真・女神転生 クロス (ダークボーイ)
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PART1 STARTING

 

『まずい、始めやがった!』

『仕方ない、突入だ!』

『機動班、全機突入! 目標までのルートを確保!』

 

 ある街中の雑居ビル、喫茶店や古本屋、金融会社等が入った、極々普通のビルの周囲に、暗号化された無線の電波が飛び交う。

 もしそれを偶然にも聞いた者がいたなら、警察の強制捜査か何かの類と判断したかもしれない。

 確かにそれは強制捜査に近い物だった。

 ただ、一点を除いては………

 

「異界化を確認した! 来るぞ!」

「エネミーソナーに感! 10、20、まだ増える!」

「ランクはそれ程高くない! 《weis()》機と《schwarz()》機は一階、《blau()》機と《Grun()機》は二階を制圧! 後は最上階へ!」

『了解!』

「ユーイチ! 外に出てる奴はいるか!」

『そっちは大丈夫! 異界化してるのは中だけだよ!』

 

 現状の確認と指示が飛び交う中、幾つかの影がビルの中を駆け上がっていく。

 それは、異様な一団だった。

 戦闘に立つのは、まるでSF映画にでも出てくるような、重厚な装甲に身を包んだパワードスーツだった。

 燃えるような赤い装甲の肩に《Rot()》と刻まれ、手に大剣を持った機体と、《rosa(ピンク)》と肩に刻まれた淡い桃色の装甲に手足に追加装甲がつけられた機体が先陣を切り、ビル内を進む。

 

「何が日付が変わるまで動かないだ!」

「知るか! よっぽどせっかちだったんだろ!」

 

 その背後、スーツ姿にカラーサングラスを掛けた生真面目そうな青年と、ジャケット姿にいかにも伊達物のサングラスを掛けたどこか無邪気そうな青年が口論しながら走る。

 しかしその両者の手には、それぞれ拳銃が握られていた。

 

「でもまだ間に合います! 急ぎましょう!」

 

 その更に後ろ、長い銀髪の少女と言っても過言ではない小柄な体格の女性が続く。

 その手には、槍の穂先の両側に三日月状の刃を付けた、方天戟(ほうてんげき)と呼ばれる中国の武器が握られていた。

 異様とも言えるその集団を、更に異様にしている者が二人の青年の傍にいた。

 

「召喚士殿!」

「ちょっと待って!」

 

 スーツ姿の青年の隣、甲冑姿の金髪の白人女性が叫ぶ。

 その上では、透明な羽の生えたミニチュア程の小さな少女が飛んでいる。

 

 

「来ルゾ………」

 

 ジャケット姿の青年の隣、トカゲの尾を持つ獣の口から人間の言葉が漏れる。

 最上階を目指す一行の前、突如として空間が歪んだ。

 虚空に現れた黒い穴のような物から、それは現れた。

 全身が煙で構成され、それに骨だけの頭部が付いた異形の大蛇だった。

 この世にあらざる物とされるその怪物達、人はそれを《悪魔》と呼び恐れていた。

 その虚空から出現した悪魔、ギリシア神話で大地の下から蒸気で神託を送ったとされる邪龍 ピュートーンが一行へと襲い掛かる。

 

「ここはオレ達が!」

「いくよ情人(チンヤン)!」

 

 先頭のパワードスーツ、対悪魔戦闘用機動装甲 XX(ダブルエックス)―1がピュートンに襲い掛かる。

 

「ハッ…!」

「ハイッ!」

 

《Rot》機の手にした大剣の表面に走る急性温度変換素子のラインにエネルギーが送り込まれ、超高温のヒートブレードと化した大剣がピュートーンの体をえぐる。

 そこに《rosa》機の拳が骨だけの頭部を打ち据え、殴り飛ばす。

 

「まだ来るよ!」

「二人で押さえる!」

「急いで!」

 

 空を飛ぶ有翼の少女、イギリスの伝承で森に住むとされる妖精 ピクシーの声と共に、虚空に次々と穴が現れ始める。

 それを見たXX―1二機がその場に残り、その穴へと向けて構えた。

 

「頼むぞ達哉!」

「任せたぞ周防(すおう)弟!」

「無理はしないでください!」

 

 二人の青年と小柄な女性、それに付き従う悪魔達が先を急ぐ。

 そして辿り着いた最上階、《超時空研究所》とふざけた看板が出ている扉を青年二人が荒々しく開けた。

 

「何者だ?」

「さて」

 

 室内には、薄汚れた白衣を着た科学者風の男と、頭から黒いロープを羽織って口元しか見えない性別不詳の人影があった。

 

「警察だ! 全員動くな!!」

「死にたくなかったらな!」

 

 二つの銃口がそれぞれの人影を狙い、その左右に悪魔達が並ぶ。

 

「悪魔使い、葛葉の者か………」

「葛葉、あの葛葉か!」

「分かってんなら大人しくしろ。オレの仲魔は凶暴だぞ」

 

 ジャケット姿の青年が、白衣の男に一歩歩を進めて威嚇する。

 

「この周辺での住居破壊及び、無差別傷害の容疑で検挙する!」

「それだけじゃなさそうだぜ」

 

 スーツ姿の青年が、懐から手錠を取り出す中、ジャケット姿の青年が室内の中央に設置されている物を見た。

 それは、巨大な電気コイルのような物が幾つも繋がったような奇妙なオブジェで、同様の物が部屋の四隅、しかも床と天井の上下にそれぞれ設置されている。

 

「これはなんなんでしょう?」

 

 方天戟を構えた女性が、その装置群を奇異を見る目で眺めていく。

 

「知らないのかね? それは…」

「テスラコイル、現存する歴史の中で最悪の次元災害、フィラデルフィア事件を起こした元凶か」

 

 白衣姿の男の説明を、ジャケット姿の青年が代弁する。

 

「アメリカの全サマナーを総動員させたって悪夢をここで再現する気か?」

「それは誤解だよ。正しい理論を持って実験を繰り返せば…」

 

 突如として放たれた銃弾が白衣の男の頬をかすめ、言葉を強引に中断させる。

 

「小岩!」

「能書きはいい。大人しくしなければ次は額だ」

 

 スーツ姿の青年が、いきなり発砲したジャケット姿の青年をたしなめようとするが、ジャケット姿の青年は意にも介さない。

 

「ケルベロス、ジャンヌ・ダルク、装置を破壊しろ。完全にな」

「分カッタ」

 

 ジャケット姿の青年の命令に従い、地獄の門の番犬を勤めるという魔獣 ケルベロスと、英雄 ジャンヌ・ダルクの魂をドリー・カドモンという人形に封じ込めて作り上げた人造悪魔が装置へと向かって牙を振りかざし、剣を振り上げる。

 

『待ってください!』

 

 その時、切羽詰った声の通信が青年の耳へと飛び込んできた。

 

「小次郎か、どうした?」

『上は制御装置に過ぎません! 地下にとんでもなく巨大なプラントが……これは動力炉!?』

「何……?」

 

 突入した者達が通信を聞いて動揺しているのを、室内にいた二人は楽しげに見ている。

 

「何をするつもりだ! 無差別テロでも起こすつもりか!」

「そうではない、可能性の世界という物を知ってるかね?」

 

 ロープ姿の者が、くぐもった性別も判明できない声で呟く。

 

「可能性の世界だと………」

「聞いてる暇はない! こいつを壊すんだ! でないとヤバイ事が起きる!」

「もう遅いよ」

 

 白衣姿の男が、低い声で笑い始める。

 その時、装置は青白い色を浮かべてスパークを始めていた。

 

「させるか!」

「間に合え!」

 

 二つの銃口から放たれた弾丸が、中央の装置を撃ち抜く。

 だが、次の瞬間、装置は突如としてまばゆいばかりの光を吐き出し、周囲を光で染め上げた。

 

「マズ……」

 

 思わずジャケット姿の青年が呟いた時、彼の意識は途絶した。

 

 

 

「これは…………」

「危険だね。とても」

「だがどうする? 我らではこの状態は……」

「歪みのエネルギーが、他の歪みと干渉を起こしている。私達では修復は不可能だ」

「ならば」

「歪みのある所には、必ずそれを正そうとする者達がいる。彼らの力を借りよう」

「それしかないだろう。我はこの者を別の歪みへと導こう」

「こちらもできる限りの手は打とう。しかし、なぜこのような事が……」

「分からぬ。だが………」

 

 

 

「ねえ、生きてるの?」

「若干の負傷はありますが、生命維持に問題はないようです」

「だが、なぜここに?」

「彼に聞いてみるしかないかな?」

 

 先程まで聞こえていた、どこか聞き覚えのある声と別の声が周囲から響いてくる。

 全身を覆う妙なダルさと、奇妙な頭痛を堪えて、彼はゆっくりと目を開けた。

 

「あ、起きた」

「注意です。彼は武装しています」

「そうだな」

 

 視線の先、こちらを見る八つの瞳が有った。

 全員が高校生くらいの年齢で、不安、警戒、好奇心、それぞれの感情の篭った瞳でこちら見ているのを感じながら、彼は周囲を見回す。

 そこは、床、壁、天井全てが奇妙な白で統一され、妙なファンタジーRPGの城内のような空間だった。

 頭を振りつつ、体を起こして彼は現状を確認。

 

「どこだここは?」

「タルタロスだ」

 

 こちらを見ていた者の一人、髪を短く刈り込み、絞り込まれた体型に鋭い目つきの男が返答する。

 

「タルタロス? あのミノタウロスが封じられた?」

「それは神話でしょ? ここは本物」

 

 ショートヘアーで快活そうな少女が答える。

 

「質問です。あなたはどうやってここに?」

 

 短い金髪に表情のとぼしい少女が逆に聞いてくる。

 

「あれ? 確かオレは……」

 

 そこまで言った所で、彼の懐から電子音が鳴り響く。

 

「後だ、来る!」

 

 片目を伸ばした前髪で覆った少年が、腰から長剣を抜いて構える。

 他の三人も、それぞれグローブや弓矢を構えた。

 

「そういう事か」

 

 彼も立ち上がると、懐に手を入れる。

 

「無理だ! シャドウ相手に普通の人間は戦えない!」

「シャドウ?」

 

 聞きなれない言葉に疑問を持った時、それは現れた。

 それは、まるで影その物が意思を持ったかのような、奇妙な物だった。

 影を粘土のようにこね合わせ、それに仮面を持たせたかのようなそれは、手に剣を持ってこちらへと向かってくる。

 

「はっ!」

「このっ!」

 

 男が拳で殴りかかり、少女が矢を放つ。

 しかしそれは、そのダメージを物ともせず、こちらへと向かってきた。

 

「下がって!」

 

 片目を隠した少年が片手に長剣を持ったまま、もう片方の手で腰のホルスターから何かを抜いた。

 

(銃? いや違う)

 

 それは、拳銃によく似ていたが、それとは違う何かだった。

 

「タナトス!」

 

 少年はそれを自らのこめかみに当てると、ためらいなく引き金を引いた。

 銃声が響き、放たれた何かが少年の頭部を撃ち抜く。

 少年の頭部を撃ち抜いたそれは、無数の光となって虚空へと噴き出し、形を形成していった。

 光は漆黒の体と棺を持った、古代ギリシア神話で死そのものを司るという死神 タナトスの姿となった。

 

『五月雨斬り!』

 

 タナトスの振るう刃が、無数の斬撃となって異形の影を切り刻む。

 

「やった!」

「まだ来ます!」

 

 また別の影の異形が、向こう側から押し寄せてくる。

 それを見た男と快活そうな少女が一斉にそれぞれのホルスターから少年と同じ奇妙な銃を抜いた。

 

「カエサル!」

「イシス!」

「アテナ!」

 

 鋭い目つきの男から古代ローマ帝国を造り上げた皇帝カエサルが、快活な少女から古代エジプトの豊饒の大母神イシスが、表情のとぼしい少女から古代ギリシアの知恵と戦の女神アテナがそれぞれ具現化する。

 

「お前ら、ペルソナ使いか」

「!? なぜペルソナの事を!」

 

 それが人間の深層意識が持つ力を神や悪魔の姿を持って具現化させた物、《ペルソナ》だと気付いた彼が感心する。

 

「じゃあ、こっちもやるとすっか」

 

 彼は懐から奇妙な物を取り出した。

 それは、一見すると銃によく似ていたが、弾丸を発射する銃口(マズル)がなく、スライドに当たる部分は薄く縦に伸びている。

 ペルソナ使い達が戦っている後ろで、彼はそのトリガーを引いた。

 すると、その手にした物体の前部がスライドしつつ、左右へと開いていく。やがて完全に左右に分かれた部分がそのまま前へと旋回し、また戻った。

 そしてそれは、ルーン文字の書かれたキーボードと小型ディスプレイを持った奇怪な形のPCと化した。

 

「よし、行ける!」

 

 ほくそ笑みながら、彼はそのキーボードをタイプし、エンターキーを押した。

 途端にPCの小型ディスプレイに魔法陣が浮かび上がり、そこから光が画面外へと吹き出した。

 吹き出した光は粒子となり、そしてその粒子の塊が形を取りながら青年の傍らへと降り立つ。

 

「ゴ命令ヲ、召喚士殿」

「あのペルソナ使い達を援護しろ」

「ハッ!」

 

 その降り立った者、魔獣 ケルベロスが彼の指示に従い、前へと飛び出す。

 

「何!?」

「これは!?」

 

 ペルソナ使い達が驚愕する中、ケルベロスは異形の影を前に口を開くと、そこから灼熱の業火を吐き出す。

 

「一気に畳むぞ!」

「わ、分かった!」

 

 彼もまた懐から拳銃―H&K(ヘッケラー&コック)MK23ソーコムピストル、合衆国特殊部隊統合軍の正式採用にもなっている高性能拳銃を抜き放つと、異形の影へと連射する。

 

「何なのよ一体!」

「さてな!」

 

 ケルベロスの業火の後、イシスの疾風魔法とカエサルの電撃魔法が異形の影を埋め尽くす。

 

「トドメです!」

 

 表情の乏しい少女が、その手に仕込まれたマシンガンの連射で最後の一体を薙ぎ払う。

 

「片付いたか」

「あなたは、一体?」

 

 自らの元に戻ってきたケルベロスの背をなでながら、己に発せられた問いに彼は答える。

 

「オレは小岩 八雲。職業は私立探偵 兼 デビルサマナーだ」

「デビル、サマナー?」

 

 ペルソナ使い達が、首を傾げてお互いを見た事に、彼―八雲の方も首を傾げる。

 

「お前ら、ペルソナ使いのくせに悪魔もサマナーも見た事ないのか?」

「知らない。って言うか、悪魔って本当にいるの!?」

「はあ? お前ら何を言ってる? あのシャドウとか言うのは、変異した悪魔じゃないのか?」

「まて、シャドウというのは…」

「待って。一度戻ろう。話は下で」

「それがいいであります」

 

 片目を覆った少年の指示に、ペルソナ使い達も賛同する。

 

「お前、名前は?」

「不破。不破 啓人(けいと)。月光館学園・特別課外活動部、戦闘リーダー」

「……結構な部活で」

 

 少年、啓人の差し出した手を、八雲は握り返す。

 

「風花、この人も一緒に戻せる?」

『やってみます』

 

 通信機からの返答を聞いた全員が、一つの場所に集まる。

 

「戻る?部分跳躍なんて能力持ってるのもいるのか?」

 

 八雲の問いに啓人は頷いた。

 

「ああ、索敵・調査なんかの補助系が彼女の能力。他の連中は戻ったら紹介する」

「って事は他にもいるのか」

「ええ」

「どうやら、やっかいな事になったようだな……」

 

 八雲が呟いた時、全員を淡い光が覆い、直後に全員がその場から消えた。

 

 

 気付くと、周囲の景色は一変していた。

 何かのロビーのような場所に、大きな階段とそこから伸びる扉が見える。

 そのロビーに、他の人影もあった。

 

「彼か」

「ええ」

 

 長い赤髪の気丈そうな少女が、八雲の方を鋭い目つきで見る。

 

「何なんだよ、それ……」

 

 帽子を被った陽気そうな少年が、ケルベロスを見て僅かに怯える。

 

「どこから来たんでしょう?」

 

 どう見ても小学生の短パン姿のマジメそうな少年が首を傾げ、その足元で中型の犬がこちらを睨んで吼えていた。

 

「さっきまで誰もいなかったはずなのに、いきなり現れたんです。私にもさっぱり……」

 

 小柄で、いかにも気の弱そうな少女が、そっと八雲とケルベロスを見た。

 

「お前達の仲間はこれで全員か?」

「ああそうだ」

 

 気丈そうな少女が八雲の問いに答える。その場にいる者達を全員見た所で、八雲は気弱そうな少女を見た。

 

「お前、あそこにいなかったのにオレが出現したと言ってたな。それがお前の能力か?」

「は、はい………」

「オレ以外に誰かいなかったか?」

「いいえ、分かる範囲には誰も………」

 

 八雲はうつむき、現状を脳内で整理していく。

 

(オレは確かにあのビルにいた。だが、あの閃光が走った時、意識が途絶えて………これは一体?)

 

「な、なあ、あんた」

「何だ?」

「それ、噛み付かね?」

 

 帽子を被った少年が、恐る恐るケルベロスを指差す。

 

「大丈夫、腹が減った時とオレの指示以外じゃ襲わん」

「オレサマ、腹減ッタ………」

 

 ケルベロスの余計な一言に、八雲以外の全員が一斉に距離を取る。

 

「ケルベロス、お前何があったか分かるか?」

「分カラナイ。気付イタラCOMPノ中イタ」

「そっか」

 

 ロビーの端で震えてる者達を差し置き、八雲が懐から銃型PCを取り出し、操作する。

 すると、ケルベロスは現れた時と逆の光の粒子となって銃型PCの中へと吸い込まれていった。

 

「それ、召喚器なんですか?」

「召喚器? こいつはGUMPって言うんだ。こいつに内臓された悪魔召喚プログラムを用いて悪魔を仲魔として従え、悪魔と戦う。それがデビルサマナーと呼ばれる者だ」

「悪魔召喚プログラム? 仲魔?」

「何も知らないのか? お前ら、どこでその力を?」

「それはこっちも聞きたい。どうやって影時間の最中、とつぜんタルタロスの中に?」

「……最初から説明しなきゃならんかもな」

「こちらも」

「一度寮に戻ろう。かなり複雑な状況のようだ」

「……そうしよや」

「そうね」

 

 気丈そうな少女の言葉に、全員が玄関と思われる扉に向かう。

 

(一体ここはどこなんだ?)

 

 首を傾げながら扉をくぐろうとした時、突然八雲の体が何かに弾かれる。

 

「なっ!?」

「え……」

「風花!」

 

 八雲の背後にいた気弱そうな少女に向かって八雲が飛んでくるのを、啓人が横へと引き寄せてかわさせる。

 

「な、何だぁ?」

「どうしたって言うんだ?」

 

 先に出た者達が、不思議そうな顔でこちらを見る。

 

「まさか……」

 

 八雲が立ち上がって開け放たれた扉から外へと手を出そうとする。

 だがそこで、見えない力に弾き飛ばされる。

 

「括られている………」

「出られないのか?」

「のようだな……」

「どういう事?」

 

 八雲が自分の身に起きた事をゆっくりと考え、整理していく。

 

(時空実験、巨大な動力、装置の作動、そして跳躍、悪魔を知らないペルソナ使い……ひょっとして?)

「今は、何年だ?」

「2009年だぜ?」

「珠閒瑠市はどうなってる?」

「どこだそこ?」

「エミルン学園に行った事のある奴は?」

「従兄弟の南条 圭が通っている。今年入学したばかりだ」

「セベク・スキャンダルはどうなった?」

「あの電子都市計画か? 計画段階で頓挫したと聞いている」

「……フィレモンに何と答えた」

「誰だ? 聞いた事もない」

 

 自分のいた場所とまるで違う解答に、八雲の中に、ある仮説が成り立っていく。

 

「……ここには、誰でも入れるのか?」

「いや、影時間に対応できる人だけだ。普通の人間は象徴化してしまい、影時間の存在すら認識できない」

「その逆はあるか?」

「はあ? あんた頭大丈夫か?」

 

 八雲は啓人の手を取ると、その腕にある腕時計と、自分のとを見比べる。

 なぜか完全に止まっている物と、平然と動いているのに先程聞いた年数と数年単位でずれているそれを。

 

「え? え? なんで影時間なのに腕時計が?」

「影時間ってのは異界化の事か? 多分オレはその中にしかいられない」

「どういう事だ?」

「オレは、この世界の人間じゃない。ここによく似た異世界の特異点だ……」

 

 

 

「つ……」

「お、起きたか」

 

 痛む頭を振りつつ、彼は身を起こす。

 そこはどこかの事務所らしく、来客用に用意されているらしいソファの上に寝かされていたらしい事を確認しながら、事務用デスクの方から声をかけてきた男に目を向けた。

 

「ここは?」

「東京は筑土町、鳴海探偵社。それでオレはここの社長の鳴海だ」

 

 デスクでマッチ俸パズルに興じていた、どこから古めかしいデザインのスーツ姿の男、鳴海がその手を休めないまま説明する。

 

「運が良かったよアンタ、ウチの助手が危ない所で寝てたのを見つけてね」

「ああ、ありがとう。僕は警視庁特殊機動捜査部所属、周防 克哉警部補だ」

「それなんだよね」

 

 完成したパズルをそのままに、鳴海が応接用デスクを指差す。

 そこには、彼―克哉の持ち物が並べてあった。

 強度と通話範囲重視で選んだ携帯電話、捜査の補助用として支給されたPDA、この間更新したばかりの運転免許、そして〈同僚〉から譲り受けた軍用としても使われるオートマチック拳銃ザウエルP229などが、几帳面に並んでいる。

 

「警視庁にそんな部署は表にも裏にも存在しないし、そんな洒落た格好の刑事も知らない。それ以前に妙な物ばかり持ってる」

「妙? 確かにこの銃は官給品ではないが、それ以外は………」

 

 克哉は自分の持ち物を一通り見てみるが、取り立てて妙な物を持っているわけでもない。

 ふとそこで、自分の運転免許の隣に置いてある新聞に目が移った。

 

「大正、二十一年!?」

「君、昭和の生まれってあるけど、それいつの年号?」

 

 克哉はソファから飛び起き、探偵事務所の窓から外を見る。

 そこには、自分の知っている東京の景色とは似ても似つかぬ、文字通り大正時代の古めかしい気色が広がっていた。

 

「これは………」

「おっと、助手が戻ってきたようだ」

 

 呆然としている克哉の背後でドアが開く。

 そこから入ってきたのは、学帽に学生マント姿の色白の若い男だった。

 

「紹介するよ、ここの優秀な助手で君の恩人、葛葉 ライドウだ」

「葛葉!?」

 

 

 

 突如として解き放たれた無数の糸は、他のほつれた糸と絡み合う。

 その先に広がるのは、果たして…………

 



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PART2 SYSTEM CHECK

 

大正二十一年 東京 鳴海探偵社

 

「71年後の世界ね~」

 

 周防 克哉の説明を聞いた鳴海がイスに背を預けながら、首を捻る。

 

「信じられないね、どうにも」

「だろうな」

「オレは信じる」

 

 色白の男、ライドウが克哉の言葉を平然と肯定した。

 

「オレも前に似たような事態に在った事がある」

「本当か!?」

「上手くいけば、同じ方法で元の時代に戻れるだろう」

「それはありがた…」

 

 そこで、克哉の口が止まってふと何かを考え込む。

 

「いや、ダメだ………もしかしたら僕は特異点かもしれない」

「特異点?」

「ああ、前に弟が似たような〈似て非なる世界〉の特異点になった事があった。その時、あちこちで問題が発生した。ここで似たような事が起きてないか?」

「いんや。今の所帝都は平和その物」

「これから起きるかもしれない。もしそれが僕が原因なら、それを修正しなくては………」

「多少ならオレが片付ける。それが帝都守護の任を受けた十四代目 葛葉 ライドウの仕事だ」

 

 力強く断言するライドウに、克哉は再度考え込む。

 

「いや、もし僕がいた〈未来〉が関係していたら、葛葉の人間でも対処しきれないかもしれない。しばらくここに残るよ。それと、僕がいた場所に僕以外に誰かいなかったか?」

「いや、お前だけだ。異界にノびてるのを見てさすがに少し焦ったぞ」

「そうか………二人、もしくはそれ以上の人間が同じように飛ばされた可能性があるんだが………」

「ま、焦ってもしょうがないでしょ」

「鳴海いる?」

「こんにちは」

 

 そこで、探偵社の扉が開き、そこから首からカメラを下げた活動的な女性と、あずき色の学生服姿の女学生が入ってくる。

 

「あら珍しい。依頼人?」

「あ、すいません。今お茶お出ししますね」

 

 カメラを持った女性が克哉を見る脇で、女学生が慌ててヤカンと急須を準備し始める。

 

「慌てなくていいよ伽耶ちゃん。ちょっと長くなりそうだから」

「私ぬるめにね」

 

 鳴海が女学生に声を掛ける中、カメラを持った女性がちゃっかり克哉の隣に座る。

 

「あっちはオレの秘書の大道寺 伽耶、こっちは知り合いで帝都新報の記者の朝倉 タエ」

「葵鳥よ! 朝倉 葵鳥!」

 

 女性、タエが鳴海のデスクに名刺を叩きつけ、そのショックで先程完成していたマッチ俸パスルがバラける。

 

「何すんの! せっかく作ったのに………」

「仕事もしないで何してんの……あ、あなたにも」

 

 克哉は手渡された名刺と、タエの顔を交互に見る。

 

「なに、あなたも女性が新聞記者なんて珍しいなんて口?」

「あ、いや知り合いに似てた者で………申し送れた、僕は周防 克哉。警察官だ」

「警察? また随分と洒落た格好してるのね」

「あ、ああよく言われるよ」

 

 適当に相槌を打ちつつ、克哉はタエをよく見た。

 

(確か、天野君の曾祖母が新聞記者をやっていたと聞いたが、まさか………)

「それで、その洒落者の刑事さんがこんな変わった探偵社に何の用? ここは普通の事件は扱わないわよ」

「そう、だろうね。君にも聞きたいんだが、最近この近辺で奇妙な事件が起きてないかね?」

「そう、それよ!」

 

 タエが懐から一枚の写真を応接用テーブルに置いた。

 

「昨夜、銀座で見かけられた謎の鎧武者、今これ探してるの」

「鎧? オレには手足付いた箱に見えるけど………」

 

 鳴海がピンぼけ気味の写真を凝視する。

 そこに僅かに映っている〈何か〉を見た克哉の目が見開かれた。

 

「まさか、XX―1!?」

「知ってるの!?」

 

 思わず叫んだ所で、タエがこちらを輝く目で見ている事に気付いた克哉が自分の失策を呪った。

 

「いや、何か見覚えのある………カラクリに似てるなと思って」

「それどういうの? どこの国で作られた奴? 製作者は?」

 

 矢継ぎ早の質問に、克哉がどう答えるか迷っている所に、お茶が差し出された。

 

「葵鳥さん、お客さん困ってるじゃないですか」

「そうだよ、まず落ち着こう」

 

 鳴海が率先して湯のみを手にとり、他の者達もそれに習う。

 克哉も湯飲みを手に取った所で、向かいのライドウがそっとマントの下の何かを取るのが見えた。

 

「トホカミヱヒタメ アイフヘモヲスシ……」

 

 それはペンくらいの太さと長さを持った細長い筒で、ライドウが小声で呪文を唱えると勝手に開いて中から淡い光が漏れる。

 その漏れた光が集まり、形となっていく。

 そしてそれは大蛇を携えた女性、聖書でアダムの最初の妻にして女悪魔の祖となった外法属 リリスとなった。

 

「いつものように」

「いいわ『ドルミナー』」

 

 小声で呟いたライドウの指示でリリスが手を突き出すと、そこから放たれた催眠魔法がタエを一撃で昏倒させる。

 

「話の続きを」

「……いいのかこれで」

 

 湯飲みを手に持ったまま、テーブルに突っ伏して気持ちよさそうに眠っているタエに克哉は苦い顔をする。

 

「いきなり悪魔呼び出して眠らせるとは………」

「見えるんですか?」

 

 伽耶が驚いた顔で克哉を見る。

 

「ああ、そうか完全にマテリアライズしてる訳じゃないのか」

「完全に実体を持たせるには膨大なマグネタイトを用いるか、異界で呼ぶかしかない。どうやらお前も只者じゃないようだ」

 

 やけに詳しい克哉に、ライドウが疑問を投げかける。

 克哉は胸のポケットから一枚のカードを取り出すと、それを眼前にかざす。

 

「僕はペルソナ使い、いや古い言い方だと神降ろしと言うんだったかな? その力が使える」

「しかも、相当実戦慣れしてる。違うかな?」

 

 鳴海の指摘に、克哉は頷いた。

 

「僕は同僚と共にある奇妙な消失事件を追っていた。建物の一部がかき消すように消えたり、人やその一部がいきなり消えたりするとんでもない事件だったが、ようやくその元凶を発見し、そこに乗り込んだ所で、その元と思われる機械が発動し、気付いたらこの時代にいた」

「この、時代?」

「彼は71年後から来たんだってさ。もっとも彼のいた所じゃ、大正は15年までだったそうだけど」

 

 鳴海の説明に、伽耶は首を傾げる。

 

「この写真に映ってる物だが、これは一緒にその現場に突入した機体、多分弟が乗っている機体だと思う」

「未来だとすごいので悪魔と戦うんだね~」

「まあな。もっとも、一緒に乗り込んだ同僚の中には、ライドウ君のずっと後の後輩もいた」

「そこに葛葉はまだある訳か」

「……ちょっと問題ある奴だがな。サマナー、いや召喚士としては腕は立つ」

「一度会ってみたいな」

「未来に絶望したくなるから止めておいた方がいい」

「どういう方なんです?」

 

 伽耶の問いにあえて克哉は答えず、タエの持ってきた写真を仕舞いこんだ。

 

「銀座に行きたい。案内を頼めるだろうか?」

「それはいいが、行き先は銀座じゃない」

「え?」

「これは、異界の映像が偶然映りこんだ物だ。これは異界にいる。志乃田から異界送りで向かう必要がある」

「すまない。面倒をかけるようだな……」

「言ったはずだ。帝都の守護がオレの仕事。これはその一つだ」

(……小岩とえらい違いだ)

 

 脳内に浮かんだ事をあえて言わず、克哉は席を立つ。

 

「さて、達哉はここにいるようだが、小岩や音葉君はどこにいるんだろうか………」

 

 

 

2009年 港区 私立・月光館学園 特別課外活動部学生寮

 

「で、皆はどうするべきだと思う」

「どうするって言われても………」

「弱りました。タルタロスから出られない人なんて……」

「ほっておく訳にもいかないだろう」

「でも、信用できるんですか? 異世界から来たなんて言ってる人ですよ?」

「あんな化け物連れてる奴だぜ。信用できるわけねえだろよ」

「しかし、確かに放置できる存在ではありません」

「そうだね」

 

 特別課外活動部のペルソナ使い達が、ラウンジで真剣な顔で討論をしていた。

 議題はもちろん、タルタロスに現れた謎の男について。

 

「サマナーつったか? そんなの聞いた事もねえしな………」

「それなんだが、一応調べてみた。戦前までは確かに彼の所属しているという葛葉と呼ばれる陰陽師達の組織はあったらしい。戦争を境に消失したと記録にあったそうだ」

 

 帽子を被った陽気そうな少年、伊織 順平の言葉に、長い赤髪の気丈そうな少女、部長の桐条 美鶴がレポートをテーブルの上へと置いた。

 それを手にした絞り込まれた体型に鋭い目つきの男、真田 明彦が中身を確認してその目つきを更に鋭くさせた。

 

「存在しないはずの者、か………」

「まさか、人間の姿したシャドゥって事は………」

「いえ、彼は純粋な〈人間〉でした。シャドゥでもペルソナ使いでもありません」

 

 ショートヘアーで快活そうな少女、岳羽 ゆかりが抱いていた問いに、小柄で、いかにも気の弱そうな少女、山岸 風花がそれを否定。

 

「綾時さんみたいな存在って事は?」

「それも無いと思います。あの力はペルソナともシャドゥとも違う、完全に異質な物です」

「ワン!」

 

 短パン姿のマジメそうな少年、天田 乾の意見は、短い金髪に表情のとぼしい少女、対シャドゥ用兵器のアイギスが反論、その足元にいる中型犬、コロマルが肯定の意味か一声鳴いた。

 

「パラレルワールドから来た男、か………どうしたらいいだろ?」

 

 全員が一番悩んでいる事を、啓人が呟いた。

 その場にいる全員が、あごに手(もしくは前足)を当てて悩みこんだ。

 

「ただでさえ屋上目指して頑張ってたこの時期にだぜ? どうするって言われてもな…………」

「こちらに敵対する意思の無い限り、無下に扱う訳にもいくまい」

「ひょっとしたら、私達の力になってくれるかもしれませんし………」

「それは疑問だな。そもそも信用に値する男なのかどうかも分からん」

「じゃあ、どうします?」

 

 乾の言葉に、またも全員が悩みこむ。

 

「ともかく、一度彼と話し合ってみよう。それから決めればいい」

「それしかないでしょ。……ニュクスを肯定されたら困るけど」

 

 立ち上がった啓人に、ゆかりも続いて時計を見る。

 時刻は、あと30分で日付が変わるはずの時間だった。

 

「確かに、それしかないっしょ」

「そうだな。明彦、荷物を忘れないようにな」

「あの、一応あの人の分のお弁当も用意したんですけど」

「食料の提供はいい考えだと思います」

「なんだか野良犬の餌付けみたいですね………」

「ワンワンッ!」

 

30分後 私立・月光館学園前

 

 特別課外活動部の面々が、そろって自分達の母校の前に並ぶ。

 啓人が自分の腕時計を見ると、ちょうど日付が変わる瞬間だった。

 本来ならそこで次の日の時刻を刻むはずの腕時計が、日付が変わった瞬間に停止。

 同時に、町の明かりが瞬時にして消え、異様な空間が現れる。

《影時間》、そう呼ばれる、今日と明日、昨日と今日の狭間に一時間だけ現れる、謎の時間帯。

 その時間ではほとんどの人間が《象徴化》してしまい、その存在を認識できないはずの、時間。

 それに適正を持ち、なおかつ戦う力を持った者達を集められて作られた彼ら《特別課外活動部》が、自分達の母校があるはずの場所を見た。

 そこに、突如として異様な物が現れた。

 種々の建築物を常識を無視して融合させていったかのような、巨大な塔。

 それこそが、《タルタロス》だった。

 

「さて、大人しくしていればいいが………」

「死んでたりしないよね?」

「さあな……」

 

 タルタロスの扉に手を当て、皆がそれを開ける。

 そこには、見慣れたロビーがあった。

 だが、見慣れない物もあった。

 

「誰ですか!」

 

 鋭い誰何の声と共に、上階へと繋がる階段の隣に立っていた、甲冑姿の金髪の女性が腰の剣に手をかける。

 

「そういうお前こそ、何者だ?」

 

 何か背中に大荷物を持っている明彦が一歩前に出てその女性と対峙する。

 少し彼らを観察した金髪の女性が、剣から手を放すと姿勢を正して頭を下げた。

 

「失礼しました。特別課外活動部の方々ですね?」

「そうだが………」

「まさか、あんたも悪魔!?」

「はい、私は小岩召喚士に使える造魔、ジャンヌ・ダルクと申します。あなた方が来るまで、召喚士殿の警護を命じられてました」

「それで、当人は?」

「そちらに」

 

 ジャンヌ・ダルクが手で示した方向、上階に続く階段の外壁にもたれるようにして、八雲は寝息を立てていた。

 

「……寝てるぜ」

「……寝てるわね」

「……寝てます」

「……ぐっすりと」

 

 さすがにこれは予想外だったのか、特別課外活動部の面々も唖然とする。

 

「ここで平然と寝た奴はこいつが始めてだな」

「真次だってここまではしなかったな……」

「度胸ありますね」

「待ってください」

 

 三年生二人が呆れる中、近付こうとした乾をアイギスが止めた。

 

「彼の手を見てください」

「手?」

 

 言われた皆が八雲の手を見た。

 一見すると彼は腕を組んでいるだけに見えたが、その手は懐に入り、その下の何かを掴んでいる。

 

「恐らく左手は拳銃を、右手はGUMPと呼んでいた召喚器を持っています。彼は臨戦体制のまま休息を取っています」

「………マジ?」

「そうです。召喚士殿は用心深いお方ですので」

「小心者でね」

 

 そこで寝息を立てていたはずの八雲がいきなり言葉を発する。

 

「起きてたの?」

「今起こされた所だ」

 

 伸びをしながら、八雲が首を鳴らし、伸ばした腕を戻しながら腕時計を見た。

 

「一時間以上経っている、という事は一日空けたか。それでオレの処遇は決まったか?」

 

 いきなり核心を指摘され、特別課外活動部の部員達が身をすくませる。

 

「正直、どうすればいいか困ってるのが現状だ」

「だろうな。オレも立場が逆ならそうなる」

 

 苦笑した八雲が立ち上がって周囲を確かめる。

 

「それじゃあ、オレの提案を飲んでくれれば、お前達に協力するというのはどうだ?」

 

 可能性の一つとして考慮していた事を提案され、特別課外活動部全員が円陣を組んで小声で議論する。

 

「い、いきなりね……」

「どうするよ?」

「条件しだいだ」

「もしそれが妙な事だったら?」

「ど、どうしましょう?」

「とりあえず聞いてみるだけ聞いてみよう」

「それがいいかと思います」

 

 議論を終えた皆が円陣を解いた所で、啓人が八雲の前へと進む。

 

「提案の内容は?」

「あの後何度か確かめたが、オレはここからどうやっても出られない。だから、提案は二つ。外の情報収集と、オレの仲間の捜索。それが受け入れられれば、見返りにオレの持つ知識、技術、そして仲魔の力を提供する。簡単だろ?」

「……情報収集の内容は?」

「特異点の影響の有無の確認。具体的には、無いはずの過去の誤認、存在しないはずの物体の存在、用は違和感の調査だ。これは少し調べれば分かってくる」

「仲間ってのは人間?」

「一応。取りあえず最優先はオレの相棒を務める人物、カチーヤ・音葉の発見及びここへの誘導。残っている人物は優先順にリストを作るが、もし条件に合わなければこの世界の人間だ」

「……いいだろう。その提案を飲もう」

 

 美鶴の一声に、他の部員達が彼女の方を見た。

 

「いいんすか先輩?」

「彼の提案に少なくても大きなデメリットはない。だが条件がある」

「どういう?」

「私達には時間がない。今月末、正確には25日の間に我々はこのタルタロスの最上階に行かねばならん」

「……何が来る?」

「ニュクスと呼ばれる、この世界の滅びの導き手たる存在……だそうだ」

「……どこも似たようなモンだな」

「え?」

「どういう意味だ!?」

 

 啓人と美鶴の疑問に、八雲は頭をかきつつ遠くを見る。

 

「世界滅亡……とはストレートに行かなくても、バランスを崩しかねない存在とならオレは何度か戦った事がある。その度に死にそうな目に会ったけどな」

「マジ!?」

「ひょっとしてあんたすげぇ強い!?」

 

 露骨に驚いているゆかりと順平に、八雲は冷めた目を向ける。

 

「……あのな、お前らは一人で戦ってるわけじゃねえだろ?」

「え? ええ……」

「そうだけど…………」

「それと同じだ。オレも協力できる仲間と、仲魔がいたからなんとかできた。それはお前らだってそうだろ」

「その通りだ」

「確かにな」

「信頼できる奴がそれだけ集まってりゃ、ま、そのニュクスとやらもどうにかなるだろ」

「結構適当な人だな、あんた………」

「その通りだ」

 

 おどけた笑みを浮かべる八雲に、両者の間にあった緊張感が消えていく。

 

「とりあえず、オレが飛ばされた影響が何か、いや必ずここにあるはずだ。それを見つけないとな」

「それをどうにかすれば、あなたは戻れる?」

「多分。周防弟の時はそうだったらしい」

「参考に聞きたいんでけど、その前例の時は何が起きたんです?」

「機械の軍勢が攻めてきて街が空を飛んだそうだ。オレの先輩が巻き込まれてエライ目に会ったと言ってたな~」

「……まさか、タルタロスが飛んだり、な~んて事は………」

「運が良ければ無事降りれるらしいぞ。巻き添えで大分被害が出たそうだが」

『…………』

 

 本当にこの男と協力して大丈夫だろうか? と今更な疑問の視線が八雲に突き刺さる。

 

「データの交換がしたいんだが、データベースみたいな物はあるか?」

「あ、はい」

 

 風花が持参していた影時間用の処置が施されたノートPCを八雲に指し出し、八雲は自分のGUMPを起動させてノートPCとケーブルを繋ぐ。

 同様に伸ばしたケーブルを愛用のサングラスのジャックに繋ぎ、キーボードをタイプ。

 程なくして、GUMPのディスプレイとサングラス内の小型ディスプレイに大量のデータが映し出されていく。

 

「データの並列化にちとかかりそうだな………」

「じゃあオレ達は内部の調査にとりかかっていいか?」

「ああ。なんか見慣れない物や事があったら連絡を」

「そうだお弁当持ってきたんですけど」

「こいつもな」

 

 風花が可愛らしい弁当箱を取り出し、明彦が背中に背負っていたリュックサックから料理用の丸鳥を取り出す。

 

「お、わりいな。ケルベロスの機嫌もよくなるだろ」

「ガアアアァァ!」

 

 八雲がケルベロスを召喚すると、ケルベロスは一心不乱に丸のままの鶏肉を貪り始める。

 

「うわ、グロ~」

「これ、いつもの事か?」

「まあ………」

「……鶏肉ですんでるだけマシか」

 

 骨ごと音を立てて鳥肉を貪るケルベロスから距離を取っていた部員達が、取りあえず今回の探索メンバーを選別を始める。

 

「こんだけメンバーいて、四人だけで行くのか?」

「その、私のペルソナの能力限界で………」

「あれだけ離れた場所で四人同時にサポートできるのだ。それで十分だろう」

「便利な話だ」

「それじゃあ、今回はその特異点とやらの調査が必要だから、美鶴先輩とアイギス、コロマルで」

「分かった」

「了解です」

「ワンワン!」

「どんな影響が出てるか分からんから気をつけろよ~」

 

 それを見送りながら、八雲も渡された弁当箱を開くと、その中には極彩色のカオスが詰まっていた。

 

「これは………」

「確かに異世界のようだな」

「す、すいません! ちょっと失敗しちゃって……」

 

 その中身を見たジャンヌ・ダルクはたじろぎ、風花が頭を何べんも下げる。

 だが八雲は気にした風でも無く、平然と箸を付けた。

 

「ま、味は見た目ほどじゃないか」

「ど、どうも」

「……漢だな、あんた」

 

 探索メンバーに入らなかった順平が、平然とそのカオスの詰まった弁当を食べる八雲に感心した。

 

「悪魔が薦める食い物よりはマシだ。本気で何が入ってるか分からんからな」

「私はそのような物は作った事はありませんが」

「昔の話だよ。妙な饅頭だのチョコだの食わされたな……」

「それって無理に食べる必要はないんじゃないですか?」

「悪魔との交渉の一つだよ。信頼の証か、度胸試しか、ただの罠か。中に生きた××××が入ってた時はさすがに」

「げ~……」

 

 同じく残っていた乾、ゆかりが八雲の話に顔を青くする。

 

「サマナーでしたっけ。やって長いんですか?」

「かれこれ五年か。お前らは?」

「ここにいるのはほとんど去年ペルソナ使いになった連中ばっかよ。先輩達とアイギスは違うけど」

「ああ、あのロボ娘か。雰囲気がオレの知り合いにそっくりだ。他人とのコミュニケーション苦手だろ?」

「よく分かんな」

「どんなプログラミングをしようと、経験がなけりゃ無意味だ。変な方向に経験積むと厄介だがな」

「色んな事知ってんな~」

「まあな。さてカチーヤや周防はどこにいっかな………」

 

 

同時刻 タルタロス 230階

 

「何か変化はある?」

「いや、特には………」

「目立った異常は発見できないです」

「ク~ン………」

 

 探索メンバーとしてきた啓人、美鶴、アイギス、コロマルは、八雲の言葉に従ってタルタロス内を探索してたが、そこには普段と変わらないタルタロスの姿が有った。

 

「風花、そっちは?」

『普段通り、皆さんとシャドウの反応だけです』

「ここには特異点の影響とやらは出ていないのか?」

『え~と、すぐには出てくる訳でもないそうです』

「すぐには出てこないって言っても、約束の日までここじゃ一日しか過ぎないし………」

「むう……ともあれ、上を目指そう」

「その前に、来ました!」

 

 アイギスが両手に内臓されたマシンガンを向けた先に、シャドウ達が姿を現す。

 

『運命タイプのシャドウ! 氷結系が有効です!』

「分かった! アルテミシア!」

 

 美鶴が自らの額に当てた召喚器のトリガーを引いて自らのペルソナ、古代ギリシアの伝説の女将軍アルテミシアを呼び出す。

 

『マハブフーラ!』

 

 周辺を覆い尽くす氷結魔法がシャドウを軒並凍らせ、動きが止まった所でアイギスのマシンガン斉射を中心とし、啓人とコロマルの攻撃はシャドウを次々と屠っていく。

 最後の一体にコロマルがトドメを刺そうとするが、いきなりそのシャドウは反転して逃げ出し、通路の影に飛び込む。

 

「ワンワン!」

「待てコロマル!」

『いけない! コロちゃん戻って!』

 

 後を追おうとするコロマルを啓人が止めようとするが、直後に風花の警告が響く。

 

「キャウン!」

「どうしたコロマル!?」

『うそ、そんな事が……』

 

 コロマルの悲鳴に慌てて他の者達が続いて通路の影へと飛び込む。

 部屋上になっているその場所の周囲には、まるで待ち構えていたかのように大型のシャドウ達が並んでいた。

 

「ばかな、シャドウが待ち伏せだと!?」

「いや、さっきのもトラップだったんだ!」

「そのような戦闘記録はデータにありません……」

 

 一体ずつでも苦戦するような刑死者タイプのシャドウの大群が、一斉に探索メンバーを取り囲む。

 

「まずいな、この数は……」

「風花! すぐに戻せないか?」

『シャドウが近過ぎます! 無理で………あ!?』

「どうした!」

『タルタロス外にイレギュラーの反応が!』

「なんだって!?」

 

 相次ぐ危機的状況に、啓人は剣を構えながら脳内で打開策を思案する。

 その間にも、シャドウはこちらへと迫ってきていた。

 

「こっちはなんとかする! そっちはイレギュラーの対処を!」

『でも!』

「正確に位置を把握できるのは風花だけなんだ! 犠牲者が出る前に早く!」

「こちらは大丈夫だ! 急げ!」

 

 振り下ろされる巨腕の攻撃を掻い潜りながら、美鶴も叫ぶ。

 

『わ、分かりました! 隙を見て逃げ出して下さい!』

 

 その通信を最後に、風花とのデータリンクが途絶する。

 だが、状況はさして変わらなかった。

 

「私が引き受けます! 皆さんは退路を!」

「ダメだ、全部囲まれた!」

「なんだこれは!? 周囲のシャドウが寄ってきている!」

「ワオーン!」『ムドオン!』

 

 状況を打開しようと、コロマルが自らのペルソナ、八雲の仲魔とは少し姿が違うケルベロスを呼び出し、呪殺魔法を放つ。

 それを食らったシャドウが何体か倒れるが、後から湧いてきた別のシャドウがその穴を即座に塞ぐ。

 

「シャドウが陣形を組むだと………」

「明らかに戦術的フォーメーションです」

「そんな事が………」

 

己のペルソナを使ってなんとか善戦している探索メンバーだったが、徐々に追い詰められていく。

 

「伏せて! ミックスレイドを使う!」

「この数にできるか?」

「分からない、だが!」

 

 啓人は自らのこめかみに召喚器を当て、トリガーを連続して引いた。

 自らの中に眠るペルソナを2体同時に呼び出し、その力の同調を使って放たれる合体攻撃《ミックスレイド》が発動する。

 

『紅蓮華斬殺!』

 

 古代ギリシアの荒ぶる戦の神アレスと、ドイツの叙事詩・ニーベルンゲンの歌の主人公である英雄ジークフリートの力が同時に放たれ、無数の斬撃が取り囲むシャドウ達を切り刻む。

 

「やったか!?」

「いえ、ダメです! 耐え切られました!」

 

 ダメージを追いながらも立ち上がろうとするシャドウに、銃弾と斬撃、ペルソナによる追加攻撃を与えるが、その背後から更に別のシャドウ達が姿を現す。

 

「この階にいるシャドウが全て向かってくるだと? そんな事が………」

「啓人さん! オルギアの発動許可を!」

「ダメだアイギス! オーバーヒートしたら集中攻撃を食らう!」

「キャウン!」

 

 シャドウの攻撃を食らったコロマルが体勢を崩し、そこにシャドウ達が一斉に向かってきた。

 

「コロマルさん!」

 

 それを防ごうとアイギスがコロマルを守るために立ち塞がった時だった。

 

「目を閉じろ!」

 

 大声で誰かが叫ぶ。

 それを聞いた啓人と美鶴がまぶたを閉じ、アイギスが視覚素子を一時遮断してコロマルの目を手で閉じる。

 直後、シャドウの向こう側から飛んできた何かが炸裂し、眩いばかりの閃光が周囲を覆い尽くす。

 

「今だ! こっちに向かってまっすぐに来い!」

 

 目を開けた啓人が、その閃光で周囲のシャドウ達が怯んでいるのに気付く。

 

「みんなこっちへ!」

「攻撃を集中させろ!」

「了解です! アテナ!」『ヒートウェイブ!』

 

 アイギスのペルソナが、声のした方向のシャドウを薙ぎ払い、僅かに出来た道を啓人が先陣を切って突っ込む。

 

「急げ!」

 

 立ち上がろうとするシャドウ達を斬り捨て、突き刺し、撃ち倒して探索メンバーが包囲をどうにか突破する。

 

「逃げるぞ!」

 

 そこには、仲魔を従えた八雲が再度スタングレネードのピンを抜きながら身をひるがえす所だった。

 

「データの交換中とか言ってなかった?」

「そんな暇あるか! 他の連中はイレギュラーとやらを狩りに行かせたから、オレが来るしかなかったんだよ!」

「どうやら、早くも契約を実行してくれるようだな」

「お前らに何かあったら、オレはここで飢え死ぬ!」

「大丈夫です、約束の時まであと24日。ここでは一日しかありませんから、餓死する前に滅亡に巻き込まれます」

「……冷静な解説どうも」

 

 八雲がアイギスの方を冷たい目で見ながら、着ていたジャケットから次々とチャイカムTNTを落としていく。

 

「ケルベロス、ジャンヌ、逃走路を確保!」

「ガアアァァ!」

「心得ました召喚士殿!」

 

 行く手を塞ごうとするシャドウにケルベロスが牙を突き立て、ジャンヌが剣を振るう。

 

「追って来てる! すごい数が………」

「どうするつもりだ!」

「そこの角を曲がれ!」

「行き止まりだぞ!?」

「好都合!」

 

 八雲の指示どおり、全員がその角を曲がると同時に、八雲がGUMPをRETURN操作、シャドウと交戦していた仲魔が光となってGUMPに吸収されると、今度はエンターキーを押した。

 そこから発せられた起爆信号をチャイカムTNTのリモート信管が感知、その真上を通り過ぎようとしていたシャドウ達を巻き込み、一斉に爆発を起こす。

 

「なんと無茶な戦い方だ………」

「悪いが、オレはこういうの日常茶飯事でね」

「デビルサマナーとは私達よりも危険で過激な職業だと認識します」

「ワン!」

「ともあれ、今の内に逃げよう」

 

 啓人が懐からトラエストジェムを取り出して発動、淡い光に包まれた全員の姿がその場から掻き消えた。

 エントランスに戻ってきた一行は、そこで思わず座り込んだ、

 

「今のは危うかったな………」

「今までまったくない行動パターンであります」

「いったいどうなってるんだ?」

「クゥ~ン………」

 

 ペルソナ使い達が首を傾げる中、八雲はGUMPを操作して風花が置いていったノートPCのデータと比較していく。

 

「明らかに戦術を持った集団戦闘か………前例は無し?」

「山岸、こちらは大丈夫だ。そちらは?」

『今イレギュラーの所に向かって………発見しました! 数はそれ程いませんから大丈夫だと思います』『行くぞっ!』『おりゃっ!』

 

 通信の向こうから戦闘の音が聞こえてくる中、美鶴は八雲の方を睨むように見た。

 

「これが《特異点》の影響か?」

「恐らくはな。シャドウの変質が始まったらしい」

「つまり、今後は似たような事が起こる可能性が高いという訳でしょうか?」

「多分な。だが、それ以上にやっかいかも………」

「あのような戦い方をするには、指揮官がいる。今まで大型のシャドウはいたが、戦術を組めるような存在は無かった………」

「じゃあ、このタルタロスのどこかに!」

「いるな、シャドウに命令できる指揮官が。恐らくそいつが特異点だ」

(だが………なぜ? 特異点の影響はまずその存在の身近にいる存在から影響が及ぶ。それは、オレに関係がある?)

 

 脳内に浮かんだ疑問を、八雲は口には出さず静かに思案していた………

 

 

 

 糸と糸、その絡んだ先には幾多の困難が待ち受ける。

 その先にある結び目は、果たして…………

 



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PART3 TASK READ

 

大正二十一年 志乃田 名も無き神社

 

「ここは?」

「ヤタガラスの分社だ。ここから異界送りを受ける」

 

 静けさと精錬さが漂う人気の無い神社を、ライドウに連れられた克哉は訪れていた。

 

「一応お参りしておくべきか?」

 

 財布から五円玉を取り出した克哉が、製造年月日が平成になっているのに気付いてそれを戻す。

 

「余計な気遣いは無用だ。それに些細な事が影響をおよぼす事もある」

「それもそうか………」

 

 頷く克哉を置いて、ライドウが鈴鐘を鳴らす。

 澄んだ音が響くと、程なく口元以外を頭巾で覆った女性―ヤタガラスの使者が姿を現す。

 

「何用でしょうか、十四代目」

「ゆゆしい事態だ。〈こことは異なる世界〉の来訪者が現れた」

「! それは本当ですか?」

「僕がそうだ。僕はこの時代から71年後の世界の人間だ」

 

 克哉が一歩前に進み出て宣言する。

 

「彼の仲間が異界の銀座にいるらしい。そこまで異界送りを頼みたい」

「……なんとも異な事。〈来訪者〉が複数も?」

「僕にも原因は分からない。だが、なんらかの特異点がある可能性が高い」

「分かりました。至急異界・銀座にあなた方を送ります。こちらでも影響の有無を調べますので、目立った行動を控えるように」

「心得た」

「分かりました」

「それでは、目を閉じ心を静めてください」

 

 ライドウが目を閉じたのを見て克哉もそれに習う。

 やがて耳に何か耳鳴りのような音が響き、動いてもいないのに体が動かされるような感覚が襲う。

 だがそれはすぐに止み、克哉の体はどこかに投げ出された。

 

「うわっ!」

 

 とっさの事で尻餅をつく克哉の前で、ライドウが滑らかに着地する。

 

「ここが………」

「異界の銀座、人ではなく魔が住む場所だ」

 

 古めかしい町並みを、夜明けとも夕焼けとも取れる独特の色合いの空気が覆う。

 遠くには確かに悪魔の姿も見えたが、何事かとこちらを見た後、ライドウの姿を確認してまた向こうを向いた。

 

「ここのどこかに達哉が……」

「離れるな。不慣れな人間には危険な所だ」

「不慣れ……と言うには少し違うだろうけど」

 

 ホルスターからザウエルP229を取り出した構える克哉に、ライドウはマントの下から管を取り出して封印していた悪魔を召喚する。

 呼び出された仲魔、象の顔を持つインド神話の神の仏格化した蛮属 ショウテンがその太い体を振るわせる。

 

「何用ぞ召喚士」

「この場にあってはならない物が流れ着いた可能性がある。それを探すのを手伝ってくれ」

「心得た」

 

 巨体を震わせ、ライドウの後ろに続くショウテンに克哉も続く。

 

「なるほど、管とはそう使う物なのか………基本は変わらない物だな」

「未来の事なぞ知らぬが、仲魔の使役がそうそう変わるとも思えぬ」

「そうかもな……」

 

 街角や物陰からこちらを見ている悪魔の姿はあるが、どれもライドウの姿を見ると姿を隠す。

 

「随分と顔が売れているようだな………」

「全てが大人しい訳でもない。来るぞ」

 

 ライドウがそう言いながらもマントをひるがえし、その下から刀を抜いた。

 そこへ、宙を舞いながら襲ってくる奇怪なドクロ―殺された怨念がその骸骨に憑いた怪異、外法属 ウタイガイコツが襲ってくる。

 

「石化を使ってくる。気をつけろ」

「了解した。ヒューペリオン!」

 

 克哉が懐から取り出したカードをかざしながら叫ぶと、カードは瞬時にして光の粒子となって霧散し、克哉の周囲を取り囲む。

 そして、それが克哉の体内からさらなる光の粒子を導き出し、そしてそれはカードに描かれていた黒衣に身を包んだギリシア神話の古代神の一人、ヒューペリオンの姿となって克哉の背後に現れた。

 

『トリプルダウン!』

 

 ヒューペリオンの手から光の弾丸が三連射され、迫るウタイガイコツを撃ち砕く。

 

「なるほど、確かに出来る」

「オォー!」

 

 別のウタイガイコツにショウテンが雄たけびと共に戦鎚を振るい、そこにライドウが刀を突き刺して止めを刺した。

 

「ここはこういう連中の巣窟だ。お前の仲間は大丈夫だと思うか?」

「達哉なら、恐らく大丈夫だ。君のとも僕のとも少し違う力を持っている」

「だといいが………」

 

 刀を鞘に収めた所で、別の悪魔が姿を現す。

 

「おや、ライドウはんでありんすえ?」

 

 それは年経た猫がニ尾となって妖力を持ったとされる技芸属 ネコマタだったが、敵対意思を持ってないのか、にこやかにライドウの方へとよってきた。

 

「ちょうどよかんす。あんさんに話しておきたい事が……」

「奇怪な鎧の事か?」

「そうでありんす」

「それは赤い機体か!?」

 

 克哉が身を乗り出して聞くと、ネコマタは頷いた。

 

「それと、桃色のもありんした」

「《rosa》機! シルバーマン君も来ていたのか!」

「それが……桃色のは動かないようで、赤い鎧がそれと異人さんの娘を守ってありんした」

「それはどこでだ!?」

「あちら、五丁目の方でありんす」

「ありがとう!」

「取っておいてくれ」

「ちょっとお待ちやす」

 

 ネコマタが指差した方向に克哉が走り出し、ライドウが懐からチャクラドロップを取り出してネコマタに渡して後に続こうとするのをネコマタが止めた。

 

「その鎧、奇怪な物と戦っておりんした」

「それはどのような?」

「機械のような………妖のような………そのどちらともつかない物でありんした。少なくても、あちきらのような悪魔とは違いやす」

「機械のような、妖のような?」

 

 その言葉に克哉も首を捻るが、その時ネコマタが指差した方向から何か戦闘音のような物が響く。

 

「達哉か!?」

「直に見た方が速いようだ。よく知らせてくれた」

「いえいえ、ライドウはんもお気をつけて」

 

 ネコマタに手を振られながら、克哉とライドウ、ショウテンが音の響いてくる方向へと走る。

 

「まただ! やはり何かと交戦している!」

「銃声だ。そちらの物か?」

「いや、《Rot》機にも《rosa》機にも火器は付いていない!」

「じゃあ、何と戦っているんだ?」

 

 段々とはっきりとしてくる音に、爆発音まで混じってくる。

 その爆発音の直後、赤い機体が建物の影から弾き飛ばされてきた。

 

「達哉!」

「兄さん!?」

 

 その機体、XX―1《Rot》機から克哉の弟、達哉の声が響く。

 だが、状況の説明をする前に《Rot》機を追って巨大な影が姿を現した。

 

「なんだアレは!?」

 

 克哉が叫んだ時、ふとそれが見覚えのある物で有る事に気付いた。

 四角い箱のような胴体に、人に似た手足がつけられ、両手にはそれぞれ剣と重火器が取り付けれた凶悪な機動兵器、人型戦車《X―1》だった。

 しかしそれはかつて克哉が戦った物とは異なり、各所に血管や筋肉のような物が走り、脈動している。

 まるで〈生きている〉ようなそれに、克哉が困惑している間にライドウが懐から一丁のリボルバー拳銃を抜いた。

 

「倒して構わないな?」

「ああ、搭乗者が乗っているようには見えないしな」

 

 こちらに気付いたのか、振り向くように体をこちらに向けたX―1に、ライドウはその拳銃、コルトM1817ライトニングカスタムのトリガーを引いた。

 かのビリー・ザ・キッドの愛銃としても知られるダブルアクションリボルバーが三連射されるが、放たれた弾丸はX―1の表面装甲にあっさり弾かれた。

 

「オオ!」

 

 ショウテンが気合と共に戦鎚を振り抜くが、表面装甲が僅かにひしゃげただけで動きが止まる。

 そこへカウンターのようにX―1の手にした剣が突き立てられると、ショウテンの体が光の粒子となって霧散した。

 

「封魔の剣か」

「そうだ、アレを食らえば僕の力も封じられる。気をつけろ」

 

 封じられたショウテンを管に戻したライドウが、スイングラッチ式にカスタムされたシリンダーをスライド、空薬莢と残った弾丸を排莢すると別種の弾丸をクイックローダーで装填する。

 

「電撃なら効くか?」

「本来のならな。だがアレは前に戦ったのとは似て非なる物だ。だがやってみるまで! ヴリトラ!」『ジオダイン!』

 

 克哉が《STREGTH》と振られたカードをかざすと、その背後にインド神話で旱魃をもたらす竜の姿が現れ、強力な電撃魔法を放つ。

 直撃を食らったX―1の動きが一時鈍り、そこに達哉の《Rot》機が手にした大剣を振り下ろした。

 

「セイッ!」

 

 大剣が装甲の一部を破壊し、そこから赤黒い物が噴き出す。

 それからは、オイルの匂いと血の匂いが入り混じっていた。

 

「何だこれは………」

付喪神(つくもがみ)、いや変化か?」

「さっきからずっとコレだ。幾ら斬っても傷が塞がっていくんだ………」

 

 達哉の言葉通り、破壊された装甲が見る間に塞がっていき、数秒と経たずに元通りになっていく。

 即座にX―1は左手に装備された機関銃をこちらへと向けてくる。

 

「散れ!」

 

 ライドウの指示で三人は別々の方向へ飛び、その隙間を銃弾の嵐が過ぎ去っていく。

 

「堅くなおかつ回復する、厄介だが倒せない相手ではない」

「無論だ。少し時間を稼いでくれ」

「分かった」

 

 ライドウがライトニングカスタムを連射、電撃効果を付与していた電撃弾が続けて命中し、X―1の動きが鈍る。

 

「フンッ!」

 

 そこへ《Rot》機が大剣を横薙ぎに振るい、X―1の足を破壊する。

 

「今だ、ヒューペリオン!」『Crime And Punishment!(罪と罰!)

 

 克哉がありったけの精神力を己のペルソナに送り込むと、ヒューペリオンの両手から機関砲のような勢いで無数の光の弾丸が発射される。

 光の弾丸はX―1の装甲を次々と穿ち、吹き飛ばす。

 装甲が剥がれていく中、その下にある機械の関節と生身の筋肉のような物が露となっていった。

 

「なんなんだこれは………」

 

 最後の光の弾丸が、コクピット部の装甲を弾き飛ばし、その中にある物をさらけ出す。

 それは、赤黒いタールのような固まりだったが、その表面には人の顔のような物が浮かび、蠢いていた。

 

「これは、穢れ!?」

 

 それが見覚えのある物に似ている事に克哉が驚く中、ライドウの振り下ろした白刃がそれを両断した。

 それは奇怪な怨嗟を上げながら、虚空へと霧散していく。

 力を失ったX―1が、スクラップとなってその場に擱座した。

 

「これは………」

「何か変化はあるか?」

 

 ライドウの問いに克哉は自分の手や達哉の《Rot》機を見たが、特に変化は感じられない。

 

「これが特異点ではないと言うのか?」

 

 克哉が自問する中、《Rot》機がオーバーヒートの警告音を立てながら停止する。

 

「限度か………」

 

 ハッチを開放してボディスーツ姿の達哉が外へと出る。

 

「達哉、怪我はないか?」

「ああ、大丈夫だ。その人は?」

「彼は十四代目 葛葉 ライドウ氏。この時代のサマナーだ」

「周防 達哉。対悪魔犯罪対策課 機動班のメンバーで巡査だ」

 

 達也が自己紹介しながら右手を差し出すと、ライドウは愛刀を鞘に収めてその手を握った。

 

「達哉、シルバーマン君は一緒じゃないのか?」

「リサの《rosa》機は故障して動けない所に、あいつがいきなり襲ってきた。向こうに隠れているはずだが………」

情人(チンヤン)~」

 

 向こう側からの聞こえてきた声に三人が振り向くと、そこには先程のネコマタにおぶわれた、金髪碧眼の女性が手を振っていた。

 

「シルバーマン君! 怪我をしているのか!?」

「あ、克哉さん。いや、ちょっと機体から出る時に足捻っちゃって………」

「向こうに隠れていたのを見つけたので、連れてきんした。危なく他の悪魔に見つかる所でありんした」

「それはすまない」

「手間をかけさせたな」

「ライドウはんには馴染みやありんすから」

 

 ネコマタがその白人の女性、達哉と同じ機動班の隊員、リサ・シルバーマンを降ろして達哉へと引き渡す。

 

「今回復ができる仲魔を呼ぶ」

「あの~、このレトロだけとイケてる人は誰?」

「十四代目 葛葉 ライドウ氏。小岩のずっと昔の先輩だそうだ」

「え? じゃあやっぱここ過去の世界なの!?」

「大正二十一年だそうだ」

「………それって何年前?」

「……71年前、もっとも僕らの時代だとすでに昭和のはずだけどね」

 

 ライドウがショウテンを管へと戻し、代わりに呼び出した人頭牛身の凶兆を知らせるとされる技芸属 クダンがリサの足を癒していく中、四人はスクラップと化したX―1を見た。

 

「さて、これをどうするか………」

「捨ててたら怒られるかな~?」

「できれば、どこか調べてくれる所があれば………」

「機体の整備も必要だ。だが、71年も前では………」

 

 周防兄妹とリサが考えこむ中、ライドウは双方の機体を交互に観察した。

 

「一人、どうにかできるかもしれない人物なら心当たりがある」

「本当か!?」

「探偵社のすぐ近所だが、そこまでこれを運ばなくてはな」

「弱った~、誰とも連絡全然取れないし……」

 

 リサが自分の携帯電話を取り出して見るが、無論、電波なぞ届く訳が無い。

 

「小岩や音葉君は無事だろうか?」

 

 思わず自分の携帯電話を取り出した克哉が、それが辛うじて電波が届いているアンテナサインが出ている事に気付いた。

 

「まさか…………」

 

 まさかと思いつつ登録しておいた番号に掛けてみると、コール音が響く。

 

「通じた!?」

 

 

 

2009年 タルタロス メインエントランス

 

 重苦しい雰囲気で集まっていた特別課外活動部の部員達の耳に、電子音が鳴り響く。

 

「オレか」

 

 八雲が何気ない調子で懐から己の携帯電話を取り出し、指定着メロで特捜最前線のBGMを鳴り響かせる相手に応じた。

 

「おう、周防か」

『小岩! 今どこにいる!?』

「タルタロスとかいう異界化したダンジョンの中だ。何かに括られてるのか、出られん。そっちは?」

『……大正二十一年の東京・銀座だ』

「こっちは2009年だが、明らかにオレがいた世界じゃない」

『それぞれ違う世界に飛ばされたのか!?』

「多分な。そっちにカチーヤはいるか?」

『いや、達哉とシ……ーマン君は…』

 

 通話の間にノイズが混じる。八雲は耳に当てていた携帯電話の状態を確かめると、電波状況が圏外になりかかっていた。

 

「こっちにはこちらのペルソナ使い達がいる。こちらはどうにかする」

『な………ソナ使いが………こち……十四代目……ライドウ………』

 

 そこで通話は途切れ、電波は完全に圏外となった。

 

「……切れたか」

「ちょっと待てよ!」

「なんでここで携帯使えるわけ!?」

 

 順平とゆかりが驚きながら八雲の携帯電話を見た。

 PDS機能も内蔵した、多機能携帯電話ではあるが、それ自体は市販品と変わらない。

 

「さっきお前らが来る前に、掛けられるだけに掛けたんだが、どこにも通じなかったんだよな………」

「当たり前だ。影時間の中では普通の電子機器は完全に停止する。動くだけでも驚きに値するが、まさか通話もできるとは………」

 

 美鶴も驚きながら八雲の携帯電話を見てみるが、確かに普通の品だった。

 

「向こうも面白い事を言ってたぜ。大正二十一年にいるだとよ」

「大正!? ………で、それって何年前?」

「77年だ。だが、大正は15年までだぞ?」

「つまり、電話の相手はそういう世界にいる訳か………」

 

 啓人が頷きながら納得するが、他の者達は半信半疑だった。

 

「とりあえず、まずこちらをどうするかだ」

「そうですよ。シャドウの戦い方が変わってきてるなんて………」

 

 明彦と乾の言葉に、また全員が重苦しい顔で向き合う。

 

「また、同じような事が起きる可能性はあるのだろうか?」

「特異点がもたらす変化は、徐々に大きくなっていくらしい。可能性じゃなく、必然で事態は変化していくだろうな」

「どうしよう、タルタロスの探索も進めなきゃいけないってのに………」

「二手に分かれるってはのどうだ?」

「いや、広範囲をナビゲートできるのは山岸だけだ。向こうにもこちらにも必要になってしまう」

「先にこの上の方に何かあるかとか分からないのか?」

「いえ、詳しい場所までは仲介点となる人が誰かいないと…………」

「だったら、その場でやっても問題はないな」

 

 八雲がGUMPを手にして操作していく。

 

「現状で使用しそうにないソフトを幾つか停止させてその分エネミーソナーに処理を優先させる。階層ごとが限度だが、なんとかなるだろう」

「しかし、大丈夫でありますか? 影時間内では疲労の蓄積が通常より多いです。しかもあなたはここから出られない。風花さん以上のオーバーワークになると思います」

「じゃあ、他に手があるか?」

 

 全員が押し黙り、沈黙する。

 だがそこで、風花のノートPCがアラームを響かせた。

 

「あ……タイムアップです」

「もうそんな時間か」

「やべ、早く出ねえと」

「一時間だけってのも不便だな」

「いようと思えばいれるんだが、外では一日経つからな………前にそれで山岸が失踪騒ぎになった事がある」

「今頃、オレもそうなってるかもな……」

 

 八雲がボヤきながら、階段の外壁に背を預けて座り込む。

 

「じゃ、悪いが少し休ませてくれ」

「少し空けますよ。こっちも色々と調べたいんで」

「そうしてくれ」

 

 啓人に生返事を返した直後、八雲の口から寝息が漏れ始める。

 

「すげぇ寝入りの良さ………」

「疲れてたんじゃないですか?」

「かもしれんな」

「それにしても、どうしたらいいんだか……」

「今日の放課後にでも話し合おう」

「ワン」

 

 特別海外活動部の部員達ががやがやと言いながらタルタロスを出、静寂の中八雲の寝息だけが響いていた。

 

「彼ですか」

「そのようやな」

 

 だが程なくして、そこに二人の少年が現れた。

 

「……寝てるで」

「大胆ですね」

 

 その二人、病的な白い肌に危険な光を宿した瞳を持った上半身裸の少年に、関西弁をしゃべりながら、左手にアタッシュケースを持ち、右手で手榴弾を弄ぶ眼鏡をかけた少年が、タルタロスの中へと入ってきた。

 

「うるさいな。少し寝かせてくれ」

「起きましたか」

 

 不機嫌そうに目を開ける八雲に、色白の少年が笑みを浮かべる。

 

「タルタロスに現れた《異物》とは貴方ですね」

「《異物》、か。確かに正しい表現だろうな」

 

 懐の銃に手をかけながら、八雲が謎の侵入者の方を見た。

 

「それで、オレに用か?」

「ええ。我々としては、この大事な時期に不確定な因子を持ち込まれたくないのですよ」

 

 そう言いながら、色白の少年は腰から巨大なリボルバー拳銃、史上最強のハンドガンS&W M500を抜いて八雲へと突きつける。

 

「そんなにオレが邪魔か。《ストレガ》」

「我々の事を聞いてましたか」

「一応な。滅びを欲しがるイカれた連中だそうだな」

「そう、その滅びのためには貴方が邪魔なのですよ」

 

 言葉が終わると同時に色白の少年、ストレガのリーダー、タカヤはトリガーを引いた。

 轟音が響き、八雲がその場に倒れ込む。

 

「なんや、終わりか」

「あっけない」

 

 ストレガのNo2、ジンが何もしない内に撃たれた八雲に近寄ろうとする。

 だがそこで、階段の影に隠れていたケルベロスが襲い掛かった。

 

「しもた!」

 

 ケルベロスの牙をとっさにアタッシュケースで防いだジンだったが、その肩を銃弾がかすめる。

 

「なんやと!?」

「下がりなさいジン! ヒュプノス!」『ジオダイン!』

 

 タカヤが己のペルソナ、ギリシア神話で眠りを司る神ヒュプノスを呼び出し、電撃魔法をケルベロスに放つが、ケルベロスはからくもそれをかわす。

 

「しとめ損ねたか」

 

 硝煙を上げるソーコムピストルを手に、倒れていたはずの八雲が体を起こす。

 

「おはん、なんで生きて…!」

 

 ジンが八雲の胸に開いた弾痕の下、服の下に着込まれたボディアーマーに気付いて舌打ちした。

 

「なるほど、わざと撃たれて油断した隙に、という訳ですか」

「さすがにM500止められるかは賭けだったがな」

 

 口の端から伝っている血を拭いながら、八雲はソーコムピストルをタカヤに向け、その隣でケルベロスが唸り声を上げる。

 のみならず、転送用ポートが作動したかと思うと、そこから上階に待機させておいた仲魔達が続々と姿を現した。

 

「な、こんなに手駒隠しとったんか!」

「小心者でね」

「ふ、ふふふふ、目的のためには手段を選ばず、騙まし討ちを平然と行う。あなたは彼らよりも我々の方に近いかもしれませんね」

「そうかもな。だが、お前らと一緒にされるのは迷惑だ。疲れてんだからとっとと失せろ」

 

 銃口を向けたまま、八雲がアゴでストレガの二人を払う。

 それに応じたのか、仲魔達が二人を包囲していった。

 

「やる気はない、ってわけか?」

 

 銃弾がかすめた傷口をそのままに、ジンが八雲を睨む。

 

「簡単ですよ。彼はここから出られないという事は、消耗した物の補充や救護を受けにくい。無駄な消費はしたくないという事ですよ」

「……分かってるじゃねえか。それとも、ここでオレの仲魔とやるか?」

「……それはこちらも同じです。今日の所は退きましょう」

「そのまま二度と来るな」

「その期待には添えそうにありませんね」

 

 八雲の方を睨みながら、ストレガの二人は姿を消す。

 重いため息を吐き出しながら、八雲は銃口を下ろした。

 

「召喚士殿、傷の回復を」

「頼む」

 

 ジャンヌ・ダルクが回復魔法をかける中、八雲はぼうっとタルタロスの入り口を見ていた。

 

「早いとこ、どうにかしねえとな…………」

 

 

 

大正二十一年 筑土町

 

 人が行き交う通りを、一際目立つ一団が通り過ぎていた。

 それは何か大きな物を乗せた大八車の三台連れで、ムシロで覆われた荷物の中身は見えない。

 それだけなら引越しの途中にも見えたが、それを引いているのがマント姿の学生、色眼鏡をかけた男、体に密着する奇妙な服を来た男と異人の女性ともなれば、どう見ても引越し最中には見えなかった。

 

「………目立ってるな」

「……そうだね、兄さん」

「うう、恥ずかしい………」

「すぐそこだ」

 

 先頭に立つライドウに、周防兄弟とリサが赤面しながらも大八車を動かす。

 常人の目には見えないが、ライドウと克哉の引く大八車の後ろを仲魔が押していた。

 

「トラックとかなかった?」

「生憎と用立てられなかった」

「悪魔に直接運ばせるというのは?」

「見える人間にも見えない人間にも大騒ぎになる。」

「……こうするしかないか」

「ついたぞ」

 

《金王屋》と描かれたノボリをライドウが潜ると、目つきの悪い老主人がじろりとこちらを見た。

 

「客かい? 随分と大荷物だが」

「客は客だが、下の方のだ」

「なんだヴィクトルのかい。どうりで変わった連中ばかりだ」

「失礼します」

「邪魔する」

「どうも~」

「商品壊さないでおくれよ」

 

 世界中の骨董品や珍品が並ぶ店の端を通り、その先にあるドアをライドウは開けた。

 

「一つずつだ」

「これはエレベーターか」

「業魔殿への物資搬送用だ」

「業魔殿だって!? 先程ヴィクトルと言ってたが、まさか悪魔研究家のヴィクトル氏がこの時代に!?」

「71年後にもいるようだな」

 

 ドアの間に鉄柵が降りたかと思うと、部屋が下へと移動していく。

 程なくして空荷で戻ってきたエレベーターに克哉が乗り込み、次に達哉とリサも乗り込んだ。

 地下へと降りた一行が見たのは、種々の機械が並ぶ研究所と、その中にいる白衣姿の見覚えのある男だった。

 

「ほほう、これは興味深い! また面白い物を持ってきたな十四代目!」

「こちらにもある。こっちの方は修理も頼みたいのだが………」

「どれどれ、まずは調べてみねば!」

 

 楽しそうに持ち込まれたX―1の残骸と故障したXX―1を調べるその男、稀代の悪魔研究家、ヴィクトルの姿を見た周防兄弟とリサは互いの顔を見合わせる。

 

「あれ、本当にヴィクトルさん?」

「何か、雰囲気が………」

「我々の世界とは違う世界だからな。雰囲気が変わっていてもおかしくはないだろう」

「違う世界? 違う世界とはどういう意味だ?」

 

 目ざとく会話を聞いたヴィクトルがこちらの方を向いた。

 

「彼らは、この世界とは違う世界の未来からきた人間だ」

「次元転移と時空転移を同時に行ったと!?」

「いや、巻き込まれた、というが正しいか………」

 

 ライドウの説明に驚いたヴィクトルに、克哉がここに来るまでの経緯を説明していく。

 

「むう、それは不可解な………」

「ああ、どうにか元の世界に戻りたいのだが……」

「そちらではない」

「え?」

 

 ヴィクトルはしばし考えながら、未来の三人を見た。

 

「転移というのは、高位の術者なら可能な現象だ。悪魔の中にも使える者も多い。だが、次元間転移ともなれば相当の難度だ。これは高位の悪魔ですら、儀式なくしては不可能な事。だが、《似て非なる可能性の世界》からそれだけの人数をまとめて転移させるとなると、簡単な事ではない。ましてや、五体満足でともなると、〈事故〉で済ますには出来すぎだ」

 

 言われた三人は自分の手足や体を確かめるが、どこにも異常は見当たらない。

 

「では、我々は何かの事件に巻き込まれたと?」

「分からん。これを調べてみれば何か分かるかもしれん」

「お願いします。我々も調査を進めておきます」

「さすがに三機ともなると、時間が掛かるやもしれん」

「手伝える事があれば。少しは整備できる」

「そうか、なら手伝ってもらおう」

「それじゃ私も」

「じゃあボクはライドウ氏と捜査を進めておく」

「気をつける事だな。もしかしたら、これは飛ばされた物ではないかもしれん」

 

 克哉がその一言に振り返ろうとしてた足が止まる。

 

「なぜ?」

「よく見てみろ。こちらの二機は転移の際と思われる損傷が各所にある。だが、こちらのには戦闘の物以外には見当たらん」

「! しかしこれの元は確かに僕達の時代にあった物だ!」

「………分からん。私の予想を越える何かが、起きているのやもしれん。注意しろ十四代目」

「………心得た」

 

 ヴィクトルの深刻な忠告に、ライドウは一度だけ頷くと、克哉と共に探偵社へと向かった。

 

 

 

「おやお帰り。弟さんはいたかい?」

「ええ、今ヴィクトル氏の元に」

 

 イスにふんぞり返っていた鳴海に、克哉は笑顔で答える。

 

「あっそ、そりゃ良かった。何か分かった事は?」

「この時代に存在しないはずの物に襲われた」

「……どういう事だい?」

「少し違っていたが、こちらの世界にあった〈兵器〉が襲ってきたんだ。ヴィクトル氏が解析してるが、まだいるかもしれない」

「……そいつはヤバいな。どんな奴だ?」

「人型の戦車だ。しかも対悪魔用武装を施している。この時代の装備では戦えないだろう」

「そんなのが出たら大騒ぎだな。少しこちらも情報を集めてみよう」

 

 鳴海が電話に手を伸ばした所で、探偵事務所の扉が開く。

 

「ライドウさん帰ってたんだ。ちょうどよかった」

 

 入ってきた伽耶の後ろに、友人のリンの姿がある事に鳴海が片眉を僅かに上げる。

 

「おやおや、二人そろって何の御用?」

「あの、ライドウさんに頼みたい事があって………」

 

 リンがおずおずと口を開く。

 

「ん~、今忙しいんだよね………」

「あ、そうなんですか………まあつまらない事ですし………」

「ここに頼みに来るという事は怪奇な事だという事か?」

「そう、いう事になるんだと………」

 

 やけに歯切れの悪いリンの態度に、鳴海が首を傾げる。

 

「最近富士子パーラーで起こっている事件、知ってますか?」

「事件? そういや妙なつまみ食いが多いって噂があったっけ」

「私見ちゃったんです。見えない何かが、ショーケースのケーキを食べるの………」

「見えない何か?」

 

 思わず顔を見合わせた克哉とライドウが、同時に答えに辿り着いて頷く。

 

「多分、ケーキに連れられた〈者〉がうろついているのかもしれん。それくらいなら、少し祈祷を上げればいいだろう」

「あの、それって祈祷代はいかほど………」

「お代はいらないから、ケーキの引換券でももらってきて。あそこのケーキ土産にすると、情報聞き出し安いから」

 

 鳴海が勝手に決める中、ライドウが克哉と共に席を立つ。

 

「早い方がいいだろう。妙な影響が出る前に」

「今ですか?」

「その方がいい。この後忙しくなるかもしれなくてね」

 

 克哉が誤魔化しながらも、伽耶とリン、ライドウと克哉の四人はケーキ店富士子パーラーへと向かった。

 

「いらっしゃい……あらライドウさん」

 

 顔見知りの店員が、店の中に入ってきたライドウの姿を見つけて声を掛けてくる。

 

「珍しいですね。お買い物ですか?」

「仕事だ」

「あの、ライドウさんが例の件を解決してくれるって言うんで」

 

 リンの言葉に、店員の顔色が変わる。

 

「ちょっとこちらへ………」

 

 四人は店員に手招きされて店の奥へと進む。

 

「私も見たんですよ、ケーキが勝手に減っていくの…………」

「やはり」

「その、妖怪か何かの仕業なんですか?」

「大丈夫。すぐに済みます」

 

 ライドウは店の客に見られないように影から小さく拍手を打つと、祈祷に入る。

 その途中で、何かに気付いた店員が、恐る恐る指を指した。

 

「あ、あそこ………」

「また……!」

 

 その指差した先には、ショーケースに並んでいるケーキが、確かに減っていく所だった。

 

『あ…………』

 

 しかし、伽耶と克哉の目には、そのつまみ食いをしている者、小さな有翼の少女の姿をした妖精 ピクシーの姿が見えていた。

 

「あ、克哉だ~!」

 

 口の周りを生クリームだらけにしたピクシーが克哉の方へと飛んでくる。

 

「やっと見つけた~♪」

「な、なぜここに?」

「だって、今週のお給料まだだもん! お腹すいたし~」

「だけど無銭飲食はダメだって」

「……あの、誰と話してるんです?」

 

 悪魔の姿が見えないリンと店員の目には、克哉が何か独り言を言ってるようにしか見えない事に気付いた克哉が、ピクシーを掴んで慌ててトイレへと飛び込む。

 中に入ってカギを閉めた所で、克哉はピクシーを放した。

 

「無銭飲食は後で払うとして………あの時、他の人はどうなったか分からないか?」

「分かんない。ピカッて光って、気付いたらこの見た事もない所にいて、探したんだけど誰も見当たらないし。お腹すいたからここにしばらくいたの。ここってどこ~?」

「その件は後だ。今はこの世界の異常を修正しないと」

「その前にお給料!」

「………分かったよ」

 

30分後

 

「ここでアーモンドパウダーを混ぜるのがポイントです。こうする事によって生地に香ばしさが出ます」

「ほうほう、なるほど」

 

 厨房を借りてケーキを作る克哉の手並みに、富士パーラーの職人達もしきりに関心していた。

 

「クリームは少し砂糖を控えて、メレンゲでコーティングしてフランベすれば…」

「あんた、ウチで働く気はないか? 給料は弾むよ」

「いえ、その残念ですが………」

 

 真顔で問うて来る店長に、克哉は苦笑いを浮かべて首を横に振る。

 

「ケーキ作りが趣味なんて、変わってますね」

「知り合いの女性はボクシングが趣味だったよ。別に趣味に男女差はいらないだろう?」

「斬新な事言う方ですね」

 

 言った後でこの時代ではそうなのか、と思いつつ、克哉が仕上げに入る。

 

「これで完成。レシピはこうです」

「ほほう、これはすばらしい」

「では一部を捧げてくれ。これでもう怪現象は起こらない」

 

 ライドウの指示で、出来上がったケーキが事務所にあった神棚へと捧げられる。

 ちなみに、見えないように影の位置から、ピクシーがそのケーキをつまんでいた。

 

「本当にこれで大丈夫なんですね!?」

「大丈夫だ。満足して去ったようだ」

 

 ライドウが太鼓判を押す中、満足したピクシーが克哉の肩に止まる。

 

「一応、これはお礼です」

「いや、こんなにはいい」

 

 渡された引換券を半分だけ受け取り、ライドウ達は富士子パーラーを去る。

 

「やっぱり、ライドウさんって頼りになりますね」

「別に難しい事をしたわけじゃない」

「……身内の犯行だったからな」

 

 喜んでいるリンに聞こえないように克哉が呟き、肩に止まっているピクシーを見た。

 

「それじゃあ、私はこれで」

「また何かあったら知らせてくれ」

「もちろん!」

 

 リンが去った後で、ライドウは克哉の肩のピクシーを見た。

 

「それはお前の仲魔か?」

「ああ。週ケーキ1ピースで契約している」

「悪魔ってケーキで契約できるんですね………」

「ところで、ここどこ?」

「分かりやすく言えば71年前だ」

「ふ~ん………って71年前!?」

 

 驚いた拍子に克哉の肩から落っこちたピクシーが、自分の羽根で飛び上がりながら、周囲を見回す。

 

「映画か何かのセットだと思ってた………」

「だったら良かったんだけどね………」

「予想以上に飛ばされた者が多いようだな。他に飛ばされた時、一緒にいたのは?」

「影響がどこまで出たのか分からないが、ビル内にいた人間は13名のはず。小岩は他の世界にいるらしいし、他のメンバーはどこにいるのかすら」

「………一人そういう事に詳しいかもしれない者がいる。会いに行こう」

「本当か? どこに?」

「深川だ」

 

 ライドウに連れられ、深川の目的地へと向かった克哉は、その場所の手前で硬直する。

 そこは独特の雰囲気が漂い、あでやかな女性達が赤い格子の向こう側からこちらを手招きしている。

 

「こ、ここはまさか遊郭か!?」

「それ以外に何に見える」

「ユウカクって?」

「いやその……」

 

 ピクシーへの説明に困る克哉を無視して、ライドウは平然と遊郭が建ち並ぶ路地の中へと進んでいく。

 

「本当にこんな所に?」

「ああ、最中でなければいいが」

「何の?」

「まあアレだ………」

「そこのモダンなお兄さん、寄ってかない?」

「いや、結構だ」

「そう言わないでさ。安くしとくよ」

「残念だが、仕事でね」

 

 客引きの女中達を振り払い、克哉がライドウの後を追う。

 

「普段からこんな所に来ているのか?」

「大抵仕事だ。色んな人間が出入りする分、情報も入りやすい」

「どうにも僕はこういう所は苦手だ」

「見るからにそうだからな」

 

 路地の半ばまで進んだ所で、突然向こう側から悲鳴が響いた。

 

「! 今のは!?」

 

 二人は同時に走り出し、すでに人が集まり始めている悲鳴の発生源へと飛び込む。

 

「く、来るな……! この女をこ、殺す!」

「ひっ………」

 

 そこには、目の焦点のあってない男が、短刀を片手に女中を羽交い絞めにしていた。

 

「やめろ! その人を放すんだ!」

 

 叫びながら克哉がホルスターに手を伸ばそうとした所、ライドウがそれを止める。

 

「まずいぞ、薬物か何かを使用している………」

「問題ない。そろそろ来るはずだ」

 

 ライドウがそう言った時、人垣を掻き分けて奇妙な男が入ってきた。

 

「いケませン。いケませ~ンね」

「な、なんだてめえ!」

「プーさん!」

 

 それは、外国語訛りで喋る、神父服を着た痩せた男だった。

 

「レディにランボウはいケませ~ン。レディとは愛し合うモノで~ス」

「それ以上近寄ると、この女…」

 

 口から泡を拭きながらがなる男に、その奇妙な男は無造作に右手をかざし、何かを口の中で呟く。

 

「が、は!?」

 

 すると、男が突然苦しみだしたかと思うと、白目を剥いてその場で昏倒する。

 

「プーさん!」

「オウ、もうダイジョブで~す。お礼はいつものヨウに」

 

 人質にされていた女中が駆け寄るのを抱きしめた痩せた男は、そのまま遊郭の中へと入っていこうとする。

 

「悪いが後にしてくれ、ラスプーチン」

「おお、ライドウさんじゃア~りませンか」

 

 ライドウの姿を見た痩せた男、ラスプーチンは女性を片手で抱いたまま、にこやかにあいさつしてくる。

 

「お前に急用があって来た」

「トいう事は、ソチラの方ですか……すいマせ~ン、また後で必ず」

 

 助けた女中にキスをすると、ラスプーチンはライドウと克哉の元へと来る。

 

「そちらさンは?」

「周防 克哉、一応警官だ」

「71年後のな」

「ホウ………」

 

 興味深げに顔を歪めたラスプーチンは、二人を伴って手近の茶屋の奥座敷へと入る。

 

「私はラスプーチン。ここのレディ達のボディガートしてマ~す」

「つまり用心棒だ」

「魔術師がか?」

「分かりマしたか」

 

 克哉の指摘に、ラスプーチンは笑みを浮かべる。

 

「元はダークサマナーやってマ~した」

「なるほど、それが今や遊郭の用心棒か………校正したと言うべきなのかな?」

「さあな。それで、肝心の用件なのだが………」

「71年後、とイってましたね」

「お前が来た時よりは前のはずだ」

「!? じゃあ彼も!」

「よくは分からないが、彼はあの怪僧ラスプーチン当人じゃない。時間を正すために、ラスプーチンの人格をコピーした修正者だそうだ」

「な………」

「生憎と、私モ必要ないデータ、与えラれてマせん……しかし、参考にはナルかも」

「知っている限りでいい。教えてくれないか?」

「フム……本来はヨロしくないのですが、ライドウさんに免じて教えマす」

 

 運ばれてきた団子に手を伸ばしつつ、ラスプーチンは語り始める。

 

「ソモソモ、時間の移動は極めて危険を伴いマ~す」

「ヴィクトル氏もそんな事を言っていたな」

「そノため、時間移動技術ガ確立された未来でも、時間旅行は精神のコピーを送るノが普通で~ス。そのコピー体の得た情報を本体に共有サせて、楽しむのデ~す」

「つまり、移動のはずみで消失する事も考慮の内なのか………」

「そノ通り! 前にライドウさんが時空をつなげるアカラナ回廊ニ生身で行き、戦って帰ってコれたのは奇跡と言えるクらいで~ス」

「だが、下手したら10名以上の人間が同時に時空のかなたに飛ばされた可能性がある」

「……そレは最早、人間ノ技術ではアりまセ~ん」

「何かが、関与しているのか。とてつもない力を持った、何かが…………」

 

 

 

 絡んだ糸の先に、解き放ちし者の影が揺らめく。

 無数の糸を解き放ちし狙いは、果たして………

 



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PART4 NET CONNECT(前編)

 

 

 

「…い、起きろ。起きろって啓人」

「ん……ぐ~……」

「放課後だぜ、おい………」

「………え?」

 

 教室の机に突っ伏していびきをかいていた所を、同級生の健二に突付かれ、啓人はようやく目を覚ます。

 

「あれ、さっきお昼を食べたばっかだったような………」

「お前、午後ぶっ通しで寝てたんだよ………寮で夜何やってんだ? 順平なんか一日寝てるし、岳羽までうたた寝だぜ?」

「いや、ここ数日ちょっとな……」

 

 八雲がタルタロスに現れてから今日で六日目になるが、その間、毎晩現れるイレギュラーに、特別課外活動部のメンバー達の疲労は溜まっていく一方だった。

 

「何やってんだか知らないけど、今晩は早めに寝た方いいぜ? 鳥海先生怒鳴ってたのに微動だにしなかったし………」

「ああ、そうだな………」

 

 啓人はのろのろと帰り支度をすると、机上をよだれの洪水にしている順平を突付く。

 

「順平、寝るなら帰ってからにしようよ………」

「ぐ~」

「お~い……」

「が~」

「起きろ順ぺ~」

「ご~」

 

 なかなか起きない順平に、健二も一緒になって声をかけ、挙句には鼻まで摘んでみるが、状況は変化しない。

 

「起きねえな………」

「どうしよう………」

 

 二人が悩んでいる所に、授業が終わるとすぐに姿を消したアイギスが教室へと入ってきた。

 だが、彼女が一歩足を踏み入れると同時に、なにかすさまじい異臭が教室内に漂う。

 

「何コレ!?」

「おわあっ!」

「臭っ!」

 

 教室内に残っていた同級生達が一斉に顔をしかめ、鼻をつまむ。

 当のアイギスはそんな事も気にせず、啓人の方へと寄って来た。

 

「お目覚めになりましたか」

「あ、アイギス………これは一体………」

「皆様お疲れのようなので、江戸川先生から薬をもらってきました」

 

 そう言いながら、アイギスは手にしていた医療用トレーの上にある小さな紙コップを差し出す。

 紙コップの中には前衛的色合いの液体のような物が満たされており、それからは〈薬〉と聞いて思いつく限りの匂いを集結させたような異臭が漂っていた。

 

「スペシャル版だそうです。効果はとびきり抜群だとか」

「…………それ、飲むのか」

 

 鼻をふさいで壁際まで退避した健二が、恐怖の表情でアイギスと啓人を見た。

 

「アイギス、気持ちはうれしいけど、さすがにこれはちょっと………」

「美鶴さんからも指示が出てます。今夜に備えて、飲む事を推奨します」

「……え~と」

「美鶴さんと明彦さんはすでに飲まれました。天田さんとコロマルさんの分も用意してあります」

 

 ミニペットボトルに満たされた怪しすぎる薬に、啓人の顔から血の気が引いていく。

 

「……分かった、飲むよ」

「一気に行くのがコツ、と明彦さんが」

「一気にだね」

 

 そう言いながら紙コップを手にした啓人が、その中身を一気に順平の口へと流し込む。

 

「!%$&?*@!」

 

 声にならない絶叫を上げながら順平が飛び起き、教室内を転げ回る。

 

「水! 水!」

 

 悶えながら教室を飛び出して水のみ場へと向かう順平を見た啓人が、唾を飲み込みながら残った二つの紙コップを見た。

 

「さあ」

「あ、そうだゆかりにも…」

 

 なんとか逃れようと啓人はゆかりの席の方を見たが、すでにゆかりはその場から逃亡した後だった。

 

「がんばれ啓人!」

「不破君がんばって!」

「ガッツだ不破!」

 

 気付くと、同級生達が生暖かいエールを送ってきている。

 逃げ場はどこにも無い事を悟った啓人だったが、その脳裏についさっき転げ回っていた順平の姿が浮かぶ。

 小刻みに震える手が紙コップに伸びた所で、ふとアイギスが窓の外の方を見ている事に気付いた。

 

「? 何かある?」

「来ます」

 

 そうアイギスが言った途端、窓の外から轟音が響いた。

 

「何だ今の!?」

「外見ろ外!」

 

 誰かが校庭の方を指差す。

 そこに、黒い影がいた。

 

「まさか、イレギュラー!?」

「そのようです」

 

 それがかなり大型のシャドウである事に気付いた啓人が、普段のクセで腰に手を伸ばした所で召喚器も武器も無い事に気付く。

 

「竜巻だ!」

「おい、校庭の連中逃げろ!」

「え………」

「皆さんには認識できてないようです」

 

 校庭で部活動をやっていた運動部達が逃げ出し、放置された備品が宙を舞うが、それを弾き飛ばしている大型シャドウの事を指摘する人間は誰もいない。

 他の人間には見えてない事に安堵したのもつかの間、啓人はどうするべきかを悩む。

 

「事態は緊急を要します。まず非常措置を取ります」

 

 アイギスがそう言って、紙コップの中身を自らの口中に入れる。

 

「アイギ…」

 

 何をしているのか問う前に、アイギスが片手で啓人の頭を掴むと、強引に自分の顔へと近付ける。

 そのまま、むりやり唇を合わせると、口内の薬を強引に啓人の口内へと流し込んだ。

 

「むが!?」

「急ぎましょう」

 

 あまりに唐突な事に、思わずその薬を全部飲み干した啓人が目を白黒させる中、アイギスは窓から外へ出ようとする。

 

「ダメだ! 人目があるし、下を見るんだ!」

「……!」

 

 飛び降りようとしたアイギスだったが、真下を校庭から避難してくる生徒がごったがえしている事に気付いてその場で反転する。

 

「仕方ありません、非常口から」

「そうしよう。けど武器が………」

「私は始終戦闘体勢です」

「………どうにかしよう」

 

 教室を飛び出しながら、みんな窓の外を見ていて誰もこちらに注目してない事に啓人は安堵した。

 

「見られてなくてよかった………」

「何がですか?」

「いや、ちょっと」

 

 首を傾げているアイギスに、啓人は苦笑しつつ外へと向かう。

 

「落ち着くんだ! 校舎の中へ!」

「怪我人は保健室へ! 保険委員誰か!」

「真田先輩! 桐条先輩!」

 

 避難誘導の指示を出している明彦と美鶴の元に、啓人とアイギスが到着する。

 

「不破か。幸か不幸か、他の者達には見えてないようだ」

「だけど、日中から現れるシャドウなんて………」

「考えるのは後回しだ、行くぞ!」

「しかし、みんなの目が……」

「止むを得まい………」

 

 校庭の方へと四人が飛び出した所で、突然周囲を膨大な砂塵が覆う。

 

「これは!?」

「痛っ!」

 

 砂塵に大量に石が混じって飛んでくるが、直撃した啓人がむしろ笑みを浮かべる。

 

「これなら、みんなに見えない」

「そうだな!」

 

 美鶴も笑みを浮かべながら、スカートの中に手を入れるとふとももに隠しておいたホルスターから召喚器を取り出す。

 

「お前も持ってきていたか」

「ああ、使うとは思ってなかったが……」

 

 明彦もズボンをまくりあげ、スネのホルスターから召喚器を取り出し、己の額に当てる。

 

「アルテミシア!」『ブフダイン!』

「カエサル!」『ジオダイン』

 

 召喚器のトリガーが引かれ、召喚されたそれぞれのペルソナが攻撃魔法を放つ。

 放たれた攻撃魔法は大型シャドウに直撃するが、大型シャドウが巻き起こす竜巻は修まらない。

 

「効いてないのか!?」

「直接攻撃します!」

 

 アイギスが両手を突き出すと、内臓されたマシンガンから銃弾を撃ち出す。

 しかし数発撃っただけで、すぐに弾切れを起こした。

 

「マガジンを持ってくるべきでした………」

「いや、さすがにマズイよ」

「こちらも直接攻撃に移る!」

「おう!」

 

 美鶴が叫びながら背に手を伸ばすと、そこから一本の俸を取り出し、それを一振りする。

 すると俸内に仕込まれた刃が飛び出し、レイピアと化した。

 動揺に明彦もズボンの後ろポケットから持ち歩いているプロテインケースを取り出し、握るとそのプロテインケースから凶悪なスパイクが付いたメリケンサックが飛び出し、手早くそれを装着する。

 

「なんでそんな物を!?」

『護身用だ』

「援護します! アテナ!」『マハラクカジャ!』

 

 何かかなり物騒な事を言いながら突撃する二人に、アイギスが自らのペルソナで防護魔法を掛ける。

 

「ふっ!」

「やあぁっ!」

 

 吹き付ける突風と砂礫に晒されながらも、美鶴の突きと明彦のストレートが大型シャドウに突き刺さる。

 二人は連撃を放とうとするが、突然足元の地面が噴き出し、二人は放り出される。

 

「うっ!」

「ぐはあっ!」

「地変魔法も使える!?」

「啓人さん! オルギア発動許可を!」

「弾丸もないのにどうするんだ! 二人のサポートを!」

 

 弾き飛ばされた二人をかばうようにしながら、啓人は大型シャドウの前に立ち塞がる。

 

(落ち着け! 召喚器はあくまで補助、タカヤの奴みたいに、無くてもペルソナは使えるはずだ!)

 

 体の各所に飛んでくる石がぶつかりながらも、啓人は精神を集中し、自分の中の別の自分を呼び起こす。

 

「タナトス!」『五月雨斬り!』

 

 呼び出されたタナトスが無数の斬撃で大型シャドウを切り刻み、大きく怯ませる。

 

「いくぜっ!」

 

 そこに、順平が手に巨大なバット―野球部の特訓用に使われ、その形状から《マグロ》と呼ばれる―を振りかざし、大型シャドウを殴りつける。

 

「はっ!」

 

 さらにその背後からゆかりが部室から持ち出してきた和弓で大型シャドウを狙うが、吹き付ける強風が狙いを逸らし、順平の頭頂をかすめる。

 

「危ねぇ!」

「ご、ごめん!」

 

 かすめた勢いで弾き飛ばされたトレードマークの帽子をなんとか掴んだ順平に、ゆかりが謝る。

 

「くそっ! 召喚器があれば!」

「精神を集中させて、己の中のペルソナを揺り起こすんだ! そうすれば…」

「そうは言っても……」

 

 順平とゆかりが啓人の指示通りにやってみるが、飛来する石が体の各所に当たり、とても精神を集中できる状態ではなかった。

 

「下がるんだ! ここは私達でどうにかする!」

「でもこいつは!」

「行きます! アテナ!」『ヒートウェイブ!』

 

 前へと進み出たアイギスの発動させたペルソナが、灼熱の刃で大型シャドウを薙ぎ払う。

 だが、大型シャドウは腕とも触手とも取れない物を地面へと突き刺すと、そこから周辺の土石を巻き上げて竜巻が吹き上がり、アイギスを吹き飛ばす。

 

「くっ!」

「アイギス!」

「なろう!」

 

 弾き飛ばされたアイギスの体を啓人が受け止め、反対側から順平が大型シャドウに殴りかかる。

 

「なんて頑丈な奴だ!」

「まさか、エレメント級!?」

「そんな訳ない! 12のアルカナ、全部倒したはず!」

 

 次々と与えられる攻撃を平然と食らいながらも、大型シャドウは地面をえぐり、竜巻を起こす。

 その時、啓人の懐で携帯電話が鳴った。

 

「これは、風花?」

 

 状況が状況だけに一瞬迷った啓人だったが、懐から携帯を取り出して着信ボタンを押した。

 電話口の向こうからは、息を切らせている風花の声が聞こえてきた。

 

『す、すいませんリーダー………召喚器無しでのサーチに手間取って……』

「何か分かったの?」

『それは本体じゃありません! 今皆さんが攻撃している部分の下、地面の中です!』

「地中!?」

『!』

 

 その言葉を聞いた明彦と美鶴が自らのペルソナで大型シャドウの足元を攻撃しようとするが、巧みに防御されて阻止される。

 

「かばっている! 間違いない!」

「でもどうやって攻撃するんスか!」

「掘り出すまで! 行くぞタナトス!!」

 

 啓人が全身全霊の力を集中させてペルソナを発動させ、タナトスが虚空に無数の剣を具現化させていく。

 

『ジーザス・ペイン(神の刻印)!』

 

 無数の剣が地面へと一斉に突き刺さり、大量のエネルギーが剣から注ぎ込まれて周辺を爆砕、地面を一気に吹き飛ばした。

 

「見えた!」

 

 その吹き飛ばされた地面の下、地上にあった部分どころか、通常のシャドウよりも随分と小型の本体が露になった所を、ゆかりの矢が撃ち抜く。

 

「今だっ! やっちまおうぜ!」

「おう!」

「分かった!」

 

 順平と明彦がシャドウ本体をタコ殴りにし、美鶴が更に斬り裂く。

 

「止めです!」『ヒートウェイブ!』

 

 駄目押しとばかりにアイギスのペルソナが灼熱の刃で薙ぎ払い、シャドウ本体を完全に消滅させた。

 すると周辺を被っていた竜巻が消え去り、美鶴と明彦は慌てて武器と召喚器を隠す。

 

「誰かまだいるの!?」

「大丈夫! 少し怪我してだけです!」

 

 こちらへと駆け寄ってくる担任教師や生徒達の姿を見ながら、啓人は胸を撫で下ろす。

 

「今回はまだここだから良かったが、もし今後も似たような事があったなら……」

 

 美鶴の呟きに、他の者達も黙って唾を飲み込むしかなかった。

 

 

 

同日 影時間

 

 包帯とバンソウコだらけの特別課外活動部の部員達がタルタロスの中へと入ると、そこにはまた寝ている八雲と、その隣で裁縫をしているジャンヌ・ダルクの姿があった。

 

「その姿、どうかなされたのですか?」

「ちょっとね。そっちこそ何かあったの?」

「召喚士殿が撃たれました」

「ええっ!?」

「防御魔法と防護服に阻まれた軽傷です」

 

 弾痕を縫い終えたジャンヌ・ダルクがそれを丁寧に折りたたむ。

 上着を脱いだ八雲は、胸に大穴が開いた防護服を着たままだった。

 

「まさか、ストレガ!?」

「恐らくは」

「野郎、今度あったら絶対ぶちのめす!」

「落ち着け順平。まずは聞きたい事が…」

「うう、そんなマダム、そんなにピンハネされたら生活が……」

 

 どこか緊迫してるその場に、違う意味で緊迫している八雲の寝言が響く。

 

「……どんな夢見てるんですかね?」

「恐らく、寝言から推察される通りかと」

「職業でやるというのも中々大変のようだな」

「う~ん」

 

 そこでようやく目を覚ました八雲が、首を振りつつその場にいる者達を見た。

 

「おう、来たかって………面子が足りねえな?」

「不破と山岸は召喚器無しでペルソナを酷使した疲労で休養中だ」

「……何があった?」

「それなんだけどよ、シャドウがいきなり真昼間に学校に現れやがったんだ……」

「なんとか皆で倒したんだけど、影時間以外にシャドウが出たなんて事、今まで一度もなかったのに……」

「夜型の引きこもりもたまには日中出たくなる事もあるさ」

「いや、そういう事じゃないと思います」

 

 天田の指摘に、他の者達も首を縦に振る。

 八雲は頭をかきながら、前に見た資料の事を思い出した。

 

「そうじゃないとしたら、この世界の変質がもうそこまで進んでいるって事だ。そこらの店で真剣だの銃火器だの売ってなかったか?」

「……あったか?」

「ねえねえ、見かけてねえ」

「そう言えば、購買に変わった商品が増えてなかったか?」

「私も見ました。救済バッジに救済パン、それに救済ノートでした」

「そんなのの入荷予定は生徒会では何も聞いてないぞ?」

「それとも、そんなのが売っているのが常識となっていたか、だな」

 

 八雲の指摘に、特別課外活動部の部員達の顔色が変わる。

 

「……これからどうなる? 対処法は?」

「〈変質〉は〈特異点〉の影響を色濃く受ける。この世界に影響を及ぼしている特異点がどんな物かは分からないが、これからシャドウの出現その物が、日常的な物に変わる可能性は高い」

「待ってくれ! もしそんな事が起きたら、オレ達だけじゃとても対処できないぞ!」

「変質を止める方法はないのですか?」

 

 アイギスの問いに、八雲はGUMPを機動させてMAPを表示させていく。

 

「寝てる間にちと仲魔達に調べさせた。このタルタロスはダンジョンの階別構造は変化し続けるが、段階構造は変化しない。だが、ある階を境に変わるようだ」

「それは何階だ?」

「250階。そこから先は悪魔だけじゃ進めないようだ」

「待ってください。確か探索が住んでたのは230階くらいじゃありませんでしたっけ?」

「そだよな? そっから先あんただけで調べたのか?」

「それなんだが………」

 

 八雲はちらりとジャンヌ・ダルクの方を見ると、ジャンヌ・ダルクも罰が悪そうにペルソナ使い達から視線を逸らす。

 

「シャドウってのは、どうやら人間にだけ興味があるらしくてな。悪魔だけだと、同類だと思うのか襲ってこないみてえなんだ」

『……………………………え?』

「間違いありません。階層の守護者らしき者も、脇を素通りできました」

 

 予想外の言葉に、特別課外活動部の部員達は皆一斉にその場に膝をついた。

 

「そんな……今までの私達の苦労って………」

「んなアホな事が………」

「そ、そうだったのか………」

「もう少し早く分かっていれば………」

「クゥ~ン……」

 

 コロマルまでもがうな垂れる中、八雲は集めたデータを集計していく。

 

「あながち、無駄でもねえな。エリア階層の往復可能なワープポイントは悪魔だけだと作動しない。やっぱ地道に倒していくしかないようだ」

「そ、そうか」

「で、今晩どうするんすか? 啓人も風花もいないんじゃ……」

「いや、この調子で変質が進めば、明日にはどうなっているか見当もつかない。進むべきだろう」

「じゃあリーダーは誰が……」

「そうだな……!?」

 

 そこで何かに気付いた美鶴が、外へと駆け出し、召喚器を額に当てる。

 

「アルテミシア!」

 

 タルタロスの外に出た所で、ペルソナを召喚した美鶴が、周囲をサーチしていく。

 

「まずい、イレギュラーだ! しかも寮の方に向かっている!」

「何だって!?」

「やべえ、今いるの寝てる啓人と風花だけだぞ!」

「救援に向かう! 誰か一緒に!」

「私が行きます!」

 

 用心して持ってきておいた自らのバイクに美鶴が跨り、その後ろにアイギスが飛び乗る。

 

「他に移動手段は?」

「影時間で動くの、美鶴先輩のバイクだけ!」

「くそっ! チャリでも持ってくるんだった!」

「オレは走って向かう! みんなは待っていてくれ!」

「……ここから寮まで、何kmありましたっけ?」

 

 走り出したバイクに続いて、明彦も自らの足で走り出す。

 残った者達は、呆然とそれを見送るしかできなかった。

 

「間に合うかな………」

「啓人の奴はそう簡単にくたばるタマじゃねえって」

「そうですよね………」

 

 タルタロスの外で呆然としていた三人だったが、コロマルは寮とは少し違う方向を見ていた。

 僅かに感じ取れる、イレギュラーとは別の存在の方向を。

 

 

 

「タナトス!」『メギドラ!』

 

 寮の前に立ちはだかりながら、啓人の召喚したペルソナが、強烈な魔力の爆発を起こして寮へと向かってきた大型のイレギュラーを迎え撃つ。

 

「まだです!」

 

 寮の玄関の影にいる風花の言葉通り、爆発の向こう側からわずかに負傷した大型イレギュラーが姿を現す。

 

「ちぃっ!」

「リーダー!」

 

 大型イレギュラーが無数の腕を振るい、啓人を殴り飛ばす。

 弾き飛ばされながらも、体勢を立て直した啓人が再度召喚器をこめかみに当てるが、そこで目まいを感じてトリガーを引き損ねる。

 

「今桐条先輩達がこっちに向かってます! それまでなんとか!」

「分かった!」

 

 長剣を振るってからくも攻撃を防ぎながら、啓人が何とか大型イレギュラーの足止めを試みる。

 だがそこで日中の無理が祟ったのか、バランスを崩して転倒してしまった。

 

「リーダー!!」

 

 ここぞと啓人に狙いをつけた大型イレギュラーが迫るのを見た風花が絶叫するが、啓人は路面を転がって攻撃をかわし続ける。

 その時、風花は何かが近付いてきてるのに気付いた。

 

「何か来ます! シャドウでも、ペルソナ使いでもない。けど強力な力を持った何かが!」

「それは!?」

 

 風花の言葉に気を取られた瞬間、大型イレギュラーの攻撃が啓人を襲う。

 

「しま…」

『アブソリュート・ゼロ!』

 

 

 

「なんだこれは………!」

 

 寮の手前まで来た美鶴が、寮の近辺に起きている異常に気がついてバイクを急停止させる。

 

「寮を中心として、この区画の気温が異常低下しています」

「こういう力を持ったシャドウか?」

「いえ、違うと思われます。シャドウとはまた違う何かが………」

 

 転倒の危険を考慮して、バイクを降りた二人があちこちで凍結が始まっている路地を駆け抜ける。

 寮の間近まで来た所で、大型イレギュラーと、誰かが戦っているのが目に飛び込んできた。

 

「イヤアァァ!」

 

 気合と共に、小柄な人影が手にした槍の穂先に三日月状の刃を付けた方天戟と呼ばれる武器を振るう。

 それは黒地のジャケットに身を包み、背中の半ばまで伸びたきれいな銀髪を持った少女だった。

 体の半ばまでもが凍りついた大型イレギュラーが、方天戟の一撃を食らいながらも反撃に移る。

 

「ブフーラ!」

 

 銀髪の少女が片手を突き出し、氷結魔法を放つ。

 すると両手のグローブに嵌められているオーブが発光し、強烈な氷結魔法が大型イレギュラーの残った部分をじわじわと氷結させていった。

 

「強い……」

「啓人さん! 風花さん! 無事ですか!」

「ああ、あの人に助けてもらった」

 

 寮の玄関に退避していた啓人が、謎の人物の戦いに目を奪われる。

 

「銀髪に、年齢詐称可能な外見。ひょっとしてあの人が………」

「後だ! イレギュラーを倒すのが先だ!」

「了解です!」

 

 彼女の特徴が八雲が話していた人物と一致する事に気付きながら、美鶴とアイギスがそれぞれのペルソナを召喚する。

 

「アルテミシア!」『ブフダイン!』

「アテナ!」『デッドエンド!』

 

 美鶴のペルソナが大型イレギュラーの残った部分を完全に氷結させ、アイギスのペルソナが突撃してそれを穿つ。

 

「! あなた達ペルソナ使い!」

「ペルソナも知っている、となると…」

 

 言葉をかわす暇も無く、大型イレギュラーが氷結の戒めから逃れようと体を振るわせる。

 

「一掃する! 協力を!」

「了解です!」

「行くぞ!」

「…了解!」

 

 アテナが穿った場所を中心に、二つの白刃が舞い、銃弾が突き刺さり、方天戟が貫く。

 深々と方天戟が突き刺さった個所から大型イレギュラーの全身にヒビが走り、そして一気にその体が崩壊した。

 

「ふぅ~………」

「ありがとうございます、おかげで助かりました」

「あ、いいえ」

「ひょっとして、葛葉術師 カチーヤ・音葉さんでは?」

「! どうして私の名前を?」

 

 美鶴の問いかけに銀髪の少女、八雲のパートナーであるカチーヤ・音葉が驚きの声を上げる。

 

「小岩氏からあなたを探すように頼まれてます。来ていただけますか」

「八雲さんが!? 今どこに!」

 

 焦るカチーヤが足を一歩踏み出した所で、その足元が一瞬で氷結した。

 

「!?」

「いけない! さっきの戦闘で多少魔力を消費したけど、もう抑えきれないんです! 早く八雲さんの所へ!」

「まさか、暴走!?」

「システムの調整が出来るのは八雲さんだけなんです! 急いで!」

「分かった! アイギスは残っていてくれ! 向こうにバイクが!」

「お願いします!」

 

 美鶴の後に付いてカチーヤがバイクの方へと向かう。

 後には、盛大に凍りついた街並みだけが残った。

 

「これ、どうしましょう…………」

「さあ………」

 

 

 

「八雲さん!」

「カチーヤ!」

 

 タルタロスに飛び込んできたカチーヤに八雲が安堵の表情を浮かべたのもつかの間、彼女の周囲に冷気が漂っている事に気付いて顔色を失う。

 

「NEMISSAシステムが故障してるんです! もう抑えきれません!」

「ちいっ!」

 

 舌打ちしながら、八雲はGUMPからコードを伸ばしつつカチーヤへと駆け寄り、彼女の胸のプロテクター状になっている装置にコードを繋げた。

 

「力を貸せ! 余剰魔力をバイパスさせる!」

「分かった!」

 

 八雲がバイパス用のコードを投げ、ペルソナ使い達がそれを掴む。

 途端にすさまじい力が流れ込み、皆が歯を食いしばる。

 

「これって……」

「くうう~……」

「すごい………」

「私に多く回せ! 氷結系の力なら!」

「もう少しだ!」

 

 指先が冷気で血の気を失っていく中、八雲はGUMPのキーボードを必死に叩き、カチーヤの力をペルソナ使い達にバイパスさせていく。

 徐々に力は収まり、やがてカチーヤから漏れ出していた冷気も消える。

 

「なんとか間に合ったな………」

「八雲さん!」

 

 暴走が収まった所で、カチーヤが八雲に抱きつく。

 

「ずっと探してたんです……気付いたら誰もいなくて、連絡もつかないし………」

「オレもだ。周防とは一応連絡取れたが」

「克哉さんもここに!?」

「いや、大正二十一年だそうだ」

「……え?」

 

 涙目で抱きついていたカチーヤが、顔を上げた所でこちらを見ている視線に気付いた。

 

「あ」

「そろそろ、いいでしょうか?」

 

 赤面しつつ、カチーヤが八雲から離れる。

 

「改めて紹介しよう。オレの相棒のカチーヤ・音葉」

「初めまして。カチーヤ・音葉です」

「私達は月光館学園特別課外活動、私が部長の桐条 美鶴だ」

「私は岳羽 ゆかり」

「オレは伊織 順平」

「ボクは天田 乾って言います。こっちはコロマル」

「ワン!」

「皆さん学生なんですか。道理で若いと」

「若いって………」

「こいつはお前らより年上だぞ」

「へ?」

「あの、お幾つで?」

「二十歳ですけど」

「げ………」

「ウソ………」

 

 どう見ても中学生くらいにしか見えないカチーヤに、その場の空気が凍りつく。

 

「さて、自己紹介も済んだ所で本題だ」

「っと、そうだな」

 

 ショックを隠し切れない中、全員が円陣を組むように集まった。

 

「最早この世界の変質は抜き差しならない所まで差し迫っている。事は一刻を争う」

「確かに。彼女が来てくれなかったら、どうなっていたか………」

「じゃあ、やっぱりここは……」

「そ、オレ達のいた世界じゃない。変質を防ぐには、特異点を見つけ出すしかない」

「本当にあるんすか? 250階に………」

「分からん。だが、可能性は極めて高い。それにもう時間がない。お前らが24時間年中無休で頑張るなら話は別だが」

「………勘弁してよ」

「取れる手段はただ一つ。お前達は準備を完全に整えて再度ここに来い。オレはカチーヤのシステム調整を済ませておく。全員そろった所で、一気に目的の階を目指す」

「待ってください。全員で行ったら、外に出るイレギュラーはどうするんですか?」

「無視しろ。特異点が消去されれば、自動的に消えるはずだ」

「はずだと? 確証はないのか?」

「オレも資料見た事あるだけで、実際に経験した訳じゃないからな……」

「克哉さんか尚也さんがいてくれたら何か他に分かったかもしれませんけど………」

「藤堂の奴はまあどこかで生きてるだろ。こちらの問題が先だ」

「その方法しかなさそうだな」

「一気に20階か~きっつ~………」

「でもやるしかないですよ」

「じゃ、すぐ帰ってお風呂入って寝る事にしましょ。出来れば明日にでも来たいけどね……」

「余裕見ていいぞ。少しかかるかもしれん」

「では、また後で」

 

 特別課外活動部の面々が去り、後に警戒にあたるジャンヌ・ダルクとGUMPを操作する八雲、NEMISSAシステムの調整を受けるカチーヤだけが残った。

 

「そういや、よくここが分かったな」

「それが、気付いたらとんでもない所にいて………僅かに感じる気配を頼りになんとかここまで」

「ちなみにどこに出た?」

「………皇居に。皇居警察に追われそうになって慌てて逃げました」

「この世界にいるかどうかは知らんが、宮内庁は専属のサマナーや術者がいるからな。よく無事だった。オレはここに括られて外にも出れん」

「!? 私ならともかく、なんで八雲さんが?」

「分からん。だが、恐らくの可能性だが、ここの特異点は、オレに関係している」

「! その事、あの人達には………」

「言ってない。まだ確証もないからな」

「そう、ですか…………他の皆さん、無事ですかね………」

「殺しても死にそうにないロクデナシばかりがあそこにはいたからな。案外、別の世界で似たような事やってるんじゃねえか?」

「どこに行っても、私達のやる事って変わりませんね」

「そうだな………」

 

 そこまで言って、沈黙が訪れる。

 後には、GUMPの操作音だけが響いていた。

 



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PART5 NET CONNECT(後編)

 

一時間後 タルタロス エントランス

 

「こんばんは」

「来たか」

 

 訪れた特別課外活動部の部員達に、準備を整えていた八雲とカチーヤが立ち上がる。

 だがそこで、相手が先程よりも増して怪我だらけなのに気付いた。

 

「また出たのか」

「あの後一体、別口のを真田先輩が一人で倒して、昨日は二体、今日は三体………」

「そんな強くない奴だったから良かったけど、今日のなんか授業中に屋上ぶっ壊してたのよ………」

「竜巻の余波で倒壊、確認の際に巻き込まれたという事にしておいたが、傷までは誤魔化せなくてな………」

「ま、ペルソナで治したの誤魔化してるってのもあっけど」

 

 包帯やバンソウコを外すと、その下にまだ完治しきってない傷があるのに八雲が顔をしかめる。

 

「本当に大丈夫か? どちらにしろ、もう時間の余裕は無さそうだが」

「今晩中に片をつけよう。でないとこちらが持たん」

「そうですね。不眠不休って言葉の意味が最近よく分かります」

「クゥ~ン」

 

 疲労はあるようだが、闘志は衰えていないペルソナ使い達が、手に手に得物と召喚器を構える。

 

「じゃあ行くか」

「ええ、行きましょう」

 

 八雲がGUMPを操作し、あらかじめ呼び出しておいたジャンヌ・ダルクに続いてケルベロス、蝶の羽根を持った老人の姿をした妖精 オベロン、六つの腕を持ち、無数の頭蓋骨をアクセサリー代わりに身につけているインド神話の猛々しい女神、地母神 カーリーを呼び出す。

 八雲と啓人が先頭に立ち、その後ろにカチーヤとペルソナ使い、仲魔達が並ぶ。

 

「最強の二人を最前と最後に、サポート役は中央に。特にサーチと回復は両脇も固めろ」

「じゃあオレが後ろに立とう」

「私も」

 

 明彦と美鶴の二人が最後尾に立ち、中央の風花の両脇をアイギスとカチーヤが固める。

 

「雑魚は無視、一気に行くぞ!」

『おう!』

 

 全員がワープポイントに立ち、一気にタルタロスの228階へと跳んだ。

 

「! 上に居ます。かなりの数が………」

「ジャンヌ、ありったけのサポート魔法を」

「心得ました、召喚士殿。『ラクカジャ!』」

「アイギス、こっちも」

「了解です。アテナ!」『マハ・スクカジャ!』

 

 ジャンヌ・ダルクとアイギスのサポート魔法が全員を覆うと、皆で一斉に階段へと駆け出す。

 階層が変わると同時に、周囲に一斉にシャドウが現れた。

 

「目を閉じろ!」

 

 八雲が叫びながら、かかとを強く踏み込んでずらし、そこにセットされていた物をシャドウへと向かって放り投げる。

 理由も問わずに皆が目を閉じた(コロマルのは天田が手で塞いだが)直後、それは眩いばかりの閃光と共に炸裂し、シャドウ達を眩ませる。

 

「突破しよう!」

 

 閃光が晴れていく中、啓人が長剣を振るいながら突撃し、他の者達も後に続いてシャドウの包囲を一気に抜ける。

 

「オベロン! 一発かましておけ!」

「明彦先輩も!」

「まかせい!『マハ・ラギオン!』」

「カエサル!」『マハジオンガ!』

 

 最後尾にいたオベロンが氷結魔法を、明彦が電撃魔法を食らわし、そのまま逃走する。

 

「こっちだ召喚士!」

 

 通路の向こうから、先行させておいた全身から水を滴らせる大蛇の龍王 ミズチが階段の場所を示す。

 

「追ってきやがるぜ!」

「無視するんだ!」

「ミズチ! 先行して上階の階段確保!」

「了解!」

 

 もつれるように皆が階段に飛び込み、上階へと移動する。

 

「階段はどっちだ!」

「わあ、そっちから来たぁ!」

「こっちもだぜ!」

「このままじゃ挟み撃ちですよ!」

「右だ!」

 

 八雲が右手でソーコムピストルを乱射しつつ、左手でHVナイフを振るってシャドウを倒していく。

 

「くそ、追いつかれる! トリスメギ…」

「待て! カチーヤ、オベロン、後ろを塞げ!」

「はい!『マハ・ブフーラ!』」

 

 カチーヤとオベロンがその場に留まり、床へと手をついて氷結魔法を放つ。

 放たれた冷気が周囲を一気に氷結させ、氷で通路を閉ざしていく。

 

「なるほどな。アルテミシア!」『ブフダイン!』

 

 それを見た美鶴が己のペルソナを発動、三人の氷結魔法が完全に通路を氷結させ、封鎖した。

 

「すげ………」

「こんな方法もあるんだ………」

「自分らの能力の可能性くらい把握しとけ!」

 

 感心してる面々に呆れながらも一喝し、見えてきた階段に八雲が飛び込む。

 次々と包囲を突破し、上階へと目指していた一行の前に、エリアボスのシャドウが現れる。

 

「ユノ!」『ハイ・アナライズ!』

「SCAN!」

 

 風花が己のペルソナを呼び出し、八雲が叫びながらGUMPを操作、それぞれが相手の情報を読み取っていく。

 

「”刑死者”タイプ……ここの番人です!」

「電撃と火炎は効かない!」

「じゃあスピードで! イシス!」『ガルダイン!』

「カーラ・ネミ!」『マッドアサルト!』

 

 ゆかりのペルソナが疾風魔法を放ち、乾のペルソナ、時の星の車輪の女神にして、黄道を這う世界蛇 カーラ・ネミが突撃攻撃を食らわす。

 

「さっきと同じ手で足を止めろ!」

「分かった……!」

 

 氷結魔法で足を止めようとした美鶴とカチーヤだったが、エリアボスの振るう巨腕が、接近を許さなかった。

 

「ちっ!」

 

 八雲が舌打ちしながらソーコムピストルのマガジンをイジェクト、懐から別のマガジンを取り出して装填、スライドを引いてエリアボスへと乱射する。

 着弾したポイントから周囲が凍っていき、相手の動きが若干鈍る。

 

「カチーヤの余剰魔力を込めた冷気弾だ! そう簡単には砕けねえぞ!」

 

 そう言いながらも、八雲は余波でこちらも凍りつつあるソーコムピストルをホルスターへと仕舞う。

 

「掃射!」

「はっ!」

 

 そこにアイギスが両手のマシンガンを連射し、ゆかりの矢がエリアボスを狙い打つ。

 しかし、それでもなおエリアボスが動いたかと思うと、その動きが一気に加速した。

 

「がっ!」

「うわっ!」

「ぐはぁっ!」

「あっ!」

 

 高速で動きまくるエリアボスの空間殺法を食らい、何人かが吹き飛ばされる。

 

「ジャンヌ!」

「心得てます!『メ・ディアラマ!』」

 

 叩きつけられながら八雲が出した指示に従い、ジャンヌ・ダルクが回復魔法を皆にかける。

 

「皆さん!」

「大丈夫、それよりも!」

「ああ!」

「分かってます!」

 

 エリアボスの動きが止まった瞬間、啓人を先頭に残っていた者達が一斉攻撃を仕掛ける。

 

「タナトス!」『メギドラ!』

「アルテミシア!」『ブフダイン!』

「イシス!」『ガルダイン!』

 

 三体のペルソナが一斉に魔法攻撃を放ち、相手の体勢を大きく揺るがせる。

 

「今こそ、総攻撃であります!」

「行こう!」

 

 啓人の号令と共に、ペルソナ使い達が一斉にエリアボスへと襲い掛かる。

 

「おりゃっ!」

「ふっ!」

「でゃぁっ!」

 

 順平の大剣がエリアボスを薙ぎ、明彦のワンツーパンチと美鶴の突きが突き刺さる。

 

「はっ!」

「ワンッ!」

 

 乾の槍が突き刺さり、コロマルの短剣が斬り裂き、エリアボスの体が大きく傾く。

 

「当てる!」

「掃射!」

「いやぁっ!」

 

 ゆかりの矢とアイギスの弾丸が連射される中、啓人が突撃してエリアボスの体に深々と長剣を突き刺した。

 

「これで…」

「まだです! まだ倒せてません!」

 

 風花が叫ぶ中、エリアボスが立ち上がるとその巨腕で啓人を掴み上げる。

 

「しまった……」

「啓人さん!」

「詰めがあまいな。スタンビート!」

『オオッ!』

 

 八雲の号令と共に、八雲とカチーヤ、それに仲魔達が一斉に突撃を開始する。

 

「はあっ!」

「アアァァ!」

 

 ジャンヌ・ダルクの剣と、カーリーの六刀がエリアボスを斬り裂く。

 

「ゴガアアァッ!」

『マハ・ブフーラ!』

 

 ケルベロスが牙を突き立て、オベロンの氷結魔法がエリアボスを覆っていく。

 

「イヤアアァッ!」

 

 カチーヤの手にした方天戟、女性の守護を司る天仙娘々のソウルを宿した空碧双月(くうへきそうげつ)が深々と突き刺さり、それを足場にして八雲が跳ね上がる。

 

「いい加減、くたばりな!」

 

 八雲がエリアボスに手を当て、軽く捻ると袖口に仕込んでいたトラッパーガンが作動、突き出された銃口から、ゼロ距離でコロナシェルが放たれ、閃光と共にエリアボスの頭部が爆散した。

 

「やった!」

「うげ………」

「いったい幾つ危険物持ちあるってんのかしら………」

「奥の手の一つだよ。使いたかなかったが………」

 

 硝煙と陽炎の漂うトラッパーガンを外した八雲が、バックファイアで赤くなった手首に涙目で息を吹きかける。

 

「いま回復魔法を」

「この程度で使うな。まだ先がある」

 

 その言葉に、全員の顔からエリアボス撃破の余韻が消える。

 

「強行突破するぞ。残りはとっておきたいしな」

「………普段から持ち歩いているんですか?」

「いや、作戦中だったから」

「普段は半分くらいですよ」

「テロリスト顔負けですね………」

「相手が人間か悪魔かの違いだけだ。後は左程変わらん」

 

 今更ながら何か危険すぎる人物と共にいる事に恐怖する特別課外活動部の面々だったが、彼の力無しでは事態の把握すら出来ない状態だった事に、とりあえず妥協する事にする。

 

「一体、この上に何があるんだ?」

「さあな。さすがにそればかりは行ってみないと分からん」

「まさか、もうニュクスが降りてきてるなんて事は……ないよな?」

「最悪の事態は考えても口にしない方が身のためだぞ。口にすると大抵当たっからな」

 

 全員の視線が失言した順平に突き刺さる中、一行は階を登っていく。

 シャドウ達の攻撃は苛烈さを増し、それらを辛くも切り抜け、ようやく249階にまで到達する。

 

「あ、れ?」

「どうした山岸」

「それが………上から何も感じないんです」

「え? それってどういう事?」

「……ペルソナが阻害? いえ違う……これは………」

 

 己のペルソナでさらに詳しくアナライズする風花が、それでも何も感じない事に首を傾げる。

 

「空間が完全に断絶されてるのかもな。まあ登ってみりゃ分かる」

「ポジティブですね」

「お前もあと何年かやってりゃこうなる」

「そんなにやってないと思いますが………」

 

 誉めてるのか忠告だか分からない八雲の言葉に啓人は首を傾げつつ、見つけた階段へと足を踏み出す。

 

「さて、鬼が出るか蛇が出るか」

「どっちも見飽きてるな」

「……オレ、ニュクス倒したら平凡な人生送る事にした」

「あたしも……」

「できればいいですね」

 

 カチーヤの何か含みのある言葉に気を取られつつ、一行は階段を駆け上がる。

 そして上の階に入った途端、一斉に体を違和感が通り抜けた。

 

(!? この感覚、どこかで?)

 

 体の細胞一つ一つが、何かを通り抜けていくような感覚に、八雲が首を傾げる。

 そしてそれを通り抜けた時、周囲の景色は一変していた。

 

「な、なんだこれは………」

「これは一体!?」

「どこだよここ!?」

「タルタロス内とは思えません」

「ワンワン!」

 

 それを見た全員が驚愕する。

 250階に広がっていた物、それは〈街〉だった。

 石畳の敷かれたどこかレトロな道路を中心に、やや中世じみた建物が立ち並ぶ。

 だが、そのどれもが色あせ、ひび割れ、廃墟の様相を呈し始めていた。

 

「これが、特異点?」

「でも、何かおかしいです。この街は…………」

 

 全く予想外の事に皆が困惑する中、一人だけ別の困惑をしている人間がいた。

 

「八雲さん?」

「馬鹿な、なんでこれがここに………」

 

 廃れ始めている街並みに、八雲は呆然とそれを眺めていく。

 

「知っているんですか?」

「知っているも何も、オレはここでサマナーになったんだ………」

「! じゃあここはあんたのいた世界!?」

「でも、何かおかしいであります」

「当たり前だ。ここは、電子世界《パラダイムX》だ」

「電子世界!?」

 

 慌てて皆が周囲を注意深く観察する。

 ひび割れた場所や朽ちた個所が、よく見ればノイズでもかかったのように不鮮明になったり、消えかけたりしている場所が存在している。

 

「! います! 何か巨大な力を持った存在が向こうに!」

 

 風花が叫ぶと同時に、八雲のGUMPも甲高い警告音を立てる。

 

「いいぜ。何が出てきてももう驚かねえ……」

 

 頬を一筋の汗が流れる中、八雲は反応のある裏通りの方へと走り出す。

 

「電子世界か……とても信じられんな」

「ここの主を倒せばいいんだろ? ならば簡単だ」

 

 美鶴と明彦がその後に続き、他のペルソナ使いと仲魔達もそれに習う。

 

「? 今、誰かが………」

 

 カチーヤが何者かの視線を感じたのもつかの間、慌てて皆の後に続く。

 

(ようやく辿りつけたか………強きソウルを持つ者達よ………)

 

 その場に漂う、微かな〈意識〉に気が付く者はいなかった。

 

 

(変わってない………あの占い屋も、ペットショップも………)

 

 裏通りを駆け抜けながら、八雲は懐かしい光景に思いを寄せる。

 

(だが、なぜ? サーバーシステムは破壊され、マニトゥもあいつと共に滅んだ……なぜこの街が存在するんだ?)

 

 思案を巡らせつつ、裏通りを走り抜けた所で、八雲は足を止める。

 かつてはエアビジョンが宙に浮かび、様々な情報を流していた広場の中央に、不釣合いな物が存在していた。

 

「あれは………」

「そうか、やっと分かった。オレがここに呼ばれた理由がな………」

 

 それを見ながら、八雲がナイフを構える。

 それは、一台のスーパーコンピューターだった。

 高度な電算処理等に使われるはずの物が、電源やコードの類が一切取り付けられないまま、それでもなお稼動しながらその場に鎮座している。

 

「ここはかつて研究所だったそうだな。あれは使ってたか?」

「あ、ああ。最新型のを幾つも設置していたはずだ」

 

 美鶴が答える中、スーパーコンピューターが突然不快な音を立て始める。

 

「覚えておけ。プログラムを使って制御できるように、悪魔はある種の情報体に置換できる」

「なんですか? いきなり………」

「だから、巨大な力を持った存在の力をプログラムを使って変質・制御し、己の意のままに扱おうとした連中が存在した。だが、変質に抵抗した存在は、己の分身とも言える〈バグ〉を幾つも生み出した。その〈バグ〉は悪魔の力と、プログラムの特性を両方持った今までにない存在となった」

 

 異音を立て、目まぐるしく動くスーパーコンピューターから何か闇のような物が漏れ出し、段々と形を成していく。

 

「その存在の名は《電霊》。かつて、オレとオレの仲間達が全力を上げて戦った連中だ」

 

 形を成したそれは、闇で造り上げたかのような体に仮面をはめ、無数の手を持つシャドウの姿その物だったが、その体はエレメント級に匹敵する程巨大で、その体のあちこちをスパークが走り、プログラムのような物が駆け巡っている。

 

「じゃあこれは、電霊化したシャドウ!?」

(ワレ……は………)

 

 電霊シャドウから発せられたあまりに重く強い思念に、全員の体が硬直する。

 

(ワレ……は………新たな……チカラを……得た……者…………)

「しゃ、喋りやがった!」

「今日日、携帯ゲームだって音声付だろ。驚く程の事でもねえ」

「ああ、そうだな」

 

 ナイフを構える八雲の隣に啓人も立ち、召喚器をコメカミに当てる。

 

「やるか」

「ええ」

「行け!」

「タナトス!」

 

 八雲の仲魔への号令と、啓人が召喚器のトリガーを引くのは同時。

 仲魔のケルベロスが業火を吐き出し、呼び出されたタナトスが剣を振るう。

 

「このシャドウ、とてつもなく強敵です!」

「とっとと倒して今晩はたっぷり寝るぜ!」

「その案賛成!」

 

 風花が叫ぶ中、順平が大剣を振りかざし、ゆかりが矢をつがえる。

 

「元の世界に帰らせてもらいます!『マハ・ブフーラ!』」

「お手伝いするであります!」

 

 カチーヤが氷結魔法を放ち、アイギスの両手から無数の弾丸が撃ち出される。

 無数の攻撃を食らった電霊シャドウが、僅かに怯んだかと思った時、突然その体が旋回を始め、触手のような腕が嵐のように薙ぎ払われる。

 

「はあっ!」

「アアアァァッ!」

 

 ジャンヌ・ダルクの剣とカーリーの六刀が振るわれ、何本かの腕の先端部分が切り飛ばされるが、残った部分がその場にいる者達を無差別に吹き飛ばす。

 

「そんなヤワなパンチが効くか!」

「ワン!」

 

 何人かが倒れる中、耐え抜いた明彦と合間を潜りぬけたコロマルが一気に電霊シャドウへと近付くと、コンビネーションパンチとナイフの連撃をお見舞いし、駄目押しでペルソナを発動。

 

「カエサル!」『ジオダイン!』

「ワオーン!」『アギダイン!』

 

 至近で放たれた電撃魔法と火炎魔法が電霊シャドウに炸裂するが、雷光と業火が晴れた向こうには、僅かに傷ついただけの姿があった。

 

「くっ、魔法耐性か?」

「違います! 魔法を食らう寸前だけ属性が変わってるんです!」

「何だと………!」

「有りかそんなの!」

「有りだぞ。こいつはこのタルタロス自体にネットワークを構成してやがったんだ! 特異点が発生してからのデータは全て、こいつに収拾され、対抗策が講じられてる!」

「何よそれ! イカサマもいいとこじゃない!」

「それが電霊の特性だ! 早く倒さないと、こいつは更に進化するぞ!」

「じゃあどうすれば!」

「……オレと仲魔が時間を稼ぐ! 切り札の一つ二つ持ってるだろ! そいつをぶち込め!」

「分かった!」

「ワオーン!」

「他のみんなはサポートを!」

 

 明彦とコロマルが己のペルソナに全精神力を込めて召喚器を発動させ、啓人の指示で各々が自分の得物を構える。

 

「ロンド! 注意をひきつけろ!」

「心得ました!」

「ガアアァ!」

「アアアァァ!」

「行くぞ!」

 

 八雲がナイフ片手に突撃し、電霊シャドウにナイフを突き刺すと、反対側へと回り込んだジャンヌ・ダルクが剣で斬り裂く。

 その隣でケルベロスが業火を吐き出し、反対側でカーリーが六刀を振るう。

 宙からオベロンが魔法攻撃を繰り出し、そのまま八雲と仲魔達が電霊シャドウの周りを円舞がごとく旋回しながら、攻撃を加えていく。

 

「いけない! 何か来ます!」

「させるか! カエサル!」『カイザー・フィスト!』

「ワオオーン!」『ヘルズゲート!』

 

 カエサルの拳に無数の雷が降り注ぎ、雷光を帯びた拳が電霊シャドウに突き刺さる。

 そこに漆黒の炎を帯びたケルベロスが突撃し、電霊シャドウに激突すると漆黒の炎で被い尽くす。

 

「こいつぁ強烈………」

 

 仲魔を下がらせ、明彦とコロマルの切り札的攻撃を食らった電霊シャドウを八雲は観察する。

 電光を帯びた拳で大きく陥没した部分には今だ電撃が走り、全身を被う炎は更に勢いを増していく。

 

「今の内にやっちまおうぜ!」

「ああ! 総攻撃を!」

 

 ペルソナ使い達が、一斉に周囲を取り囲んで攻撃を加えようとした時だった。

 突然電霊シャドウの体が淡く光り始めたかと思うと、突然その表面を無数のスクエア上の模様が走り、その姿が掻き消える。

 

「消えた……だと?」

「まずい! シフトだ!」

「風花! すぐに周辺を…」

 

 啓人が風花に指示を出そうとそちらを見て、愕然とした。

 今目の前で消えたはずの電霊シャドウが、風花の真上に出現していた。

 

「え………」

「風花~!」

「逃げるんだ山岸!」

 

 全く予想外の事態に、風花が硬直している所へ、電霊シャドウが襲い掛かる。

 皆が絶叫する中、迅速に動いた影が有った。

 

『フリーズ・ウォール!』

「退避します」

 

 カチーヤが襲い掛かろうとする電霊シャドウの前に立ち塞がり、空碧双月を両手で持ったまま前へと突き出し、己の魔力で氷壁を構築して攻撃を阻み、その隙にアイギスが風花を抱えて相手の攻撃圏から離脱する。

 

「〈目〉を潰しに来やがったか………」

「なんなんだ、さっきの!」

「存在座標をシフトさせたんだ! 電霊の得意技だ!」

「卑怯ですよそんなの!」

「違うページに行かないだけマシだ!」

 

 氷の障壁に阻まれていた電霊シャドウの姿が、また突如として消える。

 

「またぁ!?」

「2マン・セルか3マン・セルで組んで動き続けろ! 奴は恐らくこの階から移動できない!」

「根拠は!」

「こんな能力あるなら、とっとと襲ってくるだろうが!」

「あ、そっか」

 

 思わず動きを止めて手を叩いた順平の背後に、電霊シャドウが出現する。

 

『危ない!』

 

 それに気付いたゆかりが素早く矢を番え、カチーヤが懐からグロッグ18Cを抜き、同時に放たれた矢と銃弾が順平の両コメカミをかすって電霊シャドウに突き刺さる。

 

「また飛んだぞ!」

「今度はどこだ!」

「あの、今かすったんだけど………」

 

 涙目で訴える順平を無視して、全員が周囲を警戒する。

 

「! 上です!」

 

 風花が叫んだ時、虚空に浮かぶような形で出現した電霊シャドウがその体表にプログラムのような数字を光らせる。

 

『サイレント・ノイズ』

 

 突然その数字が虚空へと放たれ、下にいた者達へと降り注ぐ。

 

「これは!」

 

 それを浴びたペルソナ使い達の召喚していたペルソナが霧散し、仲魔が光となってGUMPへと戻っていく。

 

「な、ペルソナが!」

「だせねぇ!」

「強力な封魔術だ! 長続きはしない!」

 

 GUMPを操作して現状を確認した八雲が、召喚不能状態を示すビープ音に舌打ちする。

 

「ペルソナが使えなくても、物理攻撃なら…」

 

 啓人が長剣を構えた時、電霊シャドウの体表がまた明滅する。

 

「避けろ!」

『ボイステラス・ノイズ』

 

 電霊シャドウの全身から、赤・白・青・黒の四色の雷が無数に降り注ぎ、全員を襲った。

 

「がっは!」

「うっ!」

「ぐはぁっ!」

「あっ!」

「きゃあっ!」

「ぐっ!」

 

 四色の雷は周辺に満遍なく降り注ぎ、それれぞれが違う属性を持って襲い掛かる。

 雷が晴れた後には、ある者は倒れ、ある者は地に膝をつき、立ち上がっているものはいなかった。

 

「複数属性攻撃………強い………」

 

 啓人がふらつきながらも立ち上がり、長剣を構える。

 

「くそ、素でも強ぇのに、からめ手まで使いやがって………」

 

 八雲も立ち上がると、GUMPを操作しようとするが、その二人の元に電霊シャドウが襲い掛かる。

 

「オルギア、発動!」

 

 そこに、リミッターを解除したアイギスが割り込み、電霊シャドウを強引に押し飛ばすと、ゼロ距離で両手のマシンガンを速射する。

 だが全弾を叩き込む前に電霊シャドウの姿がまた消える。

 

「また…!」

「どっちだ!」

(……そういや、前はあいつが居場所突き止めてくれたな)

 

 八雲が電霊シャドウにてこずる理由を何気なく思い出しつつ、背中の切り札へと手を伸ばした。

 

「封魔は解けている。お前の最高の切り札は使えるか?」

「え、多分………」

「オレがあいつの動きを止める。その隙にそいつをぶち込め。一回きりだから、オレが死ぬ前にな!」

 

 そう言った八雲は、電霊シャドウの注意を引くために啓人のそばから一気に走り出す。

 

(来い、獲物が逃げるぞ)

 

 念じながら、八雲は背中から取り出した物を起動させていく。

 それは白地のボディを持つライフルのような物だったが、銃口に当たるはずの場所にはレンズのような物が取り付けられ、マガジンらしき場所にHDが取り付けられている。

 スイッチを入れ、動作に問題が無い事を確かめた八雲は、愛用のサングラス内に投射されているGUMPからのサーチデータをチェックする。

 

(どっちから来る? 外せば次は無い……)

 

 GUMPからの警告音が響くと同時に、八雲はそれを構えた。

 相手の姿が確認できた瞬間、八雲はそれのトリガーを引いた。

 一瞬だけ〈銃口〉が光り、放たれた物―悪魔召喚プログラムを解析して反転させた、強制悪魔退去プログラムをレーザー信号化させた物が電霊シャドウに強制入力される。

 

「どうだ《ダインスレイフ》の一撃は!」

 

 一度抜けば必ず人命を奪う魔剣の名を関した強制悪魔退去プログラム入力用デバイスが、プログラムの強力さ故の不安定さに耐え切れずスパークを上げて煙を噴く中、八雲は電霊シャドウの体が不安定な明滅を繰り返し、悶え苦しんでいるのを見てほくそ笑む。

 

「今だ!」

「うおおぉぉ!」

 

 啓人が己のこめかみに召喚器を当て、トリガーを三連射。

 

『インフィニティ・ヴォイド!』

 

 召喚されたタナトス、ヨハネ黙示録に予言されるラッパを持つ神の遣い―トランペッター、エジプト神話の悪神―セトがまとめて召喚されると、それぞれが電霊シャドウを取り囲む頂点となって三角形を形勢。

 中央部分に現れた漆黒のホールから闇が噴き出し、電霊シャドウを飲み込んでいく。

 

「うぉぉぉぉぉっ!!」

 

 啓人は更に召喚器のトリガーを引き続け、ありったけの精神力をペルソナへと注ぎ込む。

 悶え苦しむ電霊シャドウが、己を飲み込もうとする闇から抜け出そうとするが、そこへオルギアモードのアイギスが高々と跳躍し、直上を取った。

 

「止めであります! アテナ!」『デッドエンド!』

 

 真上から突撃したアテナが、電霊シャドウを貫き、闇へと突き落とす。

 

『我……は……ワ……レの……』

 

 何かを言おうとする電霊シャドウに、アイギスは残弾全てを叩き込んだ。

 

「やったか!?」

 

 八雲が呟いた時、いきなり周囲を眩いばかりの閃光が包み込む。

 

「何これ!?」

「何が起きたのだ!」

「! そばにいる奴を掴め! 飛ばされ…」

 

 その閃光が、自分がここに飛ばされた時と同じ現象だという事に気付いた八雲が叫ぶ途中で、全員の存在が、その場から消えた。

 

 

 

 啓人が覚醒した時、自分が不思議な空間にいる事に気付いた。

 まるで夢のように不確かな場所に、自分が浮かんでいる。

 いや浮かんでいるというのも比喩で、自分自身もその不確かな物の一つのようで、なぜそこにいるのかが分からない。

 

(……ここは?)

(さあな)

 

 すぐそばから聞こえた声に驚くと、八雲の姿がそこにあった。

 だが見える姿はどこかおぼろげで、自分同様不確かな存在になっているようだった。

 

(ひょっとして、あの世?)

(だったらすぐオレあてに迎えが来るだろ。てぐすね引いてる連中がな)

「来たか。強きソウルを持つ者達よ」

 

 いきなり響いてきた強い意志のこもった声に、二人はそちらを見る。

 そこに、淡い光の固まりが浮かんでいた。

 

(なるほど、オレをあそこに飛ばしたのはアンタだったか。レッドマン)

 

 八雲がそう言うと、光の固まりは徐々に形を成していき、そしてそれはネィティブアメリカンの男性シャーマンの姿へとなった。

 

「久しいな。強きソウルを持つ者」

(そうだな。てっきりあの時、あいつと一緒に消滅したと思ってたんだが………)

(知ってる人なんですか?)

(オレをサマナーにした張本人だ。今回は何が狙いだ?)

 

 八雲の問いに、レッドマンは僅かに首を左右に振る。

 

「まず誤解がある。私は、時空の狭間に飛ばされていくお前を、あの塔へと導いただけだ。あの時、お前とお前の仲間を時空の狭間に飛ばしたのは別の〈何か〉だ」

(何か? あの実験が原因じゃないのか?)

「あれ自体は起因の一つにすぎない。私にとっても計り知れない、とてつもなく巨大な力を持った者が、それを利用しただけだ」

(待ってください! じゃあこちらで起きた変異は?)

「その者が、こちらの因子を持ち込んだ結果に起きた物だ。恐らくは、実験の一つだろう………」

(実験!? 何の………)

「分からぬ………」

(なるほど、周防の奴も別の一つに巻き込まれた訳か)

「最早、影響は一つに留まらぬ。数多の可能性の世界で、異変が起き続けている」

(タルタロスだけじゃない? 一体何が……)

「分からぬ。だが、このままでは幾つもの可能性の世界が、滅亡へと向かうだろう」

(つまり、それをオレらにどうにかしろって訳か)

 

 レッドマンは頷くと、二人の背後を指差す。

 

「すでに異変は暴走とも言える段階にまで達しつつある。我以外の導き手達も動き始めた。これから何が起き、どう動くべきか。それは自らの目で確かめ、決めるがいいだろう………」

(結局、押し付けてるだけだろうが。まあ世界が滅んじまったら、ギャラもないしな)

(そうだ! 他のみんなは?)

「ご安心ください」

 

 また別の声が聞こえ、そちらの方向を見た二人は、長椅子に座る奇妙なまでに巨大な鼻を持った男と、その隣に控える青い装束を着た少女を発見した。

 

(イゴール! エリザベスも!)

 

 それがペルソナを融合させる力を持つイゴールと、融合させたペルソナを管理するエリザベスだという事に気付いた啓人が声を上げる。

 

「いやはや、大変な事になりましたな」

「あなたの仲間は、私達が次の目的地へと送り届けます」

(でも、ニュクスは? もう時間が……)

「それなのですが、どうやらタルタロスも、ニュクスもその因子の一つとして取り込まれていくようなのです」

(そんな! これから何が……)

「それこそ、ご自分の目でお確かめ下さい。我々にできるのは、この時空の狭間のご案内くらいですから………」

「頼んだぞ、強きソウルを持つ者達よ」

(いい加減、世界は救い飽きてきたぞ………)

 

 八雲のぼやきを最後に、二人の意識は、また途絶えた。

 

 

 

『ぶはっ!』

 

 八雲と啓人の二人が、同時に覚醒する。

 

「どこだここは」

「タルタロスじゃないみたいですけど………」

 

 そこは、錆びた鉄の匂いがする荒野で、間近にインド風とも取れる奇妙な建物があるのが見えた。

 

「見た事もないな」

「そうですか………」

 

 そう言いながら、お互い片手に掴んでいた物を引っ張る。

 八雲の手には目を回したカチーヤの襟首が、啓人の手には伸びている順平の足首が掴まれていた。

 

「大丈夫かカチーヤ」

「順平生きてる?」

「ん……」

「あ………?」

 

 目を覚ました二人が、ホコリを払いつつ起き上がる。

 

「ここは……」

「さあな」

「そうだ他の連中は…」

 

 順平がとっさに掴んでいた物を見る。

 その手には、ゆかりのスカートだけが握られていた。

 

「…………やべ」

「あの、それ………」

「当人が近くにいないのが幸か不幸か」

「……どこにいるのやら?」

 

 何気なく周囲を見回した啓人が、何かに気付いて視線を上へと向けていく。

 

「な、なんだこれ………」

「ん? 何が………!!!」

 

 吊られて上を見た順平も、それに気付いて仰天する。

 

「な、なんですかここ!?」

「……随分と愉快な所みたいだな」

 

 真上を見た一行が見た物、それは真上にも広がる街並みだった。

 よく見ると荒野の地平の向こうは盛り上がり、そのまま巨大な孤を描いて真上を通って一周している。

 それは、この世界が巨大な球体の内部に形勢されているという事だった。

 さすがに予想外の世界に、八雲の頬を冷たい汗が流れ落ちる。

 その時、異音と共に何か間近へと落ちてきた。

 

「今度はなんだ!?」

「あれは!」

 

 その落ちてきた物が、電霊シャドウが巣食っていたスーパーコンピューターだという事に気付いた八雲が、GUMPに手を伸ばす。

 

「まずい、媒体があるという事は、まだ奴が入ってるかもしれん」

「な、マジかよ!?」

 

 大慌てで順平が召喚器を取り出し、カチーヤが空碧双月を構えた瞬間、そのスーパーコンピューターから突然テニスボールよりは一回り大きい光の玉が飛び出す。

 

「あいつか!」

「小さいですけど?」

「くそ、先制攻撃を」

 

 攻撃をしかける前に、その光の玉はすさまじいスピードを周辺を飛び交いまくる。

 

「おわ!」

「なんだ!?」

「!?」

 

 その光景に見覚えがあった八雲が硬直した時、光の玉が地面へと着地する。

 そして光の玉は明滅したかと思うと、突然その大きさと形を変えていく。

 形がはっきりしていくと段々光は薄れ、その輪郭を露にしていく。

 

「……女性?」

 

 カチーヤが呟いた時、輪郭は完全に固定され、光が消えていく。

 後に残ったのは、長い銀髪と白い肌、そして黒いルージュを指した成人間近の女性の姿だった。

 

「ハァー、やぁっと出れた!」

「ネ、ネミッサ!?」

 

 GUMPを取り落とした八雲は、驚愕と共に、その女性の名を呼んだ………

 

 

 

 手繰り寄せた糸の端には、新たな困難と、古き因縁が結び付けられていた。

 その二つが絡んだ先に待ち受けるのは、果たして………

 



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PART6 MALE CHECK(前編)

 

 最初に理解したのは、自分の体が急降下していく事。

 続けて地面に叩きつけられ、大量の砂と共に砕けた部品が舞う。

 

「チェックシーケンス実行、ここは………」

 

 不安定になっていた自分のシステムをチェックしつつ、アイギスは周囲を見回す。

 最初にカメラアイに飛び込んできたのは、宙に浮かぶ巨大な光り輝く物体。

 そしてそれを中心として、周辺を囲む都市の姿だった。

 

「現在位置 不明。タルタロス同様の特殊空間と推定。擬似太陽と思われる物体を中心に、半径15kmの球体を構成……」

 

 周辺状況を確認し、起き上がろうとした所で、アイギスは自分の異変に気付いた。

 

「左脚部第二関節、右脚部第一関節損傷……自己移動不可能。左肩部損傷、左腕行動不能。右肘部にも損傷………」

 

 自分の体がボロボロなのに気付いたアイギスが愕然とする。

 

「皆さんは………」

 

 これが自分以外にも起きている可能性を考え、アイギスが仲間達の姿を探すが、誰の姿も見当たらない。

 

「通信システム……感無し。召喚システムは問題無し。ただし現状での戦闘行動はほぼ不可能……」

 

 淡々と自分の状態の確認を終えたアイギスの唇が噛み締められる。

 

「なんだぁ、こいつは?」

 

 いきなり聞こえてきたダミ声にアイギスが振り向くと、そこには赤い巨躯に牙、頭頂に一本角を持つ異形の姿があった。

 

「あ、悪魔!?」

「なんだ、悪魔が珍しいのかい?」

 

 それとは反対側、半裸の妖艶な姿に、頭部に二本角を持つ女性が、手にした双刀に舌を這わせる。

 

(召喚者との契約が無い限り、悪魔は自由意志で動くと八雲さんは言ってました。だとしたら………)

 

 赤い巨躯に一本角の妖鬼 オニが手にした巨大なナギナタを地面に突き降ろす。

 

「マネカタじゃねえみてえだが、人形でもねえ。こんな奴は見た事ねえな」

「構うもんかい。マガツヒをもらおうか!」

 

 半裸に二本角の鬼女 ヤクシニーが手にした双刀でアイギスへ襲い掛かる。

 

「迎撃…」

 

 アイギスは右手のマシンガンを向けようとするが、残弾0の表示が視界に表示される。

 

「ひゃあはっ!」

 

 奇声と共に襲いくる双刀をアイギスは地面を転がってなんとか回避するが、その顔前にナギナタの刃が突き刺さる。

 

「壊れてるかと思えば、結構生きがいいじゃねえか」

「いいマガツヒが取れそうだねえ」

「アテナ!」『ヒートウェイブ!』

 

 油断している相手に、アイギスがペルソナを発動。振るわれた灼熱の刃が二体の鬼を弾き飛ばす。

 

「なんだこれは!」

「妙な力を持ってるようだね、益々いい!」

 

 体勢を立て直したヤクシニーが大上段から双刀を一気にアテナへと向けて振り下ろす。

 今度は逆にアテナが弾き飛ばされ、その姿が僅かに霞む。

 

「くうっ………」

 

 ペルソナへのダメージがフィードバックしたアイギスの意識が乱れ、視界にノイズが走る。

 

「もらった!」

 

 オニが投じたナギナタがアイギスの右足を貫き、破片とオイルが周囲に飛び散る。

 

「ああっ!」

「すぐには殺さないよ。出す物出してもらわないとね~」

 

 ペルソナを発動しようとするアイギスの今度は右腕をヤクシニーの刀が貫く。

 

「さあ、マガツヒもらうよ」

(啓人さん!)

 

 こちらへと二本の腕が伸びてくるのに思わずアイギスが両目を閉じた瞬間、何かが空を切り裂く音が聞こえた気がした。

 

「がはあっ!」

「ぎゃあぁっ!」

 

 二つの絶叫にアイギスが眼を開くと、そこには大剣に腹を貫かれるオニと、巨大なカマに片腕を切り飛ばされたヤクシニーの姿があった。

 

「がっ、あ………」

 

 力を失って倒れるオニの隣で、ヤクシニーが血が噴き出している断面を残った手で押さえつつ、その二つの凶器が飛んできた方向を憎々しげに見た。

 

「まずい、あいつらか! ここは逃げるに限るよ!」

 

 斬り落とされた腕を拾いながら、ヤクシニーが脱兎の勢いで逃げ出す。

 アイギスが途切れかかる意識を奮い起こし、ノイズ混じりの視界でヤクシニーが見た方向を見た。

 そこには、こちらへと向かってくる赤いコートの男と、黒いメイド服の少女の姿が見えたような気がした。

 

 

「おい、これは………ロボット?」

「わた……しは、アイ…ギス。対シャドウ用……兵……」

「喋らないで下さい。もう大丈夫です」

「あな……たは……?」

「私はメアリ。あなたと同じ、造られし命を持つ者。私のソウルが、貴方を救えと言っています。安心してください」

「私と、同じ………」

 

 その時点で、アイギスの意識は強制スリープへと移行した。

 

 

「助けるって、そいつをか?」

「酷い損傷ですが、ヴィクトル様なら修理できるはずです」

「こいつも、この世界に飛ばされた口だと思うか?」

「恐らくは」

「人手はあるに限るか。オレが背負おう」

「申し訳ありません、ダンテ様」

 

 

 

同時刻 同世界

 

「あ~、八雲♪」

 

 光の玉から変じた女性が、八雲の姿を見つけるとおもむろに立ち上がって八雲の方へと寄ってくる。

 

(馬鹿な、あいつはあの時オレの目の前で……)

 

 かつて、マニトゥと共に消滅したはずの相棒の姿に、八雲の脳は混乱する一方だった。が……

 

「あ……」

「うお!?」

「ああ! だ、ダメです!」

 

 一糸纏わぬ無防備過ぎるネミッサの姿に、啓人と順平が思わず声を上げる中、狼狽しながらカチーヤが二人の前に立って視線を遮る。

 

「ねえ八雲、ここどこ?」

「……その前に隠せ」

 

 八雲がまだ混乱が修まらない中、自分のジャンパーをネミッサへと渡す。

 

「順平さん、それ貸して!」

「お、おお」

 

 順平が握っていたゆかりのスカートをカチーヤが奪うように取ると、大慌てでネミッサへと手渡した。

 

「なんかちょっとゆるいよコレ?」

「うわぁ、すごい……」

 

 女性二人の声に、健全な男子高校生の喉が思わず鳴る。

 

「あ、スカートだけだとアレですからこれも……」

「ありがと♪ ところでアンタ誰?」

 

 カチーヤの上着をスカートの上から巻きつけながら、ネミッサがカチーヤをまじまじと見る。

 

「あ、葛葉所属術者 カチーヤ・音葉です。八雲さんのアシスタントです」

「ネミッサ、悪魔だよ」

 

 頭を下げるカチーヤに、ネミッサがにこやかに笑いながらその手を握って上下に降る。

 

「ねえ八雲、あんた女の趣味変わった?」

 

 いきなりの質問に、八雲の体勢が右だけ10cmずれる。

 

「消滅したはずの奴がいきなり出てきて言う事がそれか!?」

「え~、だって~」

「とりあえず後だ。現状把握が先だ」

「そう言えばそうですね」

「あっちになんか建物あっから、あっち行ってみようぜ」

「ブティックあるかな?」

「さあな」

 

 

15分後

 

「うわ、すっげえ前衛的っつうか……」

「エスニック風?」

「でもどこかSFっぽいですね」

「知るか」

 

 間近まで見えてきた建物が、見た事もない建築様式なのに皆が驚嘆の声を上げる。

 

「これ、看板?」

「……何語だろ」

「サンスクリットだな。翻訳ツールを」

「へ~、《ムラダーラ》か~」

 

 GUMPを取り出そうとした八雲の背後から、ネミッサが平然とその看板を読み上げる。

 

「ネミッサ、お前サンスクリット読めたか?」

「え? そういえばなんでだろ? ネミッサわかんな~い」

「……新手のエスニックレストランかな」

 

 壊れかかったエレベーターらしき物を何とか操作して動かすと、一同は《ムラダーラ》内へと侵入していく。

 

「こいつはまた………」

 

 きしみ音を立てながらも辛うじて動いたエレベーターから降りた一行は、建物の中に足を踏み入れた途端に動きが止まった。

 

「ちょっ、なんだよこれ!?」

「血、だよな………」

「血痕に弾痕、こっちはナイフか? 随分と派手な出入りがあったようだな」

 

 建物の中にある、無数の戦闘の痕跡に全員の顔色が青くなる。

 

「や、やべえってこれ………軍の基地かマフィアのアジトだって」

「でも、だとしたら変ですよ」

「何が?」

「死体が、一つもない……」

 

 順平とカチーヤの疑問に、八雲より先に啓人が答える。

 

「その通りだ。これだけの戦闘の跡があんのに、死体どころか血以外の肉片一つも見当たらない」

「あれ~、なんだろ?」

 

 ネミッサが血痕の一つに顔を近づけ、匂いを嗅いでみる。

 

「? なんか変?」

「カチーヤ、それの着替えを探して着替えさせろ」

 

 無防備に尻をこちらに突き出す体勢のネミッサに、高校生二人が顔を赤くしているのを気付いた八雲が、壊れかかったドアを蹴破りつつ指示する。

 

「八雲~、それって何よ」

「文句は後で聞いてやるから」

「第一、こんなとこじゃダサいのしか無さそうじゃん」

「我慢しろって。お前がその格好じゃ犯罪だ」

「あの、こっちに何かありますから」

 

 カチーヤがネミッサを引きずって適当な室内に消えた所で、八雲が長いため息を吐いた。

 

「あいつ、全然変わってやがらねえ………」

「どういう関係の人なんです? ネミッサさんて」

「前の相棒さ。消滅したはずの……」

「さっきもそんな事言ってたよな? 消滅ってぇのは?」

「そのままの意味だ。多分もう気付いてるだろうが、あいつは悪魔、正確には電霊の一体だ」

「えぇ、あれがぁ?」

 

 八雲の言葉に、啓人と順平の脳裏にあの苦戦した電霊シャドウと、ネミッサが並んで浮かぶ。

 

「全然そう見えねぇ………」

「あいつは異端だ。そして恐らくタルタロスの真の特異点」

「あの人が?……でもなんで」

「ネミッサは、かつてオレが戦った組織が悪用しようとした大霊 マニトゥが、最後の正気で造り上げた《滅びの歌》なんだ。そしてあいつはその責務を全うし、マニトゥと共にオレの目の前で消滅した………はずなんだが」

「……元気に生きてるような」

「しかもかなりすげぇ体してた」

「……体?」

 

 順平の一言に、八雲が首を傾げる。

 

『あ、これなんかどうでしょう?』

『え~、ダサいよ。それに胸きついし~』

『……ネミッサさんが大きいんじゃ』

『あ、これなんかいいかも』

『スリット入り過ぎですって! 下着無しだと危ないです!』

『ランジェリーとかない?』

『なんか、変なのばかりですね』

 

 聞こえてきた女性二人の会話に、三人の動きが止まる。

 

「…………」

「……大きい?」

「いや、まあ確かにアレは………」

 

 何か考え込んでいる八雲を差し置き、順平と啓人は黙って頷きあうと、足音を忍ばせてネミッサ達が着替えてる部屋の方へと向かう。

 

『なにこれ~、全然可愛くないし。もう無しでもいっか』

『の、ノーブラはダメです! 危険です!』

(の、のーぶら!?)

 

 喉が再度鳴る中、更なる慎重さを持って近付く二人を追い越し、八雲が無造作に部屋の方へと近寄る。

 

(そ、そんな大胆な!)

(すげえ、なんて漢!)

 

 八雲は部屋の前に止まると、そこで壁に背を預けて声をかける。

 

「ネミッサ、お前その体どうした?」

『体?……そういえばどうしたんだろ?』

「また誰かの体に憑いてるのか?」

『そんな感じじゃないけど』

「……カチーヤ、どこかネミッサにおかしい所はないか?」

『う、ウエストはそんなに変わらないのに、上下が5cm、いやもっと負けてます………』

「……ヒトミはそこまでなかったはずだよな」

「あの、何の話を?」

 

 主旨がつかめない啓人が困惑する中、八雲がうつむきながら思案する。

 そこへ、着替えを終えたネミッサがカチーヤと共に室外へと出てきた。

 

「見てよ八雲、こんなんしかなかった」

 

 胸の谷間が露になっているチューブトップに細身のパンツ、ジャケットを羽織ったネミッサだったが、そのどれもがくすんだ灰色地で、挙句にド派手なオレンジ色のマーキングが施されていた。

 

「柄が同じのばっか。これじゃ選び様ないじゃん」

「我慢しろって。地味なのか派手なのかよう分からんな………」

 

 何気にジャケットに触った八雲が、その感触に手が止まる。

 

(こいつは、防弾繊維か? まんま戦闘用かよ……)

「せめて黒だったらな~」

 

 ネミッサがそう言いながら服に触れた瞬間、あっという間にその色が光沢のある黒へと変じていく。

 

「えっ!」

「なんだこりゃ!?」

「何をしたネミッサ!」

 

 数秒で完全に柄が変わってしまった衣服に、皆の目が大きく見開かれる。

 

「あれ? ま、いいか」

「え? え?」

 

 カチーヤが散らかされた衣服をしげしげと見てみるが、どう見てもその色は変わらない。

 

(情報の変質!? まさかここは!)

 

 八雲がHVナイフを抜くと、そばの壁を念入りに触った後、無造作に切り裂く。

 

「なにやってんの?」

 

 ネミッサが不思議そうに見る中、八雲は飛び散った破片を掴むと、その断面を見、更にその破片を口へと入れる。

 

「八雲さん、一体何を?」

 

 カチーヤも不思議そうに見る中、八雲は口内の破片を吐き出す。

 

「まずい、というか何の味もしねえ」

「シロアリじゃねぇんすから………」

 

 呆れる順平の口に、八雲は別の破片を弾いて入れる。

 

「うわっ、ぺっ」

 

 驚いて吐き出した後で、順平もその違和感に気付いた。

 

「なんだこれ……固くも柔らかくもねぇ……」

「その情報が欠けてるんだよ、これには」

「情報……て事はまさかここは!?」

「多分な」

 

 何かに気付いた啓人が叫ぶのに同意しながら、戦闘の痕跡だけが残る建物を見る。

 

「ここは、電子世界だ。しかもパラダイムXなんかとは比べ物にならない程の高度かつ高密度のな………」

「で、電子世界!? ここが!?」

「全然そう見えませんけど……」

「え、そう?」

「お前が実体化してるのが何よりの証拠だ。しかも、恐らくこの一帯だけな」

 

 ネミッサを指差しながら、八雲が脳内で現状を整理していく。

 

「向こうの砂漠と比べて妙な違和感があるとさっきから思っていたが、恐らくタルタロスの中にあったパラダイムXと同じだ。ある特殊な空間に、別の特殊空間が潜り込んでいる。なんでかは全く分からんが………」

「じゃ、じゃあここにもなんかの特異点ってのが?」

「だといいんだが」

 

 壊れかけた窓から、八雲の外、この球状の世界の中央に浮かんでいる太陽のようにも見える物を見た。

 

「あまりにもこの世界は特殊過ぎる。もう何が何やら………」

「ゆかりっちや風花、美鶴先輩は無事かな……」

「多分、大丈夫だと思う。問題はこれからどうするか」

「……ネミッサ、何か覚えてる事ないか?」

「覚えてる事?」

 

 ネミッサが首を傾げ、何かを思い出そうとする。

 

「え~と、マニトゥの所に行く前の夜、アジトに二人っきりで」

「そのずっと後の話だ! マニトゥ倒した後!」

 

 過去を暴露される前に八雲が強引に話を切り替える。

 

「よく覚えてないな~ マニトゥとネミッサが一つになって、そのまま意識が遠のいて……何か流れみたいな物を漂ってたような?」

「流れ……ですか」

「うん、それが気付いたらいきなり閉じ込められてて、力を奪われてく感じがずっとしてて、それが無くなってやっと出れたと思ったら八雲がいて」

「どうにも、訳わかんねえ………」

 

 後頭部をかきむしる順平に、全員が同意。

 だが、八雲だけはその真意を思考していた。

 

(輪廻の輪から、強引にネミッサを抽出したのか? ニュクスの滅びの因子と共鳴させて………だが、そんな事が本当にできるのか?)

 

 脳内の仮定に、自ら疑問符をつけた八雲は、空に輝く奇妙な物体へと視線を移す。

 

「一体ここは、どこなんだよ…………」

 

 

 

大正二十一年 異界 霞台

 

「ヒューペリオン!」『ジャスティスショット!』

 

 光り輝く弾丸が、こちらへと向かってくる異形のX―1を貫く。

 

「セイッ!」

「はっ!」

 

 そこに達哉の《Rot》機のヒートブレードとライドウの愛刀が振るわれ、X―1を大きく切り裂く。

 

「そこだ!」

 

 切り割かれた装甲の下に蠢く物を、克哉のP229から放たれた9mmパラベラム弾が撃ち抜く。

 それは奇怪な怨嗟を上げながら霧散していき、それを見た三人は同様に顔をしかめていた。

 

「これで三体目か………」

「確かに、これは事故で飛ばされたという頻度ではないな」

 

 残骸となったX―1を見ながら、克哉とライドウが呟く。

 

「とりあえず運ぼう。リサの部品がまだ足りてない」

 

 達哉が《Rot》機であらかじめ用意しておいた軍からの払い下げのオンボロなトラックにX―1の残骸を積み込み、《Rot》機も積むと降りて布を覆い被せていく。

 

「確保した敵の部品を使わなくてはならないとはな。証拠品横領ではないだろうか………」

「仕方あるまい。不用意な所に置いておく事もできないなら、むしろ活用すべきだ」

「その通りではあるが………」

 

 克哉が運転席に乗り込み、達哉とライドウも乗り込むとライドウが印を組み、異界からトラックごと本来の霞台へと移動する。

 

「最初は銀座、次は桜田山、今度は霞台か……」

「何が狙いなんだ?」

 

 トラックを走らせながら、周防兄弟が地図に戦闘地点を記していく。

 

「推測だが、銀座のはただの起動実験だと思う」

「僕もそう思うな。だとすれば桜田山には電波塔、霞台には陸軍参謀本部。どちらのケースもこの時代の情報拠点のそばで起きている。もしこの推測が正しいのなら……」

「次に狙われるのは、晴海の海軍省か。だが、これだけの進んだ技術を持ちながら、なぜこの時代に……」

「さあ? 僕らの時代にない技術があるのかも?」

 

 克哉の言葉に、ライドウの脳裏にある事件の事が思い浮かぶ。

 

(まさか、本当の狙いは…………)

 

 

筑土町 業魔殿

 

「おお! また出たのか!」

「ああ、そちらの状況は?」

「すばらしい! この機体を造り上げた人間は私に勝るとも劣らぬ天才だ!」

 

 分解中や解析中のX―1が並ぶ中、ヴィクトルが歓喜の声を上げながら新しく運ばれたX―1の残骸に取り掛かる。

 

「《rosa》機の修理状況は?」

「あとちょっと部品足んないって。これで間に合うかな?」

 

 どこから用立ててきたのか、作業用の割烹着姿のリサが解体を手伝いつつ原型を止めている脚部とかを叩いてみる。

 

「中枢部が破損してて詳しい事は分からないが、これは操縦者の代わりにある種のエネルギー体をセットする事で起動するのだろう。余程専門的な研究を進めた結果だろうな」

「エネルギー体、例えば穢れやソウル、そしてペルソナのような?」

「うむ」

 

 克哉の問いに頷くヴィクトルに、達哉とリサの顔色が変わる。

 

係咩(ハイメ)!? そんなの研究してる人なんて、南条さんの所の研究員くらいしか……」

「いや、いた。一人だけ。ペルソナの仕組みを完全に解析し、それを応用するシステムを造り上げた人物が………」

「……だが、死んだはずだ」

 

 克哉の言わんとする人物が誰かを気付いた達哉が、その可能性を否定。

 

「もし死んでいたとしても、その知識を活用する事は可能だ。その人物の霊魂を呼び出して憑依するか、死体に憑依すればいい」

「それも難しいな。その男は強力なペルソナ使いで、海底洞窟の崩落に巻き込まれて死んだ。魂も遺体も回収は不可能に近いだろう」

「ならば、その男が生きているか、だ」

「……かもしれんな。その男は一度生き返っている。二度目があっても不思議はないだろう」

 

 克哉の脳裏に、生き恥を拒んだその男の最後の姿が思い浮かぶ。

 

(また、平和の敵となると言うのか? 彼は……)

「大変、大変だよ~!」

 

 皆が思い思いに思案にふけっている所に、情報収集兼散歩に出ていた克哉のピクシーが大慌てで飛び込んでくる。

 

「何か貴重な情報でも?」

「違う、違うの! 異界の筑土町で見た事もない悪魔が暴れてる! このままじゃこっちに出ちゃうかも!」

「何っ!」

「急ごう!《rosa》機はすぐに修理できますか!」

「部品が少し足りないだけだ。こちらから取ればすぐにでも動かせる」

「頼みます! 達哉もシルバーマン君と一緒に《rosa》機の早急修理を! ライドウ氏と僕とで行ってくる!」

「分かった。二人とも気をつけて」

「私も行く~!」

 

 業魔殿を飛び出したライドウと克哉、ピクシーの三人は丑込め返り橋まで来た所で急停止した。

 そこに、常人には見えない異界との歪みが生じ始めていた。

 

「これは………」

「かなり強力な悪魔が暴れているらしい。境が不安定になっている。だがこれならここから異界に行ける」

 

 ライドウが先頭に立ち、歪みに手を伸ばす。すると視界が歪み、一行の姿は誰にも気付かれず、その場から消えた。

 

「うっ!?」

「キャアアァ!」

 

 異界に入ると同時に見えた光景に、克哉は顔をしかめ、ピクシーは悲鳴を上げて克哉にしがみ付く。

 そこには、惨殺された悪魔の屍があちこちに散らばっていた。

 

「無差別か、しかもかなりの強さだ」

「悪魔とはいえ、こんな酷い殺され方は初めて見るな……引き裂かれるか、食い千切られるかされている」

 

 牙跡だけ残してあちこち欠けている悪魔の屍を見ていた時、どこからか咆哮が響いてきた。

 

「あっちだ!」

「油断するな、恐ろしい殺気だ」

 

 克哉が懐からP226を抜き、ライドウが管を取り出すと北欧神話の雷を呼ぶハンマーを持つ雷神、雷電属 トールを召喚して咆哮の聞こえた方へと走り出す。

 

「グアアアアァァ!」

 

 悪魔の断末魔の絶叫が響いた先へと曲がった所で、咆哮の主が現れる。

 それは、赤い巨躯を持ち、鋭利な爪の生えた豪腕と牙の生えた双頭を持つ異形の悪魔だった。

 

「見た事がないタイプだ………」

「こちらもだ」

 

 謎の悪魔は現れた二人に目もくれず、爪で突き刺して絶命させた悪魔の屍にいきなり食らいつく。

 

「なっ!?」

「悪魔が悪魔を食うか………」

「ヒイイィィ………」

 

 予想外の事態に克哉がたじろぎ、愛刀に手を伸ばしていたライドウの動きもわずかに鈍る。ピクシーに至っては悲鳴を上げて克哉の懐に隠れてしまった。

 すさまじい食欲で屍を食らい尽くした謎の悪魔は、ようやく克哉とライドウの方を向いた。

 その二つの口は鮮血に濡れ、牙に肉片らしき物がこびりついた様子はあまりにも凄惨だった。

 

「ガアアァァ!」

「来るぞ!」

 

 襲いかかってくる赤い悪魔に、克哉がP226を連射、だが放たれた弾丸は赤い悪魔の体にめり込みはしたが、相手は一切怯まず突っ込んでくる。

 

『マハ・ジオダイン!』

 

 トールの放った電撃魔法が赤い悪魔を直撃し、赤い悪魔は大きく弾き飛ばされる。

 しかしすぐさま起き上がり、豪腕に力を込めると爪が更に伸び、それを振り下ろしてくる。

 

「なんてタフさだ!」

 

 克哉、ライドウ、トールがそれぞれ別々の方向に跳び、振り下ろされた爪は地面へと突き刺さる。

 その余波だけで地面がえぐれ、土砂を周辺へと撒き散らしてクレーターを穿った。

 

「なんという怪力、だがこれ程の悪魔が無名のはずは……」

 

 ライドウは懐から一枚の小さな鏡を取り出し、印を結ぶ。

 その鏡、悪魔の能力を探る《魔眼鏡》が赤い悪魔の力を探っていく。

 

「ヒューペリオン!」『トリプルダウン!』

 

 克哉のペルソナが放つ三連射の光の弾丸が赤い悪魔を撃つが、赤い悪魔はそれを物ともせずに克哉へと向かって長い爪を振るってくる。

 

「くっ!」

 

 とっさに両手を交差させたヒューペリオンで克哉は爪を受け止めるが、僅かに持ったかと思うとその体がペルソナごと弾き飛ばされる。

 

「ああっ!」

「ヒイイィィ!」

 

 克哉の苦悶と共に、懐のピクシーが更なる悲鳴を上げる。

 

「つ、強い………魔神級か?」

「いや違う! そいつは法身変化だ!」

 

 魔眼鏡に映し出された情報に、信じられない表情のままライドウが叫ぶ。

 

「法身変化……まさか、あれは………」

「そうだ。恐らく、彼は人間だ……」

「ウソォ!? だって悪魔食べるような化け物だよ!?」

 

 信じられない話に、克哉とピクシーが驚愕する。

 

「いや、力の暴走か? そう言えば完全な異形と化した男と戦った事もあったな」

「しかし信じられん。法身変化は法術の奥義だ。あそこまで完全な変身を遂げられる者が力を暴走させるとは………」

「外的な要因かもしれん。だとしたら、止めなくては」

「できるのか?」

「分からない………」

 

 立ち上がりながらペルソナを発動させようとする克哉に、ライドウが己の愛刀を抜き放つ。

 

「動きを封じれば、神鎮めの秘術で修まるかもしれん」

「あれをか………だが人命優先は警察官のモットーだ」

「その中に自分も入れておく事だ。行くぞ」

 

 ライドウが瞬時に間合いを詰め、刀を袈裟懸けに振り下ろすが、赤い悪魔は片手の爪で白刃を受け止める。

 もう片方の爪がライドウの腹を狙うが、そこにヒューペリオンの放った光の弾丸が腕を直撃して軌道を逸らす。

 背後へと回ったトールがハンマーを振り下ろし、赤い悪魔の脳天を狙うが、直撃したにも関わらず、赤い悪魔は片膝すら付かなかった。

 

「ハイッ!」

 

 そこへいきなり乱入してきた《rosa》機の跳び蹴りが直撃、さすがにこれは効いたのか、赤い悪魔の体が横へと吹っ飛んでいく。

 

「お待たせ!」

「大丈夫か兄さん!」

 

《Rot》機も駆けつけ、二機のXX―1がそれぞれ構える。

 

「なにあれ? 見た事ない奴~」

「だが、強そうだ」

「達哉、シルバーマン君! 彼は人間だ!」

哎呀(アイヤー)! マジ!?」

「なんとか動きを止めるんだ!」

「……できればだな」

 

《rosa》機の跳び蹴りが直撃したはすだが、すでに赤い悪魔は跳ね起き、口から食らった悪魔の血が混じった唾液を垂れ流している。

 

「皆でボコボコにして動けなくするってのはどう?」

「体力差があり過ぎる。どう見てもこちらの疲弊が先だ」

 

 咆哮を上げる赤い悪魔にコルトライトニングを連射しつつ、ライドウはリサの案を否定。

 

「XX―1のパワーなら……」

「ダメだ! パワーもあちらが上だ!」

 

《Rot》機の振るうヒートブレードを平然と受け止め、赤い悪魔が片手で《Rot》機を弾き飛ばす。

 

「とても止められそうにないな………」

「しかし! もしかしたら彼も僕達同様、どこかから飛ばされてきたのかもしれない!」

「ならどうする? 半殺し程度ではあれは止まらない」

「くっ………」

 

 ライドウの冷静な分析に、克哉は己も内心同じ事を考えている事に気付く。

 

「いや、まだだ。まだこの手がある」

 

 達也が自分の《Rot》機の最終セーフティを解除、彼の機体にだけ内蔵されたシステムを起動させていく。

 

「そうか、相手が変身した存在なら!」

「こちらも変身する。DEVA SYSYTEM・2nd Ver START」

 

 システムの起動と同時に、《Rot》機の機体が赤い光に包まれていく。

 DEVA SYSYTEM・2nd Verがかつて特異点だった達哉と感応し、異世界の達哉の力を呼び起こす。

 次の瞬間には、《Rot》機はギリシャ神話の最高神ゼウスの息子たる太陽神・アポロへと姿を変じた。

 

「彼も法身変化ができるのか!」

「専用の装置が必要だがな」

『ギガンフィスト!』

 

 アポロへと変身した達也の拳が、赤い悪魔へと繰り出される。

 どてっ腹に強烈な拳が突き刺さり、赤い悪魔はそのまま後ろへと弾き飛ばされるが、立ったまま堪えきる。

 

「直撃だぞ!?」

「いや、効いてる!」

 

 二つの口から、獲物の物でない血が混じっている事に気付いた達哉が追撃を繰り出そうとするが、咆哮を上げながら襲ってくる相手の方が早い。

 

「ぐっ……!」

「達哉!」

情人(チンヤン)!」

 

 とっさにガードした達哉に向けて振り下ろされた巨腕が、ガードごと達哉の体を沈め、膝が崩れ落ちそうになる。

 

「援護を…」

「いや、この距離なら!『ノヴァサイザー!』」

 

 逆に相手の腕を掴んで動きを止めた達哉が、ゼロ距離で強烈な核熱魔法を発動。

 超新星のフレアに匹敵する超高温の熱波をマトモに食らった赤い悪魔だったが、それを耐えていく。

 

「まさかアレすらも……」

「いや」

 

 炎の属性を持っているのか、核熱魔法を耐えていた赤い悪魔の皮膚が徐々に熱に負けてただれ始める。

 

「ガアアァ!」

 

 赤い悪魔はいきなりその牙を達哉の首筋に食い込ませる。

 

「ぐうぅ……」

激氣(ケッヘイ)! 情人を離せ!」

 

 とうとう我慢の限界に到達したリサの《rosa》機が、旋風脚を赤い悪魔の背中へと叩き込み、更に拳の連撃を打ち込んでトドメに掌底打をぶち込む。

 

「グ、ア……」

 

 その衝撃に食い込んでいた牙は外れ、隙と見た達哉の拳が赤い悪魔へと繰り出される。

 赤い悪魔はそれを受け止め、己の拳を突き出すが達哉もそれを受け止める。

 

「クウウウ……」

「ガアアァァ……」

 

 二人の赤い魔神の力が拮抗し、力に耐え切れない足元の地面が徐々に沈んでいく。

 

「今だ! ヒューペリオン!」『ジャスティスショット!』

「ホアチャー!」

 

 ヒューペリオンの放った光り輝く弾丸が右から、《rosa》機の真空三段蹴りが左から赤い悪魔を直撃し、さすがに左右同時は効いたのか赤い悪魔の膝が崩れる。

 

「今だ召喚士!」

 

 トールも背後から赤い悪魔を押さえ込み、もがく相手を前にしてライドウが結跏趺坐(けっかふざ=両足を腿の上に載せる座禅式の座り方)し、印を組む。

 

「タカアマノハラニ カムヅマリマス スメラガミムツ カムロギ…」

「くうぅ………」

「ガアアァァ!」

「なんて怪力だ!」

「は、早く!」

 

 ヒューペリオンと《rosa》機もそれぞれ腕を掴んで赤い悪魔を押さえ込むが、それでもなおその戒めを振り払おうと赤い悪魔が力を込めていく。

 

「カクヨサシマツリ ヨモノクニナカト オボヤマト ヒタカミノクニヲ…」

 

 ライドウの朗々たる呪文の詠唱が続く中、赤い悪魔の爪が急激に伸び、達哉の肩へと突き刺さる。

 

「た、達哉!」

「情人!」

「大丈夫だ。続けてくれ!」

 

 爪が突き刺さったまま、鮮血が流れ出していく中でも達哉は力を緩めず、赤い悪魔を襲えこんでいく。

 

「ハラヒタマ キヨメタマフコトヲ アマツカミクニツカミ ヤホヨロヅノカミタチトモニ キコシメセトマオス!」

 

 詠唱を終えたライドウが大きく拍手を打つ。

 すると、赤い悪魔の力が抜け、その体が崩れ落ちながら光の網のような物が覆い、姿が赤い髪の男へと変わっていく。

 地面へと崩れ落ちた時には、その姿は灰色のプロテクタースーツのような物をまとい、オレンジのペイントが施されたマントを羽織った男へと完全に変わっていた。

 

「ほ、ホントに人間………」

「うそ………」

 

 克哉の懐に隠れていたピクシーが恐る恐る顔を覗かせて男の方を見る。

 

「すまないが、達哉の回復を」

「あ、うん『ディアラハン!』」

 

 克哉の声にピクシーが慌ててアポロへと回復魔法を掛け、アポロの姿も元のXX―1へと戻っていく。

 

「どうにかなったか……顔見知りか?」

「いや、だがこれは……」

 

 倒れたまま失神しているらしい赤髪の男の手に、グレネードランチャーが握られているのを見た克哉が顔をしかめる。

 

「未来の人間らしいのは確かだが、術者にも見えないな」

「しかもオレのようにシステムのサポートを受けてた訳じゃない。ハーフプルートという奴か?」

「混血の事か? そうにも見えん。一体………」

「ともあれ、ここに置いておくのも危険だ。彼が目覚めた後に聞いてみよう」

「また暴れたりしない?」

「その時はまた押さえればいい」

「そう上手くいけばな」

 

 

 

「で、なんでここに来るかな?」

 

 事務所に運び込まれた赤髪の男に、鳴海が顔をしかめる。

 

「すまない、他に思いつかなかった……」

「業魔殿は今手狭だからな。達哉とリサの機体の整備もしなければならないそうだ」

 

 赤髪の男の所持していた物をテーブルに並べていきながら、克哉が謝罪し、ライドウが理由を述べる。ちなみにピクシーは怖がって業魔殿の方へと逃げていった。

 

「それで、何か分かった?」

「まずこれだな」

 

 克哉がグレネードランチャーを指差す。

 

「これ、榴弾砲かな?」

「ああ、しかも大分使い込まれている。交戦の痕跡まであるくらいだ」

「軍人、にも見えないな」

「他にも妙な物がある」

 

 男の指に嵌めていた指輪を観察していたライドウが、その中に見える物に眼を凝らす。

 

「何か精密な物が見えるが……」

「これは、まさかICチップか? IDタグのような物かもしれない。だが、こんな精度の物は僕の時代ですら存在しない」

「意味はよく分からないけど、つまりこの彼はあんた達より先の時代の人間って事?」

「恐らくは………」

 

 どう見ても只者ではない赤髪の男に、克哉が顔を曇らせる。

 用心のために彼の両手には手錠と注連縄(しめなわ)が嵌められ、克哉とライドウの二人が臨戦体勢で見張っていた。

 

「一つ気になる事がある。彼の右腕の入れ墨だ」

「ああ、この……」

 

 ライドウが赤髪の男の右の二の腕にある、牙の生えた火の玉のような紋様を指差す。

 

「それからかなり強い魔力を感じる。彼の変化の媒介ではないかと思う」

「このタトゥーが? そんな魔術があるのか?」

「海外の物で、入れ墨を媒介にして力を引き出す物はあるが、法身変化できる程の物は………」

「う………」

 

 そこで男の口から声が漏れる。

 思わず懐の銃に手を伸ばした克哉と、用心深く刀の鯉口を切るライドウ、そして素早く机の下に隠れた鳴海の前で、赤髪の男は目を覚ました。

 

「ここは……どこだ?」

「東京は筑土町、鳴海探偵事務所。オレは所長の鳴海で、そっちが助手のライドウ、そちらは警官の克哉氏」

 

 机の影から頭を少しだけ出して説明する鳴海に、男は首を傾げる。

 

「トウキョウ? タンテイジムショ? ここはカルマシティでもジャンクヤードでもないのか」

「……どうやら、君も飛ばされた口のようだな」

 

 警戒は解かないまま、克哉が赤髪の男の前へと進む。

 

「僕は警視庁特殊機動捜査部所属、周防 克哉警部補だ」

「ケイシチョウ? 聞いた事の無いトライブだな」

 

 その返答に、赤髪の男を除く三人が顔を見合わせる。

 

「お前の名前は?」

「……ヒート。トライブ・エンブリオンの元メンバーだ」

 

 男=ヒートの言葉に、三人は更に困惑を深める。

 

「トライブって、何?」

「部族、という意味のはずだが……まさかテロリストのセクト名か?」

「テロリストとは何だ。オレ達は生きるために殺しあう。それだけの存在だ」

 

 あまりに物騒すぎるヒートに、克哉もライドウもどう処置するべきか迷う。

 

「あとこれはなんのつもりだ」

「……覚えていないのか」

 

 手首に嵌る手錠と注連縄に文句を言うヒートに、ライドウは逆に質問。

 

「お前は、異形の悪魔となって異界で悪魔を食らっていた。それを我々がなんとか押さえ込んだんだ」

「……オレは、確かサーフと一緒に……」

 

 記憶の糸を探るヒートだったが、そこで探偵事務所の扉が開く。

 

「すいません、遅れました…」

「セラ!?」

 

 入ってきた伽耶に、ヒートがいきなりしがみ付く。

 

「な、なんですか!?」

「……いや、違う」

 

 伽耶の顔をまじまじと見たヒートが、無造作に手を離す。

 

「これを外せ。でなければ腕ずくで外す」

「君が第三者に危害を加えない確証がない限り、外す事はできない」

「ましてや、自分の力を制御できない者のはな」

「それは腹が減っていただけだ。アートマを使えば、えらく腹が減る」

「アートマ、その入れ墨の事か。やはりそれが君の力の源か……安定化させる方法は?」

「……セラという女の歌だ。それが喰奴(くらうど)の飢えを押さえられる唯一の方法だ」

「歌? ライドウ君の神静めのような物か?」

「恐らくはな。だが、そのセラという人物を我々は知らない」

「じゃあここはどこだっていうんだ!」

 

 手錠の嵌ったままの拳で、ヒートが来客用のテーブルを殴りつける。

 一撃でヒビが入ったテーブルの状態とヒートの怒号に伽耶が小さく悲鳴を漏らした。

 

「……君がいたのは西暦何年だ?」

「セイレキ? そう言えば、カルマ協会の連中は2025年とか言ってやがったか」

「僕らの時代から更に20年近く後か!」

「って事は、ここは君のいた時代から95年前って事になるな~」

「なにっ!? 本当かそれは!」

 

 予想外の答えに、ヒートがたじろぐ。

 

「ま、信じる信じないは勝手だけどさ。でも、ここの事情を君が全く知らないってのは当たってるだろうね。そんな中、一人でそのセラって人を探し出すのはかなり難しいだろうね~」

「……どうしろと言うんだ」

「僕達も君同様、こことは違う世界から来た。そしてなぜこの世界に来たのかの原因を探している。もしそれが分かれば、君も元の世界に帰れるかもしれない」

「……そのために手を貸せって言うのか」

「それが嫌なら、こちらを利用すればいいさ。たまたま一緒に行動してて戻れる方法を見つける、都合がいいだろ?」

「………」

 

 鳴海と克哉の説得に、ヒートがしばし考え込む。

 

「それに、ライドウ氏なら君が暴走しても戻す事ができる。もっとも押さえつけるまでに苦労したがな」

「この帝都にはオレ以外の召喚士も多い。不用意な行動は彼らを敵に回しかねない」

「どうだい? 彼らと行動を共にしてみて損はないと思うよ?」

「………いいだろう。だがセラの場所に戻る方法が見つかったらそこで抜けさせてもらう」

「構わん。恐らくその方法こそが探している特異点その物だろう」

「決まりだな」

 

 克哉が懐から手錠のカギを取り出し、ヒートの手錠を外すと、ライドウも印を結んで注連縄に当て、解除された注連縄がヒートの手首から落ちた。

 

「言っておくが、僕達はまだ君を信用した訳じゃない」

「それはこっちも同じだ」

「次に君が暴走した場合、最悪殺す可能性もある。覚えておけ」

 

 ライドウがそう言い放ちながら、事務所から外へと出て行く。

 

「はっ、分かってるじゃねえか」

 

 ヒートもその後に続き、最後に克哉が出ようとしてふと足を止める。

 

「彼が探してるセラという女性が、どこかにいたという情報があれば教えてくれ」

「了解、じゃそちらよろしく」

 

 おざなりに手を振る鳴海に頭を軽く下げると、克哉は二人の後を追っていった。

 



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PART7 MALE CHECK(後編)

 

一時間後 筑土町 そば屋伊坂屋店内

 

「……それで、本当に大丈夫?」

「少なくても、人間の時の彼は理性的な人間のようだ」

「いささか激昂しやすいがな」

「そうなの?」

 

 遅めの昼食のそばを食べながら、リサが小さな声で克哉に問い掛ける。

 薬味を入れずに盛りそばをすする克哉の指摘に、克哉が使わなかった分までの薬味までツユに入れていたライドウが補足する。

 ピクシーは完全にヒートの視界から隠れるように克哉の影で黒蜜をかけた蕎麦がきをつまみつつ、こそこそとヒートを見ていた。

 

「お前か、暴走したオレと互角に戦ったという奴は」

「ああ」

「アートマもなしに変身するらしいな」

「DEVA SYSTEMの力を使ってだし、長時間は持たない。何よりそれを使うと装置その物がショートする事が多い」

「なるほど、チューニングの必要はないが、使い勝手が悪いってわけか」

 

 他の三人とは違うテーブルで、七味をしこたま入れている達哉と、見様見真似で初めて持つハシを使ってなんとかそばを食っているヒートがどこか険悪な雰囲気で向かい合ってそばを啜り合う。

 

「なんか、絡んでるね……」

「ある意味、似た者どうしだからな」

「まあ……性格は似てるかもしれん」

「え~、そう?」

「達哉は悪魔食べないし~」

 

 異常なまでの速さでそばを啜り終えたライドウが、そば湯に手を伸ばしながら炎の性を持つ二人を見る。

 

「さて、これからどうする?」

「海軍省には知人がいる。しかも情報部の人間だ。忠告をしつつ、異常はないか問い合わせてみよう」

「常人に分かるレベルの異常ならばいいが……」

「頼んで中見せてもらう、ってのはどう?」

「軍事施設だ、それは不可能だと思うよ」

「そちらは仲魔に探らせよう。それと出来れば交代で見張りに立つべきかと思う」

「大丈夫か? 軍事施設に不用意に長居すればこちらが怪しまれる事になる」

「晴海の貿易商にツテがある。そこを間借りしよう」

「すまないな、何かと世話になって……」

「帝都の守護はオレの役目だ、無論そちらの力も借りる」

「そうか……では行動開始としよう」

「その前に、あれどうやって止めよう?」

 

 何故かお互いにらみ合うような体勢で、いつの間にか大食い対決状態になって空の蒸籠(せいろ)を重ねていく達哉とヒートに克哉はため息まじりで制止に入った。

 

 

 

2時間後 晴海町 原田商会

 

「じゃあここをお使い下さい。こちらでも何か妙な事がなかったか水夫達に聞いてみます」

「あまり深入りしないでほしい。安全は保障できない」

「いえいえ、ライドウさんにはお世話になりましたので、そのお礼とも言えませんが……」

 

 どう見ても日本人には見えないリサやヒートを連れ、大荷物を持って訪れたライドウに嫌な顔一つせずに中年の手代が二階の一室に一行を案内する。

 

「随分と顔が広いな」

「帝都守護をしてると、自然とこうなった」

「それで、あそこを狙いそうな奴を見つけりゃいいんだな」

 

 マントの下からグレネードランチャーを取り出し、窓際を陣取って整備を始めたヒートに克哉が顔をしかめる。

 

「まだ可能性の段階だ。確立は低くないと思うが……」

「でも実際起きたとしてもどうするの? この人暴れさせたら目立つなんて物じゃないよ………」

「その時はオレが言いくるめておく。前に大きな事件が起きたから、むしろその程度じゃ目立たないだろう」

「アレの事か」

 

 達哉が別の窓から見える、とてつもなく巨大な人型の建造物を指差す。

 

「来る時も気になっていたが、アレは一体?」

「……超力超神だ。かつてこの国の絶対守護を望んだ男の英知の結晶を歪めて作られた産物だ」

「動くのか?」

「いや、もう動かない」

「つまり一度動いたのか………」

「時代感無視してるね~」

 

 興味深げにただのオブジェと化した超力超神の残骸を見つめていたリサが、ふと何かを思い立ったかのように室外へと出ようとする。

 

「どうかしたか?」

「いや、ちょっと……」

「ああ、トイレか」

 

 思わず口を滑らせた克哉を睨みながら、リサが階下へと降りていく。

 足音が聞こえなくなった所で、ライドウが黙々とグレネードランチャーの整備をしているヒートへと歩み寄ると声をかける。

 

「一つ聞いておきたい」

「なんだ」

「お前は異界で悪魔を襲っていたのを空腹のためと言った。本来、法身変化には莫大なマグネタイトが必要だ。長い修練の果てにではなく、その力を身につけたお前には、なんらかの方法でマグネタイトを補充する必要がある」

「素直に聞けよ。何を食って変身するんだってな」

「確かに。達哉もDEVA SYSTEM起動後は極端に疲労するが、彼にはそれが無かったな」

 

 克哉も疑問に思ってヒートを見ると、ヒートは整備の手を休めて口の端を吊り上げる。

 

「マントのあんたは気付いてんだろ、アートマを持つ奴が何を求めるか」

「……マグネタイトはこの世界を構成する生命に必ず含まれている。故に異界の住人たる悪魔をこの世界に呼び出すにはマグネタイトが必須だ。だが、古来より異界の住人を呼び出すのに用いられ、マグネタイトをもっとも多く持つ存在は」

「そうさ、この力を持ったオレ達は、喰らいわなければ生きていけない化け物さ」

「喰らい合う、だと………」

「まさか………」

 

 ヒートの口から告げられた事実に、周防兄弟が愕然とし、ライドウも僅かに視線をそらす。それを見た達哉が、ライドウに問い質す。

 

「君は、気付いてたのか?」

「その力がもたらす〈飢え〉とは何か、少し考えれば自然とそれに思い当たった。力と引き換えに人を喰らう悪魔は古今東西、山といる」

「さっきたらふく喰ったようだからな。しばらくは大丈夫だと思うぜ」

「……もし君が何の罪も無い人間を襲うようなら、僕達は君を認める事は出来ない」

「好きにしな。最初からそれが条件のはずだ」

 

 またグレネードランチャーの整備に取り掛かるヒートに、三人は無言でそれを見守るしかなかった。

 

 

 

「ふう……」

 

 洗った手をハンカチで拭きながら、リサはトイレから外へと出る。

 

「ホントに大丈夫なのかな? せめて藤堂班長がいたらな~」

 

 ブツブツと文句を言いながら部屋へと戻ろうとした時、小さな鈴の音が足元から響いた。

 

「ん?」

 

 何気に足元を見たリサは、そこに一匹の黒猫がいる事に気付いた。

 

「あれ、君ここの子かな?」

 

 しゃがみこんだリサが、その猫に手を伸ばすと、小さく鳴いた猫がこちらへと振り向く。右耳だけが白い黒猫の瞳が、吸い込まれそうな銀色な事に気付いたリサが首を傾げる。

 

「猫の目でシルバーってあったっけ?」

 

 喉元を撫でてやると、気持ち良さそうに眼を細めた黒猫が、急に踵を返すと、首だけ振り向いてまた小さく鳴く。

 

「何かあるの?」

 

 まるで自分を呼んでるような仕草に、リサが黒猫の後を追うと、黒猫はそのまま倉庫の方へと向かう。

 

「あっ、そっちはダメ!」

 

 XX―1を置かせてもらっている倉庫へと入っていく黒猫を追ってリサは中へと飛び込む。

 その時、黒猫はXX―1を覆っている布の上に乗り、のんきに鳴いていた。

 

「もう、危ないって」

 

 手を伸ばして黒猫を降ろそうとした時、当然大きな爆発音が外から響いた。

 

「何っ!?」

 

 

 

「何だ!?」

「随分と早かったな」

 

 窓から見える海軍省から、突如として爆発音と共に黒煙が立ち昇る。

 

「テロか、それともこちら側の事件か………」

「行きゃあ分かるだろ」

「待て、まず状況の確認が先だ。ただ事じゃ ないのは確かだが、まだこちら側の事件かどうかも分からん」

「そんな事言ってやがると、手遅れになるぜ」

 

 ライドウが率先して海軍省へと向かうべく部屋を出ようとした時、扉が外から勢い良く開け放たれた。そこから血相を変えた水夫が震える声を上げる。

 

「て、てえへんだ! 海軍省を機械の化け物が襲ってやがる!」

「それは四角い箱に手足が付いたような奴か?」

「そ、そうそれ! それがわんさと来てるんでさ!」

 

 慌てた様子の水夫の話に、部屋にいた全員が部屋から飛び出した。

 

「まさかこんな昼間から堂々と海軍省を襲うとは……」

「達哉はシルバーマン君とXX―1を起動させてから来るんだ!」

「了解!」

「そいつらをぶち壊せばいいんだな」

 

 ライドウ、克哉、ヒートの三人が先行する中、達哉がXX―1を置いている倉庫へと向かう。

 

「情人! 起動準備できてるよ!」

「早いな、すぐ来たのか?」

「あ、いやこの子が」

 

《rosa》機を起動させながら、リサが先程まで黒猫がいた場所を見た。

 だがそこにはすでに黒猫の姿は無かった。

 

「アレ?」

「急ぐぞ。大量に来てるらしい」

(ハイ)!」

 

 起動シーケンスを終えた二機のXX―1が倉庫から飛び出していく。

 水夫や通行人達が仰天する中、一匹の黒猫だけが二機の向かう先を静かに見つめていた。

 

 

 

同時刻 晴海町外国人墓地

 

「始まったようで~スね」

 

 居並ぶ墓の中から、遠くに見える黒煙を見ながらラスプーチンが呟く。

 

「あなたは行かないのでスか?」

 

 ラスプーチンが声をかけると、その背後の墓石に一羽のカラスが停まる。不思議な事に、そのカラスの瞳は深い緑色をしていた。

 

「目付け役のいるひよっ子ではあるまい。ここでどう動くか見せてもらおうではないか」

 

 普通の人間にはただ鳴いただけに聞こえるカラスの鳴き声が、紛れもなく人間の言葉となってラスプーチンの耳に響いた。

 

「いよいよ本格的に動き出しおった。さてどうする? 十四代目」

 

 

 

 海軍省前は、すでに戦場と化していた。

 

「撃て撃て! 奴らをこれ以上近付けさせるな!」

 

 将校の命令の元、一兵卒がライフルを構えて銃弾を放つ。

 しかしその銃弾は押し寄せる異形のX―1の装甲の前にたやすく弾かれるだけだった。

 

「手投げ弾を持って来い!」

「応援だ! 呼べる限りの人員を…」

 

 命令は異形のX―1が放った81mm迫撃砲弾で命令していた将校ごと中断させられる。

 

「くそ! 撃ちまくれ!」

「砲だ、砲を回せ!」

「もっと弾丸を…」

 

 残った一兵卒の元へと異形のX―1の一団が迫る。

 

「う、うわああぁぁ」

「喰らえ!」

「ヒューペリオン!」『ジャスティスショット』

 

 そこにヒートの放ったグレネード弾とヒューペリオンの放った光り輝く弾丸が命中、異形のX―1を横へと吹き飛ばす。

 

「あんた等は?」

「オレ達が相手している間に一度引いて陣形を立て直せ」

「ライドウ、ライドウか!」

 

 戦列に参加してきた一行の中に、ライドウの姿を認めた一兵卒達が喜色を浮かべる。

 

「ライドウに任せて省内に陣を!」

「周辺の民間人を避難誘導!」

「土嚢だ、土嚢を持って来い!」

 

 兵達が戦闘を任せてその場を去る中、三人は異形のX―1へと対峙する。

 

「これだけの数をどこから………」

「中身はあんのか?」

「人じゃないがな」

「食いでがないな」

 

 そう言いながらヒートはグレネードランチャーを下げると右腕を持ち上げる。

 そこに刻まれたファイアボールのアートマが輝くと、彼の体をインド神話の炎の神、アグニへと変えていく。

 

「出し惜しみしていられる状況じゃないか……」

「そうだな」

 

 ライドウも一斉に管を取り出すと、外法属 リリス、蛮力属 ショウテン、技芸属 クダン、雷電属 トール、北欧神話で火の国に住む巨人族とされる紅蓮属 ムスッペル、日本神話で山神の始祖とされる銀氷属 オオヤマツミ、天使九階級で中級第三位に位置する能天使、疾風属 パワーが同時に召喚される。

 

「行け」

『オオッ!』

 

 召喚された仲魔達がライドウの号令の元、いっせいに襲い掛かる。

 リリスが体に巻きつけた大蛇を解き放って異形のX―1の腕に絡めた所にショウテンが戦鎚を叩き込み、クダンが回復魔法を次々と放つ中トールがハンマーを片手に突撃をかける。

 

『アギダイン!』

『マハ・ブフダイン!』

「オオォォ!」

 

ムスッペルの火炎魔法とオオヤマツミの氷結魔法が炸裂する中、パワーが手にしたクロススピアで動きが止まった異形のX―1を貫いていく。

 

「さすがにやるものだ」

「多数召喚は使役が難しい、滅多に使わん」

 

 前に八雲がCOMPの悪魔召喚プログラムはサマナーの負担を軽減する機能も有る、と言っていた事を思い出しながら、克哉はアルカナカードをかざす。

 

「ヒューペリオン!」『トリプルダウン!』

『メギドラオン!』

「ふっ!」

 

 三連射された光の弾丸とピクシーが放った凝縮された魔力の弾丸が命中して歪んだ装甲に、ライドウが鋭い刺突を繰り出し、コクピットを貫く。

 

「ミチイィィ!」

 

 奇妙な声と共にハッチが跳ね上がり、そこから赤いやや尖った風船のような体に、白い面のような顔と小さな手足が付いた奇妙な物が飛び出してくる。

 

「何これ!?」

「ヒルコか……人間の負の感情が凝結した物だ」

「つまり、穢れと似たような物か」

「兄さん!」

「もう始まってるよ! じゃあこっちも!」

「ああ!」

 

 駆けつけてきた《rosa》機の連撃と《Rot》機のヒートブレードを同時に喰らった異形のX―1からも同じ物が飛び出してきた事に、ライドウが眉を潜める。

 

(まさか、今までの実験はこのために?)

「どけろ、巻き込むぞ!『マハラギダイン!』」

 

 ヒートの放った強烈な火炎魔法が異形のX―1をまとめて飲み込み、装甲を焼いていく。

 

「魔法も使えるのか!」

「腹が減り過ぎて切れてなけりゃな」

 

 まだ炎が消えきらない内にヒートは手近の異形のX―1に飛び掛り、その装甲を長い爪で強引に引き剥がし、その中のヒルコへと牙を突き立て、食い千切る。

 

唔可似(ンホーイ)!?」

「ちっ、まじい……」

 

 瞬く間にヒルコを食い尽くしたヒートが、パイロットの居なくなったX―1の残骸を殴って弾き飛ばす。

 

「実際に見るとかなりキツいな……」

「その分、彼の力は強力だ」

「また飢えさせるのは危険だ。速効で片をつける」

「いけるか達哉?」

「一回が限度だと思う、が!」

 

 達哉が《Rot》機のDEVA SYSYTEM 2nd Verを起動。

 やや不安定な虚像を結びつつ、その姿がアポロへと変化する。

 

「一気に!」

「OK!」

「行くぞ!」

『ヒートクラッシュ!』

 

 アポロ、ピクシー、ヒューペリオンの魔力が同調し、一つにまとまって天空からの灼熱の波動として異形のX―1に降り注ぐ。

 

「なるほど、魔力の同調による合体技か」

「リンケージ使えんなら早く使いな」

 

 周辺に肌に痛いほどの熱気が漂う中、ライドウとヒートが合体魔法の威力に感心するが、その熱気の向こうに動く影を見つけると即座に臨戦体勢を取る。

 

「ホォオー!」

「ガアアァ!」

「行くぞ!」

 

 装甲が焼け、動きが鈍った異形のX―1に《rosa》機、ヒート、ライドウとその仲魔達が襲い掛かり、次々と相手を破壊していく。

 

「さすがに頑丈か、達哉もう一度…」

 

 克哉が再度合体魔法を発動させるべく声をかけようとした時、突然彼らの背後から爆発音が響いた。

 

「これはっ!」

「見て! 建物が!」

 

 振り向いた全員が、海軍省の建物の一部から煙が吹き上がり、壁が吹き飛んでいるのを目の当たりにする。

 

「まさかロケット砲!?」

「違う、これは内部からだ! いっぱい食わされた!」

「こちらは陽動か……」

 

 すでに〈敵〉が内部に侵入していたらしい事に気付いた皆が歯噛みするが、そこにまだ動く異形のX―1が迫ってくる。

 

「まずい、早く向かわねば!」

「ここはオレとリサでなんとかする。兄さんは向こうへ!」

「ならば向かう前に減らしておこう。トール!」

「承知!」

 

 トールの全魔力が、ライドウの手にした霊刀《陰陽葛葉》に注ぎ込まれ、それを手にしたライドウがトールの肩を借りて高々と舞い上がる。

 

「震天大雷」

 

 ぼそりと呟いたライドウが、一気に落下しながら膨大な魔力を帯びた刃を地面へと突き立てる。

 刃に込められた魔力はその場からドーム状の衝撃波となって広がっていき、その範囲に入った物を残さず飲み込み、破砕していく。

 衝撃が吹き抜けた後、ほとんどの異形のX―1がただのスクラップとなって転がっていた。

 

「行こう。トールとリリス以外は残りを片付けておけ」

「さすがだな」

「すご~い♪」

「あんたもあるなら早く使え」

 

 仲魔に指示を出しつつ、愛刀を鞘へと収めながら爆破された場所へと向かうライドウに、克哉とピクシー、ヒートが続く。

 

「リサ、手早く片付けるぞ」

「あの人、キョウジさんより強くない?」

 

 何かこの中で一番自分が弱い気がしつつ、リサは《rosa》機を残った敵へと向けた。

 

 

 

 右往左往する軍人達の中を走り抜け、三人+悪魔三体は爆破された個所へと向かう。

 

「負傷者を運び出せ!」

「憲兵隊は向こうだ!」

「出入り口を封鎖しろ! 犯人を絶対に生かして出すな!」

「なんだあれは!?」

 

 指揮系統が混乱し、ライドウ達の姿を認めた兵士が、アグニの姿となっているヒートを見て思わず銃口を向けたが、再度の爆発が建物内に轟く。

 

「敵は向こうだ!」

「だがそいつは…」

「彼は味方だ」

 

 三度目の爆発も続けて起こり、兵士もそちらの方を向くと、黙ってそちらへと向かう。

 

「いたぞ!」

「撃て! 撃てぇ!」

 

 爆風が吹き抜け、ホコリが舞う中で爆破された個所から出てきた人影に無数の銃弾が放たれる。

 その時、ライドウ、克哉、ヒートは強大な力を感じ取る。

 

「待て! そいつは!」

 

 克哉の制止の声が響く中、放たれた銃弾は人影の手前の虚空で急停止する。

 

「ば、馬鹿な!?」

「ひ、怯むな!」

「分をわきまえた方がいい」

 

 不遜な声が響くと、虚空に停止していた弾丸が全て床へと落ちて金属音を立てる。

 

「ニャルラトホテプ」『不滅の黒!』

「うわあぁぁ!」

「ぎゃあああ!」

 

 突如として周辺を黒霧が覆い、それに巻き込まれた兵士が絶叫を上げてその場に倒れていく。

 

「これは」

「ペルソナって奴だな」

「この技、見覚えがある……!」

 

 見覚えのある信じられない物を見た事に動揺しながら、克哉が先んじて黒霧を一気に突っ切り、その向こうにいる相手に銃口を向ける。

 

「ふふ、覚えのある反応があるかと思えば……」

「やはり、貴様か。神取 鷹久!」

 

 銃口を突きつけている相手、頬に傷跡のある不遜な態度の男、かつてセベクスキャンダルを起こした張本人であり、その後の新世塾のクーデーター事件にも関与し、そして死んだはずの男、神取 鷹久に克哉は更に銃口を近付ける。

 

「なぜここにいる! また黄泉帰って悪事を働こうというのか!」

「そういう事になるのだろうな」

 

 間近に銃口があるにも関わらず、焦り一つ見せない神取に克哉は逆に焦りを感じる。

 

「ここで何をしていた! 僕達がこの世界に飛ばされたのと何か関係があるのか!」

「偶然と言うべきか、必然と言うべきか。さてどちらがいい?」

「ふざけるな! 後ろを見るんだ!」

 

 そう言う克哉の背後には、陰陽葛葉を構えて仲魔を従えるライドウと、両手の爪を伸ばしていつでも飛びかかれるようにしているヒートの姿が有った。

 

「お前にもう逃げ場は無い! 現逮だっ!」

「なるほど、そっちの書生はこの帝都のガーディアン、そっちの彼はアスラAIか」

「貴様、なぜそれを知ってる!」

 

 アスラAIの単語に、ヒートが過剰反応する。

 

「貴様、ひょっとしてセラの居場所を知っているのか!」

「セラ、確かテクノシャーマンの少女だったな。彼女はこの世界にはいないようだ、あの力には興味があったが……」

「どういう事だ神取! 彼は僕らの時代よりも未来の存在だ! なぜ未来の情報をお前が……」

「さあ?」

「じゃあ、喋りたくさせてやる!」

 

 ヒートが一気に前へと出ながら、鋭利な爪の生えた豪腕を振り下ろそうとする。

 だがそれは神取の手前で透明な何かに突き当たり、阻まれる。

 

「なんだこれは!」

 

 透明な何かに突き刺さった爪の周囲に不自然なノイズが走り、そこに海軍省を襲撃していた物と同型の異形のX―1が突如として現れる。

 

「これは、隠行か!」

「違う、光学迷彩だとっ!」

「馬鹿な、僕達の時代では実験段階だ!」

「紹介しておこう、特殊環境戦闘用人型戦車《X―3》だ」

「やはり、これは貴様が!」

 

 神取の前に護衛として立ちはだかるX―3が、左手のM249MINIMI機関銃をこちらへと向ける。

 

「まずいっ!」

 

 克哉の声と同時に、全員がそれぞれの方向に跳ぶ。

 そこへ放たれた5.56mmNATO弾が吹き荒れ、狭い通路内で逃げ損ねたトールが瞬く間に蜂の巣にされ、片膝をついた。

 

「ぐぅ………」

「戻れ!」

 

 限界と見たライドウが素早く管の中へとトールを戻す。

 

「あの威力、対悪魔用弾か………」

「関係ねぇ!」

 

 壁を三角跳びで半ば粉砕しながらヒートが神取を狙うが、そこへX―3が手にした剣、封魔の力を持ったムラマサコピーを突き出してくる。

 

「こんなもん…」

「いかん、触るな!」

 

 克哉の忠告も届かず、ヒートが無造作にムラマサコピーを払いのけようとして、その腕を切り裂かれる。

 即座に力が発動し、ヒートのカラダがアグニから人間の物へと戻っていく。

 

「ちっ……!」

「危ない!」

 

 至近距離でM249MINIMIがヒートへと向けられようとするが、そこにライドウが投げた刀が突き刺さり、最初の一発だけで動作不良を起こす。

 

「一気に行く! ヒューペリオン!」

 

 好機とみた克哉がありったけの力を己がペルソナへと送り込み、ヒューペリオンの両手に無数の光の弾丸が生み出されていく。

 

Crime And Punishment!(罪と罰!)

 

 解き放たれた光の弾丸が、X―3の装甲を穿ち、ひしゃげ、吹き飛ばしていく。

 

「喰らいな!」

 

 吹き飛ばされた装甲の下に、ヒルコの姿を認めたヒートがグレネード弾を発射、一撃でヒルコは爆散し、X―3が力を失って擱座する。

 

「なるほど、これは今ここで戦うのは危険だな……」

「待て神取! お前は今度はなにをしようと言うのだ!」

 

 克哉の問いに答えず、神取の姿が突然ぼやけたかと思うと、突然閃光に包まれる。

 

「これはあの時と同じ……」

 

 克哉は思わず銃口を下げて両目をかばい、閃光が途切れた後には神取の姿はどこにも無かった。

 

「逃げられたか……」

「どこに行った! あいつは確かに何かを知っている!」

「あの光、僕らがこの世界に飛ばされた時と同じだ。恐らく別の世界に移動したんだ」

「くそっ!」

 

 ヒートが腹立ちまぎれに壁を殴りつけて粉砕させる。

 

「だれ、か………」

 

 そこで聞こえてきたか細い声に、全員が反応する。

 神取が爆破したと思われる室内に、倒れている人影があるのに気付いたライドウがそちらへと駆け寄るとその人影を起こす。

 

「定吉じゃないか、しっかりしろ」

「ら、ライドウか……」

 

 その人影、左頬にホクロのある兵士が自分の知った人物だという事に気付いたライドウが傷の具合を確かめようとして、その手を止められる。

 

「た、頼むライドウ、奴を追ってくれ……」

「何があった?」

「いきなりだ……あ、あいつが機密資料室に現れ、あれを、超力兵団計画資料を根こそぎ奪われた…………あれは、世に出てはならない……」

「分かった、オレに任せろ。もうしゃべるな」

「もう、お前だけが頼り……」

 

 そこまで行って、定吉の目が閉じる。

 

「定吉、おい!」

「まだ息はある。だがひどい怪我だ………自分の責務をまっとうしようとしたんだな。ピクシー、回復を」

「は~い『ディアラハン!』」

 

 ピクシーが定吉に回復魔法をかけると、その口から穏やかな呼吸が漏れる。

 

「神取を追わなくては……」

「だが、どうやって追う?」

「手はある、まだ間に合うかもしれん。異界から生霊送りの秘術で時空を繋ぐアカラナ回廊へと行けば…」

「じゃあ早くしろ! 逃げられるぞ!」

「兄さん!」

「克哉さ~ん!」

 

 そこに、戦闘を終えて変身を解いた《Rot》機と《rosa》機、ライドウの仲魔達が来るのを見た三人は、神取を追うべくその場を走り出した。

 

 

一時間後 異界筑土町 丑込め返り橋

 

「ホントにそんな棒切れで追えんのか?」

「この天津金木(あまつかなき)こそ生霊送りの秘術の要だ。前に一度やった事がある」

「すまない、色々と世話になったが、お礼も出来ずに去る羽目になってしまった………」

 

 いぶかしむヒートを抑え、克哉がライドウに頭を下げる。

 

「そいつは来ないのか?」

「彼はこの帝都の守護役だ。離れる訳にはいくまい。いやむしろこちらが今回の事件を持ち込んだのかもしれない………神取がいなくなった以上、僕らが消えればこの世界への影響は消失するはずだ。後始末をしている暇が無いのが残念な事だが………」

「気にするな、それより始めるぞ。雑念を払い、精神を集中させろ」

「こ、こうかな?」

 

 皆が眼を閉じ、精神を集中させた所で、ライドウも眼を閉じ天津金木を手に詠唱を始める。

「トホカミ ヱミタマ トホカミ ヱミタマ アリハヤ アソバストマウサメ アサクラニ…」

 

 朗々たる詠唱が続く中、返り橋にある異界の狭間が徐々に開き、空間に不可思議な穴が開いていく。

 穴はゆっくりと四人を包んでいき、やがてその姿は完全に飲み込まれる。

 

「ネノクニ ソコノクニニ ハラヘヤレ ハラヘヤレ!」

 

 穴が完全に安定した所で詠唱が終わり、ライドウが眼を見開く。

 まだそこにある穴を見ていたライドウだったが、ふとその足元を一匹の猫が通り過ぎる。

 

「まさか、ゴウト?」

 

 猫なぞ現れるはずのない場所に現れた黒猫にかつての目付け役を思い出したライドウだったが、その猫の右耳が白いのと目が銀色だという事に気付いてそれを否定。

 その猫は一声鳴くと、異界の狭間の穴へと飛び込んでいく。

 

「!? 待て…」

 

 猫の予想外の行動にライドウは猫を止めようとするが、すでにその姿は完全に消えていた。

 

「………」

 

 しばし無言で考えていたライドウだったが、やがて意を決して自分もその穴へと飛び込む。

 穴が小さくなっていく中、静寂になった異界に別の人影が現れる。

 

「行ってしまいま~シたか」

「元はこちらの事件だ。尻拭いを他人に任せるわけにもいくまい」

 

 その人影、ラスプーチンは肩に止まっている緑の瞳をしたカラスがの言葉に耳を傾けつつ、消えていく穴を見ていた。

 

「お主はいかんのか?」

「私にはユウジョレディ達のボディガードがありマ~す。ま、ついでにライドウさんがいない間帝都のレディ達も守っテおきましょう」

「なら頼むぞ、どうやら傍観しておれる状況でもなくなったようだ」

 

 緑の瞳のカラスはラスプーチンの肩から羽ばたくと、消え去る瞬間の穴へと飛び込み、直後に穴は完全に消えていった。

 

「了解で~す、初代ライドウさん」

 

 

 

「これが時空の狭間か」

 

 全てが不安定で、己自身も不確定になりそうになる空間内で四人はガラスのような透明な通路の真中に立っていた。

 

「なんか前にも見た事あるね」

「ああ、八又ノ大蛇の体内に入った時か」

 

 克哉の懐から周囲を見回したピクシーが呟く中、四人はある重要な事を思案する。

 

「で、どっちに行けばいいんだ?」

「さあな」

「ちょっと情人!?」

「そこの君達、何やってるんだい?」

 

 空間の一部、透明な人影のような物が話し掛けてきた事に四人は思わずたじろぐ。

 

「なんだよその重武装、しかも生身? ダメだよここには不用意な物は自分の肉体でも持ち込まないのが常識だろ?」

「ああ、そうかラスプーチン氏が言っていた精神体コピーの時間旅行者か」

「おいお前、ここを頬に傷の有るいけすかない奴が通らなかったか」

「いや、知らないな~。君達以外に最近ここを生身で通った人はいないよ?」

「むう、直接他の世界に飛んだのかもしれないな………」

「じゃあどうすんだよ! あてもなく探すってのか?」

 

 ヒートが激昂する中、小さな鈴の音と鳴き声が響く。

 

「あれ、君………」

 

 そこに晴海で見た猫がいるのに気付いたリサが首を傾げる。

 

「猫? なんでここに……ハクション!」

 

 一撃で猫アレルギーの症状を出してクシャミをする克哉が慌ててハンカチを取り出して鼻と口を覆う。

 黒猫はそのまま回廊を歩いていき、ある程度の距離を取ると振り返って鳴く。

 

「付いてきてって言ってるんじゃない?」

「猫がか?」

「あの子、晴海でも見た……ひょっとして襲撃を教えてくれてたのかもしれない」

「……似てる、オレ達のトライブに来てた猫と」

「まさか、あれも時間旅行者だと?」

「迷子になるよりはいいよ、行ってみよ」

 

 ピクシーとリサの《rosa》機が猫の跡を追い、他の者達もその後に続く。

 程なくして、黒猫はある扉のような物の向こうへと消えていった。

 

「あ、待って~」

「勝手に行っちゃ…」

 

 ピクシーとリサがその扉のような物に飛びこみ、そこに人影があるの気付いて足を止める。

 

「やあ、よく来たね」

「あなた誰?」

 

 他の者達もぞろぞろと来た所で、そこにいる人物は微笑。

 それは、赤いスーツに身を包み、車椅子に乗った白髪で眼鏡を掛けた男性だった。

 

「あの、あなたは一体?」

「初めまして、私の名はSTEVEN。聞いた事もあるかもしれないかな」

「STEVEN……まさか悪魔召喚プログラムの製作者!?」

「ふふ、知っているなら話は早い」

 

 前にサマナー達から聞いた事のある名に、克哉が驚愕。

 

「お前か、オレ達をこの世界に引きずり込んだのは」

「いいや、違う。元々、この地点には歪みがあって、君等はそこに引っかかってこの世界に来たんだ。恐らくここを利用して時空間跳躍を幾度も行った者がいたんだろう」

「その通りだ」

 

 背後から聞こえてきた声に皆が振り向き、そこにライドウの姿を認めて驚きの表情を浮かべる。

 

「追って来たの?」

「奪還を依頼されたのはオレだ、なによりあれは帝都守護役として何者の手にも渡す訳にはいかん」

「残念だが、彼はどうやらすでに別の世界に行ってしまった後のようだよ」

 

 STEVENの声に、彼の膝に乗っていた黒猫が一声鳴いた。

 

「それ、あなたのペット?」

「いや、彼も協力者だよ。私同様、時空の狭間に存在しえる存在だ」

「ただの猫じゃない、という事か………」

「そんな事はどうでもいい、セラはどこだ!」

 

 STEVENに詰め寄るヒートに、STEVENは無言で首を横に振った。

 

「何故かは分からないが、最近時空の狭間その物が極めて不安定になっている。君等の跳躍もその影響だ。力を持った存在ほどそれに巻き込まれやすく、そしてどこかの世界に辿り着く。それがどこかまでは残念ながら私には分からない」

「何だと!」

「だが、幾つかのポイントはピックアップ出来る。可能性の問題だが、そのどこかに君の探している人はいるかもしれない」

「そいつはどこだ!」

「落ち着け。それよりも神取の足取りを」

「セラが先だ!」

「他の人達はどこ?」

「どうやったら元の世界に戻れる?」

「落ち着かんか皆の衆!」

 

 STEVENに質問を投げかけ続ける一同に、一喝の声が飛ぶ。

 そして、一羽の緑の瞳のカラスがSTEVENの車椅子のアームへと停まった。

 

「今度はカラス!?」

「しかも喋った……」

「ゴウト、業斗童子なのか!」

「久しぶりだなライドウ」

 

 それが、かつての目付け役だと気付いたライドウが、震える手を伸ばす。

 

「お主等、現状を理解してないのか? 今幾つもの世界が不安定になってきておる。お主等がこちらの世界に来たのも、その一つでしかない」

「つまり、他にも似たような事が幾つも起きている、と?」

「恐らくは………」

「君達は、これから幾つもの世界の混乱と遭遇する羽目になるだろう。その過程で、探している人達とも出会えるはずだ」

「……セラに会いたければ、似たような事件を解決していけと言う訳か」

「ああ」

「その通りじゃ」

 

 皆が顔を見合わせ、一様に頷く。

 

「分かった、協力しよう。まずこの混乱をどうにかしなければ、帰る事もできないしな」

「う~ん、あんまり休むとマネージャーに怒られる……」

「それで、まずどうすればいい?」

「一番近いポイントをサーチしよう」

「そこにワシが案内する。後は行ってのお楽しみかの」

「いいから早くしやがれ」

「せっかちな奴じゃ、嫌われるぞ」

「……もう遅いな」

 

 顔を背けるヒートに、あえて誰も問おうとしない。STEVENが車椅子に備え付けたキーボードを叩く音だけが響き、やがて小さな電子音が響いた。

 

「分かった、このポイントだ」

「では行くぞ皆の衆」

 

 羽ばたくゴウトに続いて、それぞれの思いを胸に彼らは別の世界へと向けて足を踏み出した………

 

 

 

新たな糸と糸は、新たな困難へと誘いとなって立ちはだかる。

わずかな光が照らし出すその先にあるのは、果たして…………

 



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PART8 RECEPTION MALE

 

 伸ばした両手が届く前に、伸ばした手も、伸ばそうとした相手も光の前に霞む。

 

「くっ!」

 

 間に合わなかった事を悔やみながら、とっさに両手を上げてガードを固め、体を丸めた状態のまま地面へと叩き付けれた明彦は、そのまま横へと転がりながら素早く立ち上がり、ファイティングポーズのまま左右を見回す。

 

「こ、ここは……」

 

 そこで、周囲の光景が先程と一変しているのに気付いて明彦は愕然とした。

 それは普通の林の中で、周囲にはいたはずの仲間達の姿が見当たらず、自分一人だけだった。

 

「美鶴~! 岳羽~! 山岸~! 不破~! 誰かいないのか~!」

 

 大声を出したが、誰も応える者がいない事に明彦は更に愕然とする。

 

「ひょっとして、これが小岩さんの言っていた違う世界への移動という奴か……だがなぜオレだけ? まさか全員バラバラに違う世界に………」

 

 最悪の予想を考えつつ、ひとまず林を抜けようと少し歩いた所で、突然林が途切れた。

 

「!? これは………」

 

 いきなり地面が途切れていたのを見た明彦は、ガケかと思って下を覗き込んで驚愕する。

 そこから先にはまったく地面が無く、しかも真下には不可思議な色合いを変え続ける奇怪な空間が広がっていた。

 左右を見回すと、地面の断裂は左右へと続いており、しかも下へ行くと内側へと孤を描いている。

 

「まさか、街が飛んだと言っていたのは……」

 

 あまりにも予想外の状態に呆然としていた明彦だったが、背後から聞こえた物音に素早く振り返り、ファイティングポーズを取る。

 

「誰だ!」

「そっちこそ」

 

 そこには、黄色と黒のプロテクター一体型のボディスーツを纏ったやや痩せ気味の鋭い目つきの男が、手にした剣をこちらへと向けていた。

 

(こいつ、強い……!)

 

 謎の男から感じる気迫が並ならぬ物だと悟った明彦が、緊張してやや背をかがめ、いつでもパンチを放てるように構える。

 だがそこで、相手の腕のプロテクターにあるキーボードと、そこから伸びるコードが額のバイザーに繋がっているのに気付く。

 

「あんた、ひょっとしてデビルサマナーか?」

「サマナー? デビルバスターの間違いじゃないのか?」

「バスター……つまり小岩さんと似たような職業という事か」

「お前もそうだろう? その力、只者じゃない」

 

 互いに緊張状態のまま、互いの攻撃の間合いへとじわじわと距離を縮めていく。

 攻撃範囲に入った途端、高速のストレートと斬撃が同時に放たれようとした時だった。

 

「待って!」

 

 響いた女性の声に、二人の男の攻撃が直前で止まる。

 

「アレフ、彼は敵じゃないわ」

 

 謎の男、アレフの背後から、黒と銀の同じくプロテクター一体型ボディスーツを纏った、淡い栗色の髪と泣きホクロのある女性が姿を現す。

 

「ヒロコ、根拠は?」

「この状況を理解してないって事は、つまり彼もここの人間じゃないって証拠よ。それに、敵は他にいるわ」

「どういう事だ?」

 

 明彦が女性、ヒロコの言葉に首を傾げた瞬間、突然木陰を割って複数の影が姿を現す。

 

「囲まれたわ!」

「暴走ユニットか!」

 

 それは、四肢を持つ機械の群れだった。

 SF映画にでも出てきそうなマシンが、素早く三人の周囲を取り囲んでいく。

 

「友好的な相手じゃないな」

「あなた…」

「明彦、真田 明彦だ」

「悪いけど、さっきのは忘れて。少なくてもこの状況を抜けるまでは」

「ああ構わない。どうやら似たような身の上のようだしな……」

「お前も、いきなりここに来たのか?」

「ああ」

 

 フォーメーションを展開し終えたのか、マシン達が一斉に三人に襲い掛かってくる。

 

「来るわよ」

『オオッ!』

 

 期せずして同時に叫びながら、アレフの剣と明彦の拳が同時に繰り出される。

 

「やあ! せやっ! 止めだ!」

 

 明彦は鋭いスパイクとエッジからなるナックルでジャブからフック、さらにアッパーで相手をかち上げた所に渾身のストレートを叩き込み、得意とするコンビネーションでマシン一体を簡単に破壊する。

 

「なるほど、確かにできる」

 

 アレフが明彦の戦い方を横目で見ながら、手にした剣をマシンへと突き刺し、直後その剣、数多の悪魔の魂を融合させて完成させた魔剣ヒノカグツチが炎を吹き上げ、マシンを内部から大破させる。

 

「まだ来るわ!」

 

 こちらは背に吊るしておいた槍を振るいながらヒロコが叫ぶと、マシンの背後から、レシプロ式の戦闘機にロボットの胴体を取り付けたような巨大なマシンが現れる。

 

「大型! 駆逐用ユニットか!?」

「どういう所だここは!」

 

 まるでSF映画の世界にいきなり叩き込まれたような展開に、明彦は混乱しつつも己の召喚器を額へと当てた。

 

「何を…」

「カエサル!」

 

 何をしようとしてるのか理解出来ないヒロコが声を掛ける中、明彦は召喚器のトリガーを引いた。

 召喚器から放たれた力が、自分の中にあるもう一人の自分を呼び起こし、具現化させていく。

 

『ジオダイン!』

 

 カエサルが放った電撃魔法が巨大マシンを打ち、その巨体が揺らぐ。

 その胴体部分に、どこかで見た事がある鉤十字の紋章があるのに明彦は気付いた。

 

(あれは、確か二次大戦時のドイツの紋章?)

