういうことではないんだけども御厨所長もそこまで気にしてない様子だから良いのか? 

 ぶっちゃけ入ったとたん追い出されると思ってたけど。

 

「あの織斑先生。御厨所長が先生ってどういう?」

「この人は私と篝火、そして束の中学の先生だった。それと同時に国家研究機関の職員でもあった」

「今は教職を辞めてここ1本だけどね。私たちがヤンチャした時は先生の伝家の宝刀出席簿で何度たんこぶを作ったものか」

 

 えっ? 

 てことは織斑先生の伝家の宝刀の元が御厨所長ってことなんです? 

 

「言っておくが私のはまだ可愛いものだ。なにせ今より厄介な束を一撃の下に静まらせるほどだからな」

「織斑先生も?」

「私もあれをかわせた試しがない」

「「すげー!」」

 

 俺と一夏は思わず声を上げた。

 中学時代の二人は知らないが。

 口振りから見るに一筋縄では行かなかったのだろう。

 

 そんな二人を指導したのが目の前のくたびれた女性で………嘘ではないのだろうけど、目の前の人物があのブリュンヒルデとレニユニオンの上に立てれてるというのは。

 やはり半信半疑になってしまう。

 

「昔話はここまでにして本題に行きましょう。これから皆さんには各セクションに別れて身体検査、性能検査を行ってもらいます。始めに今回の検査に関する契約書を書いてもらいます」

「契約書?」

「あなた達がもたらすデータは何よりも貴重なものになるでしょう。それを提供する、そして協力するための契約書です」

 

 契約書とはなんとも厳かな。

 これは隅から隅まで確認しないと。

 

「では皆さん、よろしくお願いいたします」

 

 一礼して御厨所長が他の研究員を連れて去っていった。

 

 その後ろ姿を見ながら。俺は小さく唸った。

 

「んー」

「どうしました?」

「俺さ、あの人見たことあるかな」

「メディアに一切出てないのですよ?」

「何処かで会ったとか?」

「いや、まったくないし完全に初対面、なんだけど」

 

 なんつーか、そんなんじゃなくてな。

 

「懐かしいとか、そんな感じがしたんだよなぁ………」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 その後俺たち四人は契約書を書いた上で別々のセクションに入れられた。

 俺には母さん、一夏には織斑先生、セシリアには山田先生、そして箒には篝火博士が付添人として同行した。

 この場所を信用していないという訳ではないが、それでなくともこういうよのなかでの研究機関には様々な不安要素が付きまとう。

 その信頼を確立するための付添人ということらしい。

 

 篝火博士を宛がわれた箒はなんとも不安そうな顔だった。

 無理もないだろう。箒についていく篝火博士がギラギラした目線が紅椿の待機形態にずっと釘付けで「見てろ篠ノ之ぉ。紅椿の秘密は私がまるっとずるっとふんだくってやるからなぁ………篠ノ之ぉ」なんてぶつくさとここにはいない篠ノ之博士に呪詛を吐き続けていた。

 

 余談だが別れる前は尻への視線を感じた気がしたが気のせいということで脳領域から完全に排斥した。

 

「ではレーデルハイトさん。始めましょう」

「あれ、御厨所長が直接調べるんですか?」

「はい。厳密にはこのあと織斑さんの検査にも立ち会います。男性IS操縦者という重要なファクターを直で確認したいので」

「そうですか」

「では始めましょう。先ずは血液検査からです」

 

 ぬっ。血液検査ということは注射か。

 

「注射は苦手ですか?」

「えっ、顔に出てました?」

「額に微量の汗、瞳孔の収縮から苦手と推測しました」

「そ、そうですか。いやー昔から注射が苦手で」

「成る程。ですがこれは必要な検査なので我慢してください」

「はい」

 

 ここで駄々をこねて時間をかける気は更々ない。

 更々ないけどやっぱ注射嫌だなぁ。だって針がズププって刺さるんだぜ? やばくね? 

 

「因みにこのあと検査用ナノマシンを注入します。勿論注射です」

「ヴェ!?」

 

 思わず変な声が出た。

 

「あなたの気持ちもわかります。こんな得体の知れない場所で得たいの知れないかもしれない代物を身体に入れられるのですから。ですがこれもより良いデータを取るのに必要なので」

「あっ、はい」

 

 検査ナノマシンか。

 よくあるアニメや映画で医療スタッフに化けた敵がヒロインにワクチンと偽って洗脳出来る薬を投与するって展開あるよな。

 

 しかしバレなくて良かった。

 まさか注射が1本で終わらないから変な声が出たなんて恥ずかしすぎるし。もう高校生よ俺。

 いやもう苦手ってカミングアウトしてるけどさ。

 まあ、なんかわからないけど曲解してくれたみたいだし。結果オーライ

 

「ちなみに。私の注射の腕前は施設一を自負しています。あまり痛みは感じないと思いますよ」

「はい?」

「私も注射、あまり好きじゃないから気持ちはわかります。打つのは好きですけど」

「は、ハハハ」

 

 バレとるやないかい! 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 注射を3回刺されました。

 え、2回じゃないのかって? 

 血液採取が2回でした。ショボリンヌ。

 

 あれから身長体重、ありとあらゆることを調べられた。

 ………いつぞやのように全裸にはならなかった。

 

 そしてしばしの休憩。

 休憩後に検査用ナノマシンが身体を循環し終わるので、それを元にISを動かすという。

 なんか大層な検査や実験をすると思っていたがいまんとこ内容はシンプル。

 

「んー、疲れた」

 

 が、それでも俺が初めてISを受けた時に比べたら結構密度の高い検査だった。

 そんなことをやるの? っていうのが沢山あった。

 

 検査なんだから新しいものを発見! と同時に今の俺の細胞を一ミクロンレベルまで調べ上げようぜってのが今日の名目だろうけど。

 

 一番最初、篝火博士主導で検査した日の父さんの言葉を思い出した。

 

「IS学園に入らなかったらここで延々とデータ取るだけの軟禁生活かぁ」

 

 IS動かさなかったらレーデルハイト工業、またはこんなとこで働きたいなって思ってたけど。

 俺は科学者より技術者方面が好きなんだとよーくわかったわ。

 

「こんなとこにいたら退屈で死ぬかも」

「そうね」

「?」

 

 顔を上げるといつの間にか御厨所長。

 

「うわっ! すいません!」

「謝らなくてもいい。隣失礼」

 

 スッと隣に座った御厨所長。

 ………少し距離が近いような。拳2個ぐらいしか感覚空いてないですが。

 

「10年」

「はい?」

「10年間ISのことを調べ、わかったことは少ない。今だ篠ノ之さんが公開した情報とテクノロジーを元に各分野に持っていくのがやっとだった。ホログラムの民間転用、操縦者保護プログラムのアルゴリズムとメカニズムを解析して作られた医療用ナノマシン。未来都市のようにガラリと変わるような技術ではないけれど、画期的なのは間違いない」

 

 ISがなければサイエンスフィクションの域にしかない机上の空論。

 それを世に知らしめた篠ノ之博士。

 

「篠ノ之博士はISの全てを理解してるのでしょうか」

「いいえ、篠ノ之さんでも全ては知り得ない。ISは日々進化する。人間のように」

「人間のように?」

「ISのコアには固有の人格が形成されるものがあるというのは知ってるかしら」

「知ってますけど。仮説ですよね?」

「ええ。実例はあるけど、一部の専用機持ちの証言だけで科学的な立証と証明は出来ていないの。だから仮説なのよ」

「はあ」

「あなたも、経験はないかしら? 心象風景とか、現実離れしたような光景とか」

 

 ………ある。

 

 強風が吹きすさぶ白い大地に雲一つ流れない真っ青の空。そこにたつ………あれ、なんだっけ。

 

「断片的にしか覚えてないのね」

「わかりますか?」

「ええ。でもじきにハッキリ見えるかも。私も最初はそうだった」

 

 そう言って胸元にある梟のブローチに手を添えた。

 

「一つ聞きたいのですが」

「なに?」

「御厨所長は篠ノ之博士が白騎士事件を起こしたと思いますか?」

「篠ノ之さんがそう言ったのかしら?」

「いえ。仄めかすようなことしか」

「まあ、そうなるわよね」

「なにか知ってるますか」

「知ってるとも言えるし、知らないとも言えるわ。少なくとも篠ノ之さんがはぐらかしてるなら。私から言えることはないわね」

 

 これは言ってくれない雰囲気。

 最初から期待はなかったけれども。

 

「学生時代の織斑先生と篠ノ之博士ってどんな人だったんですか?」

「一つじゃなくなったわね」

「あ、すいません」

「いいわ、話してあげる。篠ノ之さんはひたすら無関心、周りから話しかけられても答えることはしなかった、同級生どころか先生でさえも。頭の出来は良かったからテストは毎回満点。でも常人じゃ理解できない数式を書いたりしたことがあって教師を困惑させて。人を困らせる点においても天才だったわ」

「想像出来ますね………」

「サボりの常習犯で単位が危なくなったこともあってね私が説得しなかったら留年してたわね」

「織斑先生が言ってました。篠ノ之博士でもあなたには頭が上がらないって」

「私は彼女の言ってることはある程度理解できたから、彼女も次第に心の鍵をあけてくれたわ。そっからはまあ、多少強引に扉を開け放ったわね」

「強引ってなにをしたんですか」

「それはもう、強引によ」

 

 急に語彙がなくなった! 

 わかりました、聞かないことにします。

 

「織斑先生は」

「織斑さんは正に一匹狼ね。篠ノ之さんが構って織斑さんがあしらってというのが二人のスタンスだった。そんな織斑さんの心をひらけたのは、偶然ね」

「偶然」

「少し言い争っちゃって。そんな中織斑さんに突き飛ばされて角に頭を打っちゃったのよ」

「えー!?」

 

 そんなサスペンスにありがちなド定番死因が現実にあったのか。

 ていうか大丈夫なんですかそれ! 

 

「幸い血がいっぱい出て気を失った程度で済んだわ」

「程度と言っていいんですか」

「命に別状なし、後遺症もなかったからその程度よ。でも織斑さんは普段の澄まし顔が嘘のように狼狽えてしまってね。病室のベッドで目を覚ますと今まで見たことないぐらい綺麗な土下座をしてくれたわ」

 

 織斑先生が土下座。

 土下座………土下座………駄目だまったく想像できない。あの人は土下座させる側にしか見えん! 

 

「織斑さんと打ち解けてからは篠ノ之さんも話しかけてくれるようになってね。そこから色々矯せ………教育してなんとか他人と話が出来るようになったわ」

「つまり今の篠ノ之博士は御厨所長の努力の賜物なのですね」

「そうなるのかしらね。でも、少し前はまた違ったのよ、彼女」

「というと?」

「今ほど愛想は良くなかった、といったら語弊があるけど。必要以上に笑顔を出すような子ではなかったわ」

 

 必要以上に笑顔? 

 確かに一夏や箒、そして織斑先生。次点で俺の前では絶えずニコニコしていた。

 

「仮面、ということですか?」

「言いえて妙ね。でもそれは相手を騙そうとかそう言うのではなくて。自分を守る為の笑顔なの」

「守る? なにからです?」

「自分自身の弱さ、かしらね。そろそろ計測の時間ね」

 

 腕時計を見やった御厨所長はそう言って立ち上がった。

 

「あの、つかぬことをお聞きして宜しいでしょうか」

「なに?」

「何処かで会いませんでしたか。俺と御厨所長」

「………………ナンパ?」

「違います!」

「私年下は好みじゃないの。ごめんなさい」

「だから違いますから!」

「冗談よ」

 

 冗談ですか! よかった! 

 

「確かに会ったことはあるわ。私はあなたの家に客として訪れたことがあった。そこで当時8歳のあなたと初めて会ったの。既視感はそのせいね」

「そうなんですか」

 

 じゃああの懐かしい感覚はそれだったか。

 生憎こっちは全然覚えてないけど。

 

「ありがとうございます。スッキリしました」

「そう。じゃあ頑張ってね」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 疾風と別れたあと御厨は研究棟とは真反対の場所に向かっていた。

 その場所には重要施設ではなく休憩スペース。

 閉鎖的な場所で唯一巨大な窓がある開放的な場所。だが窓は最新式の耐衝撃ガラスで外の芝生の下には対侵入者用の対人タレットが潜んでいる。

 

 休憩スペースには人っ子1人いなかった。

 従業員は皆IS学園からの来客にかかりっきりだ。

 

「そろそろ解除したらどうかしら。篠ノ之さん」

「………」

「子供たちに話そうかしら。中学一年の時に起こったバレンタインの惨劇を」

「わー!! 待った待ったぁ!!」

 

 なにもない虚空に普段の彼女からは考えられない慌てまくった顔をした篠ノ之束が文字通りパッと現出した。

 

「あさちゃん先生! それは墓場まで持っていくっていう私との約束でしょう!?」

「ええ、話さないわ」

「へ?」

「約束したものね?」

「………はめられたぁ………」

 

 いつもの1人不思議の国のアリスの格好をした束がへたり込んだ。

 

「もー、なんでバレたかなぁ。束さんの最高峰光学ステルス。浮遊してて足音はおろか空気の塵にも細工したのに」

「気配」

「うっそだぁ! ISとか裏技とか使ったでしょ!?」

「使ったかどうかはあなたがわかるはずだけど?」

「んあーーー」

 

 束はビターンと地面に仰向けに寝っ転がった。

 全面降伏状態である。

 

「因みにいつから」

「織斑さんと一緒に入ってきた時から」

「うそーん。ちーちゃんは気づいてたのかなぁ」

「どうかしらね」

 

 二人は手近な椅子に座った。

 

「んでさぁ。なんで眼鏡くんに話したのさ」

「ん?」

「私とちーちゃんのことぉ」

 

 姿を消して聞いてる最中何回飛び出そうと思ったことか。

 

「話しちゃ駄目だった?」

「駄目って訳じゃないけどさぁ。別に仮面なんかつけてないし」

「今のあなたはつけてないわね」

「そうじゃなくて日頃から!」

「私は今みたいな篠ノ之さんが好きよ」

「またそういうこと言う」

「嘘じゃないわよ」

「だからタチ悪いんだってば」

 

 束はでかいタメ息をたてながら俯いた。

 

「それで? わざわざお忍びで来た目的は?」

「勿論箒ちゃんと紅椿だよ! 私を差し置いてあのスク水妖怪に箒ちゃんと紅椿を任せられる訳ないでしょ!」

「私は来ても良いと言ったはずだけど」

「私が公に先生と会ってること知ったら先生に迷惑がかかるじゃん」

「人の迷惑とか考えれたのね」

「今日の先生なんか意地悪!!」

 

 今度はバンバンとテーブルを叩く束に対して御厨は何処吹く風。

 

「それはそうと。今紅椿の実戦データを取ってるのにこんなところに居ていいの? 篝火さんが直にデータ採取してんのよ」

「チラッと見たけど変なことしてないからもういいかなって」

「データを取られること自体はいいのね」

「ISのコア10年も調べられまくってるから今さらだよ。なに考えてるか知らないけど箒ちゃんに変なことしてないし」

「重要なのはそこなのね」

「ステルスドローンも置いてるし」

「後でちゃんと回収してね」

 

 束にとって色々前科があるヒカルノは別の意味で特別な奴だった。別の意味で。

 そんな奴が妹の付添人と知った後は後ろから意識飛ばしてやろうと考えたがそれだと自分が此処に来たことが公になってしまう恐れがあったのだ。

 現に自分の存在を隠すためにこの休憩スペースの監視カメラにはダミー映像を流し続けている。

 

 IS学園以上のセキュリティを有するこの場所でさえ束にとって介入する事は別段難しいことではなかった。

 

 それでもノーリスクとはいかない。

 そんな中で彼女がここに来た理由は妹が心配、というだけではなかった。

 

「ねえあさちゃん先生」

「?」

「なんで眼鏡くん。疾風・レーデルハイトはISを動かせたと思う?」

「それを調べるために今日呼んだのよ」

「本当は知ってるんじゃないの?」

 

 口許に笑顔を浮かべながら束は鋭い眼光を御厨に向けた。

 御厨はそれに臆することなく言葉を返した。

 

「何を根拠に? 私と彼は赤の他人で。友人の息子というだけなのよ?」

「でもねでもね。私が彼を初めて目にした時さぁ………一番に頭に浮かんだのがあさちゃん先生なんだよねぇ。あっこの子なんかあさちゃん先生を思い出すなぁって」

「あなた自分が何を言ってるか解ってる?」

「もっち」

 

 まるで御厨と疾風の二人に血縁関係があると言ってるような物ではないか。

 

「まあ顔認証かけたんだけど二人に類似性なかったんだよねぇ。この私が徹底的に情報漁っても二人は関係性なし。無さすぎるぐらいない!」

「まあ当然よね」

「顔の動きから真意を見てみようにも嘘ついてるように見えないし」

「嘘ついてないもの」

「ということで最終手段! 先生の血を取らせて! あとレーデルハイトくんの血も頂戴! DNAは嘘をつかないからそれで全てが明らかに」

「なに先生を困らせてるんだ馬鹿者!!」

「ブギャァッ!!」

 

 千冬が後ろから束の頭を捕まえてテーブルに叩きつけた。

 本気で叩きつけたせいかテーブルにヒビが入っている。

 

「ひ、酷いよちーちゃん。束さんの端正な美女フェイスが歪むじゃないか」

「問題ない、内面とドッコイになるだけだ。すいません先生。テーブルを傷つけてしまいました」

「束さんの心配もして?」

「それで、このろくでなしに何かされませんでしたか」

「ちーちゃん無視しないで」

「私は大丈夫よ織斑さん。だから篠ノ之さんの頭を離してあげて」

「はい」

 

 千冬の手が束の頭から剥がれた。

 ムクッと起き上がる束の顔、とくにデコが少し赤くなっていた。

 

「いったいなぁ。ほんとちーちゃんは先生のことになると容赦ないよね」

「恩人なのだから当たり前だ。先生がいなかったら今頃私とお前は畜生の道に行ったと言っても過言ではない」

「いや流石に過言だよ」

 

 フンっと鼻を鳴らした。

 いつもと同じふてぶてしい顔をする千冬だったが。

 

「織斑さん」

「はい」

「確かに言い過ぎよ」

「せ、先生まで」

 

 御厨にバッサリと切られて千冬がたじろいだ。

 人類最高の天才科学者も。人類最強のIS乗りも。目の前の研究所所長を前にすれば見る影もない形無しだった。

 

 過言だと切られはしたが。二人が彼女に世話になったのは事実なのでいつもと同じように強く出られなくなっている。

 

 ただの例外としては。

 

「いたーーー!!」

「げっ!」

 

 篝火ヒカルノだった。

 

「見つけたぞ篠ノ之ぉ!! ここで合ったが百年目ぇぇぇぇーー!!」

「フンっ!」

「あらーーー!?」

 

 束めがけてカンフー・キックをかますヒカルノ。束はその突きつけられた足を掴んでそのまま進行方向に投げ飛ばした。

 

「なんのぉっ!」

「チッ!!」

 

 空中で身を捻って軽やかに着地をしたヒカルノ。

 そしてそれに対してあからさまな舌打ちを噛ます束。

 

「何しに来たのさ。あんたはお呼びじゃない邪魔なんだよとっとと消えろ篝火」

「ご挨拶だなぁ篠ノ之。そんな嫌わなくて良いじゃないか」

「嫌いなんだよ。初っぱなから人の頭めがけて蹴りをぶちこもうとする人と仲良くなれるわけないじゃん」

 

 初っぱなから人の頭をテーブルに叩きつけるのは良いのかとツッコんではいけない。

 

「ちーちゃんは仕方ないとしてなんでお前がここに来てるんだよ。凡人のお前が束さんを見つけれるなんてありえないし」

「フッ。こんなこともあろうかと篠ノ之の声が本の少しでも聞こえたらいつでも直行出きるように特製の集音器とレーダーを常備してんのさ!」

「うわっキモ」

 

 本気でドン引く束。

 

「罵倒がどストレート過ぎる。まあいいさ、そんなこと言われてもへこたれない私。なんだかんだ言って篠ノ之は私のこと気に入ってるしね」

「は?」

 

 心のそこから理解できないというような声を上げる束を前にヒカルノは意気揚々と話しだした。

 

「だって篠ノ之は昔から私の名前は覚えていてくれてるしねー。興味ない人の名前ならたとえ親族でも覚えてねえ篠ノ之がだよ。てことは私のことは認識してるってことよ」

「違う!! あんなしつこく自分の名前を連呼しながら纏わりつかれたら嫌でも覚えちゃうに決まってるじゃん。嫌われてる自覚無しなわけ!?」

「それこそあんたなら私に関する記憶をピンポイントで削除するとかしかねないじゃん」

「あんたのためにそんな労力や頭を動かすこと事態が屈辱なんだよわかれ篝火!」

「ほらまた名前呼んだ。素直じゃない奴め」

「ちーちゃん助けて! こいつ人の話聞かない!!」

「良かったな。同類がいて」

「んああぁぁーー!!!」

 

 本気で頭を抱えてイナバウアーばりに身体を反らす束

 果たしてこの短時間でどれだけ普段見れない篠ノ之束を見れたことだろう。

 一夏と箒がこれを見たらどう思うか。

 

「てかあんた(認めたくないけど)箒ちゃんの付添人でしょ? まさかそれをほっぽって此処に来たわけ?」

「まさか。ちゃんと終わってから来たよ。私は一度任せられた仕事はよっぽどのことがない限りは放り投げない主義さ」

「日本代表候補生の専用機をほっぽった挙げ句いっくんのIS製作に着手して失敗した奴がよく言えたもんだね」

「………だからよっぽどのことがない限りって言ったでしょうが。私だって好きで放り投げた訳じゃねえっての」

 

 ヒカルノの朗らかな表情が苦虫を噛み潰したみたいに歪んだ。

 手のひらは爪が食い込むぐらい握られ。ガリっと奥歯を鳴らした。

 

「つかあんただってその失敗作を無許可で弄くって勝手に作り替えたじゃん」

「知らなーい」

「………まあそれは今は置いとくとして。あんたに言いたいことがあんのよ」

「なに」

「今度うちが立ち上げる新プロジェクトだけど。今日手に入れた紅椿のデータを使うから」

「は? お前勝手にデータ抜き出したの?」

「ちげーよ。ちゃんとうちが受け取れるように正式な手続きな上だっての」

 

 御厨の方を見る束に対して彼女は首を縦にふった。

 

「はっ。凡人風情が紅椿使って何する気よ」

「それは出来たからのお楽しみだ。気になるからって勝手に覗き見すんじゃねえぞ?」

「だれがするか。さっきも言ったけどあんたに割く時間なんてコンマ秒もないっての。せいぜい無駄骨を拾うことだね」

 

 束は椅子を蹴り上げるように立ち上がって休憩スペースの入り口に歩を進める。

 

「帰るの篠ノ之さん」

「こいつのせいでしらけちゃった。またねちーちゃん、あさちゃん先生」

 

 そう言って束は文字通り霞のように消えていった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「よーお前らどうだったよ。俺は普通に動かしまくった」

 

 研究所を後にして車内で助手席から後ろにいるグロッキー状態の三人に声をかけた。

 

「零落白夜で切りまくった」

偏光制御射撃(フレキシブル)を射つ度に計測ですわ。流石に頭が重いです」

「………絢爛舞踏を発動した時に計測装置の一部が過負荷でショートした」

「「「あーー」」」

 

 そいや計測してる時に照明がチカチカしたことがあったっけ。絢爛舞踏の余波だったのかなあれ。

 マジで紅椿1機で国の電気賄えるんじゃないかって可能性が出てきた。

 

「てかお前全然疲れてなさそうだな」

「そんなことないよ」

「そっか。つか眠いから寝る」

「私も」

「だ、駄目ですわ。レディがこんなところで寝るなど………スー」

 

 中間席の三人、撃沈。

 

「会長も警備お疲れさまでした」

「なんも異常はなかったから暇を持て余してたわぁ。平和なのはいいけどねぇ」

「あら会長も眠そう」

「実は近々新イベントをしようと思ってその準備をね………織斑先生、寝てもいいでしょうか」

「寝てろ」

「では………」

 

 会長がログアウトしました。

 

「疾風は寝ないの?」

「行きで寝たから」

「そう」

 

 と言いつつ眼を閉じたら寝れるかな? ぐらいの感覚だ。

 楽しかったけどああいうのは1日とかで良いな。やっぱ俺はアリーナを思いっきり飛ぶ方が向いてる。

 

「そいや御厨所長が言ってたんだけど。俺まえに御厨所長に会ったことあるって本当なの?」

「ああ、疾風が小さい頃家でね」

「俺ぜんっぜん覚えてないんだけど」

「それはそうよ。あんた会って直ぐに自分の部屋に行ったんだから。覚えてる訳ないわよ」

 

 あー、そういうことか。

 それなら覚えてなくても無理はないか。

 

 でも懐かしいと思ってるってことはどっかで覚えてるってことだもんな。

 

 と、俺は御厨所長の昔話を思い出した

 

「しかしあの織斑先生がなぁ」

「なんだ?」

 

 ヤバッ。

 声に出てた。

 

「おいレーデルハイト。あの織斑先生がなんだ? まさか先生に、御厨所長に何か吹き込まれたのではないだろうな?」

「え、いや。コミュニケーションに苦労したとは聞きましたよ」

「それだけか? 本当にそれだけか?」

「それだけ…です……」

「答えろレーデルハイト。先生に何を言われた」

「それ以上何も聞いておりまセン」

「眼を反らすな。おいレーデルハイトっ」

 

 珍しく冷や汗を垂らして詰め寄る織斑先生に対してどうかわすかと考えながら俺は自分の口の緩さと眠気のなさを呪ったのだった。

 



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第88話【○○だ!は死亡フラグ】



 誤字脱字報告ありがとうございます。
 ほんと助かっております。


 

 

 ついにこの日が来てしまった。

 

「ふぅ」

 

 思わず息が漏れる。

 今日はセシリアとの同居終了日だ。

 

 結論から言うと、進展なし。

 色々探りを入れてみたが。

 セシリアが俺のことをどう思ってるかというのは汲み取れなかった。

 

 人間観察は得意だと思ったのだが。これがまた、決定的で確定的な物が見えてこない。

 

 他の奴らに「セシリアって俺のことどう思ってると思う?」なんて聞けないし。

 なんで聞けないかって? バレるのが恥ずかしいからだよ。

 

 なら既にバレてる菖蒲は? 

 振った相手に自分の恋敵の話をされるってどんな生き地獄だよ。流石にそんなことは出来ない。

 

「疾風どうしましたの?」

「んあ?」

「朝から浮かない顔してますわ」

「いや。お前と部屋離れる日が来てしまったなぁって。なんというか」

「なんというか?」

「寂しいなぁって」

「さ、寂しい、のですか?」

「うん?」

 

 時々俺がこういうことを言うとセシリアは本の少し頬に赤みがさし。歯切れが悪くなる。

 

 これが俺に好意を持っているのか。

 思わせ振りな言動に振り回されてるのか。

 まだ計りかねているのだ。

 

 前者なら良い。だがその度に自惚れるなともう一人の俺が否定に入るのだ。

 これはまだ自信がついていないのと。何処かでセシリアを高嶺の花として見てしまっていることだと。自己分析した。

 

「セシリア」

「はい」

「俺は情けない奴だよ」

「そんなことありませんわよ。疾風は立派です」

「ありがとう」

 

 あーやめてくれそんな優しい言葉。

 もっと好きになってしまう。

 

「疾風は一人暮らしになるのですよね?」

「うん。一夏も同様」

「襲撃リスクの分散でしたか」

「そういうこと。俺と一夏は一定水準の戦闘能力が評価されて護衛はなし」

 

 会長がたまにくるらしいが。そのたまにがどれくらいの頻度かによるよな。

 

「疾風。時々遊びに行っても、宜しいでしょうか?」

「勿論。何時でも来ていい。流石に泊まりは規則で無理だけど」

「しませんわよ」

 

 はーい。

 

 あ、織斑先生来た。

 

「全員いるな。日直」

「起立。気をつけ。おはようございます!」

「「おはようございます!!」」

「うむ、おはよう。それではこれよりSHRを始める。山田先生」

「はい」

 

 入れ替わりで山田先生が教壇に立ち、背後のホログラムを開いた。

 

「この度、各専用機持ちのレベルアップを図るために。全学年合同のタッグマッチトーナメントを開催することになりました」

 

 背後のホログラムにトーナメント表が現れた。

 

 行事一覧にこの事が記載されてないせいか生徒が少し騒がしくなった。

 

「専用機だけですか?」

「そうだ。各国でISの強奪が多発する事件が起きているのは知っているな? 我が校でも学園祭、キャノンボール・ファストで専用機が襲われている」

 

 今言ったこと。ほとんど、もしくは全部が亡国機業(ファントム・タスク)の仕業なんだよな? 

 

「他にも襲撃事件、トラブルが多発している。遺憾ながら、学園の戦闘教員が出動出来ない事案がある」

 

 というより、敵は教員が介入できないように工作してる感じだ。

 無人機襲撃の時はアリーナが毎回ロックがかかり教員が介入できなかったし。

 

 IS学園ほどのセキュリティがこうも突破される。

 織斑先生が警備強化に対してぼやきたくもなるわな。

 

「そこで各専用機の練度、並びに連携を強化するための措置として。今回のトーナメントが組まれる事となった」

 

 研究機関の帰りに会長が言ってたのはこれか。

 

「各専用機の皆さんは、トーナメントが始まる一週間前までにタッグマッチの申請書を提出するようにお願いします」

 

 ゴォッ。とクラスの3ヵ所から熱気が届いた、気がした。

 心なしか壁の向こうにある隣のクラスからも。

 

 これは荒れそうだなぁ。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「一夏!」

 

 はい来た。

 

「一夏ぁっ! あたしと組みなさい!!」

 

 少し遅れて鈴が到着。

 

「まて! 一夏は私と紅椿でタッグを組むんだ!」

「何を言う! 嫁と夫は共にあるべきだろう! 私と組め一夏!」

「一夏! 前にタッグを組んだ者同士息が合うと思うんだ! 僕と組もう!」

「シャルロットは前に一夏と組んだんだから良いじゃない! あたしに譲りなさいよ!」

 

 そして始まるにらみ合い。

 普段一歩後ろから状況を観察するシャルロットも押せ押せの雰囲気となって圧が凄い。

 

 この流れるような展開。

 最初は半ば呆れてたが。これがないと物足りなさを感じてしまうのは、一種の病気だろうか。馴れって怖い。

 

「えっと、みんな落ち着いてくれ」

「落ち着けるわけないだろう!」

「こればかりは譲るわけには行かないからね」

「こうなれば誰が一夏のパートナーに相応しいか勝負よ」

「面白い! 受けてたとう!」

 

 しかしこれでは優しさの塊である一夏も困惑し、一人に決められないことだろう。

 たとえ決着がついたとして、組めなかった者は一夏とギスギスする可能性もある。

 

 ここは何時も通り助け船というなのくじ引きを提案しに………

 

 ガタッ。

 

「おっ?」

「一夏?」

 

 一夏が立ち上がった。

 言い争いをしていた一夏ラバーズも驚いた顔で一夏を見た。

 

「あのさ」

「なんだ」

「みんなは俺とタッグを組みたいんだよな?」

「「うん」」

 

 一夏が一人一人の顔を見た。

 そして目を閉じ、数秒たった後に意を決したように目を開いた。

 

「………1日時間をくれ」

「「え?」」

 

 一夏の言葉に四人が虚を突かれた。

 

 おっ、なんか展開変わった? 

 

「みんなが俺と組みたいってのは嬉しい。だけどタッグマッチだから一人しか組めないだろ? だからちゃんと考える為に1日時間が欲しいんだ」

「それって、私たちの誰かと組むということか?」

「ああ。ちゃんと明日までには答えを出す。それでいいか?」

 

 いつになく真面目で鋭い彼の視線に目をパチクリさせたあと顔を見合わせる四人。

 プライベート・チャネルを使ってる訳ではないが、お互いの間で話は決まった。

 

「わかった。一夏がそういうのなら」

「だけど私たち以外と組むなんて言ったら承知しないわよ」

「わかってる、それだけはしないと約束する」

 

 話は纏まった。

 険悪な雰囲気だった一夏ラバーズもすっかり毒気を抜かれたようだ。

 

「あ、鈴様! やっぱりここに居ましたか」

「菖蒲? どうしたのよ」

「どうしたって。二組の一時間目は実技授業ですよ?」

「ヴぁっ! 忘れてた!」

 

 忘れるなよ実技を。

 おおかた一夏とタッグと書かれたハンマーにスコーン! とだるま落としされたんだろう。

 

「じゃあね一夏! ちゃんと決めなさいよ!」

 

 ツインテールを振り乱しながら鈴は教室を後にした。

 それに触発されるように残った三人もそれぞれの席に戻っていった。

 

「やるな一夏」

「え、何が?」

「あいつらにハッキリ言ったじゃないか。いつもナアナアになるのに」

「ああそれか。これまでの襲撃のどれかの原因が俺ではないとは言いきれないし。こういうのはちゃんと決めようと思って」

 

 これは、また。

 なんというか、成長したな一夏。

 流され体質からちゃんと自分の意見を通せるようになったんだな。

 

 だがちゃんと説明しないと納得しない奴もいるからな、頑張れよ一夏。

 

「モテ男は辛いね」

「だからモテてなんか」

「もげるがいい織斑一夏」

「なんでだよ」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「これで終わりですわね」

 

 額に光る汗をハンカチで拭いたセシリアは一息吐いた。

 

「悪いなセシリア。荷解きまでしてもらって」

「いえ、疾風には色々助けられましたし。料理を教わった代金代わりということで」

 

 セシリアのゴージャスな部屋からノーマルの寮部屋に移った俺はセシリアと一緒に荷物の整理をしていた。

 

 本当なら生徒会メンバーもくるはずだったが。諸々の事後処理、そして近い日に開催する専用機タッグマッチ・トーナメントの準備に追われてるらしく不在。

 

 一人で荷解きをしようと思ったところセシリアが手伝いを持ちかけてきて今に至る。

 

「これでトイレ常設という環境から離された訳だなぁ」

「男子トイレは遠いですものね」

 

 そろそろ一つぐらい寮に男子トイレをつけて欲しいものだ。

 学生が変わっても一年生寮がそのまま二年生寮になるのだから是非ともつけて欲しいものなのだが。

 

 今度会長、いや織斑先生に直談判しに行くか。

 エムのことも話しときたいし。

 

 と、その前にやることがある。

 タッグの申し込みをセシリアに………

 

「………」

「疾風?」

「いや、なんでもない」

 

 いやヘタレぇ! 

 なにヒヨってんだお前! 

 チキンハートならぬイーグルハートってか!? 強そうだわ! 

 

 ふー、落ち着け疾風・レーデルハイト。

 なにも告白する訳じゃないんだからさ。

 普通に誘えば良いじゃん何戸惑ってんだバカみてぇ。

 

 よし言うぞ

 

「疾風」

「セシリア」

 

 被った! もう、ほんとタイミングよ。

 前にもあったなこういうの! 

 

「どうぞ先に」

「いえ疾風から」

「俺は少し心の準備がいるから」

「そ、そうですか。ならわたくしから………タッグマッチのことですけど」

 

 おう? 

 

「疾風と組みたいなと。疾風が良ければですが」

「宜しくお願いします」

 

 即答です。当たり前です。

 まさかセシリアも同じことを考えてくれていたとは。

 これは嬉しい。

 

「え、本当に?」

「うん。俺からもお願いしようと思ったし」

「そうですか! では早速書きましょう!」

 

 セシリアは明らかにウキウキした様子で申し込み用紙を取り出した。

 

 二人の名前を書き、本人確認用に印鑑を押した。

 なんかそういう書類みたいだな。

 うん、俺の頭も順調にお花畑になってきました。

 

「受付は明日からでしたわね」

「だな。放課後一緒に行こう」

「ええ」

 

 セシリアは申し込み用紙を丁寧に畳み。ポケットに入れた。

 

「では疾風、また明日」

「ん、また明日」

 

 パタンとドアが閉まる。

 部屋に戻り、そのままベッドに倒れこんだ。

 

「やっった!」

 

 上に申し込み用紙をかざし。溢れる笑みを隠すことなく見上げた。

 

 そこにはセシリアの名前と自分の名前が書いてある。

 

「ふー」

 

 しばらく幸せの余韻に浸った。

 

 

 

 

 どれくらい時間がたったか。

 ベッドの上でスマホを弄り。多幸感が収まってきたところでセシリアから電話が来た。

 

「はいもしもし?」

「あっ、疾風。お気に入りの香水が見つからないのですが。もしかしたらそっちの荷物に紛れてませんか?」

「ほうほう?」

 

 まだ荷解きをしてないバッグの中をベッドの上にひっくり返すと。コロンとピンク色のガラス瓶が目に写った。

 

「あった。ピンクの奴?」

「それです! 良かった」

「今からそっちに行くわ」

「いえ、わたくしから取りに行きますわ」

「そう? じゃあ待ってるわ」

「はい、では」

 

 片付ける時に入ったのかしらねぇ。

 どんなもんなのかな。調べてみよ

 

 ………うわたっか!! 

 

 ピンポーン。

 

 おっ、もう来たのか。

 

「はーい。ってあれ?」

 

 インターホンの画面に写っていたのはセシリアではなく会長だった。

 

「こんばんは疾風くん」

「はいこんばんは。どうしたんですかこんな時間に」

「ちょっと折り入って話があって。入ってもいい?」

「良いですけど」

 

 この後セシリアが来るんだよな。

 別にやましいことなんか1ミクロンもないから別に問題はないんだが………

 

 と思ったらスマホが鳴った。

 会長に一つ断りを入れてスマホを開いた

 

『少しお時間を下さいますか? 今すぐ処理しなければ行けない案件が来てしまって』

 

 オルコット家案件かな? 

 まあ別に急いでないし。

 

『時間かかるなら明日渡すよ』

『いえ、そこまで時間はかからないので大丈夫ですわ』

『了解了解』

 

 返事を返した後に会長を部屋に入れた。

 

「お茶はいりますか」

「いらないわ」

 

 ベッドに座った会長の向かいではなく傍の椅子に座った。

 

「あら距離が遠い」

「少し、まあ」

 

 これからセシリアが来るのに会長がいたずらで押し倒されて誤解、なパターンは一夏が経験してるのでとりあえず予防線として。

 

「一人で使うには広い部屋よねー。寂しいんじゃないの?」

「んーそうですね。セシリアとはなんだかんだ一緒に居て居心地良かったですし。事故の結果とはいえ結果オーライだったかなぁと」

「そっかそっか。じゃあ今日はお姉さん泊まっちゃおうかなぁ。一夏くんとの同棲も解除されちゃったし」

「出来ればやめて欲しいのですが」

 

 本来他の部屋に泊まるのは規則違反だが、相手が我らが生徒会長。

 横暴とも言える生徒会長権限でなんとでもしてしまうというある種のチート能力を持ってしまっている。

 

 遊びに来るのは構わないが、泊まるとなれば話は別。

 セシリアにあらぬ疑いをかけられれば死活問題となる。てか死ぬ。

 

「んで、用件はなんですか?」

「あら用がなかったら」

「来ては行けないという訳ではないですよ。でもなんかからかいに来ただけじゃないような気がして」

 

 いつもよりなんというか。会長に勢いがない。

 

「………相変わらず鋭いわね、あなたは」

 

 姿勢をただし、真っ直ぐこっちに向いた会長にこっちも自然と背筋が伸びた。

 いつもの道化ではなく。生徒会長、もしくは裏のボスたる者の目だった。

 

 いったいなにが来る? 

 亡国機業(ファントム・タスク)の新情報だろうか。

 

「疾風くん」

「はい」

「妹を宜しくお願いします!」

 

 パン! と手を合わせて頼まれたのは。妹を頼むという………

 

「はぇ?」

 

 なにがなんだか分からず間抜け過ぎる声が出た。

 

 えーっと。どういう? 

 

 妹を宜しく頼む。

 そのままの意味ではないだろう。会長ドのつくシスコンだし。

 

「すいません。順を追って話してくれます?」

「あ、そうね。私としたことが」

 

 パタパタと扇子でクールダウンを図る会長。

 やはり妹が絡むと先走る傾向があるなこの人は。

 

「名前は更識簪。ってのは知ってるわよね?」

「ええ。会長に釘打たれましたからよーく覚えてますよ」

「根に持ってる?」

「まあそれなりに」

 

 あの時のセシリアは次の日まで機嫌直らなかったから。

 焦ったもん。

 

「それでね。その。私が言ったって言わないでよ」

「はい」

「疾風くんも知ってると思うけど………ちょっと、いやかなりネガティブというか………」

「………」

「暗いのよ」

「あー」

 

 確かにそうだったなぁ。

 明らかに陽キャってキャラではなかったし。

 人見知りの気もあった。

 

「でもね。実力はあるのよ」

「それは分かります。日本の代表候補生ですし。のほほんさんが使った颪も彼女が手掛けましたしね」

「ええそうなの。因みに、あの子が代表候補生になったのは間違いなく実力。間違っても更識の力、私は関与してないの」

「俺はそんな風に思ってはいませんよ」

「ありがと。でも、周りがそう思ってる節があってね」

 

 彼女の姉は目の前のロシア国家代表であり生徒会長。

 傍に大きな存在があると、どうしてもそれと比較されてしまうことがある。

 

 一夏は織斑先生。箒は篠ノ之博士。

 そして俺は………

 

「それでね。彼女は専用機持ちなんだけど………専用機が完成してなくてね」

「彼女は専用機を一人で作ってるんですよね」

「あっ、そっか。それは知ってたんだっけ」

 

 おいおい大丈夫か会長。

 妹心配し過ぎて空回りしてるんじゃ。

 

 ん? そういえば………

 

「あの、なんで更識さんは一人で専用機を?」

「色々あるんだけど。一番の原因は………一夏くんなのよ」

「え、どういうことです?」

 

 なんでここで一夏の名前が出てくるんだ? 

 

「簪ちゃんの専用機の開発元がね。倉持技研第二研究所なのよ」

「白式と同じところですよね」

「そうなの。それで簪ちゃんの専用機を開発してる途中で一夏くんの存在が明るみになって、白式の方に人員を全て回してしまったの?」

「えっ、それで開発が滞ったと? 更識さんが先なのに」

「残念だけど。それだけ一夏くんの影響力が凄かったのよ」

 

 なんてことだ。

 そんなことをしたら、倉持技研自体の信頼問題にも繋がるというのに。

 

「あっ」

 

 そういえば。研究機関のあれは。

 

「篝火博士と険悪な雰囲気になったのはそういう」

「まあ、そういうこと。でも、あっちも最初は断る気だったみたいで」

「というと?」

「白式。一夏くんの専用機の製作を倉持技研に要請したのは。日本政府なのよ」

「政府が自ら? 倉持第一ではなく、第二に?」

「第一は日本代表の専用機、そして第三世代の波に乗る期待の星なの。だから手の空いてる第二に頼んだのよ」

「空いてるって」

 

 更識さんの専用機を作ってると知らなかったのか? 

 

「知っててお願いしたのよ。しかも、もし断れば援助を断ち切るって圧力をかけて」

「は!? そんなことが許されるんですか!?」

 

 IS製作に置いて企業と政府は密接に繋がった関係にある。

 デュノア社がイグニッション・プランの波に乗れずに男装という強硬策を使わなければ行けないぐらい。援助を断たれれば存続に関わる。

 

「勿論許されないわ。でも政府としてはどうしても譲れない案件でね」

「なんで政府がそこまで倉持技研に拘るんです? 他にも有名な日本のIS企業はある。それこそレーデルハイト工業もあるのに」

「倉持技研は徳川財閥の傘下であると同時に日本政府との強いパイプを持ってるのよ。一夏くんが政府の重要観察対象だから、専用機の側でも関わりを持ちたかったらしいの」

 

 だからって。

 あー、だから政治は好きになれん! 

 自分さえよければ擁護すべき国民のことなんかお構い無しなその姿勢。ほんとうんざりする。

 

「疾風くんが初めてISの検査を受けるときに篝火博士が出向いたでしょ? あれも政府の指示によるものだったの」

 

 政府の指示。

 俺の情報を誰よりも早く手に入れる為に。

 普段女尊男卑に染まってるこの世界で男を毛嫌いしておいてひとたび男性操縦者が出たらこれだ。

 ため息を出さざるを得ない。

 

「さっきの話だけど。もし倉持が断ってもレーデルハイト工業には頼まなかったと思うわ」

「何故?」

「レーデルハイト工業は日本の企業であると同時にイギリスの企業でもある。もし白式の手柄がイギリスに流れたら、と思ったのね」

「それって。もしかして政府から見たらレーデルハイト工業って。あんまり良く思われてない?」

「そういう訳ではないわ。ただイギリスとも深い繋がりがあるからってだけ。現に疾風くんの専用機に関しては。打鉄のコアが普通に譲渡されたでしょ?」

 

 あー、確かに。

 深く考えすぎたか。

 

「しかし政府も大きく出ましたね。実質更識という組織に喧嘩を売るようなものでしょう」

「それだけ一夏くんの存在はでかすぎたのよ。それに、政府関係者で更識の裏の顔を知ってる人はそんなにいないしね」

「倉持は被害者ですね」

「それでも私は倉持技研をあまりよく思ってないのよ」

「まあ受けた時点でアレですけど。ねえ?」

「理屈じゃないのよ。あと、個人的に篝火という人が苦手」

 

 おっとぉ。まさかそっち路線でしたか。

 ………結構似た者同士な気もするけど。

 

「いま失礼なこと考えたでしょう」

「なんのことですか」

 

 同族嫌悪ってやつかなぁ。

 

「妹さんの経緯は分かりました。それで、妹を頼むというのは」

「はっきり言うと、簪ちゃんとタッグマッチでコンビを組んでもらいたいの」

「えっ」

 

 え!? 

 

「あら。もしかして、もう誰かと組もうと考えたりする?」

「えーっと」

「ああそっか。セシリアちゃんと組もうとしてる?」

 

 というよりもう決まってるというか。

 口に出そうとするより早く会長が動いた

 

「お願い! 疾風くんが頼みの綱なの! 一夏くんはもう決めてるみたいだし。他の女の子も考えたけど。やっぱり疾風くんと波長が合うと思うの!」

「すいません。俺は」

「大丈夫よ! 疾風くんにも悪い話では。ううん。疾風くんにとってこれはビッグチャンスなのよ」

「え?」

 

 ビッグチャンス? 

 なにが? 

 

「良い? 簪ちゃんは専用機を完成させていないの」

「はい」

「今も製作中なのよ」

「はい」

「そこで疾風くんがペアになったら………一緒にISを作れると思わない?」

「ピクッ」

 

 ISを………ツクレル? 

 

「本来ライセンスがなければ出来ないワンオフ機の製作に携える。ISを知るものにとってこれほどの奇跡はないわよ、ねぇ?」

 

 耳元で優しく囁く会長の声が酷く心地よく。

 会長の言葉の一つ一つが脳に染み渡っていく。

 

「最新鋭のIS製作」

「………」

「やりたくなぁい?」

「やりたいデス」

「じゃあ簪ちゃんと組んで?」

「ワカリマシタ! ………ん?」

 

 ………アレ? 

 

「ちょっと待って下さい会長。今凄い誘導しませんでした?」

「なっ! 更識式教唆術を途中で破るなんて! 疾風くん何者!?」

「バリバリエグいの使ってるじゃないですか! 教唆術なんて初めて耳にしましたよ!?」

 

 どこから入ってたんだ!? 

 全然そんな兆候なかったぞ更識ヤベェな!! 

 

「だってこのままだと簪ちゃん不憫すぎて見てられないんだもん!!」

「だからって手段選ばなすぎ」

 

 ピンポーン。

 

「すいません会長。あ、やっぱセシリアだ。はーいちょっと待ってー」

 

 会長から逃げるように玄関に向かった。

 あのままだとマジでヤバかった気がする。

 

「ああセシリア。ありがとう来てくれて。これ香水。これ調べたんだけど凄いなこれ。なんか流石って感じ。あー、いま会長来てるんだよね。なんか相談事があったらしく」

 

 ってなにをベラベラ喋ってるんだ俺は。

 関係ないだろセシリアには。

 ………セシリア? 

 

「セシリア。香水。もしかしてこれじゃなかった?」

「………」

 

 なんで黙ってるの? 

 あれ、もしかして渡し方間違えた? 

 香水にも渡し方のマナーとかあるのか? いやまさかね? 

 

「えと、どうしたセシリア?」

「………どういうことですの?」

「え?」

 

 どういうことってどういう。

 ………あれ? なんかセシリア………怒ってね? 

 

「さっきわたくしと組むと言って起きながら………もう他の人と組む約束なんかして」

「は?」

「は? じゃありませんわよ! ドアの前から聞こえましたわよ! 簪という人と組むと!!」

 

 ………………………

 

 はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!? 

 

「ちょっと待ってセシリア! それは誤解だ!」

「なにが誤解ですか! ハイパーセンサーでしっかり聞きましたのよ!」

 

 はいぱーせんさー!!? 

 

「違う! あれは会長の仕業で!」

「わたくしが疾風の声を聞き間違えるとお思いですの!?」

「そうじゃなくて! 確かに俺は言ったかもしれないがそれは俺の意思じゃ」

「ほらやっぱり言ったではありませんか!!」

「いやだから!」

「もう良いですわ!!」

 

 懐から俺とセシリアの名前が書かれたタッグマッチ申し込み用紙を取り出したセシリア。

 いやちょっとなにする気………

 

 ビリィィィィ! 

 

「えーーー!?」

「こんなもの! こんなもの! こんなものっ!!」

 

 目の前で半分、また半分、また半分と申し込み書を破いていくセシリア。

 

「ちょっと待ってなにしてブフッ!!」

 

 細切れになった申し込み書を顔面に叩きつけられて尻餅をついた。

 

 口のなかに入った紙を吹き出した。

 下から見上げるセシリアの顔はまさに憤怒の一言だった。

 

「あなたがそんな人だとは思いませんでしたわ」

「だからそれは誤解だと」

「知りませんわ! わたくしなんかほっといてその簪さんという人と組めば宜しいですわ!」

「ちょっとほんと待ってセシリいだ!!」

 

 バン! と閉められたドアにぶつかり眼鏡が顔から吹き飛んだ。

 

 眼鏡を拾うことすら考えず扉の外に飛び出たが、セシリアは既に何処にもいなかった。

 

 ヒュっと心臓が凍りつく感じがした。

 

 今すぐ誤解を解かなくては取り返しの着かないことになる。

 急いでスマホから連絡をとった。

 

『この電話は現在使われていないか、着信が出来ない状態で………』

 

 うわっ! 着信拒否された!? 

 

 こうなったらISのチャネルで。

 

『ブルー・ティアーズからのアクセスは許可されておりません』

 

 うおおお!? こっちもブロック!? 

 

 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!! 

 

 とりあえずセシリアの部屋に。

 

 ピコーン。

 

「セシリアから!?」

 

『部屋にまで押し込んできたら。絶交です』

 

「………………………………………ぁぁぁ」

 

 ガクっと膝が砕けた。

 

 全身の身体の感覚がなくなり。

 気温が氷点下まで下がった錯覚に陥った。

 

「は、疾風くん。大丈夫?」

「………」

「疾風く」

 

 バタン! 

 

「疾風くん!?」

「………………」

「疾風くん!? 大丈夫疾風くん!? しっかりして疾風くん!! 疾風くーーーーん!!!」

 

 

 

 

 

 

 





第88話【誤解だ!は死亡フラグ】

疾風が死んだ!この人でなしぃ!!

誤解だ!って言って誤解が解けた試しがないですよね。
!をつければなおのこと。

さて初っぱなから恋路が狂った。
楽しくなってきました。


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第89話【馬鹿】

 

 朝である。

 

 決断の朝である。

 

 他でもないMr.流され男子こと織斑一夏が1日考えてタッグマッチの相手を決めるということ。

 そんなある意味一大イベントな早朝の朝にはまだホームルームから30分も前だと言うのに教室には席に座る一夏。目の前には箒、鈴、シャルロット、ラウラが横に並び。

 セシリア以外の一組生徒がクラスに一同を介していた。

 

 乙女たちは昨日の夜から一夏は自分を選んでくれる。

 もし自分が選ばれなかったら? 

 選んだあとはどう攻略するか? 

 選ばなかったあとはどうしてやろうか? 

 etcetc………

 

 そんなこんな考えすぎでろくに眠れず、だがそれを一夏の前でおくびにも出さないのは恋する乙女たる象徴と言えるだろう。

 ぶっちゃけ何を言ってるかわからない。

 

 話を戻そう。

 

 今日の朝は正に決断の朝なのである。

 

 そんな中一夏は。

 

(なんだこの状況は………)

 

 絶賛汗っかき中だった。

 

 それもそのはず。

 乙女からしたら天変地異級でも。一夏からしたらごく普通に自分からパートナーを決めるというそれ以上でもそれ以下でもないのである。

 

(この居心地の悪さは登校初日の雰囲気と同じ。何でだ? そんなに俺って優柔不断な男って思われていたのか?)

 

 その通りである。

 

(皆から見て俺ってそんなに決断力のない男だと見られていたのか。結構ショックだな、気を付けよう)

 

 いや合ってるが微妙に違う。

 

「一夏。いつまで待たせるつもりだ」

「早くいいなさいよ。誰と組むか」

「あ、悪い」

 

 実際集まって3分もたってないのだが。乙女たちに取ってはそのカップ麺が出来る時間でさえ惜しいのだ。

 

「昨日1日考えて決めた」

「「うん」」

「タッグマッチは箒と組もうと思う」

「わ、私か!!?」

「うん」

 

 一夏は特に溜めることなく言ってのけた。

 

 鈴、シャルロット、ラウラは各々失意のリアクションを。

 選ばれた箒に至っては思わず渾身のガッツポーズを空気に叩きつけた。

 そして一夏はみなのオーバーな反応に「うおっ」と声を上げた。

 

「一! ………夏………なんで、私じゃないのよっ」

(鈴が怒鳴りそうになったけど抑えた!)

 

 いつもなら一夏ぁっ! と言うのが鈴のお約束だが今回は事が事なので抑える事が出来た。

 決壊寸前ではあるが。

 

「箒が幼なじみだからという理由で選んだ。というわけではないだろうな?」

「当たり前だろ」

「あ、当たり前なのか……」

 

 少し、いやかなりそっち方面を期待していた箒が一夏の即答を前に一気にテンションダウン。

 

「この前の異種多人数戦でのほほんさんから補給して場を繋いだ事を思い出してさ。あの時はエネルギー残量を気にかけながらやったけど、最初から全力でやったあとに補給を受けれたらって考えて。白式と紅椿は対として作られたって聞いたことあるし。ちゃんと連携の練習をする良い機会だなと」

「「………………」」

「な、なんだよ」

「いや、思った以上にちゃんと考えててビックリしてた」

「猪突猛進がウリだった一夏がね」

「立派になったね一夏」

「褒められてる気がしないんだが」

 

 誕生日に姉からボソッと褒められたのが遠い昔のように思える。

 

「というわけだ。箒、宜しくな」

「………………」

「もしかして嫌だったか? 俺と組むの」

「そんなわけない!!」

「そうか? なんかあんまり嬉しそうじゃないような」

「一夏のニブチン」

「酷い言い様」

「ドニブチン」

 

 グレードアップすんな。とボヤく一夏の言葉をガン無視する鈴。

 

「いま箒は、理想と現実の折り合いを整理しているんだ」

「よくわからん」

「だから一夏は駄目なんだよ」

「シャルまで………」

 

 本気で直した方がいいよ、とクラスの心が一つになった。

 

 そんな問答をしてる間に箒の心の整理がついたようだ。

 

「と、とにかく。宜しく頼む、一夏」

「ああ。こっちこそ宜しくな!」

 

 グッと固く握手をする一夏と箒。

 その二人を前に三人は大人しく白旗を上げた。

 

「まあ。ちゃんと考えて決めてくれたんだし」

「今回は譲るとしよう」

「………………」

「鈴、凄い顔してるぞ?」

「ウルサイ」

 

 血で血を洗うと予感された織斑一夏のタッグマッチは無血で幕を下ろした。

 一部修羅場を期待していた生徒が落胆したのは秘密である。

 

 ………さて。

 何時もなら一夏と一夏ラバーズに対してツッコミを入れるであろう人物が今日に限って来ていなかった。

 何時もなら既に登校してきてる筈だが。 

 と、噂をすればである。

 

「あっ、おはよう疾風」

「………………おはよ」

 

 一夏に軽く挨拶を返す疾風はポスッと自分の席に座り。ボーっと目の前をジッと見つめていた。

 

「疾風? 元気ないけど」

「ああ」

「隈も出来てる。眠れなかったの?」

「うん」

「大丈夫?」

「ああ」

 

 何を聞いても気の抜けた返事しか返ってこない。

 一夏ほどではないにしろ疾風は愛想が良い。女性の為の会絡みのトラブルの時だって変わらずだったというのに、今の疾風は明らかに表情に陰りが出ている。

 

「あっ、わかった。昨日今日とISの実技がないから落ち込んでるんでしょ」

「………」

「まったくしょうがないわね。疾風! 放課後付き合いなさい。一夏と組めなかった鬱憤晴らし解消したいから!」

「………いや、今日はいい」

「はい?」

 

 一瞬教室の時が止まり、先程より更に静けさが教室を満たした。

 

「あっ、そっか。今日は一人で動かしたい気分なんだね? そうだよね?」

「いや………部屋で休む」

「え?」

「今日はIS乗らない」

 

 一拍。

 

「「「えええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーー!!!!??」」」

 

 その叫びは校内全域に響き渡り、窓をガタガタ揺らした。

 そこにいる全員が天地がひっくり返ったビジョンを見たという。

 

 誰よりもISを愛する疾風が。

 三度の飯よりISが好きな疾風が。

 1日たりともISに乗らない日がないといっても過言でもない疾風が。

 1日乗れないならパワーアシストを切ってでも乗りたいと言った疾風が。

 数日乗れないと禁断症状を発生する疾風が。

 

 まさかの自分からISに乗らない発言! 

 

「どどどどぅどぅどうした疾風ぇ!?」

「変なものでも食べたのか!?」

「疾風! 一夏に上げる筈だった酢豚あげるわよよよよ」

「お、おお落ち着いて鈴。腹式呼吸をしよう気持ちを落ち着かせるんだ。ヒッヒッフー」

「クラリッサ緊急事態だ! 第一種戦闘配備!! いや違う! すまん違うんだ!」

「レーちん。お菓子あげる。元気だして?」

「「「のほほんさんが普通に喋っただと!?」」」

 

 阿鼻叫喚とはこのことである。

 だが当の本人は周りの喧騒がないかのようにボーっと一点を見つめている。

 

「何事だ! 下の階にまで響いていたぞ!」

「た、大変だ千冬姉!!」

「先生をつけろ織斑!」

「そんなのどうだっていい! 疾風が」

「レーデルハイトがなんだ」

「疾風が………今日ISに乗らないって!」

「………なんだそんなことか」

 

 千冬は拍子抜けしたように息を吐いた。

 

「いくらレーデルハイトがIS狂いであっても人間だ。時にはそういう気分もあるだろう。お前たちはオーバーに反応し過ぎだ」

「で、でも」

「わかったならこれ以上騒ぐな。いいな?」

「はい………」

 

 流石は織斑先生。異常事態にも落ち着いて対応するその姿は一教師として理想の姿と言えるだろう。

 生徒からの千冬像が更に磨きがかかった。

 

「ところでレーデルハイト」

「はい」

「………悩み事はないか、私でよければ話を聞くぞ?」

 

 ポン、と疾風の肩に千冬の手が乗った。

 その声色は、とても慈しみがこもっていて………

 

「いや滅茶苦茶心配してるじゃないか千冬姉! じゃない織斑先生!」

「ば、馬鹿者。教師として生徒の悩みを聞くのは当然だろう」

「いやいやいや! 今まで先生のそんな一面見たことないぞ!? てか凄い優しい声だったし! 弟の俺でも聞いたことないしそんな声!」

「世迷い言を言うな。出席簿当てるぞ」

「いつも予告なしで打ってくるじゃないですか! やっぱ動揺してるでしょ先生!」

 

 これまで以上に鋭い一夏のツッコミに珍しく目線を泳がせる織斑先生。

 しかしこれも疾風の人となりを把握した故のことなので教師としての面目は保たれた。はず。

 

 わかることと言えば此処に山田先生がいなくて良かったことだろう。

 最悪泡吹いて倒れる。

 

 そんな感じで千冬でさえ平静をなんとか保ててる現状に一粒の雫が落ちた。

 

「皆さんおはようございます」

「あっ、おはようセシリア」

「おはようございます織斑先生」

「ああ、おはよう」

 

 セシリアは織斑先生の姿を見てチラッと時計を確認して遅刻してないことを確認するとそのまま皆の脇を通り抜け、疾風の前を通った。

 

「………セシリア」

「………」

「お、おはよう」

「………おはようございます」

 

 事務的に返答したセシリアはそのまま席について窓の方を向いた。

 疾風はというとセシリアが席についたのを見届けた後また虚空を見つめて動かなくなった。

 

 一夏たちは二人を交互に見た後顔を見合わせて確信した。

 

 何かがあったんだと。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ただいま」

 

 ………………ああ、もうセシリアとは別の部屋だっけ。

 

 靴を無造作に脱ぎ飛ばし。

 洗面所で手洗いうがいをしっかりと。

 

 そのままでかいベットにボフッと身を投げ出した。

 顔から倒れたので眼鏡が少しめり込んだ。眼鏡をとってベッドテーブルにたたまずに置いた。

 

 今日1日どういう風に動いてどういうことしたっけ? 

 授業はちゃんと受けたのは朧気だけど覚えてる。

 休み時間にみんなからセシリアとなんかあったのかと聞かれて「なんもないよ」と下手すぎる嘘をついたか。

 

 昼ご飯は………………あれ、食べたっけ? 

 心なしか空腹感があるような、ないような。

 

 制服皺になるな………

 セシリアに注意されたこともあったっけ? 

 

 身動ぎをすると胸元に固い感触が。

 手で探ると、イーグルの待機形態であるバッジにたどり着いた。

 

「………駄目だ」

 

 全然動かそうなんて思えない。

 いつもなら授業終わったあと直ぐにでもアリーナに飛び込むのに。

 今は微塵も情動が働かない。

 

 あ、そういえば今日生徒会あったっけ? 

 

 良かった。今日は休みか。一夏は部活の貸し出しだけど。今日はフェンシング部かな。

 

 ………駄目だ、全然身体が動かない、というより動くことを拒否してる。

 

 ………なーーんもやる気が起きねえや。

 

 

 

 

 

 

 

 ピンポーン。

 

「んん」

 

 いつの間にか寝たみたいだ。

 外暗いな。今何時? 

 

 ピンポーン。

 

 ん? だれだ………セシリアか!? 

 

 壮大な期待に身体中の血液が沸騰した。

 のしかかる身体の重みに振り払ってモニターに飛び付いた。

 そこに映るのは………

 

「………会長かぁ」

 

 露骨にガックリと肩が落ちた。

 再び重石が乗っかるようなダルさが襲いかかったが、先ずはインターホンに出なければ。

 

「はい」

「あ、疾風くん。いまお話しても良いかしら?」

「どうぞ」

 

 昨日ぶりの会長は何時ものオーラは鳴りを潜めて凄く暗いオーラを放っている。

 だがその灰色のオーラも俺の青黒いオーラに押されぎみだ。

 

「まずは、その………ほんっっとうにごめんなさい!!」

「え、あ、いやその。あっ会長! そのまま土下座に移行するのはやめてください」

「でもそれぐらいしないと」

「しなくて良いです」

 

 あんまり見たくないぞ会長の土下座。

 

 グーゴゴゴコーー。

 

 想像しかけたところで、なんとも場違いな音が鳴った。

 発信源は自身から見て床からメートルちょっと上のとこだった。

 

 

 

 

 

 

「いただきます」

「いただきます」

 

 冷蔵庫には引っ越してから食い物を補充してなかったのでろくな物がなかった。

 

 会長が食堂からご飯を持ってきてくれた。

 丁度時刻は19時過ぎだったので食堂が開いていた。

 食堂で食べても良かったのだが。会長と一緒に食事をするところをセシリアと鉢合わせしそうになることを良しとしなかった。

 

 幸いご飯は普通に食べれた。というより腹が飯を欲していた。

 思い出したことだが、俺は昼飯を食べ損ねていた。昼休みは机に突っ伏して寝てしまったからだ。

 

 こんな時でも腹が減るんだなと、自分の身体の正直さには笑みすら溢れた。

 

 食事中は不思議と会話はなかった。

 会長も話の切り口を見失ってるようだった。こんな会長はある意味始めてみるからなんか新鮮だった。

 

 食事を終え、流しに食器を入れてうるかしてる間にようやく話が紡がれた。

 

「今回のことだけど。本当にごめんなさい。あのあとセシリアちゃんに弁解しに行ったんだけど」

「聞き入れて貰えなかったんですね」

「ええ。ごめんなさい」

 

 短い感覚で謝ってくる会長。

 珍しく、なんて言い方をしたら語弊と失礼があるが。

 しかし、ここまで低姿勢な会長はなんというか。

 ちょっと馴れなかった。

 

「もういいですよ会長。俺もう。ていうか最初から怒ってませんから」

「でも私」

「俺も、ていうか俺が悪いみたいなのもありますし。会長にその話を聞かされて心が動いてしまったのは………まあ事実でもあるから」

 

 そこを付け込まれて誘導された。

 教唆術はその人の根底にその意志が欠片でもあれば成功させやすい。

 つまり俺の心は一瞬セシリアから妹さんのISに行ってしまったのだ。

 

 なんとも度しがたいことである。

 あの時はこの世からいなくなりたいなんて本気で考えてしまった。

 

 IS好きも大概にしろ。だ。

 自他共に認められてるとは言え、流石にこれは、アホ過ぎる。

 

「ところで会長も出るんですよね? 誰か組む人の目星はついたんですか」

「私は菖蒲ちゃんと組むわよ」

「菖蒲と? 会長から誘ったんです?」

「ううん、菖蒲ちゃんから。自分を鍛え直して下さいって頭を下げてきてね」

 

 あの菖蒲が会長にか。

 そういや昨日今日声をかけられなかったな。あいつにも何かしら考えがあるということか。

 

「菖蒲の専用機って間に合うんです?」

「もうすぐロールアウトですって」

「そうですか」

 

 いつもなら詰め寄るぐらい詳細を聞き出すところだが。

 やはり心が動かない。

 完全にナイーブ状態だ。

 

「あの、こんな時に聞くことじゃないけど」

「はい」

「疾風くんはセシリアちゃんのことどう思ってるの?」

「好きですよ」

 

 考える間もなく話してしまった。

 なんというか、今の会長には隠さなくて良いかなと思ってしまった。

 なんでかわからんけど。

 

「いつからかって言われたらあれですけど。自覚したのはキャノンボール・ファストです。昔から振り回されてましたけど、嫌だなって思うときはなかったんです。もしかしたら初めて会ったときかもしれないし、それ以降かもしれないですし」

 

 聞かれてもないのにベラベラと話し始めた。

 相当やられてるなー俺。

 

「どのくらい好きなの?」

「ISより優先するぐらい好きです」

「それは、相当ね」

 

 あっけらかんに言った俺の言葉に会長は苦笑いした。

 

 何処か他人事のように話してしまうのは自棄になってるからだろうか。

 情けない。

 一番の幸運は今の自分を彼女に見られていないこと………いや、今日1日の俺の状態を見られてたいたのだからそれは今さらか。

 ワンチャン俺のこと眼中なしとして見なかったとかないかな。

 

 それはそれとして凹むなと更に憂鬱な気分になった。

 

「ええ、ベタ惚れです。だからショックも大きかったのかなぁって」

「それはそうでしょうね」

「セシリアは引きずるような奴じゃないから明日話せばなんとかなるのではなんて一抹の希望で朝を迎えたら、おはようの挨拶でこれはダメだと打ち砕かれて灰になりました」

「一夏くんに聞いた。今日はISに乗らないなんて言ったのよね」

「そしたら周りが騒いだ気がします。そんなに意外ですか?」

「織斑先生が焦るぐらいには」

 

 それは相当だなぁ。良く覚えてないけど。

 

 ボフッとベッドに仰向けになって倒れ込んだ。

 まな板の上の鯉の状態だ。いつもの会長ならこんな俺を見たら即飛びかかっただろうが。向かいのベッドに座り込んで黙ったままだ。

 

「会長は、妹さんのこと好きなんですか?」

「好きよ。たった一人の妹だもの」

「妹さんと話せなくて辛くないんですか」

「辛くないなんてことはないわね。簪ちゃんと他愛のない話を出来たらどんなに幸せなことか」

「………」

 

 なんか今なら痛いほどわかる。

 何年も会話も出来ないなんて、それも同じ血の通った姉妹のもなれば相当だな。

 

 セシリアともこのまま絶縁状態になったら………

 ブルッ! と身体が冗談じゃなく震えた。

 

「会長」

「やっぱ俺セシリアともう一度話します」

「でも今行くのは悪手じゃないかしら。彼女相当お冠よ?」

「じゃあどうすれば………」

 

 ピピピ。

 

 スマホが鳴った。

 

 画面を見ると鈴からだった。

 会長に一言断りを入れて電話に出ると、慌てた声が耳に届く。

 

「疾風。あんたセシリアとなんかあったの?」

「なんで」

「セシリアがタッグマッチであたしと組むって言い出したのよ」

 

 グサッと胸に銃弾がめり込んだ。

 そ、そうきたか。セシリア。

 

「疾風とは組まないのかって聞いたら凄い不機嫌になったし。喧嘩でもした?」

「………」

「言いたくないのね。わかった。ねえ、どうしたら良い?」

「どうしたらって」

 

 どうしたら良いのが最適解なんだ? 

 

 鈴に働きかけて組むのをやめて貰うか? だめだ、鈴にはセシリアの誘いを断る理由がない。それにお世辞にも鈴は嘘をつくのが下手だ。直ぐにバレて俺が働きかけてそれがバレたらもう目も当てられない。

 

 電話越しに直接話すか? 

 それともこのままセシリアの意思を優先して鈴と組ませる? 

 そうなればもうチャンスの大半がなくなる。

 

 いつもならガンガン回る頭が全く回らない。

 シャーロックの灰色の脳細胞を今こそ移植したい! そう思えるぐらい俺の頭は焦りに焦り、胸の当たりが冷えに冷えていた。

 

「ちょっとセシリア!? なんであたしの名前書いてんのよ。まだ組むと言った訳じゃ!」

「シャルロットさんとラウラさんはもう組みましたのよ。菖蒲さんからも断られたのでしょう? 残ってるのはわたくしと貴女だけです。断る理由があるのですか?」

「いやそれはないけど………」

「………ところで誰に電話してますの?」

「うぅ!?」

 

 ドキっとした。聞こえてきたのは間違いなく彼女の声。

 

「だ、誰でも良いでしょ」

「疾風ですか? 疾風ですわね。丁度良いです、変わってください」

「え、いやその」

「変わって、ください」

「えーと」

「変わりなさい凰鈴音」

「アッハイ」

 

 白旗を上げた鈴は大人しくスマホを渡したようだ。

 

「もしもし」

「………もしもし」

「返事が遅いですわ!」

「はいもしもし!」

 

 やっぱまだ怒ってるよ! 

 だがここで負けたら駄目だ。

 言わなければならないことを言わないと………

 

「セシリア」

「なんです」

「昨日のことは謝る。ほんとごめん。会長がどうとか関係ない、全面的に俺が悪い」

「言葉ではいくらでも言えますわ。わたくしがあの時どんな思いで聞いたかわかっていますの?」

 

 それはもう。

 

「舌の根も乾かぬうちに約束を反故にしたんだから怒るのは当然だ」

「………それだけじゃありませんわ」

「え………?」

 

 それだけじゃない? 

 え、なんだ? 

 あっ。

 

「あー、俺のIS好きも度が過ぎてるよな。これからは自重して」

「違いませんが違いますわ」

「えっ!?」

「いいです、疾風にはきっと分かりませんから」

「え、あ、その、えと」

 

 これも違うの!? あ、これはさっきのと併合されてるのか。

 えっ、じゃあなんだ? 

 

 ………え、なんだ!? 

 

 俺はまるで親に説教されてどう答えれて良いかわからずグズるだけの子供みたいに頭が真っ白になった。

 胸の冷えはますます下がる一方で、口から言葉ともならない言葉ばかりが出てくる。

 

「あのセシリア」

「疾風、わたくしは鈴さんと組みます」

「そ、それは鈴から聞いた」

「もう用紙も書きました。後は提出するだけです。あなたが立ち入る隙間なんてありません」

 

 先制でこちらを潰してきた。流石セシリアこういうことに関しては容赦がない。グサッと胸に杭が打ち込まれた感じだ。

 ていうか、なんでそんな説明口調なんですかセシリアさん。

 ほんと怖い。怖いです。

 

「疾風」

「はいなんでしょう」

「わたくしは言いたいことを言いましたわ」

「はい」

「何か異論はありますか」

「異論って………」

 

 何処に異論を唱えればいい? 

 ていうかあるか唱えれるところ。

 

「………」

「………」

「ありません」

 

 ない。なかった。

 

 今俺がセシリアに「悪かった」「俺と組んで欲しい」と言っても明るい未来なんてないだろう。

 仮に俺の悲願が届いてセシリアとペアを組んだとしても、ぎくしゃくしてタッグ戦どころじゃないだろう。

 

 ここは大人しく引くことにする。

 それが一番波風が立たない最適な回答だ。

 

「当然ですわね。ではわたくしは鈴さんと組みますので」

「はい」

「それでは」

 

 会話終了。

 なんとも呆気なく終わってしまったなと、気持ちが沈んだままスマホから耳を離そうとした。

 

「………………馬鹿」

「え?」

 

 プツッ。

 

 ………いまなんて言った? 

 馬鹿って言った? 

 

「どうだった?」

「ガッツリと、振られました」

「そう………」

 

 原因が自分にもあるからとまたもショボンとする会長。

 威厳ゼロの形無しだ。

 

 しばし長めの沈黙が訪れた。

 互いに向かいのベッドに座って何を話すわけでも何かを弄る訳でもなくただジッとしていた。

 

 沈黙の時間に長さを感じ始めた頃、満を持して切り出した。

 

「あの会長。お話受けます」

「なんの?」

「妹さんとタッグ組むの」

「え!? 本当に!?」

 

 突然の申し出に会長が思わず身を乗り出した。

 

「で、でも良いの? 簪ちゃんと組んだらセシリアちゃんと確執生まれない?」

「それは、一旦置いときます。実際今残ってるメンバーは俺と妹さんだけですし。セシリアからは絶交言われてないからまだ救いはあると思います………多分」

 

 ほんとに多分。

 マジで多分。

 確証ないから多分しか言えない。

 

「本当にありがとう。必要なことがあったらなんでも言ってね? 生徒会が全力で支援するわ」

「お願いします」

「あと………くれぐれも私が頼んだって言わないでね? あの子、私に干渉されるのを良しとしないから」

「任せてください。そこらへんの算段も考えてあります」

「心強いわ。じゃあ任せるわね、副会長」

「了解です、生徒会長」

 

 やっと少しだけ調子を持ち直してくれた会長。

 ここから少しずつ調子を取り戻してくれたらありがたいのだが。

 

「じゃあそろそろ失礼するわね」

「あら泊まるとか言わないんですね」

「流石にね。じゃあまた明日」

「はい、また明日。トレイと食器は俺が戻しときます」

「ありがと」

 

 いえいえ、それぐらいはさせてもらいますよ。

 ………あーそうだ。

 

「会長」

「ん?」

「セシリアが電話を切る直前に小さい声で馬鹿、って言ったんですよ」

「ふむ」

「これどっちだと思います?」

「どっちとは?」

「俺の失態に対して馬鹿と言ったのか。強引にでも自分とタッグを組んでくれるかと思ったのに期待はずれからの馬鹿か」

「うーん………私からは答えられないかな」

「あ、了解です」

 

 そっち方面か。

 

 一夏にいつも思ってることが自分に跳ね返って来る日が来ようとは思わなかった。

 

 会長を見送ったあと再びベットに身を預けた。

 

 さて、ここで思考放棄するのは一夏のパターンだが………

 

「後者だったら最悪だな………」

 

 またも自分は選択肢を間違えたことになる。

 

 恋は理屈じゃないという鈴の言葉を思い出す。

 全くもってその通りだ。

 

 俺はどっちかと言うとロジック的に考える。話をして分岐が現れた時に先ず考えるのがメリットデメリットの損得勘定。

 それでいつも切り抜けてきた。

 

 だがセシリアとの問題はそうも行かない。

 

「フーー」

 

 明日から早速妹さんに………いや1日間を置こう。セシリアとのことがあるし。

 時間はまだある。まだ焦る必要はない、が。

 

 あの気難しい妹さんにコンタクトを取りつつ、セシリアからの評価を気にしながら行う。

 

 ………胃がキリキリと鳴り出した気がした。

 

 胃薬なんか置いてあったかと頭の片隅に考えながら俺は今後の対策を模索した。

 



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第90話【フィーリング・チェンジ】

 

 

 教室の前、より二歩下がって立ち止まる。

 ドアは自動だから前に立つと自然と開いてしまう。

 

 セシリアはもう登校してる頃だろうし。間違いなくいる。

 

 ………えぇい! 何時までもウジウジするな! 

 気持ちを切り替えろ俺! 

 セシリアもこんな俺なんか見てていい気しないだろ! 

 

 パン! と頬を叩いた。

 ………衝撃で眼鏡が落ちかけた。

 

「んん。おはようっ」

「あ、おはようレーデルハイトくん」

「おはよー」

 

 入ると返ってくる挨拶。

 セシリアの方を向くと。

 

「おは」

 

 プイッ。

 

 そっぽを向かれました。

 でもめげません。めげませんとも。

 たとえハートがサボテンまぶしたように痛かったとしても。

 

 ポーカーフェイスなめんなよ。

 

「おはよう一夏」

「おはよう疾風。元気出たか」

「まあね。いやー昨日はもう、駄目だったわ。ダウナーMAX。その癖ご飯は食べれてさ。人の腹って正直者だなと思ったよ」

 

 空元気とはこのことか? 

 わからんけども、とりあえず身体はだるくないし活力はある自覚はあった。

 

「疾風」

『シーだよ鈴』

 

 明らかに声色が違う鈴をプライベート・チャネルで遮った。

 

『とりあえず吹っ切ることにした。俺の心配はいらないから』

『あんたがそういうなら良いけどさ』

『その代わりと言ったらあれだが。セシリアのフォロー頼むな』

『はいはい』

 

 鈴に伝えて直ぐにチャネルを切る。

 こっちを見てるかと思ったが、向いていた素振りもなし。

 嫌われたなぁ、俺。

 

「そいやシャルロットとラウラはタッグ組んだんだって?」

「ああ、シャルロットとは頻繁にペアで練習してるからな。一夏と組めない以上、これが最適解だと思った」

 

 専用機一年組の中でも技量は抜きん出ている。以前個人指導をした時もほとんど修正点がない二人。

 このタッグは手強そうだ。

 

「そういえば菖蒲さんは生徒会長と組むそうだな。学内で噂になっている」

「聞いた。自分を鍛え直してくれって」

「学園祭で蝶女にこっぴどくやられたのが響いたのよきっと。後は………」

 

 チラッと俺を横目で見る鈴。

 あーわかってますとも。言いたいことわかるからそんな眼で見ないで。

 

「じゃあ残ってるのは疾風と鈴とセシリアか」

「セシリアは鈴と組むよ」

「ちょっ疾風」

「えっ、そうなの?」

「疾風、やっぱセシリアとなんかあった?」

 

 昨日の現場を見た(俺は対して覚えてないが)皆からしたらやはり仲違いがあったのではと心配になり。顔に分かりやすく出ていた。

 

「ないよ。セシリアが鈴と組んだのも考えがあってのことだから。福音(天使)との戦いでもイーグルとティアーズの相性の良さは証明されてるから。違うのと組むべきじゃないかってことじゃないか?」

 

 喧嘩した末にタッグ解消なんてこと。こいつらには関係がないし。そもそもあんま知られたくないし

 余計な心配をかけさせたくないという意味でも。

 

「疾風が言うなら、まあそうなのか」

「そ、そうよ! 甲龍とティアーズの相性も悪くないしね!」

 

 鈴の締めでなんとか場を納められた。

 

 またもチラッとセシリアを見ると、眼があった瞬間ブン! と剃らされた。

 く、挫けないぞ………。

 

「あれ、じゃあ疾風はどうなる? タッグなら1人足りなくないか?」

「4組の更識簪という子が出る」

「ああ、4組のクラス代表の」

「じゃあその人と組むんだ」

「それは………」

 

 参った、会話の流れから必然的に俺の話に行き着く。

 日にち開けて明日から誘いに行きますという体だったが。

 誤魔化したとは言え、セシリアの居る場で「そう、更識さんと組むんだ!」なんて言うのは流石に気まずいしリスクがでかすぎる。

 あと俺の精神が持たない。

 

「ヤッホー! たのもぅ一年女子&男子!」

「黛先輩?」

 

 どう乗りきろうかと考えていると新聞部エース兼副部長の黛薫子が現れた。

 

 光明を見た! とばかりに俺は皆の意識を黛先輩向けるべくコンタクトをとった。

 

「どうしました黛先輩。わざわざ一年の教室まで。取材の生け贄ならここにいますが」

「おい。当たり前のように俺を差し出すなよ」

「アハハ。今日は織斑くんだけじゃなくレーデルハイトくんと篠ノ之さんにも用があるんだな」

「私もですか?」

「そうそう。実は私の姉が出版社で働いてるんだけど。三人に独占インタビューしたい! って連絡が来てね。よかったらしてくれないかな? あ、これがその雑誌」

「こ、これは!!」

 

 黛先輩が差し出したのは。

 

「インフィニット・ストライプス?」

「なんだこれ」

「お前たち知らないのか!? このインフィニット・ストライプスは今一番光ってる週刊誌なんだぞ!?」

「は、疾風。スイッチ入ってる」

「ということはIS関連の雑誌か………どれ」

 

 ペラっとページを開いて読む二人。が読むストライプスを見て俺は気づいた。

 

「あの、もしかして先輩の姉って副編集長の黛渚子(まゆずみ なぎさこ)さん?」

「よく知ってるね。もしかして雑誌のファンだったり?」

「勿論です! 初巻から全部持ってます! しかも黛渚子と言ったら次の編集長候補ナンバーワンとも噂されてるらしいじゃないですか。あのぐいぐい行きながらそれでいて行き過ぎない絶妙なラインを攻めたインタビュー。見るものをガシッと掴む文面は見てて気持ちが良いです」

「あらあら、そんなに喜んでくれるなら妹としても鼻が高いわ。お姉ちゃんに伝えとくわね」

「あれ? なんだこの雑誌は」

 

 ストライプスを読んでいた箒が困惑したような声を上げた。

 

「疾風が熱を上げているからと思ったら。ほとんどISと関係ないじゃないか」

「ああ。ファッション撮影にIS関連とは関係ないインタビューもある。代表候補生じゃなくても出来る仕事じゃないか?」

「あれ? 二人ともこういう仕事したことない?」

「というと?」

「代表候補生や国家代表は各国や国民にもっとも重要視されてる期待の花。主にモデルやタレント業、国によっては俳優業をしてる人も居るのよ」

「へー。ISを動かすだけが仕事かと思ってた」

 

 まあそう思うのも、というか。俺たちは専用機持ちとして見てもレアケースだからな。

 基本ISのデータ管理やレポート提出が主な仕事。

 

 ましてや代表候補生になれたのもついこの間だし。

 

「ということは。今回の議題は新生日本代表候補生組にインタビュー、ということですね?」

「That right! 君たちの発表が公になってから姉さんの眼の色が変わって変わって。休みの日なのに編集長に直談判しに行ったぐらいの熱の入りようなの。ということで、参加してくれるかな?あっそうだ。モデルとしての写真撮影もあるからそのつもりで宜しくね?」

 

 これはまたとないチャンス。

 受けない手はないだろう。

 と思ったが他の二人があまり乗り気ではない。

 

「参加、ですか。俺モデル仕事なんかやったことないしなぁ」

「私もちょっと」

「なによ一夏。モデル業やったことないの? 仕方ないわね、良かったらあたしの写真見せてあげるわよ」

「いやいい」

「なんでよ!」

「どーせ変に格好つけてるんだろ。転校してきた日みたいに変なキャラ付けした」

「しっっつれいね! なら見せてあげるわよ!」

 

 鈴は憤慨しながらスマホを操作してグイッとスマホを一夏の顔に押し付けた。

 

「ほら見なさい! 今見なさい! 見ないとぶっ飛ばす!」

「わかったわかった! 見るから! 見るから画面を見せろって! ………ん?」

「むっ」

「おっ」

 

 一夏の顔面から話されたスマホの画面を見た俺たちは三者三様の反応を示した。

 

 画面の中にはレンガ調の背景をバックにカジュアルにコーディネートされた鈴の姿が。

 黄色の上着、赤のシャツ、青の短パンジーンズというトリコロールカラーで構成された服は快活な鈴にマッチし。楽しそうにウィンクする鈴の姿も相まって統合された見姿となっていた。

 つまり似合っている、そしてカッコ可愛く楽しそう。

 

「鈴、これ今年のストライプス5月号の奴だろ? 【期待のチャイニーズスター爆誕!】って見出しで話題になったよな」

「正解よ! 流石ね疾風!」

「へえ、やるなぁ鈴。似合ってるじゃん」

「そうでしょうそうでしょう! あたしにかかればザッとこんなもんよ! 他にもこんなのもあるの!」

 

 一夏に褒められて有頂天になった鈴は次々と写真を一夏に見せては感想を貰って有頂天になるという正の無限ループに突入した。

 フィーバータイムである。

 

 キーンコーンカーンコーン。

 休み時間の終わりを告げる呼び鈴が鳴ってしまった

 

「あら時間というのは早いね。三人は今日剣道部に貸し出しだったわよね? 放課後また来るから」

「はい、ではまた後で」

「良いお返事期待してるわ。じゃね!」

 

 ありがとうございます黛先輩。

 お陰で窮地を脱することが出来ました。この礼は必ず。

 

「でねでね! こっちが夏に撮ったやつ! んで、こっちが本命の水着で」

「おい」

「なによ邪魔しない、でぇっ!」

 

 一夏に写真を見せることに夢中な鈴の脳天に断罪の拳! 

 鋭い眼差しを拳を見舞った相手に向けるもその眼はギョッと見開いた。

 

 皆さんご存知、織斑大先生であられます。

 

「とっとと二組に帰れ。モデル気取り」

「気取りじゃなくてモデルなのにぃ」

「駆け足!」

「イェッサー!」

 

 脱兎。ツインテールを水平にしながら鈴は一組から消えた。

 なんというかいつものパターンである。

 懲りないのだろうか。

 

「むっ。レーデルハイト、今日はISの実技があるが辞退するか?」

「いえ参加します。大丈夫です」

「そうか」

 

 気のせいか、織斑先生からホッと息が漏れた気がした。

 

「では授業を始める。今日は近距離戦に置ける距離の取り方と効果的な回避方法に関する理論講習を始める」

 

 ヴァ、そういえば宿題やってないな。

 わかるから大丈夫だけど。当たりませんように。

 

「レーデルハイト、47ページ3問目の問題を答えろ」

 

 燃え上がれ! 俺のアーカイブ!! 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「メェン!!」

 

 壮絶な打ち合い、木霊する掛け声。

 

「メェェェンッ!!!」

 

 観戦する俺らにも届く気迫をかける相手にそれ以上の気迫を放つ箒の面打ちがヒットした。

 

 黛先輩の言った通り今日は剣道部の一夏貸出日、そして抽選で俺のマネージャー権を獲得した強運の持ち主である疑問符先輩のお膝元である。

 

「おおっ。箒の剣道姿を見るのは何気に初めてだが。なんともまあ」

「昔から強かったからなぁ箒は。結局俺は負け越しだし」

「そうなんだ」

「ああ、小学校の頃はやってたんだけど。中学は少しでもお金を稼いで千冬姉の助けになりたくて帰宅部だった」

「あー。俺も中学は帰宅部だったなぁ」

 

 毎日毎日レーデルハイト工業の地下ラボに通いつめて通いつめて。

 学校に残りたくなかったってのもあったけども。

 

「はーい練習中断? 休憩入るよ?」

「はーい!」

 

 剣道部部長である疑問符先輩が休憩の合図を出した。

 ここの剣道部は部長が常に疑問符なのに素直に言うことが伝わっている。疑問符なのに。

 

「はいタオルどうぞ」

「スポーツドリンクも飲んで下さいねー」

「キャー! 本物の織斑くんだわ!!」

 

 織斑一夏あるところに黄色い声あり。

 もはや固定BGMとなりつつあるな。

 

「+レーデルハイトくんもいる! うちは運が良いわね!」

「ねえねえ! 超絶と言われた織斑くんのマッサージは」

「致しません」

「背中の汗拭いてくれるという噂の真意は」

「はいタオルです自分で拭いてください」

「「「二人とも塩対応過ぎ!!」」」

 

 なんとでも言うが良い。

 織斑生け贄作戦が効果薄な今。この方法が一番波風が立たないのだ。

 

「ほれ、箒もタオル」

「あ、ああ。すまんな」

「今日は一段と気合い入ってたんじゃないか?」

「あ、当たり前だろう………一夏の手前で無様な姿など………」

「ん? すまん箒、いま何て言った?」

「なんでもない! 疾風! 飲み物を渡せ!」

「さっきもそれぐらいの声出せば良いのに」

「やかましい!」

「ヨケール!!」

「仲良いなぁお前ら」

 

 スポドリを渡した俺は振るわれた箒の竹刀を軽やかによけてササッと距離を取った。

 

「んでだ。お前らはどうする。インフィニット・ストライプスのインタビュー。俺は勿論出るよ」

「少し考え中。箒はどうする?」

「断る! 見世物など、私の主義に反する!」

 

 フイッと顔を反らしてスポドリを勢いよく飲み進める箒。

 

 これには俺と一夏もやっぱりなと予想通り。

 箒は昔から篠ノ之束の妹というだけで衆目の目にさらされ続けた。

 今でこそだが、IS学園入学当初は「私と姉は関係ない!!」と言って見せるぐらいだったとか。

 注目の的となることを嫌ったのだという。

 

「箒は不参加、一夏は?」

「俺も実を言うと、そういうのはちょっとな。箒も出ないなら俺も辞退するよ」

「そうかい」

 

 黛先輩の話だと、強制参加ではないっぽいし。黛姉には悪いが、俺単独で勘弁してもらおう。

 

「やっほーい!」

「うわっ!」

「いつの間に!」

 

 神出鬼没を体現せしめた黛先輩が俺らの背後に。

 もしかして更識や布仏みたいな特殊な家系の人だったりします? 

 

「三人とも揃ってるね。朝話した取材の件なんだけど」

「すいません黛先輩、実は」

 

 その時、黛女史の眼鏡が光り。一夏の発言を遮るように懐から何かを取り出した。

 

「じゃん!」

「なんですかこれ」

「これはインタビューの報酬である豪華一流ホテルのディナー招待券よ。勿論ペア!」

 

 何が勿論なのか、というのは愚問だろうか。

 それにしても豪華一流ホテルだって? 

 

「しかも星持ちレストランよ!」

「なんと!」

 

 これには驚きも隠せない。

 ていうか、こんな代物をサラッと出してくるインフィニット・ストライプス凄いな!? 

 手段といい熱量といい。天井がないのか? 

 

「このホテルねぇ。プロポーズの場としても有名なのよ」

 

 ピクッ

 

「3ヶ月前に元大物女優とマネージャーが結婚したのもここなのよ。私も写真でしか見たことないけど。内装と夜景がとてもロマンチックなの」

 

 ピクピクッ

 

「私もこういうところでプロポーズされたいなぁ」

 

 ピクピクピクッ

 

「あの黛先輩、悪いんですけど俺と箒は」

「受けましょう!」

「「ええっ!?」」

 

 サッと箒は黛先輩の手からペアチケットを受け取りなに食わぬ顔でインタビューを快諾した。

 それを信じられない顔で見る男子ズ。

 

「ほんと! ありがとー! でも篠ノ之さんこういうの好きそうじゃなかった風に見えたけど」

「いえ、何事も経験ですので」

 

 おかわりで信じられない顔をする男子ズ。

 どの口が言うんだ。

 

「勿論一夏も行きます」

「えっ!?」

 

 そして更にトッピングされる一夏。

 

「ふぅ。これで姉さんの顔も立てれるわ。あ、そうだ。このペアチケットは2組あるの。レーデルハイト君も誰か誘って行ってみてね………………仲直り、出来るかもよ?」

「か、考えておきます」

「じゃあ明後日の日曜日にこの場所に14時までに来てね。それじゃあね~!」

 

 颯爽と武道館を去っていく一陣の風こと黛先輩。

 その流れに置いていかれた一夏と俺はチケットを握りしめる箒を見た。

 

「箒」

「なんだ」

「主義はどうした」

「わ、私は柔軟な物事の考え方をしているのだ! 文句があるか!?」

「いや、ないけど」

「なら一緒にインタビューを受けるな? なっ!?」

「お、おう。箒が乗り気なら俺も行くよ」

「よしっ!」

 

 昨日に続き渾身のガッツポーズを決める箒。

 確実に私に運が来てる! と思ったんだろうなぁ。

 

 しかし………

 

「プフッ」

「おい疾風。何を笑ってる」

「いや、だって………フハハ! 手のひらで天元突破してんじゃんスゲー変わり身。武士より忍者の方が向いてるんじゃないか?」

「な、何が言いたい!」

「チョロ過ぎるこの武士道娘(仮)」

「カッコカリ言うな!」

 

 あー、可笑しい。

 凄いなー。女子って凄いわ。

 その逞しさには割りと本気で敬意を評したい。

 

「まあまあ箒。そのぐらいにしとけって」

「むぅ………。まあいい。そ、それでだな一夏。この、ホテルのディナーだが………勿論一緒に行くだろうな!?」

 

 おっ、箒にしてはド直球。

 

「おう。そりゃ取材を受けるんだから。行くに決まってるだろ」

 

 残念、ファールです。

 

「そうか! うん! そうだな!」

 

 パァァっ! と輝く箒の笑顔。

 それで良いんか箒。

 いやそれで良いんだな箒。

 

「明後日は正門に集合だ! 遅れるなよお前ら!」

「わかってる」

「はいよ」

 

 もう陣頭指揮取ってるし。

 スイッチが入った時の箒の勢いは普段の五割増しだ。

 

「なんか面白そうな話をしてる予感! というかしてるでしょ!」

「あっ! これあの有名ホテルのペアチケット!? わかった織斑くんとのデートだ!」

「で、デートではないぞ!?」

「ハイハイツンデレツンデレ」

「もうそのキャラを貫かなくてもいいのよ箒さん」

「今こそ心の殻を破る時よ篠ノ之!」

「そしてうちに秘めたるメロンも解放する時!」

「夜景が見えるベッドの上で」

「お前らーー!!」

「「「キャーー」」」

 

 竹刀を片手に部員を追い回す箒。

 剣道部のみんなと上手く行ってないのではないかと愚痴ったこともあった箒だったが。

 

「なんだ。普通に仲良いじゃないか」

 

 まったくである。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 翌日。昼休み突入。

 今日はいつものメンバーで屋上にランチ、という流れだったが俺は辞退した。

 

「………」

「………フン」

 

 相も変わらずセシリアとはこの有り様である。

 もう凹むまいとしたがやはり凹む。

 

 もしかして俺の知らない間に絶交扱いされてたりして。

 

「いやいやいやいや」

 

 思いっきり首を振ってマイナスイメージを払拭した。

 

「フーー。行くか」

 

 パンとペットボトルを手に俺は四組の教室に足を進めた。

 

「こんちわー」

「えっ!? レーデルハイト君!?」

「四組にレーデルハイト君が来た!?」

「うそなんで!?」

「よ、四組に御用でしょうか!?」

「安城の奴はもういないよ?」

 

 どわー! と女子が総出で俺の周りに集まってきた。

 俺もすっかり人気者というか、なんというか。村上が見たら血涙ものだな。別にモテたい訳じゃなんて言ったら殺されそうだ。

 

「更識さんいる? 更識簪」

「「「え?」」」

 

 賑わっていた四組女子が一斉にハモる。と同時に静かになった。

 

「更識さんって」

「あの更識さん?」

「あそこに居るけど………」

 

 モーセの海割りのようにサーーっと女子の輪に隙間が出来る。

 その隙間の先、クラスの一番後ろの角というベストポジションに彼女が居た。

 

 未開封の購買のパン、そして傍らにストローが刺さった牛乳を時々吸いながらホロキーボードで空中投影ディスプレイにプログラムを打ち込んでいた。

 ただひたすらに、ただひたすらにキーボードを打ち込む更識さん。

 その眼光は力強く、目の前のデータの羅列を凝視していた。

 

「あの、もしかしてこの前説明されてた専用機タッグマッチの件?」

「え、更識さんと組むの?」

「うん。その予定ではある」

 

 俺が頷くと女子の間でザワザワと小さな会話が飛び交った。

 これは、困惑の声。

 

「専用機タッグって言っても。更識さんまだ専用機出来てないんじゃなかった?」

「今までの行事全部休んでまで専用機作ってるんでしょ? 無茶なことするよね」

「それにさ。あの子が専用機持ってるのってお姉さんが手を回したって噂だよ」

「じゃあ代表候補生になれたのもお姉さんのおかげということ?」

「それは違うよ」

 

 特に大きな声を出さずに突き刺した否定の言葉は女子のざわめきを止めた。

 

「彼女。更識簪さんが日本の代表候補生になって専用機を所持してるのは生徒会長の力じゃない。全部彼女の実力だ」

「だけど更識さんのお姉さんは国家代表なんだよ?」

「ロシアのな。日本の国家代表ではないから日本の候補生事情にはどうやっても干渉なんて出来ない。生徒会長の国家代表の登録国籍はロシアだからなおさらな」

 

 まあ嘘だけど。

 ロシアだろうが彼女は日本の裏トップ、やろうと思えばいくらでも出来るだろう。

 

 それでも会長は妹さんの候補生事情には干渉していない。それどころかほぼ絶縁状態なんだから出来るはずもない。

 

「それに彼女は倍率1万の入学筆記試験において学年2位。主席との点差はわずか2点だ。彼女は姉の七光りなんかじゃないのは明白じゃないか」

「でも」

「生徒会長は生徒会長。更識さんは更識さんだ。俺みたいに男性操縦者ってだけで専用機と代表候補生の地位を与えられた奴より、彼女の方がよっぽど立派だ。そう思わないか?」

「「………」」

 

 確信を突きまくられた女子たちは見事に押し黙ってしまった。

 やべっ、言いすぎた。

 

「あー、偉そうな事言ってごめんね。失礼するよ」

 

 別れた女子の壁を抜けて真っ直ぐ更識さんの元に向かった。

 俺が近づいても更識さんは本当に一瞬チラッと見ただけで更識さんの手は止まらなかった。

 

「こんちは。颪の件以来だな」

「………………なんのつもり」

「はい?」

「あんなこと、言って。余計なことしないで」

「それについてはすまんと思ってる。だけど根も葉もない噂が闊歩してる現状には物申したくて仕方ないのが俺の悪い癖でな」

「………………用件は」

 

 こちらに一切見ることなく、というか見る気がゼロという。

 だが話を聞いてくれるだけ御の字というもの。

 

「単刀直入に言う。今度やる専用機タッグマッチで俺と組んでほしい」

「イヤ」

 

 即答、一秒の隙もない即答はある意味気持ち良ささえ感じた。

 

「どうしてイヤか聞いても良い?」

「イヤなものはイヤ。そもそも。貴方は組む相手に困ってないでしょう?」

「おあいにく俺以外の専用機持ちはみんなタッグ組んでしまったんだ」

「私は余り物ってわけ?」

「いんや。君と組もうとする理由はちゃんとある」

「別に聞きたくない」

「そうかい。んで、なんで俺と組みたくないのかな?」

 

 ピピピ………

 

 ホロキーボードを打つ手が止まり、簪さんが席を立って俺と正面から向き合い、睨み付けた。

 

「私は………貴方のこと、好きじゃない」

「………」

「だから組まない………何もかも手に入れてる、貴方なんかと………組みたくない」

「更識さん」

 

 

 

「私に、関わらないで」

 

 

 





 なんか一夏より嫌われてね?


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第91話【インタビュー】

 

 出会い頭に「あんた好きじゃない」発言されて前途多難過ぎる男。

 どうも、何もかも手に入れてるらしい疾風・レーデルハイトです。

 

 ………………ぐぅの音も出ないな。

 

 こっちは大企業の万全な態勢での潤沢なバックアップがあり。

 更識さんは企業に道半ばで放り投げられ、そして自分でやると引き取った。

 

 んーーーーーーーー。

 

 どうすれば良いの? 

 最初から難易度ハード、いや難易度ルナティックってもんじゃなくね? 

 

 どうしたもんかなマジで。

 

「あっ」

「っ」

 

 と考え事しながら歩いてると通路上で更識妹とエンカウント。

 

「………」

「あ、ちょっと待って!」

 

 考えるより先に足と口が動いた。

 

「待って更識さん!」

「名前で、呼ばないで」

「じゃあ………」

 

 って下の名前も駄目なんだった。

 じゃあなんて呼べば止まる? 

 そこの少女! いや流石にとんちんかん過ぎるだろ。

 

 えーっとえーっと………あっ。

 

「まってくれかんちゃん!!」

「っ!!」

 

 止まった更識さんは振り替えるなりこっちをギロっと睨んだ。

 

「誰から、聞いたの。その呼び方」

「布仏さん」

「………次、そう呼んだら。許さない」

「悪かったよ。気を付ける」

 

 許さない、と来たか。親しくない奴に呼ばれたらそうなるよな。

 分かってて言ったんだけど。

 

 とにかく止まってくれたし。更識さんの意識もこっちに向いたから結果オーライ。

 

「じゃあこれからあんたのことなんて呼べば良い? 名字名前あだ名が駄目ならいよいよあんたのこと『会長の妹さん』って呼ぶことになる」

「それだけは、やめて。名前の方が、マシ」

「オーケー」

 

 それでも名字を呼ばせたくないとは。これは相当だな………。

 

「一つ聞いて良いかな。俺と組みたくないのは俺がレーデルハイト工業から支援を受けてるということでいいのか?」

「だったら、なに」

「なら俺がレーデルハイト工業と契約をしてなかったら組んでくれたの?」

「ありもしないことを言うのは、愚か」

 

 違いないな。

 

「だけど、簪さん。タッグマッチのペアが俺と君な以上。このまま期限が攻めれば自動的にペアが決まるんだぞ?」

 

 今回の趣旨の関係上。ペアが決まらない時はランダムで決められることになっている。

 つまり。

 

「つまり俺と簪さんしかいない以上自動的に俺と簪さんはペアになる」

「なら、なおさら誘う必要は、ない。ほっといて」

「それじゃあ意味ないんだよ」

「どうして」

「どうしてもだ」

 

 あっ、そろそろ時間が。

 

「じゃあまた今度。考えといてくれよ」

「あっ………」

 

 ちょっと話しすぎたかな。

 急がないと。

 

 でも今回は少し進展したんじゃないかな。

 と、思いたい。

 

「………………なんなの、あの人………」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「遅い!!」

「まだ5分前だから許してやれよ」

「いや悪い悪い」

 

 正門前には既に一夏と箒が待機していた。

 

「たるんでるぞ疾風! 寝起きだからといってボサっとするな!」

「いやお前の気合いが入りすぎなんだよ」

「さっさと行くぞ! 時間は有限なんだ」

 

 男2人を置いてスタスタと行く箒に一夏はポカーンとした口を空けていた。

 

「なんか、箒のやる気凄くね?」

「流石箒だな。嫌なインタビューでも一度はやると決めたらやる。それが箒の良いとこだよな」

 

 いや、完全に副産物目当て………だが間違ってもいないからツッコミ辛い。

 

「なにをしてる! 置いてくぞ!!」

「今いく!」

 

 先陣をきる箒に連れられてモノレールから地下鉄に乗り換えて最寄り駅で降りた。

 

 そういえばこの三人で学園の外に出るのは初めてだな。

 といっても誰かと外に出たのはセシリアぐらいだったけど。

 

 IS学園はほとんど揃ってるからわざわざ外に行く必要ないし、あと手続きがあるから若干億劫なんだよな。

 

 それにしても。

 

「………」

 

 なんかやる気があるってより。なんか拗ねてないか箒のやつ。

 最初は普通だったが、モノレール降りてからなんかムスッとしてる。

 歩く速度もなんか早いし。俺と一夏も着いていくのに少し苦労してる。

 

「おーい」

「………」

「ちょっと待てよ箒」

「なんだ一夏」

「少しゆっくり歩こうぜ。そんな急いでも出版社は逃げねえって」

「ふん。お前たちが軟弱なだけだろう。情けない」

 

 いや、結構競歩的な速度でしたよ箒さん。

 急いで箒の横につき、一夏に聞こえない声で箒に話しかけた。

 

「なあ箒」

「なんだ」

「俺、邪魔かな。まだ時間あるからトイレ行って時間ずらそうか?」

「ひ、必要ない! 一緒にいろ!」

「でもなんか怒ってるだろ。2人っきりになれないからじゃないのか?」

「ち、違う! 疾風は悪くない。そうじゃなくてだな………」

 

 俺じゃないということは一夏か。

 あいつまたデリカシーないこと言ったんじゃないか? 

 今の俺が言うなって奴だけど。

 

 と思ったらひょっこりと一夏が顔を出す。

 

「なあ箒」

「な、なんだ!?」

「その服見たことないな。新しく買ったのか?」

「あ、いや。これは。鷹月と買い物行った時に買ったんだ」

 

 一夏は当たり障りのない服だが、箒はとても力の入った服装をしている。

 黒のセミロングスカートに白ブラウスに赤いパーカーコート。

 箒らしさを出しながらとても女の子らしい格好をしている。

 

 現に待ち行く男どもも通りすがる度に箒をチラ見している。

 

 俺? 俺は安定のパーカーとジーンズです。

 

「凄い似合ってるぞ。胸元のフリルも可愛いし」

「そ、そうか! 実は思いきって買ってみたんだが。私には可愛すぎてちょっと着るのをためらってな」

「そんなことねえって。いやー、昔は服に可愛らしさなどいらん! って言ってたのに。ここ最近一気に女の子っぽくなったよなぁ」

「ふ、ふん。別にお前に褒められてもどうも思わんが。一応礼は言っておこう!」

 

 と、そっぽを向きつつ顔面筋肉崩壊中の篠ノ之箒。

 成る程。下ろし立ての服を褒めてくれなかったら拗ねてたのね。

 

「とにかく待ち合わせまでまだあるんだからゆっくり行こうぜ。急いで転んだら元も子もないだろ?」

「あ、ああ。すまない一夏」

 

 箒の歩調がゆっくり戻るとともに横一列で歩く二人。

 

「い、一夏。寒くないか?」

「そういえば少し冷えるな」

「なら、そのえと………寒いなら………モゴモゴ」

「ん?」

「寒いなら! 手を繋ぐべきではないか!?」

 

 バッと勢いよく出された手とは対照的に箒は真っ赤になった顔を俯かせる。

 

「そうだな。ん」

「あ、あぅ」

 

 なんの照れを見せる間もなく箒の手をとる一夏と自分とは違う手からの熱にフリーズする箒。

 周りからしたら初々しいカップルそのままだった。

 

「一夏。お前の服も………かっこいいぞ」

「ん? なんか言ったか?」

「いやいや! なんでもな………」

「一夏の服もカッコいいんだってさ」

「なっ! 疾風おまえ!」

 

 横やり刺してすまんな箒。

 

 別に突発性難聴コントに業を煮やした訳でも。

 相も変わらずヘタレる箒を見て我慢出来なくなった訳でも。

 目の前で青春繰り広げられてジェラった訳でもないから安心してくれ。

 

「そうなのか? ありがとう箒」

「え、ふぁっあ。うわー!!」

「ほ、箒ーー!?」

 

(箒にとっては)極上の一夏スマイルに遂に箒もキャパオーバーし。一夏の手を振り払って爆走した。

 

 少し発破(?)をかけるだけでこれとは。これでは一夏のことばかり悪く言えないな箒。

 

 つーか。

 

「次曲がるとこ見事に通り過ぎたなアイツ」

「箒! 行きすぎだ! 戻れーー!!」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「広いな」

「ああ」

 

 受付を通って待たされた場所は個室ではなく開放的な空間だった。

 丸テーブルに広めの円上ソファ。

 周りには観葉植物がところかしこに置かれ、窓ガラスは壁一面タイプとなっていて明るさには事欠かない。

 

 スタッフの休憩スペースなのだろうか? 

 だがしっかりと人払いはされている。

 

「どうもー。みんな揃ってるわね」

「はい」

「私はインフィニット・ストライプスの副編集長をやっている黛渚子よ。今日は宜しくね」

「疾風・レーデルハイトです。宜しくお願い致します!」

「ど、どうも織斑一夏です」

「篠ノ之箒です」

 

 黛さんの印象は。黛先輩をそのまま大人にしたような感じ。

 見たままの出来るキャリアウーマン感が服装と雰囲気から出ている。

 格好いい女性という感じ。

 

「早速だけど。インタビューの方に移ってもいいかしら?」

「はい」

 

 黛さんの胸元から取り出されたのは、毎度ご存知ボイスレコーダー。

 いつもお世話になっております。

 

「それじゃ始めに男子二人に質問。女子校に入学した感想は?」

「いきなりそれですか」

「だって気になるじゃない。読者アンケートでもその質問で持ち越しだもの。先ずは織斑くんね」

 

 なんと俗世的な。ほとんど男子の意見だろ。

 さあなんて答える一夏。

 

「えっと。使えるトイレが少ないです」

「プフッ!」

「な、なんだよ疾風」

「いやー、うん流石だわお前」

 

 もう予想100%を攻めてきてる。

 

 黛さんも思わずツボる始末だ。

 

「アハハハハ! 薫子、妹の言う通りね」

「何がです?」

「異性に興味のないハーレムキングだってこと」

「な、何ですかそれ。ハーレムって」

「ハーレムを知らんのか一夏。ハーレムというのは女の子に囲まれて他人から見て羨ましい状況のことを言うんだ」

「いやそれは知ってるって」

「「なんだと!?」」

「なんで箒まで驚くんだよ!」

 

 驚いた。ハーレムという言葉の意味を知ってるのか織斑一夏は(棒)

 

「あ、そうだ黛さん。因みにハーレムキングというのは間違いです。無自覚ハーレム朴念仁大魔王に訂正しといてください」

「おいなんだその酷いあだ名は!」

「異議なし!」

「箒! そんな力強く肯定するな!」

「わかったわ。訂正しとくわね」

「悪ノリしないでください!」

「アハハ。ごめんごめん」

 

 黛のお姉さん。黛先輩と会長を足して割ったような人だな。

 絡みやすく、面白みがあるところとか。

 

「じゃあ次はレーデルハイトくんね。自分以外の生徒はみんな女子。少しはドキドキした?」

「そうですねぇ」

 

 黛さん。というよりこの質問の意図は恐らく「女の園に入ってどんな感じなんだ!?」ということだろう。

 それを踏まえて答えてみることにしよう。

 

「確かにドキドキしましたね。ときめきではなくて心配のほう」

「心配?」

「はい。今のご時世って男性への風当たりが厳しいとこあるじゃないですか。IS学園は自分にとって憧れの場でしたが。それでも一抹の不安はありましたね。でも、実際クラスの人たちは思ったよりフレンドリーで、早い段階で馴染めたと思います」

「ほお、つまりレーデルハイトくんもハーレムを満喫したと?」

「そんなことありませんよ。さっきも行った通り不用意なことをすればいつ袋叩きにされてもおかしくない針のむしろ的な心持ちでしたし。読者が思い描くような楽な場所ではありませんでしたよ。ハーレムなんて考える暇さえありませんでしたね」

 

 まあ実際はハーレム云々よりIS! IS動かせるヤッター!! な側面が強かったからというのもあるけども。

 

「ふーむ。なんとも現実的な意見ね」

「すいません面白みなくて」

「ううん。リアリティーのある意見は貴重だわ。ありがとうね」

「いえ。でも楽しくやってますよ。IS学園の女子ってノリ良いですし。変に気遣わなくても大丈夫なとこもあるので」

 

 〆にフォローを忘れずに。

 よし。密かに練習していたインタビューのイメトレが機能してるぞ。

 

「さて次は篠ノ之さん。お姉さんについて話してもらえる?」

「っ!!」

 

 グッと尻が浮くところをすんででこらえた箒。

 事前にこういうこと聞かれるかも知れないぞって言っとかなかったらそのまま立ち上がるところだった。

 

「お姉さんの事はどう思ってるのかな? 今でも連絡は取ってるの?」

 

 思わず言葉を詰まらせる箒。

 押し黙る箒を急かすことなく根気よく出るであろう言葉に耳を傾ける黛さんと、心配そうに箒を見る一夏。

 

 箒はしばし沈黙を通したあとゆっくりと深呼吸をした。

 

「ISが出る前は、普通に慕っていました。でもISが世に出て、家族が離れ離れになって、何処に行っても篠ノ之束の妹って言われ続けて。段々姉のことをどう思ってるのかすら分からなくなって」

「分からないことは、怖い?」

「怖い………のでしょうか。それもわからないんです。でも、嫌っているわけでは、ないです。紅椿をくれたことには感謝していますし。あの人の、姉なりの優しさだったのだと、受け止めるようにしています」

 

 メディア向けとかではなく箒の紛れもない本心なのだろう。

 箒は取り繕うことなく自分の思ったことを言える真面目な奴だから。

 

「紅椿を貰った時はどうだった? 他とは違う第四世代の最新鋭機。心踊ったんじゃない?」

「そうですね。ええ、受け取った時は心の底から嬉しかったです。周りの皆に追い付けると思って………親しい人はみんな代表候補生で、専用機持ちでしたので」

「今年の学園での専用機持ちの比率高いそうね」

「はい。私は専用機を持っていないから置いていかれると思って、怖くなりました。今思うと、なんて馬鹿馬鹿しいことを考えていたのかって思いますけど」

 

 チラッと俺を見る箒。

 あの時は本気で怒ったなぁ。平手も打ってしまったし。

 

 でも腹を割って話したおかげで。専用機などなくても一夏や皆との繋がりは切れることはないということを再認識出来た。

 

「紅椿は私が持つには強すぎる力です。でも手放してはいけません。それは力を持つ者の責任ですから。この力に振り回されないように、私は皆と共に日々精進していこうと思っています」

「………うん。素敵なコメントありがとう。ちょっとジーンと来ちゃったな」

「いえ、そんな」

 

 俺も少しだけジンと来た。

 人は失敗する生き物だが、大事なのはそこから何を得るか。

 俺も一夏も箒も。あの時と比べると大なり小なり変わったよなぁ。

 

「じゃあ次の質問。三人とも晴れて代表候補生になったわけだけど。いきなり言われてびっくりしたんじゃない?」

「ええ。いきなり決まるもんなんだなって」

「私は一応仮ですが。一夏と同じです」

「俺は、なるべくしてなったなって感じです」

 

 遅かれ早かれこうなることはわかっていたし。

 一夏が、現れてから。

 俺がISを動かした時も。

 箒が第四世代ISの紅椿を受領したときにも。

 各国の重鎮が三人の処遇、というより所有権について言い争い。

 相当長い駄弁りの果てに結局日本のIS国際委員会、もといIS学園の預かりとなった。

 というより決め手はIS学園らしいしね。

 

 世界からIS学園の運営と場所を丸投げされた日本は見事それをネタに俺らを手に入れたというわけだ。

 これには某ヤクザA国も苦虫を噛み潰した。ハハッ、ザマァ。

 

「まあ本音を言うなら。自分の力で代表候補生になりたかったですね」

「ふーん。その場合何処の代表候補生になるつもりだったの?」

「ここでなに言っても炎上すると思うのでノーコメントでお願いします」

 

 ここでイギリスとか言っても英国騒ぐし。

 日本と言ったら日本政府調子乗りそうだし。

 

「織斑くんと篠ノ之さんは代表候補生になる気はあったの?」

「そういうのはなんというか。しがらみ的なものを感じてしまっていて。そういうのは軒並み断ってました。正直うんざりしてたと言うか」

「私も紅椿を乗りこなすのに必死でしたし。そういう勧誘も多かったですが全部断りました。生まれ故郷である日本は好きなので、日本以外にならなかったのは正直ホッとしています」

「でもなったからには全力で頑張ろうと思います」

「私もです」

 

 役割を押し付けられた、と言えばそれまでだが。それでもやるからには全力でってのはこいつららしい。

 

「オーケー。じゃあ次の質問だけど、三人の中だと誰が一番強いのかしら?」

「「疾風です」」

「あら即答の上に息ピッタリ。だそうだけど?」

「いや、まあ。数値上では今のところリードしてはいます」

 

 とりあえず濁しておこう。

 下手な謙遜は返って逆効果だというのは学んだけど。

 

「なに言ってんだよ疾風。最近ラウラと同率かそれ以上まで行ってるじゃないか」

「あれは単純に相性が良いだけだし」

「自信を持て疾風。お前は強い」

「待って、頼むからそんなドストレートに褒めないで?」

 

 ガチで恥ずいから。

 

「と、とにかく。俺はまだヒヨッコのヒヨッコです。自分が強いなんて言うのは国家代表にでもなってからにします」

「フフッ。レーデルハイトくんも案外可愛いところあるのね。じゃあ織斑くんと篠ノ之さんだとどっちが強いのかしら?」

「箒です」

「一夏です」

「「なっ」」

 

 お互いに相手の名前を言い合って顔を見合わせた。

 今度も息ピッタリです。

 仲良いなお前ら。

 

「ちょっと待て箒。お前最近絢爛舞踏のコツ掴んで正に八面六臂の大立ち回りでお前の動き捉えるの本当に大変なんだぞ!」

「お前こそ最近ますます零落白夜のキレが良くなってるではないか。少しでも隙を見せたらいつの間にか斬りに来るし。昨日の練習の時は肝を冷やしたぞ!」

「それを言うなら箒も!」

「なら一夏も!」

 

 まずいですねぇ。このままでは現在録音中のボイスレコーダーに二人の痴話喧嘩が延々と残されるという(本人たちにとって)黒歴史案件となってしまう。

 

「よしここはお前たちの二強ということで手を打たないか」

「なんでそうなる!」

 

 説得失敗であります。

 ここはおとなしく引き下がって静観するとしよう。

 お茶美味いなぁ。

 

「二人はとても仲が良いのね。切磋琢磨するライバル同士ってところかな?」

「え? あー、まあそんなところです」

「なんだその煮え切らない返事は」

「なんか少し恥ずかしいというか。いや、お前とライバルというのが恥ずかしい訳じゃないからな!?」

「分かっている(まったく、少し驚いてしまったではないか)」

 

 一瞬「えっ」という顔をした箒は直ぐにホッと息を漏らす。

 

 そこからは質問しては答えてを繰り返して順調にインタビューが続いた。

 

「織斑くんってヒーローみたいって言われない?」

「そんなことないですよ。それにヒーローって呼ばれるのは、なんかむず痒いというか」

「じゃあどんなのが良いの?」

「………一兵卒」

「どういうチョイスなんだそれ」

 

 ラウラか? ドイツ軍人の影響か? 

 なんかたまに階級ごっこするよなお前ら。

 

「それでは、戦場の心得をどうぞ!」

「な、仲間は俺が守る!!」

「イエス! かっこいいわね男子!」

「日進月歩。日々精進し、たゆまず前に進むことです」

「うんうん。日々の努力は決して裏切らないわ。ファイト!」

「相手を良く見る、です。考えた作戦が上手く決まるとほんと気持ちいいんですよ」

「聞いたわよ。レーデルハイトくんの作戦のおかげで大立ち回りを演じたって」

「恐縮です」

 

 あぶねぇ。『相手の嫌がることを全力でやる!』って言うとこだった。

 メディア的にアウトよアウト。

 それぐらいは流石にわかるよ俺も。

 

 そこ、なんかホッとした顔してんじゃないよ。

 

 そしてインタビューも終盤に差し掛かって来た頃。また俺に手番が回ってきた。

 

「じゃあ次はレーデルハイトくんに質問ね」

「はい」

「レーデルハイトくんはレーデルハイト工業のテストパイロットって立場でもあるのよね? やっぱり大企業の後ろ楯というのは心強いのかしら?」

「それは」

 

 答えようとして少し言葉が詰まった。

 それはあの会長に似た少女の言葉が頭に引っ掛かったから。

 

『私は貴方のこと、好きじゃない』

『何もかも手に入れてる、貴方なんかと、組みたくない』

 

 このインタビューが掲載されるのはいつなのかわからないが………

 

「確かに心強いです。日本に構えていて、IS学園からでもコンタクトが取れる位置にあるので。支援をダイレクトに受けれるのはありがたいです。自分の為に色々融通を聞かせてくれたり。自分の専用機であるスカイブルー・イーグルを見繕ってくれたりと。本当に頭が上がりません」

「そうね。ほんの少しズルいって思えるぐらい便利よね」

「そうですね。確かに他より有利な面はあると思います」

 

 ゲームで言うなら他より一歩リードしたバフを常時かけられてるようなものだ。

 ズルい。そう、確かにズルいと言っても良いだろう。

 

「ですが。俺はそれをズルとも卑怯とも取るつもりはありません」

「支援を十全に受けれない専用機乗りが居たとしても?」

「たとえ他とは違って生まれた時から備わった立場だとしても。なにかしら因果で男性IS操縦者になって特別視されたとしても。この世界に降り立った以上俺は1人のIS乗りです。レーデルハイト工業の支援は俺の武器。それを周りの目を気にして使わずに腐らせるなんて。宝の持ち腐れも良いところでしょう」

「レーデルハイト工業に頼ることは甘えではなく一つの手段ということかしら」

「はい。ですがその期待と責務に答えなければならないですし。大企業の看板を一身に背負ってますから。実を言うと責任感もプレッシャーも結構かかってるんです。要するに便利なだけじゃないんですよね」

 

 だけどまあ。

 

「いま言ったのは全部自分の立場から見てです。もし俺が第三者の立場から自分を見たら『うわーなんだあれ良いなぁ。羨ましいなぁ畜生ー』って愚痴ってたでしょうね」

「あら正直なのね」

「周りがそう言う理由も分かるんです。俺もISを動かせない時はISを動かせる人たちを見てそんな気持ちになったこともありましたしね」

「そっか。深いコメントをありがとう、レーデルハイトくん」

「いえいえそんな」

 

 言うほど深くはないだろうし。

 結局そのまんまのことしか話せなかったし。

 

「ところで。聞いた話によるとレーデルハイトくんはISが凄く好きなんだとか」

「三度の飯より好きです」

「1日動かせないとおかしくなります」

「語らせたら最後です」

「オーケー。このままだとインタビューページがIS談義で埋まるわね。次行きましょう」

「「懸命な判断です」」

「ハモるなお前ら」

 

 その後は今回のインタビューについてのコメントで〆となった。

 

「はい。インタビュー終了! 三人ともありがとね!」

 

 インタビューは無事に終了。

 長かった、と思う。普段より言葉を選んだからか少し精神的疲労が。

 だがこれはまだ優しい方。行く行くはもっと張り積めたインタビューもあると思うし。

 

「そういえば織斑くんとレーデルハイトくんは生徒会に所属してるわけだけど。楯無ちゃん、イカすでしょ?」

「いや大変ですよ。いつもからかってきて気が休まらないですし。なんていうか、いつもあっちのペースに飲まれちゃって」

「楯無ちゃんから主導権奪うのは難しいわよね」

「でもISの指導は凄く助かってます。最近は箒も一緒に教えてくれて。なっ?」

「ああ、分類の違う第四世代でもちゃんと指導してくれて」

「俺も短期間ですが指導してくれました。彼女の指導はほんと的確で助かりました」

 

 ほんとあの時の指導がなければ今の俺の戦闘スタイルは確立できなかった。

 異種多人数戦も戦えなかっただろうな。

 

「そういえば楯無ちゃんって言ってましたが。会長とはお知り合いなんです?」

「たまーに家に来ることあって。そっからもう意気投合しちゃってね。彼女と話してるとインスピレーションが沸いてくるのよ」

「ほうほう」

 

 波長が合うとそういうのもあるんだな。

 ISの対人練習をすると新しい発想が生まれることがあるのと同じなのかな、

 

「楯無ちゃんから聞いたんだけど。結構無茶振りかましてるらしいじゃない?」

「そうなんですよ。お陰でISの特訓だけでも厳しいのに部活の貸し出し要員に駆り出されて」

「貸し出し要員ね。薫子が新聞部に来てくれないのよぉって嘆いてたわよ」

「それに関してはくじ引きの結果なのでどうしようもないというか」

「あーくじ引きかぁ。薫子ってくじに関しては絶望的にツキがないのよねぇ。貯めに貯めまくった商店街の福引券全部ティッシュに溶かした時は慟哭してたわね」

「慟哭って………。どんだけまわしたんですか」

「30連だったかしら」

 

 うわっキツ。それは慟哭しちゃいますわ。

 

「あっ、ヤバいもうこんな時間。じゃあこれから写真撮影するから地下のスタジオ行きましょ。更衣室があるからそこで着替えてからメイクして、そこから撮影ね」

「えっ、着替えるんですか?」

「うん。スポンサーの服を着せないと私の首が飛ぶのよ」

 

 うわっ。これが縦社会という奴なのか。

 

「因みに俺たち三人のうち誰かがかけてたら」

「考えたくもないわね」

 

 大人って。大変だなぁ。

 

 しかし服かぁ。

 セシリアと買い物する前に服関連に触れるとは。

 

 ………あ、またセシリアのこと考えてしまった。

 

「どうした疾風。眉間なんか抑えて」

「いや、自分の行いに懺悔してるの」

「なんだそりゃ」

 

 なんだろうね本当に。

 

「それじゃあ行きましょうか」

「はい」

 

 とりあえず。奇抜なファッションじゃないことを祈るとしよう。

 なんていらん心配をしながら黛さんの後についていった。

 

 

 

 



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第92話【五反田食堂】


 コロナワクチン二回目を無事に終え、復帰しました。
 大変でした。

 引き続き感染対策に気を付けながら執筆しようと思います。
 


 

「箒遅いなぁ」

「メイクとかだろ。男は着替えるだけで終わるけど女子はそういうのもあるから」

「ほー。ん? じゃあドラマでよく見る水着で時間がかかるのはなんだ?」

「んーー演出?」

「身も蓋もねえ」

 

 着替えを終えた男子組は一足先にスタジオ入り。

 まわりではスタッフが世話しなく撮影の準備を進めていた。

 

 当然のように俺と一夏は先程のおしゃれっ気のないシャツとGパンではなくスタッフに用意された服を着ていた。

 

 一夏はカジュアルスーツを着崩したスタイル。元々堅苦しくないカジュアルスーツを更に緩めたその姿は一夏に眠る若々しい雄の魅力を醸し出す………というのはスタイリストの談である。

 俺の方は青のGジャンに白黒ボーダーのシャツ。下は白のパンツという清潔感と纏まりがある服装である。

 結構好きだなこのデザイン。

 

「どう? なかなか悪くないと思うけど?」

「いいんじゃないか? 俺の方はどうだ? 似合うかなぁ」

「似合ってるよ………似合ってる、けど。………一夏」

「なんだ?」

「ドンペリお願いしまーすって大声で言ってくんね?」

「ホストだって言いたいのかお前!?」

 

 いやだってなんかそう見えるんだもん! 

 なんというかほんとコイツ顔だけは一級品だし、服装がなんというか、チャラい! 

 試しに甘い言葉言ってみ? 女侍らせてみ? ほらホストやん!! 

 

「ごめんね褒めてくれたのに。だけどカッコいいぞ一夏。よっ、ナンバーワン」

「褒め言葉が確信犯過ぎる!」

「ごめん。俺は嘘つけなくてさ」

「それこそ嘘だこの野郎! ほら! お前も着崩せ!」

「いやこれ以上無理よ。これ以上はキャストオフしちゃう」

 

 お互いに掴みかかるカオスな現状はスタイリストから「シワになるのでやめてください」という鶴の一声により一瞬で沈静化された。

 

「すいません遅れました! 篠ノ之さん入りまーす!」

 

 おっ。来たな。

 さていかほどの者が。

 

「あ………」

 

 一夏から熱っぽい息が漏れた。

 それぐらい箒の姿は見違えていた。

 

 フリルが可愛らしいミニスカートは箒の綺麗な脚線美を余すことなくさらけ出しているが。

 何よりも目立つのはかなり胸元が開いたブラウスだった。

 

 いつもの箒なら絶対に着ないであろう女性的魅力をこれでもかと込めたファッション。

 

 男なら、いや女でも道行くだけで吸い込まれる圧倒的な魅力と迫力に思わず俺も生唾を呑みこんだ。

 

「……………」

 

 あの朴念神一夏も思わず放心して箒に釘付けだ。

 箒も一夏の姿に気づいて目を丸くした。

 そして向かい合う二人。

 

「………」

「………」

「………」

 

 なんだいこの状況。

 

 どう言葉を紡ぎ出せばいいかわからなくなった二人は目の前の異性を前に顔を赤くして視線を泳がせまくってる。

 

「に、似合ってるな。その、なんだ、えーと、その。悪くないぞ、じゃない凄い、えと、良いと思うぞ!!」

「お、おうサンキュー。箒もなんというか………凄い女性してる! 可愛いし綺麗だ!」

「かわっ! きれっ!」

 

 皮きれ? なんでそんなワードが出てきたんだ(棒)

 

 まあなんというの? 

 

 完全に俺は蚊帳の外ですね! 

 もう俺は撮影陣に混じった方が違和感なくね? 

 

 と、なんか一夏ますます目を泳がせ。箒に至っては一夏に背を向けて顔面の筋肉をストライキさせてる。

 

 盛大にストロベリってろお前ら。

 目の前で青春オンステージしてる二人に軽くジェラった俺は決して口に出さずに白旗を上げた。

 

 あー。陰と陽ってこのことだなー。

 

 不貞腐れてる俺の後ろで黛さんが手を叩いた。

 

「はーい! そろそろ撮影始めるわよ! 長くなると余計緊張するからサクサクやるわよ!」

「黛さんが撮るんですか?」

「そーよー。急遽ねじこんだインタビューだから人手が足りないの。あ、腕前は心配しないで。新人時代は数えるのも馬鹿らしいぐらい写真撮ったんだから」

「成る程」

「じゃあ先ずは1人ずつ写真撮るわねー」

 

 撮影が始まった。

 最初は立ち姿と座り姿を数枚ずつ。

 そこからファッションに合わせたポーズを撮るが、これがまた難しく。

 最高のアングル、角度を捕らえるために何度も取り直しをし、何枚も写真を撮った。

 

 ペアで撮ったりもした。

 箒とは背中合わせで見合わせる。なかなかカッコよめの写真を撮ったり。

 一夏とのペア写真は肩を組んで微笑みを浮かべるいかにも狙ったような写真を。

 

 そして………

 

「織斑くん、篠ノ之さんもっとくっついて! もっとよもっと!」

「あの黛さん。これ以上は」

「ダメよダメダメ! 二人を見た瞬間この構図にしようと決めたんだから!」

「だからって………」

 

 二人は戸惑いながらソファに座っていた。

 凄く近い距離感で。

 

「なんで俺たちだけこんな」

 

 さっきまで友人同士のペア写真といった感じだったのに一夏と箒になった途端「じゃあ二人ともくっついて!」と、あれよあれよとジャンルが違う構図になった。

 そう、先程の二枚とは明らかにビジュアルの落差がダンチだった。

 

「だってせっかくの美男美女よ? こういう写真を出した方がファンも沸くのよ」

「逆に差がありすぎて炎上しません?」

「その時はそんとき」

 

 逞しすぎる。

 

「一夏ー、箒ー。覚悟決めとけぇ。黛さん梃子でも動かないぞ」

「お望みなら篠ノ之さんとそういう感じに取り直してもいいわよレーデルハイトくん」

「遠慮しときます」

「レーデルハイトくんも良い感じの男子だから合うと思うけどなぁ。後ろ姿も映えそうね………」

「もしそういう写真が乗った暁には関係各所総動員してこの会社潰します」

「ちょっ、目がマジよ? 冗談よ冗談。盗撮なんてセコいことするわけないじゃないの」

「なら良いですけども」

 

 こんな時にそんな写真が世に出たら。それこそもうセシリアと溝が決定的になる。

 必死すぎるだろって? 悪いな、今の俺はガチで余裕ないんだ。

 思考範囲がISよりセシリアでしめられるぐらい余裕がないんだ。そしてセシリアのことを考える度に精神的ダメージで心を殺られるという自殺プレイの最中だ。

 

 と、一夏と箒も覚悟を決めたのかピッタリとくっついて写真を撮られた。

 

「んーー。なんかガチガチよねぇ。まあ無理もないけど」

「これで良いですよね」

「………よしじゃあ織斑くん、篠ノ之さんの腰を抱いて」

「はい!?」

「こ、し、を、抱、い、て」

「いや聞き取れなかった訳じゃありませんよ! これで終わりじゃ駄目なんですか?」

「いやー、色んなパターン取って厳選したいからさ。どーしても無理なら他の案もあるけど」

「やりましょう! 一夏、お前も大和男児なら覚悟を決めろ!」

「箒ぃ!?」

 

 あ、箒の奴吹っ切れたな。

 

「さあ来い一夏! 私の腰は空いているぞ!」

「よ、よぉーし」

 

 大きく息を吸って吐き出し。一夏は箒の腰に手をよせて思い切り抱きよせた。

 

「ヒャンッ」

「あ、悪い」

「いや、大丈夫だ………」

 

 力を入れすぎて箒の身体が一夏にもたれ掛かってしまった。

 

 パシャリ! 

 

「んー、思わずシャッター押しちゃったわ。やっぱ二人って絵になるわー」

「じゃ、じゃあこのポーズは終わり」

「それはそれ、これはこれ。さっ、早く早く」

「はい………」

 

 気を取り直して箒の腰を抱く一夏。なんとか表情を作ってカメラを向く二人の顔は未だに赤い。

 

「も少しインパクトが欲しいわね。篠ノ之さん、そこから織斑くんの首に腕を絡めて」

「わかりましたっ」

「ちょ、ほう」

 

 一夏がたじろいでる間に箒が一夏の首に腕を絡めた。

 絡めた一夏は勢いで箒の方を向いた。

 するとどうなるか。

 

 二人の顔の距離はわずか10センチまでになった。

 

 その時一夏は箒の瞳を、箒は一夏の瞳を正面に捕らえた。

 

(箒の目って、結構綺麗だな………)

(一夏って、こんな力強い目をしていたのか)

 

 顔が赤くなるのも忘れ、お互いの瞳に見惚れる二人の意識を、黛さんのシャッター音が引き戻した。

 

「はいオッケー! 最高の一枚が撮れたわ!」

「っ! す、すまん!」

「こ、こちらこそ!」

 

 我に返った二人はこれまた面白いぐらいに顔を真っ赤にして何故か謝った。

 林檎の擬人化と言えるぐらい赤くなり、あれほど見つめあっていた瞳を合わすどころか背中合わせになった。

 

「はーー、甘酸っぺぇ」

「ん?」

「なんでもないっす」

 

 しょっぱいもの欲しくなったな。

 口許をおさえてそんなことを考えながら。まだ赤い二人を見ていた。

 

 

 

 

「はいお疲れ様ー! 3人とも今日はありがとうね!」

 

 何個か撮っていき、最後に3人一緒の写真を撮って撮影は終わった。

 集合写真の時に二人から「真ん中に座ってくれ!」と言われたが、丁重に断らせて頂いた。だってなんか間男みたいな雰囲気になりそうだったし

 さっき散々と見せつけられてくれたんだから終了まで雰囲気保ってみせろっての。

 

「じゃあ二人とも着替えちゃってね。外で出歩くにはいささか目を引く格好だし。その服はそのまま貴方たちにあげるわね」

 

 おっ、それはありがたい。

 合法的にオシャレ着ゲットじゃん。

 

「ディナー券は後日IS学園に郵送するわね。あと今回のストライプスもね。じゃ機会があったらまたね。それじゃあお疲れ様!」

 

 情熱の嵐とも言える黛渚子は地下スタジオから出た。

 颯爽と去る姿は妹を彷彿とさせる。

 この後は編集作業に終われるだろうが、これまで以上に良い仕上がりになってるに違いない。いち読者として完成を楽しみにせざる終えない。

 

「「………」」

「おいいつまで固まってんだ。着替えるぞお前ら」

「「わ、わかってる!!」」

 

 なんとも世話が焼けるというか。

 いや、今の俺が言えた義理じゃないけどさ。

 

「一夏よ」

「なんだよ」

「ドキッとした?」

「………………した」

「そうかそうか」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「うわ、外暗いなぁ。今何時よ」

「6時だな」

 

 誕生日にシャルロットに貰った腕時計で時間を確認する一夏とそれを見てムッとする箒。

 恐らく「着物ではなく持ち運べるものの方が良かったか!」と思ってるに違いない。

 

 さて………

 

『箒よ』

『な、なんだ行きなりプライベートチャネルで!』

 

 それはまあ一夏に聞かれない話をするためさ。

 

『ここからお前と一夏を二人きりにする算段もあるのだがどうする?』

『んん!!? ……………いや、今日は遠慮しておく。お前を1人で帰らせると一夏が何か思うだろう。それに1人で帰らせるのは危険がある』

『まあねぇ』

『それに、その。もし二人きりになったとして。私は正気を保てる自信がない』

『何故』

『だ、だってあんな至近距離で、もうすぐき、キキキキスするところだったんだぞ!?』

 

 願ったり叶ったりじゃん。

 

『と、とにかく! 私を1人にするな! いいな!?』

『お前そんなんだからヘタレ侍って言われてんだぞ』

『初耳なんだが!?』

「どうしたんだ箒? 百面相なんかして」

「フヒャイ! なんでもない!!」

 

 魔法の言葉発動。

 プラス一夏と箒の相対距離、近し。

 このままでは箒は暴走して雄叫びを上げることだろう。

 

「あー、一夏。このまま帰って飯を食うのもありだが。折角だからどっかで食べに行きたい。と私は申告します」

「おっ? まあ俺は良いけど、箒は?」

「私も賛成! 大賛成だ!!」

「………なんか変だぞ箒?」

「気にするな! 頼むから!」

「お、おう」

「それより店だな! 良い店を知ってる! そこに行こう!!」

 

 と自信満々に言ってスタスタと先を歩く箒の後を追う。

 さて箒オススメの場所は入れるのだろうか。恐らく一夏と二人で入る系のお店と予想するが………

 

【満席のため、本日の受付を終了いたします。ご来店のお客様には大変………………】

 

「うごぉぉ」

「見事にいっぱいだな」

「てかここ前テレビで報道された場所やん。しかも今日日曜だし」

 

 レストラン【針葉樹の森】は満員だった。

 しかも中の客は見える限りカップルばかり。

 箒は追加ダメージを受けた。

 

「あっ」

「どした一夏」

「俺良い店知ってるんだ。安くて早くて美味いとこ」

「ファミレスじゃないだろうね」

「それかファストフードか」

 

 一夏なら選びかねん、よかれと思いながら。

 当の一夏はまあ行って見ればわかると言った。

 

 

 

 

 

「ここだ」

「う、うん?」

「ここって」

 

 20分ほど歩いて目的の店についた。

 店の看板には。

 

「定食屋 五反田食堂?」

「五反田ってまさか」

「そう、弾の実家」

 

 あー、なんかそういうこと言ってたような言ってなかったような。

 

「ということはあの娘もいるのか」

「あの娘?」

 

 誰のことだろうか。

 険しい顔をする箒の顔から予想するに恐らくそっち方面の………

 

「ごめんくださーい。おっ、弾いた」

「いらっしゃいませー。って一夏じゃん!? え、どした!?」

 

 店の中に入ると五反田食堂! と書かれたエプロンをして料理を運ぶ弾の姿があった。

 

「どしたって食べに来たんだよ。結構混んでるな?」

「日曜だかんな!」

 

 店の中は3分の2ほど席が埋まっていた。

 定食屋なんて初めて来たけど。なかなか良い雰囲気。なんというか、気軽に来れるというか。学校や外遊び帰りにサラっと来れる親しみやすい感じの店。

 

「ん? あなたは確か篠ノ之さん? はっ! フタリッキリ!? もしかしてデート!? もしかして彼女!? でかした一夏!!」

「おい待て待て勝手に話し進めるな。箒は彼女じゃなくて幼なじみだ。あとデートでもないからな」

「チィッ!!」

「客に盛大な舌打ちするなよ………」

 

 残念無念と顔に書いてある弾。

 そして彼女、デートという単語に脳内フラワーワールド途中な箒。残念だが即答で一夏が否定したが聞こえてないようだ。哀れなのか幸せなのか。

 

「残念だが俺もいるんだ、弾よ」

「えっ疾風? いつからそこに?」

「最後尾から来てた。それよりも早くご飯届けなくて良いのか? 冷めるぞ?」

「あっヤベッ!! 一夏、空いてる席に座ってくれ。お客様大変お待たせしました! 業火野菜炒めでーす!」

 

 お客さんの元に行った弾の横を通って比較的空いてるスペースに座り込んだ。

 一夏が座った後に箒が迷っていたので先に一夏の対角線上に座ってやると。箒は俺の隣(一夏の真っ正面)に座った。

 

「箒。今のは五反田弾。誕生日会で見たことあると思うけど。蘭の兄ちゃんだ」

「むっ、そうなのか」

「箒は妹さんと面識があるのか?」

「う、うむ。夏休みで一夏と夏祭りに行った時に偶然あってな」

「ほーん」

 

 あ、さっき険しい顔してたのってそういう。

 自分の時折現れる敏感体質がここでも遺憾なくはっきしたらしい。

 そしていま箒がモヤモヤしてるであろう原因も。

 

「ここを指定したのは妹ちゃんに会いたかったからなのか一夏?」

「っ!!」

「え? いや単にあそこから近いので思い付いたのが此処だったからだけど」

「それにしては結構歩いたよねぇ」

「それについてはすまん。五反田食堂にはたまに顔を出しときたかったし、ここほんと美味いから二人にも紹介しておきたかったんだ」

「成る程ねえ。だそうだよ箒」

「わ、私はなにも考えてない! 余計なことを言うな」

 

 おっと。これは失礼した。

 勘違いだったようだ。やっぱ俺の勘も鈍ってきたなぁこれ。

 

「ところでここは何がオススメなんだ?」

「全部美味い。って言うのはズルだよな。オススメは魚料理かな。このカレイの煮付けが美味いんだ」

「ふむふむ」

「あとこの業火野菜炒めってのもイチオシだ。なにせ厳さんの看板ならぬ鉄板メニューだからな。あ、厳さんってのは弾のお爺ちゃんでここの店主」

「ほうほう。ならこれにしようか。ちょっと気になる一品だ」

「疾風は決まったか?」

「俺は………トンカツ定食にするわ」

 

 オススメしてくれた魚でも業火野菜炒めでもないが、いま無性に揚げ物と肉が食いたい気分だ。

 しかしメニュー欄を見ると一夏の言うとおり確かに安い。

 

「おーい弾。注文いいか?」

「はいよー。ご注文どうぞ」

「俺はカレイの煮付け」

「あーー悪い。カレイ今日品切れだ。ほれ」

 

 弾の指の先にはカレイの煮付け品切れの紙が。

 

「店先にも張り紙張ってたはずだけど、吹っ飛んだのかな。すまん一夏」

「いいよいいよ。じゃあ焼き魚とフライの盛り合わせ定食。箒は業火野菜炒め定食、疾風はトンカツ定食な」

「焼き魚とフライ盛り合わせ定食1つ、業火野菜炒め定食1つ、トンカツ定食1つ。はいかしこまりました。爺ちゃん注文入った!」

「大将と呼べバカモン。おっ! 一夏じゃねえか!」

 

 厨房にいた筋肉質でガタイのいいご老人がこちらに気づいた。

 エプロンに五反田食堂と書かれてなかったら大工の棟梁と言われても遜色ないだろう人だった。

 

「久しぶりだなオイ。IS学園のお上品な料理に飽きたか?」

「お邪魔してます厳さん。たまたま近く通ったので」

「そうかそうか。んで、この別嬪さんはお前の彼女か? ん?」

「いや、そういうんじゃないですよ」

「なんでぇ、女ばっかなのに彼女の1人や2人も見繕えねのかよ、情けねえなぁ一夏。ガッハッハ!」

 

 なんとも豪快に笑う五反田食堂店主。ここまでガハハ笑いが似合う人がうちの親父以外にいるとは。

 

「ん? お前は見ねえ顔だな? いやどっかで見たな、えーと」

「疾風・レーデルハイトです」

「あー! 一夏の次に出てきたやつか! 思い出した思い出した。じゃあお前さんがこの嬢ちゃんの彼氏かい?」

「違いま」

「違います! 私と疾風はそんな関係では断じてありません!」

 

 俺の言葉を遮って箒は厳さんに食って掛かった。

 だが大将は特に動じずにまたガハハと笑った。

 

「おっとそうだ。おい蘭! らーん!!」

 

 母屋に向かって大声を出す大将。少ししてから上から蘭ちゃんが返答が帰ってきた

 

「なーにー!」

「店に来い! 今すぐにだ!!」

「なんでー?」

「いいから来い!!」

「はーーい」

 

 間延びした声から数分後。食堂入り口から蘭ちゃんが入ってきた。

 

「お爺ちゃん。今日の当番お兄でしょ? 私いま宿題を………ってええっ!!? 一夏さん!?」

「よっ。蘭、お邪魔してる」

「ハッハー! 蘭! 一夏が来て良かったな!! ガッハッハ!!」

 

 良いことをした! というばかりに豪快に笑う大将とは対照的に蘭はなんと青ざめている。

 何度も自分のラフな格好、一夏、オシャレをしている箒を交互に見やり。そして一気に耳まで顔を真っ赤にし。

 

「わあぁぁぁぁぁん!!!」

 

 バタン!! 

 

 食堂から飛び出していった。

 

「な、なんだあ? おい弾。蘭の奴どうした? 感極まって爆発したか?」

「爺ちゃん………御愁傷様」

「あん? どういうことだよ?」

 

 このあと。蘭ちゃんが「お爺ちゃんの馬鹿! お節介! 大馬鹿! 大嫌い!!」と言って大将が膝から崩れ落ちることになるのだが。

 それはまた別の話で。

 

「お父さん。いい加減仕事に戻ってください。鍋止まってますよ」

「おっといけねえ!!」

 

 若々しい女性の声に注意され大将はその豪腕で鍋を振るった。

 厨房から出てきたのは。なんとも若々しい女性だった。どことなく蘭ちゃんに似ている。

 

「一夏。誰だあの女の人。弾のお姉さんか?」

「いやお母さんの蓮さん」

 

 なんとお母さんだった。いや若いなぁ。

 

「あら? あらあらまあまあ。一夏くん、もしかして一緒にいるのは彼女さん?」

「違いますってば」

「そうなの? ああ良かった。ごゆっくり」

 

 ニコニコと微笑みながら蓮さんは厨房の奥に消えていった。

 

「ふぅ。なんでみんな箒と付き合ってると思ってるんだろうな。なっ、箒。箒? どうした? なんか怒ってる?」

「ああ、怒っているのかな?」

「なんで疑問系」

「一夏、食中毒にな、いやここでなったらご迷惑だな。一夏、一週間後に食中毒になれ」

「な、なんなんだそのえらく遠回りな死刑宣告」

 

 常套句だ。

 

 そこから妙な沈黙が流れながら10分後。

 先ほどのラフな格好とは雲泥の差でいわゆる外向きな服に白いエプロンを着た蘭ちゃんが降りてきた。

 よく見るとうっすらとメイクもしてる仕上がりっぷりである。

 

「い、いらっしゃいませ一夏さん!」

「あれ、蘭着替えてきたのか? 今から出かけるとか? もう遅いから危ないぞ?」

「ええ、まあ。気分の問題です。アハハ」

 

 あー。この男は本当に罪深い。

 ほら、箒と弾はなんかよくわからない表情してるし。

 蓮さんは絶えず若々しいニコニコ顔を崩さない。

 

 だが看板娘の登場に食堂内の男連中ら大いに沸き上がった。

 

「蘭ちゃーん! こっちに注文くれー!」

「いよっしゃあ! 今日はグレートラッキーデーだぜぇぇ!!」

「俺仲間に連絡を」

「おい馬鹿やめろ! 俺たちが一人占めするに決まってるだろうが!」

 

 おわー。なんとも凄い人気ですこと。

 だが当の本人は一夏しか見ていないようだ。だって箒の隣に座っているだろう俺に全然視線向けられてないもの。

 

「おい、蘭! 料理できたから運んでくれ!!」

「わかってるから大声出さないでよ!」

 

 忙しない動きで料理を受け取った蘭はそそくさと大将から離れた。

 そっぽを向かれた大将は小首を傾げて弾に「なにかあったのか?」と聞くが弾は目頭をおさえるだけだった。

 

「い、一夏さんお待たせしました。焼き魚とフライの盛り合わせ定食です!」

「ありがとう蘭」

「いえ! これぐらいなんとも!」

 

 一夏の前に定食を起き、俺と箒の分を取りに再びカウンターに向かった。

 

「お待たせしました。またお会いましたね」

「ああ、そうだな」

「えっと、トンカツ定食は………」

「こっちだよ」

「はい、あれ? 楓のお兄さん!? え、もしかして最初から」

「はは、いたよー」

 

 やっぱり気づかれてなかったようです。

 うん、知ってた。

 

「ごごごごめんなさい! その、えっと」

「いやいや気にしてないよ。しかし恋は盲目とはこういうことにも使えるのねぇ」

「こ、恋!」

「おい疾風、あまりからかってやるな」

「ごめんごめん。トンカツいただくね」

 

 蘭ちゃんの手からトンカツ定食を受け取った。おー美味そうだ! 

 

「じゃあいただくか」

「ああ、いただきま………蘭? どうした」

「ふぇ! ど、どうもしてないです!」

「そ、そうか………えっと、ずっと見られてると食べれないんだけど」

「あ、えと、はい! そうですよね! あは、あはははは………失礼しました!」

 

 脱兎の如くカウンターに戻っていく蘭ちゃん。

 そして何故か感じる周りからの突き刺さる視線。

 

「食べようぜ。腹へった」

「そ、そうだな。いただこう」

「いただきます!」

 

 割り箸をバリッと割って等間隔に切られたトンカツにソースをかけてかじりついた。

 

 ザクッ! という爽快な音と柔らかい豚肉。そしてソースと肉と衣の旨味、そして豚の油がグワーッと舌の細胞を刺激した。

 すかさず千切りキャベツとご飯をかっこみ。飲み込んだ後に味噌汁を一口。

 

「うんんまっ! 大将このトンカツ美味いです!」

「ハハハ! そうだろうそうだろう!」

「あー、この味だ。全然変わってない」

「この業火野菜炒めも美味しいです。醤油の味付けもそうですが。野菜の火の通りが絶妙です」

「別嬪さんにそこまで褒めてくれるとは光栄だ」

「なんだい厳さん! 奥さんからお嬢ちゃんに鞍替えか!」

「うるせぇぞ三郎! つまんねえこと言ってねえでさっさと箸動かしやがれってんだ!」

 

 隣の喧騒をよそに俺は箸を進めた。

 しかしトンカツもそうだが味噌汁も美味い。

 あー、こんなお店が近所に欲しかった。

 

「あ、水が。すいませーん! お冷やお願いしまーす」

「はいただいま!」

「あ、俺もお願いします!」

「い、一夏さんも!? わ、わかりました!!」

 

 厨房から蘭ちゃんの声が木霊する。

 大丈夫かなあの娘。

 

「い、一夏よ。野菜炒め食べるか? 美味いぞ」

「おっ、良いのか? じゃあ頂こうかな」

「た、食べさせてやろう!」

「いや自分で取るぞ」

「食 べ さ せ て、やろう!」

「わ、わかった」

 

 おっ、箒にしてはストレートな力押しだな。

 

「行くぞ一夏。あーん」

「あーー」

「あああああっ!」

 

 何処からか悲鳴が、なんぞ? 

 悲鳴の出所を見るとお冷やのピッチャーを持った蘭ちゃんの姿が。

 

「なんだ?」

「一夏、あーん!」

「あ、あー」

 

 振り向きかけた一夏の顎を物理的にロックして食べさせる箒。

 

「ぅぅぅぅぅ!」

「なっ? 言ったろ蘭。一夏には鈴の他にあんな美人さんがいるしお前では太刀打ちできないってよ。だから大人しく諦」

「シィッ!!」

「メッ!!」

 

 一夏と付き合う反対勢であろう弾が説得を試みるもそれは帯電中の電線に触るのと同義。見事感電である。

 

 にしても箒の奴。牽制のつもりだったのか。

 しかし些かここではアウェイのようだぞ。

 

「なんだ、どうした蘭ちゃん」

「あそこの二人組が原因か!」

「蘭ちゃんを泣かせるだと。宜しい皆殺しだ」

 

 蘭ちゃんファンの男性客が揃って臨戦態勢に移行するのに対し店の主である厳さんが「うるせぇぞ!」と一蹴。

 男性客は一旦静まったものの箒としてはここまで騒がれたらムードもあったものではない。

 

(くぅ! 何故いつも私がなけなしの勇気を振り絞るとこうなるんだ!? せっかくあいつらがいないからチャンスだというのに!)

「箒」

「なんだ! むぐっ」

 

 一夏が出した白身魚のフライを箒は反射的に頬張った。

 面白いぐらい一瞬にして静まり返る五反田食堂。俺は蘭ちゃんの方向を見たくないためにトンカツを食べた。心なしか味が薄い。

 

「どうだ、美味いか?」

「う、美味い」

「だろ!」

 

 ニカッと笑う一夏の笑顔に見惚れる箒。

 その笑顔の前に箒も素直になれたのか再び野菜炒めを差し出す。

 

「ほら、野菜炒めも食べるがいい」

「おう。うむ、あーやっぱ美味いなこの野菜炒め」

「そ、そうだろう! 私も真似したくなるぐらいだ」

「あとで作り方聞いてみようか?」

「いいのか!? じゃあ食べた後でな」

 

 ぱぁぁっと。輝く箒の笑顔が太陽なら一夏の笑顔は向日葵だろう。

 和気あいあいという言葉が似合う二人は再び食事を開始した。

 

 ………ここで終わればどれだけ良かっただろうか。

 だが現実はそう上手く行きはしなかった。

 

「ふ、ふぇ」

「ん?」

 

 いつの間に居たのか蘭ちゃんが俺たちのテーブルの側に。

 ピッチャーを持つ手が振るえているのは決して手が冷えたからではなく。目尻にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 一夏と目があった蘭ちゃんは我にかえって必死に口と舌を動かした。

 

「あ、あの! え、えっと」

「ど、どうした蘭」

「………お二人はお付きりゃ!!」

 

 噛んだ。この場にいた全員(一夏除く)が心の中で呟いた。

 これ以上ないぐらい盛大にやらかした蘭ちゃん。先程からスリップダメージを受けていたその理性の糸はいま正に、

 

「うええええええーーーーーん!!!」

「ら、蘭!?」

 

 断ち切られた。

 ピッチャーをテーブルに乱暴に置いて五反田食堂を出て何処かに消えた蘭ちゃん。その姿に流石の一夏もただ事じゃないと立ち上がった。

 

「ど、どうしたんだよ行きなり」

「行きなりじゃねえがな」

「とにかく追いかけないと」

「「まてーーーい!!」」

 

 蘭ちゃんの後を追おうとする一夏の行く手を阻んだのは大将に負けず劣らずの屈強なる五人の男たち。

 迫力が暑苦しい。

 

「村上信三郎! 42歳、建築業!!」

「山本十蔵! 39歳、土木業!!」

「吉岡修一! 37歳、運送業!!」

「寺田克己! 34歳、サービス業!!」

「クリス・マッケンシー! 29歳、自営業!!」

「「「「「我ら蘭ちゃんファンクラブ五人衆!!」」」」」

 

 ドゴーン! という爆発エフェクトが出そうなぐらい綺麗なポーズを決めた五人の益荒男たち。

 ご丁寧にシャツは五色で『蘭ちゃんLOVE!』と書かれたTシャツが。え、もしかして自作? 

 

 とまあそんな色物な男どもの迫力に一夏も汗をタラリ。

 

「蘭ちゃんがいながらイチャイチャと」

「ふてえ野郎だ」

「この怒り」

「晴らさずにおくべきか」

Nampa bastard(軟派野郎)! Kill you!!」

「へ!?」

「「「死ねよやぁーー!!」」」

 

 一斉に遅いかかる五人衆。その鋭さを前に一夏はなす術もなく

 

「店で騒ぐんじゃねえクソボケどもぉ!!」

「「「ゴホォ!!?」」」

 

 しかしその集団攻撃は中華鍋を豪快に振るう豪腕が放ったラリアットにより阻止。

 五人は揃いも揃って店の外に放り出された。

 

「げ、厳さん」

「一夏よぅ」

「ヒッ」

「外に行こうや」

「ハハハ、ハヒ」

 

 顔面蒼白。否、灰色になりながら一夏はガタガタと痙攣した。

 あそこまで怯える一夏は学園でもそう見たことはない。それほど孫を泣かされたお爺ちゃんは怖いということだろう。その証拠に弾も凄い震えてる。

 

 俺は大将の横に立って声をかけた。

 

「ちょっと待ってください大将!」

「なんだい眼鏡の兄ちゃん。止めるんならタダじゃおかねえぜ」

 

 ギロリと睨むその眼光に俺は後退りしそうになる。

 なんという威圧感だ。人は愛するものの為ならここまで強大になれるのか。

 

 だが俺はどれほど強大な相手であろうと。言いたいことは言える男だと自負している。

 

 しばしのにらみ合い、沈黙。

 俺はそんな厳さんに向けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死なない程度に、頼みます」

「任せろ」

 

 思いっきりサムズアップした。

 厳さんもサムズアップを返したあと拳をコツンとぶつけてくれた。

 

「………………いや止めてくれるんじゃねえのかよぉぉ!!」

「少しは痛い目あってこい朴念神」

「おら行くぞ一夏!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 哀れ一夏。厳さんに担がれて店の裏に消えていった。

 死ぬなよ一夏。せめて十字架は切ってやる。

 

 

 




 久々に1万文字切りました。

 蘭ちゃんファイブは前から書きたかったので書けて嬉しいです。


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第93話【五反田家の長い1日】

 

 

 

 五反田食堂からそう離れていない家の敷地より少し広いぐらいの小さな公園。

 ブランコでうつむきグズる女の子が一人。

 

「ぐすっ、ふぇ」

 

 ご近所ならみんな知っている五反田食堂の看板娘、五反田蘭。

 彼女が店番をしてる日とそうでない日では売り上げが1、5倍違うとか。

 

 そんな可愛らしい少女がブランコに座って泣いていると知れば近所の男どもは脱力した身体をキュウリに気づいた猫のように飛び上がらせたのち駆けつけることだろう。

 

 一頻り涙を流し、それでも溢れる涙を拭いながら蘭は先程の一夏と箒の出来事を思い出す。

 

 箒から一夏に食べさせようとした所謂『あーん』の行動には驚きはしたが納得は出来る。箒が一夏を好いていることは夏祭りで一目会って直ぐにわかったから。

 だけど逆となれば話は別だ。一夏から箒に食べさせ、あまつさえ箒から渡された野菜炒めを一夏は躊躇わずに口にした。

 

 そこから嫌なイメージがどんどん沸いてきた。もしかしたら二人はデートの帰りにここに寄ったのではと。でもそれならわざわざ五反田食堂のような定食屋に来るのか、いや五反田食堂は一夏のお気に入りの店。それを好きな彼女に紹介したかったのではないかと。

 そう考えてから蘭は二人の側にいた疾風のことなどもはや眼中になかった。

 

 二人は付き合っているのか? ただそれだけが気になって気付いたら二人の前にいて。

 そして盛大に噛んで、どうしていいかわからなくなり。その結果泣き叫んで家を飛び出した。

 

「一夏さんのこと、困らせちゃった………」

 

 一夏から見たら蘭がいきなりおかしくなって、しまいには泣いて店を飛び出した変な子として映っただろう。

 

 いつまでこうしてたら良いだろうか。今更店で一夏に会わせる顔はない。

 携帯も家に忘れたから一夏が帰ったかを確認できない。

 こんな夜中に女の子が一人なんて物騒なんてもんじゃない、親や祖父も心配してるはず。だけど進むべき足と腰がブランコに吸い付いて離れられない。

 

 どうしたものかと自問自答する蘭に。一人、近づいてくる人影が。

 

「かーのじょ」

「!!」

「もしかしてヒマしてる?」

 

 な、ナンパ! 

 

 吹けば飛ぶような軽い声色の男の声に蘭はその小さな躯体をビクッと震わす。

 こんな夜中に女の子を捕まえてそんな風に声をかけるなんてろくな奴がいない。

 

 逃げないと! 

 そう思ってバッとうつ向いていた顔をその男に向けた。

 

「えっ?」

「良かったらさ。眼鏡のお兄さんとお話しない?」

 

 そこには悪戯っぽく笑う友達の兄であり一夏の友人。

 疾風・レーデルハイトが立っていた。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「楓のお兄さん」

「疾風でいいぞ。隣失礼するねー」

「は、はい」

 

 二組のブランコの片割れに座り込むとカシャンと鎖がすれる音がした。

 スマホで弾の電話番号を呼び出してコール。

 

「もしもし! 蘭はいたか!?」

「いたよ。近所の公園」

「よかっっったぁ」

「一夏は?」

「まだ爺ちゃんのとこ」

「ほとぼり覚めたらその馬鹿こっちに寄越してくれ」

「まだかかりそうだぞ?」

「こっちも少し時間いるから」

「わかった」

 

 スマホをしまって足を伸ばし、そのまま足を浮かせてブランコを揺らした。

 膝を曲げて勢いをつけて漕ぎ続ければ次第に足と地面が水平になるほど高く上がった。

 

「うぉ。久しぶりにブランコ乗ると案外楽しいな!」

「えっと」

「蘭ちゃんも漕ぎなよ」

「えっ、私はいいですよ。もうそんな歳でもないし」

「周りには誰もいないぞ。昼間はガキどもが取り合いにしてるブランコを一人占めとか凄い贅沢じゃね?」

「………」

「中学の時に楓の奴さ、たまに学校帰りにブランコ乗るから背中押して! って言うんだわ。しかもなんか似合ってるんだよ。その漕いでる姿が」

「楓ちゃん背が小さいからそう見えるのかも」

「違いない」

 

 会話をしつつも蘭ちゃんの振り子はまったく揺れない。

 やっぱそんな気分にはならないか。

 

 ギュギュと足でブレーキ。ブランコの振り子が強制的に止まる。

 

「蘭ちゃん」

「はい」

「一夏と箒は付き合ってないからね」

「………え?」

 

 空耳を聞いたのかと思った蘭ちゃんの1テンポ遅れた返事。

 驚きに目を見開く蘭ちゃんは小さくか細い声で否定した。

 

「う、嘘です………」

「嘘じゃないよ。そもそも進展らしい進展なんてまるっきりしてないから」

「だっ! だって! あんな食べさせあいっこしてました!」

「一夏にとっては通常運転だよ。美味しいから分けてあげるっていう純粋な好意で誰にでもやってのけるんだから。あっ、今の言い方はなんかよろしくなかったな、タラシ野郎みたいだ」

 

 ある意味間違ってないけどさ。

 いやある意味もなにも間違ってないけども。

 

「本当に二人は付き合っていないのですか?」

「俺から見た限りは箒の一方通行に見えるな。今回に限っては箒が一歩踏み出したけども。一夏は相変わらず鈍感な突発性難聴男だし」

「そっか、そうなんだ。そっかぁ………………よかった」

 

 安堵と共にまた涙を浮かべる蘭ちゃん。今度は嬉し涙のほうだろうか。

 こんな子も虜にするとは一夏はほんと罪な男じゃのぉ………やばいなんか歳とったな今。

 

「す、すいません。すぐ泣き止みますから」

「いいから泣きたいだけ泣けって。ほらハンカチ、そんな強くこすっちゃ駄目だよ」

「ありがとうございます」

「返さなくていいからね。捨ててもいいし」

「そんな。ちゃんと洗って返します」

「いいよいいよ。それ5枚セットの安物だから。それにもうIS学園に帰るから返すの結構面倒だし」

「じゃあ。お言葉に甘えさせて頂きます」

 

 蘭ちゃんは渡されたハンカチで涙を拭き取った。しばらくしてようやく涙が収まった時は恥ずかしげに顔を赤くした。

 

「みっともないとこ見せてごめんなさい」

「いやいや。楓のダム崩壊に比べたら全然」

「楓ちゃん凄そうですよね」

「凄いよぉ。俺がIS学園の寮に住むと決まった時なんかもうギャン泣きよ」

 

 あの時は凄かったな。

 防犯ブザーとか越えてたよ余裕で。

 窓カタカタ震えてたし。

 

「そいやさ。蘭ちゃんは一夏のこと好きな訳だけど。なんで好きになったの?」

「え!? えーと………………一目、惚れです。家に一夏さんが遊びに来たときに。はい」

 

 ほう。一目惚れか。

 まああの笑顔にやられたら大抵はイチコロよね。今まで幾つもの初恋を奪ってきたのかなあの色男は

 そういやうちの一夏ラバーズで一目惚れパターンは何気にないな。

 

 俺は、どうなんだろうかなぁ。

 

「そこから会っていくうちにどんどん好きになっていって。中学までは接点あったんですけど。一夏さんがIS学園に行ってから、もう。私が居ない間に一夏さんは色んな女性から好意を向けられてるようですし。シャルロットさんとか鈴さんとか、今日来た箒さんだって」

「あいつの女子人気はヤベーからな。女子高に男子っていう特別感もあるし」

「疾風さんもモテてるんです?」

「んーーー。モテてるかなぁ………いやモテてるな。うん」

 

 これは本人がどれだけ否定しようとも動かない真実。現に両手の指以上の告白をされてしまってるし。

 あんまり自分でそれを肯定するのは結構嫌だけども。

 

「まあ俺も入学してからデカイことやってるからさ。それで女子の注目を引くことがあるのよ」

「だけど一夏さんの方が人気ですよね」

「違いない。凄い時なんて1日に7回も告白されたらしい」

「7回も!?」

「だけど一夏は『なんか今日さ。凄い買い物に付き合ってくれって誘われた。それも7人も。どっかでセールやってるのかな?』って言ってた」

「一夏さんっ」

 

 ガックリと上半身を落とす蘭ちゃん。

 うん、わかるよ蘭ちゃん。俺もガックリしすぎて腹に一発いれたもん。

 

「まあそんなこんなで一夏は常に平常運転の乙女殺しの朴念仁。アプローチに積極的な奴らも肝心なところで踏ん切りつかなくて3歩進んで3歩下がってる。箒も同じだ。当然恋愛関係に発展するのはまだまだ先だろうよ」

 

 というのは俺の持論だが。

 今日の撮影で一夏も異性に対する認識や照れがあるのはわかってるし。

 もしかしたら一夏もきっかけがあれば案外コロッと行くのかね。何事も想いに対しては親身に対応するのが一夏だし。

 

「凄いよね一夏は。底なしで境界線のない優しさで知らず知らずに相手の心をほどいていく。恋愛には鈍いのにそういうとこはやけに鋭いからなおのことだ。俺もそこらへんは鋭くなりたかったな」

「疾風さんも誰かに恋をしてるんですか?」

「アレ、そう聞こえた?」

 

 そんなつもりで話したつもりはなかったんだけど。

 

「ある日楓ちゃんが『認めたくないけど疾風兄って誰かのこと好きなのでは! って最近思うの! 私の疾風兄センサーがビンビンに反応してるの! どうしたらいい蘭ちゃん!』って言ってたので」

「楓と連絡とってるの?」

「あの日から結構頻繁に」

「そっかぁ」

 

 情報源はマイシスターからか。

 流石俺の妹、他人の機敏には敏感だ。いや俺限定の可能性もあるけど。

 

「これから話すこと楓には秘密に出来る?」

「します。ほぼ毎回『なんで兄妹って結婚できないんだろうね?』って言う楓ちゃんに話したら発狂しそうですし」

「ほんと兄離れしてほしい」

「無理だと思いますよ」

 

 希望はないのか。

 そんなに面識のなかった蘭ちゃんが言う程に。

 

「まあ蘭ちゃんの言うとおり俺にも好きな人居る。その人は俺という人間を形成するのに欠かせない人で。俺が挫けそうになった時に立ち直らせてくれた。凄い奴なんだ。どんな逆境にも負けない強い心を持ってて、それでいて女性らしい儚さと美しさを兼ね備えた人。俺の恩人であり、友人であり、ライバルであり、俺の心を奪った人。はっきり言うとベタ惚れだな」

「告白しようとは?」

「行く行くは。先ずはアプローチして、彼女の気持ちを見極めて、そこから告白しよう。って思ってたんだけど。いま絶賛喧嘩中」

「喧嘩ですか?」

「うん。全面的に俺が悪いんだけど」

「他の女性と何かあったとか。一夏さんみたいに」

「あーー、うーん。IS関連だからそうなるのかな」

 

 それにカテゴライズしていいのかな。いやセシリアより簪さん(の専用機)に傾いたから。

 でも一夏のそれとは違うよな。

 

 とりあえず話して見た。

 カクカクシカジカ。

 

 簪さんとペアを組む云々ではあるが。俺の要点、注目点は彼女ではなくISに言っている。

 一夏ラバーズよろしくほかの女子と良い感じになってムカっときた。とは少しパターンは違う、が。

 

「話したとおり。彼女との約束より趣味の方に意識が行っちゃったんだ。約束を破られることが嫌いだから、その分も怒ったのかな」

「趣味っていうと、ISですか。疾風さんはこれ以上ないぐらいISが好きですもんね」

「まあね。そこからもう口を聞いてくれなくなってしまってさ。声をかけても無視されたり、凄い目で見られてそのままズルズルと」

「ヤバくないですか」

「ヤバい。あいつとここまで仲違いしたことなかったからもうどうしていいか分からなくて………強引に話を聞いて貰う手段もあるけど、それが原因で絶交なんて言われたら、もう生きてけないかも………」

 

 オーバーだと思われたのかもしれないが。もう俺のなかでセシリアは絶対的存在となってしまっている。

 そうなった夢に出てきては心臓が破裂するぐらい動悸がおかしくなる時もある。

 

「まあそんなこんなで相手の絶対零度の視線に手も足も出来ないヘタレが出来上がりましたとさ。いやぁ、我ながら一夏や箒のこととやかく言えないな俺」

「相手に嫌われると思うのは怖いですよね。わかります。だから元気出してください」

「ありがとう。蘭ちゃんは優しいね」

 

 少し救われるわ。

 

「話はわかりました。それを含めて聞きますが、相手の方はどうなんです? 疾風さんのこと好きなんです?」

 

 んん。そこ突いてくるか。

 どうせこの先誰かに言う予定もないし。言ってもいいか。

 

 少し長考したあとに俺は話始めた。

 

「多分、相手も俺に気はある………と思う」

「確定ではないと?」

「うん」

「でも気があるような気はすると」

「いつからというのは分からない。だけど一夏と話してる時と俺とでは反応が違う。そう、普段一夏に好意を持ってるあいつらに似てる感じもする。なんというか結構あやふやなんだ」

「実際相手の気持ちを真に聞かないと相手が自分のことをどう思ってるかなんてわかりませんしね」

 

 まったくその通りだ。

 ラバーズ、そして菖蒲は見てわかる通りに好意を示していた。

 

 ならセシリアは? 

 セシリアは自分のことをどう思っているのか。

 本当に俺に好意、もしくはそれに近い感情を持っているかもしれない。

 そうだったら今までの行動やリアクションにも現実味。欠けていたパズルのピースがカッチリはまることもある。

 

 もしそうならあの時の怒りようにも更に納得がいく。

 

「そこを加味して希望を持ってセシリアと関係を更に構築するぞ! って考えたのさ」

「その矢先に喧嘩ですか」

「あの時はマジで死にたいと思った。1日魂抜けたみたいで織斑先生にも心配された」

「あの人がですか」

 

 そうあの人が。

 

「更に胸を痛ませるのが。これからその専用機の子とペアを組んで一緒に出るという流れを構築しなければならない。しかし相手にその気はない。俺は会長、専用機の子の姉なんだけど。その人の頼みを聞くためになんとしても取り付けなければならない。そうしたらどうなるか。喧嘩中の彼女から『疾風はあの子にお熱』と思われてしまうということだ………もうどうすれば良いかな」

「うーん………すいません。私じゃ良い考えが浮かばなくて」

「あっ、ごめんね。蘭ちゃんの悩みを聞く体だったのに」

「いえ。むしろ自分の失態はそこまで大変な物ではないと思えるようになってなんだか心が軽くなりました。ありがとうございます」

「なんとも素直にどういたしましてって言いづらいな。どういたしまして」

 

 蘭ちゃんの気が晴れたなら結果オーライかな。

 そう思うようにしよう。じゃないと崩れそうだ。

 

 まあとはいえ。

 

「ふー。俺も吐き出したら少し軽くなったわ」

「それはなによりです」

「どうなるかわからんけど。とりあえず俺のやれることを片っ端にやっていくわ」

 

 それしか俺に出来ることなさそうだしね。

 

「少し話それるけど。最近あいつらのこと鈍感とかヘタレ言ってると凄いブーメランな気がしてねぇ。まあ言うけど」

「言うんですね」

「それはそれ、これはこれだから」

 

 便利な言葉である。

 だってあいつらには思わず突っ込んじゃうんだもん。条件反射なんだもん。

 

「相手の機敏に気付きかけてる分まだマシだと思いたいなぁって」

「カテゴリの幅が広いですからね。アニメ見てるだけでオタク呼ばわりされるのと一緒です」

「あ、オタクに失礼な奴だそれ」

「疾風さんが言うと説得力が違いますね」

「まあね」

 

 ISオタクは伊達ではない。

 

「んーー。よし!」

「どした」

「私! やっぱり今度の受験でIS学園に申し込みます! 鈴さんや箒さんに負けてられません!!」

 

 俺の話に居ても立っても居られなくなったのかブランコから立ち上がって決意を新たにする蘭ちゃん。

 

「理由はやっぱり一夏?」

「はい。一夏さんがISを動かした時から入ろうと思ってたんです!」

「成る程ねえ」

 

 同じ土俵に立たなければ勝負にならないと思ったのだろうな。

 

「あと。この前のキャノンボール・ファストが。凄かったですし。生のISバトルに感動しちゃって」

「ふむふむ」

「これでも筆記は学年でもトップですし。IS簡易適正試験でA判定貰ってるんですよ!」

「それは凄いな」

 

 ISに乗る前からIS判定がAというのはなかなかいない。

 簡易適正試験の制度にもよるだろうが。それでも期待値は高いだろう。織斑先生はドングリの背比べだ、と一蹴するだろうけど。

 

 それでもIS学園入学に対する先駆けになるのは間違いない。

 

「一夏さん回りの恋愛事情が膠着状態ならまだ私にもチャンスがあると思うんです。一夏さんなら来年も鈍感を貫く可能性はアリよりのアリですし」

「そうだねぇ」

 

 来年どころか卒業するまでに決着がつくかという可能性が微レ存じゃなくて高確率である。

 なら俺からも一つ言っておきたいことがある。

 

「蘭ちゃん。IS学園に通うと言うなら一つ言っときたいことがある」

「一夏さんへの対処法ですか?」

「いや、それと同じぐらい重要なことだ………命の危険についての、ね」

「え?」

 

 唐突に物騒な話題を振られて蘭ちゃんの表情が固まった。

 だけどこれは絶対に話さなければいけないことだ。

 

「現実的な話。俺と一夏がISを動かし、IS学園に入学してから。IS学園で事件が多発している。蘭ちゃんも目の当たりにしたでしょ? キャノンボール・ファストに乱入したテロリストのことを」

「はい………」

「あれと同じようなことがIS学園に襲いかかってくる。いまんところ一般生徒に被害はないし、俺たち専用機持ちや教師の人たちも腕はある。だけど、いつその均衡が崩れるかわかったものじゃないし。これからも無いとは言えない」

「………」

「IS学園に通うということは、その災禍とも隣り合わせということだ。それをわかっていて、蘭ちゃんはIS学園に来れる?」

 

 蘭ちゃんは沈黙した。

 当然である。普通の学生が学校を襲撃されるなんて夢にも思わない、ドラマじゃあるまいし。

 

 意地悪な質問であることは自覚している。

 だが現にそれが原因でIS学園に申し込むのやめたという人もいる。

 

 そもそもIS学園がもっとしっかりしてれば事件なんか起きないだろ! ってのが世間の見解だ。

 それにかこつけてIS学園の権利をこっちに譲渡しろ、日本なんかに任せられないという奴らもいる。

 

 馬鹿馬鹿しい。

 そんなのはハッキリ言って現場を知らない人間の発想だと言うことがある。

 

 名実ともに世界最高のセキュリティは数多のハッカーを返り討ちにし。

 物理的な侵入者は更識を筆頭とした警備組織が秘密裏に処理してきた。

 だが突破してきた相手はその最高級のセキュリティを襖の紙を破る勢いで侵入できるウィザードを越えたデウス級のハッカー。更にISを保有する筆頭国際テロリスト。

 

 たとえ日本から他国に管理責任が移ったとして、果たして止めれるか? 