 

 近代世界史の教科書に掲載されていた写真を思い出したのもつかの間、巨大マシンの手に携えている機銃の銃口がこちらを向いた。

 

「離れろ!」

 

 吐き出される銃弾の嵐を避けながら、アレフが剣を持ったまま、左腕のキーボードをタイプ、最後にエンターキーを叩くと、彼のかけていたバイザーに《SUMMON OK》の文字が表示された。

 すると、バイザーから光が投射され、空間に何かを描いていく。

 物の数秒で描写は終わり、無数のグリッドで描かれていた物に色が宿り、実体化していく。

 

「守れ」

「承知『テトラカーン!』」

 

 それはワニに乗った老人、ソロモン72柱の悪魔の一人で地獄の公爵である堕天使 アガレスとなり、アガレスの張った物理反射魔法が弾丸を弾き返す。

 

「やはり、サマナー………」

「あなたは降神術、しかも少し変わった物が使えるのね」

「オレ達はペルソナ、と呼んでいる」

 

 弾丸が弾かれる中、互いの能力を確認しあった三人が、お互い申し合わせたかのように散開、大型マシンを包囲する。

 

「一気に行くぞ!」

「ああ!」

「分かったわ!」

 

 アレフの号令を掛けながら剣を構え、明彦は再度召喚器を額に当て、ヒロコが両手を前へと突き出して魔力を集中させる。

 

「そこだっ!」

「カエサル!」『ソニックパンチ!』

『メギド!』

『マハ・ラギオン!』

 

 アレフの振るう剣とカエサルの高速の拳がそれぞれ大型マシンの腕を一撃で破壊し、そこにヒロコの放った魔力の固まりとアガレスの火炎魔法が直撃、装甲を撒き散らかせ、大型マシンは大破、爆発した。

 

「なんだこれは? こんなのはセンターでも見た事が無い」

「オレも初めてだ。だが………」

 

 明彦は破壊したマシンの破片の一つから、砕けた鉤十字の紋章を見つけて手に取る。

 

「これは見た事がある。だが60年以上前に消滅したはずだ………」

 

 だがそこで、周囲から聞こえてくる無数の機動音に素早くその破片を投げ捨て、全員が背を合わせるようにして構える。

 

「囲まれたか………」

「仲魔はあとどれくらい呼べる?」

「一度には無理ね………」

「それまで時間を稼ぐか………」

 

 アレフの指が素早くキーボードをタイプするのを横目で見ながら、明彦は召喚器を額に当てる。

 

「来るわ!」

 

 ヒロコが叫ぶと同時に、周囲を無数の機影が囲む。

 迎え撃つべく召喚器のトリガーを引こうとした明彦だったが、自分の目の前に出てきたSF映画にでも出てきそうなパワードスーツの胸に、有る意味馴染み深い紋章があるのに気付いて寸前で止める。

 

「敵機遭遇! 民間人三名及び悪魔一体確認!」

「多分その中の誰かがサマナーだね。その三人+一体保護を最優先」

「了解! 来やがれ、このミッシェル様が相手だ!」

 

 白、黒、緑、青のボディカラーのパワードスーツが素早く展開し、明彦達三人を守るように立ちはだかる。

 

「これは……」

「どうやら、味方らしい。所属組織が信じられないが」

 

 明彦の目はそのパワードスーツにあった紋章、日本の警察機関の象徴である桜の代紋を見ながら苦笑する。

 

「どうやら、無事みたいだね」

 

 パワードスーツ部隊の背後から、ジャケット姿で片耳にピアスを嵌めたクールな目をした二十歳を幾分過ぎたかどうかの男が姿を現す。

 

「あんた、警官か?」

「嘱託だけどね」

 

 明彦の問いに男が軽く答えた背後では、手にライフル、槍、ニードルガン、マシンガンを手にしたパワードスーツ部隊が、鉤十字の紋章をつけた機械部隊と交戦を開始していた。

 

「向こうは任せておくとして、サマナーは誰かな? 見た感じ、葛葉の関係者はいなさそうだけど」

「クズノハ?」

「葛葉って、小岩さんがいた組織の事か!?」

 

 アレフとヒロコが首を傾げる中、明彦が聞き覚えのある単語に反応する。

 

「班長! 上からも来ます!」

 

 そこで、白のパワードスーツが警告を発し、直後に上空から先程と同じ戦闘機型のマシンが襲ってくる。

 

「くっ!」

「そう来るか」

 

 明彦が召喚器を額に当てるのと、男が懐から一枚の《EMPEROR》と振られたカードを取り出すのは同時。

 

「カエサル!」『ジオダイン!』

「アメン・ラー!」『集雷撃!』

 

 明彦のペルソナが放つ電撃魔法に、男のカードから変じた光の粒子が男の心の奥底から呼び起こした青い肌を持つエジプト神話の最高神 アメン・ラーの放つ更に強烈な電撃魔法が重なり、一撃で戦闘機型のマシンを打ちのめす。

 

「あんた、ペルソナ使いか!」

「君もね。オレの名は藤堂 尚也。警視庁特殊機動捜査部、機動班の班長をしている」

「オレは…」

 

 すでに戦闘が終息へと移っていく中、明らかに自分よりも強い力を持つ男に事態をどう説明するべきか考えながら、明彦は口を開いた。

 

 

 

「ごほっ、はっ……」

「う~ん……」

「キュ~ン」

 

 砂漠のような砂ばかりの大地の一角で、美鶴はなんとか体を起こす。

 

「無事か天田?」

「な、なんとか……コロマルも大丈夫?」

「ワン!」

 

 美鶴が乾を、乾がコロマルをそれぞれ抱きしめるような形になっていた二人と一匹は、互いの無事を確認すると、立ち上がって衣服や髪についた砂埃を払う。

 

「ここは一体?」

「他の人達もいませんよ……」

「キュ~ン………」

 

 その場にいるのが自分達だけだと確認した美鶴が、周囲を見回す。

 それは、半ば砂漠と化した荒野で、あちこちに崩れかかったビルや道路のような物が見えていた。

 

「どうやら、全く知らない場所に来てしまったようだな………」

「そもそも、ここって日本ですか? サハラとかゴビとか言う所じゃ………!」

 

 同じように周囲を見回していた乾が、何気なく上を見てそこで驚愕する。

 

「み、美鶴さん! 上! 上見てください!」

「上?」

 

 乾に言われて上を見た美鶴が、自分達の頭上に太陽とはまた違う物体が虚空に浮かんでいるのと、そして頭上にも大地が広がっているのに気付いて絶句する。

 

「これは……」

「ワンワン!」

 

 美鶴はゆっくりと視線を下げていき、頭上に広がる大地が、ゆっくりと孤を描いて自分達のいる大地へと繋がっている事を確認。

 

「え、えと、前にアニメで見た宇宙コロニーのような物でしょうか?」

「いや、現在の技術では、あんな擬似的な太陽も、完全な球体内部に重力を発生させる事も出来ない。恐らくここはタルタロス同様、私達の常識の通用しない異世界なんだろう。随分とファンシフル(奇抜)な………」

「タルタロスの何倍あるんでしょうか………」

 

 自分達が体験してきた事を遥かに上回るスケールに、流石に動揺が隠せない美鶴と乾だったが、ふと離れた場所でコロマルが何かを掘っている事に気付いた。

 

「どうしたコロマル?」

「ひょっとして誰か埋まってるんじゃ!?」

 

 大慌てでそちらへと駆け寄った美鶴と乾は、そこで予想外の物を見つける。

 

「これは、私のバイク!?」

「あれ? タルタロスのロビーに止めておいたはずじゃ…………」

「タルタロスの中にあった物全てが飛ばされたのかもしれないな……シャドウも飛ばされているかもしれん」

「皆さん、大丈夫ですかね………」

「分からん、少し待っていてくれ」

 

 美鶴はバイクに積んであった通信機や探査機器を操作してみるが、動作はする物の返信は無かった。

 

「しまったな……長距離用にセッティングしていなかった」

「ここじゃ電器屋さんもないですしね」

「ああ、だが奇妙な反応が幾つか拾えた。恐らく、《悪魔》の物だろう」

「ええ!? じゃあここって魔界とかって言う所なんですか!?」

「分からん………だがここでじっとしていていい事はないだろう」

 

 エンジンの様子を見ながら、美鶴がイグニッションを入れると何度か空転した後、エンジンが始動する。

 

「ともかく、ここを移動しながら他のメンバーを探そう」

「でも、どうやって? 携帯も通じませんし……」

「私のペルソナと、コロマルの鼻で探すしかあるまい。まずは、誰もが興味を持ちそうな目印にでも………」

 

 バイクに跨りながら周囲を探した美鶴は、ふと遠くに何か妙な物が生えているようにも見える高層ビルを見つける。

 

「あそこに行ってみよう」

「なんでしょうアレ? 随分と変な形ですけど………」

「そんな物なら、誰でも興味を持つだろう。さあ乗れ」

「え? 乗れって、そのどうですか?」

「クーン」

「そうか、3人というか2人と一匹だからな」

 

 美鶴は自分の前後を見回すと、まずコロマルを手招きする。

 

「コロマル、狭くてすまないが、ここに」

 

 ハンドルをまたがせるような格好でコロマルを乗せると、それになかば覆いかぶさるようにハンドルを握る。

 

「天田、きみは後ろだ」

「あ、ハイ」

 

 おそるおそる、といった感じで天田が後ろ側に乗り込む。

 

「もっとしっかり掴まった方がいいぞ」

「………はい」

 

 気恥ずかしいのか、少し顔を赤くした天田が、美鶴の腰にしっかりと手を回す。

 

「よし、行くぞ」

 

少しの間バランスを確認した後、美鶴はバイクを発進させる。

 

「さて、皆無事だといいが………」

「多分、大丈夫でしょう。皆さん誰かを掴んでいた気がしますし」

 

 他のメンバー達を心配しながら、なんとか渡れそうな高架道路に昇ろうとした美鶴が、そこの看板に表示されていた文字に驚愕する。

 

「池袋、か……」

「じゃあここって、東京!?」

「だとしたらこれは首都高か。随分と空いているな………」

「そういう問題じゃ………」

「だとしたらあちらは千代田区、秋葉原あたりだな」

「道路繋がってるんでしょうか?」

「場所によっては、降りて押して行くしか」

「ワンワンワン!」

 

 ふとそこで、コロマルが後ろの方を見ながら猛烈に吠え始める。

 

「コロマル?」

「天田、後ろだ!」

 

 バックミラーを見た美鶴が、そこに背後から迫ってくるバイクに気付いてスロットルを握ったまま、左手で召喚器を取ろうとする。

 

「何だあれ!? お化けライダー!」

 

 その迫ってくるバイク、タイヤの代わりに炎が回転しており、黒いライダースーツと赤いネッカチーフの上に、黒いメットを被った正真正銘のガイコツがある事に乾が愕然とする。

 謎のガイコツライダーは更にスピードを上げ、美鶴の隣へと並んできた。

 

「いいバイク乗ってるな姉ちゃん。だが、この道はこのヘルズエンジェルの縄張りだ!」

「アルテミシア!」『ブフダイン!』

 

 先手とばかりに美鶴がペルソナを発動、だが放たれた氷結魔法は、ガイコツライダー・ヘルズエンジェルが素早くバイクを振って巧みにかわす。

 

「やるな! 今度はこっちからだ!」

「しっかり掴まっていろ!」

 

 ヘルズエンジェルが今度は急接近しながらリアをドリフト、するとリアタイヤ部分の炎が噴き出し、業火となって襲ってくるのを美鶴はバイクをサイドへとスライドさせてからくもかわす。

 

「カーラ・ネミ!」『ジオダイン!』

「アオーン!」『アギダイン!』

 

 乾とコロマルが立て続けに己のペルソナを発動、しかし放たれた電撃魔法はあっさりかわされ、直撃した火炎魔法は無効化されて無傷のヘルズエンジェルの姿が炎の中から現れる。

 

「ガキと犬に用はねえ!」

「こいつ、強い!」

「まずい………」

 

 バイクを走らせながら、という想定もしてなかった戦闘に、美鶴は焦りを感じていた。

 片手しか使えないために武器攻撃とペルソナの併用は出来ず、ましてや相手が高速で動きまくる状況では魔法もなかなか当たらない。

 

「行きな、スピードの向こう側へ!」

 

 猛速度でこちらへとスライドさせてヘルズエンジェルがぶつかってくる。

 

「くっ!」

「うわあぁ!」

「キャウン!」

 

 モロに食らったバイクがスピンしながら高速道路の外壁へと激突しそうになるが、とっさにペルソナを召還したコロマルが、己のペルソナをバイクと外壁の間に強引に挟んでかろうじて激突を阻止する。

 

「助かったぞコロマル!」

「偉いぞコロマル!」

「キューン……」

 

 バイクの体勢を立て直した美鶴だったが、先程のペルソナへの衝撃がフィードバックしたのか、コロマルが力なくうな垂れる。

 

「しばらく休んでいろ! 私と天田でなんとかする!」

「今度はこっちの番だ!」

 

 乾が愛用の槍を抜き、それを構えると美鶴がスロットルを握り込む。

 急加速したバイクが、前方を行くヘルズエンジェルを追いかける。

 

「やるな、だがそう来ないと面白くねえ」

「ふっ! はっ!」

 

 真横へと並んだヘルズエンジェルに乾が槍を繰り出すが、ヘルズエンジェルは機敏に動いてそれをかわす。

 

「はっ!」

 

 召喚器から長剣へと持ち替えた美鶴も武器を振るうが、ヘルズエンジェルをわずかにかすめるだけだった。

 

「遅い、遅いぜ」

「くっ!」

「こいつぅ!」

「それに前を見ろよ」

 

 ヘルズエンジェルの言葉に横目で前方を見た美鶴が、前方の道路が完全に崩落しているのに気付いて驚愕する。

 

「み、道が無いですよ!」

「まずい………」

「どうする? ノロマを生かしておく程オレは甘くない。チキンレースと行こうか!」

 

 ヘルズエンジェルが更に速度を上げ、激突と炎の攻撃を連続して仕掛けてくる。

 

(どうする!? このままでは全員殺されるか、道路から落ちて死んでしまう! 取れるべき手段は何だ!?)

 

 ヘルズエンジェルの攻撃を防ぎつつ、美鶴が必死になって考える。

 

(自分らの能力の可能性くらい把握しとけ!)

 

 ふとそこで、タルタロスで八雲に言われた事を思い出す。

 

(そうだ、道が無ければ!)「天田、いいか……」

「本気ですか!?」

「悩んでいる暇は無い! アルテミシア!」『コンセントレイト!』

 

 思いついた方法を乾に囁くと、美鶴はペルソナを召還して魔力をチャージしつつ、更にバイクの速度を上げていく。

 

「さて、どうするつもりだ?」

 

 最早先の無い道路で加速する美鶴のバイクを追いながら、ヘルズエンジェルはドクロだけの顔を歪ませて嘲笑う。

 落下確実までの距離に迫った瞬間、美鶴が召喚器のトリガーを引いた。

 

「アルテミシア!」『マハブフダイン!』

 

 ギリギリで美鶴はペルソナを発動、アルテミシアがチャージされた魔力で威力が倍増している氷結魔法を道路へと向かって解き放つ。

 

「何だ……!」

 

 美鶴の行動を理解出来なかったヘルズエンジェルだったが、その氷結魔法が途切れた道路の先に氷の垂直ジャンプ台を作り上げていく事に気付いて愕然とする。

 氷の垂直ジャンプ台の上を美鶴のバイクが疾走し、高々と宙へと躍り上がる。

 

「今だ天田!」

「カーラ・ネミ!」『イマキュレト・グングニル!』

 

 こちらを愕然と見ているヘルズエンジェルへと向かって、乾が全精神力を込めてペルソナを発動。

 呼び出されたカーラ・ネミが両手を広げるとそこに純白の光が生まれ、両手を突き出すとその純白の光が螺旋を描いて突き進み、光の槍となってヘルズエンジェルを貫く。

 

「がはぁっ!」

「やったか!?」

 

 宙でバイクを反転させ、ジャンプ台へと着地しようとした美鶴だったが、前輪が触れると同時に、急造だったジャンプ台が崩壊する。

 

「しまった!」

「うわあぁ!」

「アオーン!」

 

 己の策の甘さを自戒する間も無く、高架の下へと落ちていく美鶴が、ふと真下に誰かいる事に気付く。

 その真下にいる人物、赤いコート姿の大剣を持った男が、その手にした大剣を大きく振るう。

 するとそこから竜巻が生じ、落下していたペルソナ使い達の落下速度を著しく減衰させていく。

 

「これは………」

「うわぁ……」

「ワンワン!」

 

 美鶴のバイクが、ゆっくりと地面に軟着陸し、それに次いで地面へとなんとか着地したペルソナ使い達が、竜巻を起こして自分を救ってくれた人物を見た。

 そこにいたのは、銀髪で鋭い目つきをした筋肉質の男で、男は二人と一匹を見ながら手にした大剣を背中へと戻す。

 二人と一匹の無事を確認した男の視線が上の高速道路へと向けられたが、そこからエンジン音が遠ざかっていくのに気付くと舌打ちをして視線を戻した。

 

「ちっ、あいつは逃げたか………」

「あなたは?」

「オレはダンテ、デビルハンターをやっている」

 

 全身から闘気が満ち溢れている男、ダンテの姿にただならぬ物を感じた美鶴だったが、そこでようやくそのそばにもう一つの人影がある事に気付いた。

 

「う~ん……」

 

 それはメイド服を着た赤い瞳の女性で、首にサファイアをあしらったチョーカーを付けていた。

 のみならず、メイド服の上からは特殊部隊が着るようなタクティカルジャケットをまとい、両腕にはガントレットと一体化したアームガンを装備している。

 

「あなた達、ひょっとしてアイギスのお仲間かな?」

 

 美鶴の腕につけていたSEES(特別課外活動部のイニシャル)の腕章を興味深げに見ていた武装メイドの女性が、小首を傾げながら問うてくる。

 

「アイギスを知っているのか!」

「じゃあアイギスさんもこっちに!?」

「ああ、この間危ない所を拾った」

「でも、ひどく壊れてたから、パパに修理してもらってる。姉さんと私が交替でつきっきりだから大丈夫」

「修理? アイギスを? 失礼だが、それ程の技術を持っている人物はそうそう…」

 

 美鶴の問いに、武装メイドが片腕のアームガンを外すと、手首を軽く捻る。

 すると腕に無数のPC接続端子が現れる。

 

「こ、この人もロボット!?」

「ううん、私はテトラ・グラマトン式成長型人造魂魄保有型半有機自動人形・パーソナル デバイス設定式二期型《アリサ》。私も姉さんもパパに創ってもらったの」

「信じられない………」

 

 外見上はアイギスよりも人間らしく見えるアリサに、美鶴も乾も驚愕する。

 

「さて、じゃあどうする?」

「アイギスの仲間だったら、問題ないと思うよ。この人達もアイギスの事心配だと思うし」

「そうだな、じゃあ案内しよう」

「どこに?」

「私達のお家、業魔殿だよ」

 

 

 

「ま、大体ここがどういう所かは分かったな」

「グルル……」

 

 八雲が呟きながら、足元に転がる悪魔の屍、ついさっき襲ってきたのを彼とケルベロスが返り討ちにした物を見下ろす。

 

「分かったって言うんでしょうか?」

「さあな。でもヤバイとこだってのは分かったぜ………」

「お二人ともお怪我は?」

 

 手にした得物を鞘へと収めながら、啓人と順平がぼやき、ジャンヌ・ダルクが皆の負傷を確かめる。

 

「この世界自体が、完全な異界なんですね」

「そだね、いっぱいいるし」

 

 空になったマガジンを交換しているカチーヤの呟きに、ムラダーラから勝手に持ち出してきたMP5A5サブマシンガンを同じく勝手に持ち出してきた大型ホルスターへと戻したネミッサが、足元に転がる蜂の巣になって息絶えている悪魔の屍を蹴飛ばす。

 

「さて」

「ヒイィィ~!」

 

 八雲が視線を向けた先にいる山羊の頭を持った3mはあろうかと言うケルト神話の悪の巨人、夜魔 フォーモリアが、四方をそれぞれ囲まれて悲鳴を上げる。

 

「なんで一匹だけ残したか、分かるな?」

「ま、待て。オレが悪かった! だから命だけは」

「いいだろう、ただしお前がオレ達の望む情報を持っていたらな」

 

 まだ余熱の残るソーコムピストルの銃口を押し付けてくる八雲に、フォーモリアが総毛立たせる。

 

「そうそ、じゃあ何から聞こっか? まずはブティックとおいしいご飯のある店から……」

 

 同じくMP5A5を抜いて八雲とは反対側に銃口を押し当てるネミッサに、ペルソナ使い二人は口を一文字にして沈黙し、カチーヤは苦笑を浮かべる。

 

「まるでヤクザだぜ………」

「どう見ても脅迫だよね」

「まあ八雲さんはいつもあんな感じですけど………」

 

 無言で頷いてそれに賛同する仲魔二体に八雲は横目で一瞥すると尋問を始める。

 

「そこよく見とけ。悪魔との交渉ってのはこうやるんだ」

「ぶ、ブティックなら向こうのギンザの町にあるぜ………」

「へ~、じゃあ早速」

「まて、ギンザだと!? じゃあここは東京なのか!?」

「へ?」

 

 フォーモリアの口から出た聞き覚えのある地名に、全員(ネミッサ除く)の顔色が変わる。

 

「? 何言ってやがるんだ。ここはボルテクス界、創世のために東京が受胎して出来た世界だ」

「創世? 東京受胎? なんだそれは?」

 

 聞き覚えの無い言葉に八雲が首を捻ると、同じようにフォーモリアも首を捻る。

 

「あんた達、どこから来たんだ? このボルテクス界に人間はほとんど残ってないはずだ」

「さて、なんて言えばいいのか………あちこち飛ばされまくってここに来たからな」

「飛ばされる? そう言えば最近あちこちに妙な物がいきなり出てきてるって話があったな……」

「一番近いのは?」

「す、少し前にあっちのヨヨギ公園の向こうに何かが落ちた。何かまでは知らないが……」

「人間はほとんどいないと言ったな。オレ達以外の人間はどこにいる?」

「そ、その何かが落ちた所にニヒロ機構の巫女だった女が向かったって言ってた奴がいた………」

「どうにも、聞いた事の無い単語ばかりでよく分からんが……その巫女とやらに聞けば何か分かるかもな。あとこれは情報料だ」

 

 八雲はGUMPを操作してマグネタイトを少し出してフォーモリアへと分け与える。

 

「おう、あんた話がわかるな」

「多少は役に立ったからな。じゃあやられたくなければさっさと失せろ」

「そうさせてもらうぜ」

 

 ノソノソとその場を立ち去るフォーモリアを一瞥すると、全員が深刻な顔で顔をつき合わせる。

 

「本当に、ここが東京?」

「どうりで、何か見覚えのあるのを見かけるはずだ」

「やべぇって、いつ東京がこんな匠の芸術的リフォームを…………」

「ボルテクス界、創世、東京受胎、ニヒロ機構、聞いた事ない言葉ばかりですね」

「それよりブティックとご飯!」

「ネミッサしばらく黙ってろ」

「ぶ~」

 

 ふて腐れるネミッサを無視して、八雲が見渡す限りの砂漠の向こうにあるヨヨギ公園の方を見た。

 

「まずは、巫女とやらを探すか」

「どんな人だろ? かわいい子だといいな~」

「順平、なんか違うの想像してない?」

「話が通じる人だといいんですが………」

「八雲~、ダルいからタクシー呼ぼ」

「そこらで親指立ててろ。拾えるとは思えんけどな」

「八雲老けたら性格悪くなった~」

「何年経ったと思ってんだ…………」

 

 グチるネミッサを後ろに、皆がぞろぞろと移動を開始する。

 そこで、かつてのセベクスキャンダルから共に行動してきたジャンヌ・ダルクがそっと八雲のそばに寄ってくる。

 

「やはり、あれは本物のネミッサ殿でしょうか………」

「どっからどう見てもな」

「しかし、あの人はあの戦いの時に………」

「覚悟しとけ。下手したら、今後も似たようなのが出てくるかもしれんぞ」

「それは………」

 

 言葉を濁し、ジャンヌ・ダルクはネミッサの方を見る。

 ちなみに、ネミッサは早くも歩くのにだれてケルベロスの背中に乗っかり、カチーヤも乗るよう誘っていた。

 

「そら行け!」

「グルルルル……!」

「我慢しろ、後でマグネタイト多めにやるから」

 

 背中ではしゃぐネミッサに唸り声を上げるケルベロスをなだめながら、八雲はたまに見える廃墟同然のビルや標識の類に目をやりつつ、今まで得た情報を整理していく。

 

(最強の怨霊たる将門公の守護を受けた東京をここまで改変するとは………相当な術師、もしくは組織が絡んでいる。その巫女とやらがそれに噛んでたとしたら………)

「その巫女って人、仲間になってくれますかね?」

 

 今八雲が考えていた事を、啓人が呟く。

 

「さてな。最悪、その場で戦闘だ」

「つ、強いっすかね………」

「こんな場所でなんぞの組織の巫女なんてやってる奴だ。お飾りって事はないだろ」

「でも、事情を話せば……」

「こちらの事情はともかく、ここの事情は向こうの方が分かってるだろ。その上でどういう態度に出るかは分からん」

「そん時はネミッサ達でぶちのめして、言う事聞けってやればいいじゃん」

「まず何があってもお前は口を開くな」

「ぶ~…………あれ?」

 

 相変わらずケルベロスに乗っているネミッサが、遠くに何かがあるのに気付く。

 

「います、誰か………術者っぽい反応が、二つ?」

「その巫女とやらか?」

 

 カチーヤの言葉に、歩みを止めてサーチ系ソフトを立ち上げようとした八雲だったが、GUMPに手を伸ばした所でその誰かがいる場所に悪魔の反応が出現する。

 

「この反応、ちとレベルが高めか………戦闘中か?」

 

 先の様子を見ようと八雲が小走りに近付くが、段々状況を理解していくとその歩みが速くなり、とうとう走り出す。

 

「おい、あれってまさか!」

「悪魔に襲われてる!?」

「急げ! 取り囲まれている! ジャンヌ、サポートを!」

「心得ました!『スクカジャ!』」

 

 サポート魔法を帯びた八雲が走りながら、懐からソーコムピストルを抜いて連射。

 弾丸は全弾、槍を手にした少年の姿をしたケルト神話の英雄、クー・フーリンの幼少時代である妖精 セタンタを撃ち抜く。

 セタンタが地面へと倒れた向こうには、とんでもない光景が広がっていた。

 そこには周囲を悪魔に取り囲まれた白のスーツ姿の若い女性が、必死になって祝詞を唱えながら結界を張って悪魔達の侵入を防いでいる。

 しかも彼女の足元には、灰色のジャケットのような物を着た少女と思わしき影が倒れている。

 

「手近な奴からやれ!」

「ガオオォォ!」

 

 咆哮を上げながら、ケルベロスが北欧に住んでいたとされる巨人の末裔、妖精 トロールの首筋に牙を突きたてる。

 

「順平、オレ達はこっちを!」

「おおよ! おりゃっ!」

「タナトス!」『五月雨斬り!』

 

 飛び出した順平が大剣を振るい、それに怯んだ悪魔達に啓人が己のペルソナで薙ぎ払う。

 

「やるよカチーヤちゃん!」

「はい!」

『『マハ・ブフーラ!』』

 

 ネミッサとカチーヤが同時に放った氷結魔法が周辺を凍てつかせ、悪魔達を飲み込んでいく。

 

「おい、こっちまで来たぞ!」

「あ、ゴメン」

 

 自分の間近まで迫ってきた凍気に八雲が文句を言いつつ、手にしたHVナイフで動けなくなった悪魔に止めを刺していく。

 

「行くぜトリスメギトス!」『利剣乱舞!』

 

 順平のペルソナが振るう斬撃が悪魔達に無数の斬撃を与え、そこに啓人やジャンヌ・ダルクが駄目押しの斬撃を加えていく。

 

「最後です!」

 

 カチーヤが最後に残ったセタンタの槍を掻い潜り、空碧双月の刃を突き刺す。

 

「カチーヤちゃんやるう~♪」

 

 ネミッサがのんきに拍手などしてる中、八雲は敵が全て片付いた事を確認すると、ソーコムピストルにセーフティーをかけて懐へと戻す。

 

「さて、どっちがニヒロの巫女とやらだ?」

「私がそうよ」

 

 白のスーツ姿の女性が、結界を解くとやや警戒しながら八雲へと向き直る。

 

「あなた達は何者? サマナーに術者、そちらは神降ろし?」

「オレは葛葉所属サマナー、小岩 八雲。そっちはオレの相棒と旧相棒と仲魔」

「旧ってなによ! ネミッサの事!」

「あ、葛葉所属術者、カチーヤ・音葉です」

「オレは月光館学園特別課外活動部、現場リーダーで不破 啓人。ペルソナ使い」

「同じく、伊織 順平。ペルソナ使い」

「クズノハ? ペルソナ使い?」

「出来れば、そっちも名乗ってもらいたい物なんだが」

「あ、ごめんなさい。私は高尾 祐子。元は高校で教師をしてたわ」

「先生で巫女さんっすか、すげえマニアックなジャンル……」

 

 余計な事を言う順平の口を啓人が慌てて塞いだ所で、八雲が祐子の足元にいる少女に視線を移す。

 

「その子は?」

「分からないわ。ここで倒れて悪魔に襲われそうになっていたのを助けたんだけど」

 

 その言葉に八雲が目配せすると、ジャンヌ・ダルクとカチーヤが駆け寄って少女を抱き起こす。

 

「特に怪我などはないようです。召喚士殿」

「でも、ちょっと衰弱してますね……それに………」

 

 その抱き起こした黒髪ショートで十代後半と思われる少女の着ている衣服に、オレンジのペイントが施されているのに気付いたカチーヤが眉根を寄せる。

 

「ひょっとして、ムラダーラとやらの人間か?」

「彼女の事を知っているの?」

「いえ、この前に行った場所に、これと同じペイントの服があって………」

「それが、あちこちに血しぶきとかあんのに、誰もいないんでやんの」

「………あなた達、どうやってここに?」

 

 八雲や啓人の会話を聞いていた祐子が、首を傾げて問うてくる。

 

「飛ばされたんだよ、ここじゃない世界から」

「ここじゃない世界?」

「多分、この子も……」

 

 カチーヤがセラの前髪をそっと書き上げた所で、少女の瞳が少し動いた。

 

「ん……」

「あ、気がついた?」

 

 小さくうめいて少女が目を開ける。

 そこで、自分を覗き込む複数の視線に気付いてわずかにたじろぐ。

 

「大丈夫、ここにいる人達は、全員あなたを助けてくれた人達よ。悪い人じゃないわ」

「あ、あのサーフは? エンブリオンの皆は?」

「さてな。多分どっかにいると思うが」

「は、早くみんなを見つけないと…」

 

 立ち上がろうとした少女だったが、そこでバランスを崩して倒れる所をジャンヌ・ダルクとカチーヤが支える。

 

「動かないで下さい。しばしの休養を取らないと………」

「私達も仲間を探してるから、一緒に探してあげる。だからしばらく休んでて」

「……うん」

 

 諭された少女が、その場に腰を降ろす。

 

「どうやら、また別口か………名前は?」

「……セラ」

「生年月日と所属組織は?」

「2013年12月12日、今はエンブリオンの仲間と行動してる………」

「2、2013年!?」

「オレ達よりも未来から!?」

「……ここは何年だ?」

「受胎前は、2003年よ」

「じゃあここは6年前って事かよ!?」

「年号なんて物が当てはまる世界かどうかは分からんけどな」

 

 さらに混乱しそうな話に、八雲が重いため息を漏らす。

 

「まったく、更に厄介な事になってきたみてえだな………」

「………ごめんなさい」

「あの、謝ってもらう必要なんて」

「この世界を創ったのは、他の誰でもない、私なの………」

『えっ!?』

 

 祐子の言葉に、全員の視線が彼女へと集中する。

 

「新しい世界を創世するために、もっと活気溢れる世界を創るはずだったのに………なぜこんな事に………」

 

 独白するように呟く祐子に、どう言葉をかけるべきかを悩む者達の視線が互いに交わされる。ただ一人を除いて………

 

「だとしたら、私のせいだ………私が、世界をおかしくしたんだ………」

 

 セラがそう呟きながら、嗚咽を始める。

 

「あ、あのそれって……」

「私が、〈神〉を怒らせたから……!」

 

 世界の変質を自戒する二人を前に、残った者達はただ無言でそれを聞くしかなかった………

 

 

 創世、変質、後悔、幾つもの結び目と共に新たな糸が現れる。

 絡み合う糸の先にある物は、果たして………

 



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PART9 ANSER MALE

 

「ん、はぁっ!」

「ケホ、ケホケホ………」

「風花~、無事?」

「な、何とか………ゆかりちゃんは?」

「生きてるみたい、一応ね」

 

 砂漠のような荒野に、なかば埋もれるように放り出された少女二人が、咳き込みながらなんとか身を起こす。

 

「他のみんなは?」

「分からない……今探して…」

 

 立ち上がろうとした風花が、ゆかりの方に目を向けてそこで硬直する。

 

「ゆかりちゃん、スカート……」

「え? きゃああああぁぁ! 何これ!」

 

 指摘されたゆかりが、己の下半身を見ると、そこにあるべくはずの物が無い事に気付いて悲鳴を上げる。

 

「そう言えば、誰かに掴まれたような気が……」

「確か、順平君だよ」

「……順平め~、覚えてなさい………」

 

 涙目になりつつ、上着を脱いで腰に巻きつけ、かろうじて下着の露出を防いだゆかりが見当たらない仲間に静かな憤怒を燃やす。

 

「でも、ここどこ? 砂漠? アフリカ?」

「どうもそうじゃないみたいだけど……って、えっ!?」

 

 何気なく周囲を見回した風花が、視線を上へと向けてそこで驚愕に硬直する。

 

「う、上にも町が!」

「ほ、ホントだ! どうなってるのこれ!?」

「よく見ると横にも繋がってる! ここって、巨大な球体の中なんじゃ………」

「うわ、タルタロスなんて目じゃないわね………」

 

 最早驚愕を通り越して呆れるしかないゆかりだったが、風花は気を取り直して自らのこめかみに召喚器をあて、トリガーを引いた。

 

「ユノ!」『ハイ・アナライズ!』

 

 風花が自らのペルソナの能力を最大限に発揮し、周辺を探っていく。

 

「広い、なんて大きさ…………あっ、いた!」

「誰が!?」

「これは、リーダーに順平君だ! そばに八雲さんとカチーヤさんも! あれ、でも知らない反応もある………」

「他は?」

「待って………僅かだけど、桐条先輩や天田君、コロマルちゃんのも感じる………でも、そばに何かものすごく強い反応が………」

「アイギスは? 真田先輩は?」

「分からない。私の力の外にいるか、それとも………」

 

 考えたくない事に、風花が口を濁す。

 

「と、とにかく、場所が分かったならそっちに行きましょ。近いのはどっち?」

「リーダー達の反応があっちに。でも、この世界、すごく危険………あちこちに悪魔の反応が無数にあるの………」

「悪魔!? じゃあここってひょっとして魔界とかいう所!?」

「分からない……でも、皆まだ元気みたい。早い所合流しないと」

「順平は引っ叩かないとダメだしね」

 

 自分が使っていた弓矢が無事な事を確認したゆかりが、頬を膨らませながら風花の示した方向へと歩き出す。

 

「ま、待ってゆかりちゃん!」

「早く行こ風花。女二人だと物騒みたいだし」

 

 仲間の元へと向かって二人の少女は歩き出した。

 

 

 

「何か見えてきたぞ!」

「あれが時空の継ぎ目。あの向こうが異なる世界に繋がっている」

 

 緑の瞳のカラスの姿をした存在が先導する中、見えてきた光へと向かって皆が歩みを早くする。

 

「本当にあそこにセラはいるのか?」

「分からん。だが、可能性はある」

「ちっ、可能性かよ」

「焦るな。一心に追い求めれば、必ず探し人は見つかるはずだ」

 

 恐らく最年少であろうライドウの重い言葉に、ヒートは顔を背けて小さく舌を鳴らす。

 

「抜けるぞ!」

「どんなとこだと思う? 情人(チンヤン)

「行けば分かる」

 

 光へと向かって全員が一斉に飛び込む。

 途端に、視界が明るく開けていった。

 

「注意しろ」

 

 ライドウの言葉に、全員が思わず身構える。

 だがそこは、静かな山の中腹の森の中だった。

 

「とりあえず、危険な場所ではないようだな」

 

 克哉が周囲を観察すると、抜いていた銃をホルスターに戻す。

 

「あれ、でもここどこかで見た気しない?」

「……オレもどこかで」

「なんか向こうに町が見えるよ~」

 

 上空まで飛んで何かを発見したピクシーの言葉に従い、皆が開けている方向へと向かう。

 

「よかった~、どうやら過去に飛んだ訳じゃないみたい、って………」

「この光景、見覚えがある………」

「あ、あれは珠閒瑠市じゃないのか!?」

 

 見えてきた街並みが、あまりにも見覚えがある物だという事に、周防兄弟とリサが驚愕する。

 

「知ってる場所か?」

「知ってるも何も、ここは僕らの生まれ育った町だ!」

「待ってくれ兄さん、何かが違う………」

 

 街並みをよく観察していた達哉が、かすかな違和感を覚える。

 

「あそこと、あそこ、向こうにも何か見覚えの無い奇妙な建物がある」

「あ、ホントだ。あんなの知らない、ような………」

「いや、どこかで……」

 

 脳内に僅かに浮かぶ記憶を克哉が手繰ろうとした時、全員が一斉に振り返る。

 

「! 来る!」

 

 ゴウトが叫んだ瞬間、木々の間から異形が飛び出してきた。

 

「何だこれは!?」

 

 素早く銃口を向けた克哉が思わずうめく。

 それは、影を粘土のようにこね合わせたような体から、デタラメに手が突き出た見た事もない存在だった。

 ある手は拳を握り、ある手は仮面を持っていたが、仮面をこちらへと向けるとその仮面の目が煌く。

 

「知るか」

 

 それが明確な敵対意思を持ってこちらへと向かってきた瞬間、ヒートの放ったグレネード弾が炸裂、一撃でその異形を爆散させた。

 

「データに類似例が無い! 全くの新種!」

「反応からは、悪魔にかなり近い存在のようだが………」

 

 自らのXX―1のデータバンクとセンサーを操作したリサと達哉が、異形の正体が掴めない事に困惑を漂わせる。

 

「詮索は後だ、他にもいるぞ」

 

 ライドウが剣を抜くと、素早く周囲を見回す。

 すると、木々の間から先程の物とは大きさが違ったり、仮面が違ったりする異形がぞろぞろと姿を現した。

 

「来るなら来やがれ、全部食ってやる!」

 

 ヒートがアートマを発動、その姿がアグニへと変わり、ライドウと背中合わせに立った。

 

「話し合いが通じる相手じゃなさそうだ。機体は大丈夫か?」

「問題ない」

「な、なんとか」

「やるよ~!」

 

 更にその両脇、全員で背中合わせに円陣を組むように周防兄妹とリサが並び、その上にピクシーが浮かぶ。

 

「来るぞ!」

 

 上空を飛んでいるゴウトの声と同時に、異形達が一斉に襲い掛かってくる。

 ライドウの剣が一閃し、仮面ごと両断された異形が飛び散るように四散する。

 その背後ではヒートが伸ばした爪で異形を貫き、鋭い牙の並んだ口で一息に相手を食い千切る。

 

「ヒューペリオン!」『トリプルダウン!』

『メギドラオン!』

「セイッ!」「ハイッ!」

 

 克哉のペルソナが放つ三連弾とピクシーの放つ魔力の固まりが異形を撃ち抜き、その背後で達哉の《Rot》機が大剣を振るい、リサの《rosa》機が鋼の掌底打を叩きつける。

 

「こいつら、そんな強くないよ! 行ける!」

「イマイチ食い応えもねえな」

「油断するな! 大型が来るぞ!」

「大型だと!」

 

 着実に異形の数を減らしていく最中、上空のゴウトが叫ぶと、木々を薙ぎ払いながらまるで戦車その物を模したかのような異形が現れる。

 

「ウソ!?」

係咩(ハイメ)!? そんなのあり!?」

「まさか憑依しているのか!?」

「いや、元々あの姿らしい。変わっているな」

 

 ライドウが恐れもせず、戦車型の異形へと向かって剣を振るう。

 本来の戦車よりも強固ではないが、それでも硬い装甲の一部を白刃は削り取るが、さしたるダメージにもならなかった。

 

「どけっ!『アギダイン!』」

 

 ヒートの放った火炎魔法が戦車型の異形へと炸裂、その衝撃に戦車型の異形が後ろへと押される。

 

「戦車相手じゃ火力が足りねえか……」

「火気がダメなら、異なる気を用いればいい」

 

 ライドウが管を取り出しつつ詠唱、雷電属トールを召喚する。

 

「撃て」

「承知!『マハ・ジオダイン!』」

 

 トールの放った強烈な電撃魔法が戦車型の異形を覆い尽くす。

 有効だったのか、大きく体勢を崩した戦車型の異形が半ば擱座状態となるが、辛うじて砲塔だけが動いてこちらを狙おうとする。

 

「今だ!」

 

 克哉の号令の元、全員が一斉に襲い掛かる。

 

「ヒューペリオン!」『ジャスティスショット!』

『メギドラオン!』

「ハッ……!」

「ホオォーッ!」

「ガアアァ!」

 

 克哉のペルソナが放つ光り輝く正義の弾丸とピクシーの放つ魔力の固まりが砲を打ち据え、動きが鈍った所でヒートブレードと鋼の掌底打が砲塔の左右から叩き込まれ、ヒートの巨腕から繰り出される轟拳が爪と共に前部装甲へと突き刺さる。

 

「止めろ」

「オオオォォ!」

 

 ライドウの指示の元、トールの振りかざしたハンマーが右キャタピラ部分へと叩き込まれ、キャタピラが粉砕された所でライドウが一気に装甲を駆け上がる。

 

「そこか……」

 

 砲塔の直上、普通の戦車なら乗降用ハッチがある部分にある仮面を見つけたライドウが、手にした愛刀を逆手に構えて一気に突き刺す。

 やはり仮面が弱点だったのか、戦車型の異形が大きく震えるが、逆に残った力を振り絞って残った左キャタピラを動かし、無茶苦茶に砲塔を振り回す。

 

「キャアッ!」

「グッ!」

「大丈夫か!」

 

 振り回された砲に弾き飛ばされたリサの《rosa》機とデタラメな動きで振り回されて引き剥がされたヒートが転倒し、克哉も声をかけつつも慌てて距離を取る。

 

「往生際が悪い……!」

 

 ライドウは振り落とされそうになるのを刀に必死にしがみ付き、なおかつ懐からコルト・ライトニングを抜いて至近距離から速射。

 だが、僅かに動きが鈍ったかと思えたが、戦車型の異形は最後の抵抗を止めようとしない。

 

「くっ……!」

「ウオオオォォ!」

 

 弾丸を撃ち尽くしたライドウがリロードもままならない状態になった時、強引に機体にしがみ付いていた達哉の《Rot》機が、達哉の咆哮と共に手にしたヒートブレードを仮面へと深々と突き刺した。

 それが止めとなり、戦車型の異形は大きく鳴動したかと思うと、完全に沈黙。その巨体が崩れながら四散していった。

 

「さすが情人!」

「しかし、これは悪魔か? まるで機械その物だ」

「分からない。前に機械と融合したタイプの悪魔との戦闘資料は読んだ事があるが、そんなのとも違うようだ」

「見た事ないよ~」

 

 ライドウが刀を一振りして鞘へと納め、克哉とピクシーが四散していく異形を凝視する。

 

「味も悪魔とは違うな。ボリュームもコクも足りねえ」

「参考にならないって。あ、アクチュエーターちょっとイった………」

 

 アグニから人の姿へと戻っていくヒートが唇を舐めてわずかに首を傾げる中、リサが《rosa》機のダメージ状況をチェックしていく。

 

「こういうのがいる世界か、それとも他の世界から飛ばされてきたか」

「まだどちらとも言えん。それにこれだけではないようだ」

 

 達哉がヒートブレードの電源を一時落とした直後、ゴウトがとんでもない事を口走る。

 

「まだいるのか!?」

「向こうの方にこれと同じ型がいるのが見えた。だが、誰かと戦っているらしい」

 

 続いたゴウトの言葉に、克哉の顔色が変わった。

 

「戦っている!? サマナーか、それともペルソナ使い?」

「遠くてそこまでは確認出来なかったぞ。だが、明らかに何らかの術者らしい力は感じられる」

「ひょっとしたら、八雲さんか尚也さんかも!」

「行こう!」

「苦戦してるかもしれんしな」

「向こうだ」

 

 達哉とライドウが先立ってゴウトの示した方向へと走り出し、他の者達も続く。

 やがて皆が戦っている〈誰か〉の気配を感じ始め、それに続いて戦闘音も響いてきた。

 

「押しているようだな」

「そうらしい。救援はいらないか?」

「相当な術者だ。どうやら何人か神降ろしもいる」

 

 ライドウと克哉が感じる気配を解析していた所で、ふと克哉がそれが感じた事のあるペルソナ反応だという事に気付いた。

 

「これは、まさか……」

「出るぞ!」

 

 木々の間を抜け、戦闘の最中へと全員が飛び出す。

 だが、すでに戦闘は終わろうとして所だった。

 いきなり飛び出してきた者達に、戦闘を行っていた者達の何人かが振り向く。

 

「たまき君か!」

「え?」

「アルジラ!?」

「ひ、ヒート!」

 

 振り向いた者達、一人はGUMPを手にした女性、もう一人は体表が黄色い表皮で覆われ、両手を触手のように伸ばした女性型の悪魔だった。

 その二人が見覚えのある人物だった事に思わず克哉とヒートが名を叫んだ時、一際強いペルソナ発動が行われた。

 

「カエサル!」『ジオダイン!』

「アポロ!」『ノヴァサイザー!』

「ヴィーナス!」『フォーミーラバー!』

 

 三つのペルソナから放たれたすさまじい電撃と灼熱の固まり、無数の泡が先程戦ったのと同じ戦車型の異形を包み、完全に粉砕する。

 

「ほう……」

「なかなか出来るな」

 

 ライドウとゴウトが感嘆する中、そのペルソナ使い二人がこちらへと振り向き、その顔を見た駆けつけた者達が絶句する。

 

「わ、私がいる!?」

「え……?」

 

 振り向いた片方、紛れも無くリサ自身に、《rosa》機に乗っているリサが指を突きつけた状態で絶句する。

 

「これは……」

「まさか……」

 

《Rot》機のハッチを開けて顔を覗かせた達哉に、ペルソナ使いの達哉が言葉を濁す。

 

「そうか! ここは《向こう側》の世界か!」

「なぜ、こちら側に………」

 

 それが、かつて達哉を特異点とし、自分達の世界に干渉してくる事となった《向こう側》の世界だと気付いた克哉が、その状況を解決するために《こちら側》で共に戦ったペルソナ使いの克哉が顔を曇らせる。

 

「……少なくとも、コネのあてはついたようだな」

「何で喋ってるの、このカラス」

 

 ゴウトが呟く中、アルジラとヒートが呼んだ悪魔が、その姿を右目の上下に傷跡のある桃色の髪の意丈夫の女性へと変わる。

 

「ヒート! なんでここに! サーフは! サーフは一緒じゃないの!?」

「分からねえ、セラは一緒じゃないのか?」

「知らないわよ! それよりサーフは!」

「セラが先だ!」

「あの……」

 

 口論を始めたアルジラとヒートに、手にした召喚器を戻しつつ、明彦が声をかける。

 

「何よ!」「何だ!」

「まずは互いに情報を交換するべきだと思うんだが」

「そうだな。顔見知りも多いようだし」

「顔見知りどころか、まったく同じ顔もあるがな」

 

 明彦の意見に、ゴウトとライドウが賛同する。

 

「まずはケーキ!」

『は?』

 

 ピクシーの放った言葉に、《向こう側》の面子は、全員疑問符を浮かべた。

 

 

 

「シャドウ?」

「オレ達はそう呼んでました」

「エネミーソナーで感知出来るから、悪魔に近い存在なのは確かね」

 

 山の麓まで降りた所で、迎え(正確にはXX―1搬送用)の車を手配するペルソナ使いの達哉の背後で、明彦が語る謎の敵の事を皆が真剣な面持ちで聞いていた。

 

「今日と明日の間、常人には感知できない影時間と呼ばれる時間、そしてその時だけ現れるタルタロスと読んでいた塔とその周辺にだけ現れていたんです。だけど………」

「いきなりお構いなしに現れるようになった、そうでしょう?」

 

 たまきの言葉に、明彦が頷く。

 

「小岩さんは、特異点の影響だって言ってました」

「小岩、葛葉のサマナー、小岩 八雲の事か?」

「はい、彼と音葉さんというアシスタントの女性、それとオレの仲間達とその特異点がタルタロスにある、という事で探索していったんです。そしたら、奇妙なシャドウが現れて………小岩さんは《電霊》って呼んでました」

「電霊、確かアルゴン・スキャンダルの時に確認された変異種の悪魔だったな」

「ええ、それを協力して倒した途端、いきなり閃光に包まれて…」

「ここに飛ばされた」

 

 アルジラが横から入れた言葉に、明彦は頷く。

 

「私も同じね、いきなり光に包まれたかと思ったら、ここにいた」

「オレはよく覚えていない。気が付いたら、見た事もない場所にいた」

「神隠しの類にしては、規模が大きすぎるな」

「ああ」

 

 いぶかしむゴウトに、唯一術によって跳躍したライドウが首を傾げる。

 

「それにしても、まさかライドウのお出ましとはね。しかもゴウト童子と一緒に」

「今代のライドウは?」

「二次大戦……って言っても分からないか。今から60年くらい前の戦争で、当時のライドウがその証の陰陽葛葉を持って東京大空襲の最中に失踪して以来、廃れたって聞いてる」

 

 たまきの説明に、ライドウは僅かに顔を曇らせた。

 

「ま、とにかく戻ってからにしましょ。他にも来てる人達いるし」

「セラがいないなら、ここに用はない」

「待ってヒート! この状態じゃ、あなた一人で行動なんて出来ないでしょう!」

「それに、また不用意に時空転移が起きれば、どこに飛ばされるかも分からんぞ」

「……ちっ」

 

 アルジラとゴウトの制止に、別行動を取ろうとしていたヒートは舌打ちしながら足を止める。

 

「人手が増えるのはありがたいのよね~。最近あのシャドウ以外にも見た事ない悪魔が出始めてるし、ラスト・バタリオンの連中もまた騒ぎ始めたし………」

「……ここもやっかいな事になってるようだな」

 

 克哉の言葉は、何よりも的確に事実を言い当てていた。

 

 

 

「お、克哉さん! 達哉もリサも無事か!」

「げ、ホントにたっちゃんとギンコが二人………」

 

〈珠閒瑠警察署〉とやけに流麗な書体で書かれた看板が掛けられたビルの中に入ると、そこに青く染めた髪と白塗りメイクのパンクルックの青年、かたや警視庁特殊機動捜査部 機動班所属、かたやペルソナ使いの二人のミッシェルこと三科 栄吉が声を掛けてくる。

 

「うわ、二人並ぶと不気味~」

「そうだよね~」

 

 二人のリサが、まったく同じ顔が並んでいる事に自分達を棚に置いてたじろぐ。

 

「よりにもよってそう来るかよ!?」

「このミッシェル様の美しさが二倍、いや二乗だぜ!」

 

 二人そろってのポージングに、その場にいた全員がさすがにたじろぐ。

 

「それくらいにしておこうよ」

「多分直になれるだろうから」

 

 上へと続く階段から、同じように警視庁特殊機動捜査部 機動班所属の橿原 淳と、ペルソナ使いの黒須 淳が苦笑しながら降りてきた。

 

「ペルソナの共鳴が無ければ、区別がつきそうに無いな」

「双子ではなく、純粋に異なる世界の同一人物だからな」

「何か区別つける方法ないかしらね~。こっちも困ってるのよ」

「印をつければいいだろう。帽子とか鉢巻とか」

『それだ!』

 

 全員が一斉に手を叩いて声のした方を指差した所で、そこにいるゴウトを見て署にいた者達が静止した。

 

「今、カラスがしゃべらなかった?」

「僕もそう聞こえたけど……」

「見た目で判断するとはまだ青いな」

 

 一瞥をくれるゴウトに、二人のミッシェルと二人の淳がたじろぐ。

 

「一応、葛葉のお目付け役よ。私も見るの初めてだけど」

「葛葉ってほんと色んな人いますよね……」

「……この時代の葛葉はどうなっているんだ?」

「ここで残ってる葛葉のサマナーは私だけよ。他は死んでもしぶとくこの世に居座ってるボスが一人」

 

 淳の言葉に不安を覚えたライドウが説明を求めると、たまきが苦笑しながら答える。

 

「ともあれ、まずは情報交換が先ね」

「XX―1はこっちでチェックしとくぜ。オーバーホールは無理だけどな」

「DEVAシステムがショートしてるが………」

「マジかよ、何やってきたんだ?」

「その件で重要な話もある。他に誰がいる?」

「達哉さんとリサさん以外、機動班全員こっちに飛ばされたんですよ。班長も会議室にいます」

「他にもあちこちから来てるわよ」

「セラがいなけりゃどんな奴がいても邪魔なだけだ」

「お仕事したからまずケーキ!」

「このピクシー、誰の仲魔?」

「あ、すまない僕が契約してるんだ。週ケーキ1ピースで」

「……安い契約だこと」

 

 

 

 ケーキをねだるピクシーをなだめつつ、合流した一行が、〈会議室〉とこれも流麗な書体で書かれたプレートのドアの前に立ち、先頭のたまきがドアをノックする。

 

「どうぞ」

 

 どこか聞き覚えのある声の返答に皆が気付く中、たまきがドアを開ける。

 

「連絡していた人達をお連れしました、周防署長」

「ご苦労、たまき君」

 

 たまきの後ろに続いていた克哉が、室内にいる幹部職の制服に身を包んだ自分を見つけ、驚愕に硬直する。

 

「しょ、署長!? 僕が?」

「……なるほど、確かに僕だな」

 

 二人の克哉が、驚きの表情で視線を交錯させる。

 

「異世界の同一人物が異なる立場にいる、そして邂逅して互いにそれを認識する。確かに奇妙すぎる事だな」

 

 克哉署長の向かいにいた、緑の髪と瞳を持った冷めた雰囲気の男が、目じりの間を何かを押し上げるような仕草をしつつ二人を見た。

 

「ゲイル、お前も来てたのか……」

「ヒートか。だとしたらあの時その場にいた者は全員飛ばされた可能性が高いな」

 

 それがトライブ・エンブリオンの参謀だった男に間違いない事を確認したヒートが、わずかに顔をしかめる。

 

「無事合流、と言った所かな?」

「わお、またにぎやかになったわね♪」

「あ、舞耶だ~」

 

 克哉署長とゲイルの間で話の仲介をしていた左耳にリングピアスをしたジャケット姿のクールな目をした男が克哉達の姿を見ると笑みを浮かべ、何かメモを取っていた肩口で髪を切りそろえた温和そうな女性が会議室に来た一同を見て楽しそうに声を上げる。

 

「機動班はほとんど《向こう側》に飛ばされていたか、それに舞耶君? いや《向こう側》のか?」

「いや、《そちら側》の本物だ。こちら側の舞耶姉は………もう死んでいる」

 

 元エミルン学園ペルソナ使いリーダー、藤堂 尚也の姿を見て安堵した克哉だったが、同じペルソナ使いとして戦った事もある雑誌記者の天野 舞耶の姿を見つけて動揺する。

 が、ペルソナ使いの達哉の言葉に、克哉は前に《向こう側》と《こちら側》が出来た理由を思い出し、そこではたと動きが止まる。

 

「舞耶君、なぜここに………あの時、あの現場にはいなかったはず?」

「いや、実はなんか面倒な事になってるって聞いたから、何か手伝おうかな~ってビルの手前まで行ったら、何か光って」

「ああ、そうだったのか………すまない、面倒な事に巻き込んだようだ」

「それが、最初何がなんだか分からなくて出版社に行ったら、皆こっちを幽霊扱いするのよ~ひどいと思わない?」

「いや、まあ実際こちらだと死んでてお葬式やってお墓まであるし…………」

「たまきさんも幽霊扱いしてくれてたしね。普通に扱ってくれたの、達哉君と轟所長だけだったわよ?」

「いや、ウチの所長ももう死んでるから」

「話したい事は色々あるだろが、まず状況把握を先にしたい」

 

 ゲイルの一言に、全員が我に帰る。

 

「関係者を全員集めてくれ。また増えるかもしれないが」

「見ず知らずの人間ばかりじゃないのが救いだな」

 

 二人の克哉の意見は、それなりに的を得ていた………

 

 

十分後

 

 大勢の人間が会議室の中へ詰め寄せていた。

 そのほとんどが若い男女で、格好もまちまちだったが、その腰や懐には何らかの武器などが吊るされ、明らかに修羅場慣れした空気を漂わせている人間も多かった。

 

「これで全員か?」

「上杉さん達がパトロールに出てていないけど、まあ大丈夫でしょ」

 

 会議室の議長席で面子の確認をしていたたまきが、とりあえずそろった事を確認してGOサインを出す。

 

「さて、まずは現状を理解出来てない者達も多いので、その確認から行こう」

「それが妥当だ」

 

 克哉署長の言葉に頷きつつ、ゲイルが議長となってホワイトボードに現在の珠閒瑠市の略図を書いていく。

 

「まずは今我々がいるこの世界《珠閒瑠市》、《シバルバー》とも呼ばれる世界、西暦だと2003年だ。元は広大な世界の一部だったらしいが、〈このような物が珠閒瑠市の地下にある〉という噂の流布を持って、具現化された物らしい」

「噂の流布を術式の媒介にしたのか? だとしたらかなり高位の存在が関与していたはずだが………」

 

 ライドウの質問に、ペルソナ使いの達哉が前へと進み出ると、珠閒瑠市略図の下に蝶のような物と仮面のような物を書き足す。

 

「光の存在《フィレモン》と闇の存在《ニャルラトホテプ》、この表裏一体の存在が行った実験の一つだったらしい。最初は《ジョーカー様》という遊びで願いが叶うという物だったのが、それを起因として事件を起こし、それが更なる噂を呼んで事態を悪化させていった」

「人心の恐怖を肥大化させていく訳か……なかなか計算されてるな」

「似たような事件を扱った事もある。あやうく帝都が滅亡しそうになったが、なんとか食い止めた」

 

 アレフとライドウが納得する中、《向こう側》の者達の顔が厳しくなる。

 

「オレ達は……食い止められなかった。最後はその大元となった《マイヤの託宣》が実行され、舞耶姉の死が引き金となり、この世界はこの珠閒瑠市を残して崩壊した」

 

 押し黙るペルソナ使いの達哉の隣で、ゲイルが珠閒瑠市略図の隣にもう一つ同じような略図を書いていく。

 

「この最悪の結末を回避するため、フィレモンと呼ばれる存在は周防 達哉、リサ・シルバーマン、三科 栄吉、黒須 淳の四人の幼少時の出会いをキャンセルする事によって、《この事態にならない世界》、すなわち《こちら側》と呼ばれる世界を創る可能性を用いたらしい」

「過去に干渉したというのか? 一歩間違えればどうなるか分からないぞ」

「だから、もっとも最小限の被害に止めたんだよ………オレ達が、親友を失うっていう被害だけにな」

 

 かつての事件を思い起こしたライドウに、ペルソナ使いのミッシェルが静かに反論する。

 

「だがオレは……その孤独に耐えられず、その可能性を否定してしまった。その結果、《向こう側》と《こちら側》の境が不安定になり、再度似たような事態に陥りそうになった。再度の最悪の結末を防ぐため、オレはそちらの達也の体に精神を憑依させ、事態の収束を試みた。兄さんや舞耶姉、それに大勢の人達の協力の元、《こちら側》では事態は収束、オレはまたここへ戻って全ては終わった、はずだったが………」

「今度は、それとは比べ物にならないレベルで、無数の世界に干渉が起きている。その内の一つがオレ達だ」

 

 二つの珠閒瑠市略図の隣に、ゲイルが高い塔を中心とした小さな町のような物が幾つか集まった略図を書いていく。

 

「オレ達は元はこの《ジャンクヤード》で幾つかのトライブに分かれ、理想郷《ニルヴァーナ》を目指して戦っていた。だが、ある時突然現れた《ツボミ》と名付けられた物から発せられた閃光によって、この《アートマ》と共に悪魔化する力を得、《喰奴(くらうど)》となった」

 

 ゲイルが自らの左足にあるつむじ風を模したアートマを見せる。

 

「だが、この力と同時に《喰奴》は二つの物を得た、一つは今まで持っていなかった《感情》、そして《飢え》だ」

「待ってくれ、飢えは分かるが、感情とは?」

「その説明は、この後でだ」

 

 克哉警部補の問いに、ゲイルは一人の少女(らしき物)の似顔絵を書いていく。

 

「オレ達のトライブ《エンブリオン》はこの悪魔化現象の中心となっている少女セラを偶然にも確保した」

「ちょっと待て、それセラか?」

 

 ヒートの文句に、アルジラが黙ってホワイトボードの前へと歩み寄ると、ゲイルが書いた似顔絵(らしき物)を消してもうちょっとマトモな似顔絵を描く。

 

「これで文句ないでしょ」

「そうじゃねえだろ!」

 

 今度はヒートがホワイトボードまで行ってアルジラの描いた似顔絵を消すと、自分の手で似顔絵を描いていく。

 

「セラはこうだろ!」

『お~』

 

 やや時間をかけて描かれた物は、どこかはかなげな印象を持つ、黒髪ショートの少女の横顔を見事に描き出していた。

 意外な才能に、皆から感嘆の声が漏れる。

 

「ヒートさんって結構絵上手なんだ」

「確かに伽耶に似てない事はないな」

「……それで本題に戻りたいのだが」

 

 咳払い一つして克哉警部補が宣告すると、満足したのかヒートとアルジラが席へと戻る。

 

「セラの助力と共に、エンブリオンはジャンクヤードを制覇したが、その先に待っていたのは理想郷などでは無かった。いや正確にはジャクヤードその物が存在していなかったというのが正しい。このジャンクヤードは《テクノ・シャーマン》であるセラが過酷な実験からの逃避のために作った電子仮想世界を軍事用に改変した物、そしてジャンクヤードの住人は全てその戦闘データを利用するために作られた《アスラAI》だ。故に本来自我は持っていても感情は持っていなかった」

「え~と………」

「つまりそれは……」

「人間に極めて近い情報の集合体、そしてそれが具現化した存在って事ね」

 

 あまりに突拍子も無い話に、何人も頭を抱え込む中、ヒロコがかいつまんで要約すると辛うじて理解出来た者達が懐疑的な目で喰奴達を見る。

 

「つまり、彼らは本来はプログラムの集積体という事か?」

「ゲームキャラがそのまま出てきたって事じゃね?」

「電子的なレベルでのクローニングと思えば?」

「まさかリ○グの貞○のように……」

「何の事かさっぱり分からんが、ようは悪魔化して力を振るえる存在が協力している。それでよかろう」

 

 適当な意見ばかり述べる者達を、ライドウの肩に止まっていたゴウトがまとめに入る。

 

「アートマは悪魔の力をもたらすと同時に、その悪魔としての理性や本能までもその者に与える。全てはセラが《神》との交信を暴走させた結果もたらした物だ」

「……随分と物騒な神様と交信してたのね」

「すぐそこにある」

 

 たまきが漏らした言葉に、ゲイルが窓の外、空に浮かぶ太陽を指差す。

 

「なるほど、太陽が神か。確かに一理ある」

「大抵の神話には太陽神がいるしね」

「崇拝するにも手間がかからない」

 

 サマナー達が妙に納得するのをペルソナ使い達が生温い目で見る中、ゲイルは更に続ける。

 

「オレ達がこの世界に飛ばされたのは、セラの再度の交信暴走が原因と推測される」

「セラが悪いってのか!」

「待ってくれ。オレが飛ばされたのは別の原因だ」

 

 ずっと話を聞いていた明彦がホワイトボードへと出ると、そこに塔らしき物を描いていく。

 

「オレの世界、西暦2009年では、一日の間に影時間と呼ばれる常人には感知できない世界があった。そしてその影時間の中にだけ存在する《シャドウ》、それらが《タルタロス》という塔に原因があると知ったオレ達は、影時間に適応し、なおかつペルソナの力に目覚めた者達を集めてその原因となった滅びの存在、《ニュクス》と戦うはずだった。だが、この《こちら側》の世界からデビルサマナーの小岩さんと音葉さんが飛ばされてきて、直後にシャドウの変質が始まった。小岩さん達と協力して、その原因、いや特異点となっていた電霊とかいう力を得たシャドウを倒した瞬間、いきなり光って気付いたらここにいた」

 

 すると今度はアレフが前へと出ると巨大な教会のような建物を描いていく。

 

「どうにも、オレ達とはまた違うようだな。オレ達のいた世界は、西暦1999年に《大破壊》と呼ばれる大災害が起き、その後唯一なる法を尊び、《救世主》の降臨を解くメシア教団によって設立された《TOKYO ミレニアム》、西暦2029年から来た。もっともその裏で暗躍していた神魔の戦いを平定し、新たなる世界を皆で築き上げていた最中だった。だが、いきなり復旧中だったセンターのシステムが《何か》と干渉を始めて、調査に向かった途端、光ってここに」

「その余波がかつてこちらで起きた時空の歪みに引っかかった訳か………」

「このどちらでもセベク・スキャンダルは起きてる。《向こう側》の皆にも聞いたが、セベク・スキャンダルで起きた事はほとんど変わらないらしい」

 

 ライドウがホワイトボードの端に大正二十一年と書いた下にやたらと古めかしい画風で超力超人や憑依状態だった伽耶のデフォルメした絵を描いていくと、尚也が二つの珠閒瑠市の上にエミルン学園の略図を描いて西暦1996年と書く。

 最後にゲイルが自分の描いた図の上に西暦2025年と書くと、その略図と年号を見てから呟いた。

 

「……多過ぎるな」

「確かに。これが偶発的な事故とは考えるのは難しい、というか不可能だろう」

「というか、最早何がなんだか分からないのだが」

 

 ゴウトとゲイルの指摘に会議室にいる者の半数が頷き、克哉署長の意見に残る半数が同じように首を傾げる。

 

「ただこの異なる時空間が関与するケースには、必ず《特異点》と呼ばれる物が存在するらしい。例えば、オレ達の場合はセラがそれにあたる」

「こちらだと、伽耶に憑依していた未来のライドウだな」

「じゃあここだと?」

「この世界で一番最初に飛ばされて来たのは?」

「あ、私だけど?」

 

 克哉署長とライドウの質問に、舞耶が手を上げる。

 

「ここだとすでに死んでいる人間が存在する訳だから、確かに特異点となりうるだろう」

「じゃあオレ達の場合は……」

「恐らく、センターのシステムに残されていた《偽神》のデータじゃないかしら? 複雑な神秘学データで構成されてて、消す事が出来なくて困ってたから………」

「だが、一つだけ違う事がある。明らかにこれが人為的事件である証明が」

「……彼か」

 

 深刻な顔をする克哉警部補に、ライドウもここへ来る要因となった事件を思い出していた。

 

「……ライドウ氏の世界で、神取 鷹久に会った」

 

 その名に、元エミルン学園のペルソナ使い達が一斉に反応した。

 

「ウソ……」

「彼は、死んだはず。いやオレ達がこの手で倒したんだ……」

「それは、何者だ?」

「セベク・スキャンダルを起こした張本人だ。天才的プログラマーにしてデヴァ・システムの製作者。そのデヴァ・システムの発動によって多くのペルソナ使いの覚醒を招いた男だ」

「天才、か」

 

 尚也の説明に、ゲイルがうつむきながらまた目の間を何かを押し上げるような仕草をして思案する。

 

「《こちら側》の世界では、噂の力で復活した神取は再度敵となり、そして僕達に敗れ、生き恥を嫌って崩落する海底洞窟に残った……だが、再度出合った彼は、ライドウ氏が扱った事件の資料を強奪し、再度行方をくらました。恐らくは、どこか別の時空間に移動した物らしいが………」

「そのデヴァ・システムとやらは、ここまで影響が出るのか?」

「いや、前に起きた時は町一つ隔離しただけだったが……」

「ならば、他にも同様の《何か》を行っている者がいると考えるべきだ」

 

 ゲイルの指摘に、全員が色めき立つ。

 

「つまり、複数犯だと?」

「考えたくはないが、前の事件と今回の事件の規模を比べても、明らかに神取一人で行ったにしては影響が大き過ぎる」

「状況から推察するに、我々同様、複数の世界の人間が関わっている可能性も高い」

「あえて言うなら、幾つもの世界に跨った、テロ行為か」

「そう思ってもらっても構わないだろう」

 

 二人の克哉が導き出した結論に、全員が騒ぎ始める。

 

「……対策は?」

「まずはこの世界にこれだけの者達が飛ばされてきた原因の究明だろう。恐らく、何かが必ずある」

「幸運な事に、人手には事かかん」

 

 克哉達が対策を協議する中、ゲイルが居並ぶサマナー、ペルソナ使い、喰奴達を見回す。

 

「現状のパトロールを更に広範囲に広げよう。君達もそのメンバーに加わってもらうがいいか?」

「無論だ。市民の安全の確保は警察官の最優先事項だ」

「克哉さん同士だと、話がまとまりやすくていいわね~」

「一つ、決めておかねえといかねえ事を忘れてるぜ」

 

 対策がまとまりかけた所で、ヒートが言葉を発する。

 

「何をかね?」

「こんだけの面子だ。誰が頭をやる? あんたか?」

 

 ヒートの指摘に、克哉署長はしばし悩んで首を横に振った。

 

「残念だが、僕では君達の力の正確な把握が出来ない。管轄下には入ってもらうが、確かにまとめる者が必要だな」

「そもそも、能力に個人差がありすぎるから、まとめられる人なんている?」

 

 たまきの言葉に、全員が頷き、頭を抱え込む。

 

「くじ引きとかじゃんけんとかは?」

「それはちょっと……」

「選挙で決めるというのは?」

「まだ全員の事も理解してないのに?」

「手っ取り早く殴り合いで決めるか?」

「一歩間違えたら殺し合いよ」

「じゃあ、どうする?」

『う~ん………』

 

 全員が明確な答えを出せないで唸る中、羽ばたきの音がそれを中断させる。

 

「ならば、それぞれから代表を出してその者達で総括役とすればいいだろう」

『おお!』

 

 ゴウトの言葉に、全員が納得して手を叩く。

 

「だとしたら、警視庁特殊機動捜査部からは、僕と尚也君が妥当か」

「じゃ、こっちは私と達哉君で」

「話し合いだったら、ゲイルに任せるのが妥当かしらね」

「チームを組んでない者はどうすればいい?」

「誰かの指揮下に入らない限りは出た方がいいだろう。オレはそうする」

「決まったようだな。今後の対策協議のため、代表は残ってくれ。後は解散してもらっていい」

「へ~い」

「私お腹空いた~」

「じゃ、ご飯食べに行こ」

「どこか休める所はあるか?」

「部屋開いてるぜ」

「ところで一つ聞きたいのだが」

 

 ぞろぞろと会議室を出て行こうとする者達に、克哉署長がずっと感じていた疑問を口にした。

 

「なんで君達はカラスと会話しているのかね?」

『え?』

「……そうか、この者だけオレの声が聞こえなかったのか」

「ゴウトの声は力ある者にしか聞こえん。必要なら誰か通訳してやってくれ」

「そのカラスは言葉が通じるのか?」

「……後で説明します」

 

 気まずそうな顔でたまきが締めくくると、代表以外の者達が会議室を出て行く。

 残った《こちら側》の克哉警部補と尚也、《向こう側》の達哉とたまきに克哉署長、エンブリオンのゲイル、それにライドウとアレフが席へとついた。

 

「さて、まずはチーム構成からだな」

「おや、明彦君とやらはいいのか?」

「彼は指揮下に入る事を納得してくれててね。上に立つよりも、前線に立ちたいらしい。いささか勝手が違うようだけど、彼もペルソナ使いだからね」

「どう分けるかが問題ね~。できれば能力を均一にしたいけど」

「その前に一つ聞いておきたい事がある」

 

 ライドウが肩のゴウトと共に、ゲイルの方を鋭い目で見た。

 

「セラの歌無しで、喰奴はどれだけ正気を保てる?」

「ヒートから聞いたか」

「ああ、そもそもこちらに来た時、彼は飢えで暴走していた」

「待ってくれ、何の事だ?」

 

 克哉署長の問いに、克哉警部補とライドウがゲイルへと目配せする。

 小さく頷いたゲイルが、喰奴の一番の弱点を話し始めた。

 

「アートマによる悪魔化の最大の問題は、飢えによる暴走だ。喰奴は通常の食料とは別に、飢えを満たす必要がある」

「それは一体何を?」

「マグネタイトね」

 

 克哉署長の問いに、たまきが横から答える。

 

「マグネタイト? それは一体……」

「悪魔が実体化するために必要なある種の生体エネルギー元素、って所かしら? 実は私も詳しくは知らなくて」

「喰奴は飢えを満たさねば、飢えに支配され暴走を始める。セラの歌だけが唯一それを抑えられるのだが………」

「ライドウ氏の神鎮めの秘術でも可能だ」

「そのマグネタイトとやらを大量に摂取すればいいのではないか?」

 

 克哉署長の問いに、サマナー達が押し黙って互いに目配せする。

 

「何か僕は妙な事を言ったか?」

「サマナーは、通常倒した悪魔の屍からマグネタイトを収拾する。だが、それ以外にマグネタイトを集める方法は一つしかない」

「その方法とは?」

「言ってなかったか。オレ達は、食らい合ってここまで来たと」

 

 ゲイルの言葉を脳内で反芻した克哉署長が、ようやくその意味に気付いて顔色を青くしていく。

 

「まさか、飢えを抑える方法とは……」

「事実、飢えに任せて仲間を無差別に喰った奴もいた。オレも、セラがいなければ………」

 

 誰かの喉が、唾を飲み込む音が静まりかえった室内に響く。

 

「神鎮めの秘術は一人ずつにしか出来ない。もし、一度に複数の喰奴が暴走したならば…」

「倒してもらっても構わない」

 

 ライドウが問うよりも早く、ゲイルが断言。

 

「……本当にいいのかい?」

「確かにオレ達は人食いの化け物だ。だが、心まで醜い悪魔になるのなら、死んだ方がマシだ。こちらに来てからはアートマの使用を極力抑えていたが、そうもいかなくなりつつある。セラと離れてしまっている現状では選択肢は無い」

「それって悪魔差別だよ!」

 

 尚也の問いに答えるゲイルに、天井近くで浮かんでいたピクシーが降りてきて抗議する。

 

「……暴走の危険性がある人間は使いたくないが、状況は予断を許さない。喰奴の人達はなるべく彼の下に着くという事で」

「他に、あの装甲服部隊も回しておくといいだろう。暴走した喰奴を抑えるには、あれくらいの装備が必要だ」

「物騒な話ね……」

「これ以上厄介な事態にならないなら、多少物騒でもいいと思うけど」

「だといいがな………」

 

 尚也の意見が、希望的観測にすらなりそうもない事を、誰もが薄々気付いていた………

 

 

 

「また増えたらしいで」

「困りましたね、こちらはあまり増やせないと言うのに」

「放っておけ。それにいい実戦データも取れる」

「そないな事言うても、制御装置だってまだ実験段階や」

「仕方有りません。全ては《あの方》の実験ですからね………」

「そう、実験だ…………」

 

 

 

 絡んだ糸の端を掴む者達が、一つへと集い始める。

 それぞれの掴んだ糸の先にある物は、果たして………

 



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PART10 OPEN BROWSER

 

「……これは一体?」

「さあな」

 

 かつての城址跡に作られたという本丸公園に、異様な集団が集まっていた。

 私服や制服、スーツなどと種々の格好をした男女が集まっているが、その誰もが白塗りに目の部分だけ穴が空いた仮面を付けている。

 そのような仮面を付けた老若男女が集っている様は、異様としか言いようが無かった。

 やがて、その集団の脇から、仮面を付けてない風変わりな格好、というかコスプレ衣装のような物を着た褐色の健康そうな少女が前へと歩み出た。

 

「ヤイル・カメ~ン!」

『ヤイル・カメ~ン!』

 

 その少女が右手を斜め上に上げ、変わった掛け声を上げると、仮面の集団が一斉に続く。

 

「じゃあこれから仮面党、定例集会始めるよ~!」

 

 少女、かつてはイシュキックと名乗り、仮面党の巫女として暗躍(?)した人物、星 あかりが集会の開催を宣言した。

 ジョーカーによって願いを適えられた者達からなる組織《仮面党》、噂によって一時凶悪なテロ集団と化した仮面党だったが、噂の沈静化と外界の滅亡により、その性質はまったく異なる物へと変貌していた。

 かつてのテロ集団から、カルト兼自警団と化した仮面党は新たなリーダーの下、再度結束を強めていた。

 

「こういう物は時代が変わってもあまり変わらないな」

「未来において科学技術が進めば、宗教は衰退するという説は間違いだったようだ」

「技術が進めば進む程、むしろカルトが横行する。その手の事件は増える一方だ」

 

 ライドウとその肩に留まっているゴウトの呟きを聞いた克哉が、一人と一羽の意見を補足する。

 

「過去でも未来でも、異端は存在する、か」

「だから君や僕のような者が存在する。たとえそれもまた異端でもな」

「それじゃ杏奈お姉ちゃん……じゃなくてレイディ・スコルピオンから」

 

 二人と一羽の声が聞こえてないのか、元気そうなあかりの声と共に、仮面党幹部四天王の唯一の生き残りにして、現仮面党の実質リーダーのレイディ・スコルピオンこと吉栄 杏奈が党員達の前へと出た。

 

「みんなも気付いてるはずだ。ここ最近のこの町の不安定さを。市民達は、皆何か起きるのではと不安に思っている」

「その通りです。レイディ」

 

 党員の一人が前へと進み出ると、一つの報告書を差し出す。

 それを受け取った杏奈がそれに目を通す。そこに書かれていたのは、最近の仮面党と町に起こり始めた異変との戦闘記録だった。

 

「ラスト・バタリオンの残党のみならず、正体不明の敵も出現しているのは知っているだろう。今こそ、我らは力を合わせなければならない」

『ヤイル・カメ~ン!』

 

 杏奈の宣言と共に、党員達が掛け声を上げる。

 

「これから正体不明の敵への説明がある。総員、謹聴せよ」

「いや、そんなにかしこまられても………」

 

 党員達が姿勢を正す中、多忙を極める克哉署長の代理というか影武者として来た克哉警部補と、説明役のライドウがホワイトボードを手に前へと進み出る。

 

「現在、確認されている新しい敵は二種、一つはシャドウと呼ばれる存在、特徴はこの仮面だ」

 

 ホワイトボードに張られた写真を指示棒で克哉が指す。

 

「その特徴は極めて多岐に渡り、その判別は極めて困難だ。もし交戦状態に陥った場合、決して油断しない事、そして不利な状況になった場合、すぐに退避して警察の特殊対策部隊に連絡する事。問題はもう片方だ」

 

 克哉が別の写真、悪魔の姿をした異形を指す。

 

「こちらは喰奴と呼ばれる存在。こちらは極めて厄介な事に、人間へと変身する力を持っている」

 

 混乱を防ぐため、あえて逆の説明をしながら、克哉は進めた。

 

「特徴は人間状態だとアートマと呼ばれるタトゥーのような物が体のどこかにある事。そして最悪な事に、こいつらは悪魔および人間すらも捕食する」

 

 その言葉に党員達に衝撃が走り、その場がざわめいていく。

 

「静かにして! 大事な事話してるから!」

 

 あかりの一言で、党員達は一斉に沈黙した。

 

「理性的なタイプもいるらしいが、逆に完全に理性を失っている危険なタイプも存在する。これら喰奴との戦闘は、絶対に行わないように! 文字通り、食われる」

「食い殺されたくなかったら、警察署もしくは警邏中の特殊対策部隊に知らせろ。すぐに駆けつける」

「あの………」

 

 克哉の説明にライドウが補足した所で、党員の一人が手を上げる。

 

「何か?」

「特殊対策部隊に、その喰奴がいるのを見たって奴が………」

「オレも聞いた」

「いや、実際見たわよ………」

 

 その一人を始めに皆が口々に騒ぎ始める。

 それを見ていた克哉とライドウは、目配せするとライドウが管を一本取り出しつつ、呪文を唱える。

 通常よりも多くのマグネタイトを消費し、完全に実体化した雷電族 トールが党員達の前に姿を現した。

 突然の事に、党員達が驚く中、ライドウがあらかじめ用意しておいた嘘の説明を始めた。

 

「ある種の術で、制御下に置く事が出来る。ただし、簡単に出来る事ではない。間違っても試みようと思うな」

 

 トールが手にしたハンマーを持ち上げ、振り下ろす。

 轟音と共に地響きが響き渡り、党員達の体を揺らす。

 驚き過ぎて党員達が硬直する中、ライドウがトールを管へと戻す。

 

「くれぐれも、無理をして犠牲者を出さないように。運のいい事に、署に対処できる人間が集まっている」

「自分達が出来る事をわきまえる事だ。オレ達は戦う。が、市民を守るのはお前達だ。以上」

「総員、心せよ。殉死者を無駄に増やす事を私は望まない」

『ヤイル・カメ~ン!!』

「それじゃあ、今日はここで解さ~ん。マジックカード残り少ない人は、もらってって」

 

 皆が仮面を外しながら解散していく中、残った克哉はため息を吐いた。

 

「協力してくれるのは結構だが、一般人ばかりではな………」

「仕方が無い、幹部で残ったのは私とあかりだけだ」

「こんな子供をか」

「なんだと~! イシュキックは結構強いんだぞ!」

 

 怒るあかりをライドウが片手で止めつつ、仮面党の戦闘記録に目を通す。

 

「このような状況下で、一番怖いのは混乱だ。いかな形であれ、一般人の避難誘導や遅滞戦闘を行える人材がいるのは好都合だ」

「警察官でも似たような状態のようだからな………なんとしてでも原因を突き止めなくては」

「分かった事があれば、すぐに知らせます」

「頼む。それと君自身も無理をしないように」

「お前が死ねば、仮面党とやらは瓦解する可能性が高い。支えが崩れれば、後はあらゆる物を巻き込んで一気に崩壊するだけだ」

「あかりだっているよ! この陰険コスプレマント!」

「……コスプレとはどういう意味だ?」

「……後で教えよう」

 

 まだ若い二人でかろうじて持っている仮面党の状況に僅かな危惧を覚えつつ、克哉とライドウは顔を見合わせた。

 

 

 

「今戻った。それとこれを」

「仮面党とやらの戦闘記録か」

 

 警察署の会議室で、色々なデータを比較検討していたゲイルが、受け取った仮面党の戦闘記録に目を通していく。

 

「Mapをこちらに」

「ポイントを絞り込めれば……」

 

 比較検討に協力していた元エミルン学園ペルソナ使いにして有数のオカルトマニア、エリーこと桐島 英理子とたまきが目撃記録や戦闘記録をPCに入力していく。

 

「こういう時、小岩の奴がいればな………」

「それって、八雲の事? そっちにもいるの?」

「ああ、葛葉からの出向でな。性格と行動と倫理に問題はあるが、優秀なサマナーなのは確かだ」

「こっちのとまったくそのままね。まあこっちのは外界の崩壊に巻き込まれただろうけど」

「それで死ぬような奴かな………」

「Oh、出来ましたわ」

 

 PCのディスプレイに、珠閒瑠町の地図と種々の敵の目撃および戦闘記録が表示されていく。

 

「一見散逸して見えるが、中央区画が多いな」

「蓮華台付近か……この世界だと何がある?」

「七姉妹学園の鳴羅門石から、シバルバー中枢部へと続く天の川が」

 

 会議室内へと入ってきた黒須 淳が、蓮華台の中央の七姉妹学園を指差す。

 

「けど、あれって悪用されないようにって封印したわよ? 私と所長で」

「その存在を知ってるのは?」

「イン・ラケチの噂で色々広まってるから、詳しい事は………セブンズの生徒だったら結構知ってるはず」

「Oh、ひょっとしたら、私達が気付いてないByroadがあるかもしれませんわ」

「抜け道、か…………」

「探索班を組織し、この周辺を重点的に探索するべきだ」

「それはそうだが、藪を突付いて蛇を出してしまっては問題だ。戦闘能力を持つ者達で組織しよう」

「それも腕の立つ連中でだ。喰奴らしき目撃例もあるが、暴走もしくは敵対の可能性は極めて高い」

 

 ゲイルと克哉が探索班について論議する中、エリーとたまき、淳がMapをにらめっこして可能性を絞り込もうとする。

 

「DATAが少な過ぎますわ………」

「あとで仲魔で巡回してみるしかないわね~」

「真田君の仲間に、探索能力に秀でたペルソナ使いがいるらしいけど、こちらにも一人くらいいれば………」

 

 そこで、いきなり署内に甲高い警報が鳴り響いた。

 

『緊急連絡! 蓮華台近辺にて大規模なシャドウ多数発生を確認! 全署員の武装許可! 至急市民の誘導に当たられたし! 特殊対策班は総員出動せよ! 繰り返す!』

 

 周防署長の緊迫した声が響き渡る。

 それを聞いたサマナー、ペルソナ使い、喰奴達は即座に己の得物を握り締めていた。

 

「車を回せ!」

「XX―1は出撃可能か!?」

「何とか!」

「パトロール中のみんなを呼び戻して!」

「すでに連絡はいってる!」

「弾をありったけ出せ!」

「住民の避難を最優先!」

 

 蜂の巣を突付いたような騒ぎの中、全パトカーがサイレンを鳴らし、現場へと急行していった。

 

 

 

「カメ~ン!」

「カメ~ン!」

 

 つい先程まで自分達が集会を行っていた場所で、仮面党の党員達がエンブレムの掲げられたクロスロッドとマジックカードを手に、湧き出してくるシャドウとの激戦を繰り広げていた。

 

「すぐに警察の特殊対策部隊が来る! それまでこいつらを一体も出すな!」

「いっくぞー! パリカー!」『マハガルーラ!』

 

 杏奈が党員達に指示を出す隣で、あかりが自らのペルソナ、ゾロアスター教で流星と同一視される美しい女魔パリカーを呼び出し、疾風魔法を放つ。

 

「やったか!?」

「いや、まだ来るぞ!」

 

 小型シャドウの間から、一際大きい中型シャドウも迫ってくる。

 

「アエーシェマ!」『アクアダイン!』

 

 杏奈も自らのペルソナ、ゾロアスター教で凶暴を現し、人を酔わせ暴力へ誘う悪魔アエーシェマを呼び出して水撃魔法を放って中型シャドウを押し流す。

 

「大丈夫だ! 倒す事は出来なくても、力を合わせれば防ぐ事くらいは…」

「なんだあれは!?」

 

 党員を鼓舞しようとした所で、党員の一人が驚愕の声を上げる。

 皆が思わずそちらを見た所で、驚愕の理由を知った。

 まず聞こえたのが何かを食いちぎるような咀嚼音、続けて何か液体が滴る音。

 その場所では、一体の悪魔が先程杏奈のペルソナの攻撃で押し流された中型シャドウを、食っていた。

 

「く、食ってる………」

「喰奴だ!」

「攻撃を集中させろ! あれは危険過ぎる!」

「せ、戦闘は避けろって話じゃ?」

「特殊対策部隊が来るまでの間、こいつを徘徊させる訳にはいかん!」

 

 杏奈の声と同時に、仮面党の攻撃が喰奴へと集中する。

 

「喰、喰うー!!」

「弱点を見つけ出せ! 喰奴は強い個体でも弱点を持っている、という話だ!」

 

 迫る喰奴、髪の毛の一本一本と下半身が蛇というギリシア神話の怪物、龍族 ゴルゴンに向けて無数のマジックカードがかざされ、魔法の集中放火の前にさすがに動きが止まり、そして打ち倒される。

 

「よ、よし倒せない相手じゃないな………」

「やりましょうレイディ!」

「油断するな! さらに強い奴もいるかもしれない!」

「その通りよ」

 

 突如頭上から響いてきた声に、皆が慌ててそちらを向いた。

 

「あいつも喰奴か!」

「カメーン!」

 

 党員達がかざすマジックカードから放たれた魔法が、頭上の喰奴へと命中するが、相手はまったく怯まない。

 

「魔法耐性だ! 離れろ!」

 

 その喰奴、ドレスをまとった女性の姿をした月夜の森の支配者にして、妖精王の后たる魔族 ティターニアがその美しい顔を醜悪に歪める。

 

『マハラギダイン!』

「しまっ…」

 

 放たれた大規模な火炎魔法に、杏奈は自らのペルソナを盾に党員達の前に立ちはだかった。

 

「レイディ!」「スコルピオン様!」「杏奈お姉ちゃん!」

 

 皆が声を上げる中、なんとか党員達を守りきった杏奈が、全身から焦げた匂いを漂わせつつ、その場に片膝をついた。

 

「こ、このレイディ・スコルピオンの前で………みんなに手は出させない………」

「別に構いませんわ。あなたが一番おいしそうですし」

「させるかぁ!」

「スコルピオン様をお守りしろ!」

「悪の悪魔め! このイシュキックが相手だ!」

 

 党員達が杏奈を守ろうとして周囲を取り囲み、あかりがその先頭に立つ。

 

「あら、その子もおいしそう」

「逃げろあかり! お前じゃ勝てない!」

「やだ!」

「では、二人そろっていただきますわ!」

 

 退こうとしないあかりに、ティターニアが襲い掛かる。

 それでもその場から動かず、ペルソナを発動させようとしたあかりだったが、その背後から光る何かが飛来した。

 

「ぎ、ぎゃあああぁぁーー!!」

「あれ?」

 

 突如ティターニアの絶叫が響き渡る。

 その目には、一振りの日本刀が突き刺さっていた。

 続けて背後から跳び出した影が、手にした剣の一閃でティターニアの胴を両断、二つに分かれたティターニアの体が石と化したかと思うと、次の瞬間には炎と共に爆砕した。

 

「すげぇ………」

「何あれ………」

 

 いきなりの事に仮面党の全員が呆然とする中、彼らの背後から歩みだした男が、地面に落ちた日本刀を拾う。

 

「あ、陰険コスプレマント!」

「先程の言葉を撤回しよう」

 

 愛刀・陰陽葛葉を手にしたライドウが、あかりの方を見て告げる。

 

「よく今まで持ち応えた。お前は十分に強い」

「当たり前だ! イシュキックは正義の転生戦士だ!」

 

 あかりが吼える中、ライドウは陰陽葛葉を押し寄せるシャドウへと向ける。

 

「あとは任せろ」

 

 手にしたヒノカグツチでティターニアを両断した男、アレフが背後すら見ずに告げる。

 

「ヒロコ、負傷者の手当てとそいつらの撤退の援護を」

「分かったわ。気をつけて、あの喰奴は明らかに無差別みたいだから」

「撤退って……」

「二人だけで戦う気!?」

 

 アレフのパートナー、ヒロコが杏奈に肩を貸しながら立たせると、そのまま後ろへ下がろうとするが、あかりが反論する。

 

「幾らあんた達が強くても、二人じゃ無理だよ!」

『二人?』

 

 ライドウとアレフが同時に答えつつ、己の得物をなぜか仕舞う。

 そしてライドウは両手に管を構えて詠唱を始め、アレフの指が腕のアームターミナルをタイプする。

 ライドウの管から光が溢れ、アレフのバイザーが次々と空間にグリッドを描いていく。

 そして、あかりの目の前で二人の仲魔達が姿を現した。

 

「心配は必要ない。手早く片付けねばならんしな」

 

 外法属 リリス、蛮力属 ショウテン、技芸属 クダン、雷電属 トール、紅蓮属 ムスッペル、銀氷属 オオヤマツミ、疾風属 パワーをまとめて召喚したライドウが、あかりへと告げる。

 

「あとはオレ達が引き受ける」

 

 堕天使 アガレス、日本神話でも有数の力を誇る荒々しい男神である破壊神 スサノオ、インド神話のナーガ族の王で千の頭を持つ巨大な蛇である龍神 アナンタ、インド神話で好戦的な四本腕の漆黒の女神である地母神 カーリー、インド神話で幸運と反映を司る蓮の女神 ラクシュミを続けて召喚したアレフが、再度剣を抜いた。

 

『行くぞ』

『オォ!』

 

 二人の召喚士が飛び出すと同時に、仲魔達も一斉にシャドウへと襲い掛かる。

 瞬く間にシャドウは倒され、襲い掛かる喰奴すらも剣の前に散っていく。

 

「そこの子! ここは任せておいて、撤退を手伝って!」

「か、かっこいい………」

 

 ヒロコの言葉も届かず、あかりは壮絶な強さを誇る二人を見つめていた。

 

 

 

「早く校舎に入るんだよ! すぐそこまで来てる!」

 

 蓮華台の中央部にある七姉妹学園、通称セブンスにも、シャドウの大群が押し寄せてきていた。

 この学校の教師である高見 冴子が中心となって、逃げる市民達を校舎へと匿っていた。

 

「うわっ!」

 

 校門から入ってきたばかりの男子生徒が、足をもつれさせて転倒し、そこにシャドウが群がろうとする。

 

「わああぁ!」

『熱血ドリル!』

 

 そこへ顔に傷跡のある初老にさしかかった教師が立ちはだかり、全身にドリルの生えた奇妙なペルソナでシャドウを蹴散らした。

 

「校長先生!」

「さあ、ここは私が受け持つ! 早く逃げなさい!」

 

 噂の多重効果で己の理想から生徒の理想像へと変化したハンニャ校長こと反谷 孝志校長が、自らの教育観を具現化させた無名で異形なペルソナを発動させつつ、校門前に仁王立ちする。

 

「来るなら来なさい! この私がいる限り、生徒達に指一本触れさせはせん!」

 

 だがそこで、校門からはるか離れた壁がいきなり吹き飛び、そこから喰奴が敷地内へと進入する。

 

「ぬ、しまった!」

「校長先生! 向こうからも!」

 

 また別の個所の壁も吹き飛び、そこから戦車型の中型シャドウも進入してくる。

 

「早く校舎に入るんだ!」

「でも校長先生が!」

「早くっ!」

 

 冴子先生が残った生徒や市民を校舎に押しこもうとする中、喰奴と戦車型シャドウが同時にハンニャ校長へと襲い掛かる。

 

「このっ…」

『ハイッ!』

 

 襲い掛かろうとした喰奴が、二つの跳び蹴りを同時に食らって吹っ飛ぶ。

 代わりにそこへ金髪碧眼の女性と、ピンク色のパワードスーツが降り立つ。

 

「おお、君は!」

『セイッ!』

 

 今度は剣を手にしたクールな雰囲気の男と赤いパワードスーツが戦車型シャドウの仮面に剣を突き立てる。

 

「シルバーマン君に周防君か! 来てくれたのか!」

「……なんでハンニャ校長が生きてて熱血キャラになってるの?」

「……あとで説明するわ」

 

《rosa》機のリサが問い、ペルソナ使いのリサが適当にはぐらかしながら、二人で背中合わせになるようにしつつ同じカンフーの構えを取る。

 

「今に増援が来る。全員校舎の中へ」

「いや、卒業生とはいえ、教え子達だけに闘わせるわけにはいかん! ここは私の大事な学校だ!」

「……変われば変わる物だな」

 

 ペルソナ使いの達哉とハンニャ校長のやりとりを、《Rot》機の達哉が密かに首をかしげつつ聞きながら、ヒートブレードを構える。

 こちらに向かってくる敵と味方の反応をペルソナとレーダーで感じながら、二人のリサと二人の達哉は、己の母校を守るために敵へと向かっていった。

 

 

 

「ひぃよええぇぇ………」

 

 蓮華台の中にある小さなアラヤ神社の境内で、一人の老婆が腰を抜かしていた。

 境内はシャドウで溢れ、喰奴達の姿も有る。

 いきなりの事に参拝にきていた老婆は腰を抜かし、か細い悲鳴を上げながら身動きできなくなっていた。

 

「なんだババアか………」

「しばらく食ってないからな。不味そうだが我慢しようぜ」

 

 老婆の姿を見つけた二体の喰奴、ソロモン72柱の魔神の一人で、赤い馬に乗った騎士の姿をした魔族 ベリスとギリシア神話で地底界タルタロスに幽閉された青銅の鎧兜をまとった原初の巨人族、鬼族 ティターンが老婆の方へと歩み寄る。

 

「じゃあ食わせろ」

「ひいぃぃぃ……」

 

 よだれを垂らしながら襲い掛かろうとしたティターンの顔に、突如として蹴りが叩き込まれる。

 

「がはっ!」

「ひっ……」

 

 蹴りを入れた相手を見た老婆が、更に悲鳴を上げる。

 そこにいたのは、頭頂部から顔の半ばまで頭部を両断するような口を持ち、両腕の代わりに羽根とも皮膚とも取れない物を持った異形だった。

 

「ここもか」

 

 その異形、アートマ・ツイスターの力でインド神話の風神 ヴァーユへと変身したゲイルが、足の先から出ていた刃を引っ込める。

 

「早く退避しろ」

「ああ、く、食わないで………」

「こっちへ!」

 

 ゲイルを見て半ば呆然自失としている老婆を、ゲイルの後から駆け寄ってきた明彦が背負って避難させる。

 

「貴様、アスラAIか!」

「それを知っているという事は、カルマ協会の者か。なぜここにいる」

 

 ゲイルの問いに答えず、二体の喰奴は同時に襲い掛かってきた。

 だがそこに、メカユニットが付随した槍と、大口径のライフル弾が飛来し、襲いかかろうとした喰奴を弾き飛ばす。

 

「がっ!」

「ぐはぁっ!」

 

 弾かれた二体の喰奴が片方は木に、片方は石灯籠に激突する。

 

「あまり勝手に動いてんじゃねえ!」

「ライドウさんがいない所で暴走したらどうするつもりです」

 

 槍を投じた黒のXX―1《schwarz》機を駆る三浦 陽介が乱雑な口調でゲイルにがなり立て、白のXX―1《weis》機を駆る子烏 俊樹も丁寧な口調でたしなめる。

 

「アスラAIだけでなく、機動装甲ユニットだと!?」

「意外か? オレ達以外にもこういう者達がいる事が」

「こいつら、お前達の世界の人間か」

「喰奴ですけどね」

 

《schwarz》機が槍を拾って構えなおし、《weis》機がライフルを照準させる。

 そこで周囲のシャドウが襲い掛かってくるが、攻撃が当たる前に強力な地変魔法と火炎魔法がシャドウ達を返り討ちにする。

 三人の背後から、アートマ・サイズミックウェーブでインド神話の大地の女神 プリティヴィーに変身して地変魔法を放ったアルジラと、アグニに変身した火炎魔法を放ったヒートが姿を現す。

 

「カルマ協会ですって?」

「なんでこんな所にいやがる」

「分からん。だが、何か知っている事は確かのようだ」

 

 都合五人の周囲に、シャドウ達が再び集まり始める。

 

「また増えてるような……」

「ちっ、ぞろぞろと………」

「雑魚がうざいな。まとめていくぞ」

「それが効率的だ」

「……仕方ないわね。あんた達は後ろにいて」

 

 一斉に襲い掛かろうとするシャドウ達に、喰奴三人が互いの力を共鳴させ、リンケージとして発動させる。

 

『Lトリスアギオン!』

 

 三人の力で放たれたすさまじいまでの業火が周辺を荒れ狂い、石灯籠や木々まで巻き込んで周辺を焼き尽くす。

 それが止んだ時には、シャドウはほとんど全滅していた。

 

「強烈だな」

「さすがですね」

 

 周辺に延焼する間も無く、範囲内を焼き尽くしたすさまじい力を目の当たりにした陽介と俊樹は感心するが、対してカルマ協会の喰奴は明らかに怯えていた。

 

「つ、強い………」

「ここは撤退を…」

 

 喰奴が退こうとした所で、いきなりベリスの胸から爪が、腹から槍の穂先が生える。

 

「がっ……しまっ………ぎゃああぁぁ!」

 

 業火の向こうからヒートと《schwarz》機が接近していた事に気づいてなかった事にベリスが悔やんだ次の瞬間には、その喉笛にヒートが食らいついていた。

 

「AI風情がっ…!」

 

 捨て台詞を言いながら逃げようとしたティターンの足に、アルジラの腕から伸びた触手が絡みつく。

 

『ニューロクランチ!』

「うがあっ!」

 

 ゲイルの神経魔法を食らったティターンの体が麻痺し、動きが止まる。

 

「食わないのか」

「一人は残す。貴重な情報源だ」

「他の所も大分片付いてきてるみたいです」

 

 残ったシャドウを片付けつつ、俊樹が呟いた所で、ふとアルジラが境内にある物が置いてある事に気付いた。

 

「ゲイル! ちょっとこっち来て!」

「なにかあったか」

 

 変身を解いてアラヤ神社の社から失敬した注連縄(しめなわ)でティターンを縛り上げていたゲイルが、アルジラの示す方向を見た。

 

「これは…………」

 

 

 

「現状の完全沈静を確認、一般警官による残務処理の申請が来てます」

 

 報告を受けた周防署長が、予想よりも大分早く片付いた事を感じつつ、まず大事な事を問う。

 

「被害状況は?」

「現在確認されている市民の死亡者は5名、負傷者は37名、周辺施設への被害状況はまだ調査中です」

「思ってたよりも少なく済んだか………」

「彼らのお陰です。まあ少し変わった人達ばかりですが………ああ、それと今回の騒動の被疑者の確保に成功したそうです」

「なに?」

 

 

 

珠閒瑠警察署(仮)・取調室

 

「う~!」

「よし、これで大丈夫だ」

 

 狭い取調室の中で、異様な光景が繰り広げられていた。

 取調べを受ける者と行う者、その二者であるのは確かだったが、その状況は通常とはまるで違っていた。

 取調べを受ける者は若い男で、全身を白のボディスーツとプロテクターでまとい、更に全身が注連縄でがんじがらめにされてイスに縛り上げられている。

 その上、その足元には梵字などで構成された和風の魔法陣が描かれ、その中央に男は座らされていた。

 

「な、なんだこれは!」

 

 準備が終わるまで猿轡までかまされていた男が、それらの準備をしたライドウと太った割に妙に眼光が鋭い中年男、葛葉探偵事務所所長にして、サマナー組織葛葉の重鎮、轟を睨み付けるが、二人は平然とそれを睨み返した。

 

「神封じの結界を張っておいた」

「この中にいる限り、お前はただの人間だ」

「な!? そんな事が!」

 

 男が自らのアートマを発動させようとするが、アートマは僅かに発光するがその体が悪魔へと変わる事は無かった。

 

「く、くそ………」

「さて、まずは平石と三角木を用意させて」

「そんな物はここには無い。そんな事をしなくても、指の四本も」

「何か不穏な事を言ってないか?」

 

 準備が出来たと聞いてきた克哉警部補が、ライドウの肩で時代がかった事を言うゴウトと更に危険な事を言う轟に冷たい視線を送りつつ、被疑者の反対側の席へと座る。

 

「その中だと克哉警部補もペルソナ使えないし、私達の仲魔も入れないから気をつけてね」

「分かっている」

「それじゃ、後は頼んだ」

 

 轟が出て行った代わりに、用心して部屋の外にはたまきが、室内でライドウが待機する中、取り調べが始まった。

 

「さて、まずは名前と年齢、身分を教えてもらおうか」

「くっ………」

「そんな物聞いても無駄だ。情報だけしゃべらせればいいだろう。まずは荒縄と桶に水を」

「今は江戸時代じゃないのだが」

 

 しゃべろうとしない男に、ゴウトが150年以上前の取り調べを推奨するが、克哉はそれを否定。

 

「君はヒート君達がいた時代で、その世界を統治する《カルマ協会》とやらの関係者らしいが、なぜそれがここで市民を襲う?」

「………」

「おい、畳針とロウソクを」

「だから今は21世紀だ。警察がそういう事を行う時代じゃない」

 

 顔を横に向けて視線すら合わせず、男は沈黙を守り続ける。

 

「……お前達のリーダーはなんという奴だ?」

「………」

 

 ライドウが変わって問うが、それでも男は何もしゃべらない。

 

「集団犯罪を起こしながら、現行犯逮捕の実行犯が何もしゃべらない。つまり、余計な情報を与えるなという事を命令できるだけの権力者が上にいるんじゃないのか?」

「………」

 

 克哉の仮説に男は沈黙のままだが、その頬を一筋の汗が流れていく。

 それは、克哉の仮説が正しい事の証明でもあった。

 

「今回の事件の、目的と首謀者は?」

 

 それでも、男の口から何一つ語られなかった。

 

 

 

同時刻 珠閒瑠警察署(仮)・車両整備室

 

「こいつは………」

「何だ?」

 

 持ち込まれた同じ作りの機械三つに、皆の視線が注目する。

 それはドラム缶位の大きさで、複雑な機械で構成され、中央に赤い花とも太陽とも取れる紋章がある見た事も無い物体だった。

 

「ターミナルの一種か?」

「カルマ端末だ」

 

 アレフの言葉を、ゲイルが修正する。

 

「端末? これが?」

「随分と複雑だが………」

 

 一つの分解を試みていた二人の達哉が、内部にみっしりと詰まった見た事もない複雑な電子機器に悪戦苦闘している。

 

「これは情報端末というだけでなく、オレ達のスキルの元となるマントラの取得や、端末間の転送機能も備えている」

「つまり、情報端末にベルベットルームとワープ装置を組み合わせたような物、って事か」

 

 尚也の説明にかろうじて納得したらしい皆が見つめる中、ようやく中枢ユニットらしき物が取り外された。

 

「な、なあ爆発とかしねえよな?」

「まさか~」

 

 二人のミッシェルの言葉に二人の達哉の手と全員の動きが止まり、皆がゆっくりと距離を取っていく。

 

「ねえ情人、爆破物処理班とか呼んだ方が………」

「No,Magic SYSTEMだとしたら、むしろDangerですわ」

 

 リサとエリーが呟く中、達哉の手にしたドライバーがユニットへと伸びる。

 

「ま、待てたっちゃん!」

「すげえヤな予感が!」

 

 ミッシェルの警告も聞かず、ドライバーがユニットへと取り掛かる。

 気の早い者達はすでに手近のパトカーやXX―1の陰に隠れるが、そのユニットにはネジ穴一つ無かった。

 

「貸せ。アポロ!」

 

 ペルソナ使いの達哉がそのユニットを手に取ると、いきなり己のペルソナで強引にユニットをこじ開けようとしていく。

 

「待て待て待て待て!」

「情人それは無茶過ぎ!」

「もうちょっと丁寧に扱いなさい!」

「何を騒いでおる」

 

 全員が一斉に講義の声を上げる中、ゴウトの声が響いてアポロの動きが止まる。

 ゴウトを肩に留まらせたまま、ライドウがその場に姿を現した。

 

「あれ、取調べは?」

「何もしゃべらない。こちらに何か糸口はないかと思ってな」

「糸口って言っても………」

 

 分解されたカルマ端末と、分解できない中枢ユニットに皆の視線が集中する。

 

「それは?」

「分からない。だが何かある」

「貸せ」

 

 達哉からユニットを受け取ったライドウが、それを軽く宙へと放ると、腰の愛刀に手が伸びた。

 鞘なりの音と共に、抜かれた刃が銀弧を描く。

 床に落ちる前にライドウはユニットを手に取ると、それを再度達哉に手渡す。

 手渡されると同時に、それは二つに割れた。

 

「すご………」

「大正生まれは一味違うぜ……」

 

 皆が唖然とする中、両断されたユニットが開かれる。

 その中には、青い輝きを持った羽根のような物体が有った。

 

「キレ~」

「でもなんだこれ?」

「初めて見る物体だ」

「何か力を持っているのは確かだが………」

「今戻りました」

「まだ有ったぜ」

 

 そこへ、残敵の確認に出ていた明彦とヒートが新たなカルマ端末を手に戻ってくる。

 

「そうだ、お前達はこれを見た事があるか?」

「なんだこりゃ?」

「な、これは!?」

 

 開きになったユニットを見たヒートが首をかしげる中、明彦の顔色が変わる。

 

「知っているのか?」

「これは《黄昏の羽》、影時間に干渉できる唯一の物体だ!」

 

 明彦が自分の召喚器を取り出すと、そのグリップ部分を開く。

 そこには、ユニットの物よりも随分と小さいが、同じ物が埋め込まれていた。

 

「なぜこれがここに!?」

「それを持ち込んだ人間と、埋め込んだ人間がいる。違う世界の技術を融合できる程の知識と技術を持った天才が」

 

 そう呟いたゲイルの脳裏に、ある人物が思い浮かんでいた。

 その条件に符合する、ある天才の姿が…………

 

 

 

 あまたの混乱と混沌の中、僅かな僅かに糸の端が見え隠れする

 その先にある物は、果たして………

 



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PART11 SERCH BOOKMARK

 

「一体どうなってるの!」

「ダメ! 向こうからも来た!」

 

 廃墟の乱立する荒野を、二人の少女が走っていた。

 その後ろから、多数の悪魔が後を追ってくる。

 

「人間! 人間だ!」

「マネカタじゃねえ、本物だ!」

「マガツヒをよこせ!」

「うっさい!」

 

 ゆかりが振り向きざま、手にした弓に矢をつがえると、渾身の力を込めて射る。

 

「がはっ!」

 

 ペルソナの力も込めて放たれた矢は追ってくる悪魔の一体を貫くが、それでも追っ手は怯まなかった。

 

「このっ!」

「ゆかりちゃん! 前からも!」

 

 風花が叫んだ通り、前からもまた向かってくる悪魔の姿が見えてくる。

 

「まずっ………」

「ど、どうしようゆかりちゃん!」

 

 かなり走ったためか、体力の無い風花の息がだいぶ上がっているのを見たゆかりが、周囲を見回す。

 

(私一人じゃ、この数は倒せない! でも、風花を置いて逃げる訳にも……)

 

 己の召喚器に手を伸ばした所で、ふとゆかりが土ぼこりで汚れた自分の靴に目が行った。

 

(自分らの能力の可能性くらい把握しとけ!)

「これだ!」

 

 ゆかりが八雲から言われた事を思い出すと同時に、召喚器を抜いて己のこめかみに当て、トリガーを引いた。

 

「イシス!」『マハ・ガルーラ!』

 

 ゆかりのペルソナが、疾風魔法を地面へと放つ。

 乾いた大地に叩きつけられた疾風は、無数の土ぼこりとなって周囲を覆い尽くした。

 

「なんだこりゃ!」

「どこ行きやがった!」

 

 悪魔達が悪態をつく中、ゆっくりと土ぼこりは晴れていき、そこにはすでに少女二人の姿は無かった。

 

「そこいらに隠れやがったな!」

「探せ!」

「速いモン勝ちだ!」

 

 悪魔達が周囲を探す中、そばの廃墟の中にに身を潜めた二人がそっと外を伺う。

 

「このままばれなきゃ………」

「だといいんだけど………」

 

 すぐそばを悪魔が通り過ぎるのを、息すら止めて二人はじっと耐える。

 通り過ぎたのを確認して、思わず安堵の息を洩らした瞬間、壁の隙間から入ってきた手がゆかりの腕を掴んだ。

 

「見つけたぁ~」

 

 手に槍を持った兵士の姿をした邪鬼、日本神話において黄泉平坂にてヨモツシコメに統率された軍勢である妖鬼 ヨモツイクサがゆかりを引きずり出そうとする。

 

「この変態!」

 

 ゆかりがとっさに矢筒から矢を一本取り出し、ヨモツイクサの腕に突き刺す。

 

「ぐっ、この尼!」

「イシス!」『ガルダイン!』

 

 イシスが放った疾風魔法が壊れかけた壁ごとヨモツイクサを弾き飛ばすが、その音に二人を探していた悪魔達が一斉にそちらを向いた。

 

「いたぞっ!」

「オレの物だっ!」

「はっ!」

 

 豹頭に双刀を持った、ソロモン72柱の半人半獣の魔神、堕天使 オセが襲い掛かってくるのを、ゆかりは召喚器を弓に持ち替えて手にしたままの矢をつがえて射る。

 

「ゆかりちゃん上!」

「当てる!」

 

 上空から襲い掛かろうとしたカラスの姿をした戦死者の魂を運ぶケルト神話の戦争と愛という背反の概念を司る女神、魔獣 バイブ・カハにゆかりが次の矢を放つ。

 風花も覚悟を決めたのか、自らのペルソナを呼び出し、的確に敵の位置をゆかりへと知らせ、ゆかりも襲ってくる悪魔達を撃退していく。

 

「三体まとめて来る!」

「イシス!」『マハ・ガルダイン!』

 

 押し寄せてきた悪魔をまとめて吹き飛ばしたゆかりが、矢筒に手を伸ばした時にそれがすでに空の事に気付いた。

 

「あっ………」

「矢が……、来る!」

「負けない!」

 

 弓をその場に捨て、召喚器を持ったゆかりがペルソナを呼び出す。

 

「あと何体!?」

「あと6、7? ダメ、周囲のも寄ってきてる!」

「人気のスイーツ店かっての!」

 

 思わず悪態をつきながら、ゆかりは疾風魔法を放ち続ける。

 

「! ゆかりちゃん!」

「今度は何!」

「も、ものすごく強い力を持った反応が、こっちにまっすぐ向かって………ゆかりちゃんじゃ適わない!」

「でも!」

 

 逃げる事すら適わない中、ゆかりが立て続けに疾風魔法を放ったが、それを弾き飛ばした悪魔がいた。

 

「あいつッ! 疾風属性効かない!」

「もらった!」

 

 修験者の格好をした、日本伝承で人に取り付いて堕落させようとする妖魔 カラステングが、上空から降下しながら手にした錫杖をゆかりへと振り下ろす。

 

「ゆかりちゃん!」

「うっ!」

 

 疲労で回避できない事をゆかりが悟り、思わず目を閉じる。

 だが、その一撃は命中する事は無かった。

 

「ギャアアァ!」

「?」

 

 突如として響いてきた断末魔に、不思議に思って目を開けたゆかりが見たのは、全身が白い細身の悪魔が、腕から生えた刃でカラステングを横から袈裟斬りにする場面だった。

 

「あ、あれだよ! さっきの強い反応!」

「守ってくれた……の?」

 

 一撃でカラステングを絶命させた白い悪魔は、二人の方を僅かに見ると、二人を守るように悪魔達へと立ちはだかった。

 

「悪魔が、なんで?」

「さ、さあ……」

「手前、独り占めする気か!」

「どこの者だ!」

 

 悪魔達が殺気だって押し寄せる中、その白い悪魔は背を反らせて息を吸うような動作をすると、口から猛烈な吹雪を吐き出した。

 

「がああぁ!」

「強ぇ……」

 

 瞬く間に押し寄せた悪魔達が凍り付いていき、残った悪魔も思わず怯む。

 

「な、何者だこいつ………」

「ヨスガか? シジマか? これだけの悪魔、無名のはずは……」

 

 相手が怯んだ隙に、白い悪魔がすさまじい速さで一瞬にして間合いを詰め、ヨモツイクサの腹を腕の刃で貫く。

 

「ば、馬鹿な……」

 

 そこで、誰もが予想しなかった事態が起きる。

 ヨモツイクサの腹を貫いた白い悪魔が、いきなりヨモツイクサの喉に食らい付いた。

 

「ぎゃあああああああああ!」

「何だこいつ!」

「あ、悪魔を……」

「食ってる………」

 

 相手がすさまじい断末魔を上げるのも構わず、白い悪魔はヨモツイクサを食っていく。

 

「うっ」

 

 凄惨すぎる光景に、ゆかりは胃の奥からこみ上げてくる物を口を押さえて必死に耐え、風花は卒倒しかける。

 

「! こいつ、最近現れた新顔!」

 

 ヨモツイクサの屍を恐ろしいまでの速さで食い尽くした白い悪魔が、口どころか全身を血まみれにさせたまま、残った悪魔を見た。

 

「に、逃げろ!」

「食われるのは嫌だ!」

 

 悪魔達があまりの恐ろしさに一斉に逃げ出す。

 誰もいなくなった所で、白い悪魔が二人の方を見た。

 

「起きて風花!」

「あっ……」

 

 風花を揺すり起こしながら、ゆかりが召喚器をこめかみに当てる。

 だがそこで、白い悪魔の全身を光が覆ったかと思うと、その姿が変わっていった。

 

「え………」

「人間!? でもどこか違う………」

 

 僅かの間を持って、白い悪魔はプロテクターとスーツが一体化したような奇妙な物をまとった、短い銀髪と銀の瞳を持ち、左頬に奇妙なタトゥーのある青年の姿へと変わった。

 

「化けたって奴?」

「ううん、反応がさっきと全然違う……今は、悪魔じゃない」

 

 銀髪の青年はゆっくりと二人の方へと歩み寄ると、二人の顔をじっと見た。

 

「何よ……!」

 

 先程の壮絶な強さと、悪魔食いの異様さに気圧されたゆかりが怯む中、銀髪の青年が口を開いた。

 

「セラという黒髪の娘を知らないか」

「せ、セラ?」

「すいませんけど、知りません………」

 

 風花が告げると、銀髪の青年は無言で二人に背を向け、そのまま立ち去ろうとする。

 

「まま、待って下さい!」

 

 風花が思わず呼び止めると、銀髪の青年の方へと駆け寄る。

 

「協力、しませんか?」

「! 風花何言って!」

 

 ゆかりが慌てる中、風花は自らのペルソナを発動。

 

「私のペルソナ、ユノには広範囲の感知能力があります。その代わり、戦闘能力が無いんです。私達に協力してくれるなら、そのセラさんを探すのに私達も協力します」

「ちょっと風花!」

 

 飛び出したゆかりが、風花を物陰まで引きずっていく。

 

「何言ってるか分かってる!? 今の見たでしょ! あいつ、悪魔に変身して悪魔食ってたのよ!」

「それ、なんだけど………多分あれ、ペルソナと八雲さんの悪魔召喚の中間みたいな力なんだと思う。私達が己の精神の中からペルソナを呼び出す力なら、あの人のは自分の体を悪魔へと変化させる力。発動のさせ方が違うけど、根幹は同質の力だと思うんだけど………」

「でも………」

「いいだろう」

「うわっ!?」

 

 いつの間にか背後にまで近寄っていた銀髪の青年に、思わずゆかりが悲鳴を上げる。

 

「いいって事は、協力してくれるんですね?」

「……」

 

 青年が無言で頷く。

 

「私は月光館学園特別課外活動部メンバー、山岸 風花です」

「た、岳羽 ゆかりよ」

「……サーフ。エンブリオンのリーダー」

 

 それだけ言うと、銀髪の青年サーフは先へと歩き出す。

 

「ちょっと待ってよ、サーフ!」

「サーフさん! エンブリオンってなんですか? 何かこの世界の事知ってるんですか?」

 

 無口なサーフに困惑しつつも、少女二人は慌ててその後を付いていった。

 

 

 

「それが東京受胎とやらの真相か………」

「そうよ」

 

 助けた祐子から、この世界の真相を聞いた八雲が重い息を吐いた。

 

「東京一つ贄にして新世界の創造たぁ、剛毅な話だな」

「なあ、聞いてて分かったか?」

「なんとなく………」

 

 専門用語の乱発する二人の会話を聞いていた順平と啓人が首を傾げる。

 

「八雲さん」

「召喚士殿」

 

 衰弱しているセラの様子を見ていたカチーヤとジャンヌ・ダルクが八雲を呼んだ。

 

「どうだ?」

「ダメです。回復魔法でもこれ以上は………」

「どこか適切な処置が行える場所があれば……」

「……手近の病院どこかあるか?」

「病院だった場所ならあるけど、とても……」

「だ、大丈夫……」

 

 蒼白な顔で立ち上がろうとしたセラだったが、直後にその場で崩れ落ちる。

 

「おわっ!」

「まずいな、これは………」

 

 カチーヤが支えるのを順平が慌てて手伝いながら、八雲は思案する。

 

「ただの疲労、って訳じゃないみたいだな」

「大丈夫?」

 

 ネミッサもセラの顔を覗き込むが、セラの顔色は病人その物だった。

 

「こんだけあちこちの世界から飛んできてるんだから、どこかに医者ごと病院が来てないか?」

「そんな都合のいい事はないんじゃ………」

「でも、手当ては急いだ方がいいわ」

 

 皆が悩む中、ふとネミッサが遠くに何かを見る。

 

「八雲、向こうに変なのあるよ」

「ん? どこに」

「ほらあそこ」

 

 ネミッサが指差す方向を、八雲が懐から小型のオペラグラスを取り出して見る。

 

「あれは……まさか業魔殿か!」

「え? 何かとんがって浮いてるけど」

「二年前に飛行船に鞍替えしたんだよ。もしあれが業魔殿なら、手当てが出来る」

「じゃあすぐに行こうぜ!」

「私も行くわ。この世界の変質の原因を突き止めないと」

「そうか。ま、こっちも多少は事情知ってる人間がいるとありがたい」

 

 八雲がそう言いながらケルベロスを手招きすると、その背にセラを乗っける。

 

「オレ、馬ジャナイゾ召喚士」

「非常時だ。慎重に運べ」

「ネミッサも乗る~」

「健康な奴は歩け!」

「八雲のケチ!」

 

 

 

「ねえ、サーフも飛ばされた口?」

「それともここの人ですか?」

「分からない」

「他に仲間とかいる?」

「その人達も変身できるんですか」

「ああ」

「ここに来た原因分かる?」

「特異点っていうのが原因らしいんですけど……」

「…………」

「…………」

 

 情報を交換しようとゆかりと風花が話し掛けるが、必要最低限しかしゃべらないサーフに、段々とゆかりが怒りを募らせていく。

 

「ねえ、本当にあいつ大丈夫?」

「一応助けてくれたんだし………」

「私達を、そのセラって人と間違えたとか」

「う~ん」

 

 ゆかりの不信感も増していく中、サーフは表情も変えずに黙々と先頭に立って歩いていく。

 

「風花、リーダー達とあとどれくらい」

「あ、ちょっと待って。ユノ」『ハイ・アナライズ!』

 

 風花が自らのペルソナで周辺をサーチした所で、新たな反応に気付く。

 

「誰かこっちに向かってきてる!」

「え、誰? 美鶴先輩?」

「ううん、違う。人間が二人、周辺に悪魔が3、いや4体。それにこれは………何? 変身したサーフさんに似ているような違うような反応、これもかなり強い……」

「………」

 

 それを聞いていたサーフは、無言で懐からかつての米軍正式採用拳銃である大型の45口径拳銃、コルトM1911A1・ガバメントモデルを抜き、マガジンを取り出して残弾をチェックする。

 

「ちょっ、ピストルなんてどうする気!?」

「用心だ」

「二人は人間ですよ!?」

「人間だから味方とは限らない」

 

 言葉少なに語ったサーフが、コルト・ガバメントを懐に戻す。

 

「それより、あんたに似た反応って事は仲間じゃないの?」

「断言はできない」

「それはそうですけど…………」

 

 用心深いとも物騒とも言えるサーフに、ゆかりと風花は目を見合わせる。

 

「ま、まあサーフさんの言う事も一理ありますけど………」

「あそこに廃墟あるから、そこで待ち伏せって事でいい?」

「ああ」

 

 とりあえず折衷案を出したゆかりが、ため息を吐きつつ崩れかけたビルに潜り込む。

 

「近いよ………すぐそこまで来てる」

「見えた………変な格好してる人が二人、そばに悪魔がいる………ひょっとして、デビルサマナーって奴?」

「だったら、八雲さんの知り合いかも……」

「う…うう……」

 

 ふとそこで、サーフの様子がおかしい事に風花が気付いた。

 

「あの、具合でも悪いんですか?」

 

 顔を手で覆い、やけに呼吸が荒いサーフに、風花が近寄るが、サーフはそれを無造作に払う。

 

「……オレに何かあったら、逃げろ」

「え………」

 

 顔を手で覆ったまま、サーフは悪魔の姿へと変身してビルの陰から相手に近寄っていく。

 

「あいつ大丈夫? あの格好でいたら攻撃されても文句言えないよね?」

「ゆかりちゃん、サーフさん何か、おかしかったよ………」

「元からじゃないの」

 

 どこか不安を抱きつつ、風花は様子を伺う事にした。

 

 

 そっと相手に近寄ったサーフが、近付いて来る人影を観察する。

 一人は緑のジャケットの上からプロテクターをまとい、腕に小型のコンピューターとモノクル型の小型ディスプレイを装備した男で、もう一人は赤いレザースーツにマント姿の女だった。

 そこで同じように気配を消してくる何者かの存在に気付いたサーフが、振り向きざまに腕に収納された刃を伸ばす。

 それと交差するように繰り出された拳が、サーフの眼前で止まった。

 

「お前、悪魔か?」

 

 サーフはそう問い掛けてきた相手を見た。

 それは、全身にタトゥーのようなラインが刻まれた、半裸の少年の姿をしていた。

 しかしその後頭部から首にかけた個所から角のような器官が伸びており、突き出された拳には明らかに魔力が宿っている。

 

「喰奴か?」

「………何だそれ?」

「アートマは?」

「何の事だ?」

 

 サーフの問いに首を傾げる相手に、敵意は無いと判断したサーフが、相手の首を狙っていた刃を収め、相手も拳を引いた。

 

「話は通じるみたいだな。てっきり人質でも取ってるかと………」

「違う」

「そっか。おい、大丈夫みたいだぜ」

 

 少年悪魔が警戒を解いて手招きすると、向こうで身構えていた二人とゆかりと風花も近寄ってくる。

 そこでサーフが変身を解き、人間の姿へと戻っていくのを見たプロテクター姿の男は、その様子を観察しながら腕のハンドヘルドコンピューターを操作する。

 

「驚いたな……悪魔が人にではなく、人間が悪魔に変身してる………」

「! それって、COMPって奴?」

「悪魔召喚プログラムで悪魔を呼び出すんですよね?」

「……知り合いか?」

「いいえ」

 

 少年悪魔の問いにマント姿の女性が首を横に降る。

 

「ひょっとして、あんたらも別の世界から来たとか言う奴?」

 

 すっかり警戒を解いたのか、少年悪魔が頭をかきつつぞんざいな口調で問い掛けてくる。

 

「え、あんたも?」

「いんや、オレは一応ここの人間、というか悪魔か。名は英草 修二、ここじゃ人修羅って呼ばれてる」

「オレは相馬 小次郎。デビルバスターだ」

「私は八神 咲。同じくデビルバスターで小次郎の相棒よ」

「あ、私は岳羽 ゆかり、月光館学園特別課外活動部メンバーでペルソナ使い」

「山岸 風花、同じく特別課外活動部メンバーでペルソナ使いです」

「サーフ、エンブリオンのリーダーだ」

「……え~と」

 

 人修羅―修二がしばらく悩んでから地面に指で出た名前を並べていく。

 

「そっちの二人がデビルバスターで、そっちのが特別……なんとか部でそっちのがええブリ音?」

「エンブリオン、それがオレ達のトライブ」

「ドライブ?」

 

 並んでいく単語に、修二だけでなくサーフを除いた四人もそれを見て首を傾げる。

 

「どれも聞いた事がないな」

「えと、小次郎さんでしたね? あなたは葛葉の人じゃないんですか?」

「クズノハ?」

「そんな組織は聞いた事は無いわ」

「あれえ? 確か八雲さんは小次郎って後輩がいるって………」

「待て待て待て。その葛葉ってのは何だ?」

「私達がいた世界に、今の私達みたいにいきなり別の世界から来た八雲ってデビルサマナーが」

「他にも違う世界という奴から来た奴がいるのか?」

「あ、今こっちに向かってきてます」

「へえ、それがペルソナって言うの? 便利ね」

 

 何とか状況を整理しようとする五人から外れていたサーフだったが、いきなりその場に膝をつく。

 

「サーフさん?」

 

 いち早くそれに気付いた風花が声をかけた所で、異変に気付いた。

 

「おい、どうした?」

 

 続けてそれに気付いた小次郎だったが、近寄ろうとした所でハンドヘルドコンピューターがアラーム音を鳴らす。

 

「うう……離れ……ろ」

 

 先程までの無表情とは違い、苦悶に満ちた顔を片手で覆い、その隙間から大量の汗を垂れ流しているサーフのただならぬ様子に、皆がサーフを見つめる。

 

「コジロウ、空ダ!」

 

 小次郎のそばにいた彼の仲魔と思われるケルベロスが空を仰ぎ見る。

 

「煌天、やべえ!」

 

 空に浮かぶ太陽にも似た物体が、先程と違って煌々と満ちて輝いているのに全員が気付く。

 

「あれは、太陽と月の両方の性質を持っているのか!」

「つまり、満月………」

「そういえば、アルカナの大型シャドウが出てくるのも満月………」

「う、ガアア!!!」

 

 そこでいきなり、サーフが咆哮と共に跳ね起きる。

 同時にその姿が悪魔の物へと変わるが、その口からはよだれが垂れ流しとなっていた。

 

「危ない! サーフさんの力が不自然なまでに高まってます!」

「それって暴走!?」

「来やがった!」

「ガアアァ!」

 

 咆哮と共に、サーフがゆかりへと襲い掛かるのを修二が間に入って強引に止める。

 

「ちっ、なんてパワーだ………」

 

 暴走したサーフの繰り出した刃をなんとか止めた修二だったが、徐々に押し込まれ、サーフがその首筋に牙を突きたてようとする。

 

「彼を放しなさい!『アギダイン!』」

「人修羅を放せ!『ジオ!』」

「おわあ!」

 

 修二が連れていた仲魔、全身を炎をまとったインド神話においてシヴァの最初の后とされる女神 サティの放った火炎魔法と、紫髪の妖精、ケルト神話で妖精の女王とされる夜魔 クイーンメイブが同時に攻撃魔法を放ち、修二の脳天をかすめてサーフに命中する。

 

「もうちょっと考えろ!」

「す、すいません」「ゴメン……」

「後だ!」

 

 小次郎が叫びつつ、腰から大業物と思われる刀を抜いた。

 直撃を食らったにも関わらず、すでにサーフは跳ね起き、再度襲い掛かろうとするのを小次郎と修二が二人係りで押さえ込もうとするが、サーフはなかなか止まらない。

 

「ちょっ、ちょっと風花どうする!?」

「え、ええと、え~と………」

「あなた達何か知らないの!?」

「知らないわよ! さっき知り合ったばかりなんだから!」

 

 ゆかりが召喚器を構え、咲が背から大型のレールガンを抜きながらも手を出しあぐねる。

 

「最悪、倒すしかないわよ」

「一応さっき助けてもらったんでそれはなしで………」

「でも、完全に我を失ってる……」

「ああもう! だからイヤだったのに!」

「どうするんだ! 倒しちまっていいのか!」

「ちょっとタンマ! 今考えてんの!」

「早くしてくれ! 手加減できる相手じゃない!」

「そうだ! 八雲さんなら知ってるかも……」

「そっか!」

 

 風花が言うと、ゆかりが電源を切っていた通信機を操作する。

 

「ダメ、まだ通信範囲に入ってない!」

「この距離じゃ、まだエスケープロードの範囲にも………」

「よく分からないけど、なんとか出来そうな人がいるのね?」

「はい、でもちょっと離れてて知らせる方法が…………」

 

 二人の話を聞いていた咲が、腰のホルスターから予備の銃と思われるベレッタ92Fを抜くと、いきなり空に向けて連射する。

 速射で三発、すこし間を開けて三発、そしてまた三発速射すると咲はベレッタ92Fをホルスターに戻して乱戦状態となっているサーフと人修羅達の戦闘に目を向ける。

 

「何、今の?」

「そっか、モールス信号!」

「あとは耳のいい人がいる事を期待するしかないわね……伏せて!」

「わわっ!」

「ひゃあ!」

 

 もつれるようにこちらへと跳んできたサーフと修二が、三人の頭上をかすめて地面へと叩きつけられる。

 

「くそ、大人しくしろってんだ!」

「ガアアアァ!」

 

 修二が全力でサーフの腕を握っておさえようとするが、サーフは激しく暴れてそれを外そうとする。

 

「パスカル!」

「ガアアアァ!」

 

 小次郎の指示で、彼の仲魔のケルベロスがサーフの足に噛み付くが、それでもなおサーフを押さえられない。

 

「なんて奴だ……どうする?」

「もっと仲魔呼べないんですか?」

「呼んでもいいが、腕の一、二本くらいはいいか?」

「とりあえず却下で………」

「! リーダー達も気付いたみたいです! こっちに走ってきます!」

「それまでなんとか押さえ込むわよ、協力して!」

「分かった! ……ってどうしよ?」

「うわあぁ!」

 

 そこで修二が力負けして弾き飛ばされる。

 

「死なない程度に、痛めつけるしかない!」

「ええい、もう知らない!『イシス!』」

 

 半ばやけくそで、ゆかりは召喚器のトリガーを引いた。

 

 

 

「なんだ、何が起きてやがる!」

「何か、すごい力を持った悪魔が二体………」

「闘ってるね~」

「急ごう! 誰かいるのかもしれない!」

「つうかやっぱさっきの銃声か!?」

 

 かすかに聞こえた音に、八雲と啓人達が一斉にそちらへと向かっていた。

 

「誰かそっちにいるのか! 返事してくれ!」

『あっ……うじ……』

 

 通信機に何度もがなり立てていた順平が、ようやく返信があった事に顔をほころばせる。

 

「通信が届いたぜ! ゆかりっちだ!」

『リー……雲さんも……く………』

「風花も一緒だ! やっぱり戦闘だ!」

「私にも分かる……片方は彼ね。でももう片方は………」

「おい、確か山岸のペルソナは転移が出来たな?」

「え、ええ。でもこの距離は………」

「一遍止まれ!」

 

 八雲の指示で全員の足が止まる。

 

「なんで止まんだ……」

「カチーヤ、ネミッサ、それに先生も! 陣を組め! 不破、伊織お前らも!」

「は?」

 

 突然の事に戸惑う順平だったが、取り合えず指示に従う。

 

「共感共鳴で、転移元を指定させる気ね?」

「分かってたら早い。カチーヤ、向こうの気配探れるか?」

「やってみます」

「ネミッサは~?」

「お前は転移のサポートだ! あれの要領でやれ!」

 

 手を繋いだ祐子、カチーヤ、ネミッサが精神を集中させ、その肩に男性陣が触れ、仲魔達とも手を繋ぐ。

 

「分かりました、あそこ……」

「共鳴はまかせて」

「じゃあ飛ぶよ!」

 

 次の瞬間、全員の体が光に包まれ、その場から消えた。

 

 

 

 転移した先で一番最初に聞こえてきたのはすさまじい咆哮だった。

 

「ちっ!」

「だ、ダメです!」

 

 八雲が舌打ちしつつ、ソーコムピストルを抜くが風花が止める。

 

「な、なんだありゃ………」

「悪魔が、二体?」

「英草君!」

「高尾先生!」

 

 すさまじい肉弾戦を繰り広げる喰奴と人修羅の戦いに、愕然としたのもつかの間、全員が即座に臨戦体制を取る。

 

「どうなってやがる!」

「あの人、というか白い悪魔が助けてくれて、協力する事になったんですが………」

「急に暴走したの! どうしたらいい!?」

「知るか!」

 

 そこでケルベロスの背にいたセラが身を起こし、暴走するサーフを見て目を見開く。

 

「サーフ!」

「お前の知り合いか?」

「ええ、でも飢えで……」

 

 そこまで言っただけで、セラが身を伏せそうになる。

 

「黒髪の少女……ひょっとしてセラ!?」

「サーフさんが探してる人って、この人!」

「教えろ! どうすればいい!」

「わ、私の歌で……沈静……」

「分かった、全員手を貸せ!」

「大丈夫なのかあんた!」

「何とか、って小次郎!?」

「咲さんも!」

「? どこかで会ったかしら?」

「ええい、もう後回しだ!」

 

 八雲がソーコムピストルを仕舞うと、腰からHVナイフを抜いた。

 

「ジャンヌ、サポートをありったけ! ケルベロスは足を押さえろ!」

「心得ました!『スクカジャ!』」

「ガアアアァ!」

「パスカル、お前も足を狙え! ラクシュミ、常時回復できるように!」

「グルルル!」

「分かりましたわ!」

 

 八雲と小次郎の指示に従い、ジャンヌ・ダルクと二匹のケルベロス、インド神話でヴィシュヌの后とされ、幸運と繁栄を司る蓮の女神 ラクシュミがフォーメーションを取る。

 

「順平、ゆかり、オレ達はペルソナで動きを封じるんだ!」

「お、おう!」

「やってみる!」

「カチーヤ、ネミッサ、お前達は逃がさないように両翼を固めろ!」

「はい!」

「え~、とっとと倒しちゃダメ?」

「何でもいいから早くしてくれ…」

 

 陣形を展開していく中、修二が力負けして地面へと叩きつけられる。

 

「しまっ…」

「ウガアアァ!」

「させるか!」

 

 修二に襲い掛かろうとしたサーフの刃を、小次郎が前へと出て平 将門から譲り受けた刀で受け止める。

 

『ガアアァ!』

 

 そこで左右それぞれの足に八雲と小次郎のケルベロスが噛み付こうとするが、サーフは高く跳躍してそれをかわす。

 

「今だ!」

「イシス!」『マハガルーラ!』

「トリスメギストス!」『アサルトダイブ!』

 

 宙に踊り出た所で、ゆかりと順平のペルソナがサーフを狙い打つ。

 回避も適わず、直撃したサーフが地面へと叩きつけられた。

 

「動きを封じるわよ、『ジオンガ!』」

『『マハ・ブフーラ!』』

 

 咲の放った電撃魔法で動きが止まった隙に、カチーヤとネミッサの二人がかりの氷結魔法がサーフの体を凍りつかせるが、凍結に耐性のあるサーフは己の体を覆う氷をあっさりと砕いて起き上がった。

 

「なんて奴だ……」

「手加減してたら、こっちがやられますね………」

「じゃあ手加減無しだ!『死亡遊戯!』」

 

 修二の手に光で構築された剣が現れ、それを一気に横薙ぎにして衝撃波を繰り出す。

 直撃したサーフの体が吹き飛ばされ、そばにあった廃墟の壁へと叩きつけられる。

 

「今だ!」

 

 そこへ八雲、小次郎、啓人が一斉に襲い掛かり、右手を八雲のナイフが、左手を小次郎の刀が、右足を啓人の剣が貫いて壁へと縫い止める。

 

「カチーヤ!」

『アブソリュート・ゼロ!』

 

 サーフを縫い止めたまま得物を離した三人が飛び退ると同時に、カチーヤの全力の氷結魔法が周辺ごとまとめてサーフの体を凍らせていく。

 

「グ、ア………」

「なんとかなったな………」

「死んでねえよな?」

 

 体のほとんどを氷で覆い尽くされたサーフが、それでももがいているのを見た八雲と修二が顔を青くする。

 

「うわ、まだ元気」

「すげえ生命力………」

「さあセラさん、今の内」

「うん……」

 

 祐子に肩を借りながら、セラがサーフのそばへと歩み寄ると、口を開いた。

 その口から、澄んだ歌声が響いていく。

 

「ほう……」

「これは………」

 

 セラの歌が響いていくと、煌天時の戦闘で気が高ぶっていた仲魔達が大人しくなっていく事に八雲と小次郎が気付く。

 

「へえ………」

「すごい………」

 

 響き渡る歌声の中、先程まであれほど暴れていたサーフが大人しくなっていく事にネミッサと風花も驚きを隠せない。

 やがて完全に大人しくなったサーフが、人の姿へと戻る。

 

「もう大丈夫かな?」

「うん、これで飢えに支配される事は……」

 

 八雲が確認しようとする中、セラが余力を使い果たしたのか崩れるようにして気を失う。

 

「さて、取り合えずこいつを掘り起こして、みんなで行くとするか」

「これを?」

「どこへ?」

 



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PART12 SERCH BOOKMARK(後編)

 

「あ、ゆかりっちこれ」

「馬鹿!」

 

 順平が差し出したスカートを、平手打ちと交換でゆかりが奪い去ると、そのまま物陰へと隠れる。

 

「傷はあまり深くないですわ」

「あんだけ暴れて?」

「なんて頑丈………」

「ホントに回復してダイジョブなのこれ?」

「多分……」

 

 その向こうでサーフの傷の具合を確かめたラクシュミの言葉に女性陣が首を傾げつつ、サーフの傷を回復させていく。

 サーフの治療を任せ、男性陣は相互に情報交換をしていた。

 

「最終戦争にカテドラル?」

「なんかどこの世界も似たような事やってんな~」

「お袋さんが悪魔に殺されてサマナーになったって言うのはこっちの小次郎と同じだな」

「そうなのか?」

 

 自分の後輩と同一でありながら異なる存在の小次郎を見た八雲が、そのややこしさに頭をかいた。

 

「他は全然違うけどな……葛葉の小次郎や咲はここまで強い力持ってねえし」

「今一ピンと来ないですね」

「まだマシだぜ、オレなんか気付いたら悪魔になってたんだし」

「それはそれですげえ話だな……」

 

 小次郎や修二からそれぞれの話を聞いた八雲が今までの情報を脳内で総合させようとするが、あまりの多さに断念する。

 

「う………」

 

 そこでサーフが目を覚ました事に気付いた者達は、思わず自分の得物に手を伸ばす。

 

「……迷惑をかけた」

「お礼なら彼女に言う事ね」

 

 祐子がケルベロスの背の上でぐったりしているセラを示す。

 

「セラ!」

「お前を戻すために、衰弱してるのに無茶したらしい。治療のあてなら一応あるが、一緒に来るか?」

「………」

 

 セラの所へ駆け寄ったサーフがセラを抱き越すが、半ば失神状態のセラには反応が無い。

 八雲が先手を打って言葉をかけると、サーフは無言で頷く。

 

「じゃあ行こう。あまりゆっくりしてたら……」

 

 啓人が失言しそうになるのを、八雲が口を押さえて中断させる。

 無言で八雲が指差した先には、セラをそっとケルベロスの背に戻し、そのそばから離れようとしないサーフの姿が有った。

 そのまま皆が口を閉ざしたまま、業魔殿らしき物が見える方向へと歩き出す。

 悪魔使い、術者、ペルソナ使い、人修羅、喰奴とバラエティーに飛んだ一行を順繰りに見ていた祐子が、ふと口を開いた。

 

「おかしいわ、ここまで色々な世界からこのボルテクス界に来れるはずは………」

「確かにな。どこの世界でも、起因となる特異点はどこかにあるはず。だがそれらが一斉になんてのはどう考えてもおかしい話だな」

「なんでもいいから、早く一休みしたい………」

「そうだね………」

 

 八雲も祐子の意見に賛同するが、修羅場続きだったゆかりと風花が音を上げかけ、その後ろ、ケルベロスの上でぐったりしているセラを見て口をつぐんだ。

 

「……セラは治せるのか」

「多分な」

 

 サーフの口から漏れた言葉に、八雲が相槌を打つ。

 

「ただし、あれが本当にオレが知ってる業魔殿だったらの話だ。他にあてはない」

「大丈夫かな………」

「でも、急いだ方いいぜ」

 

 用心してサーフの両脇を固めている啓人と順平(※頬にゆかりにひっぱたかれた跡付き)も、大分衰弱しているセラを心配そうに見る。

 

「あそこだと、ちょうど秋葉原辺りね」

「またちょうどいい所に……ついでだからTOP・TWOに注文してたパーツ取ってくか」

「……店やってっかな?」

 

 祐子の説明に八雲が軽口を叩きつつ、懐のソーコムピストルの残弾を確かめたのを見た修二が首を傾げる。

 

「強盗でもすんのか?」

「いや、もしあそこがオレの知らない業魔殿だった時のためだ」

 

 八雲の言葉を聞いたサーフや小次郎も自分の銃の残弾を確かめる。

 

「悪魔相手にしてっと、あんなに物騒になんのかな?」

「さあ……」

 

 順平や啓人が多少引きながらも、とりあえずそれに習って召喚器を抜けるようにしておく。

 業魔殿の姿がはっきりと確認される所まで来て、全員がその違和感に気付いた。

 

「……なんか、すげえアグレッシブだな」

「いや、これって芸術的って奴だろ」

「多分匠のリフォームだと思う」

 

 比較的原型を留めている高層ビルに、先端の部分が突き抜けているというか、気嚢部分の前部が完全にビルと融合している業魔殿の姿に、順平と修二、啓人が場違いな感想を述べた。

 

「それにしてもこれは………」

「フィラデルディア事件にこれと似たような報告があったな。下手したら手前らの体がこうなってた訳だが」

「運が良かったというべきか?」

 

 予想外の状態に啓人が絶句する中、八雲と小次郎は更に用心しつつ、自分達のCOMPを操作しようとした時だった。

 

「八雲~、こっちのエレベーター動くよ~」

「ネミッサ! 勝手に先に行くな!」

 

 一人で先に業魔殿と融合しているビルへと入っていたネミッサが、建物の中から大声で叫ぶ。

 先程の用心も吹っ飛んだのか、全員の冷めた視線が八雲へと集中した。

 

「あれ、あんたの連れだろ」

「昔のな」

「よくあんなのと組んでたな………」

「オレも今そう思ってる」

 

 修二や小次郎の視線を痛い視線を背中に受けつつ、八雲もビルへと向かう。

 

「確かに電源が生きてるな」

「でも、ボタン押しても動かないんだけど」

「あれ、これって……」

 

 ネミッサがエレベーターの上下ボタンを連打する中、カチーヤがその隣の壁に偽装されたテンキーを見つけた。

 

「もしこれがオレらの知ってる業魔殿なら……」

 

 八雲がそのテンキーに、普段業魔殿で使ってるパスコードを打ち込む。

 するといきなりそばにあった階段が全て下へと引っ込むと、上から古めかしいゴンドラ型のエレベーターが降りてきた。

 

「こっちのはフェイクだな。こちらが本当のエレベーターだ」

「すげえ趣味………」

「あら、結構素敵じゃない」

 

 ギミックかデザインか、興味深そうに見ながら咲が乗ろうとするのを、八雲が制する。

 

「上の安全を確認するまで、不用意に行かない方がいいだろうな」

「数人で臨戦体勢で行こうって訳か」

「まあ確かにこんなのの先に何出てくっかわからねえけど………」

「仲魔は退去させとけ。この人数で乱戦になるとまずい」

「確かにな」

「じゃ、一遍引っ込んでてくれ」

 

 八雲と小次郎がCOMPを操作し、小次郎が命じて呼び出していた仲魔達がその場から消える。

 

「じゃ、行こう」

「そうだね」

 

 言い出した八雲を先頭に、小次郎、修二、サーフ、啓人がエレベーターへと乗り込む。

 

「オレ達に何かあったら一度撤退しろ」

「八雲大丈夫?」

「良かったら私も………」

 

 不安そうにしてるネミッサとカチーヤに手を振りつつ、八雲が閉ボタンを押した。

 

「上に何かフィールドみたいなのがかかってます。私でも上に何があるかわかりません……」

「行ってのお楽しみか……」

「何かあったらすぐに飛んでくぜ!」

 

 風花と順平に笑みを浮かべる啓人の前で扉が閉まり、エレベーターが上へと上がっていく。

 

「にしても、秋葉原にこんなデカいビル有ったか?」

「いや、オレの知ってる秋葉原にも無いな」

「あれ、秋葉原ダイビルですよね?」

「間違いない、ただし出来たのは2005年だ」

「は? 東京受胎は2003年だぜ?」

「つまり、これも存在するはずの無い物か……」

「………」

 

 あからさまな違和感を話し合う中、一人話に加わってなかったサーフが扉の前に立つと、その姿を古代インド神話で秩序を守る水神ヴァルナへと変化させる。

 

「さて、何が出てくるか」

 

 八雲が呟きながらソーコムピストルを抜き、小次郎が刀の鯉口を切り、修二が拳を構え、啓人が召喚器を抜いた。

 澄んだベルのような音が響き、上階へと到着したエレベーターの扉が開くと同時に、全員が一斉に飛び出した。

 

『お帰りなさいませ、ご主人様♪』

 

 次の瞬間、響いてきた声に全員の動きが止まる。

 

「………オイ」

「………これはなんだ」

「…………」

「え~と、これはどう見ても………」

 

 状況を理解できない修二、小次郎、サーフの視線が八雲へと集中する中、それが見覚えのある物に似ている事に啓人が頬を掻く。

 

「ちょっと待ってくれ、オレも今考える」

 

 八雲がソーコムピストルを仕舞いつつ、顔を片手で覆う。

 見覚えのある業魔殿のロビーにいたのは、藍色のメイド服姿の多数の女性型悪魔達だった。

 背格好の大小や姿形にあわせて多少の服装のアレンジはあるが、統一された色彩に身を包んだ悪魔たちが、入り口の両脇から見事にUの字を描くように整列している。

 よく見れば、それはどれも力の弱い妖精種などが中心となっており、皆がにこやかにこちらを見ている。なぜか手には意味も無く銀色のお盆が握られていたりもする。

 

「八雲様ではございませんか?」

 

 そこで聞き覚えのある声に八雲がそちらを振り向く。

 ロビーから上へと伸びる階段の所に、白い肌に赤い瞳を持ち、クラシックな深い藍色のヴィクトリアンメイドルックと首にエメラルドをあしらったチョーカーを付けた若いメイド姿の女性がいた。

 

「よおメアリ。しばらく来ない間に随分と様変わりしたな」

「はい、色々とございまして」

「だろうな、こっちも色々あった。所でそのチョーカーは誰からもらった物だった?」

「八雲様が、私とアリサにそれぞれプレゼントしてくれた物です。私にはこのエメラルドのを、アリサにはサファイアのを」

「……どうやら、ここはオレのいた世界の業魔殿に間違いなさそうだ」

 

 二人の会話から、完全に警戒を解いた(というかすでに抜けきっていたが)四人が得物を収め、サーフは変身を解いた。

 

「説明は後だ。ヴィクトルのおっさんはいるか? 急患がいる」

「ヴィクトル様は研究室です。至急手配致します」

「頼む、あと下にいっぱいこういう連中が来てるが、部屋はあるか?」

「大丈夫です」

「あ、誰か下の連中呼んできてくれ。オレはなんか無駄に疲れた………」

「だろうな………」

 

 がっくりと肩を落とす八雲に苦笑しつつ、修二は下に待機してるメンバーを呼びにエレベーターへと向かった。

 

 

「……ねえ、ここってメイド喫茶?」

「確かに秋葉原だけど……」

「一応、表向きは観光遊覧船だったはず………」

 

 ゆかりと風花の当然の反応に、カチーヤがどう説明すべきか悩む。

 

「治療室はどこだ」

「落ち着け、この奥だ」

 

 衰弱しているセラを抱いたサーフに八雲が応えると、メアリが階段のポールに手を伸ばし、その表面をスライドさせると、そこから現れたテンキーにパスコードを打ち込む。

 すると先程と同じように階段が次々と引っ込んでいき、やがてそれは昇りの階段から下りの階段へと変化した。

 

「どうぞこちらへ」

「すげえカラクリ………」

「いい趣味ね」

 

 唖然とする順平に妙に納得している咲が階段の先を覗いてみる中、メアリが先頭になって皆を促す。

 

「先日、第一研究室の調整器に先客が入ったので、新しく用立てた所でした」

「先客?」

「おそらく、そちらの方々のお仲間だと思います」

 

 メアリがSEESと描かれた特別課外活動部のシンボルを指差す。

 

「……って誰が!?」

「そちらにおります」

 

 メアリが示した扉に、啓人が先頭となって特別課外活動部のメンバー達が押し寄せる。

 

「先行ってるぞ」

 

 八雲が声をかけて先へと行く中、飛び込んだ室内にあった複雑に機械が繋がれた装置に、四肢を失った状態で繋がれた機械仕掛けの少女の姿を発見した。

 

「アイギス!!」

「啓人さん! それに皆さんも……無事だったんですね」

「お前が無事じゃねえだろ! どうしたんだよそれ!」

「ダイジョブなの!?」

「ひどい………」

「アイギスが探して欲しいって言ってたの、この人達?」

 

 皆が騒いだ所で、その部屋にもう一人、メアリそっくりの顔をし、首にサファイアをあしらったチョーカーを付けたメイド姿の女性がいる事に気付いた。

 

「はい、私の大事な仲間です」

「そ。それは良かったね」

「よくねえよ! アイギスがこれじゃ……」

「大丈夫、もう直パパが修復終えるから」

「! 直せるんですか?」

「私達の予備パーツが有ったからね」

「私達? 予備パーツ?」

 

 そこで風花が、そのメイドから感じていた違和感に気付く。

 

「! その人、人間じゃない………」

『え?』

「ええそうだけど」

 

 そこでそのメイドの瞳が瞬き、瞳に無数のデータが羅列していく。

 

「へえ~、ちょっと変わってるけどあんた達ペルソナ使いなんだ」

「分かるの!?」

「アリサさんとメアリさんは、私と似た存在です」

 

 アイギスの言葉を聞いたメイド、アリサが腕をまくって手首を捻ると、その腕に無数の接続端子が現れる。

 

「この人もロボット!?」

「ううん、私は錬金術師で悪魔研究家のパパ、ヴィクトルが作ったテトラ・グラマトン式成長型人造魂魄保有型半有機自動人形、パーソナル デバイス設定式二期型 メアリ・セカンド、アリサってのはお兄ちゃんが付けてくれた名前♪」

「……テト、なんつった?」

「覚えてないわよ」

「つまり、錬金術版アイギス、ってとこみたい」

「確かに、あれだけの作れる人がいるんだったら、アイギスも修理できるかな?」

「その点は問題ないそうだ」

「ワン!」

 

 聞き覚えのある声に皆が振り向くと、そこにはメイド服姿の美鶴とコロマルの姿があった。

 

「美鶴先輩!」

「コロちゃんも!」

「無事だったんスね!」

「ああ、みんなもな」

「ワンワン!」

「でも、その格好……」

「制服がクリーニング中でな。借り物だ」

 

 美鶴の持つ雰囲気と容姿にいまいちアンバランスなメイド服に皆が苦笑する。

 律儀に頭にはホワイトブリムまで付けた美鶴だが、服のサイズが合ってないのか、固く両腕を組んだまま身じろぎもせずに、顔だけは皆につられたような苦笑を浮かべる。

 そこで、扉の向こうから覗いている小さな顔に気付いた。

 

「お、天田じゃねえか!」

「天田くんも無事だったんだ!」

「え、ええ皆さんも………」

 

 なぜか歯切れが悪く顔だけ向け、室内に入ってこようとしない乾に、啓人が不信を抱く。

 

「どうかしたの乾?」

「い、いえなんでも有りません! だからこっち来ないでください!」

「は? 天田君何か変だよ?」

「大丈夫ですから!」

「おい、まさかお前もどこか…」

 

 心配した順平が、警告を無視して扉まで近寄ると乾を引っ張った。

 

「うわぁ!」

 

 悲鳴と共に乾が室内に転がり込む。

 そこで、全員が彼が姿を見せたがらなかった理由を一瞬で悟った。

 

「天田くん、それ………」

「………」

 

 起き上がりつつ、乾が顔を真っ赤にしてうつむく。

 彼もまた、メイド服姿だった。なぜか他の物と違い、ピンクがベースで無意味に白レースの飾りが多い特殊な服だった。しかも美鶴よりもずっと似合っていた。

 

「……他に合う服がないって言われて………」

「ぶ、ぶははははは!」

「わ、笑っちゃ悪いって順平。ぷ、くくくく」

「く、くく、あははは!」

「あはははは!」

 

 順平を皮切りにして、全員が一斉に笑い出す。

 当の乾は、無言で壁際に行くと、そこで膝を抱えて押し黙ってしまった。

 

「あまり笑うな。天田がスねてるぞ」

「だって先輩………」

「とりあえず、そのホコリまみれであまりいてほしくないんだけどな~」

 

 アリサの一言に、全員の笑いが止まる。

 

「そのサイズ、空きあったかな~」

「さすがに裸という訳にもいくまいしな」

 

 アリサと美鶴の不吉な言葉に、啓人と順平の顔が凍りつく。

 

「そ、それじゃあアイギスの事タノミマス………」

「任せて♪」

「すいません、私も早く戦線に復帰します」

「イヤイイヨ、ユックリデ……」

 

 何かに恐怖しながら、片言になっている啓人と順平が、固い動きでその場を後にした。

 

 

「こちらです」

「ここ、この間まで資料室じゃなかったか?」

 

 メアリの誘導で来た扉を八雲は無造作に開ける。

 新たに設置されたらしい機材の並ぶ室内には、三人の男性の姿が有った。

 

「キョウジさん!」

「おう、八雲に小次郎か」

「サーフ! 生きていたのか……それにセラも……」

「ロアルドか」

 

 八雲が声を掛けた白のスラックススーツ姿にリーゼントの男が、気さくに声をかけてくる。

 その隣では、メガネをかけ、左腕部分をオレンジに染めたトレンチコート姿の男がサーフを見て驚く。

 

「どうやら、知人のようだな。業魔殿へヨーソロー、私がこの船の船長、ヴィクトルという者だ」

 

 室内の中央、何か装置を操作していた、赤地のマントと水夫帽に杖をついた、まるで前時代の海賊船長のような格好をしたどこか威圧感を漂わせるひげ面の壮年男性が自己紹介をする。

 

「悪いがおっさん、話は後だ。急患がいる」

「メアリから届いている。調整装置の準備が今終わるから、衣服を脱がしてそこへ入れてくれ」

 

 部屋の中央、人がすっぽり入るカプセルのような物のフタが開いていく。

 

「これで治療は可能なのか? 彼女は、その少し特殊だが………」

「本来はホムンクルス用の調整装置を改良した物だが、人間用にも使える」

「……分かった」

「ちょっと待ちなさい」

 

 ロアルドが心配そうにセラと装置を交互に見る中、セラの服に手を伸ばしたサーフの肩を祐子が掴んだ。

 

「一応、年頃の女の子でしょ」

「ヴィクトルさん以外の男性は出てってください」

「そうだな。話は外で」

 

 祐子とカチーヤ、メアリが準備を手伝う中、他の者達がぞろぞろと室外へと出て行く。

 扉が閉まった所で、八雲が歩きながら口を開いた。

 

「まさか、キョウジさんまでここに居っとわ」

「レイホウもいるぜ。正確にはレイホウと業魔殿に来てたら、業魔殿ごといきなりこの妙な世界に飛ばされちまってな」

「業魔殿が? 前後に何か妙な事は?」

「ん~、そういや動力炉が異常暴走しそうだとか言ってたような………」

「君達がこの世界に来た原因は?」

「どこから言えばいいか………」

 

 ロアルドの問いに、八雲が頭をかいた。

 

「わり、オレ一応ここの人間、ってか悪魔」

「ネミッサも気付いたらここ居た~」

 

 修二とネミッサが手を上げる中、小次郎が首を傾げて記憶を思い出す。

 

「オレと咲はカテドラルのターミナルで転移してる最中、突然誤作動が起きてここに……」

「カテドラル? 何だそりゃ」

「あ。こいつ葛葉所属じゃない世界の小次郎と咲」

「……前に周防兄弟が言ってた相似世界って奴か」

 

 キョウジが呟きつつ、スーツのポケットから櫛を取り出し、己の髪をなで上げる。

 

「そういうあんた等は?」

「……彼女だ」

 

 ロアルドがセラの運び込まれた室内をアゴで指す。

 

「セラは、神と交信するために作られた、《テクノ・シャーマン》だ」

「何だそりゃ?」

「人造の巫女か……」

 

 修二が首を傾げる中、他の者達はその言葉の意味する事を悟って顔を歪ませる。

 

「あの虚弱体質は交信能力の上昇と引き換えの物じゃないのか?」

「そうらしい。本来なら通常生活すらままならない体だそうだ」

「それでその力が暴走して、あんた等はここに吹っ飛ばされた。違うか?」

 

 八雲の仮説に、ロアルドは頷く。

 

「セラの能力は極めて高いと同時に、危険だ。一度目は神の暴走を引き起こし、我々の世界は地上に人が住めない地獄と化した」

「ちょっと待って。幾ら強い力を持つ神でも、こんなに一度に複数の世界に影響が及ぼせる?」

 

 咲の意見に、全員が顔を見合わせる。

 

「……飛ばされた途中、誰かに会わなかったか?」

「……そういや、歪みがどうこう話してた声は聞いたな」

「オレはSTEVENに力を貸してほしいと言われた気が………」

「STEVENって、あのSTEVENか?」

「多分そのSTEVENだ」

 

 八雲の問いに、キョウジと小次郎が応える。

 

「オレは、レッドマンから少しだが聞いた。この事態を起こしている〈何か〉があって、それが幾多の世界で影響を及ぼし、滅亡に向かわせると」

「その〈何か〉とは?」

「そこまでは分からないらしい。ただ、手前で確かめて決めろとさ」

「なんつう適当な………」

 

 修二が呆れた所で、アイギスの見舞いを済ませえたメンバー達と合流した。

 

「そちらはどうでした?」

「多分大丈夫だろ。ヴィクトルのおっさんなら神の領域侵すのは得意だし」

「それ、全然安心できねえ………」

「あれサーフは?」

 

 啓人と順平が苦笑いする中、ふとゆかりがサーフの姿が見えない事に気付く。

 

「あ、無口だから気付かんかった」

「彼は普段から無口だからな」

 

 後ろを振り向いた八雲とロアルドが、そこでセラの治療をしている部屋の前で、壁にもたれて座り込んでいるサーフの姿に気付く。

 

「……心配なんだな」

「ああ。エンブリオンの者にとっても彼にとっても、セラは特別な存在だ」

「あんままにしといてやれ。とりあえずお前らはシャワーでも浴びて飯食って来い」

「あ~、そういや何日浴びてなかったかな?」

「すぐ浴びて来い!」

 

 キョウジの提案に八雲がボソリととんでもない事を呟き、尻を蹴飛ばされた。

 

 

 

「空いてる部屋、好きな所使っていいって」

「マジか!? じゃあスィートってのを」

「オレもオレも!」

「気をつけろよ、ここのスィートはたまに実体の無い先客がいっから」

 

 アリサの魅力的な言葉に、順平と修二が高そうな部屋に向かうが、八雲の一言に動きが止まる。

 

「ああ、この間の自殺未遂の」

「昏睡状態で生霊になって、倒す訳にも払う訳にもいかず苦労したな、あん時は。その前は南米の呪術師が来て、妙な精霊が暴れだしたし」

「ええと、今は………」

「だ、大丈夫。だと思う……」

 

 恐る恐る手近の客室のドアにゆかりが手を伸ばし、その背後に風花が隠れる。

 

「ヒーホー、オレ達デビルバスターバスターズ!」

「ヒーホー、何か用だホ?」

 

 思い切って開けたドアの向こうに、ハロウィンで有名なかぼちゃの提灯姿をしたイングランドの鬼火の妖精 ジャックランタンと雪だるまのイングランドの冬と霜の妖精 ジャックフロストのコンビがいるのを見たゆかりが慌ててドアを閉める。

 

「今の………」

「何だあいつらも来てたのか。人畜無害な連中だから大丈夫だぞ。ちとやかましいが」

「……風花、一緒の部屋でいいよね♪」

「う、うん、そうだね♪」

「汚れた服はクリーニングするから、備え付けのカゴに出しといてね」

「いや、着替えが………」

「野郎のメイド服はちょっと……」

「オレのでよければ貸すぞ。たいした物は無いが」

「借ります! 借ります!」

「そういや、乾はどの部屋に?」

「その、美鶴先輩と同室で…」

 

 ゆかりと風花がどこか乾いた笑いを浮かべる背後で、乾のとんでもない爆弾発言に順平と啓人の顔が一瞬般若と化すが、すぐににこやかな笑顔になる。

 

「じゃあ男三人で」

「ワン!」

「あ、犬一匹追加」

「ではそちらの部屋をどうぞ」

「行こうか天田君」

 

 乾の体を羽交い絞めにして三人と一匹が部屋へと消える。

 

「それじゃあ、私の部屋が空いたから、二人も一緒でいいか?」

「あ、はい」

「よろしくお願いします」

 

 美鶴に先導されてゆかりと風花も部屋に向かう。

 

「なるべく詰めて入った方がいいな、他に増えるかもしれんし」

「言えるな~、もう何が来ても驚かねえけど……」

「あとそこ、未成年いる関係上男女同室は止めとけ」

「……そうだな」

「じゃあオレとでいいか?」

 

 咲と一緒の部屋に入ろうとしていた小次郎を八雲が呼び止め、代わりに修二が入る。

 そこで、カチーヤと祐子もやってきた。

 

「おう。セラの治療、都合がついたか?」

「なんとかなりそうだそうです」

「後は任せるしかないわ」

「じゃあ咲は先生と一緒でいいか?」

「構わないわ」

「あれ、ネミッサさんは?」

「おや?」

 

 そこで騒がしい人物がいない事に気付いた八雲が、視線をゆっくりと《CLOUD》と刻まれたプレートのかかった自分専用の研究室として借りている部屋へと向けた。

 そして、そこから物音がする事も。

 

「まさか………」

 

 嫌な予感がして八雲が足早に部屋へと向かって、専用に取り付けた電子キーのパスを入れてドアを開けた。

 種々の機械やPCとその部品が散乱する部屋で、それらに混じって脱ぎ散らかされたネミッサの衣服が有った。

 

「八雲~、シャンプーある?」

「ネミッサお前…」

 

 声がした方に振り向くと、そこには全裸のままシャワールームから出てきたネミッサの姿が有った。

 

「何勝手に人の部屋入って勝手にシャワー浴びてんだ………」

「え~、八雲のHN書いてたし、スプーキーズのパス入れたら開いたから」

「変えとくんだった………」

「あの、ネミッサさん……」

「カチーヤちゃんも一緒に浴びる? ちょっと狭いけど」

「お兄ちゃん、この人頭大丈夫?」

「言うな、こいつには常識や倫理が欠けてるからな………」

「あ、メアリ妹……アリサだっけ? ネミッサとカチーヤちゃんの分、枕二つ追加ね~」

「狭いんだから他の部屋にしろ!」

「八雲のケチ~、じゃあ隣に」

「シャワー使っていいから、着替えてからにしろ!」

 

 昔とまったく変わらないネミッサのいい加減さに、八雲は郷愁以前の徒労感を虚しく感じていた。

 

 

 

「じゃあ、真田先輩はまだ見つかってねえのか………」

「はい。態勢を整えたら、美鶴さんと捜索に出る予定だったんですけど……」

 

 服の上からシーツを被り、隙間から頭だけ出した天田の言葉に、他の二人は渋い顔をする。

 

「風花は、真田先輩の存在は感知できなかったって言ってたから、ひょっとして別の世界に……」

 

 啓人の口から出た可能性に、全員が黙り込む。

 

「まあ真田さんの事だから、一人でもそう簡単にはやられねえって思うぜ、オレは」

「ボクもそう思いたいですけど………」

「多分、大丈夫だと思う……イゴールはそう言っていた」

「イゴール? お前が前に言ってたペルソナくれたって長鼻のおっさんか」

「ああ、この世界に来る時、仲間は次の目的地に送るって」

「そんなの聞いたか天田?」

「いいえ」

「クゥーン」

 

 順平の問いに乾とコロマルが首を横に振る中、啓人が考え込む。

 

「ひょっとしたら、真田先輩には何か別の使命、というかやる事が有るのかも」

「そっか。小岩さんは他にも色んな人達が飛ばされたって言ってたし、その人達と合流してんじゃねえか?」

「それは希望的見解って言うんじゃ……」

「あんまり難しく考えない方いいと思うよ。これだけ色んな人がいれば、どうにかなると思うし」

「おめえはいつも気楽だな~」

「ワンワン!」

 

 啓人の意見に賛成したのか、コロマルが元気に鳴いた。

 

 

 

「うわ、結構立派~」

「こんなとこ使わせてもらっちゃっていいんでしょうか?」

 

 予想してたよりも高級な客室に、ゆかりと風花が思わずたじろぐ。

 

「問題ない。ヴィクトル氏にこの状況打開に協力する代わりに、ここの設備を使わせてもらう契約は取り付けてある」

「さすが美鶴先輩、手際がいいですね~」

「お互い、情報収集が急務だったし、何よりこの状況を打開するには戦力がいる。それにアイギスがあの状態でもあるしな………」

「その、アイギス本当に大丈夫なんでしょうか?」

「ああ、あのメイド姉妹が積極的に面倒を見てくれている。そもそも、一番最初にここに来たのはアイギスだそうだ。二人でアイギスを直してもらえるよう、ヴィクトル氏に懇願したと聞いている」

「それって、アイギスがロボットだからですか?」

「さあな。ともあれ、早くシャワーを浴びた方がいいぞ」

「あ、そうですね。風花先にいい?」

「ええ、私はちょっと……」

 

 風花は部屋の中央に立つと、召喚器をこめかみに当てる。

 

「ユノ」『ハイ・アナライズ!』

 

 己がペルソナで業魔殿の周囲をから更に限界ギリギリまで風花はサーチしていく。

 

「……ここだと魔術的防護でサーチは鈍る。後にした方がいい」

「でも」

「明彦なら一人でも大丈夫だろう。それほどヤワな男じゃない」

 

 あえて口に出さなかった事を言われ、風花はたじろぐ。

 

「でも、真田先輩の反応だけが探しても無くって………」

「ひょっとしたら、別の世界にいるのかもしれん。まったくあいつは………」

 

 そう言う美鶴の手が、かすかに震えている。

 それを見た風花は、無理に笑みを浮かべた。

 

「そうですね、無事ですよ。きっと………」

「ああ………」

 

 

 

「くはぁ~こんなまともなベッドはどれくらいぶ…」

「オレも…」

 

 ベッドへと倒れこんだ修二の言葉が途中で途切れたのを不信に思った小次郎がそちらを見ると、こちらに背を向けた修二が、延髄部から伸びた角を押さえて悶えていた。

 

「………ぶつけたのか」

「べ、ベッドで横になるなんて久しぶりで忘れてたぜ……」

 

 涙目の修二を小次郎が呆れながら自分の装備を外していく。

 

「その体になって、どれくらいだ?」

「さあな、忘れちまった。ここじゃ時間の流れもよく分からねえし、カレンダーも時計も無いからな………」

「オレにも、悪魔の力を得た友人がいたよ」

「へ~、そいつは?」

「………CHAOSに捕われ、オレ自身の手で倒した。もう一人の友人も、LAWに捕われて………」

「……ホントどこも似たような事してんな。オレのダチも妙なコトワリに捕われておかしくなっちまった。もしかしたら、オレも……」

 

 そこで、二人の言葉が詰まる。

 

「お前には、少しだが世話になった。もしもの時は、力を貸そう」

「はっ、余計な事考えんなよ。とっとと手前の世界に帰る事考えた方いいぜ」

「今でもたまに思う。三人で闘っていた、あの時に戻れたら、と………」

「ああ、そうだな。そうだよな………」

 

 小次郎に背を向けたまま、修二が目元を拭う。

 あえてそちらを見ないようにしながら、小次郎はシャワー室へと向かった。

 

 

 

「にぎやかで、まるで修学旅行ね」

「シュウガクリョコウ?」

 

 ベッドに腰を降ろして微笑む祐子に、咲が首を傾げる。

 

「行った事ない? あなた学校は?」

「ガッコウ? ああ、昔有ったって言う教育機関の事だったかしら? 私の生まれた時代にはそんな物は……」

「あら、ごめんなさい……これでも一応教師だった物だからつい……」

「いいえ。一応教育は受けました。もっとも、メシア教の教えですけど」

 

 装備を外しながら、咲が苦笑。

 

「ねえ、あなた達のいた世界ってどんな所?」

「う~ん、人間がいて悪魔がいて、LAWとCHAOSに分かれて争って……」

「……案外、どこも変わらない物ね」

「私と小次郎で、他の可能性のために闘って、これからようやく新しい世界を切り開けると思ってたのに、なぜかいきなりここへ」

「私ももう少し信じるべきだったのね。人間の可能性を……」

「まだ遅くないですよ。信じて、闘えば」

「ええ………」

 

 力強い咲の言葉に、祐子は静かに頷いた。

 

 

 

30分後 業魔殿レストラン《Table Diabolique》

 

「ボンソワール・ムッシュウ!ボン・ソワール・マドモワゼル! 私、ここを取り仕切るシェフ・ムラマサと言います。ク・ムレブ?」

「え~と」

「ご注文は? だ」

 

 赤いコック服に身を包んだシェフが挨拶する中、シャワーを浴び、適当な着替え(女性陣はほぼメイド服)を来た一同が、パーティー用と思われる長テーブルの思い思いの席に腰掛ける。

 

「……これはこれでいい眺めだな」

「ちょっとそこ! 何携帯で写真撮ろうとしてんの! 撮影禁止よ、キ・ン・シ!」

 

 メイド姿で席につく女性陣に向けてポケットから携帯を取り出した順平に、ゆかりの怒声が飛ぶ。

 

「いーじゃんか、せめての記念に。じゃあそっちを」

「え~、ネミッサメイドじゃないよ?」

「それ以前にお前のその格好は犯罪だ」

 

 八雲の物と思われるYシャツGパン姿(しかもYシャツのボタンが二つほど外されて、三つ目もかなり危うい状態)のネミッサに構わず携帯を構えた順平に、先に来てロイヤルミルクティーを飲んでいた美鶴が、順平を一瞥する。

 

「いい加減にしておけ、処刑されたいのか貴様」

「う………」

 

 その一言で順平は怯えきった表情で携帯をポケットへといれると大人しく席に座る。

 そこにメイド服姿の悪魔たちが順にメニューと水を配っていく。

 

「うお! なんかすげえ値段のが………」

「マッカで払えっかな~」

「事態が事態ですので、御代は結構です」

「マジ!? タダ!?」

「じゃあオレ、え~とこの高いの!」

「オレ、一度キャビアっての食って見たかった!」

「ちょっとは遠慮してよ、恥ずかしい…………」

「ネミッサはグレートカリフォルニアピザ!コーラはペプシで!」

「え~とこのシチューセットで………」

「レストランで食事なんて何年ぶりか………和風ハンバーグセットを」

「同じので」

「いつもの奴のCセットで」

「ウィ」

 

 それぞれが騒がしく注文を出す中、ふとゆかりがサーフの姿が見えない事に気付く。

 

「あれ、サーフは?」

「セラの治療が終わるのを部屋の前で待ってるらしいとよ」

「よっぽど心配なんですね」

「ずっとセラって人探してたもんね…………」

「実際、ヤバい所だったぜアレはよ……」

「もし彼女が間に合わなかったら、倒すしかなかった」

 

 実際正面から闘った修二と小次郎が、ぼそりと呟く。

 

「それが喰奴と呼ばれる彼らの特性らしい。個体としての能力は極めて高いが、暴走の危険が常時付きまとう。アンビバレンツだな」

「あれ、オレ暴走なんてした事ないぜ?」

 

 美鶴の説明に、修二がアゴをかきつつそんな事をのたまう。

 

「あんだけの力を持って? キャパシテイが高いのか、それとも完全安定してるのか」

「自我も安定しているようだし。どういう事だ?」

「お待たせしました」

 

 八雲と小次郎が首を傾げた所で、料理が運ばれてくる。

 待ってましたとばかりに、飢えた面々が一斉に食事に取り掛かった。

 

「いただきます!」

「うぉー! うめー!」

「英草君、少しは落ち着いて食べたら?」

「順平も……あ、本当においしい」

「そうだねゆかりちゃん。でも本当に御代いいのかな?」

「体で払ってもらうって奴ね」

 

 背後から響いた女性の声に皆が振り向く。

 そこには、白地のパンツスーツ姿の女性の姿が有った。

 

「あ、レイホウさん」

「カチーヤと八雲も来たわね……ってあら?」

「むぐ? あらひはひぶり」

「食べながら話すのはマナー違反よ。ってあなた………」

 

 その女性、葛葉の術者筆頭にして、カチーヤの師でもあるレイ・レイホウがネミッサの姿を見つけると首を傾げる。

 

「誰?」

「オレらの上司でカチーヤの師匠」

「そこも食事しながらCOMPいじらない」

 

 食卓にまでGUMPとハンドヘルドコンピューターを持ち込んでデータ交換をしていた八雲と小次郎をレイホウが咎める。

 

「なるほど。キョウジからは聞いてたけど、確かに別人の小次郎に咲ね」

「使ってるCOMPも見た目は似ててもあちこち違います。メモリがちょっと古いな……」

「こちらじゃ希少品なんだ」

「後でオレの予備と交換しよう。プログラムも幾つか交換した方がいいだろし」

「いいのか?」

「いいも悪いも、これからの問題があるわよ」

 

 レイホウの言葉に、何人かの手が止まる。

 

「事情は後で聞くけど、多分みんな目的は同じ、〈自分の世界に帰る〉って事。違う?」

「その通りですね」

 

 スプーンを皿に戻した咲が、真剣な顔でレイホウを見た。

 

「そのために、お互い協力するって訳。誰か異論は?」

「出来る物かしら? 元の世界に戻るなんて………」

「出来る出来ない以前に、行動が必要だ。おそらく、そろそろ変質が始まる」

 

 祐子の不安そうな意見に、八雲が悪い意味で追い討ちをかける。

 

「ああ、おれはひのへはいで」

「順平、せめて飲んでからにして……」

「オレ達の世界でも、八雲さんが来てからシャドウの変質が始まった。ひょっとしたらこの世界にも……」

 

 順平の代わりに啓人が代弁する。

 それを聞いた修二と祐子が少し俯いて考える。

 

「確かに、最近妙な暴れ方する奴が出てきたって話は聞いたな」

「私もよ。それに伴い、シジマ、ヨスガ、ムスビそれぞれの動きも活発になってきてる」

「何をするにしても、協力して損は無いわ。ともかく、今は英気を養っておく事。九時間後にここで全員そろってミーティングを開くわ」

「食って一寝入りした後すね」

「そ。だからちゃんと食べて早く寝てしまいなさい。みんな疲れてるでしょうから」

「その前にお代わり!」

「オレも!」

「こっちもお願いします!」

「だから遠慮しなさいって……」

「元気があって、頼もしい限りね」

 

 レイホウが小さく笑うのを、女性陣の大半が赤面していた。

 

 

 

「は~食った食った」

「じゃあ一寝入りすっぜ。そういや最近ロクに寝てねえ………」

「そう言えばそうね……」

「ここならしばらくは安心だ。全員休息を取ってくれ」

「何かヤバい事起きたらたたき起こすかも知れないかもね」

「レイホウさん、その洒落は今はちょっと……」

 

 美鶴とレイホウに促され、皆がそれぞれの部屋へと戻っていく。

 

「あ、オレちょっとアイギスのとこ見てくる」

「おう、オレは寝る………」

 

 すでに目が閉じかけている順平と分かれ、啓人がアイギスのいる研究室へと向かう。

 

「さて、オレも一寝入り…」

 

 部屋へと向かおうとした修二が、そこで八雲がカチーヤと一緒に部屋へと入っていくのが見えた。

 

「……犯罪?」

 

 色々とイケない想像をした修二が、すでに他の人気が無い事を確認すると、足音を消して八雲の部屋へと向かう。

 

「くっ、こちらが未成年だと思って………」

 

 意味不明の事を呟きつつ、ドアに耳を押し当てるが、僅かに物音らしき物が聞こえるかどうかだった。

 

「ちょ、ちょっとだけ………」

 

 ドアの隙間から覗こうとした所で、いきなりドアが向こう側から開いた。

 

「おわ!?」

「……何してる?」

 

 室内へと倒れた修二と、中からリモコンでドアを開けつつ銃口をドアへと向けていた八雲の視線が合う。

 

「あ、こりゃまた失礼……!?」

 

 そそくさと帰ろうとした修二だったが、そこで奇妙な物を見つけて足が止まる。

 

「な、何してんだこれ………」

「余剰魔力をバイパスさせてんだよ」

 

 部屋の中央、小型のチェアに無数の機械が繋がれた奇怪な物に、カチーヤが腰掛けているのを見て修二が愕然とする。

 

「バイパスって………」

「こうしないと、カチーヤの魔力は自分自身を飲み込んでゆく。さっきのサーフとやらの暴走と似たような物だ」

「これ、八雲さんが作ってくれたんですよ」

「自分自身を、飲み込む………」

「こっちも聞きたかった。お前、その人修羅とかいう力、どうやって手に入れて、どう制御してる?」

「あ、ちょっと待った」

 

 八雲の問いに、修二がいきなり胸を叩く。

 すると胸の一部が盛り上がり、それがどんどん遡って来る。

 

「ぐ、がはっ!」

「!?」

 

 修二の口から、多足の虫に似た何かが吐き出される。

 修二はそれを手に取り、八雲へと見せた。

 

「マガタマってんだ。これがオレの力の源」

「……魔力制御用の寄生虫? こんな物は見た事が無い………」

 

 わきわきと無数の足を動かすマガタマに、八雲は恐れもせずに手を伸ばす。

 

「他にも有るのか?」

「ああ。いっぱい持ってるぜ。用途別に使い分けんだよ」

「氷結系が有ったら貸してもらえるか? 何か役に立つかもしれん」

「あの、それ私に飲み込めと?」

 

 さすがに顔を青くするカチーヤに、八雲は苦笑。

 

「さすがにそうは言わないさ。マニアック過ぎるプレイになっちまう」

「オレもちょっと………それと、あれは?」

「あとでつまみ出すの手伝ってくれ」

「ぐ~」

 

 修二が指差した先、八雲のベッドで爆睡しているネミッサに、八雲は冷たく言い放った。

 

 

 

「やあアイギス、気分は?」

「大丈夫です、啓人さん」

「問題はありません。システム系の修理は終わってます」

 

 微笑むアイギスの脇で、アリサと交代したメアリが状態のチェックを行っていた。

 

「あなたが啓人さんですか。アイギスからいつも聞かされておりました」

「あ~、どういう風に?」

「一番大切な人、と」

 

 微笑みながらのアイギスの言葉に、啓人が少し赤面する。

 

「アイギスさんがこれ程強いソウルを持っているのは、あなたのお陰なのだと思います」

「ソウル?」

「命ある物に宿る、魂の鼓動。人でない私にも、ソウルは宿っています。それが、アイギスさんのソウルと共鳴しているのです」

「え~と、よく分からないけど、似た者同士って事でいいのかな?」

「アイギスもそう思います。待っててください。すぐに私も戦線に復帰します」

「待ってるよ。でも無理はしないで。それじゃあよろしくお願いします」

「心得ております」

 

 頭を下げる啓人に、メアリも深々と頭を下げる。

 啓人の姿が部屋から消えた所で、アイギスの顔が真剣な物へとなった。

 

「例のプランは………」

「すでに全てまとめてヴィクトル様に提出、実装目前です。私達の換装ユニットも完成間近です」

「早くお願いします。私は、強くならないと………啓人さんや、私の大事な仲間のために………」

 

 

 

 幾つも糸がほつれ、絡んでいく。

 だが、それをほどく手に、しばしの静かな休息が訪れる。

 目覚めた時に待ち構えるのは、はたして………

 



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PART13 SITE VISIT

 

「面白い事になってきてるな」

「そうとも言える」

 

 神取の呟きに、強い口調の女性が応える。

 

「そないな事言うとる場合やない思うで」

「確かに。幾ら転移に巻き込まれた人間がいると言っても、それが次々と実験を行う世界に来るのはおかしいと言わざるをえません」

 

 関西弁の少年の声に、どこか達観した少年の声が続く。

 

「世界が乱れる時、それを正そうとする意志を持つ者と、それを導く者が現れる。《STEVEN》、《フィレモン》、《レッドマン》。我々の対極に位置する者達だ」

「つまりは、《敵》だな」

「その通りだ」

「なら、これ以上集まる前に潰した方エエんちゃうか?」

「すでにここにも多くの敵が集まってきている。体勢が整っていない今がチャンスでは?」

「それはこちらも同じだ。前回の実験で兵を失い過ぎた」

「どうする気かな? こちらのXシリーズを貸そうか?」

「いや、データは得られた。再構築の目処も立った。今度はもっと大規模で実験を行う」

「そんな事をしたら、この世界が滅んでしまうかもしれませんよ?」

「弱き者が滅び、強き者が残る。それが世界のあるべき姿だ」

「さて、弱き者はどちらだろうか………」

 

 

 

同時刻 珠閒瑠町 七姉妹学園 中庭

 

「これはまた厳重に封じた物だ」

「ああ」

 

 中庭に立つ奇岩、鳴羅門石の周囲に無数に張り巡らされた注連縄(しめなわ)やバリケードに、ゴウトとライドウが呆れたため息を洩らす。

 

「シバルバーの悪用を防ぐために、通路は完全封鎖して転送装置も破壊したんです」

「まさかまた使う事になるとは思ってなかったんだけどね~」

 

 黒須 淳とたまきの説明を聞いたヒートと明彦が、手にグレネードランチャーと召喚器を手に前へと進み出る。

 

「よく分からねえが、こいつをぶち壊しゃいいんだろ? おらあ!」

「あまり悠長にしていられる状況でもない。一気に行く! カエサル!」『ジオダイン!』

 

 ランチャーと召喚器のトリガーが同時に引かれ、放たれたグレネード弾と電撃魔法が鳴羅門石に炸裂するが、直後に爆風と電撃、その両方が反射されて周囲へと散らばっていった。

 

「何だと!?」

「これは……!」

「無駄よ、所長が中心となって作った物理、魔法双反射型複合結界だもの。術式を一つずつ解いていくしかないわね」

「せめて、あのカラクリの使い方さえ分かれば………」

「そっちも望み薄ね。システムに自壊プログラムが仕込んであったらしくて、制御どころかどうやったら動くかすら分からないって状態だし………」

「プログラムというが何かは知らないが、それに近い物は作れないのか?」

「技術レベルが違い過ぎるんですよ………ましてや、今の時代は10年で時代遅れになるのに、20年も先だと………」

 

 たまきと淳の否定に、ライドウは俯く。

 

「仕方ない。術者を集めてこちらの封印解除は進めよう。ただし並列してあのカラクリの解析も進める」

「残った人員は更に街の警戒強化ね。市民も大分不安がってるし………」

 

 ゴウトとたまきの言葉の最後まで聞かず、ライドウは鳴羅門石の前に結跏趺坐して解除のための呪文詠唱に入る。

 

 

「ぶち壊せねえなら、オレはアジトに戻ってるぜ」

「喰奴は単独行動禁止って言われてるでしょ、淳君と明彦君、ここはいいから一緒に署に戻って。つまみ食いさせないように」

「あ、はい」

「達哉達はうまくいってるかな………」

(人手はある。が、情報が少なすぎる………次に何が起きるか、それが分からなければ………)

 

 それぞれが的確に動く中、それを見るゴウトの内心の焦りと同じ物を、皆が少なからず感じていた。

 

 

 

珠閒瑠警察署(仮)・車両整備室

 

「よし、こっちはOKだ」

「じゃあ始めましょう」

 

 前回見つけたターミナルユニットから複雑怪奇に配線が伸び、達哉のXX―1《Rot》機へと繋げられている。

 そこから更に伸びた回線の先に繋げられたPCの前に陣取ったヒロコが、エンターキーを押した。

 画面に表示されるデータを元に、ヒロコの指がキーボードを叩き、なんとかそれを解析しようとする。

 だが途中まで進んだ所で突然画面に無数の文字が流れ出していく。

 

「行けない! 回線を抜いて!」

「またかっ!」

「くっ!」

 

《Rot》機から奇妙な白煙が上がり始めたのを見た二人の達哉が同時に線を抜こうとするが、それより速くアレフの剣がユニットから伸びた配線を切り、強引に断線させた。

 

「ダメね………私程度の腕じゃこんなクラッシュしててもトラップだらけのシステムの解析は」

「八雲さんか祐一さんがいればな…………」

「克哉さんが、別の世界にいるらしい八雲さんと少しだけ連絡したって言ってましたね」

「祐一はひょっとしたら元の世界に残ってんじゃねえか? どっちにしろヤメだヤメ」

 

《Rot》機の隣で、同じように白煙を上げた《weis》機と《schwarz》機の整備をしていた搭乗者の俊樹と陽介がボヤきながら作業を続ける。

 

「《Rot》機ならDEVAシステム用の対策が講じてあるから持つかと思ったが………」

「どちらにしても、システムのバージョン差は大きいわ。その機体のシステムを通じてなら、とは思ったけど………」

「機体自体はどうにかできても、システムがやられたらボク達じゃ修復できませんよ」

「つうか今でも十分ヤバイだろ」

 

 走らせたチェックシーケンスの各所に注意の黄色や危険の赤が出ているのを見た俊樹と陽介が顔を引きつらせる。

 

「はかどってる?」

「状況は?」

「解析不能だ」

 

 様子を身に来た尚也とゲイルに、アレフが短く現状を伝える。

 

「下手にいじろうとすると、すぐにトラップが発動してこっちまで飛びそうになるわ。これを作った人間は相当な天才で陰険ね」

「動かないなら、斜め45度で………」

「それやった人がさっき医務室に湿布もらいに行きましたけど」

「ペルソナで回復させても痛みは少し残るって言ってたぜ」

「……そうか」

 

 ここに来る途中で手に包帯を巻いていたリサ(両方)の事を思い出したゲイルが、それ以上考えずにハングアップしているPCを覗き込む。

 

「少しでも分かった事は?」

「ホントに少しだけど、これが転移用ターミナルなのは間違いないと思うわ。ただそれ以上はまったく」

「う~ん、データにハッキングできるペルソナとか悪魔とかいればな………」

「いない物をどうこう言っても仕方が無い。ロアルドがいれば違ったかもしれないがな」

「それで、これはどうする?」

「また何かのはずみで動くかもしれない。数少ない手がかりだ、始終監視の出来る場所に置いておいた方がいい」

「それって、つまりここか?」

「またいっぱい出てきたりすんじゃねえだろな?」

 

 アレフ、ゲイル、俊樹、陽介がじっとユニットを睨み付ける。

 

「確か、簡易結界用のアンカーがあったはず」

「そういや有ったな、そんなの」

「必ず誰か対処できる人間も配備しておいた方がいいだろう」

「パトロールに出てない人達に交代でいてもらうとか」

「人手が幾らあっても足りないな……」

「みんな頑張ってるんだ。きっとなんとかなるさ」

「なる、のではない。己達の手でなんとかするんだ」

「ああ、そうだね」

 

 アレフの言葉に、全員の顔に小さく笑みが浮かんだ。

 

「ゲイル! ちょっと来て!」

 

 そこにアルジラが慌てた様子で飛び込んで来る。

 

「どうした」

「捕虜に〈飢え〉が始まったわ!」

 

 その一言に、全員に緊張が走る。

 

「XX―1各機戦闘体勢!」

「ちょっと待ってください!」

「《Rot》機はダメだ!」

「動かせる機体だけでも動かすんだ!」

「ライドウがいない時に………」

「最悪、切るぞ」

 

 アレフが己が剣を手に部屋を飛び出し、他の者達も続く。

 

「う、ガアアアァァ!」

 

 無数に結界が張られた取調室の中から、異様な咆哮が廊下の端にまで響き渡る。

 

「まずいってコレ!」

「私の機体取ってくる!」

「唯一の証人だ! 何としても抑えなくては!」

「どうすんだよ!」

「かまわねえ、オレが食ってやる………」

 

 残っていたペルソナ使い達が中心となってなんとか防ごうとする中、ヒートだけが笑みを浮かべて取調室へと入ろうとする。

 

「待って、ヒート!」

「まだ情報が得られていない!」

「じゃあどうすんだ? 誰か食わせてやるのか?」

 

 ヒートの一言に、皆が押し黙る。

 

「他に沈静化させる方法は何かないのか!?」

「沈静剤なら投与出来るが……」

 

 克哉署長の問いに、克哉警部補が意見を出すがゲイルは首を振ってそれを否定。

 

「喰奴の〈飢え〉はもっと存在自体に作用する物だ。己を保つために食い続けるか、セラの歌だけがそれを押さえ込めるが………」

「ガアアァァーー!!」

 

 再度咆哮が響き渡り、そのあまりの凄まじさに遠巻きにしていた一般警官が数名腰を抜かしそうになり、それ以外の者達は己の得物やペルソナカードに手をかける。

 

「悩んでいる暇も待っている暇もないようだな」

「確かにこれはね」

「暴走した喰奴は理性が無い分、その攻撃力は半端ではない。不用意に手加減すれば食われてしまう……」

 

 そこへ駆けつけたアレフがヒノカグツチを抜き放ち、尚也がペルソナカードをかざしてゲイルも己がアートマを晒す。

 一度暴走したヒートと交戦した克哉警部補が注意をうながしながら、全員が戦闘状態に入ろうとした時だった。

 

「ちょっと待ちな」

 

 背後からかけられた声に、全員が振り向く。

 

「轟所長!」

「貴重な情報源だ。殺すのは吐かせた後にしときな」

 

 何時の間に来たのか、轟が臨戦体勢の皆の脇を通り抜け、咆哮が響いてくる取調室へと入る。

 

「危ないぞ、大丈夫なのか?」

「ああ、彼もう死んでるから」

「え?」

「正確には、死体に取り憑いているんだ。だから何かあったら次の体を探すといつも言っている」

「悪魔より厄介ね」

 

 克哉警部補の説明に、アレフとヒロコが顔を見合わせる中、轟所長は室内の男の方を見た。

 

「ガアアァ!」

 

 イスに縛り上げられたままの男の目は明らかに正気を失い、口からはよだれを垂れ流しながら咆哮を上げ続けている。

 その姿もおぼろになったかと思うと悪魔の姿と人間の姿が交互に変わり、それに応じて床に描かれた魔法陣が徐々にかすれていっていた。

 

「ガアアアアァァ!!!」

「この神封じでもダメか。大した物だ」

 

 抑揚も無く呟いた轟所長は、こちらを見て咆哮を上げ続ける男に無造作に近づき、片手でその顔を押さえ込む。

 

「ガアアアアアァ!」

「黙ってな」

 

 異様な握力で男の顔を強引に上へと向かせた轟所長は、懐から淡く光る不可思議な物が入った小さな筒を取り出すと、そのキャップを外して淡く光る謎の液体を男の口へと流し込む。

 

「ガアアア……ああ………」

 

 それが喉を通り過ぎていくと、咆哮が徐々に止み、やがて男の目に正気が戻ってくる。

 

「な、何をした?」

「これか? これはマグネタイトを凝縮した物だ。専門じゃないから精製に手間取ったがな。喰奴とやらの〈飢え〉は悪魔への変質時に膨大なマグネタイトを消費するのが原因だろう。だからこれを補充すれば収まる」

「そ、それをもっとよこせ!」

 

 イスに縛り上げられたままの男が、轟所長が取り出した新たなマグネタイトの入った小筒をねだる。

 

「生憎と大した数が作れなくてな。これは極めて貴重だ。タダではやれん」

「どういう意味だ」

「これと同じくらい、貴重な物を出せば、やらない事もない」

「……貴様ぁ!」

「お前の持っている情報と交換でこれを手に入れるか、それとも秘密を守って理性の無い怪物に成り果てるか。どっちだ?」

 

 悪魔よりもなお冷たい轟所長の瞳が、男の心を見透かすように男を射抜いていた。

 

 

「やるな、あの男。見事な交渉術だ」

「ちがいねえ」

「脅してるようにしか見えないけど………」

 

 取調室の前で感心しているゲイル、笑っているヒートの後ろで、アルジラの意見に皆が一斉に頷く。

 

「こっちでもワルだね、あの人………」

「たまきさんもあんなのが上司じゃ大変じゃん」

「いや、こっちだと私達の上司でもあるんだけど」

係咩(ハイメ)!? マジ!?」

 

 二人のリサが驚愕の事実を話し合う中、背後からなんとか起動した《weis》機と《schwarz》機がやってくる。

 

「どうなりました!」

「やったのか!?」

「あ、ダイジョブ。収まったから」

「収まったって、誰か食われたか?」

 

 不思議がる俊樹と陽介を尻目に、轟所長が取調室から出てくる。

 

「情報は?」

「まだだ。あの様子なら一晩立たない内に吐く気になるだろう。その後始末しておけ」

「そうだな」

「ここは仮にも警察署なのだが」

 

 ゲイルと轟所長の物騒な会話に克哉署長が鋭い視線を刺す中、轟所長が懐からマグネタイトの入った小筒を三本取り出し、ゲイルへと渡す。

 

「渡しておく。あまり多くは精製できなかった。大事に使え」

「感謝する」

 

 そこで、ふと轟所長がそこにいる喰奴やサマナー、ペルソナ使い達をじっと見る。

 

「次に使えそうだな」

「何がだ」

「いや、じゃああばよ」

 

 ぼそりと呟いた言葉にゲイルが疑問に思う中、轟所長がその場を去っていく。

 

「次、とは?」

「……あの体が限界なのだろう。こちら側ではすでに次の体に変えているからな。出来れば若い男性で戦闘力のある物がいいらしい」

 

 克哉警部補の言葉に、その場にいた全員(特に男性陣)が一斉に顔を青くする。

 

「悪魔よりも悪魔じみているな、あの男は………」

 

 アレフの言葉は、おそらく一番的確に轟所長の特徴を表していた………

 

 

 

青葉区 青葉公園跡地

 

 かつての仮面党のテロ活動で、無残に焼け焦げた野外音楽堂のあった場所に、幾つもの遺影と花が飾られている。

 前回の喰奴達の大規模襲撃で亡くなった者達の、合同葬儀がしめやかに行われ、そちこちから遺族達のすすり泣く声が響いてきていた。

 焼香台の両脇には、パトロールの途中で立ち寄ったミッシェルの《blau》機と淳の《Grun》機が直立不動でそれぞれの得物を斜めに構えて捧げ銃(ささげつつ)の体勢を取り、同伴していたペルソナ使い達が無言で焼香を済ませていく。

 やがて葬儀も終わり、参列者達が静かにその場から去っていく。

 パトロールチームも無言でその場から離れていくが、先頭を歩いていた明彦がいきなり無言で公園の木を殴りつける。

 

「もっと早く駆けつけていれば………」

「駆けつけていれば、どうにかなっていたのか?」

 

 苦悶のように呟くその背後で、めがねを掛け生真面目を絵に描いたようなスーツ姿の青年実業家風の男性、元エミルン学園ペルソナ使いで参謀役でもあった南条 圭が問い掛ける。

 

「今我々がしなければならないのは、今の事態を引き起こした原因を探り当て、解決する事だ」

「……しかし!」

「それ以上、言うんじゃねえよ」

 

 南条の隣、薄地のカラーサングラスを掛けた、普段は軽薄とも能天気とも取れる雰囲気のカジュアルな男性、同じく元エミルン学園ペルソナ使いのブラウンこと上杉 秀彦が重い声で呟く。

 

「全員同じ気持ちなんだよ。こんな誰も笑わねえ状況なんて、オレ様の商売上がったりだ。こんな受けねえ企画はさっさと潰してえんだよ………」

「問題は、誰が企画、プロデュースしてるかですね」

 

 後ろの《Grun》機の中から橿原 淳が呟く。

 

「明彦君は、何か思い当たる事ない?」

 

 一番後ろにいる舞耶の問いに、明彦はしばし考える。

 

「黄昏の羽の利用法を知っているのは桐条の専門研究者ぐらいですが、こんな事に手を貸しそうな奴は………」

「データだけ掠め取ったんじゃねえのか? カンニングみてえに」

 

《blau》機のミッシェルの言葉に、明彦は更に考え込む。

 

「オレはそれ程専門知識を持っている訳じゃないが、データだけで取り扱える物とも思えない」

「分かんねえ事だらけって訳かよ」

「一つだけある。この街に危険な事を企んでいる人間がいるという事だ。だが、それが何か分からない………」

「無差別テロって奴じゃねぇ?」

「違うわね。テロリズムって言うのは、どんだけ歪んでいても何らかの理念の元に行われるし、やった人間はそれを堂々と誇る物よ。犯行声明も要求も無しじゃ、テロリズムじゃないわね」

「確かに」

 

 舞耶の意見に南条が納得する中、他の面々は驚いた顔で舞耶の方を見る。

 

「舞耶さんがマジメな事言うのって珍しい……」

「淳く~ん、どういう意味かな?」

「まあまあ、ここはこのミッシェル様の顔に免じて」

「それに乗ってたら見えないわよ」

 

 騒ぐ三人を横に、残った三人が歩きながら各自考えを巡らせる。

 

「オレ達の世界だと、起きたのは〈変質〉だった。だが、ここのは明らかに違う」

「この世界で起きているのは、〈召喚〉だ。しかも多数の」

「誕生パーティにダチ呼んだら余計なオマケがいっぱい来たって奴だったりして。ギャハハハハ」

 

 ブラウンの一言に、騒いでいた三人が一斉に止まる。

 

『それだ!』

「はあ?」

「前にこちらの世界であったんですよ! 多数の悪魔を召喚して、その瘴気を起因として神格クラスの召喚を行おうとした事が!」

「クソ! ミッシェル様ともあろう者がそれを思いつかねえとは!」

「すぐに戻りましょう!」

 

 

 

「無理だな」

 

 息を切らせながら署に帰ってきたパトロールチームの意見を、轟所長が一言で切り捨てる。

 

「え、でも前は……」

「Oh,Mayaコレを」

 

 轟所長の意見を聞きつつ、状況を解析していたエリーが使っていたPCを操作して一つのマップを映す。

 

「これは、前回の事件でTERMINAL Unitが見つかった場所ですわ」

「地理、地脈、歴史など色々な条件で繋いでみたが、どうやっても繋がらん」

「どれもrandomで、Ruleが見つかりませんですの………」

「ならば、逆に考えたらどうだ」

「reverse?」

「そうだ。繋がらないのなら、それぞれ別の点で考えればいい。たとえば、一番召喚に適した場所を探しているとしたら?」

 

 南条がエリーの代わりにPCの前に陣取り、入力されたデータを検索していく。

 

「確認、撃破されたシャドウ、喰奴を個体数、大きさ、ランクなどでそれぞれ別に分ける。そしてその中からもっとも多い物は………」

「本丸公園!」

「そこで、何かがこれから起きる。そう考えてみては?」

「なるほどな」

 

 背後から聞こえた声に南条が振り返ると、そこにいつの間にかゲイルが立っている。

 

「つまり、前回の大量召喚は、なんらかの実験のための場所の調査の可能性が高い」

「召喚その物の実験も兼ねていたのだろう。あの喰奴の男にこの事実を問い詰めてみよう」

「それと偵察に出ているチームを至急この場所に向かわせろ。他に何かある可能性も捨てきれん」

「それはこちらでやっておきますわ」

「頼む桐島」

 

 有数の頭脳派二人が辿り着いた仮説に、にわかに署内の動きが慌しくなっていく。

 そんな中、ゲイルと南条が取調室へと駆け寄り、荒々しくその扉を開く。

 

「な、なんだ?」

「お前達は、召喚実験のテストを行っていたのか?」

 

 いきなり入ってきた二人に驚いた男だったが、ゲイルの問いに横を向いて無言を決め込む。

 

「そして、次は何かもっと大きな物を呼ぼうとしている。それは何だ?」

 

 南条の鋭い問いかけにも、男は無言。

 

「お前達を率いているのは、ジェナ・エンジェルだな?」

「!?」

「やはりか」

 

 ゲイルの口から出た言葉に、男の顔に驚愕が浮かぶ。

 

「エンジェルとは?」

「カルマ協会の技術部門総責任者で、オレ達を喰奴にした張本人だ。偶然の産物であった悪魔化ウイルスを実用化させた、正真正銘の天才だ」

「その天才が、今度は何を企む?」

「そ、それは………」

 

 男の頬を、脂汗が無数に伝う。

 それを見たゲイルが、懐からマグネタイト入りの小筒を取り出した。

 

「数は少ない。だが有用な情報にはそれなりの報酬がある」

「う、く………」

 

 男の表情が内心の葛藤を示すようにめまぐるしく変わり、やがて顔を横に向けたままマグネタイト入りの小筒を横目で見ながら激しく苦悶する。

 

「……………分かった。それをくれるなら、オレの知っている事を…」

 

 そこまで言った途端、いきなり男の胸が膨れたかと思うと、男の口から膨大な血が溢れ出す。

 

『!?』

 

 室内にいた全員が驚愕する中、男がうなだれる。

 ゲイルが慌てて引き起こし、首筋に指をあてて脈を取るがすでに男は絶命していた。

 

「これは………」

「恐らくは、体内に口封じ用の小型の爆弾がセットされていたのだろう。だがなぜこのタイミングで…………! この建物は電波遮蔽されているか!?」

「いや、雑居ビルだった場所をそのまま使っているから、そこまでは……!」

 

 その時点で南条も気付いたのか、男の屍をあちこち探り始める。

 やがて首筋にある小さな機械に気付いた。

 

「しまった、盗聴器だ………」

「では、ここでの会話は」

「筒抜けだ。喰奴の危険性を知っていれば、不用意な身体検査もできん。故に逆にこんな小細工の可能性も考えんが………」

「逆手に取られたな。予想以上に、相手は切れる奴だ」

「そして、そいつにこちらが気付いた事も知られた。すぐに迎撃の用意をさせるべきだ」

「これから、一体何が起きる?」

「分からん…………」

 

 

 

「自分の部下の口を封じるのに、ためらいが無いのですね」

「最小限の事しか知らないとはいえ、漏洩は困るからな」

 

 何のためらいもなく、手持ちのマルチ携帯端末に口封じ用のパスコードを入力した白衣姿の気丈そうな女性、カルマ協会技術部門総責任者、ジェナ・エンジェルがマルチ携帯端末を懐に仕舞い、〈実験〉の準備を進める。

 エンジェルの目の前には、発見されたターミナルユニットとは比べ物にならない巨大さと複雑さを持った機械が設置され、それを何人かのオペレーターがチェックを行っていた。

 

「状況は?」

「あと少しです」

「フフフ、何もすぐに分かるのですから、部下を減らす必要はなかったのではないですか?」

「起きてから理解するのと、起きる前に理解するのではその後の動きに大きな差が出る。これ以上、向こうに柔軟に動かれては色々と困るからな」

「なるほど、確かに」

 

 後ろから聞こえてくる会話に、冷たい汗が背中を流れ落ちるのを感じながら白衣姿のオペレーターが機材を操作していく。

 

「主任、準備完了しました………」

「すぐに発動させろ」

「は、はい!」

 

 オペレーターがスイッチを入れると、設置されている巨大なユニットがうなるような音を上げ、徐々に発光を始める。

 

「バイパス、順次開放確認!」

「ゲート開放!」

「シャドウ発生確認!」

「バックアップデータ、入力開始!」

「エネルギーゲージ、Dレベル突破!」

「マテリアライズ、開始します!」

 

 その場にいる誰もが実験の興奮に包まれる中、エンジェルは無言で実験の推移を見つめていた。

 

 

 

「!?」

「これはなんだ!」

「ちょっと!?」

 

 違和感を感じて呪文の詠唱を中断させたライドウと結界の解除を行っていたゴウトとたまきが、あからさまな異変をきたし始めた鳴羅門石を見る。

 鳴羅門石自体が輝くような光を発し、唸るような鳴動を始める。

 それが圧力となっているのか、鳴羅門石を取り囲む無数の封印の注連縄が大きく張り出し、今にも千切れんがばかりに膨れ上がる。

 

「何が起きている!」

「! あっち見て!」

 

 たまきが叫びながら指差した方向には、校舎越しにも見える巨大な光の柱のような物があった。

 

「あの方角は、この間の公園か」

「こちらのはただ共鳴しているだけだ! あちらが本命だ!」

「でも何が起きてるっての!?」

「この感じ……似ているな」

「ああ、超力超神の時と同じだ。何かが、とてつもなく危険な何かが出現しようとしている………」

 

 ライドウの言葉を聞いたたまきの顔色がわずかに青くなるが、即座にそれを打ち消して目つきを鋭くさせた。

 

「……! すぐにこの学校の、いえ蓮華台の全住民を非難させないと!」

「そちらは頼む。オレは何が起きるのかを確かめる」

「まったく忙しい事だ」

 

 携帯電話を取り出して最緊急回線へとかけるたまきを残し、ライドウとゴウトが本丸公園へと向かった。

 

 

 

「早くするんだ! これは前回の比じゃないくらいヤバいよ!」

「避難してない住民の確認を急いで! 引きずってでも避難させるんだ!」

 

 前回の一件以来、蓮華台のパトロールに乗り出していた仮面党の一団が中心となって、住民の避難誘導をしていた。

 その中央、ロングパーマのいかにも姉御肌の強気そうなGパンルックの女性、エミルン学園OGで元ペルソナ使いの黛 ゆきのと杏奈が指示を次々と出しながら、光の鳴動を繰り広げる本丸公園の方を見る。

 

「ありゃ魔王でも呼び出す気かい!」

「いや、イデアルエナジーも無しだと大きな者は呼び出せない! でも何かが……」

「レイディ・スコルピオン! 大変です!」

 

 そこへ背中にお爺さん、腕に犬を抱いて避難してきた仮面党員の一人が駆け寄ってくる。

 

「ほ、本丸公園におびただしい数のシャドウが出現してきてます! 前回とは比べ物になりません!」

「何っ!? 本当か!」

「ほ、本当じゃ………変な影みたいな物がたくさん………この人に助けてもらわんと、ワシは食われてたかもしれん……」

「くっ……」

 

 仮面党員の背中で息を切らしているお爺さんの言葉に、杏奈が思わず爪を噛む。

 

「私がなんとか公園内に留める! 早く避難を!」

「あんた一人じゃ危険だよ! アタシも…」

「それが、なぜか公園から一歩も出てきません!」

「そうなんじゃ………」

 

 公園へと向かおうとしていた杏奈とゆきのが、その言葉に足を止める。

 

「出てこない? なぜ?」

「百聞は一見にしかずって言うじゃない! アタシが行くから、杏奈は避難を!」

「ダメだ! ペルソナの使えない今のゆきのじゃ……」

「何をしている。早く逃げろ」

 

 そこへ、マント姿の影が声をかけつつ、その場を走り去っていく。

 

「今のは!?」

「確かライドウ! 凄腕のデビルサマナー!」

 

 ためらいもなく本丸公園へと向かうライドウとゴウトを見た杏奈とゆきのは、お互いに頷くと、党員とお爺さんと犬を引き連れ、その場から離れる事にした。

 

 

 

 ライドウとゴウトが、本丸公園の入り口手前で足を止める。

 そこには、異様な光景が広がっていた。

 

「これは………」

「分からん」

 

 公園内は党員の言葉通り、無数のシャドウで溢れ返っている。

 だがなぜか公園の敷地から出ようともせず、公園自体が不可思議な色合いの空間へと変貌しつつあった。

 

「異界化? だがなぜあれだけのシャドウを野放しに?」

「贄にするには下等過ぎる………ましてやこの乱雑さでは」

 

 ライドウの肩でゴウトも首を傾げた時、次の異変が起こった。

 異界化しつつあった公園にまばゆい光に包まれたと思った瞬間、凄まじい振動が周囲を襲った。

 

「地震?」

「いや違う! 揺れているのはここだけだ!」

 

 空へと飛び上がったゴウトの目に、一切揺れていない街並みが飛び込んで来る。

 

「離れろライドウ! 危険だ!」

 

 ライドウが揺れる公園から離れつつ、懐からすばやく管を取り出しつつ詠唱、疾風族 パワーを召喚し、その体に捕まるとゴウトと共にその場から離脱する。

 

「見ろライドウ!」

 

 安全だと思われる地点まで来た所で、ゴウトの言葉にライドウが振り向く。

 そこには、想像を絶する事態が起きていた。

 振動と光を放つ異界化した公園の中に、何かが形を成していく。

 それは高い城壁と塔からなり、頑丈な扉が外界を閉ざす。

 それと同時に、無数にいたシャドウが次第に形を変え、ある物は人の姿に、ある物は悪魔の姿へと変貌していく。

 

「あの格好、エンブリオンのと似ているな」

「だが、色が違う。黄色だ」

 

 ライドウの指摘通り、人の姿をした者はヒート達のまとっている戦闘服とよく似た物を着ているのが見えるが、シンボルカラーが違っている。

 さらに、いつまでたってもまるでノイズのかかった映像のように、その姿はどこか不安定だった。

 

「召喚士殿、これは一体……」

「見れば分かるだろう」

「また、今度はとんでもない物を………」

 

 ライドウを抱きながら飛んでいるパワーですら、そのあまりに異様な光景に絶句する。

 本丸公園に出現した物、それは紛れも無き、要塞だった……………

 

 

 

 幾つもの糸がより合わさり、強くなったと思いし時は僅か。

 現れし頑強な壁の向こう側にありし物は、果たして………

 



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PART14 WATCH BBS

 

珠閒瑠警察署(仮)会議室

 

「要塞……だと?」

 

 本丸公園で異常ありの報を受け、対策会議のためにあつまった警察及び各デビルバスター達の前に、驚愕すべき事実がもたらされていた。

 

「信じられん………」

 

 今出来上がったばかりの写真を見た周防署長は、そこに映し出されている強固な外壁に覆われた巨大な建造物を見て絶句した。

 

「こいつはまた………」

「こちらでは同じ場所に城が出現したが、これは更に厄介そうだ………」

 

 尚也と克哉警部補が二人で渡された写真を覗き込んで考え込む。

 

「これって……」

「間違いない。ソリッドのシタデルだ」

 

 それが見覚えのある物にそっくりな事にアルジラとゲイルが顔を見合わせる。

 

「知っているのか!」

「ジャンクヤードにあった物と外見上は一致する。内部構造までは情報が無いので判断できない」

「つまり、君達同様データが実体化した物という事か?」

「オレ達の実体化はテクノシャーマンたるセラの力だが、恐らく幾度かの実験で同様の現象を再現した物と推測する」

 

 二人の克哉の言葉に、ゲイルが自論を展開。

 

「現場封鎖に当たった者の話だと、この要塞はまるで不安定なテレビのようにたまに不確かに見えるらしい」

「つまり、完全に実体化している訳ではないという事か?」

「どっちにしても、危険そうだって事は確かだね」

 

 尚也の言葉が、まさしく的を射ている事に居並ぶ警察関係者が息を飲む。

 

「今たまき君とライドウ君が詳細情報を持ってこちらに向かってきているらしい。彼らが帰ってきてから対策を協議する形になるが………」

「それまで現場を完全封鎖しなくてはな。すでにこちらの機動班とペルソナ使い達が向かっている」

「対策が決まるまで絶対に仕掛けさせるな。あのシタデルは半端な攻撃では微動だにせん鉄壁の要塞だ。内部構造が同じなら攻略法はあるが………」

「こういう時、山岸がいてくれればな」

 

 会議室の隅でシタデルの写真を見ていた明彦がポツリと呟く。

 

「そう言えば僕達以降、別の世界から飛ばされてきた人間はいないな」

「八雲さんやカチーヤさんがいればこういう時心強いしね」

「一体、他のみんなはどこにいるんだろうか………」

 

 

 

ボルテクス界 業魔殿内部

 

「くちゅん!」

「風花大丈夫? 風邪でもひいてない?」

「あ、うん大丈夫だよゆかりちゃん。よく眠れたし」

「あたしもよく寝た~ちゃんと寝たのどれくらいぶりだろ?」

「色々あったからね~」

「しかも継続中、ヤになっちゃうわよね~」

 

 与えられた部屋で十分に休息を取った風花とゆかりは、顔を洗いながら今まであった事を思い出していた。

 

「ニュクス倒して世界救うはずが、なんでこんな変な異世界なんて来ちゃうかな~」

「仕方ないよ、他にも色んな人来てるし」

「そいや、美鶴先輩は?」

「交代でここの警備だって。他にもやる事いっぱいあるから、十分に休んでおけって言ってたよ。覚えてない?」

「う~ん、全然………」

「ゆかりちゃん疲れてたからね~。ここの時間で8時になったら昨日のレストランに全員集合だってさ」

「8時ね。ここだと時計は動くんだ」

 

 壁にかかっていた時計と自分の腕時計の時間を合わせたゆかりは、軽く伸びをすると身支度を整える。

 

「とりあえず、啓人や順平達起こして朝ご飯食べよ」

「そうだね」

 

 

 

所定の時間 業魔殿レストラン《Table Diabolique》

 

「さて、そろったかしら」

「ゴ~」

「グ~」

「スピ~」

 

 レイホゥの言葉に、三つのいびきが答える。

 

「起きろ伊織!」

「そろそろ時間だぞ修二」

「いいかげんにしろネミッサ!」

 

 美鶴、小次郎、八雲の三人がいびきの主をたたき起こし、メアリとアリサが全員にコーヒーか紅茶を配っていく。

 

「あ~、なんかまだ寝たりねえ……」

「順平だけだって」

「オレもベッドで寝るなんて久しぶりだったしな~」

「ま、ここは一応安全と言えるからな。まずは自己紹介と行くか」

 

 用意されたパーティー用の長テーブルの端に陣取ったキョウジが立ち上がると、葛葉のメンバーもそれに続く。

 

「話は聞いてるかもしれんが、改めて。オレ達は悪魔がらみの事件を解決を目的として、古代から続く悪魔使いの一門《葛葉》。オレはそこのサマナー筆頭の葛葉 キョウジだ」

「同じく術者代表、レイ レイホゥよ」

「所属サマナー、小岩 八雲だ」

「所属術者で八雲さんのパートナー、カチーヤ・音葉です」

「ついでにこれが葛葉に入る前のパートナーで地獄から迷い出てきたネミッサだ」

「八雲なにそれ~? ゾンビじゃないんだから」

 

 ネミッサが口を尖らせる中、葛葉の者達が席に座る。

 続けて美鶴が立ち上がると、ペルソナ使い達も後に続く。

 

「月光館学園、特別課外活動部 部長の桐条 美鶴だ」

「戦闘班リーダー、不破 啓人」

「オレは伊織 順平」

「岳羽 ゆかり、よろしく」

「山岸 風花です」

「天田 乾、こっちはコロマルです」

「ワン!」

「その犬も部員か?」

「ああ。立派なペルソナ使いだ」

「退魔犬って訳か。オレは相馬 小次郎。フリーのデビルバスターだ」

「パートナーの八神 咲よ。よろしくね」

 

 どこか怪訝な顔をしながら小次郎と咲が名乗る。

 続けて修二も立ち上がった。

 

「英草 修二、ここじゃ人修羅って呼ばれてる」

「高尾 裕子。東京がこうなる前は彼の担任教師だったわ」

 

 二人が座ると、今度はオレンジのペイントを施した者達が立ち上がる。

 

「サーフ、エンブリオンのリーダー」

「オレはローカパーラ二代目リーダー、ロアルドだ。今はエンブリオンと共に行動している」

「これでだいたい全員か?」

「あ、いやまだ来てない者が」

「なんだまた増えたか」

 

 全員の顔を見回した八雲と美鶴の言葉に、若い男の声が重なる。

 

「あ、てめえは!」

「お前も来たのか少年」

 

 それは銀髪で鋭い目つきの若い男で、見るも鮮やかな赤いコートを身にまとい、背には巨大な剣の柄が覗き、腰にはこれまた大型拳銃が左右にぶら下がっていた。

 

「紹介しておくわ。彼は」

「……ハンター・ダンテ」

 

 彼の姿を見た八雲が、呆然と呟く。

 

「知り合いなのか?」

「知ってるも何も、業界の有名人だ。《悪魔も逃げ出す》デビルハンター、ダンテ。アメリカの方じゃ並ぶ者がいない最強ハンター。オレなんかじゃ比べ物にならねえ………」

「買いかぶり過ぎだな。一応お前もクズノハの人間だろう?」

「オレは葛葉じゃ三下でね。まさかあんた程の人まで巻き込まれてるとはな………」

 

 不適な笑みを浮かべるダンテに、八雲はややたじろぎ、彼の事を詳しく知らない者達が小声で(ささや)きあう。

 

「そこまで有名人だったとは……」

「美鶴先輩が助けられたってあの人ですよね?」

「ものすごく強い力を感じます。一対一なら誰も適わないかもしれません……」

「マジかよ!?」

「確かにすごい強そうだよ………」

 

 その最中、修二がこそこそとテーブルの陰に隠れる。

 

「どうした?」

「しっ、オレあいつに何度も追い回されてんだよ………」

「安心しな少年。どうやらお前を追い回してる余裕も無くなったようだからな」

 

 ダンテは修二の方を見てそう言い放ちながら、空いていた席にどっかりと座り込む。

 

「おっと、遅れちまったかな?」

 

 そこに、タイトなボディスーツに腹部にオレンジのペインティングが施された水色のドレッドヘアの少年が姿を現す。

 

「オレはシエロ、トライブ・エンブリオンのアタッカーだぜ。よろしくブラザー!」

「……あれも喰奴か?」

「ああそうだ。喰奴はむしろ感情の発露が激しくなる兆候がある。サーフのようなパターンがむしろ珍しい」

 

 サーフやロアルドと違い、やたらと陽気なシエロに八雲がロアルドに思わず問う。

 

「現在確認されている者達はこれで全員のようだな。改めて業魔殿へヨーソロー。私がこの船の船長で悪魔研究家のヴィクトルだ」

「助手兼メイドのメアリと申します」

「アリサだよ、よろしく!」

「当レストランのシェフにして、武器職人を営んでおりますムラマサです。よろしく」

 

 最後に業魔殿の従業員達が紹介を済ませ、全員がそろった。

 

「さて、まずは現状の確認ね」

「それは私がします」

 

 議長をするレイホゥに、祐子が名乗りを上げる。

 

「まずはこの世界の説明から始めるわ。この世界はボルテクス界。東京受胎と呼ばれる現象を起因として作られた、新たな世界の雛型よ」

「その東京受胎とは?」

「事の起こりはガイア教の幹部、氷川という男が預言書《ミロク経典》を解読した事に始まるわ」

「ガイア教、この世界にもあったのか………」

 

 自分がいた東京とはまた違う混沌の状況に、小次郎が小さく呟く中、祐子の説明は続く。

 

「それに記された世界創造の秘法、彼はその解析に成功したの。そして新たな世界を作り出すために、秘法執行に選ばれた巫女が私。秘法は成功し、この世界的に例を見ない魔術都市である東京を媒介に、このボルテクス界が作られたの」

「にわかには信じられないが、その新たな世界を作り出す方法とは?」

「《コトワリ》と《守護》がいるわ」

 

 ロアルドの問いに、祐子はその方法を口にし始めた。

 

「新たな世界の中核となる絶対のルール、それが《コトワリ》、そしてその絶対なる守護者たる神、それが《守護》よ。新たな世界を作り出そうとする者は、この世界に溢れる《マガツヒ》と呼ばれるエネルギーを集め、《守護》を召喚。その二つを持ってこの世界の中心にある《カグツチ》を開放する。それが新たな世界の創造方法よ」

「……なあ、分かるか?」

「実を言うと全然」

 

 順平が密かに当事者の一人であるはずの修二に聞くが、当人は小さく首を横に振る。

 

「マガツヒという票と守護という後援者を持って行う力任せの選挙と言った所だな。もしそうなら、今どれくらいのコトワリがあるのだ?」

 

 理解したらしい美鶴の問いに、祐子は三つのコトワリを述べる。

 

「一つは、氷川が説く静寂なる世界《シジマ》、次が私の教え子だった千晶さんが説いた力のみを絶対とする《ヨスガ》、最後に同じく私の教え子の勇君が説いた絶対孤独の《ムスビ》。この三つがそろぞれの勢力を従えた壮絶な争いを繰り広げてるわ」

「………え~と」

「分かるような分からないような………」

「ダンマリに弱肉強食、オマケにヒッキーの世界か。どれも好みじゃねえな」

 

 何人もが頭を抱え込む中、八雲が要約してため息をもらす。

 

「それで、あんたはどれに俗してるんだ?」

「私は…」

 

 何かを告げようとした裕子が、突然ケイレンを始める。

 まるで彼女のみが大地震にでも見舞われているような異常なケイレンに続き、その頭部が異常な動きで回り始める。

 

『!!』

 

 ほぼ全員が、一斉に何かに気付いて己の得物やCOMP、召喚器を構える。

 そこで異常な動きが止まった裕子の顔面に、まるで蛍光塗料でもぶち撒けたかのような異様な物が張り付いていた。

 

『異なる世界の迷い子達よ。汝らこの世界に何を見る? 己の力で己の世界を変えんと欲す勇敢なる愚か者達よ! これより数多の争いと災いが汝らを襲う! 恐れ目を背けるも、勇猛に立ち向かうも自由なり! 我もまた、行くは女と共に。自らを由とせよ。これ、我の真なり』

 

 裕子の物とは違う、野太い男とも甲高い女とも聞こえるような声が、心に直接響くように食堂内に轟く。

 一方的な宣言が終わると、再度裕子をケイレンが襲い、そしてそれが終わると普通の顔の彼女がその場に立っていた。

 

「……今のがあんたの守護か」

「ええ、アラディアの神。でもまだコトワリは授けてくれない………」

 

 今のが《神託》である事を悟ったキョウジが呆然と呟く。

 

「また変な神様降ろしてるわね………」

「でも、私にとってはアラディアの神は絶対よ」

「嫌な事ばっかほざいていきやがったし」

「つまり、まだ色々起きるって事?」

「多分な」

 

 レイホゥもまた呆然と呟くが、八雲と啓人がしかめ面でぼやく。

 

「まあ、大体この世界の状況は分かった。つまりこちらの逆だ」

「そうなんですか?」

「こっちに聞かないでよ……」

「多分そうじゃないかな~、と思うけど…………」

 

 美鶴の宣言に、乾、ゆかり、風花の三人が影で呟く。

 

「私達の世界では、影時間と呼ばれる今日と明日の狭間に常人には感知できない時間があった。その世界にのみ存在する異形《シャドウ》と戦い、影時間の中枢である塔《タルタロス》を昇り、全ての元凶であり、世界に滅びをもたらそうとする《ニュクス》を撃破する。それが月光館学園、特別課外活動部の目的だ」

「世界救済部か。たいそうな事だな。オレ達のいた世界だと、一度世界は滅んでいる」

 

 小次郎の言葉に、全員の視線が向けられる。

 

「1999年、世界情勢の背後に潜んだロウとカオスの争いは、東京への核攻撃を起因として、世界を神と悪魔が闊歩する混沌へと変えた。神に盲従する法を唱える《メシア教》と力と混沌を全てとする《ガイア教》。この二つを主軸とした争いの世界に、オレ達はそのどちらにもつかず、人々のみの手によるニュートラルの世界にするために闘った」

「で、戦いが終わって安定化するかと思った矢先にここに飛ばされたって訳」

「なるほど、確かにどこも似たような物だ」

 

 ロアルドが苦笑しつつ、立ち上がる。

 

「我々の世界では、また違う意味で世界は滅びかけている。その要因もまた神だ。数多の研究により、太陽が膨大な情報から構成された神である事に気付いた科学者達が、その神から情報を得るための研究を進めた。その結果、神との交信を可能にした《テクノ・シャーマン》の開発に成功した。それがセラだ。だが、ある事件を機にセラは神を暴走させてしまう。その結果、太陽は漆黒に姿を変え、その光を浴びた物は体の構成情報を固着・結晶化され石と化してしまう《キュヴィエ症候群》を発症する」

「人間が、石に?」

「マジかよ………」

「派手な日焼けだな」

 

 ロアルドの語る世界に疑惑や畏怖を感じる声が響く中、言葉は続く。

 

「それらを起因とする戦乱の混乱の後に、キュヴィエ症候群を研究していた団体を中心とした人類存続を目的としたエリート思想に凝り固まった《カルマ協会》が設立された。それに対抗するために作られたのが《ローカパーラ》だ。やがて、カルマ協会はキュヴィエ症候群への対処と人類存続のために、とんでもない対処法を考案した。それがかつての太陽暴走の際に確認された悪魔化現象を人為的に起こす、《悪魔化ウイルス》だ」

「ちょ、ちょっと待った! 人間を悪魔にする!?」

「そんな事できんのか!?」

「ここに一人いんだけど………」

「お前は例外」

 

 あまりに途方も無い話に、啓人や順平が疑問の声を上げる。

 こっそり手を上げる修二に小次郎がその手を下げさせる。

 

「ありえない話じゃないわ。魔術や仙術の奥義に、己の体に神仏を降ろしてその神仏その物に変化する〈法神変化〉という物があるわ。あなた達のペルソナ能力も似たような物よ。それが科学的にできたってのは驚きだけどね」

 

 レイホゥの説明に、ペルソナ使い達が顔を見合わせる。

 

「そしてカルマ協会は、その悪魔化ウイルスの実験に、当時進められていた戦闘AI開発計画《ジャンクヤード計画》のAI達を選んだ。それがサーフ達だ」

「は?」

「AI、だと?」

 

 更に突拍子も無い話に、皆の視線がサーフやシエロに向けられる。

 

「その実験を止めさせるためにセラはジャンクヤードにダイブし、そして彼らをこの世界に実体化させた」

「…………マジ?」

「いやオレもそう言われても実感ねえんだよな、これが」

「情報の実体化ならここにも実例がいるぞ。多分どっかでその影響拾ったな」

「え~、だってネミッサ元から悪魔だよ」

 

 自分の事ながら首を傾げるシエロに、八雲はネミッサを指差す。

 

「問題はその先だ。悪魔化した者は、その安定化のための特殊な食料を求める」

「マグネタイトだな、しかも相当膨大な。そしてそれを多量に含むのは………」

「人間だな」

 

 キョウジと小次郎の言葉に、全員が絶句する。

 

「悪魔化した者達は《喰奴》と呼ばれ、ジャクヤードでは飢えを満たし、力を求めて互いを食らい合う地獄が展開されたそうだ。トライブ《エンブリオン》はその地獄を、勝ち抜いてきた」

「じゃあ何か? サーフの奴がいきなり襲い掛かってきたのは、腹が減ってただけか」

「……飢えは全てを狂わせる。それを防げるのはセラの《歌》だけだ」

 

 それまでずっと無言だったサーフが、ようやく口を開く。

 

「あのさ、じゃあひょっとしたらあの時私達……」

「食べられてたかもしれない?」

 

 ゆかりと風花の問いに、サーフは頷く。

 次の瞬間、ペルソナ使いとあとなぜか人修羅までもが一斉にサーフ達から離れた。

 

「安心しろ、ここならマグネタイトは安定供給できる。だろ、おっさん」

「ああ、実際シエロとロアルドには安定化したマグネタイトを供給する事で飢えは沈静化している」

「ついで言うと、悪魔が人食いするのは当たり前だろ」

「違いない」

 

 ヴィクトルの説明に八雲が余計な一言を追加、挙句にダンテまでもがそれを肯定する。

 

「では続けよう。ジャンクヤードから彼らと共に帰還したセラを巡って、カルマ協会内部とローカパーラで奪い合いが起きた。その結果、エンブリオン内部でも離反者が出、その結果サーフがその者に致命傷を追わされた。それを見たセラが再度神を暴走、どうやらその結果我々はこの世界に飛ばされたらしい」

「でも兄貴ピンピンしてるぜ?」

「外部から何者かが力を貸したんだろう。ここに飛ばされる時、誰かに何か言われなかったか?」

「………」

 

 八雲の問いに、サーフがしばし考える。

 

「……猫だ」

「猫?」

「ジャンクヤードにいた猫が、ここに導いた。輪廻の輪を乱す者がいる。全ての情報を乱す者、仲間と共にそれを見定めろ、と」

「やっぱ、この件には何かとんでもなくデカイ存在が動いてやがるな」

「ファントム・ソサエティか?」

「いや、それよりもっと上の………それを阻止しようと動いてる連中が、オレらをここに集めさせたって寸法だろうな」

 

 八雲とキョウジの言葉に、啓人が自分が飛ばされた時に会ったイゴールの言葉を思い出す。

 

「つまり、その幾つもの世界をおかしくしてる〈何か〉と闘わなきゃならないって事?」

「最終的にはな。だがまず問題はこれからどうするかだ」

「とりあえずの方針を決めておかないとね」

「ま、聞くまでもねえだろが、全員元の世界に帰りたい。そだろ?」

 

 レイホゥとキョウジの問いに、全員が頷く。

 

「こんなネットサーフもハックもできないトコじゃ、面白くもないしな」

「タルタロスが、ニュクスがどうなったのかを見極めないと……」

「ロウもカオスも主力を失った世界を、ほっておく事は出来ない」

「……エンブリオンの仲間を見つけたい」

「じゃ、どうするんだ? どこかのコトワリに入るか?」

 

 修二の言葉に、皆が顔を見合わせ、悩む。

 

「どこかの勢力につくってのは確かに方法の一つだ。だが、正直にこっちの状況話したらどうなる? とても協力してくれるとは思えねえ」

「同意見ね」

「ここでの争いはかなり苛烈な物のようだ。サマナー、ペルソナ、喰奴、どの能力を持ってしても彼らには魅力的で、絶対手放したくはないだろう」

 

 キョウジ、裕子の意見をロアルドが補正、それに対し皆がざわめく。

 

「あの、私達の事はここの人、というか悪魔達はどう思ってるんです?」

「ここに来てすぐ襲われたし………」

「今んとこ、あまり注目されてないな。妙な勢力が秋葉原にあるって話はぽちぽち出回ってるが」

 

 不安そうに問う風花とゆかりに、修二が首の角の付け根なぞかきながら応える。

 

「ならば、むしろ目立つ事は控えた方がいいだろう。目をつけられれば、狙われる」

「だが、情報収集は必要だろうな。どこかに特異点があるだろうし」

「でもかなり広いですよここ……」

「でも、やるしかねえだろな………」

 

 ロアルド、八雲の提案に、啓人と順平がどこかうんざりした声を上げる。

 

「それじゃあ、中立を保ちつつここを拠点に幾つかのチームに分かれて情報収集及び特異点の発見。そういう事でいい?」

「了解」

「いいだろう」

「私達もそれで構わない」

「つまり、あまりやる事変わらねえ~」

 

 レイホゥの最終決定に、八雲、小次郎、美鶴が賛同し、修二がぼやく。

 

「一つ聞くぜ。最終決定権は誰が持つんだ?」

「誰も」

 

 ダンテの問いに、キョウジが笑みを浮かべて答える。

 

「どうせ烏合の衆だ。やりたくなかったら止めればいいし、出て行きたかったら出てけばいい。あんた程の腕だったら、一人でもやっていけるだろ?」

「ふっ……」

 

 ダンテも笑みを浮かべつつ、コインをコートのポケットから取り出す。

 

「表なら、協力する。裏なら、好きなようにさせてもらう」

「そんな適当な………」

「いや、この人それでやってけるくらいの人だから」

 

 啓人の呟きを聞いた修二がぼそぼそとささやく中、コインがダンテの手から弾かれる。

 それを空中で掴み取ったダンテは、そっとそれをテーブルの上に置いた。

 

「表だ」

「それじゃ、よろしく頼むぜ」

「ああ」

 

 ダンテとキョウジが笑みを浮かべ、誰からともなく、異世界から来た仲間へと手を差し出す。

 幾つもの手が握られた所で八雲がキョウジとヴィクトルへと視線を向けた。

 

「まず、4番倉庫を開けてもらうか」

「ああ、そうだな」

「倉庫?」

 

 

 

業魔殿 4番倉庫

 

〈関係者以外立ち入り禁止〉と書いたプレートが張られ、やけに厳重なロックがかかった大きな扉が開かれていく。

 開くと同時に倉庫内に明りがともされ、そこに並んでいる物が照らし出された。

 

「げっ!?」

「うわあ…………」

「こいつはすげえ………」

 

 そこには、無数の刀剣、銃火器、防具などがずらりと並び、室内燈の下で鈍い光を放っていた。

 

「前にこいつで派手な出入りをやった事があってな。それ以来、ここを臨時の武器庫に使わせてもらってるんだ」

「テロか戦争でも始める気か?」

「今の状況だと、どうやってもテロか戦争だろ」

「違いない」

 

 八雲の説明に、美鶴が顔をしかめ、ロアルドが苦笑。

 

「どれでも好きな奴貸してやる。自由に選べ」

「どれでもって………」

「こんなに………」

「剣の予備とアサルトライフルが欲しい」

「レールガンの弾あるかしら? 20mmね」

「45口径の予備弾、対悪魔用」

 

 呆然とする順平と乾の両脇を、やけに手馴れた様子で小次郎や咲、サーフが武器を選んでいく。

 

「好きなだけいいんだな」

「横流しするとこもないだろ」

 

 ダンテに至ってはショットガンやサブマシンガン、グレネードランチャーに果てはロケットランチャーまで、どういう仕組みかコートの背中に次々と仕舞っていく。

 

「ほらお前らも」

「いや、銃は召喚器と誤射しそうなんで」

「お~啓人、この剣なんてよさそうじゃね?」

「こっちの槍いいですか?」

「ふむ、これとこれ、どちらがいいだろうか………」

 

 ペルソナ使い達もそれにならい、思い思いの武器を手に取って品定めする。

 

「あれえ、これネミッサのじゃん!」

 

 そんな中、嬉々として銃火器を漁っていたネミッサが、倉庫の隅のショーケースに飾られた装備一式を発見した。

 

「……もう使わないだろうって事で、そこに置いといたんだがな」

「え~、まさかサビさせてないよね?」

「たまに手入れしてましたから、大丈夫ですよ」

 

 そちらに背を向けたまま呟く八雲だったが、カチーヤがショーケースに近寄るとかかっていたロックを解除する。

 

「実を言うと、これ八雲さん以外触れるの私だけなんです」

「え、そう? なんで?」

「嫌がるんですよ、メアリさん達にすら触らせてないですから………」

 

 皆に聞こえないように小声で呟きながらカチーヤが中身を取り出す。

 二匹の蛇が絡まった姿をした槍、神獣 アヌビスの魔晶武器カドゥケウスをネミッサが手に取り、軽く振り回してみる。

 

「よっし、ネミッサはこれでOK♪ 八雲弾取って~」

「そっちの冷蔵庫に入ってるから自分で取って来い」

「あ、9パラでしたよね?」

「サンキュ、カチーヤちゃん」

 

 カチーヤが取ってきた弾丸を古めかしいスーツケースに内臓されたサブマシンガン、堕天使 ビフロンスの魔晶武器アールズロックにネミッサは無造作に装填していく。

 

「用心して予備武器は必ず用意しとけよ~」

「予備ってすげえいっぱいあるっすよ……」

「その中から自分が使いやすそうなのを選ぶんだよ。武器なんざしょせん消耗品だからな」

 

 ふとそこで、八雲は風花が周囲を見回すばかりで何も手に取ろうとしない事に気付く。

 

「山岸、お前も護身用くらいもっとけ」

「あ、いえ私は……」

「これなんかどうだ」

「え、あ……」

 

 小次郎が見かねて手近に有ったMP5A1マシンガンを手渡すが、取り回しが効くように折りたたみストックになっているサブマシンガンを風花が両手で支えているのに気付いて眉根を寄せる。

 

「ちょっと失礼」

 

 怪訝(けげん)に思った咲が風花の袖を捲り上げ、それが歴戦とは縁遠い細く繊細な腕な事に沈黙する。

 

「ペルソナ使いって、体力無くても出来るの?」

「いや、風花は……」

「そいつはサーチャーだ。感知、補助能力に特化してる分、攻撃力は無いに等しいらしい」

 

 咲の問いに啓人より先に八雲が応える。

 

「有効範囲は?」

「ここなら、半径分くらいはなんとか………ただ精密探査は6~700mくらいです」

「それで、今まで危険にあった事は?」

「一度に大人数把握できる訳じゃないから、みんなで交代してタルタロスのロビーにいたからそれでなんとか」

「戦場でまず狙われるのは目と耳だ」

「だな。それでこいつはその両方を持っている」

 

 無口なサーフが珍しく呟いた事に、八雲も賛同する。

 

「それって……」

「この先どこかの派閥とドンパチやらかす羽目になった時、お前の存在がバレたら、いの一番に狙われるって事だ」

「確かに、戦術の鉄則だな」

「え? マジ!?」

「そう言えばそうかも……」

「シャドウってそんな行動取ってきた事なかったしね……」

「じゃあ、どうするんです? 誰か風花さんのそばに始終ついてるとか」

 

 ようやく事態が飲み込めたペルソナ使い達に、八雲が思案を巡らせる。

 

「出来ればそうしたいが、ペルソナ使いの能力はできれば前線に向けたいしな」

「ガードユニットのような物はここにはないのか?」

「そこまで科学技術進んでねえ」

「じゃあ私がガードに」

「カチーヤの魔力は強過ぎる。混線の可能性が高い」

「じゃあネミッサ?」

「お前はつまらなかったら絶対持ち場フケるだろうが」

「ならば仲魔の中で使えそうなのをつけとけばいいだろう」

「そうはしたいが、これからの状況を考えると……」

 

 様々な意見が出るが、決定案に欠いていた。

 

「ヒ~ホ~! デビルバスターバスターズ参上!」

「おいら達にも銃よこすホ!」

 

 そこへいきなり登場したジャックフロストとジャックランタンのコンビを見た八雲が、手を一つ叩いた。

 

「お前ら、一つ取引だ」

「なんだ、契約かホ?」

「オイラ達はデビルバスターの手先になんてならないホ!」

「だから取引なんだよ。お前達の腕を見込んで雇いたい。ここの銃を好きなだけ使っていいかわり、彼女に四六時中張り付いてボディガードをしてくれ」

「ヒホ? ボディガード?」

「あのキャベツ頭のかホ?」

「キャベ……」

「彼女は極めて貴重な人材だ。だからこそお前らのような腕利きが必要なんだ。頼めるか?」

「腕利き?」

「おいら達が?」

 

 ジャックコンビがお互い顔を見合わせると、大きく胸を叩く。

 

「分かったホ! 任せるホ!」

「ボディガードやるホ! よろしくだホ!」

「え~と、よろしくね」

 

 何か微妙な笑みを浮かべつつ、風花がジャックコンビの手を握る。

 

「あれ、頼りになんスか?」

「逃げ足だけは速い連中だ。ああ言っておけば何かあれば彼女を連れて真っ先に逃げる」

「なるほど、重要なのは危険に晒さない事だしな」

「いいのかな~」

 

 八雲と小次郎の意見に順平と啓人が顔を引きつらせる。

 

「みんなそろそろいいかしら?」

「あ、もうちょっと」

「おいら達ボディガードだホ!」

「ガードだホ!」

「そう? じゃあお願いね」

 

 顔を見せたレイホゥが、思い思いの武装に身を固めていく一同を見回す。

 

「それが終わったら早速仕事に取り掛かってもらうから」

「おっしゃあ! バッチリっすよ!」

「問題ない」

 

 気合の入っている順平と、装弾が終えたサーフを見たレイホゥが見えないように笑みを浮かべる。

 

「それじゃあ………」

 

 

 

「あれ?」

 

 順平が手渡されたツルハシを呆然と見つめる。

 頭には安全第一と印刷された、おなじみの黄色いヘルメットが被さっている。

 

「え~と……」

 

 啓人も呆然として周囲を見回す。

 その周囲では、フード付きのコートとも囚人服とも見える、奇妙な格好をした表情が薄い人影が、同じようにヘルメットにツルハシを持って忙しそうに働いている。

 

「来たか。早速だがこれを……」

「ちょっと待った」

「なんで工事仕事?」

 

 同じくヘルメット姿で図面を手にあれこれ指示していたロアルドが近寄ってきた所で、二人は問い質す。

 

「この業魔殿とかいう飛行船の発掘を手伝ってもらう。次元間跳躍の影響か、ビルと完全に融合している。そこをはがしている最中だ」

「爆破とかで一遍にできねえんすか?」

「内部構造物まで完全に融合している。爆破すれば船体が折れる」

「少しずつ剥がして修復してくしかない訳か………ところであの人達は?」

「《マネカタ》、精神エネルギーでもあるマガツヒを絞るために、泥から作り出された魔術的人造人間だそうだ」

「じ、人造人間!?」

 

 啓人が思わずまじまじとマネカタの方を見る。

 

「全然そうは見えねえ……」

「外見的には人間と全く変わらないらしい。ただ苦痛を搾り取られるためだけに作られた家畜、この世界ではそういう扱いだ。そこから逃げ出してきた者達を保護する代わりに、ここの作業を手伝ってもらっている」

「で、オレ達にも手伝えと」

「そうだ。まずあの個所から」

 

 ロアルドが淡々と指示を出す中、順平と啓人ががっくりと肩を落とす。

 

「そういや、他の連中は?」

「美鶴先輩やゆかりはキョウジさん達と周囲の探索、乾とコロマルはダンテさんと修二さんのチームで、八雲さんは小次郎さんとCOMPの調整、風花はカチーヤさんと裕子先生とで大規模探査システムの構築だってさ」

「で、オレらは土方仕事かよ………なんか扱いひどくね?」

「何言ってんだブラザー、このアジト飛んだらかっこいいだろ」

 

 二人の背後で、同じくメットにツルハシ姿のシエロが陽気に語りかけてくる。

 

「ウチのリーダーはやる気満々だぜ」

「……まあ確かに」

 

 シエロが指差した先では、悪魔化したサーフが鉄骨とコンクリが融合している部分を、腕の刃で斬り裂いている。

 だがそこには、そこはかとなく殺気のような物が漂っていた。

 

「………なんか荒んでね?」

「ああ、さっきセラの治療はもうしばらくかかるって言われたし………」

「とりあえず、こっちもやろうか」

 

 啓人がロアルドに指定された場所に向かうと、そこには巨大な岩とセメントの塊が鎮座していた。

 

「え~と」

「どうしろってんだコレ………」

「君達の能力は聞いている。それなら可能なはずだ」

「それってつまり……」

 

 なぜか用意するようにと言われていた召喚器を手に取った啓人が、何か微妙な表情でそれをこめかみに当てる。

 

「タナトス!」『五月雨斬り!』

「な~るほど、トリスメギストス!」『アギダイン!』

 

 啓人のペルソナが塊に無数の切れ目を入れた所で、順平のペルソナが火炎魔法を繰り出す。

 続けての攻撃に耐え切れず、塊は無数の破片となって崩れ落ちた。

 

「お~!」

「すごいよすごいよ!」

「へへ、どうも」

 

 周辺で作業していたマネカタ達が一時手を止めて、二人に拍手を送る。

 

「まさかペルソナで工事とはね………」

「それ言うんじゃねえよ」

 

 ぼそりと呟いた啓人に、マネカタに手を振っていた順平の動きが止まる。

 

「よし、次は向こうの資材の切断と溶接を」

「へいへい……」

「なんだかな………」

 

 次々と指示を出すロアルドに、啓人と順平は苦笑いしつつ、作業へと取り掛かる。

 

「早くこの飛行船の機動性を確保したい。何かが起きる前に」

「何かって何だ?」

「さあ?」

「しばらく勘弁してほしい………」

 

 

 

「なんだありゃ………」

 

 遠くに見える何かに、双眼鏡を向けたキョウジが絶句する。

 

「え……」

「あ、あれは!?」

 

 そちらを観察したレイホゥと美鶴も絶句する。

 

「まさか、あれ全部悪魔!?」

 

 ゆかりが指差した先、そこには〈軍勢〉と呼べる程の多数の悪魔が、ある方向へと向かって進軍していた。

 

「始まったか、ヨスガの侵攻が………」

 

 つい先程悪魔から聞き出したばかりの情報が、すでに現実の物となっている事にキョウジは顔をしかめる。

 

「あの方向は……浅草か!」

 

 とんでもない数の悪魔を前に、四人はただ絶句していた………

 

 

 

 糸と糸とが紡がれ、新たな誓いの前に数多の争いが現れる。

 争いを前に、彼らが行うは、果たして………

 



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PART15 THREAD RESPONSE

 

「ヨスガがアサクサに侵攻してる!?」

「間違いない。この目で確認してきた。恐ろしい数だった………」

 

 探索から戻ってきたばかりの2チームの情報交換で美鶴の口から語られた情報に、修二が愕然とした。

 

「やばい! アサクサにはマネカタ達の集落があるんだ!」

「狙いはそこね、ただあの数は………」

「アサクサの奥、ミフナシロにはマネカタ達が己のコトワリを開くために集めたマガツヒが貯蔵されてるわ。それを強奪し、守護を召喚するのが目的でしょうね」

「こうしちゃいられねえ! オレ、アサクサに行ってくる!」

「ちょっと待ちな」

 

 レイホゥと裕子が情報を分析する中、修二が慌てて向かおうとするのを、キョウジが首の角を引っつかんで止める。

 

「おのるわ!?」

「一遍落ち着け。手前一人行った所で何になる?」

「だけどよ!」

「500を超えるかもしれない大軍勢だ。対策を検討するのが先だろう。今全員に召集をかけている」

「来てくれんのか?」

「弱者を力で蹂躙するような者達を容認する訳にはいかん」

「でも美鶴先輩、あの数ですよ………」

「今ここにいる者達全員で闘えば、あるいは………」

「果たして、そううまくいくと思うか?」

「なに?」

 

 ダンテの言葉に、美鶴は疑問符を浮かべる。

 その意味を、キョウジとレイホゥだけは悟っていた。

 

 

 

「最低500体の悪魔の大軍勢!?!?」

「私達が確認しただけではな。別働隊の有無までは確認していない」

「っていうか、あんた等その格好なによ………」

 

 安全ヘルメットに白のタンクトップ、ニッカポッカズボンに地下足袋、首にタオルというどこから用意したのか筋金入りの土方スタイルの工事班の面々(挙句にヤカンからお茶回し飲み中)に現状を報告した美鶴とゆかりだったが、それを聞いたマネカタ達が騒ぎ始める。

 

「大変! 大変だ!」

「アサクサには仲間がたくさんいる!」

「フトミミさんもいる!」

「助けないと! 助けないと!」

「落ち着いてほしい。今から対策を検討する予定だ。悪いようにはしない」

「いいのか、そんな事を断言して」

「どういう意味だ」

「すぐに分かる」

 

 ロアルドもまた、これから検討すべき内容を悟っていた。

 

 

 

「ヨスガの侵攻か………」

「しかもかなりの大規模。アサクサのマネカタ達では対処は不能か………」

 

 再び食堂に全員が集まり、もたらされた情報にある者は愕然とし、ある者は深く考え込む。

 

「早く助けにいかないとやべえ! 力を貸してくれ!」

「私も同意見だ」

「それで本当にいいのか?」

 

 修二と美鶴が救援を提言する中、八雲が反論を投げかける。

 

「どういう意味だ? 行きたくないってのか?」

「はっきり言えばそうだ」

「八雲さん………」

「待てよ!」

「助けを求めてる人達、というかマネカタ達がいるのに!」

「だが、助けに行けばオレ達は確実にヨスガに敵と見なされるぜ」

「そ、それはそうかもしれねえけど………」

 

 キョウジの言葉に、修二がわずかにたじろぐ。

 

「オレ達はまだこの世界の事をちゃんと理解しちゃいない。それなのに、軽はずみな行動を取ってここで一大勢力を敵に回す事が果たして得策かい?」

「最悪、助けに行って諸共殺されるかもな」

「だからと言って見捨てると言うのか!」

「桐条先輩落ち着いて………」

 

 キョウジと八雲の意見に、美鶴が真っ向から対立する。

 風花が見かねてなだめるが、それは届きそうにもなかった。

 

「オレもその二人と同意見だ。ここは、人間のモラルが通用する世界じゃあない。不用意な行動は致命傷になりかねない」

「あんた等全員か?」

 

 ロアルドの言葉に、修二が重ねて問うとキョウジ、八雲、サーフが同時に首を縦に振った。

 

「じゃあ頼まねえ! オレだけでも行く!」

「待て、ヨスガのリーダーはお前の友人だと言ってたな」

「そうだ、千晶がリーダーだ………」

「ならば、オレも行こう」

「小次郎が行くなら、私も行くわ」

 

 小次郎が調整の終わったばかりのハンドヘルドCOMPを腕に巻きつつ立ち上がり、咲もそれに続く。

 

「私も行こう」

「美鶴先輩が行くなら」

「戦闘リーダーが行かないわけに行かないしね」

「じゃ、じゃあオレも!」

「サポートも必要ですよね」

「コロマルはどうする?」

「ワンワン!」

 

 ペルソナ使い達も次々立ち上がる。

 

「完全に物別れね」

「仕方ねえ、しょせん烏合の衆だ。あんたはどうする?」

「そうね………」

 

 キョウジに言われ、裕子が首を傾げる。

 そこでふと、ある事を口にした。

 

「そう言えば、マネカタのリーダー、フトミミは予知能力を持っているそうよ」

「予知? どれくらいの?」

「このボルテクス界に起きる事を次々言い当ててるらしいわ。その力で、彼はマネカタを束ねているの」

「預言者ですか………」

 

 それを聞いたレイホゥとカチーヤが、己のパートナーの方に目配せする。

 

「ちょっと待てお前ら」

「なんだよ」

 

 食堂から出て行こうとする面々を八雲が呼び止め、修二が剣呑な目でそちらを睨み返す。

 

「英草、お前はフトミミの予言を聞いた事は?」

「ある。すげえ役立ったぜ」

「今この状況でも使えると思うか?」

「さあな。だが役に立たないって事は無いと思うぜ」

「じゃあ、役に立たせてもらうか」

「そうだな。未来の情報は一番重要だ。特に今はな」

「やれやれ、最初っからそれ言えばいいのに」

「葛葉も行きます」

 

 八雲、キョウジ、レイホゥ、カチーヤが立ち上がる。

 それに続いて、ロアルドも立ち上がった。

 

「現状で我々に協力者は必須だ。マネカタ達の協力無しに、やっていけるとは思えない」

「だってよ。兄貴どうする?」

「………」

「私も行きます!」

 

 シエロに言われ、サーフが考え込む中、突然別の場所から声が上がる。

 

「セラ!」

「お、もう大丈夫なのか?」

「はい。この世界をこれ以上おかしくしないために、私に出来る事をしたいんです」

 

 シエロが歓喜の声を上げ、八雲がそちらを見るとセラは強い意志でそう言った。

 

「……行こう」

 

 それを聞いたサーフが、小さく呟いて立ち上がる。

 

「さて、残るはあんただけか。どうする?」

「もちろん、こいつさ」

 

 キョウジがダンテに問うと、ダンテはコインを取り出し、それを弾き上げる。

 出た面を見たダンテは、不適に笑って立ち上がった。

 

「運がいいぜ、少年」

「オレ、くじ運は全然無いけど………」

 

 修二が頬をかきつつ、苦笑。

 

「そう言えば、誰か足りないような?」

「そぞろ出て来い、ネミッサ」

 

 啓人が周囲を見回す中、八雲が食堂の奥にあった多機能コンソールに話し掛ける。

 するといきなりそれに電源が入り、そこにネミッサの姿が現れた。

 

『あれ~、みんなしてどしたの?』

「これからアサクサに出撃だ。お前、ここのシステムチェックしろって言っといたのに、サボってやがったか?」

『八雲失礼じゃん! ネミッサだってちゃんとやって……』

「その後ろにあるゲームプログラムはなんだ?」

『あ……いや結構早く終わったから………』

「いいから行くぞ」

『うん分かった!』

 

 そう言うや否や、突然画面から光る玉が飛び出し、虚空に浮いたかと思うとネミッサの姿になった。

 

「えええ!?」

「今何したの!?」

「言っただろ、こいつは電霊。コンピューターシステムにダイブできるんだ。昔はそれで色々ひでえ目にあったもんだ」

「すごい、こんな簡単に……私が意識だけでジャンクヤードにダイブするのも苦労したのに………」

「元が違う。気にするな」

 

 セラもぽかんとする中、ヴィクトルがメアリとアリサを伴って姿を現した。

 

「行くか」

「そういう事になっちまった」

 

 ヴィクトルに向かって苦笑するキョウジだったが、そこでメイド姉妹が前に出て頭を下げる。

 

「申し訳ありませんが、私達はお供できません」

「アイギスの修理がもう少しで終わりそうなの」

「本当!?」

「戦闘に間に合いそうか?」

「そこまではなんとも………」

「ちょっと待っててください! アイギスに会ってきます!」

「私も!」

「オレも!」

「ワンワン!」

 

 ペルソナ使い達がぞろぞろと向かう中、八雲が一番大事な事を口にした。

 

「それで、アサクサまでどう行く? 歩きじゃ間に合わねえだろ」

「あ、それなら大丈夫。一発だから」

「一発?」

 

 

 

 業魔殿が融合しているビルの一階部分に、皆が集まり、それを凝視していた。

 

「何これ?」

「アマラ転輪鼓ってんだ」

 

 殺風景な部屋に置かれた、三つ足の上に、三段に分けて楔形文字のような物が無数に刻まれたドラム缶のような物体を修二が軽く回す。

 

「こいつはマガツヒの集まるアマラ経絡のポイントにあってな。アマラ経絡を通って別のポイントに移動できんだ」

「つまり、転移ターミナルという事か」

「ワープ装置って事?」

「こいつが?」

 

 啓人と順平が間近によってアマラ転輪鼓を回そうとするが、修二がそれを止めさせる。

 

「下手にいじっと、アマラ経絡のど真ん中に放り出されてマガツヒに飲みこまれっぞ」

「え……」

「ま、マジ?」

「マジ」

 

 同じように興味深げに近寄っていた者達がその一言で一斉に離れる。

 

「転移はともかく、この人数だ。使った事ない奴にも使えるか?」

「あ~、座標設定しなきゃなんねえからオレと一緒に何度か往復して……」

「いや、待て」

 

 何事かを考えていた八雲が、ふと風花の方を見た。

 

「山岸、お前の転移能力と同調できないか?」

「え? あの急に言われてもやってみないと………」

「まず、最初に何人か修二と一緒に行って、それからやってみればいい。場合によっちゃ何度も往復する事になるぜ」

「じゃあオレが」

「私も行くわ」

「オレも」

「じゃあこっちに」

 

 キョウジの提案に小次郎と咲、ダンテが名乗り出、アマラ転輪鼓の前に立つ。

 

「行くぜ」

 

 修二が勢いよくアマラ転輪鼓を回すと、それ自体から眩い光が発せられたかと四人の姿がアマラ転輪鼓に吸い込まれて消えた。

 

「おお、すげえ……」

「ホントにこれでダイジョブなの?」

「大丈夫みたい………大体把握できたから行けます」

 

 己のペルソナで転移の状況を詳しく調べた風花の宣言に、残った者達もアマラ転輪鼓のそばに近寄る。

 

「用心して何度か分けて転移した方がいい。往復のノウハウも必要だ」

「最悪こっちにばっくれる時のためにな」

「すでに逃亡の算段か?」

「退路はいつも確保しとくもんだ。死んだら元も子もない」

「逃げる先があれば、だがな………」

 

 色々と段取りを組むキョウジと八雲の話を聞いたロアルドが、どこか自嘲気味な笑みを浮かべる。

 

「それじゃ、行きますよ」

「おう、オレも行く」

「一度に何人くらい転移できるんだ?」

「6人、いえこれと併用すれば8~9人くらいは多分………」

「とりあえず7人くらいで飛んでみろ。アマラ経絡とかに落ちても大丈夫そうなので」

「落ちるの前提かよ………」

 

 八雲の提案で、八雲、カチーヤ、ネミッサ、啓人、順平、サーフ、ロアルドがアマラ転輪鼓の前に立った。

 

「じゃあこっちも回すぜ」

「無理なようなら、すぐに止めていいから」

「はいリーダー、じゃあ行きます!」

 

 風花がペルソナの力で転移を発動させると、アマラ転輪鼓から光が発せられて7人の姿が消えた。

 転移した物の眼には、周囲の光景が引き伸ばされ、そして目まぐるしく変わっていく。

 やがて眩い光と共に視界が落ち着いた。

 

「……あれ?」

「ここが、アサクサか?」

「どう見ても違うように思えるが………」

 

 そこは、石畳のような物が敷かれた小さな広間のような空間だった。

 

「ねえ、ひょっとして失敗?」

「かもな。ここがアマラ経絡か?」

「でも、マガツヒとかの流れなんてないですけど………」

 

 ネミッサが興味深そうに周囲を見回す中、他の者達も注意深くあたりを探る。

 やがて部屋の中央、木のように樹脂のようにも見える柱に、不規則な形で無数の穴が空いた格子のような物をネミッサが覗き込んだ時だった。

 

「八雲~、何か見えるよ」

「何かって何だ?」

「あれ? 確かに何か……」

 

 他の者達もどやどやとその格子に群がる。

 そこから覗き込んだ先に有ったのは、赤い液体が満たされた上にある、緞帳(厚手のステージ幕)がかかったステージだった。

 皆が覗き込む中、ゆっくりと音を立てて緞帳が上がっていく。

 上がった先、ステージの上には暖炉の付いた書斎のような物と、そこにいる二人の人影が有った。

 

「いらっしゃい。葛葉、特別課外活動部、エンブリオン」

「オレ達を知ってる?」

 

 人影の片方、喪服姿の若い女性がこちらの組織名を教えもせずに述べた事に、全員が反応。

 一斉に各々の得物に手をかける。

 

「君達は何者だ。なぜこちらの事を知っている。ここはどこだ?」

 

 ロアルドが順番に質問を投げかける。

 

「我々の事なぞはどうでもいい」

 

 もう片方の人影、車椅子に腰掛けた白いスーツ姿に杖を持った老人が重厚な声で告げた。

 

「主は何でも知っているのです。そして、ここはアマラ深界。あなた方の言葉で言えば魔界という事になります」

「へ?」

「魔界、だと?」

 

 意外な言葉に、八雲とカチーヤは真っ先に反応。

 GUMPと得物を抜いて周辺に向ける。

 

「安心なさい。ここなら襲われる事は無いわ」

「つまり、あんたはそれだけの力をここで持っているという事か」

「私ではなく、主がです」

「つまり、それって魔王クラス?」

 

 啓人が呟きながら、召喚器をゆっくりと抜いてこめかみに当てる。

 

「争う気は無い。ただお前達を見てみたかっただけだ」

「どういう意味だ?」

「ボルテクス界に、予想しえなかった要素が次々と出現しているわ。それを主が一度確かめてみるために、あなた方をここに呼んだの」

「アポも無しとは、随分なVIP様だな」

 

 老人と喪服の女性に、寸分の油断も見せずに八雲が問いつつ、GUMPを展開させていく。

 

「予想しえなかった要素と今言ったな? つまり君達はなんらかでボルテクス界の創生に関与しているのか?」

「いや、関与はしていない。要素は与えたがね」

 

 ロアルドが問う中、サーフが己のアートマをかざす。

 

「……修二、いや人修羅の事か」

「さすが、独力でマニトゥを静めた者ね。その通りよ」

 

 喪服の女性の言葉に、八雲はGUMPのエンターキーを押し、剣を抜き放った。

 

「お前ら、何者だ? あんな存在を生み出せるとしたら………」

「一つ教えておくわ。彼を悪魔にしたのは確かに主だけど、彼自身は己の意思で動いているわ。故に人修羅と彼は呼ばれているの」

「お前達も、異能の力を持ちながら、己の意思でそれを振るっている。アレとどこが違うのかね?」

「……そうだな」

 

 アートマの力で変身しかけていたサーフが、ゆっくりと変身を解く。

 

「ボルテクス界は、あなた達の力でこれから大きな変化を迎えるわ。主はそれを見たがっている。さあ、もう行きなさい。仲間が待っているわ」

「待て、まだ聞きたい事が…」

 

 八雲の言葉の途中で、再度景色が引き伸ばされる。

 そしてその場の景色が遠ざかっていき、やがて先程と似たような殺風景な部屋に辿り付く。

 

『…ダー、啓人くん! 順平くん! 大丈夫!?』

「あ、ああ風花大丈夫だよ」

「全員無事到着した。心配するな」

 

 アマラ転輪鼓から響いてくる心配そうな風花の声に、啓人と八雲が答える。

 

「お、無事に来れたな」

「無事に、かね………」

「? 何かあったのか?」

「少しな」

 

 何か皆の様子がおかしい事に修二が気付くが、八雲がどう答えるべきか悩む。

 

「おう、本当に来やがった」

「ハ~イ、カチーヤちゃんに八雲、無事だった?」

 

 聞き覚えのある声に、八雲とカチーヤが振り向く。

 そこには、腰まである長髪にサングラス、それに何が入っているか分からない大き目のアタッシュケースを持った、スーツ姿のニヒルな男性と赤く染めた髪をアップでまとめ、タイトなツーピースを着込んだ勝気そうな女性の姿があった。

 

「パオフゥ!?」

「うららさんも!」

「どうしてここに……って聞くまでもないか」

「多分、似たような状況だろうしな」

 

 その二人、前に一度仕事で八雲達と行動を共にした事があるパオフゥこと嵯峨 薫、芹沢 うららが互いに苦笑混じりの笑みを交わす。

 

「知ってる人達なんですか?」

「二人ともオレ達の世界のペルソナ使いだ。……だよな?」

「恐らくはだがな。ま、少しくらい違っても問題はねえだろ」

「その通りだ。ここにいるという事は、これから何が起きるか理解し、協力してくれるという事か?」

 

 現状でもっとも重要な事をロアルドが切り出す。

 

「知ってるわ。ヨスガとかいう悪魔の軍勢が攻めてくるんでしょ?」

「正直、いきなりこんな妙な場所に来ちまった事には面食らっちまったが、ここのリーダーに、もう直仲間が来るって言われてな。一応これからの準備はオレ達なりにしておいた」

「リーダーって言うと、フトミミとかいう奴か」

「ああ、お前らをお待ちだぜ。話があるとよ」

 

 そこで再度アマラ転輪鼓が光り、他の者達も続々と転移してくる。

 

「ペルソナ使いに悪魔使い、それに見たことねえ力持った連中までよくもまあ雁首そろったモンだぜ」

「とりあえず、フトミミとやらに会って来るか」

「難しい話苦手な人はこっち来て。準備で人手足りなくて~」

「じゃあ私はそっちの方に」

「私と不破、山岸で行く。他のメンバーは準備を」

 

 アマラ転輪鼓のある部屋から一歩外へ出ると、そこでは無数のマネカタ達が大慌てでバリケードや塹壕、物見台などの設置をしていた。

 

「一応準備は進んでるね」

「中止になった文化祭思い出すぜ~」

「随分と雑な作り方だ。あれではあまり持たない」

「時間が無いから仕方ねえだろうな……」

 

 口々に勝手な事を言いつつ、パオフゥと修二が先頭に立って一行をアサクサの奥、幾つもの地下通路を抜けた先にある社のような物が立つ場所へと案内した。

 

「こいつは……」

「ミフナシロ、マネカタ達の聖地だそうだ」

 

 漂う空気の違いに、皆が落ち着き無く周囲を見回す。

 その時、ミフナシロの奥へと続く扉が開き、そこから結い上げた髪を上へと立て、どこか威厳のような物を漂わせる他とは明らかに違うマネカタが姿を現した。

 

「よく来てくれたな。力有る者達」

「あんたがマネカタのリーダー、フトミミかい」

「そうだ。皆が来る事は分かっていた」

「なら、こちらの用件も分かっているのか」

「無論だ」

 

 キョウジとロアルドが前へと進み出ると、フトミミが二人の言葉に頷く。

 

「ここにもう直、ヨスガの大軍勢が攻めてくる。それをどうにかするために、オレ達はここに来た」

「だが、全員が善意で来ている訳ではない。協力への見返りを求めている者達もいる」

「一つはマネカタの労力、そして私の予言。それで刻々と変貌を続ける世界の情勢を知る。それこそが我々のために闘ってくれる条件なのだろう?」

「なるほど、全てお見通しって訳か……」

「なら時間が無い。そちらの返答は?」

「……最初、このアサクサは滅亡するかもしれない予言が見えていたのだ。だが、君達がこの世界に来ると同時に、私の予言は次々と新しい物へと塗り替えられていく。私にも、この先どうなるかは正確には分からない」

「だけど、これから起きる変貌をあんたなら一早く知る事が出来る。それはなによりも貴重な情報。オレ達が何者にも変えがたい、な」

 

 フトミミの言葉に、八雲が結論を告げる。

 

「その通りだな。いいだろう、マネカタ達は今後君達に協力する。私の予言も君達にすぐ伝えよう。その代わり……」

「ここのマネカタ達を護ってやる。交渉成立だ」

 

 キョウジが手を差し出すと、フトミミがそれを力強く握る。

 強い握手がかわされると、ロアルドが口を開いた。

 

「すぐに作戦会議に入りたい。まずこの場所の詳細情報を……」

「それならここにあるぜ」

 

 パオフゥが手持ちのアタッシュケースを開くと、その中からノートPCを取り出し、そこに用意しておいたアサクサのMAPを表示させた。

 

「準備がいいな」

「戦争やるって時に一番最初に必要なのは情報だからな。集められるだけ集めておいた」

「こっちに転送してくれ。COMP持ってる奴は全員だ」

 

 キョウジの指示で、八雲と小次郎はCOMPを取り出し、風花も持参したノートPCを広げる。

 

「あの、オレ達は?」

「暗記しろ」

「え………」

「あ、私が覚えてナビゲートしますから……」

「悪いが、ここはタルタロスじゃない。順次変化する戦場を常時捉えておく必要がある。個人指示にまで回せるか分からないぞ」

「あ~………」

 

 八雲の指摘に、啓人が顔を青くする。

 

「一応、予備用のモバイルが幾つかある。こっちにも入力しておいてやるよ」

「ああ、それならオレも幾つか業魔殿にあるから取ってくるか」

「現状で防衛線を構築するとしたら、こことここか……すぐに人手を回してくれ」

「トラップも用意しておいた方がいいな。資材は用意できるか?」

「我々の配置は?」

「今考える。とりあえず防衛線構築の手伝いを」

「えと、また土方仕事?」

 

 キョウジ、ロアルド、パオフゥが中心となって作戦を練る中、それぞれのメンバーが大慌てで準備に取り掛かっていった。

 

 

「第一次防衛線は雷門前、ただ門つっても門扉なんぞないしな………さてどうするか」

「八雲さんどいてください!」

「この大提灯を媒介に結界を張るから」

 

 トラップの準備をしていた八雲の背後から、カチーヤと裕子が脚立とスプレーラッカーを手に大提灯へと駆け寄る。

 

御魂降り(みたまふり)をかけるから、祝詞の縁取りお願い」

「はい!」

「おっしゃ、塗りは任せとけ!」

 

 ふとそこで、二人に混じってニットキャップを被ったお調子者そうな青年の姿に八雲は気付く。

 

「あれ、あんた確かたまきさんの同級生の…」

「稲葉 正男、マークでいいぜ。確かあんたは八雲だったよな」

「あんたも巻き込まれた口か?」

「全員似たようなモンだろ」

 

 軽口を叩きつつ、本場アメリカで修行していたグラフィティアートの腕前でマークが手早く大提灯に描かれた縁取りにしたがって祝詞を描いていく。

 

「そいや、たまきや尚也は来てねえのか?」

「たまきさんなら、お子さん出来たので引退しました」

「藤堂はどっか別の所に飛ばされたらしい」

「マジかよ」

「確かに藤堂や周防がいてくれたらな~。今頃何やってんだか?」

「似たような事じゃねえか?」

 

 

 

シバルバー珠閒瑠町 珠閒瑠警察署(仮)会議室

 

「これが上空から見た要塞の概要図だ」

 

 会議室にすし詰めとなった者達の前、ホワイトボードに張り出された手書きの図を前に、ゴウトが説明を始める。

 

「城壁に鉄門、櫓まである。見るからに堅牢そうだ」

「外見はジャンクヤードの物と全く同じだな」

「だが中身までそうとは限った事じゃないかと思う」

 

 ゲイルと克哉警部補の追加意見に、会議室の全員が顔を曇らせる。

 

「多分、ですが上はダミーだと思います。中枢は地下のシバルバーの方ではないかと………」

「その根拠はなんだ?」

 

 黒須 淳が手を上げて意見を言うと、ゴウトがそちらを鋭く見つめる。

 

「シバルバー本体中枢には、思考を具現化する力があるんです。それを利用してこれを具現化させてるんじゃないかと………」

「でも、具現化させちゃった以上は本物だったよね………」

「えらい目にあったぜ、あん時はよ~」

「しかし放置してはおけない」

 

 一度そこに侵入したリサ、ミッシェル、達哉の三人のペルソナ使いが顔を見合わせる。

 

「つまりは、上の要塞と下の中枢、同時に攻略する必要があるという事か」

「ダミーとはいえ、放置しておける存在ではないだろうしね」

「だが、どうやって?」

 

 アレフ、尚也、克哉署長の問いに、シエロがホワイトボードの前に立って何かを書き込んでいく。

 

「ジャンクヤードでは、我々エンブリオンと盟約を結んだメリーベルが正面から攻勢を仕掛けている間に、我々が脇から侵入、シタデル上層階を殲滅した」

「七姉妹学園の鳴羅門石の封印は、それの具現化と同時に吹っ飛んだわ。そちらも侵入可能よ」

「だとすれば、正面攻勢、要塞侵入、そして地下侵入の三つに部隊を分けるという事になる」

「侵入部隊は経験のある者達を中心に構成しよう。もう猶予は無い」

「すぐに出撃準備だ!」

 

 ゴウト、克哉警部補、尚也の三人の号令に、全員が一斉に準備に取り掛かる。

 

「機動班総員、完全武装で出撃体勢!」

『了解!』

「ありったけのチューインソウル用意しろ!」

「ペルソナカードもだ!」

「通常警察は総員で蓮華台地区を完全封鎖! 仮面党にも同様の件を連絡!」

「部隊編成上がったぞ!」

「急げ! 奴らを絶対に外に出すな!」

 

 

 

「動きがあったようだな」

「確かに、警官達の動きがあわただしい」

 

 シタデルの最上階、ソリッドのリーダーのミック・ザ・ニックの居室で、双眼鏡を覗いていたエンジェルと神取は、封鎖を強化している警察官達の動きをつぶさに監察していた。

 

「警察なぞ烏合の衆かと思えば、ここの指揮官はかなり切れる人物のようだ」

「この状況だ、そうでなければ生き残れぬ」

 

 腕組みしながら下を見回したエンジェルは、階下に蠢く喰奴達を見下ろす。

 

「ふむ、やはり元データが不安定なバックアップ、しかも入れ物も粗悪だからまるで安定しない」

「だが一応は成功しただろう。ではこちらは任せる」

「いいのか。攻めてくる者達にはお前の知己もいるのだろ?」

「ああ、彼らの力はよく知っている。ならば、またすぐ会うだろう」

「そうか、ではこちらも出迎えの準備をするか」

 

 階下へと向かう神取を見送りながら、エンジェルは己が胸に刻まれた、アートマをさらけ出した。

 

 

 

「め……命令………出撃………せよ……」

 

 シャドゥを媒介にデータを上書きされて作られた、不安定に揺らめくコピー喰奴達が下された命令に従い、ぞろぞろとシタデルの正門へと向かう。

 次々と彼らはその姿を悪魔へと変貌させていく中、重々しい音を立てて重厚な正門が開いていく。

 だがそこで、二つの人影が開いた門の外側に待ち構えていた。

 

「く、喰らえェ!」

 

 一斉にコピー喰奴達がその人影へと襲い掛かる。

 だが次の瞬間、ボディスーツをまとった鋭い目つきの男が魔剣ヒノカグツチを、マントを羽織った書生姿の男が霊剣陰陽葛葉を繰り出した。

 襲い掛かった者達は、次の瞬間には一刀の元に切り捨てられ、地面へと転がる。

 

「開ける手間が省けたな」

「ああ」

 

 先陣を切ったデビルバスター・アレフとデビルサマナー・葛葉 ライドウの背後にXX―1のシルエットと、元エミルン学園ペルソナ使い達が展開し、コピー喰奴達を待ち受けていた。

 

「じゃあ、派手に行くぞ」

「ああ」

 

 そう言うと二人の悪魔使いは、COMPのキーボードを叩き、ありったけの管を取り出す。

 

「戦闘開始だ!」

『おお!』

 

 尚也の号令と同時に、双方が激突を開始した………

 

 

 

 長く、長く伸びゆく糸の先に、激しい戦いが待ち受ける。

 戦いの先に待ち受けるは、果たして………

 



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PART16 THREAD CONCENTRATION(前編)

 

 アレフとライドウ、二人の召喚した悪魔達が先陣を切ってシタデル内へと突撃を開始する。

 それを防がんとするのか、内部から次から次へと大量のコピー喰奴達が沸いてきた。

 

「随分といるな」

「問題はない」

 

 アレフとライドウが同時に剣を一閃、一撃でコピー喰奴は両断され、鮮血を吹き出しながら倒れたかと思うと、土くれのように崩れながら消えていく。

 

「こいつは……」

「シャドウと一緒だな」

「シャドウに喰奴のデータを上書きして似せてるだけのようね」

「依り代に降ろしたという訳か。時代が進んでもやってる事はあまり変わらんな」

 

 アレフの背後で槍を振るっているヒロコと、ライドウの頭上で宙を舞いながら周辺を警戒していたゴウトが次々と崩れて消えていくコピー喰奴達を気持ち悪く見ながら、先へと進む二人の跡を追う。

 

「く、喰ぅ~!」

「おおぉぉうお!」

 

 奇声を上げながら、コピー喰奴達が一斉にアレフとライドウへと襲い掛かる。

 

「道を開けろ」「なぎ払え」

『ハッ!』

 

 歩みを止めた二人が命令すると、背後から破壊神 スサノオと雷電属 トールが前へと出た。

 

『マハジオンガ!』

『マハ・ジオダイン!』

 

 同時に放たれた電撃魔法が、瞬く間に周辺を埋め尽くし、襲いかかろうとしていたコピー喰奴達を殲滅していく。

 

「いい仲魔を連れてるな」

「そちらもな」

 

 視界内に敵の姿が消えたかと思った所で、また更に新手が沸いてくる。

 

「行くぞ」

「なるべく派手にな」

 

 

 互いに軽く笑みを浮かべると、同時に剣が振られた。

 

 

「すっげぇえぜ、オイ……」

「確かに強烈だな」

「Oh,Greatですわ」

「任せててもいいんじゃない?」

「かもな」

 

 後ろにいたエミルン学園OBペルソナ使い達が、凄まじい戦闘力を見せて進む二人の悪魔使いに唖然としていた。

 

「そうでもないみたいだよ」

 

 ペルソナ使い、XX‐1部隊双方のリーダーを兼任する事になった尚也が、ペルソナが知らせる気配に身構えた。

 すると、どこかから文字通り沸くようにシャドウが出現してきた。

 

「これくらい、このブラウン様なら簡単に…」

「待て!」

 

 ペルソナを呼び出そうとしたブラウンを、南条が止める。

 

「Kei、どうかいたしまして?」

「ちょっと、見て!」

 

 同じく攻撃態勢を取ろうとしたエリーも思わず手を止めた時、麻希が異変に気付いた。

 出現したシャドウがふいに膨れるように盛り上がっていき、形も変わっていく。

 まるでフィギュアの彩色のように色もついていき、数秒の間にシャドウはコピー喰奴へと変貌し、程なくその口から唸り声が漏れ始める。

 

「なるほど、こうやって出来る訳か」

「感心してる場合じゃねえ!」

 

 悪魔へと変身しながら襲ってきたコピー喰奴を、レイジが拳の一撃で弾き飛ばす。

 

「ちょっと軽い気もするが、実体はちゃんとあるぜ………」

「それに、あれ確か一番最初にライドウが斬った奴じゃないっけ?」

「え?」

「データ確認! 間違いありません!」

「ちょ、他のも!?」

 

 尚也の言葉に、後ろで控えていたXX―1部隊、全六機が予想外の状況に各々の得物を構えた。

 

「無限、かどうかは分からないけど、これじゃキリがないね」

「どうする藤堂?」

「ペルソナ使いはここで再出現してくる連中の逐次殲滅。XX―1はその場を死守して。一体でも外に出したらヤバそうだから」

『了解!』

 

XX―1が各機戦闘体勢を取る中、ペルソナ使い達は全員一斉にアルカナカードを取り出す。 

 

「じゃあ行こうか。アメン・ラー!」「ティール!」「ヤマオカ!」「ミカエル!」「ヴェルザンディ!」「モト!」

 

 アルカナカードが光の粒子となって霧散し、ペルソナ使い達の体を包むとそこから更なる光の粒子を導き出し、それがペルソナとして具現化していく。

 尚也からアメン・ラーが、ブラウンから北欧神話の隻手の神が、南条から悪魔から女性をかばって死んだ南条家の老執事が、エリーから聖母マリアに受胎告知したとされる四大天使の中で唯一の女性の天使が、マキから北欧神話の運命を司る三女神の現在を司る女神が、レイジからバビロニア神話の死の神が具現化し、一斉に攻撃を放つ。

 

「ヘへっ、藤堂と一緒に闘うのは高校ん時以来か。昔を思い出すね~」

「まったくだ」

「こっちじゃたまにやってるんだけどね」

「それってこっち側も向こう側もあまり変わらないって事かな?」

「Oh、Parallel Worldなんて案外そんな物かもしれませんわ」

「次来やがったぞ!」

「伏せて! 援護、一斉射!」

 

 尚也が叫びながらしゃがみ、他のペルソナ使い達も続いた所で、背後に控えていたXX―1の火器が一斉に火を噴いた。

 

「止め! 今の内に!」

「おうよ!」

 

 銃撃で弱ったコピー喰奴に、ペルソナ使い達が一斉に攻撃を加え、倒していく。

 

「……こちら側に藤堂が居てくれたら、もうちょっとマシになっていたかもしれんな」

「ん?」

「いや独り言だ。まだまだ来るぞ!」

 

 尚也に見えない位置で小さく笑みを浮かべつつ、押し寄せてくるコピー喰奴に向けて南条はペルソナを発動させた。

 

 

 

「派手にやっているな」

「というか派手過ぎない?」

 

 正門前から響いてくる戦闘音や爆発音に混じり、攻撃魔法の光だの銃火だの咆哮や奇怪なわめき声のような物までが響いてくる。

 それらを聞きつつ、侵入班のゲイル、アルジラ、ヒートにたまきを加えた四人が、かつで侵入に使ったのと同じ場所から、用意しておいたアンカーロープを使って壁をよじ登っていた。

 

「陽動が派手な程、こちらの作戦の成功率も上がる」

「先陣の二人、殲滅してもいいだろうとか吹いてやがったがな」

「そう上手くいくとは思えないわね」

「上手くいったらこっちも楽なんだけどね~」

 

 登り終えた四人が素早くシタデル内部に潜入すると、あたりを用心深く観察する。

 

「ジャンクヤードのシタデルと内部構造も一致するようだ」

「けど、中を有象無象がひしめいてやがるぜ……」

「うわ、シャドウだらけ……」

 

 覗いた先に、無数のシャドウが蠢いているのに四人は顔をしかめる。

 

「どうするのゲイル? これじゃあ最上階までこっそり行くって訳に行かないわよ?」

「だが、他にルートはない」

「構いやしねえ、全部食ってやればいい」

「……この間から思ってるんだけど、あなた達お腹壊さないの?」

「たまに」

「あ、やっぱ……食べ過ぎも困るけど、空腹で暴走もしないでね。所長から渡された精製マグネタイトそんなにないんだから………」

 

 呟きつつ、たまきがGUMPを展開させる。

 

「この状況じゃ、表と同じ手しかないわね」

「いたし方あるまい」

「最初っからそうすりゃいいんだよ」

「じゃあ行きましょうか!」

 

 三人の喰奴が同時にアートマを発動させ、その姿が悪魔の物へと変身する。

 

「こっちも行くわよ、Tamakiガールズ!」

 

 たまきがGUMPのエンターキーを叩くと、二股の尾を持つ猫人の姿をした魔獣 ネコマタ、インド神話の主神シヴァの后とされる女神 パールヴァディ、ギリシャ神話の黒い衣をまとった夜の女神とされる夜魔 ニュクス、インド神話の女神 カーリーの次女とされる四腕の鬼女 ダーキニーが次々と召喚されていく。

 

「突破しつつ、最上階を目指す」

「道覚えてるの?」

「無論だ」

「オレは忘れたぜ」

「半分くらいなら………」

 

 ゲイルが両足の刃で次々とシャドウを突き刺しつつ先陣を切り、その両脇でヒートの爪とアルジラの触手がシャドウをなぎ払う。

 

「のけてくれるだけでいいわ! 後はこっちで受け持つから! フォーメーションはマーチ! スピード重視で!」

『おお!』

 

 たまきの号令と共に、仲魔達が元気に答える。

 喰奴達の攻撃を喰らって弾き飛ばされたシャドウに、追い討ちの攻撃が加えられていく。

 

『マハブフダイン!』

『マハラギオン!』

『マハムド!』

 

 パールヴァディーの火炎魔法とダーキニーの氷結魔法が吹き荒れ、それをこらえたシャドウにニュクスの呪殺魔法が炸裂する。

 

「はっ!」

「フアアァァ!」

 

 それでもなお襲い掛かろうとしてきたシャドウには、たまきの雷神剣とネコマタの爪が迎え撃ち、一同は最上階へと向けて突き進む。

 

「……おかしい」

 

 突き進みながらも、襲い掛かってきたシャドウを旋風魔法で弾き飛ばしたゲイルが呟いた。

 

「歯ごたえが無さ過ぎる」

「そう?」

「知るか、マズいのは確かだが」

「外で戦ったシャドウはもっと強い奴もいたわね」

 

 ゲイルの言葉に、たまきも同意する。

 

「警備のためかとも思ったが、違うようだ」

「ただ中に放してるって気もするわ。侵入者に対処って訳でもないようだし」

「つまり?」

「恐らくは、外に出した分の余りね」

「まだ喰奴になる前という事か。だがこれだけの数は……」

「量産されてもやっかいね」

「じゃあ、全部潰せばいいだけだろうが!『マハラギダイン!』」

 

 ヒートの火炎魔法が周囲をなぎ払い、焼け焦げたシャドウ達が崩れながら消滅するが、その背後から新たなシャドウが沸いてくる。

 

「これじゃキリがないわね……」

「発生源がどこかにあるはずよ、それを見つけ出せば………」

「それはどんな物だ?」

「多分祭壇か召喚装置よ。基本は悪魔召喚と同じだと思うわ」

「それをぶっ壊せばいいのか」

「でもどこにあるのよ」

「簡単だ、これが沸いてくる元を辿ればいい」

「一気に行くわよ!」

『Lティタノマキア!』

 

 発動したリンケージが、シタデルその物を砕きそうな地鳴りと共に強烈な地変魔法となって周囲のシャドウを押しつぶしていく。

 

「これはすごい……」

「相変わらず威力は桁違いね………」

「下手な悪魔よかすげえ……」

「フミャアアァ……」

 

 たまきの仲魔達もあっけに取られるが、それも僅かの間で即座にリンケージで空いた隙間へと突撃していく。

 

「下手したら、地下の本体の方にあったりして……」

「そちらは別働隊に任せるしかないか……」

 

 

 

 遠くからの振動が微かに響いてくる中、淡い光を放つ不思議な地下洞穴内部を流れる地下水脈を下る、二台のエンジンゴムボート(警察署備品)の姿があった。

 

「やはり、これは上の戦闘の振動か?」

「あ、まただよ」

「結構深いんですけど、ここ………」

「あれだけの面子での戦いだからな。何がしかの影響が出ているのか」

 

 上からたまに僅かだが土砂が降ってくる事に、後発のボートを駆る克哉警部補と彼についているピクシーが心配そうに上を見る。先発のボートでガイド役を買って出た黒須 淳がそれとなく否定するが、先発のボートを駆るペルソナ使いの達哉が同じように上を心配しつつ、ボートを疾走させる。

 かつて同じ経路で侵入した四人のペルソナ使いに、克哉警部補、舞耶、明彦の計七人(+ピクシー)のペルソナ使いは完全な別働隊として、地下のシバルバー中枢部へと向かっていた。

 

「にしても、またここに来る羽目になるなんてよ………」

「そだね……前は舞耶ねえと五人だったっけ」

「ん? ちょっと待った!」

 

 ミッシェルとリサが感傷に浸りかけた時、明彦が鋭い声で静止をかける。

 

「どうした!」

「前に……何か見える」

「そう?」

「そう言えば何か………」

 

 速度を極端に落とした二台のボートがゆっくりと進み、淳と舞耶が川の中を覗き込む。

 そこで、ようやく何かスイカくらいの丸い物が川の中に浮かんでいるのに気付いた。

 

「あれ、これなんだろ?」

「ちょ、向こうにもあっぞ!」

「ほ、本当だ!」

「むこうまでびっしりだよ~」

「これは、まさか………」

 

 飛んで様子を見てきたピクシーの報告に、嫌な予感を感じた明彦の喉が鳴り、同じ結論に達した克哉が懐から銃を抜いた。

 

「少しバックさせておいた方がいい。君も後ろへ」

「分かった」

「え、なんで~?」

 

 怪訝に感じながらもピクシーが克哉の背後に回りこみ、ボートを反転させて少し距離を取った所で、克哉が水中に浮かぶ謎の球体に向けて発砲、直後球体は爆発して水柱を立てた。

 

「きゃ~!」

「激氣! 何これ!」

「まさかこれ………」

「やはり、機雷だ!」

「機雷って、好き嫌いのじゃなくて、あの機雷!?」

「そんな、前来た時はこんなのは………」

「どうやら読まれてたようだな………」

 

 皆が呆然とする中、克哉は他にも無数にある機雷の姿を確認して奥歯を噛み締める。

 

「これ全部!? 向こうにまでいっぱいあったよ!」

「ど、どうする情人!?」

「機雷って、どう処理すればいいんだっけ………」

「確か、一個ずつ爆破してくのよ。父さんがそう言ってたような」

「でも舞耶ねえ、この数だぜ?」

「しかも水中だ。一個ずつ狙うには、弾丸が足りないし、ペルソナだと水が邪魔になる。他にルートは?」

「無い」

「なら、やるしかないか……」

 

 周防兄弟が立ち上がってアルカナカードをかざそうとした所で、明彦がそれを制す。

 

「待ってください。オレに考えがあります」

「本当か真田君」

「ようは、水中の機雷を爆発させればいいなら………」

 

 そう言いながら明彦は周辺の壁を見回し、頑丈そうな事を確認すると召喚器を抜いた。

 

「一気に爆破します。ガードを」

「え?」

「あんた何を……」

「スカンダ!」『テトラカーン!』

 

 皆が困惑する中、克哉がいち早くヒンドゥの戦争の神カルティケーヤの別名、仏教では韋駄天とされるペルソナを召喚し、物理防御壁を形成させる。

 

「行くぞ、カエサル!」『マハジオンガ!』

 

 召喚器のトリガーを引いた明彦は、カエサルの放つ電撃魔法を直接水面から水中へと叩き込み、そこから一気に前方の機雷群へと炸裂させる。

 水を媒介として電撃魔法を食らった機雷は次々と爆発し、やがて誘爆を伴って盛大に爆風が辺りを吹き抜ける。

 

「ひゃああ………」

「ふえ~……」

「やるなあ………」

「すげえじゃんあんた」

 

 爆風が物理防御壁が弾かれていく中、舞耶とリサが思わず声を漏らし、やがて双方が完全に晴れると機雷が一掃されているのに淳とミッシェルが感嘆の声を上げる。

 

「なるほど、電撃でまとめて爆破させたのか………」

「能力の可能性を把握する、小岩さんから教えてもらいました」

「……あいつは君の世界で何をやっていたんだか」

「急ごう、こんなのがあったという事は、この先で何かをしている」

 

 克哉と明彦が笑みをこぼす中、達哉の言葉に全員が我に返る。

 

「そ、そうだよな」

「急ごう情人!」

「ともかく、レッツラゴー!」

「あ、確かこの先……」

 

 淳の静止も聞かずボートが進んだ先に、突如として滝が現れる。

 

「な、滝だと!?」

「ヤベ、忘れてた……」

「ちょっと情人ストップ!」

「時間が無い。このまま突っ込む」

「ええ!? 達哉君本気!?」

「ええい、仕方ない! 全員ペルソナを発動させておくんだ!」

「……意外と過激だな」

 

 ためらいなく滝へと突っ込んでいく達哉に、皆が慌てつつもアルカナカードと召喚器を取り出す。

 

「アポロ!」「アルテミス!」「ヴィーナス!」「ハーデス!」「クロノス!」「ヒューペリオン!」「カエサル!」

 

 滝を落下する直前、全員が己のペルソナを召喚する。

 達哉がアポロを、舞耶がギリシア神話で月を司る純潔な狩猟の女神 アルテミスを、リサが欲望をかきたてるという役目を与えられているとされるローマの恋の女神 ヴィーナスを、ミッシェルがギリシア神話の冥界タルタロスの王 ハーデスを、淳がギリシア神話でゼウスの父にして時の神、ローマ神話ではサトゥルヌスと呼ばれるクロノスを、克哉がヒューペリオンを、明彦がカエサルを呼び出し、それらでガード体勢を取ったまま轟音と共に皆が滝壷へと落ちていった。

 

「みんな生きてる~?」

 

 飛んで難を逃れたピクシーが、滝壷から這い上がったペルソナ使い達に声を掛けていく。

 

「ああ、大丈夫だ……」

「オレ達ゃ二回目だし」

「でもやっぱこれってさ」

「誰かが思い出したからか?」

「………ごめん」

『お前か~!!』

「……オレも前に同じ事をやった」

「そういえばそうだったな」

 

 頭を下げる淳に、リサとミッシェルが怒鳴り返す。

 達哉がその様子を横目で見ながら、眼前にある、端すら分からない巨大なUFOのような建造物を見据えた。

 

「これが………」

「そうだ、シバルバーの中枢だ」

「気を付けた方がいい。ここでは噂どころか思考すらすぐに具現化する。しかも無意識の内にだ。不用意に罠なぞ考えるとえらい目にあう」

「じゃあさ、じゃあさ、ケーキいっぱいとか……」

「いざ自分の思うようにしようと思ってもダメなのよね~」

「え~」

 

 淡い期待を浮かべたピクシーが、舞耶の言葉に不平を漏らす。

 

「なるべく余計な事は考えないように、だ」

「……難しいな」

「だよな~」

「考えるなって言われると余計にね~」

 

 克哉の宣言に明彦は顔をしかめ、経験者達が苦笑する。

 

「行こう。一刻も早く全てを解き明かさないと」

「ええ」

 

 達哉が先頭に立ち、全員が顔を真剣な物へと変えてシバルバー内部へと侵入する。

 だがそこで、ラストバタリオンの機械部隊が一斉に彼らの前へと立ちはだかった。

 

「オイオイ、誰だよこんなベタな展開……ミッシェル様じゃないぜ」

「オレも違う」

「私も」

「私も違うわよ」

「僕も………」

「ここにこいつらがいるという事を知ってる人間じゃないとすると」

「どうやら、待ち伏せか」

 

 周囲を取り囲む機械部隊達に向け、各々が得物やアルカナカードや召喚器を構える。

 

「強行突破するぞ! ヒューペリオン!」『トリプルダウン!』

 

 克哉が皮切りとなって、ヒューペリオンの手から素早い3連射の光る弾丸が放たれる。

 

「アポロ!」『ギガンフィスト!』

「アルテミス!」『クレセントミラー!』

 

 そこに続けてアポロの拳と、アルテミスの放った月光が包囲に風穴をこじ開ける。

 

「足を止めます! クロノス!」『マハガルダイン!』

「カエサル!」『マハジオンガ!』

 

 淳のクロノスと明彦のカエサルがそれぞれ疾風魔法と電撃魔法で機械部隊を吹き飛ばし、感電させる。

 

「まともに相手するな! 先へ進む事が最優先だ!」

「OK! 道を開けなベイビー!」

「ホオォーッ!」

 

 ミッシェルが通路を塞いでいた機械部隊をギターケース型マシンガンで薙ぎ払い、それでもなお動いて銃弾を放ってきた物にはリサが素早いカンフーの連撃をお見舞いする。

 

「道が開けた!」

「ケツまくってとっとと行くわよ!」

「OK舞耶! 駄目押しにメギドラオン!」

 

 相手が怯んだ隙を見計らい、全員が一斉に先へと進む。

 ついでにピクシーが凝縮された魔力の大爆発を叩き込み、相手がほぼ動けない状態になったのを尻目に皆が走り出す。

 

「にしてもよ、まだここで動いてんのがありやがるなんてよ………」

「だよね~」

「気付いてなかったか? 幾つかに真新しい整備か改造の痕跡があった」

「ああ」

「本当かい達哉!?」

「でも誰が!?」

 

 周防兄弟が走りながら、似たような物と《こちら側》で闘った時の事を思い出す。

 

「一人だけ、あんな物をいじれる人間を知っている」

「間違いないだろう」

「! 神取 鷹久!」

 

 舞耶も思い出したのか、思わずその人物の名を叫ぶ。

 

「待て、思ったら現実化するんじゃなかったのか?」

「多分、その必要も無い。確実と断言できる」

「最近、残党が暴れるだけだったラストバタリオンが急に活性化しだした理由もな」

「そんなにすごい人なんですか? その神取って人」

 

 明彦の問いに自信を持って答える周防兄弟に、淳が別の疑問をぶつける。

 

「正真正銘の天才だ。藤堂君達がペルソナ使いとして覚醒してセベク・スキャンダルを引き起こした人物。ライドウ君の世界だけでなく、この世界にも来てたのか………」

「ちょ~と待った。じゃあ上の騒ぎも………」

「直接かどうかはともかく、関与してる可能性は大だ! これで容疑者は固まった! 任意で引っ張る!」

「そんな余裕があれば、だ」

「また来たよ!」

「余計な事を考えている余裕もないようだな!」

「いいような、悪いような………」

 

 再度現れた機械部隊に突っ込んでいく明彦の言葉に、微妙な顔をしつつ淳はアルカナカードをかざした。

 

 

 

同時刻 シタデル 中層階

 

 鈍い音を立てて、陰陽葛葉が壁に食い込む。

 

「くっ!」

「ライドウ! 後ろだ!」

 

 らしくない失態の隙に、背後に新たな敵影が迫る事をゴウトが叫ぶとライドウは瞬時にホルスターからコルト・ライトニングを抜いて速射。

 38LC弾が襲い掛かろうとしたコピー喰奴の顔面に全弾叩き込まれ、体勢が崩れた所で壁から引き抜かれた白刃が一刀の元に斬り捨てた。

 

「おかしいな……」

「確かに」

 

 数多のコピー喰奴を倒し、息が上がり始めているライドウとアレフが、背中合わせになりながら周辺をなおも取り囲む無数の敵を見る。

 

「多過ぎる………」

「無限召喚にしても、これだけの急ピッチで出来るはずがない」

「異界の門でも開いたか?」

「だとしたら、今頃この街全てに異形が跋扈しておるわ」

 

 ゴウトも異常を感じつつ、周囲を見回す。

 すでに二人の仲魔も負傷とマグネタイト不足で数体を残すのみで、サポートに回っているヒロコは肩で大きく息をしている状況だった。

 

「どう見ても、すでにこの要塞から溢れる程の数を倒しているはず」

「……陽動のはずが、嵌められたか?」

「この大群の方が陽動か。可能性はあるな」

「そんな!?」

 

 ライドウの言葉に、アレフは顔をしかめ、ヒロコに至っては露骨に顔を青くした。

 

「これは計算外だぞ。我らは完全に孤立した」

「だが、退く事が出来ぬなら、例え敵が幾万いようと、進むのみ」

「奇遇だな。オレも同じ意見だ。一気に行くぞ!」

「ええ!」

 

 ライドウとアレフが、後ろに目もくれず突撃しながら階段を一気に駆け上がっていく。

 

『メギド!』

『アギダイン!』

『ムドオン!』

 

 後ろについたヒロコの魔法に続け、ライドウの率いるムスッペル、アレフの率いるカーリーがそれぞれ背後に魔法を放ち、二人の跡を追う。

 並み居る敵を蹴散らし進む一行の前に、一つの扉が現れる。

 

「……ライドウ」

「分かっている」

「いるな、大物が……」

 

 COMPのエネミーソナーが警告表示を出すのを見ながら、アレフはライドウと視線を合わせ、互いに無言で頷くと一気にその扉を突き破って室内へと飛び込んだ。

 

「う、ううぁああ………」

「こいつか!」

「だが………」

 

 そこにいたのは、赤と緑の交互の色合いの表皮と、頭部から同じ模様の触手を生やした一体の喰奴だった。

 だがその顔は定まった方向を見ておらず、口からはよだれが垂れ落ちている。

 

「正気を失っているのか?」

「だとしたらまずい。喰奴の暴走は半端ではない。実際…」

 

 その様子を怪訝な表情でアレフが見る中、ヒートの暴走を目の当たりにした事のあるライドウが、油断なく刀を構えようとした時だった。

 

「ウアアアァァァ!」

 

 その喰奴、バラモン教の聖典『リグ・ヴェーダ』においてもっとも美しいと表され、輝くという意味を持ちアウローラ(オーロラ)の語源になったともされる暁の女神ウシャスが咆哮を上げる。

 それに呼ばれたのか、額に螺旋状の角を持つ白馬、純潔を守る乙女にしか心を開かないとされるユニコーンがその場に出現した。

 

「! 行け!」

「オアアァァ!」

 

 危険を感じたアレフが、仲魔に攻撃命令を下し、アナンタがウシャスへと襲い掛かろうとする。

 

『セラフィック・ロア!』

 

 ユニコーンのいななきと共に、ウシャスの頭上に光輪が現れ、光が周囲を突き抜ける。

 

「ガアァ!」

「これって!」

「オオォォ……」

「ウワアアァ!」

 

 室内に入ると同時にそれを食らった二体も含め、仲魔達がその光の前に大ダメージを食らい、体勢を崩して膝をつく。

 

「破魔魔法か! しかもかなり強烈だぞ!」

「ヒロコ!」

「分かってる!」

 

 ゴウトが放たれたリンケージの予想以上の威力に舌を巻く中、アレフの指示でヒロコが仲魔達の回復に当たる。

 

「だが!」

 

 人間には効果のないリンケージと見たライドウが、瞬時にウシャスの横手に回りこみ、飛び上がりなら白刃を振り下ろそうとした。

 だがその鍔元に素早く触手が絡まり、次の瞬間には予想外の力でライドウが振り回され、壁へと叩きつけらる。

 

「ライドウ!」

「……強い」

「他とは桁違いって訳か」

 

 接近戦は不利と感じたアレフが、腰のホルスターから大型のリボルバーにも見える特殊エネルギー銃、ブラスターガンを抜くとウシャスへと向けてトリガーを引いた。

 弾丸を媒介として放たれたエネルギーが次々とウシャスへと炸裂し、その体が大きく揺らぐ。

 

「ユニコーンから潰すぞ」

「そうすればリンケージは発動しない」

 

 相手が体勢を整える前に、ライドウとアレフが狙いをユニコーンへ変え剣を振りかざし、銃口を向けた時だった。

 

「フウウゥウゥ!」

 

 突然ウシャスがその場で旋回を始め、それにあわせて頭部の触手が高速で振り回され、その軌道上の物を薙ぎ払っていく。

 

「くっ!」

「がっ!」

「ああっ!」

 

 とっさに防御体勢を取ったライドウとアレフだったが、回復に気を取られていたヒロコは振り回される触手をまともに食らい、弾き飛ばされる。

 

「ヒロコ!」

「大丈夫だ。傷は浅い。それよりも油断できぬ相手だぞ!」

 

 ヒロコの間近へと近寄ったゴウトが彼女の状態を確認しつつ、二人へと向かって叫ぶ。

 

「ウアアアァァ!」

 

 ウシャスの再度の咆哮に、新たにユニコーンが一体姿を現す。

 

「厄介だな。あのリンケージを食らえば仲魔は役に立たなくなる」

「だが奴の触手は厄介だ………オレが隙を作る」

 

 そういうや否や、ライドウがウシャスへと向けて白刃を手に突撃する。

 

「ムスッペル!」

「おうよライドウちゃん!」

 

 かろうじて回復していたムスッペルが、凄まじいまでの猛火を敵へと向けて解き放つ。

 

「アァ……」

「今だ!」

「シャアァァ!」

 

 ウシャスが猛火を浴びてたじろぐ中、まともに食らった二体のユニコーンにアナンタの顎とアレフの剣が突き立てられ、限界に達したユニコーンはその場で崩れながら消えていく。

 

「ウア…」

「暇は与えん」

 

 ユニコーンを呼ぶ隙を与えまいと、ライドウの剣が下段から跳ね上がってウシャスの首を狙うが、即座にウシャスの触手が迎撃してくる。

 

「……やはりな」

 

 ライドウは即座に持ち手を返し、絡もうとする触手を弾き返す。

 続けて迫る触手を逆に刃で巻き込むようににして下へと受け流し、その場で大きく旋回しながら横薙ぎで胴体を狙うが、ウシャスの腕が逆にライドウの胴を貫こうと繰り出される。

 だが次の瞬間、飛来した槍がウシャスの胴を貫いた。

 

「私もいるわよ……」

 

 ヒロコからの予想外の攻撃に動きが鈍った瞬間、ライドウの刃がウシャスの胴へと深く食い込んだ。

 

「ガアアアァァ!!」

 

 絶叫を上げながら、ウシャスの触手がライドウの首から頭を完全に包み込むように巻きつく。

 そのまますさまじい力でライドウの頭を締め上げようとするが、力が加わろうとした時、ウシャスの頭部を別の刃が貫いた。

 

「ガァ……」

「残念だったな」

 

 アレフが冷徹に言い放つ中、突き刺さったヒノカグツチの力でウシャスの頭部が石化していき、そして粉々に砕け散る。

 やがてその体も他のコピー喰奴同様、崩れながら消えていった。

 

「大丈夫か?」

「ああ」

 

 消えていく触手を振り払いながら、ライドウが愛刀を一振りして血を払う。

 

「……一つ気になる事がある」

「なんだゴウト」

「もし、これと同レベルの敵が、無数とまではいかなくとも、多数存在したら?」

「……まさか!?」

 

 ゴウトの予感が正しい事を、今別の場所で戦っている者達がその身を持って証明していた………

 



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PART17 THREAD CONCENTRATION(中編)

 

「はあぁぁ…!」

「ヴェルザンディ!」『終焉の蒼!』

 

 南条の剣がコピー喰奴を両断し、麻希のペルソナが放った火炎魔法が周辺にいるコピー喰奴達を焼き尽くす。

 

「Oh、Endlessですわ」

「キリキリ闘って終わりがないから、これがホントのキリが無いって奴?」

 

 次々とコピー喰奴を屠っていたエルミンOBペルソナ使い達の間にも、じょじょに疲労の色が浮かんできていた。

 

「尚也君!」

「どうする藤堂、このままではいずれこちらが押し負けてしまう……」

「けど、ここでオレ達が持ち応えないと、市街にこいつらの侵入を許してしまうからね………なんとしてでも頑張らないと」

 

 疲労のためか、皆ペルソナの発動よりも物理攻撃の回数が増える中、指揮を取っている尚也も現場の打開策を必死になって考えていた。

 

(一度門まで退くか? けど、もしその後相手の方が多勢になったら押し留められない………やはり突入班の結果を待つしか)

「おい、なんだありゃ!」

「大きい………」

 

 ブラウンと麻希の声に尚也が振り向いた先、そこには他の物を上回る巨体のコピー喰奴がこちらへと向かってくる所だった。

 

「く、あいつは強そうだな……」

「どう見てもBOSSクラスですわ」

「ガアァァッ!」

 

 奇怪な頭部と巨大なフックのような爪の生えた豪腕を持つ、インド神話で不死身の頭部を持つ悪鬼ラーフが咆哮と共にこちらへと向かってくるのに、皆が構える。

 

「先手必勝! ティール!」『ザンダイン!』

 

 ブラウンの放った衝撃魔法がラーフの頭部に直撃するかと思った瞬間、突然その頭部が分離し、四肢を広げてブラウンへと襲い掛かる。

 

「そんなんあり!?」

「フンッ!」

 

 捕縛される寸前、とっさにレイジがラーフ(頭)を殴り飛ばす。

 

「なんて非常識な野郎だ」

「だが、最初から二体だと思えば怖くない! アメン…」

「!? 危ない!」

 

 尚也が己のペルソナを呼び出そうとした時、その背後に奇妙なゆらぎが迫ってきている事に気付いた麻希が、とっさに尚也を突き飛ばす。

 

「くっ!」

「Maki!?」

「何が…」

 

 そこでようやく他のペルソナ使い達も周辺の喰奴達に紛れている気配に気付いた。

 

「気をつけろ! 見えないが、何かいる!」

「分かってる! でもなんだ!?」

「敵に決まってんだろ」

「まとまるんだ! 回りこまれたらやばい!」

 

 ラーフとあわせて、謎の敵にペルソナ使い達は尚也の指示で背中合わせに円陣を組む。

 

「園村、大丈夫か?」

「うん、なんとか。かすっただけ」

「Invisible Devilとは………」

 

 自分をかばって負傷した麻希を心配しつつも、尚也は周辺を警戒する。

 

「まずは透明悪魔をいぶり出すぞ」

「下手な鉄砲って奴?」

「そういう事、アメン・ラー!」『集雷撃!』

「ヤマオカ!」『マハコウハ!』

「ミカエル!」『デスバウンド!』

 

 尚也、南条、エリーの三人のペルソナが放った攻撃が周囲を取り囲みかけていたコピー喰奴を薙ぎ払うが、肝心の見えない敵への手応えは感じられない。

 

「外したか!」

「やべえ、ゴキブリよかすばっしっこいみてえだぜ!」

「! そこか!」

 

 わずかに見えたゆらぎに向けて、レイジが拳を繰り出す。

 鈍い手応えを感じた時、今まで見えなかった敵が姿を現す。

 

「フガアアァァ!」

「こいつは!」

 

 己の外皮を尾のようにして、完全な透明状態になっていた異形の悪魔、インド神話の異形の魔王 ラーヴァナがこちらへと向けて顔に唯一ある無数の牙の生えた口で咆哮を上げる。

 

「今の内に!」

 

 麻希の一言で我に帰ったペルソナ使い達がラーヴァナに攻撃を加えようとするが、そこにラーフの頭部と胴体に襲い掛かり、それを阻んできた。

 その間に、ラーヴァナは再度姿を消していく。

 

「ちっ! 早く出てこないと出番なくなるぜ!」

「こちらで出させるしかあるまい、だが!」

 

 狙いをラーフへと定めた南条が剣を構えた時、ラーフの頭部と胴体が再び一つになる。

 

『ドラゴンクエイク!』

「がぁっ!」「うをー!」「ぐっ!」「うっ…!」「くっ!」「エウッ…!」

 

 強力な地変魔法を食らった皆がよろめき、そこに透明なラーヴァナが襲い掛かってくる。

 

「きゃあぁ!」

「園村!」

「そこか!」

 

 ペルソナの知らせる感覚を頼りに、尚也は大体の見当で剣を振るって見えないラーヴァナを麻希から弾き飛ばす。

 

『メギドラ!』

「ちっ!」

 

 ダメージで再度姿を現したラーヴァナだったが、そこで万能魔法を放ちその隙に再度姿を消していく。

 

「厄介だな………どうする藤堂?」

「仕方ない……機動班、応答せよ。エネミーソナーが一番良好な一機をこちらに増援要請!」

 

 南条と背中合わせになりつつ、苦戦を悟った尚也がXX―1のセンサーに頼ろうと通信を入れる。

 だが、その返答は意外な物だった。

 

『………藤堂班長、無理のようです』

「!? まさかそっちにも!」

 

 達哉からの返答が何を意味するのか、それを悟った尚也は、自分達の読みの甘さを感じていた。

 

 

 

「アイヤー! 何あれ!?」

「で、でけえ………」

「なにビビってやがる!」

 

 正門死守を厳命されていたXX―1部隊の前に、巨大な三つ首の魔犬、ケルベロスが姿を現す。

 同型の悪魔ならサマナー達の仲魔として見た事はあったが、眼前に現れたそれは、遥かに大きな巨体と凶悪な姿をしていた。

 

「副班長………」

「藤堂班長も苦戦してるらしい。ここはなんとしても守る」

 

 先頭に立った達哉の《Rot》機が、手にしたヒートブレードをケルベロスへと向ける。

 切っ先を向けられたケルベロスの三つの口から唸り声が漏れる中、他の機体も己の得物を構えた。

 

「全機であいつを素早く撃破、後に何機か藤堂班長の応援に向かう」

『了解!』

「ミッシェルと俊樹は左右を固めて援護、淳は中央を封鎖、残るは突撃する」

「OK情人! ハイヤー!」

「おおおぉぉ!」

 

 リサの《rosa》機と陽介の《schwarz》機が同時にケルベロスへと襲い掛かる。

《rosa》機の繰り出された文字通りの鉄拳がケルベロスの右の首を打ち据え、《schwarz》機の突き出されたインパクトランスが突き刺さると同時に先端部がパイルバンク(杭打ち)される。

 

「ハッ…!」

 

 中央の首へと向けて《Rot》機がヒートブレードを振り下ろそうとするが、いきなりその刀身がケルベロスの中央の口によって噛みつかれ止められる。

 挙句、そのまま《Rot》機ごと振り回され、振り飛ばされた。

 

「情人!」

「達哉! この野郎が!」

「撃つんだ!」

 

 そこへミッシェルの《blau》機がM134ミニガンを、俊樹の《weis》機がパウザP50アンチマテリアルライフルを、淳の《Grun》機がニードルガン・ローズトゥーンを斉射、ばら撒かれた銃弾とニードルがケルベロスの全身に突き刺さり、弾痕を穿ち、ニードル内部のエネルギーが炸裂して血肉が飛び散る。

 

「へっ、おととい来やがれ!」

「待ってください! エネミーソナーはまだ高反応です!」

「! 離れて!」

 

 淳の警告に《rosa》機と《schwarz》機が離れた瞬間、ケルベロスの三つの首が同時に掲げられた。

 

『ピュリプレゲトン!』

 

 直後、凄まじい業火のリンケージ魔法が放たれ、XX―1を飲み込んでいく。

 

「救命呀~」「ホオォォ…」「うわあ!」「くっ!」「この…」

 

 その威力にXX―1各機の装甲が焼け、センサーが過負荷に耐え切れず幾つか弾け飛んでいく。

 

「み、皆さん無事ですか……」

「う~ん」

「へへ、この程度でこのミッシェル様が……」

「この野郎が!」

「まずい、ダメージが………」

 

 俊樹の呼びかけに皆が答えるが、さすがにダメージは軽くない。

 そこへ、ケルベロスの三つの口がそれぞれ別々の機体へと襲い掛かってきた。

 

「…遅いっ!」

「ギャオオオォォ!」

 

 一番最初に振り飛ばされたお陰で、リンケージを食らってはいたがダメージが軽かった《Rot》機が寸前で飛び掛りながらケルベロスの胴体をヒートブレードで斬り裂いた。

 

「みんな、まだやれるな」

『オォ!』

「行くぞ!」

 

 体勢を立て直しつつ、XX―1部隊は再度ケルベロスへと挑んでいった。

 

 

 

「……音が変わったな」

「……そうね」

 

 最上階まで続くエレベーターの中で、ふと呟いたゲイルの指摘に、最後尾にいたたまきも耳を澄ませる。

 

「苦戦してるみたい。大きな破壊音みたいなのが連続してる」

「ちっ、何を繰り出して来やがった?」

 

 アルジラも耳を澄まし、エレベーターの駆動音以外の音を聞き取る。

 ヒートが唸るように言い放ち、そのまま先へと進む。

 

「最上階まであとどれくらい?」

「後少しだ。これを降りればすぐ最上階につく」

「そう……さっきから反応しっぱなしなのよね………」

 

 たまきが自分のGUMPのエネミーソナーがレッドゲージを示したままの状態を確認、その頬に冷たい汗が一筋流れていた。

 

「前に来た時はスカ掴まされたがな」

「大丈夫よ、とんでもない大物がいるのは間違いないわ………」

 

 GUMPを操作してソフトを幾つか切り替えてボス戦に備えるたまきが、あまりにうるさく警告を訴えるエネミーソナーを一時的にカットする。

 

「ひょっとして、ミック・ザ・ニック?」

「ジャンクヤードでもいなかった男が、ここにいるとは思えん」

「けど、どう見てもここにいる連中はマトモじゃないぜ。もっともあのミートボールなら遠慮なく食ってやるがな」

 

 低く笑うヒートにたまきはため息をもらしつつ、残った精製マグネタイトを確認する。

 

「あと少し、あんた達は大丈夫?」

「問題ない」

「ええ、大丈夫よ」

「マズイ奴でも、腹は膨れるからな」

「それならいいんだけど………」

 

 なにか、たまきは嫌な予感を感じながらも、エレベーターの停止と同時に、一時帰還させていた仲魔達を再度呼び出す。

 ドアが開いていく中、呼び出されてすぐネコマタとダーキニーが飛び出し、周囲をうかがう。

 

「大丈夫ニャ」

「不気味なくらい静まり返ってるよ………」

「そう、さて鬼が出るか蛇が出るか……ってもう出てるか」

「行くぞ」

 

 そう言いながらヒートが猛然と走り出すと、通路の先の扉を豪腕で粉砕、その先へと飛び込んだ。

 

「な、に?」

 

 続けて飛び込んだゲイルとアルジラも、そこにいたこちらに背を向けている人影を見て絶句する。

 

「うそ……」

「やはり、か」

 

 その人物、ウェーブのかかった黒の長髪で白いタイトコート姿の女性がゆっくりと振り返ると、クールその物といった顔に僅かに笑みが浮かぶ。

 

「よく来たな、煉獄の喰奴達」

「ジェナ・エンジェル………」

「お知りあいかしら?」

「カルマ協会の技術主任、オレ達を喰奴にした張本人だ」

 

 ゲイルの説明を聞きつつ、たまきは剣を構え仲魔達がフォーメーションを展開していく。

 

「なるほど、それがデビルサマナーという者か。悪魔召喚プログラムを持って悪魔と契約し、使役する。興味深いな」

「てめえ、なんでここにいる!」

「この世界に飛ばされてきた、というにはおかしいな。あまりにお前とその部下達は組織的に行動している。こちらはなんとか体制を整えるのがやっとだと言うのに」

「ひょっとして、セラの居場所を知ってる!?」

 

 喰奴達の三者三様の質問に、エンジェルは微笑を浮かべたまま聞き終えると、顎に手を当てて少し考える。

 

「正直、予想外だった。異なる世界の者達が、こうも簡単に力を結集させて立ち向かってくるとは」

「異なる世界の者達、つまり他にも幾つもの世界があるという事を認識しているのだな?」

「そうだ、面白いと思わないか? 神の暴走に頼らなくても、世界を滅亡させた世界、カオスに満ちた世界、様々な世界がある。人とはなんと愚かで、そしてたくましい。いかな絶望的な世界でも、人は生き抜こうとあがく。今のお前達のようにな」

「御託はいい。セラはどこにいる?」

「さてな。生憎とこちらでもセラの居場所は掴んでいない」

「そうか、じゃあ…!」

 

 襲い掛かろうとしたヒートを、ゲイルが刃の伸びた足で静止した。

 

「なぜ止める! こいつは…」

「こちら、と言ったな? つまり動いているのはカルマ協会だけじゃない。そしてエンジェル、お前が今どのような立場にいるかまでは分からないが、複数の世界の実情を知る事ができる立場にいる。これらから推測できるのは、かなり大規模な組織が、複数の世界に干渉しているという事だ。しかも、危険な活動でな」

「さすがジャンクヤード一の演算能力を持つアスラAI、見事な推理だ」

「そして今お前がここで立ちはだかる理由、それは戦力の分散と、停滞が目的ではないのか?」

「! 時間稼ぎ!?」

 

 たまきが驚いて叫ぶ中、エンジェルは顔の笑みをさらに深い物にした。

 それを肯定と取った皆が、一斉に戦闘体勢を取る。

 

「どうやら、言葉で稼げる時間は終わったか」

「そうだ、次は手前を食ってやる!」

「気をつけろ、こいつの強さは半端ではない!」

「分かってる! フルサポート!」

「分かりました、『タルカジャ!』」

 

 たまきの指示でパールヴァティが攻撃力増加の魔法を唱える中、ヒートのかざした爪とたまきの剣が左右から同時にエンジェルへと振り下ろされる。

 だがそれが当たる前に、エンジェルの胸にあったアートマが輝き、その姿が白面の半身で黒と白に分かれた半陰陽の創造と破壊、生と死を象徴する四腕の魔神 ハリ・ハラへと変身し、片腕ずつで両者の攻撃を止める。

 

「ちっ……」

「くぅ…」

「ここまで来たのだ、その程度ではあるまい」

「ヒヤハァ!」

「フミャアアァ!」

 

 エンジェルの言葉が終わるかどうかの所で、その背後からダーキニーの四剣とネコマタの飛び蹴りが襲い掛かってくるが、残った二腕が伸びて二体を薙ぎ払う。

 

「くぅ!」

「フニャン!」

「このお!」

 

 仲魔が弾き飛ばされたのを見たたまきが、片手で剣を構えたままジャケットの下からステアーTMPサブマシンガンを抜くと、エンジェルへと極至近距離で引き金を引いた。

 

「ぐっ……」

 

 弾着と同時にSHOCK状態を引き起こすコロナシェルのフルオートの前に、エンジェルがたじろいた隙にたまきは一度距離を取る。

 

「ガアァ!」

 

 だがヒートは逆にもう片方の爪を下から突き上げ、エンジェルの胴体に食い込ませる。

 

「! 下がれヒート!」

『渇きの波動』

 

 エンジェルがその攻撃にまったく怯んでない事に気付いたゲイルが叫ぶが、僅かに遅くエンジェルの繰り出した攻撃をまともに食らってしまう。

 

「今のは!?」

「人為的に《飢え》を起こす攻撃だ! 離れろ!」

「どこに?」

「ウウ、ガアアアァァ!!」

 

 エンジェルがほくそ笑む中、ヒートの口から凄まじい咆哮が放たれる。

 

「セラの力無しでは、その状態は止められまい」

「なんて事………」

 

 皆がたじろぐ中、ヒートがこちらを向くと手近にいたたまきの仲魔に襲い掛かってくる。

 

「フミャ!」

「ヒッ!」

「来るなら来い!」

「召喚士殿!」

「まずい!」

 

 仲魔達が襲われる寸前、たまきが素早くGUMPを帰還操作、仲魔達が光の粒子となってGUMPへと吸い込まれていく。

 

「なるほどな。だがいいのか?」

 

 エンジェルの言葉の意味は、即座に知れる事となった。

 襲い掛かろうとした獲物が消えたヒートは、次にたまきへと狙いを定める。

 

「止めてヒート!」

「止めるんだヒート!」

 

 アルジラとゲイルが左右からヒートを抑えようとするが、飢えで暴走したヒートの膂力をまったく抑えきれず弾き飛ばされる。

 だがたまきはなぜか落ち着き、GUMPを仕舞うと懐から米軍正式採用拳銃でもあるベレッタM92Fを取り出し、冷静に構える。

 ヒートの双頭の口の一つがたまきに噛み付こうとした瞬間、その口へと向けて銃弾が放たれる。

 そしてヒートの牙が食い込む瞬間、その動きが止まったかと思うとヒートの姿が悪魔から人へと戻っていく。

 

「……ほう、なにをした?」

「精製マグネタイト弾、悪いけど悪魔の相手なら慣れてんのよね……」

 

 かろうじて同士討ちは避けられたが、膝をついて荒い息をしているヒートを背後にかばいつつ、喰奴暴走時用の虎の子を使った事をおくびにも出さずにたまきは再度GUMPを取り出す。

 

「こいつの弱点は?」

「無い」

「それじゃあ、力押ししかないわね……」

 

 ゲイルからの無情な助言を聞きつつ仲魔達を再召喚したたまきの前で、突如としてエンジェルの顔が穏やかな白面から憤怒の黒面へと変わる。

 

「危ない!」

『バーイラヴァ!』

 

 それが攻撃態勢への移行だと知っていたアルジラが思わず叫ぶ中、エンジェルは四腕から鋭利な爪を突き出し、たまきへと襲い掛かる。

 

「!」

「召喚士殿!」

 

 とっさにパールヴァティがたまきをかばい、その体が無数に突き出された爪によって貫かれ、とうとう限界を迎えてその体が光の粒子となってGUMPへと戻っていく。

 

「ほう、悪魔が人間をかばうとはな」

「パールヴァティ……あとで必ず蘇生させるから……アタック!」

 

 僅かに歯噛みしたたまきが、即座に号令を出すと同時に、仲魔達が一斉にエンジェルへと襲い掛かる。

 

「フミャアァ!」

「ハアッー!」

「フウゥゥ!」

 

 ネコマタが爪を繰り出し、ダーキニーが四刀を振り下ろし、ニュクスの口から猛烈な吹雪が吐き出される。

 

「くっ!」

「そこよ!」

 

 猛烈な猛攻の前にエンジェルが怯んだ隙を狙い、たまきが剣を突き立てようとするが、体を覆う吹雪の中から伸びた手が突き立てられる前に刃を掴んで止めた。

 

「うっ……!」

『マハザンダイン!』

「キャアァ!」

「ミャァー!」

「このう!」

「ああぁ!」

 

 極至近距離からエンジェルが放った衝撃魔法が、たまきと仲魔達を一撃で吹き飛ばす。

 だが、弾き飛ばされダメージを追いつつも、たまきの顔には小さく笑みが浮かんでいた。

 直後、エンジェルの体にようやく行動できるまでに回復したヒートがグレネード弾をぶちこみ、爆炎がエンジェルの体を揺らす。

 

「この程度なら…」

 

 喰奴の体の頑強さで直撃を耐え抜いたエンジェルの腕に、突如として伸びてきたアルジラの触手が絡みつく。

 

「今よ!」

「了解した」

 

 更にアルジラの背を蹴って宙へと舞い上がったゲイルが、体を旋回させながら両足の刃での連続攻撃をエンジェルに次々と食らわせていく。

 

「がっ……はっ」

 

 立て続けの攻撃に、エンジェルもさすがにダメージを食らい、片膝をつく。

 

「効いてる!」

「今の内に!」

「待て」

 

 たまきとアルジラが追撃をかけようとするのを、ゲイルが止める。

 

「エンジェル、お前はこの世界で何をしようとしている? 元の世界への回帰にしては、あまりに大掛かり過ぎる。一体何をするつもりなのだ?」

「ふ、ふふ……それを知ってどうするつもりだ? この世界がどうなろうと、それがお前達に関係ある事ではない」

「大有りよ! ここは私達の世界なんだから!」

 

 詰め寄ろうとするたまきを制し、ゲイルが変身を解いて思考する。

 

「この世界が、と言ったな? この世界といっても、あるのはこの街だけだ。変革を起こすにはあまりに小さすぎる」

「悪かったわね」

「それで何かを起こすとしたら……! まさか、エンジェルお前達の目的は!」

「知りたければ、本気でかかってこい! 煉獄の申し子達よ」

「じゃあ、遠慮なく力ずくで!」

 

 体勢を立て直したエンジェルに、皆が再度挑んでいく。

 

「一つ教えておこう。お前達がシタデルに施した包囲には穴がある」

「は? 何言って……」

「! 上空警戒か!」

「今頃、外はどうなっているかな?」

 

 

 

同時刻 シタデル周辺部

 

 シタデルの中から激しく響いてくる戦闘の音に、包囲警戒に当たっていた警察、仮面党員、及び市民有志による自警団などと言った面々がそのあまりの激しさに頬や背中に冷たい汗が伝うのを誰も彼もが感じていた。

 

「あかりも行く~!」

「ダメだ!」

「大人しくおし!」

 

 そんな中、シタデルの中へ入ろうとするあかりを杏奈とゆきのが二人がかりで抑え込んでいた。

 

「なんでダメなの!? みんな頑張ってるののに! 仮面党幹部として、あかりも…」

「本当にそう思ってる?」

 

 暴れるあかりの前に、超太めの人のよさそうなスーツ姿の男性、元エミルン学園OBのトロこと横内 健太がそう言って立ちはだかる。

 

「君だって気付いてるはずだよ。僕や君のペルソナじゃ、彼らの足手まといにしかならないって」

「う………」

「僕も一応ペルソナ使いって事でここにいるけど、戦闘なんて全然ダメだしね。そんな僕らに出来る事は、彼らの成功を祈りながら邪魔にならないように、邪魔をさせないようにする事。それが大事なんだ」

「でも………」

「闘うだけがペルソナの使い方じゃないよ。ボクのはセールスにしか使えないけど、君のなら戦えない人達を守る事も出来る。だから、出来る事を精一杯するのがここにいるみんなの仕事さ」

「……うん」

 

 トロの説得に、うなだれながらも納得したあかりが暴れるのを止める。

 その様子を不思議そうに見ていたゆきのが思わず苦笑を漏らした。

 

「何?」

「いやさ、あんたも立派になったんだな~、って。体格以外に」

「黛だって、ペルソナ使えなくなっても頑張ってるじゃないか。それに比べたら…」

「何だあれは!」

 

 誰かの叫びに、全員が一斉にそちらを見た。

 続けて、叫び声を上げた警官が指差す方向、シタデルの高い外壁を飛び越え、こちらに向かってくる影の存在に気付く。

 

「ちっ、一匹漏れてきやがったかい!」

「撃て、撃て!」

 

 現場指揮官の声と同時に、警官達が一斉に銃を抜いてその影へと向かって銃弾を放つ。

 だがその影、巨大なコウモリの姿をしたマヤ神話の地下界・シバルバに住むとされる邪悪な人食いコウモリ カマソッソは銃弾を物ともせず急降下すると、その翼を振るって猛烈な疾風を巻き起こす。

 

「うわあぁ!」

「ひいぃぃ!」

「ひるむな! 攻撃だ!」

 

 その疾風の前に警官や仮面党員が吹き飛ばされていく中、杏奈は仮面党員に攻撃を支持しながら、自ら果敢に先頭に立つ。

 

「アエーシェマ!」『アクアダイン!』

「パリカー!」『マハガル!』

 

 杏奈とあかりのペルソナがそれぞれ水撃魔法と疾風魔法を放つが、カマソッソはそれを食らっても平然としている。

 

「魔法が効きにくいのか!」

「なら直接攻撃だよ!」

 

 ゆきのの手から複数のチャクラムが投じられる。

 投じられたチャクラムはカマソッソの体に突き刺さるが、さしたるダメージも与えられてはいないようだった。

 

「なんてタフな奴だい!」

「これが喰奴か………こんな物が市街に行ったら!」

 

 警官や仮面党員が矢継ぎ早に攻撃を加える中、カマソッソはその巨大な翼で己を覆い、その翼が障壁となって攻撃を弾いていく。

 

「こいつ~!」

「一か八か、龍亀(ロングイ)!」『フェルマフェロモン!』

 

 トロが己のペルソナ、中国神話で亀が龍に変ずる半ば、風水で金運をもたらすとされる神獣で魅了効果を持つ吐息を放つが、全くもって効果は無かった。

 

「シャアアァァ!」

 

 翼を広げて防御を解いたカマソッソが、その場を縦横に飛び交い、その軌道上にいた者達を翼で次々と弾き飛ばしていく。

 

「わああぁぁ!」

「キャアァ!」

「退避するんだ! ここは私達で…」

 

 混乱しそうになる者達を杏奈が誘導しようとするが、そちらに目をつけたのかカマソッソがまっすぐ向かってくる。

 

「杏奈!」

「杏奈お姉ちゃん!」

「くうっ!」

 

 突風を伴って繰り出された翼の一撃を、杏奈はペルソナを使ってかろうじて防ぐが、衝撃までは抑えきれずその体が吹き飛ばされる。

 

「スコルピオン様!」

「スコルピオン様をお守りするんだ!」

 

 大慌てで仮面党員が杏奈の周囲を取り囲もうとするが、カマソッソの足が手近の党員の一人を掴み上げる。

 

「う、この化け物ぉ!」

 

 党員がとっさに、マジックカードを突き出そうとするが、カマソッソは無造作にその党員に腕に食らいつく。

 

「ぎゃあああぁぁ!!」

「こいつ!」

 

 とっさにゆきのがありったけのチャクラムをカマソッソの顔面に投じ、それに怯んだカマソッソが党員を取り落とす。

 

「ひ、ヒイイィィ!」

「忘れたのか、こいつらは人を食う! 負傷者を連れて下がれ!」

「しかしレイディ!」

 

 悲鳴と絶叫が飛び交う中、杏奈がなんとしても被害を最小限に食い止めるべく思案を巡らせた所で、カマソッソの目が周囲の獲物を見定めている事に気付く。

 そして、その目がその場にいる者達の中で、もっとも若い者を見つけ出す。

 

「逃げろあかり!!」

「あっ………」

「させないよ!」

「ロングイ!」『アギ!』

 

 口からよだれを垂れ流しながらあかりへと食いつこうとするカマソッソに、ゆきのがその前に立ちはだかり、トロがなけなしの火炎魔法を繰り出す。

 火炎魔法はさしたるダメージも与えられず、接近したカマソッソは無造作にゆきのを弾き飛ばす。

 

「うぅーっ!」

「ゆきのお姉ちゃん!」

「い、イシュキック様が!」

「撃て! 撃て!」

 

 仮面党員や警官達の攻撃を物ともせず、カマソッソが血混じりのよだれがしたたる口を大きく開く。

 

「ああ……」

「あ、あかりー!」

「くくく、食う………」

 

 恐怖で座り込んだあかりを、カマソッソが食らおうと迫る。

 

(お前は十分に強い)

 

 ふとそこで、あかりの脳内にライドウに助けられた時の事が思い浮かぶ。

 すぐ間近までカマソッソが迫った所で、あかりは立ち上がって毅然と構える。

 

「負けない……あかりは、イシュキックは、強いんだあああぁぁーー!!」

 

 今しもあかりの体にカマソッソが食いつこうとした瞬間、あかりの体から無数の光の粒子が噴き出す。

 

「潜在覚醒!?」

「いや、これは……」

 

 光の粒子の中で、あかりのペルソナの形が変わっていく事と、その意味にゆきのと杏奈は同時に気付いた。

 

「第二覚醒!」

「あかり……あなた………」

「え、これって………」

 

 事態がよく飲み込めないあかりが思わず振り向くと、そこに己の新しいペルソナがいる事にようやく気付いた。

 

『我はイシュキック、奔放なる者にして純潔の母なり……汝、我と同じ名を名乗りし現身(うつしみ)よ。共に大地を友愛なる恵みで満たそうぞ!』

 

 マヤ神話の女神の一柱、「小さな血」を意味する大地からとうもろこしを作り出した下界の王女のペルソナを覚醒させたあかりが、ようやく事態を理解し笑みを浮かべてカマソッソの方を睨み付ける。

 危険を察したのか、カマソッソはとっさに翼で全身を覆い隠して防御体勢を取った。

 

「また……!」

「大丈夫! イシュキック!」『豊穣の祈り!』

「ギヒャアァ!」

 

 イシュキックの放った独自の地変魔法がカマソッソを周辺の地面ごと吹き上げ、同時に大地から吹き上げたエネルギーが周辺の者達を癒していく。

 

「こりゃすごい………」

「驚いたね、まったく……」

「見たか! これが真・イシュキックの力だよ!」

 

 トロとゆきのが唖然とする中、あかりが俄然張り切りだす。

 

「! 陣形を立て直せ! あかりを中心に体勢を立て直す!」

『ヤイル・カメーン!』

「いくよ、真・チョメチョメタ~イム!」

 

 新たな力を得たあかりを筆頭に、皆が一丸となってカマソッソへと向かっていった。

 



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PART18 THREAD CONCENTRATION(後編)

 

同時刻 シバルバー中枢部

 

「アポロ!」『ギガンフィスト!』

「やあっ! 終わりだっ!」

 

 達哉のペルソナから放たれた拳と、明彦のコンビネーションパンチが機械部隊の最後の一機を文字通り粉砕する。

 

「ふ……これで一段落か」

「余計な事考えてる暇もないわね~」

 

 克哉と舞耶が空になった銃のマガジンを交換しながら、周囲を見回した。

 

「まだこんな残ってるなんて聞いてないよ~」

「ちっ、目的地までもうちょいだってのによ」

「消耗戦は覚悟してたけど、これはさすがにね……」

 

 リサ、ミッシェル、淳が荒い息を吐きつつ、残ったチューインソウルを分け合って回復に勤める。

 

「回復アイテムも残り少ない……このままでは……」

「危険な事は考えるな。現実化するぞ」

 

 明彦が漏らしかけた所で、克哉の注意で慌てて口を塞ぐ。

 

「大丈夫~周りにはしばらくいないよ~」

 

 偵察に出ていたピクシーの報告に、皆がようやく緊張を解いた。

 

「やっとタネ切れみてえだな」

「前よりハード~」

「明らかに僕達の進入を妨害してきてるよね」

「つまり、この先に誰かに見に来られてはまずい物がある、という事だな」

「だが、何が?」

 

 達也の言葉に、全員が押し黙る。

 

「正直、想像もつかないな。特異点というだけではあるまい」

「幾つもの世界の人達が引き寄せられる何か、という事でしょうが」

「もしくは、それを人為的に起こせる何か、か」

「なあタっちゃん、出来んのかよそんな事? 一体今この街に何人、他の世界から来たって奴がいると思う?」

「確かに、前の騒ぎとは比べ物にならないね………こんな噂なんてカケラも無かったし」

「そんなのこの先に進めばわかるじゃん!」

「そうそう!」

「その通り♪ レッツラゴー♪」

 

 深刻な顔をする男性陣に、リサとピクシー、舞耶が胸を張って答える。

 

「確かに」

「けど、油断はできない」

 

 克哉が残弾を確かめ、明彦は拳を付き合わせる。

 

「行こう。もう直だ」

「おうよ!」

「早くこんな事態は終わらせないと……」

 

 達哉が先頭に立ち、ミッシェルと淳も続く。

 

「何かいるとしたら、そろそろ……!」

 

 不意に襲撃が収まった通路をペルソナ使い達が進んだ所で、急激的に強烈なペルソナ反応が起きる。

 

「これ!?」

「何者だ? 相当強力なペルソナ使いがこの先に居る!」

「……まさか?」

 

 他のペルソナ使いに比べ、感知能力がとぼしい明彦が何か覚えのある反応に眉を潜める。

 

「どこのどいつか知らねえが、このミッシェル様のシマででかい面して騒ぎ起こすたあな!」

「先手必勝! アチョォー!」

 

 扉の向こうに強力なペルソナ反応を感じつつ、リサがその扉を蹴破る。

 続けて中へと突撃した彼らの前に、巨大な謎の機械が出現する。

 

「おやおや、もう来ましたか」

「なんや、やっぱあないなガラクタじゃ足止めにならんで」

 

 その機械の周囲、オペレーターらしき人間達が慌てて逃げ出す中、二人の人物が突入してきたペルソナ使い達の方を見た。

 

「あいつらがペルソナ使いか!」

「バカな、なんでお前達《ストレガ》がここに!」

 

 皆が一斉に身構える中、明彦はその見覚えのある二人に愕然とした。

 

「なんで? あなたもこの世界にいるのだから、私達がいても不思議ではないでしょう?」

「そっちでここに来たのはあんさんだけのようやけどな」

 

 その二人、ストレガのタカヤとジンが明彦を見て意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「ストレガ、君の世界の破滅主義者達だったか………」

「ああ、まさかこいつらも来ていたとは………」

「正確には、来ていたのではなく、自ら来たのですがね」

「!?」

 

 タカヤの言葉に、全員が表情をこわばらせる。

 

「……つまり、君達はこの街に混乱を起こしている勢力に組している、と取っていいのだな?」

「ふふ、さすがはこの街の治安を司る警察署長さん……おっとこちらは警部補でしたか」

「ま、どっちでもええやないか」

 

 ジンが片手で手榴弾をもて遊びながら、全員を順繰りに見ていく。

 

「また、随分ぎょうさんペルソナ使いがいるもんやな。こっちでもこんだけいれば、わいらも苦労せんかったろに」

「どんな目にあったかなんて知らないけど、できればそっちのトラブルをこっちに持ち込んでほしくないんだけど?」

 

 舞耶が口調だけはにこやかに言いながら、アルカナカードをそっと取り出す。

 

「ここにいる者達には、大量破壊、無差別殺人、その他多くの疑いがある。大人しくしてもらおうか」

「こんな所で、法律談義でもないでしょう? ねえ!」

 

 そう言いながら、タカヤが突然苦悶するように倒れこむ。

 するとその背後から、禍々しいオーラをまとったタカヤのペルソナ、ギリシア神話の眠りを司る神 ヒュプノスが出現する。

 

「こいつは!」

「なんて凶悪そうなペルソナだ……」

「お似合いよ! じゃあこっちも…」

「リサ!」

 

 こちらもペルソナを召喚しようとしたリサを、いきなり達哉が押し倒す。

 

「情人!?」

「気をつけろ! 包囲されてる!」

 

 達也の背中から、わずかに血が流れている事にようやく自分をかばったのだという事にリサが気付き、克哉は叫びながら何も無い場所へと発砲。

 そこで、何も無いはずの空間で銃弾が跳ね返される音が響く。

 するとそこから、突然機動兵器が姿を現した。

 

「光学迷彩仕様、X―3か!」

「おい、バレてるで」

「やれやれ、せっかく無駄な話で時間を稼いだというのに」

 

 こちらのペルソナで気を引いておきながら、X―3で襲おうとしていたストレガの二人が嘆息する中、周囲の複数のX―3が姿を現していく。

 

「こいつがあるという事は、神取もここにいるのか?」

「あのおっさんなら、もういないで」

「彼は優秀だけに、忙しいようでしてね」

「! まだ他に何かをしようとしている!?」

「後だ、まずはこいつらを倒す」

「達也君、その前に回復しないと!」

「そうはさせへんで! モロス!」『デッドエンド!』

 

 ジンが召喚器を素早く抜くと、己のペルソナ、ギリシア神話の人間の死を定義する神 モロスを召喚してX―3の攻撃で負傷している達哉を狙う。

 

「させるかよ! ハーデス!」『ザンダイン!』

 

 それを防ぐべく、ミッシェルが己のペルソナ、ギリシア神話の冥界タルタロスの王ハーデスを召喚し、衝撃魔法でモロスの攻撃を受け止める。

 

「やりますね、ならば」

「お前の相手はオレだ! カエサル!」『ジオダイン!』

 

 タカヤがペルソナを繰り出す前に、明彦が電撃魔法を叩き込む。

 

「ふふ、相変わらずなかなか……」

「真田君と三科君はしばらく持ち応えるんだ! 僕達はX―3を破壊する!」

「そうだね、クロノス!」『クロスフォーチューン!』

「よくも情人を! ヴィーナス!」『フォーミーラバー!』

「こっちもやるわよ! アルテミス!」『クレセントミラー!』

 

 淳、リサ、舞耶が立て続けに己のペルソナを召喚し、ギリシア神話で時を司る神 クロノスが巨大な風の刃を、ヴィーナスが無数の炸裂する泡を、アルテミスが冷たい月の輝きでX―3を攻撃していく。

 

「動くな!」

「ハッ…!」

 

 ペルソナの攻撃で破損した装甲の隙間に、克哉が銃弾を撃ち込み、達哉が剣を突き刺す。

 

「まとめていくよ~! メギドラオン!」

 

 とどめとばかりにピクシーが強烈な万能魔法を叩き込み、次々とX―3を破壊していく。

 

「ちっ、こいつら結構やりよるで……」

「こっちのペルソナ使い舐めるんじゃねえぜ! ホオォォォウッ!」

 

 ミッシェルがギターケース型マシンガンを乱射する中、ジンはアタッシュケースをかざして銃弾を防ぐ。

 

「お前達の目的はなんだ! ここで何をしていた!」

「目的? 滅びをもたらす事に決まってるじゃないですか?」

 

 タカヤがM500を連射するのをかわしながら、明彦はなんとか詰め寄ろうとする。

 

「他の世界まで滅ぼすというのか!? いや、それとも…」

「ヒュプノス!」『ブフダイン!』

「ぐはあっ!」

 

 隙を突かれ、カエサルの弱点である氷結魔法をまともに食らって明彦がその場にダウンする。

 

「ふふ、一人はつらいですね」

「それはどうかな?」

 

 ダウンしている内にとどめを刺そうとするタカヤの手に、一輪の花が突き刺さる。

 

「くっ!」

「忘れてないかな? こっちもいるって!」

 

 明彦を守ろうと、淳が次々と花を投じる。

 

「これしきの事! ヒュプノス!」『アギダイン!』

 

 ヒュプノスの放った火炎魔法が投じられた花を焼き尽くしていく。

 だが火炎が尽きた時、そこからこちらに向かってくるシューズの裏がタカヤの視界に飛び込んできた。

 

「ハイッ!」

「おごっ!」

 

 リサの飛び蹴りをまともに食らい、タカヤが弾き飛ばされる。

 

「この変態! そんな貧相なセミヌード誰も見たくないっての!」

「このアマ!」

 

 ジンが手榴弾のピンを引き抜き、リサへと向けて放り投げてくる。

 

「うわぁ!」「ちょっ!」

「アルテミス!」『ダイアモンドダスト!』

 

 皆が慌てて逃げ出す中、舞耶がペルソナで極寒の吹雪を繰り出し、爆発前に手榴弾を完全に氷結させる。

 

「ふう、どうにも手加減して戦うというのは難しいですね」

「手加減だぁ?」

「激氣! ふざけてるの!?」

「確かに、どこかおかしいが……」

 

 タカヤの言動に皆が憤る中、交戦経験のある明彦がストレガの妙な闘い方に違和感を覚えていた。

 

「手加減……そうか! 全員、あの装置を破壊するんだ! あれは恐らく巨大な転移装置だ!」

 

 ストレガの目的が、背後にある謎の機械の護衛だと察した克哉が叫び、全員が狙いを機械へと向けようとする。

 

「しゃあない、使うか」

 

 それを見たジンが、アタッシュケースのグリップにあるボタンを押すと、突然グリップのそばからミニキーボードが飛び出し、ジンがそれをタイプしていく。

 

「これで、よしと」

 

 最後にエンターキーを叩くと、アタッシュケースの一部が開き、そこからレーザーのような物が照射され、虚空に何かを描いていく。

 

「あれは……!」

「悪魔召喚プログラムか!?」

「いいえ、少し違いますね」

 

 その光景が見覚えの有るサマナー達の悪魔召喚そっくりなのに全員が身構えるが、出現したそれは似て非なる物だった。

 

「おい、あれって……!」

「ば、馬鹿な!?」

「見ての通りや。確かにこれは便利やな」

 

 アタッシュケースに仕込まれていたCOMPから召喚されたのは、仮面を持った異形、紛れも無いシャドウだった。

 

「そなら、行ったれ!」

 

 ジンの号令と同時に、召喚された複数の中型シャドウが、一斉にペルソナ使い達へと襲い掛かる。

 

「シャドウの操作だと!? そんな技術は桐条ですら開発できなかったはずだ!」

 

 襲ってきたシャドウにパンチを叩き込みながら、信じられない状況に明彦が叫ぶ。

 

「シャドウ召喚プログラムか……」

「シャドウが悪魔と似た性質を持っているなら、考えられるな」

 

 周防兄弟が背中合わせになりつつ、予想外の状況に対しても怯まず己のペルソナで応戦していく。

 

「ちょっと相手が変わっただけよ! やる事変わんないから、目いっぱいチョメチョメするわよみんな!」

「そだね舞耶姉!」

「レッツ・エブリバデ!」

<big>『ダイダルウェイブ!』</big>

 

 舞耶の声に我に返ったリサとミッシェルが三人がかりで合体魔法を繰り出し、強烈な水撃魔法が津波となって周囲を薙ぎ払っていく。

 

「一体、どうなっているんだ? もう、前の時の比じゃない……背後にいるのは、あいつじゃないのか?」

 

 かつての争乱の大元となった淳が、それすら上回る事態の悪化に、戸惑いを覚えながらも、ダメージを受けたシャドウに止めを刺していく。

 

「ストックはまだまだあるで」

「もう直こちらの準備も終わるので、そちらで待っていてもらいましょうか? 大いなる滅びのために」

「大いなる滅び!? 何を狙っている!」

「させるか!」

 

 タカヤの不吉な言葉を聞き逃さなかった克哉と明彦が、なんとしても機械を破壊するべく突撃するが、そこへ戦車型の大型シャドウが行く手を遮る。

 

「このタイプまで呼び出せるだと!?」

「前に巨人を呼び出してたサマナーもいた! 不思議ではない! ヒューペリオン!」『Crime And Punishment!(罪と罰)

 

 力を惜しまず、克哉はペルソナの全力攻撃を戦車型シャドウに叩き込む。

 ヒューペリオンの放った無数の光の弾丸が、戦車型シャドウの装甲を穿ち、砲塔を吹き飛ばし、仮面を砕いていく。

 

「今だ!」

「ああ、カエサル!」『カイザー・フィスト!』

「させませんよ、ヒュプノス」『アビス・ナイトメア!』

 

 残骸となって消滅していく戦車型シャドウを飛び越え、明彦がありったけの力をペルソナに込め、雷光を帯びた拳を機械へと叩き込もうとした瞬間、その前に立ちはだかったタカヤとそのペルソナが、漆黒の霧のような物を繰り出してくる。

 

「これ……はっ! ぐはぁっ!」

 

 霧に正面から飛び込む形となった明彦は、直後に複数のステータス異常を引き起こされ、その場で昏倒する。

 

「あなたの戦い方ならよく知ってますからね。こう来ると思ってましたよ」

「真田君!」

「野郎、あんな手隠してやがった!」

「こっちにもあるで。モロス!」『ノティス・ライフ!』

 

 続けてジンの召喚したモロスが、旋回しながら無数の炎の矢を生み出し、それを一斉に放ってきた。

 

「ぐっ…!」「きゃあっ!」「おわぁっ!」「うっ…」「ちょっ…」「ああっ!」

 

 召喚していたシャドウすら巻き込んで周辺全てに降り注ぐ炎の矢に、全員が避ける事も出来ずに直撃し、その場に倒れていく。

 

「ま、ざっとこんなモンやろ」

「案外あっけない物…」

「メディアラハン!」

 

 ストレガが油断した隙に、上空へと舞い上がって攻撃を逃れていたピクシーが皆に回復魔法を掛ける。

 

「なっ! イカサマやないか!」

「ふ、まさかあんな小妖精がこんな力を持ってるとは。どうやら先に片付けた方がいいみたいですね」

「ひっ!」

 

 タカヤがそう言いながらM500をピクシーへと向けるが、横から飛来した銃弾がM500を弾き飛ばした。

 

「残念♪」

「こっちのペルソナ使いを舐めないでもらえる? そう簡単にくたばらないわよ! ヴィーナス!」『ファーミーラバー!』

「ミッシェル様の機動性を甘く見るなよ! ハーデス!」『血のハネムーン!』

 

 M500を狙い撃った舞耶がウインクする両隣で、リサとミッシェルのペルソナが放った不思議な泡と、襲いくる骸骨の花嫁がストレガを狙う。

 

「これ、しき……!」

「くううぅ!」

 

 ストレガの二人も己のペルソナでその攻撃を防ごうとするが、力が拮抗し、やがて弾き飛ばされる。

 

「何が目的かまでは分からないけど、これは破壊させてもらうよ」

「そうですか……だが時間切れです」

「なに!?」

 

 ストレガが倒れてる隙に機械を破壊しようとした淳と達哉の前で、突如として機械が発光を始める。

 光はどんどん強くなっていき、仕舞いには機械その物が光の塊のような状態にまで輝き始める。

 

「これは、跳躍の前兆!?」

「一体何を、うっ!?」

 

 そこでいきなり達哉が崩れ落ち、その場に片膝をつく。

 

「え……なに……これ……」

「なんじゃ……おい……」

「う……これは……記憶が……」

「違う……これは僕じゃなく……彼か……」

 

 それに続くように、リサ、ミッシェル、淳、克哉もその場に崩れ落ちていく。

 

「どうしたのみんな!?」

「克哉が、変だよ!?」

「お前達、一体何をしでかした!」

 

 なぜか全く影響のない舞耶、ピクシー、明彦の眼前で、崩れ落ちた四人の姿が不自然にぶれ、それに違う格好をした彼らの姿がだぶっていく。

 

「ふふ、これは以外ですね」

「話には聞いてたんやけどな。同一存在が同じ世界に並列存在する事は極めて不安定やて」

「だが今まではなんともなかったはずだぞ!」

 

 問い質す明彦に、ストレガが意味深な笑みを浮かべる。

 

「そや、今まではな」

「耐えられないのですよ、同一存在が同時に跳躍する事にね」

「……! まさか、この街ごとどこか別の世界に行こうっての!?」

「ええ~!!」

「そう、さてどんな世界に辿り着くか。そしてそこでどんな困難が待ち受けるか。楽しみではありませんか?」

「させるか! カエサル…」

 

 召喚器のトリガーを引いた明彦だったが、己の中から召喚されるはずのペルソナが、なぜか完全に召喚できずに不規則に明彦とだぶっていく。

 

「な……これは………」

「同一存在と行ったでしょう? ペルソナもまた貴方の一部、今呼ぶのは危険だと思いますよ」

「貴方達、そのデータをどこから? いえ、想像はつくわね」

「あんたらが探してる神取とかいうおっさんがシミュレーションした結果や。つまりこうなった以上、お互いなんもでけへんちゅう事や」

「こっちがあるわよ!」

「私も!」

 

 二丁拳銃の銃口がストレガに向けられ、ピクシーの手の先で魔力が凝縮していく。

 

「いいんですか? 今ここで暴れたら彼らにどんな影響があるか分かりませんよ?」

「う……」

「あわわわ!?」

「もっとも、もう出てるかも知れませんね」

 

 

 

「く……」

「なによ……これ……」

「なんだってんだ………」

「い、一体………」

「しっかりしてください!」

「どうなってやがるんだ!? こいつらのライフデータが踊ってやがるぞ!」

 

 壮絶な死闘の末、かろうじてケルベロスを倒したXX―1部隊だったが、直後に《weis》機と《schwarz》機を除く全機、正確にはその搭乗者が謎の体調不良を起こして完全に操縦不能に陥っていた。

 

「ちょっと待って下さい! それだけじゃなく、レーダー、センサーが全ておかしくなってます!」

「おい、これって前跳んだ時と同じじゃねえのか!?」

「でもあの時は……」

 

《weis》機の俊樹が前の状況を思い出しながら空を見た時、そこに異変が起きている事に気付いた。

 

「空が!」

「雷!? いや何が起きてる!」

 

 この街周辺を覆っていた空間が次々と色合いを変え、各所で奇妙な発光が相次いでいる状況に、《schwarz》機の陽介も愕然としていた。

 

「班長! 藤堂班長! 緊急事態です!」

「聞こえてる!」

 

 俊樹が尚也に連絡を入れようとした所で、全身ボロボロになったエルミンOBペルソナ使い達がシタデル内から慌てて飛び出してくる。

 

「なんじゃあこりゃあああぁぁ!?」

「No! What‘s happen!?」

「おい、何が起きようとしてやがるんだ!」

「分からん……これは一体……」

 

 突然の異変に、ペルソナ使い達も驚愕に包まれる中、麻希がXX―1の異変に気付く。

 

「! ちょっとどうしたの他の人達!?」

「分からねえ! 急に苦しみだして……」

「これは………まるで……」

「存在が、相反してる!? このままじゃ…どっちか、それとも両方が!」

「消える………」

「なっ……」

「本当かそれ!?」

 

 麻希と尚也が導き出した答えに、全員が愕然とする。

 

「でも、どうして急に……」

「前に資料で読んだ事がある。本来は異世界の同一存在は同世界に長時間存在すると、ある種の特異点となって世界に変質を与える可能性がある。だから、ここの達哉君は影響を最小限に抑えるためにこちら側の達哉君に憑依して行動してた事があるそうだけど………」

「本当か藤堂! だとしたら、今起きているのは逆ではないのか!?」

「World change in quality!?」

「一体何がどうなるってんだよ!?」

「それよりも、こっちを先にどうにかしねえと!」

 

 ハッチを強引に開けたレイジが、そこに搭乗していた向こう側の姿と、こちら側のペルソナ使いの姿とが交互にダブって見えている状態に表情を引きつらせる。

 

「手は……ある」

「しゃべるな達哉!」

「ど、どうすれば……」

「前と……逆だが……同じ手で……」

 

 陽介と俊樹が、どちら側か分からない状態にまでなっている達也の言わんとする事に気付く。

 

「ペルソナの要領で、この体に憑依するんですか!?」

「他に……方法は………ない……」

「やってみる……情人……」

「ミッシェル様が……一人で二倍だ………」

「けど達哉……この状態では……」

 

 存在が更に不安定になってきているのか、姿もぼやけているように見えてきた四人を前にして、麻希は意を決して懐から一つのコンパクトを取り出す。

 

「園村、それは!」

「No、あの二人を呼び出すのはDangerですわ!」

「けど、この人達を助けるにはこれしかないの! ノモラカタノママー!」

 

 尚也とエリーの静止を振り切り、風変わりな呪文を麻希は唱える。

 すると、コンパクトが光の粒子となって砕け散り、麻希の中からあるペルソナを呼び出した。

 

「お姉ちゃん呼んだ?」

「何か用?」

 

 白黒、対照的な色のワンピースをまとった、幼い少女が二人、麻希の中から姿を現す。

 麻希の良心の具現化である《まい》と悪心の具現化である《あき》がそれぞれ語りかけてくる。

 

「この人達を助けたいの! 憑依を助けてやって! あなた達なら出来るでしょ?」

「うん分かった」

「……分かった」

 

 まいが快く、あきが不機嫌に麻希の頼みに応じると、二人が同時に手にしていたクマのぬいぐるみを上へと投げる。

 二つのぬいぐるみがぶつかるかと思った時に、それぞれが背中合わせになるような位置で虚空に浮かび、そのままゆっくりと回り始める。

 

『ノモラカタノママー!』

 

 そして二人同時に呪文を唱えると、ぬいぐるみから光が溢れ、二つの姿が交互にだぶっていた四人の姿が徐々に安定化していく。

 

「すげえじゃん……」

「だが大丈夫なのか? あの二人はペルソナに近いが、園村の精神の分裂体その物のはずだ」

「分からない……けどこのままだと周防君達消えちゃうかもしれないから、こうするしか……」

 

 通常のペルソナよりも遥かに力を使うのか、目に見えて疲弊していく麻希を皆が心配する中、ふとレイジがある事に気付いた。

 

「おい、こいつらがこうなっているって事は、もう一人いるんじゃないのか!?」

『! 周防署長!』

「……多分、そちらはNo Problemですわ。あの人がいる事ですし」

「……だといいけどね」

 

 それが誰の事か分かった尚也が、その事を憂慮しつつ、今だ異常が進行していく状況とこれから何をすべきかを考えていた。

 

 

 

「く……う………」

「署長!」

「しっかりしてください!」

「静かにしてな」

 

 多数の警官に囲まれる中、自ら陣頭指揮に出ていたはずが、いきなり苦しみ始めた挙句に姿がぶれていく異常事態の周防署長を警官達が心配そうに見つめる。

 それを一瞥で黙らせた轟所長が、二つの姿が重なる周防 克哉の肩に手を乗せる。

 

「乗っ取るなら力任せでいいが、そうもいかんだろう。余計な事を考えるな。ゆっくりと意識を同調させていけ。まあダメならこの体はオレがもらうが」

「ふっ……そういう……訳にもいかないだろう………」

「そうだな。どうやらもっと厄介な事になりそうだ」

「総員に、通達……特一級非常事態………全区域の警戒に当たれ……」

『了解!』

「だから考えるな」

「そうもいかん……これが仕事だ……」

 

 克哉の指示を受けて即座に動き出す警官達を横目で見つつ、轟所長は胡乱な視線でまだ安定化しない克哉に力を送り続けた。

 

 

 

「始まったか」

「何をしでかしたの!?」

 

 外から響いてくる異常な音に、エンジェルに剣を突きつけたままのたまきが問い質す。

 

「実験だ、ちょっとしたな」

「なるほど、それの邪魔をさせないために戦力を分散させるような状況を作り出したか」

「でも、一体何をする気!?」

 

 冷静に状況を判断するゲイルに、アルジラもエンジェルに問い質した。

 

「構わねえ、こいつを食うだけだ!」

「いいのか? 今変身したら今度こそ完全に暴走するかもしれんぞ」

 

 アートマをかざして変身しようとするヒートに、エンジェルが釘を刺すがヒートは躊躇なく変身していく。

 

「そろそろ、こちらも引き上げるとするか」

「逃がさないわよ! みんな!」

『おー!』

 

 たまきの声と同時に、たまきを含めて仲魔達が一斉にエンジェルへと襲い掛かる。

 そこでエンジェルは手を合わせると、その周囲に不可思議な色で包まれた多面体を生み出す。

 

「いけない!」

「伏せろ!」

「くそ!」

「!?」

『三界輪廻!』

 

 喰奴達の言葉に、攻撃をしかけようとしていたたまきと仲魔達も一斉に伏せる。

 そこでエンジェルが生み出した多面体、魔力の結集体プルパがエンジェルを頂点とした三角形を描き出し、同時に光の三角形が虚空に幾つも浮かび上がったかと思うとすさまじいまでの魔力の爆発が周囲を覆い尽くしていく。

 

「こんな所で!」

 

 すさまじい威力の特殊リンケージに、耐え切れなかった仲魔数体がGUMPへと戻っていくのを感じながら、たまきはなんとか地に伏せて止むのを待った。

 やがて魔力の爆発が収まり、皆が顔を上げると四方の壁はきれいに吹き飛び、エンジェルの姿はどこにも見えなくなっていた。

 

「逃げたか……」

「ちょっと待って! 何この空!?」

「え……」

 

 その時になって、ようやく外の様子を知った全員が驚愕する。

 

「何が起きようとしてやがる………」

「無事か」

「一体何が…」

 

 そこへ、ライドウにゴウト、アレフにヒロコが室内だった場所へと入り込み、彼らもまた外の状況を知った。

 

「いかん! これは跳躍の前兆だ!」

「つまり、この街ごと……」

「どこかに飛ばすつもりだ!」

 

 ゴウトの指摘に、全てを理解したゲイルの冷静な顔に、さすがに焦りが浮かぶ。

 

「間に合うか……」

 

 ライドウがその場に結跏趺坐(けっかふざ)し、生霊送りの秘術を行おうとした時、眩い閃光がシバルバー全てを貫いた。

 

「ダメだ、跳ぶぞ!」

 

 あまりの眩しさに、その光の下にいる全ての者が目を閉じる中、ゴウトの声だけが全てを告げていた。

 そして閃光が消え、皆がゆっくりと目を開いていく。

 

「………あれ?」

 

 誰が漏らしたのか、思わず素っ頓狂な声が響いた。

 そこには、先程まで死闘を繰り広げていたはずのシタデルもコピー喰奴やシャドウの姿もどこにも無く、元通りの公園の中にシタデルと更に地下に突入した全てのメンバーがそろっていた。

 

「全員無事か?」

「無事、と言うべきか……」

「な、なんか変な感じ……」

「おお、なるほど。そっちだとそうだったのか……」

「あ、なんとか大丈夫です。足りなく見えますが」

 

 尚也が声を掛ける中、憑依が成功したらしい達哉、リサ、ミッシェル、淳が苦笑している。

 

「せ、成功したみたい……」

「園村!」

「いかん、誰か回復を!」

「だ、大丈夫。ちょっと疲れただけ……」

 

 麻希が崩れ落ちそうになるのを尚也がとっさに支え、南条の声に皆が手持ちの回復アイテムを探る。

 

「! 克哉さんがいないわよ!?」

「大丈夫……多分向こうだ。僅かだけど兄さんのペルソナ反応がある」

「そりゃ、所長がいたしね。ここだけの話、実は周防署長の体狙ってたっぽいし」

 

 舞耶が慌てるのを達哉が諌める中、たまきが苦笑しながらGUMPを操作、探査用ソフトを起動させていく。

 

「これは一体……」

「跳躍の余波でコピー体が消失したのだろう。他にも何か影響が出ているかもしれん」

「ま、全員無事ならいいという事にしておきましょ」

 

 アレフが不思議そうに周囲を見回し、一人納得しているゲイルと面子が欠けてない事を確認したヒロコが胸を撫で下ろす。

 

「でも、どこに飛ばされたんだろうか?」

「ポジティブシンキング♪ どこでも何とかなるわ」

「う~ん………あれ?」

 

 不安げな明彦と楽観的な舞耶にピクシーが首を傾げた所で、ふとピクシーの視線が上を向く。

 

「み、みんな上見て上!」

「上?」

「何か……」

 

 ピクシーの慌てぶりに、全員が視線を真上へと向け、そして同時にそれに気付いた。

 

「え……」

「何だあれは!?」

「ここは、どこなんだ!!」

 

 叫んだのは誰だったのか、そんな事はどうでもいいくらい、それは異常な光景だった………

 

 

 激しい戦いを経てなお、糸の先に更なる苦難が待ち受ける。

 その先にある物は、果たして………

 



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PART19 THREAD BURN(前編)

 

 乾いた大地に、無数の足音が響く。

 その元を辿れば、無数の悪魔の軍勢がまっすぐに一つの場所へと向かっているのが見て取れた。

《力のみが絶対》という《ヨスガ》のコトワリを掲げた悪魔達が、守護を呼ぶためのマガツヒを求め、マネカタ達の町アサクサへと向かっていた。

 

「さて、泥人形がどれ程持つかしらね」

「そう言う割には、随分な軍勢のようだな」

 

 軍勢の中央、オニ達が担ぐ輿に乗った異形の右腕を持ったヨスガのリーダー、千晶がほくそ笑む中、その隣にいるロープ姿の謎の人物が呟く。

 

「コトワリすら持たぬ連中に、ヨスガを知らしめるいい機会だわ。全員容赦せず、力こそ、優れた者こそが絶対という事をこの街全てに思い知らせなさい!」

 

 千晶の号令に、ヨスガの悪魔達が咆哮を上げ、地鳴りのように周辺へと響いていく。

 

「千晶様! アサクサが見えました!」

「それでは、手はず通りに」

「分かったわ。総員、攻撃準備!」

 

 ローブの人物の言葉に頷くと、千晶の号令に従ってヨスガの悪魔達が一斉に攻撃態勢に入っていった。

 

 

 

「すげえ数だね、オイ」

「ちょ、地平線全部悪魔!?」

「順平、ここ地平線なんてないよ………まあ確かにすごい数だけど……」

 

 アサクサの雷門前第一次防衛線に配備された八雲、順平、啓人が急遽掘られた塹壕の中から、今にも押し寄せんとしているヨスガの軍勢を前に、各々の感想を漏らす。

 

「さて、どこまで粘れるか……まあ掴まっても人間なら殺されないらしいから安心しろ」

「でも、拷問されまくりって聞いたよな?」

「しかも死なないように慎重にって……」

「逃げるなら今の内だぞ、まあ今更そんな余裕もないけどな。B班、準備は?」

『……完了』

『いつでもいいぜ』

『やるだけやるぜ!』

 

 サーフ、ダンテ、修二の返答を聞いている最中、まるで地鳴りのような音が響き始める。

 

「こちら八雲、始まった! 作戦を開始する!」

『任せたぞ、無理はしないでくれ』

 

 参謀役となったロアルドの声すらかき消される地響きが、凄まじい勢いでこちらへと迫ってくる。

 

「こちらも始めるか」

「だ、大丈夫かな?」

「さあ………」

 

 

 

 アサクサの入り口、雷門へと向かって一心不乱にヨスガの悪魔達が向かっていく。

 

「一番乗りはオレだ!」

「じゃあアタシは一番最初に殺ってやる!」

 

 これから行う殺戮の予感に胸躍らせた悪魔達だったが、突然先頭を走っていた悪魔達の姿が消える。

 

「なんだあ?」

「こっちもだ!」

「おい、これは!」

 

 悪魔達の勢いが少し緩み、姿が消えた仲間を探すと、それはものすごく単純な事だった。

 

「ちっ………」

「なんだいこいつは!」

 

 進軍ルート上に無数に掘られていた落とし穴に落ちた悪魔達が、その中に立ててあった先を尖らせた鉄パイプに突き刺さり、身動きが取れなくなっている。

 

「落とし穴か、しょせん泥人形の考える事はこの程度ね」

「構わねえ、突き進め!」

 

 千晶がつまらなそうに呟く中、悪魔達は再度進軍を開始する。

 だがそれが事実誤認のためのトラップだという事に気付いた者はいなかった。

 闘争と殺戮の本能を剥き出しに進む悪魔達の先陣がある程度進んだ時、足元から小さな音が響く。

 それに気付きもしなかった悪魔達だったが、次の瞬間起きた爆発に巻き込まれて次々と吹き飛んでいく。

 

「なんだ今度は!」

「構わ…」

 

 突然の事に僅かに足を緩めた者もいたが、ほとんどは構わず進もうとする。

 だが次々と各所で爆発が起こり、さすがに進軍その物が遅滞を始めた。

 

「千晶様! これは一体……」

「まさか、地雷!? 馬鹿な、マネカタにそんな芸当が………」

 

 予想外のトラップに進軍が止まりかけた時だった。

 

 

「OK、狙い通り」

 

 それを確認した八雲が、手の中のスイッチを押し込む。

 すると、地雷で停滞したヨスガの先陣をまとめて巻き込むように、セットされていた爆薬が次々と連鎖爆破していった。

 

「うっひゃああ~!」

「これはすごいね………」

「手持ちの花火のほとんどを突っ込んだからな」

 

 こちらにまで吹き上げてくる爆風に、三人が塹壕で丸くなってそれが収まるのを待つ。

 ある程度収まった所で、八雲は塹壕から乗り出して双眼鏡で状況を確認。

 吹き上げられた土煙が晴れていくと、そこには爆破に巻き込まれて大ダメージを追った先陣の姿があった。

 

「やったぜおい!」

「一応な、出鼻はくじけた」

「出鼻ですか………」

 

 順平が思わず喝采を上げそうになるが、啓人はダメージを追いながらも立ち上がった悪魔が、凄まじい憤怒の表情をしているの気付いて顔を青くする。

 

 

「ち、千晶様! 先陣が!」

「うろたえないで! こちらにはまだまだ大勢いる! 弱い者が減っただけよ!」

 

 怒号を撒き散らしながらも、千晶は内心混乱していた。

 

「地雷で足を止めて爆破……これはどうみても泥人形の考えられる事じゃない…………でも誰が?」

「何者かが、手助けしているようだな。しかも相当こういう事に慣れた者が」

 

 ロープの人物の言葉に、千晶がそちらを睨む。

 

「何者がいようと構わない! 押し潰せ!」

『オオォォ!!』

 

 

 再度進軍を再開したヨスガの軍勢に、八雲は小さく舌打ちする。

 

「闘争本能剥き出しの連中じゃ、アレくらいじゃダメか………」

「全然減ったように見えねえ……」

「くっ………」

 

 啓人が召喚器に手を伸ばしかけたのを、八雲が止める。

 

「まだ早い、まあ直にだがな」

「でも……」

「作戦を思い出せ。無駄に力を消費したらあっという間に押し潰されるぞ」

「わ、分かりました」

 

 生唾を飲み込みつつ、啓人は押し寄せてくる悪魔達を見る。

 

「総員、射撃準備」

 

 八雲の指示で、塹壕のあちこちで初弾をチェンバーに送る音や安全装置を外す音が響く。

 

「3、2、1、撃てぇ!」

 

 八雲の号令と同時に、塹壕の上で擬装用の布が取り払われ、設置されていた重火器が一斉に火を噴いた。

 ブローニングM2、M249ミニミ、M134ミニガンと行った機関銃群が退魔用弾丸を無数に撒き散らし、押し寄せるヨスガの悪魔達を穿ち、貫いていく。

 

「ガアアアアァァ!」

「ぎゃあ!」

「この……」

「ひぃ……」

「弾幕を途切れさせるな! 撃ちまくれ!」

 

 M249ミニミのトリガーを引きながら、教えられたばかりのあぶなっかしい手順で重火器を扱うマネカタ達に八雲は指示を出す。

 

「減らせるだけ減らせ! どうせ全部倒せる程弾はねえ!」

「こっち弾出なくなりました!」

「弾切れだ! 給弾しろ!」

「銃身が! 銃身が焼けそうです!」

「残弾使ったら放棄しろ!」

 

 撃っても撃っても押し寄せてくるヨスガの軍勢に、八雲は指示を出しながらも状況を冷静に観察し続ける。

 

「八雲さん、上!」

「ちっ! 突破させるな!」

「はい! タナトス!」『メギドラ!』

「トリスメギストス!」『アギダイン!』

 

 上空から天使系を中心とした飛行部隊が進入を試みるのを、啓人と順平のペルソナ攻撃で迎撃する。

 

「うわあ、こっちもいっぱい来た!」

「八雲さん!」

「こちらA班八雲! C班準備は!」

『大丈夫だ! 迎撃する!』

 

 

 

「マネカタ達に肩入れする者達がいるとは……」

「こざかしい!」

 

 聖典と天秤を掲げた第四位主天使に数えられる天使 ドミニオンと、槍と盾で武装した第六位能天使に数えられる天使 パワーが、上空から悠々と雷門を越えようとした時だった。

 

「がっ!」

 

 飛来した矢が、ドミニオンの胸を貫く。

 

「これは…」

 

 パワーの動きが僅かに止まった瞬間を狙って、今度は超高速弾の狙撃がパワーの胴体に大穴を穿ち、二体は続けて地表へと落ちていく。

 

「気をつけよ! 対空攻撃がある!」

「その程度、こちらの力の前には!」

 

 構わず襲い掛かろうとする天使達を中心とした飛行系悪魔に向けて、矢と高速弾、更には機銃掃射までもが立て続けに放たれる。

 

「ならば、『テトラカーン!』」

 

 ドミニオン数体が前へと出ると、物理反射魔法で障壁を形成していく。

 障壁が矢と銃弾が弾くのを見てほくそ笑んだ他の悪魔達が一斉にアサクサへと降下しようとするが、そこに立て続けの魔法攻撃が炸裂していく。

 

「イシス!」『マハガルーラ!』

『マハジオンガ!』

『ムドラ!』

 

 疾風、電撃、呪殺の三種の攻撃魔法が降下していた悪魔達をまとめてなぎ払っていく様を、残った悪魔達が驚愕の表情で見つめた。

 

「一体何がいる!?」

 

 

「ふう~、イニシアチブは取れた?」

「まだまだ、これからよ」

 

 召喚器から手を下ろしたゆかりに、レールガンのマガジンを交換している咲がたしなめる。

 

「撃っても撃っても的がいるって楽しい~♪」

 

 物理反射障壁が途切れるのを待ちながら、嬉々としてM134ミニガンを構えるネミッサに、他の二人が胡乱な視線を向ける。

 

「あまり無駄弾を使うな。敵がどれくらいいるか考えたくも無いような状態だ」

 

 アサクサ通りの中央に臨時で作られた対空攻撃櫓にそれぞれ構える三人に、対空指揮を任せられた小次郎が冷静に指示を出す。

 

「一応ありったけの矢持ってきたけど、敵多過ぎ………」

「門が破られる前に侵入を許す訳にもいかないからね」

「だが、エネミーソナーが効かない程の大群だ。一体どれだけ持つか……」

「片っ端からぶっ殺せばいいじゃん! 数でダメでも、腕利きいっぱいいるんだし」

「………」

 

 やる事なす事、やけに子供じみてるのか物騒なのか分からないネミッサの言う事は無視し、小次郎がドラゴンATM(対戦車ミサイル)を構える。

 

「こちらの目的はこの街の防衛だ。どれだけ相手に損害を与えても、こちらの損害が大きければ意味は無い」

「つまんない事言うね。ランチみたい」

「来た! 第二波!」

「さっきより多いわ!」

「やはりか、総員構え!」

 

 むかってくる翼持つ悪魔達に、狙いが定められる。

 

「撃てぇ!」

 

 一斉に銃弾と矢、対戦車ミサイルが放たれ、向かってくる敵影が落ちていくが、それに構わず相手は攻めてくる。

 

「このっ! このっ!」

「狙いつけなくても当たる当たる!」

「当たり過ぎね!」

「だが、このままでは……」

「オレ達の出番だな、行くぜブラザー!」

 

 門を飛び越えようとする敵に向かって、シエロを先頭にデビルサマナー達の仲魔から飛行系悪魔を抽出して構成された飛行部隊D班が飛び立っていく。

 

「もう少し後で出すはずが………」

「気にするなブラザー、じゃあ行ってくるぜ!」

 

 その姿を青い翼を持ったインド神話の天空神 ディアウスへと変じたシエロの後に、オベロン、人の体と鷲の翼と頭部を持つヒンドゥ神話でヴィシュヌ神の乗り物とされる霊鳥 ガルーダ、四つの足と四枚の翼、そして四つの頭を持った第二位智天使に数えられる天使 ケルプ、インド神話で美しい翼を持つ者の意である魔獣 スパルナ、孫悟空の名で知られる中国神話有数の暴れ者である破壊神 セイテンタイセイが続く。

 

「じゃあ一斉攻撃行くぜ!」

「あまり仕切らんでくれ」

「小次郎様からの命で付き従っているだけです」

「人修羅からは好きなように暴れていいって言われてるぜ」

「……ノリ悪いな~ブラザー」

 

 オベロン、ケルプ、セイテンタイセイからの突っ込みに少し肩を落としつつ、シエロは敵へとまっすぐ向かっていく。

 

『マハジオンガ!』

『マハ・ラギオン!』

「オオオォォォ!」

 

 シエロとオベロンの放った電撃魔法と火炎魔法が炸裂し、そこへセイテンタイセイが突っ込むと手にした棒を縦横無尽に振り回す。

 

「コオオォォ!」

「こちらも行くぜ!」

「無論!」

 

 更にスパルナが能力低下の霧を吐き散らし、そこへガルーダとケルプが突撃を開始する。

 

「出すぎんじゃねえぜブラザー!」

『そういうアンタが一番前に出てる!』

「うお、やべぇ!」

 

 総員からの突っ込みに、集中攻撃を食らいそうになったシエロが慌ててロールしながら後方へと切り変えして攻撃をかわす。

 

「改めて、行くぜ!」

『オォ!』

 

 今度は一緒に声を上げながら、全員が壮絶な空中戦を開始した。

 

 

 

同時刻 ミフナシロ入り口

 

「敵、更に増えます! 総数は500、いえ1000!? お、多過ぎて分かりません!」

「おいおい、マジかよ………」

「概算でいい、それよりも侵攻状況だ」

 

 急遽作られた作戦本部で、風花の知らせる戦況が間に合わせで作られた投射型3Dディスプレイに表示されていく。

 

「正門前はまだ大丈夫だな」

「だが、空がまずい。対空戦闘力をそれ程揃えられなかったからな………」

 

 一応だが指揮を取るキョウジとロアルドが、刻一刻と変化していく状況を冷静に分析し、対策を思案する。

 

「……待て、新手が来そうだ」

「どこからだ!」

 

 フトミミの予言に、ロアルドが顔色を変える。

 

「これは北西か? だがあそこは……」

「すげえ崖だったよな。まあ悪魔相手に常識なんて通じる訳ねえが」

「E班に警戒態勢! 敵襲間近!」

『OK、任せときな』

「! 来ました!」

 

 ロアルドの指示がまだ消えきらぬ内に、3Dディスプレイにアサクサの背後から近付く敵影が表示され始める。

 

「数は……それ程多くありません!」

「背後からの奇襲だ、それ程人員を割いていないのだろう」

「こっちは手足りないってのにな」

「待ってください! これは、他にも!?」

「今度はどこだ!」

 

 次々と現れる新手に、ロアルドとキョウジは自分の経験と知識をなんとか総動員させ、対処を考え出していった。

 

 

 

「へへ、向こうは派手にやってやがるな」

「まさか、こんな所から攻めるとは思ってないでしょう」

「早く下ろしな! 暴れたくてしょうがないよ!」

「暴れるな!」

 

 天使達にぶら下げられる形で、オニやヤクシニー達を中心とした急襲部隊がアサクサの背後の崖へと迫る。

 

「おっしゃあ、行く…」

「アステリア!」『ツィンクルネビュラ!』

「プロメテウス!」『ワイズマンスナップ!』

「スサノオ!」『地の烈風!』

 

 降下しようとした悪魔達に、とつぜん凄まじい旋風と高速で迫り来る漆黒の弾丸、そして崖を引き裂きながらの烈風が襲い掛かる。

 

「な…」

「ぎゃあぁぁ!」

 

 まさかの迎撃に、一番最初に降下しようとしたオニとヤクシニーが絶叫と共に薙ぎ払われ、撃ち抜かれ、吹き飛ばされていく。

 

「何者!?」

「何者って言われてもね」

「まああんた等の敵だな」

「正義の味方?」

 

 ギリシア神話の星座を意味する女神アステリアのペルソナを呼び出したうららに、ゼウスに逆らい人々に火を与えたとされる虚神 プロメテウスのペルソナを呼び出したパオフゥが苦笑する。

 イザナギの鼻から生まれたとされる日本神話の有数の軍神スサノオのペルソナを呼び出したマークが首を傾げて言った言葉が、向こうの逆鱗に触れた。

 

「潰せぇ!」

「殺すなよ、マガツヒを搾り取れるだけ搾ってやる!」

 

 激怒して向かってくる悪魔達が目前にまで迫った所で、パオフゥが片手を持ち上げ、指を軽快に鳴らした。

 すると、彼らのそばに隠れていたマネカタ達が擬装用の布を弾き飛ばし、何か筒のような物を構え、そして一斉に発射してくる。

 

「!?」

「構うな!」

 

 それが何かも確かめず、突っ込んでいったアークエンジェルだったが、突然その体が絡め取られる。

 

「な!」

「網!?」

「それだけじゃない!」

 

 次々と発射された物に正面から突っ込んでいった悪魔達が、その体や翼を投網や瞬間固着型のエポキシグレネード、更にはよく分からないトリモチのような物に絡め取られ、次々と落ちていく。

 そこに待ち構えていた三人のペルソナ使いが容赦なくトドメを刺していった。

 

「な、なぜここから来る事が分かった!」

「簡単な事だぜ、一番ガードが固い所は一番警戒が薄い。だからそこを攻める、奇襲のセオリーって奴だ」

 

 翼を絡め取られ、羽ばたく事すら出来なくなったドミニオンに、意地の悪い笑みを浮かべたパオフゥが説明してやると、その頭部に指弾を叩き込んで絶命させる。

 

「来てよかったわね~。実は来ないんじゃないかとマジで心配してた」

「オレも……」

「お前ら、大河ドラマも見ねえのか……」

 

 パオフゥが皮肉を言いつつ、タバコを取り出して咥えた所で、ふとその頭上に影が指す。

 

「やっぱそう簡単には行かなえか……」

 

 片手でタバコに火をつけつつ、パオフゥがそちらを見もせずに指弾を影の指してくる方向に撃ち出す。

 

「ぐあっ!」

 

 油断した隙に襲い掛かろうとしていたアークエンジェルが指弾の直撃を食らって落下してくるのをパオフゥは避けつつ、上を見るとそこには新たな敵影が現れつつあった。

 

「まだいるの!?」

「さっきのは斥候って訳かい」

「ネットもう無えよ!」

「まだ残ってる連中も、使い切ったら下がれ! あとはオレ達だけでどうにかする」

「わああぁぁ!」

 

 マネカタ達が逃げだす中、三人のペルソナ使いは各々のアルカナカードをかざす。

 

「気張れよ」

「分かってるわよ!」

「こんなのアメリカじゃ日常茶飯事だぜ!」

 

 襲い掛かる悪魔達を、三人のペルソナが迎え撃った。

 

 

 

「まったく、とんだ貧乏クジだぜ……」

「違いねえ……」

 

 アサクサの無数にある地下通路の一つ、ユシマ駅側からの大回りの地下通路からの奇襲を命じられた悪魔達は、口々にグチっていた。

 

「なんだってこんな狭い所から……」

「それ以前に、オレらが着く頃にはマネカタ全員死んでんじゃねえのか?」

「全くだ。いちいちこんな回りくどい事……」

 

 先頭を行く人の上半身に蛇の下半身を持ったインド神話の蛇神、竜王 ナーガが手にした槍を億劫そうに構えなおした時、ふと通路の向こう側に人影がいるのに気付いた。

 

「前言撤回だな」

「くくく、マネカタ共こんな所にも逃げてきてるぜ………」

「早い者勝ちだ!」

「待て、オレが先だ!」

 

 先頭のナーガ二体が、先程とは打って変わった猛烈な勢いで通路を進み始めると、後続の悪魔達も我先にと通路を駆け出す。

 

「もらったぁ!」

「カーラ・ネミ!」『ハマオン!』

『マハ・ブフーラ!』

「!?」

 

 獲物と見て襲い掛かった小柄な人影が、いきなり破魔魔法と氷結魔法を放った事にナーガ達が驚愕しながら、返り討ちにされていく。

 

「な、なんだ!」

「こいつらマネカタじゃないぞ!」

「ワン!」

 

 後続の悪魔達の足が止まった所に、小さな影が飛び込み、咥えていた短刀で次々と首筋や足を斬り裂き、更にそこへ小さな人影も悪魔の中へと飛び込んできてそれぞれ手にした槍と方天戟を突き出す。

 

「がはっ!」

「強いよこいつら!」

「ドケ!」

 

 狭い通路を縦横無尽に走り回る小さな影と、狭い通路で振るわれる長柄武器に、避けきれずに串刺しにされていく悪魔達を跳ね除けるようにしてギリシア神話の蛇の尾を持つ双頭の魔犬、魔獣 オルトロスが前へと出ると、その口の中に紅蓮の炎を灯す。

 

「伏せろ! アルテミシア!」『マハブフダイン!』

 

 だがそこで、魔法攻撃力上昇の掛けられた強烈な氷結魔法が繰り出され、とっさに避けた一匹と二人の頭上を飛び越え、紅蓮の炎を吐き出そうとしたオルトロスごと悪魔達を氷結させていく。

 

「ふう……」

「ワンワン!」

「うわ、ちょっと服凍りました………」

「大丈夫?」

 

 一息ついた美鶴の前にコロマルが駆け寄り、乾のジャンパーについた氷をカチーヤがほろう。

 

「あ、すまなかった」

「いや、これくらいなら大丈夫です」

「それにしても、本当にこんな所まで来るなんて………」

「やはり封鎖しておくべきでは?」

「僕もそう思います」

「そうですね……マネカタの人達には悪いですけど……」

「! 待て、まだ来る!」

 

 美鶴が風花には劣るが、己のペルソナのサーチ能力で周辺をサーチした所に新たな反応がある事に気付く。

 

「遅滞戦闘を行いつつ、折を見て私と美鶴さんのペルソナで氷結、そして天井を破壊して完全封鎖、という事で」

「キャオーン!」

「分かりました!」

 

 通路の向こう側から迫ってくる敵影に、三人と一匹はそれぞれの得物を構えた。

 

 

 

「おりゃっ!」

「タナトス!」『五月雨斬り!』

「ケルベロスは右、カーリーは左につけ!」

「ガアアァ!」

「シャアッ!」

 

 雷門前で、トラップと銃撃を突破しつつ迫る敵に、順平と啓人、八雲とその仲魔達が壮絶な死闘を繰り広げていた。

 

「弾はまだあるか!」

「も、もう少しですが!」

「切れるまで撃ちまくれ!」

 

 八雲がマネカタに指示を出しつつ、アサルトライフルとグレネードランチャーが一体化したFN F2000OICWを連射しまくる。

 

『こちらC班! 上空からの敵が多過ぎる!』

「持たせろ! そっちが先に突破されたら作戦が台無しだ!」

 

 小次郎からの通信に、八雲はちらりと上を見てそちらにありったけの銃撃を放ちながらも怒鳴る。

 

『八雲そんな事言っても……ウギャア!』

「ネミッサ! 大丈夫か!」

『大丈夫だ! だが三番櫓がやられた!』

「仕方ねえ! 本部、プランをBダッシュに変更要請! こっちよりもC班がヤバイ!」

『ダメだ! こちらの準備がまだ不十分だ。それまで門はなんとしても死守するんだ』

「だがこちらは持ちそうに無い! 弾丸も残り少ない、どこかから人員を割いてくれ!」

『そ、それがE班、F班も交戦中です!』

「ちっ! 力任せじゃなかったのか!?」

 

 ロアルドと風花からの通信に、八雲が思わず歯噛みした時、GUMPからBEEP音が響く。

 

「オベロンがやられたのか!? D班はあとどれだけ残ってる!?」

『今ケルプもやられた! シエロは頑張ってるが、そっちももう限界だ!』

「ちぃ、ペルソナで空飛べたらオレらも……!」

「擬似飛行ならともかく、空中戦までやるには熟練が必要だ! こちらで減らせるだけ減らすんだ!」

「でも、オレ達のペルソナじゃ届かない!」

 

 必死に戦いながらも、空を覆う翼で上空を舞う敵を啓人は睨み付ける。

 

『お待たせしました、皆さん』

「アイギス!?」

『私達もいます』

『お待たせ! アイギスの改造、終了したよ!』

「……改造?」

 

 通信から響いてきたアイギス、メアリ、アリサの声に啓人は驚くが、順平は不穏な言葉が混じっているのに気付く。

 

『状況は理解しています。アイギスはこれより、上空援護に向かいます』

「援護って、どうやって………」

『エーテルスクランダー、起動確認』

『マグネタイトブースター、ライン接続! エーテルストライカー、起動!』

『アイギスMC、モード《ストライクウィッチ》、発進します!』

 

 

 アサクサのターミナルの設置部屋の扉が開くと、中から甲高い機械の駆動音が鳴り響き、マグネタイトの消費される輝きが路地を照らし出す。

 そしてそこから何かが飛び出してくると、素早く回頭し、しばらく路地を滑走すると一気に空中へと飛び上がった。

 

「……え?」

「なあ、あれ……」

「あ、アイギスが飛んでる~!?」

 

 その飛び出したそれが、紛れも無くアイギスだという事に気付いた啓人、順平、ゆかりが思わず素っ頓狂な声を上げて驚く。

 額に異様にごついヘッドセットはともかく、なぜか黒のフレンチメイド服姿に背中に推進用のスクランダーユニット、両足に制御用のストライカーユニットを装備したアイギスが、翼の両端に雲を引きつつ、凄まじい加速であっという間にアサクサを襲っていた飛行悪魔達の上空を取って静止する。

 

「敵多数確認、エネルギーラインを飛行ユニットから攻撃ユニットに移行」

 

 アイギスがエネルギーの流れを変えつつ、右手を敵へと向ける。

 すると右手が展開し、レンズのような物が現れていく。

 

「オルゴンブラスター、掃射!」

 

 次の瞬間、アイギスの右手から凄まじい閃光が放たれ、直撃を食らった者達が瞬時に蒸発していく。

 

「な、何だあいつは!」

「逃げ…」

 

 いきなりの事に悪魔達が逃げ惑う中、閃光は横に流れ、押し寄せていた悪魔達の群れに割いていく。

 

「す、すごい………」

「アイギスにあんな武器あったっけ?」

「ヴィクトルのおっさん、何しやがったんだ………」

 

 凄まじい威力に敵も味方も呆然となる中、閃光が途切れ、アイギスの右手から白煙が上がる。

 

「レンズ融解、ガトリングアームにコンパーチプル」

 

 アイギスは壊れた右手を外すと、その場でロールを描き、メイド服のスカートから出てきた新しい腕へと付け替える。

 

「余剰エネルギーロスト、タンクパージ」

 

 更にスクランダーユニットに付いていたタンクを取り外すと、反転して慌てふためいている悪魔達へと向かって両手のマシンガンを連射する。

 

「ば、化け物だ!」

「怯むな! ヨスガがこれくらいで!」

「逃がさない!」

 

 高速で逃げ惑う悪魔を追いつつ、アイギスがマシンガンを連射しつつ縦横無尽に飛びまくる。

 

「やるじゃねえか! こっちも負けてられねえぜ!」

「今の内だ! 体勢を立て直せ!」

「御助勢いたします」

「手伝うよ!」

 

 シエロと小次郎が慌てて指示を出す中、普段通りのメイド服の上にブレストアーマー姿で大鎌を持ったメアリと、メイド服の上からタクティカルジャケット姿に両腕にガントレット状のアームガンを装備したアリサが加わる。

 

「なんとかなりそうだ! プランはそのまま!」

『そっちは任せた!』

 

 

 上空戦力がアイギスを中心として建て直されるの見た八雲は、相手が怯んだ隙を逃さずグレネード弾を次々と叩き込んでいく。

 

「なあ、なんでアイギス飛んでんだよ?」

「何かよっぽど腹に据えかねて飛行に走ったんだろ」

「いや、それ絶対違う……」

『いいえ、私の希望です』

 

 まだどこか信じられない顔の順平と啓人だったが、そこにアイギスからの通信が響く。

 

『私は私の大事な人達を護るため、ヴィクトル博士に新たな力を望みました。この翼はその証、これからはアイギスMCと呼んでください』

「ちなみにMCって何の略?」

『メイドカスt…』

「アイギスのままでいいよね?」

『啓人さんがそう言うのなら』

 

 何か危険な略称を強引に止めさせた啓人が、敵が体勢を立て直して迫ってくるのに気付くと、召喚器を抜いてこめかみに当てる。

 

「こっちも負けてられない!」

「そうしたい所だがな……」

 

 マガジンを交換した八雲が、援護射撃を行っていたはずのマネカタ達の動きが止まっている事を確認する。

 

「た、弾切れです………」

「へっ!?」

「まあ、予想通りだな。お前達は退け、何か余程の事が無い限り、予定にしたがって動け」

「はいぃ!」

 

 マネカタ達が慌てて逃げ出す中、八雲はエネミーソナーと並列して敵勢の動きを冷静に解析していく。

 

「こちらA班、フェイズ2に移行」

『了解した。もうしばらく時間を稼いでくれ』

「死なない限りにな。おっと、これ高いから持ってってくれ」

 

 八雲は皮肉を言いつつ、GUMPのプログラムを探査用から戦闘用に幾つか切り替え、弾が尽きたFN F2000を撤退するマネカタに渡し、腰から刀身を雷を帯びた霊鳥 サンダーバードの魔晶武器、雷神剣を抜く。

 

「それじゃあ、大乱戦と行くか」

「もうなってね?」

「……これからもっと酷くなるんだよ」

「よく分かってるじゃないか坊や」

「グルルル………」

 

 押し寄せてくる悪魔の前に立つ八雲の両隣に仲魔が立ち、順平と啓人も続く。

 

「じゃあ、開始だ!」

 



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PART20 THREAD BURN(後編)

 

「おい弾切れみたいだぞ」

「チャンスだ、このまま押し潰せ」

 

 マネカタ達が銃を捨てて逃げだす姿を見たヨスガの悪魔達が、勢いづいて雷門へと殺到しはじめる。

 その様子を確認した八雲は、かすかにほくそ笑む。

 

「そうは上手くはいかないんだよ!」

 

 言うや否や、八雲は腰の後ろからコンプピストルを左手で抜き、セットしておいた信号弾を上へと発射。

 放たれた信号弾が上空へと飛んだ所で、信号スモークではなく花火が派手に炸裂する。

 

「なんだありゃ…」

 

 いきなりの事にヨスガの悪魔の動きが僅かに止まった瞬間、突然地面から鋭い刃、大剣、魔力弾が放たれる。

 

「がっ!?」

「ぐふっ!」

「ぎゃはっ!?」

「何かいるぞ!」

 

 奇襲を食らった悪魔三体が一撃で倒される中、周囲の悪魔達が何かが潜む地面を取り囲む。

 そしてそこから、三つの影が飛び出してきた。

 

「………」

「やっと出番か」

「うげ、すげえ数………」

 

 奇襲のために隠れていた穴の中から敵のど真ん中に出たサーフ、ダンテ、修二は、周りを取り囲む悪魔に向かってそれぞれ構える。

 

「こいつらは!」

「最近出てきた新顔、デビルハンター、そして人修羅か!」

「やっちまえ!」

「シャアアアァァ!」

 

 襲ってきた悪魔達に、サーフが咆哮を上げながら飛び出し、両腕の刃を縦横に振るう。

 細身ながら鋭利な刃が悪魔を次々切り刻み、飛び交う肉片をサーフはついでとばかりに食い千切る。

 

「さて、ショータイムだ」

 

 続かんとばかりにダンテが大剣リベリオンを背にマウントすると、変わりに白と黒の愛用二丁拳銃 エボリー&アイボリーを引き抜き、マシンガンもかくやと言った連射をお見舞いする。

 

「ぎゃっ!」

「があっ!」

「ぐひゃあ!」

 

 銃弾の嵐に次々と悪魔達が倒れ、それを踏み越えてくる新たな悪魔達にもダンテは素早く狙いを変えながら残弾数を無視した銃撃を叩き込んでいく。

 

「オレみてえなのがあんな連中と一緒にされても、な!」

 

 壮絶な戦いを繰り広げるサーフとダンテを横目に見つつ、修二は拳に魔力を込めて悪魔達を殴り倒していく。

 

「人修羅ぁ! 貴様も泥人形に味方するのか!」

「あんた等に味方するよりゃマシなんでな!『死亡遊戯!』」

 

 魔力で構築された光の剣を横薙ぎにし、生じた衝撃波で悪魔達を薙ぎ払った修二が、地面に手を置く。

 

「来い!」

 

 修二の手から光が溢れ、それが周囲に光のゲートを形成、そこから彼の仲魔を召喚していく。

 

「さあ行くよ!」

「参りましょう」

「貴方と共に!」

 

 召喚されたクイーンメイブ、サティ、槍を持ったケルト神話の英雄、幻魔 クー・フーリンがそれぞれ敵と相対する。

 

「作戦はとにかく引っ掻き回せ、って事らしい」

「……他忘れたんでしょ」

「ギクッ! ち、ちゃんと覚えてるよ? 確かキドウ防御だかで時間稼ぎして………何だっけ?」

「取り合えず後だ!」

 

 一番付き合いの長いクイーンメイブに修二が睨まれる中、クー・フーリンが先陣を切って槍を振るう。

 

「クー・フーリンの言う通りだ! どうこう言ってる暇は無い!」

「心得ました。『マハラギダイン!』」

『ドルミナー!』

 

 サティが火炎魔法で周囲を薙ぎ払い、クインーメイブが睡眠魔法を掛ける中、修二は押し寄せるヨスガの軍勢向けて、突撃を開始した。

 

『破邪の光弾!』

 

 修二は左手に集束された力を、光の弾丸として眠りこけた悪魔達に次々と撃ち放つ。

 

「ぎゃ!」

「かはっ!」

「起きろ! 怯むな!」

「怯んでほしいな~、と思うんだけど」

 

 向こうが体制を立て直すのを見た修二は、威力はあるが、こちらの体力を確実に削る技の連発を止め、襲ってきた悪魔に向けて拳を繰り出す。

 

「あっちに比べて地味だねっ! どうにも!」

「気にする程でもございません、人修羅殿!」

 

 修二の隣に並んだクー・フーリンが槍で敵を薙ぎ払い、突き刺していく。

 

『ベノンザッパー!』

『アギダイン!』

『マハジオダイン!』

 

 クー・フーリンの毒を帯びた穂先が薙ぎ払われ、サティの火炎魔法とクイーンメイブの電撃魔法が炸裂し、数多の悪魔が倒れるが新たな敵が迫ってくる。

 

「きりがねえ!」

「しかし、ここは持ち堪えねば!」

「きゃあ!」

 

 悲鳴がした先を見た修二が振り向いた先で、クイーンメイブが羽交い絞めにされている姿を見る。

 

「喰、喰う~!」

「なんだこいつ!?」

 

 口からよだれを垂れ流しながらクイーンメイブに喰らいつこうとするティターンに、修二が全力の拳を顔面へと叩き込んでやる。

 頭部が半ば陥没したティターンが倒れていきながら、その姿が白い戦闘服姿へと変わっていく。

 

「まさか喰奴!?」

「他にもいます! 何か酷く飢えた目をした者達が!」

 

 サティの言葉に、修二が押し寄せてくる悪魔達の姿の中に、稀に明らかに正気を失ったような姿が混じっているのに気付く。

 

「それだけじゃないようだぜ」

 

 いつの間にそばに来ていたのか、ダンテがリベリオンの刃に貫かれた、仮面をつけた奇怪な怪物の姿を見る。

 

「確かこれ、シャドウって奴じゃ!」

「さっきからたまに混じってきてやがる。オレもこの仕事長いが、こんなのは見た事が無い」

「他の世界から飛ばされたって連中が他にも大勢いるのか!?」

「マトモじゃない連中ばかりだがな!」

 

 崩れて消えていくシャドウをリベリオンを振るって投げ捨て、ダンテが新たな獲物に刃を振るう。

 

「一体どうなってんだ!」

 

 

 

「本当か!」

「ま、間違い有りません! ヨスガの中に喰奴やシャドウの反応が有ります!」

 

 風花からの報告に、ロアルドが顔色を変える。

 

「交戦中の連中からもそういう報告があるぜ。喰奴は倒すと白い格好した人間に変わるそうだが」

 

 キョウジの言葉に、ロアルドの顔色が更に変わった。

 

「カルマ協会の兵士だ! まさかここにまで!?」

「いえ………動きに統率性がありません。これは、暴走?」

「……そうか、恐らくこちらと同じ、異世界跳躍に巻き込まれた者達の末路、という事か」

「腹減ってついでに混じって飯にありつこうって訳か。厄介だな……」

「数はそれ程多くありません。雷門前に一番多くいるようですが、全く問題無いみたいです」

「そりゃ、あそこには一番戦力割いたからな~、どうにかしてもらわないと困る」

「問題は撤退のタイミングだ。遅くても早くても問題になる」

「それは、まあなるようにするしかないな」

「待ってください! 何か、極めて大きい反応が!」

「ち、もう大物が来やがったか………」

 

 

 

「この野郎!」

 

 八雲の振るう雷神剣がケルト神話のカラスの姿をした戦争と愛という背反の概念を司る女神、魔獣 バイブ・カハを貫く。

 さらに刀身から生じた電撃がその両脇にいた他のバイブ・カハも絡めとり、動きが止まった所にP90アサルトマシンガンの5.7mm弾をフルオートで薙ぎ払ってやる。

 

『紅蓮華斬殺!』

 

 その隣で、啓人がミックスレイドで押し寄せる悪魔達をまとめて切り刻む。

 

「あまり大技を使うなよ。オレ達はあくまでここを通さなきゃいいんだ」

「それは分かってますが………」

「にしてもすげえな向こう………」

 

 敵のど真ん中で壮絶な乱戦を繰り広げる三人の姿に、順平は戦いながらもそちらに見とれていた。

 

「とくにあのダンテって人、無茶無茶つええ………ホントに人間か?」

「間違っても真似しようなんて思うなよ、素の戦闘力の桁が違う。業界トップクラスって奴だからな」

 

 そんな会話も知らず、ダンテが悪魔を踏み台に高々と跳躍し、真下に向けて銃を連射して次々と打ち倒し、さらに着地と同時に押し寄せてきた悪魔達をリベリオンの一閃で薙ぎ払う。

 

「うわ、かっこいい……」

「《スタイリッシュ・ハンター》なんて通り名も持ってたな、意味がよく分かった」

 

 文字通り桁違いの戦闘力に、啓人も思わず見とれた所で、襲ってきた悪魔に慌てて剣を振るう。

 

「だが、強過ぎるのも問題だな……」

「何で?」

「それは…」

 

 八雲が口を開こうとした時、突然GUMPがけたたましいアラーム音を鳴らす。

 

「うわ、何だ!」

「やっぱ目つけられたか……しかも、魔神級だと?」

 

 それが、エネミーソナーの警告音だという事に気付いた八雲が、サングラス型ディスプレイに映し出されるデータに思わず苦悶を漏らす。

 

「召喚士殿!」

「上か!」

「ガルルル!」

 

 仲魔達が睨んだ方向、虚空からいきなり巨大な雷がダンテの傍へと降り注ぐ。

 

「ちっ……」

 

 舌打ちしながらダンテが落雷を避け、落雷が地面を大きく穿つ。

 だがそこで、そこに巨大な影がある事に皆が気付いた。

 影はゆっくりと立ち上がると、片手にハンマーを持ち、屈強な筋肉で覆われた巨体を露にする。

 

「まさか、雷神 トール!? そんな大物がヨスガにいたのか!」

 

 予想外の大物、北欧神話でその名を知られた怪力と何でも砕く鉄槌を持った雷神、鬼神 トールがダンテを見据える。

 

「やるな、デビルハンター」

「まさかあんた程の大物に出会えるとはな」

 

 ダンテも恐れの無い眼でトールを見据え、無言で両者が睨み合う。

 

「おお、トール様!」

「トール様が来てくれたぞ!」

「やべえ、まさかあいつが来るとは………!」

 

 トールの姿を見たヨスガの悪魔達が色めきたち、一度闘った事がある修二は予想外の展開に焦りを感じていった。

 

「人修羅、異形の人魔、悪魔使い、神降ろし、そしてデビルハンター。ヨスガの世を拓くのを邪魔する者は、ヨスガの気高き強者として、この鉄槌で血祭りに上げねばならぬ。まずは貴様だデビルハンター、いざ尋常に勝負せよ!」

「来な、ショータイムだ!」

 

 宣言と同時に、両者が動く。

 振り下ろされた巨大な鉄槌が、横に跳んだダンテの影をかすめて凄まじい衝撃と共に地面に巨大なクレーターを穿つ。

 

「おわあ!」

「ここにまで!?」

「やべえ、援護を…」

「させるな!」

「トール様の邪魔はさせん!」

 

 離れた距離にいた雷門前の八雲達の所にまで振動が伝わり、たたらを踏みながらも援護に向かおうとした八雲にヨスガの悪魔達が一斉に襲い掛かる。

 

「くそ、ヒートアップしやがって!」

「だめだ、手一杯だ!」

「トリスメギストス!」『デスバウンド!』

 

 完全に防戦に回ってしまった八雲が、サーフと修二も同じような状況に陥っているのを見ながら、必死に打開策を思案する。

 

「ここは、ダンテの旦那に頑張ってもらうしかないか?」

「けど、あいつものすごく強そうですよ!」

「強そうじゃなくて強いぜ、ありゃ………けどな」

 

 トールの鉄槌を掻い潜り、ダンテのリベリオンがトールの腕を裂き、放たれた電撃を喰らいつつもエボニー&アイボリーがお返しとばかりに連射される。

 

「今の所互角だ。それに陣形が崩れた! 直に大挙して来るぞ!」

 

 八雲の言葉通り、トールとダンテの戦いに気取られていた悪魔達が、徐々にこちらへと向かってきていた。

 

「もう少し踏ん張れ! その後は尻尾巻いて逃げるぞ!」

「い、今すぐじゃダメ?」

「そうも言ってられないようだけど!」

 

 順平の弱気な発言は、啓人の言葉と悪魔が振り下ろされた剣を受け止める音にかき消される。

 

「しゃ~ねぇなぁ、わかったぜ!」

 

 気を取り直した順平が大刀を構え直す。

 

「さて、他に大物が来なけりゃ…」

 

 八雲の不安は、GUMPからの再度のアラーム音で現実の物となる。

 

「今度は、空か!」

 

 

 

「アテナ!」『ヒートウェイブ!』

「やるね~」

 

 シエロと編隊を組むように飛ぶアイギスが繰り出したペルソナ攻撃に、数体の悪魔達が薙ぎ払われる。

 

「手足ボロボロで運び込まれた時心配だったけど、これなら問題ナッシング!」

「この飛行ユニットの制御プログラムはあなたの飛行データを元に構築されています」

「え、マジ? じゃあ負けてらんないぜ!」

 

 シエロが更にスピードを増し、その翼で次々と敵を斬り裂いていく。

 

「こちらも負けねえぜ!」

「おお!」

 

 仲魔の中で残っていたセイテンタイセイとガルーダが手にした棍やカギ爪を振るい、皆が必死の戦いを演じていく。

 

「ヒュ~頑張るねブラザー。これなら何とか!」

「! レーダーに高出力反応! アリサモード!」

 

 オプションでつけてもらった内臓型エネミーソナーの反応を確かめるため、アイギスは付加機能を発動。

 額のヘッドセットの右側からモノクル型ゴーグルが飛び出し、そこにアリサからもらったデビルアナライズデータが投射されていく。

 

「なんだあいつは?」

「構わねえ、やっちまえ!」

 

 前方に見えた異質な存在にシエロも気付いたが、セイテンタイセイが構わず突っ込んでいく。

 

『プロミネンス!』

「ぎゃはっ!」

 

 目前まで迫って棍を振り下ろそうとしたセイテンタイセイが、強烈な白熱の火炎魔法で吹き飛ばされる。

 

「エネミーサーチ! 敵、大天使級 ラファエル!」

 

 アイギスの指摘通り、そこには青い服をまとった天使の最高位である四大天使の一人、「癒す者」を意味し、生命の樹を護る存在とされる大天使 ラファエルが剣を手に立ちはだかっていた。

 

「おお、ラファエル様!」

「ラファエル様だ!」

「皆さん何をしているのです。千晶様はお怒りですよ」

「も、申し訳ありません」

 

 ラファエルの参戦で沸き立つ悪魔達だったが、千晶の名が出された事で緊迫が走る。

 

「し、しかし向こうもかなりの手練で」

「言い訳は結構です」

「がは……!」

 

 言い訳をし始めたアークエンジェルの胸を、ラファエルの剣が貫く。

 血反吐を吐いたアークエンジェルが、力を失って地面へと落ちていった。

 

「そ、そいつはあんたの仲間じゃねえのか!」

「ヨスガに必要なのは強き者。身も心も弱い者は必要ありません」

「なんだと、てめえ………」

 

 ラファエルの言葉に、シエロが普段の陽気さからは考えられない憤怒を沸き立たせていく。

 

「仲間を大事にしねえ奴が、強いなんてオレは認めねえ!」

「同感です。あなたには護りたい人がいないのですか?」

「私が守るべきはヨスガのコトワリのみ。そして貴方方はそれを阻む石ころにしか過ぎません」

「石かどうか、オレの腹の中でじっくり考えさせてやるぜ!」

「私は戦います! 護りたい人達のために!」

 

 シエロとアイギスが同時に飛び出しつつ左右に分かれ、ループを描きながらラファエルの左右から同時に迫る。

 

『獣の眼光!』

 

 だがラファエルが剣をかざすと、そこから走った閃光が二人の目を眩く焼きつかせる。

 

「くわっ!」

「これは……!」

 

 視界を遮られ、二人の動きが鈍った間にラファエルの姿が掻き消え、次の瞬間シエロの背後に現れる。

 

「やべ!」

「遅い」

「がああっ!」

 

 回避も間に合わず、シエロの片翼がラファエルの剣で切り裂かれる。

 

「まず………!」

「シエロさん!」

 

 体勢を崩して落下していくシエロをアイギスが追うが、その背後を更にラファエルが追いかける。

 

「くっ……!」

「追う必要は無い、お前も落ちろ!」

「させるか!」

「クエエェ!」

 

 そこになんとか追いすがったセイテンタイセイの攻撃と、ガルーダの羽ばたきが巻き起こす旋風がラファエルに襲い掛かる。

 

「雑魚が!『メギドラ!』」

「ギャア!」

「つ、強い!」

 

 背後を振り返ったラファエルが、純粋な魔力で構築されたすべてを焼き尽くす神の炎で二体を焼き尽くす。

 一撃で限界を迎えたセイテンタイセイとガルーダが存在限界を超え、その体が細かく崩れるように分解しつつもそれぞれの主の元へと戻っていく。

 

「間に合って! アテナ!」『ディアラハン!』

 

 地表間近まで落下していくシエロに、アイギスが回復魔法を掛けてやる。

 

「くぉ、のおおお!!」

 

 地表近くで巨大なループを描きつつ、シエロがなんとか空へと再度飛び上がる。

 

「助かったぜブラザー」

「一応、私は女性型です」

「じゃあシスターか? まあいいじゃん。問題は………」

「強いです、かなり」

「ああ」

 

 とうとう二人だけとなってしまったシエロとアイギスが、編隊を組みながらこちらを見ているラファエルと距離を取る。

 

「作戦遂行上、ここで撤退は認められません」

「当たり前だ。今ちらっと見てきたが、こっちの兄貴もあんたの仲間も必死になって戦ってた。オレらだけ退場ってのは無しだぜ」

「……私に考えがあります。ただし、この手を使えば以後の空戦が不可能となります」

「オイオイ………」

 

 シエロがさすがに否定しようとした時、突然今までで最大の雷鳴が轟く。

 

「何だぁ!?」

「あれは!」

 

 アイギスが視線を下に向け、地表をサーチ。そこ見つけたのは、トールのハンマーをまともに喰らって吹っ飛ぶダンテの姿だった。

 

 

 

「ダンテ!」

「ち………」

 

 砲弾のように吹っ飛び、悪魔を数体巻き添えにしてようやく止まったダンテの姿に、修二が思わず駆け寄ろうとするがそれを、他の悪魔達が押し寄せて妨害する。

 

「やるじゃねえか………」

「我が鉄槌の裁きからは逃れられぬ」

 

 口から鮮血を垂れ流しながら呟くダンテに、トールがハンマーを担ぎ上げながらゆっくりと近付き、周囲の悪魔達は無言で道を開けていく。

 だが、ふいにトールがハンマーを上へとかざし、それに何かが弾かれる。

 刃を弾かれながらも、トールの頭上を跳躍したサーフがそのまま反転しつつダンテの前に立ち、その刃をかざしてトールを威嚇する。

 

「人魔風情が、崇高な勝負を邪魔するか」

「…………」

「トール様の邪魔だ!」

「そのしれ者を殺せぇ!」

 

 周囲の悪魔達が一斉に襲い掛かるが、サーフは両腕の刃を瞬時に繰り出して左右から襲ってきた悪魔を斬り裂き、口から凄まじい吹雪を吐き出して他の悪魔達を凍りつかせていく。

 

「出来るな、なら貴様も」

「待てよ」

 

 迫るトールから己を護ろうとしていたサーフの肩を、リベリオンを杖にして立ち上がったダンテが掴んで止める。

 

「まだ、こっちの見せ場は終わってないぜ」

「……その負傷では無理だ。撤退しろ」

「そいつはどうかな」

 

 サーフを無理やりのかせ、ダンテがトールの前へと進み出る。

 

「ほう、ハンター風情が気骨はあるか」

「もっといい物もあるぜ。だから、来な」

 

 ダンテが片手を突き出し、トールを招いて挑発する。

 

「ならば死ね!」

 

 トールがハンマーに雷をまとい、ダンテへと一気に迫る。

 

「ダンテ!」

「……くっ!」

 

 修二とサーフが助けに行こうとした時だった、ダンテが片手を眼前にかざすと、その手に小さな雷光が走り、次の瞬間ダンテの全身を雷光が覆う。

 

「これは……!」

 

 雷光に覆われたダンテに向けて構わずトールがハンマーを振り下ろしたが、そのハンマーを漆黒の手が受け止める。

 

「ダ、ダンテ?」

「……これは」

 

 雷光が途切れたそこにいたのは、漆黒の翼を持ち、同じく漆黒の体を赤い燐光が覆う一人の悪魔だった。

 

「お、おいダンテさんか、あれ!?」

「あの人も喰奴!?」

「いや、違う………ハーフプルートだって噂は聞いてたが、ここまでとはな………」

 

 突然の全く予想外の事に、敵も味方も唖然としてその漆黒の悪魔を見る。

 その漆黒の悪魔は無造作にトールのハンマーを弾き飛ばすと、雷光をまとった大剣をトールへと向けて繰り出す。

 たった一撃で、今度はトールの体が先程のダンテのように吹っ飛んでいった。

 

「ば、馬鹿な!?」

「貴様、何者だ!」

 

 周囲の悪魔達が誰何しながら一斉に漆黒の悪魔に襲い掛かるが、その漆黒の悪魔の両手に握られた奇怪な二丁拳銃が凄まじい速度で電光を連射し、襲い掛かった悪魔達は瞬時にして駆逐された。

 

「やはり、ダンテなのか」

「ああ」

 

 サーフの言葉に、漆黒の悪魔の姿となった魔人ダンテが答える。

 

「そ、そんな奥の手隠してたのかよ!?」

「まあな」

 

 やや声が変わっている物の、普段通りのダンテの口調に修二がややびびりながら呟く。

 

「その姿、そしてその力、まさか………」

 

 強力な魔人の一撃を喰らいつつも、立ち上がったトールが魔人ダンテを見る。

 

「貴様、スパーダの力を持つ者か?」

「スパーダは、オレの父だ」

 

 その名に、周囲の悪魔達が一斉にどよめき始める。

 

「スパーダ?」

「スパーダだと?」

「魔剣士スパーダ!」

「裏切り者スパーダ!」

「スパーダの息子!」

「裏切り者の血を引く者!」

 

 どよめきは小波のように伝わっていき、やがてその声は怒号となって周囲に響いていく。

 

「な、なんだこれ………」

「ダンテさんのお父さんって、有名人?」

「……魔剣士スパーダとは、とんでもない名前が出てきたな」

 

 まるでこちらを忘れたかのように、悪魔達が魔人ダンテを取り囲む。

 その異様過ぎる光景に他の者達も唖然とする中、八雲は前にデビルサマナー用のデータベースにあった伝説を思いだしていた。

 

「今から2000年くらい前、人間界に突如として魔界と繋がる巨大なゲートが出現し、そこから魔界の王が率いる大軍勢が侵攻を開始した事があったらしい。人間達はなんとか力を合わせてそれに反抗しようとしたが、魔界の軍勢の力はすさまじく、瞬く間に追い込まれた。

救いを求めて祈りを捧げ続けた人間達に、一人の悪魔が正義に目覚め、人間達の先頭に立って戦い、そしてとうとうその悪魔と人間達は魔界の軍勢をゲートの向こうに押し戻し、ゲートの封印に成功した。

その悪魔の名が《魔剣士スパーダ》、今では完全に伝説扱いされている存在だが、息子がいたとはな……」

「すんげえ話……でもこの状況から見ると……」

「本当みたいだね……」

 

 こちらを完全無視して、魔人ダンテに今にも襲いかかろうとしている殺気満々の悪魔達の様子に、順平と啓人はある意味納得していた。

 

「殺せぇ!」

「裏切り者の子を生かしておくなぁ!」

 

 最早トールとの決闘すら押しのけ、ヨスガの悪魔達が一斉にダンテへと襲い掛かる。

 

「ふっ……」

 

 だが魔人ダンテは冷笑と共に、異形の大剣を横薙ぎに振るい、雷光と共に襲い掛かった悪魔達が両断されて吹き飛ぶ。

 

「すげえ………」

「さっきとは比べ物にならない………」

 

 四方八方から襲い掛かる悪魔達を、魔人ダンテは次々と斬り裂き、穿ち、吹き飛ばしていく。

 

「……こちらA班、フェイズ3へ移行する」

「な……」

「3って、撤退するんですか!?」

 

 八雲の通信が、呆然と魔人ダンテの戦いを見ていた順平と啓人をこちらに振り向かせた。

 

「敵が全部ダンテに集中している。撤退するなら今だ」

「けど!」

「それにな、あれに近寄ったらこっちが巻き込まれるぞ」

「おわ~!」

 

 八雲の言葉を証明するように、巻き添えを逃れてきたサーフと巻き添えで吹き飛ばされた修二がこちらへと向かってきている。

 

「……確かに」

「けど、確か上空と同時にって話じゃ?」

『啓人さん!』

 

 順平が何気なく上空を指差した所で、アイギスの切羽詰った声が通信機に響いてくる。

 

『こちらアイギス! D班は私とシエロさん以外壊滅! 敵、大天使級 ラファエルと交戦中! 状況打開のため、空戦用オルギア発動許可を申請します!』

「ラファエルだと!? そっちにもそんな大物が来てるのか」

 

 八雲の声に焦りが混じる。

 

「でもアイギス! もしオルギアを発動して倒せなかったら!」

『空戦用オルギアは陸戦用と違い、飛行用のマグネタイトの過剰供給を主とするため、私へのダメージは軽微です! 以後飛行は不可能になりますが、現場を打開しなくてはフェイズ3へ移行できません!』

「………しかし」

「迷うな! フェイズ4に移れば問題無い! 重要なのは決断のタイミングだ!」

「シエロもいる。問題は無い」

 

 八雲が半ば怒声を上げ、珍しくサーフもそれに同意する。

 

「分かった! 許可する! でも無理したらダメだ!」

『了解しました! 空戦用オルギア《イカロス》発動!』

 

 

 

「《イカロス》発動!」

 

 発動と同時に、アイギスの背のスクランダーユニットと両足のストライカーユニットからありったけの小型ミサイルが射出される。

 

「その程度!」

 

 噴煙を上げて迫る小型ミサイルをラファエルは剣の一閃で斬り落とす。

 

「スクランダー、ストライカー両ユニットリミッター解除! マグネタイトタンクブロー!」

 

 しかしその隙にアイギスはありったけの燃料用マグネタイトをユニットに送り込み、双方のユニットから溢れ出したマグネタイトの燐光が噴き出していく。

 

「行きます! アテナ!」

 

 ペルソナを発動させると同時に、アイギスの体が軌跡のみが残る超高速で移動していく。

 

「これは!」

「やるじゃん♪」

 

 航空力学を無視した鋭角の軌跡を伴いながら、アイギスがラファエルへと襲い掛かる。

 

「こっちか…」

「こちらです!」

 

 相手の反応すら許さず、超高速のアイギスがペルソナ諸共ラファエルに体当たりし、相手の体勢が揺らぐと再度別角度から攻撃を加えていく。

 

「ぎ、が、ぐはっ!」

 

 どこから来るかも分からない超高速の連続攻撃が、ラファエルの体に次々と深手を刻み込んでいく。

 

「ふざけるな!『獣の眼光!』」

 

 あと一歩という所で、ラファエルが閃光を発する。

 

「うっ……」

「そこか!『プロミネ…』」

『ジオダイン!』

 

 閃光に照らし出され、真下から迫っていたアイギスの姿が露になる。

 そこに向けて白熱の火炎魔法を放とうとしたラファエルの腕に、電撃魔法が炸裂する。

 

「ぐっ!」

「こっちを忘れてもらっちゃ困るぜブラザー!」

 

 アイギスが攻撃をしている隙に、上空を取ったシエロが、電撃魔法を放ちながら急降下していく。

 

「行くぜシスター!」

「了解であります!」

 

 上空から迫るシエロと、真下から迫るアイギスが申し合わせたかのように突撃しながら己をキリモミ旋回させていく。

 

「おらあぁぁ!」

「逃さない!」

「うぎゃあああああぁぁぁ!!」

 

 高速でキリモミ急降下したシエロの翼がラファエルの右半身を、超高速でキリモミ上昇したアイギスのペルソナがラファエルの左半身を引き裂き、絶叫を上げながらラファエルの体が限界を迎え、崩れていく。

 

「おっしゃあああ!」

「こんな所じゃ負けません! ……でも後はお願いします」

「え?」

 

 勝ち名乗りを上げたシエロのそばで、アイギスの装着していた飛行ユニットが両方オーバーヒートを起こし、それらをパージしながらアイギスの体がゆっくりと落ちていく。

 

「ちょ、おい!」

「大丈夫であります。着地にはなんら問題ありません」

 

 片手を上げて宣誓しながらも、落下速度がぐんぐん増していく。

 

「現在高度確認、落下速度推定。対衝撃準備、アテナ!」『ラクカジャ!』

 

 落下しながらも落ち着いて防御魔法をかけるアイギスだったが、ふと真下にいたA班の面々がなんとか慌てふためきながら受け止めようとしているのが見えた。

 

「補助ブースター起動」

 

 そこで両太ももにつけていた小型ブースターを噴射させ落下速度を減衰、ちなみに真下でブースターの余波でまくれたスカートの中を凝視していた修二が仲魔のクイーンメイブとサティに張り倒される。

 

「補助ブースターパージ、着地体勢」

 

 速度が十分に落ちた所で燃料の尽きたブースターを切り離し、トンボを切りながらアイギスが見事な体勢で着地する。

 

「アイギス!」

「大丈夫か!?」

「大丈夫です」

 

 大慌てで啓人と順平が駆け寄るのに、笑顔を見せながらアイギスが立ち上がる。

 

「それはよかったけど……なんでメイド服?」

「メアリさんが貸してくれました。淑女の戦闘服だと聞いてます」

「え~と……」

「無駄話は後にしとけ」

 

 なんと言えばいいか啓人が迷う中、八雲の声と同時に複数の雷鳴が轟く。

 

「フェイズ3に移行。A班D班は撤退、雷門を完全閉鎖する!」

 

 八雲の指示を遮るかのように、魔人ダンテとトールが繰り出す双方の攻撃が、雷光と雷鳴となって周囲に響き渡り、それに巻き込まれた悪魔達が吹き飛ばされていく。

 

「ダンテ! 任せるがいいか!?」

 

 八雲の誰何に、ダンテはこちらに背を向けたまま、無言だが片手で親指を上へと立てて見せる。

 

「よし、巻き添え食わん内に逃げるぞ」

「そうしよそうしよ」

 

 誰も反対意見を述べない中、アイギスを加えたA班が慌てて雷門の中へと入り、外門の門扉が閉ざされる。

 

「結界用意!」

「はい!」

 

 雷門内側で待ち構えていたレイホゥと祐子が、拍手を打つと結界生成のための詠唱を始める。

 

「そっちは無事か!」

「大丈夫だ!」

「かっこよかったよアイギス!」

「ありがとうございます、ゆかりさん」

「部隊の再編と弾丸の補充を! 急いで!」

 

 合流した面々が互いの無事と検討を報告しながらも次の準備に取り掛かる。

 戦いは、更なる乱戦の様相を呈し始めていた………

 

 

 

 糸と糸が寄り集まり、立ち向かう先には果てない戦いが続く。

 戦いの果てに待つのは、果たして………

 



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PART21 ACCOUNT BANISH(前編)

 

「おかしい……」

「何が?」

 

 アサクサの防衛線がじりじりと下がってくるのを見ていたフトミミの呟きに、キョウジが顔をそちらへと向ける。

 

「ヨスガは母体をマントラ軍、本能のまま暴れる者達を主体としていた」

「それは聞いてる」

「盟主が代わり、コトワリを抱いた後もマントラ軍の構成していた者達が数多く残っている事に変わりは無い」

「だが、その割には攻め方に隙が無い」

 

 フトミミの言わんとする事をロアルドが指摘し、フトミミは無言で頷く。

 

「向こうにも誰かが手を貸してるってのか?」

「あるいは」

「でも、たまに野良シャドウやはぐれ喰奴みたいな反応はあるんですけど、他には………」

 

 風花が己のペルソナのサーチ機能で現場を逐次チェックしているが、詳細はともかく極端な差は見受けられなかった。

 

「別に力を貸すのは腕っ節だけじゃねえだろ」

「知恵を貸す、という手もある。今のオレ達のようにな」

「軍師、という奴か」

「しかもそうとうな修羅場潜ってるぜ。どうやって調べ上げたのか、こちらの穴になりそうなとこは全部突いてきてやがる」

「あらかじめ塞いでおかなければ、すでに市街地は落ちていただろうな」

「でも、敵主力が一部戦力を分散させて各所に回し始めているみたいです。E班、F班だけでは…………あっ!」

「どうした?」

「だ、ダンテさんが!」

 

 

 

「がはぁ!」

「ぐふっ!」

 

 振り下ろされた大剣がトールを袈裟斬りに斬り裂き、横殴りに振り回されたハンマーが魔人ダンテの体を吹き飛ばす。

 トールが鮮血を垂らしながら膝をつき、門間近まで吹き飛ばされた魔人ダンテがかろうじて起き上がろうとした時だった。

 ふいに魔人ダンテの体を覆う燐光が薄れたかと思うと、その姿が人間の物へと戻っていく。

 

「……ちっ」

「ふふ、魔力切れのようだな。デビルハンター」

 

 完全に元の姿に戻ったダンテが舌打ちする中、傷口から鮮血が流れるのを片手で抑えながら、トールが立ち上がりダンテのそばへと歩んでいく。

 

「今までよく闘った。その返礼として、我が全力で葬ってやろう!」

 

 トールが片手でハンマーを頭上へとかざすと、ハンマーに今までで最大の雷が発せられる。

 

「さらばだ! スパーダの息子!!」

 

 膨大な雷を帯びたハンマーが振り下ろされる間際、ダンテは体を旋回させながらリベリオンで地面をえぐり、膨大な土ぼこりで身を隠す。

 だが構わずトールはハンマーを振り下ろし、すさまじい雷鳴と衝撃が周囲を貫いた。

 

「やったか!」

「この衝撃、当たればひとたまりもあるまい………」

「くくく、まあよく持った……」

 

 悪魔達が吹き抜ける衝撃に思わず身をすくめながら、ほくそ笑む。

 だが衝撃が吹き抜けた後に、トールのハンマーが穿ったクレーターに、肉片一つ散らばっていない事に気付く。

 

「跡形も無く散ったか? それとも…」

 

 トールの疑問は、己の間近で響いたハンマーのコッキング音で氷解する。

 

「な、んだと………」

 

 自分の間近、どころか完全に懐に潜り込んでいたダンテが、真下から二つの銃口をトールの顎に押し当てている。

 

「チェックメイトだ」

 

 残った魔力を全て注ぎ込んだ弾丸が、ゼロ距離でトールの顎に放たれる。

 魔力の閃光がトールの顎から頭部を貫け、虚空へと伸びていく。

 そして力を完全に失ったトールの体がゆっくりと後ろへと倒れていった。

 

「ば、馬鹿なトール様が!」

「おのれ、スパーダの息子が!」

「殺せ! 奴は力を使い果たした!」

「トール様の仇だ!」

 

 その場にいた全ての悪魔が、一斉にダンテに向かって押し寄せてくる。

 

「さて、まだ出番の最中か?」

『いや、十分だ。今待避させる』

 

 まだ闘おうと構えるダンテにロアルドから通信が入ると、その体が光に包まれ、次の瞬間その場から消失する。

 

「消えた!?」

「いや、跳躍だ!」

「遠くまでは行ってねえはずだ!」

「街の中だ! マネカタ諸共全員血祭りにしてやる!」

 

 悪魔達は雷門へとなだれをうって突っ込んでいく。

 だがそこで、門を中心として張られた強固な結界が突撃してくる悪魔達をことごとく弾き、運悪く後ろから押し付けられた悪魔が数体、結界の力に耐え切れず消滅していく。

 

「くそ、なんて強力な結界だ!」

「なんとしても破れ!」

「これ以上千晶様を怒らせたらオレ達が殺されるぞ!」

 

 怒りと焦り、そして恐怖を覚えつつ、ヨスガの悪魔達は結界の破壊のために魔力を注ぎ始めた。

 

 

 

 光が消え、ダンテの姿が露になっていく。

 

「エスケープロード、完了です」

「上手くいったな」

「すまなかったな、任せちまって」

「いや、いい」

 

 風花のペルソナで土壇場の所でミフナシロへと待避できたダンテが、疲労のためかその場にどっかりと座り込んだ。

 

「しばらく休んでてくれ。また君の力が必要になるかもしれん」

「必要ない状況でもねえけどな。ほら回復アイテム」

 

 ロアルドがフェイズの完全移行を確認し、キョウジが山盛りの回復アイテムをダンテの前に置いた。

 

「それにしても、すごい力持ってるんですね……ビックリしました」

「まあな。他の連中も頑張ってたぜ」

 

 風花の素直な感想に笑みを浮かべつつ、ダンテはチャクラポッドのフタを開けて魔力の回復に勤めていく。

 

「さて、門の結界がいつまで持つか………」

「フェイズ4の準備はあとどれくらいかかる?」

『今全力でやっている!』

『ケーブルが足りねえ! 一部作動不能だ!』

「作動不能ポイントはどこだ。修正を加える」

 

 通信から響いてくる小次郎と八雲の声に、ロアルドが3Dディスプレイに表示されるプラン予定に修正を加えていく。

 

「正門前、敵さらに増大してます!」

「一体何匹引きつれてんだか………」

「聖書的に言えば7405926匹か?」

「そこまではいなかったぜ。それに天使もいた」

「そっか。とりあえずレイホウと先生の回収用意。結界消失と同時に回収」

「は、はい!」

「フェイズ4に移行。E、Fの両班も撤退、以後はプラン通りに」

『ち、こっちはなんとかやってんだがな』

『了解、塞げるだけ通路を塞いでおく!』

 

 パオフゥと美鶴からの返礼を聞きながら、ロアルドがミフナシロから外へと通じる扉へと向かう。

 

「出るのか?」

「ああ。後は予定通りに」

「わ、分かりました」

 

 ロアルドが歩きながら左手のアートマをかざすと、その姿が茶色い表皮を持つ巨体、仏教では帝釈天と呼ばれるインド神話の戦神インドラへと変貌する。

 

「恥ずかしい話だが、戦況を聞いて興奮したのか、いささか腹も空いたんでな」

「おう、食い過ぎるなよ」

 

 出撃していくロアルドに手を振りながら、残ったキョウジとフトミミが戦況をつぶさにチェックしていく。

 

「さて、オレもそろそろだが………」

「やはり、正面か?」

「でも、それらしいのは………」

「隠してるのか? だったら………」

 

 

 

「トフカミエミタメ……」「カンゴンシンゾンリコンタケン……」

 

 押し寄せる悪魔達の圧力に耐えながら、レイホウと祐子が結界を維持するための詠唱を続ける。

 二人とも額に大量の汗を浮かべ、疲労と疲弊で詠唱がたどたどしくなりながら、詠唱を止め様とはしない。

 

「先生! こっちは準備OKだ!」

「山岸! 二人の捕捉は出来てるか!?」

『いつでも戻せます!』

 

 地下通路へと続く扉から修二と八雲が顔を覗かせ、二人の様子を確認すると顔を引っ込ませる。

 それでもなお、二人はギリギリまで結界を維持するべく、余力を全て注ぎ込んで詠唱を続ける。

 

「ハライタマヒキヨメイタ…」

 

 詠唱の途中で祐子の言葉が詰まり、合掌していた手が解ける。

 

「高尾先生!?」

 

 レイホウも思わず詠唱を中断してそちらを向くと、魔力を使い果たした祐子が口元から血をにじませつつ、地面へと崩れ落ちる所だった。

 

「風花ちゃん!」

『エスケープロード、発動!』

 

 レイホウが祐子の元へと駆け寄りながら叫び、二人の体が光に包まれてその場から消える。

 術者二人が消えた後、結界の媒介になっていた大提灯が弾け飛び、結界が消失。雷門が押し寄せる悪魔達によって半ば粉砕され、一斉に悪魔達がアサクサの町へと雪崩れ込んできた。

 

「てこずらせやがって!」

「殺せ殺せ殺せ!!」

「ヒャッハー!」

 

 街中に入ると同時に、門の内側にあった地雷が踏まれ、セットされていたクレイモア地雷が発動。

 幾つもの爆風や法儀礼済み・刻呪済みベアリングが悪魔達を迎え撃つ。

 

「ギャアアアァ!!」

「グアアアァァ!」

 

 先陣を切っていた悪魔達がそれらに巻き込まれ消し飛ぶが、興奮した悪魔達は散らばった仲間の屍を平然と踏みにじり、侵攻していく。

 

「どこに行きやがったマネカタ共!」

「いねえぞ!」

「そうか、地下に逃げやがったな!」

「探せぇ!」

 

 市街に人影一つ見当たらない状況に、目を血走らせた悪魔達が扉という扉を開け、破壊していく。

 

「こっちだ!」

「皆殺しだぁ!」

 

 ようやく地下へと続く通路を見つけた悪魔達が、押し合いへし合いしながら通路を突き進んでいく。

 

「攻撃開始!」

 

 だがそこで縦深陣を敷いて待ち構えていた者達が、小次郎の指示で一斉に銃撃と攻撃魔法を繰り出してきた。

 

「ぎゃああああああ!」

「くそぉぉ!」

「構うな、進めぇ!」

 

 逃げ場の無い状態での一斉攻撃に、ヨスガの悪魔達は次々と倒れていく。

 だがそれを一向に解せず、次々と新手が突き進んでくる。

 

「弾幕を途切れさせるな!」

「簡単に言わないで!」

「やべえ、オレSP切れそう!」

「下がって回復を! オレが何とかするから!」

 

 押し寄せてくる膨大な悪魔に、ゆかりが残り少ない矢を必死になって射続け、SP切れで下がった順平の代わりに啓人が出ると召喚器を額に当てる。

 

「大技いきます!」『紅蓮華斬殺!』

 

 強力なミックスレイドが狭い通路内を炸裂し、押し寄せてきた悪魔達をまとめてなぎ払っていく。

 

「ウアアアアァァ……」

「ヒイイィィィ……」

「ウォォォオオ!」

「シャアアアァァ!」

 

 マトモにくらった悪魔達の断末魔を、後から来た悪魔達の咆哮がかき消していく。

 

「う……こっちも切れた……」

「はわれ!」

 

 チューインソウルを口に突っ込みながら、順平がSP切れの啓人を押しのける。

 

「やば、矢切れた!」

「魔力は温存させなさい! あなた達さっきから大技使い過ぎ!『マハ・ジオンガ!』」

「お前もだ!」

 

 レールガンでの狙撃の片手間に魔法攻撃を行う咲に小次郎も怒鳴りつつ、じわじわと相手が押してきているのを感じていた。

 

「こんだけやられても、なんであいつら退かねえんだ!?」

「興奮したら手のつけようないのは人間も悪魔も同じだからだ! 手を休めるな!」

「あっ! あれを!」

 

 ペルソナを連続発動させながらも、どこか腰が引けてきている順平に、小次郎も焦りを感じ始めていた。

 だがそこで、ありったけのチューインソウルを口に突っ込んだ啓人が相手の攻め方が変わってきた事に気付いた。

 

「組め!」

「押しつぶすぞ!」

 

 通路いっぱいに、巨大な紙人形の姿をした陰陽道の一部流派で使役される極めて強力な式神、妖鬼 シキオウジがスクラムを組んで突っ込んできた。

 

「弾丸を弾く! 物理無効!」

「じゃあこっちが! トリスメギストス!」『アギダイン!』

 

 咲が放ったレールガンの高速弾丸すら弾くシキオウジに、順平が火炎魔法を放つ。

 しかしそこですかさず、シキオウジの背後から日本の伝承の中で、古来より人の体にとりつくと信じられている犬の霊、魔獣 イヌガミが前へと出て火炎魔法を受け止める。

 

「ありかよ!?」

「じゃあこっち! イシス!」『マハガルーラ!』

 

 こんどはゆかりが疾風魔法を放つが、今度は疾風吸収属性を持つ魔獣 ネコマタが前へと出てそれを受け止める。

 

「マジ!?」

「小次郎!」

「フォーメションだと……?」

 

 シキオウジを中心とし、魔法耐性を持つ者と素早く入れ替わって攻撃を防ぐ向こうの戦い方に、咲と小次郎は焦りと同時に違和感を覚える。

 

(こんな戦い方、悪魔は考えない………やはり、こいつらに味方している人間がいるのか? しかも相当な対悪魔戦の心得がある奴が………)

「ならこれなら! タナトス!」『メギドラ!』

「ギャアアアァ!」

 

 啓人が放った属性を持たない純粋な魔力の爆発が、フォーメーションを組んでいた悪魔達をまとめて吹き飛ばす。

 だがその背後に、同様のフォーメションを組んでる第二陣、三陣の姿が露になった。

 

「げっ!」

「ありかよそんなの!?」

「ちょ、ヤバ! 回復アイテムそんな残ってない!」

「口に出すな馬鹿!」

「押せ~!」

「マガツヒよこせ!!」

 

 ペルソナ使い達の漏らしたつぶやきが聞こえたのか、悪魔達が更に勢いづいて攻め込んでくる。

 そこで、防衛線の背後から魔獣の遠吠えが響いてきた。

 

「パスカル!」

「準備デキタ、撤退デキル」

 

 遠吠えと共に、小次郎の仲魔のケルベロスが姿を現す。

 

「退け! オレ達も遅滞戦闘しながら退く!」

「分かりました!」

「後お願いしまッス!」

「無理しないでね!」

 

 ペルソナ使いの後に咲が付いていき、小次郎は素早くアームターミナルを操作する。

 そして小次郎の持つ中で最強の仲魔、インド神話の最高神の一つで宇宙を維持する神、魔神 ヴィシュヌが召喚された。

 

「ご命令は?」

「派手に行くぞ!」

「ガオオオオォ!」

 

 小次郎の命令にケルベロスが咆哮で答え、二体の悪魔の全力攻撃が、通路を埋め尽くした。

 

 

 

「第一防衛線、撤退。皆さん無事です」

「こちらも順調だ」

 

 状況を報告する風花の前を、ミフナシロの中へと避難していくマネカタ達の行列をフトミミが指揮していた。

 

「思ってた以上にいんな~」

「総員数は私でも把握していない」

「足りるでしょうか……」

 

 避難の様子を見ながら、キョウジが非戦闘要員のマネカタだけのはずなのに長々と続く行列に思わずうなる。

 風花も不安そうな声を漏らす中、続々と避難の列はミフナシロへと入っていく。

 

「それでは、私は内部の誘導と結界の準備に」

「無理しないでね高尾先生。さっき倒れたばかりなんだから」

 

 転移で避難してきたが、先程までレイホウに介抱されていた裕子がなんとか立ち上がり、どこかふらつく足取りでミフナシロへと向かう。

 

「魔力は相当高いけど、体力が追いついてないのね………風花ちゃんだっけ? あなたも無理しないように」

「私は大丈夫です。それに今倒れるわけにもいきませんし」

「ヒ~ホ~! もうちょいで非戦闘員は終わるホ!」

「その後負傷者が来るホ!」

「じゃあ後はいいから、こいつのそばから離れるな。ここもいつ戦場になるか分からねえしな」

『OKだホ♪』

 

 風花の護衛役のジャックフロスト&ジャックランタンコンビのデビルバスターバスターズが、〈最後尾コチラ〉と書かれた看板を担いで駆け寄ってくる。

 人手不足で駆り出す羽目になったコンビにキョウジが本来の任務復帰を申し渡す。

 

「猫の手も借りるってのはこういう状況だな。で、もう一つの方は?」

「あ、はい。多分………」

 

 風花が入念にサーチし、あるエリアを特定する。

 

「先程から、この辺りで悪魔反応が頻繁に出入りしてます。ものすごく強い反応の隣に、何かよく分からない反応がありまして……」

「それがボスと参謀ってとこか。人修羅の話じゃ、ボスはこんだけでかい作戦やらかすのは初めてって話だったな」

「間違いない。マントラ軍の時でもこのような戦い方はした事が無いはずだ」

「じゃあやばいのは参謀の方だな。どこのどいつか、ちょっくら面拝んでくる」

「ほ、本当に大丈夫なんですか!? 外すごい数ですよ!」

「何とかするさ。じゃあ行ってくる。後は任せた」

「キョウジこそ無理しちゃダメよ。まとめ役押し付けられるのアンタとロアルドだけなんだから」

「押し付けかよ……」

 

 レイホウの言葉にぼやきつつキョウジも出撃する中、マネカタ達の避難は続く。

 

「こちらの準備が完了するまで向こうは持ちそう?」

「えと、皆さん予定通り分散してのゲリラ戦に入ってます。明らかに侵攻速度は落ちてますね」

「危なくなったらすぐに撤退って言っておいたけど、ちゃんと守ってる?」

「一応は……」

「転移は最後の手段だと分かってるんでしょうね。風花ちゃんも危なくなったらすぐにミフナシロの中に入りなさい」

「ふ~かにはオイラ達がついてるホ!」

「お任せだホ~」

「えと、こちらは……」

「ZZ……」

 

 ジャックコンビが胸を張る中、風花が後ろで寝息を立てているダンテを指差す。

 

「彼なら多少の事でも大丈夫でしょ。ヤバくなったら勝手に起きると思うから、寝かせておいて」

「はあ………」

「ぬ、待て……何かが見える……だが、これは……」

 

 ふとそこでフトミミが己に額に指を押し当て、意識を集中させる。

 

「悪い予言じゃないわよね………」

「いや、はっきりとはまだ見えない………だが、この戦いの後に何かが起きる。とてつもなく重大な何かが………」

「……悪い意味にしか聞こえないわね。この状況じゃ」

 

 レイホウはため息をつきながら、己も再出撃の準備に取り掛かった。

 

 

 

「くそ、どっちだ!」

「マネカタどもめ、逃げるしか能が無いのか!」

 

 幾つにも分かれたアサクサの地下街通路を進む内に、ヨスガの悪魔達は徐々に分断を余儀なくされていた。

 

「いた!」

「待ちやがれ!」

 

 ようやく見つけた人影に、悪魔達が一斉に襲い掛かる。

 

「うわああぁぁ!!」

 

 追いかけられたマネカタが、悲鳴を上げて必死に通路を逃走する。

 

「叫べ叫べ! マガツヒが取れる!」

 

 逃げるマネカタを追い、悪魔達が通路の角を曲がった瞬間だった。

 突然彼らの足元が崩れ、移動していく視界の中で、先程のマネカタが天井から吊るしてあったロープにしがみついているのが見えた。

 

「また落とし穴だと!?」

「ただの穴だ、これくらい…」

「そう簡単に行くと思うかい?」

 

 それほど深くない穴から悪魔達がはいでようとした時、穴の淵からマークが意地悪そうな笑みを浮かべて悪魔達を見た。

 そして、その手には一本のスコップが握られている。

 

「まさか………」

「そのまさか。やれ~!!」

『オ~!』

 

 マークの号令と同時に、通路の部屋に隠れていたマネカタ、そしてアサクサの地下に住んでいた地霊達も一斉に姿を現す。

 そしてマネカタ達の手には、同じくスコップが握られていた。

 

「やっちゃえ~」

「急げ~」

「おら~」

 

 マネカタと地霊が一丸となって、穴を掘ったままの盛り土を一斉に悪魔達へと被せていく。

 

「うわ、止めろ泥人形が!」

「これくらい!?」

 

 埋められる前に土を払いのけようとした悪魔達が、その土に大量の御札が混ざっている事に気付く。

 

「いかん、これは!?」

「おのれぇぇ!!」

 

 アサクサ中から集めた御札に、正式に御霊降りを施し簡易封印用とした物を混ぜた土に、大量の人海戦術で悪魔達が瞬く間に生き埋めにされていく。

 

「トドメ! スサノオ!」『神等去出八百万撃!』

 

 最後にマークが己のペルソナの拳で念入りに土を圧縮、地霊達も協力して完全に穴は慣らされ、悪魔達を生き埋めにした。

 

「やったやった!」

「マネカタだってがんばればできるんだ!」

「私達だって手伝ったよ~」

「そうだそうだ」

 

 うまくいった事にマネカタ達が喜ぶ中、白装束の美少女の姿をした中国の伝承で、複数の人間が首をくくった木に宿るとされる木の精、地霊カハクや国津神の中で屈指の力を持つとされ、一説にはテングの起源であるともされる地霊 サルタヒコが自分達の力も主張する。

 

「考えたオレもこんなうまくいくとは思ってなかったけどな。あんたらが協力してくれたからなんとかなったようなモンだし」

「ヨスガに来られたら居心地悪くなるし~」

「地霊達にも迷惑な話だからな」

「次来たよ次!」

「おっと、じゃあ次だ!」

「お~!」

 

 マークの号令の元、全員が一丸となって次の穴へと向かった。

 

 

 

「向こうにいった者達の気配が消えましたね」

「やはり元マントラの者達では頼れませんか」

 

 別の通路を進んでいた天使達からなる部隊が、仲間がやられた事を嘲笑しながら進む前に、人影が姿を見せる。

 

「見つけた!」

「力無き者に死を!」

「そうか」

 

 マネカタのフードを被ったその人影が、襲ってくる天使達の声に、小さく呟く。

 そして突き出された白刃が、天使の一体を返り討ちにした。

 

「が………」

「マネカタじゃない!?」

 

 返す刀で、別の天使も一撃で斬り捨てられる。

 

「何者だ!?」

「デビルバスターだ。ただのな」

 

 そう言いながら、フードを脱ぎ捨てた小次郎が、将門の剣を構え直す。

 

「人間風情が!」

「その顔を苦痛に歪ませ、マガツヒを垂れ流しなさい!」

「ゴガアアァァ!」

『マハ・ジオンガ!』

 

 槍を手にしたパワーと、半透明の体のヴァーチャーが小次郎へと襲い掛かる。

 そこへ、小次郎の背後から放たれた猛烈な業火と電撃魔法が炸裂した。

 

「グルルルル………」

「人間をなめないでほしいですね」

 

 小次郎の背後から現れたケルベロスが唸り声を上げ、咲が天使達を睨み付ける。

 

「人間がもう一人か」

「この狭さでは、仲魔も多くは呼べまい!」

 

 一瞬怯んだ天使達だったが、態勢を立て直して襲いかかろうとした時だった。

 

『アブソリュート・ゼロ!』

『戦の魔王!』

 

 突如として天使達の背後から、すさまじい氷結魔法と、魔王シュウを呼び出す召喚魔法が炸裂した。

 

「がはっ!!」

「伏兵だと!」

 

 まったく予想外の事に天使達が背後を振り向く。

 

「悪ぃな、ちょっとイカサマさせてもらったぜ」

 

 そこにはソーコムピストルを構えた八雲の左右に、カチーヤとネミッサの姿があった。

 

「いつの間に!」

「教えな~い♪」

 

 ネミッサが舌を出しつつ、突き出したカドゥケウスが天使を貫く。

 

「がはっ!」

「おのれぇ!」

 

 天使達の外見の神々しさとは裏腹の罵声に、銃声と剣戟の音が重なる。

 

「はあっ!」

 

 カチーヤが振り回した空碧双月が最後の一体を唐竹に斬り割る。

 

「片付いたな」

「やべ、次が来てる」

 

 小次郎が刀を振るって血脂を振り落とした所で、八雲がエネミーソナーに新しい反応が近づいている事に気づく。

 

「向こうだ!」

「先遣隊はやられたようだぞ!」

 

 戦闘の音を聞き、やってきた悪魔達が雪崩れ込む。

 だがそこには崩壊していく天使達の屍と、弾痕や血しぶきだけで生きている者の姿は見当たらなかった。

 

「いねえ!?」

「どこにいった!」

「探してマガツヒを搾り出してやる!」

 

 悪魔達が周囲を探すが、通路には部屋一つ見つからない。

 そして、瓦礫に隠してある小型ディスプレイと、そこから伸びるケーブルに気付く者はいなかった。

 

 

「行ったか?」

「まだうろついてる~」

「まさか、こんな所にいるとは思わないだろ」

「確かにな………」

 

 ネミッサが表示する複数の画面に映し出される光景を見ながら、八雲と小次郎は呟く。

 

「でも、ちょっと不思議な感覚ですよね」

「色んな所行ったけど、まさかサーバーの中の世界なんて……」

 

 自分達がいる場所、臨時で設置されたサーバーマシンの中、ネミッサの力でダイブした情報世界の感覚にカチーヤと咲が若干戸惑いを覚える。

 

「オレも最初はそうだったからな。すぐに慣れる」

「初めて入る時大騒ぎしてたモンね~」

「だから昔の話をほじくり出すな!」

「だが便利な物だな。回線と簡易ターミナルさえあれば、余計な設定も何もいらずに移動できる」

「もっとも昔は中に悪魔だの電霊だのが徘徊しててえらい目にあったぞ。ここにも一匹徘徊してるが」

「そんな事言うと八雲だけ残すよ?」

「あのネミッサさん、そんな事したらこの後の作戦に支障が………」

『あの……』

 

 ネミッサの洒落にならない脅しをカチーヤがいさめようとする中、八雲のそばに小さなウインドウが浮かんでそこに風花が映し出される。

 

「どした山岸?」

『ルートD、Gからの侵攻が予想以上に多いです。リーダー達とパオフゥさん達ががんばってますが、レイホウさんが予定を繰り上げると』

「あっちの準備は?」

『大体は。それにこれ以上地下通路が崩壊すると、予定していた効果が出せなくなる可能性が』

「メアリ、アリサ、そっちは?」

『結線および調整、82%をクリア。ただ機材不足で残る部分は接続不能です』

『エーテルハーモニクス、起動準備OKだよ、お兄ちゃん』

 

 八雲の問いかけに同じく浮かんだウインドゥにメイド姉妹が表示され、準備完了を告げる。

 

「もうちょっと削ってからにしたかったんだがな~」

「相手の数が多過ぎる。もう少し減らしてくるか?」

「津波が来るのに海に出るようなもんだぞ。オレはインドア派だからとっとと部屋にこもる」

 

 風花から送られてくる敵の侵攻状況に、八雲と小次郎は舌打ちを交えながらも思案する。

 

「もっともこもる前に戸締りは必要だろうが……問題はあまり派手にやりすぎて断線しちまったら帰れなくなる」

「あの風花だっけ? あの子に転移させてもらえばいいじゃん」

「あれはあくまで最後の手だ。負担かけて倒れられたら状況把握が困難になる」

「だが、こちらの負担も軽減させねば」

「ここ、一応途切れてるみたいだけど………」

「ち、しゃあねえな。ネミッサ頼む」

「じゃあ、行くよ」

 

 ネミッサの声と同時に、皆が光に包まれ、画面の一つからリアルの世界へと出撃していった。

 

 

 

「おわああぁ~!」

「うわわわわ~!」

「待ちやがれ!」

「人間だ! マガツヒを絞りとれ!」

「ワンワンワン!」

「犬までいるぞ!」

「ついでだ!」

 

 地下通路の一つを、順平と啓人、それにコロマルが声を上げながら全力疾走していた。

 そしてその背後を、おびただしい数の悪魔が追っている。

 

「ちょ、洒落になんねぇってこれ!」

「しゃべってる間に走ろう!」

「ワンワン!」

 

 必死になって逃げる二人と一匹を、悪魔達が追い掛け回す。

 だが、その悪魔達を追うように押し殺した複数の気配が通路に併設している部屋から部屋へと移動していた。

 

「待ちや、んが…」

 

 だが最後尾にいた悪魔の一体が、いきなり開いたドアから伸びてきた腕に捕まり、部屋へと引きずり込まれる。

 それに気付かず追跡を続ける悪魔達が、後ろから一体、また一体と減っていく。

 啓人達を追いかけるのに夢中な悪魔達がそれに気付かないまま、すでに数はかなり減っていた。

 

「畜生、なんて逃げ足の速え奴らだ! オイ誰か…」

 

 中間にいたはずのオニが後ろを振り向いた所で、いつの間にか後ろに誰もいない事に気付いた。

 

「あん? おいどこに行った…」

 

 思わず足を止めたオニだったが、そこにいきなり開いたドアから高速で影が迫る。

 

「お…」

 

 言葉を発する間も無く、突き出された鋭利な刃がオニの喉を貫く。

 続けて迫った別の影が、オニを手近の室内へと連れ込んだ。

 そしてまた誰も気付かぬ通路の、閉ざされたドアの向こうから咀嚼音が響いてくる。

 

「こんな物か」

「おお、これ以上食うと腹壊すし」

「……素人だな」

「後部警戒をまったくしていない。襲う側が襲われる事など考えていないのだろう」

「向こうもそろそろだっけ?」

「我々も後を追おう」

 

 やがてドアがそっと開き、そこから悪魔化しているロアルド、シエロ、サーフが姿を現す。

 その全員の口が鮮血でまみれている事と、喰奴の習性とを考えれば、中で何が行われていたかは容易く想像できる。

 極めて物騒な所業を成し遂げた喰奴達は、素早く、かつ気配を忍ばせながら後を追った。

 

 

「そろそろ……のはず」

「も、もう限界……」

 

 目的の通路を示す目印代わりの浅草サンバカーニバルポスター(※二次元萌仕様)の張っている曲がり角に息も絶え絶えの二人と一匹が滑り込む。

 

「そこか!…あ?」

「アイギス、フルバースト!!」

 

 後を追った悪魔達の目前に、両腕に大型ガトリングガンとオートマチックグレネードランチャーを装備したアイギスが待ち構えていた。

 次の瞬間、アイギスの両腕が無数の銃弾とグレネード弾を一斉に吐き出す。

 雷のような高速連射の銃撃音と、轟く爆発音が周辺に響き渡り、弾幕と爆風が悪魔達を埋め尽くした。

 

「ぎゃああぁぁ!!」

「この…がふっ………」

「うわあああぁぁ!」

 

 猛烈なアイギスの攻撃の前に、逃げ場の無い悪魔達が断末魔を上げていく。

 

「ちいぃ! 罠だ! 逃げるよ…」

 

 後ろの方で銃火を免れたヤクシニーが自分の後ろにいるはずの者達に声をかけたつもりで振り向く。

 だが振り向いた直後、その胸を刃が貫いた。

 

「が……あんた等は……」

 

 腕と一体化したヴァジュラの刃を突き刺してきたロアルドに、ヤクシニーが憤怒と疑問の入り混じった目を向ける。

 

「後ろの……連中は……」

「食った。残念だがな」

「そうかい………食い物にされてたのはこちらの……」

 

 すべてが罠だった事に気付きながら、ヤクシニーの体が力を失って崩れ落ちる。

 

「殲滅するぞ!」

「OK!」

「分かってます!」

 

 アイギスの銃撃で傷ついた残りの悪魔達も、美鶴を先頭としてゆかり、乾の手によって倒されていく。

 

「さ、作戦どおり………」

「しんど…………」

「ワンワン!」

 

 囮役だった啓人と順平が息も絶え絶えでぐったりする中、唯一元気そうなコロマルが声を上げる。

 

「犬は元気だぜ………」

「休んでいる暇は無い。すぐに次が来る」

「げ~……」

「グロッキーならチェンジしようかブラザー?」

 

 ロアルドの言葉に露骨に嫌な顔をする順平に、シエロが笑いながら交代を申し出た。

 

「残念だが、我々のペルソナではSilent Killには向いていない。この作戦では敵に目的を知られないようにするのが最大のポイントだからな」

 

 あらかじめ突貫で部屋どうしを繋ぐ隠し通路を掘っておき、そこを移動しながら相手の背後から奇襲をかける。

 高い追跡能力と暗殺能力を必要とする作戦に、美鶴は正直に自分達に向いていない事を告げる。

 

「あの桐条先輩、オレさすがにも一回はちょっと……」

「オレも………」

「情けないわね~」

「じゃあゆかりっちやってみろ! 本気で殺されるかと思ったぞ!」

「それは無い。人間はマガツヒの良質な生産元として丁重に拷問されるそうだ」

「もっと悪ぃ………」

 

 真顔で空恐ろしい事を告げるロアルドに順平が更に顔を青くする。

 

「こういう時、明彦がいてくれればな」

「確かに真田さんならこういうの得意そうですよね。途中で返り討ちにしそうですけど」

「……次の作戦に移る」

 

 美鶴や乾が嘆息する中、サーフが冷淡に再開を告げる。

 

「残念ですが、重火器の残弾が僅かです」

「あのレーザーって使えない?」

「ゆかりさん、レーザーとはオルゴンブラスターの事でしょうか? ヴィクトル博士から渡されたのは試作品のあの一つだけです」

「仕方ない、フォーメーションを変えよう。だとしたら誰が囮を…」

「オレが行く」

 

 アイギスが武装を交換する中、啓人がフォーメーションを悩む間も無く、変身を解いたサーフが拳銃片手に敵の向かってきている方へと走っていく。

 

「すげえクールだな、あんた等のリーダー………」

「でも兄貴は頼りになるぜ」

「彼なら一人でもそう簡単に死ぬような事は無いはずだ。作戦を続行しよう」

「じゃあ待ち伏せはアイギスメインで、ゆかりと美鶴先輩がサポート、他はバックアップで」

「ワンワン!」

「コロマルさんはまだ大丈夫だからサーフさんのサポートに回ると言ってます」

「じゃあ頼むよコロマル」

「こちらも行こう」

「OK!」

 

 皆がそれぞれの役割を果たすために走り出す。

 だが、ヨスガの圧倒的な数の前に、防衛線はじわじわと押し込まれつつあった。

 



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PART22 ACCOUNT BANISH(中編)

 

「アステリア!」『ツィンクルネビュラ!』

 

 うららのペルソナの放った強烈な旋風が、通路の天井を破壊し、通路を完全に塞いだ。

 

「ふう、こんなモンかしら?」

 

 吹き上げる土ぼこりから遠ざかりつつ、うららが額の汗を拭う。

 

「発破をもうちょい回してもらえりゃ、完全に封鎖できんだがよ」

「仕方ないわよパオ、そんないっぱい持ってきてた訳じゃないって言ってたじゃん」

 

 咥えタバコのまま、通路の封鎖状況を確認していたパオフゥがぼやくが、そんな彼の懐から電子音が鳴り響く。

 そこから多機能モバイルを取り出したパオフゥが、表示されている情報を見て舌打ちした。

 

「3番がもう突破されやがった。人海戦術で掘り起こしやがったな」

「じゃあここもあんまり持たないわね……」

「そろそろ打って出るとするか」

「そうね」

 

 モバイルを仕舞い込んだパオフゥが指弾用のコインを取り出し、うららが拳を打ち鳴らす。

 

「お待ちください、さすがにお二人では無理がございます」

「助太刀するよ」

「あら、メアリちゃんにアリサちゃん」

「あっちはいいのかい?」

「はい、あとは手順通りに」

「そのためにも、ここで踏ん張らないと!」

 

 二人のペルソナ使いの両脇に、二人のメイド姉妹が並び立つ。

 その時には、すでにふさがれた通路の向こうから悪魔が掘り進める物音が響き始めていた。

 

「お出迎えと行くか」

『おお~!』

 

 女性陣が声を上げる中、僅かに開いた瓦礫の隙間へと向けてパオフゥは指弾を叩き込んだ。

 

 

 

「頃合、って所かしら」

「ええ、多分………」

 

 レイホウの呟きに、風花も同意する。

 皆が奮戦しているが、文字通り雪崩れ込んでくるヨスガの大群の前に防衛線が大分押し込まれてきているのが3Dディスプレイのそこかしこで表示されていた。

 

「急いだ方がいい。皆にも被害が出てきている。それに…」

「それに?」

 

 フトミミがしばし迷った後、口を開く。

 

「何か、今までとは比べ物にならないとんでもない変化が訪れるようだ。あまりにも巨大過ぎて、私にもはっきりとは見えない。だが、この戦いですらその予兆に過ぎないらしい」

「ふう、聞かなかった事にしておきたいけど、それは無理でしょうね」

 

 レイホウが頭を抱え込みつつ、ため息を漏らす。

 そこで、ディスプレイの片隅にBEEP音と共に小さなウインドゥが赤く表示された。

 

「限界ね、どうやら」

「何ですこれ?」

「マグネタイトの残量警告よ、これは八雲か……」

 

 続けてもう一つ同じウインドゥが表示された事に、レイホウが露骨に顔を曇らせる。

 

「小次郎まで………すぐに下がらせて。フェイズ5に移行するわ」

「は、はい!」

「正直、これは賭けね……どこまで効果があるか分からないし」

『こちら祐子、準備は完了してるわ。セラさんの方も大丈夫』

「それじゃあフェイズ5、ライブスタート!」

 

 

ミフナシロ 最深部

 

 全てのマネカタ達の魂のよりどころとされる聖域、その最奥に祭壇のように祭られた巨石の上に、一つのステージが設置されていた。

 マネカタ達によって集められたマガツヒが巨石から漏れ出て舞う中、ステージの上にセラが立った。

 その傍らで、祐子がうまく行くように祈りを捧げ続ける中、セラはステージの中央で大きく息を吸い込む。

 

(みんなを、救うために………)

 

 己自身も祈りを捧げながら、セラの口から歌が紡がれ始めた。

 静かで、どこまでも優しい旋律を持った歌が、ステージに設置された複数のマイクを元に、アサクサの各所に設置されたエーテルハーモニクスを媒介として、街の隅々に流れていった。

 

 

「何だこりゃ………」

「歌、だ?」

 

 当初、歌に気付いていなかったヨスガの悪魔達が、一体、また一体と歌に気付いて動きを止める。

 

「何してんだ!」

「いや、何か……」

 

 だが、歌に気付いても動きを止めず、マネカタ達を狩り立てる悪魔もまた多くいた。

 

「始まった!」

「撤退! 急げ!」

 

 悪魔の動きが鈍った隙に、奮戦を繰り広げていた全ての者達が、一斉にミフナシロへと向けて撤退を開始する。

 

「へ、さすがセラだ。すげえ効き目だぜ」

「だが、喰奴程絶対でもないようだ。幾分かの鎮静効果はあるようだが……」

 

 数を減らしたとはいえ、こちらを追ってくる悪魔の姿を認めたシエロとロアルドが駄目押しの攻撃をぶち込みながら撤退戦を繰り広げる。

 

「すげえな~、あんだけの悪魔がおとなしくなってるぜ」

「ペルソナ使いなんかよりすごくない?」

「ただ、どうにも効果がランダムだな」

「そういや、さっき間違えて配線ごと攻撃したような……」

「あ、こっちもやっちゃった」

「オレはちゃんと外してたぞ」

 

 合流したペルソナ使い達がセラの歌の効果に驚きつつ、一心にミフナシロへと向かう。

 

「やっぱ完全停止は無理か……」

「今ここから雪崩れ込まれる訳にもいかんだろ」

 

 他の者達がミフナシロへと向かう中、通路の合流地点で八雲と小次郎がそれぞれの銃に残ったマガジンを叩き込む。

 

「全員、残弾は?」

「2.5マグって所」

「今入ってるので最後です」

「オレは2だな………」

「オレもだ。マグネタイトも切れちまったし、魔力もそんな残ってないだろしな~。どこで逃げるかがポイントか」

 

 武装がほとんど品切れ状態の中、どう戦うかを考えていた八雲だったが、ふとそこでやけに静かな人物がいる事に気付いた。

 

「ネミッサ、お前は…」

 

 八雲がネミッサに声をかけるが、ネミッサは静かにうつむいたまま動かない。

 

「やべ、こいつにも効いたか?」

「ネミッサさん大丈夫ですか…」

 

 カチーヤも心配してネミッサに声をかけた所で、ネミッサの顔から雫が一粒こぼれて床へと落ちた。

 

「ネ、ネミッサ?」

「あれ、ネミッサ一体………」

 

 自分の瞳から零れ落ちる涙に、ネミッサ自身が分からぬまま床に雫が次々と落ちていく。

 

「後だ! 来たぞ!」

「ネミッサそこをどけ!」

 

 響いてくる足音と嬌声に、小次郎と八雲が剣と銃を構えて前へと出ようとした時だった。

 通路の各所から響いてくる歌声に、別の歌声が重なる。

 二つの声が重なり、新たな旋律となって通路へと響いていき、いつの間にか向かってきたはずの足音も止まっていた。

 

「これは………」

「ネミッサ、お前………」

 

 涙を流しながら、ネミッサは歌っていた。

 セラの歌に合わせるように、連なるように、ネミッサの口から静かな音律が奏でられる。

 

「悪魔達が………」

「静まっていく………」

 

 咲とカチーヤも唖然としながら、先程までの喧騒がうそのように静まり返っている通路を見た。

 

『小岩さん! 何が起きてるんですか!?』

「何が起きてるって言われても、オレもなんつったらいいのか……他の通路の悪魔の様子は?」

 

 風花の慌てた様子の通信に、八雲も初めて見るネミッサの力の前にどう説明したらいいかを悩む。

 

『その周辺だけですが、ほぼ完全に悪魔が沈静化してるみたいです………』

「山岸、セラとネミッサの歌を同調させて流せないか?」

『ええ!? ど、どうすればいいんですか!?』

「今気付いたんですけど、あの歌には独特の波長が出てます! これはそういう術式なんです! それに合わせれば!」

『波長に合わせればいいんだな。山岸、私も手伝おう!』

 

 カチーヤの助言に、向こうに合流したらしい美鶴の声が応じる。

 

『結線はこっちでやるぜ』

『今そっちにメアリちゃんとアリサちゃんが補給持って増援に向かってるわ!』

『こっちはほぼ撤収完了、今最終防衛線を構築してるわ! キョウジはまだ帰ってこないの!?』

 

 慌しく作戦が組み替えられる中、二人の歌が響き続ける。

 やがて、二つの歌声が同調されてアサクサの全ての場所へと流されていく。

 優しく、深く、透き通った二つの歌声の前に、先程まで荒れ狂っていた全ての悪魔達が、ウソのように動きを止め、静かに歌を聴いていた。

 

「これは………」

「すごい………」

「さて、どれくらい持つかだな」

「八雲様!」

「補給持ってきたよ!」

 

 咲とカチーヤが、歌い続けるネミッサの方を見とれるように見つめ続ける。

 だが、八雲と小次郎は厳しい目つきのままだった。

 慈愛の歌が響き続ける中、メアリとアリサが持ってきた弾丸を銃に叩き込み、栄養ゼリーをすすった八雲が空容器を投げ捨てて通路の向こうを凝視する。

 やがて、静かな歌の中に不協和音が混じり始める。

 

「お、お許しくだ、ギャアアァァ!」

「うわああぁぁ!」

 

 通路の向こうから、動きを止めていたはずの悪魔の断末魔が響いてくる。

 

「これは……」

「来ます! 何かとんでもない強い存在が!」

 

 小次郎のアームターミナルと八雲のGUMPが同時に最大危険を示すBEEP音を響かせる。

 

「これは、魔神級か? だが……」

「妙な反応が混じってやがるな………」

 

 緊張の面持ちで、ネミッサを守るように二人の術者と二人の悪魔使いが前へと出て構える。

 

「メアリ、アリサ、お前らはネミッサを守れ。そいつこっちに気付いてないかもしれん」

「分かりました」

「何、何が来てるの!?」

「大丈夫、八雲様達を信じなさい」

 

 あまりに強い反応に、おびえる妹を鼓舞しながらメアリが巨大な鎌を構える。

 

「来た!」

 

 八雲が叫びながら銃を構える。

 最初に見えたのは、体を半ば千切られて壁へと叩きつけられるオニの屍だった。

 やがてゆっくりと、全身を悪魔の返り血に染めた影が姿を現す。

 それは、異形の腕を持った一人の少女だった。

 

「そいつかしら、私の部下を骨抜きにしてくれたのは………」

「部下って事は、あんたがヨスガのリーダー、橘 千晶だな」

 

 ネミッサを睨む千晶の前に、小次郎が一歩前に出て剣を構える。

 

「仕事柄人間辞めちまった奴は色々見てきたが、こいつはとびきりだな、オイ」

 

 八雲も銃口を向ける中、千晶が異形と化している顔の下半分を歪ませて笑う。

 

「COMPを持ってる、という事はあなた達、悪魔使いね。けど、仲魔はどうしたのかしら? マグネタイトが無いと呼び出せないって話らしいけど」

「………誰から聞いた?」

 

 彼女が知るはずの無い事を知っている事に、小次郎が微かに疑問を感じる。

 

「さあ、なぜかしらね?」

「やっぱ、そっちにもオレらと同じく、どっかから飛ばされてきた奴が協力してやがんな? 相当実戦、しかも対悪魔やデビルサマナーとの戦い方を熟知した奴が」

「ふ、ふふふふ……」

 

 八雲が言及するが、千晶は肩を小さく震わせて笑いながら、異形の右腕を振るってそこから鮮血が飛び散る。

 

「あなた、自分の配下を殺しながらここまで来たの?」

「力を持たない者はヨスガに必要ないわ」

 

 咲の問いに、千晶はさも当然のように断言しながら全身からすさまじい妖気を放っていく。

 

『た、大変です! さっきまで沈静化していいた悪魔達にまた活性化の動きが!』

「そりゃ煽ってる奴がすぐ目の前にいるからな」

「覚悟しなさい。泥人形ごと、あなた達も潰してあげる!!」

 

 不吉な情報を風花から聞いた直後、千晶が異形の右腕を振りかざしてくる。

 だがそこで、千晶の後ろから飛び出してきた人影が、千晶を横手の壁へと叩きつけて付けて強引に止めた。

 

「もう止めろ千晶!!」

「英草!?」

「修二か!」

 

 撤退する振りをして、ずっと待ち構えていた修二が千晶をなんとか止めようと押さえ込む。

 

「これ以上、犠牲を出して何になるってんだよ! ヨスガも、コトワリも、どうでもいいじゃねえか! オレはもう、友達がこれ以上狂ってくのは見たくねえんだ!!」

 

 今まで心の奥に溜まっていた感情を爆発させるように、修二は叫ぶ。

 しかしその叫びを聞く千晶の目は、どこまでも冷めたままだった。

 

「分かったわ修二君」

「千晶………」

「あなたは、完全に私の敵になるのね。ヨスガのコトワリを阻む者に。ねえ人修羅ぁ!」

「千あ…」

 

 かける声もむなしく、修二の体が千晶の一撃で壁へと叩きつけられ、大きく壁が穿たれ、それに鮮血が混じる。

 

「ぐふ……千…晶………」

 

 口から鮮血を吐き出しながら、修二はなんとか体勢を立て直そうとする。

 そこに、異形の右腕を振りかざした千晶が襲いかかろうとしていた。

 だが強力な一撃は、横手から飛来した銃弾に阻まれ、白刃によって受け止められる。

 

「貴様ら………」

「下がれ修二、ここはオレが止める」

「小次郎……」

「友人を殺るには、半端じゃない覚悟と、絶対消えない後悔が必要だぜ」

「八雲……」

 

 かつて、友や仲間を己の手に掛けた事のある二人の男が、己の得物を千晶へと向ける。

 

「待ってくれ……オレにやらせてくれ………」

「……いいのか」

「ああ、オレも甘かったみてえだ。悪魔のくせにな」

 

 普段の陽気さも感じさせない、冷めた苦笑を浮かべながらも修二は胸を叩き、今装備していたマガタマを吐き出して別のマガタマを飲み込む。

 

「もお余計な事は言わねえ、勝負だ千晶!」

「まず貴方からよ修二君!」

 

 振り下ろされた異形の右腕を、修二が頭上で両腕を交差させて受け止める。

 

「ううおおおぉぉぉ!」

 

 全身の力を込めて異形の右腕を弾き返した修二が、ありったけの魔力を込めた拳を千晶の胴に連続で叩き込む。

 

「ぐ……その程度!」

『死亡遊戯!』

 

 続けて魔力の剣の衝撃波で千晶を吹き飛ばした修二が、更なる追撃をかけようと拳に魔力を込めようとするが、そこに伸びてきた異形の右腕がその首をわしづかみにする。

 

「がっ………ぐっ………」

「捕まえたわよ修二」

 

 首を掴まれたまま、分かれた異形の腕が鋭利な槍となって修二の全身に襲い掛かる。

 

「ぐはっ………!」

「あの馬鹿! 仲魔も呼ばないでやる気か!」

「修二!」

 

 とっさに八雲と小次郎が援護に入ろうとするが、その時修二の顔に笑みが浮かんでいる事に二人は気付いた。

 

『破邪の……光弾!!』

「!」

 

 お互いに離れられない距離で、修二のありったけの魔力を込めた魔力弾が炸裂する。

 

「ぐああぁぁ!!」

 

 至近で直撃を食らい、千晶が吐血しながら弾き飛ばされる。

 反動で拘束から逃れた修二が床へと崩れ落ち、傷口から血を垂れ流しながらもなんとか片膝をついてこらえた。

 

「大丈夫か!」

「へへ、この程度じゃ死ねないんでね……」

 

 駆け寄った小次郎に、修二が苦笑しながらも立ち上がろうとする。

 

「動くな。咲、回復を…」

「ふ、くすす……あはははは………」

 

 そこで、まともに攻撃を食らって破砕しかけている壁にもたれかかって座り込んでいた千晶が、笑っている事に皆が気付く。

 

「やるわね、修二君。でも、そろそろお終いにするわ」

 

 そう言った千晶の右腕が、異様なまでに蠢き始める。

 

「! 全員防御しろ! カチーヤ!」

「はい!『フリーズ・ウォール!』」

 

 八雲が叫び、何を言いたいのかを瞬時に理解したカチーヤが、即座に歌い続けているネミッサの前へと立ってありったけの魔力で凍気を生み出し、氷壁を築いていく。

 

「そんな物! 『選民の腕(かいな)!』」

 

 千晶の右腕が、幾つにも分裂して蠢く奇怪な槍と化して己の前に立つ者全てに襲い掛かる。

 

「げっ!」「くっ!」「ちいっ!」「きゃあ!」

 

 皆歴戦の者達だけに、致命傷はかろうじて避けていたが、遅い来る猛烈な攻撃に負傷は免れなかった。

 

「まず……」

 

 ナイフで必死に襲い来る槍を捌きながらも、八雲が視線を後ろへと向ける。

 

「はっ!」

「この!」

 

 氷壁の前でメアリが大鎌を振るい、アリサがアームガンを連射して何とかカチーヤとネミッサを守ろうとするが、捌ききれなかった攻撃が次々と氷壁に食い込んでいく。

 

「く、ううう………」

 

 カチーヤがなんとか氷壁を守ろうと魔力を注ぎ込むが、そこへ無数の槍が一度に襲い掛かる。

 

「う……」

「きゃああぁ!」

 

 巻き込まれたメイド姉妹が弾き飛ばされ、とうとう限界に達した氷壁が砕け散った。

 

「あ……」

 

 無数の槍が押し寄せてくる中、カチーヤはとっさにネミッサを守ろうとするが、二人まとめて突き飛ばされる。

 

「カチーヤ! ネミッサ!」

 

 八雲が叫ぶ中、歌が途切れ、二人がおり重なって倒れる。

 

「やっと耳障りな歌が途切れたわね」

「千晶ぃー!」

 

 腕を引き戻してほくそ笑む千晶に、修二が負傷も構わず突っ込んでいく。

 

「小次郎、そっちを頼む!」

「分かった! 咲はあちらの回復を!」

「はい!」

 

 千晶を修二と小次郎に任せ、八雲と咲が倒れた者達のそばへと駆け寄る。

 

「あ痛………あれネミッサ何を? ってカチーヤちゃん大丈夫!?」

 

 軽症だったらしいネミッサが体を起こそうとした所で、自分の上に重なっているカチーヤと、その体から流れている鮮血に気付いた。

 

「今回復を……」

「だ、ダメです! 離れてください!」

 

 負傷しつつも、カチーヤが強引にネミッサから離れる。

 その各所から、壊れたオーブやチップが散らばっていく。

 そして、カチーヤが体を起こす時に手をついたネミッサの衣服の表面が、氷結していた。

 

「今のでNEMISSAシステムが完全に破壊されました! 直に私の力が暴走し始めます!」

「く、しまった………」

「どういう事?」

「カチーヤの力は強力過ぎるんだ! だからオレがリミッターをつけてたんだが、そいつが壊れちまった………」

 

 ネミッサから離れたのもつかの間、カチーヤの触れた床、更には滴り落ちた血液の触れた場所までもが氷結を始めていく。

 

「今から、この力を全てあいつにぶつけます。そうすれば……」

「やめろ! 制御できる確証は無い! NEMISSAシステム無しで使えば、お前のソウルが持たない!」

「……ソウルが?」

 

 そこでネミッサが少し考える。

 向こうでは千晶相手に小次郎と修二が必死の死闘を繰り広げているのが見えていた。

 

「道義にこだわっている事態じゃない! 仲魔を呼び出せ!」

「そうしたいんだけどよ!」

「させないわ!」

 

 仲魔を呼び出す隙を与えまいと、千晶の猛烈な攻撃が二人を容赦なく襲う。

 

「千晶様に加勢しろ!」

「もう人間もマネカタも皆殺しだ!」

 

 更には、遠くから歌の影響から外れた悪魔達が怒号と共に押し寄せてきているのが聞こえ始めている。

 

「どうにか傷の回復だけでも…」

「近づいたら危険です!」

 

 回復魔法をかけようとした咲を振り払おうとしたカチーヤだったが、振り回した拍子に周囲にダイヤモンドダストが舞う。

 

「ち、前よりひどいか………どうすれば……」

「あ♪ あるじゃんいい手が!」

 

 そこでネミッサが何かをひらめいたかと思えば、いきなりその姿が小さな光の玉へと変化する。

 

「おいまさか!」

 

 嫌な予感を覚えた八雲の予感通り、光の玉と化したネミッサはそのままカチーヤへとぶつかった。

 一瞬眩い光がカチーヤから放たれたが、程なくして止んだ。

 

「え、ネミッサさん? 大丈夫カチーヤちゃん、ネミッサなら押さえ込めると思うから。でも……」

 

 まるで独り言のように交互に違う口調でしゃべるカチーヤに、咲が目を丸くする。

 

「これは?」

「憑依したんだ、だが本当に大丈夫か?」

「ん~、ちょっと待って」

「時間が無いぞ」

 

 すでに押し寄せてくる悪魔達の足音が間近煮まで響いてきている中、カチーヤの体で暴走している魔力を、ネミッサがなんとか押さえ込もうとする。

 

「くう~、結構やるわねカチーヤちゃん。私も協力します。よし、じゃあ二人で!」

「……昔を思い出すな」

 

 傍目には妙な独り言にしか見えない二人の会話に、八雲はデビルサマナーになったばかりの頃の事を思い出す。

 

「八雲様!」

「来たよ!」

「ちっ、間に合わないか!」

 

 通路の向こうに見える悪魔達の姿に、八雲が舌打ちしつつ銃口を向ける。

 

「伏せてください! いくよ!」

『アブソリュート・ゼロ・クリスタリゼーション!』

 

 ネミッサの力を借りて凝縮させられた魔力が、万物全て、存在情報すらも氷結させる絶対零度の凍気となって放たれる。

 

「うわ!」

「ちぃ!」

「これは!」

「なにこれは……!」

 

 とっさに伏せたりかわしたりした者達の衣服の一部すら凍らせながら、通路全体にすさまじい凍気が吹き荒れる。

 正面から食らった千晶を平然と飲み込み、そのまま通路を氷結させながら閉ざしていく。

 

「ぎゃああぁぁ……」

「ひぃ……」

 

 突然襲ってきたすさまじい凍気から逃れられなかった悪魔達を全て飲み込み、やがて凍気の嵐は消える。

 後には、無数の氷柱と並んで氷像と化した千晶とヨスガの悪魔達の姿があった。

 

「すげえ~……」

「雑魚は片付いたようだが、こいつはまだ生きてるな………」

 

 修二はその威力に絶句していたが、エネミーソナーの反応を確認した小次郎がまだ千晶の反応が出ている事に気付く。

 

「今の内に破壊しておくべきか?」

「………じゃあオレが」

「止めとけ、そう簡単に砕けるほどぬるい凍り方はしていない」

 

 余剰魔力を全て使い果たしたのか、倒れたカチーヤの体を支えながら、八雲が千晶の方を見る。

 氷像と化している千晶の目が、動いてこちらをにらみつけた事に、拳を握り締めていた修二が思わず一歩引いてしまう。

 

「カチーヤ様の状態は?」

「二人そろってオーバーフローでぶっ倒れてるようだ。もう戦闘は不可能だな」

「ああ! まだ敵が来るよ!?」

「この状態ならしばらくここは持つ。今の内に撤退しよう」

 

 なんとか起き上がったメイド姉妹が心配する中、小次郎の提案に皆が一斉に頷く。

 

「またな、風邪引くなよ千晶!」

 

 内心安堵している自分に気付きつつ、最後尾の修二が千晶に片手を上げるとそのまま撤退していく。

 

『お……のれ……人修羅……デビル……サマナー……!』

 

 氷像の中から響いてくる千晶の怨嗟が、静寂と化した通路の中に木霊していた。

 

 

 

 アサクサの全貌が見渡せる高台に、一つの影があった。

 

「陥落はもはや時間の問題か……だがやはり力のみを頼るような輩ではこの程度か」

「面白え話だな」

 

 性別も分からないようなくぐもった呟きに、突然返すように響いてきた声に影は振り返る。

 そこには、どうやってきたのか七支刀を手にしたキョウジの姿が有った。

 性別どころか顔や体格すら分からないローブ姿の影は、キョウジの手にした刀の鍔元に刻まれた紋章を見つめていた。

 

「やはり、ここでも立ち塞がるは葛葉か………」

「やはり、だ?」

 

 その一言に、キョウジの顔が怪訝に変わる。

 

「てめえ、何者だ? ずいぶんと修羅場慣れしてやがる。同業者ってのは間違いなさそうだがよ……」

「同業者か………当たらずとも遠からじか?」

 

 影は袖のすそから、一振りの刀を取り出す。しかしそれを握る手すらローブの中に隠れていた。

 影はゆっくりと刀を持ち上げると、それを頭上で構える。

 その構えに見覚えがあったキョウジの顔色が変わった。

 

「葛葉流……てめえ葛葉の人間か!」

「ふ……そうだった時もあった」

「正体、暴かせてもらうぜ!」

 

 キョウジがGUMPのトリガーを引き、仲魔を召喚していく。

 だがそこで、ローブ姿の影は袖をひるがえして何かを投じる。

 投じられた物が姿を顕現させかけていたキョウジの仲魔に突き刺さると、突然仲魔の召喚がキャンセルされてGUMPへと戻っていった。

 後には、半ばから切り落とされたような刀身が数本、転がっている。

 

「封魔の剣か! どこでそれを!」

「答える義務は無い」

 

 ローブ姿の影は一気に間合いを詰め寄り、白刃を振り下ろしてくる。

 キョウジはとっさに七支刀でそれを受けるが、その予想以上の重さと速さに内心舌を巻いた。

 

「できるな」

「そっちもな。これはどうみても正規の修行を受けた奴の斬撃だ。つまり、葛葉の正当血族って事じゃねえのか?」

 

 つばぜり合いの状態で、キョウジが顔も見えないローブ姿の影を睨みつける。

 

「なるほど、頭も切れるようだ。お前の名は?」

「キョウジ、葛葉キョウジだ」

「ふふ、そうかキョウジか……何代目だ?」

「!」

 

 その一言にキョウジは刀を弾いて後ろへと下がって剣を構え直す。

 

「本気で何者だてめえ………普通、代数までは聞かねえ。ついでに言っとくがオレは五代目葛葉キョウジだ、一応な」

「ふふ、そうか五代目か……」

 

 不気味すぎる相手に、キョウジが一層疑問を深くする。

 

「是が非でも、その顔拝ませてもらうぜ!」

 

 キョウジが突撃しながら、袈裟斬りに白刃を振り下ろす。

 ローブ姿の影はわずかに体を引いて斬撃をかわし、下段から白刃を跳ね上げる。

 キョウジは七支刀を素早く捻って枝刃の一つでその攻撃を受け止め、左手を腰の後ろに回すとそこからステアーTMPサブマシンガンを抜いた。

 かわしようの無い距離から、フルオートの銃撃がローブ姿の影に炸裂する。

 容赦なく1マガジン全弾を叩き込んだキョウジだったが、ローブから血が吹き出す事も流れ落ちる事も無い事に気付き、空になったマガジンをイジェクトしながら後ろに跳び退った。

 

「人間じゃない!?」

「ふっ……」

 

 銃撃の嵐をまともに受けたとは思えない動きで、ローブ姿の影はキョウジへと迫ってくる。

 横薙ぎに振るわれる白刃に、キョウジはとっさにステアーTMPをその白刃の軌道に投げ捨て、七支刀を抜いた。

 銃撃の影響か、わずかに鈍っていた斬撃はコンポジット製の銃を両断した衝撃でさらに鈍り、そこを七支刀が完全に阻んだ。

 

「そこだ!」

 

 そのまま大きく歩を踏み込みながら、七支刀がローブのフードを下から両断する。

 斬り裂かれたフードが左右に分かれて下がる中、そこにあった物を見たキョウジは完全に絶句した。

 

「実体がねえ!?」

 

 それは、この受胎東京の各所でも見られるような、実体の無い精神体だけの存在だった。

 淡い光が人型を型作っているだけの存在が、目鼻すら無い顔に同じく光だけの手を当てる。

 

「やはり、五代目葛葉キョウジともなれば、体無しではここまでか………」

「待て! お前は本当に何者だ!」

 

 問うキョウジに、精神体の顔がかすかに笑うように歪む。

 

「我はライドウ、40代目葛葉ライドウなり」

「40代目ライドウ!? ライドウは途絶えたはず……そうか、お前は途絶えない未来から!」

「また会おう、五代目キョウジ」

「待て!」

 

 40代目ライドウが身をひるがえすと、その姿が霞となってその場から消え失せる。

 

「……ったく。レイホウになんつえばいいんだよ、こりゃ」

 

 悪態をつきつつ、キョウジは櫛を取り出して髪を撫で上げ、ヘアスタイルを整える。

 

「さて、取り合えず戻るとすっか。あいつらまだ死んでねえだろな?」

 

 洒落で済まない事を呟きつつ、七支刀を担いだキョウジはアサクサへと戻るために足を早めた。

 



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PART23 ACCOUNT BANISH(後編)

 

同時刻 ミフナシロ入り口前

 

「はあっ!!」

「こんにゃろ!」

「ふっ!」

 

 押し寄せてくる悪魔達相手に、すさまじいまでの大乱戦が繰り広げられていた。

 

「押せ!」

「いかに強くとも、ヨスガの者は恐れない!」

「皆殺しだぁ!」

 

 戦闘の余波で回線が寸断され、セラの歌も届かなくなったヨスガの悪魔達は、今までにもましてすさまじい勢いで雪崩れ込んでくる。

 

「あまり前に出るな! 孤立するぞ!」

「分かってます! タナトス!」『五月雨斬り!』

 

 最前線で悪魔達を次々と斬り捨てていく小次郎の背後で、啓人が剣とペルソナを交互に使いながら、小次郎のサポートに当たっていく。

 

「通行止めよ!」

「んなろ~!」

 

 前衛の攻撃を潜り抜けてくる悪魔達を、うららの拳と順平の大刀が阻む。

 

「装填急いで!」

「こっちも!」

「は、はい!」

 

 入り口のすぐ手前、閉ざされた扉を守るべく咲とゆかりが銃と弓矢の狙撃を行い続け、乾が装填作業と矢束の準備を交互に行っていた。

 

「タナト…う……」

 

 召喚器のトリガーを引こうとした所で、ペルソナの連続発動で力を使い果たした啓人の手から召喚機が滑り落ちる。

 

「下がれ!」

 

 啓人の体を小次郎が強引に突き飛ばし、その一瞬の隙にオニ達が一斉に小次郎に襲い掛かる。

 

「啓人!」

「小次郎!」

「行くわよ、『シャッフラー!』」

 

 二人が窮地に陥ったのを見たレイホウが、封印魔法を解き放つ。

 押し寄せてきた悪魔達だが、抵抗に失敗した者達が次々とカードに封印されていく。

 

「火を!」

「アオーン!」『マハラギダイン!』

 

 トドメとばかりにコロマルが己のペルソナで火炎魔法を放ち、封印カードが次々と燃え尽きていく。

 だが、それらが燃え尽きるよりも早く新手が押し寄せてきた。

 

「限界か……」

「だがまだ!」

「グオオオォォォ!!」

 

 そこへ奇声を上げながら、通路を埋め尽くす程の巨大な単眼の象の姿をした悪魔が姿を現す。

 

「ギリメカラか!」

「しかも喰奴、暴走してるようね!『サイオ!』」

『ジオンガ!』

 

 その魔物、スリランカの神話で魔王マーラの乗り物とされる邪鬼 ギリメカラが、完全に正気を逸している事と、物理反射を持っている事に気付いたレイホウと咲が、同時に攻撃魔法を放つ。

 だがそれらの直撃を受けながらも、確実にダメージを受けているはずのギリメカラは止まらずに突っ込んでくる。

 

「避けて!」

「うわわわわ!」

「わああ!」

 