 答えは否、断じて否だ。

 そもそもIS学園の責任を日本に押し付けたのはその他国だろうに。

 

 話がだいぶ逸れた。

 思考の海から浮上すると同じタイミングで蘭ちゃんは言葉を発した。

 

「私、それでもIS学園に行きます」

「そうか」

「私は一夏さんと同じ学舎に行きたい。それと同じぐらいISも動かしてみたい。一夏さんに会えるのもISを学べるのもそこにしかないなら。考えるだけ無駄ですから」

「開き直ったね」

「開き直ります。恋を知ってますから」

 

 開き直りは恋する乙女の特権。

 そんなありもしない未来を考えるだけ時間の浪費ということだろう。

 

 確かにそうだと思う。

 もし俺がIS学園に通える。だけどIS学園は最近事件が多発して危険です。

 それでも入学したいですか? なんて聞かれたとしても俺は即答でイエスと答えるだろう。

 

 だってIS学園でISを動かしたいし学びたいのだから。

 行く理由なんてそれだけで充分だ。

 

「ごめんね蘭ちゃん。たちの悪いこと聞いてさ」

「いえ。大変なのは疾風さんや一夏さんですから」

「俺たちも力の限りそれに対処するよ。君たちに危険が及ばないように」

 

 それが専用機を持ってIS学園にいるものの勤めであり義務だ。

 晴れて代表候補生になっちまったしな。

 

「でもまあ、先ず入れるかどうかよね」

「というと?」

「倍率。去年は1万だったけど。今回は俺と一夏が加わるから更に跳ね上がると思う。頑張ってね蘭ちゃん」

「が、頑張ります!」

「あとさ、入学してからも楓と仲良くしてやってね。電話してて結構蘭ちゃんの話になるんだ」

「それは勿論! でも楓さんってスポンサー特権とかで入れないんです?」

「生憎、専用機持ち代表候補生でもない限り別口はないんだよね。まあ楓は学年トップ叩き出してるから大丈夫よ。簡易適正もA+だったし」

「流石、剣撃女帝(ブレード・エンプレス)の娘………」

 

 ほんとね。まあ母さんも最初はC判定からA+に這い上がった努力の人だけども。

 

 そう考えたら俺は最初AじゃなくてB+だったんだよな。

 男だからかね? 

 

「おーい、らーん!」

「え、一夏さん!? と箒さん」

 

 向こうから走る一夏が手を大きく振ってこっちに向かっていた。そして一歩後ろを走る箒。

 どうやら話ついたみたいだな、ってうわぁ。

 

「い、一夏さん! 顔腫れてますよ!?」

「あ、これ? えっと、転んだんだ、派手に!!」

 

 あからさまな嘘だ。

 それは自分の祖父の性格を知っている蘭ちゃんは直ぐにそれが嘘だと気づいた。

 

「ごめんなさい! 私のせいで一夏さんが………」

「え? なんのこと?」

「だってそれお爺ちゃんが」

「いやいや! ホントに転んだって。それはもう凄い感じに。なあ箒!」

「ああ! スケートの上を滑ってるぐらいにズリズリィ! とダイナミックに転んでいたな! あれはある意味見物だった」

 

 箒と事前に打ち合わせをしていたのか箒も一夏の嘘に合わせてくれている。

 飽くまで顔の腫れは転んで出来たもの。

 

 痛い目にあったはずなのに、自分を心配させない為に嘘をつく一夏。

 そんな優しさを見せる一夏に蘭ちゃんの心にじんわりとした暖かさを感じた。

 

「あ、あの一夏さん!」

「どうした?」

「これ! よかったら来てください!」

 

 差し出されたのは一つのチケット。

 蘭ちゃんの通っている(セント)マリアンヌ女学院の学園祭チケットだった。

 

 箒が目の前にいるのに躊躇なく渡すとは、蘭ちゃんもやりおる。

 

「そういえばそろそろか。蘭のところの学園祭」

「は、はい! その、それで。学園祭一緒に回りませんか!」

「いいけど。蘭って生徒会長だろ? 当日忙しいんじゃないのか?」

「大丈夫です! うちの生徒会は優秀ですから! 私がいなくても大丈夫です! むしろ学園祭の日ぐらいは遊べって背中叩かれましたし」

「そっか。じゃあついたら電話するよ」

「はい! お待ちしてますから!」

 

 目映い程の笑みを浮かべる蘭に一夏は安堵し。箒は………あれ、特になんもなしの無表情。

 

「箒さん目の前でああなってるけど良いのかい?」

「良い。私もさっきは少し意地悪し過ぎた」

「そうか」

「謝らないけどな」

「謝らないのね。てかお前ヒールは? 履いてたよな?」

「走るのに不便で折ってきた」

 

 うわっ逞しい。

 

「さて、そろそろ帰ろうぜ。みんな心配してた」

「あう、すいません」

「あっ。そういえば俺もトンカツ残ってたわ。食わねば」

「私はもう食ったぞ」

「お残しはダメだよな。急ごう」

 

 俺たちは五反田食堂に向かって走り出した。

 戻ったあとは蓮さんが軽く蘭ちゃんを叱り、弾はもう涙目で怒って蘭ちゃんに蹴られた。

 

 その後蘭ちゃんが大の大人6人を相手に説教をしたらしい。厳さん、大将に至っては萎れた電気鼠のような有り様だったという。

 

 そうだ。余談ではあるが。その夜蘭ちゃんは来る学園祭での一夏とのデートに思いを馳せて眠れぬ夜を過ごしたらしい。と、楓経由で俺に伝わったのだった。

 

 応援は出来ないが。学園祭では存分に楽しんで欲しいことを願うばかりだった。

 

 

 



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第94話【機動勇者アイアンガイ】

 

 

「どーおー。簪ちゃんと上手くいった?」

「………はぁ」

「駄目かぁ………」

 

 パソコンを弄ってる俺の後ろでベットに寝転ぶ会長にため息で返した。

 ていうかもう深夜なのにこの人なんでいるんだよ、というのは野暮だな。寮規則なんてこの人にはあってないようなもんだ。

 

 簪さんに交渉してからもう一週間。

 ろくな成果を得られてない何てものではなく進展のしの字もないのが現状だ。

 

 良くて一言二言、悪くてガン無視が当たり前。

 本当に嫌われてるんだなって思って凹む。会長の頼みがなければもう既に対話を諦めている。

 

 俺は嫌われてる相手の対処法は熟知していても仲良くなる術を知らない。

 嫌われてる相手がなにもしなければ不可侵を決め込み、逆に相手から危害を加えられたら時は、その時の状況によってはそれ相応のやり方で報復する。

 それが当たり前だった。

 

 簪さんは悪い人ではない。だからこそ難しい。

 やりかた、切り口がわからないのだ。例えるなら、仕事のやり方がわからないのに「これやっといて」と言われて誰にもやり方を聞けずに時間を浪費する。そんな感じだ。

 

 簪さんが自分の境遇との差をやっかむ気持ちは分かるが。それだけで彼処まで嫌われるだろうか。

 そんなに俺って権力を鼻にかけてる奴に見えるんだろうか。

 

「ところで。セシリアの様子はどうです? 時々見てくれてるんですよね」

「あーー。まだ怒っています」

「うぁっ………」

「というより、前よりもイライラが増してるような気も。簪ちゃんにお熱と思ってるみたいなのよ」

「希望がない………」

 

 俺は顔面を手で覆った。

 

 蘭ちゃんと一緒に覚悟を決めてから俺は簪さんへのアピールをしつこくならない手前までの度合いで行っている。

 本人の間では和気あいあいとは程遠い感じであっても。周りで見てる女子からしたら話は別。

 

「レーデルハイトくんは更識さんに夢中」

「オルコットさんから更識さんに鞍替え」

「レーデルハイトくんがISより女の子を追いかけてる」

 

 なんて好き勝手に言っては女子の間で一瞬で広がっていく。

 それは勿論セシリアの耳にも届く=面白くない。

 

「ざっくばらんに聞きます会長。セシリアって俺に好意を向いてると思います? それ故にイライラしてると思います?」

「それは私の口からはちょっとねぇ」

「そういうド定番な言い回しはいいですから会長の見解を教えてください」

「イライラしてるわね。元凶の私が言えたことじゃないけど」

「………すいません」

 

 パソコンの電源を落とし。そのまま自分のベッドに倒れ込んだ。

 会長に当たっても仕方ない。仰向けにごろんと体勢を変えて大きく深呼吸をした。

 

「………ギャルゲーが好きな友達が言うには」

「ギャルゲー?」

「恋愛シミュレーションゲームみたいなもんです。そいつが言うには、簪さんみたいな子は何か切っ掛けがあれば攻略できるみたいです。例えば共通の趣味とか。会長、簪さんの好きなことって分かります?」

「………」

「わからないんですね」

「ほんと私ってどうしようもないわね………」

「会長までブルーにならないでください」

 

 ブルー+ブルーはドブルー。

 心なしか部屋の空気は重い。

 

「寝ますわ、明日早いんで。会長はさっさと部屋に戻って下さい」

「動きたくないわー。泊まっちゃ駄目?」

「別にいいですけど俺のベッドに入った瞬間寮長呼びます」

「相変わらず隣で美少女が寝転がってるのに反応がドライね」

「当たり前です。俺セシリア以外眼中にないので」

「あなたその素直クールさをセシリアちゃんに出せば良いじゃない」

「無理ですよバッドエンド濃厚です」

 

 俺が好きなのはお前だけだ! とでも言えば良いのか? そんな格好悪い告白あいつに出来るか。

 

「寝るなら寝ますよ」

「私はいいけど。今日はいつもより早めに寝るのね」

「明日は決戦の日ですから」

「決戦の日?」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 来たぜ───アイアンガイ! 

 

 映画館の看板にデカデカと乗った鋼のヒーローを見上げて俺は目を輝かせた。

 

 機動勇者アイアンガイとは。

 今年で27作目となる国民的特撮ヒーロードラマであり、小さい子供から大きな子供に広く愛される作品である。

 

 世代交代という形で姿を変えた今のアイアンガイは燃える鉄魂の異名を持つ勇者。その名もアイアンガイ・ヒート。

 真っ赤なボディのアイアンアーマーと主人公、赤金聡司(あかがね さとし)の暑苦しいレベルの熱血漢と正義感を持ったアイアンガイはアイアンガイシリーズの中でも1、2を争うレベルの王道型ヒーロー。

 

 今日はその国民的ヒーロー、機動勇者アイアンガイの最新映画作品。『劇場版 機動勇者アイアンガイ・ヒート アナザー・オブ・ヒーロー』の公開日だ。

 

 何を隠そう。俺もアイアンガイ視聴者なのである。

 一見子供向けに見えるが、その奥にある伏線やら心証描写や葛藤。そしてその全てを糧にしたテンション爆上がりの戦闘シーン

 

 興奮が身体を駆け巡り。身体に武者震いが走る。

 

 今は全てを忘れて一日オフ。

 ISからも簪さんからもセシリアからも一旦心の片隅に置いて………よし行くぞ! 

 

「しかし一番早いの見に来たのに混んでるなぁ。公開日だから仕方ないにしても」

 

 周りには家族連れよりも俺と同じぐらいかそれ以上の年齢層が多い。

 土曜日とは言え早朝だからというのもあるだろうけど。

 

「ってやば! 早く行かないとぺスポジ取られちゃうじゃん! 急げ急げ!」

 

 

 

 

 

 

「ふいー」

 

 ポップコーンと飲み物。おまけでチュロスをお供に席に座る。

 最後尾の席ど真ん中。これ以上ないくらいのベストポジション。

 

 まだ時間があるから今のうちに予告PV見返しておこうか。コメント欄は絶対に見ないようにと最新の注意をはらってイヤホンを耳につけた。

 一度耳から離して音漏れをしてないかを確認することも忘れずに。

 

『怖いことなんかないぞ。俺に任せろ!』

 

 クーー。やっぱりカッコいいぞアイアンガイ・ヒート。大丈夫かな俺。今でこれなら映画始まったらどうなっちゃうの? 

 

 おっ、隣に誰か座ったな。

 まあベスポジだから隣座られるよね。スカートを履いてるから女性か。厄介な人じゃないといいけど。

 と、俺はチラッと隣を見て直ぐに画面に視線を戻した………………アレ? 

 

 気のせいかな、チラッと見た顔が何処か見覚えがあったような………

 

「………えっ?」

「え?」

 

 隣の女性、というより女子との視線が交錯する。

 空色の髪に特徴的なヘッドアクセサリー。眼鏡の奥から覗くルビーの瞳。

 

 更識簪さんであった。

 

「ええ!?」

「え、ななな、なん、でっ!?」

「?」

「あ、すいません」

 

 大きな声を出して周囲の注目を集めた俺と簪さんは気まずそうに座った。

 

「………なんで、いるの」

「見に来たから」

「来る場所、間違えてる」

「いやほんとアイアンガイ見に来たんだって。俺アイアンガイ好きだから」

 

 横目で見るとなんとも信じがたいという疑いの目で見てくる簪さん。

 

「………3作目のアイアンガイの名前は」

「アイアンガイ・ハード」

「アイアンガイシリーズで、一番好きなシーンは?」

「うーーーん………やっぱあれかなぁ。アイアンガイ・ダイヤのラストシーン。ライバルだったディバイトがラスボスの攻撃を庇って死んで。最後はディバイトの力を使ってラスボスを圧倒したやつ。あれは痺れたなぁ」

「じゃあ、5作目ウィングマンの47話のシーン」

「2号アイアンガイのヴォルフがかつての恋人の戦闘データが入ったネイビー・ハートとの戦い。最後の最後でネイビー・ハートがその恋人の口癖を言って機能停止したシーンは泣いた」

「………本当に、好きなんだ」

「まあな。言うて今の質問は簡単過ぎるんじゃないか? 結構な有名どころばっかじゃん」

 

 いきなりクイズ出されてどもらずにスッと出た俺。

 

「関係ない。どれだけ熱意があるかを、見たかった」

「一応お眼鏡にかなったということか?」

「………及第点」

 

 さようで。

 

「ていうか。そんな好きじゃない風に見えた?」

「レーデルハイト君は、IS論者じゃないの?」

「あんな偏屈どもと一緒はやだな」

 

 IS論者、しいて言えばISは至高であり何よりも優れているという持論を持つ人である。

 基本的に女性が8、9割。

 

 アイアンガイの世界にはISは存在しない。というよりその描写はない。

 だが現行兵器を凌駕するISの性能が周知にしれ渡っている世の中。ネットや動画のコメント欄ではこういうコメントが闊歩しているのだ。

 

『ISでよくない?』

『アイアンガイよりISでやった方が早くない?』

『ISの下位互換で草』

 

 というアンチコメントがあとをたたない。

 ISより劣っているヒーローはその存在を全否定されることが多く。そのコメントに対してファンが反応することで炎上することはもはや茶飯事となっている。

 そういう話じゃないだろ、と。

 

 まあ俺としてはどっこいどっこいだけども。アンチコメなんて反応されたい奴も多いし、炎上したらしたり顔をするに決まっている。

 こういうのは黙って通報とブロックしてノータッチが最善策だ。

 

 まあそんなこんなで特撮系はISが世に出た世界では風当たりが強いのだ。

 

「確かにISは強いし魅力的だ。だけど俺はアイアンガイがそれに負けてるとは思えない。そもそもISが出る前の特撮でも戦車や戦闘機なんかそんな出てないだろっていう。ほんとそこを履き違える馬鹿どもにはほとほと愛想が尽きるわ。本当の意味でISが好きな人に対する風評被害にもなるし。あー、マジで滅びてくれねえかな、逆にイーグルで焼きにいってやろうか。篠ノ之束並みの能力あったら特定して電子機器関連軒並み潰してネットから隔絶してやるのに」

「………………」

「あっ」

 

 しまった。簪さん引いてる。

 やっちまった。スイッチが入るとつい。

 

「あ、えーと。簪さんもアイアンガイ好きなんだね」

「………………」

「あれ、もしかして好きじゃない?」

「そんなことない!」

「うおっ。悪い」

「………別に、いい………笑いたければ、笑えばいいし」

「え、何に?」

「私が、アイアンガイを好きなこと」

「いや笑わないけど」

 

 そう言うと簪さんはさっきより目を丸くした。

 え、そんな驚く? 

 

「本当に、笑わない?」

「ないよ。見ろこの無情な程の無表情を。誰かになんか言われたのか?」

「………小さい頃、男子も女子両方から笑われた。家の人にも、そんなもの見ないでもっと為になる物を見なさいって」

「度しがたいな。滅殺されればいいのに」

「レーデルハイトくん。怖い顔してる」

「あ、ごめん」

 

 スマイルスマイル。

 

「話戻すけどアイアンガイ好きなんだな。公開日早朝一番で来るぐらいだし」

「うん。DVDボックスも全部持ってるし、DX玩具やCSMも全部持ってる」

 

 うぉ、俺よりガチやん。

 

 俺なんて精々録画した番組を繰り返し見たりとかDVDレンタルするぐらいなのに。

 玩具なんて小さい頃に買ったぐらいだぞ。

 いやそれは別におかしくないし普通なのだが。なのだが………

 

「すいません。ファンを名乗ってすいません」

「謝らないで。好きの度合いなんて。自由だし」

「まあ、そうだけどさ。ちょっと簪さんが輝いて見えたから」

 

 ビーーー。

 

「あ、始まる」

「………………」

 

 劇場が暗くなり、明かりはスクリーンの光だけとなった。

 

 

 

 

『アイアーン、ゴォォォ!!』

『俺の炎を消せると思うな!!』

 

 

「おぉ」

「………」

 

 

『逃がさないぞ! この街で悪事を働くなど。俺の目が黒いうちは許しはしない!』

『ふん、その台詞。なんとも懐かしい。やはりお前はお前か』

『どういうことだ』

『知る必要はない。いまは、な』

 

 

 

(モグモグ)

(ズーーー)

 

 

 

『ば、馬鹿な。俺と同じアイアンアーマーだと!?』

『そうだ。俺はアイアンガイ・アッシュ。かつての名はアイアンガイ・ヒート』

『【変身解除音】』

『俺は未来からきたお前自身だ。赤金聡司』

『な、にっ………』

 

 

(きたぁ……)

(………………)

 

 

『消えろ!! アイアンガイ・ヒート! 過去の俺! お前を滅ぼすことで。俺は過去の過ちを精算する!!』

『ぐぁぁああああーーっ!!』

 

 

(やばっ、もろに入った!)

(ドキドキ………)

 

 

『馬鹿な、何故立てる。アイアンハートは破壊したはずだ!!』

『忘れたのか俺。アイアンハートは俺の心であり俺自身。俺が挫けぬ限り、俺の炎が燃え続ける限り。アイアンハートは砕けることはない!』

『出鱈目な奇跡を起こすか!』

『奇跡じゃない! それが俺だ! たとえ未来の俺自身だとしても。俺の炎を消せると思うなぁ!』

 

 

(ここで決め台詞は熱いって!)

(燃える!)

 

 

『紅蓮の炎をここに!』

『灰塵の焔をここに!』

『エクス!』

『プロージョン!』

『『ナッコォ!!!』』

 

 

 

 

 

 

「「最高だった」」

 

 映画館を出て揃って言葉が出た。

 

 今年も文句無しの大作だった。

 

 現在と未来のアイアンガイ・ヒートの壮絶なドラマと戦闘シーン。

 未来のアイアンガイが俳優さんの父親を当てることで未来感を際立たせるナイス配役。

 

 駄目だ。

 語りたい! 今すぐにでも語りたい! 

 ネット仲間と語るのもいいが。今はまだ午前中。だが夜までには待てない! 

 

 あーー何処かに知り合いかつ熱く語れるアイアンガイファンはいないものか………

 

 チラッ。

 と見たら簪さんと目がバッチリあった。

 

「「………………」」

「お腹空かない?」

「空いた」

「提案なんだけども」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 

「楽しかったなぁ」

「うん」

 

 

 利害が一致した俺と簪さんは足早にファミレスに駆け込んでそのままアイアンガイ談義を開始した。

 

 周囲へのネタバレ配慮の為会話は全てプライベートチャネルによる脳内会話でだ。

 なので周りからしてみればただ黙々とお昼御飯を食べてるように見える………が時々俺の表情が変わるのでただただ簪さんが黙々と食べてる絵になっている。

 

 だが脳内ではそれはもう熱いアイアンガイ談義で盛りに盛り上がり。

 店を変えて過去作の話に移り。興奮が最高潮に達したまま本日二回目の映画を見に行って。

 気付けば夕方になっていた。

 

「なんか一生分のアイアンガイ話した気がする。てかあの考察は気付かなかったわ。簪さん相当叩き込んでるね」

「そんなこと、ない。もっと凄い人居る」

 

 お陰俺と簪さんはこれまでのことを忘れて純粋に楽しむことが出来た。

 

 だが楽しい時間というのは本当に早く感じるのか。気付けばもう寮のロビーについていた。

 俺は周りにセシリアがいないことを確認して安堵した。

 明らかに外帰りで一緒に遊びに行きましたって雰囲気だもん俺ら。実際そうなったけども。

 

「じゃあね簪さん。今日は楽しかった。また明日」

「………え?」

「ん?」

 

 そのまま立ち去ろうとしたら簪さんが戸惑った声を出した。

 あれ、なんか間違えた? いや間違えてないはずだが。

 

「どうした?」

「えと………今日は………ないの?」

「え?」

「今日は、誘わないの、タッグ」

 

 あー、成る程。

 セカンドコンタクトしてから毎日会う度に誘ってたからな。

 

「しないよ。別に諦めた訳じゃないけどさ」

「なんで?」

「………誘い続けてる俺が言えた義理じゃないけど。今日簪さんとアイアンガイの話できて本当に楽しかったし。簪さんも楽しめたでしょ? そこを態々水を刺すのは結構酷だなって思って」

「………」

「あ、もしかしていつ聞かれるのかって思ってた? すまん、嫌な気分にさせたか」

「ううん。私も楽しかった。タッグマッチのこと、忘れるぐらいに………」

 

 それは、なんとも嬉しい限りだ。

 少しは心を開いてくれたのかな。

 出来ればこれを足掛かりにタッグを組めれば………なんて考えてる俺は本当に打算的な人間だ。

 

「レーデルハイトくんは、なんで私とタッグを………組もうと思ったの? 私と貴方は、そこまで接点はなかったのに」

「それは」

「お姉ちゃんに、言われたの?」

「………!」

 

 顔が強張ったのを感じた。

 まったく、いつものポーカーフェイスはどうした? 疾風・レーデルハイト。

 アイアンガイの話に興が乗って表情緩んだか? 

 

 簪さんは会長に干渉されるのを良しとしない。自分とは違うという劣等感。姉は一際特別な存在と見ている羨望感。

 そして、優れた姉への対抗心が彼女の根っこだ。

 

 会長も「私が頼んだと言わないでね。あの子、私に干渉されるのを良しとしないから」と言っていた。

 

 そんな姉からの頼みで俺が簪さんを誘った。そして成立し、打鉄弐式が完成したとしても。それは姉の力で自分の力ではない。

 そう捉えてしまうのだろう。目の前の彼女は。

 

 もう簪さんは気づいている。彼女は俺なんて歯牙にかけないほど賢い子だ。

 最初に声をかけた時にも、薄々気づいていたんだろう。

 

 ………………すいません会長。約束破ります

 

「君の言う通り。俺は会長に頼まれた。『妹を宜しくお願いします』って」

「………………」

 

 本当のことを言って、簪さんはギュッと手に力を込めて俯いた。

 だけどまだ終わらせない。

 

「でも俺は会長に頼まれたから君とタッグを組むと思った訳じゃない。それはただの切っ掛けで、簪さんと組もうとしたのは別の理由だ────俺は、君の助けになりたい」

「っ! 適当なこと、言わないでよ」

「適当じゃない、俺は」

「貴方の助けなんか、必要ない」

「かもしれない」

「じゃあ放っておいて」

「だけど放っておけない。だから君を誘い続けた」

 

 最初は確かに会長の頼みで動いた。

 セシリアへの未練は間違いなくあったし、今でもある。

 だけど組む以上、それらを無しに真摯に向き合いたかった。

 

「俺の望みは簪さんと簪さんの専用機と一緒に、トーナメントを勝ちたい。簪さんの専用機が飛び立つ姿を見たい」

「…………」

「君が一人でやりたい気持ちは知ってる。倉持技研は、君に再製作の申し出を寄越しただろ? 倉持技研に電話して確かめた。だけど君はそれを蹴った。一人でISを作り上げたら、お姉さんに勝てると思ったんだろ」

「………」

「だけど会長が一人でミステリアス・レイディを作った訳じゃない。元々7割方出来ていたモスクワの深い霧(グストーイ・トゥマン・モスクヴェ)を虚先輩や黛先輩や現地のメカニックと一緒に組み上げたんだ。噂は尾ひれがついただけで、真実でもなんでもない。だから君が………」

「そんなことはわかってる!!」

 

 俺と簪さんしかいないロビーに彼女の声が木霊した。

 彼女がここまで大きな声を出せるとは思わなかった本気で驚いた。

 

「お姉ちゃんが一人で作ってないなんて知ってる! 最初から知ってる! だから! だからこそ一人で作り上げないといけないの! やりとげないといけないの! じゃないと私は! ………ずっとお姉ちゃんの影のまま」

「そんなこと」

「貴方が善意で言ってくれてるのもわかる。ISが好きだから、製作を手伝いたいというのも………だけど、これは譲れない………」

「簪さん」

「………ごめんなさい」

 

 簪さんは走り去った。

 一度もこちらを振り替えることなく、自分の部屋に向けて走り去っていった。

 

「………ハーー。ほんと俺ってほんと下手だな」

 

 彼女が何故一人で作ることに拘るのかは俺も察しがついていた。

 会長が一人で作っていないことを知っていたのは予測の範囲外だったが。

 

 影か………どうやらコンプレックスは俺が思った以上に根が深いようだ。

 

「だからこそほっとけないんだよ」

 

 君は本当に。どうしようもないほど俺に似ているから………。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 自室に戻った簪はそのまま布団を頭まで被ってスマホ画面を開いた。

 画面にはアイアンガイが。完全無欠のヒーローが悪の組織を倒している。

 

 いつもなら楽しんでみれたが、今流れている映像にまったくといって良いほど集中できなかった。

 

「怒鳴っちゃった………」

 

 いつもなら我慢できた。

 感情的な衝動は理性的ではない。それは甘えであり、自分が未熟な証拠。

 だから感情を抑える術を身に付けていた。

 

 更識家に生まれ、更識楯無の妹として見られ、周りからの期待に応えられず、否が応にも比較される現状に涙することもなく。

 ただただ心を閉ざし、殻に籠る。

 それが一番効率的で理性的だったし。何より心を痛めずに済む。

 

 それでも声をあげてしまった。

 

 最後に声をあげたのがいつか。それは簪自身でさえ覚えていない程。久しぶりに大きな声を出した。出せた自分に驚いた。

 

 どれほど心のないことを言われても反発などしなかったのに………どれほど確信を突かれた言葉を突き立てられても感情を爆発させなかったのに。

 

 ふと、ポケットのなかに固い感触があったから取り出してみると。映画入場特典であるカードが入っていた。

 

「………………楽しかったな………」

 

 疾風が楽しめたように、簪も今日のお出かけを楽しめた。

 彼女の周りにはアイアンガイを話せる人はいなかったし、自分から話し出すこともしなかった。

 特撮ヒーローを見てるなんて女らしくない、あれは男が見るものだ。という偏見が色濃くある世界だから。

 

 だから共通の趣味を持った人と過ごした時間は楽しかった。

 自分の好きを笑われなくて安心した。

 たとえそれが、気にくわない人であっても。気にくわないはずだった人でさえも。

 楽しかった。至高の一時だった。

 

 そして直に見た。彼の人柄を。

 彼は好きなことに関して何処までも真っ直ぐだ。

 アイアンガイも、ISも。

 

『簪さんの専用機が飛び立つ姿を見たい』

 

 あの言葉も本心だった。

 私を気遣う言葉も、私を助けようとする言葉も。

 ………彼のことだから未完成の専用機を見たい、あわよくば製作に関わりたいというのもあるだろうけど。

 

「疾風・レーデルハイト」

 

 最後まで話を聞けば良かった。

 なんてことを考えている自分に少し驚いていると、既にアイアンガイの動画は終わっていた。

 

 こんなことは初めてだ。ましてや一人の男にここまで心を掻き乱されているのは。

 

 彼は自分の理想像。ヒーローのような人とは少し違う。

 ヒーローというのは、織斑一夏のような人間を言うのだろう。物凄く癪だけど。

 

 疾風は言うなればダークヒーローに近い。

 目的の為ならば手段を選ばず。的確にルールの穴を突いてくる小ズルさ。

 そして敵に対しての容赦のなさは時々苛烈な物がある。

 

 だがその根底にあるのは紛れもなく他人の為に怒れる人のそれだった。

 異種多人数戦で全校生徒の前で啖呵を切ったその姿は。挑発的な行動であったにしろ。まさしく、悪と戦う物の姿。

 

 決して諦めない姿は、何処かヒーローの素養を感じた。

 

 簪は想像した。

 もし疾風の申し出を受けたらどうだっただろう。

 

 共通の話題で盛り上がり、一緒にISを動かす。

 そこには親友の本音。そして様々な人たちが加わることだろう。

 ………考えるまでもない。それは楽しいことだ。

 

 だけど。

 

「それでは駄目………」

 

 それではあの姉を越えられない。

 姉を越えるために必死に頑張ってきた。

 姉のISに対抗するために自分で打鉄弐式のプランを考えた。

 姉にはない自分の特色を活かして、作り上げて、そして姉に勝つ。

 

『簪、あなたは何もしなくていいの』

「っ!」

『私が全部して上げるから』

『だからあなたは、無能なままで、いなさいな』

「うっ!」

 

 耳をふさいだ。

 自身を縛り付けるその言葉に耳を傾けない為に。

 

 一人でやらなければ駄目だ。

 一人でやりとげなければ駄目だ。

 一人で打ち勝てなければ駄目だ。

 

 だから。

 だから。

 今さら他人の手など借りれない。

 

 たとえ打鉄弐式が年内に完成出来なくなったとしても。

 代表候補生の立場が脅かされるとしても。

 

 そうでなければ。更識簪に価値などない。

 

 価値など、ないのだ。

 

 簪はスマホの電源を切ってもう一度布団を被り直した。

 途端に来る心地よい睡魔に身を任せ、ベッドに全てを委ねた。

 

「………明日も来るのかな………」

 

 キツイ言葉を言ったからもう来ないかもしれない。

 

「な、何を考えてるの………」

 

 寝る間際に浮かんだ淡い思考を振り払い。簪は今度こそ微睡みの中に意識を沈ませた。

 

 



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第95話【更識妹の試練】

「ねえねえ。まだレーデルハイトくんは簪さんを?」

「そうみたいだよ。私絶対オルコットさんと組むと思ったのになぁ」

「眼鏡同士相性がいいとか?」

 

 毎日毎日女子の間では疾風と簪さんの話題で賑わっていた。

 飽きもせずに同じような話題が飛び交うのは話題の中心が中心だからだろう。

 

「そういえばさ、織斑くんのペアはすんなり決まったよね………誰だっけ?」

「篠ノ之さんだよ。こっちはこっちで昼ドラレベルの修羅場になると思ったのに」

「一組の友達が言うには織斑くんが直接篠ノ之さんを指名したって。そこで話は終わったらしいよ」

「じゃあ他の子は納得したってことだ」

「いやーどうだろうねぇ」

「というと?」

「表面上は納得してても内面は納得してないかもよ? 女ってのはそこらへん簡単に出来てないからさ」

「流石、伊達に男にフラれ続けてリトル榊原先生の異名を持ってないわね」

「待って? 私そんなあだ名つけられてるの? てか榊原先生と一緒にしないでよ! 私まだ10代だから希望あるもん!」

 

 教室に一人の女子の嘆きが響いた。

 そしてたまたま側を通っていた榊原先生が流れ弾に当たって崩れた。

 

「まだ20代だから希望あるもん………」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「すーーー。フッ!」

 

 中央タワーに立っていたシャルロットが身に纏うラファールと共にアリーナ直下に飛び込んだ。

 それと同時に出現するホログラムターゲット、総数60。高速で移動するターゲットの位置を全方位視界で確認し、攻勢に移った。

 

「行くよ! リヴァイヴ!」

 

 スラスターをフルに吹かして高速切替(ラピッド・スイッチ)発動。

 両の手に握られたアサルトライフル【ガルム】が火を吹き、次々とターゲットのど真ん中を射貫いていく。

 ガルムが弾切れになった瞬間にショットガンにスイッチ、ドパッ! という音と共に二つ、三つずつターゲットを粉砕。

 その後にアンチマテリアルライフル、ビームライフル【ヴァーチェ】を展開しターゲットに当てていく。

 

 トップスピードを維持したままターゲットを破壊し、残りは僅か9枚。

 

 シャルロットは近接戦にシフトチェンジ。両手にアサルトブレードを持ち、すれ違いざまに切り刻み。真下に現れた最後のターゲットをグレー・スケールでぶち抜いてフィニッシュ! 

 

「フーー」

 

 一息ついたシャルロットはターゲットアタックの結果を確認。命中率100%。スコアは100点中97点の高スコアだったが、シャルロットは何処か不完全燃焼気味だった。

 

「やっぱりホログラムターゲットだとある程度動きがわかるなぁ。繰り返し練習は大事だけど、もう少し癖のあるのが欲しいな。今度疾風に頼んで………いや、疾風も敵なんだから頼っちゃ駄目だよね。あとそれどころじゃないだろうし」

 

 あっちもあっちで大変だもんね。

 と、シャルロットが疾風の落ち込んだ顔を思い出していると側にレーゲンを装着したラウラが降り立った。

 

「シャルロット。遅れてすまない」

「あ、ラウラ。僕は大丈夫だよ。丁度ホログラムトレーニング終わったあとだし。でも珍しいね、ラウラが訓練に遅れるなんて」

「いや、ちょっとな。事件が起きてしまって………」

「事件?」

「これだ」

 

 サッと見せてきたのは一夏の写真だった。

 真っ二つに破れた。

 

「一夏の写真。どうしたのこれ、まさか嫌がらせ!?」

「違う。これは私がやった」

「え、ラウラが?」

「その、私を選んでくれなかった一夏への恨みを込めてナイフを研いでいたのだがな」

「穏やかじゃないね」

「それで、目の前に笑う一夏の姿がホワーと出てきてな」

「ホワーっと」

「その姿が無性に腹が立ってナイフをロッカーに投げて突き刺したのだ………そしたらロッカーの内側に貼っていた一夏の写真を貫通していた」

「そ、それはなんというか」

 

 中々間抜けな話である。そもそもロッカーにナイフを投げちゃ駄目だよ。というツッコミをシャルロットは飲み込んだ。

 

「慌ててテープで止めようとしたらロッカーに保管していた大量のナイフが落下。その衝撃で掴んでいた一夏の写真はこの通り。私は、私は愚か者だ!!」

「まあまあ、写真ならまた現像すればいいんじゃない?」

「この写真は新聞部からネガごと買い取った物で、ネガもコピーされることを恐れて既に燃やした。つまりこの世でたった一枚の特別な写真だったのだ………それで心の傷を癒すのに二時間ほどの時間を有した」

「うーん」

 

 なんというか。シリアスな面立ちなのだろうけど何処かギャグテイストを感じるのは気のせいだろうか。

 それでもラウラにとっては心を抉るショッキングな出来事なのだから真摯に対応しなければならない。

 たとえそれが自業自得だとしても。

 

「じゃあ今度一夏に写真撮らせて貰おうよ。それもツーショットの」

「ツ、ツーショットだと! 承諾してくれるだろうか」

「絶対行けるよ、だって一夏だもん。特訓終わったら一緒にいこ」

「そうだな。その時はシャルロットもツーショットを撮って貰うといい」

「ええ!? 僕は別にいいよ」

「何をいう自分から言い出したことなんだからお前もやれ。ふむ、楽しみだな」

「うー。予想外の展開」

 

 だけどそれはそれとして一夏とのツーショットゲットできるから良いか。

 シャルロットは思わぬ棚ぼたに胸を弾ませた。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「隙ありだ一夏!」

「と思わせてだ!」

「なにっ! くぅあっ!!」

 

 アリーナ上空。紅椿の展開装甲による高速ターンで背後を取った箒だがそれを読んだ一夏が振り向き様に零落白夜抜刀。箒は脚部展開装甲を全開にし上体を反らし、スレスレで躱した。

 

「やるな箒。今のは結構必中の間合いだったんだがな」

「ああ、肝が冷えた。紅椿でなければやられていたな!」

 

 空裂を抜き放ち帯状ビームを連続で撃つのを一夏はスラスター制御のみで回避、そのまま近距離で雪羅を構えた。手のひらの砲塔にはエネルギーチャージを行っているオレンジの光が明滅していた。

 

(荷電粒子砲!)

 

 とっさに展開装甲でシールド防御。

 だが一夏は荷電粒子砲をキャンセル。雪羅の手を細め、爪先から零落白夜のクローを発動。刃渡り1メートルのビームクローが紅椿のシールドを霧散させ、そのまま紅椿に向かう。

 箒はとっさ両の刀でガードしたが受け止めきれず、ブレードを滑った零落白夜の切っ先が紅椿の肩に届いた。

 

「ちぃ!」

「このまま!」

「甘いぞ一夏!」

 

 一夏は左右から飛来したビットに追撃を断念。紅椿の展開装甲ビット。

 先ほどシールドが霧散した瞬間に切り離して置いたのだ。

 

 白式から可能な限り距離を取って地上に降り立つ。

 縦横無尽に飛び回るビットを払い除けようとする一夏めがけて箒は肩の穿千をスタンバイ、照準を向ける。

 

 白式からのロックオンアラートに急いで箒と紅椿に意識が向いた一夏は三次元躍動旋回からの瞬時加速(イグニッション・ブースト)でビットを振り切り急接近。

 

(チャージが終わる前に!)

 

「発動!」

 

 紅椿の展開装甲がフルオープン。紅の躯体が黄金色に輝き、穿千の先端にエネルギーが溢れる。

 

「絢爛舞踏か!」

「全開放射! いけぇぇー!!」

「負けっかぁぁーー!!」

 

 瞬時加速中でかわせない。だが一夏は慌てずに雪羅の霞衣を二重展開、瞬時加速(イグニッション・ブースト)の推力をそのままに穿千の極大光線の光に飛び込み突き進んだ。

 

 相対距離3メートルの時点で穿千の放射をキャンセル。光を抜けた一夏は紅椿の絢爛舞踏の光が消えたのを確認してから雪片弐型の展開装甲を解放、黄金の刃を突き立て、それを紅く輝く雨月、空裂の両の手で迎撃を試みた。

 

 

 

 

 

 

「箒も度胸あるよな。シールド回復したとはいえ身体で零落白夜を受け止めるなんてよ」

「肉を切らせて骨を断つ。下手に防御するより攻撃に全てを振った方が勝機があると思ったんだ」

 

 模擬戦の結果は箒の勝利で終わった。

 といっても絢爛舞踏の回復がなければ負けたのは箒の方だった。今回はワンオフ・アビリティーの使い方が箒に利があった。

 

「やっぱ絢爛舞踏は反則級だよなぁ。あんだけ減らしたシールドが一瞬で回復するんだからさ。対面してその厄介さが身に染みたよ」

「それでも1日1回発動するかしないかだ、今回は上手く発動してくれた。所要時間も発動から開始まで約20秒。これで早い方なんだから、まだまだ一夏の領域には行けないな」

「いやいや。まだまだ千冬姉の速さに到達出来てねえ。もっと早く抜けるようにしないと……」

 

 二人とも入学当初と比べると大きく見違えるぐらいの実力を持った。

 一夏の零落白夜は日に日に鋭さを増していき、箒も段々と紅椿の機動に慣れてきている。

 同学年との練習機相手ならほぼ負けることはないだろう。というのはクラスメイトの談である。

 

「ていうか今何時だ? まだやれるかな」

「あと30分でアリーナが閉まるな」

「じゃあエネルギーのチャージが終わったらコンビネーション練習して終わりだな」

「こんな時こそ絢爛舞踏を発動できたらと思うんだが」

「すまん箒。それ俺も思った」

「「ハハハハハ」」

 

 乾いた笑いである。

 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「~~♪」

 

 ISスーツから制服に着替えた箒は珍しく鼻唄を歌いながらポニーテールの結び目を直した。ポニーテールを結ぶためのリボンは一夏が誕生日プレゼントとしてくれたリボンだ。

 

 一夏とペアになった箒の日常は語るまでもなく充実していた。

 必然的に一夏と二人っきりの時間が増えた。これは確実に他よりリードしている。何より一夏が自分を選んでくれた(理由は現実的であるが)ことが箒を天上の幸福に導いていたのだ。

 

(これは専用機同士の訓練のためのタッグ。浮かれずに真面目に勤めなければならない………駄目だ、顔がにやける! むしろにやけるなという方が無理だ! だって一夏と二人っきりで特訓! しかも交代制じゃない! はーーー。私の運、今世分使いきってないと良いのだがなぁ)

 

「フフフフフフ」

「うわぁ、浮かれようが半端ないわね………」

「うおっ! なんだ鈴か」

「そうよ凰鈴音よ。はーーー」

 

 更衣室から出るとドアの側で腕を組んで鈴が待ち構えていた。上機嫌な箒を見てこれまた長いタメ息を吐いた。

 そんな友人を前にして流石に浮かれ続ける訳にはいかず、箒は顔の筋肉を引き締めて訪ねてみた。

 

「大丈夫か? 凄い疲弊しているように見えるが」

「いやー。もうなんていうか。セシリアが荒れに荒れちゃってさ」

「荒れる、というのは。やはり疾風が原因?」

「それ以外あると思う?」

「ないな」

 

 疾風のIS動かさない発言事件(新聞部の新聞で公的に広められた)からセシリアと疾風はろくに会話をまじ合わせていない。

 疾風はなんとかセシリアと仲直りしたいように見えるが、セシリアは疾風に塩対応している。

 最近は疾風がセシリアより噂の更識簪に意識が向くようになり、ますますセシリアの機嫌が悪くなっていたのだ。

 

「もうスパルタもスパルタよ。毎日毎日練習練習。難しい言語はバンバン飛んでくるわ、レーザーは雨霰のように飛んでくるわ。偏光制御射撃(フレキシブル)はグイングイン歪曲しまくりだわ。もう、ヤバイわよ」

「それはまたなんとも。というかそんな荒んだ心で偏光制御射撃(フレキシブル)が撃てるんだな」

「逆に感情燃料がドバドバ出てるんじゃない? あれってメンタル強ければ強いほど精度上がるらしいし」

 

 鬼の形相で回避困難なレーザーの応酬。

 想像してブルッと震えると同時にトーナメントでそれを相手に戦わないと行けないという事実に箒は二重で震えた。

 

「しかしそんな過酷なら文句を言うと思ったが」

「言おうとしたわよ。けど今のセシリア、マジで怖いのよ、少しでも触れたら発動する核爆弾みたいに。ほら、他の人が自分より怒ってると自分がクールになるってのあるじゃない? 今のセシリアは鬼教官よ。地元の教官にも負けてないから若干トラウマががが」

「お労しい」

「まあアドバイスは的確だし、日に日にコンビネーションの完成度が磨かれてるから利に叶ってるんだけどさ」

「そうか」

「それはそれとしてタスケテホウキ」

「無理だ」

 

 ガクッと落ち込む鈴。

 この世に救いがないのかとオーバー気味にテンションダウンしていった。

 

「一つ聞きたいのだが」

「なに?」

「セシリアは何故そこまで怒っていると思う?」

「嫉妬」

 

 にべもなくズバリと言う鈴に箒もやはりそうかと腑に落ちたように答えた。

 

「あいつ菖蒲が疾風に近づいた時も機嫌悪かったし。本人は上手く隠してるつもりでしょうけど漏れだしてるのよ、嫉妬が」

「私たちと似たようなものか」

「そうね。あいつ絶対疾風のこと好きよ。まるっきり機嫌の悪さが一緒だし」

「今回は結構重症だがな。セシリアもそろそろ許してあげればいいんだが」

「言うてさ。もし一夏があたしたちほっぽって簪って女の子に猛アプローチしたらアタシたちも同じ状態にならないって言える?」

「………………」

 

 ならないとは口が裂けても言えなかった。

 いや絶対になるだろう。

 そして一夏は何故自分たちが怒っているのか知りもしないでキョトンと間抜けな顔をするに違いない。

 なんか腹が立ってきた。

 

「まあ疾風は疾風で猛反省してるし。その意見もわからなくないけど。まったくセシリアと疾風ってほんと似てるわ。好意のベクトルも」

「やはり疾風はセシリアを?」

「そうでしょうよ。この前アタシたち全員になんで一夏を好きになったんだ? って聞かれてたじゃない。しかも菖蒲の告白も断ったのよあいつ。あんな良い子を振ったんだから他に好きな子いるって考えるのが妥当でしょ」

「え! 菖蒲さん疾風に告白したのか!? いつ!?」

「あ、やばっ」

 

 思わず自分の口をふさいだ鈴だが時既に遅し。吐いた唾は飲み込めない。

 

「そうか、菖蒲さんが………」

「頼むから秘密よ。別に口止めされてないけどみだりに言いふらすことじゃないし」

「大丈夫だ、私は口が固いからな」

「胸は柔らかいのにね」

「まてまて! この流れでその話の流れはおかしいだろう!?」

「うっさい! さっきから喋る度に真横でプルプル揺れてるのを見せつけられるアタシの身になりなさいよ!」

「別に見せつけてない!」

「無自覚が一番タチが悪いのは一夏だけで充分よ! コノッ! 揉んでやる! よこせその乳!」

「ちょっ、そんなグニグニと! ヒャン! というかお前! 勢いで誤魔化そうとフワァ!」

 

 鈴の手により箒の形の良い巨乳が縦横無尽に形を変える。

 同性でも羨まれるそれを揉みし抱いてるうちに鈴はその魔性の果実に心を奪われかけていた。

 

「くっ! なんて乳なの。触ってる私が逆に取り込まれそう」

「いいから、揉むのを、やめ、アンっ!」

「鈴さん、なに遊んでいますの?」

 

 いついたのかセシリアが箒の胸を揉みしだいている鈴にジトッとした視線を向けている。

 

「なにって癒されてるのよ。あんたも触る? 揉んでみてわかったけどヤバイわよ箒のおっぱい」

「いいから今すぐ揉み続けるのをやめなさい。箒さんもさっさと振りほどきなさいな」

 

 それはもう惜しい物を手放すように鈴は箒の胸から手を離した。離したあとも手をワキワキしてる。

 

「女の私でもこれだけ魅了されるんだから一夏が触ったらどうなるわけ?」

「鷲掴んだあと硬直するんじゃないですか。山田先生の胸を触った時そうでしたし」

「やはり巨乳は悪ね」

「妄言を吐かないでくださいな。あのあと鈴さんとのペアでボコボコにされましたわよね」

「アーキコエナーイ!」

「だからこそ次はああならないために特訓あるのみですわ。ほら早く立ちなさい!」

「キコエナーイ!!」

「なに騒いでんだお前ら」

「あ、一夏」

 

 光明を得たと箒と鈴は一夏に希望を見いだした。

 若干涙を浮かべながら鈴は一夏にすがり付いた。

 

「一夏助けて! セシリアの特訓がキツくてもうヤバイの!」

「頑張れ鈴」

「即答! 知ってる一夏? 頑張れって突き放すことにも使えるのよ?」

「だからって他人のペアに口を出すわけにもなぁ」

「箒の胸揉んで良いから!」

「は、はぁ!?」

「おい鈴、私の胸を担保に出すな!」

「じゃあセシリアの!」

「鈴さんあなたいい加減にしなさいな!」

 

 残念ながら一夏は役に立てずに鈴からのセクハラでフリーズ。

 もはや収集がつかない、と思ったその時。

 

「こらこら、あんまり廊下で騒がないの」

 

 生徒の長、更識楯無の登場である。

 後ろには菖蒲もいた。

 

「あら鈴様。どうしましたのそんな猫のように掴まれて」

「見ればわかるでしょ。拉致よ!」

「違います」

「嘘はダメですよ鈴様」

「もー! なんでアタシの味方一人もいないのよ!」

「日頃の行いだろ」

「あんたに言われたくないわよ!」

「そんなことより楯無さんはなんでここに?」

 

 そんなことってなによ! と目と口を三角にする鈴はスルーが安定と暗黙の了解が出た。

 

「一夏くんと箒ちゃんに用があったのよ。今から大丈夫?」

「構いませんよ」

「私も大丈夫です」

「じゃあ行きましょうか。あっ、セシリアちゃん」

「なんです?」

「疾風くん。いまも反省中よ。そろそろ許してあげてくれないかな」

「それを決めるのはわたくしです。失礼致します」

 

 軽く礼をしてセシリアは踵を返した。いつでも礼儀正しいその姿は育ちのよさの現れだろう。

 引きずられる鈴からの目をそらせばの話だが。

 

「タースーケーテー」

「無事でいろよ、鈴」

「それで、なにをするんですか?」

「検査室。二人とも全然やってないでしょ、ISのシステムチェックとフィジカルチェック」

「「それは………」」

「駄目よぉ。本当に大事なことなんだから。ISには自動調整機能があるけど、最後にはちゃんと自分で調整しないと強くなれないのよ? 一回くらいはやったことないの?」

「実は自分でやったことないです。前に疾風にやってもらった時しか」

「私もです」

「二人とも篠ノ之束製だから他のより優秀なのついてるみたいだけど。こういうのは放置するとドンドンずれが生じて後が大変なのよ」

 

 例えるなら早期治療をしないで先延ばしにして最後に痛い目にあうような物だ。

 

「菖蒲ちゃんの専用機も届いたしね。ついでにやっちゃいましょうか」

「届いたんですか、菖蒲さんの専用機」

「どんな奴なんだ? 打鉄稲美都の改修機だよな?」

「名前は打鉄櫛名田(くしなだ)。それ以上は秘密です」

「櫛名田。八岐大蛇に出てくる櫛名田姫か?」

「はい」

「とんでも性能してるのよ。油断してると普通に負けるわよ」

「楯無さんと菖蒲さんの櫛名田か。これは強敵だな」

 

 それでも負けるつもりはない。口に出さなくても一夏と箒の思いは同じだった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 今日会長は菖蒲と遅くまで特訓。夕飯も菖蒲と食べるらしい。

 一人になった俺は食堂の方に足を運ぶことにしたのだが。

 

 そこで簪さんとエンカウント。

 

「あっ………」

「こんばんは」

 

 コクリと頷きで返してくれた。

 少しは心を開いてくれたみたい。

 

「この前はごめんね。捲し立てちゃってさ。熱が入ると止まらなくて」

「ううん。大丈夫」

「よかったらご飯一緒に食べないか? 奢るよ」

「えっ、それは………悪い」

「昨日のお詫びってことじゃ駄目かな?」

「気にして、ない」

「俺が気にしちゃうんだ。食費が浮いてラッキーってことにしてくれたらいいなって思うんだけど」

「………わかった」

 

 簪さんが少し後ろからついてくることを確認して食堂に入ると、まあ視線が刺さること。

 なにせ学園でも注目の二人組(黛先輩調べ)が満を持して一緒に食堂に入ってきたのだ。これはまた明日には噂として広まるな。

 

 とりあえず無視だ無視。

 どうせ広まるならどうとでもなれ。

 今は簪さんとの対話が優先だ。

 

「今日のオススメはジャンボカツカレーか。簪さん、これにする?」

「私、肉はあまり、好きじゃない、から。かき揚げに……する」

「オッケ。じゃあ俺はチキン南蛮丼にしようかな」

 

 発券機で券を出しておばちゃんに渡し。少し待ってると料理が出てきた。

 相変わらず早い。

 

「さて、今日多いなぁ。どっか空いてるとこあるかな」

「あそこ、一番奥から、三番目。空いてる」

 

 簪さんが指さした方向には………えーと。

 

「…………ほんとだ。よく見えたな」

「視力は、いいから」

「そうなの? でも眼鏡してるよね」

「これは、携帯用ディスプレイ………」

「あ、そうなんだ。眼鏡じゃないんだ」

「空中投影ディスプレイは、高くて手が出なくて」

「わかる! あれマジで高いよな」

 

 ホログラム技術が発達した世の中でも空中投影ディスプレイは高い。

 スーパーとかにある宣伝用はプログラム容量が少ない固定式の物だから安価で済む。

 玩具だとヒーローやロボット、果ては魔法少女やヒロイン的なのがホログラムフィギュアとして売られているが、あれもなかなか値が張る。

 

 簪さんが持ってる携帯型眼鏡ディスプレイもホログラム技術の副産物で誕生したものだ。

 眼鏡のレンズに画像を移すそれは一時期かなり流行ったものだ。簪さんはそれをISの調整にも使ってるみたいだが。

 

「レーデルハイトくんは、持ってないの?」

「持ってない。というよりそこまで必要なかったからなぁ。ネットやるなら普通にスマホかパソコンでいいし。眼鏡ディスプレイもさ。度付きのやつ異様に高いから買えてない」

「そうなんだ」

「それより早く行こう。冷めたら勿体ないし」

「うん………」

 

 一緒に奥の席に向かうとやはり周りから視線がさっきより強くなった。

 とことん無視を決め込んで窓際の席に座った。

 

「ここいつも人いるから座ったことないけど良い眺めだな。海が光ってる」

「うん」

「じゃあ頂きます」

「頂きます………」

 

 パクリ。アーー。

 タルタルソースが美味いのは確定的、衣に染み込んだ甘いタレがもう文句無し。たまらずご飯を二回放り込んで。

 ほんと。この食堂は外れがない。

 

 チラッと簪さんの方を見るとかき揚げをグーと汁の中に沈めていた。

 かき揚げの中の空気がプツプツと眺めながら、なんだか楽しそうだ。

 

「簪さんは染み込み派なのね。俺はサクサク派だけど、たまにそれやるわ。染みたとこと内側のサクが良いよね」

「違う。これは、たっぷり全身浴派………」

「なん、だと?」

 

 ここでまさかの新派閥誕生!? 

 かき揚げの芯まで汁を染み込ませる。それがたっぷり全身浴派か! 

 

「まさかここで新たな境地が見えようとは。恐れ入ったぞ簪さん」

「流石に、オーバー」

「いやいや。かき揚げ問題はきのこたけのこに並ぶ戦争案件だからな。因みにドイツの代表候補生のラウラ・ボーデヴィッヒはサクサク過激派だから気を付けろ。バトルが始まる」

「あの人。時々、変って。噂がある」

 

 それなぁ。

 軍人だからお堅いってのとは明らかに方向性が違うんだよなアレ。

 そもそも一夏を嫁と言ってる時点でもうネタキャラの片鱗を見せてる気がする。

 

「よし」

 

 おっ、浸し終わったようだ。

 すっかりふにゃふにゃになったかき揚げを崩し、うどんと一緒に啜る。

 こ気味のいい啜り音の後に簪さんはホクホクとした顔で悦に浸った。

 簪さんもそんな顔するんだなぁ。

 

「なに?」

「あー、すまん。美味そうに食うなと思って」

「美味しいから」

「だろうね。チキン南蛮も美味い。肉嫌いって言ってたけど。どれぐらい嫌いなの?」

「肉の油が少し苦手。食べれないことは、ないけど」

「ふーん」

「でも、鶏肉は平気」

「そうなの。じゃあ一切れ食べる?」

「え?」

 

 サッとどんぶりごと簪さんの方に寄越した。

 流石に箸で食べさせるという行為には出れない。もし簪さんが間接キス云々に嫌な部類だったらアレだし。

 日常生活でもことごとく一夏の伊達男振りの凄さを感じる。

 俺はあそこまでアグレッシブになれんな。

 

「流石にそれは、悪い」

「食べたくなかった?」

「そういう、訳じゃない………」

「ほんとに美味いんだこれ。これもお詫びの一つってことで」

 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 

 簪は遠慮気味にチキン南蛮に箸を触れさせた。

 でも流石に1個丸々貰うのは気が引けた。

 

「一つは悪いから。半分でも、いい?」

「どうぞどうぞ」

「………頂きます」

 

 箸で丁寧に割いたチキンを持ち上げる

 タルタルソースとタレがついた揚げ鳥を小さな口で頬張る。

 

「………」

 

 無表情に見えるが、目や口の端が微妙に喜の表情に変わった。

 心なしか簪の周りがパーっと明るくなった気がした。

 疾風はその姿がどうにも微笑ましくて自然と笑顔を浮かべていた。

 

「どう、美味いだろ?」

「っ!!! ゴホッ、ゴホッ!」

 

 飲み込む途中で気管に入ったのかゲホゲホと咳払いする簪さん。

 おいおい大丈夫か大丈夫か!? 

 

「簪さん大丈夫!? ほら水飲んで」

「だ、大丈夫。ちょっと驚いただけ………」

「やっぱ肉苦手だったんだな。無理に進めてごめんね」

「違う、違うから。大丈夫だから」

 

 もう一杯水を飲み、気持ちを落ち着かせる。

 

(言えない。レーデルハイトくんの笑顔が輝いて見えてびっくりしたなんて………)

 

 想定外の感情にもう一度水を注いで飲み干した。

 どうにか取り繕うと言葉を必死に組み立てた。

 

「こ」

「ん?」

「こんなこと、しても。ペアになる気は」

「そんな気はないよ」

「嘘」

「嘘じゃないよ───もう誘うのやめるからさ」

「………………え?」

 

 いま彼はなんと言ったのか。

 誘うのをやめる。つまりもうペアを組む気はないという………

 

「あっ、別に簪さんとペアを組む気がないって訳じゃないから!」

「じゃあ、なんで」

「いやさ。昨日の件で一線、レッドライン越えたなって思ってさ。今までもそうだけど、簪さんがその気なかったのに誘い続けて、流石にしつこすぎたなって。だから簪さんからイエス貰えるまで待とうと思って」

「私が、イエスって答えなくても、ペアになれるから?」

「いや、それに関しては問題ない。簪さんのISが不調でどうしても出られないときはどうするかって織斑先生に聞いたら山田先生をつけてくれるってさ。もしペアにならなくても、簪さんは俺とペアを組むことはないよ」

 

 つまり、必ずしも疾風が簪を選ぶ必要はなくなったということになる。

 

「って、これもう完全諦めムードの流れだな。言っとくけど簪さんが良かったら俺は何時でもペアを組むから! 専用機の製作も簪さんが良かったら手伝うからな」

「………」

「簪さん? えーっと………あっ、とりあえずチキン南蛮返してもらう………」

「っ!」

「ほ?」

 

 疾風が自分の丼を手元に戻そうと簪がグイッと自分の方に寄越した。

 

「え、そんなに気に入った?」

「レーデルハイトくんは」

「ん?」

「辛いのが苦手って聞いた」

「まあ人並みには」

「わかった」

「なにを?」

 

 次の瞬間

 

 ガッ! 

 

「へ?」

 

 簪はテーブルに置いてある一味唐辛子の蓋を驚くべき早さで取り去り。

 

 ババババババババババ!! 

 

 疾風のチキン南蛮丼の上にそれはもう羅刹の如く振りかけた。

 

「ちょちょょちょちょちょちょちょちょちょ!? な、なに! なにしとんの簪はん!?」

 

 思わずエセ関西弁になった疾風は手を出そうにも出せずに黙ってその凶行に立ち尽くした。

 

 ひとしきり降り終えた後、簪はサッと疾風の前にチキン南蛮だったものを置いた。チキン南蛮の上には赤い砂漠が出来ていた。もはやこの世の物ではない。

 一味唐辛子がもう1/3しか残ってないことに疾風は戦慄した。

 

 周りの女子も何事かとこちらを見て赤い丼を見て驚いた。

 

「そ、そんなに怒った、感じ、でしょう、か?」

「怒ってない」

「嘘だろそれは」

「本当に怒ってない」

「じゃあ何故こんな凶行を」

「あなたを、試す、ため」

 

 スッと簪さんの真っ直ぐな瞳に疾風は唾を飲むことすら忘れた。

 

「これを食べきれたら、あなたと組むことを、考えてあげる」

「ほ、本当に?」

「勘違いしないで。考えてあげると言った。たとえあなたがこれを食べきったとしても。私はイエスと………言わないかもしれない。これはただの骨折り損になる、可能性もある。そもそもこれはあなたへのいやがらせという可能性もある。それでも、あなたは食べる?」

 

 試練だ。と疾風を含めたギャラリーは思った。

 普段すんなりと言葉を紡げない簪さんが鋭い眼差しで疾風に試練を与えた。

 その姿は誰もがあの生徒会長の妹であると納得できるぐらいの貫禄と迫力があった。

 

 流石の疾風も立ち尽くした。

 もうほんとに立ち尽くした。

 人生でこれ以上ないぐらい立ち尽くした。

 

 しかもたちの悪いことに、この試練は疾風のメリットがほぼ皆無。

 だって試練をクリアしても報酬が確定していない、むしろそんなものはない簪は言っているのだ。

 

 疾風は立ち尽くして立ち尽くして。

 立ち尽くし続けて………

 

 黙って席を離れた。

 

「………」

 

 周りの女子が口々に簪を非難する声をあげるなか。簪は疾風に特に落胆することなく自分のかき揚げうどんを食べ始めた。

 

 普通の反応だ、こんな馬鹿げたことやるはずがない。

 流石の疾風も愛想をすかしただろう。

 

 これは簪にとって喜ばしいこと

 最近になって声をかけられて、周りの女子からの視線が変わったのが煩わしかった。

 今まで拒んできたのだ。彼が引いてくれたのなら願ったり叶ったり、これで安心して専用機の製作に取りかかれる。

 

 今まで通りの日常だ。

 また殻に引きこもって、黙々とやりたいことをやる。

 

 万々歳だ。

 

 ………そう、万々歳………

 

「よいっしょ!」

 

 ガシャン。けたたましい音に簪はハッと顔を上げた。

 

 なんと疾風が10個のコップと氷水のピッチャーを持ってきてのだ。

 空のコップに氷水を注ぎ、ドカッとチキン南蛮丼の前に座った。

 

「頂きます!」

「え、ちょっと………」

 

 疾風は躊躇うことなく赤い砂漠に食らいついた。

 

「んんっ! ゴポッ、か、かっらゲフッ、ゲフッゲフッゲフッ! うおっごほゴホッ」

 

 刹那衝撃的な辛みが神経を伝って全身を貫いた。

 唇が赤くなり、口内に激痛。汗と涙が溢れた。急いで水を一杯飲み込むが焼け石に水だった。

 

 思わず簪は箸を落としてまこと信じられない顔でチキン南蛮丼をかっ食らう疾風を見て硬直した。

 

「うわ、粉、粉駄目だゲホゲホ、オエ」

 

 直接唐辛子の粉を吸い込んだ疾風は思わず嗚咽を漏らした。

 直ぐ様疾風は一味唐辛子とご飯を混ぜてまず粉っぽさを回避したが、辛い! 米一粒一粒に唐辛子がコーティングされて別種の化け物となった。

 

「ゲホッ。なんて顔してんのさ。ウオヘっ、ゴクゴク、プハッ。もしかして食わないと思った」

「あ、当たり前。頭おかしい」

「ハッ。言ったろ。俺は簪さんのISに携わりたいし、飛ぶ姿が見たいってな」

「でも、承諾するとは」

「言ってないな。だけど一抹の望みがあるならやらないわけには行かないさ。特に俺の場合はな!」

 

 明らかに無謀な挑戦をしているのに、疾風の目は陰るどころかランランとギラついていた。

 その挑戦的かつ好戦的な視線に簪はもう言葉を発することすら忘れ、赤い丼を食べ進める疾風を見つめた。

 

 おもいっきりかっこみ、咳をし、水を流し込み。ピッチャーで空になったコップを水で満たす。

 

 その繰り返しを何度も行い。

 長い戦いの末。

 

「んんっだぁ! ご馳走さまでしたぁ!」

 

 赤砂漠チキン南蛮丼。見事に完食した。

 

 周りのギャラリーも思わず拍手喝采。

 蛮勇を成し遂げた疾風を祝福したのだった。

 

「ハハ。食べきるとは、思わなかったでしょ?」

 

 ハッと我に返った簪は急いで首を縦に振った。

 

「ISオタク。嘗めんなよ?」

 

 ニッと笑う口許は真っ赤っ赤。顔を汗で光り。目元は涙で赤くなっていた。

 お世辞にもカッコ良くは見えないその風貌。だけど簪はそんな疾風の姿から目を離せなかった。いや離さなかった。

 

「あーそうだ!! 別にこれで組めるなんてこれっぽっちも思ってないから!! ただ単におれの負けず嫌いとオタク魂が爆発しただけだからな!! じゃあまた今度!! 気が変わったら声かけてね!!! ………………ウェップ」

 

 疾風は一際大きな声でそう言い放つと、丼とコップを片付け。そのまま足早に食堂を去っていった。

 

「………」

 

 ギャラリーが疎らになっても、簪は動くことが出来なかった。

 

(どうして………)

 

 あそこまで出来るのか。

 本当にISが好きなだけでここまでのことが出来るのか。

 

 ただただ目の前の現実が信じられなかった。

 

「………………」

 

 胸が跳ね上がっている。

 こんなことで絆されたりしない。

 そう自分に言い聞かせ、簪は内から溢れ出る何かを必死に抑えつけた。

 

 これは甘えだ。甘えてはいけない。

 そんな資格自分にはない。

 甘えたらまた、弱い自分になってしまう

 

 かき揚げうどんは、もう延びていた。

 そんなことを気にとめず、簪は感情の制御に勤しんだ。

 

 

 



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第96話【日の本の守護者】

 

 

「すいません黛先輩。せっかくお声をかけたのに」

「いいのいいの。簪さんの専用機いじれなかったのは残念だけど。それにまだ望みが消えた訳じゃないんでしょ?」

「まあ。そうとも言えますが」

「私も簪さんには前を向いて欲しいのよね。たっちゃん日に日に萎れていくし。てことで私は何時でもウェルカムだからね!」

「その時は宜しくです。ではまた」

「はーいまたねー」

「………ふーー」

 

 通話を切って背もたれに深く寄りかかった。

 

 パソコンの画面には整備科二年、三年生の生徒からピックアップした先輩方が移っていた。

 もし簪さんとタッグを組み、専用機の製作に携われるとしても。俺と簪さんの2人だけではどうしても不安が残った。

 そこで黛先輩のツテを元に選りすぐりのメンバーをピックアップ。磐石の姿勢で専用機製作に挑み、タッグマッチトーナメントに挑む………予定だった。

 

「嫌われては………いないと思いたいが」

 

 アイアンガイの件から、明らかに彼女との心の距離は縮まった。

 共通の趣味を得てコミュニケーションを構築する。自称ギャルゲーの覇者、村上綺羅斗の助言も強ち間違いではなかった。

 

「うあぁ。まだ舌がピリピリするぅ」

 

 先ほど食べたレッドデザートチキンナンバンドンの効果は未だ俺の身体に辛みを残していた。

 食堂を抜けたあと俺は直ぐ様GoToトイレ。セシリアのエクスティンクションクッキング程ではなかったが、俺の腹をブレイクするほどの効力はあった。まあそれは置いといて。

 部屋に帰ってからしこたま牛乳を飲んで今に至る。

 

「我ながらなんであんなことしたぁ」

 

 あれを完食しようとした理由は宣言した通り意地と矜持だった。

 簪さんの予定ではあれをぶつけて俺を根負けさせたかったのだろうが。冗談じゃない、そんな程度で俺のIS魂をかき消せると思ったのだろうか。

 普通ならそうだろうが、生憎IS関連で俺は普通じゃなくなるんでな。

 

「ハハ、ざまぁみろ」

 

 それはそれとして。万が一簪さんの心が傾ければなぁ、とは考えてないわけではなかったが。

 

 おっ、電話だ。会長? 

 

「はいもしもし」

「もしもし疾風くん? いま時間大丈夫?」

「大丈夫っすよ」

「そっか。じゃあ今からそっち行っても?」

「いいっすけど。珍しいですね、いつもアポなしで来るのに」

「その、毎回そっちの都合無視して押し掛けるのも悪いかなぁ………って」

「へ?」

 

 会長がこっちの事情を考慮しただと? 

 

「………あんた何者だ? 更識楯無じゃないな?」

「あのね疾風くん。そんなマジトーンで喋らないで? 正真正銘の更識楯無だから」

「嘘だ。俺の知る更識楯無はジャイアニズム全開で傍若無人を絵に描いたような人だ。加えてドシスコンの上に肝心な時にはヘタレでその癖裸エプロンなんて恥もへったくれもないような格好をする残念美人だ。リサーチ不足だったな。さて、要求はなんだ?」

 

 ピンポーン。

 

 インターホンが鳴り、モニターを見るとスマホを耳に当てながらぶんむくれてる会長の姿があった。

 

「要求を言うわ。開けなさい」

「らじゃー」

 

 

 

 

 

 

 

「ぷーー」

「少しからかっただけじゃないすか」

「お黙り! ていうかさっきの長ったらしい説明なに!? 明らかに悪意あったでしょ!」

「失敬な。自分は嘘偽りないありのままの更識楯無像を話したと言うのに」

「よぉし私怒っても良いかしら」

「ここで怒ったらますます先ほどの会長像に箔が付きますよ」

「うぐっ」

 

 会長、撃沈。というより消沈した

 

「大分まいってますね会長」

「誰のせいよ」

「いやそれじゃなくて。事前電話いれるなんて本当に珍しいなって」

「私をなんだと………さっき説明してくれたわね」

 

 つい言っちゃいました。

 

「コホン。早速話題に入りたいところなんだけど。疾風くん、これから話すことは他言無用でお願い。もしかしたら今後噂として広まるかもしれないけど、それまでは秘密ってことで」

「何かあったんです?」

 

 シリアス的な空気に思わず姿勢を正した。

 

「箒ちゃんのことなんだけどね。今日ISのメディカルチェックをやったのよ。私立ち会いの元、一夏くんも加えてね。ほら、あの2人ろくに点検しないから」

「まあそうですね。それで?」

「見た方が早いから見せるわね。パソコン借りるわよ」

 

 パソコンにメモリースティックを差し込み、データファイルを開く。

 データは今回のメディカルチェックの内容。篠ノ之箒のパーソナルデータ。

 ディスプレイには二つのデータが出された。一つは入学時の箒のIS項目、そのIS適正。

 もう一つは今日の………

 

「………は?」

「どう?」

「どうって、え? ちょっとまって。会長。これって、捏造でもなんでもないですよね?」

「ええ、紛れもない現実よ」

「それでも、いや、これはおかしいでしょう───なんでIS適正がCからSになってるんです?」

 

 およそ信じられない、動揺を隠しきれずに俺はわかりやすく狼狽えた。

 

 左の入学時のデータと比較されて出された、今日のパーソナルデータ。そこには紛れもなく、IS適正値のS判定が映されていた。

 

 ありえないことが目の前で起きている。

 そもそもIS適正値Sなんて確認されてるだけでも数人しかいない。

 元日本代表のブリュンヒルデ、織斑千冬。

 初代アメリカ代表。二代目ドイツ代表。

 そして現イギリス代表。フランチェスカ・ルクナバルトもIS適正Sだ。

 

 そんな数名しかいないIS適正Sに、まだ動かして一年も立っていない箒がS判定入り。

 

「身内話ですけど。うちの母は学生時代はCで、代表候補生の時までにA+に引き上げました。ですがそれでも何年もの時間を費やしてやっとその領域に行けたんです。でもこれは」

「明らかに短期間過ぎる。偉業を超えて異形とも言える。疾風くん、あなたがチェックしたのっていつ?」

「異種多人数戦の時に、一夏のを調整するついでです。その時はC+でした」

「つまり、それを考慮したとしても。箒ちゃんは約1ヶ月でC+からSにジャンプしたということになるわね」

 

 そういうことになる。

 あまりに衝撃的な光景に舌にあった辛みは何処ぞに消えていた。

 

「なんでこれを俺に?」

「信頼できる副会長だから」

「あの、真面目に言ってください」

「真面目よ? 信頼できるから意見を乞いに来たの。他でもない貴方にね。それに一夏くんより知識あるからね」

 

 ジッとこちらを見る会長と視線が交差する。

 俺にそこまで信頼できる値があるかはわからないが、少なくとも会長が俺を信頼してるということは伝わってきた。

 

「会長の意見を聞かせてください」

「私としてはやっぱり、篠ノ之束が関わってる気がするのよね」

「紅椿は篠ノ之博士の100%フルオーダーメイドですからね。乗ってから操縦者に合わせる通常のISと違って、箒が乗ることを前提に作った箒の為の機体。相性は抜群に決まっています」

「それじゃ、もし打鉄に乗せた状態で適正値を図ったらSにはならなかったということ?」

「現状わかりませんけど。IS適正値は飽くまで操縦者本人のパラメータですから、多分変わらないと思います」

 

 とにもかくにも。転機は間違いなく紅椿であることは明白。

 

「あとは覚醒した切っ掛け。原因には必ず過程があるわ。疾風くんがチェックをして、私が改めてチェックしたその間に。何か切っ掛けがあった」

「適正が一気にSになるほどの切っ掛け。一番劇的な外的要因はキャノンボール・ファストの襲撃ですけど」

 

 亡国機業(ファントム・タスク)によるレースの妨害。

 俺にとっても転機であったあの事件は。ISが生まれて以来、白騎士事件に次ぐ大規模テロとなった。

 

「そういえば。あの時からよね? 箒ちゃんがワンオフ・アビリティーを任意で発動出来るようになったの」

「そういえばそうですね。あと、無段階移行(シームレス・シフト)による、戦闘経験値による武装の自己開発機能もあの時初めて発動しました」

「それも絢爛舞踏が発動した直後よね」

「絢爛舞踏がトリガー?」

「濃厚よねぇ、それが」

 

 

 

 ………………………………

 

 

 

「結論」

「はい」

「推測の域を出ません!」

「解散!」

 

 パンパン! と手を叩いてお開きとなった。

 

 そのあともあれやこれやと持てる知識を総動員させて討論しあったが。

 まあ上記の通り推測の域を出ずに次第にネタギレとなった。

 

「さて定時連絡を聞きましょうか」

「簪さんの?」

「そう、マイスウィートシスター簪ちゃんについてよ」

「わかりました。そのマイスウィートシスター簪ちゃんとの話ですね」

「来やすく呼ぶんじゃないわよデコ助野郎!!」

「めんどくさいなこの人! てかデコでてないですから!」

 

 説明中………説明中

 

「………なんてことしてんのよ」

「はい」

「あれだけ言わないでと言ったのに私の差し金だって話したし」

「はい」

「終いには、終いには………なんでもう誘わないなんて言っちゃったのよぉ!」

「ちょっと揺らさないで下さい。いやほんと揺らさないで下さい。出る! 出ちゃいますから!」

 

 あ、ヤバい。吐きそう。これ以上揺らされたら吐く。吐きますって。

 

「ウブッ」

「あ、ごめん。大丈夫?」

「なんとか。フー」

 

 吐き気をなんとか抑えることが出来た。

 うー危ない。あと少しでキラキラ演出が出るところだった。

 

「喋ったのはすいません。でもあそこで下手に嘘をつくのは駄目だって思ったんです。簪さんは本当に鋭いです。あ、これ駄目だって思いましたし」

「それは知ってるわよ。簪ちゃんが人の感情に機敏なことぐらい」

「一応言いますけど。諦めたわけではないです。でもこれ以上強引に行けば、また簪さんは心を閉ざす。昨日だって予防線を踏み越えてしまいました」

「そうね、あの簪ちゃんが感情的になるなんてね」

「やっぱり珍しいんですか?」

「私が知る限りではね。あの子、非生産的な行動はエネルギーの浪費だって感じの子だから」

「そこまでですか」

 

 人物の紹介で非生産的な行動なんてワード出るの俺聞いたことないよ。

 そんな彼女があそこまで大きな声をだし、感情を吐露した。

 そして。

 

「その簪ちゃんが唐辛子ぶちまけるという凄まじいことをするとは」

「あの時はほんと信じられませんでしたよ。意地で食いきりましたが」

「よく食べきったわね」

「今でも余韻が凄まじいです」

「アララ。でもそれだけ心を開いてくれたってことか。これも全部疾風くんの行動が功を奏した結果ね」

「偶然の結果ですけどね」

 

 アイアンガイに感謝だ。

 流石我らが国民的ヒーロー。頼りになるぜ。

 

「あ、そうだ。簪さん、会長が一人でISを作ってないこと知ってましたよ」

「やっぱり。それでも一人で作ろうとしてるのね、簪ちゃんは。それをすれば私に勝てると、認めて貰えると思って………そんなこと気にしなくても良いのに………」

「無理ですよ。簪さんのコンプレックスは、思った以上に根深いです」

「そうよね………」

 

 これで何度目か。

 会長がまた顔を伏せる。

 こんな会長の姿を知る人物が。身内含めてどれくらい居るのだろう。

 妹である簪さんは、こんな姉の姿を見たことがあるのだろうか。

 

「会長。差し支えなければ。何故ここまで溝が出来たのか話して貰えますか」

「え、なんで」

「俺が知りたいんです」

「でもこれは更識家の問題で」

「信頼。してくれているのでしょう?」

「………」

「既に巻き込まれてるんです。今更って奴ですよ」

「………ほんと今更よね。わかった、話すわね、先ずは」

「あ、ちょっと待ってください」

「なに?」

「聞いて死なない程度の話でお願いいたします」

「………プッ、アハハ。うん、わかったわ」

 

 肩の強ばりが緩んだ会長。

 少しだけいつも通りの彼女の姿になったように見えた。

 

「まずうちの家。更識家がどういうものかを話そうと思うんだけど。大雑把には話したわよね」

「日本の暗部の元締めで、対暗部用暗部。裏のドンってやつですよね」

「その通り。歴史は古くてね。当時は服部の伊賀隠密衆と一緒に徳川につかえていたわ」

「そんな前から」

「といってもその頃の更識は本当に末端の機関でね。残念ながら教科書に乗るぐらいの人気にはならなかったわねぇ」

 

 世に出ないという意味なら忍び系には本望ではと思うが。そこんところの感覚は違うのかな。

 しかし徳川か。そういえば特大弁当持ってきた時に菖蒲が反応してたな。

 

「更識が大きくなったのは徳川の世が衰退した後。更識は政府の隠密諜報機関として活動。戦争が始まってからは裏向きでは解散したんだけど。戦後も混乱は続いてたし漁夫の利を狙うのが多くて。やめるにやめれなくなって活動は続行。そこから幾星霜たって、気付いたら日本の裏の番人に収まってたってわけ」

「最後大分はしょりましたね」

 

 話せないところがしめてたんだろうけど。

 

「その過程でロシアと太いパイプが出来たのよね。私がミステリアス・レイディを手に入れれたのもその縁」

「お陰で俺と一夏は命拾いしましたよ」

「そう思うならもっと敬いなさいな」

 

 いやいやこれ以上ないほど敬ってますよ。

 サディストハートが勝手に動くんです。

 

「そんなこんなで巨大な家系図が出来るぐらい大きくなった更識家に生まれた私たち姉妹。そして子供の時に世代交代の話が出てきた。理由は第17代目楯無が歳だったから。今の当主に変わる次期当主は誰だ! ってなった時に、とんでもない事が起きちゃったの」

「とんでもないこと」

「白騎士事件よ」

「うわぁ」

 

 なんというニアミスか。

 正しく日本の危機。実際白騎士現れなかったら………世紀末待ったなし。

 

「こうなったら世代交代なんてしてる場合じゃない! ってもんで。白騎士事件の後処理をしたのよ。あの時の更識は正にお尻に火がついて大炎上してたわ」

「でしょうねぇ」

「今思うとあの時職務につける歳じゃなくてよかったって思った。大人は揃って鬼気迫ってて、簪ちゃんなんか涙目になって「お姉ちゃん怖い」って抱き付いてきてね。不謹慎だけど、その時の可愛さと来たらもう永久保存版で足りないぐらいの可愛さでね!」

「会長、逸れてます。話逸れてます」

「あらごめんなさい」

 

 そこはブレない更識家18代目当主。

 しかし艱難辛苦ら空前絶後、群雄割拠なIS黎明期時代にどれほどの苦労があったのか。

 一般ピープルでさえ慌てに慌てたんだ。その苦労は計り知れないだろう。

 俺ん時は………どうだったっけ? 

 

「ようやくゴタゴタが終わり、世の中にISが浸透した頃。更識では改めて当主を決めるための話し合いが始まった。新しい当主として有望視されていたのは更識でも最有力と言われた私のいとこ。だけどその人は選ばれなかった。新しい当主には、これまでとは違う新たな要素が必要なのではという案が浮かんだから」

「ISを扱える女性ですか」

「その通りよ。ていってもこれまでも女性の当主はいたから珍しいことじゃないんだけどね。それで、ISを扱える者として、更識家はIS適正の高さに着眼点を置いた………そこで選ばれたのが私たち姉妹だったの」

「会長と簪さんですか。二人ともそんなに適正が?」

「うん、二人ともIS適正A+」

「あの、その時お二人の年齢は?」

「白騎士事件の2年後だから、私は9歳で簪ちゃんは8歳ね」

「ば、化け物や………」

 

 そんな時からA+なんてはっきりいって金の卵。

 更識家じゃなくても各国が欲しがる逸材だ。

 

「しかし子供の子供じゃないですか。よく反対しませんでしたね」

「そうねぇ。若過ぎるから反対って人と、敢えて私たちを選んで傀儡にしようって人で別れて。その渦中に巻き込まれて大変だったわ。素直に賛成してくれる人は少数しかいなかったわね」

「最有力と言われた男の人は? 当主になれると思ったのにその座を奪われて激怒したのでは?」

「そう思うでしょ? でもその人はあっさりと舞台から降りたわ。元々当主という立場に欠片も失着しなかった人だったから。当人からしたらラッキー! って思ったんじゃないかしら」

 

 それは支持した人からしたら頭の痛い話だな。

 しかし当主争いというのはどこも陰謀うごめくものなんだな。うちの母さんも社長になるまで大変だったらしいし。

 

「次期当主候補に選ばれた私と簪ちゃんはどちらが当主にふさわしいかを確かめるために徹底的な教育という名の指導を受けたわ。私は当時から出来る部類だから特に辛いことでもなかった。簪ちゃんもなんとかついてきてた」

「で、結局会長に決まったと?」

「ううん。最初更識家上層部は簪ちゃんを当主に仕立てようとしたの」

「え、なんで…………傀儡派ですか」

「そう。傀儡派にとって私は出来すぎたのよ。私が楯無になったら出来ることも出来ない。つまり目障りってこと………って夜こっそりと話していたところを偶然聞いちゃったの」

 

 壁に耳あり障子に目あり。

 どこで誰が聞いてるかわからないのに迂闊とはこのことだな。

 

「それを知った私は簪ちゃんを守るためにもうなりふり構ってられなかった。訓練を受ける傍らに傀儡派の弱みを手に入れ、定例会議でそれをぶちまけ、逆ギレして襲ってきたそいつらを完膚なきまでに叩き潰した。年端もいかない少女にボコされて傀儡派の面子はもう丸つぶれ。その後は………ここでは話せないわね」

「鳥肌立ちました」

「フフッ。それから私の評価は鰻上り、途中途中で暗殺なり誘拐なりされても難なく解決。簪ちゃんとも能力的な差が際立ってきた。そして14歳の時に正式に更識家当主になりましたとさ」

 

 中学生で裏のドン。

 当時の会長がその領域に至るのに。どれぐらいの研鑽と努力を重ねたのだろうか。

 身内からも命を狙われ。裏社会の汚さと残酷さを知った。

 

 今でこそ笑顔を絶やさず。生徒の皆から慕われ、道化にも見える生徒会長。

 その笑顔の裏では血と汗に濡れた暗い過去があったのだろう。

 

「そこからは楯無としての責務に勤めて、勤めて、勤めに勤めた。人並みの生活なんてなくて、ただ日本を守るための日々。若年ながら私は本当に良くやったと思う。周囲からの評価も不動の物になりつつあった。なにもかも順調、私は立派に責務を果たしていた」

「簪さんは更識の任務とか仕事をやってなかったんですか?」

「そういうのからは意図的に遠ざけてたわ。更識の任務には人には話せないことが沢山ある。常人が見たら心を腐らす物もあった。あの子には普通の女の子として過ごして欲しかったから」

 

 汚れるのは自分だけで良い。たった一人の妹には幸せになって欲しい。

 その根底にあるのは紛れもなく妹への愛情だ。

 だけど………

 

「簪さんは、それを良く思わなかったのですね」

「うん。簪ちゃんはなんとか私の、更識の役に立とうとしていた。簪ちゃんは電子技術に長けていたから、自分はその分野で役に立てるって。でも私がことごとく潰したの、貴方が頑張らなくても大丈夫だって言ってね………そこで事件が起きた」

「事件?」

「ある任務のことだった。相手の情報を入手出来なくて焦っていた私たちを見て、簪ちゃんは独断で情報を得ようとした。簪ちゃんは本当に凄くてね、あっさりと情報を入手出来たの。その情報を元に作戦は行われた。でも」

「失敗したんですか?」

「その通り。作戦開始直後に敵の待ち伏せにあった。敵のブラフだったの。結果、敵の幹部にまんまと逃げられて。こっちも重傷者5名、重体者2名を出した」

「死者は」

「一応ゼロ。でも重体者のうち一名が下半身不随になって歩けなくなったわ」

 

 情報を制するものは全てを制する。

 そう言われるぐらい、情報というものは何者にも変えられないアドバンテージとなる。

 だが逆に信頼すべき情報が誤情報だった場合、アドバンテージは反転してディスアドバンテージに変わる。

 その先に待つのは、悲惨な末路以外ありえない。

 

「簪さんは敵のブラフを掴まされたということですね」

「でもその情報を信用して作戦を行ったのは私。だからその作戦は私の責任問題になった」

「でも簪さん。家の中で相当攻められたんじゃ」

「うん。一時期もう家のなかに居場所なんかないんじゃないかってぐらい酷い有り様でね。勘当するべきだ! って声も多かった。けど私はそれを認めずに、今後簪ちゃんに関することは言わないようにと勧告した」

 

 それでも陰口を叩かれたことだろう。

 家のみんなから村八分のような扱いも受けたかもしれない。

 そして、ますます出来の良い姉と出来の悪い妹という図式が構築され、次第に心は廃れていく。

 

「それが今の簪さんを作る要因になったと」

「これだけならまだ大丈夫だったと思うわ。なんだかんだ言って、簪ちゃんは強い子だったから───トドメを刺したのは、私」

「でも会長は簪さんを守ったんじゃ」

「………あのあと、簪ちゃんが私に謝りに来たの。自分のせいでみんなを危険な目に合わせてしまったって。私はその時、簪ちゃんの姉としてではなく、更識家当主18代目楯無として簪ちゃんを攻めた。そして最後にこう言ったの………」

 

 声が止まった。そう思うぐらい今の会長にいつもの余裕はなく、額には汗が、目は泳ぎ、手のひらに爪が食い込むほど思いっきり握りしめた。

 

「………『更識のことは全部私がやるから。だからあなたはもう、なにもしないで。貴方は普通の女の子でいて』って」

 

 重々しい息を吐き、会長はなんとか言葉を絞り出した。

 

 会長のその言葉は当主としての言葉であると同時に簪さんを気遣う、最初から何一つ変わらない言葉だった。

 

 だが簪さんにはこれ以上ないぐらいの拒絶の言葉として突き刺さった。

 大好きな姉に認められたい、自分を見て欲しいと思ってやったことが全て裏目に出た上に姉から放たれた言の葉。自分は更識に、更識楯無に必要とされない存在だということを突きつけられた。

 そして簪さんは他者との間に壁を作り、殻に籠もる要因。そして自分の力だけでISを作り上げるという原動力となった。

 

「私ね。簪ちゃんと関わりがなくなってから。何度も考えた。どうしたら良かったのか。私が更識の仕事にかまけて簪ちゃんのことを蔑ろにしなければ回避出来たのかって」

「でも、そんな子供の頃から日本の未来を背負えなんてことになったら。そうなっても仕方ないんじゃ」

「そんな甘い考えは私には許されないわ。それに簪ちゃんと話す時間ぐらい作ろうと思えば作れた。それをしなかったのは私に他ならない。日本を守るのと引き換えに家族の絆を壊した………笑っちゃうわね。一人の家族とさえ上手くいってないのに。日本の守護者気取ってるのよ、私。ほんと滑稽極まりない」

 

 目元を抑えて自嘲気味に笑う会長を前にして、俺は目の前の光景を信じられないと感じた。

 目の前に居るのは本当に俺の知る更識楯無なのかと。

 あの自信満々で、向かうとこ敵無しを自負していて。ロシア国家代表で学園最強で、そして日本を影から守護する更識家の当主であるこの人が………

 

 正直見ていられないほど痛々しい姿を晒している………

 

 ああそうか。あの時お前は。俺のことをそんな風に見えてたんだな。

 

「会長、すいません。さっき言ったこと、無しにします」

「え?」

「失礼」

 

 スマホを取り出して、山田先生の番号をコールした。

 

「もしもし、どうしましたレーデルハイトくん」

「夜分遅くすいません山田先生。この前話した先生とのタッグの話。白紙に戻してください。やっぱり俺は更識簪さんと組みます」

「え? でも更識さんは」

「もし更識さんが俺と組むと言わない時は。俺はタッグマッチトーナメントを辞退します」

「え、ええ!? それってどういう」

「失礼します!」

「ちょっ、レ………」

 

 プツ。

 

「やっぱり俺、簪さんを放っておけなくなりました。あと、会長のことも。俺が絶対に簪さんと会長を仲直りさせます」

「………もう。普段絶対なんて不確定なこと言わない癖に」

「決意表明って奴です。だから会長はいつも通りにしてください」

「………うん。ありがとう、疾風くん」

 

 明日から更に本腰を入れて頑張らなければ。

 だからその前に。

 

「会長」

「なに?」

「タイムマシン持ってません?」

「現実逃避する前に自分の言葉には責任を持ちなさい」

「その言葉は間違いなく致命傷です。くそ、殺せ!!」

 

 思わず枕に向かって叫んだ。

 

 

 

 

 

「そういえば、一つ聞きたいことがあったんですけど」

「なに?」

「どうして一夏が先だったんですか? 簪さんとのペアの話」

 

 俺に声をかける前に会長は一夏に声をかけた。が、あの四人の誰かと組むことを決めていた一夏がそれを断った。

 

 それを聞いて俺は小首を傾げたのだ。

 

「どうしてって?」

「だって。簪さんにとって一夏との相性最悪でしょう。白式のせいで打鉄弐式の開発遅れましたし。俺と簪さんとの相性が良くないのが発覚したのは会長が俺に声をかけたあとでしたし」

「んーーー………………あれ? なんでだと思う?」

「えー?」

 

 そんな本気でわかりませんみたいなこと言われても俺にどうしろと。

 

「いやね。なんだか一夏くんなら大丈夫。っていう謎の根拠があったのよね」

「なんですかそれ」

「さあ。私もわからないわ」

「まあ俺も少し気になっただけなんで別にいいですよ」

「そう? じゃあ私は部屋に戻るわね。何回も泊まるの悪いし」

「はーい。ではまた明日」

「ん、おやすみなさい」

「おやすみです」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 パタンっ。

 

 疾風の部屋のドアに背を預けて楯無は先ほどの彼の言葉を反芻した。

 

「なんで一夏くんを先に選んだのか………か」

 

 考えてみればそうだ。

 彼の言う通り一夏と簪の相性は最悪なのは火を見るより明らかだ。

 

「一夏くんに任せておけば大丈夫。って思ったのよね」

 

 疾風を信頼してると言ったが。

 それと同じぐらい楯無は一夏のことを信頼していた。

 ………本当に同じぐらいだろうか? 

 

「ん? いま私何を」

 

 今までとは違う思考回路に楯無は首をかしげる。

 理屈などこれっぽっちも考えてなかった。

 タッグマッチトーナメントが開催すると知って最初に浮かんだのは簪のこと。

 そしてその後脊髄反射的に一夏の顔が浮かんだのだ。

 

「一夏くんに頼りたかったの? 私? ………まるで甘えたかったみたい………」

 

 気づくと頬に熱が籠っていた。

 急いで冷ますために扇子をバタバタと扇いだ。

 

「いやいやなに考えてるの私? そんなうら若き少女みたいに。あー、疾風くんの熱意に当てられたのかしらねぇ」

 

 ぶつくさ呟きながら楯無は自分の部屋に向かった。

 部屋につくまでずっと扇子を扇いでいたが。顔の赤みが引くことはなかった。

 

 これが何を意味するのか。

 それが分かるのは、もう少し後になるだろう。

 





 なんかこれ楯無が疾風に惚れるルート入ってない?
 って書きながら思いましたが。

 そんなことなかったぜ!


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第97話【ヒューマンエラー】

「あーー………なんかさっきからあーしか言ってないな俺」

 

 今現在タイムマシンを、違った。

 簪さんを探していつも彼女が使っているハンガーに来たが見事にもぬけの殻。

 

 ここじゃないとすると皆目検討がつかん。

 俺って簪さんのパーソナルスペース全然知らないんだな。

 知ってたら知ってたでアレだけどもさ。

 

「しかし、会ったとしてどうしようなぁ。吐いた唾は飲み込めないし」

 

 もう自分から簪さんをタッグに誘わない。

 

 すごく取り消したい。別に勢いで言ったわけではないからなおのことタチが悪い。

 

 いや待てよ。別にタッグマッチを誘わないと言ったがISを作る手伝いはしないとは言ってないな? 

 よし! その手順で行こう。言ってないから問題はないだろう! 

 ウン! その前にどの面さげて会えば良いのかわからんな!! 

 

 高速で脳内ノリツッコミを噛ましてダメージを受ける俺氏。

 

「あーもう。最近俺の頭の回転絡まりまくりだわ」

 

 とりあえず動こう。頭で考えてわからん時は動け。

 てか別に誘わないだけで会話は出来るし。

 変に気負うだけ損だな。

 

「だけどモヤモヤするのは変わらない…………よし、IS動かそう。動かしてる間になんか案浮かぶでしょ」

 

 それで良いのかと言われるかもしれんがこれが一番の特効薬なのよ。

 そうと決まれば善は急げ。IS展開! 

 

「さて。今日は空いてそうだが。ん?」

 

『IS反応検知。アリーナ内にIS反応検知』

「あれ、先客いた? 誰?」

『該当あり。更識簪、IS、打鉄弐式』

「マ?」

 

 簪さんがアリーナに。しかも弐式? 

 

 リニアカタパルトを借りずにフロートでゲート入り口に立ち、空をあおいだ。

 

「いた」

 

 アリーナ上空にそれはいた。

 銀鼠色を基調とし、オレンジと黒の差し色を施した。あの時ハンガーに鎮座していたIS。搭乗者は勿論、簪さん。

 

 緩やかに飛んだあと、弐式は直線状に急加速。アリーナ外周に到達し、そのままサークル・ロンドからの螺旋上昇。

 

 驚いた。もうあそこまで飛べる段階にあったのか。

 これを素体があるとはいえ一人でたどり着いたのか、あの娘。

 

 とりあえず気配を消してイーグル・アイで観察することにした。

 アリーナに出てるんだ。誰かに見られたって文句は言えないよな? 

 

「ところで。他に誰かいないのか? まさか一人って訳じゃないよな?」

 

 アリーナ内はがらんどう。居るとしたら管制室にいる先生ぐらいだが。

 

「ん?」

 

 気のせいか? 打鉄弐式の右脚部スラスターが点滅したような………いや気のせいじゃない。

 先程のを皮切りに右脚部スラスターの噴出孔が不完全燃焼のガスコンロみたいに小刻みに揺れている。

 

 明らかに普通じゃない。観察することを忘れて、俺は打鉄弐式にコンタクトを取ろうとした。

 

 その時………

 

「はっ!? おいマジかっ!!」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

【疾風が打鉄弐式にコンタクトを取ろうとした数分前】

 

 

 

「ふぅ」

 

 第6アリーナ。IS学園の中央タワーに隣接されている高速機動実習が可能な特設アリーナ。

 

 その発進ゲート内で軽く息をつく簪がいた。

 

 タッグ申請の申し込み期限が刻一刻と迫ってきた。

 参加申請も出していない簪。出たくても完成していない打鉄弐式は武装データも、飛行データも満足に取れてない状況。

 

 今日はその打鉄弐式の試験飛行。

 

 今まで何度も飛行試験を行ったが、基本出力水準には到底及ばなかった。

 新しく取り入れたデータパックにより、これまで以上の出力パラメータを得られた。

 

 今回の試験飛行が成功すれば。打鉄弐式の完成がまた一歩近づく。

 

(そしたら、レーデルハイトくんとタッグも………)

 

 ありもしない想像をして大袈裟に首を横に振る簪。なんとか頭に浮かんだ何かを排斥しようと少しクラッとするまで振り続けた。

 

「なにを考えてるの、私」

 

 疾風のチキン南蛮丼に唐辛子をぶちこんだあの日。いや、彼とアイアンガイの映画を見に行った日から、簪にとって未体験の連続だった。

 

 互いの趣味を共有することも。

 我慢できずに声を張り上げたことも。

 家族や知人以外と一対一でご飯を食べることを。

 普段の自分ではありえない凶行に走ったことも。

 

 目の前の異性が輝いて見えたことも。

 

 そもそも彼以外に自分に踏み込んでくる男なんて居なかった。

 でも、そんな彼ももう自分と関わることはないだろう。

 

『もう誘うのやめるからさ』

 

 今までしつこく誘いすぎた。

 もう必要以上に干渉するのはやめる。

 

 あの時、彼の言葉を聞いて簪は思わず不安を覚えた。

 今まで散々彼を拒絶し続けていたのに。いざ彼にそう言われてそんな感情を蜂起させる。

 伸びたかき揚げうどんを食しながら、なんて身勝手な女だろうと自分を嫌悪した。

 

 その日簪は彼を夢に見た。

 夢の中の彼はヒーローのように自分を守ってくれて、こう言ったのだ。

 

『怖いことなんかないぞ。俺に任せろ!』

 

 憧れのヒーロー。アイアンガイと同じ台詞。

 簪はよりにもよって自分の好きなヒーローと疾風を夢の中で同一視してしまったのだ。

 

 なにかの間違いだと信じたかった。

 忘れたかった。

 それなのに寝起きの簪はその夢をバッチリと記憶していたのだ。

 

 再び首を振った。

 集中しなければ。失敗などもう許されない。

 これ以上。姉に置いていかれる訳には………

 

「おいで。打鉄弐式」

 

 右手中指にはめられたクリスタルリングを起点に光が溢れる。

 量子光は簪の身体を多い、鋼の躯体を現出。専用機である打鉄弐式を纏った。

 

「今日こそ、成功させる」

 

 ホロウィンドウを展開。

 機体の最終チェックを終え、リニアカタパルトを起動。

 空中投影ディスプレイによるガイドラインとカウントダウン表示を確認。

 『Ready』から『Go』に変わった瞬間に打鉄弐式は加速。第6アリーナのフィールドに飛び込んだ。

 

「機体状態、良好。シールドエネルギー発生確認。スラスター問題なし。イメージ・インターフェース感度、セミアクティブからアクティブへ。ハイパーセンサー接続。オールグリーン」

 

 飛びながら簪さんはホログラムキーボードを操作し、画面の情報を残らずかき集める。

 ここからは逐一プログラムの誤差を修正しながら飛ぶ。

 当たり前のようにやっているが。はっきり言って人間技ではない。

 飛ぶことに集中しながらプログラム作成。マルチタスク能力に長けた簪だからこそ出来る妙技。

 

 この技術は流石の楯無も出来ないこと。簪にしか出来ない。唯一姉に勝る技能。

 だがその事実を、他ならぬ本人は知らずにいた。

 

 コンソールで操作しながら中央タワーをぐるりと移動。

 通常飛行は問題なし。

 

「メインスラスター、脚部スラスター、姿勢補助スラスター。問題なし。PIC干渉領域、6cm移動。グラビティヘッド、マイナス4cmに調整。シールドバリア。予備展開から通常展開へ」

 

 シールドバリアを展開した瞬間、ガクンと機体がわずかに揺れた。

 階段を踏み外したような感覚。今までこんなことはなかった。

 簪は直ぐに原因を調べた。

 

「腕部と脚部の、シールド発生装置が、相互干渉?」

 

 どうやらシールド同士がぶつかってPICの一部が反転したらしい。

 即座に修正し、再起動。

 問題クリア。ここまでは今までどおり。問題は次の工程。

 戦闘出力の試験飛行だ。

 

「直線機動からサークル・ロンド。螺旋機動から、最大戦速。ブーストオンッ」

 

 全スラスターファイア。通常なら多大なるGがかかるその速度をPICが相殺してくれる。

 そのまま中央を向きながらアリーナの外周をサークル・ロンド。徐々に円を狭めていき。そのまま螺旋状に上昇した。

 

「いける。あとは」

 

 バーニアに最大の火を入れるためにエネルギーをためる。瞬時加速(イグニッション・ブースト)はまだ行えないが。いまの打鉄弐式が出来る最大速度を出す。

 発動タイミングは、アリーナシールドの上層部に到達した瞬間。

 

(10、9、8、7………)

 

 心の中でカウントを数える。

 その間もコンソールを動かす手を止めずに螺旋状に上昇。

 

 3、2、1………上層部到達。

 

「行って!」

 

 景色を置き去りにするほどの加速で打鉄弐式を飛ばす。

 直線から緩やかに戦闘機動を取る姿は打鉄のカスタム機とは思えないほどの機動性能だった。

 

「やった、成功した。このまま多角機動を」

 

 パパッ、パッパッ。

 

「え?」

 

 自分の耳に聞いたことのない音が聞こえてきた

 自分の足の方からだ。

 コンソールを開いて状況を確認しようと指と目を動かした刹那。打鉄弐式の右脚部ブースターが音を立てて破裂、爆発した! 

 

「えっ!? うっ!」

 

 突然の衝撃と脚部ブースターが片肺になったことで打鉄弐式の姿勢制御は崩壊。

 機体ごと大きくコースアウトした打鉄弐式はそのままIS学園のシンボルである中央タワーに向かっている。

 

「半重力制御が! メインスラスターの出力も上がらない!? ど、どうして!」

 

 自信をもって自分が作り上げたISの不調に簪は動揺を露にする。

 

 だが現実として打鉄弐式は制御不能。

 ディスプレイには夥しい数の赤いerror表示の数々。コンソールのホロキーボードをどれだけ操作しても、errorのポップアップが更に展開されるだけだった。

 

 タワーまで、あと数十秒で衝突

 タワーとIS双方にシールドが展開されているとは言え、この速度で突っ込めば打鉄弐式にダメージ、下手すれば簪自身が危険に晒される可能性があった。

 

「………やっぱり、だめなの?」

 

 急に簪はキーボードを動かす手を止めた。

 脳裏に浮かぶのは。あの更識楯無、自分の姉の姿。

 

「私じゃ、あの人には追い付けないの? ………私、ほんと惨めだ………」

 

 そのまま簪は腕をだらんと下ろした。

 涙に滲む目をゆっくりと閉じて、これから起きるであろうありのままを受け入れ………

 

「おい馬鹿!! 諦めてんじゃねえ!!」

「っ!」

 

 反射的に目を見開き、声のする方へ。

 そこにはスカイブルー・イーグルと共にこちらに急接近する疾風の姿があった。

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)で近づいた疾風は簪と合わせるように緩やかにブレーキ。そのまま彼女を受け止めた。

 

 だがタワーに近づく状況は変わらない。このままでは。

 

「レーデルハイトくん、どうして……」

「簪さん!! 弐式の操作系統を全部イーグルに回せ!!」

「え、でも」

「早くっ!!」

「う、うん」 

 

 イーグルの接触回線からの要請を受けいれ、打鉄弐式のコントロールが簪から疾風とイーグルに移った。

 

(イーグルと弐式のPIC、シールド領域コネクト。弐式の右脚部へのエネルギーカット、同時にPIC力場で補強。OSのサブフォルダ展開、演算構築。グラビティヘッドを機体サイドに分散。エネルギールート測定、クリア。バグったプログラムを停止、イーグルのバックアップで補強。よしっ! シールドエネルギー出力最大! PICブレーキも最大出力!!)

 

 二機の周囲に普段不可視で機能していたシールドバリアが可視状態になるまで強くなる。

 機体のブレが直り、error表示の半分以上消えた。だがまだ打鉄弐式のコントロールは回復しない。

 ならぱ取るべき行動は一つ。

 

「簪さん歯食いしばって!」

「んっ!!」

「曲がれぇっ!」

 

 イーグルのスラスター方向を真横に設定し再度瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 間一髪タワーの外壁を掠り、衝突を避け。そのまま簪さんを庇うように疾風はアリーナの球状シールドにイーグルを背面からぶつけた。

 

「ウヌヌヌヌヌヌ!!」

 

 火花を起こしながらアリーナシールドを滑るイーグルは。緩やかな角度で滑りながらアリーナの外壁に衝突。

 

「んあっ!!」

 

 外壁は砕け、派手な土埃を巻き上げ。機体はようやく停止した。

 

「うえ……いっったぁ………」

 

 ISの操縦者保護とPIC、壁を引きずった時に減速したとはいえ。瞬時加速の状態で背中を打ち付けた衝撃は完全に殺しきれず。疾風は思わず痛みに顔を歪めた。

 

「れ、レーデルハイトくん! 大丈夫!?」

「ん、ああ。凄まじく痛いけど。大丈夫死んでない。簪さんは?」

「う、うん。私は傷一つ、ない」

「そっか。あーいてー!」

 

 ドサッと再び砕けた外壁に身を預ける疾風。

 安堵の表情を浮かべる疾風に。簪は形容できない胸の高鳴りを感じた。

 まるでヒーロー。今の疾風は誰かの危機に馳せ参じ、守り抜くヒーローに他ならなかった。そう簪の目には写った。

 

 ふと簪は自分の状況を再認識する。

 身体は疾風に密着し。ISの中に。否、彼の身体にすっぽりと収まっている。

 必然的に彼の顔と距離が近く、彼の荒い息づかい、心臓の音が鮮明に鼓膜に飛び込んできた。

 体温が一気に上昇した。こんなに異性と密着したのは初めてだった。

 ………でも全然嫌悪感を抱かないのは何故だろう。彼だから? 疾風だからそうなのだろうか。

 

『もしもし! 第6アリーナの2機! 今タワーが揺れたんだけど、何が起こったの?』

「こちら、1年1組の疾風・レーデルハイトです。もう1機は1年4組の更識簪です。IS訓練中の事故です。タワーをかすって、そのまま外壁に衝突しました」

『更識さん!? 怪我してない!? 大丈夫なの!?』

 

 この声は数学担当教師のエドワーズ・フランシィ先生だった。

 そして1年4組、簪のクラスの担任でもある。

 

「いま身体スキャンをしましたが、どっちも怪我はしてないです。このままピットに戻ります」

『オーケー。気をつけて戻りなさい。今そっちに行くから』

「了解です………簪さん。コントロール返す。悪いけど動かすなよ。また不調出たらヤバいから」

「う、うん」

「じゃあ失礼」

 

 疾風はそのまま簪をお姫様抱っこに移行してゆるりと飛行を開始した。

 

「ヒャッ!」

「変な声出すなよ」

「だ、だってこんな」

「お望みなら俵みたいに担いでやるぞ」

「こ、このままで、いい」

「了解。捕まってろよ」

 

 簪の了承を得た疾風は引き続きゆっくりとアリーナ入り口に戻っていく。

 その間簪は疾風の顔をジッと見つめていた。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「タワー外装破損。外壁粉砕。当たり前だけど報告書か」

 

 フランシィ先生に状況説明をしてから報告書提出を余儀なくされた。

 

 加えて打鉄弐式の右脚部は交換必須。イーグルに至ってはカスタムウィングも結構ぶっ壊れてる。幸いIS学園に保管してるスペアパーツでなんとかなりそうだ。

 命あっての物種というが。流石にダメージあり。生身のボディに傷がないのが唯一の救いだった。

 

 さて、問題の子は目の前で申し訳なさそうに項垂れている。

 

「あの、えっと………」

「一人か?」

「え?」

「専用機、まだ試験中なんだろ? なのに一人で飛ばしたのか?」

「………一人」

「そうかい………」

 

 やはりというか。予想通りと言うか。

 別に試験操作を一人でやってはいけない。という明確な決まりはない。ましてや代表候補生なら許可を取る必要はない。

 俺たちが臨海学校で新パッケージや新装備を試すときは個人個人でやる手はずだった。

 

 だが未完成、試験製作中の試験飛行なら話は別だ。

 今日みたいに飛行中にトラブルが起きる可能性は充分あるし。実際今日はそれが起きてしまった。

 

「打鉄弐式のフライトプラグラムのデータを見せてくれ」

「そ、それは」

「倉持技研にはとっくに許可申請は貰ってる。あとはお前の同意があれば見れる。ほら」

 

 ウィンドウに移した倉持技研とレーデルハイト工業専属パイロットの共同開発許可証明書を出してやると。簪さんは思いの外直ぐにシステムウィンドウをこっちに見せてくれた。

 

 さっき不具合があった場所を軽くサーチしたから直ぐに………あった。

 

「やっぱりな。飛行プログラム同士のマッチングエラーが起きてる」

「嘘っ! そんなはずは」

「ここ、アメリカのバージョン6.6と日本のバージョン7.1。どちらも真新しいバージョンだが、これを同時に使うと重大なマッチングエラーを起こす、公式でも注意勧告が出てお上は対処に動いてるらしい。他にもここ、データ配列が間違ってる。プログラム系でアマチュアな俺でも気づけたのに。なんで気づかなかった」

「………」

 

 簪さんは信じられないという目で指摘された箇所を食い入るように見た。

 

 プログラムのマッチングエラーはまれだが、ここまで噛み合わない=爆発するまでの欠陥に至ったのは他にも問題がある可能性もある。

 

 だが問題はそれだけじゃない。

 俺の予想が正しければ、彼女はもっと大きな過失をしている。

 

「この日本とアメリカのバージョン、いつ入れた」

「昨日の、夜」

「その時誰かに見てもらったか? もしくは試験飛行前に他の人にチェックしてもらったか?」

「…………」

「どうなんだ」

「………やって、ない」

「なんでやってもらってないんだ」

「だ、だって………打鉄弐式は………私の力だけで、私一人で、組まないと意味が」

「馬鹿野郎っ!!」

 

 俺の怒鳴り声にビクッと身体を跳ねさせ、思わず俺の顔を見る簪さん。

 その眼には。怒りを露にする俺自身の顔が写っていた。

 

「試験飛行前のダブルチェックは基本中の基本だろ! ましてや新しいプログラムを入れるならなおさらだ! 学園の専属整備士や専門のライセンスを持った教師、三年生の先輩方もいる。ましてや企業提供ではなく個人で作るならダブルチェックの重要さは知ってるだろ!」

「で、でも………」

「でももへったくれもあるか! 今回はスラスターだけの異常だったから良かったけど。もしシールドエネルギーやPICの不調も加わったら怪我どころじゃない! 取り返しのつかない事態になったらどうするつもりなんだ! ────死んじまったら何もかも終わりなんだぞ」

「………」

 

 最後だけかすれ気味になってしまった。かっこがつかない。

 目頭が熱くなってこらえるように目を細める。

 

 仮にシールドやPICが生きていたとしても。もし殺しきれない衝撃が打ち所の悪い場所に当たったら? 

 ISなら大丈夫だろう。だが物事に絶対がないようにISにも絶対はない。

 

 今回の事故は完全にヒューマンエラー。回避しようと思えば十二分に回避出来るのだ。

 

 目の前に立つ簪さんが俺の顔を見たまま固まってることに気付き。俺は1度大きく深呼吸をして頭の熱を排出した。

 もう一度深呼吸をし、ようやく心を落ち着かせた。

 

「いきなり怒鳴ったのは悪かった。だけど、今回ばかりは流石に看過出来ない。へたすりゃ死ぬところだった」

「………………」

「寝不足だろ、お前。何日徹夜してんだ、隈が凄いぞ。ルームメイトに話聞いたけど。随分と遅くまで熱心にやってるみたいじゃないか。ろくに休んでない疲労状態ならこんなチェックミスもあるよ。簪さん、頑張るってのは無理をすることじゃないぞ。頼むから自分を大切にして。簪さんに何かあったら本音さんも悲しむ。勿論俺だってそうだ」

 

 大の大人である父さんでも徹夜が続けば判断力が鈍る。

 簪さんが一人でやりたいって気持ちは。俺にもわかる。だけどそれでは駄目だということも俺は知っている。

 

「………わからない。どうして、なんでそこまで、私を助けようとするの? どうして、無茶をするの? こんな私なんかのために」

「似てるから」

「誰と」

「俺と簪さんが」

「私が、レーデルハイトくんと?」

「うん。IS学園に入る前の俺はさ。なんていうか、意地っ張りだったんだよね」

 

 一夏がISを動かしてから、一夏に対して嫉妬心を抱いていたことを。

 一夏が初めて動かした打鉄をたった一人で調べて。結果を出せずにもがき苦しみ。そして自暴自棄になりかけたこと。

 そして自分は一人じゃないことを知ったこと。誰かに頼ることは決して弱さではない。一人で出来ないことも力を合わせれば出来るという大切なことを再認識したことを。

 

「最初は確かに頼まれたから誘った。だけど簪さんを見てるうちに、簪さんが一人でIS製作をしてる後ろ姿がさ。本当に少し前の俺と重なって。俺は心の底から助けになりたいって思った。たとえ簪さんが望まなくても」

「レーデルハイトくん…」

「だから簪さん。昨日の今日で情けないけど。やっぱり俺とタッグ組んで欲しい。何度でも言う、俺は簪さんと一緒に頑張りたい」

 

 言いたいことは全部言った。

 これで駄目でも俺は何度だって言う。

 もう突き通すと決めた。簪さんが頑なにタッグを組まないと言っても、せめてIS製作には関わらせて貰う。

 

 もう俺と簪さんは、既に無関係ではなくなったのだから。

 

「………………レーデルハイトくん」

「うん」

「考えさせて………受付締め切りまで」

「わかった」

「それと」

「ん?」

「ごめんなさい。迷惑かけて。もう、無理はしない。約束する」

「そっか。わかってくれたならいい」

 

 飛び込んでイーグルを半壊させた甲斐があったというものだ。

 

「あと、えっと………………ありがとう。助けてくれて」

「どういたしまして」

 

 簪さんとの溝も。また少し近づいたことだろう。

 怪我の功名とも言えるが。文字通り結果オーライということで。

 

「しつこいようだけどさ。本当に無茶すんなよ。簪さんに何かあったら。会長ギャン泣きするよ」

「それはない。お姉ちゃんは………悲しんだりしない」

「なんでさ」

「お姉ちゃんは、完璧だもの。出来損ないの妹に何が起きたって………眉一つ動かさない」

「えーと………どんだけ会長、お姉さんを美化してるかしらんけどさ。あの人言うほど完璧じゃないぜ?」

「へ?」

 

 スコンと、だるま落としみたいに簪の思考回路がすっとんだ。

 

「普段他人をからかってるけど。逆にやられると案外弱いし。しかもドのつくシスコンで簪さんのことになると話止まらないし暴走するし。今回会長が俺に頼んだのだって簪さんが心配で心配で心配過ぎるから頼まれた訳だし」

「え、えっ、え?」

「あと…………裸エプロンとかもするし」

「は、はは裸エプロン!?」

 

 特大の爆弾を落とされた簪さんは今まで見たことないぐらい動揺した。

 

 そりゃそうだ。日本の裏のドンがあろうことか男子を前に裸エプロン(厳密には水着エプロンだったが)で新婚三択なんかしちまうなんて誰が思うのか。

 

「し、信じない。そんなことあるわけない!」

「はい証拠」

 

 息をつく暇を与えずに見せたのは、今後なんかのネタで使えると思って撮った会長の水着(裸)エプロンの写真と。

 妹の話題で熱暴走する会長のシスコントークの録音だった。

 

「………………………」

 

 簪さんの顔がさっきよりカチコチに固まった。

 今まで抱いていた完璧な更識楯無像を木っ端微塵にされたのだから無理もなし。

 

「これでもまだ疑う? お前に何があってもお姉さんが眉一つ動かさないなんて」

「……………………」

「簪さん? ……簪さん!?」

 

 フラッと突然簪さんの身体から力が抜けた。

 俺はすんでのところで簪さんを抱き止めて簪さんの状態を確認する。

 

「キュウ………」

「え? えーー?」

 

 キャパシティオーバー。

 人は想定外がピークに達すると防衛本能として意識を手放す。

 俺も経験がある。つい最近。

 

「………ハハハ」

 

 なんというか。

 やっぱり俺たち似た者同士だわ。

 

 現実逃避をしながら俺は乾いた笑いを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 




 一歩間違えてたら死んでた………といっても過言ではなかったよなと思いながら書きました。

 ヒューマンエラーによって無残な姿になった航空機とかのドキュメンタリードラマを見ると胸が張り裂けそうになりますわ。
 確認はしっかりしないと駄目ですよね。
 簪は幸運です。


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第98話【踏み出す勇気】

 皆さん、明けましておめでとうございます!
 いやー。年末投稿間に合いませんでしたすいません!!

 スマホのタップがいまいち機能しなかったりと。弊害ありまくりの中書ききりましたが、なんとか投稿出来ました。

 今年も頑張りますので、応援宜しくお願いいたします!

 


「………で、あるからして。射撃戦における要素は『弾速』『距離』『予測』の主に三つが大きく割合を占めています。動いてる相手に当てるには………」

 

 五時間目のIS筆記授業。

 窓側最前列というベストポジションにいる簪はボーっとした面持ちで授業を聞いていた。

 聞いていると言っても全然頭に音が入ってこない。普通ならこの状況で当てられたら慌てふためくのが定石だが。

 

「更識さん」

「は、はい」

「問3の問題、答えてくれる」

「はい。────です」

「正解よ」

 

 元々頭に完璧にインプットされてるからサラサラと答える事が出来るので問題はない。

 

 だけど簪にとって別の問題がある。

 

 疾風とのタッグ申請の件だ。

 

 気がつけば今日はタッグ申請の締め切り日。

 簪が待ってて欲しいと言ったとおり疾風はアレからタッグのことを持ち出したり急かしたりせず。ほどよい距離感で接してくれた。

 その数日間まったく関わり合いがなかったといったらその限りではなく。すれ違えば挨拶や会話をし。食堂で会えばアイアンガイの話に花を咲かせながらご飯を食べた。

 

 IS製作には関わらなかったが、試験飛行の際にダブルチェックの相手としてISを見てくれることがあった。

 その時に疾風が整備科でもないのに高校一年生の段階でIS整備資格二級を持ってることに驚いた。ISを動かす前から取ってたらしいが。家が大企業だから学ぶことが多かったのだろう。小さい頃から通ってたと言っていたから。

 

 

(………………初めてだったな………私の為に、あんなに怒ってくれた人)

 

 家では出来の悪い妹として陰口を叩かれ。かといって不用意に近づく人もいない。

 かけられる称賛は下心の見えるごますりで、怒鳴られる時は揚げ足取り。

 

 あの家で私を怒ってくれた人なんて、誰もいなかった。

 甘やかされてる訳でもなく。腫れ物のように扱われ。ただただ適切な距離感を取った、よそよそしい空間が簪にとっての更識家だった。

 

『死んだらそこで終わりなんだぞ』

 

 半分泣きそうな声で言われた言葉は胸に残り続けた。

 姉である楯無でさえ踏み込まれたことのない簪の心のうち。

 強引に来るわけでもなく。いつの間にか簪の心には、疾風・レーデルハイトという存在が確かにあったのだ。

 

(知らない。こんな感情は知らない。私はどうしたいのだろう? わからない、わからないことだらけだ)

 

 胸にある熱い鼓動。思考が麻痺するほどの高揚感。とめどなく溢れる自身への疑問。

 

(彼と、タッグ。どうしたら。わからない………でも)

 

 勇気を出して、確実な一歩を踏んでみても………

 

『何度言ったらわかるのかしら?』

「っ!」

 

 思わず後ろを振り向くと。そこには完璧な更識家当主たる更識楯無がいた。

 彼女の目元はぼやけていたが。冷ややかで、嘲るような視線を向けられていることはわかった。

 

『あなたはなにもしなくていいの。だってしたところで全て無駄になるのだから。そんなことしてなにになるの? 誰とも関わらずに一人でいれば。裏切られない。失望もされない。それはあなたが一番わかってるはずでしょ』

(い、いや………)

 

 幻想の声が耳に、鼓膜に、脳に響き渡る。

 耳を塞いでも聞こえてくる。

 脳にこびりついた呪詛は度々簪の心を締め付け、縛り上げる。

 

『だからあなたは』

(やめて………)

『無能なままでいなさいな』

(ううっ………)

 

 残酷な幻が簪の心を蝕んでいく。

 身体が震えて声が出ない。

 

 だけど。

 

『無能なままでいなさいな』

(私は………それでも………)

『無能なままでいなさいな』

(前を向いて……私は………レーデルハイトくんと………)

『無能なままでいなさいな』

 

 くじけそうな足に気合いを入れ。前を向いて歩こうとした。

 自分のために頑張ってくれた人がいる。自分の答えを待っている人がいる。だからこそ足に力を入れて立とうとする

 だが鼓膜にこびりつく呪詛の声が更に群をなし、簪の足を掴んで離さない。

 

『無能なままでいなさいな。無能なままでいなさいな。無能なままでいなさいな。無能なままでいなさいな。無能なままでいなさいな』

 

 姉の幻覚というノイズに段々と密度を増し、反響し、彼女の身体を下へ下へとのしかける。

 もう一度殻に入れと。巣だつ雛鳥に蓋をするようにのしかかり、簪の心をまたも壊しにかかった。

 

(私は………私はっ)

『無能なままで………』

「なあ、いつまでそんなのに構ってるんだ?」

 

 幻聴を遮った声に簪は下を向いていた顔を上に向けた。

 そこには、何処か呆れたような顔を浮かべた疾風の姿が。

 

「よくもまあ、ありもしないワンフレーズでそこまで自分を追い込めるよね」

「レーデルハイト、くん?」

『無能なままでいなさいな』

「会長がお前をどう思ってるかなんてもうわかってるだろうに。簪さんが知る会長は本当にそんなことを言う人か?」

『無能なままでいなさ………』

「うるさい邪魔だ! お前は黙ってろ!」

 

 疾風が腕を振ると幻影の楯無は霞となって消え。簪を苦しめた幻聴は聞こえなくなった。

 

「壊れたカセットテープかっての。まったく」

「………………」

 

 瞬く間に消し去った力強い姿に、簪は口を開けたまま固まった。

 

「んで? 一歩を踏み出せないみたいだけど。どうして?」

「え!? だ、だって、わからないもの。全部がわからない。あなたのことも、お姉ちゃんのことも、私のことも。わからないのは怖い。でもどれだけ考えてもわからないの」

「もう自分が何をしたいのかはわかってるのに?」

「え?」

「本当に嫌ならそんなに疑問だらけになるわけないじゃないか。簪さんはただ踏ん切りがつかないだけ。簪さんの心はもう決まってるだろ?」

「で、でも………」

「わからないといって何もしなかったら。前に進めない。会長に認められることも、会長に見て貰うことも出来ない。コミュニティを広げれば、それだけ見える景色も違う。これまで経験した出来事で、簪さんは何を思い、何を感じた?」

 

 彼の問いかけに簪は疾風との思い出を浮かび上がらせる。

 

 彼に初めて声をかけてもらい。

 彼にタッグを持ちかけられ。

 彼と映画を見て、語り合い。自分の心のうちを見られ、初めて感情を爆発させた。

 彼のご飯に唐辛子をぶちまけるという非現実的な行いをしたこと。

 彼に助けられ。そして、自分のために怒ってくれたこと。

 

 考えてみれば。ここ最近は彼との出来事でいっぱいだ。

 いつしか簪は、打鉄弐式や姉よりも。疾風・レーデルハイトのことを考えるようになった。

 

「俺は待ってるよ、簪さんが一歩を踏み出すことを」

 

 縮こまる簪と目線を合わし、彼は優しく手を差しのべて言った。

 

「俺と一緒に行こう! 簪さん」

「………………うん」

 

 差し出された手を掴み、簪は立ち上がった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「いやー、遅くなった遅くなった。もう急に仕事入るなんてタイミング悪すぎ」

 

 夕日のオレンジに彩られた校舎を早歩き。

 今日はタッグ申請締切日。その答えを聞きに行くべく彼女がいるであろう第6整備室に向かう。

 

 一応通り道にある簪さんのクラスを覗いてみよう。流石にこの時間はいないと思うが………

 

「いたし」

 

 いた、いましたわ。

 オレンジ一色といってもいいぐらいの空間にただ一人ポツンと机の上に頭をつけて眠っている。

 

「かん………」

 

 起こそうと思ったが、やめた。

 寝てるならそのままにしておくのがいいだろう、とくに彼女の場合は。

 受付終了までには少しだけ時間があるし。

 

 簪さんの前の席に失礼し、バススロットから円卓物語を取り出す。

 何度読んでもこれは飽きない。これを皮切りに英語を学んだからな。今ではスラスラと内容が頭に入るようになった。

 

 10分くらいたっただろうか。

 チラッと横目で簪さんを見ると、彼女はメガネを外していた。

 

 瓜二つ、といってもいいぐらい。簪さんは会長に似ていた。姉妹なんだから別に不思議ではないんだけれど。

 

 ………俺と同い歳の女の子が自分を出せず、陰口を言われてしまう家って、どんなものなのだろう。

 俺の家はそんなことはなかったし、愛されてる自覚はあった。やっぱり俺は簪さんの言う通り恵まれてるのだろうな。

 それがなんだ、って訳ではないけれども。

 

 簪さん、起きたらなんて答えてくれるだろうか。

 答えてくれる、と願望を抱いているが。現実問題そううまく行くと断言は出来ないもので。

 でもやっぱり期待しちゃうもので。

 

 彼女が寝てるのをいいことに、待つと言った癖にポソッと口を漏らしてしまうのだった。

 

「俺とペアになってくださいますかねぇ、簪さん」

「うん」

「うん………うん?」

「え?」

「お?」

 

 幻聴か、いや幻聴ではない。パッと簪さんの方を見ると寝ていた時に閉じていた目蓋は開いており、そのルビーと見紛うほどの赤い瞳がこちらに向けられていた。

 

「簪さん、今」

「え、えっと」

「今はいって言った? はいって言った!?」

「そ、その」

「じゃ、じゃじゃあ! 早く受付に行こうか。もう時間も迫ってるし!」

「れ、レーデルハイトくん!」

 

 急いで立ち上がって今にも走り出しそうな俺を引き止めた簪さんはひとしきり目を泳がせる。

 

「わたし。その………寝惚けてて………」

「………寝惚けてた?」

 

 コクリと頷く簪さん。

 暴走したテンションは一気に冷やされ、ドサッと座った俺は思わず両手を眼鏡の下に滑り込ませた。

 

「恥ずかしい。舞い上がりすぎて恥ずかしい」

「ご、ごめんなさい」

「いやいやいいのいいの。俺が勝手に盛り上がっただけだからさ。うわーはっず」

 

 危ない危ない。思わず簪さんの手を取って受付に直行するところだった。

 顔が、熱い。

 

 対する簪さんも顔を真っ赤にして頬に手を当てていた。

 

(わ、私寝惚けてて。というか、寝顔みられた!?)

 

 穴があったら入りたいと視線をそらすと。ふと彼の手にある本に気づいた。

 

「………フーー。オッケー落ち着いた。悪いな簪さん」

「ううん………あの」

「ん?」

「随分、古そうだね」

 

 簪さんの視線の先には、彼女が寝てる時に取り出していた『円卓物語』だ。

 

「これか? これは友達から貰ったものでさ。どんだけ古いかはわからないけど。アンティークレベルで古いという話だ」

「大切なもの?」

「うん。挫けそうな時とか。心を落ち着かせようと思ったときに読んでる。お守りみたいなものだな」

「今は、どっち?」

「後者かな………これから答えを聞かないといけないし」

 

 横向きに座っていた椅子を簪さんの方に向けた。

 

「答える前に、一つ聞いてもいい?」

「どうぞ」

「………どうして、オルコットさんと組まなかったの?」

 

 予想してなかった問いに少しばかり顔に動揺が走った。

 まさかここでセシリアについて言及してくるとは。

 

「あなたとオルコットさん、仲が良いって評判だった。なのになんで組んでないのかって。私に声をかけた時に私以外の人はみんなタッグを組んだって言ってたけど。本当にそうだった?」

「嘘ではないよ」

「本当ではないんだ」

「………」

 

 言葉遊びとも取れる問答だが、簪さんの意図してることが何かはわかった。

 

「タッグマッチの話が出た時から、あなたとオルコットさんは急に仲が悪くなった。学校中で噂になっていたから私の耳にも入ってた………私が原因なんでしょう?」

「それは」

「私の予想だと。あなたはオルコットさんと組む段取りを決めていた。そこにお姉ちゃんが来て、私とのタッグを持ちかけた。そこで関係が拗れて今に至る、おおかた、私の専用機の製作とかを持ちかけられたとか。レーデルハイトくんは、筋金入りのISオタクだもの」

 

 これはなんとも。なんとも。

 というより。簪さんってこんなスラスラと喋れたのか。いつもどもったりとぎれとぎれなのに。

 

「ぐぅの寝もでない。簪さん探偵に向いてるよ」

「私と組む。お姉ちゃんが絡んだ。オルコットさんとの不仲。これを順序だてたら、自ずとそういう結論に至る」

「それでもここまで細かく言い当てられると流石に」

 

 この子洞察力というか、頭の回転力がヤバい。

 他人よりは少し頭が回ると思ってる俺でもここまで正確に言い当てられる自信がない。

 

「確かに。最初はセシリアとタッグを組む手筈だった。彼女が部屋を出た後に会長が来て、俺に君とのタッグを組んでくれと言ってきた。それをセシリアに聞かれて、今に至る」

「でもわからない。オルコットさんと一度は組んだという話になったなら断れば話が丸く収まると思うのだけれど」

 

 ぐっ、やはり鋭いぞこの子。

 

「………その、一回だけやりますって言ったんだよね。簪さんの専用機作りを条件にタッグを組めって、無意識に」

「無意識に?」

「会長曰く教唆術ってやつらしい。途中で正気に戻ったけど時既に遅しで」

「えっ! お姉ちゃんの教唆術を破ったの!?」

「え、驚くとこそこ?」

「だ、だって。お姉ちゃんの教唆術の凄さは更識の間で有名だし」

 

 えー、あんときそんなヤバいのかけられてたの? 

 シスコンここに極まれりもいい加減にしてほしい。

 よく抜け出せたな俺。

 

「まあ、その教唆術とやらで誤解が生じ。いや、先導されたとはいえ本心だったから誤解とは言いきれないこともないけれども。セシリアとのタッグは破綻。その後もズルズルと仲直りの糸口を掴めぬままここまで来てるって有り様だ」

「………」

「別に簪さんはなにも悪くないからな?」

「わ、私はなにも………」

「そうかな? 申し訳ないって顔に書いてあったからてっきり」

「っ!」

 

 ハシッと簪は自分の顔に手を当てた。

 自分でも感情を出しづらいと思っていたのに、彼の前ではそれがなくなっていることに驚いたからだ。

 

「その、いいの? 私と組んで。オルコットさんに悪いんじゃ」

「もうその段階は飛び越えちまった。今は簪さんとのタッグに集中する」

「後悔、しない?」

「するんだったらアレ食べきらないから」

「その節はごめんなさい」

 

 うん、出来れば二度とやらないで欲しい。

 今度こそ舌が死ぬ。

 

「………あの」

「うん」

「えっと」

「うん」

 

 一回、二回、三回深呼吸をし。簪さんは言葉を紡いだ。

 

「…レーデルハイトくん………………私と、タッグを………組んでくれますか?」

「勿論。これから宜しくね」

 

 差し出した手を取り、簪さんと固く握手を交わした。

 ここに俺と簪さんのタッグか結成された。

 

「フーーーよっし! よしよしよし!!」

「そ、そんな、喜ばなくても」

「喜ぶよ。頑張って誘った甲斐があったってもんだし」

「でも、私が誘わなくても山田先生と出れたんでしょ?」

「あーあの話はなしにした」

「えっ?」

「もし簪さんと組めなかったら俺はそのまま会場警備の任についてタッグマッチトーナメントには出ないことになったんだ」

「そうなの?」

「そうだよ」

 

 一応織斑先生から確認の連絡が来たけど。

 特に何事もなく話が通ったんだよな。

 

「じゃあなんで。それを話さなかったの?」

「だってそれを引き合いに出したらさ。もしかしたら簪さん、俺に迷惑をかけまいって気持ちでオッケーしたかもしれないじゃん」

「それじゃだめだったの?」

「だめ。簪さんから心を開いていかない限り意味がない。間に合せのタッグで挑んでも。勝てる戦いも勝てない」

 

 ただでさえ今まで関わり合いがなかった俺と簪さんだ。

 お互い意志が通ってなければ連携にもズレが生じてしまう。

 そんな付け焼き刃にもなってないようでは………

 

「会長にだって勝てないだろ?」

「え? お姉ちゃんに、勝つつもりなの?」

「そりゃあ出るからには目指すは優勝だよ」

「そ、そんなの。無理」

「やってみないとわからないよ」

「だ、だって。お姉ちゃん学園最強で国家代表なんだよ? それに。この前織斑くんと二人で挑んでも勝てなかった。お姉ちゃん余裕噛まして油断してたのにも関わらず」

「言うねえ簪さん」

 

 地味に言葉のナイフが鋭い。

 てか今さりげに姉をディスってなかった、この子。

 

「簪さんは会長に勝ちたくないの?」

「か、勝ちたい」

「認められたくない?」

「認められたい」

「ならやってみないとな。簪さん」

「………うんっ」

 

 少し目が揺れているが。簪さんの意思は固まったようだ。

 游ぎがちな目はしっかりと俺の目と視線を合わしてくれている、

 

「とりあえず受け付けに行こうか簪さん。割りと時間ないわ」

「………レーデルハイトくん」

「ん?」

「さん、いらないから。呼び捨てで呼んで」

「わかった。じゃあ、俺も呼び捨てで呼んでくれ。改めて宜しく、簪」

「うん………疾風」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 受け付け(時間ギリギリで注意された)を済ませた俺と簪はその足でいつもの第6アリーナのハンガーに向かった。

 これからの方針を決めるためである。

 

「んじゃあIS宜しく」

「………おいで、打鉄弐式」

 

 簪さんのISの待機形態であるクリスタルの指輪が打鉄弐式に変わる。

 

 各部スラスターは高機動仕様に。腕部装甲は原型機より遥かにスリムになっており。色も明るい銀鼠色。

 パッと見たら目の前に鎮座するISが打鉄の後継機とは到底思えない。

 だが………

 

「んーー。やっぱところどころ打鉄のパーツがチラホラと。というより内部機構はほぼ打鉄だよな? おっ、この背部のアタッチメントパーツ。もしかして打鉄の既存パッケージつけれる感じか?」

「うん。凄いね疾風。本当に原型機とは別物のデザインなのに」

「打鉄は本当に飽きるほど見たからさぁ。やろうと思えばバラしてから作り直すことも出来る………筈だ!」

「やったことないんだ」

 

 流石にね。そこまでいくとライセンスいるし。

 しばらく機体を観察してみる。やはり惚れ惚れするデザインだ。

 元のデザインからどれだけ変更したかはわからないが、とても丁寧に仕上げられている。

 

「機体自体もう出来てるのか。あと何がある?」

「武装がまだ全然。システムも修正が必要。あと、稼働データが明らかに足りないから。戦闘機動は到底出来ない。完成度は70%ぐらい」

「大したもんだ。ここまで一人でやるとは。機体調整のやり方は誰かに教えてもらった?」

「基礎的な物だけ。あとは独学」

 

 本当に凄い子だ。

 全ては姉に認められたいという思いからなのに。姉妹間の仲が現状だとは信じられん。

 見事に一方通行で交差してる。

 

「武装はなに?」

「超振動薙刀、夢現(ゆめうつつ)。連射型荷電粒子砲、春雷(しゅんらい)。あとはマルチロックオンシステム対応型マイクロミサイル、山嵐(やまあらし)

「ほうほう。打鉄弐式って第3世代ISなんだよな? 武装を聞いた限りだと第3世代感ないけど」

「打鉄弐式の真価は。高機能マルチタスクCPUと併用した山嵐。ISから誘導データを組み込まれたマイクロミサイルは、異次元とも呼べる機動を可能にする。撃ち出された後もデータを追加すれば、更に複雑な機動になる」

「つまり、データを取れば取るほど対応パターンも広がり、相手に合わせた最適な攻撃が出来るというわけか」

「うん。でもそれを一々打ち込んでいたらロスだし。私の頭もパンクする。それを起こなさない為に、学習したパターンをデータ化。私が考えた機動をISが読み込んで。ストレージデータから最適解を導きだして攻撃するの。上手く決まれば、48発のマイクロミサイルが敵の攻撃を掻い潜りながら攻撃する。これが山嵐のカタログスペック」

「………………うわっ、エグッ」

 

 簪に見せてもらったスペックを見てボソリと呟くのも無理はなく。

 山嵐はただのマイクロミサイルではない。

 超高性能識別カメラと簡素でありながら大容量の小型AIユニット。誘導性を高めるための方向転換用のスケイルフィンと。

 その小さな体躯によく納められた物だという代物が一発一発につまっている。

 

 これが鬼誘導で獲物に食らい付き、しかも一発撃ち落としても兄弟殺し(ミサイルの爆発によって近くのミサイルが立て続けに誘爆する)をすることもないミサイルが立て続けにくる。

 48発のマイクロミサイルというだけでも驚異なのに、やろうと思えばバススロットリロードで立て続けにもう48発。つまり計96発の山嵐が襲いかかったら? 

 考えるだけで寒気がする。

 まあ過剰火力だから極力そういうのはないだろうが。

 

「化け物だな」

「でも、それはデータがある程度満たされたらの話。今の打鉄弐式ではとてもじゃないけど。それに、マルチロックオンシステムも完成してないから」

「AIユニットなら。俺のイーグルからなんとか抜き出せるな。工業に許可申請送っとくよ」

「いいの?」

「いいの。ここまで来たんだから遠慮すんなって。存分に頼れよ簪。自分で言うのもあれだけど、結構便利だよ、俺は」

「うん、わかった」

「他の二つはどうなんだ?」

「夢現はもう完成してる。これは元からある装備を少し強化しただけだから。あとは春雷、荷電粒子砲がまだ」

「荷電粒子砲、か」

 

 荷電粒子砲。各国でも開発は進められてるが。量産に至る程のスペックを叩き出せておれず、試験兵装の域を出ない。

 だけど、俺は身近に荷電粒子砲を使える奴を知っている。

 

「簪。一夏の白式雪羅から貰おう」

「織斑くんの?」

「あの荷電粒子砲、月穿は世界でもっとも完成された荷電粒子砲だ。データにはこれ以上の適任はいない。これからデータを取るより、遥かに時間を短縮出来る」

「………」

「簪?」

「あ、ごめん。うん、その方が、いいよね………」

 

 言葉では納得していても、心が納得していないのは明白だった。

 簪にとって一夏は、自分の専用機開発を遅らせてしまった遠因。彼に頼るというのは会長ほどではないにしろ抵抗はある。

 簪の心境は目の前に宝があるのに手を出さないのと同義、だけど理屈ではない。それに手を出すには、ある種の勇気がいる。

 

 どうしたものか。一夏と会わせるのは簡単だけど、俺以上に険悪になる可能性も。

 そもそも一夏はこのことを知らないし………

 

「いたっ!」

「おん?」

 

 なんともまあ、タイミングがグットというかバッドというか。

 ハンガーの入り口で息を荒らげているのは他でもないファーストマン、織斑一夏その人だった。

 

 しばし息を整えたあと、一夏はこちらに迷いなく進んできた。

 

「更識さん!」

「み、名字で、呼ばないで」

「え? じゃ、じゃあ簪さんで?」

「あ、う、うん。なんの、よう?」

「本当にごめん簪さん!!」

 

 直角。惚れ惚れするほどの直角で一夏は頭を垂れた。少し押したら土下座に移行するほどの前屈姿勢だ。

 つまり謝ったのである。

 

「え?」

「のほほんさん、本音さんに聞いた! 簪さんの専用機が完成しないのは、俺がISを動かしたからだって。本当にごめん!」

「そ、そんな。えっと………」

「手伝わせてくれ!!」

「えっ!?」

「俺にもISを作るのを手伝わせてくれ! IS関連には疎いけど、力仕事なら出来る! 白式で使えるデータがあるなら遠慮なく使ってくれ! こんなこと言えるのも筋違いかもしれない! だけど、力になりたいんだ!」

「あ、あの、頭を………」

「俺にできることなら何でもやる! 頼む、簪さん! このとおりだ!!」

 

 決して頭を上げずに微動だにしない一夏に簪はどう処理していいかわからずにアワアワしている。

 ひとしきり考えても最適解を見いだせない簪は助けを求めるように俺を見た。

 

「一夏。とりあえず頭上げろ。簪さんちょっとパニくってる」

「え!? そうか、ごめん。えーっと」

「織斑くん」

「はい」

「どうして謝るの。確かに私はあなたを恨みはした。それが見当違いだとも、わかっていた。あなたは私を貶めようとしてISを動かせるようになったわけではない。偶然に偶然が重なって、私にそれが来ただけのこと。なのにどうして謝るの? どうして自分が悪いと」

「え? だってどう考えても俺が原因だろ? 俺があの時入学試験の時にISに触れないでそのまま立ち去っていたらISを動かさないですんだんだからさ」

「………………」

 

 簪は放心していた。

 確かに一夏が動かしたのは事実だが。打鉄弐式の人員を白式開発に送り出したのは一夏ではなく倉持技研、そしてその先の日本政府の圧力のせいだ。

 一夏にとって、一欠片も知るよしもないこと。

 

 今回の件に関しては一夏に全くの非はない。

 

「簪。一夏はこういう奴なんだ。馬鹿らしいぐらい真っ直ぐで、真っ直ぐ過ぎる馬鹿なんだ」

「疾風、否定しないけど酷いぞその言い草」

「しない時点で事実だろ。で、どうする簪さん」

「………………直ぐには納得できない。一発殴ってやろうとすら思ってた時もあったし」

「なら殴ってくれ」

「えっ!?」

「簪さんがそれで済むなら遠慮せずにやってくれ! 受け止めてやる! 何発でも! さあ来い!」

 

 バッと腕を広げてノーガード体勢の一夏。

 たまらず俺に視線を移す簪に俺はシャドーボクシングで答えた。

 

「え、ええ」

「簪。こうなったら一夏はテコでも動かないぞ」

「その、えっと」

「じゃあ簪さん。俺の気が済まないということで頼む」

「えー………じゃ、じゃあ」

 

 一歩二歩進み、簪の射程距離に一夏を捉えた。

 

「………えい!」

「おふ。簪さん、もっと強くやってもよかったぞ?」

「そ、そう? じゃあ………」

 

 ………あれ? 簪の纏う空気が変わった。

 姿勢を正し、息を整え。ターゲットに目を向ける。

 

「いくよ?」

「来い!」

「────シッ!!」

「ゴフゥ!!」

 

 おー良いのが入った! 

 回転を加えた簪の右ストレートがそのまま一夏の腹にねじ込まれ、そのまま一夏を吹き飛ばした。

 

「あだぁ!」

「お、織斑くん!? だ、大丈夫?」

「お、おう。簪さん、良いパンチだったぜ。ヘヘ」

 

 痩せ我慢見え見えながら一夏は笑みを返す。

 本当に呆れ返るぐらい真面目な男だよ、お前は。

 

「一夏。簪さんの専用機には、荷電粒子砲がある。まだ未完成だけど。だから」

「俺の雪羅のデータが使えるな。簪さん」

「はい」

「改めて宜しく。力になるよ」

「………………うん」

 

 力強く頷き、簪は一夏の手を取った。

 

「簪。期限まであるようでない。俺たち3人じゃ到底間に合わないし、安全面でも心細い。だから、整備科の人にも助力を頼みたいんだけど」

 

 ホログラムでピックアップした人を移す。

 のほほんさんと黛先輩。あと先輩が信頼する整備科の精鋭2人の計4人が出る。

 

「疾風………虚さんも呼んでもいい?」

「勿論それが出来るに越したことはないけど。いいのか? 虚さんは会長の」

「うん。専属の使用人。今までお姉ちゃんの差し金かもしれないって避けていたけれど、もう形振りかまってる状況じゃない。このメンバーに虚さんが加われば、磐石」

「簪………わかった。虚先輩に連絡を入れとくよ」

「お願い」

「うん。さて明日から忙しくなるぞ! 頑張ろう!」

「ああ!」

「うん」

 

 これで目処は立った。

 後は完成まで猛進するだけだ。

 

 俺はここまでの道のりが実を結んだことを喜ぶと同時に、いよいよ始まる専用機開発に胸を高鳴らせるのであった。

 

 

 



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第99話【アイ・ドゥ・ノット・アンダースタンド】

「楯無様、本日もご指導ありがとうございました!」

「もう菖蒲ちゃんったら固すぎ固すぎ。もっとフランクで良いのよ?」

「そういう訳には行きません。立場を抜きにしても今の楯無様は師匠なのですから! 敬うのは当然です!」

 

 練習が終わったのに未だに気合い充分菖蒲を見て楯無は上からフワリと降りながらクスリと笑った。

 タッグマッチまであと一週間。二人は訓練の総仕上げをするべくISの鍛練を重ねていたのだ。

 

「本当に素直で優しい子よねぇ。戦国の生まれとは思えないぐらい」

「そうですか? 割と覚悟決めてる時は容赦ないですよ私」

「うーん。でも可愛いからよし」

「フワワ、頬をグニグニしないでください~」

 

 腕だけを解除した楯無は菖蒲の頬をこねくり回した。

 

「そうだ、今日は一緒にご飯食べましょうよ。二年生の寮食堂に案内したげる」

「ふぁ、私一年生でふよ。場違いじゃありまふぇん?」

「大丈夫よ。菖蒲ちゃんと私はペアなんだから違和感ナッシングよ」

「そ、そうでふか。あの、そろそろ頬から離してくれませんか」

「あらごめんなさいね。あまりにもツルモチな感触でつい」

 

 ひとしきり満足した楯無は菖蒲の頬から手を離した。

 

「しかし最初とは見違えるぐらい技量アップしたわね」

「一重に櫛名田の性能というのもありますが」

「振り回されてる感じしないから良いんじゃない? 結構複雑でしょ、そのIS」

「そうですね。稲美都に比べるとやれることが多いです」

「あとは『奥の手』を万全な形に出来れば良いのだけれど」

「あれは完全に私の技量の問題です。それに、消費も激しいので練習でも何回かしか」

「まあ、ここは普通のアリーナと違って利用できる時間短いからね」

 

 今二人がいるのは人の目が触れられる普通のアリーナではなく地下の特設アリーナ。

 楯無が生徒会長としての権限を使って利用している。

 全ては櫛名田の『奥の手』を知られないため。特に、疾風に。

 

「本当にありがとうございます楯無様。私のためにこんなところを提供してくれて」

「礼は無用よ。菖蒲ちゃんの強化はそのまま学園の戦力強化に繋がるし、私もやるからには勝ちを狙ってるもの」

「楯無様でも不安はあるのですか?」

「というと?」

「楯無様は学園最強を自負しています。勝って当たり前の心構えだと思っていたので」

 

 IS学園の生徒会長とは最強の証。

 どんな勝負であれ。楯無に勝ったものは生徒会長になる権利を得る。

 楯無が生徒会長に就任してから、楯無は学園内で誰にも負けたことはない。

 それは生徒会長は最強であれという事実であり、心構えでもあったからだ。

 

「学園最強ではあるけど、その前に人間だもの。勝負に絶対はないし、最近の専用機持ち達の技量はなかなか侮れないわ」

「楯無様でも負ける可能性を考えていると?」

「ええ。実際学園祭のエキシビションマッチは危なかったし。だから日々鍛錬を重ねるの。菖蒲ちゃんも含めてね。だから負けないようにこの場所を使ったの。だからあなたが気にすることじゃないからね」

「そうですか。わかりました」

「ん。さて、もう時間ね。ご飯の前にシャワー浴びましょ」

「はい」

 

 

 

 

 

「ほわぁ………」

「どうしたのじっと見ちゃって」

「楯無様って本当に完璧なプロポーションしてますよね」

 

 惚れ惚れしますとタオルで隠された楯無の肢体に釘付けになる菖蒲。

 染み一つない玉のような美しい肌。出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいる無駄のないスタイル。

 そして愛嬌と艶を兼ね備えたフェイス。

 非の打ち所はないとは彼女のことを言うのでは? そう錯覚するほど楯無の肉体は美しいのだ。

 

「なにかやってます?」

「んー、適度な運動と食生活、あとスキンケアをしっかりと」

「それだけですか? 信じられません」

「当たり前のことを継続して維持するの。毎日やり続けるのって結構大変なのよ? そういう菖蒲ちゃんだって凄く綺麗な肌してるわ。お人形さんみたいにスベスベよ?」

「わ、私も日々自分のコンディションを万全としてますから」

「疾風くんのために?」

「疾風様のためにです」

 

 普通なら照れて言葉を逃がすところを菖蒲は当たり前のように公言する。

 他者に対する愛情を彼女は隠さずに真っ直ぐ伝える。それはまだ青い少年少女にはなかなか出せない素直な感情表現だ。

 

「同じ生徒会にいる楯無様に聞きますが。疾風様って胸の大きい人の方が好きそうですかね?」

「疾風くんはそこまで外見気にしてないっぽいわよ?」

「飽くまで中身ですか」

「そうね。小学、中学時代とか酷い目に会わされてたし。女性との付き合いにうんざりしてたってのが彼の談よ。聞いた話なんだけど。彼、IS学園に入るとき少し不安だったんだって。ここの人たちがみんな女尊男卑思考の女子だったらって」

「その一部の人たちのせいで。疾風様は変わられてしまった」

「うん。安城敬華との出来事で彼の蓋が外れた。いや、元々持っていた物が大きく開かれたといった方が良いわね」

 

 覚悟を決めた。その敵対者に対する一種の報復は相手に暇を与えることなく押し流す。

 それでも決して人道に背くことなく。尚且つ上手くやってのけるのが疾風の頼りになるところであり、恐ろしくあるものだ。

 

「まあ私からしたらあの変化は良い方だと思うわ。結果的に彼の戦闘能力は入学時とは比べ物にならないぐらいに飛躍し、周りもそれに答えるように強くなっていった。それは貴女にも当てはまるわね、菖蒲ちゃん」

「はい………」

 

 今回のタッグ決めで菖蒲は疾風にコンタクトを取ることなく、真っ直ぐ楯無の方に赴いた。

 自分を鍛え直して下さい。自分はもっと強くなりたいと。

 

 疾風が変わるきっかけ。それは菖蒲が巻き込まれたフェンス落下事件。

 その時の菖蒲はISを持っていなかった。それでも彼を守ろうと身体が勝手に彼を突き飛ばしていた。

 あの時一夏がいなければ菖蒲は瀕死の重症、下手すればそのまま死んでいた。

 

 それも学園祭の時。自分の専用機に痛手を負わせてしまった自身の力量不足が原因だ。

 だからこそ菖蒲はもっと強くなろうと決意した。

 

 

 

 

 

 個々に区切られたシャワールームに入ってバルブを捻ると心地よい暖かさのシャワーが汚れを疲労と共に洗い流す。

 

「あー、気持ちいいわねぇ」

「そうですねぇ」

 

 他の利用者がない貸し切りのシャワールームで命の選択をする二人は曇りガラスのシルエットを晒しながら身体を清めた。

 

「楯無様」

「んー?」

「簪様とは、どうですか? 仲直り出来ましたか?」

 

 突然の問いかけに楯無は身体を洗う動きを一瞬止めた。シャワーを流したまま、楯無は聞き返した。

 

 菖蒲、徳川家は日本の裏事情にもある程度精通していた。

 昔取った杵柄というもので、ある程度裏に影響力を出せる程度の力がある。

 更識家とも何度も面識がある。勿論、彼女たち姉妹とも会ったことがあった。二人の仲に溝があることも、風の噂で知っていた。

 

「ううん。未だに私は簪ちゃんと一言も話せてない」

「そうですか」

「菖蒲ちゃんって兄弟いたわよね」

「はい、弟が一人」

「関係は良好?」

「最近反抗期に突入して結構生意気です。でも仲は普通に良いと思います」

「そっか、反抗期なんだ。私のところはそういうのなかったからな………」

 

 更識の屋敷は反抗期なんて我が儘などあってはならない場所だった。

 だけど簪の閉鎖的な行為はもしかしたら彼女なりの反抗期だったのかもしれない。

 

「僭越ながら、一つ宜しいでしょうか」

「ん?」

「楯無様は怖いのですね。わからないことが」

「………」

 

 沈黙は肯定と捉え、菖蒲は言葉を続けた。

 

「私もわからなくて怖いことがありました。手術で日本を離れ、疾風様とまた会えるだろうか。疾風様は私を忘れてしまうのではないか。確かめる術なんてなくて、なにも分からないというのは怖かったです」

「ええそうね………私は怖い。簪ちゃんが今、私をどう思っているのか。嫌っているのか、無関心なのか。昔みたいに変わらずに好きでいてくれているのか。簪ちゃんだけじゃない。殻に閉じ籠ってるのは、私も同じなのよね」

 

 楯無として。国家代表として。生徒会長として。

 余りにも都合のよすぎる逃げ道に逃げているのは、他ならぬ自分自身だということを。楯無は誰よりも分かっている。

 

 だけど楯無はそれに簪に触れれない。触れるのが怖い。分からないことも怖いが。それと同時に分かってしまうのも怖いのだ。

 

「でも楯無様。分からないことは確かに怖いですが。それよりももっと恐ろしいことがあるのですよ」

「え?」

「それは繋がりが断ち切られること。わかる機会を失うことです………私は成功率の低い手術で。何度も頭に浮かべました。疾風様に二度と会えなくなる未来を。それが何よりも恐ろしく、怖かった」

「っ!」

 

 もう会えなくなる。

 自分はそれを想像したことが会っただろうか。

 簪ともう二度と会えなくなる未来を。

 

 楯無は心の何処かで。ただ見守ることに満足している自分がいることに気づいた。

 でもそれはずっと続くのか? 

 いつか簪は更識の加護下から離れてしまったら? 

 

 ………想像しただろうか? 

 

 もし、愛する妹と別離してしまったら? 

 もし自分が死んだら? 

 もし簪が死んでしまったら? 

 

 何故穏やかな日々が永遠に続くと想っていたのか。

 自分の立っている場所は紛れもなく戦場だというのに。

 

「出来るかしら、私に」

「それは楯無様次第です」

「そこは出来ると言ってくれないのね?」

「言って欲しいのですか?」

「うーん。言って欲しかったかなぁ」

 

 キュっとシャワーバルブを捻ってお湯を止めて個室を出た。

 

「菖蒲ちゃんは強いね。今でも好きなんでしょ? 疾風くんのこと」

「ええ。あの二人がくっつかない限りこの恋が冷める兆しなんかありませんよ。まったくもう」

 

 菖蒲は珍しく大きなタメ息を吐き。シャワーを止めた。

 

「菖蒲ちゃん?」

「私なりに背中押したんですよ? 私なりに。それなのになんですか3日立たずに仲違いしちゃって! あの二人は!」

「うっ」

 

 その要因が自分にあることを知らない菖蒲の言葉に楯無の胸の奥がゴリッと抉られた。

 

「疾風様は疾風様でISを動かせなくなるぐらいセシリア様とのことでショック受けて。セシリア様はセシリア様で意固地になって疾風様を無視しますし………もうなんなんですかあの二人。焦れったすぎです」

「そうね、その通りだわ」

「あの二人も同じなんです。相手の気持ちが分からないから怖いんです。周りの人は俯瞰的に見てるからなんとなく分かっても。自分のことなるとお先真っ暗になるんですよ」

「つまり?」

「くっつくならさっさとくっつきなさいって奴です」

 

 身も蓋もないが。楯無もそれに関しては同意見だ。

 端から見ても二人の感情のベクトルが大きいのが見てとれ、互いの思いのでかさがよくわかる。

 だからこそ拗れたら拗れたで物凄く歪曲して収集がつかなくなる。喧騒を挟んでも直ぐに元通りになる一夏とその女の子たちとの違いとも言える。

 

「横からかっさらおうとは思わなかったの?」

「思いましたよ。でもいま私がやったら疾風様とセシリア様の溝は更に広がります」

「まあねぇ」

「他所から見たらそんなこと考えてる暇があるならさっさとぶんどれっ! って言うでしょう。でも、私は疾風様の嫌がることをしたくないんです」

 

 会話の場がシャワールームから脱衣所に移る。服を着ながら菖蒲の独白は続いた。

 

「その間に疾風くんがセシリアちゃんと付き合ったらどうするの?」

「その時はその時です。あの人の幸せこそ、私が真に望むことですから………一応祝福はします」

「凄いわね」

「そんなことないですよ。今でも自分の気持ちを抑えないと奪いに行きそうで………うーん」

「どうしたの?」

「楯無様、やっぱり奪いに行った方がいいですかね?」

 

 ズルッと足を滑らす楯無に気づくことなく菖蒲の目にはチロチロと炎が点り始めた。

 

「セシリア様に手袋でも叩きつけてもう一度宣言しましょうか。疾風様は私が奪いますと」

「あら、さっきと180度意見が変わったわね?」

「女心は秋の空って奴です。考えたらムカムカしちゃいました。だらだらしてるセシリア様が悪いのです」

「そこで疾風くんを悪く言わないのが菖蒲ちゃんね~」

 

 鳴かぬなら、鳴くまでまとう、ホトトギス。なんて言った初代徳川将軍とは違って意外とせっかちなのね。恋とは恐ろしいわ。

 楯無は髪を乾かしながら隣の少女の底知れぬ迫力に眼を見張った。

 

「まあそう言いつつも。タッグマッチが終わってからですね。ことを起こすとしたら」

「どうして?」

「疾風様と簪様がいよいよ正念場に立ちますから」

「………ああ、そうか。今日からだったわね」

 

 打鉄弐式の本格整備の日は。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「二年生整備科三銃士を連れてきたよ」

「「二年生整備科三銃士!?」」

「快活な姉御肌、実家は自動車屋。天ノ川京子先輩」

「よろしくね一年生!」

「二年生版のほほんさん。北川フィーナ先輩、愛称フィーさん」

「どうもぉ。のほほんさん二号ですぅ」

「捏造上等。パパラッチ薫子」

「ちょちょーい! 私の紹介ネタ過ぎぃ!」

 

 パシッと鋭いツッコミを入れたのはご存知、整備科二年生のエースにして新聞部の黛薫子パイセン。

 

 そして最初の台詞に合いの手を入れてくれたのは一夏と、一夏のタッグ相手である箒である。

 本来この場にいるはずのない箒がいるのは。

 

「一夏が手伝うならペアの私も手伝うのが筋だ」

「そういうもんか?」

「そういうものだ。それに、白式関連で迷惑をかけたなら私も無関係を通せないだろう」

 

 厳密に言えば束さんは打鉄弐式の人員を動員したのにも関わらず停滞していたプロジェクトを(勝手に)完成させたからある意味救世主では? 

 いや。白式を近接一辺倒にカスタマイズして追加装備の開発を滞らせた原因でもあるから間違ってはいないか………

 

「でも大丈夫か? 整備系はなんもわからんだろ?」

「IS関連はわからんが力仕事でカバーしよう!! (それに一夏と一緒にいれるしな)」

 

 ということらしい。

 肉体労働要員が増えるのは素直に嬉しいからお言葉に甘えた。

 

「やっほーかんちゃん! 手伝いに来たよ~」

「ごめんね本音。突然呼んで」

「んー? なんで謝るのぉ? かんちゃんに頼られて私嬉しいんだよー。だからかんちゃんはもっと私を頼って良いんだからね。私専属メイドだし!」

「ありがとう。宜しくね」

「イエーイ」

 

 簪とのほほんさんは大丈夫そうだな。のほほんさんには前から話を通してたから助かった。

 

「そうだ。織斑くん。私たちのレンタル料は高いからそこんとこ宜しく! そうねー、独占インタビュー、は姉さんと被るから。1日デートで!」

「ええ!?」

「なんでもやるって言ったんでしょ? 疾風くんから聞いた」

「疾風! いつのまに俺を担保にしたんだ!?」

「いや、俺は無実よ」

「嘘だ!!」

 

 嘘じゃないよ。

 俺は単に先輩方に「当日は一夏と箒も手伝いに来ます。特に一夏のほうは『俺に出来ることならなんでもやります!』と言うぐらいの気合いの入りようです。存分にこき使ってやってください」って言っただけだし。報酬云々は話してないもんね(全力目そらし)

 

「そういうことなら私もデートで! モテモテだな一年男子!」

「じゃあ私もデートでぇ。校内で自慢しよぉ」

「はいはーい。私もおりむーとデート希望しまぁ~す」

「か、勘弁してくださいよぉ!」

 

 京子先輩じゃないけど。モテモテだね一夏。

 頑張れ、ここが甲斐性の見せ所だぞ。

 だが先輩方は一夏の隣に強気な一夏LOVEのレッドガーディアンがいることを忘れていた。

 

「駄目です駄目です! 複数人とデートなんて幼馴染みとして認められません!!」

「えーー。だって篠ノ之さん彼女でもないんでしょ?」

「うぐっ」

「そんなこと言うぐらいならさっさと潔く告白して物にするべきよね」

「それに一部界隈では幼馴染みステータスを武器にしてるうちに乗り遅れるのが定石ですしぃ」

「負けヒロイン一直線になるよしののん」

「な、なな何を言いますか!! てか失礼だな布仏!」

 

 おっと息をつく暇を与えずに鋭すぎる切り返しが! 

 基本的にウブい箒はもはやなす術もなく先輩+のほほんさんの手のひらで踊らされた。

 

「一夏っ! お前もなんとか言え!!」

「わかってるよ! すいません、デートだけは勘弁してください!」

「えーー、じゃあ1日密着取材で」

「デートじゃないですか! だめです!」

「チェー。じゃあやっぱ独占インタビューにするかぁ」

「まあ、それならいいです」

 

 ホッと胸を撫で下ろす一夏。

 隣にいる箒もなんとかデートは阻止できたという安心感と同時に一夏が他の女子と約束事を取り付けたということにほんの少しモヤっとしてしまった。

 

「京子とフィーはどうすんの?」

「んー、じゃあ2ショットで」

「あれ、随分下げたね?」

「落とし所は見極めないと駄目ってやつよ、ずっちん。良いカメラ用意しといてね! フィーは?」

「あふぅ。私は噂のマッサージを所望しますぅ。最近部活レンタルでもやり始めたって聞いたし」

「一夏、なんで剣道部にいるときにやり始めなかったんだ………」

「そんな残念そうな顔すんなよ箒。今度またやってやるから」

「ほんとか! なら今日の作業が終わり次第やってもらおうか! なんせ力仕事をするからな!」

 

 フッと勝ち誇った笑みを同じくマッサージ希望を出したフィー先輩に向ける。箒のやつ力仕事というワードでマウント取ってきたな。

 対するフィー先輩は気づいてすらいないのか虚空を見ている。

 

「じゃあ私はお菓子盛り合わせを所望しますぅ」

「のほほんさんはいつも通りだな。了解だ」

「一夏! 俺はカフェテリアの一番高いスイーツセットを希望する!」

「なんでお前も便乗してるんだよ疾風!」

「いやいや、この場所をセッティングしたの俺だし。簪をあの手この手で天の岩戸から引っ張りあげた功績ということで一つな?」

「疾風、私は天照じゃないよ」

「あー、わかった。腹を決めるわ」

 

 よし! 言質取ったぜ! 

 尻馬に乗った感じだが、とりあえず計画通りと悪い笑みを浮かべておこう。

 

 さて、あとは………あ、丁度来てくれた。

 

「あら、私が最後なのね」

「あれ!? 虚先輩! どうしてここに?」

「私も疾風くんに呼ばれたのよ。打鉄弐式製作のためにね」

「マジですか。その、簪さん? 大丈夫なの? 虚さん苦手だったんじゃ」

「ちょっと京子」

「あ、ごめん」

「いえ、私からも頼んだんです。打鉄弐式の完成には虚さんの協力も必要だって」

 

 黛先輩にさとされた京子先輩かばつの悪い表情で簪の顔色を伺った。

 その心配を他所に、簪は毅然とした態度で虚先輩の前に立った。

 

「お久しぶりです、虚さん」

「そうね。こうして面と向かって話せるのは何年振りでしょうか」

「すいません、虚さん。私は勝手にあなたを避けていました。あなたはお姉ちゃんの専属の使用人。あなたの手を借りることは。お姉ちゃんの手を借りるのと同義だと思って避けていた。でも、それは単なる思い込みでした」

「簪お嬢様」

「図々しいとは思います。ですがどうか。打鉄弐式を完成させるために、私に力を貸してください!」

 

 そう言って簪は頭を下げた。今回手伝ってくれることは確約してるが。それとこれとは別。簪なりにけじめをつけたい気持ちが大きかった。

 割りきっていても、まだ簪の中に不安が残っていたから。

 

 虚先輩はそんな簪の肩にそっと手を置き、力強く言って見せた。

 

「ええ、任せて。打鉄弐式は完璧に仕上げるわ。一緒に頑張りましょう」

「は、はい! お願いします!」

 

 お互い手を出しあって固く握手を交わす。

 その瞬間、簪の中の一抹の不安が確かに消えていった。

 

 なにも隔絶なんてなかった。

 虚先輩も会長やのほほんさんと同じように、簪のことを心配していた。こうやって頼ってくれることも、ずっと待っていたのだろう。

 

「皆さんも、今日は宜しくお願いします」

「オッケーよ簪ちゃん!」

「久々にIS1機まるごと整備出来る! 燃えるわ!!」

「ふゆぅ。今年度最大のやる気の見せ所だぁ。頑張ろうねぇ本音さん」

「りょーかいですフィー先輩。よーしやるぞぉ~」

「「おーー!!」」

 

 そんなこんなで始まった打鉄弐式製作。

 俺もISを作り上げるなんてことは初めてだから改めて気合いを入れ直した。

 

 製作開始。と同時に一夏と箒はISの整備作業という厳しさを思い知ることとなった。

 

「織斑くん、そっちのケーブル全部持ってきて! あと大型サーディングアイロンも!」

「はいー!!」

「篠ノ之さん! 三番の特大レンチと高周波カッター。あとフェイスガードも!」

「了解です!」

「にゃふぅ。空中投影ディスプレイが足りないからプロジェクター。あと液晶ディスプレイも一つお願いしまぁす」

「あ、ついでにデータスキャナーも宜しく!」

「「イエッサー!!」」

 

 次々と出される遠慮もへったくれもないオーダーに肉体労働担当は常に走ったり持ち上げたりを繰り返していた。一時の休みもなく。

 とにかく手が足りないと言わんばかりに二人は整備室をかけまわる。

 箒がいてよかったな。これを一夏一人でやるとなると相当負荷がかかっていた。

 

 しかし二人がそう走り回るのも、ISの側を担当する整備科三銃士の手際の良さの賜物だろう。

 

 整備科三銃士の役割はボディ担当。

 全体のスラスターや四肢の整備。組み上げられたパーツをつなぎ合わせ、逐一接続チェックをしていく。

 そして布仏姉妹はというと。

 

「よし、本音」

「はいなー。シュババババババ!」

「うわっ! あっという間にバラバラだった部品が装甲に」

「虚先輩も一瞬で装甲だったものをバラバラに」

「流石整備科のトップエースと次期エース。これくらい序の口ってやつね」

 

 ISの武器をも即座にバラす虚さんの分解の腕は整備の腕でも遺憾なく発揮された。打鉄弐式を構成するパーツを外し、それを分解してオールチェック。

 その分解されたパーツを即座に組み上げて新品同様に戻すのほほんさんは普段のスローペースが幻だったのではないかと言うぐらい俊敏だ。

 ………あの萌え袖でどうやってパーツを組み上げてるんだ。横目で見てるが観察しようとしたらもう組み上がっている始末だ。

 

 今回の整備開発に布仏姉妹を組み込んだことで。打鉄弐式を構成するいくつかの重要パーツをバラしてからの総点検と見直しを実地することとなった。

 普通ならデータチェックと点検で終わるが。今回は初ロールアウトの新型ということもあって念には念をということを虚先輩から提案されたのだ。

 会長のミステリアス・レイディの前身、グストーイ・トゥマン・モスクヴェを会長好みにする時もこの手法が使われたのだという。

 しかしこの試みを実行できるのも。『分解』の虚、『組立』の本音というIS学園が誇るスーパー整備姉妹の活躍あってのことだ。

 

 それでも通常なら膨大な時間を有するのだが、虚先輩曰く『簪お嬢様の丁寧な仕事のおかげで直すところが少なくて助かります。楯無お嬢様はもっと雑でした』と作業の短縮化に成功していた。

 

 整備科のトップエースにそう言われた簪は頬が赤くなり。画面に視線を戻した。

 

「………疾風、送った」

「ほいきた。チェックする」

 

 いま俺の頭にはお馴染みの鷲帽子型ハイパーセンサーのイーグル・アイを被り。打鉄弐式とコードケーブルで繋がっていた。

 簪は装着したパーツごとにプログラムを走らせる必要があるのでISを装着したままだ。

 

 俺と簪はISを動かすプログラムとソフトウェアの調整だが。ここが一番の山場だった。

 

 機体全体のエネルギーパイパス経路の確立。シールドバリアーとPIC展開領域。火器管制、姿勢制御プログラム。ハイパーセンサーの適正調整。ISコアの調律からの安定化。これでもまだほんの一部ということだから恐ろしい。

 

 最難関なのは。マルチロックオンシステムの構築と、山嵐へのフィードバック。

 そしていくつかのISから持ち出した稼働データサンプルを打鉄弐式のOSと照らし合わせ、馴染ませること。

 こうすることでISを動かすための学習工程を大幅に短縮することが出来、なおかつ打鉄弐式の動きを新品でありながら、より成熟した動きを実現させることが出来る。

 

 それが終わった後は実際にアリーナを飛び回り、システムトラブルがないかを検証。

 速射型荷電粒子砲【春雷】と、マルチロックオンシステムと山嵐の稼働テストをする。

 問題があればまたシステムチェック。

 

 これら全てを、タッグマッチトーナメントの2日前、最低でも1日前に終わらせなければならない。

 

 この中で一番重要なポストを務めるのは開発者の中心であり打鉄弐式のパイロットである簪。

 ハードウェアとソフトウェアの両方。送られてくるデータを蓄積してからフィードバック。はめられたパーツの試験稼働を一手に引き受けるという。膨大なんて言葉では生ぬるい情報の洪水とも言えるデータ量の情報処理作業を行っている。

 

 しかし何より驚くのはデバイスの操作方法! 

 ボイス・コントロール、アイ・コントロール、ボディ・ジェスチャーを駆使し。

 さらに両手両足の上下に空間投影キーボードを一枚ずつ。四肢×2の合計八枚のホロキーボードを同時に操っているのだ。

 

 一見何を言ってるかわからないだろう。俺も初めて見たときは顔が固まった。

 簪は下のキーボードのテンキーを下に押す作業と同時に、指で上げる動作で上のキーボードを叩いている。

 しかもそれを足でもやっている! 手より稼働範囲が圧倒的に狭い足の指の動きで手と遜色ない動きでキーボードを打っている。

 

 文字通り身体の機能を全て使っている正に人外の所業と言える超越技術! 

 マルチタスクを越えた情報処理能力を発揮しながら簪は涼しい顔で作業しているのだ。

 

「凄い………」

「え? なんか言った?」

「いやなんでもない。続けよう」

 

 そして俺は簪が送ってくれたデータをチェックしている。

 

 イーグルは打鉄弐式を中継して簪のサポートを行っている。

 イーグルの電算ユニットは銀の福音戦と同じぐらいフル回転のフル回転。簪の動きは無駄がなくて綺麗だから、操作のサポート対象がかわっているのだ。

 

 俺はその簪から次々と来るデータをイーグルの補助を借りながら逐一チェック。

 データを見直して間違いがないかを即座に判断し。問題がなければそのまま簪に返す。

 

 ミスは許されない。後でもう一度再チェックするとはいえ。ここでのミスは更なる遅れを生む。

 そんな極限の緊張感に晒されながら。俺の口元からは笑みが溢れて仕方なかった。

 

 楽しい! 楽しすぎる! 心が踊る!! 

 ISを動かすのとはまた違う高揚感。自分のISをメンテナンスするのとは違う没頭感。

 

 みんなが組み上げたパーツ、データがそのまま打鉄弐式の肉となり、骨となり、血となり、細胞となる。

 俺はその瞬間に関わっている、立ち会っている! その事実が何よりも俺のIS魂に火を灯し、燃料を注ぎ、燃やしまくっている。

 

 この時間がいつまでも続けばいい。そう思えるほど俺は歓喜の渦に身を晒していた。

 だけどこれは終わらせなければならないこと。そして、終わった後もまだ作業が残っている。

 

「簪、3番から7番までのチェックが終わった」

「わかった、確認する………疾風」

「ん?」

「ありがとう」

「お礼はまだ早いでしょ」

「ううん、そんなことない」

「え?」

「………新しいの送るね」

「わかった」

 

 見間違いだろうか? 