 止まらないと判断して避ける咲の言葉に従って、同じように扉の左右に避けたゆかりと乾をかすめるようにしてギリメカラは扉に衝突、その勢いで扉は完全に破壊されてしまった。

 

「しまった……!」

「まずいわ、『メギド!』」

「全員ミフナシロ内部に撤退! 急いで!」

「やっべえ!」

「ケツまくって逃げるわよ!」

 

 小次郎が背後の開放された扉を見て奥歯をかみ締め、咲が急いで扉を破壊したギリメカラにとどめを叩き込む。

 即座に防衛線を破棄したレイホウの指示に、皆が大慌てでミフナシロの中へと飛び込んでいく。

 

「開いたぞ!」

「袋のネズミだ!」

 

 逃げる者達を追い、悪魔達が嬉々としてミフナシロへと飛び込んでいく。

 だが最後尾となった小次郎が、逃げながら入り口近くにあったロープを斬る。

 続けて入ってきた悪魔達は、頭上から降り注いできた尖らした鉄柱のトラップ洗礼をまともに受けて串刺しとなってその場を塞ぐ事になった。

 

「邪魔だあ!」

「入ってさえしまえば!」

 

 犠牲になった仲間を弾き、踏みつけ後続の悪魔達が雪崩れ込む。

 翼ある天使達はミフナシロ内部に広がる広大な空間に飛び上がって制空権を握ろうとするが、即座にその翼は何かに弾かれる。

 

「これは!」

「ここにまでか!」

 

 広大な空間をさえぎるように、注連飾りの付いたワイヤが縦横に張り巡らされていた。

 小型結界の役割を果たすワイヤーに、翼ある者達は翼を邪魔され、思うように飛び立つ事が出来なかった。

 

「こざかしい!」

「こんな物…」

 

 即座にワイヤーを切断しようと天使達が得物を振り上げるが、その背を刃が貫く。

 

「ここは飛行禁止だぜ、天使さん達よ」

「……」

 

 ワイヤーを足場代わりにして跳び上がったダンテとサーフが、驚異的な身体能力で身動きが取れない天使達を次々と屠っていく。

 

「やっぱすげえな~……」

「見とれてる暇はねえぜ! 戦えるなら手貸しな!」

 

 レベルの違う戦闘を見とれていた順平に、内部でトラップの準備をしていたパオフゥが指弾を連射しながら怒鳴る。

 

「一人では戦うな! 必ず組んで戦え!」

「あなたも無理はするな! ここは私達が引き受ける!」

 

 連戦の疲労が顔に出始めている小次郎に、美鶴がレイピアを手に己が前へと出る。

 

「誰かチューインソウルを!」

「これが最後です!」

「オレももうねえ!」

「こっちもよ!」

「なんとしてもこの階で阻まねば!」

 

 全員が限界を感じつつ、各々の力を最大限にまで発揮して激戦を繰り広げていく。

 それでもなお、ヨスガの軍勢はその数を一向に減らさない。

 

「んあ……まずい………」

「ゆかり! もう退け!」

 

 力を使い果たしたゆかりがひざをつき、美鶴がそれを守るようにして剣を振るう。

 

「ペルソナ使えない奴はただの一般人だぜ! こっちへ!」

「エスコートするぜシスター!」

 

 地下へと続く扉前で手招きするマークの元へ、シエロがゆかりをかついで低空飛行で撤退させていく。

 

「啓人、あとどんくらい粘れる?」

「もう、限界ギリギリ………」

「オレも……じゃあ逃げ出す前に!『トリスメギストス!』」『デスバウンド!』

『インフィニティ・ヴォイド!』

 

 順平と啓人が最後の力を振り絞り、順平のペルソナが跳ね回るようにして周囲を攻撃し、啓人がもっとも強力なミックスレイドで呼び出した漆黒のホールから噴き出した闇が周囲を飲み込んでいく。

 

「へへ、これで……」

「順平! う……」

「無理のしすぎだ」

 

 倒れそうになる二人をロアルドが受け止め、己の体を楯代わりに守りながら二人を地下へと通じる階段へと運んでいく。

 

「キャウン!」

「コロマル!」

「コロマルさんも天田さんも限界です! ここは私が!」

 

 悪魔の攻撃を食らって吹き飛ぶコロマルを、乾が慌てて拾う。

 そこを守るようにアイギスが立ちはだかった。

 

「でもアイギス!」

「美鶴さん! オルギアの発動許可を!」

「ここでオーバーヒートしたらお前は集中攻撃を受ける! Noだ!」

「ご安心ください」

「オルギアモードも改良しておいたから」

 

 そこにメアリとアリサがアイギスのそばに駆け寄り、メイド姿の三人が居並ぶ。

 

「改良型オルギアの発動には、指揮権を持つ人物二名以上の賛同が必要です」

「二名? それは……くっ!」

 

 更なる相手の増援に、美鶴が手にしたレイピアが半ばから砕け折れる。

 

「Shit……私とした事が」

「あなた達は退きなさい! もうここも限界…」

 

 レイホウが三節棍を振るいながら叫んだそばに、傷ついたサーフが倒れこんでくる。

 

「彼まで……分かった、だが無理はするな!」

「撤退までの時間を稼いで!」

「了解しました」

「Mリンクシステム、コンバート」

「マグネダイトリアクター、フル出力!」

「パピヨンハート、リミッター解除!」

『オルギア発動!』

 

 美鶴とレイホウから許可が下りると、三人の口から同時にアルギアの発動が告げられる。

 

「何……!」

「まさか……」

 

 三人の動きが、同時に加速する。

 ヴィクトルの手により、更なる出力上昇最適化改造を行われたアイギスと、本人達の希望により同等のシステムが組み込まれたメアリとアリサが、体外に放出される余剰エネルギーの残滓を散らしながら、悪魔達へと迫る。

 

「そこです!」

 

 エネルギー付随の帯を引きながら放たれたアイギスの弾丸が悪魔を貫通していく。

 

「参ります」

 

 メアリの振り回す魔界公爵が一人、バールのソウルを封じた大鎌《デューク・サイズ》が悪魔達をまとめて斬り捨てていく。

 

「行くよ!!」

 

 純粋な精霊力その物を撃ち出すアリサのES(エレメント・ソウル)ガンから放たれる炎や氷の弾丸が悪魔達を屠っていく。

 

「これはエクセレントな……」

「今の内に負傷者は退きなさい! あの三人が持たせている間に!」

 

 メイド姿の三人が高速戦闘を繰り広げている間に、力を使い果たしたペルソナ使いや負傷者が階下へと撤退していく。

 

「ここも時間の問題か……」

「下の方はまだ途中みたいね。もうちょっとだけ持たせないと」

 

 全身を返り血にまみらせ、荒い呼吸をしているロアルドに、こちらも呼吸が荒くなってきているレイホウが苦笑を返す。

 

「しかし、オルギアは長時間持たない。オーバーヒートを起こしたらそこで終わってしまう……」

 

 背に仕込んでいた予備の剣を抜いた美鶴が心配する中、最前線で大鎌を振るっていたメアリがいきなりひざから崩れ、オーバーヒートを起こしたらしい足からマグネタイトが噴き出す。

 

「姉さん!」

「メアリさん!」

「……右脚部、過負荷により機能低下。オルギアモード停止後、冷却モードに移行します」

 

 それに気付いた他の二人が慌てて駆け寄る中、メアリが完全にひざを付いて行動不能に陥る。

 

「アリサさん! 戦闘用機体でない貴方ももう直限界です!」

「アイギスだって、破損フレーム換装で純耐久力は落ちてるよ!」

 

 メアリを守りながらも、二人は互いに限界が近い事を告げつつ己の銃口を押し寄せる悪魔達に向ける。

 

「一体動けねえみてえだぞ!」

「人形風情がよくもいいようにしてくれましたね!」

「壊せぇ!」

「掃射!」

「弾幕を!」

 

 アイギスとアリサの放つ弾幕が押し寄せる悪魔達をかろうじて防ぐが、それでもじわじわと押され始める。

 そして唐突に、乾いた音を立ててアイギスの銃撃が止まる。

 

「……弾切れであります。予備弾丸も使い果たしました」

「じゃあこっちでなんとか!」

 

 アリサが残ったエネルギーを弾丸に込めようととした時、ふとその視界が霞む。

 

「あれ?」

「アリサ!」

 

 当人は気付いていなかったが、アリサの首筋からマグネタイトの霧が噴き出し、完全にハングアップしてその場に両膝をついた。

 

「アリサのソウルでは、まだオルギアに耐え切れなかったようです……」

「ならば、最後の手です! 行きます! アテナ!」

 

 メイド姉妹が両方戦闘不能を陥ったのを見たアイギスが、オルギアの全エネルギーを注ぎ込み、己のペルソナを発動させる。

 

「待てアイギス! それは…」

「これが私の切り札!」『ゴッデス オブ ザ ビクトリー!(勝利の女神)

 

 アイギスのペルソナ、アテナが己の前に無数の戦鉾を生み出していく。

 眩い光に満ちた戦鉾が、アテナの周囲を旋回していき、それらと共にアテナが突撃していく。

 

「ぎゃああぁぁ!」

「ぐあああぁぁ!」

 

 軌道上にある物全てを貫き、押し通し、そして砕いていく。

 多数の悪魔を葬った所で、アテナが掻き消え、同時にオーバーヒートを起こしたアイギスがその場に擱座する。

 

「今だ!」

「壊すのです!」

 

 アイギスも動けなくなったのを好機と見た悪魔達が、崩れていく仲間の屍を踏み越えて押し寄せようとする。

 だがそこへ、回転しながら飛来した大剣が先陣を薙ぎ払ってその勢いを止めた。

 

「これは!」

「貴様かデビルハンター!」

「悪いが、ヒロイン達の出番は終わりみたいだぜ。代わりにオレのステージを見てもらおうか」

 

 弧を描いて帰ってきた己の愛剣を受け止めてダンテが、オーバーヒート状態の三人の前に立つ。

 

「これで……助けられるのは……二度目、ですね……」

「喋るなよ、ハッスルし過ぎだ。あとはこっちの出番だ」

「パオ、そっち持って!」

「ち、見た目よか重えな……」

「女の子にそんな事言わない!」

 

 ダンテが守る背後で、うららとパオフゥが動けない三人の内、メアリとアリサを一人ずつ背負ってアイギスの手足を持って急いで退避させる。

 

「トール様を倒した男だ! 気をつけろ!」

「だが、いかな手を使おうとトール様からのダメージは完全に癒えてはおるまい……」

「恐るるに足りません!」

 

 ダンテを脅威に足り得ない、と判断したドミニオンが宙から襲い掛かる。

 それに対し、ダンテの顔に不敵な笑みが浮かんだ。

 ダンテは右手に大剣を持ったまま、左手をコートの後ろへと回す。

 そしてそのまま引き抜いた手には、GD FIM92対空ミサイル、通称スティンガーが握られていた。

 

「な…」

 

 驚愕するドミニオンへとめがけて、容赦なくトリガーが引かれ噴煙を上げて戦闘ヘリをも一撃で破壊する地対空ミサイルが放たれる。

 絶叫も掻き消える爆音が響き渡り、ドミニオンだった物の焦げた破片が虚空から下にいる悪魔達の頭上に散っていく。

 

「まだあんな物隠し持ってやがったのか!」

「どうせそんなに撃てん! 一気に行くぞ!」

 

 ダンテがいきなり抜いた重火器に悪魔達は一時たじろぐが、再度襲いかかろうとする。

 するとダンテは単発のスティンガーを投げ捨て、再度コートの後ろに手を入れると、今度はそこからMM1グレネードランチャーを取り出す。

 

「おわぁ!」

「怯む…」

 

 巨大なリボルバー状の形体にグレネード弾を満載した軍用の重火器が立て続けにグレネード弾を乱射し、瞬く間に周辺が火の海と化す。

 

「……昔映画であったわね、こんなシーン」

「州知事の出てる奴か」

「すさまじいな……」

 

 階下に続く階段前で、ダンテ一人で悪魔達の進軍を押しとどめている様を見たうらら、パオフゥ、美鶴が唖然とする。

 

「剣や拳銃だけでなく、重火器の扱いも一流とはパーフェクトな人だ」

「というかどこに入れてんのアレ?」

「考えねえ方いいぜ」

 

 再度地対空ミサイルが放たれ、壮絶な爆風が吹き抜ける。

 

「もうペルソナをほとんど呼べないオレらがいても足でまどいだ、退くぜ!」

「確かに、な」

 

 三人のペルソナ使いが、いまだ動けないメイド三人をそれぞれ背負って撤退していく。

 それを後ろ目に確認したダンテが、今度はHK MP5Kサブマシンガンを二丁拳銃で弾幕を張り巡らせる。

 

「うひゃ~、相変わらず派手だね」

「おうマークか。そっちはどうだ」

「そっち程じゃねえさ。ダウンタウンの時も思ったけど、うらやましいくらいアメリカンな戦い方するな~」

 

 アメリカのある事件で顔みしりだったマークがダンテのサポートに入って、弾幕をかいくぐって来たヤクシニーの脳天にトマホークを叩き込む。

 

「こっちの戦闘不能になっちまった奴が3割超えてるってさ。オレもあとどれくらい持たせられるか……」

「こいつらのリーダーに派手にぶち込んだって話だが、その割には嫌になるほど押し寄せてきやがる」

「いやあ、あんたに限ってはやり過ぎるなって言われてたし……」

 

 次のフェイズへの移行タイミングを計る二人だったが、そこで乾いた音を立ててMP5Kの残弾が尽きる。

 

「切れたぞ!」

「押しつつめ!」

「潰すのだ!!」

 

 弾幕が切れ、ダンテが次の得物を取り出す前にと悪魔達が一斉に突撃してくる。

 だが、その突撃は横合いから殴りこんできた三つの影に阻止された。

 

「ぎあああぁ!」

「く、こいつらか!」

「オレ達を無視するなんて冷たいぜブラザー!」

「挟撃する!」

「フアァァアア!!」

 

 三人の喰奴が、狭い通路を縦横に動きながらヒット&アウェイを繰り返す。

 周辺に鮮血が舞い、肉片が飛び散って戦列が乱れるが、それも次々と押し寄せる新手によって塞がれていく。

 

「やばいぜ兄貴………うっ!?」

 

 ワイヤーの隙間をなんとかかいくぐりながら空中戦や急降下攻撃を繰り広げていたシエロが、いきなり動きを止めて後方へと不時着する。

 

「どした!」

「は、腹が………痛え」

「……は?」

「食い過ぎだな」

 

 シエロの容態を心配したマークだったが、シエロの口から漏れた言葉に目を丸くし、ダンテがボソリと呟く。

 

「あっちの二人はさっきから攻撃しかしてないが、お前はちょくちょく食ってたからな」

「いや………その………」

「胃腸薬でも飲んでろ!」

「そ、そうだディスエイク!」

 

 シエロがどこからか回復アイテムを取り出すが、そこに上空からアークエンジェルが襲い掛かってくる。

 

「危ねえ! スサノオ!」『不滅の黒!』

「があああぁ………」

 

 とっさにマークがシエロをかばい、降魔魔法でアークエンジェルを返り討ちにする。

 

「やっべ、今ので品切れだ………」

「あっ~!!」

 

 もうペルソナを呼び出す力も無いマークの背後で、シエロがなぜか悲痛な叫びを上げる。

 かばってくれたはずみに、シエロの手から回復アイテムが零れ落ちてどこかへと落ちていっていた。

 

「……え~と」

「下がってな」

「でも兄貴を置いて…はう!?」

「頼れる連中がまだ残ってんだ。あとは任せたぜ!」

 

 腹を押さえているシエロを担ぎ、マークが慌てて退いていく。

 

「さて、あと何人残ってる?」

 

 自分の疲弊もピークに達しつつあるのをダンテは感じながら、大剣を抜こうとした時だった。

 どこからか打ち上げられた信号弾が、ミフナシロ内部で軽い音を立てて破裂する。

 

「撤退だ!」

「急いで!」

 

 それが最終フェイズ移行の合図だという事を悟った皆が一斉に撤退を開始する。

 だが階下まであと一歩という所で、ダンテとサーフが同時に振り返った。

 

「やっぱそうするか」

「ああ」

 

 ダンテが笑みを浮かべ、サーフが短く答える。

 そしてダンテは残った魔力を振り絞り、その姿を魔人へと変える。

 

「待て!」

「まさか!」

 

 それを見た悪魔達が動きを止めようとするが、後ろからの圧力で止まる事は不可能だった。

 

「チップだ。とっときな!」

「カアアァァ!」

 

 魔人ダンテの異形の銃から雷がほとばしり、サーフの口から猛烈な吹雪が吐き出される。

 雷を吹雪は押し寄せる悪魔達を飲み込み、それが晴れる頃にはすでにそこには誰もいなかった。

 

「おのれどこまでも!」

「最早逃げ場は無い!」

「この奥にコトワリのためのマガツヒがあるはずだ!」

 

 扉を突き破り、狭い通路を半ば落ちるようにしてヨスガの軍勢はミフナシロの下へ下へと進軍していく。

途中にあったトラップも容赦ない犠牲の末に突破し、とうとう最下層の手前にまで迫ってきていた。

 

「今だ!」

 

 号令と共に、無数の白刃が襲い掛かる。

 待ち伏せに気付かなかった悪魔達がその餌食となる中、撤退したと思っていた者達が、手に手に得物を持って待ち構えていた。

 

「貴様らっ!」

「ここが正真正銘、最後の防衛線って訳だ。付き合ってもらうぜ!」

 

 八雲が手に雷神剣を持ち、悪魔達へと向ける。

 それに応じるように、全員が何か覚悟を決めた目で戦闘態勢を取っていく。

 

「最早あいつらは瀕死だ!」

「何も恐れる事は無い!」

 

 互いに最後にすべく、アサクサ最後の乱戦が開始された。

 

「はっ!」

「この野郎!」

 

 小次郎と八雲が先鋒となり、互いに返り血にまみれている剣を必死になって振るう。

 

「いやぁっ!」

「行くぜっ!」

 

 啓人と順平が背中合わせになりながら、なんとか押し寄せてくる悪魔達をとどめようとする。

 

「来いよ!」

「………」

 

 ダンテとサーフがその驚異的な身体能力を活かして相手を霍乱していく。

 だが、それでも数を頼りにしてくるヨスガの軍勢の前に、劣勢は明らかだった。

 しかし血気に流行るヨスガの悪魔達は、最後の戦いを挑んできているはずが相手の数が少ない事、そして最下層に避難したはずのマネカタ達の姿が一切見えない事に気付いてもいなかった。

 

「がっは……!」

「啓人! うわっ!」

 

 啓人と順平が数に負けて倒れる。

 トドメを刺さんと悪魔達が襲い掛かるが、その姿が寸前でエスケープロードによって消える。

 

「グガアァ!」

「ちぃ……」

 

 一角が崩れ、サーフとダンテに敵が押し寄せる。

 互いに負傷しながらも奮戦していたが、やがて壁際に追い込まれ、それでもなお二人は戦い続ける。

 

「く………」

「くそ………」

 

 小次郎が敵と己の血に濡れた剣でなんとか立ち尽くし、八雲の手から剣が零れ落ちて地に膝を突いた。

 だがそこで、ふいに悪魔の攻撃が止む。

 そして、悪魔達の群れが割れると、そこから千晶が姿を現した。

 

「ち、ボス自ら出てきやがったか………」

「今までよく持ちこたえたわね、悪魔使い。褒美に、この私自らの手で葬ってその命とマガツヒをいただくとするわ」

「そうかい」

 

 八雲が気付かれないように小さく舌打しながら、ポケットから何かを取り出す。

 

「これ、何か分かるか?」

「……スイッチ? はっ!?」

 

 八雲が取り出したボタンスイッチを見た千晶が、まさかと思って周囲を見回す。

 そして、壁の各所に張り付いている爆弾の存在にようやく気付いた。

 

「貴様ぁ!」

「醜い死に方だの拷問だのは全員嫌だとさ。じゃあな」

 

 千晶が襲いかかろうとする直前、八雲がスイッチを押し込む。

 即座に壁の各所、どころかミフナシロ全域に配置された爆弾が次々と爆発していき、ミフナシロが鳴動しながら崩壊を始める。

 

「ぎゃあぁぁぁ」

「逃げろ! 生き埋めにされるぞ!」

「貴様らぁぁぁ!!!」

「一緒に逝くか?」

 

 降り注ぐ岩塊に押しつぶされ、ヨスガの悪魔達が逃げ惑う。

 

「千晶様! ここは退避を…うわあ!」

「ぐぐぐぐ………」

 

 夜叉がごとき形相をしながら、千晶がその場に残った者達を睨みつけ、大慌てで逃げ出す。

 崩壊は続き、ミフナシロから逃げ出す悪魔達は次々と押しつぶされ、生き埋めになっていく。

 

「そ、外だ!」

「早くしろぉ!」

 

 前にいる者達を押しのけ、または押しつぶして悪魔達が次々と這い出していく。

 

「かはぁ!」

「千晶様!」

 

 巨大な岩が入り口を塞ぐ寸前、千晶はかろうじて外へと逃げ出す。

 それでもなお続く崩壊に混じり、地下から膨大なマガツヒが吹き上げ、散っていく。

 

「あああああぁぁぁ!」

「マガツヒが!」

「ヨスガの世界を開くはずのマガツヒが!」

 

 マネカタ達が集めたマガツヒが散っていく様に、ヨスガの者達全員が悲鳴を上げ、悲哀と憤怒の声を上げていく。

 

「………!」

 

 無言で千晶はそばの壁を殴りつけ、たまたまその場にいた悪魔数体ごと壁が粉砕する。

 

「まさか、自爆するとは………」

「もっと早く皆殺しにしておけば………」

 

 憤怒と怨嗟を撒き散らす千晶だったが、そこで何か違和感を感じる。

 

「……千晶様、指示を」

「……………帰るわ。他のマガツヒを探さないと」

 

 感じた違和感が何か分からぬまま、ヨスガの軍勢は進軍の時とは正反対の、気の抜けた様子で撤退していく。

 その様を隠れて見張っていたキョウジが、やがてヨスガが完全に撤退した事を確認すると通信機を取り出す。

 

「こちらハードボイルド、客は帰った。店じまいは万全か?」

『こちらタオレディ、棚卸は終わった。品物は全部収納済み』

「了解、帰宅する」

 

 帰ってきた返信に、笑みを浮かべたキョウジは口笛なぞ吹きながら、アマラ転輪鼓のある部屋へと向かった。

 

 

 

「………うまくいったな」

「考えてもいないだろう、マネカタがアサクサを放棄するという事は………」

 

 秋葉原、業魔殿そばのアマラ転輪鼓に修二とフトミミの姿があった。

 のみならず、生き埋めになったと思われた全員がその場に平然と存在していた。

 

「発想の逆転という奴だな。必死に守っているフリをして、その実放棄のための撤退戦」

「マガツヒとやらが無くては、向こうも攻める理由はなくなる。クレバーではあるな」

 

 ロアルドと美鶴が感心する中、この作戦を提案した八雲は地面に大の字になって転がっていた。

 

「さすがに最後にあのボス女が出張ってくるのは計算外だったけどな………疲れたぜもう………」

『八雲さん八雲~』

 

 疲労困憊で広がっている八雲に声がかけられる。

 アマラ転輪鼓のそばに、巨大なサーバーマシンが置かれ、それに接続された大型ディスプレイにカチーヤと憑依してペルソナだか背後霊だかのようになっているネミッサが表示される。

 

『もうパンパンだよ~こっちもういっぱいなんですけど………ちょっとデリートしていい? それはまずいですよ! でもこれじゃパンクしちゃうよ~』

「もう少し持たせろ。状況が落ち着くまで」

 

 半身を起こした八雲が、奇妙な状態になっているカチーヤとネミッサの背後、すし詰め状態になっているマネカタ達を見た。

 

「確かにこれなら、あの人数でも逃げ出せるわな」

「なんかあっつくなってきてない?」

「急いで増設しましたから、ハングアップしないといいんですけど………」

 

 ミフナシロの最奥に、アマラ転輪鼓やターミナルを持ち込み、撤退したマネカタ達を順次転移、そしてそれが一定数になった所でネミッサの力でサーバーマシン内に退避させるというイカサマに、パオフゥやうらら、風花もすっかり感心していた。

 

「くっそ、ひでえ目にあったぜ……」

「うう、タルタロスよかきつい………」

「疲れました……」

「クゥ~ン………」

 

 課外活動部メンバー達もすっかり疲れ果て、地面に座り込んでいる。

 

「問題は、いつまで騙せるかか?」

「千晶にバレないようにするってのが難しいだろな~。これなら最初からマガツヒ捨てりゃよかったんっじゃないのか?」

「最初にそれやったら、逆上した連中が何をやらかすか分からん。こちらはあくまで負け戦になったフリにしておかないとな」

 

 ボロボロの状態で剣の点検をしている小次郎に、こちらも完全にへばっている修二が首を捻る。

 

「あのメイド三人は?」

「すでに業魔殿に運んだわ。修理にしばらくかかりそうね………」

「頑張ってましたしね……」

「誰も彼も無理しすぎね。高尾先生とセラちゃんも倒れちゃったし」

 

 まだ余裕のありそうに見えるダンテに、信じられないような視線を向けるレイホウと咲が一番疲弊している者達を心配する。

 

「ま、作戦終了って事で」

「一寝入りしたいぜ、モーテルある?」

 

 ディスエイクをかじってるシエロの隣で、あくびをしているマークがぼやく。

 

「全員そろってるか?」

「一応」

 

 アマラ転輪鼓が光り、キョウジが戻ってきた所で全員の無事が確認された。

 

「で、キョウジさんこれどこに出せば?」

「う~ん、ほとぼりが冷めるまでこのままにしとくってのは?」

『え~!? あの、そこまで持つかどうか……やっぱちょっと減らそう。ダメですよ!』

「……八雲、この一人会話どうにかならねえ?」

「いや、昔もそうでしたから。こっちもどうにかしないとな………」

 

 キョウジと八雲が悩む中、ふとフトミミが指を額に当てて精神を集中させる。

 

「済まないが、皆をしばらくそのままにしておいてくれ。やっかいな来客だ」

「客? 誰だ?」

「それは………」

 

 そこでサーバーマシンのディスプレイにウインドゥが浮かび、そこにヴィクトルの顔が表示される。

 

『今、こちらに来客が来た。君達との会談を申し出ている』

「どこの誰だよ、まったくこの状況で………」

『氷川、と名乗っている』

「な………」

 

 この世界の元凶となった男の名に、全員が絶句した………

 

 

 

 押し寄せる困難をからくも切り抜けた者達に、新たなる困難が押し寄せる。

 寄り添い、力を合わせる糸達の行く先は、果たして……

 



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PART24 CONNECT LOST

 

「どうぞ、ダージリンですが」

「いただこう」

 

 業魔殿の一室、来賓用の部屋のテーブルを挟むように二人の男が座り、赤いコック服を着たシェフ・ムラマサが紅茶を出していた。

 一人はこの業魔殿の船長、ヴィクトル。

 それに相対するは、スーツ姿の男だった。

 静けさ、冷徹さ、そしてその下に潜む異常なまでの鋭さ、それらを併せ持つ独特の雰囲気を持つ、剣呑な男にヴィクトルは手にした紅茶を一口含んでから口を開いた。

 

「残念ながら、私はここではあくまで協力者であって、彼らを指示する立場ではない」

「ほう……これだけの物を作り上げながら?」

 

 男は軽い驚きを持って、ヴィクトルの言葉を聞いていた。

 

「私はあくまで研究のために協力しているだけに過ぎない。そして、この世界では完全な異邦人だ。私も、そして彼らもな」

「そう言うには、大分この世界に干渉したのではないか?」

「この世界を作り上げた者なら分かるだろう。自衛のための差し迫った状況が……」

 

 男は口を端を僅かに上げる。

 笑みか、侮蔑か、判断のつかない僅かな表情の変化に、ヴィクトルは男の考えている事を掴み損ねていた。

 

「ともあれ、彼らは今帰ってきた所だそうだが、かなり立て込んでいたようだ。身支度を整えるまでしばし待ってほしい」

「そうか、別に構わない。代わりと言ってはなんだが、あなたの研究について興味がある。少しは話してほしい」

「……いいだろう。そもそも私の目指していた物は…」

 

 

 

「……間違いねえ。氷川だ」

 

 別室で、来賓室に密かに設置されているカメラからの映像を、帰ってきた全員が食い入るように見つめていた。

 その相手がシジマのリーダー、氷川当人である事を修二が確認する。

 

「何しにきやがった、あのM字ハゲ!」

「確かに、すげえヘアスタイルだぜ」

「防衛線はどこだろう?」

「取りあえずそっちは追いとけ。やばいのはあいつの生え際じゃなく、その中身だな」

 

 悪態をつく修二に、皆が賛同するのを八雲やロアルド、キョウジなどが別の意味でうなずく。

 

「言葉の端々からも、どうやらかなりの危険思考の持ち主らしい」

「カメラ越しでも傲慢さが滲み出ているようだ。しかもそれが借りた威ではまったく無い。まるでお爺様のようだ」

「そっちはそっちでやばいが、どうする? 手土産渡して帰ってもらえそうにもねえ」

 

 美鶴の意見に賛同しつつも、キョウジが首をかしげて唸る。

 

「会談に応じるしかないだろう。不用意に攻撃してはシジマまでも敵に回してしまう」

「そうするしかねえだろな。オレが行く」

「オレも行こう。他の者達は警戒を」

「……この状態で?」

 

 会談に立候補したキョウジとロアルドに、ダンテがかなりグロッキー状態になっているその他全員を指差す。

 

「ウィ、ムッシュー、マドモアゼル。心配には及びません」

 

 そこに来賓室から来たムラマサが姿を現す。

 

「当船は皆様がアサクサに行っている間に、修理が完了しております。皆様の帰還と同時に、浮上する予定でした」

「本当か!」

「ならば、こちらが会談の席につくと同時に浮上させてくれ。空中ならば簡単に攻めてもこれないだろう。説明はこちらでどうにかしよう」

「ウィ。それとお手伝いしていただいていたマネカタや悪魔達は特別倉庫に自主退避しております」

「そりゃ、あいつらじゃ氷川の名前聞いただけで派手にビビるだろうけど……」

「こっちはそこまでビビる必要は無いだろ。使い物にならねえ連中は全員部屋に戻ってろ、どうせ舌戦できる状態じゃねえし」

「へ~い」

「じゃあお言葉に甘えて………」

「オレらの部屋あるかい?」

「適当なとこでいいでしょ。まったく厄介な時に……」

 

 レイホゥがぼやくように、特に疲労疲弊が激しいペルソナ使い達が半ばゾンビのように引き上げていく中、僅かに残った者達が用心して業魔殿に残っていた武装を再装備していく。

 

「一つ言っとく。あの野郎はどうせロクな事言わねえと思う……」

「理解できなかったの間違いじゃないのか?」

「う………」

「どちらにしろ、こんな世界を作り上げた人間の言う事なぞ信用できるか」

 

 修二の呟きに、マガジンに弾丸を装填していた八雲と小次郎がそれぞれの意見を返す。

 

「言えるな。どうにも話が合いそうにない」

「……あれは危険だ」

 

 悠然としているダンテに、人の姿に戻ったサーフも珍しく意見を述べて賛同する。

 

「こっちから手出したらダメよ。口実与えるから」

「へいへい。悪魔よか交渉が難しそうだ。キョウジさんもよくやるよ……」

「だが、氷川は一体なんのために……」

 

 レイホゥとフトミミも緊張した面持ちで隠しカメラの画面を覗き込み、そこにようやくキョウジとロアルドが室内へと姿を現した。

 

 

 

「悪ぃ、待たせたか? オレは葛葉 キョウジ、古代から続く悪魔使いの一門《葛葉》の筆頭サマナー。一応ここの有象無象衆のまとめっぽい事になってる」

「ロアルドだ。レジスタンス・ローカパーラのリーダー、参謀の真似事のような者だ」

「氷川と言う。知っているだろうが、この世界を新生させるために東京受胎を引き起こした者にして、シジマをまとめる者だ」

 

 簡単な自己紹介の後、ヴィクトルが氷川の正面席をキョウジに譲り、その右にヴィクトルが、左にロアルドが座った。

 同時に、外から爆発音のような音が響いたかと思うと、船体が小さく振動を始めた。

 

「ほう……飛べたのか」

「悪いが、こっちにゃ仲間が腐る程って訳にはいかないんでな。保身のために飛び立たせてもらった」

「構わん。それに皆疲れているだろうからな。まさかマネカタ達にアサクサを放棄させ、あまつさえ全員を脱出させるとは。異世界からの寄せ集めとは思えない手際だ」

「………」

 

 その場に居合わせた、こちら側の人間しか知りえない情報に、キョウジの目つきが鋭くなり、ロアルドがちらりとヴィクトルを見るがヴィクトルが小さく首を左右に振る。

 

「何の話だ、って言いたい所だが、とぼけても無駄みてえだな」

「ああ、教えてくれた者がいてな。アサクサで怪しい動きを見せている者達がいると」

(ちっ、あの野郎か……)

 

 氷川の言葉に、キョウジの脳裏にいきなり姿を消した40代目ライドウの事が浮かんだ。

 

「なら、今度はこちらが聞こう。そちらの目的はなんだ? 今の疲弊した我々なら、そちらの勢力なら潰すのは簡単だろう」

「潰す? まさか」

 

 ロアルドの強い口調に、氷川が大きく口を歪ませ、笑みを作る。

 

「そちらの力は、私の想像を遥かに上回っている。だが、その力は危険因子であると同時に、非常に有効的でもある」

「……つまり、同盟を結べと言う事か?」

「事情は聞いている。君達の目的は、元の世界への帰還なのだろう? こちらとしても不必要な因子はコトワリの乱れになりかねない。ならば、互いに目的のために協力できないかと思ったまでの事だ」

 

 氷川の驚くべき提案に、キョウジはしばし言葉を詰まらせる。

 

「世界その物を作り変える、か。凡人のヘボ小説家崩れの身では、想像もつかない壮大すぎる計画だ。そしてそれを実行させる頭脳と力を持っている。あながち不可能とは言えない提案だろうな」

「その通りだ」

 

 こちらも攻め方が分からないのか、ロアルドも言葉を濁す。

 

「互いに悪い話ではない。なにより、そちらは補給もままならない状態のはずだ。その状況で、最悪の場合この世界の全ての勢力が敵に回りかねない。どうする?」

「一つだけ意見させてもらおう」

 

 そこで、ヴィクトルが口を開く。

 

「彼らはあくまでニュートラルだ。極端な変革を求める者達とは意見があわないとも思えるが」

「誰でも、表と裏が有る。例え意にそぐわなくても、実利のために手を結ぶ事なぞ、そう珍しくはないだろう」

「ふ、その通りだ。言ってる事どれも正論過ぎて恐れ入るな……」

 

 キョウジが苦笑しつつ、テーブルの下に隠された小型キーボードを氷川に気付かれないようにタイプする。

 その内容は、別室に控えている者達へと送られていた。

 

 

 

「あんのM字ハゲが! 何寝言言いやがって! 今日こそM字じゃなくV字ハゲにしてやる!」

「しっ!」

「あんま騒ぐな、それにやるなら逆V字の方がよさそうだな」

 

 アサクサでの疲れがあるにもかかわらず、憤慨している修二をレイホゥと八雲がたしなめる。

 

「キョウジからメッセージよ、どう思う?だってさ」

「悪いが、オレはあの手の男は信用できない」

「……オレもだ」

「奇遇だな、オレもだ」

 

 小次郎の意見に、サーフとダンテも賛同する。

 

「だが、確かに正論でもあるな。さっきので業魔殿の備蓄してた発破も弾もごっそり減っちまった。似たような状況になったら今度は持たねえだろうな」

「ならば、ヨスガに組みしようというのか」

「それも一つの手ではあるな」

 

 八雲の意見をフトミミが問いただすが、八雲はあくまで意見だけにしておく。

 

「他のみんなは、すでに寝込んでるのもいるから聞きようにもないし」

「あんな状態で討論しようってのがそもそも間違いじゃ? キョウジさんもロアルドのおっさんもよくやる………」

「そういうお前も、完全に臨戦態勢に見えるぜ」

 

 ぶつぶつと言いつつも、ソーコムピストルに初弾を装弾している八雲をダンテが指差す。

 

「ぶっちゃけ、てめえのやりたい事のために全人類巻き込む奴が信用できるかどうかって事だよな」

「できねえよ」

「そうした奴をオレは何人も見てきた。そして全て倒してきた」

「オレも同じだな、もっとも悪魔ばかりだが」

 

 八雲、修二が続けて氷川への猜疑心を露にし、小次郎、ダンテにいたっては露骨に敵対心を出し始めていた。

 

「だが氷川は油断のならない男だ。どんな事にも二重、三重の用心を重ねている」

「つまり、ご破算になっても計画通り?」

 

 フトミミの注意を聞いたレイホゥが、そこで更に悩む。

 

『八雲~まだ~? 八雲さん、あの、そろそろ』

 

 そこで室内のディスプレイにカチーヤとネミッサが表示され、サーバーマシンがすでに限界になりつつある事を示してきた。

 

「もうちょっと待っててくれ。こっちは今厄介な………あ」

 

 そこで何かを思いついた八雲が、しばし思考する。

 

「レイホゥさん、レイホゥさん。ちょっと」

「何?」

 

 八雲がレイホゥを手招きして、何かを耳元で呟く。

 それを聞いたレイホゥも眉根を寄せて考え込んだ。

 

「それは、まずいわね………」

「多分、これがばれたら絶対破談になるような………」

「何の話だ?」

 

 二人だけで考え込んでいる状態に、小次郎もさすがに気になって問い質す。

 

「あ~、修二にフトミミのおっさん。ストレートに聞くけど、あれ敵に回したらまずいか?」

「オレはどうせハナからあいつ気にいらねえし」

「彼の作ろうとする世界に、マネカタは相容れないだろう。君達が賛同するなら別だが」

「いやその、絶対的にやばい事がちょっぴりあって………」

「それはなんだ」

 

 短いが強い口調のサーフに、八雲は頭をかきながら全員を手招きする。

 耳を寄せた全員に、その『絶対的にやばい事』を囁いた。

 

「は? どういう意味?」

「そうか。つまりそういう事か」

「なるほどな、どうする?」

「………」

「ぬう、まさかそのような事が……」

 

 全員がそれぞれ違う反応を示す中、八雲はレイホゥを見た。

 

「仕方ないわね。ここで彼女捨てる訳にもいかないし」

「……スイマセン」

「キョウジにはこっちから知らせて準備させるわ」

「じゃあオレはこっちの準備を」

 

 八雲がそう言いながら、部屋から小走りに出て行く。

 レイホゥは一息つくと、あるメッセージをキョウジへと送った。

 

 

 

「さて、どうする?」

「う~ん、こちらで討議して後日ってのはダメか?」

「別に構わない。もっともその後日までに他の勢力に襲われなければの話になるだろう」

「………」

 

 最早一方的な状態になっている会談に、キョウジもロアルドもどうするべきか悩む。

 しかし、キョウジの目は密かにテーブルの影にある、小型ディスプレイに表示されたレイホゥからのメッセージに向けられていた。

 

「この業魔殿はそう簡単に攻め込めるようには出来ていない。返事を先延ばしにしても問題は無いだろう」

「う~ん、そうっすかな~」

 

 ふざけるようにキョウジが言ったその時だった。

 突然、来賓室のテレビに電源が入り、そこにネミッサとカチーヤの姿が映し出された。

 

『あれ、何ここ? 業魔殿の来賓室ですよ。何か変なおっさんいるし。失礼ですよ、ネミッサさん。でもなんで…… どうでもいいから、ネミッサもうどうにかしたいんだけど!』

 

 突然映し出された光景に、不信の目でそれを見ていた氷川だったが、そこで出てきた言葉に突然その目が大きく見開かれた。

 

「ネミッサ、ネミッサだと!? 貴様達、《滅びの歌》を有しているのか!?」

「やっぱそうなったか……じゃあご破談だな」

 

 今までの冷徹さが吹き飛ぶような荒い口調で叫ぶ氷川に、キョウジはぼやきながら足元のスイッチを押し込んだ。

 次の瞬間、氷川の足元の床が突如として開き、氷川がそのまま落下していく。

 

「滅びの歌を持つのならば、お前達は創生の天敵だ!」

 

 落下しつつも、氷川が叫びながらテレビに映るネミッサを最後まで睨みつける。

 その体が完全に消えると、ロアルドとキョウジが落とし穴を覗き込む。

 いつの間にかかなりの高度にあった業魔殿から落ちた氷川だったが、飛行能力を持つ悪魔を呼び出し、その背に乗るのが小さく見えた。

 

「しぶとい奴だぜ」

「だが、なぜ彼は……そう言えばネミッサと言うのは」

「そ、ネィテイブアメリカンの伝承にある、死を迎える時に輪廻転生を導く滅びの歌、それがあいつだ」

 

 来賓室に姿を現した八雲の言葉に、ロアルドもようやく納得した。

 

「なるほど、一度滅んだ世界に再度の滅びの因子は不必要どころか、危険因子以外の何者でもないという訳か」

『??なんの話? あの、ネミッサさんてそんなに危険なんですか?』

「まあネミッサだけ放逐するって手もあったが」

『ブ~! 八雲ひどい! あの、八雲さん本気じゃないですよね?』 

「それやったら絶対後で今よりひどい事になるからな。あ、ヴィクトルのおっさん、一応業魔殿は防護モードにしといた」

「了解した。以後、皆の休養が済むまでこちらで守備は受け持とう」

「やれやれ、まぁた変な事になっちまった……」

「スイマセン、キョウジさん……」

「いいさ。どっちにしろ、彼女がいてもいなくても時間の問題だっただろうし」

「そうだな、言ってる事は突き詰めればカルマ協会と左程変わらない」

「……ホントにどこも似たような」

 

 八雲が呆れた声を上げた時だった。

 いきなり窓から閃光が差し込む。

 

「なんだ!」

「早速の報復か!?」

「ちっ!」

 

 攻撃を警戒しつつ窓際へとキョウジ、ロアルド、八雲が駆け寄る。

 だが閃光は、僅かな間を空けてランダムに差し込んでくる。

 

「まさかこれは……!」

「次元規定数値がデタラメに踊っている。これは、ここに飛ばされた時と同様の現象だ。だが、数値が明らかに桁違いだな」

 

 ある予感を抱いた八雲に、手近のコンソールから計器類をチェックしたヴィクトルが呟く。

 

「つまり、まだどこかに飛ばされるってのか!」

「いや、それにしては規模が大き過ぎる! ここに飛ばされた時の比ではない!」

「何だあれは!?」

 

 眩い閃光に目が眩みながら、その閃光が何か形を描いていくのを皆が見届ける。

 そしてとても直視できぬ閃光が突き抜けた後、光の奔流はとうとつに止んだ。

 

「さて、今度は何が………!?」

「な、何だあれは!?」

「街、だな…………」

 

 閃光が晴れた後、業魔殿の窓から見える光景に劇的な変化があった。

 受胎東京の球状世界を横切るがごとく、巨大な物体が姿を現していた。

 それは、円状の大地とそれを囲む幾つかのサークル、そしてその大地に幾つもの町並みが広がる、巨大な空中都市の姿だった。

 

「キョウジさん、あれ………」

「ああ、間違いねえ……資料とまったく同じだ」

「知っているのか!?」

「かつて、虚神の力により浮上するまでの力を蓄えた街があった。だが、多くの者達の力により、再度着陸し平穏を取り戻したはずの街。珠閒瑠市だ」

 

 話には聞いていたが、実際に見るのは初めての八雲とキョウジが、どこか唖然とした顔で虚空に浮かぶ珠閒瑠市を見る。

 

「まさか、街一つが跳躍してくるとは………もう何が起きても驚くべきじゃないのかもな」

「それが出来たら気楽だけどな……」

 

 ロアルドも呆然としている中、八雲がヴィクトルに視線を送る。

 

「おっさん、ここからサーチできるか?」

「今している……人間とおぼしき生命反応が大多数、それに記録にあるパーソナルデータが幾つかあるようだ」

「誰だ!?」

「これは………尚也を始めとしたペルソナ使い多数、こちらはたまきか。それに喰奴らしき反応もある。複数の無線らしき電波も確認した」

「本当か!? つまり、生存者大多数って訳か………」

「……むちゃくちゃ厄介な事になりそうだ」

 

 キョウジが声を上げる中、八雲がため息をもらす。

 

「ともあれ、状況確認が必要だ。通信は出来るか?」

「もう少し接近してなら可能だ」

「そうしてほしい。向こうも混乱しているはずだがな」

 

 ロアルドもため息を漏らし、スケールを図り損ねそうな巨大な浮遊都市を見つめた。

 

 

 

「どういう事だ!?」

「なんで頭上に街が!?」

「いや、真横にも広がっている! ここは巨大な球状世界なんだ!」

「どこのビックリ世界ファンタジーだ!」

「落ち着くんだ! まずは総員点呼及び負傷状況を報告! 無事な者は市街地の被害確認! 急げ!」

 

 混乱の一途の皆に、克哉が一喝して指示を出した。

 

「こっちは全員そろってる!」

「こちらもだ」

「あ~、重なっちゃってるけど大丈夫………」

「周防署長! 市街地にパトロール部隊を回します!」

「仮面党総員、無事な者は市民の安全を確認! 急げ!」

 

 混乱状態から抜け出した者達が、矢継ぎ早に報告を出し、次の指示を上げていく。

 

「戦闘可能な者は、小隊編成で市街に展開! 警戒に当たれ!」

「……克哉、なんか変わった~」

「そ、そうかな?」

 

 間近に浮かぶピクシーの言葉に、克哉は自分の口から次々と出てくる的確な指示にようやく違和感を覚えた。

 

「いや、これは珠閒瑠警察署長、周防 克哉の仕事だからな。この体が覚えているんだろう」

「克哉、XX―1が全機オーバーヒートで動かない。応急修理もできるかどうか………」

「そうか、もっとも乗員も減ってしまったが」

 

 尚也からの報告に、克哉はその半数以上がペルソナ使いになった機動班のメンバー達を見る。

 

「周防署長、こっちは全員ボロボロよ………」

「派手な戦いだったからな」

 

 たまきとゴウトの報告に、克哉も顔を曇らせる。

 

「まずは安全確認、そして状況の把握が最優先だ」

「こんな異常な世界で出来ればだが」

「偵察に行くか?」

 

 ボロボロのはずだが、戦闘意欲をまったく衰えさせてないアレフとライドウが名乗りを上げる。

 

「それは後だ。救護班は負傷者の搬送急げ!」

「どいたどいた!」

「園村を病院に運ぶ! 疲弊が激しい!」

「だ、大丈夫……」

「この跳躍が人為的な物なら、何か痕跡があるはずだ」

「鑑識を回してくれ。ここを早急に調べたい」

 

 負傷者の搬送が相次ぎ、ゲイルと轟所長が周囲を調べ始める。

 

「おい、あれは!」

 

 そこでいきなり明彦が叫んで空を指差す。

 その指先は、こちらへと向かってくる巨大な飛行船を指していた。

 

「ああいう物があるという事は、知的生命体がいるようだ」

「そのようだ」

「いや、あれは業魔殿だ! 間違いない!」

「どうやら、そうみたいだね」

 

 ゲイルと轟所長がうなずく中、近づいてくる飛行船に見覚えがあった克哉と尚也が目を凝らしてそれを確認する。

 

「業魔殿、ってあれが? 私が知ってるのは遊覧船よ?」

「その後、飛行船に移築したそうだ」

「ならば、ヴィクトルがいるな」

「あ、そうか」

 

 轟所長の言葉に、たまきが手を叩く。

 

「どうにか連絡手段を…」

「周防署長! 警察無線に妙な通信が!」

 

 そこへ、警察官の一人が声を上げながら、無線子機を持ってくる。

 それを受け取った克哉が、耳へと当てた。

 

『こちら飛行船業魔殿、連絡を請う。繰り返す、こちら飛行船業魔殿、連絡を…』

「間違いない! ヴィクトル氏の声だ! 返信は出来るか!?」

「通信指揮車からなら!」

「彼なら何か状況を知っているはずだ! 僕が話す!」

「じゃあここはオレがなんとかしとくよ」

「頼む!」

 

 公園内の混乱を尚也に受け持たせ、克哉は通信指揮車へと走り出した。

 

「一難去ってまた一難、ってこの事ね」

「この調子なら、まだまだあるだろう」

 

 たまきのぼやきを更に悪化させる轟所長の言葉に、異論を唱えるだけの余裕のある者は誰一人としていなかった………

 

 

 

「こちら珠閒瑠警察署署長、周防 克哉だ。ヴィクトル氏、返答されたし」

『おお、君か……そちらの現状は?』

「かなり混乱が続いているが、極度の被害は出ていない」

『そいつはよかったな、周防。つーか、いつの間にそんなに出世した?』

「! 小岩か! 音葉君もいるのか!?」

『オレ及びその他多数、色んな連中がいるぜ』

「音葉君も一緒か……何があった?」

『お互いに、簡単には説明できまい。できればそちらへの着陸許可を』

「分かった。許可しよう」

 

 ヴィクトルに着陸許可を出した克哉は一度通信を切ると、ようやく大きく息を吐いた。

 

「署長、あまり無理をなさらないように……」

「うん? ああそうだな…………」

 

 通信担当の警官が、克哉の行動に思わず声をかける。

 

「いや、そういう状況でもなさそうだ」

「そうですか……ともあれ、市街に大きな被害は無いようですし、詳細な被害報告をまとめるまでは少しお休みになられた方が……」

「そうだな……ヴィクトル氏が到着するまで少し休むか」

 

 手近の椅子に座った克哉が、ようやくかなりの疲労が溜まっている事に気付く。

 程なく、当人の意思から関係なくその口から寝息が漏れ始めた。

 

 

 

『そうか、そちらはかなり深刻のようだな』

「そっちもな。だがどうする?」

『双方、戦闘可能要員は疲弊している。しばしの休息が必要だろう』

「そうだな。取り立てて被害も無さそうだし、休むなら今の内か……」

 

 間近での話し声に、克哉が眠りから目を覚ます。

 

「起きたか」

「う、すまない。寝ていたようだ」

 

 通信設備越しに話していた轟所長が、こちらへと視線を向けてくる。

 いつの間に用意したのか、目の前には映像通信も可能な高機能通信機がセットされていた。

 そこに映しだされているヴィクトルの姿に、克哉は頭を振って意識を覚醒させようとする。

 

『話は聞いた。無理はしない方がいい』

「いや、僕にはまだ仕事が………」

「お前の部下達から、市街はやや混乱気味だけど大丈夫だからお前を寝かせておいてくれと言われてる。それにその状態じゃまともな判断も出せまい。休め」

「……そうか」

『起きたら、やるべき事が大量にある。休養は大事だ。こちらに部屋を用意するか?』

「ああ。そうだな……家に帰ってる暇も無さそうだし、ご好意に甘えさせてもらおうかな」

「後詰はやっておこう。他のメンバーも一度業魔殿に集めておいた」

「ああ、済まない………」

 

 ゾンビのような足取りで、克哉は公園に滞空している業魔殿へとゆっくり向かった。

 やがて、業魔殿から無数の寝息やいびきの輪唱が奏でられる事になった………

 

 

 

8時間後

 

「くぁ…」

 

 漏れそうになったアクビを強引に押し止め、克哉は制服の襟元を正す。

 手には仮眠中に持ち寄られた報告書の分厚い束が重く圧し掛かり、まだ完全に抜け切っていない疲労を更に重くさせていた。

 

「克哉だいじょうぶ? もうちょっと寝てた方が?」

「そういう状況でもないからね。まずどこから手をつければいいのやら……」

 

 肩口に座って心配そうに見ているピクシーにそう言いながらも、克哉の顔色はあまりいいと言えなかった。

 一番真上の報告書には、市外の混乱状態は沈静化しつつあり、緊急の事例は無いとは書かれていたが、それでもあまりゆっくりしている訳にもいかないだろう、と思いつつも克哉は眠気を消し去ろうとコーヒーを求めて食堂へと向かった。

 

「おはようございます克哉さん。起きてきて大丈夫ですか?」

「ああ、なんとかな」

 

 食堂に入ると、トレーニングウェア姿でテーブルに着き、ミネラルドリンクにプロテイン粉末を注ぎ込んでいる明彦に声をかけられた。

 

「あなたが、周防 克哉氏か?」

「そうだが、君は?」

「私は桐条 美鶴、月光館学園特別課外活動部部長だ。明彦が世話になったそうだな」

「いや、お互い様だ。彼にも協力してもらったしな」

 

 明彦の向かいに座って紅茶を飲んでいた美鶴に、同じテーブルを進められて克哉は席に着いた。

 

「いらっしゃいませムッシュ周防。ご注文は?」

「コーヒーを、なるべく目が覚める奴で頼む」

「それとケーキ!」

「ウィ」

 

 報告書の束をテーブルの上に置いた所で、オーダーを取りに来たシェフ・ムラマサに注文を出すが、ふと克哉は普段と少し違う事に気付く。

 普段なら客の応対をしている人造メイド姉妹の姿が見当たらず、変わりにメイド姿の悪魔達がテーブルのセッティングなどを行っている。

 

「あれ、メアリ君とアリサ君は? それに彼女達は……」

「あの二人は、現在修理のための休養中です」

「修理?」

「こちらでも大規模な戦闘があったのだ。その二人に、こちらのメンバーも一人要修理状態だ」

「……一体何が?」

「今それを二人で話していた所です。この世界も相当物騒らしくて………」

「この街も、のようだが」

 

 真剣な顔をする明彦と美鶴に、克哉は事態がおそらく自分の予想出来る範疇には無さそうな事を悟る。

 

「いや、詳しい説明は後にしよう。市街は沈静化していると言うが本当だろうか?」

「それは本当です。ロードワークがてら見てきましたが、一時の混乱は抜けました。市街地に敵らしき物も見つかっていないようです」

「この高度では、そうそう敵襲もできなかろう」

「そうか………」

「マネカタ達も市街の修復や監視に積極的に協力してくれている」

「マネカタ?」

「この世界で悪魔の奴隷になるために造られた擬似人間だそうだ。成り行き上、保護したのだがお礼にと積極的に協力してくれている」

「あの微妙な動きする変な人達?」

「ああ、オレも見た。少し変わっていたが、悪い人達じゃないようです」

「ふむ……」

 

 少し考え込んでから、運ばれてきたエスプレッソを一口すすると克哉は報告書の束に目を通し始める。

 ちなみにピクシーは報告書の束の隣でタルトケーキにかじりついていた。

 

「ああ、それは私の出したレポートだな。急場に出したので簡易的な物で済まないが」

「いや、まずは状況の把握が大事だ。参考にさせてもらうよ」

「美鶴から聞いた話によれば、あちらにも相当の戦闘力を持った者達が集まっているとか。しかも、同じくあちこちの異世界から来た人達が」

「今現在、僕達全てがそうなっているけどな」

 

 美鶴のレポートに書かれている衝撃的な報告に、克哉の顔色が曇っていく。

 

「これは………今後の影響も考慮せねば」

「それは向こうも同じだろう。お互い、今どうすればいいか分からずにいるだけだな」

「確かに………」

 

 美鶴の適切な判断に、克哉も同意しながら次の報告書に移る。

 

「まずは関係者全員が状況を把握する事が最優先だろう。他の人達は?」

「起きてき始めているのと、まだ寝てるのが半々と言った所だ。なかにはもう行動を始めているタフな者もいる」

「喰奴の人達だな。探していた人を見つけたとか言っていたが………」

「セラ、という女性だな?」

「その通りだ。私にはよく分からないが、喰奴の暴走を抑えられる、《テクノ・シャーマン》という存在らしい」

「ふむ………」

「克哉はここにいるか」

 

 そこへ、ゲイルが食堂へと顔を覗かせた。

 

「ああ、こっちだ」

「どうやら、大丈夫のようだな。市街は一応警戒態勢を敷いている。認識一致のため、皆でミーティングを行うべきだと思う」

「今それを考えていた所だ。これを全て目を通し終えてから行おう」

「手伝おう。状況把握は最優先事項だ」

「なら、オレ達は全員を起こしてくる」

「せめて顔くらいは洗わせておくべきだろう」

「ムッシュ克哉、なら全員分の朝食の用意もしておきましょうか?」

「頼めるかな? 簡単な物でいい」

「ウィ」

 

 言ってから自分も空腹を覚えつつ、克哉は次の報告書に取り掛かった。

 

 

一時間後

 

 業魔殿の食堂に、許容人数ギリギリの人が詰まっていた。

 

「すごいなこれは………」

「まったくだ」

 

 予想以上のメンバーに、克哉とキョウジが半ば呆れる。

 その狭い中を、業魔殿に保護されていた悪魔メイドやマネカタ達が朝食や飲み物を配っている。

 その様は例えようの無いカオスとも言えるような状況だった。

 

「悪魔使いに術者、ペルソナ使いに喰奴、巫女だのハンターだのからよく分からない連中まで、よくもこんだけ集まったモンだぜ」

「確かにな。顔と能力を把握するのが一苦労だ」

「他に来てない人は~?」

 

 キョウジが指差ししながら人数を確認し始め、ピクシーが頭上を飛びながら点呼を呼びかけた所で、ふと克哉は見慣れた顔が足りない事に気付く。

 

「小岩と音葉君は?」

「遅れました!」

「う~ん、ネミッサまだ眠い~」

「ぐ~………」

 

 そこへカチーヤとネミッサ、そしてその二人に引きずられながらもまだ寝ている八雲が食堂に入ってくる。

 

「遅~い」

「……音葉君、これは?」

「八雲さん、ほとんど寝てないんです。私のNEMISSAシステムが壊れちゃって、その修復に当たってて」

「ねえ~ネミッサももうちょっと寝たいんだけど~」

「そちらの女性は? いやこれは……悪魔?」

「八雲さんの昔のパートナーで、ネミッサさんです」

「昔の……亡くなったと聞いていたが」

「地獄から這い出してきたらしんだよ……」

 

 そこでようやくうっすらと目を開けた八雲が、いまだ虚ろな目をしながら呟いた。

 

「地獄から? まあ後で聞こう」

「これで動ける奴は全員か」

『そのようです』

『こっちは動けないけど』

『致し方ありません』

 

 キョウジが確認した所で、会議用に用意された大型ディスプレイの片隅に、回線を通じて意識だけ参加したメアリ、アリサ、アイギスの顔が表示される。

 顔見知りも多く混じっているのか、各々が現状について独自に情報を交換し合っている光景もあったが、ただ静かに椅子に座ったままの者も多い。

 

「それでは始めよう。まずは能力把握のために、全員簡単な自己紹介をして欲しい。今後のためにも何を使えるかくらいは必要だろうからな」

「その通りだ」

 

 議長役を買って出た克哉に、賛同の声が上がる。

 その声を上げた人物が立ち上がり、皆の視線が集中する。

 

「相馬 小次郎、デビルバスターだ。デビルサマナーとこちらでは呼ぶらしいが。1999年に一度壊滅した世界から来た」

「小次郎のパートナー、八神 咲よ。電撃と回復を得意としてます」

「じゃあ僕らも。子烏 俊樹、警視庁特殊機動捜査部機動班、XX―1《weis》機のパイロットです」

「同じく、《schwarz》機に乗ってる三浦 陽介だ。今聞いた話だと、この小次郎と昔オレらは組んでたらしい」

「相馬 小次郎……まさか伝説のザ・ヒーローとはな」

「え?」

 

 隣から聞こえた声に、腰を下ろしかけた咲が首を傾げる。

 それに続くように、隣の人物が立ち上がった。

 

「アレフ、同じくデビルバスターだ。どうやら、彼らから更に未来の世界から来たようだ」

「ヒロコ、アレフのパートナーで元メシア教団のテンプルナイト」

 

 簡潔な説明だけして二人が座る。

 

「じゃ、こんどはこっちか。オレは葛葉 キョウジ。悪魔使いの一門《葛葉》の筆頭サマナーだ」

「レイ・レイホゥ。術者代表をしてるわ」

「里美 たまき、葛葉所属サマナーね」

「八雲さん起きてください………あ、カチーヤ・音葉、術者で八雲さんのパートナーです」

「ん、ああ。小岩 八雲、葛葉所属の三下サマナーだ」

「ネミッサ、悪魔だよ♪」

「轟だ。相談役のような事をしている」

「なら我らも」

「葛葉所属サマナー、十四代目 葛葉 ライドウ。葛葉所属だが、彼らから見れば70年程前の事になるようだ」

「ゴウト、ライドウのお目付け役をしている」

「カラスがしゃべった……」

 

 ゴウトが喋った事にポカンとしていた者が、ふと我に帰って立ち上がる。

 

「えと、英草 修二。元人間だったけど、なんでか悪魔になっちまった。ここじゃ人修羅って呼ばれてる。喰奴って人達とはちょっと違うけど、よろしく!」

「高尾 祐子。元は英草君の担任教師だったわ。この異常な東京を作り出した元凶の巫女よ」

「フトミミだ。マネカタ達のまとめ役をしている」

「……ダンテ。デビルハンターだ。気付いたら巻き込まれちまった」

「……濃いね」

 

 変わった者ばかりの紹介を見ていて思わず呟いた者が、次に立ち上がる。

 

「藤堂 尚也。エルミン学園OBでペルソナ使い。警視庁特殊機動捜査部機動班の班長だったけど、班員が二人だけになっちゃったからどうしようか悩んでる」

「また私達のリーダーとか。園村 麻希、同じくエミルン学園出身のペルソナ使い、今はカウンセラー助手してます」

「同じく、ペルソナ使いの南条 圭だ」

「上杉 英彦、今大評判のブラウン様ってのはオレの事だぜ、よろしく!」

「桐島 英理子、エリーで結構ですわ。Occultなら負けません事よ」

「黛 ゆきの、元ペルソナ使いになったけど、やる時ゃやるよ」

「レイジ、城戸 玲司だ」

「アメリカ帰りのマークこと稲葉 正男! よろしく頼むぜ!」

「Oh、AYASEがいれば全員そろうのですが」

「あれ、確か子供生まれたらペルソナ使えなくなったとか言ってたような?」

「ああ聞いた聞いた」

「オレ初耳だぜ?」

「そりゃお前、ずっと向こうにいたろ。メール出したけど届かなかったぜ」

「いや、金無くてプロバイダ切られて……」

「……後にしてくれ」

 

 雑談に走り始めたエルミンOB達を押しとめ、赤いジャケットを着た男が立ち上がる。

 

「周防 達哉。警視庁特殊機動捜査部機動班だったが、こちらの体に憑依してペルソナ使いになっている。こんな世界を作り出した張本人だ」

「情人、そんな事は……あ、リサ・シルバーマン。同じくペルソナ使い! 情人のために頑張る!」

「ふふふ、男気と音楽を追求する美しきペルソナ使い、ミッシェル様とはオレの事。よろしく君達」

「あ、彼の本名は三科 栄吉って言うから。僕は橿原…、じゃなくてこっちだと黒須 淳。かつてはジョーカーと呼ばれてた。この世界を作ってしまった人間……」

「それは私もだ。仮面党現リーダー、吉栄 杏奈だ。レイディ・スコルピオンと呼ばれてる」

「仮面党一の勇者、正義の転生戦士イシュキック! パワーアップして参上!」

「はいはいあかりちゃん、分かったから降りて降りて。私は天野 舞耶、雑誌記者兼ペルソナ使い。何でかこの街にお墓があるけど気にしないで」

「それなら僕はもっと複雑だが……警視庁特殊機動捜査部捜査班 班長、周防克哉だ。ペルソナ使いで先程の達哉の兄でもある。今は、諸所の理由でここの警察署長になってしまっている」 

「確かに複雑なこった、パオフゥだ。特技はペルソナ戦闘と情報収集。この状況じゃさぞ忙しくなりそうだ」

「何言ってんのよ。同じくペルソナ使いの芹沢 うらら、なんでか二人いるけど気にしないで」

「あとで憑依だか合体だかしないとマズイってね………」

「あっちも大分複雑だね………」

 

 頭をかきながらブレザー姿の少年が立ち上がる。

 

「不破 啓人、月光館学園特別課外活動部の戦闘リーダー、前の人達とは少し違うけどペルソナ使い」

「同じく月光館学園特別課外活動部部長の桐条 美鶴だ。簡易的だが、サーチ能力もある」

「真田 明彦、特技はボクシング、ペルソナ戦も肉弾戦もこなせる」

「岳羽 ゆかり。弓道部在籍で弓が得意」

「伊織 順平、特別課外活動部のエース候補!」

「あの順平君、すぐばれるウソは止めた方が………山岸 風花です。戦闘力はありませんけど、ナビゲーター役をやってます」

「初等科ですけど、部員の天田 乾です。こっちはコロマル」

「ワンワン!」

『こんな状態で失礼であります。対シャドウ人型防衛兵器、アイギスMC。アイギスとお呼びください』

「ガキに犬までいるのかよ」

「ちょっとヒート……」

 

 ヒートの呟きが大きめに響き、アルジラが咎めた所で、銀髪の男が立ち上がる。

 

「サーフ、喰奴。トライブ・エンブリオンのリーダー。」

「……ヒートだ。エンブリオンのアタッカーだった。邪魔する奴は全部食ってやるから安心しな」

「ちょっとヒート……アルジラよ。パートはスナイパー、よろしくね」

「ゲイルだ。エンブリオンでは参謀をしていた。状況解析、戦術構築なら任せてほしい」

「オレはシエロ、ラテンのリズムでよろしく頼むぜブラザー!」

「ロアルドだ。対カルマ協会レジスタンス、ローカパーラの二代目リーダーをしていた。もっとも元はヘボ小説家だがな」

「あと一人、セラって子がいるんだけど、今ちょっと治療中よ」

 

 居並ぶ者達を見回し、ビクトルが小さく頷く。

 

「これで、大体か。私はヴィクトル、この業魔殿の船長で悪魔研究家だ」

「ボンソワール、ムッシュウ、ボンソワール、モドモアゼル。料理長のムラマサと申します。厨房担当と刀剣加工が役割です」

『画像にて失礼します。メイド長のテトラ・グラマトン式成長型人造魂魄保有型半有機自動人形初期型、メアリと申します。以後お見知りおきを』

『テトラ・グラマトン式成長型人造魂魄保有型半有機自動人形・パーソナル デバイス設定式二期型、アリサだよ! よろしくね♪』

「……よくもまあこれだけ色々な連中がそろった物だ」

「違いねえ、全員ある一つの共通事項以外、てんでバラバラと来てやがる」

「あの、共通事項って?」

 

 正直な感想を述べた克哉とキョウジに、啓人が聞き返す。

 

「簡単な事だ。能力に個人差はかなりあるが、全員が悪魔と戦う力を持っている。ただその一点だ」

「オレら戦ってたのは悪魔じゃなくてシャドウなんスが………」

「オレは妙なパワードスーツみたいな機械とも戦ったぞ」

 

 ゲイルの意見に一部から反論が出るが、つつがなく無視される。

 

「とにかく、現状の簡易的な説明を始めよう。双方、どのような場所から来たかはこの際不問だろう。だがこの街はそうはいかない。そもそも、この珠閒瑠市では光の存在《フィレモン》と闇の存在《ニャルラトホテプ》が《噂》を現実化させ、操作する事で人心を操る実験を行っていた」

「噂の現実化?」

「すごい話だな~」

「だが、噂という物は悪い物程、伝播も早い。いつの間にか、噂は世界の滅亡のレベルにまで及び、とうとうこの街を残して滅亡した世界、それがこの珠閒瑠市だ」

「……それなら、似たような物のようね」

 

 小さく呟いた祐子が、席を立つと皆の前へと進み出る。

 

「この世界もそう。新たな世界の創造のため、一度全てを滅亡させ、その力を持って東京受胎を引き起こした新たな世界の雛形。それがこの世界よ」

「待て、ここが東京だと言うのか!?」

「帝都守護役はこのような事態を防げなかったのか!」

「詳細はあとでレポートにして皆に配る。それよりも」

 

 ざわめく者達を、克哉が静かになだめて言葉を続ける。

 

「今、我々がやらなければならない事。一つは現状の詳細情報の入手。そしてこの異常事態の原因の解決。この二点だ。詳細は未確認だが、この幾つものパラレルワールドとも呼べる世界が繋がる事態、これは人為的な物の可能性が高い」

「待て! ではこれはテロだと言うのか!?」

「こんな事出来る人間がいるのか!?」

「人間、じゃねえかもしれねえぞ」

 

 更なるざわめきの中、八雲の一言に全員が押し黙る。

 

「神格、もしくはそれに類する存在の関与か」

「おう、話が早いな」

「前にもあったからな」

「オレもだ」

「奇遇か、こちらもだ」

 

 アレフ、小次郎、ライドウの言葉に半数近くの者達に更なる沈黙が降りる。

 

「だが、主犯が誰かはともかく、協力している人間がいるのも確かだ。僕はライドウ君の世界で神取 鷹久に会った」

「何!? 本当か周防!」

「それだけじゃない。オレはこの街でストレガにあった」

「ええ!? 何でぇ!?」

「本当すか真田先輩!」

「カルマ協会も関与している。エンジェルの姿もあった」

「マジ?」

「本当なのか……ならば何故?」

「ちょっと待った。それなら、オレはここで40代目ライドウを名乗る奴ともあったぞ」

「40代目だとぅ!?」

「そいつは国津神をそそのかして超力超神事件を引き起こした張本人だ!」

 

 聞き覚えのある敵の名に、それを知る者達が次々と驚きの声を上げていく。

 その様子を見ていた克哉は、しばし考え込んでから口を開いた。

 

「事態の切迫は予想を遥かに上回るようだな。こちらは何が起きているのかすら把握できてすらいないが、《敵》はこの事態を把握して完全に利用している。実はこの街の転移も、奴らの実験による物だ」

「そして敵には我らと同じ共通事項に、もう一つ共通事項があるようだ」

「危険な連中、って事だろ?」

 

 ゲイルの指摘を、キョウジが的確に当てて見せる。

 ゲイルが頷くと、全員がざわめき様々な反応を見せる。

 焦りを見せる者、対照的に笑みを浮かべる者、考え込む者、興奮する者、相談する者、そして、ただ覚悟の決まった顔のまま動かない者………

 

「だが、必ずしもこちらが不利という事でもない。この事態打開のために動いている者もいる。実はここに来る前、ライドウ君の世界から来る時、STEVENに会った」

「STEVEN? 本当か?」

「そうか、あいつが………」

 

 直接面識のある小次郎とアレフが頷く。

 

「そういや、オレはレッドマンにこの世界に送られたぞ」

「イゴールもいたね………」

「こちらにも異能の味方はいるのね。世界を救おうとしている…」

 

 八雲と啓人の言葉に、祐子が安堵の声を漏らしかけた時、突然その言葉が途切れ、彼女の体が奇妙な痙攣を始める。

 

「何!? てんかんか!」

「誰か医者を…」

「あ、違うから………」

 

 慌てる声が響く中、修二がボソリと呟く。

 祐子の痙攣は更に激しくなり、顔を奇怪な動きで振り回したかと思えば、突如として止まる。

 その顔は、まるで蛍光塗料でぶちまけたかのような異様な物になっていた。

 

『集いし異なる世界の迷い子達よ! 更なる変貌を突き進むこの世界に何を見る? 恐れを知らぬ強靭な弱者達よ! 変貌は汝らの予想を遥かに上回れり! 変貌を止めるも、変貌に任せるも自由なり! 力を束ねよ、何をするも全ては汝らの結束にありきなり! 我もまた、行くは女と共に。自らを由とせよ。これ、我の真なり』

 

 野太い男とも甲高い女とも聞こえるような声が、室内に轟くと再度祐子の体が痙攣し、そして、元に戻る。

 

「今のは何だ?」

「また神託か、迷惑な神様だな」

 

 初めて見た者達が唖然とする中、ゲイルの問いに八雲が答えてやる。

 

「何の神様降ろしてるのその人………」

「今のが私の神、アラディアよ。でも、まだコトワリは授けてくれない………」

 

 たまきも呆然とする中、祐子が小さく呟いた。

 

「いや、一つだけ授けてくれた物がある。力を束ねよ、と」

 

 克哉の言葉に、全員の顔が引き締まっていく。

 

「ま、ここにいる連中全員、やりたい事は一つ。このふざけた状況をとっととどうにかして、手前の世界に戻る。できればそのまま自分のベッドにでも潜り込んで全て夢にでもできりゃ最高だ」

「いい事言うぜ、その通りだ」

 

 キョウジの発言に、ダンテが笑って同意する。

 

「ツケも溜まってるし、借金取りも来るがそれでもあの場所に帰る、それ意外に理由は要らないだろ」

「あ~、そういや科学のレポートまだだった」

「やべ、そういやすっかり忘れてた………」

「最新パーツ、予約してまだ取りに行ってねえ」

「ニュートラルの世界はまだ始まったばかりだ。早く戻らないと」

「確かに地獄のような世界だが、ここよりはマシかもしれないな」

「そう言えば、記事の締め切り近かったわね」

「ああ! パオ前の仕事の代金まだ半額しかもらってないわよ!」

 

 皆が口々に望郷ともグチとも取れる発言を飛び交わせ、場が一気に騒がしくなる。

 

「全員、じゃあ一致協力って事でいいな?」

「意義は無いようだ。なら業魔殿の設備を好きに利用するといいだろう」

「じゃあ一応の今後の方針だが」

 

 克哉の発言に、全員が前を向いた。

 そこにあるのは、歴戦の瞳の数々だった。

 

「装備の再確認、負傷者の完全休養の後、チームを幾つかに分けよう。珠閒瑠市の警備チームと、下の受胎東京探索チームの二者だ。詳しいチーム分け及び作成詳細は各自リーダー及び参謀クラスの会議で決定する。会議出席者以外、解散して作戦準備。以上!」

 

 克哉の言葉が終わると、残る者以外は立ち上がってそれぞれ散っていく。

 

「じゃあレイホゥさん、武器庫みたいのあります?」

「ええ、けど大分使っちゃったけど……」

「オレは寝る………」

「明彦、皆にここの説明を頼む。啓人は私と会議に」

「分かりました」

「あの、オレも?」

「地理に明るい者が案内に必要だ。マネカタからも出そう」

「勝手に街の外に出ないで。下ではマガツヒを求める悪魔が徘徊してるわ」

「オレは一度家に戻る」

「そうしてくれ、奥さんと子供も心配してるだろう」

「南条、あとエリーも会議に頼む」

「心得た」

「Oh、イエスですわ」

「誰か機械に詳しいのと力自慢いたら手貸してくれ!」

「XX―1の修理機材の搬送を!」

「じゃあうららさん、皆さんと同じように憑依を。手伝いますから」

「う~ん………」「大丈夫?」

「ヒート、セラは無事だ。後はエンブリオンとして活動しろ」

「……分かったよ」

「元ジョーカーとして、僕も会議に出るよ。達哉も出た方いいよ?」

「……そうだな」

「あかり、済まないが仮面党代表で出ててくれ。私は一度現状の視察に戻る」

「ええ!?」

 

 思い思いに皆が散らばっていく。

 新たなる戦いの準備のために………

 

 

 今ここに、絡みし困難を解きほぐすべく糸は集い開いたり。

 されど、彼らの先に広がるは、果たして………

 



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PART25 RE CONNECT

 

「う~ん……」

 

 耳元でけたたましく鳴り響くコール音に、八雲はまだ重いまぶたを僅かに開けつつ、コール音を鳴らす備え付け電話の受話器を取った。

 

「はい、八雲……」

『八雲、あんたそろそろ起きなさい。やる事しこたま溜まってるから』

「あ、たまきさん……あと五時間」

 

 返答代わりに、部屋のドアからいきなり突き出した剣の切っ先に八雲の眠気が血の気と共に失せていく。

 

『起きろ!』

「分かりました」

 

 即答して脱ぎ散らかした上着を適当に着込み、八雲が剣痕の残るドアを開ける。

 

「まったく、こっち側もあっち側もあんたは変わらないわね~」

「たまきさんもそですよ、もっともこっち側のたまきさんは引退しましたけど」

 

 怒りと呆れの混じったため息をもらすたまきの後ろに続きながら、八雲が頭を振って残った眠気を振り払う。

 

「聞いてるわよ。子供ね~、こっちは夫婦で忙しくってそんな暇ありゃしないってのに」

「そいやただしさんは? 見かけないような」

「こっちだと、実家に帰ってシバルバーから供給される物資の管理を一手に任されててね。この街の経済の中心人物になってるのよ」

「……そこは全然違うな」

「それ言うなら、カチーヤちゃんだっけ? あんな子私は知らないのよね~。似てる所と似てない所があちこちあるみたい」

「そこいら辺、すりあわせとかないとまずいか……」

「おいおいね、とりあえずざっとチーム分けは済んでるわ。小次郎と人修羅の、修二君だっけ? が第一陣として下の探索に出てるわ。もう直第二陣でアレフとダンテ、ガイドに高尾先生が出るって」

「オレの専属は?」

「解析班よ、電算室で送られてきてるデータのマップ製作その他にしばらく当たってもらうって」

 

 歩きながらあれこれ話している所で、ふと通路の向こう側から何かが聞こえてきた。

 

「うわ!」「あっ!」「キャウン!」

 

 トレーニングジムエリアから聞こえてきた声に、二人が何気なくそちらを覗き込む。

 そこにあったのは、下から順平、乾、コロマルの順に積み重なって伸びている二人と一匹の姿だった。

 

「何やってんだお前ら」

「つ、強ぇ……」「手も足も出ません……」「キュ~ン」

 

 その向かいでは、竹刀を手にしたライドウが涼しい顔で立っている。

 

「お前らな……葛葉 ライドウって言ったら葛葉四天王の一角、順平と同じ歳でも修行年数も実戦経験も桁違いだ。相手になる訳がねえだろ」

「そうでもない。それなりに場数は踏んでいるようだ」

「まだまだだがな」

 

 フォローだがお世辞だか分からない事を言うライドウとゴウトに、その様子を横で見ていた美鶴がいささか顔を曇らせる。

 

「模擬戦は私の発案だ。もっともこれ程とは……」

「オレみたいな三下サマナーを参考にしたんじゃないだろうな? オレなら絶対申し込まんぞ」

「そういうお主も、それほど弱いようには見えんぞ」

 

 ゴウトの言葉に、八雲は失笑を漏らす。

 

「あいにくと、オレもたまきさんもスカウト組でね。正規の修行はほとんど受けてない。ライドウとやりあおうなんてさらさら思ってないさ」

「あんたは特にね」

「変わった奴だ。なぜそこまで己を卑下する?」

「自信過剰は禁物、古今東西この業界の常識だろ」

 

 ゴウトの問いに含み笑いを残し、八雲がその場を立ち去る。

 

「あいつか、周防が会わせたくないと言ってたのは」

「多分ね。葛葉でも特に変り種、腕は確かなんだけど」

「そうか……」

 

 たまきの説明に、ライドウは怪訝な顔で八雲の背中を見送っていた。

 

 

 

「おう、ここでいいか?」

「遅~い!」

「やっと来やがったな。早く手伝え!」

 

 八雲が顔を覗かせると、膨大なレポートやディスクに埋まるように舞耶とパオフゥがデータ整理の真っ最中だった。

 

「すげえなこれは………」

「全員から集めたデータの照合に、下に言った連中が送ってきてるマップデータ、それにあちこちで出てきてる敵のアナライズデータ。半端じゃねえ量だ」

「だが必要になる。特に敵と味方のデータはな」

「追加持ってきたよ」

「次来たよ~、ってお兄ちゃんやっと来た!」

「おうアリサか。仕分けるからそこに置いといてくれ」

「はいっと」

 

 大量のレポートを抱えてきたうららと人工メイド姉妹の妹が、それをどっかりと手近のテーブルに置いた。

 

「解析班はこの面子か……そういや山岸はいないのか? こういうの向きだと思ったが」

「あの小っこい嬢ちゃんか? それなら機械いじりが得意だからってんでXX―1の修理に行ってるぜ」

「ちっ、あの能力は便利なんだがな~」

「聞いたわ、サーチ系ペルソナなんでしょ?」

「それって便利ね~、あたしも欲しいわ」

 

 舞耶とうららが手分けしてレポートを仕分けしていき、八雲とパオフゥがそれを片っ端から業魔殿のメインコンピューターに入力していく。

 

「大型シャドウにコピー喰奴だ? そんなのまで出てるのかここは………」

「そっちこそ、ヨスガとかいう悪魔の大軍勢相手にしたってこっちに書いてるわよ」

「どっちもこっちも派手ね~」

「これ以上派手になったら、さすがに手に負えなくなるかもしれねえな……」

「考えたくない事言うな。オレが今ここにいるまでにどんだけ苦労したと……」

「全員がそう思ってるわよね、それ」

「マーヤの言う通り!」

「更に追加~」

 

 女二人が笑い合う中、アリサが更にレポートを持ってくる。

 

「統合データバンクの作成だけで何日かかるんだこれ………あ、アリサ茶頼む」

「はいお兄ちゃん」

「オレもコーヒー頼む。知るか。とりあえず使えるようにすんのが先決だ」

「そうだな。多分今はどこも混乱してるだけだ。次がいつ始まるか……」

「次って?」

「また何か起きるっての?」

「この状態がどこぞの連中の実験だとしたら、次があるって考えんのが普通だろが」

「しかもそれが何か皆目検討がつかん。これを整理すれば何か見えてくるかもしれんが、あいにくここには悪魔使いのヤクザな探偵は何人かいるが、パイプがトレードマークの名探偵や伊達眼鏡の少年探偵はいないからな。そういや、カチーヤとネミッサは?」

「あの二人なら、街の外縁警備に駆り出されてるわよ。たまに頑張って昇ってくるのがいるって~」

「あのネミッサって、あんたの昔のパートナーなんでしょ? カチーヤちゃんと組ませて大丈夫なの?」

「多分な。それにネミッサならカチーヤの力が暴走した時、リミッターになれる」

「そういう意味じゃなくって」

 

 うららが呆れる中、高速のタイピング音とPCの起動音が室内に木霊していた。

 

 

 

同時刻 珠閒瑠市 外縁部

 

「また来ました」

「そこ!」

 

 監視用スコープを覗いていたマネカタの報告に、カチーヤがM134ミニガンを向け、フルオートで銃弾を解き放つ。

 弾丸は虚空を突き進み、珠閒瑠市の周囲を取り囲むフィールドサークルをよじ登ってきていた悪魔に突き刺さり、悪魔が悲鳴を上げながら落ちていった。

 

「まったく懲りないわね~」

「あの、ネミッサさん……」

 

 落ちていく悪魔を双眼鏡で見ながら、どこかから持ち出してきたビーチチェアに横たわったネミッサが缶コーラをあおっていた。

 

「まじめにやらないと、たまきさんやレイホゥさんに怒られますよ……」

「ネミッサ、葛葉の人間じゃないも~ん♪」

「あの、一応八雲さんのアシスタントという事になってるんですけど」

「違うよ、八雲がネミッサのアシスタントなんだよ」

「………」

 

 自分勝手で我侭し放題のネミッサに、カチーヤはどう接するべきか悩んで思わず黙り込んだ。

 

「ねえカチーヤちゃん」

「は、はひ!?」

「八雲と同棲してるってホント?」

「同棲というか、同居というか……あの、その……色々とありまして……」

「クッ、アハハハハ!」

 

 思わず上ずった声で呟くカチーヤに、ネミッサは楽しげに笑いだす。

 

「カチーヤちゃんかわいい~♪」

「ちょ、ネミッサさん仕事!」

 

 ネミッサにぬいぐるみがごとく抱きしめられて、カチーヤがもがくのを周囲の監視作業に従事しているマネカタ達が不思議そうに見る。

 

「これ終わったらみんなで遊びに行こ!」

「ダメですよ! やる事たくさんありますし……」

「いいじゃんそんなの。人手だけはいっぱいいるし!」

「ダメですって!」

 

 どうにかネミッサを監視任務に戻そうとカチーヤがもがいている所に、連絡用に配備されていた無線機がコール音を鳴らす。

 

「はい第二監視所。あ、はい。カチーヤさんに」

「私に?」

 

 通信担当の珠閒瑠警察署の警官が、カチーヤに無線機を渡す。

 

『様子はどうだカチーヤ』

「あ、八雲さん。目覚めたんですか?」

『起きて早々、こき使われてる。どの世界でも葛葉は人使い荒えな』

「まあ、状況が状況ですし」

「八雲~、ここ退屈~」

「あの、ネミッサさんが……」

『飽きてるだろ? 昔に比べれば持った方か。適当な飴で釣っておけ』 

「はあ……」

『オレは今こっちの作業の手が離せん。市外全土の結界化もまだ計画段階では、そこを空ける訳にもいかんしな。多少アホな事言っても気にするな』

「う~ん……」

 

 何か自分の時とまるで正反対の八雲の助言に、カチーヤが小さく唸る。

 だがそこで、横から伸びてきたネミッサの手が無線機をカチーヤの手から奪う。

 

「八雲、お菓子無いから持ってきて♪」

『後にしろネミッサ! 二時間経てば交替だろうが!』

「ぶ~、ネミッサつまんない~」

『一遍死んでも何も変わってないなお前は………後でメアリにでも持ってかせるから大人しく見張りやってろ。小次郎から中間報告が来たが、下は大分騒がしいようだ』

「そうなの?」

「来ました! 今度は複数!」

「迎撃します!」

 

 ネミッサが呟く隣で、カチーヤが再度銃口を上ってくる悪魔達へと向けてトリガーを引いた。

 

 

 

同時刻 ボルテクス界 シブヤ

 

「ああ、今どこでもあれの噂で持ちきりだ」

「あのいきなり現れた空飛ぶ街には人間がたくさんいるって話だぜ」

「シジマ、ヨスガ、ムスビ、どこもあの街を調べるために斥候を出してるらしいな………」

 

 シブヤの街にいる悪魔達は、誰もが突如として出現した珠閒瑠市の話をしていた。

 

「多分、今どこ行っても同じ話題だろな~」

「無関心な方が希少だ。だが予想以上に各勢力の動きが早い」

 

 情報収集に当たっていた修二と小次郎が、ほぼ同じ内容の話から重要な情報を取捨選択していた。

 

「問題は斥候がどれだけ来ているか、だな……」

「なんか上の方から微妙にパンパン聞こえんだけど」

「耳がいいな。オレには聞こえないが」

「デビルイヤーだからな」

「正真正銘の…」

 

 そこで、何か大きな影が小次郎の背後に立つ。

 

「お前、人間だな?」

「あの街の事、何か知っているな?」

 

 小次郎の背後に立ったソロモン王の72柱の魔神の1者、半獣半人の姿の堕天使 オセとソロモン王の72柱の魔神の1者、大がらな馬に騎乗した恐怖の王、堕天使 ベリスが小次郎へと迫る。

 

「こいつら、シジマか!」

「貴様もいたか人修羅。だが、用があるのはこいつだ!」

「マガツヒ諸共、知っている事を全て搾り取ってくれ…」

 

 問答無用で襲ってくる堕天使達に、小次郎は慌てず腰の刀の鯉口を切った。

 振り向きざま、小次郎が刀を抜き放つ。

 一瞬、襲い掛かった堕天使達の動きが止まったかと思うと、オセの片腕が斬り落ち、ベリスの体が半ばから両断される。

 

「ギャアアァァ!」

「が、は……」

 

 オセが絶叫を上げ、ベリスが血反吐を吐いてその場で絶命する。

 

「一つ教えておく。あの街にはオレと同クラスのデビルバスターが何人もいる。手を出さないのが利口だ」

「ひ、ヒイイィィ!!」

 

 冷徹な瞳で睨み付ける小次郎に、オセは思わず悲鳴を上げてその場から逃げ出していった。

 

「今見てた連中も覚えておけ。ニュートラルを保つためなら、オレはどんな相手でも倒す」

 

 物見高いシブヤの悪魔達も、小次郎のすさまじい強さに絶句する。

 

「次に行くぞ」

「あ、ああ……」

 

 静かになった街を二人はそのまま立ち去っていく。

 その後になって、シブヤの街は違う喧騒に包まれ始めた。

 

「強ぇな、あんた……」

「地形が少し違うだけで、ここもオレのいた東京もあまり変わらん。オレはそこを戦って勝ち抜いた」

 

 小次郎が呆然と呟く中、街の外に停めておいた、珠閒瑠警察から借りてきたサイドカー付きの白バイに小次郎は歩み寄る。

 

「ご苦労パスカル」

「クゥ~ン」

 

 番をしていたケルベロスの頭をなでてやると、小次郎はバイクに乗り込み、修二がサイドカーへと乗り込む。

 エンジンを掛けると二人の乗った白バイは走り出し、その隣をケルベロスが併走する。

 

「街の警備をもっと厳重にした方がいいな。咲が見張ってるからそう簡単には侵入はされんと思うが………」

「けどよ、あの街はデカ過ぎる。始終見張るにも限度があるぜ」

「サッキカラ、タマニ入ロウトシタ悪魔ガ落ッコトサレテルゾ」

「斥候だからそれで済んでるんだろうな。大規模な作戦を打たれる前にどうにかしないと………」

「あの太ったオッサンが街全部結界で包むとか言ってたよな?」

「あれだけの規模となると、発生まで時間が掛かる。かといってこっちも派手に動けるにはまだかかるだろうし………」

「ややこしくなってんな~」

「ソウダナ、人修羅」

「お前に言われてもな~」

 

 サイドカーの中で修二はため息をつきつつ、白バイは周囲の変化を観察しつつ、次の街へと向かっていた。

 

 

 

同時刻 珠閒瑠市 シバルバー内部

 

「うわ~……」

「何よこれ……」

 

 一連の事件の手がかりを求め、克哉(+ピクシー)と明彦を除いたメンバーで再進入をしていた達哉を中心とした探索チームが、目の前に広がっている光景に唖然としていた。

 

「爆弾かしら?」

「いや、着火剤とかも使ったのか?」

 

 かつて光を放っていたシバルバーの各所が焦げ、崩れ落ち、見るも無残な様相を呈していた。

 

「証拠隠滅って、こういう状況かな?」

「全部吹っ飛ばすにゃ足らんかったみてえだけどよ」

 

 淳とミッシェルが周辺に散乱してる瓦礫を見つつ、ボヤく。

 

「ライフライン関係はかろうじて生きてるし、自己修復も始まるはずだ。内部の状態を確認しておこう」

「そうだね情人。でも、全然何の気配も感じないような?」

「ケツまくって逃げられたかしら……?」

 

 達哉が率先して中へと入り、リサと舞耶もその後へと続く。

 

「うわ~、何これ」

「前に写真で見た事有るわ。頑丈すぎて壊れないと、爆風とかでこうなるみたい」

 

 シバルバー内部には通路一面をススや焼け焦げた建材が転がり、悪魔の死体か戦闘マシンの残骸かか分からない程黒くなった物体も混じっている。

 

「一体いつの間に?」

「だよな? オレら前来てから一日と経ってねえはず……」

「転移の直後かな……他に考えられない」

 

 壁を小突いて状態を確認した淳が、冷え切っている事に小首を傾げる。

 

「ねえ情人、こんな状態じゃ何もないんじゃない?」

「何かでいい。何かがあれば……」

 

 それ以後、黙って中心部へと進んでいく達哉の後ろで、皆がこっそり顔をつき合わせて囁く。

 

「なんか達っちゃん、様子おかしくねえか?」

「だよね。やけに喋ったり、黙ってみたり………」

「多分、この状況に責任感じてるんじゃないかと……」

 

 淳の発言に皆が眉根を寄せる。

 

「達哉君に責任なんて無いじゃない……」

「そうだよ、エンジェルとかいうおばはんがやったんでしょ?」

「それなら、僕の方こそ責任が……」

「ああ、止めだ止め! とっとと終わらせて帰ろうぜ! こんな所にいたら、ミッシェル様の玉の肌が焦げ臭くなってしまうじゃな~い」

「そうそう、早く帰ってシャワー浴びよ!」

「そうね♪」

「?」

 

 後ろが騒がしい事に達哉が振り返るが、皆がやけにやる気なのを確認すると、また黙って先へと進んでいく。

 

「にしても、何も出ねえ………」

「そうね、悪魔もマシンも全部焦げちゃったのかしら?」

「悪魔はともかく、マシンはラストバタリオンの噂の産物です。消えるなんて事が……」

 

 全員が不思議に思う中、焼け焦げ、崩れかけた通路を瓦礫を避けつつ、中枢部へと皆が進んでいく。

 

「ありゃ、塞がってんぜ…」

「ホオォー!」

 

 扉や建材の瓦礫で塞がった最中枢部への入り口を、前と同様にリサが蹴破る。

 

「うわ………」

「ひどいわねこれ………」

 

 中に広がっていたのは、すさまじいまでの破壊の痕跡で、そこに鎮座していたはずの機械だった物が、それらしきスクラップと思われる黒ずんだ物体となり無数に散らばっているだけだった。

 

「黒焦げもいい所ね……」

「こりゃオレらじゃ何も分からねえぜ」

「鑑識に任せるしかない。一度帰って鑑識班を連れて出直しだ」

「また来るの~? 焦げ臭くなるからヤダ~」

「でもこれなら、護衛も少なくていいかもね。他に進入路がないかも調べないと……」

 

 淳が大穴の開いた天井を見上げていた時だった。

 全員のペルソナが同時に何かを感じる。

 一斉に皆がその感じた物の方向を振り向く。

 そこにいたのは、一匹の金色の蝶だった。

 

『フィレモン!?』

 

 全員が叫んだ時、その場の光景が一変した。

 視界が急激的に沈んでいき、目の前に緑色の不可思議な闇が満ちていく。

 闇の中を沈んでいく先、そこに小さな円状の神殿のような建築物が見えてくる。

 その内部へと視界が移動した所で、全員の意識が覚醒した。

 

「ここか」

「フィレモン! 聞きたい事が…」

 

 皆がその場所、ペルソナを覚醒させた発現の場を見回す中、淳が息を切らしながら神殿の中央、そこに浮かぶ金色の蝶に話しかける。

 それに応じるように、金色の蝶は白黒の二色で構成された仮面を被った、白スーツの紳士へと変化した。

 ペルソナを与えてくれた存在、普遍的無意識の創造性を象徴する存在、《フィレモン》がその姿を現した。

 だが、その姿はまるで一昔前の移りの悪いテレビのように不鮮明で、たまにノイズが入って安定していない。

 

「ちょ、このオッサンこんなんだったか!?」

「違うよ! どうなってんの?」

『よく…来てくれ……』

 

 前と違うフィレモンの様子に、ミッシェルとリサもただならぬ事態を感じ取る中、フィレモンが言葉を発する。

 その言葉も途切れ途切れで、かなり聞き取りづらい物となっていた。

 

「まさか、奴か?」

『違……らに、深遠から……』

「ニャルラトホテプより、深遠の存在?」

 

 達哉の問いかけへのフィレモンの返答に、淳が首を傾げる。

 

「教えてフィレモン。私達はどうすればいいの?」

『決めるの…君達じし………急げ……でに新たなる敵が……まって……』

 

 そこまで言った所で再び視界が急激的に上昇していく。

 

「待って! まだ色々聞きたい事が…」

 

 舞耶が手を伸ばした所で、フィレモンの姿が掻き消える。

 そして、皆は再び焼け落ちたシバルバー中枢部へと戻ってきた。

 

「さっきのって……」

「前の戦いの時も、フィレモンが弱ってああなっているの見た事あるわ。でも、もっとひどかったみたい………」

「あんな奴でも具合悪くなるんだな」

「だが、幾つか分かった」

「うん。ニャルラトホテプよりも深遠の存在、それが絡んでいるらしい」

「あれよかヤバイ奴って事ぉ!?」

「マジかよ!」

 

 リサとミッシェルが愕然とする中、舞耶がフィレモンとの会話を思い出していく。

 

「そう言えば、最後に何か言ってなかった?」

「ああ」

「確か、新たな敵って……」

『え?』

 

 

 

同時刻 ボルテクス界

 

 元の世界で言えば両国に当たる場所、相撲の殿堂として知られるその場所に、力士でも相撲ファンでも無い者が多数徘徊していた。

 

「ウウウ……」

「アア……」

 

 口々に怨嗟や苦悶を漏らしつつ、腐臭と死臭を撒き散らすそれらは、ただ無分別に周辺を歩き回る。

 そのような異様な存在が、おびただしい数となってリョウゴクを埋め尽くしていた。

 

「なんて亡者の数……」

「ゾンビ映画が撮り放題だな。ハリウッドにでも持ってくか?」

 

 離れた場所から、徘徊する亡者の大群を持参した双眼鏡で観察していたヒロコとダンテが、その予想を上回る状態に絶句し、苦笑していた。

 

「亡者くらいなら、問題ない。人手を集めれば駆逐できる。だが……」

「あれ、ね」

 

 ヒロコから渡された双眼鏡を覗き込んだアレフが、同じくダンテから渡された双眼鏡を覗き込む祐子と同じ物を見つめる。

 亡者達の中央、そこに存在するとてつもなく巨大な穴の存在に。

 ざっと見ただけでも、学校のグラウンドくらいは簡単に入る巨大な穴は、その奥が見えない程に深く、暗い。

 そしてその穴の中から、思い出したかのように一体、しばらくしてまた一体亡者が這い出してきていた。

 

「あれ、前からあったか?」

「いいえ。この間までは無かった………」

 

 祐子が首を横に振る中、アレフは再度その穴を見た。

 

「何か分かるか?」

「聞いた事は有るわ。見たのは初めてだけど」

「私は見た事あるわね。もっともっと小さい奴だけど……」

「オレもだ。さすがにここまで馬鹿でかいのは初めてだが」

 

 ヒロコの頬に汗が伝い、ダンテが不敵に笑う。

 

「《ゲート》だな。しかもスーパービッグLLサイズの」

「そう、《門》よ。ここまで大きいと、何が這い出してきてもおかしくないほどの………」

「《冥界の門》!!」

 

 祐子が絶句し、再度穴と周囲の亡者を見る。

 

「だが妙だな。亡者以外に何か出てきた痕跡が無い」

「それは私も気になったわ。このサイズなら、何が出てきてもおかしくないのに」

「つかえてるのかもな。どうする?」

 

 ダンテの問いに、皆が考え込む。

 

「早急な封印が必要よ。でもその前に亡者をどうにかしないと」

「一度戻って、対策を検討した方がいいな」

「こんだけ大きな門、どうやって封じれば………」

「さあな。お前達は先に戻れ。オレはちょっと掃除していく」

「オレも手伝おう」

 

 女性達が思案を巡らす中、ダンテとアレフは、愛剣を手に亡者達へと向かって駆け出していた………

 

 

 困難を前に、未来を紡ごうとする糸達の前に、また新たなる困難が襲い掛かる。

 新たなる災厄の先にあるのは、果たして………

 



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PART26 NEW ACCOUNT

 

(……ぎ、しっかりして………!)

 

 体の重さと、薄れていく意識の間に、誰かの声が聞こえる。

 

(今、回復………から……)

「無理…しないセオリー……あなたも………」

 

 辛うじて口からかすれた声が漏れるが、相手は残った魔力を全て回復魔法に注ぎ込む。

 体が幾分軽くなった所で、限界が来た相手が形をなくし、管へと戻っていく。

 

(ここは、一体……ライど………輩……)

 

 かすむ視線の先に、何か人影のような物が見えた気がしたが、そのまま意識は闇へと沈んでいった………

 

 

 

「両国の門が開いただと!?」

「……この状況では守役もいないか」

 

 祐子からもたらされた情報に、ゴウトとライドウはもっとも過敏に反応する。

 

「だとしたら色々とまずいな………すぐに関係者を集めて対策会議だ」

「まったく次から次へと………」

 

 キョウジとレイホゥも表情を曇らせつつ、即座に各組織のリーダーに連絡を送る。

 

「で、ダンテとアレフは?」

「あのメイドさんに言われて、特殊洗浄室に叩き込んでおいたわ。すごい事になってたから」

「そりゃ、亡者しこたまやってくりゃな………」

 

 ヒロコが指差した先、サマナー達がたまに使うまっとうな洗い方では間に合わないような、危険な汚れを落とす際の専用室を遠目に見たキョウジが苦笑する。

 

「あまり悠長にしてはおれまい。あの二人が狩ってきた後とはいえ、またすぐに亡者が溢れてくるぞ」

「封印の方法を考えないと。小次郎達はまだ?」

「先程連絡が来ました。もう直戻られるそうです。それと、土産があるとか」

「何を拾ってきたんだか………」

 

 メアリからの報告に、レイホゥはぶつぶつと呟きながら、会議の準備をするべく会議室へと向かった。

 

 

30分後 業魔殿会議室

 

「それで、緊急の要件とは?」

 

 緊急の会議の報を受け集まった、それぞれのリーダー達の意見を率先するように、美鶴が口を開いた。

 

「まずはこれを」

 

 レイホゥが現像したばかりの何枚もの写真を列席者に配る。

 それを見た者達は、ある者は目を見開き、ある者は懐疑的な目をした。

 

「これはなんだ? 奇怪な者達が集団でいるが」

「両国付近の、今の様子です」

 

 ゲイルの質問に、祐子が答える。

 

「まるでゾンビ映画のようだが………」

「ようじゃなくて、ゾンビ映画その物さ。違うのは見る方じゃなくて、やる方って事だが」

 

 体から柑橘系と思われる石鹸の匂いに、微妙に何かすえた匂いが混ざって漂っているダンテの返答に、美鶴は懐疑的な顔をしていた。

 

「分からない連中に手っ取り早く言えば、直系約150mのあの世への直通通路って奴だ。ほっておけば色々と迷った連中が退去して押し寄せてくる」

「現状でこれ以上の不確定要素は危険だ。対処法は?」

「簡単だ、今出てきてる連中を駆逐した後、封印術式を行えばいい」

 

 キョウジのものすごくかいつまんだ説明に、ゲイルが納得したのか次の問題を取り上げるが、それをゴウトが手早く答える。

 

「封印と言うが、具体的にはどのような事を?」

「これ程巨大ならば、四柱封印の儀が必要だろう。ただし、これには術の執行者が四人必要となる」

 

 南条からの質問に、再びゴウトが答える。

 

「一人はライドウでいいが、あと三人用立てられるか?」

「それなら、私とカチーヤで二人ね」

「四柱封印なら私も知ってます」

 

 レイホゥと祐子が手を挙げ、都合四人の術者がそろった事にゴウトとライドウが頷いた。

 

「後は、周辺の亡者の駆逐及び術者の護衛の人員だ」

「これだけいれば困る事は無いだろうが」

「そういう訳にはいかなそうだ」

 

 ライドウとキョウジが作戦概要の討議に移ろうとした時、ようやく戻ってきた小次郎と修二が遅れて会議室に姿を現す。

 

「すんません、遅れました~」

「なんかあったか?」

「色々と……それは後にして」

 

 開いていた席に小次郎と修二が座った所で、会議は再開された。

 

「下の幾つかの集落を回ってきたが、この街の出現は予想以上に混乱をもたらしている」

「しかも間の悪い事に、どの勢力も守護呼ぶためにマガツヒ集めの真っ最中だったからな~。ここはすげえ宝の山に見えてるはず」

「近く、どの勢力かまでは分からないが、威力偵察強行の可能性が高い。街の防護を固めておく必要がある」

 

 小次郎の口から出た情報に、会議室内が騒然となる。

 

「冥界の門封印と珠閒瑠市の防衛、その両方が必要という事か?」

「どちらかに優先度をつけるというのは?」

「いや、どちらも緊急を要するだろうね」

「部隊を二分するか?」

「それが妥当だろう」

「オレ達はどちらに回ればいい?」

「喰奴は亡者なんぞ食ったら腹壊すから防衛側だな。多少なりとてこの街の地理を覚えた者を防衛に回した方がいいだろう」

「だとしたら、大体決まりだな」

 

 キョウジが会議室のホワイトボードに《封印》、《防衛》と書いた下に大体のチーム分けを書いていく。

 

「封印はなるべく手早くやりてえから、実力者は封印チームに多目にするが、いいか?」

「問題ない。我々警察や仮面党、自警団などにも警戒態勢に当たらせよう」

「珠閒瑠のペルソナ使い達に、喰奴の面々も混ざれば、しばらくしのぐ位は出来るだろう」

「じゃあそっちは克哉と、轟所長に一任するって事で」

「ああ、それが妥当だろう」

 

 克哉と南条の提言で、防衛の概要がだいたいまとまり、残った面々が封印班へと割り振られる。

 

「問題はこっちだな。部隊を四つに分けて、最悪戦闘しながら封印作業になる」

「封印作業に入れば、術者は完全に無防備だからな。護衛と攻撃、双方が必要となるな……さてどう分けるべきか」

 

 キョウジとゴウトがホワイトボードとにらめっこした所で、ふと修二が手を叩いた。

 

「そうだ、人員が増やせっかも」

「何?」

 

 

 

「これが、お土産?」

「そ」

 

 業魔殿の一室で、ベッドに寝かされている人物に、呼ばれてきたレイホゥとキョウジが視線を向ける。

 寝かされているのは、白い肌に肩口よりもやや伸びた黒髪をロールした少女で、傍らのテーブルには彼女の荷物と思われる物が幾つかおいてあった。

 

「この街が転移してくると同時に、空から落ちてきたらしい」

「たまたまそばにいたマネカタ達が見つけたらしくて、そのまま匿ってたんだそうだが……」

「ずっとこのままか」

 

 ライドウが彼女が着ていたと思われるジャケットを手に取るが、それにはいくつもの傷が刻まれていた。

 

「なんでも、見つけたマネカタ達の話だと、光が見えた後に見つけたとか。確かに体に傷は無いみたいなんだよ」

「直に確かめた訳じゃないわよね?」

 

 レイホゥに睨まれ、修二が慌てて首を高速で左右に振った。

 

「なによりこれだ」

 

 小次郎が彼女の荷物の一つ、ライドウが使っている物と同型の管を手に取る。

 しかも、その管にはしっかりと葛葉の印が刻まれていた。

 

「葛葉の者、しかもサマナーか………」

「装備が大分時代がかってるから、多分ライドウと同じ頃の人だと思うけど………でもどっかで見た事あるのよね~?」

 

 レイホゥが首を傾げながら少女の顔を覗き込む。

 ふとそこで、少女が小さく呻いた。

 

「あ……」

「う~ん………」

 

 少し呻いた少女が、ゆっくりと目を開く。

 その時になって、彼女が碧眼である事に皆が気付いた。

 

「ここは……」

「気がついた? どこって言われてもちょっと説明に困るけど、一応安全な所よ」

 

 レイホゥが穏やかに話しかけた所で、少女の視線が室内にいる人達に向けられ、やがてある一点で止まった。

 

「ライドウ先輩? それではここは帝都というケースですか?」

 

 英語交じりの少女の言葉に、ライドウが肩に止まるゴウトと視線を交差させる。

 

「ライドウを知っているのか?」

「? まさか、ゴウト童子のセオリーですか? なぜカラスに?」

 

 全員の視線がライドウに集まるが、ライドウは小首を傾げる。

 

「一つ聞く。君がいたのは、何時だ?」

「大正二十年ですが? 一体先程からどういうクエスチョンなのですか?」

 

 少女が半身を起こしながら首を傾げる。

 

「何て言ったらいいのか………とりあえず、それ見てくれる?」

「カレンダー?」

 

 レイホゥが壁にかかっているカレンダーを指差し、それをよく見た少女の目が大きく見開かれる。

 

「西暦……2004年!?」

「本物よ。今私達がいるこの業魔殿は2004年から来たの」

「業魔殿!? しかし、私が知ってる業魔殿とは……」

「それだけじゃねえ。他にもあちこちの時代、というか世界から色んな連中が来てる。オレやレイホゥは21世紀の葛葉の人間だがな」

「……とても信じられないセオリーです。本当ですか、ライドウ先輩」

「……それなんだが、オレは君と面識が無い。つまり、君のいた世界とオレのいた世界は違うようだ」

「!? そんな………」

 

 少女が愕然とした所で、ライドウがしばし考え、口を開いた。

 

「だが、そんな事は現状では些細な事だ。君がサマナーである以上、現状の解決のためにその力を貸して欲しい」

「……! ライドウ先輩がそう言うのなら、私は協力を惜しまないセオリーです」

 

 そう言ってにこやかに微笑む少女に、他のレイホゥとキョウジが互いに何かを小さく呟く。

 

「えと、それじゃああなたの名前と正確な役職を教えてくれる」

「はい。私は凪、葛葉 ゲイリンの弟子として修行中の身です」

「ゲイリン? そうかお主ゲイリンの教えを受けた者か」

「ええ……ただ師匠は亡くなりましたが」

「結核でか?」

「はい………」

「そこは同じか」

「そちらでも……あ!」

 

 ゴウトが納得した所で、少女―凪が何かに気付いて懐をまさぐる。

 

「こいつか?」

「それです!」

 

 小次郎が管を差し出した所で、凪が慌ててそれを受け取り、その一本を取り出し、召喚の呪文を唱える。

 

「何を……」

 

 ゴウトが声をかけた所で、管が開放されてその中にいた仲魔が姿を現す。

 

「ふぅ……あ、凪大丈夫!?」

「ええ、なんとか無事のセオリーです」

 

 現れたのは、ミニスカート型に改良された着物をまとった妖精、技芸属 ピクシーだった。

 

「よかった~。凪ボロボロだったから、慌てて回復かけたんだよ~」

「ありがとう、あなたのおかげです」

「マネカタ達が見た光ってのはこいつか」

 

 修二が興味深そうにピクシーを見てると、ピクシーも修二の姿をまじまじと見る。

 

「誰この変な悪魔?」

「へ………」

 

 修二が一撃で顔を引きつらせた所で、ピクシーは周囲を見回す。

 

「……変な格好した人ばかりだよね。ここどこ?」

「なんと説明していいカテゴリーなのか……」

「ライドウもいるし。どういう事?」

「多分、お前達と似たような状況の連中が集まってんだと思うぜ。お前達はどうやってここに来た?」

 

 キョウジの問いに、ピクシーと凪がなぜここに来たかを思い出していく。

 

「私は、セルフ修行のために葛葉修験闘座に篭っていたのです」

「そしたらいきなり光って、そこから見た事もない悪魔がいっぱい出てきて……」

「ええ、仮面をつけたアンノウン悪魔でした」

「仮面、シャドウか!」

「シャドウ? ともあれ、そのアンノウン悪魔達と私は戦ったのですが……」

「凪と私で頑張って、ようやく最後の一体を倒したと思ったらまた光って、気付いたら凪ぼろぼろのまま、荒野だか砂漠だか分かんない所で、慌ててありったけの魔力で回復魔法かけたんだけど、力使い果たしちゃって管に戻ってたの」

「……やっぱどいつも似たようなモンだな」

「そうだな」

 

 凪の話を聞き終えたキョウジの呟きに、小次郎も賛同する。

 

「シャドウと一人で戦えるなら、戦力としては十分でしょう。ちょうど人手も欲しかったしね」

「それは一体どういうセオリーで?」

「後で話す。今はもう少し休んでいろ。体力の回復が最優先だ」

「ライドウ先輩がそう言うのでしたら…………」

「ねえ凪! 向こうにすごい街が見える! ここって亜米利加!?」

「お主も管に戻っていろ。後で色々と奇妙な物を見る事になるからな。すまんが、誰かついててやれ。我らはこれから封印の準備に取り掛からねばならん」

「確か、たまきがそろそろ戻ってくるはずだから、頼んでおきましょ。状況説明も一緒に」

 

 ゴウトからの頼みを承諾したレイホゥが、懐から携帯電話を取り出す。

 

「? それはどういうアイテムですか?」

「電話よ、持ち運びできるね。街中での通信体勢がなんとか整った所だから、あとであなたにも貸してあげるわ」

 

 首を傾げる凪の前で、レイホゥは微笑しつつコールボタンを押した。

 

 

 

「入るぞ~」

 

 会議の内容を知らせるべく、キョウジが電算室の中に足を一歩踏み入れると、途端に複数の刺激臭が鼻に飛び込んできた。

 

「うわ………」

 

 データ整理にこの部屋が使われて左程経っていないはずなのに、室内には無数のレポートと吸殻や空のカップ、各種ジャンクフードの殻などといった物が散乱し、立ち込める紫煙と複数の嗜好飲料の香りが充満していた。

 

「なんだぁ、また新データか……」

「そぞろ勘弁して………」

 

 それらの中央、複数台のPCを駆使していたパオフゥと八雲が、虚ろな目でキョウジの方を見つめていた。

 

「いやちょっと、急ぎの仕事が出来たんでな。それを知らせに」

「ああ、これか………」

 

 八雲が手近のディスプレイに、両国の門の映像を映し出す。

 

「そいつを塞ぐのに、人手が必要だからな。八雲に一斑指揮してもらおうかと」

「オレに?」

 

 冷め切った紅茶(※何か得体の知れないドリンク等入り)を八雲がすすりつつ、先程入力したばかりの作戦概要を続けてディスプレイに表示させた。

 

「課外活動部の連中にも参加してもらう予定だからな。お前はあいつらに信頼されてるし」

「信頼って言えんのかな~?」

「ガキに頼られるのは余程の善人か、筋金入りの悪人かの証拠だぜ」

「………後者かな」

 

 パオフゥが意地悪く笑うのに、八雲も乾いた笑いを返す。

 

「大体入力は終わったぜ。オレは作戦開始までにこれを使えるようにしとく」

「お、早かったな」

「ダブってるデータ見直して削除したからな。もっともお陰でそこの二人は潰れたが」

 

 八雲が指差した先を見たキョウジが、レポートの山に埋もれるように崩れ落ちてる舞耶とうららを発見する。

 

「うう、編集長締め切りもうちょっと待って……」

「あっちがこっちと同じでこっちが似てるけど違くて………」

「大丈夫かあれ………」

「大丈夫だろ、二人とも見た目よかタフだからな」

「頭の方は知らんが」

 

 無責任な事を言いながらキーボードを叩き続ける二人に、キョウジは呆れてため息をもらす。

 

「とにかく、詳しいチーム分けは後で教えるから、ミーティングだけでもしといてくれよ」

「了解、ちと休んでから……」

 

八雲はうなずいた後に、キーボードを横にのけると、そのままデスクに突っ伏して寝息を立て始める。

 

「相変わらず神経の太ぇ野郎だぜ」

「細かったらこの商売、やってけないからな」

「だろうな………」

 

 

 

4時間後 業魔殿の一室

 

「つう訳で全員集まったな?」

『………』

 

 課外活動部の全員が、寝癖のついた髪に全身からタバコやコーヒーやらのにおいを漂わせている八雲に絶句していた。

 

「あの、その前に何やってたんすか?」

「データ整理だよ、無駄に多くてな」

 

 順平の問いに、あくびをかみ殺しながら答える八雲だったが、あまりの荒み具合に全員引いていた。

 

「で、話くらいは聞いてるか?」

「簡単な説明はしているが、何分こちらの管轄からは少し外れている。詳細説明は小岩氏からと葛葉氏から言われているのだが………」

「やっぱ丸投げかよ」

 

 美鶴の話に小さく舌打ちしつつ、八雲は持参した荷物を手近のテーブルの上に置いた。

 それは大量のDVDやゲームソフトで、共通事項は全てゾンビ物だという事だった。

 

「とりあえず参考資料だ」

「……え~と」

「お前らの仕事は、押し寄せてくる亡者の大群を切ったり燃やしたり浄化したりして封印術式の展開を可能にする事だ。詳しくはリビ○グ・オブ・○ッドを見とけ」

「やっぱこれ、本物?」

 

 ゆかりが資料の両国近辺の写真を指差す。

 

「正確には、冥界の亡者は肉体持ってると言っても不安定な魂の依り代にしか過ぎん。破壊してしまえば拠り所を失って霧散するか、冥界に逆戻りするだけだ」

「でも、人間、なんですよね………」

「元はな」

 

 乾の質問にあっさりと答えた八雲に、その場に思い沈黙が訪れる。

 

「数が少なければ成仏させてやる事も可能かもしれんが、この数じゃそれも無理だ。余計な事を考えてる暇があったら、こっちに祟らんように追い返すしかない」

「もしその中に、顔見知りがいたら?」

 

 明彦の問いに、皆が一斉に息を呑む音が響く。

 それを感じた八雲は、しばし考えてから口を開いた。

 

「亡者から何を見ても聞いても、無視しろ。それがこの業界の鉄則だ」

「しかし!」

「化けて出そうな知り合いでもいるのか? もっとも冥界で亡者やってる連中ってのは、大抵生前ろくでもない人生でろくでもない最後迎えた連中が大半だ。そんな奴がいるならともかく、そうでなければ気にするな」

「………分かりました」

 

 一応納得したらしい明彦に、他の者達もなんとか同調の意を示す。

 それを一通り見た後、八雲は再度口を開いた。

 

「ま、どうしてもいやなら無理強いはしない。特に天田、この作戦はどう考えてもR15指定だからな。残ってもいいぞ」

「や、やります!」

「そっか、まあお前はハマ系が使えるから、こういう作戦向きではあるな」

「あの、オレらは?」

 

 順平が手を上げると、八雲は簡易的な作戦地図を広げた。

 

「作戦は、冥界の門を中心に東西南北四つのポイントに部隊を展開。周辺の亡者を駆逐、または牽制し、それぞれのポイントで封印術式の発動から完了まで術者を護衛する事になる。詳しい編成はまだだが、おそらくお前らには何班かに分かれて遊撃、護衛をやってもらうだろう」

「あの、私は………」

「山岸は上空にて待機、作戦状況に支障を来たす可能性がある状態が発生したら、すぐに知らせてもらう」

「戦闘に関しての注意点は?」

「不破、お前はペルソナが変えられるならハマかアギ系の使えるペルソナを用意しておけ。それ以外は、点で狙うなら頭部、それ以外は面による攻撃で相手を近づけさせるな。ゾンビ物のセオリー通りに」

「あの、やっぱ噛まれて自分もゾンビになんて事は……」

「ん? 安心しろ、そう簡単にはならん。ましてや、お前らはペルソナの加護があるから、滅多な事じゃ転化しない」

『ほ~………』

 

 皆が一斉に胸を撫で下ろした所で、八雲は言葉を続けた。

 

「それにこんだけの数だ。転化する前に骨も残さず食い尽くされる」

『……え?』

「一応実力者をそれぞれのポイントに配置するそうだから、そいつらの援護に徹してフォーメーションを死守して必要以上に前に出るな。でなければ仲間入りか腹の中かの二者択一だな」

 

 再びその場を重い空気が支配するが、八雲は構わず続ける。

 

「一体一体はそんな強くない。落ち着いて戦えば大丈夫だ。自信を微妙に持っとけ」

「微妙ってのはな~………」

 

 啓人が顔を少ししかめた所で、部屋のドアがノックされる。

 

「どうぞ」

「あ、いたいた」

「アリサか、何か用か?」

「パパから伝言、アイギスは作戦の開始までに直せそうだって。姉さんはもうちょっとかかりそうだけど」

「本当!? よかった~」

「アイギス最近無茶し過ぎだからね~」

「しばらくオルギアは使わせない方がいいな」

「幾ら修理できると言っても、オーバーワークは危険だ」

 

 啓人とゆかりが胸を撫で下ろす中、美鶴と明彦はやや真剣な顔で論議する。

 

「じゃああいつも作戦参加って事でいいな?」

「大丈夫らしいよ、私はまだ微調整が済んでなくて……」

「元から戦闘用じゃないんだから無茶するな。戦闘用だから無茶していいって訳でもないがな」

 

 八雲が苦言を呈した所で、大きくあくびをする。

 

「とにかく、資料に目通しとけ。オレは最終ミーティングまで寝る」

「了~解。って、これバ○オの初期型!?」

「何この死者の盆踊りって……」

「本当に参考になるのかこれ?」

「あ、下にちゃんとレポートありますよ」

「……頼りにはなるんだが、どうにもよく分からない人だな」

「葛葉の他の人達もそう言ってたな……」

 

 資料を回し読みしながら(若干数名嬉々としてゲーム機を起動させた者あり)、特別課外活動部の者達は、部屋から出て行った八雲の方を首を傾げながら見つめていた。

 

 

 

翌日 早朝 業魔殿 食堂

 

「全員そろっているな?」

「ゴ~」「グ~」「スピ~」「ZZZ」

 

 克哉の号令に、寝息やいびきで答えた者達の脳天に容赦なく鉄拳やコーヒー(無論ホット)が浴びせられる。

 

「おぐ!」「んげ!?」「ぎやあああぁぁ!」「ZZZ」

 

 苦悶や悲鳴が響く中(未だ寝息を立てるネミッサ除く)、無視して会議は始められた。

 

「それじゃあ、まずは新入りの挨拶から」

「はい」

 

 キョウジに促され、ライドウの隣の席に座っていた凪が立ち上がる。

 

「凪と言います。葛葉四天王が一人、十七代目・葛葉ゲイリンの愛弟子で、十八代目ゲイリンを襲名するべく、修行のエブリディです。よろしくお願いするセオリーです」

「へえ、十八代目・葛葉ゲイリン………」

「………十八代目ゲイリン!?」

 

 そこで、現代葛葉のメンバー達が一斉にざわめき始める。

 

「ねえ、確か十八代目ゲイリンって………」

「《女王蜂》って呼ばれた、葛葉歴代最強の女性サマナーですよね……」

「そう、そしてマダムのお祖母さんに当たる人……今思い出した。彼女、マダムの若い頃の写真にそっくりなのよ」

「マジすか?」

「でも、大戦中にアメリカでフィラデルフィア事件の陣頭指揮に立って亡くなられたとか………」

「? 何かクエスチョンでも?」

『いえ、何でもありません』

 

 首を傾げる凪に、現代葛葉のメンバー達が一斉に即答する。

 

「さて、それじゃあ話は聞いていると思うが」

 

 克哉はそう言いながら、大型ディスプレイに現在の受胎東京の様子を表示させる。

 

「今、この世界は一時的な混乱から、次の行動に移りつつある。両国に巨大な冥界の門が開き、コトワリを持って行動する各勢力がこの街に狙いをつけ始めた」

「我々がまずしなければならないのは、不安定なマイナス要素の排除、そして拠点の防衛だ」

 

 ゲイルが両国の門の画像と、珠閒瑠市の画像をそれぞれ指差して断言する。

 

「我々はチームを二分し、このマイナス要素の排除を急務とし、その間にこの街を絶対防衛する」

「両国の門からは未だ亡者が続々と迷いだしてきてやがるからな。実力者の大半はこっちに来てもらう。チーム分けをこれから言うぞ~」

 

 キョウジが数枚のレポート用紙を手に立つと、皆が緊張してそちらに注目する。

 

「まずは門の封印にあたる術者、これは東西南北にそれぞれ配置する。北に葛葉ライドウ、南に高尾 祐子、東にレイ・レイホゥ、西にカチーヤ・音葉だ。そして各自に亡者の相手及び術者の護衛を付ける。北、遊撃はアレフとヒロコ、護衛は凪と星 あかり」

「イシュキックだ!」

 

 強引にライドウの護衛を買ってでたあかりが怒鳴る中、キョウジは無視して配属を発表していく。

 

「次、南遊撃はダンテと英草 修二、護衛は岳羽 ゆかりと桐条 美鶴」

「ダンテ一人いりゃオレいらなくね?」

「ゆかりと一緒か」

「次、東遊撃はオレと不破 啓人、護衛はアイギスとコロマル」

「ワンワン!」

「はい……って遊撃? でもアイギスがまだ……」

「今最終調整ですぐ来るとさ。あと西遊撃は相馬 小次郎と小岩 八雲、護衛はネミッサと伊織 順平、真田 明彦」

「あの、なぜここだけ三人なんですか?」

「簡単だ、すぐに職場放棄しそうな奴がいるからだ」

「八雲ひどい!」

「あの、そこまでは……」

 

 ネミッサを指差しながら断言する八雲に、ネミッサは膨れてカチーヤは苦笑する。

 

「それに、万が一カチーヤの魔力が暴走した時、ネミッサが憑依すれば一時的に制御できる。もっともその時は巻き込まれないようにしろよ」

「……う~ん」

 

 順平が顔をゆがめて唸るが、八雲は構わずこちらの頬をつねってくるネミッサの手を引き剥がすのに苦心していた。

 

「上空にヘリを回すから、山岸 風花はそこで全体のサポート、天田 乾、八神 咲はその護衛につけ。飛行系の仲魔も数体回す」

「はい」「分かりました」

「残ったメンバーは、そのまま街の警戒・防衛任務についてもらう。各チームのリーダーを残し、任務詳細確定まで所定の位置に。各リーダーは会議室に移動してくれ」

「封印班はまだ残ってろ~。とりあえずさっき発表したチームに分かれて座れ」

 

 克哉の指示でペルソナ使いや喰奴達がバラバラと散っていく中、封印班が各々席を移動していく。

 

「さて、それでは封印術式について説明する」

 

 ゴウトがライドウの肩から飛び上がり、大型ディスプレイをクチバシで指す。

 

「発動には、四人の術者による連続しての詠唱が必要だ。最初に北から始まり、そのまま時計周りに東、南、西へと移っていく。発動から完全に封印が完了するまで、約30分と言った所だ」

「最悪の場合、その30分を全員で術者の護衛に勤める事になる。まあ相手は命に飢えて押し寄せてくるだけだから、押し負けなければ大丈夫だろ」

「そんな簡単に………」

 

 キョウジのあっさりとした説明に啓人は呆れるが、なぜか悪魔使い達は納得して頷いていた。

 

「お待たせ~。ご注文の品用意できたよ~」

 

 そこにアリサが大きなワゴンを押して姿を現す。

 ワゴンの上には料理や菓子ではなく、色々な装備品が乗っていた。

 

「通信用インカムだ、全員装備しろ」

「これは何に使う物だ?」

「通信機……っつてもあんたの時代には無いか」

「こうするの」

 

 ライドウや凪が首を傾げるのを、キョウジがどう説明するか迷うが、あかりがライドウの耳にかけてあげた。

 

「手っ取り早く言えば離れた相手と話が出来る機械だよ。かき集めたモンだから、それ程交信距離は長くないが」

「あ、オレらは自前のあるから」

「通信帯を合わせておけ」

 

 八雲の指摘で、特別課外活動部の者達が通信機の周波数調整をしていく。

 

「それとこれだ」

 

 八雲が何か円筒形の先端にピンが突いた物を無造作にテーブルに並べていく。

 何気なくそれを見た者達の顔が引きつった。

 

「こ、これって……」

「手榴弾!?」

「安心しろ、非殺傷のフラッシュグレネードだ。ただし中身に護摩木の灰と聖別済み硫化銀を混ぜた特性のホーリー・スタングレネード。浄化系弱いペルソナおろしてる奴は気つけろ」

 

 そう言いながらも、八雲は次々とホーリー・スタングレネードを皆に分配していく。

 

「使い方は上のピンを抜いて、トリガーが外れれば五秒で破裂する。結構眩しいから直視すんなよ」

 

 説明しながら、八雲は手に持っていたそれのピンを引っこ抜き、無造作に背後へと放り投げる。

 

「え?」

「目塞いどけ」

 

 あまりの無造作さに啓人の口から声が漏れるが、その時すでに聡い者達は両目を覆っていた。

 直後、眩い閃光が食堂内に吹き荒れる。

 

「ウギャ~!」

 

 通路からシエロと思わしき悲鳴が少し響いてくるが、すぐに閃光は晴れていった。

 

「とまあ大体こんな感じだ」

「ちょっと八雲!」

「実演する馬鹿がいるか!」

「いや、念のためどういのか見せておいた方がいいんじゃないかな~、と」

「この人、頭おかしいんじゃない!?」

「まともなハッカーなんているわけないだろ」

 

 レイホゥとキョウジに怒鳴られ、あかりから思いっきり不審の目で睨まれるが、八雲は平然と頬をかいている。

 

「キュ~ン」

「コロちゃん大丈夫?」

 

 いつの間にか、八雲の着てたジャケットに包まれていたコロマルが閃光が晴れた所でひょっこり顔を出す。

 

「だ、誰だよ今妙なの使ったの………」

「見ての通り、威力は左程無いが効果範囲は結構ある。この犬コロのようにハマ系統に弱い奴のそばで使う時は気をつけてな」

 

 通路からはいずってきたシエロが、目を回してその場に倒れこむ。

 後には乾いた沈黙だけが残った。

 

「とにかく、どうしても手に負えないような状況になったら、これを使ってすぐに逃げろ」

「まず逃げる算段か?」

「あんたみたいに無駄に強ければ、あの大穴にダイブしても平気だろうが、こっちは一応一般人なんだよ」

「冥界なんて行く物じゃねえぞ」

「ああ」

「行った事あんの!?」

 

 八雲の説明にダンテが笑う中、キョウジとアレフの呟きに順平がぎょっとする。

 

「つまり、作戦が困難になった時は撤退していいという訳ですか?」

「こんな所で無駄に命散らす必要はないだろ。轟所長に新しい体提供したいならともかく」

「あ~、そういや所長妙なリスト作ってたわね」

「真田と不破の名前、結構上の方に書いてあったな」

「……まずはあの男を門に叩き落すべきか?」

「這い出してきたからここに居んだ、厄介な事に………」

「まともな奴いないな、ホント………」

「違いねえ」

 

 一番変わっているであろう修二とダンテが苦笑した所で、キョウジが咳払い一つして脱線しすぎた話を元に戻す。

 

「とにかく、全員装備を準備して一時間以内に出発する。今下に車降ろしてるから、全員それに乗れ。周防が警察のヘリを回してくれるが、そんなに乗れないからな」

「予備武器と回復薬を忘れるな。最悪、個々で対応する事になる」

「ゾンビ物のパターンだと、その時点で死亡フラグだな」

「八雲一言多いわよ」

「本当にこいつ葛葉の一員か?」

 

 ゴウトにまでうろんな目で見られた所で、キョウジの懐から携帯電話の着信音が鳴り響く。

 

「はいキョウジ……ああ、そうか。今行く」

「どこでも電話が出来るとは便利なセオリーですね」

「まあ状況にもよるけど」

「この街では通じるが、下では電波が届かない。仕様改良したのを全員に配布する予定だそうだが」

 

 凪が不思議そうに携帯電話で会話するキョウジを見ていた所で、ゆかりと美鶴が世代の違いを感じつつ、説明してやる。

 

「すまんが、準備の都合があるから各チーム毎に適当に打ち合わせと準備しとけ」

 

 電話を切ったキョウジが、打ち合わせの途中で慌しくその場を去っていく。

 

「全く……じゃあそれぞれ能力と武装、得手不得手の確認ね」

「それでは、私は皆さんの武器を聖別しておきましょう」

「手伝うわ」

「聖別ってなんだ?」

「拝んで清める事だ、アンデッド相手なら少しはマシになる」

 

 レイホゥの指示でそれぞれが集まって話会う中、咲とヒロコが皆の武器を集め始める。

 

「あの、召喚器もやった方いいかな?」

「オレの拳とマガタマは?」

「やめておけ、妙な影響が出る」

「中に突っ込んで締めた方が早いんじゃないか? なんならオレ一人で行ってくるが」

「帰って来れなかったらどうすんだ……」

「え~と、十字架とかって効果あるかな~?」

「期待しない方がいいわよ」

「時間から考えれば、マグネタイト足りるか?」

「増設バッテリーあるぞ、使うか?」

「準備済んだら外に向かえ回すからね~」

 

 思い思いの準備を済ませ、封印班のメンバー達がばらばらと業魔殿の外に出て行く。

 そこには、業魔殿に用意されていた小型ヘリと、珠閒瑠警察署のヘリがスタンバイされていた。

 

「おう来たか、そんな乗れないから順番だぞ」

「大きな竹とんぼに籠がついてるが、これで飛べるのか?」

「一応な」

「ファンタスティックなセオリーです………」

「ヘリになんて乗るの初めてだオレ!」

「オレもだよ!」

「こっちを先に頼む」

 

 皆が興奮する中、弾薬や封印の祭具などが次々と下に降ろされていく。

 

「この飛行船でまっすぐ行ったらいいんじゃ?」

「この状況で業魔殿動かしたら、マガツヒ求めてる連中に余計な刺激を与えかねん。冥界の門の封印に成功した後で、こっちが落とされてたら洒落にもならんからな」

 

 ヘリの順番待ちをしている啓人の隣で、八雲がGUMPの確認をしながら、空の向こうに見える大地にため息をもらす。

 

「すいません、遅れたであります」

「アイギス! 大丈夫!?」

「オールグリーン、問題ないであります!」

「よかった~」

 

 何故かまたメイド服姿のアイギスが姿を現し、課外活動部のメンバー達が胸を撫で下ろす。

 だが、その隣にフトミミの姿がある事に八雲は微かに不安を感じ取っていた。

 

「出発する前に、伝えておきたい事がある」

「死相が見えたとか言うのなら聞かせんなよ」

「黒き乙女に気をつけよ。その者、破壊の燐光を伴って、汝らの前に現れるだろう」

「黒き乙女?」

「このメイドルックの事?」

「それともアレか?」

 

 フトミミの言葉に、その場にいた者達はメイド服のアイギスや業魔殿のヘリを操縦しているアリサ、更にその隣で箱乗りを試みているネミッサや必死になってそれをやめさせようとしているカチーヤを指差す。

 

「断片的な先見では、これが限度だ。だが、心得ておいてくれ。そしてそれは、彼女と深い関わりを持つ者だろう」

「私と、関わりを………」

 

 フトミミの言葉に、アイギスは己のメモリに該当データが無いかを、深くサーチしていった。

 

 

 

「おやおや、何か始まりそうだね」

「か~、またデビルサマナーかいな!」

「ペルソナ使いに、他にも色々いるようだ。だが、関係ないね。彼女の前では」

「ほな、始めるで。マジックサーキット、コンタクト。PHリアクター、出力上昇!」

「対DB用人型殲滅兵器、《Metis》起動」

 

 暗闇の中で、蝶を模したような仮面が淡い光を放った………

 

 

 災厄を封じんと動く糸達に、新たな闇が動き始める。

 その闇から現れし者は、果たして………

 



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PART27 RE NEWGAME

 

「目的地到着まで、二時間前後といった所か」

「もう少し近くに降りた方がいいんじゃ?」

「あんまり近いと、色々とマズいんでな」

「とりあえず、やばいエリア抜けるようには道選んだが………」

 

 両国へと向かう車内の中、急ごしらえでセッティングした受胎東京用カーナビの調子を見ていた八雲を、興味深そうに啓人と修二が覗き込む。

 

「それにしても、よくもこんな頑丈そうなバスがあったな。軍用の物か?」

「いや、頑丈っつうか………」

「まさか、こんなのに乗る日が来るなんて……」

 

 窓に張られた金網を見るゴウトに、順平とゆかりが沈痛な顔をする。

 

「これは護送車だ。犯罪者用の」

「なるほど、道理で陰気が少し漂っている」

 

 明彦の説明に、ライドウが納得する。

 珠閒瑠警察署から借りた、正真正銘の護送車の中で、皆が微妙に重い表情を浮かべていた。

 

「もっとも、あの街があんなになった後は色々と使うんで大分改造したらしいぞ。大勢乗れて、防御力も高い。文句無しだ」

「自分らが護送されてる気持ちになんなけりゃね………」

「言うなそれ!」

 

 八雲が納得するが、順平の余計な一言に修二が吼えるように反論した。

 

「護送されるならまだマシな世界だろ。オレの世界じゃ野垂れ死になんてよく見た」

「半分はそのまま亡者になって襲ってくるがな」

 

 得物やCOMPの手入れをしている小次郎とアレフの言葉に、更に重い空気が車内にわだかまる。

 

「私もあっちに乗せてもらえばよかったかな~」

「ホコリまみれになるって言われて断ったのは誰だったかしら?」

 

 二台に分乗した護送車の両脇を併走している、ダンテと美鶴のバイクの方を見るゆかりに、ヒロコが思わず苦笑する。

 

「じゃあ着く前におやつにしよう!」

「え?」

 

 嬉々として何か大きな袋を持ってきたネミッサが、それを車内の真ん中に置いて広げる。

 カチーヤが何かと思って覗き込むと、その中には大量のスナック菓子とジュースが入っていた。

 

「………ネミッサ、何を持ってきたかと思えば」

「はい八雲のもあるよ!」

 

 そう言いながら八雲へとチョコバーを投げたネミッサが、大袋の中身を漁り始める。

 

「腹ごしらえか、悪くない」

「長丁場になる可能性もあるだろう」

「お、カップ麺もあるじゃん!」

「お湯こっちね」

「待て、醤油味はオレの!」

「大学芋味? どういう事だ?」

「うお~、お菓子なんて食うのどれくらいぶりだ……」

 

 皆が思い思いに菓子を漁り始めるのを見ながら、八雲が手にしたチョコバーにかじりつこうとした時、ふとその手が止まる。

 

「ネミッサ、これどこから持ってきた?」

「全部八雲の部屋から」

「それはオレの買い置きだ! ちょっと待て!」

 

 八雲が振り返った時、すでに袋の中身は全て取り出され、開封もしくは手をつけた後だった。

 

「ああああああ………後で食おうと取って置いた限定品まで…………」

「それは済まん事をしたな」

「返すか?」

「いいよ、もう……」

 

 そう言いながら小次郎とライドウが食いかけのカップ麺とスナックを差し出すが、八雲は涙ながらに断る。

 

「あの、八雲さんこれまだ開けてませんから」

「それこそ食っておけ。お前を含め、術の執行者が一番重要だからな」

 

 カチーヤが手にしていたカロリーメイトを差し出すが、八雲は逆にそれを押し返す。

 

「再確認するが、今回の最大の目的は冥界の門の封印だ。術者の死守が最優先となる。最悪、手近の奴が抱えてでも逃げろ。戦力は大量にあるが、術式が使える人員は限られている」

「時間さえあれば封印プログラムが構築できるかもしれんが………」

「その間に亡者が溢れてくる。これ以上余計な敵は増やすべきではない」

「同感だ。倒すだけなら幾らでも出来るが、敵が多過ぎる」

「どこからどこまでが敵か分からないってのも大変だな………」

 

 八雲の説明に、小次郎、ライドウ、アレフがそれぞれ補足していく。

 最後に思わず啓人が呟いた言葉に、実戦経験の長い者達が互いの顔を見て少し考えた。

 

「一番分かりやすいのは、自分以外は全員敵という状況か?」

「うへ、それ最悪………ってオレも似たようなモンか」

「そうなりたくなければ、信頼と妄信を間違えない事だ」

「その通りだ」

 

 小次郎、修二、ライドウの意見に、八雲が笑いながら賛同する。

 ふとそこで、八雲はライドウの隣で騒いでいたはずのあかりがやけに静かな事に気付いた。

 

「あ、あと着くまで何分?」

「半分ってとこだが……そういや、酔い止めを用意してなかったな」

「召喚士殿、この先の道少し揺れます」

「元から道なんてねえよ」

 

 運転をしていたジャンヌ・ダルクと、余計な突込みを入れた修二の言葉に、あかりの顔がさらに青くなる。

 

「……う!」

『わあああぁぁ!!』

 

 

 

「お~、そろそろだな」

「そのようだ」

 

 それぞれのCOMPからアラート音が響き始めた所で、空になったスナック袋がゴミ箱代わりの弾丸ケースに投げ入れられる。

 

「全員準備はいいな? 特にそこの隅の」

 

 八雲がバスの隅、ひざを抱えて落ち込んでいるあかりに声をかけるが、そこからはすすり泣きだけが返ってくる。

 

「うう、かっこ悪いとこ見られた………」

「あんだけ吐いたら、あと出す物ないだろ。早く戦闘準備しろ」

「あの、 もうちょっと親切にした方が………」

「そんな余裕は無いな。アレの前だと」

 

 先程まであかりの背中をさすっていた啓人が意見するが、運転席の隣で双眼鏡を覗いていたアレフがそれを一言で切り捨てると、双眼鏡を背後へと突き出す。

 

「見てみろ、文字通りのこの世の物とは思えない光景が見れる」

「へ?」

 

 順平が興味半分で双眼鏡を受け取り、前方を覗く。

 そしてレンズに、こちらへと向けて迫ってくる亡者の姿が大写しになった。

 

「う、うわあぁぁ!!」

 

 思わず絶叫しながら、順平は双眼鏡を放り出す。

 

「何が見え…うわ………」

 

 何気なく啓人が双眼鏡を拾って覗き込んだ所で、そこに広がる光景に絶句する。

 

「ビビれるのは今の内だ。すくむようならバス残ってろ」

「い、いやいきなりだったんで…………」

「使い物になるのか?」

「なってもらわなきゃ今後に差し支えるだろ。吐くのは戦闘前に済ませとけよ」

 

 亡者との戦闘経験なぞ無い課外活動部メンバーに、悪魔使い達が厳しい視線を向ける。

 

「よし、それなら対ゾンビ用の秘密兵器を渡しておこう」

「え! あるのそんなの!?」

「何々!?」

 

 八雲の提案に嬉々として飛びついた順平とゆかりに、一つのアタッシュケースが突き出される。

 大急ぎでそれを開封した順平が、中身を見て凍りついた。

 

内容物

・ベレッタM92Fカスタム

・救急スプレー

・サバイバルナイフ

・星のマークのジャケット

・ベレー帽

 

「あの、これ………」

「今ならこの巨人斬りの備前長船(※使用後破損状態)もつけるぞ」

「何の意味があるのこれ………」

「分かった、じゃあ緊急回避アイテムを」

「う~ん……」

 

 唸りながらも、ダガーナイフやスタンガンを受け取った順平とゆかりに、啓人も念のためにアタッシュケースからサバイバルナイフを取り出しておく。

 

「ま、前面にはオレらが出るから、気軽に行け」

「そう言われても……」

「もうそろそろ降車ポイントです」

「おっと、じゃあ降りる準備だな。南と東の連中は向こうのバスに乗り換えろ」

 

 一度停車し、全員が己の得物を準備する所で、ダンテが搭乗口の隣に並んで手を振る。

 

「先に行ってるぜ」

「オレも!」

 

 修二がバスから飛び降りるようにダンテのバイクに乗ると、ダンテのバイクが加速して予定のポイントへと向かっていく。

 

「じゃあこちらも……」

「その前に、ちょっと掃除してからだな」

 

 そう言いながら、八雲はバスの後ろにあった謎の大荷物に歩み寄り、かかっていたカバーを外す。

 

「げ!」

「持ってきてたんだ………」

「やる時はEASYモードって決めてるんでな」

 

 用意しておいた物、M134ミニガン重機関銃を車体後部に設置されたガンポートから八雲は構えると、バスの向きを調整させる。

 同じようにもう一台のバスが反対方向に向かいながら、キョウジがM249ミニミ機関銃を構えているのが見える。

 

「火力頼みか、未来のデビルサマナーは」

「時代の流れって奴。それじゃあちょっと減らす!」

 

 ゴウトが呟く中、八雲がトリガーを引いた。

 すさまじい轟音と空薬莢がバスの内部に散らかされ、放たれた銃弾が亡者達を貫いていく。

 

「あちちち!」

「あんま近寄るな! 弾そんなに無いから、今の内に降りて準備しろ!」

「この作戦の後、弾薬の補充を考えておかないとな……」

「弾が切れたならば剣を使えばいい。こちらはいいから他に回せ」

 

 アレフとライドウがまだ完全に停車していないバスから平然と降りると、それぞれの剣を抜き放ち、仲魔召喚の準備をしながら亡者へと駆け出していく。

 

「ちょっとライドウ!?」

「ライドウ先輩はあまり前に出ないセオリー!」

「あの二人なら大丈夫。今の内に術の発動ポイントを抑えるわよ」

 

 慌ててあかりと凪が停車してから降りる中、落ち着いているヒロコが最後に降りると、再び車は走り出す。

 

「北ポイント、作戦開始。これより西に移る」

『了解、こっちは一度南回ってからにする』

 

 派手な銃声にかき消されながらも双方の状況を報告した八雲とキョウジが、現在位置と残弾数を確認しながら目的地へと急がせる。

 

「数は予想よりは少ないが、弾も少ねえ。あまり減らせんな」

「うえ!?」

「相手が這い出してくるよりも早く倒せばいいだけだ。問題ない」

「なるほど」

 

 未だにどこかビビっている順平に、小次郎はすでに準備を完全に整え、明彦もそれに習う。

 

「雑魚ばっかだとつまらなくない? カチーヤちゃん」

「え~と、状況が状況ですし………」

「ネミッサ、あまり妙な事を吹き込むな!」

 

 八雲が怒鳴った所で、乾いた音を立てて銃撃が止んだ。

 

「ちっ、切れた」

「ちょっ………」

「お前達はポイントだけ確保しておけばいい。後はこっちでやる」

「欲を言えば銃撃じゃなくて砲撃か爆撃援護が欲しいがな」

「予定ポイントそばです。停車します」

「いつでも回せるようにしとけ。行くぞ!」

 

 ジャンヌ・ダルクが停車させた所で、小次郎と八雲は飛び降りると同時に、それぞれのCOMPのエンターキーを叩いた。

 

「パスカル!」「ケルベロス!」『焼き払え!』

『ガアアアァァ!』

 

 それぞれが召喚した仲魔のケルベロス二体が、同時に業火を吐き出す。

 荒れ狂う業火がまだこちらに気付いていなかった亡者達を焼き尽くし、陽炎と共に異臭が一体に立ち込めるが、それらを超えて新たな亡者達が迫ってくる。

 

「あと50m押し込むぞ小次郎!」

「分かっている!」

 

 己の仲魔達に囲まれながら、二人の悪魔使いが剣と銃を抜いた。

 

 

 

 旋風のごとき勢いで横薙ぎに振るわれた大剣が、その軌道上にいた屍鬼達をまとめて両断する。

 

「うう……」「あ~……」

 

 更にそこへ呻きながら近寄ってくる屍鬼達には、マシンガンがごとき連続射撃がその頭を撃ち抜いていった。

 動く屍をただの屍へと強制的に戻しながらも、なお新たな動く屍が近寄ってくる。

 

「……つまらないな」

「……そりゃアンタならラ○ーンシティでも手ぶらで観光できそうだけど」

 

 ダンテの呟きに、修二は唖然としつつも押し寄せてくる屍鬼達を殴り飛ばす。

 

「殺気も闘気も無い連中じゃ、戦ってる気もしないぜ」

「瘴気は腐る程、って腐ってるか……」

 

 自分の手についた腐肉と腐汁に顔をしかめがながらも、修二は仲魔達と協力して屍鬼達を追い返していく。

 

「とりあえず手抜きでもいいから、やる事はやってくれ。あっちに任せる訳にはな~」

 

 修二が後ろの方を親指で指す。

 

「きゃ~きゃ~! 来るな~!!」

 

 前方から漏れてきた屍鬼 ゾンビ相手に、ゆかりが悲鳴を上げつつ、半狂乱になって矢を撃ちまくる。

 

「落ち着けゆかり!」

 

 その隣では、美鶴が冷静にレイピアでゾンビの頭部と喉を貫き、ペルソナを発動させて新たに近寄ってきた者を氷結させていた。

 

「前衛の二人に任せて、ゆかりは高尾先生のガードに専念しろ! 漏れてきたのは私が受け持つ!」

「お、お願いします………?」

 

 青ざめたゆかりの顔に、何かが飛んできてへばりつく。

 

「なにこれ?」

 

 何気なくそれを引き剥がし、それがダンテの斬撃の圧力で千切れ飛んできたゾンビの手(まだ少し動いている)だと気付くと、その場で白目を剥いて倒れこみ、祐子がかろうじて支える。

 

「大丈夫? あなたも無理はしないで!」

「ゆかりを頼みます!」

 

 祐子からの言葉に返答しつつも、美鶴も自分の顔が青ざめているのに薄々気付いていた。

 

(シャドウと悪魔、似て非なる物だと思っていたが、ここまで違うとは)

 

 相手を刺し、斬り裂く度に飛び散る腐汁と巻き散らかされる腐臭に、思わず氷結魔法でそれらを凍らせ、封じていく。

 

(戦闘力では劣ってはいないと思うが、我々にはタルタロス以外での戦闘経験がほとんど無い。これからの課題か)

 

 仲魔を従え、亡者達の群れへと平然と突っ込んでいく者達を遠目に見ながら、美鶴は剣を振るう。

 

「だから来るな~!! イシス!」『マハガルダイン!』

 

 目を覚ましたゆかりが繰り出した無駄に強力な疾風魔法が横を突き抜けていくのを感じながら、美鶴は己の責務をまっとうするために、召喚器を額に当てた。

 

 

「イシュキック!」『マグダイン!』

 

 あかりのペルソナが放った地変魔法が屍鬼達を土砂と共に吹き飛ばすが、食らったはずの屍鬼達がゆっくりとした動きで立ち上がる。

 

「あれ?」

「アギダイン!」

 

 そこへ凪の仲魔のハイピクシーが火炎魔法で止めを刺す。

 

「ゾンビは土気の悪魔。使うなら炎か浄化魔法がセオリーです」

「使えないからしかたないじゃん! おりゃー!」

 

 再び襲ってきた屍鬼達に挑んでいくあかりの背後で、凪が手にした小太刀で屍鬼の首筋を貫いていく。

 

「もういっちょうアギダい…」

 

 ハイピクシーが火炎魔法を放とうとするが、直前になって暴発、周囲に無駄に熱気を撒き散らす。

 

「んわ!?」

「きゃっ!」

「あちゃ~、失敗しちゃった……」

「まだ成功率は五割といったプロセスでしょうか」

「あてになんないなあ!」

 

「……何をしているんだ後ろの連中は」

「はしゃいでるのよ、いい男の前だから」

 

 戦闘中とは思えない姦しい声に、剣と槍を振るいながらアレフは首を傾げ、ヒロコは苦笑する。

 

「ライドウ! そろそろ下がれ!」

「もう少し減らしておきたい所だが……」

「こっちでやるわ。術式に専念して」

 

 正面にいた屍鬼達を横薙ぎ一閃でまとめて薙ぎ払い、ライドウが下がった所でアレフと仲魔達がその穴を塞ぐ。

 

「……気付いてるか?」

「ああ、何かおかしい」

 

 すれ違い様、二人の悪魔使いが互いに感じていた違和感を確認するが、それを明確には口には出さずに、それぞれの仕事へと取り掛かった。

 

 

「タナトス!」『メギドラ!』

 

 啓人のペルソナの放った万能魔法が屍鬼達を吹き飛ばすが、その背後から新たな敵が湧いてくる。

 

「あんまり飛ばすなよ! 浄化か火炎を使え! シュウ!」

『却火召喚!』

 

 キョウジが啓人に注意しながらも、仲魔のエジプト神話の大気の神とされる魔王 シュウが強烈な火炎魔法で屍鬼達を軒並み焼き尽くす。

 

「すご………」

「こんくらいにしとくか」

 

 凄まじい威力に啓人が絶句する中、キョウジはマグネタイト節約のためにGUMPを操作して仲魔を数体帰還させる。

 

「後は地道にやるぞ」

「は、はい!」

 

 七枝刀を抜いたキョウジの隣で、啓人も剣を構える。

 

「にしても、やけに少なえな………」

「そうなんですか?」

 

 押し寄せる屍鬼を一刀の元に斬り捨てながら、キョウジが首を傾げる。

 

「最悪、術者の一時撤退も考えてたんだが、問題無さそうだ。別の問題が起きそうだが………」

 

 自分達の後ろで、アイギスとコロマルに両サイドを守らせながら封印術式の準備を始めたレイホゥに目配せすると、キョウジは剣を振るいながら呟く。

 

「念のため、力を温存しておけ。お前の腕なら出来るだろ?」

「腕以前にそろそろ色々と……」

 

 剣で斬る度に飛び散る異臭漂う血や腐汁に啓人の顔が青くなるが、キョウジは構わず剣を振るい続ける。

 

「できれば気のせいであってほしいが………」

 

 

「汚物は消毒だぁ~♪」

 

 奇声と共にばら撒かれた銃弾が、群がる屍鬼を薙ぎ倒し、それと戦っていた八雲と小次郎のそばをかすめていく。

 

「止めぃネミッサ!」

「え~、援護してあげてるんじゃない」

「諸共殺す気じゃないのか?」

 

 嬉々としてアールズロックを連射しまくるネミッサに、八雲と小次郎が思わずその場に伏せて弾幕をかわす。

 

「あれお前のパートナーだろ。どうにかしてくれ……」

「元というか旧だがな。どうにかできるなら今こんなヤクザな商売してねえよ………」

 

 背後から巻き添えの弾丸を食らった二人の仲魔が帰還しかけるのを見ながら、八雲がネミッサに恨みがましい視線を向ける。

 そこでようやく乾いた音を立てて銃撃が止んだ。

 

「八雲、弾~」

「余分な弾なんてあるか! もうそこで大人しくしてろ!」

「え~? ネミッサつまんな~い」

「後は八雲さん達に任せましょう」

「そうそう」

「ポイント確保がオレ達の仕事のはずだ」

 

 カチーヤがたしなめつつ、ネミッサが順平と明彦に左右を抑えられて引きずられていく。

 

「まったく、前より過激になってやがる……」

「今の状況では、その方がいいかもしれん」

 

 起き上がり様、二人の悪魔使いが同時に剣を抜き放つと、ぼやきながら手近にいた屍鬼を両断する。

 

「お前たちはポイントを確保して動くな!」

「あとはこちらでやる!」

 

 GUMPとアームターミナルをかざし、戦闘用ソフトを組み替えると、同時にエンターキーが押された。

 

「一気に行くぞ!」

「残った連中を駆逐する!」

『オオ!』

 

 仲魔達が一斉に吼え、屍鬼の群れへと向かっていく。

 二匹のケルベロスが同時に業火を吐き出し、屍鬼を焼き払うと、そこからカーリーとヴィシュヌが六刀とチャクラムを手に残った屍鬼達へと襲い掛かる。

 

「ネミッサが馬鹿やったお陰で、大分減りはしたな」

「ああ、減り過ぎている」

 

 互いの仲魔達とフォーメーションを組みながら、八雲と小次郎は思っている事を目配せして確認しながら、戦い続ける。

 

(このまま封印がすみゃいいんだが………)

 

 何か嫌な予感を感じつつ、八雲は銃口を残った屍鬼へと向けた。

 

 

「予想よりも早く終わりそう……」

「そうですか、それはよかった」

 

 上空をホバリングしている珠閒瑠警察のヘリの中で、咲が呟いた言葉にパイロットが胸を撫で下ろす。

 

「あの………ホントに大丈夫でしょうか? 私さっきからこの状態で………」

「もう少し減るまで、その状態の方でいなさい。感知能力が高い人が、こんな所で能力使ったら発狂の可能性もありえるし」

「そ、そうなんですか?」

 

 ヘリ内部に簡易的ながら設置された魔法陣の結界の中、風花が心配そうに窓の外を見ているが、咲が制止する。

 

「こうやって見てると、ゾンビ映画みたいですね………」

「エイガ? ああ、娯楽作品の事ね。私のいた世界だと、これに近いのは日常茶飯事でした………」

「……僕らってまだいい方だったんです、ね!?」

 

 突然窓の外に、下から上がってきたらしい複数の顔の集合体のような姿をした邪悪な意識の集合体、幽鬼 コロンゾンに乾は思わず仰天する。

 だが咲は即座にレールガンの銃口を向けると、一発でコロンゾンを撃退した。

 

「実体の無い物も含まれてますね。気をつけて」

「り、了解! カーラ・ネミ!」『ハマオン!』

 

 反対側から近寄ってきた成仏できなかった死者達の魂とされる外道 モウリョウに浄化魔法を繰り出し、消滅させる。

 

「ま、また来ます!」

「目をつけられたようね。でも弱い者達ばかりだから、落ち着いて対処すれば大丈夫」

「は、はい!」

「オイら達もやるホ!」「ヒ~ホ~!」

 

 召喚機を構える乾の両脇に、風花の護衛のデビルバスターバスターズの二匹も並ぶ。

 

「こっちでも行きます!」「行くぜ!」

 

 ヘリの周囲にいた飛行能力を持つ仲魔達が、こちらに向かってくる怨霊達へと向かっていく。

 

「おかしい………予定だともっとかかるはず……」

 

 風花は持参していたノートPCに表示される戦況展開が速過ぎる事に、疑念を抱き始めていた。

 

 

「ラスト!」

 

 八雲のモスバーグショットガンから放たれたコロナシェルが、最後の一体の頭を吹き飛ばす。

 

「そっちの準備は!?」

「出来てます!」

「他も終わったようだな」

 

 カチーヤが予定ポイントについているのを確かめた所で、他のポイントも戦闘が終了しているのを確認した八雲は、小次郎と共に周囲の警戒にあたった。

 

「西ポイント、準備完了!」

『北、準備完了』

『東もいいぞ』

『南、とっくの昔に終わってる』

『咲、風花と一緒に周辺状況確認してくれ。安全が確保されたら始めるぞ』

『周辺、敵影ありません……その穴からすごく嫌な感じはしますけど』

『瘴気に当てられてんだ。無理なら結界の中に入ってろ』

 

 キョウジの指示ですぐさまペルソナを発動させ、周囲をアナライズした風花の報告を聞いた術者達が精神を研ぎ澄ます。

 

『では、始めるぞ』

 

 ゴウトの声と同時に、術者四人が一斉に拍手を打つ。

 

『タカアマハラニカムヅマリマス』

『スメラガムツカムロギカムロミノミコトモチテ』

『ヤホヨロヅノガミタチヲカムツドヘフタツタビヘタマヒ』

『カムハカリニハカリタマヒテ』

 

 ライドウの詠唱を始めとして、時計回りにレイホゥ、祐子、カチーヤの順に詠唱が続いていく。

 

(このまま何も、とは誰も思っちゃいないか)

 

 浪々と詠唱が続く中、各ポイントについている悪魔使い達が誰一人として緊張を解いていないらしい事を遠目に確認した八雲も、自分の銃に残弾を装填していく。

 

「あの、なんか殺気立ってないっすか?」

「手前も立てとけ。この状況で立て損って事はねえだろ」

「つまり、何か起きるかもしれないという事ですね」

「うえ!?」

 

 周りの様子がおかしい事をたずねた順平に、八雲が返した言葉を読んだ明彦も、拳を構えたまま周囲を警戒する。

 

(やるなら今、だがどこから?)

『穴の中から、こちらに何かが向かってきます!』

 

 全員の疑念を肯定するかのように、風花の声が通信に響いた。

 

『術式は続けろ! こちらで対処する! 数とランクは!』

『数は一つ、え、でもそんな………?』

 

 キョウジの指示に、風花が答えようとした所で狼狽した声が皆に届く。

 

「何が来る!? はっきり言え山岸!」

『は、はい! それが、アイギスと同タイプの反応です! 来ます!』

『!!??』

 

 全く予想外の風花の報告に、皆が当惑した瞬間、それは出現した。

 冥府へと通じる巨大な穴の中から、突如として黒い小さな影が飛び出す。

 

『何だあれは!?』

 

 誰かが叫ぶ中、影は一気に上空から詠唱を続ける祐子へと襲い掛かる。

 

「させるかぁ!」

 

 その前に修二が立ちはだかり、影が振り下ろそうとしていた巨大なトマホークを両手で押さえ込んだ。

 動きが止まった所で、皆の視線がそれに集中する。

 

「ば、馬鹿な………」

「ウソ!?」

 

 間近でそれを見た美鶴とゆかりが絶句する。

 襲ってきたのは、黒いドレスのような衣装をまとい、蝶を模したような仮面をつけた少女だった。

 だがその手には身の丈ほどはあろうかという巨大なトマホークが握られ、それを持つ腕の関節には明らかな機械が覗いていた。

 

「こいつ、マジでロボットかよ!」

「ありえない! アイギスの同型は全機破壊された!」

「じゃあこいつは…!」

 

 そこで、謎のロボット少女のトマホークが人修羅の腕力を超えて、じわじわと押し込まれ始める。

 

「な……オレがこんなロボ娘に力負け…」

 

 愕然とする事実の前に、修二が驚愕した時、突然ロボット少女が横へと飛び退り、先程まで彼女がいた地点に大剣が振り下ろされる。

 

「なかなかカンがいいな、お嬢ちゃん」

「わり、助かったぜ……」

 

 ダンテが振り下ろした大剣を持ち上げながら、ロボット少女へと向き直る。

 仮面の下の表情は分からないが、ロボット少女はトマホークを構えたままだった。

 

「お前は何者だ!」

 

 美鶴の問いに、ロボット少女は彼女の方を向くと、自動的には仮面が上へと跳ね上がる。

 その下には、アイギスによく似た静かそうな少女の顔があった。

 

「私はメティス。対デビルバスター用人型殲滅兵器」

「対デビルバスター用……」

「殲滅兵器!?」

 

 黒いロボット少女、メティスの口から告げられた言葉に、全員が驚愕する。

 

「面白い事を言うな、お嬢ちゃん。その殲滅兵器とやらの力は、どれくらいだろうな!」

 

 ダンテが不敵な笑みを浮かべ、メティスへと切りかかる。

 振り下ろされた大剣を、メティスはトマホークで受け止める。

 動きが止まったかと思った瞬間、即座に大剣は引かれて横薙ぎとして襲い掛かるが、トマホークの柄がそれを受け止める。

 

『術式一時停止! 総員術者を最大防衛!』

『桐条と岳羽はすぐに先生と逃げ出せるようにしとけ!』

「……多分大丈夫だとは思うが」

 

 キョウジと八雲の指示が飛ぶ中、修二はダンテとメティスの戦いを見ながら、祐子の前で仲魔と防衛線を構築しておく。

 

「プシュケイ発動」『ギガンフィスト!』

「ペルソナまで使えるのか!?」

 

 メティスがギリシア神話の恋愛を司る神エロスの妻で信じる事を司る女神 プシュケイを呼び出した事に、美鶴は更なる驚愕を感じていた。

 繰り出された拳を、ダンテは吹き飛ばされそうになりながらも受け止める。

 

「それで全力なら、ダンスの相手を間違えたな!」

 

 ダンテは力任せにプシュケイを弾き飛ばすと、全力の斬撃をメティスへと叩き込む。

 メティスは下がりながらそれを受けようとするが、大剣が振り下ろされた後、半ばから切断されたトマホークの刃部分が、宙を待って地面へと突き刺さった。

 

「さて、どうする?」

 

 切っ先をメティスへと突きつけたダンテだったが、相手の表情が全く変わっていない事に少しだけ疑問を感じていた。

 

『そのままにしてくれ! 聞きたい事がある! 誰か捕縛を…』

 

 キョウジが指示を出している途中で、メティスが柄だけとなったトマホークを、無言で頭上へと突き出す。

 

「何の真似だ、それは…」

『穴から同一、いえ近似エネルギー反応が接近! 数は3、6、まだ増えます!』

『なんだと!?』

 

 風花の絶叫のような報告を示すかのように、穴から幾つもの影が飛び出してくる。

 飛び出した影は、それぞれ東西南北のポイントへと降り立つ。

 一番最初に現れたメティスと全く同じ姿のしたメティス達が、手にトマホークを持ち、蝶の仮面をつけたまま対峙する。

 

「何の冗談だこれは………!」

「量産!? ありえない!!」

「ひのふの、12、いや最初のを混ぜれば13か……」

「量産型って、もっと後から出てくるのがセオリーだよ!?」

「残念ながら、ジョークのセオリーではないようです……」

 

 それぞれのポイントに三体ずつ、計13体のメティスの姿に、全員が驚愕しながらも、応戦体制を取る。

 

『待ってください! 最初のメティスのエネルギー上昇! まさか、これはオルギアモード!?』

 

 風花が叫ぶ中、最初のメティスの姿が燐光を帯びていく。

 

「オルギア、発動」「発動」「発動」「発動」

 

 それを皮切りに、全てのメティス達が燐光を放ち始める。

 

『ぜ、全機オルギア発動してます! 皆さん逃げてください!!!』

 

 風花の絶叫としか言いようが無い声が響く中、メティス達が一斉に動いた。

一番手前にいた者に、メティスが瞬時に詰め寄るとトマホークを振り下ろす。

 

「ち!」

「く!」

「う!」

「ちっ!」

 

 キョウジ、アレフ、小次郎、ダンテがそれぞれ攻撃を受け止めるが、オルギアモードのオーバーブーストパワーが、それぞれの剣を押し込んでいく。

 

「ペルソナ発動」「発動」「発動」「発動」

 

 その隙に近寄った別のメティスが、それぞれペルソナを発動。

 最初のメティスと比べるといささか不鮮明ながら、プシュケイがつばぜり合いの最中のデビルバスターへと襲い掛かる。

 

「この!」

「させない!」

「くっ!」

「この野郎!」

 

 それぞれを啓人、ヒロコ、八雲、修二が防ぐが、その隙に残った一体のメティスが術者の方へと向かう。

 

「目を閉じろ!!」

 

 八雲が叫び、カチーヤの方へと向かっていたメティスへと向かって予め用意しておいたホーリー・スタングンレネードを投げる。

 カチーヤの周囲にいた者達が慌てて目を塞ぐ中、眩いばかりの閃光が炸裂し、メティスの動きが鈍る。

 

「使い方を思い出せ!」

 

 八雲が叫び、全員がそれを何に使うべきだったかを思い出す。

 

「えい!」「おりゃ!」「て~い!」

 

 次々とピンが抜かれたホーリー・スタングレネードが投じられる中、投じた者達が術者を連れて一斉に逃げ出す。

 

「あれ使う時は逃げる時って言ってたスよね!?」

「間違いない!」

「でも、八雲さんが!」

 

 小柄なカチーヤの両脇を抱えて一目散に逃げ出した順平と明彦だったが、カチーヤの一言に思わず後ろを振り返る。

 

「気にするな! ジャンヌ車を!」

「分かりました召喚士殿!」

 

 逃げろと言ってた当人にも関わらず、八雲は残ってメティス達と死闘を繰り広げており、その背後に小次郎と二人の仲魔達も戦闘を続行していた。

 

「逃げるのではなかったのか?」

「術者を逃がすのが最優先だ! 誰か一人欠けても、再封印が出来なくなる!」

 

 振り回される三つのトマホークと三つのペルソナに翻弄されながらも、二人のデビルバスターと仲魔達は必死になって戦っていた。

 

 

「行けライドウ!」

「しかし……」

「ロボット相手ならなれてるから!」

「こっちだよライドウ!」

「先輩早く!」

 

 残って戦おうとしていたライドウを、アレフとヒロコが半ば追い出すように避難させる。

 

「なんて高性能なの……」

 

 トマホークの一撃で切断された槍を手放しつつ、ヒロコが銃を抜く。

 

「お前も退け。ここはオレ一人で十分だ」

「もう少し時間を稼いだら、そうするわね」

 

 避難のために猛スピードでこちらに向かってくる護送車の影が大きくなるまで、二人はその場を動かない事を決めていた。

 

 

「速い! 狙いが………」

 

 上空からなんとか小次郎を援護しようとレールガンを構える咲だったが、オルギアモードの高速に狙いが定まらない状態だった。

 

「オルギアモードは、一定時間が過ぎればオーバーヒートします! それまで持てば……」

「この状況じゃ、その時間が…」

 

 オーバーヒートまで持ちそうにない状況を悟っている咲がトリガーを引こうとした瞬間、ヘリを振動が襲う。

 

「何!?」

「うわあ!」

「ヒホ~!」

 

 振り返った先の目に、ヘリの壁を割って先端を潜り込ませているトマホークの姿が飛び込んでくる。

 

「下から投げてきたホ!」

「ま、また来ます!」

「くっ!」

「カーラ・ネミ!」

 

 狙いを援護から防御に変えた咲の放った高速弾がこちらに向かってきていたトマホークを弾き飛ばし、乾のペルソナが別のトマホークを叩き落す。

 

「このままじゃまずいホ!」

「しかもなんかバチバチ言ってるホ!」

「今ので電子系が一部やられた! 後退する!」

「でも!」

「燃料系か、こちらがやられたら一環の終わりだ!」

「……後退して」

 

 パイロットの悲鳴のような声に、咲は唇を噛み締めながらも、撤退を決意した。

 

 

「キョウジさん!」

「いいから行け!」

 

 啓人が呼びかける中、キョウジはケツを蹴飛ばすように啓人を追い払いつつ、メティス三体と戦っていた。

 

「こちらもオルギアを…」

「ダメだ! レイホゥを逃がす事だけ考えろ!」

 

 アイギスが戻ろうとするのを怒鳴りつけるが、一瞬の隙にキョウジの手から七枝刀が弾き飛ばされる。

 

「しまった……」

「せぇい!」

 

 そこへ襲い掛かろうとしたメティスに、レイホゥが全力で投じた三節棍が絡みつき、空振りに終わらせる。

 

「それ特注だから、あとで弁償させるから無理しちゃダメよ!」

「分かったよ!」

 

 レイホゥが作ってくれた隙に七枝刀を拾ったキョウジが、苦笑しつつも構えた。

 

「啓人さんはレイホゥさんを護衛してください! 私なら援護しながらの遅滞戦闘も可能です!」

 

 アイギスが両手のマシンガンを構え、啓人からの返答も聞かずに一斉掃射を始める。

 だがメティス達は掃射を食らう前にトマホークを旋回させ、銃弾を弾いていく。

 

(掃射範囲も掃射パターンも読まれてる!?)

 

 銃撃が効かなくても、時間稼ぎにはなると思ったアイギスが、指の銃身が焼け付かんばかりに全弾を撃ち続ける。

 そこで、唐突に彼女のシステムに同調通信が飛び込んできた。

 

『邪魔をしないで下さい、姉さん』

『姉!? あなたは一体……』

 

 同調通信の主、一番最初に出てきてダンテと戦闘を行っているメティスにアイギスも同調通信を返す。

 それに気を取られた隙に、眼前のメティスの一体がアイギスに向かってトマホークを振り下ろそうとしていた。

 

「あ……」

「タナトス!」『五月雨斬り!』

 

 寸での所で啓人のペルソナが襲い掛かろうとしていたメティスを弾き飛ばす。

 

「馬鹿野郎! ぼうっとしてるくらいならとっとと下がれ! ここはオレ一人でいいと言ったはずだ」

「でも…」

「アイギス早く!」

「ワンワン!」

 

 キョウジに怒鳴られ、啓人に強引に引っ張られ、遠くからコロマルからも吼えられる中、アイギスはメティス達から目が離せなかった。

 

(私の……妹?)

 

 遠ざかっていく中、アイギスの機械仕掛けの瞳は、黒い乙女達へと向けられたままだった。

 

 

「ダンテ!」

「なかなかやるな……」

 

 最初の一体も加え、四体がかりでダンテを囲むメティス達に、ダンテも苦戦を強いられていた。

 オルギアモードで加算されたパワーとスピードに、完全なコンビネーションで繰り出される攻撃の前にダンテは中々反撃に移れないでいた。

 

「ちょっとお痛が過ぎるぜ!」

 

 同時に振り下ろされた二つのトマホークを、大剣で力任せに弾いたダンテが後ろに飛び退りつつ、白と黒の二丁拳銃を抜いた。

 すさまじいまでの連射で二つの銃口から無数の銃弾が放たれ、四体のメティスを狙う。

 

「防御」

 

 トマホークを眼前に構え、ペルソナも併用して四体のメティスは銃弾を防ぐが、ダンテの連射は止まらない。

 鳴り響く銃声の中、とうとう最初に現れたメティスに限界が訪れ、オーバーヒートを起こしてその場に擱座(かくざ)した。

 

「まず一つ!」

 

 その隙を逃さず、ダンテが全力でダッシュしながら、大上段から大剣を振り下ろす。

 しかし、振り下ろされた刃はオーバーヒーとして動けないはずのメティスから出現したペルソナによって受け止められる。

 

「ちっ!」

「メインシステム、オーバーヒート。オートディフェンスシステム発動。システムをメインからサブへと移行、リブートまで30秒」

「随分と気の利くお嬢さんだ!」

 

 背後を素早く他の三体のメティスに囲まれたダンテが、振り向き様に大剣を投じる。

 弧を描いて飛ぶ大剣が、旋風を伴ってメティス達を弾き飛ばそうとするが、メティス達は再度防御体勢を取って堪える。

 

「そこまでだ!」

 

 戻ってきた大剣を受け止めたダンテの腕を、とつぜん修二の仲間のセイテンタイセイが掴んで宙へと舞い上がる。

 

「おい、まだこれからがお楽しみだ」

「あんたならそうだろうが、他の連中も逃げ出してる! 最悪囲まれっぞ!」

 

 修二が追ってこようとするメティス達に魔弾を放って牽制しながらも怒鳴る。

 その言葉通り、他のポイントで戦っていた者達も、術者達が安全圏に立ち去ったと見るや逃亡にかかっていた。

 

「作戦は失敗か」

「あんなん出てくるなんて想像できるか!」

 

 ダンテのバイクに飛び乗った所で修二は仲魔を全て帰還させ、二人を乗せたバイクは急加速でその場を後にする。

 ある一定距離を離れた所で、メティス達の追撃は唐突に停止した。

 

「止まったか」

「全員無事か!?」

「一応……」

 

 キョウジがその目が昼夜を司るとされる中国神話の龍神 ショクインの背に乗りながら確認すると、それぞれのケルベロスにまたがった八雲と小次郎が全弾打ちつくした拳銃をホルスターに仕舞いながら答える。

 

「全員被害を報告!」

『負傷者が数名出ているけど、大丈夫。早くこっちに!』

 

 追撃が無い事を確認した護送車が速度を落とす中、用心してボンネットの上にいたヒロコとアレフが手を振っていた。

 

『こちら咲、ヘリの方はなんとか戻るまでなら持つそうです』

『あのメティス達は全員穴の周辺から動いてません。完全に占拠されました……』

「まさか、冥界からあのような物が出てこようとは……」

 

 上空から様子を伺っていたゴウトもボンネットの上に降り立ち、殿を勤めた者達もバスに乗り込んで皆がようやく一息を入れた。

 

「それにしても、アイギスの同タイプなんて……」

「私自身、信じられません。しかし、明らかに私のパピヨンハートが同調反応を示していました」

 

 首を傾げる啓人の隣で、アイギスが自分の胸、その中にある動力炉の反応を思い出して表情を暗くする。

 

「でも、こんだけいんなら、戦ってもなんとかなったんじゃ?」

「恐らくな」

「だが確実に何人か死んでいた」

 

 順平の意見に、愛刀の状態を確かめるライドウとアレフが容赦ない言葉で断言する。

 

「スペックはアイギスよか上かもしれんな、ありゃ」

「対処法を考える必要があるな」

「それ以前の問題です!」

「動かないで!」

 

 傷だらけの八雲と小次郎にそれぞれのパートナーが回復魔法をかける中、全員がそれぞれ思案を巡らす。

 

「言える事は二つ。所属不明の強敵が現れた。そして全員生き残った」

「ならば、次の手は打てる」

 

 ゴウトとライドウの言葉に、全員が頷く。

 

「逃げはしたが、負けたわけじゃない。なら、戦えるだろ」

「もちろんです!」

 

 八雲の皮肉がかった物言いに、啓人が俄然として立ち上がる。

 

「じゃあ、まずは失敗報告を周防に入れておくか……」

 

 護送車の無線に八雲が手を伸ばそうとした所で、突然無線機からけたたましい音が鳴り響く。

 

『こちら周防! 珠閒瑠町にムスビの軍勢が来襲、目下交戦中! 現在戦況はややこちらが有利だが、フトミミが何かが来ると告げている! そちらの作戦終了次第、至急帰還を!』

「ムスビ!? 勇の奴!」

「飛ばせジャンヌ!」

「はっ!」

 

 突然の知らせに、護送車はその速度を増していく。

 急ぐ彼らの前に、更なる驚愕の展開が待ち受けていた………

 

 

 

 冥府の闇から現われし黒き乙女達に、糸達は退却を余儀なくされる。

 彼らの前に訪れる新たなる者は、果たして………

 



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PART28 GUILD COMEBACK

 

「署長、警備状況の報告です」

「そこに置いておいてくれ」

「周防署長、市民からの要望が」

「内容いかんだが、またこちらの体制が整っていないからな」

「周防署長、自警団からの調査報告、って……」

 

 報告書を持って署長室を訪れたたまきは、そこに山と詰まれた書類と格闘する克哉の姿を見つけて唖然とする。

 

「また随分と……」

「一時的に沈静化してるとはいえ、この状況だ。警察の仕事は幾らでもある」

「克哉さん、おやつ持ってきた……ってあらまあ……」

 

 ケーキ持参で訪れた舞耶も、そのあまりの量に呆気に取られる。

 

「あ、マーヤだ~」

「ケーキ持ってきたわよ。一休みしたら?」

 

 書類整理を手伝っていたピクシー(※見えない人達には怪奇現象扱いされてたが)が舞耶の手土産に飛び寄る中、書類を見ていた克哉がそれから一時目を離す。

 

「慣れなくて大変じゃない?」

「いや、こちらの周防署長と知識や経験は共有できるからな。左程問題ではない」

「今の状況こそが問題ね」

 

 たまきは所長室の窓の外、頭上に広がる形に見える受胎東京に目を移す。

 

「下は生贄求める悪魔の巣窟、なんて言ったら市民が暴動起こすわね」

「それはなんとしても避けねばならん」

「取材してきたけど、やっぱり不安は広がってるわ。マネカタの人達の大量流入もその一環ね」

「大量移民はどうあっても問題になるからな……」

 

 書類処理の手を休め、克哉はカラーサングラスを外して少し目じりを揉む。目の周辺には薄くクマが出ていた。

 

「通常警備は制服警官でもなんとかなるが、正直現状で下からの襲撃があると持つかどうか……」

「人手が増えたのはいいけど、半分両国に行っちゃったしね~」

「腕利き送り込んだから、すぐに戻ってくるでしょ。それよりも市内の方が問題ね」

「取材してみたけど、誰も彼も不安しか出てこないわね………」

「この街がこの形になって以来、らしい。シバルバーから出てくる物資も、戦闘前提となると足りなくなるな……」

「ただしも最近そっちで忙しいって言ってたわ。医療品と弾薬、その他諸々、どう回してもらうか」

 

 警察の最高責任者と自警団のまとめ役、克哉とたまきはそれぞれに思わずため息をもらす。

 

「二人とも暗~い」

「ほらほら、ケーキでも食べて。そういえば明日から値上げとか言ってたわね」

「生活に影響が出始めているか……」

「半配給制だからね~」

 

 モンブラン65点、などと心中思いながらも克哉はケーキを咀嚼し飲み込む。

 何時間前に持ってきてもらったかも忘れて冷め切っているコーヒーをすすった所で、ふと腕時計に目を落とす。

 

「予定通りなら、封印作業が始まった所か」

「さっき通信室寄って来たけど、なんとかなりそうとか通信来てたみたい」

「あの~、ショチョウさんいますか?」

 

 再度書類に取り掛かろうとした所に、一人のマネカタが署長室に顔を覗かせる。

 

「何か用かね?」

「フトミミさんが呼んでます。敵襲の予知が見えたと」

 

 マネカタの一言に、室内にいた三人(+ピクシー)は即座に反応する。

 

「いつだ!?」

「今フトミミさんは瞑想に入ってもっと詳しい事を見ようとしています。見えたらすぐ教えたいという事なので」

「天野君、すまないが行ってくれ! こちらは警戒態勢を引き上げる!」

「OK!」

「自警団と仮面党にはこっちから知らせるわ! 残ってる連中も総動員させて!」

「あ、ちょっと待って!」

 

 三人が慌しく署長室から出て行く中、ピクシーは残ったケーキと出て行く三人を交互に見つめ、しばらく悩むとその小さな腕で抱えられるだけのケーキを抱えて克哉の後を追っていった。

 

『第一種警戒態勢発令! 繰り返す! 第一種警戒態勢発令!』

「第一種だぁ!?」「何か聞いてるか!」「署長からの命令だ!」「また悪魔か!?」

 

 署員達が慌しく動く中、待機していたエンブリオンのメンバー達が黙々と戦闘準備を整えていく。

 

「確かめたが、まだ敵襲の報告は無い。どこからの情報だ?」

「オレが聞いた話だと、フトミミの予知とか聞いたぜ?」

「あの妙な連中のリーダーだろ?」

「予知って、アテになるの?」

「フトミミはその予知でマネカタ達をまとめ上げている。かなり正確と聞いてはいるな」

 

 ゲイルの問いにシエロが答えるが、フトミミの事を直接知らないヒートとアルジラが微妙に顔をしかめる。

 だがその予知を実際見たロアルドが断言し、リーダーのサーフが頷いた所で全員が戦闘準備を終える。

 

「みんな……」

「セラ!」

「大丈夫なのか?」

「うん……それよりも、何が起きてるの?」

「フトミミが敵襲を予知したらしい。何がどこからはまだ分からないようだが」

「食える奴なら、食っちまえばいい」

「みんな無理しないでね。飢えは私が抑えるから」

「ってセラも来んの!?」

「危ないわよ!」

「いや、場合によっては激戦になる可能性もある。戦闘が激しくなれば、飢えによる暴走の可能性も上がる、セラは必要だ」

「だが、護衛が必要だな」

「それならこちらでしよう」

 

 ゲイルとロアルドの会話に、横から女性の声が割って入る。

 

「彼女は?」

「この町で仮面党と呼ばれるトライブを率いている吉栄 杏奈、レイディ・スコルピオンとも呼ばれてる」

「セラの事は聞いてる。護衛なら仮面党で受け持とう。喰奴には前線を任せたい」

「はっきり言いな。悪魔の食い合いなんて見たくないんだろ」

「ちょっとヒート!」

「否定はしない。だが、安心して任せられるというのもある。成り行きでなったとはいえ、仮面党のリーダーとして、不用意に党員を危険にさらしたくない」

「いいだろう。セラは任せる」

 

 普段無口なサーフの言葉に、他の喰奴達は黙って従う。

 

「それで、彼女の歌の有効範囲は?」

「聞こえてる範囲内なら大丈夫だ」

「敵がどこから来るか、だな」

「シエロ、一足先に外縁部の偵察を」

「OK、ブラザー!」

「こっちはいつでも行けるぜ」

「次は何が来るの……」

 

 セラの呟きに、杏奈は静かに首を振った。

 

 

 

同時刻 蓮華台 アラヤ神社

 

「あれ、天野さん?」

「藤堂さん、達哉君も。フトミミさんはまだ中?」

「ああ」

 

 フトミミの臨時の瞑想場所として使われているアラヤ神社の境内で、同じく彼を待っている尚也と達哉が舞耶を出迎える。

 

「フトミミさんの瞑想時間は不確定です」

「でも重要な事は事前に必ず分かります」

 

 神社の扉の前に立つ二人のマネカタが断言した時、扉が内側から開かれた。

 

「分かった。敵は元港があった場所から来る。無数の思念体、ムスビだ」

「港南区ね、って私のアパートがあるのに!」

「すぐに知らせるんだ、迎撃準備をしないと」

「分かってる」

 

 三人がそれぞれ携帯電話を取り出し、一斉に連絡を入れる。

 

「待て、また見えた………これは、船? 分からないが、何かが………来る」

「敵か味方か、どっちだ」

「まだ見えない……だが、敵ではないだろう」

「どういう事だろう?」

「さあ? まあその事も克哉さんに知らせとくわ」

 

 舞耶が追加情報を伝える中、アラヤ神社の参道前に一台のバスが急ブレーキで止まる。

 

「乗れ藤堂!」

「ナオりん早く!」

「タッちゃんと舞耶姉も!」

 

 ペルソナ使い達を満載したバスに、三人は慌てて乗り込んでいく。

 

「港南区だな!? 規模は!」

「無数の思念体とか言ってた」

「無数ってどれくらいだよ!?」

「思念体というなら、物理攻撃が効かないかも……」

「誰かチューインソウル分けてくれ!」

「オレも無い」

「この間ので品切れって聞いたけど……」

「マジ!?」

「Oh、CAUTIONですわ」

「なんとか手配してみよう。間に合えばいいが……」

「へ、ペルソナなんか無くても、ミッシェル様はなんとかしてみせらあ!」

「無理しちゃダメよ?」

 

 色々な不安要素を抱えつつ、バスは港南区へと向かっていった。

 

 

 

「住民の避難急げ!」

「落ち着いて避難してください! 避難先は平崎区春日山高校と蓮華台七姉妹学園です!」

「パトカーも回せるだけ回せ!」

 

 警察、仮面党、自警団などが一体となって、敵の襲来が予言された港南区の住民を避難させていく。

 

「何か見えたか!?」

「まだ見えません!」

『こっちも、なんだありゃ?』

 

 上空を飛んでたシエロが、下から上ってくる何かに気付く。

 それはどんどんこちらに向かってきており、やがてそれはオボロな人の姿を持っている無数の思念体の塊だという事が見えた。

 

『来たぞ~! 束になってる!』

「一般警官も下がれ! ペルソナ使い達はまだか!」

「今到着しました!」

「来てるぞ!」

「みんな急いで!」

 

 バスから降りたペルソナ使い達が向かう中、先陣を切って喰奴達の攻撃が始まる。

 

『マハジオンガ!』

 

 押し寄せる思念体の群れに、シエロが電撃魔法を叩きつける。

 降り注ぐ電撃に、思念体の群れが大きく揺らぐが、更なる新手が押し寄せてくる。

 

「カアアアァ!」

「ガアアアァ!」

 

 変身したサーフとヒートの口から、吹雪と業火が吐き出され、思念体を迎え撃つ。

 

「ギャアアアァァ!」「ウワアアァァ!」

 

 直撃を食らった思念体が絶叫を上げながら消失していくが、後から更に新手が湧き出していく。

 

「思念体自体は大した力は持ってないが、これ程の数を束ねれば別のようだ」

「絶対孤独を掲げる連中が群れるとは本末転倒だな」

 

 ゲイルの足先の刃とロアルドの右手の刃が一閃すると、思念体はいとも簡単に霧散するが、次々と思念体は押し寄せてくる。

 

「このぉっ!」

 

 アルジラの両手の触手が振り回され、思念体を押し留めようとするが、向こうはまるで津波のように押し寄せてくる。

 

「物理攻撃や単体攻撃じゃ押し負ける!」

「面で攻撃するんだ!」

「アメン・ラー!」「ヤマオカ!」「ティール!」「スサノオ!」「ミカエル!」「ヴェルザンディ!」「モト!」

 

 第二陣として待ち構えていた元エミルンOBペルソナ使い達が、一斉にペルソナを発動、押し寄せる思念体を迎え撃つ。

 

「攻撃を途切れさせるな!」

「簡単に言うな南条!」

「この間も似たような事やったな、オレ」

「こっちもだ。フンッ!」

 

 ブラウンとマークがぼやく中、レイジが得意の拳を繰り出すが、ほとんど手ごたえも無いままに突きぬけ、霧散した思念体の背後から別の思念体が襲ってくる。

 

「直接攻撃はあくまで緊急用で!」

「そんな事言われても!」

「No! また来ましたわ!」

 

 切れ間無く襲ってくる思念体相手に、尚也は矢継ぎ早にカードを取り出していくが、ペルソナ発動の合間にも迫ってくる思念体相手に、麻希とエリーがアーチェリーとレイピアで辛うじて防いでいる。

 

『マガツヒよこせ……』『ムスビの守護を……』『マガツヒを……』

「くそ、来んな!」

「売り込みはアポ入れてくれい!」

 

 まとわりついてくる思念体をマークとブラウンが振り払おうとするが、隙を突いてしがみ付かれた手足に激痛が走ったかと思うと、赤い光のような物が思念体に奪われていく。

 

「これがマガツヒか! 奪われるな!」

 

 南条が叫びながら剣を一閃させ、ふたりにまとわり付いていた思念体を霧散させる。

 

「わり、助かった」「……って服切れてるぞ!?」

「我慢しろ」

 

 短く呟きながら前へと出たレイジがコンビネーションパンチで思念体を霧散させ、とどめとばかりにくりだしたソバットが数体まとめて思念体を吹き飛ばす。

 

「実体が無い分、むしろ厄介だな……」

「外傷が加えられない、というのも裏を返せばじわじわと衰弱させられる事になる。聞いた話だと、マガツヒは生きた人間から取るのが一番だそうからな」

「オレ達から一番絞りってか!? ふざけてんじゃねえぜ! ティール!」『西撃破!』「SM趣味はねえんだよ! スサノオ!」『地の烈風!』

 

 尚也と南条の会話に、キレたブラウンが衝撃魔法を、マークが疾風魔法を繰り出し、思念体をまとめて吹き飛ばす。

 

「勢いが弱くなってきた! 行ける!」

「! Separateしましたわ!」

 

 思念体の攻撃が弱まったかと麻希が思った時、エリーの口から悲鳴が漏れた。

 押し寄せてきた思念体が幾つかに別れ、そのまま別方向へと散っていく。

 

「まずいぞ!」

「敵が分散した! 後方を各個撃破に当たらせてくれ!」

 

 南条がこの場を動くかどうか迷うが、尚也が素早く後方に連絡を入れ、右手に剣を、左手に無数のペルソナカードを構える。

 

「分散しきる前に倒せるだけ倒すんだ!」

『おお!』

 

 皆が一丸となり、戦闘は更に激化していった。

 

 

 

「アポロ!」『ギガンフィスト!』

「ヴィーナス!」『アクアダイン!』

 

 バイク二人乗りで港南区市街地へと向かう思念体の塊に、達哉とリサのペルソナ攻撃が炸裂する。

 

「今度はあっち行ったよ情人!」

「あっちには栄吉と淳がいる」

 

 達哉の言葉通り、向こう側へと向かっていた思念体は別方向からの攻撃で霧散していく。

 

『達哉! 敵は少数に分散して各市街地に向かっている! 蓮華台方面に向かってくれ! 三科君と橿原、いや黒須君は平坂区へ! 避難民に絶対近寄らせるな!』

『こちらパオフゥ、青葉区にも来やがった!』

『こちら天野、夢崎区に向かってるのを追ってるわ!』

 

 克哉の指示で後方待機していたペルソナ使い達が、それぞれ分かれて分裂した思念体を追っていく。

 

「……おかしい」

「情人何が?」

「弱過ぎる。だが、なぜ分かれた?」

「さあ? 馬鹿なんじゃない? あそこにもいる!」

 

 何かの意図を感じつつも、達哉はバイクを走らせて思念体へと向かっていった。

 

 

 

「来た! 行くわよ!」

『オ~!』

「生徒と市民には手出しはさせん!」

 

 七姉妹学園で、市民の警護に当たっていたたまきとその仲魔達、ハンニャ校長が向かってくる思念体へと向いて構える。

 

「相手は雑魚、他の人達も頑張ってるから、ここに来ないようにするだけでいいわ」

「あ、来た!」「フミャアア!」

 

 姿の見えた思念体へと向かってネコマタが先陣を切り、その爪で思念体を一撃で霧散させる。

 

「本気を出すまでもありませんね、召喚士殿」

「この程度ならば」

「……そうね?」

 

 ニュクスとパールヴァティの攻撃魔法が炸裂し、ネコマタとダーキニーの攻撃が次々と思念体を霧散させていく。

 

「なんと歯ごたえの無い?」

「おかしい……本気で攻めてきてないのか、本気でこれか……」

「何かありそうだ」

 

 様子を見に来た轟も、奇妙な違和感を感じていた。

 

「ここにまで来ているのか」

「心配なく。これくらいなら大丈夫です、シルバーマンさん」

 

 学園内から顔を覗かせた、リサの父親で自警団の顧問も兼ねている元アメリカ海軍特殊部隊のスティーブン・シルバーマンが上空を見る。

 

「皆が大分不安になっている。最近大規模攻撃が続き、犠牲者も多いからな」

「そうですけど、今回は…」

「きゃあぁ!」

 

 校内から響いてきた悲鳴に、たまきは思わず校内へと飛び込む。

 

「いつの間に!」

 

 どこから潜り込んだ物か、思念体が非難していた女性へと襲い掛かり、マガツヒを奪おうとしている。

 たまきは一刀の元に思念体を斬り払い、女性を救い出す。

 

「大丈夫ですか? もういませんから」

「いや……もういや………」

 

 余程ショックだったのか、女性は頭を抱えて震えている。

 どう声をかけるか悩んでいたたまきだったが、そこで教室のあちこちから聞こえてくる声に気付いた。

 

「本当に大丈夫なのか?」「ここまで来るなんて……」「見ろよ、まるで幽霊の大群だ……」「ひょっとしてこのまま……」

 

 不安の声はさざ波のように広がり、いつしか誰もが不安や恐怖を口にし始める。

 それに応じるように、小さな赤い光がそちこちから漏れ始めていた。

 

「これは、マガツヒ!? まさか、この攻撃は恐怖心をあおるために!」

 

 常人の目には見えないのか、マガツヒの赤い光が街のあちこちから現れ、やがて吸い寄せられるようにある一点へと向かっていく。

 

「やられたな。目的はこれだったか」

「所長! どうすれば!」

「マガツヒを集めてる中央、恐らくはこいつらのボスがいるはずだ」

「けど、今誰も手が開いてません!」

「それも向こうの狙い通りだろう。完全に嵌められた」

「周防署長にも知らせないと」

「すでに気付いてるだろう、あの男ならな」

 

 

 

「しまった……!」

 

 無数のマガツヒの流れていく状況に、克哉は思わず拳を握り締める。

 

「まさか、肉体を傷つける事も無くマガツヒを集めるとは………マントラ軍はおろか、氷川ですら思いつかなかった方法だ」

「直接に痛めつけない分、効率は悪いだろうが、数は多い。前にマインドコントロールで似たような手を使った相手を見たが、これは市民にある恐怖がそのままマガツヒとなって漏れ出している………止められない!」

 

 助言のために克哉のそばにいたフトミミも呆然とする中、マガツヒの光はどんどん数を増やしていく。

 

「今や、戦闘行動全てが市民の不安材料になっている………だが、戦闘を止める訳にもいかない……どうすれば………」

「せめて、何かで気を紛らわせれば……」

 

 克哉とフトミミが思案を巡らせようとした時、通信越しに静かな歌声が響き始める。

 

「これは……」

「セラの歌か。悪魔相手なら効果は絶大だったが、果たして人相手に………」

 

 

 

「セラだ!」

「歌ってる………」

「人々の恐怖を沈めようとしているのか」

「だが、効果はあるのか?」

 

 最前線で闘い続ける喰奴達の耳に響く歌声に、皆が攻撃の手を休めずにセラの方を僅かに振り向く。

 

「ここで減らせるだけ減らせ。それがオレ達に出来る唯一のミッションだ」

「分かってる! 大技行くぞ!」

『Lトリスアギオン!』

 

 サーフの言葉に答えるように、ヒートが中心となってリンケージが発動、強烈な火炎が周辺をまとめて薙ぎ払う。

 

「まだだ! もっと行くぞ!」

「分かったわ!」

「任せろ!」

「セラの努力を無駄にはしない!」

「………」

 

 喰奴達はセラの歌声を聞きながら、更なるリンケージを発動させていた。

 

 

 

「これは………」

 

 杏奈を中心としてセラを守るために布陣していた仮面党員達は、セラの口から紡がれる歌に聞き入っていた。

 

「なんて静かで澄んだ歌なんだ………」

「心が洗われる、とはこの事か」

「こっちにも来てる! 迎撃!」

「ヤイル、カメーン!」

 

 現れた思念体へと向かって、仮面党員がロッドをかざし、スペルカードをかざす。

 

(明らかに流れてくマガツヒが減ってる………すごい……)

 

 指示を出しながらも、杏奈はセラの能力に脱帽していた。

 

(けれど、減っただけだ。根本的には……)

 

 懸念をかき消すように、突然一台のバイクが爆音を轟かせて走ってきたかと思うと、後輪をスリップさせながらもセラの間近へと止まる。

 

「周防!? お前確か遊撃じゃ…」

「ありがと情人!」

 

 杏奈が驚く中、ハンドルを握っていた達哉の後ろからリサが飛び降りると、セラへと駆け寄る。

 

「どうせなら、ソロよりデュエットの方がファンは喜ぶわよ♪」

「?」

 

 歌いながらセラが首を傾げる中、リサはセラの隣に並ぶと、セラの歌声に合わせて歌い出す。

 二つの歌声が街の中へと響き、伝わっていく。

 

 

 

「こいつは……」

「セラちゃんに、リサちゃんも?」

 

 重なり合って響く二人の歌声に、パオフゥとうららは戦いながらも聞き入る。

 

「正直どれくらい、って言いてえ所だが、明らかにマガツヒの量が減ってるな」

「けど、集めてる中心を叩かないとマズイわよ!」

「んなこたぁ分かってる!」

 

 パオフゥが攻撃の合間に懐から携帯双眼鏡を取り出し、マガツヒの流れていく先を探す。

 

「見つかった?」

「ちょっと待ってろ………あれか!? シバルバーの外縁に誰かいる!」

「そんな遠くから!?」

 

 さらによく見ようと倍率を上げたパオフゥだったが、視界が突然遮られる。

 

「ちっ!」

 

 舌打ちしつつ、双眼鏡を外しながら迫ってきている思念体に指弾を叩き込む。

 

「周防、敵の親玉はシバルバーの外縁にいる! 誰か回せるか!」

『外縁!? ヘリは今両国だ!』

「じゃあ業魔殿に小型リフターか何かあったはずだ! そいつを回してもらえ!」

『その必要は無い。シエロに行ってもらう』

「一人で大丈夫か?」

 

 克哉との通信に割り込んできたゲイルに、パオフゥは疑問を声を上げる。

 

『ムスビのリーダーの実力は未知数だが、マガツヒの収集に気を取られているはずだ。その隙を叩く』

『頼めるか、こちらは市街地への対処で手一杯だ!』

『聞いていたかシエロ、すぐに向かってくれ』

『OKブラザー!』

 

 高速でマガツヒの流れを追い越して向かうシエロの姿が小さく見える中、パオフゥはうららと背中合わせになって構える。

 

「こっちも空飛べるといいんだけどね~」

「じゃあ飛べるペルソナ探すこったな。行くぞ! プロメテウス!」

「アステリア!」

 

 二人のペルソナが、周辺の思念体をまとめて吹き飛ばした。

 

 

 

「気付かれたか」

「オイ、まだ足りねえぞ」

 

 シバルバー外縁部、通常なら人の立ち入る事が無い、そもそも出来ない場所に二人の人影が立っていた。

 一人は長いフードを被り、姿すら全く見えない謎の人影が、冷静にマガツヒの流入の減少を確認している。

 その隣、帽子を被った半裸の少年が、己の前に集まりつつあったマガツヒの量を確認して、フードの人影に異論を唱える。

 半裸の少年の上半身には無数の人面瘡が浮かび、それぞれが何か呪詛のような言葉を漏らし続けている。

 異形の姿を持つその少年、ムスビのコトワリを掲げた者、新田 勇が配下の思念体を更に珠閒瑠市へと差し向ける。

 

「お前の意見に乗ってやって、体もくれてやったのにこれじゃあな」

「またあの女に邪魔されるとはな。どうやら、一番の危険因子はあの歌巫女か」

「どうすんだ? こっちもまた手駒集めるには時間がかかんだぞ」

「なら、こうするまでだ」

 

 フードの男は、どこかから一本の抜き身の刀を取り出し、その刀身に指を走らせる。

 指を走らせた後に梵字が次々と浮かびあがり、薄い光を放つ。

 

「それで、どうする?」

「こうするだけだ。滅!」

 

 呪文と共に、フードの男は刀を投げる。

 まるでカタパルトで打ち出されたがごとくの高速で、刀は目標へと向かって突き進んでいった。

 

「色々と出来るな、あんた」

「元ほどじゃない。この体への憑依にはかなり無理をしたからな」

 

 いつの間にかフードが外れ、その下から薄くヒゲの生えた男、かつて東京受胎を警告したオカルトライター、聖 丈二だった者の顔が露になる。

 

「やる事はやってくれよ、40代目ライドウさんよ」

 

 

 

「ん?」

 

 セラに合わせて、歌い続けていたリサの視界に何か光る物が見える。

 歌いながらも、それに視点を合わせようとした時、それがこちらに向かってくる刃の煌きだと気付く。

 その狙いが、セラだという事にも。

 

「危ない!」

「!?」

 

 とっさにセラを押し倒しながら、リサのペルソナが発動する。

 だが、飛来した刀はペルソナを貫き、リサの肩をえぐって、セラの肩も浅く切り裂く。

 

「うあああぁぁ!」

「リサ!?」

「リサさん!?」

 

 鮮血が溢れ出し、その鮮血が下にいるセラの衣服まで赤く染めていく。

 

「う、う……」

「リサ! 大丈夫か!」

「どいて周防! アエーシェマ!」『メディラマ!』

 

 駆け寄った達哉を押しのけ、杏奈がペルソナを発動させて回復魔法をかける。

 しかし、一度は塞がりかけた傷が再度開き、重傷を負ったリサの体から出血は続いている。

 

「そんな!? どうして!?」

「これって……あの時と同じ……」

「……この刀のせいか」

 

 達哉が二人をえぐり、地面に突き立った刀を手に取ると、その刀身に浮かんでいる梵字に気付く。

 

「情人……ひょっとしてこのまま……」

「大丈夫だ。こういう事に詳しい人達がいる。絶対助かる」

「うん……」

 

 顔面が蒼白になりながらも、激痛に耐えながらリサが無理に笑みを浮かべる。

 達哉自身、確証が無い事を言いながらも、二人をえぐった刀を手にしたまま、それが飛来してきた方向を睨む。

 

「あそこか、あそこにいるんだな」

 

 ペルソナの感覚で、大体の見当をつけた所に、達哉は憤怒の視線を向ける。

 すると、その手に握られていた刀が赤熱化したかと思うと、まるで飴のように溶け落ちる。

 

「情人………」

「これは……」

 

 リサとセラが呆然と見詰める中、いつの間にか達哉の背後に彼のぺルソナ アポロが浮かび上がり、周囲に陽炎が立ち昇っていく。

 

「暑い!? いや熱いぞ!」

「なんだあのペルソナ!?」

 

 仮面党員も異常に気付く中、達哉の周囲の地面すらも赤熱化し、舗装すら融解し始める。

 

「周防………あんた……! 総員、あの二人を連れて待避! 周防が本気でキレた!」

「熱い! こっちまで燃えるぞ!」

「逃げろ! 巻き込まれるぞ!」

 

 杏奈も叫びながら逃げ出す中、仮面党員は血まみれの二人を抱えてそれに続く。

 すでに達哉の周囲はまるでマグマのように煮えたぎり、達哉の間近ではアスファルトまでもが蒸発を始める。

 

「よくもオレの仲間を……」

「あ、あいつあんな奴だったか!?」

「情人はホントは熱血系だよ………」

「熱血過ぎる!」

「あちちちち!」

 

 杏奈の驚愕にリサが激痛の中苦笑する。

 仮面党員が悲鳴を上げ始める中、達哉が腕を横へと伸ばし、アポロもそれに続く。

 両者の腕を繋ぐように小さなプロミネンスが走るが、赤いプロミネンスの光が更に高温化し、段々白くなっていく。

 

「アポロ!!」『サンハート・フレア!』

 

 アポロが腕を前へと突き出すと、そこから超高温の白色フレアが噴き出していく。

 その軌道上にいた思念体は、触れるどころか間近にいただけで瞬時にして消失し、そのあまりの高温に大気すら歪めて白色フレアは突き進む。

 

 

「何だあれ!?」

「誰か、恐らく達哉のペルソナ攻撃だろう」

「あ、あれが!?」

 

 エミルン学園OBペルソナ使い達が、自分達の頭上を通り過ぎる白色フレアに度肝を抜かれ、更に真下にまで吹き付けてくる熱風に仰天する。

 

 

「白色フレア!? ペルソナでそんな物を出せる奴がいたのか!」

「ちょ、こっちまで熱いわよ!?」

「いかん、シエロ避けろ!」

「あっちいいいいい!!」

 

 喰奴達も驚愕する程の力に、目標に向かっていたシエロが大慌てで逃げ出し、離れていたにも関わらずに体のあちこちから煙を上げ始めて猛加速で更に白色フレアから逃げ出していく。

 

 

「な……!」

「なんだと!?」

 

 周囲を思念体をまとめて消滅させながら迫る白色フレアに、勇と40代目ライドウは愕然とする。

 

「ヤバイ、逃げろ!」

「間に合わん! くっ!」

 

 逃げ出そうとする勇に、40代目ライドウがとっさに集まってきていたマガツヒの塊に手を伸ばし、印を結ぶ。

 

「阻め!」

 

 灼熱のフレアが二人を焦がす寸前、マガツヒが壁のように広がり、結界となって阻んだ。

 

「くっ………!」

「この、野郎!」

 

 勇も40代目ライドウの張った結界にアマラ回廊で得た己の力も注ぎ込み、結界越しにもこちらを焦がしてくるフレアを防ぎ続ける。

 凄まじい力同士のぶつかり合いは、数秒間続いたかと思うと唐突に止んだ。

 

「はあ……はあ……」

「う、く………」

 

 荒い息を吐き出しながら、二人は体のあちこちから焦げ臭い香りを立ち上らせる。

 

「まさか、あれ程の力を持った者がいるとはな……この体では無理か」

 

 40代目ライドウは依り代にしている聖の体、右手の肘近くまでが完全に炭化しているのを見て小さく呟く。

 

「クソ、せっかく集めたマガツヒが………!」

「背に腹は変えられん。もっとも存在を守るために腕一本と変えてしまったが……」

「手駒も大分やられちまった。どうする? どうすればいい?」

「………まだ手駒があるなら、襲撃を続けるべきだ。これだけ強力な攻撃、連続で出せる訳が無い。この襲撃の目的は制圧ではなく威圧、あれ程の攻撃を食らってもまだ攻めてくる物に対しての恐怖は、更に増すだろう」

「なるほどな。じゃあ、減った分取り戻させてもらうぜ!」

 

 勇が手を上へとかざすと、ムスビのコトワリを掲げる思念体達が、一斉に湧き出してくる。

 

「奪って来い、マガツヒを! ムスビのために!」

『オオオオォォォ!』

 

 

 

「はあっ………はあっ………」

 

 全身全霊を込めた攻撃に、達哉の息が完全に上がり、そしてその場に崩れ落ちる。

 

「周防!」

「誰か救出!」

「ダメだ! 近寄れねえ!」

 

 今だ余熱で陽炎が立ち昇る達哉の周囲で、仮面党員がなんとか救出を試みようとするが、足を踏み入れる事すら適わなかった。

 

「タっちゃん!」「大丈夫!?」「達哉君!」

 

 そこへ凄まじいペルソナ反応を感じて駆けつけたミッシェルと淳、舞耶が現れる。

 

「なんじゃこりゃあああ!?」

「これ、達哉が………?」

「みんな避けて! アルテミス!」『絶対零度!』

 

 丸で火山でも噴火した後のような惨状に、ミッシェルと淳が唖然とする中、舞耶がペルソナの氷結魔法で周囲を冷却していく。

 

「これでなんとか大丈夫!」

「無事かタっちゃん!」

 

 ミッシェルが冷えたばかりの路面を踏みしめて達哉へと駆け寄り、その体を起こす。

 

「ああ、大丈夫だ……」

「そんな面で言っても信じられねえよ! 肩貸すから、安全な所で休んでな!」

「それよりもこっちだ! 傷がどうやっても塞がらない!」

「ええ!?」

 

 ミッシェルが達哉を介抱する中、杏奈の叫びに淳と舞耶がリサの方へと駆け寄る。

 

「アルテミス!」『ディアラハン!』

「……ダメだ。これは、ただの傷じゃない………」

 

 流れ続ける鮮血に、淳がかつてこの世界の舞耶が死んだ時の事が頭をよぎる。

 

「その傷、何かの情報が流れこんでる……それが邪魔を………」

「あんたももう休んでな。誰か轟所長を呼んできてくれ! あの人なら何か分かるかも…」

「レイディ・スコルピオン! あれを!」

 

 セラがかろうじて呟く中、仮面党員が杏奈に悲鳴に近い声を上げる。

 その仮面党員が指差す先には、先程よりも大量にも見える思念体がこちらに向かってきていた。

 

「まだ手駒があったの!?」

「ここは私がなんとかするわ! 栄吉君と淳君は、その三人を連れて避難して!」

「それはこっちの台詞だぜ! ミッシェル様のビューティホーな戦いで何とかしてみせらあ!」

「両国に行った人達が帰ってきてれば……!」

 

 力を使い果たした達哉と重傷のリサ、ショック状態のセラの三人をどう守るべきか淳が悩んだ時だった。

 

「何か……来る」

「え?」

「おい、あれは何だ!」

 

 セラが小さく呟き、それを聞いた淳が首を傾げた時、仮面党員の一人が上空を指差しながら叫んだ。

 ちょうど街の中心部上空に当たるそこには閃光が明滅を繰り返し、何かを形作っていく。

 

「また何か来んのかよ!」

(! 船、敵ではない存在!)

 

 ミッシェルが叫ぶ中、舞耶はフトミミから聞いていた予言を思い出す。

 

「大丈夫、敵じゃないわ!」

「それ、本当?」

「来るぞ!」

 

 舞耶の言葉を杏奈が懐疑的に反応した時、とうとう閃光は一つの形を作り上げた。

 

「おい、何だあれ………」

「マジ、かよ………」

「落ちてくるぞ!」

 

 それを見た者達全員が、それを見ながらもそれが何か認識できなかった。

 どこかで見た事のある物にそれはよく似ていたいが、まるで距離感が狂うような大きさを誇っている。

 

「降りてくるぞ!」

「本当に、あれは敵じゃないのか?」

「……私も自信無くなったわ」

 

 それは、大型客船くらいはあろうかという、とんでもなく巨大な装甲車だった………

 

 

 

 傷つきながらも、友と人々を守ろうとする時、新たな糸が舞い降りる。

 それがもたらす物は、果たして………

 



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PART29 NEW MEMBERS

 

『ジャンプ中にアクシデント発生! 総員対ショック体勢! 総員対ショック体勢!』

 

 艦内に響き渡る甲高い警報に、クルー全員がとっさに何かに掴まり、身を丸くする。

 

「何が起きた!」

「計器が踊ってる! これは一体…」

「喋るな! 舌を噛むぞ!」

 

 誰何の声を黙らせ、全員が身構える。

 やがて艦を揺さぶった振動は、軽い浮遊感へと変わっていく。

 

「落ちてる!?」

『艦体姿勢維持、着地まで5、4、3、2、1』

 

 無慈悲なカウントと共に、落下の衝撃が艦を揺さぶる。

 

「つ、着いたのか?」

「だといいんだが………」

『ジャンプ異常の際の過負荷で動力炉、出力低下。プラズマ障壁装甲消失状態』

「何だって!? アーサー、外の様子は!」

『艦外に多数の生命反応、人間の物です。それと悪魔との類似反応も多数』

「はああ!?」

 

 艦の管理プログラム《アーサー》からの予想外の返答に、誰かが思いっきり間の抜けた声を上げた。

 

『映像出ます』

「な、街?」

「そういうセクターじゃないのか?」

『現状観測では、今までのセクターとは全く違う構造です。巨大な球状空間内の、浮遊物体の上にいる模様』

「何だそりゃ!?」

「おい、ホントに人間がいるぞ!」

 

 外部からの映像に写る、スーツ姿でしりもちをついている若い女性に、クルー達に動揺が走る。

 

「何かしゃべってるぞ」

「アーサー、音声は取れるか?」

『可能です』

 

 皆の興味が集中する中、外部マイクが音声を拾った。

 

『ちょっとなんなのよこれ! 潰されるとこだったわよ! なんで避難場所にこんなのが降ってくんのよ! 降ってくるにしても場所考えなさい!』

『大丈夫ですか召喚士殿?』

『うわあ、すご~い』

 

 日本語の怒声に、即座に翻訳されて内容が艦内に伝わっていく。

 

「…………どうなってる?」

「おい、彼女悪魔連れてるぞ」

「じゃあ悪魔使いか!?」

「建物の中にも大勢人がいる!」

「ここはシュバルツバースじゃない!?」

「外部から通信! 二つ入ってます!」

「繋げるんだ!」

 

 混乱と同様が広がっていく中、通信班のクルーからの報告に皆が耳をそばだてる。

 

『こちら業魔殿、落下してきた大型艦に連絡を請う』

『こちら珠閒瑠警察! その超大型車両! 所属と目的は!』

 

 二種類の声に、どう応えるべきか皆が顔を見合わせる中、一人のクルーが通信機を手に取った。

 

「こちら国連所属シュバルツバース調査隊、レッドスプライト号! 業魔殿、珠閒瑠警察双方に現状を確認したい!」

 

 引き締まった顔つきの青年クルーの返信に、僅かな間を持って二つの答えが返ってくる。

 

『そちらの意思を確認次第、データを送る』

『だが、現在この街は《ムスビ》による攻撃を受けている! ムスビの目的は市民の精神エネルギー、マガツヒを狩る事だ』

『外部に謎のエネルギー反応確認、《マガツヒ》と呼ばれる物と推測されます』

「市民だって!? 民間人がいるのか!」

「じゃあここはやっぱりシュバルツバースじゃない!?」

「最終セクターに行くはずじゃなかったのか!?」

「どうなってるんだよ!?」

 

 艦内が完全に混乱する中、向こうからの通信が続く。

 

『一つだけ確認したい。君達に対悪魔戦装備はあるか?』

「ある。我々はシュバルツバース内で悪魔と戦ってきた」

『………所属は国連だったな? この街の警察を代表する者として、正式に市民保護を要請したい』

『それが受け入れられるなら、すぐにこちらの持っている現状の全データを送信しよう』

「おい、どうする?」

「どうするって言っても………」

「アーサー! ミッションの判断を!」

『現在の状況は一切が不明。ただ、ここがシュバルツバースでは無い可能性は極めて高いと思われます。また、この浮遊市街に多数の人間の生命反応があるのも事実です。現状のデータ収集の交換条件として、市民保護のミッションを提案します』

「こちらレッドスプライト号、そちらの市民保護の要請を受領する。すぐに機動班を展開させる」

『急いでくれ! 市民の混乱が広がれば広がる程、向こうの思う壺だ!』

『回線をオープンに。まずは戦闘状況のデータから優先して送る』

『戦闘データ、各クルーのデモニカに送信開始』

「機動班、出撃準備!」

「アルファ部隊、ナナシマイ避難区のガードに当たれ! ブラボー部隊はカスガヤマ避難区へ! チャーリー部隊はコウナンエリアに向かえ!」

「APC回せ!」

「了解! シュバルツバースで使う事は無かったな………」

 

 クルー達が慌しく動き回り、APC(※装甲兵員輸送車)のエンジンが回される。

 

「出撃!」

 

 

 

 重い音を立てて、巨大な装甲車の後部ハッチが展開していく。

 

「何が出てくるのやら………」

 

 いきなりの事に仰天していたたまきだったが、開いたハッチから見える無数の仮面のような物に思わず剣を構える。

 だが程なくして、それがそういうマスクが着いたスーツのような物だと気付いた。

 

「何あれ………」

 

 奇妙な戦闘スーツをまとい、アサルトライフルを持った兵士達が、機敏な動きで七姉妹学園周囲に展開し、ガードに入る。

 

「我々はシュバルツバース調査隊・機動班の者だ。君は悪魔使いか?」

 

 兵士の一人がマスクを跳ね上げ、その下から覗く引き締まった青年の顔にたまきは少し警戒を解いた。

 

「そうよ。葛葉のデビルサマナー、里美たまき」

「自分は機動班の多田野(ただの) 仁也(ひとなり)陸曹長であります」

「陸曹長………って自衛隊!? まあ話は後ね。来るわよ!」

「召喚開始!」

 

 仁也がその身にまとった機能拡張型特殊強化服《DEMOUNTABLE Next Integrated Capability Armor》、通称DEMONICA(デモニカ)に内臓されたあるプログラムを起動させる。

 そのプログラムに応じ、デモニカの頭頂部センサーから光が投射されると、3D状のグリッドが宙に描かれ、やがてそれが実体化していき、サルの姿をした英雄神、インドの叙事詩『ラーマーヤナ』に記述がみられる猿軍の英雄、幻魔 ハヌマーンとなった

 

「悪魔召喚プログラム! あんた達も持ってるの!?」

「全員持っている。君も持ってるようだが」

「ええ。後で詳しくね!」

「攻撃開始!」

 

 こちらに向かってくる思念体に、剣を片手に仲魔を従えてたまきが突撃すると同時に仁也の号令で一斉に銃撃と仲魔達の攻撃が始まった。

 

 

 

「おい、何か来るぞ!」

「軍用車両!?」

 

 仮面党が有事の撤退用に用意しておいたマイクロバスのハンドルを握っていたミッシェルが、前から来るAPCに仰天し、ハンドルを切りながら路肩に止める。

 すれ違うように通り過ぎるかと思ったAPCはその場で止まると、中からデモニカをまとった機動班がぞろぞろと降りてきた。

 

「あれって、ひょっとして軍用アームスーツ!?」

「軍隊!? どこの!」

「あれ、国連のマークだ!」

 

 舞耶が前に資料で見た軍用スーツに似ている事に気付き、ミッシェルと淳もそれを呆然と見つめる。

 だがそこで、機動班の一人がこちらに気付くとマイクロバスの車内を除く。

 

「負傷者か?」

「あ、ああ。妙な力で傷が塞がんねえ!」

「そちらに救急設備は!?」

「簡易的だがある。こちらに乗せろ! すぐに母艦に運ぶ!」

「その前に轟っておっさんを呼んでくれ! 七姉妹学園にいるはずだ」

「問題ない、レッドスプライト号はナナシマイに着底した。現在戦闘中だが、これなら持つはずだ」

「じゃあ急いでそっちへ!」

 

 舞耶が先だってセラに肩を貸し、ミッシェルがリサを、淳が達哉をAPCへと運び込む。

 

「オレは負傷者の護衛に当たる! そちらを頼む!」

「了解した!」

 

 機動班メンバーが声をかけながらAPCの運転席に乗り込み、即座に発車させる。

 

「格納室両脇に生命維持ポッドが有る! 重傷者はその中に入れろ!」

「これか! どう開けんだ!」

「ここにOPENってあるわ!」

「説明文が全部英語だ………」

「何とかなるわ! リサちゃんを早く! そっちにはセラちゃんを!」

「入れりゃいいんだな!」

 

 リサとセラがポッドの中に入れられ、フタが閉じられると自動で生命維持措置が執り行われていく。

 

「すげ、なんだこのSF」

「あんまり見ちゃダメよ?」

「急いで下さい! 多分これじゃ維持しか出来ない!」

「分かってる!……それと聞きたいんだが、君達はペルソナ使いとデータにあるが、それは一体?」

「後で説明するわよ!」

 

 舞耶の声に応えるように、APCは更に速度を上げた。

 

 

 

「おい、何か来るぞ! あれは、装甲車!?」

「あの巨大車両からか!」

 

 上空からのシエロの声に、喰奴達は一斉に振り返る。

 

「敵って事はないわよね?」

「知るか。敵なら食うだけだ」

「いや、警官が道を開けている。つまり味方だ」

 

 戦闘を行いながらも、APCの動きを観察していたロアルドの推論を裏付けるように、後方で防衛線を引いていたパトカーが開けた隙間をAPCが突っ込むようにして停車、ハッチが開くとそこからデモニカをまとった機動班がぞろぞろと降りてきて銃を構える。

 

「そこの! 喰奴、というのか? 下がれ! 一斉攻撃の射線上になる!」

「対悪魔弾か?」

「ああ!」

 

 ゲイルの問いかけに機動班のリーダーだった人物が応えると、喰奴達は頷き合って遅滞戦闘を行いながら機動班の射線を確保するべく、ゆっくりと下がっていく。

 

「戦闘用強化外骨格か、いい装備をしている」

「ジャンクヤードには無かったからな」

「我々の世界でも実用化にこぎつけたばかりだったはずだ」

「喰奴、人間から悪魔に変身?」

「本当か?」

 

 デモニカを興味深く見つめる喰奴達だったが、デモニカに表示されるデータに機動班の者達も互いを観察する。

 

「来るぞ! 総員構え!」

「そうだな」

 

 機動班の銃のセーフティーが外された所で、喰奴達の体が光ると、悪魔形態から人間形態へと戻り、機動班と並んで銃を構える。

 

「ホントに人間になった……」

「どうなってんだ?」

「撃て!」

 

 疑問を差し挟む間も無く、号令が響く。

 直後に無数の銃口から対悪魔弾頭が一斉に解き放たれた。

 

 

 

『こちら国連所属、レッドスプライト号。珠閒瑠警察からの依頼により、機動班が市民の保護に当たっています。市民の方は指示に従い、避難場所から外に出ないようにしてください』

「あいつらがそうか……」

「変な格好してるけど、すげえ………」

「見ろ、あのお化けもうこっちに来ないぞ」

 

 レッドスプライト号から響く船外放送にあわせるように、機動班が市街の各地に展開し、警察や自警団と力を合わせて思念体を駆逐していく。

 その様を避難所の窓や自宅のバリケードの隙間から見ていた市民達が、口々に囁きあう。

 先程まで人々の間に立ち込めていた重い空気はいつの間にか消え始め、それに応じるように、流れていくマガツヒがその数を減らし始めていた。

 

 

 

「おい、どういう事だよこれは!」

「分からん………」

 

 突如降ってきた謎の大型装甲車と、それから降りてきた武装兵士達に一気に戦況を覆され、勇は40代目ライドウに詰め寄る。

 

「妙な奴が来るのは最近よくある。けどそれがなんであっさり手ぇ組んでんだよ!」

「元から顔見知りか、指揮官が余程の切れ者か。一つ言えるのは、もう挽回は不可能だろうという事だ」

 

 押し寄せていた思念体は、勢いを盛り返した相手に逆に攻め立てられ、流れていたはずのマガツヒもすでにほとんど見れない程になっていた。

 

「くそっ! ここで守護を呼ぶ手はずが!」

「手はまだあるはずだ。ここは退こう」

「ちっきしょう! 退け!」

 

 悪態をつきながらの勇の号令で、思念体達が退いていく。

 

「あの兵士達の情報、集める必要があるな………」

「そうだな」

 

 40代目ライドウと勇が何も無い虚空に身を投げるように降りると、両者の体はアマラ回廊へと吸い込まれるようにして消える。

 気付けば、すでに珠閒瑠を襲っていた敵の姿はどこにも無くなっていた………

 

 

 

「敵影、確認できません」

「負傷者数名、今搬送中です」

「警戒を第二種へ移行。再度の敵襲が無ければ、市民を順次避難場所から帰宅させてくれ」

「了解」

「後を頼む。僕はあの大型装甲車の責任者と会ってくる」

 

 てきぱきと指示を出していた克哉だったが、席を立ちながらの言葉に、その場にいた者達が動揺した。

 

「署長、大丈夫でしょうか?」

「彼らは市民を助けてくれた。ならばこちらも信用する」

「しかし………」

「署長、レッドスプライト号から通信。警備の者を残して一次撤退、今後の方針を話し合いたいそうです」

「すぐに行くと伝えてくれ。さて、今度はどんな相手が待っているか………」

 

 部下に見られないようにそっと息を漏らすと、克哉は制服の襟を正して、空いているパトカーに乗り込んだ。

 

 

 

「止血処置! 急いで!」

「ダメです! 止まりません!」

「どうなってるの!? 止血剤は効かない、血友病でも出血性ショックでもない!」

 

 レッドスプライト号の医療室で、医療班の女医と助手が運び込まれたリサとセラの処置を行っていたが、その異常な状態に困惑しながらも必死になって処置を続けていた。

 

「轟のおっさん連れてきた!」

「早くこっちへ!」

「オレに分かればいいんだがな」

 

 ミッシェルが轟所長の巨体を引きずりながら、医療室の外で青い顔で待っていた舞耶と共に中へと駆け込む。

 

「あなた達! 処置中よ!」

「多分あんたじゃなくてこのおっさんじゃないとダメだ!」

「どういう事!?」

 

 思わず声を荒げる女医だったが、轟が顔が青白くなってきているリサのそばに立ち、無造作に傷口を見る。

 

「うう……」

「ちょっと!」

「間違いない、これは不治の呪術だな。しかも葛葉流の術式だ」

「解けるのか!?」

「ああ」

 

 轟はそう言いながらも、懐から脇差のような刀を取り出し、その表面を指で梵字を次々と描いていく。

 

「ちょっと我慢してろ」

「うあああ!?」

「何をして!?」

 

 その脇差の刃を、轟はいきなりリサの傷口へと押し当てる。

 リサが絶叫を上げ、女医が止めようとした時、持ち上げた刃に血がまとわりつくように伸び、刃の表面に指でなぞった通りの梵字が描かれていく。

 

「これで解呪した。次はそっちか」

「先生、出血が弱まってきてます!」

「止血処置、輸血の用意!」

 

 大慌てリサの傷口の処置に入る中、轟は刃の血をそこいらにあった医療用ガーゼで拭うと、同様の処置をセラに行う。

 

「うう、う………」

 

 セラも絶叫を上げそうになるが、それより先に失神してしまう。

 

「二人とも助かる?」

「さっきと違って、ちゃんと止血剤も効いている。出血は多かったが、これなら助かりそうよ」

「よ、よかった………」

「恩にきるぜ、轟の大将!」

「構わん。それにこちらも確認が取れた」

「確認?」

「間違いない、敵に葛葉の者がいる。この術式が何よりもの証拠だな」

 

 刃に浮かんだ梵字を見ながら、轟の目が鋭くなる。

 

「それって、キョウジさんやたまきさんみたいのがいるって事かよ!?」

「キョウジと同レベルに近いのは確かだ。まともに戦ったら、お前らなら殺されるな」

「そんな奴が敵の一人ってわけ………」

「どいつが敵か、まだはっきり分からんがな」

 

 ものすごい爆弾発言をしながら、轟が医療室を去っていく。

 

「処置完了、ポッドに移して」

「はい」

「あとは彼女達の体力次第ね」

「待って、アルテミス!」『ディアラハン!』

 

 ポッドに入れられたリサとセラに、舞耶がペルソナで回復魔法をかけてやる。

 

「これは……悪魔の回復魔法と同じ物ね」

「ペルソナって言うの」

「ふむ、そっちの妙な衰弱をした男もそれのせいか? あまり艦内では使わない方がいい。艦内での悪魔召喚の類は禁止になっている」

「それって、素で悪魔の奴はどうなんだ?」

「いるのか? 仲魔以外で」

「それが、結構………」

「どういう場所だ、ここは?」

 

 女医の率直な問いに、全員どう答えればいいか分からず、苦笑いを浮かべるだけだった。

 

 

 

「近くで見ると、一際大きいな…………」

「すご~い」

「ここまでデカイと呆れるしかないわね~」

「こんな所に駐車されると、授業にならないのだが」

 

 レッドスプライト号を前にして、克哉(+ピクシー)、たまき、ハンニャ校長がそれぞれ勝手な意見を呟く。

 七姉妹学園の校舎を遥かに上回る巨体が、校庭どころか学校の敷地から大幅にはみ出して鎮座する様は異様としか言いようが無かった。

 それを見上げる克哉の背後に立つ影があった。

 

「克哉様」

「ああメアリ君か。ヴィクトル氏の代理かい?」

「はい、先程は戦闘に参加できず申し訳ありませんでした」

「まだちゃんと直ってないんだから、無茶しない方いいわよ。アイギスみたいに純戦闘用じゃないんだから」

「ハード、ソフト共に幾つか改良しました。次からは戦闘に参加させてもらいます」

「次、か。あちらの出方次第だが……」

 

 人造メイドを従え、克哉はレッドスプライト号の開放されたハッチを潜る。

 

「おっと、あんた達は?」

「僕は珠閒瑠警察署長の周防 克哉、彼女は業魔殿船長の代理のメアリ君だ」

「ああ、それなら聞いてる。こっちだ。それと艦内の悪魔召喚は禁止されてるんだが」

「そうか……すまないが外で待っててくれ」

「え~………じゃあマーヤのとこにでも行ってる~」

 

 ハッチの中で作業をしていた動力班クルーにこちらの身分を伝えると、即座にピクシーを除いた二人はブリッジへと案内される。

 

「初めまして。自分は機動班の多田野 仁也陸曹長であります」

「珠閒瑠警察署長の周防 克哉だ」

「業魔殿船長ヴィクトル様の代理で来ましたメアリです」

 

 ブリッジで待っていた仁也が敬礼すると、克哉もそれに返礼して応える。

 

「君がこの船の指揮官か?」

「いや違います。正確には今この船には指揮官はいない」

「え? じゃあどうやって作戦指揮を?」

『それはワタシです』

 

 ブリッジの大型ディスプレイに突然奇妙なロボットの頭部のような物が映し出される。

 

『ワタシはアーサー、シュバルツバース調査隊の指令コマンドとして、最適なミッションを提案してきました』

「まさか、AIが指揮官なのか!?」

『いいえ、正確には調査隊長であるゴア隊長が早期に殉職、他の船のクルーはほぼ全滅したため、私が臨時に行動プランを提案してきただけです』

「それだけでも驚くべき事だな……君達はいつから来た?」

『いつ? それは何を指しての事でしょう?』

「ああすまない、この街は今西暦で言えば2003年だ」

『それは奇妙です。我々が出発したのは、西暦2012年です』

「今、この街にはそれぞれの世界、異なる時間軸から来た者達が大勢います。問題はないはずです」

「いや、色々あるだろ………」

 

 メアリの言葉に、ブリッジにいたクルーの一人が呟くが、メアリも克哉も気にしない。

 

『そちらから転送されてきたデータを解析しましたが、驚くべきデータとしか言いようがありません。ただ、状況その他を考慮した場合、状況の極端な差異を覗けば、我々も似たような状況と言えます』

「つまり、君達もあちこちを転移してきたと?」

『我々は南極に出現した謎の異空間 《シュバルツバース》の調査のために結成され、次世代装備の数々を配備して投入されました。しかし、シュバルツバース突入の際に旗艦であるこのレッドスプライト号以外の三艦は敵の攻撃を受け墜落、クルーはほぼ全滅しています。その後、我々はシュバルツバース脱出及び消滅の方法を探し、シュバルツバース内のセクターを転移しながら調査を続け、ようやく最終セクターと思われる場所に転移しようとした時、謎の時空間振動と共にここに転移してきました』

「……壮絶な話だが、確かに似ていると言えば似ている。この珠閒瑠市もそうだが、ここにいるほとんどの人間は元いた世界からいきなりここに飛ばされてきた」

「双方、状況はさして変わらず、と考えていいのか?」

「恐らくは」

 

 仁也の問いに、克哉は首を縦に振った。

 

『問題点が幾つかあります。そちら側からのデータによれば、戦闘可能人員に人間でない人員が複数名確認できました。彼らの安全は保障できますか?』

「喰奴やハーフプルートの人達の事か? 完全、とは言い切れない。だが、暴走時にそれを押さえ込む方法は確立している」

『こちらのクルーにも数名、人間以外の存在へと変異した者達がいました。その者達は人とは違うアインデンティーを持って離反していきました』

「その点は問題ない。こちらにいる連中は、どいつも人間臭い、というか普通の人間と変わらないアインデイティーの持ち主ばかりだ。少し変わっている者もいるが」

『たとえば、そこにいる彼女のようにですか?』

「ああ」

「え?」

 

 アーサーの指摘に、クルーの視線がメアリに集中する。

 

「ちょっと待て、まさかアンドロイド!?」

「まだ完成していないはずだ!」

 

 デモニカの頭部ユニットを被り、センサーでチェックした者達の口から驚愕の声が漏れる。

 

「アンドロイドではありません。私はヴィクトル様が悪魔研究の一環として作られたテトラ・グラマトン式成長型人造魂魄保有型半有機自動人形初期型、メアリです」

「どうやら、この世界もシュバルツバースに負けず劣らずの世界のようだ……」

 

 仁也が呟いた時、克哉の懐で携帯電話がコール音を鳴らした。

 

「こちら周防。そうか、一足遅かったが……ああすぐに迎えの手配を。分かった」

 

 電話を切った克哉は少し考え込むと、アーサーが映し出されてる画面の方を見た。

 

「悪い知らせだが、仲間がこの街の下で行っていた封印作戦が失敗した。双方の情報交換も兼ねて、ミーティングを行いたいのだが、ここを貸してもらえるか?」

『現状の把握は急務のミッションです。互いの情報交換ならば、ブリーフィングルームの使用を許可します』

「済まない。できればこの船からも代表を出してもらいたいのだが」

『クルーの各班の代表を出席させます。開催時刻は?』

「そうだな、一時間後で。資料を用意しておいてもらいたい。メアリ君、こちらのも用意してもらえないか? 僕は少し残務処理があるので」

「分かりました」

「片付けならこちらからも人員を割こう。アーサー、許可を」

『許可します。手の開いているクルーは市街地の整備及び現状の精密観測を』

「人手が一気に増えたな。厄介事も増えたが」

「全力を尽くす、それだけです」

 

 そう言いながら敬礼する仁也に、克哉も苦笑しながら返礼した。

 

 

 

「ヤバイってから急いで帰ってきてみれば、また随分とアグレッシブな物が来たモンだ」

「これは、なんだ? 車か船か?」

「装甲車、かな? こんな大きいの見た事ないけど………」

「話ついてるから、負傷者は中の医務室来いとさ。それぞれの代表はミーティングやるから中に集合」

 

 ボロボロになって帰ってきた封印班の面々は、突如として鎮座しているレッドスプライト号の巨体に唖然としていた。

 

「すまないが着替えてからだ。こんな状態で会議に出るわけにはいかん」

「一理ある。少し遅れるかもしれん」

「そちらもこちらも似たような状態か……」

 

 美鶴とライドウが急いで業魔殿の自室へと戻る中、轟は先に中へと入っていく。

 

「しばらく町の警備はこれの兵隊さん達がやってくれるそうだから、こっちも少し休むわ」

「兵隊って事は、軍属なんすか?」

「国連って言ってたけどね」

 

 たまきの説明に、八雲はしげしげとレッドスプライト号と周辺で作業していくクルーを見つめていた。

 

「克哉さん言ってたけど、AIがリーダー代わりって話よ」

「SFだな~、どんだけ未来から来た事やら……」

「さあてね。あんたもとっと休んどきなさい。どうせすぐこき使われるんだから」

「へ~い」

 

 気の無い返事を返した八雲がその場からとぼとぼと離れていくが、たまきの目が無くなった所でおもむろに携帯電話を取り出す。

 

「パオフゥ、今手ぇ開いてるか? ちょっとやっときたい事が………」

 

 

 

「一応そろったか」

 

 レッドスプライト号のブリーフィングルームに、一応身なりは整えたそれぞれの代表が席に座っていた。

 克哉を議長とし、ペルソナ使いの代表として尚也、葛葉からキョウジ、レイホゥ、轟、そしてライドウとゴウト、ヴィクトルの代理のメアリ。

 悪魔使い代表として小次郎とアレフ、受胎東京の代表として修二とフトミミ、課外活動部から美鶴と啓人、エンブリオ代表としてサーフとゲイル、ロアルド。

 対してレッドスプライト号の資材班、観測班、通信班、インフラ班の代表、そして機動班の代表として仁也が座っており、会議用ディスプレイにはアーサーが映し出されていた。

 

「それでは始めよう」

『そちら側のデータはすでに総員のデモニカに送信済みなので、こちらのデータから始めます』

 

 克哉の声と同時に、アーサーが画面に彼らの時代の地球の画像を映し出す。

 それは地球の南半球を映し出した映像だったが、その中央、南極部分に巨大な黒い渦とも壁とも見える物が在った。

 

『ごらんの通り、我々の時代において、南極に突如としてこの未知の現象 《シュバルツバース》が出現。当初は直系1mも無い物だったのですが、これは急激的な勢いでその範囲を拡大、南極の観測基地を飲み込み、更なる拡大の一途を辿っていました。当初、国連は無人探査機を投入して調査を行っていましたが、それが限界に達し、この現象の調査・解明、そして消去法の確定のために次世代武装を施した有人調査部隊を設立、世界中から選抜されたメンバーが我々です』

「今度は南極からか………」

「道理で随分と人種が多様のはずだ」

 

 あちこちからざわめきが漏れる中、アーサーの説明は続いた。

 

『当初はこのレッドスプライト号を旗艦とし、同型のライトニング級揚陸艦4艦、調査艦エルブス号、武力艦ブルージェット号とギガンティック号から構成されていました』

「あと3艦は?」

『シュバルツバース突入時に攻撃を受け、全艦が不時着、内部にいた悪魔の襲撃を受け、この艦以外のクルーはほぼ全滅、当艦の被害も大きく、調査隊全体での消耗率は八割を超えています』

「八割!?」

「どんだけ犠牲者出てんだ……」

「恐らく、あれは魔界のゲートだろう。よく生きているというべきか」

 

 予想を超えるレッドスプライト号の状況に、ざわめきが大きくなる。

 そこで、轟の手が上がる。

 

「一つ聞きたい、お前達が使っている悪魔召喚プログラム、どこから入手した?」

『これは、シュバルツバース突入直後、謎の存在により転送されてきた物です。今持ってその詳細は不明、ただし送ってきたと思われる謎の存在らしき者達とは接触しております。ただ、その行動原理は不明』

「者達? STEVENを名乗る車椅子の男じゃなかったか?」

「いや、三賢人とも言える存在だった。もっとも助けてるのか試しているのか不明だったが……」

 

 小次郎の質問に、アーサーより先に仁也が答える。

 

「本来、悪魔召喚プログラムは誰にでも扱える物じゃない。オレ達が使ってるのと比較しとく必要があるかもな」

「データによれば、本来は悪魔使いの素質がある者だけが使えるとあるが、我々は誰もが使えている。確かに気になる所だ」

 

 キョウジが懐のGUMPを撫でながら呟き、仁也もそれに頷く。

 

『話を戻します。我々は多大な犠牲を払いながら調査を続行。その結果、シュバルツバースは地球の防衛意思とも思われる物で、その中心存在 《メムアレフ》と呼ばれる存在を確認。最終セクターと思われるポイントにスキップジャンプを行っている最中、突然この場所に飛ばされたのです』

「規模は違うが、こちらと似ていると言っていいだろう」

「そうだな、ここにいるほぼ全員が自分達の世界からここに突然飛ばされている」

「違うのはライドウと我くらいか」

「……今そのカラス喋らなかったか?」

「デモニカ越しで聞こえるって事は、悪魔!?」

 

 ゴウトの呟きに、レッドスプライト号のクルーが驚く。

 

「その機械越しなら聞こえるのか? 我は業斗童子、ライドウのお目付け役だ」

「ちょっと変わったオブザーバーだと思ってくれ」

『悪魔召喚プログラムの翻訳プロトコル越しならワタシにも聞こえます。問題は、あなた方は違うといいましたが、それはどういう事でしょう?』

「天津金木を用いた、生霊送りの秘術を用いた。本来は異界にさまよう者を送り届ける術だが、前に関連した事件の影響がこちらにも及んでいたため、それの対処に来た」

『単独のスキップジャンプ、それが出来ると考えていいのですか?』

「完全とは言えないが」

「色々とんでもねえ連中ばかりぜよ……」

「お互いにな」

 

 資材班のチーフの呟きに、ライドウは少し肩をすくめる。

 

「じゃ、こっちの報告だな。両国の件、データ行ってるか?」

『初期ミッションプランは全員目を通しています。失敗したとの報告を受けてますが』

「その通りだ」

 

 キョウジが肩をすくめると、作戦結果を語り始めた。

 

「当初、作戦は上手くいっていた。冥界の門から這い出ていた亡者達の駆逐は順調に進み、封印作業に入った時だった」

 

 キョウジがアイギスの戦闘ログからのデータを画面に表示させる。

 そこには、トマホークを振り回したり、ペルソナを発動させたりしている黒衣の少女が映し出された。

 

「こいつが出てきた。メティスと名乗っていた事、ロボットらしい事、そしてペルソナを使える事。それしか分からん」

「待ってくれ。ペルソナというのはロボットでも使える物なのか?」

「正確には違う」

 

 仁也の問いに、美鶴が答える。

 

「我々の仲間のアイギスは、最初からペルソナ戦闘を想定して設計、製造された。彼女の動力源は我々のペルソナ発動キーと同じ《黄昏の羽根》を用いている。逆に言えば、これが無くてはただの機械だ。だが………」

 

 美鶴に促され、キョウジが次の画像を写す。

 それは、無数のメティスの画像だった。

 

「いきなり他にもいっぱい出てきやがった」

「どのような方法か分からんが、量産されていたようだ。計、13体。最初に出てきた者と比べ、後から出てきた者は幾分性能は低いようだが、恐ろしい程統制が取れていた」

「実際、あそこで八雲さんが撤退を指示してくれなければ、どうなってたか……」

「あいつはそういう所敏感だからな………」

「そのまま逃げてきちゃったけどね。判断は間違ってなかったと思うわ」

 

 量産型メティスの圧倒的な戦闘力を思い出し、啓人が呟く。

 キョウジもそれに賛同し、レイホゥの口から重いため息が漏れる。

 

「慌てて逃げてきたから後の事はよく分からんが、あのままにしとけば、冥界の門はシュバルツバースとやらと同じ状態になりかねないな」

「態勢を整えて、再封印を決行しないとね」

 

 それぞれの話を聞いた克哉がしばし思案し、おもむろに口を開く。

 

「現状は理解した。問題は今後の方針だ」

『こちらは本来の目的を果たすため、シュバルツバースに戻る事が第一目標となります』

「それはこちらも同じだ。一刻も早く元の世界に戻り、ニュクスを倒さねば………」

「考えている事は皆同じだ。だが、まだその方法が分からない」

「あんたらの情報が役立つかもしれない。協力してもらえるだろうか?」

 

 ゲイルに続いて克哉が告げた言葉に、レッドスプライト号のクルーが互いに相談し、アーサーに判断を促す。

 

『協力の件、幾つか条件を提示します。一つは情報の共有、もう一つは双方の設備、人員の使用許可。最後は市街地でのクルーの自由行動です』

「つまり、持ちつ持たれつって訳か」

「いいだろう。警備人員の融通と引き換えに、市街地での自由行動を許可しよう。もっとも節度は持って欲しいが」

「言ってはおくが、多少は多めに見てほしい。市街地なぞ久しぶりの連中ばかりだからな」

「あれ? さっきおたくの連中らしい外人がバーに入ってくの見たぞ?」

『シュバルツバース探索がクルーに及ぼしたストレスは多大な物です。若干の規定外行動は放免するべきと思います』

「これは本当に機械か? 随分と融通が利くが」

『ワタシは合理的に思考するだけの存在です』

「じゃ、早速だが弾丸分けてくれねえか? 下でほとんど使い切っちまった」

「おお、それならお安い御用ぜよ。必要な分リストにしておいてほしいぜよ」

「そちらの悪魔召喚プログラムを解析したい。マスタープログラムはあるか?」

「用意します」

「下の様子を再度調べに行く必要がある」

「機材と観測班を」

「あ~、後でいい。オレはちと休む」

 

 皆がそれぞれ協力体制を整えていく中、克哉はまだ画面に映し出されたままのシュバルツバースの映像を見ていた。

 

「損耗率八割………もし少しでも判断を誤れば、これは僕達の運命になるのか………」

 

 克哉の小さな呟きに、答える者はいなかった。

 

 

 

「Oh………」

「おいおい……」

「なるほどな」

 

 業魔殿の研究室の一室で、主にアイギスの戦闘データを中心とした作戦失敗の概要の解析がごく数名で行われていた。

 ディスプレイに次々と映し出されていくメティスとの戦闘の様子に、それぞれの口から声が漏れる。

 

「RobotもAegis一人ならOKかと思いますが、これは………」

「冗談にしてもタチわりいだろ?」

 

 ペルソナ使いとして、エリーとパオフゥが意見を述べる。

 

「問題は、これだけの数をどうやって量産したかだ」

「だよな」

 

 研究者としてのヴィクトルの意見に、八雲も賛同する。

 

「間違いないのは、こいつらがメイド イン ヘルって事だけか」

「ログにアイギスが姉と呼ばれている事、スペックが極めて似ている事の二点から、同型もしくは後継機の可能性は高い」

「But、そうEASYに造れるモノでしょうか?」

「ま、詳しい事は学生連中が目覚ましてから聞くとするか」

「あの……」

 

 そこへ風花が顔を覗かせた事に、八雲は僅かに顔をしかめる。

 

「お、山岸か。休んで無くていいのか?」

「私は皆さんみたいに戦ってませんでしたから………何か他に出来る事がないかなって」

「聞いてっぞ、ヘリ落とされかけたんだろ?」

「あ、ちょっとショックでしたけど、大丈夫です」

「Unreasonablenessは禁物ですわ。休める時に休んでおかないと」

「いえ……何かしてたいんです」

 

 八雲、パオフゥ、エリーが三人がかりでなだめるが、風花は若干戸惑いながらもその場から動こうとしなかった。

 

「………じゃ、ちょっと手伝ってもらうか」

「そうだな。嬢ちゃん、潜りは得意かい?」

「え?」

 

 

 

「市内の警戒態勢はそろそろ解いていいだろう」

『要望のあった資材、準備できました。指定のポイントにて設置を開始します』

『周防署長、非番のレッドスプライト号クルーと思われる外人が酔って暴れてますが………』

「検挙しろ、それくらいはいいな?」

『許可します。ワタシを含めたクルーの今の最優先ミッションはこの街の治安維持です』

 

 レッドスプライト号のブリッジの設備を借りる形で、克哉とアーサーが次々と指示を出していた。

 

「さすがに世界中から選抜されたクルーというだけあるな。これなら予想以上に早く防衛態勢が整いそうだ」

『魔術によるフィールドの形成、こちらも参考にさせてもらいます。ですが、内部も完全に安全とは言えない状態でのフィールド形勢は早計と判断できます』

「現状で一番危険なのは、確実にこちらを狙ってくる者達だ。内外で異常が起きるよりは、どちらかに絞った方が対処もしやすい」

『認識しました。フィールド形成後、各クルーから外部、ジュタイトウキョウの偵察部隊を組織します』

「両国の再対処も進めねばならないしな……作戦を一から考え直し…」

 

 市街が落ち着いてから再度各リーダーを集めようかと克哉が考えた時、突然甲高い警報がブリッジ内に鳴り響く。

 

「何事だ!?」

「ハッキングです! 何者かがレッドスプライト号のデータ通信に強制介入!」

「フィルターのレベルを上げるんだ!」

 

 通信班のクルー達が大慌てでキーボードを叩くが、向こうの動きも迅速だった。

 

「外壁を突破された!」

「アーサーに直接進入をするつもりだ! なんて腕前だ!」

「電子攻撃だと!? 何者が!」

『構成プログラムへの強制進入を確認、セキュリティを最大レベルに上昇。全ファイアーウォール展開。………第一防壁突破確認、第二防壁解除率、70、80、突破確認』

「アーサーのファイアーウォールまで突破してる!?」

「く、一人じゃない! 複数が同時にハッキングしてきている!」

 

 強固なはずのアーサーの防壁すら突破されていく中、ブリッジにいた全員の顔色が変わっていく。

 

『第四防壁、突破確認。セキュリティを危険値レベルに設定、防御レベルを緊急レベルに移行。以後対処のため一時全機能を停止、プログラムの保護を最優先にします。攻性防壁展開、全データリンク、一時遮断』

「おい!?」

 

 通信班のクルーが思わず声を上げる中、レッドスプライト号の照明が一時落ち、非常電源が灯る。

 だが、数分を待たずして非常電源から通常へと切り替わった。

 

『侵入者の撃退に成功、残存ワーム消去します』

『ちょ、ちょっと待った!』

 

 アーサーの報告の途中で突然ノイズのように女性の声が聞こえたかと思うと、ブリッジの大型ディスプレイから光の球が飛び出し、それは床へと舞い降りると女性の形になっていく。

 

「危な~、なんてパワーしてんのよこいつ!」

「何だこいつ!?」

「悪魔だぞ!」

「……言いたい事はそれだけか、ネミッサ君」

 

 ブリッジのクルー達が騒ぐ中、克哉が静かな怒りを込めながら、画面から飛び出してきた悪魔、ネミッサの事を見た。

 

「すまない、彼女は味方だ。一応」

「電子介入する悪魔!?」

「そんなのシュバルツバースにもいなかったぞ!」

「あ~、ハッキングしてきた相手の場所は分かるか?」

『近いです、表示します』

 

 まだブリッジがざわめいている中、アーサーがブリッジの大型ディスプレイに、市内に残っているサーバーを幾つか経由してハッキングしてきた相手の痕跡を表示していく。

 やがて、その線はある場所へと辿りついた。

 

「………ほう。やっぱりか」

 

 その場所を見た克哉の額に青筋が浮かび上がった。

 

 

 

「くっそ、やられた! 一番金かけたマシンが………」

「こっちもだ、完全に焼かれちまった。さすが最新型」

「こっちもです。中にまでは入れませんでした」

 

 業魔殿の電算室の中で、きな臭い匂いと舌打ちが充満していた。

 

「ちっ、もうちょい行けるかと思ったんだが………潜らせたネミッサは無事か? まああいつは地獄から這い出してきたから大丈夫だろうが」

「あ~あ、こりゃ使い物になんねえぞ? 代替機なんて用意してねえしな」

「でもやっぱこれってまずいんじゃ………」

 

 高負荷で完全に壊れたPCの前でぼやく八雲とパオフゥに、風花が何か言おうとした時、荒々しく電算室のドアが開かれる。

 

「やっぱり貴様らか!!」

「お、周防か」

「早かったな。残念だがお宝は手に入れ損ねた…」

 

 憤怒でペルソナ発動しかけている克哉を前に、八雲とパオフゥは平然と声をかけるが、その返答は彼らの手首に手錠がかけられる音だった。

 

 

 

「うぉい! 出せ周防!」

「いきなり何しやがる!」

「電子計算機損壊等業務妨害罪の現行犯だ!」

 

 珠閒瑠警察署(仮)の仮留置所に問答無用で叩き込まれた八雲とパオフゥが、鉄格子越しに克哉に怒鳴るが、それを上回る怒号が返ってくる。

 

「何かネタ握ってんじゃねえかと思って探しただけだろうが!」

「それが立派な犯罪だ!」

「おい周防よ、オレらがいなかったら誰がデータ整理を……」

「アーサーが代行してくれる! 反省するまでここにいろ!」

「あの、私は……」

「この二人にそそのかされただけだろう? こんな悪い大人に付き合う必要は無い」

「女尊男卑だ!」

「お前達は腐る程前科があるだろうが!」

「ネミッサも女なのにー」

「君は直接侵入の現行犯だからな。山岸君には保護者代理として桐条君に説教してもらう」

「え?!」

「それだけかよ!」

「せっかくの協力関係を不意にする所だったんだぞ、大人しく反省してろ。反体制思考ばかりが正しいと思うな!」

 

 ばつの悪そうな顔で克哉の隣にいる風花がオリの中の二人を見るが、克哉は優しげな顔で向こうを向かせ、吠える八雲に逆に吠える。

 

「ねえ~、ネミッサお腹空いた~ピザ取って~♪」

「君も一晩そこで反省していてくれ。そうしたらピザでも何でも食べてくるといい」

「ぶ~」

 

 隣のオリに入れられたネミッサがぶーたれる中、無情に留置所の扉が閉まる音が響いた。

 

「ち、周防の野郎………」

「完全に怒らせちまったな。仕方ねえ、しばらく臭い飯でも食うか」

「え~。ネミッサまずいのイヤ!」

「仕方が無い、ここはそういう場所だ」

 

 ネミッサとは反対側のオリから響いた声に、八雲がそちらを見る。

 そこには、自衛官の制服姿の仁也の姿があった。

 

「あんたは?」

「自分はシュバルツバース調査隊機動班、多田野 仁也陸曹長であります」

「オレは小岩 八雲、葛葉の三下サマナー、あっちは元相棒のネミッサだ」

「パオフゥ、ペルソナ使いだ。今はマンサーチャーをやってる」

「話は聞いた、アーサーにハッキングをしたそうだな」

「まあな。何かやばい情報隠蔽してないかと探る気だったが、弾かれちまった。お陰でお気に入りのマシンがおシャカだ」

「で、自衛官がなんでここにいんだ?」

「いや、実は機動班の同僚が羽目を外し過ぎて、酔って暴れそうになったの止めようとしたが、そのままケンカになってしまって」

「で、そろってぶち込まれた訳か」

「グガ~」

 

 仁也の説明を裏付けるように、彼のいる牢の奥から高いびきと酒の臭気が隣の八雲達の牢にまで漂ってきていた。

 

「周防ならそうするだろうな。とんだとばっちり食ったな、陸曹長さんよ」

「いや、むしろ安心した。こんな状況なのに、この街は治安が保たれている」

「周防が仕切ってる限り、絶対無法地帯にはならねえな」

「あいつ悪魔まで検挙するからな………ここにも一体いるが」

「八雲、このオリ護符がいっぱい張ってる! 出られない!」

「驚くべき状況だ。自分がいた東京では、社会不安からか猟奇殺人が頻発していた。模倣犯もいるらしく、調査は難航していて、被害者は増える一方だった………」

「そっち方面じゃ、人間の方がタチ悪いだろうしな」

「シュバルツバースの悪魔もそう言っていた。効率よく人間を殺すには、人間の真似をすればいいと」

「違えねえ」

 

 パオフゥが押し殺した苦笑を漏らし、八雲も小さく笑う。

 

「あんた、東京の生まれか?」

「ああ、浅草の出だ。……ここの浅草はどうなっている?」

「……ヨスガに落とされた。オレ達はマネカタって模造人間と防衛戦を挑んだが、手が足りなくてな。やばいんで全員まとめて逃げた」

「そうか、住人が無事だったならいい」

「マネカタは浅草の泥から作られるそうだ。案外あんたの知り合いっぽいのもいるかもな」

「そうだな、後で探してみる」

 

 そのまましばし沈黙が訪れるが、おもむろに八雲が口を開く。

 

「………あんたらんとこの仲間は、ほとんど死んだらしいな」

「そうだ。仲間も大勢死んだ。自分も、そして今いるクルーもその犠牲の上になんとか生き残った」

「率直な所、ここがそうなると思うか?」

「………断言はできない。だが、自分達は手探りで悪魔との戦い方を構築した。しかし、君達は誰もが対悪魔戦闘のプロだ。違うか?」

「それが仕事だからな」

「お陰でこっちもよく巻き込まれてるぜ」

「今残っているのは、全員がプロばかりだ。それなら、生存の可能性は十二分にある。そう思う」

「そうだな。さて、せっかくのオフだ。固いベッドだが休ませてもらうか」

「ネミッサこんなオフいや~!」

「あ~、さすがに疲れたぜ。しばらくは静かだといいんだがよ」

「ああ、そうだな………」

 

 ネミッサの文句を聞き流しつつ三人の男達が呟きながら、牢獄の中で思い思いに休息を取る。

 それが、僅かな休息であろう事を誰もが内心確信しながら…………

 

 

 

 寄り添い、束ね、更に強くなっていく糸達。

しかし、向かうべき先は今だ見えない。

 その先にある物は、果たして…………

 



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PART30 RE・QUEST

 

「距離1500、目標確認」

「了解、精密探知に入る」

「しっかり居座ってやがるな~」

「周囲に悪魔というかゾンビみたいなのが結構いるんだが」

「あ、あれマジゾンビ。また湧いてきたか………」

 

 両国の冥界の門から離れた場所に、一台の装甲車が止まっていた。

 上部ハッチから身を乗り出し、電子望遠鏡と探査機器を操作するシュバルツバース調査隊の観測班の隣で、道案内をしていた修二が借りた双眼鏡を覗き込む。

 

「現状では冥界の門は安定しているようね」

「安心するべきか否か………」

 

 同じく案内をしていた裕子と、現状確認に同伴してきた小次郎が安心半分、不安半分の複雑な表情をする。

 

「あれ、何体か壊したかと思ったが、修理でもしてきたのかな?」

「全壊とは行かなかったが、ダメージを与えた機体は何体もあったはずだが………」

「こちらの精査でも、リーダー機と思われる一体と他の機体とはエネルギー差はあるが、異常は分からないな………」

「この受胎東京に、あんな物を修理できる所なんて………」

「じゃ、ちょっと仕掛けてみるか………」

 

 皆が疑問に思う中、巨大な対物狙撃ライフルを持ち出した機動班のメンバーが狙撃体勢に入る。

 

「………変なお面つけてるけど、結構可愛い予感がする」

「まあ、確かに可愛いけど、同じ顔した奴が一斉に襲い掛かってきてすげえおっかなかった………」

「真面目にやれアンソニー!」

「分かってるって」

 

 観測班に怒鳴られ、機動班のアンソニーはスコープを覗き込み、狙いを定める。

 

「見た目は同じだが、確かに一体だけエネルギー量が多いな、リーダー機か? ここからだと狙うのは難しいな」

「ならば様子見だ。他のを」

「了解」

 

 僅かな間を持って、甲高い音と共に超高速の銃弾が解き放たれる。

 そして冥界の門の周囲に展開していた、メティスの一体の頭部が一撃で吹き飛んだ。

 

「命中確認!」

「ちとグロいが、行ける! ………ってアレ?」

 

 双眼鏡を覗き込んでいた修二も思わず声を上げた時、頭部が吹き飛んで倒れこんだはずのメティスがその場に起き上がる。

 そしてこちらへと向き直った。

 

「バレた!?」

「いや、向こうに狙撃手がいない限りは問題ない!」

 

 アンソニーが即座に次の狙いを定めようとするが、そこで異変に気付いた。

 

「目標の内三体、こちらに急速接近! 早い!」

「おい、どんどんこっちに向かってくる!」

「く!」

 

 アンソニーが次弾を迫ってくる三体のメティスの一体に狙い定めて放つ。

 胴体、人間で言えば心臓の部位に向けて放たれた弾丸だったが、命中する直前に何かに弾かれる。

 

「何だ!?」

「やべ、ペルソナ出してやがる!」

「対悪魔弾頭だぞ!」

「あいつら、三体重なってペルソナ出してやがんだ! ありかそんなの!」

「待て、穴から更に出てきたぞ!」

「増援確認、エネルギータイプから同型、数は3、いや5!」

「何体いるんだよ!」

「追ってくるぞ! どけ!」

 

 小次郎が車内に用意してあったスティンガー携帯ミサイルを持ち出し、追ってくるメティス達へと向けてトリガーを引いた。

 噴煙を上げて飛ぶ滞空ミサイルがメティス達へと迫るが、直前にペルソナによって叩き落される。

 

「爆破!」

「了解!」

 

 だがそれも狙いで、小次郎の号令で仕込まれたいたリモート弾頭が炸裂、無数のチャフをばら撒き、メティス達は舞い上がったチャフに自ら突っ込んでいく。

 

「新型の対機械・対悪魔兼用チャフだ!」

「効いてる! 動きが鈍った!」

「じゃあ反撃を…」

 

 観測班が歓声を上げる中、アンソニーが再度狙撃の体勢に入ろうとする。

 

「おい、向こうのもこっちに向かってきてる!」

「次弾!」

「もう一発しかないぞ!」

 

 冥界の門の周囲に立っていた他のメティス達が一体ずつこちらに向かってくるのに気付いた修二が叫び、小次郎は次のチャフミサイルを構える。

 一番近くまで迫ってきた一体に向けてミサイルが放たれたが、それは突然空中で停止する。

 

「ペルソナ発動」『ブフーラ』

 

 チャフを食らって動きが鈍っていたはずの一体がペルソナで氷結魔法を発動、空中で凍りついたミサイルが勢いを失って地面に転げ落ちた。

 

「もう動けるのか!」

「馬鹿な、こんなすぐに!」

「ヤベ、また追ってくる!」

「待避するぞ!」

 

 装甲車のハンドルを握っていた機動班のメンバーが装甲車を急発進させるが、こちらの速度が上がるより前にぐんぐん向こうは近付いてくる。

 

「ターミネーターかあいつら!」

「似たようなモンだ…おわっ!?」

 

 アンソニーがさすがに非常識な光景にびびり、少しは予想していた修二がボヤいた時、迫っていた三体の内の一体が投じたトマホークが装甲車の後部にぶち当たる。

 

「中に入れ!」

「言われなくても!」

 

 大慌てで皆が車内へと入り、装甲車は追い立てられるようにその場から走り去っていった。

 

 

 

「以上が、偵察に出たメンバーからの報告だ」

「っかしいな、確かアイギスは頭部にCPU積んでるって聞いたが……」

「それはオレも聞いたぜ。同型ってんなら、同じ場所だと思ったんだが……」

 

 仁也からの報告に、相変わらず牢の中の八雲とパオフゥが首を捻る。

 

「あんだけの機体、動かすには相当な演算能力がいるぜ。早々メインCPUの場所を移せる訳がねぇ」

「一体かっさらってきて分解でもするか? ヴィクトルのおっさんなら何か分かるだろ」

「調査班もサンプルが欲しいとは言っていたが……1500m離れてる相手に反撃で強襲かけられる相手となるとな」

「現在、アーサーが次のミッションプランを策定中だ。決まれば君達の出番も来るだろう」

「それまでこの中かよ?」

「周防の奴、忘れてんじゃねえだろな………」

「レイホゥさんもいい機会だからしばらくいたら、なんて言ってるし………」

「普段君達は何をしているんだ?」

 

 話を聞く限りは二人ともかなりの能力を持っているらしいのだが、八雲のパートナーと言っていた小柄な女性以外は誰も二人の出所を要望していない状態に、仁也は密かな疑問を覚えていた。

 

「ま、冥界の門はあんだけデカイならすでに大事だが、下は悪魔が跋扈してる状態だからこれ以上大事には簡単にならんだろ」

「両国をゾンビが闊歩しているというのはいい気分ではないのだが………」

「問題はそこじゃない。メティスがどういう状態で運用されてるかだ」

「造って、動かして、整備してか。余程の設備と技術がいるぜ」

「メアリとアリサだけでも相当な手間暇金がかかってる。戦闘用のアイギスなんざその倍近い。それを13体、更に増援までとなると何がどうなってるのか想像もできん………」

「アーサーもその点を指摘している。大規模な組織が関与している可能性もだ」

「地獄にロボット工場でもあるのか? あんなん造れる奴が早々いるとは思えんが………」

「どちらにしろ、そのオタク好みのゴスロリロボットをどうにか叩き帰して、その穴を塞いじまわないとダメだろうが」

「その前に、まずこのブタ箱から出る事だけどな」

「こちらからも進言しておこう。君達は腕だけだなく、頭も切れるようだからな」

「頼むぜ、陸曹長さんよ」

 

 仁也を鉄格子越しに見送りつつ、八雲は牢屋内のベッドに腰を下ろした。

 

「事態は予想以上に深刻だな」

「ああ、正直、そのメティスとかいう奴、数だけなら力押しでもなんとかなると思ってたんだが、どこかでバックアップがちゃんと機能してやがる………」

「まずそれを潰すしかないか? だとしたら行くしかないかもな」

「地獄にか? 死ぬまで待ってほしいんだがよ」

「死んでも待っててもらってる人もいるけどな」

「違えねえ…………」

 

 

 

「…しかないな」

『え?』

 

 轟所長の言葉に、珠閒瑠警察署の会議室に集まっていた各リーダー達が、思わず聞き帰す。

 

「あのメティスとかいうロボット、予想以上に能力が未知数だ。その製造元を探し、潰す必要がある」

「あの、製造元って事は、冥界の門とやらの向こうじゃ?」

「つまり、冥界だ」

 

 尚也の恐る恐るの問いに、ゴウトがずばりと断言した。

 

「冥界とは、俗に言うあの世の事だと聞いた。生きたまま行ける物なのか?」

「二度程な」

「一歩間違えればそのまま向こうの住人になるが」

 

 美鶴の問いに、キョウジとアレフが答える。

 

「ある程度の力を持っていれば、そうすぐに冥界の瘴気に捕らわれる事は無い。だが、時間の問題でもある。長時間向こうには居れぬぞ?」

「それは考えがある。その点なら問題は無い」

 

 ゴウトの指摘した問題点に、轟所長は何かアイデアがあるらしく、その断言に皆は取り合えず納得する。

 

「本当に大丈夫なのか? ペルソナ使いも悪魔使いも、人間という点では変わりない。死後の世界に突撃するという危険過ぎる作戦は、僕は賛成できない」

「私も周防署長の意見に同意する。あまりに危険度が高すぎる作戦に、仲間達を参加させる事には反対だ」

「何も皆で行く必要は無いわよ」

 

 克哉と美鶴の反対意見に、レイホゥがやんわりと訂正を入れる。

 

「行くのなら、冥界の瘴気に耐えられるだけの人員と経験者を選抜する事だな」

「後は前と同じく、周りを掃討してる間にそいつらを中に叩き込めばいい。まあその中にオレも入るんだろうが」

「いや、それならレッドスプライト号を使ってみるのはどうだろうか?」

「残念だが、それは不可能だろう」

 

 南条の提案は、仁也が反対する。

 

「不用意なレッドスプライト号の使用は影響が大き過ぎる」

「マガツヒを求める勢力が一斉に反応するだろう。一斉襲撃も有り得る」

「だよな~……あんな鬼のように目立つの」

 

 仁也の意見に、フトミミと修二が地元の人間として賛同。

 

「それに、市民の不安もある。ただでさえ状況の変化で皆戸惑っていたのを、レッドスプライト号が救援してくれた事で一応の平穏を保っている状況だ」

「それに、足りない物資のインフラを補ってもらってるしね」

 

 更に克哉とたまきも追加で意見を述べ、皆が一様に考え込む。

 

「何なら、オレ一人で片付けてこようか?」

「まあ、アンタなら可能かもしれんが……」

「彼、そんなに強いのか?」

 

 余裕なダンテの言葉にキョウジが思わず頷き、仁也は首を傾げる。

 

「だが今は戦力以上に情報も必要だ。確実に現状を処理し、かつ正確な情報を持ち帰る必要がある」

「ならばアイギスを同伴させるか?」

「ロボットって冥界行って不都合起きるかな?」

「機械人形が冥界に行ったなどという話は聞いた事が無い」

「デモニカならば大丈夫か?」

「市街の防衛も固めねば」

「情報なら、あのロクデナシ二人を送り込んだ方いいかもね………」

 

 会議は更に細かい所まで話し合われ、長い時間を要した………

 

 

 

「それで、再度両国への作戦が決まったそうです」

「マジで地獄行きかよ………」

 

 カチーヤが持ってきてくれた差し入れの重箱を突付きつつ、相変わらず檻の中の八雲は顔を曇らせる。

 

「私とネミッサさんに八雲さん、パオフゥさんもバックアップに加わるそうですから、もう直出られるそうです」

「すぐに、じゃねえのが周防らしいな」

「準備もあるからすぐに出してほしいんだがな~」

「あははは、普段のオコナイがワルイって奴?」

 

 ネミッサが笑いながら、牢の真正面で中の二人に見える様にピザセットを見せびらかすように平らげている。

 

「悪いなカチーヤ、これの面倒押し付けて」

「ちょっと八雲! これって何、これって!」

「いえ、八雲さんいない間の事はネミッサさんとなんとかしてますから」

「カチーヤちゃんの力が暴走しそうだったら、ネミッサが憑依してコントロールすればいいし」

「案外仲良くやってんだな。てっきり泥沼の三角関係かと思ってたんだが………」

 

 パオフゥがぼそりと呟くと、八雲がパオフゥの肩を指で小突きつつ、そっと耳打ちした。

 

「ネミッサの奴、見た目と違って精神的には子供と同じレベルだからな。オレもちと意外だったが、カチーヤを妹分くらいにしか見てない」

「あの様子だとどっちが姉貴分でどっちが妹分なんだか………」

 

 元パートナーと現パートナー、何か仲良くじゃれているようにも見える二人に、八雲とパオフゥは温い視線を送っていた。

 

「ああそれと、前より大規模になるので、決行は三日後だそうです。シュバルツバース調査隊の人達も参加してくれます」

「作戦詳細が分かったらすぐに回してくれ。あと周防にオレらも準備あるから早急にこのブタ箱から…」

 

 八雲の言葉は、外から響いてくる爆発音で途切れる。

 

「え……」「んぐ!?」

「ちっ!」

「三日持たなかったか!」

 

 

 

「何事だ!」

「ラストバタリオンの襲撃です!」

「まだ残党が活動してたか!」

「レッドスプライト号から連絡! 向こうも襲撃を受けており、現在反撃中との事です!」

「こちらは恐らく陽動だ! 対応出来る者は手近の方に増援に向うように連絡! 市民の避難誘導急げ!」

「業魔殿からも襲撃の報告! 応戦中との報告!」

「そちらもか! 詳細情報の確認及び増援の必要を急ぎ確認!」

 

 署長室にいた克哉が報告を聞くと同時にあれこれ指示を出し、自らもアルカナカードを取り出して外へと向かおうとする。

 

「克哉、外!」

「くっ! ヒューペリオン!」

 

 ピクシーの声に克哉は窓からこちらを狙っている戦闘機械に気付き、とっさにペルソナを発動させながら報告に来ていた警官達を庇う。

 直後、撃ち込まれた機銃弾が窓ガラスを粉砕し、署長室を蜂の巣にしつつもなんとか克哉のペルソナは銃弾を防ぎ続ける。

 

「大丈夫か!」

「しょ、署長こそ!」

「問題ない」

「やったな~! メギドラオン!」

 

 天井にへばりついて銃弾をかわしたピクシーが、お返しとばかりにぼろぼろになっていた窓枠をこちらから吹き飛ばしながらの魔法で相手を木っ端微塵にする。

 

「まだいるよ!」

「署員に窓から離れるように通達! 安全が確保されるまで一般警官は非難誘導を最優先だ! ヒューペリオン!」『トリプルダウン!』

 

 大声で署内に伝わるように叫びながら、克哉は己のペルソナから放たれた三連射で署へと向かってきていた戦闘機械を叩き落す。

 

「あと何機向かってきてる!」

「4、5、まだいる…」

 

 ピクシーが再度攻撃魔法を放とうとするが、そこで別の部屋から聞こえてきた銃声と共に飛行機械の一体が煙を上げて墜落していく。

 

「誰かの狙撃か!」

 

 克哉がそれが何かを悟った時、続けて二発目、三発目が放たれ、戦闘機械は墜落もしくは失速していく。

 

「ピクシー、落ちた奴を完全停止してきてくれ!」

「OK~!」

 

 こちらに向かってきている敵影が無くなった事を確認した克哉はピクシーが確認に行ったのを見届ける間も無く、廊下へと飛び出す。

 階下へと向かう途中、スナイパーライフルを抱えたアルジラとレールガンを抱えた咲と合流する。

 

「さっきのは君達か」

「次の作戦に狙撃手が必要だって言われたからね」

「警察署の方で装備と人員の確認途中だったので」

「残念だが、この署に君達程の狙撃手はいないようでね」

 

 正面玄関から外へと出ようとした時、一際大きな爆音と共に熱風が署内にも吹きぬけてくる。

 

「つっ!」「なんて強力な………」

「これは達哉か!」

 

 思わず三人が腕で顔を覆い、克哉はそれが達哉のペルソナの攻撃である事を悟る。

 強力な核熱魔法の余波が消え、そこにかつては大型の戦闘機械だった物の、完全に熔解したジャンクが陽炎と共に現れる。

 

「達哉! 大丈夫か!」

「ああ、兄さんは?」

「問題ない」

 

 その灼熱のジャンクの前に立っていた弟の姿を確認した克哉に、兄の無事を確認した達哉も胸を撫で下ろす。

 

「こちらはもう直終わる」

「のようだな」

 

 警察署に詰めていた者達の手によって、襲撃してきたラストバタリオンはすでにそのほとんどが壊滅していた。

 最後の戦闘兵が首筋にナイフを叩き込まれ、その場に崩れ落ちる。

 

「まったく、油断も隙もあったモンじゃねえね」

「ちがいねえ」

「それはお前達の事ではないのか?」

 

 最後の一体を葬った当人、なぜかそこにいる八雲とその背後でペルソナを戻しているパオフゥの姿に、克哉の額に密かに青筋が浮かぶ。

 

「はて、てっきり非常時だから出したのだと思ったが?」

「やっぱ勝手に出てきたか……」

 

 刀を鞘に収めながら首をかしげている南条の横で、両拳を突き合わせているうららがため息を漏らす。

 

「どうやって出てきた? 身体検査はしたはずだが………」

「そりゃ、仕込んでた」

「そうそう」

 

 パオフゥがスーツの隠しポケットから数枚のアルカナカードを、八雲は靴底の仕込みナイフを見せる。

 

「なるほど、つまり最初から隠していた訳だな」

「まさか爆弾まで隠してるなんてね~」

「ね、ネミッサさんそれは言わない方が………」

「署長! 牢が破られてます!」

 

 次々と入ってくるろくでもない情報に、克哉の顔からドンドン表情が消えていく。

 

「ま、手早く片付いたから結果オーライって事で」

「そうだな」

「そんな訳があるか! この二名確保!」

 

 克哉の怒声と同時に、手近にいた警官が寸暇のためらいも無く手錠を八雲とパオフゥに嵌める。

 

「ちょ、周防!」「ヤバそうだからやってやったのにこれはねえだろ!」

「やっていい事と悪い事がある! 今日中に出してやろうと思っていたが、もう二晩くらい入っててもらおう!」

「おい、こっちにも準備が…」「その石頭どうにかしろ!」

「あ、あの…………」「レイホゥさんには言っとくから~」「準備はこっちでやっとくね~」

 

 そのまま連行されていく二人に、それぞれのパートナーがにこやかに(カチーヤ除く)手を振る。

 

「業魔殿から連絡! 襲撃してきた部隊鎮圧はまもなくだそうです!」

「レッドスプライト号、ほぼ鎮圧完了!」

「市街地に残存部隊の有無、被害状況を確認! 負傷者の搬送急げ!」

 

 克哉が支持を飛ばす中、レッドスプライト号の方から雷鳴が轟く。

 

「あれは………」

「ダンテ氏だな。どうやら向こうも終わったようだ」

「すごい……」

 

 だいぶ距離があるはずなのに感じるすさまじい力に、その場にいたペルソナ使い達も絶句する。

 

「業魔殿から連絡! 戦闘終了した模様です!」

「大事には至らずに済んだか………」

「これだけの面子がそろっているのだ。そう簡単にこの街は落とせないだろう」

「簡単には、だがな………」

 

 南条の言葉に、逆に何か言い知れぬ不安を覚えながらも、その後の指揮を執るべく、克哉は署内へと戻った。

 

 

 

『レッドスプライト号の損傷は軽微、各班全て死者は無し、負傷者は重2名、軽7名。七姉妹学園には敵の侵入及び損害無し。襲撃の規模に対し、被害は予想を80%下回りました』

 

 アーサーからの報告に、急襲を食らったレッドスプライト号のクルー達は胸を撫で下ろす。

 

「まさかこんな所でもアンノウンの攻撃を食らうとは………」

「ハーケンクロイツ着いてたが、ラストバタリオンなんてのまで実在するのか」

「なんでもありもここまで来ると………」

「問題はそっちよりも、こっちか………」

 

 ブリッジ内で皆がざわめく中、通信班のクルーがレッドスプライト号の損傷箇所と、そのそばに立つ赤いコートの男を写し出していた。

 

 

「ちとやっちまったか………」

「どうやったら特殊複合装甲が剣で切れるんだ?」

 

 ダンテが背に大剣リベリオンを背負いながら、戦闘の余波で破損したレッドスプライト号の装甲を見ていた。

 周囲にいた機動班のクルー達も、艦砲クラスでなければ損傷しないはずの装甲がダンテの一撃で破損した事に唖然としていた。

 

「プラズマ装甲展開してたよな?」

「それごと切ってたぞ………」

「もしあっちの学校に行ってたら真っ二つになってたんじゃ?」

「すげえ………シュバルツバースの悪魔以上だ」

「あちらもだがな」

 

 クルー達は向こう側、喰奴達が粉砕した戦闘機械の残骸を指差す。

 

「ちっ、機械ばっかじゃ食う所がねえ」

「市街地では止めろと言われていたはずだ。支給されたマグネタイトがあるだろう」

 

 残骸を蹴飛ばしながらボヤくヒートを、ゲイルがたしなめる。

 

「ざっと上から見てきたけど、他に敵は見当たんないぜ」

「こちらの戦力を過小評価していたのだろう」

 

 上空から偵察を終えたシエロが着地すると同時に人間の姿に戻り、ゲイルはしばし思案する。

 

「他に狙われたのは警察署と業魔殿か。分散攻撃でこちらの戦力を分散させる気だったのだろうが、個々の戦闘能力を甘く見てたのだろう。それよりも問題は……」

 

 ロアルドがちらりとレッドスプライト号クルーの方を見る。

 明らかにこちらを見て、何かこそこそと呟いていた。

 

「我々の力は、悪魔使いから見ても更に異能の物に映るのは既知の事項だ。気にする必要は無い」

「いや、問題はそっちじゃなくて、あっちじゃねえかな~」

 

 ゲイルが向こうを無視して残骸を調べ始めるが、シエロはそれよりもクルーがダンテによって切られた箇所を指差しているのに気付く。

 

「あっち側へこんでんの、ヒートがやった奴じゃ?」

「殴り飛ばしたらぶつかったんだよ」

「ダンテの一撃でシールドが不安定になっている間に、こちらの攻撃の余波が及んだからな」

「謝って来た方いいかな?」

 

 レッドスプライト号の各所にある損傷(ほとんどはこちら側の攻撃の余波)に、喰奴達も少しばかり責任を感じていたが、一番損害を出したダンテ当人はむしろ平然としていた。

 

「もうちょっと頑丈なバリアにしといた方がいいな」

「こっちの技術で最高レベルのプラズマ装甲をなんで剣で切れるんだよ! シュバルツバースでも切られた事なんてなかったのに!」

「そこの悪魔はよっぽど貧弱だったんだろうぜ」

「あんたが規格外過ぎるんだよ………」

「データによれば、先程の戦闘でも全然本気出してなかったようだぞ」

 

 ダンテや喰奴達の戦闘力に調査隊のクルー達が引きつる中、アーサーはある提案を思考していた。

 

 

 

「敵殲滅を確認であります」

「エーテルエンチャント、動作異常ありません」

「長距離狙撃システム、精度誤差を修正の必要があり、まあこんだけの威力あれば大丈夫じゃない?」

 

 業魔殿の外で三人、いや正確には三体のメイド姿の少女の姿をした者達が、襲撃してきたラスト・バタリオンの殲滅の最終確認をしていた。

 

「ちょっとこれは強力過ぎるんじゃ?」

「オレもそう思う………」

 

 ほとんど戦わないで終わった啓人と順平が、その三人のメイドの中央、己の背丈よりも巨大なアンチマテリアルライフルを両手に装着する形で構えていたアイギスに呆然とした視線を送る。

 

「今回のミッションのため、レッドスプライト号で試作した装備ですが、近接戦闘が一切できず、サポートが必要という問題点もあるであります」

「いや、そういう事じゃなくて」

「ワンワン!」

「コロマルさんからうるさすぎるとの問題点も提示されました」

「むしろ、早めに問題点が出た点ではよかったのでは」

「修正もすぐ出来るし」

 

 アイギスの両隣でサポートに当たっていたメアリとアリサが、得られたデータを元に次々と修正点を洗い出していく。

 

「むう、使用は今度のミッションだけにしておくべきだな」

「オレもそう思う………こんなのタルタロスで使ったら翌日学校が穴だらけになりそうだ」

 

 美鶴と明彦も予想以上の威力に眉を潜めていたが、アイギスは何か真剣な顔で己の両腕の大型アンチマテリアルライフルを見つめていた。

 

「アイギス、何か問題でも?」

「もう少し速射速度と装弾数を増やした方がいいかと。これでは、皆さんを護りきれません」

「現状ではこれが限度です。エンチャントシステムの効率化には時間がかかります」

「通常弾の掃射も考えたけど、やっぱり物理攻撃だけだと破壊力の問題出るよ?」

「現状で使用可能な最大火力、後は私の運用いかんという事でありますか………」

「……すでに製作当初の仕様から大きくかけ離れてる気がするのは私の気のせいではないと思うのだが」

「朱に交われば赤くなるって、こういう事言うんじゃないすか?」

 

 武装がどんどん凶悪化していくアイギスに、美鶴が昔見たアイギスの設計概要を思い出そうとするが、順平の一言にそれを中断する。

 

「威力もあるし、命中率も問題ない。これなら次のミッションに問題ないだろう」

「そうだな、調整の手間がはぶけたろ」

 

 目の前に広がる残骸の山に、明彦とキョウジが戦果を確認していく。

 

『もう市内に敵兵力と思われる存在は確認できません』

『こっちの出番も無かったけどね………』

 

 業魔殿内でサーチに専念していた風花と、業魔殿上部から弓を構えていたが一発も撃たなかったゆかりが通信を入れてくる。

 

「まだ動きそうなのも片付けといたわ。外の連中だけでも手一杯なのに、まだこんなのが出るとはね~」

「新しい結界計画、ちと練り直すか?」

「どんなやばくなっても、この街から下に降りるよりはマシでしょ」

 

 新しい三節棍を担ぎながら戻ってきたレイホゥに、キョウジは少し首を捻って悩む。

 だが、多少物騒になっても受胎東京よりははるかにマシな状況に、レイホゥもため息を漏らした所で、キョウジの懐の携帯電話がコール音を鳴らす。

 

「こちらキョウジ、ああ周防か。すぐに? 分かったレッドスプライト号だな。あ? 八雲が? 分かった、そっちの好きにしてくれ」

 

 短い通話で電話が切られると、キョウジは櫛で前髪をなで上げつつ、周囲を見回す。

 

「ちょっと緊急で会議が入った。レッドスプライト号行ってくるから、念のため周囲を警戒しといてくれ、直に警察の実況見分が来るとさ。あと、八雲の奴はもう二、三日ぶち込まれる事になったそうだ」

「あの馬鹿、今度は何やらかしたの?」

「襲撃を聞いて隠し持ってた爆弾で牢破りして参戦したとさ。周防の奴、カンカンだったぞ」

「まったく………」

「爆弾なんて隠し持ってたんですか、あの人………」

「それで脱獄って、スパイ映画じゃねえんだから」

「用意周到は悪い事では無いだろう。ただそれで警察の牢からというのは褒められた事ではないが」

 

 啓人と順平が呆れる中、美鶴は変な方向で感心している。

 

「………面会は可能ですか?」

「ん? それは周防に聞いてくれ」

「作戦の前に、小岩さんに聞いておきたい事があるであります」

「本当は帰ってきてからのつもりだったのですが」

「しばらく無理そうだし」

 

 アイギスのみならず、メアリとアリサもそろって何かを思案している事に、キョウジは不思議そうに見ながらレッドスプライト号に向かった。

 

 

 

「すまない、忙しい所に」

「人手はあるからな。馬鹿やらかした奴もいるみたいだが」

 

 レッドスプライト号のミーティングルームに向かう途中の通路で会った克哉とキョウジは、雑談をかわしながら目的の部屋へと向かう。

 

「そう言えば見たか、外の損傷」

「見たぜ。さすがダンテの旦那、こんなデカ物でもあの有様とはな」

「その件で、どうやら少しもめているらしい。詳しく聞いたわけではないが、この船のクルーはハーフプルートにあまりいい感情を抱いてはいないようだ」

「悪魔化した奴と天使化した奴がそれぞれの派閥に付いてどうこうって話だったな。まあ下でも似たような事やってるが」

 

 仲間内でもややこしくなってきた状況に、キョウジは今後の不安を密かに抱き始めていた。

 そのままミーティングルームに入った所で、何か不穏な空気が漂っている事に気付いた。

 先に来ていたサーフ、ゲイル、ロアルド、そしてダンテの四人と、レッドスプライト号の各班リーダーの間で何か空気が張り詰めている。

 

「………何かあったのかね」

「レッドスプライト号から、喰奴を主とした悪魔化の力を持ったメンバーの搭乗禁止の要請が有った」

「そりゃまた………」

 

 ゲイルの端的な説明に、克哉とキョウジは思わず顔をしかめる。

 

「こちらの総意、というわけではないぜよ」

「だが、一部のクルーから今回の戦闘で危機感を覚える者達が出てきている」

『あくまで提案の一つとしてです。決定事項ではありません』

 

 仏頂面の資材班リーダーのアーヴィンに、僅かに顔を曇らせている仁也、そしてアーサーがそれぞれ搭乗禁止について補足していく。

 

「分からなくは無い。オレも当初、アートマについては否定的だった」

「化け物呼ばわりなら慣れてるぜ。否定もしない」

 

 ロアルドとダンテの言葉に、場は更に重い空気に包まれる。

 

「しかし、搭乗禁止では補給の面に障害が出る可能性もある。こちらではすでに弾薬などの面で追いつかなくなってきているし、シバルバーからの補充も限度がある。再考してもらえないだろうか?」

「オレも同意見だ。すでに業魔殿の武器庫はほぼ空なんでな。条件提示とかでなんとかなんねえか?」

『珠閒瑠警察、業魔殿双方の残存物資及び戦闘可能要員の現状から、容認可能な条件をシミュレートします。しばしお待ち下さい』

 

 克哉とキョウジの提案に、アーサーがシミュレーションに入る。

 

「融通が利くのか利かないのか分からねえAIだな」

「こちらで運用可能なレベルで最高級の管理プログラムです。こちらから見ればそちらのアンドロイドの方がよっぽど非常識だ」

 

 キョウジの呟きに、通信班のムッチーノが思わず返す。

 

「あ~、メアリとアリサはソウルの人造成長実験の試作機だからな。アイギスもペルソナ制御の関係上、融通が利くようになってるらしい。詳しくはヴィクトルにでも聞いてくれ」

『シミュレーション完了、条件を提示します。1にレッドスプライト号内に悪魔化した者達を鎮圧可能な人員を配備する事』

「いきなり難題だな………」

『2に悪魔化可能な者達のレッドスプライト号内の個人行動禁止。3に特に強力な力を持つ者の武装持込禁止。4は船内での悪魔化暴走の鎮圧方法の構築。以上四点です』

「ま、なんとかする。暴走した喰奴押さえられる奴なんて、さすがに限られるが」

「それ以前に、三番目の条件は該当するのは………」

 

 全員の視線が、ダンテに集中する。

 

「OK、領収書回されるよりはマシだ」

 

 ダンテはやや仏頂面になりながら、ホルスターからエボニー&アイボリー、大剣リベリオン、そしてどこに隠していたのか様々な銃火器を次々とテーブルの上に出していく。

 

「………こんな物騒な奴を船内に入れてたのか」

「そっちも似たような物装備してるだろ」

「さすがにロケットランチャー常備してる奴はいないぜよ」

 

 大型ハンドガン、サブマシンガン、ショットガンにロケットランチャーと戦争でも始めそうなダンテの武装に、レッドスプライト号クルーの顔色がどんどん青くなっていく。

 

「安心しな。そんな物、そいつ自身に比べりゃ、よっぽど安全だ」

「まあ、確かに」

「やっぱりこいつだけは立ち入り禁止にした方いいんじゃ………」

「喰奴を含む悪魔化の力を持つ者の中で、一番安定しているのは彼だ」

「人修羅とネミッサとかいう姉ちゃんもいるだろ」

「人修羅はともかく、彼女は絶対立ち入り禁止だ!」

「またアーサーに潜り込まれたんじゃかなわんぜよ」

「………その点はよく忠告しておこう」

「あ~、八雲の馬鹿早めに出してくれ。あいつ以外に彼女の手綱握れそうにないんでな」

『最後に質問です。悪魔化やそれに近い能力を持つ者の中で、一番不安定な人員は?』

「……それは…」

 

 

 

「それで、オレでも入る時は誰かと一緒じゃなきゃダメだって言われてな」

「ネミッサなんか半径50m立ち入り禁止だって! 悪魔差別だ!」

「ダンテの旦那、暴れ過ぎたな………完全にびびられてるじゃねえか。あそこまで暴れられるの、あと何人いるよ?」

 

 牢屋の中で召喚厳禁を厳命された上でGUMPのメンテナンスを行っていた八雲が、修二とネミッサの愚痴を聞かされていた。

 

「それが、私も立ち入り禁止なんです」

「………どういう事だ?」

「キョウジのおっさん、一番能力が安定してない人って言われて、彼女を指摘したんだとさ。周防って人も同意したとか」

「だからさ~、一緒に文句言いに行こうってカチーヤちゃんと」

「事実ですから、仕方ありません」

「そこ突かれりゃ、痛い所だろうぜ」

 

 同じ牢内で悪用厳禁で渡されたノートPCでデータ整理を行っていたパオフゥの言葉に、全員が思わず口をつぐむ。

 

「周防に言っとけ。その規制、オレと一緒の時を除くとしろってな」

「周防の奴が応じるか? まあダメ元で言ってみてもいいかもしれねえが」

「とりあえず、しばらく大人しくしとけ。それと…」

 

 キーボードを叩きながら八雲が二の句を告げようとした時、扉が開く音が響く。

 

「お」

「あれ、三人そろってどうしたの?」

「そういえば八雲さんに相談したい事があるって………」

 

 そこに訪れたのは、メアリ、アリサ、アイギスの三人だった。

 

「失礼いたします、八雲様にご相談があるのですが、よろしいでしょうか?」

「パパにも話したんだけど、お兄ちゃんの意見も聞いてみたらどうだって言われて」

「ヤブから棒に、何の相談だ?」

「八雲様、メティスについてです」

「あの量産型地獄ゴスロリがどうした」

「彼女は、私を姉と言いました。私はどうすればいいのでしょう」

『は?』

 

 アイギスの質問に、脇で聞いていた修二とネミッサが思わず間抜けな声を漏らす。

 

「本来、私には姉妹とも言える同型機が存在しました。しかし、それはかつての闘いで私を除いて破壊され、私はただ一人だけとなりました。けど、彼女は、メティスは私の事を姉と呼ぶのです。メティスが妹と言うのなら、私はどうすればよいのでしょうか?」

「……言葉のアヤって奴だ。気にするな」

「ですが……」

「あの戦闘力、そしてペルソナ能力、どう見てもお前のデータが踏襲されてるのは確かだ。姉と呼んでたなら、あいつはお前の後継機って事になる。地獄産だがな」

「私からも質問です。なぜ、彼女はアイギスの事を姉と呼ぶのでしょう。そしてなぜ姉妹で争わなければならないのでしょうか?」

 

 メアリからの質問に、八雲は一度キーボードを叩く手を止め、彼女達の方を見て口を開く。

 

「簡単だ、あいつはそのために作られたからだ。お前達とは根本的に違う」

「しかし、それなら私も対シャドウ用兵器として作られました」

「そこだよ。アイギス、お前は兵器とついてはいるが、実質はシャドウ迎撃及び防衛が主任務だ。しかもペルソナ制御用だとかで、随分と人間臭く造られている、だが、あいつらは違う。先制攻撃及び殲滅を主任務とし、余計な物は全てそぎ落として戦闘用に特化して造られてる。間違っても説得なんてのは不可能だろうな」

「じゃあ、アイギスは妹と戦わなくちゃいけないっての!?」

「八雲様、どうにかできないのでしょうか?」

「アリサ、お前が起動してから、普通に会話できるようになるまで、どれくらい掛かった?」

「それは……」

「会話シーケンスの順応化まで70日、返答シーケンス順応化まで119日、完全会話シーケンスまで235日です」

「説得するなら、まず相手がこちらとまともに話せるまでプログラムを成長させる必要がある。次に説得を認識できるほどソウルを成長させる。これだけでどれくらい掛かるか、検討もつかないな」

『…………』

 

 八雲の無慈悲とも言える前提条件に、三人の人造少女達の言葉が詰まる。

 

「………やはり、戦う事しか残されていないのでありますね?」

「嬢ちゃん、これからド派手な出入りしようって時に余計な事考えてると、死ぬぜ?」

 

 明らかに迷っているアイギスに、パオフゥが更に冷徹に言葉を告げる。

 

「じゃあさ、ネミッサが入って動き止めてみるとか?」

「対デビルバスター用って言ってたろうが。対抗処置の可能性もあるし、ずっと抑えっぱなしになるぞ? 下手したら自爆装置とか」

「あれに暴れられたら事だぜ? オレでも力負けしたくらいだ」

「でも、それだと………」

「割り切れ。あいつは、お前を姉と呼ぶだけの敵だ」

「……了解しました」

 

 八雲の冷たいとも思える言葉に、アイギスはうなだれたまま牢獄を立ち去り、メアリとアリサも何か言いたげだったが、一礼だけしてその場を去っていく。

 

「八雲、冷た過ぎるんじゃない?」

「私もそう思います……」

「けど、事実じゃね?」

 

 ネミッサとカチーヤが文句を言うが、修二は顔をしかめつつも、唸るように同意する。

 

「中途半端な希望は絶望よかタチが悪い、って聞いた事ねえか? そういうこった」

「あのメティスは、半端な気持ちのまま戦える相手じゃない。下手な説得試みさせるわけにはいかん」

 

 牢の中で作業に戻ったパオフゥと八雲は、それだけ言って背中を向ける。

 

「お前達も早く戻って準備しとけ。前よか派手な作戦になるかもしれん」

「八雲の陰険~サディスト~×××~」

「ネミッサさん、それくらいで………確かに準備しないと」

「もうちょっと話の分かる人だと思ってたんだがな」

 

 三者三様に愚痴りながら、三人が牢から立ち去り、後にはキーボードを叩く二人だけが残った。

 やがて、パオフゥが口を開いた。

 

「………で、どうすんだ?」

「あの様子だと、割り切れる程すれてないだろうな」

「オレらの半分もありゃそうでもねえんだろうがな」

「そんな社会不適合者早々いてたまるか」

「違いねえ」

 

 静かな牢内に、キーボードを叩く音に男二人の苦笑が洩れる。

 

「手が無いわけじゃない、が」

「ああ、簡単で、檄ムズな手がな」

「そっちの作業が済んだらちと手伝ってくれ。仮想プログラムを組んでみる」

「出来るのか? スペックが足りねえぞ?」

「あくまで仮にだ。本気でやるとしたら、文字通り命がけになる。それと」

「分かってるさ。誰にも言わねえよ」

「ああ、じゃあまず………」

 

 

 

「え~と、作戦決行が明後日、出撃人員がこれで、残った奴の警戒態勢が………」

 

 渡されたばかりの資料を手に、ミッシェルがブツブツと呟きながら家路を急いでいた。

 

「う~、もう何がなんだか」

「おや栄吉君、今帰りかい?」

 

 声を掛けられ、ミッシェルが振り向くとそこには家の常連でもあるトロが立っていた。

 

「あ、ども」

「今日は大変だったね。ボクがもうちょっと早くラストバタリオンが新拠点を狙ってるって噂を掴んでたら」

「でもそれ、中坊の間で流れた噂って話じゃ? そこまで分かる奴なんているモンじゃねえし」

「は~、ボクのペルソナも君くらい強かったらもっと手助けできるんだけどね」

「噂の情報収集してもらえるだけでもありがたいんで」

「これ以上変な噂が流れないといいね~。さてエンガワでも食べに行こう」

 

 

「ほう、なるほど」

「ま、ぼちぼちやってるんでさ」

 

 ミッシェルの実家、がってん寿司の店長でミッシェルの父親である三科 寛吉が一見の客の質問に答えながら、あがりを進める。

 

「お客さんも大変でしょう。いきなりこんな事になっちまって」

「なんとかやっている。状況変化に対応するのは大事だからな」

「ほう、さすが」

 

 あがりをすする客を前に、寛吉が感心の声を上げた所で店の扉が開く。

 

「へい、らっしゃい!」

「やあ大将…!」

「!!」

 

 普段どおりに声をかけて中に入ろうとしたトロと、背後に隠れて入ろうとしたミッシェルのペルソナが同時に凄まじい反応を示す。

 だがそれは一瞬で、すぐに反応は消えた。

 

「栄吉君………」

「今、なにかいたような………」

「おら栄吉! 早く着替えて手伝わねえか!」

 

 頬を生ぬるい汗が伝わるのを感じた二人だったが、寛吉の声で我に帰る。

 

「お、おう」

「まったく、しょうがねえ息子なんで………おや?」

 

 そう言いながら先程まで話してた客の方を見た寛吉だったが、そこには誰もおらず、きれいに平らげられた寿司の盛り台と半ばまで残ったあがり、そして御代としては多目の一万円札が置かれていた。

 

「はて、今そこに………」

「どうかしたか親父?」

「誰も出てってねえよな?」

「ボクがここにいたら、誰も出ていけないね」

「あれえ?」

 

 寛吉が首を大きく捻る中、ミッシェルは先ほどまで誰かがいたらしい席をじっと見る。

 

「親父、ここにどんな奴がいた?」

「ほらあの………なんつったか、デカい車だか戦艦の乗組員の学者先生とか言ってたぜ。あれこれこの街の事聞かれたが」

「それってどんな人?」

「目が鋭くて、スーツ着て、ちょっと変わった髪形した…」

 

 トロがいつもの席に座りながら、寛吉の言う人物の特徴をメモしていく。

 

「少し気になるね………あとでコレ警察署に持って行って」

「あ、はい」

 

 

 

「ふう………」

 

 優雅、とも言える仕草で食後のコーヒーを飲んでいる女性の姿に、そばの席に座っていたカップルが密かに見ほれていた。

 

「あんなかっこいい女性、見た事ある?」

「いや……ほら、なんだっけ? あのセブンズに落ちてきた戦艦だかの人じゃ?」

「ああ、道理で……あんな美人、いたら絶対噂になってる物……」

 

 そばで交わされる会話に、女性は我冠せずでコーヒーを飲み干す。

 カップが空になった所で、地獄のギャルソンの異名を持つ給仕のギャルソン副島がそっとテーブルの隣に立った。

 

「お客様、こちらおさげしてもよろしいでしょうか?」

「ああ。堪能させてもらった」

「失礼ですが、レッドスプライト号の乗り組み員の方でしょうか?」

「なぜそう思う?」

「ウィ、当店に来られるお客様は大勢いますが、初めてのお顔でしたので。何より…」

「なにより?」

「お客様からは、血の匂いがします。明らかに、何か物騒なお仕事をされておられる方かと…………」

「なら、そういう事にしておけ」

 

 そう言って彼の方を見た女性の目に、底知れぬ冷たさが宿っているのに副島は思わず口を紡ぐ。

 そこで、店の扉が開いて新たな客が入ってくる。

 

「ボンジュール、マドモアゼル。これは天野様、芹沢様」

 

 副島が常連の舞耶とうららの姿に、いつも通りに礼をした所で、なぜか二人が周囲を見回している。

 

「どうかなさいましたか?」

「あ、いえ………」

「今なんかペルソナがすごい反応を………」

「?」

 

 副島が首を傾げながらテーブルの方に向き直るが、いつの間にか女性の姿は掻き消え、御代+チップがきちんと分けて置かれていた。

 

「ねえ副島さん、変な人とかいなかった?」

「ウィ。先程、ウェーブのかかった髪で白いコート姿の女性が……」 

 

 この二つの情報が、恐ろしい意味を持つ事を皆が知るのは、かなり後になってからだった………

 

 

 

 ぶつかり、すれ違いながらもより合わさっていく糸達。

 その背後に蠢く者は、果たして………

 



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PART31 BAD TURN(前編)

 

「点呼開始!」

「装備確認急げ!」

「出来た班から降下!」

 

 レッド・スプライト号に集合したメンバー達の前で、レッド・スプライト号のクルー達が中心となって準備が着々と進められていた。

 

「軍隊連中はこういう時手早くていいな」

「必要な物があったら今の内に申告しておいてくれ。資材班が色々と準備している」

 

 周囲の光景を感心しながら見ていた八雲の隣で、出撃する機動班の指揮を取る事になった仁也が装備を確認しながら呟く。

 

「今回のオレらの役目はモグラ叩きだからな。あの量産ゴスロリの気さえ引ければいい」

「相当手ごわいと聞いている。偵察に出たアンソニーはあれからずっとゴスロリ怖いゴスロリ怖いとうなされている」

「そいつ良く今まで生きてたな………」

「悪魔にやたらと好かれるか、思いっきり嫌われるかの二者択一でな。特に女悪魔からは後者の方が多い」

「デビルサマナーに向いてるかどうか分からん奴だ………」

「そう言えば、昨日まで出撃嫌がっていたが、急にやる気になっていたな。何があったか知らないが。ほらあの通りに」

 

 仁也の指差した先、くだんのアンソニーが何かやたらと嬉々として装備を確認していたが、ふとこちらの姿を見て近寄ってくる。

 

「よおヒトナリ、オレの方は準備万端だぜ」

「こちらも確認は終わった」

 

 それを聞きながら、アンソニーは八雲の方をじろじろと見つめる。

 

「クズノハのコイワってあんたの事か?」

「そうだが?」

「あんたに聞きたい事がある」

 

 打って変わって何か真剣な顔のアンソニーに、八雲は不穏な空気を感じ取る。

 

「ネミッサってあんたの元パートナーだよな? 彼女の趣味とか知ってる?」

 

 夢見るような瞳のアンソニーの言葉に、八雲の肩が片方だけ落ちそうになる。

 

「………………悪い事は言わない。アレは止めとけ。人生踏み外したくないなら」

「だって、クールで自信家でステキじゃないか」

「あれはただの我侭で傍若無人なだけだ。目を覚ませ」

 

 八雲がアンソニーの肩を掴んで揺さぶるが、アンソニーの顔は緩んだままだった。

 

「八雲~」「八雲さん」

 

 そこに、当のネミッサとカチーヤが装備を整えた状態で声をかけてくる。

 

「準備OK~?」

「こちらはすぐにでも出れます」

「オレも大丈夫だ。他の連中は?」

「課外活動部の人達はもう下に降りてます。突入班の人達が最後に出るそうです」

「現状で最強の面子だからな。冥界ごと滅ぼしてこないといいんだが」

「う~ん、ネミッサも行っちゃダメ?」

「話がよけいややこしくなる、止めとけ」

「そうだ、危ないから」

 

 呆れる八雲を押しのけるように、アンソニーがネミッサの前に出るが、そこでネミッサはアンソニーの顔を見、ふとある事を思い出す。

 

「あれ、アンタも参加すんの?」

「ああ、スナイパーは少ないから、オレの腕の見せ所だ」

「でもアンタ、この間下で鬼女達に袋にされててネミッサ達が助けたじゃん」

「うっ!?」

「ああ、何でもストーカーを返り討ちにしただけとか言われてましたね」

「そ、それはその………」

 

 ネミッサとカチーヤのダブル突っ込みに、アンソニーが向こうを向いて影を背負う。

 

「……なあ、こいつっていつもこうなのか?」

「……シュバルツバースでも女悪魔に声かけまくってはフられてよく泣き付かれた」

「なんで生き残ってんだコイツ………」

「降下急げ! 移動に手間がかかる!」

「了解、行くぞアンソニー」

「うう、今度こそかっこいい所を……」

 

 そこで声がかけられ、沈んでいるアンソニーを引きずるようにして降下用のヘリへと皆が乗り込んでいく。

 

「今度は弾の心配もしなくていいし、前よりは楽か」

「前の作戦はそんなにひどかったのか?」

「あの量産ゴスロリが出てくるまでは楽だったんだがな………」

「八雲さんがいち早く撤退を言い出さなかったら、危なかったですし」

「似たのがあんないっぱい出てきたらキモいだけじゃん。更に増えてるって噂だし……」

「大丈夫! オレが何とかする!」

「追い回されて逃げ帰ってきたと聞いてんだが……」

 

 何かと愚痴りながら地表に降下すると、すでにそこには何台ものAPCに作戦参加予定のメンバー達が分乗していた。

 

「ちと狭いのが難点だが、前よりはマシか」

「あ、小岩さん。やっと出てこれたんですか」

「みんなしてマジでム所行きすんじゃねえかって……」

「妙な噂立てるな、あそこだと現実になるぞ」

 

 車内を覗き込んだ八雲に、先に乗っていた明彦と順平がものすごく失礼な言葉をかけてくるのに顔をしかめる。

 

「大丈夫♪ 肉体奉仕で免除されるって噂も流しておいたよ!」

「出元はお前か!」

「あの、あまり皆さん本気にしてませんから……」

 

 ロクでもない噂を流したネミッサに八雲が怒鳴りつけるが、カチーヤがなんとかたしなめる。

 

「このチームはこれで全員だな」

「小次郎が突入班だからな。あくまでメインは狙撃によるかく乱、オレ達はその護衛と遅滞戦闘が役割だろ?」

 

 仁也が確認する中、八雲は車内に用意されてる装備を確かめながら頷く。

 

「まともには戦うなとキョウジさんから言われてます」

「前回痛い目あったからな。タイマンならなんとかなるかもしれんが、あいつら完全に群体で動いてたしな………」

「それでライフル関係ばかり支給された訳か。ロケット兵器まで用意したが」

 

 明彦と八雲が前回のメティス達の戦いを思い出して顔をやや青ざめさせる中、仁也が異常とも言える重武装の意味を理解する。

 

「それでは出発…」

「お待ち下さい」「頼まれてたの、出来たよ~」

 

 仁也が後部乗降ハッチを閉めながら出発を言い出そうとした時、それを止めて二人の人造メイドが姿を現す。

 

「八雲様、ご注文の品です」

「注文通りの仕様にしておいたよ♪」

「お、間に合ったか。サンキュー」

 

 メアリとアリサが持ってきた、やけに大きなケースを八雲は受け取る。

 

「それでは私達は別のチームですので」

「アイギスのサポートだよ♪」

「無茶してまたぶっ壊れるなよ。オレがヴィクトルのおっさんに怒られる」

「大丈夫です。出力各所を少し強化しました」

「アイギスと戦闘データ統合もしたし、姉さんと頑張って仲魔も増やした!」

「二人合わせてアイギス一人分になるかどうかって事忘れるなよ?」

 

 一礼して手を振りながら去っていくメイド姉妹にそこはかとなく不安を覚えながら、ハッチが閉じられ、APCが発車する。

 

「目的地到着まで一時間半と言った所か」

「軍用の割には早いな。乗り心地も悪くない」

「前は護送車に乗せられて囚人の気分が味わえた……」

「これはこれで前線に向かう軍人のようだがな」

「ようだ、じゃなくて前線に向かっている所だ。君達は軍人ではないが」

「オレなんかはある意味軍人なんてのとは一番縁遠いがな」

 

 苦笑しつつ、八雲が持ち込まれたケースを開ける。

 皆が興味深く覗き込んだそこには、大型の狙撃銃にも見える、奇妙な機械だった。

 しかも銃身に見える部分の先端には銃口ではなくレンズのようになっており、無数のケーブルが銃身状の部品の各所から伸びている。

 

「これは一体なんだ? 武器のようにも見えるが………」

「光学兵器じゃないな。バッテリーも集束部も小さすぎる」

「さすが軍人は詳しいな。コイツは銃火器じゃない。インポートデバイスだ」

 

 仁也とアンソニーの指摘に、八雲は感心しながらもそれをチェックしていく。

 

「《ストームブリンガー》を持ってきたんですか!」

「これそういうの?」

 

 カチーヤはそれが八雲が奥の手に使っている物だという事を思い出し、ネミッサもそのストームブリンガーを興味深く覗き込む。

 

「ネミッサ、手出すなよ。こいつは悪魔召喚プログラムを反転させた、悪魔退去プログラムを目標に強制入力させるデバイスだ。お前が食らったら地獄に逆戻りするぞ」

「げ……」

「強制退去、確か前にタルタロスで使ってましたね」

「なんかすげえ前の事の気がする………」

「ああ、あれはこれの簡易版だ。もっとも今回はちょっと変わった使い方の予定でな」

 

 明彦と順平がここに飛ばされる前の事を思い出す中、八雲がストームブリンガーを操作すると、銃身下部にあたる場所から細長いパイルが飛び出す。

 

「パイルバンカー、そうかダイレクトインポート用か」

「お、知ってるのか?」

「このデモニカもそうだが、装着型のアシストスーツが開発されると同時に、それの対抗策として銃弾やニードルにコンピューターウイルスを仕込み、スーツに直接入力して無効化するというアイデアが出された事がある。まだどこの軍でも実用化されてはいないが、すでに実用化している者がいたとはな」

「これもまだ試作段階だよ。ハッキング・パイルは一回しか使った事がねえ」

 

 仁也がストームブリンガーのシステムを理解しつつある中、八雲は更に調整を続ける。

 

「じゃあ、そいつがあのメティスとかいう奴用の切り札って事で?」

「一応な。ただコストがバカ高く付いてな………今回は更にシステム変更にプログラムを新規開発したから、幾らかかったか考えたくもねえ」

「デビルサマナーってのはコスト気にして戦うのか?」

「多分オレだけだな。葛葉の下っ端もいい所だからな………」

(つくづく変わった男だ)(変な奴……)

 

 アンソニーの問いに作業の手も休めず答えた八雲に、仁也とアンソニーは言葉は違えど同じ事を心中に思いつつ、車は目的地へと向かって行った。

 

 

 

「もう直到着するようだ」

「準備は出来ているのか?」

「無論だ。あとは計画通りに事を進めればいい」

「こちらの配置も完了している。だが…」

「分かっている。協力はこの一度限りだ」

「コトワリを持っての創生、試してみる価値はある。そのためには、彼らには退場してもらわねばならん」

「それはお互い様だ。さて、では始めるとしよう………」

 

 

 

『E班、準備OK』

『W班、いつでもいける』

『S班、完了であります』

『N班、配置完了』

 

 両国の冥界の門から東西南北それぞれ1000m離れた場所にAPCが止まり、それぞれのAPCの車上にアルジラ、アンソニー、アイギス、咲の四人のスナイパーが狙撃体勢を取っていた。

 四方向からの一斉狙撃でメティス達をかく乱、冥界の門の守備から引き離した所でライドウ、ダンテ、小次郎、アレフの四名が上空から冥界へと直接降下、キョウジと轟所長がそれをサポートするという突入作戦が今始まろうとしていた。

 

『作戦開始だ』

 

 向こうから確認出来ない位置で着陸しているヘリから、轟所長の通信が飛ぶ。

 同時に、四つのトリガーが同時に引かれた。

 高く響く狙撃銃独特の銃声が四方向から響くと同時に、東西南北それぞれのメティスがそれぞれ一体ずつ、頭部を破壊されて倒れこむ。

 

「命中確認、第二目標を」

「了解、だがもう来てるな」

 

 デモニカスーツの望遠機能で戦果を確認した仁也が指示を出すが、アンソニーの覗き込むライフルスコープからはすでにメティス達がこちらへと向かってくるのが見えていた。

 瞬く間に速度を上げ、周辺にいた亡者何体かを弾き飛ばしながら迫るメティスに、狙撃手達の護衛役が得物を構える。

 

「早い早い、ネミッサ」

「OK!」

「お前らも準備しとけ。すぐに来るぞ」

 

 APCの両脇に立っていた八雲とネミッサが、M134ミニガン重機関銃とアールズロックを構える。

 

「目標接近、700、600、500、400」

「撃て!」

 

 仁也の読み上げる距離が一定を割った瞬間、八雲とネミッサは同時にトリガーを引いた。

 響き渡る連射音と同時に、レッド・スプライト号資材班特製悪魔用弾頭が弾幕となって解き放たれた。

 アンソニーの狙撃と八雲とネミッサの弾幕に、メティス達は走りながら重なるようにペルソナを発動、弾丸を弾きながら更に迫ってくる。

 流れ弾を食らった亡者達が肉片となって四散するが、双方構わず、突撃と銃撃を止めようとはしない。

 

「今だ!」

「発射」

 

 八雲の合図に会わせて、APCからミサイルが上空へと発射、ある程度の高度まで上昇するとそこから一気に下降して向かってくるメティス達へと直撃、爆発を起こす。

 

「やったか!?」

「これで片が付けば楽なんだが………」

 

 もうもうと土煙が立ち込める中、アンソニーがスコープから目を離し、八雲は銃身が焼け付きかかっているM134ミニガンを投げ捨てて懐からGUMPを抜く。

 

「八雲さん!」

「動体反応有り! まだ動いている!」

「穴から新手だ!」

「やっぱそうなるか………」

 

 一番最初に気付いたカチーヤが叫び、続けて仁也がデモニカのエネミーソナーの反応を、アンソニーが新たなメティスの出現を叫んだ。

 

「ミサイルまだあるか!」

「LOSAPZ(高速徹甲誘導弾)はもう一発きりだ!」

「構わないから新手にぶちこめ! 素面で来られるとやばい!」

「了解した!」

 

 八雲がGUMPを起動、召喚シーケンスを実行させ、仁也が残ったミサイルを発射させつつ、こちらも召喚プログラムを発動させる。

 

「片方はこっちでやる! そっちを頼む!」

「了解! 真田君、伊織君!」

「分かった!」「これだけボロならなんとか!」

 

 仁也に続いてこちらに向かってくるメティスと対峙した明彦と順平が、召喚器を抜いて己の頭に当てる。

 

「カエサル!」『ジオダイン!』

「トリスメギストス!」『アギダイン!』

 

 体の各所が焼け焦げ、露出した機械部分がスパークしながらも平然とトマホークを振りかざすメティスに、向かって、二人のペルソナの攻撃魔法が炸裂した。

 

 

 

「ジオンガ!」

 

 アルジラに向かって飛んできたトマホークを、ヒロコの電撃魔法が打ち落とす。

 

「ありがと」

「お礼は後で。狙撃に集中して」

「分かってる」

 

 再度スコープを覗き込んだアルジラが、新手として出てきたメティスがフォーメーーションを組む前にヘッドショットする。

 

「単体ならなんとかなるけど、フォーメーション組まれたら途端に防がれる………これだけ息のあったトライブはジャンクヤードにもいなかったわね」

「息が合う、じゃなくて並列思考で統一化されてるらしいわ。群体で動くアリのような物ね」

「アリってのはよく分からないけど、前の私ならそれを望んだかもね」

 

 文字通り、無機質な機械その物の動きで迫るメティス達に、かつての自分達を重ねながら、アルジラはトリガーを引く。

 

「タナトス!」『メギドラ!』

「完全破壊まで攻撃を緩めるな!」『おお!』

 

 間近まで迫ったメティス達に、啓人のペルソナの放つ攻撃魔法に続けて、デモニカをまとった機動班クルー達が仲魔と共に殲滅へと入る。

 

「また新手よ」

「一体何体いるの………」

 

 アルジラの呟きに思わずぼやいたヒロコだったが、再度投じられたトマホークを迎撃すべく、槍を構えながら魔法の発動に入った。

 

 

 

 迫ってくる敵影、その頭部をインサイト。周辺条件を入力して弾道を計算、計算結果による弾道誤差を元に照準を微調整。

 

(邪魔をしないで下さい、姉さん)

 

 一瞬あの時の声がフラッシュバックしたが、亡者達を弾き飛ばし、殺意すら無く、純粋にこちらを破壊するためだけに迫ってくる相手を、《機械》と言い聞かせ、トリガーを引く。

 

「命中を確認、目標は行動停止」

「第二敵群、防護範囲に到達、目標を第三敵群に移行します」

「こっち来るな~!」

 

 アイギスが巨大なアンチマテリアルライフルを連射する両脇で、メアリが淡々と戦果を確認し、アリサが両腕のESガンを速射する。

 

「………なあ」

「なんだ?」

「メイドが三人、でかい銃だのでかい鎌だの両腕にちっちゃいけど大砲つけてるだのってはどう思う?」

「言わないで……絵的にすごすぎるから」

 

 三人の人造メイドが狙撃を行う中、間近まで迫ってきたメティス達を迎撃している修二の問いに、美鶴とゆかりはどう答えるべきか分からず言葉を濁す。

 

「こっちはメイド、あっちはゴスロリ。いつからここは萌えオタ趣味の世界になったんだろな~」

「こんな状況じゃなければ、コスプレショーにしか見えないけどね!」

「私には悪趣味なハロウィンにしか見えん。イギリスの知人の家のパーティーに招かれた時そっくりだ。問題は全部本物だという事だがな! アルテミシア!」『ブフダイン!』

 

 片腕がもげ落ちながらも襲ってくるメティスに、美鶴がレイピアを突き刺して動きを止めた所に至近で氷結魔法を叩き込む。

 

「もう少しだけ持ちこたえてください。敵の増援が確認できなくなった時点で作戦が第二段階に入ります」

「早くしてほしいもんだがな!」

「人修羅殿! 今助ける!」

 

 メティスの振り下ろしたトマホークを白刃取りしていた修二を仲魔のスパルナが援護に入り、カギ爪でメティスを弾き飛ばす。

 

「ミサイルは二発で切れたし、更に新手が来たら……」

「第三敵群、防護範囲に到達します」

「第四敵群、確認」

「これで何体目!?」

 

 アリサの悲鳴じみた声は、今この場で戦っている者達全員に共通した脅威だった。

 

 

 

「また………」

 

 咲はレールガンのマガジンを交換すると、素早く狙いを定める。

 だが放たれた高速弾は素早くフォーメションを組んで発動されたペルソナに阻まれる。

 構わず咲は弾丸を連続で撃ち込み、向こうの防御限度を超えた一発が三体の内の一体の頭部を撃ち抜く。

 頭部を撃ち抜かれた一体が崩れ落ちる中、残った二体が素早くフォーメーションを変え、更に迫ってくる。

 続けざまに高速弾は放たれ、残った二体に損傷を負わせた所で再度弾丸が尽きる。

 

「くっ!」

「凪! 食らえアギダイン!」

「イシュキック!」『マグダイン!』

 

 再度マガジン交換をする咲の前では、凪と仲魔のハイピクシー、あかりの三人がかりでぼろぼろになりながらも襲い掛かってくるメティスを相手していた。

 

「首を狙ってください! ヒューマンフォームアンドロイドなら、そこが弱いはず」

「すでに狙っているセオリーなのですが……!」

「ペルソナが邪魔する!」

「この~!」

 

 なかばやけくそでハイピクシーがメティスの顔面に張り付き、視界を強引に奪う。

 

「思い出した! ロボットの弱点は頭とコクピットと、ここぉ!」

 

 あかりが手にしたレッド・スプライト号ラボ謹製の軽金属大剣を横殴りに振り回し、メティスの腰に刃を食い込ませる。

 バランスを司る腰に刃が食い込み、メティスの動きが鈍る。

 だが、その体からエネルギー上昇を示す陽炎が立ち昇り始め、オルギアモードに移行しようとするが、そこに背後から突き立てれた小太刀が首を貫いた。

 

「後ろからは卑怯のセオリーですが、ロスは許されないケースです」

 

 凪が小太刀を引き抜くと、メティスの体からエネルギーの陽炎が立ち消え、ようやく力を失ったその体が崩れ落ちた。

 

「や、やっと一体………」

「次行くよ!」

 

 崩れ落ちたメティスの顔面から離れたハイピクシーが脱力しかけるが、あかりが大剣を手に他のメティス達と激戦を繰り広げている機動班クルー達の方へと向かっていく。

 

「あまりここから離れてはいけないセオリーです!」

「それに、そろそろのはず……」

 

 冥界の門から新手が出てこなくなった事に、咲は小さく呟きながら、機動班クルー達を援護するべく銃口を向けた。

 

 

 

「敵反応、増加停止」

「ようやくです………撃破したのも含めて、確認できたのは49体」

「そんなにいるんですか………」

 

 冥界の門から少し離れた場所で、観測班のクルーと風花、それに護衛の乾とコロマル(ついでにダークバスターバスターズの二名)が大型の観測用APCの中で戦況を随時観測していた。

 

「これだけの戦闘用アンドロイド、どうやって作ったんだ?」

「分かりません………アイギスも姉妹機が何体かあったそうですけど、あれだけの量産は不可能だって桐条先輩が断言してましたし……」

「フレームは量産できても、エネルギー源が無いとダメらしいな。アーヴィン班長がやたらと興味持ってたけど」

「召喚器分解したがってるって本当ですか? 美鶴さんが絶対渡すなって言ってたんですけど」

「やりかねないな~、あの人なら。ってあれ?」

 

 観測班の一人が苦笑する中、レーダーに奇妙な反応が入る。

 

「なんだろこれ? 人間、だけどどこか違うような………」

「え? 待ってください。こちらでもアナライズします」

 

 風花が己のペルソナで反応のあった方向を精査する。そして、それが何か気付いた時、その顔色が一気に青ざめていった。

 

「作戦中の皆さんに緊急連絡! 喰奴の大群がそちらに向かってます!」

「なにい!」

「待て、反対側からも悪魔の大群が向かってきてるぞ!」

「まさか、罠!?」

「そんな………」

 



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PART32 BAD TURN(後編)

 

『作戦中の総員に通達! 9時及び12時方向に喰奴、3時及び6時方向から悪魔の軍勢がそちらに向かっている!』

「本当か!」

「本当みたいだぜ………」

 

 突然の報告に仁也が声を上げる中、八雲は振り返った先に、白い装甲服をまとい、手にアサルトロッドを持った一団が向かってきているのを確認していた。

 

「こっちはオレ達でやる! そっちを頼む!」

「了解!」

 

 八雲の声に仁也が返答し、振り返ろうとした明彦と順平も八雲達にそちらを任せる事にしてメティス達との戦いに専念する。

 

「突入班、第三勢力の介入のため、作戦の即時発動を要請! そちらの突入と同時に、遅滞戦闘を行いつつ撤退する!」

『突入班、了解。これより突入を開始する』

 

 仁也が通信に叫び中、八雲が銃を構え、その両隣にカチーヤとネミッサ、そして仲魔達が並ぶ。

 

「撃て!」

「ネミッサさん!」「OKカチーヤちゃん!」『マハブフーラ!』

 

 押し寄せてきた一団、カルマ協会の兵達が身長ほどはあるアサルトロッドを構え、一斉に銃撃を開始する。

 しかし、その銃弾はカチーヤとネミッサの氷結魔法で作られた壁に阻まれ、弾かれていく。

 

「行け!」

「グルルル!」

「キシャアアア!」

 

 八雲の号令で、氷壁を乗り越えてケルベロスとカーリーがカルマ兵達へと襲い掛かる。

 

「撃ちまくれ!」

「ガアアァ!」

「遅いよ!」

 

 飛び交う銃弾を掻い潜りながら、ケルベロスが業火を吐き出し、カーリーが六刀を振るう。

 

「変身して応戦しろ!」

「おう!」

 

 カルマ兵達が数名、アートマをかざして変身しようとするが、一人の喉にHVナイフが突き刺さる。

 

「がはっ!?」

「悪ぃな、変身待ってられる程人間できてないんでな」

 

 仲魔に続けて氷壁を超えた八雲が、変身のわずかな隙を逃さずHVナイフを突き立て、駄目押しにバイザーの隙間に弾丸を叩き込む。

 

「貴様ぁ!」

「よくも!」

 

 それを見たカルマ兵達が次々と悪魔の姿へと変身していく。

 

「食ってやる!」

「あたるぞ、絶対。なあ?」

 

 バビロニアで人界と魔界を結ぶ門の番人とされる半人半蠍の姿をした獣人パピルサグへと姿を変えたカルマ兵に、八雲は驚きもせずに呟く。

 次の瞬間、パピルサグの顔面に二つの槍の穂先が突き刺さっていた。

 

「が………!?」

「たあっ!」

「ええぃ!」

 

 カチーヤの空碧双月とネミッサのカドゥケウスがパピルサグの頭部を薙ぎ、パピルサグは一撃で力を失って倒れる。

 

「おのれ!」

 

 盾と槍を持った天使パワーへと変じたカルマ兵が、八雲へと向けて槍を突き出す。

 八雲は突き出された穂先をナイフでいなし、もう片方の手でソーコムピストルを連射。

 

「効かん!」

 

 パワーは持ってた盾でいとも簡単に弾丸を防ぎ、大振りの横薙ぎで八雲の首を狙ってくる。

 

「ちぃっ!」

 

 八雲はとっさにナイフを両手持ちにしてその一撃を防ぐが、腕力差であっさりと弾き飛ばされる。

 

「人間が喰奴に勝てるとでも」

「勝ってるぜ?」

 

 弾き飛ばされ、地面へと転がった八雲にパワーが侮蔑の笑みを浮かべるが、何故か八雲の顔にも同じような笑みが浮かんでいた。

 

「なにを……!?」

 

 パワーがその笑みを疑問に思った時、その胸に一本の針が突き刺さっていた。

 

「これは……!」

 

 針に手を伸ばそうとしたパワーだったが、その針に込められた呪殺魔法が発動、一撃で即死したパワーが無造作に地面へと落ちる。

 

「まともに戦うわけねえだろ、オレみたいな三下が」

「こ、こいつら……!」

「気をつけろ! こいつら、対悪魔戦闘に相当慣れてる!」

「オレが慣れてるってよりも、あんたらがアマチュアなんだよ。デビルサマナーを舐めるな」

 

 隙や弱点を的確に突いてくる八雲達の戦い方に、カルマ兵達がたじろぐ。

 

「人食いになったからって優越感感じてんなら、勘違いって奴だな。こっちはそんな連中、年がら年中相手してんだから」

「貴様ぁ!」

「食ってやる!」

 

 平然としている八雲の態度に、激怒したカルマ兵全てが悪魔へと変身して襲い掛かってくる。

 

「行くぞ」

『おお!』

「やるよカチーヤちゃん!」

「はい!」

 

 八雲の声に仲魔が気勢を上げ、ネミッサとカチーヤも己の得物を構える。

 

「もっぺん言うぜ。デビルサマナーを舐めるな」

 

 喰奴と仲魔、双方が咆哮を上げながら、激突した。

 

 

 

「な、何なのですか! このエネミーは!」

「喰奴って奴!」

「赤の10年物か………」

「オレが先だ!」

 

 次々と変身していくカルマ兵達に、凪が驚き、あかりが大剣を構える。

 二人の少女の姿に、喰奴と貸したカルマ兵達は舌なめずりをしながら一斉に襲い掛かった。

 

「メギド!」

 

 そこへ狙撃を中断した咲の魔法攻撃が炸裂する。

 

「下がってください! 喰奴は危険です!」

「危険は最初から承知のセオリー!」

「イシュキックだって強いんだから!」

 

 それぞれの得物を構える凪とあかりに、咲はレールガンの銃口をカルマ兵達へと向ける。

 

(この二人は恐らく、人間同士で殺し合いをした事がない………もし相手を人間だと認識してしまえば、戦えなくなる!)

 

 仲魔とペルソナ、それぞれを引き連れて喰奴へと向かおうとする二人の背後から、咲は援護射撃に入るが、二人の突出は止まらない。

 

「下がってください! それ以上は危険…」

 

 咲が警告を発した時、変身していなかったカルマ兵の一人が、マガジンを交換して何かを発射した。

 発射された弾頭は、空中で拡散してネットとなって二人の足に絡みつく。

 

「これは!?」

「な、なにこれ!」

「捕縛用粘着ネット弾、鮮度を保つには生きたまま捕まえるのが一番だからな」

「二人を離しなさい!」

 

 咲が救援に向かおうとするが、その進路を別のカルマ兵達が塞ぐ。

 思わず背後を振り返る咲だったが、そちらでは機動班クルー達がメティスとの戦闘の真っ最中だった。

 

「凪! 今助ける!」

「イシュキック!」『マグダイン!』

 

 足を絡め取られた状態で、仲魔とペルソナで必至に応戦する凪とメティスだったが、やはり思うように戦えずに苦戦している。

 

「大人しくしろ! 鮮度が落ちる!」

「凪は魚じゃないよ!」

 

 反撃を食らいつつも、カルマ兵達が二人を捕縛しようとするのをハイピクシーが必至に止めさせようとした時、上空から影が指してくる。

 直後、轟音と共にショウテンが喰奴化していたカルマ兵を押しつぶしながら落下してきた。

 

「うひゃあ!」

「これはライドウ先輩の!」

「油断し過ぎです」

 

 更に、上空からゆっくりと落下してきたヴィシュヌが二人の拘束を外していく。

 

「小次郎の………」

 

 咲が呟きながら上空を見ると、ちょうど真上を一機のヘリが通過していく所だった。

 

「召喚士殿の命だ」

「助勢させてもらおう」

「感謝のセオリーです」

「ようし、行くぞ~!」

「無理はしないで」

 

 強力な助っ人に、三人の乙女は奮起してカルマ兵達へと向かった。

 

 

 

「スナイパーモデルからアサルトモデルにコンパーチプル、システム変更します」

「ちょっと待って! 今外すから!」

「その時間、こちらで稼ぎます」

 

 いきなりの背後からの敵襲に、アイギスの装備を変更するべく、アリサが慌ててアイギスからアンチマテリアルライフルを外していく。

 それを背後にしながら、メアリは手に巨大な漆黒の大鎌、デューク・サイズを手にシジマの堕天使達へと向かっていく。

 

「人形風情が!」

「マガツヒも取れないガラクタに用は無い!」

 

 馬に乗った赤い甲冑の騎士、ソロモン王の72柱の魔神の一者、堕天使 エリゴールと、同じく馬に乗った青い甲冑の騎士、ソロモン王の72柱の魔神の1者、大がらな馬に騎乗した恐怖の王、堕天使 ベリスがメアリへと襲い掛かる。

 メアリは手にしたデューク・サイズの柄尻を回すと、大鎌は純白のハルバート、ジャッジメント・トマホークへと変化する。

 振り回されたジャッジメント・トマホークがエリゴールの槍を掻い潜ってその胴体に叩き込まれ、そのままエリゴールを馬から叩き落す。

 

「この…」

 

 憤怒の顔で睨みつけるエリゴールからメアリはジャッジメント・トマホークを引き抜き、そのまま身をひるがえしてベリスの突き出してきた三つ又の矛を避ける。

 急激な動きにメイド服のスカートのすそがひるがえり、そこから手榴弾がこぼれ落ちる。

 

「!」

「失礼いたします」

 

 詫びの言葉と共にメアリは飛び退き、直後炸裂した手榴弾が二体の堕天使を巻き込む。

 

「聖別済みベアリングと聖灰仕込みのホーリーグレネード、これなら…」

 

 爆風が吹き抜ける中、メアリが周囲を確認しようとするが、そこへは星の形をした旧約聖書アモス書に語られる、アッシリアの「宮殿」を意味する名の星の神とされる夜魔 キウンが横から襲い掛かり、メアリの体を弾き飛ばす。

 

「油断しすぎだぜぇ……」

「してはおりません」

 

 とっさに柄でその一撃を受けたメアリだったが、爆煙の晴れた向こうに、何とか耐え切ったベリスも姿を現す。

 

「やってくれたな。人形が……」

 

 その他にも、シジマの悪魔達が続々とメアリを取り囲んでいく。

 メアリが周囲を見回しながら、ジャッジメント・トマホークの柄を強く握り締めた時だった。

 

「アテナ!」『ヒートウェイブ!』

「くらえぇ!」

 

 ようやく換装の終わったアイギスがペルソナで悪魔達を薙ぎ払い、アリサが両腕のESガンを乱射する。

 

「お待たせしました!」

「大丈夫姉さん!?」

「大丈夫です」

 

 メアリの両脇にアイギスとアリサが並び、三人の人造メイドが悪魔達と対峙する。

 

「人形がそろいもそろって……!」

「構わん、破壊しろ!」

「人形人形って、馬鹿にしないでくれる!」

「私達は確かに神ならざぬ手で造られた物ですが、この中にソウルは持っています」

 

 メアリがそっと胸に手を当てると、思わずアリサとアイギスも己の胸に手を当てる。

 

「行くわよ姉さん! SUMMON SYSTEM START、D―DATA DEVICE SET」

「分かりましたアリサ」

 

 アリサが瞳に光のロジックを浮かび上がらせながら左手を高く掲げ、メアリも瞳に魔力の輝きを浮かび上がらせながら右手を高く掲げて、二人が手を合わせる。

 

『SUMMON』

 

 内蔵COMPシステムを起動させたアリサに、メアリが召喚命令を出す。

 2つの輝きは融合し魔法陣と化して、仲魔達を召喚する。

 

「呼ばれて参上じゃ!」「命に従いましょう」「さあ何をすればいいの?」

 

 召喚されたアイルランドの靴作りの妖精 レプラホーン、天使 プリンシパリティ、ねじくれた人形のような姿をしたマレーシアの土の精霊、妖精 ティング・カットが姿を現し、二人の前に立つ。

 

「私だって負けません!」

 

 アイギスは両手のマシンガンに、追加されたばかりの肩からのサブアームにロケットランチャーを構える。

 

『私達の力、お見せします!』

 

 三人は同時に叫びながら、シジマの悪魔達へと攻撃を開始した。

 

 

 

「イヤアァ!」

 

 気勢と共に振るわれたアルジラの触腕が、ソロモン王の72柱の魔神の1者、銀色の巨大な翼魚の姿をした堕天使 フォルネウスを弾き飛ばす。

 

「せやあっ!」

 

 ヒロコが突き出した槍がケルト神話の獣の頭を持った悪の巨人、夜魔 フォーモリアを一撃で貫き、フォーモリアの体が崩れ落ちていく。

 

「ねえ、気付いてる?」

「ええ、何かおかしいわ」

 

 お互い背中合わせになりながら、二人はこの背後からの敵襲に違和感を感じていた。

 

「もし同じ事をエンブリオンでやるなら、戦力をどこかに集中させる」

「そうね、他のポイントも苦戦してるけど、皆素人じゃない。ちゃんと対処できてる。こちらの戦力を削りたいなら、もっと大々的に攻撃してきてもおかしくないわ」

「………罠?」

「かもしれないわ。けど、一体何をする気なのかが分からない………」

『総員に通達、これより突入班が突入する。各ポイント、突入後に遅滞戦闘を行いつつ、撤退』

 

 上空から冥界の門の中心を目指しているヘリのパイロットからの通信に、二人は思考を中断して戦闘を継続させる。

 

「何も起きなければいいのだけど………」

 

 ヒロコはどこか不安を感じながら、槍を振るっていた。

 

 

 

同時刻 珠閒瑠警察署(仮) 署長室

 

『奇襲してきた敵勢力の危険度はBレベル。各防衛クルーが対処中。全滅の危険性は15%以下』

「つまり、危険は少ないという事か………さすがに肝を冷やしたが」

 

 冥界の門の観測班からの報告と、それを解析したアーサーからの情報に署長の席に腰掛けたまま聞いていた克哉は胸を撫で下ろす。

 

「それで、負傷者は?」

『軽6名、いずれも戦闘に問題無し』

「妙だな」

 

 同室で報告を聞いていたゲイルが、目と目の間を指差すような仕草をしながら、思考を始める。

 

「こちらの作戦の不意を突いたにしては、戦力が少なすぎる。シジマとは直接交戦は初めてだが、リーダーの氷川という男は決してこちらを過小評価するような者ではないと聞いている」

「氷川はもっと恐ろしい男よ。必ず先の先まで読んで手を打ってくる」

 

 今回の作戦では遠距離戦闘メインという事で残っていた祐子も、半端としか言いようの無いシジマの攻撃に首を傾げていた。

 

「それはこちらも同じだ。カルマ協会のジェナ・エンジェル、天才の名を欲しいままにし、オレ達を悪魔にした張本人。その戦術は苛烈と言ってもいい。これは何か別の作戦のための時間稼ぎと考えられる」

「だが、一体………」

「克哉さん、いる~?」

 

 そこでドアがノックされ、舞耶がひょこっと顔を出した。

 

「ああ、舞耶君か。何か用かね?」

「ちょっと気になる事があって。この間、街で妙な反応を感じて、相手は確認できなかったけど、顔見た人から聞いて似顔絵を持ってきたの」

「妙な反応?」

「栄吉君も似たような事言ってたけど、全然違う人なのよね~」

 

 そう言いながら、舞耶は二枚の似顔絵(というには大分デフォルメされていたが)を差し出す。

 それを見たゲイルと祐子の顔色が一瞬で変わった。

 

「これは!」

「ウソ!?」

「知っている人物か?」

「これは、ジェナ・エンジェルだ!」

「こっちは氷川に間違いないわ! この街に来てたなんて!」

 

 その言葉に、克哉は思わずイスから立ち上がる。

 

「……しまった! 悪魔達に気を取られすぎた!」

「喰奴も、変身しなければアートマ以外はただの人間と変わらない。潜入は十分に可能だ」

「氷川は高度の術者だけど、人間よ。その気になれば、この街に潜り込む事なんて彼には造作もなかったんだわ………」

「目的は、やはり諜報活動か。だとしたら……」

「今回の作戦、筒抜けになっているかもしれん」

「そんな!」

「すぐに下の作戦参加者を呼び戻せ! これは、罠だ!!」

 

 

 

「妙だな」

「ああ」

「どう見ても時間稼ぎだ」

「構う事ねえさ。こっちが地獄に飛び込んじまえば、ゲームセットだ」

 

 冥界の門の中心部へと向かうヘリの中で、小次郎、アレフの指摘に、ライドウ、ダンテが平然と受け流す。

 

「挟撃、って割にはなんとか出来てるな……」

「何かしでかすつもりなのは確かだ。急いでそいつらを落とせ」

「爆撃用の爆弾じゃないんだから、それなりの準備をさせてからじゃないと許可は…」

 

 何か嫌な予感に気付いたキョウジと轟所長の指示に、ヘリの操縦をしていた機動班クルーは顔をしかめつつ、降下予定位置を確認していく。

 

「いや、もうここでいい」

「後はこちらで…」

 

 小次郎とアレフがパラシュートも無しにヘリのドアを開けようとした時だった。

 戦闘を繰り広げている者達の更に背後、四方にそれぞれ地面から柱がせり出してくるのに小次郎が気付く。

 

「あれは……」

「双眼鏡あるか!」

「そこのボックスの中!」

 

 ヘリのパイロットの声にアレフが双眼鏡を取り出し、柱を観察する。

 柱は全長が3mはある物で、その先端に人形のような物が取り付けられていた。

 

「まさか………」

「こっちのにも人形がついてるな。あれは、怒りの相か?」

「あっちのは泣いてるみてえだ」

「喜怒哀楽の相を示す人形を四方に、ひょっとして………」

 

 同じく双眼鏡で四方の柱を見たキョウジとダンテの言葉に、それまでライドウの肩で黙っていたゴウトがある術式を思い出す。

 

「すぐに下の連中を撤退させろ! あれは、ゲートを開く術式だ!」

「やはりか! まずいぞ!」

 

 同じ物を見た事があるアレフが叫び、確信を得たゴウトも叫んだ時、小次郎が柱の更に向こう側に立つ男の姿を発見した。

 

「氷川! こんな所に!」

 

 双眼鏡の向こうでシジマを束ねる男、氷川がその顔を歪めるような皮肉な笑みを浮かべ、両手を合掌する。

 氷川の口が動き、何かを詠唱し始める。

 それに応じるように、四方の柱の先端の人形が動き始め、柱自体も光を帯び始めた。

 

「いかん! 間に合わんぞ!」

「上昇しろ!」

「え……」

 

 機内の悪魔使い達が騒ぎ始める理由に、ヘリのパイロットは一瞬判断に迷う。

 だが、次の瞬間、騒ぐ理由をその場にいた者全てが理解した。

 最初に起こったのは、冥界の門から更に凄まじい瘴気が噴き出した事だった。

 

「うわああ!」

「何かに捕まれ!」

 

 間欠泉がごとき瘴気の噴出に、ヘリがバランスを失いかけて大きく揺れる。

 

「いや、それよりもこっちの方が早いぜ」

「そうだな。それに少しでも遅らせる必要がある」

 

 揺れる機内からダンテとライドウが飛び降り、ダンテは噴き出す瘴気を前にむしろ顔に笑みを浮かばせ、ライドウは落下しながらも目を閉じ合掌し、封印術の詠唱に入る。

 

「無茶しやがるぜ」

「いかん、バランスが取れない! 墜落に備えてくれ!」

「分かった」

「そうする」

 

 キョウジが思わず口笛でも吹きそうになるが、パイロットのとんでもない一言に、小次郎とアレフもためらいなくヘリから飛び降りていく。

 

「おい、機体が軽くなったがまさか……」

「四人とも降りたぜ。早く待避しろ」

「! わ、分かった!」

「まずいな、下は間に合わん」

 

 轟所長がそう呟き、キョウジは下を見る。

 そこでは冥界の門が周辺の地面を吸い込んでいくがごとく、急激的にその範囲を広げていた。

 

「やばいぜ、これは………」

 

 

 

「車を出せ! 早く逃げろ!」

「しかし!」

「迷ってる暇はねえ!」

 

 カルマ兵達と戦いながら、八雲がAPCを発車させようとする。

 

「させるか!」

「逃がさん!」

「手前らもいい加減にしねえと飲まれるぞ!」

 

 冥界の門がどんどん拡張していく中、喰奴化したカルマ兵達はなおも襲い掛かってくる。

 

「喰奴ならば、この穴の拡張にも耐えられると……あれ………?」

 

 そう言っていた喰奴の一体が、冥界の門へと吸い込まれ始める。

 

「そんな、主任はこんな事は…!」

「冥界の門は人間じゃない方が引き込まれやすいんだよ、なんでオレがいの一番に仲魔をRETURNさせたと思ってた?」

「な………」

 

 吸い込まれていくカルマ兵達に念のために八雲はトドメの弾丸を叩き込んでいくが、その間にどんどん冥界の門は近付いてくる。

 

「八雲さん!」「このままじゃあんた!」

「いいから急げ! ネミッサ、カチーヤもだ!」

「けど!」

 

 半ば強引に乗せられた明彦と順平が叫ぶが、八雲は銃を連射しながらパートナー二人も何とか逃がそうとする。

 

「すぐそこまで来てるぞ!」

「ヒトナリ! お前も早く!」

「構うな!」

 

 どんどん広がってくる冥界の門を前にしながら、メティスのトマホークを大型のコンバットナイフで受け止めている仁也が、アンソニーが必至になって手招きするのを拒絶する。

 しかし、冥界の門の拡張は更にその速度を増していった。

 

 

「うわあぁ!」

「お、落ちる!」

「く………」

 

 背後から聞こえてくる悲鳴に、啓人が奥歯を噛み締めながら走り続ける。

 

『ダメ……で………座標があいませ……ケープロードが……』

「………」

 

 冥界の門拡張の影響か、途切れ途切れの今にも泣き出しそうな風花からの通信に啓人は何を言えばいいかわからず、ただ走る。

 その足が、不意に地面にめり込んだ。

 

「あ……」

 

 思わず声を漏らした啓人が、何とかそれでも駆けようと足を前へと踏み出す。

 前へと出した足が踏みしめた地面が崩れ、そのまま浮遊感が全身を覆っていく。

 走り出すAPCの方から誰かが何かを叫んだ気がしたが、啓人の意識は落下していく体と一緒に、闇へと閉ざされていった。

 

 

「イシス!」『マハガルダイン!』

「至高の魔弾!」

 

 ゆかりの疾風魔法と修二の魔弾が背後に放たれ、その反動で美鶴も巻き込んだ三人の体が大きく前へと弾き飛ばされる。

 

「こちらです!」

「お急ぎ下さい」

「うわあ、もうそこまで!」

 

 走り出すAPCの上や両脇の窓から、アイギス達が必至になって手招きする。

 だが拡張を続ける冥界の門は、三人が着地するよりも早く、その先の地面を飲み込んでいく。

 

「ああっ!」

「やべえ! 地面がねえ!」

「アルテミシア!」『マハブフダイン!』

 

 美鶴が氷結魔法で氷の通路を作り出し、なんとか三人を受け止める。

 

「間に合えっ!」

「もうちょっと…」

 

 氷の通路がまだ残っている地面にまで到達しようとするが、地面の崩落は更に加速していく。

 

「くっ………」

「オレもやる! もう一発だ!」

 

 修二が胸を叩いてマガタマを吐き出し、別のマガタマを飲み込んで叫ぶ。

 

「絶対零度!」

「アルテミシア!」『マハブフダイン!』

 

 二人が放った氷結魔法が更に氷の通路を拡大させ、崩れ落ちる地面を氷結させていく。

 

「よし、これなら………」

 

 ゆかりが安堵しかけた時、突然氷の通路が砕け散る。

 

「な………」

「ちぃ!」

 

 美鶴が驚愕する中、修二は後ろを振り向く。

 そこには、ペルソナを発動させて冥界の門に引き込まれないようにしながら、トマホークを投擲した体勢のままのメティスがいた。

 

「この反応、オリジナル!」

「止めてください、あの方々を救出に向かいます」

「でも姉さん!」

 

 氷の通路の崩壊が進み、三人が立ち往生する中、APCから人工メイド達が飛び降りようとするが、崩落はすでにこちらにまで追いつこうとしていた。

 

「メティス!」

『邪魔をしないで下さい、姉さん』

 

 アイギスが右手のマシンガンをメティスへと向けるが、そこへ再び同調通信が飛び込んでくる。

 その一言で、メティスへと向けたアイギスの指先が震え始める。

 

「アイギス」

「私に任せて!」

 

 それを見たメアリがそっとアイギスの肩に手を置いて下がらせ、代わりにアリサが銃口を向ける。

 だがそこで、地面の崩落がAPCにまで追いつき、車体が傾いていく。

 

「いけません!」

「防護機能を発動、車内へ」

「落ちる~~!」

「ダメだ、もたねえ!」

「捕まれゆかり!」

「ちょ、やだ、きゃあああぁぁ!」

 

 氷の通路の完全崩落と同時に、APCも車体はほぼ真後ろを下へと向けて傾かせ、冥界の門へと落ちていく。

 

「メティス!」

「向こうで待っています、姉さん」

 

 アイギスが視界が完全に闇へと閉ざされる前にメティスの方を見つめ、メティスもペルソナの加護を外して同じように落下していく。

 なぜか先に落下していくメティスの言葉を最後に、アイギスの意識も闇へと沈んでいった。

 

 

 

「ハリーです!」

「うわあああ、もうそこまで地面無いよ!?」

「貴方達! この二人だけでも…」

 

 わめく凪とあかりだけでも逃がそうと、咲が二体の仲魔に呼びかける。

 

「なんとかやってみようぞ」

「主からの命でもある」

 

 ショウテンが凪を抱え上げ、ヴィシュヌがあかりを抱えて飛び出そうとする。

 そこで、APCのタイヤがスリップを始める。

 

「だめだ! もうこれ以上!」

「急いで!」

 

 地面の崩落でタイヤのグリップが効かなくなった事を叫ぶ運転席の機動班クルーに、咲は仲魔を急かした。

 

「ぐおおおぉぉ!」

「はああぁ!」

 

 二体の仲魔が二人の少女を力任せに外へと投げようするが、広がった冥界の門がAPCを飲み込んでいく。

 

「ぬおおおぉ………」

「済まぬ……!」

 

 投げるのも間に合わず、冥界の門は全てを飲み込んでいった。

 

 

 

「うまくいった。今、あそこには誰も残っていない」

「なるほど、東京をこのようにした張本人だけはあるな」

 

 ほくそえむ氷川の背後に、エンジェルが近寄り、作戦の結果を見届ける。

 二人の視線の先には、両国をほとんど飲み込むまでに巨大化した冥界の門の暗い穴だけが存在していた。

 

「これであの街の戦力は半減以下にまで落ち込む」

「そうだな、しかし約束通り……」

「協力はここまでだ。お互いにな」

 

 そう言うと、二人は互いに背中を向けて歩み始める。

 しかし、その歩みは数歩出した時点で止まった。

 

「……何かが聞こえる」

「ああ、これは、歌?」

 

 冥界の門から微かに響いてくる歌声に、二人は再度そちらの方を見る。

 

「セラ、ではないな」

「テクノシャーマンの少女はこの作戦に参加してないのは確認済みだ。あの能力、失うのは惜しい」

「好きにするといい。扱いを間違えば、貴様も食われるだろうがな」

「よく言う物だ。娘だと言ってなかったか?」

「私のDNAをベースにしただけだ」

「ふ、そうか………」

 

 いつしか歌声は消え、二人は再度歩き出す。

 後には、不気味な沈黙だけが残された。

 

 

 

「皆さん! 応答してください! リーダー! ゆかりちゃん! 順平君! 桐条先輩! 真田先輩!」

「そんな………皆さん………」

「ク~ン…………」

「………デモニカの反応も全てロストした」

「…………レッド・スプライト号に連絡を。作戦実行部隊、総員、生死不明…………」

 

 非情とも言える観測班クルーの言葉に、風花がその場に崩れ落ちる。

 

「ああ、あああぁぁ……」

「風花さん………でも、まだ皆さん死んだと決まったわけじゃありません………」

「けど………」

「ワンワン」

 

 風花を励ますように、コロマルも力強く鳴く。

 だが、生存の根拠を示す証拠は、何一つ存在しなかった………

 

 

 

 寄り添い、束ね始めらた糸は、突然の策略に引き裂かれる。

 深く暗い闇の果てに待つ物は、果たして………

 



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PART33 DIVE UNDERGROUND

 

「全滅……だと?」

 

 最初、克哉は自分の口から出た言葉の意味を理解しきれず、ただカラーサングラス越しの目を大きく見開くしかできなかった。

 

『現在、残存部隊が帰還の最中です。ただ、観測班の僅かな人数だけで、作戦の実行班の人間は全員が拡大したホールに飲み込まれたと…………』

 

 レッド・スプライト号の通信班クルーからの報告に、克哉はまだ現状を認識しきれずも、口から言葉を何とか紡ぐ。

 

「実行班との通信は?」

『現在試みてますが、現状では…………』

「なんでもいい、情報が届いたらこちらにも連絡を。それとしばらくこの情報は外部にもらさないように頼む」

『了解しました』

 

 通信が切れた所で、克哉はレッド・スプライト号から支給された通信機のレシーバーを置いた。

 

「ふぅ…………」

 

 事実を己の中で認識するべく、克哉はしばし無言で吐息を漏らすが、それも僅かな間で、すぐに携帯電話を取り出すと別の連絡を入れる。

 

「もしもし、克哉だがヴィクトル氏に至急重要な話が有るから、そちらに伺うと伝えてほしい。レイホゥ女史にもすぐ業魔殿に戻るように伝えてくれ。ああ、それでは」

 

 電話を切ると今度はこの間作成したばかりの、今市内に残っているペルソナ使いや喰奴達のシフト表を確認、目的の人物が署内にいる事を確認して席を立ち上がる。

 

「克哉~、どしたの?」

「少しな。ちょうどいい、サーフ君とゲイル君に急用があるから、玄関まで来る様に伝えてくれ」

 

 そこに克哉の指示で市内の定期巡回から戻ったピクシーが現れ、克哉は彼女に指示を伝えて玄関に向かおうとする。

 

「分かったけど、一体何があったの? すごい怖い顔してるよ?」

「む、そうか? それはいけないな」

 

 ピクシーに言われ、克哉は思わず壁にあった鏡を見つめる。

 そこには、確かに険しい顔の自分が映っていた。

 なんとか険しさだけでも消そうとするが、すぐに諦めてドアに手をかける。

 

「そうだ、これから時間があったら、巡回をしておいてくれ。報酬は割り増しにするから」

「あんまりもらっても食べきれないけど……本当に何があったの?」

「後で話す」

 

 それだけ言うと、克哉はドアから廊下へと出て行く。

 冥界の門に向かった者達、全員突如として拡大した冥界の門に飲み込まれ、全滅したらしいとの情報の詳細を確認するために。

 

 

 

 認識できるのは、闇。

 視界その物を覆う闇の中に、僅かに己が浮かんでいる。

 闇に落ちていく感触の中、八雲は僅かに働く自我で周囲を見回そうとするが、闇以外の物は認識できない。

 

(しくったな………何人逃げ出せた? 全滅の可能性もあるな………ま、サマナーなんてロクな死に方しねえと思ってたが、ここまで一方的だと化けて出そうだ………けど、化けて出た奴は色々倒したが、自分でやるにはどうすりゃいいんだ?)

 

 とりとめのない事を考えながら、闇に己を任せていく八雲の前に、一つの光が現れる。

 

「なるほど、あんたがお迎えか。レッドマン」

「否、そなたはまだ輪廻の道に入ってはおらん」

 

 光と共に八雲の前に現れた者、ネイティブ・アメリカンのシャーマン、レッドマンの言葉に、八雲は首を傾げた。

 

「死んでない? 確かに方法いかんじゃ生きたまま冥界にも行けるらしいが、そんな暇は無かったぜ?」

「あの場にいたのは、皆強いソウルを持つ者、そして我のような者達が加護を与えている」

「なるほど、そういやSTEVENだのイゴールだのが裏でなんかやってるって話だったな。けど、正直この先どうすりゃいいんだ?」

「冥府の入り口まで、我が皆を導こう。そこで待っている者がいる。そして、懐かしき者もな………」

「あの世にいってまでこき使われるのかよ」

 

 思わず苦笑した時、八雲の耳に歌声が響いてきた。

 

「これは、ネミッサか?」

「滅びの歌が冥府まで皆を導こうとしているのだ。これを辿れば、大丈夫だ。む………」

「どうした?」

「何者かが干渉してきている。悪しき力ではないようだが、何人かそちらにたどり着かぬかもしれぬ。だが、問題は無い。さあ、目を覚ますのだ。ソウルの真なる強さが、これより試される………」

「……おちおち死んでもいられねえか」

 

 

「くもさ………起きて………」

「や……いい加減………」

「つ………ん?」

 

 誰かに呼ばれる声に八雲が目を覚ます。

 目を開けて気付いたのは、こちらを覗き込むカチーヤの顔と、妙な冷たさだった。

 

「八雲さん! やっと起きた、遅いよ八雲」

「カチーヤ、ネミッサも一緒か。他の連中は?」

「それが……周り見て」

 

 表情、というよりも顔つきその物がころころ変わり、文字通り一緒になっているカチーヤとネミッサを確認した所で、八雲は周囲を見回し、冷たさの原因に気付いた。

 

「こいつは………」

 

 そこは、夕闇のような暗さの空と、草一つ無い荒野が地平線にまで繋がった場所で、そこに異様な物が立っている。

 それは氷で出来た巨木のような物で、よく見ると氷の枝の先に、一緒に冥界の門に飲み込まれた仲間達が果実よろしくぶら下がってており、八雲もその内の一つとなっていた。

 

「これ、お前達が?」

「よく覚えてないんですけど………飲み込まれた瞬間やばいって思ってカチーヤちゃんに入って、それは私も覚えてるんですけど。誰かに何か言われて、なにかした気はするんだけど……気付いたらこんな状態だったんです」

「………ネミッサ、分かりにくいからカチーヤから出てくれ」

「OK~」

 

 同じ口から交互に出る説明に、ある程度は慣れてはいるが、やはりややこしい事に変わりないので、八雲の指示でカチーヤの体からネミッサが抜け出す。

 そんな会話をしている間、身動き出来る者は氷から脱出して他の者の脱出を手助けし始める。

 

「お~い、全員無事か~?」

「無事じゃないんすけど………」

「じっとしていてくれ。今下ろす」

 

 一番手近の枝に、何故か足が氷の枝に絡まる状態で逆さ吊りになっている順平を、仁也がデモニカの付属ツールで救出を試みている。

 

「何がどうなったか分からないけど、よく助かったな………」

「心臓動いているか確認をしておけ。死んだ事に気付いてないだけの可能性もある」

「ええ!?」

 

 先に下りていた啓人の呟きに、小次郎が物騒な事を言って周囲のペルソナ使い達が慌てて自分の胸に手を当てる。

 

「大変だ! 心臓動いてない奴いるぞ!」

「誰が!」

「生憎と、アイギスの循環器系は有機系でないであります」

「私もです」「私も~」

「……あなた達、少し落ち着きなさい」

 

 アンソニーがデモニカで周囲の心音チェックに引っかからない者を見つけ、明彦が慌ててそちらを見、そこにいる三人の人工メイドを確認、ヒロコにたしなめられる。

 

「全員点呼取れ~。いない奴いるか~?」

「デモニカの反応は人数分ある」

「特別課外活動部、あの場にいた全員を確認した」

「仲魔もちゃんとCOMPにいる」

 

 キョウジの確認に、機動班の一人と美鶴が答え、アレフは仲魔の確認も取った。

 

「た、大変のセオリーです! 先輩がいません!」

「ライドウがどこにもいないよ!」

「ダンテの旦那も見当たらないな………」

「……その二人なら間違って地獄のど真ん中落ちても問題なさそうだが」

 

 慌てふためく凪とあかり、そしてなんでか首の後ろの角が氷の枝に絡まり、首吊りまがい状態の修二が見当たらない人物を特定。

 もっともこの場にいるメンバーで間違いなくトップクラスの二人だけに、キョウジは左程心配もせずに現状の確認に入る。

 

「ねえねえ、なんか向こうに川が見えるんだけど~」

「冥界の川、別名三途の川と呼ばれる物でしょう」

「へえ~あれが………ってええ!?」

 

 ゆかりが向こう側に見える物を指差した所、咲が同じ方向を見て説明、ゆかりが思わずっ素っ頓狂な声を上げる。

 

「にしても、厄介な事になったな………」

「全員突入はさすがに想定していなかった。今装備を確認している」

「お~い、向こうでAPCがエンコしてるから誰か手伝ってくれ~」

「行くぞ野郎共~」

 

 キョウジが腕組みして唸る中、仁也が機動班全員の現状をチェックさせ、アンソニーが動かなくなったAPCを移動させる人員を呼び、八雲が先に立ってそちらの方へと向かう。

 よく見れば荒野のあちこちにAPCが擱座(かくざ)しており、一番遠い所にはローターのひん曲がったヘリも後方に傾いたまま不時着していた。

 

「あ~、こりゃ周防に怒られるな……」

「パイロットは無事だったが………」

「ああ、アレは無視していいから」

「アレ?」

「ぎゃああああ!」

 

 珠閒瑠警察から借りたヘリが明らかに飛べそうにない状況に八雲が顔を曇らせ、ダメージを確認していた機動班の一人が何か口ごもるのを、キョウジが遮る。

 美鶴が首をかしげた所で、APCの回収に行った者達の所で絶叫が上がる。

 

「どうした伊織!」

「し、死体が! 轟所長がものすごくぐろい状態に!」

「いや、しかしこれは何かおかしい……」

 

 腰が抜けたのか、這うような体勢でこちらに逃げてくる順平だったが、明彦はヘリの影になっていた轟所長だった物体から、血がほとんど流れていない事に気付く。

 

「なんだ、生きてたか」

「あ、キョウジさん………アレ?」

 

 啓人もさすがに顔色を変えていたが、そこで向こうにいるはずのキョウジが姿を見せた事に首を傾げる。

 

「死んだ奴はいるか?」

「いえ、今の所……そこの人以外は……」

「そいつはいい。しばらく使って限度が来てたからな。代わりが欲しい所だったんだが……」

「え?」

「ここにいる連中で現地調達は勘弁してくださいよ」

 

 何か奇妙な事を言うキョウジに啓人が首をかしげた所で、背後からもキョウジの声が響いてくる。

 

「え? え?」

「キョウジさんが二人いる!?」

 

 ヘリの陰にいた髪をおろし、妙に鋭い視線をしたキョウジと、先程まで向こうにいて状況確認を行っていたリーゼントのキョウジ、二人のキョウジの姿に周りの人間は目を白黒させていた。

 

「あ~、ちとややこしいが、あっちが本当のキョウジさんで、こっちがキョウジ2号さん。なんでも呪殺される寸前に体放棄して一時的にこっちのキョウジさんに譲ったら戻れなくなって、それ以来死体に取り付いて活動してるんだそうだ」

「エイリアンか、そいつ?」

「いや、ゴーストだろ。相当たちの悪い………」

 

 八雲の説明に、機動班のクルー達も遠巻きにして二人のキョウジを見ていた。

 

「何やってんの! 早くこっち来な!」

「今行く。そうそう、全員念のためにあっちのキョウジさんに背中見せるな。次を欲しがってる」

 

 喰奴状態で自前の触手でAPCを引っ張っているアルジラにどやされ、八雲が慌てて向かいながらも言った言葉に、聞いた全員が無言で首を縦に振る。

 

「エンジンくらい掛からないか?」

「チェックが先だ。どんなダメージを受けてるか分からん。人は無事で、こっちの方が痛んでるってのが分からん状態だが………」

「どっちにしろ運ぶしかないか。行くぞ~」

 

 何故かひどく損傷しているAPCをなんとか集結させ、ダメージチェックが行われていく。

 

「まず通信機器が最優先だ。地上との連絡が取りたい」

「デモニカの方は完全にレッド・スプライト号とのリンクが切れてるしな」

「下手にそこいら歩くな。周囲を警戒しとけ」

「言われなくても!」

「ゾンビとかそこいらに溢れてるかと思ってたんですけど、案外静かですね………」

「ネミッサが安全な所に誘導してくれたようだ。自前の装備も全部チェックしとけよ」

「各自、召喚器が使用可能か確認」

「風花、心配してるだろうな………」

「問題は、これからどうするかだ」

 

 仁也の一言に、全員の動きが止まる。

 

「さすがにこの状況は想定してなかったからな」

「氷川の野郎、まさかこんな手を打ってやがったとは……今度見かけたらあのM字後頭部まで剃り込んでやる………」

「カルマ協会も組んでたようね。もっともジェナ・エンジェルは完全に捨て駒として送り込んできたようだけど」

「効果は十二分だろ。これで向こうに残った戦力は半分になっちまった」

 

 キョウジが考え込む中、修二とアルジラが悪態をつき、八雲はため息を漏らす。

 

「向こうにもまだ熟練の使い手は残っている。すぐに街の防護を固めるはずだ」

「レッド・スプライト号もいるしな。そう簡単に攻めてはこないと思うぜ」

「やはり問題はこちらがどう動くかか……」

 

 アレフがあちらに残っている面々の事を思い出し、アンソニーもレッド・スプライト号クルーの事を思い出す。

 そこで小次郎が今この場にいる面々を見て考え込む。

 

「我々はこの冥界とやらの情報を持っていない。どのように活動できるのだ?」

「強い心身を持っていれば、活動の自由はある程度保障できるわ」

「ここはまだ人界側の方だからな。あの川そのまま渡るとやばいが」

 

 美鶴の質問に、ヒロコとキョウジが答える。

 

「その点ならオレに考えがある。顔見知りがいるからな」

「ああ、そう言えば」

 

 キョウジ(故)の提案に、キョウジが何かを思い出したのか手を叩く。

 

「通信機は何とか無事だが、電波が拾えない………出力が足りないようだ」

「エンジンは部品寄せ合わせればなんとかなるか? しばらく時間をくれ」

「こんなんであの世に乗り込んだら、閻魔様に怒られるんじゃ?」

 

 APCの状態を確認するクルー達の言葉に、啓人が少し首を傾げる。

 

「部隊を分けよう。ここに移動困難な物資などを残し、ベースキャンプを設営。残存部隊を編成して本隊との通信及び協力を試み、探索部隊は渡河してこのセクターの現状を確認する」

「ま、それが妥当だろうな。どう分けるかだが」

 

 仁也の提案をキョウジが了承、二人で部隊の人員分けを思案する。

 

「まずは通信と機材管理のメンバーをこちらに残す」

「当初から突入予定の連中はそのままだな。二人ばかり足りないが」

「冥界なんてモロX指定だから、未成年はここに残したらどうです?」

「そうなの?」

「さあ………」

 

 八雲の提案にゆかりがこっそりカチーヤに聞くが、カチーヤも返答に困って言葉を濁す。

 

「私のペルソナは山岸ほどではないが、探索能力がある。探索部隊に協力したいのだが」

「冥界はそんな生易しい所じゃない。環境も出てくる悪魔も段違いだ」

「しかし……」

「あの、先輩先輩」「あんなお化けいっぱい出るようなとこはちょっと………」

 

 協力を申し出る美鶴を、アレフが諭し、その背後で順平とゆかりが全力でそれを指示する。

 

「探索なら専用アプリがデモニカにインストールされている。レッド・スプライト号とのリンクは切れたが、相互バックアップならまだ可能だ」

「じゃあ、探索班は当初のメンバーにそっちから何人か選抜して……」

『それはどうかな』

 

 仁也とキョウジで人員の選抜に入ろうとした時、突然どこかから声が響いてくる。

 

「何だ!?」

「悪魔か!」

「待ちな。顔見知りが向こうから来たようだ」

 

 何人かがとっさに得物を構えるが、それをキョウジ(故)が制止する。

 彼らの視線の先、冥界の川に光が生じたかと思うと、そこから光がこちらへとぐんぐん近付き、やがて彼らの元へと降り立つ。

 それは、大きな蓮華の花に乗った白装束の痩せた男だった。

 

「な、なんだこいつは?」

「悪魔か!?」

「だから顔見知りだと言っただろうが。なあカロン」

「……久しいな、葛葉キョウジの魂よ。そして皆よ。私はカロン、三途の川の渡し守」

「なるほど、こいつが………」

 

 突如として現れた三途の川の渡し守、カロンに皆が驚き、何人かが納得する。

 

「……死せる定めにあらず、現身を持った者達が大挙してこの川辺に訪れるとは異な事なり」

「いや、本当はもっと少人数で来る予定だったんだがな………」

 

 キョウジが苦笑しつつ頬をかく中、キョウジ(故)はカロンを見据える。

 

「カロン、最近冥界でおかしな事が起きてないか?」

「……確かに起きている。冥界が妙に騒がしく、私の船頭無くして冥界から人界へ渡る者もいるようだ」

「ゴスロリロボ娘が大量に来なかったか?」

「……それは見ておらん。だが、冥界から直接人界へ渡らせているのやもしれん」

「あれが大量に川渡ってきたらあんたでも逃げ出しそうだしな……」

 

 二人のキョウジの交互の質問にカロンは答える。

 そこでしばし考えたキョウジ(故)がおもむろに口を開く。

 

「カロン、取引だ。冥界で起きている事件の解決にこちらの手を貸す。その代わり、そいつらに生きたまま冥界に行く許可をよこせ」

「……相変わらず無茶を言う、葛葉キョウジの魂よ。だが、その必要はある」

「それじゃあ」

「……いいだろう。これを」

 

 カロンが手を前へと差し出すと、そこから光がこぼれ、それが無数に分かれてその場にいた全員(故人除く)の元へと落ちる。

 

「おっと」

「これは………」

「コイン?」

 

 零れ落ちた光を受け取った者達の手の中で、光は無地のコインへと姿を変える。

 

「……それが許可証だ。それを持っている限り、生者でも冥界での行動が許可される」

「逆渡し賃か………」

「ねえねえ、ネミッサの色違うよ?」

 

 八雲がそのコインを胸ポケットに仕舞おうとした所で、ネミッサが騒ぐ。

 確かに、他の者達が鈍い銅の色を放ってるのに対し、ネミッサのは淡く光る銀色をしていた。

 

「……滅びの歌か、変わった者がいるようだ。そなたのは特別だ。本来ならばいらぬはずだが、何故か現身を持っているためだ」

「へ~」

「ついでにあっちに突っ返してくるか?」

「八雲ひど~い!」

「ダメですよ八雲さん! 人手不足なんですから!」

「……それに、時間に限りがある。その許可証は時間が経つ内に黒く変ずる。それが漆黒になる前に、事を済ませるのだ」

「放射能のパッチフィルムのような物か」

「なら見えるようにしておいた方がいいか?」

「むしろ、落とさないようにしまっておいた方がいいわ」

「なあに、落としたら川向こうに引っ越すだけだ」

 

 仁也がじっとコインを見つめ、明彦が何か吊るす物はないかとポケットをまさぐった所で、咲と八雲の指摘に皆は慌てて内ポケットなどに厳重にしまい込んだ。

 

「未成年だけでも戻せないか? 正直、団体ツアーで行くとこじゃないだろうし」

「……いや、冥府の異常は進行しているようだ。彼らの力も必要になるだろう。ここならば私の管轄、残す者は最低限でいい」

「そこまでか………」

 

 八雲の提案にカロンは首を横に降り、予想以上の状況になってるらしい事にキョウジも顔を曇らせる。

 

「質問のケースです!」「ライドウがいないんだけど知らない!?」

「……ここにそなた達が来る直前、何らかの外部の力が働いたようだ。だが、一時的な物だろう。戻り次第、後を追わせよう」

 

 凪とあかりの質問に、カロンは少し虚空に視線を向ける。

 その返答に二人は少し胸を撫で下ろした。

 

「つまり、ここはあなたの保護管理下として最低限の人員でベースキャンプを設置、残った全員で川の向こうのセクターを探索、一連の異常及び襲撃の要因を調査、解決した後、帰還スキップを用意してもらえる。ただし制限時間内で、という事になるのだろうか?」

「……そのようになる」

 

仁也がまとめた状況説明に、カロンが首を縦に振る。

 

「地獄への往復切符、ただし安全は保障しかねます、って事か。進むも地獄、退くも地獄ってのはまさにこの事」

「亡者となって落とされたわけではない。そこまで悲観する事は無いだろう。ただし、安全は確かに保障されないが」

 

 八雲がコインを指で弾きつつボヤくが、アレフは真顔で反論しながらCOMPの状態をチェックする。

 

「悪いがオレはここまでだ。向こうに行ったら戻れなくなるからな」

「……本来戻るべきは向こう岸のはずだ」

「あ、成仏する気なんて皆無だから言うだけ無駄無駄」

「……すげえ会話だな」

「……うん」

 

 キョウジ(故)がベースキャンプの残留を宣言するのを、カロンとキョウジがうろんな視線を送り、その様子を順平と啓人が遠巻きに見つめていた。

 

「アルジラ、お前はここに残って警戒しといた方がいいだろ。喰奴が冥界行ってどんな影響あるか分からん」

「そうするわ。ゲイルと連絡も取りたいし」

「ついでにあっちの警戒も頼む」

 

 八雲が当人に見られないようにキョウジ(故)を指差しながら、アルジラに耳打ちする。

 

「負傷もしくはデモニカに不備がある者はここでベースキャンプ設置及び警戒を」

「なんとかこいつを動かせるようにしたいが………」

「残弾を再配分しよう。まだ余裕あるな?」

「携行食料は大丈夫のようだ、探索班にも分配を」

「こういう時に限って問題無しなんだよな………」

 

 レッド・スプライト号クルー達は手際よくベースキャンプの設置と探索準備に取り掛かり、アンソニーが誰も聞かれないようにボヤきながら銃のサイティングチェックを進める。

 

「亡者なんて精神体と似たようなモンだろ? それじゃあ受胎トウキョウとあんまり変わらないって事で」

「確かにその通りだ。全員、準備できたか?」

「あ、オレちょっと部屋のガス栓が気になるんで……」

「私も部屋の水道が………」

「残るのは構わんが、そっちのキョウジさんに背中見せるなよ? 若い肉体の方が使い勝手いいらしいからな」

 

 やる気満々の修二と装備の点検を終えた小次郎の言葉に、順平とゆかりがこそこそとベースキャンプに残ろうとするが、八雲の一言と、何故かこっちを妙に鋭い視線で見つめているキョウジ(故)を前に、またこそこそとこちらに戻ってくる。

 

「……それでは、いいか」

「OK、ちゃんと渡してくれよ」

 

 カロンからの最終確認にキョウジが了承すると、何人かの唾を飲み込む音が響く。

 

「何を見ても驚くな、それが鉄則だ」

「まあ無理だろうけどな」

「……それでは行くぞ」

 

 経験者のアレフとキョウジが注意する中、カロンが手をかざすと、光がそこからこぼれて地面に広がり、準備を終えた者達の真下で大きな光の渦のような物になったかと思うと、そこから巨大な蓮華の花となる。

 

「おわ……」

「なんとFantasticな………」

「……では頼むぞ」

 

 巨大な蓮華の花に乗った形となった者達が驚く中、蓮華の花は滑るように動き出し、そのまま三途の川を渡っていく。

 

「渡し賃貰ってここ渡った奴は初めてかもな」

「追加で貰った分払う羽目にならないといいんですけどね」

「戻れなくなる心配の方が先だろう」

「文字通り孤立無援になる」

「正真正銘の無縁仏って奴か」

「あの、できればもうちょっと明るい話題を……」

 

 キョウジ、八雲、小次郎、アレフ、修二の開き直った発言に、啓人が顔色を青くする。

 

「ひょっとしたら、懐かしい奴に会える可能性もある」

「はあ」

 

 アレフが思い出した事を聞いた啓人が生返事を返すが、そこで八雲が視線を上に向けて少し考え込む。

 

「出来れば会いたくない奴の方が多いな、ちゃんと地獄に行ってればいいんだが」

「どういう人生歩んでんすか?」

「サマナーなんてそんなモンだぜ」

「そうなの?」

「まだ答えるには未熟なセオリーです………」

「戦死したクルーがいる事も有りえるのか?」

「さあ?」

「向こう岸が見えてきました!」

「さあて、何が出るかな? ネミッサ楽しみ♪」

 

 不安や焦燥、そして僅かな期待を載せ、彼らは岸へと降り立った………

 

 

 

「……ん?」

 

 物音を聞いた気がして、ダンテは目を開ける。

 そして、現状を確認しようとした所で、小さく首を傾げた。

 

「よお、久しぶり」

 

 聞き覚えのある声にダンテがそちらを向くと、そこに派手な格好をした恰幅のいい中年男性がグラスを片手に笑みを浮かべていた。

 

「エンツォ? ここは……」

「見ての通り、The Gates of Hellさ」

 

 その派手な男、馴染みの情報屋、エンツォ・フェリーニョの言葉どおり、そこは覚えのあるバーのカウンターで、顔なじみの筋肉質の強面マスターがこちらに背中を向けて何かを作っていた。

 

「取り合えず、いつものでいいか?」

「ああ、でもオレはさっきまで……」

 

 どうにも状況が飲み込めないダンテの前に、マスターがストロベリーサンデーを差し出す。

 それに手を伸ばした所で、ふとダンテはカウンターが僅かに歪んだのが見えた。

 

「そっちのマントの坊やの術のお陰で、一時的にあんたをこっちに呼べた」

「東洋のしかも古い術式だったから、同調に苦労したがな」

 

 エンツォとマスターの言葉に、一応事情が飲み込めたダンテが飾られていた大粒のイチゴを咀嚼する。

 エンツォの指差した方向、カウンターの端に座っていたライドウは、静かにソーダ水を嚥下していた。

 

「まったく、無茶をする物だ。この転移、左程持たんぞ」

「こちらの用件済ますくらいには大丈夫だ」

 

 ライドウの肩にいたゴウトが呆れる中、エンツォが苦笑しながらグラスを開け、すぐに次を注文する。

 

「トウキョウ受胎か。一部のガイア教徒が唱えていた理論だが、実践する奴がいるとはな」

「……どこでそれを知った?」

「企業秘密って奴だ」

 

 エンツォの告げる言葉に、ライドウが僅かに腰の刀に手を伸ばし、ゴウトがそちらを睨む。

 

「……魔界が相当騒がしい。天界でもアクションを起こそうとしてるらしいが、複数世界が関わってるせいか、手を出しあぐねている」

「……なるほど、この店はそういうのが専門か」

 

 マスターが呟いた言葉に、ゴウトは納得したらしく、ライドウも刀から手を離す。

 

「そういう訳で、これはオレからの依頼だ。このままトウキョウ受胎が完成すれば、とんでもない事になる。それをどうにかしてくれ。これが前金だ」

 

 そう言いながら、エンツォは足元に置いておいた、やけに大きくごついトランクケースをカウンターへと持ち上げる。

 それを見たライドウが目つきを鋭くし、ダンテがアイスを舐めながら笑みを浮かべる。

 

「質草を返してくれるって訳かい? しかも全部」

「命あっての物種って奴だ。ちゃんと手入れはしておいた」

「前の仕事が半分流れちまったような状況だからな。新しい仕事を入れるのもいいさ」

 

 ストリベリーサンデーを平らげたダンテが、やたらと楽しげな顔をしながら、トランクケースを受け取る。

 

「あんたにはこれを」

 

 マスターがライドウの前にガンケースを置く。

 ライドウがそれを開いてみると、そこには彼が使っているのと同じコルト・ライトニング、ただし異様なまでの妖気をまとったそれが収まっていた。

 

「ビリー・ザ・キッド当人が使っていた、いわく付きの代物だ。あんたなら使えるだろう」

「……受け取っておこう」

 

 しばし迷ったライドウが、妖気漂うコルト・ライトニングをガンケースごと受け取る。

 そこでバーその物がゆっくりと歪み始めた。

 

「おっと、時間切れみたいだな」

「で、肝心の依頼料を聞いてないぜ?」

「後で払うさ、こちら側が消えてなくならなかったらな」

「高くつくぜ」

「すでに付いてるさ、じゃあ頑張ってくれ」

 

 エンツォがグラスを掲げてエールを送った所で、バーその物が大きく歪み、やがて消える。

 

「とんだ道草を食ったな、皆に追いつくぞ」

「分かっている」

「派手な地獄旅行になりそうだぜ」

 

 周囲全てが闇と変貌する中、二人と一羽はまた闇の中、下へと向かっていった………

 

 

 

「全員集まったか」

『そのようです。会議を始めます』

 

 レッド・スプライト号の会議室で、緊急招集された会議に、主だったメンバーが集まっていた。

 

『まずは冥界の門封印ミッションについて、第三勢力の介入による失敗を皆さんに報告いたします』

 

 アーサーの報告に、その場にいた者達がざわつき始める。

 

「報告によれば、第三勢力の正体は、この受胎トウキョウ内の三大勢力の一つシジマであり、そのリーダー氷川が中心となって妨害活動をしたらしい事が確認されている。

のみならず、カルマ協会と呼ばれる喰奴達を作り出した組織もシジマに協力、それが今回の失敗に繋がったようだ。

またこれは完全に確認が取れて訳ではないが、双方からこの街にスパイが送り込まれていた可能性が高く、そこから作戦が漏洩したらしい」

『そしてこれが、現在の両国です』

 

 克哉の報告の後、会議室の大型ディスプレイにある画像が映し出される。

 それは、どこまで続くかすら分からないほど深く、そしてどこまでも巨大な穴その物だった。

 克哉の報告と、拡大した冥界の門の画像に、その場がにわかに騒がしくなる。

 

『第三勢力の妨害活動により、冥界の門は突如巨大化、ミッション遂行に当たっていたメンバーは、拡張に巻き込まれて穴に落下した物と思われます』

「生存の可能性は?」

 

 無言で報告を聞いていたゲイルの問いに、克哉は視線をレイホゥへと向ける。

 

「……普通の人間ならば、冥界の門に飲み込まれれば生存は不可能に近いわ。ただし今回は悪魔使いやペルソナ使いと言った、特殊な能力を持った人達、それに轟所長がなんらかの手段を用いて冥界に行く方法を策定してたらしいから、生存の可能性は十分にあるわ」

「本当ですか!?」

 

 それまで会議室の隅でうつむいたままだった風花が、レイホゥの言葉に思わずイスから立ち上がる。

 

「特にペルソナ使いは、自分で自分を守護してるような物だから、多分大丈夫」

「オレもそう思う。ただ、問題はどうやって戻ってくるかだな」

 

 ペルソナ使い代表として出席してた尚也がレイホゥの意見を肯定しつつ、更なる問題に首を傾げる。

 

「救助隊は出せないのか?」

「それよりもまず生存確認を」

「連絡はつかないのか?」

「市民には内密にしておくべきだろう」

「ここの防衛構想を練り直した方もいいわね」

「下の情勢変化の情報収集も必要だぜ」

「あ、あの!」

 

 喧々諤々の協議が行われる中、風花が珍しく声を上げる。

 

「ど、どうすればリーダー達の生存確認と救出が出来るんですか? 私のペルソナでも感知できなくて………」

『それはそうだろう。あれは異界に続くゲートだ。飲み込まれれば、次元階層で断絶されるのと同じくなる』

 

 業魔殿から通信参加していたヴィクトルの説明に、その場にいた者達の半数が首を傾げる。

 

『なるほど、異なるセクターにジャンプするのと等しいと考慮すればよろしいのですね』

『そうなる。通常の方法では通信も行えない』

『重力子通信機は破壊され、修復も不可能です』

『こちらでエーテル反応通信装置を試作中だ。まもなく完成する。だが、能力的に中継機が必要だろう』

 

 アーサーとヴィクトルの専門用語の連発する会話に理解しきれない者達が更に首を傾げるが、風花は熱心にそれを聴いていた。

 

『UAV(※無人偵察機)を中継機として使用する事を進言します。ただし問題が』

「何かね?」

『無人偵察機の投入はシュバルツバース探索でも行われてました。ただし、その全てが悪魔によって破壊、そのために我々はシュバルツバースの有人探索に踏み切らねばなりませんでした』

「UAVって、確かあのグライダーみたいのだよね?」

「そんな物が飛んでいたら、ここではイヤでも目立つわ」

「なんとか目立たなくできないんですか?」

 

 尚也と祐子が顔を見合わせる中、風花が問いかける。

 

「それなら、表面に隠行の呪を書き込めば効果あると思うわ」

「確かに。書くなら手伝えます」

「問題は防護能力だ。その無人機の攻撃力は?」

「少しはある事はあるが、そもそも悪魔用に作られておらんぜよ?」

「ならば、シエロを随伴させるか?」

「逆に人目つうか悪魔目引くんじゃねえのか?」

「無人機に随行できて目立たない、なおかつ戦闘力を兼ね備えた存在か………あ」

 

 ある事を思いついた克哉が思わず手を叩く。

 会議は、それから程なくして終了した。

 

 

2時間後 レッドスプライト号ラボ

 

「ようし、回線チェックぜよ」

「動力はまだね」

「ちょっとそこまだ書いてない!」

「乾いてないので触らないでください」

「う~ん」

 

 資材班クルー達がUAVに業魔殿から運びこまれたエーテル反応通信機をセットする傍ら、レイホゥと祐子が機体表面に悪魔に感知されにくくするための呪文を書き込んでいく。

 

「日本のホラーに、こんなのがあった気がするぜよ」

「耳なし芳一でしょ? まあ似たような物ね」

「こんなの運用したなんて本部に報告したら、信じてもらえないでしょうね………」

 

 極めてオカルティックな状態になっているUAVに、資材班クルー達は苦笑いしつつ、作業を進めていく。

 

「チェン、そっちは出来たかぜよ?」

「はい、大丈夫です」

 

 UAVの中央部、ボディがくりぬかれ、なぜかそこに小さなコクピットが作られていた。

 

「サイズはこれでいいんですよね?」

「本人に聞いてみるしかないわね。準備できてる~?」

「は~い♪」

 

 レイホゥの呼びかけに、小さな声と共に、克哉の仲魔であるピクシーが、なぜかパイロットスーツにヘルメットまで持参で飛んできた。

 

「じゃ、ここに乗ってみて」

「こう?」

「どう?」

「うん、大丈夫♪」

「……UAVにコクピット造ったのはこれが多分最初で最後ぜよ」

 

 デモニカのバイザーでピクシーの姿と声を確認しながら、ピクシー用に造られたコクピットの調整をしている助手の姿を、少しこまった顔で見ていた資材班のリーダーだったが、手元のコンソールにチェック結果が出てそちらを確認していく。

 

「克哉さんから聞いてると思うけど、あくまで自衛用に乗るから、こっちから攻撃したらダメ。危なくなったらすぐに逃げなさい」

「は~い」

「これが終わったら私も観測チームに加わるから、場所覚えて置くように」

「は~い」

 

 呪文をもう少しで書き終えようとしているレイホゥと祐子の説明に、ピクシーは楽しげな声で答える。

 

「それじゃあ通信チェック。マイクがそこね。非常事態にはこっちの赤いボタン押して緊急連絡、操縦はあくまで観測チームでやるから、危ない事しないでね?」

「うんうん分かった!」

「……ホントにあんな小さいので大丈夫ぜよ?」

「ああ見えても、ヴィクトル博士の作った強化悪魔だから、かなり強いの」

「報酬がケーキ一週間食べ放題って話だけど………」

「まあ、他に手が無いってのも事実ぜよ……」

 

 複雑な表情でUAVの最終確認をする資材班リーダーだったが、そこでラボの扉がノックされる。

 

「高尾先生、準備は終わりました?」

「もう少しよ、そちらは?」

「こちらはもういつでも降りれるそうです」

 

 ラボのドアを開け、観測チームの一員として随伴する事になった風花が祐子を呼びに来る。

 

「……皆さん、無事だといいですね」

「きっと大丈夫よ。あなたも含め、あなたの仲間はみんな、悪魔の跋扈するトウキョウを平然と歩いてたでしょ?」

「私はゆかりちゃんとサーフさんに守られてましたし………」

「ま、キョウジや轟所長も一緒だから、最悪の事態は免れてるでしょ。轟所長は帰ってこれないかもしれないけど」

「確かに……よくこの世にのこ……って………」

 

 最後の一文字を書き終えようとした祐子の手が突然震え出し、のみならず全身が立ったままケイレンを始めて、その手から筆が滑り落ちる。

 

「何ぜよ!?」

「何かの発作!?」

「いえ、これは………」

 

 突然の事に驚く資材班クルー達に、レイホゥはそれが前にも見た物だと気付く。

 そして不意にケイレンが治まったかと思うと、祐子が不自然に首を傾げたまま振り向く。

 その顔面は蛍光塗料でもぶちまけたかのような奇怪な物で覆われていた。

 

『同胞を探せし迷い子達よ! 汝らが同胞は冥府が奥に進みし! 待つは果て無き闇なり! 飢えし者、汝らにその牙伸ばさん! 災いはこれからなり! 恐れ目を背けるも、勇猛に立ち向かうも自由なり! 我もまた、行くは女と共に。自らを由とせよ。これ、我の真なり』

 

 野太い男とも甲高い女とも聞こえるような声が、心に直接響くようにラボに響き渡り、再度祐子の体がケイレンしたかと思うと、彼女の顔が元に戻る。

 

「今のは一体………」

「《神託》よ。彼女に降りている神、アラディアのね」

「ええ、どうやら皆無事のようね」

 

 呆然としている資材班クルーに説明する中、風花の顔が明るくなる。

 

「リーダーもゆかりちゃんも、皆生きてるんですね!?」

「あの、あんな変な神様がアテになるんですか?」

「アラディアの神は私にとって絶対、虚偽は言わないわ」

「……まあ、こっちにも悪魔だの天使だのになっちまった奴もいるし、変な神様憑いてる人もいるかもしれんぜよ」

 

 無理やり納得した資材班がUAVのチェックを終える。

 

「それじゃあ行きましょう。皆を助けに」

「はい!」

 

 祐子の言葉に、風花は元気良く返答した。

 

 

 

「本当か?」

「うん、私のペルソナが教えてくれた」

「だがまずいな、奴らのテリトリーに突っ込むぞ」

「救援が必要なセオリーか」

「じゃあ頼めるかな、顔見知りのようだし」

「心得た」

 

 

 

 闇の底へと落ちた糸、それを救おうとする糸、そして闇の底で待つ糸。

 幾つもの糸が紡ぎし物は、果たして………

 



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PART34 OLD MEMBER

 

 生命の一切存在しない荒野を、三つの人影が走っていた。

 

「間違いねえのか!」

「私が間違えるわけが無い」

「まずい、むこうのテリトリーのエリアだ!」

 

 三つの人影、手にトマホークを持ったコート姿の剣呑な目つきをした少年が怒鳴るのを、白地のゴスロリルックというすごい格好をし、北欧神話のラグナロクにおいて神々をも飲み込んだとされる魔狼、万力属 フェンリルの背に乗った少女がペルソナを発動させて再度確かめる。

 そんな二人を引き連れた、長い白髪にロングコート姿の老人が、見た目に反した俊足で先を急ぐ。

 

「やはり何かが起きているセオリーだ………おちおちDYINGしてもいられん」

「ちがいねえ」

 

 独り言のつもりだったが、後ろの少年が賛同した事に老人は少しだけ振り返って苦笑。

 

「ハリーだ、ヤング達。ユー達の仲間のために」

 

 

 

「下がれ! 退路を確保しねえと!」

「んな事言ったって!」

「また新手だ!」

「ウソ!?」

 

 カロンとの契約により、冥界へと足を踏み入れた一行だったが、突如として襲ってきた悪魔の軍勢に徐々に追い込まれつつあった。

 

「前に来た時よりも派手だな」

「だが何かおかしい」

 

 キョウジとアレフが襲ってくる敵、そのほとんどが冥界らしく悪霊や幽鬼だったが、何か統率が取れてるような動きに首を傾げつつも、剣を振るっていた。

 

「ペルソナは温存しろ! この先何があるか分からん!」

「この先じゃなくて今起こってる! ゾンビの群れがいっぱい!」

「邪魔邪魔! もう蜂の巣にしちゃえ!」

「弾も温存しろ!」

 

 八雲がペルソナ使い達にどなりながらナイフを抜くが、順平は涙目になりながらペルソナを発動させ、ネミッサも無分別に弾丸をばら撒いていく。

 

「マハ・ブフーラ!」

 

 カチーヤの放った氷結魔法が周辺の敵をまとめて氷結させるが、即座に効果範囲を迂回するように新手が襲ってくる。

 

「やはりおかしい! こちらが突破しようとすると、陣形を変化させている!」

「やっぱりこいつら……!」

 

 仁也がデモニカのサーチで相手の動きをチェックして叫ぶ。

それを聞いた小次郎がある可能性を確信するが、押し寄せる敵に迎撃に専念せざるを得なくなる。

 

「気付いてる?」

「ええ、けど見つからない」

「何が!」

「サマナー、のセオリーですね」

 

 ヒロコ、咲、あかり、凪の四人が背中合わせになりながら、己の得物を手に呟く。

 

「この動き、間違いなく誰かが指揮している」

「つまり、これは全部誰かの仲魔。けれど、肝心の悪魔使いの姿がどこにもいない」

「趣味悪~い」

「一体どうコンダクトして………」

 

 四人の疑問(若干一名ずれているが)が解ける間も無く、集合した所を狙うように燃え上がる木製人形の中に無数の生贄を内包したケルトの拷問器具の姿をした悪霊 ウィッカーマンとヒルと人が融合したような醜悪な姿をしたインド神話の餓鬼の一種、幽鬼 ピシャーチャが襲い掛かってくる。

 

「呪殺に気を付けて!」「だから悪趣味だって!」

 

 咲が魔王 ベリアルの力を封じた火龍剣をウィッカーマンへと突き刺し、あかりが軽金属大剣で切り裂く。

 

「他の人も気付いてるわ」

「注意しながらサマナーをチェックというセオリーですね!」

 

 ヒロコの突き出した槍がピシャーチャの胴を貫き、凪の小太刀が首を切り裂いて止めを刺していく。

 それでもなお、敵影は更に迫ってきていた。

 

 

「ちっ、キリがねえな………」

「この動き方、タルタロスの時に似ている………」

「いや、あの時よりももっと厄介だと」

「シュバルツバースでは悪魔が罠を仕掛ける事はよくあったが、これは違うようだ」

 

 包囲してのヒット&アウェイを繰り返すアンデッド達を、八雲、明彦、啓人、仁也が迎撃しながら疑問を深めていく。

 

「指揮官がいるのは間違いない動きだ。けどどこにいる? デモニカには我々と悪魔以外の反応は無い」

「こっちも同じだな。もうちょっと探索用ソフトを仕込んでくるべきだったか」

「山岸がいれば何か………」

「取り合えず後に!」

 

 デモニカのサーチ結果とGUMPの探索ソフトの結果に差異が無い事に仁也と八雲が顔をしかめ、明彦が普段風花のナビに慣れていた事を悔やむ中、啓人が前へと出て剣を振るう。

 

「問題はあっちか」

 

 八雲はちらりと横で何故か必要以上に幽鬼や悪霊にまとわりつかれている二人を見る。

 

「来るな! 来んじゃねえ!」

「なんでこんなに!」

 

 大剣を振るう順平と、スナイパーライフルで速射するアンソニーが二人とも涙目になりながら奮戦している。

 それでもなお集まってくるアンデッドの群れを、八雲と仁也の仲魔が外側から倒していっていた。

 

「あそこでもう少し受け持ってもらえりゃ、突破口がなんとか………」

「あれ以上は流石に危険だ」

「でもなんであの二人に?」

「……あいつら、死に掛けた事ないか?」

「あ」

 

 八雲の提案に仁也が苦言を呈する中、明彦の疑問に八雲が別の疑問を被せ、啓人がふとある事を思い出す。

 

「一度冥界に入りかけた人間は、僅かだが陰気を帯びる。それが悪霊の類を呼びやすくなるとかレイホゥさんに聞いた事があったが」

「アンソニーはシュバルバースに来た時からだったが」

「じゃあ元からそういうのに好かれやすいんだな」

「うわあ………」

「ちょうどいい、あいつら囮にして突破口を開くか?」

「さすがにそれはまずいと思いますが………」

「ぎゃああ、また来た~」

「リロードの間だけでも待ってくれ!」

 

 ぼそりと危険な事を提案する八雲に明彦がさすがに否定、当の二人は泣き喚きながらも必死に応戦し、しきれない物は周囲にいる仲魔達が屠っていく。

 

「キョウジさん! このままじゃジリ貧だ!」

「分かってる! けどこいつら包囲を自在に変形させてる!」

「どうする? オレ達で逆方向で突撃すれば………」

「いや、逆に薄くなった所を突かれる危険がある。せめて外からできれば………」

 

 八雲が叫ぶのをキョウジが叫び返し、小次郎とアレフがどうにか脱出策を模索するが、一体一体はそれほど驚異ではないが、隙のない布陣に焦りを感じ始めていた。

 

「悔しいが、パーフェクトな布陣だ。だがどやって?」

「美鶴先輩! 後ろ!」

 

 風花ほどではないが、自らのペルソナのアナライズで布陣を確認した美鶴が、隙が一切無い事に歯噛みした時、ゆかりがこちらを見て叫ぶ。

 振り返ってレイピアを振るおうとした美鶴だったが、一足早く純白のトマホークが飛びかかろうとしていた仮面をつけた子鬼のような姿をしたスリランカの悪鬼、幽鬼 ヤカーを縦に両断した。

 

「危ない所でした」

「助かった、そちらは大丈夫か?」

「なぜかこちらにはあまり来ません」

「なんでだろ?」

「私達が人間ではないからではないでしょうか」

 

 一撃でヤカーを両断したメアリに美鶴が礼を言いながら様子を尋ねるが、両手のマシンガンを単射モードで斉射しているアイギスとESガンを半ば乱射しているアリサが首を傾げる中、メアリがジャッジメント・トマホークを構え直しながらある可能性を口にする。

 

「私達に生体反応が無いから、認識されにくいという訳ですね」

「けど、包囲から出ようとするとすぐに襲ってくるし」

「使役されてる悪魔の動きとしては普通です。ただし……」

「指揮官がいなくてはこのような動きは不可能であります。指揮系統さえ認識できれば………」

 

 アイギスが周辺の戦闘状況から指揮系統を算出しようとするが、まるで無駄の無い布陣に指揮系統の順位すら見つからない。

 

「何かを見落としているのでしょうか………」

「分かりません。今の私達に出来るのは、少しでも敵の数を減らす事です」

「姉さん、そうは言っても……あれ?」

 

 アリサは自分のエネミーソナーに新たな反応を感知、データバンクから該当データをサーチするが、複数ある反応の中から一つだけ該当する悪魔データが有ったが、他は該当データが見つけられない。

 

「お兄ちゃん! 10時の方向から何か来る! 悪魔を連れてる反応が三つ! アンデッドなのは間違いないけど、かなり強い反応が出てる!」

「何だと!」

「こいつらの召喚主か!?」

「だったら話が早いのだが……」

 

 アリサのいきなりの情報に、八雲とキョウジが過敏に反応し、仁也がマガジン交換しながら呟く。

 

「勘弁してくれ! こっちはもう手一杯だ!」

「そっちでどうにかして!」

 

 召喚器を額に当てながら喚く順平と、涙声になりながらもスナイパーライフルから小型チェーンソーに持ち替えたアンソニーが必死になって応戦する中、他の皆も戦闘を続行しながらも新たな反応に注意を向け始めていた。

 

「どうする?」

「敵が決着をつけに来たならば、好都合だ。こちらも一気に反撃に移れる」

「そうだな。敵影が見えたら、一気に行こう」

 

 小次郎とアレフが頷くと、互いにホルスターに手を伸ばす。

 

「待て! この反応、覚えが……」

 

 だがそこで、用心して再度ペルソナでアナライズした美鶴が、近付いてくる反応に似ている者を思い出す。

 

「これは、まさか………」

「うわああぁ!」

 

 その反応に美鶴が驚いた時、順平の悲鳴が響き渡る。

 全員がそちらを振り向くと、疲労の不意を突かれたのか、ヒンドゥ神話にて象の頭を持つとされる強力な餓鬼の一種、幽鬼 ヴェータラに襲われている順平の姿があった。

 

「くそ、離れろ!」

「こいつ!」

 

 隣にいたアンソニーが助けに入ろうとするが、即座に両者の間に他の悪魔が入り込んでくる。

 

「ジャンヌ、ケルベロス! 救助を!」

「ケルプ、ハヌマーン、救援態勢!」

「心得ました!」「ガルルル!」

「了解した」「了解、サージェント」

 

 八雲と仁也が仲魔達に指示を出すが、それを阻むかのように悪魔達が壁を形成していく。

 

「どきなさい!」「ガアアァ!」

「マハンマオン!」「オオオォォ!」

 

 ジャンヌ・ダルクが剣を振るい、ケルベロスが業火を吐き、ケルプが破魔魔法を放ち、ハヌマーンが殴りかかる。

 仲魔達の攻撃に敵はその数を減らしていくが、即座に新手が壁を形成する。

 

(疲弊させてからの各個撃破、これが狙いか!)

「いけない! このままでは他にも…」

 

 敵の狙いを八雲が悟り、仁也が周囲を確認すると、皆が敵の包囲に孤立し、疲弊し始めていた。

 

「あっ!」

 

 あかりの手から大剣が零れ落ち、思わず拾おうとした所へ悪魔が殺到してくる。

 

「伏せてなさい!」「マハジオンガ!」

 

 気付いてないあかりの背後からヒロコが槍を振るい、咲が電撃魔法で蹴散らす。

 

「ケアレスネスを即座についてくるセオリー!」

「凪、こっちも来たよ!」

 

 少しの油断でも容赦なく攻撃を集中してくる事に気付いた凪が焦る中、仲魔のハイピクシーが新たな敵を指差す。

 

「全員固まれ! 一気に脱出しねえと、やばい!」

「そうは言っても!」

「相手は巧みにこちらを拡散してきます!」

 

 キョウジが危険を察して集合をかけるが、ゆかりは次々とくる敵に矢を射続けながら怒鳴り、アイギスが増援しようとする前にも悪魔が立ちはだかる。

 

「ぎゃああ! 噛み付くな! キモい! ひいぃ!」

「伊織! まずい!」

 

 ヴェーダラの牙が順平の首筋に突き刺さろうとするのに、八雲が助けるべく銃口を向けるが、それすら新たな敵影によって阻まれる。

 

「うわああぁ!」

「メーディア」『マリンカリン!』

 

 牙が突き立てられる直前、何者かの発動したペルソナが、一斉に敵悪魔達の挙動をおかしくする。

 

「! 離れろ! トリスメギストス!」『ギガンフィスト!』

 

 相手の動きが鈍った隙を逃さず、順平はヴェーダラの腹を蹴り上げながら召喚器を抜いてペルソナを発動、ヴェーダラを弾き飛ばしてからくも窮地を脱する。

 改めて順平が周囲を見渡すと、悪魔達の混乱はかなりの範囲で広がっていた。

 

「デモニカのサーチにエラーが!!?」

「こっちのエネミーソナーもだ!」

「誘惑、いやジャミングか!」

 

 COMPを使う者達にも異常が出る中、キョウジがその強力なジャミングをかけたペルソナの使い手を見る。

 悪魔達の包囲の向こう、そこに白いゴスロリドレスをまとった、赤毛の風変わりな少女がいた。

 

「まさかと思ったが……」

「美鶴先輩、今の内に!」

 

 先ほど感じた気配の正体に美鶴が思わず呟く中、ゆかりがこの時とばかりに包囲からの脱出を試みる。

 だがそこには、足並みが乱れたとはいえ、まだ多くの悪魔達がいた。

 

「残弾を持って掃討、後に脱出を…」

 

 アイギスが両手のマシンガンの銃口を向けて邪魔な悪魔達を掃討しようとするが、そこに突然悪魔達の背後から疾風のように一つの影が飛び込んでくる。

 

「動かないセオリーだ。過って斬りかねないのでな」

 

 その人影、白髪を伸ばし、ロングコート姿の老人が熟練を重ねた流麗な剣さばきで次々と悪魔を屠っていく。

 混乱している悪魔の死角に瞬時にして潜り込み、相手が気付いた時、もしくは気付く前に鋭い一刀で斬り捨てる。

 最短距離を行く歩法と一切の無駄の無い攻撃、誰の目から見ても相当な達人である事が見て取れた。

 

「師匠!?」

「サプライズは後回しだ、凪」

 

 その人影を見た凪が驚くが、かけられた言葉に慌てて小太刀を手に包囲からの脱出を試みる。

 

「今の内だ、急げ!」

「言われなくても!」「こっちだ!」

 

 キョウジの号令に、危うい所を抜け出した順平とアンソニーが一緒になって包囲からの脱出を試みる。

 

「ここは一気に…」

「カストール!」『デスバウンド!』

 

 修二が一気に包囲の外縁を破ろうと魔力を拳に込めた所で、突然包囲が外側から吹き飛ばされる。

 

「おら急げ!」

「シンジ!? シンジなのか!」

 

 吹き飛ばされた包囲の向こう側、斧を手にしたコートにニット帽の若者の姿に、明彦が驚く。

 

「驚くのは後にしろアキ!」

「どうやら、本物の荒垣のようだな……」

「じゃあ向こうは!」

 

 そこにいたのが、かつての仲間で戦死したはずの荒垣 真次郎だと確認した美鶴が僅かに苦笑、それを聞いた順平がこちらへと向かってくる少女の姿に、大きく顔をほころばせる。

 

「久しぶり、順平」

「チドリ、本物のチドリか!?」

「本物の定義がどこかによるけど」

「オラ急げ! 今の内だ!」

 

 順平がその少女、チドリを見て思わず動きが止まるが、真次郎に促されて慌てて包囲を抜け出す。

 

「総員急げ!」

「最後っ屁の一発も…」

 

 キョウジの先導で他の者達も相手の動きが鈍っている間に包囲を抜け出し、八雲を初めとした何人かが駄賃とばかりに攻撃アイテムや攻撃魔法を繰り出そうとする。

 取り出したホーリースタングレネードのピンを抜こうとした八雲だったが、ふとそこで上空に僅かな乱れを見つける。

 

「あれは……」

「ようし、もうありったけぶち込んで…」

「待てネミッサ、誰かノーマルスタングレネード持ってる奴!」

「ここに信号用の発光弾があるが」

「そいつでいい、それを真上に撃て!」

「何を?」

 

 仁也が取り出した取り付け型の発光弾を見た八雲が上を指差しながら叫び、仁也が疑問に思いながらもそれを発射する。

 

「下を見るか目を塞げ!」

「下?」

 

 八雲の指示に半数の者が下に視線を向け、半数が目をつぶりながら走り続ける。

 直後に炸裂した発光弾が、周囲を明るく照らし出し、そして数人がそれによって照らし出された影が一つだけ多い事に気付いた。

 

「そこか!」

 

 八雲、仁也、小次郎、ゲイリンが同時に拳銃を引き抜き、何も存在しないはずの場所、八雲が気付いた上空の不自然な歪みに向かって弾丸を解き放った。

 放たれた弾丸は、そこにあった何かに命中し、不自然にそこだけ色が乱れ、何かが落下してくる。

 それに続いて、周辺にいた悪霊や幽鬼達が消え失せた。

 

「………え?」

「どうなってんだ?」

「分からない………」

 

 数秒の間を持ってゆかりが漏らした疑問符に、何が何だか理解出来ない者達が周囲を見回し、敵の姿が完全に消えた事に首を傾げる。

 

「これは………無人偵察機?」

「いや、多分もっと厄介な代物だ」

 

 そんな中、仁也はその落ちてきた物、円盤状の奇妙な機械を観察し、八雲は素早くGUMPからコードを伸ばしてそれに接続、内部をチェックしていく。

 

「やばい、自壊プログラムが走ってる!」

「今こちらでもやってる!」

 

 同じくデモニカからコードを接続した仁也も内部のデータをチェックしていくが、端からそのデータが消去されていった。

 

「もうちょい、くそ!」

「ダメだ、完全にロストした………」

 

 詳細データを得る前に、その謎の機械のデータは消失、八雲が悪態をついて地面を殴りつける。

 

「ミステリアスな物だな。何か分かるのかね?」

「データをチェックしないと何とも………ところであんた誰だ?」

「私の師匠、十七代目・葛葉 ゲイリンです」

 

 背後に来ていた白髪の老人に僅かに視線を向けた八雲の問いに、凪が替わりに答える。

 

「あんたが………オレは小岩 八雲。あんたのずっと後輩にあたる、葛葉の使いッ走りだ」

「これに気付いた手並み、とてもそうは思えないセオリーだが」

「偶然って奴ですよ、ゲイリン殿」

「ホントよく気付いたな………これ、ステルス塗装に光学迷彩まで施されてるぜ?」

「それだけじゃない、表面に隠行の術符パターンが転写されてる。どこのどいつだこんな物作ったの……おっと、オレは葛葉 キョウジ、五代目」

「キョウジだと? 代替わりする間に何かあったプロセスか?」

「………色々あってね」

 

 アンソニーとキョウジもその謎の物体を興味深く眺めていた所で、ふとそこで場違いな電子音が鳴り響いた。

 

「おっと、オレか」

 

 全員の視線が音源の方を見ると、そこで真次郎が懐から携帯電話を取り出し、着信ボタンを押す。

 

「あんたか、こっちは片付いた。よく分からねえが、敵はいなくなった。………分かった、そっちに連れてく」

 

 報告を終えた所で、自分に集中している視線に真次郎は気付いた。

 

「シンジ、色々聞きたいが、取り合えずここは携帯通じるのか?」

「んなわけねえだろ。こいつは特製だ。全員連れて来いってリーダーからのお達しだ」

「リーダー、彼じゃないのか?」

 

 キョウジがゲイリンを指差すが、そこでゲイリンは首を横に振る。

 

「自分は戦歴を買われ、ヤングを指導しているプロセスだ。リーダーは別にいるセオリーだ」

「葛葉四天王を従えるって、どういう奴だ………」

「変な人、それは確か」

「ま、オレらも実を言うと、まともに動けるというか、頭がはっきりしたのはここ最近の事なんでな。リーダーはそんなオレらを手早くまとめて、ここで起こってる妙な事に対処しようとしてる」

 

 八雲が首を傾げるのに、チドリと真次郎が説明するが、疑問は更に深まっただけだった。

 

「あ~、つまりあの世でも妙な事起きてて、なんでか色々な死人が集まってなんとかしようとしてるって事?」

「その通りのプロセスだ。見る限り、現世も似たような状況と推測するセオリーだが?」

「説明は後回しだ。まずはどこかへ移動して、これを詳しく調査するべきだ」

 

 修二がなんとか状況を脳内でまとめた所で、ゲイリンが頷き、仁也が謎の落下物を破片までまとめ始める。

 

「けっこうデカイな。誰かこれ運べそうな仲魔いるか?」

「さすがにそれは考えてなかったな~」

「精密機器だけに、不用意な運び方はまずいか」

「確かに」

「あ、じゃあオレがセイテンタイセイに運ばせるって事で」

 

 キョウジを筆頭に悪魔使い達が手持ちの仲魔を確認、最終的に修二が召喚したセイテンタイセイの雲に謎の機械は乗せられた。

 

「それじゃ、案内するぜ。オレ達のアジトにな」

「ゾンビとかいたりしない?」

「大丈夫、ゾンビしかいないから」

「………え?」

「一応師匠も他の二人も死人のプロセスなので………」

「ええ!?」

「気付いてなかったのか? ペルソナ使いの割には鈍いな」

「そもそもここは冥界、あの世よ?」

 

 真次郎を先頭に皆が歩き出した所で、あかりの何気ない問いにチドリ、凪、美鶴、ヒロコが突っ込みを入れまくる。

 騒ぎ始めた女性陣を横に、明彦が歩調を速めて真次郎の隣に並んだ。

 

「またこうやってお前と一緒に戦える日が来るとはな………」

「……オレも思ってなかった。あの後、そっちはどうなった?」

「タルタロスの最上階目前って所で、なんでかこんな所にいる」

「そうか。まあオレもくたばったはずが、なんでかこんな事になってるしな」

「短い間だが、またよろしく頼む」

「長かったら問題だぜ」

 

 たわいの無い話をしながら、意外な形で会う事になった親友に、明彦は軽く握った拳を差し出し、真次郎もそれに自らの拳を軽く突合せた。

 

「………戦友って奴か?」

「あの二人に、桐条先輩を加えた三人が特別課外活動部の初期メンバーって聞いてる」

「なるほどな」

 

 その様子を後ろから見ていた修二の問いに、啓人が応え、修二の視線がそのまま背後へと回る。

 

「で、あっちのすごい趣味の子もあんたらの元仲間か?」

「あ~、なんと言うか………」

「元ストレガのメンバーで、順平の元カノ……かな?」

「おい、ストレガってお前らの敵………って、ちょっと待て! 最後なんつった!」

 

 言葉を濁す啓人に変わってゆかりが教えてやると、修二は元ストレガよりも元カノの方に過敏に反応する。

 

「そう言っていいのかな、一応?」

「あれ見る限り、元ってのも違うか………故カノ?」

「ほほう………」

 

 啓人とゆかりが自分達の後ろ、ゲイリンの仲魔のフェンリルの背に乗り、隣を歩いている順平と楽しげに談笑しているチドリの姿に説明に困る中、修二がさび付いたカラクリ人形のような動きで首をそちらに向けて二人を凝視する。

 

「……裏切り者が」

「は?」

「いやこっちの話」

 

 首を元に戻し、何かぶつぶつと呟いている修二に啓人とゆかりはこれ以上突っ込まないように口を紡ぐ。

 ちなみに更に後方では、アンソニーが何故か銃の手入れを歩きながら始めていた。

 

「……また話がややこしくなりそうだ」

「今更何人か増えた所で変わんないじゃん」

「そういう意味じゃないと思いますけど………」

 

 八雲が重いため息を吐き出すが、ネミッサは楽しげに笑い、カチーヤは少し困った顔をする。

 やがて一行の前に、大きな影が見え始める。

 その輪郭がはっきりとしてくると、何人かがそちらの方向へと駆け出し、そして足を止めた。

 

「おい、これって………」

「ブルージェット号だ。シュバルツバースにあったはずの物が、なぜここに?」

 

 それはレッドスプライト号の同型の観測艦ブルージェット号、ただし悪魔の襲撃により大破したままの姿で、冥界に鎮座していた。

 

「そういう名前らしいな。あんたらの世界の物だったのか? ここが一応オレ達のアジトだ」

「こんなデカブツがよく冥界にまで飛ばされたな………」

「すごいボロ~い」

「お化けとか出そう」

「役に立つのか、これ?」

「だがなぜここに………?」

 

 皆が口々に好き勝手な事を言いながら、ブルージェット号の残骸を利用したアジトへと近寄っていく。

 

「システムはリーダーが復帰してくれた。最低限だけど」

 

 チドリが懐からリモコンのような物を取り出して操作すると閉鎖されていた後部ハッチが開いていく。

 

「………中にいた者達は?」

「………ちゃんと弔ったプロセスだ。死人が死人を弔うのも奇妙なセオリーだがな」

 

 仁也の問いかけに、ゲイリンが答えながら視線で示した先には無数の墓標が並んでいた。

 その数の多さにゆかりとあかりの顔が青くなっていく。

 

「こちらでは悪魔の襲撃が相次いで弔える状態じゃなかったからな………」

「感謝するぜ。後で仲間にも伝えておこう」

 

 仁也とアンソニーが墓標の前で黙祷を捧げていると、他の者達も静かにそれに続く。

 

「じゃあ何人かリーダーの所に来てくれ。リーダーの部屋狭いから代表の奴数人だけな」

「そうか、じゃあそれぞれのリーダーだけこっちに」

「他は一休みさせてもらうか」

「休めるかな~?」

「大丈夫、一応掃除はしておいた」

「ユーのあれは掃除ではなくブロウと言うのだ」

「つまり、ペルソナで吹き飛ばしてるのね………」

 

 皆がゾロゾロとブルージェット号に乗り込んでいく中、再度真次郎の携帯電話が鳴った。

 

「ああ、今着いた………は? 分かった。小岩 八雲ってのは誰だ?」

「オレだが………」

「あんたと相方の人も来てくれとさ」

「は?」

 

 通話を切った真次郎は首を傾げながら八雲を呼び止め、八雲も首を傾げてネミッサとカチーヤを見る。

 

「オレ達を知ってる奴か?」

「さあ?」

「会ってみれば分かると思いますけど」

「そうだな」

 

 首を傾げながら、八雲はキョウジや美鶴、仁也と共に内部を案内される。

 

「中身も相等ひどいな、こりゃ………」

「よくこれでシステムが生きている物だ」

「こちらだと使用不能と判断したんだが………」

「残った配線繋いで、ありあわせのバッテリーを繋げてるだけだってよ。まあこの体だと多少環境悪くても気にならないからな」

「便利なんだか不便なんだか」

 

 やや傾いている通路を抜け、比較的まともな状態のドアが開かれる。

 中にはかき集めたらしい無数のモニターやPCが繋がれ、どれもが起動して艦外周辺の様子、集められたらしい地理データや悪魔データが解析されていた。

 それらの中央、回転イスに座ったままそれらを操作していた人影があった。

 その人影、そして咥えているタバコに八雲は一瞬動きが止まる。

 

「やあ、よく来たね」

 

 イスが回転し、そこに座っていた男の姿が露になる。

 それは、まだ若い温厚そうな男だった。

 

「僕の名は桜井 雅宏。HNではスプーキーって名乗っている」

「り、リーダー!?」「ウソ………」

 

 その男の顔を見て八雲とネミッサは完全に硬直する。

 間違いなくそれは、かつてスプーキーズを結成して天海市の闇と対峙し、そして悪魔に憑依されて八雲達の手によって倒さざるをえなかった、スプーキーズのリーダーその人だった………

 

 

 深く暗い闇の底で、途切れたはずの糸達がまた集い始める。

 それらが紡ぐ物は、果たして………

 



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PART35 DARK GUILD

 

「ナイトメアユニットの破壊を確認」

「ほう、面白い事になったようだな………」

「面白い? 死者の国に生者が来るのがかな? それとも、こちらの邪魔が来るのがかな?」

「さてな。それに、馴染みの顔も混じっている」

「こちらもだね、どうするんだい?」

「決まっている。排除するだけだ………」

 

 

 

「リーダー………どうしてここに?」

「どうしてって言われても困るな。気付いたらここにいた、としか言いようが無くてね」

 

 呆然としている八雲に、雅宏は飄々とした口調で答える。

 

「それにここは一応あの世って奴らしいからな。死んだ奴がいるのは当然だろ」

「そりゃそうだ」

 

 二人が顔見知りらしい事を悟った真次郎が口を挟み、キョウジも頷く。

 

「そうだな、お互い色々聞きたい事はあるだろうけど、まず一番最初に、どうやってここに来たんだい?」

「カロンと契約した。冥界の問題を片付ける代わり、一時的にオレ達の侵入を許可しろってな」

 

 雅宏からの問いに、キョウジが説明しながらカロンとの契約の証のコインを見せた。

 

「次はこちらからだ。貴方達はどうやって集結した?」

「どうもこうも、目が覚めたらってのもおかしいが、意識がはっきりしたら荒野のど真ん中で、襲ってくる化け物と戦ってたら、似たような事してた奴同士、集まっちまっただけだ」

「簡単に言うとそうなるかな? まあ僕は目が覚める、っていうのもおかしいけど、意識がはっきりしたらこの中にいてね。あれこれ調べてて、試しに外に出たらいきなり悪魔に襲われた所をゲイリンさんに助けられて、しばらく二人でここを拠点にしてたら、ゲイリンさんが荒垣君とチドリ君を見つけてきてね」

「つまり、こっちも似たような状況なんですね………」

「パラレルワールドって奴かな? 正直信じられなかったが、どうやら信じるしかないか……最初ゲイリンさんが葛葉の人だって聞いて安心したら大正時代とか言うし、荒垣君達は特別課外活動部とか言うし、このブルージェット号はシュバルツバース探索とか出てくるし、もう頭がこんがらがりそうだったよ」

「この世もあの世も一緒か」

「こっちの方が更に色々こんがらがってるけどな」

 

 美鶴の問いにあちこちから意見が飛び交い、結局双方あまり変わらない状況だけが判明した。

 

「一つ聞きたいのだが、ブルージェット号のクルーは誰かいなかったか?」

「いや、亡骸はあったけど………」

「そうか……この船はシュバルツバース突入直後に悪魔の奇襲を食らい、壊滅状態になったからな………」

「あ、ひょっとしてデータにあった他の船の人?」

「自分はシュバルツバース調査隊、レッドスプライト号、機動班所属の只野 仁也陸曹長であります」

 

 自己紹介しながら敬礼する仁也に、雅宏は少し複雑な顔をする。

 

「レッドスプライト号、確か四隻ある中の旗艦だったね。え~と、勝手にここ使ってたけど、大丈夫かな?」

「それは構わない。使用不可能と判断して破棄した物だ。むしろクルーを弔ってもらって感謝している」

「ついでに聞きたいんだけど、他のは?」

「……無事なのはレッドスプライト号だけだ。他の船のクルーは全滅、レッドスプライト号も多数の戦死者が出ている」

「そうか………この船の状態から予想はしていたけどね」

 

 思いため息を一つつくと、雅宏は話題を変えた。

 

「それで、わざわざこっちに来たって事は、そっちで何か起きたって事かな?」

「巨大な冥界の門が両国に開いている」

「そこから亡者と戦闘用アンドロイドが湧き出してきて、それを処理するためにオレ達が来る予定だったんだが、こちら側の敵対勢力の策にはまり、予想以上の人員で冥界に来る羽目になった」

 

 小次郎とアレフが答えると、何人かが苦い顔をする。

 

「とにかく、詳しい状況は作業をしながらにしよう。先程のユニットの解析と、ベースキャンプへの通信を確保したい」

「なるほど、そうだね。下のラボが一応使えるはずだから、使いたいならそっちへ」

「じゃあこっちは通信を。使えりゃいいんだが………」

 

 仁也の提案に雅宏も頷き、アンソニーがデモニカのデータを元にブルージェット号の通信システムの復旧を試みる事にする。

 

「八雲、解析に回ってくれ。オレは通信の方に回ってみる」

「了解、キョウジさん」

「他は使える物、武器弾薬その他を集めよう」

「食料は陰気帯びてるかもしれないから、術者のチェックが済むまで口にするな」

「武器関係だったら、少し集めといてるのがあるぜ」

 

 各員がそれぞれ動き出す中、ふと八雲は足を止めて雅宏の方を見た。

 

「リーダー、オレ………」

「瞳、いやネミッサ君は少し雰囲気変わったね。あとそちらの人は?」

「あ、葛葉所属術者、カチーヤ・音羽です。八雲さんのパートナーを勤めてます」

「葛葉? じゃあ今君は葛葉の一員なのか」

「ああ、あの後スカウトされてね。実を言うとあの事件の最後に、ネミッサも死んだはずなんだが、何でか地獄から黄泉帰ってるし」

「なんでネミッサが地獄確定!?」

「ははは、僕もこうやって死んでるはずなんだが、何でかまた悪魔とのトラブルに巻きこまれてるし、お互いさまじゃないかな? 他の皆は元気かな?」

「瞳はアメリカの大学に行ってるし、ランチはフリージャーナリストでたまに会ってる。シックスは趣味が高じて裏のガンスミスやってるし、ユーイチはそういや飛ばされる前までは一緒に仕事してたんだが、どうなったんだあいつ?」

「皆が元気なら、それで何も問題ないさ。さて、それじゃ始めようか」

「カチーヤ、ネミッサと一緒に物資の確認を頼む。リーダー、一応自壊する前のコピーが…」

 

 口元まで出た言葉をあえて飲み込み、八雲は雅宏と共に謎のユニットのプログラム解析へと取り組み始めた。

 

 

 

「こちらラテン1、現在目標までえ~と500m。変なのがあちこちに湧いてる。どうぞ」

『あまり近付きすぎないで、吸い込まれる危険性があるから』

「ラテン1、了解」

 

 拡大化した冥界の門のそば、ギリギリで安全を確認できる距離でシエロが冥界の門の外縁部を旋回、偵察をしていた。

 

『それで、現状の状態は?』

「腐った奴か身の無い奴ばっか。そしてすげえデカくて深~い穴。なんかオレぶるってきた………」

『とりあえずは安定してるようね。それじゃあ第二段階へ』

『了~解♪ ピクシー1発進するよ~』

 

 レイホゥの指示を受け、対悪魔用隠行・防護措置が施されたUAVが離れた場所に設けられた臨時指揮所から発進する。

 発進直後から、UAVからもたらされたデータを、観測班のクルー達が読み上げていく。

 

「各センサー、異常無し」「観測データ、随時レッドスプライト号へ送信中」「周辺悪魔反応複数確認、しかしピクシー1への接近は確認できず」

「今の所は順調ね」

 

 拡大した冥界の門の再調査及び、飲み込まれたメンバー達の安否確認のために派遣された調査班の指揮を取るレイホゥが、隠行呪だらけのUAVとそれに乗っているピクシーを軍用双眼鏡で観察していた。

 

「近隣、と言うには遠い場所から悪魔の反応が僅かにあります。目立った動きはしてないみたいですが」

「どこかの偵察か、ただの通りすがりか………何か妙な動きするようだったら教えて」

 

 周辺の安全確認を行っている風花に、アドバイザーとして来た祐子が注意を促す。

 

「さすがにここまで拡大すると、近付く物好きはいないようだわ」

「そうか。シエロはそのまま周囲を旋回、一定の距離を保て」

『了解ブラザー、けどあのリトルシスターだけで大丈夫なのか?』

「防護術式は張り巡らせてあるそうだ。有事に備えて、脱出装置も組み込んである。その際の回収は頼む事になる」

 

 調査班のサブリーダーとして来ているゲイルの支持が飛び、シエロはそのまま冥界の門から一定の距離を保って旋回を続けていく。

 

「ピクシー1、冥界の門上空に到達」

「機体に現状損傷無し、ただし妙なストレスがかかっている模様」

『なんかちょっと気持ち悪い………』

「それくらいは我慢して、あとで好きなだけケーキおごるから。何か下に見える」

『何も見えないよ~? 下はものすごい深い穴が開いてるだけ』

 

 ピクシーはコクピットに取り付けられた小型画面に映し出される、機体各所のカメラの映像を見ながら周囲を警戒し、UAVはそのまま穴の中央部へと向かう。

 

「そろそろ通信システムを起動させます」

「出力はゆっくり上げろ。どんな些細な物も漏らすな」

「私のペルソナなら、手伝えるかもしれませんが………」

「何拾うか分からないから、後でね」

「出力上昇、ただノイズがかなりひどい………」

「関係ないのは無視して。亡者の怨嗟とか交じりそうだけど」

「……そう言えば何か変なのが聞こえるような」

「MK型治療器は用意してあるぞ」

「待った! 微弱だが、通信波をキャッチ! 増幅します!」

「こちらからも送信、状況を確認」

「今なんとか………」

『こち………界ベース……応答せよ。こちら冥界ベースキャンプ、応答せよ』

「こちら冥界の門観測班、そちらからの通信を確認、現状を報告されたし」

 

 通信機にデモニカ姿のクルーが映し出され、歓喜の声が周囲から洩れる。

 

『現状を報告、門拡大に飲み込まれたメンバーは二名行方不明、他は一名除き全員生存』

「一名って?」

『オレは元から生きてない、数えなくていい』

 

 レイホゥの問いに、代わりに通信ウインドゥに出たキョウジ(故)が答える。

 

「あらキョウジ、その姿は随分久しぶりね」

『落ちた衝撃で前の体がダメになったからな。代わりが一つくらい出来るかと思っていたんだが』

「……どういう意味です?」

「考えない方いいわよ」

 

 理解出来ない、というかしたくないキョウジの話に、通信班クルーがそっとレイホゥに聞くが、レイホゥは苦笑いしてはぐらかす。

 

「じゃあリーダー達は無事なんですね!?」

『今ここにはいないが、さっきまでは問題ない』

 

 風花が半ば割り込むように通信機に向かって叫び、キョウジからの返答に安堵したのか思わずへたり込む。

 

「よかった、皆無事なんだ………」

「他の行方不明者は?」

『ダンテ氏とライドウ氏が不明、ただしこちらで接触したカロンという悪魔からの情報では、一時的な物との情報があり』

「カロンが言うなら大丈夫そうね。それで、他の人達は?」

『カロンと契約し、冥界に向かわせた。ただ冥界との境界とされる川を越えた時点で、通信が不安定。シグナルは届いているから、大丈夫だとは思われるが、詳しい事は不明』

『通信繋がったって? あらゲイル』

「アルジラか、お前は残ったのか?」

『喰奴が冥界とかいうエリアに入ると危険かもしれないって言われてね。こっちは散発的な襲撃が数回あっただけで、問題無いわよ』

「襲撃? アレの?」

『いいえ、亡者だかいうのが少し。メティスはこっち着てから見て無いわ』

『カロンも現状は把握しきれてないが、何らかの組織勢力が冥界に居るのは確からしい』

 

 向こうからの報告に、観測班は顔を見合わせる。

 

「てっきり、あのゴスロリロボがあの世に溢れてるかと思ってたが………」

「さすがにそれはないでしょ。ただ、作って動かしてる連中がいるのは確かね」

「何者なんでしょうか?」

「検討もつかないわね………」

「あれだけの戦闘機械体を送り込んでくるとなると、かなりの組織と見るべきだ」

『詳しい事は、向こうに言った連中の報告待ちだ』

 

 キョウジ(故)の一言で、取り合えず討議が中断する。

 

「それで、帰還の方法は?」

『事が済めばカロンが戻してくれる事になっている。そもそもここは生者のいる場所じゃねえからな』

「………キョウジ、あんたは大丈夫なの?」

『まだ向こう岸に行く気は無いからな』

「状況は理解した、このまま通信態勢を維持。一時間事に定時連絡を」

『了解、まあ今ベースキャンプに残ってるのはほとんどデモニカが損傷したか、負傷者ばかりで他にどうしようもない』

『何か起きたら連絡する』

 

 とりあえずの無事を確認し、皆が胸を撫で下ろす。

 

「克哉さんに連絡ね、一応全員無事だって」

「問題は、彼らの帰還までこちらで大規模な問題が起きないかという事か」

「こっちはこっちでどうにかするしかないわね………」

 

 

 

「全員生存、そのまま冥界に向かったか………」

「ひとまずは安心していいのか? あの世に向かったというのは聞いて安心できるとは思えんが」

 

 届いたばかりの情報に、克哉は一息ついたが、たまたまその場にいたロアルドは顔をしかめる。

 

「生きたまま冥界に行けるよう、カロンという悪魔と契約を交わしたらしい。向こうもかなり大変な事態になっているらしいが」

「それはこっちもだ」

 

 そう言うと、ロアルドは克哉のデスクにあるレポート、冥界の門拡大直後から数を増やしつつある威力偵察らしき敵襲の報告を指差す。

 

「下では、こちらの戦力が半減したという情報がすでに広まっている。シジマに限らず、ヨスガやムスビの動きも活発化している。未確認だが、何らかの勢力と接触や交戦したらしいとの噂もあるな」

「情報収集の人員を増やしたい所だが、この街の警備も固めなくてはならない。市民にも少しずつ前回のミッション失敗の噂が広まりつつある。これはここでかなりマズイ………」

「悪い噂ほど早く広まるからな。生存の噂でも流せればいいのだが………」

「噂のコントロールは難しい。下手をすれば逆効果や更なる混乱の元になる」

「厄介な事だな………」

「冥界での作戦が早期に解決して、無事に帰還してくれる事を祈るしかないか。街の警備体制を一考するべきだろうか?」

「そうは言ってもな。これ以上割り振れる人員もいない。どうにか割り振りするしかないだろう。さすがにこれをここでやりたくないしな」

 

 ロアルドが己のアートマをさすり、克哉も顔をひどくしかめる。

 

「ヴィクトル氏とレッドスプライト号の技術をあわせれば、悪魔化ウイルスの再現も可能かもしれないが、確かにそれは最後の手段だ。獅子身中の虫どころでなくなる」

「やれやれ………あの戦闘アンドロイド、何体かこっちに回してほしい物だ」

「量産とは愚かな事だ、とヴィクトル氏は言ってたが………」

 

 山積する諸問題に、二人はどうにか対処をするべく、頭を巡らせ始めた。

 

 

 

「ヤイル・カメ~ン!」『ヤイル・カメ~ン』

 

 蓮華台、本丸公園で開かれている仮面党定例集会に、多くの党員が集っていた。

 

(……また増えたな)

 

 彼らを束ねる杏奈が、党員の中にマネカタやデモニカ姿の者が最近混じってきた事に、党員に見えないように嘆息する。

 

「本日はみんなに嬉しい知らせがある。先程の作戦に参加した折、消息不明になっていた同志イシュキックと、同じく作戦に参加していた者達の生存が確認された!」

 

 杏奈の報告に、党員達から歓喜のどよめきが起こる。

 

「同志イシュキックは、外界で起きた混乱を終息のため、更なる危険へと立ち向かっている。我らのなすべき事は、同志達が帰還するまで、この街を守り抜く事にある!」

『ヤイル・カメ~ン!』『ヤイル・カメ~ン!』

 

 杏奈の宣言に、党員達が一斉に手を挙げ、掛け声を上げていく。

 

「だが注意せよ。敵は色々な手段で我らに妨害や攻撃を仕掛けてきている! 連絡を密とし、危険と判断したならば、決して無理をしてはならない! 戦っているのは我らのみではない事を忘れるな!」

『ヤイル・カメ~ン!』

 

 杏奈の鼓舞に、党員達が一斉に返礼をする。

 

(………あかり、早く帰ってきてくれないかな)

 

 実質的幹部は自分一人なのに対し、世情を反映してか更なる拡大をしていく仮面党に杏奈は心中密かに疲労しつつ、それを見せないまま集会は解散していく。

 

「ご苦労だったな」「お疲れ~」

「周防、シルバーマンも来てたのか。怪我はもういいのか?」

「うん、もうすっかり。あのレッドスプライト号の医療室、すごいハイテクでさ」

 

 何時から来ていたのか、同窓生の二人の姿に杏奈は安堵の顔を見せる。

 

「なんか、人数増えてない?」

「勧誘してる訳でもないんだけど、最近入信希望者が相次いでね」

「あまりいい兆候じゃない。かつての仮面党事件の時と似ている」

「言わないで周防、自覚はしてる。せめてあかりが戻ってきてくれたら、もうちょっと事態は変わるかもしれないけど」

「変な新入り増えるだけじゃない? あの子そういう雰囲気だし」

 

 リサの言葉に、杏奈は少し前に党員から提出された『イシュキック様親衛隊設立案』―提出してきた党員達の目が何か危なかったので適当な理由を付けて握りつぶした―を思い出し顔を曇らせる。

 

「いっそ、二人で入らない? 幹部待遇で」

「やめておく」「さすがにまずいよ、そんなに困ってるの?」

 

 かつての敵にすら声を掛ける状態に、達哉とリサは顔を見合わせる。

 そこで達哉の懐で携帯電話が着信音を響かせた。

 

「はい達哉………了解、すぐに向かう。リサ、青葉区方面に中規模な敵襲、念のため増援に来て欲しいそうだ」

「OK情人、じゃあまたね♪」

「ああ」

 

 即座にバイク二人乗りで青葉区へと向かっていく二人を、杏奈は軽く手を上げて見送る。

 だがそれと入れ違いに、こちらへと駆け寄ってくる仮面党員の姿を見て杏奈の目が鋭くなる。

 

「レイディ・スコルピオン様! 七組が平坂区で挙動不審な人物を発見、スパイの可能性ありとの報告が!」

「私か他に対処できる者が向かうまで不用意に接触するなと連絡。喰奴だったりしたら最悪だ」

「了解しました!」

 

 仮面党員からの報告に指示を出しながら、杏奈は先程の二人と反対側へと向かう。

 

(世界の破滅を傍観したいと願ったはずが、破滅から護る側になってるわね………ホントにあかり早く帰ってこないかな………)

 

 用意された車に乗り込みながら、杏奈はかつて望んでいたのとは間逆の現状に、内心嘆息しながらも、大急ぎで現場へと向かっていった。

 

 

 

「ガアアァ!」

 

 咆哮と共に突き出された爪が、とっさにかざされたアークエンジェルの盾ごとその体を貫く。

 

「がはっ……」

 

 吐血、絶命したアークエンジェルを無造作に投げ捨て、喰奴の姿から人間へとヒートは戻っていく。

 

「こいつで最後だな」

「ええ、もうこれは偵察ってレベルじゃないわね」

 

 その背後で雷神剣を振るって鞘へと収めたたまきが、周辺の状況を確かめる。

 シバルバーの外縁部に当たる場所には無数の破壊痕や攻撃魔法の跡、多数の薬莢や血痕が散らばっていた。

 

「食いきれねえぜ、こんなしょっちゅうじゃあよ」

「無理に食べる必要ないでしょ。お腹壊すわ」

「シエロじゃねえんだから。そんな馬鹿はしねえさ」

 

 衣服についた返り血を拭いもせず、ヒートは鼻を鳴らす。

 

「たまきさん」

「ちょっとこっち来て!」

 

 迎撃に参加していた達哉とリサが、襲ってきた悪魔から何かを見つけて叫ぶ。

 

「これ見てこれ!」

「これって、通信機!?」

 

 どこから用意したのか、軍用にも使われる高出力通信機を倒した悪魔が所持していた事にたまきも驚く。

 

「ちっ、やられたな。こいつら死兵だ。構成から見て、ヨスガだな」

「ああ、道理で『お前ら生きてたのか!』なんて言ってきた訳だ………」

 

 舌打ちしながらタバコに火をつけるパオフゥに、うららが戦闘中に悪魔に言われた事を思い出す。

 

「これでアサクサでオレらがばっくれた事はヨスガにバレた訳だ」

「まあ時間の問題だったんじゃない?」

「ムスビにシジマ、ヨスガと下の三大勢力はほぼ全部一度は襲撃かけてきてるし。問題はそこじゃなくて、ここは正真正銘、彼らにとって宝の山だって事ね」

「占拠は出来なくても、ここの連中を露骨にさらおうとしてやがるしな」

「今の所それは防いじゃいるが、マガツヒってのを絞られると、人格変わっちまうくらいきついらしいな」

「ヨスガとムスビのリーダーもそれが原因でおかしくなったって英草君言ってたしね~」

 

 それを聞いていたデモニカ姿の機動班メンバー達が、何かを思い出したのか肩を竦めて僅かに体を振るわせる。

 

「死なないのがマシか、死んだ方がマシか………」

「悪魔の拷問なんて考えたくもないな………」

「実際ひどい物です。ボクらも絞られてましたから」

 

 後片付けの手伝いに来たマネカタ達の言葉に、全員が顔をしかめる。

 

「けどこのままじゃ、モグラ叩きにも限度があるわよ。キョウジさん達、無事なら人手半分でいいから戻してくれないかしら?」

「あの世なんて早々簡単に戻れる物じゃねえんじゃねえか? 知りたくはねえけどな」

「そうでもないぜ、意外とな」

 

 たまきとパオフゥのぼやきに、ヒートが含みの有る笑みで答える。

 

「そういや、エンブリオンのメンバーって前世の記憶あるんだっけ」

「少し違うらしいがな。詳しい事はセラに聞け」

「そう言えばセラちゃん、最近ヴィクトル博士とゾイ先生の両方に見てもらってるらしいわね」

「体調があまりよくないから、無理させるなってゾイ先生は言ってた」

「あいつがいねえと、喰奴連中暴走したら抑えるの事なんだがよ………」

「待て」

 

 後片付けを任せて撤収しようとした矢先、突然ヒートが回収された通信機を引っ手繰る。

 

「ちょ、何を…」

 

 リサが文句を言う間も無く、ヒートは通信機を地面へと叩きつけた。

 

「激氣! 何すんの!」

「どうやら、力だけの連中じゃなかったみてえだ」

「………そういう事かよ」

 

 散らばった部品を見たヒートとパオフゥがその中に有った物を見て再度舌打ちしつつ、ある部品を摘み上げる。

 

「何それ?」

「盗聴器だ。どうやらこいつが回収されるのも予想の範疇だったみてえだぜ」

「それって、今の話聞かれてた!?」

「だろうな」

「やば!」

 

 思わずリサやうららが口を塞ぐが、すでに遅く、パオフゥは電源が入ってない事を確かめて盗聴器を回収する。

 

「前も似たような事があったな。またカルマ協会か?」

「さあな。オレも動いてないのにノイズが聞こえたから気付いただけだ」

「よく聞こえたわね………それも喰奴の能力かしら?」

「兄さんに報告する。他に似たような事が起きているかもしれない」

「とんだ情報戦ね、まったく………夢崎区の方はどうなったかしら?」

 

 

 

「アメン・ラー!」『集雷撃!』

「ギャア!」

 

 電撃魔法をまともに食らい、スリランカの伝承に伝えられる、鷲の姿をした魔物―飛天族 グルルが地面へと叩き落される。

 

「大人しくしろ!」

「ここは完全に包囲されている! 逃げ場などない!」

「く………」

 

 杏奈を先頭にした仮面党と、元エミルン学園OBペルソナ使い達に囲まれ、グルルが喰奴から人へと戻っていく。

 

「喰奴はこれだから厄介だぜ………」

「変身してねえと、エネミーソナーかペルソナ感応じゃないと見分けつかねえしな」

 

 市民に溶け込むように私服姿の喰奴を拘束しようと、用心しながらマークとブラウンの二人が近付こうとした時、喰奴が懐へと手を入れる。

 

「待て…」

 

 それに気付いた南条が制止しようとするが、直後閃光が炸裂した。

 

「くわあ!?」「ちぃっ!」

 

 近付いていた二人が思わず声を漏らし、周囲にいた者達も突然の事に思わず目を塞ぐ。

 

「いかん、逃げる!」「しまった!」

 

 南条と杏奈が叫ぶ中、閃光に紛れて喰奴が逃げ出そうとする。

 そこへ、突然投網が投じられ、包囲を飛び越えようとした喰奴を見事に絡め取った。

 

「おら、大人しくすんだよ!」

「用意しててよかった~」

「お見事ですわ、Yukino」

 

 葛葉で用意してもらった、注連縄で編まれた投網で喰奴を捕縛したゆきのに、麻希とエリーが手を叩いて喜ぶ。

 

「がああ、ちくしょう! 放せ!」

「誰が放すもんか!」

「自爆の可能性もある! 気をつけろ!」

「任せて!」

「ようし、警察署直行~」

「実刑くらうど? ってな。ぎゃははは!」

 

 投網の上から更に電磁波遮断用のアルミシートを被せ、まだもがいている喰奴が連行されていく。

 

「もう少しパトロールの感覚を縮めた方がいいかな?」

「かもしれんな………今エネミーソナーだけでも汎用化できないかテスト中とも聞いている」

「スパイが紛れ込むなんて、今まで無かったから……」

 

 尚也と南条と杏奈が三人とも顎に手を当てて考え込む。

 

「考えすぎは逆効果よ。もうちょっとリラックスしないと」

「それもそうだね」

「一応周辺の捜索はした方がいいな」

「仮面党員は予定シフトで警戒続行。無理な戦闘は控えるように」

「ヤイル・カメ~ン!」

 

 麻希の助言に、三人は悩むのを止めてそれぞれ後始末に取り掛かる。

 

「オレ達のペルソナだと、そんな遠距離まで分からないからな………風花ちゃんなら分かると思うが………」

「下からまだ戻ってきてないし、そもそも二人だけ残された事かなり気にしてたから、そのまま下に残るかも」

「むう、戦力不足とは言わんが、人手不足になりつつあるのは確かか」

「トップクラスの人達が軒並み落っこちたからね………」

「先生の所にも、セラピー受けに来る人が行列作ってるわ………仮面党や調査隊の人達も大分混じってるみたい。この間、城戸君も来てたし」

「レイジが? 意外と言えば意外……」

「奥さんに自警団で無理してるんじゃないかって言われて、どうすればいいだろうって相談だって」

「………妻子持ちはそういう問題もあるな。少し城戸の持ち周りを減らしておこう」

 

 周囲を封鎖していた警察官達が状況検分を始める中、徐々に珠閒瑠市内に満ちていく不穏な空気を、ペルソナ使い達は感じずにいられなかった。

 

 

 

「よくないね、色々と。あ、寿司の事じゃないよ大将」

「当たり前でぃ!」

 

 がってん寿司のカウンターに陣取り、いつも通りエンガワを頬張っていたトロの言葉に、その両隣に座っていたレイジとサーフが僅かに頬を動かす。

 

「具体的には」

「それが困った事に、色んな噂が出てはすぐ消えるを繰り返してててね……まあ噂が定まらない限り、具現化する事もないから安心といえば安心なんだけど」

「どうやってもドンパチの音は響くし、とうとう街中までスパイが出やがったらしいからな………」

「悪い噂にならないように、僕もなんとかしてみてるけど、自信は無いな……ただ、最近これらの異変は、もっと大きな異変の前兆だって噂が出始めているらしい」

「前兆?」

「そこから先はまだ出来てないらしいけど、こういう噂はどう出るか分からないからね………あ、大将アガリお代わり」

「はいよ!」

 

 口直しのお茶をすすりつつ、トロがもたらした情報にレイジは今までの経験から影響を考える。

 

「それと、何者かが下の三大勢力に接触してるって話知ってる?」

「……似たような事は前にもあった」

「どうやら、別の人達らしいよ。下の調査から上がってきた人達から聞いた情報だから、信憑性は高いと思う」

「一体今、何がどうなってやがる………」

「そこまでは分からないな~………」

「参考になった」

 

 それだけ言ってサーフは席を立ち、レイジも後に続こうとする。

 

「悪いが、冷やかしは勘弁してほしいんですがね」

「冷やかし?」

「いいよ、僕がおごるよ。二人に握り一人前ずつ」

「へいよ!」

「いや、今日は早く帰るって言ってるんで………」

「おっと、所帯持ちは大変だね。こっちの彼には土産用の二つ、おっと子供用も一つ」

「へい、毎度!」

 

 席を立った二人に戻るようトロは促すが、レイジがそれを断ったのを見て、注文を変更する。

 

「悪いな、いいのか?」

「はは、僕に出来るのはこうやって噂を集めたり広めたりする事くらいだからね。前線に出る人達には頑張ってもらわないと。特に城戸君は無理されても困るだろうし、奥さんと子供が」

「それはそうだが………」

「へい、土産二人前と子供用一人前!」

「ああ、ありがと。じゃあまた何か分かったら教えてくれ」

「そうするよ」

 

 土産を手に店を出ていくレイジを、サーフが無言で見送る。

 

「意外かな、彼が家族のために戦ってるのは」

「……分からない。だが、アイツが必死なのは分かる」

「はは、学生時代の彼は君によく似てたよ。いやもっと酷かったかな? 変われば変わる物だね」

「………」

 

 トロの話を無言で聞きながら、サーフは出された握りを口へと運ぶ。

 最初の一口で妙な硬直をしているの気付いたトロが慌ててアガリを頼むまで、しばしの間があった。

 

 

 

同時刻 受胎東京 イケブクロ

 

「なるほど、喰奴にそんな弱点があったとはな」

「ええ、ネックはセラと呼ばれるテクノ・シャーマン」

「そいつさえどうにかしてまえば、向こうの戦力はガタ落ち、いや勝手に自滅するかもしれへんな」

 

 かつてマントラ軍の本営、現在はヨスガの本陣となっているビルの最上階、そこの主である千晶の前に、二人の人間がいた。

 病的なまでの白い体を持った少年と、眼鏡をかけてスーツケースを手放さない関西弁の少年、他でもない、ストレガのタカヤとジンだった。

 二人が持ってきた盗聴器からの情報を聞いた千晶が、口元を歪むような笑みを浮かべて渡された受信機のイヤホンを床へと無造作に放り投げる。

 

「人修羅とデビルサマナー達にはいっぱい食わされたけど、そいつらは今穴に飲まれて地獄の底、喰奴の弱点も分かった。後はどうやってあそこまで行くかね」

「それはそちらでどうにかしてください」

「そこまで責任は持てへんで。ほなさいなら」

「待ちなさい」

 

 その場を去ろうとするストレガの二人を、千晶は呼び止める。

 

「貴方達の目的は何? なぜヨスガに味方するのかしら?」

「ふふ、あえて言うなら、貴方方の目指している事が、我々の目的に近い、と言った所でしょうか」

「力こそが絶対、確かにその通りや。今の世界、無駄に生きてる人間が多過ぎやさかいな」

「それは、貴方達も創世を目指すという事かしら?」

 

 千晶の問いかけに、二人は振り返って笑みを浮かべる。

 

「どちらかというと、逆でしょうね」

「悪魔と人間の紛い物だけの世界、ある意味、ワイらの理想の世界や」

「へえ………それでは言っておくわ。これを恩だと思わない事ね。ヨスガのコトワリを邪魔するのなら、容赦なく、潰す」

 

 千晶はそう宣言しながら腰掛けていた物、かつてマントラ軍を率いていたゴズテンノウが宿っていた像の頭部を、異形の右腕で砕き潰した。

 

「さて、それはどうでしょうかね?」

「また会った時のお楽しみや」

 

 あえて返答を避ける二人に、千晶も口を歪ませて笑う。

 

「そうね、それじゃあまた今度」

「ええ、それでは」

 

 表面上はにこやかに、その実凄まじい殺気を飛ばしあいながら、千晶はストレガの二人を見送る。

 

「上空都市への威圧攻撃は継続、状況に変化があれば、一気に攻めてマガツヒを絞れ」

「はっ!」「おおせのままに」

 

 そばに控えていた配下に指示を出し、千晶は部屋から外に出、視界に広がる荒野を見下ろす。

 

「これが理想の世界か………どんなコトワリを持っているのかしらね………」

 

 その呟きは、風に紛れて誰にも聞かれる事無く、消えていった。

 

 

 

「オオオオォォ」「アアアアァァ」

 

 怨嗟の声を上げながら、無数の思念体がまとめて消し飛んでいく。

 

「ち、なんて奴だ………」

「これは………」

 

 その様を見ていた勇と40代目ライドウは相手の凄まじい力に舌打ちする。

 ムスビが本拠地としているアマラ回廊に突如として現れた侵入者達、特にその中心となっている相手を前に、二人は警戒を高める。

 

「なるほど、マガツヒと呼ばれるエネルギーの流れが、そのままある種のワームホールを形成しているわけか」

 

 思念体を一撃で消し飛ばした相手、陰陽神 ハリ・ハラの姿をしたジェナ・エンジェルは周囲を興味深げに見回し、そして眼前の二人を見る。

 

「そしてここを根城にしているのは絶対孤独を掲げるムスビと呼ばれる勢力、間違いないな」

「ああ、その通りだ。あんたらは?」

「私はジェナ・エンジェル。カルマ協会を率いる者だ。創世という物に興味があったので、ここを調査しに来た」

「へえ………それでアンタが掲げるコトワリは?」

 

 苦々しい表情の勇に、エンジェルは不敵な笑みで返す。

 

「私は全てに等しくチャンスを与えたい。誰もが己の力で生きる世界をな」

「それなら千晶のとこに行きな。ヨスガのコトワリに似てるぜ」

「この後、そうするつもりだ。だが、ただ行っただけでは芸が無い」

「……ならば?」

「例えば、我らともっとも主張が異なる勢力を削いでから、とかな」

 

 エンジェルがそう言うと、背後にいた者達が一斉にアートマを輝かせ、喰奴へと変じていく。

 

「へえ、そういう事か」

「最初からそのつもりのようだな」

 

 勇が片手を上げると、無数の思念体が周囲に渦巻き始め、前の闘いで片腕のままの40代目ライドウも残った腕で白刃を構える。

 

「このアマラ回廊は戦術・戦略的にも利用価値が極めて高い。譲り渡してもらおう」

「出来る物なら、やってみなぁ!」

 

 アマラ回廊の中で、二つの勢力が激突した。

 

 

 

「………」

「あの、先生? ゾイ先生?」

「ん? ああメイビーか、なんだ?」

「どうかしたんですか? 怖い顔して………」

 

 レッドスプライト号の医療室で、難しい顔をして電子カルテを睨んでいた医療班の女性クルーが、助手的立場の別の女性クルーが声をかけてきた事にようやく気付く。

 

「ちょっとな。彼女の事で」

「ああ、セラちゃんですね。怪我は治りましたけど、元から体弱いみたいですし、大丈夫なんですか?」

「今の所は安定している」

 

 医療用カプセルの一つで、定期的治療を受けている少女を見たメイビーだったが、ゾイは別の問題を見つけていた。

 

(投薬に脳外科手術、しかも遺伝子改造の痕跡まで………こんな少女に、なぜここまでする必要が?)

「う、ん………」

 

 そこでカプセルの中のセラが目を覚まし、ゾイは電子カルテの画面を切った。

 

「具合はどうだ?」

「かなりいいです。傷ももう良くなりました」

「薬はちゃんと飲んでいるな?」

「はい」

「あまり無理はしないように。君の仲間のように無駄に体力と食欲が有り余ってるわけではないだろうからな」

「そうですね」

 

 セラをカプセルから出しながらのゾイの助言に、セラは正直に答えていく。

 

「お仲間さん、心配して交代でレッドスプライト号の前に来てますしね。特にあの赤毛の人」

「ヒート?」

「あの人なんか、セラさんの治療終わるの待ってるか、戦ってるかの二つしかしてないんじゃないかって話も出てます」

「ヒートらしい」

 

 メイビーが治療のために脱がせた上着をセラに手渡しながら笑う二人に、ゾイも吊られて笑みを浮かべる。

 

「メイビー、送ってやれ。それとセラ、戦闘は血の気の有り余ってる連中に任せて、前線には出ない方がいいだろう」

「けど、私の歌が届かないとエンブリオンのみんなが………」

「無線とかではダメなのか? まあその辺はあちらでも考えているだろう。ではお大事に」

 

 メイビーに送られていくセラを見送ったゾイだったが、医療室の扉が閉まるとそばにあったコンソールから業魔殿のヴィクトルへと送るため、セラの現状を細かく記した電子カルテをまとめておく。

 最後に、こちらの設備でも現状維持が限度、との一文を添えて………

 

 

 

「それで、用件は?」

 

 突如として現れた客人に、氷川は興味深そうな顔で問いかける。

 

「そうだな、まずはそちらの現状を問いたい」

 

 その客人、氷川に劣らず不遜な雰囲気をまとった男は、不躾な質問を投げかけてきた。

 だがその男の後ろには、氷川の警護をしていたはずの悪魔が躯となって転がっている事から、すでにその男が只者ではない事を示していた。

 

「それを聞いて、どうする?」

「確認をするまでだ。現状では、シバルバーの出現、冥界の門の拡大、その他色々な状況変化に伴い、マガツヒの流れが大きく変わってきている。守護を呼ぶためのマガツヒが無くて苦労してるのではないかね?」

「よく調べた物だな。そんな所まで」

 

 氷川が男にそう言いながら、その視線を鋭くする。

 だが構わず男は続けた。

 

「私はある目的があって動いている。そして、その目的のために彼らがいささか邪魔でね。半分程は君が冥界送りにしてくれたが」

「なるほど。だがそれと君がここに来た件の関係は?」

「私なら、マガツヒを集束できるシステムが作れる、と言ったなら?」

「……どのようにして?」

 

 男は答えず、ある分厚い資料を氷川へと投げる。

 それをキャッチした氷川は資料に目を通していき、その目が驚愕に見開かれたかと思うと、徐々に興味と歓喜の入り混じった物へと変わっていく。

 

「ふ、ふふふ、こんな物を思いつくとはな………自分に匹敵する天才を始めて見たよ」

「お褒めに預かり光栄だ」

 

 氷川がすでに己の提案に乗ってきてる事に、男は肩をすくめるように謝礼を述べる。

 

「目的はあの街の守護者の排除、という点で一致している訳だな」

「ああ、そして君は守護を呼ぶといい。その時私が君の味方か敵か、それは約束できないがね」

「構わん。これの製造に力を貸そう。そう言えば、君の名をまだ聞いてなかったな」

「私の名は神取、神取 鷹久だ」

 

 氷川と神取、二人の闇の天才は互いに含みのある笑みを浮かべ、互いの手を握り締める。

 氷川のもう片方の手に握られた資料の表紙には、《Reverse・Deva SYSTEM》と書かれていた………

 

 

 冥府の縁へと落とされた者達を案じながらも、糸達は残った力を集め、闇に講じようとする。

 だが、闇は更に更にその暗さと深さを増しつつあった。

 その何よりも暗き闇の底にあるのは、果たして………

 



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PART36 SECRET MANEUVERS

 

「う~ん、もうちょっと時間あれば細かく復元できるかな?」

「いや、こんなモンでいいかと。独立並列型のシステムか……」

「そうだね、ただ入力が複数で出力が一つって、変な仕組みだけど」

「物が悪魔召喚プログラムなら、それでも問題ないはず。あの大量のアンデッド連中、こやって呼び出されてやがったのか………」

 

 雅宏と八雲が二人がかりで解析したプログラムから、断片ながらもシステムの概要が割り出されていく。

 

「ソフト的には割りと単純な造りになってる。けれど………」

「問題はハード、どうやってこれを光学迷彩の無人偵察機に組み込みやがったのか………」

 

 同じ疑問に、二人のハッカーの手が止まる。

 

「………心当たり、あるかい?」

「………リーダーも同じ事考えてるかと」

「こんな物を運用できそうな組織を、僕らは知ってる」

「確証は無いが多分当たり、かな?」

 

 かつて自分達が敵対した組織の事を思い出しながら、八雲はしばし思案する。

 

「敵の中に、見覚えのある連中は?」

「う~ん、どうだろうかね。僕じゃここから危なくて出られないし、ゲイリンさんや真次郎君はそれらしい相手は見たらしいけど、なんとも」

「くっそ、いつの間にか冥界支部なんて作りやがったのか。それとも、ここの連中のように………」

「多分ね」

 

 半ば確信しながらも、あえてその組織の名を口には出さないまま、二人はプログラム解析を一度終了させる。

 

「こっちじゃ、あの神取がまた蘇ったらしいって話も出てやがるし」

「え? 神取ってあの神取 鷹久? こっちじゃなくてそっちに?」

「もう生きてるか死んでるかは大した問題じゃないのかも………身内にもいるし」

「それって僕?」

「いんや、上司と元相棒」

「う~ん、なるほどね~」

 

 雅宏が苦笑しながら、ポケットからタバコを取り出して火をつける。

 

「全く、こんな状態どうやって片付けりゃいいんだ? しかもカロンとの契約も時間制限有りだし」

「やれる所からやっていくしかないね。ちょっとこれを」

 

 キーボードに突っ伏す八雲に視線を送りながら、雅宏があるデータを表示される。

 

「リーダー、これは……」

「断片過ぎるけど、これってMAPデータじゃないかな? 多分機体の帰投プログラムかか何かじゃないかと思うんだけど、これだけじゃ場所が分からない」

「いや参考にはなるな。転送を」

 

 八雲はGUMPからコードを伸ばし、その断片データを転送させていく。

 

「ついでにこっち、集めてもらった分から造った周辺のMAPデータ」

「サンキュー、リーダー」

 

 双方のデータの一致点が無いか八雲が手早くサーチするのを見ながら、雅宏は紫煙を吐きながら笑みを浮かべる。

 

「腕を上げたね、色々と」

「色々あったからな……デビルサマナーなんてヤクザな商売やってりゃ、何かと………」

「頼もしくなったよ、僕が覚えてた時と比べると」

「荒んだとも言うような………」

「それは元からじゃないかな、お互いに」

「オレやランチはともかく、リーダーはどうだったかな~?」

 

 スプーキーズだった頃の事を八雲は思い出し、思わず作業の手が止まる。

 

「ま、心配してた程じゃないから、安心したよ」

「リーダーの中のオレのイメージがどうなってるんだか」

 

 思わず顔をしかめながら、八雲はGUMPのデータ整理を終了させてコードを抜き、懐へと仕舞う。

 

「さて、と。外身の方は何か分かったかな?」

「ラボに技術担当の人もいるから、何かは分かるかと思うけど」

「そんなのまでいるのか………」

「元は確か………ニュクスとペルソナの研究をしていたとか言ってたな」

「は?」

 

 

 

「ようし、そこだそこに降ろそう」

「よっと」

 

 仁也が中心となり、複数の男性陣でユニットがラボのテーブルへと置かれる。

 

「意外とキレイだな、何かに使っているのか」

「ああ、彼が使っているケースだ」

 

 仁也の問いに、ゲイリンがラボの隅を手で指し示す。

 するとそこに、一体の思念体が浮かび上がった。

 

「うわ!」

「思念体なんてあっちの東京に大勢いただろうが」

 

 思わず悲鳴を上げた啓人に小次郎が呆れるが、思念体はぼやけた姿ながらもある一人の痩せた男性の姿を取る。

 

「おや、随分と大勢来たようだね」

「しかも生者のセオリーだ。タイムリミットはあるが協力してくれるそうだ」

「それは頼もしい。正直人手が足りなくてね」

 

 そう言いながらその思念体はユニットの方へと向こうとするが、そこで啓人の方、正確にはその腰の召喚器に目が留まる。

 

「それは………君はペルソナ使いか」

「あ、はい。月光館学園の…あ~!!」

 

 そこまで言った所で、啓人は目の前の思念体に見覚えがある事に気付いた。

 

「あの、ひょっとして、岳羽さん?」

「確かに私は岳羽だけど………ああ、私が残した映像を見てくれたんだね」

「それもあるけど、その………」

「ちょっとそっち終わったらこっちに…」

 

 何と言えばいいのか分からない啓人だったが、そこに物資の確認作業に行っていたはずのゆかりが姿を現す。

 

「………ゆ、幽霊!? きゃあああ……ああ!?」

 

 何気なく顔を覗かせた先にいた思念体にゆかりが思わず悲鳴を上げるが、その悲鳴が途中で疑問に変わる。

 

「お、お父さん!?」

「ゆかり、か? 大きくなったな」

 

 その思念体、ゆかりの父親で桐条グループで行われていたニュクスの研究の事故で亡くなった岳羽 詠一郎の姿にゆかりは思わず絶句した。

 

「え? え? なんでお父さんがこんな所で幽霊になってるの!?」

「ここは冥界、死者がいるのは当然のセオリーだ」

「ゲイリンさん達と違って、体も無いし、なんでかこの部屋からも出られないけどね」

「小岩さんみたいな、特異点なのかな?」

「ちょ、ちょっと待って? え~とそれってお父さんがあの世で幽霊で研究で特異点で」

「まずはリラックスのセオリーだ。予想外のケースなのは分かる」

「そりゃ、いきなりあの世で肉親の幽霊に会えば誰だって………」

「混乱するのは後にしろ。今はこれの解析が先だ」

 

 状況を脳が理解しきれないゆかりが上擦った声を上げ、周囲がそれをなだめようとする中で小次郎が一言でそれを遮断させる。

 

「今我々がやらなければならないのはベースキャンプの設置と敵の情報の解析だ。このユニットから、どんな些細な情報でも根こそぎ集めなくてはならない」

「色々話したい事はあるだろうが、悪いが一段落してからでいいか。お互い落ち着いてからの方がいいだろう」

「う、うん………」

 

 仁也と小次郎の有無を言わせぬ口調に、ゆかりはかろうじて頷く。

 

「まともに会話出来るならまだマシな方だ。まだ見れる状態でもあるようだし」

「これよりひどいってどういう事かな?」

 

 小次郎が思念体の詠一郎を横目で見ながら呟き、当の詠一郎が半透明の自分の手を見ながら思わず突っ込む。

 

「それでは、各自作業を」

「そ、そうだね。じゃあお父さん、後で!」

「分かった、こちらも急いでやるよ」

 

 仁也の号令に、何を話したらいいかも決まらないまま、ゆかりはそれだけ言ってラボを後にし、詠一郎は娘の姿を見送る。

 

「じゃあオレもあっちに」

「あ。ちょっと君」

「はい?」

「娘は、大丈夫かね? 真次郎君からペルソナ使いになったとは聞いていたが、あまり危険な事はしてほしくはないのだが………」

「ゆかりは、主に後方で回復担当ですから、完全にとは言えませんけど、大丈夫だと……」

「自分の見た限り、先程の作戦中での彼らの結束は見事な物だった。それに自分達や他の者達のサポートも有る。過度の心配は無用に思います」

 

 詠一郎からの問いに自信無さげに答える啓人だったが、仁也がそれに自分なりの訂正を加える。

 

「そうか、それなら安心だ。それでは仕事に取り掛かろう」

「一任するセオリーだ。手の開いてる者は自分と周囲のパトロールのプロセスだ。恐らく貴殿らがこちらと合流した事は向こうにばれているシチュエーションだ」

「アンソニー、そっちを頼む」

「了解、にしても色気の無い任務ばかりだな……」

「ユーはそんな事をジョブに求めるのか?」

 

 皆がそれぞれの仕事をする中、敵の手はゆっくりと迫りつつあった。

 

 

 

同時刻 珠閒瑠警察署(仮)

 

「下がおかしい?」

「ええ、下の探索に出てたメンバーから、ヨスガ、シジマ、ムスビ、どこも妙な動きをしてるとの報告が来てるわ」

 

 冥界の門に飲まれた者達の安全が確認できて一安心したのもつかの間、戻ってきたレイホゥからの報告に克哉は目つきを険しくする。

 

「ヨスガとシジマは次の動きに向けての準備って線が濃厚ね。ムスビがどこかの勢力と派手にやらかしたって話もあるみたいだけど………」

「アマラ経絡にも探索チームを向けるか? だが現状ではあまり人手を割く訳にもいかん」

「防衛の陣はもう直完成するわ。そこから浮いた手を回せば………」

「だがアマラ経絡の内部はかなり複雑と聞いている。慣れている英草君は今冥界に行ってしまっているし」

「思念体の巣窟で遭難なんてゾッとする話ね。高尾先生に案内でも頼もうかしら」

 

 一つの問題が解決すればまた次の問題が起きる状況に、二人は首を傾げて唸りを上げそうになる。

 

「短期決戦を望んでトップクラスの実力者を送り出したのが、裏目に出ているのかもしれんな」

「今更言ってもね。それに残っているのだって結構強いわよ。克哉さんも、私もそれなりにね」

「問題はそれをどう割り振りすれば………」

 

 考え込む克哉だったが、そこへレッドスプライト号からの直通回線として繋いでおいた電話が鳴る。

 

「はい周防。アーサーか………ちょっと待ってくれ」

 

 相手がアーサーだと気付いた克哉が、スピーカーボタンを押してレイホゥにも内容を聞こえるようにする。

 

『新しいミッションを提案します。現状における防御体制が整い次第、下層世界の勢力に威力偵察を行う事を推奨』

「攻めに出る、という事か」

『敵対組織が明らかに何らかのミッションの準備態勢にあり、通常の諜報手段が使えない以上、他に情報を入手する手段はありません』

「AIって言うから、もっとゴリゴリの理論主義かと思ったら、案外過激な事言うわね」

『あくまで提案です。ですが、最新の情報の入手は急務です』

 

 レイホゥが思わず漏らした言葉に、アーサーは的確に反論してくる。

 

「集団的無差別破壊行為の未然防御としてなら可能かもしれんが、どこにどう仕掛けるかの予定は?」

『ヨスガは報告にあったアサクサでの戦闘で疲弊していると推測、ムスビは正確な本拠地が不明、現状でもっとも力を保有していると推測されるシジマへの威力偵察がもっとも効果的と推測できます』

「となると、確かギンザだったな」

「シジマのボスの氷川って男は一度見た事あるけど、油断ならないってああいう奴の事ね」

「実際にやるかどうかはともかく、議論の価値はあるだろう。詳細を詰めたいので、会議の用意を頼みたい」

『了承、一時間後に』

「みんなにはこっちから知らせておくわ。藤堂君達、戻ってきてるかしら? 風花ちゃんと高尾先生も一緒のはずだけど」

「時間通りならそろそろ下から戻ってくるはずだが………」

 

 

二時間半後

 

「すいません、遅れました」

「大丈夫?」

 

 予定をオーバーして探索から戻ってきたどこかボロけている尚也に、レイホゥが心配そうに声をかける。

 

「いや、アサクサの様子を見に行ったら、変な馬に乗った骸骨みたいな悪魔に襲われて」

「それはこの受胎東京に稀に現れる《魔人》と呼ばれる上位悪魔の一体だろう。よく無事だった」

「全員掛かりでなんとか………やっぱりまだまだ油断できない状態みたいです。風花ちゃんと高尾先生が教えてくれなかったら危なかったかも」

 

 フトミミも心配そうに声を掛ける中、尚也が用意された席に座る。

 

「取り合えず、会議を始めよう」

 

 克哉とアーサーを議長に、尚也と南条、達哉と風花、サーフとゲイルにロアルド、フトミミに祐子、レイホゥとたまきと杏奈、通信越しにだがヴィクトルにそしてレッドスプライト号の各班のリーダーなどが室内に集合していた。

 

「まずは冥界からの報告を聞こう」

「はい、一応冥界に突入した人達との連絡はつきました。ただ、双方瘴気の影響か、ベースキャンプと中継機を通さないとラインが確定できないようです。向こうでも調整しているそうですから、完全な通信ライン確立はもう直だと思います」

 

 克哉に促され、戻ってきたばかりの風花が代表して報告を述べる。

 

『シュバルツバースの時も似たような状態でした。想定の範囲内です』

「驚いた事に、冥界でも規模はかなり小さいようですが、こちらと似たような現象が起きてるみたいです。確認されただけで私達の仲間で戦死した荒垣先輩や元ストレガでしたが、こちらに味方してくれてたチドリさん、ライドウさんと同時代の十七代目・葛葉ゲイリンさん、その人達を小岩さんの仲間だったスプーキー、じゃなくて桜井さんがまとめてるそうです。それに、レッドスプライト号の同型艦だったブルージェット号をアジトに使ってるとも聞いてます。」

 

 風花からの報告に、室内がにわかに騒がしくなる。

 

「冥界もそこまでデタラメになっているのか」

「だが、むしろ協力者がいる事は幸運だろう」

「でも死人が仲間って大丈夫なの?」

「それよりも冥界の詳細情報が」

「そこまで」

 

 あちこちから色んな意見が飛び交うのを、克哉が一言で止める。

 

「今ここで議論しても、結果は出ない。彼らを信じて無事を祈るだけだ。ならばこそ、こちらでやれる事はやっておきたい。そのために集まってもらったのだから」

「その通りね。さすがに冥界の門に増援またダイブさせられないし」

「今の所、悪い予知は出ていない。心配はないだろう」

 

 克哉の言葉に、レイホゥとフトミミがそれぞれ意見をつけたし、皆がそれぞれ納得した顔をする。

 

『それでは本題です。今回の議題は新たなミッション、シジマへの威力偵察の是非についてとなります』

「威力偵察、つまりはこちらから討って出ると?」

「可能なのか?」

 

 議題が出されると同時に、ロアルドと南条が同時に疑問を口にする。

 

「現在、受胎東京の各勢力が次の行動に向けて準備しているらしい情報が下からもたらされている。幸いにも、葛葉とレッドスプライト号双方の技術提供により、この珠閒瑠市を覆う防護陣は完成目前まで来ている。

だが、このまま護りに徹したとしても、前回のムスビの例があるように、どんな手で来るかが分からない以上、こちらから行動を起こすべきという事らしい」

『その通りです』

「だとしたら、問題は三つある」

 

 克哉の説明を聞いたゲイルが口を開く。

 

「一つは威力偵察の移動手段だ。小規模の探索ならともかく、威力偵察ともなるとかなりの大規模の部隊を動かす事になる。それは相手にこちらの動きを知らせる事にもなる。

二つは人選、いくら防護陣を形成できても、守護の人員は必要となる。どれだけ人手を割り振るかが問題だ。

そして最後、こちらが行動を起こし、人員を割けば、他の勢力が好機と見て攻勢に出る可能性がある。

これらの問題点が解決されない以上、この作戦には賛同できない」

「相変わらず真顔でキツイ事言うわね」

「私も彼と同じ意見だ。冥界に落ちた面子が戻ってきてからじゃダメなのか?」

 

 的確な問題点の指摘にたまきが呆れるが、仮面党の代表として杏奈もそれに賛同。

 

『問題点に返答。このミッションに置いてもっとも重要なのは時間です。三大勢力がどれだけの準備を必要としているかは不明。しかし、冥界探索班の帰還を待てば、それが完了する危険性が極めて大となります。よって、当ミッションを強行させる必要性が高くなります。

また、機動力に置いてはヴィクトル氏から業魔殿の使用許可を受諾済み、シバルバーと呼称されるこの珠閒瑠市はちょうど受胎東京の球体内を移動しており、目的地上空に達すると同時に業魔殿による降下作戦として発動させます。

そして人員は現状に置いてもっとも戦闘力が高いと認識される喰奴と他実力者からなる小規模にて構成、降下・攻撃・撤退を極めて短期に行う電撃戦とします』

「待て、短期でどうやって情報収集を行う?」

「私がやります」

 

 アーサーの回答に別の疑問を南条が出すが、そこで風花が手を上げる。

 

「私のペルソナなら、短時間で多くの情報を集める事が出来ます。皆さんの攻撃の隙に相手の本拠地になるべく近付いて、集められる限りの情報をアナライズすれば」

「つまり、威力偵察は彼女の情報収集のカモフラージュという事か」

 

 ロアルドが風花の方を見ながら呟くが、アーサーはさらに追加意見を提唱する。

 

『完全にという訳ではありません。ペルソナにおける情報収集に何らかの障害が発生した場合、物理的に情報を収集する必要が生じます』

「だとしたら、正面攻撃班の他に、諜報班が必要になるな。ちょうどいい人員が要る事だし」

 

 

「ぶぇっくし!」

「パオ、少しは周り片付けたら?」

「あ~そうだな、だがなんか周防がまた面倒持ち込みそうな予感がしやがる」

「普段面倒持ち込んでんのはどっちよ」

 

 

「シジマの本拠地のニヒロ機構なら私が案内できるわ」

「なら案内は高尾先生に頼もう。ただ、君が知っている通りのままならばいいのだが………不確定情報だが、シジマが資材を集めているとの情報もあった」

『その情報ならこちらにも上がってきています。何を建造するのかは不明ですが、それが完成する前に詳細情報を入手するのが最重要事項と認識できます』

「時間に余裕が本当に無いのか………だが仮面党からは人員は出せない。あかりが冥界に行っている以上、実質指揮を取れる幹部は私だけだ」

「私も自警団としてここは離れられないわ。陣が発動しても、調整出来るのはレイホゥさんだけだろうから、葛葉からも人員は出せないって事になるわね」

「となると………」

 

 杏奈とたまきの意見に、レイホゥが残ったメンバーを見る。

 

「攻撃はエンブリオンに、諜報はペルソナ使いから出すという事か」

『こちらからも多くは有りませんが、機動班からメンバーを選出します』

「連絡とサポート役だけでいい。こちらの戦闘に巻き込みかねん」

「それは一理あるね。ペルソナ使いならなんとか大丈夫かな? こちらからも攻撃班に何人か出した方がバレにくいだろうし」

 

 ゲイルの淡々とした言葉に周囲が引く中、尚也だけが頷きながら参加を表明する。

 

「それでは、正面戦闘班はエンブリオンとエルミンペルソナ使い達から、諜報班は山岸君を中心として、少数厳選で」

『防護フィールド完成、発動直後にミッション開始とします』

「術式展開して、不備を確認して、早くて明後日と言った所ね」

「それまでにメンバーの選出と準備を各自進めておくように」

『40時間後に参加メンバーにてミッション詳細のミーティングを行う事とします』

 

 幾つかの事柄が決められ、参加していたメンバーがそれぞれの準備に取り掛かるためにその場を後にする。

 

「さて、それじゃこちらも準備しないと」

「あ、はい」

 

 祐子に促され、考え事をしたままその場から動かなかった風花が慌てて席から立ち上がる。

 

「そういえば、潜入チームのリーダーって誰になるんですか?」

「それはこれからね。どれだけ人手を割けるか分からないし………危なくなったら一人でもいいから逃げなさい」

「そういう訳には………」

「問題ない、こちらで派手に暴れておく」

 

 口ごもる風花に、会議中でも無口だったサーフがすれ違い様にそれだけ行って部屋を出て行く。

 

「だそうよ」

「あまり派手に暴れ過ぎられても困るかと………」

「その分、静かに行きましょう」

「そうですね……」

 

 他に言いようが無く、風花も準備をするべくその場を後にした。

 

 

 

二日後

 

「各ポジション、最終確認」

「リンク確認、数値安定」

 

 珠閒瑠市を囲む五芒星の頂点にある場所にそれぞれセットされたフィールド発生装置からの情報を聞きながら、レイホゥは上空で待機している業魔殿へと視線を送る。

 

「それじゃ、始めるわ」

『こちらでもサーチしている。始めてくれ』

 

 ヴィクトルからの返信を聞くと、レイホゥは用意した祭壇の前に結跏趺坐し、手を合わせて精神を集中させる。

 

「タカアマハラニ カムヅマリマス。スメラガムツカムロギ…」

 

 静かに詠唱が始まり、それに応じてフィールド発生装置にエネルギーが注入されていく。

 

「リンク係数、上昇。各ポジションの誤差、許容範囲内」

「流入エネルギー、レイホゥ女史にシンクロ」

 

 観測班からの報告が飛び交う中、詠唱はさらに続く。

 

「アマノミカゲ ヒノミカゲ トカクリマシテ ヤスクニト タイラケク シロシメ…」

「リンク係数、急上昇! 誤差修正急げ!」

「流入エネルギー、フィールド発生数値まであと26%!」

 

 機材の調整が大急ぎで行われる中、レイホゥは一心に詠唱を続けていく。

 

「ケフヨリハジメテ ツミトイフツミハアラジト。キョウノユウヒノ クダチノオオハラヘニ ハラヘタマヒキヨメタマフコトヲ モロモロキコシメセトノル」

 

 詠唱の終了と同時に、レイホゥは拍手を打ち、ありったけの魔力を注ぎ込む。

 

「リンク係数、MAX!」

「流入エネルギー量、予定数値に到達! フィールド発生します!」

 

 観測班の報告と同時に、各所のフィールド発生装置が一斉に発動、珠閒瑠市を覆う防護フィールドが完成した。

 

「ふう、これで一安心ね」

「レッドスプライト号のプラズマ装甲並とはいきませんが、魔術的措置も施したので防護力はかなりの物でしょう」

『こちらでも発生を確認した。観測上、問題点はないようだ』

『私のペルソナでも確認しました。特に穴のような場所は見つかりません』

「出入りはちょっと不便になるけど、これで多少の敵襲は防げるわ」

 

 ヴィクトルと風花の報告を聞いて、レイホゥは胸を撫で下ろす。

 

『それでは、次のミッションを開始してください』

「業魔殿、目標に向けて降下を開始する」

 

 アーサーからの指示を受け、業魔殿がシバルバーの影から一気に真下、ギンザのニヒロ機構へと向かっていく。

 

「ニヒロ機構はかなり複雑な構造になってるわ。マントラ軍の総攻撃を受けた時も、中枢は無傷だったくらい」

「問題は向こうがこちらの襲撃にどう反応するかだ。篭城されたら、こちらの作戦は全て無駄になる」

「その時は威圧するだけ威圧して帰るだけだ。幾ら中枢が無事でも、外部が廃墟になれば黙ってもいられまい」

「………南条、最近何か妙な影響受けてない?」

 

 祐子の説明に、ゲイルと南条が作戦の最終確認をするが、内容の過激さに尚也が少し顔を引き攣らせる。

 

「さて、じゃあ行くか」

「え? まだ作戦高度には…」

「その前にパラシュート…」

 

 到底安全とは言えない高度から、乗降用ハッチを開けたヒートに何人かが声をかける間も無く、グレネードランチャー片手のヒートがハッチから飛び降りる。

 

「ちょ……」

「じゃあオレも」

「いや、あんたは飛べるからいいけど……」

 

 続けてシエロが飛び出し、落下する中でアートマが光り、喰奴へと姿を変化させる。

 シエロが空中で旋回してニヒロ機構の様子を探ろうとするが、すでにそこで複数の爆発が生じていた。

 

「ヒートの奴、もう始めてるぜ」

『気の短い人だね………』

「オレも始めるとするぜブラザー! マハ・ジオンガ!」

 

 落下しながらもニヒロ機構周囲にいる悪魔に向かってグレネードを速射するヒートに習い、シエロも一気に近寄ると周辺に電撃魔法を撒き散らかす。

 

「あの人達、本当に段取り分かってるのかな?」

「そのはず………だよな?」

「我々の目的は威力偵察を兼ねた陽動だ。派手に動けば動く程目的は達成しやすい」

「行くぞ」

 

 低高度用の小型パラシュートを背負いながら、すでに派手に暴れている二人を見つつ呟くエミルンOBペルソナ使い達だったが、そこへエンブリオンの残ったメンバーが次々とパラシュート無しで降下していく。

 次々とアートマが光り、その姿が喰奴と化して地面へと派手に着陸していく様子に、ペルソナ使い達の顔色が変わる。

 

「………オレらもやるか?」

「出来ると思うかよ? 生身がブレイクは勘弁だぜ」

「橋頭堡はエンブリオンが築く。我々は戦線の確保が主な仕事となる」

「そろそろあちらの迎撃も本格化してるくだろうしね。もう降りて大丈夫かな?」

「作戦高度に到達しました!」

 

 マークとブラウンがクレーターを穿った直後に暴れ始める喰奴の姿に顔色を青くするが、南条と尚也が冷静に準備を勧めていく。

 

「それじゃあ、行くよ」

『お~』

 

 サポート役のレッドスプライト号クルーからの報告を聞いた尚也が先頭に立ち、ペルソナ使い達が次々と降下していく。

 

「3,2,1!」

 

 教えられた通り、業魔殿からある程度離れるとコードが引かれ、次々とパラシュートが開き、ペルソナ使い達が降下していく。

 

「よっと」

「うわわ!?」

「こっちに!」

 

 なんとか無事に着地した尚也が、バランスを崩しそうになった麻希を支える。

 

「全員無事か!」

「なんとか……」

「う~ん、これが本当の大鼻ング………」

 

 南条が声を掛ける中、着地に失敗したのか前のめりで腰だけ上げているマークと、大の字になって顔面を強打したらしいブラウンが情けない声で返答してくる。

 

「今の内に戦線を確立!」

「資材下ろせ!」

 

 続けてデモニカ姿の部隊が弾薬やバリケード用の資材と共に次々と降りてくる。

 

「さて、じゃあ準備が済むまでこちらも頑張るとしようか」

「ええ!」「行くぞ!」「よおし!」「イクぜぇ!」

 

 尚也の号令と同時に、麻希、南条、マーク、ブラウンの五人は、同時に己のアルカナカードを用いて、ペルソナを発動させた。

 

 

 

「敵襲! 敵襲!」

「敵はあの浮遊都市の連中だ!」

「氷川様に連絡急げ!」

「決して奥に入れるな!」

 

 外から響いてくる爆音や戦闘音に、シジマの悪魔達が騒ぎ立てながら迎撃のために、続々とニヒロ機構の中から出撃していく。

 出れるだけの悪魔達が出て行ったのを見計らうように、アマラ転輪鼓が置いてある部屋からそっと覗く人影があった。

 

「よしOK、こそっと行くわよ」

 

 予め先行してギンザ経由で転移し、機を見計らって部屋からこそこそと出た舞耶が手招きし、その後ろにうらら、祐子、風花(+護衛のデビルバスターバスターズ)、乾とコロマル、エリーにパオフゥと続いた。

 

「上手い事出て行ったわね」

「予想してなかったのか、備えがあるのか……それと天野さん」

「何、先生?」

「それは外して置いた方が………」

「いや、気分出るかと思って」

 

 祐子に指摘され、舞耶はどこから用意したのか唐草模様の頬かむりとサングラスを外していく。

 

「上の方、相当すごい事になってます。エンブリオンの人達、ストレスでもたまってたんでしょうか?」

「食い放題ってのもあるだろうぜ。しばらくまともに食ってなかったろうからな」

「考えたくないSituationですわ………」

 

 風花がペルソナで周囲の様子を確認し、パオフゥも手持ちの機器を幾つか作動させて周囲を警戒する中、エリーが地下にまで響いてくる振動に僅かに眉を潜める。

 

「ここから先はニヒロ機構でも心臓部に近付きます。注意してください」

「ヒーホー!」「進軍だホ!」

「シ~~~」

 

 祐子の案内で更に地下へと向かう前に、騒ぐデビルバスターバスターズを黙らせて一向は下へと向かっていく。

 

「……妙だな。静か過ぎる」

「全員出撃したんじゃない?」

「それが、反応が本当に無いんです。上とずっと下の方にはあるんですけど………」

「Oh、何かのPlanの準備をしてるというのは本当かもしれません」

「そいつを調べんのがオレらの仕事だ。急ぐぜ」

 

 やけに静かな地下の様子に、皆が不信感を小声で話しながら、注意に注意を重ねて下へ下へと向かっていく。

 マガツヒ貯蔵庫や宝物庫を抜ける最中、搬入途中と思われる資材や機械部品をチェックしながら、一向は更なる不信感を募らせていった。

 

「何か作ってやがるのは確かだな」

「Magic SquareかAltarの準備でもしているかと思いましたが、もっとMechanicalな物のようですわね………」

「妙だわ。氷川は確かに多才な男だけど、こんな大掛かりな装置なんて作るような事は………」

「なんかイヤ~な予感するわね」

「ヤバいのだったらぶち壊しちゃいましょ」

「天野さんって、意外と言う事過激ですね………」

「天田君、人は見た目で判断しない方いいわよ、ペルソナ使いは特にね」

「はあ………」

「もう直最深部よ」

 

 何があるのか予想も出来ず、一向が警戒を強めていく中、祐子の言葉に全員が緊張を最大限に高める。

 

「悪魔が5、6体……それと中に何か巨大な機械みたいな物があります」

「やばそうな奴とか、やばそうな物はあるか?」

「いえ、特には………」

「じゃあ中を押さえるぜ。オレらは右、天野と桐島は左。天田とコロマルは出入り口を押さえてろ」

「了解」「OK」「いつでも」「分かりました」「ワン」

 

 無言でパオフゥは指でカウントし、それが0になると一気に扉を開けて中へと踏み込んだ。

 

「何者だ!?」「貴様ら…」

 

 中にいた豹の姿をしたソロモン72柱の悪魔の一人、堕天使 オセと五芒星の姿をした同じくソロモン72柱の一人、堕天使 デカラビアが突如として踏み込んできた人影へと振り向くが、すでに踏み込んだ四人はペルソナカードをかざしていた。

 

「プロメテウス!」『ワイズマンスナップ!』

「アステリア!」『ツインクルネビュラ!』

「アルテミス!」『クレセントミラー!』

「ガブリエル!」『リリーズジェイル!』

 

 四体のペルソナから、漆黒の弾丸が、猛烈な竜巻が、煌く月の光が、猛烈な凍気を伴った氷の檻が解き放たれ、その軌道上にいた悪魔達を一瞬にして飲み込み、打ち倒していく。

 

「いかん! 氷川様に報告を…」

「たあっ!」「アオーン!」『アギダイン!』

 

 かろうじて攻撃を逃れたデカラビアが逃走を図ろうとするが、入り口で待ち構えていた乾の槍がそれを阻み、コロマルのペルソナから放たれた火炎魔法がその体を室内へと押し返す。

 

「この、子供と犬風情が!」

「おっと待ちな」

 

 魔法耐性でダメージが少なかったデカラビアが乾とコロマルに反撃しようとした所で、パオフゥがその肩(っぽい所)に手をかける。

 両脇はすでにエリーとうららが固め、舞耶が素早く天田の前へと立って銃口を向ける。

 

「ちょっと聞きてえんだが、こいつは何だ? こんな所でこんなデカイ機械造って何してやがった?」

「し、知らぬ………知っていても言う物か………」

 

 完全に不利と悟ったデカラビアが最後の抵抗とばかりに白を切る。

 が、それを聞いたパオフゥはむしろ笑みを浮かべる。

 

「知っていてもって事は、こいつが何か氷川から聞いてないって事か? 知っていたならもっと別の事言うだろうしな」

「あ、なるほど」

「信用はしてても信頼はしない、氷川らしい使い方だわ」

 

 パオフゥの断言に乾は思わず納得し、祐子は小さく吐息を漏らす。

 

「どうするコイツ? 始末するか?」

「Oh、他に聞きたい事は色々ありますわ」

「取り合えず、ふんじばっとこ」

「手伝うホ!」「大人しくするんだホ!」

 

 うららが嬉々として出掛けに用意しておいた葛葉特性注連縄でデカラビアを適当な機材に縛り上げ、デビルバスターバスターズもそれを手伝う。

 

「さってと、それじゃあ自分らで調べるとするか。山岸、アナライズの方頼む。オレは中身を調べてみる」

「分かりました」

 

 パオフゥは持参したノートPCを広げて謎の機械に接続、風花は自らのペルソナで機械を調べ始める。

 

「What‘s、このMachine何か見覚えがあるような………」

「エリーさんこっち見てもらえる? なんか妙な魔法陣みたいなのあるんだけど」

「氷川が造ったにしてはどこかおかしいような………」

「え~と、これ何か書いてあるけど、専門用語だらけで全然意味が………」

 

 皆がそれぞれその機械を調べる中、乾とコロマルは縛り上げられたデカラビアを監視していた。

 

「ふん。どうせ貴様らのような下賎な連中に氷川様のやる事なぞ理解出来ぬわ」

「黙ってろ!」「ワンワン!」

「言いたい奴は言わせておけ。相手してたら疲れるだけだぜ。ち、なんて硬いプロテクトだ………」

「す、すいません。複雑過ぎて概要把握に大分かかりそうで………」

「うひゃあ、何これ。カバーの下魔法陣みたいなのビッチリ」

「何と………MachineとMagicのMixですわ」

「……妙ね。氷川にそんな技術は持ってないはず………」

「この状況だぜ、どこに誰が肩入れしてるか分かった物じゃねえ。くそ、またトラップか!」

「う~ん、これ何語かしら? あら?」

 

 それぞれが悪戦苦闘する中、舞耶が調べていた書類から何か聞き覚えがあるような単語を見つける。

 

「これ、この機械の名前かしら?」

「何て書いてある?」

「《Reverse・Deva SYSTEM》?」

 

 その単語に、エリーの顔色が一瞬にして変わり、そして改めてその装置を凝視した。

 

「ちょっと待て! Deva SYSTEっつやあ……」

「お、思い出しましたわ………確かに、これとよく似ていました………」

 

 エリーがかつてのセベク・スキャンダルの元凶となった装置と目の前の物を脳内で比較し、顔どころか全身から血の気を失う。

 

「……って事は、ここに噛んでやがるのは」

「ワンワンワンワン!」

 

 そこでコロマルが突然出入り口に向かって猛烈に吠え始める。

 

「どうしたコロマル?」

「コロちゃん? 誰もいないよ?」

「Personaにも何も……」

 

 あまりの吠え方に皆が驚く中、コロマルはなおも猛然と吠え続ける。

 

「そこを避けろ! 何かいやがる!」

「そこぉ!」

 

 パオフゥが叫びながら指弾を打ち出し、舞耶が何も無い空間へと向かって二丁拳銃を連射する。

 放たれた指弾と弾丸は、何も無い空間で突然何かに弾かれ、明後日の方向へと跳弾した。

 

「え………そんなまさか………」

「Stealthですわ!」

 

 全員が一斉に構える中、何も無かった空間に透明な影のような物が浮かび上がり、それの輪郭がはっきりしたかと思うと、やがて色彩が付いて一人の男性と彼を守るように立ちはだかる装甲ユニットX‐3を露にした。

 

「ふむ、EMCと光学迷彩、隠行術を融合させた完全なステルスのはずだったが、犬の鼻は考えてなかった」

「わざわざそちらから来てくれましたわね、神取 鷹久!」

 

 エリーがその男の名を呼びながら、レイピアを突きつける。

 

「周防が大正時代で見たとは言ってたが、まさかこんな所に来てたとはな………」

「ふふ、懐かしい顔もいるな、それに変わったペルソナ使いもいるようだ」

 

 パオフゥを始めとし、他のペルソナ使いも警戒を最大にする中、神取の視線が風花へと向けられ、乾とコロマル、デビルバスターバスターズがその前に立ちはだかって視線を遮ろうとする。

 

「あなた、氷川に何を教えたの!? この機械は一体何!? 何をしようとしてるの!?」

「待って祐子先生、聞いても教えてくれるかどうか分からない相手よ」

 

 矢継ぎ早に質問を投げかける祐子に、舞耶は片手でそれを制しながらも、神取からは一瞬足りとて目を離さない。

 

「さて、どうするべきか。質問に答えてもいいが………」

「いいぜ別に答えてくれなくてもよ。ここで手前と、この機械をぶっ壊せば済むだけだろ」

 

 ノートPCを仕舞いこんだパオフゥが、指弾とアルカナカードをいつでも出せる体勢で神取を睨みつける。

 

「おい! 早く氷川様に知らせるんだ! これはマガツヒを集める重要な物だろう!」

「マガツヒを、集める?」

 

 縛られたままだったデカラビアがもがきながら神取へと怒鳴るが、その言葉にエリーの脳内でかつてのセベクスキャンダルの時の記憶と、これから起こる可能性が組みあがっていく。

 

「分かりましたわ! 前はMakiを触媒にして起こした現象のReverse、シバルバーの人間全てを触媒にしてマガツヒEnergyを集めるつもりですわ!」

「ちっ、前に『穢れ』を集めた時と同じ手か!」

「させるか、ンニャロー!」

 

 うららが即座に振り返ってペルソナの力を相乗させた拳をReverse・Deva SYSTEMに叩き込もうとする。

 

「ちょっと待ってく…」

 

 何かに気付いた風花が制止しようとするが間に合わず、必殺の拳は炸裂する直前、障壁のような物に阻まれ、勢い余ってうららは体ごと弾き飛ばされる。

 

「うぎゃあ!」「うらら!」「だ、大丈夫……」

「いつの間にか火入れてやがったか……!」

 

 

 舞耶が慌ててうららを抱き起こそうとするが、うららは手を振ってなんとか立ち上がる。

 鳴動を始めているReverse・Deva SYSTEMを見ながら、パオフゥは舌打ちしながらどちらを優先するかを考える。

 

「天野」「分かってるって」

 

 パオフゥと舞耶が左右に分かれて神取を囲むようにし、うららとエリーが正面を陣取って拳とレイピアを構える。

 

「ふふ、こうしていると、あの海底遺跡を思い出すね」

「前より厄介な物連れてるじゃねえか。てめえ、どこでそんなの造りやがった? このデカブツもここで組み上げただけみてえのようだが………」

「さて、ね………」

 

 神取の浮かべた笑みを合図にしたかのように、舞耶の二丁拳銃とパオフゥの指弾が同時に放たれる。

 だがⅩ‐3が素早く前に出て攻撃を阻む。

 

「ガブリエル!」『光の裁き!』

 

 そこへエリーが神聖魔法を放ち、聖なる光がX‐3ごと神取を襲う。

 

「この程度…?」

 

 眩い光に神取は目を腕で覆いながらその一撃を耐えようとするが、そこで隣を何かが通り過ぎていった事に気付く。

 

「え…!」「ワンワン!」「あの!」「いいから! 高尾先生!」

 

 エリーの魔法攻撃の隙に神取の脇を通り過ぎたうららが、乾と風花を脇に抱え、出入り口へと向かっていく。

 それの意図に気付いた祐子とコロマルも部屋から外へと出た所で、うららが二人を通路へと投げ捨てるように離し、そのまま振り向いて神取の方へと向かって構える。

 

「ここはアタシらがどうにかするから、あんた達は逃げなさい!」

「けど………!」

「いいから! この事を早く上の人達に! ほらあんたらも!」

「ヒホ!?」「何するホ!?」

 

 出遅れたデビルバスターバスターズを半ば蹴り出す様に外に叩き出し、うららは扉を閉める。

 

「なるほど、非戦闘員の脱出が優先か。彼女のペルソナ、探知能力に優れる分、攻撃力が皆無に等しいという事か?」

「その前に、ここから先はR18だからね。未成年は先生の保護付きで退場してもらったわ」

「あんたにゃ、吐いてもらわない事が山とあるしね~」

「見た所、まだこいつは本格的に起動してねえようだしな」

「これ以上、悪行を見過ごす事はできません。ここでJudgeさせてもらいます!」

 

 四人のペルソナ使いに囲まれながらも、神取の顔からは余裕の色が消える様子は無い。

 

「ニャルラトホテプ!」

 

 神取が己のペルソナを発動させるのを見た四人も、それぞれペルソナを発動させる。

 

 

「ど、どうします!?」

「聞いてたでしょう? 早く彼の事をみんなに知らせるのよ」

 

 突然の事に慌てる乾を、祐子がたしなめて上へと向かおうとする。

 

「けど! あの人変なロボット連れてて、すごい強そうでしたよ!」

「強そうじゃなくて、すごい力を感じました………ストレガの人達よりも、もっと深い闇を孕んだような………」

 

 神取の力を感じた風花が、呆然と呟く。

 

「じゃあ、尚の事加勢を…」

「そうね。だから早く上に行って加勢を呼んでくるのよ。あの男、氷川とよく似た目をしていたわ。下手な力では、多分敵わない」

「……私もそう思います。急ぎましょう!」

「ワンワン!」「全力で後退だホ!」「戦略的撤退とも言うホ!」

 

 状況を理解しているのか、コロマルが何度か鳴くと先陣を切って走り出し、デビルバスターバスターズもそれに続く。

 

「待っててください! 今皆さんを呼んできます!」

 

 風花は一度だけ背後の扉にそう叫ぶと、上へと向かって走り出した………

 

 

 道を切り開くべき行動を開始した糸達の前に、予想外の壁が立ちはだかる。

 その壁の向こう側に待ち構えるは、果たして………

 



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PART37 MOVEMENT TO RUIN

 

「ガアアアアァァ!」

「グオオオォォ!」

 

 喰奴の咆哮が戦場に響き渡り、その度に彼らの前にいた悪魔が血飛沫を上げる。

 貫かれ、切り裂かれた悪魔に容赦なく喰奴の牙が突き刺さり、その肉体が貪られていった。

 

「……すさまじいな」

「確かに。安定性に問題があるが、戦力としてはこれほど頼りになる存在も無い」

 

 凄惨な喰奴の戦いを見たデモニカ姿の機動班メンバーがぽつりと呟いたのを、間近にいた南条が答える。

 

「あまり距離を取らせないほうがいいね。彼女の歌が聞こえなくなったら危ないし」

「先程から通信は送ってるのだが、返答があるような無いような………」

「大丈夫です。みんな暴走はしてません」

「アレでか………」

 

 ペルソナを発動させながらの尚也の提案に、通信班のメンバーが首を傾げる。

 そこへ、一際重層なデモニカをまとったセラの言葉に、デモニカを着た誰かが半ば呆れるように呟いた。

 デモニカの余剰パーツにプロテクターを追加、専用の通信・拡声ユニットを装備したセラが、エンブリオンの仲間達から目を離さず、時たま歌声を響かせていく。

 

「潜入班からの連絡は?」

「まだ無い。妙だな、そろそろ定時連絡が入る予定なんだが………」

「隠密行動中か、それとも…」

「待て、感有り! だが、これはジャミングされてる!?」

 

 通信班メンバーが予想外の事態に、通信機器を操作して何とか通信を拾おうとする。

 

「電波妨害!? そこまでの装備があったのか!」

「でも、風花ちゃんはペルソナ感応でも通信できたはず! それまで妨害されてるって事は………」

「全員に連絡! 緊急事態発生!」

 

 南条が驚くが、マキが別の可能性を思い出し、尚也は即座に緊急事態と判断。

 用意されていた信号弾が打ち上げられ、全員にその事が知らされる。

 

『イエローシグナル、何が起きた?』

「潜入班に異常が発生した! 今現状を確認してる!」

『まさか、作戦が洩れていたのか!』

「それはありえない! 前にも増して情報封鎖は厳重だったはず!」

 

 ゲイルとロアルドからの通信が入る中、通信班のメンバーが答える中、なんとか潜入班との回線が繋がる。

 

『こ…ら山岸……こえますか。こちら山岸、聞こえますか!』

「聞こえてる! 何があった!」

『地下で神取 鷹久という人に会いました! 何かすごい装置を設置してます! 天野さん達はそのまま神取と交戦中! 私達は脱出途中なんですが…』

 

 風花の必死な声の向こうに、銃声や爆音が響いてくる。

 

『現在、悪魔達の抵抗にあって戦闘中です!』

『来るなら来いホ!』『でも出来ればあんまり来なくていいホ!』

「本当に神取がいたのか!」

『天野さんもエリーさんもそう呼んでました。あんなとんでもない力を持ったペルソナ使い初めてです!』

 

 神取の名を聞いた尚也が通信機を奪い取るようにして聞くが、返答は完全な肯定だった。

 

「脱出は可能か? 難しいならこちらから救援部隊を出す!」

『天田君とコロちゃんが頑張ってます! 高尾先生が脱出用の手があるから時間を稼いでくれって言ってました!』『オレ達もいるホ!』

 

 尚也から次に通信機を奪い取るようにして聞いてきた南条に、風花はなんとか答える。

 

「まずいな……まさか神取がここにいるなんて………」

「救援部隊は必要かもしれん。潜入班の脱出まで時間を稼ぐ必要もある」

「業魔殿に連絡する。サポートが必要になる可能性も高い」

 

 状況の悪化としか言いようの無い状態に、尚也と南条が素早く対策を考慮していき、通信班は業魔殿へと緊急事態のコールを入れる。

 

「どうする、上から人員を回してもらうか?」

「いや、これ以上市街地警備の人員は減らしたくない。ここは彼らに任せて、オレ達で行くべきか………」

「シジマを脅かす者め!」

 

 南条と尚也が対策を協議している所へ、どこからきたのか堕天使 ベリスが馬上から三つ又の矛を突き出してくる。

 突き出された矛先を南条が手にした刀で弾き、即座に尚也が剣を抜き放ってベリスを斬り捨てる。

 

「がはっ……!」

「どうやら、ここも安全とは言い切れなみたいだ………」

「稲葉! 上杉! 敵が洩れてきているぞ!」

「無茶言うな!」「エンブリオンの連中、ハッスルし過ぎで出すぎてるぜ!」

 

 ペルソナを駆使してシジマの軍勢を阻んでいたマークとブラウンだったが、彼らの言う通り、喰奴達は奮戦しながらかなり戦線を進め、結果その隙間から洩れた悪魔達がこちらへと向かってきていた。

 

「エンブリオン! 前に出過ぎだ! 戦線を後退させろ!」

『分かっているが、敵の反撃が厳しい。どうやら誘われたらしい』

『やべえぜブラザー! 増援が更に出てきてる!』

「どうやら、敵の策にはまったのはこちらか………」

「攻撃は続行、こちらも前進して前衛と合流しよう」

「陣地をどうする気だ? こいつを一式動かすには骨だが………」

「アメン・ラー!」『集雷撃!』

「ヤマオカ!」「神等去出八百万撃!」

 

 尚也の作戦に通信班メンバーが疑問を呈するが、返答は二人そろってのペルソナ発動だった。

 繰り出された雷撃魔法と無数の拳が、こちらに近寄ってきていた悪魔をまとめて吹き飛ばし、クレーターを穿つ。

 

「よし、あそこまで前進、これを繰り返してけば」

「……アンタらのリーダー、大人しそうに見えて結構無茶苦茶だな」

「あははは………」

 

 観測器具や通信設備を持つのを手伝いながらペルソナ使い達が率先してクレーターへと移動、セラを護衛しながら続くデモニカ姿のメンバー達が漏らした言葉に、マキは苦笑しながら殿を勤める。

 

「まずいな、さらに喰奴の人達が孤立化しつつある」

「相当できる指揮官がいるな………恐らく氷川という男当人だろう。短期間に喰奴の特性を完全に見極めてこの作戦を立てたと見える」

 

 自分達の犠牲を無視して、喰奴一人一人に攻撃を密集させる事によって分散、孤立させていく敵の作戦に、尚也と南条も焦りを覚え始める。

 

「向こうだって無限に戦闘員がいる訳じゃないだろう。攻撃の隙を突いて撤退させたらどうだ?」

「それが出来れば、アレ?」

 

 通信班と観測班のメンバーが状況を確認していた時、ふと機器にノイズが走る。

 

「あれ、何か妙な干渉が………」

「え………」

 

 そこでセラがある事を思い出し、上空を見上げる。

 そこに太陽の代わりに浮かぶカグツチは、煌々と満ちた煌天となっていた。

 

「いけない! みんなすぐに戻って! このままだと暴走する!」

「何だと!?」

「そうだった! あれは月齢と同じ効果があるんだった!」

 

 自分達のミスにペルソナ使い達も気付いた時、喰奴の何人かの挙動が変わり始める。

 

「う、ガアアアアアァ!」

 

 最初にヒートが突如として咆哮を始め、周辺にいる悪魔達を無差別に切り裂き、貫き、食い千切り始める。

 

「くっ……は……うあああぁ!」

 

 次はロアルドがいきなり変身を解くが、右腕だけは喰奴のまま、戦闘を続行している。

 

「おい、あれ暴走してないか!?」

「こんな時に!」

「セラちゃん!」

「やってみます」

 

 あからさまに暴走し始めた喰奴達に向かって、セラが歌を響かせていく。

 それが効いたのか、ロアルドは落ち着きを取り戻し始め、再度喰奴へと変身して戦い始めるが、ヒートは勝手に前へと進んでいく。

 

「戻って! そのままじゃ危ない!」

「聞こえてないんじゃ!? もっと前に…」

『こノままデいイ』

 

 尚也とマキが呼びかける中、たどたどしいながらもヒートの返答が通信から響く。

 

「あいつ、わざと暴走しているのか!」

「ヒート! 戻って! 危ない!」

『ガアアアァァ!』

 

 皆が驚く中、セラが必死に呼び止めようとするが、ヒートは構わず敵陣へと突っ込んでいく。

 

「おい! 早く止めないとヤバイぞ!」

「つってもアレどうやって止めるよ………」

「暴走状態を利用して、敵を惹きつけているのか………だがあのままでは孤立する!」

「風花ちゃん! 急いで戻ってこれるか!?」

 

 皆が慌てふためく中、ヒートの狙いを理解した南条と尚也がなんとか手を打とうとするが、ヒートの狙い通り、シジマの悪魔達は暴走を続けるヒートへと集中し始める。

 

『やべえ! ヒートの奴完全に囲まれちまった! 上からも近付けねえ!』

「マーク! ブラウン! オレが行く! 手伝ってくれ!」

「やめろナオ!」「いくらお前でも無理だ!」

『セラのそばを離れるな、そうなったら相手の思惑にハマる』

 

 シエロですら近づけなくなっていく状況に、尚也がヒートの救援に向かおうとするが、他のペルソナ使いやゲイルからも制止される。

 

『サーフ、ロアルド、シエロ、一度退いて態勢を立て直す。そしてヒートを救出する』

「……分かった」

「それまで頑張ってくれよブラザー!」

 

 喰奴達はヒートに集中して薄くなった包囲を後方に突破し態勢の立て直しを図る。

 

「だが妙だ………カグツチの状態は確認してたはずだが………」

 

 ロアルドが上空のカグツチを見ながら呟く。

 

「下がれ! 虎の子を使う!」

 

 疑問を確認する間もなく、機動班メンバーが試作型対悪魔用携行ミサイル(※技術協力・業魔殿)をぶっ放して敵陣に文字通り風穴を開ける。

 

「行く」「分かった」

 

 そこへサーフとゲイルが先陣を斬り、他のクラウドやペルソナ使い達も続く。

 

「何かがおかしい! ヒートを救出したら撤退しよう!」

「潜入班の救出も必要かもしれん。山岸との連絡を途切れさせるな!」

 

 尚也と南条があれこれ叫ぶ中、ふとセラはカグツチを見上げる。

 

「今、何か………」

 

 自分が感じた物の正体をセラ自身が知るのはしばらく後、大き過ぎる衝撃を持ってだった。

 

 

 

「カーラ・ネミ!」『ハマオン!』

「アオーン!」『マハラギオン!』

「撃ちまくるホ!」「弾が残り少なくなってきたホ!」

 

 空いていた一室に立てこもり、乾とコロマルのペルソナ攻撃と、デビルバスターバスターズの銃撃が押し寄せてくるシジマの悪魔達を必死になって押し留めていた。

 

「上もすごい事になってる………加勢よりも全員で脱出を優先させれば………」

「もう少しだけ持たせて!」

 

 風花が地上、地下、そして今の自分達の状況をそれぞれペルソナで確認する中、裕子が床に法陣を描いていた。

 

「いけない、そろそろ回復を…あっ!?」

 

 ペルソナの連続使用で疲弊した乾がポケットからチューインソウルを取り出そうとするが、すでに使い果たした事に気付き愕然とする。

 

「コロマル……」「クゥ~ン」

 

 思わずコロマルにも聞くが、コロマルも力なく首を左右に降る。

 

「風花さん! このままだと…」

「出来たわ! 中に入って!」

 

 不利を乾が叫んだ時、裕子が完成した法陣に皆を引っ張り込む。

 

「アマテラシマススメ オオガミノノタマク ヒトハスナワチ アメガシタノ…」

 

 法陣に全員が入った所で、裕子が柏手を打って祝詞を詠唱し始める。

 

「今だ!」「踏み込め!」

 

 そこへ悪魔達が室内へと押し寄せてくるが、入ってきた所で悪魔達は室内を見渡して首を傾げる。

 

(これって………)

(結界、という物でしょうか? これなら………)

 

 悪魔達が法陣の中にいる自分達にまったく気づいてない事を乾と風花が悟ると、風花はより詳しいアナライズを始める。

 

(地下は、これ本当に一人と戦ってるの? すごい反応………でも、このままここを通り過ぎた悪魔が下に向かったら………)

「風花、あのワープ使えないホ?」「このままじゃまずいホ」

「待って………私だけじゃ無理だけど、アマラ転輪鼓とリンクできれば………その前に下の人達をこっちに……いやそれとも上から誰かを…」

 

 状況打開の手段をどうにか構築しようと、風花は自らのペルソナで幾つもの作業を並列させていく。

 

「風花さん、どうにかなりそうですか?」

「アマラ回廊に転移できれば、後はそのまま外に出れると思うけど………問題は………」

 

 結界内でも油断なく槍を構えたままの乾の問いかけに、風花は作業の手を休めずに答える。

 室内に入ってきていた悪魔達は結局気付かずに部屋から出ていき、皆が一息付きながらも、警戒は続けていた。

 

「この結界はしばらくは持つわ。上の人達が呼べないなら、パオフゥさん達、呼び戻せそう?」

「それが………」

 

 詠唱を終えた裕子が聞いてくるが、風花の顔は曇っている。

 

「すごい事になってます………エスケープロードで呼べるかどうか………」

「あの神取という男、氷川と同じ、いやもっと深い闇のような物を感じたわ………」

「私もです。あの人は一体何をしようとしてるんでしょうか………」

 

 

 

「プロメテウス!」『ワイズマンスナップ!』

「アステリア!」『ツィンクルネビュラ!』

 

 パオフゥとうららのペルソナが放った漆黒の弾丸と猛烈な竜巻が、神取を襲う。

 

「ニャルラトホテプ」

 

 神取は己のペルソナでそれを防ぎ、その隙に死角から舞耶の放った銃撃はX―3が射線上に出現して阻んだ。

 

「ちっ、またか!」

「このマシン、すごい邪魔よ!」

「ふふ、性能は折り紙つきだ」

 

 神取自身の強力なペルソナに加え、的確に姿を光学迷彩で隠してサポートに当たるX―3に、歴戦のペルソナ使い達も苦戦をしいられていた。

 

「ガブリエル!」『アクアダイン!』

 

 隙を見てReverse・Deva SYSTEMに攻撃を加えてみるが、そちらも防護システムが働き、外装に傷がつくかどうかだった。

 

「なんて強固なDefense………!」

「壊されたら困るからな。少しばかり頑丈に作らせてもらった」

「あんた、前より嫌味な男になったんじゃない!?」

「かれこれ二度ほど死んでいるからな。人生観が変わるには十分だ」

「待ちな、そいつは本当かい」

 

 エリーとうららの文句に、微笑しながら答えた神取の言葉に、パオフゥが鋭敏に反応した。

 

「二度って事は、御影町で一度、あの海底遺跡でもう一度、じゃあなんでテメエは今、ここにいる?」

「さて、どうしてだろうかね………」

「どうやら、聞かなきゃならねえ事が増えたみてえだな………」

「しゃべってもらうわよ、力づくでも! アルテミス!」『絶対零度!』

「ニャルラトホテプ」『マハラギオン!』

 

 舞耶のペルソナが氷結魔法を放ち、それに対するように神取のペルソナが火炎魔法を放つ。

 両者の魔法が部屋の中央で激突し、余波が衝撃となって室内で荒れ狂う。

 

(この力、間違いなく本物の神取………二度死んでるってどういう事? 誰か、いや何かが彼を蘇らせた? 何のため?)