 いや見間違いではない。

 一瞬ではあったが。簪は確かにこちらに笑みを浮かべていた。

 そのわずかとしか言えない笑みは。確かな輝きを持つと同時に。簪本来の姿だった、そう思った。

 

 完成したらどんな表情を浮かべるだろう? そう思ったら更にやる気が出てきた。

 打鉄弐式を完成させるための理由が一つ増えた。

 頭の片隅に浮かべながら俺は新たに送られてきたデータのチェックに入った。



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第100話【ガールズ・オブ・ハート】

 

 

 

 打鉄弐式制作開始からはや5日。

 

 布仏姉妹を含めた整備科の精鋭5人+肉体労働担当の剣道コンビ。俺と簪を含めた少数精鋭である9人。間に合うかは正直不安なところがあったのだが。そこはなんとかなりそうであった。

 

 全工程同時進行によるハイペースでの作業が功を奏したというべきか。

 一度目処がついたら即テスト。反省点を纏めて再調整したらテスト。調整、テスト、調整、テストのサイクルを目まぐるしく回しまくった結果。

 打鉄弐式の完成率は既に95%まで迫っていた。

 

 基本のシールドとPIC、バススロットのコールとリコールの調整は完璧。

 通常飛行もなんなくクリアし、瞬時加速も既に実戦段階に到達した。

 

 武装面もほぼ完成している。

 弐式の荷電粒子砲は一夏の荷電粒子砲というお手本の教科書があったお陰で既に実戦段階に落ち着き。

 最大の問題であった自立稼働型マイクロミサイルの山嵐もほぼほぼ構築は完了している。

 

 ただ山嵐と打鉄弐式に学習させる戦略データだけは一番最後に回してるので本来のスペックには到底及ばないというのがある。

 しかしそれでも既存の火器管制下のミサイルとは段違いの性能となっており、以前のほほんさんが使った颪と比べて50%の性能向上を果たしていた。

 

 あとは、稼働データとの照らし合わせ。なのだが。

 

「んーー」

「………足りないねぇ」

「ねー」

 

 打鉄弐式に他のISから取ってきた実稼働データサンプルを差し込んで見たものの。なんともマッチしないというか。

 100%をMAXにするならば今の値はたったの42%という始末だ。

 

 一番相性が良かったのは同じ製造元(?)の白式。しかしここから俺のイーグルや学園にある打鉄のデータサンプリングをつぎ込んでみたが。微量な伸びで終わるということに。

 

「前から打鉄弐式は、コアの適正値調整で難を示していたの」

「コアが合わないっていうのは既視感感じるなぁ。俺のISもコアの適正値上がらなくて一週間ぐらい遅れたし。しかし今回は実稼働データとの照らし合わせだから最悪このまま出しても問題ない、けど」

「ここまで来るとなんかもどかしいよね。出来るなら完璧に仕上げたい」

「だけどもう使えるデータサンプルはないのよね? どうする? 他の専用機持ちに頼む?」

「それは現実的じゃないわよ京子。実稼働データなんて普通は機密データなんだからさ」

「すいません、私の紅椿からもデータが取れれば」

「いやいや! 紅椿はもう実質アンタッチャブルなISなんだから下手に刺激しない方が良いってことだしさ! 気にしないで篠ノ之さん」

 

 箒の言う通り。駄目元で紅椿から実稼働データを取ろうと試みたが。

 紅椿に外部端末からアクセスした瞬間『これ以上手を加えるなら繋がってる端末爆発させちゃうからね♪』というやたらリアルなマーチラビットが警告を発してきたのでやむなく断念した。

 脅しでもブラフでもないことは絶対に理解できたからである。

 

「でもこれ以上どうすれば良いんだ?」

「倉持技研に頼んでみますぅ?」

「………一つだけ。まだ使っていないデータがある。虚先輩、あれは貰ってこれました?」

「はい、ちゃんと貰ってきました」

「え、なにを?」

「ミステリアス・レイディの稼働データを」

「っ!」

 

 虚先輩の懐から取り出された代物を見て簪は目を見開いた。

 取り出されたのはUSBメモリ。その中には虚先輩経由で会長に頼んでいた会長の専用機のデータ。

 

「え、えぇ。それってロシア国家代表のデータってことでしょ? よく政府が認可したね?」

「してませんよ」

「へぇ?」

「これは生徒会長、楯無様の独断です」

「うえぇ!? い、いいの!? そんなもの持ってきて!! てかそれ私たちが知っても良いデータ?」

「法的にはアウトですが。楯無様は心配いらないと自信満々に言ってくれました。大丈夫です。外に漏れなければ言ったことにはなりません」

「ふにゃ。それじゃあ、いいのかなぁ?」

 

 良いんでしょう。何しろ日本の裏のドンが言ってるんだから。

 まあ福音と同じく口外したら即処罰&監視でございますが。

 

「………………」

「如何しますか。簪お嬢様」

「え、えっ?」

「これが必ず打鉄弐式のコアに合うかはわかりません。ですが試してみる価値は十二分にあります」

「う、うん………」

 

 頷きつつも簪の目は泳ぎに泳いでいる。

 最初は一人でやりきることを大前提としていた簪だがこうして大人数で協力することを良しとし。今まで避けていた会長の側近である虚先輩の協力も取り付けた。

 

 だが虚さんの手にあるデータは間違いなく会長の手が加えられたもの。

 姉である会長を越えるというレゾンデートルを原動力にしていた簪にとって、そのデータが打鉄弐式に入る。

 例えそれで上手く行っても、会長(のデータ)の協力があってこそ打鉄弐式は完成した。という現実が目の前に迫っているのだ。

 

(これはデータ。ただのデータ。お姉ちゃんの手を借りるわけじゃない。これはデータ。使える素材というだけ。だけどこれは紛れもなくお姉ちゃんのこれまでの軌跡。お姉ちゃんそのものと言っても良い。本当に良いのかな。でも、それで上手く行けば、みんなとの努力は報われる、疾風にも、迷惑がかからない。でも………)

「大丈夫か簪」

「っ! だ、大丈夫………」

 

 大丈夫じゃないな。それは火を見るより明らかで、この場にいる全員が認識した。

 さて、どうするか………このままデータ無しでやるか。

 

 ピピピピ。ピピピピ。

 18時を知らせるアラームが鳴った。

 すなわち、今日の作業時間は終了。

 

「あ、もう今日は終わりだね。続きは明日だ」

「たっちゃんのデータ云々は明日にしましょ。ないならないなりにやりようはあるし」

「そういうことだねぇ、かんちゃん。1日考えてから決めてみよぉ」

「うん、そうする」

 

 簪が内心ホッとしているのを横目に見ながら俺は端末を閉じた。

 

 

 

 

 

「これからご飯食べに行くけど。二人はどうする?」

「ちょっと整理したりなんなりしたりするから先行ってて」

「オッケー」

 

 整備チームと別れてデータの最終確認をする。

 明日の整備室の予約も取れたから、あとは………

 

「ごめんなさい」

「ん?」

「場の空気壊しちゃって」

「んー? いやそんなことはないから大丈夫だよ? 予想はしてたからさ。それより、事前に話してなかった俺も悪い。ごめんね、簪」

「ううん! 疾風の気持ちは嬉しいから………私の為を思ってやってくれたし」

 

 物は言いよう。だがそこに嘘はない。

 簪の為にと思い。俺から会長に頼んだこと。

 あそこでアラームが鳴ったのは、本当に助かった。いずれにしろ、あの場で決断は出来なかっただろう。

 

「はぁ………情けない」

「そんな気にすることじゃないよ」

「ううん、それだけじゃないの。使えるものを使わないなんて時間と浪費の無駄なのは分かってる……今更お姉ちゃんの力を使っても問題はないと思える自分もいる」

 

 簪もちゃんと前を、上を向いて来ている。

 これは良い傾向だ。これから会長と和解する上で、この反応は俺にとっても嬉しかった。

 

「でも。………周りからまた言われるんじゃって思うと、思考が止まって………」

 

 誹謗中傷。

 簪は家にいるときに絶えず聞いていた心のない言葉の針の数々。

 俺は一つ思い出した。初めて簪にタッグを申し込もうとした時。クラスの女子たちは口々に簪に対し言っていた言葉を。

 

 悪意があったかどうかは、正直わからない。

 だけどそんなことは聞かされる簪にとって知ったことではない。

 耳から入る言葉が全て。そんな後ろ指から簪は殻を作ることで自分の心を守っていた。

 

 心の傷など、一朝一夕で治るものではない。むしろここまで前向きになれたのは、元々簪が内に持っていた本来の心の強さだろう。

 だけどあと一押しが足りないのも事実。

 故に簪は今も迷って立ち止まりかけている。

 

 なら背中を押すのはパートナーの俺の約目だ。

 

「もし簪をバカにする奴がいたら。俺がもの申してやる」

「え?」

「簪が誰よりも頑張っているのは俺が知ってる。いや、他の奴らだって知ってる。なのに何も知らない奴らが簪を馬鹿にするなんて、俺が許さない」

「疾風が、そこまですることは」

「いや、怒るね。友達を貶されて黙ってられるか」

「友達………私と疾風は、友達でいいの?」

「俺はそう思ってたけど。簪は違った?」

「う、ううん! そんなこと、ない」

「なら良かった」

 

 笑いかけてやると簪は頬を少し染めて俯いた。

 対する俺も少しキザだったかなと顔を熱くしてしまった。

 

「まあ、なんだ。最終的に決めるのは簪なんだからさ。明日まで時間あるし。使わなくても俺は迷惑なんて思わないからな」

「な、なんでわかったの?」

「あ、やっぱりそうだった」

「カマかけなんて、ズルい!」

「ごめんね。俺ズルい男なんだ」

 

 小ズルさで右に出るものはないと自負しております。

 

「まあそんな感じだ。難しいだろうけど。簪は比較的気楽に考えてくれたらいいよ。明日も頑張ろうな」

「うん、頑張る」

「よし、まずは飯だ飯」

「うん。お腹空いちゃった」

「簪って結構食べる方だよね」

「そ、そんなことない!」

 

 えー、本当でござるかぁ? 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 仲良く談笑しながら食堂に向かう二人を、影から監視している生徒がいた。

 その髪は輝く金色。その瞳は蒼き宝玉。高貴さを兼ね備えたそのルックスは、間違いなく上位に入るほどの美少女に値する。その生徒の名は

 

「ん、んんんんんんん………!」

 

 セシリア・オルコットその人であった。

 

 いつも優雅であることを心情とする彼女だが今はそんな気配は微塵もなく。

 

 彼女は壁を握り壊さんばかりの力で掴み。額に青筋を浮かべ、唇を文字通り噛み締めて笑い合う両人を見ていた。

 今にもハンカチを噛み千切らんばかりに唇を噛む友人の姿に鈴は呆気に取られていた。

 

「あのさぁセシリア。あんな素っ気ない態度取り続けてる癖にその態度は駄目じゃない?」

「それは疾風を一夏さんに置き換えて同じ気持ちにならないと誓ってから言ってくださいな」

「うぐっ」

 

 痛烈な切り返しに鈴は後ずさる。

 もし自分がセシリアの立場なら今頃アリーナの至るところにクレーターが出来ていたことだろう。

 

 だがそこは座右の銘であるそれはそれ、これはこれの出番である。

 

「でもさぁ、いい加減許したらどうかなって思うよ? 仮に一夏はさ、自分がなんで怒らせたかわからないでポカンとするからタチ悪いけど。疾風は悪気があって言ったわけじゃないし。それでも疾風は自分が悪いって思ってるわけじゃん………それともさ。もう疾風のことは怒ってないけど意地張ってタイミング逃してるだけとか?」

 

 セシリアは疾風から目線を反らした。

 

「だけど今度は自分を差し置いて簪に声をかけ続けて良い雰囲気になった疾風にモヤモヤしてると」

 

 セシリアは俯いた。

 図星も図星である。

 

「気持ちはわかるわよ。わかるからあんま偉そうに言えないけど。仲直りしたら? あたしもさ。何回も一夏と喧嘩して言いあうことあるし。貧に………禁句言われてぶち殺してやる! ってなっちゃう時もあるわよ。でもさ、それでも何処かで一夏は許してくれるって。甘えちゃう自分がいるのよねぇ」

「甘えている。わたくしが?」

「あんたがそうとはいってないけどさ。でも待ってると思うわよ疾風。あんたから歩み寄ってくれるの。じゃね、お腹空いたから行くわ」

 

 なんだかんだ付き合ってくれた鈴の足音が遠くなっていくのを感じながらセシリアは壁にもたれ掛かって息をついた。

 

 疾風と喧嘩(というより自分が一方的に突き放した)をしてからもう二週間と少し。

 あれからまともに話していない。

 

 正直に言うと。もうセシリアは怒っていない。と言えば嘘ではあるが、以前程ではない。

 あれは確かに疾風の本心ではあったのだろうが。更識楯無に唆されたということは唆した本人から聞いたから間違いはない。

 だからといって直ぐ許すのはセシリアの根っこが許さない。この際だからたっっっぷり反省させてやろうと怒り半分、いや怒り70%の気持ちで疾風に接していた。

 

 そしてそろそろ許してやろうか? いやまだ足りない。

 許してやろうか、いやまだ。そんな先延ばし先延ばしにしていたら、いつの間にか疾風が自分のもとに来なくなった。

 

 セシリアは何処かで期待していた。

 疾風は諦めることなく毎日話しかけてくれるだろうと。自分との繋がりを絶ち切られたくないという思いから通い続けてくれるだろうと。

 でも現実は違っていて。いつの間にか疾風は更識簪という女の子にご執心で。いつしか自分とはすれ違う時に目線をくれたりするぐらいになった。

 それどころか、挨拶もろくに交わしてないのでは。

 

 過度な期待、セシリアは自惚れていた。驕っていた。

 疾風は私を手放すことなどしない。わたくしをずっと見てくれている。あの時、サイレント・ゼフィルスから救ってくれた時のように。

 

 だけどそんな彼が自分に視線を送らなくなった。

 もしや愛想をつかされたのでは? そう考えたことは何度もあった。

 だがどうすればいい? どう声をかければいいのかわからない。

 切っ掛けがまるで浮かばない、すれ違う時も半ば立ち去るようにその場を後にする。

 最初は怒りの感情からだった、だけど今は恐れが強かった。

 

 ああ、なんたる身勝手さか。

 先に愛想をつかしたのは自分だというのに。

 

 怖い。

 時々悪夢を見る。

 

 自分を見限って更識簪と歩いていく彼を。

 自分が言いすぎたと言った時『今さらどの口が言ってるんだ?』と冷酷な目を向けられるような。そんな夢を見る。

 

 飛び起きる度に思うのだ。

 自分はこんなにも彼に想いを抱いていたということを。

 鈴が疾風は今でも待ってると言っていたけど。本当にそうなのだろうかと。セシリアは渦潮のようにぐるぐると瞑想していく。

 

 いや、違うそうではない。

 ただどうしたいかなどとっくに決まっている。

 ただただ勇気がないだけなのだ。セシリア・オルコットという乙女は………

 

(………帰ろう。もういないでしょうし。ここにいる意味もない)

 

 家路に戻ろうと曲がり角から顔を出した瞬間。ポスッとセシリアの顔は厚い胸板に鼻をぶつけていた

 

「わぷっ」

「わっ………え、セシリア?」

「は、疾風!?」

 

 曲がり角を曲がろうとしたら疾風とバッタリ鉢合わせたセシリアは慌てて距離を取った。

 目線を上げるとそこにはいつもの眼鏡をかけた幼なじみの姿があった。

 

「な、なんでここに!?」

「えっと。整備室に忘れ物しちゃって」

「何故忘れ物しましたの!」

「え!? えっと、なんかすいません」

 

 なんで謝ってるのか良くわかってない疾風はいきなりセシリアと対面したことによる驚きで思考が停滞していた。

 そんな彼に対し高鳴る胸の鼓動を必死に抑え込みながらセシリアは思考を回転させていた。

 

(ほ、本当になんでこんな。えっと。えっと。ごきげんよう! いえいえ流石に明るすぎますわ。えーっと………あれ? あれれ?)

 

 IS学園で彼と再会して、ここまで喋らないのは初めてで。時々自分と疾風はどんな話をしていたかを忘れる時がある。

 いまがまさにそれでセシリアの頭は挨拶さえ満足に出来ないほどパニックを起こしていた。

 

(いえ、これはむしろチャンス。神からの天恵ですわ! ここで関係をある程度修復しなければ。まだ取り返しがつくかもしれない! 怯えてる場合ではないのよセシリア・オルコット!!)

 

 キッと目に力を込め、軽く深呼吸したのち言葉を絞り出した。

 

「ず、随分と彼女と仲良くなったご様子ですわね。楽しんでるようで何よりですわ」

 

 出てきた言葉とは裏腹に、その声色はこれまた背筋が凍るように低く、高圧的な声だった

 

 ちっがぁぁぁぁう!! 

 セシリアはおのが心のなかでシャウトした。

 

(なんで! なんでこんな上から目線なんですの!? こんな時に入学初期のわたくしを出さなくても良いでしょうに! これでは疾風にまだ怒ってるのではないかと誤解させられてしまう!)

(や、ヤバい。やっぱりまだ怒ってる。くそっ! 心の準備なんか全然出来てないし、でもここでチャンスを逃すのは正に愚者の所業! とにかくなんか喋れ! 無言で良いことなんて今まで一つもなかっただろ!)

 

 似た者同士ここに極まれりである。

 二人とも心の矢印は向かい合っているのに見事にすれ違っている。

 あまずっぺぇである。

 

「ま、まあ。根気よく話しかけたり、切っ掛け作ったり、事件あったりと山あり谷ありだったんだけど。なんとかISは完成に持ち込めそうだよ」

「良かったですわね、念願のIS製作に携われて」

「………そうだな。お前と組めていたらもっと良かったんだけど」

「っ! そんな、いまさら。もうわたくしなどどうでもいいと思っていましたわ」

「そんなことはない!」

「現に更識さんにご執心だったではありませんか。わたくしに声をかけなくなってしばらくでしたが。もうてっきり諦めたとばかり」

 

 言い終わってからセシリアは奥歯が砕けるぐらい噛みしめた。

 ああなんて女々しい。まるで腐った果実のようにドロドロの物言い。こんなことを言いたいわけでは断じてないのに。

 話すたびに自分の醜い部分が浮き上がっていく。

 

 そんな自分を疾風に見せている。

 こんなの見せたくない。いや、いっそ見せた方が幻滅してくれるだろうか。

 そしたらこれ以上自分の醜いところを見せなくて済むだろうか………………

 

「確かに一時期お前より簪。更識さんのことを気にかけていたことは認める。あの子にシンパシーを感じてから、放っておけないって思って彼女に掛かりきりだったことは事実だし、中途半端ではなく、ちゃんと正面から向き合わないと駄目だって思った。これから協力を仰ぐのに、どっちつかずに中途半端なことをするのは失礼だと思った。セシリアのことを後回しにしたと言われても。いや、所詮言い訳だな。俺はそれを否定する言葉がない───だけどお前のことを思わなかった日は一度だってなかった」

「へ? ………なぁっ!?」

 

 数秒の空白のうちにセシリアの顔が赤くなった。

 燻り出した簪への嫉妬心が疾風の爆弾発言により一瞬で吹き飛ばされた。

 惚れた弱みと言えばそれまでだが自分のあまりにも単純な精神に嫌気さえ感じてくる。

 

「ななななっ、あなた何恥ずかしいことをそんな真顔で!」

「そんなこと言われても。いつ絶交を言い渡されるかって怖かったし。お前と他愛のない話が出来ないことがこんなにも辛いことだって思わなかった。ISになんてとてもじゃないけど手を出せなくて。失って初めて自分の中でどんだけセシリアが大きい存在かが」

「ストップ!! ストップストップ! ストップですわ!」

「セシリア?」

「な、なんなんですか! なんなんですかあなたは! そんな甘い睦言を言えばわたくしの機嫌が直ると思ってますの!?」

「む、睦言!?」

「自覚なしですの!? 自分が言ったことを反芻してみなさいな!」

「………………………!!」

 

 反芻した結果、疾風の顔も真っ赤になった。

 自分がどれだけ糖度の高い惚気を噛ましていたのかと。追い込まれた男の必死さがこれほど恐ろしいとは、と疾風は自分自身の理性のなさに戦慄を覚えた。

 

「その、えっと。いまのなし。いやなしじゃないけども! 全部真実だけど!」

「真実ですの!?」

「嘘言わないよこんな時に! てか完全に無自覚だったし!」

「そんなっ! ………………フー、一旦落ち着きましょう」

「そ、そうだな」

 

 とんだ番狂わせにこれまでのイザコザを忘れかけたセシリアはとりあえず疾風に対する不満を思い出して自分自身を保った。

 だがセシリアは先程よりイライラが落ち着いていることは明白であり、かつそんな自分に戸惑っていた。

 チョロすぎるのでは? これでは学園で密かに言われているセシリア・チョロコットという不名誉なあだ名が現実味を帯びてしまう。

 

 とにかく今は正常な判断が出来ないのは自明の理、このまま話続けるのはセシリアにとって好ましくないとセシリアのアラートが告げていた………。

 

「もうなにがなんだかわかりませんわ」

「え?」

「急用を思い出しました!」

「えっ?」

「ということでここで失礼致します。精々更識さんと励むことです! タッグマッチトーナメントで無様な姿を晒すのは許しません、ですが急拵えの付け焼き刃でわたくし達に勝てると思わないことです! 相対した時にはわたくしと組まなかったことを骨の髄まで叩き込んであげます!」

「え、えっと」

「ではごきげんよう!」

「ご、ごきげんよう」

 

 セシリアは(今の自分が出来る最大の)優雅さを纏いながら颯爽とその場を後にした。

 綺麗な撤退だったと思いながら、思わず胸を抑える。

 先程より胸の鼓動がうるさい。わかっていたつもりでわかっていなかった疾風の本心を前にして身体から飛び出してしまうのではというレベルで心臓が鼓動を叩いていた。

 

(もしかして………もしかして………)

 

 セシリアが疾風に三行半を叩きつけた翌日の彼の言動。これまでの疾風との日々。そしてたった今疾風が言った無意識下での口説き文句。

 

(もしかして………疾風はわたくしに、こ、こここここ好意を、持っている、のでは!?)

 

 何度目かのもしかしてを経て、セシリアは自分の推論を前に足を早めた。

 身体を動かさなければ熱暴走を起こしてしまうレベルでセシリアの身体は熱を発していた。

 

「ありえませんわ、ありえませんわ! そんな、そんな都合の良いこと、そんな。ふわぁぁ………」

 

 早く頭から冷水を被りたい。なんなら氷風呂に入りたい。

 セシリアは早歩きから全力疾走で自分の部屋に急いだ! 

 

「オルコット、廊下を走るな!」

「申し訳ございません!!」

 

 途中で織斑先生に注意されて一瞬熱が引くも直ぐに再燃してまた走り出した。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「マジで恥ずかしいこと言ってたな俺。こぅわ………」

 

 盆水盆に帰らず。ハンプティダンプティは落っこちた。

 吐いた言葉はもう戻らずに俺は軽く悶絶した。

 

 謝りたいのであって口説きたい訳じゃないんだよ俺は! 

 口説きたくないわけじゃないけど今はその時じゃないでしょうが!! 

 

「疾風?」

「あれ、簪!? え、どうした?」

「その。遅かったから何かあったのかなって。忘れ物見つからない?」

「あー、えっと。まだ入ってないというか。セシリアとエンカウントしちまって」

「オルコットさんと? なんか進展あった?」

「あった、のかな?」

「なんで疑問系? あと、顔も赤い」

「すまん、そっとしておいてくれ。火が出そう」

「わかった。とりあえず忘れ物取りに、行こ?」

「そうだな、うん」

 

 そうだ忘れ物取りに来たんだった。

 

 とりあえずセシリアとの会話は聞かれてないっぽい。

 良かった、聞かれたら凄い気まずかった。

 これが浮気現場を目撃された男の気持ちか? いや絶対違うな。駄目だ! 思考回路が知恵の輪してる! 

 

「疾風」

「うわっはい! なんだ簪!」

「私と疾風は友達、だよね?」

「お、おう。やっぱり嫌だった?」

「………ううん。嬉しい」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 友達と言われたとき、簪は確かに嬉しかった。

 身近な友達なんて今まで本音だけだった。ましてや異性との友人なんて初めてで。

 

 彼との出来事はいつも色がついていた。

 色彩豊かで鮮やかで。思い出す度に笑顔になっていた。

 

 胸も高鳴った。自分のために行動を起こしてくれるのが嬉しかった。

 彼に窮地を助けてくれた時は本当に夢見たヒーローとの邂逅を感じた。

 自分の世界を広げてくれた彼とずっと一緒にいたい。特定の誰かにここまで心を開いたのは簪にとって初めての経験で。

 

 自分は彼の特別であると認識していた。

 

 だけどそれは間違っていた。

 彼が整備室の前で『彼女』と話していた時の彼の声が自分と話すときとは少しだけ違っていた。

 

 ショックだった。だけどそれは見当違いも甚だしくて。勝手に傷ついているだけ。

 

(ごめんなさい疾風。私は一つだけ嘘をついた)

 

 疾風と自分は友達。

 疾風は友達として自分を助け。友達として助言をくれて。友達として笑顔を向けてくれた。

 

 高鳴る鼓動と一緒にズキズキと胸が痛む。

 

「あったあった。じゃあごはん食べに行こうか」

「うん………」

「あっ! そういや今日かき揚げうどんの日じゃん。今日は俺も頼もうかな」

「サクサクで?」

「うーーん、いや今日はたっぷり全身浴派に挑戦しようかな。楽しみだ」

 

 簪に笑顔を向ける疾風に自然と笑みを返した。

 

(彼が好き………なのかもしれない。ううん、私は彼が好きだ。好きなんだ………)

 

 友達と言われたとき。簪は嬉しくないと思った。

 そして心の底から理解した。

 自分では疾風の特別になれないことを。

 

 それでも絶望はしなかった。

 再び殻に籠ることなど出来ない。

 殻に籠るには世界は広すぎる。

 

 そんな世界を見せてくれたのは他ならぬ彼なのだから。

 






 ついに100話いきました!
 更新遅れて申し訳ない。

 北海道はやばいですよー雪!電車なんてまるで動きやしない!
 みんなも気を付けましょうね。気を付けようがないですが。

 なにはともあれ。これからも頑張るので応援よろしくです!!


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第101話【打鉄弐式 テイクオフ】

 

「い、行くわよ?」

「オッケー」

「バッチコイ」

「当方迎撃の用意あり」

「いや迎撃しちゃ駄目よ」

 

 ピッ。一つの電子音を発し。ディスプレイの画面。

 打鉄弐式のステータス画面に【Complete】の文字が出現した。

 

「で、出来た?」

「どうだ簪」

「………うん。問題なし。エラーもない」

「ということは完成?」

「完成だわ!!」

「よっしゃあーー!!」

 

 わずか一週間。一週間で未完成から完成にこぎ着けた。

 問題の稼働データの照らし合わせだったが。

 簪がミステリアス・レイディの稼働データを使うことを許可して使ってみたところ。なんと稼働データ値が82%まで上昇したのだ。

 ここまで上手くマッチアップすることは本当に珍しい。

 妹を助けたいという会長の思いが打鉄弐式に届いた、というのはロマンチック過ぎるだろうか。

 

 整備チーム一同はもうお祭り騒ぎで。肉体労働組は思わず床にへたりこんでいた。

 

「二人ともお疲れ様。自分達の練習もあるのに悪いな」

「一度やりとげると決めたからな。それに体力ならある………」

「あー、でも前より体力落ちたなぁ。走り込み増やすかなぁ」

「剣道部はいつでも歓迎するぞ」

「そうかい………」

 

 一夏が剣道部か。あながちISにも生きるから入っても損はないと思うな。

 

「じゃあ早速やるか模擬戦」

「えっ、行きなりやるのか!?」

「こういうのは実際バトって見るもんさ」

「そういうものか。で、誰が相手するんだ?」

「勿論俺」

「いきなり疾風か!? いや流石に初陣でハードル高いと思うぞ?」

「なに言ってんの。会長と比べたら生ぬるいっしょ。簪はどうする。スケジュール的に今日やるのがありがたいけど」

 

 タッグマッチまであと3日。

 稼働データのノルマクリアで大幅な短縮は出来たものの。まだやるべきことは沢山ある。

 

 それに、まだ打鉄弐式は全力戦闘をやってはいない。

 

「どうする簪」

「うん。お願い………お姉ちゃんに勝つためにも」

 

 少し前まで姉に勝つことに懐疑的だった彼女はもういなかった。

 そこには確かな意思を持った戦乙女の姿があった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 打鉄弐式を纏ってカタパルトデッキの上に立った時。簪はなんとも言えぬ高揚感の中にいた

 

 今までつっかえていた物が取れたような。いや、重い鎧を脱ぎ捨てたような、そんな感じのもの。

 

 出口の見えない打鉄弐式の完成が、いつの間にか自分の手の中にある。

 なんでも一人でやろうとしていたら。あとどれくらいの時間を有していたことだろう。

 いや、その前に打鉄弐式の成果を出せずに代表候補生の座を降りていたのかもしれない。

 

 疾風には感謝してもしきれない。

 こんな自分に根気よく接してくれた。初めてここまで自分を気にかけてくれた。

 

 ………もしかしたら。姉も同じ気持ちだったのだろうか。疾風の言う通り、自分を心配して。

 

『アリーナ内にIS反応を確認。スカイブルー・イーグル、戦闘出力』

(ううん。考えるのは後。今は目の前のバトルに集中しなければ)

 

 打鉄弐式の操縦桿を握りしめカタパルトを起動する。

 ホログラムが開き、電磁カタパルトの電圧が上昇する。

 

「ふーー………行こう」

 

 ブルーライト。カタパルトから打ち出された弐式がアリーナに飛び込む。

 

 少し上には疾風の姿が。同じ高度まで上昇。

 スラスター問題なし。各部センサーも正常に稼働している。

 

 アリーナ上空、相対するは2機のIS。

 スカイブルー・イーグルと、打鉄弐式。

 

 高揚感が更に沸き上がる。

 簪は自身の正体不明の感情を看破した。

 これは、闘争本能だ。

 

「んーー」

「どうしたの? なんか変」

「いや、やっぱ良いなと思ってな。打鉄弐式と簪の組み合わせ。カッコいいわぁ」

 

 満面の笑みでカッコいいと言われて高揚感とは違う別種の感情が沸き上がる。

 

(これが恋愛感情。これは危険なものだ、自覚すると特に。気を抜くと直ぐに飲まれてしまう)

 

 フルフルと首をふるって冷静さを保とうとする。

 

 簪は目の前にいる疾風をスカイブルー・イーグル改めて観察した。

 

 白地に空色のツートーン。青空に溶けていきそうな色というのは偽りなしの綺麗なIS。

 

 翼を思わせる高機動マルチスラスター。

 特徴的な鷲を象ったつば付き帽子型ハイパーセンサー。

 その躯体に隠された、様々なギミック。

 

 性能が日増しに向上しているそのISは専用機という枠組みであってもピーキーで、凡人が容易に動かせる代物ではない。

 その高性能機は疾風の天性の才覚と、血のにじむような努力の成果が合わさって初めて十全に機能する。

 

 IS学園のあらゆる行事にも興味を示さなかった簪が。改めて疾風の対戦ログを見返した時は思わず目を疑ったものだ。

 自分の知らない疾風が、ここまで強い乗り手だったことに。

 

 思えば、一番最初に彼を見たのはもっと前のこと。

 スカイブルー・イーグルが初めてIS学園に来て、レーデルハイト工業の整備員がフォーマット作業をしている時。簪は野次馬の一番後ろからそれを見ていた。

 

 自分でも羨ましそうに、いや怨めしそうに見ていたと思う。

 その時の疾風は視線を感じたのか簪の方を向いたのだ。視線が合ってしまってその場から離れてしまったことを簪はいまでも覚えている。

 思えばあれが本当のファースト・コンタクトだった。疾風は覚えているだろうか? 

 

「んざし………簪!」

「ん? ご、ごめん。考え事してた」

「いや大丈夫だよ。気分は悪くないか?」

「うん、大丈夫」

 

 危ない危ない。

 本当に気を抜くと彼のことを考える。

 

「ほんと、ここまで来れた。完成した打鉄弐式の初陣の相手が俺であることに感謝するよ。これだけは譲りたくなかったからな」

「打鉄弐式の飛ぶ姿が見たい。って前に言ってたね」

「ああ。ISの開発に携わり、それを飛ばす。俺の長年の夢を少しでも叶えれた。簪のおかげだ。ありがとう」

「そんな、お礼なんて」

「簪が勇気を振り絞って俺の誘いに乗ってくれたから今がある。正直言うと、今回は無理なんじゃねえかって心のどこかで諦めてたりそうじゃなかったり………」

「ご、ごめんね。凄い塩対応しちゃって」

「いやいや。それもまた良い思い出ってことで」

 

 心から嬉しそうに喋る疾風を見て改めて簪は感じた。

 

 疾風が自分に協力した理由。

 簪の助けになりたい。

 自分と一緒にトーナメントを勝ちたい。

 打鉄弐式が飛び立つ姿を見たい。

 

 全て偽りのないこと。ある程度の打算はあっただろうが。それは何一つ間違いのない疾風の本心だ。

 

 だがら簪の助けになりたいという理由が。純粋な善意であるということが。本の少し残念なところではあった。

 

「よしっ始めるかぁ。うー! 武者震いが」

「嬉しそうだね」

「もち! もうテンションで可笑しくなりそう。一応ラフプレイはしない方向で行くけど、もしやってしまったら、すまん」

「う、うん。覚悟しとくね。色々」

 

 疾風の手に一瞬の光と共に得物であるインパルス握られる。

 簪も手に超振動薙刀【夢現】を握る。

 

「さあ来い、簪。先手、譲ってやる」

 

 疾風が槍を構え直した瞬間。簪はキュッと身体の筋肉が強張るのを感じた。

 

(え、なに? なにこれ? 何も変わったことはない、何かを仕組まれたわけではない。なのに………疾風を一瞬怖いと感じてしまった)

 

 眼鏡の奥で目を細めて笑う疾風。

 それは臨戦態勢のスイッチが入ったことを意味し、彼が本気で戦い、楽しむということを表していた。

 

(機能テストの練習だと思って挑んだら、負ける)

 

 自分とは違いいくつもの修羅場を潜り抜けている。

 だが自分も腐っても更識の人間。

 

 ここで気後れするつもりは、毛頭ない。

 

 ………試合開始のアナウンスはない。

 簪が動いた瞬間、試合が始まる。

 

「………行きます!」

 

 身体を前に押し出し、簪と弐式が疾風に向かっていった。

 スラスターの一瞬の圧を身体に感じながら夢現を右から左に凪払う。

 

「はやっ。おっとと」

 

 予想以上の早さに言葉を漏らしながらもキッチリと受け止めて弾く。

 そこから無駄のない動きで薙刀を振るい連撃に繋ぐ。

 薙刀術は更識での必修科目の一つ。因みに幽霊部員であるが簪は薙刀部に所属している。意外に運動部。

 

 絶え間ない連続攻撃に疾風はインパルスとプラズマフィールドを部分展開して防戦一方になっていた。

 

 近接戦闘による間接部の動きと干渉領域は問題なし、それよりも。

 

(凄い。この子こんなに動かしやすかったの?)

 

 稼働データの照らし合わせの蓄積経験値と入念な調整により。打鉄弐式は簪のイメージにきちんとついてきている。

 身体の重しが取れたような軽やかな動きによる薙刀の斬撃はまるで舞踏のように軽やかで力強い。

 

 だが。

 

「予想以上でビックリしたぞ簪。だけどまだ太刀筋が真っ直ぐかな!」

 

 力を込めたインパルスの一撃が弐式の夢現を上に弾く。危うく手から溢れ落ちそうになるのを再度握り直し、思わず距離を取った。

 

 そして試合状況を見て簪は気づいた。

 

(疾風のシールドが全然減っていない。防がれたというの? あの無数の攻撃を)

 

 簪の動きをトレースしてると言っても、生身とISでは若干の差異が現れる。

 複雑な攻撃をしてるつもりでも、実際には単調な攻撃になることもある。これは一重に簪が戦いなれてないことにも起因する。

 

 逆に疾風のIS稼働時間は半年でありながら代表候補生の一般的な稼働時間を越えていた。疾風はISに乗りすぎている。放課後は1日も欠かせずにアリーナでISを動かし、代表候補生と共に切磋琢磨し、敗北=死という過酷な戦いにも生き抜いた。

 それに加え、ISに乗る前から身体を鍛え。知識を詰め込み。想像を育み。それがIS学園の中で開花した

 その全てが疾風の糧であり、疾風の強さ。

 

 今の疾風の実力は学年でも指折りに入るということがIS学園専用機持ちの共通認識だった。

 

 絶えず連撃を加える簪の攻撃を時にインパルス、時にプラズマフィールド、そして脚部プラズマブレードで夢現を捌ききる。

 

(崩せない。夢現の振動機能は確かに活きてる。なのに攻めきれない)

 

 絶えず超振動を起こす夢現は、虚が使う対武装破壊超振動刀、啄木鳥を実戦向けにマイナーチェンジしたもの。

 武装破壊のような器用さはない代わりに。接触時に超振動により相手に与えるダメージと切断力を増加させる。

 そしてこれは飽くまで副次的な効果だが、相手に振動を伝わらせることで相手の体勢も崩しやすくなることもある。

 

「このっ!」

 

 槍を構え直した疾風の次の攻撃がくる。

 だがシールドに当たる直前に疾風と簪の間の空間が爆発した。

 

 腰に備え付けられた、連射型荷電粒子砲【春雷】の攻撃である。

 至近弾では自身もダメージを負う危険性はあれど。短砲身ゆえに取り回しが優れている。

 不意打ちだからダメージは………

 

「………当たってないの?」

 

 距離を取った簪が見たのは全面をプラズマフィールドで覆われた疾風の姿だった。

 ダメージらしいダメージは確認できない。

 

「流石に冷や汗かいたよ。間に合ってよかった」

「イーグル・アイで観測したんだ、それで対応できた」

「ちなみに会長のアクア・ヴェールの精度は結構高いからな。さて次は」

 

 加速。旋回。距離を離したイーグルはサークルロンド機動で簪の周囲をまわる。

 黙って棒立ちになるほど愚かではない。簪も持ち前のスラスターで追従する。

 

 射程、アウトレンジ。だが疾風から攻撃は来ない。ボルトフレアを出す素振りもない。

 

(撃たせる気だ。なら)

 

 それに甘えよう。

 

 腰の春雷を再度アクティブ。

 射程は一夏の月穿に比べれば短いが、アリーナ内であれば問題ない。

 

 数瞬のチャージ。青白い弾光が発射と同時から数秒で光弾はアリーナシールドに当たって弾けた。

 

 偏差撃ちで疾風を捉えようとするが流石はイーグルと言うべきか、イーグル・アイによる解析と持ち前の機動力と小回りの高さで春雷の連弾をひらりと躱していく。

 

「逃がさない」

 

 だがそこで折れる今の簪ではない。

 打鉄弐式の情報サーキットを走らせ、手の装甲を解除。上下二枚系四枚のホロキーボードを出現させて目にも止まらぬ高速タイピングで情報を打ち込み、動作修正。

 

「挿入完了」

 

 エンターを押し、再度照準、チャージ、発射。

 

 三発ほど放たれた光弾。それをなんなく躱し簪の方に向いた疾風。その目の前には青白い光が。

 

「うそっ、とぉ!」

 

 機体を翻し直撃は避けたが四発目の春雷が確かにスカイブルー・イーグルを捉えた。

 

(まぐれ当たり? いやこれは)

 

 次々と撃ち出される春雷の光。だが明らかに先程より疾風の動きを捉え、たまらず疾風は単調な外周周回を中止して多角機動を取った。

 

(さっきより明らかに精度が上がった。そういや何か打ち込んで………まさか戦闘中に射撃照準アルゴリズムを最適化したと言うのか?)

 

 これには疾風も驚愕を露にせざるを得ない。

 今の1分にも満たないやり取りで必要な情報を選びとり直ぐ様その場でOSを調整したというのか。

 

(おいおい。これで自己評価低いって嘘だろ。まあ人のこと言えた義理じゃないけどさ)

 

 疾風は最初の頃自分の力を無意識化でセーブしていた。

 自分はまだまだと自信を持てずにいて。力を100%引き出せずにいた。

 それはある事件をきっかけに覚醒して今の疾風に至る

 

 今の簪は良い兆候が現れている。

 それを引き出すのもパートナーの役目。

 

 回避行動から直線急加速。疾風とスカイブルー・イーグルが迫る。

 

 来る! と夢現を身構えた瞬間、目の前のスカイブルー・イーグルが瞬時加速(イグニッション・ブースト)。簪は夢現の射程の内側に入ってきた疾風に反応できず逆袈裟斬りを受けた。

 

 速い、と認識する前に次の攻撃を反射神経だけで防御。だが次の瞬間、疾風の姿が左にぶれる。急いで左に意識を向けたが右下からインパルスの斬撃。

 

 マジシャンが手品で使うような視線誘導のフェイント。

 左に身体を寄せながら右手インパルスの束尻を掴んで目一杯のリーチ伸ばした攻撃したのだ。

 簪は何が起こったか一瞬わからずに困惑。そして次の攻撃が見回れる。

 

 だが簪も負けていない。長物であるにも関わらず細やかな技法でインパルスの力を受け流し、そのまま疾風の体勢を崩して膝をついた。

 

「もらったっ!」

 

 好機と見て上段大振り。

 だが頭をかち割らんとする一撃に怯むことなく疾風はインパルスをリコール。右腕のプラズマサーベルを夢現の刃ではなく束部分に当て、そのまま滑るように弐式の腕を斬った。

 

 そのままブライトネスをコール。スラスターで体ごとぶつかり、懐に三発ぶちこんだ。

 

「んぐっ!」

 

 ノックバックで下がる簪、急いで体勢を立て直して次の攻撃に備えた。

 だが次の攻撃が来ることはなく、疾風はその場で槍をクルッと持ち直しただけだった。

 見逃された。攻撃されなくても明らかに反応が遅いことを簪は理解していた。

 いつもの疾風なら、ここで息をつく暇のないコンボアタック。マルチプル・コンボ・アーツを叩き込んでいたはず。

 

 だが今回は打鉄弐式の性能テストに重きを置いていたためにそれを行わなかった。

 手心を加えられている。分かっていたことだが、今の簪と疾風には力の差がある。

 

(だけど、みんなで組んだ打鉄弐式の力を、この程度にさせるわけにはいかない!)

 

「山嵐展開準備。シングル・ロック・モード。2、4、7のデータをロード!」

 

 あらかじめ簪が構築して入れておいたミサイル誘導パターン10個のうちの3つを装填状態の山嵐48発にインプット。

 48発にデータ移行完了。弐式との無線接続確立。

 コンテナオープン! 

 

 カバーがスライドし外気にさらされた48発の小型弾頭。その迫力は撃たれてもいなくても疾風を警戒体勢に移らせるには充分すぎた。

 

「打鉄弐式、システムオールグリーン。山嵐、斉射!!」

 

 断続的な噴出音と共に撃たれた山嵐全弾発射。

 

 夥しい排気煙がアリーナを埋めつくし、マイクロミサイルに搭載された機緑色に光る誘導偏向スケイルフィンが一斉に花開いた。

 

「これは、ちょっと、どころじゃないな!」

 

 スロットルを押し込み急加速、多角機動を取るもミサイルが追従する。

 

 後退飛行を取りながらプラズマバルカンで迎撃。だがまるで意思を持つかのようにミサイルがバルカンを躱す。

 何発か迎撃しても誘爆なんか起きはしない。そう山嵐にはインプットされてるのだ。

 

 通常の誘導ミサイルなら絶対にあり得ないその誘導能力はセシリアの偏光制御射撃(フレキシブル)を彷彿とさせた。

 いや、誘導能力だけなら山嵐の方が上。救いなのは偏光制御射撃(フレキシブル)より弾速が遅いぐらいだが。その小ささゆえ山嵐はISに追従するには充分な速さを有していた。

 

 時折機動が変わるのは、簪が打鉄弐式を通してプログラムを書き換えてるのだろう。

 

「予想以上だなぁこれは! ゾクゾクする!!」

 

 まだ40発あまりのミサイルが迫っていた。

 全て当たればリミットダウンもあり得なくもない。

 

 そんな圧倒的窮地の状況でも疾風は笑みを崩さなかった。むしろ先程より格段に上機嫌。

 追従するミサイルにプラズマネットとバルカン、ビークを総動員してなおも迎撃、絡め取られ、プラズマに貫かれたマイクロミサイルはその都度破裂。それでもまだ1/3の16発が残った。

 

 このままミサイルの燃料切れを待つ間に当たる可能性は大。

 

「なら!」

 

 インパルスコール。そのまま地上の簪に向かって飛ぶ。

 追従してくるミサイルを離し、そのまま簪に切りにかかるも夢現でガード。

 だが疾風はその衝撃を利用して簪の後ろに回り、自身と山嵐の間に簪を設置した。

 

(これでどうだ!?)

 

 顔を上げて状況確認、山嵐は簪の目と鼻の先に迫り────簪をよけて疾風に殺到した。

 

「………………いやそうだよねぇ!!」

 

 慌てつつプラズマ・フィールドで全開防御。

 濃密な青いバリアに次々と山嵐が炸裂。少量ながら高火力が売りという新型爆薬の効果を余すことなくフィールド越しに尋常じゃない振動が伝わってくる。

 

 更に爆発とは違う衝撃がフィールドに伝わる。

 よく見ると、爆炎の真ん中に水色に光る穂先、夢現の先端が突き刺さっていた。

 

「夢現、振動全開」

 

 空気を震わす金切り音。普通なら耳を塞いでしまうほどの振動音が夢現から鳴る。

 それと同時に夢現と接しているプラズマ・フィールドに不規則な波紋が広がった。

 次第に波紋が大きくなり、フィールド全体が波打つように乱れた。

 

「フィールドが!?」

「っ! やぁっ!」

 

 バシュン! フィールドが夢現を基点にほどけた。

 解かれたフィールドの先。夢現よりちょい下。

 砲口から目映い光を溢す二門の春雷が、発射。しかも最大出力。

 

 先ほどとは比べ物にならない爆発と衝撃がイーグルに破裂した。

 今度はフィールドではなく、間違いなく直撃で。

 

 先ほどのフィールド消失。

 夢現の固有振動でプラズマを固定させる為に使っていたISのエネルギーを乱れさせてフィールドを崩壊させたのだろうか。

 

(いや、それだけじゃない。ISのエネルギーも同時に伝播させてエネルギーを衝突、中和して)

『警告、ロックオン多数』

「多数だと!? まさか、うそぉっ!?」

「最適化完了。行って! 山嵐!」

 

 再度放たれる48発の殺意の塊。

 

 プラズマ・フィールドの再展開は間に合わず。

 というより相対距離が短い。

 これ以上ないくらい抜群のタイミングだった。

 

(こりゃ無理だ)

 

 半ば諦めた疾風は、なけなしの全武装で迎撃したあと山嵐の爆炎に吹き飛ばされた。

 

『スカイブルー・イーグル。リミットダウン』

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 予想だにしない打鉄弐式の勝利を皮切りにエンジニアチームはテンション爆アゲ。一夏と箒も手放しで俺に勝ったことを褒めまくった。

 俺はというと負けたというのになんとも心は晴れやかだった。

 

 だがハンガーに戻ったあとの簪は試合が終わったにも関わらずその結果に呆然としていた。

 そんな簪はもみくちゃにされてもどういう反応を示していいか分からずされるがままの状態に。

 

 そのあと打鉄弐式完成の打ち上げとして1人部屋である俺の部屋でパーティーが開かれた。

 酒がないのにも関わらずどんちゃん騒ぎで結果的に一夏がターゲットにされて箒から制裁というなのケツバットを食らわされて悶絶した。

 

 今は片付けの最中で、簪と二人きりである。

 男女二人っきりで同じ部屋はまずいよなと言ったのだが「疾風ならいい」と言って片付けを手伝ってくれた。

 信頼してくれるのはいいけど。あの時を思い出して結構ドキドキしている。

 頼むから来ないでくれよセシリア。フリじゃねえぞ! 

 

「いやしかし山嵐が思った以上にエグかった。あれでまだ成長するんだろ? 凄いなぁ。プログラムを打ち込んだ簪も凄いけど、あれって打鉄弐式の性能の恩恵もあるよな?」

「うん。打鉄弐式以外だと性能は颪と同じになる。でも、スカイブルー・イーグルの演算スペックなら充分運用できるかも」

「実際スペック差どれだけなのか知りたいから今度試してもいい?」

「うん」

 

 カチャと皿を置く音と流れる水のBGMだけが流れる。

 心を開いてくれた今でも簪は率先として喋る人ではない。

 というよりやはり俺と二人なのは緊張するのでは? そう思いながら洗った皿を水切りかごに置いた。

 

「未だに、信じられないの」

「俺に勝てたことか?」

「うん。疾風に勝てるなんて思わなかった。でも、手加減してくれたよね」

「手加減はしたけど。最後のはどうあがいても当たるのは確実だった。マジ逃げしたくても出来なかったからさ。それにしてもあの一連の流れは綺麗だったな。前から考えてた?」

「あれは対お姉ちゃん用に考えてた動き。山嵐で防御せざる終えなかったところを、夢現で崩して春雷で弾いてから、再度山嵐。何回もイメージしてたから、上手く行って良かった」

 

 嬉しそうに話す簪の話を聞いて俺は確信した。

 

 打鉄弐式のスペックや武装構成は対ミステリアス・レイディ用のものだったということを。

 

 クリア・パッションは打鉄弐式の高性能センサーで。

 アクア・ヴェールは夢現と春雷だ。春雷のほうはビーム兵器、アクア・ヴェールには実弾よりビーム兵器の方の方が有効なのはオータム戦で確認済みだ。

 

 そしてミステリアス・レイディの武装では48発のマイクロミサイル(回避機能付き)を全て落とすのはほぼ不可能。

 あるとすれば、ミストルテインの槍だが。あれを撃ったあとはミステリアス・レイディの第三世代能力は格段に落ちる。

 

 防御型の打鉄をわざわざ高機動型にしたのもそのため。

 防御を崩すことを得意とする会長に合わせてのことだろう。

 

 全ては姉を越えるため。簪の執念と熱意の成果が打鉄弐式だった。

 

「勝てる、かな」

「それはこれから考えよう。準備期間はまだ2日ある。二人の力を更に高めていこう」

「現実的だね」

「勝負に絶対はないからな。ゲームみたいに100%の攻撃が命中するとは限らない。勝てるかどうかすらも………でも負ける確率も100%じゃないんだ。頑張ろうな」

「………うん」

 

 ピンポーン

 

 皿洗いを終えて簪に「部屋まで送る」と言おうとしたらインターホンが鳴った。

 

 インターホンが鳴った!? まさかマジでセシリア来た!? 

 甦るトラウマに身震いしながらモニターに近づいた。

 

「はい!」

「あ、疾風くん? いま大丈夫かしら?」

「か、会長!? どうしましたこんな時間に」

「打鉄弐式が完成したって聞いてお礼をね」

 

 画面には会長の姿が。

 なんということだ、俺にとってのセシリア的な人が来てしまった。

 

 姉の手助けは受け入れた簪だが。流石に姉と面と向かって会う勇気があるのかどうか。

 ここは、一旦帰ってもらって方がいい。

 まだ二人を鉢合わせるのは時期尚早だ。

 

「すいません会長、いまちょっと立て込んで」

 

 ガチャ。と奥で音がした。

 あれ、鍵かけ忘れた? 

 あれ? 簪がいない、さっきまで側にいたのに。

 

「か、簪ちゃん?」

「えっ!?」

 

 いつの間にか。簪が玄関の扉を開けて会長と対面していた。

 えっ、自分で開けたのか!? 

 

「………………」

「………………」

 

 無言。お互い喋ることなく固まっている。

 会長はいつもの会長とは思えないほど目が泳いでおり。簪はここからじゃ表情がわからない。

 

「………ないから」

「え?」

「………負けないから。3日後。私と疾風が、お姉ちゃんに勝つ」

「え、え。え?」

「それと………ありがとう。データ、助かった」

「簪ちゃん」

「それだけ!」

 

 簪は部屋を飛び出して何処かに行ってしまった。

 1人残された会長はうつ向いて立ち尽くした。

 

「あの、会長。大丈夫ですか?」

「………………」

「会長………うえ?」

 

 彼女の足元に雫が落ちていった。

 なにかと思って顔を除くと、それは会長の涙だった。

 

「ちょ、大丈夫ですか会長? 更識さん?」

「聞いた? 疾風くん」

「は、はい?」

「簪ちゃん。私に勝つって。それにありがとうって言ってた………私、久しぶりに簪ちゃんに話しかけられちゃった。もう二度とないって思ってたのに」

 

 会長は笑っていた。涙をボロボロと溢しつつも、会長は心のそこから嬉しそうに笑っていたのだ。

 

「ありがとう疾風くん。ありがとう、本当にありがとう。私、簪ちゃんと話せた………」

「もっと話せるときが来ますよ、きっと」

「うん、うん!」

 

 今まで見たことがない会長の泣き顔。

 あふれでる喜びを隠すことなく会長はただただ泣き続けたのだった。

 

 会長の陰ながらの願いは、やっと花を咲かせたのだった。

 

 

 

 





 いや書いてみて思ったけど打鉄弐式と簪強くね?
 当初のプロットだと疾風の勝ちだったのに気づいたら疾風負けてたんだが?

 なんかそんなイメージがあんまないなと思ったら。原作でそんなに山嵐撃ってないからや。
 偏光制御射撃(フレキシブル)と一緒でナーフされてんやな。間違いない



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第102話【ノンフィクション・トラブル】

 

「あっ、おはよう簪」

「おはよう」

 

 ついにタッグマッチトーナメント当日。

 示し会わせたわけでもなく、学生寮で簪と出くわした。

 会長に意思表明をしてからの簪の意欲は凄まじいもので。今までのブランクを取り戻す勢いで操縦技術の冴えを掴みとっていった。

 だがいかんせん日数が足りないために現在の専用機持ちと同じ水準に行けたかと言うのは自信を持てずにいる。

 だがそれをカバーする作戦もいくつか用意はした。

 代表候補生相手なら十分通用できる予想ではある。

 

 だが目下の問題は会長と菖蒲のペアだ。

 国家代表+学園最強である会長は言うなれば戦術級の実力。1対2だとしても勝てるか負けるかという分かれ道に立っている。というより負ける側が大きい。

 更に頭を抱えるのが菖蒲の新型第3世代IS【打鉄・櫛名田】の存在。

 今分かってる情報は打鉄・稲美都の流れを組んだ機体だということだけ。

 基本武装は同一だろうが、その詳細は俺に届いていない。レーデルハイト工業に問い合わせても目ぼしい情報は得られずだった。

 アリーナを覗いても、二人の手札はそこまで開示されない。もしかしたら地下の特設アリーナでも使ってるのではないか? なら見た目とは別の隠し球がある………

 一番怪しいのは。櫛名田は従来機と比べて装甲とバックパックが肥大化してることぐらいか。

 

 今もっとも願うのは初戦で当たりませんようにということだ。

 相手が戦えば情報や立ち回りのデータは入る。

 それを期待するしかない。

 

「疾風?」

「ん? ああ、考え事してた」

「お姉ちゃんたちの?」

「そう。どう切り崩すかってのが見えに見えなくてな」

「疾風はこの前の無人機事件も少ない情報から、なんとか勝てた。私より物事を客観的に見る力と、どんなときでも判断力を見失わない冷静さを持ってる………私も解析は得意だから、一緒に勝とうね」

「そうだな。簪、今日は頑張ろうな。目指せ優勝!」

「うん!」

 

 簪が自分から勝つことに意欲的な発言をしてくれた。

 初めて会う時とは比べ物にならないぐらい簪は前向きになってくれている。と思いたい。

 

「ところで疾風。朝ごはん食べた?」

「軽くは」

「よかったら、これ」

 

 彼女のカバンから取り出されたのは、抹茶のカップケーキだった。

 一つ一つ個包装されており、手頃で小腹が空いたときに欲しいサイズだ。

 

「これ簪が作ったのか?」

「疾風って朝ごはん抜いちゃうときあるって聞いたから。その、感謝の気持ちも、込めてというか」

「ほう………」

 

 抹茶味か。あんまり手を出さないジャンルだが嫌いではない。

 なにより簪が作ってくれたのだ。ここで食べないのは無作法が過ぎる。

 

 歩きながら包装を解いてモフッとかぶりついた。

 抹茶の芳しい味わいのあとにこれまた上品な甘味が後を引いた。

 気付けば無心で食べ進め、あっという間にカップケーキが胃袋のなかに収まった。

 

「どう?」

「文句無しに美味い。抹茶全然知らないけど、これ良いの使ってるでしょ」

「うん。ちょっと奮発した」

「あらー、贅沢な子ー」

 

 ニヒッと笑ってやると簪は頬を赤くして俯きながら自分のカップケーキにかぶりついた。

 

 そう言えばもう一つ、簪に変化が出来た。

 

 俺と話をするとき高確率で顔が赤くなって俯くことだ。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「それでは、開会の挨拶を更識楯無生徒会長からしていただきます。生徒会長、お願いします」

「ええ」

 

 虚先輩が一歩引いて会長が司会の台に上がった。

 それを俺たち生徒会メンバーが後ろからそれを見ていた。

 

「ふぁぁぁぁー」

「ちょっ、のほほんさん」

「うわっでっかい欠伸だね。確実に誰かに移ったよ」

「だって眠いんだもん」

「やめとけやめとけ。ほら、教頭先生が睨んでる」

「よし、俺は無関係を貫く。あとは任せた生徒会補佐」

「俺は生徒会『長』補佐だ、勝手に規模でかくするなよ。うわー、睨んでる睨んでる。ほらしゃっきりして」

「らじゃー」

 

 もはやそれは眠くてカクンとなったのではないかって感じでのほほんさんが頷いた。

 それを見て件の教頭先生が一際眼光を鋭くさせた。

 ウワーコエー。

 

 ちなみにその教頭先生の外見は凄まじく。

 ひっつめ髪に逆三角形のメガネ(あのメガネ二次元だけじゃなかったんだ)をかけ。これでもかとパリッとしたスーツに濃いめの口紅。

 眼はどういうメカニズムなのかメガネの反射で見えた試しがないという正に絵に描いたようなお堅い人。

 

 IS学園一、規律に厳しく。何処か昭和を思わせるような物言いをして生徒に注意をするその姿からついたあだ名が『お局鬼ババア』というなんとも酷いあだ名である。

 しかし公私混同せず、俺たち男に対しても真剣に接してくれている人でもある。いかな理不尽にも真っ直ぐに「それは間違っている!」と言ってくれる人で、安城たち女性のための会に対する暴挙に対して真っ向から意見をしようとしてくれた人でもある(対処は生徒会に一任する形となったので教頭が出ることはなかったが)

 

 なので俺から見たら確かに苦手ではあるものの、嫌いというわけではないという感じ。という見解である。苦手ではあるけど。

 

「どうも皆さん、おはようございます。今日は専用機持ち限定タッグマッチトーナメントを行います。これまで起きた数々の事件に対する強化として実地されたこのイベントですが。試合内容は第3世代という特殊なものを使っていたとしても、生徒の皆さんにとっても勉強になると思います。しっかり見て、盗めるところはドンドン取り入れていってください」

 

 と、会長の挨拶が始まってざわめいた会場がシンと静まり。会長の言葉に耳を傾けた。

 織斑先生とは別種のカリスマを持った会長は瞬く間に会場のムードを自分のほうに持ち込んだ。

 

 こうした圧倒的かつ柔らかな存在感を持った会長。

 そして飴と鞭という表現を彼女以上に体現するものはいないということを俺たちは改めて思い知ることとなる。

 

「とまあ堅苦しいのはここまでにして」

 

 パシン! とお得意の扇子芸を披露する会長。

 扇子には「博徒」の文字が。博打じゃないところが彼女のセンスを物語っている。

 

「今日は生徒全員にも楽しんでもらうために生徒会である企画をたてました。その名も『優勝は誰だ!? 仁義なき暴食の食券争奪戦! ミリオン・フェスタ』」

 

 どわあああぁぁぁっ! と先ほどまで礼儀を貫いていた生徒たちは欲に眼が眩んだ荒くれ者へと成り下がった。

 

 とまぁ見てわかる通り優勝ペアを予想してそこから食券を根こそぎ獲得する的なやつである。

 

「って、それ賭け事じゃないですか! いいんですか学生でそれは不味いんじゃ………」

「織斑生徒会長補佐。安心なさい」

「え?」

「『賭け事』をすると心のなかで思ったなら、既に賭けは始まってるのよ」

 

 一夏のド定番なツッコミなどなんのその、悪い笑みを扇子で隠す会長は壁に並ぶ教師陣を見た。

 良く見ると教師陣は誰も反対していない。いやむしろ一部は生徒と同じぐらい盛り上がっている。

 先ほどの教頭先生でさえクイッと三角メガネを上げて口角を上げている。

 

 唯一、我らがブリュンヒルデは頭を痛そうにしている。お疲れ様でーす。

 

「大丈夫よ一夏くん。現金をかけるわけじゃないから法には触れないわ。触れたとしても揉み消すわ」

「こんなところで裏社会の闇を見たくありませんでしたよ俺は! てか俺聞いてないですよ!」

「当たり前じゃない。じゃないとその反応が見れないじゃない? ねー疾風くん?」

「ええ。一夏、ナァイスリアクショォン!」

「この鬼! ドS! 会長と副会長!」

 

 ハッハッハ、愉快愉快。

 

 絶好調の俺や会長とは対照的に一夏のテンションはマリアナ海溝に一直線。

 思わぬ心理攻撃だ、やったぜ。

 

「では皆さんお待ちかね、対戦表を発表いたします、オープン!」

 

 扇子を天に掲げると同時に背後の巨大空中ディスプレイがさざ波を立てて変化した。

 

 待ちかねた第一試合。その対戦カードは。

 

「うえぇっ………」

 

 第一試合。

 疾風・レーデルハイト&更識簪ペアVS

 更識楯無&徳川菖蒲ペア。

 

 悪い予感ほど当たるものだな。

 よりによって1回戦ど真ん中とは! 

 

 そうだ、簪は大丈夫だろうか。

 いくら頑張ると言ったとは言え、いきなりこれはプレッシャーが。

 

 一年四組の列に目を向けると、簪と目があった。

 

 簪はこちらを向くと、少し目が泳いだ。

 だが直ぐに俺を真っ直ぐ見て力強く頷いた。

 

 ああ、そうだな。お前が頑張ると言うなら。俺が狼狽えてる訳には行かないよな。

 

「ん?」

 

 ふと、簪とは別方向から力強い視線を感じた。

 一年一組の中で一際目立つ、そう彼女が。

 

「………………」

 

 わたくしと当たるまで負けることは許しませんわ。って感じか? 

 それはそれはなんとも難易度の高いご命令だな? お前と当たるの決勝戦なんだぜ? 

 

 了解だ。お嬢様。

 そろそろ俺たちのいざこざにも、ケリをつけようじゃないか。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「決めた。優勝したら男性施設の増加を提唱してやる」

 

 アリーナで作戦会議を終えた俺は突然の尿意にピットから少し、いやかなり離れた男子トイレに駆け込んだ。

 なんで第五アリーナには男子トイレがないんだ畜生! 

 

 まあそれはさておき。

 

 簪の精神状態は良好だ。

 俺でさえ初っぱなで当たって胃が少しズキンと来たのに、成長したよあの娘は。

 とはいえ人間というものは突然ガラッと性格や性根が変わるわけではない。

 何かかきっかけで心にヒビが入る恐れがある。そこらへんの手綱をしっかり握れれば。勝てる確率も上がる。

 

「レーデルハイトくーん!」

 

 誰もいない廊下を走ってきたのは新聞部副部長の黛薫子パイセン。

 

「どうしました黛先輩」

「ふふん。個人的に戦前インタビューと。これ、オッズ表持ってきたの」

「賭けのですか。どれどれ」

 

 ふむ………んー、やっぱり会長と菖蒲のペアが他より抜きん出てるな。

 そして2位がダリル先輩とサファイア先輩のイージスコンビ。そして一年タッグがそれぞれタイで。少し下がって最下位の俺たちという結果になっていた。

 

「予想通りですが。思ったより俺たちと一年組の差がないのが意外ですね」

「みんなレーデルハイトくんを評価してるってことよ。女性のための会とかキャノンボール・ファストで結果だしてるしね。それでも下なのは、やっぱり簪さんのデータがないからよね」

「見返してやりますとも。会長たちに勝つことでね」

「おっ、結構勝つ気でいるんだ。強いわよぉ、たっちゃんは」

「わかってます。でも負ける気で挑めば敗北は必至なんで」

 

 気持ちだけは負けるわけにはいかない。

 俺も、簪も。

 

「しっかしこう客観的に見ると専用機持ち多いですよね。一年だけで9人とは」

「他人事みたいに言ってるけど原因はあなたたちだからね?」

「いやいや。俺が入ってから来たの菖蒲だけなんですから実質元凶は一夏ですよ」

「そうとも限らないわよぉ。なんか各国では着々とIS学園に専用機持ち送り込む算段を整えてるとかってたっちゃん言ってたし」

「ああ。来年あたりゴッソリ今と同じぐらいの数来るんじゃねえかって」

「過剰戦力になるわね。IS学園。日本にクーデターして独立しちゃう?」

「ハッハッハ。そんなことしたら各国総出でIS学園の利権取られに来ますよ」

 

 IS学園には自前の弾薬製造ラインがあるかないかと噂になってるが。

 たとえあったとしてもIS学園には未来がない結果になる。主に補給線とかの世論的な意味で。

 まあそうならないことを祈るのが常だが。

 

「ところで簪さんはピット? よかったら2人同時にインタビュー取りたいわ。出来れば早めに。この後織斑くんと篠ノ之さんのインタビューもするから」

「一夏たちは第一アリーナですよ? 距離結構あると思うんですけど」

「いやー、男性IS操縦者入りチームのインタビューを独占したくて」

 

 俺たちは今ISの最終調整とかで各アリーナのピットを貸しきって使っており、そこから対戦が行われるアリーナへ移動することとなっている。

 

「商魂逞しいのは褒めどころですけど。二兎追うものは一兎も得ずにならないようにしてくださいね」

「大丈夫大丈夫! そこらへんはうまく立ち回るから。それはそれとして写真撮らせて」

「いや俺一人撮っても仕方ないでしょ。あっ、もしかして売買用に使うんじゃないでしょうね? 生徒会執行対象ですよ黛先輩」

「そ、そんなことないわよぉ?」

「目が泳いでますよ。これではまだ一流とは言えませんね。お姉さんを見習ってください」

「あー! 言っちゃいけないこと言ったな!? 見てなさいよ! 私がインフィニット・ストライプスに入社した暁には直ぐにでも姉さんに下克上叩きつけて………」

 

 そう言って黛先輩が秘めたる野望を口にしようとした、その時だった。

 

 ──ズドオオォォンッ!!!! 

 

 地面が跳ね上がるぐらいの振動が俺たちを襲った。

 しかも一発ではなく連続で来た振動に黛先輩が体勢を崩した

 

「きゃあっ!」

「おっとぉ!?」

 

 すかさず彼女を抱き止め、そのままなんとか踏みとどまった。

 揺れは長く続かず、廊下は静けさを取り戻した。

 

「大丈夫ですか先輩」

「ありがとう。でも今のはいったい」

「地震じゃないですかね!!」

 

 そんな現実逃避を嘲笑うかのように廊下のホログラム表示が一斉に赤に変わって『非常事態警報発令』の表示になり。

 IS学園全体に第一種警戒警報が鳴り響いた。

 

「地震ではないみたいね」

「あーもう!!」

 

 またか! またなのか! 

 今回だけは頼むからなにも起こるなと再三願ったのにな! 

 

『全生徒は地下シェルターへ! 繰り返す! 全生徒は地下シェルターへ、きゃあっ!!』

 

 緊急放送をしていた先生の声が突如来た衝撃と共に途切れた。

 

 直ぐにイーグルのセンサーを起動するが。レーダーはノイズが走って使い物にならず、管制室の織斑先生はおろか他の専用機にもまったく連絡が通じなかった。

 

「マジでヤバい事態ですわ。黛先輩は地下シェルターへ。余裕があれば避難誘導を!」

「わかったわ。気をつけてね!」

「はい、うおっと」

 

 今度は近いところで爆発音。ていうかこの方向は。

 

「マズい! 簪!!」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「織斑先生! アリーナに未確認のIS反応。対象はアリーナのシールドを破壊して浸入! 映像を出します!」

 

 端末を操作してモニターに各アリーナの映像が写し出された。

 

 そこには機能性を重視しつつ禍々しい悪魔のようなフォルムをした『敵』がいた。

 

「こいつは………」

「はい。外見は先の2件と大幅に異なりますが。無人ISゴーレムの発展機と思われます」

「総数は」

「アリーナ一か所につき1機ずつ。合計6機です! 敵ISは専用機持ちがいるピットを襲撃し。現在アリーナ内で交戦中です!」

「餌に食いついてきたか。開始前に各専用機持ちを分散させた効果はあったが………」

 

 今回襲撃が起こる可能性が高いことは千冬以下教師陣で予見されてきたことだった。

 そこで専用機タッグの準備場所をわざわざ別々のアリーナに待機させることで敵が複数来た時は分散させ。1ヵ所に来た時は囲い混んで殲滅する流れとなっていた。

 

 勿論、有事に備えてアリーナにはISを準備している戦闘教員が待機していた。

 前回と前々回ではアリーナのシールドと隔壁が行く手を阻み、加勢できないという状況となっているのが今までの現状であったが。アリーナに1機ずつ襲来した大盤振る舞いっぷりに千冬は舌を打った。

 

「各セクションの状況を」

「前回と同じく最高レベルでロックされています」

「よし。特殊警報プランAを発動。耐隔壁用パイルバンカーで隔壁を突破後。アリーナシールドの電力室の緊急停止処理を実行。そのあと。専用機持ちと協力して事態の収集を急げ」

「了解です!」

 

 何度もやられる側になるわけにはいかない。

 この時の為にアリーナに通ずる必要最低限の隔壁を残して撤去し。あらかじめ高火力の破砕兵装を常備させた。

 

 これでいくらかはマシになる。

 あとは教師陣が間に合うまでに専用機持ちが持ってくれれば………

 

 ズズン!! 

 

 その時。先ほどより小さいが。既視感のある短い揺れが管制室を揺らし。その直後新たな侵入者アラートが表示された。

 

「状況報告!」

「これは。IS学園の敷地内に新たな未確認IS反応。アリーナ内と同型機と確認! 総数6!」

「総数12機の無人機ISだと!?」

「アリーナ外のIS、周辺を攻撃しつつ侵攻を開始! 嘘! 進行方向には避難中の生徒とシェルターがあります!」

 

 真耶の焦りに満ちた声に触発されるように千冬は自分の認識の甘さに再度舌を打った。

 

 現在外の無人機に対応できるのは、アリーナの外で待機している戦闘教員のみだ。

 外のISを対処するならば。アリーナ内の救援に向かうことは出来なくなる。

 

「あっ! 織斑先生、戦闘教員との通信が回復しました!」

「なに? 生徒にも繋げるか」

「いえ、回復したのは戦闘教員のISのみです。どういうこと? こんないきなり、しかも限定的に回復するなんて」

(クソッ。ここまで来ると露骨が過ぎるぞ。束!)

 

 探りを入れるのも馬鹿馬鹿しい今回の首謀者に対して怨みを吐き出す千冬。

 恐らく束はこちらが対処していることを察知。いや覗き見て知ったのだろう。

 

 物理的にも状況的にも外を無視することは出来ない。たとえ生徒を狙うことがブラフだったとしても。

 だからといって。未登録のコアをここまで大量に展開したことに。千冬は驚愕を禁じ得なかった。

 

(どこまで。どこまで我々を嘲笑えば気が済むんだ、あのクソウサギ!!)

 

 だがここで毒づいても始まらない。

 ならば今回も。出来ることを増やすしかない。

 

「各教員に伝達。生徒の避難を最優先。戦闘教員はツーマンセルで敷地内の敵ISを掃討。鎮圧後にアリーナ内に突入せよ」

「了解。こちら管制室! 各戦闘教員に伝達します………」

 

 真耶が戦闘教員に通信を開いている間。専用機持ちに襲いかかる無人機を睨んだ。

 

「意地でも私を表舞台に出させるつもりか。だがな、IS学園を、私たちを甘く見るなよ」

 

 本人が聞けば負け惜しみと笑うことだろう。

 だがその言の葉に乗せられた重みは、誰にも敵うことはない力を秘めていた。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

【無人機襲撃の数分前】

 

 

 

(疾風、トイレ間に合ったかな………)

 

 打鉄弐式のメンテナンスを終えた簪は一人ベンチでデータを漁っていた。

 

(いきなりお姉ちゃんと菖蒲さんが相手。勝てるかどうかはわからない。でも、挑むことに意義があるはず………挑むこと、か)

 

 我ながらよくここまで前向きに考えれてるものだ。

 一昔前なら勝てるわけがないと頭でいっぱいになっていたことだろう。

 

 姉に挑むつもりでいる癖に負けることを前提にしている。

 本当に足元しか見てなかったのだと痛感している。

 それと同時にこれまでの自分が軽く黒歴史になってさえいる。

 

「………いや疾風にした数々のことが既に黒歴史に。どっかに浄化用ナノマシンないかな」

 

 冗談も言えるようになったことにも気付きそんな自分がなんだかおかしくなって自然と笑みが………

 

 ズドオオオオォォォン!! 

 

「キャアっ!!」

 

 予期せぬ振動にベンチから投げ出された。

 

 心を落ち着かせるための静寂の時間が突如音を立てて崩れ去った。

 ズレた眼鏡(型ディスプレイ)を直しながら辺りを見回す簪の耳に入ったのは微かに空気が揺れる音だった。

 

 恐る恐る。本当にゆっくりとアリーナのゲートに振り返った。

 

「ヒッ」

 

 ゆっくりと舞い降りる、異形の体躯。

 くすんだピンクとワインレッドのボディにグレーが差し込まれたスリートーンの巨大な鋼の乙女。

 

 頭部には羊の巻き爪のようなパーツで、顔面に値する部位はのっぺらぼうのセンサーパーツ。

 右腕には巨大なブレードが固定され、左手は掌に砲身のようなものが備え付けられた一回り大きい豪腕。

 羽のような細いパーツも相まって、伝承に出てくる羊の悪魔(バフォメット)を思わせた。

 

「な、なに? なんなのっ」

 

 間違いなく友好的な関係を結べないであろう敵無人機IS【ゴーレムⅢ】は重い音と共に簪の前に降り立ち。初めて簪に気づいたかのようにそののっぺらぼうを向けた。

 目のない瞳は簪の指。打鉄弐式の待機形態であるクリスタルリングに注がれた。

 

 思わず口元を抑えて硬直する簪に一歩、また一歩と近づいていく。

 逃げろとも動けとも言わない思考に縛られた簪はただ震えるだけの存在と成り果てた。

 

 恐怖が表層に現れた。

 

(誰か………誰か)

 

 願うも誰も来ない。祈っても目の前の悪魔が近づいてくる

 頼るべきパートナーもここにはいない。

 

(だ、だめ。私……いやっ)

 

 ギュッと目を閉じて心の殻に逃げ込む簪にゴーレムⅢの爪が迫った。

 

 ………簪

 

「っ!」

 

 今、確かに疾風の声がした。

 だけど疾風はいない。

 幻聴か? いやこれは。

 

 ………今日は頑張ろうな。目指せ優勝! 

 

(これは。私の、心の中から!)

 

 彼の笑顔を見た彼女の震えた身体が更に震え上がった。

 しかしそれは怯えではなく。確かな戦う意思だった! 

 

「打鉄弐式!!」

 

 叫びに呼応して輝く指輪を前にゴーレムⅢは思わず一歩後ずさった。

 

「はああぁぁ!!」

 

 身体に鋼の翼を纏った簪は力の限り握りしめた夢現の超振動エッジをぶつけた。

 思わぬ反撃にゴーレムⅢは吹き飛ばされてカタパルトの地面をこすった。

 

「はぁ、はぁ。もう、怯えるだけの私じゃ………ない!」

 

 スラスター全開。振りかぶった夢現。

 それを右手のブレードで受け止めるゴーレムⅢ。

 

 たゆまぬ努力と共に磨かれた薙刀術と打鉄弐式の機動性を絡めてゴーレムⅢを何度も切りつけた。

 羽のパーツはシールドユニットなのだろう。多方面から切りつける簪の夢現をフレキシブルな可動域で防いでいった。

 

(なかなか切り崩せないけど。疾風ほどじゃない!)

 

 一度距離を取り、再度接近。

 迎え撃つゴーレムⅢ。簪はそのまま切りかかると見せかけて足回りのスラスターを細かく操作し、ゴーレムⅢを中心に180度ターンで背後にまわった。

 出力を上げてパワーで切りかかった大刀はそのまま空を切った。

 

 完全に虚をついた。そのモーションならこちらを攻撃することは出来ない。

 そう確信した簪の判断は正しかったことだろう。

 ──ISの中身に人が入っていれば、だが。

 

 ギュルンと振り切った勢いのまま上半身だけを回転させたゴーレムⅢの斬撃が夢現に当たり。切っ先が簪の脇腹をかすった(・・・・)

 

 そのまま壁に吹き飛ばされた簪は背面から来る衝撃に思わず息を吐き出した。

 

「うあっ! ゲホッ、エホッ」

 

 立たなければ。吐いた息を戻すために思いっきり息を吸って立ち上がろうとした。

 

「痛っ」

 

 息を吸った瞬間、脇腹に鋭い痛みが走った。

 思わず手で抑えると、生暖かい液体が手に触れた。

 

「………え?」

 

 簪の掌に赤い染みが残った。

 脇腹を見ると。ISスーツが切れ、その奥の肌がうっすらと見える切り傷から血が滲んでいた。

 

「な、なんで。絶対防御が発動するほどの攻撃じゃなかったはず」

 

 通常ならば絶対に傷がつくはずのない場所が切られている。血と痛みが出てるから幻覚ではない。

 

 ISを用いる戦闘では装着者に被害が当たらないよう、装甲で覆われていない箇所には必ずシールドが張られ。そしてそれを突破されても絶対防御が発動する。

 

 装甲の内側から爆発したミステリアス・レイディのクリア・パッションをくらったオータムでさえ、肉体へのダメージが皆無に成る程、ISの防御システムの感度は群を抜いている。

 だから今の状況で簪の身体が傷つくことなど万のひとつもあり得ない。

 

 現に打鉄弐式のシールドエネルギーは、減っていない………

 

「………あれ?」

 

 簪はハッとする。

 そもそもシールドは発動していたか? 

 絶対防御は発動していたか? 

 

 簪は網膜に写る打鉄弐式のステータスを見て目を見開いた。

 シールドを発動したら大なり小なり必ず減るはずのシールドエネルギーが。1も減っていなかった。

 それは先ほどの攻撃に対して。シールドは発動していないことになる。

 

(ど、どうして!? まさかここに来て打鉄弐式にトラブルが!? そんなことない! だってあんなにチェックして。みんなで作ったのに………)

 

 先程とは比べ物にならない程の震えと硬直が簪に襲いかかる。

 それは死に対する恐怖。そして自分を形成する足場が崩れ去るような絶望だった。

 

(やっぱり駄目だったの、私は)

 

 そして追い討ちをかけるかのようなレーダーロック。

 目の前のゴーレムⅢの左の掌から黄緑色の光を灯し、徐々に強くなっていた。

 

「あ、ああ………」

 

 動かない。動かしたくても頭が働かない。

 その間にも砲口の光は強くなっていく。

 簪は恐怖を前に思わず全力で声を張り上げた。

 

「疾風っ!!」

「───はいよぉ!!」

 

 簪の叫びに応えるようにドアの防壁にヒビが入った。

 そのヒビから青白い雷光が溢れ、弾けとんだ。

 

「壁壊すの二回目ぇぇぇぇ!!」

 

 突如現れた乱入者に対応するように発射寸前のゴーレムⅢの左腕がソレに向けられる。

 

 慌てることなく右手のスピアで腕を切り上げられ。放たれた熱線が天井を焼き。がら空きの胴に押し当てられたランスが火を吹いてゴーレムⅢを吹き飛ばした。

 

 その空色のISと槍を携えた彼の姿に簪は熱を覚え、感嘆の声をあげた

 

「疾風!」

「おう簪! 良かった間に合った………って脇腹から血が!?」

「だ、大丈夫。もう止血されてる」

「チッ、お前か! 簪を傷つけたのはっ」

 

 怒りをあらわにする疾風の後ろ姿に、簪は不謹慎ながらも嬉しさと感動を覚えた。

 その姿は。簪が願ったヒーローの姿。

 簪の心の支えである。簪にとって正真正銘のヒーローの姿だった。

 

「ご、ごめんなさい疾風」

「なんで簪が謝るのさ!」

「その。打鉄弐式がまたエラーを起こしたの。シールドバリアが発動しないの。ごめんなさい………私──」

「大丈夫だ簪」

 

 やっぱり駄目だ。そう言おうとした疾風の顔は先ほどの怒りを示した人と同じとは思えないほど柔らかかった。

 

「いや、大丈夫ってのは厳密には間違いだな。でもそれは弐式の故障じゃねえよ。俺も同じだから」

「え?」

「イーグルのシールドシステムが機能してない。こいつのせいでな」

 

 汗をたらりと流す疾風を見て、簪は急いで自身のISの状態を見返した。

 

『敵ISの腕部から未知のエネルギーウェーブを確認。当機のシールドバリア展開に障害発生、絶対防御、発動不能』

「え、そんな」

「対IS用IS、ってところか。クソッ! ふざけた物出しやがって!」

 

 疾風の怒りに応えるように、ゴーレムⅢは新手の敵に向けてブレードを振り下ろした。

 

「んんっ! この前のゴーレムⅡよりもパワーがあるな! こいつ!」

「は、疾風」

「簪、怖かったら下がってろ。会長から大切な妹預かってんだ。これ以上はやらせない!」

 

 疾風が自分を守ってくれる。

 そう思った瞬間嬉しさより先にザワッと心のなかでさざ波が立った。

 

 また私はなにもしなくていいのか………ただ見てるだけなのか。

 

 いや、見ているだけじゃない。

 戦わなければ、彼と共に。

 さっきのシールド不調だって、冷静に分析すれば原因は直ぐにわかったはずだった。

 

(私も疾風と、一緒に戦いたい!)

 

 簪の想いを乗せ、再び打鉄弐式は立ち上がり、夢現を構えて突撃した。

 

「ちょっ、簪! 危ないって」

「私も戦う! ううん。私も一緒に戦わせて、疾風!」

「簪………よし! まずはこいつを外に出す。狭いところじゃ弐式は不利だ!」

「うん!」

「うおらぁぁーーっ!!」

 

 2機の高機動スラスターを吹かし、ゴーレムⅢを外に追いやろうとする。

 負けじとゴーレムⅢも渾身の膂力で二人に唾競った。

 

「はぁ………」

「疾風?」

「毎回毎回何度も何度も。狙い済ましたかのように邪魔ばかり入って。おかげでIS学園はイベントの度にトラブルが起きるジンクスが出てきてこのザマ。しかも一夏や俺が出てから事件が起きたって話。俺たちのせいだってのは薄々感じてたけどさぁ」

「は、疾風?」

 

 隣で愚痴りながら力とスラスターを込める疾風に少々困惑する簪。

 その眼鏡の奥にある瞳には、理不尽に対する確かな怒りと不満が込められていた。

 

「マジでふざけんのも大概にしやがれ! ここはジャンル・ライトノベルじゃねえんだぞっ!!」

 

 疾風の怒りが届いたのか、たじろいだのかは定かではないが。遂にゴーレムⅢの足が浮き上がり、そのままアリーナの外に突き出した。

 

「撃て簪!」

「この距離なら!」

 

 接敵したゴーレムⅢの腹に特大の光が炸裂し、爆ぜた。

 

「会長の前の前哨戦だ。速攻で方をつけるぞ!」

「了解!」

 

 自分の傍らにパートナーが、疾風がいる。

 これほど頼もしく。勇気を出せるシチュエーションはない。

 

 簪と疾風は槍を構えてゴーレムⅢを見据えた。

 このIS学園に襲いかかった厄災に、天誅を下すために。

 

 

 




 残念二次創作(ジャンル・ライトノベル)なんだよな、これが!

 この台詞ずっっっと言わせたかった。書けて良かった。

 しかしほんと多いよね、襲撃。月ペースだからまだマシととらえるべき?


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第103話【絶対防御禁止領域】

 

 

 IS学園敷地内の自然公園エリアにて。教師二名とゴーレムⅢが交戦中。

 

「あーーーーー!! オラァッ!!」

 

 その一撃は地面を砕き、大地を揺らした。

 先ほどからこの一帯は局所的な小地震を起こしていた。一人の教師の手によって。

 

「榊原先生! 突出し過ぎです! 先程と山田先生から敵ISはこちらのシールドを」

「シャラープ! いま私は怒り一色なのよ! アイムアングリーなのよ!」

 

 鬼の形相でIS用ウォーハンマーで叩き、叩き。叩きつける榊原菜月に同僚のエドワース・フランシィはドン引きしながらもマシンガンで援護していた。

 

 榊原は生粋のパワーファイター。女性らしからぬ鈍重でデカイ武器を好む彼女の一撃は押して叱るべしというところか。

 所々外したハンマーの衝撃で地面が陥没していた。

 

 榊原の名誉のためにあえて言うなら。彼女は先程の真耶の通信をちゃんと聞いているし、力任せに振るってるように見えて的確にゴーレムⅢの攻撃を回避し、的確に打撃を与えている。

 彼女はちゃんと聞いた上でゴーレムⅢをミンチにしようとしているのだ。

 

「榊原先生本当に落ち着いてくださいな! 死にますよ本当に!」

「こんな1・0思考のデク人形なんか即粉砕よ粉砕! 粉砕っ!!」

「あーもう本当に何があったんですか!」

「今日。夜ね………婚活パーティーがあるのよ!」

「………………はぁ?」

 

 心底理解不能とばかりにフランシィは首を傾げた。

 こんな非常時にいったい何を、と。

 

「ええ分かってるわよあんたの言いたいことなんて。でもね? 私はあと数年たてば三十路なのよ。良いわよねあなたは。既に可愛い旦那さんがいるんだから」

「え、えっと」

『………………』

 

 激情を全面に出していた彼女がいきなり急転直下のクールダウン。

 そんな彼女にフランシィとゴーレムⅢ(故意か偶然かは定かではないが)は思わず立ち尽くした。

 

「今日のメンバーはほんと良いメンバーなのよ。高学歴から普通まで。知的からスポーツマンまで破格のレパートリーの選り取り見取り。それが今日の夜あったのよ。行く予定だったのよ」

「そ、それで」

 

 遠くから他の教師が交戦しているなかで榊原の自分語りは続く。

 ゴーレムⅢの向こう側にいるであろうマッド科学者も思わずIS越しに耳を傾けた。

 

「そしたらこいつが出たのよ。そしたらどうなると思う? 事後処理よ! 事後処理で残業よ! 政府対応とかその他諸々とか! しかも一番会いたくない未登録のISコア!? 完全に厄ネタじゃない! テロリストの方がまだマシよ! 絶対婚活パーティーいけないじゃないのよぉっ!! ウキャー!!」

 

 ハンマーの柄が砕ける勢いで振り回す榊原菜月。

 

 この時、ゴーレムⅢのAIに原因不明のバグが発生した。いや、これはAIに直結したコアのバグと言うべきか。

 ゴーレムⅢのコアには無人機故に他のISと違って搭乗者の経験、精神構造を学習することは出来ない。

 従って能動的拡張は起こらず、逆に命令されたことを忠実にこなすのだ。

 

 そして今、ハンマーを狂乱状態で振るう榊原を前に、確かにゴーレムⅢは一歩後ずさったのだ。

 

 最新型AIはこのバグ、この行動が何かを検索し、理解した。

 

 これは人間でいう恐れだと。

 やっと答えを導きだしたゴーレムⅢの鼻先には。巨大な鉄塊と泣き叫ぶ鬼の顔があった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ほんと、マジで冗談じゃないっての! 性懲りもなく何度もさぁ!!」

 

 鈴の双天牙月とゴーレムⅢのブレードが重厚な鋼鉄音を響かせる。

 そのまま鈴はゴーレムⅢを蹴り飛ばし。事前にチャージしていた龍砲をぶっぱなした。

 

 今回の甲龍のメイン武装である龍砲は元の単発式から変更がなされ。右をCBFでも使った拡散衝撃砲。左は発射時に回転を加えることで衝撃を増した貫通衝撃砲となっている。

 腕部衝撃砲の崩拳もボルテック・チェーン(プラズマ技術はレーデルハイト工業の技術を参考)に換装していた。

 

 拡散型で怯ませたあと。効果力の貫通衝撃砲でとどめ。そうなるはずだったが。

 煙が晴れたあと、ゴーレムⅢは可変型シールドユニットで防御していた。直撃した貫通衝撃砲も、シールドユニットに若干のヒビをいれる程度にとどまった。

 

 反撃とばかりにゴーレムⅢは両肩と腕の熱線砲を乱射。回避した甲龍に肉薄してブレードを振り下ろそうとした。

 

 その剣を光が弾き飛ばす。

 ゴーレムⅢの右方にはミドルレンジを維持しているセシリアが得物であるスターライトMK-Ⅳが光っていた。

 

「踊りて散りなさい! 我が愛機が奏でるアンサンブルに!!」

 

 セシリアのブルー・ティアーズはビットを射出した。

 

 俊敏に動くビットは逃げ道を塞ぎ、まるで鳥籠のようにレーザーをゴーレムⅢに降り注がせた。

 

 ブルー・ティアーズにも武装が追加された。

 本来は背部のプラットホームの4機しかレーザービットを装備できなかったが。今回はそれに加え。スカート部分に新たに4機を加えた。

 

 総勢8機の射手を巧みに従えるブルー・ティアーズは単純に火力と密度が2倍。いや2乗分の戦力となってアリーナに乱入した不届きものに裁きを下す。

 

 たまらずゴーレムⅢは移動しながらもシールドとブレードでいなしていく。

 新たに向かってくる2本の光線も弾道予測をし。最良の位置にシールドを滑らせた。

 

「甘いですわ。本当にっ」

 

 レーザーはシールドを縫うように歪曲。先ほど撃っていたうちの2本もそれぞれ曲がりくねり。ゴーレムⅢの躯体に殺到する。

 

 精神感応制御による偏光制御射撃(フレキシブル)。セシリアは更に鍛練を積み。最初とは比べ物にならない程の練度を見せた。

 

 当たる瞬間にゴーレムⅢは空中で身をくねらせた。

 間接を明後日の方向に曲げ、まるで糸に吊るされた人形のようにレーザーかわす。だがそれは完全ではなく。4本のうち2本のレーザーがゴーレムⅢの表面をかすり。装甲を溶かして焼いた。

 

「くっ。前とは比べ物にならないほどの性能ですわね」

「戦えない訳でもないってのが救いね。シールドが使えないことを含まなければ」

 

 シールドが異常をきたしていると気づいてから鈴は少し引き気味に戦闘を繰り広げ、隙あらばセシリアの狙撃ルートに誘い込んでいた。

 生粋のインファイターである鈴でも、当たれば致命傷である敵の攻撃には警戒をあらわにしていた。

 

「わたくしは近づかれなければいいですけども。鈴さんはやりづらいですわね」

「間違っても誤射しないでよ? フリじゃないからね」

「善処しますわ」

「確定して!?」

 

 それでもこうして普通に冗談を交えれる程の心的余裕をキープしていられるのは、二人がISドライバーとしての腕を向上させれたことに他ならない。

 

 確かな力には強固な精神力が宿る。

 それを少女であった彼女をIS乗りとして成長させたのだ。

 

「てかさ、あんた気づいてる?」

「敵のシールドジャミングが敵にも作用してることをですか?」

「あー、いやまあそうなんだけどさ。あんた少し焦ってるわよ」

「わたくしが?」

「自覚ないんだ。さっきからレーザーの射線が少しブレてる」

 

 今までの鈴なら気づかない僅かなブレだが。セシリアの鬼のような訓練において、間近で地獄(レーザー)を浴び続けた鈴だからこそ気づけた微小な変化だった。

 

「疾風なら大丈夫よ。あいつがそう簡単にくたばらないのは福音やサイレント・ゼフィルスで実証済みよ。シールド以外にもプラズマあるし」

「べ、別に疾風のことは」

「あのさ。ここまで来て素直にならないのはどうかと思うわよ………絶対に死に別れないとは限らないんだから」

「死に別れ………」

 

 嫌なビジョンを想像してセシリアは激しく首を振った。

 疾風とは、険悪にはならなくなったもののろくに話していない。このまま鈴の言う通り死に別れてしまったら………セシリアは死んでも死にきれない。

 

 つまり、ここで戸惑ってる暇なんか微塵もないということだ。

 

 セシリアは今一度ビットに思念を送って射撃体勢に入らせた。

 

「鈴さん! 全開で行きます! 隙を作り出してください!」

「はいよ! アタシたちのコンビネーション。あの木偶の坊に見せつけてやろうじゃない!」

 

 必ず生き残る。愛する人と日常を過ごすためにも。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「え?」

「なんだ!」

 

 突如天井をぶち抜いたゴーレムⅢ。

 すぐ側にいたラウラは虚をつかれつつも直ぐに警戒態勢に入ろうとした。

 だがゴーレムⅢの瞬発力はその上を行き、その豪腕がラウラの頭を掴み上げた。

 

「くっああ………」

「ラウラ!」

 

 ラウラの次に臨戦態勢に入ったシャルロットは直ぐ様武器を呼び出してゴーレムⅢの左腕に狙いを定めた。

 だが撃たれた弾丸は可変シールドユニットに阻まれ、ゴーレムⅢはラウラの頭を握りつぶさんと力を加えた。

 ミシミシと身の毛のよだつ音を響かせる頭部ハイパーセンサーとけたたましいアラート音。ラウラは遮二無二にプラズマ手刀を出し、その豪腕を叩ききらんと振り上げたが、それも右手の大型ブレードに阻まれた。

 なおも力を込めるゴーレムⅢにワイヤーブレードを突き刺すも少し揺れた程度。

 射撃を続けるシャルロットの弾丸も2本のシールドユニットで巧みにさばいていた。

 

 このままではラウラの頭部がつぶれたトマト同然となるのは明白だった。

 

「離せぇぇぇぇ!!」

 

 ゴォン! 

 

 なりふり構ってられないラウラは浮遊していた大型レールカノンをそのままゴーレムⅢの頭に叩きつける。うわっ痛そう、っとシャルロットは一瞬だけ敵であるゴーレムⅢに憐憫を抱いた。

 鐘を突いたかのような低い轟音と共にゴーレムⅢは頭を垂れ、握りしめていた左腕を解放。

 そのまま半歩下がったラウラはレールカノンをほぼ零距離で発射。直前でガードに成功したゴーレムⅢは大きく吹き飛ばされ。可変シールドのうち一枚がちぎれ飛んだ。

 

「ふー………なに?」

「大丈夫ラウラ! 頭にひび入ってない!?」

「問題ない。それより聞け、シャルロット。シュヴァルツェア・レーゲンのシールドが機能していない。絶対防御が発動しなかった。お前はどうだ」

「僕の? ………ほんとだ。機能不全起こしてる」

「奴の仕業、と見て間違いないか」

「そんなことって。そんなものがもし開発されてたら、ISというものが根本からひっくり返るよ!」

「現に目の前にある。認めるしかあるまい」

 

 まったく制作者の気が知れない………いやISが人の手で使われる以上、操作する人間が機能停止すれば超兵器と言われるISは鉄の塊に過ぎないものとなる。

 完璧なまでに合理的、かつ非合理的だ。

 

 もしこの技術が公にされれば、ISどころか世界がひっくり返る。

 対人兵器でもISを殺せるということになるのだから。

 

 以前のワルキューレといい。この世界はいったい何がどうなってるのかと、ラウラは毒づいた後に笑った。

 

(フッ、遺伝子調整体である私が言えた義理ではないな)

 

 二人が思案に暮れていても、敵は待ってくれない。

 ゴーレムⅢは先ほどのお返しとばかりに持てる全ての熱線を放出した。

 

「と、とにかく。今はあいつを倒すことを優先しよう!」

「了解だ。油断するなよシャルロット」

「ラウラもね」

 

 二手に分かれ。シャルロットは両手にガルムを持って弾幕を広げた。

 敵は特に回避もせずに残されたシールドユニットで守りながら熱線を撃つ。

 やはり相手にもシールドがないのは本当なのだろう。時折シールドで防げてない弾丸がゴーレムⅢのワインレッドボディに当たって弾けてるのだ。

 

 シールドエネルギーがない前提なのか。ゴーレムⅢのボディは強固だった。今でさえ、僅かな凹みがつくかつかないかという程。

 ISのアサルトライフルをものともしないとは。一体どんな素材を使ってるのかとシャルロットは問いただしたくなった。

 

 右手で撃ちながら左手を高速切替(ラピッド・スイッチ)でアンチマテリアルライフルに変えて撃つ。するとゴーレムⅢはその重い一撃を察知したかのように急遽回避起動に入った。

 

「棒立ちだったのにライフルの弾速避けられたよ」

「反応速度は一丁前だな」

 

 ワイヤーブレードを展開しつつもレールカノンを撃ちはなつレーゲンに熱線を掃射するゴーレムⅢ。

 その熱線が第二、三世代故に装甲を廃したラウラの白い肌をかすった。

 

 途端に感じる痛覚とは裏腹に。ラウラは腹のそこから熱いものを感じていた。

 

(ああ、久しく忘れていたな。戦場と言うものを)

 

 一発当たれば致命傷。爆弾やミサイルが爆ぜれば肉体がちぎれ飛ぶ。クールタイムなどありはしない死と隣り合わせのバトルフィールド。

 

 それはラウラがISに乗る前に体感した。兵士の生きざまと性であった。

 

(知らず知らずに。私はIS学園に染まってきたらしい)

 

 入学当初はISにはしゃぐクラスメイトに吐き気すらあった氷冷のラウラともあろうものが。よくもまあ学生生活に馴染めたものだ。

 

 それは妾の子としてこの場に放り込まれたシャルロットも同じだろう。

 

「行くぞラウラ・ボーデヴィッヒ。今一度、戦いの申し子と呼ばれた自分を思い出せ!」

 

 敵のブレードを掻い潜り。背後でAICを発動。

 

 ラウラの視界にはグレースケールを構えて接近する相棒の姿があった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「フォルテ後輩よぉ。俺はもうダメだ。後は任せたぞ」

 

 第一アリーナ上空。アメリカの第三世代IS【ヘル・ハウンド・ver2・5】を着こんだダリルはPICを使って器用に空中に寝そべっていた。

 才能の無駄遣い極まれりである。

 

「甘く見ちゃいけないっスよダリルパイセン。私なんか開始前からもうダメっス。というわけで、レッツゴー(πάμε)!」

「あ、いまお前ギリシャ語で俺を突き放したな? 俺少しだけ勉強したからわかるんだぞコラ」

 

 そんな先輩以上にダウナーでやる気のない口調で先輩を供物にしようとしたのはギリシャの代表候補生フォルテ・サファイアと専用機【コールド・ブラッド】。

 こちらも同じく空中で寝そべって何かをモチャモチャ食べていた。

 しかもその手にはギリシャのお菓子、バクラヴァが握られていた。

 こんなとこでお国柄を出さなくても。

 

「お前さ。ほんとよくそんな甘過ぎるもん食えるよな。気が知れねえぜギリシャ」

「ギリシャのお菓子の辞書に甘過ぎないという言葉はないっス。これ食えばダリルも少しはやる気を出すんじゃないスか?」

「それ食うぐらいなら俺はお前と袂をわかつ」

「ガ、ガチトーンで言わないでくれっス。そんな嫌わなくても」

「バーカ好きに決まってるだろうが」

「だ、ダリルっ………」

 

 こいつら戦闘中だってことを忘れてないか? 

 と何処からかツッコミが入るレベルでやる気のない相手にもゴーレムⅢは(二人の間の熱より高いと自負する)熱線を撃ち続ける。

 

 だが二人は寝返りを撃つような最低限の動きで熱線の弾幕をよけに避けていた。

 

「あれ熱そうだなぁ。フォルテ、ちょっと前出てみろ。少し焼いたほうが良いっておめぇ」

「イヤっスよ。先輩こそその純白の肌を少しでも焼いてくればいいんじゃないスか?」

「嫌だよ、この美肌は俺の密かな自慢うおっと」

「ひょいっと」

 

 先ほどから何発撃ったかなど数えてないが全てダメージとしては通っていない。

 一発当たれば火傷は必須という状況においてもダリルとフォルテは躱し、いなし、防ぎ、弾いていく。

 

「んー。フォルテ」

「はい?」

「飽きた」

「そっすか」

「撃っちまえ」

「ほーいっス」

 

 気まぐれなダリルのオーダーに、フォルテは自身の武器である凍結レーザー銃【(リュコス)】を取り出して何発か放った。

 

 零度の光はそのままゴーレムⅢに向かい。その足元に当たって氷面が出来上がった。

 ゴーレムⅢには当たっていない。

 

「ヘッタクソー」

「五月蝿いっす。でも奴は動いたっすよ」

 

 待ちかねたとばかりにゴーレムⅢは急接近。

 この早さは瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 右手の大型ブレードで百合仲を絶ち切らんとした。

 

「うっし! やるぞフォルテ」

「何時でもオッケーっす!」

 

 ようやく寝転ぶ姿勢から立ち上がった二人。

 ゴーレムⅢが斬りかかる寸前、二人の目の前にコールド・ブラッドの第三世代能力で作り上げられた巨大な氷壁が空中に出現した。

 

 ゴーレムⅢは止まらずにブレードを振るう。ゴーレムⅢのパワーはIや Ⅱ よりも遥かにアップしている。

 目の前氷壁を砕かんとしたゴーレムⅢのブレードは………突如吹き出した炎にまかれた。

 

 イージス。

 

 正式名称【氷炎相転移防壁(ヒンダルフィヤルの城壁)】と呼ばれるこの防御方法は。ヘル・ハウンドとコールド・ブラッドの第三世代能力を織り混ぜた防御コンビネーション。

 

 コールド・ブラッドが生成した氷壁の中にヘル・ハウンドの炎を内包した防壁。

 

 氷壁が砕けることでクッションの役目を果たし。氷の中でくすぶっていた炎は砕かれた氷壁から供給された酸素で即席のバックドラフトを引き起こし、その勢いで敵の攻撃の衝撃を中和、反撃する。

 つまり氷と炎を組み合わせたリアクティブ・アーマー。

 

 二人のコンビ名が絶対防御のイージスと呼ばれるようになった要因がこの絶技。

 これを破るのは至難の技。三年生の間ではイージスペアと更識楯無ペアの対戦を楽しみにしていた者も少なくなかった。

 

 バックドラフト・ファイアという手痛いしっぺ返しを食らったゴーレムⅢは思わず後退する。

 一度距離をとって体勢を整えようとしたが。それを逃すイージスではなかった。

 

「はい残念」

「触れれば火傷だけで済ませないのがウチらイージスっすよ」

 

 氷壁の両サイドから躍り出たダリルとフォルテ。

 ダリルの手には二振りのヒートブレード【黒への導き(エスコート・ブラック)】。フォルテの手には氷で形成した大戦斧が握られていた。

 

「さあ氷炎地獄に堕ちやがれ!」

「水先案内人になってやるっス!」

 

 熱剣と氷斧を振り下ろされたゴーレムⅢはそのままアリーナの地面に叩きつけられた。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「うおおおっ!」

「よけろ一夏! 放て、穿千!!」

 

 ゴーレムⅢのブレードを押し返した一夏は直ぐ様横によけ。その後ろでチャージを完了した箒がブラスタークロスボウを撃ち放つ。

 ゴーレムⅢは身をよじって赤い光をよける。そこで空中に身を晒したところを一夏が月穿で近距離砲撃を見舞った。

 

 ゴーレムⅢもとっさにシールドで防御しようとしたが。荷電粒子砲はシールドをそれて胸部に命中して吹き飛んだ。

 

「ナイスだ一夏!」

「箒もな。だけど目立った損傷はなさそうだ。荷電粒子砲の直撃受けて凹むだけって、こっちのメンタルが凹むよ」

「まったく度しがたい固さだ」

「もしかしたら装甲にエネルギーを伝播させて防御力を上げてるのかもしれないな。飽くまで予想だけど」

「一夏が頭良いこと言うと違和感があるな」

「失礼だな。菖蒲さんの電磁シールドを思い出したんだよ」

 

 審議のほどは不明だが。ゴーレムⅢの固さはフルスキンということを加味しても異常である。

 初めからシールドエネルギーなしを想定しているISだ。シールドに回すエネルギーをそのまま別の方に回してるのだとすれば………

 

「俺の零落白夜もあいつには意味がないな。絶対防御が発動しない以上、雪片弐型はビームブレードが出せるだけの武器だ。熱線に対しては効力を発揮できるから全然無駄ってわけじゃないんだけど」

「お互いにノーガードで殴り合い、とはいかんな。奴は肉を切られてもなんともないが。私たちは生身だ」

「その分気兼ねなく斬れるから。そこだけは助かるが」

 

 そう言いつつも一夏の表情は暗い。

 

 もし相手が生身の人間だった場合。それは単純な殺しあい。

 相手が殺す気で来たとき、自分は刃を振るえるのか。一夏が零落白夜を使うときに感じる悪いイメージが現実となる時が来たら………

 

(馬鹿! 今は後回しにしろ! 目の前のことに集中するんだ!)

 

 考えるのは後でも出来る。今は生き残ること。そして箒を守ることを心に刻んで雪片弐型を振るった。

 

 そして箒も心の中で葛藤していた。

 

 目の前で猛威を振るうゴーレムⅢという鋼の乙女。

 対IS用ISという大義名分を得た人を殺すことを目的としたマンキラーマシン。

 

(もしこれを作ったのが本当に姉さんなら………姉さんは私たちを………)

 

 無人機のISに使われてるのが未登録のISコアであることを。箒たちは知らない。

 それでも人が介在しない無人機を作れるのは姉しかいないのではないか。世界でも指折りのセキュリティを持つIS学園をいとも簡単に突破にするハッキング能力。

 

 そして目の前で見せつけられる。シールド無効化のジャミング。

 そんなもの。ISを知り尽くしている姉にしか出来ないのでないか? 

 シールドのないISなど。ISと言えるのか………

 

 箒は以前臨海学校の銀の福音暴走事件で疾風が言ったことを思い出した。

 

『幾らISをスポーツと認識してもそれはISの一面に過ぎない。ISは人を傷付ける力も持っている』

『だけどそれは表に出しては駄目だ。俺はISをただの『兵器』という枠組みに収まるのは嫌だ』

 

 あの時は軟弱なことだと心の中で一蹴した箒。

 

 だけど今の箒なら疾風の気持ちがわかる。

 

 ISが戦闘機や戦車と違い、ここまで自分たちと密接な関係にあるのは。

 ISがスポーツとしての側面を持っているから。

 

 兵器としてではなく、人々を楽しませるためのスポーツとして。

 

 クラス対抗戦、学年別トーナメント、キャノンボール・ファスト。

 今日だって。専用機持ちたちの対戦を心待ちにしていた生徒がいた筈だ。

 

 なのに心のない第三者の手で無茶苦茶にされる。

 

 ましてや、その首謀者が自身の姉だったとしたら。

 

「箒!」

「っ!」

 

 こちらに猛進してくるゴーレムⅢ。

 振り下ろされるブレードを展開装甲のバリアで防ぎ。空裂のビーム斬撃で追い返し、一夏がビームクローでゴーレムⅢを下がらせる。

 

「大丈夫か!」

「す、すまない一夏!」

 

 戦ってる最中に考え事をした自分を攻める箒。

 自然と刀を掴む手にも力が入ってしまう。

 

「箒の考えてること。なんとなくわかるよ」

「え?」

「だけど今は戦うんだ。そして、絶対にお前を死なせない! 箒は、俺が守ってみせる!」

「………まったく」

 

 何故こういうことばかり鋭いのだろうか。

 自分の想いに欠片も気づかないくせにこの男は。

 

 決して口に出さない憎まれ口を叩きつつも。一夏の言葉に箒の胸がジンと熱を持った。

 

 何時だって、一夏の言葉は箒に勇気をくれた。

 ならばそれを糧に戦うことが、今の箒に出来ることだった。

 

「生憎だが。私は守られるだけの女じゃないぞ、一夏!」

「ヘヘ。それでこそ箒だぜ!」

「行くぞ! 絢爛舞踏が必要なら直ぐに言ってくれ!」

「おう!!」

 

 二人同時に瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 迷いを置き去りにしてゴーレムⅢに恐れずに向かっていく。

 

 異形の魔を討たんとする白刃と赤刃は二人の心に呼応するように煌めいた。

 

 

 






 ボルテック・チェーンが文字だけでも出せて良かった。
 甲龍は名前だけ武装多すぎるんよ………

 教師陣の戦闘も書けて良かったなぁ。IS学園の教師は強いんだぞぉ!というのが本の少しでも伝われば幸いです。
 山田先生クラスの教師がわんさかいると思えば。

 イージスもやっと出せたなぁ。
 特にコールド・ブラッドは武装面がなんもわからなくて。
 因みに凍結レーザー銃はアーキタイプ・ブレイカーで使ったので採用。名前は捏造です。

 イージスの正式名称【氷炎相転移防壁(ヒンダルフィヤルの城壁)】。なかなか厨二感ありありではなかろうか。って感じになりました。
 ヒンダルフィヤルというのはブリュンヒルデがいた炎の館です。
 え?この技はアイス・イン・ザ・ファイアじゃないのかって?
 いやぁ、どっちかと言うとあれはファイア・イン・ザ・アイスですし、ね?


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第104話【その名はヒーロー】

「もう! 今日は大事な日なのよ!? それなのに………それなのに! 爆殺!!」

 

 アクア・ナノマシンを混ぜ込んだ水蒸気に水蒸気爆発。クリア・パッションによる爆発がゴーレムⅢを包む。

 しかも今回のはいつもより爆発の規模がでかいのは楯無の溢れんばかりの怒りの賜物だろう。

 

 それでもゴーレムⅢの損傷は装甲はわずかにへこみ、ブレードの先端が少し折れただけで済んだ。

 その結果が更に楯無の怒りに油を注いでいた。

 

「楯無様、離れてください!」

「っ!」

「駄目押しです!!」

 

 前の打鉄から継続して使っている電磁弓【梓】から重厚な爆裂矢【桜花】を放ち。クリア・パッションからのダメージで身動きが止まったゴーレムⅢを中心に再び爆裂の花が咲き誇った。

 

 菖蒲の新型専用機IS、打鉄・櫛名田。

 

 櫛名田は全体的なフォルムは打鉄と同じだが、打鉄よりも重装甲化しているのが特徴。

 可動域を妨げない位置にプラズマバッテリーを搭載した増加装甲。

 四枚ある肩部シールドのうち背中側の二枚は一回り大型化しており。総合的な防御力が飛躍的に上昇した。

 

 白と黄緑という華やかなカラーリングでありながら武士のような逞しさを兼ね備えた櫛名田の最大の変化が背部のスラスター件プラズマバッテリー搭載の大型バックパックだった。

 

 右手にはバススロットにしまっている矢を高速コールするための特殊インターフェースを搭載した手甲を装備。

 更にPIC制御能力が向上し。稲美都では難があった高火力爆裂矢の桜花をなんなく使用出来るようになった。

 

「シールド無効化なのよ。流石にこれで何ともなかったら私は絶望するわ」

「しないで下さい。敵は健在ですよ」

「それでも効果はあり、ね」

 

 出てきたゴーレムⅢは両方に存在していた可動シールドユニットが吹き飛んでいた。

 それでもまだまだ敵はやる気だ。

 

「遠距離じゃ埒が明かない。接近戦で突き破るわ、援護お願い!」

「はい!」

 

 楯無が直進。

 敵の注意を反らすために菖蒲は矢を装填、同時にバックパックから8機の有線プラズマガン【八岐銃砲】を展開して射撃戦を開始する。

 

 プラズマの弾幕はゴーレムⅢの装甲に大した効果は与えられなかったが。後継機として設計された櫛名田の強化された電磁能力により放たれた鉄の矢は鋭い音と共にゴーレムの左腕の間接に突き刺さった。

 

「隙ありよ!」

 

 矢を抜こうとして止まったゴーレムⅢを逃さずに瞬時加速(イグニッション・ブースト)で水流を纏った蒼流旋をゴーレムⅢの腹に突き刺した。

 

「菖蒲ちゃん! 私の背中を押して! スラスター全開で!」

「了解しました!」

 

 鈍重な見た目をカバーするために各部に増設されたプラズマスラスターを発動し。菖蒲の手が楯無の背中に触れた。

 

「行きます!」

「お願い!」

 

 背中から感じる重圧と共に三機はそのままアリーナのシールドに突貫する。

 体勢を立て直そうとしたゴーレムⅢだったが背後から来た強い衝撃に痙攣するように動きを止めた。

 

「ぐぅぅぅ! か、固いわね………」

「楯無様!」

「大丈夫。だからもっと出力上げて! このまま無人機の装甲を突き破ってコアを壊す!」

「ですが、それでは貴女の身体が!」

「良いからやりなさいっ!!」

「は、はいっ!!」

 

 このまま出力を上げれば楯無はゴーレムⅢと櫛名田の力の板挟みの負荷がかかる。

 迷った菖蒲に活を入れるようにハッキリ言った楯無は更に増した重量感に苦痛を表しながらも笑みを浮かべた。

 

「フルコースよ! くらいなさい!」

 

 蒼流旋に備えられた四連ガトリングガンが火を吹いてゴーレムⅢはたじろぐ。

 水流のドリルは確実に敵の装甲に削りを入れているが、まだまだ突き破るには時間がかかりそうだった。

 

「ほんとどんな合金なんだか。作った人は材料調達も優秀か。けどお姉さんを甘く見ないでよね!」

『ミストルテインの槍。シークエンススタート』

 

 蒼流旋から左手を離し。楯無はそれを天に向けた。それに寄り添うようにアクア・クリスタルが4基配置される。

 楯無の掌で大量の水が収束される。大気から水を生成するだけでなく。アクア・クリスタルに圧縮された水も全て解放される。

 

「え、装甲が!?」

 

 それは只でさえ装甲のないミステリアス・レイディを守っていたアクアヴェールも例外ではなかった。

 

 楯無が持つ大部分の水が掌のアクア・クリスタルを起点に蒼流旋と同じ形状の槍を形成する。

 

「これは、学園祭のエキシビションマッチの?」

「フフッ。あの時出したのはこれのミニマム版。これが私の奥の手。普段防御に回してるアクア・ナノマシンを一点に集中。それを全て攻勢エネルギーとして敵にぶつける。いわば、巨大なクリア・パッションよ」

「あれが、ミニマム版?」

 

 見てわかる膨大なエネルギーを内包した巨大な水の槍。これが全て爆発するとなれば、想像を絶する威力になることは明白だった。

 

 それは目の前でこれから受けるゴーレムⅢも理解した。

 装甲がないことを良いことにゴーレムⅢの巨大ブレードが楯無の身体を傷つける。

 

「うっ、ああっ!」

 

 ミストルテインの槍を形成するためにアクア・ヴェールを展開することは出来ず、眼前の敵を蒼流旋で固定化し続ける楯無にそれを防ぐ手だてはなく。

 その凶刃はISスーツを切り裂き、楯無の肌に流血を強いていた。

 

「楯無様!」

「菖蒲ちゃん、うぐっ! 櫛名田のプラズマ・フィールドを全開にしなさい。巻き込まれるわ」

「楯無様も一緒に!」

「それは駄目。このミストルテインの槍はデリケートでね。私の手を離れたら直ぐに破裂しちゃうの」

「そ、そんな………!」

 

 それでは爆心地にいる楯無はどうなる? 

 普通ならISが守ってくれるだろうが。今の自分達のISにはそれを守ってくれるシールド能力が著しく低下している。

 

「そんなの駄目です! 死ぬ気ですか楯無様!」

「だいじょーぶ。お姉さんは不死身だから」

「馬鹿なこと言わないで下さい!!」

「ほんとよ。簪ちゃんを守らないと行けないし。死ぬつもりはないから、ね?」

「………死んだら地獄まで追いかけて殺しますから」

「あら怖いわね………」

 

 楯無はいつものように微笑んだ。

 道化師のように。自信の弱さと怯えを隠す笑みをうかべた。

 

 依然として斬り付けるゴーレムⅢ。だがそれは必死にこちらを阻止するために躍起になってるようにしか見えなかった。

 櫛名田のプラズマ出力が上がるのを確認し、楯無はミストルテインの槍を完成させる。

 

「覚えておきなさい。私は更識楯無。日本の平穏。そして妹の笑顔を守る為に戦う、ただ一人の姉よ!」

『ミストルテインの槍。マテリアライズ・コンプリート』

 

 完成したミストルテインの槍は内側から強い光を放つ。

 小型気化爆弾に相当するその威力。その必殺の一撃をゴーレムⅢに突き立てた。

 

「ミストルテインの槍! はつどぉぉぉぉっ!!」

 

 ──起爆。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「削れビーク!」

 

 ウィングスラスターに搭載されたビークが飛翔。

 獲物を貪る為に襲いかかって飛び進むビークがプラズマダガーを展開してゴーレムⅢに斬りかかる。

 

 プラズマバルカンで牽制し、インパルスを振り下ろす。

 ブレードで防ぎ、その空色のISに左手の砲塔を向けて発射。打たれた黄緑色の熱線はイーグルが展開したプラズマ・フィールドに阻まれて散らされた。

 

「おらぁっ!!」

 

 呆気に取られる(ように見えた)その山羊頭にプラズマブレードを展開した蹴りを見舞う。

 崩れたその躯体を更に蹴り飛ばし、簪の射線上に持っていった。

 

「ロック、オン!」

 

 チャージされた春雷の爆炎に巻かれるゴーレムⅢに追い討ちをかけるようにイーグルの足が踏みつけられ。右手にコールしたブライトネスの円錐シャフトのスリットが解放される。

 

「打ち抜く!」

 

 バーストモードのブライトネスが発揮する六発分に凝縮されたプラズマの衝撃がゴーレムⅢを吹き飛ばし。地面にクレーターを作り上げた。

 

 中心でピクつく奴を見定めてインパルスをコールしてバーストモードを発動させようとした、そのときだった。

 

 ドガァァァァァ!!! 

 

「んん!」

「なにっ!?」

 

 空気を振動させるほどの爆音。

 音の先にはリアルで見たことのないキノコ雲が天に伸び、一部はシールドに遮られて形を変えていた。

 

 ていうか、あっちは菖蒲と会長が待機してたアリーナじゃなかったか!? 

 アレほどの爆発を起こせるのは………会長のミストルテインの槍しかない。

 

 くそっ、通信で確認しようにもジャミングが酷すぎる! 

 

「お姉ちゃん…」

「簪………っ! あぶねえ!」

 

 気を取られた簪を狙ったのか、地面に落とされたゴーレムⅢが熱線を放ってきたところをプラズマ・フィールドで防いだ。

 

「あーもうしつこいなコイツ!」

「は、疾風」

「簪! 向こうのアリーナの様子を見に行ってくれ」

「そんな、一人であんなのと相手なんて…」

「大丈夫だよ。俺はシールド以外にご立派な盾がある。奴も死に体だ、俺一人でもなんとかなるさ。少なくとも死にやしない! それに、今にも行きたそうな奴をこんなところに置けるかよ」

「でも」

「行くんだ簪! 大事な姉ちゃんだろ?」

「………うん! 疾風も気をつけて」

「おうさ! ここは任せて先に行け!」

「そ、それは死亡フラグだから、ダメ」

 

 あらダメ出しされちゃったわ。

 会長のいるアリーナに飛び立つ簪を見送り、直下から見上げてくるゴーレムⅢを見下ろす。

 

「心配すんな簪。俺には朴念神ワンサマーの加護がついてんだ。死亡フラグを折ることなんてお茶の子さいさいよ」

 

 だからさ。

 

「お前ごときに構ってる暇ねえんだよ! 俺は地味にセシリアが心配で大変なんだこの野郎!!」

 

 インパルスの特大プラズマブレードでゴーレムⅢの頭をかち割るために瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動した。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「どこ、お姉ちゃん………」

 

 煙が燻るアリーナに向けて飛行する打鉄弐式。

 反応を探そうにもレーダーはてんで役に立たない。

 

 目視で探すしかない。

 

(大丈夫。お姉ちゃんは学園最強。私なんかがわざわざ行かなくても絶対に無事。早く確認して疾風のとこに戻らないと)

 

 そう必死に願いながらも簪の心臓は早鐘を打っていた。

 得たいの知れない寒気と不安が肺のなかにたまって息苦しさを感じるなか。弐式の望遠映像がなにかを拾った。

 

「………え」

 

 望遠映像に移されていたのは水色の流線型の装甲。

 ほぼ欠片のような物だったが。簪はそれを見間違う筈もなかった。

 

 急いでキーボードを叩いて情報を得ようとする。

 

「ど、どこ。何処にいるのっ」

 

 嫌な予感が身体を駆け巡る。

 熱いのに冷たい汗がドッと汗腺から滲み。心臓が更に早鐘を打った。

 

「………ひっ!」

 

 捜索の末。弐式のカメラが楯無を捉えた。

 

 瀕死の状態の更識楯無を。

 

 装甲は無惨に破壊され。申し訳程度のフレームが残っていた。

 身体のあちこちに赤い染みが浮かび。顔は生気のないかのような土気色で目を開かず、ピクリとも動いていなかった。

 

「ハー、ハー、ハー」

 

 音のない空気が口から漏れていく。

 叫びたいのに声を出したいのにその名が出てこない。

 瞳孔は揺れ動き。早いと思っている心臓の音が酷く重くゆっくりと耳を刺激する。

 

 気持ち悪い。

 

 気持ち悪い

 

 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い………

 

 景色がぐにゃりと曲がり。猛烈な吐き気を催した。

 

 あんなに越えたかった。

 勝ちたかった。

 見返したかった。

 そんな無敵のはずだった姉が動かずに血を流している。

 

「う、うあ………」

 

 思わず口をふさいで嗚咽を漏らす。

 涙がたまって。ぎゅっと目を閉じた。

 

 至近距離のIS反応。新手のゴーレムⅢが簪を見つけて動いていた。

 

 簪はゆっくりとそのヤギの悪魔を模したISを見た。

 

 理想的なフォルム。角ばった肩のユニット。

 その身体に不相応に肥大した左腕。対照的にスマートな右手とブレード。

 

 ………憎い。

 

 歯を食いしばり。ゴーレムⅢを憎むルビーのような瞳に緑色の炎が、憎しみが宿っていた。

 

 切り裂きたい・撃ち殺したい・殴り殺したい・千切りたい・踏み潰したい・めった刺しにしたい・木っ端微塵にしてやりたい。

 

 殺したい。

 

 殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい。

 

 塗りつぶされる。怯えも、振るえも全てが黒く塗りつぶされる。

 

 視界に写るのも煩わしい。

 一刻も早く。1マイクロ秒たりともその醜い造形物。その全てが憎かった。

 

「壊して、やるっ」

 

 静かに、かつ地獄の底から涌き出るような確かな感情。

 

 それは明確なる、殺意。

 

「う、ああああぁぁぁぁぁ!!!」

 

 ウィング・スラスター全開。

 夢現の振動係数リミッター解除。

 

 淡く光る夢現を砕けるほど握りしめ。弾丸のように駆け抜けた簪は目の前の怪物に全ての感情をぶつけた。

 

 ガキンッという鋭い金属音が響く。その力にゴーレムⅢは唾競る子とも出来ずに弾かれた。

 

「斬っっ、る!!」

 

 何度も、何度も、何度も何度も振り回す。

 

 流派も型もあったものではない。

 狂乱者のように滅多切りにする簪の夢現はゴーレムⅢの堅牢な装甲に次々と振動ブレードの傷をつけた。

 

(こんな、こんな意思のない機械ごときに、お姉ちゃんが)

 

 シールドを無効化されなければ。こんな奴に楯無が負けるわけがない。

 

「卑怯者! いなくなれぇぇぇー!!」

 

 渾身の思いで振り下ろした夢現。

 だがその動きを予見したゴーレムⅢが計算され尽くした太刀筋で夢現を弾き飛ばした。

 

 クルクルと簪の手のひらから離れる。

 

 攻撃手段を失なった簪を嘲笑うかのようにゴーレムⅢが次の刃を向ける。

 

 だが………

 

「ああああぁぁぁぁー!!!」

 

 それでも簪の激情は止められない。

 

 簪はそのままスラスターをふかし。ゴーレムⅢの細い首を掴み上げ、腰の春雷を起動して無茶苦茶に撃ちまくった。

 

 ドゴン! ドゴン! と断続的に放たれる荷電粒子砲が敵の装甲を焼き、皹をいれ、壊していく。

 

 防ごうとした可変シールドも、その勢いにはなす術もなく………

 

 撃つ、撃つ、撃つ! 

 撃って撃って撃って撃って撃って! 

 撃ちまくって、撃ちまくって、撃ちまくる! 

 

 そのまま簪はスラスターを吹かし続け。春雷を撃ち続けながらゴーレムを地面に叩きつけた。

 

 叩きつけられ、起き上がろうとするゴーレムⅢは目の前に強烈な光を知覚した。

 

 同時に晴れる土煙。春雷の砲口には限界以上にチャージされた荷電粒子のエネルギーが。

 

「許さっ! ないっっ!!!」

 

 最大チャージの春雷による爆発と爆炎がゴーレムⅢを包み込む。

 弾け飛ぶ腕。ちぎれ飛ぶシールド。砕けて崩れる肩のユニット。

 

 そして、ついに水銀のように輝く敵のコアが露になった。

 

「コア! アレを吹き飛ばせば」

 

 勝てる!! 

 

 カシュッ。

 

「っ!?」

 

 トリガーを引いても春雷は撃てなかった。

 エネルギー切れ。勝利を確信した簪にとってこれ以上に残酷な現実はなかった。

 

 何度トリガーを引いても撃てない簪。

 敵を見ると。残った右腕を動かして起き上がろうとした。

 

「ひっ! いやぁぁぁぁ!!」

 

 コンソールを消して簪はコアを殴り付けた。

 

「壊れて! 壊れて! 壊れて! 壊れてぇっ!」

 

 左手でゴーレムⅢの右腕を押さえつけ、右手で力の限り殴り付ける。

 だがそのコアは壊れることなくゴーレムⅢの身体を揺らすだけだった。

 

 簪は殺意と共に恐怖と戦っていた。

 

 壊さなければ殺される。

 その一心で殴り続け、ゴーレムⅢを壊していた。

 

「うぅ! うぅぅぅ!!」

 

 正気とは言えない拳の応酬。

 だが無情にも先に限界が来たのは打鉄弐式のマニピュレーターだった。

 

「なっ!」

 

 自身の右手の装甲が砕ける様を目の当たりにした簪は現実を直視。あれほど打ち付けたにも関わらずコアはようやくヒビが入った程度。

 簪はなおも無我夢中でゴーレムⅢを破壊すべく。ゴーレムⅢの腕を離してなおも殴りかかろうとした。

 

 だが抑えが消えて自由を取り戻したその腕は打鉄弐式を強引に殴り飛ばした。

 

「あうっ!」

 

 地面に叩きつけられた簪。

 身体の痛みに耐えながら起き上がった先には。ブレードを引きづりながらゆっくりとこちらに歩いてくるゴーレムⅢ。

 

 一度飛んで体勢を整えなければ。そうして意識を飛ぶことに集中しても。打鉄弐式は飛び立つことはなかった。

 スラスターを見やると、巨大な切り傷が刻まれ。スパークを発していた。

 

(な、なにか。他に手は………)

 

 武装ウィンドウを開く簪の目に止まったのは自分の出せる最高火力。山嵐。

 

 急いで起動。マルチロックのデータサンプルを引き出さずにシングルロックで撃とうとした。

 

 ビーー! 

 

「え、なんで? 何で撃てないの!?」

 

 発射しようとしたが山嵐が射出されない。

 表示には赤色でFCS、火器管制システムのエラーが表示された。

 

 殴られたときの打ち所が悪かったのか。

 限界まで撃ってオーバーヒートした春雷が原因か。

 はたまた根本的な問題か。

 

 ただひとつわかることは。簪にもう打つ手はないということだけだった。

 

「う、くぅ………」

 

 なにも出来ず、飛ぶことも出来ない簪の胸中にあるのは恐怖。そして、悔しさだった。

 

(なんて、無力なんだろ。私………)

 

 姉の仇と意気込んで。その結果がこの様……

 疾風の部屋で面と向かって勝つと言ったのにこの様………

 

 情けない。情けない。情けなすぎて。そんな自分に涙を流す自分も嫌いで。

 

「………ごめんなさい、ごめんなさい………ごめんなさい」

 

 うわ言のように簪の口から溢れたのは謝罪の言葉だった。

 

 それは近づいてくるゴーレムⅢへの命乞いなどではなく。自身を取り巻く全ての人に対する言葉だった。

 

 塩対応しても自分についていこうとしてくれた従者な幼馴染みである本音に。

 姉の従者と勝手に警戒し、意地を張り続けた虚に。

 打鉄弐式の製作を快く引き受けてくれた薫子、杏子、フィーに。

 

 自分の背中を押し、その手を引っ張ってくれて。

 何度も何度も諦めずにヒーローのように自分を助けようとしてくれた疾風に。

 

 そして。いつも自分を見守ってくれた大好きな姉。

 知らず知らずに自分の力になってくれた楯無に。

 

 ………ふと、昔の記憶がリフレインする。

 

 それはまだ楯無が楯無じゃなかった頃。

 

 小さい頃の姉妹の記憶。

 

 かっこよくて、それでいて何処か抜けていてそれでいて………………大好きで仕方ない、自分の姉の笑顔を。

 

 ────見てほしかった

 

 一緒に話したかった。

 一緒に笑いあいたかった。

 一緒にご飯を食べたかった。

 一緒にアニメを見たかった。

 一緒にISを動かしたかった。

 

 一緒に、そうただ一緒に………一緒に過ごしたかった。

 

(ああ、そうだった)

 

 自分は昔のような関係に戻りたかった。

 いや違う、戻ろうとしなかったのは自分だけ。

 

 殻に閉じ籠った自分を決して見捨てずにいた姉を拒絶したのは紛れもない自分自身だ。

 

 そんなことを。こんなになるまで気づかなかったなんて………

 

(ああ、なんて大馬鹿野郎なんだろうか。ほんと、救いようのない大馬鹿だ………)

 

 自嘲する簪。思わず乾いた笑みすら浮かんできた。

 刻一刻と近づく明確な死に、簪の心は壊れかけた。

 

「私なんて、最初からいなければ、よかったのかな………」

 

 自分がいなければ。疾風もセシリアと組んでいただろう。

 仲違いすることなく。晴れやかな気分で大会に望んでいたことだろう。

 

 もう目と鼻の先に鋼の巨人が近づいている。

 

 このままでは自分は死ぬだろう。

 無惨にも切り裂かれ、血を吹き出して。動かぬ死体の出来上がり。 

 

 もはやどうでもいい。これまで慣れないことをして高望みした結果がこれだ。

 恐怖も屈辱も後悔も………段々、段々と簪の中から抜け落ちていく。

 

 目の前にゴーレムⅢが立つ。

 無機質なバイザーアイが光り、簪に向かって大型ブレードを振り下ろした。

 

 目の前の色もなくなり。モノクロの世界へと変わっていく。

 

 痛いのかな? 痛くないといいな。

 

 そんなことを考えてる自分に驚くこともなかった。

 

(ああ………そういえば。こんな時にヒーローが助けてくれるっけ。都合のいいタイミングで助けてくれて。颯爽と危機を回避してくれる夢のようなヒーロー)

 

 ああ。疾風と見たアイアンガイの映画は楽しかったな。

 

 ………だけどこの世にヒーローなんていない。

 

 そんな都合のいい存在なんて。

 

 この世にいるわけがないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「簪ちゃん!!」

「────?」

 

 誰だろう。自分を呼んだのは。

 

 不思議と温かくて、幸せになれそうな………

 

 フッとゴーレムⅢと自分の間に割り込む影がいた。

 

 その影は自分と同じ水色の髪に、赤い宝石のような瞳をした美少女だった。

 

 ──更識楯無だった。

 

 死に体のミステリアス・レイディの最後の力を振り絞って飛んだその躯体は。楯無の想いを一心に込められた最後の駆動。

 

 キツく、熱く。二度と離しはしないように。楯無は簪を抱き締め。その背中にゴーレムⅢの凶刃がなぞられた。

 

 色が戻った………

 

 ──鮮血。最初に目の前に飛び込んだのはペンキをぶちまけたように宙に撒き散らされる真っ赤な血だった。

 

「私の………世界一可愛い、妹に、何をするの………!」

 

 楯無は目に怒りを込め、その全てを握りしめるように手のひらをゴーレムⅢに翳した。

 

「消えなさいっ!!」

 

 ギュッと握り潰すと同時に、ゴーレムⅢに滞留させていた水蒸気がクリア・パッションとなって爆ぜた。

 残った腕を砕き。ヤギの頭は真っ二つに。連続で爆発する楯無の怒りがついにコアを爆散させた。

 

 包容が解け、楯無がその場にゆっくりと横たわる。

 

 目の前で倒れ伏す楯無を前に簪は思わず目を塞ぎたくなった。

 

「え、あ。あ、ああ………」

 

 空っぽだった心に震えが戻り。恐怖が再び舞い上がる。

 凍りついた身体に熱が入り、簪は考えるより先に楯無を抱き起こしていた。

 

「お姉ちゃん! お姉ちゃん! ──刀奈(・・)お姉ちゃん!!」

「あ、あは。ひさしぶりにその名前呼んでくれたわねぇ………簪ちゃん」

「馬鹿! お姉ちゃんの馬鹿! 死んだかと思った! もう会えないかと思った!」

「大丈夫よ。簪ちゃんの白無垢姿を見るまで死なないから………あ、ウェディングドレスでもいいかなぁ」

「馬鹿ぁ!」

 

 こんな時でも冗談を飛ばして笑いかけてくる楯無にまたも涙が止まらない。

 生きていてくれた喜びと。自分をかばって死にそうになってくる恐怖に簪の頭はぐちゃぐちゃになっていた。

 

「とにかく。簪ちゃんが無事で、良かった」

「良くない! 良くないよ! 私よりお姉ちゃんが生きなきゃ駄目だよ! こんな、こんな役立たずな私なんか………生きてたって」

「こぉら。そんなこと言ったらお姉ちゃん怒っちゃうぞ?」

「………うん」

「フフッ」

 

 ISの生体保護がなんとか発動したのか、楯無の出血は止まりつつある。

 

 だがもう敵はいない。

 このまま救助を待てば………

 

「なに?」

「嘘でしょ………」

 

 背後を振り替えると、新たなゴーレムⅢが降り立っていた。

 ここに来て増援、それも2機。

 悪魔のISはその姿を持って、楯無と簪に絶望を与えていく。

 

 すると、2機のうち1機が腕をかざした。

 かざした先には、先程クリア・パッションでバラバラになったゴーレムⅢのパーツ。

 微動だにしないそれは糸に繋げられた人形のようにカタカタと不気味に動いたと思ったら、そのまま新たなゴーレムⅢに飛んでいき、間接に無理やりねじ込むかのように合体した。

 

『ウォォォォォン!!』

 

 歪に動いたあと、胸をそらして咆哮に似た電子駆動音を響かせるゴーレムⅢ、いやこの場合はキメラゴーレムと言うべきか。

 

 ゴーレムⅢの武装をそっくりそのままコラージュしたキメラゴーレム。

 4本の腕に4本の可変シールドユニット。ただでさえ強力になったゴーレムⅢに、もはや打つ手はなかった。

 

 今度こそ、今度こそ終わりだと。

 簪はペタンと座り込んだ。

 

「諦めちゃ駄目よ、簪ちゃん」

「でも………」

「こんな時に颯爽と駆けつけるものでしょ? ヒーローは………」

「そんなのまやかしだよ! 現実に、リアルにヒーローなんかいるわけない!」

「そうかしら………そんなことは、ないかもよ?」

「え?」

 

 楯無がゴーレムⅢの方ではなく。空を見た。

 

 釣られて見た簪。

 目を凝らして見ると、そこには。

 

「「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」

 

 2本の流星がアリーナの真ん中に飛来し、ゴーレムⅢとキメラゴーレムに襲いかかる。

 突然の飛来に二体の機械人形は面白いように吹き飛んで壁にめり込んだ。

 

「………ギリギリってとこか」

「いやアウトだ、クソッ! 俺はいつだって肝心な時に間に合わない!」

「そんなことはないさ。だが」

「ああ、これ以上はやらせない!!」

 

 土煙が晴れ。そこには二人の男が立っていた。

 

「あ………あぁっ………」

「私たちにはね………頼れる男の子(ヒーロー)がいるのよ」

 

 感極まった簪は涙を流す。

 それは負の涙ではなく………

 

「待たせたすまん、簪!」

「お待たせしました、楯無さん!」

 

 この世にいるはずのなかったヒーローに対する。

 歓喜の涙だった。

 

 

 

 



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第105話【ヒーローの条件】

 手負いのゴーレムⅢを倒してから直ぐにスタジアムを飛び出した俺が目にしたのは簪と会長がゴーレムⅢ2機に迫られてるというシーンだった。

 脇目もふらずに強撃を噛ましたと思ったら。気づいたら必死の形相を浮かべた一夏が隣にいて一緒にゴーレムⅢを吹き飛ばしていた。

 

「………ギリギリってとこか」

「いや、アウトだ」

 

 絞り出すように言った一夏。

 俺は振り向くことなく全方位視界で二人の様子を見た。

 

 簪は右腕のアームが砕けて素の手が見えていた。それ以外は特に目立った怪我はなさそうで安心した。

 だが会長は正に満身創痍。全身に裂傷と火傷。所々に斬り傷。こちらからは見えないが、背中が重傷となっていて、意識を保ってるのが不思議な現状だった。

 

「クソッ! 俺はいつだって肝心な時に間に合わない!」

 

 楓の時も、セシリアの時も………そして今だって。

 俺はいつもギリギリじゃないか。

 

「そんなことはないさ。だが」

「……ああ、これ以上はやらせない!!」

 

 そうだ、最後のラインは踏ませやしない!

 その為に俺はまだまだ戦うんだ。

 

 吹き飛ばされたゴーレムⅢがのっそりと土埃から姿を現した。

 

 いや、ゴーレムⅢのうちの1機はさっきの奴と違って明らかな差異があった。

 まるでゴーレムⅢのスペアパーツを継ぎ接ぎにしたような。まさしくキメラのような容姿だった。

 

「箒はどうした」

「別のアリーナを見に行ってる」

「そうか………威勢よく立ち塞がったは良いけど。お前どんだけ戦える」

「零落白夜は使ってないけど。霞衣を結構使った。それでも50%だ」

「上々だな」

「疾風は?」

「4割だな。急いで倒すのに結構無理したから。って来た!」

 

 キメラゴーレムが右の2本で豪快に斬りかかってきた。

 迫力も2倍なのかもう、凄い。

 

 ………ていうか。

 

「菖蒲何処だ?ここにいると思ったが」

 

 会長と簪がまさに死の一歩手前な状態だったから頭からスコンと抜けてたが、まさか死んだということはないよな?

 

 ジャミング酷すぎてIS反応が検知出来ない。

 入念にイーグルで周辺サーチを試みる………反応あり!

 

「あそこ?ていうか瓦礫………マジかっ!」

「どうした疾風」

「すまん一夏!ビークを渡すから三十秒ぐらいさばいてくれ!」

「えぇっ!?あーわかった任せろ!」

 

 こっちの意図を察したのか、自分の指示は信頼できるということか。一夏はビークと共にゴーレムたちに立ち向かっていく。

 ほんと頼りになるよお前という男は。

 

 一目散にアリーナの端にある瓦礫の山に急行した。

 

 でかい瓦礫を避けると、中から櫛名田らしきISに身を包んだ菖蒲が見えてきた。

 

「菖蒲!んぐぐ、ずあっ!しっかりしろ菖蒲!菖蒲!」

「う………ぅぅ」

 

 生きてる、良かった。

 傷も掠り傷ぐらいか。頭を打ってる感じはない。顔の血色も良い。

 吹き飛ばされて瓦礫に埋もれたとかそんなところか。装甲が厚いからそれで事なきを得たか?

 

 だがこのまま寝かせる訳にはいかない。

 シールドは未だ不調だ。寝ている間に流れ弾で致命傷なんてそれこそ笑えない。

 

「菖蒲、起きろ菖蒲!菖蒲!」

 

 だがゆすっても声を張り上げても起きる気配はない。

 身動ぎはしている。このままでは一夏を1人にさせたまま。

 

 ………………………やるしかないかなぁ。

 いや馬鹿らしい提案だと思うよ?

 だけどやるしかないかなぁ(二回目)。ほんとこういうのやりたくないんだけど………。

 

 今は一刻も争う。そう、一刻を争うんだ!

 

「………………菖蒲」

「………」

「好きだよ。だから起きてくれ」

「はいただいまっ!!」

 

 囁くように、それこそ湿度たっぷりに耳元で囁いてやると、それはもう電源が入ったかのようにガバッと起き上がってくれた。

 

「あれ?疾風様?」

「よし起きたな!状況は逼迫してるからとりあえず手を貸してくれ!」

「わ、わかりました!あの、その。私の聞き間違いでなければ今私に愛の言葉を………」

「ああ、言った。『友達として』好きだよっ、てね」

「嘘!嘘です!そんなこと言ってなかったです!多分!」

「良いから早く会長たちを助けるぞ!誤解させたなら後でたっぷりお礼するから!!」

「も、もう。疾風様悪いお人ですっ!」

 

 菖蒲と一緒に一夏の元に急行する。

 ビークで支援してるとは言え、ゴーレム2機を見事捌ききった一夏には感銘を受けざるを得ない。

 

「お待たせ一夏!眠り姫起こしてきた!」

「菖蒲さん!良かった無事だった!」

「心はズタボロですが無事です!」

「お、おう?」

「いやほんとごめんって」

 

 ごめんね。ほんとごめんね。

 だから今はこれ以上突っ込まないでくれ罪悪感で胃がねじ切られそうだから。

 

「これで三対二だ。行こう!疾風、菖蒲さん!」

「ああ」

「寝呆けてた分は取り返します!!」

 

 

 

ーーー◇ーーー

 

 

 

 疾風と一夏は大丈夫と言ってるものの、装甲は所々破損してエネルギーも含めて辛うじて戦えてる状態。

 一度ゴーレムⅢを倒してきてるが、当たれば終わりという戦況に精神的にも限界が来てる筈。

 

 だが菖蒲が加勢に加わったことで先程より勝ち筋はたてられた。

 でもまだ足りない。

 

 このままでは勝てない。

 いずれは力負けし、1人、また1人と死んで行く。

 

 誰よりも戦況を俯瞰的に見ていた簪にはそれが理解出来ていた。

 

(このままじゃ疾風やみんなが………でもどうすれば良いの?私なんかがなんの役に立てると言うの?)

 

 目の前で果敢に立ち向かう一夏。

 自らが盾となり。二人や自分達を守る菖蒲。

 こんな時にでも的確に指示を出し、少しでも戦況を整えようと奮戦する疾風。

 

 そんな三人の背中を呆然と見るしかなく、簪はまた涙を溢れさせていた。

 

 自分もあんな風に強ければ。

 自分の命をかけるだけの覚悟があれば。

 

 みんなのように戦えただろうに。

 

 もっと早く意地を捨てて、打鉄弐式を完成させて。訓練をもっともっと取り組んで練度を上げていれば………。

 

 足りない後悔が簪に涙を流させる。

 

「私………やっぱり卑怯者だ」

 

 いつだって出来ない理由を探して逃げてばっかり。

 どうせなにやったって上手く行かないと諦めてばかり。

 

 それを全て免罪符にして自分を守ってるだけだ。

 

「そんなことないわよ、簪ちゃん。」

「え?」

「簪ちゃんは卑怯でもなんでもないわ。簪ちゃんが誰よりも頑張ってること。お姉ちゃんは知ってるんだから」

「だ、だって私………こんな時にでも動けない。怖くて怖くて仕方ないんだもん。いつも自分のことばっか考えて………」

「なに言ってるの。そんなの当たり前じゃない。戦うのが怖くないわけないわ。私だって怖いもの、簪ちゃんと同じよ」

「私と同じ?そんな、そんな訳ない。だってお姉ちゃんは強いでしょ。私なんかよりずっと」

 

 だって………

 

「お姉ちゃんは………完全無欠のヒーローだもん」

 

 誰よりも強く。最強であることを誉れとしている楯無。

 大衆を惹き付け、希望であり続けた。

 人知れず日の本を守る守護者としてこの国を支えている。

 

 そんな彼女が、自分みたいな人と同じな訳がない。

 

「完全無欠のヒーロー………か。フフ、そんな凄いものじゃないわよ。私は」

「だ、だって………」

「私はね、簪ちゃんと仲違いしてから。毎日毎日怖くて仕方なかったの。もう二度と簪ちゃんと話せないんじゃないかって。簪ちゃんに嫌いって言われて、縁を切られるんじゃないかってずっと怖かった」

「怖、い………?」

「笑っちゃうでしょ?こんな人が学園最強とか、国家代表とか、日本の守り人を名乗ってるのよ?滑稽極まりないわ」

「で、でも!お姉ちゃんは戦える!いつだって戦えてるじゃない!」

「もしかして、私が戦いを恐れてないって思ってる?それは間違い。私はいつだって戦いが怖くて仕方がないの」

「そんなこと………」

「出来ることなら、日本を守る使命なんて背負いたくなかった。ただ簪ちゃんや皆と過ごせればそれで良い。戦って死ぬのなんて真っ平ごめんだって常に考えてる。そんな私が戦い続けてるのは、自分を取り巻く世界を守るため、簪ちゃんを守るため。だから私は戦うのよ。大層な大義名分を背負いながら、ね」

 

 簪は自分の姉が何を言ってるか分からなかった。

 

 いつだって責任感を持ち、恐れを知らずに立ち向かえる。

 彼女がいれば大丈夫。何もかも上手く行く。

 

 簪にとって楯無は………誰よりも皆にとってのヒーローに他ならなかったのだから。

 

 そんな彼女が出来たら戦いたくないと。

 何処にでもいる女の子として過ごしたかったと言うのだ。

 

 そして簪は思い知る。自分は今まで何を見ていたのか。

 勝手に自分が作り出した最強で完全無欠の更識楯無像を作り上げて。彼女の本当の姿である更識刀奈というものを全く見てなかったのではないか。

 

 『無能なままでいなさいな』

 そしてありもしない彼女の幻にずっと怯えていた。

 自分の知る更識刀奈が、そんなことを言う筈もないと言うのに………

 

 泣きもすれば笑いもする。

 怒ることも、悲しむことだってある。

 勝つことも、負けることもある。

 強いところもあれば、弱いところもある。

 

 彼女だって、1人の人間だ。

 超人でもなんでもない、ただ目の前のことから逃げ出さない、ただの人間。

 

 そして、誰よりも自分を想ってくれた。自分の肉親なのだ。

 

「ぐほっ!」

「疾風!」

「疾風様!」

 

 キメラゴーレムの拳が疾風の腹にめり込み、そのまま簪たちの方に吹っ飛んだ。

 

 何度も地面を跳ね、簪の側で止まった疾風は思わず吐血した。

 

「エホッ、エホッ!うえ、血の味がする………くそが、思い切り殴りやがって………」

 

 ブライトネスを支えにして起き上がろうとするが膝が崩れた。

 荒い息を絶えず吐き続ける彼は、明らかに大丈夫ではなかった。

 

 それでもなお立ち上がり、スラスターに火を入れようとした疾風を簪が止めに入った。

 

「待って!」

「簪?ああ、大丈夫大丈夫。少し血吐いただけだから。そんな顔すんな」

「待って、行っちゃダメ。もう疾風もISも限界だよ」

「なんの、まだまだ戦える。レーデルハイト工業の技術力を嘗めちゃあかんぜ」

「ダメ!このままじゃ疾風が死んじゃう。死ぬのが怖くないの?」

 

 無理しておどけようとすら疾風に困惑する簪。

 そんな彼女を見て、疾風は変わらずに笑みを浮かべた。

 

「バーカ、怖いに決まってんじゃん。もしかして俺が死をも恐れぬ神兵だと思ってたりする?」

「こんな時にふざけないでよ!」

「おっと失礼。そりゃ怖いに決まってる。こんなのISの戦いじゃない。誰が進んでやるかってんだ」

「だったら」

「だけどそれじゃ皆が死ぬ、それが嫌だから戦う。死なないため、生き残る為に、な」

 

 もう一度ブライトネスを地面に突き刺して立ち上がろうとする。

 

「どうして………なんでみんなそこまで戦えるの?」

「んー?そうだなあ。戦うべき理由があるから、とか?俺は簪やみんなを守りたいし。何より………こんなISを否定する奴を、俺は許せないんだよ」

 

 支えを外し、力強く立ち上がった

 眼鏡の奥にある瞳には、まだ闘志の炎が消えずに光っていた。

 

「簪。さっき俺がここに来る前に。現実にヒーローなんかいないって言ってたよな?」

「う、うん」

「ああ、全くもってその通りだ。この世にヒーローなんかいないさ。誰かのピンチに参上して、たちまち敵を退けて皆を救うヒーロー。そんな都合の良い舞台装置、あるわけがない。ましてやこんな理不尽極まりない世界だ。一体どれだけの人が自分を救ってくれるヒーローを待っているかもわからねえ。だが現実ではあんなのはフィクション、娯楽の創造物だ」

 

 そんなのが居たらどれだけ人生が楽だったか。

 

 もしそんなヒーローがいたら。今の疾風はなかっただろう。

 

(もしそうなら。セシリアの両親も、生きていられたのかな。脱線事故が起きても救ってくれるヒーローとか)

 

 だが現実にそれはいない。

 だけど………

 

「確かにこの世には最高最善のヒーローはいない。だけどさ簪。自分が誰かのヒーローになることは出来るんじゃないか?」

「え?」

「力がなくても、高潔な理由がなくても。困ってる誰かを助けることは。例えどれだけ小さい手助けだとしても。それが誰かを助けることに繋がる。それってさ、ある意味立派なヒーローじゃない?」

「………」

 

 どんな小さいことでも。人の助けになれる。

 

 お年寄りや妊婦に席を譲る。

 重い荷物を持って上げる。

 迷子の子供の親を探して上げる。

 

 困った人の手を取って上げれば。

 それだけで嬉しいのだ。

 

 そうだ、そうだった。

 

 殻にこもっていた簪が人知れず伸ばした手を取ってくれたのは。

 疾風であり、楯無だった。

 

 それは決して、特別な力があったからではない。

 助けたいと思ったから助けたのだ。

 

「だからさ、簪もきっとなれるよ。ヒーローに」

「私が、ヒーローに?」

「ああそうさ!」

 

 震えを抑え、疾風は簪に向かって笑みを向けてこういった。

 

「お前が、簪自身がそう望むのなら!簪は誰かのヒーローにきっとなれる!お前には、その力と心がある!」

「!!」

 

 その言葉に、簪は目の前の景色が拓けた気がした。

 真っ暗な空間が光に包まれるような、そんな錯覚を覚えたのだ。

 

「しゃあ行くぞオラァァっ!!」

 

 己を奮い立たせ、疾風がキメラゴーレムに斬りかかる。

 

 簪はそんな疾風の姿を見て、心が震えた。

 そして思った。

 

(私も、疾風の助けになりたい!)

 

 先程の弱い自分を追いやり、ホログラムキーボードを立ち上げた。

 

「お姉ちゃん」

「ん?」

「私、なれるかな。ヒーローに」

「フフッ」

「?」

「もうなってるわ。簪ちゃんは、私にとってのヒーローよ」

「ありがとう、お姉ちゃん」

 

 今まで見たことない強い意思を持った自分の妹を前に楯無はそれを嬉しく思う反面、少しの寂しさを覚えた。

 

「これ、持ってって」

「これって、ミステリアス・レイディのアクア・クリスタル?」

「お守り。私はいつだって、簪ちゃんの側に居るわ」

「不吉な言い回しやめて」

「ふふ、ごめーんね♪」

 

 お茶らけた楯無に笑いつつ。簪はしっかりとアクア・クリスタルを握りしめた。

 

「行ってきます。お姉ちゃん」

「行ってらっしゃい。簪ちゃん」

 

 システムを修正した簪が飛翔する。

 飛び立った簪に、もう迷いなんてなかった。

 

「頑張れ、一年生」

 

 

 

ーーー◇ーーー

 

 

 

「疾風復活スラッーシュ!」

「うお!大丈夫か疾風」

「大丈夫だ!」

 

 ということにしとけ!

 

依然として猛威を振るうゴーレムⅢとキメラゴーレム。

 濃密な弾幕を展開する熱線の応酬を捌きながら反撃の機会を伺う。

 

 かっこよく啖呵を切ったはいいが。

 さて、こっからどうするか。

 

 ISのシールドに物を言わせたゴリ押しが出来ないのがこんなにも歯がゆいとは。

 

「疾風!」

「え、簪!?」

 

 振り向くと簪が上空でホログラムキーボードを展開していた。

 

 出てくると思わなかった俺は思わず大きな声を出した。

 

「馬鹿!無理して前に出なくていいんだ!」

「私は大丈夫!だから私も一緒に戦わせて!お願い!」

 

 今まで聞いたことがないほどの強気な簪に胸が熱くなる。

 もう俺が引っ張り上げなくても、1人で飛べる。

 いやそんなのは驕りだ。簪は最初から1人で飛べる翼を持っていたんだ。

 

「………行けるのか?」

「私が、山嵐で倒す!!」

「わかった。任せるぞ!」

「任せてっ」

 

 ここにいる誰もが諦めるということを知らない。

 ならば、まだ勝ちの目はある!

 

 魂のない機械人形に、負ける道理なんかないだろ!

 

「今から山嵐のプログラムを組み直す!だからみんなは」

「それまで時間を稼ぐ、だな!」

「うん!」

「ならば!」

 

 ズン!と力強い一歩を踏みしめた菖蒲がキメラゴーレムを睨み付けた。

 

「私があの多腕のゴーレムを抑えます!お二人は右のゴーレムを!」

「1人で行けるのか菖蒲さん!」

「ええ!今こそ櫛名田の奥の手を解放します!」

「奥の手だって?」

「セーフティ解放!武神ユニット起動!」

 

 菖蒲の音声認識コードと共に櫛名田がスパークした。

 

 それと同時に櫛名田のバックパックが変形し、櫛名田の各部に増設された装甲も分離して浮かび上がる。

 

 バックパックは巨大な鎧に変化し。櫛名田の四つのシールドのうち大きい方が切り離されて鎧の肩に収まる。

 鎧が形成されると同時に膨大なプラズマが菖蒲の背後で人の上半身の形になり。巨大な人型に制御用の外骨格が被さり。バックパックの一部が変形した巨大な弓【鳴神(なるかみ)】を装備。

 

 菖蒲の背後に稲妻の武者が出現した。

 

「『須佐之男』、顕現!!」

『ウォォォォォーー!!!』

 

 駆動音、いやプラズマによって発せられた音がまるで咆哮のように轟き。兜のツインアイが呼応するように光った。

 

【武神ユニット・須佐之男】

 

 それは正しく菖蒲の奥の手であり。ためていたプラズマエネルギーを全解放して起動する駆動鎧。

 プラズマの固定化で人型を形成し。バックパックとシールド、増設装甲で作られた鎧型の制御装置で操作する。

 上半身だけの身体でもISよりも大きいその姿は正しく決戦兵装。菖蒲と合わせると二階建ての一軒家に相当し。その大きさと迫力を持つ鎧武者は見るものを畏怖させ。

 

 味方を鼓舞した。

 

「「え、えええええーーー!!?」」

 

 俺と一夏は思わず叫び、上空でプログラムを組んでいた簪も突如現れた巨大な鎧武者に一瞬手を止め。見守っていた楯無が得意気な顔で笑っていた。

 

「な、なにそれ!そんなの聞いてないぞ菖蒲!?すげー!すげー!」

「か、カッコいい………!」

「疾風!簪さん!気持ちは痛い程わかりまくるが今は敵を倒そう!」

「今度じっくり見せて上げますからね、疾風様、簪様」

「死ねない理由が増えたっ!」

「ろ、ロマンっ」

 

 突如登場した雷電ロボット鎧の登場に戦場であるのを忘れて思わず目を輝かせてしまった。

 気のせいかゴーレムたちも呆気に取られて巨大な須佐之男を見上げていた。

 

「よっしゃ!勝ちに行くぞみんな!」

「「おう!!」」

 

 IS学園内2トップを誇る機動力を有したスカイブルー・イーグルと白式・雪羅がゴーレムⅢに突貫する。

 

 肩と腕の熱線を飛ばすが、それを巧みに避け、時には切り払って肉薄した。

 

「今の俺のテンションを止められると思うなぁっ!!」

 

 ブレードを紙一重で避けた俺はゴーレムⅢの顔に脚部ブレードをめり込ませる。

 続いて一夏が雪羅のビームクローを押し当て、すかさず射出したビークがゴーレムⅢに突き刺さった。

 

「息つく暇与えんな!」

「わかった!くらえっ!」

 

 近距離でぶっぱなされた雪羅の荷電粒子砲を可動シールドで防御したゴーレムⅢのシールドの付け根にブライトネスを押し込んでインパクト!

 近距離で続けざまに放たれた衝撃で細い可動ユニットはポッキリと折れ、その余波が肩の熱線砲に回って爆発した。

 

 圧倒していた筈の奴らにこうも押されるのか?

 ゴーレムⅢは息を吹き返した男子コンビに防戦一方を強いられた。

 

「せいっ!やっ!」

 

 菖蒲の動きをトレースした須佐之男がプラズマ刃を展開した巨大弓・鳴神を振り下ろす。

 巨大なプラズマの腕と武器はそのまま質量兵器となり。須佐之男の一撃にアリーナの地面が陥没する。

 

 一度距離を取って遠距離戦を仕掛けようとするキメラゴーレム。

 だが顔を上げた瞬間に鳴神から放たれた雷光の矢に吹き飛ばされた。

 

 鳴神はいわば巨大な梓と同義ととってもいい。

 自身の身体から作り出したプラズマの矢がそのまま放たれ、キメラゴーレムの機体を焼いた。

 

「もう足手まといには、なりません!!」

 

 吹き飛ばされたキメラゴーレムに追撃するために須佐之男を出した櫛名田はその巨体に似合わない速さで飛んだ。

 プラズマの塊である須佐之男はそれ事態が巨大なプラズマ・スラスターとなっている。

 

高機動型には見劣りするものの。その巨体が猛スピードで突っ込む様は単純に恐怖である。

 

「須佐之男!雷鼓乱打(らいこらんだ)!」

 

 倒れて地に伏せるキメラゴーレムを上から見下ろした須佐之男は拳のラッシュを叩き込んだ。

 連続で放たれる雷の拳に地面は揺れ、そしてヒビが入った。

 

「ハアアァァァァァ!!」

 

 巨体から放たれる連撃に埒外の固さを誇るキメラゴーレムも可動シールドにエネルギーを流して防御力を高めるしか手段はなく。いまも必死にこの悲惨な現状への打開策を算出し続けていた。

 

 簪も負けていない。

 手と足の装甲を一部解除し、八つのホログラムキーボードを展開した超演算モードに入っていた。

 

「大気、重力、風力のリアルタイムデータ検出。スカイブルー・イーグルからの観測データもロード」

 

 簪の目の前に広がる数十枚のホログラムウィンドウ。その全てに目を通し、情報を整理、統括していくら。

 

「くっ!手に力が!」

「須佐之男の可動限界が」

「まだだ!まだ持たせろぉっ!!」

 

 時間にして3分かかったか、かからないか。

 

 俺と一夏も攻撃の冴えが鈍り始め。

 菖蒲の櫛名田も、須佐之男のプラズマを固定化していたエネルギーのタイムリミットが迫り、攻勢が弱まった。

 

 限界が徐々に近づいている現状でも。簪は焦ることなくデータを構築していく。

 このフィールド全てを掌握するかのように。簪は戦場そのものを余すことなくデータに置換していった。

 

「各弾頭の制御データをイニシャライズ。タイムラグ検出、完了。爆発における相互干渉。敵ウィークポイントの洗いだし、回避パターン選出………山嵐、セット!」

 

 ウィングバインダーに搭載された山嵐のコンテナがスライド。総数48のマイクロミサイル射出ユニットが顔を出した。

 

「みんな!離れて!」

「了解です!」

「やっちまえ簪ぃっ!」

 

 一夏が受け止めてる隙に俺がゴーレムⅢを蹴り飛ばし。

 菖蒲も最後の力でキメラゴーレムを上空に投げ飛ばした後、須佐之男ユニットは元のバックパックに戻った。

 

「誘導プログラム、オールコンプリート。山嵐全弾、マニュアル制御開始!ダイレクト・リンク、スタート………力を貸して、打鉄弐式!!」

 

 山嵐、データ受信完了。

 

 息を整え、瞳に強い意思を宿し。簪は高らかに号令した。

 

「山嵐、フルファイア!!」

 

 ドドドドドドドッ!!

 

 絶えずコンテナから飛び立つ無数のマイクロミサイルの排気煙がスタジアムを彩った。

 

 投げ飛ばされ、蹴り飛ばされながらも無理やり体勢を立て直したゴーレムⅢとキメラゴーレムは飛んできた48発のミサイルに対して回避機動を取った。

 

「その程度で、逃げたつもり?」

 

 簪がキーボードで追加の指令を入力。

 山嵐弾頭に搭載された黄緑色のスケイルフィンが開き、更に軌道が複雑化された。

 

 2機の退路を塞ぐかのように爆発する山嵐。

 迎撃しようと熱線を乱射してもミサイルの方から攻撃を避け、敵を食い尽くさんと殺到する。

 

 そこでキメラゴーレムはある計算を完了させた。

 即座にゴーレムⅢがミサイルの前に躍り出て自らが盾となった。

 

 先程の須佐之男の乱打で四枚あった可変シールドユニットは全ておしゃかにされた。

 ならば1機を犠牲にして残ったキメラゴーレムで敵を殲滅する。

 

 着弾の瞬間にゴーレムⅢは熱線砲を備えた左手を切り離してキメラゴーレムに渡し、受け取ったキメラゴーレムがまた新たな腕として取り付けた。

 これで熱線砲は増設され、山嵐の迎撃の目処が立った。数発は被弾するだろうが。今の装甲値を計算すれば充分耐えられる。

 

 目の前でゴーレムⅢが爆発四散するなかで、何処かキメラゴーレムは活路を見出だした。

 後は残ったミサイルを迎撃すれば………

 

「残念だけど………予測済みだよ」 

 

 煙を突き抜け、迂回してきたのは数発のミサイル………ではなく。『先程の倍ほどの規模のマイクロミサイル』の嵐だった。

 

「一段目発射と同時に連続バススロットリロード。48発✕3回の総数144発の山嵐………」

 

 楯無に認められたいが為に作り始め。

 疾風と出会い、頼れる仲間と共に完成させた打鉄弐式。

 そして姉の想いを受け継ぎ、覚悟を示した。

 

 これまで築き上げてきた簪と打鉄弐式の軌跡。

 その集大成が、更識簪という名のヒーローに結実する!

 

「避けられるものなら、避けてみせてっ!!」

 

 キメラゴーレム、全力のバックブーストで後退しながら我武者羅に熱線を乱射。しかし増設された熱線砲を持ってしても。100発以上の山嵐に対しては余りにも無力だった。

 

 どれ程の回避パターンを繰り出しても。その度に簪がダイレクト入力で逐一迎撃パターンを変えていく。

 

 腕、足、ブレード、熱線砲、身体、頭。

 キメラゴーレムを構成する全てがミサイルの爆発の嵐に砕かれ、飲まれ、灰塵に帰していく。

 

 一発一発の威力は低くても、これを食らえばどんなに固くても意味などなさない。

 

 迎撃を逃れた十数発を除いた山嵐がキメラゴーレムを食い尽くし、アリーナの空に爆炎の大華を咲かせた。

 

「やった!これなら!」

 

 勝ちを確信した一夏が歓喜の声をあげる。

 

 この場にいる誰もが勝利を確信した。

 

 だが。

 

「なっ!」

 

 煙から顔を出したキメラゴーレムは、まだ動いていた。

 

 増設した腕はもはや右手のブレード付きの腕のみ。

 足は左足が膝まで残すだけ、肩の大型スラスターユニットも全損していた、

 ヤギを模した頭も角が片方折れており、バイザーも割れて中身がむき出しになった頭部の奥にあるカメラアイはゴーレムの執念を宿すかのように不気味に揺らめいていた。

 

「クォォォォ!」

 

 機械音(雄叫び)を発しながら煙から飛び出したゴーレムⅢ。

 ほとんど死んでいるようなその身体で折れたブレードを突きつけ。最後の力を振り絞って自身を破壊した仇敵である簪に向かった。

 

「まずい!簪!!」

 

 今の簪は完全に無防備。山嵐も全て出尽くした!

 

 間に合うか!

 

 スラスターをもう一度吹かして簪の盾になろうとしたその瞬間。

 キメラゴーレムはガクンと何かに引っ張られたかのように静止した。

 

「残念だけど終わり。簪ちゃんも言ってたでしょ?」

「それも、予測済み」

 

 急に錆び付いたブリキ人形のように痙攣したゴーレムの目線の先には、アクア・クリスタルが突き刺さった剥き出しのコアがあった。

 

 簪が最後の射撃のあと、万が一を考えて山嵐にくっつけて飛ばした。姉のお守りだった。

 

 簪と会長は右手をゆっくりと伸ばし。その手にスイッチを持つようにサムズアップした。

 

「「かちんっ」」

 

 ぐっと同時に押された親指のスイッチ。

 内側でアクア・クリスタルが爆ぜ。コアの中にとどまっていたエネルギーがキメラゴーレムを包み。そのままゴーレムごと消滅した。

 

 そして訪れる静寂。

 今度こそ終ったと皆が肩の荷を下ろした。

 

「い、いえーいっ」

 

 振り向くとそこには血を流しながらも何時もと変わらない。いや、何時も以上の笑顔を輝かせる会長の顔があった。

 

「ははっ」

「ふふっ」

 

 一瞬呆気に取られたあと。なんでか分からないけど笑いがこぼれた。

 そして、それに答えるように簪、一夏、菖蒲、そして俺は会長に向かって満面の笑みでこう返したのであった。

 

「「イエーイ!!」」

 

 




 決着ぅ!どうも作者です。

 いやー出せました。菖蒲のスタ○ド。
 いやーー出せました!山嵐フルバースト!

 今まで目だった戦績はそこまでなかった菖蒲の大化け具合。
 覚醒した打鉄弐式と、それを余すことなく引き出した簪の覚悟。

 正に日本代表候補生四人組の大立ち回り、楽しんで頂けたでしょうか。
 俺は書いてて楽しかったです。
 みんなも楽しんでくれたらいいなと思いました。

 


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第106話【クリスタル・ドロップ】

 

 

「あー、会長。無事ですか」

「今にもぶっ倒れそうよ」

「思ったより元気っすね」

「ぶっ倒れそうだってば」

「お、お姉ちゃん無理しないでね」

 

 戦闘終了後すぐに俺たちは会長の元に駆け寄った。

 みんな見事にボロボロである。

 俺はプラズマ・フィールドがあったから比較的大丈夫だが、エネルギーはほぼからっけつだった

 

「一夏! みんな!」

「箒! 無事だったか!」

「こっちの台詞だ馬鹿! うわっ、楯無さん大丈夫ですか!?」

「うわっ、は傷つくわよ箒ちゃん」

「だってこんなボロボロで。いま絢爛舞踏を出しますから」

 

 箒は俺たちと比べてダメージは少なそうだった。

 俺と同じくシールドエネルギー以外のバリアを持ってるのが大きなアドバンテージになったんだろう。

 

「箒、セシリアは無事だったか?」

「わからない。ラウラとシャルロットの救援のあと直ぐに戻ってきたから」

「そうか………!」

 

 遠くから爆発音。

 まだ戦闘が………あの方向は。

 

「箒、すまないが先にエネルギーくれ。絢爛舞踏じゃなくて有線接続で」

「駄目だ! 私もエネルギーを大分使った、送っても大した補給にならん。直ぐに発動するから待て!」

「でも発動まで時間がかかるだろ! なら少なくても有線接続の方が」

「駄目よ………疾風くん」

 

 ひんやりと、俺の左腕に触れた会長の冷えた感触がスッと頭を通った。

 

「会長」

「ボロボロの状態で行って、もし死んだらどうするの? セシリアちゃんだけじゃない。送り出した私たちも責任を感じてしまうわ」

「それは………」

「らしくないわよ。こういう時こそ冷静に。うちの副会長はそれが出来る、人だと思ったんだけどゲホッゲホッ」

「お姉ちゃん!」

「楯無様、もう喋らないで下さい」

「だいじょーぶよ。気持ちはわかるけど。落ち着いて、ね?」

「………はい、すいません」

「よしっ」

 

 ニコッと笑う会長を前にして、俺の頭は完全に冷まされてしまった。

 ほんとらしくない。いくらあいつが心配だからって………

 

「疾風」

「ん?」

「オルコットさんが心配?」

「うん、まだちゃんと仲直りしてないし。このまま死に別れでもしたら死んでも死にきれない。それに、俺ってセシリアに助けられてばっかだから。今度は俺の番っていうか」

「オルコットさんのヒーローになりたいの?」

「ううん。そんな大層なもんじゃないよ。ただ」

「ただ?」

「あいつに頼られる存在になりたい、とは思ってる」

「そっか………」

 

 ヒーローなんて大それた物じゃなくてもセシリアの助けになりたい。

 昔からそれを胸に頑張ってたんだ。だから。

 

「………よし。発動!」

 

 紅椿の装甲が開き紅が黄金に変わり、金色の粒子が吹き出した。

 

「絢爛舞踏発動完了! 疾風」

「ありがとう。会長も頼む!」

「ああ」

 

 エネルギーパイパス接続。

 いつ見ても紅椿の無限供給能力はすさまじいな

 

 エネルギーが満タンになり、プラズマの調子も戻ってきた。

 

「気をつけて」

「ありがとう簪。行ってくる!」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 襲撃時にゴーレムⅢを倒したのも束の間、セシリアと鈴は増援である二体目のゴーレムⅢと相対していた。

 

 最初こそ善戦していたものの。シールド無しという緊迫した状況と強敵との連戦に精神と体力が磨耗した二人の限界が到達するのは火を見るより明らかだった。

 

「ぐあっ!」

「鈴さん!」

 

 ゴーレムⅢの豪腕に吹き飛ばされた甲龍が壁にめり込む。

 そのまま動かなくなった鈴の姿にセシリアは思わず顔を引きつらせ、それを誤魔化すかのように残り2基となったビットとスターライトMK-Ⅳからレーザーを発射した。

 

 偏光制御射撃(フレキシブル)で弾道制御による曲射を放つが、最初と比べてキレがなく。

 ゴーレムⅢは1本をシールド、2本目をブレードで払い。3本目を身体に受けながら突貫。

 セシリアの上方に躍り出たゴーレムⅢはブレードを振り下ろし、セシリアは瞬時にインターセプターをコールして受け止めた。

 

「きゃあっ!」

 

 数拍の拮抗の末崩れたのはセシリア。押しきられたセシリアはアリーナの地面に落着した。

 豪快に上がった土煙のなか、セシリアはなんとか上体を起こそうとする。

 

「あっ」

 

 気づけば土煙の向こうに降り立つゴーレムⅢ。

 急いでビットを向かわせようとするが、ゴーレムⅢのブレードの方が一歩早く。

 

「ズゥエアっ!!」

 

 ゴーレムⅢがセシリアにブレードの切っ先を向けた瞬間。

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)で肉薄した疾風のインパルスがゴーレムⅢの首もとに突き刺さった。

 

「疾風!?」

「ぬぅぅぅぅ、ああっ!」

 

 インパルスの穂先を強引に展開し、ゴーレムⅢの固い装甲を割り開いた。

 

「セシリア! ここに撃ち込め!」

「はいっ!」

 

 スターライトMK-Ⅳをコール。空中のビットに射撃命令。

 インパルスを一度だけ撃ち込んだ疾風は後方宙返り。その割り開かれた穴にセシリアのフレキシブルレーザーが吸い込まれた。

 

 ゴーレムⅢが苦しそうに身をよじる。

 中で更に歪曲したレーザーが内部機器を焼き付くし、ゴーレムⅢは熱膨張のちに爆散した。

 

「今度は間に合った。うはっ」

「大丈夫ですか疾風」

「うん、生きてる。あー、生きてるって素晴らしいなぁ!」

「何があったか詳細はわかりませんが。お疲れ様です」

 

 セシリアの無事を確認し、疾風はそのままへたりこんだ。

 見たところ損傷はあるものの、外見的なダメージは低そうだ。

 

「セシリアは?」

「わたくしは大丈夫ですわ。それより鈴さんが」

「私なら大丈夫よお二人ともぉ。というわけでごゆっくり」

 

 鈴は両手で耳を塞ぎ、私はなにも聞いてませんアピールをした。

 しかし何がごゆっくりなのか。

 と胸中で漏らす疾風とセシリアは自然と目線が合わさった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「………」

「………」

「「あのっ、あっ」」

 

 またか。デジャヴデジャヴ。

 

 古きよき精神ゆずりあいが発生することは目に見えたので少し強引に俺から話題を切り出した。

 

「心配した。ほんと心配した。喧嘩別れになっちまうんじゃないかって。焦りそうになって、いや実際焦っちゃってさ」

「わ、わたくしもですわ。あのまますれ違ったまま疾風が死んでしまったらどうしようって。だからまず自分が生き残らねばと」

「ハハッ、俺も同じ」

 

 戦ってる最中、セシリアのことを考えたのは10では足りなかったかもしれない。

 無意識に考えたのも含めればどうだろう。

 

 それでも生き抜くと決めた。色々理由はあるけど、そのなかにセシリアの存在があったことは確かだった。

 

「ほんと、今回は間に合って良かった。サイレント・ゼフィルスの時は間に合わなかったし」

「いえ! 疾風はまたわたくしの命を救ってくれましたわ。返しきれない借りを作ってしまいましたわね」

「それは俺の台詞だ。俺が初めてIS学園に来た時お前が居なかったら、今の俺はいないんだから」

「それならなおのことですわね」

「いやだけど………まあいいか」

 

 今はお互い生きている。

 それだけでいい。それだけで充分だ。

 

『ジジ………ジーー………ピピッ。こちら織斑、みんな無事か!』

「織斑先生! こちらレーデルハイトです!」

『レーデルハイトか。たったいま学園敷地内の無人機の全機破壊を確認した。通信も復旧したようだ』

「先生! 会長、更識楯無が重傷を負いました。場所は第3アリーナです、至急救護班を!」

『今すぐ手配する。お前は何処にいる、他に誰かいるか』

「第2アリーナです。セシリアと鈴が一緒です。二人とも命に別状はありません」

「わかった。いま状況を整理し、全員の安否を確認する、少しの間その場で待機だ」

「了解しました」

「終わったのですね」

「うん」

 

 今までの事件と比べても大規模の事件だ。

 福音の時も死を覚悟したが、今回のはそれの比ではない。

 俺たちがいかにISのシールドというものに守られてきたのかがよく分かった。

 肉体的にも、精神的にも。

 

 とにもかくにも、事件は終息した。

 なら、今やらなければならないことがある。

 

 俺は重い身体に鞭を打って立ち上がって、セシリアの正面に立って。

 

「………セシリア」

「はい」

「ごめんなさい」

 

 頭を下げた。

 

「俺はIS製作という魅力に負けてお前との約束を反故にしてしまった。どんな理由や要因があったにせよ。セシリアのことを忘れて承諾してしまったのは事実だ。本当にごめんなさい」

 

 何度も何度も謝ったが。真剣に謝るということは何度だって不安で怖いもの。

 窮地を救ったから許してくれる、なんて馬鹿げたことなど一片たりともない。

 それでも謝りたかった。セシリアが許してくれるまで何度でも、何度でも。

 

 いま生きてるからこそ。俺はセシリアに謝りたかった。

 

「わたくしもごめんなさい。疾風の性格はわかってるつもりだったのに。それに、疾風が全部悪くないのに、反省してるとわかっていて、わたくしは意地を張り続けてしまいましたわ。あんな子供じみたことまでして疾風を傷つけて。本当にごめんなさい」

「ちょ、ちょっと、そんな深々と頭下げないでくれ!」

 

 今度はセシリアが頭を下げてしまって俺はマジで慌てた。

 

 なんとお互いに謝る結果になってしまった。

 別にセシリアが意地になったことに関しては憤りなど感じてなかったから、うーん。

 

「セシリア、俺は微塵も怒ってないから謝らなくていいからな」

「で、ですが」

「いいの! 俺は怒ってないから。な?」

 

 意気消沈して四六時中セシリアのこと考えて胃を痛めて自業自得の苦しみに苛まれただけだから。

 

「それなら疾風もではありませんか。更識さんの教唆術? というものをかけられたのでしょう? あの後布仏先輩に聞いたのですが。

 とてつもないものだったそうではありませんか。だから疾風は誘導されただけで非はないということに」

「いやいや俺のなかで簪のIS製作やりたいって気持ちは確かにあったから充分有罪だと思うんだ。現にIS製作自体は楽しかった訳だから」

「ですが!」

「いやだけど!」

「あああぁぁぁもう! じれったいわねアンタら!」

「「うわぁっ!!?」」

 

 さっきまで壁にめり込んでたはずの鈴がいつの間にか真横でシャウトしてきた。

 びっくりするわほんま! 

 

「どっちも謝ってばっかでうざったい! さっさと許して仲直りしなさいよ! もう怒ってないでしょあんたら! 過ぎたことをぐちぐちぐちぐちネバネバネバネバと! アメーバかあんたらは!」

「な、なんでアメーバ」

「だまらっしゃい! よし! 今から私がせーのって言ったら『許します!』と言いなさい、それで話は終わりよ」

「え、いやそんなアバウトな」

「もう少し話してからでも」

「はい! せぇぇぇのっ!!」

「「許します!」」

 

 なんか流れのまま言っちまった。

 え、こんな仲直り方ありなの? 