「天野、伏せろ!」「マーヤ!」

 

 幾つもの疑問が舞耶の脳内を駆け巡っていた時、パオフゥの警告が響き、直後にうららが摩耶を押し倒す。

 その二人の上を、姿を消したままのX―3の放った銃弾がかすめていく。

 

「あ、危な~………」「ありがとうらら」

 

 女二人が冷や汗を流す中、パオフゥは神取を睨みつける。

 

「よく分かった物だな」

「はっ、ハイテクが過ぎると、アナクロに気づかねえんだよ」

 

 そう言いながら、パオフゥが指で指弾用のコインを弾く。

 神取が周囲を注意深く見ると、部屋の床の各所に戦闘中に放ったと思われるコインが落ちており、その内の一枚をX―3が踏んづけていた。

 

「なるほど、いざ実戦に出してみれば改良点が次々見つかる物だな」

「これ以上改良されてたまるかよ」

「とっととその変なロボットとあの変な装置ぶっ壊して、アンタふん縛って克哉さん所に連行してやるわよ!」

「全部やるのはかなりdifficultyかもしれませんがね」

「やるしかないわよ、全部ね」

 

 苦戦しながらも、微塵も闘志を揺るがせないペルソナ使い達に、神取が小さく笑みを浮かべるが、そこで彼の懐から電子音が鳴り響く。

 

「ちょっと失礼、私だ。………そうか、そこまでとは。………それは本当か? 生憎とこちらも取り込み中だ。あまり刺激し過ぎない方がいいだろう…………ああ、仮起動は順調だ。では後で」

 

 懐から携帯電話を取り出し、平然と会話している神取に皆が唖然とするが、うららが攻撃をしかけようとしたのをパオフゥが手で制する。

 

「こんな時に電話なんて、ふざけてんの!」

「何、大事な用だったのでね」

「口調から察するに、相手はここのボスの氷川あたりか? なんならもうちょい話しててもよかったぜ、待っててやるからよ」

「こんな所で生盗聴とはね………」

 

 神取の視線はパオフゥの手元、用心して持ってきていたらしい、小型の通信電波傍受式盗聴器に注がれていた。

 

「ああ、幾つか分かった事もあるからな。まずは、そいつを止めるのが先だ!」

 

 パオフゥがそう言いながら、小型盗聴器をしまうと懐の奥に入れておいた奥の手用のコインをそっと取り出し、裏のスイッチを気付かれないように入れながら指弾で投じる。

 

「その程度の攻撃…」

 

 Reverse・Deva SYSTEMの強固な防護システムに指弾程度では問題にならない、と神取は踏んでいたが、コインは防護システムに弾かれる直前、突然爆発する。

 

「爆弾か………こしゃくな真似をする」

「物理攻撃や魔法攻撃が効かなくても、発破なら効くんじゃねえかと思ってよ」

 

 爆発の衝撃で、外装は一部破損したようだが、変わらずに起動している装置に、パオフゥは内心舌打ちする。

 

(このカラクリとこいつが両方いるなんてのは完全に想定外だ………どっちかだけでも潰しておきてえが、手持ちのエモノじゃ無理か?)

「こんにゃろ~!!」

「エリーさん、多分そっちに行った!」

「いえ、そっちですわ!」

 

 神取と対峙するパオフゥの後ろでは、女ペルソナ使いが三人がかりでX―3を攻撃していたが、光学迷彩の発動と解除を交互にする事で巧みに所在を隠すX―3に有効なダメージをなかなか与えられないでいた。

 

『パオフゥさん、皆さん無事ですか!?』

「山岸か、一応無事だ。そっちは?」

 

 聞こえてきたペルソナ通信に、パオフゥが小声で答える。

 

『高尾先生が結界を張ってくれました。それと上も今手が離せないらしくて、増援は………』

「ま、そんなこったろうとは思ったがよ」

『シジマの悪魔達がそちらに向かってます!今撤退準備をします!そこからここまではなんとか転移させられると思いますから!』

「ちょっと待ってろ。このまま帰るのは癪だ」

 

 最後の方をわざと神取に聞かせるように声を大きくすると、パオフゥは懐に残っている爆弾コインをそっと手に握った。

 

「もうお帰りかね? ゆっくりしていけばいい」

「歓迎するには物騒な連中が来てるみてえじゃねえか。こっちもそろそろお暇させて、もらうぜ!」

 

 パオフゥは握った爆弾コインを、両手でそれぞれ持つと片方はReverse・Deva SYSTEMに、もう片方は神取へと向けて同時に指弾として放つ。

 

「ニャルラトホテプ」

 

 爆発する直前、神取はペルソナでガードし、2つのコインは同時に爆発するが神取にダメージは与えられない。

 

「残念だったな」

「イヤ、そうでもねえぜ。一つ分かった事がある」

 

 パオフゥの目はReverse・Deva SYSTEMの下、僅かに床が欠けているのを目ざとく見つけていた。

 

「あいつの下を崩せ!」

「イシス!」「アールマティ!」「ゲンブ!」

『ラストクエイク!』

 

 パオフゥの一言に、女性ペルソナ使い達は素早く己のペルソナを交換、舞耶がエジプト神話でオシリスの妻とされる豊穣神に、エリーがペルシア神話の貞節と敬虔を表す大地の守護天使に、うららが中国神話で北方を守護する黒き亀の守護獣を呼び出し、強力な地変系合体魔法を発動させる。

 室内をすさまじい地震が襲い、室内の機材が飛び跳ね、横転するがReverse・Deva SYSTEMだけは防護システムで状態を維持し続ける。

 が、それよりも先に床の方が持たず、Reverse・Deva SYSTEMの足元が大きく崩落し、それに飲み込まれるReverse・Deva SYSTEMが転倒、さすがにこれは予想外だったのか、エラーを示す電子音が鳴り響く。

 

「ふふ、そう来るか………」

「わりいが、自慢の品は故障しちまったみてえだな………」

「ちょっとパオ! この部屋も崩れてきてる!」

「ちょっとやり過ぎましたわ!」

「ケツまくって逃げるわよ!」

 

 さすがに狭い室内では威力が強すぎたのか、床だけでなく天井まで崩落を始めた事に、女性陣が慌て始める。

 

「山岸! 戻せ!」

『ユノ!』『エスケープロード!』

 

 パオフゥが叫んだ直後、四人のペルソナ使いは光に包まれたかと思うと、室内から消え失せる。

 

「なるほど、そういう事も出来るのか………」

 

 しばらく四人が消えた場所を興味深そうに見ていた神取だったが、間近を崩落した天井の破片が落ちた所で、視線を上へと向ける。

 

「エラーは起きたが、まだ修復は可能だ。一度引っ込めるとするか………」

 

 そう言いながら神取は指を鳴らす。

 すると神取の体とX―3、そして地割れに飲み込まれたReverse・Deva SYSTEMの輪郭がぼやけていき、やがて閃光に包まれてその部屋から全てが消え失せた。

 

 

 

「氷川様、正面からの敵の戦力が思いの外強く、苦戦しております。ご指示を」

「ふむ………」

 

 ニヒロ機構の上層階、階下が見渡せる場所で一進一退を繰り広げる戦闘を見ながら、戦況の報告と指示を仰ぎに来た部下の悪魔とを後ろにしながら、氷川は視線を上のカグツチへと向ける。

 

「苦戦の理由は一つではないな」

「は。カグツチの影響か、凶暴化した者達が同士討ちを………」

「それだ。皇天にはまだ間があったはず」

「おそらく変質してきているのだろうな」

 

 氷川の問に、いつの間にか現れた神取が答える。

 

「なるほど、君が言っていた世界の変質という奴の影響か………だがカグツチに影響があるのなら、創世に支障が出るのではないか?」

「変質と言っても、存在その物が消える事は無い。だが、急いだ方がいいのは確かだ。こちらも襲撃を食らい、Reverse・Deva SYSTEMは修復が必要だ」

「急いでくれたまえ、一刻も早く守護を呼ぶ必要がありそうだ」

 

 そう言いながら、氷川は再度視線を下へと向ける。

 

「全員退かせろ。この皇天は喰奴にも影響が出ている。無理に攻めてくる事は出来まい」

「了解しました」

 

 指示を伝えるべく急いで部下の悪魔が出て行く中、氷川は再度カグツチを見つめる。

 

「シジマの創世、なんとしても果たさねば………」

 

 

 

「おい、藤堂………」

「分かってる」

 

 今まで押し寄せてきていた敵が一斉に退いてくのに気づいた南条と尚也は、頷き合うと尚也は腰から下げておいた信号弾用コンプピストルを上空へと向けて信号弾を放つ。

 

「こっちも撤退だ!」

「潜入班の状態は!」

「今撤退に成功したって連絡が!」

「シエロ! ヒートを下がらせろ!」

「無茶言うなブラザー! セラ早く来て~~!!」

 

 ペルソナ使い達と喰奴達も撤退しようとする中、今だ半暴走状態のヒートが撤退するシジマの悪魔達に追撃をかけようと追いかける。

 

「撤退だヒート! これ以上の戦闘は無意味だ」

「こコで、敵は一匹デも、多くコロす……!」

 

 ゲイルの指示も無視してなおも追撃をかけようとするヒートに、突然ネットが覆いかぶさる。

 

「もう一発!」

「了解!」

 

 通信班が喰奴の暴走時用に用意されていたレッド・スプライト号資材班と葛葉共同開発、対喰奴用捕縛封印ネット弾をもう一発発射、ヒートの動きを封じようとする。

 

「グ、があァァああ!」

「セラ君! 出力最大!」

「はい!」

 

 もがくヒートを見た尚也が叫び、セラがまとったデモニカの通信・拡声システムをMAXにして歌を響かせる。

 

「ぐ、うううう………」

「シエロ!」

「了解ブラザー!」

 

 ネットの中のヒートが人間状態に戻って大人しくなった所を、ゲイルの指示で上空から急降下したシエロがネットごとヒートを強引に撤退させる。

 

「ハッスルし過ぎだぜ、ヒート」

「………かもな」

 

 完全に我を取り戻したヒートが、ネットごと引きずられていく中で憮然として答える。

 

「資材をまとめろ! 向こうの気が変わらない内に!」

「どうやらシジマは守りを固める方針らしい。それが分かっただけでも成果だ」

「後は潜入班が何を掴んできたかだが…」

 

 臨戦態勢のまま、テキパキと皆が協力して撤退準備を進めていく時だった。

 

「待って………何か来た!」

「何!?」

「エネミー・ソナーに反応あり! 後方に悪魔反応複数接近!」

 

 麻希が叫んだ直後、デモニカのソナーにも反応が入る。

 予期していなかった奇襲に全員が一斉に後方へと振り向く。

 やがて見えてきたのは、天使と鬼族からなる敵群だった。

 

「あの構成、ヨスガか!」

「だがなぜここに?」

 

 それがデータに有ったヨスガのメンバーだと気付いた皆が疑問に思うが、即座にそちらへと臨戦態勢を移行。

 

「どうする藤堂?」

「なるべく戦闘を避けて撤退、と行きたい所だけど………」

「無理だな、あいつらは無意味に好戦的な連中だ。アサクサでだいぶ苦戦させられた………」

 

 徐々に近づいて来るヨスガの軍勢に、交戦経験のあるロアルドが顔を曇らせる。

 

「だが妙だ、人数がそれほど多くない。小隊規模といった所か?」

「威力偵察か、それとも他の目的があるのか。どちらにしろ、突破しなければ帰還は不可能だ」

 

 南条とゲイル、両者共にヨスガの部隊規模に不審を抱きつつ、今は撤退のタイミングを逃すべきではないという点で一致。

 

「シジマの様子は?」

「完全に引っ込んじまったぜ?」

「さっきまであんな派手に暴れてた癖に、付き合い悪ぃ連中だぜ」

 

 戦闘のダメージで少しボロけているマークとブラウンが、シジマの悪魔達が建物内に完全に撤退した事に首を傾げつつも、少し胸を撫で下ろす。

 

「ヨスガと思われる悪魔達に動きあり! 明確な戦闘行動と取れる様子で接近中!」

「遠距離攻撃を中心として、交戦しつつ撤退! 潜入班には予定の場所で合流!」

 

 尚也の号令と同時に、今度は悪魔化を解いたエンブリオンメンバーとデモニカをまとった機動班メンバーが中心となって弾幕を張りながら撤退を開始する。

 

「逃がしません!」「マガツヒよこせ!」

「黙ってな」

 

 杖を手にした天使・プリンシパリティとナギナタを手にした妖鬼・オニが迫ってくるのに、ネットから出してもらったヒートが容赦なく対悪魔用グレネード弾を叩き込む。

 

「新たに反応! 2時方向!」

「アメン・ラー!」『集雷撃!』

「ヤマオカ!」『刹那五月雨撃!』

「まただ! 今度は…」

 

 小規模ながら次々と襲ってくるヨスガの悪魔達に、直に誰もが違和感を感じ始める。

 

「明らかにおかしい。突破、もしくは撃破されると分かっていて、部隊を分散させている」

「ああ、だとしたら目的は…」

「誘導か」

 

 ゲイルと南条の疑問に、ロアルドがそれしか考えられない答えを口にする。

 

「だけど、ペルソナに妙な反応は無いし………」

「けど、何かおかしい………」

「山岸に連絡! 現在地から最大出力で周辺を探ってくれ!」

 

 麻希とセラの困惑した表情にますます疑惑を深めた南条が叫び、通信班が慌てて通信を繋ぐ。

 

「シエロ」

「わかってるぜブラザー!」

 

 続けてゲイルが言おうとする事を悟ったシエロが、再度悪魔化して上空から偵察を試みる。

 

「どうする!?」「なんかヤベえのか!?」

「分からない………けど何かありそうなのは確かだね」

 

 マークとブラウンも困惑するが、尚也は散発的な向こうの攻撃に、今だ確信が持てないまま迎撃しつつ、撤退する足を止めない。

 

「やっぱり妙だぜブラザー! まだ何チームか伏せてるが、こちらが近づくまで動く気配がねえ!」

「やはり罠か」

「だがおかしい。時間稼ぎか、誘導か………どちらとも判断がつかん」

「部隊を分ける」

 

 シエロの報告に更にゲイルと南条が思案し始めた時、唐突にサーフが口を開いた。

 

「そうか、二手に分かれて伏せてるチームに当たれば」

「時間稼ぎならば遅延戦闘に入る、誘導なら慌てて修正に来る」

「決まりだな、こっちとそっちで部隊を二手に分ける。機動班と通信班もそれに応じて二分しよう」

「まあ、あんたらの戦闘力なら部隊分けても問題無さそうだが………」

 

 サーフの一言の意味を悟った南条とゲイルが即座に判断、尚也の指示に全員が従い、喰奴とペルソナ使い、それぞれの部隊が別々の進路を取り始める。

 

「奴ら二手に別れたぞ!」

「構いません、攻撃を続けます」

 

 二手に別れたのも構わず、ヨスガの悪魔達は攻撃を続けてくる。

 

「あいつら、構わずやってきやがるぜ!」

「ギャラリー減っても関係なしってか?」

 

 マークとブラウンが先陣を切ってヨスガの悪魔達を迎え撃つ中、南条は脳内で現状を整理していく。

 

(やはり時間稼ぎ。だが何のためだ? 今回のシジマへの威力偵察は機密を厳重にしておいた、漏洩はまず無い。つまりそれは、ヨスガにとっても突発的、何かを用意する時間は無い。ならば、何を待っている?)

「南条君!」

「もらったぁ!」

 

 南条の思考は、マキの声と突如として襲いかかってきた鬼女・ヤクシニーの刃で中断される。

 

「せいっ!」

「がはっ!?」

 

 ヤクシニーが斬りかかる瞬間、カウンターで繰り出された日本刀の一撃がヤクシニーの胴を真横に斬り裂き、刀を振り上げた状態のまま地面に倒れ伏す。

 

「何を狙っている?」

 

 ヨスガの目的がどうしても分からないまま、南条は刀を構え、向かってくる悪魔へと対峙した。

 

 

「ガアアァ!」

「ギャアアア!」

「くそ、持ち堪えろ!」

「化け物が!」

 

 文字通りこちらを喰らいに来る喰奴達に、ヨスガの悪魔達もたじろぎながら、それでも攻撃をやめようとはしない。

 

「これは遅滞戦闘か。シエロ」

「上から妙な物は………って、この野郎!」

「食らいなさい!」

 

 ゲイルの声に、上空から様子を探ろうとしたシエロだったが、天使・パワーと天使・ヴァーチャーの攻撃に迎撃せざるをえなくなる。

 

(トラップ、いやシジマとの戦闘中に精密な物を仕掛けられるだけの時間があったとは思えない。ならば、他に考えられる物は何か)

 

 ゲイルは戦闘を行いつつ、アスラAI最高の演算力を駆使し、一つの可能性を導き出す。

 

「ヨスガが第三勢力と同盟を結んだ可能性がある」

「何っ!?」

「それならば全て説明がつく。そして、もしその仮定が正しいのならば、現状で確認されている組織で、それだけの作戦遂行力を持つ組織は一つしかない」

「まさか………!」

 

 ロアルドの狼狽を肯定するように、突然遠方から銃声が鳴り響く。

 

「ちっ!」

「ヒート!」

「大丈夫だ」

 

 銃撃を食らったヒートにシエロが声をかけるが、ヒートは構わず攻撃を続ける。

 だが、悪魔化して通常の弾丸なぞ効かないはずのヒートの体には、はっきりとした弾痕が刻まれていた。

 

「シエロ!」

「いた! 10時方向、カルマ協会の連中だ!」

 

 ゲイルの懸念通り、少し離れた場所から、白い戦闘服に身を包んだカルマ協会の兵達が、こちらへと向かって狙撃態勢を取っているのをシエロが発見する。

 

「野郎!」

「待て」

 

 上空からカルマ協会兵達に攻撃をしかけようとするシエロを、サーフが止める。

 

「なんでだブラザー! おわっと!」

「撃て! 撃て!」

「近寄らせるな!」

 

 突然の制止にシエロが急減速を掛け、そこを狙って放たれた弾丸を慌ててかわす。

 

「敵の狙いがまだ分からない。深追いはせず、撤退を優先させるべきだ」

「めんどくせえ、あれくらいオレが喰ってきてやる」

「駄目だ。撤退が優先だ」

 

 ゲイルの制止を振りきってヒートが向かおうとするが、サーフはそれを強引に止めさせる。

 

「ヒート、私もイヤな予感がする………ここはサーフの言う事を聞いて」

「………ちっ」

 

 セラの説得に、ヒートは舌打ち一つすると突如として変身を解き、腹立ちまぎれか持っていたグレネードランチャーをカルマ協会兵へと速射する。

 

「うわぁ!!」

「撤退! 撤退! 距離を取れ!」

 

 蜘蛛の子を散らすように逃げていくカルマ協会兵達に、ゲイルの疑惑はますます深まっていく。

 

「どういう事だ? なぜ奴らは変身して襲ってこない?」

「アートマだったか? 入れてないとか………」

「いや、カルマ協会兵は全員悪魔化しているはず」

 

 ロアルドも同じ疑問を口にし、同じように首を傾げている機動班のメンバーも困惑していた。

 

『こちらペルソナ班、カルマ協会が仕掛けてきた。だが、様子がおかしい………』

「遠距離からの銃撃のみで悪魔化してこない」

『そうだ、そちらもか』

 

 南条からの通信にゲイルが答え、向こうも確認が取れた事で両者に沈黙が訪れる。

 

『どう考えても罠、だろうね。でも、どんな?』

「分からない、だが危険だ」

 

 尚也とサーフ、二人のリーダーも同じ結論に達し、しかしその目的が分からないまま、やがて敵襲も止み、皆が警戒を続けたまま、集結場所に集合する。

 

「やっほー、無事だった?」

「そちらこそ大丈夫ですか?」

 

 先に来ていた舞耶達が声を掛けてくるが、明らかに全身ボロボロな姿に尚也の顔が引きつる。

 

「待機中の回収部隊に連絡、すぐに来るようにと」

「総員円陣、警戒態勢」

「山岸君、すまないが撤退完了まで周辺を常時アナライズ」

「分かりました」

 

 尚也とサーフが指示を出し、全員が臨戦態勢のまま回収部隊の到着を待つ。

 

「にしても、なんだったんださっきの?」

「ヨスガはともかく、カルマ協会の連中、急にやる気無くしちまったみてえだったよな?」

 

 マークの呟きに、上空にいたシエロも同意する。

 

「周辺、近寄ってくる敵らしき存在は感知できません」

「他に何か反応は?」

「いえ、特には………アレ?」

 

 周辺をアナライズしていた風花だったが、そこでふと何か妙な反応に気付く。

 

「何か来ます………けどこれは、機械?」

「こちらでも確認したぜ! 偵察機みてえなのが向かってる!」

 

 同じく何かに気付いたシエロが目を凝らすと、そこにはこちらへと向かってくる、小型の無人偵察機の姿が有った。

 

「撃墜しろ」

「了解ブラザー! ジオダイン!」

 

 サーフが即座に撃墜を指示、シエロはためらいなく電撃魔法で小型偵察機を撃墜する。

 だが爆煙の中から、何かが高速で飛び出した。

 

「な…」

「ミサイル!?」

「弾幕を貼るんだ!」

 

 それが小型偵察機の中に仕込まれていた物だと皆が悟り、全員が一斉に飛来するミサイルに向かって攻撃を開始する。

 が、如何な防護機構が働いているのか、そのミサイルは銃弾や魔法の直撃を受けてもこちらへと向かってきていた。

 

「やべ…」

「何がなんでもオチをつけろ!」

「あ………」

 

 全員が焦りを覚えるが、何故かミサイルは高度を下げず、そのまま上空を過ぎ去ろうとする。

 

「おい、スルーかよ!」

「対地ミサイルかもしれん。もう一回来る前に…」

 

 ブラウンが思わず突っ込むが、ロアルドがそれでも用心して撃墜しようとした時だった。

 ミサイルは突然何もない虚空で爆散、同時に眩い閃光を辺りに撒き散らす。

 

「何だこりゃ!」

「スタングレネードだと!」

 

 誰もが閃光に一瞬視界を奪われ、ミサイルから発射された物があった事に気付くのが遅れた。

 

「これは…」

 

 閃光に視界を奪われながら、ペルソナで何かを察知した風花だったが、それを教える前に発射された何かが地面へと突き刺さる。

 

「?」

 

 自分の足元に何かが突き刺さった事をセラは気付いたが、閃光で目を開ける事が出来ず、気付いたのはそれから小さな起動音が響いた事だった。

 

「今、何かがセラさんの足元に!」

「何っ!?」

 

 予想外の事にゲイルも僅かに狼狽しながら、なんとか視界を取り戻そうとする。

 だが皆の視界が晴れるよりも、セラの足元からの起動音がどんどん大きくなっていく方が先だった。

 

「セラちゃん!」

 

 思わず間近にいたマキがセラの腕を掴む。

 僅かに回復した視界でマキが見たのは、光を放つ小型のアマラ転輪鼓だった。

 

「逃げ…」

 

 他の皆が救援に向うよりも早く、小型のアマラ転輪鼓は発動、突如としてセラの足元にアマラ回廊が開く。

 

「セラ!」「園村!」

 

 誰かが叫ぶ中、セラとマキ、二人の姿はアマラ回廊に飲み込まれ、そのまま消える。

 

「させ…」

 

 ヒートが強引に後を追おうとするが、そこで小型のアマラ転輪鼓は自爆。アマラ回廊への入り口は同時に消失した。

 

「セラ~~!!」「そ、園村! オイ、どうなってんだよ!」

 

 ヒートとマークが先程まで二人が立っていた場所に向かって絶叫するが、そこには破砕した破片が転がるのみだった。

 

「そ、そんな………セラちゃんと麻希さんが………」

「上に連絡入れろ! 二人が攫われた!」

 

 パオフゥの言葉に、全員がようやく事態を理解した。

 

「狙いは、セラの身柄を確保する事か………」

「喰奴の暴走を誘発させる気か!」

「いや、それなら殺した方が早い。狙いは他にある」

「園村も一緒だ、そう簡単に殺される事はねえはずだ!」

 

 ゲイル、南条、ロアルド、パオフゥが矢継ぎ早にカルマ協会の狙いを論議するが、大半のメンバー達は呆然とするだけだった。

 

「何を考えている、ジェナ・エンジェル………」

 

 

 

「きゃあっ!」「あうっ!」

 

 短い悲鳴を上げながら、セラをしがみつくようにしてマキは床に転げ落ちる。

 

「おや、オマケがついてきたようだよ」

「構わん、狙いはセラだ」

 

 聞こえてきた声に、マキは起き上がってとっさにセラを背後に匿う。

 その前に立っていたのは、ヨスガのリーダー チアキとカルマ協会のリーダー、ジェナ・エンジェルの二人だった。

 

「貴方達、何が目的!?」

「何、いい方法を教えてもらってね………」

 

 マキの問に、チアキが歪んだ笑みで答える。

 

「待て、確かお前は………そうだ、園村 麻希だったな。DEVA SYSTETMのコアだった人間か」

 

 エンジェルの言葉に、マキの顔色が変わる。

 

「なんでそれを………そうか、貴方神取と!」

「少し情報を共有しただけだ。それに、ちょうどいいバイアスが手に入った」

「バイアス? 何をするつもりなの!」

「セラに本来の仕事をしてもらうだけだ」

「本来の、仕事?」

 

 エンジェルの一言に、背後でセラが身を固くした事にマキは警戒を更に強める。

 

「この世界の中枢、カグツチにアクセスする」

 

 端的に、だがあまりにも危険な計画が、エンジェルの口から語られた………

 

 

 手探りで前へと進もうとする糸達が、突如として闇へと引きずりこまれる。

 はぐれた糸達に待つ物は、果たして………

 

 



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PART38 RECAPTURE OF THE INITIATIVE

 

「何だとっ!? それは本当か!」

 

 署長室から、廊下どころか署内全体に響き渡るような声が響き渡る。

 

「ああ、至急全員を帰還させてくれ。緊急対策会議を行う。救出部隊を編成しなくてはならない。早急にだ」

 

 矢継ぎ早に伝え、叩きつけるように克哉は電話を切った。

 ふとそこで、電話機の隣に前のめりに倒れているピクシーの存在に気付いた。

 

「ど、どうした? 大丈夫か?」

「み、耳が………」

「それはすまない………つい興奮してしまった」

 

 克哉の大声に目を回していたピクシーに、克哉が思わず頭を下げる。

 

「何があったの? すごい声だったけど………」

「………セラ君と園村君がヨスガとカルマ協会の手によって拉致されたらしい」

「ええ!? ゆうかい!? 待って、確か喰奴とかいう人達って………」

「ああ、セラ君の歌によって暴走を抑えている。だがそれが出来ない上に、現状ここには悪魔使いはレッド・スプライト号の人員を除けば、たまき君しかいない。暴走時に対処しきれるかどうか………」

「克哉、克哉、顔怖い………」

 

 どんどん顔つきが深刻になっていく克哉に、ピクシーが手と羽を振ってなごませようとする。

 

「冥界突入部隊の帰還は待っていられない。残った人員だけで何とかしなくては………まさか、ヨスガとカルマ協会が同盟を組むとは、な」

「よく分かんないけど、こっちにも色々な人達いるじゃん」

「そうだったな。園村君も一緒なら、早々簡単に手は出せないだろう………その間に手を打たなくては。シジマの動向も考慮しなければならないし。冥界突入班は早く戻ってこない物か………」

「さあ~? 向こうも似たような事になってたりして?」

 

 

 

同時刻 冥界

 

「この先か………」

「間違いないな、大きなエネルギー反応がある。ただエネミー反応も多数ある………ついでにレーダー波反応も」

「これ以上近づくのは無理か………」

 

 八雲が多機能双眼鏡で反応のある方向を注意深く観測する隣で、アンソニーがデモニカの各種センサーを使って感知出来る物をまとめていく。

 

「何かあるのは確かだが、バリバリに警戒してやがる。相当用心深い連中だな」

「このまま行ったら返り討ちだね。データ集められるだけ集めたら帰ろう」

「え~、カチコミかけるんじゃないの? ネミッサせっかく用意してきたのに」

「さすがに私達だけじゃ無理ですよ………」

 

 データをまとめる二人の背後、ブルージェットに残っていた重火器を持ち出してきていたネミッサが文句を言い、何故か一緒に担いできていたカチーヤがたしなめる。

 

「オレだってできればそうしたいが、退路の確保が出来るか分からん。山岸がいればこういう時楽なんだが」

「呼んできたら? まっすぐ降りてくればダイジョブだと思うし」

「さすがに無理ですって………」

「だがこのまま帰るのもシャクだな。ネミッサ、その長いの貸せ」

「どうするの?」

 

 八雲がネミッサから最新型のロケットランチャーを降ろさせると、地面に根本を埋め込むように固定して大体の目標とタイマーをセットしていく。

 

「この間から思ってたんだが、君は軍人でもないのに何でこういう事に詳しいんだ?」

「サマナーなんてやってると色々あってな。使える物は何でも使えるようなスキルが身についた。昔はアジトのトレーラーに爆弾しかけられたりもしたしな」

「あっはっは、あったね~。シックスが任せとけなんて言って、結局解体出来なくて捨てて逃げ出したっけ」

「サマナーになった時から、ハードだったんですね………」

「指名手配もされたぞ」「されたね~」

「………軍人よりも下手なテロリスト並だな」

「相手が人間か悪魔かの違いだけでやってる事は然程変わらん。それはあんた達も一緒だろ」

「まあ、言われてみれば………なんでか女悪魔が仲魔になってくれないだけで」

 

 そう言いながら、アンソニーは向こうを向いたまましゃがみこんでデモニカのコンソールをいじり始める。

 

「でも、結構仲魔増えてたじゃん」

「ああ増えたよ、増えてるよ………」

 

 いじけているアンソニーの手元、冥界に来てから急に増えた仲魔一覧を後ろから見たカチーヤの顔が僅かに引きつる。

 そこには、通常では仲魔に出来ないはずの悪霊や屍鬼の名前がずらりと並んでいた。

 

「勧誘もしてないのに、なんでか仲魔に入ってくるんだよな………いっぱいだから合体させないと………」

「ネクロマンサーの素質でもあるんだろう。結構レアな才能だぞ?」

「アンデッドばかりのパーティーなんていやだああぁぁぁぁ!!」

「あんまり騒ぐと見つかりますよ」

 

 絶叫するアンソニーをカチーヤがたしなめようとした時、突然デモニカとGUMPからアラート音が鳴り響いた。

 

「あ、見つかった?」

「うえ!?」

「違う、緊急帰還シグナルだ。何かあったのか?」

 

 GUMPの表示を確かめた八雲が、手早く作業を終わらせていく。

 

「急いで戻るぞ」

「え~、せっかくここまで来たのに~」

「ネミッサさんネミッサさん、あくまで偵察ですよ」

「仲魔も集まったけどね………」

 

 アンソニーの乾いた笑いを最後に、四人は慌ててブルージェット号へと戻っていく。

 それからしばらくして、ロケットランチャーの時限発射装置がカウントダウンを開始するが、終了する前にそれを止める手が有った。

 

「ふっ、味な真似をするようになった物だ。それでこそ潰しがいがある………」

 

 呟きながら、カウントダウンを止めた人物はかけていたサングラスを指先で戻す。

 その手には、メリケンサックの形をした風変わりなCOMPが嵌められていた。

 

 

 

「誘拐!?」

「間違いない。今向こうから届いた情報だ」

「何々?」

「セラちゃんが誘拐されたって!」

「待て。彼女がいなくなったら、喰奴の連中は暴走するんじゃないのか?」

「いや、向こうにはレイホゥもたまきも残ってる。しばらくはなんとかするだろう。園村も一緒に攫われたらしいが、むしろ手が出しにくくなるだろうし」

 

 突如もたらされたセラと麻希誘拐の報は、ブルージェット号にいた者達に衝撃となって知れ渡った。

 

「そのセラって奴、さらわれたらそんなにやばいのか?」

「ヤバいも激ヤバ。喰奴って人達、セラちゃんの歌が無いと暴走して共食い始めようとするんだもん。私だって危うく食べられそうになったし」

 

 深刻な顔をしている面々に真次郎が首を傾げ、そこへ実際に暴走を目の当たりにした事があるゆかりが説明する。

 

「共食いって、何でそんな人達と組んでるの?」

「いや人手不足っちゅうか、戦力はすげぇんだよ、戦力は」

インパーフェクト(不完全)な法神変化か。それは暴走してしかるセオリーだ」

 

 チドリの当然とも言える疑問に純平が若干渋い顔をするが、ゲイリンは逆に納得した顔をしていた。

 

「問題は、誘拐したのはヨスガとカルマ協会の連合らしい。すぐに救出部隊を編成するらしいが、手が足りるかどうか」

「ならば、何人か戻るか?」

 

 キョウジの言いたいとする事を、小次郎が即答する。

 

「元々こんな大人数で来る予定じゃなかったからな」

「しかしそれだと別件の問題がある」

 

 キョウジが顔をしかめるが、そこでアレフが別問題を定義し、懐からカロンに渡されたコインを取り出す。

 それは本来の鈍色の輝きを失い始め、黒ずんできていた。

 

「個人差はあるかもしれんが、もうここに要られる時間は半分を切ったと見るべきだろう」

「だな。よりにもよって実力が上の連中程、早く黒くなってやがるし」

「実力ではなく、一度来た事があるかどうかだろう」

 

 皆がそれぞれコインを取り出し、明らかに黒ずみが進んでいる小次郎やキョウジが表情を険しくする。

 

「ユー達の協力のお陰で、敵の本拠地らしい場所は特定目前のセオリーだ。体制を整え、一気に勝負に出るプロセスを提案するが」

 

 ゲイリンの提案に、ある者は考え込み、ある者は互いの顔を見合わせる。

 

「自分もその作戦に賛同する。戦術的にも、不安定な戦線をそのままにして戦力を分断させるよりは、一気に攻勢に出るべきだ」

「自衛官とは思えない意見だな。だが私もその案には賛成だ」

 

 仁也も賛成意見を述べ、美鶴も賛成の旨を述べる。

 

「けど、大丈夫なのか? 敵のヤサは分かっても、どんな連中かはまだ分かんねえんだろ?」

「その件なんだが、実は心当たりが…」

 

 真次郎が当然とも言える疑問を口にし、雅弘が頭をかきながらある可能性を口にしようとした時だった。

 突如として、艦内にけたたましい警報が鳴り響く。

 

「あの、これは…」

「敵襲、だろうね。これ鳴るのは初めてだけど」

「総員迎撃準備!!」

 

 啓人の間抜けな質問に雅弘が答え、仁也の号令を合図に戦闘可能な者達が一斉に得物を手に外へと飛び出していく。

 一人取り残された雅弘は、そのままラボへと向う。

 

「とうとうここがバレたか………」

「そうみたいです」

 

 ラボの中、何か作業をしていた詠一郎に雅弘は背中から話しかけるが、詠一郎は振り向きもせずに作業を続行していた。

 

「いつかは来るだろうとは思っていたけど、予想よりは早かったかな」

「まあ、皆が手伝ってくれた分、こっちもあれこれ早くなりましたけどね」

「我々はもうここの住人だから、ある程度諦めもつくが、娘達はそういうわけにはいかない。なんとしても無事に帰さないと………」

 

 思念体のおぼろな顔でも分かるほど真剣な顔をして詠一郎は、そばにある装置のスイッチを入れつつ、キーボードのエンターキーを押した。

 

「彼女は、動きそうですか?」

「なんとしても起動させてみせる。きっと、娘の力になってくれるはずだ」

 

 そう言う詠一郎の視線の先、ラボの奥にあった何かの装置が動き出し、カバーが開放されていく。

 そこには、淡い水色の髪をした人影が眠るカプセルが有った………

 

 

 

「トリスメギストス!」『利剣乱舞!』

「メーディア」『マハラギダイン!』

 

 たまたま真っ先に飛び出す事になった順平とチドリが、先制攻撃とばかりにペルソナを発動、二体のペルソナが斬撃と業火を撒き散らし、押し寄せてきた黒衣の機械少女、メティスを数体弾き飛ばす。

 だがそれを押しのけるように、新たなメティス達が押し寄せてきた。

 

「またこいつらかよ!」

「こんなにいたの………知らなかった」

「こっちは襲われるの三度目だ!」

 

 順平とチドリは互いに背中合わせになりながら、メティスの軍勢へと向かってペルソナを発動させ続ける。

 

「よう、見せつけてるじゃねえかよ!」

「何がだ!」

 

 その脇を修二が悪態をつきながら通り過ぎ、腰に手をやって構えると、そこに光の粒子で形成された剣が現れる。

 

「死亡遊戯!」

 

 光の剣から放たれた衝撃波がメティス達を吹き飛ばすが、ダメージを食らう直前でメティス達は自らのペルソナで防御してダメージを軽減させていく。

 

「たたみかけろ皆!」

『おおっ!』

 

 二度の戦いでそんな事は承知だった修二は仲魔を一気に召喚、クィーンメイブ、サティ、スパルナ、セイテンタイセイ、クーフーリンが体勢を崩したメティスへと襲いかかっていく。

 

「周辺が完全に包囲されてる!」

「無理に防ごうと思うな! 複数で組んで、数を減らす事を優先させろ!」

 

 仁也がブルージェット号のシステムとリンクさせて表示されていく敵影に声を荒らげ、小次郎が叫びながらも率先してメティス達へと剣を手に突貫していく。

 

「ここに入る前と同じだ! 実力者が前に、後方でそれをサポートしろ!」

「いいフォーメーションのセオリーだ。ならばそうするプロセスだ」

 

 アレフも叫びながら剣を振るう中、ゲイリンもそれに続いてメティス達と相対する。

 

『皆聞こえてるか? ブルージェット号のシステムで出来るだけサポートしてみる。現状だと確認出来るメティスの数は32体だ』

「前よりは少ないか」

「あん時大分減らしたはずじゃ…」

 

 通信機から響いてきた雅弘からの報告にキョウジが呟き、啓人は召喚器片手に前の戦いでどれだけ倒したか思い出そうとしたが、目の前にまで迫るメティスの姿にそれを中断させる。

 

「メアリさん、何かおかしいのであります」

「何がでしょうか?」

「オリジナルの反応がありません。今侵攻してきているのは量産型のみです」

「それって、どういう事?」

「何らかの戦術的意図の可能性が…」

 

 アイギス、メアリ、アリサの三人の人工メイドが組んで得物を振るう中、アイギスはある違和感を感知するが、目前に迫ったメティスの体がオルギアモード発動の光を帯び始めたのに気付き、現状戦闘に処理を優先させる。

 

「オルギア発動」「発動」「発動」

「マジかよ!?」「総員防御!」

 

 メティス達が一斉にオルギアモードを発動、そのあまりの数に真次郎も思わず顔色が変わり、キョウジは全員に叫びながらも自らは迫り来るメティス達の矢面へと立つ。

 

「弾幕形成! 弾種爆裂!」

「え~と、これか!」

 

 仁也が叫びながら銃のマガジンを交換、ゆかりも慌ててブルージェット号の中から見つけたエクスプローションアロー(矢じりに爆弾を装備した対装甲目標用矢)を弓につがえ、高速で迫るメティス達へと向かって一斉に弾幕を放つ。

 

「まずい………」

 

 すれ違い様に横薙ぎの一撃でメティスの一体を胴体から両断させた小次郎が、前の戦いとは似て非なる状況に焦りを感じ始める。

 

(前は押し戻す戦いだった。だが今は逆にこちらが押し込まれている。ここで対処出来る間はいいが、突破されたら………)

 

 自分を含めて数人の実力者は互角に戦えるが、メティス達は被害を物ともせず、オルギアのスピードを武器に一気にブルージェット号とその周囲にいる者達まで攻め寄せようとしている。

 

「下がれ! 戦線を後退させるんだ!」

「ダメダ、早スギル!」

 

 小次郎は仲魔に後退を指示するが、ケルベロスが背後から駆け寄ってメティス一体をかろうじて抑えこむが、他のメティス達は一気に抜けていく。

 

「こちらもオルギア発動を!」

「やむをえまい、発動を許可する!」

「無理はするな!」

 

 美鶴とキョウジの二人の許可を得た三人は、一度引いて背中合わせになると、同時にシステムを起動させた。

 

「Mリンクシステム、コンバート」

「マグネダイトリアクター、フル出力!」

「パピヨンハート、リミッター解除!」

『オルギア発動!』

 

 三人が余剰エネルギーを光の残滓として軌跡を描きつつ、同じオルギオモードを発動させているメティス達へと対峙していく。

 

「あれがオルギアモードか。データは見てたが………」

「短時間でエネルギーを使い果たし、オーバーヒートを起こす。その間に態勢を立て直さねばならない」

「前に出ている者達を援護射撃! 足止めに専念!」

 

 仁也が驚異的な戦闘力のオルギアモード同士の戦いに目を見張るが、美鶴の説明に即座に機動班に指示を出した。

 

「チドリ下がれ! 正面から当たったらヤベえ!」

「分かってる。この子達、嫌い。メーディア」『マハラギダイン!』

 

 ある意味メティスと対照的な格好をしたチドリが、順平の背後に回りながらもペルソナで順平をサポートする。

 相次ぐ攻撃の前に、メティス達は次々と倒れていくが、無造作にそれを踏み越え、オルギアモードのメティス達が押し寄せる。

 

「いかん…!」

 

 一体のメティスのトマホークを受け流したゲイリンがそのまま返しの一太刀を浴びせた隙に、別のメティスが一気に跳躍していく。

 

「来たよ!」「そう何度もやられるセオリーではありません!」

 

 ちょうどそのメティスの正面にいたあかりと凪が得物を構えるが、突然飛来した何かがメティスの胴体を両断しながら突き抜ける。

 それが一振りの巨大な大剣だと認識したゲイリンが、その大剣が弧を描いて戻っていく先を見つめ、そこにいる人影を確認して目を見開く。

 

「おお、あれはまさか………」

 

「どうやら、待てないオーディエンスがステージに押し寄せてるみたいだぜ」

「ならば、舞台から下ろすまでだ」

 

 飛来した大剣を受け取った人物、ダンテがそう言いながら笑みを浮かべ、隣にいたライドウが愛刀陰陽葛葉と妖銃コルト・ライトニングを抜き放つ。

 二人に気付いたメティス数体が、危険因子と判断したのか、踵を返すと猛スピードで迫ってくる。

 

「おっと、オーディエンスに気付かれたようだ」

「迎え撃つ」

 

 ライドウが曰く付きのコルト・ライトニングをメティスの一体へと向けて三連射。

 妖気を帯びて放たれた弾丸はメティスの体に食い込み、片腕を吹き飛ばし、腹部と胸部に大穴を開ける。

 拳銃弾とは思えない破壊力に、さすがのライドウもかすかに口元を引き締める。

 

「伝説よりも遥かに陰気を浴びてるのではないか、この拳銃は………」

 

 上空から飛来したゴウトがそう呟きながらライドウの肩に止まる。

 ライドウは即座に別のメティスへと狙いをつけようとするが、それをダンテが制止。

 

「少しはこっちにも回してくれよ」

「それを使う気か」

「久しぶりに使う物には、慣らしが必要だろ?」

 

 そう言いながら笑みを浮かべたダンテは、担いでいた大きなトランクケースを地面へと下ろすと、まるで待ち構えていたかのようにトランクが勝手に開く。

 同時に、中からライドウのコルト・ライトニング以上とも思える妖気が吹き出した。

 

「………すさまじいな」

「こいつらも久しぶりで興奮してるようだ。ケルベロス!」

 

 ゴウトですらもたじろぐような妖気に、ダンテは片手を伸ばしてそこに収められている物の名を呼ぶ。

 するとトランクケースの中から、1つの輪に3つの棍が連なった、風変わりなヌンチャクが飛び出し、ダンテの手に収まる。

 

「Let‘s PARTY!」

 

 嬉々としてダンテが叫びながら、向かってくるメティスの一体に文字通り飛び掛かる。

 

「ペルソナ発動」

 

 自分が狙われていると認識したメティスがペルソナを呼び出し、ダンテを迎撃しようとするが、振るわれたヌンチャクの一撃がペルソナを弾き飛ばす。

 

「………は?」「何アレ?」

 

 ペルソナに感知能力を持つ美鶴とチドリが、ペルソナが物理攻撃で弾き飛ばされるという予想外の事態に、思わず動きが止まる。

 ペルソナが弾き飛ばされたメティスはそれを気にしないのか、続けてトマホークを振りかざすが、ひるがえったヌンチャクが今度はトマホークを、続けてメティスの右腕を弾き飛ばす。

 

「フウウゥ!」

 

 気声と共に、ダンテはヌンチャク・ケルベロスの中央の輪に腕を通して高速旋回。

 旋回した棍がメティスの体をめった打ちにし、原型を留めるかどうかのスクラップとなって地面へと放り出した。

 

「あれは、魔晶武器か!」「しかも大悪魔クラス」「それを、幾つ持ってきた?」

 

 キョウジ、小次郎、アレフのトップクラスの悪魔使い達ですら驚愕するレベルの力を秘めた武器を平然と使いこなすダンテは、無造作にヌンチャクを放り投げる。

 ヌンチャクは狙いすましたかのようにトンラクケースへと収まる。

 

「ネヴァン!」

 

 今度はそこから妙に尖った形状をした、奇妙なギターが飛び出す。

 よく見ればそのギターは弦の代わりに小さな稲妻が走っており、それを手にしたダンテは思いっきりかき鳴らす。

 

「イヤッハー!」

「攻撃最優先目標変更」「変更」「変更」

 

 雷のギターを手に更に楽しげに気声を上げるダンテを最危険要素と判断したのか、残ったメティス達の半数が一斉にダンテへと向かってくる。

 

「おい、やばいぞ!」「いや、彼なら問題ないセオリーだ」

 

 オルギアモードを発動させたままのメティスの大群がダンテ一人に向かっていくのを見た真次郎が、救援に向かおうかとするがゲイリンは首を横に振る。

 迫り来るメティス達を前に、ダンテはまだギターをかき鳴らし続けていたいが、突然ギターを反転させてネックを持ったかと思うと、ボディから湾曲した刃が飛び出す。

 

「ハッハー!」

 

 そのままギターは変型の鎌となり、ダンテがそれを振るうと斬撃と共に稲妻が周囲にほとばしる。

 稲妻の直撃を食らったメティス数体が動きが止まった瞬間、鎌の斬撃が容赦なくその体を貫く。

 ダンテは鎌を振り回すついでに再度かき鳴らし、他のメティス達に稲妻と斬撃の連撃を次々とお見舞いしていく。

 

「なあ、もうあいつ一人でいいんじゃね?」

「そんな気がしてきた………」

「彼一人に任せるわけにもいかない。残ったのをこちらで…」

「反対側、新手が来た。彼女達じゃない」

 

 啓人と純平がダンテのすさまじいとしか言い様のない戦闘に唖然としているが、明彦が残ったメティスへと拳を構えた時、チドリがとんでもない事を言い出す。

 

『確かに何か来てる! 数は13!』

「後方、反応あり! だがこの反応は、まさか!?」

 

 雅弘の渓谷に続き、仁也もデモニカのセンサーでそれに気付いて振り向くが、それがデモニカに登録されているデータである事に驚愕。

 最初に届いたのはフルオートの銃撃音、そして向こう側から、複数の悪魔を伴った一団が姿を表す。

 悪魔を引き連れているのは、シュバルツバース調査隊の使用している物とよく似た、だが漆黒のデモニカスーツをまとった者達だった。

 

「まさか、ジャック隊!?」

「あいつらも冥界に来てたのか!」

「だがあいつらはゼレーニンの歌で戦闘不能になってたはずだぞ!」

「命の感じがしない。あの人達も私と同じ、生きてない人間」

 

 機動班のメンバー達が困惑する中、チドリの言葉が更なる困惑をもたらす。

 

「確認は後回しだ、迎撃態勢を…」

 

 仁也が我を取り戻してブラックデモニカの一団に銃口を向けた時、どこからか飛来したロケット弾がブラックデモニカの一団の中央へと着弾、爆風に巻き込まれたブラックデモニカが数人宙を舞う。

 

「さって、どういう状況だこれは?」

「敵襲以外なんだと思うんだよ」

「それは間違いないが………」

 

 偵察から急遽戻ってきた八雲が、使い捨て型のロケットランチャーを放り投げながら、黒衣だらけの集団に襲われている状況に首を傾げ、アンソニーはスナイパーライフルを構えて狙いをつける。

 

「くそ、ジャック隊まで来てやがるとは!」

「知り合い?」

「オレ達が血路を開いたシュバルツバースに、金儲けのためだけに来た連中だ! あの世にまで来やがるとは!」

「お金目的のデビルサマナーって、たまにいますけど………」

「なあ、あの世に金は持っていけないって言うよな?」

「それもそだよね?」

 

 悪態をつきながら狙撃態勢に入るアンソニーに、カチーヤも頷きながら突撃の準備をするが、八雲は少し俯きながら考え、ネミッサも首を傾げる。

 

「知るか! オレが援護するから、中に入られる前にどうにか…」

「来たよ!」

 

 狙いを定めようとしたアンソニーを狙って、ドクロのような姿をした怪鳥、スリランカの伝承に伝わる鷲の魔物、凶鳥 グルルが襲い掛かってくる。

 

「この!」

「ギャアアアァ!」

 

 ネミッサがアールズロックを乱射してグルルを蜂の巣にして落とすが、そこに続けて老人の顔と毒の尾を持つ獅子、妖獣 マンティコアと無数の顔が浮かんだ醜悪な肉塊、新約聖書に記された悪霊の群れ、悪霊 レギオンが襲いかかる。

 

「くそ!」

「散れ!」

 

 アンソニーが悪態をつきながら狙撃態勢を崩して予備のハンドガンを抜き、八雲はマンティコアとレギオンが同時に放ってきた電撃魔法をかわしながら、ある疑問を感じていた。

 

(飛行系悪魔で足を止めて、速度や範囲攻撃に優れた悪魔を送ってきた? ヤケに悪魔を使い慣れている………)

「このっ!」

 

 お返しとばかりにカチーヤが愛槍、空碧双月を繰り出しレギオンを貫くが、貫かれたレギオンの体が突如として膨らむ。

 

「危ないカチーヤちゃん! マハ・ブフーラ!」

 

 とっさにネミッサが氷結魔法を放ち、直後に自爆したレギオンの爆風をかろうじて抑えこむ。

 

「すいませんネミッサさん」

「後々、本命来てる!」

 

 思わずカチーヤが頭を下げるが、ネミッサの指摘通り、ブラックデモニカの悪魔使い達が数名、散発的な銃撃をしながらこちらへと向かってきていた。

 

「ジャンヌ、サポートを! オベロン、消してやれ!」

「心得ました召喚士殿! ラクカジャ!」

「いくぞい、破魔の雷光!」

 

 こちらも仲魔を召喚した八雲の指示で、ジャンヌ・ダルクが防護魔法を使い、オベロンが破魔の光をブラックデモニカへと浴びせるが、周辺の仲魔が数体浄化されるが、ブラックデモニカをまとった者達はわずかにたじろぐが、再度こちらへと向かってくる。

 

「ぬう、効かぬのか?」

「あのデモニカ、オレらのよか高性能なんだよ! 下手な属性攻撃は遮断しちまう!」

「金儲けのためには金を惜しまないか、一番厄介な話だ。けど………」

 

 相手の動きに更に違和感を感じた八雲は、確証を得るべく、モスバーグショットガンのセーフティを外す。

 

「直接ブチ込むしかないな。オレが行くから、サポート頼む」

「OK、ネミッサは後ろから撃ちまくればいいのね」

「誤射に気を付けてくださいね」

「ケルベロス続け!」

「ガァオオオ!」

 

 さらりと物騒な事を言うネミッサを無視して、咆哮を上げるケルベロスを伴って八雲はブラックデモニカの一団へと突撃する。

 

「そぉれ!」「マハ・ブフーラ!」

 

 後方からネミッサの銃撃とカチーヤの魔法が援護する中、八雲はモスバーグを連射しながらブラックデモニカの一団との距離を詰めていく。

 

「こいつ、出来るぞ!」

「構うか、殺せ!」

 

 ブラックデモニカをまとった者達が攻撃に構わず突っ込んでくる八雲に慌てるが、攻撃を八雲に集中させようとした所で、手前の一人がアンソニーの狙撃を食らって体勢を崩し、八雲が駄目押しにコロナシェルを連続で叩きこんで、頭部から上を完全に吹き飛ばす。

 

「貴様……!」

「死人でも退魔弾で頭を飛ばせば動けねえだろ」

 

 明らかに死人相手の戦いも慣れている八雲に、ブラックデモニカをまとった者達の狼狽が目に見えて伝わってくる。

 

「殺れ! こいつは危険だ!」

「そっちの方がだろ」

 

 怒鳴るブラックデモニカをまとった相手に、八雲はモスバーグの銃口を向けて引き金を引いた所で、乾いた音だけが響く。

 弾切れを好機と見た相手が腰から軍用ナイフを抜き、八雲も同じくHVナイフを抜いた。

 2つの刃がぶつかる硬質な音が響くが、ブラックデモニカの増強された力に、八雲が押されていく。

 

「ちっ………」「ふふ………」

 

 つばぜり合いの状態で押されていく八雲が舌打ちし、相手がくぐもった笑い声を漏らすが、そこで突然八雲がナイフから手を離して倒れこむ。

 

「!?」

「ケルベロス!」

「ガアァァア!」

 

 軍用ナイフが服をかすめていく中、八雲が叫び、八雲の背後に重なっていたケルベロスが八雲が倒れた直後に、業火を吐き出す。

 

「うわああああぁぁ!」

 

 正面からもろに業火を浴びた相手が悲鳴を上げるが、ブラックデモニカはその業火に一定の耐性を見せる。

 

「頑丈過ぎる、ぜ!」

 

 相手が業火に気を取られた隙に八雲はモスバーグをリロード、倒れたままの姿勢でコロナシェルを連続で叩き込み、相手は業火に包まれて、体の各所がえぐれた状態で地面へと倒れこんだ。

 

「何者だこいつ!」

「どきなさい。私がやります」

 

 他のブラックデモニカをまとった者達が狼狽を始める中、その内の一人が前へと進み出る。

 声から若い男と思われるその一人は、腰から半ばからくの字に曲がった風変わりなナイフ、通称グルカナイフと呼ばれる物を取り出し、構える。

 

(こいつ、出来る………けど、どこかで?)

 

 その男の雰囲気と構えに何処か覚えがある八雲は警戒しながら、こちらもナイフを構える。

 男は一気に踏み込み、グルカナイフを横薙ぎに振るい、八雲はそれをHVナイフで受け止める。

 だが双方の刃が接触した瞬間、接触面からすさまじい火花が飛び散った。

 

「ちっ、ヒートナイフか!」

「ほう、なかなか」

 

 相手の得物がただのナイフでないと悟った八雲に、男は感心したような声を上げるが、即座に空いていた手が大型のリボルバー拳銃を引き抜く。

 八雲はとっさに刃を弾いて身をひるがえし、大型リボルバーから発射された弾丸は八雲の衣服をかすめただけだったが、かすめた箇所が僅かに石化する。

 

「魔法弾か、随分といい装備使ってやがるな」

「ふふ、技術の進化とは素晴らしい物です」

「つまり、それはたまたま手に入れたって事か」

「………行きなさい」

 

 八雲のカマかけに、男は仲魔に突撃を指示。

 それに応じて、雷雲に乗ったインド神話の暴風神ルドラの息子とされる妖魔 マルト、両手を前に付きだした朝鮮由来の妖怪である妖鬼 トケビが襲い掛かってくる。

 

(あの戦い方の癖、そしてこの仲魔、こいつまさか!)

「ケルベロス! カーリー!」

「ガアアァ!」「シャアアァア!」

 

 ある確信を得つつ、八雲は自らの仲魔を呼び、ケルベロスはマルトが繰り出す雷撃をかわしつつ業火を吐き出し、カーリーはトケビ相手に六刀を振りかざす。

 

「いい仲魔を連れているな」

「そいつはどうも」

 

 八雲はそう言いながら、こっそりとモスバーグにある弾丸を込め、相手に気付かれないように装弾。

 そして、無造作にHVナイフを男へと向かって投げる。

 

「何を?」

「おりゃあ!」

 

 わずかに首を傾げてそれをかわした男だったが、さらに八雲はモスバーグをまるで棍棒のように振りかぶって男へとむかって叩きつけてくる。

 

「そんな物」

 

 男はヒートグルカナイフで振り下ろされた銃身を受け止め、あまつさえ両断する。

 だが、両断された銃身が舞う中、八雲は唯一薬室内に残っていた弾丸を極至近距離で発砲。

 放たれた弾丸は、男の頭部に直撃するが、その弾丸、非殺傷用粘着弾がブラックデモニカーのバイザーを完全に覆い尽くす。

 

「これは一体!? 何のつもりだ!」

「さあてね」

 

 とぼける八雲に、男は思わずバイザーをオープンにする。

 その下から出てきた顔に、八雲の目が鋭くなった。

 

「やっぱりお前か、ユダ」

 

 バイザーの下に現れた顔、中東系のターバンを巻いた男の顔に、八雲はその男の名を呼ぶ。

 

「なるほど、私の顔を確かめるために………だが、貴方と面識はありませんが」

「だろうな、オレがサマナーになった頃、あんたは死んでたし。他の連中も知った顔がいそうだな、ファントムソサエティ!」

 

 確信を持って、八雲はかつてはスプーキーズとして、葛葉の一員となっても今だ敵対する事がある組織の名を叫んだ。

 その声に、ブラックデモニカの一団の動きが僅かに止まるが、やがて何人かが含み笑いを始める。

 

「ふふふ」「ははは、どうやら隠しておく必要は無さそうだ」

「マジ物の亡霊になってやがるとはな………」

 

 何人かがバイザーを上げ、見覚え、というか倒した覚えのある顔もある事に八雲は舌打ちする。

 

「なるほど、道理で」

 

 キョウジも納得する中、一人意外な顔をしていた者がいた。

 

「ファントムソサエティ!? こやつらが!」

「知ってるのか?」

「アメリカでのセルフ修行の時に何度か敵対した! 未来になっても活動していたとは」

「あんた、確かキョウジや八雲とは100年位時代ずれてたはずじゃ………」

 

 驚いているゲイリンに小次郎が問いただすが、返答にアレフは半ば呆れた声を上げた。

 

「へ~、まさかここでファントムが出てくるなんてね~ネミッサ、お礼参りって奴やってみたかったの」

「向こうの人達もう死んでますけど………」

 

 ネミッサが嬉々としてアールズロックに弾丸を装填し、カチーヤがなにか違うような、と思いつつも八雲に続こうと空碧双月を構える。

 

「課外活動部! こいつら全員ストレガと思え! 実際はもっとやばい!」

「全員!?」

「マジ!?」

「あれ、黒いと更にださい」

 

 八雲が叫び、ペルソナ使い達が全員驚く(※元ストレガのチドリだけ別意見)中、八雲はある違和感に気付いた。

 

(戦力が少な過ぎる、狙いは奇襲じゃなく………!)

 

 八雲の脳裏に、かつてのファントムソサエティとの戦いが思い浮かび、そしてある事を思い出す。

 

「全員、周辺範囲攻撃! リーダー、全サンサーをフルアナライズ! 何か仕掛けられたかもしれねえ!」

「こいつら陽動か!」

「なるほどな」

 

 キョウジも八雲の言わんとする所を察し、同様にライドウも一気に全身しながらありったけの管を取り出す。

 

「タナトス!」『メギドラ!』「イシス!」『マハガルーラ!』

「燻り出せ!」「ガアアァァ!」

「薙ぎ払え」「マハザンマ!」「ムドオン!」

 

 状況がイマイチ飲み込めたかどうかは不明だが、ペルソナ使い達も広範囲攻撃を周辺に無差別に撃ち、悪魔使い達も仲魔に一斉攻撃を支持する。

 

「え? え?」

「何か潜んでいるセオリーです! 私達も…」

「分かったよ凪! ア~ギ~ダ~」

 

 状況が全く理解できないあかりが困惑する中、凪も仲魔のハイピクシーと警戒態勢を取る。

 

「イ~、うひゃあ!」

「うわわ!」

「オウ、失敗のセオリーです………」

 

 だがハイピクシーの火炎魔法が暴発、周辺を黒煙だけが一斉に漂い、あかりと凪が咳き込む。

 しかし、凪の視界が漂う黒煙が不自然に何か人の形のような物を形造っている事に気付いた。

 

「そこです!」

 

 凪が小太刀を振るって見えない人影に斬りかかるが、その人影の場所から金属音が響き渡る。

 

「見つけた~!!」

 

 あかりも軽金属大剣を人影の場所へと横薙ぎに振るうが、人影は大きく飛び退り、そこで明滅するようにしてブラックデモニカが浮かび上がる。

 

「ふふふ、まさかそんな貧相な悪魔に燻り出されるとはね」

 

 突如として現れたブラックデモニカ、声から女性と思われる者は、全身についた煤を手で払い、更にバイザーを上げる。

 その下からは、伸ばした前髪で片目を隠し、冷徹な笑みを浮かべた若い女性の顔が現れた。

 

『マヨーネか! まさか…』

 

 設置していたカメラから、その相手がかつてスプーキーズのアジトに直接攻めてきた事もあるダークサマナーだと知った雅弘が声を上げる。

 

「光学迷彩! 本当にあったの!?」

「何をしていたプロセスですか!」

 

 あかりはマンガでしか見た事のない装備に驚き、凪は小太刀を構えたままマヨーネを鋭く見つめる。

 

「かわいいお嬢さん方だ事。けれど、私の用はもう終わりましわ」

「終わった?」

『あかり君、凪君! そこからこっちを見てくれ! ひょっとしたら…』

 

 雅弘がある懸念を言おうとする中、銃撃音が響き、駆け寄ってきた咲とヒロコがレールガンと槍を手にあかりと凪の代わりにマヨーネと対峙する。

 

「ここは私達が受け持つわ」

「すぐにブルージェット号へ」

「わ、分かった!」

「何かされたケースです!」

「私も行く~!」

 

 あかりと凪、それにハイピクシーが慌ててブルージェット号へと戻る中、マヨーネは新たに来た二人が並々ならぬ相手だと悟っていた。

 

「あら、あなた方はあちらの小娘とは大分違うようね」

「あなた方が何者か、雰囲気だけで分かります」

「そして、そういう者と戦った事は一度二度じゃないの」

 

 マヨーネは顔に笑みを浮かべると、手にした傘とも棍棒とも見えるような、奇妙な武器を一振りする。

 するとその先端から、一気に煙幕が吹き出した。

 

「マハ・ジオ!」

「メギド!」「マハ・ジオンガ!」

 

 更に煙幕の向こうからの魔法攻撃に、こちらも魔法攻撃で対抗するが、煙幕が晴れた後には、すでにマヨーネは逃走に移っていた。

 

「待ちなさい!」

 

 咲が後を追おうとするが、戦場のあちこちでブラックデモニカや残ったメティス達も次々と煙幕を炊き始める。

 

「カーテンコールには早いぜ!」

 

 ダンテがメティス達の逃走を阻もうとするが、何体かはダンテの攻撃を食らうが、犠牲を物ともせずにメティス達は撤退していく。

 

「あの~~………?」

「…逃げちまった、な」

「私も何かされてないか探す」

 

 啓人と順平も唖然とする中、チドリがブルージェット号に向けてアナライズを開始。

 

「オルギアモード解除、各部冷却開始」

「関節部及びマグネタイト循環系に若干のダメージ、許容範囲内です」

「ゴメンお兄ちゃん、しばらく動けない………」

「いいから休んでろ」

 

 オルギアを解除した三人がその場で膝をついたり座り込むのを横目で見ながら、八雲は猛烈に嫌な予感を感じながら、ブルージェット号へと急ぐ。

 

「えらく中途半端なカチコミだな」

「確かに何かされたと考えるべきだろう。オレ達も何か探そう」

 

 真次郎と明彦も嫌な予感を感じて慌てて戻る中、数人が同時にある物に気付いた。

 

「右側面下の方、何かある」

「見つけたプロセスです! でも、何かナンバーが刻まれてるのですが………」

「………あの、これひょっとして、時限爆弾?」

 

 凪が首を傾げる中、マンガやアニメでよくあるカウントダウンが刻まれる機械に何か繋がっている物体に、あかりが顔色を青くしながら呟く。

 

「爆弾だと!?」

「誰か爆発物詳しい奴!」

「どいてくれ!」

 

 全員が一斉に色めき立つ中、機動班の一人が慌てて駆け寄り、時限爆弾をチェックしていく。

 

「C20セムテック型だと………まずいぞ!これだけでも、今のブルージェットが軒並み吹っ飛ぶ!」

「あの女、またやりやがった!」

「か、解除できるんだよね?」

「時間が無い! 解除も対爆処理も無理だ!」

『え~~!!』

 

 数人の口から、同時に声が上がる。

 

「リーダー! すぐに退避だ!」

『ダメだ、ここの設備を失ったら、君達が戦えなくなる!』

「そうだ、凍らせちゃえば………」

「いや、しっかり耐冷処置が施されてる! あいつらどこからこんな代物!」

「全員逃げろ! 全力で…」

「ようは、吹っ飛ぶ前に吹っ飛ばせばいいんだろ?」

 

 全員が慌てる中、ダンテは慌てずに爆弾の前へと歩み寄り、持ってきたトランクケースを足元に置いた。

 

「アグニ、ルドラ」

『はっ!』

 

 ダンテの声と同時に、柄頭に顔の付いた双剣が声を上げながら飛び出し、ダンテの両手に収まる。

 

「吹っ飛ばすぜ」

『心得ました!』

「あとしゃべるな」

 

 炎と風、それぞれを帯びた双剣をダンテは柄頭を合わせ、双刃剣と化すとそれを振り回し始める。

 旋回する双刃剣は炎と風を帯びてどんどん速度と温度を増していく。

 

「伏せろ!」

 

 八雲は違う意味で危険だと悟り、叫びながら自ら地面に倒れ、慌てて他の者達もそれに続く。

 その間に、双刃剣を振り回すダンテは、まるで炎の竜巻のように周囲と炎と風が覆っていく。

 

「悪いが、誰か剥がしといてくれ」

「分かった」

 

 ライドウが一歩前に出ると、陰陽葛葉を一閃。

 そして一気に後ろへと飛び退りながら管を抜き、火炎吸収属性を持つムスッペルを呼び出してガードさせる。

 装甲板に張り付いていた時限爆弾がゆっくりと剥がれ落ちようとした時、ダンテは一気に炎の竜巻を解き放った。

 

「あちちちち!」

「ぎゃああ、角が焼ける!」

 

 間近にいた順平と修二が悲鳴を上げる中、炎の竜巻は時限爆弾を飲み込み、冥界の空へと登っていく。

 やがて、大音響と共に空に巨大な爆発が鳴り響いた。

 

「きゃあぁぁ!」

「間一髪………」

 

 女性陣が何人か悲鳴を上げる中、八雲はほっと胸を撫で下ろす。

 

「全員無事か!」

「点呼!」

「全員のライフシグナルを確認であります」

「助かった………」

 

 キョウジと仁也が皆の無事を確認する中、アイギスが素早く状況を確認、啓人は立とうとしたが思わずその場に座り込んだ。

 

「ユーが来てくれて助かったプロセスだ、スパーダ」

 

 ゲイリンがそう言いながらダンテに近寄り、間近で顔を見て怪訝そうな顔をする。

 

「む、ユーはスパーダではない? 何者のセオリーだ?」

「………オレの名はダンテ。スパーダの息子だ」

「ソン? スパーダの? なるほど、道理で見間違えるセオリーだ」

 

 ゲイリンの言葉に、今度はダンテが怪訝そうな顔をする。

 

「あんた、父に会った事があるのか?」

「アメリカで何度かな。そうか、息子か………」

『………みんな、助かった所悪いんだが、さっきの一撃でブルージェット号にかなりダメージが入った』

「これではな」

 

 恐る恐るといった雅弘からの声に、小次郎は先程まで爆弾があった場所、正確にはそこからまっすぐ、炎の竜巻によってえぐれ、融解した装甲を見て呆れ果てる。

 

「相変わらず非常識な奴だ………」

「あんたが言うと重みが違うよな………」

 

 余熱漂う破壊痕を見た修二がダンテの方を横目で睨み、順平もそれに賛同する。

 

「今回はなんとかなったが、もうここにはいられないだろう」

「そうだな、どうやらやるしか無さそうだ」

 

 仁也とキョウジがお互い頷き合い、それの意味に気付いた者達も頷く。

 

「あの、何を?」

「さっきネミッサが言ってたろ、お礼参りだ」

 

 ポカンとする啓人の肩を叩きながら、八雲は準備をするべく、ブルージェット号へと向う。

 

(ファントムソサエティが冥界でまで動いてるとは………だとしたら、あの男も?)

 

 一番の不安事項を胸にしまいつつ、八雲は気付かれないように拳を握りしめた………

 

 

 

 闇の底で蠢いていた影が、とうとうその姿をさらけ出す。

 立ち向かいし糸達の末は、果たして………

 

 



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PART39 GUILD WAR

 

「こちら冥界探索班、三途の川ベースキャンプどうぞ」

『こ………ベー………感度………』

「ダメだなこりゃ」

「アンテナが融解してたからね………せっかく苦労して設置したのに」

 

 ブルージェット号の通信装置からほとんどノイズしか聞こえない状況に、キョウジと雅弘はため息を漏らす。

 

「もっとも、ここ毎吹っ飛ぶよりはマシだったかな? 秘密基地爆破されそうになったのはこれで二度目だけど」

「爆破オチはB級映画だけで結構だな。問題はこっちはオチで済まないって事だが」

 

 キョウジは通信室からちらりと通路の方を見る。

 ブルージェット号の内外で、皆が忙しく動き回っていた。

 

「使えそうな物かき集めろ! 武器、弾薬、医療品、何でもいい!」

「食料はこっちでチェックするわ。陰気を帯びていたら大変だから」

「あの、何するんすか?」

「お礼参りに決まってるだろ。つうか討って出る以外の手は無くなったしな」

 

 ありったけの物資が集められ、それぞれがチェックし、配分し、装備されていく。

 

「ヤサがやられちまった以上、確かにカチコミしかねえよな………」

「向こうは準備万端で待ち受けてるだろう。こちらもそれなりの準備と覚悟を…」

 

 準備をしていた真次郎と明彦だったが、そこで明彦が真次郎の脇腹が赤黒く染まっている事に気付く。

 

「シンジ、それ………」

「ん? ああ流れ弾でも当たってたか?」

 

 真次郎が上着をめくると、そこには明確な弾痕とそこから流れたらしい黒ずんた血があった。

 

「大丈夫か!? 岳羽、すぐに回復を!」

「アキ落ち着けって。痛くもなんともねえんだよ。死んでるからな」

「だが………」

 

 慌てる明彦を真次郎が平然と言い放つが、流れだした血が明らかに生者のそれと違う事、そして本当に痛がる素振りすら見えない事に、明彦は今更ながら愕然とする。

 

「それと、死者に回復魔法は逆効果よ」

「逆に体が崩壊しかねません」

「それではどうすれば………」

 

 医療品をチェックしていたヒロコと咲の警告に、明彦は青い顔のまま呟く。

 

「そんな難しい事じゃない。カチーヤ、ちょっとこっち来い」

「あ、はい」「何々、何すんの?」

 

 そばで聞いていた八雲がカチーヤを手招きし、カチーヤの隣でやたらと重火器ばかり集めていたネミッサも呼んでないのに寄ってくる。

 

「塞いでやれ、やり方は分かるな?」

「ええ、レイホゥさんから聞いた事はあります」「へ~、どうすんの?」

 

 カチーヤが真次郎のそばに立つと、両手を傷口にかざす。

 そこから淡い魔力の光が灯り、傷口へと照射されると、ゆっくりと傷口が塞がっていった。

 

「これは?」「回復魔法………とは少し違う?」

 

 明彦だけでなく、何事かと近寄ってきた課外活動部メンバー達が、その光景を見守る中、傷口は完全に塞がった。

 

「生命力を活性化させる回復魔法じゃなく、魔力を直接注いで再生させてるんだ。死者が傷を治すには、魔力や生命力と言った生体エネルギーを与えるしかないからな。アンデッドが生者を襲う理由の半分くらいはそこにある」

「あと半分は?」

「怨念や憎悪って言われる逆恨みだ」

「そんなのは持ってねえぞ、多分」

「私は少しあるかも」

 

 八雲の説明に啓人が首を傾げた所で、真次郎といつの間にかいたチドリがポツリと呟いて順平以外の課外活動部メンバーが僅かにチドリから距離を取る。

 

「冗談、一応」

「アンデッドジョークは笑えねえぞ。つうか今までどうやってたんだ?」

「ゲイリンさんがあれこれしたり、私のペルソナでどうにかしてた」

「自転車操業一歩手前じゃねえか………」

「あ、あまりやり過ぎない程度に」

「分かってます。与えすぎると、与えた人の方が陰気を吸収しかねないんでしたね」

「加減を間違えると、貴方の方がアンデッド化しかねないから」

 

 咲とヒロコからの注意を聞きつつ、カチーヤは治療を終える。

 

「悪いな、助かった」

「いえ、元から私は魔力過多ですから、これくらいなんともありません」

「気をつけろよ。死人と不死身は同義じゃないからな」

「え、でもアンデットって不死身って意味じゃ?」

「いや、ゲイリンの爺さんから似たような事は言われたな。正直意味は分からねえが」

「詳しくはこれに聞いとけ。ある意味死神みてえな存在だから」

「八雲ひどい!」

「問題は、これからその死人連中相手にしなけりゃならんって事だ。いっそ核兵器でも撃ち込めれば手っ取り早いんだが」

「………あんた、こっちの迷惑考えてんのか?」

「それもそうか。死人って放射能症出るんだろうか?」

 

 物騒な事を呟きながら、準備を進める八雲に、真次郎は思いっきり不審な視線を向けながら、明彦の肘で軽く突付いて耳打ちする。

 

「あの男、本当に信用できんのか? とてもゲイリンの爺さんと同じ組織の奴とは思えねえ………」

「時代が違うのもあるが、少し変わってるけど信用は出来る。もっとも他の葛葉の人達からも変わり者扱いされてるみたいだけどな。元ハッカー上がりって話だ」

「何か、オレが聞いてた葛葉と随分と状況が変わってるみてえだな………」

 

 不信感が完全に拭えないまま、出撃準備は進められていた。

 

 

「場所は今までの偵察から大体の検討は付いている。問題は、少し距離があるって事だ」

「確認したが、この人数が使えそうな乗機の類は今のブルージェット号には残されていない」

「まあ、どう見てもスクラップ半歩手前だからな~」

「だが、歩いていくのはファントムの罠に嵌るセオリーが有り得る」

「騎乗可能な仲魔はいないわけではないが、さすがにこの人数はな」

「かといって、向こうはかなりの悪魔使いと、何よりあのメティスの大群がいる。こちらも多数で当たる必要があるだろう」

「山岸がいてくれたらなんとかなったのだがな………」

 

 ブルージェット号の一室、かろうじて使える会議室に雅弘を中心に、仁也、キョウジ、ゲイリン、小次郎、アレフ、美鶴が作戦会議を行っていた。

 

「そう言えば、アサクサで使った手は使えないのか?」

「ネミッサに頼んでPCの中か? 検討はしてみたが、撤退戦ならともかく、戦闘展開は難しいし、そもそもそれだけの容量を持つHDが確保できねえ」

「ああ、あれか………アンテナがやられてなければ、無線転送も考えられたが………」

「何を言っているのかよく分からないケースだが、もっと他の手を考慮するセオリーだ」

「だが、移動手段を確保できない事には、急襲作戦は展開できない」

「しかし、だとしたら何を…」

 

 決定的な意見が出ない中、突然外の方から妙な音が響き始める。

 

「何の音かな? 建築工事でもしてるような………」

「いや、何か物騒な破砕音も混じってるぞ」

「敵襲、ではないようなセオリーだが」

「ちょっと見てくる」

 

 小次郎が何事かと早足で外へと飛び出す。

 

「そこもうちょっと大きめに」

「ハアッ!」

「こんなモンかな?」

「そっち持ってくれ~」

 

 そこには、何か図面のような物を手にしたアンソニーの指示で、ダンテがブルージェット号の装甲を切り取り、それをデモニカの付属ツールやペルソナで加工している面々の姿が有った。

 

「………何をしてるんだ?」

「あ、イヤどうせこれもう使い物にならないなら、ちょっと廃品利用を」

「それは………」

 

 図面を覗きこんだ小次郎は、そこに描かれている物と、加工されていく途中を見て驚く。

 

「そうか、ソリか………」

「あっちのゴスロリの嬢ちゃんの発案で、乗り物が無いなら作ればいいって。引けそうな仲魔なら確かに何体かいるし。オレ、昔ある作戦で似たような事やった事あったんで、それ参考にして。雪山で部隊まるごと遭難しかけた時だったな………」

「随分と豪快な事やってんな」

「許可は取ってあるのか?」

「そもそもここの責任者は誰だ?」

「まあ、使い物にならなくなった部分削るくらいならなんとか………」

 

 艦外に出てきた者達も予想外の光景に半ば呆れ、最後に出てきた雅弘もいささか苦い顔をする。

 

「ルートのチェックが必要だ。それにこのまま乗り付けるのはデンジャーのセオリーだ」

「いや、こちらの予想が正しければ、どの時点で降車しても気付かれる可能性が高い。ここは機動性を重視するべきだ」

「無人偵察機なんて使ってる連中だからな~、他に何を持ち出してくるのか検討もつかないな」

 

 ゲイリンと仁也が考えこむ中、雅弘は運び込まれていた機体の事を思い出し、頭をかきむしる。

 

「デモニカスーツを持ち出してる時点で、こちらとは装備が雲泥の差だ」

「質では負ける気は無いが」

「………いや、ファントムはそんな生易しい相手じゃない。あれは様子見の偵察部隊程度と考えた方がいい」

「それは承知のセオリーだ。ファントムとは幾度か刃を交えている」

「………一体どれだけ歴史のあるテロ組織なんだ」

「葛葉でも正式な発足は把握してない。日本にちょっかい出すようになったのは大正時代かららしいが、中世にはすでにヨーロッパで暗躍してたらしい情報も有ったな」

「そのデータは私も亜米利加で聞いた。サーチしたが、詳しい事は分からずじまいだった」

 

 予想以上に厄介そうな相手に、仁也や作業をしていた者達が思わず顔を見合わせる。

 

「もっとも、こっちの支部は出来てまもないみてえだ。オレの知ってるファントムは、もっと裏から着実に段階を踏んでくる。こんな半端な威力偵察は絶対しない」

「確かに焦っているケースにも思える。人間界からの増援なぞ想定してないパターンかもしれん」

「そうだな、だが目的が分からん。戦力だけは大量に揃えてやがるが」

「かなり大規模な計画だ。それに値するだけの目的が有るはずだ」

「ああいう連中が考えてる事なんて、世界滅亡に決まってやがるだろ」

 

 葛葉の四人が考えこむ中、ダンテの一言に全員が思わずそちらの方を見た。

 

「あいつら、とうとう最終目的に入りやがったのか? だが、何を使って?」

「今までのパターンだと、虚神や大霊クラスを召喚もしくは利用して何かやらかすはずだが、ゴスロリロボ量産してるだけだし………」

「何らかの尖兵だと考えられる。幾ら死人でも人手が足りなければ、何かで補わなくてはならない」

「ならば、ファントムのターゲットはそちらにある何かのセオリーか。何か、極めて強い力を持った存在を召喚するケースか?」

「ちょっと待った」

 

 更にあれこれ話し合う四人に、修二が手を突き出して話を遮る。

 

「よく分かんねえけど、要はそのファントム何とかって、滅亡か何か企んでるって事なんだよな?」

「正確には、人類のソウルを狩り集める事らしい。お陰で色々やらかす度にこっちは大忙しだ」

「でも、受胎東京には浮かんでる珠閒瑠市くらいにしか人間いないよな?」

「………ソウルってのが魂とかエネルギーってんなら、アマラ回廊に腐る程いる」

「あっ!?」

「マガツヒか、確かにアレならば………」

「それに、神様っぽいのならどまんなかに浮いてる。世界を好きなように出来るって話のが………」

「カグツチ! そうか、そういやアレは創世とやらの力秘めてるって………」

「それは本当のセオリーか! ならばそれこそがファントムの狙いだ!」

「あの、それってつまり?」

 

 よく状況が飲み込めない啓人に、八雲は少し考えてから口を開く。

 

「メティスはただの威力偵察だ。さっきのサマナー連中もな。本命は控えている本隊、目標は受胎東京への侵攻とカグツチの奪取。そして自分らの都合の良い世界の創世。悪魔主義者の理想の世界なんて考えたくもねえな」

「どんなコトワリにすんだろ………」

 

 八雲の説明に、修二は心底嫌そうな顔をし、他の者達も考えたくもないのか俯いたり、顔をしかめたりしていた。

 

「こっちがイヤで出ていきてえ、って奴はほっときたい所だが、そっちに迷惑かけるってのは洒落になんねえな」

「どうあがいても死人は死人、大人しく死んでればいい。私はそうしたい」

「チドリ………」

 

 真次郎とチドリの意見に、順平が何かを言おうとするが、チドリの冷め切った目に口を噤む。

 

「冥界のトラブルは冥界でカタを付けたいセオリーだが、こちらの手が足らなすぎる。諸君らの力を借りねばならんセオリーだ」

「こちらにまで被害は及んでいる。気にするな」

「あんな悪趣味なロボットに大挙して押し寄せられたらな」

「どんな奴が造ったんだ?」

 

 ゲイリンが顔を険しくするが、ライドウと小次郎が顔を見合わせ、アレフがふと首を傾げた。

 

「心当たりはある。だが量産となると別の話になるな」

 

 美鶴も首を傾げるが、幾ら悩んでも答えは出そうになかった。

 

「ま、行ってみりゃ分かるだろ」

「しかし、移動手段はいいとしても、恐らく向こうはジャック隊の母艦をベースに使っている可能性が極めて高い。こんな物で行けば格好の攻撃目標になるが」

「だからいいんだよ」

 

 仁也がデモニカから幾つかのデータを検索する中、八雲が意味深な事を言いながら笑みを浮かべる。

 

「そうだ、こっちは準備出来たよ」

「OKリーダー、じゃあデモニカ連中全員集まってくれ。COMP持ってるのも」

「一体何を………」

「今からあるソフトを入れるから、並列作動させてくれ。こいつが作戦のカギになる」

「これは………」

 

 

「これでしばらくは大丈夫だ。けれど、ここじゃ本格的修理は不可能だから、そのつもりで」

「了解であります。忙しい中ありがとうございました」

「簡易メンテナンスくらいは自分達で行います」

「ちょっと派手なピクニックになりそうだし」

 

 ブルージェット号のラボでメンテナンスをしてくれた詠一郎にアイギス、メアリ、アリサが順に礼を述べる。

 

「三人とも終わった~? そろそろ出発するって」

「全システム異常無し、今行くであります」

 

 そこへゆかりが三人を呼びに来、アイギスが自らにシステムチェックを走らせてから外へと向う。

 

「あ、ゆかり」

「何、お父さん?」

「気をつけて行ってくるんだよ、相手は相当危険な連中だそうじゃないか」

「………八雲さんからも言われたの、生きてる時から人の命なんてなんとも思わない連中だから、まともに相手しないで慣れてる連中に任せておけって」

「慣れてる、ね。確かにゲイリンさんとかに任せておいた方がいい。死んでるとはいえ、相手は元人間相手なんだから………そうだこれを持って行くといい」

 

 そう言いながら、詠一郎は娘に何かスイッチのついた装置を渡す。

 

「何これ?」

「緊急用のマーカー装置だ。間に合うかどうか分からないけど、ゆかり達の力になる物を用意してる。ピンチになったら、押してみてくれ」

「間に合うかどうか、ってのがね………でもありがと。できれば使うようなピンチがこないといいんだけど」

「それが一番なんだけど、何が起こるか分からない。お守りだとでも思ってくれればいい」

「それじゃ、行ってくるね」

「気をつけて行ってくるんだよ」

 

 娘を見送った詠一郎は、ラボの機材で動かせる物を次々起動させていく。

 

「みんな出発しました」

「それじゃあ、留守番は留守番に出来る事をしようか」

 

 皆を見送った後、ラボに顔を出した雅弘と共に、二人はある物の起動準備に入る。

 

「システム系はこちらでチェックします」

「君の腕は信用してるよ、問題は再起動出来る程のエネルギーが足りるかどうか………」

「使わない物は全部切ってこちらに回します。戦力は少しでも多い方がいい。特にあいつらが相手の場合は………」

 

 非戦闘員故に残った二人の男が、今自分達に出来る事をするため、自分達の持つ技術を余すこと無く振るい始めた。

 

 

 

「彼ら、失敗したようだね」

「コレやからサマナーなんぞアテにならんのや」

「運悪くというか、彼らの手の内を知っているのがあちらにいたらしい。これこそ腐れ縁って奴かな?」

「ワイはまだ腐っとらんで!」

「そうだったね。それにこちらにも腐れ縁はありそうだし」

 

 二人の男が話し合う中、周辺に置いてある無数の機械が駆動音を響かせ、そして一つの作業が終わった事を知らせるアラームが鳴り響く。

 

「おっと、ちょうどいいタイミングだね」

「ふふ、今回は更に腕によりをかけといたで」

 

 笑みを浮かべる男達の前で、一つのポッドのハッチが開き、そこから小さな人影が起き上がる。

 

「メティス、システムオールグリーン。最高性能発揮可能。オーダーを」

「直に押し寄せてくる敵を殲滅しろ、徹底的に」

「了解」

 

 復唱すると同時に、周囲にあった無数のポッドも次々と開き、そこから次々と量産型メティス達が起き上がる。

 

「さて、彼らはどう攻めてくるかな」

「どうでもいいワ。ワイらのメティスが迎え撃つ。徹底的にな」

 

 無数のメティス達が起動状態になっていく中、二人の男の笑い声が室内に木霊した。

 

 

「複数の反応あり、11時方向。悪魔と人間、いや何か違うのも混ざって………」

 

 最新鋭の機器が並ぶブリッジ内、オペレーター席に座っていた男が、少し首をかしげながら報告する。

 それを聞いたサングラスを掛けた男が、表示される反応を確認して呟く。

 

「あちらにもロボットが何体か混ざっているらしい、それだろう。それで、まさか馬鹿正直に正面突破か?」

「いやそれが………」

 

 望遠カメラと高性能集音マイクが迫ってくる一団の情報をブリッジ内に送ってくる。

 しかし、一番最初に響いたのは、甲高いまでのエレキギターの音色だった。

 

「………何だこれは」

「さあ………」

 

 全く予想外の襲撃に、ブリッジ内の男達は絶句するしかなかった。

 

 

 

「ヒャッハ~~!!」

「行け行け~!」

 

 三氷棍から元の三つ首の巨犬の姿となったケルベロスが引くソリの上、ダンテがエレキギターのネヴァンを激しくかき鳴らし続ける。

 隣ではキョウジがショクインに引かせたソリの上でそれを煽りながら、有り合わせの材料で作った葛葉の紋章(手書き)入りの旗を振りかざしていた。

 

「なんかこれ、恥ずかしいような………」

「言わないで………」

「もっとちゃんと持て! 目立つようにな!」

 

 彼らの後ろに続き、特別課外活動部のイニシャルであるS.E.E.Sのロゴが入ったノボリを悪魔使い達の仲魔が引くソリの上で掲げている啓人とゆかりが赤面するが、手綱を握っている美鶴が檄を飛ばしてくる。

 

「見えた! あれがそうか!」

「でか………」

 

 明彦が見えてきたファントムソサエティが本拠地として使っていると思われる施設を指差す。

 順平も思わず絶句する中、その施設、レッド・スプライト号とほぼ同一の外見の巨大な装甲車、調査用のレッド・スプライト号のデータを元に、完全戦闘用として設計・建造されたライトニング号がその姿を表していた。

 

「アレを相手にするわけか」

「冗談じゃねえぞ、オイ!」

「は、面白そうじゃねえか!」

 

 陸上戦艦としか言い様のない姿に、課外活動部の顔が青くなるが、ダンテだけは楽しそうにネヴァンをかき鳴らし続ける。

 

「ちょ、なんか上の大砲動いてない?」

「うわああ、こっち向いてきた!」

「レーザー感知、照準されたであります!」

「回避!!」

 

 アイギスの一言に、全員が一斉に左右へと分かれ、直後にライトニング号の砲撃が先ほどまで彼らがいた位置にクレーターを穿つ。

 

「どわああぁぁ! 撃ってきたぁ!」

「予想してた事だ! 騒ぐな!」

「次、来ます!」

「カエサル!」『ジオダイン!』

「カストール!」『ゴッドハンド!』

 

 飛んできた砲弾を明彦と真次郎のペルソナが放った攻撃で迎撃、爆風が吹き付ける中、ソリはライトニング号へと向かっていく。

 

「なるべく派手に行け! 派手にな!」

 

 キョウジも叫ぶ中、GUMPを取り出して他の仲魔達を召喚していく。

 

「さて、持てばいいんだが………」

 

 

 

「敵群、尚も接近!」

「あまりにも露骨過ぎる示威行為だな」

 

 ライトニング号からの攻撃をかわしつつ、接近してくる者達の姿に、サングラスを掛けた男が舌打ちする。

 

「全周囲をスキャンしろ。別働隊がいるはずだ。光学観測も並列、手空きの奴に外を見張らせろ」

「了解、メティスを使用しますか?」

「発見してからでいい。あいつら、自分達で造った癖に平然と使い捨てしやがる。これ以上資材を食われたらかなわん」

「全くデ~ス。リサイクル精神がナイとはなげかわしい物デ~ス」

 

 サングラスを掛けた男の背後に、英語なまりの言葉使いをする、神父服姿の男が現れる。

 

「向こうカラ来てくれたナラ、むしろ好都合デショウ。まとめて殺シテおく事にシマ~ス」

「だが、向こうには葛葉のサマナーに、あのハンター・ダンテがいるとの情報も来ています」

「フム、クズノハにデビルメイクライ・ダンテ………確かに一筋ロープではいきまセンね。場合によってハ、私と彼女で相手しましょう」

「大丈夫なのですか? 彼女は…」

「クズノハと聞けば、喜んで協力してくれるデショウ」

「それもそうか」

 

 二人の男は、そこで互いを見て歪ませるような笑みを浮かべた。

 

 

 

「派手にやってるな………」

「本当に大丈夫なのか?」

 

 聞こえてくる砲声や反撃らしい魔法の衝撃音に、反対側から回りこんでいたデモニカをまとった者達中心の急襲部隊は顔を見合わせる。

 

「私のペルソナのジャミングも限界がある。あまり離れないで」

「そろそろ、第二班と第三班も動く時間だ」

 

 チドリが先導する中、仁也が時間を確認、皆が何気なく上を見ると、遠くから近づいて来る影があった。

 

 

 

「3時方向、飛行悪魔複数接近! 別働隊の模様!」

「他にもいるはずだ、探せ」

「8時方向、大型悪魔反応複数!」

「それらは全部囮だ。本命は他に居る」

「しかし、このままでは敵の有効攻撃距離に!」

「警戒中の者から報告! 6時方向から接近中の一団あり! デモニカにもこちらのセンサーにも反応有りません!」

「ふん、あの三人、やけに神出鬼没だと思っていたが、そういう能力か。そいつらを優先的に潰せ、何かと厄介だ。探索に出ている連中を急行、メティスも一部向かわせろ」

「接近している他の連中はどうします?」

「メティスが出た後、プラズマ装甲を展開。向こうが散開してるなら、各個撃破にちょうどいい」

「それナラ、私も出るとしまショウ。あのバリアだけでハ、足止めとしては不完全デスし」

「それでは頼みますよ、シド神父」

 

 

 

「ライトニング号のエネルギー数値が急上昇してるぞ!」

「このエネルギーパターン、プラズマ装甲を展開する気か」

「周辺にいた連中が一斉にこっちに向かってくるぞ!」

「あの趣味の悪いロボットも出てくる」

「予想通りだが、ここまで集中攻撃とはな………総員迎撃態勢!」

 

 デモニカのセンサーとチドリのペルソナからの反応に、仁也は悪魔召喚プログラムを起動させ、銃の安全装置を外す。

 

「遅滞戦闘に入る。デモニカの処理容量は空けておけ」

「どこまで保たせられるかだな、ってゴスロリ来た!!」

「攻撃開始!」

 

 アンソニーの悲鳴と仁也の号令を合図に、無数の銃撃と仲魔達の魔法攻撃が一斉に炸裂した。

 

 

「始まったな」

「おい、デカいのバリア張りやがった!」

 

 仲魔のガルーダによって上空から迫っていた小次郎が状況を確認する中、同じく仲魔のスパルナに吊るされる形の修二がライトニング号の方を見て叫ぶ。

 

「そちらは後回しだ。上空から援護するぞ」

「空中戦なんて初めてだ………」

「オレもだよ」

 

 乗騎としている仲魔に、更に飛行可能なケルプとセイテンタイセイを加え、二人は上空から援護へと向う。

 こちらに気付いたダークサマナー達が空を指差し、それに応じたのかメティスの数体がトマホークを投じてくる。

 

「おわぁ!」

「距離を保て! 飛び道具で攻撃し続けるんだ!」

「シューティングは苦手なんだよ!」

 

 飛来したトマホークを刀や拳で弾きつつ、銃撃や魔弾、攻撃魔法で援護攻撃を開始する。

 

「人修羅、オレは行くぞ!」

「ヒット&アウェイだぞ、覚えてるだろうな?」

「おうよ!」

「小次郎様、我々は」

「近づき過ぎるな、いいな?」

 

 用心して作戦内容を口にしないで仲魔に指示を出しつつ、二人は援護攻撃を続ける。

 

「そろそろか………」

 

 マガジンを交換しながら、小次郎は出てきた敵戦力がコチラに集中している事を確認、COMPにインストールされていたソフトを起動状態にする。

 

「さて、ばれる前にどこまで行ける?」

 

 更に注意を引くべく、小次郎は上空から刀を手に舞い降り、敵へと相対。

 

「うまくいけばいいんだが………」

 

 同じように降り立った修二が、拳を構えながら呟く。

 

「無理はするな」

「言われなくても!」

 

 声をかけると同時に、二人は敵へと向けて駆け出していた。

 

 

 

「………妙だ」

「ええ、敵戦力は二分され、片方はこちらの戦力と交戦、もう片方はライトニング号へ攻撃を繰り返してます」

「向こうにもデモニカが有ったという事は、こちらの事も知っているはず。なぜ無意味な攻撃をさせる?」

 

 ライトニング号のブリッジで、ダークサマナーとメティス達が奮戦している画像と、プラズマ装甲に無駄な攻撃を続けている画像という両極端な図に、ブリッジ内の誰もが疑問を感じ始めていた。

 

「シド神父、敵の一団と接敵! あの白髪の老人と古臭い学生です!」

「彼なら問題無いだろうが………一体何が目的だ?」

 

 サングラスの男が疑問を口にした時、表示されている画像にノイズが走る。

 

「ん? 今のは…」

 

 直後、ブリッジ内に甲高い警報が鳴り響いた。

 

「何事だ!」

「クラッキングです! 何者かの電子攻撃を受けています!」

「防壁を展開させろ!」

「今やっていますが、まだシステムの調整が不完全で…! まずい突破される!」

 

 予想だにしていなかった冥界での電子攻撃に、ブリッジ内は先程とは打って変わって騒然となった。

 

「この手口、奴か………!」

 

 

 

「おわっと!」

 

 一番派手に動き回っているダンテのソリの背後、外からは見えないように偽装された部分で、八雲が持ち出してきていたありったけのPCを用い、すさまじい早さでキーボードをタイピングしていた。

 

「やっぱりか。あいつら、船乗っ取ったはいいが、管理プログラム止めてやがる。通信プロトコルはほぼレッドスプライトと同一だが、管理プログラムがなけりゃ、こっちの物だ」

 

 どんな操縦をしているのか、ダンテの駆るソリが無茶苦茶に動きまくる中、八雲は他のCOMPやデモニカと並列化させ、電子攻撃を続けていた。

 

「さすがはリーダーが造ったソフトだ、すいすい行ける。未来のハイテク兵器ってのは、逆に融通が効かないしな」

 

 レッドスプライト号にハッキングしてアーサーに返り討ちにあった時の事を思い出しつつ、八雲は電子攻撃の合間を縫ってプロテクトを次々突破していく。

 

「……まずいな、管理プログラム無しでも、パワーが違う。持ち直されるのが先か、オレがお宝にたどり着くのが先か………」

 

 持てる限りの機体で並列攻撃してはいるが、徐々に押されつつある事を確認した八雲はキーボードをタイプする手を限界まで早くしていく。

 

『こちら只野、デモニカに負荷が増えてきた。これ以上キャパは回せない!』

『COMPが熱くなってきた! 悪いが断線する!』

『まだか!? このままじゃ召喚プログラムにまで影響するぞ!』

「くそ、もう少し………!」

 

 各所からCOMPの限界を知らせる通信に八雲は舌打ちしつつ、必死になってあるシステムを探し続けていた。

 

 

 

「なんとか押し返せてます。これならもう少しでなんとか………! 同時ハッキングされてます!」

「やはりな。問題は、どこからかだが………」

 

 サングラスの男は、ハッキングまでは予想していたらしいが、そこである事を考える。

 

「この艦のシステムは完全にスタンドアローンだ。ハッキングまでするとなると、何かのデバイスが必要になる。向こうから何かを持ってきていたか、あるいは………そうか、アレがあったか。プラズマ障壁解除、対空火器を動かせ」

「え? でも先程まで上空にいた連中は降下してますが………」

「全員囮だ、本命は………」

 

 

 

「やるな」

「そちらもな」

 

 ヒノカグツチとグルカナイフの双方がぶつかり合い、すさまじい火花が周辺に飛び散る中、アレフとユダがお互いに笑みを浮かべ、互いに刃を弾いて離れる。

 

「ユダさん! バリアが解けました!」

「システムを突破されたか、それとも何か考えが?」

 

 そばにいた別のダークサマナーの叫びに、ユダが僅かに顔を曇らせる。

 だがその直後、ライトニング号の各所から伸びる半透明の光線にそれを見た者達の動きが止まった。

 

「アレフ! あれは!」「対空レーザー砲か!」

 

 ヒロコとアレフ、双方がその光線の正体に気付いて叫ぶ。

 対空レーザー砲は一見デタラメに宙を薙いでいったが、その内の一線が何かに命中。

 黒煙を上げながら、それは徐々に正体を表しつつ、地表へと落下していった。

 

「ナイトメアユニット、そうか修復していたのか。ふふ、この攻撃全てがアレの存在を隠すための囮、なかなか手の込んだ作戦だな」

 

 ユダが墜落したのが前に撃墜された遠隔召喚ユニットだと気付き、それこそが電子攻撃の要だと見抜いて苦笑する。

 

「確かに囮なのは間違いないが、あくまでライトニング号のシステムへの攻撃だけがアレの狙いだ。敵の方は好きに倒していいと言われている」

「そうですか、できればいいですねぇ!」

 

 呪詛を吐くように言い放ちながら、ユダを中心としたダークサマナーとメティス達が襲いかかる。

 

「来い」「ええ」

 

 それにそれぞれ一言だけ返すと、アレフとヒロコが構え、仲魔達が咆哮を上げる。

 まだ作戦が途中である事に、ユダ達は気付いていなかった。

 

 

 

「ちっ………」

 

 画面に表示される、〈DISCONNECTION〉の警告に、八雲は舌打ちしながら、無茶をした高速タイプの反動で血が滲んだ指先に医療テープを巻き付けていく。

 

「こうも早くばれるとはな………だが、間に合った」

 

 画面に並ぶウィンドゥに〈UPLOAD END〉の表示が浮かんでいる事に八雲はほくそ笑む。

 そしてその隣にある小さなウィンドゥに浮かんだ、〈TROY START〉の表示を確認すると、僅かに顔が引き締まる。

 

「こっちまで上手くいくとはな。駄目元の作戦だったが…こちらクラウド、祈祷はもういい、幽霊は化けて出た。祈祷で熱くなりすぎてないかチェックを…」

 

 クラッキングソフトの終了と作戦成功の暗号を発する八雲のすぐ脇を、飛来したトマホークが回転しながら突き刺さる。

 

「おい、飛んできたぞ!」

「わりぃわりぃ、ちょっと弾きそこねた」

「これだから無駄に強い奴は………そろそろ出るか」

 

 悪気の無いダンテの声に、八雲はぼやきながらコードを引き抜き、GUMPをホルスターから抜きながらダンテの背後から外へと姿を表す。

 

「さて、行くぞお前ら」

 

 次の段階に移るべく、八雲はGUMPのトリガーを引いた。

 

 

 

「電子攻撃及びハッキングの中断を確認!」

「すぐにチェックしろ、何かを仕掛けられたかもしれ…」

 

 サングラスの男の言葉も終わらぬ内に、突然ライトニング号のブリッジの大型ディスプレイに幽霊を思わせるスプーキーズのロゴが映し出され、それが意地悪く笑ったかと思うと、ブリッジ内の全ての画面がスプーキーズロゴで塗り潰されていく。

 

「くそ、ウイルスか!」

「落ち着け! あんな短時間にしかも電子攻撃しながらのウイルスだ、大した影響は無い! すぐに処理しろ!」

 

 慌てふためく者達を叱咤しながら、サングラスの男は違和感を感じていた。

 

(たったこれだけのためにあんな大規模な囮を? いや、それは考えられない。だとしたら………まさか!)

「通信とセキュリティはどうなっている!」

「通信は落ちてます! セキュリティは今復帰を…」

「すぐに内部を精査しろ! 艦内に侵入されたかもしれん!」

「まさか、そのために!?」

 

 慌ててシステムを復旧させようとする中、ブリッジの扉が開き、そこから黒尽くめの人影が入ってきた。

 

「なんだメティスか………誰か呼んだか、それともあのマッドが何か用か?」

 

 それがマスクを付けたメティスだと思った者達が作業を再開させるが、その人影は無言でブリッジ内へと進んでいく。

 

「……! 待て、そいつはメティスじゃない!」

 

 入ってきた時から何か違和感を感じていたサングラスの男が、ふと響いた足音がやけに軽い事、そしてその人影がパンプスを履いている事に気づき、懐のホルスターへと手を伸ばす。

 それよりも早く、人影は身をひるがえし、ひるがえったスカートから複数の手榴弾が飛び出してくる。

 

「な………」「伏せろ!」

 

 全く予想外の事態に何人かが凍りつき、反応出来た者はイスやコンソールの影に転がり込む。

 

「くっ!」

 

 サングラスの男もコンソールの影に飛び込み、手榴弾は床でバウンドした後、炸裂した。

 無数の爆炎が吹き荒れ、撒き散らされたベアリングと爆風にコンソールが耐え切れず砕け散り、避けきれなかった者達の悲鳴が爆音にかき消される。

 

「やられた………!」

 

 サングラスの男が歯ぎしりしつつ、爆炎が収まると即座にコンソールの影から飛び出す。

 

「被害は!」

「負傷者数名! くそ偽人形か!」

「ああ!?」

 

 影から這い出してきた者達が、ブリッジの状況を見て愕然とする。

 爆風で気付かなかったが、手榴弾が投じられた後、1テンポ遅れて投じられたマハジオストーンが発動し、コンソールの大部分が電撃を食らって使い物にならなくなっていた。

 

「狙いはこっちか………」

「どこ行きやがった!」「探せ!」

 

 無事だった者や軽症だった者が殺気立ってブリッジから飛び出していき、サングラスの男は周囲を見回し、すぐに飛び出して行かなかった者に負傷者の治療を命じてからブリッジを出て行く。

 

「やはり、この手で片をつけるしかないか………」

 

 サングラスの男は呟きながら、風変わりなメリケンサック風のCOMPを起動させる。

 

「あの時付けられなかった決着、付けられそうだな」

 

 敵の策に嵌ったにも関わらず、サングラスの男の顔には、どこか楽しげな笑みが浮かんでいた。

 

 

「こちらM1、作戦成功。現在脱出中です」

 

 ライトニング号の通路にパンプスの足音を響かせつつ、メティスの変装をした者が出口へと向う。

 

「どこだ!」「あっちか!」

 

 後ろから物騒な怒声と銃声が混じり始めた所で、変装は邪魔と判断して破壊したメティスから拝借した衣装と仮面を脱ぎ捨てる。

 普段どおりのメイド姿となった変装メティスことメアリが、更にスカートの裾から残った手榴弾を落としつつ、出口へと急いだ。

 

「姉さん! 医療室は破壊出来た!」「こちらは不完全です! ラボを完全破壊は出来ませんでした!」

 

 別れた通路から、同じようにメティスの変装を解きながらアリサとアイギスが現れ、それぞれの戦果を報告する。

 

「元々、全部うまくいくはずはないと八雲様は言っておりました」

「敵本部の機能不全が目的であります。その点では成功と言えるレベルでしょう。ただ…」

「どけえ!」

 

 ラボで見た物をアイギスが口にしようとした所で、聞こえてきた声に思わず三人は後ろを振り向く。

 そこには、装甲目標用の携行ミサイルを構えたダークサマナーの姿が有った。

 

「やばっ!?」「ここでは回避は出来ません」「アレの破壊力なら、まとめて吹っ飛ぶであります!」

 

 出口までもう少しという所で、明らかに艦への被害すら考えていない重火器に三人が必死になって走るが、そこで出口の方から声が聞こえてきた。

 

「伏せて!」

 

 三人がその場に倒れるように伏せるのと、後方でミサイルのトリガーが引かれるのは同時だった。

 

『アブソリュートゼロ・クリスタリゼーション!』

 

 携行ミサイルが噴煙を上げて飛ぶよりも早く、凄まじい凍気が通路を突き抜けていく。

 

「ひっ…」「な…」

 

 予想外の攻撃にダークサマナー達の悲鳴はかき消され、発射されたミサイルも目標に届く事無く、凍りついて通路へと落下、更にそのまま氷の中へと埋もれていく。

 

「助かりました」「そ、そうかな?」「行動に支障はありません」

 

 髪だのメイド服だのが多少凍りついている中、三人は何とか立ち上がって外へと飛び出す。

 

「三人とも大丈夫ですか!? とっととトンズラするわよ!」

 

 出口で待っていたカチーヤ(inネミッサ)が手招きする中、全員がライトニング号から離れていく。

 

「もう一発行くよカチーヤちゃん! はいネミッサさん! 『アブソリュートゼロ!』」

 

 駄目押しにもう一発氷結魔法をぶち込み、出口からほぼ出られない程に氷結させた所でネミッサはカチーヤの体から抜け出し、三人の後を追うようにその場から離れていく。

 

「上手くいった上手くいった♪ これであいつらしばらく出てこれ…」

 

 ネミッサが歓声を上げていた時、突然背後から凄まじい轟音が鳴り響く。

 足を止めたネミッサとカチーヤが振り向くと、そこには内部から力任せに破壊されたと思われる、凍りついたままひしゃげた開閉ゲートの姿があった。

 

「うえ!?」

「こ、これは………」

「ネズミかと思ったら、子猫が何匹も潜り込んでたようね」

 

 ひしゃげたゲートをくぐり、一人の女性が姿を表す。

 肩口まで伸ばした黒髪に、藍色のレディーススーツ、そして腰に複数の管を吊るした女は、刺青の入った手で持っていた管の一つを腰のスリングへと戻す。

 

「それに随分と変わった術を使うようね。神降ろしの変型かしら?」

「ネミッサさん」「分かってる。こいつ、強い」

 

 女の質問に答えず、カチーヤとネミッサは同時に自分の得物の穂先を女へと向ける。

 そこで女の目が、カチーヤの構えた空碧相月に刻まれた葛葉の紋章を捉えた。

 

「そう、貴方達葛葉なのね。レイホゥのお仲間かしら?」

「レイホゥさんは、私の師匠です!」

 

 思わず答えてしまったカチーヤに、女の目は鋭さを増していく。

 

「あいつの弟子なの、それは残念ね」

 

 呟くなり、女は両手で管を掴んで構える。

 

「それだけで、貴方を殺す理由が出来たわ」

「な、何かすんごい怒ってんだけど………」

「…! 先程の威力、管に刺青、ひょっとしてフリー・ダークサマナーの…」

「レイホゥから聞いてたようね。私の名はナオミ、レイホゥに師を殺された女よ」

「ネミッサ様! カチーヤ様!」

「さっきの何!?」

「とてつもない反応でした! 注意です!」

 

 女、ナオミが名乗った所で異常を感知したメアリ達が戻ってくる。

 それでもなお、ナオミの目はカチーヤだけを見つめていた。

 

「そうね、死んでもアイツを殺す事だけしか考えてなかったけれど、私が師を殺されたように、アイツの弟子を殺すってのもいいわね………」

 

 その目に狂気を湛えながら、ナオミは管を発動させる。

 

「来るよ皆!」

 

 ネミッサの号令を合図に、全員が一斉に防御体勢を取った。

 

 

 

「なんだありゃ!」

 

 ライトニング号のそばで生じた大きな爆発に、大刀を振り回していた順平が思わず声を上げる。

 

「ペルソナ? いや、少し違うようだが、凄まじいパワーだ」

「おい、全員無事か!」

 

 美鶴がアナライズする中、八雲が通信用インカムに向かって叫んだ。

 

『八雲さん、なんとか大丈夫です………敵にダークサマナーのナオミがいます!』

「な、あいつがか! オレか、誰か強いのがが行くまで無茶するな! そいつの術は半端じゃなく強力だ!」

『ンなもん見りゃ分かるって…』

 

 ネミッサの怒声が、響いてきた爆音でかき消される。

 

「くそ、オレはあっちに向う! ここは頼む!」

「その方がいいだろ、こっちは急に暇になってきたし」

 

 八雲が仕掛けたウイルスが作用したのか、ライトニング号は沈黙し、メティス達も目に見えて動きが鈍くなってきており、ダンテは急につまらなそうにして周囲を見回していた。

 

「油断するな! ウイルスがいつまで持つか分からんし、マニュアル操作の可能性も…」

 

 走りながら叫ぶ八雲の言葉を肯定するように、ライトニング号からの攻撃が再開される。

 

「おっと、もう第二ラウンドか」

「もう囮の必要もねえ、一気に行くぞ!」

「オレ達も!」

 

 ダンテを先頭に、キョウジや課外活動部のペルソナ使い達も一斉に攻勢へと移ろうとする。

 だがそれを阻むように、機能不全を起こしていたメティス達が次々と再起動を開始、こちらへと向かってきていた。

 

「おい、もう動き出してるぜ!?」

「足止めにもなってないじゃん!」

 

 予想以上にメティスの復帰が早い事にペルソナ使い達の足が止まり、迎撃体勢を取ろうとした時だった。

 

「んん?」

 

 矢をつがえていたゆかりが、こちらに歩きながらメティス達に何か指示を出している人影に気付く。

 目をこらした所で、それが見覚えある人物である事に気づき、愕然とする。

 

「ちょ、美鶴先輩! あそこ、あそこに!」

「ああ、気付いている………さすが冥界、と言うべきか………」

 

 慌てるゆかりをなだめながら、美鶴は手にしたレイピアを我知らずに強く握り締める。

 動き出したメティスの軍勢は、その人物に従属するように付き従い、やがてその姿が誰の目にもはっきりと見える位置にまで来ると、足を止める。

 

「貴方は………!」

「やあ久しぶりだね」

 

 その人物、メガネをかけた中年男性の姿に啓人は半ば予想していたとはいえ、絶句した。

 かつては月光館学園理事長にして特別課外活動部顧問、ペルソナとシャドウの研究家、そして自らの手で滅びを招こうとして美鶴の父親と相打ちになって死んだ男、幾月 修司は己が贄に捧げようとした者達の前に、笑みを浮かべて対峙した………

 

 

 冥府の底から、次々とかつて敗れたはずの影達が立ちはだかる。

 相対する糸達との戦いの行方は、果たして………

 

 



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PART40 SURPRISING ASSASSIN

 

「なるほど、やはりメティスを作ったのは貴様だったか」

「まあね、と言っても手伝ってもらったりもしたけど」

 

 予想はしていたとはいえ、自分達を裏切り、父を殺した相手に、美鶴は憤怒の視線で睨みつける。

 それに対し、幾月は活動部メンバーに馴染みのある、今となってはそれが取り繕った物だと分かる笑顔で答えた。

 

「それにしても、一度は死んでみる物だね。随分と勉強にもなった。少し手法を変えるだけで、こんなにも簡単に量産出来るんだから」

 

 幾月がそう言いながら片手を上げると、周囲のメティス達が一斉に構える。

 

「こっちだって、そう簡単にはやられない」

 

 啓人が構えると、課外活動部メンバー達も得物や召喚器を構えるが、それを遮るようにダンテとキョウジが前に出る。

 

「その仮面みてえな笑顔、どうにも好きになれねえな」

「未成年相手に大人げ無さ過ぎるぜ、オッサン」

「ハンター・ダンテに葛葉キョウジ。なるほどこれは厄介だ。フォーメーションPに変更、先頭の二人を優先」

「了解」「了解」「了解」

 

 幾月のボイスコマンドに応じ、メティス達が一斉にダンテとキョウジへと襲いかかる。

 

「パーティーの仕切り直しと洒落こもうぜ!」

「嫌味な仮面パーティーだがな!」

 

 リベリオンと七支刀を構えて応戦するダンテとキョウジに、課外活動部メンバーも参戦する。

 

「おい、気付いてるか」

「何がですか?」

 

 振り下ろされるトマホークを受け流すキョウジが囁いて来た事に、召喚器を構えながら啓人が返す。

 

「あのオッサンの隣にいるの、オリジナルだ。多分アイツを潰せば、こいつらの戦闘力が多少落ちるかもしれねえ」

「!」

 

 メティス達が次々襲ってくる中、一体だけ幾月の隣から動こうとしないのがいる事に、啓人も遅ればせながら気付く。

 

「と言った所で、相変わらず無駄にフォーメーションいいけどな、やれ!」

「メギドラ!」「大切断!」「ブレインバースト!」「業火召喚!」

 

 メティス達が集まってきた所で、キョウジの命に従って仲魔達が一斉に攻撃を叩き込む。

 メティス達は即座に陣形を組んでペルソナ発動でそれを防ごうとするが、高レベル悪魔の攻撃を防ぎ切れず、何体も弾け飛ぶ。

 それでもなお、新手のメティス達が押し寄せてくる。

 

「よおし、今度こそ終わらせてやる!」

 

 闘志を奮い立たせ、啓人は召喚器のトリガーを引いた。

 

 

 

「が、はっ………」

 

 まともに腹に蹴りを食らったライドウが、かろうじて後ろに跳びながら体勢を立て直す。

 

「ライドウ! なんじゃ今の蹴りは!」

 

 体を大きく沈み込ませながら旋回し、見た事もない軌道で放たれた蹴り技にゴウトは驚愕する。

 

「カポエラか、このような所で見るケースとは………」

「おや、知ってマシたか」

 

 ゲイリンがかつてアメリカでの修行中に見た事のある蹴り技に、それを使ってきた黒人神父を睨みつける。

 

「ふふ、ライドウにゲイリン。葛葉四天王二人相手でハ、こちらも全力デいかせてもらいマ~ス」

 

 シドがそう言いながら全身に魔力を漲らせると、その体が膨張し、異様なまでに屈強な体へと変貌する。

 

「神父姿で黒人のダークサマナー、シド・デイビスか。五代目葛葉キョウジを呪殺した男と聞いている」

「キョウジを? それは並々ならぬエネミーだな」

 

 口元に溢れてきた胃液を拭いつつ、ライドウが刀を構え直す。

 

「それデハ、コロシ合うとしまショウ。もっとも私はスデに死んでマスが」

「それは私もだ。だからこそ、パーフェクトに眠ってもらうセオリーだ」

「祀ろわぬ死者に永久の安らぎを与えるも、葛葉の仕事だ」

「ノーサンキューで~す。SUMMON!」

「来るぞライドウ!」「分かっている」

 

 シドは黒い笑みを浮かべながら、手にした聖書型COMPを起動、それに相対するように、ゲイリンとライドウも管を抜き放つ。

 双方が呼び出した仲魔を従え、激突した。

 

 

 

『くりからの黒龍!』

「ちっ!」「召喚士殿!」

 

 ナオミの管から繰り出された龍炎に、八雲の前にジャンヌ・ダルクが防護に入る。

 

「く、あああぁ!」「RETURN!」

 

 その強力な炎に、ジャンヌ・ダルクが苦悶を上げ、体が限界に達する前に八雲はGUMPに強制帰還させる。

 

「何よアレ!」「すごい威力………」

「仲魔の具現召喚じゃなくて術式召喚、単発だが、威力は桁違いだ。召喚プログラムが一般化して廃れた技の一つだ」

 

 かつてビジョンクエストで、そして一度マダムが使っているのを見た事のある八雲が、ナオミ一人に三人+仲魔を総動員しても押されている状況に内心焦りを感じていた。

 

「こんなのが今の葛葉とはね。がっかりだわ」

「悪いが、オレはスカウト組でね。正規の修行も受けてない三下サマナーだよ」

「ふうん、そこまで葛葉は人手不足なの」

「だから、オレみたいな男をこき使うんだよ」

 

 苦笑を浮かべつつ、八雲はナオミから見えないように、GUMPのトリガーを二回立て続けに引き、セットしておいた短縮プログラムが発動する。

 足元から聞こえてきた電子音に、ナオミは思わず足元を見ると、そこに先程ナオミの術を食らった拍子に八雲が取り落としたはずのHVナイフ、その柄にランプが灯っていた。

 

「こいつ…!」

 

 それが何を意味するかをナオミが悟った瞬間、柄に仕込まれていた爆薬が炸裂する。

 とっさに両腕を顔面でかざしながら横に飛んだナオミだったが、爆発を食らっても痛みを感じる体ではなかった事を思い出す。

 

(ダメージは?)

 

 痛みが無いのとダメージが無いのとは全く違う事を即座に理解し、ナオミは己の体を確かめようとした時だった。

 

「ガアアアァァ!」

 

 咆哮と共に、八雲の仲魔のケルベロスが大きく跳躍して襲い掛かってくる。

 

(安い手ね)

 

 慌てず、ナオミは腰のホルスターから拳銃を抜き放ち、ケルベロスの額に素早くポイントしてトリガーを引こうとした。

 

「RETURN!」

 

 八雲がそこで素早くケルベロスを帰還、ケルベロスが光の粒子となってGUMPに吸い込まれる影から、下段からカチーヤが穂先を向けて迫っていた。

 

「狡い手を…」

 

 後ろに下がりながら狙いをカチーヤに向けようとしたナオミが、いきなりバランスを崩す。

 そこでようやく、先程の爆発で足を負傷している事に気付いた。

 

(これくらい…!)

 

 バランスを崩しつつも、カチーヤに向けて銃口を定めたナオミだったが、今度はカチーヤの中から光球がいきなり飛び出してくる。

 

(今度は何!?)

 

 判断する間もなく、光球がナオミの脇を通り過ぎ、そしてそれはカドゥケウスを構えたネミッサの姿となる。

 

「カチーヤちゃん!」「はいネミッサさん!」『マハ・ブフーラ!』

「くっ!」

 

 前後から同時に放たれた氷結魔法に、ナオミは体勢を崩しながらも、半ば転がりながら魔法の効果範囲から逃れる。

 その直後、何かが地面に落ちる乾いた音が響いてきた。

 

「まさか!?」

 

 それが何の音か気付いたナオミが、とっさにその音の元、ネミッサにすれ違い様切り落とされたスリングからこぼれ落ちた管をとっさに掴むが、そのほとんどは放たれた氷結魔法で作られていく氷塊に閉じ込められていく。

 

「最初から、狙いは私じゃなく………」

「悪ぃな。あんた程の使い手、マトモにやったら勝ち目なんてありゃしないからな」

 

 片膝をつき、睨みつけてくるナオミに、八雲は悪びれず答える。

 

(この男、最初からマトモに戦おうなんて思っていない! 相手の戦い方を観察し、隙を突く事のみに特化したサマナー! レイホゥはこんなダークサマナー染みた奴を葛葉に入れたのか!?)

 

 とても葛葉に所属するサマナーとは思えない八雲の戦い方に、ナオミはある種戦慄を覚える。

 

「気をつけろ、そいつはアルゴン・スキャンダルで黒き魔女と共にマニトゥを鎮めた張本人だ。見た目で判断すると痛い目を見る」

「今思い知ったわ。葛葉も随分変わった物ね」

 

 ナオミの背後から響いてきた声に、ナオミは振り向きもせず返答する。

 だが、八雲の方はその声の主を無言で見つめていた。

 

「ああ! あんた!」

「久しいな、黒き魔女。そして若きサマナー」

「予想はしてたが、実際合うとショックでかいな、フィネガン」

 

 八雲の前に姿を現したサングラスをかけた男、かつてアルゴン・スキャンダルで幾度と無く死闘を繰り広げたダークサマナーの姿に、八雲は内心焦りを感じていた。

 

「あの時は決着をつけそこねたからな、まさか冥界でつけるチャンスが巡ってくるとは」

「こっちはそんな物付けたくもないんだがな」

 

 笑みを浮かべながらメリケンサック型COMPを構えるフィネガンに、八雲は予備のナイフを抜きながら、GUMPを起動させて召喚出来る仲魔を全て召喚する。

 

「カーリー、カチーヤとネミッサについてあの女の相手をしろ。ケルベロスとオベロンはオレのサポートにあたれ」

「分かったよ」「ワカッタ」「任されよ」

 

 DEAD状態の仲魔を蘇生させる隙をどうやって作るかを考えつつ、八雲はかつての宿敵と相対する。

 

「さあて、八雲は忙しいから、ネミッサ達が相手してあげる」

「管は封じました、先程のようには行きません」

「それは、どうかしらね?」

 

 前後に分かれて穂先を向けるネミッサとカチーヤに、ナオミは一つだけ残った管を弄びながら、ほくそ笑む。

 

「お互い忙しい身だ。手早く始めるとしよう」

「死人の癖にそういう所は変わらないな。だが、それには賛成するぜ」

 

 二人のサマナーが、過去につけられなかった決着をつけるべく、激突した。

 

 

 

「行けっ!」

 

 小次郎の号令と共に、仲魔達が一斉にライトニング号へと攻撃を叩き込む。

 

「ぶちかませっ!」

 

 続くように修二も仲魔に号令をかけながら、己も率先して拳を装甲へと叩き込む。

 魔力の篭った拳がライトニング号の装甲へと突き刺さる、かと思われたが、拳は装甲をわずかに凹ませただけだった。

 

「硬っえ~!」

「レッド・スプライト号よりも強固な装甲材を使ってるな。攻撃を続行!」

「コジロウ、上ダ!」

「散開!」

 

 攻撃を続ける小次郎だったが、ケルベロスの警告に素早く仲魔を散らせ、直後に上空から機銃の弾幕が降り注ぐ。

 

「中身壊したんじゃなかったのかよ!」

「こういう大型機動兵器は制御システムが破壊されても、マニュアルで動くように大抵出来ている。ガルーダ、ケルプ、機銃を破壊しろ!」

「了解!」「心得た!」

 

 小次郎が素早く仲魔に機銃を破壊させるが、さらにそこへメティスの一団が迫ってくる。

 

「まだいんのかよ!」

「艦内部に研究・生産のためのシステムが入っているらしいからな。だが、早々すぐに量産は出来ないはずだ」

「やっかましいわ!」

 

 メティスへと向き直った修二と小次郎だったが、そこにやけに甲高い関西弁が怒鳴り返してきた。

 

「悪魔連れてるちゅう事は、ワレらデビルサマナーやな!? ぽんぽんとメティス破壊しくさってからに! 量産体勢整えるの、どんだけ苦労したか分かっとるんか!」

 

 声がした方向を見ると、メティス達の背後に、やけに顔面部分の中央が盛り上がった黒いデモニカをまとった、声からして中年男性らしき人物が、こちらを指さしながら怒鳴りまくっている。

 

「………なんだあいつ」

「話から察すれば、どうやらメティスの開発者のようだな………」

「コジロウ。アイツ、死臭シナイ」

「本当かパスカル!?」

 

 警戒する二人だったが、ケルベロスが鼻をならしながら呟いた言葉に、小次郎が顔色を変える。

 

「つまり………」

「あいつは、生者だ。しかもここの事をよく知っているな………」

「………なるほど」

 

 小次郎の言わんとする事を察した修二が、意地の悪い笑みを浮かべながら拳を鳴らす。

 

「貴重な情報源だ。総員、あの黒いデモニカの男を生きたまま確保」

「あの関西弁のおっさん、ふん捕まえるぞ」

「やったれメティス!」

 

 二人が仲魔に指示を出すと同時に、関西弁の男もメティス達に命令を下す。

 互いに思惑を持った両者が、激しく激突した。

 

 

 

「なんだって!?」

「どうした!」

「敵に生きてる奴が混じってるらしい! しかもあのゴスロリロボの開発者っぽいらしいぞ!」

「本当かそれ!」

 

 通信担当の機動班員が、つい先程届いた情報に声を荒らげ、そばで弾幕を張っていた他の機動班員達も驚きの声を上げる。

 

「ここでは、生者は長時間滞在すると死んでしまうと聞いていたが………」

「よく知らないけど、防ぐ方法はあるかもしれない。貴方達もまだ死んでないし」

「それはそうだが………」

 

 仁也の疑問にチドリがある仮定を話す。

 思わず仁也はカロンから渡された冥界の滞在許可証も兼ねるというコイン、実家からもらったお守り袋に入れておいたそれを握り締める。

 現作戦の発動前に確認したそれは、すでに輝きを失い、だいぶくすんでいた事から滞在時間がもうほとんど残されていない事を雄弁に物語っていた。

 

「小次郎と人修羅が今確保しようとしてるらしいが、上手くいきゃいいんだが………」

「どっちにしろ、ここをどうにかしねえと!」

 

 機動班員達の呟きに、アンソニーが思わず叫んだ所に、飛んできた銃弾がデモニカの頭部をかすっていく。

 

「危な!」

「まずいな、こう着状態だ………」

 

 ライトニング号の開閉ゲートのすぐ手前、仲魔達の手によって緊急で作られた塹壕の中で、ライトニング号の占拠を狙っていた急襲部隊だったが、内部からの激しい抵抗によって互いに動けなくなっていた。

 

「内部にもう強い反応は残っていない。いるのは雑魚ばかり」

「だが、こうも火線を集中されてはな」

「しかもきっちり対悪魔弾使ってやがる。内部の装備丸パクリしやがったな」

 

 内部からの銃撃で仲魔を撤退せざるをえなかったアンソニーが毒づく中、双方の激しい銃撃戦は未だ続いていた。

 

「前は傭兵ばかりで苦労したが、今度は全員悪魔使いで苦労するとは………」

「仲魔の使い方も魔法の対処もあっちの方が上だぜ。シュバルツバースでオレらも大分慣れたと思ってたが、年季が違うって奴か?」

 

 ここまで前進するのに重火器を使い果たし、アサルトライフルのような小口径火器だけになっていた事を悔やむ仁也とアンソニーだったが、周辺では双方の実力者同士がこちら以上の激戦を繰り広げており、撤退する事すら不可能な状態だった。

 

「ライトニング号の奪取は最優先事項だ。どうにか突破口を作らなければ」

「内部に縦深陣を張られてる! あの銃火を突破するのは無理だ! そういう事が出来そうな連中は全員手が塞がってやがるし」

「メティスは全て出払っている。それがせめてもの救い」

「つってもな、おわあ!」

「メーディア」『アギダイン!』

 

 アンソニーが飛んできたグレネード弾に思わず悲鳴を上げ、チドリがすかさずペルソナで迎撃、空中で爆発した火炎がこちらにまで飛んでくる。

 

「まずいな、どうやら重火器をかき集めてきたようだ」

「ロケット弾や携行ミサイル使われたらやばいぞ!」

「私が行こうか? 私のペルソナなら多少は防げるかもしれない」

「死人でペルソナ使いとはいえ、女の子に突撃なんて危ない真似、軍人がさせられるか!」

「自分が行こう。援護してくれ」

「無理だヒトナリ! デモニカでも耐えられないぞ!」

「あ」

 

 仁也が突撃体勢を取ろうとするのをアンソニーが必死に止める中、チドリが何かを思い出してポケットから梵字が刻まれた奇妙な石のような物を取り出す。

 

「前にゲイリンから危険な目にあったらこれを使えと言われてた。危ないから充分距離を取って投げろって」

「なんだこれは」

「おい、エネミーソナーがすげえ反応してるんだが」

「攻撃アイテムのような物だろうか? だがやってみよう。ハヌマーン」

「何か用か、ヒトナリ」

「これをあの中に入るように思いっきり投げてくれ」

「分かった」

 

 仲魔のインド神話の神通力を宿した神猿、幻魔ハヌマーンがその怪力を持って、全力で石をライトニング号のハッチの中へと叩き込む。

 

「何だこれは!」

「石!? いやこれは、うわあああぁぁ!」

 

 直後、凄まじい悲鳴が聞こえたかと思うと、ハッチの中から文字通りこの世の物とも思えない怨嗟の声が響き渡り、重なった悲鳴すらかき消されていく。

 

「なな、何だありゃ………」

「分からない………」

 

 思わずこちらも耳を塞ぐような怨嗟がしばらく続き、エネミーソナーが甲高い警告音を鳴り響かせ、やがてハッチの向こう側が静かになる。

 

「………どうなった?」

「動体反応が無くなったが………」

「死者すら殺す呪詛を込めたとか言ってた。冥界の亡者と瘴気を凝縮させたとか」

「………あの爺さん、とんでもない物持たせやがって」

「ヒトナリ、あのまま入るのは危ない」

「破魔系の魔法持ってる仲魔を集めろ! 清めないと入るのは危険だ!」

「ストックにいたかな………」

「デモニカの防護システム最大! 破魔系魔法発動と同時に突入!」

 

 機動班員達が手持ちから破魔系を使える仲魔を総動員させ、それらを戦闘にライトニング号へと突入していく。

 

「予定通り、二班に分かれてラボと動力炉を停止! 急げ!」

「これ以上ゴスロリロボ量産されてたまるか!」

 

 まだどこか怨嗟が聞こえてくる気がする艦内で、本来の物言わぬ死者となった躯を踏み越え、機動班員達は二手に別れる。

 

「気をつけて、まだ動ける死者が少し残ってる」

「他の戦闘が終わる前に作戦を完了させるんだ!」

 

 チドリの警告に、内外からの挟撃の可能性を示唆して仁也が先頭に立って動力炉へと向かっていく。

 

「こちらライトニング号、敵の再侵入を許しました! 戻ってきてください!」

 

 生き(?)残っていたサマナーが通信機に叫ぶのを合図にしたかのように、ライトニン号内部で、激しい戦闘が開始された。

 

 

 

「二度も侵入を許すとは………」

「諦めろ。母艦を落とされれば、勝機は無い」

 

 ユダが悪態を漏らすのを聞いたアレフは、流れがこちらに傾いてきたと判断、一気に押すべく更なる攻勢に転じる。

 

「く、これは………!」

「終わりだ」

 

 一瞬の隙を付き、アレフはヒノカグツチを袈裟懸けに一閃、デモニカごとユダの体を両断した。

 

「ユダさん!」

「自分の心配をなさい」

 

 実力者のユダがやられた事に動揺した他のサマナー達を、ヒロコが逃さず屠っていこうと槍を振るおうとした時だった。

 

「ふ、ふふふふ………」

「アレフ!」

「これは!」

 

 両断され、石化しながら爆散しかけていたユダの体が、突如として崩れたかと思うと、映像を逆再生するように両断された箇所が繋がっていく。

 

「再生、だと? 馬鹿な………」

「生憎と、死にたくとも死ねないのですよ。もう死んでるという点以上にね」

 

 そう言いながら、完全に再生したユダが、半ばから両断されたデモニカを無造作に脱ぎ捨てる。

 その胸に、奇妙な魔法陣が刻まれている事にアレフとヒロコは同時に気付いた。

 

「術式を埋め込まれているのか」

「その陣、見覚えが有るわ。魂を呪縛する禁忌の呪術よ」

「呪縛、そうかお前は………」

 

 

 

『満月の女王!』

「うわっ……」「くっ!」

 

 ナオミの残った一つだけの管、よりにもよって彼女の最強の召喚魔法で月と魔術の女王、魔王ヘカーテの力を発動、ネミッサとカチーヤは氷壁を構築して防ごうとするが、諸共吹き飛ばされる。

 

「あつつ………カチーヤちゃん無事?」「なんとか………」

 

 体があちこち痛むが、致命傷は防げた事を互いに確認した所で、同時に左右へと跳ぶ。

 先程まで二人がいた場所に一本の矢が突き刺さり、その矢じりにセットされていた爆薬が炸裂する。

 

「悪くない反応するわね」

 

 ライトニング号から持ちだしたのか、軍用のコンパウンドボウ(複合弓)に対装甲目標用のエクスプロージョンアロー(矢じりに爆薬をセットした物)をつがえたナオミが、狙いをカチーヤへと向ける。

 

「このぉ!」

 

 させまいとネミッサがアールズロックを乱射、ナオミは矢をつがえたままの腕で頭部をかばうが、そんな物で防げるわけがなく、体の各所に弾痕が穿たれていく。

 

「蜂の巣ってこれね!」

「待ってください!」

 

 一斉射を終えたネミッサが喝采をあげようとするが、そこでカチーヤが異常に気付いた。

 先程負傷したはずのナオミの足が普通に動いている事と、穿たれた弾痕や吹き飛んだ頭髪の一部が、ゆっくりと録画映像を巻き戻すように戻っていく事に。

 

「亡者なのに再生してる!?」

「そんな、まさか………魂の呪縛!?」

「そう、よく知ってるわね。レイホゥはそんな事まで教えたのかしら」

 

 ナオミは笑みを浮かべつつ、頭皮ごと吹き飛ばされた傷口から顔面に流れだした黒ずんだ血を無造作に拭う。

 拭った後には、すでに傷跡は完全に消えていた。

 

「死者を完全に隷属させ、輪廻転生から逸脱して術者が術を解除するまで偽りの不死を与え使役する。極めて高難易度の禁忌の術です………」

「よく分からないけど、どういうのかは分かったわ。つまり、こいつ誰かに仲魔みたいにされてるわけね?」

「その通りよ。今の私は、自分の意思で戦いを止める事も、輪廻の輪に戻る事も出来ないわ」

 

 自嘲的な笑みを浮かべながら、ナオミは銃撃で破けた衣服の下、胸に刻まれた術式が描かれた魔法陣を見せ付ける。

 

「けど、あの女の身内と戦えるなら、こんな体になったのを喜ぶべきなのかもしれないわね」

「死んでも死ねない体を? マニトゥはそれを嘆いて、ネミッサを生み出したっていうのに」

「そう、そういえば貴方は滅びの歌(ネミッサ)だったわね。私に滅びを与えられるのかしら?」

「魂を呪縛された死者は、術者を倒すしかありません! でも一体誰が………」

「考えるのは後!」

 

 カチーヤがレイホゥから教わっていた対処法を口にするが、ナオミは構わず再度矢を放ち、続けて管を手に取ったのを見たネミッサが叫ぶ。

 

「教えてもらえるかしら、滅びとやらを!」

「それこそがネミッサの本当の役目なんだから!」

「倒せなくても、なんとか封じられれば!」

 

 因縁と宿命、それぞれの理由を持って、両者は再度激突した。

 

 

 

「イシュキック!」『マグダイン!』

「そちらに行くセオリーです!」「OKナギ! アギダイン!」

「突出はしないで! たやすく孤立するわよ!」

「でもあの黒マッチョ!」「ライドウ先輩も師匠も苦戦しているセオリーです!」

 

 援護遊撃班として後方にいたあかりと凪、そして咲が状況不利と見て増援に向かおうとしていたが、周囲はファントムソサエティのサマナー達が呼び出した幽鬼や屍鬼に取り囲まれかけていた。

 

(相手の召喚する仲魔が予想以上に多い。しかもメティスもかなりの数が投入された。さらに呪縛術式で受体した実力者が複数、長引けば長引く程こちらは不利になっていく………)

 

 戦況悪化を肌で感じ取りながら、咲はこちらに向かってくる幽鬼と屍鬼の群れに、レールガンで的確にヘッドショットを叩き込んでいく。

 

『ライドウ、ゲイリン、魂の呪縛なんてやれるのはファントムの中でもそのエセ神父くらいだ! なるべく早くなんとかしてくれ! こっちはしばらく手が空かない!』

『こちらデモニカ機動班! ライトニング号内部で激しい抵抗にあっている!』

『カチーヤ、ネミッサ、あまり無茶はするな! 最悪逃げろ!』

 

 各所から苦戦の報告が届くが、部隊を分散していた事が災いし、互いに援護に行く事もままならない状態となっていた。

 

「ムドラ!」

「避けなさい!」

 

 そこに突如として繰り出された呪殺魔法に、咲は慌てて二人を下げさせる。

 

「あら、意外といい反応するのね、お嬢ちゃん達」

 

 虚空から、光学迷彩を解きながら現れたブラックデモニカ、その口調と手にした傘と棍棒を混ぜたような奇怪な得物に覚えがあった三人は、一気に警戒度を上げた。

 

「あんたあの時の!」

「確か、ミスマヨーネ」

「あら、誰から聞いたのかしら。もっとも覚えててもらう必要は無いわね。ここで彼らのお仲間になってもらうのだから」

 

 そう言うマヨーネの両脇に、従う幽鬼と屍鬼が群れ集う。

 

「そう簡単にはさせません」

 

 あかりと凪に相手させるには強すぎる、と判断した咲が前へと出ると、顔を緊張させた二人も両脇で軽金属大剣と小太刀を構える。

 

「一つ聞きます。貴方も魂を呪縛されてるの?」

「ああ、あれ? あんなのは組織から逸脱しようとした愚か者だけよ」

「それさえ分かれば充分」

 

 つまり倒せば倒せる、という確信を得た咲は攻撃魔法を放つべく、精神を集中させる。

 

「見くびらないで欲しいわね」

 

 マヨーネはそう言いながら得物を開く。

 文字通り傘のように展開した得物の表面に無数のルーンが浮かび上がり、先端部分には青白い光を放つ刃が出現した。

 

「あ、あのウェポンは一体!?」

「きな臭い………ひょっとしてレーザーブレード!」

 

 見たことも無い武器に凪が驚く中、あかりは漂ってくるイオン臭に、前にSFマンガで見た知識を思い出す。

 

「レーザーのブレード? それは?」

「よく斬れるエネルギーの刃って事! 触れたら危ないから!」

 

 首を傾げる凪に思わず怒鳴るように説明してしまったあかりが、しまったという顔をするが、マヨーネがこちらを見た事に背筋を悪寒が走り抜ける。

 

「妙な事に詳しいようね、小さいお嬢ちゃんは!」

「下がりなさい! ジオンガ!」

 

 あかりを危険と判断したのか、そちらに向かおうとしたマヨーネの進路を塞ぐようにした咲が、電撃魔法を繰り出す。

 だがマヨーネは無造作にルーンが浮かんだ傘でそれを受け止めたかと思うと、電撃魔法はそこで阻まれ、四散してしまう。

 

「魔術防壁!?」

「あの船は色々と作れて、便利ですわね」

「それならば!」

 

 凪が腰のホルスターから旧式リボルバーを抜き打ちで速射するが、放たれた弾丸も傘にあっさりと阻まれてしまう。

 

「魔術だけでなく物理もシールドのセオリーですか!?」

「それなら、イシュキック!」『マグダイン!』

 

 あかりが地変魔法で岩石をマヨーネへと降らせ、マヨーネが傘でそれを受け止めてる隙に大剣を横薙ぎに一閃させる。

 

「なってませんわね」

 

 胴体を両断するはずの一閃は、下へと伸縮した傘の柄、それも片手持ちのマヨーネにいともたやすく受け止められる。

 

「10年早いわよ、ジオンガ!」

「きゃあぁ!」

 

 至近距離で放たれた電撃魔法が直撃し、あかりの体が弾き飛ばされる。

 

「あかり!」

「だ、大丈夫!」

 

 凪が思わず駆け寄るが、ペルソナの加護で軽いダメージで済んだあかりはなんとか起き上がる。

 

「あちらの二人はてんで話になりませんわね」

「そうでもないと思いますけど」

 

 咲は火龍剣を抜くと、マヨーネへと斬りかかる。

 

「効かないと分からないのかしら」

 

 わずかに失望した声を出しながら、マヨーネは傘で斬撃を次々と受け止めていく。

 斬撃が当たるたびに、傘の表面に構築されたレーザーシールドが火花を散らし、咲の衣服や肌を焦がす。

 

「危ないよ! そんな攻撃じゃ…」

「いえ、そうでもないセオリーです」

 

 あかりが止めようとするが、ふとある事に気付いた凪があえて手出ししないで傍観に徹する。

 

「そろそろ、決着を付けさせてもらいましょう!」

 

 袈裟切りの一撃を傘を大きく振るって弾いたマヨーネが、体勢の崩れた咲の胴体に向って、レーザーブレードを突き刺す。

 

「咲!」「咲さん!」

 

 凪とあかりが思わず声を上げ、マヨーネが勝利を確信した時、マヨーネの喉を火龍剣が貫いた。

 

「な!?」

 

 確実に心臓を貫いたと思ったマヨーネが、思わぬ反撃に驚愕する。

 そのまま咲は刃を横に振るってマヨーネの首を半ばまで切断した。

 

「なぜ………?」

「レーザー武器は確かに有効な武器よ。けれど、エネルギー消費が激しいから、連続使用の際は定期的に停止させる必要がある。特に、防御に徹している時は」

 

 咲がそう言いながら光が消えたレーザーブレード、エネルギー不足で防具の胸元を焦がすだけに終わったそれを見つめる。

 

「そんな………欠点が………」

「最新の武器を持って浮かれていたのが貴方の敗因」

 

 断言する咲に、マヨーネは茫然とした顔のまま、目から光が消えた。

 

「よく分かりませんでしたが、なぜ弱点が分かったセオリーですか?」

「貴方達が攻撃する度にシールドが発光してたから、いつか限界が来るって分かったの。強力な攻撃程、反応が強くなってたからね」

「それで攻撃のエネルギーが無くなったって事?」

 

 シールドの発光には気付いていたが、今一理解出来ない凪と、かろうじて理解出来たあかりを見つつ、咲はマヨーネが使っていた傘を手に取り、幾つかチェックしてから二人へと手渡す。

 

「しばらくチャージすれば使えるはずよ。念のために持ってて」

「………ださいから要らない」

「かなり便利なウェポンですが? 一応持っておくセオリーです」

 

 にべもない理由で受け取りを拒否したあかりに変わり、凪はそれを受け取るとどうにか畳んで腰から吊るした。

 

「まだ敵は多いわ。油断はしないで」

「了解です」

「OK!」

 

 力強く返答する二人を伴い、咲は苦戦している場所へと救援に向かうべく、駆け出した。

 

 

 

「オルギア発動」「発動」「発動」

「ヤアーーハァ!」

 

 オルギアモードで襲い掛かってくる量産型メティスに、ダンテはためらいなく魔人化を発動、圧倒的な力で文字通り粉砕していく。

 

「なるほど。データは見たけど、これはすごい物だね」

「みんなダンテの旦那から離れろ! 巻き込まれるぞ!」

「なんであの人無駄に派手なんだ!」

 

 オルギアモードの量産型メティスをまとめて破壊するダンテを前に、幾月はなぜか落ちついてその光景を観察し、逆にキョウジの指示に従って啓人達が慌ててダンテから離れていく。

 

「オリジナルを狙います! こちらもオルギア発動許可を!」

「許可するが、無理はするな! 幾月は何か狙っている!」

「ぶっ倒れる前に止めろよ!」

 

 増援に駆けつけたアイギスの求めに応じ、美鶴とキョウジが発動許可を出すと、アイギスはメアリとアリサに目配せし、互いに頷く。

 

「Mリンクシステム、コンバート」

「マグネダイトリアクター、フル出力!」

「パピヨンハート、リミッター解除!」

『オルギア発動!』

 

 三人同時にオルギアを発動させ、高速の動きでオリジナルメティスを目指すが、量産型がその道を阻む。

 

「どいてください!」「アイギスの援護をします」「解ってるって姉さん!」

「ほほう、そちらの二体もオルギアを使えるとは。けど、戦闘用には見えないけどね」

 

 必死の勢いで迫るメイド服姿の三人と、量産型を次々蹴散らしてくるダンテを見ていた幾月の口がふと釣り上がるような笑みを浮かべた。

 

「! 下がれ!」

 

 何かをしでかすつもりだと悟ったキョウジが叫んだ時、幾月は片手を前へと差し出し、コマンドを呟いた。

 

「モードC、発動」

 

 コマンドと同時に手が握られ、幾月の顔が狂気の笑みに歪む。

 直後、量産型メティスの顔を覆っていたマスクが跳ね上がり、目に何かのプログラムが浮かび上がる。

 

「モードC発動」「発動」「発動」

 

 何かの発動を呟きながら、何故か量産型メティス達は手にしたトマホークを投げ捨て、ダンテへと襲いかかる。

 

(何か来やがるな)

 

 警戒しつつ、魔人化したまま、ダンテが手にした三氷根ケルベロスで迎え撃とうとした時だった。

 

「効果範囲確認」

 

 一番手前にいた量産型がそう呟きながら、ダンテの一撃を食らった直後、突然凄まじい爆炎を上げながら、爆発する。

 

「ちっ!」

 

 さすがに避けきれない距離でのまさかの自爆に、ダンテが吹き飛ばされる。

 

「おい、今いきなり爆発したぜ!?」

「まさか………!」

「総員退避だ! あれは、自爆モードだ!」

 

 突然の事に課外活動部メンバー達が騒然とする中、美鶴は顔色を変えながら叫ぶ。

 

「ウソでしょ!? なんでそんなのついてんのよ!」

「本来はついてないはずの機能だ! 幾月の奴、そんな物まで取り付けたのか!」

「まずい、追いつかれる! カエサル!」『ジオダイン!』

 

 無表情のまま、両手を広げて迫ってくる量産型メティス達に、誰もが恐怖しながら逃げ惑うが、明彦が迎え撃とうとペルソナで電撃魔法を放つ。

 だが電撃魔法が直撃したかと思うと、それすらトリガーなのか、予想よりも遥かに大きな爆発が生じ、爆炎と爆風が吹き乱れる。

 

「くっ!」

「真田先輩! こっちへ!」

 

 爆風に思わず両手で顔をガードした明彦を、啓人が何とか助け出す。

 

「攻撃しても爆発すんのか!?」

「距離を取って遠距離から攻撃を!」

「いや、速すぎます!」

「逃げるっきゃない!」

 

 逃げる以外の選択肢が思いつかない中、課外活動部の誰もが全力疾走で距離を取ろうとする。

 

(ヤバイヤバイヤバイヤバイ! どうすれば、あ)

 

 我先に走っていたゆかりだったが、ふとそこで父から渡されていた物を思い出す。

 

(ピンチになったら、押してみてくれ)

(今がそのピンチ!)

 

 ワラにもすがる思いで、ゆかりはポケットから取り出した装置のスイッチを押し込んだ。

 

 

 

「マーカー受信! 座標位置を特定する」

「調整は終わってる………後は、起動さえしてくれれば」

 

 出来れば来てほしくなかった、娘のピンチを知らせる信号に、詠一郎は実体を持たないはずの手が震えている事に気付く。

 

「プログラムは問題無いはずだけど、それ以外の要素はボクにもどうしようも無いからね。運を天に任せるという奴かな」

「死人が天に祈って、果たして効果が有るかどうか」

 

 雅弘がマーカーの位置を入力し終え、自分達が用意していた切り札の入っているポッドを見つめる。

 

「頼む、娘達を助けてくれ」

 

 祈りながら、詠一郎は起動スイッチを入れる。

 僅かな間を持って、封印されていたはずのそれは、目を見開いた。

 程なくして、冥界の空を貫くように、ブルージェット号から一つの影が飛び出していった。

 

 

 

「タナトス!」『メギドラ!』

 

 走りながら、啓人がペルソナの万能魔法で距離を取ろうとするが、突っ込んできた量産型メティスの爆風を消しきれず、弾き飛ばされる。

 

「啓人! 手出せ! 追いつかれっぞ!」

「すまない順平!」

 

 慌てて順平が助け起こし、更に迫ってくる量産型メティスから逃げ出す。

 

「皆は!?」

「バラバラでよく分からねえ! 風花がいてくれたら!」

「あっちで何か派手にやってるけど!」

 

 爆発が連続してる場所、恐らくはダンテがいる場所を指さしつつ、二人はまだ追ってくる量産型メティスから距離を取る。

 

「どうするよ! このままじゃヤベエ!」

「他の人達も手一杯で応援に来れないらしい! オレ達でどうにかするしか」

「どうするってどう…って来たぁ!」

 

 怒鳴り合ってる間に距離が迫った事に、順啓人と順平は無理やり速度を上げる。

 

「攻撃可能距離ギリギリで爆破させるしかない!」

「けど数が多過ぎる!」

「どうにか足止めを…」

 

 逃げるだけでは埒が明かない事は分かっていたが、量産型メティスの自爆影響範囲はかなり広い上にまだ数は多く、反撃に移れないでいた。

 そこへ、彼らの頭上を何かが飛び越えていく。

 

「何だぁ!?」

「人影?」

 

 わずかに見えたそれが、人間型のシルエットをしている事に、啓人は首を傾げた。

 

 

 

「アテナ!」『マハ・ラクカジャ!』

「近寄らせないでください」

「分かっとる! ガン・フォーン!」

「来るなぁ~!」

 

 アイギスが防護魔法を張り巡らした隙に、メアリの指示で仲魔のレプラホーンとアリサが銃撃で近寄ってくる量産型メティスを迎撃する。

 

「来ます!」

「アリサ伏せてください」

「分かってるって!」

 

 銃撃を食らった量産型メティスが自爆するのを、アイギスがペルソナで防護し、メアリとアリサ、そしてレプラホーンがその影に入る。

 かろうじて爆風を防いだ後、彼女達の目の前に焼け焦げたメティスの片腕が落ちてくる。

 

「ひどい事するの」

「くっ………」

 

 レプラホーンの呟きに、アイギスは苦悶の表情を浮かべ、メアリとアリサは思わず互いの手を握り締める。

 

「もう、止めてください! どうしてここまで私達を使い捨てにするのですか!?」

 

 アイギスが晴れていく粉塵の向こうにいる幾月に向って叫ぶ。

 

「どうして? それはそのために造ったからだよ。他に何の意味があると思うんだい?」

 

 予想はしていた、だが聞きたくは無かった幾月の返答に、アイギスは更に表情を曇らせる。

 

「アイギス、私達がいます」「どうにかして、あいつを…」

 

 相次ぐ自爆攻撃の前に、仲魔がレプラホーンだけとなりつつも、メアリとアリサがアイギスを励ます。

 だがそれを、幾月の声が遮った。

 

「気付いてないのかい。どうして君達はそこに留まっていれるのかを」

『!?』

 

 その時になって、爆発でよく分からなかったが課外活動部のメンバー達は量産型メティスに追われて距離を取っており、キョウジやダンテと言った実力者は集中攻撃を食らってその場に釘付けにされていた。

 

「まさか………」

「私の野望を打ち砕いてくれたのはアイギス、君だったからね。破壊されるのを直接見ないと、気が済まないんだよ」

「なんという人なのですか」

「そう簡単に私達がやられるとでも!」

 

 メアリとアリサが憤慨する中、粉塵が晴れていくそこには、残った量産型メティス達を引き連れ、今まで動こうとしなかったオリジナルメティスを先頭に陣形が組まれていた。

 

『!!』

「さて、では復讐の開始としようか」

「行きます、姉さん」

 

 幾月とオリジナルメティスの冷酷な声が響き、メティス達が一斉に動こうとした時だった。

 突如として、巨大なトマホークが両者の間に叩き落とされる。

 轟音と共に落下してきたトマホークは地面へと深々突き刺さり、思わず双方の動きが止まる。

 

「あれは見覚えが?」

「一体あれは………」

 

 双方に戸惑う中、一つの人影がトマホークのそば、都合アイギス達の前になるように降り立つ。

 

「あれは………」「誰!?」

 

 その姿を見たメアリとアリサは同時に驚いた。

 それは水色の髪をポニーテールに結い上げ、なぜかセーラー服をまとった少女だった。

 だがその四肢は明らかに金属で、何より彼女の身の丈を超える巨大なトマホークを、片手で地面から抜くと、肩へと担ぐ。

 新たに現れた機械仕掛けの少女に、驚愕の間が過ぎた後、幾月は自嘲的な笑みを、アイギスは更なる驚きの表情を浮かべる。

 

「まさか、封印されてたはずのお前が出てくるとはね…」

「認識コード確認、対シャドウ特別制圧兵装 五式…」

『ラビリス!』

 

 二人の口から、同時にその少女の名が叫ばれた………

 

 

 混迷を極める冥府の死闘に、新たなる糸が舞い降りる。

 それが紬ぐ物語は、果たして………

 

 



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PART41 OLD NEW FACE(前編)

 

 巨大なトマホークを掲げた機械仕掛の少女、ラビリスは己の前方にいる幾月とメティス達、そして後方にいるアイギスとメアリ・アリサを交互に見る。

 

「………一体これはどういう事なんや?」

「え?」

 

 ラビリスの口から出てきた、流暢な京訛りの関西弁に、思わずアリサが間抜けな声を上げる。

 

「同型機言うには、あまりにそっくりすぎる奴が大勢おるし、幾月博士は生体反応あらへんし、そもそもここ一体どこなんや!」

「冥界です」「俗に言う所のあの世であります」

「あの世!? 何の冗談や! そもそもアンタら誰や! 認識コード出とらんで!」

「彼女達はメアリさんとアリサさん。私の友達です、ラビリス……姉さん」

 

 状況を飲み込めていないラビリスに、アイギスが簡単に説明し、最後に少し考えてから一言を付け足す。

 

「コード確認、あんたがウチの妹機のアイギスやな。一応、あんたと仲間達を助けるようにプログラミングされてきてるで」

「ほほう、プログラムに背いて暴走し、封印された機体が、妹機を助けにね………」

 

 幾月がメティス達を手で制し、ラビリスの様子を観察する。

 

「正直、さっきまで再起動したてでメモリすっきりしとらんかったんやけど、目的地で妹機らしいのが次々自爆してるの感知したら、イヤでも目覚めたわ。そしてその自爆命令出してるらしい顔見知りと、協力して戦ってる妹機らしき奴、どっちゃに味方しはるかわかりきってるやろ?」

「姉さん………」

「それとも一つ、今死んでるようやから言うんやけど、幾月博士、ウチあんたン事昔から嫌いや」

「なるほど、確かに敵対するには充分だろうね」

 

 幾月はそう言いながら、薄ら笑いを浮かべつつ、上げていた手を下ろす。

 それを合図に、メティス達は一斉に動き始めた。

 

「アリアドネ!」『ストリングアーツ!』

 

 予見していたのか、ラビリスが己のペルソナを発動、ギリシア神話でミノタウロスを倒した英雄テセウスを助けた女神・アリアドネが無数の糸で防壁を形成する。

 

「姉さん、私も…」

「何言うとるんや。三人そろうてオーバーヒート気味やないか。冷めるまでの時間位は稼いどくさかい、急ぎ」

「ラビリスさん、何故私達まで助けるのですか?」

「………後で答えるさかい」

 

 自分自身、何故アイギスだけでなくメアリ達を助けるのかは理解出来ぬまま、ラビリスはトマホークを構える。

 

「オルギア発動」「発動」「発動」

 

 ラビリスを完全に敵と認識したのか、メティスの数体がオルギアを発動させ、防壁を強引にぶち破って襲いかかってくる。

 

「せいやぁ!」

 

 ラビリスは身の丈程もあるトマホーク、その刃に内蔵されたブースターを噴射させ、力任せに襲ってきたメティス数体を弾き飛ばした。

 

「さすが選抜テストを生き残った機体だ。再稼働したばかりとは思えない性能だね」

「ウチはもうこないな事しとうなかったんやけどな………」

 

 かつて対シャドウ兵器選抜テストのため、同型機を何体も破壊させられた過去を思い出したラビリスは、苦渋の表情を浮かべる。

 

「また、うちにこないな事やらすんか! おい、あんたら自分の心って物がないんか?」

「姉さん、その呼びかけは無駄であります」

「そこのオリジナル以外はペルソナを呼び出すだけのメンタルしか存在してない様です」

「………ペルソナ呼び出せるようになったら、他の思考は用済みと考えたって事やな」

「戦ってみてても、この子達の行動は何の揺らぎもないよ。機械として反応してるだけ」

 

 自分達に襲いかかろうとするメティス達の瞳に、なんの抑揚も無い機械的な反応しか感じない事でラビリスはアイギス達の言葉が真実と感じ取る。

 

「うちの同型でも、そこまで酷くはなかったで。どうやら、あの幾月博士に言う文句がさらに増えたようやな」

 

 トマホークを握る手に、更なる力が篭もる。

 

(可哀想な妹モドキに、心ある妹をやられてたまるかいな)

 

 だが迷う暇も無く、メティス達は次から次へと襲い掛かってきた。

 

「効果範囲確認」

「!」

 

 間近まで来たメティスの呟きに気付いたラビリスが一気に後ろへと下がった直後、そのメティスが自爆し、爆風が吹き抜ける。

 

「またや! どないなシステム組み込んどるんや! 自己破壊なんてウチらの時は入ってへんはずや!」

「私の中にも入ってません」

「後継機だからね、旧型に入ってない物も色々入っているんだよ」

「そうなん? 性能劣化しとるようにしか見えへんわ」

「それはどうかな?」

 

 幾月がそう言うと、今度はメティスが時間差を置いてラビリスへと襲い掛かってくる。

 

「この!」

 

 最初の一体をトマホークで薙ぎ払うが、その直後に薙ぎ払ったメティスの背後からもう一体が高速で迫る。

 

「させへん!」

 

 とっさにトマホークの柄から片手を離し、拳を発射させたラビリスだったが、それを狙っていたのか別の一体が背後から迫る。

 

「アリアドネ!」『ストリングアーツ・剣!』

 

 ラビリスはペルソナを発動、糸で攻勢された剣が背後から来た一体を吹き飛ばすが、今度は上空から別の一体が迫ってくる。

 

(アカン! 攻撃パターン読まれとる!)

 

 的確に攻撃を誘発し、こちらの隙を創りだそうとしている事にラビリスが驚愕した時、飛来した弾丸が上空の一体を貫く。

 

「冷却率70%………戦闘は可能です、ラビリス姉さん」

「アイギス………」

「もう少しだけお待ちください」

「私達も、すぐ………」

 

 援護射撃してきたアイギスだけでなく、メアリとアリサもなんとか立ち上がろうとしている。

 

(この子ら………)

 

 幾らアイギスの姉妹機とは言え、いきなり乱入してきた自分を信用する二人に、ラビリスは更なる戸惑いを覚える。

 

「アテナ!」『ヒートウェイブ!』

「アリアドネ!」『ストリングアーツ・猛獣!』

 

 姉妹機のペルソナが繰り出す一閃と糸で形成された人身牛頭の一撃が、迫ってきたメティス達を吹き飛ばす。

 

「アリサ、援護は可能ですか?」

「足はまだ冷えきってないけど、撃つ位なら!」

「行きましょう」

 

 メアリが手にしたデューク・サイズを杖代わりになんとか立ち上がり、アリサは隣でESガンを構える。

 

「あんたら………」

「油断は禁物です」

「次来てる!」

 

 ラビリスがまだ満足に動けないメアリとアリサを見た時、襲ってきたメティスを大鎌の一閃とエレメント弾の弾幕が迎撃する。

 

「ラビリス姉さん、メアリさんとアリサさんは戦闘用ではありませんが、頼りになります」

「その様やな」

 

 アイギスに返答しながら、ラビリスは唐突に気付いた。

 他の三人は、自分をすでに仲間だと認識している事に。

 

「旧型に非戦闘用、さてどこまで持つかな?」

「ウチらを舐めるんやないで!」

 

 幾月とメティス達を睨みながら、ラビリスは叫ぶ。

 初めて出来た、仲間と共に戦うために。

 

 

 

「ヤアァハアァァ!!」

 

 気合と共に炎を纏った竜巻が荒れ狂い、爆風を逆に弾き返す。

 

「フウウゥゥ………」

 

 深呼吸と共に魔人化を解いたダンテだったが、さすがに軽傷とは言いかねるダメージを負っていた。

 

「よお無事か」

「まあな、あんたは?」

「仲魔を半分やられた」

 

 片腕から滴り落ちる血を応急処置で止めながら来たキョウジに、ダンテも額から流れてくる血を拭って舌打ちする。

 

「ロボットに自爆装置とはセオリーだが、ここで使ってくるとはな」

「オレ達に集中したのは、他の連中にはよかったかもな。ガキ達は一応無事みてえだ」

「いや、あのメガネのオッサンの前、メイドロボ三人が取り残されてるようだ。一人増えてるけど」

「何だそりゃ。さっき飛んできたのか?」

 

 メティスの自爆攻撃で損傷したのか、エラー表示が幾つか出ているGUMPを確認したキョウジに、ダンテが目をこらそうとした所で、残ったメティス達が立ちはだかってくる。

 

「どうやら邪魔されたくねえみてえだぜ」

「あのオッサン、そういう趣味か。いかにもそういう面してたな」

 

 悪態をつきながら、キョウジとダンテは七支刀とリベリオンを構える。

 

「メイドロボ加虐趣味たぁ、変態が過ぎるぜ!」

「人形遊びの度が過ぎてるぜ!」

 

 負傷した互いをかばいながら、二人の男が大剣を振りかざし、襲ってくるメティスへと向かっていった。

 

 

 

「順平、大丈夫!?」

「な、なんとか………」

 

 追ってきた最後の一体の自爆で吹き飛ばされつつ、多少奇妙な体勢で着地した順平が啓人に手を挙げる。

 

「皆は?」

「ゆかり達はあっち、桐条先輩も一緒だ。真田先輩と荒垣先輩は………」

「ここだ、大分離されたな」

「くそ、幾月さんがあそこまでイカれてたとは………」

「荒垣先輩! ちょっと火付いてる火!」

「砂だ! 水無い時は砂をかけろって消防訓練で聞いたぜ!」

 

 何をどうしたのか、あちこち焦げてる明彦と真次郎に啓人と順平が仰天しつつ、状況を確認する。

 

「まずい、アイギス達が孤立してる!」

「何か一人増えてね?」

「理事長め、今際の際の事根に持ってたか………急ぐぞ!」

「その前に先輩は治療を! ゆかり早く来てくれ!」

 

 窮地を逃れた特別課外活動部メンバー達が、再度集結してアイギス達の救援へと向かおうとする。

 だがそこへ、新たなメティスの一群が立ち塞がった。

 

「オルギア発動」「発動」「発動」

「くっ、タナトス!」「トリスメギストス!」

 

 次々とオルギアを発動させるメティス達に、こちらもペルソナを発動させてそれに対抗する。

 

「一人じゃ押し込まれるぞ! 複数で持ちこたえろ!」

「つっても…横から来たぁ~!」

「カエサル!」『ジオダイン!』

「カストール!」『ヒートウェイブ!』

 

 美鶴が駆け寄りながら叫んだ所に、順平を狙ってきた別のメティスを明彦と真次郎がかろうじてペルソナで弾き飛ばす。

 

「急げゆかり!」

「はい! ってこっちにも来てる!」

「アルテミシア!」『ブフダイン!』

 

 向ってきたメティスに美鶴は氷結魔法を放つが、オルギアの加速で避けられ、トマホークを振りかざした所にゆかりが放った矢が直撃して体勢を崩す。

 

「先輩早く!」

「円陣を組め! オルギアが切れるまで防御に徹する!」

 

 啓人が手招きする中、美鶴は叫びながらある違和感を感じていた。

 

「明彦」

「ああ、何か変だ」

 

 互いに背後を預ける形になった二人が、互いに違和感を感じてる事を確認する。

 

「何がすか先輩!」

「さっきまで自爆してまでこちらを殺そうとしていた連中が、なぜ自爆を止めた?」

『あ!?』

 

 明彦の言葉に、順平とゆかりが同時に声を上げる。

 

「多分、時間稼ぎ」

「だろうな」

 

 その事に気付いていた啓人の呟きに、美鶴も頷く。

 

「恨みを持って死んだ者は、それに執着する悪霊になる。怪談にはありがちだが、どうやら事実のようだな」

「じゃあ、理事長の狙いは!」

「死因はお父様との銃撃戦だが、起因となったアイギスの破壊こそが最大目標………!」

「アイギス!」

 

 思わず啓人が叫びながら、召喚器のトリガーを三連射。

 

『インフィニティ・ヴォイド!』

 

 タナトス・トランペッター・セトの三体のペルソナを同時召喚、メティス達を取り囲むように三角形を形成し、中央に出現した漆黒のホールから吹き出した闇が、メティス達を飲み込んでいく。

 

「暗黒属性攻撃、危険度大…」

 

 言葉の途中で、啓人の必殺ミックスレイドを食らったメティスの一体が闇に完全に侵食され、機能を停止。

 別の二体も大きくダメージを受け、オルギアモードが強制遮断、フリーズ状態へと陥る。

 

「そこだ!」

「はあっ!」

 

 そこに飛び出した美鶴と明彦がメティスの胸の中央、アイギス同様、エネルギーコアがある部分をレイピアとナックルで貫き、完全に停止させる。

 

「や、やった!」

「三体倒すだけでこんなに………」

 

 順平が喝采を上げるが、ゆかりはむしろどっと疲労感を感じていた。

 

「急ごう!」

 

 チューインソウルを口に突っ込みつつ、啓人は我先にアイギスの元へと向かい、皆もそれに続く。

 自分達が倒したメティスの残骸を通りすぎようとした時、ふと美鶴の目に大きく破損したメティスの胸部内にある部品が見える。

 

(黄昏の羽根、に何か別の部品が…)

 

 召喚器にも使われている黄昏の羽根の入っていたらしいカプセルの隣に淡く光る何かを見た美鶴が、それをどこかで見た気がした所で、倒したはずのメティスの手が僅かに動く。

 

(!? 思い出した! 確か業魔殿で!)

「明彦! 荒垣!」

「どうした美鶴?」

「おい、あれ…」

 

 叫びながら振り返った美鶴が、手にしたレイピアで再度立ち上がろうとしたメティスの胸を貫く。

 

「複合コア型だ! 内部を完全に破壊しろ!」

「カエサル!」『ソニックパンチ!』

「カストール!」『デスバウンド!』

 

 美鶴が動きを止めてる間に、明彦と真次郎のペルソナが今度こそメティスのエネルギーコアを完全に破壊した。

 

「美鶴先輩!?」

「いいから行け! 殿は引き受ける!」

 

 振り返ろうとしたゆかりを止まらないように叫びながら、美鶴はペルソナを発動させて周囲をアナライズする。

 

「2、いや3体か。こちらに向かってきている。先程気付いたが、こいつらは黄昏の羽根の小片に、メアリ達と同じマグネタイトリアクターを併設しているようだ。これが量産化の秘密という訳か………」

「理事長の奴、どこでそんな事を覚えたんだ?」

「似たような事やってた奴見つけたんだろ」

 

 向かってくるメティス達を足止めするべく、明彦がファイティングポーズを取り、真次郎が斧を構える。

 

「量産型のペルソナが不完全だったのもこれで納得出来る。起動エネルギーに使えても、ペルソナ発動には足らなかったのだろう」

「一体ずつ、落ち着いて対処すれば怖くない、と言う事か」

「三人がかりでな」

 

 完全にフォーメーションを組んで向かってくるメティス達に、三人は狙いを先頭の一体に定め、構える。

 

「父の仇討ちは、彼らに任すとしよう」

「こっちが終わったら、絶対殴りに行くぞオレは」

「オレの分も残しとけアキ」

 

 もっとも長く幾月と関わりを持ち、私怨もある三人だが感情よりも任務を優先させ、メティス達へと相対した。

 

 

 

「ぐふっ……!」

「姉さん!」

 

 大小二つのトマホークがかち合い、質量的に上と思われたはずの大きいトマホークを構えたラビリスが弾き飛ばされる。

 

「な、なんちゅうパワーや………」

「邪魔です、ラビリス姉さん」

 

 アイギス同様、ラビリスを姉と呼ぶが、まったく感情の篭っていないオリジナルメティスの声に、ラビリスはスペック以外の違いを感じ、僅かに嫌悪感と恐怖を覚える。

 

「ウチやアイギスも、こうしたかったんか? 幾月博士」

「君達に望む物はもう何もないよ。メティスは君達のデータから更に戦闘に特化させた、究極の完成品だからね」

「コピーぎょうさん作っておいて、何が完成品や!」

「そっちは戦力増強も兼ねた、まあテストモデルと言った所だよ。数を出さないと戦力として使いにくいのが難点だけどね」

「アテナ!」『ヒートウェイブ!』「そこです」「発射!」

 

 オリジナルメティスとラビリスが死闘を繰り広げる背後では、アイギス、メアリ、アリサの三人掛かりで向かってきた量産型メティスの一体をなんとか倒していた。

 

「こちらはなんとか終わりました!」「加勢致します」「次弾装填するまで待って!」

 

 ラビリスがオリジナルメティスを相手している間に、多少のダメージ覚悟で量産型メティス一体ずつに集中攻撃をかける事で撃破しいていったが、ラビリスは明らかにオリジナルメティスに押されていた。

 

「破壊目標三体増加、戦闘に支障無し」

「言ってくれるわ!」「攻撃致します」

 

 淡々と告げるオリジナルメティスに、右からラビリスのトマホークが左からメアリのデューク・サイズが迫る。

 巨大な斧と鎌の同時攻撃に、オリジナルメティスはその場を動かず、トマホークの一撃をトマホークで、サイズの一撃を何と素手で柄を掴んで止める。

 

「な、片手やて!?」「これは……」

 

 さすがに絶句する二人だったが、動きが止まったのを逃さず、アイギスとアリサが同時に銃口を向ける。

 両手の指のマシンガンと両腕にセットされたアームガンから弾丸とエレメント弾が同時に斉射、弾幕でオリジナルメティスを狙う。

 

「プシュケイ」『ギガンフィスト!』

 

 両手が塞がったままオリジナルメティスはペルソナを発動、繰り出された拳が弾丸を軒並み弾き飛ばした。

 

「小口径弾速射、効果少………」

「ウソでしょ!?」

「オルギア発動」

「…しもた!?」「くっ!」

 

 弾幕を難なく無効化した事に驚く間に、オリジナルメティスはオルギアを発動、片手ずつでラビリスとメアリを投げ飛ばす。

 

「このぉ!」「姉さん!」

 

 ラビリスはなんとか空中で体勢を立て直し、メアリはアリサがなんとか受け止める。

 

「冗談キツイで………四人がかりでこれや?」

「出力が違い過ぎます。私や姉さんの倍近くはあるのでは?」

「あり得ません。アイギスさんの修理の際、ボディサイズの強度上、それ以上の出力は各所に問題が発生するとヴィクトル様より承ってます」

「………それって、継続使用すれば、だよね? 何かで、最初から短期使用目的で、壊れた所を片っ端から交換しながら使うってネタを読んだ事が………」

 

 アリサの言葉に、四人の表情が同時に強張る。

 

「幾月博士、アンタ、まさか………」

「大丈夫だよ、君達を壊す間位には持つように造ってある。もっとも君達がラボを半分破壊してくれたので、予備パーツが少なくなってしまったがね」

「……ラビリス、貴方はそれでいいのですか?」

「私は対デビルバスター用人型殲滅兵器。ただそれだけ」

 

 ペルソナを使うために人間性を持たされた自分達とは真逆、使い捨ての兵器として造られ、兵器としてのみのパーソナリティを持つメティスに、ラビリスとアイギスのみならず、メアリとアリサも沈痛な表情をする。

 

「そう、思い通りにはさせません」

「その案には賛成や」

「お手伝い致します」

「私も!」

 

 四人はメティスを止めるべく、一致団結して相対する。

 

「さて、もうじき邪魔も入りそうだしね。一気に決めた方がいいだろう」

「了解」

 

 幾月がちらりとこちらに向かってくるペルソナ使い達や残った量産型メティスを次々倒していくダンテとキョウジを確認、オリジナルメティスがトマホークを大きく旋回させてから構える。

 

(…ラビリス姉さん)

(!? これは、秘匿回線? 使うのは初めてや)

(私もです。メティスを、救えるかもしれない方法が一つだけあります)

 

 いきなりアイギスから送られてきた通信に、ラビリスは驚きながらも送られてきたデータを確認する。

 

(こんなん、本当にやるつもりなん?)

(スペック差がこれだけある以上、破壊による機能停止は困難です。ましてや、幾月理事長はオリジナルも自爆させる可能性もあり得ます)

(それはそうやろが…!)

 

 秘匿回線で通信の結論を出す間も無く、オリジナルメティスがトマホークを振りかざし、ラビリスは己のトマホーク、その柄に内蔵されたブースターを噴射させてそれを受け止める。

 

「やったるわ!」

 

 それは先程の秘匿回線への返答だと気付かないオリジナルメティスが、鍔迫り合いに押し勝つべく、更に力を込めてくる。

 

「まだ出力上がるんか!?」

「ご助勢します」

 

 大型トマホーク+ブースター噴射というハイパワーな一撃を、押し込もうとしてくるオリジナルメティスにラビリスは驚愕するが、そこにメアリがデューク・サイズを振り上げ、二人がかりでオリジナルメティスのトマホークを受け止め、弾き返そうとする。

 

「オルギア発動」

 

 それに対し、オリジナルメティスはオルギアを連続発動、逆に力づくで二人の得物を押し込んでいく。

 

「そないな事したら…!」

 

 ラビリスのセンサーが、オリジナルメティスの各所のダメージが明らかに危険域に達しつつあるのを感知、自壊行為とも取れる戦闘に、改めて相手の異様さを思い知る。

 

「アテナ!」『ヒートウェイブ!』

「食らえっ!」

 

 そこにアイギスとアリサの攻撃が叩き込まれ、オリジナルメティスは後方に跳んで距離を取ったかと思うと、攻撃を回避した直後に再度跳び込んでくる。

 

「させへん!」

 

 ラビリスは右拳を前へと突き出したかと思うと、その拳が射出される。

 オリジナルメティスが射出された拳を無造作にトマホークで弾こうとするが、チェーンの付いた拳が開き、逆にトマホークを掴み取る。

 

「かかったで! アリアドネ!」『ストリングアーツ!』

 

 チェーンを一気に引き寄せながら、ラビリスはペルソナを発動。

 オリジナルメティスはトマホークを手放そうとするが、繰り出された糸がその前に左手に絡みつき、動きを封じる。

 

「足を止めさせてもらいます」

 

 そこへメアリが体を旋回させながら、オリジナルメティスの足目掛けてデュークサイズを薙ぎ払う。

 だが直前、突如として生じた爆風が周辺にいた者達を吹き飛ばした。

 

「「姉さん!」」

 

 訳が分からぬまま吹き飛ばされた二人を、それぞれの妹達がかろうじて受け止める。

 

「助かったで…」

「今の爆発は一体?」

 

 ダメージを追いながらも、状況を確かめようとした四人は、同時に何が起きたかを悟る。

 

「左腕部緊急爆破、拘束破壊」

 

 オリジナルメティスの左腕、それが文字通り吹き飛んでいた。

 片腕を犠牲にする事で、強引に拘束を脱出したオリジナルメティスだったが、無論自身もただではすまない。

 各所が破損し、オイルが流れ出し、象徴とも言える蝶を模した仮面は半分以上失われ、そこから無表情な瞳が、四人を見据えていた。

 

「こんな戦闘プログラム知らんで!」

「自身の破壊は私達にとって禁則事項です! なのに!」

 

 自分達の後継機とは思えない、異常な戦い方にラビリスとアイギスは憤慨する。

 

「壊れたら交換すればいいだけだからね。君達を壊した後で。メティス、まだいけるかい」

「はい」

 

 幾月はずっと笑みを浮かべたまま、ただ状況を確認するようにメティスに問いかけ、オリジナルメティスも淡々とそれに答える。

 

「これ以上の戦闘は、修復可能レベルを超える可能性があります」

「自殺行為よ! 止めさせて!」

 

 メアリとアリサも叫ぶ中、オリジナルメティスは片手のまま、トマホークを構えて突撃してくる。

 

「プシュケイ」『ブレイブザッパー!』

「アリアドネ!」『ストリングアーツ・猛獣!』

「アテナ!」『アカシャアーツ!』

 

 オリジナルメティスの放つペルソナ攻撃に、ラビリスとアイギスもペルソナで対抗する。

 三体のペルソナがせめぎ合い、エネルギーの余波が周辺に吹き荒れる。

 構わずオリジナルメティスが片手でトマホークを振りかざし、ラビリスも爆発で右拳が吹き飛ばされ、こちらも片手でトマホークを振りかざし、大小二つのトマホークが激突する。

 

(あかん! 片手同士でも向こうの方が上や!)

 

 ブースターを噴射させてなんとか押し切ろうとするラビリスだったが、それでもオリジナルメティスのトマホークがじわじわと押し込んでくる。

 

「そのままでお願い致します」

 

 そこへメアリが飛び上がりながら、デュークサイズのグリップを回し、鎌から斧へと変形、ジャッジメントトマホークを大上段から振り下ろし、オリジナルメティスのトマホーク、その柄へと叩きつける。

 ラビリスとのせめぎ合いをしていたオリジナルメティスのトマホークは、逆方向から叩きつけられた攻撃にとうとう限界が来たのか、柄からへし折れ、刃がラビリスのトマホークに弾き飛ばされて旋回しながら、地面へと突き刺さる。

 

「やった…」

 

 援護射撃の体勢のままアリサが喝采をあげようとするが、喝采は最後まで上げられなかった。

 ラビリスの胴を貫いた、トマホークの柄を見た事によって。

 

「かっ、は………」

「ラビリス姉さん!」

 

 その場に崩れ落ちるラビリスに、アイギスが駆け寄ろうとするが、オリジナルメティスが素手で追撃を掛けようとしているのに気付き、とっさに弾幕を張ってガードする。

 

「大丈夫ですか!?」

「あいつ、なんて事を!」

 

 アイギスがガードしている間、メアリとアリサが駆け寄り、ラビリスの状態を確認する。

 

「だ、大丈夫や………かろうじて心臓部は外れとる………」

 

 貫かれた場所が致命傷を外れている事、正確には詠一郎が修理の際、僅かに部品の位置を変えていた場所だという事を確認したラビリスだったが、さすがに損傷は軽くなかった。

 

「おかしいな、ちゃんと急所を狙うようにプログラミングしておいたはずだけど」

「ツイてたようや、運も実力の内って事やね」

「それはどうかな」

 

 首を傾げた幾月が、何か意味ありげな表情をした瞬間、ある可能性に気付いたメアリが無造作にラビリスに刺さっていた柄を引き抜く。

 

「伏せてくださいアリサ」

「姉さん!?」

 

 姉の忠告に従い、思わずラビリスをかばいながら伏せたアリサだったが、メアリが柄を投げ捨てた直後、柄が爆発を起こす。

 

「メアリさん!」

 

 爆発に思わずアイギスが振り返った時、爆炎を避けきれなかったメアリがその場に崩れ落ちる。

 

「姉さん!」

「大丈夫、です………」

 

 体の各所からマグネダイトが流れ出し、半擱坐状態になりながらも、最低源の機能は維持しながらメアリは妹に返答する。

 

「これで残るは二人かな?」

「あなたは………!」

 

 アイギスが幾月を睨みつけようとするが、そこにオリジナルメティスが襲い掛かってくる。

 その手が振り下ろされようとした時、一本の矢が振り下ろされようとした手を弾いた。

 

 



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PART42 OLD NEW FACE(後編)

「何勝手な事言ってんのよ!」

「わりぃ、ちょっと遅れちまった!」

「負傷者は下がらせて!」

 

 ようやく辿り着いたゆかり、順平、そして啓人が、アイギスの左右へと並んだ。

 

「なんや、あんたら? いきなり現れて」

「あんたらって、こっちのセリフだぜ。さっき空飛んできたの、あんただろ」

「彼らは特別課外活動部、私の仲間です」

「この人はラビリスさん。アイギスさんのお姉さんです」

 

 互いの事をアイギスとメアリが紹介するが、武器を幾月に向けたまま疑惑の表情を向ける。

 

「仲間? 人間達のか? アイギスこいつらは本当に大丈夫なんか?」

「ヒッドイ! このお姉さん人間不信なのアイギス!」

「当たり前や! あ、あんたあたしを起動させた研究員の娘やな。親父さんに感謝して自分の幸運にも感謝するんやな。アイギスおらんかったら助けになんぞ来てへんで」

「シスコンかよアンタ」

 

 互いに言い争いになりかけた時に、啓人が負傷していたアイギス達の真正面へと庇う様に立った。

 

「なんであっても、今のオレ達は互いに守るべき仲間だ。ラビリス、貴方も含めて」

「……ありがとうございます啓人さん」

 

 彼の言葉とアイギスの返答に、順平とゆかりは思い直したのか、同じように前へ進み出て啓人の左右に同じようにアイギス達を庇う様に並ぶ。

 

「初対面の相手に随分な信頼するんやな」

 

 それでも不信感を拭い切れないラビリスに、啓人は一瞬だけ振り返り笑みを浮かべる。

 

「貴方はアイギス達を、俺らの仲間を守ろうとした。理由はそれだけで充分です」

 

 それを受けたラビリスは完全に意表を付けかれた表情を特別課外活動部の面々にむけるが、すでにその言葉に従った二人はラビリスに暴言を吐く事をせず幾月とメティスに視線を集中させていた。

 

「あんたら………」

 

(友達に人間の仲間、アイギスあんたはウチが持てなかった物を手に入れる事できたんやな)

「信じようよ、ラビリス。ここにいる仲間達を」

 

 先程の啓人と同じように自分に笑みを向けるアリサに、ラビリスも小さく笑みを浮かべる。

 損傷している己の体に、何時の間にか力が湧いてくるのを感じていた。

 

「与太話は終わったようだね。さてどうなるかな?」

「どうもこうも、あの時私達裏切ってくれた分、お礼参りって奴させてもらうだけ!」

「そうだそうだ! 二度と化けて出れないようにしてやる!」

「………」

 

 増援が来たにも関わらず、慌てる様子もない幾月に、ゆかりと順平は息巻く中、啓人は不信感を覚えていた。

 

(メティスのオリジナルとかいうの、すでにボロボロだ………けど、まだこっちより強いのか?)

 

 片手と武器を失い、目に見えて損傷しているオリジナルメティスに、啓人は警戒しつつ、召喚器をいつでも使えるように構える。

 

「啓人さん」

 

 そこに、アイギスが小声で声を掛けてくる。

 

「確実か不明ですが、彼女を説得出来るかもしれません」

「どうやって?」

「八雲さんから教えてもらった方法があります。しかし、そのためには彼女の動きを止めなくてはいけません」

「………やってみるよ。ゆかり、順平」

「マジ?」「キツいぜそれ………」

 

 小声でその事を二人に伝えた啓人だったが、さすがに二人とも顔を険しくする。

 

「何の相談かな、作戦タイムはそこまでにっしてもらおうか」

「プシュケイ」『ギガンフィスト!』

「タナトス!」『五月雨斬り!』

 

 幾月の声を合図にしたのか、オリジナルメティスがペルソナを発動、啓人も己のペルソナで迎え撃つ。

 

「くっ、やっぱこいつ強い………!」

「トリスメギストス」『アギダイン!』

「イシス!」『ガルダイン!』

 

 押されそうになる啓人を、順平とゆかりがそれぞれ火炎魔法と疾風魔法を放って援護、だがオリジナルメティスはそれを避けようともしない。

 放たれた双方の攻撃魔法が直撃、火炎と疾風が吹き荒れるが、オリジナルメティスは平然とその場に立ち続けていた。

 

「直撃だぜ!?」「ウソでしょ!?」

「これも死んだ後から教えてもらった手でね。いささか手間暇がかかるが、魔法耐性を付加させてみたんだ。量産型にまでは無理だったけどね」

「なら、直接攻撃だぜ!」

「このっ!」

 

 順平が両手剣を振り回し、ゆかりが胴体部を直接矢で狙撃する。

 

「オルギア発動」

 

 オリジナルメティスはオルギアモードを発動させ、体を急加速させて飛来した矢を片手で払い落とし、両手剣の斬撃を鍔元へと潜り込む事で間合いを外し、そのまま順平を体当たりで吹き飛ばした。

 

「うわっ!」

「順平!」

 

 体格差とは裏腹に、機械仕掛けの高速体当たりに順平の体がまともに吹き飛ばされ、地面へと叩きつけられる。

 思わずゆかりが叫んだ直後、今度はオリジナルメティスはゆかりへと向ってきた。

 

「タナトス!」『メギドラ!』

 

 オリジナルメティスがゆかりに襲いかかる前に、啓人がペルソナで万能魔法を発動、オリジナルメティスは驚異的な速度で魔法の効果範囲から飛び退った。

 

「何て奴………アイギスよりはるかに強くて速い………」

「順平! 生きてる!?」

「い、痛えけどなんとか………」

 

 かなりのダメージなのに、それでもなお驚異的な戦闘力を図るオリジナルメティスに、三人は驚愕する。

 

「待ちぃや………そぞろその子、各部の過負荷が限界突破するで………」

「少しで構いません………動きを止めてください………」

 

 離れた場所で戦闘を見ていたラビリスが、オルギアの使い過ぎを指摘、メアリもそれを認識、八雲から渡されていた物を密かに準備する。

 

「ラビリスさん、これを」

「ん?」

 

 メアリから、接続用ケーブルを差し出されたラビリスが、少し迷ってからそれを受け取り、自分のメンテナンス用コネクタに接続、見るとアリサも同様の事をしていた。

 

「ウチの稼働時間は短いし、いい思い出ないんやけど、いいんか?」

「構いません。貴方は私達を仲間だと認識してくれました」

「それで充分」

(アイギス、こっちの準備は出来たで)

(分かりました、姉さん)

 

 秘匿回線で準備完了を送りつつ、傷ついた機械仕掛けの乙女達は、その時を待った。

 

(アイギス達はこちらを信用して待っている………けど、どうやって動きを止めればいい? 正面からじゃとてもダメ、増援もしばらくは無理だ………)

 

 遠くから聞こえてくる、こちらに向かおうとしている者達と量産型との戦闘音を聞きつつ、啓人は必死になって考える。

 考えをまとめる暇も無く、オリジナルメティスが片腕を振り上げて襲いかかり、啓人は剣でそれをなんとか受け止める。

 

(重い! そう何発も受け止められない!)

 

 一見細身の体から繰り出されたと思えない一撃に、剣を通して啓人の両腕から肩まで衝撃が突き抜ける。

 

(素の戦闘力だけでもアイギス以上だ! 近接戦はまずい!)

 

 繰り出される隻腕の連撃をかろうじてさばき、避けながら啓人はなんとか距離を取ろうとする。

 

「伏せて!」

 

 背後からゆかりの声が聞こえたが、上段から襲ってくるオリジナルメティスの一撃に、それは不可能だと直感。

 

(やられる!?)

 

 何度も攻撃を剣で受け止めたせいで、すでに両手がしびれてその一撃を受け止められないと直感した啓人は、それでもなんとか止めようと剣を頭上にかざした時だった。

 足がもつれ、その場で後ろに転倒、直後にゆかりが放った矢がオリジナルメティスの頭部に命中するが、仮面を弾いただけで終わる。

 それでも相手の注意は引けたらしく、オリジナルメティスは一度下がって距離を取った。

 

「大丈夫か!」

「な、なんとか………」(偶然転んでなかったら、危なかった………)

 

 順平に助け起こされ、全身から冷や汗が吹き出す中、啓人はなんとか立ち上がる。

 

「馬鹿強ぇ………新型後継機っつっても、限度があるだろうが!」

「文句はあと! また来る!」

 

 順平が悪態をつく中、オリジナルメティスの再度の攻撃に備えてゆかりは矢をつがえる。

 

(動きを止める、動きを………ん?)

 

 啓人も召喚器を構えようとした所で、ふとオリジナルメティスの腕から僅かに白煙が上がっている事に気付く。

 よくよく見れば腕だけでなく、足や体からも、僅かに煙が漂い始めていた。

 

(まるでオルギアが切れた時のアイギス………いやもっと酷い? 考えてみれば、あれだけのダメージであんなに動いたら!)

「ゆかり、順平! なるべく派手に攻撃するんだ!」

「けど、あいつに魔法は!」

「何でもいいから!」

「知らねえぞ! トリスメギストス!」『ギガンフィスト!』

「イシス!」『マハガルダイン!』

 

 順平とゆかりのペルソナの攻撃を、オリジナルメティスは逆に前へと出る事で回避する。

 

「タナトス!」『ジーザス・ペイン(神の刻印)!』

 

 啓人がありったけの力を集中させ、タナトスが無数の剣を虚空に具現化させていく。

 

「行けっ!」

「オルギア発動」

 

 無数の剣がオリジナルメティスに襲いかかり、オリジナルメティスがオルギアモードで回避しようとした瞬間、剣は突然起動を変化、地面へと次々突き刺さり、地面を粉砕していく。

 

「何を…」「あっ!」

 

 啓人の意図を測りかねた順平だったが、ゆかりはオルギアモードのパワーで逆に粉砕された地面に足を取られたオリジナルメティスの姿を捉えていた。

 

「今だ!」

「はい!」

『HUCK YOU!』

 

 啓人の号令と同時に、アイギスがメアリから差し出された用意していた物、パイルがセットされた巨大なライフルのような物を動きが止まったオリジナルメティスに突きつけ、その胴体にパイルを打ち込む。

 その奇妙な武器、八雲が前に作り上げた悪魔強制退去プログラム入力用レーザーデバイス《ストームブリンガー》を更にカスタムさせた物から伸びたコードは、それを掲げる四人の人口乙女達に接続されていた。

 

「UPDATE!」

 

 本来なら悪魔退去プログラムを入力するはずが、代わりに別のデータがオリジナルメティスへと入力されていく。

 何かが入力されたオリジナルメティスは、その場で激しく痙攣を始め、突き刺さったパイルを引き抜こうとするが、それすら出来なくなり、その全身から力が抜けて完全に擱坐した。

 

「はて、機能停止する前に自爆するようにプログラムしておいたはずなんだが………何をしたのかな?」

「彼女に、私達自身の人格データを入力しました」

「上手くいくかどうかは分かりません………けど、これで彼女は貴方の人形では無くなりました」

「ほう、そんな手がね~」

「余裕ぶっこいてるのもそこまでだぜオッサン!」

「前にやられた分、きっちり返させてもらうわよ!」

「それはどうかな?」

 

 オリジナルメティスが敗れたにも関わらず、不敵な表情を崩さない幾月に、順平とゆかりは前のお返しをするべく構えるが、幾月は懐から巨大な拳銃を抜き放つ。

 

「げっ!?」「何あれ!」

「すぐに分かるよ」

 

 二人が仰天する中、幾月はトリガーを引いた。

 巨大な拳銃から、銃弾ではなく噴煙を上げる何かが飛来し、慌てて左右に避けた順平とゆかりがいた場所に命中、爆発する。

 

「これは!」「あかん! それ銃やない! マイクロミサイルランチャーや!」

 

 飛来した物が小型のミサイルだった事に気付いたアイギスとラビリスが、同時にその正体に気付く。

 

「さて、やっぱり狙いを付けないとダメか」

「ロックされたらおしまいです!」

「姉さんこっちへ!」

 

 幾月がランチャーの銃口をこちらに向けてきたのに気付いたアリサが、メアリを抱えて逃げようとするが、トリガーが引かれる方が早かった。

 

「迎撃します!」

 

 アイギスが弾幕で迎撃を試み、かろうじて手前で発射された小型ミサイルを撃破する。

 が、その爆炎を突っ切り、二発目がメアリとアリサを狙う。

 

「間に合わへ…」

 

 撃墜不可能とラビリスが判断しかけた時、突然一本の大剣が旋風と共に飛来し、小型ミサイルを凄まじい旋風で巻き上げ、上空で爆発させる。

 

「何や今の………」

「どうやら、いい所だったみてえだな」

「全く、ずいぶんと混んでたがな」

 

 ラビリスが唖然とする中、弧を描いて戻ってきた大剣・リベリオンを受け取ったダンテが呟き、隣のキョウジも応じるようにぼやく。

 

「あんたの人形は、全部片付いたみたいだぜ。ピグマリオンコンプレックス(人形フェチ)の旦那」

「ゴスロリロボに自爆攻撃たぁ、悪趣味が過ぎるんじゃねえか? トラウマになったらどうしてくれるよ?」

 

 両者とも押し寄せる量産型メティスの攻撃をどう振り切ったのか、全身ボロボロだったが、戦意は全く衰えていない。

 

「すまない、遅れた!」

「何ださっきの爆発は!」

「オレの分は残ってんだろうな?」

 

 さらにそこへ美鶴、明彦、真次郎が駆けつける。

 こちらもひどくボロボロだったが、むしろ幾月にすさまじいまでの殺気を向けている。

 

「悪いですが、手加減は出来ませんよ」

「する必要は無い。ここまでやった分の責任は取ってもらう」

 

 啓人と美鶴が先頭になり、特別課外活動部のペルソナ使い達が幾月を取り囲む。

 

「悪趣味が過ぎるぜ、ミスター」

「全くだ。悪いが同情の余地はねえな」

 

 ダンテとキョウジが、逃げ場を塞ぐように左右へと別れて得物を構える。

 そんな状況でもなお、幾月は妙な余裕を漂わせていた。

 

「おいおっさん、状況分かってんのか?」

「もう死んでるから、おかしくなってんじゃない?」

「それは、そうかもしれないね。けど、こういう事くらいは出来るよ」

 

 順平とゆかりがいぶかしむ中、幾月はいきなりランチャーを上へと向けると、残ったミサイルを全て上空へと発射させる。

 

「何!?」

「危ない! 避けい!」

 

 明彦のみならず、誰もが思わず上を見ようとするが、そこにラビリスの声が響き渡る。

 上空へと発射された複数の小型ミサイルは、突如として反転、こちらへと向ってきた。

 

「おわああぁ!」

「アルテミシア!」『マハブフーラ!』

「避けろ!」

「くそったれ!」

 

 自分達へと向かってくる小型ミサイルに、ある者は悲鳴を上げ、ある者は迎撃を試み、ある者は回避に専念する。

 

「さあて…!?」

「てぃやっ!」

 

 そんな中、逆に幾月へと一気に近寄る事で回避した啓人が、意を決して白刃を幾月へと振り下ろす。

 肩口への直撃する斬撃に、啓人自身も決着を予感した。

 だがその斬撃は、予想外の硬い手応えに阻まれ、更に乾いた音と共に止まる。

 

「あれ………?」

 

 思わず間抜けな声を出した啓人だったが、何も持ってないはずの幾月の左手から煙のような物が上がっている事、そして自分の腹から血が滲んでいる事に気付き、ゆっくりとその場に倒れ伏す。

 

「啓人!」「不破!」「啓人さん!」

 

 小型ミサイルを何とか回避した仲間達が、口々に啓人を呼ぶ。

 だが返事は無く、啓人が倒れ伏した地面に赤い染みが広がりつつあった。

 

「てめえ………!」

 

 予想外の事にダンテが幾月を睨みつけながら、リベリオンを一気に横薙ぎする。

 その一撃を幾月は今まで見せなかった高速の動きで後ろへと下がってかわすが、余波だけで幾月の衣服が引き千切れる。

 その下から現れた金属の光沢に、誰もが絶句するしかなかった。

 

「さ、サイボーグ!?」

「幾月………貴様そこまで落ちたか!」

 

 幾月の正体に順平が思わず唖然とし、美鶴は激高した。

 今まで誰も気付いてなかったが、幾月の体が改造されている事、そして啓人に放たれたのが手にしこまれた銃だと気付いた仲間達が慌てて啓人へと駆け寄る。

 

「しっかりしろ不破!」

「ゆかり回復を!」

「は、はい!」

 

 仲間達が啓人の救援を行う中、幾月は顔に更なる笑みを浮かべる。

 

「死んでるって事は意外といい事だよ、何せ、何をしてもこれ以上死なないんだからね」

「サイボーグゾンビか、さすがに初めて見たな」

「いいサンプルがたまたま見つかったんでね。参考にさせてもらったんだよ」

「とことん悪趣味だな、あんた!」

 

 自慢気に鋼の体を見せつける幾月に、さすがに顔をしかめつつ、キョウジとダンテが左右から同時に襲いかかろうとする。

 だが幾月は避けようともせず、右手を啓人とその周辺にいるペルソナ使い達へと向け、突然手首が外れたかと思うとそこからグレネード弾が発射された。

 

「な…」

「ちいっ!」

 

 予想外の事にキョウジの手が止まり、ダンテは斬撃をそのままに剣の投射へと変更、グレネード弾をかろうじて弾くが、爆風が一部ペルソナ使い達へと振りかかる。

 

「くあっ!?」

「熱い!」

「大丈夫か!?」

 

 弾道が逸れた事とペルソナの加護で致命傷に遠いが、それでもダメージを受けたペルソナ使い達はその場に膝をつき、互いのダメージを確認する。

 

「そうだ、不破!」

「啓人さん! 啓人さん!」

「だい……丈夫………」

 

 思わず抱きしめるように啓人をかばったアイギスだったが、呟きとは裏腹に啓人の顔からは血の気が引いていた。

 

「正直、不破君が最初に引っかかってくれて助かったよ。彼のペルソナ能力はいささか厄介だったからね」

「てめえ!」

「幾月、貴様………!」

 

 そう言いながら哄笑する幾月に、その場にいる誰もが激高する。

 皆が最早多少のダメージ覚悟で、幾月に一斉攻撃をかけようかとした時だった。

 鈍い音が響き渡る。

 まるでヒューズでも飛んだような音に、僅かに皆の動きが止まり、そして思わず音源を探す。

 

「あ、アイギス?」「おい、煙出てんぞ………」

 

 その音源、アイギスの両耳部分にある冷却ファンから白煙が立ち上っていたが、それはすぐに消える。

 そっと啓人を地面へと降ろしたアイギスがゆっくりと幾月の方へと振り向く。

 その顔はまるで本当の人形のように無表情だった。

 ただ人形と違う点が一つだけあった。

 顔は完全に無表情にも関わらず、アイギスから凄まじいまでの殺気が放たれている事に。

 

「ペイシェンス・ヒューズの断線を確認。戦闘モードを自動変更、全リミッターを解除、専用武装使用を判断」

 

 淡々とまるで機会音声のように告げながら、アイギスが幾月へと対峙する。

 それを聞いていたアリサの顔色が青くなっていった。

 

「待ってアイギス! そのモードだけは発動させちゃダメ!! それはジョークのつもりで組んだモードだから!」

「!? オルギア以外にも何かあるのか?」

 

 いつもと全く様子の違うアイギスと、アリサの言葉に美鶴は疑問を感じるが、アリサはあからさまに焦っていた。

 

「それだけは、JOJOモードだけは!」

 

 必死に制止するアリサの言葉も聞こえていないのか、アイギスは幾月の前へと立つと、突然その右手がパージされる。

 

「JOJOモード起動、右腕をマシンガンアームからリボルビングナックルへとチェンジ」

 

 アイギスのメイド服のスカートが翻り、そこからリボルバー拳銃のようなシリンダーの付いた、文字通りの鉄拳が飛び出してパージされたアイギスの右手へとセットされる。

 

「はは、近接戦闘かな? だがアイギス、この体には下手な魔法攻撃も物理攻撃も効か…」

 

 幾月の言葉を最後まで聞かず、アイギスの姿が掻き消える。

 

「え…」

 

 自分の体のダメージすら度外視した、オルギアモード以上の高速で幾月の目前に瞬時で迫ったアイギスは、鉄拳を幾月へと向ける。

 

「ファイア」

 

 短い言葉と共に、シリンダーにハンマーが落とされ、内蔵された薬莢が着火、爆風が弾丸の代わりに拳を打ち出し、幾月の胴体に叩き込まれる。

 立て続けに六発、銃声のような音が響き、それと同じだけの拳が幾月へと叩き込まれた。

 

「がっ………だが、この程度」

 

 死人故に痛みは感じないが、ダメージの感触はある幾月が鉄拳をかざすアイギスを見て笑みを浮かべる。

 

「そのモードはオルギアよりも負荷がかかってないかな? 君こそ自分で自分を破壊してるじゃないか」

「これは、私の意思です。貴方は、私を生まれて初めて怒らせました。リボルビングシリンダーからガトリングシリンダーにチェンジ、保有全弾装填」

「へ?」

 

 嘲笑する幾月に、アイギスが無表情のまま返答しつつ右腕からシリンダーが排出され、代わりにスカートから長い弾帯付きのシリンダーがセットされた。

 

「ま…」

「フルファイア」

 

 相手に言葉も継がせず、雷鳴のような連射の音が周辺に轟き、それと同じ数の鉄拳が幾月へと叩き込まれていく。

 一発一発は威力こそ弱いが、マシンガンのフルオート並みの鉄拳が、最早急所も何も関係なく、幾月の体全てへと次々と叩きこまれていく。

 

「あ、アイギス?」

「おい、それはさすがに…」

「ォォォォォ………」

 

 すさまじいまでの拳の連射に、仲間達も思わず声を掛けようとした時、それが響いてきた。

 

「オオオオォォォラアアァァァ、オラオララオラオラオラオラ!!」

 

 それは、仲間も、当人自身ですら初めて聞く、アイギスの咆哮だった。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」

 

 姉妹を、友達を、仲間を、そして何よりも大切な人を傷付けられ、あざ笑われたアイギスは、今、生まれて初めて、切れていた。

 

「な、何やあのモード!? ウチが寝てる間にどないな仕様変更があったん!?」

「モーションシミュレーションの一つとして組まれた目標再起不能用完全撲滅プログラム、通称JOJOモードです」

「シミュレートだけで、起動するはずなかったんだけど………」

「アイギスさん自身が、必要と判断したのでしょう」

「………ウチも後で入れといた方いいんやろか」

 

 豹変と言ってもいい状態のアイギスにラビリスが驚愕するが、メアリとアリサがなるべく淡々と状況を説明する。

 その間もなお、銃声と咆哮と共に、拳は叩きこまれていた。

 

「な……にお…」

 

 幾月は必死に左手の仕込み銃をアイギスに向けようとするが、その銃口に撃ち込まれた打撃があらぬ角度へと銃口を変形させ、続いて幾月が右手のグレネードを発射させようとするが外した筈の右手首を拳によって無理やり戻され、さらに連続で撃ち込まれる拳で砲口に右手首が無理やり押し込まれ完全に塞がれる。

 

「この、不良品が!!」

 

 さらにまだ見せてなかった眼球に仕込んだレーザーを準備しようとするが、顔面へと降り注ぐ拳が頭を次々とあらぬ方向へと踊らせて、狙いが定まらぬ内にエラーを起こし発射不能となる。

 

「ひ………やめ……」

 

 なおも銃声と共に拳は叩きこまれ続け、肉と金属を叩き続ける鈍い音に混じり、かすかに幾月の悲鳴のような物が聞こえた気がしたが、構わずアイギスは鉄拳を叩き込み続ける。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオオオオオオラララララララララァァァァァ!!!!」

「ふ、やれば出来るじゃねえか」

「まあ、切れたくもなるだろうが………」

 

 一片の容赦無く、幾月に鉄拳を叩き込み続けるアイギスに、ダンテは笑い、キョウジは呆れ果てる。

 

「オラオララオラオラオオォォォォラアアァァァ!!」

 

 一際大きな咆哮と共に、最後の一発が叩き込まれ、連射のし過ぎで赤熱化した右手がパージされ、地面に落ちて焦げた匂いを漂わせる。

 

「ひょんな………ほんなの………知らな………」

 

 殴られ過ぎ、もうサイボーグどころかスクラップと原型を留めない肉の塊のオブジェと化しつつあった幾月だったが、続けてアイギスの左手もパージされた事に動きが完全に凍りつく。

 

ガデスブレス(女神の吐息)、セット」

 

 再度アイギスのスカートが翻り、そこからアイギスの身の丈よりも巨大な鉄拳が飛び出して左手へとセットされた。

 

「い、今どこから出したん!?」

 

 もっともな疑問を思わず叫んだラビリスだったが、その答えを知っていそうなメアリとアリサは同時に左右の方向へと顔を背ける。

 

「脚部アンカー固定、ペルソナ発動による姿勢制御体勢、ガデスブレス点火」

 

 アイギスの両足から固定用のアンカーが地面へと撃ち込まれ、更にペルソナがその背を支えるように発動すると、巨大な鉄拳、ガデスブレスの後部にセットされているロケットエンジンに火が灯り、轟音が響く。

 

「出力上昇、40、45、50…」

 

 言葉通り、ロケットエンジンの出力が上がると同時に噴煙が勢い良く吐き出され、周囲に吹き荒ぶ。

 

「アイギスの後方から退避!」

「ロケットパンチにしてもデカすぎんじゃねえ!?」

「アイギス本気!?」

「なかなかイカすな、それ」

 

 炎と熱風、それらに煽られた砂石が舞い散り、全員が慌てて回避する。

 アイギス自身吹き飛ばされそうになるのを、アンカーとペルソナで強引に抑えこみ、更にロケットエンジンの出力が上がっていく。

 

「に、にんひょうふぜいが…」

「人形? こんなロックな人形がいるわけないだろ、ミスター?」

 

 幾月が思わず呟いた言葉を、飛び交う砂石も構わず見ていたダンテが笑って返す。

 

「80、85、90、95…」

「ひ、あ………」

 

 目に涙を溜め、幾月がボロボロの体のまま後ずさり、逃げようとするがすでにそれは遅かった。

 

「最大出力確認、私全て(全戦力)、差し上げます!」

「や…」

女神の口づけ(キス オブ ジ ガデス)!!」

 

 凄まじい噴煙と共に、巨大な鉄拳は発射され、逃げようとした幾月へ命中、そのままの状態で巨大な鉄拳は幾月を捉えたまま弧を描いて加速しながら上昇していく。

 

「いああああぁぁぁぁぁぁぁ………」

 

 轟音にか細い幾月の悲鳴が混じりながら、巨大な鉄拳は加速し続け、やがて幾月諸共冥界の空の向こうへと消える。

 

 幾月修司・改(故) 乙女の鉄拳制裁により、再起不能(リタイヤ)

 

「ありゃ完全に再起不能だな」

「これ以上化けて出る気もないだろ、地獄はあっちでいいのか分からんが」

 

 幾月が完全に見えなくなった事を確認したダンテとキョウジは、完全に脅威は無くなったと判断して向き直る。

 そこでは、全身から白煙を上げながら、アイギスが擱坐する所だった。

 

「やばいぜこれは………!」

「誰か冷やせ! オレの仲魔じゃ強力過ぎる!」

「アルテミシア!」『ブフーラ!』

「そっちはどうなった!」

「い、今全力で回復してる!」

「まず傷を塞げ! 血を止めてから回復させろ!」

「ダメだ、出血が止まらない!」

「ちっ、こいつは………」

 

 ゆかりが回復魔法をかけながら、明彦が持参した医療品で応急処置を試みていたが、啓人の様態は悪化する一方だった。

 ダンテの目には、啓人の弾痕に宿る瘴気が見えていた。

 

「あの野郎、魔弾なんて込めてやがったのか…どけ!」

「何を…」

「呪詛だ、まずこいつを消さないとやべえぞ」

 

 そう言いながら、ダンテはいきなりアグニの剣を抜き放ち、啓人の傷口へと当てる。

 

「ちょっ…」

「死ぬなよ」

 

 言うや否や、アグニから小さな炎がほとばしり、啓人の体が大きく跳ね上がる。

 

「何してんの!」

「呪詛を焼き払った! すぐに治せ!」

「使え!」

 

 突然の事にペルソナ使い達が驚く中、ダンテは回復を命じ、キョウジがとっておきのソーマを投げ渡す。

 

「イシス!」『ディアラハン!』

 

 ソーマが啓人へと注がれ、さらにゆかりがありったけの力で回復魔法を掛ける。

 回復魔法の光が啓人を覆い、やがて消える頃には、幾分顔色が良くなった啓人の姿があった。

 

「や、やった…………」

「これならもう大丈夫だろう、そっちは?」

「まだ冷却中だ! しっかりしろアイギス!」

「システムが幾つかダウンしとるが、メインは無事や!」

「ラビリスさん、貴方も無理に動かない方が………」

「姉さんも!」

 

 負傷者を皆が救護する中、真次郎が斧を肩に担ぎながら、今だ激戦が続いているライトニング号を見る。

 

「幾月さ…幾月の野郎を張り倒せなかった分、他の連中を張り倒してくるか」

「待てシンジ、オレも行こう」

「ゆかりと伊織は残って負傷者と安全圏まで退避だ」

「ま、待った! チドリが向こうにいる! オレも行く!」

「ちょっと! 私一人じゃ…」

「安心しな、オレが運んでやる。こいつに乗せな」

 

 皆が我も我もとライトニング号に向かおうとする中、ゆかりとダンテが残る。

 ダンテが無造作に魔具を放ると、それが巨大な魔犬・ケルベロスの姿に変化し、ゆかりは思わず仰天する。

 

「じゃあ悪いが頼むぜ、ダンテの旦那」

「おう。いいライブ見させてもらった分はきっちりお代払わせてもらうぜ」

「いやまあ、すごいの見ちゃったけど………」

 

 冷却が終わり、スリープ状態のアイギスをダンテと共にケルベロスの背に乗せつつ、ゆかりは思わず苦笑する。

 

「皆………」

「寝てろ啓人、オレらがお前の分までやってくっから」

「すまない………」

 

 同じくケルベロスの背に乗せられていく啓人が、順平の言葉に詫びを入れながら、目を閉じる。

 

「じゃあ行くか」

『おお!』

 

 キョウジが先頭に立ち、戦列に残ったペルソナ使い達は声を上げた。

 更なる戦場に向かうために。

 

 

 激闘の果てに、一つの終止符が打たれた。

 だがそれは混迷の一つが終わっただけに過ぎない。

 なおも続く激闘の果てに待つ物は、果たして………

 



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PART43 LATE END

 

 轟音と共に冥界の空に飛んで行く何かに、対峙していた二人の意識が僅かにそれるが、一瞬で両者は再び得物を構え直す。

 

「あっちは決着ついたみてえだな」

「ふん、元からあまり期待はしてなかったが、予想以上に詰まらん最後だ」

「一応聞いとくが、地獄はあっちでいいのか?」

「確かな」

 

 ナイフを構えたままの八雲に、拳を構えるフィネガンが吐き捨てる。

 

「こちらも、そろそろケリを付けるとするか」

「そうしたいのは山々なんだがな………」

 

 フィネガンの挑発とも取れる言葉に、八雲は賛同しつつも、ちらりと横を見る。

 

「満月の女王!」

「アブソリュート・ゼロ!」

 

 強大な月の魔力と周辺を凍てつかせる絶対零度の凍気が、正面からぶつかり合う。

 ナオミの放った魔法とネミッサinカチーヤの魔法の激突は周辺を穿ち、凍結粉砕してから収まる。

 

「ふ、ふふふ………」

「はあ、はあ………」

 

 幾度と無く魔術をぶつけあった双方は、すでに魔力の限界に達していた。

 

「思ったよりも粘るわね、黒き魔女」

「そっちもね、おばさん。ネミッサさん、そろそろ………」

 

 限界に達したのか、膝をついたカチーヤの中からネミッサが飛び出し、慌てて支えてやる。

 

「どうやら、そっちの子は魔力切れのようね」

「…カチーヤちゃん」「大丈夫です」

 

 ほくそ笑むナオミに、ネミッサは心配そうに声をかけるが、カチーヤは即座に立ち上がって構える。

 だが、隠し切れない程にカチーヤの呼吸は乱れ、額には大粒の汗が浮かんでいた。

 

(ヤバい、デカイの連発し過ぎた! 魔力よりも、カチーヤちゃんの体が持たない!)

 

 ネミッサが内部で調整していたとはいえ、生身の人間が扱うには強大過ぎる魔力を連続使用せざるを得ない状態に、カチーヤは限界を迎えつつあった。

 

(まずい! どうしたら………)

 

 ネミッサは焦りながら、ちらりと視線を八雲の方に向けるが、八雲はフィネガンと死闘の真っ最中で、とてもこちらに手助け出来る状況ではなく、周囲のどこも戦闘中で、助けを求められる状態ではなかった。

 

「さて、あっちはフィネガンに譲るとして、こっちはどちらからにしましょうか」

「ふ~ん、こっちはまだ奥の手ってのが残ってるとしたら?」

 

 銃口をこちらに向けるナオミに、ネミッサはカチーヤを庇うように前へと出る。

 

「そんなのがあるなら、すぐに使う事ね。ここの住人になる前に!」

 

 ネミッサの額に狙いをつけ、ナオミはトリガーを引こうとしたが、そこにネミッサが何かを投じてくる。

 直後に投じられたそれ、特性スタングレネードが閃光を発した。

 

「くっ!」

 

 元々対アンデッド用に造られた特性スタングレネードの閃光に照らされ、ナオミは思わず両手で顔を隠す。

 

(聖別済みの閃光弾、これが奥の手?)

 

 下級のアンデッドなら簡単に浄化出来るが、魂を呪縛されているナオミには確かにダメージは与えられるが、致命傷とは到底言えないネミッサの行動に、ナオミは疑問符を浮かべる。

 閃光が晴れ、ようやく視界を取り戻したナオミだったが、そこで驚くべき光景を目にする。

 カチーヤを抱え、一目散に逃げ出しているネミッサの姿に。

 

「………………なるほど、奥の手ね」

 

 ネミッサの狙いが、逃げ出す事に有ったという事に気付いたナオミが、引きつった笑みを浮かべた。

 

「無駄な事を。まとめて吹き飛ばしてあげるわ」

 

 笑みを深く、冷徹な物へと変貌させながら、ナオミは管を掲げ、ありったけの魔力を注ぎこむ。

 

「死になさ…」

「ガオオォォ!」

 

 管を発動させようとした直前、背後から八雲のサポートに徹していたはずのケルベロスが管を奪い取り、ネミッサ達とは真逆の方向に走り出す。

 

「どこまでも無駄な事を。「満月の女王!」」

「RETURN!」

 

 構わずナオミは管を発動させるが、八雲がとっさにケルベロスをGUMPに帰還、管は何も無い所に巨大なクレーターを穿つ。

 

「甘い」

 

 八雲が僅かにGUMPを操作した隙を逃さず、フィネガンのコンビネーションパンチが八雲の右頬、鳩尾、アゴへと連続して叩きこまれ、半ば吹っ飛びながら八雲の体が地面へと倒れ伏す。

 

「がはっ………」

「相変わらず甘さを捨てきれんようだな」

 

 血反吐を吐いた八雲を睥睨しながら、フィネガンはトドメを刺すべく、銃口を八雲へと向けた。

 トリガーが引かれるよりも早く、八雲はフィネガンの顔面に向って何かを吐きつける。

 

(歯?)

 

 とっさに片手で防いだフィネガンだったが、それがやけに軽い手応えしかない事に失望する。

 

「往生際の悪い…」

 

 今度こそトドメを刺そうとした時、突然眩い光がフィネガンを照らし出す。

 

「くっ…」

 

 突然発光したのが先程八雲が吐きつけた折れた歯だとフィネガンが気付く間もなく、その一瞬を逃さず、八雲は跳ね起きてフィネガンの胸に深々とナイフを突き刺していた。

 

「忘れたのか? こっちの奥歯は昔あんたに折られてんだよ。さっきと同じコンビネーションでな」

「そうか、そうだったな………だが、この程度では」

 

 生者なら致命傷だが、すでに死者であるフィネガンはほくそ笑みながら、己の胸に突き刺さっているナイフに手をかける。

 だが、突き刺さったナイフに手をかけた瞬間、ナイフから電撃が走り、フィネガンの体が硬直する。

 

「!?」

「スタンナイフ、死人といえど肉体がある奴には効くみてえだな」

「動きを封じた所で、死者は殺せんぞ」

「そうだな」

 

 硬直状態に陥った二人だったが、それを逃さずフィネガンの仲魔の崩れ落ち弛緩した肉体を持つヒンドゥー教有数の幽鬼 ヴェータラ、中に無数の生け贄を封じた人身御供人形の悪霊 ウィッカーマン、無数の仮面を持って見る者と同じ姿を見せる外道 シャドウが八雲へと襲いかかろうとする。

 

「ちっ…!」

 

 八雲は舌打ちしながらナイフから手を放し、飛び退って攻撃をかわし、そのまま地面を転がって距離を取る。

 

「残念だったな、千載一遇のチャンスを無駄にして」

「いや、そうでもないさ」

 

 動くようになってきた体の具合を確かめたフィネガンだったが、そこで八雲がGUMPを素早く取り出すのに気付いた。

 

「残り少ない仲魔を呼び出すか。だが、遅い!」

「そうでもないさ」

 

 八雲はGUMPを展開、用意しておいたとっておきのソフトを起動させる。

 トドメを刺そうとしたフィネガンが、自分の手から響くエラー音に気付き、動きが止まる。

 

「システムエラーだと? なぜ…貴様!」

 

 そこでフィネガンは自分のメリケンサック型COMPに無線端子が付けられている事に気付いた。

 それが、先程SHOCK状態の隙に付けられたという事にも。

 

「オレの元の本業も忘れちまったようだな、フィネガン」

 

 八雲の指が高速の動きでGUMPのキーボードをタイプ、フィネガンのCOMPの中のプログラムを書き換えていく。

 フィネガンは慌てて無線端子を自分のCOMPから取り外そうとするが、なんらかの細工が施されているのか、全く外れようとしない。その間にも八雲の指はGUMPをタイピングし続ける。

 

「止めろぉ!」

「誰が」

 

 フィネガンが怒声と共に銃口を向けるが、八雲の指がエンターキーを押す方が早かった。

 八雲の顔面目掛けて放たれた銃弾は、他でもないフィネガンの仲魔達が盾になって阻まれる。

 

「まさか、召喚プログラムを!」

「書き換えんのは得意だからな」

 

 八雲が笑みを浮かべると、他でもないフィネガンの仲魔は主だったはずのフィネガンへと襲いかかる。

 

「舐めるなぁ!」

 

 フィネガンは向かってきたヴェータラを一撃で殴り飛ばし、ウィッカーマンを蹴りを叩き込んで動きを止め、シャドウに拳銃を速射して行動不能にする。

 

「デビルサマナーが、己の仲魔に遅れを取るとでも思っていたか!」

「思ってねえよ、特にお前にはな」

 

 襲いかかってきた仲魔達を一蹴したフィネガンだったが、そこで仲魔が急に大人しくなる。

 

「なるほど、やはり完全な主の書き換えは不可能か」

「書き換えはな」

 

 八雲の奥の手も大した事無かった、とフィネガンが思ったその時、その首筋に何かが食らいつく。

 

「な………」

「食い尽くせ」

「ガルルルル!」

 

 フィネガンが己の仲魔と戦っている僅かな隙に、再召喚したケルベロスがフィネガンの背後からその首筋に深々と牙を突き立てる。

 

「この程度で…!」

 

 生者ならば決着となる一撃だったが、死者であるフィネガンは突き刺さった牙に手をかけると、尋常ではない腕力でそれを引き抜こうとする。

 

「グ、グルルルル…」

「獣風情に、やられるとでも」

「思ってねえよ」

 

 ケルベロスに気を取られてる間に、八雲が一気に駆け寄り、フィネガンの顔面と心臓の真上にそれぞれ手を掛ける。

 八雲の袖口から、トラッパーガンの銃口が覗いている事にフィネガンは敗北を悟る。

 

「そんな物を今の今まで隠してたとはな」

「オレはあんたみたいに腕っ節に自信があるわけじゃないからな。いいから今度はちゃんと永眠してくれ」

「そうしよう」

 

 フィネガンが笑みを浮かべた瞬間、ケルベロスが飛び退り、八雲の袖口の銃口からゼロ距離でコロナシェルが発射、フィネガンの脳髄と心臓を吹き飛ばした。

 砕け散ったサングラスが地面にこぼれ落ち、続けて力を失ったフィネガンの体が、今度こそ本当の死体となって崩れ落ちた。

 

「あちいっ! くっそ、だから使いたくなかったんだ!」

 

 八雲は悪態をつきながら余熱の残るトラッパーガンを外して地面へと落とす。

 

「なるほどね、フィネガンが言ってた油断ならないデビルサマナーってのは貴方の事なのね」

 

 背後から響いてきたナオミの声に、八雲はドキリとしながらゆっくりと振り返る。

 

「あんたの首を持って、あの二人の後を追うのも面白そうね」

「そこまで悪趣味だって話は聞いた事ないんだが」

「生前はね」

(………やべ、逃げそこねた)

 

 ナオミのターゲットが自分に移行した事に、八雲は内心冷や汗をダダ流しにする。

 

(仲魔は半分以上やられてる、カチーヤとネミッサが逃げ出したのはいいが、オレがやられたら洒落にならねえよな)

「どうする? 貴方も逃げる? さっきと同じ手は食わないわよ」

 

 こっそりフィネガンの死体からスタンナイフを引き抜き、スタングレネードを用意していた八雲に、ナオミが釘を刺す。

 

「グルルルル………」

「やれるかケルベロス」

「ダイジョウブ、マダカジレル」

(こいつの傷も浅くない、手持ちの得物はほとんど使っちまった、相手は殺る気満々、詰んだか?)