 

「これで仲直りよ。良いわね? 良 い わ ね?」

「「は、はい」」

「よし!」

 

 スッキリしたと鈴は満足げに笑いながら、わざわざ離れたところにドカッと座った。

 

「………えっと」

「………はい」

「これからも、よろしく、です」

「は、はい。こちらこそ」

 

 なんとも言えない空気がただよう。

 確かに出口を見いだせないところに助け船が来たものだが。川から地上に出た後に立ち尽くす結果になってしまった。

 

 ………とりあえず腕の装甲を解除して差し出した。

 

 仲直りの握手。セシリアも察してくれたのか同じく装甲を解除してその手を握ってくれた。

 

「「………あっ」」

 

 気づけば結構長めに握手してることに気付いた。

 目があうと同時にサッと握手を解いた。

 

「ア、ハハ」

「ふ、フフ」

 

 俺とセシリアは乾いた笑いを出しながら同時に目線を反らした。

 なんというか、すごく恥ずかしくなったからである。

 

 こうして俺とセシリアの初めてかつ盛大な仲違いは幕を下ろしたのだった。

 

「………ハァ、リア充爆発しろ」

 

 その傍らで鈴は頬杖をついてこれ見よがしにタメ息を吐いた。

 

 そんなボソッと呟いた鈴の言葉は幸か不幸か俺たちには届かなかった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 戦闘終了後、俺たちは揃って医務室にぶちこまれた。

 みんな包帯やら絆創膏やらで大変なことになっていた。即効性医療用ナノマシンをぶちこまれて先程とは別種の痛みに苛まれたが、痛みは生きている証だと思ってあまんじて受け止めた。

 

 治療を終えた会長と簪以外の専用機持ちは管制室に集められた。

 簪は会長のところだ。今は精神衛生上、会長の側にいた方が良いし。簪の意見でもあるから尊重してあげたかった。

 

「全員無事、とはいかなかったが。生徒と戦闘員の死者をゼロに納められたのは、これ以上ない結果だったと思う。学園警備責任者として、君たちに礼を言う………本当に、良くやってくれた。ありがとう」

「ち、千冬姉が頭を下げた!? いでぇ!」

「空気を読め一夏!」

 

 頭を下げた織斑先生に変わり箒が一夏に制裁の拳骨を炸裂させた。

 気持ちは分かるけどそれは心の中だけにしとけよ一夏。

 

「あの、タッグマッチ・トーナメントはどうなるのでしょう。延期ですか?」

 

 わずかな希望を持って問いかけてみたが。織斑先生の顔色を見て直ぐにそれは叶わぬものだと察した。

 

「これまで以上に大規模の襲撃だ。事後処理に追われることになる。お前たちのISもまともに戦える状態にはない。よって、中止になるだろう」

「また中止かぁ………呪われてるなIS学園」

「というより、俺と一夏が疫病神ですよね」

「今回は織斑とレーデルハイト個人を狙ったものではない。いたずらに悲観的になるな」

 

 まあそうですけどね。

 

「だが、当初の目標であった多人数戦闘の強化は無事に終えたと行ってもいいだろう。悪いことばかりではないということだ」

「ものは言い様、ですね」

「ああ。では、この後お前たちにはもう一度精密検査を受けてもらう。終わり次第解散とする。帰ってゆっくりと、身体を休ませろ」

 

 締めの言葉を言った織斑先生の声色は、とても優しかった。

 そして申し訳なさそうだった。

 まるで今回の事件の原因が、自分にあるかのように。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ん………んー」

 

 朝の襲撃から時間がたち。外はオレンジ色に染まり。

 白系統の部屋も例外なくオレンジ色に染まっていた。

 

 そのベッドの一室。

 意識を取り戻した楯無が見たのは、オレンジ色になった白い天井だった。

 

「お姉ちゃん?」

「簪、ちゃん?」

 

 か細い声の方を向くと、自分の手を握っていた妹の姿があった。

 その温もりの心地よさを感じながら。微睡みの中で言葉を発した。

 

「ここ、保健室?」

「ううん、医務室」

「あー、そう。怪我人として入ったのは初めてかな。イタタタ」

「まだ動いちゃ駄目! お姉ちゃんの傷、もう凄いんだから、大人しく寝てて?」

「はいはい」

 

 簪の制止の言葉を素直に受け入れてベッドに身体の全てを預けた。

 

「フフっ」

「どうしたの?」

「いや。こんなどもらないで力強く喋る簪ちゃんは初めて見たなって。疾風くんのおかげかしら?」

「そ、そうかも………」

 

 ポッと頬を火照らせる妹を見て楯無はアララと内心目を疑った。

 

 昔から自己主張のない彼女。

 そんな彼女が他人に恋をしてしまうまでの成長を遂げたことに、楯無はある種の寂しさを感じていた。

 

「こうして落ち着いて喋るの、久しぶりね」

「うん」

 

 楯無が窓の夕焼けに目を向けるのに釣られて簪も窓の外を見た。

 シンとした医務室の窓にはオレンジ色の空に雲がたなびいていた。

 

 楯無は窓の外を見ながら気持ちを整理していた。

 だがいつも纏まるはずの頭が纏まらず。胃を決して思ったままを話すことを決めた。

 

「………ごめんね簪ちゃん」

「え?」

「貴女のこと、本当の意味で、見てなかった。ずっと目を反らしていた」

 

 簪とは対照的にたどたどしくなる自分がいた。

 未だに妹がどう思ってるのか。恨んでるんじゃないかというシコリがあった。

 

 だけどここで引いたらもう二度と簪と仲直り出来ない。

 もう離れ離れになりたくない。その一心で楯無は必死に言の葉を紡いでいった。

 

「楯無の責務って都合の良い言い訳を掲げて、私は一歩を踏み出す勇気を持てなかった。私はあなたの為と言いながら、あなたを遠ざけていた。身勝手よね、最初に拒絶したのは、紛れもなく私なのに」

 

 簪が手に入れてしまったブラフ情報で引き起こされた事件。

 

『あなたはもう、なにもしないで。貴方は普通の女の子でいて』

 

 その言葉で、簪がどれほどショックを受けるか分かってなかった。

 簪が楯無にどういう感情を持っていたかを理解していながら。

 

「でも、それでも簪ちゃんには更識の闇を背負って欲しくなかった。簪ちゃんに笑ってほしかった、幸せになってほしかった………でもそれで簪ちゃんを傷つけてしまったわ………」

「お、お姉ちゃん?」

 

 ボロボロと涙を流れる自分に楯無自身が困惑した。

 

「ご、ごめん。泣くつもりはなかったんだけど。あれ、おかしいな」

 

 簪と話している喜びと、簪に嫌われるのではないかという恐怖。それがごちゃ混ぜになり、涙となって溢れかえった。

 

「ごめんね簪ちゃん。こんな駄目なお姉ちゃんでごめんね。私、また簪ちゃんも話がしたい。もっと、家族として過ごしていきたい。ごめんなさい。本当にごめんなさい」

 

 涙と共に溢れた楯無の本心。

 

 ぬぐってもぬぐっても溢れる涙を必死にこする楯無。

 

 その瞳を、簪がソッとハンカチでぬぐってあげた。

 

「か、簪ちゃん?」

「お姉ちゃんは。全然駄目なお姉ちゃんじゃない。いつだって、誰よりも私のことを想ってくれた」

「だ、だけど私は」

「確かに、あの時の言葉は今でも胸に残ってる。でも、あれは私が余計なことをして。更識の存在を揺るがしたから。だから、あれは仕方のないことだったの」

 

 そう、ずっと納得していた筈だったのに。それに見ない振りをして閉じ籠った。

 

 姉の本心を見ようともせず。見えていても遠ざけていたのは紛れもなく自分自身の責任だ。

 

「怖かったのは、私も同じ。お姉ちゃんに認められたいが為に一人で頑張っていた。でもそれは間違いだった。それを疾風や、お姉ちゃんが教えてくれた」

「でも………」

「お姉ちゃん言ってたよね、自分はヒーローなんかじゃないって。でも私にとってお姉ちゃんは。頼りになってカッコいい。小さい頃から大好きな、私のヒーローなんだよ………」

 

 楯無がいたから幸せだった。

 姉という存在があったからここまでこれた。

 

 隔絶された関係はつらく、決して短いものではなかったけれど。

 

 それはきっと、自分たちにとって必要な道筋だった。

 今の簪は、それを全て受け入れて生きている。

 

「私も、お姉ちゃんといっぱい話がしたい。好きなアニメのことも、ISのことも、何気ないことも全部」

「簪ちゃん………」

「一人で意地をはってごめんなさい。あの時、お姉ちゃんに相談出来ないでごめんなさい。ごめんなさい、刀奈お姉ちゃん。私も、お姉ちゃんと仲直りしたいっ」

「うん、うん!」

 

 簪の眼からも涙がこぼれ落ちる。

 楯無も依然変わらず涙を流し続ける。

 

 だけどそれは決して悲しみから来るものではない。

 

 幾数年続いたわだかまりがなくなった姉妹は自然と抱き締めあった。

 

 二人っきりの医務室で更識刀奈と更識簪は声をあげて泣いた。

 泣きながら抱き締めあい、その温もりを共有しあった。

 

 そんな二人を夕焼けの暖かな光が照らし続けるのであった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「あーーー」

 

 鎮痛剤で身体の痛みはないものの。気だるさMAXの状態でベッドに倒れ込んでいる。

 このままだと寝ちまうなと思っているが睡魔はなくギンギンと目が冴えていた。

 

 疲労と睡眠って直結しないんだなぁ。

 

「あ、そういや」

 

 バススロットにしまっていたホテルディナーのチケットを取り出した。

 

 日付は明後日。一夏と箒は明日らしい。

 そういえば、セシリアと仲直りしたら誘おうと思ってまだ相手決めてなかったんだった。

 

 いやでも流石に今日は駄目だな。明日聞きに行くとしようか。

 

 仲直りにディナーなんて豪勢だな。でも丁度良いかも。

 

 そんなことを考えながら手の中でチケットを弄くっているとインターホンが鳴った。

 

「はーい。あれ簪?」

 

 ドアを開けると、紙袋を持った簪がいた。

 

「疾風。いま大丈夫?」

「大丈夫よ。どうかした?」

「えっと、お礼を言いに来たの。打鉄弐式のことや、お姉ちゃんのこととか。はい」

 

 差し出された紙袋を受け取り。開けて良いか許可を取ってから中身を取り出した。

 

「こ、これはぁ!?」

 

 中に入っていたのは俺が一番好きなアイアンガイ・ダイヤのDVDBOXだった。

 だがただのDVDBOXではない。

 

「こ、これ。抽選1万名様限定のディレクターズカット版の豪華仕様じゃないか! 未公開映像からキャストスタッフインタビュー。しかもサントラ付きの珠玉のアイテム!」

「あ、あげる」

「あげるぅ!? いいのか! これほんとヤッバイ代物だぞ!? ごめんごめん、こんな貴重なの貰えないよ」

「大丈夫。私と本音名義で奇跡の2個ゲットしたうちの一つだから」

 

 な、なんて豪運。

 

 俺も応募したけど落選したんだよなぁ。

 いやでも、えーー? 

 

「疾風。一番好きなシーンでダイヤのシーン上げてたから。好きかなって」

「一番好きでございます。ほんとにいいの?」

「うん。貰ってくれたら嬉しい」

「う、うぉぉぉ。ありがとう簪!!」

 

 やったー! 超嬉しい! 

 イヤッホォォイ!! 

 

 報酬なんかいらないと思っていたが。

 これは本当に凄い。頑張って身体張った甲斐があったものだ。

 

「あ、そうだ。会長の様子は?」

「さっき意識を取り戻した。今ナノマシン治療してるけど。ちゃんと治るって」

「現代医療に感謝だな」

「あと………無事に仲直りしました」

「そっか! あー、良かった。そっかそっか」

 

 これは尚更頑張った甲斐があったもんだな。

 これで止まっていた会長と簪の時間も動き出した。

 シスコンな会長+隔てた時間。これまた溺愛するに違いない。

 

「そうだ。一緒に見ないか? この興奮を一人で受け止めるにはヤバいから」

「ありがとう。でも今日はやめとく」

「あー、そっか。今日ほんと大変だったもんね」

 

 ではこれは一人でなんとか受け止めるとしよう。

 

「諸々ありがとうね簪。じゃあまた明日」

 

 グッ。

 

 扉を閉めようとしたら服を掴まれた。

 振り向くと下を向いた簪が。

 

「どうした?」

「………………………」

「簪? なんか顔赤いが………」

「好き」

「え?」

「私、疾風が………好き。大好き!」

「………………」

 

 ………告白された? 

 簪に? えっ!? 

 

「えっと。それはLIKE」

「ら、LOVEのほう!」

「そ、そっか」

 

 聞き間違いでも朴念仁ルートでもなかった。

 

 え、本当に簪が俺を? 

 

「疾風は、いつだって、私を助けてくれた。私のこと思って………本気で怒ってくれたし。アイアンガイの話も、楽しかった。私にとって、疾風は間違いなくヒーローなの」

「簪………」

「私と、お付き合いして下さい」

 

 顔を上げた簪の顔は真っ赤っかだった。

 相当勇気を振り絞ってくれたのだろう。

 

 ここまで想ってくれて。嬉しくないわけがない。

 

 だけど。

 

「簪」

「は、はい」

「俺は簪と付き合えない。他に好きな人がいるから」

「………そっ、か」

 

 簪は服から手を離し、一歩下がった。

 

 赤くなった顔は別の意味で赤くなり、震えていた。

 

「そんな、気はしてたんだ。私に疾風にとっての特別になれない。オルコットさんのみたいにはなれないって」

「俺、そんなわかりやすい?」

「もしかしたら本人も気づいてるかも」

 

 マジか。いやあわよくば気づいてくれるような言動はしたけども。

 

「言う前から振られるかなって思った。でも、伝えないで殻に籠りたくなかったんだ。疾風は私に一歩踏み出す勇気をくれたから。あわよくばお付き合いできたらな、とは思ってたけど」

 

 こういう時、どういう言葉が正解なのだろうか。

 

 ハッキリと断る。これだけなら良い。

 だけどその先は? 何を言っても慰めにもならないではないか。

 

 菖蒲の時もそうだ。

 なんとも思わない相手の告白は幾らでも受け流せるのに。

 こうして深く関わった相手に対しての言葉が思い付かない。

 

「疾風、お願いがあるの」

「なんだ」

「断ったからと言って、ギスギスするのは、なしにしたい。もっと話したいこともあるし、遊びたいことも、ISも動かしていきたいし」

「勿論。俺は………」

 

 簪と友達でいたい。

 

 決して口にだしてはいけない言葉を心のなかだけで呟く。

 願わくば簪に察してくれれば、なんて卑怯なことを思いながら。

 

「じゃあ、また明日。いろいろありがとう。今度一緒に見ようね」

「ああ、約束する」

「うん………」

 

 簪が去っていくと同時にソッと扉を閉めて寄りかかった。

 

「凄いなぁ、あいつらは」

 

 菖蒲も、簪も。俺に断られるとわかった上で想いを伝えてくれた。

 自分に置き換えてみると、今にも胸がぐちゃぐちゃに壊れそうに傷んだ。

 

「………俺も覚悟を決めないとな」

 

 手の中のディナーチケットを握り、俺は決意を新たにした。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 扉が閉まるのを確認してから、簪は全力で自分の部屋に走り。入るなりベッドの中で毛布にくるまった。

 

(言った、言ってしまった)

 

 自分を変えてくれた疾風に。

 自分を助けてくれた疾風に。

 一緒に強くなってくれた疾風に。

 

 好きだ、と言ったのだ。

 

 どうしようもない程焦がれてしまった。

 自分にとってのヒーローに。大切な男の子に。

 

 断られるとわかっていながら。

 

 言ったことに後悔などしていない。

 この想いを秘めたまま殻に籠るには。この想いが熱くなりすぎた。

 

「壊れなくて、良かった」

 

 自分と疾風の関係に亀裂が入らなくて良かった。

 こんな自分でもいいと疾風は受け入れてくれた。

 

 でも………

 

「付き合いたかったな………」

 

 だけど、こんな痛みも何処か心地よかった。

 当分諦めることなんて出来ないけど。

 

 この痛みが自分にとって必要な痛みだと思えたから。

 

 枯れたと思った涙がまた流れてきた。

 簪はそれを拭うことなく枕に顔をうずめた。

 

 また明日。心からおはようと言えるように。

 



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第107話【遅刻】


 それはする方もされる方も気が気じゃない言葉である。


 

 

 IS学園、地下特別区画。

 

 極限られた人間にしか知らない。表向き、その裏にもない場所で、真耶は回収された無人機の解析を行っていた。

 

「ふぅ………」

 

 こうして千冬の側近的な仕事をして、どれくらいたっただろうか。

 

「学生の頃の私じゃ。想像つかなかっただろうな………」

 

 日本代表候補生として頑張った日々。

 今と違って結構はっちゃけた青い頃。

 

 そんなやんちゃ娘が、学園の根幹を知る位置にいる。

 

(だけど、もっと深いものがあるのでしょうね、ここは)

 

 自分の知らない、IS学園の深部。

 更識楯無、日本社会の裏のトップである彼女も知ってるのだろうか? 

 少なくとも、織斑千冬は知ってるだろう

 

 そして、このIS学園は。本当にただのIS操縦者育成機関なのだろうか? 

 

(………わかんないことを考えても仕方ないか)

 

 ペチンと軽く頬をはたいて真耶は再びコンソールのキーを叩き続けた。

 

(ただ、わかることと言えば………)

「少し休憩したらどうだ?」

 

 いつから居たのか。

 傍らに立っていた千冬が真耶にミルクティーの缶を渡した。

 

「ありがとうございます。そっちは終わったのですか?」

「無理やり終わらせた。あっちは捨て台詞で、報告書だけは綿密に提出せよ、動画つきで。とのことだ」

「今回は、追及は免れませんか………」

「流石に今回は一種の戦争レベルだからな。なあに、肝心なところは写さないさ、やりようはある」

 

 最初の襲撃で12機。増援として専用機持ちを襲ったのが6機。

 計18機の無人ISがIS学園を強襲した。

 

 しかも、シールドを阻害する機能を携えて。

 

「敵のIS。ゴーレムⅢはこれまでの無人機2機の発展機で間違いありません」

「シールドジャミングのからくりは」

「駄目ですね。残骸をあらかた調べてそれらしいものはいくつか見受けられましたが。全部焼ききれて調べようがありませんでした」

「そうか」

「安心してません?」

「当たり前だ。こんなのが万が一流出してみろ。世界のバランスが変わるぞ」

 

 ISの優位性。

 例を上げるなら男性がISに勝てない要因の一つが弾が通らないこと。

 もしシールドジャミングが発動すれば。シールドのない操縦者の頭を撃ち抜けば勝ちなのだ。

 

「コアは」

「例によって未登録です。18個全部。ナンバー無しでした」

「何個回収出来た」

「18個のうち8個が完全に破損。もう8個は無人機の機能停止と同時に焼ききれていました。恐らく、自壊プログラムがあったのかと」

「残り2個は」

「こちらは回収に成功しました。どうしますか」

「政府には全て破壊したと伝えた。おって理由付けも送るさ」

「納得するでしょうか」

「させるさ。ISコア1個でも国の価値が飛躍的に上がる。仮に政府が回収したとして、秘密裏に利用されては叶わんからな」

 

 アラスカ条約という建前の抑止力があるからこそ。ISが生まれて10年、世界は未だにISを使っての大規模な戦争に至っていない。

 されど1個のコアでも、世界は容易く騒ぎ立てる。

 

 だがそれで納得する政府ではないのは百も承知。

 更にIS学園を危険に晒す可能性すらあるのだ。

 

 それは千冬を見上げる真耶の無言の訴えにもなった。

 

「そんな顔をするな。こんななりだが、私は元世界最強だ。私に出来ることなら何でもしてやるさ。命をかけて、な………」

 

 重く、鋭く。真耶は自分が知らない千冬の覚悟のほどを感じ取った。

 彼女は本気で、自分の命を厭わない気だと。

 

 それはゴーレムⅢ襲撃時に真耶が見た、千冬の表情にあった。

 

(まるで、今すぐにでも飛び出して叩き切ってやりたいと言わんばかりの顔だった)

 

 現場指揮官がその場を離れることはあってはならない。

 だけど本当にそれだけ? 

 

 真耶はモンド・グロッソ以降、千冬がISに乗ったところを見たことがない。

 

(もしかしたら、何か乗れない理由があるとか? でも、それはなに?)

「どうした?」

「ふぇ?」

「そんなジッと見つめられたら対応に困る。言っておくが私にその気はないぞ」

「べ、別にそういう意味で見てたのではないです!」

「そうかそうか。私は戻る。お前も早めに切り上げておけ。明日も大変だからな」

「はい」

「そうだ。詫びという訳ではないが、今度何か奢ってやる。回らない寿司とかでもいいぞ」

「了解です」

 

 1人静かになった部屋で真耶は仕事に戻った。

 

 千冬が何を考えてるかはわからない。

 だがそれでもついていくと決めた。

 

 なら信じることが自分に出来ること。

 

 気持ちを新たに真耶はゴーレムⅢの調査を続行した。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 セシリアに告白する。

 

 そう決心したのは、簪に告白された直後だった。

 

 セシリアと仲違いして1ヶ月弱、彼女と話せない日々が続いたことからセシリアへの思いが一気に高まった。

 

 菖蒲と簪の告白を受け、それを断った。

 二人は断られるとわかった上で俺に想いをぶつけてきた。

 

 対して俺は結果がわからなくて、セシリアの想いを見定めてから告白しようと思った。

 だがそんなのはただの逃げだと思った。

 

 今こそ彼女と正面から向き合い、想いを伝える。

 

 だが俺も男。シチュエーションに拘りたい。

 

 だからこそこの高級ホテルのディナーに誘うため、セシリアに声をかけて、そこで告白することを決めた。

 

 結果。

 

「ごめんなさい。明日はどうしても外せない用件がありまして」

 

 撃沈である。

 

 ………いや、行きなり誘った俺にも責任があるから仕方なし。

 だがこの覚悟の程をぶつける術を知らない俺は逆に燃え尽きた。

 

 とすれば誰を誘おうか。

 このチケット、ペア限定で1人では入れないのが難点。

 

 菖蒲と簪は駄目。

 振った相手と二人でディナーなんて俺の心情的に良くないし、変に期待させても失礼だ。

 何よりセシリアに知れたらまたいらない心配をさせてしまう。

 

 同年代も以下同文。

 

 となると一緒にいっても誤解されないような人がいい。

 

 ………無難に家族の誰か誘うかなぁ。

 

「はぁ………」

「朝っぱらから1人廊下でタメ息か?」

 

 俺の心とは対照的な青空を眺めていると織斑先生に声をかけられた。

 

「うん? それはなんだ」

「これですか。このまえインフィニット・ストライプスで取材受けた時の報酬であるディナーチケットです。ペアの。一夏は今日、俺は明日なんですけど」

「誰か誘って断られたか?」

「ご名答です。そうだ、織斑先生。俺と一緒にディナーでもいかがです?」

「いっちょ前にナンパか? 似合わんぞ」

 

 知ってますぅ。

 

「生憎まだ仕事がたまっている。それに、そういう煌びやかな所より居酒屋のほうが良い」

「ビールとか焼酎飲めませんしね」

「失礼なこと考えてるな? 一応私もカクテルは嗜んでるぞ、バーとかでな」

 

 そうだったのか。

 

 バーで物思いに耽りながらグラスを揺らす織斑先生か。

 うわ、カッコいいな。ほんと女性なのに反則級にカッコいいよな織斑先生は。

 

「それよりレーデルハイト。これから昨日の事件に対しての取り調べを行う」

「取り調べ? え、もしかして俺が犯人とか思ってます?」

「たわけ。今回は政府に提出するようの報告書とビデオを撮る。その場で何が起こったかを詳細に知りたいそうだ」

 

 あー、成る程。

 

 聞いた話。今回の襲撃ISは驚きの18機だとか。

 確かにもう紙だけの報告じゃ納得できませんってか。

 

 ………あれ。

 

「すいません、もしかして一夏もこれから?」

「当たり前だろう。今回関わった者全員だ」

「ちなみにそれって明日は無理なんです?」

「拒否すれば政府のIS特務機関に拘束される」

「うわー」

「そしてもれなく私の個人指導だ」

「うわー!」

 

 確かこのまえ鈴か箒あたりが受けた奴だったかな。

 指導とは名ばかりの体術組手による性根矯正。

 帰ってきた二人なんかゾンビみたいだったな。あのフィジカルに自信のある二人が。

 

「流石に夜中まではかからんぞ。ディナーとやらには間に合うだろう」

「いえ、友人の学園祭とブッキングするな、って」

「そればかりはどうにもならんな」

「ですよね」

 

 あー、蘭ちゃん。可愛そうに。

 楓は別口で行くらしいから、一応連絡しておくかぁ………

 

「あの」

「なんだ。取り調べは延期にならんぞ」

「いえ、そうじゃなくてですね………織斑先生って、顔が似てる親戚や妹っています?」

 

 ピクッ、と織斑先生の眉が動いたのを俺は見逃さなかった。

 

 キャノンボール・ファストでセシリアに傷を負わせたサイレント・ゼフィルスの乗り手、M。

 

 そのバイザーの奥から覗いた顔は織斑先生にそっくりだった。

 散々引き伸ばしてきたが、今は二人っきり。周りに人はいない。

 

 勿論、織斑先生に家族の話題はタブーだというのは一夏から聞いてるから知ってる。

 だが今を逃せない手はない。

 

「いない。私の家族は一夏だけだ」

「親戚とかもいないんですか?」

「いない。何度も言わせるな」

「では、これは何ですか」

 

 スマホで見せたのは、あの時記録していたMの素顔だった。

 

「この顔と織斑先生の顔で顔認証をかけたところ、歳が離れたにしては不自然なほど一致率が高いんです」

「他人の空似だろう。この世には自分の顔と同じ人間が3人もいると言うからな」

「確かにそうかもしれません。ですが」

『ま、待て! そいつはなんだ!? なんでそいつは織斑先生、織斑千冬に似ている!?』

『あら、見ちゃったのね。残念ながら答えることは出来ないわ。でも………その織斑千冬に聞いてみればわかるんじゃないかしら』

 

 流されたのはこの時のスコールと俺の会話。

 あからさまにごまかしてるが、このカードをどう捌いてくる? 

 

「私は知らない」

「織斑先生」

「可能性があるならば、そいつは私のクローンだろう。私はブリュンヒルデだ。亡国機業(ファントム・タスク)がそれを作っていないとは限らん」

「流石に無理があります。自分の知らない親族でもいたんだろうって言われた方が自然ですよ」

 

 この人は隠している。

 一夏でさえ知らない、暗い秘密を隠している。

 

 飽くまで俺の勘でしかないが、織斑先生にしては言い訳がおざなり過ぎだ。

 

「この事は誰かに話したか」

「いえ、俺しか知りません。会長や一夏にも話してないです」

「これは他言無用にしろ、動画も直ぐに消せ」

「待ってください、まだ」

「好奇心は猫を殺すぞ、話は以上だ。取り調べに行くぞ」

 

 これ以上は断固として話さん、そう背中で語る織斑先生の後ろを渋々ついていく。

 

 しかしクローンだって? 

 そんな子供騙しのような理屈で言いくるめられると思ってるのかこの人は。

 所詮俺はそこらのガキと変わらんと見られてるのか、まあ当然と言えば当然だが。

 

 我慢できなくなり、俺は更に問い詰めようとした。だが狙ってか狙ってないか、それは織斑先生の言葉に遮られた。

 

「話は変わるが」

「はい?」

「ディナーの相手は決まったのか?」

「まだですけど」

「そうか。なら一つ、頼まれてくれるか」

 

 こっちの問答をぼかしてからの要求? 

 相手が織斑先生と言えど、不機嫌さを隠さずに睨んだ。

 

 だが先生の口からある人物の名前が出た途端、

 

「へ?」

 

 俺は呆気に取られてキョトンとするしかなかった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ………………」

「うわ、クソデカタメ息だね蘭ちゃん」

「だって、だってぇ………」

 

 (セント)マリアンヌ女学園。

 乙女ゲーにでも出てきそうな名前の学校のベンチで蘭は盛大なタメ息を吐き、疾風の妹である楓を引かせていた。

 

「そりゃさ、一夏さん来れないのはわかるよ。でもあっちもあっちで大変なんだよきっと」

「わかってるけど、わかってるけど!」

 

 そう、一夏はゴーレムⅢの事件による事情聴取で学園祭に来れなくなった。

 といっても午前中が潰れるだけで午後は大丈夫というのが救いであるが。

 

「ドードー。大きな声出したらヤバイって、ほらあそこの眼鏡かけたシスター睨んでる」

「ヤバッ」

 

 この学園は歴史古き神聖な学舎として有名だ。

 そんな学園で蘭は生徒会長をやっている。

 

 更に成績優秀で運動も得意。

 更に整った容姿も相まって学園では人気者なのだ。

 

 そんな彼女が招待客に男を誘ったという噂は恐るべき淑女ネットワークにより学園中に拡散し、未だ遠巻きに今か今かとヤジウマがその生徒会長の男の存在を見ようとしているのだ。

 

「しかし学園祭三時までって短すぎでしょ。お堅いのが古風だと思ってるのかしらね?」

「まあ、お陰で品行方正よ。この学園の生徒は」

「セントなんてつくだけあって、学園の至るところにシスターさんいるもんね。蘭ちゃんも着るの? シスター服」

「うん、自分の持ってるよ」

「………………」

「貸さないよ」

「私なにも言ってないんだけど」

「どうせお兄さんを誘惑するために使うとか言うつもりだったんでしょ」

「バ、バレてるぅ」

 

 もしかしたらシスター好きなんじゃ! と勘ぐった楓の策は見事に見透かされていた。

 規律に厳しいところだから望みは薄すぎたが。

 

 いったいどうすれば兄を落とせるのか日夜考えてる楓は研鑽を怠ることを知らない。

 

「フフ」

「なによぉ。滑稽なのはわかってるって」

「ううん、そうじゃなくて。楓ちゃんが羨ましいなって」

「ほえ?」

「いつも素直に好意を表にしてるでしょ。私って本当にドモってドモって。全然伝えられないの」

「一夏さんが鈍いのが問題じゃない?」

「それ言ったらおしまいなのよ」

 

 おしまいなのだ。

 だからと言って諦める理由にはならない。

 

 今回は正真正銘誰の邪魔も入らない。一夏への最大のアプローチチャンスなのだ。

 

「よし、ならばこの楓・レーデルハイト。蘭ちゃんの恋の為に一肌脱ぐわ! もし蘭ちゃんがドモったら私が代弁してあげる」

「え、ええ!?」

「あ、勿論肝心の好きってのは言わないであげる。本当はそれを言えば一発なんだけど、いややっぱ言った方が良いよね」

「だだだ駄目だからね!? まだ早いというか、それは私が言うから!」

「えーー、待ってたら10年はかかりそうだけどなぁ」

「ダメったらダメぇ!」

 

 シスターからのキツい視線も厭わずに顔を真っ赤にして楓の身体を揺らす蘭。

 と、言葉では恥ずかしがっても頭の中は学園祭デートのその先を想像してしまうのが女というものだ。

 

 そんな喧騒の間に入ってきたスマホのバイブに蘭は即座にポケットから取り出した。

 

「一夏さんからメールだ!」

「もうついた?」

「えっとね………………は?」

「どうしたの」

 

 メールの文面には。

 

『すまん。取り調べに午後の部があった。さらに二時間ぐらい遅れる』

 

 なんとも短く簡潔で、それでいて要点をまとめた素晴らしい文章が記されていた。

 

「こっから、二時間?」

「今12時だから………一時間しかないね。時間通りなら」

 

 終了から二時間なんてほとんど終わりムード。

 

 ほとんど、遊べない………

 

「一夏さんの………一夏さんの………一夏さんの」

「蘭ちゃん? おーい、蘭ちゃーん?」

「一夏さんのぉ」

 

 ガバッと立ち上がり、顔を上げた。

 

「ばかぁぁぁぁぁっ!!」

 

 その咆哮は学園中に響き渡った。

 

 シスターにしこたま怒られた。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「はぁ、はぁ。時間、うわっ、もう一時間しかない………」

 

 まさかの午後の部という伏兵ですっかり蘭との約束に遅れた一夏は最寄駅から全力疾走で目的地前まで迫っていた。

 

 校門の側にいる受付のシスターさんを見つけ、半ば滑るように校門に入った。

 

「す、すいません! まだ学園祭やって、ふぅ、ますか!」

「は、はい。招待状は」

「え、えっと、これです!」

 

 急いでチケットを詰め込んだまま走ったからか、ポケットに入っているチケットはすっかりしわくちゃになっていた。

 

「はい、確認しました」

「ありがとうございます!」

「あ、敷地内は走らないで下さい!」

「すいません!」

 

 ギリギリ走らないギリギリの早歩きで蘭を探す。

 だが見渡す限り黒いブレザーを着た女子ばかりで、あの特徴的な赤毛の子はいなかった。

 

「………やっぱ出ない。何処にいるんだよ蘭」

 

 走ってる最中も電話をかけ続けてるが、一向に出てこない蘭に一夏は焦りに焦ったのだった。

 理由があったにしろ、大幅過ぎる遅刻をしてしまった。

 やんごとなき理由はあれど、待たされる方はそんなこと知らないし関係ないのだということを、一夏は経験済みなのだ。

 

(それにしても、視線が凄い)

 

 IS学園に入りたての頃を思い出す。

 世界でただ1人の存在ということだけで注目された日々。

 誰も織斑一夏ではなく、男性IS操縦者・織斑一夏という存在でしか見ていないことを。

 かつて千冬の弟という目でしか見られ続けた一夏にとって、内心うんざりしたこともあったのだ。

 

(いけない。物思いにふけってる暇はないだろ、俺)

 

 そういえば、蘭は生徒会長だ。

 もしかしたら蘭のことを知ってる子もいるかもしれない。そうとなれば善は急げ。

 

「あの、ちょっといいかな」

「「は、はい! なんなりと!」」

 

 ビタイチのハモリに一夏は弱冠気後れするも、そんな女子が沢山いるIS学園で生き抜いた精神力を持って踏みとどまった。

 

「中等部の子なんだけど、五反田蘭って知らない? 生徒会長で、髪は赤毛で元気な子」

「はい! 知ってます!」

「どこにいるかわからないかな。電話したんだけど出なくてさ」

「さ、さあ………朝は見ましたけど」

 

 流石にそう簡単に見つからないか。

 だが迷ってる時間はない、次に行こう。

 

「ありがとう、じゃあ俺はここで」

「あの! 私たちと学園祭回りませんか!」

「もしかしたら回ってるうちに見つかるかもしれませんし」

「え、えっと」

 

 ここの女子もアグレッシブだったか。

 女子校というのはそういう気概の子が集まるのだろうか。

 

「ん?」

 

 なんだ、視線を感じる。

 好奇心とは違うプレッシャーにも見た鋭い視線が。

 

 急いで振り向くと、そこにはお目当ての蘭が壁から顔だけだしてこっちを見ていた。

 

 いたっ! 

 

「ごめん、今日はその子と回るって決めてるんだ! それじゃ!」

「あーー!」

「イケメンがぁ………」

 

 残念がる女子一同を置き去りにして蘭のところに向かう一夏。それに気づいた蘭が慌てて逃げ出した。

 

「え、なんで逃げるんだ!?」

 

 走っては行けないことを忘れて全力疾走する。

 ここで見失ったらもう会えない気がしたからだ。

 

「蘭! ……あれ?」

「は、離してよ楓ちゃん!」

「えーい! 逃げる必要が何処にあるのさ! 大人しくお縄につけい!」

「楓ちゃん?」

「あ、一夏さんこんにちは。ところで疾風兄はおまけで来てたりしません?」

「いや、いないけど」

 

 ですよねー、とシラっとした目をしながら楓は蘭を羽交い締めして一夏の方に向かせた。

 

 強制的に面と向かってしまった蘭はしばらくドモった後、継続的に顔を赤くしたまま口を開く。

 

「お、遅かったですね一夏さん! 大遅刻も良いところです!」

「来てくれると信じてました。と蘭ちゃんは言ってます」

「だというのにもう女子に囲まれるなんて良いご身分ですね!」

「でも自分に気づいてくれて嬉しいです。と蘭ちゃんは言ってます」

「もう残り一時間しかないんですよ!」

「少ない時間ですが、良い思い出にしましょうね。と蘭ちゃんは言ってます」

「楓ちゃん!!」

 

 後ろで副音声してる楓の拘束をどうにか振りほどいた蘭の顔は真っ赤だった。

 一夏は怒涛の展開に謝るタイミングを完全に逃していた。

 

「なに勝手なこと言ってるの!?」

「なにって。私は蘭ちゃんの心の声を代弁しただけで」

「そそそそんなこと思ってないもん!」

「じゃあ一夏さんが来てくれて嬉しくないんだ」

「そ、それは………」

「あー、そっかそっか。まあ見ての通りです一夏さん。蘭ちゃんは凄く乗り気じゃないので私と回りましょう。本当は疾風兄が良かったけどそこは妥協します」

「え、え、ええ?」

「じゃあね蘭ちゃん。生徒会の見回り頑張ってね」

「ちょ、ちょっと。だめぇぇーー!!」

 

 腕を組んで連れ去ろうとする楓から一夏を奪ってその腕に自分の腕を絡ませた。

 

「一夏さんは私と学園祭回るんだから!!」

「ら、蘭?」

 

 もうなにがなんだかわからない急展開に一夏は振り回されっぱなしだ。

 

 唯一わかることは、蘭が自分と学園祭を回りたいということ。

 そして、目の前にいる悪友の妹がその悪友に似たしたり顔になっていたことだ。

 

「だそうです一夏さん。残り少ないんで存分に楽しんじゃってください。蘭ちゃん恥ずかしがりやなんで、多少強引にやっちゃって下さい。では私はこれにて!」

「か、楓ちゃん」

「がんば蘭ちゃん。告れると良いね。まあ無理だと思うけど」

「楓ちゃん!」

「バーイ」

 

 疾風の如くその場から立ち去る楓にもう開いた口が塞がらない。

 

 壮絶なハイテンポ漫才を見せられたような気分だ。

 

「あ、あうあう」

「蘭」

「はひゃい!」

「ごめんな。本当はもっと早く来たかったんだ………ほんとごめん」

「あ、いえ。こちらこそ、言い過ぎました。一夏さんが約束を破るような人じゃないのに」

「………いや、割と破ってる方だと思う」

「え?」

「な、なんでもない!」

 

 脳裏によみがえる友人との日々をリフレインして一夏は勝手にダメージを受けた。

 

「じゃ、じゃあ行きましょうか!」

「おう。ってこのまま行くのか?」

「行きます! これは一夏さんへの反省をかねての行動なんですから。決して下心からの行動ではありませんからね!?」

「わ、わかった。今日は蘭に任せる」

「はいっ!」

 

 蘭ははにかみながらも笑顔を露にした。

 

 やっと笑ってくれたと安堵した一夏は蘭と一緒に物陰から飛び出した。

 

「見てあそこ。さっきのイケメンさんよ。って生徒会長と歩いてる!?」

「しかも腕組んでるわよ、もしかして彼氏? あのお堅い五反田さんがねぇ」

「ていうか、あの男の人どっかで見たような………何処だっけ」

 

 腕を組んでる男女など女子高生徒にとってはこれ以上ないぐらいのご馳走だ。

 一瞬にして数多くの視線に晒された一夏と蘭は身体を強張らせた。

 

「う、ぅぅ」

「大丈夫か蘭、無理しなくていいんだぞ」

「い、いいえ! 大丈夫です!」

「ほんとか」

「一夏さん! 先ずはクレープです! その次はたこ焼きと焼き鳥! そしてお化け屋敷も行きましょう!」

「は、はい!」

 

 無理やり調子を取り戻した蘭は腕を組んだまま走り出した。

 

「ら、蘭。転ぶ、転ぶって!」

「何言ってるんですか! 時間は有限なんです、一夏さんのせいで! 行きますよ!!」

「わわわ!!」

 

 すれ違ったシスターの走ってはいけませんという声に返事だけして走り続ける蘭。

 

 普段の優等生ぶりは何処へやら。

 そこにいたのは好きな人とのデートに心を踊らせる年相応の少女の姿嶽だった。

 

 その後一夏と蘭は学園祭が終わるまでの一時間をみっちり楽しんだ。

 その間も組まれた腕は解けることはなく。翌日蘭が数多くの生徒から質問責めにあったことは言うまでもなかった。

 

 



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第108話【ロマンスの花束】

 

 

「申し訳ございません。お客様はお入りできません」

「へ?」

 

 ホテル『テレジア』の最上階にして最上級のレストランの入り口で一夏はダンディーな初老のウェイターに門前払いをされていた。

 

「え、なんでですか。招待状はちゃんと………」

「当店ではドレスコードが必須で御座います。お客様の場合スーツかタキシードなどの正装でなければ」

「う、うそぉ………」

 

 勿論そんなことは聞いてない一夏は愕然と口を開けて固まった。

 

 一夏の服は蘭の学園祭から直行で来たほんの少しお洒落な服。

 だがこの正式なる場所では場違いと言われても仕方がなかった。

 

(ていうかそういうことは前もって言ってくださいよ黛姉妹! いやこれは俺の落ち度か? ていうか、箒は知ってるのだろうか)

 

 直ぐに箒に連絡をいれようとウェイターに一言断りを入れてアドレスをタップしようとした。

 

「すいません予約していた者ですが。ドレスの貸し出しも」

「はい承けたまりました。こちらへどうぞ」

「やった! ドレスなんて私初めて!」

「君がドレスを買うお金がないと言っていたからね。そういうサービスがあるところを探したのさ」

「んー! もうマー君大好き!」

 

 スタッフに連れられた女性をまたも呆気に取られたように一夏はサッと初老のウェイターを見た。

 

「当店では女性のドレスの無料貸し出しを行っております」

 

 後から聞いた話、ここはドレスメーカーとの契約で貸し出されているとか。

 

 そして

 

「男性は」

「3回のショップに呉服店が御座います」

「レンタルは?」

「ありません」

「一番安いのは」

「10万円ほどかと」

「うぎゃっ」

 

 とても学生が払える値段ではない。

 一夏も今月代表候補生としての給料を貰えたが。ここでスルほど金銭感覚はずれていない。

 

 女性には無料で貸し出し。男性には買ってこいと突っぱねる。

 流石は女性優遇社会。女性に対するアフターケアは完璧である。

 男性? 知らんわそんなもん。

 

(ま、まあ。箒が恥をかかずにすむってことだから良しとしよう。男は堪え忍ぶ生き物だ、うん)

 

 一夏は持ち前のポジティブさと開き直りを持って内に宿る感情に封をした。

 

「あの、このあたりで他にスーツが売ってるところは。庶民価格で」

「一番近くですと、2駅離れた場所になります」

 

 間に合わない………せっかく早く来れたのはいいが。往復+スーツを見繕うとなると明らかに時間オーバー。

 

 箒は今日の日を楽しみにしていた。

 こうなれば、カードを切ってでも買うしかないか………

 

「あら、どうかしたのかしら?」

 

 鈴のなるような、それでいて深みのある女性の声が。

 振り替えると、そこには豊かな金髪とこれまた豊満なスタイルに高身長というモデル逆立ち者の美女が立っていた。

 

 紫のドレスが生み出す魔性のボディラインは見るものを魅了し、先ほどマー君と呼ばれた男もドレスを着て戻ってきた女性に目もくれずに釘付けになってしまった。

 

「これはミス・ミューゼル。お待ちしておりました」

「トラブルかしら?」

「いえ、こちらのお客様がドレスコードを持っていないということで。入店をお断りしていたところです」

「ふぅん。入れてあげたら良いじゃない。彼は知らなかったのでしょう? 無体を働いた訳でもあるまいし」

「ですが規則ですので」

「招待状を持ってるのに? 酷いわね」

「その言い方は困ります、ミス・ミューゼル。残念ながらこれは不変の決まりごと。例えミス・ミューゼルの申し出でもこればかりは」

「ふぅ。真面目も考えものね」

 

 困ったわ、とミューゼルと呼ばれた女性は顎に手を置いて思案に暮れた。

 

「あの、もういいです。規則を知らなかった自分に非があるので。なんとかします」

「なんとかって、どうするの?」

「呉服店でスーツを買ってきます。一応、お金はあるので」

「でも学生にしては高いわよ?」

「それでも、待ってる人がいるので。自分の都合で遅れるわけにはいきません」

「ふーん。中々潔いのね………気に入ったわ」

 

 可愛らしい笑みを浮かべたと思ったら、ミューゼルは一夏の腕と自分の腕をサッと絡ませた。

 

「え、あのなにを?」

「お店に行くわよ。服、買ってあげる」

「え、悪いですよ! 赤の他人にそんな」

「良いのよ。私はあなたの心意気に共感を覚えた。このご時世にこれほど芯の通った男は中々いないわ。だから充分投資する価値はあると見込んだ。それだけよ」

「いや、だけどそれは」

「ふふっ。では行きましょう」

「えっ、ちょっ」

 

 一夏の言を飲み込むように強引に連れ出すミューゼル。

 まるでそれは突然降り始めた土砂降りの雨のような苛烈さだった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「うん、良いわね。やはりタキシードは男を引き立てるわ」

「は、はぁ」

 

 素人目でも高い! と思わせるラインナップの中でミューゼルが選んだのはそれこそ目玉が飛び照るような値段のタキシードだった。

 

 それこそセシリアや菖蒲レベルの値段の物を。

 

 流石に罪悪感が沸き上がった一夏は少しでも安いのに変えて貰おうと緊張の中ミューゼルに断りを入れた

 

「あの、やっぱり払います。あと一番安いのを」

「もう。良い男は小さいことは一々気にしないものよ?」

「いや、これは本当に小さくないですよ? なんで此処まで助けてくれるのですか?」

「あら? あなたは誰かを助けるのに理由をつける人?」

「そんなことは」

 

 誰かを助けるのに見返りを求めてはいけない。

 困ってる人がいるなら助ける。

 助けを必要としなくても、助けれるなら手を伸ばす。

 それが一夏の性根であり。一夏にとっての精神の核だった。

 

「そうね。あえて理由をつけるなら。私の満足のため」

「満足?」

「そう、満足。良い男に貢ぎたい。お金に困ってる子に救済の手を伸ばす。そうすることで感謝され、敬われ。私はそれによって優越感を得て虚栄心を守られる。それは煌びやかな宝石よりもよっぽど有意義な財産の使い方なの。私にとってはね」

 

 いたずらっぽくウィンクを向けるミューゼルに一夏はもはや呆気に取られることすら忘れた。

 

 根本的に考え方が違う。いや近いようで遠いというべきだろうか。

 

 他者に対して無償の愛を捧げる。

 優越感と虚栄心を口にしたが、彼女はそんなことを考えてなどこれっぽっちも考えていないように見えた。

 単に困っている男の子に手を差しのべた。ただそれだけの為に彼女は行動したのだ。

 

(これが俗にいう『良い女』というものなのだろうか。なんだろう。スゲーという感想しかでない)

 

 気付けば一夏からミューゼルに遠慮しすぎるのはかえって失礼ではと感じ始めた。

 快く受けとることが彼女に対する礼儀だということに気付いたからだ。

 

「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」

「フフッ。喜んで貰えて嬉しいわ。あとは………」

「ミス・ミューゼル。お待たせ致しました」

「あら、タイミングばっちりね」

 

 店に入ってきたのは薔薇の花束を持ったエプロンの女性だった。

 さっきミューゼルが電話をしていたのを一夏は思い出した。

 

「良い薔薇ね。今日入荷したのかしら?」

「ズバリその通りなのですよ。彼はミューゼルさんのお相手ですか?」

「ううん、既に先約ありなの。請求書は何時ものところで」

「かしこまりました。またのご注文、お待ちしております」

 

 人の良い笑顔のままお辞儀をし、花屋の店員は店を後にした。

 

「はい」

「え、俺にですか?」

「そうよ。女性を待たせてるんだもの。花束ぐらいは持たないと失礼よ」

「あの、せめてこれだけは」

「んー?」

「………ありがとうございます」

「良くできました」

 

 この場ではどうあがいても一夏に勝ち目なし。

 大人しく好意に甘えることにした。

 

「さあさ。早く行きなさいな。女というのは男なんかより遥かに早い時間を生きてるのだから」

「すいません! 縁があれば必ずお礼をします! あなたのお名前は」

「スコール。スコール・ミューゼルよ。じゃあね、織斑一夏くん」

「はい! ありがとうございます、スコールさん!」

 

 服装が乱れないように細心の注意を払いながら一夏は最速でエレベーターの中に転がり込んだ。

 

「………あれ。俺名前なんか教えたっけ?」

 

 どうだったかと思い出そうとしたが。自分は結構名前を知られてるから別に不思議ではないか、と一夏はエレベーターが到着する音を聞いた。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ま、またも大胆なドレスを選んだな。我ながら………」

 

 レストランの一番奥。輝く夜景を一望できる最高のセットポジションで箒は明らかに緊張していた。

 

 箒が身に纏うのはレストランでレンタルしたドレス。

 一番落ち着いた色をと白基調のものを選んだ。

 華やかさより貞淑さを選んだつもりだったが。箒のこれまた豊満なバストによって一気に艶が入ったドレスに早変わりした。

 肩も思いっきり出ており、箒のきめ細やかな素肌がこれでもかとアピールしてしまう結果となった。

 

「変に思われないだろうか。いやこれぐらいが良いのだ。むしろあいつのことだ。そんなドキドキすることは………」

 

 と思ったが。臨海学校の夜の密会のことを思い出して再び箒は身悶えした。

 

「箒! ごめん遅れた」

「遅いぞ一夏! いや、そうでもないか…」

 

 実際ギリギリセーフだったのだが。

 箒はテンパるあまり反射的に答えてしまったことに気付き、即座に訂正しようとしたが。

 

 一夏のタキシード姿に箒の時は止まった。

 

 そして3秒後。

 

(かっっっっっっっこいっ!!)

 

 限界化した。

 

 こう見えて、しっかり千冬と同じ遺伝子が流れているのか一夏はこういう正装が似合うのだ。

 疾風の予想外の人気もあったが、箒は学園祭の燕尾服にトキメキ警報鳴りっぱなしだった。

 

 そんな彼に見惚れる箒に一夏は薔薇の花束を渡した。

 

「これ、受け取ってくれないか?」

「ば、薔薇の花束。しかも赤一色………」

 

 放心する箒に追い討ちをかけるような全女性の憧れである赤い薔薇の花束。

 ここはまことの現実なのか? 

 

 豪華な夜景に最上級のホテルレストラン。

 目の前にはタキシード姿の意中の男がいて、しかも薔薇の花束を貰ってしまった。

 

 怒涛の展開に箒は言葉を発することが出来ずにウェイターに導かれるまま席を座った。

 

 席に案内されてからウェイターがコース料理について説明するが、いまいち理解してるかわからないまま相づちを打ってその場をしのぐ。

 

「それでは。どうぞ至福の時をお楽しみ下さい」

「「は、はい」」

 

 綺麗なお辞儀をするウェイターが去るのを見て、思わず深いため息を吐いた。

 

「なんというか………此処にいていいのか、私たち」

「だよなぁ………」

 

 周りを見渡してもいるのは大人、しかも明らかにセシリアレベルの人、つまり上流階級の人たちばかりだった。

 

「そういえば箒」

「なんだ?」

「ドレス、似合ってるな。綺麗すぎて思わず見惚れちまった」

「お、お前本当に一夏か?」

「どういう意味だよそれ」

「だって、こんな。薔薇の花束など。お前が持ってくるとは思わなくて………欲しい言葉もくれて」

「あーーー」

 

 流石の一夏も素直に見知らぬ美人のアドバイスとプレゼントだ、というのは憚られた。

 乙女心と空気ブレイカーの名を欲しいままにしてる一夏と言えど。ここで種明かしをするほど愚か者ではなかった。

 

「ネットで、そういうの調べて。参考にしたって感じだ。薔薇の花束とか」

「そ、そうか」

「でも。箒が綺麗というのは本当だし、最初から用意した訳では………」

「わかった。わかったからそれ以上言うな。う、嬉しすぎて爆発してしまう………」

「爆発? 嬉しすぎて?」

「なんでこういう時だけ聞こえるんだバカモン」

「えぇ、なんで怒られたんだ俺?」

 

 女性というのは難しい。

 

 それから運ばれてきた料理の数々。

 見た目だけでなく今まで食べたことのない味わいに舌鼓を打つ一夏。

 それに対し箒は喉が通るのが不思議なぐらい。というよりずっと一夏から目を離せずにいた。

 

 食事中ずっと目を離さずにいられたのは、一夏が料理に夢中になっていたからだろう。

 一口食べるごとに目を光らせ。時折考え込むのような顔になる。どうやらどうやって作られているのか分析しているらしい。

 もし一夏がこちらを一目見ていたら箒は直ぐ様顔をそらしてしまうだろう。

 

 カッコいい一夏をずっと見ていられるのは役得ではある。だが………

 

「少しはこっちを見てくれないと寂しいぞ」

 

 スラリとこんな言葉を出せる自分に驚いた。

 場の雰囲気に飲まれたのだろうか。

 

「スマン。何もかも目新しくて、盛り付けとか味付けとかも」

「そこまで言うなら今度振る舞ってくれるのだろうな?」

「勘弁してくれ。これは1日そこらで出せる物じゃないぜ………」

「冗談だ、真に受けるな馬鹿め」

 

 フッと笑みを浮かべる箒にドキッとさせられる一夏。

 

(なんだ、箒の奴、何時もと雰囲気違うぞ。レストランとドレスのせいかな)

 

 料理に夢中になっているように見える一夏だが。実は箒の姿を見るのに何処か恥ずかしさを覚えて思考を料理に集中している、とは口が裂けても言えないという現状にいた。

 

 だが箒は頬を少し赤らめる一夏を見て、火照り続ける身体とは逆に思考がクリアになっていた。

 

(もしかしたらこれは、これはいけるのでは?)

 

 夜景の見えるレストランでの告白。

 正にドラマや映画で良く見るシチュエーションだ。

 

(今は私と一夏の二人だけ。邪魔する者も。突発的なハプニングなど皆無! そして何より、一夏は私を意識している筈! 落ち着け、落ち着け。慎重に言葉を選べ。あの朴念仁にも通じるぐらいの、愛の言葉を)

 

 そうこうしてるうちにラストのデザートにたどり着いてしまった。

 

(よし! やはりここは直線ど真ん中だ! 不器用な言葉など並べればボロが出るのは必然! いざっ!!)

 

 グイッと心を落ち着かせる為に水を飲み干した。

 

「一夏!」

「おう、なんだ」

「わた、わた、私、は」

 

 勇気を振り絞って言おうとしたら、とてつもない高揚感と緊迫感が箒を支配する。

 

 心臓はニトロを放り投げられたかのように目まぐるしく稼働し、もはや止まることを知らずにいた。

 

 頭がボーッとし。舌がまわらない。

 だが今言わなければいつ言うのか! 

 

 それだけを想いに箒は一夏の目を真っ直ぐ見つめ、息を吸って吐き出した。

 

「私はお前のこ、と………!」

 

 ギュルン、と世界が周り。とてつもない虚脱感が箒から力を奪った。

 

「ほえ?」

 

 視界が不安定になり、目の前の一夏が五人に見えた。

 いったい何が? と考えたが最後。箒はブレーカーを落とされたのように力を失い。

 

「あぶねっ!」

 

 テーブルにもたれこんだ。間一髪で顔面ダイブしそうになったデザートの皿を取り上げる一夏。

 それからピクリと動くことがなくなった一夏は思わず席をたって箒の側によりそった。

 

「箒? 大丈夫か? おーい」

「………………」

「箒、おい箒っ」

「………ふにゅー?」

「へ?」

 

 のほほんさんが乗り移った? と思えるような箒が絶対に出さない覇気のない鳴き声に一夏は頭が真っ白になった。

 

 というか………

 

「箒、なんだか凄い酒臭いぞ?」

「へぇー?」

 

 料理に酔うほどアルコールは入ってない。ちゃんと飛ばしてある筈なのに。

 

「いちかぁ、いちかぁ」

「なんだ」

「おまえはかっこいいなぁ。いけめんっていうんだろうなぁ」

「はい?」

「りょうりもうまいし、かじもできる。ははは、おまえとけっこんできるやつはしあわせだなぁ」

「んんっ?」

「それにつよいこころももっている。うではまだまだだけど。おまえはつよいなぁ」

「んんっ!?」

 

 ふにゃんふにゃんになった箒は一夏を褒め殺しにかかった。

 それは一夏がいつもラバーズ相手に無自覚にしてることだが。いつも素直に褒めない箒からのドストレートな褒め言葉は確実に一夏に照れを発生させた。

 

「にゃはは、もっときたえろーいちかぁー」

「ちょっ、いて! 痛いって叩くなって」

「せーばいせーばい! ニャハハハハ! ギュー!」

「ほ、箒さん!?」

 

 箒が一夏に抱きついた。包容を逃れようとするがびくともしない。

 何か起きてる。流石に不振に思ったのかウェイターが様子を見に来てくれた。

 

「お客様、どうかなさいましたか?」

「その、なんか酔っ払ったみたいで」

「酔っ払った?」

「はい。水を一気飲みしたと思ったら」

「水、ですか………失礼します」

 

 ウェイターが空になった箒のグラスを手に取り、手で匂いを集めた。

 と思ったら血相を変えてバックヤードに向かったウェイター。

 

 しばらくすると若いウェイターを連れて戻ってきた。

 

「お客様、大変失礼致しました! この者が間違って運ぶテーブルを間違えてしまったらしく」

「あぁ、それで未成年の俺たちのテーブルに酒があって箒が飲んでしまった訳ですね」

「申し訳ございません!」

「誠に申し訳ございません。この者にはキツイ処罰を………」

 

 カンカンになってるウェイターと蒼白になってる若いウェイター。

 

「ニュフフフぅ。いちかいちかぁ」

 

 そしてベロンベロンに酔っぱらって抱きついてくる箒と。

 その女性特有の香りと柔らかさにどうしようもなくため息を吐く一夏だった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ほら、ほーら」

「んんー」

「ほら、起きなさい」

「んん?」

 

 箒はペシペシと叩かれてムクリと上体を起こした。

 

 目の前には着物を来た女性の姿が、

 

「いやこっちに起きてどうする!」

「アイタァっ!」

 

 ベシンとデコピンされた箒はゴロンと砂利の上を転がった。

 

「お、起きろっていったのに………」

「現実で起きろと言ったのよ! あーまったくこの娘はフラッとシンクロして。お母様が優秀なのも考えものね」

 

 はーやれやれと縁側に座った女性。

 

 ボヤける頭を振って必死に覚醒するもやはり頭に靄がかかっている。

 

 箒が寝転んでいる場所は玉砂利が敷き詰められたお庭だった。

 

 目の前には道場か屋敷なのか和風建築の家があり。庭の至るところに赤い椿の木が生えていた。

 

「どう? 元々はあきれる程の殺風景だったんだけど私が作り替えたのよ。綺麗でしょ?」

「えーと」

「あーレムレム状態? なのかしらね? まあそんなもんよね」

 

 縁側に座る女性は深紅の布地に何処かで見たような金の刺繍があしらわれた美しい着物を纏い、腰には2本の刀が差されていた。

 

 そして何より目を引くのは目元を覆う狐の仮面だった。

 

「あーこれ? いやー私の顔を見たら君が腰を抜かすなって思って隠してるのよ。でも仮面の美女って素敵よね」

「は、はぁ」

「前から思ってたけどあなたって面白味のない女よね。古風なのは良いけど愛想とユーモアがないと嫌われるぞ? 一夏くんに」

「余計なお世話だっ!」

 

 ガッと立ち上がる箒。だが次の瞬間箒の身体が光りに包まれ、足から先が粒子となって消えていく。

 

「な、なんだこれは!」

「あーもう覚めたのね。やっぱり今回は偶然か」

「お前は何を。というか何者だ!?」

「あら寂しい。結構特徴捉えてると思ったんだけど気付かないんだ。寂しいなー、薄情だなー」

 

 クルンと回って見せた狐面の女。

 その見たことがある外見に、箒は覚醒した頭でハッとなった。

 

「まさかお前は。うおっ身体がもう半分もない!」

「じゃあね主。もっと私を使って強くなってね。じゃないとこの先、生き残れないぞ」

「ま、待ってくれ!」

「白式の主によろしくー。まあ忘れるだろうけど」

「あかつ──」

 

 彼女の名前を言い終わる前に箒の身体は粒子となって消えた。

 

「しかしあの娘ほんとタイミング悪いわね。あそこでお酒飲む普通? 神に愛されてないのかしら、いや愛されるが故?」

 

 まいっか、と狐面の女は再び縁側に座って庭の椿を見やった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「んーー」

「あ、起きたか箒」

「一、夏?」

「ん。頭痛くねえか?」

「痛くないが、少しフラフラする。というかあれ、レストランは?」

「お前、酒飲んじまったんだよ。そしてぶっ倒れた」

「酒? ………ってちょっと待てなんだこの状況は!」

 

 ゆらゆらと心地よい揺れ具合、と思ったら箒は一夏におぶさっていた。

 

 至近距離に一夏の頭があって箒はパニック状態に陥った。

 

「うわっと、危ない危ない! 暴れるなって」

「お、降りる。こんな格好でおぶされるなんて」

「良いから良いから」

「し、しかし。重いだろう?」

「全然。だから大人しくおぶされてろって」

「う、うむ」

 

 こうまで言われたら従うしかない。実際今も頭がフラついていてまともに歩けそうにない。

 何より一夏とこれほど密着出来てるのだから甘んじて彼に身体を預けた。

 

「んん」

「どうした?」

「いやなんでもない(胸が………)」

 

 押し当てられた果実の柔軟さが一夏の精神に揺さぶりをかけた。

 そんな一夏の心境を知ってか知らずか箒はより彼に身体を預けていった。

 

「そういえば。今日はあの娘の学園祭の日じゃなかったか? 行かなかったのか?」

「行った。けど取り調べが長すぎて一時間しか行けなかった。蘭には悪いことした」

「とんだハードスケジュールだな」

「まったくだ。昨日無人機が襲ってこなかったら、ここまで切羽詰まらなかっただろうけどなぁ」

「…………なあ一夏」

「どうした?」

「今回の無人機、姉さんが仕向けたのだろうか」

 

 ピタッ、と一夏の足止まった。

 

 何気なく言った一夏の言葉に箒の表情が僅かに曇った。

 

 箒は話すまいと決めていた。だがお酒のせいでまだ酔ってるのだと理由をつけて話し始めた。

 

「今回、現れたISは18機。大国でもそれほど割くのは自殺行為だ。だが姉さんはISコアを作れる唯一の人。これだけの数を揃えるのは造作もないだろう」

「だけど、束さんだと決まった訳じゃ」

「じゃああのシールドを無効化するジャミングはどう説明する? あんなの、ISというものを熟知してなければ作り出せない。そしてIS学園ほどのセキュリティを思いのままに出来る人物。姉さんなら可能だ」

 

 ポツポツと話し始める箒。ギュッと首元に回していた力が強くなる。

 

「今日だけじゃない。一回目や二回目の無人機。銀の福音だってもしかしたら姉さんの仕業なんじゃないかって………そして今回は、明確に私たちを殺しに来た」

「………」

「姉さんは何を考えている? ISを作るとき、あれほど楽しそうで、ISが好きな姉さんがISを否定した。あれは偽物の笑顔だったのか? ISが好きなのは嘘なのか? 私たちに対する態度は偽りだったのか? あの人にとって、所詮その程度の物だったのか? 一夏………私は、姉さんがわからない」

 

 あれはもはや既存のISの戦闘ではない。

 本当の意味での殺しあい、いや相手に命がないのなら、それはもはや一方的な虐殺、ジェノサイドだ。

 

 ISを提唱した彼女が、ISの存在を壊すほどの目的とはなんなのか。

 

 平静を装っていた箒の支えが崩れた。

 一筋の涙が一夏の肩を濡らしていく。

 

 ただただ弱った箒に一夏は開きかけた言葉を一度飲み込んだ。

 

「俺にもわからない。だけど」

「だけど?」

「もし、束さんが俺たちを、箒を本当に傷つけようとするなら。俺は戦う。そして、守る」

「姉さんに勝てるのか」

「勝てるか勝てないかじゃねえ。俺はみんなを守る。昔も、今も、これからも」

「一夏………」

 

 根拠も実力も、確証もない。

 

 だけど覚悟だけは一丁前に構える。それだけしか出来ないならそうする。

 その為の力が白式であり。その力を振るうのが織斑一夏だ。

 

「だから箒は信じてやってくれ。もし本当に束さんが犯人なら。そこには何かしら理由があるんじゃないかって」

「なんだそれは」

「わかんない。わかんないことだらけだ。だけど束さんは箒の家族なんだ。信じてみても良いんじゃないか? 箒だって信じたい気持ちがあったから俺に話したんだろ?」

「………わからない」

「ゆっくり考えようぜ。少なくとも今は。そして今度あった時に正面から聞いてやろうぜ」

「そうだな、うん」

 

 十中八九はぐらかされそうだが。

 まだ自分のなかで姉を信じたい気持ちは確かにある。

 それを再確認出来たことに、何処か安心を覚えたのだった。

 

「スゥー」

「寝ちまったか?」

 

 酔いが回ったのか、箒はまた睡魔に落ちた。

 箒をもう一度背負い直し、IS学園への帰路についた。

 

「んにゅ、いちかぁ」

「ん?」

「………しゅき」

 

 

 

 ──ここで一つ余談ではあるが。

 

 一夏は最近疾風に少女漫画(楓やクラスメイトから借りた物)を押し付けられている。

 絶対に読んで反芻しなさい。と凄みの聞いた目で睨む疾風の迫力に渋々読んでみたが、これが意外と面白かった。

 

 そしてその中で、寝てるヒロインをおぶさって帰る主人公のシーンがあり。

 ヒロインが寝ぼけながら主人公に「好き(しゅき)」と言ったのだ。

 

 いつもの一夏ならそれに対して「手記? 箒まめだから書いてるのかな?」といつもの一夏ムーブを噛ますだろう。

 

 だが今回は漫画で予習し、記憶に新しいせいもあってか。

 

「んんっ」

 

 思いの外クリーンヒットした。あの一夏に。

 

 思わず歩み始めた足をまた止め、その場で踏みとどまった。

 耳元でのささやきボイスは思いの外一夏には強すぎた。

 

「………いや手記、そう手記だな。箒はまめだからな、うん。今度日記帳でも買ってやろうかな、うん………うん」

 

 持ち前の思考回路で無理やり路線変更を果たした一夏はしっかりした足取りでIS学園に歩を進めたのだった。

 

 このあと一夏は出来るだけ人に見つからないように箒を送り届けた後。自室に戻って例の恋愛コミックをチラッと目にしてから眠りについた。

 

 翌日、タキシード&ドレス姿の一夏と箒を目撃した女子が女子ネットワークに画像付きで拡散したせいでラバーズ勢にジト目を向けられたことは自明の理であったことは間違いない。

 

 



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第109話【コース料理って少ないよね】

 

 

 一夏と箒がレストランに行った翌日。

 

 レストランで酒を飲んでダウンした箒をおぶる一夏が発見されて朝の一大ニュースとなり。IS学園的関係各所に一夏が問い詰められた。

 

 まあそこらへんはありふれた光景なので割愛するとして。

 

「デケー」

 

 ホテル・テレジア。

 その最上階の夜景を一望出来るレストラン『リュー・ドゥ・ルポ』

 二つ星持ちレストランとして有名なそこは記事にも乗ってあって。たまたま目を通したから少し記憶に置かれていた。

 

 ………まあそこが間違って未成年に酒を出してしまったとかは結構問題ではあるが、まあそれはそれ。ただで高級レストランに行けるんだから文句は言わんさ。

 

 ミシュラン系の人がいなかったことは祈るしかあるまいよ。

 

 本当ならここにセシリアと来て、しかるべき時に告白する流れだったのだが。

 まあその話はまた今度にしよう。過ぎたことは忘れるのだ。

 

 さて、このレストランだが。ドレスコードがなければ入れないという落とし穴がある。

 女性には無料でドレスを貸し出すが男は買ってこいと追っ払う。

 一夏の犠牲は無駄ではなかった。彼はきっちり情報を掴みとって帰ってきてくれた。

 

 字面だけみたら理不尽極まりないふざけんな案件だが。基本この手の高級レストランではそう珍しいことではなく。

 むしろ女性が好きなドレスを無料で着飾れるという点では。

 ある意味良心的なサービスと見てとれる。

 

 要するに女性優遇社会も考えもの。

 たまに男性に対する理不尽な対応はあれど。女性に優しい世界というのは、案外世界的にも+だ。

 例を述べるなら、女性の事件被害者が格段に減るとか。妊娠後の子育て支援が良いとか。

 

 とまあそう素直に考えれたら良いのだが。

 

 たまに出てくる勘違いミサンドリーのせいで悪い方向に考えてしまう。

 

「しかし、本当に来るのかな」

 

 織斑先生の紹介相手。自分も知っているが。

 何故織斑先生がその人と会う算段を立てたのかがまったく謎。

 謎なままノコノコ来た俺も俺だけどさ、

 

 

「こんばんは、レーデルハイトさん」

 

 考えてたら待ち人来たれり。

 

 髪はボサボサとまでは行かないがモサッとした癖っ毛で、黒ぶちの眼鏡。

 水色のシャツに黒のカーディガン、下はベージュのチノパン。胸元には梟のブローチが変わらずついている。

 

「こんばんは。ご無沙汰してます。御厨所長」

「御厨さんでいいわ。堅苦しいでしょう」

 

 そう。今日の俺の待ち人は国際IS研究機関本部の所長、御厨麻美さんだった。

 

 いや本当になんで? と言いたい。

 あの時織斑先生に「別に良いですけど」と言った瞬間に電話をかけてトントン拍子で話が進んだのだ。

 

 鮮やかなスピード展開に織斑先生への疑念もすっかり置いてきぼりになり、半信半疑のまま待ち合わせ場所に赴いたということだ。

 

「スーツ」

「え?」

「似合ってるわね」

「ありがとうございます」

 

 一夏の言伝てに従って部屋にあったスーツを引っ張りあげた。

 これなら追い返されることはないはず。

 

「では行きましょうか?」

「ええ」

 

 しかし本当に、なんでこの人応じたんだろう………

 疑問を浮かべたまま俺と御厨さんはホテル最上階に赴いた。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 

 ドレスの着付けに向かった御厨さんを待つこと数分(スーツは問題なく通った)

 

 時間かかってるなと思いつつ、来たか? と思ったら黒いドレスに身を包んだ美人さんが出てきて空振り。

 

 女性の身支度って時間がかかる。ドレスの構造は知らんが。まあ気長に待たせてもらうとしましょう。

 

「お待たせ」

「あ、はい。ん?」

 

 あれ、どっからか御厨さんの声が聞こえたが肝心のその人がいない。

 

 トントンと肩を叩かれて振り向くと、そこにはさっき見た黒いドレスの美人さんが………美人さん? 

 

「お待たせ」

「………どちら様で?」

「御厨麻美よ」

「………………???」

 

 え、ん? おん? 

 えー? 

 

 どうかしたの? と小首をかしげる御厨さん。

 いやだって………変わりすぎでは!? 

 

 黒いロングドレスは首もとから胸元をしっかりカバーしてるが、肩と腕は露出しているタイプ。

 何より首から上がもうマ改造レベルで別物。

 

 素顔メイクはしっかりと化粧で彩られ、モサッとした髪もウェーブがかけられた、ゆるふわヘアーに。

 特徴的だった眼鏡がコンタクトになったのがでかいが。

 

 とにかく超変化である。

 モサッとした野暮ったい御厨さんが超絶美人に化けたのだ。

 

「驚いてるわね」

「あ、すいません」

「いいの。スタイリストさんが張り切っちゃって。鏡で見たとき私も首を傾げたわ。女って凄いわね」

「自分で言っちゃいますかそれ」

 

 いやでも気持ちはわかる。

 ここまで外見が変わるというのはそれだけ衝撃的だ。

 ………女性って怖いなぁ。

 

 ウェイターに促され、説明を受けて一息ついた。

 だが本当に良いところだ。ますますセシリアと来たかったと思うのは仕方ないと思いつつ、気取られないように表情を引き締めた。

 

「綺麗ですね、夜景」

「そうね。ここは当たりなのかしら?」

「2つ星ですよ」

「ふーん。私こういう所に来るのは初めてだから。凄い新鮮」

「そうなのですか?」

「目立つところ嫌いだもの。昔はマスコミがほんとゴミのように来て。だから外見変わるのはかえってありがたいかも………ところで」

「はい」

「テーブルマナーってわかるかしら? 大事なんでしょ?」

「あー初ですもんね。俺でよければ教えますよ」

 

 幸い俺は家族の付き合いで付いていくことがあったから知識としてはあった。

 固くならずに大雑把に説明してあげた。

 

「めんどうね。ご飯食べるだけなのに」

「気持ちはわかりますけど、あまりこういうところで言わないで下さいね」

 

 そうこうしてるうちに前菜、オードブル到着。

 

「なんか薄い黄緑色の上に色々乗ってるわね」

「薄いのはキュウリですかね」

「どれから食べれば?」

「そこまでは決まってないと思いますよ。あと、特別行儀悪くなかったら自由でいいかと」

「そう。では」

「いただきましょうか」

 

 フォークとナイフを手に持って一口。

 うん………この普通では食べれないような繊細な味はコース料理ならではだよなぁ。

 

「………」

「どうです?」

「可もなく不可もなく」

 

 妥当な答えですね。

 

 二品目のスープ。

 オニオングラタンスープが来た。

 

「なんか一気に庶民感が。味は深いけど」

「知ってる料理来たらそうなりますよね」

「実を言うと初めて食べるの。オニオングラタンスープ」

「それはそれは」

 

 出されたパンをちぎって食べてからスープを一口。

 うーーん浸したい。パンを浸したいけどマナー的にどうだったっけ? 

 やめとこう。うん。

 

「パン、浸していいかしら」

 

 代弁してくれてありがとうございます。

 とりあえずやめておいた。

 

 三品目、メインの魚料理。

 鮭のパイ包み焼き。

 中には野菜も入っており。チーズがトロッと溶けてパイ生地と合わせて食べると。うん、これは美味い。

 

「美味しいですね」

「うん。自分でも作れるかしら」

「この味を出すのは至難だと思いますよ」

「神の舌が欲しいわね」

「改造しちゃいます?」

「………」

「冗談ですよ?」

 

 簡単そうに見えて奥が深そうな料理だ。

 

 これ一品考えるのにどれだけの研鑽と時間を費やしたのだろう。

 

「ところで、学園は楽しい?」

「ん? ええ楽しいですよ。毎日IS動かせますし」

「友達はどれぐらい?」

「数えていませんが。結構多いですよ。なんか変に女子っ! って感じしないんです、IS学園の女子は。ノリが男子高校生なところがあって。イベントの盛り上がりとか凄いですよ」

「学園祭のシンデレラとか?」

「知ってるんですか?」

「あなたのお母さんから写真が送られてきてね。フフッ、執事も王子様の姿も似合ってたわ」

「ありがとうございます」

 

 どうやら母経由で国際IS研究機関本部所長にデータが横流しされてるらしい。

 由々しき事態である(棒)

 

 しかしあれだな。この人とはあんま緊張せずに話せる。

 雰囲気? 人柄? なんか安心するんだよな。

 

 四品目、肉料理。

 牛フィレ肉のステーキ。穀物のガレットを乗せて。

 

「美味しい」

「肉柔らかいですね。ソースも美味しい」

「でも欠点もあるわ」

「ですね」

((もっと量欲しい))

 

 声に出さずとも考えてることは同じように見えた。

 

 コース料理というのは美味しいのだが、いかんせん量が少ないのだ。

 庶民層にとって美味しい料理は腹一杯食いたい性なのである。

 

「そういえば。一昨日は大変だったのね、タッグマッチの」

「あまり大っぴらには言えないですけどね」

「今さらだけど、外出して良かったの?」

「俺はそこまで傷はなかったので。再生治療もありましたし」

「そう、よかったわ………」

 

 安堵したように胸を撫で下ろし。最後の一口を頬張る御厨さん。

 

「俺からも一つ良いでしょうか」

「どうぞ」

「なんで俺とディナーに来てくれたんですか」

「織斑先生に呼ばれたから、では駄目かしら?」

「それでも良いですけど。普通こんなお子さまの誘い乗ります? しかも結構即決でしたし」

「若い男にあやかりたかったとか。貴重な男性IS操縦者と交流を深めたいとか、ただで美味しいもの食べれるとか」

「ほんとですか?」

「嘘ではないわ」

 

 ということは本音ではないんですね? 

 と視線を送ってるとデザートが来た。

 

「デザートのクレープ・シュゼットでございます」

「クレープ・シュゼット?」

「クレープを砂糖とバターを加えたオレンジジュースで煮込んだ物でございます。お好みでバニラアイスを加えてお楽しみください」

「ほぉ………」

 

 クレープ・シュゼット。クレープのオレンジジュース煮込みとな? 

 へぇ、まだまだ俺の知らないスイーツってあるもんだなぁ。普通クレープを煮込むとか考えないでしょ。

 

 クレープにナイフをいれ、滴るオレンジソースを逃がさないうちに口にいれた。

 

 甘くて酸味のあるオレンジソースとクレープ自体の味が上手く合わさってる。

 美味しいなぁこれ。今度作ってみようかな? 

 バニラアイスを乗せてぱくり。あーー。

 

 今日来てよかったわぁ。

 

 ラストのクレープ・シュゼットを食べきって至福の時間は終了した。

 

 御厨さんはこのまま帰りたくないからと一度更衣室に向かった。

 

 数分後、御厨さんはいつもの格好で出てきた。

 少し違うのは髪がウェーブのままというぐらいか。これだけでも印象変わるな。

 

 最寄駅まで送りますと俺と御厨さんは夜の街を歩いた

 結局誘いにのってくれた理由は有耶無耶になったな。

 

「なんか、聞きたいこととかある?」

「え?」

「織斑さんはあまり話したがらないでしょうし。私が答えれる範囲なら答えてあげても良いわよ。私の私見でよければ、だけど」

 

 それは、今回の事件について。だろうか

 詳細を知っているということは分かっているが。

 

「18機の無人機。シールドの無効化。とんでもないISよね、あのゴーレムⅢは」

「そこまで知ってるんですか?」

「織斑さんからね。まあ、ディナーに誘ってくれたお礼と思ってくれたら」

 

 夜の街もまばら。人通りがなくなったとこを見計らって俺は話題を切り出した。

 

「今回の事件。首謀者は篠ノ之束博士ですか?」

「恐らくね。今現在、あれだけのコアを出せるのは篠ノ之さん以外考えられない」

 

 言葉を濁すことなくスラッと答えてくれた。

 織斑先生に濁されまくったからなんだか気分がよかった。

 

 となれば舌も滑らかになるというもの。この際聞きたいことを聞けるだけ聞くことにした。

 

「仮に篠ノ之博士だと仮定して、彼女は何を考えてるのでしょう。はっきり言って、あれはISそのものを否定しています」

「そうね。ISをISたらしめてるのは絶対的な防御性能だから」

「そうですよね」

「だけど今回は兵器の側面が色濃く出た。もしかしたら篠ノ之さんはISを過信するなと伝えたかったのかも」

「女しか乗れないという制約をぶち切った無人機でですか?」

「一種のアンチテーゼなのかもね。ISは絶対の存在ではないということへの」

 

 それって篠ノ之博士がISという存在を否定したということ? ISを作り出した張本人が? 

 いやそんな、それは余りにも。

 

「もう一つ。生徒を危険な状態にすることが目的」

「なんのために?」

「織斑さんを表舞台に引きずり出すため。あなたも疑問に思ってるんじゃない?」

「………織斑先生は、これまで一度も前線に出ていません」

 

 世界最強を手にした彼女。

 ISを生身で止めるほどのポテンシャルを持つ彼女が。これまでISに乗ったところを見たことがない。

 

 三度のゴーレム襲撃、銀の福音の暴走。二回にわたる亡国機業(ファントム・タスク)の襲撃。そのいずれも織斑先生は司令塔として、前線には出ないでいる。

 それどころか、通常の授業も副担任の山田先生がISに乗っている。学園の誰も彼女がISを乗ったところを見たことがない。

 

「なんで織斑先生はISに乗らないのでしょうか。織斑先生が男性、なんてことはないでしょうし」

「織斑さんはある時期を境にISに乗った姿を公衆の面前に晒さなくなったわ」

「第二回モンド・グロッソ」

「そうね、丁度あの頃ね。何故乗らなくなったかは。残念ながら答えを出せないけど」

 

 うむ、話してみたが、分からないことが更に増えた。

 

 織斑千冬と篠ノ之束。この二人はISの中核にある存在。

 だが知ってるのは誰もが知っていることだけ。

 あの二人は何を持っている? 何を隠している? 

 

 世界最強(ブリュンヒルデ)人類最高(レニユリオン)

 明確な存在であるはずなのに、蓋を開ければ何もわからない二人。

 

「結局篠ノ之束は何がしたいのでしょうか。話せば話すほどあの人がわからない」

「篠ノ之さんは私たちと根本的に違う視点を持ってる。これまでのことが全て篠ノ之さんが行ったのだとしたら。そこにはなにかしらの目的があるでしょうね」

「その終着点はなんなのでしょう」

「それは本人に聞いても答えてくれないでしょうね。少なくとも、今は」

「釈然としません」

「そうね。私も答えれる範囲でしか話してないわ。本当なら全ての憶測を話してあげたいわ。釈然としないのは、私も同じ」

「ふぅ。まだまだ子供ですね俺は。肝心なことを聞ける立場に無いわけだ」

「子供だけではないわ。大人になっても。ううん、大人になって見えないことの方が増えていく」

「割に合わないですね」

「そうね。でも確実なことは一つだけあるわ」

 

 少し先を歩く御厨さんが立ち止まってこっちに振り返った。

 その表情はとても優しく見えて、まるで母親が子供に分からないことを教えるような、そんな雰囲気だった。

 

「織斑さんは間違いなく。あなたたちの味方。あなたたちが危険な目にあって、平気でいられる人ではない。あの子は強面を演じてるけど、何処までも優しい子だから。本当なら自分で全てを片付けたい。でも出来ない理由がある。だからこそ許せないの、あなたたち生徒を頼らなければならない自分自身に」

 

 織斑先生が優しい………というのはパッとしないけど。

 先生が信頼出来る人ではあることは確かだ。

 そして決して俺たちを捨て駒などしないということも。

 

「おぼつかない話ばかりでごめんなさいね」

「完全にスッキリした、というわけではありませんが。誰にも話せなかったので良かったです。ありがとうございます」

「それならよかった」

 

 胸のしこりがほんの少し軽くなったような。

 結局分からないことだらけではあったものの。

 そんな一長一短でわかるような事ではないことだけは解った。

 

 

 これからも襲いかかるであろう理不尽。それでも抗わなければならないのだろう、俺たちは。

 

「一つだけレーデルハイトさんの問いかけに答えをあげる」

「え?」

「私がなんであなたとのディナーに応じたのか」

 

 あ、すっかり忘れてた。

 

「実はね、私には息子がいたの」

「いた、ですか」

「うん、亡くなったの。白騎士事件のあとに。昔から心臓が悪くて、そのまま。今あの子が生きていたら、丁度あなたと同い年。あと、何処かあなたに息子の面影を感じてしまったの」

「似ているんですか? 俺と息子さん」

「雰囲気、とかそんなぼんやりとした感じだけどね。あなたの誘いに乗ったのは、以前からゆっくりご飯でも食べながら話したいなって。そう思ったから」

 

 御厨さんが来たのは、俺に息子さんの面影を重ねていたからなのか。

 そういえば初めてあった時のあのリアクションもそう考えれば納得が行く。

 

「ごめんなさいね、こんな理由でおばさんとディナーなんて」

「いえいえ、貴重な時間をありがとうございます。今日は楽しかったです」

「うん、私も楽しかったわ。ところで」

「はい」

「本当は誰とディナーに行くつもりだったのかしら? 女の子とか?」

「………ノーコメントで」

「語るに落ちてるっていうのよ、それ。フフッ」

 

 そう言って意地悪く笑う御厨さんに、俺は何処か既視感を覚えるのだった。

 

 その顔が悪いことを考えてる自分自身と同じだと気付くのは、また別の話。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 外の光が入らない室内で、ディスプレイの赤い光だけが輝いていた。

 その中で絶えずコンソールを動かし、常人には理解できないようなデータの数々を閲覧している女がいた。

 

「うーん。白式と紅椿の稼働率はそこまで上がってないか。まあそう都合良くレベルアーップ!しないのは解ってたけども。白式は学園祭、紅椿はキャノンボール・ファストで上がったから、それは良しっと」

 

 ぼやくように呟くのは、人類最高と謳われた全てのISの母。篠ノ之束だった。

 

 ここは束のパーソナルスペース。なにか作業するときはこの中でと相場が決まっているのだ。

 

「それにしてもゴーレムⅢ18機がこの短時間で全機破壊されるのは流石に予想外だったな。既存よりパラメータは上げてたのになぁ」

 

 自身が送り込んだ鉄の乙女の数々。

 あの悪魔の所業とも言うべき代物を送り込んだのは何を隠そうこの天災だった。

 

 この世でISコアを作れるのは束のみ。

 箒と疾風の予感と予想は見事的中していたのだ。

 

 これまでの無人機騒動も全て束の仕業に他ならない。

 といっても、これ程事件を起こせるのは世界広しと言えど束のみだろう。

 IS学園のセキュリティなど、勝手知ったる我が家のようなものなのだから。

 

「まあ相手を絶対に殺さない制約は課してたから。ある意味手加減はあった。それにISは人が乗ってこそ真価を発揮する。無人機って時点である程度の戦力低下は免れないもんねぇ。有象無象の戦力でも失うのは勿体ないし。オッケーオッケー」

 

 そうだとしても今回の戦果は束の想定の中で確率の低い方だった。

 IS学園の戦闘教員のみならず。一年生組は銀の福音戦と比べて圧倒的にレベルアップしている。

 個々の連携も思ったより取れていた。何より逆境に臆せずに立ち向かえるだけの判断と技量は有している。

 

「若い子の成長は侮れないねぇ。それもこれも」

 

 ピピッとコンソールを操作。画面に出てきたのは疾風の顔写真、そして戦闘のログだった。

 

「眼鏡くんの指導のお陰かなぁ。教師に向いてるかもね眼鏡くん………まるで先生みたいだ」

 

 束は脳内の記憶から懐かしいものを取り出した。

 

 自分のことをちゃんと見てくれた恩師、御厨麻美。

 束がこの世で唯一勝てない人。スペックとかそういう目に見えるものではなく、精神的な面で勝てないと思った。

 彼女のお陰で見識が広がった。自分の夢を笑わずに真摯に聞いてくれた。

 彼女たちとISの雛形を作ったあの時間は何事にも変えがたい大切な思い出だ。

 

「………それにしても。少し意地を張りすぎじゃないかな、ちーちゃん」

 

 画面を操作し、写し出されたのは襲撃時のIS学園の管制室の監視カメラ。各自に指示を出し、司令塔に徹してる千冬。

 束にしては珍しく、睨む形でその姿を見つめた。

 

「18機もの殺戮人形が生徒を襲ったんだよ? 今回は本気で生徒が死ぬかもしれなかったんだよ? 危険度なんか福音の比じゃない。なのになんで暮桜を出さなかったのかな? ちーちゃん」

 

 千冬が前線に出れば被害は格段に減らせたはず。それだけの技量と機体を持っているのにも関わらず、千冬は戦場に立つことはなかった。

 

「もしかして束さんを信頼してた? 束さんなら流石に殺すまでしないだろうって。そこまで頭お花畑な訳がないよね? 悔しそうに歯ぎしりしてるくせに。そうまでして封印を解きたくないんだね、ちーちゃん………いやわかるよ。なんでちーちゃんが頑なに動かさないのかも。動かしたら大変なことが起こるのも。束さんは充分にわかってるのさ。でも」

 

 動かしてくれないと、襲撃した意味がない。

 

 篠ノ之束がこれまでIS学園に攻撃を仕掛けた最大の理由。

 それは織斑千冬の暮桜の起動に他ならない。

 

「でも束さんも馬鹿じゃないよちーちゃん。むしろ天才なんだから。これまで三回のアプローチで。はい見ーつけた♪」

 

 新たにディスプレイに写されたのはIS学園の地下区画。その深層。そこに安置されてる。目的の宝箱の居場所だった。

 

「束様」

「はいはいクーちゃんどうしたのー?」

「パンが焼けました。お邪魔でしたか?」

「ううん! 今終わったところだよー!」

 

 パーソナルスペースのハッチを開けてピョーンと自身の従者である女の子の前に降り立った。

 

 クーちゃんと呼ばれた少女はまるでお人形さんのようだった。

 銀に輝くロングヘアー。歳は12歳かそこらと小柄。その両の目は固く閉じられており、そこがまたミステリアスな可愛さを表現していた。

 

「さーてゴハンゴハンー♪」

 

 先ほどの不機嫌さは何処へやら。束は少女が持ってきたクロワッサンに手をつけた。

 

「アム! モグモグゴクン。うん! うーまいぞーー!!」

 

 ヤッホーい! と跳び跳ねながら全身で喜びを表現する束に対し、少女は何処か申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「ウソです。美味しいわけありません。こんな真っ黒に炭化したパン。味見した時吐きかけましたもの」

 

 少女が持ってきたパンはどれも黒く焦げている。

 少女にとって束に料理を振る舞うことは本意ではない。

 束からの『女の子なんだから料理の一つは覚えなきゃ駄目だよぉ!』という言葉に従って料理を作っているが。毎日作っても焦げるならまだ良し、ゲル状の物や異臭を放つ物が出来上がる。

 

 それを束はこの世全ての極上品とばかりに食べきって少女に美味しかったよ! と頬擦りするのだ。

 どんな出来映えても必ず持ってくること。それを残さず食べきっている。

 人類最高は胃袋も規格外だった。

 

「なに言ってんのクーちゃん! 前より焦げてる面少なくなってるじゃん! 料理はトライ&エラー! 開発と同じだよぉ」

 

 まあ束はトライ&サクセスを地で行くので説得力が皆無過ぎる。

 料理も束がやる気になれば極限まで緻密に計算し尽くされた極上のコース料理を作り出せることだろう。

 

「ねえクーちゃん」

「はい」

「ちょっとお使いを頼まれてほしいんだよね。行ってくれる?」

「束様のご命令とあらば」

「もー堅い堅い! モース硬度10ぐらい堅いよクーちゃん! ちゃんとママって呼んでくれないと束さん拗ねちゃうぞ!」

「私にとって束様は私を救ってくれた救世主。生涯全てを捧げるべきご主人様で御座います。そのように呼ぶのは、私のメンタルが持ちません」

 

 全てが閉ざされた暗黒の人生。

 それをぶち壊し、こうして束に仕えることは少女にとってこの上ない幸福。

 

 だから彼女の為ならなんでもする。たとえそれがどれ程非道に満ちたものであってもだ。

 

「それで、お使いとはどちらへ?」

「うんうん。お姫様に届け物をしてほしいんだ」

「お姫様、ですか?」

「そう。場所はIS学園地下特別区画。その最奥で凍結されている、眠り姫にね」

 

 またもIS学園に束の触手が伸びる。

 

 全ては、篠ノ之束の手のひらの上。

 

 






 これにて第七章【更識姉妹(クリスタル・シスターズ)】終了!
 話数24か、うん多いね、我ながら。

 次回からワールドパージ編突入!ここは話数抑えれそうだ(フラグ)


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SBTファイル【徳川菖蒲&専用機】




 ここまでのネタバレを含むので注意

【徳川菖蒲】
【打鉄櫛名田】


【人物設定】

 

 

 名前:徳川菖蒲(とくがわ・あやめ)

 

 性別:女

 年齢:16

 容姿:黒髪のストレート

 好きなもの:弁当作り、鯛の天ぷら

 嫌いなもの:疾風を害する者、芽キャベツ

 国籍:日本

 専用IS:打鉄+稲美都パッケージ→打鉄櫛名田

 

 

 日本の大企業にして日本製第二世代IS打鉄を世に出した徳川グループのご令嬢。

 日本の代表候補生の1人で、あの徳川家康の子孫。

 

 緑の黒髪と称される程の艶やかな黒髪を持ち。大和撫子を体現した、たおやかな美少女。

 非常に礼儀正しく、他人と話す時は「○○様」と敬称をつける。

 

 IS学園の改造制服を着物ベースにして登校する大胆さを持ち。これはファーストコンタクトで疾風に強烈な印象を与えるためという考えもある。

 

 幼少の頃から身体が弱く、海外で成功率50%の手術を受けるために一時日本を離れる。

 疾風とは中学の同級生にして、親繋がりで知り合った。

 IS学園に来るまではほとんど病院暮らしだったため、少し世間からずれたことをしてしまうことがあり、ラウラの(クラリッサ仕込みの)間違った情報を鵜呑みにして重箱五段弁当を持ってきたことがあった。

 

 自他共に認めるほど疾風を慕っており。手術前から疾風を思い始め、手術に向かう時に勇気付けられたことで彼への恋を自覚した。

 疾風がIS学園に行ったことを知り、自分もIS学園に入学するべく、代表候補生試験を一発で突破。一年で代表候補生を就任した鈴を越える月日で日本代表候補生の座を手に入れた。

 

 前述の通り自身の好意を全面的に押し出し、それを素直に公言することが出来るため。異性へのアプローチ力の高さに他のヒロインズから一目置かれている。

 

 体型は慎ましく、一昔前の日本では好まれるスタイルであるものの。飽くまで疾風に好かれたいことを第一としている。

 とはいえそれを悲観せず、それはそれと疾風にアプローチしていく胆力がある。

 だが露出の高い衣装に対して極度の羞恥心があり。彼に見てもらうためと頑張って着てみたものの、いざその時になって我を忘れる程暴走し、学園中を駆け回った。

 

 このようにとても優しく大人しい彼女だが、戦闘になると一切の容赦なく敵を倒す武人の側面を持つ。

 その迫力は現役軍人であるラウラを圧倒し、亡国機業(ファントム・タスク)のオータムの戦意を挫かせる程。

 

 登場時はISの戦闘技能は並みであったが、亡国機業(ファントム・タスク)との邂逅を経て自身の未熟を知り、楯無に弟子入りをした。

 結果、操作機構が複雑な櫛名田の武神ユニットを手足のように操れるほどの技量を発揮するに至った。

 

 

【作者コメント】

 

 コンセプトは【尽くす後輩系大和撫子】

 

 オリヒロインという二次創作において(半ば)チャレンジングな要素でしたが。

 なんと一部から結構な人気を獲得してる凄いお姫様。

 

 こんな大人しくて庇護欲をかきたてるような子だが、ヤる時はヤるお姫。

 戦国時代の血が濃いが、多分「誉れ? 時と場合ですね。人間死ぬ時は死にますから後悔しない方で」と戦闘に関してはほんの少し? ドライ。

 

 実は本妻公認の愛人を虎視眈々と狙ってる業の者でもある。

 誉れは病室で捨てました。

 

 

 

 

【専用機設定】

 

 

 機体名:打鉄櫛名田

 和名:打鉄櫛名田

 形式:強化外装・一○八雷装式

 機体色:黄緑(若草色)と白

 単一能力:無し

 世代:第3世代

 タイプ:近・遠距離

 待機形態:花をあしらった髪止め

 操縦者:徳川菖蒲

 開発元:徳川グループ、レーデルハイト工業

 仕様:プラズマ制御、外殻ユニット。

 

 

 

 打鉄の試作パッケージ『稲美都』をベースに徳川とレーデルハイトが共同開発した、打鉄のアップグレードプランの一つ。

 

 全体的なフォルムは打鉄と同じだが、機体各所にプラズマバッテリー内臓増加装甲を追加し更に重装甲化。

 稲美都から継承された四枚の肩部シールドのうち背中側の二枚は一回り大型化。大型シールドのほうは後述の須佐之男の肩部装甲となる。

 

 右腕には弓に使う矢の量子コールを円滑に進めるための特殊インターフェースを施した手甲を装備している。

 

 スカイブルーイーグルと比べて機体出力はマイルドになってるものの、特殊兵装の癖はイーグルの遥か上を行き。発動タイミングも重要になるため、戦局を見据える力、ここぞという時に踏み切る行動力が必要となる。

 

 

《武装》

 

 

(あずさ)

 

 稲美都パッケージから引き継いだ弓型(というよりアーチェリーに近い)射撃兵装。

 射出箇所に電磁レールパーツを装備しているため、言うなれば弓の形をしたレールガンである。

 両端のプラズマブレード発生機による斬撃も可能。

 プラズマ出力をあげることでレールパーツからプラズマ弾を放つことも出来る。

 

 

【矢】

 

 梓に装填されるISサイズの矢。レールパーツの出力に耐えるための帯電処理と強度を持つ。

 バリエーション豊富で戦局によって使い分ける。

 

『ノーマル』

 帯電処理を施した鉄製の矢。

 矢のなかで一番弾速が早く、高速で放たれる矢の迎撃は困難。

 

『曲』

 先端に小型ブースターを備えた矢。

 弾道制御には射出後任意に弾道を変えるマニュアル制御と、設定済のオート制御の二種類。

 着弾時に爆発するため瞬間火力が高い。

 

『縛』

 直弾前に電磁ワイヤーを開き対象を拘束。

 プラズマによるスリップダメージもあり、拘束を抜けるのは困難。

 

『桜花』

 一番大型(太め)の爆裂矢。

 数ある矢の中で最大級の火力と制圧力を持つ。

 稲美都パッケージ時には反動制御で機体をPICで固定する必要があったが。櫛名田でその点は改善された。

 

 

【肩部シールド】

 

 表面にプラズマコーティングを纏うことにより極めて高い防御性能を発揮する四枚のシールド。

 後部の二枚は大型化しており、スリットを開くことでプラズマ・フィールドを発動可能。

 小型シールドの裏にはウェポンラックとして梓の矢や追加武装をマウント出来る。

 

 

【八岐銃砲】

 バックパックに装備された有線式プラズマガン。

 低出力だが連射製は良好で射角が大変良好。

 銃身から発生するプラズマニードルで接近戦に対応している。

 

 

【須佐之男】

 

 正式名称は電磁外殻駆動鎧型戦術兵装・須佐之男。

 櫛名田の最大の特徴にしてリーサルウェポン。

 ISのプラズマエネルギーを一斉解放し、プラズマの肉体(上半身のみ)を形成し、機体各所のバッテリー型追加装甲と大型バックパックを外装なって形となる。

 大きさは菖蒲と櫛名田を含めると二階建て相当の大きさとなる。上半身だけでこれである。

 

 その巨体のプラズマが巨大なプラズマスラスターであり。巨体に見合わない高速移動を発揮し、その膂力に立ち向かえるISはいない。

『雷子乱打』と呼ばれる巨体から放たれる拳のラッシュは正に巨人の鉄槌。

 

 規格外のスペックを誇る須佐之男だが。使用後は大幅な出力低下を引き起こすため、諸刃の剣でもある。

 

 

【鳴神】

 

 バックパックの一部が変形した須佐之男用の巨大弓型兵装。

 使用方法は梓と同じなので近接戦闘も可能。

 プラズマで形成された砲狙撃戦を行える。

 

 

 

【作者コメント】

 

 ISで弓ってええよね。という構想から得たIS。

 

 櫛名田の名前の通り武装には夫の須佐之男と、敵の八岐大蛇の要素が加えられている。

 正に戦うお姫様。

 

 須佐之男は完全にスタンドと化している。

 7巻で打鉄弐式の144発フルバーストとこれを書きたかったので作者は大変満足している。

 

 

 



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第ハ章【心象具現(ワールド・パージ)
第110話【モラル?なにそれ美味しいの?】


 

 

「それで?」

「ん?」

「いや『ん?』じゃなくてですね」

「まあまあセシリア様、そうカリカリしなくても」

 

 放課後のカフェテラスで三人の美少女が円テーブルを囲っていた。

 

 セシリア・オルコット。

 世界的大財閥のオルコット家の若き当主。

 蒼のIS、ブルー・ティアーズを駆り、レーザーを変幻自在にねじ曲げる特異技能、偏光制御射撃(フレキシブル)の使い手。

 

 徳川菖蒲。

 徳川家康の子孫にして徳川グループの御令嬢。

 白と黄緑に彩られた、鎧武者を彷彿とさせるIS、打鉄・櫛名田の使い手。プラズマを応用した弓術と巨大な武神ユニット、須佐之男を操るたおやかな女傑。

 

 更識簪。

 更識楯無の妹にして学年成績2位。

 打鉄の高機動改修型である打鉄弐式。その多連装マイクロミサイルを回避するには至難の技。

 情報、電子戦では右に出るものはいない。更識の隠れた才女。

 

 みな一癖も二癖もあるISを十二分に乗りこなす技量を持ち。小国なら瞬く間に制圧できるであろう戦闘能力を持つ三人が一同に介した。

 

 三人の共通点を敢えてあげるなら。

 

 三人とも世界的大富豪に位置し、世界に影響力を持つ家柄。

 そして三人とも、1人の男に恋をしているのだ。

 

 突如菖蒲から「女子会をしましょう!」と連れてこられた簪は向かいに座っているセシリアからなんとも凄みのある眼差しを向けられているのだ。

 その眼差しは狙撃のスコープのようで、気を抜けば撃ち殺されるのでは? というレベルの眼光だった。

 

 以前の彼女であれば(なんでこんな目に………)と涙目でフルフルと震えていただろう。

 だが今の彼女はトラウマを乗り越え、最愛の姉を守りとおしたヒーローとして羽化した。

 この程度のプレッシャーなど、姉との隔絶に比べればどうということもなかった。

 

 そんな彼女はチューと呑気にオレンジジュースをストローですすりながら視線だけを向けるのだった。

 

「コホン。えーとですね。この1ヶ月、その。あなたと疾風はし、し………親密な関係を構築したと、思うのですが?」

「………疾風と?」

「よ、呼び捨て!? しかも恥ずかしげもなく」

「セシリア様。今の段階でその反応はないかと」

「わわわかってますわよ! 不意打ちを食らっただけですわ!」

 

 簪は自分の知らない1ヶ月間の疾風を知っている。むしろ知りすぎてるであろう。

 呼び捨てで呼ぶなど別段珍しいことはない。

 

「それで。更識さんは」

「簪でお願い」

「簪さんは疾風を、どう思ってますの?」

「疾風は………私にとってのヒーロー」

「ヒーロー?」

「私を暗闇から救ってくれた。危ない時に助けてくれた。私の心に寄り添ってくれた。ちょっとひねくれてるけど。疾風は、私にとってのヒーローで。好きな人」

 

 やはり、とセシリアは口に出さず。それでいて表情に出してしまった。

 思い出を反芻し、顔を赤らめて少女から女の顔になる。恋を知った顔だ。

 同じく恋をしているセシリアにはそれを機敏に感じれた。

 

「告白はしたのです?」

「うん。フラれちゃったけど」

「………そうですか」

「安心した?」

「そんなことはっ」

「セシリア様は疾風様がお好きですからね」

「菖蒲さん!? なにを根も葉もないことを」

「知ってる」

「なぁっ!?」

 

 思わぬ爆弾発言二連発にセシリアは動揺を隠すという思考すら吹き飛ばされた。

 慌てて紅茶を飲み干すその姿にはもはやエレガントのエの字もなく。ただただ醜態という二文字が残った。

 

「わ、わたくしは別に、疾風のことなんて」

「そんなテンプレツンデレは鈴様だけで充分ですわ」

「三文芝居」

「厳しすぎません?」

「だって」

「悔しいですもの」

 

 疾風の想いはセシリアに向いている。

 だからこそ自分たちに振り向かなかった。

 

 わかって告白し、納得してはいても。納得してはならないものもある。

 

「なんでしょう。最初は私が簪さんに聞いていた筈なのにいつの間にか私が詰問されてる雰囲気なのですが?」

「私は全部話した。次はあなたの番」

「セシリア様は疾風様のことをどう思っているのです? ぼかしはここまでにしましょう。話した方が楽になりますよ。あっ、カツ丼頼みます?」

「いつから私は被疑者になったのでしょうか」

 

 お嬢様は意外にも日本のカルチャーに通じていた。

 

 普段物静かなご令嬢二人の眼力に、流石のセシリアも白旗を上げた。

 

「………きですわ」

「んー?」

「聞こえない。もっとはっきり」

「~~! 好き、好きですわよっ。私は疾風のことを異性として見てます! ………これで満足かしら!」

 

 荒い息を吐いて全力を出したセシリアに菖蒲と簪は「良くできました」と拍手を送った。

 

「では善は急げです。早速告白に行きましょう」

「告白!? は、早すぎませんこと!?」

「告白に早い遅いなどありません。むしろ皆さん遅すぎるんです。ルーズ過ぎます」

「私なんて1ヶ月で告白した」

「あなたたちは勇敢が過ぎるのですよ! もう少し駆け引きとかするものではありませんの? 告白というのは」

「駆け引き、ですか。私たちの場合は、結果がわかった状態でしたから駆け引きもなにも」

「うん。私たちに振り向いてくれないのはわかってたから」

「結果がわかっていた? まさか、フラれることがわかって告白したと言うのですか?」

「ええ」

「どうしてですの。そんなのただ傷つくだけではありませんか………」

 

 告白し、そして成立しない場合。

 互いの関係がギスギスしたり、近寄りがたくなってしまうことがある。

 今までの関係性ではいられなくなる。

 時間と共に感傷は風化していくことはあれど、それは必ずしも関係が修復されるということではなく、むしろそのまま自然崩壊してしまうことがザラだ。

 

「理屈ではないと言うのは簡単ですが。そうですねぇ……彼に自分の存在を刻みたかったからです。私はあなたのことが好きなのです、愛しているのですよ、と。そういう想いに気づかれないまま終わるのが我慢できなかった。それが理由ですね」

「私は、想いを伝えて違えても。受け止めてくれると思った。そんな安心感が疾風にはあるから」

「ああ、それは私も同じです。どんな結果になっても疾風様は私を受け入れてくれる。そんな気がしたのです」

 

 疾風に対する全幅の信頼。

 普段はひねくれてる彼だが、その内は誰よりも親しき友人を大切にする優しい心の持ち主だ。

 それはセシリアも知っている。知っているからこそ二人の話に納得が言ったのだ。

 

「要するにまあこれ以上なく疾風様の好意に甘えまくったという感じです」

「そうですか………でも。わたくしはやっばり」

「振られるのが怖い?」

 

 コクりと頷くセシリア。

 

 年数を言い訳にするわけではないが。疾風とセシリアは幼少時代からの長い付き合い。

 悲しいことも楽しいことも分かち合った間柄、二人は間違いなく親友と呼ぶにふさわしかった。

 

 それが壊れるのがたまらなく怖い。

 たとえ告白してフラれても彼は二人と同じように受け止めてくれるだろう。

 でももし違ったら? 確率として1%だとしても、決して0ではないのだから。

 

「率直に聞きましょう。セシリア様から見て、疾風様はあなたに好意を抱いてると思いますか?」

「うーん。もしかしたら? と思うのはチラホラと」

「そうですか」

 

 菖蒲と簪は互いに目配せした。

 プライベートチャネルを使用しなくてもお互いの思考は一致していた。

 

「セシリア様、これは飽くまで私から見た推測(・・)です」

「なんでしょう」

「疾風様はセシリア様のことを好いてると思いますよ」

「え!?」

 

 一瞬息をすることを忘れたセシリアは思いっきり眼を見開く。

 

「え、は、はえ? いまなんとおっしゃりましたか?」

「疾風様はセシリア様を愛しているであろうと言ったのです」

「~~!! は、ははは疾風がそう言ったのですか!?」

いいえ(・・・)

「えー?」

 

 もう訳がわからないとセシリアは白旗を振りっぱなしだった。

 

「先程言った通り、これは推測です。疾風様を見て彼の想いはあなたにあると想ったのです」

「この前疾風が忘れ物したって時にセシリアは疾風と話したよね。物陰から見てたけど、疾風は目に見えて嬉しそうに見えた。あなたと久しぶりに話せたことに」

「確定ではないと?」

「言葉遊びをするなら、です」

 

 嘘である。

 二人はとっくに疾風がセシリアに好意を前面に向けてることを知っている。

 

 しかし恋愛ごとに関して、他人に「○○が○○のことを好き」とは言わない。

 これは恋愛小説やコミックなどでは暗黙のタブーとされている。

 好意があるとわかれば、コンテンツが長続きせずに展開が早まるからだ。

 

 だからこそ絶妙にはぐらかした。

 疾風がセシリアを好きだ、ではなく。疾風はセシリアのことを好きなのだと思うと。

 あと素直に言うのは癪というのがある(大部分がこれ)

 

 ならばそもそも言わなければ良いのでは? 

 

 それでは二人の胸の内を見てみよう。

 

((じれったいから早くくっついてほしい))

 

 これである。

 

 疾風は清々しいほどセシリアに夢中だ、今の自分たちに付け入る隙などない。

 だったらさっさと決着をつけて幸せになってしまえ。というのが二人の言い分だった。

 

 だが肝心の彼女は。

 

「うっ、えう、あうう」

「あららショートしてしまいました」

「キャパオーバー………」

 

 これはまだ先になりそうだと各々はすっかりぬるくなったジュースをすするのだった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「一夏」

「なんだ」

「しりとりしようぜ☆」

「死んだ瞳のまま無理してテンションあげないでくれ悲しくなるから」

 

 開幕会話の墓場を展開しようとした俺をいさめつつ一夏は大きなため息を吐いた。

 

 今日は身体測定の日。

 身長や(女子にとって永遠のアンタッチャブルである)体重。体力測定や視力聴力などあらゆる物を図る。

 

 実は俺はこういう身体測定系ってなんかワクワクするタイプである。採血がなければもっと良いがな。

 

 そんな俺は現在死んだ魚の目をしている。

 

 採血が嫌だ? ノンノンノン。

 身長伸びなかった? ノンノンノン。

 体重増えた? ノンノンノン。

 

「なあ疾風」

「なにさ」

「なんで俺たちが身体測定『係』なんだ」

「やめろ馬鹿おめぇ!! 今必死に現実逃避してただろうがスットコドッコイぃぃ!!」

 

 現実に引き戻された俺は半狂乱になった。

 

 そう、なんかおかしいワードがあっただろう? 

 

 身体測定、係、ですよ? 

 

 そしてここ女子校なんですよ? 

 

 ということは、そういうことなんですよ? 

 

「メロスの気分だ」

「邪智暴虐の主は病み上がりだぞ」

「病状に伏してたら殺せたのに」

「殺せるか?」

「………………無理な気がしてきた」

 

 あの人寝てても相手を地に伏せそうなんだもん。

 

 その邪智暴虐の主こと更識楯無こそが今回の首謀者である。

 ほんとなにを考えているのか。マジで本当に! 

 

 体位、それすわなちスリーサイズ。なんで許可なんか取れたのか? 生徒会長権限といえど人の尊厳をドブに捨てることはない筈ましてや女性優遇社会においてそれは駄目だろ。

 

「すいません織斑くん、レーデルハイトくん。早急にやらないと行けない仕事を片付けてて遅くなりました」

「え、山田先生!? まさか先生が測定係を!」

「やめとけ一夏期待するな」

「どうなんですか山田先生!」

「すいません、私は記録係です」

「んがぁ」

「ほらみろ、山田先生は悪魔に屈したんだ。見てみろこの顔を。温厚な顔をしてるが裏ではうら若き青少年の恥辱に歪む姿で飲む酒は美味いと思ってんだ、そうに決まってる」

「失礼だぞ疾風。山田先生は学園の良心だぞ」

「その良心が悪逆に落ちてんだろうがこの朴念神!!」

 

 絶賛SAN値チェックが入っている俺の心はとことん廃れており。口撃能力がいつもの五割増しとなっていたのだった。

 この世に神はいない。否、神など糞食らえ、堕ちてこい神! ぶん殴ってやる!! 

 

「私もどうかと思ったのですが。生徒会長が凄い良い笑顔で提案したと、包帯グルグルの姿で」

「そこまでして突き動かされる要因は一体何処にあるんだあの人」

「愉快犯だろ」

「まあ一応言い分としては『最近暗いこと続きなので刺激の良いのを一発』だそうです」

 

 ほんとあのバ会長は。今度簪に頼んで折檻してもらおうそうしよう。

 てことはどっかに隠しカメラあるな? または盗聴器が。

 

「はぁ。わかりました、腹をくくりましょう」

「納得したのか疾風」

「魔法カード発動、諦めの極地。まあ服の上からだからなんとか理性は持つでしょう頑張れ俺」

「あの、大変申し上げにくいのですが」

「はい?」

「今回皆さん下着です」

「「はぁっ!!?」」

 

 困りましたよねぇ、って表情でとんでもない核爆弾を投下した山田先生に俺たちは思わず詰めよった。

 

「な、なんで!?」

「今回のスリーサイズ測定。ISスーツのサイズチェックのデータ取りとして使うので。より正確なデータをということで」

「なおのこと俺たちがやる意味がわからない!」

「なに考えてるんだこの学園はぁっ!!」

 

 もう怒りとかそういう次元ではない。

 これはもう反逆案件だ! いまこそ革命の時だ! 行くぞイーグル! 俺はこの間違った世界を浄化するっ!! 

 

「なにを騒いでいるんだ貴様らは」

「そ、その声は」

「千冬姉! ぐえっ!」

「織斑先生だ」

 

 毎度お馴染み伝家の宝刀、出席簿が一夏の頭に炸裂した。

 よし、この隙に! 

 

「最後のガラスをぶちやぶっ」

「やめろアホ」

「オブフぅ」

 

 自慢の瞬発力で俺は窓に向けて全力疾走。

 窓を開けることなど考えず外に出ようとしたがそれ以上の駿足を持つ織斑先生に首根っこをつかまれました。

 

「お、織斑先生もこれに肯定派ですか? 堕天されましたかブリュンヒルデさん。どっかでシグルドでも殺して絶望しましたか!?」

「そんな相手はいない。あとガラスは意外と高級品だ。無駄な金を使うな」

「金ならあるんで逃がしてください!」

「生憎賄賂は受け取らん主義だ」

 

 知ってますよそんなこたぁ!! 

 

「貴様らは人に任された仕事も満足に出来ないのか」

「いやこれは明らかに違いますよ織斑先生、これは明らかに陰謀です」

「そうだ、俺たちは楯無さんに」

「「はめられたんだっ!!」」

 

 それは魂の叫びだった。

 

「なさけない、それが男の言う台詞か」

「男にも恥じらいはあるんですよ!」

 

 だが秒も聞かなかった。

 一夏が常日頃血の通ってない鬼ロボットって言ってた意味が分かる気がした。

 

 御厨所長。本当に織斑先生は俺たちの味方なのでしょうか? 

 

「俺たちがなにをしたっていうんですか。俺たちは学園を守ったんですよ。褒美があっても良いのにこの仕打ちはあんまりです!」

「ご褒美だろう。合法的に女子の裸体を見て触れるんだ。ほら喜べ男子、生徒会長の温情を無駄にするな」

「教育者にあるまじき発言が飛び出してきた!」

「褒美と辱しめの区別のつかないセクハラ生徒会長の、何処に真実があるっ!」

「寝言を言うな千冬姉! ナントォっ!」

「織斑先生だ」

 

 伝家の宝刀二撃目発動。一瞬一夏が分身したようにブレたのは精神的疲労による幻覚だろう。

 なんか一瞬金色に光ってたし。

 

 今はっきりした。今回のこの事件。

 織斑先生もグルだ! この人こそ真の悪だ!! 

 

「そもそも! 今回のこと生徒には周知の事実なのですか! 何処に好き好んで同世代の男子に測定されることをよしとする女子がいるんですか!」

「そうだそうだ! もっと言ってやれ疾風!」

「もし今回のことが公にされたらIS学園はモラルが欠如した施設認定。俺たちの人生破滅待ったなしですよ! そこんとこどう対処して」

「ホレッ」

 

 バサッと出席簿から取り出されたのはクリップで止められた書類の束だった。

 

 なんだこれ………はっ? 

 

「どうした疾風」

「………契約書」

「え?」

「今回俺たちがスリーサイズを測定すること、そしてそれを口外しないことの契約書、の束だ」

「………………???」

 

 一夏は思考を停止し、俺は現実逃避に失敗した。

 

「ちなみに希望者のみだ。流石に恥ずかしい奴もいるみたいだからな」

「ちなみに参加者の割合は」

「一年生のうち希望者は、7割だ」

「あぁぁぁああぁぁぁあぁあぁぁぁ!!!!」

「疾風ーー!」

 

 楽しい楽しいスリーサイズ測定、ポロリはあるかも? 

 

 はっじまーるよー。

 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 どうもSAN値回復を果たした疾風・レーデルハイトです。

 

 ようやく落ち着いた俺たちはもういよいよ腹をくくり。山田先生にスリーサイズの計り方を軽く教わって今に至る。

 

 それにしても7割か。一クラス約30人✕8=240人。の7割だから大体170人

 一夏と割ったとして、少なくとも85人ぐらいを計らなければならんのか。耐えろよ俺のコスモ。頭の中にセシリアお嬢様、あとついでに執事長ハロルドさんを置いておこう。

 よしばっちりだ(?)

 

 そういえば一夏は織斑先生から目隠しをもらったな。

 

 スケスケの役にたたないやつを。

 去り際の織斑先生の豪快な笑い声はまさに悪魔の笑い声だった。

 おふざけになられて? 

 

「失礼しまーす。わー、本当に織斑くんとレーデルハイトくんだ」

「ヤバいドキドキしてきたぁ! 昨日ドカ食いしたけど大丈夫よね?」

「やっほー、おりむー、レーちん。たっちゃんの秘策炸裂だね~。今のお気持ちをどうぞ」

「アハハハ! 菓子顔面に叩きつけるぞコノヤロウ★」

「え、どうしたのレーデルハイトくん。眼がガラス玉のように虚ろなのに笑い声はさわやか」

「ああ、そっとしておいてくれ。今の疾風は心をやられててな」

「なんか臨海学校のビーチバレーの時もこんなんじゃなかった?」

 

 あー、そんなこともあったねー。

 テンション上げなきゃやってられねえぜ。

 

「ほらほらなにしてんのお前たちさっさと計るぞスリーサイズ! なんならオプションで大声出して上げるぞ、言ってほしい奴は早めに申し上げろ。さあ行くぞHere we go! Hurry up!」

「完全にテンションが迷子だけど?」

「精神ヴァルハラに行ってない?」

 

 うるせえぞ女子。さっさとこい。

 

 やさぐれながらドカッと座り込んだ俺は素数を数え始めた。

 勇気を貰える数字らしいからね。

 

「出席番号15番。鷹月静寢、入ります」

「はいどうぞー。まずバストを計るから脇上げてねー」

「………」

「どうした鷹月さん」

「なんかリアクションないなって」

 

 下着姿の鷹月さんは困惑した目で俺を見た。

 彼女の下着は身体測定向けとは思えないほど気合いの入ったものだった。

 普通の思春期男子ならドギマギものだろう。

 

「うわぁっ!」

 

 現に隣の一夏は相川さんの下着を見てアワアワしている。

 

「いま全力で感情を無にして素数数えてるんだ。とっとと終わらせたいから協力してくれ」

「うぅ。ここまで無反応だと凹むなぁ」

「変な気起こしたら大変だろ。ほら脇上げて」

「………………起こしても良いのになぁ………」

 

 聞かなかったことにしよう。

 

「バスト77」

「ひゃん」

「声出さない。ウエスト57、ヒップ78。はい終わり、次の方ー!」

「うぅ早い。もっと余韻持ってくれても良いんじゃ。そんな魅力ない私の身体?」

「はよいけい。次つかえてるから」

 

 トボトボと歩く鷹月さんにナノレベルの罪悪感を醸しながら次々現れる女子(下着姿)のサイズを図った。

 

「出席番号8番、鏡ナギです」

「バスト87、ウエスト54、ヒップ82」

「四十院神楽です」

「バスト78、ウエスト55、ヒップ86」

「岸原理子ことリコリンです♪」

「バスト(以下略)」

「夜竹さゆかです」

「バス(以下略)」

「7月のサマーデビルです!」

「バ(以下略)」

 

 なんだ。なんとかなってるじゃないか。

 何人目かの測定が終わって心に余裕………は出来てないがちゃんと計れている。

 

 結構簡単だなスリーサイズ。身構えた甲斐があったというか。

 素数が限界迎えてさっきからIS理論垂れ流しにして理性にダメージほぼなし。

 

 それでも何故かスリーサイズの数字が時折入ってくる。

 女子のプライバシーを尊重しまくる女尊男卑社会何処行った。

 

 しかし………

 

「あれ、ん?」

「ひゃあっ! お、織斑くん行きなり何をっ」

「何って計ろうとして、ここか?」

「ふにゃあ!」

 

 何か艶かしい喘ぎが聞こえるんだけど。

 なにしてんのあいつ。

 なんかわちゃわちゃしてるし………

 隣から身体測定とは思えない感じのシルエットが、カーテン越しに見えていたが、なにあれ? 

 

「レーデルハイトくん?」

「あ、ごめん国津さん。えーとバストが………」

「おおお織斑くんちゃんと計ってよ!?」

「計ろうとしてるんだけど」

「待ってそこは、やめ、ひゃん」

 

 ほんとマジで何してんだろうね。

 そういうの他所でやってほしい。てかそんな声だしてたら。

 

「一夏ぁぁぁぁぁ!! 貴様ぁぁぁぁぁ!!」

 

 ほら出たじゃん。ややこしくなった。

 いや構うな構うな、俺は俺の責務を果たすんだ。

 

「ウエストがえっと………」

「一夏のえっち! ほんと何してるの!?」

 

 構うな、我慢だ我慢………。

 

「楽しい? ねえ楽しい? 胸の大きい子の身体触るの。死ね」

 

 おいなんで二組の鈴がいるんだよ。

 こんなの日常茶飯事、日常茶飯事………

 

「一夏、辞世の句を読んでおけ」

「うわっ、ナイフは駄目だラウラ!」

 

 我慢、我慢、がま、ん………

 

「レーデルハイトくんどうしたの? そんなに震えて」

「んんんー………」

「あの、そんなメジャー引っ張ったら。千切れちゃうよ?」

「一夏! 今日こそ性根を叩き壊す!」

「言い逃れ出来ないからね!」

「やはり胸か! 巨乳か! 爆乳か! 貧乳に人権を!!」

「覚悟はいいか、私は出来ている」

「まて、まてまてうわぁぁぁぁ!!」

 

 ブチンッ!! 

 

 メジャーが千切れると共に俺の堪忍袋もぶちギレた。

 隣と隔てるカーテンを引きちぎる勢いでどかすと。そこには一夏に覆い被さるように襲いかかる四人の姿が………

 

「オイ、なにしてんのお前ら」

「は、疾風」

「わ、私たちはその」

 

 感じたのだろう、怒気を。

 蛇に睨まれた蛙のように五人は恐ろしい物を見るように俺を見上げていた。

 

 まるで怒らせてはいけないものを怒らせてしまったかのように。

 

「俺はさ、こんなふざけた企画でもなんとか頑張ろうと、心を無にして頑張ってるのよ。それなのに何さ。お前は相川さんの身体をもみくちゃにして楽しんでると、良いご身分だな」

「いや、違うぞ。俺はそんなつもりじゃ」

「現にまだ一人目じゃねえかこっちはもう7、8人終わらせてんだよ。さっさと計れよ目盛りもわからねえのかお前は」

「いやその。だって目を閉じてやってたか、ガッ!」

「目を閉じてどうやって計るんだよ! ふざけるのも大概にしろよこのなんちゃってラノベ主人公がぁぁ!」

 

 一夏の顔面を鷲掴んでグリグリとこねまわした。

 もう我慢もなにもなかった。

 リミッターオールカットである。

 

「アタタタタ! だって! だって女子の下着姿見たら失礼だろ!」

「こいつらはそんな段階すっ飛ばしてんだよ! 見ろよ箒たちの下着! まんま勝負下着じゃねえか! ハプニングバーじゃねえんだぞここは! おい聞いてんのか発情期のメスども! 相川さんのシンプルな下着見習え!」

「わ、私たちは一夏に恥ずかしい姿を見せまいとだな」

「そういうのは部屋でやれ! ほんとマジでいい加減にしてくれよお前ら、俺は早く終わらせたいんだこんな地獄絵図を! さっさとやられねえとお前たちを◇○r@●☛○◼♘Ω♖u☆d♙!!」

「ヤバい! 疾風が解読不能な言語を言い始めた!」

「眼が凄いグルグルしてる!」

「悪かった疾風! ちゃんと計るから! もう恥ずかしがらずに急いでやるから頼むから正気に戻ってくれぇぇぇ!!」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「バスト90、ウエスト58、ヒップ87」

「うひひー、ナイスバディでしょレーちん」

「はいはいそだねー」

「疲れてるねレーちん。おっぱい揉む?」

「引きちぎっていいなら」

「バイバーイ」

 

 脱げば凄かったのほほんさんの測定を終えて背もたれに寄りかかった。

 

 次の人来ないってことはもう一組終わったのかな? 

 てか一組全員参加だったなぁー、ほんとノリは学園1だなうちのクラス。

 しかもまだ7クラス残ってる?お、死ぬかコノヤロー?

 

 ………いや待てよ。なんか1人忘れてるような。

 

「出席番号4番。セシリア・オルコット入ります」

「ヴァ」

 

 そうだ! まだセシリアやってねえ! てっきり一夏のとこに行ったのかと。

 

 えっ、待って。セシリアの下着姿が来る? 

 いや大丈夫だ。セシリアは真面目な奴だ。そんな気合い入った下着で来ることは。

 

「し、失礼致しますわ」

「………ワーオ」

 

 黒。黒い下着だった。

 レースをふんだんにあしらった黒い下着だった。セシリアの決め細やかな肌を際立たせる漆黒。

 しかも縁らへんは透けている素材でまるで網タイツのように薄い黒の向こうから柔肌が見えて。

 

 はっきり言ってエロかった。

 

「………………」

「あの」

「ハイ」

「別にいやらしい目的で着たわけではありませんからね? そこは分かってほしいといいますか」

 

 嘘である。

 このセシリア・オルコット。

 今回の話を聞いてからクローゼットをひっくり返して一晩中悩みに悩んだワンセットを着てきた。

 

(本当に疾風がわたくしに恋慕を抱いているとしたら。何かしらのアクションがあるはず)

 

 全ては疾風に女として見て貰うため。

 そして彼の真意を探るため。

 

「う、あ」

 

 これは、マズイ。本当に。

 

 マジで美と艶の権化。

 水着とは一線を越えた健康的かつ蠱惑的なエロス。

 採寸の必要がないほどの魅力的な肢体。

 

 もうサイズオールSSRで良いんじゃないかな? 

 

「あの」

「ハイ」

「は、始めてもらっても? 少々、いえ結構恥ずかしくて」

 

 ………この上恥じらいまで持ってるだと? 

 

 俺の幼馴染みはなんなの? 

 女神の上位互換ってなんだっけ? 

 ヴィーナスだろうがアフロディーテだろうが勝てねえよセシリア・オルコットの魅力には。

 

「えーと、脇を上げてください」

「はい」

 

 こ、このバストにメジャーを当てる資格が俺にあるのだろうか。

 果たしてオークションにかけたら何億単位の金が動くだろう。

 

「バスト………88」

 

 大きい、ほうだろうな。それでいて形が全然崩れてない。

 セシリアのほうを見た。あっ、なんか凄く嬉しそう。

 

 次はウエスト。ほっそいなぁ。折れてしまいそう。

 

「ウエスト………55」

 

 細いほうだよな。またセシリアの顔を見てみた。

 あっ、なんか凄い駄目っぽい! 唇がプルプル震えてる! 

 

 次はヒップ。臨海学校も思ったけどほんと身体のラインが綺麗すぎるんだよな。

 てかエロい。目の前に黒のパンツが。この世の中で俺は世界的幸運を背負ってるというほどの景色を眼球に焼き付けて………

 

 なんかクラクラしてきた………

 

「ヒップが………はちじゅう……さん」

 

 ポタッ。

 

「ん?」

「どうしました?」

「なんか垂れて。うわっ」

 

 受け止めた手が真っ赤になっていた。

 鼻から垂れる感覚。これは………

 

「やばっ鼻血出た」

「え、ちょっとティッシュティッシュ!」

 

 え、なに。興奮しすぎて鼻血が出た? 

 マジでそんなのあるの? でも現に凄い鼻血出てくる! 

 

 ヤバい。何がヤバいって。

 セシリアの前でこんな醜態を晒してしまった! 

 

 これじゃ、女の裸に興奮して鼻血吹き出す変態野郎じゃないか! 

 変質者じゃないか! 

 

 くそっ、おのれ更識楯無! マジで許さん! ほんとマジで。

 

 俺はセシリアの前で鼻血を出したことへの絶望と会長への怒りで頭がメロスになっていた。

 

 そんな俺に対して、セシリアというと。

 

(やりましたわぁ! これは正しくわたくしの悩殺ボディでノックアウトしたということ! フフッ、疾風が意識してるというのはあながち間違いではないのかもしれませんわ!)

 

 鼻唄を歌いながら制服に着替えていた。

 思わずスキップをしながら保健室を出るその姿にみんなは明らかに何かがあったことを悟ったのだった。

 

 その後。

 セシリアの下着姿というこれ以上ない上位互換の登場により賢者モードに突入。

 俺は鮮やかに数多の女子のスリーサイズを計りきったのであった。

 

 

 

 

 




 

 ワールド・パージ編開始。

 いやーこのイベントは馬鹿ですね!ほんと馬鹿。

 スリーサイズの表記はほぼ思い付きです。ほぼ公式ではないです。
 お嬢のスリーサイズは過去Wikipediaに出たものを若干大きくしました。ふくよかになれ。
 


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第111話【パワードスーツ、良い響きだ】

 

 

「アバババ、アバババ、アバババ」

「グラウンドついたら疾風がバグってるんだけど」

「最後に動かしたのが3日前の練習機ですからね。禁断症状が発生してるのでしょう」

「そこにいつもISが飛んでいるグラウンドに来て再発したと」

 

 ゴーレムⅢの襲撃で俺たちのISは軒並みダメージを受けた。

 安静を取って専用機の使用は当分禁止と言われたときは、もうこの世の終わりを感じたね。

 

 え? レーデルハイト工業は比較的近くなんだから速攻直して貰えば良いのでは、だって? 

 

 いやね。普通ならそうなんだけど。

 間が悪いことに。この前俺が本社に提案したアップグレードプランで製作が遅れてて。

 もうボロボロなんだからこの際パーツを総取っ替えしてしまおうぜってことで。

 いま、俺の手元にISがない状態なんです。

 

「IS、アイエスノリタイ」

「もう。今日ISが届くのでしょう? 少しは我慢を」

「MU・RI」

「駄目ですね、もう放っておきましょう」

「雑ですねセシリア様」

「ほら疾風。アイアンガイだよ」

 

 簪がアイアンガイの動画を見せてくれたお陰で俺はなんとか自我を保つことに成功した。

 あいあんごーー。

 

「よし、全員揃ったな」

「あ、真の悪」

「気持ちは分かるがやめとけ疾風。出席簿飛ぶぞ」

「ならやめよう。俺のノーヒット神話を存続させる為にも」

 

 IS学園が秋に突入してる最中、まだ出席簿を食らってないのが俺の永遠の自慢である。

 

「先の襲撃により、お前たちのISが使用禁止なのは伝えた通りだ」

「練習機使わせてください!」

「練習機は非専用機組に使って貰う」

「………………」

「そんな目をするな」

 

 そんな目ってなんですか。いたって普通ですよ? 

 決して警察に通報することが生き甲斐のウサギのような目なんてしてませんよ? 

 

「さて、そこでお前たちには変わりの物を乗って貰う」

「アイ」

「ISではない。次ISと言ったらお前を縛る」

 

 お口ミッフィー、オン。

 

「それで、何に乗れば良いのですか?」

「今来るはずだ………来たぞ」

 

 織斑先生の目線につられて。

 アリーナの地上用大型ゲートからトラックが2台来たではないか。

 って、あれ? 

 

「なんか見覚えのあるロゴが見える。確かあれはレーデルハイトの」

「ということは乗ってるのは」

「勿論私よ!!」

 

 とう! と運転席から無駄に綺麗なバク宙からの華麗な着地をして見せた豊満な金髪をたなびかせるスタイリッシュ美熟女が全力のドヤ顔をした。

 

「どうも、レーデルハイト工業CEOのアリア・レーデルハイト、デス!」

「マザー? なぁんでこんなところに。ハッ、まさか直々に専用機持ってきてくれた!?」

 

 刹那、俺は閃光よりも早く母さんの前にかしずいた。

 

「プリーズイーグルミー!」

「ごめんね。まだ調整終わってないから放課後までお預け」

「ガーーーン! それはないよお母様!」

「まあまあ変わりじゃないけど面白いもの持ってきたから。ササッ、早くみんなのとこに戻りなさい。織斑先生困らせたら駄目よ」

「わかったよ、くそー」

 

 母にたしなめられてスゴスゴ戻る俺の姿にいつもと違う疾風にギャップを感じて萌えを感じるお嬢様トリオ。

 そんな視線に気づかず俺は定位置にリターン。

 

「では僭越ながら。ゲートオープン! 界放!!」

「???」

「無難に開けゴマの方がよかったかしら? まあいいやオープン!」

 

 渾身のボケを滑っても気にしない。世界的企業のトップはこのぐらいメンタルがないとやっていけないのだ。

 リモコンのボタンが押されると共にトラックのコンテナが上部に開いていく。

 

 2台のトラックから現れたのは、ISと比べてずんぐりむっくりとした金属のアーマーだった、

 

「これは確か………イ、オ………なんだっけ?」

「そこまで出たなら出せ一夏。EOS(イオス)だ、EOS」

「あーそうだEOSだ! 思い出した!」

 

 随分前にレーデルハイト工業が亡国機業(ファントム・タスク)に襲われた時に俺の父親がEOSで敵を吹き飛ばしたと知り。片手間に調べていたので一夏の頭にはぼんやりと残っていたのだ。

 

「私が解説してもいいかしら。一応うちの商品だから」

「どうぞ」

「オホン。EOSというのは国連が凄い熱意を込めて開発に乗り込んでる外骨格攻性機動装甲。まあ分かりやすく言うと誰でも使えるパワードスーツっところね」

「確か災害時の救助活動を主軸に、軍備予備選力、対暴徒制圧用をコンセプトに開発されたのですよね。ISと比べてコアは使ってないから、性能は低いと聞きます」

「そうね。そこらへんは実際に乗って見てほしいかな」

「え、これに乗るんですか」

「そうよ。さあ時間は有限! さっさと乗りなさい!」

「行くぞ簪! パワードスーツDA!」

「うん!!」

「あっ! 疾風と簪さんが一目散に!」

「というか説明は?」

「習うより慣れろってことじゃない?」

 

 パワードスーツ。それは老若男女をとりこにするロマンワード。

 ISも一種のパワードスーツだが。こういうゴテゴテしたパワードスーツにこそ心引かれる何かがあるのだ! 

 

 そしてそれに見事オタクソウルに火をつけた俺と簪は綺麗なフォームでEOSの元へ走っていった。

 

「わたくしたちも行きましょうか」

「そうだね」

「まあチョロいでしょ。ましてやうちら代表候補生なんだし」

「そうだな。私たちは常日頃ISに乗り続けているんだ。恐れるにたらん!」

「馬鹿丸出しだなお前ら」

「は!?」

「行きなりその物言いはどうかと思うぞラウラ」

「お前たちこそなにを言っている──この世でISほど動かしやすい兵器はない」

 

 数分後。

 

 箒と鈴、のみならず専用機持ちはラウラの言葉の意味を思い知ることとなった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「お、おも、重いぞこれは。動けない」

「な、なんのこれしきぃぃ」

「これは、良いダイエットになりそう。あ、やっぱり駄目ですわ」

「うぎゃぁぁぁ………」

「み、身動きが」

「鎧を着せてもらった時を、思い出しますぅ」

 

 重い。重いのである。

 

 だが驚くことなかれ。これでも一般的なISより重くないのだ。このEOSという代物は。

 

 ISにはPICによる重量削減、半重力制御があり。

 身体を動かすときは本体との動作摩擦を減らすためにIS側でイメージインターフェースを作動させて動かしている。

 まあわかる通りEOSにはそんな便利なものは搭載されていないのだ。

 

 そしてこれでもパワーアシストは働いている、それでもこの鈍重さだ。

 物理的な重さ、というより動作的な重さ。思わず荷重的な重さを感じるほどEOSというものは動かしづらいのだ。

 

「おお、なんだろ。この心地よい重さはなんだろ。凄い動かしてる感!」

「ISだと生身とほぼ同じだもんね」

「ふむ、ふむふむ。よし」

 

 対して疾風、簪、ラウラは早くも感覚を掴んでいた。

 が、残りのメンバーは動かすどころの話ではなくなっている。 

 

「あー、これは駄目ね。まあ今はパワーアシストを最低限にしてるし仕方ないか」

「え、じゃあもっと楽に行けるんですか」

「そうよー。いまEOSに操作方法送るからそれを見てね」

 

 アリアのISから送られたデータをウィンドウで確認。各々は右手コントローラースティックのつまみを捻り上げた。

 

「おっ! 軽くなったぞ。まだ少し重いけど!」

「うんうん。電磁式人工筋肉は問題なしね」

「人工筋肉? EOSにそんなものを?」

「そうそう。電流を流すことでパワーアシストとは違うアプローチで機体を支えるの。まだ試作段階だけど」

「もしかして俺たちでデータ集めようとしてる?」

「ウフッ」

 

 笑顔は肯定と見なす。

 どうやら疾風たちは活きの良いモルモットらしい。

 上等じゃねえか、と疾風は持ち前の反骨芯を見せた。

 

「それではEOSによる模擬戦を開始する」

「ちょっと待ってください先生。まだ満足に動かしてないのですが?」

「チョロいものなんだろう? やってみせろガキども」

「鈴の馬鹿! もう少し考えてから喋れ!」

「あんたも同罪でしょうが箒コラ!」

「醜い争いをするな同レベルども、さっさとやれ」

「新型EOSは前面が超強化ガラスだから何処撃っても平気よ。だから思いっきりやっちゃえ!」

「なんとでもなるはずだー。ファイトー!」

「それでは始め!!」

 

 パン! と良く通る拍手により模擬戦開始。

 EOSの装備は右手にペイント弾が装填されたアサルトライフルが一丁。左手に大型シールド。

 腰には練習用模擬ブレードが装備されている。

 

「よし先ずは一夏からやるか」

「ちょっと待てラウラ! もう少し待て!」

「問答無用!」

 

 脚部ランドローラーがうねりを上げ、アタフタしている一夏に肉薄。アサルトライフルで狙いをつけることも出来ず足払いにより転倒。

 衝撃により目をつぶり、開いた先にはラウラのアサルトライフルの銃口が。

 

「お慈悲を」

「二度は言わん」

 

 うわーー! という悲鳴とともに一夏の視界がショッキングなペイントカラーに染まった。

 

「さーて誰狙おうかなシャルロット狙お!」

「わー来ないで疾風! なんでそんな目がキラキラしてんの!?」

「持病のせいかなぁ!!」

 

 禁断症状の反動で見事トランス状態の疾風がライフルをぶっぱなしたが、ライフルは明後日の方向に向けられ全弾どっかに行った。

 

「おっとリコイルか! 新鮮!!」

 

 ISには射撃格闘その他の挙動によるブレを軽減するためにPICやオートバランサーの補助が大変優秀。

 狙えば狙ったところに当たり。

 反動も自動で軽減され次の行動へアクセスしやすくなっている。

 

 それと同じ規格のアサルトライフルを補助なしで撃てばどうなるか、こうなる。

 やられると思っていたシャルロットはフーと安堵の息を吐いていた。

 そして同時にノーガード隙だらけだった。

 

「大型シールドをシャルロットにシュー!!」

「え!? うわばっ!!」

 

 振りかぶって投げられた大型シールドが慣性の勢いでシャルロットのガラスモニターに命中! 

 超! エキサイティン☆! 

 

 ゴイン! というあからさまに痛そうな音と対照的に超強化ガラスにはヒビ一つ入っていなかったところを見ると相当頑丈なのだろう。

 流石レーデルハイト工業プロデュース。

 

「因みに背中には姿勢補助アームの他に緊急立ち上がり用の炸裂装甲あるからそれも使うのよー!」

「これだね!」

 

 シャルロットが倒れる直前に炸裂装甲を機動。

 倒れた衝撃で背中に小規模の爆発が起こり、その勢いで転倒を防いだ。

 

「アタァァァック!」

「うわちょ、わぁー!!」

 

 無慈悲に俺の近距離アサルトライフルがシャルロットをペイントまみれにした。

 起き上がっても直ぐに攻撃されたらそれはただの的である。

 シャルロット戦闘不能。

 

「うーん。やっぱりこうなるかぁ。改良の余地あるわね」

「改良、無理だと思うのですが」

「あら酷いこと言う。なら織斑さん、1機余ってるから使う?」

「遠慮します」

 

 ノーと言える大人、織斑千冬。

 早くも二名の脱落者が出たEOS戦は既に意地と意地のぶつかり合いになっていた。

 

「だらっしゃあ!」

「ぬぅぅん!」

 

 箒と鈴は「こんなもん使えるか!」と早々にライフルを捨てて近接戦闘に移行した。

 しかしISと違ってキビキビ動けないEOSでは普段のような軽快かつダイナミックな接近戦が出来ずに調子を狂わせていた。

 

「あー、重い! 例えるならあれね! クソ重いネット回線!」

「なんの! いつもより重い剣道着を着てると思えば!」

 

 それでもやはり生粋のインファイター。短い時間で動きの緩急を掴み始めていた。

 

「くっ、弓が欲しいです!」

「動作多くてまともに出来ないと思いますわよ!」

 

 ロングレンジ組の二人はサークルロンドを行いながらアサルトライフルで銃撃戦を繰り広げる。

 火薬銃故の反動に苦戦していたセシリアだが、直ぐに誤差調整を行えたのは天性の射撃センスに他ならない。

 一方菖蒲は普段から使いなれないライフル系ということもあり銃身が安定せずにいた。

 

 そしてそこに付け入る二人の猛者。

 

「悪いが漬け込ませてもらう」

「アハハハハハ!!」

「うわ、本職来た!」

「疾風様!?」

 

 幼馴染みコンビにはラウラが。

 お嬢様コンビには疾風が肉薄する。

 

「まずはお前だ」

「うわ、まて。わぎゃっ!」

 

 遠距離攻撃手段を捨てた箒にペイント弾、ろくにガードも出来ずあっという間にペイント弾の餌食に。

 

「こんのっ!」

 

 すかさず鈴が迎撃の構え。盾を前に付き出してラウラのペイント弾を防ぐ。

 ラウラは射撃をしながら盾を強く保持。そのままランドローラーのスロットルを全開。

 

 ギュイイイン! という特徴的な音とともにラウラのEOSはそのままタックル。

 新型EOSの加速力は従来のEOSの3倍。その加速と重量からの突撃はまさにトラックのそれと同じだった。

 

「うわ、うわわわわわ! へぶっ!」

 

 それでもなんとか手をバタバタさせて踏みとどまろうとした鈴だったが、そのまま前のめりに転倒。

 無防備な背中をキャンパスにされるのだった。

 

「オラオラオラ! くらえくらえ! 某臆病な傭兵直伝。面だ! 徹底的に面で攻撃しろ! だっ!」

「あのアニメ、わたくしは好きではありませんわ!」

「え、セシリアあれ見たのかよ。度胸あるなオイ」

 

 英国が蹂躙し尽くされるアニメ。

 化け物より人間が怖いアニメだ。

 

 そんな台詞を吐きながらシャルロットから奪ったのと合わせて両手のアサルトライフルを乱射する疾風。

 照準を合わせるのがめんどうなのか敢えてそうしてるのかもうとにかくトリガーハッピーと化している。

 

 だが数撃てば当たる戦法はEOS戦で馬鹿に出来た物ではなく、防ぎきれずに無防備になった菖蒲が餌食になった。

 

「きゃっ!」

「菖蒲さん!? このっ!」

「オラオラオラ! あ、やべ弾切れ」

「チャンス!」

「と、思うでしょ?」

「え?」

 

 普段ならIS反応やISのサポートで気づけただろう。

 だが目の前の疾風とEOSの扱いにくさにいっぱいいっぱいだったセシリアにそれを知覚することは出来なかった。

 いつの間にか気配を消していた簪がこれまた正確な射撃でセシリアの背後をぶち抜いた。

 

「不覚ですわ!」

「ナイス簪! って言いたいけど味方って訳じゃねえよなぁ!」

「今弾切れだったよね」

「逃げるんだよぉぉぉ!!」

 

 煙が吹き出す勢いでマックスパワー旋回、脱兎のごとく逃げようと馬力を入れたら。

 

「guten tag、疾風」

「あらーラウラさーん!?」

 

 前門のラウラ、後門の簪。

 スカイブルー・イーグルならこの状況でも打開策を取れただろうが今乗ってるのは通常規格より多少高性能なExtended Operation Seeker《エクステンデッド・オペレーション・シーカー》略してEOS。

 

 それに加え手持ちは弾切れのアサルトライフル、細目の模擬ブレード。

 シールドはさっき投げ捨ててない。

 

 つまり結果は。

 

「あ、やめて三分間待ってあーーーーー」

 

 ペイントまみれの鉄の塊がゴロンゴロンとグラウンドを転がり回った。

 

「残りは貴様だ簪!」

「望むところ」

 

 互いに向き合う砲火。

 アサルトライフルから火を吹いて撃たれたペイント弾が互いのシールドを濡らす。

 

「ぬっ!?」

 

 そこでラウラは気づく。簪のEOSが他や自分のと比べて動きが細やかだと。

 動かし方の差か? いや簪がEOSを動かすのは初めてのはず。

 

 簪がブレードを抜いた。

 ラウラは弾切れのライフルからブレードに持ちかえて対応する。

 

「面白い!」

 

 原因はわからないが、兵士は与えられた武器で最高の戦績を発揮しなければならない。

 でなければ一流ではない。

 たとえシュヴァルツェア・レーゲンでなくとも、敬愛する教官の前で無様を見せる訳にはいかない! 

 

「行くぞ!」

「迎撃」

 

 2機のEOSのランドローラーが砂煙を巻き上げる。

 距離が空いているうちに両者リロード、からの発射。

 

 EOSとは思えないほど細かいジグザグ装甲でラウラを翻弄しようとする簪の射撃に冷静に盾を滑らせる。

 そしてクロスレンジによるブレードの唾競り合い。

 簪のEOSが繰り出す精密な突きをラウラはシールドで受け流し、そのまま簪の右方面に。

 

 必然的にラウラのEOSが簪に背中を向けるようになった。

 

(振り向く前に撃つ!)

 

 最小限の動きで回れ右をする簪。

 ここで撃てれば簪の勝ちだった。

 

「えっ?」

 

 振り向いた先にはラウラのEOSの背中が見えた。

 至近距離の。

 

 ラウラは簪の右側に移動したあと。そのままランドローラーを逆回転で回し、バックタックルを繰り出したのだ。

 不意を疲れた簪は視界をEOSで塞がれた状態だった。

 

 その時、ふと目に入ったのは。

 デンジャーマークがついた。転倒防止の炸裂装甲用の爆薬パックだった。

 

 まさか! と思う前にラウラの背中が爆発。

 なんとラウラは炸裂装甲を攻撃に転用したのだ。

 

 元々EOSの巨体を起こすために使われる爆薬。

 簪は勿論のことラウラも吹き飛ばされるはずだが。爆発の瞬間に前進していたためノックバックは軽い。

 

 だが至近距離の閃光と爆音をもろに受けた簪は背面から倒れ込む。

 EOSは全面のガラスが焦げた程度だったが、本人の意識は朦朧としていた。

 

 コンッ。

 

 起き上がる暇を与えず、ラウラのブレードが強化ガラスを小突いた。

 

 簪機、戦闘不能。

 

「よし、そこまで! 各機、戻れる奴は戻ってこい。そうでないものは機体から降りろ」

 

 そうでないものとは視界が塗料で埋め尽くされてろくに歩けない者たちだった。

 なんとも鮮やかな彩色となった黒色のEOSたちはローラー音を出しながら千冬の元に集まった。

 

「流石だなボーデヴィッヒ。腕はなまってないと見える」

「いえ、これも教官の教えの賜物でございます。あたっ」

「織斑先生だ」

 

 勝者による温情からか、先程の一夏よりも優しめの乗せる程度の出席簿がラウラの頭を小突いた。

 それを受けたラウラは何処か嬉しそうに唇を震わせた。

 

「ラウラ、EOS使ったことあるの?」

「これより前の世代の物だがな。だがこれは私の知るEOSではないな。遥かに動かしやすかったぞ」

「「「これで?」」」

 

 普段ISを乗り回してる人からみれば生身の方が動けるのでは? と思うほど重苦しい代物だった。

 

 だが実際これより前のEOSは動きづらい、稼働時間が短い、同じ陸戦兵器である戦車と比べるまでもなく弱いと言われる程大不評だったのだ。

 

 それでもISコアを使わないパワードスーツということで世論から注目を集め。非IS企業はこれの開発に躍起になってるという。

 

 そんな中IS企業であるレーデルハイト工業がEOSグレードアッププランに乗ってるのは。

 単純にこの事業が儲かると踏んだからである。

 

「少し良いか簪」

「なに?」

「お前とバトルした時、お前のEOSに違和感があった。私のEOSより動きが良いように見えた。何をした?」

「えっと、思ったより動かしづらかったから。機体のOS変えたの」

「え、戦闘中にOS変えたの?」

「うん。ちゃんと元のOSは消さないでバックアップ取ってたから大丈夫」

「いやそうじゃなくて、なんかサラッとまた凄いことやってるんだけどなんなのこの子」

「何処のスパコだい君は?」

 

 流石学園電子戦能力ナンバーワン。だがこの程度、戦闘中に山嵐のデータ総取っ替えより遥かに簡単だった。

 少なくとも簪にとっては。

 

 某ロボットアニメの超遺伝子組み換え成功体みたいな神業をやってのけた簪にみんな少し引いた。

 アリア社長一人を除いて。

 

「更識さん!」

「は、はい!」

「今あなたが書き換えたOS! まだ残ってる? 今後の開発に役立てたいの!!」

「すいません、借り物なので消して元に戻しました」

「んあーーー!!」

 

 膝から崩れ落ちて頭から仰け反ったアリア。

 簪のEOSを見て即座にOSを弄ったことを看破し、目を輝かせたアリアにとってそれは宝くじの当たりナンバーの最後の一桁が1個ずれてたのと同義だった。

 

 息子含む生徒の目の前でガチ凹みするアリアを見かねて簪が声をかけた。

 

「あの、さっきのプログラム配列覚えてるので。良ければもう一度組みましょうか?」

「ホントにっ!!? 是非! 是非お願いするわ! 織斑さん! この子借りるわ!!」

「ひゃー!」

 

 簪を小脇に抱えてEOSの元に爆走するエネルギッシュな母を前に一同は呆気に取られ。疾風は目頭を抑えた。

 

「あ、疾風! このEOSのマニュアル送ったからみんなに宣伝宜しく!」

「え、なんで俺が!」

「さあ更識さん! 頼むわね。社の未来は貴女に託した!」

「え、えー………」

「聞いてねえー」

 

 シャッチョさんはすっかり簪製作OSに夢中だ。

 仕方なしと疾風はホロウィンドウを開いた。

 

「えー。このEOSレーデルハイト工業カスタム(仮名称)の魅力はなんと言っても新型バッテリーと電磁式人工筋肉フレームにあります。新型バッテリーにはイーグルやエンプレスにも使われるプラズマ技術が用いられており。従来のバッテリーと比べてフル出力の連続稼働時間は倍の30分に増加、性能も飛躍的に上昇しました」

「これで飛躍的なのか?」

「前は満足に戦闘できなかったからね」

「てかイーグルはわかるけどエンプレスってなに?」

「母さんのISの名前」

 

 またまたサラッと言ってのけたが。現在アリアのディバイン・エンプレスは表に大々的に公表されておらず。名前も特に言ってない。

 が、まあ秘匿情報でもなんでもないので問題なし。

 

「装甲にはドイツのシュヴァルツェアシリーズから提供された対ビームコーティングのルナーズメタルヘキサ合板装甲を採用し。最大稼働時には表面に薄いプラズマスキンを纏うことで防御力もアップしています。シュヴァルツェア・ハーゼの皆様ありがとうございます。だってさ」

「ラウラのとこの技術が?」

「見返りとして新型EOSを優先的に譲ってくれるという契約でな」

 

 ドイツにも進出予定、レーデルハイト工業を宜しく。

 

「電磁式人工筋肉により各部挙動もスムーズに。新型ランドローラー、超強化ガラスフロントアーマーによる視界の確保。緊急用背部炸裂装甲など。今までと比べてとてつもなく実戦型仕様のEOSとなっております。はい終わり」

「大分はしょっただろ疾風」

「重要な部分は話したから仕事はしたよ。それにここで長々と聞きたいかお前ら」

 

 疾風の言葉に各々は視線を反らした。

 

「それにしても疾風。このEOS、戦えはしますが、使い物になりますの?」

「ISがほんと数少ないからな、これでも注目株の筆頭なんだ。少なくとも災害救助には絶大な力を発揮することは間違いなし。エネルギーケーブルを接続して砲撃戦に徹しれば充分戦力にはなるさ」

「ISには勝てるか」

「無理だね。1機のISで蹂躙される可能性大。だけど、組織的な戦闘なら低確率だけどもしかしたら、というところまでこれた。やっとパワードスーツという名目までこぎ着けれたって訳だな。このレーデルハイトカスタムは」

 

 従来までは鉄の塊だったものが動く機械になった。

 これはISコアに頼らない点を含めればまさに革新的な技術進歩だ。

 

「とまあ、みな動かしてみてわかっただろう。ISという物がどれ程恐ろしい兵器であるからを」

「はい、ラウラの言っていたことがよくわかりました」

「アタシたち、ISがなかったら少し戦えるだけの子供だもんね」

「そんなガキでも多大な戦闘力を持つことが出来るのがインフィニット・ストラトスだ。それを持つことの責任、そしてその性能に過信せず。これからも精進するように」

「「「はい!」」」

 

 当初と比べて遥かに戦えるようになった疾風たち。

 だがもっと強くならなければ、ならなければならないから。

 

「お前ら。授業が終わったらこれ洗っておけよ。うちの備品になるからな」

「え、これIS学園に置くんですか?」

「ああ。政府から警備強化の為に何機か置いておけ。そして定期的に性能評価のレポートを提出せよとのことだ」

「警備強化、ですか」

「これでもISと戦闘機以外には役に立つからな。というのが政府と、学園長の言い分だ」

 

 建前上はそういうことである。

 だがIS学園に配備されるEOSは、これからも完成次第IS学園に送られるのだという。

 

(大量のISでは足りないとでも言うのだろうか。こんなものをIS学園に取り入れ、乗り込むのは更識の息がかかったもの。そしてレーデルハイト工業の退役軍人………あのタヌキ親父め、よくもまあ思いきったことをするものだ)

 

 タヌキ親父、このIS学園の本当の理事長に千冬は内心毒づいた。

 まるでこの前のゴーレムⅢを越えた厄災が来るとでも言うような学園上層部にも。

 そう、それこそ戦争のような。

 

(今は考えないでやろう。そう、今はな)

 

 来る時があるのか、それは千冬にもわからない。

 だが予感はある。

 アレ(・・)の封印を解かなければならない日が、必ず来ることも………

 

「ところで皆さん、ちゅーもーく」

「なんだよ疾風」

「いやさ、さっきまで散々EOSではISに太刀打ち出来ないって話したじゃん」

「ああ、瞬殺だとも言ってたな」

「それを踏まえて………あちらをご覧くださーい」

 

 何処かゲソっとした顔をしながら、半ばやけくそ気味の大袈裟な素振りで彼方を指差す疾風に全員が釣られるようにそっちを向いた。

 

 そこには………

 

「ヒィィィィ! なんでそんなヌルヌル動くんですかそれ!」

「刮目しろ! これがEOSだ!!」

「私の知ってるEOSと違う! うわー! くらった! 嘘でしょなんでぇぇぇ!?」

「ハッハッハッハ! ガーハッハッハッハ!!」

 

 先程とは違いギュイン! ギュオン! と1機のEOSがアリーナを縦横無尽に駆け巡りながら生徒の練習機を追い回していた。

 その手に握るプラズマショットガンから大量の白色光弾がばら蒔かれ、打鉄に乗った相川さんを狙い打ちしていた。

 

「「「………………………」」」

「「「なにあれ?」」」

「更に改良を加えたであろう、EOSです」

「いやいや待て疾風。私はあんなEOSを見たことないぞ? なんだあれは、動きが異次元過ぎる。飛ばないことを含めたらIS並みに動くのではないかあのEOSは!?」

 

 いつも冷静沈着なラウラもこれには狼狽えてしまった。

 

 それもそのはず。先程から相川さんが撃ったペイント弾をスルリスルリとランドローラー走法でよけ、時にはシールドで受け。更に迎撃しにかかるのだから。

 EOSと嘗めてかかった相川さんは絶賛涙目トラウマ警報を発令している。

 

「あの………疾風、アレに乗って豪快に笑ってる人ってまさか」

「うん、うちのファーザー」

「なんであんな重い機体で動けるのよ?」

「リミッター解除と筋肉だって」

「筋肉?」

「うん筋肉」

「お前の父ちゃん何者?」

「んーー、人間?」

 

 IS対EOS剣司・レーデルハイトスペシャルの戦いを遠巻きに眺める専用機持ちたち。

 織斑先生に至ってはあからさまに視線を反らしていた。

 

「いやー! これは素晴らしいわ! 更識さん、いや簪ちゃん! 是非うちの専属にならない!? 倉持技研には話を通すから! 卒業後は就職も視野にいれて!」

「あの、えっと」

「なんなら疾風もつけるから!」

「え、疾風を!?」

「オイコラ母さん! 勝手に俺を担保にするなぁ!! あと簪を困らせるなキーック!」

「華麗にヨケール!」

 

 聞き捨てならねえと飛び蹴りを噛ます疾風に紙一重でかわす母、アリア。

 そして依然としてEOSでISを追いかけ回す父、剣司。

 

 その日、専用機持ちと生徒たちは心に刻み込んだのだった。

 

『レーデルハイト家、やべえ』と。

 

 

 





 EOS。なんかボトムズみを感じますよね。サイズ感とか。
 まだあそこまで軽快には動けませんが

 え?剣司スペシャル?あれはもはやEOSではありません。


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第112話【倉持技研の奇天烈さん】

 

 

「んあーーー………うえーふ」

「中年男性みたいですわよ、鈴さん」

 

 IS実習、ではなくEOS実習による疲れを洗い流そうと生徒がごった返し殺到するシャワー室に繋がる更衣室。

 専用機持ち面々は直前までEOSのペイント弾を洗い落としていたので最後となった。

 

「おっさんにもなるわよ。使わない筋肉使った感じしたし。シメに清掃よ。疲労とダルさが一気に来たわ」

「炎天下じゃなくてよかったですよね」

「まあ疾風の無様な姿が見れたから一応満足したわ。ハッハッハ」

「鈴だって変わらなかったと思うが………」

 

 普段ISバトルや日常で疾風に煮え湯を飲まされることが少なくない鈴はご満悦だった。

 

「ジーー」

「な、なんだ」

「箒また大きくなった? 胸」

「ぬっ。実は、またブラがキツくなってな」

「あら駄目ですわよ箒さん。ちゃんとサイズにあった下着をつけないと」

 

 ISスーツから解放された箒のバストは山田教諭に負けじと暴力的な「揺れ」を起こしていた。

 

「あまり言いたくないが、このサイズだと可愛い下着を探すのが大変でな」

「短期間でなんでそんなに成長してるのよ。まさか一夏に揉まれて大きくなってるのではないでしょうね」

「ああ、確か好いた異性に揉まれると胸が大きくなるとか。副官からそんなことを聞いた覚えがある」

「そ、そんなわけないだろう! そんな、破廉恥な……」

「そう………で、本音は?」

「………やぶさかではない」

「オラァっ!」

「にぎゃっ!?」

 

 乙女モードに入りかけた箒の巨乳。否、爆乳を渾身の力で揉み込む鈴。

 その手には小さくなーれ、小さくなーれ。という呪詛が込められていた。

 

 ひとしきり揉みし抱かれた箒と収まりがついた鈴は一足遅れてシャワールームに合流する。

 

「それにしてもさぁ。私たち、よくもまあ生きてたと思うわよ」

「この前の襲撃?」

「そっ。うちらのISも結構重傷だしさぁ。今回のEOSでISの存在が大きく見えちゃって余計にね」

「確かにそうだよね。僕たちは運が良かったよ」

 

 現在一年生専用機持ちのISは軒並みダメージレベルがCとなっていた。

 更に外部からのジャミングにより強制的にシールドの展開を阻害された為。しばらくISの使用を禁じられていた。

 

「イージスの2人は流石と言うか。そこまで損傷という損傷はなかったみたいだけど。ISのアップデートとかで本国に戻っているそうだ」

「ということは、いまのIS学園は攻められるとマズいということではないか?」

「訓練機はありますから。緊急時にはそれに乗って対応ということになりそうですね」

「EOSは?」

「まだ出せんだろう。戦闘訓練、戦術構築もままならぬ。出ても肉壁ぐらいにしかならんだろうな」

「AI操縦とか出来ればワンチャン」

「簪様!」

「無理。流石に無理」

 

 天才少女にも出来ることと出来ないことがある。

 

 磨りガラス越しの多種多様なシルエット。

 十人十色なスタイルを持つ美少女たちはそれだけで絵になっていた。

 

「そういえば簪様。楯無様、無事に退院出来て良かったですね」

「うん。もう元気過ぎるぐらいで」

「学園でも一緒にいる時間が増えたみたいですね。少々距離近いですけど」

「反動よねぇ。気持ちはわかるけど」

 

 そう。最近の楯無は妹LOVEを全く隠すことなく簪を見かける度に「簪ちゃーん!」と言って抱き付いてくるのだ。

 行く行くは生徒会入り、そしてあわよくば同居も狙ってるという。

 そんな寵愛の対象となった簪はというと。恥ずかしさ半分、嬉しさ半分で満更でもない状態だった。

 これには布仏姉妹、そして疾風もニッコリである。

 

「楯無さんのIS。私たちの中では一番ダメージがでかいように見えた。大丈夫なのだろうか」

「学園に置いてる予備パーツを組み上げて応急処置をするって言ってた。本国からも至急技術班をよこすみたい」

「楯無さんの機体ってロシアのだよね。技術提携で色んな国の技術を使ってるって聞いたことがあるけど」

「私が知るに。日本、アメリカ。イタリアの最新鋭技術も使われてるって」

「イタリア? もしかして、テンペスタⅡの?」

「ふむ、あのテンペスタの後継機か………」

 

 欧州イグニッション・プラン筆頭国のイギリスとドイツ所属のセシリアとラウラ。

 競争国の情報を前に瞬時に代表候補生モードに移行した。

 

 イタリアのテンペスタは世界でも有名な部類に入るISだ。

 イタリア国家代表、アリーシャ・ジョゼスターフの愛機で嵐のような近接戦闘を得意とするクロスファイター。

 数少ないワンオフ・アビリティー持ちとしても注目されている。事実上世界のナンバーワン。

 

 本来なら第二回モンド・グロッソにて千冬とアリーシャの雌雄を決する決勝戦が行われる予定だったが。千冬の棄権によりアリーシャの不戦勝となった。

 

 だが大会インタビューにてアリーシャはこう公言している。

 

『織斑千冬との決着がついていない。おこぼれの栄光に興味はない』と、自らブリュンヒルデの称号を辞退している。

 

 故にブリュンヒルデといえば織斑千冬を差す絶対名詞となっている。

 

「あと、イギリスの技術も使ってるとか」

「ああ。あのアクア・ナノマシンってやっぱりBT兵器の技術応用なのか。どうなんだセシリア?」

「わたくしも詳しくは知りませんが………恐らく完全なBT制御ではないと思います。脳波パターンを群体ナノマシンにエネルギーと共に伝播させ。気体から液体、液体から気体に変容させる。これを脳波だけで行うとするならば相当の適正が必要な筈です」

「つまり疾風のAIとセシリアのBT技術の良いとこ取り?」

「そうなるのでしょうね。ですがあの完成度の高さはわたくしから見ても目を見張る物がありますわ」

 

 ロシアのIS技術は日本やアメリカと比べて大規模な物ではないが。それを差し引く先鋭された技術力を持つことで有名だ。

 

 もともと極寒地域の有効利用として着眼されていたナノマシンをアクア・ナノマシンとしてISの技術に組み込むあたり、その片鱗が見えている。

 

「でもさ。あたしから見たらセシリアのブルー・ティアーズだって負けてないわよ。偏光制御射撃(フレキシブル)みたいに化け物レベルのこと、あのアクア・ナノマシンで出来るとは思えないしね」

「あっ。元コンビの贔屓?」

「当然! セシリアの地獄の特訓を生き延びたあたしが言うんだから間違いないわよ。実際あの水は光学兵器に弱いみたいだし。もしトーナメントで当たってたらあたし達が勝ってたわね!!」

 

 フフンと自分のことのように自慢する鈴にセシリアも笑みがこぼれた。

 

「勝ってたかどうかはともかく。ありがとうございます鈴さん」

「お礼はその高級シャンプーで良いわよ?」

「現金ですわねぇ」

 

 そう言いつつセシリアは隣の鈴に愛用のシャンプーを手渡すのだった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ふぅ。IS関係の研究所って山奥に立てなきゃ行けないっていう決まりごとでもあんのかな」

 

 EOS模擬戦の翌日。

 IS学園から電車とバスを一時間ずつ乗り継ぎ。そして更に歩かされてやっとそれらしき場所についた一夏。

 

「倉持技研第二研究所。うん、合ってるよな」

 

 何故わざわざ一夏が遠路はるばる此処に訪れたか。

 それは一夏の腕にはまっている白式のオールメンテナンスの為である。

 

「しかし。ここってあの人がいる場所なんだよな」

 

 あの奇天烈な格好をした姉の同級生が。

 

 とりあえずこの場にいても始まらないので一夏は研究所に向かっていく。

 

「そういえば疾風が妙なことを行ってたな。『くれぐれも背後に気を付けろ。特に尻は』って」

 

 なんで尻なんだ? 

 

「ん?」

 

 ふと一夏は後ろを振り向いた。

 なにやら邪な気を感じたのだが。そこには誰もいなかった。

 なんというか、敵意ではなく邪気的な何かを感じたのだ。

 一夏は緊急時に対応できるように白式に意識を向けようとした。

 

「ヘイヘーイ美少年! 私の部屋で良いことしようぜい?」

「イヒィッ!?」

 

 陽気なパーリーピーポーな声と同時に尻に生暖かい感触。しかも尻の間に何かが這いずりまわった! 

 

「うわぁあぁっ!!? あっ?」

 

 そこにはこの前の強烈なインパクトを誇るスク水型に水中眼鏡。

 今回は白衣の変わりに麦わら帽子と銛が握られており。もう片方の手には取れたて新鮮な魚が三匹握られていた。

 先ほど潜ってきたのか。水がポタポタと滴り落ちている。

 

「か、篝火さん?」

「オウイエーイ織斑弟! 1ヶ月ぶりぐらいだねん」

「………何してるんですか?」

「見てわかるだろ?」

「朝の幻覚?」

「ちがーう! ちょっと川で魚取ってきたの。私こういうの大の得意でさ。うち実は海女さんの家系なんだ」

「はぁ………だからいつもそんな格好を?」

「んーん。これは私の趣味」

 

 現実離れした雰囲気とヒカルノの前より更に拍車をかけた奇天烈ぶりに一夏は完全に呑まれていた。

 

「ところで少年。さっきの返答聞いてないんだけど」

「さ、さっきの?」

「私の部屋でイイコトしようっては・な・し」

「なっ! あれ本気だったんですか?」

「おっ、一丁前に想像したなぁー? このスケベめ」

 

 タプンと二の腕でこれ見よがしに胸を揺らすヒカルノ。

 その胸は山田先生クラスの迫力を誇っており、一夏は思わず生唾を飲み込んだ。

 

「私、身体のほうは結構自信あるんだぜ。ほんの少し篠ノ之に負けるけど、充分満足できると思うなぁ。一夏くんタイプだし」

「え、ええ………ええ」

 

 後ずさろうとするが後ろはヒカルノのホームグラウンド。

 万事休す。このまま一夏の操は目の前の変人に食べられてしまうのか。

 

 一夏の貞操の行方はいかに! 

 

「あぁぁーー所長! また青少年にセクハラしてるんですか!?」

 

 突如混沌とした空気に割り込んできたのは見た目三十代の男の人だった。

 男性は一夏を見るなり「あっ!」と声を上げた。

 

「織斑一夏くんだね?」

「あ、はい」

「そうかそうか。いや、すまないね。篝火所長が迎えに行く約束してたんだけど。まあ見ての通り変態だからさ」

「なんだいなんだい! いま迎えに行ったんだから良いじゃないか! むしろ褒めたまえ! 称えてひれ伏し給え!」

「出会い頭にセクハラするなって言ってるんですよ! この歩く公然猥褻物!」

 

 うわーっ! ド直球で言った。

 そして良く言ってくれたと一夏は心のなかで男性に拍手をした。

 

「おっさんは黙ってろ!」

 

 そう言ってヒカルノは持っていた銛を男性目掛けて思いっきり投げつけた。

 

(うわっ、何してんだこの人! 危険人物過ぎる!)

 

 一夏はとっさに男性を守ろうと白式を部分展開しようとしたが。

 

「私はまだ!」

 

 男性は一歩踏みしめて、なんと投げつけられた銛を空中でキャッチ。

 

「二十代です!!」

「のほぉっ!?」

 

 そのまま捻りを加えてヒカルノに投げ返した! 

 不意を突かれたヒカルノはオーバー気味に回避運動を行った。

 

「あ、危ないな檀ノ浦くん! 当たったらどうするつもりだったんだい!?」

「最初に当てようとした人が何を言いますか!」

「だって君はいつも避けてくれるから。まさか投げ返して来るなんて。成長したね檀ノ浦くん………」

「お陰さまで!」

 

 いっつもこんなことしてるのか。

 レーデルハイト工業といい。IS関連会社は濃い人しかいないのだろうか(※そんなことありません)

 

「重ねてすまないね織斑くん。これから白式のメンテナンスするんだけど。もしこのアホが変なことしたら遠慮なく言ってくれ。直ぐにしょっぴくから」

「こらぁ! 仮にも上司に向かってアホとはなんだ!」

「篠ノ之博士の敗北者って呼んでも良いんですよ」

「取り消せよ、今の言葉!」

「さっ、中に入って。飲み物とお菓子出すからゆっくりしていてくれ」

「聞けよこらぁ!」

 

 大丈夫なのかな? と思いつつ檀ノ浦に促されて一夏は倉持技研の門をくぐった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「おっまたせー!」

「あ、はい」

「………………」

「どうかしました?」

「君ね。女性が待った? って聞いたら今来たところだよ、って言うとこだろう!?」

「30分前からいたんですけど」

「冷静に返してきて、面白くないなぁ」

 

 実際待たされたのだからどうしようもないのだが。と一夏は思ったがそれは心にしまっておいた。

 

「美学のわからんやつはモテないぞぉ少年」

「いや別に俺は」

「まあそんときは私が美味しく頂くから安心したまえ」

「帰ります」

「ちょちょちょーい! ここ以外に何処行くって言うのさ!」

「レーデルハイト工業に」

「現実的なのキタァァ! 冗談、冗談だってば。万一そんなことしたら君の姉に殺されるから私!!」

 

 ブルルっとガチで震えるヒカルノ。過去に何かがあったのだろう。一夏でも容易に想像が出来た。

 そして対ヒカルノ対策マニュアルを疾風に教えて貰って良かった、と一夏は学園にいる親友に感謝の念を送るのだった。

 

「あっ、そういえば」

「ん? どうしたん」

「疾風と簪から預かった物があったんだった。最初のドタバタで忘れてたけど。これです」

「んー、どれどれ………ヴァっ」

 

 渡されたのは封筒に入った手紙。

 内容を呼んだヒカルノは喉を詰まらせるような呻きを上げた。

 それもそのはず。文章には打鉄弐式の開発停滞と今後のことについての内容が書かれていたからだ。

 つまり抗議文である。

 

「やっぱり白式と打鉄弐式のことですか?」

「うん、まあね。あとは打鉄弐式の装備を引き続き支援お願いしますとか。こっちの事情も理解してるっぽいから比較的マイルドで過激なことを書かれてないのが救いかなぁ。でもやっぱ応えるなぁ」

「すいません、ご迷惑をかけてしまって」

「いやいやいや! 織斑くんは100%悪くないから! 悪いのは利益と自分の欲にしか興味のない無能な政治家ババアどものせいだから! あとうちもね! だから自分が悪いなんて思っちゃ駄目だかんね」

「わかりました」

「よしよし。しかしレーデルハイトくんも抜け目ないというかちゃっかりしてるというか」

「というと?」

「ほれ、最後の方にレーデルハイト工業との契約交渉とそのメリットが書いてある」

「うわー」

 

 時々出てくる疾風の企業戦士モード。

 この時のアグレッシブさを知ってる一夏も思わず苦笑い。

 

「あれ、倉持技研ってレーデルハイト工業と繋がりないんですね。親元の徳川ISグループとは繋がりあるのに」

「あー、第一技研は繋がりあるけど。うちはほとんど他社との繋がりないんだよね」

「第一はあるのに、ですか?」

「そうそう。まあそんなことはどうでもいいさ。サッ、白式を展開しておくれ! ダメージチェックとシステムの最適化。あとデータ採取始めるからね」

「わかりました。こい、白式!」

 

 意識をISに込め、白式・雪羅を呼び出す。

 そのまま計測装置の中の固定パーツとドッキングした。

 

「ふーむふむふむ。ほーうほうほう」

「どうですか?」

「ダメージの蓄積が大きいね、自動修復が完全に追い付いてない。大分無理したとみたよ?」

「ええ。本当に大変でした」

「じゃあ白式から降りておくれ。あとはこっちのメンバーでオーバーホールするから」

「どれぐらいかかりそうです?」

「んー。まあ完徹すれば明日までにはなんとかなるかな? 出来れば泊まってくれるとこっちも助かるんだけど」

「わかりました、学園に連絡しておきます」

「サンキュ。あ、そうだ。待ち時間暇だろうから、君は釣りでもしなさい」

 

 そう言って渡されたのは古き良き竹竿だった。

 リールなどついていない。竹と糸と針だけで出来た代物だ。

 

「近くの川で良いのが釣れるんだ。餌は現地調達で宜しく! 釣ったら食べようぜ」

「はぁ、じゃあお借りします」

「はいはい、いってら~」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「釣り、かぁ………しばらくぶりだな」

 

 根っからのアウトドアボーイだった一夏はよく釣りに行っていたことがあったのだ。

 最初は姉と、そのあとは箒から鈴に。

 中学でバイト生活をしてからすっかりやらなくなっていた。

 

「おー………」

 

 日光でキラキラと反射する。透明感のある澄み渡った綺麗な清流が目の前に現れた。

 久しぶりだから苦戦するかと思ったが、身体が覚えてるのか直ぐに餌は見つけれた。

 

「そういえば鈴って虫探し大っ嫌いだったなぁ。そのくせ釣りにはよく来てて。その度にグーで殴られて………なんで来たんだろうなアイツ」

 

 乙女には障害があっても引いてはならぬイベントがあるのだ。

 

 昔の思い出を振り返りながら探してると、結構な餌を確保することが出来た。

 苦手な人がいたら発狂ものの光景である。

 

「場所は、あの岩がいいな」

 

 川の真ん中にドーンと置いてある巨岩によじ登り、そこに座り込む。

 

「よし行くか。そーいやっ」

 

 釣り針に虫を通してヒョイっと投げ込んだ。チャプンというこ気味のいい音が心地いい。

 そのあとはボーっと静かに待った。

 

 煌めく川、流れる川のせせらぎ。

 そびえ立つ山と森からくる心地いい風に身を晒し。自然と一体になるのを感じた。

 

「あー………落ち着く」

 

 ティーンエイジャーとは思えない釣りの心を持つ一夏はしばし心の空白を楽しんだ。

 都会の喧騒を離れて田舎に移住する人たちの気持ちが分かる気がした。

 自然の中に身を晒すことがこんなにも癒されるとは。

 

「言っちゃなんだけど………IS学園、五月蝿いからなぁ………」

 

 何処に行っても超アグレッシブな女子と遭遇し。

 箒たちいつものメンバーとは毎日騒がしくも楽しい毎日を過ごす。

 そして何より楯無からのセクハラやらいたずらに心身ともにダメージを負い。

 

 はっきり言って、IS学園では心休まる時間というものは確保できないのだ。

 といっとも、それをなんだかんだ楽しんでるのも事実ではあるのだが。

 

「もう少し静かな時間を過ごしたいって思うなぁ」

「おやおや、中々爺臭いことを言うじゃないか少年」

「うおっ、篝火さん?」

「ヒカルノでいいよぉ。隣失礼するね。あっ、餌頂戴」

 

 ひょいっと餌ケースから虫を取り出し、手慣れた動作で釣り針に刺して投擲した。

 

「十代女子の姦しさには、ついていけない感じかな?」

「まあ、なんというか距離感というか」

「今時の女子は強いからねぇ」

「ところで此処にいていいんですか?」

「別にサボりじゃないよ。私の専攻はISソフトウェアだからね。それにうちのスタッフは優秀だし」

「追い出されたとかではないですよね?」

「君のような勘の良いガキは嫌いじゃないよ」

 

 追い出されたらしい。

 

「因みに、織斑くんはISソフトウェアについて何処まで知ってる?」

「えーっと。確かコアごとに設定されてる非限定情報集積(アンリミテッド・サーキット)によるISの自己成長による進化。あとは先天的な外付け武装の好みだとか。ワンオフ・アビリティーもこの機能があるからこそ生まれるもの。だということぐらいですかね」

「おー、中々優秀な回答じゃないか。その非情報集積というのは、ISのコア・ネットワークにアクセスする為に必要な特殊権限でもある。もしこれがなかったら通常媒体でも接続し放題のハッキングし放題なってしまうからねぇ」

 

 ISのハッキングは正に由々しき問題となる。

 銀の福音の暴走を目の当たりにしてる一夏にとってそれは骨身に染みることだった。

 

「では問題。コア・ネットワークとはなんでしょうか」

「IS同士が通信するために必要なネットワーク環境で、元々は宇宙活動を目的としたISの生還通信プロトコル。全てのISが繋がれる電脳空間ですよね?」

「良くできました。優秀な教師がいるみたいだね」

「ええ。疾風は本当に色んなことを教えてくれて。凄くわかりやすいんですよ」

「ありゃ、織斑の方じゃなくてそっちか。姉の方は教え方悪いのかい?」

「いえそんなことは。ただ疾風の教え方が上手いだけで」

「つまり姉は下手だと」

「そうじゃないです! もう勘弁してくださいヒカルノさん!」

「ニャハハ、ゴメンゴメン。おっキタァァ!」

「俺も来た!」

 

 リールがない以上竹竿には瞬発力が求められる。

 一夏は慌てて竹竿グイッと引っ張りあげた。

 水面から現れたのは丸々とした、所謂当たりクラスの魚だった。

 釣りに求められるのは静の心だが、ここぞという時の躍動感。そして釣り上げたときの達成感は何者にも変えがたい快感なのだ。

 

「よっし!」

「お見事! 私は逃げられちゃったなぁ」

「大物ですか?」

「いんや、ちっちゃかったわ。餌貰うよ」

 

 ヒカルノはもう一度釣糸を垂らした。

 一夏も釣り上げた魚を魚籠にいれて再度投げ込んだ。

 

「さっきの続きだけど。これは知ってるかな? コア・ネットワークにおける情報交換による、データバックアップなんてものが存在してることについて」

「え?」

「おっ、これは知らないとみたぞ。やったぜ! って言っても、半分は私の独説みたいなもんだから知らなくても無理はないけどね」

「どういうことですか?」

「例えば君の白式だ。君のISには二つのISの機能がそっくりそのまま継承されている。一つはわかるよね?」

「千冬姉の零落白夜、ですね?」

 

 零落白夜。

 対IS戦闘における一撃必殺の絶技。エネルギー兵器を悉く霧散する破魔の刃。

 シールドエネルギーを攻撃に転化して放つ文字通りの諸刃の剣。

 織斑千冬を織斑千冬足らしめた。世界で一番有名なワンオフ・アビリティーだ。

 

「君のISはファースト・シフトした段階でワンオフ・アビリティーを手に入れた。ワンオフ・アビリティーはセカンド・シフトでなかれば発現しないにも関わらず。しかも君は姉と同じ零落白夜を持つことになった」

「さっき継承って言ってましたが」

「そっ、私は白式の零落白夜は暮桜とのコンタクトを持って受け継がれたと考えている。そしてファースト・インフィニット・ストラトス、白騎士の特殊機能もね」

「白騎士………白騎士? なんでここで白騎士が出てくるんです?」

「なんでってそりゃあ。君には覚えがあるんじゃないかい? 普通のISにはない能力。君の命を救い、仲間の元へ馳せ参じることが出来た、君のISにしかない機能が」

「………………………あっ」

 

 一夏は臨海学校で箒と話したことを思い出した。

 

 ISには操縦者の命を保護する機能はあるが。傷を完治させる能力はない。

 

 だが白式には備わっている。パイロットの身体を短時間で完全に再生させる、機能を越えた権能が。

 

「俺の身体を直した力が、元々は白騎士の力だと? でもそんなの聞いたことありませんよ。白騎士にそんな力があることは」

「あーそれはね。あいつが白式を作り上げるときに口を滑らせたのさ。『うちの白騎士ちゃんには搭乗者の再生治療能力っていう他とは違うスペシャリティな能力があるのさ』ってね」

「成る程。でもなんで俺の白式にそんな機能が付与されたのでしょう。暮桜は千冬姉のISだから分かりますけど。白騎士と俺に関連性なんて」

「白騎士のパイロットが織斑千冬とは考えないのかい?」

「それは………確証なんかないですし」

 

 と言っても一夏には大体察しはついていた。

 あの時束にもっとも近くにいたのは自分の姉だ。千冬を溺愛してる束が記念すべきIS第1号に千冬を乗せないとは考えにくい。

 

 それに、臨海学校の時。白騎士のパイロットの正体を言おうとしたときの束の意味ありげな視線が姉に向いていたことを一夏は気付いていたのだ。

 

「仮に、白騎士のパイロットが千冬姉だとして。兄妹だからという理由で白式に暮桜と白騎士の能力が付与される説明にはならないと思うんですけど」

「確かに、世界には親族繋がりで専用機乗りになる人もいる。だけど君の白式のような特異ケースになった事例は、一つ足りとも存在しない」

「じゃあなんでそんなことが」

「仮説はある。だが立証できる物が何もない。だからこそ、オーバーホールとかこつけて君をこんな山奥に呼んだのさ」

「え?」

 

 白式のオーバーホール。それが今回一夏が倉持技研に来た目的のはず。

 だがヒカルノにはまったく別の目的があるのだという。

 そんなヒカルノの目に宿る鋭い光に、一夏は身に覚えがあった。

 

 貪欲に知識と技術を飲み干し、自身の力とする。

 そんな親友の野心的な、猛禽類とも例えられるような鋭い光を。

 

「私の仕事はね。情報交換によってアップデートされた君の白式。そして国際IS研究機関本部で入手した紅椿のデータを元に。ISのブラックボックスを紐解いていくことさ。まだ誰にも見たことがない。篠ノ之束を足を掴むほどの秘密を、ね」

 

 精悍な笑みを浮かべるヒカルノ。

 常に打倒篠ノ之束を胸に下剋上を狙う彼女に一夏は思わず生唾を飲んだ。

 

「あ、勿論最優先は君の白式を完璧な状態に直すことだ。そこは心配いらないからね」

「あ、はい」

「あとはまあ。あわよくば君と良い関係を気付いてみたいかな、なーんて♪」

 

 またもこれ見よがしにヒカルノはタプンと自身の巨乳を持ち上げる。

 まじまじと釘付けになってしまった一夏は彼女のニンマリとした笑顔に気付いて急いで目線を反らした。

 

「フフン。やっぱり男の子は大きい胸が好きなんだねぇ。どれ、触ってみる? 張りもあって柔らかくて、病み付きになるかもよ?」

「か、からかわないで下さいよ!」

「あっ、引いてるよ織斑くん」

「え、わっ、わぁぁっ!?」

 

 急いで引っ張ろうとした一夏だが、思いの外引きが強く、動揺したのもあいまってそのまま川にダイブしてしまった。

 

「アッハッハッハ! まだまだお姉さんを手玉に取るには経験不足だな、少年!」

 

 ニッシッシとご満悦に笑うヒカルノ。

 

 疾風のように他人をあしらうことは、まだまだ自分には無理なんだな。

 

 再認識した一夏は、思わず天を仰ぐのだった。

 

 

 

 

 

 



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第113話【プラグイン】

 

 

「むふー。平和だねぇ………」

「疾風ったら、そんなお行儀の悪い」

「タレ疾風でーす」

「白黒になってから出直しなさい」

 

 いつものカフェテラスのテーブルに顎を乗せ、平和を享受する眼鏡をかけ、最近少し髪が伸びた男。

 どうも、我が愛機スカイブルー・イーグルがやっと帰ってきてウキウキマンボーな日本代表候補生兼レーデルハイト工業所属テストパイロット兼生徒会副会長の疾風・レーデルハイト16歳です。

 

 え? 自己紹介が五月蝿い? 

 アハハ、ごめんごめん。

 

「まだ一週間すらたってないのに。穏やかな日々が数日続くだけでこれよ。ふあ~」

「なに言ってますの。イーグルが帰ってこなければまだまだ狂気に犯されてたでしょうに」

 

 それは言いっこなーし。

 現にEOS実習終了後とISが帰ってくる間に禁断症状が発生したことは。ここだけの秘密な。

 

「本当ならブルー・ティアーズとバトりたいんだけど。まだ直ってないもんねぇ」

「ええ。本社も今忙しい時期に突入してしまって。近いうちにイギリスに戻りますわ」

「護衛いる?」

「いえ、今回はうちの方から護衛を出すと念を押されたので」

「シャッチョに?」

 

 コクリと頷くセシリア。

 あの過保護叔母様プロデュースならボディガードも優秀だろうから。大丈夫だろうけど。とことん嫌われてるな俺。

 なんか悪いことしたかなぁ。いまんとこそこのお嬢様のピンチ何回も助けたからプラス感情にならないと足し引きが合わんと思うのだが。

 

 あ、スタートがどん底マイナスだから多生のプラスは微々たるものか。うわかなしっ。

 

「俺も言うて全力戦闘は控えるようには言われてるけどね。それも今日で最後だ。今日もEOS届けに母さんと父さんくるし」

「例の新機能ですの?」

「そっ、最終チェックだから直ぐ終わるから良いけど。結構不安定なシステムだからさ、念には念を入れる感じってわけよ。実は簪にもアドバイスもらってさ。あいつスゲーよほんと」

 

 本当ならタッグマッチトーナメント前に調整が終わるはずだったんだ。

 でも思ったより調整が厳しくて、本社も大分頭を抱えたみたいだ。

 

「その新機能ってどんなものですの?」

「んー、秘密。御披露目まで乞うご期待ってな」

「………簪さんには見せた癖に」

「うっ。それは言わんでくれよ。本当はお前にいの一番良いのを見せたいし知らせたいんだから。今日の最終調整終わったら一番に見せるからさ………機嫌直して?」

「そういう問題ではありません」

「セシリア~」

 

 自分ではなく簪に頼ったという事実が面白くないお嬢様は若干不機嫌な様子。

 だけど本気で怒ってる訳ではない、というのはなんとなくわかったから。結構ホッとしてる。

 

 と、セシリアを見ていると、いつものとこにイヤーカフスがついてないことに気付いた。

 

「そういやお前IS何処につけてんの? 確かパーソナルロックモードよね」

「ああ、これですか?」

 

 スッと袖口を引くと、右手首にブルー・ティアーズの待機形態であるイヤーカフスの形をしたシールが張り付いていた。

 

「アクセサリーじゃ飽き足らず、こんな薄っぺらいシールっぽいのになるなんて。量子変換って凄いよなぁ」

「でもこれではまともに機能しないのも事実です。拳銃をバラして持ち歩いてるのと同じですから」

「だからこそ、今は有事に備えて専用機持ちは二人以上の行動を義務付けられてるという訳だ。会長と俺以外は」

 

 会長はISを持たずとも一戦級の実力を持っている。

 心配する要素はこれっぽっちもないのが普通だが。病み上がりだから少し心配なのもある。

 が、彼女はいま絶好調の有頂天。妹成分を補給したお姉ちゃんは強い。

 

「整備環境が近くにあるのは、日本組の利点ですわね」

「ああ、だが菖蒲は須佐之男ユニットのオーバーヒートでダウン。紅椿は自己修復待ち。そして一夏は昨日から倉持技研に泊まり込みだ。そのせいで一夏ラバーズどもは、半ばダウナー状態というね」

「さっき鈴様に会って『やる気が出ないー』って言ってましたわ」

「一夏がいねえからだわな」

「そう言ったら『な、なぁ!? べ、別にそんなことないわよ! 一夏なんていようがいまいが変わらないっての!』ですって」

「予想通り過ぎて笑うわ。てか似てたけど違和感凄いな鈴の真似」

「わたくしもそう思いますわ」

 

 いつもお嬢様言葉がデフォルトのセシリアが行きなり砕け全開の鈴口調で喋るのは中々ギャップインパクトがある。

 そんなセシリアも良いなと思える辺り、俺は順当に末期症状進行中である。

 

「しかし大丈夫かなぁ」

「何がですの?」

「一夏の貞操。倉持技研第二研究所にはあの奇人がいるから」

「………あーー、いましたわね」

「事前に教えた対篝火ヒカルノマニュアルが役に立てば良いのだが」

「そんなもの教えましたの?」

 

 教えましたの。他にも更識楯無対処マニュアルもあるが。これは触りだけにしておこう。

 矛先が俺に集中したら困るから。

 

「ところでさ。本国に行くのって直ぐなの?」

「いえ、スケジュール調整とかで大分先になりますわね。一週間後あたりかと」

「一週間かぁ………」

 

 ………………うん。

 

「セシリア」

「はい」

「日本にいる間はさ、特に予定とか組んでる?」

「いえ。家の仕事が少しあるだけで、基本はフリーになりますわね」

「そっか」

 

 これはチャンスじゃないか? 

 うん、チャンスだ。間違いなく。

 

「あのさ、えっと」

「?」

「良かったら。近い日に一緒に………」

 

 街に出掛けないか? と言おうとした時だった。

 

 カフェテラスの柱と一体になっているモニターの画像が乱れた。と思ったらカフェテラスの電気が一斉に消えた。

 

「お?」

「停電?」

 

 まだお昼だから窓からの光で真っ暗になることはなかったが。

 突然の停電に周りの生徒も何事かと辺りを見渡す。

 

 だがこれで終わりではなかった。

 

「はっ!?」

「防御シャッター!? 何故っ」

 

 ガラス窓の外から被さるように次々とシャッターが降りていく。

 外からの光源を軒並み潰していき、最後には真っ暗な闇だけが残った。

 

 普通停電した場合、緊急用の電源が確保され。それでも非常灯だけは別ルートで電力供給されてるため直ぐにつく筈なのだが。

 

「セシリア」

「ええ、二秒たちました。非常電源にも切り替わらない。不自然です」

「ねえ、みんな大丈夫!?」

「いたっ! 誰か足踏んだ!?」

「ご、ごめん! うわっ、コップ落とした!」

「ちょっとどうなってるのよ!?」

 

 マズい、急に真っ暗な閉鎖空間に放り込まれたせいでパニックに。

 

 俺はイーグルの腕部装甲を展開。

 プラズマを纏わせ、即席の電球を作り出す。

 更にビークを空中に等間隔に起き、即席の光源とした。

 

「はーいみんなー! 落ち着いてー! ちょっとチカチカして目に悪いけど我慢してねー!!」

「レーデルハイトくん?」

「いったい何が起きたの!?」

「今確認してるからー! みんなはその場でジッとしててよー! あと食いかけの菓子あったら今のうち食べとけよー!! わかった人は返事ー!」

「「はーい!」」

「はい元気でよろしい!」

 

 よし、これでパニックは回避。

 日頃の経験からパニック慣れしてるのもあると思うが。こういうのはギャグムードに持ち込めば勝ちなのよ。

 

「さて、何が起きたろうね」

「停電、ではないということぐらいは」

「ああ、もし非常用含めて全ての電源が落ちたのなら防御シャッターが降りるわけない。現に電源落ちてからシャッターが降りたからな」

 

 つまり、学園のシステムがのっとられた。

 またもまたもまたも誰かさんにやられてる可能性大ということだ。

 

「先ずみんなに連絡だな。こちら疾風、聞こえる奴は返事しろ。返事しないと一夏にあることないこと吹き込むぞ」

『待て待て! なんで行きなり脅迫するんだお前は!』

『ほんと油断も隙もないわね!』

『今さら一夏にバレるようなことないと思うんだけどな』

『そう思ってるのはお前だけだシャルロット』

『疾風様。こちらは聞こえておりますよ』

『右に同じく』

『あんまり女子を弄くると痛い目あうわよ疾風くん?』

「よし、全員いるな!」

「あなたという人は全く」

『活気が溢れていて何よりだが。もう少し緊張感はないのかお前ら』

 

 専用機組で点呼という名の漫才会話を繰り広げていると、待ってました織斑先生が登場。

 

「目の前にゴーレムが来るのと比べたらって奴ですよ」

『まあいい。専用機持ちは全員地下の特別区画に集合。今からマップを送る。隔壁に遮られた場合は破壊も許可する』

「了解。といってもいま隔壁破壊できるの俺ぐらいだからな。各自集合しながら現地に向かうということで。オッケー?」

『『『了解!』』』

 

 通信終了。

 さてここの事後処理をしなければ。

 

「あーみんな! これから専用機組は事態収拾に行ってくる! 懐中電灯とビニール袋出しとくからそれで明かり確保してくれ」

「なんでビニール袋?」

「懐中電灯に半透明のビニール袋被せて光らせたら光源になるのよ。ほれ」

「わーほんとだ! レーデルハイトくん物知りー!」

 

 バススロットから出した懐中電灯とビニール袋を近くの生徒に渡し、先生が来るまで現状待機を伝えておいた。

 

「前から思ってましたけどあなたISのバススロットを便利なバックと勘違いしてません?」

「現に役立ったじゃない。備えあれば憂いなしってね」

「まあいいですわ。一番近いのは鈴さんとシャルロットさんですわね」

「じゃあ行きますか。うおーバリバリぃ!」

「やめなさい!」

 

 プラズマをバリバリ鳴らしてたら怒られた。

 アレー? 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 着々と合流し、なるべく隔壁を避けるルートを取って指定された場所に到着。

 

「ついてみたらそこはなんとも脳波解析されそうな部屋につきましたよっと」

「言い掛かりしかないぞ疾風」

 

 学園一斉停電と思いきやそこはちゃんと明かりがついていて。目の前にはベッドが7つおかれており。見てくれだけならなんともビジネスホテルみたいな感じになっていた。うーん、我ながら説明が下手である。

 

「では、状況を説明する。現在IS学園は全てのシステムがダウンしている。つまり、ハッキングを受けているものと断定する」

「これで4回目ですね………織斑先生」

「言うな………」

 

 お疲れ様です。いやほんとに。

 

「今のところ生徒への被害は出ていません。防壁によって閉じ込められていることはあっても、今のところ危険はありません。いま教員が各エリアに向かっています。どうやら全ての防壁を下ろした訳ではないようですが。IS学園は完全に外界と隔離されてしまっています」

 

 話を引き継いだ山田先生の言葉に一同は納得する。

 途中途中で見た非常口に通じる道などは全部行く手を遮られていたのだ。

 つまり、敵の目的は。俺たちを閉じ込めることにある。と予想された。

 

「あ、でもトイレとかはいけるみたいです。意外と親切なのかもしれませんね。ハッカーさん」

 

 場をなごませる為に言ったのであろうが。誰一人笑うことなく、かろうじて乾いた笑いを出すだけだった。

 

 なんか山田先生ってこういうの苦手だよな

 

「あ、えーと。げ、現状について、何か質問はありますでしょうか?」

 

 あ、逃げた。

 

「はい。IS学園は各個に独立したシステムで動いてると聞きます。しかし今回はその全てがダウンされている。こうも一度にハッキングをされることなどあり得るのでしょうか」

 

 ラウラの質問に良く言ってくれたとその場にいる全員の心が一致した。

 と同時に俺はこの先の返答を予想してしまった。

 

「え、えっと」

「それは問題ではない。いま解決すべきことは敵への攻撃の対処、それだけだ」

「はぁ………」

 

 山田先生の変わりに織斑先生が答え………という答えを出さずにピシャリと言ってのけた。

 

 そっち側から質問させといてこれである。もっと言い方があるでしょう(山田先生の自爆でもあるが)

 自分たちが知らなくていいことに関しては真っ向からぶった切る、そういうことだ。俺も経験があるからわかるが、結構モヤッとくるものがある。

 

「私からもいいでしょうか」

「箒?」

「今回の犯人は前回と同一犯ですか? いえ、この際だから直球で言います。IS学園を度々ハッキングし、三度無人機を送り、今日IS学園を掌握したのは。私の姉、篠ノ之束ですね?」

「犯人は不明だ。確証はない」

 

 あらかじめ用意していたぐらいの即答っぷり。

 

 流石にここまで来るとこっちも黙っちゃいられねえってものですよ。

 だったらこれはどうだ! 

 

「はい! 質問という名のあてつけします! 織斑先生は結婚のご予定はありますか!」

「とんでもないことぶちまけたぞこいつ!」

「馬鹿ですのあなた!?」

「あと一夏が結婚した場合どんな感情で見送りますか!」

「隙を生じさせぬ二段構え!?」

「虎の尾の上でタップダンス!?」

「更に一夏が一夫多妻制の国に行くといって四人の嫁を囲ったらどうしますかぁ!!」

「待て! 一夏と結婚するのは私だけだ!」

「というかサラッと私たちを巻き込んでないかお前!?」

「とりあえず全員の性根を叩き直す」

「そして織斑先生は律儀に答えましたわ」

「カオス………」

 

 ふぅ(賢者モード)

 

「よし落ち着きました。ご清聴ありがとうございました」

「あなた定期的に狂気に走るのやめなさいな」

「だって、さっきから全然質問に答えてくれないし。前回の反動もあってもう爆発しちゃったんだもん」

「いじけても可愛くないですからね」

 

 別にいいですぅ。可愛くなくて。

 

 その後は特に誰からも上がらなかったので質問タイムは終了となった。

 

「それでは、これから学園のシステムを奪還するための作戦を説明します。現在、こちらからのアクセスは完全にシャットアウトされており。システムに届いてすらいません。そこで皆さんにはISコア・ネットワーク経由で電脳ダイブを実行。メインシステムに侵入したハッカーの追放、撃退をしていただきます」

「で、電脳ダイブ!?」

「………とはなんだ?」

 

 専用機持ちの面々が驚く中で、一人箒がおじけずに疑問を出した。

 

「ISの操縦者保護神経バイパスから電脳世界へと仮想可視可して直接サーバーにアクセスする方法だ」

「専門用語ばかりで更にわからん」

「要するに、ISを使って生身と変わらない感覚でパソコンの中に入って操作出来るってことだ」

「そんなSF映画のようなことが可能なのか!?」

「理論上は完成し、既に成功例もある。あるんだけど………」

「なにか問題でも」

「メリットがないんだよね」

 

 そう電脳ダイブという画期的な響きとは対照的に。その必要性がほとんどない。

 

 要はパソコンを外からキーボードで操作するか。中から操作するかの違いでしかないのだ。

 それにどちらが早く操作できるかというと、外の方に軍配が上がる。

 

 それに加え、電脳ダイブ中はISの機能をそれに集中しなければならず。ダイバーはまったくの無防備になってしまう。

 

「この部屋を見る限り、専用機持ちを1ヵ所に集めての行動になる。リターンに対してリスクが多い」

「あたしも出来ればやりたくないわ………」

「わたくしもです。こんな非常時に無防備な身体を晒すなんて………」

「それでは、わざわざ電脳ダイブとやらをやる意味がないのではないのか?」

「普通はね。でも今回は、外からの通常アクセスが出来ない状況にある」

「その通りだ。今回はISの電脳ダイブによる強行突破、そして侵入者へのダイレクトアタックが必須だ。異論は聞かん、イヤならば辞退するといい」

 

 圧を感じる織斑先生の眼光と言葉に苦言を漏らしていたセシリアたちは気圧された。

 言葉通り異論を聞く気は毛頭なさそうだった。

 

「ちなみに。言葉通り俺たち全員が総辞退したらどうなります?」

「IS学園は事実上崩壊する、と言っておこう」

 

 つまり拒否権もなければ離脱権もなし。

 わーとんだブラック企業だー(棒)

 

「………やらなければならぬのなら、やるしかないだろう」

「ええ、今のわたくしたちはISを動かせません」

「ならやれることをやるしかないって訳よね」

「毒食らわば皿まで、です!」

「やろう、みんな」

「ああ、ベストを尽くす」

「………うん」

 

 みんな決意を新たにした。だがそれは内からくる不安を払拭するための自己暗示。

 それだけ今の状況での電脳ダイブはハイリスクとなるのだ。

 

 形の同意を得たところで、織斑先生がパンっと手を叩いた。

 

「それでは篠ノ之、オルコット、凰、デュノア、ボーデヴィッヒ、徳川はアクセスベッドに乗れ。更識簪は我々と共にダイバーのバックアップだ」

「「「了解!」」」

「了解! じゃあ行くかー」

「レーデルハイト、お前はそっちじゃない」

「ヴェ?」

 

 言葉で襟首を掴まされた俺はギギギと錆びたブリキ人形のように上の織斑先生のほうを向いた。

 

「な、なんでですか。ベッドは7つあるんですよ? 簪がいないのであれば俺が適任のはず。イーグルの性能はご存知でしょう?」

「お前には別の任務についてもらう。電脳ダイブは篠ノ之たちに任せろ」

「つまり俺は電脳ダイブは出来ないと?」

「そうだ」

「なん、だと」

 

 ガクンと俺は膝から崩れ落ちた。

 先程のリスクの高い電脳ダイブに何故ここまで落胆の意思を示すのか。みんなが首を傾げるなか。簪だけが俺の側に来てしゃがんできた。

 

「疾風………」

「………」

「やりたかったの? プラグイン」

「っ! やりたかった! プラグイン! 疾風・レーデルハイトEXE、トランスミッションしたかったぁぁぁ!」

 

 たとえハイリスクローリターンだとしても。プラグインは少年たちの大きな夢なのであった。

 

 ぬおーー! と雄叫びをあげる俺を。菖蒲と簪以外の面々がなんとも言えない目で俺を見下ろしていた。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 セシリアたちの頭上、簪と会長。織斑、山田先生。そして俺はナビゲートルームからみんなを見下ろしていた

 

 簪と俺を除いた一年生6人は電脳ダイブ用のベッドに寝そべり、そのまま装置の中に収納された。

 

 全員ISを準起動モードに固定。電脳世界へのアンカーを打ち込み、仮想媒体として電脳世界にダイブする。

 

「それでは、仮想現実の世界に接続します。皆さんは、システム中枢の侵入者を排除してください」

「わかった」

「みんな、きっちり帰ってきて俺に電脳ダイブの感想を伝えるように。オーケー? ていうか誰か変わってくれる気はある? あると言え、あると言ってください」

「駄々をこねるんじゃありませんみっともない。わたくし、しつこい男は嫌いでしてよ」

「すいませんごめんなさいお願いです嫌わないでください」

 

 トラウマを思いだし俺はガクブルと震えた。

 時間経過で直るとするなら、まだまだ膨大な時間が必要となりそうだ。

 

「心配しなくてもちゃんと帰ってきますから。IS学園は任せましたわよ」

「わかった、こっちは任せろ。一夏じゃないが、絶対にお前たちは俺が守ってみせる」

「最近、絶対って言うようになりましたわね?」

「そんなことは………あるかもな」

「フフッ」

「ハハッ」

 

 自信がついたのか。あるいは必ず守りたいという意思の現れか。

 この世に絶対はないと自負していたが。一夏の熱血さが移ったのかな。

 

「なーに? 二人で甘い雰囲気出しちゃってさ」

「そ、そんな甘い雰囲気なんて」

「胸焼けしそうだな」

「簪様。このままだと私が嫉妬で狂いそうなので宜しくお願いします」

「了解。では、接続開始」

 

 みんなの前に『GET READY』の文字と共にカウントが始まった。

 

 5 4 3 2 1 ENTRY。

 

「ダイブスタート」

 

 システム接続。

 6人は眠るように意識を手放し。肉体から仮想現実に吸い込まれる。そんな不思議な感覚に包まれた。

 

「お疲れ様」

「……え? 俺に言いました?」

 

 唐突に労いの言葉をかけられ思わず反応が遅れた。

 

「みんなの緊張をほぐす為にあえて道化を演じたでしょ? たいした名俳優っぷりだったわよ?」

「いやいやそんなもんじゃないですよ。それに俺は一つも嘘は言ってないですよ。電脳ダイブ的なトランスミッションしたかったのは本当ですし………それは今じゃないってことだけで」

 

 トントン。自身の胸に光るイーグルのバッジに拳を当てる。

 今の俺はIS学園の数少ない自由に動ける戦力。敵の狙いは分からないが。

 ………プラグインしたかったのは本当だ。後で出来ないかかけあってみよう

 

「では、お前たちには別の任務を与える」

「はい」

「なんなりと」

「おそらく、ハッカーとは別の勢力が学園にやってくるだろう」

「IS学園は難攻不落の要塞。国家でさえ無闇に立ち入れない」

「だがそれはセキュリティが機能していればの話。今のIS学園は鍵のない宝物庫だ。千載一遇とばかりに来るだろう」

「敵、ですね」

 

 織斑先生が重く頷いた。

 

「今のあいつらでは戦えない。教員機も先の事件でメンテナンス中だ。悪いが頼らせてもらう」

「任されましょう」

 

 普段のおちゃらけゼロ、完全に更識モードに入っている会長。

 普段とのギャップが強くて風邪を引きそうだ。

 

「それと、今回の事件にあたり。レーデルハイト、お前の両親にも協力してもらうこととなった」

「なんですって?」

 

 なんですって? 

 

「私から避難するように言おうとしたんだが。本人がやる気満々でな。戦力は多いに越したことはない、ということで許可した」

「あの、両親って言ってましたけど。もしかして父も?」

「ああ、EOSで参加するとのことだ」

「おーう………」

 

 さては盛大にぶっぱなせるとテンション上がってるな? 

 母さんに良いとこ見せようとやる気満々だなダディ? 

 

「わかりました。止めとも無駄でしょうし。それより会長は大丈夫なんです? IS、まだ展開出来るほど修理出来てないんでしょう?」

「私は更識楯無よ? こういう状況下での戦いはむしろ得意分野なんだから、第三世代能力は使えるし。自分の心配だけしてなさい」

「ヘタこいたら盛大に笑ってあげますね」

「ほんと可愛くない子ね」

 

 はい可愛くないですよーだ。

 

「またお前たち子供に戦わせることになるな。すまない」

「なんかさっきの『行け、敵前逃亡するものはこの場で切り捨てる』って迫力だった人が言うと違和感バリバリですね」

「あいにくああいう方法しか知らんのでな」

「独裁政治しいてる自覚は」

「さあな」

 

 独裁政治圧政者の末路は背後からナイフグサー! が定番だが。この人はその限りではないなぁ。

 

「では、行くぞ」

「はい………ん?」

 

 いま織斑先生が行くぞって言った? 

 

 と思ったら山田先生も立ち上がった。

 いや山田先生ならまだわかるけども。

 

「私も前線に出る。何時までもお前たちばかりにやられせるわけにはいかんさ」

「出るって。ISでですか?」

「ISは使わん」

「………りぴーとあふたみー?」

「ISは使わん。この身体だけで充分だ」

「………………………???」

 

 はぁ? 

 

 






 どっちかというと3のパルストランスミッションだよなコレ。


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第114話【アポなしお断り戦線】

 

 

「………ここが」

「電脳世界」

 

 電脳ダイブにより突入した世界で目に写ったのは。一面の星空だった。

 否、星空というには少し違う。夜のようなダークブルーの空間に複数の幾何学模様が星のように散りばめられ。情報体が流れ星の如く空間を走っていた。

 

「もっと電子的な風景だと思ってましたが、素敵なところですね。こんな時でなければずっと眺めていたいところです」

「うわっ、なんか床がないけどある感じ? 一寸先が足場なしってことはないわよね?」

「そうでないと信じたいな。で、あれか」

「ええ、間違いないでしょう」

 

 少女たちの目の前には白色の扉が6枚。まるで自分たちを待ち構えるかのように悠然と待ち構えていた。

 

「入れってこと?」

「多分、そう。1人につき1つの扉に入って。各々かシステム中枢にまで前進。到達次第、敵を排除する」

「ここで戦力を分散させるのは危険ではないか? 敵の罠の可能性もある」

「そうしたいけど駄目。そのドアを通れるのは一度に1人分のデータ容量のみ。しかも、この先はこちらからでは解析出来ない。今でさえ通信環境が不安定になってるから、途絶える可能性も大」

「ますます罠に見えてきた」

「通信はなくてもみんなの反応は追えるから、何かあった時はこちらで強制ダイブアウト、現実世界に引き戻す」

「どちらにせよ、我々に出来ることはこれ以外ない。そういうことだな?」

「うん」

「行くぞ」

 

 こくんと頷きあって、6人はそれぞれのドアを開け、くぐった。

 

 

 

 

 

 

 

『ワールド・パージ………開始』

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 ギュッとブーツを固定し、各部接続箇所の最終チェック、完了。

 

 ISスーツ以上の耐刃耐弾耐熱耐衝撃機能を盛り込んだ、ISスーツとは違う漆黒のバトルスーツに身を包んだ、織斑千冬が顔を上げた。

 

 腰にはIS用ブレードと同じ材質の刀が左右3本、両の手に同様の刀を持つ、計8本の刀を携えていた。

 

「モンド・グロッソ以来か。この髪型にすると身が引き締まる」

 

 仕上げとばかりに千冬はいつもの髪ゴムをほどき、白いリボンでポニーテールを作り上げた。

 完成された姿は異形の侍。または近未来SF風に改造された忍び装束だった。

 

 決戦の場に向かうために武器庫から出た千冬。

 その先には既にその場を立っている筈の疾風の姿があった。

 

「まだいたのか」

「はい、本当なら新機能の最終チェックを母さんたちとやる筈だったのですが。って、なんですその姿?」

 

 いつもの千冬とは違う様相に疾風はずれかけた眼鏡を直した。

 R系のロボゲーやニンジャゲーで見たことあると口走らなかったのは疾風の生存本能の賜物であった。

 

「ISスーツじゃないですよね、それ。バリバリの戦闘用に見えますよ。あれですか? そこまでISに乗らないって織斑先生ってもしかしてISアンチだったりします?」

「フン、単純に生身の方が動きやすいだけさ。うちに置いてある訓練機では私の動きについてこれないからな」

「暮桜はどうしたんです?」

「いま私の手元にないんだ………期待に応えれなくてすまんな。見たかったろ、暮桜」

「見たかったですよそりゃあ、俺をISの世界に引き込んでくれた名機ですから。でも、ISが出たら生身でやるつもりですか? 流石に無茶ですよ」

「私なら問題ない。お前は何も心配しなくていい、安心して持ち場につけ。頼むぞ、レーデルハイト」

 

 託す声色は何時もより優しかった。

 目の前の男は覇気だけで大人しくなるような男ではない。むしろそれに反発する反骨心を誰よりも持ち合わせている。

 

 はぐらかしている自覚は千冬にはあった。それでも託す、頼り甲斐のある目の前の教え子に。

 

「まえに御厨所長が言っていました。織斑先生は間違いなく俺たちの味方だと」

「………」

「信じていいですね?」

「無論だ」

「了解。疾風・レーデルハイト、学園防衛の任につきます! 織斑先生もお気をつけて!」

 

 PICで機体を浮かし、疾風は自分の持ち場に飛翔した。

 今は迷わない、大事な仲間。そして愛する人を守る為に少年は戦場に向かったのだ。

 

「やれやれ、眩しいな………行くか!」

 

 千冬も決意を新たにし、死地に飛び込んだ。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「いいわね剣ちゃん。乙女の学舎&息子の学舎に土足で踏み込む輩は! サーチ&スラッシュ、サーチ&デストロイよ!!」

「殺すなよ? 峰打ち優先な?」

「心は?」

「時と場合による」

「よしっ。見敵必殺!」

「殺意高いなぁ」

 

 愛機、ディバイン・エンプレスに身を包むアリア。

 さっきから両手に持つフラッシュ・モーメントをブンブン振り回している。

 完全に狩人の目となった妻の姿に呆れつつ、「これはこれで良し」と勝手にテンションを上げているバカ夫婦の片割れ、剣司・レーデルハイトはEOSに乗り込んだ。

 

「私からしてみれば、剣ちゃんのEOSの方が殺意高そうだけど?」

「見てくれはな。中身は暴徒鎮圧用の特別仕様だ。対人戦は任せろ。ISは流石にきついから任せるぞ」

「そう言うことはやる気満々に背負ってるクソデカパイルバンカーを外してから言ってね?」

「パ、パイルバンカーは男のロマンだろ!?」

「容易く人を蒸発出来るプラズマショットガンもしまってね?」

「高燃費武装も男のロマンだろう!?」

 

 男の子なら喜びそうなゴテゴテ装備のEOSに乗り込む剣司の姿こそサーチ&デストロイの名に相応しかった。

 そもそもこの男、単機で亡国機業のリーダー格を一度は圧倒した男である。説得力などなかった。

 

「フフッ。でもそんなロマンを求めるあなたも大好きよ、剣ちゃん」

「俺もだ、愛してるぞアリア」

 

 そしてなんの脈絡もなく発生する桃色空間。

 学生カップルでもここまで行かないだろう早業っぷり。もはやバグレベルである。

 

 伊達に毎晩バーニングラブをしてるだけのことはある。

 ISやEOSがなければ人目がないことを良いことに口づけの一つや二つや五つはしていたことだろう。

 

 そう、人目がなければ。

 

(剣ちゃん)

(んっ)

 

 パチリとアイコンタクト。

 剣司はアサルトライフルを右に向け何もないところにぶっぱなした。

 

「イダっ!」

「アウチ!」

「ヌゥ!?」

 

 するとどうだろう。暴徒鎮圧用の硬質ゴム弾がなにもないところで跳ね返り、そこから男の呻き声が聞こえてくるではないか。

 所々何かが破ける音が聞こえ、歩兵らしきものと、ネイビーカラーのIS、ストライカーが姿を現した。

 

「くっ、何故我々を察知出来て」

「お生憎様。このエンプレスにもスカイブルー・イーグルと同じ強化解析型ハイパーセンサーが搭載されてるの。透明人間になって抜き足差し足してもバレバレだからね?」

「チィっ!」

 

 偽装が解けかかった侵入者とIS、アメリカ製造の第二世代IS、ストライカーは二人に発砲を開始。

 だが飛来した弾丸はアリアのプラズマ・フィールドによって弾けて消えた。

 

「光学迷彩装備のストライカー・ステルスに、光学迷彩ギリースーツの歩兵か。こいつら装備が普通じゃねえな」

「ええ、特にあのギリースーツなんて大国でもそう扱ってないものよ? 超大国を除いて」

「アメ(リカ)ちゃんか?」

「それか亡国機業(ファントム・タスク)か。とりあえず無力化して縛り上げましょうか。歩兵は任せるわ」

「任された、お前も気を付けろよ」

「もう、誰に言ってるのよ」

 

 アリアは剣司にキス変わりの投げキッスを送ったあと、プラズマ・フィールドを展開したまま敵兵団に突っ込んだ。

 プラズマに弾かれ、ある者は壁に叩きつけられ、ある者はそのまま宙を舞った。

 

 肉薄するは敵のストライカー。フラッシュ・モーメントを挨拶代わりに上段から振り下ろすアリアに対しストライカーのパイロットはシールドを二枚展開して防いだ。

 

「無地のネイビーカラーのストライカー………あなたもしかして夏の臨海学校で疾風たちを監視してたストライカー?」

「………………」

「だんまりね。いいわ、無理やり口を割らせるから」

 

 ガキン! とノックバックされたストライカーは即座に体制を立て直して次のアクションに移るためにディバイン・エンプレスに視線を戻した。

 

「総員、抜剣」

「!!」

 

 流れるように彼女の周りに陣取る、10振りの片刃の剣。

 両の手の剣を水平に持ち、剣撃女帝(ブレード・エンプレス)は始まりのゴングを鳴らす。

 

「Shall we dance?」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 よーく耳を澄ませなければ聞こえないほどの足音が無人の廊下を疾駆する。

 そこに居ないはずなのに居る。なにかが居た。

 

「ネームレス3の部隊が交戦に入ったようだ。こちらの任務に変更なし、このままターゲットを捜索する」

「了解」

「あら。こんな美少女を素通りなんて淡白過ぎない?」

「!?」

 

 透明人間たちは思わず振りかえった。

 そこには先程通過した時には影も形もなかった少女が立っていた。

 

「迎賓」と書かれた扇子を持つISスーツ姿の更識楯無だった。

 

 彼女の言う通りすれ違えば誰もが二度見する美少女である楯無。水色の髪にルビー色の瞳というこれまた目立った外見だったのに、精鋭部隊と称される彼らはまるで気付かなかったのだ。

 

「あらそんなに驚いてくれるなんて、たまには忍びらしく忍ぶのもありねぇ。それにしてもアポなしで女子校に不法侵入って、良い大人が恥ずかしくないの? 狙いはなーに? 女子更衣室の盗撮かしら? 常時外から監視したとしても更衣室の中は見えないものねー? キャースケベー!!」

「撃てっ」

 

 お茶らける楯無にほんの少しの苛立ちを覚えるも直ぐに静めた男たちは冷徹に突撃銃という暴力の化身を目の前の少女に向かって躊躇いもなく撃ち放った。

 彼らにとって邪魔者となるならば全て排除する。情の一欠片も持ち合わせるようでは名もなき兵士の面目丸潰れだ。

 

「はいバーリア♪」

 

 だがその暴力の嵐も彼女の前には無力だった。

 

 前に扇子を掲げると銃弾はたちまち速度を失い空中で静止した。

 事前に散布していたアクア・ナノマシンで障壁を作り、弾丸は残らずからめとられる。

 

 パシュっと解かれる水の壁。捕まっていた銃弾は小気味のいい金属音をたてて床に散らばった。

 

「フフッ、なんちゃってAICよ」

「くっ」

「ところでいつまで透明なのかしら? お話をする時はちゃんと相手に姿を見せなさいってお母さんに教わらなかったの? 悪い子はメッ、だぞ」

 

 パチン、と楯無が指を鳴らすのと同時に廊下の一区画がたちまち紅蓮の炎に包まれた。

 

 楯無が得意とする水質操作からの水蒸気爆発。

 風が吹かない屋内ではナノマシンによる分布密度から流動は容易きこと。

 その性能を十全に発揮させる屋内の戦闘は楯無の独壇場。まさに狩り場に相応しい。

 

 だが今回の水蒸気爆発は爆発は派手であったものの威力はそれほどにとどめている。

 だがその炎は見事光学迷彩ギリースーツを焼き払い、装甲服を来た軍人風の侵入者を文字通り炙り出した。

 

「どう? ミステリアス・レイディの十八番、『清き激情(クリア・パッション)』のお味は。この場で爆殺しないことに感謝しなさいな」

 

 怯むことなく果敢に挑みにかかる侵入者たち。

 だがその銃口から銃弾が飛び出ることはなかった。

 

「ぬっ?」

「はっ?」

 

 男たちは呆気に取られて動きを止めてしまった。

 戦場において戦闘中に動きが止まるなどあってはならない、常に行動し、思考を絶やすことなく臨機応変に対応することこそ、なにより兵士に求められるものである。

 

 だが彼らは呆気に取られてしまった。

 

 そう………ISとは違う。なんともカラフルなヒーロー的なスーツを装着した奇天烈奇々怪々な、5人(・・)の更識楯無たちの姿を前に。

 

「怒った簪ちゃんも超絶可愛い。楯無レッド!」

「眼鏡の奥のクールな眼差しに胸キュン。楯無ブルー!」

「緑茶を飲んだ後のまったり顔にほっこり。楯無グリーン!」

「好きな特撮に目を輝かせる簪ちゃん、キュート。楯無イエロー!」

「頬を赤らめる妹可愛すぎない? 尊死。楯無ピンク!」

「「「5人揃って、愛妹戦隊、楯無ファイブ!!」」」

 

 チュドーーーン。

 

 ナパームもかくやという特大の爆発(クリア・パッション)を背後に五色カラフルな戦隊スーツを着た5人の更識楯無が各々決めポーズを着てドヤ顔を決めていた。

 

 何故ドヤ顔なのが分かるのかというとフェイス部分がマスクではなくバイザーを下ろしたヘルメットのようなものだったのだ。

 戦隊というより科学忍者である。

 

 無論、これらは全て楯無の水分身。

 コスチュームまで変わってるのはいつか簪に御披露目するためにコツコツとプログラミングをした。

 要するに、才能と技術の超絶無駄遣いである。

 

「「「………………」」」

 

 だが効果はあったようで、侵入者一同は口を開けたまま固まった。

 あまりの奇抜さに警戒する者もいれば。文字通り呆気に取られる、さらに脳が思考を完結されずに半ばショートしてるという重傷者までいる始末。

 

 彼らとて生半可な集団ではない。

 それこそ想定外こそ想定内を下地にしたプロフェッショナル。

 ならばこそIS学園に潜入という地雷原を疾走する道を選んだ。

 

 だがやはり彼らも人の子。

 想定外の想定外までは想像してなかったのだろう。

 

 というかこんなの誰も想像出来ないだろ!! 

 ロシア国家代表で日本の裏のドンが突然カラフル戦隊スーツを着て妹愛をぶちまけた後に爆発を背後にキメ顔するなんて!! 

 出来るやつがいるなら出てこい!! 

 

 あとに彼らが残したコメントである。

 

「「「トツゲキーー!!!」」」

「フ、ファイトバーック(応戦せよ)!!」

 

 楯無ファイブが侵入者に踊りかかる。

 呆気に取られたものもそうじゃないものも気持ちにケリをつけて応戦。

 正確無比な射撃で楯無たちに銃弾を浴びせていく。

 

 だが相手は水分身。その身体にヒットした弾丸は弾かれ、めりこんで止まり、いなされて明後日の方へ飛んでいく。

 グレネードを投げ込むもまるで効果なし。

 

 彼らにとってこれ以上の恐怖はないだろう。

 持てる手段全てを使っても嬲り尽くされる未来しか見えない恐怖に。

 対IS戦闘を想定してはいたが、これほど理不尽で滑稽にやられるなどあってはならない。

 

 そんな恐怖に晒されるなか。

 恐怖は更に加速した。

 

「更にブンシーン!!」

「ギャー! ブンシン=ジツ!?」

 

 楯無ファイブが楯無フィフティーンに増えた。

 一部はナノマシンレンズで作り上げた虚像。そして残りは全てアクア・ナノマシンで作った水人形。

 

 突如増えた恐怖対象に侵入者はゾンビ映画のやられ役が如く動揺に染まりながら銃を乱射する。

 

「アイエエエ!? ニンジャ!? ニンジャナンデエエエ!?」

「おい馬鹿者! その片言ジャパニーズ言語は死亡フラグになるから絶対にやめろと言っただろうが!!」

「ですが隊長! 攻撃がまるで意味をなしてません! 弾がすり抜けたり弾かれたりです!」

「ヘルプミーヘルプミー!!」

 

 屈強なスペシャリストはもはや阿鼻叫喚だった。

 情けない悲鳴を上げ、残った理性でフレンドリーファイアを起こさないように立ち回るだけで精一杯だった。

 そんな彼らを翻弄するのはISも満足に展開できない16歳の年端もいかない美少女だ。

 

 その彼女(本体)はというと。

 

「あらあら踊ってる踊ってる。更識楯無主催のヒーローショーは如何かしら?」

 

 少し離れたところで高みの見物と洒落こんでいた。

 

 おもむろにパチンとフィンガースナップすれば、たちまち水分身楯無ファイブの一部が爆散し、風に巻かれる木の葉のように侵入者はクルクルと吹き飛ばされていった。

 

「祟りじゃあ! 祟りじゃあ!」

「ニンジャコワイ! ニンジャコワイ! ゴボボー」

「おぉい吐くなぁっ! 撤退! 一時撤退だ! 後方の部隊と合流をアイエエエー!!」

「タイチョー!!」 

 

 楯無レッドの自爆を受けて隊長とおもしき人物が空中でウルトラC級の空中捻りを披露した。

 もう部隊は総崩れ、我武者羅に撤退を決める。

 

 別動隊と思われる一団も加勢とばかりに戦線に加わろうとしたが全力で逃げ出す部隊と共に愛妹戦隊、楯無ファイブのヒーローアタックに巻き込まれて無力化されていく。

 

「んー。なんだか弱いものイジメみたいよねぇ。彼らも決して弱い部類ではないはずなんだけど」

 

 はぁ………と形だけの溜め息を吐いた後、直ぐににんまりと口角を上げた。

 

「でもお姉さん。そういうのだぁい好き………」

 

 これ以上なく色っぽく艶やかなボイスを噛ましながら楯無はサディスティックに笑った。

 

 自身と同じ姿の水のオートマタを引き連れて更識楯無は尽く敵を無力化していった。

 

 クリア・パッションの爆炎の光が、楯無を怪しく照らしていく。

 

 この場で簪がいたら喜ぶどころか引くことだろう。

 

「ウフフ、フフフ、アーハッハッハッハ!!」

 

 いまのお姉ちゃんは1000%悪役だと。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「うわー、やべぇー」

 

 そんな惨状を覗き見てドン引きしてる男が1人。

 

 ステルスモードで天井に張り付いて敵を待つ親しき隣人。どうも疾風・レーデルハイトです。

 

 先程から監視カメラで学園の状況を確認していたところだったのだが。

 なんかもう会長のとこが凄いことになってる。

 

 なんか自分の分身に戦隊ヒーローコスプレさせたあと自爆特攻させて高笑いをキメている。

 

 本人は戦隊風なんだろうけど、あれはもう子供ギャン泣きよ。

 どっちかと言うと偽レンジャーを従える女幹部よ。

 ………あとで簪に見せよっと。身体測定の仕返し済ませてないし。

 

 ん? 学園の監視カメラは電力カットされてるから使えない筈じゃないかって? 

 

 なんでも会長が学園のシステムとは独立した監視カメラを学園の至るところに設置しまくったらしくて。いま会長のアカウントを借りて盗み見してる。

 

 しかし相手が可哀想に見えてきた。

 見た感じ精鋭っぽいけど。限定展開した第三世代能力で完全に弄ばれてる。

 拘束後の尋問を有利に進めるためなのかなぁと思うが………それでも敵に同情してしまうのは仕方ないと思うの。

 

 チャンネルを変えて母さんと父さんがいる場所を。

 

 ………うわぁ。

 EOSで歩兵をちぎっては投げしてるぅ。

 アサルトライフル程度の弾丸なら装甲で受け止めれるとばかりに掴んでは壁に叩きつけたりEOS用ライフルで腹パンしてる。

 

 母さんは敵のストライカーと戦闘中。

 あー敵さん必死に母さんの射程に入らないようにしてる。ダンスマカブルのゾーンに入ったらその瞬間死だからな。

 タイマンで母さんの相手とは、敵も運が悪い。

 何故こんなとこに元イギリス代表がいるんだ!? ってなってること間違いなし。

 

 織斑先生の姿は見つけられなかった。

 監視カメラが設置できない深部にいるのだろうか。

 

「んーー。生徒の避難は終わった感じか。敵とエンカウントしなかったのはラッキーだったな」

 

 ………しかし遅いよな。

 

 システムダウンからかなり時間が空いてから敵が侵入してきた。

 といっても短時間と言えば短時間だが。

 

 俺から見て、ハッキングと侵入者は別勢力なのは間違いないと思っている。

 だってさ、あの篠ノ之束がこんな(束視点から見て)有象無象を雇ってIS学園攻めちゃうかな。

 

 箒の懸念通り、IS学園まるごとシステムダウンさせるなんてあの人ぐらいしか考えつかないし。

 織斑先生を見て確信もついた。

 本人からしたら知らぬ存ぜぬを貫き通せばそれは真実ではないことになると思ってるのだろう。相手がどう取るかは別として。

 

「まあ結局システムダウンと平行して攻めてきたってことは。IS学園は常日頃近場から監視されてたってことだよなぁ。プライバシーもなにもあったもんじゃねえ。花の女子校だぞここは………っと」

 

 こっちにも来たな。超高感度ソナーに反応あり。

 透明人間のご登場だ。人が着れる光学迷彩スーツって、まだまだSFの域を出ないと思ってたし。実用化したなんて聞いたことない。

 

 そんなインビシブルな敵がまもなく俺の真下を通る────通った。

 

「ハンプティ・ダンプティが落っこちたぁっ!!」

「ぐあああっ!」

 

 ステルスを解除して敵のど真ん中に着陸した。

 着陸と同時に両手から放射状に電撃をバラまいた。

 悲鳴を上げながら感電した兵士が意識をシャットダウンして地に伏した。

 

「こんにちは透明人間諸君。卵は割れたからもう戻らないぜ?」

「っ!」

「おっと撃たせない!」

 

 肩のワイヤークローで後ろの2人を挟み込み電撃を流しつつ前の1人を掴み上げて同じくショック! 

 透明人間だかなんだか知らんが、龍砲も見れるイーグルの目にはただの邪魔な布切れと同じ。

 

 小刻みなフットワークで敵の背後にまわってフレンドリーファイアを誘いつつ。振り向く暇すら与えず電流を流す。

 

 チャージが完了し、再び集団の中にヒーロー着地と同時に解放した放電で一気に複数の意識を刈り取っていく。

 更にプラズマダガーを発生していないビークを敵にぶつけてそれも感電させた。

 

「ラストはあんただな」

「ファック!」

 

 最後に残った1人が苦し紛れに撃った鉛玉も小規模に展開したプラズマ・フィールドで受け止めながらマニピュレーターで敵を掴み上げ、そのまま壁にめり込ませた。

 

 敵の精鋭部隊は、こんなガキンチョ1人に1分もたたずに無力化された。

 こちらのシールドを1減らすことすら叶わずに。

 

「ぐっ、あ」

「ISって非情だよな。世のミサンドリーが増長するのがよく分かるね。よっと」

 

 敵兵の透明マントをビリッと破り捨て。ヘルメットを掴んで無理やり引き剥がすと。茶髪に緑色の目をした二十代後半の青年フェイスが露になった。

 

「東洋人じゃないね。俺の予想だとアメリカあたりかな? イギリスじゃないことを願いたいんだけど。あんた何処所属?」

「………」

「黙って良いことは一つもないと思うんだよね。お互い時間の無駄だからさっさと喋ってくれませんか?」

「………」

「そうですか、飽くまで私は喋りませんと。なら仕方なし」

 

 次の瞬間兵士の目が見開かれ、全身が激しく痙攣した。

 イーグルの手のひらから電撃を直で流したのだ。

 

「ガァァァッ………うぅ」

「質問は既に拷問に変わっているんだぜ、なんて台詞を吐くようなことになるとは。一昔前の俺は考えもしなかったよ。さて、答える気になりましたか。次はもっと電圧を上げます。このままだと死にますよ」

「………っ、ガアアアア!」

 

 再び電撃を見舞った。

 男は朧気となる意識の中でも俺を睨み付けてきた。

 

「なんですかその目は。あー、どうせハッタリだ、俺みたいな元は何処にでもいるような子供に人を殺せるわけがないと思ってますね………残念ながらその期待は的外れです。あそこに転がってる人ですけど、既に何人かお亡くなりになってますよ」

「っ!」

「ハッ、なにを驚いているのですか? イーグルのプラズマはISにもダメージが与えられるほど強力なんです。あんな短時間で無力化しておいて、いちいち相手が気絶するような電撃を調整できる訳ないじゃないですか」

 

 初めて男の眼に動揺が走った。倒れ伏した仲間を見たあと、再び俺に焦点をあわせた。

 

「俺は織斑一夏ほど優しくはない。こちとら度重なる襲撃で2人も死にかけてるんだ。相手をぶち殺す覚悟なんて、とっくに決めてるんですよ。上からは侵入者の生死は問うな、可能なら敵から情報を引き出せと命じられてるんです。分かりやすく言うなら、テロリストに人権なしってやつです。あんたが喋らないならそれでも良い。あんたを殺したあとに、まだ生きてるお仲間を叩き起こして1人ずつ焼き殺せば誰か喋るでしょうし」

 

 淡々と喋る少年の声には抑揚はなく。

 男を捉えて離さない両の目は冷徹にギロチンを振り下ろす処刑人の目に見えた。

 

「ファイナルアンサーだ。ここで素直に白状していま生き残ってる奴と共に獄中で余生を過ごすか。あんたを殺して他のやつに聞くか。いやそれだとインパクトにかけるな………そうだ、あんたを殺さずに縛り上げたまま1人ずつ焼いていくか。電子レンジに入れた卵みたく一人一人破裂していけば喋りたくもなるよなぁ?」

 

 ゲスいことをゲスい顔でねっとりとした声色で言ってのける。

 先程会長のことを悪役と言ったのが嘘かのような外道っぷりに男は固く閉ざした口をほんの少し開けてしまった。

 

「………悪魔め」

「ん? ようやく喋ったと思ったら不思議なことを。俺は人間だよ、正義を執行する側のね。正義という大義名分は我らにあり、って奴さ………さあ喋れ! あんたらの生殺与奪は、俺の手の中にある! 喋れよ!」

「お断りだ」

「はっ?」

「我々にも意地がある。命などとうに捨てたのだ、仲間もだ。なめるなよセカンドマン」

「………そうかい」

 

 バリリッ! 

 スカイブルー・イーグルのスラスターが青い稲妻を走らせた。

 確実に相手を焼き殺さんとうねりを上げたのだ。

 

「5秒だ。ゼロになった瞬間、殺す」

「………」

「5、4、3、2、1………じゃあな」

 

 廊下が青く照らされた。

 ドサリと兵士が俺の足元に転がった。ピクリと動くことなく俺はそいつを見下ろした。

 

「………………」

 

 トン、と数回指で男の顔をこずいてやった。

 ユッサユッサと男の身を揺すっていくと。

 

「………………うぅ………」

「ふぅ」

 

 男は生きていた。いや生かすようなレベルの電撃を流したから当然だ。

 

 他の奴らも同様だ。個体差はあれど全員生体反応あり、危険域になったものもいない。

 いつかこんな日が来たときのために。あらかじめ対人制圧用の電圧設定をイーグルの中に組み込んであったのだ。

 

「殺す覚悟なんかあるわけねえだろうが」

 

 会長はわからんが、俺は一介の学生だ。そもそも普通の人なら余生を終えるまで人を殺す覚悟など整うことはない。

 人を殺した責任などごめんこうむる。

 そもそも、ISを使って殺すなど、俺のプライドが許さない。

 

 迫真の演技のつもりだったが、俺もまだまだだな。

 

 ……いやいや、人体を破裂させるなんて言ったら普通口割らないかな? 俺は簡単に割るぞ、たとえそれがブラフだったとしても。

 そっちの方が覚悟完了しすぎだよ。

 

「それほどの相手ってことだよな、こいつらの親元は。さーて縛りますか。一人一人やるの面倒だなぁ」

 

 ぼやきながらも会長から貰った特殊カーボンファイバー製のロープを取り出して早速縛りにかかった。

 

「いつか、本当にヤらなければいけない時が来るのだろうか」

 

 少なくとも今ではないだろうが。

 

 殺さなければならない時が来たとき、俺はどうすれば良いのだろう。

 そんな日が来ないことを祈りながら、俺はせっせと男どもをロープで縛り上げていった。

 

 

 






 いろいろ容赦ない疾風くんだけど。やはり少年ですし。
 人なんか殺したくないに決まってます。

 原作ではそんな気はないくらい優しいですよねぇ。
 織斑の妹さんを除けば(あれからずっと刺され続けてるのね一夏くん)


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第115話【ブリュンヒルデ式ストレス発散術】

 

 

 上階の喧騒を拡張された聴覚で知覚しながら、1機のISがIS学園特別区格の通路を疾走する。

 

 その先にある筈の最重要目標を求めコールサイン『ネームレス1』、名も無き兵たち(アンネイムド)の総隊長は進み続ける。

 

 米軍特殊機密部隊、名も無き兵たち(アンネイムド)

 

 その名の通り。いやその名の無い通り痕跡、経歴、人生が全てまっさらとなった彼女たちは人知れず祖国アメリカの密命を受けてIS学園を監視していたのだ。

 

 IS学園に潜入している学生スパイの証言。そして本国に帰還した代表候補生であるダリル・ケイシーのヘル・ハウンドのログを確認して米国はIS学園に未登録のコア、そして無人ISの残骸が存在していることを察知していた。

 

 常日頃からIS学園の動向を監視し続けていたアンネイムドは、なんとかそれを手に入れる為の算段を考えていた時。

 

 IS学園のシステムが全てダウンしたのだ。

 緊急用も含めて全てダウン。これはただごとではない。だが現にIS学園の警備システムが機能していないことは明白だった。

 

 彼らは天命が降りたと確信した。

 直ぐに潜水艦から突入部隊を編成。所有しているIS3機全てを投入し、作戦に望んだのだった。

 

 完全なる自律無人機。女性を介すことなくISを動かす。それは文字通り世界のバランスを壊すものだろう。

 

 米国はそれを欲した。

 キャノンボール・ファストで出現した人型BT兵器、ワルキューレ。

 会場で猛威を振るったあの力があれば、手持ちのISと共に運用することで世界的なイニシアチブを取れる。

 

 かねてより計画していた、とある作戦。

 その成就に必要なピースが無人ISのメカニズムなのだ。

 それが実現すれば世界地図を塗り替えることすら可能だと。

 アメリカの未来のためにそれが必要なのだと。

 

 ネームレス1にとってそんな話はにわかに信じられなかった。

 その計画がどのようなものかも知らず、それによって何がもたらされるのかも。

 

 だがそんなことは関係ない。白紙である自分たちは祖国に魂を捧げている。

 ただひたすらに任務に準ずる。全てはアメリカ合衆国の為に。

 

 ネームレス1──便宜上、隊長と呼ばれる彼女は先の夏に発生した銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の暴走事件の際、遠方で監視、記録の任についていた。

 

 銀の福音の強制形態移行によるオーバーパワー。

 ファーストの白式の第二次形態移行(セカンド・シフト)

 篠ノ之箒と紅椿に発現した無限のエネルギー増幅能力。絢爛舞踏。

 そして各代表候補生のデータ。

 

 実に有益な情報だった。

 あとはそれを持ち帰れば任務中完了。

 その筈だったのに。突如現れた日本代表に全てを崩された。

 

 今回の任務で、新たなISであるステルス仕様のファング・クエイクも与えられた

 国の最新鋭機を与えられた以上。もう二度と失態を犯す訳にはいかない。

 

「ん?」

 

 前方に向けて、熱センサーに反応あり。

 隊長は滑走を中止して地面に降り立つ。非常灯しかついていない暗がりの中にぼんやりと何かがいた。

 ISや最近配備されたEOSと比べると遥かに小さい。

 いやむしろこれは。

 

「参るっ!!」

 

 瞬間、刹那、あっという間に。

 目の前の人影が空気を置き去りに隊長が駆るファング・クエイクの喉元に食らいついた。

 

 ガキン! という鉄とシールドエネルギーがぶつかる音と、舞い散る火花が無音無光の廊下を彩った。

 充分な距離を保っていた筈なのに、何をされたのか。かろうじて何かに斬られたという認識がISのハイパーセンサーを使ってようやく認知することが出来た。

 

 振り向いた先。

 暗がりの中、暗視モードに切り替えて先程自分を斬りつけた対象を見た。

 漆黒のバトルスーツ。腰には6本の抜き身の刀。

 両の手には先程こちらに斬撃をぶつけたであろう刀が二振り。

 

 その担い手。同じくこちらを振り向いたその顔は。隊長でなくても知っている。世界トップクラスの知名度を誇る女。

 

世界最強(ブリュンヒルデ)!」

 

 隊長は思わず舌を打ちそうになった。

 

 なんの因果でまた(元)日本代表が自分の前に立ち塞がるのか。

 一瞬勝てるのか? と己に疑いをかけようとしたが。隊長はあることに気付く。

 

(IS反応、なし?)

 

 ISのパワーアシストを発動した兆候はない。

 隊長は何度も確認したが。目の前の織斑千冬は、身一つでここに立っている。

 

(こいつ、正気か?)

 

 世界最強と言えど。それはISによってもたらされたもの。

 ISスーツ以上の防御性能を持つバトルスーツと言えど。ISの前には紙切れも同然だ。

 文字通り狂気の沙汰。それでこのファング・クエイク・ステルスに挑むつもりなのか? 

 

「どうした? かかってこないのか」

「………」

「それともISが相手でなければ不足か? 安心しろ。これでも世界で初めて最強の名を手に入れた女だ。今までにないくらい感じさせてやるぞ、兵士(lady)

 

 猟奇的に笑うブリュンヒルデ。

 そこには気高き獣のごとき荒々しさと、絶対的な強者の迫力があった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「んん………」

 

 小鳥のさえずり、カーテンの隙間から差し込む日の光に菖蒲は布団の中でゆっくりと目を開けた。

 

「………………ゑ?」

 

 ガバッと布団を跳ね上げる。

 目覚めたら布団の上にいる。

 一瞬パニックになりつつも、胸に手を当てて大きく深呼吸した。

 

「スーフー。落ち着きましょう、先ずは情報を整理」

 

 自分たちはそれぞれあの白い扉を通った。背後で扉がしまった瞬間身体が引っ張られ、視界が真っ白に染まった。

 そして次の瞬間自分は布団の中にいたのだ。

 

 周囲を確認すると、そこは和室だった。

 身に待とうのはいつもの寝巻き。ここは寝室なのだろう。

 

「私の寝室? いえ、どことなく違う。あっ、櫛名田は!?」

 

 ISの機能を呼び出そうとしたが反応はなし。

 櫛名田の待機形態である髪止めはどこにもない。

 

「夢? いやでもここは」

 

 現実味がありすぎる。

 先程の電子空間もリアリティーがあったが。ここは別格。

 

 気温湿度、感触、畳の匂いまで。

 とても再現された電子空間とは思えないと感じるほど本物の空気。

 今までIS学園で疾風たちと過ごした日々が夢だと思えるほど、ここが現実世界だと錯覚している。

 

 コンコン。

 

「はいっ!?」

 

 誰か来た、襖の向こうに誰かがいる。

 

(ここにいるのは自分1人だけのはず。もしかして敵?)

 

 身を守る為のISがない、周囲に武器になるものもなし。

 身一つ、代表候補生になるために覚えた護身術しかない。それでもやらなければならない。

 IS学園を守る為にも。

 

 襖が開いた。外から現れたのは。

 

「………へ?」

 

 その姿を見たとき、菖蒲の警戒が霧散した。

 だって、そこに居たのは。

 

「なんだ起きてたのか。返事ないから寝てるかと」

「………」

「てかどうしたそれ。何と戦ってた? Gでも出た?」

「………疾風様?」

 

 そう、彼女が愛してやまない疾風・レーデルハイトの姿だった。

 藤色の薄い着物を纏う彼はなかなか様になっていて、思わず見惚れてしまった。

 

「な、何故」

「んん?」

「何故疾風様がここに?」

「いや何でって………俺たち結婚してるだろ?」

「………………………………ほえ?」

 

 いまなんと言ったこの男。

 

「もしかして寝惚けてる? まったくお寝坊さんだな、うちの奥様は」

「………………オクサマァっ!?!?!?」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「よいしょよいしょよいしょー。はい終わりぃっ! 疲れたぁ………」

 

 せっせと1部隊まるごと縛り終えた俺は思わずぐでーっと脱力した。

 縛るときに少し電流流したけど狸寝入りしてる奴はなし。とりあえず等間隔に離しておこう。

 

「こちら疾風、敵勢力無力化完了。回収を」

『ザーーー』

「あれ、ジャミってる? ハイパーセンサーもやられてるわ」

 

 ハッカーか? それなら掌握と同時にくるよな、織斑先生から通信来てたし

 ということは、どっかでジャミングかけてる奴がいる? 

 

「母さんは取り込み中だし、俺がやるしかないか」

 

 先ずは外に出よう。ここじゃ探知難しいし。

 ドアは全部ロックかかってるから、ここはこじ開けるしかないか。可能なら破壊して構わん言われてるから大丈夫だろうし。

 

 ドアノブを物理で打ち抜いて外に出た。

 数時間ぶりの光に目を眩ませながらIS学園上空を飛翔した。

 

「イーグル、ビーク展開。ジャミング強度が高い電波発信源の特定を」

 

 ビークを四方八方に飛ばし、イーグルアイのハイパーセンサーを最大にし、一定間隔でビークから信号を送るよう命令する。

 

 信号に乱れが生じれば、そこに妨害電波を出している奴がいる筈。

 

「………」

『No.3、ノイズ発生』

「あっちは………第6アリーナ。成る程、単純明快だ」

 

 あそこにはIS学園のシンボルでもあるタワーがある。そこは、巨大な電波島としての機能を持つ。

 そこに妨害電波を乗せれば、中央に位置しているのも合わせて。広範囲に妨害電波を発生させることも可能だ。

 

「………到着したが、周囲に不審な人物はなしか」

 

 ブライトネスを展開してウロウロとタワー周辺を飛び回る。

 細かくチェックし、不審者、または不審ISがいないかチェックする。

 

「考えすぎかな。他のとこ行くか」

 

 ひとしきり確認したあと俺はタワーを背に飛行体勢に入った。

 

 ──何処かホッとした熱が何処かから漏れて。

 

「と思ったが馬鹿めぇっ!!」

「うぎゃぁぁ!!?」

 

 振り向き様に瞬時加速(イグニッション・ブースト)。ブライトネスのバーストモードを発動し、そこにいる『何か』に全力でぶち当てた。

 

 そのまま『何か』は第6アリーナ中央に落着し小さなクレーターを作った。

 衝撃で頭がクラッとするのを頭を振るって何とかしようとする『何か』の前に俺は降り立った。

 

「な、なんで。最新の光学ステルスに最新ジャミングの二重迷彩を………」

「あんなド至近距離で気付かない訳ねえだろ。イーグル嘗めんな! てかあんた普通に喋るんだなオイ」

 

 さっきの奴らが揃って硬派だから少し意外だ。

 

 ブライトネスの打ち所が悪かったのか、光学ステルスにノイズが走ってネイビーカラーが見え隠れしている。

 

「ステルスに異常発生。どのみち光学ステルスのままじゃ戦闘出来ないし。うりゃ!」

 

 パシュン! と何かが弾け、そこからISの姿が見えた。

 そこから現れたのはネイビーカラーのストライカー………ではなく。

 

「ジャーン! どうだ、恐れおののけ!」

「………」

「な、なんですか。そんなジーッと見てもおはだけなんかありませ………」

「おいてめぇ! やっぱりアメリカじゃねえかこのやろう! ガッツリとファング・クエイクじゃねえか!!」

 

 そう、目の前に現れたのはアメリカの第三世代IS、現アメリカ国家代表、イーリス・コーリングの専用機であるファング・クエイクと同型の物だった。

 

「な、なな何を言ってるんですか! これはファング・クエイクではありませんよ。見てくれが全然違うでしょう! まったくの別物&別系統です。だ、だからアメリカなにがしとは無関係です!」

「確かにクエイクの特徴的な個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)専用のカートリッジスラスターはないし、外見も装甲を総取っ替えしてるから素人から見たらまったくの別物に見えるだろうが───この自他共に認めるIS学園一のISオタクを嘗めるなよ! 関節部の形状、機体骨格、肩部ウェポンラックの角度。膝部分の脚部構造はファング・クエイクそのものだ! その程度の偽装で俺の目を誤魔化せると思うなぁ!!」

「な、なんだそれーー!!」

 

 ズビシッと指を指されたファング・クエイクのパイロット。

 まさかそんな超細かくてディープ過ぎるところから機体の出所を暴かれてしまうとは夢にも思わなかったアンネイムドのNo.2、通称『副隊長』はあからさまにドン引きした。

 

「というか恩を仇で返されるとはこの事だな。夏の銀の福音の一件で事態を収拾したのは俺たちなのに襲撃されるとは。これだからアメリカはダメなんだよ」

「お、お前! アメリカの悪口は許さないぞ! 鋼鉄の狼の二つ名を持つ大統領が黙ってないぞ!」

「いやそれ架空の大統領じゃん。てかやっぱアメリカじゃねえかお前。ここぞとばかりにお国自慢して」

 

 仮にその大統領いたら亡国機業(ファントム・タスク)や篠ノ之束関連なんかあっという間に解決するだろうな。

 魂と命燃やして。

 

「ちち違いますしぃ! 私たちはアンネイムド! 名もなき兵士にして何処の国家にも属してないというキャッチコピーの特殊部隊ですから! 因みに私は副隊長だ!」

「キャッチコピーって時点でお察しじゃないか………しかしアンネイムドって言うのか、なかなか渋い名前してんね。やっぱアメリカはネーミングセンス良いな、流石アメリカ合衆国」

「そ、そう? 余り褒められたことないから照れるなぁ。やっぱりアメリカ最高だよね。祖国万歳!!」

「あ、やっぱアメリカ所属なんだ」

「し、しまったぁぁぁ! つい祖国発言してしまったぁ!!」

 

 うん、この数分でわかったが。こいつ馬鹿だ! 天井知らずの馬鹿だ! 

 ちょっと手のひら返しして褒めたら情報をポロッと吐き出しやがった。特殊部隊を名乗って恥ずかしくないんですか? 

 

「うぅ………隊長からはお前の取り柄はISの実力しかないんだから終始口を閉じろと言われてるのに。また怒られる」

「でしょうね、俺もびっくりだよ。てかまたって」

「こうなったら任務だけでも果たさねば。疾風・レーデルハイト、及び織斑一夏をISごと捕獲する任務を!」

「えっ! 狙い俺らかよ!」

「主目的は秘密裏に回収された無人機のISコアの回収だ。ほら居場所言えよ!」

「いや俺も知らねえよ。てかそれも喋って良かったのか?」

 

 俺に指摘されて自称副隊長は脂汗をダラダラと流した。

 やっぱ馬鹿、いやアホだなコイツ。隊長さん即刻解雇したほうが良いのでは。

 

「ももも、問題はない、ノープロブレム、オールクリア。ジャミングは発動してるからお前が外に情報を流すことは出来ないし、お前を捕らえれば秘密は守られる。隊長にドやされなくても済む。二兎追う者は一兎も得ずって奴だ!」

「いや、それを言うなら一石二鳥じゃないか。それって失敗することわざよ」

「………う、うるさいなぁ」

 

 あ、照れた。

 

 なんだろな、このドS心をくすぐられるような感覚は。

 う、うずってしまう。

 

 とりあえずこいつを倒せばジャミングが消えるってことだな。

 

 そしてそのあと、じっくりガッツリと機体を解析するとしよう。

 無所属なら国際問題の心配はないから安心だな。

 ん? こいつアメリカ所属ってゲロっただろって? 

 

 やだなぁ、本人が無所属って言ってるなら無所属でしょうよ。

 アメリカ様もIS学園襲撃を認めるなんてあるわけないし? そして相手はファング・クエイクと同型だ。

 アメリカの最新技術を生で解析できる………

 

「ジュルリ。あ、やべ、よだれが」

「ヒィっ! なんでよだれ!? はっ。まさか私を負かせて身ぐるみ剥ぐつもりか? わ、私はまだ処女だぞ!?」

「安心しろ。お前には毛ほども興味ねえよ」

「それはそれで酷い! これでも胸と尻は隊長より大きいんだぞ!」

「どんなカミングアウトだよ、いらんはそんなもん。身ぐるみは剥ぐけど」

「うおおーやはり貞操のピンチ!? くそー、こんなところで負けてたまるか!」

 

 ぬー、なんだか気力が削がれるなぁ。

 と、相手が戦闘出力。副隊長かどうかは怪しいもんだが。油断せずにぶっつぶす……… 

 

「こっちは第三世代なんだ! 頼れる仲間もいる。もう何も怖くない!」

 

 ………フラグだぞそれ。

 

「これが終わったら、気になるあいつに告白するんだ!」

 

 アンネイムドって恋愛オッケーなんだ。

 てかまた建てたぞこいつ。

 

「私は安全に出世したいんだ、もう副隊長だけど。お前を捕まえればボーナスが貰える!! うおぉぉぉ! 世に平穏のあらんことをっ!!」

 

 なんだろ。もう勝てる気しかしない。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 上で部隊のNo.2とセカンドマンがヤイヤイしてる最中。

 隊長は隊長で得たいの知れぬ恐怖と戦っていた。

 

「どうした、動きが鈍ってるぞ」

「っ!」

「残念こっちだ!」

「ぬあっ!」

 

 側面から鋭い斬り上げ。のけぞる身体を建て直す隊長の真下から顎に一閃、腹に二閃。

 いづれもシールドバリアに阻まれ、人体や装甲には傷一つついていない。

 

 ISと人のタイマンなど、火を見るより明らか。確認するまでもなく勝敗など直ぐにつく。

 たとえ相手がブリュンヒルデであっても。

 

(だというのに!)

 

 隊長は両手にアサルトライフルをコールして周辺に乱射する。

 数発当たればたちまち人体など粉微塵にする巨大な火器から放たれる弾丸が暗がりの廊下を跳ね回り、硝煙の臭いが鼻をさす。

 

(何故当たらない!)

 

 千冬は弾丸の全てを身体能力だけで躱しきってみせ、またも斬撃を見舞った。

 

 ISの戦闘ならシールドエンプティが起きてもおかしくないぐらい何度も切られたファング・クエイクだが。シールドエネルギーの消費は軽微だった。

 

 そして千冬自身は無事でもその武器は負荷に耐えられなかった。

 刃こぼれし、いつ折れてもおかしくない刀を地面に突き刺した。これで6本目だった。

 

「………いい加減にしてもらおうか」

「なんだ、お前喋れたのか。見るからに寡黙そうに見えたが。その認識は間違っていたようだな」

「減らず口を」

「喋ったついでだ、答えてもらおう。わざわざこんな極東の島国にアメリカの超極秘特殊部隊が来るとは。どういう風の吹きまわしだ?」

「………………」

 

 ポーカーフェイスを貫く隊長だが。頭の中では絶えず思考が脳のシナプス細胞を行き来している。

 何故バレているのか。こちらの情報が漏れたのか。

 あるいは………

 

「何故そんなことがわかるのか、という顔だな。生憎、こちらを狙いそうな勢力はあらかたリストアップされている」

「………」

「目的は無人機の残骸と残ったコア、そして男性IS操縦者の拉致と専用機の強奪、といったところか? ワンパターンだな」

「………」

「だが残念だったな。白式と織斑は別の場所だ。レーデルハイトは………まあ、あいつがそう簡単にヘマをするとは思えんな。それどころか、そちらのIS乗りとやりあってるのではないか?」

 

 事実やりあっていることは知りようがない。が、容易に想像がつくところを見ると千冬は疾風の人となりをよく理解している。

 

「そして無人機の残骸はこの先だ。出口はお前の後ろにしかない。どちらにせよ私を倒さねば任務は達成出来んぞ」

「そこまで知っていながら。何故だ」

「何故というのはこのナリか? 生身ではISには勝てないと言いたげだな」

「事実だ、現に貴様は私に傷という傷をつけていない」

「そうだな。このままでは貴様には勝てぬかもしれない、だが───負けもしない」

 

 またも千冬の姿が視界から消える。

 センサーに頼らず影が移った方向とは逆にスライド。IS用コンバットナイフを取り出して斬撃を受け止め、そのまま力押しで刃を滑らせる。

 千冬は力に対し抵抗せずに流し、ナイフと隊長の間に入り、彼女の顎に真下から突きを入れる。

 

 衝撃で上を向いた隊長は首を戻さずにその手で拘束を試みたがスルリと抜けられまた斬られた。

 

「確か、名も無き兵たち(アンネイムド)と言ったか? 親から与えられた名を祖国の為に捨てるとは。随分と贅沢だな」

「贅沢だと?」

「そうだろう。世の中には親から名を貰えない子供たちがごまんと居る。大人の欲のために勝手に作られ、勝手に番号で割り振られるような実験体も世の中に大勢存在するというのに、お前たちは親から与えられた名を祖国のために喜んで捨てるという選択肢を選んだ。これを贅沢と言わずになんという?」

「道徳の授業でもする気か、教育者(ティーチャー)?」

「そのつもりはないさ米国人(ヤンキー)。ただそう感じたから言っただけさ」

「まるで自分のことのように言う」

「そう聞こえたか? 生憎私はそこまでセンシティブではないのでなっ!」

 

 刃こぼれした最後の7、8本目を投擲。

 それを容易くクエイクの豪腕で弾いた隊長は気づけなかった、自分の首にかかったワイヤーに。

 

「がぁっ………」

 

 脅威判定に写らなかったワイヤーが隊長の首を締め上げた。

 漏れる息を最後に隊長は苦悶の喘ぎすら上げられなかった。一瞬何が起こったか理解できず、数拍遅れて首を締め付けられてることを認識した。

 

「熟練したパイロットであるほど。無意識に絶対防御を過信する。そしてそれを突かれると思わず判断が遅れることがある。勉強になったか、不良生徒」

「ぉぁ………」

 

 更にワイヤーを締め上げる千冬。

 搭乗者の危機状況を検知したファング・クエイクが即座に絶対防御でワイヤーを焼ききった。

 空っぽになった肺に空気が流れ込む。呼吸が完了する前に隊長は腕を振り回すと既にそこに千冬はなく、右側頭部に走る衝撃に思わず後ずさった。

 

「このっ! っ!?」

 

 絶えず揺さぶられる数多の攻撃。

 

 振り返った隊長が次に目にしたのは。ホルスターから引き抜いた2丁の世界最大口径拳銃(デザート・イーグル)を空中で構えた千冬の姿だった。

 

 小型の大砲音と勘違いする程の音と共に50アクション・エクスプレス弾の連続射撃がファング・クエイクのシールドを揺らした。

 

(50口径の2丁拳銃(ツーハンド)!? それを空中、しかも全弾撃ち尽くして!?)

 

 大の男が一丁でも怯むそれをエアガンの如く撃ち尽くし、なおかつ毛ほども応えることなくニヒルに笑う千冬。

 

 もはや化け物とかそんな比喩すら可愛く見えるブリュンヒルデの姿に隊長は思わず畏怖し、硬直した。

 

「畳み掛けられる想定外による思考停止。無理もないと言いたいが。自分の置かれてる立場を見ようともしないのは良くないな」

「っ!?」

 

 隊長の周りには、千冬が捨てた8本の刀による包囲陣がしかれていた。

 着々と練られた罠に最後まで気付くことのなかった出来の悪い生徒に向け、織斑先生は宣告する。

 

「落第点だ」

 

 キーワードがトリガーとなり、全ての刀が一斉に爆ぜた。

 ✕をつけられた隊長は罰則として木っ端微塵の刑に処され、爆炎の中に呑まれた。

 

 千冬は爆炎が自身に及ぶ前に走り出す。

 その背中をロックオンしている隊長が炎を突き破って飛び出した。

 

「逃がすかぁぁぁぁ!!」

 

 常に冷静であれを心情とする隊長が初めて久方ぶりに怒声を上げた。

 ISをつけない、ただの人間に弄ばれるというIS乗りとしての最大の屈辱が彼女を怒りに走らせた。

 

 コンバットナイフを突き出し、その背中に突き立てようとする隊長に慌てることなく千冬は紙一重で回避。

 手首に蹴りをネジ込み。落ちたコンバットナイフをそのままファング・クエイクに蹴り当てた。

 

 そのまま逃走する千冬にアサルトライフルで弾幕形勢。

 だが弾は一発も当たらずに弾切れとなる。

 

「いい加減、止まれぇぇっ!!」

 

 堪忍袋がぶちギレた隊長。

 ISの最大ブーストで千冬の真横に躍り出た隊長は千冬にその豪腕ストレートを叩き込む。

 絶好のタイミングで打った渾身のストレートは遂に千冬の身体に届いた。

 

 バン! インパクトの瞬間、殴打による骨が砕ける音ではなく軽快な破裂音と共に拳が燃えた。

 

「炸裂装甲! くそっ!」

 

 指向性炸裂装甲の衝撃でそのまま部屋の中に飛び込んだ千冬。

 何処まで自分をコケにするのかと怒りに燃える隊長はドアを突き破り、部屋の中に飛び込んだ。

 

 だが部屋に飛び込んだ瞬間、背後の扉が防御シャッターによって塞がれ。照明が暗闇をかき消した。

 

「出番だ、真耶!!」

「了解です!!」

 

 千冬の呼び掛けに応え、ステルス・マントがリコールされる。

 その中から現れたのは25mm7連砲身超大型ガトリングキャノンを四門装備したラファール・リヴァイヴ。

 

 ISのPIC姿勢制御能力を全て重量軽減と反動制御に回し、動けないというISにとって最大の代償と引き換えに最強の攻撃力を手にした。

 第二世代が生んだ最強のロマン砲パッケージ。

 

 その名も。

 

「クアッド・ファランクス!?」

「イッツ、ショータァァァァイムッッ!!」

 

 バララララララララララッッッッ!!!! 

 

 満面の笑みと共にトリガーハッピー山田真耶は解き放たれた。

 暴力と破壊の嵐が弾丸となってファング・クエイクと隊長を飲み込み。

 777のジャックポットの如く排莢された空の薬莢が山を気付いた。

 

「ヒャッホゥ!! 最高だぜぇぇ!!」

「口調が昔に戻ってるぞ。銃央矛塵(キリング・シールド)

「あら行けない私ったら………でも駄目! 止められなぁぁい!!」

 

 未だ興奮冷めやらぬ山田真耶を尻目に千冬は傍らに用意されたマグカップのコーヒーを1口飲んだ。

 

「っ。口の中切ったか………生身で張りきるものではないな」

「いやいや、ISと生身でタイマン張っといて口の中切るだけで済む先輩ヤバすぎませんか? あとなんか凄い美味しそうに飲んでますけど、それインスタントですよ」

「なに? 流石は山田先生。インスタントを入れる腕も一級品だな」

(あっ、ガラにもなくテンション上がってるなぁ。織斑先生)

 

 久々に大暴れしてスッキリした千冬と真耶。

 

 ストレスから解放された大人というのはいろんな意味で歯止めがきかない。

 

 30秒にも渡るフルバーストを撃ちきったクアッド・ファランクス。

 残されたのは弾痕だらけの部屋と、かろうじて原型を残したファング・クエイク。

 だが流石はIS、こんな惨たらしい惨状になりながらも操縦者は無事だった。が、本人は泡を吹いて倒れていた。

 

「快………感っ」

「トラウマものだな。流石の私もごめんこうむる」

「現役時代に正面からファランクス相手に一刀両断した人がどの口で言うんですか?」

「さあ、忘れたな」

 

 人知れず世界の常識をひっくり返した世界最強は血の味がするコーヒーを一思いに飲み干した。

 

 

 



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第116話【光明未だ見えず】

 

 

 どうも皆さん、うおっと! 

 疾風・レーデルハイトです。

 

 現在侵入者の通称『副隊長』のファング・クエイクと交戦中。

 

 そう、あの死亡フラグとかヘタこきまくって情報勝手に吐き出しちゃった。何処か愛されキャラで何処かドSハートを刺激する彼女である。

 

 そんな死亡フラグ三段重ね、いやもっと重ねがら戦闘開始。

 

 こんな間の抜けた相手、即座にぶっ飛ばして次に向かおうと。

 思った訳ですが………

 

「うおらぁ! 大人しく捕まれイレギュラーー!!」

「誰が捕まるか馬鹿……」

「くらえ! ワイヤードフィストぉっ!」

「拳飛んだぁ!?」

 

 この人結構強い! 

 

 会長と比べるとどうか? と聞かれると悩むところだが。なんともパターンが読みづらい! 

 一見滅茶苦茶な動きをしてるようで確実にこっちを追い込むように動いてくる。

 

 しかも………

 

「行けビーク!!」

「ぬぐっ! アンネイムドは、こんじょぉぉおお!!」

「いいのかそれで!?」

 

 全然動じないし。多少のダメージはコラテラルと割り切ってぶつかってくる。

 ファング・クエイクは一見第二世代に見えることがあるほど突出したものはない。だがそのマシンポテンシャルは単純に高く、扱いやすい。

 第三世代能力を廃しても戦えるだけのパフォーマンス。第二世代の汎用性に第三世代技術を加えたのがファング・クエイクだった。

 

 ………いや、拳がワイヤーロケットパンチは初耳だな。悔しいがカッコいいぜ畜生。

 

 そんなこんなで中々決めきれない。

 まだ致命傷は貰ってないが、この突撃力はほんと危ないぞ………

 ………あと逐一出される死亡フラグ台詞が一切機能してないの地味に腹立つ。

 

「ふーう。なかなかやるじゃないですかセカンドマン。とても動かして半年とは思えない。代表候補生に見合った実力だ」

「そっちこそ。機密部隊とは思えないほど型破りだ。色んな意味で」

「アハハ、よく言われます」

「それで口も固かったら今頃隊長な気もしますがね」

「それもよく言われます!」

 

 言われちゃ駄目でしょう。しっかりせぇ。

 

「まあそんな他人からアホの子認定されてる私ですが。これでも任務は必ず果たしていく優秀な子だと自負してますのよ。じゃないと副隊長なんてなれませんしね」

「逆に今まで世間に認知されてないことに驚いてる」

「そこは言わないでほしい! コホン。とまあ、こちらとしても時間がかかるのは望ましくないです。私のISがファング・クエイクベースなのはもうバレていますし、もう形振り構わずやるのが得策と判断しました………なのでここからマジモード、です!」

 

 ファング・クエイク・ステルスの背部に展開光。

 肩のウェポンアタッチメントと腰に出現したのは丸みを帯びたスラスターパーツだった。

 

 もう隠す気はない、あれはファング・クエイクの第三世代であるISの代名詞。

 個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)用に最適化された、カートリッジ・スラスター! 

 

「扱いづらい第三世代兵装とかって話だが、最新型が負けるわけねえだろ! 行くぞおおぉぁあ!!」

 

 特急死亡フラグを立てながら副隊長がブーストを吹かす。

 長距離射撃用アセンがないことが悔やまれるが。元々距離は詰められてるから関係ないな! 

 

 ギュオン! と瞬時加速特有の音と共に副隊長の姿がブレる。

 ギュオンギュオン! と立て続けに放出されるエネルギーダッシュ。イーグル・アイで辛うじて捉えている敵の姿を………後ろ! 

 

 振り向き様インパルスを抜くが空振り、五回目のブーストが乗った拳。フィールドを張る暇を与えずにその拳がイーグルのシールドにねじ込まれ。

 

 ドゴン! 

 

 重厚な衝撃がイーグルと俺を吹き飛ばした。

 その豪腕自体が単発式のパイルバンカー! 

 

「ヒット! 次いくぞー!」

 

 またも個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)

 距離を離そうにも間合いの詰めが早すぎる。

 ここはイーグル・アイの演算処理を上げて対処するしか。

 

「ぬあっとぉ!」

 

 その瞬間、サークルロンドのマニュアル制御をミスったように副隊長の身体が横に吹き飛んだ。

 

 

 

 個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)とは、瞬時加速を連続で使用して移動する技術。

 本来の瞬時加速(イグニッション・ブースト)と比べると一度の加速は0,8倍ほどだが。一度発動すれば曲がれない瞬時加速と違ってこいつは多角的に瞬時加速を発動出来る。総合的な加速力は従来の瞬時加速以上の速力、そして汎用性を得ることが出来る。

 

 余談だが、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)のマルチプル・スラスターにもこのデータが応用されており。更にスカイブルー・イーグルのマルチスラスターも技術系列は違えどこれのダウングレード版と言える。

 

 だが現時点において、この技術は未完成。

 ファング・クエイクは最大6連続で瞬時加速を繰り出せるが。連続で加速する時の余剰推力によってバランスが劣悪となっており。ひとたび間違えばいまの副隊長のようにバランスを崩しあらぬ方向に飛ぶ。

 

 現在、個別連続瞬時加速の成功確率は、40%と。兵器水準的には良くて発展途上、悪くて欠陥兵器扱いされている。

 

 閑話休題。

 

 

 

 チャンス! 

 リボルバー・ブーストの欠点は勿論知っていた。

 

 ここで一気に畳み掛けて! 

 

「ぐぬ! なんとぉ!!」

 

 インパルスを突き出す俺に対して横にスッ転んだ副隊長は強引に次弾のリボルバーを発動。

 体制が取れないままこっちに体当たりをしかけた。

 普通ならここで博打を決めずに体制を整えるところだが持ち前の技術か、はたまたラッキーパンチか。

 

 ウェイトの差はファング・クエイクの方が上だったためイーグルの身体が浮いたが。そこも予測済み! 

 肩のクローアンカーを射出。ワイヤーを肩のカートリッジスラスターに巻き付けて振り落とされないように固定し、ブライトネスをコールした。

 

「いい加減落ちろ!」

「な、めんなああーー!!」

 

 バコン! と音がして支えていたウェポンラックがカートリッジスラスターごと本体から外れた。なんて思いきりの良さ! 

 バランスが崩れるところを即時にPICでカバー、奴の拳が来る! 

 

 遅い来る拳。機体をよじり、当たるところを予測して極所的プラズマ・フィールドを拳に対して斜めに配置。

 インパクト! 衝撃が頬を揺らすのを気にせず右スラスター点火、ブライトネスを捩じ込んでプラズマバンカーをぶち当てた。

 ファング・クエイクにダメージ確認、三連発打ったところで反らされて左フックしたところをガードして距離を離され。すかさずボルトフレアをコールしてパージされたスラスターを撃ったがファング・クエイクのアームシールドに弾かれ。副隊長は大きな手でスラスターを掴み、距離を取った。

 

「今ので殺しきれなかったか。本当に君は学生かい? 今すぐうちでやってけるよ」

「アンネイムドジョークですか。生憎ですが、恩を仇で返すファッキンアメリカなんか糞喰らえしてやりますよ」

「最近の子供ほんと口悪いなぁ」

 

 パージしたウェポンラックをガチョンとはめ直す副隊長。

 あっちはダメージが蓄積されてるだろうが。まだまだ油断できない。

 リボルバー・イグニッション・ブーストの外れパターンを土壇場で修正して反撃するセンス。即座の判断と決断力が高い。

 あんな性格で副隊長とファング・クエイクを任された理由が、少しわかる気がする。

 

「あんたさ、座右の銘は終わり良ければ全て良しでしょ」

「おっ、シェイクスピア。じゃなくてジャパニーズ・コトワザだな? 特にそう言うのはないけど私に当てはまってる気がする。よし、今度から座右の銘それにしようかな!」

「そうかい。だったら隊長に相談してしっかり怒られることだな!!」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「んじゃあ織斑くん。白式のデータ取るから宜しくね」

「はい、宜しくお願いします」

 

 学園が危機に晒されてることなど露知らず。

 一夏はヒカルノの研究データ採取のために白式を起動した。

 

『──い─か──』

 

「ん?」

「どうした?」

「いまなんか言いました?」

「ううん。なんも言ってないよ」

「そう、ですか」

 

 なんか見知ったような声が聞こえた気がするが。

 

「大丈夫かい? 慣れない場所で眠れなかった?」

「いえ、ぐっすりと寝させて頂きました」

「それは結構。徹夜するのは研究者だけで充分だからね」

 

 そういうヒカルノ並びに倉持技研の職員の目元にはうっすらと隈が浮かんでいた。

 彼女らは徹夜で白式を万全の状態に直してくれた。

 その恩に報いるためにも、彼女らの研究の助けになれればと一夏は協力を惜しまないと考えた。

 

 リングスキャナーが白式・雪羅をスキャン。

 ヒカルノの端末にデータが送り込まれていく。

 

「うんうん。ちゃんと直ってるね。細かいところの調整は後程やるとして。じゃあ始めようか。織斑くん、データリンクの3番と4番のゲートをオンにしてくれ」

「わかりました」

 

 そこらへんは疾風や楯無と一緒に調整するために覚えたからスムーズに出来た。

 ヒカルノからのアクセスを了承し、白式のデータやフラグメントマップを確認していく。

 

「あの、ヒカルノさん」

「どしたん」

「ヒカルノさんはどうして俺や疾風が動かせたと思います?」

「んーー、そもそも一夏くんはなんでISは女性にしか動かせないと思う?」

「え、えーーっと」

 

 そういえば何でなのか知らない。

 ISは女性にしか動かせないということが世間一般的な常識として埋め込まれてるから深く考えたことはなかった。

 

「問題を変えようか。ISはどうやって人間を男性と女性という別の存在として認識しているのか」

「それって。男と女の違いですか? んー、体型?」

「惜しくもあり惜しくなくもある。では、何故男と女で体型が違う? 何故女性は男性と違って胸があるのか。何故男性にしか髭が生えないのか。男性器や女性器などの明確な違いがあるのか」

「………遺伝子の違い」

「正解! まあ正確には染色体の中にある性染色体の違いだ。性染色体にはXとYの二種類がある。女性はX染色体が二つ、男性にはXとYが一種類ずつ。人間はその違いで男女別れて存在しているのさ。ISはそれを区別して動かしている──というのが世間で伝わっている仮説の一つだ」

「つまり俺と疾風の染色体が特殊だから動かせたと?」

「そういう理由だったら至極簡単なんだけどね。現に原因不明で落ち着いてるだろう?」

 

 確かに。精密検査の時に遺伝子も徹底的に調べている。

 臨海学校の時の束も「よくわからない」と言っていたぐらいだ。

 真偽の程は不明瞭の一言だが。そんな簡単なことに気付かない振りをするのは彼女の天才というアイデンティティが許さないだろう。

 

「結論から言うと。私にはわからん!」

「ザックリしましたね」

「特に興味ないからね。女が動かそうが男が動かそうがどーでもいい。私が興味あんのは篠ノ之束をギャフンと言わせられる物だけさ」

「そうですか」

「フフン。さあさ! 時間がないから続きやろっか! 次、1と2の回線も開いて。そこからスラスター出力をゆっくりと上げてって」

「了解です」

 

 言われた通り回路を開き。スラスターの出力を上げようとフットペダルを踏み込もうと………

 

『………いちか………』

「えっ?」

 

(今のは、プライベート・チャネル?)

 

 一夏は直ぐに通信環境のログをチェックしようとしたが、履歴は残ってなかった。

 

「ヒカルノさん。今プライベート・チャネル開きました?」

「開いてないよ。そもそも今限定モードだからチャネルは開けないよ。外から連絡あったら履歴は残るけど。誰かから通信?」

「いえ、履歴もないんですよね。おつかしいなぁ」

「気のせいじゃない? それよりスラスター出力上げて。ハリハリー」

「は、はい」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 トントントン。

 

「菖蒲、白出汁何処だっけ」

「えーっと」

「あー、あったあった」

 

 トントントン。

 

 包丁がまな板に当たる音。

 卵を溶く音。

 魚が焼ける匂い。

 

 何処にでもある家庭的な台所の風景。

 

 広いはずの部屋であるにも関わらず。この家には菖蒲と疾風の二人だけしかいない。

 

(私、なんでこんなところで………何か忘れてるような。そもそも私と疾風様は………)

 

『ワールド・パージ、更新』

 

(………そう。夫婦の契りをかわした者同士。IS学園で彼に告白し。順当に関係を育てていった)

 

 青い学生時代。

 卒業して大学に行き。疾風様は国家代表になって。

 国家代表となった彼にプロポーズを受けて了承した。

 

 白無垢に袖を通した感動は今でも………

 

「どうした。嬉しそうな顔して」

「いえ、神前挙式のことを思い出して」

「箒の神社で上げたんだよな。鈴なんか泣いて泣いて大変だった」

 

 出汁と卵を混ぜ終え、角形フライパンに注いでいく。

 何回かに分けてクルッと回し、綺麗な出汁巻き卵が出来上がる。

 

「一夏は結局誰と結婚するのか」

「一夏様の甲斐性次第です」

「違いねえ」

 

 出汁巻き卵を切り終えた疾風はテーブルに運んでいく。

 

 菖蒲の方も赤味噌の味噌汁が佳境に入った。

 

「出来ました」

「おっ。菖蒲の味噌汁美味いんだよなぁ。俺も真似しようとしてるけど。なんか違うんだ」

「お袋の味、です」

 

 ご飯、焼き魚、味噌汁、出汁巻き卵、おひたし。

 

 お手本なまでの日本の朝食を前にはしたないと思いつつ喉が鳴ってしまった

 それが何故か無性に気恥ずかしくて、菖蒲は急いで話題の引き出しを引き抜いた。

 

「そういえば! 今度女子会をするんです! たまたまみんな予定が空いたそうで」

「へえ、誰が来るの」

「えーと。簪様に楯無様、鈴様に………それにセシリア様も!」

「セシリア────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────誰だっけ?」

「………え?」

「どっかの女優さん? そんな人知り合いに居たのか?」

 

 疾風様は何を言ってるのだろう。

 

 だってセシリア様は疾風様にとって大切な………

 

 ザザ、ザザジジ………

 

『ワールド・パージ、完了』

 

 頭の中で何か聞こえた気がした。

 その瞬間頭がクリアになり、重くのし掛かっていたモヤが霧散した。

 

「………あれ。私いま」

「どうした? 女子会のメンバーだろ?」

「そ、そうでした。あとシャルロット様が来るんです! 楽しみです」

「そっかぁ。俺も仕事じゃなかった行けてたのになぁ」

「もう疾風様、それじゃ女子会じゃないですよ」

「そうだな」

 

 ご飯をよそい。これで完了。

 

「では」

「はい」

「「いただきます」」

 

 今日もまた、楽しい1日が始まる。

 

 余計なものが何もない。幸福な1日が。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「剣ちゃんそっちどう!?」

「もう少しだ、どうわりゃあ!」

「うわーー!!」

 

 EOSの豪腕が弾丸を弾きながら戦闘員を壁に叩きつけ。投げては叩きつけ、投げては叩きつけを繰り返している。

 

(不味い! このままではあのEOSも加勢に入ってしまう)

 

 普通ならEOSが1機加勢に来たところでたかが知れてるのだが。

 あのEOSはもはやIS1機分の戦闘力と迫力を兼ね備えている。

 

 なんとかEOSを排除出来れば良いのだが。

 

「余所見!」

 

 手に持ったライフルが寸断され。パーツがバラバラに宙に弾けた。

 

 隙がない。というより防戦一方。

 そもそもこの場所にアリア・レーデルハイトがいること事態想定外。

 

 彼女もそんじょそこらのIS乗りと比べても遥かに腕はある。

 ストライカーのペイロードに物を言わせた重射撃スタイルで相手に何もせずに勝利するのが必勝パターン。

 

 だがこれは完全に相手が悪かった。

 銃火器を次々と切り裂かれ。撃った弾丸もプラズマ・フィールドと剣に弾かれる。

 

 更にアリアの絶技、ダンスマカブル・ブレードアーツ。

 あれに絡まれれば終わり。だが積極的に距離を詰めにかかる彼女に遠距離攻撃を仕掛けることすらままならない。

 

 ドパンッ! 

 

「っ!」

 

 右側にタワーシールドを展開し、すんでで青白い弾幕を防ぐ。

 剣司のプラズマショットガンの射撃。充分過ぎる出力で撃たれたそれをシールドでもろに受ければそれだけシールドは消費される。

 

 そして彼の後ろには揃って延びている歩兵戦闘員たち。

 

「お疲れ様」

「なぁに、みんな鍛え方がなってねえから楽だった」

「終わったらうちにスカウトしましょうか」

「そりゃあいい」

 

 恐れていたことが目の前に。

 ディバイン・エンプレス一人にここまでてこずっている状況。

 

 勝てない。ここで戦ってもメリットはない。

 隊長がターゲットを確保すれば任務は完了。

 ここは仲間を見捨ててでも自身の生存を優先し、副隊長と合流して体勢を立て直さなければ。

 

 ストライカーのスラスターを前方に向けてバック瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 

 戦線を離脱。虚をついた、このまま逃げて………

 

「──ゴッ!?」

「足りないわね、速さが」

 

 何が起こったのか。何故瞬時加速(イグニッション・ブースト)をした自分の腹にアリアの剣がめり込んでいるのか。

 

 答えは簡単、彼女より速く動いたということ。

 

「疑似二重瞬時加速(ダブル・イグニッション・ブースト)。速度は1,5ブーストと言ったところかしら」

「っ!?」

「ダンスマカブル」

 

 ここはアリアとディバイン・エンプレスの距離。

 即座に連剣の構え。そのさきに待つのは敗北。

 

 だが想定外こそ想定内。それを前提としているアンネイムド。

 組織のナンバー3としてストライカーを受領してる彼女にも、意地があった。

 

 自身とアリアの間に安全装置を解除した手榴弾を数個コール。

 即座に起爆したそれを防御するために連剣から防御にシフト。

 

 自爆覚悟によって出来た隙をストライカーのパイロットは掴みとった。

 アリアの脇をすり抜け、向かうは剣司のEOS。

 

 彼を人質にイニシアチブを取る。

 魔改造しようと所詮はEOS、ISの機動には着いてこれない。

 

「もらった!」

「と思うよなぁ」

 

 アサルトライフルを構えるより先に彼方にいた剣司が目の前に迫っていた。

 

 相対的速度では説明がつかない。通常のブーストでは不可能。

 剣司は間違いなくEOSで通常のIS並みの速度を叩き出したのだ。

 

 右手に黒光りするは世界最大火力の単式パイルバンカー、ロワイヤル。

 

 速度を乗せた鉄杭をストライカーのシールドにぶち当て。そのままインパクト。

 静寂に満ちた学園全体に轟くほどの轟音、人の身で扱うことなど考えない埒外の衝撃にストライカーのパイロットは白目を向き嗚咽を漏らす。

 

 即座にISの操縦者保護が発動し意識を取り戻すが、くの時に曲がった身体のまま後方に飛ぶ。

 

 だが意識を失ったままの方が幸運だっただろう。

 

 その先には剣の舞踏会の鐘を鳴らす女帝が待ち構えていたからだ。

 

「ダンスマカブル・ブレードアーツ!!」

 

 彼女が再び意識を失う前に見たのは。

 無数の剣が放つ煌めきだった。

 

 

 

「剣ちゃん大丈夫ー?」

「かゆ、うま」

 

 うん大丈夫ね。と地べたに仰向けに倒れている夫を見下ろすアリア。

 

 同じく後ろに倒れているストライカーの装甲には無数の裂傷の後が。

 登場者は無事だろうが、トラウマになってないことを祈るばかりである。

 

「あーいってぇ。これは駄目だな、身体が駄目になる」

「その程度で済むのは剣ちゃんぐらいなのよ。EOSでハイブーストかましてからロワイヤルやって五体満足なのは」

 

 今回の剣司のEOS・剣司スペシャル。

 その背部には一回きりの圧縮エネルギー放射機構が取り付けられていた。

 それでも通常のISのハイブーストを一回するだけで限界。

 更にハイブーストにかかる戦闘機並みのGとロワイヤルによるEOSの腕を持っていくレベルの衝撃をPIC無しで強行。EOSの中はそれはもうとてつもない振動が襲いかかったことだろう。

 

 それを痛いだけで済ますのが。マッスルジーニアスこと剣司・レーデルハイトなのであった。

 

「わりぃ。もう動けない」

「あとで精密検査ね」

「………今夜は出来そうにないや」

「今日は私が一方的に攻めてあげる」

「たまには良いな、それ」

 

 起きている者が誰もいない廊下。

 

 アリアと剣司は中断されたキスの続きをするのであった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「くらえ! ミストルテイン・キィィィク!!」

「ぐあぁぁぁ! マジのキックだとぉ!?」

 

 楯無の空中回転キックにより無力化された最後の一人はツッコミの断末魔と共に意識がフェードアウト。

 そこはチェーンソーを持てと思ったのは絶対に間違ってはいないと信じながら。

 

 敵団を無力化した楯無はせっせと特殊ファイバーロープで縛り上げる。

 その縛り方は鮮やかの一言で。最低限の労力と時間で最適な無力化を果たす。

 楯無になるために身に付けた技能の一つだ。

 

 ちなみに楯無の母は楯無の父に子孫生誕魂縛術なる究極の拘束術を繰り出し、その結果生まれたのが簪なのだという。

 今度教えてあげるわねと笑顔で言った母に無邪気に返事していたのは幼さ故だろう。

 

「よし、これで終わり」

 

 戦闘を繰り広げ、これだけの数を女手一人で縛り終えて流石に疲労がチラりと見えた。

 

「学園内に侵入した部隊はあらかた鎮圧済みか。アリアさんがいて助かったわ。疾風くんは依然として交戦中。敵のIS乗り、強敵だけど上手く立ち回れている」

 

 本当に強くなった。

 今の彼となら良い勝負が出来るかもしれない。

 

「国籍はアメリカで間違いないわね。大分崩してるけど、根底はアメリカのコンバットパターンだし。無人機の情報パターンを感知して突入ルートは想定のルートを通ってくれた。後は………織斑先生次第」

 

 楯無でも隠しカメラを仕掛けられない学園の深部。

 そこには学園の枠組みを越えた世界最強が陣取っている。

 

「………それにしてもハッキングの犯人は何故こんなことを」

 

 楯無自身もハッキングと侵入者が別勢力であることは看破していた。

 システムダウンしてから自分たちが作戦会議出来る程の時間を有することが出来た。

 同一犯なら相手の体勢が整わないうちに勝負を決めるのは鉄則。

 

 だが彼らは違う。

 

「常時監視し、学園がダウンしてこれ幸いと侵入。こいつらは後で徹底的に絞り出して………」

 

 楯無の思考が止まる。

 頭の中に浮かんだのはこの場にいないもう一人の男性IS操縦者。

 

(一夏くん、無事かしら。もし彼が倉持技研にいることがコイツらにバレていたら)

 

 そう考えた途端楯無は身震いした。

 そんなことはあってはならないという使命感が再熱し、楯無を動かした。

 

 本調子でないISのエネルギー節約の為にISを待機形態に戻し、楯無は一歩足を踏み出した。

 

 その瞬間。ブシュっと鈍い音が楯無の腹の当たりから鳴った。

 

「えっ?」

 

 ぷしっと鮮血が腹から飛び出し、真っ赤な血がじんわりとISスーツを染め上げる。

 

 振り替えるとそこにはサイレンサー銃を構えた戦闘員の姿が。

 

「なんでっ、ぐぅ!」

 

 もう一度撃たれた弾丸がISスーツを貫通した。

 訳もわからず楯無が前のめりに倒れこんだ。

 

 顔だけを上げて拘束を抜けた男。左腕にはあるべき筈の手がなく、代わりに帯電するナイフが生えていた。

 

(義手にプラズマナイフ。しまった、私としたことが!)

 

 ISスーツごと腹を貫いたのは対ISスーツ貫通弾頭。アメリカで極秘に開発されているという噂を聞いたことがあったが。まさか完成していたとは。

 

「やっと隙を見せたな。更識楯無」

「ぐっ」

「動くな。ISを展開するよりもこちらが貴様の頭を貫く方が早い」

 

 まだ生暖かい銃口を頭に押し当てられる。

 打開策を考えようにも、腹部を貫く痛みと熱さに思考が固まらない。

 

「どうしますか」

「モルヒネを投与。止血と応急処置ののち、操縦者ごとISを持ち帰る」

「了解」

 

 自殺されないように猿轡を噛ました後、首筋に薬液を打ち込まれる。

 途端に襲いかかる倦怠感と眠気。寝ては駄目だと脳が訴えても、その身体は既に楯無の手を離れた。

 

「日本の守り人でありながらISを欲しさにロシアに尻を降った売女め。我らの祖国の為に役立たせてもらうぞ」

 

 薄れ行く意識の中、腹立たしい言葉を投げ掛ける相手に反論する間もなく楯無は暗闇に堕ちていく。

 

(いちか………くん………)

 

 無意識に一夏の名前を呼んだ。

 

 何故呼んだかわからぬまま。更識楯無は意識を手放した。

 

 

 

 





 ・アンネイムド副隊長

 アンネイムドのおとぼけ副隊長。
 腕前はイーリスに及ばないながら、個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)の扱い方は彼女以上というとんでもない逸材です。

 機密部隊というデリケートな場で実力だけで上り詰めた。
 愛すべきアホの子副隊長ちゃんです。

 ちなみに彼女の恋愛相手は少し前、疾風に電撃ビリビリされた茶髪くんです。


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第117話【SOS】



 水星の魔女が面白すぎて二次創作書きたい欲がやばい。
 まだ四話しか放送してないのに。

 最推しはグエルくんです。


 

 

「はいお疲れー」

「お疲れ様です」

 

 研究室でのデータ収集を終えた一夏はISを展開状態のまま装備解除して一服ついていた。

 出してくれたお茶をすすってホッと息を吐く。

 

「君のおかげで良いデータが取れたよ。これで終わり、と言いたいとこなんだけど。もーちっと付き合ってほしいんだ! そうそう君がここに来るなんてことないし、取れるデータは取れるだけ取りたいの! この通り! お願いします!!」

「俺でよければ良いですよ」

「神か! いやー、姉と違って一夏くん良い子過ぎるわぁ、姉弟とは思えねえぜ。まあそれも最終調整を完璧にしてからやな。そうと決まりゃチャチャっと終らせてくるわ!」

 

 イヤッフー! と配管工ジャンプを決めながらヒカルノは休憩室を後にする。

 と同時に山田級大戦艦クラスの胸部装甲が盛大にバウンドするのをガッツリ見てしまった一夏はもう一度お茶を一口。

 何故か凄い苦かった。

 

「それにしても。休み以外でIS学園離れるの久々だったなぁ………みんな何してるんだろ」

 

 昨日はIS学園は騒がしいと言っておきながらも。一夏はその騒がしさが自分の日常と化してることに少し驚いた。

 困ることもあるし、酷い目にあうこともある。

 それでもあの学舎の日々は一夏にとってどんな宝石よりも目映い輝ける日々だったのだ。

 

「………なんか我ながら爺臭い。鈴に言われる訳だよな」

 

 何処か気恥ずかしさを覚えた一夏は最後の一口を飲み干そうとした。

 

 ──一夏………

 

「っ!!」

 

 聞こえた。理屈でも道理でもない。

 誰の声かもわからない。

 

 だけど、確かに聞こえた。

 

 助けを呼ぶ声が!! 

 

 スイッチが入ったかのように一夏は椅子を転がしながらも研究室に向かって全力で走った。

 

「あれ、織斑くん? まだ調整はってええ!?」

 

 白式の最終調整をしていた副所長の壇之浦とその一同は目をひんむいた

 白式に飛び乗った一夏が白式を固定していたアームを無理やり振りほどいたからだ。

 

「ちょちょちょっと! まだ細かい調整が終ってないんだけど!?」

「すいません壇之浦さん、俺行かなきゃ!」

「え、でも行きなりそんなこと言われても困ると言うか」

「どうしたどうした。おおっ、なんか物々しい雰囲気?」

「あっ、所長! な、なんか織斑くんが行きなりIS学園に戻ると言い出して」

「まあまあ落ち着いて壇之浦くん、飴ちゃん舐めな」

「ムゴッ!」

 

 狼狽する壇之浦の口に飴をぶちこんだヒカルノはISを纏った一夏を見上げた。

 

「すいませんヒカルノさん。学園がピンチなんです! 今すぐ行かなきゃ!!」

「そうかい、そりゃ大変だ。でもこっから入り口までの道はわかるのかい? 結構距離あって入り組んでるし、職員でもたまに迷子になるんだ、私はしょっちゅう迷う。だから途中で迷ったらそれこそ時間のロスだぜ?」

「だけど!」

「………まあそれは馬鹿正直に行けば、の話さ」

「え?」

 

 ヒカルノは冷静さを失いかけた一夏の脇を通り抜け、コンコンと何もない壁をノックした。

 

「この壁の向こうは外だ。そしてIS学園の方角でもある。言いたいことはわかるよな、一夏くん?」

「………はい!」

 

 ニヒッと笑うヒカルノに一夏は一瞬固まるも直ぐに理解した。

 半歩遅れて気付いた壇之浦はヒィ! と表情を強ばらせ、慌てて止めに入ろうとするがもう遅い。

 

「さあぶち抜け少年!」

「ありがとうございます! はぁぁぁっ!!」

「のあぁぁ!?」

 

 最大までチャージされた月穿の荷電粒子砲が研究室の強化外壁をぶち破った。

 間髪いれずに瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動した一夏と白式に研究員は風圧で転がったりと阿鼻叫喚の渦に呑まれた。

 

「ハッハッハッハ! たーまーやー!!」

 

 ちゃっかり水泳ゴーグルをかけた一人の狂人を除いて。

 

「おーおー若いねぇ。もうあんなとこまで。流石うちで整備した白式ちゃん」

「ケホッケホ」

「おっ、生きていたか壇之浦くん」

「生きてたか。じゃないですよ! 何してくれてんですか! あーあーガッツリ穴空いて。修繕費が、本部からのお叱りがぁぁ………」

 

 頭を抱える壇之浦に見向きもせずヒカルノは端末を開く。

 そこには国際研究所で入手した紅椿の暗号データが入っていた。

 

「よし、思った通り。紅椿の暗号プロテクト解除。やはり白式と織斑くんが鍵になってたか。あたしの見立ては正しかったな」

「所長、それってつまり」

「ああ。これで次世代型量産機計画『オーバーレイズプラン』を始められる」

 

 篠ノ之束の足を掴むヒカルノ最大の計画。

 

 ヒカルノは穴の外に広がる満点の青空を眺める。

 

 空のその向こう、IS本来の在り方。

 そこへの足掛かりを夢見て。ヒカルノは満面の笑みを浮かべたのであった。

 

「ところで所長。これ経費で落としませんからね」

「えっ、マジ?」

「マジです。いくらかかると思ってるんですか」

「あちゃー。わかった、これでも私は高給取りだ。半分払うよ」

「全部ですよ全部!」

「じゃあ三分の一」

「減らすなぁ!!」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「せい! やぁ! とぉ!」

「ちぃっ!」

 

 副隊長の個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)の連撃で思うように事が運ばないことに盛大な舌打ちを噛ましながら的確に防御していく。

 

 マジで埒があかない。突撃バカと見せかけてちゃんと位置関係調整してんの腹立つ。

 

 こんなところで時間をかけるわけには行かない。

 出すか、奥の手を………いや駄目だ! 

 まだ完全に調整が済んでないし、後がわからないこの状況で使うのは悪手だ。

 なんとか活路を見いだして。

 

 ザザ、ザザー。ピピっ。

 

 なんだ………広域チャネル? 

 白式・雪羅から!? 

 

「──誰でもいい、誰でもいいから応答してくれ!」

「こちら疾風! 一夏か!?」

「疾風! よかった無事だったか! 何が起きてるんだ!?」

 

 どうして一夏が? 

 てか通信妨害されてるのになんで繋がって、いや細かいことは後だ! 

 

「いまIS学園はハッキングを受けて全ての機能が落ちてる! それを見計らってどっか誰かが特殊部隊送り込んで、現在各個に戦闘中! 俺と会長以外の専用機持ちは学園のシステムを取り戻す為に電脳ダイブしてる!」

「電脳ダイブってのはわからないが、やっぱり学園がピンチなんだな!」

「そういうことだ! かくいう俺も敵のISと戦闘中だ!」

「余所見するとは油断大敵………」

「うるさい話中だ!」

 

 突っ込んでくる副隊長の顔面に渾身のカウンターキックをぶちこんでブッ飛ばした。

 

「てかなんでお前ここに来たんだよ! 倉持技研にいたんじゃなかったのか!?」

「その倉持技研から飛んできたんだ! 誰かが助けを呼んでたから。誰かは分からないけど、IS学園が大変だってのはわかったから!」

 

 理屈はわかるけどなんで倉持技研からここの状況が? 

 いやいや、またまた考えるのは後だな! 

 

「とにかく学園の中は頼んだ! 俺も直ぐに終らせるから! 気を付けろよ」

「おうそっちもな! 俺ももうすぐでそっちに着く!!」

 

 通信カット。試しに中にいる母さんや会長に通信を開いてみる。

 うん、やっぱり未だにジャミングは効いてる。いま白式とだけコンタクトが取れたって訳だ。

 ほんと、ご都合主義でも働いてんのかな。最高にヒーローしてるよ一夏は。

 

「………しかし」

 

 一夏は誰かの助けに応えてここに来たと言った。

 IS学園が危険だと言うことを、通信妨害で外とは隔絶された学園内で一夏に伝えたのは誰か。

 

 もしそれが電脳ダイブに行っている『誰か』だとしたら………。

 

「そろそろ終わりにする! 我が世界に栄光あれぇぇーー!!」

 

 三回の連続ブーストからの背後からの一撃。

 ファング・クエイクの単式パイルバンカー搭載腕部が火を吹き、スカイブルー・イーグルは土煙の中に消えた。

 

「手応えは………!?」

 

 ブースト乗ったバンカーナックルでイーグルは吹き飛ばされず。インパルスのピンポイントフィールドとPICブレーキで微動だにしていなかった。

 

 副隊長の眼が俺の眼と重なった。

 先程圧倒されて冷や汗かいた少年はそこにはなく。代わりに冷えた炎のような光を眼に宿していた。

 

 ヤバい! 直感でそれを察知した副隊長は即座に後退しようとしたがそれは叶わなかった

 イーグルのクローアンカーが肩の装甲に食い付いていたからだ。

 

「悪いな、副隊長さん」

「っ!」

「悠長にやってる暇が、なくなった」

 

 次の瞬間、副隊長の視界が真っ白になった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

(急げ! 急げ! 急げ! 急げっ!!)

 

 流行る気持ちを乗せ。白式・雪羅が連続で瞬時加速(イグニッション・ブースト)を吹かし、IS学園に向かって飛翔する。

 

 疾風と通信が繋がったあと直ぐに音信不通となった。

 通信妨害がかけられている。

 数々のトラブルに見回れたIS学園だが。特殊部隊が攻め混んできたのは始めてだった。

 

 そして誰かが助けを求めている。

 

 ならば行く。行く以外の選択肢はない。

 それが誰であろうと。

 助けを呼ぶ声に手を伸ばすのが、織斑一夏という男なのだから。

 

 そしてついにIS学園が視界に移った。

 

「これは………」

 

 静か過ぎる。いつだって生徒たちの活気があったIS学園が嘘のように静まり返っている。

 まるでゴーストタウンだ。

 

「ん? 反応が」

 

 ISの反応が複数あるなか、白式がその一つをピックアップした。

 

 場所はIS学園通路。そこで微弱な反応あり。

 発信源は………ミステリアス・レイディ。

 しかもそれは通常のIS反応ではなく。IS操縦者の危機的状況を示す、SOS信号だった。

 

 血の気が引いた一夏は迷わずIS学園の外壁に突進。再び月穿を最大チャージして壁をぶち砕いた。

 

「なんだ!?」

「楯無さん、っ!!」

 

 ぶち抜いた先。

 そこには黒いアサルトスーツを着た歩兵一軍に運ばれている楯無だった。

 いつも自信満々を常としている彼女は目を開けずなすがままの状態。そして白式のカメラが楯無の腹部の赤黒い染みを拾った。

 

「その人をっ」

「ファーストマン!?」

「離せぇぇぇぇええええ!!」

 

 ブーストに任せてショルダータックル。雪羅の豪腕を振り回し楯無を拘束していた戦闘員を吹き飛ばし、楯無をその手に取り戻した。

 

「楯無さん! しっかりしてください! 楯無さん!」

「………」

「楯無さん!!」

 

 一向に目を開けない楯無に必死に呼び掛ける一夏。そして必死のあまりその横で再び銃口を向けようとする敵に気付けずにいた。

 

「せめて操縦者をっ」

「はっ!」

 

 気付いたときにはその銃口は楯無を狙っていた。

 即座に盾になろうと身を覆う一夏だがその引き金はあまりにも軽く………

 

「飛べ一夏ぁ!」

「っ!」

 

 耳に飛び込んだ親友の声に一夏は脊髄反射で白式のスラスターをぶっ飛ばして天井に上がった。

 

「でやぁぁ!」

「ぐあぁぁぁっ!」

 

 その下を空色のISが白い稲妻と共に滑り、敵対者を一人の残らず感電、無力化した。

 

「疾風!」

「まったく。はっちゃきこいて来てみれば。詰めが甘いんだよ。守るならちゃんと守れ」

「す、すまん」

「まあいいさ。それよりも」

 

 疾風は楯無のISスーツの首もとのバイタルモニタータグにイーグルの手を当てて楯無のバイタルを計測する。

 

「どうだ?」

「腹部に2発、撃たれてるが止血はされている。だけど何か薬品を打たれてるのかな。バイタルの値が基準より低い」

「そんな! なんとかならないのかよ! このままじゃ楯無さんは」

「だいじょーぶよぉ」

 

 ハッと腕の中の楯無を見ると、うっすらと瞳をあけてニヘっと笑う楯無の姿が。

 

「楯無さん!」

「あー、あんま大きい声出さないで。ちょっとクラクラしてるから」

「す、すいません」

「大丈夫なんですか会長? なんか打たれたんでしょう?」

「こんな時の為に血の中にアクア・ナノマシン仕込んでるから。でも結構強いの打ってくれたわねぇ。身体が思うように動かないわ」

「とりあえず医務室に。一夏、俺は会長を運ぶ。お前はここに行け」

 

 イーグルから白式にデータが転送される。

 それはサイバールームへのルートだった。

 

「ここは?」

「セシリアたちがいま電脳ダイブでシステムを取り戻そうとしてる。さっき話したが、未だに取り返せてないってことは何かあったのかもしれない。もしかしたらさっきお前を呼んだ声は………」

「わかった、箒たちは任せろ!」

「頼むぞ! 会長、しっかり捕まってて」

「りょーかーい」

「じゃ、また後で」

「おう!」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 

「ううん………」

「あ、起きた~」

「動かないでください。貴方が何をしようと、弾丸が貴方の頭を貫くのが先です」

「いや動きたくても動けない………何故に亀甲縛りなんです?」

「試したくなりまして」

「えーー………」

 

 第6アリーナにて副隊長は疾風の連絡で駆けつけた本音と虚の手によって亀甲縛りにされていた。

 ほころび一つない完璧な亀甲縛りであった。

 

「あれ、ところで私のISは?」

「こちらです」

「ん? ………ヴぁぁぁぁ!?」

 

 首を動かした副隊長は絶叫した。

 それもそのはず。先程自分が乗っていたファング・クエイク・ステルスはものの見事にバラされていたのだ。

 

「私のISが見るも無惨な姿にぃぃ!? コアも剥き出しなぐらいバラバラになってるんですけど!?」

「貴方が万が一我々の拘束を逃れてISを起動しないための必要処置で御座います。ご心配なく。組み立てられるよう丁寧にバラしましたので」

「そんなプラモデルみたいな! 殺せ! 私を殺せ! ガチめに殺せ! 戻っても私の立場ないよこんなのウワーーーン!!」

「お菓子食べる~?」

「え、あ。いただきます」

 

 本音からチョコレートを差し出された副隊長はモソモソと口に含んだ。

 口の中で溶けるチョコレートを味わいながら副隊長は現状を整理する。

 

(これは脱出出来ないな。この眼鏡の子は確か更識楯無の直属である布仏の子。そもそもISがあんなんじゃ無理よ無理………あー、失敗しないことだけが取り柄の私がこれでは………私はどうでもいいけど、他のみんな無事かなぁ。隊長は強いから心配いらないけど)

 

 その隊長が生身のほぼ人外なサムライウーマンにボッコボコにされた上トリガーハッピーに蜂の巣にされてることなど露知らず。

 副隊長は作戦成功がまだ潰えていないと信じていた。

 

(それにしても。あのセカンドマンの最後のアレなんだったんだろ。気付いたらゴッソリとシールドゼロになったし。ワンオフ・アビリティー? そんなの聞いていんですけど!)

「キャラメルいる~?」

「ありがとうございます。甘っ」

 

 副隊長は戦闘終了間際で爆発的にスペックを上げたスカイブルー・イーグルと疾風・レーデルハイトに首を傾げながらキャラメルを舌で転がした。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 一夏と別れ、俺は会長を抱えたまま渡り廊下を疾走する。

 皆の奮戦により、校内の敵はほとんど撃退したことはわかっていた。

 もし遭遇したとしても、強引に突破して逃げればなんとかなる。

 

「ごめんねぇ疾風くん」

「俺はいいです。しかし前回からほとんど間を置かずに重傷とは。ついてないですね」

「前線に出る以上は、覚悟してるわ」

 

 傷ついたのが妹ではなく自分で良かった。

 そんな考えを見透かした俺は思わずタメ息を吐いた。

 

「立場上難しいですが。自分の身体は大切に。また簪泣きますよ」

「それは駄目ねぇ。しかし我ながら迂闊過ぎる。楯無返上も考えないと」

「一夏が来てくれて助かりましたね。俺も一夏が壁ぶっ壊したの見たから慌てて飛び込みましたし」

「どうして一夏くんはここに? 彼は確か」

「声を聞いたそうですよ」

「声?」

「はい、誰かが助けを求めた声だとか。通信は封鎖されてるのに加えて、本人も良くわかってないみたいですけど。一夏はそれに従って倉持技研からすっ飛んで来たんですって。それで会長のピンチに颯爽と登場するとは。ハハハ、マジでヒーローですね一夏は」

 

 呆れと感服の意を込めながら笑う俺とは対照的に会長は頬を赤く染めて黙り込んだ。

 

(確かに眠らされる前に思わず一夏くんの名前呼んだ気がしたけど一夏くんに通信送った訳じゃないし。そもそも私の声が届いたとは限りませんし? そんなご都合主義なスピリチュアルなことなんて現実に起きるわけないじゃない? でももしそうだったら凄い嬉し………まてまてまって!? なに考えてるの私! これじゃまるで)

「会長」

「はい?」

「すいませんね、抱えるのが俺で。一夏が良かったでしょ?」

「へぇ!?」

 

 わー大きい声。意外に元気そうでよかった。

 

「そ、そそんなことないわよ? 疾風くんみたいな男前にお姫様抱っこされて楯無嬉しいわよぉ」

「成る程。惚れましたか」

「だ、誰に!」

「一夏に」

「ほぁぁ!? イタタ………」

 

 思わず叫んでしまって傷が傷んだ。

 すいません会長。

 

「この話題は後でじっくりした方がいいですね。傷が開きます」

「誰のせいよ! ていうかちょっと待って? 誤解よ? 私はそんなんじゃないわよ? 違うからね疾風くん?」

「一夏が日本の裏のドンかぁ………」

「違うからね!?」

 

 

 

 会長を医務室の医療ポッドに放り込んだあと。俺は来た道を引き返してサイバールームに向かって全力疾走した。

 途中母さんと父さんに出くわした。苦労した俺たちと違って特に損傷もなくISと特殊歩兵部隊を纏めて無力化したとか。

 この夫婦凄い………

 

 そんなこんなでサイバールームに到着。ISを解除して中に飛び込んだ

 

「ただいま到着!」

「疾風!?」

「簪、状況は!? セシリアたちは!?」

「い、一夏にも説明したんだけど。電脳ダイブしたみんなが攻撃を受けた」

「なんだって!? それで!」

「こちらからのアクセスも強制ログアウトも不可。いま一夏が鈴を救出したところ。だから疾風も」

「中に飛び込んで助けろって事だな! 了解した!」

 

 直ぐに下のダイブルームに向かい体当たりばりに扉を開けた。

 そこには既に目覚めていた鈴。そして未だダイブしたままのセシリアたちと救出に行った一夏か寝ていた。

 

「あ、疾風」

「鈴! なにがあった!」

「わからない。行きなり変な夢見せられて………その」

「その、なんだ!」

「とにかく大変だったの! わかれ!」

「えー、わからんけどわかった事にする! とにかく行くわ!」

「気を付けてよ!」

「あんがと!」

 

 ダイブ専用のベッドに飛び込んでISを接続。リクライニングで倒れながら機械の中に格納された。

 

「簪、頼む!」

「うん、ISとシステム同期終了。アクセス!」

「フラァァッシュ!!」

 

 反射的に答えてしまった。サービス精神忘れない簪は嫌いじゃないぜ。

 てかそこプラグインじゃないんだ、簪的にはそっちの方が好きか………とどうでもいい考察のまま俺の意識は遠退いていった。

 

 

 

 

 

「………ん。おっ。おおー、おーー」

 

 目を開けた先にはこれまたサイバーでスペースな空間が広がっていた。

 幾何学模様と無数の流れ星が浮かぶ幻想的な世界。

 ここが電脳世界。出来ればゆっくり眺めたいところだが。今は………

 

「良かった。上手く入れたみたい」

 

 空中に簪の画面が展開され、ホッと胸を撫で下ろしていた。

 

「んで、この扉の向こうにあいつらが」

「うん。先ずは………あっ」

「どうした?」

「戻ってくる」

「ん? おっ」

 

 何もない空間に光が集い。制服姿の一夏と………

 

「ウヒャア! 一夏のエッチぃ!!」

「ぐひゃぁぁぁ!!」

 

 一夏に開幕目潰しを決める。ランジェリーパンツ+手ブラというこれまた刺激の強いコスチュームのシャルロットが現れたのであった。

 

「ぬおおおおおーー!」

「あああごめん! でも一夏が悪いんだよ! これ着けてって言ったのも、脱がしたのも、甘い言葉かけてくれたのも一夏だし」

「だから、それは俺じゃねえって………」

「そう言って言い逃れするの!?」

「あの、もしもーし。喋って良いでしょうか」

「え、疾風。うわぁぁぁ!」

「うお危ねえ!」

 

 ポロリ的な意味でも危ないシャルロットの目潰しをすんでのところで回避。

 

「み、見たね疾風! というかいつからそこに!」

「最初からだ! というかなんでも良いからこれ羽織れ馬鹿!」

 

 To LOVEるで目潰しなんてたまったもんじゃない。IS学園の制服をシャルロットに投げ付けて俺は後ろを向いた。

 シャルロットが羽織ったのを確認し、俺は再度振り返る。

 

「で、助けに行くはずがなんでこんな状況になってるのかな。説明しろ一夏」

「俺もわかんねえよ」

「と言ってるけど」

「恥ずかしかった。うぅぅ」

 

 駄目だこりゃ。

 

「とりあえずシャルロットは一度こっちに戻ってきて。また取り込まれたら大変だから。その格好のままで居たいならいいけど」

「変なこと言わないでよ簪! 一夏、後でお詫びしてよね!」

「だから俺じゃな、あっ」

 

 言い終わる前にシャルロットが俺の制服を残して消えた。現実世界に戻ったのだろう。

 

「はぁ………なんでこんなことに」

「マジで中で何があった?」

「言えねえよあんなの」

「?」

 

 なんだか心なしか顔が赤いような。

 気になるところだが、今は優先すべき事がある。

 

「二人とも。次は菖蒲とラウラの方をお願い」

「セシリアと箒はいいのか?」

「二人とも比較的信号が安定してるから大丈夫」

「よっし、じゃあ俺は菖蒲のとこに行く。ラウラは任せた」

「わかった」

 

 二人揃って菖蒲とラウラのドアの前にたち。ドアノブをひねった。

 

 ………開かない。

 

「あれ、開かないよ?」

 

 引いても押しても上に上げても下に下げても横に押してもビクともしない。

 

「簪さーん? 開かないんだけどどうなってるー?」

「ちょっと待って………これは。同一存在の侵入不可がかかってる」

「どゆこと?」

「この先にある菖蒲の仮想現実には疾風が、ラウラの仮想現実には一夏が存在する」

「鈴とシャルロットのとこに出てきた偽物の俺みたいな奴か」

「うん」

 

 偽物かぁ。そこがまだなんともわからんのだが。

 つまりこの中には俺の偽物が居るということで。そこに全く同じ奴が居たら辻褄が合わないよってことで入れないってことか。

 

「恐らく、敵が防壁を強めたのかもしれない」

「じゃあ俺がラウラのとこに行けば良いのか?」

「それもアリだけど。今までのパターンを見るに、今のままの方が救出後の安定率が高い」

「でも入れないんじゃなぁ」

「大丈夫。こういう時のための秘策はある。それは」

「それは」

「変装する」

「………なんて?」

「変装すれば入れる」

 

 ………………ええ? 

 

 二人揃って呆気に取られていると、簪はムスッと頬を膨らませてそっぽを向いた。

 

「私だって、真面目に言ってるのに、こんな時に冗談なんか言わないのに………」

「すまん悪かった! 信じる!」

「むくれた顔も可愛いぞー!!」

「………そんなんで機嫌が直るなんて思わないで」

 

 と言いつつなんか嬉しそうなのは気のせいということにしておこう! 

 

「んじゃあ、どうすりゃ良い?」

「いま服装データ書き換える。そのまま待機してて」

 

 しばらくして俺と一夏は光に包まれた。

 と思ったらなんか視界、というより顔に違和感が。

 

「うわっ、疾風すげえな!」

「どんな感じになってる?」

「お面つけてる」

「お面!」

 

 外すと。どっかで見たような赤いラインの狐のお面が。

 若干和テイストになってるが。間違いなくアレである。

 

「簪」

「なに?」

「緑のタヌキない? 俺あっちの方が好き」

「ごめん、もう変えられない」

 

 ういーす。どっかにハンドル落ちてねえかな。

 

「ていうかお前の方が凄いんだが?」

 

 俺は白い和服に赤い狐の仮面というオシャレ感あるコスチュームだが。

 一夏はなんとフルプレートの銀甲冑姿である。

 

「まあ動けないこともないし。見た目ほど重くないぞ」

「飽くまで見せ掛けか」

「思ってもいうな」

 

 とりあえずこれで入れる訳だ。

 獲物は背中にしょった薙刀1本。なんとかやってみせよう。

 

「んじゃあ行きますかぁ!」

「気をつけてね、二人とも」

「おう!!」

 



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第118話【泡沫の破壊者(ワールド・ブレイカー)

 

 

「疾風様、お茶をお持ちしました」

「ありがとう菖蒲」

 

 疾風の書斎にお茶を持ってきた菖蒲。着物に割烹着という和風姿は菖蒲の温和な印象をより現していた。

 

(疾風様は国家代表であると同時に徳川ISグループの総帥候補。妻として出来る限りのサポートしなければ)

 

 程よい暑さのお茶をすすりホッと息を吐く。よほど喉が乾いていたのか半分ほど一気に

 

「菖蒲のお茶は美味しいな。でもいつもと違う茶葉か?」

「は、はい。友人から譲って頂いたもので」

「そっか」

「お忙しかったですか?」

「いや、あと5分で終わるよ」

「終わるまで待っててもいいですか?」

「………3分で終わらせるよ」

 

 学生からそこまで外見は変わらないが、疾風は大人っぽくなったと菖蒲は感じている。

 眼鏡をかけたら頭が良く見えると言うが、疾風は本当に頭が良いからより聡明に写る。

 

「………ふぅ、はい終わり」

「お疲れ様でした疾風様、きゃっ」

 

 突然、菖蒲を壁際に押しやる疾風。戸惑いつつも漢らしい強引な夫の姿に胸をときめかせる妻。

 

「ど、どうされたので」

「しらばっくれるとは悪い子だ。今日のお茶、なんか入れた? いやお茶そのものが、かな? お茶飲んでから凄いムラっとするんだ」

「な、なんのことでしょう」

「思うに、棚の奥に少し前からあった強力な滋養強壮効果のあるお茶だと思うんだ。調べたらマンネリしたご夫婦御用達ってあったんだけど」

(ば、バレてる!!)

 

 そう、疾風の推測通り。それは菖蒲が有名なメーカーから出たソレをネットでポチったものだった。

 巧妙に隠していたつもりだったが、感が鋭い疾風にはお見通しだった。

 

 頬を赤くして眼をそらす菖蒲の首筋をツーっとなぞる疾風。眼鏡の奥には欲の炎が怪しく揺らめいていた。

 

「なんでこんなことしたのかな。うちの奥さんは」

「だって、最近お仕事で時間が取れなかったから」

「それで一服飲まして襲ってもらおうと、なかなか策士だけど。バレちゃったね」

「う、うぅ」

「どうしてほしい?」

「い、意地悪です、わかってる癖に」

「俺が意地悪なのは、菖蒲が一番知ってると思うけど?」

 

 疾風はそれ以上なにも言わずに菖蒲の次の言葉を待つ。彼女の口から聞くことに、疾風は極上の悦楽を得るからだ。

 

 しばらくフルフルと震えたあと、俯いていた菖蒲は顔を上げた。

 目元を滲ませ、頬をすっかり桃色にし。艶のある唇はとても柔らかそうだった。

 

「寝室に、行きましょう」

 

 男なら誰でも飛び付く極上の大和撫子。それは夫である疾風も例外ではなく。

 菖蒲をその腕に抱えて寝室に急いで向かった。

 

「キャッ」

 

 布団に優しく放り出された菖蒲。割烹着はここに来る間に取られて廊下に転がっている。

 生活感ある着物姿、緑の黒髪は乱れて布団の上に散らばっている。

 

 艶やか。そんな言葉しか思い付かないほど今の彼女は魅力的だった。

 

(今日の疾風様、色香が凄いっ)

 

 それもそうだ。忙しくて我慢していたのは疾風も同じ。むしろ彼女以上に性欲を燻らせていた。そんなところに滋養強壮作用入りのお茶が入れればたちまち点火されるのは自明の理。

 

 心臓が早鐘を打つ。

 もし今でも病弱だったなら、そのまま死んでしまうぐらい。

 初めてではないのに緊張する。今さらウブを演じつともよいというのに

 

「まだ昼間なのに、やらしいね」

「ごめんなさい。はしたない私を許して下さいな」

「だーめ。とことん身体にわからせてあげる」

 

 スルッ、と着物が開かれる、中から出てきたのは赤のフリルがふんだんに使われたブラだった。

 

「一丁前にこんなもの取り出して」

「疾風様が好きかなと」

「大好き」

「んんっ」

 

 好きと言われながら疾風の手がブラ越しに菖蒲の胸に触れ、甘い声が漏れる

 

 ああこれから抱かれると菖蒲はそのまま目の前の夫に身を委ねるように目をつぶる。

 ブラを剥がされ、そのまま彼は彼女のもっとも秘匿されるべき場所へと。

 

 バコォン!! 

 

 その瞬間、部屋の襖がサッシごと吹き飛んだ。

 

 一体何事か!? 菖蒲は微睡みから覚め、無作法な来訪者に視線を移した。

 格好からして男、背丈は疾風と同じぐらい。

 

「これは一体なんの冗談だ?」

 

 心底嫌気がさしたような、それでいて何処かで聞いたような声で男は言った。

 白の浴衣を羽織り、顔には狐の面。背中には薙刀が差されている。

 

「なにこれ、ほんとなに? 浮気現場を見た、とは違うな。自分のドッペルゲンガーが菖蒲を押し倒してるとか。なにこの視覚の暴力」

「え、え?」

「とりあえず菖蒲から退きやがれ、色情魔が。ぶった斬ってやる!」

 

 怒りを含んだ面の男は薙刀を抜き、その切っ先を疾風に向ける。

 その構えは何処か見覚えが。

 

「は、疾風様!? 何故そんな格好を………え?」

 

 菖蒲は咄嗟に出た自分の言葉に疑問を覚えた。

 自分の知る疾風は目の前にいる。なのに。

 

(何故私は目の前にいる面の襲撃者を疾風様と? だって疾風様はここにいて、私は疾風様に振られて………振られて? 何を言って?)

 

 自分のなかにある矛盾。

 途端にノイズが走る風景。鮮明に再現されたリアルに綻びが生まれた。

 

『ワールド・パージ、異常発生。異物混入、対象の排除を開始』

 

 ゆらりと幽鬼のように立ち上がる疾風。手にはいつの間にか刀が握られ、眼鏡の奥にある双眼は白目が黒、黒目が金色に変わり。愛しき声には電子的なノイズが混入していた。

 

 疾風が侵入者に斬りかかる。人外じみた踏み込みの早さを侵入者は柄で受け止めた。

 

『排除開始。修正開始』

「なにその眼、気持ち悪い。同じ黒金でもラウラとは大違いだな!」

『排除!』

 

 再度斬りかかる疾風。だが侵入者はその振りかかる腕の軌道上に刃を置き、逆に疾風の腕を斬り飛ばした。

 

「きゃっ!」

『ギギギ』

 

 斬りとばされた腕が菖蒲の目の前に落ちる。その腕から流れるのは血の赤ではなく。白い粒子状の何かだった。

 

 何かがおかしい。

 愛しの旦那が傷付いたにも関わらず菖蒲は目の前の事象の乱れを知覚し。頭がグチャグチャになっていた。

 

『仮想体損傷。ワールド・パージ、異常発生。再修復開始』

 

 無機質な声とともに風景に強いノイズ。部屋だったところが台所、玄関、寝室と目まぐるしく変わり。

 世界(幻想)が音をたててひび割れた。

 

「きゃああぁぁぁ!!?」

 

 菖蒲に痛みが走る。先程の甘美な暖かさは消し飛び、全身に冷たくも熱い痛みが菖蒲の感覚を支配した。

 

「痛い痛い痛い痛いぃ!!」

 

 外からも中からも。あらゆる物が痛い。張り裂けそうな痛みは死の恐怖さえ感じられた。

 

 だが疾風は苦しみ悶える菖蒲に見向きもせず機械混じりの音声を垂れ流し続ける。

 

「助けて、助けて疾風様ぁぁ!!」

『修復中、異物を排除』

「ざっけんなぁぁぁ!」

 

 ブチ切れた侵入者は薙刀を力一杯振り下ろし疾風を縦真っ二つに切り裂いた。

 

『異ブツ、イイいイ物ヲハハはイイいジじじ』

「死に去らせぇ!!」

 

 壊れた人形の首を一閃。

 胴から泣き別れた首は様々な表情を浮かべながら粒子となって消し飛び。疾風だったものはこの世から消え去った。

 

「疾風様ぁ! いや違う。何が、痛い! いやぁぁぁ!!」

「菖蒲っ!!」

 

 侵入者は狐の面を捨て去り、半狂乱に目を見開いた菖蒲を抱き起こした。

 

「大丈夫だ! 悪い夢だ! 俺はここに、疾風・レーデルハイトはここにいる!!」

「疾風、様………?」

 

 消えたはずの愛しき声が菖蒲の鼓膜を揺らす。

 

(ああ、この暖かさは)

 

 菖蒲は頭ではなく心で理解した。

 そして残酷な現実を思い出す。

 

 自分は彼と結婚してなどいない。

 自分は彼に告白したが想いは届かなかった。

 

 それでも大好きで愛しき人。

 

 まやかしの理想の旦那様よりも、自分に振り向かなかった彼が良い。

 自分と結ばれない現実は辛い。それでも菖蒲は。

 徳川菖蒲が愛したのは徳川疾風ではなく疾風・レーデルハイトという少年なのだ。

 

 いつの間にか痛みはなく。自分の手には武器が握られていた。

 それは疾風の力になりたいと新たに得た愛機の弓。

 

 いまこそ、甘美な夢から覚める時。

 

「滅せよ、幻!」

 

 力の限り弓を引き、放つ。

 天井を貫いた矢が、悪夢を打ち砕いた。

 

 光が世界を包み込む………

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「あっ」

「おっ」

 

 光が消えると、そこは最初の電脳空間で、服装も入る前に戻っていた。

 

「うわっ!」

「きゃぁっ!」

 

 俺の服だけ。

 

 菖蒲は先程の俺ドッペルゲンガーに向かれたまま。ブラは外れ、下も少しだけずれていた。

 

「みみみみ見られた。嫁入り前の身体を疾風様に!」

「すまん、いやすまんて言うのはおかしいか。いやだが一応謝るすまん!!」

「こ、こうなったら。責任もってお嫁に!」

「ごめん、それは出来ない」

「くっ。一夏様の優柔不断さが疾風様にあれば……」

 

 悪いな菖蒲。生憎俺はそういうのは引きずらない主義なんだ。

 鈍感難聴優柔不断というラブコメ主人公ムーヴからもっとも離れてると自負している(自負してるだけ)

 だが安心しろ、俺も男だ。ドキッとはしたぞ。

 

「………あの、疾風様」

「ん?」

「幻滅されましたか。あんな卑しい妄想をして」

「なにいってんのさ。あれは敵の罠だろ」

「いえ。確かに敵の罠でしたが。あれは私が真に望んだ世界だったのです」

「どうゆうこと?」

「恐らく敵は、私の深層心理にあるものを具現化したのでしょう。私と疾風様が夫婦となり。そして、セシリア様が存在しない世界を」

 

 セシリアがいない世界。

 時々想像したことはある。

 

 もしセシリアがいなかったら、俺はISを動かせない現実を前にずっと塞ぎ混んでいただろう。それどころかISを動かしたいなんて欲求すらなかったかもしれない。

 

 そして菖蒲はこう思った。

 セシリアがいなかったら、俺は菖蒲の告白を断らなかっただろうと。

 そんなことはないとは言えない。

 

 現に菖蒲の告白を直ぐに了承しなかったのは、頭の裏でセシリアの顔が浮かんだから。セシリアへの想いがあったからだ。

 

「でも、それは間違いでした」

「え?」

「セシリア様に恋をする疾風様も、私の知る疾風様です。逆にセシリア様を知らない疾風様は、私の知る疾風様ではない。だから私はあの時、セシリア様に恋をする疾風様に恋をしたのかもしれませんね」

 

 なんとも愚かなことです、と自嘲気味に笑う菖蒲。

 

 こんな時、やっぱり言葉が詰まる。

 何を言っても彼女のためにならないということが分かるからだ。

 なにも言わないことがきっと最適解だ。

 でもここで黙るのは卑怯だということも分かった。

 

「菖蒲は魅力的だ、簪もそうだ。どちらかと歩む未来はきっと楽しいに違いないと思う。だけど俺はどちらも選べない。俺はセシリア・オルコットが好きだから。その道がどんなに険しく、茨に満ちた道のりでも。俺はあいつとこれからを歩みたいんだ」

 

 これは拒絶の言葉だ。

 どれだけ言葉を着飾っても本質は変わらない。

 下手すれば愛想尽かされるかもしれない、でもここで有耶無耶にしてはいけない。自分のエゴは自分で貫き通さなければならない。

 

「ほんと酷い人。これ以上私を惚れ直させないで下さいな」

「惚れる要素あったか? いまの嫌うとこだったろ」

「無理です。どうしようもなく疾風様が好きですから………簪様、転送をお願いします」

『うん』

「ではまたあとで」

 

 手を振る菖蒲が光となって消え、入れ替わりで簪の画面が出てきた。

 

「聞いてたのか」

『聞いてた。まさかこの短期間で二回も振られるとは思わなかったけど』

「ごめんね。怒ってもいいよ」

『怒らない。だけどセシリアに振られたら菖蒲と一緒に盛大に笑ってあげる』

 

 そんなことされたら絶対立ち直れなくなるからやめてくれ。

 なんとしても成功させたい。

 

 とっ。戻ってきたか………これはこれは。

 

『一夏は裸エプロンで楽しんでたみたいだね』

「破廉恥だわぁ」

「俺じゃねえからなっ!?」

 

 帰還してきた一夏の腕の中には、裸エプロン姿のラウラ。下着もなにもつけてない完全な裸エプロン姿である。

 会長も見習ってほしい。

 

「簪、起きる前に上書き頼む。刃傷沙汰になりかねん」

『わかった』

「落ち着いてるな疾風………」

「そうでもない。こっちは俺の偽物が出てきたよ。速攻縦に斬ってから首ハネてやった」

「自分と同じ姿の奴をよく躊躇わずに殺せるな」

「自分の姿だからだ。あと一目で人外ってわかったし。菖蒲助けるのに迷ってる暇なかった………ごめん嘘、思い出したらモヤッてしてきた」

 

 胸辺りをポンポン叩いて違和感を追い出そうとした。

 リアルでも刃物を人体(?)に振り下ろす感覚はあんな感じなのだろうか。

 うげぇ。

 

「………」

「どした」

「いや。寝てるラウラは本当にお姫様みたいだなって」

「お前はまた恥ずかしげもなく………」

「しかしなんでみんな俺が出てくるんだ? しかもあんな」

「菖蒲が言うには、対象の深層心理を解析してからそれを元にした仮想現実に落としこんでから対象を閉じ込めると言ってたが。実際どうだ簪」

『間違いないと思う。相手を幸せな夢に酔わせ、そして記憶を改竄して目的を忘れさせる。そうすることで対象を無力化する。本人は普段から渇望してる夢を見せられる訳だから、出たいなんて露程も思わない』

「え、つまりあの風景はラウラの理想」

「そんなわけ無いだろう馬鹿者っ!!」

 

 あっ、起きた。

 

「断じて、断じて違うぞ! あれが私の夢? 理想? かー、馬鹿馬鹿しい!! 何が幸せな結婚か! 穏やかな家庭だ! 子供が三人だ! 何がイチャイチャか! あんなことやこーんなことだ! 私の心は常に常在戦場だ! シュヴァルツェア・ハーゼ隊長としていつか教官のようなクールビューティーナイスバデーが私の理想なのだ! だからあれは」

「ラウラ」

「な、なんだ。ぬっ、何故頭を撫でる!?」

 

 眼をグルグルさせたキャパオーバー寸前のラウラが捲し立てるのをナデナデで静止する一夏の顔はそれはもーう優しく慈愛に満ち溢れた少女漫画の量産型イケメンみたいな顔をしていた。

 

「ラウラ。幸せな家庭を思い浮かべることは普通だから恥ずかしいことじゃないぞ。俺もそうだし」

「な、なに!?」

 

 おっと爆弾発言。

 

「つ、つまり一夏もいつか(私と)幸せな家庭を築きたいと?」

「ああ、最終的には身を固めたいしな」

「そ、そっか………そっかぁ(私と)結婚したいのかぁ」

 

 ぽーっとラウラは夢見心地だ。いままさにプロポーズをされたと言っても過言ではないからだ。

 まあそれはそれとして。

 

「ラウラ」

「なんだ疾風。私と嫁の邪魔をするな」

「いま言ったのは恐らくいつまでも独身だと織斑先生に心配かけるから将来的に結婚して安心させたいということで別にラウラが思ってるであろうことを言ったわけじゃないからな、悪しからず」

「キスァマァ!」

「うわびっくりしたっ」

 

 一夏の膝の上から飛び出し俺の胸ぐらを掴んでグイグイと揺さぶってきた。

 その顔は、怒ってるのか泣いてるのか。泣いてる般若というか。

 

「怒るな怒るな。甘い悪夢から覚めるべきというのはさっき学んだだろ」

「少しは余韻に浸らせろたわけ!」

「どうせ最後には勘違いしてブチ切れるのなら今のうちに後顧の憂いを断った方がいいかなって」

「よかれと思ってやったつもりか貴様ぁ!」

「ラウラ」

 

 ポンポンと再び頭を撫でてやると飼いウサギよろしく大人しくなるラウラ。いつから猛獣使いにクラスチェンジした一夏。

 

「とりあえず今は帰って休め。なっ?」

「………嫁が言うなら、そうする」

「よし」

「疾風、後で覚えてろよ」

「ごめん、いまセシリアのことで頭がいっぱいだから忘れた」

「命乞いさせるほど思い出させてやるからなぁ!」

 

 と、半べそのラウラは現実に送還された。

 うーむ。親切って難しいね。

 

「一夏、お前結婚願望あったんだな。俺はガチめに男色家か、あるいは織斑先生と結婚したいという超絶シスコン男だと思ってたが」

「お前から見て俺はなんなんだよ」

「アホ」

「シンプルにひでぇ」

「お前を言い表すレパートリー他にもあるが言ってやろうか?」

「その全てが罵倒系じゃないだろうな?」

「1割は褒めるぞ」

「ほぼ全部じゃないか!!」

 

 それは俺の責任ではないなぁ。

 

「一応聞くけど。あいつらの願望になんでお前が出てたかに対しては思うところないの?」

「え? 身近にいた男性像としてたまたま起用されたんじゃないのか?」

「ウルトラダイナミック馬鹿め」

「ウルトラダイナミック馬鹿っ!?」

 

 そこまで言うことないだろ!? と驚きをあらわにする一夏。

 これほどマイルドに納めてやったのに。慈悲甲斐がない奴め。

 

「さて。次も変装しないといけないのか?」

『うん。今回は世界観に合わせて、最適な装備で行けるようになってるみたい。でも気をつけて、多分セシリアの疾風と箒の一夏は今までより格段に強い』

「「なんで?」」

『………唐変木』

「グフゥ!?」

 

 簪の罵倒を前に俺はくの字に身体をよじった。

 

 ちょ、いま一夏と一緒くたにしたのか簪よ! 

 それだけは本当にやめて欲しい! 

 

「うぅ………一夏性唐変木が移ったか……ごめん一夏。俺はお前と同類のハイパーファイナルエクストリーム馬鹿だったらしい。非礼を詫びるよ」

「オイさっきよりグレードアップしてるぞ!」

 

 ………しかし唐変木か。

 この流れで簪が言うってことは。

 

 ………別種の覚悟が居るな、セシリアの願望を見るのは。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

(わたくしの名前はセシリア・オルコット。由緒正しきオルコット家の当主にして、現在はイギリス代表候補生………)

 

『ワールド・パージ………、………、………………完了』

 

(………現在はイギリス国家代表。叔母様から国家代表を受け継ぎ。現在はティアーズ・コーポレーションの次期社長として勉強中である)

 

 IS学園を卒業して早2年。

 亡国機業や篠ノ之束との間でいろんな事件があったが。頼もしい仲間と共に進んできたのは、今となっては良い思い出だ。

 

「お嬢様。日本国家代表が、たった今到着いたしました」

「もうチェルシー。彼をそんな他人行儀で呼ぶのはやめなさいな」

「失礼、職務中なもので。お通し致しますか?」

「ええ、お願い。いえ、わたくしから行こうかしら。早く会いたいですし」

「そう言うと思って………既にお通ししております」

 

 チェルシーがドアを開けると、そこには彼が立っていた。

 

 セシリアが世界で一番愛しく思う恋人。疾風・レーデルハイト。

 紆余曲折はありつつも、お互いの想いが実ってセシリアと疾風は恋人同士になったのだ。

 

「それでは、ごゆっくり」

 

 ペコリと頭を下げたチェルシー。本当に有能なメイドだ。世界中探したとしても彼女以上の従者はいないだろう。

 

「久しぶり。またまた美人さんになったな」

「そう言うあなたはあまり変わっていませんわね」

「童顔っていいたいのかコノヤロー。まあその通りなんだけどさ。………ん」

 

 両手を広げる疾風。

 昔と比べて随分と甘え上手になったものだ。

 だがそれはセシリアも同じ。彼と触れ合えることを夢にまで見ていたのだから。

 

 その両手に誘われるままセシリアは疾風の中に収まった。

 柔らかく包容を交わす。より男らしくなった身体にドキドキしつつも離れることなく寄りかかる。

 

「軽いなぁ。ちゃんと食べてるか? 激務続きで食事疎かにしてない?」

「うちの従者がそんなこと許すとお思いで?」

「そりゃそうだ」

 

 お互い名残惜しそうに離れる。

 時間はあるようでない。

 

「疾風、日本国家代表就任おめでとう」

「ああ、やっとなれた。楠木さんほんと強くてなぁ。一夏も良いとこ言ったんだが、俺が先に取らせてもらった」

 

 疾風がISを動かしてから苦節5年。

 一年早く国家代表となったセシリアに先を越されながらもたゆまず前に進み続けた彼は1ヶ月前に日本国家代表に就任した。

 

 セシリアは我が事のように泣き、喜んだ。

 二人でIS国家代表になり。モンド・グロッソに出る。

 それが不可能の夢ではなくなったのだから。

 

「つもる話は色々ありますが。時間があまりないのでは?」

「合間ぬって会いに来たからな」

「ではアリーナに行きましょう。車を回しますわ」

「よしっ、久々にバトれるな!」

 

 ニカッと笑う疾風に釣られてセシリアも笑みを浮かべる。

 支えてくれる友人、そして最愛の恋人がいる。

 

 親を失い、幼いながら家を引き継ぎ、心無い金の亡者と戦う日々。

 過酷な人生だったが、いまセシリアは確かな幸せを手に入れたのだ。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

『ワールド・パージ………、………、………………完了』

 

 

 

 ここは篠ノ之道場。遥か昔に箒のご先祖様が開いた篠ノ之流剣術の道場。

 

 成長した箒は神社の巫女をしながら剣術道場を開いていた。

 数多くの剣道大会を優勝した彼女の異名は『剣道御前』。昔は力に溺れかけた箒も、今一度自身の剣道を見詰めなおし、誰から見ても恥ずかしくない剣士となった。

 

「998……999………1000っ!」

 

 緊張が解け、大きく息を吐いた。

 素振り千回。まったく同じ姿勢のまま竹刀を振り下ろすその動作は一見簡単そうに見えてとても難しい。

 千回振り下ろすまで集中力、体幹を乱すことなくそれを行わなければならないのだから。

 

 ポタポタと落ちる汗をぬぐう。

 疲労感はあるが、それを上回る達成感は他では味わえない爽快感を生む。

 

「お疲れ箒、精が出るな」

 

 そう言って現れたのは。箒の昔からの幼馴染みである織斑一夏。

 小学校から今の今まで共に竹刀を振るった男。

 

 小さい頃は弱かった癖に、今となっては箒以上の腕を持ち。篠ノ之道場の看板剣士となっている。

 

「お前はこれからか?」

「いや、一時間前に終わらせた。さっきまで走り込みしてた」

「声をかけてくれれば良かったではないか………どうせなら二人っきりで稽古を………」

「ん? なんか言ったか?」

「いや、なんでもない! 気にするな!」

「そうか。じゃあ俺は朝食作ってるから、箒はシャワー浴びてこいよ」

「ああ、わかった」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 試合も終盤。2対の青がアリーナを駆け回り、光とプラズマの応酬を繰り広げていた。

 

「貰いましたわ!」

 

 ブルー・ティアーズの偏光制御射撃(フレキシブル)が縦横無尽にアリーナを照らす。

 連続発射されたレーザーによって生み出された鳥籠はそのまま中にいるスカイブルー・イーグルを光で圧殺しようとした。

 

「………そこだ!」

 

 だが疾風も諦めずブライトネスをバーストモードに。光の檻の一番弱い部分を解析し、プラズマ・フィールドとブライトネスで突き抜け、脱出。そのままティアーズに体当たりし。インパルスを振り下ろした。

 

「くぁっ!」

『ブルー・ティアーズ、シールド・エンプティ』

「イエース! 勝、利!!」

 

 十数分にも渡る激戦は疾風の勝利で終わった。

 地面に降りたってガッツポーズをする疾風。久々のガチバトルに勝利したとあって嬉しさもひとしおだ。

 

「大丈夫か。結構良いの入ったけど」

「平気ですわ。スカイブルー・イーグル、相変わらずの突破力と観測能力ですわ」

「そっちこそ。レーザーで檻を作れるほどのBT適正値。うん、やっぱセシリアのフレキシブルは綺麗だな」

「もう、最近の疾風は隙あらば褒めますわね」

 

 前よりもっとストレートな愛情表現をするようになった。

 最近はもっぱらそれに翻弄されっぱなしでなんだか悔しかった。

 

「しかしよくアリーナ貸しきれたな」

「だって。久々の二人っきりですもの。誰にも邪魔されずにやりたいじゃないですか」

「それはまた。まあ俺も同意見だ………うん」

「疾風?」

「あーなんだ………セシリア・オルコットさん」

「は、はい」

 

 フヨフヨとPICで浮きながらも落ち着かず、頬を赤くする疾風。

 何かを言い出そうとして言い出せない。だけど何かを伝えたいという様子。

 

(も、もしやこれは………)

 

 セシリアはある種の期待を持っていた。

 

 誰もいない場所で、将来を誓うプロポーズ。

 夜景やレストランという場所ではなくISのアリーナのど真ん中。しかも泥臭くも熱烈なバトルをした後という、お世辞にもロマンチックではないシーンだ。

 

 だがそれはそれで疾風らしいと嬉しく思うのは、惚れた弱みに違いないだろう。

 

「あー、えーと。んーー」

「どうしましたの?」

「ちょっと待て、これは一世一代の勝負でもあってだな」

「私、気が短い方でしてよ?」

「あと30秒待ってくれ」

「10、9」

「おいおいおい!」

 

 急かされて慌てふためく疾風に笑みを溢しながらも、セシリアはこれから疾風から出てくるだろう何かを期待せずにはいられなかった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「いざ」

「いざ」

 

 剣道具を身に付けた箒と一夏が互いに竹刀を向け相対する。

 

 二人とも一子乱れぬ立ち振舞い。

 静かに、間合いを見極め。必殺の一撃の瞬間を見逃さないように集中する。

 

 空気が張り詰める。遠くでなるカラスや車の音が耳に届くことはなく、ただ目の前の剣士だけを見た。

 

(流石だ、本当に逞しくなった。帰宅部で腑抜けていたとは思えぬ………ん? まて、帰宅部ではないだろう。ずっと剣道部で一緒に………)

 

 ザッ。

 

「っ…!」

 

 スッ、と一夏の足が動き、箒は身構えた。

 だが攻撃は来ない。一夏は面の中で口角を上げた。

 

(私としたことが。勝負に邪念に引き込むとは、なってないぞ篠ノ之箒)

 

 もう一度、息を入れ替え。

 相手の一挙一投足に眼を向ける。

 

 互いに静かに牽制しあい。呼吸を整え、剣先を僅かに揺らす。

 そして。

 

「はっ!」

「しっ!」

 

 箒が猛烈な気と共に突進、身体ごとぶつかり胴を凪払おうと竹刀を横に。対して一夏は臆すことなく竹刀を振り下ろす。

 

 箒が胴を切り払い一夏と背中合わせになる。

 時間が止まったかのように一瞬停止し。そこから流れる動作でお互い向き直る。

 

「参りました」

 

 勝敗は一夏に軍配が上がった。

 

 一夏の面が一瞬早く箒の面に一撃を入れていた。少しでも迷えば一夏の敗北だったが。迷いない一撃により一夏は勝利を掴みとった。

 

「より力強い一撃になったな箒。気を抜くとそのまま持ってかれそうだ」

「何を言う。お前の大木のようにぶれない剣を切り伏せるには、まだまだ鍛練が足りない」

「そんなことないぜ。箒なら立派に道場を継げるよ」

「ありがとう。そ、その時は、お前も一緒に………」

 

 いかんいかん、と箒は首を思いっきり振る。

 試合を終えた時こそ気を引き締めなければ。勝っても負けても兜の緒を締めなければ。

 

 ………それでも想像してしまう。

 一夏が篠ノ之神社に婿入りし、二人三脚で道場を運営して。行く行くは子供が出来て、幸せな老後を………

 

「ぬぅん! そういうのはまだ少し先で良いだろう!」

「そうでもないんじゃないか?」

「へ?」

 

 予想だにしない返答に箒の気が抜ける。

 一夏の顔は見たことないような、照れたような嬉しいようななんかそんな感じの表情だった。

 

「ま、まさか聞こえてた、というか喋ってた?」

「そりゃ、こんな近い距離なら聞こえるだろ」

「ふわぁっ!!」

 

 ななななんてことを! 箒は夢なら覚めてくれと心の底から願った。

 一夏がいつもの突発性難聴を発言しなかったことや妄想垂れ流しというイレギュラー発生。

 

 箒だって乙女だ。シチュエーションのあれやこれやは思い浮かべたもので。

 

「箒」

「ななななにゃんだ!?」

「その、俺はまだガキだし。責任とかそういうのはまだ取れないけど」

「ぬぅん!?」

 

 まさかの展開に期待5割、疑い5割………にしようとしたが直ぐに期待10割に降りきれてしまった。

 

「もし俺が責任が取れるようになったら、その時は………」

(待て、待つんだ一夏! まだ心の準備が! 夢なら覚めるな! さっきは覚めろと言ったが覚めるなよ!?)

 

 箒の心中は正にスロットマシンでスリーセブンのうちのツーセブンに加えボーナスタイムで当たり率爆アゲ。

 

 あとは最後の7が揃えば勝ち確。

 

 ここは二人だけの世界。何者にも邪魔することは出来ない幸せな世界。

 箒は流行る心を必死に押さえつけ、次に来る言の葉に備えたのであった。

 

『ワールド・パージ、異物混入』

 

「たのもー!!」

「ん?」

 

 純白の世界に、染みが落ちた。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

『ワールド・パージ、異物混入』

 

 

 

『IS反応検知。接近中』

「なんですの?」

 

 遥か彼方から空色のISを駆り、セシリアと疾風に近づくソレは呆れと怒りを交えながら呟いた。

 

「………だるっ」

 

 来訪者は更に加速し、アリーナに飛び込んだ

 

 別次元からの来訪者。

 それは彼女を悪夢から救う(彼女の世界を破壊する)者である。

 

 

 






 いやー際どいシーンって書いててドギマギしますね。R系書いてる人凄い。

 簪のワールド・パージはなにになるのでしょうね。
 やっぱ変身したりするのかな。


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第119話【自分(お前)にだけは負けられない!!】

 

 

 

 

 

「たのもー!」

「なんだ? 今日は休みだぞ」

「あー、えっと………道場破りだ!!」

「なに?」

「ここに俺っ、じゃない。織斑一夏が居ると聞いている。是非手合わせ願いたい!」

 

 目の前の白い胴着の男の声はひたすらに真っ直ぐだった。

 道場破りが真かどうかはわからないが。

 

「一夏に挑むということがどれ程か理解しているのか。半端な剣では勝てる相手ではないぞ」

「やってみないとわからないだろ、箒」

「ん? 何故私の名前を」

「な、なんでって………………新聞で見たから」

「まあいい。なら気のすむまでやるといい。お前も良いか、一夏」

『ああ、箒が望むなら』

 

 偽一夏が微笑むと、箒が輝かんばかりの笑顔を向けた。

 そんな二人を見て、一夏は喉に魚の骨が引っ掛かったような、なんとも得たいの知れない物を感じた。

 

「ふっ、流石一夏だな」

『男として当然さ。箒の為にも絶対に勝つ』

(何が箒の為だ、こいつぬけぬけと!)

 

 箒の願望を利用し、電脳空間に閉じ込め。その楔となっているのが偽物の織斑一夏だ。

 そんな奴が箒の為だとほざいている。それに一夏は怒りをあらわにしていた。

 

 が、怒りとは別のモヤモヤが一夏の胸のなかでドンドンたまっていた。

 

(というかなんだよその笑顔。俺の前じゃいつもしかめっ面で怒ってばっかなのに。そんな顔出来たのかお前は)

 

 面白くない。

 それだけが一夏の頭の中を埋め尽くした。

 

 竹刀を構えると、偽一夏も同じように構える。

 面の奥の偽物は箒に応援されて嬉しいのかニヤリと口角を上げていた。

 

 まるで、「羨ましいだろ?」とでも言うように。

 

「速攻で終わらせてやるっ」

「始め!」

 

 スパァァンッ! 

 

「なっ………」

 

 音に遅れて衝撃が頭部を鳴らす。

 そのまま受け身も取れずに尻餅をついた。

 

「一本!」

 

 箒の凛とした声で、思考放棄された一夏の脳細胞が結果を受け入れた。

 

(速い! こいつめちゃくちゃ強い! 箒より、いや学生時代の千冬姉と同等。ていうかこれ)

 

「柳陰さんの剣に似てる」

「当然だ。一夏は先代師範である篠ノ之柳陰から免許皆伝を授かっている。腕前は現師範代である私以上の実力者だ。貴様のような野良剣士に負ける筈もない」

「な、なんだって!?」

 

 箒の父、柳陰はかつて剣聖と呼ばれる程の実力者。

 試合において千冬ですら勝てなかった一夏が知る中で最強の剣士。

 その彼から免許皆伝を受けた? 

 そんな出鱈目なことがあっていいのか。

 

(これが箒の理想の男。いや、織斑一夏の姿だというのか!? 期待値高過ぎるだろ、普段どんな目で見てるんだ!?)

 

 一夏は(珍しく)目の前の織斑一夏が自身の移し身であることを確信した。

 鈴たちのようなアバターとしての一夏(と一夏自身はそう思っている)とは違い。箒のイメージにいる織斑一夏は、正真正銘織斑一夏だからそこにいる存在。

 

 だが諦めるわけにはいかない。

 たとえ最強の自分だとしても、織斑一夏という男は引くことを知らない。

 助けるべき友達を前に、背中を見せるつもりなどないからだ。

 

「もう一回だ!」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 セシリアの世界に突入すると。そこは空だった。

 いや比喩ではなく空、足元に接地面はなく宙ぶらりん。

 落ちる! と冷や汗をかいたが、俺はスカイブルー・イーグルを出していた。

 ご丁寧にフルフェイスモードで顔を隠し、offに出来ない。

 スカイブルー・イーグル出してたら顔隠しても俺だってわかるのではないか? 俺がISを使えない世界線的な奴か? 

 

 周辺を確認すると、場所はイギリスのロンドン。

 時刻も2027年13時44分となっていた。5年後とはどういう世界なんだここは? 

 

 ふとレーダーにIS反応が2つ。一つはブルー・ティアーズ。もう一機のモザイクがかかり、詳細まではわからないが、どちらも戦闘出力のようだ。

 セシリアはそこにいる。電脳空間に配慮はいらないと、イギリスの空にヴェイパートレイルを引いた。

 

「アリーナ?」

 

 どうやら奴さんはそこにいるようだ。アリーナは吹き抜けで中の様子は分かって………

 

「………だるっ」

 

 中にはブルー・ティアーズを纏うセシリアと。俺と全く同じスカイブルー・イーグルを纏ったドッペルゲンガーがいた。

 二人ともお世辞にも歓迎ムードではない顔をこちらに向けている。

 

「疾風のスカイブルー・イーグルはここにあるのに。何故もう1機が」

『あれはうちんとこで製作された二号機だ。しかも乗り手は亡国機業(ファントム・タスク)の残党と来た。少し前に強奪された』

「なんですって!?」

『実はここに来たのは公務だけじゃない。強奪したアレがイギリスにあることを掴んでな。こんな早くご対面とは思わなかったが。そして最悪なことに、奴はあれで民間人に被害を出している』

「なんて非道な」

 

 オイオイそう言う流れなのか? 

 てかコピーそっちだろう。なんて言っても無駄かこれ? 

 あとセシリア簡単に信じすぎだろ。いや俺のことだから信じるのか。お前に嘘つくことはないがそいつは俺じゃねえんだがな。

 

「止まりなさい!」

「あーもしもし? 突然の来訪失礼します、とでも言えば良いか? まず話を聞いてほしいんだが」

『セシリア、聞く耳持つことはない。奴はテロリストだ!』

「すまんがそこの偽物くんは黙ってて欲しい。いまこの瞬間だけでもいいから」

「あなた、私の大切な人を偽物呼ばわりとは!」

『下がってろセシリア、あいつは俺がやる。シールドがもうないだろ』

「それはあなたも同じでしょう!? 無茶ですわ!」

『問題ない、こういう時の為に新開発した緊急用エネルギーパック持ってるからな』

「ごめん、聞いて頼むから!!」

 

 話し合いで解決できるとは思えんが、セシリアにとって奴は長年の幼馴染み。

 どこの馬の骨設定の俺とは新密度が違いすぎるか。

 

 てか緊急用エネルギーパックとかご都合過ぎんだろ。サラッと言っていい装備じゃねえぞ。

 

「おいそっちの疾風! どうやらセシリアとバトったあとなんだろ? 出来ればこっちも戦闘は避けたいってのは無理だと思うが」

『侵入者は排除する! それにそれはうちの製品だ、返してもらうぞ!』

「あー、目が変になったぁ」

 

 黒金の目で睨みつつ偽物はやる気充分。

 こっちもやるしかねえかクソが! 

 

 便宜上、偽疾風がインパルスで切りかかるのを同じくインパルスで受け止めた。

 エネルギーパック(チート)とやらは機能してるのか。戦闘後とは思えない充分な戦闘出力を発揮していた

 

「おいセシリア!」

「気安く呼ばないで下さい!」

「酷い、わかってたけど酷い! うわっと! 少しでいい、俺の話を聞いてくれ!」

「聞く耳など持ちませんわ!」

「相手の話もまともに聞けない猪女になっちまったのかお前は!」

「なっ! あなた、言うに事欠いて猪女とは失礼がすぎませんか!?」

「すいませんね! こっちも余裕ないの!」

 

 相手もスカイブルー・イーグル。誰よりも勝手知ったる我が愛機のことは俺が誰よりも理解している。

 それでこそ敵として現れたら厄介な性能をしていることはわかっている。

 

 計測した感じ、パラメータは寸分違わずおれのイーグルと同じらしい。

 精巧に出来たレプリカどころか、オリジナルの完全コピー版とは恐れ入る。著作権法違反だぜまったく! 

 

 ならばあとは本人の技量に左右される。が。

 

「明らかに俺より強いんだけどこいつ! 代表候補生どころか代表クラスじゃねえか!」

「情報分析が甘いですわね。疾風は既に日本国家代表ですわ!」

「マ・ジ・で!?」

 

 おい偽物の癖になに抜け駆けで国家代表になってんだコイツふざけんじゃねえぞ! 

 ということはセシリアも? 

 

「お前も代表なのか?」

「当たり前でしょう!」

「嘘やん。てことはもうモンド・グロッソに二人で出たのか?」

「それはまだですが、来年に出ようと」

「わかった教えてくれてありがとう!」

「っ! な、何故わたくしはベラベラと喋って………」

 

 フーー、これは確定だな。

 ここはセシリアの理想世界。

 セシリアの理想は、俺との約束である『二人で国家代表となり、モンド・グロッソに出ること』

 夢だからモンド・グロッソに出てると思っていたが、どうやらそこまで行ってないのか。

 はたまた別のイメージが先行したのか。

 

 どちらにせよ面白くない! 

 俺とセシリアの夢をこんな風に利用しやがって! 

 

「夢の中とはいえ抜け駆けしやがってセシリアコラァ!」

「抜け駆けって、あなた何を!?」

「てかお前とえっと、疾風・レーデルハイトはどういう関係だコラ! ここに来る前に遠見したけど。距離感近くねえか!?」

「それこそ貴方には関係ありませんわ!」

「この金髪ドリル!」

「なっ、ド失礼ですわよ! このISギーク! っ、わたくしはまた何を」

 

 おっ、これは手応えがあり! 

 このまま説得を続ければ………

 

『ワールド・パージ、修正』

「くぅっ!」

『修正完了』

「わ、わたくしは」

『セシリア、こいつの戯言は無視しろ。わざわざ付き合う必要はない』

「わ、わかりましたわ」

 

 こいつ。改竄能力が菖蒲の時より上がってやがる! 

 どちらにせよ、目の前のコイツを無力化しなければ話は進めねえか! 

 

 やれるか? 相手は恐らくセシリアがイメージした国家代表の疾風・レーデルハイト。強さは折り紙つき、現にこいつは強い。

 

 いや関係ねえ。

 セシリアを脅かすやつは、たとえ最強の俺だろうと負ける訳にはいかない! 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 電脳空間深部。

 情報の光が電子の海に絶えず流れ。

 その流れを遡るように一人の少女が深く、より深く潜っていく。

 

「………おかしい」

 

 IS学園のシステムダウンの元凶である銀髪の彼女、クロエ・クロニクルは呟いた。

 絶えず手を動かしながら、それでいて眼を開くことなく。マルチタスクをこなしながらも思考は別のところにあった。

 

「篠ノ之箒に対してのワールド・パージの効力が弱い。セシリア・オルコットも篠ノ之箒ほどとは言えないが手応えが浅い………箒様は紅椿が何らかの防衛能力を持ってることは束様から聞いたけれど。セシリア・オルコットまでもが耐性を持ってるのは、辻褄があわない」

 

 単純に相性の差か。それとも彼女自身、又はISに耐性があるのか。

 

 だが現実世界からの切り離しは成功している。

 こちらも目的まであと少し。束の依頼を完成するには時間はまだある。

 

 ………しかしどうにも違和感がぬぐえない。

 

 彼女が持つ黒鍵と呼ばれるISの能力はこの世界の電脳世界を丸裸に出来る程の力を持つ。

 言うなれば、篠ノ之束のハッキング能力の一部をISの能力として再現されたのが黒鍵である。

 

 だが通常の人間が扱うには脳の容量が圧倒的に足りない。下手すればダメージを負う代物を涼しい顔で操作できるのは。彼女もまた世間一般から見て普通ではないから。

 

 そんな束が作ったISに絶対の自信を持つ彼女としては、想定外のことは明確なストレスに違いなかった。

 

「………ここがシステム中枢、やっとついた」

 

 システム中枢、IS学園の全てが残されている。

 これが悪用されれば、IS学園のパワーバランスは瞬く間に傾くこととなる。

 

 だが彼女の、篠ノ之束の目的はそれとは少し違う。

 システム中枢のその向こう。そこに繋がれている『ある物』に用があった。

 

「コンタクト、開始…………同調完了」

 

 システム中枢のドアを通り抜けたその先は、一面氷漬けの空間だった。

 水晶のような巨大な氷柱が至るところから生え。この世の物とは思えない神秘的な美しさと、電脳体でありながら寒気を錯覚させる地獄のような雰囲気を放っている。

 

 先程とはまったく別物の空間。ここはIS学園のシステムではなく。そこに接続された、あるISの心象空間だ。

 

「見つけた」

 

 最奥に位置する場所には一際大きな氷柱。

 そしてその中には一人の女武者。否、一機のISが氷漬けにされていた。

 

「これが束様が言っていた。織斑千冬の専用機、暮桜のコア」

 

 クロエはおもむろに近づき、大氷柱に手を起き。束から渡されたプログラムを………

 

「去れ」

「っ!」

 

 手が触れ、声が聞こえた瞬間。

 

 クロエ・クロニクルは微塵切りにされた。

 

 突如出現した無数の斬撃に切り裂かれ、クロエ・クロニクルだった物はデータの残骸となって弾けとんだ。

 

「………隠れてるつもりか。ここは私の腹の中だぞ」

 

 大氷柱から響く荘厳とした声。

 それに答えるように、先程粉微塵にされたクロエ・クロニクルが空間に浮かび上がった。

 

「とっさにダミーを仕込んだか。篠ノ之束の入れ知恵か、アドバンスド」

「束様から聞いていた通りとは言え。少々驚きました。まさか凍結封印されているあなたから反撃を受けるとは。それだけ凍結が解除されつつある、ということでしょうか。暮桜」

「もう一度言う、去れ。次は貴様の意識ごと斬り殺す」

「無意味です。何故なら、もう仕事は済ませました」

「………小癪な」

 

 離れていたはずのクロエの他に目の前に別のクロエがいた。同時に離れのクロエが揺らいで消えた。

 

「小娘、それが貴様の力か」

「ええ、電脳空間において。私を出し抜けるのは束様だけです」

「分かっているのか。私を解き放つ意味を。主がどんな時であろうと戦えぬ怒りと悲しみを圧し殺してまで私を使わない意味を貴様は、篠ノ之束は分かっているのか!!」

 

 怒り。明確な怒りが空間に木霊する。

 氷柱を溶かさんばかりの熱がこもった言葉にクロエはジワりと汗をかきつつ答える。

 

「束様は無意味なことなどしません。今回も織斑千冬が決心せずにあなたを死蔵していることにご立腹です」

「その為の強制解凍プログラムか」

「はい。あなたとあなたの中に眠る者の解放。それがあの方の望みを叶える為の第一歩です」

「我が主、そして。あの男(・・・)がそれを望まぬことを。あの女は分かっているのか」

「私にはこれ以上何も。それでは失礼致します」

 

 その言葉を最後に、クロエ・クロニクルは暮桜の元を去った。

 

「すまない主、不覚を取った。だがまだだ。主が自ら解放するその日まで。たとえ私という存在が消えようとも耐えてみせる。あの化け物は、出してはならない………」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ぐあっ!」

「一本!」

 

 これで5回目の敗北。頭がクラッとするのを耐えてもう一度竹刀を握り直した。

 

「もう一回だ!」

「もうやめておけ。貴様の腕では一夏に勝てん」

「まだ俺は折れてねえ!」

「何度やっても結果は同じだ。もっと力をつけてから出直せ」

 

 冷たい言葉と視線に一夏の心がほんの少し揺らぎかける。

 目の前の偽物の強さは本物だ。

 敵はデータなのだから疲れなど感じはしないだろう。

 VTシステムのように決められた行動パターンなら良かったが。そこは箒の考えた一夏。まるで本物の人間のような太刀筋だった。

 

(だとしても此処で引いたら箒を助けられねえ!)

 

 一夏はそれだけを支えにもう一度、もう一度と立ち上がる。

 たとえ彼女が助けを必要としなくても。

 たとえ彼女が自分を邪魔物だと蔑んでも。

 たとえ彼女に失望されるとしても。

 

(必ず箒を取り戻す! なにより、こんな偽物に負けたら。みんなに会わせる顔がねえ!!)