 

 考えれば考える程八方塞がりな状況に、八雲は内心どころでなく冷や汗が出始める。

 

(魂が呪縛されてる以上、術式的に不死身。解呪か封印か術者を倒すか………どれも無理だ。誰かが術者を倒すまで、持たせられるか?)

 

 残った装備を脳内で確認しつつ、八雲は先程の攻撃でバッテリーが半分以上失われたスタンナイフを構える。

 ケルベロスも跳びかかる体勢を取り、ナオミは黒い微笑を浮かべながら管を構えた時だった。

 突然飛来した光球が、ナオミの周囲を飛び交い、管の発動を妨害する。

 

「これは、さっきの…!」

「ネミッサ!」

 

 八雲が声をかけると、光球は八雲の隣に飛来し、ネミッサの姿になった。

 

「カチーヤは?」

「向こうに隠れた。トロいけどなんとか大丈夫」

「そのまま隠しとけ」

 

 ネミッサが告げた言葉に、ある暗号が隠されている事に八雲は気付き、ナオミに気づかれないように返答する。

 

「詰まらない手ね。隠れても周囲一体、吹き飛ばせば済む事よ」

 

 ナオミが拾った管を手に、八雲達へとにじり寄る。

 

「やる事が荒過ぎる、な!」

 

 八雲が片手にスタンナイフを構えたまま、もう片方でソーコムピストルを素早く抜く。

 銃弾程度ではダメージにすらならない体のナオミは僅かに警戒したが、そこで八雲は全く予想外の事をした。

 

「!?」

 

 突然自分の顔面へと向って投げつけられた拳銃に、ナオミの動きが止まる。

 思わず手で跳ね除けようとするが、装弾済みでセーフティーが外されていたソーコムピストルは跳ね除けられたショックで暴発する。

 耳元をかすめた銃弾と至近距離の銃声に、ナオミは片手で耳を抑えこむ。

 

「この…」

 

 悪態が口を出かけた所で、自分の足元にスタングレネードが転がってきた事に、ナオミはもう片方の手で慌てて目を覆う。

 程なく閃光が辺りを覆い、そして晴れる。

 

「次から次…」

 

 最早狙いも付けずに管を発動させようとしたナオミだったが、そこで喉を何かが貫き、言葉が詰まる。

 

「悪いな、まともに戦ったらオレなんかじゃ絶対勝てねえってのは分かってるからな」

「元からまともに戦った事ないじゃん」

 

 閃光に紛れ、ナオミの左右に回った八雲とネミッサが、それぞれナオミの喉と右手をナイフとカドゥケウスで貫いていた。

 

「死人でも、開封の呪文か印が無いと発動出来ない、違うか?」

「………!」

 

 八雲の告げる言葉に、ナオミは何かを叫ぼうとするが、喉を貫いたナイフが邪魔で言葉にはならない。

 代わりに、開いていた左手でナイフの柄を八雲の手ごと掴むと、強引に引き抜き始める。

 

「ちっ…!」

「………な、めな………い……で」

 

 黒ずんだ血を吐き出しながら、ナオミが憤怒の表情で八雲の顔を睨みつける。

 

「やれケルベロス!」

「ゴガアアァァァ!」

 

 地面に伏せて前足で両目を塞いでいたケルベロスが、八雲の号令と同時に業火を吐き出し、八雲の片腕ごとナオミを業火に包む。

 

「八雲!?」

「ちぃ、この!」

 

 業火に包まれながらも、なおも手を離さないナオミに八雲はスタンナイフの残ったバッテリーをフルで放電。

 

「ぐあっ!」

 

 自らも感電しながら、強引にナオミの手を振りほどいた八雲だったが、地面にそのまま尻もちをつく。

 

「効かないと………分からないの………」

 

 業火に包まれながらも、その体が再生していくナオミが、炎越しに八雲を睨みつける。

 

「ああ、効かないだろうな。オレ達の攻撃は」

 

 重度の火傷を追った片手が力なく下がる中、八雲はなぜか笑みを浮かべた。

 

「今だ!」

「OK!」

 

 八雲の号令と同時にネミッサはカドゥケウスをナオミの腕から引き抜くと、ナオミの前の地面へと突き刺す。

 ナオミが突然の事に疑問に思うが、後ろから響いてきた音に振り向くと、そこにカチーヤの空碧双月が突き刺さっている。

 

「テンショウジョウ チショウジョウ ナイゲショウジョウ…」

 

 柏手の音と共に気配を消して近寄っていたカチーヤの詠唱が始まり、体が呪縛された事に、ナオミは驚く。

 

「貴女、隠れたはずじゃ…」

「隠すにトロイ、ハッカー流の隠語さ。クラシックな術使う奴には分からなかったろうが」

 

 八雲の言葉に、ナオミが彼の捨て身の戦い方が、全てこのための時間稼ぎだとようやく悟った。

 

「封印術、これを用意させていたの! だけど!」

 

 前後の槍を楔とした封印が完全発動する前に、ナオミはまだ再生しきっていない体を強引に動かし、抜け出そうとする。

 

「どうしてそこまでするの? 貴女はもう、生の道を終えていると言うのに」

 

 ネミッサが、先程までとは違う憐憫の目でナオミを見る。

 

「眠っていた私の魂は、強引に目覚めさせられ、呪縛され、戦わされている。ならば、せめて生前の恨みを晴らそうとする事の何が悪い!」

「そう、そうよね。ならば、せめて………」

 

 憤怒と憎悪の瞳でナオミはネミッサを睨みつけるが、ネミッサは悲しそうな瞳で頷くと、口を開く。

 その口から、歌が紡がれ始める。

 カチーヤの詠唱とネミッサの歌が合わさり、その場に奏でられていく。

 二人の合唱が響く中、封印から逃れようとしていたナオミの顔が、徐々に穏やかな物になっていく。

 

「これは………そうか、貴女は………」

「そいつはネミッサ、永劫に終焉をもたらす、滅びの歌だ」

「そう………滅びが………」

 

 ナオミの顔から、完全に険が落ちていき、やがてカチーヤとネミッサの合唱も佳境を迎える。

 

「サオシカノ ヤツノオンミミヲ フリタテテキコシメセトモウス! 封!」

 

 最後の祝詞と共に二度柏手が鳴らされ、楔となっていた二本の槍が閃光を発する。

 そして光の晴れた後には、おだやかな顔のまま彫像と化したナオミがその場に佇んでいた。

 

「うまく、行きました………」

「カチーヤちゃん!」

 

 残った力を振り絞ったカチーヤが、術が終わると同時にその場に倒れそうになり、ネミッサが慌てて駆け寄って支えてやる。

 

「は、何とかなった…ぐはっ………」

 

 八雲も安堵した所で、咳き込んだかと思うと血混じりの痰というか痰混じりの血を吐き出す。

 

「ちょ、八雲も!」

「腕一本に骨数本、内臓も少しばかりやったな………あの二人相手に、これだけで済めば上々だ…がふっ」

「わあっ! 宝玉! いやソーマ!」

「そこまでじゃねえよ、多分内臓には刺さってない」

 

 再度吐血した八雲に、ネミッサがカチーヤを肩に担ぎながら駆け寄って残った回復アイテムを引っ掻き回す。

 

「くそ、だがしばらくはまともに動けねえな………他の連中は大丈夫か?」

「いいから、二人共回復!」

「すいません、ネミッサさん………」

 

 回復アイテムを使用しながら、三人は周辺を警戒する。

 

「そろそろ、他もケリが付く所か………」

 

 

 

「なにするんや~!! この天才Dr.スリルを縛り上げよって!」

「クソ、手間取らせやがって………」

「急に動きが悪くなったな」

 

 有時用に借りていたデモニカ用サバイバルツールから取り出した特殊ロープでやけに顔面部分の中央が盛り上がった黒いデモニカの中年男性=造魔を研究していたマッドサイエンティスト・Dr.スリルをふん縛った修二だったが、小次郎は急に弱くなった量産型メティスの残骸を訝しんでいた。

 

「くそ、幾月の奴、しくじりよったな!」

「それってさっきロケットパンチで飛んでったおっさんか?」

「COMPに反応してたから、死人だな。ほっておいていいだろう。お前には聞きたい事が山程ある」

「ひっ!?」

 

 瘴気遮断用デモニカの上からだが、小次郎に白刃を突きつけられ、Dr.スリルが悲鳴を上げる。

 

「瘴気遮断用装甲のデモニカか、面白い物を着てやがんな」

「数あればこっちにも欲しいが」

「誰がやるかい! こいつ一着しかあらへんのや、ワイだけの物や」

「そうか、それならこいつに穴でも空いたら大変な事になりそうだな」

 

 小次郎の手にした白刃が、Dr.スリルのデモニカの表面をなぞるように動き、将門公の力を持つ霊刀が僅かに表面を傷つける。

 

「わ、わても詳しい事は知らんのや! ただ手伝えばデビルサマナーへの復讐になる言われてやっただけや!」

「詳しくなくていい、知ってる事を洗いざらいしゃべってもらう」

「しゃべりたくないなら別にいいぜ。三途の川のほとりに、人喰い趣味の仲間が待機してる。新鮮な手土産になるかもな」

「ひいいい~~!」

「まずは一つだけ聞く。奴らの目的は何だ?」

「こ、これで向こうに攻める準備とか言っとったで………」

「冥界からの侵略かよ、あっちはあっちで大変だぜ?」

「あ、後は神を召喚とかどうとか………機密らしゅうで、ワイにはそこら辺は一切教えへんかった」

「やはりそうか………」

「でもどこからマガツヒ集める気だ? アマラ回廊でもさらう気か?」

 

 Dr.スリルの説明に、小次郎が少し考えこむが、修二はある疑問を口にする。

 

「確かに守護を呼ぶには、マガツヒを贄に捧げる必要が有るはずだ。どうやって集める?」

「マガツヒ? そんなん知らん。けど、この中でイカれてた連中のソウルは回収したとか言うとったで」

「ソウルを回収って………」

「つまり、もう召喚準備は整っている訳か。流石に手馴れてるな」

 

 Dr.スリルのもたらしたファントムソサエティの目的に、修二は唖然とし、小次郎はある種納得していた。

 

「メティスの量産は向こうで召喚の時間を稼ぐための尖兵、非協力的な死者を魂を呪縛してまで使ってるのも同様とすれば、全てのつじつまが合う」

「冗談じゃねえ! こんな連中が何のコトワリで守護呼ぶ気だ! こっち来んな!」

「コトワリ、か………」

 

 小次郎は自分の経験から、ファントムソサエティの正確な目標を探ろうとする。

 

(コトワリ、つまりなんらかのルールを設定し、それに応じた守護と呼ばれる神を召喚し、守護の力でカグツチを開放して世界を創生する、それが受胎トウキョウの仕組みだと聞いた。だが死者にコトワリがあるのか?)

 

 何か違和感を感じた小次郎は、無造作にDr.スリルに再度白刃を向け、勢い余ってデモニカの喉元がちょっぴり斬れる。

 

「わあああ!! なんちゅう事を! 補修! 補修せなワイ死んでまう!」

「安心しろ、すぐには亡者にならん。他に何でもいい、知っている事は?」

「そ、それは………」

「やっぱり喰奴の手土産に」

「召喚プログラムや! 召喚プラグラムの自動化を手伝ったんや! これでホンマに知っとる事全部や!」

「自動化?」

 

 Dr.スリルの懇願混じりの言葉に、小次郎の脳裏にまだ悪魔使いになりたての頃の事が思い出される。

 

「まさか、奴らの狙いは………」

 

 

 

「震天大雷」

 

 ライドウは仲魔であるトールの全魔力を借り、莫大な魔力を帯びた陰陽葛葉が地面へと突き立てられる。

 開放された魔力はドーム上の衝撃波となって周辺を、そしてライドウの前にいたシドを飲み込んでいく。

 

「やったか?」

 

 後方に飛び退って衝撃波の範囲から逃れたゲイリンが、吹き飛ばされてくる土石から顔をかばいつつ、シドの方を凝視する。

 衝撃波が晴れていく中、そこに見えた影にゲイリンはためらいなく片手で銃を抜いて全弾を撃ち込む。

 やがて視界が完全に晴れると、そこには全身が衝撃波で傷つき、頭部と胸部に弾痕は有るが、それでもなおそこに立っているシドの姿が有った。

 

「フフ、さすがにききマ~した。ザンネン、倒せなかったようデスガ」

「ならば、倒せるまで何度でも放つ」

「待てライドウ、何かがおかしい」

 

 追撃をかけようとするライドウを、ゲイリンが制止する。

 

「ユー、シドと言ったか。一体、何と契約した?」

 

 全身が刻まれ、心臓と脳に弾丸を撃ち込まれ、安っぽいゾンビ映画のようになりながらも不敵な笑みを浮かべているシドに、ゲイリンはある確信を持って問う。

 

「お答えデキマせ~ん。聖職者の守秘義務デス」

「聖職者が聞いて呆れる」

 

 ライドウも、シドの死者にしても異常過ぎる耐久力と魔力は、何らかの高位の悪魔との契約による物、と確信していた。

 

「ユーがその悪魔を利用しているのか、それとも逆か」

「どちらでも構わない、こいつらが狙っているのは例え世界が違えど帝都。帝都守護役のライドウが絶対阻止する」

 

 不死身とも思えるシドに、ゲイリンとライドウ、二人の葛葉四天王がなおも戦意を衰えさせず、構える。

 

「ライドウ、サマナー達のソウルを呪縛しているのは奴で間違いないだろう」

「呪殺を得意とする一級の危険人物と聞いている。ならば、こいつを倒せば敵の戦力は半減する」

「フフ、デきますか?」

 

 葛葉四天王二人がかりの猛攻に、満身創痍のはずなのに余裕の表情を見せるシドに、二人は正攻法では埒が明かない事を悟り始めていた。

 

「ライドウ、他では決着が付き始めた。だが、こちらの被害もかなり多いぞ」

 

 上空から様子を見ていたゴウトの言葉に、ライドウの眉が僅かにはねる。

 

「おや、フィネガンサンとナオミサンが倒されるとは………少々甘くミテました」

「甘く見るな、エセ神父。葛葉四天王以外にも、優秀なサマナーや術者が大挙しているのだぞ」

 

 不敵な表情を崩さないシドに、ゴウトが強い口調で言い放つ。

 

「無論、分かってマ~ス」

(………何だ?)

 

 ゴウトのみならず、ライドウもゲイリンも戦闘当初から、シドに感じていた違和感が徐々に大きくなっていく事に不信感を募らせていた。

 

(こやつ、何かがおかしい………)

(味方が倒されていく事を、歯牙にもかけてない?)

(余裕か、それとも………)

「メギドラ!」

 

 疑問はシドの放った魔法攻撃の前に、一時中断し、三者三様に回避して距離を取ろうとするが、即座に距離を詰めたシドの強力な蹴りがゲイリンの腹に突き刺さる。

 

「ゲイリン!」

「ノープロブレムのセオリーだ」

 

 ぎりぎり肘で蹴りを防いだゲイリンだったが、弾き飛ばされた体を支えきれず、一度地面を転がって素早く立ち上がる。

 再度刀を構えようとした所で、手に力が入らず、ゲイリンは即座に両手持ちに変える。

 

(肘をやられたか………痛覚が無いというのは、負傷のレベルが分かりにくいセオリーだ)

 

 ゲイリンは先程の一撃が思った以上にダメージになっているのを確認するが、すぐに思考をシドをどうやって倒すかに切り替えた。

 

「震天大雷に耐えるとは、並々ならぬ存在と契約しているようだ」

「アンデッドとは言わんだろうが、それに極めて近いセオリーだ。ならば、相応の対処をすればいい」

 

 シドの傷がゆっくりと塞がっていく事に、葛葉四天王の二人は慌てもせずに相対する。

 

「ふふ、ゲイリンさん、強がってもソノ右腕は使い物にならないはずデ~ス。ライドウさんも息が上がってキテま~す」

 

 二人が疲弊してきているのを指摘しながら、シドは余裕の笑みを浮かべる。

 

「眠りを許されぬデッドに、存在するセンスは無い。この我のようにな」

「自ら無意味と言いますカ。面白い方ダ」

「その通りだな、ゲイリン」

 

 鋭い目つきでシドを睨みつけるゲイリンにシドは平然としているが、ゴウトもゲイリンの言葉を肯定する。

 

「ナラば、本当に無意味にしてみてくだサ~イ」

 

 シドの傷が治っていく中、ゲイリンとライドウは今までの戦闘から得た情報を脳内で整理していく。

 

(こいつがデッドなのは間違いない)

(そして何人もの死したサマナーの魂を呪縛し、操っている)

(こいつ自身もセルフ呪縛しているのか? いや術者自身にはインポッシブルだ)

(この力は契約による物、しかもかなり高位な者と)

(だとしたら………)

 

 気鋭のサマナーと熟練のサマナー、二人の思考が同じ結論に辿り着いた時、ある事にも同時に気付いた。

 震天大雷の直撃を食らい、全身に負った傷が治っていくシドだったが、一箇所だけ負傷していない箇所がある事に。

 

(胸元のみ、無傷?)

(かばったパターンか? 死者が心臓を? いや位置が高すぎるセオリー………)

(だとしたら他にあるのは…)

 

 二人のサマナーは、互いに視線を合わせると、僅かに頷き、同時に動いた。

 

「フェンリル、ファイア」

「リョウカイ、アギダイン!」

 

 まずはゲイリンの仲魔のフェンリルが、シドへと火炎魔法を放つ。

 

「潰せショウテン」

「ウオオォォ!」

 

 更に反対側から、ライドウの仲魔のショウテンが手にしたメイスをシドへと向けて振り下ろす。

 

「フッ…」

 

 シドは火炎魔法を浴びるに任せ、メイスを僅かに動いてかわすと、体をコマのように旋回させた蹴りをショウテンへと叩きつける。

 物理に強いショウテンだったが、シドは一発のみならず、旋回を続けて連続の蹴りを叩き込み続け、たまらずショウテンは後退る。

 

「その程度の悪魔デハ、私の敵ではありまセン」

「そうでもないセオリーだ」

「ああ」

 

 ゲイリンとライドウは、一連の攻撃でシドの動き、見慣れぬ格闘技の構えだと思っていたが、その実巧妙に胸元、正確には首から吊るされたロザリオをかばっている事に気付いた。

 確信を得た二人の動きは早かった。

 まずはゲイリンが無造作に己の刀をシドへと投げつける。

 

「?」

 

 鋭い投擲だったが、真正面からの攻撃にシドは不審に思いながらも飛んできた刀を避けるが、即座にゲイリンはブルージェット号から隠し持ってきていた予備の拳銃をヒップホルスターから引き抜き、速射。

 

「何を…」

 

 拳銃弾程度では意味の無い事を理解出来ないはずはないゲイリンの攻撃に、シドは違和感を覚える。

 のみならず、ゲイリンは予備拳銃の弾丸が尽きると即座にそれを投げ捨て、今度は一気に距離を詰めると、鋭い蹴りを繰り出してくる。

 

「カポエラ使いに蹴り技ナンテ…」

 

 老いた外見に似合わぬ強力な蹴りだったが、シドはこちらも蹴りでそれを受け止める。

 だがゲイリンの背後から、ライドウが白刃を突き出してくる。

 

「そちらガ本命」

 

 シドは無造作に己の腕に白刃を突き刺させ、そのまま力を込めて筋肉で刃を絡めとる。

 

「ザンネン…」

 

 息のあった二人の攻撃をしのいだと思ったシドだったが、背後から飛来した物に気付くのが一瞬遅れた。

 

「!?」

 

 二人の攻撃の隙を抜い、一瞬でシドの首からロザリオを奪ったゴウトがライドウの肩に止まる。

 

「か、返しなサイ!」

「そんなに大事か、これが」

 

 慌てるシドに、ライドウとゲイリンは狙いが間違っていなかった事を確信した。

 

「悪魔との契約には、幾つかの方法がある」

「己よりハイレベルの悪魔とコントラクトする方法もな。だがそれには、パターンを踏まねばならないセオリーだ」

「代償と、契約書」

「デッドが払えるプライスと言えば、己のソウル以外にないセオリーだ。そして、コントラクトの証が必須のセオリーでもある」

「古い術式だな、何より契約書が破棄されれば、契約は失われる」

 

 ゴウトが咥えているロザリオ、シドが壊されないように守っていたそれこそが契約書である事を、シドの狼狽が証明していた。

 

「終わりだ、エセ神父」

 

 無造作に、ゴウトはロザリオを上へと放り投げ、ライドウが素早く妖銃コルトライトニングを抜いてロザリオを撃ち抜く。

 妖気の込められた弾丸は、ロザリオをいともたやすく打ち砕いた。

 

「ア………」

 

 シドの表情が凍りついたかと思うと、突然その場に崩れ落ちる。

 そしてその体が、手足から徐々に砕け、砂のように形を失っていった。

 

「フ、フフフ………これで負けたワケではアリマセン」

「負け惜しみを…」

「モウ、誰にも止められマセン。貴方方ニモ」

「どういう事だ」

「スグに、分かります。そう、スグに………」

 

 口の端に笑みを浮かべたまま、シドの体の崩壊は進み、とうとうその全てが砂となった。

 

「これで、他のソウルも開放されるセオリーだ」

「だが、まだ何かあるぞ。あの巨大な車に仕掛けがあるのやもしれん。ライドウ、ゲイリン、急げ!」

 

 シドの最後の言葉に、ただならぬ物を感じたゴウトが二人を急かす。

 

(一体奴は、何と契約していた?)

 

 ライドウの疑問に、答えられる者は誰もいなかった。

 

 

 

「撃ちまくれ!」

「くそ、アンデッドがデモニカ着てるのはやっぱ反則だろ!」

 

 ライトニング号内部で行われる銃撃戦は、更に激化の一途を辿っていた。

 狭い通路内に資材で防壁を作り、元から防御性が高いデモニカを多少銃弾を食らっても問題ない死者達がまとう事で、異常なまでの防御力を発揮する。

 ここまで来るまでに重火器をほとんど使い果たしていた仁也率いる機動班員達は、潜行したアイギス達からもらったデータ、ラボの奥にある異常なまでに厳重な警備がされている一角を前に、完全に足を止められていた。

 

「そもそも、あの奥はラボの保管庫のはずだろ!」

「捕らえた悪魔のサンプル並んでたアレだよな………」

「だが、何かおかしい。敵はこれ以上何が何でも進ませたくないようだ」

「それは間違いない。あの奥、幾つもの生命反応と妙な反応がある」

「生命、捕らえた悪魔か、イカれてたジャック隊、もしくは両方って所か」

 

 誰もが疑問に思う中、チドリのペルソナからアナライズ結果に、更に疑問が深まる。

 

「死人がそんな物後生大事に保管してどうすんだよ! ゾンビだから食うのか!?」

「私は食べた事はないし、食べようとも思わない」

「………すまん、あんたもだったな」

 

 アンソニーが思わず悪態を付いた所で、チドリの意外な反論に思わず口を塞ぐが、しばし考えてから大人しく謝罪する。

 

「この状況、打開しなければ」

「この狭さじゃ仲魔も使えない、重火器も無い、向こうの弾切れを待つか!?」

「どう見ても向こうたんまり弾薬あるぞ!」

 

 仁也はトリガーを引きながら状況打開の方法を模索するが、どう見てもこちらが不利なのは間違いなかった。

 だがそこで、突然向こうからの銃撃が中断する。

 

「………静かになったぞ」

「突撃するか?」

「待て、何か様子がおかしい」

 

 バリケードの向こう、ファントムソサエティのアンデッドサマナー達が、何か騒ぎ始めたのは聞こえるが、内容までは分からない。

 

「! おかしい、あちこちで死者の反応が消え始めてる」

「消える? 昇天でもしてんのか?」

「多分、そうかもしれない」

 

 ペルソナで異常を感知したチドリに、機動班員達は顔を見合わせる。

 

「恐らく、術者が倒されたのだろう。魔術というのは執行する術者が倒されれば、効力を失う事が多いと聞いた事がある」

「どこで聞いたんだヒトナリ………」

「父方の先祖がそういう血筋だったらしい。だが、好機だ。突撃準備!」

 

 千載一遇のチャンスと見た仁也が、号令をかけると同時に、一度帰還させた仲魔を再召喚する。

 

「突げ…」

 

 号令を今にもかけんとした時、突然ライトニング号内部に警報が響き渡る。

 

「何だ今更!」

「待て、何かおかしいぞ」

 

 警報のみならず、異常を知らせるシグナルランプも激しく明滅し始めた事に、全員がただならぬ異常を感じ始める。

 

「構わん、突撃…」

『自爆装置が起動しました。全乗員は直ちに本艦から退避してください。自爆装置が起動しました。全乗員は直ちに本艦から退避してください』

 

 構わず、再度突撃の号令を発した仁也だったが、続けるように響いた艦内放送に、全員の動きが止まった。

 

「じじ、自爆装置だと!?」

「あいつらヤケになりやがった!」

「ヒトナリ!」

「突撃中止! すぐに退避だ!」

「くそ、死人と心中なんて冗談じゃねえぞ!」

「こなくそ!」

 

 起動班員達が急いで退避を開始する中、アンソニーがやけくそで最後の切り札として取っておいたライフルグレネードを自分のライフルの銃口に突っ込み、バリケードの方へと向けてぶっ放す。

 噴煙を上げて飛来したライフルグレネードは、運良くバリケードを飛び越え、その奥にあった保管庫の扉へと直撃した。

 

「あ、当たっちまった」

「こんな時に何を…」

「待って、あれ見て」

 

 自分でも予想外の結果にアンソニー自身が驚くが、爆炎が晴れた向こう側にある物をチドリが指差す。

 そこには、彼らがかつて見たサンプル保存用のポッドが中身入りで並んでいる。

 だがその中央、何かの大掛かりな装置のような物が設置され、制御用のコンピューターが何かのプログラムを走らせていた。

 

「あれは、一体………」

『爆発まであと五分です』

「後だヒトナリ!」

 

 ヒトナリが遠目にそれを見て訝しむが、響いてきたカウントダウンに詮索は不可能と判断して撤退を開始する。

 

「何かおかしい………幾ら死人でも、こんな事する?」

『爆発まであと四分です』

「早いぞ! もうちょっと待った!」

 

 チドリも何か違和感を感じていたが、減っていくカウントダウンに逃げ出す事を優先した。

 

「ハヌマーン、彼女を担げ! 時間が無いぞ!」

「了解した!」

「ありがとう」

「急げ急げ! 時間が無いぞ!」

『爆発まであと三分です』

 

 何かおかしい事を感じた者達は他にも何人かいたが、差し迫るカウントダウンにそれ以上探る事も出来ず、なんとか時間までにライトニング号から飛び出す。

 

「全員離れろ! 自爆するぞ!」

「あ、閉まってく」

 

 仁也が周囲に叫びながら更に離れようとするが、チドリの一言に思わず振り返る。

 チドリの言葉通り、自分達が今通ってきた通路に次々と閉鎖シャッターが降りていく事に、仁也は自分の判断が間違っていた事を悟った。

 

「しまった………これはフェイクだ!」

「自爆するのに閉鎖シャッターが降りる訳がない! 完全に騙されちまった!」

「どうする、戻るか!?」

 

 気付くと警報も止まり、誰もが騙された事に気付くが、そこで突然重い駆動音が響き始める。

 

「! 動くぞ!」

「やっぱり離れろ!」

 

 ライトニング号の艦体が鳴動を始め、ゆっくりと巨大なタイヤが動き始める。

 

「くそ、動き始めやがった!」

「どこに行こうとしているの? コレ」

「冥界から向かおうとしてるなら、受胎トウキョウ以外にないだろう」

「これが冥界から出たら、とんでもない事になる!」

「ここでも充分とんでもないんだけど………」

 

 巨体ゆえに初動は遅いが、徐々に加速していくライトニング号に起動班員達は焦りを覚える。

 

(だが、なぜここで? ライトニング号の戦力なら、最初から侵攻すればいいだけのはず………)

「おい、どうなってる!」

 

 仁也は先程見た奇妙な装置、ファントムソサエティの戦力の大半を失ってから動き出したライトニング号に違和感がどんどん大きくなっていく事を感じていたが、そこに八雲が声をかけてくる。

 

「自爆のフェイクをかまされた! 後少しだったってのに!」

「ブリッジはメアリが破壊したはずだ!」

「サブシステムが生きていたのだろう。恐らく自動操縦で動き始めた」

「無駄にハイテクにしやがって!」

「八雲さん、まだ動いたら…」

「カチーヤちゃんも!」

 

 怒鳴るアンソニーに八雲は怒鳴り返すが、冷静な仁也の指摘に更に声を荒げる。

 そこへようやく追いついてきたカチーヤとネミッサだったが、八雲の片腕がひどい火傷を負っている事、カチーヤの顔色が目に見えて悪い事に仁也の表情が曇る。

 

「すぐに手当を…」

「回復魔法で大体塞いでる。包帯あったらくれ」

「そんなレベルじゃねえだろ!」

 

 どこか他人事の八雲に、アンソニーが慌てて救急キットを取り出して応急処置を始める。

 

「内部に妙な装置が有った。何か分かるか?」

「何?」

 

 治療を受けている八雲に、仁也はデモニカに記録された映像を見せる。

 中身入りで並んでいるカプセルと、中央にある奇妙な装置に八雲は首を傾げるが、制御用コンピューターの画面に流れるプログラムに気付く。

 

「ちょっとこの画面拡大出来るか?」

「どこまで出来るかは不明だが………」

 

 仁也が指摘された部分を拡大していく。

 一部見づらいが、画面に表示されているプログラムを見ていた八雲の顔色が変わった。

 

「こいつは、悪魔召喚プログラムだ! 自動起動してやがる!」

「自動起動? 可能なのか?」

「周辺のは生け贄だ! 贄を捧げて発動する術式、執行者がプログラムってだけだ!」

「でも、このカプセルが全部生け贄だとしたら、相当な物を喚び出せるんじゃ………」

 

 記録映像を見たカチーヤも自らの術の知識と兼ね合わせても、かなり大規模な召喚術である事を指摘、状況を理解した全員の顔色が青くなっていく。

 

「となると、やはり目的は向こうでの守護の召喚?」

「コトワリとかいうの無し、しかも機械任せだぜ? どう転ぶかオレにも分からん」

『ちょっと待て!』

 

 通信で一部始終を聞いていた小次郎が、ある最悪の可能性へと辿り着いて叫ぶ。

 

『半端な術式で召喚された悪魔は、術者自身を食らう事がある! もしそれが大規模な召喚術で目的を持たないとすれば、召喚された存在は、目の前に有る者を食らう! 特に強い力を持つ者を!』

「向こうで一番強い力を持つ存在………」

『うおい! まさか………』

『こいつらの狙いは、召喚した存在、恐らくはこいつらがあがめる神に、カグツチごと受胎トウキョウを捧げるつもりだ!』

『ふ、ふざけんじゃねえええ!! 氷川の方がマシじゃねえか!』

 

 小次郎が辿り着いた結論に、修二が思わず絶叫する。

 

『ましてや、向こうにはシバルバーと大勢の市民がいる。ファントムの連中が拝んでるのは何かしらんが、生きのいいエサを放っておくわけはねえわな』

 

 同じく通信を聞いていたキョウジの言葉に、誰もが冷や汗を流し始める。

 絶望への階段へと向かって、ライトニング号は徐々にその速度を増していきつつあった………

 

 

 傷つき、膝を地に付きながらも勝利を得たはずが、更なる絶望が起き上がる。

 傷ついた体に鞭打ち、それを阻まんとする糸達に待つのは、果たして………

 



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PART44 RUN DESPAIR(前編)

 

「速度が更に上がっていくぞ!」

「こいつの最大速度と加速度は!」

『知らねえよ! レッドスプライト号とは別物なんだ!』

「この質量だ、最高速度にはまだかかるはず」

「だといいがな!」

『ダメだ、他に追いつけそうな仲魔残ってる奴はいねえ!』

「どこも派手にやらかしたからな」

 

 互いに己の仲魔のケルベロスにまたがりながら、仁也と八雲が加速していくライトニング号に並走させていた。

 アンソニーからの通信に舌打ちしつつ、手荒に応急処置を済ませた八雲が、左腕の具合を確かめ、かろうじて動く事を確認してからライトニング号を見る。

 

「プラズマシールドとやらが展開してないのが御の字か」

「船体の加速と召喚プログラムに演算を集中させたのだろう。この巨体なら、下手な攻撃は通じない」

「問題はそこだ、どうやって止める?」

「来ルゾ!」

 

 攻めあぐねる二人だったが、八雲のケルベロスが叫んだ直後、残っていた砲台が攻撃してき、二人は左右へと散ってこれをかわす。

 

「クソっ! 防衛システムは生きてやがる!」

「これでは近付く事も…」

「任せろ!」

「残りは全て破壊する」

 

 そこで上空からスパルナにぶら下がった修二とケルプにぶらさがった小次郎がライトニング号の甲板に降り立ち、残った砲台を破壊していく。

 

「どんなに大きくても乗り物だ。壊せば止まるだろう」

「そうだな」

 

 追いついてきたゴウトとパワーに片手でぶら下がっているライドウの言葉に、八雲は少しばかり頬を引きつらせる。

 

「オレの仲魔でそこまで破壊力ある奴は無い! そっちは!」

「自分もありません!」

「こちらもだいぶやられた!」

「巨大であれば有るほど、動力源が必須なはずだ。超力超神の時はそれを絶った」

「プラズマ融合炉か、だが下手に破壊すれば周辺ごと吹き飛ぶ!」

「原子炉じゃねえだけマシか? じゃあ止めてくるしかないな………」

「動力炉を止めても、予備動力で動く可能性も高い!」

「フェイルセーフ効かせてんじゃねえ!」

「つまり、壊すしかないという事か」

「金に糸目つけないで造った次世代揚陸艦を、オレ達だけでか!? 手持ちの発破は使い果たした! つうかあんなでかいのと正面戦闘は考えてなかった!」

「だが、やるしかない」

 

 仁也の言葉に、八雲とライドウも顔を見合わせ、頷く。

 

「八雲! どうにかこいつの足を止めるぞ!」

「タイヤを破壊していけば、速度は落ちるはず」

 

 ショクインに乗ったキョウジと、アナンタに乗ったアレフが言うや否や、巨大な二体の竜神に攻撃を開始させる。

 

「キョウジさん! オレは内部から止めてみます!」

「中にはまだ敵がいる! 一人じゃ無理だ! 自分も行こう!」

「止められるのか?」

「最初のハッキングでシステムの癖はつかんだ! いじれるのはこの中じゃオレだけだ! 最悪、召喚プログラムだけでも止める!」

「そっちは任せる! オレ達はなんとか足を止め…」

 

 キョウジが言いかけた所で、ライトニング号の側面装甲が開き、そこから砲口が見えた事に全員が驚愕する。

 

「アナンタ!」

「分カッタ!」

 

 アレフがアナンタを咄嗟に前に出させ、発射されたロケット弾を受け止めさせる。

 

「アレフ!」

「大丈夫だ! 行け!」

 

 ロケット弾が直撃し、爆炎が吹き荒れる中、キョウジの呼びかけにアレフが応えるの聞いた八雲は、意を決して破壊されたままの乗降ハッチへと向かう。

 

「中は閉鎖シャッターが降りていたぞ!」

「リーダーからブルージェットのを元にした解錠ツールはもらってきた! 多少変わってたらその場でどうにかするしかない!」

「無謀過ぎる作戦だが、やるしか…」

 

 仁也も後に続こうとするが、そこでさらにライトニング号が加速していく。

 

「くそ、ギアが上がったか!」

「まだ最大戦速にはなっていない! だがこれ以上上がったら、追いつけなくなる!」

「いけるかケルベロス!」

「少シ、キツイ………」

「ヒトナリ、コチラモ………」

「あと少しだけ頑張ってくれ! あと3、32,1…」

 

 仁也が疲弊しているケルベロスを励ましながら、デモニカにオプションとしてセットしておいたワイヤーアンカーを用意し、開放されたままのハッチに向けて発射。

 アンカーが引っかかると、小型モーターで一気に巻き上げ、ケルベロスの背から跳んでハッチの中へと向かう。

 

「掴まれ!」

「おう!」

 

 仁也は八雲の手を掴み、二人で一気にライトニング号へと飛び込む。

 後ろを見ると、疲れ果てた二体のケルベロスがその場で崩れ落ち、二人は慌ててCOMPに帰還させる。

 

「さて、入ったはいいが………」

 

 八雲は手持ちの武器を確認、愛用のソーコムピストルと予備弾倉が数本、ナイフが二本とそれに僅かに残ったアイテム群だけなのに舌打ちする。

 

「派手にドンパチ出来る程じゃないな………そっちは?」

「自分も似たような物だ」

 

 仁也も予備のハンドガンとナイフくらいしか残っていない状況に、表情を険しくする。

 だが響いてくる破壊音と衝撃に、二人共頷くと、閉鎖しているシャッターに左右に分かれて張り付き、八雲はGUMPから伸ばしたコードを手早くコンソールに繋げ、操作を開始する。

 

「随分と適当なシステム組んでやがる。動き出せば勝ちだとても思ってたか? これなら一気に開けられそうだ」

「だが、中にはまだ敵が残っている。それはどうする?」

「デモニカ着た死人相手にやらかすには弾も花火も仲魔も足りないときてる………でもって時間も無…」

 

 そこで一際大きな振動と共に、照明が一瞬消え、再度点灯する。

 

「派手にやってるな~」

「だがライトニング号はシュバルツバース調査隊のデータを元に改良されている。悪魔からの直接攻撃に耐えられる可能性も高い」

「無駄に金かけやがって。こっちが毎回の仕事の経費どんだけ苦労してると…」

 

 再度大きな衝撃と共に、照明が明滅する。

 

「待てよ………行けるか?」

 

 それを見た八雲の指が素早くGUMPのキーボードとシャッターのコンソールを交互に叩き、あるウイルスを流し込む。

 

「システムその物は壊せなくても、これくらいなら…!」

 

 エンターキーを押すと、照明が明滅を始め、同時に賛美歌のような音楽が艦内スピーカーから流れ始める。

 

「これは…」

「簡易浄化プログラムをウイルス化して流してやった。浮遊霊くらいならこれで退散できるが、肉体持った死人相手じゃ効果があるかどうかは不明だがな」

「ゼレーニンの歌を聞いたジャック隊を思い出す………」

「それ、絶対やばい術だぞ。さあて、効果を確かめにいくか」

 

 二人は互いに拳銃を構え、頷くと同時に八雲がシャッターを開放させる。

 

「召喚システムがあったのは!」

「あっちだ」

 

 仁也の先導で通路を走る八雲だったが、向こうから現れた黒いデモニカ姿に慌てて曲がり角に身を隠す。

 

「いたぞ!」「これ以上近付かせるな!」

「効いてないか?」

「いや………」

 

 艦内に残っていたダークサマナー達が銃撃を開始するが、仁也はそれが先程よりも散発的な事に気付く。

 

「撹乱する程度の効果はあるようだ」

「それなら、上等だ」

 

 八雲は空弾倉を一つ取り出し、仁也に向かって頷くと、それを無造作に投じる。

 

「何だ!?」「爆弾!?」

 

 ダークサマナー達がそれに気を取られた瞬間、二人は同時に飛び出しながら銃を連射。

 

「ちっ!」

「その程度!」

 

 デモニカの防弾性能と死人故の不死身で反撃しようとしたダークサマナー達だったが、八雲はそのままの勢いでスレ違いざまにMVナイフで相手の延髄を斬り裂き、仁也は相手の腕を取りながらゼロ距離でデモニカの首の部分の僅かな非防弾部分に弾丸を叩き込み、脳を破壊する。

 

「やるな」

「そっちこそ」

「この商売、悪魔の次に多いのは死人相手だからな。身の有る無しに関わらず」

 

 生身なら即死の状態の相手がまだもがいているの無視して八雲は銃を奪い、向こうから響いてくる足音の方へと向けて連射しつつ、片手で延髄の断面から再度ナイフを振るって完全に首を斬り落とす。

 

「使える物全部かっぱらうぞ」

「やけに手慣れていないか?」

「戦場でもそうだろ」

「それはそうなんだが………」

 

 シュバルツバースで死んだ仲間の装備を使う事は有ったが、倒した相手の装備をためらいなく奪う八雲に、仁也はそこはかとなく不安を覚えつつ手榴弾を一つ奪ってピンを抜いて投じ、向こうで悲鳴が上がっている間に銃と残った手榴弾を素早く抜き取る。

 

「2、1!」

 

 爆風が吹き抜けてくるのを、八雲はまだ少しもがいているダークサマナーの体を盾にして防ぎ、それを投げ捨てながら銃を乱射して突撃する。

 

「来るぞ!」「この野郎!」

 

 至近での手榴弾の爆発にさすがに無傷とはいかなかったダークサマナー達が応戦しようとするが、突然八雲は銃を手にしたままその場で転倒する。

 

「間抜けが…ぎゃああ!」

 

 転倒した八雲に向かって銃口を向けようとしたダークサマナーに、八雲の影で仁也が召喚したケルベロスが襲いかかる。

 

「こいつ…」

 

 狙いをケルベロスに替えようとした別のダークサマナーだったが、横を向いた隙を逃さず、突撃した仁也の手にしたナイフが延髄を貫いた。

 

「ナイスタイミング」

「危ない戦い方をするな」

「全部我流なんでね」

 

 仁也の召喚の隙を作るために無謀とも言える突撃をした八雲に仁也は呆れるが、再度響いてくる足音に身構える。

 

「そっちの仲魔、どれくらい使える?」

「COMP内で回復させたが、応急処置がいい所だ」

「こっちはそれすら出来るかどうか、だな!」

 

 足音の聞こえてくる方向に牽制の弾幕を張りながら、八雲は思考を巡らせる。

 

(召喚プログラムだけでもどうにか止めねえと………艦内に敵はどこまで残ってる? それ以前にこれ以上速度が上がったら、外の連中が止められなくなる………くそ、時間も人手も足りなすぎる………!)

「まずい、敵が集まってきている!」

「言われてなくても分かってる! やっぱ動力炉でも吹っ飛ばすか?」

「そう簡単には壊せない作りになっている! なにより爆薬が残っていない!」

「無駄に頑丈に作りやがって!」

『聞こえる?』

 

 弾幕を張り続けながら悪態を着く八雲だったが、そこで通信が入る。

 

「チドリ君か、何かあったか?」

『今上にいる。私のペルソナで全力でジャミングを掛ける。どこまで効くか分からないけど、そっちにまで影響出たらゴメン』

「構わねえ、やれ!」

 

 仁也が答えるより早く八雲はやけくそ気味に叫びつつ、空になったマガジンを取り替える。

 

「少しでいい、隙が出来れば………」

 

 仁也も状況の打開を願わずにいられなかった。

 

 

 

『大丈夫かチドリ!』

「大丈夫順平、どうせもう死んでるから」

『そういう意味じゃなくて!』

 

 ゲイリンから借りた疾風属 クラマテングの背の上に立ったチドリが、順平からの通信にとんでもない事を返答しつつ、己のペルソナを発動させる。

 

「メーディア」『インサイン・エスケープ…』

 

 チドリのペルソナが、己の持つアナライズ能力を逆転させて発動、効果範囲にある全てにジャミングを仕掛けていく。

 

「これは!」「くっ!」「おわ!」

 

 COMPに干渉されて小次郎、アレフ、キョウジの召喚プログラムが不安定になり、仲魔が消えかけて小次郎は咄嗟にケルプを帰還させ、アレフとキョウジは仲魔が消える直前にライトニング号のハッチへと飛び込む。

 

「なんて強力なジャミングだ………」

「あのゴスロリ、ここまでのペルソナ使いだったとはな」

 

 通信機にまで干渉される状況に、アレフは絶句し、キョウジは半ば呆れる。

 更にライトニング号のシステムも干渉され、突然派手な蛇行運転までし始めた。

 

「今しかない、内部を制圧しよう」

「同感だ、問題は何秒持つかだが」

 

 猛スピードで蛇行運転するライトニング号の各所から物が崩れるような音や悲鳴のような声が聞こえてくる中、アレフとキョウジは得物を構えつつ、八雲達の後を追う。

 

「道案内はいらないな」

「二度もカチコミ喰らえばこうなるだろ」

 

 一度目の機動班の突入と、二度目の八雲と仁也の突入で発生した戦闘の痕跡を辿り、デモニカの誤作動で混乱しているダークサマナー達にはきっちりトドメを刺しつつ、二人はライトニング号の中を進んでいく。

 

「死人が完全武装して巨大装甲車に乗って現世を目指す、か。マダムに言っても信じねえだろうな………」

「こんなのはオレも初めてだ。誰が考えついたんだろう、な!」

 

 キョウジがデモニカをまとったまま本来の躯となっているダークサマナー達を見ながらぼやき、アレフが頷きながらも、分岐通路から姿を表したダークサマナーをヒノカグツチで唐竹に斬り裂く。

 

「このジャミングが、あと何秒持つか………」

「彼女も死人とはいえ、疲弊はするだろう。ましてや相手が慣れてきたら………」

 

 蛇行運転がますます激しくなり、通路を走るのも困難になってくる中、意外と近い場所から銃声が響いてくる。

 

「あっちか!」

「急ぐぞ」

 

 銃声を頼りに二人がなんとか音源へと向かうと、そこには目的のラボの前で銃撃戦を繰り広げている八雲と仁也の姿が有った。

 

「キョウジさん! アレフも来てくれたんすか!」

「やっぱり、ここの防御は厚いか」

「目的地はすぐそこなのだが、デモニカのエラーを止める方法を思いついた奴がいたらしい」

 

 仁也も行っている、全ての機械に影響が出るジャミングの回避する方法、単純にデモニカのシステムを緊急停止してバイザーを上げて戦闘を行う、という事に気付いたダークサマナー達が、残弾全てを使い尽くさんばかりの弾幕を張り、四人は完全に通路の影に張り付けになっていた。

 

「何が何でも通さないつもりか。こちらも仲魔を呼べない以上、どうにか強行突破するしかないが」

「発破は品切れ、そちらは」

「オレもだ」「残念だが」

 

 隙を伺うアレフだったが、少しでも顔を出そうとすると集中砲火を浴びる状況に慌てて首を引っ込め、八雲は残った装備を再確認、キョウジ、アレフも首を左右に降る。

 

「向こうは時間さえ稼げばいい。ここを最終防衛線としているならば、持久戦の準備も完璧だろう」

「死人は飯もトイレも行かなくていいしな。考えれば考える程ドツボに嵌ってきた………」

 

 明らかに用意周到なダークサマナーに仁也がある仮説を立て、八雲の顔色が暗くなる。

 

「だが、注意力までは持続しない」

「そうだな」

「………注意を引く方法か。まあ一番簡単な方法で………」

 

 どうにか向こうの注意を逸らす方法を考えるアレフとキョウジに、八雲は不安定になっているGUMPから、一番単純で入れたはいいが今まで一度も使わなかったソフトを機動させた。

 次の瞬間、銃声を貫くような甲高いエラービープ音が鳴り響いた。

 

「何!?」

「まさか…」

 

 突然の事に、ダークサマナーの何人かが思わず背後の大型召喚システムの方を振り返り、そこをアレフと仁也の銃撃が頭部を貫いた。

 

「馬鹿が!」

「そんな単純な罠に…」

 

 残ったダークサマナー達が悪態をつくが、それでも僅かに注意が逸れ、そこを飛来した七支刀とナイフが突き刺さる。

 

「がっ…」

「この程度…」

 

 七支刀が首へと突き刺さったダークサマナーは一撃で行動不能になるが、ナイフが刺さったダークサマナーは浅かったらしく、反撃を試みるが、一気に間合いを詰めてきたアレフの剣閃の前に、残ったダークサマナー諸共両断される。

 

「片付いた」

「門番はな!」

 

 アレフが行動不能な者がいない事を確認する中、八雲はラボの中へと飛び込み、大型召喚システムへと駆け寄ると操作し始める。

 

「くそ、こいつもハックされた上にジャミング喰らってるはずなのに、しっかり動いてやがる」

「よほど腕の良い技術者がいたようだな。どうにかなりそうか?」

「しなきゃヤバいでしょうが!」

 

 必死になってコンソールを操作する八雲に、キョウジは任せる事にして先程と反対に自分達が相手の用意していた防衛陣地に陣取る。

 

「ジャミングが切れて向こうが駆けつけるのが先か、こっちが召喚停止出来るのが先か」

「どちらにしろ、ここからしばらくは動けない。艦内にあとどれだけ敵勢力が残っているか………」

「脱出の手段も考慮しておくべきだろう。コチラ側の住人になるつもりはまだ無い」

「先代みたいになるのはイヤだな~………」

 

 手早く散乱していた銃火器を準備していくキョウジ、仁也、アレフだったが、自分達が未だに窮地に居る事だけは確実だった。

 

「通信機までやられてるからな、無差別もいいとこだ」

「だが、これが続いている間は大丈夫だという事に…」

 

 通信機から聞こえるノイズに不安と安堵を同時に覚える面々だったが、突然ノイズが消える。

 

「おい!?」

「限界が来たか、それとも…」

「外はどうなっている!?」

 

 

 

「くっ」

 

 COMPがエラーを起こし、慌てて小次郎は一時的にシャットダウンさせる。

 

「なんて強力な………」

「機械に頼ってると大変だな」

「なんかこっちの頭にもちょっと響いてくるんだが」

 

 自分達の上空からジャミングを掛けているチドリを小次郎、ライドウ、修二が見上げるが、ジャミングの影響でライトニング号が蛇行運転を始め、三人は慌てて振り落とされまいとしゃがみ込む。

 

「こんな巨大な物まで狂わせるとは、空恐ろしい程だ」

「未来の機械の事は分からないが、彼女には相当な負担がかかっているはず」

「中にいる連中に任せるしかねえ! つうかこっちが振り落とされちまう!」

 

 ライドウの肩に止まったゴウトが感心する中、ライドウは鋭い視線で上空の様子を観察するが、その隣で修二は必死になって蛇行運転を続けるライトニング号の甲板にしがみつく。

 

「そっちは仲魔を呼べるんだろう? 一度退避する事を考慮するか」

「それとも、中に入るか。ここを離れるのは得策とは思えん」

「何であんたら平気そうな顔してんだ!」

 

 更に蛇行運転が激しくなる中、小次郎とライドウが平然とこの後の行動を論議する中、修二はただ叫びながら全身で甲板にしがみついていた。

 

「中はこの比じゃ無いだろう。デモニカは軒並み使用不可能になってるはずだ」

「機械としては使えなくても、鎧としては使えるだろう。ましてやまとっているのは死人だ」

「キョウジとアレフも中に入っていった。あの四人なら大抵の事はなんとかするだろう」

「その前にオレらをどうすんだ!」

 

 片手で甲板にしがみつきながら、器用にCOMPの状態を確かめる小次郎に、ライドウの肩でメトロノームが如く揺れてるゴウトと同じく片手で甲板にしがみついてるライドウが端的に内部の情報を推察、修二は甲板にしがみついたまま涙目になっていた。

 だがそんな修二の耳に、暴走音と違う機械音が響いてきた。

 

「何だ?」

 

 甲板に耳を押し付け、その音を聞き分けようとした修二だったが、そこで突然金属音が響き渡る。

 

『!?』

 

 甲板にいた者達全員が同時に気付き、音源の方へと振り向く。

 そこには、マニュアルで強引に出したらしい予備の機銃座と、同じくマニュアルでそれを構えているダークサマナーの姿が有った。

 

「やべえ!」

「違う、狙いは!」

 

 修二が青ざめる中、ゴウトだけが銃口が自分達ではなく、上空を向いている意味を悟っていた。

 

「あいつか、くたばりやがれ!」

 

 射手のダークサマナーが上空のチドリに向けてトリガーを引き、銃撃が曳光を伴って放たれる。

 直後、機銃と射手に小次郎とライドウが投じた刀がそれぞれ突き刺さり、銃撃が中断される。

 

「彼女は…」

 

 ゴウトが上空を見上げようとするが、その目に最悪の光景が飛び込んでくる。

 銃撃をまともに喰らい、クラマテングの背から落下していくチドリの姿が。

 

『チドリィィィ!!』

 

 遠目にそれを見てしまった順平の絶叫が、通信機から響き渡った………

 

 

 

『ジャミング源は始末した! 侵入者を排除しろ!』

 

 ライトニング号内部に響いた通信に、当の侵入者達も状況を理解する。

 

「何てこった………」

「チドリ君が………」

「心配するのは後だ。残った戦力が全てここに来るぞ!」

 

 キョウジと仁也が思わず顔を歪めるが、アレフは即座に臨戦体勢を取る。

 

「八雲! 時間がねえぞ!」

「分かってます! けど、こいつはまさか………」

 

 キョウジの催促に八雲は焦りを感じながらも操作する手を早めていく。

 だが、ある事に気付いてむしろそちらの方に愕然としていた。

 

「ちくしょう! こいつはただの統括システムだ! 召喚プログラム自体は各所で分割制御されてやがる!」

「何だと!?」

「………戦艦のシステムと同じだ。どこか占拠されても、他から指揮が出来るようになっている」

「最後の手段は、この生け贄達を皆殺しにでもするか?」

「ソウルがもう抜かれてます! ここに並んでるのはついでのマグネタイト保管庫にしかすぎねえ! くそったれ!」

 

 コンソールを力任せに叩き、八雲が絶叫する。

 

「…なら、脱出するぞ」

「それしかねえな」

「やむをえまい」

「誰だここまで陰険な事考えやがったの!」

 

 アレフの提案にキョウジと仁也が頷き、八雲は腹いせに、恐らく途中で処理される可能性が高いが、ウイルスをコンソールに仕込んでから撤退準備に入る。

 

「ラボが占拠されてるぞ!」

「奪い返せ!」

「どうぞご自由に!」

 

 集結してくるダークサマナー達に吐き捨てながら、八雲はここを守っていたダークサマナー達が用意していた携帯ミサイルを手に取ると、無造作に発射する。

 

「ぎゃ…」

「じゃあトンズラするか」

「無茶苦茶すぎるぞ………」

 

 悲鳴が爆発音にかき消される中、八雲はそそくさと撤退に入り、仁也も呆れながら後に続く。

 

「ソフトで止められないなら、ハードで止めるしかないが………」

「中から出来れば一番いいんだが、手立てが無い。今のマグネタイトだと、仲魔を一度に召喚するだけで終わる」

「こっちもだ。他の連中と一緒に、外からやるしかないか?」

「瀕死の仲魔も多い。それで外部から破壊出来るかどうか………」

「放っといたらあっちの東京がそのままどこぞの邪神のごちそうになるけどな」

 

 四人が走りながら対策を検討し、取り敢えず動く物全てに向けて弾幕をばら撒きながら来た通路を引き返していく。

 

「無理やり暴走させてるから、内部セキュリティが働いてないのが御の字だが、元の装甲の厚さだけはどうしようもないな」

「待て、外部から破壊した奴はいた」

「あ」

 

 八雲が沈黙している内部カメラやガードシステムを見ながら呟くが、ふとアレフがここに来る前に起きたある問題を思い出す。

 

「あいつは今どこにいる!?」

「負傷者を警備して戦線を離脱したはずだ!」

「運良くそっちに行ってくれてればいいが………」

「まずはここから脱出する事だ」

 

 最終防衛線になりそうな人物の事を思いついた四人だったが、とにかく銃撃を繰り返しつつ、ライトニング号からの脱出を優先させる。

 

「急げ! 通常運転に戻ったら大分速度出てきてるぞ!」

「デモニカも無しで飛び降りれるか!?」

「やるしかない!」

「なんでこう次から次へと!」

 

 四人がそれぞれボヤきながら残弾をばら撒きつつ、ハッチへと辿り着く。

 

「おい、今何キロ出てる!」

「これはちょっとマズいな」

「今から向こうのデモニカ剥いでくるわけにもいかんだろうし」

 

 予想以上に速度が出ている事に、キョウジとアレフは顔を曇らせ、八雲はこっちに向かってきている残党達の足音に頬を引きつらせる。

 

「待て、ひょっとしたら…」

 

 仁也がハッチの側にあったコンテナを開封し、中身を取り出す。

 

「緊急脱出用のアブソーバーバルーンだ。なんとか四人分ある」

「見た事無い装備だな、使い方は…」

 

 八雲が最後の手榴弾を近づいてくる足音の方に放り投げながら、英語の説明書きに目を通す。

 

「取り敢えず装着してボタン押せばいいのか」

「自動的に体を衝撃吸収バルーンが覆う。シュバルツヴァース調査隊用に開発された新型の脱出装置だ」

「つまりこういう事態も想定してたのか?」

「デモニカまとってるの前提だろうが、無かったら確実に死ぬだろうし」

 

 四人がなんとか装着し、ためらいなく連続してスイッチを押しながらハッチから飛び出す。

 瞬時に膨らんだバルーンが地面との間に生じ、かろうじて衝撃を吸収する。

 

「あっ痛! やっぱ生身じゃきつい………」

「だがこれくらいなら問題ない」

「さて次は…」

「頑丈だな、デビルサマナーって………」

 

 完全に衝撃を吸収は出来なかったのが、多少はダメージを追いながら、八雲、アレフ、キョウジが手早くバルーンを外していく様に仁也は呆れるが、すぐに次の手を考える。

 

「ダンテ、聞こえてるか!」

『聞こえてるぜ、例のデカイのがこっちに向かってきてるんだが』

 

 キョウジの慌てた声に、ダンテが相変わらずの余裕のある声で答える。

 

「完全に暴走してる、中身は大型の召喚装置だ! そいつを壊さないと、何呼び出されるか分かった物じゃねえ!」

『ま、そんな事じゃねえかとは思ってたが………』

「やれるか?」

『少しばかりきついな、そっちは?』

「今暴走特急から逃げ出した所だ。どうにかして先回りしたい所だが…」

『それならいい手があるケースだ』

 

 どんどん離れていくライトニング号にかろうじて脱出した四人はどうやって先回りするか悩むが、そこでゲイリンの声と共に風が吹き付けてきたかと思うと、体が浮き上がる。

 

「注意するセオリーだ。自分ですら御すのがやっとのデビルだ」

 

 程なく四人の体がどんどん強くなっていく風に巻き込まれ、すさまじいスピードで風に乗ってライトニング号へ向かっていく。

 

「おわあ! 何じゃこりゃ!」

「COMPがすごい反応しているぞ!」

「これは、風自体が悪魔か!」

「亜米利加でのセルフ修行の時に見つけた。名も分からぬが、ただ極めて強力なセオリーだ」

「これなら追いつけそうだが、追いつくまで生きてればな!」

 

 同じく風に飲まれながらも、なんとか体勢を保っているゲイリンの説明に、八雲が悪態混じりに呟くが、そこでふと吹き付けてくる風と、自分が引っ張られる方向が間逆な事に気付く。

 

「吹き付けるのに引き寄せられる風………まさか………」

「冗談だろ、ハスターの破片じゃねえか!」

「知っているケースか?」

「風の古代神だ! ファントムが拝んでる神様とどっこいの奴だ!」

 

 同じく正体に気付いたキョウジが顔を青ざめさせる。

 

「確かに、ファントムが召喚しようとしていたのを調伏したセオリーだが………」

「さすが葛葉四天王、気つけろ! 油断したら体持ってかれるぞ!」

「さっきの方がマシだったか?」

 

 何か体の各所に絡みついていくるような風に、デモニカが危険信号を発して仁也の顔色が変わる。

 そこで、ライトニング号の甲板にいた者達も、それぞれ仲魔に捕まって撤退するのが見える。

 

「あっちも回収だ! もうそぞろ飛行系悪魔でも追いつけなくなるぞ!」

「こっちは追いつく以前の問題が………」

「デモニカの各所にダメージが出始めている! 生身で大丈夫か!?」

「追いつく前に手足付いてればいいが」

 

 ゲイリンですら制御出来るかどうかの狂える風に絡められ、各所に傷を追っていくのを感じながらも悪魔使い達は疾走するライトニング号の前へと回りこんでいく。

 

「これが最後だ、これで止められなければあの世もこの世もぶっ壊れる………!」

 

 八雲は風で裂けた頬を拭いもせず、GUMPを起動させた。

 



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PART45 RUN DESPAIR(後編)

 

「さて、どうやらアンコールが希望らしいな」

「ダンテ、さん………」

「寝てな。ここから先はR22指定だ。学生は入場禁止だぜ」

「あ、あれを止めるの!?」

 

 不敵に笑うダンテの背後で、ケルベロスの背から降ろされた啓人とアイギスを守りながら、ゆかりが高速でこちらに向かってくるライトニング号を驚愕の表情で見つめる。

 

「そうするしかなさそうだからな。それとも、アレに乗って帰るか?」

「絶対イヤ!」

 

 ゆかりが即答しながら召喚器を準備するが、自分程度では何も出来ない事も分かりきっていた。

 

「ちょっとばかりカーテンコールに答えてくるから、そいつらよろしくな」

「何するつもりなん?」

「どちらにしろ、今の私達では手助けする事も出来ません」

「それはそうだけど………」

 

 完全沈黙しているオリジナルメティスを背負っているラビリスと、肩を貸し合っているメアリとアリサがダンテを不安そうに見送るが、ダンテは平然とライトニング号へと向かっていく。

 

「ケルベロス、アグニ&ルドラ、ネヴァン」

 

 ダンテが呼ぶと、前に出たケルベロスに並ぶようにトランクケースから炎と風の双刀と雷の鎌が飛び出し、頭部の無い双子の巨人と電撃とコウモリをまとう女悪魔へと変じる。

 

「何用かダンテ」「我らをこの姿で呼ぶとは」

「慰めてほしいのかしら?」

「いいから前を見な」

 

 口々に騒ぐ悪魔達に一括しながら、ダンテはこちらに向かってくるライトニング号を指差す

 

「あれを止めなきゃならないんでな。まあ止めさえすれば好きにしていい」

「壊してもいい、というか壊さなければならないように聞こえたが」

「なかなか歯ごたえがありそうだ」「周囲も気にしなくていいのだな」

「面白そうじゃない」

 

 ダンテの指示を好き勝手に解釈する悪魔達だったが、そこで強風に乗ってきた他の悪魔使い達もその場に降り立つ。

 

「すまない、ここまでヤング達を運ぶのが今の私で精一杯のセオリーだ」

「いや、助かった」

「後はこちらでどうにかする」

 

 小次郎とアレフが降り立つと同時にCOMPを操作し始める。

 

「すげえ悪魔、あれ武器にしてたのかよ………」

「後だ、構えろ」

 

 修二が唖然とする中、ライドウが管を構えて詠唱を開始する。

 

「泣こうが喚こうが、これが最後になりそうだな」

「ならなかったら別の意味で最後かと」

 

 キョウジと八雲が、顔を引き締めながらGUMPのトリガーを引く。

 

「ライトニング号の速度、現在約時速85km、接触まで残る120秒」

 

 仁也がデモニカのセンサーからデータを読み上げ、全員に緊張が走る。

 

「残ったマグネタイトを全消費させて召喚させる、か」

「やった事は無いな」

「召喚術の中でも禁忌に近い。下手すれば仲魔を完全に使い捨てにするからな。初代キョウジが使っていた方法だ」

「あの、オレ召喚プログラムなんて無いんだけど」

「精神を研ぎ澄まし、己の生体マグネタイトを高めて一気に注ぎ込め、調整に失敗したら命まで削りかねないがな」

「どうせここでしくったらロクな事にならんからな。多少寿命削れるくらいは我慢しろ」

「寿命で死ねると思ってる奴は今ここに誰もいないだろ」

「ああ」

「え~と」「最前線の軍人のようだ………」

 

 悪魔使い達のとんでもない発現に修二や仁也はドン引きするが、すでにライトニング号は目前まで迫っていた。

 

「さあ、派手なライブにしようぜ!!」

「ヴィシュヌ!」「スサノオ!」「セイテンタイセイ!」「トール!」「シヴァ!」「カーリー!」「オメテオトル!」

 

 ダンテの繰り出す悪魔達に続けて、笛を持った光明神が、剣を持った破壊神が、雲に乗った猿神が、戦鎚を持った雷神が、蒼き四本腕の破壊神が、六本腕の怒れる地母神が、二面性の創造神が、ありったけのマグネタイトで限界までの体躯と魔力を持って一斉にライトニング号へと襲いかかる。

 手始めに巨大な氷柱と炎風が両側からライトニング号に直撃し、そこに電撃がほとばしる。

 正面から魔力の塊と大斬撃が襲い、如意棒と戦鎚が上空から振り下ろされる。

 断罪の閃光と六剣の斬撃が叩きこまれ、火炎魔法と氷結魔法が立て続けに打ち込まれる。

 怒涛の連続攻撃に、ライトニング号の艦体が大きく跳ね上がり、装甲がひしゃげていく。

 

「もっとだ! ありったけのマグネタイトを注ぎ込むんだ!」

「分かって、くっ……」

 

 小次郎が叫ぶ中、ダメージが多かった八雲が思わず片膝を付く。

 

「八雲!」

「まだ、なんとか………」

 

 最早保有マグネタイトだけでは足りず、誰もが己の生体マグネタイトまで使用する中、ライトニング号は最早すぐ目の前まで迫ってきていた。

 

「ライブはまだまだこれからだぜ! ヒィハァ~!!」

 

 とうとうダンテまで魔人化し、ライトニング号へと突っ込んでいく。

 

「たたみ掛けるぞ!」

「ああ!」

 

 小次郎とアレフを先導とし、他の悪魔使い達も残った力を振り絞って仲魔を繰り出す。

 

「ハッハ~!」

 

 哄笑と共に、魔人化したダンテが双銃から電撃を連射し、それに続くように氷結、炎風、電撃が荒れ狂う。

 

「ヴィシュヌ! 左タイヤを狙え!」「スサノオは右だ!」

 

 光明神と破壊神が左右のタイヤを続けて破壊し、ライトニング号の動きが大きく乱れる。

 

「セイテンタイセイ! こじ開けろ!」「トール、流し込め!」

 

 猿神がひしゃげた装甲の穴をこじ開け、そこに雷神が電撃魔法を叩き込む。

 

「シヴァ、抑えろ!」「カーリー、やっちまえ!」「オメテオトル、連撃を!」

 

 ダメージに動きが鈍ったライトニング号に破壊神がありったけの魔力の塊を正面から叩き込み、地母神の六刀がひしゃげた装甲を切り刻み、創造神が火炎と氷結を撃ち込んでいく。

 

「そろそろ、フィナーレと行こうか!」

 

 魔人化ダンテが大きく宙へと飛び上がり、上段に構えたリベリオンにありったけの魔力を注ぎこむ。

 

「Blast off!」

 

 魔神の力を込めた大斬撃に、三体の大悪魔も続き、悪魔使い達の仲魔もありったけの力をこめた攻撃を繰り出す。

 リベリオンの一撃がライトニング号のボディに食い込み、切り裂いていく。

 そこに氷柱が、炎風が、電撃が潜り込み、装甲が砕け、ひしゃげ、そしてそこへ仲魔達の攻撃が容赦なく叩き込まれる。

 

「これで、ラスト!」

 

 八雲が叫ぶ中、仲魔達の一斉攻撃にとうとうライトニング号は砕かれた装甲を撒き散らしながら横転、壮絶な火柱を上げて完全に沈黙した。

 

「やった………か?」

「ライトニング号のエネルギー数値は低下している………無力化に成功したようだ」

「だああぁぁ! 二度とやらねえぞ………」

 

 キョウジの呟きに、仁也がデモニカのセンサーで確認、それを聞いた修二はうめき声を上げながらその場に腰を下ろす。

 悪魔使い達の誰もが己の生体マグネタイトまで使い、疲労困憊で膝をついていく。

 

「おっと、フィーバーしすぎたかい?」

「タフだな、あんた………」

 

 元の姿に戻ったダンテが、魔具に戻った悪魔達を再度スーツケースに戻しながら声をかけてくるのを、キョウジは呆れた顔で見返す。

 

「カロンのコインを確認しておけ。冥界でこれだけの生体マグネタイトの消費は危険だ」

「なんか、かなり黒くなってんだけど………」

「まだ大丈夫だが、早く戻った方がいいな」

「あの状況では、内部の残党も全滅したか」

 

 小次郎が率先してコインを確かめる中、大分色が変わったコインに修二は顔を引きつらせ、アレフも自らのコインを、ライドウは炎上しているライトニング号を確かめる。

 

「その前に………」

 

 仁也はそう言いながら、ある一点を見つめる。

 地に倒れ伏した少女を取り囲む、人垣の方を………

 

 

 

「チドリ、しっかりしろチドリ!」

「順平、だから大丈夫。私はもう死んでる」

「そういう事じゃなくて!」

 

 胴体に巨大な弾痕が穿たれ、口元から黒ずんた血を垂れ流しているチドリに、順平は必死に呼びかける。

 

「こいつはひでえ………」

「誰か治療を!」

「確か、魔力を注ぎ込んで直すと………」

「見せて!」

「これは………」

 

 特別課外活動部メンバーも顔色を失う中、咲とヒロコが治療を行おうと状態を見るが、二人共に絶句する。

 

「早くしてくれ! このままじゃチドリが!」

「だからもう…死んで…」

 

 順平が狼狽する中、チドリは苦笑しようとするが、その口から喋る度に黒ずんだ血が滲みだす。

 生身の人間なら致命傷どころか即死してもおかしくない重傷に、咲とヒロコは黙って首を横に振った。

 

「残念だけど、傷が深すぎるわ………」

「恐らく、魔力を与えても………」

「どういう事だよ! チドリは、どうなるんだよ!」

「………肉体の限界に達した屍者の体は崩壊を始め、よくてゾンビ、それ以上ならモウリョウと化すわ」

「そうなったら、恐らく自我も記憶も保てない。最悪の場合、存在すら保てなくなって………」

「待て、そうだとしたら…」

「消滅する、と?」

 

 明彦と美鶴が導き出した答えに、ヒロコは小さく頷く。

 

「消…滅? チドリが消えるって?」

「大…丈夫。死人が………ちゃんと死ぬ………だけ………」

 

 順平が愕然とする中、チドリは微笑を浮かべて順平へと手を伸ばそうとするが、途中でその手が力を失って地面に落ちる。

 

「ゴメン………もう力が…入らない………」

「しっかりしろ! 消滅なんてさせるか!」

「おい! なんとかならないのか!」

「ここまで損傷が激しいと、後は…」

 

 目を閉じようとするチドリを順平は必死になって声をかけ、真次郎は思わず咲の胸ぐらを掴み上げるが、咲は静かに視線を逸らす。

 

「させる、かよ! トリスメギストス!」

 

 順平は召喚器を引き抜き、己の額に向けてトリガーを引く。

 

「何を…」

「オレは一度死にかけたのをチドリに助けらた! その時チドリのペルソナの力が一部オレのペルソナに入ってる! だったら同じ事が出来るはずだ!」

「止めなさい! そんな事したら!」

「チドリィィ!!」

 

 ヒロコが止めるのも聞かず、順平は召喚器を連射。

 残った力全てでペルソナを発動させ、チドリに力を注ぎ込んでいく。

 

「聞いてたはずよ! 死者に力を与え過ぎたら、貴方も死ぬのよ!」

「構わねえ! チドリが消えるよりはマシだ!」

「それは一人ならの話だろ!」

「出来るかどうか………!」

 

 咲が説得しようとするが、順平は構わず続け、それどころか明彦と美鶴も加わろうとする。

 だがそこへ、一発の銃声が轟いた。

 

「え………」

「何を!?」

「それ以上はストップのセオリーだ」

 

 突然の事に咲とヒロコが驚いて振り向くと、そこには拳銃を手に、こちらへと歩いてくるゲイリンの姿が有った。

 

「そこから先はタブーのエリアだ」

「葛葉の召喚士として、看過する事は出来ない」

 

 ゲイリンのみならず、ライドウも愛刀を抜き放つ。

 

「仲間を、見殺しにしろというのか………?」

「場合によっては、死者が二人になる」

「だが!」

「ユー達は魔術に詳しくないケースだが、彼がやろうとしている事は…」

「知ってるさ、禁忌魔術の一つだからな」

 

 双方が睨み合う中、八雲が口を挟みつつ、ペルソナ使い達の前に立つと、ゲイリンと対峙しながら銃を抜く。

 

「悪いが、オレはこいつらの監督役でな。葛葉四天王二人相手じゃ勝ち目は無さそうだが、そっちが終わるまでは粘らせてもらおうかな?」

「貴様、それでも葛葉か?」

 

 ハスターの風に耐えられそうにないので一度離れていたゴウトが、ライドウの肩に降り立ちながら八雲に鋭く問いかけるが、八雲はそれを苦笑で返した。

 

「オレは外様のスカウト組、しかもハッカー上がりなんでね。葛葉の正規修行なんて受けてないし、法を犯すなんて昔からやってる」

 

 吐露しながら、八雲はペルソナ使い達に目配せし、意図を察したペルソナ使い達は慌ててチドリの治療に戻る。

 そんな中、一人だけそれに加われない、死者である真次郎も八雲の隣に立つ。

 

「悪いな爺さん、アンタにはさんざん世話になったが、恩を仇で返す事になりそうだ………」

「ユー………」

「ならば、好きにしろ」

 

 言うや否や、突然ライドウは八雲と真次郎へと向けて斬りかかってくるが、もう一つの影が前へと飛び出してそれを受け止める。

 

「これは?」

 

 レーザーコーティングされたアンブレラが、ライドウの白刃を弾き返す。

 見た事もない未来武器にライドウが僅かに驚くが、それをかざした者、凪が口を引き締めながら、構えを崩さない。

 

「凪、何をしているセオリーだ?」

「申し訳ありません。師匠、先輩。けど、私も仲間は見捨てたくないセオリーです!」

 

 他の二人に比べ、余程の覚悟か顔色を青くしながら、凪は僅かに震える手でチドリを護るように立ちはだかる。

 

「おい、慣れない事は止めとけ。特にお前みたいな生真面目な奴は」

「そうだな」

「ですが!」

「安心しな、オレは上司に怒られるなんて日常茶飯事だからな、なあキョウジさん」

「オレじゃなくてレイホゥに、だろ」

 

 凪を押しのけるようにして八雲と真次郎が前へと出るが、そこにキョウジも現れ、両者の中間に陣取ると、突然地面に腰を下ろす。

 

「やらせてやったらどうだ? 失敗しそうならオレが責任を取る」

「キョウジ、何を言っているのか分かっているのか」

「だから責任取るって言ってるだろうが。ようやくあっちが片付いたってのに、ここで余計な揉め事起こしてどうするよ」

「だが………」

「オレもキョウジに賛成だ」

「うまくいく保証は無い。危険なら力づくで止める」

「………状況がよく分からないのだが」

 

 傍観していた小次郎とアレフも同意、魔術に詳しくない仁也だけが首を傾げていた。

 

「えと、これって………」

「ちょっとどいて!」

 

 訳が分からず混乱するあかりを退けるようにして、駆け寄ってきたゆかりが己のペルソナを発動させて順平達に協力する。

 

「順平! 貸しにしとくからね!」

「分かってるよ………く、う………」

 

 一番力を注いでいる順平の顔色が段々悪くなっていき、デモニカでモニターしていた仁也が一番に気付く。

 

「止めさせるんだ! ライフモニターがイエロー、いやレッドに!」

「だから言ったセオリーだ! すぐに…」

「ええい、ごめんライドウ! イシュキック!」『メディアラハン!』

 

 ゲイリンが力づくで止めようとする前に、あかりがやけくそ気味にペルソナ発動、残った力全てで課外活動部に回復魔法を掛ける。

 

「少し持ち直した、が…」

「チド…リ………」

 

 順平の手から召喚器が滑り落ち、そのままチドリへと覆い被さるようにその体が崩れ落ちる。

 

「伊織!」

「順平!」

「く…」

 

 仲介する順平が倒れた事で、他のペルソナ使い達も発動を中断、慌てて順平の状態を確かめる。

 

「大丈夫だ、弱いがバイタルは安定してる」

「よ、良かった~」

 

 ゆかりが胸を撫で下ろすが、そこで順平の胸元のポケットからカロンのコインが滑り落ち、それがほとんど真っ黒になっている事に再度顔色を変える。

 

「ちょ、これマズいんじゃない!?」

「オレ達のも大分黒くなってるが、ここまでは…」

 

 明彦も自分のコインを確かめ、確かに黒ずんできているが、明らかに順平のは度を超えていた。

 

「………すぐに現世に戻るセオリーだ。もう彼はここにはいられないケース」

「そう言えば、彼女は…」

 

 ゲイリンが諦めた顔で銃をホルスターに仕舞う。

 美鶴がチドリの状態を確かめようとした所で、別の異変に気付いた。

 

「これは………」

 

 極限まで疲弊し、どこか遠くから聞こえてくるように会話を聞いていた順平だったが、その耳にある音が聞こえてきた。

 

「ん?」

 

 図らずもチドリに覆い被さるようにしていた彼の耳に、再度その音が響く。

 小さいが、確かな鼓動の音が。

 

「チドリ?」

「………順平?」

 

 なんとか身を起こした順平もチドリの異変に気付く。

 ありったけの魔力を注ぎこむ事で傷口はふさがっていたが、それだけでなく、チドリの顔色が死者のそれでなく、僅かに血の気を帯びてきている事に。

 

「これは………彼女にも生命反応が!」

「何!?」

「え? え? どういう事?」

 

 仁也もそれに気付き、ペルソナ使い達は混乱するが、悪魔使い達はある者は嘆息し、ある者は苦笑する。

 

「やあれやれ、やっちまったな」

「どうやら、そのようだ」

 

 キョウジが大声でぼやき、ゴウトもそれに続く。

 

「私………」

 

 他でもない、チドリ自身が徐々に血色を帯びていく自分の手を、信じられない顔で見つめる。

 

「………それこそが禁忌魔術が一つ、《死者蘇生》だ」

「運が良かったな。普通はそこまでうまくいかないぞ」

 

 何が起きたのかをライドウが告げ、八雲も苦笑しながら銃を仕舞う。

 

「死者、蘇生?」

「じゃあこの子、本当に生き返っちゃったの!?」

 

 美鶴も唖然とする中、ゆかりは慌ててチドリの手を取り、それがちゃんと脈打っている事を確かめる。

 

「彼女のペルソナの一部が、彼の中にあったからこそ、成功したケースです。普通は不完全なアンデッドになる事が多いセオリーなのですが………」

「チドリ、良かった、良かった………」

 

 凪が補足説明するが、順平はロクに聞きもせずにチドリを抱き締める。

 

「い、痛い順平」

「あ、悪い………」

「それじゃあとっとと帰るんだな。あまりここにいると、また死んじまうぜ」

 

 二人に背を向けながら、真次郎はそれだけ告げる。

 

「それとアキ、妙な事考えるなよ。チドリと伊織のペルソナが共鳴したから出来たって今言ってたろ?」

「いや、その…」

「それに、こっちのごたごたが完全に片付いたかも分からねえしな。後はオレとゲイリンの爺さんで片付けとくからよ」

 

 それだけ言うと、真次郎は手にした斧で仲間達を追い立てるように払う。

 

「荒垣………」

「荒垣先輩………」

「辛気くせえのは無しだ。山岸と天田とコロマルによろしく言っててくれ」

 

 何か言おうとする美鶴とゆかりを遮り、真次郎が背を向けて手を振った所で、懐の携帯が鳴る。

 

「おう、あんたか。ああ、こっちは今終わったぜ。そうか………分かった」

 

 短く会話した所で、真次郎は八雲へと携帯を放る。

 

「アンタに変わってくれだそうだ」

「リーダーが?」

 

 八雲はまだ痛む左手で受け止められず、取り落としそうになったのをキョウジが拾ってやる。

 

「すんません。ああリーダー」

『うまくいったかい?』

「何とか。リーダーの組んでくれたプログラムのお陰で」

『それは良かった、被害者は出てないかい?』

「…出てないというか、マイナスというか」

『マイナス?』

「詳しくは…」

 

 そこまで話した所で、ふと八雲は何か淡い光が自分を覆っているのに気付く。

 

「おっと、どうやらそろそろ時間切れみたいだ」

 

 その光の元が、カロンのコインから発せられる物だと気付いた八雲が苦笑。

 

「リーダー、どうやらこの世に戻されるみたいで」

『あ、そう? じゃあ岳羽君に変わって』

「岳羽!」

「え?」

 

 いきなり呼ばれたゆかりが振り向く中、携帯が投げ渡される。

 

「えと…」

『やあゆかり、無事かい?』

「お父さん! えと、あの…」

 

 何かを言おうとするゆかりだったが、光は段々強くなり、徐々に己の体が透けてきている事にゆかりは慌てる。

 

「あ、ちょっと待って! まだ色々…」

『無事ならいいさ。元気でな』

「お父さん、その、ありがとう!」

 

 それを告げた後、ゆかりの手から携帯が滑り落ちる。

 

「師匠、その…」

「己の判断を迷ってはいけないセオリーだ」

「ゲイリン、世話になった」

「凪を頼む、ライドウ」

「カロン! ちとばかり増えてるが一緒にな!」

「あの、彼女も一緒に!」

「もが~!」

「こいつも。ちゃんと捕虜扱いしてやるから」

「行こう、チドリ」

「うん、順平」

 

 やがて光は更に強くなっていき、まばゆいばかりとなった直後、突然消える。

 後には、激戦のなごりと死人だけが残されていた。

 

「行ったか」

「そのセオリーだ。元々ここは生者のいるべき場所ではない」

「ちがいねえ」

 

 そう言いながら真次郎は笑ってゲイリンと死闘の跡と仲間達との消えた場所を見つめていた。

 

「チドリの奴は、大丈夫なのか?」

「極めてレアなケースだ。それに何かあってもライドウもキョウジもいる。何とかなるセオリーだ」

「そうか、じゃあオレらも戻るとすっか」

「そうだな、そうするセオリーだ」

 

 二人の男は、静かに戦場を後にした………

 

 

 

「おや?」

「これは…」

 

 三途の川に造られたベースキャンプで、目の前に光が現れた事に残っていた者達は警戒するが、程なくして光の中から冥界に向かった者達の姿が現れ、胸を撫で下ろす。

 

「お帰り~、全員無事?」

「ちとばかり増えてるぜ」

「増えた?」

 

 スナイパーライフルを担いだまま声を掛けてきたアルジラに、ダンテは含みのある笑みをしながら、背後を指差す。

 

「おい! そのゴスロリ持ってきたのか!?」

「中身は上書きしました」

「多分大丈夫や」

「………ロボ娘が一人増えてるような」

「もが~!」

「そのブラックデモニカ、まさかジャック隊!?」

「中身は違う、向こうで見つけた捕虜だ」

「何かと知ってそうだからな、戻ったら拷…尋問する」

「あと、その変わった衣装の子は?」

「順平の彼女」

「あの世で一体何があった………」

 

 留守居をしていた者達と戻ってきた者達の間であれこれ会話がかわされる中、空間がゆらめき、カロンが姿を表す。

 

「無事に終わったようだな」

「ま、死人は出てないしな」

「生者は出たが、戻せなんて言わねえよな?」

「そちらは別に問題ない。冥界は死者の場所だ。行く気の無い死者もいるようだが」

「ちっ、一つくらい新しい体が空くかと思ったが………」

 

 舌打ちしているキョウジ(故)に全員が距離を取りつつ、カロンが帰ってきた者達を見回し、チドリと順平に目を留める。

 

「む、これは………」

「なんだよ」

 

 じっとこちらを見ているカロンからチドリをかばうように順平は立ちふさがるが、カロンは何をするでもなく、二人を見定める。

 

「なぜそうなったのかは分からないが、君達は魂の半分近くを共有している。それは君達がペルソナと呼ぶ力にも及んでいる。これ以降、戦う時は離れないようにするといい」

「へ?」

「…分かってる」

 

 突然の事に順平が間の抜けた声を上げるが、チドリは小さく頷いた。

 

「何しやがった? 魂の共有化なんて滅多に起こる事じゃない」

「死人返し。危うくライドウとゲイリンにこっちが殺されそうになったが」

「そうしてくれれば、次が決まったんだがな」

 

 キョウジ(故)に八雲が説明すると、何か危険な相槌に八雲の頬が引きつる。

 

「それじゃあ、とっとと戻った方いいわよ。あっちも大変な事になってるみたいだし」

「セラと園村がさらわれたとは聞いたが、続報は?」

「混乱状態でよく分からない。向こうも大分もめているらしい………」

「オイオイ、こっちは負傷者も多いぞ。オレとか」

「早く戻って八雲さんの腕治療しないと!」

「一難去ってまた一難とはこの事か………」

「幾つ難が続いているのかすでに分からないのだが………」

「いつもの事だ」

「違いねえ」

 

 皆が現状を再確認する中、美鶴が思わず呟いた事に小次郎とキョウジが賛同してその場にいた何割かの者達は思わず引いてしまう。

 

「それじゃカロン」

「分かっている、皆を現世へと戻そう。出来ればこちらはしばらく平穏である事を願うが」

「すぐこっちに来るかもしれんから、そん時は頼む」

「八雲さん!」

「あははは、そん時はリーダーにまた会えるね」

 

 笑えない冗談をかわす中、皆の足元に再度巨大な蓮の花が現れ、ゆっくりと上昇していく。

 

「行きと違って、帰りはのんびりしたモンだな」

「出来ればあんな目に会うのが二度とゴメンこうむりたいが」

 

 ダンテがおどけて言う中、負傷者の処置を進める仁也は、冥界に落とされた時の事を思い出して身震いする。

 

「大元は潰した、大穴も直に塞がってくるだろう」

「あちらの状況が安定したら、再度四柱封印の儀を執り行うとしよう」

「安定すればの話だけどよ」

 

 今後について話し合うライドウとゴウトに、キョウジは向こうがどうなっているかを思案する。

 

「ま、退屈はしなくて済みそうだ」

「退屈してえよ、こっちは………」

 

 誰もが疲労困憊してる中、ダンテが楽しげに言うのを八雲はぼやき返す。

 彼らが戻った先には、予想外の状況が待ち受けていた………

 

 冥府の底から帰った糸達は、傷ついた体に鞭打ちながらも仲間の元へと戻る。

 その先に待ち構えるのは、果たして………

 



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PART46 RESCUE MISSION

 

「すまない、完全に裏をかかれた………」

「仕方あるまい、まさかそこまで緻密な作戦で、セラ君を狙ってくるとは」

「園村も一緒だ。早々簡単に手を出せるとは思えないが、逆に言えばそれがいつまで持つか、だ」

 

 戻ってすぐに警察署所長室に訪れた尚也の報告に、克哉と南城は沈痛な表情を浮かべていた。

 

「合理的な方法だ。セラをさらえば、最悪喰奴は自滅する」

「こちらもいつまで持つか、だな」

 

 ゲイルとロアルドが深刻な表情をしながら、業魔殿から支給されたマグネタイトバーをかじる。

 

「これである程度はごまかせるが、やはりセラの歌が無ければ暴走は時間の問題だろう」

「単体なら鎮める事は出来るらしいが、もし集団で起これば………」

 

 内外に多くの問題を抱えた克哉が、考えたくない事態に頭を抱えたくなるが、そこでレッド・スプライト号からの緊急直通通信が飛び込んでくる。

 

「何事だ!」

『喰奴の一体がこちらを襲撃! 武器庫を漁ってる! 赤い奴だ!』

「ヒートか」

「今こちらから人を回す! 不用意に手を出すな!」

『り、了解!』

「行こう」

 

 その場で唯一表情を変えていなかったサーフの一言に、喰奴達と尚也も急いでレッド・スプライト号に向かう。

 その場に残った南城と克哉は、どちらともなく重い溜息を吐き出す。

 

「どうやら、彼は救出部隊の編成が待てなかったようだな」

「全く、喰奴は大きな戦力なのは間違いないが、こうも問題を起こされては………」

「編成を急ごう、冥界に行った者達を待ってはいられない。一番厄介なのは、セラだけでなく、園村の利用価値を向こうが知ればとんでもないリスクと成り得る」

「カルマ協会のジェナ・エンジェル。悪魔化ウイルスを作り得る程の天才が、何を目的ととしているのか………」

 

 どう考えても危険な事しか考えられない状態に、克哉の焦燥は募るばかりだった………

 

 

 

「そこの喰奴! 不必要な立ち入りは禁止のはずだ!」

「ああ!?」

 

 レッド・スプライト号内部、武器・弾薬保管室の前で、力任せに扉を千切り開けたヒートに、デモニカをまとった機動班が銃口を向けるが、ヒートは怒声を撒き散らしながら、中からありったけの武装を掴み上げる。

 

「必要なら申請すればちゃんと渡す! 勝手な持ち出しは非常時以外オレ達でも禁止なんだぞ!」

「じゃあ今がその非常時だ!! 邪魔するなら食うぞ!!」

「ひっ………!」

 

 喰奴化したまま、咆哮のような声を上げるヒートに、機動班は思わず後ずさる。

 

「ど、どうする?」

「一応味方という事にはなってるが………」

「あの様子では本気で食われかねんぞ………」

「他の喰奴達はまだか!」

 

 手を出しかねる機動班だったが、どう見ても本気なヒートに、ただ震えて包囲するだけだった。

 

「止めろヒート」

「救出部隊はこれから選抜する! 無論君も入れる!」

「待ってられるか!! エンジェルの奴がセラに何しでかすか、考えてみやがれ!」

 

 そこにサーフと尚也が現れ、説得を試みるが、ヒートは聞こうともせず、人の姿に戻ると、背負えるだけの銃火器、弾薬を背負う。

 

「聞いて聞くような奴ではなさそうだ」

「最近、一際ひどくなった」

「仕方ない、力づくで…」

 

 一緒に来たロアルドとゲイルも説得は不可能と判断し、アートマやアルカナカードをかざそうとした時だった。

 ふとヒートの背後に人影が立った。

 

「あん?」

 

 気配に気付いたヒートが振り返ろうとした時、その首筋に注射針が突き立てられ、無造作に巨大な注射器の中身が注入されていく。

 

「てめえ、なに…しや………」

 

 激高しながら注射針を抜こうとしたヒートだったが、途中で力を失い、その場に倒れて昏倒した。

 

「暴れる患者にはこれに限る」

「あの、先生それ致死量の何倍………」

 

 ヒートを昏倒させた当人、レッド・スプライト号医療班のゾイが空になった注射器を手に一人頷くが、助手のメイビーがその薬品量の多さに顔色を変える。

 

「喰奴の頑強さから逆算した量だ、死にはしないだろう」

「確かにバイタルは安定してる………」

 

 断言するゾイに、機動班もさすがにドン引きしながらデモニカのセンサーでヒートの状態を確認、喰奴のタフネスと平然と致死量オーバーを注射したゾイに畏怖を覚えた。

 

「すまない、迷惑を掛けた」

「まあ、あんなか弱そうな子さらわれたら、何が何でも助けたいって気持ちは分からなくもないが………」

「ちょっと極端すぎるけどな」

 

 サーフが珍しく積極的に頭を下げる中、数人がかりでヒートを外へと運び出す。

 

「ついでだ。そいつが持ちだしたブツ、そのまま持って行って構わんぜよ」

「…いいのか」

「セラって子の歌が無いと、お前ら暴走して共食いするって聞いてるぜよ。巻き込まれたらかなわん」

「確かに一理あるけどね」

「了解した」

 

 資材班のアーヴィンの言葉に、サーフは再度頭を下げ、尚也と共にヒートが持ちだそうとした銃火器を集め始める。

 

「これ、全部一人で使う気だったのかな?」

「ヒートは重火器の名手だ」

「本気で一人で戦争する気だったのか?」

「かもな………」

 

 手伝ってくれた機動班の班員達も呆れる程の量と種類に、ヒートの焦りが感じ取れるようだった。

 

「アーサーが今救出ミッションをシュミレーションしているらしい。だが相手はかなりの武闘派って話じゃないか」

「ヨスガだろ? オレ偵察部隊と交戦した事あるけど、エンジェルとオーガで構成されたやべえ連中だったぜ」

「下にいる連中でヤバくない連中ってほとんどいないような………」

 

 機動班のかわす会話に、尚也が改めて現状の危険度を認識する。

 

「マキ………無事でいてくれ………」

 

 手にした銃の重みを感じながら、尚也は仲間の無事を祈るしかなかった。

 

 

 

「このっ!」

 

 千晶の異形の腕が、目の前の壁を一撃で破砕する。

 

「やれやれ、やっとか………」

 

 隣にいたエンジェルが吐息をもらしながら、目の前に有るまるで童話に出てくるようなお菓子の家へと近づき、その扉を開ける。

 

「くっ………」

「ゴメンお姉ちゃん………」「もうこれ以上は………」

 

 お菓子の家の中、明らかに疲弊してる麻希のそばで、彼女の切り札であるペルソナ・マイとアキが限界に達して消えていく。

 それと同時に、お菓子の家もその周囲を取り囲んでいたダンジョンも消えていき、麻希とその背後にいたセラだけが残った。

 

「まさか、己のイドを具現化させてダンジョン化させるとはな。セラ以外にこんな事が出来る者がいようとは………」

「手間掛けさせてくれたわね」

 

 千晶が前へと出ると、麻希はとっさに拳銃を抜くが、トリガーが引かれると同時に千晶の異形の腕が銃弾ごと拳銃を弾き飛ばす。

 

「あっ!」

「マキ!」

 

 続けて異形の腕が麻希の喉笛を掴み、その体を持ち上げる。

 

「さあて、どうしてくれようか………」

「マキを離して!」

「そうだな、彼女は貴重なデバイスだ。壊されてはかなわん」

「ちっ!」

 

 セラが千晶にすがりつこうとするが、エンジェルの言葉に千晶は舌打ちしつつ、無造作に麻希を手放す。

 

「あう………」

「マキ! マキ!」

 

 身体共に限界に達したのか、その場で力なく座り込む麻希にセラは慌ててゆすり起こそうとするが、限界に達していたのかマキはほとんど意識を失っていた。

 

「安心しろ、殺しはしない。これだけの力を持っているなら、カグツチへのアクセスにも耐えられるだろう」

「太陽にやった時は、この子以外は全員発狂死したんでしょう? 本当に大丈夫なの?」

「機械的補助でやるつもりだったが、都合よくバイアスに使えそうな奴が付いてきた。失神しているなら尚の事好都合だ」

「やめてエンジェル……やめて母さん!」

 

 泣き叫ぶセラに、エンジェルは用意しておいた薬品スプレーを噴射させ、それを吸ったセラもその場で昏倒する。

 

「今、その子貴方の事、とんでもない呼び方したような気がしたけど?」

「事実だ。セラフィータは両性具有の私の精子と卵子を結合させて生まれた、私の娘だ」

「娘を道具として使うか、使える物は何でも使う主義ってわけ………」

「そちらの教義からズレているかもしれないが、これが私のやり方だ」

「いいえ、気に入ったわ」

 

 千晶は腕同様異形と化している口元を歪める笑みを浮かべ、麻希とセラを両方まとめて片手で掴み上げる。

 

「機材の準備はそろそろ整っているはずだ」

「ちょうどいい時間つぶしだったわね」

「多少部下が減ったがな」

 

 ダンジョンが消えた後、そこかしこにヨスガの天使やカルマ協会の戦闘員の屍が転がっているのを気にも止めず、二人はカグツチへのアクセス装置の設置してある部屋と向かう。

 

「上手く行けば、守護など無くても創世は可能だろう」

「それはいいわね。もっともそこまで上手く行くとは思ってないけど。あなたはどんな世界を望むのかしら」

「全ての者に力とチャンスを与える世界、それが私の望みだ。最後に力のある者が残る、ヨスガのコトワリと言えなくもない」

「ますます気に入ったわ。私達で力が全ての世界を創世するのもいいわね」

「その時は、互いにどちらがボスかで殺しあうかもしれないぞ?」

「それはとてもとても楽しみね………」

 

 笑みを更に深い物にし、千晶は含み笑いをじめ、それはやがて哄笑へと変わっていく。

 連られるようにエンジェルも笑い声を上げ、二人の笑いがマントラ軍本営に響いてくる様を、双方の部下達が何故か寒気を感じながら聞いていた。

 

 

 

「やはり、マントラ軍本営にいると考えるのが妥当でしょう」

「問題は、まんま要塞って事ね………」

 

 珠閒瑠警察署の一室で、祐子とレイホゥがヨスガの本拠地であるマントラ軍本営の略図を広げながら、救出作戦に頭を悩ませていた。

 

「今戻った」

「ゲイルさん、ヒートさんは?」

「薬で眠っている。数時間以内には起きるだろう」

「喰奴が昏倒って、相当盛ったんじゃない?」

「致死量の数倍程だそうだ」

 

 茶化したつもりのレイホゥだったが、真顔のゲイルの答えに、祐子共々顔色を変える。

 

「救出作戦の件だが、レッド・スプライト号から出せる人員は前回より少なくなりそうだ」

「でしょうね、あんだけ派手にやったばかりだし………アンタ達は大丈夫?」

「問題ない」

 

 そこにサーフも顔を出し、略図へと視線を移す。

 

「それが二人のいる場所か」

「ヨスガが何かをするとしたら、ここでしか考えられないわ」

「問題は、どこにいるかね………」

「内部の詳細を知っているのは、入った事のある英草君だけね」

「しばらくは戻ってこれそうないし、私達でどうにかするしかないわ。他の勢力の動向も気になるし、街の防備も固めないと」

「あの………」

 

 どうするべきか皆が頭を悩ませる中、控えめにドアがノックされ、風花が姿を見せる。

 

「あら風花ちゃん、もうちょっと休んでていいわよ?」

「いえ、セラさんや麻希さんの事もありますし、ナビゲーターの私が休むわけにもいけません。それに、近くまで行けば私のペルソナで二人の位置が分かると思います。上手く行けばエスケープロードで…」

「そろそろ、向こうには風花ちゃんの能力はバレてる頃よ。その隙は無いと思うわ」

「そうですか………」

「お~い、会議の準備出来たから業魔殿に集合だって~」

 

 そこへ克哉の使い魔であるピクシーがやってきて伝言を伝えるが、そこでレイホゥが首を傾げる。

 

「あれ、レッド・スプライト号でやるんじゃなかったっけ?」

「あの赤いのが暴れて変更だって~」

「早い所救出部隊を送らないと、また暴れかねないわね………」

「頼りにはなるんだけど、ちょっと思い込みが激しい人なのね」

「そういうレベルじゃないと思うんですけど………」

 

 前に見た喰奴の暴走を思い出し、風花は悪寒を感じずには居られなかったが、とにかく一刻も早くセラと麻希を救出するべく、業魔殿へと向かった。

 

 

 

「状況は一刻を争う」

 

 会議の開始と同時に、克哉が発した一言に異論を唱える者は誰一人としていなかった。

 

「セラを殺すのではなく、拉致したという事は何らかの利用目的があっての事と推察するのが妥当だ。それがなんであれ、糸を引いているのがあのジェナ・エンジェルなら準備に時間は然程必要とはしないはず」

「園村が一緒というのは、半分行幸で半分不運、と言った所だろう。園村が時間を稼いではくれるだろうが、彼女まで向こうの手に落ちれば、事態は更に悪化する可能性もある」

 

 ゲイルと南条の冷静な分析に、誰もが表情を険しくする。

 

「ヨスガはこの受胎東京でも有数の過激派よ。戦力も半端ではないわ」

「それが本拠地に立て篭もりしてる訳ね………」

 

 祐子の説明に、レイホゥは思わず嘆息する。

 

「今シエロと機動班からなる偵察部隊がイケブクロに向かっている。詳細が直に入るはずだ」

「問題は、どうやって突入するか、か」

 

 ロアルドの解説に尚也はその後に事について考える。

 

「ヨスガはこの間のシジマへの威力偵察を観察していただろう。上空からの突入は確実に警戒されている」

「アマラ転輪鼓の転移もそうね」

「ではどうする? どこか他に進入路は?」

 

 ゲイルと祐子の指摘に、南条は打開策を考慮するが、現状のデータでは明確な侵入方法は思いつかない。

 

「あの………」

 

 そこで風花がおずおずと手を挙げる。

 

「山岸君、何かいい手でも?」

「多分、何ですけど、前に私のペルソナの有効範囲より遠距離から、カチーヤさんや高尾先生と感覚を共有させてエスケープロードをした事が有るんです。セラちゃんや麻希さんは、もっと強い感覚を持ってるみたいなので、ひょっとしたら、共有化出来たら相互に転移出来るんじゃないかと………」

「それ本当!?」

「確信はちょっと………」

 

 驚いて席を立つレイホゥに、風花はビクつきながら自信なさげに応える。

 

「待ってくれ、それならまず二人をこちら側に転移させればいいのではないか?」

「実は、私のエスケープロードって状況如何では効果が発動しないんです。お二人が拘束とかされていたら、出来るかどうか………」

「確実にされてるわね、下手したら封印状態よ」

「橘さんにはかつてのマントラ軍の長だった牛頭天王の力が宿ってるわ。そういう対処も知っているかも」

 

 克哉の疑問に風花がうなだれる中、さらにレイホゥと祐子が追い打ちを掛ける。

 

「敵はこちらの外部からの侵入にはかなりの警戒をしていると推察出来る。だが、内部に直接突入出来るのなら、警戒網を無視する事すら可能だろう」

「だが成功確率は? 有効距離は? 未確定要素が多過ぎる」

「それ以上に時間が無い。セラがいなければ、我々喰奴がどれくらい理性を保てるかは自信が無いからな」

 

 ゲイル、南条、ロアルドの三人が素早く問題点を指摘、成功率をそれぞれが脳内で計算していく。

 

「あまり悩んでもいれない、ってのも問題ね。ヒートが目覚ます前に作戦立てておかないと、また暴れるかもしれないし」

「それどころか、単身突撃しそうよ、アレは………」

 

 レイホゥと祐子も悩む中、室内に電子音が響く。

 

「シエロからか」

『ブラザー、こちらシエロ! 敵のアジトはすげえ数の天使が取り囲んでる! しかもなんか高いビルの上にアンテナみたいなのが設置されてるぜ! こっちはカルマ協会の兵隊が警備しながら準備進めて…うわっ! 撃ってきやがった!』

「アンテナ、だと?」

「まさか………」

 

 シエロからの通信に克哉は眉を潜めるが、ロアルドはある可能性に辿り着く。

 

「そうか、分かった! マントラ協会はヨスガと協力して、セラを本来の目的のために使う気だ!」

「本来の目的って、確か………」

「カグツチに交神しようというの!?」

 

 レイホゥがセラの能力の事を思い出すが、祐子はその危険性に誰よりも早く気付いた。

 

「カグツチは創世のための母体よ! そんなのと交神したら、何が起きるか分からないわ! そもそも、セラちゃんも持たないかもしれない!」

「セラが虚弱なのも、幾度も神にアクセスしたためと聞いている。最悪、使い捨てる可能性も有り得る」

 

 ゲイルの導き出した恐ろしい演算結果に、誰もが生唾を飲み込む。

 

「文字通り一刻の余裕も無い。現存戦力の許す総員を持って、早急に園村とセラを奪還する必要がある」

「だが相手は屈指の武闘派だ、今の戦力で突破出来るのか?」

 

 深刻な顔の尚也に、克哉もまた深刻な顔で考えこむ。

 

「他の連中の動きも活発になってるようだし、あかりがいない以上、仮面党からは人員は出せない」

「街の警備を薄くする訳にもいかないし、主力の半分以上が冥界に落ちたのは全く予想外だったしね………でも、やるしかないわね」

「ええ、これ以上事態の深刻化は避け…」

 

 それまで黙っていた杏奈が険しい顔で市街警備重視を宣言し、レイホゥと祐子も表情が険しくなっていたが、そこで突然祐子の体がケイレンを始める。

 

「! これって…」

 

 何人かは突然の事に驚くが、見た事のあった者達は次に何が起きるかを予想し、目を見開く。

 ケイレンが止まった次には、祐子の顔が塗料をぶちまけたかのような異形の物へと変貌していた。

 

「汝ら、道に迷いし愚か者達よ! 変革の時は近付かん! 恐るる事なかれ! 無謀こそが有望と成り得ん!」

 

 祐子の物とは違う、重い声が室内に響き渡り、再度祐子の体がケイレンしたかと思うと、元通りの顔に戻る。

 

「今のは………」

「彼女に付いてる神様のお告げらしいわよ。よく分からないのが難点だけど」

「やってみろ、という事か?」

「多分………」

 

 突然の事に皆が首を傾げる中、神託の意味を大体理解して誰もが顔を見合わせる。

 

「正直、作戦を立てている時間的余裕も無いだろう」

「先の作戦でのダメージも抜けていない、だがジェナ・エンジェルの目的の阻止は必須だ」

「成功率は低いが、彼女の作戦に賭けるしかないか?」

 

 南条、ゲイル、ロアルドが早急に作戦を立案しようとするが、足りない物が多すぎた。

 

『不確定要素多数、ミッションとしては不許可と判断』

「だが、やるしかない」

 

 アーサーですら否定する中、克哉の顔には決意が宿っていた。

 

「すまない、遅れた」

 

 そこに、瞑想中で出席していなかったフトミミが姿を表す。

 

「状況は知っている、そしてある物が見えた」

「それは?」

「雨の中、霧に煙る中に立つ複数の人影が見えた。彼らこそが鍵となるだろう」

「どういう事でしょう?」

「さあ、けれど彼の予言は絶対よ」

 

 こちらもまたよく意味が分からないフトミミの予言に、風花が首を傾げるが祐子はアラディアの神託と合わせ、作戦の成功を密かに確信していた。

 

「動かせる人員を選抜、山岸君を護衛してぎりぎりまでマントラ軍本営まで近づき、二人を転移・脱出させる」

「もしそれが不可能なら山岸君の能力で転移出来るだけの人員を、本営内部に突入させ救出を行う」

「神託と予言で作戦決まってるな………」

 

 克哉と南条が手早く作戦を決めていき、尚也は少し不安な顔をしながら概要を見直す。

 

『現状では成功確率不明、護衛任務まではミッションとして提案可能』

「それで構わない。突入になったらこちらで先陣を切る」

 

 さすがに肯定出来ないアーサーが妥協案として機動班による護衛ミッションを提示し、ゲイルが頷いて詳細を詰める。

 

「準備でき次第、即出撃ね」

「カグツチに交神したら何が起きるか、私にも分からないわ。最悪、この受胎東京自体が崩壊するかも………」

「ジェナ・エンジェルならそれでも実行するだろう。どこか破滅願望のある女だ」

「そんなのに巻き込まないでほしいわ。何より二人の身の安全が第一目標ね」

「二人共貴重なバイアスだ、すぐに危害は加えないだろう」

 

 ロアルドのむしろ安心出来ない保証に、誰もが表情を険しくしていた。

 

「街の警戒レベルはこのまま維持、他の勢力が動かんとも限らない」

「正直、私とあかり以外に仮面党に実力者はいないしね。それしか出来ないってのはあるわ」

「やれやれ、人手はそれなりにあっても、敵がそれ以上いたら無意味ね………冥界に行った面子はいつ帰ってくるのやら」

「なんか、党員だけは更に増えてくし………」

「ウチの署にも入信したという署員がいたな………」

 

 克哉と杏奈、レイホゥが疲労感を感じつつも席を立ち上がり、他の者達も準備に入るべくその場を立ち上がる。

 

「山岸さん、私もサポートするわ。それとマネカタの中にマントラ軍本営にいた人がいるかもしれないから、なんとか内部構造から二人がいそうな場所が特定出来るかも」

「もし突入になったら、マップも必要ですし、分かる所だけでも作っておかないと………」

「ヨスガの主力は天使タイプだ、屋外戦は不利だな………」

「上から行く手は不可能か。地上からしかないかな?」

「ありったけのアイテムを用意する必要があるな、在庫はどれくらい残っている?」

 

 やらなければいけない事を1つずつ潰していきながら、誰もが救出作戦の発動を急いで進めていく。

 

「………セラ、今行く」

「少しだけ待っててくれ、麻希………」

 

 サーフと尚也はそれぞれ決意を込めて、準備へととりかかっていた………

 

 

 

「システム、機動確認」

「バイアス接続、リンク開始」

「目標に向けてアンテナを微調整」

 

 カルマ協会の科学者達が、黙々と準備を進めていく中、その中央、巨大な装置のベッドに固定されたセラと、急遽増設されたイスに固定された麻希の姿があった。

 

「主任、見てくださいこれ………セラ程ではないにしても、この女性の脳内キャパシティは相当な物のようです」

「本当にいい拾い物をしたな。これなら予想以上に高度なアクセスが出来そうだ」

「前は失敗しまくったとか言ってなかったかしら?」

 

 エンジェルも画面に表示される数値にほくそ笑むが、背後の千晶が異形の顔をしかめる。

 

「世界中からテレパスを集めたのだが、どれもすぐに発狂して使い物にならなかった。だがこれはそれ以上の数値を示している」

「拾い物の人柱か………上手くいけばいいのだけど」

「前の轍は踏まん。外部から調整する方法を教えてくれた者がいてな。もっとも彼女を一番最初に利用した男だそうだが」

「妙なコネ持ってるのね。まあヨスガとして労せず創世出来れば、それでいいわ。多少貴方好みにしても、ヨスガのコトワリに基づいていれば文句も言わない」

「君と私は、根幹的に力ある者が統べるという概念だけは一致している。違いは元から持っているか、これから与えるかだがな」

「別に構わないわ。私もそうだったから………」

 

 そう言いながら、千晶は己の異形の腕を見つめる。

 

「準備完了しました、主任」

「始めよう。二人を半覚醒、焦点をカグツチに合わせ、0.01%から徐々に上げていけ」

「はい」

 

 エンジェルの指示で機械が操作されると、薬品の注入と軽度の電気刺激が施され、意識を失っていたセラと麻希が僅かに意識を取り戻す。

 

「う………」

「あ………」

「アクセス開始」

 

 二人の半覚醒を確認すると、機械が幾つもの手順を踏み、そして本来の機能を作動し始める。

 

「あ、あああああぁぁ!」

「あ、あああ、あああああ!」

 

 最初に、麻希の口から絶叫が漏れ、続けてセラの口からも絶叫が飛び出す。

 

「数値は?」

「0.01、まだ予備段階です」

「数値上昇をもう少し早くしろ。バイアスがどこまで持つかは不明だからな」

「それが、バイアスを通じてのセラへの数値がかなり減少しています。恐らくは彼女自身が抵抗をしているのかと………」

「ほう、これも予想外だな。まだ抵抗する力が残っているのか」

 

 そう言いながら、エンジェルが絶叫を続ける麻希を見る。

 絶叫を上げながらも、その目にははっきりとした意思が見受けられた。

 

「ふ、ふふ、そうかセラへの影響を自分で少しでも減らす気か。面白いぞ、非常に面白い」

「もう少し傷めつけるべきだったかしらね」

「千晶様! 敵襲です!」

 

 そこにヨスガの悪魔が室内へと慌てて飛び込んでき、エンジェルと千晶が気分を害されたのか顔をしかめる。

 

「奪還に来たか、こちらも予想以上に早いな。防衛線を敷いて近づけるな」

「潰せ、こちらは大事な所だ」

「了解!」「分かりました!」

 

 カルマ協会の兵士とヨスガの悪魔が同時に部屋を飛び出し行き、実験は続けられる。

 

(みんなが、来てくれた………もう少し、もう少しだけ持って………)

 

 自分の中に流れ込んでくる膨大な情報に飲み込まれそうになりながらも、麻希は必死になって抵抗していた。

 

(せめて、彼女だけでも………!)

「数値を上げろ」

 

 麻希の努力をあざ笑うように、エンジェルの冷酷な指示が下されていた。

 

 

 

「攻撃開始! 陣形を崩すな!」

「少しでも前へと進むんだ!」

 

 デモニカ姿の機動班と元エルミンOB及び珠閒瑠ペルソナ使い達が陣を組み、中央に風花と祐子を護るようにして少しでもマントラ軍本営へと近づこうとしていた。

 

「どう!?」

「ま、まだ二人を見つけられません!」

「まずいわ、ひょっとしたら結界か何かを用意されたのかもしれないわ」

 

 サポート兼護衛のレイホゥが問うが、風花は必死になってペルソナでセラと麻希を探すが、どうしても位置は特定出来ない。

 

「上からも来てます!」

「お任せブラザー!」

 

 護衛役の乾が上空を指差し、そこへシエロが素早く飛来して電撃魔法で迎撃していく。

 

「遊撃は喰奴に任せるんだ! こちらは前進と迎撃のみに集中!」

「なんか、前の連中よか殺気立ってんだけど!」

「NO Problem! Makiをなんとしても取り返してみせますわ!」

 

 南条が指示を出す中、ペルソナ使い達は押し寄せるヨスガ・カルマ協会連合軍を必死になって押し返していた。

 

「アウチッ!」

「栄吉君!?」

「だ、大丈夫だ舞耶姉………ビルから狙撃してくる連中もいやがる!」

 

 飛来した弾丸が肩をかすめたミッシェルがうずくまるが、心配する舞耶に笑みを見せながら即座に立ち上がる。

 

「山岸の周りを固めろ、ペルソナで防げば致命傷にはならない」

「そういうのはこっちでやるから!」

 

 さらりととんでもない事を言う達也に、機動班の班員達が慌ててデモニカで壁を作る。

 

「力任せかと思ったが、予想以上に隙が無いな」

「元マントラ軍の悪魔達はともかく、後からヨスガに集った天使達はかなり統制が取れてるわ」

 

 南条が相手の防衛線の厚さに顔をしかめ、祐子も同様に表情を暗くする。

 

「それだけじゃない、カルマ協会の兵も的確に配置されている。何が何でも通さない気だ」

「アサクサでは、ヨスガだけでもあんなに苦戦したのに………」

 

 ピンポイントで狙撃や妨害をしてくるカルマ協会の兵士達に尚也と風花は打開策を考慮するが、そこで通信が入る。

 

『こちらパオフゥ。ダメだ、建物その物が完全にジャミングされてやがる。中の様子はさっぱりだ』

『しかもあちこちに警備が、見つかった! んぎゃあ~! 撃ってきた!!』

 

 情報班と共に別行動をしていたパオフゥとうららから、芳しくない報告と共に悲鳴と銃声が響いてくる。

 

「やはり、どうにか彼女の感知範囲まで進めるしかないか………」

「でもナオ、この状況でかよ?」

 

 こちらも防衛線をしくのがやっとの状況で、尚也がどうにか状況を好転させられないか思案するが、ブラウンが青い顔で前方を指差す。

 

「ガアアァァ!」

「シャアアァァ!」

 

 彼らの視線の前では、喰奴達が文字通り暴れ回っていた。

 致死量の倍の鎮静剤を打たれたはずのヒートが先陣を切り、半人半悪魔の姿となって、爪の斬撃と銃火を縦横にばら撒いていく。

 その両脇を完全に変身したサーフとロアルドが刃の攻撃を繰り出しつつ、ヒートの攻撃に巻き込まれない距離を保っていた。

 

「ヒート、限界を見極めろ。セラがいない状態で暴走したら極めて危険だ」

「構わねえ! セラを救うのが先だ!」

 

 一歩下がった所でゲイルが疾風魔法を繰り出しながら警告を送るが、ヒートは無視して更に暴れまくる。

 

「あれ、本当に暴走してないのか?」

「見極めが難しいな」

「前は半分暴走しながらも戦ってたしね………」

「もしもの時は鎮静用のマグネタイト弾を撃ち込むか、私か高尾先生が神鎮めの儀を行なえばいいけど、前者は一時しのぎ、後者は術式終了まで抑えてなければいけないし」

「この状況でそれは…」

「がはっ!」

 

 そこで、周囲の敵に気を取られた隙を突いて対悪魔弾の狙撃を喰らったヒートが地面に膝をつく。

 

「やべえ!」

「オレが行く! 援護を!」

「私も…」

「来ルナ………ただ弾ガ貫けタだけダ………」

 

 とっさに尚也とエリーが飛び出そうとするが、ヒートは弾痕から鮮血を流しながらも、立ち上がって戦闘を続ける。

 

「まずいな、喰奴達が押され始めてる………」

「突入作戦に切り替えるべきか?」

「だが、あのビルまで距離もあれば、敵もすげえいるぜ?」

「But、あそこにはMakiが…」

『おい、上見ろ!』

 

 作戦変更を皆が迷っていた時、突然パオフゥの声が通信から響き、皆が一斉に上を見る。

 

「おい、ありゃなんだ!?」

「ビルのマシンからビームみたいの出てやがる!」

「いかん、始まった! もう時間が無い!」

「作戦変更! オレ達も突撃する!」

 

 ビルの装置からカグツチに光線のような物が伸びている事に誰もが驚く中、それが何かを知っていたゲイルの言葉に、ペルソナ使い達が一斉に得物とアルカナカードを手に飛び出していく。

 

「わ、私はどうすれば!?」

「最悪のケースを想定しておきなさい。皆で一斉に逃げる準備をね」

「コトワリも守護も無しにカグツチに接触するなんて、無茶よ! そんな事すれば…」

 

 慌てる風花にレイホゥが勤めて冷静に話しかける中、祐子はある可能性を口にしかけて胸中に留める。

 

(アラディアの神よ! 無謀こそ有望とは、一体何を示しているのですか………)

 

 彼女の祈りの答えは、予想外の所からもたらされる事を知る者はいなかった。

 

 

 

「数値順調に上昇、すごいデータ量です………」

「解析途中ですが、こちらの神とは大分情報の質が違うようです」

「元から存在する者と、これから作ろうとする者、違くて当然だ」

「ふ、ふふ、つまりはこれが創世の秘密って事ね………」

 

 強引にセラとカグツチをアクセスさせ、もたらせれていくデータにエンジェルと千晶はほくそ笑む。

 

「数値を更に上げろ」

「これ以上はセラにもバイアスの女性にも限界が…」

「構わん、創世の仕組みさえ分かればいい」

「り、了解」

「貴方、なかなかヨスガ向きね」

 

 とんでもない指示を出すエンジェルに千晶は歪んだ笑みを更に浮かべた。

 だがそこで、突然危機がアラームを鳴らす。

 

「どうした?」

「わ、分かりません! 突然データにノイズが!」

「これは、次元歪曲発生!?」

「どこからだ、カグツチか?」

「いや、これは………」

 

 

(く、ああ………なんとか………セラちゃんだけでも………)

 

 自分の中に流れ込んでくる大量の情報に流されそうになりながらも、麻希は必死になってセラへの負担を減らそうとしていた。

 

(あ、あああ………)

 

 麻希の感覚に、同じく大量の情報に奔流されているセラの気配が伝わっていた。

 

(どうにか………しないと………どうすれば………)

 

 自我を保てるかどうかの瀬戸際に、麻希は何か出来ないかと必死に考える。

 その時、流れてくる情報とは別の何かが混じっている事に気付く。

 

(これは………何?)

(マキ………あれを………)

 

 こちらも瀬戸際のセラだったが、その何かに一縷の望みの望みを託し、二人でそれに手を伸ばす。

 

(分かる………これは………違う世界の………)

 

 

「ノイズ、さらに拡大!」

「主任! 緊急停止の許可を!」

「このままでは、何かが来る!」

「構わん、それが役に立てばよし、でなければ排除する」

「余裕ね、この機械壊れたりしな…」

「ダメだ! 安全装置が発動します!」

「うわあ!」

 

 機械を操作していた研究員達が悲鳴を上げる中、突然状況を表示していたディスプレイがすさまじいノイズを発生させる。

 次の瞬間、ディスプレイはノイズから閃光へと表示を変え、周囲をまばゆく染め上げる。

 

「これは…」

「ちょっと…」

 

 思わず目を手で隠したエンジェルと千晶だったが、その閃光の中から何かが出てくるのが見えた。

 

「うわあ!」

「どひゃあ!」

「ちょっと!?」

「きゃあっ!」

「おわあ!」

「ふぎゃ!」

「きゃああ!」

「何だ!?」

 

 何か間抜けな悲鳴と共に、誰かが突如として現れる。

 それは、ディスプレイの中から飛び出したとしか言いようがなかった。

 閃光が消え、そこに先程までいなかったはずの者達が露わになる。

 

「こ、ここは…」

 

 それは、メガネをかけ制服姿の七人の少年少女と、一体のきぐるみのような者達だった………

 

 

 闇に囚われし者達を、必死に救わんと糸は伸ばされる。

 そこへ新たに現れし糸と紡がれる物語は、果たして………

 



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PART47 PARTICIPATION ON THE WAY

 

(何だ!?)

 

 それはまず違和感から始まった。

 いつものように現実のテレビ画面を突き抜ける感触までは同じだった。普段なら幾つもの画面を通り抜けるような感触が続くはずが、今回は無理やり何かを通り抜けるような圧迫感とフラッシュを連続で焚かれたような灯りが周辺で幾つも起きている。

 

 

「おい、なんかいつもと違うぞ!」

「なんか眩しい…」

「絶対変クマ!」

「何? 何が起こってるの!?」

 

 そばから仲間達の声が聞こえる中、周辺を閃光が染め上げた。

 

「おやおや、これは困った事になったようですな」

 

 目を開けると、そこには異様に長い鼻を持つ男、イゴールの姿が有った。

 

「何らかのイレギュラーが発生した模様です」

 

 その隣、イゴールに仕える女性、マーガレットが淡々とした声で告げる。

 

「これから貴方方が行くのは、普段とは少しばかり違う場所になるでしょう。色々ご苦労なさるかもしれません。ただ忘れてはなりません。全ては、貴方の心の形のままだという事を………」

 

 

 

「うわあ!」

「どひゃあ!」

「ちょっと!?」

「きゃあっ!」

「おわあ!」

「ふぎゃ!」

「きゃああ!」

「何だ!?」

 

 突然どこかに放り出された彼らは、床の上に折り重なっていく。

 

「お、重いっす………」

「え? 雪子ひょっとして体重増えた?」

「千枝の方こそ」

「つ、潰れるクマ………」

「おわあ! 完二とクマが下敷きに!」

 

 訳の分からないまま、段重ねになった仲間達が騒ぐ中、素早く動いた者がいた。

 どこか冷めた目を持つ独特の雰囲気の持つ少年と、小柄で男装した少女の二人が素早く体勢を立て直し、周囲を見て愕然とする。

 

「これは………」

「どうやら、テレビの中ではないのは確かです」

 

 冷めた目の少年、鳴神 悠は謎の機械とその周りにいる人影を見て絶句し、男装の少女、白鐘 直斗はその中に明らかに人間でない者達が混じっている事に危機感を覚える。

 

「ほう、これは………」

「どんな連中が来るかと思えば………」

 

 その中でも特に目立つ二人、白いコート姿の女性と異形の腕を持つ少女がこちらを値踏みするような視線を向けてきた。

 

「な、なあこれってやばくね?」

「あ、あのここどこですか? テレビの中じゃなさそうですが………」

 

 どこか軽い雰囲気を持った少年、花村 陽介が周囲のただならぬ雰囲気に冷や汗をかき、古風な容姿な少女、天城 雪子がそばにいる科学者らしき者に問うが、返答は無い。

 

「こ、こっちなんかすごいリアルなお化けいるんだけど!?」

「考えたくないけど、どう見ても本物っすよ、里中先輩」

 

 ボーイッシュな少女、里中 千枝が悪魔の姿に仰天するが、いかにも不良じみた少年、巽 完二が身構える。

 

「ま、待って今調べる!」

「りせちゃん、そんな暇無さそうクマよ!」

 

 どこか華やいだ雰囲気の少女、久慈川 りせがペルソナを発動させようとするが、まるできぐるみのような奇妙な存在、クマが危険を察してりせの前に立つ。

 

「生きはよさそうね、いいマガツヒが取れそうよ」

「最近、少々食料に困っているしな」

 

 目の前にいた二人の言葉に、何か引っかかる物を感じた悠だったが、その疑問は即座に解ける事になる。

 

「好きにしていいわ」

「好きにしていいぞ」

 

 二人の言葉に、周辺にいた悪魔と喰奴達が一斉に襲い掛かってくる。

 

「え…」

「ちょっと…」

 

 今だ事態が理解出来ない仲間達より早く、悠の手の中に愚者のアルカナカードが現れ、それを握り潰す。

 

「イザナギ!」

 

 粉砕されたカードは光の粒子となり、それは悠の背後に日本神話の創世の男神、イザナギと変化する。

 イザナギは手にした鉾で、押し寄せてきた敵を一気に薙ぎ払った。

 

「皆! 迎撃態勢を取るんだ! こいつら全員敵だ!」

「今のでイヤでもわかったぜ相棒! ジライヤ!」『マハガルーラ!』

「何が何だか分からないけど! トモエ!」『ヒートウェイブ!』

 

 取り敢えず自分達がとんでもない修羅場に来た事だけは理解出来た陽介と千枝がガマ使いの義賊、ジライヤと伝説の女武者、トモエのペルソナを発動、疾風魔法とナギナタの一閃で近寄ってきた者達を牽制する。

 

「ペルソナ使いね」

「ああ、中々出来る」

 

 部下達相手に応戦する者達に、千晶とエンジェルはただ淡々とその戦い方を観察していた。

 

「今、食料って聞こえたんだけど………聞き間違いかしら?」

「だとよかったんスけど、どう見ても食う気満々に見えるっスよ」

 

 引きつった顔で雪子が愛用の扇を構え、完二がこちらを見ながらよだれを垂らしている喰奴達にガンを飛ばしながら、拳を鳴らす。

 

「状況がまったく分かりませんが、今優先すべき事は分かりました」

「それって何クマ?」

「どうやって逃げるかよ!」

 

 直斗が周囲を観察しながら拳銃を抜き、クマもやる気になってる中、りせが悲鳴じみた声を上げながら己のペルソナ、伝説の巫女、ヒミコを発動させて周辺をアナライズする。

 そしてりせの顔色が一気に変わった。

 

「この建物の中、まともな人間いないわよ!?」

「何だと?」

「しかもその二人、超ゲキヤバ!」

 

 りせが千晶とエンジェルを指差すが、そこで二人が笑っている事に気付いた。

 

「へえ、そのペルソナ、そんな事出来るの………」

「アナライズ能力か、使えそうだな」

「あ………」

 

 あちらに自分の能力をばらしてしまった事に気付いたりせだったが、時すでに遅かった。

 

「バイアスが今一使い勝手が悪いからな。スペアに使えるかもしれん」

「ならそれは取っておかないとね」

「な、何の話…」

 

 りせが焦る中、先程アナライズした時に感じたある違和感の先を探る。

 そこには、奇妙な装置に繋がれた人影があり、アナライズ結果からひどく衰弱している事も分かっていた。

 

(何? 一体何が起きてどうなってるの!?)

(そこのペルソナ使いの貴方………聞こえる?)

「!?」

 

 困惑するりせに、突然誰かが脳内に直接語りかけてくる。

 それが、装置に繋がれた女性がペルソナを共鳴させている事にすぐに気付いたりせは、アナライズを彼女へと集中させる。

 

(は、はい! 大丈夫ですか!?)

(ここは危険………セラを、奥のベッドに繋がれた子を連れて逃げて………)

(あ、貴方は!?)

(最後の力で………なんとか隙を作って………)

「だ、ダメ!」

 

 思わず叫んだ所で、りせは周囲全ての視線がこちらに向けられた事に気付く。

 

「りせちゃん、どうしたクマ?」

「皆! あの装置に繋がれた二人を助けて!」

 

 有無を言わさず、りせが千晶とエンジェルの背後にある装置を指差し、そこで他の者達もそこに人がいる事に気付いた。

 

「どう見たって、やばい事やってるって状況だよな」

「だったら、やる事は一つ!」

 

 陽介が頷く中、千枝がいきなり飛び出すと自慢の蹴りを千晶の側頭部へと叩き込む。

 

「なるほど、ペルソナ使いってのは体にもペルソナの力がフィードバックするのね」

「え………」

 

 微動だにせず蹴りの直撃を受けた千晶が、わずかに首を捻るだけで平然としている事に千枝が仰天する。

 

「離れて千枝! コノハナサクヤ!」『アギダイン!』

 

 援護しようと雪子が日本神話の美しい姫神、コノハナサクヤを発動、強烈な火炎魔法が千晶へと直撃するが、それでも千晶は平然としていた。

 

「う、うそ!?」

「それで終わりかしら」

 

 異形の口元を歪める千晶の笑みに、雪子と千枝の背中に寒気が走る。

 

「マトモに相手しちゃだめ!」

「で、でも!」

「そうも言ってられねえっすよ! タケミカヅチ!」『マハジオンガ!』

「スクナヒコナ!」『デスバウンド!』

 

 注意するりせのそばで、完二が漆黒の巨体を持つ日本神話の雷神を、直斗が対照的に小柄な日本神話の来訪神をペルソナとして発動、押し寄せてくるヨスガの悪魔達を迎え撃つ。

 

「周辺全部、敵しかいないクマ!」

「あの奥の二人以外は、だろうけど。クマ、りせから離れるな」

「先生分かったクマ! キントキドウジ!」『マハブフーラ!』

 

 次々と来る敵に、クマが鼻を鳴らしながらやけに丸みを帯びた、昔話で金太郎の名で有名なペルソナを発動させて喰奴達を牽制する。

 

「ふむ、機材を壊されるのは困るな」

 

 傍観していたエンジェルがそう言いながら胸元を広げ、そこにあるアートマをさらけ出す。

 

「何だ!?」

 

 叫びながら思わずその胸元を凝視した陽介だったが、アートマが光ったかと思うとエンジェルの姿が陰陽神 ハリ・ハラへと変貌する。

 

「変身したぁ!?」

「ヤバさ激増! ど、どうしたら………!」

「イザナギ!」

 

 まさかの事態に皆が仰天する中、悠がペルソナでエンジェルへと斬りかかる。

 だが振り下ろされた鉾は、いともたやすくエンジェルの四本と化した腕の一本で止められる。

 

「え………」

「単調な攻撃だ」

 

 別の腕がイザナギの腹を凄まじい力で殴りつけ、影響を受けた悠諸共吹っ飛ぶ。

 

「がは………」

「悠!」「先輩!」

「気をつけろ………こいつは、桁違い………」

「きゃあっ!」「うわぁっ!」

 

 陽介とりせが心配するが、そこへ同じく吹き飛ばされた雪子と千枝も倒れ込んでくる。

 

「雪子ちゃん! 千枝ちゃん!」

「だ、大丈夫………」

「強すぎる………私達のペルソナが効かない………」

「そう力こそ全て、力こそがヨスガの絶対のコトワリ。どうやら、貴方達はヨスガのコトワリに従えないようね」

「生憎、ボク達は法治国家の生まれですからね………」

 

 見下すような視線の千晶に、直斗は虚勢を張りながらも、探偵王子の異名を持つ頭脳を駆使して状況を解析、打開策を模索していく。

 

(周辺状況から、何らかの人体実験の最中、しかも実行者は人間ではなさそうだ。被験体は二名、どちらもほとんど動かないから衰弱していると思われる。そして周りはこちらに敵対心を持った者達ばかり、特にこの二名はこちらのペルソナを圧倒的に上回る力を持っている)

「ジライヤ!」

「タケミカヅチ!」

 

 直斗の思考がまとまるより早く、陽介と完二が攻撃を仕掛けるが、それも一蹴される。

 

「ふ、マガツヒを取るにはこれくらい活きがいい方が多く絞れる」

「こちらの分も残しておいてほしいな。私もいささか空腹を感じてきた所だ」

「…直斗」

 

 明らかに物騒らしい事を言っている千晶とエンジェルに、悠はそれとなく直斗に目配せするが直斗は苦渋の表情をしている。

 

(直斗でも打開策は思いつかないか。だったら、やれるだけやるだけだ!)

「タムリン!」『デスバウンド!』

 

 何とか打開策を見つけるべく、悠はペルソナをチェンジ、スコットランドの妖精の騎士が手にした槍を大きく振り回す。

 

「何とかして、チャンスを作るんだ!」

 

 悠の声に、仲間達は闘志を振り絞り、戦闘を続行させた。

 

 

 

「ん? こいつは………」

「ちょっとパオ! また新手来てるわよ!」

 

 特殊集音器から聞こえてきた異音に、パオフゥは違和感を覚えて機器を操作する。

 うららは怒鳴りつつも襲ってくる敵に応戦していたが、やがてパオフゥはある反応を突き止めた。

 

「建物の中から戦闘音が響いてやがる! 中で誰かおっ始めやがった!」

「え? 何それ! 仲間割れ!?」

「こちらでも確認した! 間違いない、建物内で戦闘が起きている!」

 

 同行していた情報班も同じ結論に達し、慌てて音源を探し出す。

 

「場所が分かったら山岸に送れ! あいつのペルソナなら何か分かるかもしれねえ!」

「その前にこっちも何とかしないと!」

「分かってる」

 

パオフゥは指弾を次々飛ばし、こちらに銃口を向けていたカルマ兵の手から銃を弾き飛ばす。

 

(僅かだが、ペルソナが疼いてやがる………中にいるのは、ペルソナ使いか? 他にも誰かいたか?)

 

 疑問を感じつつ、パオフゥはアルカナカードをかざす。

 

「こっちの味方だといいんだがな! プロメテウス!」『ワイズマンスナップ!』

 

 

 

「ぐっ!」

「先輩!」

「だ、大丈夫………」

「どうやら、貴方は他のと少し違うようね」

 

 千晶の異形の腕の一撃をまともに食らい、壁際まで吹き飛ばされた悠がかろうじてペルソナでの防御が間に合った事を悟りながら、りせに返事を返す。

 

(ど、どうしよう………このままじゃみんなやられちゃう! どうしたら………)

(き……ますか………聞こえますか?)

(だ、誰!?)

 

 突然ペルソナに響いてきた声に、りせは驚愕する。

 

(通…た! しかも…れは!)

(これって、私と同じタイプのペルソナ!?)

 

 声と共に感応してきた存在に、りせは更に驚愕する。

 

(私は…岸 風花。そちらは…)

(久慈川 りせ! そっちは今どこにいるの!?)

(その建物の外、…闘中……)

(待って! こっちの情報送るわ!)

 

 相手が同じタイプだという事を利用し、初めてだがりせは自分の持っている情報を風花へと送信を試みる。

 

(来…した! こちらも…)

 

 何の影響か、多少ノイズが交じる中、りせにも風花の情報が送られてくる。

 

「! 皆! 外でこいつらと戦ってる人達がいる!」

「何っ!?」

「それ本当!?」

 

 りせが思わず叫び、仲間達も一斉にその言葉に反応した。

 

「その人達になんとか助けに来てもらう事って………」

「外は凄い激戦になってるって! 建物に近寄る事すら出来てないみたい!」

「意味ねえじゃねえか!」

 

 千枝が恐る恐る聞いた事へのりせの返答がに、陽介は思わず怒鳴る。

 

「ここは完全に情報封鎖したはずだが、どうやってその事を知った?」

「あ、いや………」

 

 ハリ・ハラの姿のエンジェルに凝視され、りせは思わずたじろぐ。

 

(どう…か、麻希さんとセラ…ゃんを救出…て…そうしたら私の…ルソナ…脱出…)

(出来るの!?)

 

 脱出の可能性を知ったりせが、思わず喜色を浮かべるが、それをエンジェルに見られてしまう。

 

「そうか、お前と同じ力を持った者が外にいるのか」

「やば………!」

「ますます欲しくなった。もっとも、協力する気が無いのなら、取り込むまでだが」

 

 そう言いながら口元を歪めるエンジェルに、りせの背筋を今まで感じた事の無い寒気がほとばしる。

 

「この白黒、りせちゃんに何するつもりクマ!」

「言ったはずだ。空腹を覚えてきた、と」

「ほ、本気で食べるつもりクマ!? させないクマ! キントキドウジ!」『ブフダイン!』

 

 クマのペルソナが氷結魔法を放つが、エンジェルは無造作にそれを四本の腕で薙ぎ払う。

 

「クマ!?」

「奇妙な存在だな。お前は悪魔か、それとももっと違う何かか?」

 

 喋るきぐるみにしか見えないクマにもエンジェルは興味を持ったのか、腕を伸ばそうとした所で、白刃の一閃がそれを遮る。

 

「先生!」

「クマ、下がるんだ! こいつはオレがなんとかする!」

 

 二人を守るように剣を手にエンジェルの前に立ちはだかった悠だったが、イヤでも双方の実力差は感じていた。

 

(こいつ、今まで戦ってきたシャドウとはレベルが違い過ぎる! でもどうにかして脱出のチャンスを作らないと!)

 

 悠はありったけのアルカナカードを呼び出し、その一つを握り潰す。

 

「アバドン!」『アローシャワー!』「ゲンブ!」『マハブフーラ!』「リャナンシー!」『テンタラフー!』

 

 次々とペルソナをチェンジしながら悠は連続で発動、ありとあらゆる攻撃をエンジェルへと叩き込んでいく。

 

「これは………!」

 

 予想外の悠の連続ペルソナチェンジ攻撃に、エンジェルが僅かに怯む。

 

「今の内に…」

「何をするつもりかしら?」

 

 エンジェルの背後から突然伸びてきた触手が悠のみぞおちに叩き込まれ、悠は思わずその場に崩れ落ちそうになる。

 

「がっ…」

「先輩!」「先生!」

「そっちのおさげときぐるみは貴方にあげるわ。私はこっちのをもらおうかしら」

 

 異形の腕から伸ばした触手を戻しながら、千晶が邪悪な笑みを浮かべる。

 

「相棒はてめえみてえなドS、趣味じゃねえぞ!」

「私達を無視しないでもらえる?」

 

 陽介と雪子が即座に悠を守るように立ちはだかるが、その表情は明らかにこわばっていた。

 

(どうする? やはりこの二人には勝てない! どうにかしてあの二人の背後にいる人達を救出して、脱出しないと! でも、どうやって………)

 

 痛むみぞおちをおさえながら、悠は必死になって考えるが、いいアイデアは浮かんでこない。

 

「先生! クマに任せるクマ! 今こそとっておきの切り札を出す時クマ!」

「何!?」

「大丈夫なの、それ………」

 

 切り札という言葉に陽介が過敏に反応するが、雪子はそこはかとなく不安な表情を浮かべる。

 

「食らうクマ~!」

「オイ!?」

「クマくん待った…」

 

 突然千晶とエンジェルに向かって突撃していくクマを完二と千枝が止めようとするが、向こうの方の反応が早かった。

 異形の腕と四腕が同時にクマへと繰り出されるが、そこで突然バランスを崩したクマが転倒する。

 

『?』

 

 不自然さを感じた二人はそのまま攻撃を繰り出すが、直撃を食らったクマの空っぽの胴体と取れた首が宙を舞う。

 

『!?』

 

 直撃の寸前、中から何かが飛び出して自分達の間をすり抜けていった事に気付いた二人が同時に振り向くと、そこには床を転がりながら何かを放り投げる金髪の美少年の姿が有った。

 直後、投じられた物、雷属性の攻撃アイテム、テスラコイルが周辺に電撃を撒き散らし、装置とそれを操作していた者達へと直撃する。

 

「ぎゃあぁ!」

「し、しまった!」

 

 悲鳴が飛び交うが、それよりも装置が電撃をマトモに喰らって火を噴く方が深刻なダメージとなり、装置が完全に停止する。

 

「これが先生のためにクマが一生懸命考えた切り札、中の毛アタッククマ!」

 

 成功した事を喜ぶクマ(中身)が、まずイスに固定されていた麻希を助けようとするが、そこで別の問題が発生する。

 

「こ、これどうやったら外れるクマ!?」

「貴様ぁ!」

 

 背後から響いてくる咆哮のような怒声と凄まじい殺気にクマが振り返ると、そこには憤怒の形相の千晶がいた。

 

「お前のマガツヒはいらない! くたば…」

「タケミカヅチ!」

 

 クマに襲いかかろうとする千晶を、背後から完二のペルソナが押さえ込む。

 

「離せ!」

「誰が離すか! 今の内っす!」

「それはどうか…」

「コノハナサクヤ!」「トモエ!」

 

 もがく千晶をなんとか押さえ込む完二だったが、そこでエンジェルも襲いかかろうとするのを雪子と千枝のペルソナがかろうじて抑える。

 

「い、急いで!」

「あんまり持たない!」

「はい! スクナヒコナ!」

「相棒! そっち頼む!」

「分かった!」

 

 その隙に直斗のペルソナが麻希とセラの拘束を切り払い、陽介と悠が二人を救出する。

 

「救出成功! 後は脱出を…」

 

 りせが成功の報を入れようとした時、彼女のペルソナが凄まじい警報を響かせた。

 

「な、何だ!?」

「………やばい」

 

 麻希を抱えた陽介が思わず周囲を見回すが、セラを抱えた悠がその原因に気付いていた。

 

「貴様ら………」

「ここから逃げられると思っていたか?」

 

 双方、憤怒した千晶とエンジェルが、一撃で押さえ込んでいたペルソナを弾き飛ばす。

 

「うぐっ!」

「きゃあ!」

「うわあ!」

 

 共に吹き飛ばされるペルソナ使いだったが、何とか身を起こした彼らの目に入ったのは、すさまじい魔力をほとばしらせている千晶と、最終形態と化したエンジェルだった。

 

(まずい! このままじゃ、本当に殺されちゃう!)

 

 りせの脳裏には、今までの人生で一番濃厚な、死への予感が覆っていた。

 

 

 

「い、いけない! あの救出には成功しましたけど、あの二人を怒らせたみたいです! アクセス装置の破壊によるカグツチへの交神途絶が原因見たいですが………」

「分かるわよ、ここからでも………」

 

 焦る風花に、レイホゥの視線の先には先程まで建物の外部に取り付けられた装置からカグツチへ向けて放たれていた光線が急に途切れた途端、その建物の内部、そこに張られていたと思われる結界から漏れ出した憤怒の魔力に、冷たい汗を感じていた。

 

「早くこっちに飛ばせないか!?」

「そ、それがまだ結界か何かが邪魔してる上に、中の魔力がすごくて、個人座標固定が出来ません! これじゃ中の人達が!」

「つまり、中の二人をどうにかすればいいのか」

「そ、そうですけど」

 

 己達のペルソナにまで響いてくる憤怒に、尚也と達哉が互いに顔を見合わせ、頷く。

 

「向こうから呼べないなら、こちらから飛ばせるか?」

「え………」

「あちらに同じタイプのペルソナがいるなら、出来るはずだ」

「ま、待ってください! スキルが全て同じとは…」

「サポートするわ。生霊送りの秘術を応用する」

「それなら、なんとかなると思う」

 

 尚也と達哉の提案に、レイホゥと祐子も賛同する。

 

「待って、回復役も必要ね? 私も行くわ!」

「三人、行けるか?」

「な、なんとか!」

 

 舞耶も立候補する中、尚也が風花に問うが風花はかろうじて頷く。

 

「皆は周囲を囲んでくれ!」

「始めるわよ」

「トホカミ ヱミタマ トホカミ ヱミタマ アリハヤ…」 

 

 レイホゥと祐子が合掌して詠唱を始め、風花はそれに合わせて三人の転移準備に入る。

 

「久慈川さん! こちらに合わせてください!」

『今、やってる! こっちマジヤバ…』

「間に合って! 行きます!」

 

 祈りながら、風花は普段と逆の要領で三人を中へと転移させた。

 

 

 

「選民の(かいな)!」

「三界輪廻!」

 

 千晶の異形の右腕が幾つにも分裂して蠢く槍と化し、エンジェルは呼び出したプルパとの合体魔法を解き放つ。

 

「うわぁっ!」「がはっ!」「きゃああぁ!」

 

 その場を蠢く槍と万能魔法が荒れ狂い、放った二人を除く全ての者達が飲み込まれる。

 

「く、クマ君!」

「りせちゃん、怪我は無いクマ………」

 

 とっさに元の体に戻って盾となったクマがりせを心配するが、ダメージは深刻だった。

 

「その人、生きてるか相棒………」

「一応………」

 

 同じく自らとペルソナを盾にした陽介と悠が、自分達よりも救出した麻希とセラの状態を確認する。

 

「千枝………」

「私は大丈夫………雪子は?」

「かろうじて………」

 

 直撃こそかろうじて避けた物の、かなりダメージを負った雪子と千枝が、互いをかばうように立ち上がろうとする。

 

「巽くん! なんて無茶を!」

「へ、オレのガタイがデカかっただけだ………」

 

 直斗をかばうようにして直撃を食らった完二が、傷口から鮮血を滴らせながら、片膝をついて荒い呼吸をしていた。

 

「あら、まだ生きてるようね」

「即死する程貧弱では無かったようだ」

 

 全員が生きている事を意外そうにしながら、千晶とエンジェルは再度攻撃体勢に入る。

 

「お願い、間に合って!」

 

 半ば叫びながら、りせは風花のペルソナと同調、向こうから送られてくる物を何とか受け取る。

 それは彼女の正面に、三人の人影として出現する。その姿をりせが確認するよりも早く、人影は力を解き放った。

 

「アメンラー!」『集雷撃!』

「アポロ!」『マハラギダイン!』

「アルテミス!」『グラダイン!』

 

 転移に成功した三人が、その場に現れると同時にペルソナを発動、強烈な攻撃呪文が今しもトドメを刺そうとしていた千晶とエンジェルに直撃する。

 

「何っ!」

「お前達は!」

 

 突如として現れた三人のペルソナ使いに、その場にいた者達は呆然とする。

 

「貴方達、怪我は大丈夫? 麻希さんとセラちゃんの状態は!?」

「な、なんとか! でもその二人はすぐに病院連れてかないとヤバいかも!」

「取り敢えず治療を! ナンナル!」『メディアラハン!』

 

 舞耶が慌てて回復魔法を全員に掛ける。

 

「この人達もペルソナ使い!」

「何だお前らは!」

「アポロ!」『ギガンフィスト!』

 

 直斗が三人の正体に気付く中、逆上した千晶が異形の右腕を振りかざすが、達哉が前へと出て己のペルソナの拳を繰り出し、ぶつかりあった双方の拳が凄まじい音を立てる。

 

「くっ!」

「達哉君!」

「こいつ………!」

 

 千晶の凄まじい力に、流石に無傷とはいかないが、それでも拮抗状態にしている達哉に千晶は更に憤怒の形相を激しくする。

 

「す、すごい………」

「オレらと全然レベルが違う………」

 

 舞耶の回復魔法で一応傷は塞がった悠と陽介が、一人で千晶と戦う達也を見て呆然とする。

 

「また学生ばかりか………これで全員か? 一箇所にまとまるんだ! すぐに撤退する!」

「させると思うか?」

 

 尚也が即座に撤退を促すが、それを防がんとエンジェルが立ちふさがる。

 

「今回の件、仕掛けたのはお前か?」

「ああ。まだ実験の途中なのでな。それを持っていかれると困る」

「それ、だと?」

 

 エンジェルが四腕の一つで尚也の背後を指差し、それを見た尚也の表情が険しくなる。

 

「特にそちらの女は拾い物だ。それだけのスペックがあれば、こちらの交神実験ももっと楽に進んだろうがな」

「………」

 

 エンジェルの更なる言葉に、尚也は無言。

 だが、その視線は僅かに後ろの麻希へと向けられる。

 明らかに疲弊し、顔色も悪い麻希の姿を確認した尚也は視線を再度エンジェルへと向ける。

 

「断る、と言ったら?」

「無論力尽く、という事になるな」

 

 脅すでもなく、むしろ淡々とした口調で告げながらにじり寄ってくるエンジェルに、尚也は一歩も引かずに対峙する。

 

「あ、あの人一人だけじゃ…!」

「助太刀だけでも…!」

「ダメよ、それに彼なら大丈夫」

 

 加勢しようとする悠と完二を、舞耶がむしろ引き止める。

 

「このっ!」

「くっ!」

 

 その隣では、力任せに押し込んできた千晶に、達哉がとっさに引いて距離を取る。

 

「中々やるようね。ヨスガに協力するなら、生かしておいてあげるわよ」

「オレは道を違える事は二度としないと誓った。例え、何を敵に回そうとも」

「ならば、死に…」

 

 追撃しようとする千晶と迎え撃とうとする達哉の間に、尚也がいきなり割って入る。

 

「アメンラー」『終焉の蒼!』

「ちっ!」

 

 火炎魔法で千晶を押し留めた尚也だったが、ふとそこで達哉は彼の雰囲気が少し変わっている事に気付く。

 

「尚也さ…」

「悪いけど、今のオレ達のすべき事は捕らわれていた二人と、それを助けてくれた彼らを無事ここから脱出させる事。お前達の相手をしてる暇は無い」

 

 先程と違い、無感情な声で喋る尚也にただならぬ物をその場にいる者達が感じ始めるが、尚也の言葉は続く。

 

「それに今、オレは少しだけ怒っている。仲間をさらわれた挙句に、訳の分からない実験に使われ、傷つけられた。あの時と同じように………」

 

 学生時代の事を思い出しながら告げる尚也だったが、その全身から凄まじい殺気がペルソナ反応と共に漏れてくる。

 

「え、ちょ、なにこの反応!?」

「あれって、キレてるって言うのかな………」

「というか、何かヤバい予感が………」

『伏せて!』

 

 女性陣がそこはかとなく危険な空気を悟り始めた時、直斗と舞耶が同時に叫ぶ。

 

「だから少しだけ、仕返しをさせてもらう。アメンラー!」『ヒエロスグリュペイン!』

 

 尚也のペルソナがすさまじいまでの閃光を放ち、それが千晶とエンジェルへと襲いかかる。

 

「これは!?」

「まずい!」

 

 閃光は二人を中心に一度収束したかと思ったがそのまま膨張、そして限界に達したのか無数の光球をばら撒きながら盛大な爆発を引き起こす。

 

「くぅ………」

「何じゃこりゃああ!!」

「ひっ………」

「んわああああ!」

「喋るな! 舌を噛むぞ」

 

 あまりに凄まじい爆発に、誰もが悲鳴を上げるのを達哉が制する。

 光の爆発は室内に留まらず、そのまま周囲の壁をも破砕していった。

 

 

 

「おい、あれは何だ!?」

 

 機動班の一人が、突如として無数の光球と共に壁が吹き飛んだ一角を指差す。

 

「藤堂の奴、やったか………」

「ありゃあナオ、キレてやがるぜ」

「Makiに何か!?」

「だったらもっとすげえ事になってるぜ………」

 

 ペルソナ反応と見覚えのある光景に、元エミルン学園ペルソナ使い達が口々に呟く。

 

「す、すごい………あそこまでの力を持ってたなんて………」

「情人もすごかったけど、あの人も大概だったみたいね………」

「そりゃゆきのさんや南条さん達まとめてた人だからな………」

「あれ、中の人達は無事なんだよね?」

 

 反応が振り切れるかと思う程のペルソナ攻撃に、風花が絶句し、リサ、ミッシェル、淳も唖然とする。

 

「フーカ! 今の内ホ!」

「皆逃がすホ!」

「そうでした! 久慈川さん!」

 

 そこで護衛(という事に)なっているデビルバスターバスターズに促され、風花は慌ててエスケープロードの準備に入る。

 

「今ので、アナライズを邪魔していた物も無くなったみたいです! これなら!」

「そりゃ、吹っ飛んだでしょうね………」

「結界を力任せに吹き飛ばすなんて………」

 

 レイホゥと祐子も呆れる中、風花を手伝うべく合掌して精神を集中させる。

 

『こっちは皆大丈夫! 位置データ送るね!』

「さっきと逆で同調させてください!」

『クマも手伝うクマ!』

「行きます! ユノ!」『エスケープロード!』

 

 りせとクマのペルソナと同調させ、風花がエスケープロードを発動。

 光と共に、救出された二人とペルソナ使い達がその場に現れる。

 

「全員無事か!?」

「な、なんとか全員そろってるよ!」

「うわ、なんじゃこりゃああ!?」

「戦争!?」

 

 尚也の問いにりせが全員の反応を確認、だが仲間達は目の前に広がっている光景に絶句していた。

 

「また若いのばかり来たわね、学生みたいだけど」

「あ、はい八十神高校の学生です」

「私達も高校生ですから、一緒ですね」

「あ、貴方が風花さん?」

「はい、あなたが久慈川さんですね?」

「りせでいいよ。助けてくれてありがとう」

「こちらこそ」

 

 レイホゥが予想以上に若い面子に少し顔をしかめるが、悠も周囲に武装した者達ばかりなのを見てたじろいでいた。

 

「救出成功だ! 撤退を!」

「分かった!」

 

 尚也の声に応じ、機動班が用意していた信号弾を上げる。

 作戦成功を知らせる信号弾に、戦闘を行っていた者達が一斉に撤退を始める。

 

「喰奴達の撤退を援護しろ!」

「敵も混乱している! 援護砲撃用意!」

「上杉! 稲葉! 広範囲で弾幕を張るぞ!」

「MakiとSeraをこちらに! Dr.が後方に待機してますわ!」

「急いで!」

「何がどうなって………」

「話は後です!」

 

 デモニカ姿の機動班が重火器を発射し、ペルソナ使い達が攻撃魔法を放っていく。

 その中でエリーと乾に先導され、悠達は一足先に撤退を開始する。

 

「えっと、この子もペルソナ使い?」

「はい、天田 乾です。そちらも?」

「そうだよ」

「ワンワン!」

「こっちはコロマル、同じくペルソナ使いです」

「ワンちゃんのペルソナ使いっているんだ………」

 

 何か状況がますます理解できなくなる中、後方にいた装甲車に促され、慌てて乗り込む。

 

「患者をこっちに!」

「は、はい!」

「うわ、すげえハイテクカー………」

「男性陣はあと出てく!」

 

 車内で待機していたゾイが診察準備を進める中、男性陣は文字通り治療室から蹴り出される。

 

「え~と、この後オレら、どうしたらいいんだ?」

「どうしたらって言われても………」

「戻って助太刀ってのは?」

「止めた方いいと思いますよ、巻き込まれますから」

 

 顔を見合わせる陽介と悠に、完二が向こうへ戻ろうとするが、乾がそれを止める。

 何気に向こうの様子を伺った皆が見たのは、ありったけの重火器をばらまく機動班やダメ押しの魔法を放つペルソナ使い、そして殿を務める白と赤の喰奴が凄まじい吹雪と業火を吐き出す様だった。

 

「………なあ、今オレらドコにいるんだ?」

「B級ホラー映画の世界にでも入っちまったんじゃないっすか?」

「全然楽しくないクマ!」

「認めたくないのは分かりますけど、一応現実です………ボクも今だに信じられませんけど」

「問題は、これからどうするかの方かな………」

 

 呆然とする陽介と完二、むしろ激高するクマだったが、乾はここに来たばかりの頃を思い出し、悠も今後を考えてうなだれる。

 

「ワンワン!」

「そうかクマ、君達も突然ここに来たのかクマ」

「ワン、ワワン!」

「そうなのかクマ? 確かにあのお兄さん達は助けてくれたクマけど………」

「ワン!」

「分かったクマ、少なくとも君と彼はペルソナ仲間クマ」

「………クマは犬と話してるし」

「クマ、お前そんな特技あったのか?」

「この子の言う事はなんとなく分かるクマ」

「ペルソナの感応って奴ですね。ボクの仲間にもコロマルと話せる人いますし」

「もう何でもありに思えてきた………」

「実際、なんでもありですよ。しかも、どうやっても無関係じゃいられません。ペルソナ使いである限り」

「君、小さい割に達観してるね………」

「この事教えてくれた人はもっとすごかったですけどね………」

 

 乾の言葉に、悠は思わずため息を漏らす。

 そんな中、撤退してきた者達が続々と後方待機していた車両に乗り込んでいく。

 

「そこの人達! メンバー全員そろってる!?」

「は、はい!」

「じゃあ戻るわよ!」

 

 レイホゥの号令を合図に、車両が一斉に動き出す。

 

「これからどうなるんだろう………」

 

 状況も何もかも理解出来ぬまま、悠はただ疲労感に任せて目を閉じた………

 

 

 

 新たに交わりし糸は、何も分からぬままにただ己達の心粋に従う。

 彼らとの邂逅がもたらす物は、果たして………

 



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PART48 WORST IMPROVEMENT

 

 レッド・スプライト号の医務室前に、深刻な顔をした者達がたむろしていた。

 ペルソナ使いや本来立ち入りが制限されているはずの喰奴達が無言で救出された二人の治療が終わるのを待っているのを、他の乗員達は遠巻きに見ているしかなかった。

 やがて扉が開き、出てきたゾイに皆が詰め寄る。

 

「園村の様子は!?」

「セラは大丈夫なのか!」

「一度に聞くな、だが一応両方大丈夫だ。今の所はな」

「よ、よかった~………」

 

 ゾイの言葉に皆は胸を撫で下ろすが、数人はある言葉に引っかかっていた。

 

「今の所は、となると………」

「セラの方は元から虚弱だった所に、今回の負荷で状態悪化の懸念がある。麻希の方も脳神経にダメージが及んでいるかもしれん。ここの施設で出来うる限りの治療は施したが、今後の経過観察は必要だろう」

「Oh………」

「くっそ、あいつら………」

 

 先程と打って変わって落胆する者、怒りを露わにする者と様々だったが、そこで無言だったヒートが身をひるがえす。

 

「ヒート、どこに行く?」

「半端で帰ってきたから、今度こそあいつらを殲滅してくる」

「な、待てよ!」

「止めるなら、お前達も食うぞ」

 

 ゲイルの詰問にとんでもない返答をしたヒートをシエロが止めようとするが、振り返ったヒートの凄まじい形相に、見てしまった全員が凍りつく。

 だがヒートの前にサーフが立ちはだかり、また武器庫に向かおうとするヒートを止める。

 

「どけろ」

「………まだだ。まだ報復の時ではない」

「時も何も知った事じゃねえ!」

「損害を与えられたら、それ以上の損害を向こうに与える。ジャンクヤードの常識だ。だがそのためには戦力を整える必要がある」

「それまで待てってのか?」

「そうだ」

 

 寡黙なサーフにしては珍しく淡々と告げるのを、ヒートは殺気立ったまま相対するが、互いにその場から動こうとしない。

 

「お、おいやべえよこれ………」

「まさか、ここでおっぱじめるなんて事ねえよな?」

 

 マークとブラウンが睨み合う二人をどうするべきか戦々恐々とするが、予想外の所から救援が入った。

 

「そこまでだ。患者の迷惑になるからよそでやってもらおう。それとも、またこれを使うべきか?」

「………ちっ」

 

 ゾイがヒートの首元に前回使用した大型注射器を突きつけ、少しは納得したのかヒートが舌打ち一つして武器庫ではなく乗降ハッチの方へと向かっていく。

 

「さすがだな、ああいうのの扱いには慣れているようだ」

「あいつらに医務室の前で暴れられたら事だからね………」

 

 南条とゆきのが頷く中、他の者達は思わず顔を見合わせる。

 

「問題は、今後セラの歌が使えるかどうかだ」

「言っておくが、しばらくは私が許可しない。これ以上患者の負担を増やせば、取り返しがつかなくなるかもしれん」

 

 誰もが抱いていた懸念をロアルドが漏らすと、即ゾイがドクターストップを宣言する。

 

「一応、セラの歌以外にも飢えを抑える方法はある。それでどうにかしのぐしかない」

「暴れまくる喰奴を数人がかりで押さえ込んだと聞いてるが、確かにそれしかないか………」

「オレ、やれる自信ねえ………」

「大丈夫、オレら何度かやってっから」

 

 皆が唸る中、取り敢えずその場は解散となる。

 

「そういや、園村助けてくれた学生連中は?」

「業魔殿で山岸と天田から状況説明を受けてるそうだ。もっとも、理解出来るかは謎だがな」

「この状況を完全に理解出来る頭脳の持ち主はいないだろう」

「いねえだろうな~。あ、礼まだだったからオレ行ってくる」

「私もご一緒しますわ」

「お、オレもオレも」

 

 マークの問に南条とゲイルが答え、礼を言うためにマークを先頭にエリーやシエロが業魔殿へと向かっていく。

 

「さて、こちらもやらなれけばならない事が多いな」

「ああ、今後の対応も考えなくては」

「冥界に行った連中、そろそろ帰ってこないか?」

 

 南条、ゲイル、ロアルドらが対策を思考しながらその場を去る。

 最後まで残っていたサーフだったが、やがて無言で医務室を後にした。

 

 

 

「え~と、大体これが現状という事です」

「はい、全然理解出来ません」

「でしょうね………」「ワン!」

 

 風花が説明を終えた所で、バカ正直な陽介の返答に一緒に説明していた乾とついでにコロマルも同意せざるを得なかった。

 

「つまり、今ここにはオレ達みたいなペルソナ使いの他に、悪魔使いや喰奴って人達がいて、複数の勢力と戦争みたいな状態になってるって事、だよな?」

「かなり端折ってますが、合ってるでしょう」

「もう何がなんだか………」

 

 悠がなんとか話をまとめ、直斗も頷くが、千枝は頭を抱え込む。

 

「それで、皆して違う世界から来てるってのもすごい話よね」

「なんか、アニメみたい」

「オレ頭痛くなってきたんすけど………」

「確かに、見た事無いような力持ってる人達ばかりクマ」

 

 雪子とりせがむしろ嬉々とする中、完二はテーブルに突っ伏し、クマは考え込む。

 

「この、召喚器でしたか。こちらでもこんな物は使ってませんし」

「多少扱い方は違いますが、他のペルソナ使いの人達と比べて皆さんも私達もそう相違は無いと思います」

「オレはちと使いたくないな………」

「慣れるまでがちょっと大変でした………」

 

 直斗が召喚器をじっと見ながら首を傾げる中、風花が説明するがそれの使い方を聞いた陽介が自分の頭に向ける事を考えて顔をしかめ、乾も思わずうなだれる。

 

「取り敢えず、皆さん共通の目的は元の世界に戻る事。そのためにはこうなった原因を突き止めなくてはいけないんですけど、状況の変化が早くて、手がかりもさっぱりという状態でして………」

「そりゃ、あんなマジ戦争ばっかやってたらな~」

「まだマシですよ、この間はゾンビの大群と戦いましたし」

「………マジ?」

「ワン!」

「マジだそうクマ」

 

 あまりに突拍子の無い話の山盛りに、皆の顔色が変わるが、言ってる方は大真面目だった。

 

「それでそちらが、自称特別捜査隊、でしたっけ」

「ああ、雨の夜にだけ映るマヨナカテレビに映った人達が次々変死する事件を追うために、皆で作った」

 

 悠が端的に自分達、通称特捜隊を説明する。

 

「シャドウと戦ってるのはボクらと一緒ですね」

「でもそっちは世界の存亡かかってんだろ? オレらとえらい違い………」

「殺人犯を追うってのも大変な事ですよ。ましてや、そういう力を持ってるんだとしたら一際ですね」

「でも、さっきの戦い見てたら、こっちのしてた事がみみっちく思えてきた………」

「慣れた方がいいわよ、直に貴方達も巻き込まれるから」

 

 そこにレイホゥが姿を見せる。

 

「直にって………」

「もう巻き込まれてますが」

「なら、これからもっとひどくなるかもね。改めて初めまして。葛葉術者代表のレイ・レイホゥよ」

「あ、自称特別捜査隊のリーダーって事になってる鳴上 悠です」

 

 葛葉の事は聞いていた悠が自らも名乗り、レイホゥに頭を下げる。

 

「まずはお礼を言っておくわね。二人の救出に協力してくれた件、ありがとう」

「いや、何が何だかわからなかったんですけど、取り敢えずやばそうだったんで………」

「オレらも食われそうになったけどな」

「あの、一応話は聞いたんですが、敵対している人達ってあんな人、というか悪魔?ばかりなんでしょうか?」

「あそこまで好戦的なのはヨスガくらいね。他は違う意味でひどいけど」

「アサクサの時は正面戦闘がメインでしたけど、カルマ協会と組んでどう攻めてくるか読めなくなりましたし………」

「一体今どんだけ敵がいるの………?」

「多すぎて把握出来ません………」

 

 雪子の問にレイホゥと風花が答えるが、新たに生じた千枝の問には乾がうなだれながら答え、特捜隊全員の顔色が変わる。

 

「さっき連絡が有ったわ。向こうに行ってた人達、もう直帰ってこれるそうよ」

「本当ですか!?」

「皆さん無事なんですか!?」

「ワンワン!」

「負傷者はいるけど、死人は出なかったらしいわ。あと、何でか少し増えたって聞いたけど」

「増えた?」

 

 レイホゥがもたらした吉報に風花と乾、コロマルは喜色を浮かべるが、予想外の一言に首を傾げる。

 

「さっき言ってた、別の作戦に参加してるって仲間の人達ですね」

「正確には、こちらの作戦中に敵の罠にハマって、軒並み冥界に落とされてね」

「………冥界って、俗に言うあの世では?」

「それが、何人か前に行って帰ってきた人もいるとか………」

 

 直斗がレイホゥと風花の説明に、自分の中の常識が瓦解しそうになるのを感じながらも、なんとか踏み止まる。

 

「そうそう、ウチの上司がちょっと特殊でね。落っこちた時に体ダメにして次の体探してるって言ってたから、注意してね」

「………スイマセン、オレの脳味噌じゃ意味が分かりません」

「クマにも分からないクマ………」

 

 一体どんな人達が帰ってくるんだろうか?とそこはかとなく不安を感じる特捜隊のメンバー達だったが、どの道、他に行く宛も無いのであえて考えない事にする。

 

「お、いたいた」

「皆さんご無事で何よりですわ」

 

 そこへ、エミルン学園OBペルソナ使いやエンブリオンのメンバー達が顔を見せる。

 

「さっきはありがとうな。オレは稲葉 正男。マークって呼ばれてる」

「桐島 英理子。エリーと読んでください。私達もPersona使いですわ」

「エンブリオンのシエロ、セラを助けてくれてあんがと。他のメンバーは忙しくて、オレだけで悪いが」

「いえ、成り行きというかなんというか」

「ま、あんなやばそうな所で見捨てるような事出来ねえし」

 

 簡単な自己紹介をしながら手を差し出してきた相手に苦笑いしながら、特捜隊メンバーは握手する。

 

「しばらくはここでゆっくりしててくれ。無理させちまったみたいだし」

「頼りになるMemberももうじき帰ってきますし」

「やべえ、セラが寝込んでるって聞いたらアルジラ怒るだろうな………」

「本当にどんな人達が戻ってくるんですか?」

「頼りになる人達ではあるみたいっすけど………」

「まあ、会ってからのお楽しみという事で」

 

 更に疑問を深める特捜隊メンバー達だったが、どう説明するか自分達にも分からない風花がお茶を濁した………

 

 

 

 瞑想用に借りているアラヤ神社の社の中で、フトミミは瞑想から目覚める。

 

「む、またか………」

 

 フトミミは見えた予知に表情を曇らせ、社から外へと出た。

 

「フトミミさん、どうかしましたか?」

「どうにも気になる予知が見える。先程はぼんやりとしていたが、今度ははっきりと」

 

 お付きのマネカタに予知への不安を告げるが、不安はますます大きくなる一方だった。

 

「出ていった者達は戻ってきていたな?」

「はい、冥界に行った人達ももうしばらくで帰ってくるとか」

「急がせた方がいい。私は警察署に行ってくる」

「分かりました、連絡します」

 

 早足で境内から出ようとするフトミミだったが、そこでパトロール中だったたまきと出会う。

 

「あれ、フトミミさん。急いでどうかしました?」

「ちょうどいい所に。急いで各リーダー達を集めてほしい」

「! 何か危険な予知が?」

「分からない。だが、今までに無い何かが起きる」

「それは、一体………」

「カグツチが、黒く染まるのだ」

 

 

 

「何だって!?」

「それは本当か!」

 

 警察署に集まった面々の前で、フトミミが見えた予知の事を話すと、ロアルドとゲイルが即座に反応する。

 

「心当たりが?」

「こちらの太陽でも同様の事が起こった。そしてその黒い太陽の光を浴びた者は、一斉にキュヴィエ症候群を発症し、地上は死の街と化した」

「対抗出来るのは、悪魔化ウイルスを宿した喰奴だけだ」

「何ですって………!」

「他に対抗手段は!?」

「カルマ協会には、その黒い太陽の陽光の危険な部分のみを遮断出来る特殊フィルターが有ったようだが………」

「すぐに街を覆う結界を強化するわ! 下にいる人達を全員すぐ帰投させて!」

「市街に緊急通達! 用心して屋内に退避を!」

 

 レイホゥと克哉が即座に動く中、他の者達も険しい顔をしていた。

 

「あの、キュヴィエ症候群って何ですか?」

 

 一応リーダーという事で呼ばれた悠が恐る恐る手を挙げる。

 

「こちらの世界で発見された奇病だ。体が結晶化し、死に至る。当初は進行が遅かったが、太陽が黒化した後の物は、文字通り瞬く間に全身が彫像と化す」

「悪魔化ウイルスは、その対抗手段の一つとして作られた。原因は双方、人体の構成情報の変質に有ったからな」

「け、結晶化? 彫像って………」

「とにかく、すぐに業魔殿に戻って皆に外に出ないように伝えておいた方がいい。ペルソナ使いなら抵抗出来るかもしれないけど、試すのはおすすめしないし」

 

 ロアルドとゲイルの説明に唖然とする悠に、尚也が肩を叩く。

 

「あの、いつもこんな感じなんですか?」

「大体だけどね。どうやら、また状況が変わりそうだ」

「皆になんて説明すれば………」

「警戒だけしておけ。冥界に行った連中が戻ってくるまでの辛抱だ」

 

 何かとんでもない事が起こりそうな事だけ分かった悠に、同席していた達哉が無愛想にアドバイスしながら自らも警戒準備へと向かう。

 

「とんでもない所に来ちゃったかな………」

「皆そう思ってるわよ。お互い、頼れる時は頼りなさい」

 

 思わず呟いた悠だったが、今度はたまきが肩を叩きながら苦笑する。

 

「取り敢えず、業魔殿の倉庫に色々用意してるから、必要なの仲間の分も準備しておいて。何かあっても、防御に徹して他の連中来るまでしのぐように」

「はあ………」

 

 帰りたい、と心底思いつつ、悠は取り敢えず業魔殿の仲間の所に戻る事にした。

 

 

 

「さて、なんとか地獄から這い出してきたはいいが………」

「緊急帰還命令? 何が起きている?」

「分からない、ただ急いで帰還しろ、そして物陰から出るなと………」

 

 冥界からようやく受胎東京へと戻ってきた面々だったが、そこで待っていた機動班の冥界の門監視チームから告げられた緊急帰還命令に首を傾げる。

 

「物陰から出るな? なんだそりゃ?」

「そのうえ、観測班の俺達にも着用可能な者にはデモニカを着用しておけと」

「狙撃でもされるってのか?」

 

 そのやり取りを聞いていたアルジラが、自分のいた世界での事を思い出すが、見上げた空には何の変化もないカグツチがあった。

 

(考え過ぎ?)

「ま、こちらも観測の必要はもう無くなってきたな」

 

 八雲達が戻ってきた冥界の門は、彼らが戻った直後から急激的に縮小を始めていた。

 

「冥界の異常が決着したので、冥界自体が有るべき形に戻ろうとしてるのだろう」

 

 ゴウトがライドウの肩からその様子を眺めながら呟く。

 

「本当に大丈夫? また広がったりしない?」

「この規模のゲートを開くにはかなり複雑な術式が必要なプロセスです。そう何度もできないセオリー」

 

 あかりと凪が冥界の門の縁をじっと見つめるが、肉眼で見ても分かる程、ゆっくりではあるが小さくなっていく。

 

「何、その気になればまた行けるさ」

「それは死んだ時だろ。勘弁してくれ」

「戻ろうと思えば戻れる。体が無いと少し不便だがな」

「それもちょっと………」

 

 ダンテの軽口に修二が呆れた返事を返すが、キョウジ(故)のとんでもない発言にドン引きする。

 

「閉じきる前に多少亡者が出て来る可能性もあるが、どうせここではあまり変わらん」

「そう言われたら言い返せないのがなんとも」

「緊急帰還という事は、それすらどうでもいいという事か?」

 

 キョウジ(故)が更にとんでもない事を言うが、事実なので修二がうなだれるが、ゴウトは別の問題を指摘する。

 

「ま、急いで帰るに越したこたねえだろ。ところでモルヒネあるか? またうずいてきた」

「あんた、何してきたんだ………」

「いま回復させます!」

 

 左腕に巻いた包帯から体液が染み出してきてるのに舌打ちしつつ、八雲が機動班に鎮痛剤を要求した所で、カチーヤが慌てて回復魔法を掛ける。

 

「やっぱ冥界での傷は治りにくいな。不破の奴はゾンビ化してないだろうな?」

「生きてます………」

「バイタルはちゃんと確認出来てる。大丈夫だ。だが要治療者と要修理者、と言うべきか? が多い」

 

 ぐったりしている啓人を仁也がデモニカで念のためチェックして異常が無い事を確認するが、他にも似たような状態の者が何人もいた。

 

「何か、ロボ増えてないか?」

「つうかそのゴスロリ、持ってきたのか………」

「色々あってね」

「こんなに持ち込んだら、ヴィクトルがどんな顔する事だか」

「医務室送り確実の奴も何人かいるしな」

 

 冥界から帰還した者達が口々に言いながら、用意してあったAPCやバスに乗り込もうとした時だった。

 

「ん?」「あれ?」

 

 最初に気付いたのはネミッサとカチーヤだった。

 バスの搭乗口で二人そろって、上空のカグツチを見つめる。

 

「何だろ? 何か………」「何でしょうか?」

「どうした?」

 

 様子のおかしい二人に、八雲も吊られてカグツチを見上げる。

 

「確かに、何かおかしい………」

「何だぁ?」

 

 次にゴウトとダンテも違和感に気付く。

 流石に何事かと他の者達もカグツチを見上げるが、そこには煌天のカグツチが煌々と輝いている。

 異変は、急激だった。

 突然、何か凄まじい悪寒が全員の背を走り、それに応じるようにペルソナ使い達のペルソナが一斉に何かに反応、わずかに遅れて悪魔使い達のCOMPが一斉に警告音を喚き立てる。

 

「何だ!?」

「何事だ!」

「第一級警報だと!?」

 

 誰もが訳が分からない中、気付いたのはチドリだった。

 

「順平! あれ………」

「え、な………」

 

 チドリが指差した先、そこにあるカグツチを見上げ、それに気付く。

 カグツチがゆっくりと、黒ずんでいく事に。

 

「! 皆、日陰に入るんだよ! 早く!」

 

 それを知っていたアルジラが叫び、悪魔化するとその触手で車外にいた者達を強引に車内へと叩き込み始める。

 

「急げ! 何かやばい!」

「あれは、危ない………!」

 

 何かは分からないが、何かが起きると直感した者達は一斉に行動を開始、車内に飛び込み、窓を塞ぐ。

 

「デモニカを緊急遮蔽モード!」

 

 車に乗り込むのが間に合わないと悟ったデモニカ着用者達は、スーツの緊急遮蔽モードを起動。完全に外部から遮断されたデモニカがその場に停止する。

 

「チドリ! 早く!」

「待って…あっ!」

 

 順平がチドリの手を引いて車へと急ぐが、そこでチドリは足をもつらせ、転倒してしまう。

 

「伊織!」

「ダメだ出るな!」

 

 明彦が慌てて向かおうとするのを、アルジラが力づくで制す。

 

「何か分からないけど、ものすごくやばい!」

「凪! 急いで!」

「しかし、これは………!」

 

 仲魔のハイピクシーに急かされるも運悪く車両から離れていたため、間に合わない可能性を悟った凪はとっさに足を止め、その場で足元に五芒星の魔法円を描く。

 

「何して…」

「あかりさんもこちらに! 結界を張ります!」

「そんな事言っても…」

「いいから!」

「ふぎゃ!?」

 

 思わず反論しようとしたあかりだったが、そこでハイピクシーの顔面キックを食らって強引に結界内に叩き込まれる。

 

「何だ、何事だ!?」

「カグツチがおかしいです!」

「お前らも緊急遮蔽モードにしろ! 他の連中は急いで物陰に!」

 

 離れた場所にいた観測班のメンバー達は手伝いのマネカタ達を車の方へと押し出しながら、自分達はデモニカの緊急遮蔽モードを作動。

 押し出されたマネカタ達がこちらに向かってくるが、直後に漆黒に変じたカグツチから、閃光が発せられる。

 

「な、何だこれは!?」

「おい、あれ!」

 

 誰もが訳が分からない中、誰かが叫ぶ。

 

「ん、あ………」

 

 そこには、逃げそこねたマネカタの全身が瞬く間に白く変じていき、数瞬の後に白い彫像と化していた。

 

「な………」

「ウソ………」

「まさか、こいつは!」

「間違いない、キュヴィエ症候群だよ………」

「! 順平達は!?」

 

 予想外の事態に誰もが愕然とするが、そこでゆかりが順平達の方を見る。

 

「な、なんだこれ!?」

 

 チドリを抱き上げようとする順平の頭上に、彼のペルソナが勝手に発動、傘となって恐ろしい閃光を防いでいた。

 

「おい、あっちも!」

「な、何なに!?」

「これは………」

 

 機動班の一人が指差した先に、凪の結界のその上にあかりのペルソナが覆いかぶさり、完全に閃光を遮っていた。

 

「驚いた………そんな方法もあったなんて………」

「だがあれでは動けない! 対策は!?」

「喰奴じゃなけりゃ、あの黒い陽光の下じゃ動けないんだよ!」

 

 ペルソナの予想外の効果にアルジラが驚くが、美鶴が何とか出来ないかと叫び、アルジラが向かおうとした時だった。

 

「なるほどな。つまり悪魔の力が有れば平気って事か」

 

 黒い陽光の下、ダンテが平然と立っており、そのまま悠々とした足取りで順平達の方へと向かう。

 

「………成る程。って事は」

 

 手を一つ叩いた修二が、恐る恐る小指を陽光の下に出し、何とも無い事を確認すると、おっかなびっくり足を踏み出すが、それでも何ともなかったので、同じく凪達の方へと向かう。

 

「そういやあの二人、両方共一応悪魔に分類されるのか」

「つまりは」

「ふぎゃ!?」

 

 キョウジが納得した所で、八雲が試しにネミッサを車外に蹴り飛ばす。

 

「何すんのよ!」

「やっぱりか」

「あの、八雲さん?」

 

 案の定平然としながら怒鳴ってくるネミッサを見て、八雲が頷くのをカチーヤが少し引きつった顔で見つめる。

 

「他に逃げ遅れた奴は!」

「いないはず!」

「珠閒瑠市に連絡! 向こうはどうなってる!?」

「遮蔽を確認! 移動は可能か!?」

 

 小次郎とアレフ、仁也がそれぞれ確認や指示を出す中、陽光が弱まってくる。

 

「おっと、日焼けの時間は終わりみたいだぜ」

「何なんだよ、さっきのは………」

 

 ダンテと修二がカグツチが先程と逆で、ゆっくりと黒から元の色へと戻っていくのを確認する。

 

「何がどうなってるんだい………」

「ヤバイ事が起きた、ってのだけは確実だな」

 

 アルジラも呆然とする中、恐る恐る外の様子を確認したキョウジが彫像と化したままのマネカタだった物を見て、険しい顔をする。

 

「急いで戻ろう。何かが起きた」

「厄介事片付けたらまた厄介事かよ………」

 

 仁也が帰還命令を出す中、八雲が思わずぼやく。

 

 

 

「何が起きたっ!?」

「あのエセ太陽が急に黒くなって、そしたら光って………」

 

 克哉は署長室で警備体制の見直しをしている最中、突如として起きたペルソナの過剰反応に嫌な予感を感じながら窓から街の様子を見る。

 

「ピクシー、急いで街の様子を見てきてくれ!」

「わかった!」

 

 市街地が騒がしい事に不安を覚えたピクシーが窓から飛び出してく中、克哉の携帯が鳴る。

 

「もしもし!」

『克哉さん! 今の!』

「何が起きた?」

 

 電話口の向こうで、慌てた声のたまきに克哉は問いただす。

 

『か、カグツチが突然黒くなったと思ったら光って、結界の強化はぎりぎり間に合ったけど、外にいたマネカタや作業員達が、一瞬で白い彫像に………!』

「それが、キュヴィエ症候群………」

『私も外にいたけど、仲魔が庇ってくれてなんとか………』

 

 喰奴達から話だけは聞いていた克哉だったが、最悪とも言える状況に愕然とする。

 

『一応カグツチは元に戻ったけど、結界の強化装置に過負荷がかかってバチバチ言ってる! 今レッド・スプライト号から人回してもらうって!』

「急いでくれ! 再度起きたら、この街は………」

 

 そこから先の言葉を、克哉は口にするのをためらった。

 なぜそうなったかは不明だが、喰奴達の世界で起きた太陽の黒化現象と同様の事がカグツチに一時的だが起きた事。

 そして、もしそれが何の防護も無しにこの街に降り注いだらどうなるかは、ロアルドから聞いていた。

 

「何という事だ………」

「周防署長! 先程の閃光で、市街地に混乱が起きています!」

「パトロールの人員を増やし、もし同様の事が起きそうになった場合は速やかに屋内に退避を。いいか、あの光に絶対当たってはいけないという事を厳命させるんだ!」

「分かりました!」

 

 飛び込んできた警官に指示を出すと、克哉は再度窓の外、受胎東京を照らし出すカグツチを睨みつける。

 

「あれをどう対処すればいいんだ………」

 

 あまりに巨大過ぎる問題に、克哉は己の手を強く握り締めた………

 

 

 

「珠閒瑠市は無事だ! 結界が間に合ったらしい。だが、結界外にいた者達に若干被害者が出たようだ………」

「よ、よかった~」

 

 移動の車内で、通信班から届いた報告にゆかりが思わず安堵の声を漏らすが、それは誰もが同じだった。

 

「またあれが起きたらさすがにやばい」

「だが、一体何が起きている? 石化ともまた違うようだが………」

「ここまで無差別で広範囲な呪詛は聞いた事も無い」

「こんなのが普通の世界で起きたら、世界が終わっちまうな」

 

 小次郎、アレフ、ライドウ、ダンテのトップクラスの実力者達も、対処法を思案するが、思い浮かばない。

 

「どうなってんだい………どうしてここでキュヴィエ症候群が………」

「と、取り敢えずペルソナ使いなら大丈夫っぽいけど………」

「これで大丈夫というには問題があるようだがな」

 

 アルジラが呆然としている中、ゆかりはペルソナで影響は防げるらしい事に安堵するが、美鶴は救助した順平とチドリが疲弊している事に不安を覚える。

 

「大丈夫か?」

「な、なんとか………」

「蘇ったばかりでちょっとつらい………」

 

 明彦が心配そうに二人の様子を見るが、冥界での影響を差し引いても、明らかに二人共過剰に疲弊しているのが誰の目にも明らかだった。

 

「私達はそれ程でもありませんが………」

「でも、疲れた………」

 

 一方、結界とペルソナの二重で防いだ凪とあかりは、他の二人程では無いが、それでも疲労の色は濃かった。

 

「結界やペルソナで防ぐ事は出来るけど、消費がかなり激しいみたいね」

「あくまで最後の手段にした方がいいわ」

「こっちもそうだな………」

「開けてくれ………」

 

 状態を確認しながら応急処置の準備を進める咲とヒロコの隣で、アンソニーが完全遮蔽モードのまま、解除できない仲間のデモニカを開放しようと悪戦苦闘していた。

 

「完全遮蔽モードはシュバルツバースですら使わなかった緊急シェルター化のモードだ。それを発動させる程とは………」

「まああんなになって死ぬよりゃマシだろ。生身のオレらだったら一発でおしまいだったがな」

「で、それとネミッサ蹴り出したのは何か関係あるのかな~?」

「あの、それくらいで………」

 

 仁也も思案し、八雲も顔をしかめる中、得物を手にしたネミッサをカチーヤがなんとかなだめていた。

 

「とにかく、悪魔化、もしくは悪魔その物の力を持たない限り、一発でアウトって事はよく分かった。これが戦闘中にでも起きたら、次の瞬間には全滅だな」

「大型悪魔でも作って、腹の中にでも逃げ込むってのは?」

「そのままになると思うぜ。消化されるまで」

 

 キョウジがまとめた所で八雲がとんでもない回避案を出すが、ダンテが苦笑しながら否定する。

 

「どちらにしろ、ここで論議しても結論は出まい。詳細を知っている者達の意見がいる」

「………一番知ってるのは、恐らくジェナ・エンジェルだけどね」

 

 ゴウトが議論を中断させた所で、アルジラが険しい顔をするが、誰もが情報不足は認める所であった。

 

「場合によっちゃ、あそこにカチコミ掛ける事になるかもな」

「マジで?」

 

 不敵にカグツチを見上げるダンテに、修二は引きつった顔をする。

 

「ま、いつかは行く羽目になるんだろうなとは思ってたが………」

「どういう事だ?」

「え~と、創世ってのはコトワリを持って守護とかいう神様呼んで、それでカグツチを開放、だったかな? そんな事を前に祐子先生から聞いたような………」

「成る程、そう言えば守護を呼ぶためにマガツヒを集めているのだったな」

 

 修二の説明にライドウとゴウトが頷く。

 

「だが、あんな状態でそれが上手くいくのか?」

「とても思わん。恐らく今頃どの派閥も慌ててるだろうな………」

 

 小次郎とアレフもカグツチを見上げながら呟く。

 

『お~い、ロボ娘達だが応急処置が限界だ。到着まで全機スリープモードにさせるぞ』

「そこまでか………」

「大丈夫なの?」

 

 別車からの連絡に、美鶴とゆかりが不安な顔をする。

 

『フレームはかなりガタついてるが、中枢部分は大丈夫のようだ。受け入れ準備させておこう』

「お願いします………」

「てめえのも必要だな」

「八雲さんもですよ!」

 

 簡易ベッドに寝かされていた啓人が弱々しい声で頼むのを八雲が横目で見ながら呟くが、それがモルヒネを注射しながらの事にカチーヤが思わず言い返す。

 

「着くまで寝る。つうかしばらく寝かせてくれ」

「ヤク切れるまで起きんな、色々面倒だ」

 

 そう言いながら車内で横になった八雲に一瞥をくれつつ、キョウジは改めて負傷者ばかりの面子を見回す。

 

「正直、すぐに次の行動は取れないな」

「他の勢力も混乱しているはずだ。その間に体制を整えるしかない」

「どちらが先か、だが」

 

 キョウジの呟きにライドウも同意するが、ゴウトの一言が最大の懸念事項だった。

 

「今見てた通り、キュヴィエ症候群は悪魔能力を持たない者にしか発症しない。最悪、すぐにどこかが攻めてくるかもな」

「コトワリを持つ勢力からすれば、せっかくのマガツヒの宝庫を失うかもしれない危機だ」

「だが、マガツヒとは人間の苦悶から生じると聞いている。むしろ、好機とみなすかもしれん」

「だとしたら………」

 

 

 

「一体何が起きた?」

「分からない。言えるのはカグツチが一時的に黒くなり、そこから発せられた光を浴びたマネカタが結晶化したという事だ」

 

 ニヒロ機構の奥、ある準備をしていた氷川と神取は、突然の事態に情報収集を配下の悪魔達にさせていた。

 

「どうやら、結晶化したのはマネカタだけで、悪魔には平気らしい。恐らくこれは、喰奴達の世界に起きたというキュヴィエ症候群だろう」

「成る程、喰奴達が己を悪魔化したのはこれに対する抵抗力のためか。だが、だとしたら上空の珠閒瑠市の者達はどうなった?」

「侵入者用の結界設備があったはずだが………」

「氷川様、上空の街を探りに行っていた者から、上の人間達は無事らしいとの報告が」

 

 配下の悪魔の報告に、氷川は少し考えてから口を開く。

 

「………そうか、フトミミの予言だな」

「この受胎東京の全てを見通す預言者か、それで対処をしていたのか?」

「在り得る。ならば、これも読まれているのかもしれんぞ」

「読んでいても、対処出来なければ問題無い」

「氷川様! 冥界に落としたはずの者達が帰還した模様!」

「ほう、どうやら予想以上にしぶといな」

「だがさすがに無傷ではないだろう。追撃を出すか?」

「いや、こちらの準備に専念したい。ヨスガとムスビは派手にやってダメージが残っている間に、我らシジマが一歩先んじる」

「成る程、一理ある」

 

 そう言いながら、二人の男はほくそ笑む。

 その二人の背後で、奇妙な機械が鳴動を開始した。

 

 

 

「何だ、今のは?」

「分からん。だがただ事ではない」

 

 アマラ回廊を流れるマガツヒの流れが、異常としか言えないレベルにまで乱れ、勇と40代目ライドウは何らかの異変を察する。

 

「どうする? 一度外の様子を調べるか?」

「いや、ここにこれ程の影響が出ているとなると、外は更に大きな影響が出ているかもしれん。しばし様子を見るべきでは」

「くそ、あの女にやられた傷もようやく癒えてきたって時に………」

 

 エンジェルに付けられた傷跡をさすりつつ、勇は悪態をつく。

 

「しかし、本当に何が起きている? ここにまでこれ程の影響が出るのは…」

 

 40代目ライドウもただならぬ事態と推測していた時、更なる異変が起きる。

 

「何だ?」

 

 荒れ狂っていたマガツヒの流れが、突然止んだかと思うと、いきなり一方向へと向い始める。

 

「これは………!」

「今度は何が起きた!」

 

 己達も引きずられそうになる急激的な変化に、勇と40代目ライドウも必死になって堪える。

 

「おおおお………」

「これは………」

「始まるのか………」

 

 アマラ回廊の住人たる思念体達が、その流れに引きずられながら、何かを呟いていく。

 

「始まる、だと? 何が………」

「恐らくは………」

 

 徐々にマガツヒの流れが弱まっていき、勇と40代目ライドウが踏ん張っていた力を抜く。

 そこへ、今度はどこから凄まじい鳴動が響き始める。

 

「次から次へと何なんだ一体!」

「何か、巨大な力を感じる。先程のは、これが出現する前兆か」

「だから一体何がだ!」

「それは………」

 

 

 

「何事だ!」

「地震!?」

「全員無事か!」

 

 帰路を急いでいた面々だったが、突如として起きた鳴動に、乗っていた車両は急ブレーキをかけてその場に停止し、中で引っ掻き回された者達は口々に叫ぶ。

 

「………来た!」

「これは………!」

 

 最初にネミッサが、続けてチドリが何かを感じる。

 そして、それは目に見える形となって現われた。

 

「ちょ、あれ見てあれ!」

「何だぁ!?」

 

 外を見たゆかりが、ある場所を指差す。

 そちらを見た修二は、この受胎東京で見た事もない、巨大な塔がカグツチへと向かって伸びていくのを目撃した。

 

「何、だと?」

「まさか………」

「どうなってんだよ………」

「そんな………事が………」

 

 それを見た美鶴、明彦、順平も絶句し、何事かと体を起こした啓人もが大きく目を見開く。

 

「あれって………」

「見覚えあるの?」

 

 それが見た事のある物だと気付いたカチーヤも唖然とし、ネミッサが首を傾げる。

 

「あれは、タルタロスだ!」

 

 それが自分達が登っていた異形の塔だと確信した美鶴の叫びが、周辺に木霊した………

 

 

 再び寄り合わさろうとする糸達の前に、最大の苦難が立ちはだかる。

 現れし滅亡へと向かいし塔の先に有るのは、果たして………

 



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PART49 UNEXPECTED CREATION

 

「これは………」

「そんな、まさか………」

 

 送られてきたばかりの映像に、祐子と風花は絶句する。

 前者はそのあまりの異質さに、後者はそれが見覚えの有る故の驚愕だった。

 

「間違いありません、タルタロスです………」

「貴方達の世界に有ったっていう塔ね、でもそれがなぜここに………」

「分かりません………」

『新たなる不確定要素と判断、危険度AAとします』

 

 二人がいる場所、レッド・スプライト号のブリッジで二人の意見を聞いたアーサーが、出現したタルタロスを危険因子と判断した。

 

「本来なら、コトワリの確定と守護の出現を持って、カグツチに至る塔が出現するはずなの。けど、今の状況で守護を呼び出せている勢力は無いはず………」

「タルタロスの最上階には、全てを滅ぼすニュクスが現れると言われてるんです。私達はそれを防ぐために最上階を目指していたんですが………」

「全くの逆だな」

「確かに。創世と滅亡、対極もいい所だ」

 

 特別にブリッジ入室が許可されたゲイルとロアルドが、二人の話を総合して全く噛み合わない事に顔をしかめる。

 

『偵察ミッション中の無人機を向かわせましたが、撃墜を確認。各勢力共に、タルタロスへの偵察中の模様』

「互いに牽制しあって、手を出しあぐねているようだ」

「それはこっちも同じだ。キュヴィエ症候群への対処が必要な今、余計な人員を向かわせてる余裕は無い。冥界からの帰還組は負傷者も多いそうだからな」

「周防署長もレイホゥさんもそっちにかかりきりだからね………私もこの後行かなければいけないのだけど」

「タルタロスの中が私達の知っているタルタロスと同じなのかの疑問も有ります。小岩さんは昔関わったVR空間が繋がっていたと言ってましたし………」

「更なる変貌を遂げている可能性も在り得るという事か」

「もうオレの脳味噌じゃ事態の変化を理解出来ん………どこから片付けていけばいいのやら………」

「そうですね………」

 

 風花とロアルドが肩を落とした所で、アラームが鳴る。

 

『冥界から帰還部隊が到着しました』

「本当ですか!?」

『負傷者がこちらに搬送されてきます』

「分かりました!」

 

 出迎えのために慌てて出ていく風花を見ながら、ロアルドとゲイルは考え込む。

 

「どうする、キュヴィエ症候群の問題がある以上、オレ達だけで偵察だけでも行うか?」

「だがセラがいない以上、暴走の可能性も高い。それに内情を知っている者を同行させるべきだが、それが出来るかの問題もある」

『タルタロス周辺で小規模な戦闘が頻発。偵察ミッションは推奨出来ません』

「戦力の立て直しと防衛線の構築を重視すべきだ」

「同意だな。下が混乱している今の内に体勢を立て直すチャンスだろう」

『こちらも同意です。受胎東京への偵察ミッションを一時中断、珠閒瑠市防衛ミッションを最優先。負傷者には医療室にてコンディション回復を提言し、ラボにて不足物資の製造を推奨』

「話が早くて助かる。キュヴィエ症候群の可能性がある以上、一般兵の偵察は危険だが、セラが歌えない以上、喰奴が出るのも難しい」

「まずは拠点防衛が第一だ。守護を呼び出すためのマガツヒを集めるべく、何らかのアクションを起こす可能性もある」

「もしくは、もう………」

 

 

 

「どういう事だ、これは?」

「分からない。上空の街に続けての巨大な特異点と考えるのが妥当だが………」

 

 偵察部隊から送られてきた報告に、氷川と神取は顔をしかめる。

 

「カグツチの変質、そして異形の塔の出現。どうしてここまで創世が狂っていく?」

「狂っているのは創世だけではないな。全てがおかしくなっている」

「計画に支障はあるか?」

「まだ修正は可能だ。だが、やはり問題はあの塔の中だろう」

「内部に潜入した者達はいるようだが、出てきた者はまだいない。何かが起きているのは確かだ」

「どうにか内部の情報が欲しい所だが………」

「こちらの幹部クラスを向かわせた。直に情報が入ってくるはずだ」

「氷川様! スルト様がお戻りになられました!」

 

 ちょうど見計らったかのように入った報告だったが、報告してきた悪魔が狼狽しているのに二人は同時に気付く。

 

「何かあったのか?」

「それが…」

 

 

「醜態をお許しください………」

「何が有った?」

 

 シジマの中でも有数の実力を持つ北欧神話の炎の剣を持つ巨人、魔王 スルトが氷川に頭を下げる。

 その全身はおびただしい傷が残され、尋常でない事が起きたのは容易に想像出来た。

 

「ご命令通り、あの塔を確保すべくヨスガやムスビを蹴散らし、中へと入ったのです。そこは奇怪な迷宮でしたが、ある程度先に行った所に、人間達の集団がいたのです」

「人間? あの塔に?」

「しかも悪魔使い達の集団です。突破とマガツヒ確保を行おうとしたのですが、その先頭に立った長髪の男、恐ろしく強く………」

「今までいた悪魔使いとは別の集団か?」

「聞いている悪魔使い達とは違うようです。確か、ミカド国のサムライと名乗っていたはず………」

「どうやら、他にも呼ばれた者がいたようだな」

 

 神取が苦笑するが、氷川の表情は固くなる。

 

「冗談ではない、これ以上創世の狂いは許されない」

「だが、かなりの実力者なのは確かだ」

「スルトを退けるとなると、下手な者では歯が立たんか………」

「珠閒瑠にいる者達に、彼らの存在を知られるのは得策ではないな。いっそ、塔周辺その物を堅め、孤立させるという手もある」

「なるほどな。兵糧攻めという訳か………だが、逆に登る可能性は?」

「それだけの実力者が、補給の体制も無しに進軍はすまい。その間にこちらの計画を進める」

「………いいだろう。皆に伝達、派手に動いて塔を奪い合っているように見せるようにしろ、と」

「分かりました、氷川様」

 

 配下の悪魔達に指示を出した後、氷川はしばし考える。

 

「状況の打開には、やはり守護を呼ぶ必要があるな」

「召喚に必要なマガツヒは相次ぐ妨害で未だ足りていない」

「冥界に落としたはずの者達が帰還したとの情報もある。やはり計画を急ぐべきか」

「他の勢力も守護を呼び出せる状態にあるかどうかが鍵だろう。ヨスガは何かに失敗してカグツチを変質させたようだが、ムスビはどうなっている?」

「アマラ回廊の奥で何かしているらしいが、マガツヒを大量入手したという情報は無い。何者かが助力しているらしいが」

「どこも相次ぐ異変と妨害でマガツヒを集められないか。だが、これの発動までの時間を稼げれば、こちらが俄然有利になる」

「カグツチへ至る塔が現われた以上、もはや猶予は無い。入念に準備をし、一気に勝負を決める」

 

 ほくそ笑む二人の背後で謎の機械が鳴動し始めていた。

 

 

 

「あれが、創世に至る塔なのか?」

「オレも話に聞いてただけだ。にしても奇妙な物が出てきやがった………」

 

 アマラ回廊の奥、マガツヒの流れからその先に出現したタルタロスを見る40代目ライドウと勇が顔をしかめる。

 

「周囲は上の連中を除いた、他の勢力が壮絶な争いの真っ最中か」

「こっちは押されてるな。まあ主力がこいつらじゃしょうがないが」

 

 周囲を漂う思念体を見つつ、勇は呟く。

 

「それと先程、魔王 スルトが塔内から傷だらけで撤退した。アレ程の悪魔を負傷させる程の強者が塔内にいる可能性もある」

「ヨスガ、はこの間やらかしてるし、上の悪魔使いやペルソナ使いも来てる様子も無し、中に何かいやがるのか?」

「もしくは誰か、だ。どの勢力も最近焦り始めている」

「オレらもだがな。マガツヒは集める端から邪魔されるし、訳の分からない物は次々出て来る。他にマガツヒのアテは………」

「案外あるかもしれませんよ」

 

 突然響いてきた声に、二人はそちらへと振り向く。

 そこには、どこから現れたのかストレガのタカヤとジンの姿が有った。

 

「何だお前達………人間か?」

「こういうモンや」

 

 勇の問に、ジンは召喚器を抜いて頭を撃ち、己のペルソナを発動させる。

 

「ペルソナ使いか、何の用だ」

「いえ、あの塔についての情報を差し上げようかと」

「何?」

「あれはタルタロス言うてな、ワイらの世界にあった物なんや」

「ほう………」

 

 ストレガの説明に、40代目ライドウは関心を持つ。

 

「で、その情報の見返りは何が欲しいんだ? ムスビに肩入れする理由は?」

「見返り? そんな物はいりませんよ」

「ちゅうか、もうもらってるで」

「どういう意味だ?」

「我々が欲するのは滅亡と混沌。それがそろっているこの世界がこのままでいてほしいのですよ」

「正直、創世とやらには興味も無いで。だからワイらの情報で好きにすりゃいい」

「………そうか、破滅主義者か。だからこの破滅している世界の存続を望む。故にどこかに勢力が傾く事を望まないという事か」

「その通りですよ。まあ他にも色々動いている方々もいるようですが」

 

 40代目ライドウの結論に、タカヤはほくそ笑む。

 

「それとオマケや。どうやらタルタロスの中に、悪魔使いの集団がおるらしいで」

「悪魔使い? 葛葉か?」

「さあ、そこまでは………だがシジマのスルトを退けたのはその者達らしいのです」

「成る程、そこまでの使い手がいるとなると、塔内に侵入しても事は安々と運ばんな」

「やはり、守護が必要だな」

「ヨスガとシジマはすでに何らかの方法でマガツヒを集める算段をしている模様ですよ?」

「ちっ、出遅れてるな」

「前と同じ手は使えないだろうしな」

「そうとも限らへんで」

「どういう事だ?」

「カグツチの変異は知っているでしょう? あれを利用するのです」

「………なるほどな」

 

 タカヤの提案に、40代目ライドウはある事を思いついていた。

 

「さて、私達の助言はここまでです」

「あとは互いに勝手にやるいう事で」

「人間を嫌うのなら、ムスビに来ないか? 案外お前達向きかもしれないな」

「絶対孤独の世界、ですか。考えておきましょう」

 

 勇からの誘いに微笑を浮かべながら、ストレガの二人はその場を去っていく。

 

「………どう思う?」

「言っている事は本当だろう。奴らの本当の目的は不明だが」

「状況を引っ掻き回してるだけかもな。だが、利用しない手はない、というか他にアテもねえし」

「ここの流れも始終変わって次に何が起きるか分からなくなっている。裏がありそうでも、利用するしかないのは確かだ」

「すぐにやれるか?」

「術式の準備が必要だ。恐らくシジマやヨスガも似たような事をしているかもしれんが、そちらも準備にかかるはず」

「早い者勝ち、か。誰が一抜けるかな………」

 

 勇の呟きに応じるように、アマラ回廊を漂う思念体が、彼へと集い始めていた。

 

 

 

「心配かけたな、山岸」

「皆さんよく無事で………」

「まあ、何人か病院送りだけどよ………」

 

 先頭に立つ美鶴を始め、皆が激戦を思わせるボロボロの特別課外活動部の仲間達を、風花は涙目で出迎える。

 

「あの、一人増えてません? その人は確か………」

「ワンワン!」

 

 乾が順平の隣に立つチドリの姿に気付き、コロマルも同意するように吠える。

 

「色々あったのよ………色々」

「簡単に言えば蘇ったって奴だな。あ、あっちでシンジに会ったぞ」

「え、荒垣さんに!?」

「私のお父さんにも会ったわ………完全に幽霊だったけど」

「本当にあの世に行ってきたんですね………」

 

 明彦やゆかりの話に、風花は唖然とする。

 

「会いたくない奴にも会ったがな」

「会いたくない?」

「理事長。敵になってた挙句、サイボーグゾンビになっててアイギスにボコボコにされてぶっ飛ばされてた」

「………何が有ったんです?」

「キュ~ン?」

「悪いけど、後にして。疲れてるから寝たい………」

 

 美鶴と順平の説明に風花と乾、ついでにコロマルが首を傾げるが、ゆかりの言葉に慌てて頷く。

 

「そ、そうですね。皆さんすごい状態ですし」

「ボク、皆さんの着替え用意してきます」

「あとでいいぞ。さすがに今回は疲れたからな」

 

 タフな明彦ですら疲れを見せる様子に、とんでもない激戦をしてきたらしい事を感じつつ、風花と乾は準備をしようとする。

 

「オレも寝る、何時にもましてひでえ戦いだったしな………」

「そうしよう、順平」

『待て』

 

 疲れた足取りで業魔殿の部屋へと向かおうとする順平と、その後を付いていくチドリを明彦と美鶴が同時にそれぞれの肩を掴む。

 

「君はこっちだ。ベッドはまあもう一つくらいなんとかしよう」

「離れるなと言われたけど………」

「それは戦闘時とも聞いたぞ。つうか順平も気付け」

「す、すんません」

「何か、相変わらず変わった人ですよね………本当に同じ人が蘇ってきたんだ………」

「ワンワン!」

 

 チドリのどこかズレた行動に乾は頬を引きつらせ、コロマルも同意するように鳴く。

 

「そう言えば、新たにペルソナ使いが増えたと聞いたが」

「あ、はい。私達と同じ高校生だそうです。私達から見て数年後の世界から来たらしいですけど」

 

 美鶴の問に風花が答えるが、美鶴は今の状態を確認して頷く。

 

「身支度を整えてから挨拶に伺うとしよう。これから共に戦っていく事になるだろうからな」

「一応今の状況説明しましたけど、全員首かしげてました………」

「大丈夫だ、オレも理解しきれてない。挨拶ならオレも一緒に行こう」

 

 乾がうなだれる中、明彦も美鶴にならってまず着替えに向かう。

 

「皆さん帰ってきたのはいいですけど、不破さんと小岩さんは入院、アイギスもラボ送り、今後どうなるんでしょう………」

「セラさんと園村さんもいつ退院出来るか分からないみたいですしね………」

 

 仲間の無事と引き換えのダメージに、乾と風花は深刻な顔でうなだれる。

 

「あれ~、なに深刻な顔してんの?」

「何かありましたか?」

 

 そこへ、ネミッサとカチーヤが姿を見せる。

 

「あ、ネミッサさん。小岩さんの様子は?」

「ん~、大丈夫じゃない? 腕一本焦げてあちこち骨折れてるだけだし」

「八雲さん、3日で治してくれとか無茶言ってましたけど………」

「幾らなんでもそれは………」

「ちょうどいいから、共同研究の新型万能細胞の被験体になってもらうってゾイ先生は言ってましたけど」

「ひょっとして、パラサイト・イブ二号ですか? ヴィクトルさんに頼まれてシミュレート手伝いましたけど、まだ安全性の確認が………」

 

 こちらはこちらでそこはかとなく危険な事を聞きつつ、風花の頬が引きつる。

 

「それじゃ、ネミッサ達はすこし寝るね~」

「八雲さんが治るまでに、こちらも体調を整えておかないと………」

「お疲れ様です………」

 

 あくびをしながらその場を離れるネミッサとカチーヤを見送ると、風花は表情は再度険しくなる。

 

「予想以上に、帰ってきた皆さんボロボロみたいですね………」

「しばらくはボク達が頑張らないと」

「ワオ~ン!」

「私、ちょっとアイギスの御見舞にいってきます。メアリさんとアリサさんも結構ダメージ負ってるって聞きましたし、何か出来る事があるかも」

「じゃあボクとコロマルはパトロールに」

「ワン!」

 

 それぞれが出来る事を模索しつつ、行動を開始した。

 

 

 

「そうか、セラが………」

「ああ、お陰で喰奴達は不用意に動かせない」

 

 署長室で戻ってくるまでの状況を聞いていたキョウジと、説明していた克哉が険しい顔をする。

 

「キュヴィエ症候群とやらに対抗できるのは悪魔の力を持った奴だけだったのはこの目で確認してきたからな。だが喰奴が動かせないのは痛い」

「だとしたら平気なのはダンテ氏と英草君、そしてネミッサ君だけか」

「ネミッサは一人で行動させるなって八雲から言われてるし、カチーヤが大丈夫かは確かめる訳にはいかないだろうしな。動かせるのは二人だけってのはな………」

「悪魔が大丈夫なら、仲魔達に任せるってのはどう?」

 

 克哉と契約しているピクシーが名乗りを上げるが、二人の表情は険しいままだった。

 

「召喚士抜きで仲魔を行動させるのにも限度があるしな。つうか全員マグネタイト枯渇してて補充に少しかかりそうだ」

「ダメージはどこもかなり深刻か………しかも出現したタルタロス周辺は各勢力の大混戦状態らしい」

「いっそこちらの態勢が整うまで、それ続いてくれりゃありがたいんだがな~」

「幸いな事に、カグツチの黒化のタイミングはフトミミ氏が予知出来るらしい。今結界装置の復旧作業を吶喊で行っている最中でもある」

「レイホゥの奴がすげえクマしてたのはそれか………高尾先生あたり、倒れそうだったが大丈夫か?」

「あの二人の指示が無ければ、復旧も難しい。休息は入れるように言ってはあるのだが………」

「一つようやく解決したかと思えば、厄介事が更に増えてやがる………オレも倒れそうだな」

「署員達にも疲労が溜まっている。治安維持に影響が出ないギリギリのラインだ」

 

 うなだれるキョウジに、克哉も思わず愚痴りながらうなだれる。

 

「しばらくは防御に徹するしかねえな。出るにはあまりに状況がヤバすぎる」

「賛成だ。幸いにレッド・スプライト号の治療システムにはまだ余裕が有るし、負傷者の復帰まで持たせるしかない」

「一応、戦力が多少ばかり増えたらしいしな」

「また学生達らしい、あまり無理はさせられない。協力はしてくれるそうだが………」

「使えりゃ何だっていい。使えればな………」

 

 

 

「君達か、新しく来たペルソナ使いは」

「は、はい」

「色々大変になるだろうが、よろしく頼む」

 

 今後の準備に訪れた小次郎、アレフ、ライドウ、ダンテの四人に、悠は慌てて頭を下げる。

 

(な、何かすごい威圧感が………)

 

 ペルソナ越しでなくても感じる雰囲気に、悠の頬を思わず汗が流れる。

 

「先輩、先輩」

「どうしたりせ」

「こ、この人達、とんでもなく強い………この間のペルソナ使いの人達もすごかったけど、下手したらそれ以上。特にそっちの銀髪の赤いコートの人なんて………」

「ほう、そうかアナライズ能力持ちか」

「感知系は貴重だ。山岸ばかりに荷重が掛かっていたからな」

 

 ダンテとライドウが興味深そうにりせを見るが、りせはその只ならぬ力に只々驚愕していた。

 

「あの、ダンテさんでしたっけ? 貴方、人? 悪魔?」

「オレはオレさ」

「ここじゃもうそんな事は気にしない方がいい」

「犬やロボットまで戦列に加わっている状態だ。戦えれば誰も文句は言わない」

「え~と………」

 

 りせの質問にダンテが超適当に答え、小次郎とアレフの注釈にりせが顔を完全に引きつらせる。

 

「他にも何人かいると聞いたが」

「あ、男子陣は今武器見繕ってて、女子陣は街の見学に行ってます」

「先輩、先輩、今喋ってたの………」

 

 話しかけられた事に悠が答えるが、りせが引きつりきった顔で悠の袖を引っ張る。

 

「ふむ、聞こえるという事は力は十分にあるようだ」

「………すいません、カラスが喋ってるように聞こえるんですが」

 

 ライドウの肩にいるゴウトの声に、悠も顔を引きつらせる。

 

「よく調べるんだな、カラスなのは側だけだ」

「あ、ホントだ………」

「そう言えば、犬のペルソナ使いもいたっけ………」

 

 ダンテの指摘にりせは慌ててペルソナを発動させて精査、ようやく納得するが、悠は自分達の予想を圧倒的に上回る面子に完全に気圧されていた。

 

「現状は聞いている。戻ってきた者達にも残っていた者達にも被害が出ている以上、戦える人材は幾らでも必要だ」

「足手まといにならないよう頑張ります………」

「そんな事は考えるな、ただ己の出来る事のみに尽力すればいい」

 

 小次郎の言葉にかろうじて頷く悠に、ライドウが忠告を残して四人が去っていく。

 

「………皆戻ってきたらなんて説明しよう?」

「………え~と」

 

 悠とりせは自分達の役割をなんとなく理解しつつ、仲間への説明を悩む事となった。

 

 

 

「さて、まず何からかしらね」

 

 珠閒瑠警察署(仮)の取調室で、たまきが対面に座るDr.スリルに冷た過ぎる視線を突きつけていた。

 

「ええい、どこもかしこもデビルサマナーだらけやないか! これなら…」

「これなら、冥界の方がよかった?」

 

 GUMPをDr.スリルの喉元に突きつけつつ、たまきが詰め寄る。

 

「今まで何人か捕虜は取ったんだけど、全員死んじゃってね。ようやくマトモな情報源が来たから、色々喋ってほしいんだけど」

「誰がデビルサマナーなんぞに…」

「知ってる? この街の下には、人間を食い物にするか、リアルに食う連中がうようよしてるって」

「ぐぬ………」

 

 薄々話は聞いていたDr.スリルは、思わず口ごもる。

 

「何でもいいから、知ってる事話してくれれば、それなりの待遇はしてあげる。でないと…」

「でないと、何する気や?」

「ウチの上司が新しい体を探してるの。なるべく新鮮で使えそうな死体を」

「………なんで冥界行っとらんのや、そいつ」

「冥界の門に落ちたら帰ってこれないと思ってたんだけどね………下手な悪霊よりも質悪いわよ」

「ちゅうてもな………ワイもほとんど知らんで? 向こうの研究に力貸しとっただけやさかい」

「問題はそこだ」

 

 突然響いてきた声に、二人が驚いて振り返ると、そこにキョウジ(故)が扉も開けずに入ってきた所だった。

 

「所長、心臓に悪いんでそういうのはやめてほしいって………」

「デビルサマナーが何を寝言言っている。だが、ファントムソサエティは恐るべき組織だが、同時に極めて上下に厳しい組織だ。冥界で何が有って目覚めたのかは知らないが、禁術の類まで使って作戦行動を取るとなると、それを指示した者がいるはずだ」

「つまり、冥界での一連の騒ぎに、黒幕がいると?」

「恐らくな」

 

 キョウジ(故)の出した恐るべき仮説に、たまきは絶句する。

 

「でも、冥界にまで指示を出せるとなると…」

「かなりどころでない高度な魔神クラス、だろう。ファントムソサエティを組織したのは異界の魔神だという話もある」

「じゃあ、そいつが?」

「今回のまでの一連の件に関わっているかもしれん」

「う~ん………」

 

 あまりに壮大な話に、Dr.スリルも腕組みして唸る。

 

「そういや、フィネガンとシドがそれっぽい話をしとったような………」

「それ本当!?」

「小耳に挟んだ程度や。そもそも、ライトニング号自体をそいつの依り代にするとか言うとったような………」

「成る程、呼び出そうとした異界の魔神その物が指示した、と考えれば辻褄は合う」

「問題は、そいつがここの件にどこまで噛んでいるか、だけど………」

「それは不明だ。カグツチの変質も偶発か、人為的か、それすら分からない」

「どこも神頼みかい。少しは自分でやってみよと思わんのかいな」

「そればっかりは同意するわね。この仕事やってると、むしろ不信心になりそうだわ………」

「やはり現状では、最大のネックはカグツチだ。アレをどうにかするしかない」

「飛んで行くのは無理らしいし、タルタロスの中はシャドウでいっぱいだし、それ以前に周りは各勢力の大乱戦中ですよ………」

「どこも手を出しあぐねているか。その間に準備を進めるしかない。さしずめ、新しい体からだな」

 

 そこでキョウジ(故)がDr.スリルの方を見る。

 

「………体は弱そうだが、頭は使えそうだな」

「し、知っとる事は喋ったで!?」

「そういう訳なんで」

「………ちっ」

 

 無いはずの舌で舌打ちしつつ、キョウジ(故)が取調室から消える。

 

「………アンタもようあんなのの部下やっとるな」

「言わないで。実体が無いから十分じゃないけど、実力と経験は相当な物なの………」

 

 たまきもうつむきながら思わずため息をもらす。

 

「それで、後知ってる事は?」

「だから、よう知らんて。ファントムの連中も必要以上関わらせんようとしとったし」

「まあ、あの連中ならそうでしょうね。さて、話を変えるけど」

「今度はなんや?」

「メティスって、貴方が造ったんだって?」

「まあな。基礎構成は幾月の奴が設計したんやが」

「今ね、アイギスちゃん含め、要修理状態の子ばかりでね。ヴィクトルさんだけじゃ手が足りないの」

「………協力せいいう事か?」

「そうしたら、それなりの待遇してあげるわ」

「デビルサマナーに協力するなぞ、願い下げにしたい所やけど、この状況じゃしゃあないか………ワイも食われたり石像になったりするんは願い下げや」

「じゃあ、お願いできる?」

「まさか、ヴィクトルと手組む羽目になるとは………」

 

 Dr.スリルはしこたま重いため息をもらし、協力に同意した。

 

 

 

同時刻 タルタロス内部 132階

 

「一段落したか」

「何とか、ですけれど」

 

 手にした大振りな刀を鞘へと戻しながら、伸ばした長髪を後頭部で結った男性と、切りそろえた短髪の凛とした女性が周囲を確認して一息つく。

 

『エネミーソナーに反応無し。敵は全滅したわ』

 

 二人に共通した、右手に付けたガントレットに表示された女性の影が、周囲の安全を報告してくる。

 

「それにしても、本当にここはどこなのかしら?」

「分からない。情報を聞こうにも、喋れもしない相手ではな」

 

 奇妙な様式の塔らしき内部で、二人が先程まで相手していた敵、エネミーソナーに反応する事から悪魔の一種とは思われるが、データライブラリに一切該当しない仮面を被った奇妙な敵に、困惑は深まるばかりだった。

 二人の背後にはまるで地下街のような町並みが広がり、手に銃や剣を持った者達が緊張した面持ちで二人の戦闘を見守っていた。

 

「フリン。やはり、突破を考えるべきではなくて?」

「イザボー、オレも何度か考えた。だが…」

「ただいま戻りました」

 

 長髪の男・フリンと短髪の女・イザボーが悩む中、白の帽子にゴーグルをかけた少女と、頬に緑のタトゥが入った少年がやってくる。

 

「二人共、どうでした?」

「やはり無理です。ナナシと外を覗いてみましたけど、相変わらず悪魔の大軍同士の戦争中です」

「塔内移動のためのターミナルらしき転移装置は問題なく動くが、塔内の上にも下にも,あの仮面を付けた敵の大軍が待ち構えている」

「そう………」

 

 ゴーグルの少女とタトゥの少年の報告に、聞いていた二人は僅かに顔を曇らせる。

 

「八方塞がりね。またこの間みたいな大物が来るとも限らないし」

「やはり強行突破して活路を開くべきではないのか!?」

 

 偵察の二人が帰ってきたのを聞いて、街の警備に当たっていたショットガンを持ってカラーサングラスを掛けた女性と、槍を持った白い装束の男が声を上げる。

 

「それも難しいと思うぜ。そもそもドコに行くってんだよ?」

「だが、商会ごとこの場所に現れたのは幸運かもしれないが、物資がいつまで持つかは不明だ」

 

 さらにそこへジャンパー姿の少年と、黒尽くめの仮面を付けた少女がそれぞれ意見を述べる。

 

「アテが無いわけではない」

「どういう事、フリン?」

「スルトと戦った時、奴が言っていた。お前達も悪魔使いか、と」

「………あ!?」

 

 その事を思い出したゴーグルの少女が思わず声を上げる。

 

「つまり、ここ以外にも悪魔使いがいる。恐らく、この建物の外に」

「じゃあ、その人達と連絡が取れれば!」

「だが、どうやってだ? ガントレットもスマホも通信が使えなくなっている。どこにいるかも分からない輩に、どうやって連絡を取る?」

「そっか、外凄い状況だったし………」

「何も外に無理に出なくてもいいんじゃない? たとえば、エントランスから狼煙みたいなの上げてみるとか」

「そっか、ここにいるって分かれば、向こうから接触してくるかも」

 

 サングラスの女性の提案に、ジャンパーの少年が思わず手を叩く。

 

「商会の備品に何かあるかも! 探してみる!」

「オレも手伝う、発煙筒か何かありゃ…」

「外の悪魔達も寄ってくるかもしれんな。防衛戦の準備をしておこう」

「弾薬の再確認もね」

「この建物はかなりの高層だ。下に常時見張りをおくべきだろう」

「何故かここでは疲弊も激しいですから、短時間での交代制にしましょう」

「ここと最下層にそれぞれ拠点を設置する。敵襲の規模によっては、即座にここへ撤退するように」

 

 矢継ぎ早にあれこれ決められていくのを、フリンが総括して指示を出す。

 

「信号弾ってのが有ったって! 使えるかどうか分からないけど………」

「誰か調整出来る方はいて?」

「発破なら少し組で習ったけど………」

「他には何かないのか?」

「ある程度時間が続く方がいいわね」

 

 何とか外と連絡を取る方法を模索する者達だったが、そこでタトゥの少年のそばに奇妙な存在が現れる。

 

「おいナナシ、私も今外を見てきたがとんでもないな………だが、遠目にだが何か機械のような物が飛んでいたのが見えた。こちらに向ってくる前に悪魔達に落とされていたが」

 

 その存在、緑色の寸詰まりの人っぽい形、当人曰く幽霊はタトゥの少年、ナナシにある情報を教える。

 

「機械? どんなの?」

「細長くて、翼はあるが羽ばたいてもいなかったような………」

「こんな感じ?」

 

 サングラスの女性もその緑の幽霊の話を聞きつつ、その謎の機械をメモ用紙に模写していく。

 

「ああそうそう、後ろで何か回っていた」

「こうね」

「何を書いてるんですか?」

「こんなのが飛んでたって」

 

 皆が何かと覗き込む中、描かれた絵を見て何人かが首を傾げるが、一人だけ違う反応をした。

 

「オレこれ知ってる! 確かドローンって偵察機械だ! 阿修羅会のデータに載ってた!」

「何ですって!?」

「つまり、そのドローンとやらを飛ばしている者達がいる、と?」

「悪魔が使ってるんじゃなかったらだけど………確か結構動かすのは難しかったはずだぜ」

「そのドローンというのが飛んできた瞬間、合図を送れば」

「使っている人達に気付いてもらえる」

 

 フリンとイザボーの出した結論に、全員が頷く。

 

「決まりね、これから交代で外の様子を確認して、何か来たらこれ打ち上げれば」

「あまり顔を出しすぎると、外の悪魔に気づかれる」

「そっか………でも他に手もないし」

「来たら迎え撃てばいい。私はそうする」

「バリケードになりそうな物無い? 簡単に入ってこれないように塞いでおけば」

「あるのかき集めて! ナナシ、運ぶの手伝って!」

 

 商会の中からテーブルやイスをかき集めて運び出される中、タトゥの少年のスマホが操作も無しに光っているのに、気付く者はいなかった。

 

(どうやら、大分予定が狂ったようだ………だが、この感覚、何かとてつもない物がここの上に存在している。これは、使えそうだ………)

 

 スマホの中でそれは静かにほくそ笑んでいた………

 

 

 傷付きながらも帰還した糸達に、僅かな休息が訪れる。

 だが、新たに現われた糸の伸ばした手の先にあるのは、果たして………

 



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PART50 COUNTDOWN OF THE END(前編)

 

「どうやら、始まったようだね」

「ああ、最後の局面が近付いてきてる」

「なんとか、間に合いましたかな」

「どうだろうか、彼らの疲弊も激しい」

「歪みは極点に達しようとしている。彼らに期待するしかない」

「まだ少しだけ時間は有る。それに、気付く者は気付き始めているようだ」

「だが、それに対抗出来るだろうか?」

「信じましょう、幾多の困難に立ち向かっている彼らを………」

 

 

 

「「ヤイル・カメ~ン!」」

「何それ?」

 

 奇妙なお面を付けて市街地から帰ってきた女性陣の奇妙な挨拶に、悠が返答に困る。

 

「これ今この街で流行ってるんだって」

「色んな人が付けてたんで」

「いや、正確には元カルトらしいんですけど………」

 

 千枝と雪子が喜々として言うのを、直斗が困った顔で説明する。

 

「カルトって………」

「色々あって、今じゃカルト兼自警団だそうです。リーダーの人もペルソナ使いで、勧誘されてきました」

「この街ってペルソナ使いだけでも結構いるよね?」

 

 りせもアナライズにかなりの数のペルソナ使いの反応が有るのに気付いていたが、流石にカルト教団は予想外なのか首を傾げる。

 

「来た時で分かるでしょうけど、下は悪魔が跋扈するとんでもない所ですからね。悪魔と戦える人材は幾らいても困らないって言われてきました」

「つくづくとんでもない所に来ちゃったな………」

「ただいま~」

「お土産クマ~」

 

 そこに今度は男性陣が戻ってきて、大量の武器を広げ始める。

 

「いや~、業魔殿の武器庫って所すげえよ。まるでRPGみたいだった」

「足んないのはレッドスプライト号のラボに頼めば作ってくれるそうっす」

「これなんかすごいクマ」

 

 陽介や完二が刀剣類や防具を広げる中、クマにいたってはマシンガンまで見せてくる。

 

「さすがにそれは素人が使ったらまずいんじゃ………」

「バズーカはさすがにヤバイと思って持ってこなかったぜ」

「最近カチコミが続いて大分減ったって聞いたっす」

「こんなのもあるクマ!」

 

 物騒な物や話のオンパレードに悠の顔が更に困るが、そこでクマが手榴弾を箱ごと見せようとして、手を滑らせてぶち撒ける。

 

「おわっ!」

「ちょっと!」

「ごめんクマ、手が滑ったクマ」

「爆発しないよね?」

「ピンが刺さって安全レバーがそのままなら問題ありません」

 

 直斗の説明に、恐る恐るぶちまけた手榴弾を皆が拾い始める。

 

「あれ?」

「どうした?」

「ピンってこれ?」

 

 千枝が床に落ちていたピンを拾い上げ、皆の顔色が変わる。

 

「ヤベ!?」

「どれだ!?」

「有ったっす!」

 

 慌てて皆が探す中、完二がピンの外れたのを見つけるが、拾い上げた拍子に安全レバーも外れる。

 

「あ………」

「外に向かって投げて! あと伏せ…」

 

 直斗が叫び、完二が慌てて投げ捨てるが、数瞬後、それは爆発する。

 なお、運良くスタングレネードだったので耳鳴りと目がくらんだ事、それと厳重注意だけで済んだ。

 

 

 

「閃光手榴弾の暴発か。まあそれで済んだというべきだろうか?」

「だろうな。まあペルソナ使いならマジ物食らっても、ペルソナの守護で致命傷にはならなかったろうが」

 

 先程の騒動の報告を受けた克哉と、現状報告のついでに知らせてくれたキョウジがどこか呆れていた。

 

「こちらから言わせてもらえば、銃器ならまだしも、爆発物まで扱えるのが公的機関以外にいるのが問題だがな」

「そういうのは八雲に言え。あいつほど仕込んでるサマナーはいないしな」

「前から言ってるが、聞く耳は持つ気すらないからな。それで、彼の様態は?」

「治療が上手くいってるらしい。明後日までにはなんとかなりそうだ。不破の奴も順調らしい」

「だとしたら、問題はやはりセラ君か………」

「喰奴をまとめて諌められるのは彼女の歌しかない。今の所はマグネタイトの供給でなんとかしちゃいるが、こっちも前の出入りでマグネタイトが不足気味だ。キュヴィエ症候群の事を考えると、下に収拾にもいけねえしな」

「八方塞がりだな。負傷者の回復まで不用意に出撃する事も不可能か………」

「ロボ娘達も何でか要修理のが二人増えてるしな。ヴィクトルがレッドスプライト号のラボと協力して直してるが、そっちも何日かかるか」

「タルタロスの探索をするにも、周囲は未だ各勢力の小競り合いが続いている。戦力が整うまで待つべきか?」

「あれに突っ込んだら全面戦争の開幕になるだろうしな。まあそれは時間の問題だったろうが………」

 

 状況が悪化しつつある状態に、二人は頭を抱える。

 

「ま、小競り合いが続いてるならむしろそのまま続けてもらった方が好都合だろ。その間に態勢を整えるしかねえ」

「あの状況でタルタロスを探索するにも、かなりの戦力がいるしな………」

 

 傍観を決め込むしかないような状況を二人が認識した所で、デスクの電話が鳴り響く。

 

「緊急直通? はい周防」

『周防署長! こちらレッドスプライト号通信班! 緊急事態です!』

「今度は何が!?」

『タルタロス内に、人がいる模様です!』

「何だと!?」

 

 予想外の報告に、克哉は思わず立ち上がった。

 

 

 

 届いたばかりの緊急報告を聞いた者達が、レッドスプライト号のブリッジに集結していた。

 

「それで、状況は?」

 

 集まった者達を代表するかのようにゲイルが口を開く。

 

「これを御覧ください。つい先程無人機からの映像です」

 

 通信班のスタッフが機器を操作し、ブリッジの大型ディスプレイにタルタロス周辺の様子が映し出される。

 

「まだ小競り合いの最中か………」

「ええ、散発的ですが、絶え間なくどこかの勢力同士が戦闘行動をしている模様です」

 

 尚也が呟いたのを、通信班スタッフが思わず説明する。

 

「問題はここです」

 

 そこで映像がタルタロスのエントラス付近にアップされる。

 タルタロスのエントランスから、人影のような物が出てきたかと思うと、何かを上空へと発射した。

 

「今のは!」

「信号弾だな、どう見ても」

 

 尚弥が思わず画面ににじり寄り、キョウジが険しい顔をして画面を見つめる。

 

「戦闘に巻き込まれるのを警戒して、かなり距離を取って観察していた時、撮れた物です」

「時刻は?」

「30分前。これ以上の事はまだ不明で………」

 

 美鶴が詳細を聞き、通信班スタッフの説明に誰もが表情が険しくなる。

 

「信じられん………が、小岩氏の前例もある」

「タルタロス内に、誰かが転移してるって事か」

「そして、この状況で籠城せざるをえなくなった」

「運が良いのか悪いのか………」

 

 美鶴が唸るように呟くのを、尚也、ゲイル、キョウジがそれぞれ解釈する。

 

「運はいいのかもしれん。外に出れば、キュヴィエ症候群に侵されていた」

「偶発的な籠城が功を奏している」

 

 ゴウトとライドウがそれぞれ意見を述べるが、美鶴の表情は険しいままだった。

 

「だが、中はシャドウの巣だ。籠城といっても相当厳しい物になる」

「集団で来ている、とも考えられる。この内部に立てこもれる程の勢力が存在している可能性が高い」

「問題はそこじゃないけどな」

 

 美鶴の意見に、ゲイルがある仮説を立てるが、キョウジは別の問題を定義していた。

 

「………どうする?」

 

 その場にいる誰もが、尚也のその一言に全ての問題を集約させていた。

 

「信号を送ったという事は、中にいる者達は救援を求めている」

「だが、周りは悪魔達の小競り合いがぶっ通しだ」

「しかもキュヴィエ症候群の事もある」

「しかし、放置する訳にも…」

 

 誰もが喧々諤々の意見を出すが、そう簡単に結論は出ない。

 

『ミッションの必要条件を提示します。1,急性のキュヴィエ症候群に耐性を持っている事。2、各勢力の乱戦状態のタルタロス周辺を突破できる能力を持っている事』

 

 アーサーが提示してきた条件に、皆が顔を見合わせる。

 

「キュヴィエ症候群に耐性を持ち…」

「あの乱戦を突破出来る…」

「該当するのは」

 

 ゲイルとライドウが思わず復唱し、尚也がまとめた所で全員同じ人物が頭に浮かんでいた。

 

 

 

「………どうしてこうなった?」

 

 思いっきりよどんだ目で、修二は着々と準備が進んでいく様を見ていた。

 

「エンジン系はこんな物か」

「こんだけ出力があるならなんとか」

「だが、下手したら使い捨てになるぞ?」

「別にいいさ」

 

 レッドスプライト号のラボで、一台のバイクにありったけの技術が突っ込まれ、改造が進んでいくのをその持ち主であるダンテが楽しそうに見ている。

 

「サイドカーの兵装は? 機銃、ランチャー、色々あるが」

「おい、どっちがいい人修羅」

「………オレが使うのか?」

「他にいねえだろ、なあ相棒」

 

 冗談めかしてダンテが聞くのを、修二はただ虚ろな目で見つめ返す。

 

「………使うの簡単な方」

「う~ん、何かあったかな」

「そうぜよ、確か倉庫に試作の小型メーザー有ったはずぜよ」

「主任、あれはまだ試験段階では?」

「実地試験にちょうどいいぜよ」

 

 修二の脳内に人体実験とか人身御供とかいう単語が思い浮かびつつ、バイクの改造は進んでいく。

 

「準備はどうだ?」

「あと数時間以内になんとか」

 

 様子を見に来たキョウジに、改造にあたっていた資材班スタッフが応える。

 

「なんとか、タルタロス到着まで持ってくれればいいが」

「あの、搭乗者の方は?」

 

 キョウジが改造中のバイクを覗き込む中、修二が小さく手を上げて問う。

 

「無理しない程度に頑張ってくれ。今、タルタロスに潜入出来るのは、キュヴィエ症候群に耐性を持つ、お前とダンテしかいないんでな」

「ダンテ一人の方がいいんじゃ…」

「あれに話し合いが出来ると思うか?」

 

 何故かダンテと二人でタルタロス突入班になってしまった修二がそこはかとなく問うが、キョウジの返答にうなずかざるを得なかった。

 

「とりあえず、なんとかしてタルタロスに突入し、内部にいる者達と接触してくれ。最悪、通信機だけでも渡してきて欲しい」

「追い返されたら?」

「何とか回収する。出来たらな」

「鉄砲玉か、特攻隊か………」

 

 修二は悪魔になった事を今まで一番後悔しつつ、重い溜息を吐き出す。

 

「オレ達が来るまで、一人で戦ってたんだろ? 何を今更びびってる」

「ここまでの乱戦じゃなかったんで」

「はは、面白そうじゃねえか」

 

 幾ら他に人選が無かったとはいえ、あまりに危険な任務に、ダンテはむしろ嬉々としていた。

 

「事は一刻を争う。内部にいる者達が無事ならいいんだが………」

「今までの状況から考えれば、中にいるのも悪魔と戦える連中、かな?」

「でなければ、タルタロス内では生き残れまい」

 

 そこに、美鶴がタルタロス用に調整された通信機を持って訪れる。

 

「かつて、タルタロスの出現する影時間に対応出来る孤児を使って、タルタロス内部の調査をした事があったそうだ。結果は、言うまでもないかもしれんが………」

「中にいるのが、そんなのじゃなきゃいいんだがな」

「………とりあえず、頑張ってきます」

 

 覚悟、というか色々諦めた修二が大人しく通信機を受け取り、それを資材班に手渡す。

 

「生身でないアイギスだったら一緒に行けたかもしれんが、まだ修理中なのでな」

「この間から思ってんだけど、あのロボっ娘、ロボの割に無茶し過ぎじゃ………」

「何故か、こちらに来て以来、無茶ばかりするようになってしまった。妙な事を覚えてしまったのかもな」

「人間味が増したのかもな。もっともこっちの面子で一番最初に接触したのが八雲だったのがまずかったかもしれねえが」

 

 三人はそんな事を話す中、準備は着々と進んでいった。

 

 

 

『すいません、内部に入れたらナビ出来るんですが………』

「いらねえさ、そんなの」

「オレはちょっと欲しいかも………」

 

 通信越しに風花が謝る中、ダンテと修二はカスタムされまくったバイクごと、無人偵察機から吊るされていた。

 

『これ以上の偵察機の損失は避けたいので、目的地からは少し、というかかなり離れた所でパージします』

「ど真ん中どころか、端から突っ切れって事か………」

「面白そうだろ?」

 

 レッドスプライト号の通信班からの指示を聞きつつ、修二は思わずため息をもらし、ダンテは意気揚々としていた。

 

「あ、やべ気付かれた」

「そりゃ、目立つからな」

 

 下から聞こえてくる声に修二が何気に覗くと、どこかの偵察部隊らしき悪魔達が複数の無人機で吊るされているこちらを指差しているのに気付き、ダンテはのんきにバイクのスロットルを回してエンジンを吹かす。

 

『すいません、気付かれた以上、攻撃される前にパージします!』

『頑張ってください!』

「ちょ、心の準備が…」

 

 慌てた通信班と風花の声を合図に、修二が何か言う前にバイクが切り離される。

 

「イヤッ、ハアアアァァ!!」

「ミギャアアア!」

 

 ダンテが奇声を上げ、修二が悲鳴を上げる中、バイクはかなりの高度から落下していき、着陸用のホバーユニットが起動して落下速度を緩めた直後、ダンテはスロットルを全開にする。

 

「さあ楽しいツーリングの始まりだ!」

「絶対違う!」

 

 爆音と共に疾走を始めるバイクにまたがったダンテが、ためらいもなく目的地のタルタロスへとハンドルを向け、サイドカーに乗った修二が怒鳴り返しながら、設置された小型メーザー砲のトリガーを握る。

 

「何だ! 何が起きた!」

「見ろ! スパーダの息子だ!」

「人修羅もいるぞ!」

「あの塔に突入するつもりか!」

「させるかぁ!」

 

 爆走するバイクとそれに乗る二人に気付いた悪魔達が、先程まで繰り広げていた小競り合いなぞ忘れたかがごとく、各勢力入り乱れて一斉に襲い掛かってくる。

 

「みんなで歓迎パーティーしてくれるらしいな!」

「こんな時だけ一致団結すんな!」

 

 ダンテは足でスロットルを固定しつつ、エボニー&アイボリーを抜き、修二は小型メーザー砲の照準を付ける。

 

「じゃあ、始めようぜ!」

 

 言うやいなや、ダンテは迫ってくる悪魔達にエボニー&アイボリーを速射。

 銃声と共にばら撒かれる銃弾が悪魔達を次々と貫いていく。

 

「目的忘れんなよ!」

 

 ときたまこちらに飛んでくる熱い薬莢に顔をしかめつつ、修二も小型メーザー砲を速射して襲ってくる悪魔達を撃ち抜き、牽制する。

 

「盛況だな!」

「盛況過ぎるわ!」

「こいつらのマガツヒは要らぬ!」

「殺せ殺せ!」

「あの塔には行かせぬ!」

 

 空からはヨスガの天使が、地上からはシジマの悪魔が、地面の下からムスビの思念体が続々とバイクに向かって押し寄せる。

 

「狙わなくてもいいな!」

「その通りだけどな!」

 

 エボニー&アイボリーを上下左右に向けながら乱射しまくるダンテに、修二は悪態か悲鳴か分からない絶叫を上げつつ、サイドカーに設置されたスイッチを押し、後方にばら撒かれたマインが追ってきた悪魔達の足元で炸裂する。

 

「くそ、敵が多過ぎる!」

「花火は沢山持たせてくれたからな! 派手に行こうぜ!」

「ハリウッド映画じゃねえんだぞ!」

 

 バイクを疾走させながら絶え間ない銃撃を続けるダンテに、修二は最早呆れそうになりながら別のスイッチを押す。

 上空に発射されたロケット弾が押し寄せてきていた天使達に炸裂、派手な爆風と血肉を撒き散らす。

 

「行かせるなぁ!」

「前を塞げ!」

 

 ダンテの戦闘力と重武装のバイクの火力を不利と見たのか、悪魔達が一斉に進路を塞ぎに集結する。

 

「くそ、お前らさっきまでやりあってた癖に!」

「よっぽど一番乗りされたくないらしいぜ。じゃあ、横入りと行くか!」

「は?」

 

 ダンテの言葉の意味を修二が理解する前に、ダンテはとんでもない行動を取る。

 エボニー&アイボリーを素早くホルスターに仕舞うと、バイクを極端なまでに傾ける。

 

「おい!?」

「しっかり捕まってな!」

 

 修二の乗っているサイドカーを上に、横転寸前まで行きそうになった所で、ダンテがスロットルを限界まで一気に回した。

 

「ヒャッホー! 余興のブレイクダンスと行こうぜ!」

「みぎゃあああぁ!」

 

 不安定な体勢でフルスロットルされたバイクは、凄まじい勢いでスピンを開始、修二の悲鳴と共に各種火器をばら撒いていく。

 

「何だ!?」

「正気かあいつは!」

 

 猛スピンしつつありとあらゆる弾幕を無造作に撃ちながら突っ込んでくるバイクに、悪魔達は仰天。

 

「ハッハー! まだまだ行くぜ!」

「おわああぁぁ!」

 

 絶妙なコントロールでバイクをスピンさせ続けるダンテに、修二は悲鳴を上げながらやけくそで各種火器の発射ボタンを押し続ける。

 

「潰せ!」

「ガオオオォ!」

 

 そこへ、縦方向から押さえ込もうと元マントラ軍のオニや魔獣 オルトロスが一斉にジャンプして襲いかかろうとする。

 

「いいぜ! そうこなくっちゃな!」

 

 ダンテはそこで奥の手のターボチャージャーのスイッチを押し込みつつ、思いっきり地面を蹴り飛ばす。

 バックファイアを起こしたバイクの瞬間的高出力と、非常識過ぎるダンテの脚力でバイクは回転方向を水平から垂直に変化、そのまま襲いかかろうとしていた悪魔達を轢き飛ばす。

 

「おごぼわ~!」

 

 急激的過ぎる回転方向の変化に、最早意味不明の声を上げながら修二はサイドカーにしがみつく事しか出来なかった。

 

「さあツーリングの続きと行こうか!」

「どうやって…」

 

 空中でダンテはスロットルを調整、手近の天使の背に乗った瞬間にスロットルを上げ、そのままジャンプして別の天使の背に乗り上げ、再度ジャンプ。

 

「貴様…!」

「何!?」

 

 天使をジャンプ台にして進んでいくバイクに、下の悪魔達も踏み台にされる天使達も仰天する中、ダンテは平然とその空中ツーリングで一気にタルタロスへと向かっていく。

 

「押し包め!」

「行かせるかぁ!」

「引きずり下ろせぇ!」

 

 何が何でも行く手を阻むべく、天使も悪魔も思念体も一斉にバイクへ向かってくる。

 

「どうすんだ、この状況!」

「無論、通してもらうのさ」

 

 周囲全てを囲まれそうになっていくのを修二が絶叫するが、ダンテは笑みを浮かべる。

 そのまま、空中でいきなりバイクから飛び降りたかと思うと、片手でハンドルを掴み、ついでにスロットルをひねる。

 

「ヒャッ、ハア!」

「へ?」

 

 空中でバックファイアを起こしたバイクが、ダンテの手によって振り回され(サイドカー+人修羅付き)、そのまま取り囲もうとしていた敵達に鈍器として叩きつけられる。

 

「がはっ!」

「ぐぎゃ!」

「おわああぁぁ!」

 

 予想外の凶器に吹き飛ばされた天使や悪魔達の悲鳴(一緒に振り回されている人修羅の含む)が響く中、ダンテは次々と取り囲もうとする敵にバイクを叩きつけていく。

 

「フウ、ハッハァ!」

「うごろごげ………」

 

 立ちふさがる敵を文字通り薙ぎ払っていくダンテと、何か段々悲鳴がか細くなっていく修二だったが、一際大きくバイクを縦にフルスイングして活路を開くと、地面へと着地。

 かなり怪しい異音を立てながら、タルタロスの入り口へと突っ込んでいく。

 

「突破された!」

「なんて奴だ………」

「行かせるな…」

 

 これだけの軍勢を二人だけ(ほぼダンテ一人で)で突破したバイクを追おうとする者達の前に、バイクのあちこちからこぼれ落ちたパーツ、の下に仕込まれた無数の爆弾が転がってくる。

 

「フィナーレと行こうか!」

 

 ダンテはそう言いながら、スイッチを押す。

 バイクの背後で凄まじい爆発と共に高々と爆炎が上がり、それを受けながらバイクはタルタロスのエントランスへと突入した。

 



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PART51 COUNTDOWN OF THE END(後編)

 

「な、何あれ………」

 

 何気に外を見たゴーグルをかけた少女、アサヒがこちらに向かって文字通り《爆走》してくるバイクに絶句する。

 

「あれは、一体?」

 

 タトゥの少年、ナナシもありとあらゆる火器を撒き散らし、物理法則を無視したかのようなアクロバット走行をするバイクに二の句が告げない。

 

「おい、あれは救援か!?」

「知らねえよ! けど、なんかやばい奴なのは確かだ!」

 

 槍を持った白い装束の男、ガストンが声を荒らげるが、ジャンパーの少年、ハレルヤも声を荒げて返す。

 

「敵か味方かは今に分かる。迎撃の準備を」

「誰かフリンを呼んできて! 私達の手に余るかも!」

 

 黒尽くめの仮面を付けた少女、トキが両手に愛用の鉈を構え、カラーサングラスの女性、ノゾミもショットガンのセーフティを外す。

 

「おい、あいつ乗り物を武器として振り回してるぞ!」

 

 緑色の自称幽霊、ナバールがこちらに近付けば近付く程、とんでもない事をしている相手に絶句する。

 

「来たぁ!」

「く、防げるか!?」

「馬鹿避けろ!」

「きゃあ!」

 

 怒声や悲鳴が響く中、入り口付近にいた者達は一斉に飛び退き、そこにボロボロのバイクが突っ込んでくる。

 バイクはそのままリアをドリフトさせながらエントランス内に停止、搭乗者が降りてくる。

 

「よお、あんたらか信号弾を上げたのは?」

「た、確かに私達ですけど………」

 

 片手を上げて挨拶してくるダンテに、アサヒはどこか引きつった顔で応じる。

 ダンテの隣では無表情となった修二もバイクを降りてくるが、少し離れた所でとうとう限界が来たバイクが爆発四散する。

 

「うわあ!」

「くっ!」

「大丈夫!?」

 

 誰もが予想外過ぎる展開に思わず顔をかばったり伏せたりするが、ダンテは背後からの爆風を気にもせず、逆に修二は爆風に押されてその場に前のめりに倒れる。

 

「だ、大丈夫?」

 

 爆風が落ち着いた所で、恐る恐るノゾミが声を掛けるが、のろのろとした動きで修二は半身を起こす、が。

 

「う、おぼえええええぇぇぇ!!」

「ちょ!」

「嘔吐したぞこいつ!」

「そう言えば、この人一緒に振り回されてたような………」

 

 突然リバースした修二に、皆が違う意味で仰天する。

 

「大丈夫? 少しなら水あるけど」

「す、すいません………」

 

 何が何やら分からないが、取り敢えずノゾミは修二の背をさすってやりながらボトルを差し出した、出撃前に食った食事を軒並み吐き出してしまった修二は礼を言いつつ、ボトルを受け取る。

 

「待て! 気付かないのか! こいつらは両方悪魔だぞ!」

「気付かないわけないでしょ、特にこっちの彼は」

 

 ガストンが怒声を上げるが、ノゾミは水を飲む修二の後頭部の角を見ながら適当に返答する。

 

「何だ、酔い止め忘れたか?」

「そういうレベルじゃな…う!?」

 

 自分のした事を棚に上げて笑うダンテに、修二は思わず怒鳴り返すが、そこで再度嘔吐感に襲われ、今度は壁際まで走っていくと先程飲んだ水と胃液を吐き出してしまう。

 

「さあて、とにかくここで一番偉い奴か一番強い奴に話が有るんだが」

「その前に、貴方達は何をしにきたの?」

 

 気さくに聞いてくるダンテだったが、トキは警戒心を露わに、鉈を構えながら問い返す。

 

「気をつけろ、そっちの嘔吐悪魔はともかく、こいつは…」

「分かってるさ。多分オレらじゃ…」

 

 ガストンとハレルヤも構えるが、先程の悪魔の大軍を平然と突っ切ってきたダンテの実力に、畏怖を覚えない訳にはいかなかった。

 

「歓迎してくれるってんなら、こちらもそれなりにやらせてもらうぜ?」

 

 ダンテは周りが臨戦態勢に入るのをむしろ喜びながら、背負っていたリベリオンを引き抜く。

 

「要件ならこちらで聞こう」

 

 そこで、エントランスのワープポイントからフリンが姿を現す。

 それを見たダンテが小さく口笛を吹いた。

 

「あんたがここのリーダーかい?」

「元ミカド国のサムライ、フリンだ。君は?」

「ダンテ、デビル・メイ・クライのダンテだ」

『悪魔も泣き出す、て意味ね』

 

 フリンの腕にあるガントレットから、女性の電子音声が響くが、それを聞くまでもなく、互いに只者ではない事は感じていた。

 

「フリンさん、気をつけて! この人、外の悪魔の大軍、ほとんど一人で突っ切ってきました!」

「なるほど、悪魔も泣き出す、か………」

 

 アサヒが警告の声を上げる中、フリンはゆっくりと大振りな刀を引き抜き、ダンテはそれに応じるようにリベリオンを構える。

 

「それじゃあ、自己紹介の後はPRタイムといこうか!」

「いいだろう」

 

 互いに間合いを詰めるのは同時、瞬時にして両者の白刃がかちあい、甲高い金属音を立てる。

 

「やはり、出来る………」

「オレ、見えなかった………」

 

 ガストンがたった一度の両者の激突に、圧倒的な力量を感じ、ハレルヤに至っては目視する事すら出来なかった事に頬を汗がつたう。

 

「なるほどな、ここはシャドウの巣窟と聞いていたが、あんたみたいのがいるなら、なんとかやっていけただろうな」

「ここの事を知っているのか?」

「又聞き、だがな!」

 

 フリンの実力を確認したダンテの顔に笑みが浮かび、ダンテの言葉にフリンが僅かに眉を動かす。

 

「質問するなら、もっと自己アピールしてからじゃないとな!」

「いいだろう」

 

 互いに刃を弾いて離れたかと思った瞬間、フリンの白刃が横薙ぎに振るわれる。

 ダンテが鋭い一撃を己の刃で弾くが、フリンのそのまま体を旋回、コマがごとく回りながらの連撃がその度に軌道を次々と変えて繰り出される。

 

「さすが………」

「どっちもね」

 

 トキが素直にフリンの剣術に感心し、ノゾミがそれを防ぐダンテの方にも感心していた。

 

「なかなか激しいアピールだな! こっちもいくぜ!」

 

 ダンテが心底楽しそうにしながら、力任せにリベリオンを一閃。刀ごと、フリンを強引に弾き飛ばす。

 

「くっ!」

 

 文字通り人間離れしたダンテの膂力にフリンは堪えきれない中、ダンテの追撃が迫る。

 リベリオンを再度一閃させようとしたダンテの目前に、コルト・ガバメントの銃口が出現した。

 体勢を立て直すよりも早くフリンが抜いた銃口が火を噴く直前、ダンテは驚異的な反射でかわし、放たれた弾丸は壁へと当たって鈍い音を立てる。

 

「そっちもありか! なら…」

「ちょっと待てぇ!」

 

 ダンテがリベリオンを背負って素早くエボニー&アイボリーを抜くが、そこで修二が慌てて声を上げる。

 

「オレ達の目的はここにいる連中とコンタクトを取って、外との連絡を付けさせる事だろうが! なんでいきなり戦闘になってんだよ!」

『え?』

「なあに、ちょっとした交流さ」

「じゃあその手を止めろ!」

 

 修二の言葉に、皆が一斉にそちらを見るが、ダンテはエボニー&アイボリーを速射しながら手を止めようとせず、フリンはそれを避けながらこちらもコルト・ガバメントを速射する。

 

「いい加減に、しろぉ!!」

 

 戦いを止めない両者に、修二は魔力を手に収束、生じた魔力の刃を一気に解き放ち、ちょうど両者の間を分断、強引に戦闘を中断させる。

 

「な、何今の!?」

「………あいつも相当な使い手だったようだ」

 

 修二の予想外の実力に、アサヒは驚愕し、ガストンは己の見解違いを認めざるを得なかった。

 

「そろそろ、本題に入りたいんだが」

「ちっ、いい所だったのに………」

「そちらの力は分かった。その本題とやらに入らせてもらおう」

 

 怒っている修二に、ダンテは舌打ちしつつ、フリンはある程度納得しつつ、得物を仕舞う。

 

「それに、そろそろ外が騒がしくなってきそうだ」

「げ!? 外の連中が押し寄せてきてんぞ!?」

 

 ダンテの言葉に、何気に外を見たハレルヤが仰天する。

 

「やばい、オレらのせいか?」

「ま、牽制しあってたのに派手にちょっかい掛けたからな」

「のんきに言ってる場合?!」

「本当に何しに来たんだお前ら!」

 

 ダンテと修二の会話に、他の面子が怒声を上げる。

 

「ま、想定の範囲内だ」

 

 ダンテの言葉に、フリンが怒声を上げるでもなく、押し寄せてくる悪魔達へと視線を向ける。

 

「まずはそちらが先か」

「まあ待ちな」

 

 フリンが外に出ようとするのを、ダンテが止めると背中から巨大なトランクケースを取り出して無造作に出入り口から外へと放り投げる。

 

「ケルベロス、アグニ&ルドラ、ネヴァン」

 

 ダンテが呼ぶと、トランクケースから三節のヌンチャク、炎と風の双刀、雷の鎌が飛び出し、それぞれが本来の悪魔の姿へと変貌する。

 

「しばらく門番やってろ。セールスお断りだ」

「いいだろう」

「かなりの数だ」「加減は不要だな」

「派手に行くわよ」

 

 言うや否や、迫り来る複数の軍勢に、ケルベロスが吐き出す吹雪が、アグニ&ルドラの豪炎と竜巻が、ネヴァンの電撃が周囲を染め上げ、それらを食らった者達の悲鳴が響き渡る

 

「これでいいだろ」

「あんた、すげえ仲魔連れてんな………」

「………ともあれ、やっと本題に入れる」

 

 平然と言い放つダンテに、外の様子を確認したハレルヤが愕然とし、修二は咳払いしつつ、口を開く。

 

「で、まずはこのタルタロスに来たのはあんた達だけか?」

「この建物はタルタロスと言うのか? 上の階層にもっと多くの者達がいる」

「正確には、街が一区画まるごと」

「まとめて転移か………まあ小さい方か?」

 

 修二の質問にフリンが答え、アサヒが補足するのを聞いた修二が小さく唸る。

 

「小さいって、やっぱ空に浮いてたアレ?」

「そもそも、ここは一体どこなんだ?」

「一体何がどうなっている!?」

「悪いが、いっぺんに聞かないでくれ………学校の成績は中の下だったんだ………」

 

 矢継ぎ早の質問に、修二は思わず頭を抱えそうになる。

 

「ま、聞きたい事は色々あるだろうな」

「頼むからあんたはしばらく大人しくしててくれ………」

 

 その様子を見て笑っているダンテに修二は更に頭を抱え込むが、ダンテは周囲を見ながら口を開く。

 

「ここで一番話をまとめられる奴はどいつだ?」

「話をまとめられる人物………」

「私が代表で伺いましょう」

 

 皆が互いの顔を見た所で、新たに声が上がる。

 そこには、上階から降りてきたイザボーの姿が有った。

 

「元ミカド国のサムライ、イザボーよ」

「英草 修二、ここじゃ人修羅って呼ばれてる」

 

 イザボーに自己紹介しつつ、手を差し出した修二に、イザボーが僅かに驚くがその手を握り返す。

 

「あなた………悪魔よね?」

「まあ、一応」

「挨拶して握手求めてきた悪魔は初めてだわ」

「いやまあ………ちゃんと話は通じそうだったんで。それに元は人間なんで」

 

 不思議そうに自分を見るイザボーに、修二は頬をかきながら呟く。

 それを見ていたフリンも首を傾げた。

 

「………人間から悪魔に堕ちた者達は何人も見てきた。だが、君は何か違う」

「そいつは特別さ。何をどうしたかは知らないが、心も魂も人間のまま、体だけ悪魔になっちまってる」

 

 ダンテの説明に、皆の視線が修二に集中する。

 

「あの、その件はオレにもよく分かんないんで、後回しで」

「それもそうね。とにかく、一番最初に聞きたい事、ここはどこなのかしら?」

「東京だよ、まあ原型留めてないけど」

「東京!? ここが!?」

「天井どころか、横にも真上にまで地面広がってたの見たぜ!?」

「だとしたら、ミカド国はどこにあるのだ!?」

「ああうん、まあ予想通りの反応だな」

 

 その場にいた者達が一斉に声を上げるのを、修二はどう言うべきかで悩む。

 

「そうか、ここは可能性世界か」

「どういう事、フリン?」

「前に無限発電炉ヤマトから違う世界の東京に行った事がある。恐らくとは思っていたが、やはりここはオレ達のいた世界とは別の東京なのか」

「あ、経験済み? なら話が早い」

 

 フリンの意外な言葉に、修二は少し胸を撫で下ろす。

 

「違う世界なんて………」

「まずは話を聞きましょう」

 

 困惑するアサヒをなだめつつ、イザボーは修二に続きを促す。

 

「色々端折るが、ここは氷川って男が、新しい世界の創生とやらのために、東京その物を受胎とかさせてこうなったらしい。で、この塔の真上にあるカグツチに、コトワリとかいう新たな世界の希望を持って開放すれば、その新しい世界とやらが出来るはずだった、んだけど………」

「何でか、そこにそちらのいう可能性世界から敵も味方も色々な連中が押し寄せてな。このタルタロスも、その内の一つだ」

 

 修二の説明に、ダンテも続ける。

 

「で、ハッキリ言えば何が何だか分からないが、悪魔と戦える連中が集まって何とかしようとしてる、オレらはその何とかしようとしてる連中の一員として、ここに状況の説明と交渉に来たって訳だ」

「もしそれが本当なら、何故君達のような者を送ってきた? 人間はいないのか」

 

 修二の説明に、フリンが率直な疑問を呈する。

 

「そう来るよな………これには別の理由があって」

「あんたらは運がいい。ここから出られなかったんだからな」

『?』

「実はこのタルタロスが…」

 

 修二とダンテが説明しようとした時、突然甲高い電子音が鳴り響く。

 

「何だ!?」

「何事!?」

「そこからだ!」

 

 皆が一斉に驚く中、ナバールがその音源、修二の背中に背負われた箱を指差す。

 

「これって、確か緊急用のアラーム…」

 

 修二が背負っていた箱、タルタロス対応通信機のケースを開けると、即座に通信が届く。

 

『緊急警報、カグツチにエネルギー変動を感知。フトミミ氏からの予言も確認。30分以内に異常変質が発生する可能性あり。キュヴィエ症候群回避のため、屋内に退避してください』

 

 アーサーからの緊急通信に、修二の顔が一気に険しくなる。

 

「おい、誰か外に出てる奴はいるか!?」

「いえ、誰も………そもそも出ようにもこれでは」

 

 外からはまだ聞こえてくる戦闘音に、イザボーは首を左右に振る。

 

「用心して入り口から離れ、いや上の階に逃げろ! 窓とか無いよな、ここ!」

「先程から何を言っている!」

「オレ達しか来れなかった理由さ。いいから日の当たらない所にバックレな」

「あ」「何を!?」

 

 慌てる修二にガストンが声を荒げるが、ダンテがウインクしつつ、手近にいたアサヒとトキを小脇に抱えて一気に階段を五段飛ばしで登っていく。

 

「あんたらも急げ! 黒くなったカグツチの光を浴びると、石像になっちまうぞ!」

「何ですって!?」

「悪魔化してる奴には効かないが、そうでなかったら一撃だ! だからオレ達が来たんだよ!」

「全員上階に退避!」

 

 修二の説明にイザボーが目を見開き、フリンが即座に全員に指示を出す。

 

「アーサー! そっちは大丈夫なのか!?」

『シールド装置は順調に起動中、問題はありません』

「裕子先生が頑張ってくれたか!」

「おいお前! その黒い光ってのは幽霊にも効くのか!?」

「幽霊にはどうかな……って変なのがいると思ったら、思念体か」

「幽霊だ! ってお前私が見えるのか!?」

「あんたと似たようなのならここにいっぱいいるよ。ムスビに入るなよ?」

「何の話だ!」

 

 最後になった修二とナバールが色々怒鳴りつつ、階段を駆け上がる。

 だが駆け上がった両者の耳には、戦闘音が響いてきた。

 

「シャドウか!」

「しかもかなりいるぞ!」

 

 修二は両手に魔力を込めてシャドゥに向かっていき、ナバールは補助魔法を皆に掛けてやる。

 

「ここにこんなに現れるなんて今まで無かったのに!」

「変質って奴だ! もう何が起きてもおかしくないぞ!」

「後で詳しく聞かせてもらおう」

 

 手にしたスマートホンで悪魔召喚プログラムを起動させながらアサヒが叫び、修二がシャドウを殴り倒しながら説明してやるが、トキが両手の鉈を振りかざしながら追加説明を要求する。

 

「こちらの変質か、それとも外からの影響か………」

「両方かもしれないぜ」

 

 刀を手に次々とシャドウを斬り捨てるフリンの問いに、ダンテがおどけながらリベリオンで同じようにシャドウを次々屠っていく。

 

「すごいな、あのフリンと同格か………」

「いえ、多分彼全然本気じゃないわ。何かは分からないけど、凄まじい力を秘めてる………」

 

 槍を振るうガストンが、桁違いの二人の奮戦に絶句するが、ショットガンを速射しながらノゾミが更に空恐ろしい事を言う。

 

「けど、これならなんとか…」

「キケン! キケン!」

 

 順当にシャドウを皆で駆逐していく様にハレルヤが安堵しかけた時、彼の仲魔である小狐の姿をしたアイヌ神話の神獣、聖獣 チロンヌプが警告を発し、それに続くように金属をすり合わせるような奇妙な音が響いてくる。

 

「何だ!?」

「これは、まずいぞ!」

「なんでこんなすぐに!?」

 

 その音を聞いた者達が過敏に反応する。

 そして、向こう側からボロボロのコートをまとい、全身を覆う鎖を鳴らしながら布袋のマスクに両手に巨大な拳銃を持った、異形のシャドウが姿を現す。

 

「! こいつ、《刈り取る者》か!」

「知ってるのか!」

「要注意シャドゥって聞いてた! 逃げろ!」

 

 その姿と、凄まじい威圧感に修二が即座に風花から聞いていた存在だと確信、ガストンの問いかけに叫び返す。

 

「言われなくても!」

「合うのは二度目!」

「撤退!」

 

 皆が一斉に逃走を開始する中、その場を動かない者がいた。

 

「おい、まさか!」

「歓迎パーティーのメインイベントらしいな」

「オレ一人だと手に余っていた所だ」

 

 ダンテとフリンが向かってくる刈り取る者に対峙し、ダンテはエボニー&アイボリーを構え、フリンはガントレットを操作して仲魔を呼び出す。

 刈り取る者とダンテが同時に両手の銃から弾丸を速射するのを合図とし、フリンは頭部のみでも凄まじい妖気を放つ東京の守護神、破壊神 マサカド、日本神話の太陽神である女神 天津神 アマテラス、屈強な僧兵の姿をした怪僧 英傑 テンカイを呼び出す。

 凄まじい弾丸の押収に、上階に退避しようとしていた者達は悲鳴を上げる。

 

「きゃあ!」

「こっち飛んできてるぞ!」

「やはり加勢すべきか!?」

「無理、足手まといになる」

「早く上登れ! あんなのに付き合ってたら、ぐがっ!」

 

 殿を勤めて退避を急がせる修二だったが、そこで流れ弾が肩に直撃する。

 

「大丈夫!?」

「い、痛ぇけど大丈夫………一応悪魔なんで」

 

 アサヒが慌てて駆け寄るが、修二が傷口をおさえて強がる。

 

「急いで離れろ。周囲を気にして戦える相手じゃない」

「任せたわ!」

 

 フリンも退避を促し、イザボーが修二に回復魔法を掛けながら上階に退避する。

 

「R指定は見せられないってか」

「意味は分からないが、確かに見せられる戦いではなさそうだな」

 

 ダンテの銃撃を食らったにも関わらず、深刻なダメージになっていない刈り取る者にフリンは警戒を最大にする。

 

「威嚇攻撃!」

「刹那五月雨撃!」「アギダイン!」「メギドラ!」

 

 フリンの指示で、仲魔達が一斉に刈り取る者へと攻撃する。

 マサカドの放つ銃撃が、アマテラスの放つ火炎魔法が、テンカイの放つ万能魔法が刈り取る者へと全て直撃するが、向こうは構わずこちらへと向かってくる。

 

「効いてない、いや恐ろしい程耐久力が高いのか!」

「離れい、フリン! ジャッジメント!」

 

 驚異的な耐久力にフリンが驚くが、そこでマサカドが強力な万能魔法を放つ。

 凄まじい魔力の波動が刈り取る者を飲み込むが、それでもなお刈り取る者は動きを止めない。

 

「来るぞ!」

『空間殺法!』

 

 ダンテが言葉が終わるかどうかの内に、刈り取る者の動きが一気に加速。高速の動きで周辺をまとめて薙ぎ払う。

 

「くっ!」「ぐう!」「ああっ!」「がっ!」

 

 フリンと仲魔達が吹き飛ばされるが、かろうじて持ちこたえる。

 

「は! 随分とタフでクレイジーな奴だな!」

 

 動きを止めたのを逃さず、ダンテが刈り取る者へとリベリオンで斬りかかる。

 刈り取る者は長大な拳銃でその一撃を受け止めるが、ダンテは即座に刃を引くと別方向からの斬撃へと変える。連続。

 次々と放たれるダンテの高速にして強烈な斬撃を、刈り取る者は驚異的な速度で拳銃で受け止め、弾くが、徐々にその攻防に変化が生じ始める。

 斬撃を放ち続けるダンテの両腕に、少しずつ雷光がまとい始め、それがどんどん両腕から全身へと広がっていく。

 

「ヤアッ、ハアァァー!!」

 

 一際大きな声と共に、ダンテの一撃がとうとう刈り取る者を弾き飛ばす。

 同時に、その全身が漆黒の翼を持ち、同じく漆黒の体を赤い燐光が覆う魔人の姿へと変貌した。

 

「それは!?」

「奥の手って奴さ、R指定のな!」

 

 フリンが驚く中、ダンテは口調だけは変わらず、刈り取る者へと異形に変貌した剣を構える。

 

「一気に行くぜ。セッションするかい?」

「意味は分からないが、言いたい事は分かった」

 

 フリンも剣を構えると、二人は同時に動く。

 

『メギドラオン!』

「ヤアハアァ!!」

 

 刈り取る者が放った凄まじい魔力の爆風を、魔人ダンテは魔力を帯びた大剣の一閃で強引に弾き飛ばし、その背後から飛び出したフリンの斬撃が、連続で刈り取る者へと叩き込まれる。

 刈り取る者は両手の拳銃で斬撃をさばこうとするが、そこに魔人ダンテの斬撃も加わる。

 

「後ろに回れ!」

「心得た」「分かりましたわ」「承知!」

 

 二人がかりの連続攻撃の隙きを突いて、フリンの仲魔が背後から奇襲を掛ける。

 

「奥義一閃!」「トリスアギオン!」「ティタノマキア!」

 

 マサカドの強烈な一撃が、アマテラスの火炎魔法が、テンカイのダメ押しの一撃が次々と刈り取る者に叩き込まれ、そこにダンテとフリンの攻撃が更に激しくなっていく。

 

「フウ、ハア!」

 

 魔人ダンテの体を旋回させながらの強烈な斬撃が、とうとう刈り取る者の拳銃を双方まとめて破壊、刈り取る者の胴体に大きな裂傷が走る。

 

「逃さん!」

 

 更にその傷口にフリンが深々と刀を突き刺し、全身の力を込めてえぐりながら上へと斬り上げる。

 刈り取る者から、悲鳴とも異音とも思える絶叫のような物が上がるが、二人の攻撃は止まらない。

 剣同様に変貌したダンテの二丁拳銃から、弾丸ではなく雷光が矢継ぎ早に刈り取る者へと叩き込まれ、フリンの斬撃は容赦なく刈り取る者の四肢を斬り落とさんとする。

 

「まだ固いか! アマテラス!」

「ランダマイザ!」

 

 更にフリンが命じてアマテラスがステータス低下魔法を掛け、フリンの渾身の唐竹割りが刈り取る者の片腕を斬り飛ばした。

 

「フィナーレと行こうか!」

「トドメだな」

 

 魔人ダンテは大きくジャンプし、フリンは体を旋回させ、縦方向と横方向、渾身の一撃が刈り取る者へとほぼ同時に叩き込まれ、その体が四つに分断される。

 耳をつんざくような断末魔を上げながら、刈り取る者の体が崩壊していく。

 それを見ながら、ダンテが元の姿へと戻っていった。

 

「さて、ネゴシエートの続きと行くか」

「先程から思ってるんだが、本当に君は話し合うつもりがあるのか?」

 

 リベリオンを背負いつつ呟くダンテに、仲魔をガントレットに帰還させながらフリンは胡乱な目を向ける。

 

「元々オレらの仕事はナシを付ける事だからな。あとは人修羅が持ってる通信機で話し合ってくれ」

「そうしよう」

 

 二人はそう言いつつ、他の者達がいる上階へと向かった。

 

 

 

「あ、来た」

「まさか、倒したのか!?」

「まあな」

「苦戦したがな」

 

 姿を見せたダンテとフリンの言葉に、他の者達は驚く。

 

「そっちのポニーテールも、結構やるな」

「フリンは、こちらでは希望の星って言われてるの」

「希望の星、ね~」

「あ、あのフリンさん、ナナシの姿が見えないんですけど………」

 

 修二がフリンの事を繁々と見つめ、イザボーが説明してやる中、アサヒがおずおずと口を開く。

 

「まさか、まだ一階に!?」

「やべ、戻ろう!」

「いや、多分大丈夫だ」

 

 フリンと修二が慌てる中、ダンテは落ち着いていた。

 

「どうして!? 外に出たら危ないってさっき…」

「死人には効かないかもな」

「え…」

 

 ダンテの一言に、アサヒは言葉を失った………

 

 

 

「こいつは………」

 

 カグツチが漆黒へとその姿を変貌させる様を、ナナシは見上げていた。

 その光を浴びた悪魔達は、やがて敵も味方も分からないような乱戦へと陥っていく。

 門番をしていた悪魔達はかろうじてその場を動かないが、その顔には先程には無かった異常な殺気が満ちていた。

 

『ほう、これがそうか………確かにこれは人には絶えられまい。悪魔ですら暴走させるこの光にはな』

 

 ナナシの腕のスマホに現れた者、死と再生を司るケルト神話の魔神、ダグザがほくそ笑む。

 

「なぜ、オレは平気なんだ?」

『忘れたのか? お前はすでに死んでいるのを、オレの加護で存在しているに過ぎない。お前は、オレの神殺しなのだから………』

 

 そう言いながら笑うダグザの声が、狂乱の戦場に響き渡っていた………

 

 伸ばした糸の先に、新たな糸が絡まり、結ばれようとする。

 その糸に在りしほつれが、もたらす物は果たして………

 



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PART52 CREATION OF THE COLLAPSE

 

「よお、どうだい黙示録の光景は」

 

 背後から掛けられた声にナナシが振り向くと、そこには大剣を手にダンテが立っていた。

 

「黙示録?」

「聞いたことないか? ああ、聖書なんて無い世界か」

「いや、持ってる人は見た事ある。中身は知らない、読んだ事無い」

「オレもだ。だが、そいつはどうだ?」

 

 漆黒に変じたカグツチからの光が降り注ぐ中、ダンテはリベリオンの切っ先をナナシの腕のスマホへと突きつける。

 

『ふ、気付いていたか』

 

 呟きと共に、ダグザがスマホから飛び出し、体を実体化させる。

 

「まあな。ついこの間まであの世に行ってたんでね、死人の匂いは嗅ぎ慣れちまった。ついでに、あんたがそいつと契約して蘇生させたらしいって事くらいは想像がつく」

「ふ、なるほどな。それで、どうする?」

「そうさな。死人の手はいらねえんじゃねえのか?」

 

 最後の言葉が終わるかどうかのタイミングで、ダンテは一気に距離を詰め、リベリオンを高速の刺突で突き出す。

 ナナシはかろうじて身を捩ってその一撃をかわすが、白刃は胸元をかすめ、鮮血が宙を舞う。

 

「なるほどな、体は一応生きてるわけか」

『そうだ。こいつはオレと契約したのだ。蘇生と引き換えに、オレの神殺しとなると』

「なるほどな」

 

 いつの間にかスマホに戻っているダグザに、ダンテは一度剣を引く。

 

「随分、タチの悪いのと契約したな」

「………」

 

 傷口から流れる血を手でおさえながら、ナナシはダンテの言葉に無言。

 その顔に僅かに苦悶が浮かんでいるのにダンテは気付いた。

 

(自我は残ってるわけか………なるほど、マリオネットじゃ神殺しにはならないしな)

 

 予想よりもかなり厄介な状態のナナシに、ダンテは剣を手にしたまま考える。

 

(冥界でもあのゴスロリ嬢ちゃんの件で散々揉めたからな………どうする?)