 

 越えてみせる。それが最強の自分自身ならなおさらだ。

 たとえ何十何百重ねたとしても。一回でも勝てればこちらの勝利だ。

 

『いいだろう、相手になる』

「一夏っ………お前は相変わらず優しい奴だな」

『男として当然さ』

「ふふっ」

「っーー!」

 

 なにより。箒と偽物が仲良さそうに笑いあってることが凄く面白くなかった。

 今まで感じたことのない種類の怒りが持ち手に伝わって鳴った。

 

 どうしてこんなに不快なのか。一夏自身にも分からなかった。

 だけどこの状況が、この夢が続くということを一夏は激しく拒絶した。

 

「うおおっ!」

『フッ』

「くぅ! あぁっ!! 

 

 面を受け止めたがそのまま胴を薙ぎ払われた。

 

「もう一回だ!」

 

 今度は神速の突きが喉元を穿つ。

 

「ごっ………ぅぅぅ。もう、一回!」

 

 一夏が小手を狙うのをわかっていたかのように偽一夏が鋭く斬り返し、流れるように縦振りの一撃を面に放った。

 

「ま、まだだ………」

 

 何度も何度も。一夏の身体に竹刀が振り下ろされる。

 防具越しとはいえ衝撃は伝わり痛みとなって一夏を苦しめる。

 

 既に頭が回っていない。

 竹刀を支えに立とうとするが脚が震えて上手く立てずにいる。

 

「勝負あったな」

「まだ………まだ」

「いい加減にしろ。これ以上続けて何になる。さっさと荷物を纏めて去れ!」

「そういう訳には、いかねえんだよっ」

 

 厳しい言葉だ。

 箒の言ってることに間違いはない。

 

 今の一夏は無様で、弱くて、みっともなくて。ここに立つことすら恥ずかしいかもしれない。

 この上なくカッコ悪い。笑われ、蔑まれて当然だ。

 

「それでも…」

 

 逃げては駄目だ。

 

 無様でも泥臭くても。

 カッコよくなくていい。

 なりたい訳でもない。

 

 ただそこに助けなきゃいけない人がいる。

 

 それだけで。

 

 織斑一夏という男は何度でも立ち上がれる。

 

「もう一回だっ!」

 

 

 

 

 

(コイツはなんなんだ。何故そこまで一夏に挑みかかれる)

 

 実力差は歴然だ。

 素人目でも勝ち目がないことは明白だ。なのに。

 

「ぐはっ! ………も、もう一回だ!」

『はぁっ!』

「いっで!」

 

 何度打ちのめされ、何度地に身体を投げ出しても白胴着の男は諦めない。

 諦めるという感情を何処かに置いてきたのではないかと思うほどしつこく食らいつこうとしている。

 

 勝てるわけがない。

 だというのに。

 

(なんだ、この既視感は)

 

 相手が格上でも負けずに挑むその姿を。

 何処かで見たことがあった。

 

 いや、何処かではない。

 

 この篠ノ之道場で………

 

「まだ、だぁ!!」

 

 白胴着の男が踏み込んだ。

 迎え撃つ一夏。相手は面を打つ、それに合わせてカウンターを決める。

 これも一夏の勝ちに。

 

 ズルッ! 

 

「ぬぁっ」

「あっ!」

 

 白胴着の体勢が崩れた。

 恐らく足に限界がきたのだろう。

 だがこれは、タイミングがずれる。

 

 一夏の竹刀が相手の肩に当たった。

 だがこれは、勝ちの手ではない! 

 

「う、おおぉぉぉぉぉ!!」

 

 腹の底から声を張り上げ、白胴着の男は崩れかけた足に力を入れ、そのまま飛び込むように一夏の腹に竹刀をぶち当てた。

 

 抜き胴、決め手が入った。

 

 やっと、やっとのことで一夏が白胴着の男に負けた。

 なんと無様な一撃か。まぐれもまぐれの大当たりだ。

 

 だがそんな偶然の一撃に一夏が負けたと箒が認識した瞬間、世界にヒビが入った。

 

「いち、かっ?」

「え、箒!?」

 

 彼の、一夏の名を呼んだ。

 いつも傍らにいた彼ではなく、道場破りの男。

 

「おっ?」

「ん?」

 

 無理な体勢かつ気を取られてせいか。

 一夏に胴を当てた男が足をもつれさせ、そのまま箒に向かって突っ込んだ。

 

「おわぁぁ!?」

「え!?」

 

 重い振動が道場を揺らした。

 背中の痛みに顔をしかめつつ、なんと起き上がろうと────むにゅん。

 

(………なんか胸に違和感が)

 

 首を動かしてみると、道場破りの男が受け身を取ろうとして両手をつこうとしたのだろう。

 が、両手は地面ではなく。

 

「あわわわ」

「なぁあぁぁ!?」

 

 箒の豊満な胸に置かれていた。

 しかも思いっきり鷲掴みしていたのだ。

 

「いいいいいやいや、ここここれはこれは!」

「き、き、貴様ぁ! その手を離さんかぁ!」

「ごごごごめん! 身体に上手く力が」

「き、貴様は。いつもいつも──いい加減にしろ一夏ぁ!」

「え?」

「あっ?」

 

 箒の頭の中に籠っていた靄が一気に吹き飛んだ。

 

 目の前の面の男は一夏だ。

 鈍感でニブチンで朴念仁で。

 優しくて、そしていざというときは頼りになる。

 

 篠ノ之箒の大好きな男の子だ。

 

「箒、目が覚めたんだなぁぁぁ!?」

「離れんか馬鹿者ぉぉ!」

 

 胸に手を当て続ける不埒者を巴投げの要領で投げ飛ばし、壁にぶち当たってズルズルと家に伏せた。

 

「まったく毎度毎度お前はふしだらことを! 大和男子として恥ずかしくないのかこの助平め! このっ、いつまでつけてるんださっさとその面を外せ一夏!」

「ま、待って。いま顔出しは不味い! 俺が二人いるっていう状況は駄目で」

「何をわからんちんなこと言ってるんだ外せ一夏! 一夏ぁっ!」

『箒、一夏は俺だよ』

「うるさい偽物めっ!!」

 

 振り向き様偽一夏目掛けて袈裟斬りを振り下ろす。

 あれほど一夏を苦しめていた凄腕は抵抗する間もなく斬り伏せられて白いポリゴン粒子となって砕け散った。

 

「一夏の顔と声で喋るな!」

「おぉ………」

 

 見事な一刀両断に思わず声を漏らす一夏。

 だが箒の怒りは未だ収まることはなく。

 

「一夏ぁ」

「ヒッ! まて、悪かった! 悪気はないんだ! ほんとだ!」

「問答無用だ馬鹿者! そこに直れ! 偽物に負けるお前の腕を修正してやる!」

「あれ作ったのお前だからな!?」

「メェェェン!!」

「どあぁぁぁ!!?」

 

 もはや死に体の一夏はまともに戦うことも出来ずただただ逃げ回った。

 一撃一撃が本気と書いてマジな箒は竹刀を持って追い回す。

 

(ああ、そういえば)

(昔似たようなことがあったな)

 

 小学生の頃、一夏に初めて負けた箒が「もう一回勝負しろ!」と言って一夏を追い回していた。

 ヘトヘトに疲れた一夏はへっぴり腰のまま逃げて逃げて。師範である柳陰や姉である千冬は遠巻きに笑うだけで助けてくれなかった。

 

 だけどあの頃は楽しかった。

 そしていまも、何故か楽しいと感じているのだ。

 

 甘い夢なんかとは比べ物にならない程の充実さが。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ん? ここは?」

 

 箒のワールド・パージが崩壊し、転送されたのは青空が写るウユニ塩湖のような鏡の湖。

 

 何処か既視感を。

 一度ここに来たような感覚に一夏は頭を抑えた。

 

「ここって、確か………ん?」

 

 視線の先。風になびく白銀の髪。小柄な体躯。

 

「………ラウラか?」

「いいえ」

 

 少女はゆっくりと振り向く。

 瞳が閉じられた顔はやはりラウラに似ていて、それでいてラウラとは決定的に異なっていた。

 

「君は」

「お初にお目にかかります、織斑一夏。私の名前はクロエ・クロニクル。主の命により馳せ参じました」

「ということは、お前が今回の黒幕か?」

「イエス。IS学園のシステムをジャックしたのは私です」

「だったら!」

 

 白式を呼び出そうと意識を向けると、クロエは手で制した。

 

「やめましょう。こちらに戦いの意思はありません。僭越ながら、此度はこれにて退場致します」

「待てよ!」

「いずれまたお会いする事になるでしょう。では」

 

 そう告げたクロエは風景に溶け込むように消えていった。

 気配はなくなった。一夏は抜きかけの戦意をしまいこんだ。

 

「………さて、こっからどうすれば」

 

 簪との通信は繋がらず、途方にくれる一夏はとりあえず歩き始めた。

 前にもこんなことはあったな、と一夏は次第に頭がハッキリしていくのを感じた。

 

「おや? 迷い人が一人」

「っ!?」

 

 いつの間にいたのか。耳元に囁いてきたそれと即座に距離を取った。

 囁いたのは赤い着物に金の模様。腰には二本の刀を指した和風の女性。顔には狐の面をはめ、長い黒髪はポニーテールに纏められていた。

 

「箒、じゃない。誰だ?」

「おや、お目が高い。そう、私こそが時代の最先端。スゥゥパァァービューティィィ!」

「あ、そういうのはいいです」

「おい行きなりの塩やめろ。塩湖空間なだけに。キャッ♪」

 

 着物美人のブリっ子ポーズに思わずチベットスナギツネになる一夏。

 凄まじく気まずい空間が漂うも狐女はブリっ子ポーズを取り続ける。

 

 次第にプルプル震え、汗が垂れてきた。

 

「おい、なんか言え少年。これ以上このポーズは辛い」

「いや、やめればいいでしょう」

「愚か者! ここでなんのリアクションも得られずにスッとやめたら。まるで私が滑ったみたいじゃないか!」

「滑ってますよ」

「くっ、容赦ない。優しさだけが取り柄の男とは思えんこの冷たさ………これはこれでいいな」

「早くやめてください」

 

 キャラが濃すぎるというインパクトでオチを残した狐女はようやく姿勢を正した。

 何処か箒に似てると感じた一夏だったが、まったくの勘違いだった。

 

「あっ。主が目覚める。ではな、お前も早く出た方がいいぞ」

「えっちょ」

 

 フワッと狐女が消えた

 なんなんだ一体。異様に疲れて項垂れると、足元に何かが落ちていた。

 

「これは、赤い椿? もしかして今のは………」

 

 ピチョン………

 

「?」

 

 鏡の湖が波紋によって乱れた。

 

 誰かが背後にいる。

 急いで振り向こうとしたが世界が真っ白に漂白され、光が辺りを包んだ。

 

 霞む目を必死に開こうと一夏は試みた。

 

 そこには一人の男が居た。

 手入れのされてないシワだらけの白衣に飾り気のない黒のズボンを履いていた。

 

「あなたは………」

 

 男は微笑むばかりでなにも言わなかった。

 だが眼鏡をかけたその男は、一夏のよく知る人に何処となく似ている。

 

 いや、どちらかというと。

 

「俺?」

 

 その笑顔は、自分のそれと何故か似ていたのだった。

 

 

 

 



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第120話【その偽りを撃て!】

 

 

 一夏が箒を解放するために戦ってる最中。

 

 時間にしてわずか数分の攻防ののち2機のスカイブルー・イーグルによる戦闘は。

 

「くぅっ」

 

 偽物の優位という状況に陥っていた。

 

 同じ機体だから互角の勝負が出来るという俺が甘かった。

 外見はまったく同じスカイブルー・イーグル。

 だが明らかにマシンパワーの馬力に差が出ていた。

 何度も何度も改良を加えてバージョンアップしたという設定なのか。速度もプラズマも何もかもが俺のイーグルを上回っていた。

 

 更に加えて。

 

「行け、ビーク!」

『行け、ビーク!』

 

 ウィングスラスターからビットが射出され絡み合うが、俺のビットは奴のビットの動きについていけなかった。

 敵のビークの動きのそれはまるでセシリアが動かしたように滑らかで、AI制御であることを忘れさせられる程だ。

 更にここまでの戦闘でビークは3基に減ってしまい、今の攻防で残り1基………いや破壊された。

 

 更に更に加えて。

 

『ハッ!』

「来るか!」

 

 偽物はプラズマサーベルを発動。ビークと共にこちらに直進してきた。

 ボルトフレアはもう破壊されている。プラズマバルカンを撃ちながらバック瞬時加速(イグニッション・ブースト)で下がろうとするも相手の瞬時加速の方が一段早くて追い付かれた。

 

『Shall We Dance?』

「ぬぅあ!」

『ダンスマカブル・ブレードアーツ!』

 

 これだ。

 

 プラズマダガーを出すビークと両の手のサーベルを使っての高速多角連撃。

 母さんとは比べるまでもないが、それでも俺の我流のマルチプル・コンボアーツよりも密度がある。

 

『そらそらそらぁ!』

「だぁくそっ!」

 

 こればかりは全方位プラズマ・フィールドで対応するしかない。

 こいつがセシリアが生み出した国家代表としての俺のイメージなのだとしたら、明らかに母さんの技能がインプットされている。

 間合いから外そうにも相手の方が速度も小回りも効く。偽物から見れば五年前のイーグルなんか型落ちもいいところだ! 

 

「こなくそがぁ!」

 

 プラズマ・フィールドをバーストさせて衝撃波を放ち、一瞬だけ押し返した隙に横っ飛びで回避するも。躱しきれない斬撃が脚部のシールドエネルギーをごっそり削ってきた。

 

 さっきからこの繰り返し。余計なぐらい冷静に状況を分析できても打破出来ない。

 母さんより密度が低いとはいえそこはダンスマカブル。肉を切らせて全力回避ぐらいしか手がない。

 

 イーグル・アイも勿論強化されてるのか。先読み能力でこっちの攻撃がほとんどが当たらない。

 否、それに加えてセシリアの認識も入っているのか。それともこの空間事態が俺の動きをトレースする違法(チート)空間なのか。

 

「つらっ」

 

 思わず漏れる弱音に嫌気がさす。

 

『お前ごときにセシリアはやらせない!』

「どの口が!」

『セシリアは、俺が守る』

「だからどの口が!!」

 

 口を開けばセシリアの為だとかセシリアを守るだとか。

 

 これが一夏の偽物ならここまでイラつくことはないだろう。

 あいつは特別な感情抜きで誰であろうと守る為に戦える凄い奴だから。といっても一夏だとしてもあいつの似姿を借りて思ってないことを言われればそれはそれでむかっ腹が立つが。

 俺自身だとここまでハラワタが煮えくり返るとは。

 市街地上空でMと戦った時並みに怒りが込み上げてくる。そしてよりにもよってこんな奴に負けている自分が許せなかった。

 

 負けられない、負けたくない。

 だがこのままだと確実に負ける。

 

 嫌だ、こんな奴に負けるのだけは絶対に嫌だ。

 

 勝てる方法は………まだある。

 だけど使ったとしても勝てるのか。

 

 不安と恐怖が段々と蓄積され。それはISの操作にも影響し、敵の攻撃がこちらの防御をすり抜けた。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

(勝負ありましたわね)

 

 地上からでもどちらが優勢なのかは明白だった。

 

 唐突に襲撃してきた亡国機業(ファントム・タスク)の残党が奪ったスカイブルー・イーグルは中々動ける相手だったが相手が悪すぎた。

 

 ISを動かして早5年。毎日毎日研鑽を重ね、国家代表となった疾風に敵う筈もなく。一方的にやられるだけだった。

 

 疾風の言う通り、援護する必要はない。

 このままテロリストがやられるのを待つだけだ。

 

(………だというのに)

 

 この胸に刺さるモヤモヤはなんなのか。

 

 テロリストが攻撃を受ける度に形容しがたい焦りが生まれる。

 何も不安に思うことも、疾風が負けるなどという心配などある筈もない。

 

 だというのに。テロリストが傷つく度に心がザワつく。

 

 セシリアが手を出せない理由は疾風に言われただけではない。

 セシリアは、テロリストを傷つけることを何処か恐れている。テロリストが負けることを何処か恐れている。

 

(何故? 何故顔も知らない敵にこんな想いを? 恋人である疾風の奮戦を喜ぶべきなのに。わたくしは何時からこんな薄情な女になってしまったのか)

 

 だからこそ不思議で仕方ない。

 ほんの少し。意識しなければ、意識してでも霞む程だが。

 彼に負けてほしくないと感じている自分が居るのだ。

 

 そして同時に感じる既視感。

 疾風と比べて拙いと思えたその動きは。何処までも人間らしく、そして数えきれぬ努力の果てにある動きだと。

 1日1ヶ月ではつちかうことが出来ない。

 

 スカイブルー・イーグル2号機の動きを。セシリア・オルコットは確かに知っている。

 そう、それは5年前。学生時代の疾風の動きそのもの………

 

 ピピッ。

 

「スカイブルー・イーグルからプライベート・チャネル?」

 

 何故このタイミングで。通常通信でも問題はない筈なのに。

 一瞬考えるも迷うことなく通信を開いた。

 

「疾風? 何がありましたの?」

『あー、もしもし』

「なっ! あ、貴方!」

 

 通信相手はなんといま疾風と戦っているテロリストだった。

 急いで切ろうとしたが、それ以前にある疑問に行き着いた。

 

「あなた、これはどういうことですの。何故疾風のスカイブルー・イーグルとまったく同じチャネルルートを」

『考えられることはあるが。どれも答えることが出来ないんだ、うおっと! あんたと話がしたい』

「話すことは何もないと」

『道化の戯れと思って適当に受け答えしてくれるだけで良い。あんたに、セシリア・オルコットに聞きたいことがあってな』

 

 またも馴れ馴れしく名前を、と怒声を口にしようとしたがはばかられた。

 本当に何故自分はこんな気持ちになっているのか。

 ただ一つわかることは、声も知らぬ彼と話すと胸のモヤモヤが少しだけ薄れたこと。

 

 上空で戦うテロリストは無闇に攻めず引きぎみに疾風の攻撃をいなしている。

 疾風は速度に物を言わせ執拗に追い詰めようとする。

 

「要件はなんでしょう。前もって言いますが、テロリストと交渉をするつもりはありませんわ」

『結構だ。本の少しお喋りをしたいだけだ。あんたはどうして国家代表になった』

「そんなもの。オルコット家の繁栄の為、愛する祖国の為ですわ」

『きっかけは?』

「それは………あなたに話すことでは」

『第一回モンド・グロッソで疾風・レーデルハイトと約束したんだよな。一緒にモンド・グロッソに出ようってさ』

「はぁ!?」

 

 これはどういうことなのか。

 それは疾風やチェルシーぐらい親密な人にしか話したことのない秘密。

 それを何故一介のテロリストが知り得ているのか。

 

「俺………いや、疾風・レーデルハイトが国家代表になった時。どんな気持ちだった」

「それは、勿論嬉しかったですわ。自分のことのように、夢に近づけたと」

 

 本当に何を話しているのか。こんな会話無意味で無駄でしかない。

 だというのに彼と話し続けるうち、胸に巣くっていたモヤモヤがほとんどなくなり。いつの間にかセシリアは安心感を得ていた。

 

「あなた、一体何者なのですか」

『凄く言いたいけど、口にしたら駄目っていう制約がついてるから話せないんだ、ごめんな。でもこれだけははっきり言うよ────必ずお前を助ける、セシリア』

「え?」

「あ、あと。お前って疾風って奴のことをどう思って、いや! これは後で改めて聞くことにする。それじゃ!」

 

 終始意味がわからないまま終わってセシリアは呆気にとられた。

 何を伝えたかったのか、何を確かめたかったのか。

 何故疾風との約束を彼が知ってるのか。

 

 何一つわからない。

 だが確かに分かることが一つだけ。

 

 彼が自分を助けたいということ。

 

 自分は満ち足りている。

 幸せに過ごしている。

 

 あと少しで疾風との約束を果たすことが出来る。

 最愛の人とこれからを過ごしていく

 そんな自分を何から助けるのか。

 あのテロリストに助けてもらう以前に。助けてもらう必要も覚えもない。

 

 だというのに。セシリアは彼の言葉が嘘だとはどうしても思えなかった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「あっぶねー」

 

 話の流れで欲が出てしまった。

 

「ふーー」

 

 だけど、あいつと話して元気貰えたし幾分か冷静になれた。

 必要以上に頭に上がっていた血も抜けてきた。

 設定のほつれなのか、抜け道をつけたのかわからないが無粋な妨害もなかった。

 

 それでも認識されないのって辛い、辛すぎる。

 

『排除する!』

「っ!」

 

 さて、状況を整理。

 

 推測だが。偽物の俺はセシリアの頭の中から俺の戦闘データ取り出し、それを元に行動している。

 やけにこっちの攻撃が当たらなかったり。こっちの動きを予測しているのはそのせいだろう。

 セシリアが俺をよく見ていてくれているというのは嬉しいが、それが敵に利用されるのであれば話は別。

 

 俺の今までの攻撃は通用しないと思って良い。同機体でレベル差が段違い、搦め手も正攻法も通じないならセオリーの戦い方はナンセンス。

 

 だからセシリアのデータにない攻撃が最適解となる。

 

「はぁ、またうじうじ悩んだ」

 

 状況を深読みしすぎて引きぎみになるのは俺の悪い癖。

 一夏の猪突猛進振りを見習いたいが、タイプが根幹から違うから無理だ。

 

 だからこそあえて無茶をしよう。

 先のことは後回しにして、いまこの瞬間全力で! 

 

「システム・スタンバイ。リミットカット」

《実行しますか?》

「イエス」

《承認確認。ODシステム、スタンバイ》

 

 イーグルの中に眠るシステムの鍵が開く。

 エネルギーが装甲を駆け巡り、プラズマが装甲の上で弾ける。

 雛が卵の殻を破ろうと内側からつつくように、イーグルの内側から力が競り上がる。

 

 敵も馬鹿ではない。スカイブルー・イーグルのイーグル・アイで自身のデータにない出力を検知し、行動をに移してきた。

 

『未知の出力を検知、対処、破壊する!』

 

 インパルスをバーストモードにし、瞬時加速を準備する。

 

「お前は強いんだろうな」

 

 いつか俺が至る道の先なのだろう。

 圧倒的に強い。普通なら勝てない相手だろう。

 

 だが何処かで思う。勝てない相手じゃないと。織斑先生や母さん程ではないと。

 

 俺は強くなる。いまのセシリアが考えているより強く。

 優勝を勝ち取り、いつか俺もブリュンヒルデになる! 

 セシリアと一緒に夢を叶えるんだ。だから! 

 

「こんなところで、止まれるかっ!」

《オーバードライブ、レディ》

 

 エネルギー回路全接続。

 エネルギー供給量MAX。

 プラズマサーキット臨界点。

 PICコントロールフルオート。

 各部装甲スリット展開。

 余剰エネルギー放出。

 

 イーグルアイの唾帽子の形が前後にスライド。

 スカイブルー・イーグルの肩、両腕両足の装甲スリットが開きマルチプルウィングは一回り大きくなり、そこからプラズマが溢れかえった。

 その姿は、まるでプラズマの剣で出来たハリネズミのようだった。

 

 偽物は急激な変化に臆することなくバーストモードのインパルスを振り抜いた。

 インパルスは狂うことなく俺の身体を捕らえたが、手応えがなく虚しく空を切った。

 

『??? っ!?』

 

 頭部に衝撃。膨大なプラズマの塊をぶちこまれた偽物はそのままアリーナのバリアに激突し、衝撃を殺しきれず壁にぶち当たった。

 

 当てたのはバーストモードのブライトネス。

 だがブライトネスのスリットからは絶えずプラズマが飛び散り、空気がパチパチと光っていた。

 

「なんですの、あれは」

 

 絶えずプラズマを吹き出したスカイブルー・イーグルの姿にセシリアは目を丸くする。

 あんな姿は見たことも聞いたことも………

 

 ──お前にいの一番良いのを見せたいし知らせたいんだ。今日の最終調整終わったら一番に見せるからさ──

 

 いや聞いたことはあった。

 だがそれはいつ? 

 思い出せないが、頭はそれを覚えていた。

 

『抹殺する! 死ね!』

 

 偽物が体勢を立て直し、連続で瞬時加速。

 個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)というオリジナルでさえ使ったことのない荒業で肉薄し。模倣した殺意を込めて斬撃を……

 

「見える!」

 

 突き出されたブライトネスを右足で蹴りあげ、左足のプラズマブレードで切り裂く。

 過剰に供給された脚部ブレードは剣というより斧と評されても遜色のない大きさとなり、切り裂くというより叩きつけるように蹴りを見舞った。

 

 見えた。動きの先が、イーグル・アイのリミッターも解除され、膨大な情報の渦から最適解を組み上げた。

 

 一見人のそれと遜色ない動きでも、魂がなければそれはAIの挙動。

 近づくまでの何通りものルートは絞り込める。そこから予測してそれを防いだ。

 

 蹴り飛ばされた偽物は一度距離を積めるためにスペックアップした速力で退避しようとした。

 

「行くぞ! イーグル!」

 

 全身の余剰プラズマエネルギーが更に輝き、プラズマが空気をぶっ叩いた。

 プラズマを全開で乗せた瞬時加速は二段階瞬時加速(ダブル・イグニッション・ブースト)に匹敵し、そのままロスタイムなしで瞬時加速を連続で発動する。

 

 驚異的なまでの速さを前にしても偽物は逃げおおせることは出来ないと理解できず全開でスラスターを吹かす

 

 インパルスをコールし即時バーストモードで抜刀。

 逃げきれない偽物の背中に渾身の力を込めて叩きつけた。

 

「いつっ………」

 

 小さくピキッと筋肉が強ばった。

 PICで庇いきれないGが身体にのし掛かったからだ。

 

 スカイブルー・イーグルの新機能【オーバードライブモード】

 

 全身のプラズマコンデンサーや装甲各所に溜めていたプラズマを一斉放出し、機体スペックを文字通り爆発的に増大させる機能。

 発動時は各部の装甲に収まりきらないプラズマをプラズマソードとして放出。その一つ一つがプラズマスラスターとしての役割を持ち。放出されたプラズマ粒子はそのままシールドとして機能する。

 制限を取っ払ったイーグル・アイの情報索敵演算能力は擬似的な未来予測すら可能にする。

 

 早い話がリミッター解除。

 だがルール規定ギリギリを攻めたその機能は単純な出力アップと言える程便利な物ではない。

 

 過剰に駆け巡る各部のプラズマが暴発、崩壊しないようにイーグルの管制制御システムを限界以上に動かし、それを統括しているイーグル・アイもオーバーフロー一歩手前まで稼働している。

 そしてPICによって身体的負荷をカバーリングしているとはいえ、その予測を越える動きをすれば肉体に負荷がかかる。

 その上弾けたプラズマが人体に影響のないよう。それを防ぐ為のシールドエネルギーが少しずつ減っていく。

 

《警告。システムの強制解除まで、残り30秒》

 

 おまけに燃費は零落白夜並みに最悪。安全性や操作性を含めればそれ以上だ。

 未調整ゆえ、強制解除されてしまえばろくな戦闘機動が出来ない可能性すらある。

 つまりこの数十秒で奴に勝てなければ俺は敗北する。

 

「上等だっ!!」

 

 飛んでくるボルトフレアをプラズマ力場で弾き、飛んでくるビークも身体のプラズマソードで一つ残らず溶断した。

 

『データ予測該当なし、対応策、不明!』

「もっと人っぽく喋りな!」

『俺はセシリアを守る! 守らなければ』

「馬鹿の一つ覚えだなぁ!!」

 

 余分な言語野を持たない劣化コピーの喉元に食らいつく。

 振られたインパルスをインパルスでバラバラにし、突き出されたブライトネスも正面からブライトネスをかち合わせて粉砕。

 ブライトネスの衝撃が敵の左腕に響き絶対防御を発動させる。

 苦し紛れにプラズマサーベルを振るったものの残像を切るばかり。

 

 友人と切磋琢磨し、磨き上げられた愛機と日本代表候補生のそれは偽りの5年で培われた日本代表の腕前を遥かに凌駕していた。

 

「そらそらそらそらぁ!!」

 

 インパルスのプラズマソード、ブライトネス、全身のプラズマソードを使って上空にカチ上げていく。

 

「くっ、まだまだぁ!!」

 

 急速方向転換による連続攻撃。

 戦闘機の急旋回程ではないにしろ、急速転換する度に圧と痛みが走る。

 

 それでもやるんだ。ほぼ無傷のこいつを仕留める為には。

 十数回の切り抜けののち左手のブライトネスが負荷により爆発した。

 

 その勢いのまま上昇。

 インパルスを両手で握りしめ、眼下の偽物を睨み付ける。

 

《回路直結。インパルス、全リミッター解除。オーバーバースト》

 

 全身のプラズマソードの光が半分に戻ると同時にインパルスのプラズマソードが更に輝き、大きさを増した

 

 通常でも巨大なプラズマの槍を形成していたプラズマは刃渡り2メートルのバスターソードとなった。

 

「これでぇ!!」

 

 ブゥン! と音を鳴らしながらプラズマバスターソードを偽物に振り下ろした

 

 偽物は最後の抵抗として最大出力のプラズマ・フィールドで防ごうとしたが。抵抗虚しく叩きつけられたプラズマバスターソードにフィールドを切り裂かれた、無防備な腹に巨大な雷刃が食い込んだ。

 

『GAAAAAAA!!』

「終わりだあああっ!!」

 

 きしむ痛みに歯を食いしばる。

 腕の感覚はもうない、頭もボヤける。

 イーグルもエラー表示なりっぱなし。

 

 強制終了まで、5、4、3………

 

「ぜえええええぇぇぇいぃっ!!」

 

 最後の力を振り絞り、インパルスを振り抜く! 

 

 最大最凶の攻撃力を持って、偽スカイブルー・イーグルのシールドを根こそぎ狩り尽くした。

 

『損傷、甚大、形状維持………困難』

 

 そのまま地面に叩き伏せられた偽物はノイズを発しながら動かなくなった。

 

《オーバードライブモード、強制終了。強制排熱開始》

 

 ブシューーーー! 

 

 プラズマの奔流は収まり、排熱の水蒸気が装甲のスリットから勢いよく吹き出した。

 

《PICに異常発生。機体温度上昇。全兵装使用不可。イーグル・アイ、オーバーフローにより最低限の機能を保持しシャットダウン。シールドエネルギー、残り8》

 

 壊れていないだけでボロボロだ。

 

 ぶっつけ本番とは言え、流石に無茶をし過ぎた。

 現実世界のイーグルに異常がないと良いんだが。

 

「さて」

 

 これで終わってほしいと願いながらセシリアの方を向いた。

 

 スカイブルー・イーグルのフルフェイスモードは。まだ解除出来なかった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

(疾風が負けた。いや、あれは本当に疾風? 違う、テロリストは疾風だった?)

 

 疾風がテロリストに敗北した瞬間、セシリアにかけられたワールド・パージに綻びが生じた。

 アリーナの背景にノイズが走り、豪邸やイギリスの街並みが重なっていく。

 

(わたくしは何を? わからない、何がわからないのかもわからない。でも何かがおかしい。くっ、頭が痛い………)

 

 頭を抑えるセシリアにテロリストが歩み寄ってきた。

 ゆっくりと歩み寄る彼にセシリアは残された防衛本能に従って銃を取った。

 

「と、止まりなさい! それ以上近づけば撃ちますわよ!」

 

 ブルー・ティアーズのレーザービット8基とスターライトMK-Ⅳの銃口がテロリストに向けられる。

 セシリアの警告にテロリストは素直に止まって両手を上げた。

 もはや戦う力が残ってないのは明白だったが。それでも彼は無抵抗を示した。

 

「まだ目覚めないのか? 意外とお寝坊だなセシリア。寝起きは良い方だと思ったんだけど」

「あ、貴方は本当に何者なのですか。いい加減素顔を見せなさい!」

「見せれたら見せたいって言ったろ。見せたらお前を助けることが出来ないんだ。てか俺別に声変わってるつもりないんだけどな。仮面による認識改編でも起きてるのかな、ありえるな」

 

 撃たなければいけない。

 だが引き金を引く指はとてつもなく重かった。

 

「なぁ、なんで援護しなかったの? 相方のピンチの時にさ」

「そ、それは。手を出すなと言われたから」

「そうかい? お前のことだから無理をしてでも助けるんじゃないかとヒヤヒヤしてたが………いや意外とそうでもないか? イギリスで楓を助ける時、最後まで俺に任せたよな」

 

 訳のわからないことをブツブツ呟くテロリスト。

 だがそれに怒りを感じることはなく。今も灯ってる怒りの炎も揺れに揺れている。

 セシリアの中には確かに恋人を打ち負かされたが故の怒りがある。

 

 だというのに手を出せなかった。

 撃てば疾風(テロリスト)を撃ってしまいそうだったから………

 

「………まだ完全に目覚めてないってことは。生きてるってことだよ、なあ?」

 

 テロリストが振り返ることなく呼び掛けると、疾風はクレーターの中から立ち上がろうとしていた。

 スカイブルー・イーグルにノイズを纏いながら。その黒と金の目をギョロリと動かして。

 

『せ、セ、セシリア………マモ、る』

「なんつーか自我芽生えてないかお前? 菖蒲の時はガチで機械的だったのに。簪が手強いって言うわけだな」

『セシ、セしりア。そいつ、ウテ。フタリデ、倒すンダ!』

「だってさ。どうする?」

「どうするって………」

 

 後ろにいる疾風は本当に疾風なのか。

 疾風だけじゃない。世界の全てにノイズがかかり、セシリアは目眩を引き起こした。

 

 だがただ一人。ノイズだらけの世界で疾風(テロリスト)とスカイブルー・イーグルだけがはっきりと存在していた。

 声も一片のノイズはなく。クリアな声がセシリアの鼓膜を優しく揺らしていた。

 

『セシリあ! ウて! そいつを、ソイつを倒すんだぁアぁ亜ぁぁ愛ぁぁああ!!』

 

 ノイズまみれの???(疾風)が絶叫しながらプラズマ・サーベルを手に突進した。

 狙いは勿論テロリスト。このまま行けばサーベルがテロリストの身体を貫くだろう。

 

 だがテロリストはソレに目もくれずセシリアの方を見続けた。

 何かを待つように、無抵抗のまま。フルフェイスの奥からセシリアを見ていた。

 

『撃テ! 撃つんダ!!』

「わ、わたくしは」

『撃てぇェェ!!』

「わたくしは………!」

 

 

 

 

 

「撃て」

「っ」

「撃て! セシリア・オルコット!」

「!!」

 

 

 

 ビシュン! 

 

 9つの青いレーザーが放たれた。

 その光は真っ直ぐテロリストの元に向かい───直前で折れ曲がった。

 

『ギッ!!?』

 

 偏光制御射撃(フレキシブル)

 テロリストをよけるように歪曲したレーザーはそのまま背後の疾風(偽物)の身体を余すことなく撃ち抜いた。

 

 バジャンと白いポリゴンの塊となった偽物が弾け。ポリゴンの霰がテロリスト(疾風)にぶつかって弾けた。

 

 楔が砕けたことにより、虚構の世界は徐々に崩壊し、白く塗りつぶされていった。

 

 それと同時にイーグルのフルフェイスモードが解除され。その素顔があらわになった。

 

「ハハ、ちょっと肝が冷えた」

「疾風」

 

 セシリアの頭を覆っていた甘い霧が振り払われた。

 

 最近少しだけ伸びた癖のない黒い髪。

 飾り気のない眼鏡の奥には何処か生意気な雰囲気で、それでいて子供っぽい瞳。

 同じ境遇の男子と比べれば見劣りするものの。間違いなくかっこよくて、誰よりも頼りになる男。

 

 疾風・レーデルハイトの顔がそこにあった。

 

「セシリア」

「はい?」

「ナイスショット!」

「………フフっ」

 

 満面の笑みでサムズアップする彼の姿にしばし呆気に取られたあと釣られて笑ってしまった。

 そして彼女はいつも通り自信満々に笑みを浮かべてこう返すのだった。

 

「当然ですわ!」

 

 彼女はセシリア・オルコット。

 

 愛しき彼との約束を胸に、国家代表を目指すイギリス代表候補生である。

 

 

 



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第121話【夢の終わりに】

 

 

 偽物の俺がセシリアのフレキシブルで爆発四散し、俺たちは無事に現実世界に戻ってこれた。

 

 囚われた他のメンバーも無事に帰還出来た。

 これでめでたしめでたし………とはいかず。

 

「………」

「起きないわね、一夏」

 

 俺より先に救出に行った一夏がまだ目を覚まさないでいた。

 ミイラ取りがミイラになるのは洒落にならなすぎるぞ一夏。

 

「もしかして、わたくし達のように敵の罠に囚われているのでは」

「それはないと思う。システムはもう解放されたし。電脳ダイブから帰還した形跡があったから」

「じゃあ単に寝てるだけかコイツ?」

「だといいのだが」

「でももし何かあったら」

「ちょっと、滅多なこと言わないでよ」

「ご、ごめんなさい」

 

 寝ほうけてるだけなら呆れるだけで済むが。敵は電脳空間に直接罠を作ることが出来る能力を持っている。

 俺や一夏はなんなく助けるという選択肢を取れたが。もし途中直接的な妨害があったらと思うとゾッとする。

 

 一抹の不安に皆が表情を曇らせる中、ラウラが一つ提案を出した。

 

「一つだけ一夏を目覚めさせる方法がある」

「目覚めのキスだとか言わねえだろうな」

「良くわかったな、その通り。キスだ!」

「はああぁぁっ!!?」

 

 その通りなのかよ! 

 カッと見開くな目を! 

 

「キキキキスってあんた何考えてんのよ!」

「ねねね、寝込みを襲う!? なんと背徳的な」

「だ、駄目だよ本人の同意なしにだなんて!」

 

 ほら見ろ一夏ラバーズが揃ってバグった。

 

 ………心なしかこちらのお嬢様組もソワソワしているのは見なかったことにしよう。

 

「ふっ知らぬのか。眠りし嫁を目覚めさせるには愛の口付け。キスをすれば永遠の眠りすらたちまち目を覚ます………と副官がさっき言ってた」

「その副官クビにしなさいよ………」

「てかお前も受け売りじゃねえか」

 

 他人の受け売りを自信満々に言いやがって。

 そして相変わらず出てくる副官。一度会ってみたいぞこのやろう。

 

 とその場にいる者を置き去りにし、ラウラはスタスタと一夏の唇の元へ………

 

「待てーい! 抜け駆けは許さん! ここは一夏と一番長く過ごした幼馴染みの私がやるべきだ!」

「そ、それならあたしだって負けてないわよ! あたしだって幼馴染みだし!」

「前から思ってたけど。こういう時声高に幼馴染みを主張するのはズルいと思うな。僕なんて一緒にお風呂入ったんだからね!」

「貴様ら! 嫁の唇は私のものだ! 嫁のファーストキスをゲット出来なかった敗残兵は去るがいい!」

「「「不意打ちで奪った癖になに言ってるんだ!!」」」

 

 ラウラもわざわざ言わずに速攻でやれば良かったのに。

 

 ワーワーギャーギャーと取っ組み合い一歩手前の口論合戦が始まった。

 例によって終わりの見えない平行線なのは明らかなのでこれ以上関わらないことに放置を決めた。

 

「じゃあ疾風。ここに寝て」

「いやなんで?」

「私が目覚めのキスをするため。寝てるフリでもいい。さ、レッツゴー」

 

 ワッツハップン!? 

 

「簪さんなにを言っておりますの!?」

「私のキス、嫌?」

「嫌だよ! 現在進行形で起きてるから! セシリア見てるでしょ!? 見てなかったらいいという訳じゃないけど!」

「大丈夫、寝させる方法ならある」

「おぉぉい簪さん!? なんか物騒なもの持ってるんだけど!?」

 

 バチチチチとスタンガンを持ちながら迫る簪。

 ほんとどうしたの簪!? 

 

「簪様。なんとも貴方らしくないというかなんか焦っておりません? あ、疾風様。簪様の次でいいので私もしていいでしょうか。目覚めのキス」

 

 いいわけないよね! 

 君たちは俺を破滅させる気かな? またセシリアに嫌われたらマジで精神的に死ぬる! 

 

「だって、だって皆………ズルい!!」

 

 おお、今日いち声が出たな簪よ。

 

「私だけ管制室でモニタリングするだけだったし。敵の罠にもかかってなくて。みんなはみんなで良い思いするし。私だってセシリアみたいにあんなIFを味わってみたいし、あわよくば鈴や菖蒲みたいにR―18的な展開もしてみた………」

「「うわ、うわぁぁぁ!!?」」

 

 顔を真っ赤にした鈴と菖蒲がとんでもカミングアウトをしかけようとした簪の口を塞ぐ。

 あー、鈴もあそこで女の欲望MAXしちゃったのか。

 

「あ、あああんたなに言ってるのよ! そんなエッ! な展開あるわけないじゃない!」

「そそそうですよ! あんな男のフェロモン抜群な疾風様は私だけの物ですから!」

「論点そこかよ」

「あなたたち。願望とはいえ少しは節度を持った方が宜しいのではなくて?」

「「ムッツリスケベ代表に言われたくないわよ(ありません)!!」」

「「ムッツリスケベ代表!?」」

 

 思わず反応してしまった。

 セシリアってムッツリスケベだったのか。

 

 とそんな視線を察知したのだろう。セシリアが頬を赤くしながら積めよった。

 

「違いますわよ疾風! あなただって見たでしょう!? 私の精神世界みたいなものを! 健全だったでしょう!?」

「あ、え、と。もしかしたら俺が来る前になんやかんやあったりするんじゃって………」

「ありませんわよ! 皆さんとは違うのですよわたくしは!」

「待て! 私はお前達とは違う! 私の願望は一夏と道場を継ぐというド健全な物だったんだからな! なあシャルロット!?」

「うええ僕ぅ!? (言えない! 俺様一夏とのスケベ主従婚約プレイだなんて!!)」

 

 ボシュ! っとシャルロットが赤パプリカ状態に。

 わかりやすい奴め。

 

「因みに簪はどんなシチュがお望みで」

「ふえ!? えっと、えっと。窮地を疾風に助けてもらうとか」

「この間やったねそれ」

「あ、そっか。じゃ、じゃあそこからR展開に」

「やめとけやめとけ。お姉ちゃん泣くぞ」

「疾風が聞いたくせに………」

 

 ごめん。知的好奇心が。

 てか完全セクハラだねこれ。疲れてるのかな俺、いや疲れてるな確実に。

 

 簪はポソポソと赤くなっていく。

 うーん、控えめに可愛い子。並みの男は瞬殺だね。得に眼鏡層から。

 

「とにかく私はドスケベではない!」

「それなら僕だって少し人生設計考えてただけだし!?」

「アタシなんて古き思い出を振り返ってだねえ!」

「とにかくわたくしたちは健全ということですね箒さん」

「そ、そうだなセシリア。私たちは破廉恥ではない!」

「「ダウト!」」

「何故だ!?」

「何故ですの!?」

「五月蝿い! この一年組の上半身担当と下半身担当みたいな身体して! 私はどうせオールフラットよ!!」

 

 すげぇ。鈴がスタイルで自虐ネタに走った。

 どんだけ追い詰められてるんだ鈴は。頭からなんか煙吹いてるし。

 

 あれ、そういやラウラは何処に………

 

「あの、失礼ながらお三方」

「「「なんだ!」」」

「ラウラさん行ってますけど。キスしに」

「「「なにぃぃ!?」」」

 

 いつの間にかどさくさ紛れに勝負決めに行ってやがる。

 一夏との接触まであと数秒。

 

「「「させるかぁぁぁ!!」」」

「ふっ、甘いわ!」

 

 箒たちの周辺の空間が歪むと同時にビタっと空中で静止した。

 ラウラの左手にはレーゲンの腕が部分展開されていた。

 

「な、これはっ」

「AIC!?」

「ちょっと待ってよ! あんたもパーソナルロックモードじゃないの!?」

「こんなこともあろうかとAICの部分展開だけは応急処置しておいた。ISを止めれる程強く拘束できんが。生身の人間相手なら造作もない!」

 

 ものすごいドヤ顔のラウラを前に箒たちはなんとも言葉で表現できないほどの苦悶の表情のままラウラを睨み付けていた。

 

「おい待て! やはり同意無しはまずいと思うのだが!」

「フン、この期に及んで命乞いとは滑稽な。そこで黙って見ていろ。愛する夫婦によるキョードーサギョーをなぁ!」

「共同でもなんでもないでしょうが!」

「ああ! このままじゃ一夏がまたズキュウウウン! なことに!」

「んーーー」

「や、やめろぉぉぉぉ!!」

 

 あーこのままでは一夏のセカンドバージンがラウラの物にーー(棒)

 

 ん? 止めないのかって? 

 まあ大丈夫でしょう。

 

「おい小娘ども。なにを騒いでいる………ほう」

 

 最強の防衛装置が来るし。

 

「きょ、きょうかん」

「ラウラ・ボーデヴィッヒ」

「ハヒ」

「何をしたか簡潔に答えて見せろ」

「こ、これは我が同胞にして副隊長のアドバイスを元に実行する究極の覚醒方法で………」

「では責任は副隊長にあると?」

「いえ! 部下の責任は隊長である私の責任デス!」

「そうか」

 

 フーーと大きく息を吐いて目を覆う一夏のお姉ちゃん。

 そう。教師であると同時に一夏の姉である織斑千冬が立っている。

 

「ボーデヴィッヒ」

「ハイ」

「いまお前は何をしようとした? 私は意識のない織斑に無理矢理キスをしようとしたように見えたが?」

「ち、違います! これは眠り姫を起こす魔法のキスで………き、教官にもそういうロマンは理解できるかと」

「見ず知らずの顔だけ王子に唇を奪われるぐらいならそのまま永眠した方がマシだ」

「ヴェ………」

「「うわぁ」」

 

 夢がねえ。確かにそうだけど。

 現代社会的に考えたら確かに犯罪かもしれないけども。

 わかってたけどこの人にロマンチックとDプリンセス属性は欠片もないな! 

 

 だがラウラもここで引かなければ

只ではすまないことはわかっている。

 だが自分が嘘をつけない性格なのはラウラ自身一番わかっている。

 ここはありのままを言うしかない! ラウラはありったけの勇気を武器に打って出た。

 

「教官! これは夫婦の問題です! いかに教官といえど」

「何が夫婦だ馬鹿者。私はお前のような不躾な義妹(いもうと)などいらん!」

「ぐふぉぉぉぉあああ!!」

 

 不沈艦(仮)ラウラ・ボーデヴィッヒ、轟沈。

 

 パタリと倒れたまま動かない。再起不能だ。

 

「更識。織斑は動かしてもいいのか?」

「は、はい。意識は電脳空間から戻っています」

「そうか。よっと」

 

 うわ言のように呟くラウラをガン無視し。一夏を抱き上げてそのまま俵運びで持ち上げた。

 

「織斑は医務室に持っていく。お前たちは山田先生が来るまで待機しろ」

「はい」

「今日はご苦労だった。ゆっくり休めよ」

 

 高校男児を軽々と運びながら織斑先生は部屋を後にした。

 

 これにてIS学園を巡る電脳事件は幕を下ろしたのであった。

 

「教官に嫌われた………教官に嫌われた………教官に嫌われた………教官に嫌われた………」

「ねえこれどうすんの?」

「壊れたカセットテープみたいになってる」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ん………」

 

 微睡みから覚め、一夏はゆっくりと起き上がった。

 

「あれ、ここ医務室?」

 

 みんなを助けるために電脳ダイブをしたはず。もしかしてここも電脳世界だったり? 

 

「あら、起きたの?」

「楯無さん?」

 

 隣に楯無がいる。

 一夏は何気なくカーテンをサーっと開けた。

 

「え?」

「あっ」

 

 その先には着替えようとブラをつけようとしている楯無がいた。

 重要なのはつけようと、していることである。

 つまりいま楯無は上裸で、その瑞々しい二つの果実が露になってる訳で。

 

「うわぁぁ!! すみませんすみませんすみません!!」

 

 急いでベッドに飛び込み、毛布にくるまって見てませんアピールをする一夏。

 だが見てしまった物はありありと脳内に焼き付かれ、一夏は心のなかで念仏を唱えた。

 

「一夏くーん。ノック無しに開けるのは君の悪い習慣だぞー?」

「ご、ごめんなさい!」

「そんな悪い子はこうだー!」

「え? のぉわ!」

 

 カーテンを突破して楯無が一夏の毛布に潜り込んできた。

 それと同時に胸を押し付けるのも忘れない。

 

「なんでベッドに入って来てるんですか!」

「怪我人だからよー」

「怪我人だったら大人しくしてて下さい。撃たれたんでしょう?」

「ウフ、ありがとう。でも大丈夫、お姉さんは身体だけは丈夫だから。これぐらい日常茶飯事だし」

「それでも無理しないで下さい。みんなが悲しみます」

「一夏くんも?」

「俺もです。気を付けてください」

「はーい気を付けまーす」

 

 背中越しに伝わる体温を心地よく感じながら楯無は心地良さそうに目を細める。

 これ以上言っても無駄だと、一夏はもう一度眠ろうと目を閉じた。

 

 が、変に頭が覚めて寝られない。

 楯無も何故か胸が高なって仕方がなかった。

 

「今日の一夏くんカッコよかったなぁ。私のピンチに颯爽と駆け付けてくれて」

「そんなの、当たり前じゃないですか」

「私は嬉しかったのよ。今まで誰かに助けられることなんてなかったから」

「今日に限らず何かあれば助けになりますから」

「ありがとう。一夏くんほんと優しいなぁ」

 

 惚れちゃいそうなぐらい。

 

 楯無は頭のなかに浮かんだフレーズを反芻したあと一つの決心を固めた。

 

「ねえ一夏くん」

「はい」

「私の名前、楯無なんだけど。あれって本名じゃないのよ。先祖代々襲名されたものなの」

「そうなんですか?」

「ええ。だから、その。私の本当の名前、一夏くんにだけ教えてあげるね」

 

 そっと一夏の耳に吐息がかかる。

 明らかに熱がこもった息に一夏は思わずドキッとした。

 

「私の真名は。更識、刀奈」

「かたな、さん?」

「うん。時々読んでくれると嬉しいな。二人っきりの時とか」

「わ、わかりました」

 

 本当の名前。

 何故そんなことを教えてくれたのか一夏はわからなかったが。それが楯無、いや刀奈にとってとても大切でなことだけはわかった。

 一夏は楯無について知らないことが多い。だが本の少し彼女のことがわかって嬉しかった。

 

 そんな彼女にお礼を言おうと一夏は振り返った。

 

「楯無さん?」

「はい?」

「なんか凄い顔赤いですけど。大丈夫ですか?」

「ふえ?」

 

 楯無の顔が紅椿に負けないぐらい深紅に染まっていた。

 

 一夏にとって知るよしとないことだが。更識楯無が他人に真名を教えるということは大事なことを意味する。

 楯無の真名は家族以外に教えてはならない。

 もしくは、家族になる者以外に教えてはならない。

 

 つまり、楯無は一夏にプロポ………

 

「うひゃあ!?」

「楯な、刀奈さん?」

「か、刀奈って呼ばれちゃった………えいやぁ!」

「え? うおわ!」

 

 あっという間に視界が周り、楯無が一夏に覆い被さった。

 もとい、押し倒された。

 

「し、しなさい!」

「はい?」

「わ、私にも………えっちなこと、しなさいっ」

「………………………え?」

 

 一夏の頭がショートした。

 

 いつものからかいに見えたが、いまの楯無には謎の凄みがあった。

 

「か、簪ちゃんに聞いたのよ! 電脳世界で女の子相手に好き勝手いやらしいことしてたんでしょう!? 生徒会に無許可で、生徒会長にも無許可で!」

「い、いや、あれは侵入者のトラップで、そういう如何わしいことしたのは俺の偽物で」

「一夏くんがしたことに変わりはないのよ!」

「そんな無茶苦茶な!!」

 

 一夏にとって冤罪濡れ衣も良いところだがいまの楯無は羞恥と後戻り出来ない状況に正常な判断が出来ていなかった。

 

 グルグル目の楯無に一夏は対話不可能だということを悟ってしまった。

 

「さあ私には何をするのかしら!? 制服半脱ぎプレイ? 逆主従プレイ!? 媚薬理性蒸発プレイ!? 原点に戻って裸エプロンかしら!? 勿論ニップレスなし完全版の!」

「おおお落ち着いて下さい楯無さん!」

「いや、いっそのこと逆レ○ププレイも」

「楯無さーーん!!」

 

 何故こうなった! 俺はまた何かしたのか!? 

 人生最大と言っても過言ではないトラブルを前に一夏は抵抗の術すらなくなって………

 

「一夏! 目を覚ましたのか!」

「え? 箒?」

「………む?」

 

 一夏のお見舞いに来た箒が医務室に入った途端固まった。

 真偽はどうあれ。箒から見て、その様は絶賛致してる最中の事案現場で………

 

「少し目を離した隙にこれか一夏ぁぁああ!!」

「なんで俺だけぇぇぇ!?」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「まったくお前は。少しは情緒というものをだな!」

「だから誤解だと」

「聞く耳持たん!」

「ほーきー」

 

 元気になったのなら寝る必要もないな! と一夏を無理矢理ひっぺがえして寮に向かうなか。箒はズカズカと一夏の前を歩いていた。

 

 先程から弁明しようにもこの有り様で、一夏はもう諦め状態に入っていた。

 こうなった箒は熱が冷えるまで待つ以外手段がないことを知っているからだ。

 

 しばらく無言のまま歩き続けたが。変な沈黙に耐えられなかった一夏が口を開く。

 

「なあ箒」

「なんだ」

「えっと、その………」

「じれったい。男ならはっきり物を言え」

「………電脳世界の俺って、箒の理想なのか?」

 

 歩を速めていた箒が振り返った。

 そこには不安げな顔をしながらも、強い眼をした一夏がいて。

 

「な、何を」

「あそこにいた箒。俺が見たことないぐらい笑ってた。箒ってあんな風に笑えるんだなって思えるぐらい。箒ってあれぐらい強い奴が好みなのか?」

「どどどどうした一夏。お前本当に一夏か!? いや、まだ敵の罠にはまっているのか私は!!」

「落ち着けって」

 

 落ち着いた。

 

「箒がアイツに笑顔を向ける度に凄いイライラした。胸も凄いモヤモヤして。アイツを早くぶったおす! ってなって」

「ふん、なんだ。思春期らしく嫉妬でもしたかお前」

「嫉妬………そうだな、嫉妬した」

「な、なにぃ!?」

 

 落ち着けなかった。

 

「ほ、本当にどうした一夏。お前らしくないぞ。電脳世界で何かあったのかお前」

「………悔しかったんだよ。俺はあいつに勝てなかった」

「何を言う。最後の最後に1本入れたではないか」

「あんなの勝ちでもなんでもない。ただのまぐれだ」

 

 あの一撃を入れるまで何十回も負けた。

 最後のも本当にまぐれ当たりで、一夏自身は納得のいく勝負ではなかったから。

 

「簪が言ってた。あの空間は奥底にある願望の具現化だって。他のみんなは分からないけど。あの時あそこにいたのは紛れもなく箒が思い描いた織斑一夏だった」

「それは」

「箒は悪くねえよ。俺が勝手にイラついてるだけだから」

 

 といつつも、本当に悔しかった。

 あの時箒を助けるという目的がなければとっくに折れていたかもしれない。

 

 道場に通っていた時、一夏は子供にしては出来る程度の腕しか持ち合わせていなかった。

 千冬や柳陰に勝てたことなど一度もなく。箒にさえ数えるぐらいしか勝てたことがない。

 

 そして中学では家の為にバイトに専念して剣から離れた。

 IS学園に入学してから久し振り剣を握って箒にボロ負けにされて怒られた。まったくなってないと。今まで何をしていたのかと。

 

 何もしていなかった。

 剣道部に入らずとも、道場に習う時間はなくとも剣を振るうことが出来たはずなのにしなかった。

 色んな理由をつけて剣を取ることすら忘れていた。

 

「俺とここで再会して勝負したとき、ガッカリしたよな。腑抜けに腑抜けてた俺に。弱くなった俺に」

 

 一夏が剣を手放していた間も箒は剣道に打ち込んでいた。

 重要人物保護プログラムで家族がバラバラになっても竹刀を振るい続け。全国大会で優勝するまでになった。

 

「だとしても、いまの一夏は弱くないだろう。何度も私たちを助けた、今回だって」

「いや、俺はまだ弱い。俺のせいで箒を助けれなかったかもしれなかった。俺は弱い自分が許せない。だから箒───俺は剣道部に入る」

「え?」

 

 まったく予想だにしていなかった展開に箒の頭が一瞬真っ白になった。

 

 今日のことがあったからというのはあるが。

 一夏は前々から考えていたことだった。

 

 ISの腕は上がった。機体の動かし方や零落白夜も想定されていた範囲まで扱えるようになった。

 だが自分にとっての根幹である剣術が。過去、モンド・グロッソに出ていた千冬と比べて納得がいかなかったところがあった。

 

 自分の剣が未熟であることも。

 

「また一から鍛え直す。もう一度竹刀を振るって、自分を見つめ直して、稽古する。昔みたいに」

「………」

「今すぐ追い付くなんて言わないけど、俺はもっと強くなりたい。だから、協力してくれないか。箒」

 

 今まで生徒会や部活貸し出しが忙しいとかで剣道をやるということを無意識に避けていたことがあったが。

 虚構の中にいた自分と戦ったことで。一夏は自分の未熟さで文字通り痛い目にあった。

 

 だけどもう目をそらさない。

 更に強く。虚構の織斑一夏に負けないぐらいに。

 

「……………」

「箒?」

 

 先程からなにも反応がないことに気づいた一夏。

 箒はうつむいたまま身体をプルプル振るわせていた。

 

 今さら何を言ってるのかと怒ったのだろうか? 

 やぶ蛇をついてしまったのか。

 一夏は恐る恐る箒の顔を覗き見ると………

 

「ぬ、ふふ。フフフ」

「箒?」

「フフフフフフフ」

「ほ、箒さん?」

 

 なんと凄いにやけていた。

 にやけるのを我慢しようとしたが全然我慢できてない顔面筋肉ゆるっゆるな剣道乙女の姿がそこにあった。

 

「そうか! そうかそうかそうか! 剣道部に入るか一夏!」

「ああ。本格的に入るのは部活貸し出しの後だと思うけど。たまに部室に顔を出せたらなと」

「私は嬉しいぞ一夏! お前が生徒会に入ってしまったからもうそんな望みはないと思っていた! こんなに嬉しいことはない!!」

「お、おう?」

 

 子供の頃から箒のことは知っていたが。

 ここまで嬉しさ全開の箒を一夏は見たことがなかった。

 文字通り輝いてるようで、とても眩しい笑顔だった。

 

「そうと決まれば善は急げだ! 入部届け出しに行くぞ!!」

「ま、待て箒! ちょちょっ! まず楯無さんに確認を、うわわわ!!」

 

 箒に思いっきり手を引かれ転びそうになる一夏は一つ思い出した。

 

 千冬と一緒に初めて篠ノ之道場を訪れた時。

 姉の影に隠れていた自分を「男が女の影に隠れるなど情けない!」と無茶苦茶なことを言われて道場に引っ張りこまれたことを。

 

 ああ、自分たちはあの頃と何も変わっていなかったのだ。

 

「ハハっ」

「ん? どうした一夏」

「いや、なんでもない。早く行こうぜ!」

「ああ!」

 

 夕焼けに染まる学園を二人は走った。

 まるで欲しかったゲームを早くやりたい子供のように。

 

 子供みたいな笑顔をしながら。どこまでも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい織斑くん。今日は事後処理があるのでまた今度でもいいでしょうか」

「「あっ」」

「それにしても本当に仲がいいですね二人とも。もしかしてずっと繋いでいたんですか?」

「「ヴァッ!」」

 

 

 

 

 

 



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第122話【パーソナル・イーグル】

 

 

 

 

 IS学園の地下二回相当の区画には拘束区画、つまり牢屋があった。

 そこに入れられてるのは勿論、捕縛されたアンネイムドたちだった。

 

「隊長、私死刑ですかね。だって失敗しましたもん。失敗しないことだけが取り柄、終わりよければ全て良しが座右の銘だった私が失敗ですよ? 拷問は嫌です、耐えれますけど痛いのは嫌ですし。いっそここで自殺した方がいいですかね? ねえどう思います隊長?」

「私から言えることは一つだけだ」

「なんですか?」

「黙れ」

「ハイ」

 

 壁越しでもお喋りな副隊長も隊長の命令ならばお口チャック。

 隊長は溜め息を吐いた。

 

 副隊長は自分が任務失敗の原因であると言ったが、厳密に言えばそれは間違いだ。いや何もないと言えばそれはそれで違うのだけれど。

 

 今回の作戦において隊長以外は捨て駒。隊長が目標をなんとしてでも確保することが今回の任務だ。

 

 とにもかくにも、隊長は敗北した。

 生身の人間相手にだ。IS乗りとしてこれ以上ない恥辱。そんな自分がどうして副隊長を攻められようか。

 

 少なくとも我々に明日はない。日本製府に引き渡されて情報を引き出そうと拷問されて死ぬのが関の山。

 いつか来る未来だ、悔いはない、後悔はない。

 最後にアンネイムドのただ一つの誇りとして死ぬまで口を割らないことを厳守し、目の前に来るであろう終わりをただただ受け入れるべく眼を瞑った。

 

 ………暗がりの中で足音が響く。

 誰か来る、ついにその時が来たかと隊長は眼を開けて彼女の問いに答えた。

 

「よう、気分はどうだ」

「あえて言うなら最悪だな、織斑千冬」

 

 先ほど対峙したときとは違う黒のビジネススーツを着こなした千冬を前に隊長は吐き捨てる。

 ただのスーツで武器も所持していないが、ここで襲いかかっても勝てる見込みがないことはわかっていた。

 

「お前たちの処遇だが、全員このまま帰ってもらう」

「………は?」

「聞こえなかったか? さっさとIS学園から荷物を纏め上げて母国に帰れ。お前たちのISも返してやる」

 

 投げ渡されたのは自分たちのファング・クエイク2機、ストライカー1機の待機形態だった。

 戦闘能力は軒並み取り除かれているが、それでも手元にISが戻ってきた。

 

 最大の幸運として交換条件の一つは提示されると思っていたが。まさかの無償釈放。

 流石の副隊長も声を出せず唖然とする。

 

「正気か? 人質ぐらいの価値はあると思うが」

「いるかそんなもん。と言いたいが学園の破損修理費と重傷者の治療費ぐらいは払ってもらいたいな。あとでうちの上司に取り立てて貰おう」

「何故そんな」

「変に波を立てれば血がのぼりやすいアメリカンのことだ。報復には報復をと過激なことをするのは目に見えている。こちらとしては被害は軽微、死者が出れば話は別だが出ていないのだからそこは些事だ。IS学園はアンネイムドとことを構えなかった、そういうことにしておけ」

 

 千冬が言い終わると同時に牢屋の鍵が一斉に開けられた。

 

 その言葉に嘘偽りないはない。それを問うことすら憚られた。

 隊長が知るなかで、ここまで堂々たる精神を持ち、真っ直ぐ人の眼を見て話す人物を知らなかった。

 

 強い、力だけでなく心も。

 

 完敗だ。何から何まで、自分は織斑千冬に勝てないということをありありと見せ付けられた。

 

「秘匿回線、xxx0891-DA」

「ん?」

「私の個人回線ネットワークだ。これで私と連絡が取れる」

「何故教える」

「さあな。だがお前になら教えられる。そう思っただけだ」

「随分と人間らしく喋るじゃないか。いいだろう、覚えておく」

 

 機密部隊の個人回線、それを教えるということは隊長のみならずアンネイムドとしても初の行為。

 お国に知られればどうなるか。それも考えた上で渡されたコードを千冬は脳髄に刻み付けた。

 

「そういえばお前には名前がないらしいが。なんと呼べばいい。いちいち名無しと言うのもつまらん」

「皆からは隊長、ネームレス1と呼ばれてるが。好きに呼べばいい」

「………カレン・カレリア」

「なに?」

「いま即興で考えた。お前は見るからに無愛想だからな。名前だけでも可愛くしておけ」

 

 カレリアは単純に響きだけだがな、と面白そうに言う千冬に何故か可笑しくなって笑った。

 

「フッ、特殊部隊のリーダーを捕まえて可憐か。趣味が悪いぞ」

「私からしたら可愛らしいことこの上ない。次会う時はもう少し愛想を覚えておけ」

「無様に負けた私には相応しいな。いいだろう。その名前、貰ってやる」

 

 去り際に千冬に向けた隊長、カレンのそれは能面のようではなく、とても人間らしい笑みだった。

 

 さようならを言わないのはせめてもの意地だったのだろうか。

 

「隊長隊長! 名前をつけられるってこれプロポーズと同義なのでは!? え、違う? ていうか私も名前欲しいです! いや元の名前は覚えているんですけどね? 隊長、名前つけて下さい! ニックネームでも可!」

「うるさいぞネームレス2。お前が惚れてるナンバー23にでもつけてもらえ」

「それはそうですね! 23! 名前つけてー! ついでに好きだぜ愛してる結婚しようぜー!!」

「うわ、副隊長困ります。自分はただの駒ですから!」

「良いじゃん良いじゃん! 同じセカンドマンにやられたもの同士仲良くしようぜい!」

「副隊長! 我々に恋愛など不要でって何処触ってるんですか! ヘルメット取らないで!」

 

 シリアスな空気は副隊長の手で速シリアルに。

 アンネイムドの異端児は伏線回収の如く23と名付けられた茶髪の男性に絡みに行った。

 

「随分と賑やかな奴だな。所属間違えてないか?」

「あれでもうちの最高戦力だ……」

「イレイズド、紹介してやろうか?」

「検討しておく」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「おっ?」

「どうしました?」

「あれあれ」

 

 視線の先には手を繋いで走る一夏と箒の姿が。

 二人とも満面の笑顔でなんとも楽しそうに走り抜いていた。

 

「あら微笑ましいですわね」

「これで夕日の方に走ってたら完璧だったんだがな」

 

 願わくば二人の姿を他ラバーズ、並びに女子に目撃されないことを祈らないばかりだ。

 

 昼間の続きと今日のご褒美ということでカフェテリアで俺とセシリアはお茶をしていた。

 ケーキの糖分がじゅわーーっと身体に溶け込んでいく気がする。

 

「今日は本当に」

「お疲れさまでした」

 

 疲れた。

 体力的にも精神的にも疲れた。

 偽物の俺が愛を叫びながら襲いかかってくるってどんなホラーだよ。一夏なんか俺の倍の数こなしたってよ、あいつスゲーわ。朴念神スゲーわ。

 

 あと副隊長のファング・クエイク見れなかったなぁ。

 機密とか色々あるんだろうけど。せめてフォルムを脳内に焼き付けたかった。あーー。

 

 何はともあれ、IS学園システムオールダウン&アンネイムド襲撃事件は無事に幕を下ろし。こちらの人的被害は楯無会長が重傷ということはあれど死者ゼロ一般生徒被害ゼロと言った上々の結果に落ち着いた。

 

「そいやどうだった。オーバードライブモード」

「前話していたものですわよね?」

「うん。あんな場面で見せたくなかったんだけどなぁ。調整も不十分で身体の負荷エグかったし、あれ現実世界でやってたら今頃全身筋肉痛だったなぁ」

「禁止機能じゃありません?」

「アウトだけど、ギリギリ規定ラインを切り詰めたんだよ。あの時は安全装置カットしてたし。実戦でやる時はもう少しマシになるよ」

「マシとは」

「んー、悪くて軽い筋肉痛になる程度?」

「それセーフですの?」

「セーフセーフ。戦闘機乗りと比べれば軽い軽い」

 

 戦闘機乗りは9Gカーブとかブラックアウトレッドアウトなんてザラだからな。

 ISにはそんなことないからほんと恵まれてるよ。

 

「今回はごめんなさい疾風。知らなかったとは言え、あなたに酷いことを言ってしまいましたわ」

「あー、応えたっちゃ応えたけど。一応俺を思って言ってくれたんだろ? 逆の立場だったら俺も言ってたと思うし」

「そう言ってくれるなら、助かりますわ」

「ていうかさ、最後の偏光制御射撃(フレキシブル)は痺れたなぁ。あんなアニメみたいな感じにギュイン! って曲がって背後の偽野郎ブチ抜いたのはスカッとしたなぁ。格好良すぎてハートぶち抜かれたわ。最後の一瞬死を知覚しかけたけど」

「でも信じてたでしょう?」

「信じてましたとも!」

 

 理屈や説明も出来ないが。

 あの時は大丈夫だっていう確信があった。

 

 セシリア・オルコットなら撃ってくれると。

 

「あと思い返してみればさ。俺嬉しかったよ。お前の願望が俺とのISバトルで、しかも代表になってて………夢とは言えあんなのに先を越されたのは我慢ならんけどもね!」

「フフッ。疾風ならきっとなれますわ。夢の中の疾風よりもっと強い国家代表に」

「むぅ、ありがとう」

 

 そんな笑顔で言われたら引くしかないじゃないか。

 ああもう可愛いなー! 

 

「そういえば。停電になる前に何か言ってましたわよね?」

「え? あっ、あーー。えっとだな………」

「はい」

「…………ートしないか」

「はい?」

「デートしないか。イギリスに行く前に」

「で、デート!?」

 

 デート。

 男女が日時を決めて会うこと。その約束。

 

 辞典的に特におかしなことは書いていないが。

 一般的に言うならそれは特別なお出かけを意味する。

 

 同性や複数人で行くのとは訳が違う。

 ましてや好きな人と行くならなおのことだ。

 

「街の方で映画見たり、ご飯食べたり、勿論嫌じゃなければだが」

「行きましょう! 行きたいですわ! デート!」

「そ、そう?」

 

 凄い乗り気だ! 

 良かった、断れたらどうしようかと。

 

「じゃあいつにしようか。明日は無理そうだから明後日とか?」

「ええ! デートと言えば待ち合わせですわね。学園の何処にしましょうか。いっそのこと思いきって街の待ち合わせスポットとか!」

「あ、いや。俺が部屋まで迎えに行くよ。あと、待ち合わせはなんとなくトラウマが」

「トラウマって。ああ、楓さんの」

 

 イギリス旅行に行った時に待ち合わせで待っていた楓が心なき者の手によって誘拐されてしまい。酷い目にあったことは今でも夢に見る。

 

 ブルー・ティアーズが万全の状態なら了承しただろうが。彼女を一人で待たせるのは不安が強い。

 セシリアもそれを理解しているから納得しようとしたが。やはり女の子にとってデートの待ち合わせはロマンであり夢なのだ。

 

「待ち合わせしたかった?」

「出来れば」

「んー、じゃあしようか」

「え、いいんですの?」

「学園内なら大丈夫だろうし。俺も出来ればしてみたい。場所は………IS学園入り口のアーチのところで」

 

 入り口のアーチ。

 それを聞いてセシリアは思い出す。

 

 俺とセシリアのターニングポイント。

 お互いの思いを吐き出し。再会を誓った場所。

 

 あの時も丁度こんな夕焼けだった。

 

「では明後日、アーチ前に集合で」

「わかった。プランだけど、なんか見たい映画とかある?」

「疾風が見たいもので構いませんわ」

「え、良いのか?」

「疾風のセンスに期待ですわね」

「うおぉぉ」

 

 これは責任重大だぁ。

 デートの定番恋愛もの? それともそれとも………

 

 明後日のデートの内容を決めるという幸せな悩みを抱えながらすすった紅茶は生暖かった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 知る人ぞ知る地下の高級レストラン。

 荘厳な中に落ち着きがあり、壁にはズラリと年代物のワインが並ぶレストランにて亡国機業(ファントム・タスク)の幹部であるスコールとオータムが来客を今か今かと待ちわびていた。

 

「なあ、スコール。本当に来るのか? あの篠ノ之束が」

「さあ?」

「さあって。てかなんで篠ノ之束の連絡先知ってるんだ?」

「あら、話してなかったかしら。私あの子と知り合いなのよ」

「初耳だな! え、なんで?」

「それは………来たみたいね」

「え、マジか」

 

 うさみみに水色のドレス。紫色の髪。

 ドアを開けて入って来たのは今まさに世界が追っているISの産みの親、篠ノ之束だった。

 だがそれは一夏の知る常に笑顔な束ではなく、ムスッとしたものだった。

 

「来たよ。わざわざこんなとこに呼び出してなんのつもり?」

「ごきげんよう篠ノ之博士。さ、まずはこちらにいらっしゃい」

 

 まるで親戚の子供に向けるような物言いにオータムは戸惑いを隠せない。

 束は特に抵抗することもなくスコールの向かいに座るが。その顔はいつものニコニコ笑顔ではなく不機嫌な仏頂面だった。

 

 スコールがベルを鳴らすと同時に料理が運ばれてくる。

 スペアリブにスープ、ワインなど、どれも一級品の代物だ。

 

「なにこれ」

「せっかく来てくれたんだからもてなしたいじゃない? 美味しいわよ」

「ふーん。まあ貰えるものは貰うけど」

 

 思いっきり不機嫌ですな束は微笑むスコール、何が起きてるのかわからず困惑するオータムをチラっと見てスペアリブにかぶりつく。

 スープも皿で飲み干しワインも一息。デザートを啄みまた肉を食らう。

 

「おかわり!」

 

 次々と運ばれてくる肉をテーブルマナーなど知らぬとばかりに食らいに食らって。またワインを飲み干して無造作に口をぬぐった。

 

「お気に召したかしら」

「美味しかったよ。クーちゃんのパンの方が美味しかったけど」

「それは良かったわ」

「毒の一つや二つ入ってると思ってたんだけど」

「必要ないしあっても効かないでしょ、あなた」

 

 絶えず大人の余裕を浮かべるスコールを相手に痺れを切らしたのか頬杖をついてスコールに問うた。

 

「それで? この束さんを呼び出した訳は?」

「我々亡国機業(ファントム・タスク)への協力、及び新造IS、又は新装備の提供を」

「ジョークで言ってるなら笑えないし。私があんたらを嫌いなのわかって言ってるの?」

「正確には我々ではなく、我々の上に居るもの、でしょ?」

「等しくあんたらも嫌いだっての」

「あらつれないわね、束ちゃん」

(た、束ちゃん!?)

 

 あの篠ノ之束をしてまさかのちゃん付け。

 恋人のとんでもない一面に更に戸惑うと同時に、流石スコール! そこにシビアコ! というアホい思考が混ざってオータムは変な顔になった。

 

「なんとも久しい呼び方だね、スコールおばさん」

「おばさん!? スコールお前束の叔母なのか!?」

「いまのは普通にマダム的な意味よ」

 

 とうとう我慢できなくなったオータム。

 スコールは常に笑みを絶やさずにクスクスと笑うなか束は以前不機嫌のまま。

 

「ていうかさあ………」

「?」

「交渉するんなら隣の奴なんとかしてくれないかな」

「っ!」

 

 指でいじっていたスプーンを右に投げつけると、何もないところでカンと弾かれた。

 その拍子で光学ステルスが解け、サイレント・ゼフィルスに乗ったMが露になった。

 

「バレないと思ったの? さっきから殺気ダダ漏れでうざかった」

「まさか。一応こちらも警戒してるのよーってポーズよ。開幕殺されるのなんて嫌だし」

「あっそ」

 

 束はスコールからMに視線を移した。

 しばらくじっと見つめていると、束は「ハッ」と小馬鹿にするように笑った。

 

「誰かと思ったら。君、眼鏡君にボッコボコにされたクソザコ蝶々じゃないか」

「なっ!」

「あれは面白かったなぁ。優位に立ってると勘違いした挙げ句一方的にボコボコにされて涙目になってんの!」

「貴様………」

「その癖セシリア・オルコットを弄んでいたと思ったら最後に一泡吹かされて激昂したところを顔パン? 流石に超ダサくてこの束さんも吹き出したよ、蝶だけに!」

「黙れ!!」

 

 元々乗り気でない同行にイラついていたMにその煽りは堪忍袋の緒を全斬りさせるには充分過ぎた。

 ビットを展開して束を包囲、スターブレイカーのバヨネットを束の首筋に当てた。

 

「やめなさいM、武器を下ろしなさい」

「ああいいよいいよ。こんな勘違いイキり女に束さんをどうこう出来る訳ないし。あっ、デザートくださーい」

「いい加減にしろよ! 人類最高(レニユリオン)だかなんだか知らないが。人の身でISに勝てる道理など………」

「さえずるな、殺すぞ」

「いっ!」

 

 震え上がるような低音にマドカは思わず後退り引き金を引いた。

 だがそれは怒りからではなく、恐怖からの防衛本能からだった。

 

 レストランの絨毯に弾痕が刻まれるが。束は一瞬姿を消し、そっとライフルの上に立った。

 

「なっ、はっ?」

「なんか勘違いしてるね。私は天才天才ってもてはやされて頭脳だけだーって思ってる奴いるけど──肉体も細胞単位でオーバースペックなんだよ」

 

 そこからはもうあっという間だった。

 なんのツールも使わず10の指で霧散したスター・ブレイカー。包囲していたビットも踊るように分解され、サイレント・ゼフィルスを構成するパーツを手足、胴の順番に解体し。最後は首根っこを捕まえて頭部アーマーがバラされ、Mの顔が露になった。

 

 このまま痛め付けて身の程を教えてやろうと思った束だがMの顔を見るなりキョトンとした顔でジロジロ見始めた、と思ったら行きなり笑いだした

 

「ん、んーー? アハ、アハハハハハ! ちょっとなにこれ! とんだサプライズじゃない! アハハハハハ! これどこで拾ってきたのスコールおばさん!」

「ちょっと訳ありのルートでね」

「ふーん。君、名前は?」

「お………織斑、マド、カ」

「へー、織斑で、マドカ、ねえ。マドカってどう書くの? 円満の円に夏? それとも家族団欒の(まど)に華? それともそれともーー…………万と冬と夏で【万冬夏(マドカ)】、だったり?」

「!!?」

「あれ当ったりー? やったぁ! 束さん天さーい! しっかしそれ自分で付けたのー? 一と千を越える(よろず)に夏と冬の欲張りセットってさぁ? てか良く生きてたねー君。あの時全部消したと思ってたのになぁ」

 

 全てを赤裸々に晒され、マドカは何も出来ずにただただ立ち尽くすのみだった。

 何故ならその名前、万冬夏の名はスコールにさえ教えていないのだから。

 

「余興は済んだところで、そろそろ本題と参りましょうか」

「本題? さっきのが本題じゃないの?」

「あんな詰まらないことであなたを呼ぶ訳ないじゃない。我々亡国機業(ファントム・タスク)。いいえ、モノクローム・アバターの目的は………」

 

 スコールが一言二言を口にすると、束は僅かに表情を変えた。

 篠ノ之束が、スコールの目的に興味を向けたのだ。

 

「本気?」

「本気よ。その為に亡国機業(ファントム・タスク)に入ったのだから」

「ふーーん………いいよ乗って上げる。あなた達モノクローム・アバターに」

「よかった。これから宜しくね、束ちゃん」

「宜しく、スコールおばさん」

 

 握手を交えることはなく、両者不穏な笑みを浮かべたままここに協定が結ばれた。

 

「束ちゃん?」

「なに?」

「握手するなら右手を出して欲しいかなぁ」

「うっさい」

 

 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 束とスコールの間に密約が交わされた時、クロエは

 IS学園の物資コンテナターミナルにいた。

 

 コンテナ中には食料、生活必需品に加え。ISの弾薬、新装備サンプルなどが送られることもある。

 

 そんな港近くの倉庫にて銀髪の少女が汽笛の音を聞きながら情報整理をしていた。

 

「任務完了。即時撤退を」

 

 近くのカフェにでも行こうと思ったが長居するには危険。センサーを欺瞞してるとはいえ、万が一千冬が来ようものなら捕獲されるリスクもある。

 

 早く主の元に馳せ参じようと銀髪の少女、クロエは歩を進めた。

 

「止まれ」

「………」

「手を上げてゆっくりとこちらを向け」

「はい」

(はいって言いながら要求ガン無視かよ………)

 

 手も上げずくるっと一回転半でこちらを向くクロエに疾風は呆れつつ部分展開したイーグルの右手を向け続ける。

 

 セシリアと別れた時不意に目に入った見知った銀髪、だが服装がハイカラで違和感があった。

 ラウラは真面目で学園内は余程のことがない限り制服。現にラウラは千冬に言われた一言が原因で今もうなされている。

 

「ラウラ、じゃないよなやっぱり」

「お初にお目にかかります。私はクロエ、クロエ・クロニクルと申します」

「これはご丁寧にどうも。んで、学園の生徒じゃないよな。アンネイムドにも見えないし………もしかして学園をハッキングした黒幕だったり」

「流石ですね。織斑一夏と正反対で勘がよろしい」

「当たりかよ………」

 

 これは薮蛇を踏んだな。

 即座に意識を集中、コンマ0,5秒で全身武装に移行した。

 

「悪いが拘束させてもらう。抵抗するなら手足の一つは保証しないからな」

「これは乱暴な。ですが私は運が良い。こういうのは棚からぼた餅、瓢箪に駒と言うのですよね」

 

 クロエは微笑むと同時に閉じていた双眼を開いた。

 その目は白目が黒、黒目が金色という特異な色だった。

 

越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)!? なんでお前が」

「時間も押してますので手早く行かせて貰います」

「こいつ!」

 

 警戒から戦闘認識に、疾風は非殺生出力に下げたプラズマバルカンをクロエに当てようとしたが、弾丸はクロエをすり抜けて地面に当たった。

 

「ホログラム!?」

「ばかめ、それは残像だ。正確には幻影ですが」

 

 トン、とハイパーセンサーに感触が。

 次の瞬間クロエが疾風の眼前に現れた。

 

「では、覗かせて頂きます」

「っ!!?」

 

 振りほどこうとしたがもう遅く。

 クロエに触られた瞬間。疾風の意識が遠退いた。

 

 

 

 

 

 

 

『こんなところで、止まれるかっ!』

『オーバードライブ、レディ』

 

 

『行くぞ簪! パワードスーツDA!』

『うん!』

 

 

『違う! あれは会長の仕業で!』

『わたくしが疾風の声を聞き間違えるとお思いですの!?』

『そうじゃなくて! 確かに俺は言ったかもしれないがそれは俺の意思じゃ』

 

 

 なんだ、何を見せられている? 

 

「ここは貴方の記憶領域。ISを通じてアクセスさせて貰っております」

 

 記憶、だって………? 

 

 先程クロエと名乗った少女の声が頭に響いた。

 

 ビデオの巻き戻しのように過去の記憶が移り変わる。

 様々な体験、日常。記憶の海をクロエはドンドン遡っていく。

 

 

 専用機タッグマッチ。

 

 キャノンボール・ファスト。

 

 学園祭。

 

 夏休み。

 

 臨海学校。

 

 セシリアと再開し、初めてISを動かした日。

 

「もっと深く………」

 

 景色が早回しになり、記憶の中で揉まれた。

 

 目まぐるしい景色を前に思わず目を閉じる。

 

 何処が上で何処が下かわからず俺は記憶の奔流に飲み込まれた。

 

 一瞬、もしくは悠久の時間がたっていって………

 

 

 

 

 

 

 

 ………………ゴポポン………

 

 

 

 

 ????? 

 

 なんだ、これ! 水? 水の中にいるのか? 

 

 自分が水の中に沈まれてるような感覚。

 だが手足は動かせず、かろうじて目が開くだけで。

 

 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ん? え? なに? これ? 

 

 飛び込んだ視界には。なんだ、本当に。

 

 自分は何かの中にいて。液体の中で漂っている。

 

 視線を動かすことも出来ず、ただただ前を見ていて。

 

 水槽? 液体で満たされた何かの中に俺は居た。

 目の前には何処かわからないが、見たことない機械がズラリと並んでいて、ホログラムがひっきりなしに明滅している。

 

 頭の処理が追い付かないなか呆然と目の前の光景を見ることしか出来ない。

 すると誰かが外に。

 

 白衣を来ていて、髪は黒い。だけど顔が見えない。

 

『もう…ぐ。も…すぐよ………』

 

 女の声? 聞いたことあるか、それともないかも分からない。

 誰だ、そこにいるのは誰だ!? 

 これは一体なんだ!! 

 

 わからない、何もかもわからない、

 こんなの記憶にない。あるはずがない。

 

 これは、本当になんだ? 

 なんの冗談だ? たちが悪すぎる。

 

 これじゃまるで………まるで………

 

「あ、ああ………」

 

 言い様のない恐怖が襲いかかる。

 全てを拒絶するような悪寒。目を閉じたくても閉じられない。

 

 これ以上認識するなと言うように頭が割れるように傷んだ。

 

「ああ、ああああアアアアアアぁぁぁぁぁーーーーー!!!」

 

 激痛の中、それでも眼は見開いたままで………

 

「もっと、もっと深く」

 

 彼のルーツを余すことなく。彼の痛み、嘆きを無視しクロエはもっともっとと記憶の底に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おっと。これ以上苛めるのはよしてくれよ?』

「っ!?」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「うっ!?」

 

 イーグルからプラズマが放たれクロエが弾き飛ばされた。

 

「え? え!? なに………?」

 

 何が起きたかわからないとクロエは頭を抑える。

 

 物理的に。否その前に情報的に弾かれた。

 

 弾かれる筈はない。彼女のIS【黒鍵】の前にISの防御能力は無意味。

 全てを洗いざらい調べ尽くす、そんな筈だったのに。

 

 目の前の疾風は気を失ったまま。そのはずなのに、ISが勝手に防御行動を取った。

 

 気を失った疾風はそのまま後ろに倒れ………なかった。

 途中で止まり、まるで操り糸に引っ張られるように状態を起こした。

 

『………んん、ああ………出てしまったのか。まだこんな段階じゃないはずなんだが、なぁ?』

 

 ゆっくりと、ゆっくりと顔を上げ。閉じていた眼を開いた。

 その眼を見た時、常に冷静沈着なクロエは思わず息を飲んだ。

 

 疾風の目が、虹彩が、空色に光っていたのだ。

 まるで越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)のように。

 

『どうした? 何を驚いている? オレの姿がそんなにおかしいかい?』

「あなた、誰?」

『オレ? オレは疾風・レーデルハイトだが?』

「違う、違う! お前は、誰だ!?」

 

 疾風の声、疾風の笑み。だが違う、なにもかも違う。

 

 何かはわからないが、目の前でISを纏って笑う彼は疾風ではないとクロエの本能が叫んでいた。

 

 そしてここで排除しなければならないことも! 

 

「ワールド・パージ!」

 

 黒金色の両目をカッと見開くと同時に黒鍵の能力を起動。倉庫だったものが真っ白に塗りつぶされた。

 

『ハハ、生体同期型のISとは。母も悪趣味な物を作る』

「答えなさい、あなたは何者ですか」

『答えてやる義理はないな。人の頭に土足で踏み入ろうとするものには、なっ!』

 

 イーグルがプラズマを放出すると同時に、白色世界が削り取られ。幻影が霧散した。

 

「ワールド・パージが!?」

『大気中の成分を変質させて幻影を作り出す、か。セシリア・オルコット達を電脳空間に閉じ込めたのも、そのISによるものか………しかし種が割れればこの通り』

「何をしたのです!」

『ん? プラズマを媒介に少しばかり空間を小突いただけだが? この程度で破れるとは、案外大したことないな?』

「くっ! ゴーレムⅢ!!」

 

 クロエと疾風の間に一週間前に襲撃してきたゴーレムⅢが現出した。

 

『成る程。ISのボディが無い分、余ったキャパシティでIS1機まるごと格納したのか。で、それでどうするつもりだ』

「あなたは抹殺する! 束様のためにも!」

 

 危険分子は排除する。

 彼女の思考に直結するようにゴーレムⅢがブレードを振り下ろす。

 当たれば必殺の刃。だが疾風は慌てることなく静かに呟く。

 

『……オーバードライブ』

 

 一瞬、閃光が走ると同時に疾風がクロエ目の前に現れ、喉元にプラズマの刃が、そしてビークビットが彼女を囲んだ。

 ワンテンポ遅れて疾風の背後でゴーレムⅢがバラバラのスクラップとなった。

 

 オーバードライブで過剰放出されたプラズマが収まり、彼の手にはゴーレムⅢのコアがエグり出されていた。

 

『ん? 心がないな。量産優先のコアか。フフッ、弱いはずだ』

 

 人の反応速度ではない。現にクロエは彼が目の前に出るまで知覚することすら出来なかったのだ。

 

『シールドジャミング。自ら生み出したISのアイデンティティを全否定。しかも敵味方無差別に無効化とは。完璧主義者な母にしては欠陥が過ぎるのでは?』

「さ、先程から母って。束様のことを言ってるのですか? じゃああなたは………」

『フッ』

 

 搦め手を吹き飛ばし、切り札の無人ISも一瞬で破壊された。

 打つ手がない、クロエは現状打破は不可能と絶望しかけた。

 

「おい、そこでなにを! レーデルハイト?」

『……織斑千冬』

「!!」

 

 疾風の意識が突如現れた千冬に向けられた瞬間クロエはワールド・パージを再発動。

 自身の姿を消し、その場から脱出した。

 

 クロエが逃げたことを確認すると疾風はISを解除した。

 

『遅かったな織斑千冬。もう少し早く来て欲しかったな』

「おまえ、いや貴様! レーデルハイトを返せ!」

 

 疾風の眼を見るなり千冬が戦闘態勢を取った。

 アンネイムドの隊長相手でも冷静でいた彼女が教え子を前に全力で警戒している。

 

 そんな彼女を前にして疾風は彼らしくない笑みを浮かべる。

 少なくとも、千冬を前にしたいつもの疾風の反応ではなかった。

 

『落ち着けよ。一時的に出ているだけだ。直ぐに返すさ』

「信用できると思うのか!」

『俺はコイツを、疾風・レーデルハイトのことを大切に思っている。出なければこんな風に出て守るわけないだろう? 俺は()とは違う。それはお前も分かっているはずだ、白騎士の乗り手よ』

「………」

 

 空色に光る眼は真っ直ぐ千冬の眼を見つめる。

 その眼差しはとても優しく、それでいて鋭かった。

 

 途端に眼の光が点滅する。

 

『おっと、時間切れだな。織斑千冬、後は任せた………マスターを宜しく』

 

 言い終わると同時に疾風の身体から力が抜けた。

 

 倒れ伏す彼を受け止めた彼女は即座に呼び掛ける。

 

「おいレーデルハイト! レーデルハイト!!」

「ん、んん。あれ、織斑先生? なんで………」

「よかった。大丈夫か?」

「ええ、はい。あっ、さっきの………なんか凄い、眠い」

「無理をするな。休め」

「すいません、お言葉に甘え、て………」

 

 再び眠りについた彼を見て千冬はホッと息を吐いた。

 間違いなく彼女の知る疾風・レーデルハイトだったから。

 

 直ぐ様千冬の目が険しくなる。

 目線の先には彼の胸元、スカイブルー・イーグルの待機形態であるバッジだった。

 

 先程の疾風とは違う疾風。

 その正体を千冬は見抜いていた。

 

「レーデルハイト、何故お前が………」

 

 ボソりと呟いた千冬の声は、船の汽笛によって掻き消された。

 

 何かが起こる。そう感じざる終えない程の緊迫感が千冬を襲う。

 

 激動の幕は、直ぐそこまで迫っていた………

 

 

 

 

 





 ワールド・パージ編、最終話、いかがでしたでしょうか!
 いやーこんな不穏な終わり方したの初めて!ドキドキしますねぇー。

 束とスコールは原作とは対照的に大人と子供の対談のようでしたね。スコさんが更に強キャラ。
 マドカのネーミングはTwitterの同士との情報を元に作成しました。やはり自分と違う見解を持つ人と話すとインスピレーションがモリモリと。

 さて、次回ですが。第一部、最終章です!
 疾風とセシリアのデートの行方、ミサンドリーおばさんや。そして明かされる衝撃の真実!少年少女の未来はいかに!!

 頑張ります、ええ頑張りますとしか言えませんとも。

 では皆さん、最終章【比翼連理(スカイブルー・ティアーズ)】編でお会いしましょう!
 ではでは!



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最終章【比翼連理(スカイブルー・ティアーズ)
第123話【デート、そして………】




 第1部最終章、開幕。

 比翼連理。
 これは二人の物語。
 共に飛び立つ為の物語。
 


 

 ゴポッ………ゴポポ………

 

「もうすぐ、もうすぐよ………」

 

 コポポン………

 

「お願い………」

 

 プクブクク………

 

「帰ってきて……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ううぅ………」

 

 重苦しい身体を立ち上げる。

 手を顔に当てて大きく息を吐く。

 

「またか………」

 

 目覚ましよりも少し早い目覚め。

 目覚ましで起きると夢を忘れると思ったのに………バッチリ覚えてる。

 

 あの時、クロエという少女の干渉で見た存在しないはずのビジョン。

 彼女が嘘を言ってるようには見えなかった。あれは本当に俺の記憶なのか? 

 

 液体で満たされた容器の中から何かを見る夢。

 夢とは思えないリアリティー。全く覚えがないのに、身体が覚えてるような嫌な感覚。

 

「………俺は疾風・レーデルハイトだ」

 

 アリア・レーデルハイトと剣司・レーデルハイトの息子で。グレイという兄と楓という妹がいる何処にでもいる高校生。

 

 ただ一つ違うのは男なのにISを動かせるということ。

 

 そう、何故か俺はISを動かせる。

 どうして動かせる? 確率的なもの? それとも………それとも人為的なもの? 

 

 だとしたら俺は………いったい。

 

 ピピピピ! ピピピピ! ピピピピ! 

 

 アラームが鳴った。

 

 行かないと。

 

 今日はセシリアとのデートだ。

 

 ………行っていいものか、いや行かなきゃ! 

 

「夢だよあれは。馬鹿馬鹿しい………」

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園ゲート前。

 ギリギリに出てしまったのにセシリアの姿がない。

 約束の時間まであと5分だが………

 

 ジワりと嫌な汗が出てくる。

 もしかしてあの時と同じなんじゃ………

 

「疾風ー! 遅れて申し訳御座いませーん!」

「セシリア………おお」

 

 遠くから走って来たセシリアを見て思わず声が出てしまった。

 上は白、下は青。上はフリルが沢山あしらわれたとても可愛らしい物で、スカートは無地の青に見えて細かい刺繍が施されて所々銀色の糸が光っていた。

 

 何よりも眼を引いたのは髪型。

 いつものロングヘアーではなく三つ編みに纏められてうなじが見えていて大変眩しくなっていた。

 

 可憐で美少女で美人で。

 改めてセシリア・オルコットが如何に人間離れした魅力の持ち主であるということがありありと見せつけられた。

 本当に学生なのかなこの娘。

 

「はぁ、ふぅ。ごめんなさい、お待たせしましたわ」

「いやぁ。俺も今、ほんと今来たところでして」

 

 デート待ち合わせのお決まり文句を口走ってしまうほど俺は思考停止してしまった。

 さっきまで考えていた悩みなど吹き飛ばされてしまった。セシリア凄い。

 

 ていうか胸元少し空いてない? ほんの少し谷間が見えるような気がするけど、うん幻覚じゃないな!? 

 

「それ、この前のインフィニット・ストライプスの服ですか?」

「あーうん、良さげでオシャレっぽいのこれしか無くて。いやいや俺はどうでもいいよ、セシリアの」

「わたくしの?」

「………」

「もしかして似合ってないです?」

「似合ってる! 凄い似合ってる可愛いし綺麗だし魅力凄くて卒倒しそうだったし! 世界一可愛い!!」

「ほ、褒めすぎですわ、お馬鹿」

 

 照れてる! 可愛い! このお嬢様可愛すぎる! 

 

 マズイ、限界オタクになりそうだ。

 手遅れかもしれない、いや手遅れでもいい! 

 

 それからセシリアの身姿を脳髄のあちこちに刻みつけたあとモノレールへ乗って気付いてしまった。

 

「しまった。俺たちなんも変装してないじゃん」

「必要です?」

「いや要るでしょ。セシリア目立つし、何処にパパラッチが潜んでるか分からないし。今からでもマスクとサングラスを」

「嫌です。それでは疾風の顔が見えないではありませんか」

「いや、だけどさ」

「わたくしと噂になるのはお嫌ですの?」

「それは………………イヤジャナイデス」

「ではなんの問題もありませんわね! どうせなら」

 

 スルッとセシリアの腕が俺の腕に絡まり、胸押し当ててきて、きてぇ!? 

 

「こういう風にしましょうか、折角のデートですし!」

「え、いや、ちょ。流石にそれは」

「嫌ですの?」

 

 ヴァ! やめて! その首をかしげながら上目遣いしないで! 

 流石に恥ずかしいのか頬を赤らめるがそれがブーストされて髪型も違うからギャップがあるし何より谷間がより深くっ! 

 

「せ、せめて。服を掴むで、勘弁してください………」

「しょうがないですわね」

 

 耳を真っ赤っかにしながら出たか細いお願いが届き。名残惜しげ腕の拘束が解かれ、セシリアの白い指先が袖を掴んだ。

 

「イヒッ!」

 

 な、なに。ツーって。頸動脈をなぞるようにセシリアの指先が当たって。

 セシリアは確信犯とばかりに微笑んでいる。

 

「どうかしましたの?」

「な、なんでもない」

 

 な、なんだなんだなななんだ? 

 セシリア何時もより積極的。ほんとどうした? なんかセシリア色っぽいし、凄い大人に見えるんだけど! 

 

「あんまり、煽らないで下さい」

「あら何のことかしら」

「男はみんな狼なのよ」

「わたくし襲われてしまいますの?」

「そういうことではなくて、あー駅ついたよ、行こう!」

「あっ、もう………」

 

 デートって凄い。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

(掴みは上々、ですわ)

 

 急ぎ足で前を進む疾風。疾風の願い通り服を掴むだけだがそれでも疾風には効果があった。

 

 疾風にデートを誘われて有頂天だったセシリア。

 一夏じゃないのだから、もしかしたらもしかするかもしれない。そんな期待を胸にベッドへダイブしたわけだが。

 

「わたくしデートなんて初めてですわ!」

 

 言い寄ってくる男は千を越えるセシリアだが交際経験は当然ありはしない。

 雑誌やネットを見てもありきたりな情報しかなく自分が欲しいこれだ! というのがない。

 

 友人に相談しようにも。

 一夏ラバーズは恋愛惨敗記録保持者ばかり、疾風ラバーズにはどの面下げて相談に行けようかという始末。

 

 となれば………

 

「もしもし、チェルシー?」

 

 専属メイドである。

 

「どうかなさいましたかお嬢様」

「実は明後日疾風とお出掛けをするのですが」

「デートですね」

「そそそうとも言いますわね!」

「お嬢様。今から慌てるようでは本末転倒です」

「慌ててるから電話しましたのよ?」

 

 それもそうですねとチェルシーは一旦空白を挟んでセシリアに問い返す。

 

「お恥ずかしながらわたくし。デートの経験はありませんので、お嬢様が望む答えを出せるかはわかりません。ですが不詳このチェルシー、必ずやお嬢様のお役にたって見せましょう」

「チェルシー!」

 

 やはり頼りになるのは専属メイドにして長年の幼馴染みである彼女、チェルシー・ブランケット。

 

「お嬢様はどういうデートをお望みでしょうか」

「どういう」

「先ずはコンセプトを決めなくては着ていく服も決められません。友人として行くのか、それとも恋人として行くのかで違ってきます」

「どちらでもない、中間の時は」

「ふむ。お嬢様は疾風様と恋仲になりたい、ということでしたよね」

「ええ」

 

 それはもう偽るつもりはない。

 疾風とは良き仲になりたい。もしかしたら疾風から告白されるかもしれないという期待さえある。

 

 セシリアも鈍くはない、疾風が自分をどう思ってるかは100%ではないが気づいている、つもりだ。

 

「ではお嬢様。服装は大胆すぎず、幼すぎずで行きましょう。確か胸元が空いている服が2着ほどあった筈ですがフリルのついた可愛さのある方を。可愛さと大人っぽさの同時攻撃で疾風様をドキマギさせるのです」

「どぎまぎ」

「そして下着ですが。2ヶ月前に買ってトランクの二重底に隠していた少し大胆な勝負下着がよいでしょう」

「チェルシー!? 何故それを、誰にも話さずこっそり買ったのに!」

「わたくしはお嬢様の専属メイド。それ以外に説明は必要でしょうか?」

 

 時々自分のメイドが何者なのかと思う。

 MI6並みの秘密組織の出身なのではなかろうかと思うほど。

 

「というか着ませんわよ!? 今回はそういうことをする訳ではないのですから!」

「お嬢様。何も勝負下着は性行をするだけのアイテムではありません。文字通りここぞという時に勝負をかける、そんな気持ちを後押しするアイテムでもあるのです」

「聞いたことありませんわ」

「自論ですから」

「チェルシー!」

「まあまあ。あながち間違いでもありませんし」

 

 弄ばれた感はありつつも妙に説得力があるのでとりあえず頭の片隅に置いておいた。

 

 そのあと服装なり気を付けることなど細かくアドバイスをもらった。

 なんだかんだ言ってセシリアのことをわかっているチェルシー。アドバイスは実に的確だった。

 

「ありがとうチェルシー。これで明日は大丈夫ですわ!」

「光栄でございます」

 

 パーフェクトだチェルシー。そう言ってしまいそうになる有能っぷり。

 セシリアは果報者である。

 

「………」

 

 完璧、準備は完璧だ。

 だが本当にそうか? と頭によぎる。

 

 待ちに待った疾風とのデート。ガッカリさせたくない。楽しんでもらいたい。だけどそれでいて意識して欲しい。

 

 あわよくば──告白して欲しい。

 

 欲張りだ。以前のセシリアはこうではなかった。

 そんなことを考える暇もなかったし。近寄ってくる男はどれもどうしようもない。自分のことしか考えない人ばかりで。

 

 でも疾風は違うのだ。

 家族や召し使い以外で一番自分のことを考えてくれる人。

 

 今回のデートは失敗したくない。

 ちゃんと疾風に楽しんでもらえる。また行きたいと言ってもらえるようなデートにしたい。

 

「お嬢様」

「?」

「疾風様にはそのままのお嬢様で良いと思います。イギリス代表候補生でも、オルコット家当主ではなく。ありのままのセシリア・オルコットでいいのです。だから楽しむこと、多くは望まずに、ただ楽しんできて下さい」

「ありがとうチェルシー。私、頑張りますわ!」

 

 疾風はいつも対等に接してくれている。

 変に色眼鏡を使うことなく、共に笑い、共に戦ってきたのだ。

 

 セシリアの中に残っていた最後の不安がなくなり、変わりにやってきたのは心地良い期待と楽しみだった。

 

「それはそうとお嬢様。やはり少しぐらいドキドキさせるのも必要です」

「さっきと言ってること違いません? ですが聞きましょう」

 

 

 

 

(決して背伸びせず、それでいて女らしさを出して意識させる………結構恥ずかしいですけど、ほんの少しはしたなくてもバチは当たりませんわよね)

 

 セシリアの考えなどいざ知らず、雰囲気の違うセシリアに翻弄され。いつもの飄々とした彼ではなく年相応な男子の反応を見せる疾風にセシリアは優越感を得て………

 

(ダメダメ! ダメですわ! これは勝負ではないのです! 疾風により意識してもらうためですから。自然体に、時々女を出していかなければ)

 

 それでいて楽しむこと。

 チェルシーの教えを完遂すべく、いつもより一歩踏み込んだセシリアは袖を掴む手を強める。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「映画、面白かった?」

「ええ! ISでの空中戦は経験ありますか。戦闘機のドッグファイトも心が踊りましたわ! 特に前作の主役であるF-14が出てきたときはもう、もう心臓がドキドキして!」

「よかったぁ」

 

 楽しそうな笑みを浮かべるセシリアに思わずガッツポーズポーズ。

 

 今回選んだ映画は昔大ヒットした海軍戦闘映画の続編。

 万年大佐の主人公が教官になって若者を導き。多彩な人間ドラマを繰り広げる超大作。

 

 デートらしく恋愛映画を見ようとも考えたが。もし外れだったら最悪だしあからさま過ぎるということで却下。

 実は一度見たことある映画だったが、文句無しの神映画だったから不安要素もないし。二回目も見ようと思っていた。

 さりげに恋愛要素もあったし、チョイスとしては丁度良かったのではなかろうか。

 

「しかしあのミッションをISでやるとなるとそれはそれで結構ヤバいよな」

「相手も索敵用のISは出しますでしょうし。正面突破はなかなか困難でしょうね」

「成層圏の真上から急降下攻撃して高機動パッケージで離脱って感じかなぁ」

「むしろ高高度からの狙撃が宜しいのでは?」

「おっ、セシリアの出番だ」

「流石のわたくしも経験はありませんわね」

 

 まあ自分たちに置き換えて妄想するのはIS乗りとしては当たり前だからそれはいいよね? 

 

 しかし作中冒頭に出てきたマッハ10の戦闘機。

 ISであってもあれと追従出来るものはそうはないだろう。

 いつかああいうIS以外の化け物マシンが出てくることはあるのだろうか。

 

 それにしても………

 

「なあ、あの金髪の女の人凄いんだけど。声かけようかな」

「やめとけ隣に彼氏いるだろ」

「凄い、モデルさんみたい………でも隣の眼鏡の人もいいなぁ」

「でもどっかで見たことあるよね。どこだっけ」

 

 よし、よしよし! 周りからの評価は悪くない、むしろ良い! 

 やっとセシリアの隣にいると認められた! 前まで空気扱いだったり散々だったからな! 

 

 セシリアにもカッコいいと………

 

 そういえばカッコいいって言われてなくない? 

 

 いやいやいや他人から見てお似合い判定くれてるということは大丈夫なはず! 

 いやバカモン! 有象無象の評価よりセシリアからの評価の方が大事だろ! 

 

 どうしよう。もし。この人雑誌の服装まんまで来ましたわ、面白みのない………なんて思われていたら! 

 

「疾風、どうかしました?」

「えっ! あー、なんでもないヨ」

「素直に言わなければ腕を組みますわ。それはもうギューっと」

 

 ごめんなさいまだ公衆の面前でそれをやる覚悟決まってません! 

 

「俺の服装、どう? 他に買う服なくてそのまま引っ張ったけど………」

「似合ってますよ」

「どれぐらい?」

「雑誌を3冊買うぐらい格好いいですわよ」

「そ、そうか! 良かった」

 

 なんか返答としてはおかしかったような気もするが褒められたからヨシ! 

 ありがとう! インフィニット・ストライプス企画担当! ありがとう黛姉妹!! 

 

「疾風、服を買いにいきましょう」

「え、いや今日は」

「また出掛ける時同じ服で行きたくないでしょう?」

「いいのか?」

「ええ。わたくしも買いたいものありますし、疾風の服、選んでみたいですわ」

「じゃあお願いしますセシリア先生」

「ええ、では」

 

 セシリアが俺のそでではなく手を取って歩きだした。

 慌てて離しそうになったがセシリアがギュッと力を込めて話さない。

 

「お、おい!」

「わたくしに隠れて不安になった罰ですわ」

「罰判定なのそれ!?」

 

 セシリアにされるがまま映画館を後にした。

 

(まったく。少しは自分の格好よさを自覚して欲しいですわ)

 

 連れに熱視線を送る他の女性に牽制するようにセシリアは恋人繋ぎに変えながら俺を引っ張っていった。

 

 

 

 

 

「これはどうでしょうか! それともこちら? もう少しワイルドに攻めてみます?」

「………おまかせ致します」

「はい!」

 

 ニッコリと、それはもう楽しそうに俺をコーディネートするセシリア。次から次へと持ってくる服に圧倒されながらも笑ってしまう。

 デパートの呉服店に入って直ぐに試着に試着を重ねて見事に着せ替え人形です、ありがとうございました。

 あまりの勢いに店員さんも遠目から見守る始末。

 

 ………ここからここまで買います、ってマジであったんだな。

 マジで買う勢いだったからな、止めたのは間違いではないよな英断だよな俺。

 お嬢様なんだなぁ、セシリアは………

 

 しかも俺のために服を買うとか。デートで女性に金を払わせることは思うところがあるので男として払おうと思ったが。

 

「男が払わないと行けないという世論の風習を否定するつもりはありませんが。逆が駄目というのは納得いきませんわ。わたくしが疾風にプレゼントしたいのです。お金の心配? 誰に言っているのですか、まったく」

 

 笑いながらそう言われちゃあなぁ。男でも引かざるを得ないというか。

 俺も金持ち出身とはいえ、当主であるセシリアとは財力の格が違う。

 

 情けないと思っちゃいけない、地力が違うし。他人の好意は素直に受け取るってことで。

 

 しかし流石はセシリアというべきか。持ってくる服がどれも良いなぁと思うものばかり。

 ワイルド方面でヒョウ柄持ってきたのはギャグだと信じたいが。

 

「あのー」

「ん?」

「もしかして、疾風・レーデルハイトさんですか?」

「え、ああいや人違いで」

「いやいや絶対にレーデルハイトさんですよね! 私キャノンボールファストの時からファンなんです! サイン下さい!」

 

 うお、アグレッシブ………

 

 訪ねてきた女性がノートとペンをぐいっと渡してきた。

 大学生ぐらいだろうか。ノートの表紙には高校では習わなそうな教科が書かれていた。

 

 観念したように俺はノートの一番最後にサインを書いた。

 

「これでいいですか?」

「ありがとうございます! ところで、いま1人ですか? もしお暇ならお茶しませんか!」

「えーと、お断りします」

「そう言わずに、お願いします! 奢りますから!」

「あの、すいません。自分は」

「わたくしの連れが何か?」

 

 間に入ったセシリアが女性にニッコリと笑顔を浮かべる。

 その笑みは男を惚れさせるには充分なルックスを誇っていたが、対面の女性は一瞬で冷や汗が出るようなプレッシャーを感じてしまった。

 

「あ、え。セシリア・オルコット、さん」

「はい、わたくしの疾風に何か御用ですか?」

「い、いえ! あのそのー失礼しましたー!」

 

 ノートを鞄に仕舞うことも忘れ女性は店内を後にした。

 

「ふぅ、油断も隙もありはしませんわ」

「セシリア?」

「疾風」

「はい」

「あなたは本当にカッコいいのですから、その………少しは自覚しなさいね?」

「………ハイ」

 

 顔を赤くしながら注意するセシリア。

 普段と違う姿も相まって、大変可愛いです。

 セシリアに褒められたのとセシリアが可愛すぎて声にならない声を発したのだった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 服はなんとかセット5着に落ち着いた。一気に服のレパートリーが増えたことを喜びつつ何処か申し訳なさを感じつつ服は配達に預けた。

 

 映画、洋服選びに続いてお昼頃になったから予定していたパスタの美味しいお店に。

 カルボナーラ美味しかった。ペペロンチーノも美味しいらしいから次はそれにしようかな。流石にここでニンニク摂取は勇者過ぎる。

 

 腹を満たした後はセシリアが途中通りがかったゲームセンターに興味を持ったので入ったはいいものの。ゲーセン特有のやかましさにセシリアは眼を回しそうになったので今日はやめておいた。

 次は絶対行きましょう! と負けずぎらいを発揮しててなんだか面白かった。

 

 そのまま当てもなくデパートを歩きながらくだらない話で盛り上がりつつまたも興味を引いた雑貨店に寄った。

 セシリアは未体験の空間にキラキラと眼を輝かさせる。ザ・庶民なお店に場違いなまでの超絶セレブリティ美少女のご来店に余すことなく客と店員の視線をかっさらっていく。

 

 おっ、このペンダント。セシリアに似合いそう。

 値段はするが代表候補生とテストパイロットのお給金なら全然問題なし。

 問題があるとすればセシリアが身に付けるには安物ということ………。

 

 いやいや。気持ちが一番大事だ、もし上手く行ったらプレゼントするぐらいの気持ちで。

 

 今回のデートの目的。

 

 セシリアに告白することを。

 

 

 

 海沿いの公園にあるクレープ屋でクレープを食べた。

 目当ては巷で噂のミックスベリーのクレープを食べること。

 

 なんでもここのミックスベリークレープを食べると幸運がついて回るとか。

 眉唾もので信憑性はないが藁にもすがらんとするのが今の俺。が………

 

「ごめんねぇ、ミックスベリーもうやってないんだよねぇ」

 

 なん、とも! 

 

 噂が耳に入ってないのかこの店主は! 

 それともクレームでも来たのか、クレープ食べても幸せにならなかったとか。ありそうだなぁ、この人男だからミサンドリーにがめついこと言われてたりして。

 仕方ないから俺はストロベリー、セシリアはブルーベリーを頼んだ。

 クレープは美味しかったです。また来ます。

 

「まあ、良い眺めですわね」

「夕焼けが綺麗なところなんだってさ」

 

 昔から夕日の名所として有名だったが。時が立つにつれ人は来なくなり、今は俺とセシリアの二人っきりだ。

 

「…………」

 

 やばい緊張してきた。

 これから告白するのか、セシリアに。

 

 横目でセシリアを見ると夕焼けに照らされながら微笑む彼女に今日何度目かもわからない一目惚れをする。

 どこでも、いつだって絵になる。

 しかもいつもと違う三つ編みをしていて、風になびく髪がそれはそれは美しくて。

 

 視線を感じたセシリアがこちらに気付く。

 

「どうかしました?」

「あ、いや。セシリアが綺麗で………」

「まあ。褒めてもなにも出ませんわよ」

 

 見返りなんていらない。

 セシリアの宝玉と例えられる蒼の瞳。これ以上綺麗な瞳を俺は知らない。

 全てが完成されていて、それでいて完成されず、日に日に綺麗になっていく。

 

 いつも考える。

 セシリアが何処か遠くに行ってしまう気がして。

 ウカウカしてたら誰かに連れ去られる気がして。

 

 セシリアにとっての俺は好印象だろう。もしかしたら俺のこと、好きかもしれない。

 だけどそれは彼女の口から聞いていない。

 

 菖蒲と簪は凄い。断られると分かってて告白なんて、俺には出来ない。

 断られるかわからない。受け入れてくれるかも知れないという可能性を見出だしても、怖い。

 

 だけど1歩踏み出さなきゃ。

 ここで誠意を見せなきゃ男じゃないだろ、疾風・レーデルハイト。

 

「あの、さ………デート、楽しかった? 途中から自由に回ってたけど」

「ええ。初めてのことが沢山あって楽しかったです。でも疾風がいなかったらここまで楽しめなかったかもしれませんわ」

 

 胸が跳ね上がる。嬉しさが込み上げて身体が熱くなった。

 今なら言える、勢いをつけて、言うんだ! 

 

「セシリア!」

「ん?」

「お、俺と!」

 

 付き合ってください、と言おうとした。

 

 ────ゴポポン………

 

「っ!」

 

 ゴポッ………コポポ………

 

 脳内でフラッシュバックする。 

 何かのカプセルに入れられ、外で白衣の女性が何か喋っていて………

 

「くぅ………」

 

 勘弁してくれよ、今だけは大人しくしていてくれ! 

 

 夢だろあれは! やめろなんで消えないんだよ頭から!! 

 あの女が見せたタチの悪い幻覚だろ! 

 

 なんで………なんで

 

 なんでこんなに、既視感があるんだ………

 

「疾風!」

「!」

「顔が青いですわ、大丈夫ですの?」

「ああ、大丈夫だよ」

「説得力ありませんわ。ベンチに座りましょ、ね?」

 

 近くのベンチに腰を下ろし、肺にたまった空気を思いっきり吐き出した。無意識に息を止めていたのだろうか。

 

「お水は」

「いや、ほんといい。大丈夫だから」

 

 最悪だ。デートの締めがこんなんじゃ。

 告白するムードじゃなくなった。

 

「何かありましたの? 話してくれませんか?」

 

 言うのか? 言ったらどうなる? 

 

 拒絶………されることはないと信じたいが。それでも人の印象は変わりやすい。

 

 目が泳ぐ。焦点が定まらない、話したくない、だけど秘密にしたくない。

 デートをぶち壊してしまう。それでも何処か話したくて。

 

 震えが止まらない。

 その時、セシリアが手を握ってくれた。

 

「セシリア」

「言いたくないなら良いです。だけど、疾風のそんな顔を放っておける程、わたくしは薄情ではありませんわ」

「………変なこと言うぞ」

「どうぞ」

 

 セシリアただ手を重ねた。

 セシリアが俺を見てくれる。それだけで心の重石が抜き取られていくような気がした。

 

「………もし、俺が普通の人間じゃなかったら、どうする?」

 

 言った、言ってしまった。

 

 突拍子もないことを言ったのに、セシリアは表情を変えずに続きを促す。

 堂々とした彼女の姿勢を前に、俺は自然と言葉を流すことが出来た。

 

「ずっと前から、少しずつ考えてた。なんで俺が男なのにISを動かせたのか。どうして最初からではなく、誕生日の12時00分丁度に起動したのか。何か作為的な物があるのか、だけど身体検査では何も引っ掛からなかった。国際研究所でもわからずじまいだしさ」

「それは、疾風がたまたまイレギュラーなだけでしょう? 一夏さんみたいに」

「わからないならわからないで良かった。健康そのもので身体はなんともないし。だけど、あの女が現れて」

「あの女?」

「学園ハッキング事件の主犯格だ」

「え、いつですの!?」

「セシリアと別れて直ぐ、素直に自分が犯人だって言ったよ。しかもそいつは、ラウラと同じ越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)を持っていた」

 

 普通の人間ではなかった。

 クロエ・クロニクル。ラウラに似ていて、それでいて全然違う女の子。

 

「そいつと戦闘になって、奴に頭を、ハイパーセンサーを触られた。そしたら記憶をさかのぼるみたいになって………そして………見たんだ」

「見たって、なにを?」

「……………俺が、何かのカプセルに入れられてた映像」

 

 全て話した。

 なにを感じ、なにを見て聞いたこと全て。

 

 明らかに普通の人間が経験しないような、ほんの1分にも満たないような記憶を。

 

「俺、セシリアに会う前の、6歳から前の記憶が全然ないんだ。あの世界を震撼させた白騎士事件、何が起きて、なにをしていたのか全く思い出せない。単純に忘れてるだけかもしれない。だけど、もしかしたら俺は、俺じゃないんじゃないかって、急に不安になって。名前のない、作られた人間、いや人間ですらないのかもしれない………そう思うと怖くて怖くて」

 

 セシリアは何も喋らない。

 セシリアの顔が見れない、どんな顔をしてるのか、見るのが怖かった。

 

「このままセシリアと居ていいのかって。でもそばにいたくて、でも話せないのが苦しくて。セシリアならこんな俺でも受け入れてくれてくれるかもって………」

 

 安心したかった。

 胸が苦しくて仕方なかった。

 必死に忘れようと考えないようにしていても。

 

 頭の中で忘れるなと言わんばかりに浮かび上がってくる。

 

 カタカタと震える俺を、セシリアはフワリと俺を抱き締めてくれた。

 

 涙がじわりと滲み出る。鼻もすすっていて。直ぐに逃げ出したくなったがセシリアが抱き締めて離さなかった。

 

「ごめん。ほんと格好悪い」

「馬鹿おっしゃい。わたくしはあなた以上に格好いい人を知りませんわ」

 

 涙眼で震えてる俺と対照的にセシリアは笑っていた。

 幼子をあやすように優しく微笑んでいた。

 

「お父様とお母様が亡くなった時。シンデレラで高台から落ちたとき。サイレント・ゼフィルスに襲われた時。疾風は何度も何度もわたくしを救ってくれた。そんな貴方をわたくしは誇りに思います」

「当たり前のことをしただけだよ」

「そう自分を卑下なさらないで下さいな。わたくしがいなければ今の疾風がいないように。疾風がいなければ今のわたくしはありません。あなたの存在は、わたくしの中にありますのよ」

「だけど」

「例えあなたが人外であろうとも、わたくしの想いは変わりません。あなたは親友で、生涯のライバルで、そして───わたくしの愛する人です」

 

 ………………ん? 

 

 包容を解いたセシリアの頬が赤く、だが対照的な蒼の眼は真っ直ぐ俺を射貫いていた。

 

「わたくしとお付き合いしてください、疾風」

「…………はい」

 

 はいって言っちゃったよ。

 え、はいって言っちゃったよ俺、え!!? 

 

 震えも涙も止まり、変わりに来たのはなんともわからないうわーー! としたむず痒いものが込み上げてきた。

 

「おまっ、セシリア。なんお前。俺が先に言おうと思ったのに!」

「ごめんなさい。弱ったあなたを見て愛おしさが止まらなくて」

「ギャー! カッコ悪い! カッコ悪過ぎる! なんだよこれ、熱い! 顔熱いよなにこれ!!」

 

 黒歴史! 黒歴史確定だよこれ! 

 

 驚く暇も喜ぶ余裕もなく、羞恥醜態を晒したあげく逆に告られるという男としてこれ以上ないぐらい情けない状況に俺の頭はパニック状態になった。

 

「てか本気かお前! え、現実!?」

「お望みならもう一度言いますよ」

「いや待っていいです!」

「わたくしは疾風と共にありたいと思っております。付き合ってください」

「言うなってば!!」

 

 なんなん! なんなんお前! 

 なんでそんな落ち着いてるの、こういう時慌てそうなキャラだろお前! 

 

「ごめん、頭が追い付いてるようで追い付いてない」

「わたくしは」

「いい、いい! もうわかった! 俺は一夏と違って鈍感じゃないから!」

「なら早く返事してくださいませ」

「いや、したよ? したよな!?」

「心が込もってませんでした。わたくしだって勇気を出したのですから、ちゃんと答えてくれないと拗ねますわよ?」

 

 それは、困る。

 

 こんなに心をさらけ出してくれたのに。これ以上ウジウジしてしまったら。

 それこそ俺はセシリアに顔向け出来ない。

 

 一回、二回、さらに三回深呼吸をしてセシリアを見る。

 直視するのも無理なぐらい眩しい。

 

 それでもその眼を真っ直ぐ合わせた。

 

「好きです………俺と付き合ってください」

「はい、宜しくお願いいたします」

 

 ほぼカチコチの告白をとても、とても嬉しそうに笑う彼女が最高に可愛かった

 

 ぐあーー。

 

 やっと嬉しさが込み上げてきた。

 

 俺とセシリアが彼氏彼女、恋人どうし。凄い良い響きだ。

 こんな出来た女性が俺の恋人って。人生勝ち組だよ。前世でどんな徳を積んだだろうってぐらい。

 現実なのに非現実性が凄い。こんなのラノベだよ、ライトノベルだよ。

 

 若干、いやかなり浮かれてるのか脳内言語がフル回転してる。

 良いだろこういう時ぐらい喜んでも。

 

「そうだ、疾風。これどうぞ」

「これは」

 

 渡された小袋にはヘアゴムが。

 飾りには水色のガラスに細かい箔押しの模様が散りばめられていた。

 

「先程の雑貨店で見かけましたの。疾風、いま髪を伸ばし続けてますでしょう? まだ結うほどではありませんが、貰って下さいませ。わたくしの初雑貨店ですわよ」

「これは、嬉しい。色も俺好み、だけど少し可愛すぎる気も」

「可愛い疾風も好きですよ」

「めっちゃデレるじゃん」

 

 甘過ぎて砂糖吐きそうだ。

 今ならコーヒーすらガブ飲み出来る。

 

「実は俺も買ったんだ。似合うと思う、いつも付けてるものと比べると見劣りするかもしれないけど」

「つけてくださいますか?」

「うん」

 

 袋から取り出したそれをセシリアの髪を引っかけないよう注意しながら首にかけてあげる。

 首には少し大きめの銀の羽に青い石が嵌め込まれた物。

 

 手に乗せた飾りを嬉しそうに見つめながらつつくその姿に別種の気恥ずかしさが出てきた。

 

「ウフフ」

「そんなに喜んで貰えると思わなかった。次はもっと良いもの買えるよう頑張るので」

「あら。これ以上の物をくれますの? 少なくともわたくしはこれより素敵な贈り物をもらったことありませんわ」

「褒めすぎ。だけど、これから沢山あげるからさ」

「期待してますわ」

 

 今まで数多くの宝石類を手にしてきたセシリア。

 平民の給料一生分のアクセサリーとだとしても、好きな人から貰ったアクセサリーに敵う筈もなかった。

 

「あのさ」

「うん?」

「もし、俺が本当に普通の人間じゃなかったら。いや、だったとしても。俺の側にいてくれ。セシリアが側に居たら、俺はどんなことがあっても前を向けるから」

「ええ。何が起きようと、わたくしはあなたの側を離れませんわ」

 

 ギュッと俺の手にセシリアの手が重なる。

 

 あれほど頭の中を蝕んでいた悪夢が消えた。

 どんな自分でも肯定してくれる。それがこんなにも心強く、安心できるとは。

 

「その代わり、わたくしのお願いも聞いてくださいますか」

「なに?」

「もしわたくしの身に何か起きたら。何処にいても助けに来てくださいね?」

「勿論。その為に俺は生きている。これからも俺はお前だけは守ってみせる」

「約束ですわよ」

「うん」

 

 ………ここでキスに移れたら完璧だったけど、これ以上幸せになるとそれこそ爆発しそう。

 

 ヘタレだのなんだの幾らでも言ってくれ。今ならなに言われても許せそうだ。

 

「ひゃっ」

 

 代わりに俺はセシリアを思いっきり抱き締めた。

 セシリアは一瞬驚くが、自然と背中に手を回して抱き締め返す。

 

 さっきより強く、決して離れないように。

 

 この温もりを忘れないように。

 

 あの時と同じオレンジの空の下。

 俺とセシリアは互いの温かさを確かめあうのだった。

 

 

 

 

 



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第124話【爆発しろと誰かが言った】

 

 

「………んーーー!」

 

 身体のコリと眠気をほぐすように腕を伸ばす。

 

 久しぶりにあの液体に入らない夢を見た。

 

 セシリアとデートする夢。

 

 映画見て、服を買って、ご飯食べて、雑貨屋行って。そして………夕焼けの海の側で告白して………

 

「………」

 

 覇気の欠片もなくポケーと夢の内容を反芻。

 全て幸せな夢だったのではと思うほどのフワフワしたもの。

 だけどあの時の彼女のぬくもりは今でも心を暖めてくれる。

 

「………あっ」

 

 眼鏡をかけてイーグルの待機形態のバッジを取ろうとして触れた物。

 箔押しされた水色のガラス飾りのついたヘアゴム。

 髪を伸ばし始めている俺にくれた、男が付けるには少し可愛げなセシリアからのプレゼント。

 

 ツルッとした感触と箔押しのサラサラした感触を指で弄っていく

 

「フフッ」

 

 このヘアゴムが昨日の出来事を現実だと感じさせてくれる。ギュッと胸に当てた後、バススロットにしまい込んだ。

 腕に付けようかと思ったが。流石にあからさま過ぎるかなと。

 

「早く伸びないかな、髪」

 

 

 

 

 

 

「「あっ」」

 

 特に待ち合わせしたわけではないが。

 寮のロビーでセシリアと鉢合わせ。

 

「おはようございます。疾風」

「ぐ、グッモニーン!」

「え?」

「失礼、噛みました………行こっか」

 

 寝起きで舌が回らない………っていう訳ではないのは自分が一番わかっている。

 

 嬉しさと恥ずかしさとむず痒さと青春な純情が原因だと。

 

 いつも見慣れた制服姿だというのにワン、いやツーランクいやスリーランク鮮やかに見えるのは脳が誤認した目の錯覚だろう。

 なんかキラキラしてるし。

 

 本当にこの美少女が俺の彼女なのだろうか。

 あのヘアゴムは俺の妄想の産物故の自主供給物なのでは? とネガティブ空間にダイブ仕掛けた時に気付いた。

 

 セシリアの首もとに細いチェーンが見えたことを。

 

「セシリア、そのチェーン」

「これですか?」

 

 スルリと制服の間から取り出されたのは、昨日のあの時上げた羽のペンダント。

 

「外に出しておくと、皆さん目ざといですから。でもせっかく疾風から貰ったペンダントですし、どうしても身に付けたくて」

「好きだ」

「ピッ!? は、疾風! 脈絡もなく言うのやめてくださいな! びっくりしますからっ」

 

 ごめん。脊髄反射が。

 これは俺も制服の下に忍ばせておくかなぁ。

 でも腕に巻くとゴムが地味に痛いからなぁ、いっそヘアゴムにチェーン通して………いや絶対変だわそれ。

 

 セシリアと付き合った訳だが。しばらくは2人だけの秘密。ということになった。

 

 学園で付き合ったなどとばれれば間違いなく騒ぎになるだけでなくメディアにもバレる。

 俺もセシリアも政治的観点から見て結構取扱い注意なとこもあり。もしそうなれば世界から何言われるかわかったもんじゃない。

 

 あと個人的にセシリアの叔母から何かされないかマジで怖い。

 その時はうちの母に援護射撃してもらおう。きっと味方になってくれるはずだ。

 

「あの」

「どした?」

「いま周りに誰も居ませんし。手を繋ぎませんか?」

「…いいよ」

 

 手汗出てないか確認してから差し出すとコンマ秒で恋人繋ぎしてきた。このお嬢様アグレッシブ。

 照れとかないんかなと思ってセシリアを見ると耳が赤い。

 

「んんっ」

「どうかしましたの?」

「尊みが漏れた」

 

 いやー大変です世界の皆様。

 セシリア・オルコットが尊すぎます。

 我が生涯に一片の悔い無しと言いたいところですがまだまだやり残しありまくりなので軽率に言えないところが苦しいところです。

 

 しかし改めて握るとなんと柔らかいのか。

 余計な贅肉がついていないはずなのに、しっとりスベスベな肌が俺の手のひらとジャストフィットする。まるで少し前に流行った低反発的な奴のよう。

 

「ひゃっ」

 

 不意にニギニギしてみる。

 絡まった恋人繋ぎの感触のなんと心地のよいものか。オキシトシンという幸福ホルモンが大量生産中である。

 

 手を繋ぐだけでこんな幸福感って。この先どうなるんだろ。

 浮かれポンチも大概にしてほしいと自分でも思う。だけどもーうしばらく手を繋いでいた………

 

「セシリアー! 疾風ー! おはよー!」

「「!?」」

 

 背後から見知った声が! 

 慌てて手を離そうとしたがガッチリ凹凸埋め合わせた恋人繋ぎ。

 そんな指が絡まったまま引っ張ったらどうなるか。

 

「ヌフン!」

 

 セシリアに引っ張られた俺の身体がそのままコンクリートと一つになった。

 

「ちょっとなにしてんのよ、あんた」

「………足をグインとしてしまってな」

「何もないところで? あんたも歳ねー」

「1歳差でしょうが」

 

 果たして隠しきれるだろうか。

 前途多難である。

 

『とりあえず。浮かれないようにしよう。普段通り、特に意識しないで過ごそう』

『わかりましたわ』

「………ん?」

 

 

 

 

 

「ISとは本来、宇宙空間においてのパワードスーツとしての運用を想定していました。ですが誕生から10年経った今でも………」

「………………」

 

 当たり障りない授業。

 知っている知識だとしても、ISの座学を目と耳で反復するのは楽しい。

 IS学園なんだから全科目IS関連ならいいのにと思うぐらいIS学は好きだ。

 

 いつもなら常にかぶりつくぐらい見ているのだが。

 

 チラッ………チラッ

 

 視野にあのブロンドがチラチラと写る。

 いや見ないようにしてるんだ。だがさっきからまったく授業が入ってこない。

 なんだろうねこれは。流石に見すぎだ疾風くん、いやしかしほんと美人さんというか日光に照らされた髪はまるで高級シルクのように煌めいていて………

 

「レーデルハイトくん」

「………………」

「レーデルハイトくん?」

「え、あ、はい! えーと、すいませんなんでしょう」

「はい。ISが生まれてから今になっても宇宙開発がなかなか進まないのは何故か、ということですが」

「あー、えーと。世界各国の経済勢力図がISに偏り。宇宙開発に向かうはずの資金が新型IS技術開発につぎ込まれている為………です」

「はい、よくできました。でも授業中に他の事を考えては駄目ですよ」

「はい………」

 

 山田先生の朗らかな笑顔にバツを悪くしながら座る。

 こんなこと前もあったなぁ………

 

 と思いつつもまたチラッもセシリアの方を向くとバチコリ目があってしまった。

 

「「っ!」」

 

 時間にして僅か1秒、短いようで長い時間見つめあった俺たちは即座に顔を背ける。

 頬に手を当てると、熱い。

 

 どれだけ惚れてるのか舞い上がってるのか浮かれてるのか。

 自重自重自重自重。ここまで来たら際限などなくなってしまう。

 

 授業だけに集中、集中! 

 ギンっ! と鋭い眼光(自分に向けられたと勘違いした山田先生がビクッと涙目になってしまった)でボードを見て板書を取りまくる。

 

「んー?」

 

 そんな2人を見てシャルロットはコテンと首をかしげる。

 1秒という凝縮された時間であれ、そういう雰囲気に敏感なシャルロットが気付くには充分すぎた。

 

 

 

 

 

「だらっしゃぁぁい!!」

「そこですわ!!」

「どぅわぁ!?」

「ちょっと、まっ。ぎゃああああ!!」

 

 白式の零落白夜を掻い潜りインパルスとブライトネスで一夏を吹き飛ばし。ブルー・ティアーズの偏光制御射撃(フレキシブル)一斉射撃が甲龍に殺到する。

 空中から叩きつけられ一夏、レーザーに蜂の巣にされた鈴が地面にクレーターを形成し。勝負がついた。

 

「そこまで! オルコットとレーデルハイトの勝利!」

「よしよし! ナイスだセシリア!」

「やりましたわ!」

「くあー、負けたぁ」

「折角一夏とのタッグだったのに………タッグだったのにぃ………!」

 

 俺とセシリアは空中で喜びを分かち合い。

 一夏は負けたとはいえ良い勝負が出来たと笑い。

 そして鈴はせっかくの見せ場を潰してしまったことに1人滝のような涙を見せていた。

 

「流石ですわね疾風。零落白夜に臆せず懐に潜り込むとは」

「イーグルのプラズマは零落白夜に対抗できるからな。それよりもまた偏光制御射撃(フレキシブル)の精度上がったんじゃないか?」

「ええ、本格的な戦闘機動は久し振りでしたが。前よりティアーズが、というより。乗れば乗るほどBT操作能力が馴染んでいくんです。まるで初めからあったかのように」

 

 確かに偏光制御射撃(フレキシブル)のホーミング性能は日に日に精度を増し、そして頻度も多くなってきている。

 キャノンボール・ファストの事件からしばらく立つが。これこそがセシリア本来のポテンシャルだったのだろうな。

 

「それもこれも疾風のおかげですわ」

「俺特になにもしてないと思うけど」

「何をおっしゃいますか。わたくしの知らないお父様の言葉。アレがきっかけで思い出せたのです。父との思い出、そして偏光制御射撃(フレキシブル)の糸口を」

 

 もしなにも知らないままだったらどうなっていたかとセシリアは語る。

 セシリアはおじさんのことを毛嫌いしていると言っていた。だけどそれは違っていて、母親と同じぐらい父親が好きだった。

 今でもたまにもっと話したかったと吐露することがある。それだけ彼女の中で存在感が大きいのだ。

 

「それにしても。本当に綺麗だよな、セシリアの偏光制御射撃(フレキシブル)の軌道。星の動きを早送りする動画とか見たことあるけど。あれよりも鮮明で美しくて。戦闘中なのに見惚れそうになった」

「なった、だけですの?」

「………すいません、見惚れました。見惚れて一撃食らいました」

「見惚れたのは偏光制御射撃(フレキシブル)だけ?」

「畳み掛けますねセシリアさん………全部です。セシリアもブルー・ティアーズも含めて見惚れました」

「はい、良くできました」

 

 フフッと頬を桃色に染めながらはにかむ。

 そんな彼女に何度目の一目惚れをしてしまい、反らそうとしても反らせない魅力に足を取られてしまった。

 

 いまもそうだ。互いを見る目には確かな熱があり。

 そのまま静止したまま時が止まったかのような錯覚を………

 

「おい二人とも」

「「はい!」」

「ストロべりってないでさっさと降りてこい」

「「スススストロべりってません!!」」

 

 織斑先生の言葉は正に冷や水の如く。熱に浮かされかけた俺たちを即座に冷やした。

 慌てて急降下する俺たち(勿論クレーターを作ることなく地表差数センチで静止)は急いで織斑先生の元へ。

 そして流れるように直角90度。

 

「授業を遅延させてしまい」

「申し訳ございませんでした!」

「いや、そこまでしなくていい。まあ仲良しもほどほどにな」

「先生! 俺たちそういうんじゃないです!」

「そうですわたくし達は………疾風、そんな声大きくして言わなくても」

「おい、合わせろ馬鹿っ」

 

 気持ちはわかるけど抑えて欲しいです。

 気持ちはわかるけど! 油断したら出てしまうけれども。

 初日からバレるなんてあってはならんからな………

 

 ただ………

 

「むっ?」

「ふむ?」

「あらあら?」

「むー………」

 

 目が冴える人たちから見たら、匂わせ以外の何物でもなかったりする。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 疾風は生徒会の仕事ということで1人になったセシリアはどことなく校舎を歩いていた。

 アリーナに行こうとも思ったが、疾風がいないのでは行く気もなくただ歩いていた。

 

「しばらく疾風とは会えなくなりますのね」

 

 セシリアのイギリス出向。その目的はブルー・ティアーズの量産化計画だ。

 偏光制御射撃(フレキシブル)を完全に会得し、絶えずデータを転送していた彼女はその開発の為にイギリスに長期滞在する。

 

 なんでもレーデルハイト工業のAI技術も活用し、BT適正が低いものでもビットを操れるようにする仕組みを作り、偏光制御射撃(フレキシブル)の難易度も下げれるような機体を作るとか。

 

 連絡は出来る、ビデオ通話なら顔も見れる。それでも疾風と恋人関係となったセシリアにとっては物理的な距離は寂しいものがあった。

 

 いっそのこと疾風も一緒にと考えたが。それは叔母であるフランチェスカに諌められている。

 

(いつか、疾風が叔母様に認められるような。それこそ国家代表になれる日が来れば、きっと………)

 

 男性にはとてつもなく厳しい叔母をどう説得するか。二人の関係においてそれは最優先事項で片付けなければならない案件だった。

 

「あっ、セシリア発見」

「あら鈴さんとラウラさん。何かご用で」

「ちょっとこっち来てねー」

「腹を割って話そう」

「え、なんです行きなり。何故二人とも脇を固めますの?」

「いいからいいから」

「悪いようにはせん」

「え、えー?」

 

 あれよあれよと低身長二人に連れてこられたのはIS学園屋上。

 いつもなら他の生徒もいるのだが、今日は珍しくがらんどうだった。

 

 連れてこられた先には。一夏と疾風を抜いた一年生専用機組の面々が待っていた。

 

「皆さんお揃いで。どうしましたの?」

「どうしたというか」

「どうなったというか」

「まあ座ってくださいな」

「え、ええ」

 

 促されるまま座るセシリア、を半ば囲うように陣取る女子専用機組。

 何か緊迫感がある。それにしては暗いものではなく、なんというかフワフワした感じ。

 一夏ラバーズは頬をほんの少し染めて忙しく視線を動かし。菖蒲と簪は何処かうつむきながらもセシリアに視線を向けていた。

 

 そこから何も話すことなく微妙な時間が経過してしまい。セシリアは煮え切れず切り出した。

 

「あの、何かありまして?」

「………ねえ、誰か聞かないの?」

「こういうのは私の役目では」

「菖蒲、簪。あんたらいつもグイグイ行ってるでしょ。なんで今回大人しいの」

「それはまあ………」

「察して………」

「仕方ない、私が行こう。セシリア」

「はい」

「………お前は疾風と付き合っているのか?」

「違います!」

「「「ダウト!!!」」」

 

 淀みなく即答したセシリアに容赦のない即ダウト。

 

 この期におよんで用意してきたであろう回答を引き出して誤魔化しを決めてきたセシリアにもう恋に恋する乙女は止められない。

 

「お、お前は隠してるつもりだろうがな! 明らかに少し前と空気が段違いなんだぞ!?」

「あんたねぇ! 朝スルーしてたけど手繋いでたでしょ! そうなんでしょ吐きなさいよ!」

「二人して熱視線送りあってさ! テレパシーでも飛ばしてたの!? ラブテレパシーなの!?」

「二人を見ていたら口の中が甘かった。これがクラリッサの言っていた砂糖を吐くということか」

 

 一夏ラバーズは他人の幸運は毒蜜の味と1日中糖度に犯されて糖尿病になりそうだった。

 自分たちが至れない領域に達したセシリアに尊敬よりも嫉妬の念が深かったのだ。

 

 未だ一夏にろくなアプローチも出来ないヘタレたちの闇は深い。

 

「セシリア様。疾風様は隠していたつもりなのでしょう。普段より熱がこもってはいましたが目立つ行動はなかったですし。ですがね………我々の目の前であーんをやったのは駄目ですよセシリア様」

「うっ………」

 

 そう、このお嬢様。あろうことか人前で疾風にはい、あーんをしたのだ。

 完全に無意識で、予備動作などなく至極当たり前のように疾風の前に満面の笑顔で余程自信があったのだろう卵焼きを差し出したのだ。

 

 場が凍り付いた。やはりそうなのか!? とヒロインズはスタンダップしそうになるのを抑えた。

 疾風も戸惑い「せ、セシリアさん」と促して彼女はようやく自分がしでかした事を理解しボッと顔を沸騰させる。

 

「じじじ自信作ですのよ! だから食べさせたかっただけで他意はありません!! ほら食べなさい疾風! 美味しいですから!! ほら、ほらっ!!」

 

 と誤魔化しにかけたが時既に遅し。というより始めた瞬間THE ENDである。

 なにせ疾風に卵焼きを差し出すその顔は蕩けに蕩けきったダダ甘スマイルだったのだから。

 

「ああ、ついにくっついたのですねと思いましたよ。誰だってそう思いますとも。あんな有り様で隠すなんてチャンチャラ可笑しいってものよな、ハッ」

「菖蒲、キャラ崩壊してる。でも同感。ある種の拷問だった。いっそのこと開幕ぶちまけてくれたらよかったのに………それはそれで精神死ぬかな」

「お茶! 飲まずにいられない!!」

 

 手に持ったペットボトルの緑茶1本を一気飲みしてしまう菖蒲。

 

 二人がさっさとくっついて欲しいとは考えていた。

 だがそれはそれとして目の前で無自覚にイチャつかれたらそれなりにダメージがあるのも必然。

 失恋からそれほど時をたってないからなおのことである。

 

「あの………そんなバレバレでした?」

「一夏にすらバレてるんじゃないか?」

「そんなに!?」

「………いやすまない誇大表現だった。あいつの頭に恋愛の2文字なんかないからな」

 

 朴念神の名は伊達ではない。

 

「でもそれぐらいってことですわよね………ハゥ、恥ずかしいですわ」

「いやー、滲み出ててわよ、カップルムードが」

「私が副官からもらった漫画はこの程度ではなかったがな。もっとドロ甘だった」

「これより上があるのか!? 我々爆発四散するのでは?」

「僕も一夏と付き合ったらこうなるのかなぁ………エヘヘ」

「こらシャルロット、1人でトリップするな」

「うぅ………」

 

 セシリアにとって全て無自覚だった。

 全て無自覚なのである。これで。

 付き合って1日でこれなのである!! 

 

 いつ如何なる時でも優雅たれ。そんなセシリア・オルコットともあろうものが恋人が出来た途端デレッデレのトロットロなのである。

 世の特権階級の御曹司が今日のセシリアを見たら。原因不明の重症者が大量発生し社会問題に発展していたはずだ。

 

「とりあえずまあ。おめでとうございますセシリア様」

「うん、おめでとう」

「あ、ありがとうございます。これからは表に出さないように尽力致しますわ」

「出来るかなぁ」

「出来ないだろう」

「ちょっと皆さん!?」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 セシリアがヒロインズに詰められている間。生徒会室はというと。

 

「疾風くん、お付き合いおめでとう」

「ブーー!!」

「うわったぁ!」

 

 俺こと疾風・レーデルハイトが盛大にお茶を吹き出していましたとさ。

 そして対面の一夏に直撃しましたとさ。

 

「か、会長? 行きなり何を言ってるのですか? 意味がわかりませんよわからなすぎてお茶吹いちゃったじゃないですか一夏ハンカチごめんね大丈夫か」

「分かりやすく動揺してるじゃない」

「してませんよ違いますからね俺とセシリアは付き合ってなんかいません」

「そう………誰もセシリアちゃんって言ってないけどね」

「ハッ! ……………………いや俺がセシリアに好意を向けてることは一夏含めみんな知ってるんですから付き合ってる=セシリアになるのは当然の帰結であって」

「強引に誤魔化すんじゃないわよ! 往生際悪いわねこの子ったら!」

「私は冤罪を許さない!」

「確定なのよ吐きなさいコラ! 必殺! 楯無千手観音!!」

「え、ちょまっ! アハハハハハハハハ!!!」

 

 説明しよう! 

 楯無千手観音とは! 

 なんか凄いコチョコチョである!! 

 

「アハハハハ!! やめて! やめ! アハハハハハハハハ!!」

「貴方が! 吐くまで! 擽るのを! やめない!!」

「やめて! やめてぇぇ!! アハハハハハハ!!!」

「ほら吐きなさい! ほらぁ」

「わかりました! わかりましたから! 言いますからぁ!」

「よろしい」

「ゼーヒューゼーヒューゼーヒュー!」

 

 し、死ぬかと思った。

 肺の中の酸素全部出てったかと思った。

 今なら波紋法使えるかも知れない。エレクトリック・オーバードライブ使えるかも知れない………もう使えてたわオーバードライブ。

 

「ハーハーハーハーハー………ハァァァァ」

 

 酸素、美味しい! 

 

「どう。更識楯無必殺の楯無千手観音の威力。実際これで情報吐かせたことあるのよ」

「嫌だなぁ。そんなので吐かれた情報」

「勝てばよかろうなのよ」

「そうですか。あっ、すいません俺急用思い出したのでお先に失礼!」

「次は楯無二千手観音よ」

「申し訳ございません正直に話させていただきます」

 

 ごめんセシリア。

 だが命には変えられなかったよ。

 まだ俺はお前と青春を楽しみたいんだ………………あともうガッツリバレてるから無理して隠さなくて良いかなって(オイ)

 

「ちなみに聞くが一夏よ。お前気付いてた?」

「いや。楯無さんが言うまでは気付かなかった」

「ありがとう一夏。俺の命は繋がったよ」

「どういう意味だ。まあいつもと少し様子が違う雰囲気はあったような気がしたけど………」

「ありがとう一夏! 俺の命は確かに繋がったよ!!」

 

 よかった! 一夏に気付かれなきゃ勝ちだ! 最終防衛ラインは守られた! 

 まあそれは一先ず置いといて。

 

「えー、はい。改めて言うのもなんだし恥ずかしいのでもう言います。紆余曲折ありつつも、先日セシリアとお付き合いさせて頂きました………はい」

「おめでとーレーちん」

「おめでとうございますレーデルハイトくん」

「おめでとう。よかったな疾風」

「うんうん。やっと結ばれたのね。お姉さん嬉しいわぁ」

「そうですねー。会長は俺とセシリアの邪魔ばかりしましたからねこの野郎」

「その節はまっことに申し訳ございませんでした!!」

 

 おお、流れるような美しい土下座。

 しかと地面に頭をこすって頂きたいものです。

 

「しかし。どうして会長気付いたんです。今日初めて会いましたよね」

「ああ、気付いたのは昨日よ」

「まさか尾行してたんですか!?」

「違う違う。朝ジョギングしてたらオシャレしてる二人見つけて。あ、デートするんだなぁって思って。あと学園の監視カメラチェックしてたら仲睦まじく手を繋いで帰ってくる二人を見て、ついにくっついたんだなぁって」

「あーー」

 

 監視カメラなんか全然頭になかったなぁ。

 あの時はもう、ほんと嬉しくて嬉しくて。人だけ注意しながら隙を見ては手を繋いでいたから。

 

「とにもかくにもおめでとう。これからじっくり根掘り葉掘り聞こうかと思ったけど。流石に今日はやめましょう、今日は」

「頼みますからこのことは」

「秘密、でしょ。いまスキャンダルはシャレにならないからね、薫子ちゃんにもそれとなしに注意しとくわ………女尊男卑主義者の動きも活発化してきてるし………」

「会長?」

「あ、ううんなんでもない。とにかく簪ちゃんを振ってまでセシリアちゃんと付き合ったんだから。幸せにならないと許さないからね!」

「はい。肝に銘じます」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「申し訳ございません。バレてしまいました」

「こちらもバレてしまいました」

 

 それとなく連絡してセシリアを俺の部屋に招いた。

 やましい気はないからな? 

 

 セシリアも話があるということだった。電話越しでもああ、もしかしてバレたのかなと思ったら案の定でしたよ。

 ハハッ。笑えるぜチクショウメー。

 

「ごめんなさい。もうわたくしったら浮かれ過ぎて」

「うん、まあ。人のこと言えないけど。セシリアってこんな表に出しちゃうんだなぁって思ったわ」

「幻滅しましたか?」

「惚れ直しました」

「あぅ………」

 

 バレるとヒヤヒヤしたものだけど。それ以上に浮かれてデレッデレしてるセシリアがそれはもう可愛いのなんのって。

 こっちも顔面崩壊するの必死に我慢したんだ。力入れすぎて表情筋やられるかと思った。

 

「ま、みんな他人にバラして広めるような真似はしないから大丈夫だよ………問題は一夏でさえ違和感に気付きかけたっことだ」

「恐ろしいですわ! わたくしったらどれだけっ」

「まあ。明日からはもっと自然体で行こうか。少し距離感離した方がいいかな」

「それは嫌ですわ! 疾風から離れるなんてわたくし………あっ、ごめんなさい。そういう意味ではないですものね。あーわたくしったらヒャアっ!? ちょっと疾風!?」

 

 もう感極まってハグだよ。

 

 周りの目ないから抑える必要ないよね。ファイナルセーフラインを越えなきゃいいんだから。

 越えたら明日確実に学園に行けない。

 セシリアから香るとてつもない良い匂いととてつもなく柔らかい感触を受けながら自らの獣性を抑えつつ抱き締める力に移して耐える。

 

 自分から行っといてなんだけどどんな拷問だこれ。

 

「い、痛いですわ疾風」

「あ、ごめん。もう………溢れちゃって」

「わたくし今度こそ襲われますの?」

「大丈夫! 理性はあるから! 絞り出してるから!」

「あっ………」

 

 急いでセシリアから離れた。

 セシリアの口から名残惜しげな声が漏れた気がした。

 ごめんね。ファイナルセーフラインはもう目の前なの。危ない、この子の魅力危ない! サキュバスなんか目じゃねえぜ(会ったことないけど)。

 

「わたくしたち、俗に言うバカップルというものなのでしょうか………」

「大丈夫、まだその領域ではない。付き合いはじめで舞い上がってるだけだから」

「でも一夏さんでさえ違和感覚えてますのよ?」

「どうしたらいいんだろう。いっそのこと全部さらけ出して糖度全面に出すか………」

「それはそれでわたくしの身が持ちませんわ」

「右に同じく」

 

 とりあえず今後のことを考えなければ。

 学園中にバレたらそれはもうシャレになれない。

 

「頑張ろう。俺たち明日のために」

「ええ、ええ………」

 

 恋愛初心者の俺たちは明日こそ頑張ろうと決意を新たにしたのだった。

 

 そんな俺たちは知らない。

 

「二人の距離感に変化が!」「まさかの熱愛確定!?」「一夏✕疾風はなくなったってこと!?」「いや疾風✕一夏でしょ!? 殺すぞてめぇ!!」「新聞部が動くな」「遠目から見守りましょう」「いやむしろ進ませるべきでは?」「まて、まだ早い」

 

 等と女子ネットワークにより噂が活性化していること。

 

 そして俺たちは知らない。

 

 いつの間にか。

 本当に無意識にお互いの手を握りあっていたことにも………






 あまーーい!
 恋愛童貞の俺にはこの描写は過酷すぎた!!

 自分なりに糖度積めてみました。
 砂糖を吐いてくれると幸いです


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第125話【シスターズ・デュエル】

 

 

 

 

 セシリアがイギリスに出向してからもう一週間。

 

 イギリスの未来を決める、欧州イグニッション・プランに王手を決める為に現イギリス国家代表である叔母が納めるティアーズ・コーポレーションで第三世代量産ISの最終調整のテストヘッドとしてセシリアの直接的なデータが必要らしい。

 

 なんでも思ったより秘匿性の高い技術らしく、製造施設での外部連絡は禁止で。簡単に連絡を取れる状況ではないとか。

 

 とまあ、セシリアが忙しすぎて全然連絡が取れず。物理的な距離が空いた俺は。

 

「あーーーーーーー」

 

 溶けていた。

 

「疾風くん。垂れてないで仕事して欲しいんだけどなぁ」

「ヴゥゥゥ………」

「分かるわよ、あなたの気持ちは。私も簪ちゃんと会えない時はそんな感じだったし」

「かゆ、うま………」

「やめなさいそれ」

 

 マジでゾンゾンしちゃうんじゃないかっていう具合でもう溶けていた。

 授業中なんとか気力を絞りだし、生徒会につくなり机に突っ伏して結構な時間が経とうとしていた。

 

「3日前テレビ電話したんです」

「あらよかったじゃない」

「20分だけですけどね」

「それぐらい話せたら充分じゃないか?」

「足りないよぉ! お前にわかるか。お付き合い仕立てでテンションアゲアゲな時に別離っちゃってる俺の気持ちがぁ………」

「わかってたことだろうに」

 

 ああ分かってたさ! 

 分かってたけど辛い! 

 

 オルコニウムが! オルコニウムが足りない! 

 

 説明しよう! オルコニウムとは。

 セシリア・オルコットと共に過ごすことで得られる幸福ホルモンの一種であり。

 これが不足するとオルコニウム欠乏症になってしまい。なんかグダるのである。

 おわれ。

 

「まだ帰ってくる目処も立ってなくてさぁ。はぁぁ」

「イギリスに行ってもセシリアの叔母さんに止められるんだっけ」

「女性優遇社会思想筆頭の人なのよね。最近はIS開発に力を入れてるからそういう活動はなりを潜めてるけど」

「むっちゃくちゃ嫌われてるんですよね。セシリアに取りつく悪い虫扱いです」

「ある意味間違ってないのよね」

「まあ、うん。頑張れ?」

「俺悪い奴じゃないですよぉ。てか半端に同意するなよ一夏ぁ………」

 

 一夏に同情されることが更にダメージなんだよ。

 

 あー、なんかパーっと気晴らし出来ることないかなぁ。

 

「そうだ疾風くん。次の日曜日空いてる?」

「え? 空いてますよ。てかセシリアいないならオール暇です。デートはしませんよ」

「しないわよ。えっとね、実はこの前中止になったタッグマッチの再戦をやりたいの」

「タッグマッチの?」

「そっ。私と菖蒲ちゃんVS簪ちゃんと疾風くんだけだけど。あの日は無人機に邪魔されたでしょ。出来れば再戦をやりたいって。この前簪ちゃんにお願いされたのよ」

 

 簪がそんなことを。

 

 あの時は滅茶苦茶になった挙げ句ハッキング事件からの後処理+専用機修理で大分時間が空いた。

 泣きっ面に蜂よりも酷かったな今考えれば。

 

 更識姉妹の関係が修復した今となっては姉を越えるという野望を無理に持つ必要もなくなった。

 

 だがそれとこれとは話は別だ。

 

 大好きな姉に力を示したい。立派な姉に勝ちたいという気持ちは簪の中で今も燃え盛ったままだ。

 

「菖蒲ちゃんには話し通してるんだけど。疾風くんはどう?」

「勿論やりますよ」

 

 なればこそ。パートナーである俺が奮い立たなくてどうするのか。

 俺としても妥当更識会長を諦めた訳ではない。

 

「ですが会長。ミステリアス・レイディは修復したとはいえ本調子じゃないのでは?」

「そこは大丈夫。いつもと同じように戦う分には問題ないから。それに………」

 

 ルビーの瞳を細め、口角を上げた口許を隠すように扇子を開いた。

 

「その程度で負けるほど。私は弱くないわよ」

 

 扇子に書かれたのは『最強』の二文字。

 

 思わず震えた。恐怖ではなく喜び。

 これからの激戦を予感する武者震いだった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「と、いうわけで。あの日の再戦をすることになったわ」

「それはそれは。わたくしも見たかったのですが………」

「わかってるよ。ログは取っておくから帰ったら、ね」

 

 偶然連絡の取れたセシリアに事の顛末を話した。

 俺としても是非観戦して欲しかったが、まだまだ帰る目処がつかないのだとか。

 

 国の一代プロジェクトなのだから仕方ないけども。

 まあそれでも。

 

「フフッ」

「もう。疾風ったら顔がだらしないですわよ?」

「だって3日ぶりなんだもん、嬉しくもなるって。1ヶ月ぐらいろくに話さなくてもなんとか自我保てたけど。今日の生徒会全く役に立たなくて。はぁーセシリアに会いたい」

「本人を目の前にそんな。今でも顔を合わせてるでしょう?」

 

 実物からしか接種出来ない栄養素があるんだよ。

 付き合いだしてからセシリアに対する感情が留まることを知らない。

 浮かれている。ああ浮かれているとも。あのセシリア・オルコットとお付き合いだぜ? 勝ち組だよ圧倒的に。

 

 あー疲れが飛ぶわぁ。もうセシリアがいれば何もかも事足りるなぁ。

 

「てか大丈夫? 結構手こずってる感じ」

「あー、えっと………」

「いや話せないよな。ごめんごめん」

「いえ。開発事態は順調ですわ。ただ………」

「ただ?」

「明日から更に連絡が難しくなるかと思います」

「えーーーーーー」

 

 それは嬉しくなさすぎるニュース! 

 これ以上オルコニウムが枯渇したら………俺どうにかなっちまうぜ!? 

 

「開発が佳境に入るので。精神面のケアは大切にと」

「俺と話すのはケアにならないわけ」

「ええ、叔母様的には」

「あのっ! あのっ………あのっ! くぅ!!」

 

 あのクソババア! と、言うところをすんでのところで踏みとどまった。

 腐ってもフランチェスカ・ルクナバルトはセシリアの叔母、家族と同義。

 セシリアも叔母の男尊女卑の風潮をよく思ってる訳ではなかったが。それ以外の面では尊敬していた。

 ブルー・ティアーズの第三世代能力の雛型であるワンオフ・アビリティーを発現し。母さんに変わるイギリス国家代表の業務をこなすと同時に第三世代の量産化という革命的な開発にも目処がついている。

 

 いまやフランチェスカCEOはイギリスの中心人物と言っても過言ではない。

 

 それだけじゃなく。彼女は身寄りを失ったセシリアの親代わりとして孤独に戦うセシリアを助けていた。

 

 セシリアと俺の関係を良く思わないのも。セシリアが大切であるがゆえ。

 そんな自分を愛してくれる人を貶すことなど。流石の俺でも簡単に出来ることではない。

 

 それでも。

 

「わたくしから言うわけにも」

「いかないよなぁ」

 

 自惚れるちゃうけど、俺と話していた方が身体的ケアになるんじゃないかな。

 仮にそれを話して俺とセシリアの関係がバレたらIS学園に殴り込みをかけてきそうだ。

 それは助走をつけて。一時期話題になったフロントガラス割り男事件のように。

 

「わかった。うん。頑張る。1ヶ月話さないよりはマシだし。うん、頑張るよ」

「なるべく連絡を取れるようにはしますわ」

「半分期待して待ってるよ」

「もう。拗ねないで下さいまし」

「んーー。愛の言葉一つかけてくれないと機嫌治りそうにないなぁ」

 

 今思えば迂闊な言葉だった。完全に調子に乗っていた自覚さえある。

 もう心身ともにセシリア不足だから。

 半分冗談で言った。セシリアは少し困った顔をするだろうとは思った。これで笑い話で終わって通話を切ろうと思った。

 

 だがしかし一つ誤算があった。

 

 付き合う前は定番お嬢様ヒロインキャラでツンデレが見え隠れしていたセシリア。

 以前の彼女なら狼狽えに狼狽えて赤面して取り乱したことだろう。

 だが今のセシリアは疾風を心から想い。彼の重荷ごと想い続ける覚悟を持っていた。

 

 そんな彼女に冗談とは言えそんな言葉を投げ掛けてしまえば。

 

「疾風」

「ん?」

「愛してます、心から。だからもう少し辛抱していて下さいな。寂しいのはあなただけではないのですからね」

 

 こんな風に大きいハートが直撃するのだ。

 回避も無敵も対粛清防御も意味をなさない正に確定即死の一撃だった。

 

「~~! そろそろ切りますわ。そちらはもう夜ですね。おやすみなさい。タッグマッチ頑張ってください」

「おぅ………」

 

 とんでもねえ。とんでもねえセシリアだ。

 

 サービスボールが百八式波動球となって返ってきやがった。

 大人だ。セシリアはもはや少女ではなく大人だった。

 

 そして確かに自分は愛されている。

 自惚れでも憶測でもなく愛されている。

 

 オルコニウムMAXである。もうタッグマッチ負ける気がしない。てかもう勝った。勝ち申した。

 

「やっっばぁ………」

 

 そのあと俺がベッドにダイブして悶えに悶えたのは言うまでもないことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 疾風ペアと楯無ペアの復活タッグマッチ戦の知らせは瞬く間に学園中に広まった。

 授業時間を削らない放課後のアリーナ貸し切りによるISバトルだったが。アリーナは観客満員御礼。

 入りきらない生徒は各々のタブレット。学園中に出たホロウィンドウから観戦することとなった。

 

 そんな熱意の真っ只中。イーグルのチェックをしていた俺に簪が一言。

 

「セシリアになんか、言われた?」

「えっ! なんでそう思う!?」

「だって顔が嬉しそうだもん」

「いやそれはこれからの戦いに想いを馳せてだな」

「それとはベクトルが違うのが顔にある。今だってディスプレイにセシリアの写真写してたんじゃない?」

「うっ」

 

 お前の考えてることなんてまるっとするっとお見通しだ! とでも言いそうな顔で打鉄弐式の最終チェックを行っている。

 

「悪い」

「なんで謝るの?」

「いやだってさ………ね」

「気にしていない訳じゃないけど。疾風が幸せならそれでいいよ、私は。確かに悔しいし、羨ましいけど。それでも付き合えて良かったねって気持ちもある」

「そういうもの?」

「私の場合は。とにかく私は二人の仲をどうこう言うつもりはないよ。菖蒲もそう」

「ありがとう、でいいのかな」

「うん。ごめんより遥かにいい」

 

 自分を振った癖に目の前で惚けてほしくない。

 ってのが普通だと思っていたが。

 

 簪や菖蒲が強かなのか、良い女過ぎるのか。それこそ俺の幸せを願ってのものなのか。

 恋愛童貞の俺にはそれを判断する材料はなくて。だから簪の言葉通りにすることにした。

 

「今回の作戦だけど。ほんとに良いのか? 会長に単機で向かうなんて」

「うん。本当なら菖蒲を集中攻撃したあとにお姉ちゃんを狙う各個撃破が良いのはわかってる。だけどお姉ちゃんに私と打鉄弐式の力を示したいの」

「オッケー。俺はなるべく早く菖蒲を落として加勢するよ」

「気をつけてね。菖蒲、強いから」

「勿論。須佐之男をどうするか。具体的なメソッドがないけど」

 

 菖蒲の打鉄・櫛名田の奥の手の奥の手。電磁外殻駆動鎧型戦術兵装・須佐之男。

 あの作品が違うレベルのロボ兵器。でかいから鈍重というセオリーの通じない速度と見合った破壊力。

 

 更にミステリアス・レイディにはミストルテインの槍。しかもあの大出力兵器は出力調整も出来る。まさに変幻自在のIS。

 

 一筋縄では行かない。それでも。

 

「負けられないからな。やってやるさ」

「うん、頑張ろう」

 

 二人の心に誓うはただ一つ。

 

 打倒! 更識楯無!! 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「疾風様はどのような作戦を立ててるのでしょうね」

「簪ちゃんは私に向かってくるわ、一人でね」

 

 反対方向のピットにて楯無が呟く。

 

 楯無も楯無で妹のことは良くわかってるつもりだ。

 今回の再戦。無理を押してでも頼んだのは実力を見てもらいたいから。なお簪の頼みを断れる楯無ではないという要因もあるのだが。

 

「ですが、簪様と楯無様では腕前に決定的な差があるのでは。あの簪様がそんな無茶を」

「そうね。非生産的で無謀もいいとこ。でも嬉しいの私」

「嬉しい?」

「ええ。だって無駄なことを嫌い、何処か機械的だったあの娘がそれぐらい自分の我を通そうとする。お姉ちゃんとして、これ以上ないぐらい嬉しいの」

 

 だからこそ。

 

「私も今出せる全力で相手をする。たとえ機体は本調子じゃなくても。妹にやられるようでは17代目更識楯無を名乗れないわ」

 

 姉にも姉の意地がある。

 そして姉としてカッコいい姿を見せたい。決して無様な姿は見せられない。

 何故なら楯無は簪にとってのヒーローなのだから。

 

「だから菖蒲ちゃん。疾風くんを頼むわ」

「それは構いませんが。もし想定通りにならなかったら」

「その時は適宜指示を飛ばすわ。疾風くんは手段選ばないからタイマンと見せかけて、てのは十二分可能性がある。でもそれと同じぐらい人の想いを汲み取れる人でもある………だからいやらしいのよねぇ」

 

 予測がつかない。深読みしてるだけかもしれないが。作戦が一つだけしかないのはまずあり得ないのだから。

 

「ま、それを全て踏み越えてこその更識楯無よ」

 

 両ISの準備が完了した。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「んじゃお先に。イーグル行くぞ!」

 

 カタパルトディスチャージ。瞬間的に感じるGを受けてアリーナに飛び出す。

 

 イーグルが姿を見せた瞬間割れんばかりの歓声がISの補助無しでも鼓膜に響き渡った。

 対面では丁度会長が出てきて目が合う。

 

「俺、今まで会長相手だと良いとこなしですよねぇ」

「やる度に冷や汗かけさせといてなに言ってるのかしら」

 

 最初にバトルしたのが今や懐かしい。

 あの時は一夏と初のISバトルをして。まだイーグルも無かった俺が訓練していた所に同じく打鉄を纏った会長がやって来たと思ったらあれよあれよと模擬戦を申し込まれて。

 しかも1ダメージでも当てれたら俺の勝ちっていういま考えても頭おかしいんじゃねえかってハンデ貰ったのに負けちまった。

 

「三度目の正直にしてやりますよ」

「二度あることは三度あるって言うのよ疾風くん」

 

 遅れて簪と菖蒲がアリーナイン。

 役者は揃った。あの日果たせなかった試合がいま………

 

「持てる全てを賭けて!」

「気持ちは充分!」

「行くわよ簪ちゃん!」

「行くよ、お姉ちゃん!」

 

 バトルスタート! 

 

 インパルスで牽制射撃、だが一瞬早く菖蒲の電磁弓【梓】から3発の誘導炸裂矢【曲】が三方向から遅い来る。

 回避行動を行おうとする俺たちだがそれは直前で爆発。

 行動を阻害され身動きが一瞬止まるのを逃さず蒼流旋を構えた会長が内蔵機銃を撃ちながら突貫。

 インパルスの穂先を閉じてフィールドを展開しつつ真っ正面から突きだし、穂先同士が擦れあった後すれ違う。

 

 お互い振り向くことなく背後の相手に刃を振るう。

 再度突き出される蒼流旋を打鉄弐式の夢現の華麗な薙刀捌きで受け流される。

 出鼻がくじかれつつも両者想定どおりの双方1VS1となった。

 

 まだまだ熱気は収まることを知らない。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 いつだって追いかけてばかりだった。

 追いかけることを止めて殻に閉じ籠っていた。

 閉鎖的な環境の中で、勝てるわけないと思ってるくせに姉を越えようともがきにもがいていた。

 淀んだ瞳のまま、ゴールが見えない道をひたすら進んで………

 

 だが今ではどうか。

 眼前で互いの槍が交わり、火花を散らす。

 その火花に照らされていた更識簪の目は煌々と燃え盛っていた。

 闘志を宿した戦士の目。眼鏡型ディスプレイの奥から覗く紅紫色の瞳には一変たりとも陰りなど存在しなかった。

 

 十数回の交わりのすえ楯無の蒼流旋を下から弾き飛ばした簪の腰に位置する春雷に光が灯る。

 上昇してそれをやり過ごす楯無を追う簪だが。彼女と自分の間に遮蔽物がないにも関わらず直角機動で回り道をする。

 

(全部見えてるというの? 凄いわね)

 

 簪がよけた空間にはミステリアス・レイディが展開した無色透明の水蒸気爆弾がしかれていた。

 しかしそれを見逃して突っ込む簪と打鉄弐式ではない。常に大気成分の湿度を探知。視覚からの平面ではなくその密度から立体的に水蒸気爆弾の範囲と爆破範囲を割り出している。

 イーグルのような強化観察型ハイパーセンサーを持たないというのにこの制度。楯無は思わず舌を巻く。

 

 これでは終わらないとばかりに簪は次の手をとミサイルバインダーの一つを開き、山嵐発射。

 だが撃たれたのは48発のうちの8発。膨大なマイクロミサイルによる圧倒的密度から繰り出される飽和攻撃によるが山嵐の特徴を殺した動きなのにえらく消極的だった。

 

 その動きの真意は直ぐに理解できた。

 放たれた8発の山嵐が簪に追従し、断続的に楯無に向かう。

 蒼流旋の機銃で撃ち落としにかかるも風に揺れる木の葉のようにヒラリヒラリと弾幕を避けていく。

 同時に春雷の砲撃が楯無を掠める

 

 1発、2発と爆散するごとに新たなミサイルが補填され楯無の意識と動きを散らしていく。

 その都度パターンを変え。今度は8基全部が楯無の逃げ道を閉ざすように動いていき、時折直撃コースで来る荷電粒子砲をアクア・ヴェールで防ぐ。

 

(まるでビット兵器ね。こちらの意識が散らされる)

 

 やりづらい。楯無は否が応でも感じさせられる。

 

 楯無の動き、癖。ミステリアス・レイディのスペックの殆どを網羅している簪。

 この日の為に50を越えるプランを考えてきた。これでも足りないとすら自負してる簪は楯無の一挙一投足全てを観察しもっとも有力な対抗策を仕向けていく。

 

「っ!」

「突っ込んできた!」

 

 夢現を持ってハイブースト。すかさずクリア・パッションの水蒸気を配置する楯無に対し再度山嵐を数発射出。

 マイクロミサイルは水蒸気の中に突入し爆ぜ上がった。

 だがそれはクリア・パッションの爆発ではなかった。

 

(アクア・ナノマシンが散らされた!)

 

 クリア・パッションの水蒸気爆発を発生させるには。ある程度の水蒸気密度が必要になる。

 以前疾風がプラズマを使って水蒸気を散らされて不発になったことがあった。

 それを簪は水蒸気のど真ん中にミサイルの爆発を置くことで水蒸気を散らした。密室なら再終結させて起爆もあり得ただろうがここは屋外。散らされた水蒸気の逃げ道は幾らでもある。

 

「やっぱり、打鉄弐式は………」

 

 突っ込んでくる簪のまえにアクア・ヴェール。

 アクア・ヴェールに突き立てられる夢現。夢現の穂先が超振動により水色に光る。そしてアクア・ヴェールに夥しい波紋が水の羽衣を揺らし。

 

 パシュッ。

 

 ものの数秒で弾けて落ちた。

 

「なっ、くぅ!」

 

 擦りあげるように夢現の刀身がミステリアス・レイディのシールドエネルギーを削り取った。

 アクア・ヴェールは堅牢に見えて実はとても繊細だ。ダイラタンシーのように受けるときは固く、それ以外はしなやかに。それを維持するにはアクア・ナノマシンによる緻密なエネルギー操作が必要。

 そこにイーグルのプラズマ・フィールドですら打ち破る夢現の超振動とエネルギー伝播を食らえば自壊するのは自明の理だった。

 

 姉妹の攻防を制したのは簪。

 予想外の展開に会場が沸き上がるのも意に返さず。喜ぶこともなく春雷がゼロ距離で撃たれる。

 

 爆炎と共に吹き飛ばされる楯無だがダメージゼロ。

 直前でアクア・ヴェールを挟んで爆風に乗じて後ろにブーストをかけたのだ。

 

「やっぱり。打鉄弐式は対ミステリアス・レイディのISなのね。簪ちゃん」

「うん。どうやれば勝てるか。ずっと考えてた。お姉ちゃんを越える、その一心で頑張ってきた。でも今は少し違うの」

 

 いまの簪は勝ちたいと言う気持ちと一緒に嬉しさと楽しさが沸き上がっていた。

 姉に一太刀浴びせた。それがどれだけ簪にとって遠い道であったかは彼女にしかわからない。

 

 決して手の届かなかった超常的な存在。実際には少し手を出せば隣に入れた姉だが。それでも外面的な力は簪と雲泥の差であった。

 

 そんな姉のミステリアス・レイディに届いたのだ。

 簪と疾風、自分たちに手をさしのべてくれた整備班の人たち。同じ日本代表候補生の一夏と箒。

 そして戦闘データの根幹には楯無とレイディのデータもある。

 

 持てる全て、組み上げた道筋の集大成である打鉄弐式。

 

 それが通用した。これ以上ないぐらいの喜び。そして姉に力を見せられた。姉が自分を見てくれるという嬉しさが溢れかえって仕方ない。

 

 だがそれは楯無も同じこと。

 

「簪ちゃん………強くなったね」

「っ!!」

 

 楯無の言葉に簪は感涙に瞳を潤ませた。

 

 ずっと守らなきゃ行けない存在だと思っていた。

 だからこそ更識が抱える闇から遠ざける為に当主となった。

 触れそうになった簪を叱責し、あえて冷たい態度を取った。その代償は長年尾を引き、簪は外界との繋がりを絶って殻にこもった。

 

 そんな簪が確かな闘志を持って真っ直ぐ自分と目を合わせている。

 強い意思を持った瞳が楯無を貫いているのだ。

 

 姉として、こんなに嬉しいことはない。

 成長した、強くなった。それが本当に、心の底から嬉しいのだ。

 

「私は更識家当主にしてロシア国家代表。この学園の生徒会長にして学園最強。でもそんな物いまはどうでもいい」

 

 ミステリアス・レイディの出力が上がる。

 装甲各所で揺らめくアクア・ヴェールか仄かに光る。

 今出せる楯無の全力。それをいまさらけ出す

 

「そんなちっぽけな建前より。妹に負けるお姉ちゃんなんて姉として情けないのよね!」

 

 数々の肩書きを持つ楯無。

 だがいまはその全てを捨てた。そんなものは邪魔なだけだし必要ない。

 ただ一人。更識簪の姉。更識刀奈として目の前に立てればそれでいい。

 

 いつだって妹の目標でありたい。

 なによりもカッコいいお姉ちゃんの姿を目に焼き付けて欲しい。

 

「行くわよ簪ちゃん。こっからは手加減なし、マジ本気のお姉ちゃんの全力を持ってあなたを倒すわ!」

「望むところだよ、お姉ちゃん!」

 

 姉妹相打つ。

 

 激突する二人の顔はこれ以上ないぐらい晴れやかだった。

 

 

 






 打鉄弐式は対ミステリアス・レイディ。
 これは個人の妄想ですが、どうなのでしょうね?自分的にはありだと思いますです、はい。

 姉妹の仲はとっくに氷解しましたが、今回で更に縮まったかも。
 楯無をただのお姉ちゃん刀奈として相手する。これは前から書きたかったものです。
 実力に差はあれど熱意では二人とも負けません。
 二人には末長く仲良くしてほしいです。


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第126話【更に更に更に奥の手】

 

 

 打鉄弐式とミステリアス・レイディが予想以上の激戦を繰り広げるなか。

 

 スカイブルー・イーグルと打鉄・櫛名田は………

 

「くっ、うっ!」

「っ!」

 

 菖蒲の防戦一方となっていた。

 

 打鉄・櫛名田。原型機より強化された防御力。フレキシブルに動く八岐銃砲による死角のない弾幕。

 そしてなによりレールガンの要領で放たれる超高速の矢による攻防隙のない構成のIS。

 

 早々肉薄されることなく、その前に撃ち落とし追い落とすことは充分可能な性能を持っている。

 だが相手が悪かった。

 

(疾風様、速い!!)

 

 高速で放たれる矢をひらりと躱し。八岐銃砲の弾幕をプラズマ・フィールドで強引に押し通って直ぐ様近接武装で付かず離れずとチクチク攻撃している。

 幾重にもバージョンを重ね、更に更にと疾風に合わせていくスカイブルー・イーグルのすばしっこさはISの目を持ってしても捕らえることが困難な物となっている。

 

 積極的に接近戦で射線を切っていく疾風。

 打鉄・櫛名田にも電磁弓・梓に備わったプラズマ刃での近接戦闘が可能とはいえ、イーグルと比べるも余りにも手数に差があった。

 

 矢で狙うには近すぎる。

 八岐銃砲も全方位に攻撃できるとはいえ。蝿のように纏わりつくイーグルには致命打を与えるには威力が低い。

 

 須佐之男を繰り出せば圧倒的パワーで捩じ伏せることも可能。だがまだ開始1分かそこらで出していい機能ではない。

 使えばたちまちスタミナ切れとなり、足手まとい以外の何者でもなくなる。

 だから菖蒲は思考を変える。機体を新調しようと自分と疾風の差は歴然、ならば先ずは負けないこと。

 

「どうしたどうした! 固いだけじゃ勝てないぞ菖蒲!」

「勝てもしませんが負けもしませんとも!」

 

 インパルス、ボルトフレア、ワイヤークロー、ビークビットと多種多用に迫る武装をアンロックユニットである四枚の電磁シールドと八岐銃砲で捌いていく。

 

(いやほんと固いんだけど。イーグルでここまで切り崩せないの初めてだな)

 

 比較的に防御力に秀でた紅椿、レーゲン、レイディ相手でも切り崩す手札を持つイーグルだが。単純に固すぎるのはあまり相手したことがない。

 

 ゴーレムⅢのように装甲剥き出しで固いだけなら強引に割り砕けばいいのだが。櫛名田の場合、継続して攻め続けられないのも要因となっている。

 一見優勢に見えて、お互い膠着状態に陥っている。

 

(菖蒲が自分から攻勢に出るとは思えないんだよな。我慢強いのはよく知ってるし、それはそれで離れたら砲撃飛んでくるし………)

 

 強引に割りに行っても良いのだが、後に楯無を控えてると考える疾風は下手な突撃は悪手と考え………

 

(いいや、殴ろう)

「うっ!?」

 

 ブーストを吹かし思いっきり体当たりを噛ました。

 

 このまま千日手をしたとしてもし簪が会長に押されでもしたら状況は悪化する。

 

(現にレイディの出力がイーグル・アイ越しに跳ね上がったし。多少のダメージはコラテラルコラテラル)

 

 女性優遇の会との戦い以来、疾風は迷う時間すら無駄だと気持ちの切り替えが早くなった。

 これが駄目なら次を、それが駄目ならまた次を。

 

 臨機応変。言葉にするだけなら簡単だがこれを実行するのは中々難しい。

 だからこそそれを戦闘中に実行出来る疾風は間違いなく強い部類だ。

 

 だがそれは菖蒲も持っている。

 八岐銃砲の銃口からプラズマニードルを、梓のリム部分からプラズマブレードを出して即座に接近戦に対応する。

 

 四方八方から獲物を補食する八岐大蛇のように鎌首をあげる8本のニードルと梓が一気に疾風に襲いかかるのをバックステップで回避し直ぐに射撃戦に移行。インパルス、ボルトフレアのサークルロンド機動射撃で撹乱。

 八岐銃砲のニードルが引っ込んだ瞬間シールドに足ブレードを入れ、ゼロ距離でブライトネスの衝撃を噛まし。またもプラズマブレードで払い除ける菖蒲の動きを嘲笑うように彼女の頭上に宙返りを噛まし脳天にインパルスのプラズマ弾を撃ち込む。

 

「ハッハー!」

「捕らえられない!」

 

 籠手の高速コールで矢を呼び出して三連射するも当たることはなく変わりに弾丸の衝撃が身体を揺らす。

 櫛名田もブースト、プラズマ・スラスターによる加速は打鉄や高速改修型の打鉄・弐式に迫るが相手はその更に上を行くスカイブルー・イーグル。

 バックブーストのまま射撃、と思えば接近戦で菖蒲のペースを乱しに乱していく。

 

 近くにいれば遠く。遠くにいれば近く。

 砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)

 シャルロットが得意とする距離感と武器を巧みに操る戦術の一つ。

 疾風のそれは見よう見まねの贋作だが、それでも菖蒲を翻弄するには充分な効力を発揮していた。

 

 そして今度は菖蒲に焦りが出始める。

 

 八岐銃砲による弾幕をプラズマ・フィールドで防御するか、そもそも低ダメージは無視する勢いで無茶苦茶に責めてくる。と思ったら今度は遠距離でチクチクと、菖蒲の神経を逆撫でるような戦いに段々とフラストレーションが溜まりつつある。

 

 そして本当に機動に法則性が無さすぎる。

 一体何パターン仕込んできたのやら。

 

(これは………疾風様は私に須佐之男を使わせる気ですね)

 

 須佐之男を出せば戦局が激変するだろうが、その分守りが手薄になる。

 それを補っても須佐之男の力は強大だが、疾風なら対処してしまうのではと菖蒲は使うのを躊躇う。

 セシリアの次に、いや同じぐらい疾風を評価している菖蒲だからこそ、思考の渦に捕らわれてしまった。

 

(籠城戦にはこれが一番効くからな)

 

 稲美都と比べものにならないぐらい強力なISとなった櫛名田。だが乗り手は変わらないならば、戦いの基本骨子も変わらない。

 

 こんな序盤で奥の手を使わない。それを知ってるからこそ撹乱に撹乱を重ねた戦法で櫛名田という牙城を崩そうとしている。というよりは菖蒲のメンタルを削ってる。

 

 簪はまだ大丈夫。

 勝負が動くのは、良くも悪くも簪次第だ。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 夥しいほどの爆発音が木霊する。

 

 一つは山嵐の火薬爆発。

 もう一つはクリア・パッションの水蒸気爆発。

 

 アクア・ナノマシンの制限を取っ払い、広域散布されたそれは一瞬で水蒸気に熱を送り爆発を起こす。

 その勢いは水弾として射出されたそれを一瞬で気体化し、爆発までこぎつけるもの程のエネルギーを持ちながら。

 

 とは言うものの、これは一般的な水蒸気爆発の原理である。

 そも水蒸気爆発とは水が超高温の物体と接触することで一瞬で気化し、その膨張率により爆発するものである。

 これを水蒸気という気化状態でやらかすのがクリア・パッションの凄いところなのだが。それをしてこそのミステリアス・レイディだ。

 

 爆発までのプロセス。液体を弾丸の用に射出し任意で爆発させる。今までトラップとしての運用とは真逆。完全攻撃型のクリア・パッションを前に簪は、対応していた。

 

 打鉄弐式の機動、索敵能力により爆発時のISエネルギーの発露を計算し最適なコースで飛ぶ。

 時より飛ばされる水弾ごと春雷で弾き飛ばし、山嵐を適宜発射して水弾とぶつけるなど。

 

「ハッ!」

「フッ!」

 

 近づいては夢現を振り下ろし蒼流旋、アクア・ヴェールとかち合わせる簪。

 自爆覚悟の距離で戦うことで至近距離のクリア・パッションを封じる。

 

 即座に楯無は思考変更。至近距離でアクア・ヴェールの反応が変化、半歩下がり簪は爆発を回避。

 煙を突き抜けて蒼流旋のガトリング。簪はハイブースト、ガトリングの弾丸が当たるのも気にせず夢現の刃をミステリアス・レイディに突き立てた。

 

(簪ちゃんが捨て身の特攻を!? ほんとにあの簪ちゃんなのかしら! 疾風くんが化けてるとかないわよね!?)

 

 楯無から見て戦闘時の簪は無茶をしない子と見てる。

 冷静に情報を組み、ロジックを作る。

 理知的に理性的に状況を見極め、有効打を打つ。

 

 だからこそ驚いた。こんな損傷覚悟、爆煙で視界が塞がれたと見るや相討ち上等で簪が攻撃してくることに。

 

 楯無の認識は間違ってはいない。しかし簪は今も最善の手を打っている。

 元より無傷で勝てるなんて思ってない。そういう思考を組み込んだだけだ。

 

 だが黙って驚いていられる程、更識楯無に抜け目はない。

 

「きゃあ!」

「甘いのよ簪ちゃん!」

 

 すれ違おうとする打鉄弐式の足にラスティー・ネイルを絡ませ捕縛。

 引き寄せてから、蒼流旋による乱れ突き。ガトリングガン、もう一度ラスティー・ネイルの薙ぎ払いで吹き飛ばしたのち待ち構えていたクリア・パッションで連続爆破。

 

 いまの連撃でシールドが半分持っていかれた。

 

「やっぱりお姉ちゃん。強い!」

 

 油断したら瞬く間に持っていかれる。

 チャンスと思って攻撃を与えれたのは良いもののハイリスクローリターンな結果となった

 

(無謀と無茶を履き違えては駄目、もっと情報を回さないと!)

 

 そもそも、1対1で楯無と戦う作戦。

 作戦としては下の下だ。簪と楯無の腕の差は歴然。今だって初見殺しを連発してなんとか互角以下の戦いを繰り広げている。

 幸いにも姉はタイマンを飲んだものの、いつ心変わりするか簪はわからない。

 

 いつまで通じるかわからない。だからこそ更に畳み掛ける。思考を完結させず、絶えずサーキットを回す。

 

「24発、発射!」

 

 ミサイルコンテナ三つオープン。

 戦闘中に構築していたデータサンプルを多数搭載し、山嵐が一斉に飛ぶ。

 

 楯無迎撃体制。アクア・ガトリングキャノン【バイタル・スパイラル】を展開。更に機体周囲に多数の水弾を展開し一斉射。

 

 蒼流旋を遥かに上回る弾の密度とエネルギーに物を言わせた水弾によるグレネード起爆に山嵐でも3分の2が落とされた。

 残り8発が殺到するも帯状に展開したクリア・パッションとラスティー・ネイルに切り裂かれ。

 最後の2発はアクア・ヴェールに阻まれる。

 

 更に数発クリア・パッションを爆発させ爆煙を散らすと目の前に迫る打鉄弐式の姿が。

 

「読めてるわよ簪ちゃん!」

 

 二つのガトリングで狙いを定める。

 

(最初は蒼流旋で牽制、躱したところをバイタル・スパイラルで止める!)

 

 特攻を念頭に入れ、簪の一挙一投足を逃さず───射程内! 

 

 蒼流旋発射。回避する簪の軸線上にバイタル・スパイラル。

 片手で撃てない反動をアクア・ナノマシンで補強。予測線に発射。

 一瞬、打鉄弐式の姿が残像となって消え、センサーの光点が離れた位置に移動した。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)! でもね」

 

 楯無の左手は既に蒼流旋ではなくアクア・クリスタル。光輝く細い水槍。

 4分の1出力ミステルテインの槍。瞬時加速中は方向転換出来ない。

 

「それも読めてたからね!!」

 

 身体の回転を使ってサイドスロー。

 4分の1でもクリア・パッションより強力な爆弾の槍が簪の目の前で爆発。

 

「予測済みだよ」

「え!?」

 

 打鉄弐式、右側のブースターを逆噴射。

 ほんの少し速度が落ちるギリギリで再度瞬時加速を発動し、小型ミステルテインの槍をやり過ごして楯無に向かう。

 

個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション)!? いや個々のスラスターで無理やり軌道を変えて!?」

 

 最初はメインスラスターによる瞬時加速。

 そして減速用にライトスラスター。再加速用にレフトスラスターを始動。

 

 勿論普通は出来ない。これで出来たらアメリカのファング・クエイクの完成度は今より高いだろう。

 

 だからこそ簪は操作していなかった。

 簪は綿密かつ徹底したPIC管理により半ば無理くりプログラムを組んだ。

 これまで一連の行動は打鉄弐式に組み込んだ自動操縦だ。

 いつ進行方向に攻撃が来ることも、楯無がどう対応するか、それを全てを頭に仕込んで。

 

 打鉄弐式はプログラム通り、決められた手順、決められた機動を飛んだのだ。

 他のISでは出来ない。卓越した情報処理、情報構築能力を持った打鉄弐式と簪だから出来た技。

 

 今この瞬間、簪の読みが楯無を上回った。

 

「くぅぅっ」

 

 ISでも相殺しきれないGが簪の身体を軋ませる。

 骨にヒビが入らないギリギリの速度での方向転換。

 勿論予測範囲。予測範囲だけどやはり痛かった。

 

(けど動けない程じゃない! 身体も、頭も!)

 

 果たして今の彼女を見て「この子少し前まで自己肯定感ゼロの引きこもり予備軍ネガティブ思考で、非生産的な行動はしない大人しい女の子だったんだよ」と言って信じる奴が何処に居るだろうか。

 

 脂汗を滲ませつつ、未だ闘志の炎を目に宿した覚悟ガンギマリの眼鏡美少女。

 なにもわからない観客は呆気に取られ。わかってしまった専用機持ちは揃ってドン引きし。山田真耶は慌て、織斑千冬でさえ眉間に皺を寄せた。

 

 そして当事者である楯無は心配と驚異で一瞬頭がゴッチャになる。

 だがそこは更識家当主にして学園最強。そして更識簪の姉、更識楯無。

 

 マジ本気の全力を出すと言った。

 大切な妹が覚悟と成長を見せてくれた。

 

 思考をリセット。

 感情を切り替え。武装をリコールしラスティー・ネイルをソードモードで構える。

 飛んでくるのは春雷か、それとも山嵐か。はたまた夢現による近接戦か。

 

 その答えは………

 

「ビークビット!!」

「え!?」

 

 音声コールのイメージアップによる短縮武装コール。量子変換の光が集約。簪の前方に6基の小型ステルス戦闘機の形をしたビットが現出した。

 バススロットに格納していたのは予め疾風に渡されていた予備のビークビットだった。

 コールと同時に打鉄弐式からビークにプログラム転送。プラズマダガーを構えたビークが一斉に楯無に襲いかかった。

 

 ソードモードからウィップモードに。凪払われたラスティー・ネイルから逃れた3基が楯無に突き刺さり、追い討ちとばかりに春雷の射撃がぶち当たる! 

 

 体勢が崩された。次が来ると察知した楯無は咄嗟にアクア・ヴェールを前にかざすもそこに突き刺さるは淡く光る、弐式から投擲された夢現。

 

 出力全開の夢現により高出力を維持しているアクア・ヴェールが揺らぎ、結合が乱される。剥がされる寸前の夢現を再度掴み、ブーストで身体ごと突き破る勢いで水の膜が破ける。

 

 それでも追撃を許さない楯無はラスティー・ネイルを離し、呼び出した蒼流旋で夢現を手から弾き飛ばす。

 

「あああああっ!!」

「うええ!?」

 

 ブーストを切らさず簪は楯無に抱きついた。足も絡めた完全なホールド。

 途端に楯無の記憶が甦る。それは学園祭のエキシビションマッチにて疾風に抱きつかれた時。

 あの時彼は………

 

「フルオープン!!」

 

 打鉄弐式のミサイルコンテナが全て開く。中には山嵐48発が揃って楯無に向けられる。

 簪の意図を理解した楯無は冷や汗をかく。アクア・ヴェールは間に合わない。全弾くらえば他ISより装甲が遥かに薄いミステリアス・レイディは絶対防御によりリミットダウンの可能性大。

 しかしそれは打鉄弐式も同じこと、それでも簪は行動をやめない。やめるつもりもない。

 

 度重なる初見殺し。癖や動き幾重にも重ねた膨大な分析データ。楯無の心理状態などなど。

 ゼロ距離フルバースト! 

 今までの工程、道程を、今この瞬間に叩き込む! 

 

「これが私の全身全霊!」

「不味っ………」

「撃って! 山嵐!」

 

 白煙が巻かれ、簪が自爆覚悟の発射指示を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、更識姉妹を真っ白な稲光が包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1分前。

 

 突如菖蒲が須佐之男を発動した。

 

 だが目の前の疾風には目もくれずに武装を分解、構築して雷神を顕現させる。

 焦りに焦る菖蒲の目線の先には楯無に鬼気迫る簪の姿。

 

「させません!」

「させるものか!」

 

 簪の自爆斉射の目論見を看破した菖蒲と、更に意図を読んだ疾風はインパルスとブライトネスで櫛名田を殴打する。

 

 だが不退転を貫く菖蒲は動かない。

 須佐之男が構築され巨大電磁弓、鳴神が姉妹に狙いを定めた。

 チャージはしない。須佐之男を構築しているプラズマエネルギーをそのまま射出する。その一撃は止める間もなく輝いていく。

 

「止まれぇ!!」

 

 ブライトネスとインパルスをバーストモードか全力で櫛名田を斬り付け、突き入れた。

 シールドエネルギーが一気に減る。だがシールドを削りきるには至らず。須佐之男の狙いは未だ揺らぐことなく。

 

 不動を貫いた徳川家の末裔は弓を引き放った。

 

「雷式・天羽々矢(あめのはばや)!!」

 

 雷が放たれた。

 

 鳴神から射出された極太の指向性プラズマが打鉄弐式とミステリアス・レイディを飲み込んだ。

 だが打鉄弐式の影になっていた楯無は簪を盾にして拘束を逃れ。直撃した打鉄弐式は露出していた山嵐の弾頭が揃って誘爆。簪は爆炎に呑まれた。

 

 雷式・天羽々矢を発射した須佐之男が鎧のみを残して崩れた。

 本来なら膨大なチャージを必要とする【雷式・天羽々矢】。プラズマによる高火力砲撃に必要なチャージを須佐之男を形どっていたプラズマで代用。身体を失った須佐之男の鎧が音を立ててアリーナの地面を叩いた。

 

 制御を失い、アンロックユニットが身体から離れた櫛名田は丸裸同然。

 無防備な櫛名田に疾風は全兵装を叩き込み、打鉄・櫛名田はリミットダウンした

 

 地面を蹴り飛ばし、爆煙から溢れ落ちるように落下する打鉄弐式を助けに行こうとする疾風。

 

《打鉄弐式からビークビットの武装権限譲渡》

 

「簪!?」

「行って………行って疾風!」

「っ! うおおぉぉぉぉ!!」

 

《オーバードライブ、レディ》

 

 エネルギー全解放。

 

 疾風の雄叫びに呼応し、イーグルの各スリットからプラズマブレードが生えた。

 

 自機と簪に与えた予備、合計12機のビークビットを従え、体勢を整えつつある会長目掛けて突っ込む。

 

 なんかもうよく分からないぐらいの出力と輝きを放ちながら突っ込む疾風とイーグルを前に脊髄反射で奥の手である装甲内のウォーターサーバーを解放。

 補充した水を使ったアクア・ヴェールのエネルギーを最大にして振り下ろされるバーストインパルスを防ぐが。ヴェール表面の水が一気に蒸発されて霧散した。

 純水だから電気分解されない、つまりインパルスのプラズマ熱量だけでISのエネルギーに保護された水の盾が剥がれたのである。

 

「疾風くんなにそれ!?」

「先週新実装の奥の手ですよ!!」

 

 ようやく喋る余裕が出来た楯無は驚愕を露にする。

 

 これを知ってるのはセシリアと簪のみ。

 アンネイムドの副隊長戦でも使用したが一瞬だったし運が良いことに楯無カメラの死角だったから楯無はオーバードライブモードの存在を知らなかった。

 

 そこからはもう疾風の独壇場だった。

 文字通り縦横無尽に楯無の周囲を飛び回る疾風。普段の倍を誇る数のビークビット。アクア・ヴェールも物理的に崩され。クリア・パッションも見えているのか回避され、当たったとしてもプラズマ・フィールドで防がれる。

 

 疾風とスカイブルー・イーグルは飛び回る。

 多少の被弾はコラテラルダメージと割りきり次々と楯無の防御を削り取る。

 

 電脳世界の時とは違って調整も完璧。

 無茶が出来なくなった代わりに堅実に、かつ最高のパフォーマンスを見せるイーグルは着実に楯無を追い詰める。

 

 観客席の生徒たちはその光景を目の当たりにし、揃って思った。

 

『更識楯無が負けるのではないかと』

 

 1年生から3年生まで、楯無が生徒会長になってから負けるところを見たことがない。

 負ければ生徒会長が変わるのはIS学園の不文律。

 

 更識楯無の不敗神話はここで終わる。

 そんな期待を世界で2番目の男性IS操縦者に向けていた。

 

 だが楯無も負けず劣らず食らいついていた。

 むしろオーバードライブモードを初見で耐えられてること事態、楯無が如何にとんでもないことが分かる。

 

 もしこれが一夏や越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)を解放していないラウラなら嬲り殺しにあっているだろう。

 莫大なエネルギー消費と副作用を対価に圧倒的速さと圧倒的火力の両立を可能とするリミッター解除。

 壮絶な暴力に面食らいながらも耐え続けられているのは楯無の日頃の積み重ね。国家代表と学園最強の名は伊達ではなかった。

 

 そんな中優勢かと思いきや疾風も焦り始めている。

 

(思ったより全然削れないんですけど!?)

 

 固い、とにかく削れない。

 更に周囲に大量展開されているクリア・パッションにも目を向けなければならない。

 

 イーグル・アイもリミッター解除で膨大なデータを観測しているが、所々疾風も処理漏れを起こしている

 現に意識の外でビークビットを6基失っている。

 

 更に迫るタイムリミット。オーバードライブが終われば待つのはパワーダウン。

 そうなれば疾風に万の一つも勝ち目がない。

 

 疾風もエキシビションとは比べ物にならないぐらい強くなり、1年専用機持ちの中でトップクラスの腕前。それでも楯無と比べればまだ実力に差がある。

 だからこそ畳みに畳み掛けを重ねたオーバードライブ。

 短期決戦で簪からのバトンを受け継ぎ、攻勢に出た。

 

 慎重になりすぎず、好機を見つけたのならば思いきって飛び込む。

 楯無の教えを忠実に実行した疾風は格上に臆することなく挑み続ける。

 

 楯無はひたすら防戦に徹する。

 この十数秒でオーバードライブモードが零落白夜と同じく長続きしないことは看破していた。

 瞬間火力であるクリア・パッションが通じない以上、耐えた先でミストルテインの槍を当てれば勝てる。

 

 連続してぶつかる雷光の応酬。

 弾けて消える水光の煌めき。

 

 互いの意地と意地のぶつかり合いが見る者の脳髄に記憶として刻み付けていく。

 一瞬かつ永遠にも感じる攻防の末。ついに均衡が崩れた。

 

 バシュン!! 

 

「あっ!」

「しゃあっ!!」

 

 最後のアクア・ヴェールがブライトネスのバーストアタックにより弾け飛んだ。

 勝ちの誘惑に浸ることなく疾風は今一度両手に握られた二槍を握り直す。

 

 まだ何かあると踏んだ上で飛び込む。

 あと少ししかオーバードライブを維持出来ない。焦りもある、だが時間を与えればアクア・ナノマシンが復活する以上、好機はここしかない! 

 

 ブライトネスを当てる。弾き飛ばされた楯無をビークが切り裂く。

 簪との戦闘。菖蒲の雷式・天羽々矢と、山嵐による誘爆によるダメージ。そして今の一撃でミステリアス・レイディは射程内に入った。

 

 インパルスをバスターソードモードに。

 極雷の大剣を握りしめ、二段階瞬時加速(ダブル・イグニッション・ブースト)発動。

 

「いっけぇぇぇ!!」

 

 通るだけで空間にプラズマが走る程の出力を持った雲鷹の一太刀が学園最強に向かう

 

 観客の誰もが疾風の勝ちを確信した。

 

 だがただ一人、諦めることを知らない女は瞳に強い光を宿らせる。

 疾風は警戒する、だがイーグル・アイにはクリア・パッションの反応は愚か何も移らない。

 だがもう止まれない。疾風は自身が持つ最大の一撃を振り下ろした。

 

「流石ね疾風くん───でも、まだ負けてあげない!」

 

 楯無が不適な笑みを浮かべた瞬間。ミステリアス・レイディの水のドレスの輝きが【青】から【赤】に変わった。

 

神庭沈下(セックヴァベック)!!」

 

 その瞬間。空間が沈んだ。

 

 二段階瞬時加速(ダブル・イグニッション・ブースト)の加速を持って突撃したスカイブルー・イーグルは沼に入ったかのように急激な抵抗を受けて停止した。

 

「なっ、はっ!!?」

《オーバードライブ、終了。強制排熱開始》

 

 オーバードライブがタイムアウト。

 プラズマの奔流が終わり、代わりに蒸気が吹き出す。

 

 全身に纏わりつく。空中に居るのに沼に沈む感覚。

 AICかと思ったがそれとはまた別種の拘束結界。

 そして今になってイーグルのイーグル・アイがその拘束結界の正体を看破していた。

 

「空中に散布されていた。アクア・ナノマシンの一斉起動!?」

「そうよ。これがミステリアス・レイディが誇るワンオフ・アビリティー。神庭沈下(セックヴァベック)、超広範囲指定型空間拘束結界よ」

「わ、ワンオフ・アビリティー!!?」

 

 これには疾風も度肝を抜かれた。

 いや疾風だけでなくこの場にいる全員が度肝を抜かれた。

 ミステリアス・レイディは確かに強力なIS。だがワンオフ・アビリティーを使えるなんて情報は一度たりとも聞いたことがない。

 いや、それよりもワンオフ・アビリティーが使えるということは。

 

第二次形態移行(セカンド・シフト)していたんですかそれ!!」

「そうよ。言ってなかったかしら」

「言ってないし聞いてないです!」

「あら言ってなくても聞いたことはあるんじゃない? この子の前の名前はグストーイ・トゥマン・モスクヴェだって」

「………あっ!」

 

 確かに疾風は楯無の機体の前身がそれであると知っていた。

 だが名前が変わったのは楯無好みに改修する際に名前を変えただけだと思っていた。

 

 だが真相は違った。

 楯無のミステリアス・レイディの第二次形態移行(セカンド・シフト)は白式・雪羅と違いそこまで形状外見に変化はなく。セカンド・シフトを下地に楯無が改造されたのをミステリアス・レイディとして使っていた。

 言わばイタリアのテンペスタと同じだということ。

 

「誇っていいわよ疾風くん。この私に神庭沈下(セックヴァベック)を使わせたのはあなたが初めて。本当は使わないつもりだったんだけど。それだけあなたたちは強かった。あなたたちは確かに私を追い詰めたわ」

「くっ、ぬぅぅぅぅ!」

 

 褒められてもそれどころではない疾風。

 

 全く身動きが取れない訳ではない、が。底無し沼に沈むように現在進行形で身体が動けなくなっていく。

 周りを飛んでいたビークも沼に捕らわれて微動だに出来ない。

 正に空間の液状化とも呼べる広範囲結界を前に。疾風とスカイブルー・イーグルはなす術もなかった。

 

 神庭沈下(セックヴァベック)がアクア・ナノマシンからの力なら、広範囲に高電圧を流せば散らす可能性はある。だがオーバードライブ後の疾風とイーグルにはもはやそれは出来ない。

 楯無はここまで読んで、ギリギリまでワンオフ・アビリティーを隠していた。

 

「さ、もっとお喋りしたいけどここまで。このワンオフ・アビリティーね。本来なら専用の限定解除仕様オートクチュールがないと発動出来ないやつを無理やり稼働させてるのよ。さっきの疾風くんみたいなものね」

 

 アクア・ヴェールの赤い輝きは超高出力モードの証。

 そして楯無の右手には赤に染まった水の大槍が渦を巻いていた。

 更に、楯無とミステリアス・レイディは神庭沈下(セックヴァベック)の中を自由に動くことが出来る。

 

「それじゃ、これでおしまい! ミストルテインの槍、発動(楽しかったわよ、2人とも)!!」

 

 空間の沼を突き進むミストルテインの槍を受け、スカイブルー・イーグルは爆発の奔流に呑まれ、リミットダウン。

 

《疾風・レーデルハイト、更識簪ペア、リミットダウン。更識楯無、徳川菖蒲ペアの勝利!!》

 

 激闘に激闘を重ねた大接戦を制したのは。

 

 学園最強、更識楯無その人だった。

 

 






 さ、作文のカロリーが半端ない。燃え尽きたんじゃないか俺。
 どうもブレイブです。

 7巻シーンでは中止となったタッグマッチ戦。いかがでしたでしょうか。
 文字数は多いですが、試合時間は思いの外短かったのではと思います。
 それほど戦況が二転三転した熱いバトルをかけたと思います。

 そして超フライング登場な神庭沈下(セックヴァベック)
 本来の名前は『沈む床』と書いてセックヴァベックなのですが。これまた厨二病が発動してしまいました。
 ある作品の四文字ワンオフ・アビリティーに引かれたのもありめすが。いやはや四文字熟語って男心を擽りますね。
 セックヴァベックのノウハウは完全妄想ですが。実際どうなのか。
 ずっと出したかった展開なので満足です。

 しかし我ながら楯無除いた三人も結構スペックアップしてますわ。我ながら(二回目)
 しかも他の専用機持ちも原作より格段に強くなってる?我ながら強くなりましたねこの子ら(三回目)
 


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第127話【美醜の毒牙】

 

 

 疾風・簪ペアVS楯無・菖蒲ペアの専用機タッグマッチ戦。

 両者一歩も譲らず。

 試合時間は短かったものの長時間と錯覚するほどの濃密かつダイナミックな試合は見るものを魅了し、そして火を付ける。

 

 今回の試合をモチベーションに生徒の活気や意 欲はますます向上すると学園上層部もこれにはニッコリという上々の結果となった。

 

 そしてその功労者とも言える四人はというと。

 

「簪、菖蒲。俺の遺骨はセシリアに送ってくれ………ガクッ」

「疾風様が死んだー!」

「この人でなしっ!!」

「ちょっと待って簪ちゃんなんでこっち見て言うのかしら!?」

 

 幸運値低い槍兵ごっこをしていた。

 

 互いの奥の手の応酬の末、最後の最後でなす術もなく爆散した俺はハンガーの床と同化。

 菖蒲は迫真の演技で涙を流し、簪は結構ガチめな表情(演技)で会長を睨み付け。

 そんな愛する妹から親の仇ばりに睨み付けられた会長は軽くメンタルブレイクを起こしかけた。

 

 結果会長は膝をついて涙目に。

 

 そんな姿を即座にパシャリ。

 

「へぇ?」

「会長の落ち込み写真ゲットー。茶番はここまでとして起きて下さい会長」

「茶番って、疾風くんの仕業!?」

「プライベート・チャネルって便利ですよね」

「負けた側とは思えないぐらい勝ち誇った笑み浮かべるのやめてくれるかしら!?」

 

 いつでも心に愉悦スマイルを。

 どうも自他共に認めるサディスト眼鏡です。

 

「というか菖蒲ちゃんもグル!?」

「疾風様のためならエンヤコラです」

「簪ちゃんも!?」

「ごめんねお姉ちゃん」

「か、簪ちゃんが悪魔に魂を売ってしまった………」

「誰が悪魔ですか誰が」

 

 さっきより更に落ち込みにかかる会長。また写真を撮った。

 

 会長が回復するのを待って試合の見直し、反省会を開いた。

 

「もっと攻めの鋭さをだな。菖蒲相手に千日手気味になっちまったし。オーバードライブをもう少し遅らせていればワンチャン行けたのか………わからん」

「お姉ちゃんばかり見てて菖蒲に目を向けてなかった。お姉ちゃんから一歩離れてやって………ううん、それではお姉ちゃんに食らい付けなかった。実力不足」

「私は近接戦の立ち回りですね。疾風様相手に何も出来ませんでした。須佐之男も出し惜しみせずに状況を変化させて………」

「簪ちゃんを固定概念に当てはめてました。調子狂わされっぱなしでもうほんとに………お姉さん反省」

 

 後悔は後の祭りと言うが、別に生き死にがあるわけでもないし。失敗は成功の母と言う言葉があるように原因の洗いだしは必要だ。

 

 自分を見つめ、そして相手の動きで気になった事を洗いだしていき。

 時間がかかったのでハンガーから俺の部屋に場所を移していった。

 

「簪ちゃんほんと逞しくなったわ。もう私の知る簪ちゃんじゃないのね。そう思うでしょ、疾風くん?」

「それには同意ですが、なんで俺を睨むんです会長。確かに簪に会長の度肝を抜いてやろうぜ。ギャップで攻めたら絶対会長動揺するからとは言いましたけど」

「疾風くんのせいで簪ちゃんが自爆特攻上等な疾風くんみたいな子なっちゃったじゃないのよぉ!!」

「会長は俺を死を恐れない不屈な戦士だと思ってらっしゃる?」

「うおーーん!」

「いや叩きながら泣かないで下さいよ痛い痛い痛い!!」

 

 俺は方針を示しただけで戦い方には口だしてないっスよ。

 簪があんなにアグレッシブな戦い方をしたのは簪自身の行動と意識であって俺は関与してないですからね。あしからず。

 

「俺としてはミステリアス・レイディが第二次形態移行(セカンド・シフト)していたことに驚きを隠せないのですが」

「だって秘密にしてたもーん。ロシアにも日本にも隠してたし。知ってるの虚ちゃんとか、ミステリアス・レイディ開発チームの重鎮(更識派閥)ぐらいだし」

「私も知らなかった………」

「あら簪ちゃんもしかして拗ねてるの? 可愛いわ、なでなでさせて」

「スッ………」

「菖蒲ちゃーん! 簪ちゃんに避けられたー!」

「それはまあ。仕方ないのでは」

「菖蒲も知らなかった?」

「ええ、私も知りませんでした」

 

 徹頭徹尾誰にも喋らなかったんだな。

 てかそんな隠していたことを出して大丈夫だったのだろうか。

 

「ま、バレても特に支障はなし。いつの間にか第二次形態移行(セカンド・シフト)してましたーアハハーって感じで通すだけよ」

「軽っ!」

「あ、ちなみに第二次形態移行(セカンド・シフト)は、ある日整備してたら突然変化したの」

「更に軽い! あれ、そういう進化形ってなんか、こう。そういうのじゃなくないですかね!?」

 

 ミステリアス・レイディ。

 その名の通り、というより会長の影響なのか掴み所のないISなのであった。

 

「ただ一つだけ問題があってね」

「なんです?」

「私のIS。前回の無人機戦の損傷から回復したとはいえ応急処置的に運用したじゃない」

「そんなこと言ってましたね」

神庭沈下(セックヴァベック)って。専用パッケージ装備の超高出力モードで運用を前提にしてるのよね。だから結構ISにも負荷がかかってね。それを本調子でない機体で使っちゃったから」

 

 ブーブー、と何処かでバイブ音が。

 と思ったら会長の顔が見る見る青くなっている。

 

「虚ちゃんから………お叱りがはいりまーす」

 

 スマホには虚ちゃんの文字が。

 会長の身体がバイブに負けないレベルで震えていて椅子とテーブルがガタガタ行っている。

 

「ということでお先に失礼します。はいもしもし。はい、わかっております今すぐ向かいますので。虚ちゃん怒ってる? うん、ごめんなさい本当に! 大人げなかったと思うわよ。でも負けたくな、あ、はいただいま参りまーす!!」

 

 パタン。

 閉じた音のそれはそれは哀愁が漂うこと漂うこと。

 

「………実質勝利と取るには」

「疾風が納得するなら」

「駄目だなぁ」

 

 負けは負け。

 奥の手を上回る奥の手を持っていた会長の勝利だ。

 

 いやしかし………最後のなかったら勝てたと思いたいのは無理もないことだと思いますけどねえ!! 

 くやしーー!! 

 

「簪も残念だったね。あと1歩だったのにさ」

「ううん、私は満足してる。お姉ちゃんと本気で戦えて。お姉ちゃんも本気で戦ってくれた。それだけで満足。ありがとう疾風、あなたのおかげ」

 

 簪の表情は晴れやかだ。

 

 もう姉の影を追うことはしない。姉と共に歩み、そしていつか越えるという新たな目標を得た彼女はとても眩しかった。

 

 負けちゃったけど。セシリアにも報告しとこっかな。

 ミステリアス・レイディが第二次形態移行(セカンド・シフト)していたなんて言ったらぶったまげたりしてなぁ。

 

 

 

 だが。

 

 セシリアから返信が来ることはなかった………

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 雨が降りしきる中。

 二人の女性が路地裏で雨に打たれていた。

 

 一人は雨でも誤魔化せない程泣いていて、もう一人は雨に濡れても滲み出る悲しさと、色褪せない決意に満ちた表情を浮かべていた。

 

「行かないで、行かないでメリア!」

「………ごめんねシーシア。でも私は行くよ。世界を守るため、そして何より君を守るためにね」

「駄目! 行っちゃ嫌!!」

「ごめんね………愛してる、シーシア」

「メリアぁぁぁぁ!!」

「………………………カーーット!!」

 

 その名の通りカチン! と鳴ったカチンコと共に土砂降りの雨がスッと止んだ。

 二人の役者に向かってタオルを持ったスタッフが駆け寄るが。明らかにメリア役の女の子の方が比率が高かった。

 

「ロラン様タオルどうぞ、いったぁ!」

「私のタオル使ってください! 柔軟剤たっぷりで、あたぁ!」

「お退きなさい小娘! どうぞロラン様。最高級品のオーダーメイドのタオルですぅ!」

 

 しかも集まったのは女性のみ。揃って頬を赤らめてメスの顔をしているという。

 シーシア役の女子にはマネージャー一人だけしか行ってない。この格差………

 

 否、それどころかシーシア役の子は自分を拭くことなど忘れ、ロランと呼ばれた美少女を拭きに行こうとしてマネージャーに止められていた。

 

「離してジャーマネ! 私もロラン様を拭くのよぉ!」

「駄目だってコートニー! いま行ったら潰されるから! ちょ、力強っ!」

 

 ジタバタと小柄な身体を持ち上げられるコートニーは置いといて、件のロラン女史はというと。

 

「ありがとうシェイミー、助かるよ。ベルエッタ、このタオル良い匂いだね。エリンさん、このタオル凄いフワフワです」

 

 なんと数多の女性から渡されるタオルの応酬を見事捌ききり。なおかつ一人一人に声をかけて自身の身体を拭いていた。

 しかも全員の名前を間違えず、トラブルの一切を起こさずに。その美貌も仕草は群がる女性一人一人の心を掴んでいった。

 

 そんな王子様系女子という言葉を人の形にしたようなグレイヘアーの女性の名はロランツィーネ・ローランディフィルニィ。

 オランダの代表候補生にして、世界中の女性の心を奪い続ける罪な女。

 今回は彼女が主役のドラマの撮影である。

 

「あ、ロラン様」

「お疲れ様コートニー。心がこもった素敵な演技だった。役なのにも関わらず、思わず足を止めてしまいそうになったよ」

「あ、ありがとうございます! ロラン様も素敵でした………」

 

 先ほど暴れていた癇癪玉と同じとは思えないほどしおらしくなる彼女。

 林檎色の頬は雨に打たれた寒さのせいではないのは明白だった。

 

「フフッ、ありがとう。それにしてもコートニー。私のこといつまで様付けなのかな?」

「え、ひぅ。ごめんなさい。まだ恥ずかしくて」

「可愛いねコートニーは。今日は難しいけど。今度何処かデートに行こうね」

「は、はひ。ひゅー」

「おっと」

 

 ロランが発した耳元ウィスパーボイスにコートニーはノックアウト。

 受け止めるロランの動作はまさに姫を抱き抱える王子そのもの。表情、腕の運び、足の角度。

 全てがパーフェクトでハーモニーだった。

 

「キャー!」

「流石ロラン様! 全ての動作が美しい!」

「もうロラン様しか勝たん」

「ロラン様抱いてー!」

 

 ロランが放つ余りの魅力を前に幸か不幸かコートニー女史への嫉妬どこらか眼中になし。

 みんな『何か』を抱き抱える我らがロラン王子しか見えていなかったとさ。

 

 

 

「ロランさぁ。定期的に女の子気絶させるのやめない?」

「そのつもりはないのだがな」

「嘘付きなさい。意識しないとああならないでしょ」

「本当に嘘はないのだがな。もしかして嫉妬かな? リリアーヌさんなら何時でもウェルカムだぞ? アイタッ」

「マネージャーを口説くな、あとマネージャーと言え白百合野郎」

「野郎じゃなくて女だよ私は」

 

 デコピンを食らったおでこを擦りつつ若干涙目なロラン。こんなポンコツな姿でも道行く女性をクラッとさせるのだから手に終えない。

 

「まったくほんとロランの雑食さには参るわねー」

「ちょっと待ちたまえマネージャー。私がところ構わず食い散らしてるみたいなこと言わないでくれたまえ」

「99人も恋人作ってるやつが何をのたまってるんのよ爆発しろ! あのコートニーって子何人目だ!」

「丁度80人目だ!」

「得意げに言うな!」

 

 そう、このロランツィーネ・ローランディフィルニィ。

 なんと世界各国に99人の恋人がいるのだ。しかも全員女性というレズビアンハーレム。

 

 ………何を言ってるか分からないだろうが世間周知の事実である。

 先ほどのコートニーも99人の恋人のうちの1人である。

 スケールがでかいなんて話じゃない。二次元から飛び出したような純愛に生き恋愛に生きる女、それがロランという女、いや女傑である。

 

「あんたのモテが少しでも私にあれば、私も速攻で結婚できるだろうになぁ」

「相手は等しく女性になると思うが」

「あんたのモテスキルありゃあ男の1人や2人は持ってけるわ! はぁ、世の中って理不尽ねぇ」

「リリアーヌさんは素敵な女性ですのにね」

「マネージャーと呼べ。ロラン、性転換しなさい。そしたら万事解決だから」

「悲しむ百合の花たちがいるので駄目です」

「畜生! IS生まれてからへなちょこな男しかいねえし! 誰だよIS作ったやつ畜生!」

 

 癇癪を爆発させるマネージャーに苦笑いするロラン。

 自分に気のある女の子との一時も楽しいが。こういうダラッとして雰囲気も楽しい。

 まさに人生を謳歌しているロランであった。

 

「じゃあ私は弁当貰ってくるから」

「ああ。頼むよ」

 

 楽屋前で別れたマネージャーに手を振り。ドアを閉めた彼女は暗がりの中で軽く息を吐く。

 皆の前ではカッコいい王子様。だがそんなファンの前でタメ息など吐けば心配される。

 

 王子様キャラを演じてる訳ではない。ロランにとってはそれが素であり。大変なことでもなんでもない。

 女性関係も良好。職場の雰囲気も良好だ。

 そう、女性関係では悩みなど一つもないのだ。

 

 それでも彼女らの前ではカッコいいロランツィーネ・ローランディフィルニィでいたい。

 

(………よしリセット完了。コートニーとのデートはどんなシチュエーションにしようかな)

 

 楽屋の電気を付けて台本を確認しようとしたが台本が置かれてる場所に台本がなかった。

 何処に行ったかと視線を移動しようとしたその時。

 

「美人がタメ息を吐く瞬間は、いつだって胸が痛いものね」

「!!?」

 

 普段余程のことでも動じないロランが動揺をあらわにした。

 視線の先には、椅子に座る1人の女性。

 

 ブロンドの髪と蒼の瞳。

 切れ長の目はキツイ印象を持つが今の彼女はまるで聖母のような笑みを浮かべ、ロランの台本を呼んでいた。

 

「悩みがあるならお聞きしましょうか。ロランツィーネ・ローランディフィルニィ」

「これはこれはフランチェスカ・ルクナバルトさんではありませんか。アポイントメントはお取りになったので?」

「ごめんなさいね。あなたに火急の用事があったのでお忍びで失礼致しましたわ」

 

 ティアーズ・コーポレーションCEOにして現在のイギリス代表。

 そして亡国機業(ファントム・タスク)の一組織。【ブルー・ブラッド】のトップでもある。

 

 そんな彼女の裏の顔を知らないロランでも彼女に隙を晒しては行けないと警戒するが、持ち前の演技力でそれをおくびにも出さずに飽くまで紳士的な対応を試みる。

 

「貴方のようなビッグネームが私のような小娘にどんな御用でしょうか」

「小娘だなんて。私はあなたのことを高く評価しているのですよ。先程の演技も大変素晴らしかったです………早速ですが本題と行きましょう。私はあなたをスカウトに来たのです」

「スカウト?」

「ええ。私、いえ私たちと共に崇高なる世界を作る為。女性による女性の為の世界を実現させるためです」

 

 隠していても熱を漏らすフランチェスカにロランは更に警戒を上げる。

 ロランは数多の女性と交流を持つ。その中にはいささか癖の強いものや、情熱が行きすぎた物もいる。

 だからこそ女性を見る審美眼は他の追従を許さない。

 

 故に、言葉は綺麗でも、フランチェスカの奥にあるものを知覚してしまった。

 

「申し訳ありませんが。私はいま忙しい身です。世界中の人々がこれから出る映画を待ち望んでいるので」

「ああそうですか。ですが貴方のような素敵な女性が出る価値があの映画にあるとは思えませんが」

「………何故?」

「この映画の監督である男は過去に何回も女性関係で汚点を残した。しかも今も尚懲りることを知らない。過去に何本も世に評価されてるみたいだけど、そんな薄汚い底辺が作り出す映画は出来はよくても駄作でしかない──そんな男が作り出す醜き作品に可憐な百合の乙女である貴方が汚されるなど、私にとって身の毛もよだつ思いなのです」

「………」

 

 ロランは言葉を失った。

 

 だがそれ以上に侮蔑とも言えるその言葉になんの悪意も感じられなかった。

 さも当たり前のように、当然のように言ったのだ。

 この女は本気でロランのことを思って言っている。それが返って恐ろしかった。

 

 だからこそ聞かねばならなかった。彼女の本心を。その心の奥底。

 

「一つ教えて欲しい」

「なんでもどうぞ」

「貴方が作り出す女性による女性の為の世界とはどのようなものなので?」

「ウフフ。良いでしょう、教えてあげる。きっとあなたも共感してくれると思いますわ。我々が作り出す世界、それは………」

 

 フランチェスカ・ルクナバルトは語る。

 

 お伽噺を語るように。紙芝居を見せるように。

 とても楽しそうに、理想である世界を話続ける。

 

 聞き手の心がくすむことも知らずに……… 

 

「とまあ掻い摘んで言うとこんなものでしょうか。どうかしら、素晴らしい世界でしょう? きっとあなたの99人の恋人も喜ぶと思うわ♪」

「………………成る程、噂に聞いては居ましたがこれほどとは………ええ、想像以上の素晴らしき世界でしたよ」

「では?」

「ああ………やはりあなたとは相容れない! オーランディ・ブルーム!」

 

 自身の愛機の名を叫び、オレンジ色の装甲と共に蔦状のユニット、ヴァイン・アームズがフランチェスカを捕らえた。

 

「あら、乱暴ですね。こんなことをする人だとは思わなかったわ。私が作り出す世界を否定するの? 同じ女性を愛する者同士なのに」

「一緒にしないで頂きたい。確かに私は世界中の女性を愛している。だが私はあなたのように男性を嫌悪していない、むしろ尊重している!」

 

 カッと靴を踏み鳴らすロランの瞳はまるで剣の煌めき。

 その切っ先は目の前にある美麗の妖花だ。

 

「女尊男卑が一般的となった世界では確かに萎びた男が多くなった。だがその中でも輝く男がいるのも事実! 監督だってそうさ。女癖が悪くセクハラも多い。だが映画にかける熱意は本物だ! だからこそ私はオファーを受けた。そしてその映画で世界中の人々、そして百合の蕾たちの笑顔が見たい、だから演じ続けるのさ!」

 

 蔦の拘束を強める。

 全神経を目の前の女に注ぎ、決して逃がさないように。

 

「私ならあなたの100番目を用意してあげられるわよ? あなたが今まで見てきた中で一番美しい女性を」

「悪いが、それは私自身が決めることだ。他人が決めることではない。私の愛は決して安くはないのだからな!」

 

 ロランは確信していた。確かに彼女の言葉は聞くものによっては理想の世界なのかもしれない。

 だがやはり共感できない。何より人々の愛が生きる世界で彼女が作る世界は窮屈だ。

 

 そんな自由を何より愛する彼女と差別主義なフランチェスカが相容れるわけがなかった。

 

「交渉は決裂、で宜しいかしら?」

「無論だ。このままお縄に付いて貰おう。迂闊なことはするなよ。ISを展開するより私の蔦があなたの意識を刈り取る」

「そうね。そのISなら出来る………けどやはりまだ子供ね。言う前からやればよかったのに」

「何を、うっ!」

 

 首に何かを刺された。

 

 無針注射器だった。認識する前に蒼い薬液がロランに注入された。

 ISが解除され、ロランは膝をつく。

 

「もう1人、いたのか」

「残念だわロランツィーネ。あなたは素敵な人だから手をとって欲しかった。でも大丈夫、きっとあなたは理解する、いいえ理解出来るわ。あなたが幸せになれる世界をね」

「くっ………うっ」

 

 

 

 

 

 

 

「イエーイ、ロラン! 見て見て! 今日の弁当は高級ステーキ弁当よ! 早速食べよー………あれロラン? ロラーン?」

 

 ──暫くして。オランダ代表候補生。ロランツィーネ・ローランディフィルニィの失踪が世間に発表されたのであった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「遅いぞ織斑」

「すいません織斑先生。あれ、先輩方も?」

 

 IS学園のブリーフィングルームに呼ばれた一夏はいつもの面々に加えて本国から帰ってきたばかりのダリルとフォルテが居ることに首を傾げる。

 

 何かあったのだろうかと訝しむ一夏だが、疾風、菖蒲、シャルロット、ラウラの4名が居ないことに気づいた。

 

「ラウラと菖蒲さんは? 疾風とシャルロットは確か本社に出向してるとは聞いてたけど」

「2人にはそれぞれの護衛についてもらった」

「護衛? 何かあったんですか?」

「この前。オランダの代表候補生が失踪したというニュースがあっただろう」

「ああ確かロラン………ロラン、ロランズィーベン」

「ロランツィーネ・ローランディフィルニィだ」

「ああそうだ。そんな名前だった」

 

 一夏は元々名前を覚えるのが苦手だが、ロランに至っては長いなんてもんじゃないから致し方ない。

 他の生徒の前で間違えた場合の安全は保証しないが。

 

「それで、失踪したロランツィーネって人と今回とどんな関係が?」

「ローランディフィルニィに限った話ではなくなったからだ」

「それってどういう?」

「これはまだ非公開情報だが。ここ最近各国のIS乗り、そして代表候補生が相次いで失踪しているのだ。専用機を含めてな」

「え、ピンポイントで代表候補生が失踪してるってことか?」

 

 明らかに不自然だ。

 一ヵ所の人間が集団失踪したならまだ納得が行くが、同時期にISごと代表候補生が失踪するなどただ事ではないどころの騒ぎではない。

 

「なんでロランツィーネさんみたいに公表しないんです? 人が行方不明になってるって言うのに」

「ISごとなくなってるのが問題なのよ、一夏くん。ISの個数は国力そのもの。それが乗り手ごと居なくなったと知ったら、その国の管理責任として世間から非難の対象となる。要するにプライドと面子ね」

「そんな! 人がいなくなってるのになんでそんな下らないことの為に」

「それが今の世界情勢なのよ。表向きは戦争の割合が激減して各国が平和関係を築いてるけど。ISの技術力を巡って今も睨み合いが続いてるの。銀の福音の暴走、サイレント・ゼフィルスやアラクネが強奪されても表沙汰にはならなかったでしょ」

 

 それを聞いて一夏は国が何故黙っているのか納得した。

 だが納得したとしても。人の生き死にがかかってるのに保守的な立場を優先する国と世界の在り方に憤りを隠せなかった。

 

 それを口にしようとした時。一夏の袖を掴む手があった。

 震えながら掴んだのはなんと鈴だった。

 

「鈴?」

「失踪した代表候補生の中に、台湾も含まれてる。その娘、凰乱音(ファン・ランイン)は私の従姉妹なの………」

「なんだって!?」

「乱の親と中国政府から乱の居場所を知らないかって言われて。乱が行方不明って聞かされて。私から連絡しても出てくれなくて………どうしよう一夏、もし乱に何かあったら!」

 

 こんなに取り乱す鈴を一夏は初めて見た。

 だが安易に大丈夫と言うことが出来ず、一夏はソッと鈴の腕を握ってやることしか出来なかった。

 

「他にも専用機持ち代表候補生の中で確認が取れてるのはタイのヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー。ブラジルのグリフィン・レッドラムも同様の報告を受けている。更にシュヴァルツェ・ハーゼの一般隊員からも失踪者が出てるという報告がボーデヴィッヒに来ている」

「アメリカでも失踪騒ぎがあったってよ。お前んとこはどうよフォルテ。確かヘルって代表候補生が居たろ」

「ベルベットとは連絡が取れたっす。でもギリシャでも警戒体勢になったって」

「ロシアからも出たわ。私の前身であるログナー・カリーニチェっておばさんなんだけど。性格はともかく実力はあるのよね。元代表だし」

 

 事は思ったより大事になっていた。

 そしてその対象は学園の代表候補生である自分たちも例外ではないことを示していた。

 

 そして一夏は気付いた。学園在住の代表候補生で、暫く会っていない友人のことを。

 

「セシリアは大丈夫なのか?」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「…………」

 

 目の前でイーグルがメンテされてるのにも見向きもせず、俺はスマホの画面をジーッと見つめている。

 

 画面には着信無しの文字。

 何度連絡しても繋がらない。

 LINEを送っても返信は来ないし、既読すら付かない。

 

 なんか怒らせることをしたのか。しつこく連絡しすぎたのか。でもそれで怒るような性格だったかと。

 

 オルコニウム不足とかギャグいことを言っていた時期が懐かしい。

 簪の件で疎遠になっても姿は見れたというのに。

 もしかしたらセシリアは俺が作り出した架空の偶像なのでは。と思ってしまうこともあるぐらい。

 自分の身体が半分ない感覚さえある。つくづく俺はセシリアにゾッコンのようだ。

 

「疾風」

「………」

「はーやーて!!」

「わっ。母さん? そんな大声出さなくても聞こえるよ」

「10回も呼んだんだけど」

 

 マジ? どんだけボーっとしてたんだ俺は。

 菖蒲は………ああ、あっちでメンテか。

 

「完全に脱け殻ね。セシリアちゃんが心配?」

「だって、いま世界のあちこちで代表候補生が失踪したなんて聞かされたらさ。連絡もまったく取れないし」

「大丈夫よ。そもそもセシリアちゃんが失踪したらフランが黙ってると思う?」

「思わないけど………でもなぁ」

「まったく。フランもメールぐらい許してあげればいいのに」

「俺嫌われてるから」

「完全にお邪魔虫扱いだもんね。あ、お母さんは全然オッケーだからね! 勿論剣ちゃんも」

「それはどうも」

(あら、否定しないのね)

 

 少し目を丸くする母さんに目もくれず俺はなおもスマホを見続ける。

 さっきより作業の音が聞こえる。

 母さんは作業を眺めてるだけで黙って隣に座っていた。

 

「大丈夫よ。もうすぐセシリアちゃんに会えるわ。フランからもうすぐ開発が終わるって言ってたから」

「本当に!?」

「うわ、凄い食い付きよう。さっきまでのデッドフィッシュっプリは何処いったの?」

 

 死んだ魚の目とでも言いたいのか母おめー。

 

 あれ、そういえば母さんセシリアの叔母さんのことフランって呼んでるんだ。

 

「母さんから見てルクナバルトさんってどんな人? 仲良いの? あの人が人と仲良くしてるイメージないんだけど」

「コラコラ失礼よ。知り合ったのはソフィアとハーリーさん、セシリアちゃんの親御さんが結婚した時かしら。イギリス代表だった私に興味があったのか、そこから友達にね。いつも剣ちゃんのこと睨み付けてたけど」

「やっぱ昔からああなんだ」

「でも今ほど激しくなかったのよ。それはまあ男は大嫌いだったけど。表に出すほど毛嫌いしてなかったし。実はお兄さんっ子だったのよ」

「ええ、マジで!?」

「まあ本人も素直になれてなかったけど。そうねぇ、フランが今みたいになったのは二人が事故にあって暫くしてからだったかしら。徹底的に男性を排泄的に扱って、ティアーズ・コーポレーションから男を追い出したのもその時からね」

 

 セシリアの両親の事故であんな刺々しくなったのか。いやそれでもあの反応は度を越えてた気がするよ。

 今まで色んなミサンドリーを見てきたが。あそこまで憎しみの籠った目を見たのは初めてだった。

 まるで全ての男を根絶やしにするとばかりの殺意を宿した目。

 いったいどんな思考と人生経験を積めばああなるのか。

 

 いやそれよりも。というより結局知りたいのは。

 

「ここまで病的にセシリアを隔離する必要あるのか?」

 

 セシリアを大切に思ってるのは知っている。

 

 だけど俺や一夏は愚か。菖蒲や簪、他女子からのメールにも一切反応がないのだ。

 BT制御がいくら精神に影響するとはいえ。いや、精神に影響するからこそ閉鎖的な環境は反って悪影響なのでは。

 

 はあ、一言でも良いからセシリアの声を聞きた………

 

 ………………あれ? 

 

「ねえ母さん。代表候補生失踪の話が出始めたのっていつ頃だっけ」

「私が仕事の伝で聞き始めたのは一週間前ぐらいだったかしらね。どうかしたの?」

「セシリアから音信不通になったのも、一週間前なんだよ………これって偶然?」

「………何が言いたいの?」

 

 母さんも俺が何を考えてるか察しつつも聞いてしまう。

 学園で起きた女性優遇の会のリーダーから聞いたクィーンという人物。そしてキャノンボール・ファストに現れた大量の人型ドローンに組み込まれていた時結晶(タイム・クリスタル)の加工技術。

 ずっと頭の中であった、だけど憶測だから言えなかったこと。

 

 そして何より。セシリアに何があったとしても。騒ぐ必要がないとしたら………

 

 今回の失踪事件、フランチェスカ・ルクナバルトが関わってるんじゃ。

 そう口に出そうとしたその時。

 

 ビー! ビー! ビー! ビー! 

 

 オレンジ色の非常灯とホログラムウィンドウが視界を染め上げた。

 

「え、コンディションオレンジ!?」

「私よ………なんですって!?」

「何があったの?」

 

 ISの通信チャネルを開いていた母さんが管制室からの通達に声を上げた。

 

 それは未確認のIS反応が複数接近中との報告だった。

 

 

 

 

 

 

 これから起こること。それはインフィニット・ストラトスが生まれて以来初めての世界規模の大事件。

 

 薄氷の世界が割れ、抑えられていた悪意が世界に溢れ出し、混沌と恐怖が蔓延する。

 

 そしてこれまで経験したことのない。今まで過ごした人生がちっぽけになる程の。

 

 想像を絶する。絶望の物語が始まろうとしていた………

 

 

 

 

 






 夏の暑さと湿度にバテバテ。
 北の大地よ、何処に行った………どうもブレイブです。

 ええ、はい。遅れて申し訳ないです。2話投稿するのに1ヶ月。流石に遅すぎます。
 いやなんというか。夏の暑さと重い展開が、ISらしからぬ重い展開を書くの辛い。でも書かなければと筆を取った次第です。

 アーキタイプ・ブレイカーの登場人物。意外な形で出たと驚いた人が居たでしょう。
 そして不法侵入叔母さん。うん、この字面だけだとシュールだな、流石のロランも引くわ。
 有料のアキブレシーン集を買おうと思う今日この頃でした。


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第128話【崩壊のオーバーチュア】



 皆様お久しぶりです。いや本当に。
 ほぼ2ヶ月。なんということでしょうね。自分でもびっくりです。

 ここから徐々にペースを戻そうと思います。


 

 

 

 日本近海を飛行する複数、いや大多数の飛行物体。

 

 どれも人の形の延長線上となっているそれは真っ直ぐレーデルハイト工業実験施設。

 島に立てられたそれ目掛けて飛ぶ。

 

 人型BT兵器ワルキューレ。そして、総勢10機によるISの編隊だった。

 

 青のワンポイントが塗られた純白の機体。その姿はセシリア・オルコットの乗機、ブルー・ティアーズとほとんど瓜二つ。

 

 その名は【クリア・ティアーズ】

 イギリスの第三世代IS、ブルー・ティアーズの正式量産機である。

 

「フフ、ウフフフフ、ウフフフフフ………」

 

 レーデルハイト工業実験施設が見えるに連れ、編隊のうちの一人から思わず笑みが溢れた。

 その笑い声は聞く人によれば綺麗な声だろうが、大多数は滲み出る醜悪さに嫌悪感を示すだろう。

 笑い声は更に高まり、やがて狂喜にまみれた熱を出した。

 

「フフフ、フフアハハ、アハ、アハハ、アーハハハハハハハハハハハハハ!!! レーデルハイト! レーデルハイトレーデルハイトレーデルハイト!!」

 

 狂喜に突き動かされた赤髪の女は躊躇うことなく得物の引き金を引いた。

 

 ライフルから放たれた高速レーザーは狂うことなく実験施設の壁を穿ち、爆発を起こした。

 

「ほらぁ! まだまだ行く………あぁ?」

 

 次の穴を穿とうとした時、レーデルハイト工業の実験施設をすっぽりと覆うように巨大なプラズマ・フィールドが襲撃者を阻んだ。

 

 試作防衛プラズマ・ドーム。

 前回のスコール襲撃時の教訓として用意されたISアリーナに使われるエネルギーシールドの代用案。

 レーデルハイト工業が試験的に運用したそれはスカイブルー・イーグルのプラズマ・フィールドのまんま拡大版である。

 

「無駄な抵抗を! 行け! 素晴らしき女性至上世界の為になぁ!」

「「素晴らしき女性至上世界の為に!!」」

 

 熱に浮かされた声と共に襲撃者のIS、クリア・ティアーズの翼から6基のレーザービット✕10機分=60基が分離し一斉に発射。周辺のワルキューレもレーザーガンを撃ち放つ。

 まさしく弾幕。各々が持つレーザーライフルも合わせて文字通り光の雨がプラズマ・ドームに降り注ぐ。

 

 元々試作用として作られたドームはなんとか防げているものの。直ぐに限界が来たのかプラズマを突き破った幾つかのレーザーが施設に突き刺さり爆発を起こす。

 

「ハッハッハ! 雑魚過ぎるでしょ! さっさと更地にして………ん?」

「ハイパーセンサーに感。下、海中から?」

 

 無法者の真下。海中が一瞬光り、そこから12本の剣がワルキューレ四機を瞬時に解体した。

 

「何をしているの、あなたたちは!!」

 

 アリア・レーデルハイトが咆哮する。

 いつも笑顔を浮かべるその顔に怒りを込め、ワルキューレを切り飛ばしながら近くのクリア・ティアーズに刃を振り下ろす。

 

「おっとぉ!」

「っ!」

 

 だが死角から、厳密にはISに死角はないが。人間的な死角からの攻撃をまるで分かってるかのように振り向き様レーザーサーベルで受け止める敵機。

 直ぐ様連撃を加えようとするアリアだったが。その搭乗者。赤毛の女を見て剣が止まった。

 

「あなた、メアリ・メイブリック!?」

「知っていてくれて光栄だなぁ! アリア・レーデルハイトさんよぉ!」

 

 メアリ・メイブリック。

 今年の夏。アリアの娘である楓を誘拐。それを餌に疾風を誘き寄せ痛め付けた挙げ句、楓を暴行させようとした女。

 セシリアの救援で事なきを得て、最後は疾風の手で叩き潰された。

 そんな彼女があの時以上の狂喜的な笑みを浮かべながらISを率いていた。

 

「なんであなたが。あなたは捕まって刑務所にいる筈。それにそのISはティアーズ・コーポレーションの最新型のはずよ!?」

「なんでだろうなぁ。不思議だよなぁ………でもそんなのどうでもいい! 今このとき! レーデルハイト工業を潰せればいいのよねぇ!」

 

 四方八方からアラート。

 アリアは間一髪神がかりな回避で全方位から迫り来るレーザーを避け、防御して距離を取った。

 

「答えなさい! そのISを何処で!」

「むしろなんで聞くのかなぁ! 分かりきってるもんだろ状況証拠でさぁ! 行けワルキューレ!」

 

 BTコントロールで動かされる人型BT兵器がアリアに飽和攻撃を仕掛ける。

 レーザーガン、マイクロミサイル。そしてクリア・ティアーズから撃たれるレーザー。

 流石のアリアもクロスレンジに持ってくには難しく。それに加え今のアリアには余裕がなかった。

 

(なんとか私に注意を! 皆が無事に逃げ込むまでは、これ以上犠牲者を出さないためにも!)

 

 アリアの耳に実験施設の状況が流れてくる。

 怪我人が発生し、動かなくなった人もいると。

 前回の襲撃がどれだけ恵まれていたかわかる。手の内を予測していたから、それで対処出来たから。

 アラスカ条約という建前の安全弁で守られた平穏が、いま破られた。

 

(だとしても!)

 

 アリアは強引に包囲網を突き進んだ。

 ワルキューレからの攻撃を無視し。迫り来るレーザーを切り結び、フィールドで守りながら切りつけていく。

 

 再度唾競りあう。が、射角的に敵機を盾にする形となった。

 これでアリアを狙えば味方にも当たってしまう。

 

「このっ!」

「懐に入りさえすればビットは! くぅ!」

「あぁ!」

 

 だがそれに構わず周りのクリア・ティアーズはアリアの近くの味方ごとレーザーの雨を降らせた。

 予想外の攻撃。だがそこは元代表。フィールドを全面に張ることでガード。しかし再び包囲網をしかれる。

 

「素晴らしき女性至上世界のためにぃ!!」

「我々の世界のために果てろぉ!!」

 

 先ほど巻き込まれたISパイロットも巻き添えを気にすることなくガンギマリでレーザーを撃つ。

 

 異常なほどの士気の高さ。

 仲間を躊躇わずに巻き込み、それを気にしない強固な意思。卓越した反射神経。

 そして何より、あのセシリア・オルコットでさえ使いこなすまで困難だったビットとISの同時使用。

 

 明らかに普通じゃない。なによりこれほどの部隊を運用するためのコアを何処から。

 

『社長! プラズマ・ドームがもう持ちません!』

「っ! うおおお!!」

 

 再度突貫するアリアを嘲笑うかのようにクリア・ティアーズたちは散開。アウトレンジからアリアとディバイン・エンプレスに射撃を見舞っていく。

 

 だが彼女たちは決して近づかず、回避に集中しつつビットによる包囲射撃、時にワルキューレを囮にして対応している。

 

「さあ壊れるよぉ! レーデルハイトに関わる奴は全員皆殺しに」

「メイブリック! 必要以上に女性を傷つけるなとクイーンに」

「ああ? 今さらだろうがよ! まあいいさ、精々誤射しないようにするさ!」

「ふざけろや!!」

 

 海中から雷光が飛び上がりメイブリックの機体を吹き飛ばす。

 続けざま疾風のイーグル、菖蒲の櫛名田、そしてレーデルハイト工業パイロットのアメリア・トンプソンの打鉄・稲鉄パッケージが飛び出した。

 

「メイブリック!!」

「アハ! 久しぶりだねぇ! 疾風・レーデルハイトぉ!!」

 

 疾風のインパルスとメイブリックのレーザーサーベルがかち合い火花を散らす。

 

「すいません社長! 遅れました! これから支援に入ります!」

「なんなんですか、この人たちは!」

「今はこいつらを退けることだけを考えて!」

「「了解しました!」」

 

 数的有利は以前として変わらず。だが微かに見えた光を掴むために各々が今出来ることを手に取った。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 同時刻、フランス。

 株式会社デュノア。フランスの大都市パリにそびえ立つ今は寂れつつあるIS界トップ企業のビル。

 

「ぬーん」

 

 シャルロットの同行者であるラウラは腕組みをして唸っていた。

 シャルロットはデュノア社に入ったが、ラウラは門前払いされてしまったのだ。

 というのも他国の代表候補生、更にドイツ軍IS部隊の隊長という立場も相まって社の機密保持を名目に立ち入りを拒否された。

 当然と言えば当然であるし、今回の同行も非公式ないわばプライベートのようなもの。相手の言い分はもっともであり、シャルロットも同意して笑みを浮かべながらラウラを置いて今頃上の階だ。

 いや、むしろこのデュノア社に近寄れるだけでも儲けものか。だが。

 

「護衛の意味はないな」

 

 シュヴァルツェア・レーゲンの防御性能は特筆するものはあれど、それは近距離にて効果を発揮する。

 いかにオールラウンドなISでも、これでは宝の持ち腐れだ。

 

「他人のことばかり気にする余裕などないのだが………」

 

 オランダの代表候補生失踪から世間で密かに騒がれているIS操縦者の連続失踪。

 その失踪者に黒兎隊、シュヴァルツェ・ハーゼも含まれている。

 ラウラと副官クラリッサに次ぐ実力者である四人が同時に失踪。更に黒兎隊が保有しているIS3機のうち1機が消えているのだ。

 

 その隊員たちはいつも一緒にいる仲の良い四人組。かつての教官である千冬に胸を張れるISパイロットになろうと切磋琢磨するその姿はとても微笑ましいものであった。

 愛国心も強く、千冬にドイツのソーセージやビールを進めたのも彼女たち。

 

 決して二心のある者たちではないのはラウラも知っているつもりだったが。

 

(知ったかぶり極まれりとはこのことだな)

 

 一夏と出会うまでラウラは他者との交流を拒絶していた。

 強者は常に1人、弱いから群れる。群れなければ生き残れないから弱い。

 周りは自身を乱すノイズでしかない。仲間など煩わしいだけ。

 

 そんな凍りついた状態のまま隊長職についたのだから良好な関係など築ける訳もなかった。

 嫌う嫌われる以前に、他者とのコミュニケーションなど事務的なものに留まっていた。

 

 そんな自分がIS学園に、織斑一夏との出会いで氷解した時。ラウラはいかに己が愚かであることを知った。

 知った上で電話越しに副隊長であるクラリッサ・ハルフォーフにこれまでの非礼を詫びた。

 非難されるのも覚悟の上、だったのだが。ドイツ最強格の黒兎隊は思った以上に人間らしい部隊だったことにラウラは驚いた。

 

 そこからは速攻で絶対零度のラウラ隊長は部隊のマスコット兼隊長になってしまった。

 それはもう帰国してきた時の部隊員の反応と容姿(全員がラウラに憧れとして眼帯型デバイスをつける徹底ぶり)で否が奥にも理解できるほどで。

 

(あそこまで慕われてるとは思わなかったな)

 

 そのあと笑顔で返したら隊員の7割が鼻血を出して卒倒したが。

 

(いかんいかん! 今はシャルロットの護衛だ。いますべきことをなさなければ)

 

 パンと頬を叩きラウラは今一度周囲警戒を。

 

「あ、隊長見っけ!」

「ちょっとネーナ。もっとなんかあるでしょ」

「まあ良いじゃん見つけたし」

「てかなんで門の前で突っ立ってるんです?」

 

 不意に聞こえた、いや聞き覚えのある声にラウラはコンマ秒思考が遅れる。

 このフランスで聞くとは思えなかった声。目を向けるとそこには見慣れた黒の軍服ではなく、今や黒兎隊のトレードマークとなった眼帯を外し。年相応の女の子の服装をしていた。

 

「ネーナ、ファルケ、マチルダ、イヨ?」

「はい隊長!」

 

 現在行方不明のはずである四人の黒兎隊員がいた。

 

「お前たち。今まで何処に居たんだ!? それにその格好は」

「私たちずっと隊長を待ってたんですよ」

「待ってた?」

「はい、IS学園にいたままだと会えなかったですからね。丁度計画が動く日ですし。ラッキーです」

「隊長、私たちと一緒に来てくれますか? 隊長ならきっと賛同してくれると思います!」

「シュヴァルツェア・ハーゼなんてやめて、新しい世界を一緒に見ましょう」

「シュヴァルツェア・ハーゼをやめる? いや待て計画だと? お前たち何を言っている?」

 

 目の前にいるのは紛れもなく自分を敬愛してくれる隊員たち。

 だが何かが違う。

 違和感。目の前に居るのは知っている隊員。だが同時に全く別の存在に見える。

 理解と思考が追い付かず警戒、ISに精神が行きかける。

 

「こらこら君たち。あまり入り口で騒がないように」

 

 女性5人交われば騒いでなくても目立つようになる。ましてや大企業の前となれば警備員が駆けつけるのも無理もなかった。

 

 ラウラの張り積めた心は第三者の介入によりほんの少し空気を抜くことが出来た。

 

 だからこそ──

 

「なんですか貴方は」

「私たち大事な話をしてるんです」

「邪魔ですねこの()

 

 パンッ! 

 

 ──反応出来たのだろう。

 

「………何をしているファルケ少尉」

 

 ラウラが掴み上げたファルケの手には硝煙を上らせる黒光りの銃があった。

 ポケットからスマホを出すような自然な動作。そして躊躇うことなく、あまりにも軽く引かれたトリガー。

 もしラウラが止めなければその凶弾は間違いなく警備員の男の命を刈り取っていたことだろう。

 

 だが静かに憤怒の目を向けるラウラを前にしてもファルケはキョトンとしていた。

 

「何って、邪魔だから排除しようとしただけじゃないですか」

「気でも狂ったかお前たち! この男がいったい何をした!」

「良いじゃないですか隊長。男なんてごまんといるんですし」

「1人消えたぐらいで私たち女性の世界になんの悪影響もないんですから」

「むしろこういうのは積極的に間引いていかないと、ね」

「ふざけているのかぁ!!」

 

 手を払いのけるファルケ、そして他3人の身体に粒子の光が集中する。

 ISの量子変換! ラウラはためらうことなくレーゲンを起動させた。 

 

 警備員の男は悲鳴を出すことさえ出来ないまま慌ててデュノア社の建物に向かって走り出した。IS戦闘となれば生身の男が居たところで何も出来ない。

 ラウラは警備員の判断に感謝しつつ目の前の意識を向ける。

 

 現れた4機のISはラウラのシュヴァルツェア・レーゲンとは対照的に白かった

 

「もう一度聞きますボーデヴィッヒ隊長。私たちと一緒に世界を変えましょう? 先ずは身勝手な男が運営するような腐った会社を一緒に破壊しましょう!」

「続きは基地で聞いてやる!」

 

 咆哮するラウラはワイヤーブレードを射出する。

 

 相対する元黒兎隊の目には完成体の越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)が。本来なら両目とも金色に輝いている。だが、金色である筈の右目は青く染まっていた。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

(久しぶりだな。ここに来るのも)

 

 ラウラは外に待たせてしまったのでいまはシャルロット1人だけ。

 最後にデュノア社を訪れたのは男性操縦者としてIS学園に入れと言われてからだ。

 

 だから提示連絡はいつもネット越し、たまに本社から武器の納入や点検に来るぐらいで、日本に来てからはしばらくフランスの土を踏んでいなかった

 

「まあ嫌われてるし。オーバーホールぐらいじゃないと来ないよね」

 

 軽くため息を吐くシャルロットだが不思議と心は重くなかった。

 前回のロゼンダとの会合で踏ん切りがついたから。以前なら重圧に押し潰され胃がキリキリ傷んだことだろう。

 

 秘書の人についていき社長室についた。

 

 少しだけ深呼吸をし、ノックする。

 

「シャルロット・デュノア代表候補生です」

「入りなさい」

「失礼いたします」

 

 デュノア社社長室に入ったシャルロット。そこには社長であり父であるアルベール・デュノアが居る筈だが。社長室に居たのは彼の妻であり義理の母であるロゼンダ・デュノアだった。

 

 無言で促されるまま彼女の対面に座るシャルロット。

 

「失礼ですが、社長は?」

「地下の特別試験場よ。最新型ISの試験視察のため」

「最新型?」

「デュノア社から出す。ラファール・リヴァイヴに変わる第三世代型ISのね」

「第三世代を? デュノア社が?」

 

 デュノア社はながらくラファール・リヴァイヴでシェアを取ってきたが。世間が第三世代に注目してるなか未だに第三世代ISの製作の目処が立たないデュノア社は欧州イグニッション・プランから外され窮地に立たされていた。

 その結果がシャルロットの男装騒動なのだが。

 

「本社はついに第三世代の着手を?」

「ええ。まだ試作の端を掴んだ程度でまだ希望は見えないけど、確かな前身。完成すればあなたかショコラーデに乗って貰うかもしれない。頭に入れておきなさい」

「わかりました」

 

 リヴァイヴはどうなるのだろう。と考えたが今は業務優先と思考を切り替える。

 今回の業務はリヴァイヴのオーバーホール。そしてテストパイロットの報告、今後の方針の組み立てなどを。

 話し始めて15分ほどだろうか。ふとシャルロットは気づく。

 

(あれ。なんか普通に話せてる?)

 

 話と行ってもビジネストークだが、通信越し、そして前回会った時のような高圧的なトゲがロゼンダから感じられないのだ。

 といっても完全になくなってる訳ではないのは感じる。それでも刺さるようなものではなく、飽くまでトゲが見える程度に落ち着いている、気がした。

 

「デュノア候補生、聞いていますか?」

「あ、ごめんなさい。もう一度お願いします」

「………あなたわかりやすいわね。母親に似て」

「え?」

「なんでもないわ。11月頭の予定ですが………」

 

 気になる、とても気になることを言われたような気がする。

 ロゼンダが母を口にした。それが今のロゼンダの印象と関係がある気がしてならない。

 それでも仕事の話が先と集中しようとした時。

 

《戦闘出力のIS反応を検知》

 

「!!」

「デュノア候補生?」

「危ない!!」

 

 シャルロットが窓の外を見た瞬間。デュノア社社長室の窓の強化防弾ガラスが粉々に砕け散った。

 

 ガラスが割れる音と同時に固い金属同士の衝突と反響音かその場に居たものの鼓膜を揺らす。

 

 綺麗な調度品で整えられた社長室は一瞬で廃墟同然となる。

 埃煙の中、一際目立つオレンジの盾がロゼンダ婦人を覆っていた。

 

「ロゼンダさん。無事ですか」

「シャルロット、あなた………」

「僕の後ろに。こっちを狙っていたISがまだ」

 

 砕かれた窓辺にノーマルカラーのラファール・リヴァイヴ。手にはISの弾丸でも止めれる想定の防弾ガラスを砕いたであろう手持ちレールガンを備えていた。

 

「………驚いたわ。どうしてそんな女を守れるのかしら」

 

 ノーマルカラーのラファールで思い出すのはIS学園を襲撃していた亡国機業のIS乗り。

 だがシャルロットはそのパイロットの声に聞き覚えがあった。

 

 煙が晴れ、パイロットの顔。いつもはフルフェイスヘルメットで隠していた金髪がたなびいていた。

 

「え?」

「それともつい手が伸びたの? 優しいわねシャルロット」

「アニエス、おばさん?」

 

 亡国機業のラファール乗り。シャルロットと同じ高速切替(ラピッド・スイッチ)を持ったパイロットは。

 現フランス国家代表であり。シャルロットの叔母であるアニエス・ドルージュだった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「疾風・レーデルハイト! 優先抹殺対象だ! 殺………」

「お前が死ね!!」

 

 割り込んだ敵IS。クリア・ティアーズの1機の頭にインパルスを振り落とし海に落とす。

 

 落とされた敵機は海に落ちる寸前で体勢を立て直しビットを展開して再度接近してくる。

 

「お前を殺せば! クイーンがお喜びになられるのよ!」

「誰かと思えばてめぇか安城!」

 

 学園ではびこっていた女性優遇の会のリーダーだった女、安城敬華は変わらない醜悪さを持ってサーベルを振りかぶってくる。

 

「てめえもメイブリックも獄中に居たはずだろ! なんで出てきやがった!!」

「全ては素晴らしき女性至上世界の為! そのためにあの方は立ち上がったのよ! そして世界は生まれかわる! 愚者を消し去り、賢き女性の為の世界が!」

「寝言を! その差別思考の果てがこれだと言うのか!!」

 

 眼下に広がる黒煙を吐き出すレーデルハイト工業実験施設。

 従業員の大半は地下シェルターに逃れたが。逃げられなかった人も居る。

 その中には奴らが掲げる女性も居た。

 

「てめえら異常者が掲げる思想理想など排泄物以下の戯れ言だ! くたばれ! この腐りきった時代被れどもがぁ!!」

 

 俺に群がる敵IS、クリア・ティアーズ四機を凪払い、通りがけのワルキューレをプラズマで一掃する。

 

「疾風様!」

「こいつら俺にご執心だ! 引き付けるから横から殴れ!」

 

 数十のビットから乱れ撃たれるレーザー包囲網。

 これは驚異的だ。数的有利が単純に倍化するようなものだから。

 だがセシリアと比べれば狙いが素直過ぎる! 

 

 ビークをあえて飛ばさず至近距離待機の防御体勢に。3点で形成されるプラズマバリアでレーザーをいなしつつプラズマネットでビットを絡め捕って数を減らす。

 

 しかしこいつら、やっぱりブルー・ティアーズの量産機。

 当たってほしくない予感がガッツリ当たってしまったということか。最悪だ!! 

 

「お前ら! セシリアは何処に居る! 知ってるんだろ!!」

「なんのことかねぇ」

「しらばっくれんな! 答えろ、セシリアは何処だぁ!!」

 

 左右から斬りかかる2機に二槍のバーストモードをぶち当て海に叩き落とし、脚部ブレードで安城を、腕部プラズマブレードでメイブリックのライフルを切り裂いた。

 

「疾風くん凄い。私たちも負けてられないかなぁ!」

「はい!」

 

 敵の狙いが片寄ったところを菖蒲もトンプソンが着実にワルキューレの数を減らしていく。

 

「スラァッシュ!!」

 

 更に群れからはぐれたISをアリアの高速斬撃で削りに削る。

 だが削りきる勢いで切り裂くが横合いから別の敵機がそれを中断させる。

 

「迂闊に近づくな! あっという間に削り殺されるぞ!」

(よし! 天秤はなんとか保てた。この調子で時間を稼げば)

 

 大陸側から接近するIS反応。

 

 日本国防軍所属のIFF。

 IS日本代表、楠木麗とそのIS、白鉄だった。

 

「あれは日本代表!」

「楠木様!」

「待ってたわ麗ちゃん! 早速だけどこいつらを──っ!!」

 

 ガギン! とぶつかる剣戟の音色。

 それは母さんの得物であるフラッシュ・モーメントと。瞬時加速(イグニッション・ブースト)を伴って切りつけてきた楠木代表の剣、【光刃壱式】だった。

 

 味方であるはずの母さんに振るったその刃は一片の迷いもなく抜き放たれた。

 

「なっ!」

「麗ちゃん、何を!?」

「決まってるじゃないですか。全ては、素晴らしき女性至上世界の為に」

 

 醜女どもと同じ警句を唱える楠木代表の眼は蒼に染まっていた。

 

 フラッシュ・モーメントを振り払う光刃壱式から光のブレードが伸びる。

 零落白夜を元にした白鉄の第三世代能力を持った光刃はディバイン・エンプレスの胴を切り裂く。

 

「くっ!」

「母さん!!」

「そんな! どうして楠木様がこんなことを!?」

 

 こっちが聞きたい、いったいどうなってる!? 

 

 楠木代表は俺も一回は会ったことがあるが男を毛嫌いするような人ではなかったし、むしろ旦那自慢で母さんと盛り上がれるほどで、世間的にもおしどり夫婦と評判だった人のはず。

 

 今までのは外面の演技だった? 

 そんな風に見えなかったが。

 

 だが今重要なのは、こっちの最大戦力が抑えられたということだ。

 

「ハッハー! どうだい、サプライズって奴だよ!!」

「あなたたち、楠木様に何をしたのです!?」

「元々あれが本性だったんじゃねえの? 知らねえけどさぁ!」

「くぅあ!」

 

 母さんに割かれていた戦力も集中し思わず全周囲防御からの即席EMPバーストで戦線一時離脱。

 単純に弾幕がパワーとなっている。が、連中の狙いが完全にレーデルハイト側ISに向かっている。

 

「お前ら下がれぇ!!」

 

 ビークを対ビット機動として射出。敵のレーザーを割けつつ敵ビットを寸断するがぶっちゃけ焼け石に水。だが焼けた石もいずれ冷める物だ。

 

 楠木代表はともかくとして、もうすぐ日本IS空軍も援軍に来てくれるはず。

 

「菖蒲! 須佐之男行けるか!」

「いつでも!」

「頼む、この状況に風穴を! トンプソンさん、合わせて下さい!」

「心得たぁ!」

 

 このままじゃジリ貧だ。須佐之男の大火力をぶちこんだ後に俺がオーバードライブで引っ掻き回す。

 

「10秒後発動だ、カウント!」

《オーバードライブ。チャージ開始》

 

 イーグルと櫛名田のプラズマ出力が増大する。

 トンプソンさんがハンドミサイルをコールして間を持たせる。

 

 敵に対応される前に文字通り電光石火で片をつける! 

 

 3カウント! 

 

「行くぞ!」

 

 菖蒲は須佐之男を、俺はオーバードライブを解放するためのトリガーを引いた。

 

《直上。高エネルギー体接近》

「え?」

 

 その時。空が青白く光った。

 

 一つ。それは極太の光となってレーデルハイト工業実験施設に突き刺さった

 天から振り下ろされた光の柱に貫かれた施設はそのまま大爆発を引き起こし、空気と海を震わせた。

 

 二つ。それはこれまで奴らから受けた物と同等かそれ以上の光の雨。

 しかも光の雨の一部は歪曲、偏光制御射撃(フレキシブル)し、逃げ場を失った俺たちを纏めて穿ち抜いた。

 

「うおおお!!」

 

 チャージしていたプラズマを即座に防御に転換する。だが対光学兵器に向いているプラズマ防御に特化だからこそ防げたようなもの。

 現にパッケージ装備のみに乗っていたトンプソンさんはノックバックで海に叩きつけられた。

 

 まだ増援がいた? だけどこれは。

 

「は、疾風様! 実験施設が!」

「何が………え?」

 

 振り返ると、そこには。

 

「………何処行った? 実験施設………?」

 

 なにもなかった。いや厳密には焼け焦げた大地と。辛うじて建物の一部とわかる残骸が飛散しており。

 衝撃によって寄せられた波が実験施設だった大地に流れ込んだ。

 

「あっ、避難してる皆は!?」

 

 通信を開こうとしたが先程の砲撃で長距離通信がダウンしている。

 嫌な汗がどっと吹き出す。嫌な予感がありありと浮かびあがり、思考が止まりかける。

 

 だが状況がそれを許さなかった。

 

《新たなIS反応を検知。接近中。IS登録に該当あり》

 

「………え、嘘。え、どうして?」

「これ、なんの冗談?」

 

 菖蒲とトンプソンさんが何かを言っていたが。それは俺の耳に届かなかった。

 

 先程から流れていた嫌な汗が直ぐに干上がるような感覚。

 まるで五感のうち視覚以外が失われたような。

 

「  、 、  」

 

 声にならない声が漏れる。

 ただただ目の前を見て、それを脳に変換することしか出来ずにいた。

 

《該当。ティアーズ・コーポレーション製第三世代IS》

 

 光の柱によって吹き飛ばされた雲の隙間から舞い降りるIS。

 青の色を凝縮したような純粋な蒼。蒼を纏いし天使がゆっくりと降りてきた。

 

《識別、IS。ドミネイト・ブルー・ティアーズ》

 

「………なんで」

 

 かろうじて声が出た。

 

 俺たちが見知ったソレとは明らかにフォルムが変化したISに乗っていたのは。

 

 特徴的な縦ロール。シルクのように透き通るブロンドの金髪。

 汚れを知らないような白い美肌。

 そして宝石のような美しい碧眼。

 

「………どうして」

 

 だがその碧眼は絶対零度のような冷たさと、滲み出る嫌悪を宿し。

 その両目はまさしく俺を捉え、離さなかった。

 

 知っている。誰よりも知っている。

 

 その姿を。

 

 誰よりも愛おしい、その姿を! 

 

「どうしてお前がそこに居る!!!」

 

 

 

 

 

 

《搭乗者、イギリス代表候補生》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《セシリア・オルコット》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 今回の描写は執筆初期から考えていました。

 自分で書いても人の心定期ですが。

 ちなみにお嬢が放ったのは疾風たちを狙った光の雨。
 もう一つの極太は………わかる人にはわかるはず。

 これからどうなるのか。比翼連理編。本格スタートです。


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第129話【フランセーズ・ヴァンジャンス】

 

 

 今まで辛いことは沢山あった。

 

 IS黎明期が生んだ女尊男卑世界の中で男として生まれたこと。

 度重なるイジメで疲弊した日々。

 好きな女の子の両親の死。

 終わらないイジメ。社会に対する不平不満。

 

 銀の福音暴走で次々と倒れる仲間たち。

 クズのせいで妹が傷ついた時。

 どうしようもない力の前にISを取られそうになった時。

 また女尊男卑の現実を目の当たりにした時。

 好きな女の子が傷ついた時。

 

 それでもくじけなかったし耐えれたし。それ以上に楽しいことや嬉しいことも沢山あって。

 

 そして好きな女の子と付き合うことが出来て。

 

 困難はあれど、幸せな日々が続くと信じていた。

 

 そう、セシリアと一緒なら………

 

 なのに………

 

 これはあんまりじゃないか? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてお前がそこにいる!!」

 

 声の限り叫びを上げた。

 自分の震え悪寒恐怖を押し退けたガラガラの叫びはセシリアの耳に届いた筈だ。

 

 イーグルが示している。あれはセシリアとブルー・ティアーズだと。

 

 ドミネイト・ブルー・ティアーズ。

 

 ビットプラットホームとスラスターだけだったカスタムウィングは大型ウィングバインダーに。

 スカートアーマー、そして両肩にはキャノンボール・ファストで使用したアルペジオに似たビット。

 頭部はシンプルだったヘッドセット型に加え羽のような形のイヤーアーマーが。

 そしてアーマーに仄かに光るエネルギーラインが追加されている。

 

 名前だけじゃない。前のブルー・ティアーズとは外見出力共に原型を留めていない。紛れもない第二次形態移行(セカンド・シフト)

 

 そして、彼女の碧眼は更なる蒼色に光っていた。

 他の奴らや楠木代表も瞳の虹彩を青くしていたが。それとはまったく違う。まるでラウラの越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)のような輝きだった。

 

「答えろセシリア! どうしてお前がそこに居る! セシリアぁ!!」

 

 先程の問いに答えず見下ろすセシリアな我慢出来ずに声を荒げる。

 都合の良いことなんて期待しては駄目なのに期待してしまう。

 

 そんな懇願するような目を合わせるセシリアの目は冷たい拒絶に満ちていた。

 

「下等生物ごときが話しかけないでくれます? 吐き気がしますわ」

「は?」

「そもそも貴方のような男に気安く名前を呼ばれる筋合いなどありません。恥を知りなさい」

 

 な、なんて? 

 

 開いた口が塞がらない。塞ぎたくても塞がらず乾いた。

 いまセシリアなんて言った? ちょっと待ってなんて言ったんだこいつ。てかセシリアが喋ったのか? 誰か喋ってるとかいやいや待って待って待って待って待って………

 

 頭が止まらない思考が完結しない。

 いまほんとに何が………。

 

「セシリア様! 疾風様に向かってなんてことを言うんですか!!」

「何をとは異なことを。それよりも間違っても男に様付けなどしてはなりませんよ」

「そんなことどうでも良いんです。疾風様は………疾風様は貴方の恋人ではなかったのですか!!」

 

 今まで聞いたことのない怒りを込めた菖浦。

 さらりととてつもない爆弾発言をしたがそれに反応できるほど余裕はなく俺はただただセシリアの次の言葉を待った。

 

「はぁ………何を言うかと思えば。私がソレと恋人? 間違ってもそんなことはありません。おぞましい、吐き気がします───『私と彼は初対面です』。そのような関係になることは1ミリもあり得ませんわ」

 

 ………何言ってんのこいつ? 

 

「そ、そんな馬鹿な。だってIS学園で一緒に」

「IS学園? そんなの織斑一夏が入学すると決めた時に自主退学しましたわ。男と一緒の学舎など吐き気がします」

 

 ………………………………

 

「………一つ聞くぞ。いや聞かせろセシリア・オルコット」

「なんですか、貴方と話すことなど」

「今回の首謀者はフランチェスカ・ルクナバルトか?」

「………ええそうです。別段隠すことではありません。このあと叔母様が世界中に演説を」

「そうかよ………そうかよぉ!!」

 

《オーバードライブ・レディ!》

 

「ふざけるなくそがぁぁぁっ!!!」

 

 全身の血が沸騰する。堪忍袋の緒がちぎれ飛び、シナプスが全て弾け飛ぶ。

 

 洗脳、もうここまで来たならそれは分かる。

 俺を忘れさせるクソッタレな悪趣味をひけらかす、あのクソババアのやりそうなことだ。

 

 だが、その為に。奴はIS学園での日々を消した! 

 俺や一夏だけでなく、菖浦や簪たちの記憶まで。

 自分の都合のいいように、辻褄合わせのためだけに!! 

 

「ああああぁぁぁぁっ!!!」

 

 怒り、ただ怒りしかない!! 

 

 俺の心を全て汲み取ったイーグルは雷光を散らしながらセシリアに向かってぶっ飛んだ。

 

「わたくしに勝てるとお思いで。叔母様の愛を一心に受けたこのわたくしを!」

「セシリアにそんなこと喋らせるなぁ!!」

 

 心の底からの怒りが吠える。

 

 その遠吠えは恐怖と震えを隠す間に合わせの咆哮ことを自覚しながら。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 デュノア社入り口の戦闘はアリーナにもつれ込んでいた。

 戦闘が開始し、ワイヤーブレードで牽制したラウラは一目散に飛び上がり。デュノア社の管理室に通信を仰いでアリーナのバリアを解いてもらった。

 

 今の4人。ネーナ、ファルケ、マチルダ、イヨの4人はとてもじゃないが人的被害を考慮できるような状態には見えなかった。

 わざわざフランスくんだりまで会いに来たとなれば狙いが自分、又はデュノア社なのは明白だった。

 

 ラウラに夢中なあまり道中の男性に向かって手当たり次第殺戮にかからなかったのは本当に幸運だった。

 

 アリーナに滑り込んだラウラは眼前の4機を睨む。

 

 3体はクリア・ティアーズ。

 そしてもう一体、ドイツ第二世代【シュヴァルツ】のレーザービット改修型。

 

「まさかシュヴァルツを白に染めるとは。その度胸には感服するぞファルケ」

「シュヴァルツ・ヴァイスとでも呼びましょうか。これがクイーンから授かった新たなシュヴァルツです」

「黒白とはな。せめて黒要素は残せ、たわけが」

 

 シュヴァルツとは正に名ばかりの純白なIS。せめてヴァイス一単語にしたほうがまだ清々しいものだ。

 

(脱線はここまで。さてどうする………)

 

 シュヴァルツェア・レーゲンのAICと決定的なまでに相性の悪いBT兵器搭載ISが4機。

 加えて常時安定発動型の越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)+、得たいの知れない青い瞳。

 

 戦力差はこれ以上ないほど不利この上ない。

 

 せめてあと1機欲しいところだが。

 

(シャルロットは既に襲われてるか)

 

 カスタムⅡの反応は健在だから本人は無事だろうが。

 

「その武装、その姿はブルー・ティアーズの量産機と言ったところか。何処で手に入れた」

「時間稼ぎのつもりですか隊長?」

「情けないです。黒兎隊最強がそんな姑息な真似をして宜しいので?」

「もう一度聞きます隊長。我々と共に来てください。いくら隊長でもこの戦力差と相性は無視できないはず」

「そうか………ならやってみろ」

 

 レールカノン、グレネード装填。発射。

 爆風と煙に紛れ、ラウラはプラズマ手刀でシュヴァルツ・ヴァイスに斬りかかる。

 

「単調ですよ!」

 

 シュヴァルツもプラズマ手刀を展開しラウラの手刀を受ける。

 シュヴァルツは言うなればAICをなくしたレーゲン。両手のプラズマ手刀に数を減らしたワイヤーブレード。そして肩にはレールカノンの変わりにガトリングガンを装備し。追加としてレーザービットを4基搭載している。

 

 更に越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)に加え体内に注入されたブルー・ブラッドナノマシンにより更に感覚がブーストされている。

 生半可の攻撃では容易く防御され。更に周りのティアーズがライフルとビットを向ける

 

 至近距離でAIC発動。シュヴァルツの動きを封じるがそれはラウラの動きも止めることとなる。

 

「AIC!」

「狙ってくれと言うようなもんですよ!」

 

 意気揚々に展開された銃口から一気にレーザーが放たれる。

 されどAICでもレーザーは素通りする。このコースだとファルケにも当たる可能性はあるがそれ以上にラウラを無力化することを最優先とする彼女たちには想定の範囲内だ。

 

「慌てるなお前たち」

 

 ラウラ、AIC解除。と同時にファルケの下側に潜り込み足払い。

 

「うわっ!」

「フン!」

 

 そのまま浮いた彼女の下に強引に潜り込んでファルケを即席の肉盾に。だがファルケも馬鹿ではなく、その超人的に拡張された感覚で直ぐ様回避行動を。

 

 ギチチ! 

 

「え!? きゃあ!!」

 

 ファルケのシュヴァルツが動くことなく味方のレーザーを一身に受けた。

 下に潜り込んだ時、既にワイヤーで自機もろともシュヴァルツを地面に固定したのだ。

 

 シュヴァルツを縛ったまま躍り出るレーゲンは、その勢いのままファルケをマチルダの方に投げる。

 たまらず回避行動を取ろうとした矢先にレールカノンの弾丸が眼前に迫る。

 間一髪シールドで防御したが衝撃でのけぞる。その隙を逃すまいとラウラは瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 のけぞりながらビットに射撃を指示。だが4本程度の、ましてや偏光制御射撃(フレキシブル)ではないレーザーでラウラが止まるはずもなくワイヤーブレードでレーザーをかき消しながら拘束。自身に引っ張りすれ違いざまプラズマ手刀を叩き込む。

 

「マチルダ!」

「我々を盾に使うとは」

「フッ。今のお前らは仲間でもなんでもない。それに教わったはずだろう? 1対多の乱戦では、敵すらも利用しろとな」

 

 驚くことにラウラは眼帯を取っていない。

 そして既に先程の動揺から戦闘意識は完全に切り替えていた。

 だがここからはそうは行かない。初見殺しも終わった。あとは己の技量のみ。

 そしてなにより。

 

(こいつらをシャルロットの元へ行かせてはならん)

 

 正直デュノア社がどうならうと知ったことではないが。シャルロットと無辜の民が傷つくのは我慢ならない。

 

「悪いが捕まってやるつもりなどない。来い、今一度思い出させてやる。シュヴァルツェア・ハーゼ最強の実力をな」

 

 眼帯を量子変換。

 露になった、かつて産廃の証であった黄金の瞳。

 だがラウラの越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)は彼女らのそれとは一線を画す輝きを持っていた。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 社長室、だった場所。

 高度ゆえの風が吹くなかラファール・リヴァイヴのパイロット。ISフランス代表であり、シャルロットの叔母であるアニエス・ドルージュは厳しい目でシャルロットの目を見る。

 

「はぁ………わざわざIS反応を晒したのが仇になったわ。あなたを巻き込むまいとした故だったのに」

「どうして………どうして叔母さんがこんなことを?」

「決まってるじゃない復讐よ。姉さんから恋人を奪い取った、その醜女にね」

「復讐って………」

「その女が政治家の娘だってのは知ってるでしょう。そいつがデュノア社への資金援助の為にアルベールに婚約を迫ったことを。そしてアルベールがそれを承諾したことをね」

 

 他社が第二世代ISを出すなか、デュノア社は窮地に立たされていた。

 理由は単純な資金問題。デュノア家の資材に手を出してでも足りない状態が長続きせず。

 まだそこまで大企業ではなかったデュノア社は正に砂上の城に等しく。ただただIS業界から消えるのも時間の問題だった。

 それでもなんとか体制を保てていたのは。窮地に立たされていた状態でも融資を募ってくれたフランスの資産家たちのおかげだった。

 

「しかもロゼンダは自分との婚約をしなければ、当時既に繋がっている資金援助を断つと言った」

「え?」

「政界の上位層に位置するロゼンダの親はデュノア社に援助をしていた政治家の元締めだった。その立場を利用して、そこの女は姉さんと別れて自分と結婚するように強いたのよ」

 

 つまり、婚約しなければ当時繋がっていた融資先は全て断たれ、デュノア社は倒産することを意味していた。

 シャルロットも薄々そうなのではと考えたこともあった。だからこそアニエスの話を聞いてもそこまでショックはなかった。

 

「で、でも。それはデュノア社を守るためにやったこと、デュノア社の人々が路頭に迷わないようにロゼンダさんと婚約したって」

「ええそうね。企業の社長としては正しいことをしたでしょう。それだけならここまではしなかった………姉さんのお腹の中にシャルロットがいることを知った上じゃなければね」

「え?」

「あの男は姉さんが身籠っていたことを知っていた。姉さんが大病を患った時でさえ『もうあの女と私は関係ない』という一言でバッサリ切り捨てたのよ!」

 

 手にはいつの間にかアサルトライフルが。高速切替(ラピッド・スイッチ)によるコール。

 シャルロットと同じ特異技能、この技術を使い。アニエスは10年間代表の座を守りきっていた。

 

 その技能で呼び出したライフルを握りつぶす勢いでアニエスは憎悪に染まった顔で続ける。

 

「その上、そこの女がアルベールと婚約したのは姉さんへの当て付けだった。アルベールが自分に振り向かずに田舎娘と交際していたことが許せなかったから。そんなくだらない動機で姉さんの幸せを奪ったのよ」

「本当なんですか、ロゼンダさん」

「………そうよ。全部ドルージュの言うとおり」

 

 ロゼンダは誤魔化すこともうつむくこともなく。アニエスを真っ直ぐ見据えて肯定した。

 その堂々とした姿にアニエスはより一層憎悪の炎を燃え上がらせる。

 

「姉さんはもっと幸せであるべきだった! 全部、全部お前たちデュノアが奪っていった! 姉さんの無念は私が晴らす! ずっとそれを胸に生きてきた。あんな女尊男卑主義者の女に従ってきたのも全てこの時の為! そこを退きなさいシャルロット! その女はあなたが庇う価値などない!!」

 

 憤怒の感情と共に両手のアサルトライフルがロゼンダに向けられる。

 ISサイズに拡張された銃器は一発でも当たれば人体を粉々に出来る代物。通常のISなら対人セーフティでロックがかかるがそんなものとっくに解除してるし、アニエスは躊躇いもなく撃つだろう。

 

「………」

 

 シャルロットは盾を構えたまま思考する。

 

 確かにシャルロットは彼女を守る道理などないし、ついこの間まで恐怖し憎んでさえいた。

 なにも知らない自分を初対面で泥棒猫! と良いながら平手打ちをする女だ。

 

 下でラウラが戦っている。反応を見るに4対1という圧倒的戦力差で。

 後ろにいる義理の母より、大切な友人を助けるべきだ。普通はそうする。ほんの少し負い目はあるがそれだけだ。

 

 ………それでも。

 

「シャルロット?」

「………なんのつもり、シャルロット」

 

 シャルロットは肩のシールドを増やし防御力を底上げする。

 まるでアニエスからロゼンダを守るように。

 

「何をしてるのシャルロット! どきなさい」

「どかないよアニエス叔母さん。私はこの人を守る」

「わかってるでしょ。その女は仇なのよ! ジャンヌ姉さんを不幸に落とし、あなたたち親子を今も苦しませ続ける外道! そんなものの為にあなたが身体を張ることは」

「お母さんは………不幸なんかじゃなかった」

 

 シャルロットの言葉にライフルの銃口がぶれた。

 

「確かにお母さんは愛する人を奪われたかもしれない。僕と母さんの生活は確かに裕福なものではなかった。それでも僕たちは不幸じゃなかった」

「だとしても!」

「叔母さんの言うことは理解できる。復讐は何も生まないなんて綺麗事を言うつもりはないよ………だけどお母さんはこんなこと望んでない、それだけはわかる! 叔母さんだって知ってるでしょ、お母さんの最後の言葉を!」

 

『あの人を、あなたの父親を恨まないで』

 

 母、ジャンヌ・ドルージュが最後に残した言葉を。シャルロットと一緒にアニエスも聞いていた、その場に居たのだから。

 

「お母さんの願いは決してこんなことじゃない! 僕はアニエス叔母さんを人殺しになんかさせない。この人も、お父さんも殺させはしない! たとえ叔母さんと戦うことになったとしても! それが僕の、シャルロット・デュノアとしての答えだ!!」

 

 許せぬ相手ではなくとも、目の前の不当も許すわけには行かない。

 シャルロットは決意をコールしたライフルに込め、アニエスに向けた。

 

「………残念だわ。あなたもデュノアになってしまったのね。なら容赦はしないわ。たとえあなたであったとしても、アルベール・デュノアとロゼンダ・デュノアを。殺す!」

 

 火蓋は切られた。

 対するシャルロットはというと、ほぼノープランのようなものだった。

 

 アニエスと自分の技量差は学園祭の時に思い知った。

 あれからシャルロットも成長してるとは言え、それで埋まると考えるほど楽天的ではない。

 更にアニエスには単式バイルバンカー【ロワイヤル】がある。

 あれを繰り出されればどうなるか。

 

 だが天命はシャルロットを見捨てなかった。

 ロゼンダを守った数分は起死回生の一手となったのだ。

 

「っ! 右!」

「カカオパゥワァァ!!」

 

 謎ワードと共に社長室の壁をぶち破ったのはアニエスと同じラファール・リヴァイヴ。だが色はチョコレート色。

 

 デュノア社専属テスト・パイロット。

 ショコラデ・ショコラータだった。

 

「ショコラデ!」

「やあやあアニエス先輩! 糖分足りなそうだね! チョコレートいらない!?」

 

 即座に近接ブレードをコールしてショコラデに斬りかかるがショコラデはガードせずにシールドエネルギーにブレードを滑らせながらアニエスを羽交い締めにする。

 

「なに!?」

「シャルロット候補生!」

「は、はい!」

 

 ショコラデの意図を理解したシャルロットは全力でショコラデごとアニエスを窓の外に押しやる。

 

「おら、カカオ・ブースト!!」

「行けぇ!」

 

 2機は同時に瞬時加速(イグニッション・ブースト)、直下のアリーナに向かって全力推力でアニエスを自機ごと地面に叩きつけた。

 

「ぬぁっ!」

「うぅっ!」

「ポリフェノール!」

 

 3機揃ってアリーナの地面を転がった(ところどころ変な声が聞こえつつ)。

 そこには黒兎隊脱走兵の4人と凌ぎを削っていたラウラがいた。

 

「シャルロット!? 大丈夫か!」

「僕は大丈夫。ていうか、人のこと言えるのラウラは。4対1だったんでしょ?」

 

 激戦の後だったのだろう。装甲の至るところは破損し。レールカノンも大破していた。

 

「フッ。伊達に部隊長を名乗ってない。部下に負けるなどあってはならんことだ」

「部下って。どういうこと?」

「文字通りの意味だ。理由はわからんがあいつらはここ最近行方がわからなかった部隊の者。だがこの変わりよう。マインド・コントロールの類いと見ているが。それにしては余りにも挙動がはっきりし過ぎている」

 

 洗脳し、自軍の兵士とする。といえば反則もいいところだが。ここまで人間性が反転するようなことは到底あり得ない。

 ましてや彼らは人並みに恋に興味を持っていた普通の女性だった。それが突如過剰なまでの女尊男卑思考に目覚めさせることなど可能なのか、とラウラはいぶかしんでいる。

 

「アニエスさん。社長や社長婦人への復讐はとげれたので?」

「残念ながら失敗よ。そこのチョコレート女の邪魔さえ入らなければ」

「ハッハッハ! ぶっちゃけヒヤヒヤ物でしたが結果オーライ! シャルロット候補生が察しよくて助かりました。しかし揃いも揃って糖分足りなそうな顔してますねー皆さん! こういう時はチョコレート! チョコレートを口に放り込めばたちまち争いなんて下らないこと考えなくなりますよ! さあ! レッツ! ショコラ!」

 

 バッと量子変換されたのは数枚の板チョコレートだった。

 この女本気でチョコレートを食わす気なのか。その場にいる全員が思ったが残念ながら本気のようである。

 

「おいシャルロット。こんな時に聞くことではないがこの女は何者だ?」

「ショコラデ・ショコラータさん。デュノア社専属テストパイロット。実家がチョコレート専門店で大のチョコレート好き、いやチョコレート・ジャンキー」

「待て、それは本名なのか? それともコードネームとか」

「本名だよ」

 

 何をとち狂ったのか知らないが本名なのである。

 そんなチョコレートモンスターが何故デュノア社のテスパイなどやってるのか、それは単にチョコレート布教である。

 そして布教は成功し、従業員の疲労改善に役立つ結果となったがそんなことはどーでもいい。

 

 そしてこんなギャグキャラが出てもアニエスの怒りは1ミリも揺るがぬままだった。

 

「ショコラデ、何故邪魔をしたの」

「いや何でって私デュノア社の社員ですし。ロゼンダ技術主任を助けるのは当然ですし? チョコレート食べな?」

「サラッとねじ込むなジャンキー。ロゼンダとアルベール・デュノアが何をしたかなんて。貴方だって全く知らない訳じゃないでしょう」

「そりゃね? 同級生のよしみとして大体は検討つくさ。でもさ、どんな理由あってもテロはだめでしょテロは。糖分足りてないからこんな短絡的なこと考えるんだって。だからつべこべ言わずチョコレート食いな! 医学的に立証されてるよチョコレート効果!」

「そんなんで収まるならこんなことしてない──IS反応?」

 

 遠方から複数のIS反応。

 識別はフランス空軍だった。

 

「本国のIS部隊。あっちは抑えてるんじゃなかったの?」

「突破されたみたいです」

「役たたずめ」

「どうしますアニエスさん。まだなにも達成してませんけど」

「………………撤退よ。負けはしなくても無傷ではすまないわ」

 

 高速切替(ラピッド・スイッチ)で呼び出したスモークランチャーを放ったアニエスは黒兎脱走兵と共にアリーナから待避した。

 

「アニエス叔母さん!」

「シャルロット。次に敵対する時は必ず落とす。身の振り方を考えるなら今のうちよ」

「隊長も気が変わったら言ってくださいね」

「私たちはいつでも歓迎しますよ」

 

 煙幕から脱出する5機のISをシャルロットとラウラは追うことはしなかった。

 今この状況を脱したことを何よりも安堵したからだ。

 知人が突如敵対し、テロを起こしたという事実から。

 

「オイコラー! せめてチョコレート持ってけぇー!! オーイ聞こえてるのかぁーー!! ギブユーチョコレェェェト!!」

 

 ………空気を読まずチョコレート布教をするショコラデが清涼剤になってることに目をそらしながら。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 デュノア社襲撃という未曾有の事態に社内は混乱していた(そんななか社員一人一人にチョコ食べなぁ! と口に突っ込ませる妖怪がいたとか)

 

 ラウラがドイツのシュヴァルツェア・ハーゼ本部と連絡を取って別行動の中シャルロットはベンチでへたり込んでいた。

 

 張り積めていた糸が切れ、精神的肉体的な疲労がドッと来たのだ。

 傍らに大量のチョコレートがあるが、とても口に出来る元気がない。

 

「ここに居たのね」

 

 ふてぶてしい声の主はドカッとシャルロットの隣に座って特大の溜め息を吐いた。

 つい先程死にそうな目に遭っていたのだから無理もないが。

 

「技術主任がこんなところで油売ってて良いんですか」

「むしろ今だからこそ休んでくれって追い出されたわ」

「真面目に働いてるんですね。お父さんに好かれる為ですか」

「言うようになったじゃない。その通りよ。それ貰っていいかしら」

 

 シャルロットから受け取ったチョコバーを豪快にかじるロゼンダの髪はボサボサ、メイクも少し抜けていてとても政治資産家の娘とは思えないほど崩れていた。

 

「礼は必要かしら」

「いらないです。お礼ならショコラデさんに言ってよ。正直守りきれる自信はなかった」

「それなのにあんな啖呵を切ったの? まったくそこはジャンヌに似たのね」

「そうでしょうか」

「そうよ。あんたはほんとアイツの生き写しだわ………だから嫌いだったのよ」

 

 残ったチョコバーを放り込んでロゼンダは天を仰いだ。

 

「何で助けたのか聞いていいかしら」

「特に深く考えませんでしたよ。間違ってることを間違ってると思っただけです………それに」

「それに?」

「あそこでロゼンダさんを見捨てたら。僕は僕の大好きな人に顔向け出来ないから」

 

 誰よりも守ることを信念とする真っ直ぐな彼。

 自分を変えてくれた唯一の人。

 

 あの時頭に浮かんだ訳ではなかった。

 それでも彼の信念はシャルロットの胸にあった。

 

「それに。さっきのことが本当なら、死んで逃がすわけないじゃないですか。それが罪なら、貴方は一生背負うべきだ。あれだけで納得したなんて思わないで下さい」

「ぐうの音も出ないわね」

「シャルロット・デュノア」

 

 荘厳。と表現するに相応しい声。

 乱れのない高級スーツに顎髭、デュノア社社長アルベール・デュノアの姿は厳しさというものをありありと見せていた。

 

「お父さん」

「社長と呼べ。デュノア社とロゼンダを守ってくれたことに感謝する。予定どおりラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡはオーバーホールに入る。準備をしておけ。ロゼンダ技術主任、一度身なりを整えておけ。休むにしても憔悴した身なりのままでは社員の士気に関わる。以上だ」

 

 言いたいことはそれだけだ、と言うようにアルベールは踵を返した。

 

「ちょっと待ってください! 僕、私はともかくロゼンダさんにはもっと」

「いいのシャルロット。かしこまりました。直ぐに整えます」

 

 満足も不満もなくただひたすらに淡々と対応するアルベールに思わず噛みつくシャルロットをロゼンダは制した。

 一瞥もせず立ち去るアルベールに対し、やはりあの人はあの人だと大した期待もしていないのに勝手に落ち込む自分に気落ちするシャルロットはそのまま佇んだ。

 

「私に憐れみなんて持たなくて良いのよ貴女は」

「ですが」

「見ての通り彼にとってデュノア社が第一なの。強引にデュノア婦人と名乗ったとしても。結局彼の愛は手に入らなかった。なのに遮二無二に足掻いて、自己満足の為に尽くしてるのよ。笑っちゃうでしょ。当然の報いだけど」

 

 ヒステリックで横暴な義理の母の姿はなく、ただただ人間であるロゼンダにシャルロットは少しだけ目の色を変えた。

 もしかしたら、このぎこちなく笑うその姿こそ、ありのままのロゼンダ・デュノアそのものなのだろうとシャルロットは感じたのだ。

 

 それでも、いやだからこそ。

 

「僕は止まりませんよ。まだまだ知りたいことが山ほどある。僕はシャルロット・デュノアとして。自分の信じる道を行きます」

 

 そうだよね。お母さん。

 

 リヴァイヴのペンダントを握りしめ。去っていく父親の背中を真っ直ぐ見つめる。

 

 過去や周りの嘲笑、差別の影に隠れた少女の姿は。

 もはやどこにも存在してはいなかった。

 

 

 

 






 書いててあれだけど。ほんとクソ鬱展開だな。
 この世界の神(筆者)は思った。

 セシリアの第二次形態移行(セカンド・シフト)ISは、メディア・ファクトリー版のサイレント・ゼフィルスを素体に色々弄った感じになってます。
 果たして疾風の運命やいかに。

 先ずはフランスを片付けましたが。
 デュノア関連の捕捉を。

 ・アルベール・デュノア
 今までどこにいたんだコイツって感じですが丁度地下に居て即シェルター入りしてました。社長の命は会社の命だからここは妥当で。

 ・ロゼンダ・デュノア
 まあこの人は、成功した悪役令嬢って行ったところなのかな?
 だが成功しても真に望んだ物は手に入らなかった哀れな人です。
 でもただの悪女にはしたくない、そして原作11巻みたいに憑き物落としたダレダオマエ!?な人にもしたくなかった。良くも悪くも人間臭すぎる人。

 ・アニエス・ドルージュ
 実は激情家。世間にデュノア関連のスキャンダルを流さないのは一重に姪のシャルロット風評被害の為です。
 シャルロットの評価は間違いなく。あのまま戦ってたら確実にロゼンダ死んでました。

 ・ショコラデ・ショコラータ
 原作では名前だけでなんの情報もない人。
 なので思いっきりチョコレートにしました!どうしてこうなった!名前が悪いよ名前が、ぜひもないね。
 結果的にキャラ濃くなったからヨシ(現場猫)



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第130話【折れる翼】

 ボルトフレアをコールして偏差射撃を見舞う。

 本気で当てるつもりで、先ずは再起不能にしなければ。

 

 ここで逃がしたら後がないと思ったから。

 

「狙いだけはいい」

 

 数発の弾丸をヒラリとかわし、セシリアはドミネイト・ブルー・ティアーズの全ビットをアクティブにした。

 

 スカートアーマーだと思っていたそれはビットのプラットホームだったようだ。

 肩の大型ビットは二分割され、背中から大量のビットが射出される。

 

 スカートから6、肩から4、足から2つ、背中から12のビットが分離。

 その合計、24基。素のブルー・ティアーズの3倍の銃口が殺到する。

 

「踊りて散りなさい。わたくしとドミネイト・ブルー・ティアーズの旋律を前に」

「踊りきってやらぁ!!」

 

 腹の底から声を張り上げ、オーバードライブの出力に物を言わせて光の雨を突っ切る。

 

 目の前全てが光に包まれるような密度。それに加えて撃たれた24の光が全て偏光制御射撃(フレキシブル)であることをイーグル・アイが算出する。

 

「であっ! ぐっ、うらぁ!!」

 

 インパルスで切り払い、脚部ブレードで蹴り上げ、オーバードライブで出現したプラズマソードで凪払い、急上昇。追従する幾つかのレーザーをインパルスで撃ち落とす。

 だがそれでも途切れないレーザーの群れに舌を打つ。

 

 なんだよこれエグすぎる!! 

 最後に見た偏光制御射撃(フレキシブル)とは雲泥の差。第二次形態移行(セカンド・シフト)の効果なのか、それとも会わない間に技量を上げたか。

 それとも、何かしら調整を受けたのか。

 

 オーバードライブを使ってるというのに振り切れない、それどころか削り殺される。

 このまま限界時間が来てしまったら。

 

 考えが纏まらない。胸の逸りだけが加速して、変な汗が止まらない。

 

 それでも突破口を開かねばと。入り乱れるレーザー包囲網を多少被弾しながら強引に行く。

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)発動! 

 インパルスを速度に任せて思いっきり振り下ろす。

 

 だがセシリアは顔色一つ変えずに、得物であるレーザーブラスター【スターライト・ブレイザー】で受け止めた。

 

「オーバードライブの瞬時加速を受け止めた!?」

 

 イーグル・アイの解析。ブラスター表面にBT粒子がコーティングされていた。

 

 驚くのも束の間。突っ切って置き去りにしたレーザーが偏光制御射撃(フレキシブル)で背後に迫る。

 

 背後にプラズマ・フィールドを最大展開、レーザーと衝突した振動が身体を揺さぶる。

 

「く、うっ。セシリア、目を覚ませ!」

「あなたと話すことなどありません、失せなさい痴れ者!」

「何が痴れ者だ! お前がそんなこと望むわけないだろうが!」

「知ったような口を!」

「ああ今のお前よりは知ってるさ!!」

 

 言葉では届かないと思っても叫ばずにいられない。こんなのはセシリアじゃない。セシリアはこんな、女尊男卑に染まる女では断じてない! 

 情けない男は嫌いだと言った。だがそれは期待の裏返しであることも知っている。

 

 そんな彼女の意思を歪めたのかあの女は、フランチェスカ・ルクナバルトは! 

 

 怒りの炎に薪をくべる。

 怒りに燃えないと、直ぐに身体が冷えきってしまう。そんな気がした。

 人知れず震える身体に鞭を打ち続ける。

 

 この前の電脳ダイブでも拒絶されたが。あれは俺が俺だとわからなかったから。

 だけど今は俺が疾風・レーデルハイトだとわかった上で攻撃してきている。

 

 燃え盛る怒りが焦りによって塗り替えられていく。

 どれだけ怒りを表に出そうとも、腹の底から恐怖が登ってくる。

 認めたくない、これが現実だと認めたくない。

 

 悪い夢なら覚めてくれと、現実と幻覚がごちゃ混ぜになりそうな気持ち悪い感覚に襲われる。

 

「ハッハッハッハ! あいつら付き合ってたんだな。こいつは良い、愛した女に殺されるなら本望ってもんだよなぁ!」

「悪趣味な! セシリア様に何をしたのですか!」

「私はなにもしてないさ。ただうちらのボスの逆鱗に触れたからああなったのさ。可哀想にな!!」

「くあっ!」

「徳川さん! このままじゃ!」

 

 状況は最悪だ。

 

 セシリアの援軍により俺とイーグルは抑えられ。実験施設を攻撃する必要がなくなり、残った敵が菖蒲とアメリアさんに集中する。

 

 そして何より、こちらの最大戦力が最悪のカードで封じられてしまっている。

 

「麗ちゃん! どうしてこんな!」

「あなたを抑えるためにクイーンが私を派遣したのですよ。あなたを抑えられるのは私だけだから」

「そうじゃないわ! あなたには旦那さん、武男(たけお)さんが居るじゃないの! なのにこんなことをして!」

「武男? 誰ですかそれは。そんな人知りません」

「そんな! フラン、貴女なんてことをしたの!?」

 

 愛する人を、愛する男性をことごとく記憶から消し去っている。

 女尊男卑に、女性至上世界とやらの為の尖兵にするだけのためにそのような非道を行うなんて。一体何を考えてこのような鬼畜の所業をしたのか。

 女尊男卑思想が強かったとはいえ、ここまで道の外れたことをしでかす必要があったというのか。フランチェスカという女性は。

 

「どこまで、どこまで人を踏みにじるんだ! フランチェスカ・ルクナバルト!」

『………何度もその穢れた声で私の名を叫ぶ。恥を知りなさい、男風情が』

 

 この声、フランチェスカ!? 

 

「てめえ! なんでこんなことする! セシリアにこんなことを! セシリアはお前の大切な姪じゃなかったのかよ!」

『大切よ。この世で一番大切なセシリア。だがセシリアを汚したのは紛れもないお前自身だということがわからないのかしら?』

「はぁ!?」

『セシリアに近づき、セシリアを変えた醜き男。お前さえいなければセシリアはこんな事にならなかった。全てお前のせいだ、疾風・レーデルハイト!!』

「ぐぅぅ!」

 

 フランチェスカの呪詛がそのまま乗り移ったかのようにセシリアの偏光制御射撃(フレキシブル)のキレが増した。

 捌ききれねえ!! 

 

「なら俺だけ狙えば良かっただろ! 工業のみんなは、セシリアは関係ないだろ! こんなことをしてただで済むと思っているのか!!」

『足りないわ。あなたを絶望の底に突き落とすにはまだまだ足りないのよ。だから奪って上げる、あなたから全てを。私の愛しいセシリアの手でね!!』

「外道め! 自分で勝手に悦に浸ってんじゃねえぞ、このクソババアが!!」

「叔母様に何て口の聞き方をしますの!? 疾風・レーデルハイト!」

「フルネームで呼ぶんじゃねえ!!」

 

 フルチャージのプラズマ弾を発射。

 レーザーの囲いを抜けてセシリアに向かう、だが足から分離したビットのエネルギーシールドがそれを阻んだ。

 きっちりサイレント・ゼフィルスの要素を! 

 

「いだっ!」

 

 レーザーとは違う衝撃。実弾か! 

 レーザーに気を向けてる時に見えにくい実弾はエグい! 

 

「セシリア目を覚ませ! そんなのがノブレス・オブリージュか! 死んだソーレンさんやソフィアさんに誇れる物なのか!!」 

「あんな軟弱な男の名前を出さないで!」

「ぐぬっ! ならソフィアさんに、お前の母親に顔向け出来るのか! ソフィアさんが女尊男卑至上世界を望むと本気で思ってるのか!」

「当然ですわ! 強き女性が築く完璧で完全な調和が取れた世界。それがお母様の望み、叔母様の願い。そしてわたくしが果たすべき使命なのだから!」

「完全に脳味噌茹だりやがって!!」

「その為にもあなたはこの世界に不要なのです! 消えなさい、2番目のイレギュラー!!」

 

 スターライト・ブレイザーの砲身が開き、光が集まっていく。センサーから高出力反応のアラートがひっきりなしに鳴り響く。

 

 しかもこのコースは、後ろに菖蒲たちが! 

 時間もない。もう四の五の言ってられねえ!! 

 

「オーバードライブ、フルバースト!!」

《オーバードライブ、限界放出開始》

 

 プラズマを更に展開。装甲が青く輝くレベルのプラズマが放出され、空気を焼いていく。

 

 これならレーザーの包囲網を突き破ってセシリアに届く。絶対に撃たせてはいけない! 

 二段階瞬時加速(ダブル・イグニッション・ブースト)、発動! 一気にセシリアの元へ。

 

「セシリアぁぁ!!」

《直上、高エネルギー反応。回避!》

「なっ!?」

 

 上を見ると、空に輝く光点が。

 さっき実験施設を貫いたあの光の柱か!? 

 まずい、この位置とタイミングは! 

 

 二段階瞬時加速のコース状に極太の光が撃ち下ろされた。

 緊急停止、緊急旋回! だがあまりにもそれは遅く。

 急激な方向転換に身体が軋み、光の柱が俺とイーグルを掠めて焼いていく。

 

「うわああぁぁぁぁぁ!!!」

 

 ギリギリ、本当にギリギリ掠めたがそれでもシールドエネルギーをガリガリと削っていく。

 先程実験施設を襲った砲撃より出力が低かったのと、オーバードライブの過剰出力プラズマ・フィールドで事なきを得たが。

 

「はっ」

 

 目の前に煌々と光るセシリアのブラスター。臨界に迫った光。それは冷徹に光の柱に弾かれた俺を狙っていた。

 

「やめろ、セシリア! やめろ! やめろセシリア!」

「シュート」

 

 無情、命乞いも意味もなく。ドミネイト・ブルー・ティアーズから放たれたレーザーがイーグルを包んだ。

 プラズマ・フィールドも張れず、シールドで直接受ける形となったそれは容易く絶対防御を砕いていった。

 

「疾風様ーー!!」

「疾風!!」

 

 遠くで菖蒲と母さんの声が聞こえる………だがそれは直ぐに掻き消される。

 

 光が収まると、そこには所々が黒く焦げたスカイブルー・ティアーズの姿があった。

 装甲に亀裂が走り、通常のそれとは違うスパークが身体を走る。

 

「う、あ………」

《シールドエネルギー、残り4%。パイロット危険域に突入、ダメージレベルC》

 

 まさに満身創痍。

 ISの補助で意識を保つ、その場で浮くだけで精一杯だった。

 

 セシリアとブルー・ティアーズがゆっくりと俺の前に舞い降りる。

 侮蔑と嫌悪を滲ませながら、手のひらに何かをコールした。

 

 小さい4本足の装置。

 体色が黒い以外違いがないそれを俺は知っていた。

 

「これであなたは終わりです」

「セシリア………」

「さようなら、疾風・レーデルハイト」

 

 俺の懇願を意に返さず、セシリアはそれを。黒い解離剤(リムーバー)を俺の胸に取り付けた。

 

「っ! がああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 その場に響き渡る悲鳴と共に黒い電撃のようなエネルギーが俺の身体に流れた。

 

 身体がバラバラになりそうな激しい痛みが頭から爪先まで余すことなく襲いかかる。

 肺から空気が吐き出され、焼けるような痛みに身動きが取れなくなる。

 

《制御系統に異常発生。シールド発生機構、FCS、PICに異常発生。パイロットとのリンクに重大な損傷を確認。IS稼働率、20%まで低下》

 

 なんだ、なんだこれは!? 

 

 身体の痛みとは別に何かが壊れていく。

 

 何かが、失ってはいけない何かが! 

 

 なくしてはならないものが消えていく! 

 

「あ、あっ………うぅ………」

 

 目の前が暗くなっていく。

 路肩のゴミを見るような目をしたセシリアが俺に背を向けて飛び立っていく。

 

 駄目だ、行かないでくれ………行かないで。

 

 俺は、お前がいないと………セシリア………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴポポ、ゴポン。

 

 何かの溶液の中。自分は浮かんでいた。

 

 手足は動かせず、朧気な五感だけが機能している。

 

「もうすぐ、もうすぐよ。もうすぐ帰ってくる」

 

 溶液の外、白衣を着た女の人が立っていた。

 

 よれた白衣。ボサボサの黒い髪。少し時代遅れな眼鏡。胸元に光るフクロウのブローチ。

 

 女の人がカプセルに手を触れ、懇願するように祈り続けている。

 

「お願い………帰ってきて」

 

 あなたは………まさか。

 

「帰ってきて………」

 

 ああ、そうか………

 

「お願い………疾風………」

 

 そういうことだったのか………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピッ──ピッ──ピッ──ピッ………

 

「………………………」

 

 規則的な電子音。知らない天井。真っ白な空間。

 

 病室………ではない。何処だろう此処。

 

 ………動かない。身体を動かすことが。

 まるで身体が鉛のように重い。

 

 シュッ、と自動ドアが空いた気がした。

 

 かろうじて首だけを動かすと………そこには副担任の山田先生が………なんか凄い慌てて駆け寄ってきた。

 

「レーデルハイトくん! レーデルハイトくん!? 聞こえますか!? 私の声が聞こえますか! 先生! 織斑先生! レーデルハイトくんが目を覚ましました! レーデルハイトくんが目を覚ましました!」

 

 先生も必死なのはわかるが、目の前で大きい声を出されると流石に頭に響く。

 

 ………なんか胸辺りに違和感が。

 何気なく触ってみると皮膚とは違う何か固いものがある。

 

「………なに、これ」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「疾風・レーデルハイトが目を覚ましたらしいわ」

「そう、てっきりもう目を醒まさないと思ってたけど」

 

 以前にも似たやり取り。だが今回と違い、スコールからの通信を耳にしたフランチェスカは特にリアクションもなく、むしろこの上なく上機嫌だった。

 

「あなたが彼の名前を聞いて顔を歪めないなんてね」

「お気に召さなくて残念ね」

「セカンドマンに何をしたのかしら。あの黒いリムーバーはなんなの?」

「フフッ、ちょっとした贈り物よ。喜んでくれると良いわね」

 

 フランチェスカの笑みが深くなる。

 見てくれの良い彼女の笑みは見る人が見れば心を奪われるだろうが。スコールから見たそれは酷く醜悪に見えた。

 

「それで、考えは纏まったのかしら?」

「約束通り、エムとサイレント・ゼフィルスは貸してあげる。だけどモノクローム・アバターはあなたに助力しない、そして敵にもならないわ」

「充分よ。残念ね、貴女とは最後まで道が交わらないみたい」

「交わるわけないでしょ。こんな馬鹿げたこと。よく上が許したものだわ」

 

 プツンと、切られる通信にフランチェスカは含み笑う。

 自分とは相容れない女の姿がとても愉快だったからだ。

 

「クイーン、1つ宜しいでしょうか」

「何かしらアイビス」

「何故セカンドマンを殺さなかったのです? エクスカリバーまで使用したと言うのに、確実に抹殺出来た筈です」

 

 かつての秘書にして、いまは側近であるアイビスという女性が疑問を投げ掛ける。

 フランチェスカにとって疾風はセシリアをそそのかした恩敵、だというのに彼を殺すことなく放置した。

 

「だって、死んで終わりなんてつまらないじゃない?」

「つまらない?」

「そうよ。本当に憎いなら出来るだけ長く苦しませて地獄を味わわせないと。それが疾風・レーデルハイトなら当然。彼から全てを奪い、なにも出来ない現実に絶望を注ぎ込むの」

「では彼は抹殺しないと?」

「殺すわよ? 全部終わったあと、私自らの手でね」

 

 次に会うのが楽しみだと、柄にもなく興奮している。

 今まで数々の男に憎悪を向けてきたが、こんな感情は初めてだ。

 疾風の苦痛を間近で見れないことだけが心残りだったが、それは些事にすぎない。

 

「そんなことよりセシリアの様子は?」

「バイタルや精神は安定。ブルー・ブラッド・ナノマシンと、例のナノマシンも安定しています」

「そう、それは良かったわ」

「ただ………」

「ただ?」

「疾風・レーデルハイトに例のリムーバーを使用した時、一瞬ですが脳波に乱れが生じていました」

「そう………下がって良いわ」

「はい」

 

 アイビスが退出した後、溜め息を吐く。

 

「………やっぱり殺しとこうかしら」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 山田先生が呼んだあと直ぐに織斑先生、そして何時もの面子がゾロゾロと集まってきた。

 先生曰く、授業中だと言っても聞かなかったらしい。

 

 驚くことに、レーデルハイト工業を襲撃してから一週間ずっと寝たままだったとか。

 菖蒲は俺が見るなり号泣して、簪がそれを慰めていた。

 

 そして否応なしに理解された。

 これまでの出来事。セシリアが俺に襲いかかったことは決して夢ではないことが。

 

 さらに世界は俺が思った以上に混沌とした状況だというのを目の前の映像が物語っていた。

 

 

 

『全世界の皆様、そして尊き女性の皆様へ、ごきげんよう。ティアーズ・コーポレーションCEO、フランチェスカ・ルクナバルトです。

 

 皆様に問いましょう今の世界は女性に優しい世界だと言えますでしょうか。

 インフィニット・ストラトスが生まれ、女性優遇社会となり世界は素晴らしきものとなったでしょう。それは10年たった今でも変わりません。

 

 ですが、それは上っ面だけでしかないのです。男性が力を振るうのは無意味と言われていますが、現実は違います。社会の裏では昔と変わらず女性が男性による理不尽な暴力、圧力に苛まれ。人知れず涙を流しています。

 それは今の世界に必要でしょうか。正しいものでしょうか。私たちはそうは思えません。ISが生まれ女性優遇社会となっても、愚かな男は跋扈し女性を、社会を蝕み続けています。そしてそれを許容し、甘える社会も間違っています。

 

 故に、我々【ブルー・ブラッド・ブルー】は決起する。

 未だ愚かな人種が蔓延るこの世界を正し、まことの女性至上世界を気づきあげる為に。

 手始めに、男性を許容し。歪んだ思想を持つレーデルハイト工業の実験施設を粛清致しました

 我々は本気です。言葉だけを語り、行動を起こさない革命家気取りや政治家とは違います。

 この世界に救済を、気高き光が世界中の女性に降り注がんことを。

 

 女性の皆様、今一度考えて下さい。今の自分は正しいのかと。男を恐れ、身動きが取れずにいる皆様を、我々が救います。

 世界中の女性の皆様を立ち上がりましょう。そして共に真なる世界を掴み取るのです

 立ち上がる女性を、我々は歓迎いたします。

 

 全ては、素晴らしき女性至上世界の為に………』

 

 

 

 フランチェスカ・ルクナバルトの演説が終わる。

 これは全ての公共放送機関をジャックし、世界中のに流れたという。

 

 映像を見て開いた口が塞がらない。

 かろうじて出てきたのは。

 

「………馬鹿じゃねえの?」

 

 ただ一言それだけだった。

 

 滑稽過ぎる。目の前の女はさも当たり前のように言ってるが本当に馬鹿じゃねえのか? 

 なにが女性至上世界だ。これは暴力と理不尽で築かれるディストピアだ。そんなの世界に共有される訳ないだろう。

 だがそれを本気でやろうとしている。だからこそ恐ろしい。よもやここまでの怪物だったとは。

 

 セシリアや楠木日本代表を洗脳し、レーデルハイト工業を襲った。更にとんでもない戦略兵器らしきものも差し向けて。

 

 まともじゃない。狂気の沙汰も生ぬるい。

 地獄の釜が開いたとはまさにこのことではないか。

 

「レーデルハイト工業を襲撃した同時刻、ブルー・ブラッド・ブルーは世界各国のIS保有施設、軍基地を襲撃。そのなかには行方不明だった代表候補生の姿があったという情報がある」

「僕とラウラもデュノア社で襲われたんだ。僕の叔母であるアニエス・ドルージュとラウラの部下の人たちが」

「ドルージュ代表はわからないが。私の部下も洗脳された形跡があった。酷いものだった、理性の欠片もない。男は殺して当然などと、私の部下に言わせて」

 

 あのフランス代表まで? 

 いったい奴らはどれだけの戦力を抱え込んだんだ? 

 

「そして、このIS学園も狙われたわ」

「なっ、本当ですか会長?」

「ええ、学園の中にいた生徒の一部がIS学園の練習機を持ち出そうとしたの。幸いにもこうなることを予想して、練習機には外部からロックがかかるようにしていたから。盗んだ搭乗者を捉えることが出来たわ。そのなかにはこの前の女性の為の会メンバー。私が潜り込まれていた更識のスパイもいたわ。恐らく洗脳されたのね」

「それ以外。普通の生徒もいたのですか?」

「ああ………その中には相川と谷元、そして鷹月もいた」

「嘘だろ!?」

 

 相川清香、谷元癒子、鷹月静寢。

 三人とも一年一組のクラスメートだ。

 

 俺たち男とも分け隔てなく接してくれて。俺が転校して初めて声をかけてくれた人たちでもある。

 

「鷹月と私は同じルームメイトだったが。決して女尊男卑思考になるような人物ではなかった。むしろ疾風、お前を………」

「………そうだろうな。薄々気づいてはいたけど」

 

 恐らくだが鷹月さんは俺に好意を抱いていたんだと思う。俺を前にして異様に照れることがあったり。アプローチらしきものも度々あった。

 

 セシリアと同じだ。認識を改変され、女尊男卑思考を植え付ける。

 

「みんな狂ったように素晴らしき女性至上世界の為にって言っててね。対処に当たった俺たちにも攻撃してきたんだ………」

「大丈夫か一夏」

「すまねえ。仲良かった友達から殺意を向けられてちょっとな。だけど俺よりお前だ。菖蒲さんから聞いたが。本当なのか、セシリアがお前を」

「………本当なんだろうな」

 

 俺とセシリアが交際してることを知っているみんなから見てと、とてもじゃないが信じられないだろう。

 端から見ても幸せそうだった。羨ましいと思いながら微笑ましさを感じたその関係が。

 突如として崩壊したのだから。

 

 信じたくない、信じたくない。

 だけど頭にこびりつく出来事は紛れもなく現実と物語っている。

 

「それから世界は大混乱。各所で機体ごとISが奪われ。研究機関が所持していたISコアも奪われた。更に男性実業家の裏の顔や政治家の汚職が次々と世間にリークされて、世間に対する男性への不信感が加速度的に増えていったわ」

「自分の言い分を正当化するための土台を組んできたということですか」

「それだけじゃないわ。各地でブルー・ブラッド・ブルーを支持する人たちも現れ始めた。先頭に立ってるのは女性権利団体だけど、他にも声を上げられてるのは事実よ」

「そこまで、そこまで根付いていたんですね。女尊男卑の思想が」

 

 薄氷が砕かれ、世界の均衡は崩れた。

 人は理性を抜かれ、本能と思考の赴くまま動く。

 ネット世界はバレないことを良いことに賛同や不安を煽る声に溢れ返り、やがて世界を蝕んでいく。

 

 入念に準備していたんだろう。

 奴は本気で完全な女尊男卑世界を作り出すつもりだ。 

 

「レーデルハイト。身体に問題はないか」

「凄く身体が重いです。ベッドから起き上がれないぐらい………それに、これなんなんです?」

 

 胸元を開くと。上半身の半分を覆うように何かの機械がくっついていた。

 機械には心電図のようなものがあり、波を打っている。

 

「それは心臓の働きを助勢する装置だ」

「心臓?」

「お前があの黒いリムーバーを付けられたあと、深刻な心臓異常が見受けられた。診断の結果、心臓が非常に衰弱してることがわかった」

「心臓病、かなにかってことですか?」

「わからない。だがそれと同じぐらい異常なことがある」

 

 なんだ、なんだっていうんだ? 

 

 レーデルハイト工業が襲われ、セシリアが敵になり。これ以上何が………

 

 織斑先生が懐から取り出したのは、スカイブルー・イーグルの待機形態であるバッジだった。

 空をバックにした白い鷲と稲妻を象ったバッジは変わらない輝きを放っていた。

 

「レーデルハイト、ISを起動してみろ」

「わかりました………………………あれ?」

 

 バッジを握り、意識を送ったのにISを起動されない。それどころかホロウィンドウも出てこない、何も情報が頭に入ってこない。

 

「あれ、なんで? 来い、イーグル! 来い、スカイブルー・イーグル!!」

 

 なんで、なんでだよ。

 なんで何も反応しないんだよ! 

 

「やはりか。レーデルハイト、落ち着いて聞け………………お前はISを動かせなくなった」

「………は?」

 

 いま、なん、て………? 

 

「身体検査の結果。お前のIS適正値の欄が空白になった。何度も検査してみたが。検査結果は正常と出た。これは織斑や以前のお前以外のISを動かせない男性全てと同じだ」

「嘘でしょう?」

「本当だ。原因は例の黒いリムーバーの可能性が高いが、いま捜査中だ」

「………………」

 

 なにそれ。俺はセシリアどころか。ISさえも奪われたというのか。

 

 いったいなんの冗談だ? タチの悪い悪夢じゃないのか? 

 

 重い身体から更に力が抜けていった。

 何も聞こえなくなり、考えることすら放棄した。

 

 無力感と絶望、存在意義すら奪われた虚脱感に包まれる。

 

 その後、いつの間にか会長以外いなくなっていた。

 気を利かせてくれたのだろう。会長は万が一の護衛らしい。

 その会長もなんて声をかけて良いかわからず。ただ側に居てくれた。

 

 その後何もせず、食欲もなく、時間だけが過ぎていく。

 

 ただただ考えるのはセシリアのこと。どうすれば良いのか。

 何が出来るのか。ISが動かせなくなった自分に何が出来る。

 

 何も出来る訳がない………ISがない俺は無力そのもの。

 ただのちっぽけな人間だ。もし目の前にISが現れ、俺を殺しにくれば、俺は1分もたたずに矮小な命を終えることだろう。

 どれほど時間がたっただろうか。会長も席を外し、扉の外で待機すると言っていた。

 

 機械の規則的な音がなるなか、また眠ろうと目を閉じようとした時にドアが空いた。

 

「疾風!」

 

 覚えのある声がしたと首だけを動かすと視界が金色に染まった。

 

「良かった。本当に、本当に無事で良かった」

「母さん………ごめん。俺、何も出来なかった」

「馬鹿言わないで。生きてくれただけで良かったのよ………」

 

 涙ぐむ母さんの声に安心感を覚える。

 冷えきった身体にほんの少し体温が戻るような。

 

 視線を動かすと父さんの姿もあった。

 黙っていても悲痛な感じが伝わってくる。こんな父さんなかなか見れないな………

 

「ISのこと聞いたわ。心臓、いま大丈夫なの?」

「うん。特に苦しくはないよ。言われなければ気付かなかったぐらい。これ、母さんがつけてくれたのか?」レーデルハイト工業って医療系も作ってたんだね。プラズマ技術の応用だったり?」

「………」

「母さん?」

「あっ。え、ええそうなの。密かに試作してたものでね。運が良かったわ。日頃の行いがいいのね、きっと」

 

 なんとも、なんとも歯切れが悪い。

 なんだろう、引っ掛かった。

 

 引っ掛かったと同時にパズルのピースの一つがはまった錯覚を感じた。

 

 唐突に思考がクリアになる。

 働かなかった脳細胞な一斉に起動し、考えが回り始める。

 

「母さん」

「ん?」

「御厨所長は今どこ?」

「え? な、なんでいま麻美ちゃんを?」

「………思い出したことがあるんだ。多分、俺の予想は当たってる」

「予想? 予想ってなにを?」

 

 口に出すことを躊躇った。

 言ってはいけない、そう思いつつも声に出そうと絞り上げる。

 

「なんで俺がISを動かせたのか」

「!!」

「それは………俺はきっと………普通の人間じゃ、レーデルハイトの人間じゃ」

「疾風!!」

 

 一際大きい声が部屋に響く。

 

「違うの! いや違わないの! あなたは、あなたは私の子よ! 私と剣ちゃんの子供なの! それ以上でもそれ以下でもないの! だから馬鹿なこと考えるのはやめなさい! あなたは私たちの子供なの!!」

「………俺は母さんと父さんの子供だ。疾風・レーデルハイトとして。なに不自由なく育ててくれて。それだけは本当だ」

「そうよ、だから」

「だけど。それと同時に目をそらしたくない。こんな時だからこそ。俺は知りたい。その答えは、きっと御厨所長が知っている。そんな気がするんだ」

「疾風………」

 

 パチリパチリとピースがはまっていく。

 

 こんな時に合点が行かなくていいだろうに。このまま知らないふりすれば良かっただろ。

 わざわざ母さんを苦しませる必要なんか。

 

「もう、いいんじゃないかアリア」

「剣ちゃん、でも!」

「ああそうさ。来ないで居た方が幸せだ。だがいつか来る、覚悟はしていただろ。俺とお前も」

「父さん………」

「疾風、お前が知ろうとしてることは、後戻り出来ない真実だ。真実ってやつは良いことばかりじゃない、むしろ悪いことばっかだ。知れば今までの自分じゃなくなっちまう。それは恐ろしいことだ………お前にその覚悟はあるのか?」

 

 これほど静かな迫力を放つ父さんは初めてだ。

 

 レーデルハイト家の大黒柱として、いつも笑顔で守ってくれた一人の父親として俺を案じてくれているのが痛い程わかる。

 そしてそれが父さんの言葉が本当だということも。

 

 覚悟、覚悟か………

 

「覚悟なんか、ないよ。あるわけない。でも、俺は人生最大の恐怖を味わってしまった。味わい尽くしちゃった………セシリアを、愛する人を失った以上に、怖いことなんかないよ」

「………馬鹿野郎」

「大馬鹿よ。疾風は」

 

 もう一度母さんが俺を抱き締める。その上から父さんの大きな身体が俺を母さんごと抱き締めた。

 

 暖かい………ああ俺は幸せ者だ。

 

 だって。こんな素晴らしい家族がいるのだから。 

 

 きっと、どんな真実だろうと乗り越えられる。

 

 

 

 





 鬱展開で疲弊する男、魔剣ダーマッ

 どうも作者のブレイブです。
 尺の都合上、とてもハイスピードに物語が進んだと思います。
 悩みましたがダラダラやるより良いと思いました。

 絶望のどん底に叩き落とされた。正直ここから這い上がれるビジョンはあるのかと思います。それでも上を向いた疾風。

 次回、疾風の秘密が明らかになります。お楽しみに
 


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第131話【全ては愛する君の為に】



 ガンダムSEEDFREEDOMを見てきました。

 感想ですか?愛じゃよ、愛。


 

 

 レーデルハイト工業が襲撃された同時刻。IS学園の練習機ガレージに不正アクセスの形跡があると代表候補生一同は各アリーナに分散して対処に回っていた。

 

 ISを纏った一夏と箒が共に第一アリーナに向かうと、学生が練習機の打鉄とラファールを纏っていた。

 その中には見知った顔もいた。

 

「え、相川さんに谷本さんと鷹月さん? 何してるんだ? まだ練習機が使える時間じゃないだろ?」

 

 顔見知りに出会い緊張が抜けたのか雪片弐型を下ろす一夏。

 だが彼女たちの瞳の青い虹彩は友人に向けるソレではなかった。

 

「死ね! 織斑一夏ぁ!!」

「え?」

 

 相川の打鉄がブレードを振り下ろしてきた。

 突然の攻撃に虚を突かれた一夏に容赦なく振り下ろされ、防御することなくその刃が一夏を襲った。

 

「ぐぅ!」

「一夏!」

「でやぁぁ!!」

 

 続く鷹月のラファールが両手のブレードで斬りかかるのを箒は両の刀で切り払う。

 

「なんだこの殺気は! 見かけだけじゃない!」

「どうしたんだよ、みんな!」

「世界を歪めるイレギュラー、織斑一夏はここで排除する。全ては素晴らしき女性至上世界の為に!」

「「素晴らしき女性至上世界の為に!!」」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「一夏………一夏ってば!」

「あっ、なんだシャル?」

「なんだじゃないよ。何回も呼んだのに。大丈夫?」

「悪い、ちょっとな」

 

 疾風がISを動かせなくなったと判明した後、一夏たちは第一アリーナのガレージに集まっていた。

 周りには一週間前の戦闘の跡が色濃く残っている。

 

 思い出していた。仲が良かったはずのクラスメートに殺されかけ。そして緊急停止プログラムで動けなくなったあとでも呪詛を投げられ続けたその姿を。

 

「なんでこんなことになったんだろうね」

「こっちが聞きたいわよ! 乱も中国の軍事基地で暴れたとかって言うし………ああもう意味わかんない!!」

「落ち着け鈴。騒いだところで状況は好転しない」

「なんであんたはそんな落ち着いてられんのよ! 自分の部下がテロリストになったって言うのに! あーそう、あんたにとって部下はそんなもんだったのね。入学してきた頃を思い出すわ」

「………そうだな。もしかしたら何も分かってなかったのかもしれん」

「え、ちょ。ガチで受け取らないでよ。ごめんってば、アタシも言い過ぎたわよ」

「気にするな。気持ちはわかる」

 

 ラウラの予想外の反応に狼狽える鈴。ガシガシと髪を乱しながらベンチに腰かけた。

 

「みんな同じ気持ちです鈴様。当たり前の日常が突然崩れ去ったんです。吐き出してもいいのですよ」

「分かってるわよ。でも………一番苦しいのは疾風じゃない。親しい人が被害に会って、ISも動かせなくなって………挙げ句の果て恋人だったセシリアに殺されかけて。もしアタシが同じ立場だったらって思うと………」

 

 いつも気丈な鈴が見る影もない。

 それはみんなも同じだった。何処かで踏ん切りをつけて無理やり納得させているだけだ。

 

「箒、束さんに連絡はついたのか?」

「いや、連絡はつかない。こんな時に何をやってるんだ。今回の事件、元を辿れば姉さんがISを作ったからだというのに。姉さんがISを作らなければ………」

 

 インフィニット・ストラトスが生まれて、女性にしか動かせないと分かり世界は一変した。

 

 あの時は正に激動の時代だった。

 世論が傾き、既存の体系が崩壊し、あれよあれよという間に政策が打ち付けられ。女性優遇の世界になった。

 

 そして生まれた膿が溜まりに溜まって吹き出した。

 もし篠ノ之束がISを作らなければ、こんなことにならなかったのではないかと………

 

「それは、違うと思う」

「簪さん?」

「ISは、インフィニット・ストラトスは、確かに世界を混乱させた。だけど、ISに罪はないと思う。悪いのは、ISを都合よく認識して悪用した人たち。 道具に罪はない、悪いのは使う人間。ISが生まれて良いことばかりではない。でも悪いことばかりでもない………だって、私はみんなと出会えた。疾風と出会って、お姉ちゃんと仲直り出来た。みんなもそうでしょ?」

 

 アクシデントやハプニングはあった。

 だけど自分たちがISに関わり、そこから生まれたコミュニティはとても楽しいもので、得るものがあった。

 

 誰かを守るという尊さと意味を知った。

 好きな人と再会し、力のなんたるかを知った。

 好きな人を追って、また笑いあうことが出来た。

 遠ざけていた親と、向かい合う決意が出来た。

 孤独の虚しさと、そして仲間の大切さを知った。

 どんな時でも諦めず、想い続けることが出来た。

 殻を突き破り、もう一度家族の隣に立つことが出来た。

 

 誰よりもISを好きな男がいた。

 誰よりもISを好きな男と共に夢を追う女がいた。

 

「きっと疾風なら、そう言うと思う」

「そうだな。悪いのはブルー・ブラッド・ブルーだ。ISが出来て、全部が全部悪いことばっかじゃないもんな」

「ああ………そうだな」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 扉の前で待機している会長に、これから来る人と話すときに盗聴とかしないでくれと言った。

 会長は深く聞くことなく「分かったわ」と言ってくれた。

 

「ふぅー」

 

 これから御厨所長………御厨さんが来る。

 果たして答えてくれるだろうか………いや、答えて貰わないと困る。

 

 ギュっと母さんが隣で手を握って笑いかけてくれた。

 ありがとう母さん。俺は大丈夫。

 

「疾風くん、御厨さんが来たわ。アリアさん、私は一度離れます」

「ありがとう。この身にかけて疾風は守るから」

「では」

 

 ドアが開き、御厨さんが入ってきた。

 いつも通りボサボサの髪とお洒落っ気のない眼鏡をかけて。

 

 だけど何時もの違う。平静さを装っているが、何処か目が迷っている感じがしたのだ。

 

「久しぶりね、レーデルハイトくん。レストラン以来ね」

「ええ、お久しぶりです御厨さん………今回はあなたに確かめたいことがあり、お呼びさせて頂きました。こちらから出向けず申し訳ない」

「そんなこと考えなくていいの。子供は大人に甘えるぐらいが丁度いいんだから」

 

 まるで親みたいに諭してくる御厨さん。

 

 そして沸き上がる懐かしさと安心感。

 

 それは今母さんの隣に居ることで感じるものと似ていた。

 

 だからだろう。思いの外スルッと言葉が出てきた

 

「単刀直入に言わせて頂きます。御厨麻美さん、あなたは俺のなんですか」

「………」

「先日、IS学園が大規模ハッキングによりシステムダウンした日に、ハッキングの犯人と遭遇しました。クロエ・クロニクルと名乗るその女性は自分のISに接触し、記憶領域を覗いてきました。その時、自分は見てしまった、いえ思い出してしまったんです。自分が、何かのカプセルの中に居たことを。そして────御厨麻美さん、あなたが私の目の前に居ました。そして、泣きながら私の名前を呼んでいました」

 

 目に写ったビジョンを細かく話した。

 御厨さんは見たことない顔をしていた。目を見開き、口許を抑えて。

 ああ、やっぱ何かあるんだなと。

 

 それから急かすことなく反応を待った。

 目を伏せたまま忙しなく指先を弄ること数分。

 

「………アリアと剣司さんは」

「覚悟は出来たわ。来てしまったんだなって」

「そういうことだ、麻美さん」

「………………織斑先生に聞いた時は驚いた。まさかこんな早くにファクターコードが覚醒するなんて」

 

 ファクターコード。

 ファクター、普通に訳せば因子という意味だが。

 

「やはり知ってるんですね」

「ええ、全部、全部知ってるわ」

 

 重く息を吐いたあと、御厨さんは自分の頬をパンッと叩いて気付けし、顔を上げた。

 

 その顔は先程狼狽えたそれではなく。これも今まで見たことないぐらい、強く、そして崩れそうな光を眼に宿していた。

 

「以前、私に息子が居たことは話したわよね」

「ええ、白騎士事件のあとに、心臓が悪くなって亡くなったって」

「そう。でも本当は少し違うの。白騎士事件からそこまで日を跨がないある日、事故が起きたの。ISの実験でね。その時の事故で息子は重症を負って。亡くなったの………息子の死を受け入れられず、悲しみにくれた私はある禁忌に手を出した」

「禁忌?」

「かつてISが生まれる前に究極の人類を生み出す実験があった。プロジェクト・モザイカと呼ばれた研究はその過程で様々な成果を出した。その中には精度の高いクローニング技術と、副産物として生まれた記憶転写技術があった」

 

 クローニング………記憶の転写。

 

「私は息子の死を受け入れられず、当時壊滅したプロジェクトの技術を盗用し、息子のクローンを作った。結果、クローニングは成功したわ。身体機能、テロメアの減少作用もなかった。でも何もかも上手く行った訳ではなく、心臓の機能が著しく弱かった。培養液から出せば、10分とたたない内に死んでしまうほど弱りきり。人工心臓を使ったとしても、身体の細胞そのものが弱くなってしまう事態に陥った………その時用いたのがISの原初、第零世代ISの遺伝子データ、フラグメントマップから生まれた、ファクター・コードだった」

 

 第零世代。世に出ていない、白騎士の世代。

 

「第零世代ISの遺伝子マップには、当時ISを作り上げた初期チームの遺伝子データが使われた。そのうちの一つが、私の遺伝子だったの」

 

 聞いたことのない単語が次々と出てくる。

 それを聞いてる内に、自分の中の確信が浮き彫りになっていく。

 

「ファクター・コードを転用したナノマシン、ファクター・ナノマシンには、ISとの同調率の上昇。ISのパワーアシストを生身で受けれる能力と、ナノマシン単体でも生命補助に秀でた画期的なものだった。欠点としては、ファクター・コードにあった遺伝子以外には拒絶反応を起こすけどね………そして副産物として、ISの生体認証パスとしての機能も有していた」

 

 生体認証パス。つまり、そのナノマシンを使えば。本来ISを起動できない男でもISを動かせる? 

 

「私の遺伝子を受け継いだ息子のクローンへのファクター・コードの移植は無事に成功。心臓の保護に成功し、息子のクローンは意識を宿してクローニングは成功したわ。死んでしまった息子の名前は───『御厨疾風』」

「疾風………俺と、同じ名前?」

 

 パチリと、パズルの最後のピースがはまった。

 

「疾風・レーデルハイトくん。あなたは本来生まれるはずのない命を愚かな母親の手によって産み落とされた。私の息子、御厨疾風のクローン体なの」

 

 俺が………御厨さんの息子のクローン? 

 

 ギュッと、繋いでいた母さんの手が強くなった。

 何故だかわからないが、顔を横に向ける勇気がなかった。

 

「待ってください。俺が息子さんのクローン………でも、俺あなたのこと殆ど知りませんよ? 覚えてるのは、母さんや父さん、兄と妹と暮らした記憶しか」

「記憶の転写が失敗したの。息子が6歳まで得た教養や一般常識は転写出来たけど。思い出や人を認識する記憶までは転写出来なかった。産み落とされたのは、息子と瓜二つのクローンだった」

「っ………」

 

 想像してなかった訳ではなかった。

 

 自分が普通の人間ではないのも薄々そうじゃないかって、あのヴィジョンが見える前から考えていた。

 

 なんというか。ショックとかそういうのを通り越して、現実味がなかった。

 

「それから必死に私を思い出して貰おうと思ったけどね、駄目だった。その時やっとわかったの。息子は死んだ、もうこの世にはいない。例え記憶の転写が上手くいったとしても、それは私の息子と同じ姿をした誰かなんだって」

 

 どおりで白騎士事件を覚えていない訳だ。

 だって、白騎士事件の時。俺は生まれてすらいなかったのだから

 

「その、どうして俺はレーデルハイトの家に?」

「………その時の私はほんと愚かでね。息子であって息子じゃないあなたと向き合うのが怖かったの。自分がとんでもないことをしたことをした。死んだ息子や、あなたを作り出した過程で死んでいったクローン体が、あなたの眼の奥に居た気がして………精神的に追い詰められた私は………あなたを殺そうとしたの」

「っ!」

 

 俺を、殺そうと………

 

「その時アリアが私を心配して家を訪ねて来た。その時見つかってしまったの。私があなたの首を絞めていたことを」

「驚いたわよ。目の前で馬乗りになって首を絞める麻美ちゃん。しかも首を絞めていた相手が、死んだはずのご子息だったんだから」

「あの時のアリア、怖かったわ」

「当たり前でしょう、この馬鹿」

「そうね、本当に大馬鹿者だった。ごめんね、疾風くん」

「いえ、その。覚えてないので。気にしなくて良いですよ」

「フフっ、それは無理な話ね」

 

 自嘲気味に笑う御厨さんはとても痛々しかった。

 

 子育てに病んで子供に手をかける親というのはニュースで何度も見たことはあるが、彼女の重圧はそれの比ではない。

 

 倫理観と生命への冒涜。

 そして息子の顔をした誰か。これまで犠牲にした作られし命。

 その二重の重荷に耐えかね、精神を病んだ。

 一体どれだけの重圧が彼女を蝕んだのだろう。

 

「精神が病んだ私はもう子供のように泣いてね。とてもじゃないけど貴方を育てることなんて出来なかった」

「その時、うちで引き取るということにしたの。でも戸籍もなく記録上死んでいる貴方を養子にするということは並大抵のことじゃなかった。楓も生まれていたしね」

「それだ。楓は俺を本気で実の兄だと思ってる、はずだよな?」

 

 もし俺が義理の兄だと知っていてアプローチをかけていたなら、あのブラコンっぷりも説明が………

 

「ええ、楓はあなたを本当の兄だと思ってる」

「え、そうなの!? どうやって?」

「まだ二人とも小さかったから。少しだけ記憶を誘導したのよ。催眠療法に近いものよ。疾風はファクター・コードに介入して改竄したわ。その時、完全に私のことを忘れさせたの」

「じゃ、じゃあ。楓のあの異常なブラコンっぷりは催眠療法のせい?」

「いいえ。それはまったく関係ないわ」

「関係ないの!? ですか?」

「ええ、まったく」

 

 えーー。じゃあ楓の俺へのブラコン感情は根っからの本気ってこと? 

 いやそっちの方が安心は出来た、のか? 

 

「グレイ兄は?」

「グレイは知ってるわ。その時グレイは高校生だったから催眠療法は効かなくて。あの子は少し特別だからって、口約束で守ってくれたわ」

「グレイはあの時から落ち着いた大人のような子だったからなぁ。口約束だとはいえ、よく守ってくれたものだ」

 

 すげぇ、グレイ兄。全然そんな素振り見せなかったのに。

 俺が逆の立場だったらどうだっただろうか。

 

「そして、貴方は疾風・レーデルハイトとして。新しい人生を歩むこととなったの」

「なんというか、なんというか。なんというか。SFというかファンタジーというか、そのぉ………」

「受け入れられないのも無理はないわ」

「すいません。でも、なんか納得しました………いややっぱ納得出来てないかも」

 

 普通に無理だよね。

 むしろなんでこんな冷静に聞けてるんだろ俺。適応力? それともキャパオーバーか? 

 

「そして私は影ながら見守ることにした。あなたの中にあるファクター・ナノマシンのバイタルを監視し続けて。時々仕事を名目にお邪魔したりした。その時1度だけあなたと会ったのよね」

「そうだったんですね」

 

 記憶がないのに既視感があったのはやはり1度会っていたから。あの時の話は嘘ではなかったんだな。

 

「えーと。俺の中にはファクター・コードのナノマシンが入っていて。それがISを動かせる理由なんですよね」

「そうね」

「でも16歳の誕生日になるまで、俺動かせませんでしたよ?」

「それは私が設定したの。幼い頃からISを動かせてしまうと、色々大変だと思ったから。その前に織斑くんが動かしてしまったことには本当に驚いたけど」

 

 そうですよね、酷いニアピンがあったものだ。

 

「じゃあ母さんは俺がいつか動かすことを知っていたの?」

「ううん。まったく知らなかったわ。疾風の中の心臓補助のナノマシンがあることは知らなかったけど」

「急いで麻美さんに電話したよなぁ」

 

 なんともそれはそれは………

 神様からの粋なプレゼントかと思ったら、まさか御厨さんからのバースデープレゼントだったとは思いもしなかった。

 

 いやわかるかよそんなもの。

 

「これが貴方のルーツ、全ての真実よ。疾風くん」

「そうですか………フーー。なんか更に疲れた気がする」

「疾風、そう言う割には落ち着いてないか? もっとこう、なんかないのか?」

「いやなんつーか。予想はしてたけど理解の範疇越えたっていうか、一周回って予想通りというか。クローンだとかスペシャルなナノマシンとか。ほんとなんつーかっていうかね」

「こっちは凄い身構えてたんだけどな。罵倒される覚悟だったんだぞ」

「なんで? だって母さんと父さんが俺を大事に思ってたのは本当だし。それは変わらないだろ?」

 

 自分でも酷く落ち着いていると思う。

 でも本当だ。俺は間違いなく二人に愛されて育てられた。

 

「確かに、あなたたち家族はとても幸せそうだった。だけど同時に酷いことをしたと思っている。理由はなんであれ、人の記憶を弄くりまわして偽りを本当にした。私もフランチェスカ・ルクナバルトと変わらないわね」

「そんなことありません!」

 

 思わず立ち上がろうとしたが身体に力が入らず倒れかけた。

 

「疾風くん?」

「確かにクローン技術だとか、記憶を書き換えたことは、許されることではないと思います。でも、それでもフランチェスカとは違う。あなたは本当に俺の幸せを思ってくれた。息子ですらない自分の幸せを」

「それは、罪滅ぼしよ。自分が許されたいが為に、罪悪感から逃げるためにやったことなのよ?」

「たとえそうだとしても。もう関係ないです。だって、俺は間違いなく充実していた」

 

 俺を好きでいてくれる妹いて。

 頼りになる兄がいて。

 家族愛に溢れた親がいた。

 

 それがどれだけ贅沢なことか、俺が一番よく知っている。

 フランチェスカは自らの欲望の為に使ったが。御厨さんは何処までも俺の為にその技術を使用した。

 それが許されざる行為であることは間違いないかもしれない。だけどその根底にあるのは確かな愛情だ。

 

 息子の記憶を引き継げなかった、出来損ないの俺の為に。

 それをどうして、あのフランチェスカ・ルクナバルトと同じだと言えようか。

 

「それに、レーデルハイトの子になったから。セシリアと知り合えた。ISを動かして、かけがえのない友達が沢山出来た。こんなに恵まれたんだから、運命の巡り合わせに感謝しないとバチが当たるってものです」

「っ~~! もう馬鹿息子! こういう時ぐらい怒っていいのよ! もう!!」

「うわった」

 

 お、お母様。感極まって抱きつくのは良いですけど苦しいです。重傷者ですよお母様! 

 

「ありがとう、疾風くん」

「いえ。思ったことを言っただけですから」

 

 御厨さんがやっと笑顔を出した。

 涙混じりの笑顔だが、先程の痛々しい笑顔と比べてとても嬉しいと感じられた。

 ほんの少し、彼女の重荷が取れたと思いたかった。

 

「話を戻すわね。オルコットさんがあなたに取り付けたあの黒いリムーバー。恐らくファクター・ナノマシンを破壊する為のものなのでしょう。ファクター・コードが動かなくなったことでISを動かせなくなり、心臓の補助機能も停止した」

「俺、どうなっちゃうんですか?」

「大丈夫よ。ファクター・コードが完全に停止した訳ではない。いま胸につけてるそれはファクター・コードを活性化させる為の物なの。時間はかかるけど、胸の装置なしでも普通に生きられるようになるわ………ただ」

「ただ?」

「ファクター・コードのIS生体認証への機能は完全に消えている。つまり、普通に生きられるけど。あなたはもう二度と、ISを動かすことは出来ないわ」

「なっ!」

 

 一番聞きたくなかった真実が突き刺さった。

 一抹の望みにかけたそれは完膚なきまでに粉砕されてしまった。

 

「そんな! なんとかならないんですか!?」

「………ないわ。この事実だけは変えられない」

 

 その言葉はいま話してくれた真実の中で一番身体にのし掛かった。

 

 作られた命だとか、記憶がないとか。

 本当は父さんと母さんの子じゃなくて御厨さんの子供の写し見だとか。

 

 そんなものはどうでもよかったのかも知れない。

 むしろそれ以上に不安なことがあったからかもしれない

 

 ISを動かせない。

 

 俺にセシリアを救う力がない。

 この世界で戦う力がない。

 

 ………もう、彼女と約束した夢が果たされることはなくなったのだと。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 以前見ていたクローンの培養カプセルの夢もそうだが、ここまで悪趣味な夢はあるかと思う。

 

 昨日の今日、いや体感的には一週間前なんだけどさ。

 

『どうしてお前がそこにいる!! 答えろセシリア! どうしてお前がそこに居る! セシリアぁ!!』

『下等生物ごときが話しかけないでくれます? 吐き気がしますわ』

 

 下等生物って酷いよね、うん酷い。

 俺たち同じホモサピエンスから派生したヒト科ヒト属なんだけどね。

 

『踊りて散りなさい。わたくしとドミネイト・ブルー・ティアーズの旋律を前に』

 

 ドミネイト・ブルー・ティアーズ。

 ドミネイトって支配とかだっけ? ネーミングが高圧的過ぎるだろ。でもISはかっこよかったよな振り替えると………

 

『あなたと話すことなどありません、失せなさい痴れ者!』

『何が痴れ者だ! お前がそんなこと望むわけないだろうが!』

『知ったような口を!』

『ああ今のお前よりは知ってるさ!!』

 

 本当に知ってるのか。

 いや知っているはずだ。

 

 やっぱりどうしてもアイツが望んだことではない。

 でももしかしたら? なんて馬鹿なことを考える自分が嫌だった。

 

 もしセシリアを取り戻したとして、彼女の社会復帰は可能なのだろうか。

 

 さっきから追体験しながら他人事のように感想を述べていく。

 もう見たくないと何度唱えても見てしまうからいっそのことフラットな視点で見てやろうと思ったけど。

 

 やっぱ無理だ。胸が張り裂ける。

 

『これであなたは終わりです』

『セシリア………』

『さようなら、疾風・レーデルハイト』

 

 ああ、あのリムーバーは痛かったな。一夏も叫ぶ訳だよ。

 

 でもこれで夢が終わりそうだとホッとする。

 

『── ── ──』

 

 ん? なんだ? 

 

『─めて──やめ──や』

 

 声が聞こえる。誰の? 

 

 聞いたことある声が………これは

 

『──めて──やめて──やめてぇ!!』

「!!」

 

 これ、セシリアの声!? 

 

 何処から!? いやでもこれは夢じゃ。

 

 目を開くと、そこには黒いリムーバーを持つセシリア。

 

 その瞳の向こうを覗いた。

 そこには泣き叫ぶ彼女の姿が。

 

 そしてその叫びが鮮明になり、身体全体に叩きつけられた。

 

『やめて! やめて叔母様! やめて! 疾風からそれを奪わないで! 疾風からISを奪わないで! わたくしはどうなってもいい! わたくし何でもいたしますから!! だから、だから疾風からISを奪わないで!!』

 

 セシリア、そこにいるのか!? 

 

 セシリア!! 

 

「ぐぅ、あああああああ!!!」

 

 リムーバーを取り付けられた時の痛みがリフレインする。

 それでもセシリアの叫びは木霊する。

 

 泣きじゃくりながら自分を止めようと必死にあがこうとする彼女の姿が。

 

『いや! いや!! 駄目駄目駄目駄目!! お願いやめて! こんなことしたくない! こんなことしたくない!! やめて叔母様! 疾風からISを、わたくしたちの夢を奪わないで!!』

「セシ、リア………」

『駄目! 行かないで疾風! いや、駄目! 疾風、疾風! 疾風! 疾風!! 疾風ぇぇぇぇ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セシリアぁっ!!」

 

 身体の重みをはね除けて起き上がる。

 

 伸ばした手の先には何もなく。弱った心臓は早鐘を鳴らしていた。

 

「なんだ、なんだ。なんなんだ? 夢、じゃない。リアルすぎる。いやそれどころか」

 

 自分の中の何かがそれを夢だと全力で否定している。

 

 あれは間違いなくセシリアの叫びだった。

 

 自分がやってることを必死に止めたくて

 自分をこんな姿にした叔母に懇願して。

 

 いつもの姿から想像できないくらい泣きじゃくって、泣き叫んで。

 

「いったぁ………」

 

 胸が痛い。でもこれはリムーバーによる痛みじゃない。

 

 セシリアの心、彼女の心を感じられた。

 やっぱり、これは彼女の意思じゃない………

 

 胸元についていたバッジを外した。

 派手好きな相棒の待機形態。もう動かせる筈もないのに。

 

「お前が見せてくれたのか? イーグル………」

 

 一年にも満たない、かけがえのない相棒に問いかけるが応答はない。

 

「セシリアを助けないと」

 

 でもどうやって? ISのない俺に何が出来る? 

 

 結局はそこだった。

 

 俺はもう二度とISを動かせない。

 

 こんな俺に一体何が。

 

 ピピピ、ピピピ、ピピピ………

 

「………え?」

 

 顔を上げると、ホロウィンドウが。

 

 え、何処から。手のひらのイーグルから、イーグルから!? 

 

 え、もしかして動かして………ない。頭にまったく情報が入らない。

 

 ホロウィンドウにはコール画像。

 いったい誰から? 

 

 なにも状況が読めないまま、恐る恐る応答のボタンを………

 

「ハロー眼鏡くーん! 元気かなー!!?」

「うひゃあああぁぁぁ!!?」

 

 行きなりドアップでウサギ美人が!! 

 びっくら仰天して派手にバッジを放り投げてしまった。

 

 宙を舞ったバッジは放物線を描いてベッドの端にポスッと収まった。

 

「え、え、ええ?」

「もー、行きなり投げるなんて酷いぞー。束さんプンプンだぞー。あと電話出るのも遅いぞー」

「し、篠ノ之、博士?」

 

 テレビ電話の相手はなんと篠ノ之束だった。

 こんな状況なのにも関わらず臨海学校の時同じようにニコニコ笑っている。

 

「え、なんで俺のイーグルに連絡を? てか俺IS起動してないのに」

「おいおいISの産みの親で世界一天才な私にそれを聞くのかい」

 

 わからんが納得してしまった。

 そしてこのまま話すことが確定したことも。

 

「んで、眼鏡くん。ISを動かせなくなった気分はどうだい?」

「わざと聞いてるのは軽蔑しますし、わざと聞いてないならそれはそれで軽蔑しますよ」

「フフフ、そんな生意気な返しが出来るならまだ廃人ではないってことかな?」

 

 どうでしょうね。

 もうほとんど死に体で脱け殻同然のこの身だけど。

 

「しかしやっぱり眼鏡くんは先生の息子さんだったんだなぁ。名前まったく同じだったし似てたからもしやって思ったけど………まさかプロジェクト・モザイカから連なってたとはねぇ。気付けなかったなんて束さん一生の不覚だよ」

「え………」

 

 なんでそのことを? 

 

「なんでって顔したね。それはもう、君が眠った時から監視してたからに決まってるじゃないか。あとは読心術プログラムでちょちょーいとね」

「………悪趣味ですよ」

「そうだね、知ってる。でも自覚してるし、君が起きるまで待ってあげたんだから偉くない? 実は気遣いも出来る束さんなのでしたー」

「待ってた?」

「そうだよ───セシリア・オルコットを救いたくないかい?」

「!?」

 

 な、何を言って? 

 

「セシリア・オルコットを救う手立てがある。私に協力しないかい、御厨疾風くん?」

「セシリアを、救う。救えるんですか?」

「勿論! 天才束さんは嘘をつかな………」

「教えてください! どうしてら救えるんですか! 教えてください! 篠ノ之博士!!!」

「おうおうおうステイステーイステーーイ。アグレッシブ過ぎるよ眼鏡くん。愛の大きさに比例して勢いが凄いよ眼鏡くん。とりあえず落ち着こうか」

「す、すいません」

 

 バッジを拾い上げて手の平に。

 

 深呼吸をして落ち着いたつもりだがはっきり言って無理だ。

 さっきから心臓が早く鳴りっぱなしだ。心電図を見ればわかる。

 

「長々と話したいところだが。あまり時間はない。いつものIS学園なら問題ないんだが、いまは麻美先生がいる。天才束ちゃんでも先生にまったく気付かれないまま話し続けるのはリスクがある」

「詳しく聞きたいなら協力しろ。しかも他の皆に黙ってってことですよね?」

「察しがいいね。いっくんとは大違いだ」

「でも俺に何が出来るんですか? ISも動かせない俺はそこらの凡人と同じですよ」

「動かせると言ったら?」

「え?」

「私ならあなたとISを繋げられる。もう一度空に羽ばたかせることが出来るよ」

 

 もう一度ISに乗れる? 

 

 セシリアを、助けられるのか? 

 

「ただ、これだけは理解してもらわないと困ることが一つだけある」

「なんです? セシリアを助けるためだったら俺はなんだって」

「もう一度ISに乗った場合。君は99%死ぬよ」

「………………」

 

 死ぬ? 

 ISに乗ったら死ぬ? 

 

 なんの冗談だと思ったが篠ノ之博士の顔は普段の箒とそっくりと思えるほど真面目な面立ちだった。

 

「99%なんて言ったけど。ほぼ100%のようなものだ。君の中のファクター・ナノマシンをもう一度目覚めさせる。だがその後はもう目覚めない。役目を終えたファクター・ナノマシンは消え、君は確実に死ぬ」

「………………」

「だけど君がISに乗らない限り、セシリア・オルコットを取り戻すことは出来ない。これはいっくんにも、箒ちゃんにも、ちーちゃんにも。そしてこの私でも出来ないことなの。悔しいこと極まりない。まったくとんでもないことをしたものだよ、あの勘違いババアは………」

「………………」

「君に残された選択肢は二つ。このままナノマシンの再生を待ち、ISと離れて生きてセシリア・オルコットを諦めるか。もう一つ、消えかけの命を燃やし尽くしてセシリア・オルコットを救うか。君はどちらを選ぶ?」

 

 俺が死ぬ。

 

 死ぬということは皆にもう会えない。

 

 セシリアを助けられたとしても、俺はもうセシリアと共に生きることしか出来ない。

 

「………篠ノ之博士」

「ん?」

「俺がISに、スカイブルー・イーグルに乗れば。セシリアを、本当に助け出せるんですか?」

「君の頑張り次第だけど、出来るよ。この希代の天才にしてインフィニット・ストラトスの産みの親。篠ノ之束が保証する」

「………………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………やります。俺にやらせてください」

「本当に良いんだね? 冗談抜きで死ぬんだよ。これはエゴだ、自己満足の果てに他人を全て捨て去ることと同じなんだよ」

「そうですね、俺の行動は身勝手そのものです」

「それでも選ぶんだね」

「約束したんです。セシリアに何かあれば、必ず助けるって。彼女はこの選択を望まないことはわかっています。それでも、俺の選択にセシリアを助けないという選択はないんです」

 

 例え嫌われたとしても。

 例え死ぬとしても、必ず助ける! 

 

 その決意に篠ノ之博士は満足そうに笑った

 

「オーケー疾風くん。じゃあとっとと移動しないとね」

「でもどうするんです? 入り口は一つですし、外には会長、更識楯無がいます」

「私がなんの準備もなく話をすると思うかい。クーちゃん」

「はい、束様」

 

 壁の一部が何か、光学兵器のようなものでくり貫かれ。そこからあの時会った学園ハッキングの銀髪の少女が現れた。

 

「お前はっ」

「先日はどうも、疾風・レーデルハイト様。私は篠ノ之束の従者、クロエ・クロニクルと申します」

「学園のシステムは掌握済み、ISのレーダーはクーちゃんが誤魔化してくれる」

「失礼いたします。スカイブルー・イーグルのPIC機能を一部起動。これで身体は動かせる筈です」

 

 一瞬光の膜が身体を覆う。身体が少しだけ軽くなった気がする。

 

「麻美先生が気付くのも時間の問題。これが最後だよ疾風くん。片道切符を切るかい?」

「無論です」

「じゃあ行こうか」

 

 この選択は間違っているかもしれない。

 

 それでも俺は進む。

 愛する人を救い出す。ただそれだけの為に。

 

 

 

 






 SEEDFREEDOMを見てきてテンションMAX、どうもブレイブです。あれは良いものだった。まさに愛でした。

 ついに明かされた衝撃の出生。
 予想はしてたと思いますが。疾風は思いの外ダメージ低めだったのは一重に彼の頭の中がセシリアで一杯なこと、そしてセシリアがどんな自分でも受け入れると言ってくれたからなんです。

 そして迫られる選択に対して疾風の答え。
 誰よりも身勝手だと理解しつつ、それでも進む疾風。
 決断しても、決断しなくても隣り合うことはない。ならばこれしかないということですね。
 
 この先、2人が共に歩く未来はないのでしょうか?
 次回もお楽しみに。


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第132話【傷だらけの翼だとしても】



 SEEDFREEDOM2回目見ました。
 ネタバレやらいろいろ補修すると見えるものがあるというものですね。

 まだ見てない人は見ようぜ。後悔はしないと思う


 

 

「レーデルハイトが居なくなっただと!?」

 

 楯無からの報告に思わず声を荒げる千冬にその場に居た者は騒然となった。

 

「申し訳御座いません! 定時確認の時に部屋を覗いたらもぬけの殻で!」

「待ってください、メディカルルームの監視カメラは疾風くんの姿を捕らえています!」

「ちょっと良いかしら」

 

 麻美が端末を繋いでホログラムディスプレイを開いた。

 

「………更識さんに落ち度はないわ。疾風を連れていったのは篠ノ之さんよ」

「束が!? 何故束がレーデルハイトを」

「それよりも今すぐ周辺の捜索をお願いできるかしら。もう間に合わないと思うけど………」

「わかりました。専用機持ちに通達──」

 

 

 

 

 

 あれからIS学園周辺を捜索したが疾風の姿は確認できなかった。

 疾風が持ってるであろうISの反応も検知出来ず。成果を得られぬままブリーフィングルームに集まった。

 

「これって………」

「連れ去られた訳じゃないみたいね」

「疾風の奴自分から?」

 

 麻美の解析で露になった改竄される前の映像。

 疾風が誰かと話し、そのあと壁がくり貫かれ。銀髪の少女と共に部屋を後にする疾風の姿があった。

 

「本当に姉さんが疾風を連れ去ったのですか?」

「間違いない。分かりやすく自分がやったってデータを入れながらハッキングしてきたんだわ」

「だけど、扉の前とはいえお姉ちゃんがいたのに。ISのセンサーもつけてたんでしょ?」

「ええ、だけどミステリアス・レイディにはなんの反応もなかった」

「その銀髪の女は束の使いに間違いはない。仕組みはわからないがISを含めた感知を紛らわせる能力があるのだろう」

「でもなんで疾風を。だって疾風はもうISを動かせないんだろ?」

 

 篠ノ之束は目的のないことはしない。

 疾風を連れていった、そして疾風がそれに抵抗せず同意したということは何かしらの取引をしたということだろう。

 

 何故、と思うのが普通だが。その場に居たものは大体の検討をつけていた。

 

「篠ノ之博士はISの母。であるならば、疾風様がISを使えるようにする。と持ちかけたのでしょう」

「それかセシリアを救う為と言ったか。或いはどっちもか」

 

 それしかないだろう。

 

 疾風が何故ISを動かせたか、そして今動かせなくなった理由はわからなくとも。

 疾風は必ずセシリアを助ける。大切な人を取り戻すことを優先するだろう。

 

「………? 御厨所長、どうしたのですか?」

 

 簪に問われた麻美の顔は驚愕に満ちていた。

 表情は青くなり。汗が垂れ、目は揺れに揺れていた。

 

「もしかしてっ」

「麻美ちゃん?」

「織斑先生! 今すぐ政府に疾風くんの捜索を命じて下さい! 今すぐ! 徳川さんの言う通り。篠ノ之さんは疾風くんにISを使わせようとしている! だけど使わせたら駄目! 使わせたら………疾風くんは死んでしまう!!」

 

 空気が凍り付いた。

 理由などわからないが、麻美の鬼気迫る表情が全てを物語っていた。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「お久し振りです篠ノ之博士。まさか貴方からコンタクトを取ってくるとは思いませんでしたよ」

「それは私も同じことだよ」

 

 フランチェスカ・ルクナバルトの元に通信が入っていた。相手は篠ノ之束。

 この世界にISをもたらし、そして女尊男卑社会の原因を作り出した希代の天才がだ。

 

「凡人にしてはなかなか手際が良いじゃないか。敵対勢力になりうる者を洗脳し、それを気取らせず各所で一気に襲撃。汚職履歴のある男を吊し上げることで世論操作して一部世論を味方につける。今までの亡国機業(ファントム・タスク)の強奪と比べると雲泥の差だよ」

「かのISの母である篠ノ之博士にお褒めいただき、光栄の至りです。それで、今回はどのような御用件でしょうか」

「うん。単刀直入に言うと君たちに協力しようかなぁって」

「え?」

 

 これにはフランチェスカも驚きを隠せなかった。

 当初の計画では篠ノ之博士は妨害してくると予想し、それを相手取る想定の元に動いていたからだ。

 

 篠ノ之束は亡国機業を敵視している。と噂されている。

 協力者と共にISのプロテクトを強化し、彼女でさえ一筋縄ではいかせないとしたシステムを構築したのもその為である。

 

「それはとても嬉しい限りですが、何故そのような考えになったかお聞かせ頂いても宜しいでしょうか」

「ぶっちゃけると、今の世界って面倒なんだよね。最初は宇宙開発の礎として作ったインフィニット・ストラトスが白騎士事件を契機に世界はISを国力としての武力でしか考えなくなった。その癖どいつもこいつも凡人ばっかでろくに進歩しない。未だに第三世代で躓く始末だ。

 でも君たちは違う、凡人レベルでは第三世代で難関なBT技術を解析しここまで来たんだ。面倒な世界基盤もぶっ壊してくれたことだしね」

「博士は女尊男卑には興味はないと思っていましたが」

「ないよ。あるのはISだけさ。君たちに協力しようと思ったのは、ISの宇宙進出を行う上で君たちに協力した方が一番近いかなって思っただけだからね」

「成る程………」

 

 理屈としては通っている。

 今の世界。宇宙進出としてのIS開発は世界広しといえども数えるほどしかなく。それでいて国は次世代ISの開発になり宇宙開発に資金を回していないのは事実。

 

 確かにいまの世界は篠ノ之束が望んでいた物ではないだろう。

 

「協力というのは具体的にどのような?」

「こちらから新造のISコアを提供する。結構なコアを手に入れたようだけど。多いに越したことはないでしょ? それに宇宙開発に回すなら増やして損はない」

「代価は」

「世界をならしたあとの宇宙開発に協力。地上は宇宙開発の妨げにならないなら好きにして良いよ。あと私は女尊男卑社会を支持してる訳じゃない。私を広告塔には使わないでね、めんどうだから」

「わかりました」

 

 正直篠ノ之束がバックにあることを世界に表明すれば駄目押しとばかりに世界に圧をかけられるが。彼女が望まないと口にしたなら断念せざるを得ない。

 敵対して余計な横やりを入れられるリスクは極力回避しなければ。

 

「もう一つ。いきなり君たち総出と会うのは、此方としては気が引ける。だからそちらから特使を派遣して頂きたい」

「特使、どなたでしょう」

「セシリア・オルコットを使命したい。彼女のセカンドシフトISに興味があってね。どのようなメカニズムか解析させて欲しいのさ」

「それは………」

「駄目ならこの話はなしね。私としては協力したらメリットはあるけど。必ずしも君たちに協力する筋合いもないし。断ったならちーちゃんのとこに行くよ」

「………わかりました」

 

 なんにせよ、彼女の協力=戦力増加はありがたい。

 ここで変に断って気分屋の極みである彼女と敵対するよりは表向き協力関係を構築した方が遥かにメリットがある。

 

 そう判断したフランチェスカは彼女に同意する。

 

「物わかりが良い人は好きだよ。世の中そうじゃない奴ばかりだから」

「それには同意します」

「じゃあ指定ポイントを送るからそこに宜しく。あ、勿論セシリア・オルコット一人だけにしてね。他の人来たらこの話無効だから、じゃーねー」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「はい。というわけで。これで舞台は作ったからね♪」

「ありがとうごさいます。今の、演技ですか?」

「半分!」

 

 どの半分が該当するかを聞くのは絶妙に怖いのでやめておこう。

 

 篠ノ之博士の従者と名乗ったクロエ・クロニクルと共にIS学園を後にした俺は博士の住居に招待されたのだが。

 いや驚いたよね。手を引っ張られて海にドボンとした先には巨大な潜水艦が待ち受けていてさ。

 だけど合図とかくれんかねクロエさんや。ISのスキンバリアで濡れなかったとはいえ心構えがいるものよ。

 

 とまあ博士の潜水艦【ワンダーランド】に招待された俺は篠ノ之博士とフランチェスカの通信を横に調整を受けていた。

 

「フランチェスカはほんとに乗ってくれるでしょうか」

「来るよ。でも相手にとってセシリアちゃんはジョーカーだ。間違いなく護衛は来るだろうね」

「護衛、まあそうでしょうね」

「といっても遠方に配置するだろう。その間にどれだけ攻めれるかが勝負って訳だよ。ところでさっきから何やってるの?」

「遺書を書いてます。最後ですからね」

「うーん。君みたいなお年頃だともっと生に貪欲だと思うんだけどね」

「必死に考えないようにしてるんです。少しでも気を抜くと身体の震えが止まらないので………そろそろ話してくれませんか。俺を選んだ理由を」

「オッケー。では授業を始めます!」

 

 よくぞ聞いてくれましたとばかりにホワイトボードを量子変換し、ポケットから眼鏡を右手には指示棒を取り出し、更に一人不思議の国のアリスな服装からフォーマルスーツに量子変換(早着替え)した篠ノ之博士。

 得意気に眼鏡をあげて渾身のドヤ顔である。

 

「あの、篠ノ之博士?」

「ノン! 束先生とお呼び!」

「え、あー。束、先生」

「なんだい疾風くん」

「なんでそんな形式と格好を」

「何事も形って大事じゃない? ちなみにこのスーツはちーちゃんが着てる物とまったく同じものです。そのお陰で胸の辺りが苦しい」

「あーー、そう、ですね」

 

 篠ノ之博士の胸部装甲は箒以上山田先生以下、或いは同等という素晴らしい物をお持ちである。

 織斑先生もグンバツなスタイルであるがソレと比べると差はあるので、今にもスーツ胸元のボタンが弾けそうである。

 

「では問題。奴らはどうやって洗脳をしているでしょうか?」

「………いやわかりませんよ」

「正解はBT感応能力を利用したナノマシンを経由して洗脳してるからでした」

「答えるのが早い」

「だらける時間もないからねぇ。名称はBTナノマシンと仮定して。このナノマシンを投与されたものはIS適正値、そして反応速度や反射神経が強化される。第二回クラス対抗戦でえーーっと、誰だっけ。あの黒鉄を操ってた奴」

「安城敬華」

「そんな名前だったっけ? まあいいや。そいつがVTシステムなんていう不細工の極みみたいなシステムの負荷を耐えれたのもそれと同じものを使ったからさ」

 

 つまり、BTナノマシンを通してBT感応能力で対象を操っていたということか? 

 だけどそんな簡単に出来るものなのか? 

 

「普通は出来ないよ。セシリアちゃん程のBT能力でもね。だけどあの勘違いババアは一味違う。彼女のISのワンオフ・アビリティー【原初乃蒼(ジ・ブルー)】は今のBT技術の祖と言える能力。

 キャノンボール・ファストに出てきたオートマタ、ワルキューレがあるじゃない。あの大勢の自動人形を彼女は遠方から操っていたのさ」

 

 あのワルキューレと言われたロボット兵器。BTビットの類いだったのか。

 Mが操っていたと思っていたが、あの数を遠隔で同時に操っていたと? 

 

「BTナノマシンを投与され、彼女のワンオフ・アビリティーの制御を受けた人は記憶の改竄を受けた。不都合な記憶を封じ込んで、新しい認識と記憶を塗りたくる。あの女にはそれが可能なのさ。まったく忌々しいったらないよ」

「セシリアたちはそれを投与されて認識を変えられた? どうすれば洗脳を解くことが出来るのでしょう。フランチェスカを潰せば良い、というわけではないでしょう?」

 

 もしそうなら俺である必要はない。

 俗なやり方で男に負けさせるって考えなら零落白夜を持つ一夏の方が有効だ。入学当初と比べて、あいつの剣の冴えは凄まじい伸びを得ている。

 

「残念ながらコントロール元を潰したら全部解決してハッピーエンド! ってよくある映画や娯楽劇場みたいにならないのが厄介なところでね。洗脳が完了したらババアが死んでも自立して動くのさ。命令の更新がなくとも、塗り替えられた女尊男卑思考はそのままってわけ」

「じゃあどうすれば」

「そこで君の出番という訳さ。洗脳された人間全てを元に戻す第一段階として、まずセシリアちゃんを正気に戻す必要がある」

「何故セシリアが最初なのですか?」

「彼女の洗脳が他と比べて特殊なの。お気に入りに施してるだけあってね。彼女にはBTナノマシンの他に君の体内にあるのと同じファクター・ナノマシンが組み込まれている」

 

 セシリアの中に俺と同じナノマシンが? 

 でもあれは第零世代の遺伝子データと同じでなくてはならないはず………

 

「セシリアも適合者なのですか?」

「当たり。彼女の両親はIS開発初期チームの一人。母親であるソフィア・オルコットは遺伝子サンプルの一人なのさ」

「え!? セシリアの親がIS初期チームの一員だったんですか!?」

 

 初めて知った! 

 セシリアから聞いてないということは彼女も知らなかったとか? 

 

「オルコット夫妻は私のパトロンの一つでね、彼女の資金には助けられたよ。で、セシリアちゃんのプロテクトはファクター・コードとの相乗効果で他とはダンチなの。だけどそれだけあのババアの洗脳と恩恵を一身に受けてる。もしそれを修復し、彼女を取り戻したとしよう。そしたらどうなる?」

「えっと………すいません、わからないです」

「ヒントを上げよう。今回の洗脳が病気だと仮定したら?」

「………あっ。重症のセシリアから抗体を作って、洗脳に対するワクチンを作れる」

「ピンポーン。流石先生の子、あったまいいー」

 

 万能の天才と言われた人に頭良いって言われるとなんか変な気持ちになるな。

 しかしこれで篠ノ之博士がセシリアを救うと言った理由がわかった。

 では次の疑問だ。

 

「何故俺を選んだのですか。素人目で恐縮ですが。IS学園や銀の福音をハッキング出来る貴方なら俺なんかの手を使わずとも出来るのではないですか?」

「およ? 私君にそのこと言ったっけ?」

「あ、いえ。あんなこと出来るのは篠ノ之博士かと思って。間違ってたら」

「ううん合ってるから問題ないよ」

「やっぱりそうで……いや問題ありまくりです博士、じゃない先生。俺たち何回死にかけたと思ってるんですか悔い改めて下さい」

「ごめーんね♪」

「清々しいほどウザい!!」

 

 なんか前にもこんなことやられたな。あ、会長か。もしかしたら気が合うのかこの2人。

 

「まあまあ、どれも死なないように気を付けてたから。死ななきゃ全部掠り傷ってどっかの誰かが言ってたし」

「えー」

「それに良い鍛練になったでしょ。私の最大目的は達成できなかったけど。まあ、それは今どうでもいいね」

 

 なんか流された感。

 でもなんだろう。思ったより人間っぽいやり取りが出来てる気がする。

 もっと宇宙人と話してるような感覚になると思ってたのに。案外人間なのかこの人。

 

 言ってることは大分めちゃくちゃだけど。

 

「話を戻すけど。今回はISではなく操縦者が対象なのがネックなのさ。福音の時は超高性能自立AIシステムがあったから楽だったけど。ISから操縦者にアクセスするのは私でも難しい。ダイレクトでハック出来るかIS学園で洗脳された子で試したけど駄目だったよ」

「いつの間に………ということはフランチェスカには貴女に匹敵する情報システムを構築できる技術があると?」

「うーーん、それはなんか違う気がするんだよね。飽くまであの女の専門はBTだし。BTナノマシンも100%彼女のみで作ったかと思うと納得が行かない。飽くまで仮説だから確証もなんもないけど、BTナノマシンはドイツの越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)と同じようなファクター・ナノマシンの劣化版な感じがするんだよね」

「フランチェスカ、というよりブルー・ブラッド・ブルー単独の技術ではないと?」

「そういうこと。亡国機業(ファントム・タスク)のバックにはとてつもない物があるのかもね。もしかしたら私に匹敵するような頭脳陣が居るのかも」

 

 勘弁してほしい。

 彼女のような天才の天災なんて一人でも手に余るぐらいだというのに。

 

「引き伸ばして引き伸ばしてようやっと本命だ。君だけがセシリアちゃんを救える理由。それは君と彼女が対の存在になったからさ」

「それって………えーっと、俺とセシリアが恋仲になったからですか?」

「それもあるよ」

「あるんですか!?」

 

 わからなくてやっつけで言ったのに当たってしまった。今さら羞恥心なんか考える暇もないが。

 当たったら当たったで恥ずかしい。

 

「君たちが共に過ごした時間、互いの思い入れがどのような物かは知らないしそこまで興味はないけど。君と彼女は波長が合って、クロッシング・アクセスを可能となるまでに至った。覚えはないかい?」

「あります。セシリアにリムーバーを取り付けられた時、彼女の叫びを聞きました」

「それは深層心理に封じ込められた彼女の意思だ、可愛そうにね。私なら寝込んじゃうよ、あんな体験したらさ」

 

 篠ノ之博士が? 

 彼女も誰かに恋した時期があったのだろうか? 

 それとも気遣ってくれただけ? 

 

「救出に必要な要素は2つ。洗脳状態でもクロッシング・アクセス出来ること、そしてどちらもファクター・コードが一定値覚醒してることだ。君が彼女に取りつき、セシリアちゃんとクロッシング・アクセス。そのあと君のISを経由してダイレクトに私が彼女の洗脳を解く。これが唯一にして最大の方法だ」

「そう簡単にクロッシング・アクセスなんて出来るんですか?」

「出来るよ。でもそれは君の頑張り次第でもある。ファクター・ナノマシンを再起動してISを動かせるとはいえ、従来どおりに動かせない。そして、無理やり動かす負荷も合わさって。彼女にたどり着くのは困難だよ」

 

 たどり着くってことはゼロ距離接触がトリガーか。

 あの進化したフレキシブルと、正面からガチンコか。

 辛いなんてもんじゃない。セカンドシフトする前の彼女でさえ近づくのは苦労した。

 だけど、諦める理由にはならないな。

 

「それでもやってやりますよ。その為に此処に来たんです」

「それでこそ、だ。でも何も一人で戦わせないよ。随伴機にはゴーレムⅢ、タッグマッチトーナメントで戦った機体を幾つかつける。あ、シールド無効化はつけてないから安心して。そしてなんと、私が直々にオペレーターしてあげる。世界最高クラスに贅沢な待遇だぜ? 喜べ少年」

「それぐらいしないと行けない程、今の俺は体たらくって訳ですね」

「暗いねぇ、今時の若い子は。ま、今の状況で明るくなんて無理か」

 

 いえ、篠ノ之博士のお陰で。だいぶ震えも収まってきましたよ。

 本人が意図してやってるかは、やっぱりわからないけど。こういう霞を掴むような感じ。ますます会長に似てるな

 

「そういえばあの子。クロエ・クロニクルという子は出さないんですか? ISを欺瞞するほどの幻覚能力があるのならば近づくのに有効なのでは」

「クーちゃんを出すのはあまり効果的とは言えないかな。BT能力は脳波パターンでレーザーやビットを操るものだけど。強力なBT能力の使い手だと空間把握能力がダンチなんだ。幻影を使っても効果がない可能性が高い。それに、ファクター・コード持ちとクーちゃんの黒鍵は相性悪いの。以前君もクーちゃんの幻影空間を吹き飛ばしたでしょ?」

「え? 何時ですか?」

「あ、ごめん。そっちの説明忘れてたね。君がクーちゃんに頭を覗かれたあと気絶してたでしょ。その時、君の身体を使って、スカイブルー・イーグルのコア人格がクーちゃんと戦ったのさ」

「………???」

 

 イーグルが俺の身体を使って戦った? 

 え、そもそもコア人格って表層に現れることがあるの? 

 

 ふと頭に浮かんだ、真っ白な大地、真っ青な空。

 そしてそこに立つメカクレの少年。

 

 あいつが俺を守ったというのか? 

 

「それもファクター・コードの影響ですか?」

「も、あるけど。君たちのISだと出る可能性は著しく低い。ちーちゃんとクーちゃんの話を聞く限り。君は相当自分のISに気に入られてるようだね。なんか特別なことでもした?」

「どうでしょう。人よりISは乗りまくってますし、メンテもそれなりにしてますけど」

 

 あとは………動かす前に色々やったぐらいだけど。

 

 あれは関係ないよね。起動すらしてないし。

 

「大事なことがもう一つ。君と君の施設を撃ち抜いた衛星兵器型IS、エクスカリバーのことだ」

「え、衛星兵器型IS!? あれISの砲撃だったのですか!?」

 

 もう今回だけでどんだけ驚いてるんだ俺は。

 

 衛星兵器型IS? それもうISって言えるのか? 

 

「本体はBT光学ステルス。英国が開発中のBT粒子を応用したステルス技術なんだけど。それの完成版のお陰で発射するまで位置は不明。しかもコアネットワークがガッチガチに寸断されて反応も追えず。唯一、あのババアのコントロールだけ確立してるって訳。でも撃ったら私がそのコントロールを掌握出来る。セシリアちゃんと比べたら難易度は軽いものだからね」

「その一発は気合いで避けろってことですね」

「そうなるね。はぁ………ごめんね疾風くん。天才と言われた私がテロリスト相手に情けないこと極まりないよ」

「篠ノ之博士も人間なんです。何でも出来そうですけど、そうじゃなくても失望なんかしませんよ」

「そう? あ、コラ。束先生と呼びなさい」

 

 あ、その設定続いてたんですね。

 

 と思ったら篠ノ之博士の姿が元の一人不思議の国のアリスに戻った。

 

「おっ、丁度調整終わったね」

「これで起動出来るんですか?」

「うん。ナノマシンを再起動すれば疾風くんはもう一度スカイブルー・イーグルを起動できる。言っとくけど超痛いよ。無理やり発動できないものを発動させるんだからね」

「痛いのは嫌だなぁ………でもあいつの方がもっと痛いだろうから」

「ん。セシリアちゃんが来るまでに時間がかかる。その間にゴーレムの調整をしておくから、君は休んで心構えをしていたまえ」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 日本に近い太平洋、某所。

 

 そこはかつて暴走した銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)とIS学園専用機持ち1年生が凌ぎを削った場所であった。

 

 黒く濃い曇天の空の下。蒼の天使が一人。

 セシリア・オルコットとドミネイト・ブルー・ティアーズだ。

 

「叔母様。篠ノ之博士とのランデブーポイントに到着しました」

『何か見えるかしら?』

「いえ、今のところ何も………待ってください、下から反応………これは、潜水艦?」

 

 青黒い海に白い何かが海を突き破り高々と船頭を天にかかげ、そして海に叩きつけるように浮上した。

 

 それは巨大な潜水艦。だが潜水艦というには先鋭的な外見、まるでSF映画に出てる来るよう宇宙船だった。

 篠ノ之束の城。潜水艦ワンダーランドの姿だった。

 

「まさか本当に来るなんて」

「そりゃあね。私から誘ったんだから行くさ」

「!? 叔母様、篠ノ之博士が甲板に!」

 

 いつの間に居たのか、束がワンダーランドの上からセシリアを見上げていた。

 

「さ、こっちに来たまえ。中で話そうじゃないか」

「いえ、中に入るのは遠慮させていただきます。叔母様はまだあなたを完全に信頼していない」

「そうかい。じゃあせめて甲板まで来てくれないかな。このままだと首が疲れるから」

「叔母様………」

『いいわ。でも気を付けてね』

「はい、叔母様」

 

 ゆっくりと舞い降りるように降り立つセシリア。

 

「初めまして。フランチェスカ・ルクナバルトの補佐官、セシリア・オルコットでございます」

「初めまして………ああ、君の中ではそうなんだ」

「何か?」

「いいや何でもないよ。んじゃあこれから共に頑張ろうね──そんな勘違いクソババアと一緒にいないでさ」

「っ、ぐぅ!!」

 

 突然セシリアが膝をついた。

 セシリアの周りだけ光が下方向に歪み、セシリアを捕らえていた。

 

「これは、重力!?」

「そっ。いま開発中の試作兵装さ」

『なんのつもりですか篠ノ之博士!』

「なんのつもり? 説明しないとわからないのかな。あ、そんなオツムもないか。ISを勝手に勘違いして世界征服なんて陳腐なこと考える連中には。悪いけどこのままお暇させて頂くよ」

「そうは行きませんわ!」

 

 ギッ! とセシリアの蒼の目に輝き、ファクター・コードが宿る。

 重力空間の中に複数の光の球が出現し。重力空間に満ちるように増える無数の光の球が一気に爆発した。

 

 爆発による衝撃で重力拘束を抜け出したが、至近距離の爆発と高重力空間を強引に抜け出した反動で絶対防御でも消しきれない衝撃と痛みにセシリアは表情を歪ませる。

 

「くっ、はぁっ………」

「やれやれ、粗っぽいことをする。エレガントじゃないね。疾風くんの影響が奥底に染み付いてるのかね。どう思う、疾風くん」

『なに!?』

 

 彼女の口から出るはずのない人物の名にフランチェスカは動揺を隠すことなく狼狽える。

 甲板の一部が開き、ISスーツ姿の疾風が競り上がってきた。

 

『貴様! どうして篠ノ之博士と一緒にいる!』

「教えねえよバーカ! と思ったが教えてやる。お前のような化石女からセシリアを奪い返す為さ!」

『奪う? 笑えるわね。ISも動かせない男に何が出来るというのかしら? それとも、そんな派手なだけのISスーツだけで戦うつもりかしら?』

 

 そのISスーツはいつものシンプルな紺色ではなく、黒と白を合わせた特徴的な配色。

 形状も男性ISスーツの半袖インナーとスパッツではなく、全身を覆うダイバースーツタイプになっている。

 

「にゃろう。束さんのデザインにケチつけやがったな。疾風くん、束さんお手製のISスーツの調子は如何かな?」

「ピッタリすぎて怖いです。デザインは良いですけど」

「アッハッハ。それには従来のスーツに加えて対G機能が強化されている。本来ISで賄えるけど、今の君にはこれぐらいやらないとね」

「それよりも最初でキッチリ捕獲できれば苦労しないのに」

「そうだねー。まだ改良の余地いるかも」

「オイ」

「フフッ。でも最低限の仕事はキッチリするさ」

 

 セシリアのドミネイト・ブルー・ティアーズの装甲が仕切りにスパークしていた。

 眼のファクター・コードの輝きも明滅している。

 

「これは! わたくしのファクターに細工を!」

「君が疾風くんに打ち込んだ物を参考にさせてもらった。ついでに機体のBT感応機能も一部ダウンしている。楔は打った、あとは頼むよ疾風くん」

「はい」

 

 束が踵を返すと同時に姿が消えた。

 

 残された疾風は胸元のイーグルのバッジを握りしめ、深く深呼吸をする。

 

「フーー………ファクター・ナノマシン。再起動!」

《Ready。ISとの同調開始》

「っ!! ぐ、ぅぅぅ、うああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 疾風の周りに粒子光が漂い、身体から青白い電流迸る。

 強制的に起動されたファクター・ナノマシンは、容赦なく疾風の身体を傷つけていく。

 

(痛い痛い痛い痛い!!! 血管全部が燃えてトゲが生えてるみたいだ。くそっ、心折れそうだ畜生)

 

 思わず倒れ込む疾風を見てフランチェスカは下卑た笑みを浮かべる。

 

『もしかしてファクター・ナノマシンを再起動しようとしてるのかしら? あなた死ぬつもり? 死んだらセシリアの心が動くと思ってるのかしら?』

 

 フランチェスカの言葉なんか届かないぐらいの痛みに耐える疾風。

 倒れたままセシリアを見上げた。

 

 セシリアの顔には困惑が浮かんでいた。

 きっとフランチェスカと同じく呆れてるのか、それとも。

 

 ゆっくり、ゆっくりと立ち上がる。

 身体の痛みは依然として身体を突き破らんばかりに訴えてくる。

 

 だがこんなのどうってことないと。

 セシリアに比べればどうってことないと根性だけで立ち上がる。

 

「はぁ………はぁ」

「所詮あなたには何も出来ないわ。そこで無意味不様に死んでしまいなさい!』

「言われなくて死んでやるさ。セシリアを助けたあとで、な!!」

 

 見開いた目にはファクター・コード特有の光が。

 空色の虹彩は曇天の空にもたらされた一つの輝きだった。

 

「くっ、うぅぅぉぉおおおおおおっ!! 来いっ!! スカイブルー・イーグルっ!!!」

 

 天を貫くほどの雄叫びと共に量子変換の光が疾風を包み、空に打ち上げた。

 光は段々と形作られ、そして弾けた。

 

 カラーリングは晴れた空の色と見紛う程の空色と白。

 広がっている一対の翼、頭には鷲を模した帽子型ハイパーセンサー

 装甲に青白い電流がパチリと走る。

 

『馬鹿な! ISを動かした!? 待機中のIS部隊に連絡! 急行なさい!』

『おっとそうは行かないよ』

 

 遠い空域から向かうISを塞ぐように複数のゴーレムⅢ。そして疾風とスカイブルー・イーグルにお供するゴーレムⅢが4機、ワンダーランドから射出される。

 

「さあ見せてくれ疾風・レーデルハイト。君とスカイブルー・イーグルの最後の輝きを!」

「ええ、やってやりますとも………セシリア!」

「!!」

「待ってろ! いま約束を果たす!!」

 

 儚くも雄々しき翼が飛翔する。

 

 ただただ愛する人を取り戻すため。スカイブルー・イーグルのプラズマが一際輝いた。

 

 







 どうも、ポッと上げたダインスレイヴのツイートで初バズりを噛まし。嬉しい悲鳴をあげてしまったブレイブです。
 いやー凄かったですね。通知が止まらないの。有名Twitterの人はこんな気持ちなのかね。

 今回ですが。説明回ってことで台詞が凄く長く多いことに。
 読みづらくなってませんかね?あまりにも長い奴はスペース開きましたが。

 長い長い鬱展開ですが。なんとかついていって下さるとありがたいです。
 あっ、ここわかりづらかった!という人は遠慮なく言ってください。お答えしますので。

 次回、ついにセシリアと決戦。
 死のカウントダウンを背負い満身創痍の疾風はいったいどうなるのか。次回衝撃の展開。

 お楽しみに


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第133話【空の鷲、墜つ】



 いつもはエースコンバットと2話ずつ投稿ですが。
 次もISを投稿しようと思います




 

 

 

 一通のメールが。

 アリアのディバイン・エンプレスに届いた。

 

 それを見たアリアは崩れ落ちた。

 剣司に支えられ、涙と嗚咽を止められなくなったままメールを見た。

 

 文書データのタイトルには短く2文字の単語が綴られていた。

 

 遺書………と。

 

 

 

 

 

 

 

 

【遺書】

 

 父さん、母さん、織斑先生、御厨所長

 そして俺の大事な友人たちへ。

 

 遺書と書いておきながら。これを送信する時はまだ俺は死んでいない、と思う。

 だけど、これから俺はこの世を去らなければならない。そういう選択をしてしまったから。

 

 セシリアを助ける方法があると。俺は篠ノ之博士の誘いを受けた。

 

 細かいことは言えないが。俺は生まれつき心臓が悪かったらしく。それを抑える為に御厨所長がナノマシン治療をしてくれた。

 

 そのナノマシンのお陰で俺はISを動かせるようになった。

 なんでそれで動かせたかは詳しく聞かないでくれると助かる。

 

 そしてそのナノマシンを再起動すれば俺は再びISに乗れる。

 俺がISに乗り、セシリアとクロッシングアクセスをすればセシリアを助けられ、そして世界中の人も救えると言ったのだ。

 

 だがISを動かせば。俺はほぼ100%死ぬということを告げられた。

 怖い、怖いけど。それ以外にセシリアを助ける方法がないらしい。

 

 俺にセシリアを助けないという選択肢はなかった。

 どのような代償を払ってでも。俺はセシリアを助けたい。

 それが俺の生きる意味だから。

 

 

 

 一夏へ。

 

 お前はIS学園に入ってから直ぐに声かけてくれたよな。最初は警戒心無さすぎじゃね? って思ったけど。

 それはお前の底無しの明るさと優しさがあったからだろうな。

 誰かを守る。言葉にすれば簡単なことをお前は本気でやろうとしている。凄いと思った。

 最初は理想論だったけど。それでもお前はそれを成し遂げれるだけの力と心を持っていると思う。

 これからも優しいお前であって欲しい。

 

 だけど俺みたいになるな。

 誰かを助けることは大事だけど、命を投げ出すことはしないでくれ。それは身勝手なエゴだ。どこまでも自分勝手で救いようのない。誰も幸せになれない馬鹿な自己満足だ。

 どの口が言うんだと思うが敢えて言わせてもらう。お前は俺みたいにならないでくれ、一夏。

 

 PS。お前はどこまでも鈍い。女子にモテて好かれるってことを自覚しろ。

 もう少し周りに目を向けろよ。

 

「なんだよそれ………馬鹿野郎」

 

 

 

 箒へ。

 

 お前が篠ノ之博士の妹と聞いたとき、実は興奮したんだ。あの有名な篠ノ之博士の妹だって。その後直ぐに地雷だって気づいたから自粛したけど。

 

 福音の時はキツいこと言ったな。

 だけどアレからお前は力という物を。ISを持つ意味をわかってくれたと思う。インタビューの時のお前の答え。あれは間違いじゃなかったと感じられて嬉しかったんだ。

 

 お前の凛とした強さには助けられた。

 真っ直ぐ過ぎるのはタマに傷だけど、それが箒の美徳でもあるから損なわないで欲しい。

 

 PS。もう少し素直になれよ。

 

「………余計なお世話だ」

 

 

 

 鈴へ

 

 ツインテール低身長勝ち気で凄いテンプレなツンデレやるから、なんか絵に描いたようなツンデレガールがいるなって思ったよ。

 

 お前の竹を割ったようなスッキリした感じ。一緒にいるとクヨクヨするのも馬鹿らしくなるんだ。

 恋は理屈じゃないって言葉、本当に響いたよ。おかげで自分の心に気付けたからね。

 鈴は誰かの背中を叩く才能があると思う。

 

 PS。お前はそのままで十二分魅力的だ。自信持てよ。

 

「最初から自信しか、ないっての」

 

 

 

 シャルロットへ。

 

 実は最初に見たときに可愛い子だなぁと思うのと同時に男装似合いそうって一瞬、本当に一瞬思ったのよね。ごめんよ。

 

 まさか本当に男装して入学していたとは驚きだった。

 あれから詳しく聞いてないけど。家族周りは大丈夫か? 

 あの時のアドバイスは憶測でしかなかったけど。俺はあれが真実であることを願ってる。

 シャルロットは強い子だ。俺は家族に恵まれたから全部はわかってやれないかもしれないが。

 応援してる、頑張れよ。

 

 PS………考えたけど特になかった。シャルロットって欠点らしい欠点あんまないから。

 

「少しは書いてよね、もう………」

 

 

 

 ラウラへ。

 

 最初見たときは、なんか他とは違うオーラ纏ってるな、眼帯とか。立ち振舞いが学生のそれじゃなかったから。

 ラウラとのバトルはいつも緊張の連続で。プラズマがAICに有効だとしても攻めきれない時があったのよね。

 最近移動しながらのAIC上手くなったよな。流石シュヴァルツェア・ハーゼの隊長だ。これからも軍人らしく、それでいて皆に寄り添って欲しい。ラウラならそれが出来ると信じてる。

 

 PS。副官が言ってることは日本のサブカルチャー成分多めだから全部鵜呑みにしない方がいいぞ。

 

「………肝心なことを書かないか」

 

 

 

 会長へ。

 

 最初にあなたと出会ったのはまだイーグルを受領する前でしたね。まさか本当に1ダメージも当てれずに負けるとは思いませんでした。

 そのあとも戦いましたが、最後まで勝てなかったですね。本気で悔しかったです。

 

 会長、あなたは何処までも優しい人だ。不器用なとこもあって、とても冷血に生きるのに向いていないように見える。

 でもそんな人がいても良いと思います。血も涙もない奴なんかよりよっぽど良い。会長なら優しさを持ちながら立派に勤められるの信じてます。

 

 PS。会長って肝心なとこはヘタレだから手遅れになる前に素直になって下さいね。

 

「誰がヘタレよ! ………まったく」

 

 

 

 菖蒲へ。

 

 まさかあの時の子が代表候補生になって戻ってくるとは思わなかった。ほんとビックリしたよ。着物制服も含めてね。

 

 菖蒲から告白された時、正直言うと。ほんの少し嬉しかったんだ。今まで告白されたことはあっても、心から想っての告白はされたことなかったから。

 振った形になってしまったけど、菖蒲の想いは確実に心に刻まれたよ。

 大丈夫だと思うけど、身体には気を付けろよ。

 

 

 

 簪へ。

 

 出会いから最悪スタートだったね。

 難易度ルナティックどころではなかったと思う。どう仲良くしろと? って感じだった。

 まさかアイアンガイが糸口になるとは思わなかったけどね。流石は俺たちのヒーロー。

 

 でも、そんな簪も立派にヒーローだな。強い心と、それを行使する正しい力がある。

 簪はアイアンガイ顔負けのヒーローだ。自信持てよ。

 

 

 

 PS。菖蒲、簪。こんな大馬鹿野郎を好きになってくれてありがとう。

 お前たちに好かれるには勿体ない俺だけど。

 嬉しかったのは本当だ。その分断るのは辛かった。

 だけどそのおかげで前に進めた。

 こんなことになったのは、本当に残念に思う。

 

 身勝手だけど。さっさとこんなアホは忘れてもっと好い人見つけてくれ………ほんと身勝手だな書いてみて。

 

「まったくです。身勝手過ぎます疾風様は!」

「勿体ないなんて、こっちの台詞だよ………」

 

 

 

 織斑先生へ。

 

 先ずはお礼を。あなたがモンド・グロッソで見せてくれた零落白夜の煌めき。俺はあの瞬間に惹かれ、ISに乗ることを夢見ました。

 それがまさか本当にISを動かせて、あなたの元で学ぶことが出来るとは思いませんでした。

 

 何故あなたがISに乗らなくなったのか。それは分かりません。いつか貴方と手合わせしたい。それが出来ないことが心残りでしたが。

 自分には想像できない何かがあるのでしょう。

 これからも教鞭を握り、みんなを導いて下さい。

 

「………………」

 

 

 

 御厨所長。

 

 ありがとう。あなたのお陰で今がある。

 この出会い、この人生は決して無駄ではない。

 あなたに責任はありません。どうか強く生きて欲しい。それが俺の我が儘です。

 本当のことを話してくれてありがとう。

 

 あまり多く語れないことをお許しください

 だけどこれだけは言わせて欲しい。

 あなたの愛情は間違っていない。

 

 あなたに幸あらんことを。

 

「………疾風くん…」

 

 

 

 お父さん、お母さんへ。

 

 こんな文を送ってしまい。本当にごめんなさい。

 だけど最初に二人に送りたかった。ごめんなさい。

 

 俺は、本当に。本当に幸せ者でした。

 二人の愛情に照らされ、健やかに育ち。我が儘も許してくれた。

 こんな贅沢な人生。他の何処にもない。

 自慢の息子でいられなくてごめんなさい。

 

 楓には、なんとか上手く言って欲しい。もしイーグルが現存しているなら、楓に譲ってくれ。そして立派なISパイロットに育ててあげて欲しい。

 楓のことは大好きだったよ。と伝えてくれ。

 そしていつか彼氏を紹介してくれとも伝えて欲しい。

 

 グレイ兄にもお礼を。秘密を守り通してくれてありがとう。グレイ兄は俺の目標の一つだった。

 なんでも出来て非の打ち所がない。それでいて優しい兄。厳しい時代だけど。グレイ兄ならきっと立派な社長になれると信じてる。

 

 父さん、母さん。

 親不孝な息子でごめんなさい。

 何度も書いたけど。俺の人生は満ち足りていた。

 ありがとう。父さんと母さんの息子で、本当に幸せでした。

 

 

 

 長々と書いてしまった。遺書なんて書いたことないし。俺って昔から文を纏めるの上手くないから。

 でも後悔したくないから書いた。

 本当はもっと書きたいぐらいだが、生憎時間が許してくれないらしい。

 

 身勝手に逝くことを………許さないで欲しい。

 精一杯怒って欲しい。俺はとても身勝手なことをしたから。

 

 もし万が一、億が一生きて戻れたら思いっきりぶん殴ってくれ。

 

 あと………俺の居場所が分かっても来ないでくれ。

 

 死に際を見せたくないからさ。

 

 

 

 最後に。俺の願いを聞いて欲しい。

 

 セシリアを頼む。

 

 あいつは自分のやったことに苦しんでる。

 フランチェスカと近い人物だから、世間からバッシングを受ける可能性は高い。

 

 守ってやって欲しい。側にいれない俺の変わりに。

 支えてやって欲しい。お前は決して悪くないと。

 難しいかもしれない。本当は俺がすべき事だ。

 

 死にたくない。本当に死にたくないけど。

 

 それ以上に、セシリアがあんな女のせいでめちゃくちゃにされるのが我慢ならない。

 

 セシリアに伝えて欲しい。

 

 お前をどこまでも愛してると。

 いつか、俺の変わりに夢を叶えて欲しい。

 

 

 

 疾風・レーデルハイトより。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ああぁぁぁぁぁーーー!!」

 

 泣き崩れるアリア。

 自分も崩れそうになりながらもアリアを支える麻美。

 そして涙を必死に抑え込もうとする一夏たち。

 千冬でさえ唇を噛んで耐えている。

 

 いったいどんな気持ちで書いたのだろう。

 これから死にに行く覚悟なんて。齢16の少年が決意できるものじゃない。

 

 これがフィクションであれと考えたくなる。だがこの遺言がそれを許してくれない。

 

 そして自分たちに何も出来ない歯痒さが残った。

 最後に何か出来ないのかと。何を出来ると言うのかと。

 

 悲嘆にくれたその時。白式の腕輪が熱を持った。

 何かと思って意識を向けるとホロウィンドウが立ち上がる。

 

「え? ………スカイブルー・イーグル!?」

「なんだって!?」

「スカイブルー・イーグルが、疾風の位置だ! 場所は太平洋………銀の福音と戦った場所だ!!」

 

 白式のウィンドウに写し出された赤い光点。そこには確かに『Skyblue Eagle』と写し出されていた。

 

 他のISには反応はなかったのに白式にだけ写されている。いったい何故? と考えたのは一瞬だった。

 

「おい何処に行く織斑!」

「決まってる! 疾風の所に行くんだ!」

「馬鹿者! 今のお前たちに出来ることは何もない! それに男性IS操縦者がのこのこ学園外に出ることが何を意味するか分からないのか!」

「だけど!」

「レーデルハイトの最後の言葉を無駄にするのか!!」

 

 千冬の一喝で場がシンと静まり返る。

 目元を軽く拭い、千冬は自分を落ち着かせたあと話し出す。

 

「死に際を見せたくないと、レーデルハイトは言った。お前たちに傷を残したくないから。だからレーデルハイトは遺書を送ったんだぞ。それも分からないのか」

「わかってるよ。でも、こんなの納得できないだろ。勝手にこんなこと言われて勝手にいなくなって! 納得できる訳ないだろ!!」

「一夏!!」

 

 千冬の静止も聞かず一夏は駆け出した。

 それに触発され、思いの丈が弾けた少女が二人。

 

「私は見届けます。たとえ疾風様が拒もうとも!!」

「セシリアを頼むと言われた。だからセシリアを助けに行くなら問題ない!」

「簪ちゃん! 菖蒲ちゃん!」

「私もです。こんなので納得できるか!」

「当然! 納得できないのはアタシも同じよ!」

「僕だって同じだ! それに一夏だけを行かせるわけにいかない!」

「おいお前たち!」

 

 楯無とラウラの静止を聞かず五人は一夏の後を追った。

 残った専用機持ちは楯無とラウラだけとなった。

 

「………教官、いえ織斑先生。いま専用機持ちが全員抜け出せば、学園の防衛に穴が空きます………ですが、私も一夏と同じ気持ちです」

「………ボーデヴィッヒ。織斑たちの補佐を頼む。可能であればオルコットの奪還も視野に入れろ」

「了解しました」

「更識は残ってもらう。だがいざとなれば出てもらう」

「わかりました。高機動パッケージの準備を致します」

 

 ………残されたのは大人だけとなった。

 

 だというのに動くことが出来ない。

 

 ただただ大人としての責任、そして悲しみを振りきることが出来なかったのだ。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 遺言。送るべきじゃなかったかな。

 

 甲板に出る直前に送信した遺言を思い出して早速後悔している。

 人知れず行方不明になった方がまだ救いが、でも必要以上の希望を持たせたくも。いや、言い訳だな。

 

 心の何処かで傷をつけたかったのだろうか。

 何も残せず居なくなるのが嫌だったのか。

 

 いやいや。セシリアのことを伝えるのは最重要だっただろう。

 

 ………身体が痛い。

 

 操縦者保護があまり効いてないからか、それともこれで効いているのか。ISを動かした前と比べると本当に、本当に少ししか痛みが引いてない。

 

「死に損ないがわたくしの前に出ますか!」

「おうよ! お前を助けるまで死んでも這い出るぐらいの覚悟だこっちは!!」

 

 痛みを誤魔化すように叫び続ける。

 というか叫ばないと痛みで口が開かないんだ。

 

 篠ノ之博士の策が効いてるのか今のところ偏光制御射撃(フレキシブル)が飛んでこない。

 だが俺とゴーレムⅢが4機いるというのにセシリアは決して臆せず、全員を見事に相手している。

 

 包囲してからの不意打ちも完璧に見破られており。

 BT能力の向上で空間把握能力が冴えてるというのはこの短時間でわかった。

 

 といってもまともに攻撃してるのはゴーレムぐらいだ。

 俺はイーグルを動かしているものの、反応が鈍くて仕方ない。

 しかも痛みが酷くて、とてもマニュアルで動かせないからセミオートで動かしている。

 

 PICが機能してるはずなのにまるでISの重量がそのまま乗っかってるぐらいに反応が重くて苦しい。

 

 IS適正値を見ると、なんと驚異のF。

 こんな表示見たことない。どうりで反応が鈍いわけだ。

 

 時間が立つほどに元々酷い性能が更に低下してるのに対し、セシリアのビットの冴えは更に上振れを起こしていた。

 

『疾風くん。悪いニュースが2つ、もっと悪いニュースが1つあるけどどれから聞きたい?』

「悪い方で!」

『セシリアちゃんのプログラム修復率が早まっている。完全覚醒してるファクター・コードの力が働いているみたいだ。じきに偏光制御射撃(フレキシブル)が来るよ。これは予測通りの反応だけど』

「もう一つは」

『いっくん達がIS学園からこっちに向かってるよ。おかしいね。ここら一帯はジャミングしてて外部に漏れない筈なのに。現在更識楯無以外のISが真っ直ぐ来てる』

 

 あいつらが来たのか!? 

 来るなって言ったのに! って言っても聞くわけないかあんなこと。

 

 フー。思考を切り替えろ。

 頭数が増えればセシリアを取り戻したあとの救出率が上がる。

 篠ノ之博士に丸投げするつもりだったが。セシリアが正気に戻った時の説得要員が増えたと思おう。

 

 ………はぁ、本当になんで来るんだよ。

 面の向かって別れなんて言いたくねえよ。

 

『もっと悪いほうだけど。予定より早く君のファクター・ナノマシンが弱まっている。死に体を再起動したから予測はしてたが。ISとのリンクが切れるにつれて満足に動かせなくなる』

「タイムアウトまであと何分ですか」

『もって3分といったところかな』

 

 3分。カップラーメン出来たとしても食えない時間じゃないか。

 あー。痛みで変なこと考えてきた。そろそろヤバイな俺。最初からヤバイけどさ。

 

 ズキズキなんて生ぬるい痛みを感じながらも余計なお世話なカウントダウン表示を睨み付ける。

 

「了解です」

『オーバードライブは封印してるからね。やったら君の身体が粉々になる』

「わかってますよ」

『あと一つ』

「なんです」

『いっくんたちは3分でこっちには来れないよ』

「………ハハッ」

 

 そいつは朗報だ。

 

「理解できませんわ! 何故そんな死に体になってまで動けるのです!? 折角拾った命を捨てる行為を!」

「なんだい心配してくれるのかい? 優しいねぇセシリアは」

「馴れ馴れしく口にしないで下さいまし!」

「嫌だね! 最後ぐらい声の限り叫ばせろ!」

 

 ブーストを吹かしてブライトネスを突き出し、躱されれば方向転換してもう一度突き刺し。その間ゴーレムⅢが熱戦やブレードで攻撃する。

 

 敵の射撃は全てプラズマ・フィールドと。全部防御に回してるビークビットで防ぐ。

 あとはもう真っ直ぐ一直線突撃! 

 

「まるで猪武者。品性の欠片もない!」

「いっ、うぅっ」

 

 全くもってその通り。

 テクニックも何もない機体スピードに物を言わせた一本槍。

 

 まともに多角機動出来る反応速度なんか、今の俺には持ってない。

 俺は最後の瞬間まで囮役。それまでは攻撃はゴーレムⅢに任せる。

 何より、こいつの突破力は折り紙付きだ。

 

「嘗めた真似を。そんな動きでわたくしと張り合おうなど!!」

『疾風くん、偏光制御射撃(フレキシブル)が来る!』

「来るか!」

「消えなさい!」

 

 24基に増えた大小のビット、得物のスターライト・ブレイザーから一斉射撃。

 高速直線レーザーの中に本当に反則レベルな軌道を描く歪曲射撃。しかもそれはミサイルみたいに単一な動きではなく明らかにこちらを絡めとる動きをしている。

 

 しかもそれを連射して放ってくる始末。

 

「ご、ゴーレムⅢ防御!」

《オーダー受諾》

 

 4機のゴーレムⅢが俺に追従し、肩部シールドユニットと、ジャミング装置の変わりに取り付けられたエネルギーシールド発生装置でレーザーを受け流していく。

 

 だが本来のセシリアから更に上がったBT能力、第二次形態移行(セカンド・シフト)による単純な強化。ファクター・コードによるISとの適合率上昇により。学園にいた頃とは比べ更なる冴えを見せた偏光制御射撃(フレキシブル)は的確にゴーレムⅢとイーグルの防御を削り取り、シールドエネルギーにダメージを与えていた。

 

 これは駄目だ! 

 一先ず海に飛び込みレーザーを散らす。いくら追ってくると言っても、減衰する水の中なら一先ず大丈夫と、浅知恵を絞り出したが。

 

『直上、チャージレーザー来るよ!』

「くぅぅぅ」

 

 今のセシリアにそれは通じなかった。

 海を突き刺すように複数の極太レーザーが海水を蒸発させながら海中に突き刺さった。

 

 スターライト・ブレイザーの単体射撃。そしてビットを複数合わせてフィールドを作り、そこにレーザーを当てて収束光線を放っていた。

 

 ただでさえ動きが鈍ってるのに、しかもこのままじゃセシリアに攻撃を当てられねえ。

 完璧な悪手。時間もないなかとどまり続ける訳には行かず浮上した俺に待ってたのは又もレーザーの弾雨だった。

 

「ゴーレム、ブレイク。瞬時加速準備、発動!」

 

 ゴーレムⅢ全機が瞬時加速(イグニッション・ブースト)でセシリアに肉薄。俺も続いてインパルスのバーストモードを展開して突っ込む。

 

 瞬時加速のGが軋んだ身体に追い討ちをかける。

 いつもならこの程度の加速どうってことないのに。明らかにイーグルの機能がダウンしてる。

 

 それでも行くしかない。本当に時間がないんだ! 

 もう既に1分たったカウントダウンに胸が冷える感覚を覚えながらインパルスを突き出す。

 

 セシリアの射撃の全てはゴーレムⅢの迎撃に使われた。今なら攻撃が届く。

 前回はブレイザーで受けられた。フェイントをかけて! 

 

 だがこちらの予想とは裏腹にセシリアはブレイザーをリコールした。

 

 ガギン! 

 

「くぅあっ」

 

 取り出されたのはレイピア状の蒼い剣。

 BTコーティングされた実体剣の部分でインパルスの柄部分をいなし、滑るような動作で俺の脇腹を薙いだ。

 

「向かってくるならいなすまで。嘗められた物ですね、そのような力任せが通じる相手だとでも?」

 

 ゴーレムⅢに撃っていた射撃、外れたレーザーが弧を描いてイーグルに突き刺さった。

 

「いっ、熱っ!!」

 

 絶対防御の性能も低下しているのか。シールド越しの熱が肌の表面を焼いた。

 激痛の中加えられた新鮮な痛みに頭が真っ白になる。駄目だ、止まるな! 思考を止め──

 

『疾風くん、前!』

「っ!」

 

 目の前には大口を開けたスターライト・ブレイザー。チャージが完了し。極太のレーザーが。

 ゴーレムⅢは間に合わない。ビーク全機とプラズマ・フィールドを前面に最大展開して防御。

 

 レーザーとプラズマがぶつかり合い目の前の光が明滅する。

 

 ゴーレムⅢが横合いから俺を突き飛ばした。身代わりとなったゴーレムⅢとビークビットは無数のレーザーを一身に受けて蜂の巣にされ爆散した。

 

《プラズマエネルギー出力低下。フィールド維持困難》

「ぐぅ、身体が…重い……」

『不味い、ISのリンクが本格的に切れ始めた。痛覚緩和の機能も低下してる。リミット残り1分だけど何時切れてもおかしくない! やばっ! エクスカリバー反応あり!! 予想範囲を出す! 逃げて疾風くん!!』

「りょー、かい!」

 

 レーダーに移る予測発射地点。

 スラスターを吹かせばまだ全然間に合う。

 

 そうアクセルを踏もうとした時だった。

 

「っ!? ゴぇッ」

 

 痛みと共に口から大量の血が吐き出された。

 口を切ったとかそういう次元ではない、思わず受け止めた手が真っ赤に染まる程の量だった。

 

《操縦者保護機能低下。パイロットバイタル危険域》

 

 一際鋭い痛みが身体を貫く。

 身体から剣が突き破ってくるみたいだ! 

 空が青白く光る。だが痛みで指一つ動かすこともままならない。

 

『疾風くん動いて! 砲撃が来る!』

「駄目、痛くて動けない………」

「これで終わりですわ。討たれなさい、聖剣の輝きの前に!」

 

 天空から極光の剣が振り下ろされた。

 もはやこれまでかと思った時、残ったゴーレムⅢ3機が最大出力でエネルギーシールドを張り、エクスカリバーの砲撃を受け止めた。

 

『急いで疾風くん! 直ぐに持たなくなる!』

「うっ、グゥぅぅ、あぁぁ!!」

 

 意識を前にし、ただひたすらに進む。

 死に体だったスラスターに光が灯り、光の洗礼から逃れようと空中を駆ける。

 

「くっ、うあぁ、っだぁぁっ!!」

 

 ゴーレムⅢが防いだことで拡散したレーザーの一部がイーグルに降り注ぐ。

 プラズマ・フィールドは張れない。シールド、絶対防御で受けながら辛くもその場を離脱する。

 シールドを突き抜けて足、右腕、ウィングの一部が破壊され、空色のアーマーが宙にばらまかれた。

 

 ゴーレムⅢ3機が崩壊し、遮るものがなくなった光が俺の背後に落ちた。衝撃と風に煽られスカイブルー・イーグルは乱気流に放り込まれたように吹き飛ばされた。

 

 あ、上がれ!! 

 

 海を目の前に間一髪上体を起こして上昇。なんとか海に叩きつけられる事態は回避された。

 

 一命を取り留めた、とは言えず。死が先延ばしにされ。リミットはもう目の前だった。

 

『アッハッハッハ! 無様ね疾風・レーデルハイト! ドブネズミみたいに這いずり回って、せっかくISを着たのに結局なにも出来ずにボロ雑巾! そうよ、その姿が見たかった!!』

 

 ハイテンションなフランチェスカの声が嫌にクリアに鼓膜を叩いていた。

 

 スカイブルー・イーグルの美しくもシャープな空色の装甲の至るところが焦げ付いている。

 左足と右腕の装甲は欠落し元の手足が覗いており、ウィングの一部も内部パーツが露出している。スパークがしきりに弾け、まともに浮いてることすら不思議なぐらい、何時爆発しても可笑しくないと見て取れる見窄らしい姿だった。

 

『動いて疾風くん! 時間がない! 疾風くん!』

 

 残り時間23秒。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 

 息をするのも苦しい。

 死の覚悟なんてものを付け焼き刃に動いて結局この様か。

 

 なんて惨めだろうな。こんな姿を最後に見せることになろうとは。

 

 残り17秒。

 

 このまま眠れれば楽になれるかなんて考えてしまう。

 痛みが遠くなっていく………

 

 遠くで篠ノ之博士が何か言ってる気がしたが………

 

 残り14秒。

 

 ………………………

 

 残り10秒。

 

『疾風くん!』

 

 今度は聞こえた

 聞いたことのない篠ノ之博士の声。

 そんな必死な声出せたんですね。

 家族でも幼馴染みでもない俺に………

 

 残り5秒。

 

 ………………………………

 

 

 

 何かが光った。

 

 視界のすみ。破壊されたイーグルの右腕。

 その先にある、俺の右腕。

 

 の、手首に何かがある。

 

 

 

 残り3秒。

 

 

 

「………っ」

 

 ヘアゴム。あの時雑貨店で買った………

 

 男がつけるには可愛らしいデザインの………

 

 残り1秒。

 

 

 

 

 

『もしわたくしの身に何か起きたら。何処にいても助けに来てくださいね?』

 

『約束ですわよ』

 

 

 

 

 

「っ!!!!!」

 

 瞳に空色が灯った。

 

 スカイブルー・イーグルのエネルギーが回り、各機能が回復する。

 

『え、ファクター・ナノマシンが再活性!? 今まで見たことない数値! タイムリミットは越えた筈なのに!』

 

 カウントダウンは既にゼロになっている。

 

「うっ、ゴペッ!」

 

 血液が塊となって吐き出される。

 目から血涙が流れ。更なる激痛が身体を揺さぶり起こした。

 

「ま、だ………まだだぁぁーーっ!!」

《エネルギー回路全接続。エネルギー供給量MAX。プラズマサーキット臨界点。PICコントロールフルオート。各部装甲スリット展開。余剰エネルギー放出》

「付き合え! スカイブルー・イーグル! 最後の最後までぇぇ!!」

《All Right。オーバードライブ、フルバースト》

 

 残った装甲のあちこちから余剰プラズマが吹き上がる。

 身体をスキンバリアが覆い、演算サーキットが回り始める。

 

『オーバードライブが発動した!? ファクター・コードで強引に、ううん。イーグル自身がプロテクトを解除した?』

 

 オーバードライブで瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 音を置き去りにスカイブルー・イーグルが飛翔する。

 

「まだ動けますの!?」

『所詮虫ケラの悪あがき。叩き潰しなさい!』

「はい!」

 

 ドミネイト・ブルー・ティアーズの全兵装アクティブ。

 24のBTビット、スターライト・ブレイザー。そして背部マイクロBTミサイルコンテナがオープン。

 

 痛みは依然として身体を駆け巡る。

 だが痛みなどで止まれない。

 

 止まってる時間なんてないんだから! 

 

 開かれた火線が殺到する。

 

 遮二無二に全スラスターを吹き上げ、俺の身体は彼方にぶっ飛んだ! 

 

「行けよオラァァァ!」

 

 血を吐きながらセシリアの元へ。

 吹き出したプラズマが空気を焼き、集中砲火のど真ん中。

 当たる直前に急転換、追いかけてくる偏光制御射撃(フレキシブル)とBTミサイルを置き去りに武装をコール。

 

「ボルトフレア!」

 

 手持ち式レールガン。狙いはイーグルがつけてくれる。

 立て続けに5連射。1発で2発3発のミサイルを巻き込み。カートリッジ再装填、セシリアに向けて撃ち放つ。

 

「当たらないと、ぐっ!」

 

 完璧に避けたと思った弾丸の一つがシールドを掠った。

 

「なんですの!? 今までと狙いの精度が!」

「インパルス、ブライトネス!」

 

 両手に二槍を手に再びレーザーとミサイルに向かっていく。

 バーストモードで増大したインパルスのプラズマブレードを振るい、巨大なプラズマネットで勢いを殺し。ブライトネスで纏めて貫き通した。

 

「まだですわ!」

 

 雨霰のように降り注ぐレーザー。

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)、クイックターンを小刻みに発動しその全てを振り払う。

 

「ゴホッ、ゴホッ。まだ、まだだよ。持ってくれ、持ってくれよ俺の身体! イーグル、使え、使い尽くせ! 俺の身体を!」

 

 レーザーを切り払い、ミサイルを身体に受け。セシリアが待つその先へ。

 

 身体の至るところから血が吹き出す。

 負荷に耐えられない身体が崩壊していく。

 

 秒単位で消える命を感じながらただただ飛び続けた。

 

「持てる命全部! この命燃やし尽くして進め! セシリアの元へ俺を飛ばせ! スカイブルー・イーグル!!」

 

 俺の叫びに応えるように機体を唸らせるイーグル。

 更なる加速が身体を切り刻んでいく。

 

 レーザーを振り切り、空気を鳴らして更に向こうへ。

 

「セシリア。馬鹿みたいだろ。お前の望んだことじゃない。きっと、泣きじゃくってるだろ、もう止めてくれって叫んでるだろうな………」

 

 ブレイザーのレーザーが左肩を吹き飛ばし、衝撃でブライトネスが手から離れた。

 

「ぐぅぅ! だけど、やっぱり俺は見捨てられない。お前を助けなきゃ。だってそうだろ。お前のいない世界なんて、生きてたって仕方ねえんだ! お前なしに生きていく未来に、意味なんてないんだよ!!」

 

 骨が軋む、ヒビが入り、もう既に何本も折れている。

 禁止されたオーバードライブを負荷全力でぶん回しているんだ。是非もない。

 

「来ないで! 近づかないで!」

『落とせ! 落としなさいセシリア! エクスカリバーはまだなの!!』

 

 ブラスターから拡散レーザーが放たれる。

 

 ビットからのフレキシブルと、レーザーシャワーが視界いっぱいを光一色に染める。

 どう見たって回避不能だ。迂回したところで命中は必定確実。

 

「馬鹿な! 正面で!?」

 

 なら避けなきゃ良いだろ!! 

 

 もはやオーバードライブの余剰出力が上乗せされたプラズマとレーザーが交ざり弾け飛ぶ。

 稲妻と光の余波が容赦なく肌を焼き、衝撃で眼鏡が吹き飛んで落ちた。

 

 あーもう、お気に入りだったのになぁ。

 

 一瞬ぼやける視界をIS側が修正し視界が戻る。

 レーザーの嵐を抜け、目と鼻の先にドミネイト・ブルー・ティアーズ。

 

 武器は全部なくなった。余剰出力で突き出ていたプラズマソードも焼失している。

 

 それでも被弾とか怪我とかもう関係なしにただひたすらセシリアの元に飛んでいく。

 

 痛みがほとんどない。麻痺してる感じがする。神経もぶちギレてるのかな。手足ついてるのかどうかさえ定かじゃない。

 

 多分ISを脱いだらショック死するほど血を流してる。身体が冷えに冷えて今にも倒れそうだ。

 

「何故です! 何故そんな身体になってまで! 優雅じゃない! 無様そのもの! 止まりなさい! 止まりなさいと言ってるのです! 何故そんな血みどろの身体で止まらないんですの!!?」

「決まってるだろ! 惚れた女救うのに、理由なんかいるかっ!!」

 

 もう少し、もう少しもう少しもう少し!! 

 

《シールドエネルギー、0%。エネルギー、残りわずか》

 

 ついに絶対防御すら張れなくなった。

 装甲もほとんどちぎれ飛び、イーグル・アイも半分割れていて。残ったのは返り血で濡れたボロボロのカスタム・ウィングのみ。

 

 残ったプラズマを全て防御に回す。

 

 もう目と鼻の先だ。届け! 届け!! 

 

「来ないで! イレギュラー!!」

 

 セシリアの悲鳴と共に放たれた偏光制御射撃(フレキシブル)。だが心が恐怖でブレてるのかその誘導性能はお座なりで、紙一重で乱射を潜り抜け、残ったのはプラズマで受け止める。

 

《プラズマエネルギー0%》

 

 ビットの包囲網を抜けた! 

 だがセシリアは正確無比にスターライト・ブレイザーを向け、撃つ。

 

 高速レーザーが飛来する。当たれば身体が弾ける高出力のそれを最後の力を振り絞って………避ける!! 

 

 通った!! 

 

 もう数メートル。

 

 触れ! 触れろ! 

 

 あと少しで──! 

 

 

 

 

 

 ザシュッ────

 

 

 

 

 

「……………かぁ………」

 

 じんわりと、胸の当たりをぬるい熱が広がる。

 

 最後の射撃を避け、ついにたどり着いたと思った俺を嘲笑うかのように。

 

 セシリアが突き出したレイピアが俺の身体を貫いた。

 

『は、ハハ、ハハハハ! 良くやったわセシリア! ついに、ついに疾風・レーデルハイトを仕留めたのよ! 流石は私のセシリアだわ!!』

「はい、叔母様」

 

 有頂天のフランチェスカと淡々と応えるセシリア。

 突き立てられた凶刃からはドクドクと血が滲み、元から血塗れの身体を更に赤く染め上げる。

 

 疾風は動かない。

 セシリアはトドメを刺せたことに安堵した。

 

 死に体で向かってくる。まるでパニックホラーのゾンビのような男だった。

 

 だがこれにて終い。

 確実に仕留めたとレイピアを抜き取ろうとした。

 

「まだ、だよ」

「えっ!?」

 

 ガシッ! とレイピアを持つ手を掴んだのは、もう動く筈のないイレギュラー。

 

 ISなんて形でしか纏っていない、男の手だった。

 

「こ、こいつ。まだ!?」

「やっと、やっと掴めた………ぜってぇ離さねえからなぁ………」

 

 声を張り上げず、掠れに掠れた酷い声。

 だが俺の意思に応えるように、ファクター・コードの証は俺の目に強く現れていた。

 

「な、なんで………」

「俺は、止まら、ないよ。お前を救うまで、ね………」

『き、気持ち悪い! 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!! 何処まで生き汚いの! 穢らわしい! そんな血に濡れた手で私のセシリアに触れないで!』

「お前のじゃ、ねえ………セシリアは何処までも、セシリア自身の物だ」

 

 贅沢を言うなら、俺の物って言いたいけどね。

 それは取り返してからだ。

 

 突き刺さったレイピアを抜こうとセシリアは力を込める。だが石に突き立てたみたいに離れない。

 ISのパワーアシストも充分にない俺を。ダメージ一つ負ってないセシリアが引き剥がせないでいた。

 

「は、離れない。どうして、もう力なんて」

「つれないなぁ、どう、せなら、もっと近づけ、よ」

 

 レイピアを刺したまま前に進む。

 

 痛みなんて、もうない。

 

 目と鼻の先に、セシリアの顔が。

 ああ、やっぱ綺麗だなぁ。

 

 ほんの少し申し訳なさを感じながら、俺は掴んでない反対の腕を上げる。

 

 恐怖に怯えるセシリアの顔を、優しく。そっと触れた………あー、ごめん。血で汚しちゃったな………

 

「お待たせしました………博士」

『待ってたよ疾風くん! ISコアとの同調開始! クロッシングアクセス、ルート確立!ダイレクトリンク可能!』

「──エンゲージ!」

 

 意識が、加速する。

 

 潜り込むように俺の意識がコアネットワークを介してセシリアのドミネイト・ブルー・ティアーズに進んでいく。

 

 夜の闇と流星のようなデータの奔流に逆らうように、前へ、前へ、前へ! 

 

 

 

 

 

 

 ザーーーーーー………

 

 データの奔流を抜け出した先は。土砂降りの雨だった。

 

 足元にはしおれた青い薔薇が浮かび、崩れている。

 

 空は夜のように暗い曇天で、絶えず雨が振る。

 色もなにもない、暗くて重い世界。

 

「ここが、ブルー・ティアーズの………」

「疾風?」

「っ!」

 

 振り向くと………そこに居た。

 

 雨に濡れつつ。それでも輝きを失わない金糸の髪と、蒼の瞳。

 

 IS制服姿のセシリアが。太いイバラの檻の中に居た。

 

「っ! ………っ………」

 

 声がでない。感激に声がでない。

 

 紛れもなく、俺の知るセシリア・オルコット。

 世界で一番大切な、俺の幼馴染みがそこにいた。

 

「疾風、疾風!」

「セシリア!」

「疾風! あなた、なんてことをしたの!」

「………まったくだな、本当に………ぐっ!」

 

 身体がよろける、それと同時に。俺の身体が粒子の光によって崩れ出した。

 

「疾風!!」

「ごめん、話したいことは山程あるけど。時間がないみたい………」

 

 歩を進め、イバラの檻に囚われているセシリアの元へ進んでいく。

 確かな足取りで、一歩ずつ、身体が消えながらも一歩ずつ進んでいく。

 

 不思議と怖くなかった。

 そんなことより、セシリアの側に行きたかった。

 

「疾風。いたっ!」

 

 セシリアが檻越しにこちらに伸ばそうとするが、イバラの檻がそれを許さなかった。

 何処までもうっとおしいババアだ。だがそれももう終わる。

 

 イバラの檻に触れる。

 触れた手を通って篠ノ之博士がセシリアにかけられた呪いを解きほぐしていく。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい疾風! わたくしのせいで、こんな………!」

「セシリア。お前はなーんも悪くないよ。だからそんな顔しないで?」

「ぐすっ、そんなの、無理ですわよ!」

 

 泣いていた。ボロボロと大粒の涙を流してセシリアは泣いていた。

 まるでセシリアのお母さんとお父さんの葬式の時みたいに。

 

 あれ、駄目だな。俺も泣けてきたじゃん………

 本当にあの時みたいだな………

 

「ごめんなセシリア。本当に俺は大馬鹿だ。だけど、お前だけは助けてみせるよ………」

「駄目………駄目………」

「一緒に夢を追いかけられなくてごめん。幸せに出来なくてごめん。こんな不甲斐ない男で、ごめんな」

「駄目、行かないで………」

 

 解凍プログラムが、イバラの檻を。

 セシリアを操っていたBTナノマシンを焼き払っていく。

 

 雨がだんだん止み初め、雲の隙間から光が差し込んでいく。

 

「セシリア」

「………はい」

「俺、幸せだったよ。本当に幸せだった」

「っ! 疾風!!」

 

 世界が、割れた………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!」

 

 目を開く。

 ISのコアネットから帰ってきた俺が見たのは変わらずセシリアの顔。

 

「疾風ぇ!!」

「疾風様っ!!」

「疾風!!」

 

 あー、来ちまったか。

 最悪、これじゃセシリアが俺を殺してるみたいじゃん。篠ノ之博士、上手くフォロー入れてくれると良いんだけど

 

 一言声をかけてやりたいが………もう駄目だな。

 

「は、疾風………」

「………あぁ」

 

 その声を聞いて、安心した。

 涙が止まらないセシリアを見て安心した。

 

 取り戻せた。あの女からセシリア、取り戻せたんだ。

 気張っていた力が抜けていく。

 全てが溢れ落ちるように、俺を構成する何かが消えていく。

 

《ISとのリンク、切断、スカイブルー・イーグル、機能停止》

 

 相棒も最後まで、本当に最後まで頑張ってくれた。

 流石俺のインフィニット・ストラトスだ………

 

 どうやらここまでみたい………せめてこれだけは。

 

「………………セシリア」

「っ!!」

「………愛してる」

 

 レイピアが身体から抜けた。

 セシリアを握っていた手が離れ、俺は重力に従って落ちていく。

 

 遠くでみんなの叫びが聞こえる………

 

 ああだから来るなって言ったのに。

 

 音を立てて海に落ちる。

 

 そのまま沈む身体と冷える体温。

 

 何も感じない。

 

 何も聞こえない。

 

 指先も何もかも動かなくて。

 

 かろうじて眼だけが見える。

 

 最後に写ったのは、右手にあるセシリアから貰ったヘアゴムだった。

 

 何も感じないはずだったのに、溢れた涙が熱かった。

 

 もっとセシリアと居たかった。

 

 共に想いを語り合いたかった。

 

 ISに乗って、2人で国家代表になって………

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………まだ生きて、いたかったなぁ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………レーデルハイト君の生命反応が、消失しました………」

 

 IS学園の管制室で真耶の声が通った。

 

 千冬は呆然とモニターを見続けた。

 アリアは泣き叫び。

 剣司は唇が切れるほど噛み締め。

 麻美は崩れ落ちた。

 

 そこにあるのはたった一つ、覆しようのない真実だった。

 

 

 

 疾風・レーデルハイトが───死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第134話【舞い上がる翼】

 

 

 篠ノ之束が保有する巨大潜水艦ワンダーランドの艦内管制室で束は忙しなくコンソールを操作する。

 

 その顔はいつもの張り付けた仮面の笑顔ではなく苦虫を噛み潰したような難しい顔をしていた。

 

「束様。疾風・レーデルハイトの生体反応が消失しました」

「見ればわかるよクーちゃん」

 

 黙ったままの主人を気遣ってか、或いは淡々と状況報告をしたのか。そんなクロエの報告に抑揚なく答える。

 

 セシリア・オルコットの洗脳を解くことが出来た。

 疾風・レーデルハイトが文字通り命を燃やしつくしたのだから当然だ。

 

 見事な戦いだった。自分の作ったインフィニット・ストラトスは間違いなく彼の想いに答え、その願いを掴み取った。

 

 あとは………

 

 ぱらりろぱらりぺろ~♪ 

 

 管制室にゴッド・ファーザーの愛のテーマが流れる。

 その着信音の相手は束が大事にしてる人にして自分と並び立つ世界最強の女だ。

 

 いつもなら全ての物事を置き去りに。彼女の為ならコンビニなんぞ目じゃないぐらい24時間フルオープンと豪語するぐらい嬉しい物だが。今はそんな気は放置している。

 

 篠ノ之束という人間を知る相手からしたらこんなことあり得ないが、事が事だ。

 どうせ電話の内容は火を見るより明らか。親友には悪いが。そんな予測済みの会話をする暇は今の束にはない。

 

 だがそれと同時に鋼のような頑固さと諦めの悪さも世界一だということも知っている。

 なのでクロエに電話を取らせて対応させる。

 

「もしもし。申し訳ございませんが束様は手が話せません。ピーという発信音の後にお名前とご用件をお話し下さい」

「召し使いと話す気はない、束に繋げ」

 

 地獄の底から鳴り響くような声に電話越しでもクロエの身体は震えた。

 これは自分では対応出来ないと主人にお伺いを立てる。

 

「スピーカーにしてクーちゃん」

「はい」

「もしもしちーちゃん、ご無沙汰だね。クーちゃんにも言ったけど今束さん凄く忙しいの。後にしてくれると助かるんだけど」

「ふざけるな! 貴様どういうつもりだ!!」

 

 今までと比べてトップレベルの怒気を飛ばす千冬。だが束は表情一つ変えず変わらずキーボードに指を走らせる。

 

「どうって何。主語がないと会話は成立しないよ」

「レーデルハイトだ! お前は自分が何をしたのか分かっているのか! レーデルハイトが、レーデルハイトが死んだんだぞ!!」

「知ってるってば。彼をモニターしてるのは私だよ?」

「何故彼を死なせた! レーデルハイトがISを動かせば死ぬことは分かっていただろう!」

「人聞きの悪い。彼は自らの意思で私のもとに来たんだよ」

「お前がそそのかしたんだろ! オルコットを救う手立てがあると言えば彼がそれを選ぶと知っていながら!!」

「否定はしないよ。でも間違いでもあるよちーちゃん。疾風くんは自らの意思で進んだ。愛する人を助ける為に自分の命の使い道を選んだ。私とはたまたま利害が一致しただけ………ていっても詭弁だね。そうだよ、私が疾風くんを殺した。これで満足かいちーちゃん」

 

 満足であるものか。千冬は叫ぼうとしたが言葉が喉につっかえる。

 何故なら。疾風自身が選択したということも理解しているからだ。それしかセシリアを救う手立てがないことを。

 そして親友がそれを少なからず悔いていることを。 

 

「ていうかなんでちーちゃんが電話してるのさ。先生に怒られるならまだしも。あー、疾風くんが先生の息子の忘れ形見だからって理由?」

「な、何を言っている?」

「あ、ヤバ。これオフレコだった。今のなしね」

「おいどういう意味だ。ちゃんと説明を………」

「ごめんそんな時間ないの。さっきも言ったけど今の束さんは超忙し………よし、聖剣はあと少し。問題は迎撃部隊がもう突破されるか。こんなことならもっと作れば良かった」

 

 束が疾風をサポートする際。彼のサポートと別の作業を数多くのタスクを並列で行っていた。

 

 姿を現したエクスカリバーの掌握。

 セシリアに打ち込んだクロッシング・アクセスを成功させる確率を上げる因子の定着。

 セシリアの洗脳を解除するプログラムの構築。そしてアクセス後に後遺症が残らないようしっかりと解除すること。

 疾風の随伴機と援軍を足止めする為に用意したゴーレムⅢの操作。

 

 その他多種多様の作業を疾風の生命維持とサポートを行いながらこなしていた。

 想像を絶するマルチタスクだが、篠ノ之束なら可能なのだ。

 

 最大のリソースであった疾風のサポートがなくなった今。残りのタスクを迅速にこなしている束にとっていつもは誰よりも待ち望む千冬との会話を楽しむ余裕はない。

 

「悪いけど本当に忙しいの。それよりいっくんたちにセシリアちゃんの回収を命じて。敵の増援が来る。今なら振りきれるから、首に縄をつけてでも連れて帰って」

「分かっている。オルコットは必ず保護する」

「上出来だよちーちゃん。疾風くんはこっちで回収するから安心して。あとで私もそっちに行くよ。暮桜を起こすのと。怒られに行くのにね」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 初めて疾風からデートに誘われた時、柄にもなく興奮してしまった。

 初めてのデートで疾風に意識して貰いたいとチェルシーに相談して望んだデートは想像以上だった。

 映画を見て服を買い、パスタの美味しい店でお昼を食べ。初めての雑貨屋さんに目を輝かせた。

 

 疾風がとても格好よく見えた。

 惚れた女の補正なのかわからないが、周囲の女性も疾風を見ていたから間違いはない。

 

 そして夕焼けの海というロマンチックな場所で告白を、と思ったら疾風がとても辛そうにしていた。

 胸のうちにある不安を吐き出した疾風は、IS学園で再会した時の疾風に似てるようで、それでいて違っていて。

 思わず抱き締めて、そのまま自分から告白した。

 

 受け入れてくれたことはとても嬉しくて。

 次の日には自分でも恥ずかしいぐらい浮かれてしまった。

 

 幸せだった。彼に貰った雑貨屋に売っていたペンダント。

 それの何十倍も値のする宝石やアクセサリーも、それの前には霞んで見えて。暇さえあれば首にかけていたそれを手に取り頬を緩ませた。

 

 ブルー・ティアーズの量産化で会えない日が続いたが。それでも幸せだった。

 プロジェクトが終われば彼にまた会える。寂しい分は思いきって甘えよう。

 

 この幸せがいつまでも続くことを疑わず、それが不変のものだと疑わなかった。

 

 あの日までは。

 

「疾風・レーデルハイトとはどのような関係なのかしら?」

 

 叔母が話があるとティアーズ・コーポレーションの応接室に通された。

 開口一番疾風のことを聞かれ、どう答えれば良いか迷った。

 

 叔母は疾風を嫌っている。自分に纏わりつく害虫とさえ思っていることだろう。

 もし自分との交際がバレれば、根も葉もない噂で疾風を社会的に抹殺しかねない。

 

 素直に恋人ですと言えばどうなるかは明白だった。

 

「疾風は………わたくしの大切な友人です」

 

 だからまだ。今はまだ隠しておく。

 いつか疾風が今よりもっと立派に。それこそ叔母と同等の国家代表になれば。きっと叔母も認めざるを得ないはず。

 

 そう信じていた。

 

「そう………残念だわセシリア。貴女が私に嘘をつくなんて」

「そんな、嘘だなん、て………?」

 

 カシャンと手に持っていたティーカップが床に落ちて割れた。

 そして襲われる虚脱感と強力な眠気がセシリアから力を奪っていた。

 

「本当に、本当に残念だわ。そこまであの男に汚されてしまうなんて。私が知らないと思ってたのね。ずっと貴女を見守っていたのに」

「お、ば、さま?」

「IS学園になんか入学させるべきではなかった。そしたらこんなことにならなかった。本当はこんなことしたくないのよ? 仕方ないわよね。汚れたものは綺麗に落とさないと。でもこれから始まる素晴らしい世界に、あの男の居場所なんてない。消すための口実ができたと思えば幸せよね?」

 

 意識が、落ちる。

 ここで落ちては駄目だ。予感が当たってしまった。

 叔母は何かをしようとしている。そして自分がそれに関わることを。

 だが意識をブルー・ティアーズに向けようにも、それより先に意識が消える方が早かった。

 

 首もとから取られるチェーンネックレス。

 

「それ、は………」

「フン。こんな安物をセシリアにあてがうなんて………穢らわしい」

 

 バキッ。

 

 最後に見たのは、叔母に踏み砕かれ、粉々になったネックレスだった。

 

 

 

 そこから先は朧気で。

 

 暗い場所から、ほんの少し景色が見えたり消えたりと。

 

『素晴らしき女性至上世界の為に』

『穢らわしい男を排斥する透明な世界』

『疾風・レーデルハイトは憎き怨敵。排除すれば叔母様が喜んでくれる』

 

 自分ではない自分の声、頭が痛い。抵抗しなければ受け入れてしまう甘い毒が溶け出していく。

 

 こうしてはいけない。抜け出したい

 でも抜け出せない。暗く甘い夢の中、自分はなす術もなく流されて………

 

 

 

 そして………わたくしは疾風からISを奪った。

 

 レーデルハイト工業の実験施設を消滅し、叔母様から渡された黒いリムーバーを使って疾風からISを動かす力を無くす。

 

 疾風に触れたほんの一瞬、そして限りなく無限に近い瞬間。

 落ちていく疾風をただ見ることしか出来ず。分け目も振らずに泣きじゃくることしか出来ず。

 

 また闇に落ちる。

 

 

 

 一週間後、彼はまた自分の前に立ちふさがった。

 これ以上自分が道を違えぬように、ただただわたくしを救うために。

 

 彼は命を投げ捨てた。

 

 意識の深層。ISの固有空間にまで来てくれた彼はとても優しそうな笑みを浮かべていた。

 いつもと変わらない。愛しい彼が。

 

 

 

 

 

 

「………!!」

 

 頭を覆っていた甘い毒が消えた

 自分を縛り付けた呪いが晴れ。久方ぶりに自分の意識が表層に出た。

 

「は、疾風………」

「………あぁ」

 

 目の前に、血まみれの彼が居た。

 

 ISスーツは破れ、溶けて。肌の下は血に濡れるか焼け焦げた痛々しい姿。

 血で汚れてない場所なんかないぐらい酷く、もはや生きてるのすらおかしいレベルに彼は傷だらけだった。

 彼の愛機であるスカイブルー・イーグルも原型がなく。辛うじて機能してる程度というありさま。

 

 視線を少し落とすと、そこには疾風を貫いていた自分の手があった。

 

 わたくしではないわたくしが疾風を刺していた。

 目の前の疾風と、その事実を受け入れられずそのまま立ち尽くす。

 

 それでも彼は、優しく笑っていた。

 

「………………セシリア」

「っ!!」

「………愛してる」

 

 そう言って彼は満足げな顔をしたまま海原に落ちていった。

 最後まで自分を恨むことなく、水底へ………

 

 疾風がいなくなった………

 

 ようやく自分は理解した。してしまった。

 

「あ、あ………ああっ………ああぁぁ!!」

 

 わたくしが疾風を殺したと。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 セシリアの慟哭が空に響き渡る。

 

 絶望、損失、後悔。

 有り余る負の感情が絶叫と共に吐き出される。

 

 雨が降り始める。

 段々と激しさを増し、大粒の雨が海を叩き、音を掠れさせる。

 

 まるで彼女の心のうちを表してるかのようで、そして彼と同じ青空はもう見えないかのように空を埋め尽くす。

 

 だが彼女の叫びはそんな雨音でさえ遮ることは出来なかった。

 

「嘘でしょ? 本当に?」

「………」

「疾風様っ…」

「く、ぅぅ………」

 

 目の前で起きた紛れもない現実。

 IS学園で過ごした日々がリフレインする。

 

 2人目の男性IS操縦者。

 度が過ぎるほどのISオタク。

 いたずら好きで生意気なところもあるが。仲間を大事にし、時には背中を押してくれた優しい奴。

 

 その彼との思い出はもう作られることはない。

 

 非情なまでの現実を。否が応にも叩きつけられる。

 

『………専用機持ち全機に告げる。レーデルハイトはオルコットを取り戻した。レーデルハイトは束が回収するとのことだ。敵の増援が迫っている。なんとしてでもオルコットを連れ戻せ。あいつの最後の願いだ………』

「…了解!」

「ああ、行くぞ!」

「はい!」

 

 悲しむのは今は置いておく。

 今は疾風の望みを叶えなければ。

 

「疾風………疾風………!」

『セシリア。任務は完了よ。帰投なさい』

「叔母様………疾風が………」

『少し混乱してるのね。でも大丈夫。戻ったらあんな男の記憶を取り除いてあげる。だから戻ってらっしゃいセシリア』

 

 慈愛に満ちたフランチェスカの言葉。

 少し前は頼もしく、心地よく。安心する。親を無くした彼女を案じてくれる優しい叔母。

 

「どうして、こんなことを………」

『セシリア?』

「どうしてこんなことを。疾風が何をしたというのです? どうして………どうしてこんなことをしたのです!!」

 

 だが。いまのセシリアには一欠片も響かない。

 

 フランチェスカはこれ以上ないほど狼狽えた。

 セシリアにかけた物はファクター・コードと合わせた鉄壁の守りだった。

 それをただ一人の男によって破られたのだ。

 

『まさか。BTマインドが解かれた? そんな馬鹿な………!』

「答えて下さい叔母様! どうして、どうして疾風が死ななければならなかったのです!!」

「全てはあなたの為よセシリア。あの男はあなたのこれからの人生を壊す存在。あなた美しさに影を落とす穢らわしき汚点なのよ。だから消してあげたの。あなたがこれからも輝くため。そして私の次にこの世界を統べる存在に………」

「そんなこと望んでいない! 美しさも気高さもいらない!! わたくしは疾風が居てくれれば良かったのに! 疾風さえ居てくれれば何も要らなかったのに!!」

 

 流れる涙と感情が壊れたダムのように溢れ出す。

 いまセシリアにあるのは疾風を失った悲しみと、その原因と言えるフランチェスカと自分への怒りだった。

 

「許さない、わたくしは貴女を許さない! 叔母様! いえ、フランチェスカ・ルクナバルト!! 塵にも劣る女性至上世界なんて認めない! あなたの愚かな野望はわたくしが必ず壊す!!」

『な、あっ!?』

 

 想像すらしてなかったセシリアの拒絶、そして自分の手を離れたことにこれ以上ない程狼狽えるフランチェスカ。

 これほどまでに怒りを持ったセシリアに、完全に気圧されていた。

 

「セシリア!」

「皆様………」

「話も後悔も後です! 早くこの場から逃げましょう!!」

「ですが」

「それが、疾風の願いだから!!」

「………わかりました。行きましょう」

 

 洗脳され、自分の意思ではないとはいえ疾風を手にかけたというのに彼らはセシリアに手を差し出した。

 

 一瞬その手を躊躇った。その手を掴む資格はないと。

 だがそれが疾風の、愛する人の願いなのだから。

 

 セシリアは差し出された菖蒲の手を取り。最大出力で宙域を離脱する。

 

『待ちなさいセシリア! あなたの居場所は私のところよ! 戻りなさい!』

「勝手に決めないで! わたくしの居場所はわたくしが決めます!! 首を洗って待ってなさい、フランチェスカ・ルクナバルト!!」

「っ! 止まりなさいセシリアっ!!」

 

《ブルー・ブラッド・ナノマシン。再投与開始》

 

「ぐぅっ!」

「セシリア様!?」

『さあセシリア。良い子だから戻って来なさい』

 

 ドミネイト・ブルー・ティアーズに仕込まれたBTナノマシンが流れ込み。フランチェスカのワンオフ・アビリティー、原初乃蒼(ジ・ブルー)の力が侵食する。

 

 BTの礎と言われる原初乃蒼(ジ・ブルー)のBT操作能力は現在最高のセシリアの操作とは雲泥の差。

 ナノマシンを通した洗脳には、何人たりとも抵抗することは──

 

『戻りなさいセシリア。共に素晴らしき女性至上世界を』

「………さい」

『え?』

「五月、蝿い、ですわっ!!」

 

 セシリアのファクター・コードが原初乃蒼(ジ・ブルー)の干渉を跳ね除ける。

 その目にはブルー・ブラッドとは違うファクター・コードの澄んだ蒼が灯っていた。

 

『セシリア、あなた!』

「もうあなたの思いどおりにはなりませんわ! わたくしの身体と心はわたくしの物であり。そして、疾風・レーデルハイトの物です!!」

『くっ!!』

「お、おお………」

「セシリア様。凄い惚気」

 

 ファクター・コードの強い光を宿したセシリア。

 愛する人が命懸けで取り戻した心。何人足りとも穢されることのないと、セシリアの想いに応えるようにファクター・コードが呼応する。

 

 だがフランチェスカは認めない。

 自分がこの世で一番に愛するセシリアが。誰よりもセシリアのことを考えていると豪語する彼女の歪んだ愛情が疾風の下賤な愛情如きに拒まれるなど。

 

 たとえ天地がひっくり返ってもありえないのだから。

 

『残念だわセシリア。これだけは使いたくなかったのだけど。仕方ないわ、あの男に取られるぐらいなら!』

 

《模倣対象。フランチェスカ・ルクナバルトを選択。強制プロトコル発令。ヴァルキリー・トレース・システム。起動》

 

 そして醜悪にして最悪の手が放たれる。

 

「!!?」

『あなたは私の物よ。セシリア』

「あああぁぁぁぁーーーっ!!!」

「セシリア!?」

 

 ドミネイト・ブルー・ティアーズに紫電が走る。

 量子変換されたヘッドギアがセシリアの眼と耳を塞ぎ、流されるデータに飲み込まれる。

 

「な、何が起こってるんだ?」

『嘘でしょ!? あの女何処まで愚かなのさ!?』

「姉さん!?」

「ああぁぁぁぁっ!!」

 

 驚愕を露にする束に反応するのも束の間。

 ティアーズのビットからレーザーが撃たれた。

 

 もはや狙いなどなく正に乱れ撃たれたレーザーが周りにいた一夏たちに襲いかかる! 

 

「ちょっと、セシリアどうしたのよ!?」

『最悪! ほんと最悪! あんな不細工の極みまで取り出すなんて!』

「姉さん! 勝手に割り込んで来たんだ! 分かるように話せ!!」

『ヴァルキリー・トレース・システムだよ! あの女、BTナノマシンじゃ飽き足らずVTシステムを使って強制的にセシリアちゃんを従属させるつもりだ!』

「「なんだって!?」」

 

 VTシステム。特定の動きを模倣し、あたかも本人が乗り移ったかのような動きを可能にするシステム。

 

 だがセシリアのそれはとてもじゃないが精錬されたものを感じず、苦しみながらやたらめったらに撃ちまくっている。

 

『だけどこれは本来の使い方じゃない! VTシステムで無理やり思考を奪って掌握にかかっている。このままじゃ相反するシステムの負荷にナノマシンが耐えられなくなって。良くて廃人、最悪死ぬことになる! ほんと頭おかしい! 自分で大事にしてるって言っときながら何考えて組み込んでるのさ!!』

「そんなことより早く助けないと!」

「VTシステムなら機能停止すれば止まるはず!」

「全員で総攻撃をかけてぶっとばせば!」

『お馬鹿! いまセシリアちゃんのISを止めたら。歪に絡み合ったシステムのキックバックで彼女の脳が焼ききれる! 力任せで何でも解決するな! まったくこれだから数だけ中国とジャガイモドイツは!』

「数だけ………」

「ジャガイモ………」

 

 変わらず懐に入ってない相手には糞味噌だし完全な風評被害だがよほどの緊急事態なのかその懐が広くなっている。

 

「ならどうすれば良いんだ姉さん! 天才なんてちやほやされてるならさっさと解決策を出せ!!」

『わかってるよ箒ちゃん! どうにかしてセシリアちゃんに物理的に接触して! 疾風くんがロックを抉じ開けてくれたから。接触したISを経由してもう一度ブルー・ティアーズをハッキング出来る!』

「触れるだけでいいんですか?」

『触れ続けなきゃ駄目。疾風くんだったら一瞬で行けるけど。ハッキングが完了するまで接触しないと駄目』

 

 つまりセシリアにダメージを与えず。

 なおかつ相手の砲火を潜り抜き。

 更に攻撃に晒されながら束のハッキングの時間まで触れ続けなければならない。

 

「だったら取れる方法は一つだ。一夏! 銀の福音と一緒だ!」

「ああ。俺の零落白夜と箒の絢爛舞踏で押し通る!」

「結局ゴリ押しじゃない」

「でもそれしかないよ!」

「ああ、時間も限られている」

「私たちでサポートする」

「やりましょう! 疾風様の願いを叶える為に!」

「そうは行かねえなぁ!!」

「「!?」」

 

 彼らの決意を一蹴するように、セシリアとは違う方向からレーザーが雪崩かかってきた。

 

「レーデルハイトは死んだのか、ざまあねえな! なら織斑一夏も殺しちまうか! アハハハハハ!!」

 

 狂喜に震えるメイブリックがビットを展開して乱れ撃つ。

 他の機体も次々とビットを切り離し弾幕をばらまいていく。

 

『迎撃部隊が突破された!』

「敵IS総数………20機!?」

「18機が例のブルー・ティアーズの量産型。もう2機はオランダとタイの代表候補生か!」

「上からも来る! 飛翔体10!」

 

 厚い雲を突き破って来たのはキャノンボール・ファストで見た長距離飛翔コンテナ。

 空中で開いたそれからは計60機のワルキューレが飛び出した。

 

「IS20機に、自立兵器60。おまけにビット兵器は数えたくない程いる」

「余程セシリアを渡したくないらしいな」

「上等。疾風の弔い合戦よ!」

「待っててくださいセシリア様」

「行くぞ、みんな!!」

 

 敵総数80機。こっちはたった7機。今までにない戦いとなる。

 

 だがそれでも止まるという考えは存在しなかった。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 ヒュゥゥ………

 

 ………………ん、んん………? 

 

 なんだろ。何か聞こえる………

 

 ヒュゥゥゥッ………

 

 風か? ていうか、眠い………

 

 ビュゥゥゥゥ………

 

 ………………………眠い……

 

 ビュゥゥゥゥッ………

 

 ………………ねむ………

 

 ビュゥゥゥゥ………

 

 ………ね………む………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビュゴォォォォォっ!!! 

 

「ヴぁぁぁ! 寝れるかぁぁ!!」

 

 ガバッと起き上がった。

 

 もう余りにも五月蝿くて飛び起きた。

 眠気なんてもう全部吹き飛んだみたいに完全覚醒した。

 

「あん?」

 

 見渡す限り、真っ白で、真っ平ら大地。

 晴れ渡る青い空と、凄い勢いで流れていく千切れ雲。

 そして強い風。

 

 この世の景色とは思えない。

 現実的でありながら非現実的な風景。

 

「ここって………」

 

 何度か来たことがある。

 

 最初はイーグルに初めて乗った時。

 二回目は会長に蹴り飛ばされて………

 

「おう、起きたかマスター」

「うおっ!」

 

 なんの気配も感じないところから声。

 

 振り向くとそこには。記憶にあるメカクレの少年が居た。

 少年の癖に妙に大人っぽい声で、それでいて少年のような声の奴。

 

 前はわからなくて朧気だったが。今はわかる。

 

「イーグル、だよな?」

「なんだ、わかってるのかよ」

 

 俺をマスター、主と呼ぶメカクレの少年=スカイブルー・イーグルはニッと笑った。

 

「どんだけ強風になってもいっこうに起きないからどうしてやろうかなと思ってな。俺の手でアルティメット・メイクアップしようと準備してたんだが。残念だ」

「ああ、その手に握りしめてる色取り取りなマッキーペンを見ればわかるよ………ていうかなんか雰囲気違くないお前?」

 

 もっとクールというか無愛想な奴だった気がしたんだが。

 こんないたずらっぽく笑う奴だったっけ? 

 

「ハハっ。それはマスターの影響だ」

「俺?」

「そうさ。俺たちISは操縦者と共に過ごし、空を駆け、そして競い戦い強くなる。そこには大なり小なり搭乗者の影響を受ける」

「なる、ほど」

「まあ普通はここまで人間らしくはならない。俺は稀有な例だ。なんでこうなったか、それはマスターが特別だからさ」

「ファクター・コードだな」

「正解だ。それのおかげでマスターは未成熟ながら3回目の入場を果たしたって訳さ」

 

 確かに。そうじゃなきゃこうホイホイ来れるわけもない。

 だって乗って1日で入ってしまうのだから。いや、正確には2日か? 

 

「………イーグル」

「なんだ」

「俺は死んだのか?」

「ああ、マスターは死んだ。今も水底に向かって潜航中」

「そうか………このままじゃ水圧でペシャンコだな」

「そこは問題ない。お前の為に母が遠隔でスキンバリアを展開してくれている」

「それは良かったな」

 

 母って篠ノ之博士だよな? 

 まあコアを作った本人だから親と言っても不思議ではないか。

 

 もう意識の外とは言え。ベコベコの肉塊なんてなりたくないし。

 イーグルがつぶれて壊れるなんて嫌だしな。

 

「こんな時にも俺の心配か? 嬉しいねえ」

「なんで分かって………ああ、そっか。筒抜けか………ところで、なんで俺はお前の中にいるの? もしかして死後の幻覚だったりするのか?」

「いや。死ぬ直前にシンクロして残留思念みたいな感じで入ってきたのさ。だがそれも長くない。肉体は完全に死んだからな、今のお前は残りカスみたいなものだ」

 

 それはまた。

 最後の最後まで往生際悪いなー。

 

 というか母って篠ノ之博士だよな? 

 まあ作った本人だから親と言っても不思議ではないか。

 

「随分落ち着いてるじゃないか」

「え?」

「死んだんだぞお前。もっと騒ぐものだろ」

「篠ノ之博士にも言われたな」

 

 実を言うとさっきから軽口を言える元気があることに少し驚いていた。

 受け入れ過ぎだろうと思うのも無理はない。

 

 でも………

 

「半端な気持ちで挑んでないからな。俺は全てを出し尽くして、出し尽くしまくった。セシリアも助けれた。俺に出来ることはもうないよ。あとは一夏たちに任せるさ」

「そうかい」

「ありがとなイーグル。最後まで付き合ってくれて。あとごめん。すっごいボロボロにしちまって」

「ほんとだぜ! ああも見事にぶっ壊れてな。原型なんか2割も残ってなかったぞ」

「ごめんて」

「まあ気にするな。パイロットの想いに応えるのが俺たちインフィニット・ストラトスの誉れだからな」

「人工知能に誉れなんかあるのかよ」

「浜に捨ててないからな」

 

 どこのクロウドだ。いや捨ててないから違うか。

 

 ゴロンと寝転がって空を見上げる。

 

 気持ちいいぐらい青い空が広がっている。

 なにも考えずにただ眺めていたいと思えるほど素晴らしい空が広がっていた。

 

「なあ疾風」

「ん?」

「本当に良いのか?」

「…良いんだよ。これ以上出来ることないし。死者が生き返るなんてそれこそファンタジーだ、初めから期待してない………消えるのが怖くないって言ったら嘘だけど。俺は精一杯生ききったよ」

「そうかい………」

 

 そうだ。俺は出来ることをした。

 むしろあんなに激痛に耐えながらあそこまでやれるって凄くね? 

 もうほんとこの世の痛みなんてもんじゃなかったからな。

 皮膚が割けて骨が折れて全身の至るところから血を拭き出して。吐血とか血涙とか初めてだったよ。

 

 俺は頑張った。

 ああ頑張ったとも。

 

 決して褒められたものじゃないが。

 それでも満足している。

 

 セシリアをあのイカれババアから取り戻したんだから。

 ハハハ! ざまあみやがれ!! 

 

「さてと。いつ消えるかわかんないけど。折角ISの人格とご対面だからな。積もる話を作って話そうじゃないか。なあイーグル………あれ? イーグル?」

 

 ついさっきそこに居たはずのメカクレイーグルボーイが居ない。

 

「え、ちょっと待って何処行った? 俺今際の際なんだろ? 一人寂しく死ぬつもりで居たけど折角出てきたなら出てこいよ! オーイ! ワブゥ!?」

 

 また強風が、倒れる。ていうか転がる転がる!! 

 

 え、なんなの? ここイーグルの心証空間的な奴だよな? 

 風強い!! 

 

「ウブブブ………収まった。まったくなんなんだ、よ?」

 

 ボサボサの髪をならしながら目を開けるとそこにはこれまた不思議な感じで立っている真っ白なドアがあった。

 

「電脳世界に出てきたのに似てるな………入れってことだよな?」

 

 ………他にやることないし。

 イーグルが用意したのか? わからん。

 

 考えても仕方ないし、何もやることないから恐る恐る開けて見ることにした。

 

「おー?」

 

 開けた先は無機質で薄暗い廊下だった。

 ホラーゲームの舞台になりそうで、廊下の先にはまた扉がある。

 

 バタン! 

 

「ウヒィ!!」

 

 おいやめろ! 独りでにドア閉まるな! てかドアなくなってるし! 俺怖いの駄目なんですけどイーグルさん!? 

 

 ………進むしかないよなぁ。

 死ぬ最後がホラゲVR体験なんて嫌すぎるぞ。

 

 とりあえず開けてみよう。ホラゲの可能性を捨てきれずゆーっくりと開けてみる。

 

「あっ」

 

 そこには、俺が居た。

 

 まだ2桁の歳も行ってない幼い俺が緑色の液体が入ったカプセル入っていた。

 

 なんか凄い、不思議な感じだが。これは俺自身だと理解できた。

 

「死んでるみたいだな………」

 

 自分のことを棚にあげてるとドアが開いた。入ってきたのは今より少し若い御厨さんだった。

 

 御厨さんは俺に気づくことなく幼い俺のカプセルに備え付けられたコンソールを操作する。

 

『これで覚醒するはず。ファクター・コードも正常に作動、心機能も安定している………もうすぐ、もうすぐよ。もうすぐ帰ってくる』

 

 苦悶と葛藤、そして願いを滲ませながら御厨さんがカプセルにすがり付いた

 

『お願い………帰ってきて、帰ってきて………お願い………疾風………』

 

 涙を流しながらカプセルにすがり付く御厨さん。

 

 景色が流転し、頭と視界に映像が流れ込む。

 

 これは、俺の記憶? 

 

 ファクター・コードによって書き換えられ、封じられた俺の記憶。

 俺が御厨疾風として過ごしていた記憶。

 

 息子として過ごし、息子として愛された。

 

 最初は息子が戻ってきたと喜んだ。

 たとえ記憶がなくても戻ってきてくれたと、仮初めの家族として過ごしていた。

 

 何度も俺の名前を呼ぶ御厨さん、だが記憶が欠如していた不完全な俺は彼女の期待に応えることができなかった。

 

 満ち足りない生活は次第にズレが生じてきて、そして………

 

 場面が変わり、目の前に現れたそれにギョッとした。

 御厨さんが幼い俺にまたがり首を閉めていた。

 

『疾風じゃない。疾風じゃない。あなたは疾風じゃない。やめて、そんな目で見ないで! あなたは疾風じゃない!!』

 

 泣きながら呪詛のように繰り返す御厨さんと息が出来ず苦しむ幼い俺。

 

「御厨さん! うおっ!?」

 

 止めなければ! と反射的に動いたが俺の身体は御厨さんの身体をすり抜けた。

 

 飽くまで映像、俺は俯瞰してるだけの外野だから触れられない。

 このままでは駄目だと焦っていると、母さんが飛び出して御厨さんの手を掴んだ。

 

『何してるの麻美ちゃん! やめなさい!』

『離して! この子は疾風じゃないの!』

『やめなさいってば!!』

 

 力付くで御厨さんを剥がす母さんは幼い俺を見て言葉を失う。

 

 無理もない、事故で失くした筈の友人の息子と瓜二つの子供がそこにいたのだから。

 

『麻美ちゃん。これどういうことなの』

『う、うぅぅぅ………』

 

 問い掛ける母さんと、泣き出す御厨さん。

 

 時間が流れる。御厨さんの元を去り。記憶を調整され、レーデルハイトの子供となった俺は楓やグレイ兄。母さんと父さんと過ごしている。

 

『疾風兄ー遊ぼー!』

『何して遊ぶ?』

『おままごと! 私がお母さんで疾風兄がお父さんね』

『楓、たまにはグレイ兄がお父さんでも』

『やー!』

『早い! 早いよ妹!』

『また速攻で振られたのかグレイ』

『学校でモテてるのに楓のハートはキャッチ出来ないのね』

『ハハハハハ』

 

 なんら変わらない。何処にでもあるような日常風景。

 だけど本来俺はここにいなくて。なんの悪戯か家族として迎えられた。

 グレイ兄はこの時から優しくて頼りになるお兄ちゃんだったけど。俺のこと知ってたんだよな………

 

 また場面は変わる。

 

 日本離れした大豪邸だ。

 忘れるはずもない。此処は俺が初めてオルコット邸に来たとき。

 

 見たことない豪邸に圧倒されているのか。俺は父さんの影に隠れている。

 

『ソフィアー久しぶりー』

『ごきげんよう。相変わらずフワフワした国家代表だこと』

『あら堅苦しいのがお好みかしら?』

『いいえ。今はプライベートですもの』

 

 ソフィアさんはなんというか。クールなセシリアって感じだったなぁ。ほんと成長したセシリアって感じで。

 あと少し怖いんだよな。クール過ぎるというか。

 

『よおソーレン。なんかまた痩せたかお前? 鍛えないとやってられねえぞ。夜の方も』

『あはは。ほんと君は豪快だね』

 

 ソーレンさんはほんとなんか、ナヨッとした感じの優男って感じだった。

 超クールなソフィアさんと夫婦仲上手く行ってるのかわからんかった。

 

 そして。

 

『セシリア』

『はいお母様。初めまして。アリア・レーデルハイト様。剣司・レーデルハイト様。オルコット家長女、セシリア・オルコットでございます。以後、宜しくお願いいたしますわ』

 

 これがセシリアとの初対面だった。

 幼い頃から完成していて。おとぎ話のお姫様が飛び出したようで。

 とてもキラキラしてて。思わず。

 

『わぁ………』

 

 と声が漏れてしまっていた。

 

 仕方ないじゃん。本当に綺麗だったんだから。

 もしかしたら俺はこの時既にセシリアに惚れてたのかな。

 

『ほら疾風。あんたも早く挨拶なさい』

『え、でも………その、僕は………』

『………なんですの貴方は』

『え?』

『男の子なのに一丁前に挨拶も出来ないなんて。情けないですわね! わたくし弱い男は嫌いですの! 鍛えてあげますわ!』

『え、ええ。嫌だ!』

『あ、待ちなさい!』

 

 ああ、こんなこともあった。

 あの時のセシリア怖くてな。庭園の中で鬼ごっこが始まって。速攻捕まったんだよな。そして泣かされて。

 

 小さい頃のセシリアは気品はあったが同時にワンパクというか。礼儀正しい暴君って感じで毎日追いかけ回されたっけ。

 

 それから追いかけられたり無理やり付き合わされたり。ことあるごとに勝負に負けて罰ゲームやらされたりしてたか。

 

『わたくし決めましたわ、いつかISに乗って必ずこの舞台に出てみせますわ!』

『約束して、いつか私と一緒に出場しましょう!』

 

 第一回モンド・グロッソで約束して。

 

 そしてしばらくたって。ソフィアさんとソーレンさんが電車の事故でなくなって二人で大泣きして。

 

『俺は強くなる。セシリアちゃんに負けないぐらいに、ううん。セシリアを守れるぐらい、強くなってみせる!!』

 

 凄い大きな啖呵を切って。

 

『あ、貴方! そんなところでなにをしていますの!?』

『答えなさい! 返答次第では容赦致しませんことよ!』

 

 IS学園で再開して。間違えて撃たれそうになったり。

 

 ナヨった俺の背中を蹴り飛ばしてくれたり。

 

 ISを動かして、IS学園に転校して………

 

 福音事件のあとまた背中を叩かれたり。

 夏休みはほんとドタバタして。

 学園祭でのご奉仕喫茶。

 キャノンボール・ファストでセシリアへの好意を自覚したり

 タッグマッチ・トーナメントで破局寸前になったり。

 ハッキング事件で偽物の俺からセシリアを取り戻したり。

 

 そして………初めてのデートでセシリアと想いを伝えあった。

 

 本当に色んなことがあった。

 

 セシリアとの思い出が目まぐるしく頭に浮かんだ。

 

 走馬灯とはこういうことを言うんだろうな。

 

 ………もうこんなことが出来ないと思うと。いまさらながら胸が痛んだ。

 

「ん?」

 

 ふと。目の前に扉が二つあった。

 

「俺の記憶体験ツアーはこれで終わりじゃないのか?」

 

 言っても誰も答えてくれない。

 居なくなったイーグルの仕業と見て間違いないだろうが。

 こんなことさせて何がしたいのだろう? 

 

 他に取れる道はないと。俺は扉を開ける。

 

 

 

『やったぞセシリア! 国家代表になれた!』

『おめでとう疾風!』

「は?」

 

 扉を開けた先にはアリーナで抱き合う俺とセシリアが居た。

 

 国家代表になれたと嬉しさを隠しきれない俺に惜しみ無い拍手を贈る観客。そして遅れて一夏たちが俺を祝福するために集まってきた。

 

「なに、これ」

 

 こんな光景知らない。俺の記憶じゃない。

 

 俺は思わず後退りすると、また景色が変わった。

 

 何処かの教会、結婚式場だった。

 純白の教会で、髪を整えた俺がタキシード姿の俺と、ウェディングドレス姿のセシリアが居た。

 

 二人はとても幸せそうで。これからの人生が幸福であると疑わずに誓いを立てようとしていた。

 

「やめろ………」

 

 胸が張り裂けるように痛い。

 

 逃げるように後ろを向くとまた景色が変わっていた。

 

 豪邸の一室で小さな子供たちに本を読み聞かせる少し大人びたセシリアと。髪を伸ばし、セシリアから貰った髪飾りで結んでいる俺が子供と戯れていた。

 

『はい、今日はここまで。続きは明日ね』

『えーお母様! これからが面白いのに!!』

『でも遅くなるとチェルシーが怒るぞー。ここからは大人の時間だ』

『ずるいずるい! お父様とお母様だけで楽しいことして!』

 

「やめろ、やめろっ………」

 

 輝かしい光景だ。幸せな光景だ。喜ぶべき光景だ。

 

 なのに。俺は目の前の景色を拒絶した。

 

 だって。こんな光景。もう俺には巡り合えないから。

 どうあがいたって見れない。

 

 俺が捨てた未来なのだから。

 

 

 

 さっき選んだ扉とは違う扉が現れる。

 

 こんな光景から一秒でも抜け出したくて俺は無我夢中でドアを開けて絶句した。

 

「うっ………」

 

 そこには、棺の中で横たわる俺の姿があった。

 

 振り替えると。喪に服しているセシリアやみんなの姿があった。

 

 直ぐに理解した。

 

 これは俺が選んだ未来だと。

 

「やめろ!!」

 

 見たくないと目を塞いでも見えてしまう。

 耳を塞いでもみんなの啜り泣く声が聞こえてしまう。

 

 わかってた。わかっていた。

 だけど。いざこうもむざむざ見せられると。

 胸が破裂しそうになる。

 

 たまらなくなって走る。

 真っ暗な中を走って、走って、走り続けて。

 

 また目の前にドアがあったから転がり込むように潜り抜け、そのまま倒れ込む。

 

「ハァハァハァハァハァハァ………」

 

 息が上がる。肺が苦しい。胸が痛い。

 

 訪れるはずのない幸せな未来。

 訪れる幸せじゃない未来。

 

 それを立て続けに見せつけられて、メンタルが崩れかかってしまった。

 

「ハァ………はぁ………」

 

 なんだ。なんか騒がしいな………

 

 ぼやけた目を開くと………

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「ぐぅっ! 近づけねえ!」

「絢爛舞踏を発動してもこの状況では!」

「一夏、箒! 前に出過ぎないで!」

「いくら零落白夜があっても、これでは削り殺される!」

「もう! 落としても落としてもキリがない!」

「このままではセシリア様が敵の手に!」

「その前に、セシリアが持つかどうか………!」

 

 圧倒的弾幕を前に一夏たちは防戦一方を強いられていた。

 前に出ようとするもレーザーで押し返される。

 

 もう既に絢爛舞踏を発動し各々のシールドは回復した。

 最初に提案された零落白夜と絢爛舞踏によるゴリ押しも突出した2機にクリア・ティアーズとワルキューレからの集中弾幕射撃により弾かれた。

 

 いまはアウトレンジでの撃ち合いとなるが、そこは相手の独壇場。

 

 ブルー・ブラッド・ブルーにより向上したBT操作能力によるビット射撃。偏光制御射撃(フレキシブル)とまでは行かないが。一部レーザーに誘導性を持たせた物がチラホラある。

 

 セシリアを取り戻すために適正の高いものを寄越したのだろう。

 

 それに加えて。

 

「申し訳ありませんが、死んでもらいます!」

「君はこの世界の害虫だ。摘み取らせてもらう!」

「くそっ!」

 

 タイの代表候補生、ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーのドゥルガー・シン。

 オランダの代表候補生、ロランツィーネ・ローランディフィルネィのオーランディ・ブルーム。

 

 敵に洗脳された二機の代表候補生ISの突破力がジリジリと専用機組を追い詰めていく。

 

「みんな! 大丈夫!?」

「お姉ちゃん!」

 

 高機動パッケージを装備した楯無が前線に参加するが。

 光明が見えたと思いたいが………

 

「状況は!?」

「ワルキューレを30機ほど落としましたが。敵IS20機はいまだ健在」

「セシリアちゃんは!」

「未だ敵のコントロール下に。だけど」

「うっ、うぅぅ!!」

 

 セシリアは未だVTシステムの支配下にあり、敵の猛攻も相まって未だ手が出せずにいる。

 

 だがセシリアとドミネイト・ブルー・ティアーズはブルー・ブラッド・ブルーに対しても攻撃を行っていた。

 

『なにしてるのあなたたち! さっさとセシリアを回収なさい!』

「駄目です! こっちにも攻撃をしてきて手が出せません!」

「ビットを落とそうにも当たらなくて!」

『泣き言はあと! なんとしてでも回収なさい!!』

 

 幸か不幸か、ブルー・ティアーズが発動しているVTシステムはフランチェスカの物と同等の物で敵も手出し出来ない。

 

 本来ならVTシステムでセシリアの意識を落とす筈だったのだが。セシリアの強人的な精神力とファクター・コードのシンクロ、そして束からの干渉も合わさって抵抗していた。

 結果的に廃人になるのを免れているが、それも長くなく、時間の問題であることは明らかだった。

 

「………みんな。撤退も視野にいれるわよ」

「何を言ってるのお姉ちゃん!?」

「疾風様を無駄死にさせるつもりですか!? そんなこと出来ません! 疾風様の最後の願いなんです!!」

「あなたたちを死なせる訳には行かないわ。増援も私以外来られない。箒ちゃん、いえ篠ノ之博士。紅椿がもう一度絢爛舞踏を使える可能性はありますか」

『なにナチュラルにお伺いたててんのさ………そうだね。今の箒ちゃんのポテンシャルならあと一回発動できれば上々かな』

「ありがとうございます」

『別に君の為じゃない』

 

 ひねくれにフッと笑みを浮かべ直ぐに引き締める。

 持久戦は悪手。ならば短期決戦でセシリアを奪還。

 接触人員を確保し、それを全力で防御する。

 

「私がミストルテインの槍で風穴を開ける。その隙に全火力を放出後、全員でセシリアちゃんを囲むわよ………それで出来なかったら撤退する、いいわね」

「………はい」

「了解」

 

 これ以上戦闘継続が出来ないことは自分たちもわかっている。

 唇を切る勢いで噛み締めながら決意を新たにする。

 

「箒ちゃんは後方で絢爛舞踏発動に集中。頼むわよ」

「はい!」

「ミストルテインの槍! マテリアライズ!」

「須佐之男起動! 雷式・天羽々矢!」

「山嵐、演算開始!!」

 

 だから、これが最後のチャンス。

 

 持てる全てを出し切る!! 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 なんでセシリアが苦しんでる? 

 なんでみんなが戦っている? 

 

 助けた筈だろ、俺が。

 

「これは何? また映像か?」

「いいや。これはリアルタイムだ」

 

 傍らに立つイーグルが冷徹に真実を放つ。

 

「フランチェスカ・ルクナバルトの最後の手だ。ドミネイト・ブルー・ティアーズに組み込まれたVTシステムを発動したんだ。セシリア嬢は抵抗しているが、いずれ限界が来る」

「限界って………死ぬのか?」

「最悪の場合な」

 

 身体から力が抜けて倒れそうになるところをなんとか踏みとどまる。

 

「なんでこんなの見せるんだよ………なんでこんなの見せるんだよ! 俺はこんなの見たくない!! なんでセシリアがこんな目に遭う! セシリアがなにしたんだよ! 俺が、俺が助け出したのに、なんでこんな!!」

「俺ではない。これは全てマスターが望んだこと。だから俺が見せたんだ」

「はぁ?」

 

 俺が望んだだと? 

 この惨状を見ることが? 

 

「ふざけるなよ。誰がこんなもの好きで見たいと思うんだよ!」

「そんなこと言ってもな。俺はマスターの深層心理を具現化させただけだ」

「嘘をつくな!!」

 

 イーグルの肩を強く掴んで睨み付ける。

 前髪に隠された空色の目は揺らぐことなく俺を写している。

 

「幸せな筈の未来も! そのあとの現実も! 今起こってることも。見たって意味なんてないだろうが! 何も出来ない! 何一つ出来やしない!! だって!!」

 

 俺はもう死んでいるから………

 

「だがこれがマスターが選んだ選択だ」

「わかってるよ!! だけどこれしか出来なかった! 助ける手段がないから! 怖くて、辛くて、だけどセシリアの方がもっと怖くて辛いから! あいつが泣いてたから! あいつのために、俺自身の為に、助けたかったから………だから必死に押し込んだんだ。怖いなんて、言ってる余裕なんてなかったから」

 

 一度でも受け入れたら飲まれそうだったから。

 

 恐怖をバネにして、ただひたすらに痛みを押し殺して………

 

 でも全部無駄に終わったのか? 

 全部かなぐり捨てた結果がこれなのか。

 

 身体から力が抜けてへたり込む。

 

 映像が消えて、元の白い大地と青い空。

 そして風の音だけが残った。

 

 黙り込む俺に何を言うわけでもなくイーグルは立っていた。

 まるで何かを待つように、じっと静かに見ていた。

 

「………………一緒にいたい」

「誰と」

「セシリアと、一緒にいたい。笑って、時には喧嘩をして、そしてまた笑って。それだけで良かったのに………それが出来ないと受け入れるのが嫌だった」

 

 だから精一杯強がったんだ。

 

「生きていたい………死にたくなかった。死にたくなかったよぉ………うあぁぁぁ」

 

 大粒の涙が視界を滲ませる。

 声を出して泣いたのなんて小さい頃以来だった。

 

「あぁぁぁぁーー」

 

 情けない。死に際、死んだあとに泣き崩れるなんてカッコ悪い。

 カッコ悪過ぎる。

 

 だけど泣きたかった。辛かった。

 

 何よりも、セシリアを助けられなかった事実が一番辛くて辛くて。

 

 いつまで泣いただろう。

 涙は依然として枯れることなく白色の地面を濡らしていた。

 

「このままでいいのか」

「………」

「このままでいいのか。セシリア・オルコットは今も苦しんでいる。死んだぐらいでお前は諦めがつくのか。何も出来ないと現実だけを見て、それで諦められるのか」

「………」

「お前は疾風・レーデルハイトと共にいれないセシリア・オルコットを受け入れるのか」

「………………………嫌だ」

 

 嫌だ、ああ嫌だ。

 

 だって、だって。

 

「セシリアが、幸せになれない」

 

 俺が死んだ。

 たとえ助けられたとしても。セシリアは俺を殺したことをずっと引きずる。

 

 たとえセシリアがこれから生きられたとしても。その後悔がセシリアを苦しめるだろう。

 

 俺がセシリアに重荷を作ってしまった。

 

「お前は何を望む」

「セシリアと生きていきたい! セシリアと、みんなと生きたい。一緒にISを動かして、なんでもない日々を過ごしたい!」

 

 イーグルの問いかけに考えるまもなく答えを出せた。

 

 いや違う。ずっと心の奥底に封じていた。

 

 もう出来ないから。

 

 どうしようもないと自分を無理やり納得させて。

 本当の望みを隠していた。

 

「セシリアと一緒にいたい! だって俺はまだ、あいつと世界を見ていない!!」

『ならどうする」

「セシリアを助けたい! あいつをあのクソババアから奪い取る! あいつに笑顔でいて欲しい! だから、助けたい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺はセシリアの隣に居たい!!!」

 

 涙が落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時。白色の地面が変わった。

 

「えっ?」

 

 涙が落ちたところから一気に草原が広がった。

 

 乾きに乾ききった白色の大地が、一瞬で青々とした緑に染まった。

 

 風になびく草原が心地よく五感を刺激した。

 

「やっと言ってくれたな。まったく遅いんだよマスターは!」

「うおっ!」

 

 イーグルが風に包まれた。

 やがて風が吹き飛び。

 

 そこには少年ではなく。見上げるほど大きい空色の翼を持った巨大な鷲の姿があった。

 

「お前は」

 

 まだ名無しの頃。スカイブルー・イーグルに乗った時に見た。

 

 快晴の空を雄々しく羽ばたく。空色の鷲だった。

 

「イーグル、だよな?」

「ああそうだ。これが俺の本来の姿って奴だ。お前がまだISに乗れない頃から育ててくれた、俺の勇姿って奴だ」

「乗れない頃って」

「ずっと世話してくれてただろ? 俺がまだ打鉄に居たころから」

「え、え? それって」

 

 レーデルハイト工業の地下施設で。ずっと動くことのない打鉄を弄って、何度も試した頃から? 

 

「届いてたぜ。お前の言葉は。でもお前のファクター・コードが発動しないとリンクできないからな。IS学園で諦められた時はどうしようかと思った。ほんと、セシリア嬢には感謝だな」

「は、ハハハ………」

 

 無駄じゃなかったんだ。

 

 あの時、諦めきれずに向き合い続けたことは。

 

 決して無駄ではなかったんだ! 

 

「嬉しそうな顔して」

「お前こそ」

 

 巨大な大鷲となったイーグルは誇らし気に俺を見下ろしていた。

 

 イーグルの言っていたことは間違いではなかった。

 

 セシリアとの思い出が走ったのも。

 幸福な未来を見たのも。

 後悔の先の未来を見たのも。

 

 そして、今の現状を目にしたのも。

 

 認めたくなかったから。

 諦めたくなかったから。

 

 死んだとしても、それでも生きていたいと思ったから! 

 

「難しく考えるのも素直じゃないのもマスターの悪い癖だな。もっと欲望に正直になれよ」

「お前だって素直じゃないだろ。なんでストレートに言ってくれなかった」

「マスター自身が強く願わなきゃ意味がなかったんだ。そうでもしないとこの状況は覆らねえ。さあグズグズしてる暇はねえ。最後の通過儀礼と行こうか」

 

 風が強くなる。

 暴風とも言える強さだが。その強さがいまは頼もしかった。

 

 暴風が吹き荒れるなか。スカイブルー・イーグルはその荘厳な見た目に違わぬ威厳に満ちた声で問いかけた。

 

「汝、力を欲するか」

「欲する! 誰よりも強い力を! 誰にも負けない強い翼を!!」

「なんのために欲する」

「セシリアを助けるために! セシリアと世界を見るために!! あいつの隣に立つために!!!」

 

 更に風が強くなる。

 何にも負けない。何にも止めることは出来ない。

 

 そんな風が吹き荒れる。

 

「ならこんなとこで立ち止まってられないな! 行くぞ、我がマスター!!」

「ああ、行こう!!」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「これでも駄目なの!?」

「くそっ!!」

 

 作戦は失敗した。

 

 ミストルテインの槍、雷式・天羽々矢、山嵐は敵の攻撃と、自らを盾にした肉壁による防がれ。敵のクリア・ティアーズ5機の戦闘不能という結果に落ち着いた。

 

 そして零落白夜と絢爛舞踏の重ね技も。 ワルキューレの自爆特攻の前に吹き飛ばされた。

 

「敵増援! 上空からコンテナ! ワルキューレ、数40機!」

「どんだけ作ってるのよ!!」

 

 毒ずく力はあるが、圧倒的物量差にこの短時間でISと操縦者ともに疲弊している。

 

 更に悪夢は続く。

 

『もう少し、もう少しで綺麗なあなたに戻るわぁ』

「う、あぁ………」

『セシリアちゃんのVTシステム侵食率増加! でかいのが来る!』

 

 暴れまわっていたレーザービットが統率の取れた物に変わり。スターライト・ブレイザーとビットのレーザーが収束する。

 

「アクセラレーター、最大出力」

「さあ! この一撃で眠ると良い!」

「ハハハハ! これで死ねぇ!」

 

 ドゥルガー・シンの収束砲撃。

 オーランディ・ブルームの花弁ユニット【フラワーレイ】。

 そして残ったクリア・ティアーズとワルキューレが一斉射撃の構えを取る。

 

 これを防ぐ手だてはない。

 一夏が霞衣のシールド、菖浦が須佐之男で防御体勢を取るもとても受けきれるものではない。

 

 フランチェスカの歪んだ笑みが深くなる。

 

『これで終わりよ! 焼き払え!!』

 

 膨大な光が放たれる。

 光の濁流と化したそれは回避も防御も意味をなさなかった。

 

 誰もが終わりを確信した。

 

 その時。

 

「え、海中からIS反応? 物凄い速さで」

「この反応は!?」

 

 海中の抵抗を物ともせず海から舞い上がったのは。

 

 原型を残さず、今にも崩壊しそうな空色のISと。

 

「疾風!?」

「疾風様!!」 

 

 死んだ筈の疾風・レーデルハイトの姿だった。

 

 疾風が右手をかざすと、巨大な円球と化したプラズマ・フィールドが展開された。

 

 プラズマ・フィールドに次々とレーザーが突き刺さるが、それを物ともせず。それどころか。

 

「受けたレーザーから霧散した粒子が、スカイブルー・イーグルを中心に集まっている?」

「なんだこの表示? 白式とスカイブルー・イーグルのダイレクトコンタクトだって?」

 

 何が起きてるのか、理解が決まらず。敵も味方もただ目の前の光景に圧倒された。

 

「………疾風」

 

 たった1人を除いて。

 

《外部エネルギー供給完了。白式とのリンク確立。生体再生機能をダウンロード。プログラムスタート》

 

 血だらけの肉体が修復されていく。

 血管は繋ぎ直され、折れた骨が繋ぎ合わさる。

 

《取得経験値解放。機体再構築マッピング確立》

 

 砕けた装甲が粒子化し、光が強くなり。プラズマ・フィールドは巨大な光球に変化。

 まるで産声を待つ卵のように──

 

 

 

第二次形態移行(セカンド・シフト)・ブートアップ》

「来い!!」

 

 

 

 

 

「スカイブルー・イーグル・ヴァリアンサー!!」

 

 

 

 

 

 叫びと共に光が爆発し、空に放たれた余剰エネルギーが雨雲を吹き飛ばした。

 

 敵は衝撃波によって後退り。

 一夏たちはその姿を目の当たりにする。

 

 晴らされた空からの光に照らされた青い稲妻を迸らせるインフィニット・ストラトスを。

 

 更に鮮やかになった空色と白のコントラストは、所々金色のエングレービングが。

 華奢だった装甲はシャープさを残しながら重厚感を見せ。

 

 両肩には新たにシールドユニット。

 首もとにはマフラーのような放熱策が揺らめき。

 8枚の独立した板状のスラスターユニットが翼のように連なっていた。

 

 そしてISだけではなく。本人にも変化があった。

 

 瞳には完全覚醒したファクター・コードの空色の虹彩が光り。

 再生治療の影響か、はたまたイーグルの粋な計らいか。彼の後ろ髪が肩まで伸びていた。

 

 おもむろに髪を束ね、右腕につけていたヘアゴムで縛り上げる。

 たなびく一つ結びに、飾り石が輝いていた。

 

 確かな意思と、願いを込めて。

 

 彼は再び舞い戻った。

 

第二次形態移行(セカンド・シフト)完了。システム・オールグリーン。さあ、ぶちかませ!》

「ああ! 反撃開始だっ!!」

 

 

 

 






 いやったああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!

 どうも皆さん。長い鬱展開からようやく解放された無敵の男。ブレイブです。
 やっと!やっと書けました!スカイブルー・イーグルの第二次形態移行(セカンド・シフト)!!
 こっから文字通り反撃開始です!!よっしゃぁぁぁ!!

 ええ、本気を出しました。
 一度死んでますからね、復活がチャチな物にならないように拘りに拘りました。
 ………その結果文字数驚異の2万文字オーバーになりました。半分に分けて2話作れるレベルですよ!ほんとやっちまいましたね。
 ただこれ以上話数引き伸ばしたくなかったのです。

 ですがまだ止まりませんよ。ここからが本番ですからね!!

 次回!新たなるIS。スカイブルー・イーグル・ヴァリアンサーの大暴れっぷりをご覧あれ!!



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第135話【疾風迅雷(ヴァリアンサー)



 今回も欲望のままに書きました。
 やり過ぎたかもしれんが書いてて楽しかったです。

 一発逆転の大立ち回り。とくとご覧あれ!!




 

 

 

 力が際限なく沸いてくる。

 イーグルの脈動が伝わり、まるでISと完全に一体化してるかのような充足感が溢れてくる。

 

 ファクター・コードが完全覚醒した今。俺の感覚とイーグルのハイパーセンサーは一体化している。

 まるで元から人体の一部としてあったかのように周りのデータや流れが手に取るように理解できる。

 

 視線を動かすと、生まれ変わって最高にカッコよくなった愛機、スカイブルー・イーグル・ヴァリアンサーのフォルムが見て取れる。

 搭乗者視点でこれだけ惚れ惚れするなら全容を見たときどうなるのか。

 

 だが今はあと。一刻も速くセシリアを助け出す。

 

 それだけを胸に意気揚々とスラスターから光を放とうと──

 

「疾風さまぁっ!!」

「アダァ!!」

 

 悲報。

 第二次形態移行(セカンド・シフト)したイーグルの最初のダメージ。

 背後からのハグ。

 

 相変わらず俺は間が悪いというか格好がつかない。

 

「疾風様生きてますね!? 夢幻じゃないですよね!? 足はついてますか!? お腹は!? 傷は大丈夫なのですか!?」

「あ、菖蒲さんや。一旦落ち着いて」

「落ち着ける訳ないじゃないですかぁ! ウワァァァァン!!」

 

 端正な顔をグシャグシャにしてしまう菖蒲。あーあ鼻水まで出ちゃってこの子は。

 

 血みどろかつ骨も折れまくっていた俺の身体は第二次形態移行(セカンド・シフト)時に再生修復され。ISスーツも篠ノ之博士から与えられたスーツを元に再構成されているため、傍目から見れば先程の怪我がなかったかのように見える。

 だか菖蒲にとってはそんなの知らないし関係なく、泣きながら身体をペタペタと確かめまくってるというカオスな状況となったのだ。

 

 それどころじゃないと思いつつもいま襲いかかって来てる案件も片付けなければならないと、ファクター・コードで冴えまくっている頭で演算しようとした。

 

「菖蒲、一旦離れよ?」

「は、はい」

「疾風」

「はい」

「こんなこと、もうやめてね。死んで生き返るなんて、フィクションで充分」

「………うん」

 

 IS越しに抱き付いてきた菖蒲を優しく剥がす簪の目にも涙が浮かんでいる。潤んだ目には安堵と少しの怒りが混じっていた

 無理もないし、その原因が自分自身にあるのだから何も言えない。

 

「ごめんなさい疾風様。でも、本当に嬉しくてっ」

「本当にごめん。色々話したいけど今は、おっと」

 

 眼前に迫るレーザーを腕部プラズマサーベルで切り払う。

 感動の再開に横槍を入れたのは勿論あの女だ。

 

「ハハハ! オイオイなんで生き返ったんだ? 死んだよなお前? まあいいや! 生きてんなら殺すだけだ! むしろ私が殺さなきゃなぁ!!」

「下がってて」

 

 ライフルを撃ちながら瞬時加速(イグニッション・ブースト)で接近するメイブリックから庇うように一歩前に出る。

 狂気にまみれた顔面に対し俺は表情一つ動かさず、奴をぶちのめす為に武器の名を呼ぶ。

 

「ロンゴミニアド」

 

 音声コールと共に出たのはブライトネスを一回り大きくしたようなランス状の武器、【ロンゴミニアド】。

 螺旋のモールドが彫られた白地の槍に水色と金色のラインが1本ずつ織り込まれた優美なデザイン。その紋様を起点にプラズマが渦を巻いている。

 

「てめぇの首を切り落としてぇ! アリア・レーデルハイトの足元に転がしてやるよぉ!!」

 

 意気揚々に抜いたレーザーサーベルを寸分違わず俺の首に向かって振り抜くが………ソレは空しく空を切った。

 

「なっ、何処に!」

「ここだよ」

「!?」

 

 消えた俺を見てメイブリックが眼を見開く。

 ブルー・ブラッド・ナノマシンで強化された動体視力を持ってしても躱されたと知覚出来なかった。

 

「13発」

《セット》

「バースト!」

 

 ロンゴミニアドの切っ先が触れた瞬間。一瞬に凝縮された13回分のプラズマパイルががらあきの背中を打突し、メイブリックを吹き飛ばした。

 

「ガッ、ポッ! ベッ! ブボラバボボボ!!」

 

 海に衝突したメイブリックはまるで水切りのように海面を跳ね回った後に派手な水飛沫を上げた。

 

「予想以上に吹き飛んだ。凄いなこれ」

 

 ブライトネスを元にした新武装。かのアーサー王が持っていた聖槍と同じ名を持つそれは大仰な名称に違わぬポテンシャルを発揮した。

 

《17回叩いたぞ》

「13回じゃなくて?」

《いや水面を》

「やばっ」

 

 ブライトネスを元に再構成された新武装に感心しながらイーグルが片手間に分析した水切り記録に軽く引く。

 

「ちょっと。今の動きなに? 辛うじて目で追えたけど」

「8つのスラスターを個別点火したようだな。だがあの速さと正確さは今までのイーグルとは段違いだ」

 

 ラウラの言う通り、進化したイーグルの8基のカスタム・ウィングを個別に点火し。文字通り消えたと思える程の速さでメイブリックの上を取つつ攻撃ポジションを整えていた。

 追記すると、強化されたハイパーセンサーによる演算で相手の死角を割り出し。最適なコースで視界から消えたと見せかけることが出来た

 

 そしてしれっとイーグルと会話しているが。

 これは新たなイーグルに付随する形で追加されたサポートAI………という体でISコア人格が表に出てきてサポートAIとして居座ってるというトンデモない感じになっている。

 

 俺のISハンパないと思っていたら、イーグルが独自で篠ノ之博士にコンタクトを取っていた。

 

《母よ。セシリア嬢に介入するプログラムは俺が構築する。他の雑事を任せても良いだろうか》

『え、あんた誰? イーグルから聞こえてるけど、てか母って。まさか』

《今は聞かないでくれると助かる。だが俺は奴とは違うから安心してくれ》

『………わかった。信用する』

《助かる》

 

 話はついたようだが奴とはいったい。いや今はどうでも良いか。

 

「さて………」

 

 改めてみるとふざけたような戦力差。

 一夏たちが戦線復帰するにも時間がかかる。

 

 諸々を無視し、単機突撃してセシリアをかっさらうことは今のイーグルなら可能ではある。が。

 

《マスター。セシリア嬢に介入するプログラムの構成に5分かかる。その間に露払いをして欲しい》

「わかった」

 

 このように直ぐに行けない状況だ。

 対策がないまま下手に接触すればフランチェスカが何かをする可能性も捨てきれない。

 

「う、ぅぅ………」

「セシリア」

 

 VTシステムなんて醜い代物に捕らわれるセシリア。一刻も早く救いだしたい。

 無い物ねだりと言えばそれまでだが………

 そんな俺をよそに、イーグルがほくそ笑んだ。

 

《フフッ。マスターの恋人は凄いな》

「え?」

《マスターが復活してからセシリア嬢のバイタルが少しだけ安定した》

 

 ………あいつは。

 

 また目頭が熱くなる。

 本当に、本当に俺の恋人は大した女だ。

 

「みんな、俺がいない間ありがとう。一旦下がって休んでてくれ。あとは俺がやる」

「俺がやるって。この数を一人でやるつもりか!?」

「いくら第二次形態移行(セカンド・シフト)したとはいえ無茶だ!」

 

 目の前にはISが15機、さっきメイブリックを落としたから14機。そしてワルキューレが補填されたのを含めて50機強。

 

 以前一夏が第二次形態移行(セカンド・シフト)した時に対峙した銀の福音のスペックを加味しても非現実的の一言。

 一夏と箒の言う通り単騎で行くなど馬鹿げている。

 

「大丈夫だよ一夏、箒。今の俺とイーグルならあんな奴らに負けやしない。今ならなんだって出来る気がするんだ」

「疾風、お前その目は」

 

 いつもの黒目とは違う空色に光る瞳。

 ラウラの越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)と似ているようで、そして決定的に違う力。

 

「本当に大丈夫なのね、疾風くん」

「大丈夫です、会長も休んで下さい。ミストルテインの槍を負荷全開で撃って右腕の回路が不調でしょ?」

(え、なんでわかったのかしら)

 

 俺の言葉に会長は少なからず驚いていた。

 何故ならミステリアス・レイディの右腕は言った通りミストルテインの槍の負荷がかかって思うように動かせないでいたのだ。

 

 それをいまの一瞬で理解した、いや理解できるポテンシャルが今の彼にある。

 だから楯無は任せることにした。自分がヘッドハンティングした頼れる生徒会副会長に。

 

「わかったわ。無茶しないでよ、絶対に!」

「はい!」

 

 もう絶対に命を投げ捨てたりはしない。

 俺はセシリアと生きる。生きて世界を見る。

 

 あいつを絶対に1人にさせない! 

 

「さあかかってこい頭でっかちの脳無しども! 纏めて相手してやるぜ!!」

 

 8基のスラスターが唸りを上げ加速。

 前のイーグルの瞬時加速(イグニッション・ブースト)に迫る速度を見せた。

 

「たった一人で勝てると思ってるの? これだから男は」

「なら見せて上げましょう。世界の現実ってものをね!」

 

 ビットとワルキューレを合わせた火線は相変わらず弾幕ゲー顔負けの密度だ。

 通常ならどんな相手もからめ捕れるだろう。

 それを分かってか頭が傲慢に満ちたミサンドリーたちは大した驚異ではないと判断する。

 たとえ相手が第二次形態移行(セカンド・シフト)したとしても。男なのだから取るに足らないと。

 

 はっきり言おう。

 

 お前らアホじゃねえかと。

 

「行くぞイーグル!」

《了解! イーグル・スフィア、演算開始!》

 

 より鋭角的かつ、更に鷲の要素を取り入れたハイパーセンサーユニットに一瞬電子回路のような紋様が走る。

 

【イーグル・スフィア】

 イーグルの強化観察型ハイパーセンサー、イーグル・アイ。その発展型であるイーグル・スフィアは瞬時に弾幕の密度、射線計算と未来予測を幾重にも重ねて解析。

 その結果を一切漏れを起こさず、かつスムーズジャズにパイロットに伝える。

 その演算能力は以前と比べるのもおこがましい程のオーバースペックであった。

 

 初撃で襲い来るレーザーの雨霰を潜り抜けるように高速飛行。

 両肩の複合シールドスラスター【プリドゥエン】。そして8基の板状スラスターがアンロックユニットの利点を最大限に活かし、自由自在かつ最適な配置による加速と加速方向でイーグルをぶっ飛ばす。

 

 その動きはまるでアメリカが未完成状態にあるファング・クエイクの個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)の多角高速機動に匹敵していた。

 

 浴びせられる光の洗礼にかすることすらなく。新生したスカイブルー・イーグルはものの数秒で弾幕を突破した。

 

「え、嘘でしょ!?」

 

 いとも簡単に。抜けるわけがないと絶対の自身があった迎撃が抜かれたことに思考が一瞬止まる。

 戦場において思考停止など愚の骨頂。それを体現するかの如く猛禽は獲物に爪を振りかざした。

 

 クリア・ティアーズ1機の実体シールドにロンゴミニアドをねじ込む。

 加速による重さと、螺旋状に放出されるプラズマパイル2発で盾をずらし、続く2発がその胴体にねじ込まれる。

 

「速い!」

「なんなのこの速度!」

「狼狽えるな! 相手は1機だ! 撃ち落とせ!」

「ハハハー! お約束の台詞どうも!」

 

 ロンゴミニアドをリコールしすれ違いざまワルキューレ3体を腕部プラズマサーベルで切り裂き、プラズマバルカンで更に2体を穴だらけにする

 

 休みなく降り注がれるレーザーを小ブースト、ハイブースト、クイックターンを織り混ぜて回避。

 まだ機体に慣れていない故の被弾もイーグルがプラズマ・フィールドで防いでくれた。

 

「この反則的な動きはなに!? パイロットはなんで平気なの!?」

「あんなのミンチになってもおかしくないでしょ!!」

 

 彼女たちが狼狽えるのも無理はなく。その軌道はおよそ人間が、というよりISを含めた兵器が出して良いものではない常識はずれかつ人外じみた鋭角軌道だった。

 

 本来瞬時加速(イグニッション・ブースト)、又はそれに匹敵するスピードでの急速な方向転換はISのPICをもってしても身体に負荷がかかり、原則で禁止とされている。

 だがオーバードライブさながらの高速転換機動にも関わらず、俺とイーグルは涼しい顔でワルキューレやクリア・ティアーズを翻弄していた。

 

 常人ではあり得ない機動。もちろんマジックの種はある。

 

《システムPGC、正常に作動中。重力加速干渉負荷は認められない》

「我ながらISの既存体系に喧嘩売ってるなこいつは!」

 

【PGC】

 正式名称、パッシブ・グラビテーショナル・アクセラレーション・キャンセラー。

 名前の通り。パイロットとISにかかる重力加速度。急旋回や急加速で発生するG負荷を無効化する。ISの標準機構、PICの正当強化版。

 ラウラのレーゲンが持つAICが防御に特化したものならば、PGCは速度に特化したものと言える。

 

 これにより常人が失神するような無茶苦茶な機動を行ったとしてもパイロットに対する負荷はなく。それどころか通常のISでは行えない超高速撹乱機動を行うことが出来る。

 

 勿論通常のISがそんな速さで動けば機体と身体は無事でも目まぐるしく変化する視界に頭と眼を回すものだが。進化したイーグル・スフィアとの併用によりレーザー弾幕を容易く回避する程の飛行を可能とした。

 

「まだまだ行くぞ! 来い、アロンダイト! クラレント!」

 

 右手にコールされたのはインパルスとボルテックの後継としてデザインされた大剣と見紛う大きさの空色と青、金の装飾が施された槍【アロンダイト】。

 

 左手にはエクレールのデータを元にしつつも全くの別物に変貌した、銃身下部に実体ブレードが設置された複合可変ブラスターライフル【クラレント】が現出する。

 

「プリドゥエン、シュートモード!」

 

 肩の複合シールド【プリドゥエン】の装甲がスライドし、シールド自体が砲門となる。

 クラレントの穂先、アロンダイトの銃口、シールド内に充填されたプラズマが鳴動。

 

 更にスカイブルー・イーグルの第三世代能力であるプラズマ固定化能力の性能上昇により。機体周囲にプラズマの槍が複数生成される。

 

《敵相対距離予測算出。ランダムターゲット、オールウェポンズフリー!》

「撃ちまくれ!!」

 

 アロンダイトとプリドゥエンのプラズマ弾、クラレントの電磁ビーム。

 生成されたプラズマスピアが一斉に敵軍に撃ち込まれ、破壊と混乱をばら蒔いた。

 

 ワルキューレはスピアに貫かれたのち爆散し、ISはプラズマに撃たれて吹き飛ばされる。

 先程のレーザーの雨と比べれば小雨のような弾幕だが、正確無比な射撃は数撃ちゃ当たるの確率を格段に上げる。

 

 そのまま敵中央に突入、内部から撃ちまくって更に混乱を増長させる。

 

「いい気になるなよレーデルハイトぉ!!」

 

 水中に沈んでいたメイブリックが両手のサーベルで斬りかかるのをクラレントの銃身下部から発生したプラズマブレードで受け止める。

 

「おおどうだったメイブリック。人体水切り体験の感想は!」

「黙れレーデルハイト! 殺す! 首だけですまねえ! 五体全部バラバラにしてやる!」

「お断りだなぁ! 髪の毛1本足りとも渡すものかよ!」

 

 唾競ったままプリドゥエンの砲撃を食らわせクラレントのレールガンをゼロ距離でぶち当てる。

 

「色々と物申したいことはあるがな」

「このっ!」

「生憎お前一人構ってる時間はねえんだよ!」

 

 クラレントをリコールしインパルスから引き継いだアロンダイトのプラズマバスターソードを現出。

 インパルス以上の輝きを持ったプラズマの大剣がメイブリックの武装ごと凪払った。

 

「くそっ、くそっ! くそがぁぁぁ!!」

 

 シールド危険域に達したメイブリックが口汚い声を発しながら離脱する。

 追って仕留めてもいいが、あんな路肩の石に構ってる暇も余裕もなかった。

 

 敵もこちらの速さに順応してきたのか段々と被弾コースが増えてきた。

 

 50機以上いたワルキューレも既に先程のフルバーストで10機まで撃ち落としたが。クリア・ティアーズのレーザービットは尚も数の差を埋めてきている。

 

「敵はアホだが馬鹿じゃないな。ヴァリアンサーに当ててきてる。ビットもうざくなってきた」

 

 現在敵を圧倒し縦横無尽に立ち回ってはいるものの、機体に慣れきってないところをファクター・コードとイーグル・スフィアのサポートでぶんまわしてる。

 元のスカイブルー・イーグルとは明らかに違うヴァリアンサーの性能に少しだけ振り回されている現状だが、単純なマシンスペックと技量でなんとか事なきを得ている状態だ。

 

 だがそれでも敵の足並みは現在進行形でグズグズに崩れているのも事実。

 

 更なる駄目押しをぶつける! 

 

「イーグル!」

《セットアップは終わった。イメージはマスターに任せる!》

「よし!」

 

 アロンダイトとプリドゥエンからプラズマネットを放出、レーザーを散らし。瞬時加速(イグニッション・ブースト)で敵中央から離脱する。

 

 敵全体を俯瞰する。敵の位置、進行ルート把握。

 

 ………イメージを固める。

 

 紆余曲折あっても、セシリアはより高みに行った。

 

 隣に立つと決めた! なら追い付かねえとな! 

 

 総員───抜剣! 

 

「行け! ラウンズ!」

 

 翼と腰に携えた剣が目を覚ます。

 俺の号令を得てビーク・ビットの強化形態【ソード・オブ・ラウンズ】が起動。

 

 8基のスラスター1つに付き1基ずつ射出される小型のタイプA。腰のプラットフォームにマウントされた実体剣付きの大型のタイプBが4基射出。

 

 再び敵中央に突貫。通りすぎたその背中を撃とうとワルキューレがレーザーガンを構えた瞬間。

 

 縦方向に真っ二つにされ、更に六分割にされた。

 

 人形をバラしたのはプラズマソードをもって飛び回る12機のラウンズ・ビットたち。

 12の小さな騎士たちはビットに搭載するには余りにも高性能なプラズマ・スラスターによる推力をフルに使い、瞬く間に残ったワルキューレ全てを両断。

 

 そのまま敵のビット目掛けて縦横無尽に進軍し切り結ぶ。

 

「敵のビット兵器!? だが電子制御如き………!!?」

 

 敵の規則的な動きを察知し、直ぐ様撃ち落とそうとしたラウンズが不規則に戦場を跋扈(ばっこ)する。

 

 機械的かつ生物的。とても自分たちが知る電子制御の動きではなく、むしろ自分たちが使っているBT操作能力そのものと言っていい動き。

 撃ち落とそうとするビットがすれ違い様に切断され。飛び回る騎士から逃れようとするビットも速度が勝るラウンズが無情にも斬り刻んだ。

 

 ビットをあらかた片付けたラウンズはISに狙いを定める。

 

 翼に付けられていた小型のタイプA(アロー)は生成したプラズマソードをそのまま弾丸として放ち。

 腰に備えていた大型のタイプB(ブレード)はビット自体のスラスターを駆使して時々ビットのような直線機動ではない剣士の太刀筋のような斬撃で敵ISに斬りかかっている。

 

「この動き、機械のそれじゃない!」

「まさか奴のビットもBT制御だと!?」

「馬鹿な! 奴の機体からそんな反応はないわよ!?」

「じゃあ電子制御だというの!? 有り得ないわ!」

《有り得るんだなぁこれがっ!!》

 

 聞こえもしないのに意気揚々と答えるイーグルがラウンズの動きを更に変化させる。

 そう、ラウンズ動かしてるのは紛れもなく俺とイーグル。

 

 パターン化されていたビークビットとは違い、BT通信と遜色のないラグの無さで俺の思考を電子データとしてイーグルが変換する。

 あたかも脳波で動かしてるかのように操作し、手が回らない場合はイーグルがラウンズを操作する。

 

 AI技術や通信技術の根底を蹴り飛ばすかのようなテクノロジー。その詳細を知れば何処まで出鱈目なんだと世界中の技術者が喚くだろう。

 ISのコア人格が直接サポートする。それは字面以上にチート(反則)級のスペックとなって外敵に振るわれることとなる。

 

「イーグル! あとどれくらい!」

《後3、いや2分半だ!》

 

 大暴れの大立ち回りをしているというのに戦闘からあまり時間がたっていない。

 それほどの高速戦闘を繰り広げているというのをお互い知覚出来ないほど濃密な戦闘空間。

 

 奴らの全滅が主目的ではない。

 セシリアも耐えてくれているが、贅沢が言えないのも事実。

 

 1分1秒が恐ろしく長い。

 流行る気持ちを胸に、再度武器を握る。

 

「なら力の限り飛ぶだけだ! ついてこいよ相棒!」

《All Right! 何処までも!》

 

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

「す、すげぇ………」

「いくら第二次形態移行(セカンド・シフト)したとはいえ」

「あれほど変わるもん? 別物じゃん」

 

 元の要素を残しつつも原型からかけ離れた進化遂げた疾風とスカイブルー・イーグル・ヴァリアンサーの鬼神のような戦い振りに皆は揃って圧倒されていた。ていうか引いていた。

 

 疾風とイーグルが元々射撃兵器にアドバンテージがあったとはいえ。あれほど絶望的な状況が既に拮抗し、覆ろうとしている。

 今の疾風は誰にも止められない。まるで嵐のように敵を翻弄し、雷のような強烈な一撃が敵に襲いかかる。

 

 疾風迅雷。今の彼らを表現するにこれ以上ない言葉であろう。

 

「さっきの疾風の眼。もしかしてラウラのと同じ? ナノマシンがどうって言ってたけど」

「いや。確証はないが、あれは似てるようで全くの別物だろう。反応速度と思考選択に一切の乱れや遅れを感じない」

「完全にISを制御下に置いてる動きよね。考えるより動くというより、考えた通りに動きすぎてる。それにあの多種多様の武装。どれも大振りで扱いに難がありそうなのに軽業のように操ってる………ほんと短い間で強くなっちゃって………」

 

 様々な憶測が流れる。

 どれも推測に過ぎないし、帰ってからじっくり聞かせて貰おうとも考える。

 

 それほど今の疾風は一つ次元を越えた強さで敵ISを弄び、叩き落としている。

 

 圧倒的な強さ。

 そしてそれを行えるだけの十全な技術があって初めて出来る動きだった。

 

 ………けどそんなことは関係ないのだ。

 

「数値や機体のスペックじゃないと思う」

「ええ。疾風様のセシリア様を救いたいという強い想い。それが何より疾風様に力を与えてくれているんです!」

 

 セシリアへの愛。

 その強い想いが疾風を死という回避不可能な事象を覆し再び空へ舞い上がらせた。

 

 非現実的、非論理的と笑われるかもしれない。

 だが疾風の一途で計り知れない想いが今の彼を動かしている。

 疾風は愛する人の為に文字通り死中に活を求めた大馬鹿野郎だ。

 たかが愛などと笑うものはこの場にいない。

 

「絶対に大丈夫だ」

 

 一夏は力強く確信する。

 

 誰かを守りたいという想いが力になることを誰よりも知っているから。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 勝利を確信する一夏たちと打って変わり。

 新たな力と翼と決意を込める疾風を見てフランチェスカは戦慄し、絶句する。

 

 憎き仇敵が死んで生き返った。

 それだけでも異常でおぞましいことなのに、第二次形態移行(セカンド・シフト)まで発現した。

 

 更に………

 

『ファクター・コードが、完全に覚醒している………』

 

 先程は不完全な覚醒。だがそれでも完璧と思われたセシリアの精神防壁を突破してきた。

 今の完全覚醒した疾風なら、どうなるかなど想像は容易い。

 

 それでも戦力差は絶大。たとえ相手が第二次形態移行(セカンド・シフト)したとしても、ファクター・コードを使ったとしても負ける要素などない。

 ISの数は単純な力。戦力差を見れば恐れることはない。そう思っていた。

 

 だが実際はどうか? 

 あれほどいたワルキューレは悉くスクラップとなり。

 膨大な弾幕も新生イーグルの埒外な機動を前にろくに当たらず。逆に弄ばれ、着実に戦力が削ぎ落とされていく

 

 フランチェスカ・ルクナバルトは支配する側だ。

 数々の男を手のひらで転がし、貶め、破滅させてきた。

 

 普通と言えばあれだが。あんな機動でも繰り出している疾風とスカイブルー・イーグル・ヴァリアンサーでも、熟練者ならなんとか対応できることもある。

 仮にこれがアリア・レーデルハイトや更識楯無ならば、何かしら突破口を見出だし食らいつくことも不思議ではない。

 

 だが彼女たちは違う。

 ブルー・ブラッド・ナノマシンによるIS適正向上や感覚強化を行っていてもISの技量は代表候補生と同等かそれ以下。

 いくら強い機体と強い能力を持っていたとしても、パイロットの技量と精神が未熟では当たるものも当たらない。

 

 何より彼女らは自分たちが優れてる、何より目の前の男が自分より劣るものと疑わない。

 女尊男卑主義者どもはそれ故に慢心している。慢心していると気づいていても抜け出せない。

 

 機体性能差、パイロットの技量差、更に駄目押しとしてファクター・コードによるISとのシンクロ。

 無数の力が、究極の一によって盤面をひっくり返されている。

 

 物量=力という前提が崩された

 

 女尊男卑世界のトップとして君臨する彼女にとって疾風・レーデルハイトは汚ならしい汚泥にして吹けば飛ぶ矮小な存在。

 

 だがいまこの瞬間。

 

『殺しなさい』

 

 年端も行かない、ISを動かせるだけの男に。

 

『殺しなさい! 疾風・レーデルハイトを殺しなさい!! 奴をセシリアに近づけるなぁ!!』

 

 彼女は明確に恐怖した。

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

《マスター。ヒステリーババアがキレたぞ》

「口が悪いよイーグル」

《マスターの影響だが?》

「ド腐れ脳足りんクソレズも足しなさい」

《流石マスター。毒舌のレパートリーが多いな》

 

 俺の影響なら仕方ないよね! 

 

 口を動かしながらも敵にロックオン。

 目を合わせた女は明確に恐怖を露にし、その醜い性根にプラズマを叩き込んだ

 

「これで2機、いや3機ぃ!!」

 

 重厚な砲撃で1機を落とし、直ぐ様反転し背後から切り裂こうとするクリア・ティアーズのサーベルを一蹴。

 そのままアロンダイト、ロンゴミニアドの連撃でシールドを削り殺す。

 

 双槍をリコールしクラレントをコール。遠方から狙っている敵のライフルをレールガンで破壊。

 背後から迫るレーザーを右のプリドゥエンで防御し、左で撃ち落としていく。

 

 その間もラウンズが縦横無尽に飛び回り敵の武器やシールドを斬りつけていく。

 

 よし、次は………

 

「んんっ!」

 

 突然得たいの知れない疲労感に襲われた。

 

 高速で動き回るそれが一瞬止まる。

 その隙を見逃さない女傑が刺しに入った。

 

 動きが緩慢になったイーグルに撃ち込まれたのは弾丸、ではなく種子。

 シールドを素通りして装甲に撃ち込まれたそれは瞬く間に成長し、動きを阻害する植物となった。

 

「これ以上の不義狼藉は見過ごせないね!」

「オランダのオーランディ・ブルームか!」

 

 プリドゥエンに蔦状の鞭、ヴァイン・アームズが絡まる。

 

 オーランディ・ブルームを操るはロランツィーネ・ローランディフィルネィ。

 女性でありながら99人の女性と交際してると公言しているラノベ主人公でもそこまでいかねえだろ! ってなる世界が生んだ傑物。

 

 そのISの第三世代能力もバイオ工学とIS技術を組み合わせた植物由来の生体操作というぶっ飛びっぷりだ。

 

「んぐっ!?」

「捕らえましたロラン様!」

「今のうちに!」

「ああ、君たちの頑張り。無駄にしないとも!」

 

 両側から体当たりばりに拘束してきた。

 うわ、触るのも嫌なのに! って顔してやがる! なら触んじゃねえよ!! 

 

 悪態をつくのもつかの間、オーランディ・ブルームの2枚の巨大なアンロックユニットが直列で重なる。

 そこから放たれる【フラワー・レイ】と呼ばれる高出力光線。

 通常広範囲に放たれるそれを一点集中し、トリガーが引かれる

 

「儚く散るがいい!」

「やらせるか! 前方最大防御!!」

《プラズマ・ウォール、プラズマ・フィールド展開! ラウンズ、防御体勢!》

 

 スリットを解放し前方に向けたプリドゥエンから不可視と見紛う密度のプラズマバリア。

 更に機体本体のプラズマ・フィールドとラウンズ数基を起点にバリアという三重防御。

 

 広範囲拡散射撃でも高出力な直結型フラワー・レイと真正面でかち合った三重のプラズマ防御。

 

 弾けたビームが方々に飛び散り、イーグルを起点に光が散らばる中。

 

「俺とイーグルをなめんなよ、色女ぁ!!」

「これで突破できないのか!?」

 

 膨大なエネルギーと衝突したそれは怯むことなくキッチリ乗り手を守っていた。

 燃費はプラズマ・フィールドより高いが高出力照射モードのフラワー・レイの威力を減衰させ、2枚目3枚目のシールドがビームを防御、拡散して受け流す。

 

 短くも長いビームが終わると同時に思考が動く。

 身体に纏わりついた蔦をプラズマで焼き払い、同時に両側を拘束する女どもを引き離す。

 弾かれたことに怒りを募らせサーベルを引き抜く2人。それを払いのける為に俺はプリドゥエン最後の手を引き抜いた。

 

《プリドゥエン、ソードモード!》

 

 加速、射撃、防御に続く斬撃形態。

 紅椿の絢爛舞踏を参考にイーグルが模造したマルチプルウェポンからプラズマの刃が伸びる。

 

「「は?」」

 

 その大きさはIS1機分。

 あまりに予想外かつ突拍子もない武器の登場に機体の挙動に遅れが発生。

 その致命的な隙をプラズマバスターソードと同じぐらいの大きさを誇るそれが機体の回転と共に振るわれた。

 

「あんたとは素でやりたかったよ。ローランディフィルネィ」

「な、あっ」

 

 巨大な刃がクリア・ティアーズ2機を撫で斬りにしたのちに瞬時加速(イグニッション・ブースト)発動。二段階瞬時加速(ダブル・イグニッション・ブースト)に迫る速度でオーランディ・ブルームに肉薄。

 

 その速度を前に獲物であるレイピア・カウスを抜くこともままならずサーベルとプリドゥエンの4刀とラウンズ12基の斬撃を食らって海に落ちた。

 敵の主力1機沈黙。敵ISも着々と無力化に向かっている。

 

《無理するなよマスター。病み上がりでファクター・コードを全開起動してるんだ。スタミナが切れたら助けるどころじゃないぞ!》

「大丈夫だよイーグル。たった5分ぐらいやりきるさ。それに本当に危なかったら止めてくれるだろ?」

《それはそうだが。直上!》

 

 上を向く前にプリドゥエンで防御。太陽を影に突進するブルームとは違うオレンジのIS、ドゥルガー・シンのかかと落としがウォールとぶつかって軋んだ。

 

「っ、重いっ!」

「これ以上やらせませんよ!」

「あんたとも素面でバトルしたかったな! ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー!!」

 

 蹴りの衝撃で飛び退くギャラクシーは脚部からエネルギー光波【ロウ・アンド・ハイ】を飛ばす。

 

 ドゥルガー・シンはロールアウトしたばかりのISであまり情報はないから第三世代能力がどのような物かは定かじゃないが、そのポテンシャルは本物。

 先程の蹴りも高密度のエネルギーを纏った蹴りで、プラズマ・ウォールでなければワンチャン破られていた可能性もある程の衝撃だった。

 

 迫るブレード光波を回避した先にクラスター・ボウの拡散レーザー。

 誘導はないが、これぐらいの出力なら押し通れる! 

 

 光の雨を縫うように接近、直撃コースをシールドとサーベルで切り抜ける。

 

 ミドルレンジの間合いで攻撃を叩き込もうとしたが、ギャラクシーはこの時を狙っていた。

 

「ラクシャーサ・ユニット、出力最大!」

 

 クラスター・ボウを鬼面のアンロック・ユニット【ラクシャーサ】に戻した。

 ラクシャーサの目元を覆っていたマスクが上がりツインアイが露になると。ユニット中央を貫くように巨大なレーザー・ソードが出力され、その大きさはIS2機分の大きさに迫った。

 

「でかぁ!? 張り合えるかイーグルッ!!」

《当然! こちらも出力最大だ!!》

 

 プリドゥエン再度スリット展開。露出したプラズマ機構が青白く輝き、ドゥルガー・シンに負けないぐらいの巨大なプラズマ・バスターソードを形成した。

 

「砕けなさい!!」

「やるかよぉ!!」

 

 上段から振り下ろされるラクシャーサの巨刃を弾き飛ばし。横薙ぎに振るったプリドゥエンとぶつかり光と火花を散らす。

 

「うおぉぉぉ!!」

「はあぁぁぁ!!」

 

 チャンバラと言うには余りにもでかい刃をブンブン振り回すそれは正に巨人の戦い。

 何人も踏み込めず巻き添えで振るわれる刃を躱すのに精一杯だった。

 

 お互い譲らない剣劇が披露されるなか、ドゥルガー・シンの斬撃が一瞬鈍った。

 

「あぶなっ!」

「あ、すいませ」

「チャァァンス!!」

 

 洗脳されても他者を思いやれる優しい性格なのだろう。ギャラクシーが振るった巨大な刃が味方機に当たりそうになりその軌跡が途切れる。

 返ってこっちは多勢に無勢故に巻き添えなど考えなくても良い反面、何も考えず存分に刃を振るうことが出来た。

 

 プリドゥエンのソードをラクシャーサのブレードの間に差し込み、そのまま滑るようにブースト。

 攻め込む俺に対し武装を展開したままのギャラクシーに反撃できる武器はなく。苦し紛れに蹴りを繰り出そうとするが、甘い! 

 

 勢いの乗ってない蹴りをこちらに脚部プラズマブレードが押し込み、クロスレンジ! 

 まだまだ隠された武器である腕部の機能を解放する! 

 

「斬り刻め、セクエンス!」

 

 両腕のプラズマ・サーベルが装甲ごと浮き上がり、反対方向からもサーベルが飛び出し、そのまま回転する。

 回転式プラズマ・サーベル【セクエンス】を振るい。まるで踊るような動きでドゥルガー・シンを斬り刻む。

 両腕の双刃ブレードの乱撃の後、プリドゥエンの斬撃に弾き飛ばされるギャラクシー。だがまだまだ終わらない! 

 

 最後の最後に残った武装プログラムを起動。

 以前より一回り大きくなった脚部プラズマブレードが上下三股に変形。それはまるで獣が牙を向いたような形をしていた。

 

 そのまま蹴るように。いや、履いた靴を思いっきり飛ばすように足を振り上げた。

 

「追え! カヴァス!!」

「なにを!? ああっ!」

 

 射出音と一緒にプラズマファングとなった両足の脚部ブレードを装甲ごと飛び出した。

 プラズマワイヤーに繋がれた脚部ブレード【カヴァス】はドゥルガーの足と腕に噛みつき、そのままワイヤーを巻き上げて引き寄せる。

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)起動。

 引き寄せられたドゥルガー・シンに速度と重さを乗せた渾身のドロップキックを叩き込む。

 

「吹っっ飛べ!!」

 

 泣きっ面に蜂の如く踵に仕組まれたプラズマバンカーが火を吹き。絶対防御越しに身体を揺らすレベルの衝撃によってドゥルガー・シンは海に叩きつけられ、派手な水柱が空に向かって飛沫を飛ばした。

 

 敵の主力を更に撃破。

 残りは10機のクリア・ティアーズだが。ビットの大半を失い、決して軽くないダメージを負った状態

 

 対してスカイブルー・イーグル・ヴァリアンサーに目立ったダメージはなく。あったとすれば菖蒲にもらった一撃ぐらい。

 

 一歩間違えれば直ぐ様狂うレベルの大出力。7つの多機能かつ複雑な武装を余すことなく使いこなし。

 正しく一騎当千に相応しい活躍を見せたスカイブルー・イーグル・ヴァリアンサー。

 

 まったく負ける気がしない。

 何処までもやれるという、ある種の全能感すら感じれる。

 それほどまでに俺とイーグルは絶好調を欲しいままにしていた。

 

 そして──

 

《待たせたなマスター!》

「よしっ!」

 

 キッチリ5分。冗談かと思うだろうが濃密に凝縮された5分間の戦闘をこなしつつ。イーグルはセシリアへのアクセスプログラムの構築を完了する。

 

 戦闘中我慢した。もう我慢しなくていい。

 1分1秒でも早くセシリアをフランチェスカ・ルクナバルトから取り戻す。

 

『殺しなさい! 早く殺しなさい! そいつをセシリアに近づけるなぁ!!』

 

 それを察知したのかはたまた偶然か。余裕や冷静さを完全にかなぐり捨てたフランチェスカの命令を受け、クリア・ティアーズが残った武装を全て俺に向ける。

 

「はい予測済み!」

『プラズマエネルギー臨海! スリット解放!』

「吹き飛べぇ!!」

 

 各部装甲、プリドゥエン、スラスター8基のスリットが開。

 その下からプラズマが覗き。止めどないエネルギーの奔流が爆発した。

 

 イーグルを中心とした高密度高出力EMPバーストはビットの制御中枢を焼き払い、クリア・ティアーズを物理的に吹き飛ばした。

 

 すかさず二段階瞬時加速(ダブルイグニッション・ブースト)! 

 敵の包囲網を振り切り、セシリアに向かって最短一直線で飛ぶ。

 

「に、逃がすな! 追撃を、うわっ!!」

「そうはさせねぇ!!」

 

 戦線復帰した一夏が零落白夜でクリア・ティアーズを斬り裂き。続いた専用機持ちたちがほぼ同数となった敵機の足止めを行う。

 

「行け! 疾風!」

「しっかりセシリアを連れ帰りなさい!!」

「こいつらは僕たちが抑える!」

「お前の責務を果たせ!」

「惚れた女の子にカッコいいとこ見せてきなさい!」

「信じてます、疾風様!」

「頑張って、私たちのヒーロー!」

「セシリアを救え! 疾風!」

「ああ任せろっ!」

 

 散々カッコ悪いとこ見せてきたんだ。

 

 ここで決めなきゃ男が廃る!! 

 

『う、撃ちなさいセシリア!! 奴を撃ち落とせ!』

「………………」

 

 もはや物を言わないセシリアが糸に釣られた人形のようにスターライト・ブレイザーの引き金を引く。

 連なって撃たれるビット24基の射撃が降り注がれるが。

 

「おいおいらしくない。まるで狙いがなってないじゃないか!」

 

 先程の正確無比な射撃は見る影もなくやたらめったに撃つだけで密度が薄い。

 二段階(ダブル)から個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)に変更。未だ劣らぬ冴えを見せる鋭角機動で接近し──捕らえた。

 

「よっしっ!」

 

 速度を乗せたままセシリアと接触。8基のスラスターが俺とセシリアを囲み。全方位プラズマ・フィールドですっぽり覆った。

 

 襲い掛かるビットのレーザーから俺たちを守る揺り篭の中でセシリアの頬に手を差しのべ、額を合わせた。

 

「本当に待たせたなセシリア。いま行くぞ!」 

《ISコア同調完了。スカイブルー・イーグルからブルー・ティアーズへのクロッシング・アクセス、ルート確立。ワクチンプログラム起動。ダイレクトリンク可能》

「エンゲージ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………っと」

 

 二回目のデータの奔流を潜り抜け、たどり着いたのは相も変わらず土砂降りの雨。

 

 だが目の前に移る景色は凄惨で酷い有り様だった。

 

 そこかしこに太い茨がうごめき。黒い薔薇が咲き誇っていた。

 水面に浮かんでいた萎れた蒼い薔薇はなく。ダークファンタジーも顔負けである色のない景色に思わず顔をしかめた。

 

「悪趣味極まりない。VTシステムの侵食ってだけじゃないな………しかもこの薔薇は」

 

 黒い薔薇が悪いという訳じゃない。

 実際黒い薔薇もそれはそれで綺麗で高級感あるものだ。

 

 だがチョイスが最悪だ。

 黒い薔薇の花言葉には永遠の愛。貴方はあくまで私のもの。決して滅びることのない愛。

 そして憎悪。恨み。永遠の死。あなたを呪う。

 

 ようするにセシリアに対する歪んだ愛情と、俺への止めどない憎悪を表した黒い薔薇。それが毒々しいまでに咲き誇っていた。

 

「っ! セシリア!!」

 

 茨と黒い薔薇の先。

 モノクロの世界の中心にセシリアがいた。

 意識を失ってるのか、茨の檻の中で眠りについていた。

 

「眠れる森の美女ってか。なら王子様の出番だな」

『残念ながらあなたにその資格はないわ』

 

 空間を震わすようにフランチェスカの声が響き渡る。

 周囲の茨が生きたようにうごめき、唸りを鳴らす。

 

「悪いが魔女マレフィセントはお呼びじゃねえ。コスプレでもして出直しな」

『ここは私とセシリアの世界。醜い王子は必要ないのよ!』

 

 フランチェスカの悪意に応えるように茨が意思を持って襲い掛かる。

 圧倒的な物量と速度が地面を貫き、水飛沫と雨が吹き飛んだ。

 

「わかってねえな。こういうのは幸せに暮らしましたとさ、で終わるんだぜ」

 

 襲い掛かっていた茨が千切れ飛び、粒子となって霧散する。

 串刺しになってるはずの憎き仇敵には傷一つついてなかった。

 

 そして曇天の暗闇の中で光るファクター・コードの空色。

 

「引き立て役のヴィランにはさっさとご退場願おうか!!」

『黙れ木っ端役がぁ!!』

 

 セシリア目指して一直線に走る。

 全速力で走る俺に向かって茨が鎌首を上げて襲いかかる。

 

「おっ、らぁっ!」

 

 拳を突きだし。かち合ったイバラが粒子となって弾け、雨粒が衝撃で吹き飛ぶ。

 

 普通ならこんな腕など真っ二つに割かれるのが常でだろう。

 だが今の俺はこの世界において唯一のカウンターだ。

 

「どうしたどうしたぁ! こんなんで止められるかよ!!」

 

 VTシステムと奴の原初乃蒼(ジ・ブルー)にとって俺は正しく天敵。

 迫り来るイバラ、立ち塞がるイバラを次々と殴り飛ばす。

 右、左の拳。更には蹴りも加えてただひたすら突き進む。

 

 イバラが消し飛ぶ度にセシリアとブルー・ティアーズを蝕んだシステムが破壊されていく。

 

 自身との繋がりが忌むべき男に寸断される怒りと恐怖にフランチェスカの堪忍袋の緒が全て焼ききれる。

 

『これ以上私とセシリアの世界に! 土足で踏み込むなぁぁぁぁ!!』

 

 全てのイバラが集まり、巨大なフランチェスカの顔となって襲いかかる。

 小さな子供も涙目なおぞましさと醜さが迫る。

 だが俺は変わらず不適な笑みを浮かべていた。

 

 大地をしかと踏みしめ。

 右腕を振りかぶり。迫り来るフランチェスカのでかいツラに拳を叩き込む。

 

 衝撃が身体を通して大地を揺らす。

 踏みしめた足が後ずさるのを見てフランチェスカが嘲笑う。

 

『ハハハ! 馬鹿な男! このままデータの残骸となって砕け散るといいわ!!』

「呑気な奴。いつから自分が優勢だと錯覚してやがる」

『なにを………なぁっ!?』

 

 ピシッ。

 打ち込まれた拳を機転にイバラの顔に亀裂が走る。

 

 フランチェスカの最後の抵抗はほんの少し俺を押し込んだに過ぎない。

 踏みしめた足はしかと大地に食い込み。打ち込まれた拳は今もなお前へ付き出していた。

 

 亀裂が顔全体に広がるにつれてフランチェスカの表情が歪んでいく。

 現実を認められず。妄執に捕らわれていた奴は現実を受け入れることが出来ずに狼狽えに狼狽えた。

 

『馬鹿な! 馬鹿な馬鹿な馬鹿な!! 男ごときが! 矮小で搾取されるしかない低能な男ごときに私の愛が!!』

「たかが知れてんだよ! お前の歪んだ愛と俺のセシリアへの愛。どっちが勝つかなんか分かりきってるだろうが!!」

『認めない! こんなこと、こんなこと絶対に認めるものですか! たった1人の、吹けば飛ぶような男1人なんかにぃぃぃ!!』

「違うな! 俺は疾風・レーデルハイト! 世界で2番目の男性IS操縦者。そして、セシリア・オルコットと共に世界の頂点を目指すものだっ!!」

 

 いま一度大地を砕き、拳に強く握りしめ、思いっきり振りかぶり。文字通り渾身の一撃が俺の右手を通して叩き込まれる! 

 

「セシリアの中から居なくなれ! フランチェスカ・ルクナバルトっ!!」

『あ、ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』

 

 渾身の拳がVTシステムごとフランチェスカの思考を突き破り。絶叫と共にイバラの壁が激しい音を立てて砕け散った。

 

 空を覆っていた曇天が晴れ、光が差し込む。

 

 土砂降りの雨は完全には晴れず小雨に。

 だが先程の冷たい雨でなく。温かく心地よい雨となって世界に降り注いだ。

 

 イバラから弾けとんだ黒い薔薇は落下の途中で色鮮やかな蒼い薔薇となり。世界に彩りを加えた。

 

「………綺麗な世界じゃねえか」

 

 慈しみの天気雨。水面に浮かぶ蒼い薔薇。

 

 イーグルの内面世界に負けないぐらい、その景色は美しかった。

 

 そして、その世界の中心に彼女は居た。

 

「お寝坊の眠り姫さん。お目覚めの時間だ」

 

 

 

 ーーー◇ーーー

 

 

 

 パキ、バキン! 

 

 セシリアの顔を覆ったVTシステムのヘッドディスプレイが砕け散った。

 システムの過剰負荷によるオーバーフロー状態のドミネイト・ブルー・ティアーズを強制的に量子変換する。

 

「よっと」

 

 腕の装甲を量子化し、生身のセシリアを抱き込んだ。

 

《バイタル正常。システムによる後遺症は認められない。彼女のファクター・コードの働きは………いや、これ以上は野暮だな》

 

 空気の読める相棒はそれを最後に姿を消した。

 

「………ん」

「よお」

「………疾風?」

「そーですよー。あなたの恋人、疾風さんだよー」

 

 ゆっくりと目を覚ます彼女は変わらず綺麗だった。

 俺の顔を見るなり宝石のような蒼い瞳から涙が溢れる。

 

「は、疾風。わたくしは………」

「はいストップ」

 

 何かを言う前に抱きしめる。

 

 彼女の身体を伝って熱を感じた。

 

 身体を離し、彼女と眼を合わせる。

 抑えていた涙が溢れて、彼女の姿がぼやけま。

 涙を拭うと。そこには同じく涙を浮かべるセシリアが居る。

 

 夢ではない。幻ではない。

 生きてまた巡り会えた。

 

 これまでの不幸を吹き飛ばすかのように。俺たちは笑いあった。

 

 晴れ渡る青い空の下。お互いを感じる

 もう触れることはないと思っていた温もり。

 もう感じることもない暖かさ。

 

 愛した人を全身で感じれる。

 これほど幸せなことはないだろう。 

 

「おかえり! セシリア」

「はい! ただいま、疾風!」

 

 涙に濡れながら満面の笑みを交わす。

 

 俺たちはこの瞬間を忘れることはないだろう。

 

 もう俺たちを引き裂く者は。

 

 何人足りとも存在しない。

 

 






 どうも皆さん。最近の文字数に軽く引いている男。ブレイブです。
 今回も大増量じゃ。食らえ!17000文字!

 冒頭でも言いましたが欲望のままに書きすぎました。
 なげぇよ、なげぇよ!でも満足です。ここまで来るのに本当に長かったです!やったぜぇ!!

 さてさてさて。イーグルの新しい姿。ヴァリアンサーは如何だったでしょうか。
 意味としてはヴァリアント(勇気、勇敢、気高い雄々しさ)のer版。というより造語になるのかな?
 着想はバディ・コンプレックスの機動兵器から。あれ意味はないんですけどね。カッコいいからよし!ということで。

 そして勘の良い方もそうじゃない方もお気づきでしょうが。ヴァリアンサーの武器名称が一つのルールでつけられてます。
 なんでこんな大仰な武器になったのか。答えはバススロットに入れっぱのアレでしょう。
 細かい設定集は比翼連理(スカイブルー・ティアーズ)編のあとに書きますのでそれもお楽しみに。

 なんか最終回な感じで終わりましたがまだまだ続きます。
 今回の話が良かったと思ったら高評価コメントを、気が向いたら宜しくです。
 この1ヶ月頑張りました。これからも応援よろしくお願いいたします!!



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