 

 普段ならためらいなく斬る所だが、そうしたら色々ややこしい事になりそうなのは確実なので、ダンテは迷う。

 

『どうする? こいつはお前を斬ろうとしているぞ?』

「分かってる。だが、今のオレじゃ………」

 

 先程見せられた、圧倒的な実力差にナナシもまた手を出しあぐねていた。

 だが、緊張は意外な形で破られた。

 

「ナナシ!」

 

 エントランスから、アサヒの慌てた声が響く。

 

「貴方! ナナシに何を…」

「馬鹿…」

 

 未だ黒きカグツチの光が降り注ぐ中、アサヒが外に飛び出そうとする。

 ダンテが思わず身をひるがえすが、それよりも早く動いた者がいた。

 

「ちょっと待った~!」

 

 アサヒが外に出るよりも早く、修二がアサヒの頭上へと飛び出す。

 のみならず、彼の仲魔達も一斉にアサヒの頭上に飛び出し、そのまま一気に押しつぶさんがばかりの勢いで覆いかぶさった。

 

「むが!?」

「隙間なく被され! ちょっとでも出すな!」

「分かりました!」「動かないで!」「なんとか中へ!」「潰すなよ!」「心得ている!」「くっ! 頭の中がおかしくなりそうだ」「ちょっとだけふんばれ!」「黒いカグツチに呑まれるな!」

 

 上からクィーンメイブ、サティ、スパルナ、セイテンタイセイ、クー・フーリンがアサヒを黒きカグツチの光からかばいつつ、なんとかエントランスへと戻ろうとする。

 

「重っ! ちょ、どこ触って!」

「動くな! こうでもしないと…」

 

 アサヒが悲鳴を上げるが、修二はそれでもその上から動こうとしない。

 

「お………」

 

 ダンテもどうすべきか迷ったが、そこで降り注ぐ光が薄れてきているのに気付いた。

 

「日焼けの時間は終わりのようだぜ」

「へ?」

 

 修二も覆いかぶさった仲魔の隙間からそれを見上げると、始まった時同様にカグツチが漆黒から元の色へと戻っていった。

 

「よ、ようし。もう大丈夫だ」

「じゃあどけてよ!」

「ふぐ!?」

 

 一安心した修二だったが、そこでアサヒの裏拳が鼻にめり込む。

 

「なかなかいいパンチ持ってる………」

「人の事潰す気!?」

「多少潰れるくらいならまだマシだぞ」

 

 修二に向けて喚き立てるアサヒだったが、後を追ってきた仲間達も外に出ても大丈夫な事を確認すると、こちらへと向かってくる。

 

「待て、あの黒い陽光に当たると危険だと言われたはずだ」

「けど、あいつがナナシを!」

「アサヒちゃん落ち着いて」

 

 ガストンとノゾミがなだめるが、アサヒは激昂したままだった。

 だがそこで、トキがアサヒの背後へと回る。

 

「アサヒ、動くな」

「え?」

 

 宣言するや否や、トキが手にした鉈をいきなり横薙ぎに振るい、アサヒの髪の一部が宙を舞う。

 

「ひっ!?」

「トキちゃん何を…」

「これを見ろ」

 

 アサヒが思わず悲鳴を上げ、ノゾミも驚くが、トキが宙を舞った髪の一部を掴んでみせる。

 

「これは………」

「な、なんだこれ!? ガラスか?」

 

 切られた髪の端が、結晶化しているのに気付いたガストンとハレルヤが仰天する。

 

「そいつが、キュヴィエ症候群って奴だ。生身の人間があの黒いカグツチの光を浴びるとそうなっちまうらしい」

「え………」

「人修羅に感謝しな。でなけりゃ、ここで彫像が一つ出来る所だったぜ」

 

 ダンテが説明してやりながら、興が削がれたのかリベリオンを仕舞う。

 

「え、あ、じゃあなんでナナシは………」

「何でも、悪魔の力を体に宿してる奴は平気らしい。だからオレとダンテがよこされたんだ。少なくても、キュなんとか症候群は発症しないからな」

「他の問題もありそうだがな」

 

 修二が補足説明する中、一足遅れてきたフリンが、目の前に広がる光景を見ながら呟く。

 そこには、先程まで小競り合いを繰り広げていた各勢力の者達が、同士討ちの形でほぼ壊滅状態となっていた。

 

「なるほど、ナナシさんが平気なのはダグザ神が宿っているためなのですね?」

「一概にそうとは言い切れないだろうがな」

 

 イザボーがナナシが外に出れた理由を推察するが、それに対してダンテは苦笑。

 

「どんな奴までが平気なのか、試してみるわけにもいかないからな~。分かってるのは何ともないのは喰奴って連中と、オレとダンテと、もう一人か。まあ喰奴はたまに暴走するらしいが」

「確かにこれでは、不用意に出歩けない」

「上の人達にも厳重注意しておきませんと。ちなみに、治療方法は有りまして?」

「有ったらオレらだけよこさないって。取り敢えず、中入ってた方いいと思うぜ」

 

 修二があれこれ説明する中、険しい顔のフリンとイザボーが結晶化した髪を見つめていたが、修二に促されて皆がタルタロス内へと戻っていく。

 

「ほらナナシ、危ないから戻ろ。手当しないと」

「ああ」

 

 アサヒに引っ張られて戻っていくナナシを、最後に残ったダンテが無言で見送るが、そこで全身を返り血で染めた魔具の悪魔達が近寄ってくる。

 

「少し頭に血が上っていた」

「あの黒きニセ太陽」「かなり厄介だ」

「まあストレス解消になったけれど」

「掃除にはなったさ。取り敢えず戻っておけ」

 

 アグニ&ルドラ、ネヴァンが魔具の姿へと変ずる中、ケルベロスはすぐに戻らず、ダンテの耳のそばへと巨大な頭部を寄せる。

 

「あの少年、奇妙な死臭をまとっている。いいのか?」

「なるようになるさ。少し厄介だがな」

 

 ケルベロスの警告にダンテは小さく吐息を漏らすが、ケルベロスは納得したのか魔具の姿に戻る。

 

「取り敢えず、仕事はこれで完了か。周りの掃除も出来たしな」

 

 ダンテは魔具の入ったトランクケースを背負うと、周囲一体に無数に転がる悪魔の屍を見回し、タルタロスへと入っていく。

 

「報告、チアキ様に報告を………」

「他に生きている者は………」

「何が起きた………」

 

 僅かに残った各勢力の者達も、己達のリーダーに惨状を報告するために散っていく。

 後には、凄惨な戦場跡だけが広がっていた。

 

 

 

『悪いな、他に人材がいなかった』

「いや、構わない。状況は大体分かった」

 

 持ち込まれた通信機で、代表してキョウジが通話し、こちらも代表でフリンが応じる。

 

『取り敢えず、まずしなきゃならないのは救援物資の搬入か………』

「食料の問題が出始めている。ここでは食料になりそうな物は何も無い」

『だろうな………喰奴だったらシャドウも食うんだが、まずいと言ってたな』

「あれ、食べられるのか? 倒したらすぐ霧散したが………」

『その辺は聞かない方がいいだろ。差し当たって、どうにか移動手段を構築しないとな』

「こちらには、一応転送可能なターミナルが有る。だが、ここに来て以来機能していない」

『ターミナル? ああ小次郎が使ってたとかいう奴か。こっちに似たようなのが有ればなんとかなるんだが………』

『通信中失礼します。こちらアーサー、レッドスプライト号の管理プログラムです。先程のターミナルと呼称される転移装置の件ですが、シュバルツバースに置いても同様の装置が有り、使用されておりました。そして、珠閒瑠学園にも同様の装置が確認されております。これとそちらのターミナルをリンクさせるミッションを提案します』

「出来るのか?」

『やってみないと分からないって奴だろうな』

『現在、キュヴィエ症候群対策として完全遮蔽型移動車両を資材班で開発中です。完成次第、設備調整可能な人員を送り込み、ターミナルのリンクミッションを行います』

『上手く行けばいいんだが………』

「どの道、こちらが籠城出来る限度は短い」

『やるしかないか………』

『葛葉さん、ちょっといいだろうか?』

 

 そこでキョウジと入れ替わり、美鶴が通話に入ってくる。

 

『月光館学園特別課外活動部部長、桐条 美鶴と言う者です。貴方達が今いる、タルタロスの調査を行っていました』

「そうか、ダンテが言っていたここを知る者とは君達の事か」

『はい。二、三質問よろしいでしょうか? 重要な事です』

「答えられる事なら」

『まず第一に、体調に異常を感じているような事は? タルタロス内では、通常の倍以上で疲労するはず。次に、今こうして外部と通信していますが、本来ならタルタロス内部と外部では、時間の流れに差が生じるはずなのです。本来タルタロスは、日付が変わる瞬間から、一時間だけ姿を現すはずなのですが』

「確かに、疲労しやすい感はあるが、深刻な物ではない。時間差に関しては、今の所感じてはいない」

『そうですか………』

 

 それを聞いた美鶴が難しい顔をして唸る。

 そこでアーサーが口を挟んでくる。

 

『これはシュバルツバースとこの受胎東京で得たデータからの推測ですが、タルタロスがこの世界に出現した影響で、特異性が軽減、もしくは消滅した可能性が有ります。本来ならばその場にはカグツチ塔と呼ばれる建造物が出現する予定だったらしいのですが、何らかの理由により、タルタロスが置換されて出現した物と推察できます』

『つまりは、あれはタルタロスであると同時に、カグツチ塔としての性質も持っているがゆえに、タルタロスの特性が失われている、と?』

『あくまで仮説ですが』

「この際、どちらかは問題ではない。我々は、どうにかしてここから元の世界に帰還しなくてはならない」

『そいつは全員そうさ。皆して、そのためにあれこれ頑張ってる。最近ちょっと疲れ気味だがな』

 

 フリンの言葉に、再度キョウジが通話に出て答える。

 

『ターミナルリンクミッションの件は急がせます』

「そうしてほしい。この状況が長引けば、各種物資の欠乏は目に見えている」

『こちらも余裕が有るわけではないが、そちらに回す分くらいは十分確保出来るはずだ。その代わりと言っては何なのだが…』

「無論、戦力が必要なら協力しよう。状況が整い次第、タルタロス上層部への探索を開始する」

『タルタロスの探索なら、我々の専門だ。こちらからも部員を派遣するので、しばし待っていてほしい』

「分かった」

 

 克哉と美鶴からの通信にフリンは頷き、通信が途切れる。

 

「話はつきまして?」

「ああ、近い内にターミナルの復活及び物資の搬入があるそうだ」

「それまでは、私達でどうにかするしかありませんわね」

「オレらもいるんですけど」

 

 交渉結果の確認に来たイザボーにフリンが結果を告げる中、鼻の頭に湿布が貼られた修二が手を挙げる。

 

「情報としても戦力としても、期待はさせてもらいますわ。ダンテさんは少し不安が残りますが」

「いや、後の事考えなくていいならあいつ一人に任せおけばいいんだろうけど、絶対全部壊滅させて終わるだろうしな~」

 

 イザボーの不安に、修二はむしろ腕組みして肯定する。

 

「それと、ナナシの件だが」

「………アンタ達は気付いてたか?」

「何かあるのではと薄々思ってはいましたけれど………」

「黄泉帰ってきてるのは確かだな。この間まで嗅いでた死者と同じ匂いがうっすら漂ってきたし」

「問題は、憑依しているダグザ神の方か」

「だな。もっともオレも人の事言えた義理じゃない。妙な連中にこんな体にされちまったからな」

「訳ありの方ばかりという訳ですのね」

「訳が無かったらこんな状況にはなってないだろう。こちらもな」

 

 修二の説明にイザボーが眉をひそめるが、フリンはわずかにうつむいて唸る。

 

「ナナシの事は、しばらく様子を見よう。操られているという雰囲気でもないようだ」

「オレも実際、どうなってるんだか?」

「本当に大丈夫なんですの? ナナシも、貴方も」

「ま、何かあったらダンテがたたっ斬ってくれる。オレの事も含めてな」

「とんでもない信頼ですわね………」

 

 修二の断言に、イザボーは肩をすくめるしかなかった。

 

 

 

「これで大丈夫。回復魔法で塞いでるけど、しばらく無茶したらダメだからね?」

 

 ナナシの手当を終えたアサヒが、救急箱を片付け始める。

 

「全く、我が弟子ながらよく無事だったな。あのダンテとかいう男、正真正銘の怪物だ」

「確かに………」

 

 ナナシのそばで勝手に師匠を自称しているナバールの言葉に、ナナシは今更ながら、ダンテに剣を突きつけられた時の恐怖に身震いする。

 

「アサヒちゃん、いいかしら」

「どうぞ」

 

 ノゾミが声をかけつつ、顔を覗かせてくる。

 

「一応、話はついたみたいよ。近い内にターミナル修理の人手を送ってくれるって」

「修理して繋がる先あるんですかね?」

「空に飛んでる街に繋がるらしいわよ? 向こうも大変らしいけど」

「う~ん………」

「こちらよりひどくなければいいだろう」

「それはそうだけど。あ、服縫っておくから出しておいてね」

 

 手当の済んだナナシが衣服を正そうとするのを、アサヒが声をかける。

 

「少なくても、食うには困らないさ」

「ちょっと、何しに来たの!」

 

 そこにダンテも顔を覗かせるが、一目見ただけでアサヒは警戒感を露わにする。

 

「一応、見舞いにな」

「傷つけた張本人が何言ってるの! フリンさんやイザボーさんが許しても、私は許さないんだから!」

「アサヒちゃん、落ち着いて」

 

 がなりたてるアサヒを、ノゾミがなんとかなだめる。

 

「やれやれ、嫌われちまったか」

「胸に手を当てて考えなさい!」

「刃だったらしょっちゅう突き刺されてるぜ」

「ならもう一本くらい………」

「落ち着けアサヒ」

 

 茶化すダンテに、アサヒは明らかにやばい目で愛用の短刀を抜こうとした所で、ナナシも止めに入る。

 

「そういう訳で、向こうに戻る算段がつくまで、こっちに厄介になるぜ。ピザもストロベリーサンデーも無いのは残念だが」

「あんたに食べさせる食料なんてないわよ!」

「だから落ち着いてって」

 

 今にもダンテに襲いかからんばかりのアサヒを、ノゾミとナナシで押さえ込む。

 

「取り敢えず、顔を見せるな。これでは話にならん」

「そうかい。じゃあそうするぜ」

 

 変わってナバールがダンテに警告し、ダンテは大人しくその場を去る。

 

「え~と、そうだこういう時は塩を撒くって父さん言ってた!」

「そんなもったいない事出来ないでしょ」

「なんか塩っぽい物ない!?」

 

 あからさまにダンテを毛嫌いしているアサヒに、ノゾミがため息を漏らす。

 

「フリンよ、アサヒがアレだから、しばらく大人しくしててくれ。これ以上話をややこしくしたら、どうとばっちりが来るか分かったものじゃない」

「分かった………」

 

 ナバールもアサヒのあまりの剣幕に呆れるが、そう簡単に彼女の虫の居所は収まりそうになかった。

 

「どうにも、話がさらにこじれそうね」

「ターミナルの修復を急いでくれるとありがたいのだがな。私は死んでるから問題ないが、生きてる連中は段々問題が出てきているようだからな」

「そりゃ、幽霊はご飯いらないからね………」

 

 物資、特に食料の問題が深刻化する前に違う意味で悪化しそうな事態に、ノゾミは更に重い溜息をもらさずにはいられなかった。

 

 

 

「状況は?」

「明日には完成するぜよ。ABC防御よりさらに厳重にってのはちと骨が折れたが………」

 

 視察に来たキョウジが、レッドスプライト号のラボで戦闘用車両をベースに、厳重な防護処置が施されていくのを見る。

 光が絶対入らない、というある種奇妙な要望に答えた資材班が、対キュヴィエ症候群対処用車両の完成を急いでいた。

 

「後は人員か」

「こちらの資材班からと護衛の人員といった所ぜよ?」

「タルタロスという事だから課外活動部から風花とあと誰か護衛についてもらうか………その分足したら、あと何人くらい乗れる?」

「特殊遮蔽を内部にも施しといたから、あと2~3人かの」

「だとしたら………」

 

 

 

翌日

 

「………やっと奇妙なカプセルから出れたかと思えば、今度はまたタルタロスか」

 

 治療の済んだ左腕の具合やかなり強引につながれている骨の具合を確かめつつ、八雲がボヤく。

 

「内臓がイってなかったのが良かったのか悪かったのか………傷んではいたらしいが」

「あ、八雲さ~ん」

「八雲~」

「おう、出迎えご苦労」

 

 レッドスプライト号から業魔殿へと向かう途中、迎えに来たカチーヤとネミッサに八雲は片手を上げて応えた。

 

「話は聞いてるな?」

「はい、タルタロスに行ってターミナル修復の手伝いをすればいいんですね?」

「八雲直せるの?」

「見てみない事にはな。プログラミング関係なら何とかなるかもしれんが。カチーヤの方こそ、体は大丈夫か?」

「あ、はい。もう大丈夫です」

「カチーヤちゃん、帰ってきて40時間くらい寝てたからね~。一緒にネミッサも寝たけど」

「お前ももう少し………いや野放しにするよりはマシか」

「八雲ひど~い」

 

 誰もが完調とは言えない中、八雲は次の仕事の算段を色々考える。

 

「GUMPはヴィクトルに預けてたが、どうなってる?」

「メンテナンス中だそうです。出撃までには渡してくれるそうですよ」

「アイギスちゃん重傷で、メアリちゃんたちもけっこうひどいからそっちの修理に手間取ってるって。あ、あの長鼻こき使われてたよ」

「もうこの際使える奴は元敵でも構わない、か。状況がヤバ過ぎるしな」

 

 八雲が上空、シバルバー全域を覆うように常時スタンバイ状態のシールドを見て呟く。

 

「虎の子の回復アイテム使い果たしちまったしな~、補充効くかな?」

「ソーマとか難しいかもしれませんね」

「どっかからパチる? ネットとかに転がってないかな~」

「さすがにそれは無いだろう………」

 

 消費の激しかった装備の補給を悩みつつ、八雲達が業魔殿の中に入っていく。

 そこで、トレーニングジムエリア脇を通ろうとした時だった。

 

「ウハァ!」「クマッ!?」「うおっ!」

 

 聞こえてきた声に、何気に八雲が覗き込むと、そこには下から陽介、クマ、完二の順に積み重なって伸びている二人と一匹(?)の姿だった。

 

「つ、強ぇ………」「すごいクマ………」「とんでもねえ………」

「………前も見たな、これ」

 

 うめいている者達の向かいで、竹刀片手のライドウが涼しい顔で立っていた。

 

「それなりには使えそうだ」

「一方的にボコってそれ?」

「しかもこっちは三人クマ………」

「ケンカでこんな一方的なのは初めてっす………」

「お前らか。新入りって」

 

 呆れた顔の八雲が室内へと足を踏み入れる。

 

「退院したのか」

「ついさっき」

「あのこちらの方は?」

「葛葉の三下サマナー、小岩 八雲だ」

 

 ライドウに片手を上げて答える八雲に、悠が首を傾げた所で八雲は自己紹介する。

 

「どうも、特別捜査隊の鳴神 悠です」

「いきなり言うのもアレだが、ライドウ相手に模擬戦なんてやめとけ。葛葉四天王の一人で、ここにいる悪魔使いでも最強クラスの一角だぞ」

「いや、ちょっと実力を見たいって言われまして」

「すごい………」

「どうなってたの、今の?」

「じ、実力が違いすぎるみたい………」

「確かに」

 

 差し出された手を握り返しながら苦言を呈する八雲だったが、用意したベンチで見学していた捜査隊女性陣がライドウのあまりの実力に絶句している。

 

「退院してきたのならちょうどいい。お前も実力を見せてみろ」

「病み上りなんすけど」

 

 ゴウトがライドウの肩に止まりながら告げるのを、八雲は頭をかきながらぼやく。

 

「明日には出撃だろう。今の内に勘を取り戻しておけ」

「………ゴウト童子に言われたら逆らわない方がいいか。ちょっと準備してくるんで」

「そちらからは誰が出る?」

「じゃあオレが」

 

 悠が名乗り出、準備に行った八雲が戻ってくるのを待つ。

 

「あの人も強いんですか?」

「三下って名乗ってましたけれど………」

「弱くはない。だが、実力を見せたがらないようだ」

「皆さんからも、まあ色々言われてますけれど………」

「三下って自覚してるならいいじゃん」

 

 悠と雪子の質問に、ライドウ、カチーヤ、ネミッサがそれぞれ答え、捜査隊が更に首を傾げる。

 

「待たせたな」

「あ、いや………それ使うんですか?」

 

 戻ってきた八雲が、ホルスターに拳銃、腰にナイフその他のどう見ても完全武装なのに、悠が若干ビビる。

 

「そっちも何使ってもいいぞ。ペルソナだろうが何だろうが」

「あの、模擬戦…」

「構わん、互いに実力が分かっていいだろう」

 

 やる気の無さそうな表情に反してやる気満々の八雲の格好に、悠が何か言いたげにライドウの方を見るが、代わりにゴウトが許可する。

 

「頑張って!」「ホントに何でもいいの!?」「やっちゃえ先輩!」「気をつけてください」

 

 女性陣の声援を受けつつ、悠がさすがに真剣はまずいと思い、模擬戦用に用意していた木刀を構える。

 

「それでは、始め!」

「ふっ!」

 

 ライドウの号令と共に、悠が一気に迫って木刀を上段から振り下ろすが、八雲は僅かに後ろに下がってその一撃を避け、腰のポーチから何かを取り出す。

 

「ほらやるぞ」

 

 そうして取り出した物、手榴弾のピンを口で引き抜いて無造作に悠へと投げる。

 

「え………」

 

 悠の脳内に前回の失敗の記憶がまざまざと蘇り、思わずその手榴弾を受け止めるが、その時にはすでにレバーは外れていた。

 

「う、うわわわ!?」

「マジかっ!」

「ちょ、どうすんの!?」

 

 捜査隊の仲間達も慌てる中、悠も慌てて手榴弾を己でお手玉する。

 

「あと2、1」

「わわわわ!?」

 

 八雲のカウントダウンに、悠は半ば錯乱して手榴弾を人のいない方向に投げ、その場にうずくまる。

 

「0」

 

 八雲のカウントダウンの後、手榴弾からは間の抜けた煙が少しだけ吹き出る。

 

「………え?」

「不発?」

「不良品?」

「ほれ取った」

 

 悠だけでなく、捜査隊の仲間達もポカンとした時、うずくまったままの悠の首元にナイフが当てられていた。

 

「あ………」

「勝負アリだな」

「ず、ずっけえ!!」

「イカサマじゃん!」

「ひどいクマ!」

 

 事態を理解した捜査隊から、一斉にブーイングが飛ぶ。

 

「幾らなんでも、アレはないんじゃない!?」

「何を使ってもいいと八雲は先に言った」

「まあ、八雲さんらしいと言うか………」

「ネミッサなら最初に蜂の巣だね♪」

 

 講義するりせに、ライドウは淡々と返し、カチーヤはどうフォローするか悩み、ネミッサはむしろあおる。

 

「言ったろ、オレは四天王とは比べ物にならない三下だからな。こうやってイカサマするんだよ」

「イカサマ、ですか………」

 

 ナイフを納めた八雲の言葉に、悠は何かひっかかる物を感じるが反論すべき言葉が思いつかず、うなだれる。

 だが、全く違う感想を持っていた者もいた。

 

「なるほど、イカサマですか」

「そ、まぁ太刀筋は悪くなかった。死なない様にせいぜい頑張る事だな」

「あ、あの皆さん八雲さんの真似はあまりしない方がいいですよ」

「良くない大人なっちゃうからね~」

「誰もやらないわよ!」

 

 直斗は適当にお茶を濁し、ついでに背中にブーイングを浴びつつ去っていく八雲の背中を見ながら呟く。

 

「どう見た」

「三下なんてとんでもない。すごい使い手ですね」

 

 八雲の後をカチーヤとネミッサも付いていくのを見送りながら、表情の違う直斗の隣に来たライドウの問いに、直斗は断言する。

 

「彼は前もってボク達が手榴弾で事故を起こした事を聞いていたのでしょう。だからあんな手を使った。一度失敗した人間は、同じ事態に混乱をひどくする。その様子を観察し、最小限の労力で鳴神先輩の戦力を奪った。恐ろしい程、緻密に計算された戦い方です」

「だろうな。あやつは自分をわざと過小評価している。本当に実力を見せたがらないのだろう」

 

 直斗の推察に、ゴウトも頷く。

 

「強いんですね、かなり」

「でなければ、この状況で生き残れない」

「性格と行動にかなり難があるがな」

 

 直斗の結論に、ライドウとゴウトが肯定しつつも少しだけ異論を述べる。

 

「ああそれと」

 

 そこでいきなり、去っていったと思われた八雲が顔を覗かせる。

 

「そこの小さいの」

「ボクですか?」

 

 声を掛けられた事に、直斗が自分を指差す。

 

「他人の趣味にケチ付けるつもりは無いが、そうじゃないならその男装は止めとけ」

「え?」

「初対面で直斗が女の子って気付いた!?」

「どうやって?」

 

 仲間達ですらしばらく気付かなかった直斗の秘密を、八雲が初見で気付いた事にブーイングが止まる。

 

「どうして、分かったんです?」

「男だったら、そんなに膝合わせて座らんから」

「………!!」

「あ~」「うん、そうだね」「…なるほど」

 

 それだけ言うと、八雲は今度こそその場を離れる。

 数秒の間を持って、直人が真っ赤になって思わず太ももを抑え、男性陣が頷く。

 

「あの、一体」「どういう事?」「さあ?」

「だからですね………」

 

 今一理解できない女性陣を直斗は手招きして、そっと耳打ち。

 途端に女性陣が全員顔を赤くする。

 

「ドスケベ!」「変態!」「セクハラ!」

 

 女性陣の更に激しいブーイングが響くのを、ライドウは苦笑するだけだった。

 

 

 

『そういう訳で明日にもそっちに修理のための人員が行くが、状況はどうだ?』

「どうもこうも………よくこいつら生きてたよ。ここに来る前な」

 

 キョウジからの定時通信に、修二は顔をしかめていた。

 

「何でも、最終核戦争が起きた時、悪魔討伐隊とやらの男が、己を贄にマサカド公を召喚して大天蓋とかで東京その物を封印したとか。で、そのまま20ウン年、食う物無いから悪魔の肉食って生きてたとか」

『そりゃ、すげえ話だな………似たような話は聞いた事有る気もするが』

「オレも人の事言えないし。話が早くて助かったけど。そういう訳なんで、物資早めに頼みます」

『それほど積載量ある車両じゃないからな………一応レッドスプライト号から圧縮レーション持たせてくれるそうだ』

「足りっかな~? いっそそこらからアマラ転輪鼓でも持ってくるか?」

『止めとけ。ただでさえ内部も外部も歪みまくってるのに、外から別種の転移装置なんて持ち込んだらどんな影響出るか分からねえ』

「ややこしすぎる………それと」

『例の件か』

 

 通信装置の前で突っ伏しながら、修二が周囲を確認しながら口を開く。

 

「どう思います? そのナナシって奴の事………」

『正直、オレも似たような経緯でデビルサマナーになったからな。ただ、オレは魂抜かれたのをこの体に入れられただけだが、そいつは完全に蘇生させられてるとなれば、かなりヤバい。そいつがどこまで自由意志を持ってるか、どこまで動けるか、それを見極めとけ。………ダンテが斬ろうとしたらしいな』

「それで、更に話がややこしく………完全にダンテの事、警戒してる奴もいます」

『そっちもどうにか頼む。喰奴送ったら、さらに話ややこしくなりそうだし』

「………救援物資に胃薬もお願いします」

『分かってるよ』

 

 通信を切ると、修二は思いっきり深いため息をついた。

 

「話がすげえややこしく………オレ一人で頑張ってた時の方がマシだった………」

「それはそれで大変だと思うが」

 

 いきなりの声に修二が跳び上がりそうになるが、いつの間にか背後に来ていたフリンの姿に胸を撫で下ろす。

 

「おどかさないでください………」

「すまない。だが、そうやって見ると、本当に君は体だけ悪魔なんだな。そんな人間地味た反応する悪魔は見た事がない」

「ま、喰奴とか除けば………あ、あとはジャンクフードと機銃掃射が好きな女悪魔もいたな」

「随分と人材、いや悪魔材豊富だな」

「その悪魔、ネミッサって言うんですけど、なんでも滅びを司る悪魔なんだとか。で、そのせいで創世をしようとする各勢力から一斉に目の敵に………」

「ここにもそうしそうなのがいるらしいけどな」

「あ」

 

 フリンの一言に、修二はようやくその事に思い当たる。

 

「似たような境遇らしい君から見て、ナナシをどう思う?」

「………う~ん、オレはこんな体だけどオカルトとかってよく分かんないすけど、少なくても操られている風ではないような。オレも何でこんな体にされたか分かんないし、してきた連中はたまに現れるけど、何させたいのかも分かんないし」

「すぐの危険は無い、という事か」

「なんとも。キョウジさんは見極めておけって言われましたけど」

「前回以来、四六時中アサヒが付いてるし、イザボーも目を光らせてる。何かあったら分かると思うが………」

「どこもかしこもややこしくする連中ばっかか。この間は冥界にまで行ってようやく一件片付いたってのに」

「前回の騒乱以降、タルタロス周辺の戦闘は激減している。どこも警戒しているんだろう」

「けど、裕子先生の言う通りなら、創世のためにはここを登ってカグツチをコトワリで開放しなきゃならない。だとしたら、どこも諦める事は無いから、その内にどこか、へたしたら全部一気に来るかも………」

「そうなったら、流石に支えきれない」

「前はアサクサに攻めてきたヨスガの大軍勢から、マネカタ全員連れてトンヅラこいたな~………」

 

 遠からずして、ここが最大の主戦場になる事を感じつつ、修二は再度ため息を吐く。

 

「ここだけの話、攻めて来てる三勢力の内、二つはオレのダチだった奴が率いてる」

「………こちらでもそうだった。サムライの同期の中で、残ったのはイザボーだけだ」

「どこも似たような事やってる、か」

「君は、もし創世をするとしたら、どうしたい?」

「………元の世界に戻りたい。コトワリも悪魔も無い、千晶や勇と馬鹿やって笑っていた、あの平凡な世界に」

「オレもだ」

 

 意外な所で意見の一致をみた二人だったが、しばし無言の間が流れ、そしてどちらともなく微笑む。

 

「ターミナルが復帰し、体勢が整ったらタルタロス登頂に入る。カグツチとやらの開放のためにな」

「オレも協力します。いや、オレがしなくちゃならない」

「取り敢えず、現状で分かっている各勢力の状況を」

「まずは…」

 

 二人の話し合いは、長時間に及んだ………

 

 

 

同時刻 ニヒロ機構

 

「先遣隊が壊滅とはな」

「キュヴィエ症候群の事は知っていたが、ここまでとは………」

 

 報告を受けた氷川が苦々しい表情を浮かべ、神取も表情を険しくする。

 

「悪魔には問題無いはずでは?」

「そう聞いていたが、結晶化はしなくとも、精神的に興奮状態にはなるようだ。喰奴は始終暴走の危険性を孕んでいるのは、そういう理由だったらしい」

「ならばどうする? カグツチの変質のタイミングが分からない以上、不用意にこちらも部隊を動かせない」

「だが、チャンスでもある。いつ起こるか分からないキュヴィエ症候群に、シバルバーの住民達のストレスは最高潮に達しているだろう。ここはマガツヒの収拾に専念し、守護の召喚を最優先とする」

「そうだな。だが、他の勢力も気付いているだろう。ほどなく、シバルバーからのマガツヒの奪い合いが始まる」

「こちらの準備は出来ている。いち早く始めるとしよう」

 

 そう言いながら、神取はそばにあったコンソールを操作する。

 

「Reverse・Deva SYSTEM起動。出力15%、システム安定と同時に出力を順次上昇」

「収集にどれくらい掛かる?」

「状況いかんだが、それ程は掛かるまい。確かめてみるといい」

 

 操作を続ける神取の横目に、氷川は側に設置されたタンクを覗く。

 そこには、赤い光を放つマガツヒが少しずつ入れられたかと思えば、段々とその数が多くなっていく。

 

「ほお………面白い物だな」

「何、前に似たような事をしていたからな。今回はいささか量が多いのが問題だが」

 

 笑みを浮かべる氷川に、神取も笑みを返す。

 

「出力を上昇させる」

「ふふ、さて守護を呼ぶまであとどれくらいだろうか………」

 

 

 

同時刻 シバルバー 夢崎区

 

「まずいわね………」

 

 自警団のパトロール巡回中のたまきは、街の異様な状況に顔をしかめる。

 街一番の繁華街に人気は無く、店舗の半数以上がシャッターのみならず窓から何からを締め切っている。

 たまに開いている店が有るかと思えば、高確率で売買トラブルで騒動が起き、慌てて仲裁に入る、というケースが頻発していた。

 

「この間のアレがダメ押しだったわね~」

「一応、あのシールドで防げるんですよね?」

 

 一緒にパトロールにあたっていた淳に、たまきは腕組みしながら考える。

 

「一度根付いちゃった恐怖はそう簡単には抜けないわ。特にこの街ではね」

「確かに………噂で悪化する可能性も有りますね」

「トロ達がなんとか噂の悪化を防いでるようだけど、どうなる事やら」

「何だとてめえ!」「やかましい!」

 

 うなだれながら歩くたまきの前で、再度ケンカ沙汰が怒ってるのが目に飛び込んでくる。

 

「まったく、これ今日何件目!?」

「確か五件………」

 

 吐息を一つもらすと、たまきはケンカをしている男達の方へと向かっていく。

 そこでふと、淳は視界に何かが見えたような気がした。

 

「ん?」

 

 目をこすって再度ケンカ中の男達を見た淳だったが、その目に男達から赤い光が漏れているのに気付く。

 

「たまきさん!」

「…見えてるわよ」

 

 ケンカしている男達を仲魔も使って強引に引き離したたまきもそれに気付く。

 ケンカしていた両者から漏れる、マガツヒの光に。

 

「すぐに他の人達に連絡! ひょっとしたら…」

 

 たまきが声を上げるが、程なく彼女の携帯がコール音を立てる。

 

「はいたまき…はい、こちらでも確認出来ます。結界は……そうですか。分かりました」

 

 短い通話の後、電話を切ったたまきの顔が険しくなる。

 

「誰からですか?」

「レイホゥさんから。やっぱり、他の地区でも同様の事が起きてるわ。結界でも防げていない………」

「でもこれは………」

 

 二人が目を凝らすと、街の各所からマガツヒの赤い光が飛び立ち、どこかへと向かっていく。

 

「間違いなく、人為的にマガツヒを収拾してるわ」

「似たような現象を知ってます。それを行っていた人物も」

「私も、同じ事を考えてたわ………すぐに緊急招集が掛かるわよ。淳君は面子揃えてきて! 私は業魔殿に向かうわ!」

「分かりました!」

 

 いうやいなや、二人はそれぞれの方向へと走り出す。

 そんな中、マガツヒの光は、一つ、また一つと飛び出していった………

 

 

 

 事態解決の手がかりを模索すべく、糸達は動き出す。

 だが、それを阻むがごとく闇は蠢く。

 その先にある者は、果たして………

 



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PART53 EVERLASTING BREAK

 

「状況は?」

「良くないわね」

「結界の影響か、思っていた程流出速度はでていない」

「だが、市街全域からとなると楽観視は出来ない」

 

 業魔殿に集合した面々が、重苦しい表情で現在起きているマガツヒ流出現象について協議していた。

 

「前にムスビだっけ? が似たような事やったけど、あれは達也君が止めてくれたんだっけ」

 

 たまきが前に起きた類似現象の事を思い出すが、皆の表情は重苦しいままだった。

 

「あの時は術者が近くにいたから何とかなったけれど、今回はかなり遠方からの遠隔収拾らしい」

『マガツヒエネルギーの収束先を観測した所、ギンザ・ニヒロ機構と判明しました』

「だとしたらシジマ、氷川がやってるのね」

 

 克哉、アーサー(通信参加)、裕子の会話に、誰かの唸る声が重なる。

 

「質問だが、マガツヒとはこんな遠距離からでも収拾出来る物なのか?」

「いえ、何か手段を構築したのだと思うけれど、それが何かまでは………」

「多分地下にあったアレね」

 

 ゲイルの質問に裕子は首を左右に降るが、そこで舞耶は前にニヒロ機構に強行偵察した時に見た謎の装置を思い出す。

 

「Reverse・Deva SYSTEM、だったか」

「何かと思えば、遠距離からのマガツヒ収拾装置だったとは………」

 

 キョウジと尚也も聞いていた情報を思い出し、苦々しい表情を浮かべていた。

 

「今、この街の住民にはかなりのストレスが掛かっているわ。収拾方法さえ確立出来れば、後は勝手にマガツヒが集まってくる………」

「しかも、下手したらその方法は他の連中にも伝わるわね」

 

 裕子がうなだれる中、レイホゥは腕組みして考え込む。

 

「どうにか中断させる方法は?」

「その装置其の物を停止、もしくは破壊するしかないだろう」

 

 美鶴の問いに、ゲイルが即答。

 今、キュヴィエ症候群の問題がある以上、それはかなり難しい選択でも有った。

 

「氷川は用意周到な男よ。間違いなく襲撃に備えているはず」

「前回の強行偵察も大分苦戦したからな………」

「ましてや、あの神取も一緒だ。これを仕込んだのはアイツに間違いない」

 

 裕子、ロアルド、南条の意見に、誰もが唸りを上げそうになる。

 

『問題点を提起します。キュヴィエ症候群の危険性がある以上、通常の移動手段は使えません。そして、現在開発中の遮蔽型装甲車では、送れる人員に限度があり、厳重な警戒態勢を敷いているニヒロ機構への突入に必要な人員を輸送出来ません』

 

 アーサーの出した問題点に全員が頭を抱え込みそうになる。

 

「ダンテと人修羅をタルタロスに向けたのが、裏目に出るとはな………」

「いや、タルタロスの方も急務だった。裏目とは言い切れない」

「セラが復帰出来ない現状では、エンブリオンから人手を割くのはリスクが高い」

 

 キョウジ、克哉、ゲイルが深刻過ぎる状況を互いに解析し、本当に唸りを上げて黙り込む。

 

「前に使った手段は確実に対策されているだろう」

「転移装置その物を破壊するか、逆に待ち構えているか。どちらにしろ、使えない事は確かだ」

「ならばどうする? 外が固められている以上、どうにかして侵入するしかない」

 

 小次郎、アレフ、ライドウのトップクラスの実力者達ですら、打開策が見いだせず、会議は完全に膠着状態となっていた。

 

(とんでもない所に来てしまった………)

 

 特別捜査隊のリーダーという事で会議に参加していた悠は、会議内容のあまりの深刻さに隅で小さくなるしか出来ないでいた。

 

(街への襲撃だの、街全体が生贄だの、オレ達がやってた事って、実はすごい小さい事だったんじゃ?)

 

 何か色々と場違いな感じを覚えつつ有った悠が、ふとそばに座っている人物の様子がおかしい事に気付く。

 うつむいたまま、額に指を当てて唸っているようにも見える相手に、悠は思わず声を掛ける。

 

「あの、大丈夫ですか?」

「待ってくれ………もう少しで何かが見えそうだ………」

「はい?」

 

 具合でも悪いのかと思ったその相手、フトミミの予想外の言葉に、悠は思わずマヌケな声を上げた。

 その声にそちらを見たキョウジが、それがフトミミの予言の前兆だと気付く。

 

「何か見えたのか?」

「これは………何だ? 雨、降り注ぐ雨だ。そして何だろう、何かの影が写っている画面が………」

「マヨナカテレビ!?」

 

 フトミミの言葉に、悠が思わず叫びながら立ち上がる。

 

「何だそりゃ?」

「あ、オレ達が調査してたのは、マヨナカテレビっていう奴で、雨の降る夜にだけ現れるテレビの中の世界、という物で………」

「暗い中の雨、フトミミの見た物と一致するな」

「という事は、ここでもそのマヨナカテレビが発生する?」

 

 キョウジの問いに悠が説明すると、それを聞いたゲイルと克哉が顔を見合わせる。

 

「まさか、今以上に状態が悪化する?」

「ちょっと、勘弁してよね」

 

 裕子の呟きに、レイホゥがうんざりした声を上げるが、別の解釈をした者がいた。

 

「待ってくれ。確か君達は、カルマ協会の実験装置に有ったディスプレイから来たと言ってたな?」

「あ、はい」

 

 尚也の確認に、悠は頷く。

 

「ニヒロ機構の、Reverse・Deva SYSTEMの所には有ったか?」

「有ったわ! 何か大きいのが!」

 

 続けての尚也の確認に、舞耶が前に行った時の事を思い出して声を上げる。

 

「だったら、行けるんじゃないか? そのマヨナカテレビを経由して、直接Reverse・Deva SYSTEMの所に」

『あ………』

 

 全員が声を上げ、一斉に悠を見る。

 

「いや、その、クマやりせに聞いてみないと………」

「だが、可能性は有る」

 

 たじろぐ悠に、小次郎の一言が決定打となった。

 

『マヨナカテレビの詳細情報の提供を打診します。受け取り次第、ミッションの立案に入ります』

「手練が待ち構えている。こちらも手練を用意する必要が有る」

「そうだな」

 

 アーサーの提案に、小次郎とアレフが立候補するように立ち上がる。

 

「前回同様、陽動が必要だ」

「オレ達が行くしか無い。最悪、暴走すらも陽動に使える」

「…そうだな」

 

 ロアルドとゲイルの提案に、サーフが賛同する。

 だが克哉を含め反対意見も出始める。

 

「しかし、それでは下手したら双方特攻になる。そんな作戦は…」

「いや、前回同様、山岸と久慈川のペルソナでこちらは撤退はなんとかなるかもしれん。問題は…」

「鎮静不可能な喰奴を敵陣真ん前に放り出すってのはな………」

 

 美鶴とキョウジの意見に誰もが唸りを上げる。

 

「あの、その喰奴って人達の暴走って、放っておくとどうなるんです?」

「簡単だ。暴走したまま、最悪理性も見境も無くなり、敵味方問わず食い殺すだけの存在になる」

「え………」

 

 悠の疑問にロアルドが答えてやるが、悠の顔が更に引きつる。

 

「セラがまだ入院してる以上、喰奴による陽動作戦は却下せざるをえないな」

「じゃあどうする? 無人機の類じゃいい的だぜ」

『それ以前に無人機のこれ以上の損失は容認出来ません』

「だがキュヴィエ症候群の危険が払拭出来なければ、不用意な攻撃も出来ない」

「潜入だけに特化するか? だが最悪挟撃の可能性も…」

 

 喧々諤々の協議は、妥協点を見つけられずに再度膠着状態に陥っていた。

 だが、その膠着を破ったのは予想外の事象だった。

 突然、会議を中断させるがごとき轟音が鳴り響く。

 

「うわっ!」

「今のは…」

「外から!?」

「まさか………」

 

 誰もが驚き、会議室から飛び出し、陽光遮断用の分厚いカーテンが引かれた窓から外を見る。

 そこには、カグツチを覆い、周辺を暗くしていく雷雲が有った。

 

「そんな、ここで天候変化なんて………」

「どうやら、変質はここまで進んでいたようだぜ………」

 

 祐子が受胎東京に有り得ない現象に愕然とするが、キョウジはむしろ笑みを浮かべる。

 程なくして、雷雲はカグツチを完全に覆い隠し、受胎東京に雷鳴を轟かせながら、雨が降り始めた。

 

「今しかない」

「ああ」

「この雨が止む前に、片を付ける」

 

 珍しくサーフが最初に口を開き、そばにいた小次郎やライドウも賛同する。

 

「アーサー! すぐにミッションを発動させてほしい! この雨が降っている間に、マガツヒ収集装置を破壊せねばならん!」

『了解です。すぐにReverse・Deva SYSTEM破壊ミッションを提案。機動班に緊急出動を要請します』

 

 克哉とアーサーの言葉を機に、全員が一斉に動き出す。

 

「マヨナカテレビの発生時刻は!?」

「深夜0時、のハズなんですが………」

「こちらでは真昼からシャドウが出る程変質が進んでいた! 時間はアテにできない!」

「逆に他の勢力の敵襲も考えられる! 防衛班と強襲班に分けて編成を!」

「タルタロスへの人員もすぐに出発させて! 向こうの人手も必要になるかも!」

「時間が勝負だ! 雷雲が晴れたら、すぐに撤退させる!」

 

 誰もが大急ぎで部屋を飛び出す中、その場に残った業魔殿の主であるヴィクトルは、室内に設置されていた会議用の大型画面を見る。

 そこには、電源が入っていないはずなのに僅かに砂嵐のようなノイズが写り始めていた。

 

「世界の変質が加速している。最早この先どうなるか、誰にも分からないだろう。私は研究者として、ただその結果を見届けよう………」

 

 

 

「すげえ空模様だな………」

「雨、降るんですね」

「雨が降ったからオヤスミしよう~」

 

 業魔殿の自室で準備をしていた八雲が、窓から見える突然の雷雨に顔をしかめ、カチーヤが驚く中、ネミッサはベッドに横になろうとして八雲に首根っこを掴まれる。

 

「この雨がキュヴィエ症候群を防いでくれる、が止んじまったらアウトだな」

「私達もそっちに行かなくていいんでしょうか?」

「こっちも急務だ。放置して共食いでも始められたら困る」

「とも…」

「喰奴ってたまに共食いするらしいしね~」

「人間でも追い詰められたら何するか分からないからな。この商売してるとよく見るが」

「はあ………」

「そっちはそっちに任しておけ。あの新入り連中だと少しばかり不安だが」

「あくまで案内役で、潜入破壊は他の人がやるそうですが」

「発破はまだ残ってたかな。念の為こっちにも回してほしい所だが」

「タルタロスごと吹っ飛ばす?」

「一応こっちが終わったらあれを登らなきゃいかんらしいしな。それは最後の手段だ。普通の発破じゃ壊せそうにねえし」

「何しに行くか覚えてますよね?」

 

 何か危険な事を言っている八雲とネミッサにカチーヤがそこはかとなく問うが、二人が答えるより早く備え付けの電話が鳴る。

 

「はい八雲、今準備中…は? 大至急?………ええ、分かりました。すぐ行きます」

「誰からですか?」

「レイホゥさんから。雨降り始めると同時に、タルタロス内部でも異変が起き始めたから、すぐ行けだそうだ」

「異変って?」

「タルタロスの中に霧が発生し始めたらしい。新入り達の世界でも起きてた現象だそうだ。それに応じてシャドウも活性化の予兆があるらしい」

「急ぎましょう」

「濡れるのやだしね~」

 

 状況が更なる変化を見せる中、己達の仕事をするべく、三人は急いで部屋を出ていった。

 

 

 

「準備出来次第降下! 急げ!」

「火力よりは機動性重視だ! 重火器は最小限に!」

「こっちに並んで! 気休めだけど、護身呪を刻むわ!」

 

 シバルバーの端、降下準備ポイントでは雨の降る中、急ピッチで準備を進める者達でごった返していた。

 

「スピードが勝負だ。雨がカグツチを隠している間、いかにも焦って攻撃を仕掛けてきたように見せかけなくてはならない」

 

 仁也が降下予定の機動班員達に作戦内容を指示するのを、同じく降下予定のペルソナ使い達が横目で見つつ、自分達も準備する。

 

「あれ、見た目ダサいけど濡れなくていいな~」

「一応短い間ならキュヴィエ症候群も防げるそうだ。あとはペルソナ使いも短時間ならペルソナが防いでくれるらしい」

「雨は防いでくれえねえけどな………」

 

 雨具姿のマークがぼそりと言ったのを、同じく雨具姿の南条とブラウンが呟き返す。

 

「Makiが出れない分、私が頑張らせてもらいますわ」

「無理はするんじゃないよ。園村はこっちで見とくから」

 

 同じく雨具姿で闘志に満ちているエリーに、見送りに来たゆきのが傘を指しながら心配そうに見守る。

 

「シジマって悪魔オンリーで構成されてるんだっけ?」

「らしいぜ」

「悪魔なのに静寂?」

「あくまで陽動である事を忘れるな。我々の任務は山岸の代わりにナビゲートするチドリの護衛だ」

 

 雨具を目深に被っているゆかりが聞いていた情報を確認し、バカでかい傘を指している順平がうなずき、その傘の下にいるチドリがぽつりと呟くが、美鶴が作戦内容を確認する。

 

「本当にオレも行かなくて大丈夫か?」

「そちらが本命だからな。天田達と一緒に山岸の護衛の方、頼むぞ」

 

 突入班の護衛に回る明彦が美鶴に確認するが、美鶴は頷いてそちらを任せる。

 

「不破の奴はまだ入院してるしな」

「数日中には退院出来るそうだ。その前に片付け無くてはならん」

「降下予定の人員はこちらに!」

「今行きます」

 

 美鶴を先導に特別課外活動部が降下用のヘリに向かった時、明彦の携帯が鳴る。

 

「はい真田」

『真田さん、すぐ業魔殿に来てください! こっちも始まりました! もう直突入するそうです!』

「分かった、すぐ戻る」

 

 乾からの慌てた電話に、明彦は即座に業魔殿へと向かって走り出す。

 

「やれやれ、ゆっくり見送りしている暇も無いか………」

 

 

 

「なるほど、これがマヨナカテレビとやらか………」

「前にVR空間に行った時の事を思い出すな」

 

 業魔殿の大型画面に砂嵐のような画面、更にその中に映るダンジョンの光景に突入班の先鋒となる小次郎とアレフが呟く。

 

「うわ、ホントに入れる………」

「ワンワン」

 

 こちらでナビゲートする風花の護衛を担う乾が手にした槍をそっと画面に向けると、先端がまるで水面に潜り込むように入っていき、コロマルが警戒して吠える。

 

「これなら、全員で一斉に入れるな」

「でも、大きいという事は他の問題の可能性も」

 

 悠が頷く中、直斗が別の懸念を口にする。

 

「それって、これ?」

 

 りせが大画面から僅かにだが漏れてきている霧を指差し、直斗が頷く。

 

「それとここにマヨナカテレビが映るという事は、市街地も?」

「そうみたいです。今警察と仮面党の方達が注意喚起してるそうです」

 

 直斗の懸念をナビゲート準備をしていた風花が応える。

 

「なんか不気味だホ」

「オイラ達は入りたくないホ」

「これ、何?」

「私の護衛です、一応………」

 

 風花の足元で勝手な事言っているデビルバスターバスターズを奇妙な物を見る目で見るりせに風花は苦笑しつつ、双方のデータリンクを再確認する。

 

「今戻りました」

「これでメンツは揃ったな」

 

 明彦が戻って来たのを見た小次郎が、作戦を確認する。

 

「これから、このマヨナカテレビを使ってニヒロ機構に潜入、Reverse・Deva SYSTEMを破壊する」

「ちゃんと繋がってるか?」

「はい、りせちゃんと同期してアナライズした所、ニヒロ機構に繋がっているらしきポイントを発見しました」

「なんか、前の時並のヤバい反応が二つほど有るんだけど………」

 

 小次郎に続けてアレフが確認した所で風花は頷き、りせは目的地から感じた反応に若干ビビる。

 

「突入はこちらでやる。君達の任務は、内部の案内及び警戒だ」

「間違ってもニヒロ機構内には入らないように、悪魔の巣だ」

「シャドウだけでも手一杯っす………」

「最悪、シジマのボスの氷川と、Reverse・Deva SYSTEMの製作者の神取との戦闘も予想されるわ。あなた達の手に終える相手じゃないと思うから」

「危険だと判断したら、ナビの二人で全員強制帰還、いいわね?」

 

 咲とヒロコの確認に、全員が頷く。

 

「じゃあ行こうぜ」

「気負いすぎるなよ」

 

 突入班に志願したレイジが我先にマヨナカテレビに入ろうとするのを、小次郎がひと声かけてから同時に入っていく。

 

「何かあの人、様子がおかしくありませんか?」

「その、玲司さんって、神取って人の異母弟だそうです………」

 

 不安を覚えた直斗がそれとなく風花に確認するが、風花の小さな声での情報に僅かに頬が引きつる。

 

「…大丈夫なんですか?」

「あ、前に比べたら大丈夫らしいです。今回は妻子のために行くとか言ってたたとか」

「それはそれで…」

「直斗くん、早く」

「置いてくよ~」

 

 色々不安要素を感じつつ、仲間に促されて直斗もマヨナカテレビの中へと入っていく。

 

「うわっ!」

「これは………」

「あ、忘れてたクマ」

 

 中に入ると同時に、咲とヒロコが声を上げ、クマがどこかからメガネを取り出す。

 マヨナカテレビの中は先が見えない程の濃霧が立ち込めていた。

 

「これ掛けてないと、マヨナカテレビの中は活動出来ないんですよ」

「それで皆メガネ掛けてたのか」

 

 レイジも受け取ったメガネを掛けつつ、周囲を確認しようとした時だった。

 

「シャドウ接近! 上!?」

 

 りせのナビゲートに全員が同時に上を見る。

 

「危な…」

 

 シャドウの狙いが、まだメガネを受け取ってない小次郎とアレフだと気付いた悠がペルソナを呼び出そうとするが、それよりも二人が剣を抜く方が遥かに早かった。

 将門の刀とヒノカグツチが一閃し、奇襲を掛けてきたシャドウが一瞬にして両断される。

 

「………え?」

「すげえ………」

 

 文字通り瞬く間の出来事に、陽介が唖然とし、完二は絶句する。

 

「あの、ひょっとしてメガネ無くても見えてます?」

「いや、ひどい霧で眼の前すら分からない」

「じゃあ、今のは………」

「気配の消し方が露骨だった。確かに知性は高くないようだな」

 

 気配だけであっさりシャドウを迎撃した最強クラスの悪魔使い二人に、特別捜査隊メンバー達はレベルの差を感じ取らずにいられなかった。

 

「確かに、目的地付いたらあの人達に任せた方がいいみたい………」

「そうしろ。ありゃあレベルが違いすぎる」

 

 りせも呆然とする中、レイジの言葉に頷きつつ一行は進軍を開始する。

 

『そのまままっすぐ、突き当りを右です』

「階層あるね、ちょっと迂回するよ」

「接敵はなるべく避けた方がいい。消耗を抑える必要がある」

「殿は私とアレフでするから、気にしないで」

「ナビの子から絶対離れないように。狙われるかもしれないわ」

 

 小次郎とレイジを先頭、アレフとヒロコを殿に一行は進み、途中現れるシャドウはほとんど小次郎とアレフが一撃で片付けていく。

 

「ここは普段からこんな感じか?」

「まあ、一応………」

「でも何か普段と違うような………」

 

 シャドウの襲撃に警戒しながらのレイジの確認に悠が頷くが、りせは違和感を感じていた。

 

「そっか? まあ普段こんな大勢で来ないしな」

「強い人と一緒だと楽でいいけど」

 

 陽介と千枝が出てくるシャドウがすぐに倒される状況にむしろ気楽さを感じていた時だった。

 

『きゃあ!』

「風花ちゃん!?」

『だ、大丈夫です!』

「何が有った?」

『マヨナカテレビから、シャドウがこちらに!』

「「えっ!?」」

 

 風花の悲鳴に思わず小次郎が確認すると、返ってきた予想外の言葉に調査隊全員が声を上げる。

 

「それ本当!?」

『はい、でもすぐ真田先輩が倒してくれました』

「シャドウがそちら側に出てくるなんて事、今まで無かったクマ!」

『これが、変質です。こちらでも有りました………』

「市街地には?」

『そちらは警察と自警団で警戒してます。テレビの電源さえ入れなければ、大丈夫みたいです』

「でも、危ないからそっちも切ったら…」

『それは出来ません。そちらとのリンクが切れたら、いざという時皆さんを戻せません』

 

 心配するりせに、風花が毅然とした声で返す。

 

『こちらは気にしないで、目的地に向かってください』

「分かった、気をつけてね」

 

 りせは風花の事を心配しつつも、こちらのナビに専念する。

 

「こうなるって、分かってたんですか? あちらに護衛を置くって変だと思ってたんですけど………」

「活動部の子達から、変質の事は聞いてたし、八雲って人からも指摘されててね」

 

 雪子の問に、ヒロコが応える。

 

「あの人、すげえ変わりモンだけど、頭切れるんすネ………」

「今いる面子の中でも有数の変わり者なのは確かだな。他にも色々いるが」

「オレ今、すっげえ元の世界に戻りたくなってきた………」

「同感クマ」

 

 完二が模擬戦の後の事を思い出し、レイジは思わず苦笑するが、陽介とクマは露骨に嫌な顔をしていた。

 

「急ごう。タルタロス出現以降、変質が加速している」

「この状態で守護を呼んだら、何を呼び出すか分かった物じゃない」

 

 小次郎とアレフが急かす中、レイジは違和感を感じる。

 

(何を呼び出すか分からない? あの神取がそんな事をするか?)

「あっ!」

 

 レイジの違和感は、背後から聞こえた声に中断される。

 皆が振り向くと、そこには足をもつれさせたりせの姿が有った。

 

「大丈夫か?」

「ちょっと早すぎ………」

「そうだな」

 

 仲間達が心配そうに声を掛けるが、小次郎はアームターミナルを操作してケルベロスを召喚する。

 

「乗るといい」

「………これに?」

「ダイジョウブダ」

「喋ったぞオイ!」

「噛みつかない?」

「オレの愛犬だ、問題ない。ナビに集中してくれ」

 

 ビビりながらもりせは恐る恐るケルベロスの背に乗り、一行は再度進み始める。

 

『聞こえますか? 奇襲部隊が攻撃を始めた模様、すごい乱戦のようです』

「こっちも急がないと………」

「長引く程、こちらが不利になるわ。あとどれくらい?」

「もう少しです」

 

 風花からの通信を聞きながら、咲とヒロコが急かす。

 だがそこで、甲高い電子音が鳴り響き、それに合わせるように、金属をすり合わせるような音がどこからともなく聞こえ始める。

 

「エネミーソナーが反応しているな」

「この音は!?」

「やべえ、あいつだ! どこに!?」

 

 小次郎が足を止めると、他の者達も一斉に停止、そして調査隊メンバー達が周囲を探し始める。

 

「気をつけて! 刈り取る者がどこかにいる!」

「刈り取る者?」

「むっちゃ強いシャドウ! やべえ!」

 

 りせの警告にレイジが首を傾げ、陽介が端的に説明する。

 

「確か、ダンテがタルタロスで戦ったシャドウだな」

「宝箱開けなければ、襲ってはきません!」

「多分あれ?」

 

 アレフが聞いていた事を思い出すが、悠が説明した所で千枝が目前にこれ見よがしに置いてある宝箱を指差す。

 

「間違いない、それだよ!」

「じゃあ無視しましょう」

 

 りせが確認した所で、雪子がそっぽを向いて明後日の方向を指差す。

 

「それがいいでしょう、時間も有りません」

「つうかオレらじゃ勝てないっす」

 

 直斗と完二もそれに同調し、一行は宝箱を無視して進もうとするが、そこで殿のアレフがその場に留まっているのに気付く。

 

「何を…」

「行け、ここは任せろ」

「え?」

 

 悠と陽介が首を傾げた時だった。

 金属をすり合わせる音が急激的に大きくなり、それに応じるように宝箱が突然鳴動を始めたかと思うと、宝箱を粉砕して中から異様にバレルの長いリボルバーを二丁持った、異形のシャドウが現れる。

 

「そんな!? 開けてないのに!?」

「そうか、これも変質の一つです!」

「ど、どうしたら?」

「行くぞ」

 

 悠が驚愕し、直斗が納得するがりせは一際慌てていた。

 が、小次郎は冷静に先を急ごうとする。

 

「助太刀しなくていいんスか!?」

「時間が無いわ」

「けど!」

 

 完二が思わず声を上げるが、咲も冷静に先を急ぎ、千枝はどうすべきか迷う。

 

「あいつは神殺しだ。オレと同じな」

「へ? 神って神様?」

「はっきり言うけど、貴方達がいると邪魔になるわ」

 

 小次郎の言葉に、悠が間抜けな返答をするが、咲がきっぱり断言して先を急がせる。

 背後では、同様に残ったヒロコが槍を構え、アレフが仲魔を召喚するのが見える中、一行は任せてその場を離れる。

 直後、凄まじい戦闘音が背後から響いてきた。

 

「すっげえ………」

「確かにあれはボク達じゃ足手まといです」

「振り向いている暇無いわよ」

 

 陽介と直斗が思わず振り向いて刈り取る者と激戦を繰り広げるアレフ達に足が鈍りそうになるが、咲に促されて後ろを任せる事にする。

 

「どうやら、ここの変質も大分進んでいるようだ」

「こちらから手を出さない限り、刈り取る者が襲ってくるなんてなかったんですけど………」

「急ぐぞ、これ以上おかしくなったらたまらん」

 

 先頭を行く小次郎の呟きに、悠が困惑するが、アレフの代わりに殿に立ったレイジが急かす。

 

『その先、目的の場所です!』

「確かに、でっかい画面のような物確認!」

「全員止まれ」

 

 風花とりせがそろって指示した手前で、小次郎は全員を停止、画面に近寄らずに物陰から確認する。

 

「どうしたクマ?」

「僅かだが、向こうが見える。つまりこちらも見られる可能性が有る」

「そうですね、奇襲するにはまず見つからないようにしないと」

 

 クマが不思議がる中、小次郎は画面を注視し、直斗もそれに続く。

 画面にはノイズ混じりだが、何人かの人影が何か騒いでいるように見えた。

 

「間違いねえ、神取だ」

「どうやら、マヨナカテレビの影響が出ているみたいね」

『マガツヒの流出は収まってません。深刻な影響では無いみたいで………』

 

 レイジが神取の顔を確認した所で、咲が向こうの混乱の原因を予測するが、風花からの報告に渋い顔をする。

 

「それじゃ、突入を?」

「援護ってどうすれば…」

「そうだな、この中で野球が得意な奴はいるか?」

「「え?」」

 

 雪子と千枝が臨戦態勢を取ろうとするが、小次郎からの唐突な問に思わず首を傾げる。

 

「いないならいい。そもそも普通のピッチングじゃ難しいだろう」

「あの、何を…」

「はい小次郎」

 

 悠も思わず問う中、咲が手荷物から取り出した何かを手渡す。

 

「総員、物理防護を最大。ペルソナを出して備えろ」

「何に?」

 

 そこはかとなくイヤな予感に陽介がたじろぐが、小次郎が手にしている物が何となく何かで見たような気がして、誰もがその予感が最大になる。

 

「C4………まさか爆弾!?」

「そうだ」

 

 唯一、それの正体に気付いた直斗が顔色を青ざめさせる中、小次郎がスイッチを入れ、カウントダウンの音が鳴り響く。

 

「わ~~~!!」

「ペルソナ! ペルソナで防御!」

「キントキドウジ!」『マハラクカジャ!』

「スクナヒコナ!」『テトラカーン!』

「姿勢を低くしてろ」

 

 特別捜査隊が慌ててペルソナで防御する中、小次郎はカウントダウンを冷静に待ち、寸前になってからそれを投擲して伏せる。

 爆弾はニヒロ機構に繋がっている画面へと吸い込まれ、直後に凄まじい爆風が画面から吹き込んでくる。

 

「うわあぁ!」

「マジで爆弾だった!」

「当たり前だろうが」

「ここまでする!?」

「これで済めば楽なんだけど………」

 

 悲鳴を上げ仰天する捜査隊をさておき、レイジや咲は冷静に爆風を物陰で回避していた。

 

「効果を確認してくれ」

「は、はい! あれ? なんかまだ反応が…」

 

 爆風が一段落した所で、小次郎からの確認にりせが慌ててアナライズするが、言葉の途中で小次郎が抜刀しながら画面へと突撃していく。

 

「ちょ、まだちゃんと確かめて…」

「画面、壊れてないわ」

「そうだな」

 

 小次郎に続いて、咲とレイジも突撃していく。

 唖然としていた捜査隊メンバーだったが、いち早く直斗が周辺を警戒する。

 

「爆破は失敗です。画面が壊れてないという事は、何らかの方法で爆発を抑えられ、装置を破壊出来なかったという事です」

「あ、そっか!」

「でも、本当の予定じゃ、あのアレフって人達も一緒に突入する予定だったんじゃ…」

「止めた方いいよ………あの画面の向こう、ここに来た時のあの二人並のヤバい反応が二つ………」

「マジか!?」

「オレ達の任務は、マヨナカテレビの中の案内と退路の確保だ。それに、突入してる暇は無いみたいだ………」

 

 悠が動揺する皆をなだめながら、周囲を見て顔を険しくする。

 

「シャドウ反応多数! さっきの爆発でおびき寄せちゃったかも!」

「オイオイ………」

「すごい音したからね~」

「確かに、突入してる暇無いね」

「行くぞ! イザナギ!」「ジライヤ!」「トモエ!」「コノハナサクヤ!」「タケミカツヂ!」「キントキドウジ!」「スクナヒコナ!」

 

 向かってくるシャドウに向けて、特別捜査隊は己のペルソナを発動させた。

 

 

 画面をくぐり抜けると同時に、小次郎は未だ煙塵が漂う室内にいた影にためらいもなく斬りかかる。

 

「ぎゃあっ!」

 

 短い断末魔と共に、堕天使 エリゴールが倒れ伏す。

 その全身に、爆破の物と思われる負傷が有るのと、その背後から粉塵越しに見える影に小次郎は横へと飛び退り、その場を攻撃魔法が薙ぎ払った。

 

「小次郎!」

「爆破は失敗、敵は健在だ」

「ちっ」

 

 続けて飛び込んできた咲とレイジも、小次郎の言葉に緊張を高める。

 

「やれやれ、まさか画面の中からとはね」

「何が起きていたのかは不明だが、そういう事も有るのか」

 

 聞こえてくる二人の男の声、少なくてもダメージすら感じられないその口調に、三人は爆破は完全に失敗だった事を悟る。

 

「危うく、こちらの計画が台無しだ」

「おかげで新型のX―3が台無しだ」

 

 スーツのホコリを落とす氷川の隣で、神取が足元に転がっている真新しい残骸に目を移していた。

 

「なるほど、それで爆発を抑え込んだのね」

「随分と頑丈なオモチャだな」

「ほう、お前が来たか。不肖の弟よ」

 

 咲とレイジが爆破の失敗原因に気付く中、神取が意外そうな顔でレイジを見る。

 

「おや、兄弟喧嘩かね」

「まあな。前も派手にやらかした物だ」

「そうだな。だが、前のようにはいかねえ。これ以上、オレの家族に手出しはさせない」

 

 氷川が少し驚くが、神取は苦笑を浮かべただけで、対してレイジはその目に闘志をみなぎらせていた。

 

「変わったな。復讐心で襲ってきた前とは別人だ」

「お前には分からないだろうな。護る物がある男の気持ちはよ………」

「護る物、か」

 

 神取の顔に、何か一瞬影のような物が刺した気がしたレイジだったが、次の瞬間には互いにペルソナを発動させる。

 

「久しぶりに相手をしてやろう、弟よ」

「死んでも直ってないな、その上から目線はよ………」

 

 神取のペルソナ・ニャルラトホテプとレイジのペルソナ・モトが激しくぶつかりあった。

 

「なるほど、原理は不明だが、外の襲撃はこれのカモフラージュか」

 

 小次郎と対峙しながら、氷川はちらりと脇のマヨナカテレビとは違う画面、外の光景らしい、豪雨の中で戦っている者達を見る。

 

「能書きは不要だ。その背後の装置、止めさせてもらう」

「貴方の創ろうとしている世界になんて、何の興味も無いしね」

 

 臨戦態勢のまま、アームターミナルに手を伸ばしてすぐに仲魔を呼び出す態勢の小次郎に、咲もいつでも攻撃魔法を放てるように構える。

 

「君達のような者達が、世界の有り様に疑問を持たない者達がいるからこそ、世界は変わらなければならないのだ」

「世界の有り様? そんな物は、見飽きた」

 

 断言する氷川に、毅然とした態度のまま、小次郎は一斉召喚プログラムを発動、仲魔をありったけ呼び出す。

 

「邪魔はさせない、シジマの世界はすぐそこまで来てるのだ!」

 

 対して氷川も強力な悪魔を召喚する。

 Reverse・Deva SYSEMを前にして、壮絶な激戦の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

「山岸から連絡! 爆破に失敗、突入して今交戦中だそうだ!」

「やっぱり、備えていたか………」

 

 美鶴からの報告に、そばにいた南条が呟く。

 

「やっぱりってバレてたって事か!?」

「警戒はしてたと思う。外も中も」

 

 純平が思わず怒鳴るが、チドリは冷静に周辺をアナライズして応える。

 彼らの周囲では、シジマの悪魔達と陽動部隊との壮絶な激戦が繰り広げられていた。

 雨が降りしきり、ときたま雷鳴も交じる中、デモニカ姿の機動班員達とペルソナ使い達が、シジマの悪魔達と一進一退の攻防を繰り広げ、余波が最後尾にいるチドリの元にまで届く事も有る。

 

「前回ほどの攻勢は無い! やはり向こうも疲弊してるぞ!」

「場合によっては、こちらも内部に突入する! なんとしてもマガツヒの収集を止めるんだ!」

 

 前回のシジマとの戦闘にも参加していた機動班員が叫ぶのを聞いた尚也が、自ら前線で剣を振るいながら叫ぶ。

 

「させるか!」

「シジマの世はすぐそこまで来てるぞ!」

 

 堕天使達を中心としたシジマの悪魔達が、それを押し返すべく、猛攻を仕掛けてくる。

 

「向こうも必死だ。戦力は疲弊してるが、士気は高い」

「悪魔がやる気になってんじゃねえ!」

 

 弾幕を張る仁也の隣で、アンソニーが半ば絶叫しながら、狙撃を繰り返す。

 内部での初期の作戦が失敗したにも関わらず、シジマの軍勢に変化が無い事に仁也がチドリに確認をする。

 

「戦況は?」

『内部でも戦闘が起きてるけど、こっちのが引っ込む様子は無い。気付いてないのか、知らせが届いてないのか、必要ないのか』

「最後は考えたくないが、可能性は高いか」

 

 有数の実力者を突入させたとはいえ、向こうも相当な実力者だけに、苦戦の可能性は十二分は有り得、仁也は残弾を計算しつつ、進退を考える。

 

「どちらにしろ、しばらくは時間を稼ぐ必要が有る」

「失敗したら、守護とかいう神様が降りてくんだろ? 悪魔の相手だけで手一杯だってのに、神様の相手までしてられるか!」

「最悪、相手する事になるぞ」

 

 悪態をつくアンソニーに仁也は冷静に返した所で、ふとある違和感に気付く。

 

(守護の召喚、それを神取という男が望んでいるのか? いや、彼の暗躍はシジマと合流する前からだという。彼の目的は?)

「危ないヒトナリ!」

 

 思わず考えていた中、仲魔のハヌマーンが間近まで迫っていた夜魔 インキュバスを殴り返しながら警告する。

 

「アーサーに緊急連絡、神取という男のこれまでの行動から、考えられる彼の最終目標をシミュレートしてほしい」

「は? ヒトナリ何を…」

「何かがおかしい。それは何だ?」

 

 芽生えた違和感を拭う事が出来ないまま、仁也は再度銃を構えた。

 

 

 

『小次郎さん達も奮戦してますけど、苦戦してるみたいです! アレフさんもすぐには突入出来ません!』

『なんかこっちもすごい数のシャドウが! いつまで持ちこたえたらいいの!?』

『奇襲部隊は拮抗状態、作戦は継続中』

 

 風花、りせ、アーサーからそれぞれ送られてくる戦況報告を、克哉は署長室で苦い顔で聞いていた。

 

「やはり、うまくはいかんか………」

「助っ人に行くのは?」

「ダメだ、今ここの守りを薄くすれば…」

 

 仲魔のピクシーが克哉に助言するが、厳しい状況だけに人手を割くわけにはいかない状況を誰より理解している克哉だったが、そこで市内からの緊急報告のアラームが鳴る。

 

「何事だ!」

『こちらたまき! やっぱ来たわ! 思念体の群れ、ムスビが火事場ドロに向かってきてる!』

「やはりか! 守備態勢は!?」

『今喰奴達が向かっていったわ! 暴走したら見捨てて構わないって!』

「思念体では、通常攻撃は効かない! こちらも出る!」

『お願い!』

『お待ち下さい』

 

 克哉も自ら出撃しようとするが、そこでアーサーからある報告が届く。

 

『タダノ隊員からの要請により、シミュレートした神取という人物の最終目標のシミュレート結果です』

「何だこの忙しい、時…」

 

 克哉は思わず怒鳴り返しそうになるが、そのシミュレート結果に大きく目を見開く。

 

「そうか、しまった………! あいつは、もう!」

 

 

 

「ぐはっ!」

 

 弾き飛ばされ、壁に激突する寸前にペルソナでかろうじて衝撃を緩和したレイジだったが、膝から崩れ落ちそうになるのをかろうじてこらえる。

 

「回復を!」

「メディアラハン!」

 

 小次郎が即座に仲魔のラクシュミに回復魔法を掛けさせるが、自身は氷川の相手で手一杯で、援護には行けそうにも無いのを歯噛みしていた。

 

「なるほど。この力、創生に関わるには十分に過ぎるな」

「言ったはずだ。そんな物に興味は無い。世界が滅ぶ様を三度も見る気はな!」

 

 白刃を振るう小次郎に、氷川は魔力の障壁でそれを防ぐが、防ぎきれずに手傷を追っていく。

 だが僅かな隙に氷川は攻撃魔法を繰り出し、小次郎は大きく跳んでそれをかわし、そこへ仲魔達が氷川に攻撃を仕掛けるが、氷川は巧みに魔法を攻防入れ替え、それに対処する。

 

「賊だ!」

「氷川様をお助けせねば!」

「結構よ」

 

 戦闘音を聞きつけ、こちらに向かってくる悪魔達に扉の前で咲がレールガンと攻撃魔法で応戦しながら、それぞれ応戦している二人に視線を送る。

 

(小次郎はかろうじて押してる、レイジは押されてる。短期決戦の予定だったけど、このままじゃ…)

 

 予定との狂いを感じつつ、咲は振り向いてReverse・Deva SYSEMに向けて銃弾を撃ち込むが、いかな防御システムか、弾丸は弾かれ、傷一つ付かない。

 

「無駄に頑丈に作りやがって………」

「大事な物だからな。早々壊されても困る」

「壊すために来たんだよ! モト!」『ウルバーン!』

「ニャルラトホテプ!」

 

 思わず悪態をつくレイジに、神取は余裕の笑みを浮かべるが、レイジは切り札とも言える人狼化魔法を発動、半人半獣の姿となってReverse・Deva SYSEMへと襲いかかるが、神取は己のペルソナでそれを防ぐ。

 

「やっぱりな………」

 

 獣がごとき唸り声を上げながら、レイジが神取を見る。

 

「今、何で攻撃してこなかった? 前のテメエだったら、カウンター狙ってきたはずだ。だが、ガードに専念した」

「おかしいかね?」

「ああ、おかしい。まるで、わざと長引かせて…」

 

 そこまで言った所で、何かに気付いたレイジが一気に後ろに飛び退きつつ、獣化を解除する。

 

「気をつけろ! 神取は時間稼ぎしてる!」

「時間稼ぎ、だと?」

「どういう事だ?」

 

 レイジの言葉に、小次郎だけでなく、氷川も首を傾げる。

 

「守護とも言える神を召喚するなら、膨大な贄、つまりマガツヒがいるわ! 少し時間稼いだ所で…」

「そうか、そういう事か」

 

 咲も疑問を感じる中、小次郎は聞いていた神取の情報から、ある可能性にたどり着く。

 

『皆さん、聞こえてますか!?』

 

 そこへ突然風花からの慌てた声の通信が入る。

 

『アーサーからの報告、神取はここ以外の世界でもヒルコと呼ばれるエネルギー体の収集及び兵器へのエネルギー転用を実験しており、今回のマガツヒ収集はその集大成の可能性有り、何かを動かすエネルギー源じゃないかだそうです!』

「やはり、神取は守護を召喚する気が無いのか」

 

 風花からの通信を、小次郎はむしろ確信して聞いていた。

 だが、氷川は表情を変えて神取を睨み付ける。

 

「どういう事だ? 何か狙いが有るのは知っていたが、一体このマガツヒを何に使うつもりだ?」

「く、くく、くくく、は、ああっはははは!」

 

 問い詰めてくる氷川に、神取は何故か笑い始め、やがてそれは哄笑へと変化していく。

 

「あと少しだけ足りなかったんでね。何、少しだけだ。残りはそちらで使うといい。これもこのまま使ってもらって構わない」

 

 宣言すると同時に、神取は指を一つ鳴らす。

 すると、部屋の隅に今まで光学迷彩で姿を隠していたもう一体のX―3が現れ、神取はそれに飛び乗る。

 

「ライン開放、ジェネレーターに転送開始」

 

 神取のボイスコマンドと同時に、集められたマガツヒがどこかへと転送され始める。

 

「貴様…!」

「それでは」

 

 氷川が激高し、攻撃しようとするが、別れの言葉一つ残して神取がX―3と共にその場から消える。

 

「バックレやがった!」

「作戦失敗! 緊急帰還を…」

 

 咲が撤退を告げようとする中、どこかから地響きが聞こえ始める。

 

「な、何だ?」

「何が起きている!」

 

 異様な地響きにレイジだけでなく氷川ですら状況を認識出来ず、声を荒げる。

 

『何? 何? 何が起きてるの!? シャドウが全部逃げ出したんだけど!』

『異常反応確認! 全員帰還させますから集結してください!』

 

 りせと風花も慌てる中、小次郎、咲、レイジは頷くと、入ってきた画面へと飛び込んでいく。

 

「待て…」

 

 氷川が止めようとするのを、残った攻撃アイテムをまとめて投げつけ、小次郎が仲魔を帰還させつつも画面へと飛び込んだ。

 

 

 

『アギダイン』

「アナンタ!」「任セヨ!」

 

 刈り取る者が放った、強化された火炎魔法をアレフは魔法耐性のあるアナンタに防がせ、アレフは業火が途切れると同時に斬りかかるが、刈り取る者は手にした長大なリボルバーで受け止める。

 

「メギド!」「マハラギオン!」

 

 そこへヒロコとアガレスの魔法攻撃が叩き込まれるが、刈り取る者の力は緩まない。

 

「カアアァァ!」

 

 更にカーリーのダメ押しの四刀がアレフとは反対側から刈り取る者に叩き込まれるが、刈り取る者はもう片方のリボルバーでそれを受け止める。

 

「なるほど、確かに出来る」

『アレフさん! 作戦失敗です! すぐに戻しますから、戦闘を中断してください!』

 

 剣を持つ手を緩めないアレフだったが、そこに風花の慌てた通信が飛び込んでくる。

 

「小次郎が失敗したの!?」

『神取って人が何か奥の手を隠してたみたいです! 何が起きるか分かりません!』

「もう起きているようだがな」

 

 ヒロコが驚く中、自分達の周囲をシャドウ達が我先に逃げ出している光景に、アレフは異変を感じ取ると、速攻でカタをつける事にする。

 

「総攻撃」

「マハラギオン!」「冥界波!」「シャアアァ!」「カハアアァ!」

 

 アレフの号令と同時に、仲魔達が一斉に刈り取る者へと襲いかかる。

 アガレスの火炎魔法とスサノオの斬撃波が左右から襲いかかり、アナンタの牙とカーリーの四刀が上下から刈り取る者を狙う。

 それらの攻撃をまともに食らいながらも、刈り取る者は動きを止めない。

 

『コンセントレイト…』

 

 更に魔力をチャージしてダメ押しの一撃を放とうとするが、ヒロコの投じた槍が袋のよな覆面に覆われた顔面で唯一むき出しになっていた片目に突き刺さるが、それでもなお刈り取る者は動きを止めない。

 

『メギ…』

「遅い」

 

 強烈な全体魔法を放とうとした刈り取る者だったが、仲魔の隙間から死角に潜り込むように迫ったアレフがブラスターガンを速射、更に大上段から振り下ろしたヒノカグツチが、刈り取る者を縦に両断する。

 更なるダメ押しでアレフは頭部、延髄、心臓部に当たる部分をブラスターガンで撃ち抜き、限界に達した刈り取る者はその場で崩壊していく。

 

「撤退だ」「いいわよ! こちらでも脱出魔法使うからタイミング指示して!」

『了解です!』

 

 

「いいぞ!」

『『エスケープロード!』』

 

 小次郎の言葉と同時に、特別捜査隊も含めた全員がその場からかき消え、業魔殿へと戻る。

 それに合わせたかのように、業魔殿のモニターもブラックアウトした。

 

「ぜ、全員無事?」

「多分全員いるぜ………」

「間違いなくいます」

 

 悠が周りを見回し、陽介が適当に応えるが直斗が素早く確認する。

 

「陽動部隊に連絡、作戦は失敗、至急撤退を…」

「分かりました、けどこの反応………待ってください! 向こうからも非常事態シグナルです!」

 

 

 

「何だ、あれは………」

 

 戦闘中だった者達が、いきなりの地響きに気付き始める。

 そして、それが虚空から巨大な何かが降り立つ余波だという事に。

 

「おい、アレは!」

「ギガンティック号だ! 何故ここに!」

 

 機動班員達が、それがレッドスプライト号の同型艦、四番艦のギガンティック号だと気付くが、ギガンティック号が地面へと降り立つ直前、誰もが予想外の事態が起きる。

 突然、ギガンティック号の船体が展開し始め、なんと変形を始める。

 

「あんな機能、ギガンティック号に有ったのか?」

「ねえよ!」

 

 仁也が大真面目に言うのをアンソニーが怒鳴り返すが、変形は更に進んでいく。

 先程まで戦闘を繰り広げていた誰もが動きを止め、呆然とその様を見届ける。

 そして、変形が終了したギガンティック号は、巨大な人形になってその場に直立する。

 未だ雷鳴轟く中、その場に鎮座する鋼の巨人に人も悪魔も絶句するしかなかった。

 

「………ひょっとして、あれが超力超神………」

 

 チドリただ一人だけが、かつてゲイリンから聞いた人造の神の名を呟く。

 

『ギガンティック号を確認、全ミッションを緊急中断。総員撤退を支持します』

 

 そこで響いてきたアーサーからの緊急通信に、全員が我に返って一斉に撤退を開始する。

 シジマの悪魔達は追撃も忘れ、ただ鋼の巨人を呆然と見ているしかなかった。

 

「あんなのと、どう戦えば………」

 

 殿を努めようとする尚也の呟きは、その場にいる全ての者達の心中を如実に表わしていた………

 

 

 雷鳴轟く闇の中から、鋼の虚神がそびえ立つ。

 それが糸達にもたらす物は、果たして………

 



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PART54 BIG GOD IS HOLLOW

 

「失敗? 小次郎とアレフが二人がかりで? は? マジで?」

 

 タルタロス内部、派遣されてきた資材班と一緒に、ターミナルのリンクを試みていた八雲が、もう一つの作戦失敗の報と共に送られてきた情報に首を傾げる。

 

「データ、これか。………マジかこれ」

 

 送られてきた幾つかの画像を持参のノートPCで見た八雲が、そこに写っている巨大な影に顔をしかめる。

 

「これって、アレか?」

「どう見ても巨大ロボ、だよな」

「どこから一体?」

「ギガンティック号が変形して現れたらしい」

 

 脇から覗き込んだ修二も唖然とする中、資材班も送られてきたデータを見て思わず作業の手を止める。

 

「ここの責任者のフリンだったか、呼んできてくれ。一応知らせとく」

「信じてくれっかな………」

 

 修二がうなりながらもフリンを呼びに行き、ほどなくフリンだけでなくイザボーやダンテも姿を見せる。

 

「状況の急激な変化と聞いたが」

「こういう変化」

 

 八雲がノートPCに写っている巨大な影を見せる。

 

「全長ざっと160m前後、こちらでも使ってる万能揚陸艦が変形した代物らしい」

「これって、何? 巨像か何かかしら?」

「だったらいいがな。こういうのは巨大ロボって言うんだ」

「なかなかいいセンスしてるぜ」

「これがこっちに向かって火吹く可能性なけりゃな。どう見てもスーパー系特機だ」

「スーパー系いいじゃないか」

「オレはリアル派なんだよ。トロいだけのスーパー系なんてのは」

「火力有ってこそのスーパー系だろうが! 男なら一撃勝負だ!」

「悪いがオレは削っていくリアル派なんだ」

「………何の話ですの?」

「さあな」

 

 何か明後日の方向に白熱していく八雲と修二の議論に、イザボーが理解出来ないでいるが、ダンテは薄々気付いているのか苦笑いする。

 

「向こうでこれからこの特機についての対策会議が始まるらしい。一応聞くが、こういうのと戦った事は?」

「さすがに無い」

「幾ら何でも、その大きさは………」

「斬るのは少し苦労しそうだな」

 

 フリン、イザボー共に険しい顔をする中、ダンテだけは不敵な顔のままだった。

 

「………最悪、ダンテに相手してもらうとして」

「絶対周囲巻き込むぞ………」

 

 八雲が作業を再開させながら呟くのを修二が呟き返す。

 

「こちらはなんとかプログラムの解析が終わりそうだ。これなら、多少の修正でリンク出来るだろう。………転送の方の仕組みは理解しきれんが」

『微調整はこちらでやるわ』

 

 八雲の説明に、フリンのガントレットからバロウズが返答してくる。

 

「疑似人格搭載の多機能端末か。いい物使ってんな」

「貴方の話してる言葉は半分くらい分からないのだけど」

「オレ使ってるのはこれだからな。そんな都合のいいAIなんぞ積んでない。ヤクザな女悪魔は入ってたが」

 

 GUMPを見せる八雲のボヤキに、イザボーは小首を傾げるだけだった。

 

「ともあれ、このターミナルとやらが無事繋がったら、向こうの緊急会議に出てもらう事になるだろ。さっきのとやり合うためにな」

「分かった、急いで頼む」

 

 フリンがうなずき、イザボーを伴ってその場を離れる。

 

「冥界で暴走してる奴とやりあったと思ったら、今度は変形ロボか。意外と多芸な乗り物だな」

 

 ダンテが苦笑しながら送られてきたデータをまじまじと見るが、作業を続けていた資材班達が顔を見合わせる。

 

「そんな機能はついてないはずだ、誰がどんな改造した?」

「というか、改造でどうこうなるレベルかこれ………」

「専門用語で魔改造って奴だな。女性型じゃないだけマシだろ」

「それはそれで面白そうだがな」

 

 八雲の余計な突っ込みに、想像したのかダンテはさも楽しげに笑う。

 

「早い所こちらを終わらせちまおう。そのデカブツとどうやり合うか決めて準備しなくちゃならねえだろうし」

「やりあう気なのか、これと?」

「やり合う事になるだろ、どう考えてもな………」

 

 平然とその巨大な影と戦う事を口にする八雲に、資材班達は思わず生唾を飲み込んだ………

 

 

 

「何よこれ………」

「大っきいね~」

「まさか、こんなのまで………」

「マジかよ………」

「こんな物とどう戦えば………」

 

 わずかだが持参してきた物資と情報の交換を行っていたアサヒ達が、カチーヤとネミッサが持参してきたタブレット端末に送られてきた巨大な影を見て誰もが絶句する。

 

「これが、ギンザに現れたっての?」

「らしいです。今の所、目立った行動はしてないみたいですけど………」

 

 ノゾミの確認に、カチーヤが少ないながらも送られてきた他の情報と照らし合わせていく。

 

「元が目立ちすぎよ! 誰こんなの作ったの!?」

「神取とかいうマッドだってさ~。弟ってのが殴りに行ったはずだったけど」

 

 アサヒが声を上げる中、ネミッサが支援用に持ってきたはずのカロリーバーをかじりながら教える。

 

「幾らなんでもヤバすぎだろ、これ………」

「どう戦えばいいのか、検討もつかん………」

 

 ハレルヤとガストンが呆然としながら、その画像を見つめる。

 

「幾ら大きくても、機械なら対処法はあるはず。一番妥当なのは中に入って制御系を止めるか壊せばいい」

 

 唯一、トキだけが冷静に対処法を提案する。

 

「冥界でもやったよね~、それ」

「でも止まらなくて、皆さんで仲魔総動員の力技で止めましたけど………」

 

 ネミッサが笑いながら前例を述べ、カチーヤがやや渋い顔をする。

 

『そんな物より危険な物が、すぐそこにいるがな』

 

 そこで突然聞こえてきた声に皆が振り向き、何故か離れた所にいた名無しのスマホから、ダグザが出てくる。

 

「この創生の雛形の世界に、なぜお前がいる? ネミッサ、《滅びの歌》よ」

「そんなのネミッサの勝手じゃん」

「そいつは死を迎える時に輪廻転生を導く滅びの歌、滅びの因子其の物だ。この世界では、もっとも危険な存在だぞ」

「なんか皆さんもそう言いますけど………」

 

 明らかにネミッサを異様に危険視しているダグザに、当のネミッサは平然と聞き流し、カチーヤはたじろぐ。

 

「それは正しくもあり、間違いでもあります」

 

 そこで今度はノゾミからダヌーが現れ、ダグザの言葉を一部訂正する。

 

「彼女は正しき死と輪廻の導き手。生命がいずれ迎える死を受け入れさせるための存在なのです。あなたとは真逆ですね」

「やはり貴方とは相容れないな、母よ。だがもしそやつがその気になれば、この神殺しはいともたやすく冥府に送られる事になるぞ」

「え!?」

 

 ダグザの言葉に、アサヒが過敏に反応する。

 

「別にそんな事しないよ~、やり方分かんないし。分かってたら、あの世でもっと楽できたから」

「え~と………」

 

 これまた自分の事なのに平然と受け流すネミッサに、カチーヤはどうフォローすべきか迷う。

 

「あの人修羅ってのも変わってたが、こいつも相当だな」

「そもそも何をしにきたのだこいつは?」

 

 ハレルヤとガストンがやる気の欠片も感じられないどころか、持ってきた食料を平然とつまみ食いしているネミッサに胡乱な視線を向ける。

 

「知らんぞ、どうなっても」

「それは貴方の事でしょう」

 

 互いに捨て台詞を吐きながら、ダグザとダヌーは元へと戻る。

 

「厄介事が加速度的に増えていくぞ、どうなっている!」

 

 ナバールがもっとも簡単に状況をまとめ、怒声を上げる。

 

「こちらもなんとか一つずつ対処してるんですけど、中々…」

「あら、見えてるの?」

「え? この人思念体か何かじゃないんですか?」

「てっきり雑魚悪魔がうろついてるのかと」

 

 カチーヤが見える人が少ないナバールに説明してるのを見たノゾミが僅かに驚き、こちらも見えているらしいネミッサが思いっきり失言する。

 

「誰が雑魚悪魔だ! これでも私は元ミカド国のサムライだぞ! 今は幽霊だが………」

「ふ~ん。あ、さっきの緑のおっさん言ってたの、これで確かめてみよっか?」

「やめい! 私はまだ成仏も輪廻転生もする気はないぞ!」

「いい加減諦めたら?」

 

 しれっとアレな事を言うネミッサに、ナバールは慌ててナナシの背後に隠れ、それを見たノゾミは呆れる。

 

「とにかく、物資が届くようになったら装備を整える必要が有る。大規模な作戦が起きそうだからな」

「さすがにアレとやれって言われたらオレ逃げるぜ?」

 

 やる気になっているガストンに、ハレルヤはやや及び腰だった。

 

「大丈夫、これの中に飛び込むんだったら十中八九、八雲がやらされるから」

「私達も一緒かもしれませんけど」

「え、そうなの?」

「そうかあの男はそういうのの専門家か」

 

 ネミッサとカチーヤの説明に、アサヒは首を傾げるが、トキは何か納得していた。

 

「専門家だと? 葛葉とやらは破壊工作員でもやとっているのか?」

「八雲さんは元ハッカーのスカウト組なんですよ」

「PCいじるの得意だからね~。ま、他にも得意なの何人かいるけど」

「どんなメンツ集まってんだよ………」

「こっちもあまりよその事言えないけれどね」

 

 説明を求めるガストンにカチーヤとネミッサが一応説明してやるが、ハレルヤとノゾミが苦笑する。

 そこで見張りをしていたハンターの一人が飛び込んできた。

 

「上階にてシャドウ発生確認! 数が多いので増援を!」

「やれやれ、こっちはこっちでやる事あるようね」

「手伝います」「食後の運動もしないとね♪」

 

 ノゾミが向かおうとするのに、カチーヤとネミッサも続く。

 

「私達も…」

「ナナシ君とアサヒちゃんは来て。後は念の為待機してて。手足りないようなら呼ぶから」

「了解した」

「上だけじゃなく下から来るかもしれねえしな」

「警戒箇所だらけだ」

「私は弟子に憑いてるからな!」

 

 他の者達も警戒態勢を取る中、ノゾミがそっとカチーヤに囁く。

 

「ナナシ君に注意してて。ダグザ神が何をしでかすか、まだ分からないから」

「分かりました。私も似たような物ですけど」

「カチーヤちゃんは暴走しそうになったらネミッサが止めてあげるから」

「どこも危険要素ばかりか………」

 

 状況が更に混沌化していくのを感じつつ、ノゾミは愛用のショットガンに初弾を装弾した。

 

 

 

「市街地の思念体、撤退を開始しました!」

「急襲部隊、現在撤退中! 追撃は無い模様!」

「潜入部隊の帰還を確認! 負傷は軽微だそうです」

 

 矢継ぎ早の報告を聞きつつ、克哉は少しだけ胸を撫で下ろす。

 

「一時沈静化、と言った所か………」

「どこもあの巨人を警戒し、様子見と言った所だろう」

 

 事態の急変を聞いて警察署に来たゲイルが、送られてきた画像を見ながら状況を整理する。

 

「まさか神取がここまでするとはな………前は機動兵器クラスだったが、これはなんと言えばいいのか………」

「同感だ。コレほどの物の運用には、あまりに多数かつ多量のコストが必要になる」

「どうやってそれらを用意したかは、この際放っておこう。考えなければならないのは、どう対処すべきかだ」

「正面戦闘は不可能と言っていい。いかなる作戦を立てるにしても、まずは情報だ」

「似たような物とライドウ君は戦ったと言っていた。まずはそこからか………」

 

 今までの敵と比べても、あまりに異質過ぎる敵に、克哉もゲイルも対策を見いだせないでいた………

 

 

 

「これは………」

「いつからロボット物になったのよ!」

「マジ、これマジ?」

「ウソだろ………」

 

 ムスビの撤退により、臨戦態勢をといた防衛の任にあたっていた者達が、業魔殿に集められ送らてきたばかりのそれの画像を見せられていた。

 

「ライドウ」

「間違いない、超力超神だ」

 

 ゴウトとライドウが、鋭い目つきでその巨人を見つめて呟く。

 

「海軍省から超力兵団計画資料を奪った理由はこれか」

「定吉になんと言えばいいか………」

「その時は、どう戦った?」

 

 険しい顔をするライドウに、達也が問う。

 

「先に打ち上げられた衛星タイイツから動力が供給されていた故、ロケットでそれに乗り込み、破壊したのだ」

「ゴウトはそれで前の体を失い、今はこの体になっている」

 

 それを聞いたたまきが思わず溜息をもらす。

 

「その手は無理ね。前に聞いたけど、レッド・スプライト号の動力って融合炉よ。わざわざ外から供給する必要ないし、マガツヒまで集めてたとなると、他の供給方法が有るかも」

「いや、確かレッド・スプライト号の融合炉の起動にはかなりのエネルギーが必要と聞いた。マガツヒはそれに使われたのだろう」

「じゃあ止められないって事!?」

 

 ロアルドの解釈に、アルジラが思わず叫ぶ。

 

「手が無いわけではない。内部の動力を停止させるか、制御系を停止させれば、停止は可能だ」

「入るの? あの巨大ロボに」

「かなりヘビーな手段………」

「そもそも近寄れるのかい?」

 

 ゲイルが淡々と指摘するが、リサ、ミッシェル、淳が矢継ぎ早に難色を示す。

 

「相手の武装も分からんのに、不用意に近付くのは愚策だろう。いささか消極的だが、あの巨体ならば各勢力も必ず反応する。まずはそれを見定めるべきだろう」

 

 ゴウトの提案に、誰もが顔を見合わせ、頷くしか出来なかった。

 

『連絡します。もう直降下していた部隊が帰還します。それに併せ、レッド・スプライト号ミーティングルームにて今後の方針についてのミーティングが行われます。一時間後、各リーダーの方はこちらに集結ください』

 

 そこへレッド・スプライト号からの通達が業魔殿へと伝わり、全員が悩んだ顔をしながらある者は体制を整えるために戻り、ある者はレッド・スプライト号へと向かう。

 だがそこで、達也がその場から動かず何か考え込んでいた。

 

「どうしたの情人?」

「………あれが本当に神取の切り札なのか? あの男なら、まだ何かを隠してるような気がする」

「考え過ぎだってタッちゃん」

「あれ以上に何かあるのかな?」

 

 仲間達が達也の懸念を否定するが、達也はその疑念を振り払えずにいた。

 

 

 

一時間後

 

『参加者の集結を確認、ミーティングを開始します』

 

 アーサーの宣言に、居並ぶ者達は表情を険しくする。

 

『まずは最初に新規参加の方の紹介を』

「ミカド国の元サムライ、フリンだ。状況は簡易的にだが聞いている。こちらも出来る事はさせてもらおう」

 

 先程開通したばかりのターミナルを通じて来たフリンが簡単に自己紹介した所で、ミーティングは始まる。

 

「まずはあの巨大ロボの元になった機体の説明を聞きたい」

『了解です。ギガンティック号はシュバルツバース調査計画の4号艦で、乗員の半数以上が機動班で構成された、戦闘艦としての役割を担っていました』

 

 開口一番の克哉からの質問に、アーサーが説明を始める。

 それにキョウジが続けて質問する。

 

「レッド・スプライト号との性能差は?」

『レッド・スプライト号は調査計画の要となる研究艦としての役割も持っていたため、ラボを中心とした設備にリソースを割いています。ギガンティック号にはそのような物がないため、戦闘力としてはあちらが上となるでしょう。ただし、あのような改造は想定外のため、私に記録されているデータの信用度は低いと思われます』

「超力超神は物理的改造に呪的改造を重ねている。別物と考えるべきだ」

 

 ライドウが補足した所で、皆の視線がそちらに集中する。

 

「ライドウ氏はあれと似たような物と戦った事があると聞く。どう戦った?」

「一部には話したが、こちらでは超力超神は二隻存在した。一隻は動力を絶ち、もう一隻は呪的要素が強かったので、調伏した」

「あれと戦ったのか、さすがライドウ」

 

 説明を求める克哉にライドウが説明するが、キョウジを含めて皆が半ば関心、半ば呆れていた。

 

「それで、今回はどちらだ?」

「神取が造ったのなら、恐らく機械的部分が多いはずだ。だああいつの技術は飛び抜けているから、どんな改造が施されている事やら………」

「あそこまで行けば、科学もオカルトも境が無いような物だからな………」

 

 フリンの確認に克哉が仮説を述べるが、尚也はセベクスキャンダルを思い出して言葉を濁す。

 

「内部潜入班を組織し、無力化を図るのが妥当だと思う」

「どうやって気付かれないように侵入するかだ」

「他の勢力も何らかのアクションを起こすだろう。便乗するのは?」

「相手が相手だ。陽動も難しい」

 

 仁也の提案を皮切りに、皆が具体的な対策を検討し始める。

 だがそれは突然中断された。

 

『お待ち下さい。現時点では、いかなるミッションも推奨できません』

 

 アーサーの一言に、検討の声が止まる。

 

「どういう事だ?」

『ギガンティック号にはある特殊兵装が装備されています。それが無力化されない以上、どのようなミッションにも極めて大きな危険が伴います』

 

 克哉の鋭い問いに、アーサーはどこか曖昧な返答をする。

 

「特殊兵装? 極めて危険?」

「一体何だそれ?」

「………まさか、核か?」

 

 誰もが疑問に思う中、小次郎が恐ろしく険しい表情でアーサーに問う。

 

『………その通りです。ギガンティック号には核弾頭が装備されています』

 

 アーサーの返答に、その場を驚愕が走り抜ける。

 

「核弾頭だと!? 聞いてないぞ!」

『最重要機密事項です。ごく一部の幹部クラスのクルーにしか知らされておりません』

 

 仁也が一番狼狽する中、アーサーは淡々と説明する。

 

「かか、核弾頭だぁ!?」

「ちょっと待ってくれ! 間違いないのか!?」

 

 キョウジの声が思わず裏返り、尚也は再度聞き直す。

 

『認識信号を確認、ギガンティック号内部には未だ核弾頭がある模様』

「すまんが、核とは何だ?」

 

 そこで状況を理解していないゴウトとライドウが首を傾げる。

 

「人類が作り出した最悪の兵器だ。オレのいた世界は、それで一度崩壊している」

「オレも見た。核兵器とやらで崩壊した世界を」

 

 小次郎とフリンの説明に、ようやく状況を理解したライドウも表情が険しくなる。

 

「外部から停止は?」

『可能ですが、直接操作されれば解除は可能』

「神取が扱い方を知ってるかどうかか………」

 

 アレフが無力化を提案するが、アーサーの返答に克哉の顔が険しくなる。

 

「いや、むしろオフライン状態で外部操作を不能にし、認識信号だけ出しておく方が合理的だろう」

「存在だけを知らしめておけば、抑圧効果は十分だ」

 

 南条とゲイルの指摘に、その場に更に重い空気が立ち込める。

 

「よりにもよって核弾頭か………とても市民に情報公開出来んぞ………」

「そっちに関してはオレも同意だ。今でさえヤバいのに、完全に混乱状態になるな」

 

 克哉が頭を抱え込みながら呟くのを、キョウジも同様に天井を見上げて唸る。

 

「情報封鎖は必要だろう」

「すでに市民には作戦失敗の噂が流れている。むしろこの巨大ロボの情報を流して、他のを隠すのはどうだ?」

 

 ゲイルの指摘に、安奈が仮面党を通じて漏れ聞こえてきた情報を元に情報操作を提案する。

 

「核弾頭よりはマシ、かな………?」

「こんな閉鎖空間で核弾頭なんて使われたら、滅亡は必須だからな」

 

 尚也が少し考え込むが、小次郎の危険過ぎる指摘に誰もが納得するしかなかった。

 

『核弾頭の件は関係者のみに公開。変形したギガンティック号は以後《超力超神・改》と呼称いたします。今後のミッションは状況の変化に伴い、柔軟に対応しましょう』

『賛成ね。相手が悪すぎるわ』

 

 アーサーの総論に、なぜかフリンのガントレットのバロウズがいの一番に賛同する。

 

「それしかなかろう。警察、仮面党、自警団を通じて超力超神・改の情報を部分公開する。核弾頭の対処法が見つからない限り、こちらからは手出し出来ない」

「簡単にスイッチ押さない事を祈るしかねえな………」

 

 克哉の最終結論に、キョウジも頷き、皆もそれに同意する。

 そこで祐子が手を上げ、今後の予想を口にする。

 

「どの勢力もアレに対する方法を見つけられない限り、状況は膠着すると思うわ。対処方法が有るとしたら、守護を召喚する事だけだと思うけれど………」

「だがマガツヒが足りない。シジマが集めていたのは神取が奪った」

「他のもそうよ。ヨスガはカルマ協会と何か画策してるようだし、ムスビも…」

 

 ライドウの指摘に祐子が思案するが、突然動きが止まったか思うと、うつむいた状態でその体が震え始める。

 

「!?」

「待て」

 

 思わずフリンが刀に手を伸ばしかけるが、そばにいたライドウがそれを抑える。

 祐子のケイレンが全身に及んだかと思うと、突然止まり、顔を上げる。

 その顔が蛍光塗料でもぶちまけたかのような異常な物になっているのを見たフリンが目を細めて警戒し、同じく初めて見た悠に至っては腰を抜かす。

 

「汝ら、集いし迷い子達よ! 鋼の神は立てり! 争いの炎は猛く盛らん! 解放の時は近し! 全ては汝らの心のままに!」

 

 祐子の物とは違う、重い声が室内に響き渡り、再度祐子の体がケイレンしたかと思うと、元通りの顔に戻る。

 

「なな、何ですか今の!?」

「神託を見るのは初めてか」

「そうか、彼女も神憑きか………」

 

 悠が思わず裏返った声で聞くのにキョウジが答えると、フリンは納得しつつも、僅かに汗をかいていた。

 

「争いの炎は猛く、解放の時は近い、か」

「いい予言か悪い予言か分からないのが一番の問題だな」

「けれど、アラディア神の神託は私には絶対よ」

 

 克哉とキョウジが先程の神託の解釈に悩むが、荒い呼吸の祐子が告げる。

 

「確かに、アラディア神の神託はかなり大局的な物だ。私の予言よりも長期的な未来を予見しているが…」

「抽象過ぎて後からしか理解出来ないのでは………」

 

 フトミミの見解に、聞いていた美鶴も首を傾げる。

 

『お待ち下さい。現状に動きあり。どこかの勢力が超力超神・改に攻撃を仕掛けた模様』

『!!』

 

 アーサーからの突然の報告に、全員が顔色を変える。

 

「どこだ!?」

「しびれ切らした連中がいたか!?」

『監視装置からの映像回します』

 

 誰もが思わず興奮する中、ミーテイングルームに設置されていた大型画面に、前回の撤退のどさくさに設置された監視装置の映像が流れる。

 そこには、超力超神・改の巨体に群がるように向かっていく天使や鬼達の姿が有った。

 

「この構成、ヨスガか」

「これで超力超神・改の能力の一端でもわかれば………」

 

 ゲイルと仁也が呟く中、全員が画面を凝視する。

 押し寄せるヨスガの軍勢は、天使による上空からの攻撃と鬼による地上からの攻撃に分かれていたが、相手の巨体の前ではどちらも中途半端としか言いようが無かった。

 そして天使の先陣が手にした槍で襲いかかろうとした時、突然発生したプラズマ装甲が天使をまとめて弾き飛ばす。

 

『プラズマ装甲の発生を確認。防御システムは健在のようです』

「ば、バリア?」

「ライトニング級揚陸艦の標準装備だ、レッド・スプライト号にも付いている。これのお蔭で我々はシュバルツバースを探索出来たが、敵に回るとなると厄介だ」

 

 悠が呆然と呟くのを、仁也が解説する。

 画面の中でヨスガの軍勢がプラズマ装甲を破ろうと攻撃を繰り返すが、堅牢な装甲は貫けない。

 

「構成がおかしい。カルマ協会と手を組んでいるはずだが、見当たらない」

「高ランクの大物も混じっていない。威力偵察だろうな」

 

 ゲイルと小次郎の指摘通り、ヨスガの軍勢は決定打に欠ける構成で、それでもなお超力超神・改に攻撃を仕掛ける。

 

「反撃してこないな」

「おそらく、性能テストの最中だと思われる。これだけの巨体ともなると、起動後に不具合が出ない方がおかしい」

 

 ロアルドがプラズマ装甲を展開するだけで動きの無い超力超神・改に違和感を覚えるが、仁也が解釈した時、超力超神・改が動き始める。

 見る分にはスローモーに、だが実際はその巨体故にかなりの速度で歩を踏み出し、足元にいた鬼達がそれだけで文字通り蹴散らされる。

 

「これは凄まじい………」

「確かに」

 

 フリンが思わず呟き、ライドウも頷く。

 歩みを進めるだけで地上に居た戦力を蹴散らしていく超力超神・改は今度はその腕を持ち上げ始める。

 

「あの、ロボット物だとこういう時は…」

 

 ただ唖然と見ていた悠だったが、その動きの後を予想した後、それが現実の物になる。

 超力超神・改の指から、無数のロケット弾が発射され、周辺を取り囲んでいた天使達を次々と撃墜していく。

 

「対悪魔用に改造されているようだな」

「巨大ロボで悪魔と戦ってるのはさすがに初めてじゃないか?」

 

 冷静に兵装の分析をする克哉とキョウジだったが、画面内ではロケット弾から逃れて背後に回り込もうとした天使が、背部に設置されたイージスファランクスで迎撃される。

 やがて不利を悟ったのか、ヨスガの軍勢は一斉に退却を開始する、

 超力超神・改はそこで動きを止め、腕を下ろしたかと思うと、胸部が展開を始める。

 

「………は?」

「オイオイ」

「マジかよ………」

 

 ロボットアニメまんまの状況に誰もが思わずぼやく中、超力超神・改の胸に巨大な砲塔が出現、そこから撤退していくヨスガへと向けて巨大な砲弾が放たれる。

 放たれた砲弾は着弾直前、閃光を発し、画面が自動的に閃光を遮断する。

 

「何だ今のは!?」

「まさか核弾頭を使ったのか!?」

『いいえ、あの距離ではプラズマ装甲でも核爆発は防げません』

 

 皆が慌てる中、アーサーは状況からそれを否定。

 程なくして画面が復帰し、そこには浅いクレーターと共に跡形も無くなった光景が映し出されていた。

 

『周辺状況を解析、おそらくサーモバリック砲弾を使用と推測出来ます』

「熱気化砲弾!? そんな物までギガンティック号には積まれていたのか!?」

『数は限られています』

 

 アーサーの解析に仁也が一番驚く中、アーサーは淡々と説明する。

 

「なかなか厄介だな」

「ああ」

 

 一方的な戦闘が終わり、その感想をゴウトが一言でまとめ、ライドウも頷く。

 

「あれとどう戦う?」

「正面から行ったら消し炭か………」

 

 小次郎とアレフも、予想以上の超力超神・改の戦闘力に表情を険しくする。

 

「他の勢力も見ていただろう」

「威圧も込めた戦闘という事か」

 

 ゲイルの断言に、フリンも頷く。

 

「真っ当な戦い方では、歯牙にもかけられないだろう………」

「だが、どうするよ?」

 

 克哉が彼我の戦力差を思案するが、キョウジに至っては頭を抱え込んでいた。

 

『先程の戦闘から得られたデータを元に、対処法をシミュレートします。核弾頭の対処法とは別になりますが』

「巨大ロボと核弾頭を同時に相手せねばならいのか。質の悪いSFムービーのようだ………」

「怪獣と戦う奴ですか?」

 

 美鶴が思わずボヤいた事に、悠も思わず同意する。

 

「問題を整理しよう。第一の問題はこのプラズマ装甲とか言うバリアシステム、第二はこの火力だ」

 

 小次郎が一方的とも言える戦闘を見て感じた点を述べる。

 

「プラズマ装甲は常時展開するのか?」

『いいえ、あくまで緊急時だけです。ただし、乗員の乗降が無い場合、その限りではないと推測出来ます』

 

 アレフの問に、アーサーが答える。

 

「いや、今解除したようだ」

「だが、その気になればいつでも立て籠もれる。立てこもり場所自体が攻撃してくるというのが問題だが」

 

 中継画面を見続けていたゲイルが指摘するが、克哉もまずその防御力を問題視する。

 

「動きはそれほど速くは無いが、かといって無視出来る存在でもない」

「そもそも、あれの目的は?」

「アラディア神は鋼の神と言っていたわ。つまり、神取はあれを守護にしようとしているのかもしれない………」

 

 ライドウもかつての体験を元に思案し、フリンの指摘に祐子がある可能性を口にする。

 

「だったら目的はカグツチ、そしてそこに至るタルタロスか?」

「あんな物に攻め込まれたら、ひとたまりもないぞ。タルタロス内にはまだ大勢いる」

「そもそもどうやって登るんだ?」

「よじ登るか、飛ぶかだろ」

「よじ登って到達出来るのだろうか………」

 

 種々の意見が飛び交うが、根本的な対策は誰も見いだせない。

 

「………このままここで話し合っても解決策は出ないだろう。一度各自で対策を協議してみるのは?」

「そうした方がいいかもな。巨大ロボと核を同時相手する方法が見つかればいいんだが」

 

 克哉のミ―テイング中断の提案に、キョウジも賛同。

 皆もそれに賛成し、その場は一時解散となる。

 

「さて、皆にどう説明しよう………」

「どうもこうも、ありのまま説明するしかなかろう」

 

 沈痛な顔をしながら席を離れる悠の背後で、美鶴が腕組みしながら吐息を漏らす。

 

「ついでだ、こちらとそちら合同で会議としよう。ペルソナ使い同士、何か思いつくかもしれん」

「巨大ロボだの核弾頭の対処なんて考えた事も無いんですが………」

「こちらもだ」

 

 

 

「そういう事で、広く意見を求める事となった」

 

 葛葉のメンバー全員(八雲達は通信参加)の前でゴウトが議長となって超力超神・改の概要が公開される。

 

『よりにもよって核とはな………』

『本当でしょうか?』

『核弾頭ってナニ?』

 

 通信画面越しに八雲が何時になく深刻な表情でボヤき、カチーヤも沈痛な表情をしていたが、ネミッサは変わらない。

 

「さすがにそんな物の相手は葛葉でした事ある奴はいないだろうからな」

「原爆落とされた時は周辺の悪魔すら逃げたって話もある」

 

 キョウジとキョウジ(故)も思わず唸るが、それは誰もが同じだった。

 

「一応、最新型の奴よね? だったらそう簡単には爆発しないんじゃ………」

「簡単に爆発されても困るけど、ただ有るってだけで大問題よ」

 

 たまきの意見に、レイホゥもある程度肯定はするが、確かに存在其の物が最大の問題なのも事実だった。

 

「あの巨体に障壁と重武装、そして核弾頭とやら。これらを全て踏破せぬと、事態は解決せんな」

 

 ゴウトが一つ一つ問題点を挙げるが、その難問に誰もが押し黙る。

 

「ましてや、中には神取がいる。ひょっとしたらこいつの方がこのデカブツよりも厄介かもな」

「海軍省に一人で攻め入り、いとも簡単に超力兵団計画資料を強奪するような男だ。頭も力も半端でないのは確かだ」

 

 キョウジの言葉に、ライドウが更に余計な情報を付け加える。

 

『このプラズマ装甲、これだけならこちらの攻撃を集中すれば破れるかも………』

「だが、それを抜けたら蜂の巣だ」

「そもそも、ちょっとサイズ差が…」

「簡単に核弾頭起爆させたりはしないとは思うけれど………」

「あの、クエスチョンなのですが」

 

 種々の議論が飛び交う中、凪が恐る恐る手を挙げる。

 

「何かしら?」

「その核弾頭というウェポン、このビッグゴーレムのどこにあるかは分からないセオリーでしょうか?」

「あ、そういやアーサーが信号が確認出来るって言ってたが………」

「ならば、キャプチャーは可能なケースかもしれません」

『!』

 

 凪の提案に、皆が思わずそちらを見る。

 

「ゲイリンに伝わる秘術に、邪神 トウテツの力を持って、空間を食らう秘術が有るセオリーです。それを用いれば、その核弾頭をキャプチャー出来るかと………」

「! フィラデルフィア事件を収束させたアレを!?」

 

 続けての凪の説明に、レイホゥが思わず上ずった声を出す。

 

「知っているセオリーですか?」

「ええ、話だけは。けど、危険な術だと知っているの?」

「イエス。こちらの世界で起きたケースで、まだ未熟だった私に代わり、ライドウ先輩が行ったのですが、二日間程目を冷まさないケースでした………」

「私が聞いたのは、こちらの18代目ゲイリンは、その秘術と引き換えにサマナーとしての力をほとんど失ったって聞いてるわ」

「………! そういうセオリーですか………」

 

 レイホゥの話に凪は顔色を変えるが、有る種納得したのか、頭を垂れる。

 

「そうかアレか。空間ごと食らうなら、あるいは………」

「だがそんな隙があるかだな。いくら空間ごと食らうといっても、雨霰と来るミサイルや銃弾まで食らえるかどうか………」

「逆に言えば、それらをどうにかできればなんとかなるんじゃ?」

『あの重武装相手に術式発動までの時間をどう稼ぐか………』

 

 僅かな可能性に、葛葉の者達はそれをどう活かすかを熟考していった。

 

 

 

「…しかないな」

「そうだな」

「は?」

「なるほど」

 

 今後の方針の話し合いのためにタルタロスを訪れた小次郎とアレフの提案に、修二は首を傾げ、フリンは頷いた。

 

「向こうが神を用意したのなら、こちらも神を用意するしかない」

「アレだけの力を持つ存在には、なまなかな力では敵わない。対抗できるだけの存在が必要だ」

「つまり、こちらも守護を呼ぼうってのか?」

「いや、東京にすでに守護神がいる」

 

 小次郎とアレフの説明に、一応納得しかけた修二だったが、フリンの言葉に再度首を傾げる。

 

「それって………」

「将門公の事ね」

 

 修二に代わり、一緒にタルタロスを訪れていた祐子が答える。

 

「確かに、将門公の力を借りれれれば………」

「あれを倒せるかはともかく、動きは封じれるかもしれないわ」

 

 咲とヒロコも賛同するが、祐子の顔は険しいままだった。

 

「けれど、東京受胎の前に、将門公の力を警戒した氷川は将門塚の周囲に封印陣を用意してたはず。漏れ聞いた話だと、将門公は力の維持のために、それを逆利用して四天王に警備を固めさせてるという話よ」

「けれど、それを解きさえすれば助力を得られるのではなくて?」

 

 祐子の説明に、イザボーが異論を唱える。

 

「要は、その引きこもりの神様引きずり出せばいいんだな?」

「あんたは絶対ややこしい事になるからやめとけ」

 

 ダンテが大剣を手にやる気になっているのを修二が止める。

 

「こちらでは、核攻撃から大天蓋を持って東京を守り抜いた存在だ。力を制限されているとしても、助力を得るというのには賛成だ」

「じゃあ決まりか」

「なんか面白そうな事話してるな」

 

 フリンも賛成し、小次郎が頷いた所へ、葛葉の協議が終わった八雲が顔を見せる。

 

「そちらはどうなった」

「核弾頭の方、うまく行けば秘術を使ってパクれるかもしれないらしい。その秘術の発動をどうするかが問題だったが、何かであのデカブツの動きを封じれれば………」

「確かに、将門公の力でも超力超神・改と核弾頭二つ同時の相手は難しいだろう」

「奪ってしまえば、こちらの物か?」

「遠隔操作とかあんじゃないのか?」

 

 八雲の話に小次郎とアレフが自分達の提案と突き合わせるが、修二の言葉に一時止まる。

 

「そいつが問題だな。ハック出来ればオレがなんとかするが、核兵器なんてのは下手したらスタンドアローンの可能性が高い。ましてやシュバルツバース吹っ飛ばすために持ってったとしたら、最悪ほっておいても爆発するかもな」

「一般の隊員達は存在すら知らなかったと聞いたが、そこまでする可能性が有るという事か?」

「恐らくだがな。政治家なんて保身のためには何するか分からない連中だろうし」

 

 フリンが思わず聞き返して考え込む中、八雲は協議用に使っていたらしいタブレットに表示されている超力超神・改を見て呟く。

 

「ガワと核は目処がついた。あとは兵装とプラズマ装甲、でもって遠隔爆破の可能性か」

「多いな」

 

 修二のボヤキに否定する者はいなかった。

 

 

 

「………え?」

「核?」

「核って、核兵器の核?」

「核って何クマ?」

「積んでんの?」

「あの巨大ロボに?」

 

 特別課外活動部、特別捜査隊共同で開かれた協議の場にもたらされた情報に、そこにいた者達は全員絶句するしかなかった。

 

「どうやら本当らしい。シュバルツバース調査隊の一般隊員にすら秘匿されていた情報だそうだ」

「それで、下手に手出したら爆発するかもしれないって………」

 

 美鶴の説明に、悠が恐る恐る補足する。

 

「あの、それって…」

「もし爆発したら、どうなるんでしょうか?」

 

 順平と雪子の問に、皆が顔を見合わせる。

 

「まずその核弾頭のサイズにもよるでしょうが、大規模な爆風と熱波が周辺に吹き荒れるでしょう」

「ここは球状の閉鎖空間ですから、爆風は上空に抜けないで、最悪内部を撹拌、そして同様に放射線や放射性物質も拡散しないので内部で更に撹拌されて…」

「ストーップ! それ以上言わないで!」

「怖いから! 想像するとすごい怖いから!」

 

 直斗と風花の予測を、千枝とゆかりが慌てて止める。

 

「つまり、爆発したら一貫の終わりという事か」

「そういう事っすね………」

 

 明彦が険しい顔をし、完二の喉が思わず鳴る。

 

「ぶっちゃけ、それってオレらの手に余るんじゃ?」

「核兵器なんてペルソナでもどうにもならないと………」

 

 陽介と乾が出したストレートな結論に、誰もが頷く。

 

「そうも言っていられない。いつあの巨体の砲がこちらに向くか分からん」

「そうは言っても…」

「ねえねえ、核って言っても爆弾なんだよね? 解体とかしちゃえばいいんじゃ?」

 

 美鶴がそれでも打開策を出そうとし、悠は口ごもるが、そこでりせが一つの案を出す。

 

「無論それは考えているだろう。だが、実質問題あの巨体のどこにあるかも分からなければ…」

「あの、全くわからないんですか?」

 

 解体案を美鶴が思案するが、そこで風花が手を挙げる。

 

「そう言えば認識信号は確認出来てるとか言ってたような」

「だったら、私とりせちゃんでアナライズすれば、正確な場所、分かると思います」

『あ…』

 

 風花の提案に、皆が思わず声を出す。

 

「なるほど、いいアイデアだ」

「でも、どうやってそこから引っ張り出すか………」

「それはそういう事を慣れてる人達に任せよう。場所が分かるだけでも大分違うと思う」

 

 美鶴が頷き、明彦が更に思案するが、悠が消極的だが間違っていない提案をする。

 

「な、なあ核って言っても爆弾なら、リモコンでドカンとかって事もあるんじゃ………」

「映画とかでよく有るよね………」

 

 陽介の反論に、ゆかりも青ざめた顔で頷く。

 

「大丈夫。私のペルソナなら止められる」

「そっか、その手が有るな」

 

 そこにチドリが立ち上がり、順平も手を叩く。

 

「どういう事クマ?」

「チドリのペルソナ能力はジャミングだ。ペルソナにも、機械にも効果が有る。確かにそれを使えば、遠隔操作も無効化出来るだろう」

「なんか、少しずつ希望が出てきた」

「ジャミング能力というのなら、うまく行けばあの超力超神・改にも効果が有る可能性も…」

「チドリの事はまだ敵勢力に知られていない。ギリギリまで隠す必要が有るな」

「まずはどうやって効果範囲まで近付くか…」

 

 微力ながらも己達に出来る事を探りつつ、ペルソナ使い達は協議を続けていた。

 

 

 

「偵察部隊は全滅か」

「予想はしていた。もっとも予想以上の点も有ったがな」

 

 マントラ軍本営で、超力超神・改と交戦した部下が全滅したのをカルマ協会の偵察兵が送ってきた映像で確認した千晶が呟き、エンジェルも少し考える。

 

「まさか巨大ロボとはね。なかなかやる事が派手な奴もいたようね」

「こんなに早く出すとは思わなかったがな」

 

 エンジェルの一言に、千晶が眉を潜める。

 

「知っていたのかしら? アレの事………」

「改造に協力したのは我々カルマ協会だ。もっとも、起動には多大なエネルギーがいるとも知っていたから、まだかかると思っていたのだが、どうやらすでにかなりのエネルギーを保有していたらしい」

「余計な事をしてくれたわ。けど、それはアレの中には守護を呼べるだけのエネルギーが有るって事でも有るわね」

「そういう事になるな。だが先程の威力偵察でどこも慎重になるだろう」

「つまり攻略法を他が考えてくれるという事でも有るわね」

「ああ、そうだな」

 

 千晶とエンジェルは互いに相手の言わんとする事を理解し、ほくそ笑む。

 カグツチに至る激戦への幕が今上がろとしていた。

 

 

 そそり立つあまりに巨大な壁を前に、糸達はそれを超えんともがき続ける。

 その果てにあるのは、果たして………

 



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PART55 ATTACK ON GIGAS

 

 元ギガンティック号、現超力超人・改のブリッジの中央部、元からの物と後から設置された物と複数を多層に設置されたコンソールを前に、神取はどこか無感情に佇んでいた。

 

「大した物ね。これならそう簡単には攻めてこれないでしょう」

「いやはやすごいね~。まさかこんな物に乗れるとは夢にも思わなかったよ」

 

 神取の背後に、どこか冷たい口調の赤いデモニカをまとった少女と、スーツ姿のどこか軽薄そうな若い男が立つ。

 そちらを向いた神取は、口の端に乾いた笑みを浮かべる。

 

「短い間だったが、これの警護は感謝する。約束通り、この後は好きにするといい。この中から必要な物資はなんでも持っていって構わん」

「すでに必要な物はもらっている。ここにいればアイツら、いやあいつは来る。それまで待つ」

『その方がいい。外部に出るのは複数の危険が伴うようだ』

 

 赤いデモニカの少女はそう言いうと、デモニカのサポートAIらしき声がそれに賛同する。

 

「ボクはどうしようかな~? 外はおっかないけど、ここにいてもな~」

「またテレビの中にでも入っていたらどうだ? あの中なら少なくても外よりは安全だろう?」

「それも怪しくなってきたけどね。それにマヨナカテレビは雨が降ってる時しか入れないからね~」

 

 スーツの男が神取が操作していたコンソールに設置された画面に映る外の様子、降っていた雨が止み、周辺の惨状を露わにするのを見ながらボヤく。

 

「悪魔がそれぞれのイデオロギーで徒党組んでショバ争いか。案外やってる事は人間と変わらないね」

「三つの勢力を率いているのはそれぞれ人間らしいがな。もっとも、元人間と言った方がいい状態のもいるらしいが」

「それは一度見てみたい気もするけど、やめとくべきかな?」

「怖い物見たさなら止めておいた方がいい。お前も出来る方だろうが、悪魔と関わった者はマトモではいられない。私のようにな」

 

 赤いデモニカの少女はそれだけ言うと、ブリッジから去る。

 その背を見送ったスーツの男は、小さくため息を漏らす。

 

「職業柄、スレちゃった子は色々見たけど、あれはとびきりだね」

「彼女は滅亡しかけた世界から来たらしいからな。目的の一つは復讐、もう一つは世界の再生らしい」

「再生ね~。あのカグツチってのに行けば望みの世界が作れるらしいけど、君はどうするんだい?」

「どうにも。すでに私の仕事は済んだ。後は向かってくる者を迎え撃つだけだ」

「欲が無いね~。そうだ、ボクも一つ望みの世界ってのを目指してみようかな」

「カグツチに至る塔には、歴戦の悪魔使いが陣取っているぞ。そう簡単には行くかな?」

「ま、人間相手なら悪魔とやら相手にするよりは楽かな?」

 

 スーツの男もそう言いながら、ブリッジを去る。

 一人残された神取は、後付で設置したイスに深々と腰掛け、吐息を漏らす。

 

「一番恐ろしいのは、人間だ。LAWでもCHAOSでもな………」

 

 

 

「間違いは無いな?」

「ああ、しばらくカグツチの黒化は起きない。私が見た限りではな」

 

 一度珠閒瑠市に戻った小次郎は、アラヤ神社での瞑想に戻ったフトミミからの意見を聞き、将門公開放の手はずを整えていた。

 

「将門塚はタルタロス出現場所の目と鼻の先だから、キュヴィエ症候群の問題が無ければ支障はない。超力超神・改に見つからないようにする必要は有るが………」

「あの鋼の巨神がその気になればこの受胎東京のどこへでも攻撃出来るだろう。なぜかあの場からほとんど動かないのは、動く気が無いのでのないかと思うのだが」

「確かに。狙いは分からないが、放置も出来ない。味方で無い事だけは確かだからな」

「ぬ、待て。今何かが見えた………あの巨神を巡り、他の勢力も動き出すようだ。今、創世の一番の壁はアレだからな」

「文字通りの壁、だがな………」

 

 フトミミの予知に安堵と不安を双方感じつつ、小次郎は将門塚に向かうべく、その場を後にした。

 

 

 

「また、随分ケッタイなモン造ったモンやな~」

「出来れば内部構造を知りたい所だが」

 

 業魔殿の研究室で、Dr.スリルとヴィクトルが超力超神・改の画像を解析しながらあれこれ呟いていた。

 それを聞きながら、そこに訪れていた美鶴は少し考える。

 

「内部構造はうまくいけば山岸が解析出来るかもしれない。それよりも」

「アイギスの方は修理は済んでいる。予め予備部品を用意していたのをほとんど使ったが」

「今チェックして、微調整が必要やけどな。メイド姉妹ももう少しや。エリクシルで生体部分培養なんて、普通なら絶対せえへんで」

「それは良かったで」

 

 一足早く修理を終えたラビリスが、最終調整中の三人の姿を見て安堵する。

 

「だが問題は…」

「こいつやな」

 

 研究室の中央、追加で設置されたカプセル内に修理を終えたメティスがスリープ状態で格納されていた。

 

「予備部品は大量に有ったので、修理は問題では無かった」

「量産機のジャンクやけどな。けど、ソフトの方はこいつらがインストールしたデータと混ざって、よう分からん事になっとったで。正直、起動させたらどうなるかワイも責任持てんで」

「そうか………アイギスが彼女を連れて帰ると言い張っていたから連れては来たが」

「なんか型進む度に妙な事なってへんか?」

 

 ヴィクトルとDr.スリルからの説明に美鶴はうつむき、ラビリスは首を傾げる。

 

「大丈夫です………」

 

 そこで聞こえた声に皆がそちらを向くと、修理用カプセル内で薄目を開いているアイギスの姿が有った。

 

「アイギス、目が覚めていたのか」

「はい………まだ少し内部チェックにかかるであります」

「無理せん方いいで? あんたが一番重傷やったんやから」

「ラビリス姉さん………メティスには、私達の思いを伝えました。きっと、力になってくれます………」

「だといいんやけどな………」

「不破もあと数日で退院出来るらしい。もっともかなり怪しい治療を行ったとも聞いてるが………」

「技術だけで言えば、ウチが作られた研究所の方がまだ大人しかった気するで? もっとも同型同士壊し合いとかはさせへんだけマシやけど」

「幾月の奴もそないな事言っとったな。性能比較も大概にしとかんと。そもそもせっかく作ったモン壊される開発者の気持ち分かっとるんか!?」

 

 何か最後の方は私怨も混じってるような台詞を吐いているDr.スリルをさておき、美鶴はラビリスを伴ってその場を離れる。

 

「近い内に超力超神・改への反攻作戦が実行されるだろう。それまでに態勢を整えておかなければ」

「ここ来てずっとこんな感じなんか?」

「ああ、前回はさすがに少し危なかったが………」

「ウチみたいなジャンクになりかけのも直して使うわけやわな。そういや、岳羽博士にお礼言う暇も無かったわ………」

「こちらもだ。向こうは残った者達でなんとかするとは言っていたが………」

「大本は片付いた。あとはゲイリンがいれば問題無いだろう」

 

 通路を歩きながら話す二人の背後からかけられた声に二人が振り向くと、そこにライドウ+ゴウトと凪の姿が有った。

 

「師匠なら多少の事は問題ないプロセスです。そちらのお仲間も一緒のようですし」

「確かに、荒垣もいるしな。それよりも今、目前の問題が大事か」

「核弾頭とやらはこちらでどうにかする予定だが、必要な悪魔がいるが合体に足りない。少し下で契約してくる」

「私は先輩のお手伝いに」

「そちらも準備は入念にな」

 

 ゴウトから念を押されながら、二人はデビルサマナー達を見送る。

 

「カラスに犬に幽霊まで総動員や。そりゃロボでも使うわな………」

「他にも色々いるがな。結局、当初の目的だったタルタロス踏破に辿り着きそうだが」

「すごう回り道しとらへん?」

「言うな………」

 

 改めてラビリスに指摘され、どこか頭痛を感じつつも美鶴はタルタロスの前に打破しなくてはならない案件に力を注ぐ事にした。

 

 

 

『こちらアルジラ、目標に動き無し。まああんだけデカいと動かすだけで色々食いそうだけど』

『こちらシエロ。設置してた監視ユニットが掘り出されてる。さっき逃げてった連中だな~。どこの奴らだ?』

『こちらヒート。どこぞの偵察部隊と接触。食ってから合流する』

 

 超力超神・改の偵察のため、展開したエンブリオンの喰奴達は遠巻きから情報をなんとか収集しようとしていた。

 

「やはり、対象が大きすぎる上に対策も取られているな。この距離からでは詳細までは探れないか」

「不用意に近付くと攻撃されるのは確認した。やはり、アナライズ持ちに頼るしかないか………」

 

 ステルスギリーシートの下で姿を隠しつつ、ゲイルとロアルドが各所からの報告に顔をしかめていた。

 

「ジャンクヤードでもあそこまで巨大かつ強力な装備は無かった。対処は困難だ」

「巨大ロボと戦うなんてそりゃ滅多に無いだろうな。戦った奴いるらしいが………」

「対策が見つかるまで手は出すな。セラがいなければ、オレ達は全力を出せない」

 

 二人の元に戻ってきたサーフが、淡々と指示を出して二人は頷く。

 

「言って悪いが、セラは復帰可能なのか?」

「不明だ。元々弱っていた体に、前回の実験のダメージが大きい。何かさせておかないと、ヒートがいつ勝手に報復に行くかも分からない程にな」

「………セラが復帰出来なければ、最悪の事態も想定する必要がある」

 

 ルアルドとゲイルが考え込む中、サーフが最大の懸念事項を呟く。

 

「考えたくは無いが、考えないとな」

「今こうしている中、誰が飢えで暴走を始めてもおかしくはない。幸か不幸か、ここでは飢えを満たせる物は多く有るが」

「それも対処療法に過ぎない。やはりセラの歌が無ければ………」

 

 三人が考え込む中、通信機がコール音が響く。

 

「こちらエンブリオン。状況に変化か?」

『こちらレッド・スプライトのゾイだ。セラが目を覚ました』

 

 ロアルドが通信を取った所で、聞こえてきたゾイからの言葉に、三人共敏感に反応する。

 

「状態は?」

『一応安定している。だが、間違っても戦場には出せない。恐らく、二度とな』

 

 ゾイが断言するのを、ロアルドとゲイル、普段無表情なサーフですら険しい顔をせざるを得なかった。

 

『そちらの状況も理解している。で、その件でセラが話があるそうだ。手短に頼む』

「分かった」

 

 回線を変える僅かな電子音の後、セラの普段よりも小さな声が聞こえ、ロアルドは音量を最大にする。

 

『みんな………大丈夫?』

「問題ない、エンブリオンは全員無事だ。今偵察任務中だ」

 

 ロアルドからゲイルに変わり、か細いセラの声に返答する。

 

『ごめん………そっちに行きたいけど………先生がダメって………』

「無理はしなくていい。こちらは何とかしている」

『その事……何だけど………アイデアが有るの………』

「アイデア?」

 

 

 

「は? 本気か?」

 

 タルタロス内でのネットワーク構築と超力超神・改の対策を並行して進めていた八雲が、届いた通信に顔をしかめる。

 

「どうかしたんですか?」

「エンブリオンから、ネミッサを貸してくれだとさ」

 

 手伝いをしていたカチーヤが、八雲の様子に声を掛けてくるが、八雲は顔をしかめたままだった。

 

「セラが?………ああ。確かにアサクサだとそんな事が有ったが………うまくいく保証は無いぞ?………分かった、一段落したらそちらに行く」

 

 通信を切っても、変わらない八雲のしかめっ面にカチーヤは不安げに聞いてきた。

 

「セラちゃん、どうかしたんですか?」

「目は覚ましたらしいが、完全にドクターストップ状態らしい。で、当人からの提案で、ネミッサをバイパスして自分の歌を届けられないかだとさ」

「あ………そういえばアサクサで………」

「だが問題は、セラの今の状態だ。安定はしているがかなりひどいようだし、その状態であの歌が歌え、なおかつネミッサがそれをバイパス出来るかだ。そういや、そのネミッサは?」

「ダンテさんと上階の探索に。ついでに屋上まで行ってみるかとか行ってましたけど………」

「行けそうではあるが、念の為呼び戻すぞ。上がどうなってるか…」

「八雲ただいま~。これお土産~」

 

 呼び戻すより早く、当のネミッサが戻ってき、妙な短冊飾りのような物がいっぱい付いた古びた帽子を手渡してくる。

 

「………行ったのか、あそこに」

「何か見覚えある所だったね。ボロボロだったけど。何でかそこから上に登る所見つからないから、帰ってきた」

「オレらはそこまでしか行けなかったが、お前でもそこから上に行けなかったのか?」

「うん、それにお腹空いたからそろそろご飯の時間だと思って」

「そうですね、準備してきましょう」

 

 カチーヤが場を離れるのを見送りながら、八雲はネミッサに向き直る。

 

「エンブリオンから要請が来た。ネミッサ、お前にセラのバイパス役を頼みたいらしい」

「セラちゃんの? 起きたの?」

「一応な。だが動かせる状態じゃないらしい。でだ、ネミッサ、アサクサでセラの歌をバイパスした時の事覚えてるか」

「有ったっけ、そんな事?」

 

 確認しようとした八雲だったが、当のネミッサの返答に思わず頭が下がる。

 

「やっぱ、無意識か………多分お前はセラのテクノシャーマンの能力とどこか似たような所が有るんだろう。それが干渉したんだと思うが、それを人為的に起こせるかどうか………」

「そうなのかな~?」

「なんだったら、オレがあいつら暴走したら取り押さえてやるぞ」

「絶対たたっ斬るだろ、あんた………それとも蜂の巣か?」

 

 そこに口を突っ込んできたダンテに、八雲は胡乱な視線を向ける。

 

「片付けても片付けても厄介事が湧いてきやがる………とにかくはまずあのデカブツどうにかして、ここを登る算段つけて………」

 

 ブツブツと呟きながら、八雲はキーボードのエンターキーを叩く。

 

「ネットワーク構築はこれでOK。あとは各自にパス渡してセキュリティ掛けて…」

「ご苦労さま」

『それくらいはこちらでしておくわ』

 

 聞こえてきた声に八雲が振り向き、そこにイザボーと彼女のガントレットからバロウズが声を掛けてくる。

 

「これで向こうともガントレットで話が出来るんですのね」

「ああ、何か知らんがやたらと高性能だからな、そいつ」

『それはどうも』

「外のデカブツ倒したら、他の勢力が一気にここになだれ込みかねん。防衛線構築するにも、まずは情報網だからな」

「前例でも有りまして?」

「アサクサでヨスガと一度派手にやらかした。下手したらその三倍来るだろうが」

「あれは苦労しましたよね………結局はアサクサ放棄して撤退しましたけど」

「マネカタ全員サーバーマシンに入れるの苦労したっけ~」

「そんな事が有りましたの………」

「結構楽しかったぜ?」

「そりゃあんただけだ」

 

 八雲の説明にカチーヤやダンテがアレコレ付け加える中、イザボーはただ深刻な顔で話を聞いていた。

 

「デカブツの相手にはそちらの手も借りるかもしれんが、残った連中には防衛戦の用意をさせておいた方がいいだろう。最悪、放棄して非戦闘員をシバルバーに撤退させるが」

「どちらにしろ、現状の解決にはこの塔を明け渡すわけにはいかないのでしょう?」

「そう言っちまえばそれまでなんだがな………ここの専門家達はデカブツ相手のメンバーに組み込まれてるから、先に攻略する事も難しい」

「それで、その超力超神・改の攻略作戦の日程は何時ですの?」

「まだ準備が出来きってない。今頃小次郎達が将門公の開放に向かってるはずだが………」

 

 

 

同時刻 坂東宮

 

「ぐふっ!」

 

 凄まじい電撃魔法が修二を襲う。

 

「人修羅!」

「大丈夫だ………」

 

 仲魔のクィーンメイブが思わず駆け寄るが、修二は自力でなんとか立ち上がる。

 

「ほう、なかなかやるな」

 

 彼に電撃を放ってきた者、この坂東宮の南方を守る四天王が一人、鬼神 ゾウチョウテンが笑みを浮かべながら構える。

 

「さすがにやんごとなき方ってのに、アポ無しじゃ難しいか………」

「左様。そなたたちが社を目指すのならば、我が試練を乗り越えよ!」

 

 そういうゾウチョウテンの目が異様な眼光を発したのを見た修二は思わず身構える。

 

「来るぞ!」

「ハアアァァ!」

 

 ゾウチョウテンの口から、裂帛の気合が放たれ、修二が仲魔達に警戒を促す中、ゾウチョウテンが手にした五鈷杵を振り回してくる。

 

「このっ!」

 

 修二は両手でその一撃を受け止めようとするが、気合とともに増強されたゾウチョウテンの力を受け止めきれず、弾き飛ばされる。

 

「やれ!」

 

 己自身が弾き飛ばされながらも、修二の号令に仲魔達が襲いかかる。

 スパルナとクー・フーリンが衝撃魔法を同時に叩き込み、ゾウチョウテンの動きが止まった所に間髪いれず鉤爪と槍が叩き込まれる。

 

「そのまま動きを止めろ!」

 

 クィーンメイブに回復魔法をかけられながらも、修二は両手に魔力を収束させる。

 

「死亡遊戯!」

 

 収束した魔力を剣へと変え、修二の必殺の一撃がゾウチョウテンを大きく斬り裂く。

 

「見事………通られよ」

 

 どこか笑みを浮かべながら、ゾウチョウテンの姿が消えていく。

 それを見届けた修二は、思わずその場に座り込んだ。

 

「しんど………他の連中はどうなった?」

「今こちらに向かっています」

 

 槍を手にしたまま、クー・フーリンが目をこらして他の四天王の相手をしていた者達を確認する。

 

「そちらも終わったか」

「少し手こずったか?」

「さすがは東京の守護神の宮だ」

 

 こちらに来た小次郎、アレフ、フリンが涼しい顔をしているのに、修二の頬が少しひきつる。

 

(こいつら人間じゃねえ………)

 

 内心ぼやきながらも、修二も立ち上がり、坂東宮の中心部を見る。

 

「あそこにいるのか?」

「そのようだな」

「マトモな状態だといいが。こちらだと五体バラバラで封印されてたぞ」

「こちらだと東京を守る天蓋になって、頭部だけ復活していた」

「………不安にさせないでくれ」

 

 アレフやフリンの方の将門公の現状に、修二は思わず肩を落とす。

 

「少なくてもその心配は無さそうだ」

 

 小次郎が坂東宮の中心、そこから感じる神性の威圧感に、四人の顔が引き締まる。

 

「ここはお前の世界だ。お前が代表して開けるといい」

「大丈夫かな………」

 

 小次郎に促され、修二は中心部の扉を開く。

 そして、そこにいる平安貴族のような姿をした後光を放つ存在、東京を守る守護神、平 将門と対峙した。

 

「四天王を打ち破り、よくここまで来た」

「まあ、分担したけど………」

 

 いきなり将門公に話しかけられ、いささか当惑して修二は答える。

 

「それで、その………」

「今、帝都は我の力で抑えられる限度を超えている。かろうじて崩壊は防いでいるが、それもどこまで持つか………」

「その件でお力を借りたいのです」

 

 言い淀む修二に代わって、小次郎が将門公に願い出る。

 

「分かっておる。鋼の巨神の事であろう。よもや、あのような物まで帝都に現れようとは………」

「今、対抗作戦を合同で立てている最中です。そのため、短い時間でいいのでアレを足止め出来れば………」

「いいだろう。まずは人修羅と呼ばれる者よ」

「オレ?」

「これを」

 

 将門公は頷きながら、一つのマガタマを修二へと渡す。

 

「我の力を持ったマガタマだ。そなたの力になるだろう」

「ど、どうも」

「他の者達は剣を前に」

 

 将門公に言われ、小次郎、アレフ、フリンは自分達の剣を抜いて将門公へと向けると、将門公はそれに順に手をかざし、刀身が僅かに燐光を帯びていく。

 

「我が力を振り分けておいた。その三振の剣とそのマガタマで鋼の巨神の四方を囲め。僅かな間なら、我が力で抑え込めよう」

「ご助力、ありがとうございます」

 

 小次郎に習い、他の者達も将門公に頭を下げる。

 

「それと、ここまでたどり着いたそなたらに話しておきたい事が」

「へ?」

 

 いきなりの話に、修二が思わず間抜けな声を上げるが、他の三人は視線を鋭くしていた。

 

「そもそも、東京受胎の前から、我を危険視した者によってここは封印されていた。だが、異なる世界の者達が現れ始めた頃から、なにか声が聞こえるのだ」

「声、とは?」

「分からぬ。だがそれは、我を誘惑する。かつての大怨霊の頃を思い出せ、と。危険を感じた我は、四天王にここの護りを固めさせた。それでもなお、どこかから声は聞こえる気がするのだ」

「これほどの護りで?」

 

 将門公の話に、小次郎とアレフがここまでの坂東宮の固い守護を思い出す。

 

「将門公に干渉するとなると、相当な力を持った存在か………」

「此度の件、あまりに異様過ぎる。何者かが裏で糸を引いているのやもしれぬ。しかも、数多の世界で」

「そこまで出来る奴がいるのか?」

「かなりの上位神、もしくは魔神………」

「だが、あまりに影響が大き過ぎる。心当たりが全く無いわけでは無いが、さすがに………」

 

 将門公からの警告に、小次郎、アレフ、フリンが色々と考え込む中、修二はついていけずに黙り込む。

 

「よく分かんねえけど、これだけやらかしてるなら、そろそろその黒幕ってのが出てくるんじゃね?」

 

 修二の何気ない一言に、全員の視線が集中して思わず当人はたじろぐ。

 

「一理ある」

「現状では、まずあの超力超神・改の対処が優先だ」

「それが片付けば、次はタルタロスが主戦場になる。準備を進めておかなくては」

 

 即座に議論を切り上げた三人は一様にうなずくと、将門公に向き直って拝礼する。

 

「ご助力感謝します」

 

 代表するように小次郎が礼を述べ、慌てて修二も同じように頭を下げる。

 

「それでは、我々はこれで」

「そなたらの武運長久を祈ろう」

 

 その場を去ろうとする四人だったが、そこで将門公が修二を見る。

 

「待たれよ、人修羅と呼ばれし者よ」

「はい?」

 

 呼び止められた修二が振り返り、他の三人も足を止める。

 

「そなたの体は完全に悪魔と化しているが、魂は人のままだ。何か心に異常を感じた事は?」

「う~ん、今の所は。ダチは二人ともおかしくなっちまったが」

「だとしたら、妙だ。それ程振れやすい魂を持つ者には干渉してきていない事になる」

「つまり、その何者かは確実に堕ちやすい者のみに干渉している?」

「もしくはすでに堕ちている者、だ」

「………帰ったら皆に伝えておこう。ひょっとしたら他にも敵対していた者が出てきかねんと」

 

 将門公からの警告を胸に、四人は坂東宮を後にした。

 

 

 

『それでは、超力超神・改攻略ミッションの確認作業に入ります』

 

 レッド・スプライト号の一室で、各チームの代表者が集まり、アーサーの議事の元に作戦の最終確認を行っていた。

 

『まず第一段階、当艦の電子装備及びジャミング能力のペルソナによる電子攻撃を実行。これの目的は超力超神・改の兵装の使用不可にする事です』

「まず注意すべきはあの火力だ。あんな物をまともに食らったらひとたまりもない」

 

 確認をしながら、克哉が頷く。

 その点に関して、誰も異論は唱えない。

 

『第二段階、東京の守護神と称される存在、平 将門の力を持って超力超神・改の動きを封じ、その間に兵装及びプラズマシールド発生装置を破壊、使用不能にします』

「将門公の力を持ってしても、どの程度動きが封じれるかは不明だ。極めて迅速に行う必要が有る」

「兵装破壊はこちらに任せてもらおう。慣れている」

 

 小次郎の補足説明に、ゲイルが更に補足していく。

 

『第三段階、山岸 風花、久慈川 りせ両名の協力の元、核弾頭の位置を確定。葛葉の秘術によってそれを奪取の後、解体・無力化します』

「責任重大だな」

「いきなりドカンって事ないですよね?」

 

 美鶴が頷く中、悠は頬を引きつらせる。

 

「核弾頭ともなると、そう簡単には爆発しないように何重にも安全装置がついている」

「ならば、取り出してしまえばこちらの物か」

 

 仁也がアーサーから提示された核弾頭のデータを確認し、ライドウが詳細までは分からなくても、概要は理解する。

 

『第四段階、ここまでの作戦で無力化した超力超神・改内部に突入、製作者と思われる神取 鷹久を確保もしくは打破します』

「それが一番の難題だな」

「内部にどんな仕掛けがあるかも分からないし、神取自身も相当な実力者だ」

「精鋭部隊を複数箇所から同時侵入させる。ライトニング号の見取り図はあるが、どこまで原型が残っているかがカギか」

「もうすでに残ってないような?」

「だが、変形時の形状変化データから、推測は可能だ」

「他の勢力が介入してくる可能性も有るわ」

 

 色々な意見が飛び交う中、ミッションの詳細確認は遅くまで続いた。

 

 

 

「つまり、オレらはりせちーと風花ちゃんが核弾頭探り当てる間、護衛するのが担当って訳か」

「後は荒事慣れしてる連中に任そう。さすがに巨大ロボと戦った事はねえ………」

 

 業魔殿の秘密武器庫で、陽介と順平が得物の確認をしながら呟く。

 

「核弾頭の解体はレッド・スプライト号の人達がやってくれるそうだ」

「そもそも、さすがに核弾頭の解体は知りませんね………」

 

 明彦が色々なナックルを試す中、直斗がずらりと並ぶ銃火器に頬を引きつらせながら考え込む。

 

「放射能とか大丈夫だよね………?」

「多分………」

「あ、これ一応全員分だってもらったんだけど」

 

 ゆかりと雪子が渋い顔をする中、千恵がネガフィルムから作ったパッチをテーブルの上に広げる。

 

「何スかこれ?」

「放射線は感光しますから、これを胸に付けておいて黒くなったら危険の証拠です」

「へ~、そうなんだ」

 

 完二が首を傾げるのに風花が説明し、りせもパッチを手に取ると胸へとつける。

 

「あの世でも似たようなの付けてたな………」

「あの時は危険だったぞ、順平」

「何か危険な事を言ってる気がするクマ………」

 

 順平と明彦の会話に、クマが深く突っ込んではいけない気がしつつ、自分の手には嵌まるクローを探していた。

 

「りせさんや風花さんの事を向こうが知っているかどうかがカギですね」

「ワンワン!」

 

 槍の具合を振って確かめる乾の足元で、やる気満々のコロマルも鳴き声を挙げる。

 

「大丈夫、私のペルソナで二人の存在はなるべく隠す」

「干渉しないかが問題ですね」

「この後確かめておこう」

 

 チドリが胸を張るが、風花とりせは念を入れて準備を進めていく。

 

「大変な事になってたみたいだね」

「啓人!」

「不破さん!」

 

 そこへ、ようやく退院してきた啓人が姿を表し、課外活動部の仲間達が驚く。

 

「不破、怪我はもう大丈夫なのか?」

「ええ、なんとか。まだ体がギクシャクしますけど」

「よかった~。あのダンテって人、いきなりお腹の傷焼いたりして本当に大丈夫かと心配してたんだ~」

 

 明彦の確認に苦笑いする啓人に、ゆかりが胸を撫で下ろす。

 

「大丈夫、あの世に片足突っ込んだだけだから」

「………なんで彼女がここに?」

「お前がくたばってる間ちょっとな」

 

 余計な事を言うチドリに、啓人がそちらを指さしながら順平に確認するが、順平は照れ笑いするだけだった。

 

「それがそっちの切込み隊長って奴?」

「あ、話は聞いてる。新しいペルソナ使いの人達?」

「自称特別調査隊の切り込み隊長、花村 陽介。よろしく」

「特別課外活動部戦闘リーダーの不破 啓人、こちらこそよろしく」

 

 陽介が会議中の悠に代わって挨拶しつつ差し出した手を、啓人が握り返す。

 

「後はアイギスさんが復帰すれば」

「あ、そろそろ調整終わってると思います。啓人君の事心配してたから、顔見せてきた方が」

「そうだね、そうするよ」

 

 乾の声に風花が思い出した事をアドバイスすると、啓人はひとまずそちらに向かってみる事にする。

 ほどなくヴィクトルの研究室へと入ると、そこにはどこか不安げな顔のアイギスとその横に立つラビリス、調整台の上に寝たまま未だ目覚めないメティスの姿が有った。

 

「啓人さん! もう大丈夫なのですか!?」

「ごめん、心配かけた」

 

 啓人の姿を確認したアイギスが驚く中、啓人は頭をかきながらそれに応える。

 

「エラい負傷やったけど、よういいんか?」

「何とか」

「気ぃつけい。ヴィクトルとゾイとかいう先生が妙な治療してたかもしれへんで」

 

 ラビリスも声をかけてくる中、メティスの状態を確認していたDr.スリルが余計な事を言ってラビリスに睨まれる。

 

「それで、その子は………」

「まだ覚醒せんな。ワイもヴィクトルも色々やったが、原因が分からへん」

「また敵対せえへんとも限らへんな」

 

 スリープ状態から反応の無いメティスに、室内には重い空気が立ち込める。

 

「啓人さん、私は間違っていたのでしょうか? 私の妹を助けたいと思ってした事だったのに………」

「そんな事は無いさ。あれだけ頑張ったんだ。きっと力を貸してくれるよ」

「ですが………」

 

 不安げなアイギスの肩に、啓人が手を載せた瞬間だった。

 

「あん?」

「あれ?」

 

 突然計器類が反応し、メティスの目がいきなり見開かれる。

 その目がアイギスと啓人へと向けられた瞬間、その体が跳ね起き、そのままの勢いで鉄拳が治ったばかりの啓人の腹へと叩き込まれる。

 

「おぐっ!?」

「メティス!?」

「あかんか!」

 

 アイギスが驚き、ラビリスが臨戦態勢を取ろうとするが、そこで更なる行動をメティスが取った。

 

「姉さんに汚い手で触るな!」

「………はい?」

「は?」

 

 啓人へと叫びながら、アイギスを自分へと引き寄せたメティスに、アイギス当人もラビリスも呆気に取られる。

 

「汚いって………」

「幾月博士から聞いているぞ! お前は仲間の女子をひっきりなしに部屋に引き入れているらしいな!」

「それはその、タルタロス探索とかペルソナの相談で………」

「そう言って姉さんも毒牙にかけるつもりだろう! そうはさせるか!」

「あの、メティス?」

「大丈夫姉さん、私がいる限り、あの男には絶対手を出させないから」

 

 悶絶している啓人に向かって騒ぎ立てるメティスに、アイギスも困惑していた。

 

「どないなっとります?」

「知らん。けど完全に覚醒して問題無く動いとるの」

 

 確認を取るラビリスに、Dr.スリルは計器類をチェックして結果だけを報告する。

 

「よかったやないか。仲間にはなってくれそうやで」

「これは、その………」

「私の仲間はアイギス姉さんだ」

「ウチは?」

「一応その次辺り」

「一応………」

「あの、メティス。それでは一緒に戦ってくれるのですか?」

「もちろん、姉さんのためだったら」

 

 かつての無感情の機械とはまるで真逆、しかもかなり重度にシスコンを拗らせている事に、アイギスとラビリスは困惑しつつも、取り敢えずメティスを仲間に出来た事に納得する。

 

「あの、それでは私はメティスが無事再起動出来た事を皆さんに知らせてきます」

「私は姉さんさえいれば…」

「一緒に行きよし。次の作戦、猫だろうとシスコンだろうと必要やから。こっちはウチが運んどきやす」

 

 まだ悶絶している啓人に肩を貸しながら、ラビリスは先に部屋を出、アイギスもメティスを伴ってそれぞれ別方向へと向かっていく。

 

「………ホンマに役に立つんやろか?」

 

 部屋に残ったDr.スリルが、メティスのデータを見直しながら、一番の懸念事項を呟いていた。

 なお、退院後すぐ医療室に戻ってきた啓人は、ゾイから怒鳴られたが負傷はアザだけで済み、アイギスと一緒に歩くメティスの姿に機動班を含む一部の者達(特にアンソニー)に恐怖と混乱をばら撒いた。

 

 

 

「どうやら、上の街の方が騒がしいですね」

「近い内に何かやらかすんやろな」

 

 受胎東京の廃墟となったビルの影に、タカヤとジンがシバルバーの方を見上げながら呟く。

 

「アレへの対処法でも思いついたのでしょうか」

「あないな巨大ロボ、どう倒すんやろな?」

「さて、どうでしょうか………」

 

 ジンの疑問に、タカヤが苦笑する。

 

「けど、今はあのロボがいるために、誰もカグツチに手を出せない状況に有ります」

「あのおっさん、あんな奥の手有るなんて言っとらんかったが、お陰で誰もコトワリの開放が出来ん」

「今、壊されると困りますね………」

「じゃあ、あっちにつくんか?」

「そこが悩みどころです。彼の目的がどこにあるのか、それが分からなければ下手な助力は逆効果になるかもしれません」

「得体がしれん言うんは確かやけどな。あれだけの物出してきておきながら、何もせん方が気になるわ」

「もしくは、もう目的を達しているか………」

「どちらにしろ、こちらのやる事は変わらんしな」

「ええ、人間の世界を取り戻させない事。ストレガの目的が叶ったこの世界、壊させはしません………」

 

 

 

「必要物資の準備及び配備、間もなく完了です」

「術式準備及び必要悪魔、完了している」

『ミッション詳細配布完了。24時間以内に発動可能』

 

 レッド・スプライト号のブリッジで各所からの報告を聞きながら、克哉、キョウジ、アーサーの三人がミッションの最終調整を行っていた。

 

「やはり、問題は喰奴達の安定化か………」

「あれだけのデカブツとやり合うには、あいつらの協力は不可欠だ。だが、戦わせればそれほど、暴走の危険性は高くなるだろうな」

「一体ずつなら術者による術式で安定化させられるし、業魔殿からのマグネタイト供給も有るが、戦闘中にはどちらも確実に出来るとは言えない」

『不確定要素が排除されない限り、当ミッションの発動許可は出せません』

「暴走したら、まとめて倒しても構わないとかヤバい事言ってるしな………セラの容態は?」

『医療班チーフのゾイから、医療室からの出入りすら禁止されたままです。意識ははっきりしていますが、身体能力がかなり弱まっています』

「ネミッサ君をバイパスにするとかいう話はどうなっている?」

『アサクサでのデータを見る限り、理論上は可能。しかしゾイは難色を示しています』

「あくまで最後の手か………」

「手なら、他にも有ります」

 

 そこで聞こえてきた声に克哉とキョウジが振り向くと、セラ同様医療室に入院中だった麻希の姿が有った。

 

「園村君、もう大丈夫なのか?」

「ええ、何とか。ゾイ先生にはまだ艦内からの外出は禁止されてますが」

「つまり君も出撃禁止か。それで、手ってのは?」

「前の実験で、私はセラとのバイアスに使われたので、少しならあの子とリンク出来ます。もしもの時は、私がセラちゃんの歌を中継して、それをネミッサさんに届けられると思います」

「本当か? 正直、君のダメージも小さくはないと思うのだが………」

「セラちゃんに比べればだいぶ軽いです。ゾイ先生や黎子先生も付いてくれますし」

「分かった。だが無理はすんなよ」

 

 決意の固い麻希に、キョウジは彼女の提案を受け入れる事にする。

 

「………アーサー、ミッションの発動可能時間は24時間後だったな?」

『はい。超力超神・改対策ミッション、発動を許可していいとみなします』

「ああ、各所に通達してくれ」

『了解』

 

 文字通り、最大の敵相手の戦いへのカウントダウンが始まった………

 

 

 眠れる力を呼び起こし、そそり立つ壁へと向かって糸達は向かっていく。

 その果てに待つのは、果たして………

 



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PART56 IMAGINARY TITANOMACHIA

 

「機材搬入急げ!」

「各自装備の確認!」

 

 ターミナルから続々と人員や物資が運び込まれ、臨時の前線基地と化していくタルタロス内で様々な準備が進められていた。

 

「シャドゥ達に動きは?」

「先程小規模な戦闘が有った以降は沈静化していますわ」

「まあ、タルタロスにここまでの戦力が送り込まれた事は初めてだろうが………」

「こちらとしては物資の補充が出来てよろしいのですが、いささか手狭ですわね」

 

 内部の安全確認を行う美鶴に、イザボーが報告しつつ溢れ始めている人と物に嘆息する。

 

「相手はあの巨大ロボだ、この程度の武装でどうにかなるかがまず問題だが」

 

 八雲が運び込まれた物資からグレネードランチャーや無反動砲と言った重火器をチェックしながら呟き、美鶴とイザボーは眉をひそめる。

 

「確かに、我々のペルソナでもあのサイズ相手では有効とは思えん」

「こちらも大型の仲魔を用意したいのですが、中々………」

「どこも似たようなモンだ。前のはただ暴走してただけだったから力技でねじ伏せたが、今度のは筋金入りのマッドサイエンティストの肝入ときてやがる。突いたら何が出てくる事やら………」

「私、ああいうのは詳しくないのですけれど、弱点のような物はないのでしょうか?」

「そうだな、動力を断つとか、システムをダウンするとか」

「どちらにしろ、外部からの干渉は難しいだろうな。内部突入してどっちか出来るか、いっそ核弾頭でも自爆させられれば…ここの中って外からのダメージどこまで防げる?」

「かつて外壁破壊は試みられたらしいが、失敗したそうです。ただ放射線までは………」

「そうか、上の連中も巻き込むから自爆狙いは無理か………」

 

 危険な事を呟く八雲に、イザボーは美鶴の袖を突く。

 

「この方、少し言ってる事が危険な気がするのですけれど、大丈夫なのですか?」

「その点は当たってますが、頼りにはなります。色々な意味で危ない人なのも間違いないのですが………」

 

 女二人が八雲を少し遠巻きにする中、着々と準備は進んでいた。

 

「他勢力の状況は?」

「遠巻きに監視部隊を配置してる。こちらが行動起こしたらどう出るか………」

「アレがある種の抑止力になっていたからな。無力化したら一気にここになだれ込む可能性もある」

「守護を召喚しなくてはコトワリの解放は出来ないわ。珠閒瑠市の方が狙われるかも」

「珠閒瑠市とタルタロス、双方に防衛戦力は残しておく必要があるな」

「ここが防衛線になるか………」

 

 各チームのリーダー達が準備を進めつつ、状況をまとめていく。

 

「風花ちゃんとりせちゃんはここのエントランスを拠点にナビゲートをよろしく。状況に変化があったらすぐ知らせて」

「分かりました」「OK」

「こちらのメンバーは半数ここに置こう。タルタロスとシャドゥ戦の事なら熟知してる」

 

 レイホゥからの指示にナビ役の二名が頷き、それを聞いた美鶴も部員の配置を決めていく。

 

「オレ達はどっちに?」

「お前らはエントランスだ。外のデカブツとやり会える自信が無いなら外に出るな」

「そうします………」

「それと外からなだれ込まれそうになったらナビの二人連れて逃げろ。戦争やらかすには多分お前らはまだ早い」

 

 悠が確認を取るのを、八雲は多少脅して配置を伝える。

 

「その、いつもこんな感じなんですか?」

「まあな。敵味方共に多少人数が桁で増えてるだけだ。デカいのは初めてだが、ロボじみた奴なら前に戦った事がある」

「こちらだと暴走したロボットなんてそこいら中にいるぞ」

「確かに。あそこまで巨大じゃないが」

 

 悠が恐る恐る聞いてくるのを八雲が肯定するが、通りすがった小次郎とアレフが余計な追加をして悠の表情が凍りつく。

 

「安心しろ、その内慣れる。まず常識なんて物を捨てる事を覚えろ」

「なんて事教えてんのよ。あながち間違ってないけど………」

 

 八雲の助言(?)にレイホゥが突っ込んだ所で、八雲のGUMPからアラームが鳴る。

 

「エントランスの準備が出来たようなんで行ってきます」

「電子戦なんて出来るデビルサマナーはあんただけだからね。せめても狙いがこっちに来ない程度には頑張って」

「レッド・スプライト号のバックアップがあるから、この間よりはマシか………」

 

 レイホゥに発破を掛けられながらエントランスへと向かう八雲を見ながら、悠はおもむろに口を開く。

 

「デビルサマナーってあんな感じの人達ばかりなんですか?」

「八雲は少し違うわね。ハッカーの方が元だから。悪魔召喚プログラムの完成以降、偶然それを手にしてデビルサマナーになる人達が増えてね。もっとも使いこなせる人は極めて少ないわ。欲しかったらヴィクトルかアーサーに頼んでみたら?」

「ペルソナだけで結構です………」

 

 世界観の違いをそこはかとなく感じながら、悠も防衛拠点となるエントランスへと向かう事にした。

 

 

 

「作戦開始まで、あと15分か」

 

 レッド・スプライト号からレンタルされた軍用腕時計を確認した修二が、ステルスシートの下から超力超人・改を見る。

 隣にいるダンテも周囲を見ながら不敵な笑みを浮かべていた。

 

「いきなり突入、ってわけにはいかないか」

「あんた一人ならいいかもしれんが、核弾頭相手にした事は?」

「無い」

「悪魔の体って核爆発耐えられっかな? 試す気はしないけど………」

「いい経験になるかもしれないぜ?」

「そんな事言えるのあんただけだよ………」

 

 被爆の危険性を笑い飛ばすダンテに心底呆れながら、修二は開始時刻を待つ。

 

「あいつをどうにかしたら、次はタルタロス登ってカグツチどうにかしてか………気が遠くなりそうだ」

「じゃあ手早く終わらせるとしようぜ。そろそろ始まりそうだ」

 

 愚痴っていた修二だったが、ダンテの言葉に即座に顔を引き締める。

 

「始まった」

 

 第一段階として、デモニカをまとった機動班が四方八方からロケット弾や小型ミサイルを発射する。

 超力超神・改の巨体の前には無意味とも思える攻撃だったが、着弾した弾頭からは無数のチャフがばら撒かれる。

 

「あんなので効くモンかね?」

「相手の気がそらせりゃいい。来るぞ」

 

 超力超神・改の各兵装が動き、攻撃してきた機動班へと砲口が向けられる。

 それらが火を噴く直前だった。

 

 

「行くよ、順平」

「おうよ、行くぜチドリ!」

「メーディア」『インサイン・エスケープ…』

 

 タルタロスの入り口から程ない所で、魂を半ば共有しているチドリと順平が、手を握り合って順平が己の召喚器をチドリに向けてトリガーを引き、チドリのペルソナを発動。

 強力なジャミングが超力超神・改を襲い、向けられていた兵装が停止、超力超神・改自体も妙な挙動を見せ始める。

 

「今だ!」

「おうよ」

 

 その隙を逃さず、修二とダンテはステルスシートから飛び出し、同様に他の三方からも将門公の力を借りた者達が飛び出す。

 

「前と同じ対抗手段される前に、動きを止める!」

「安心しな、その前にゴスロリお嬢さんを狙う連中は潰しとく」

 

 修二が冥界で同じ手を使った時の事を思い出しながら叫ぶ中、ダンテはひと足早く前へと出ていく。

 そしてホルスターからエボニー&アイボリーを抜くと、凄まじい連射で目に入る兵装を次々と破壊していく。

 

「あんまま任せておきたい所、だがな…!」

 

 修二が呟きながら、超力超神・改の間近まで迫ると、将門公からもらったマガタマをかざす。

 他の三方でもそれぞれ将門公の力が込められた刀をかざすと、それを地面へと突き立てる。

 

「頼んだぜ、マサカド様!」

 

 修二が叫んだ直後、四方の点を結ぶように光が伸び、それらが繋がった直後、超力超神・改の動きが完全に停止する。

 

「封印成功!」

 

 修二は笑みを浮かべるが、かざしたマガタマから来る圧力にその場から動けないでいた。

 

「聞いてねえよ………」

 

 他の三人も同様の状態らしい事を遠目で確認しながら、修二はマガタマに力をこめ続ける。

 

「一番最初にギブアップしそうなの、オレだよな………」

 

 

 

「封印確認! 作戦を次の段階へ!」

「エンブリオ、攻撃を開始!」

 

 タルタロスエントランスに作られた臨時指揮所で、各所からの報告が響く。

 

「それじゃ、これで…」

 

 ペルソナを解除しようとしたチドリが、言葉の途中で崩れ落ちそうになり、慌てて順平が支える。

 

「ちょ、チドリ!」

「大丈夫、ちょっと疲れただけ」

「あんま無茶させんな、黄泉帰ったばかりは安定しないからな。お前もだが」

 

 それを見ながら八雲がアドバイスしつつ、手は凄まじい速さで用意された複数のキーボードを叩き続ける。

 

「そいつ程じゃないが、兵装潰すまでの時間はなんとか稼いでやる」

「お願い。少し休んだらこっちは大丈夫だと思う」

「控えててくれ、最悪もう一度って事になる可能性も有る」

「その子のペルソナ、こっちも影響うけんだよな………」

「対策しててこれか」

 

 八雲のそばで同じように電子戦を挑んでいた通信班の隊員達が、メーディアの影響で多少エラーが出ている事に顔をしかめる。

 

「まだやってる最中で奇声だの呪詛だの漏れてこないだけマシだ。オレは何度も有る」

「ホラー映画だな………」

「違うのは登場人物が自分って事だ。山岸、久慈川、そっちは」

「準備出来てます」「やるよ~!」

「ユノ!」「ヒミコ!」『ハイ・アナライズ!』

 

 準備していた風花とりせがペルソナを発動、二人がかりで超力超神・改をアナライズしていく。

 

「すごいエネルギー反応です。こんなの初めて………」

「え~と、核弾頭ってどんな反応?」

「落ち着いて、魔力や生命力のこもってないエネルギーを除外していけば………アレ?」

「どうした?」

「これって………」

「人間の反応! しかも複数!」

「なんだって!?」

「本当か!?」

 

 二人からの同時の報告に、エントランス防衛に当たっていた啓人と悠が思わず声を上げる。

 

「ま、アレだけのデカブツだ。一人で運用出来るとは思えんが、核武装した巨大ロボに乗ってる物好きはどこのどいつだ?」

「ペルソナ使いの反応は二人、もう一人は恐らくデビルサマナーです!」

「他に弱い反応一つ、いや二つ?」

「ペルソナ使いの片方は神取だろうが、あとは誰だ? 一応出張ってる連中に知らせとこう」

 

 予想外の事態に八雲は手を休めずに通信文を別キーボードで打っていてふと考える。

 

「で、そいつら強いのか?」

「反応はかなり強いです。一番強いのが多分神取という人だと思いますけど、他の二人も………」

「ヤバいね、これ………待ち伏せかな?」

「状況的に考えて神取の仲間ってのが妥当だろうな。あの野郎、巨大ロボと核弾頭以外にそんな手札隠してやがったのか………」

 

 八雲は舌打ちしながらモニターを確認、動けない超力超神・改の兵装を喰奴とダンテが破壊していく様子に、僅かに悩むとキョウジへとホットラインを入れる。

 

「キョウジさん」

『聞いてたぜ。今の所作戦に変更は無しだ。あのデカブツと核弾頭、これが今の所一番の問題だからな』

「了解、突入班その他に通達、中に誰かいたら一応撃っとけと」

「ちょ!?」

「ペルソナ使いなら普通の弾は効かん。デビルサマナーなら簡単に撃たれる間抜けはいない。覚えとけ」

「………そうなの?」

「多分………」

 

 八雲の言葉にりせは驚くが続けての八雲の説明に風花に問い質し、風花は困った顔をしながらも一応肯定する。

 

「それよりも、肝心のブツは?」

「あ、はい! 目標の左胸部分に独特のエネルギー反応が有ります!」

「なんかすごいヤバイ感じ、多分これが………」

「安心しろ、そう簡単には起動しないだろうから。こちら八雲、核弾頭の位置判明。これより座標を送る」

 

 アナライズで判明した核弾頭の位置に、八雲は顔をしかめる。

 

「胸部、しかもかなり深部だな………」

「内部構造も大分入り組んでるようです。詳細まではまだ途中ですが………」

「でもハッキング解除したら撃たれるんだよね?」

「いくつかマニュアルで動かそうとしてるな。こっちの電子攻撃が切れるより早く兵装潰し終えられるかどうか………」

 

 言葉の途中で、マニュアルで狙いもつけずに放たれたらしいミサイルがタルタロスのそばに着弾、爆音を轟かせる。

 

「ミサイル! ミサイル飛んできた!」

「だ、大丈夫です。狙いつけてなかったみたいで………」

「ミサイルの一発くらいそちらで対処しとけ。ペルソナ使いならできるだろ?」

 

 慌てるりせと風花に、八雲は口調も変えずに作業の手を止めない。

 

「オレ、すげえ帰りたくなってきた………」

「うん、多分みんな思ってる」

 

 入口付近でタルタロス防衛がてらに外の様子を見ていた陽介のぼやきに、同じく外を見ていたゆかりも頷く。

 

「カグツチとやら開放したら帰れるかもしれんぞ、まともに開放できる状態かは不明だけどな」

「さすがにアレは私でもアナライズ出来ません………」

「そんなヤバイの?」

「接触したテレパスが次々発狂したって話だ。無事に接触できるのはセラだけだそうだが、やってみるか?」

 

 全力で首を左右に振るりせを横目で見ながら、八雲はキーボードを叩く手を休めないが、そこで小さく舌打ちした。

 

「押され返され始めた!」

「リソースをこっちに向けたか。本気でかかられたら、この程度のマシンじゃ焼かれるな」

「アーサーからの経由と直接じゃ、こちらに分が悪い! 兵装破壊はどうなってる!?」

 

 通信班が慌て始める中、八雲は顔をしかめただけで手の動きが加速する。

 

「あの、私も…」

「山岸は久慈川と内部アナライズを続けろ。まあ何か有っても…」

 

 風花も手伝いを申し出るが、八雲が差し止める途中でハッキングに使っていたマシンの一つが文字通り火を吹いて沈黙する。

 

「この程度で済む。………なんてパワーの使ってやがる、ダミーは用意しておいたが、全部火吹くのも時間の問題か」

「なんで落ち着いてんすか!?」

「消火器! 消火器!」

「誰かブフ系!」

 

 その様子にエントランスにいたペルソナ使い達の方が慌てて今だ火花を上げているマシンだった物を消火する。

 

「冥界だとリソースを召喚装置に軒並みつぎ込んでたが、使う奴が使えば変わる物だな」

「く、せめてプラズマ装甲発生装置破壊までは持たせないと!」

「レッド・スプライト号と位置が変わってなければの話だが………」

 

 一進一退の電子戦の攻防が繰り広げられていた頃、当の超力超神・改の中では…

 

 

 

「ジャミング能力を持つペルソナに、これは平将門の力を借りた封印か。こんな手を隠していたとはな」

 

 神取が身動きの取れない超力超神・改の状況をチェックしつつ、動かせる物を端から試していく。

 

「ハッキングも手慣れてるようね」

『助勢するか?』

 

 赤いデモニカの少女と、そのサポートAIが画面に映し出されるハッキング状況をチェックしながら提言するが、神取は小さく首を振ってそれを断る。

 

「機体が動かないなら、その分のリソースをハッキング対応に回す。腕のいいハッカーだが、純粋にパワーならこちらが上だ」

「そんな悠長な事言ってていいの」

『兵装の破損率がかなり高くなっている。完全に場所を把握されている』

「向こうにも同型艦が有るからな。こちらの兵装がどんな物かはバレている。元からついていたのはな」

 

 画面に外部で喰奴やダンテが次々と兵装やプラスマ装甲発生装置を破壊していくのを見ながら、神取はほくそ笑みながら完全に独立したシステムを引いていたある装置を起動させた。

 

 

 

「次は、そこか!」

 

 ダンテがリベリオンを振るい、そこにあった大口径機銃を破壊する。

 

「張り切ってるなブラザー!」

「そっちもな」

 

 超力超神・改の外装を階段でも登るように平然と登りながら大剣と銃で兵装を次々破壊していくダンテのそばを滑空しながら、シエロが雷撃魔法を雨霰と放ち、別の兵装を破壊していく。

 

「兵装もだけど、プラズマ装甲発生装置も壊すんだよ!」

 

 アルジラが両腕の触手で外装を登りながら、発生装置の一つを壊す。

 

「あと三箇所、ヒートそこから10時方向、5m先」

 

 ゲイルがギガンティック号の図面と変形時の変化からアーサーが割り出したプラズマシールド発生装置のあると思われる箇所を指示し、外装を登っていたヒートがひとっ飛びでそこへ爪を突き刺して陣取ると、業火を吐きつける。

 

「こちらは破壊した。あとは中央発生装置だ」

 

 ロアルドがヴァジュラ状になっている腕で発生装置を貫き、最後の一つの場所を確認する。

 

「胸部中央部、あそこだな」

「任せな!」

 

 シエロが一気に上昇し、超力超神・改の胸部、一際大きな盛り上がりが有る中央発生装置と思われる場所に電撃魔法を叩き込むが、一際強固な装甲に半ばで阻まれる。

 

「うげ、硬ぇ………」

「どいてな」

 

 そこへダンテが装甲板を駆け上がり、リベリオンを大上段に振りかぶる。

 それを一気に振り下ろそうとした瞬間、何かに気付いたダンテが斬撃を停止、装甲板を蹴って下降するとリベリオンを突き刺して体を固定する。

 

「おいおい、何やってんだい?」

「なんか、ヤバイ感じがする。動いてるぞ、それ」

 

 シエロが首を傾げるが、ダンテの目は中央発生装置へと向けられている。

 

「どういう事だ、電子攻撃はまだ続いているはずだ」

「完全に独立しているのかもしれない。だが、一部だけ稼働させてどうする?」

 

 装甲の出っ張りに体を預けたゲイルとロアルドが状況を確認する中、その脇をサーフが駆け上がっていく。

 

「サーフ!」

 

 アルジラが思わず声をかけるが、サーフはダンテがぶら下がっていたリベリオンの柄を蹴って飛び上がると、中央発生装置に猛吹雪を吐きつける。

 だがそれは装甲板を半ば弾き飛ばしながら発生したプラズマ装甲に阻まれた。

 

「起動しやがった、だが…」

 

 落下しながら腕からの刃を突き刺してダンテの隣にぶら下がったサーフだったが、ダンテと二人で発生したプラズマ装甲を見てある事に気付く。

 

「小さいな」

「ああ」

「こんなんじゃロクに防御も…」

 

 ダンテが片手でぶら下がりながらアゴに手を当てた所で、プラズマ装甲に包まれた何かがせり出し始め、そこにスパークが生じ始める。

 

「は、やっぱ巨大ロボにはこういうのが付きものか」

 

 なにか危険な物だと悟りながらも、ダンテの顔には不敵な笑みが浮かんでいた。

 

 

 

「おい、何か出てきてるぞ! どうなってる!」

 

 マガタマを介してマサカド公の結界を貼り続ける修二が、通信に思わず怒鳴る。

 

『今こちらでも解析中…』

『こちらアーサー、該当する兵装を確認。プラズマ装甲内包型粒子砲と判断。ただし、調査計画までに完成せず、未完のまま搭載されていた兵装です』

「完成されてるじゃねえか! しかもこっち向いて…まさか!」

 

 修二が徐々にスパークが強くなっている粒子砲に血の気が引きながらも、かろうじて自分の背後、そこにあるタルタロスの方を見る。

 

「狙いはタルタロスか!」

 

 

 

「つう訳で大型粒子砲がこっち狙ってるらしい。ここの外壁持つか?」

「わ、分かりません!」

「超激ヤバって出てる!」

 

 八雲が平然と告げる中、アナライズ役の二人は大慌てする。

 

「だろうな………アーサー、発射までの時間は?」

『内部エネルギー量から逆算………約600秒前後』

「10分、退避は間に合わないな」

『どうする、作戦を前倒しするか!?』

『だが核弾頭と粒子砲、双方を無効化する方法は!?』

 

 各所から慌てた通信が飛び交い、八雲も頭を巡らせる。

 

「私なら、何とか止められるかも………」

「無茶言うなチドリ! まだ無理だ!」

「逃げよう!」

「どこに!?」

「今からじゃ全員転送も間に合いませんね………」

 

 ペルソナ使いが泡を食ってあたふたする中、八雲の片手が予備用のマシンへと伸び、何かをタイピングしていく。

 

「手持ちの発破じゃ足りないか………だとしたら。キョウジさん、プランCに移行を」

『仕方ねえ、切り札は取っておきたかったんだが………プランC発動を!』

 

キョウジの発動宣言と同時に、超力超神・改に攻撃を加えていた者達が一斉に撤退する。

 それと同時にカグツチの影、超力超神・改から死角になる場所に待機していた業魔殿が姿を表す。

 

『こちら業魔殿、攻撃を開始する』

 

 ヴィクトルからの通信と同時に、業魔殿の各所が開き、そこからミサイルやロケット弾が放たれる。

 今だ動けない超力超神・改に攻撃が次々と命中していくが、元が頑丈である事と改造のためか、致命的な損傷にはならず、何より粒子砲のチャージは止まらない。

 

「攻撃命中、けど効果は低いようです!」

「チャージ継続中! どうするのこれ!?」

 

 ナビの二人が慌てふためく中、八雲は表情を変えずに逆算されるチャージ時間を観察する。

 

「やばい、こっちに出力振ってきた! このままじゃマシンが持たな…」

 

 通信班の一人が叫んだ時、ハッキングに使用していたマシンが次々と限界に達し、煙や火花を吐き出し始める。

 

「ちっ、限度か」

 

 八雲が舌打ちしながら、手元のレバーを引いて自分のマシンに達する前に回線を物理断線、それと同時にある警報を発しつつ、通信を入れた。

 

「メアリ、こっちがいかれた。そっちの準備は?」

『出来ています。全システムオールグリーン、発射体勢に入ります』

 

 メアリからの返信と同時に、八雲の見ていた画面に別のカウントダウンが表示された。

 

 

 

「ハッキングは排除出来たか。だがどれだけ虫が混入されたか………」

「力任せね。それが一番楽と言えば楽だけど」

『待て、4時方向に高エネルギー反応!』

 

 神取がハッキングを強引に潰した直後、赤いデモニカのサポートAIの警告と同時に、ブリッジ内にも警報が鳴り響き、業魔殿とは違う場所から感知高エネルギー反応の地点が拡大表示される。

 

「これは………」

 

 

 

「シルフ・ブリッド、コネクト!」

「チャージ確認、次弾装填開始」

「ターゲットインサイト、微調整開始します」

「パピヨンハート、出力上昇! きばりや!」

「分かっています!」

 

 超力超人・改から少し離れた丘の上に、巨大なユニット部に対して小さな口径を持つ奇妙な砲塔、それが二門用意され、更にそれを五人の人造少女達が発射体勢に入っていた。

 砲塔のユニット部には白、赤、青、茶の輝きを持つカートリッジが飛び出しており、それぞれに装填されている風火水土の精霊が、順次砲塔へと装填されていく。

 

「サラマンダー・ブリッド、コネクト!」

「チャージ開始」

「パピヨンハート、出力上昇、エレメント・チャージャー安定を最優先!」

 

 その奇妙な砲塔、業魔殿謹製の切り札、タイタニアキャノンの左右をアリサとメアリが自らを接続して制御し、アイギスが同様に接続して火器管制を行っていた。

 

「これで半分なんか!?」

「なぜ今まで使わなかったのでしょう?」

 

 更に両脇からラビリスとメティスがタイタニアキャノンを支えながら、安定に尽力していた。

 

「精霊の補充に時間がかかるのと、強力過ぎて使用用途が限定されるからです」

「それに半端なソウルじゃ扱いきれない! もっと集中しないと!」

 

 メアリとアリサの説明を聞くまでもなく、すでにペルソナまで総動員させ、ペルソナ三姉妹はタイタニアキャノンの制御に全力を注いでいた。

 

「レーダー波確認、感知されたであります」

「そりゃ、こんだけのエネルギー感知されへんわけないわ………」

「早く次弾を!」

「ウンディーネ・ブリッド、コネクト!」

「チャージ開始、負荷上昇」

 

 発射準備を急ぐ五人だったが、制御を一部回復させた超力超神・改の残っていた兵装がこちらへと向けられる。

 

「あかん! 誰か迎撃出来ひんか!?」

「制御に手一杯です、姉さん」

「同じく!」

「まだ最後の一発が残ってる!」

「四大元素を均等に混合させないと、暴発の可能性が有ります」

「なんでもええから早く!」

 

 ラビリスが慌てるが、誰もが文字通り手が離せず、必死に発射準備を進める中、兵装の一つからロケット弾が発射される。

 直後、飛来した銃弾がロケット弾を貫き、爆砕させる。

 

「レディの準備は邪魔する物じゃないぜ」

 

 両手に硝煙を上げているエボニー&アイボリーを持ったダンテが五人の前に立ち、遅れて喰奴達も集結してくる。

 

「発射までガードしろ」

「言われなくても!」

「そっちも急げ!」

 

 サーフの命令を聞くまでもなく息せき切らせながら喰奴達がガードにつく。

 

「発射まであと何秒かかる」

「もう少し! ノーム・ブリッド、コネクト!」

 

 ゲイルからの問にアリサが叫びながら、最後のカートリッジが接続される。

 

「エレメントチャージャー、臨界まで5,4,3,2,1、マックシング!」

「ターゲット、超力超神・改、胸部粒子砲!」

 

 砲塔内に四元の精霊の力が融合、増幅されていくのを五人の人造少女達が全力で制御、メアリとアリサが調整し、アイギスが狙いを定め、ラビリスとメティスが暴れそうになる砲塔をなんとか抑え込む。

 

「最終安全装置解除! メアリさん!」

「皆さん、ソウル最大!」

「ツイン・タイタニアキャノン、FIRE!!」

 

 メアリとアリサの声がトリガーとなり、二門の砲塔から四元全ての属性を持った純粋なエネルギーの塊が烈光となって放出される。

 虚空を貫いた烈光が超力超神・改の粒子砲を覆うプラズマ装甲に直撃し、凄まじいまでのスパークを撒き散らす。

 僅かな間、拮抗していた双方だったが、とうとう限界に達したのか、烈光がプラズマ装甲をその下に有った粒子砲ごと貫き、超力超神・改の巨体を貫通して消える。

 

「戦果確認、目標破壊に成功………」

 

 アイギスが呟くと、途端に体の各所から蒸気が噴出し、強制冷却モードが発動。

 両脇にいたラビリスとメティスも同様で、メアリとアリサに至っては強制スリープモードに移行していた。

 

「おっと、ちょっとハッスルしすぎたか」

「なるほど、今まで使わなかった理由はこれか」

 

 ガードしていたダンテや喰奴達が慌てて救援に入るが、アルジラは変身を解いてスナイパーライフルを手に周囲を警戒する。

 

「さっきのはちょっと強力過ぎたわね。シエロ!」

「他の偵察部隊みたいのが一部こっちに向かってる! ちょっとやべえかも………」

「こちらロアルド、どうやら見せつけすぎたようだ。こちらも狙われている」

『最悪それは破壊しても構わない。ロボ娘達は動かせるか?』

「まだかなり発熱している。冷却が済むまでは…」

「どけ」

 

 キョウジからの返信にロアルドは喰奴でも触るのに躊躇するほど発熱してるアイギス達をどう退避するか悩むが、そこでヒートがためらいなくアイギス達機械姉妹三人をまとめて抱えあげる。

 

「大丈夫か!?」

「これくらいオレなら平気だ。そっちは」

「いける」

 

 高温状態の三人を抱え上げ、かすかに皮膚が焼ける異臭が漂うのをヒートは意にも留めず、その背後ではアイギス達程ではないが、スリープモードに入っているメアリとアリサをサーフが冷却しつつ抱えていた。

 

「エンブリオンは五人を護衛しつつ、タルタロスまで一時撤退」

「了解」

「あっちはどうなってるの?」

「始まったようだ」

 

 サーフの指示の元、一時撤退を始める喰奴達だったが、横目で超力超神・改の方を見る。

 そちらでは作戦の佳境に入ろうとしていた。

 

 

 

「核弾頭の位置は?」

『変わっていません! あ、超力超神・改の出力が低下中!』

『今の攻撃で動力系が壊れたみたい! やるなら今!』

「凪、準備はいいか」

「はいライドウ先輩!」

 

 控えていたライドウと凪が、風花とりせのナビを聞きながら、管を構える。

 そこから羊のような姿をした小型の悪魔、何でも貪るとされる技芸属 トウテツを召喚する。

 

「ふむ、アレから核弾頭とかいう物を吸い出せばよいのか」

「そうだ、かなり危険な物らしいから注意するように」

 

 ライドウに肩車の形で乗ったトウテツの確認に、凪の肩に移動したゴウトが答える。

 

「ではいくぞ、死ぬなよ」

 

 トウテツが宣言する中、ライドウは合掌して精神と体内マグネタイトを高め、凪がその背に両手を当てて自らの体内マグネタイトを注ぎ込み始める、

 そしてトウテツは大きく口を開くと、そこから凄まじい吸引を開始する。

 

「く………」「うう………」

 

 空間すら捻じ曲げる吸引術に、凄まじい勢いで体内マグネタイトを消費されるライドウと凪が苦悶を上げるが、決して止めようとはしない。

 吸引され、捻じ曲げられた空間が目的の場所を装甲ごと引き千切り、そしてその中に有った物を引きずり出した。

 

『それです! 破損しないように注意してください!』

「凪、もう少しだ」

「はい先輩!」

 

 引きずり出された、三角錐状の物体がライドウ達の手前まで来た所で術が中断、思わず片膝をつくライドウと両膝を付く凪の前に核弾頭が地面に突き刺さる。

 

「ふむ、距離が近いからその程度で済んだか」

「出したぞ、後を頼む」

 

 トウテツが関心しながら管へと戻り、ゴウトに促された背後にいた技術班が急いで核弾頭の解体に入る。

 

「放射能漏れチェック!」

「大丈夫、遮蔽されてる!」

「遠隔起爆装置の類をチェック!」

「大丈夫だ! 時限装置の類も無い!」

「信管を外すぞ、急げ!」

 

 ガイガーカウンターで確認の後、大急ぎで解体が始められる中、ライドウは疲弊して乱れる息をなんとか整えながら、核弾頭を見る。

 

「これ一つで都市が一つ消えるのか」

「ああ、ここで爆発したら、文字通り何もかも全滅する」

「そんな物をなぜ積んでいたセオリーなのですか?」

「知らねえよ、オレらも知らなかったからな」

 

 凪も呼吸を整えつつ、核弾頭を見る。

 そこから感じる禍々しい雰囲気に、思わず凪はツバを飲み込まずにはいられなかった。

 

「それよりも、あっちはどうなっている!?」

「動き出される前に無力化するぞ!」

 

 マサカド公の封印が切れる前に作業を終わらせるべく、技術班達は急いでいた。

 

 

「核弾頭奪取確認、現在解体中。まもなく作業が終了するそうです」

「一段落ついたか」

 

 風花からの報告を聞きながら、八雲は懐から愛用のソーコムピストルを抜いて初弾を装填する。

 

「あの、何してるんですか」

「何って、カチコミの準備だ。どっちになるかは今に分かる」

 

 悠が恐る恐る聞いてくるのに平然と八雲は答えながら、装備を次々チェックしていく。

 

「デカブツの様子は?」

「出力更に低下! 多分もうほとんど動けないと思うよ!」

「あの粒子砲、動力から直結してたか。ラインを派手に壊したみたいだな。突入班に突入準備を…」

「待ってください! 超力超神・改に接近する一団を感知!」

「それだけじゃない! あちこちから色んな反応がこっちに向かってる!?」

 

 風花とりせのアナライズ報告に、八雲は舌打ちする。

 

「どうやら、手ぐすね引いて待っていたのはオレらだけじゃないみたいだな………」

 

 

「進め! 今こそのあのガラクタを占拠し、我らの新たな居城とするのよ!」

 

 チアキの号令の元、ヨスガの軍勢が進軍していく。

 

「あの内部には、守護を呼ぶだけのエネルギーが有るのは確かなのね?」

「こちらでも確認した。どうやらあの男はアレの起動のために科学的以外に色々なエネルギーを収集していたらしい。守護を呼ぶには十分だろう」

 

 エンジェルの説明にチアキは口元に歪んだ笑みを浮かべる。

 

「守護さえ呼べれば、こちらの物よ」

「好きにすればいい。私は先にあちらを占拠しておく」

 

 エンジェルの指示の下、カルマ協会の一部がタルタロスへと向かっていく。

 

「他の勢力も動き出したか、早い者勝ちだな」

 

 エンジェルは向こうに見える一団に、むしろ挑戦的な笑みを浮かべながら見つめていた。

 

 

「裏切り者を始末し、我らのマガツヒを取り戻すのだ!」

 

 シジマの軍勢が、超力超神・改へと向け進軍していく。

 

「氷川様はすでに召喚の準備を終えられている! あとは奪われたマガツヒを取り戻すまでだ!」

「ついでにあのガラクタを破壊するのだ!」

 

怨嗟の声を上げながら一進に進む悪魔達は、他の軍勢の姿を気にも止めていない。

 ただ守護召喚の使命と、神取への憎悪を滾らせ進む様は文字通りの百鬼夜行の様相を呈していた。

 

 

「くっくっく、本当にやりやがったぜ」

「ああ、機能の一部でも止められれば行幸と思っていたが、ここまでとはな」

 

 アマラ回廊に通じる一角から、勇と三十代目ライドウが機能を失いつつある超力超神・改を見てほくそ笑む。

 

「で、どうする?」

「アレの中のマガツヒには興味は有るが、すでにヨスガとシジマが向かっている。ならばもう一つを目指そう。あちらも戦力のほとんどをこちらに向けていただろうからな」

 

 そう言いながら三十代目ライドウはシバルバーの方を見る。

 

「そっちは任せる。オレは塔を狙う」

「内部にかなりの使い手がいるようだ。こちらの準備が整うまで牽制でも構わん」

「早くしろよ。それこそ早い者勝ちだからな」

 

 無数の思念体を引き連れ、ムスビの二人は二手に別れ、それぞれに向かっていった。

 

 

 

「どうやら、カチコミされる側みてえだな」

「ひええ………」

「なんか、天使と鬼の連合軍と幽霊の集団が来てるように見えんだけど………」

 

 八雲が冷静に状況を判断する中、借りた双眼鏡で片方ずつ覗いていた悠と陽介が震え上がる。

 

「キョウジさん」

『おう、こっちにも来てる。これから各自の判断で戦闘に入れ。お前らはそこを死守な』

「了解」

 

 通信の向こうから聞こえる戦闘音に頷きつつ、八雲はGUMPを抜く。

 

「ペルソナ使い達は上階に退避しつつ、防衛陣を構築、喰奴達が戻ってき次第、オレは外で防衛戦に」

『こちらイザボー! 上階からシャドゥの大量発生を確認しましたわ! こちらですでに交戦中!』

 

 指示の途中で飛び込んできた通信に、八雲の頬が引きつる。

 

「くそ、なんでそいつらまで活発になる?」

「外の悪魔達に触発されたのかもしれません………それ以上の事は詳しくは」

「ど、どうするの!?」

 

 風花とりせに問われ、八雲は少し考える。

 

「活動部は山岸と一緒に上階に戻ってシャドゥに対処、調査隊は久慈川とここに残って上下の漏れてきた奴に対処しろ。山岸は中、久慈川は外をアナライズサポート。質問は?」

「あの、上下から同時に来られたら………」

「やばいと思ったら逃げろ。最悪、あの世には知り合いもいるから、オレかライドウの名前出せば無碍な扱いはされないだろ。あ、上司が新鮮な死体欲しがってたな」

 

 直人の質問に八雲がとんでもない返答をし、調査隊全員の顔色が変わる。

 

「しかし、このタルタロス、ひいてはカグツチを抑えられたら危険なのでは?」

「今の状態のカグツチが開放されたらどうなるかなんて分からないが、まあどのコトワリでもロクな事にはならんだろ。傾倒したけりゃ好きにしてもいいぞ」

「死守するしかなさそうだな………」

「じゃあここを頼む。行くぞみんな!」

『お~!』

 

 直人と八雲の会話に、がっくりと肩を落とす悠だったが、啓人は召喚器を手に仲間達と上階へと向かっていく。

 

「八雲~、ありったけ持ってきたよ~」

「八雲さん、珠閒瑠市にもムスビの軍勢が向かっていて、応援は不可能みたいです!」

 

 入れ違いに、上階から持てるだけの武装を持ってきたネミッサとカチーヤが現れる。

 

「久慈川、喰奴とロボ娘達はどこまで来てる?」

「すぐそこ! 他の連中よりも早くここに着くよ」

「とりあえずは、伸びてる五人を守るのがお前達の最初の仕事だ」

「了解!」

 

 八雲の指示に、特別調査隊のメンバー達は声を上げる。

 それを聞きながら、八雲はエントランスから外へと出ながらGUMPのトリガーを引き、召喚プログラムを起動させる。

 

「さて、始めるか」

 

 創世を目論む者達と阻む者達、全てが入り組んだ激戦が、始まろうとしていた。

 

 

 鋼の虚神が倒れると共に、蠢く影達。

 全てを混沌に巻き込み戦いの果てに有るのは、果たして………

 



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PART57 CHAOTIC MOBA

 

珠閒瑠市 外縁部

 

「来たぞ!」

 

 こちらに向かってくる思念体の群れに、尚也は剣とアルカナカードをかざす。

 

『北東方向からも来た!』

『南方向からも』

「こいつらの目的は前回同様、マガツヒの収集だ! 市街地に近づけるな! アメン・ラー!」『集雷撃!』

 

 各所に散った仲間達からの通信を聞きつつ、尚也はペルソナを発動させる。

 

「少しは漏らしてもいいが、ここでなるべく削るんだ!」

 

 半ば叫びつつ、尚也はペルソナを発動させ、剣を振るう。

 

(こいつらは個々は大した力も無い。前と同じようにどこかに指揮官がいるはずだが、どこだ?)

 

 雲霞(うんか)が如く、という表現そのままの、攻撃を食らってはいともたやすく霧散するがすぐに新手が押し寄せてくる思念体を相手しつつ、尚也は指揮官を探す。

 

「く、アナライズの子をどちらか置いてってもらうべきだったか? だがあちらの作戦も重要だったからな………」

『藤堂さん、市街地にも散発的ですが思念体を確認』

「そちらの対処を頼む! 警察と仮面党には市民の安全確保を優先させてくれ!」

 

 市街地の遊撃に配備されていた達哉からの報告に返答しつつ、尚也は更に考える。

 

「マガツヒの収集にしては何かおかしい………今この状況で狙うとしたら………!」

 

 

 

『市街地各所にムスビ勢力と思われる思念体が多数出現。警戒レベル上昇、プラズマシールド展開を提案』

「くそ、機動班はほとんど出払ってるってのに!」

「予備の銃器を出せ! ここを占拠されたら下へのサポートが出来なくなるぞ!」

 

 レッド・スプライト号のブリッジ内でクルー達がムスビの襲撃に対処すべく慌ただしく動き回る。

 

「思念体が一部こちらに向かってきてるぞ!」

「抗戦可能戦力は!?」

「ダメだ、戦線が完全に混乱してる! すぐには来れない!」

「プラズマシールド展開! 絶対近寄らせるな!」

 

 市街各地で散発する戦闘に人員を割かれ、レッド・スプライト号の防衛に回せる人員が無いと判断したクルーはプラズマシールドを展開して防衛に専念する。

 

「下はどうなってる!?」

「向こうはこっちより酷い状態らしい。完全に混戦だ。良くも悪くも、あの巨大ロボが抑止力になってたからな………」

 

 通信班のクルーが下から送られてくる情報を整理する中、突然甲高い警報が鳴り響く。

 

「何だ今度は!」

『プラズマシールドに異常発生。プラズマシールドに一部断裂が生じている模様。原因不明』

「外部モニター出せ!」

「シュバルツバースでも破られた事ないシールドだぞ!?」

 

 アーサーからの報告にブリッジ内が騒がしくなる中、外部の状況がモニターに映し出される。

 そこには、プラズマシールドに風穴を開ける一人の男の姿が有った。

 

 

「予想以上か」

 

 全身からイオン臭と肉の焦げる匂いを漂わせ、一人の男がレッド・スプライト号の前に立った。

 その男、かつてオカルトライター 聖 丈二の体に憑依している40代目ライドウは顔をしかめる。

 

「この体もそぞろ限度か」

 

前回の負傷で失った片腕も含め、色々限界を感じながらも40代目ライドウはレッド・スプライト号へと足を向ける。

 

「いたぞ!」

「気をつけろ、只者じゃないぞ!」

 

 そこへレッド・スプライト号艦内に残っていたクルー達が手に手に銃火器を持って40代目ライドウへと相対する。

 

「思っていたよりも残っていたか、だが」

 

 40代目ライドウはどこからともなく刀を取り出し、構える。

 その隙の無い構えに、銃を構えるクルー達は思わず生唾を飲む。

 

「行くぞ」

 

 40代目ライドウは宣言と同時に、凄まじい踏み込みで一気に間合いを詰める。

 

「なっ…」

 

 銃を構えていたクルー達の半数は反応が遅れ、かろうじて残る半数はトリガーを引いたが、その時相手はその弾道上にいなかった。

 

「遅い」

 

 白刃が振るわれた瞬間、飛来した矢が40代目ライドウの腕に突き刺さり、斬撃が停止する。

 

「!?」

「やっぱり狙いはセラちゃんね」

 

 レッド・スプライト号の乗降ハッチから軍用コンパウンドボウを構えたマキが、油断なく40代目ライドウを狙う。

 

「なるほど、手練が全員出払ったわけではなかったか」

「そうね、私はドクターストップが掛かった状態だけど」

 

 突き刺さった矢とマキを交互に見ながら、40代目ライドウが何度か頷くと、突き刺さった矢を咥えて無造作に引き抜く。

 

「ひっ!」

「痛くないの? それとももう痛みとは関係の無い体になっているの?」

 

 あまりの無造作さにクルーが悲鳴を飲み込むが、マキは矢を番えたまま、40代目ライドウを見据える。

 

「最近少しばかり無茶をした。悪くない依り代だったが、そろそろ次が必要なようだ」

「どこかの所長みたいな事言うわね」

 

 とんでもない事を呟く40代目ライドウにマキは顔をしかめるが、同時にある事にも気づいていた。

 

(こいつ、強い。こっちのライドウ君に匹敵する。今の私じゃ、足止めが精一杯………)

 

 ペルソナが知らせる相手のレベルにマキは内心焦りつつも、狙いを外そうとはしない。

 

「互いに譲るつもりはない、か。カグツチにすら干渉出来る人造の巫女、使い方いかんでは守護無しに開放も可能だろう」

「あの子にこれ以上無理をさせようっていうの!? ここは絶対に通さないわ!」

 

 コンパウンドボウを引き絞るマキだったが、自分自身も未だドクターストップが掛かった状態だった影響か、不意の立ち眩みが襲う。

 

「しま…」

 

 その拍子に放たれた矢は40代目ライドウをかすめるだけに終わり、次の矢を構える暇も無く相手が一気に間合いを詰める。

 だが手にした白刃が振るわれんとした時、その胸に突如として刃が飛び出す。

 

「!?」

「いつぞやのお返しだ」

 

 予想外の事態に40代目ライドウの動きが止まり、背後を見る。

 そこにいる一体の思念体、キョウジ(故)が投じた刀が、40代目ライドウの背後から貫通し、しかもその刃には梵字のような物が浮かんでいた。

 

「この術式、お前も葛葉か!」

「葛葉 キョウジ、五代目。あんたとご同類だ」

「これは、いかん………!」

 

 刀に付与された術式が、前の襲撃の時に自らが使用した不治の呪術と同一の物だと悟った40代目ライドウは、思わず聖の体を捨て、自らも思念体となる。

 

「やはりそうするな。依り代が無ければ、本来の力は発揮出来まい。オレもそうだからな」

「まさかライドウのみならず、キョウジも我が前に立ちはだかるとは………」

 

 向かい合う二つの思念体が、双方凄まじい殺気を放ち始める。

 

「お前ら、中に引っ込んでな。こいつに新しい体を提供したくないならな。オレに提供するなら構わんが」

「! 総員船内に退避!」

「後は任せましょう! お願いします!」

 

 キョウジ(故)に促され、クルー達は大慌てで船内に飛び込み、マキが頭を下げるとハッチが閉められる。

 

「さて、どうする? お互いこのままだと千日手だが」

「だが、ここで譲るわけにはいかない。創生まで、あと少しなのだ」

「ライドウも随分変質した物だな、世界の安定を促すのが葛葉の本来の役割のはずだ」

「ふ、壊し屋のくせに葛葉四天王にまで成り上がったキョウジの言葉とは思えんな」

「ああ、そうだな………」

 

 舌戦の後、実体を持たない葛葉四天王同士が、その手に刃を携え、ぶつかった。

 

 

 

「やべえ、レッドなんとか号の所に相手のボスクラスが行ったみてえだぜ!」

「今轟所長だった人が応戦してるらしいけど、互いに体が無いから膠着状態だって」

 

 市街地を転戦していたミッシェルと淳が通信から聞こえてきた情報に顔を曇らせる。

 

「所長なら大丈夫でしょ? まあ今幽霊状態だけど」

「そうだね、下手に行ったら新しい体に…」

 

 舞耶とリサが無責任な事を言っていた途中、ふとリサの表情がこわばる。

 

「ねえ、今攻めてきてるのってムスビって連中だよね? 前にも来たし」

「見りゃ分かんだろ。他にこんな薄気味悪い連中いんのか?」

「それが何か?」

 

 リサの疑問にミッシェルと淳が逆に問い返す。

 

「そこのボスクラスってひょっとして………」

 

 リサがそう言いながら自分の肩、前回のムスビの襲撃の際に食らった呪術攻撃の跡がまだ残っている箇所を思わず触れる。

 

「それって、これをしてきた奴なんじゃ…」

 

 その一言に、今まで無言だった達哉の動きが止まる。

 

「タっちゃん?」

「達哉?」

「すまない、ここを頼む」

 

 それだけ言うと、達哉は踵を返してレッド・スプライト号の方へと向かっていく。

 

「情人!?」

「〆に行ったな、ありゃ」

「まだ根に持ってたのね………」

「どうする? ボク達も…」

「止めた方いいと思うよ」

 

 増援に行くか迷う仲間を、リサが止める。

 

「情人、前にマジギレして道路がクレーター状態に………」

「ああ、アレね」

「仮面党の連中がビビってタっちゃんに近づかなくなったってアレか………」

「下手したらまたやりそうだな………」

 

 遠ざかっていく達哉の背後に彼のペルソナ、アポロが浮かび上がり、それがすでに高熱を帯び始めている事を示す陽炎が立ち上り始めていた。

 

「それじゃあ皆、達哉君の抜けた分まで頑張るわよ!」

『お~!』

 

 真耶の号令と共に、仲間達が気合を上げると向かってくる思念体の群れへとペルソナを発動させた。

 

 

 

同時刻 タルタロス前

 

「ちったあ互いで削ってろ!」

 

 八雲が悪態と共に、M134ミニガン重機関銃のトリガーを引き続ける。

 ばら撒かれる弾丸が、押し寄せてくるシジマとヨスガの軍勢に叩き込まれるが、それでも相手は更に押し寄せてくる。

 

「弾の残数は!」

「これで最後です!」

 

 八雲の確認に、カチーヤが最後の弾丸ボックスを開けて弾帯装填を開始する。

 

「さすがにあの数はちとヤバいな………久慈川、全体的にどうなってる?」

『もう無茶苦茶! こっちの散らばってる人達が戦いながらなんとか合流し始めてるけど、苦戦してるみたい!』

「山岸、運び込まれたロボ娘達の容態は?」

『皆さん、致命的なダメージはないみたいです! アイギス達は冷却が済めば戦線復帰できそうですが、メアリさんとアリサさんは少しかかるかもしれません………』

「無理はさせるな。ここは…」

「ガアアァァ!」

「フアアアァァ!」

「オレ達とエンブリオンでしばらくしのげる。つうかR指定だから学生連中は外に出させるな」

 

 周辺で咆哮と共に喰奴達が押し寄せる悪魔達に逆に襲いかかり、斬り裂き、屠り、喰らっていく。

 

「エンブリオン、あまり前に出るな。突入班の連中が中を片付けるまでに撹乱すりゃいい」

「フウウゥ!」

「シャアアァァ!」

「………セラさんいないから、暴走してません?」

「いや、一応戦い方はまだ理性的だ。ちゃんと要所狙ってる」

「確かにまだヤバイ気はしないね~、まだ」

 

 返答の代わりに咆哮が返ってくる喰奴達にカチーヤがそこはかとなく不安を覚えるが、八雲とネミッサはまだ安全と判断、喰奴の手、というか牙が回らない所に弾幕を張る。

 

「今タルタロスを奪われたら、一気に状況がヤバくなる。くそっ、どいつもこいつも目の色変えやがって………」

 

 悪態をつく八雲だったが、そこで最後の弾帯が切れる。

 のみならず、ミニガンの銃身も連射の影響で赤熱化し、とてもこれ以上は使えそうになかった。

 

「やれやれ、どうやらオレらも突撃しなきゃならないみてえだ」

「こっちはいつでもOK!」

「大丈夫です!」

 

 ネミッサとカチーヤが自らの得物を振りかざす中、八雲もGUMPを取り出して仲魔を一斉召喚する。

 

「さてカチこむぞ!」

『おおっ!』

 

 八雲の号令と同時に、押し寄せる敵へと彼らは向かっていった。

 

 

 

「無理に討って出てはダメです! 戦線を維持、特に階段へは絶対近寄らせないように!」

「基本は悪魔と同じだ! 落ち着いて対処してほしい!」

 

 イザボーと美鶴の指揮の元、タルタロス内で人外ハンターやペルソナ使い達が押し寄せるシャドウの群れに相対していた。

 

「すごい数………!」

「落ち着いて対処すれば問題ないわ! つうか最近いっつもこんな感じ!」

 

 アサヒがスマホを手にシャドウの大群におびえるが、隣でゆかりが矢を放ちながら怒鳴る。

 

「中型以上はこちらで受け持つ!」

「ミカド国のサムライを舐めるな!」

 

 明彦とガストンが前へと出て拳と槍を縦横に振るう。

 

「すげえ、拳で殴り倒してる………」

「あれ出来んの明彦先輩だけだからな? 勘違いすんなよ?」

 

 ハレルヤが唖然とする隣で順平が召喚器片手にぼやく。

 

「下は八雲さん達が防いでいる! ここで止めないと、最悪上下で挟まれるぞ!」

「役に立つんだろうな、あの男!」

 

 啓人が剣を振るいながら叫ぶ中、ナバールが攻撃アイテムを投げながら思わず叫び返す。

 

「下を任されるくらいだから腕は確かでしょうよ。腕利きは外の大乱戦の最中だし」

「フリンが戻ってくるまでは私達がやるしかない」

 

 ノゾミとトキが己の得物を構えつつ、シャドウへと向かっていく。

 

「山岸! あとどれくらいだ!」

「上階からまた新手が来ます!」

「持つんでしょうか………」

「ワンワン!」

 

 召喚器を抜きながら美鶴が聞いてくるが、風花の返答に乾が思わず漏らすのにコロマルが励ますように吠える。

 

「なんだっていきなりこんな沸いてくんだよ!?」

「分からない。外の動きに呼応したかも」

 

 大剣を振るう順平の背後で、まだ少し顔色が悪いチドリが己のペルソナで解析を試みていた。

 

「物資に余裕は有ります! 補給が必要になる前に下がるように!」

「節約、していられるような状態でもないしな」

 

 イザボーと美鶴が長期戦も覚悟していた時、ふとアサヒが周囲を見回す。

 

「ナナシは?」

「先程までそこいらにいたぞ!?」

「まさかやられたのか!?」

 

 アサヒの一言に、ガストンと明彦を皮切りに皆が戦いながら周囲を見回すが、負傷者はいてもそれらしい影は見えない。

 

「山岸!」

「い、今探します!」

「無理、やられた。彼に憑いている者が彼の存在を隠してる」

 

 美鶴が即座に風花にアナライズさせようとするが、一歩早くチドリが何が起きたかを悟る。

 

「こんだけ押し寄せてくるのにどうやって!?」

「あ………そういえば前に八雲さんが悪魔だけならシャドウは襲ってこないって言ってたような………」

 

 ハレルヤが仲魔を駆使しながら疑問に思う中、啓人は前にタルタロスで有った事を思い出していた。

 

「まさか、ダグザ神はカグツチを開放させるつもりでは!?」

「しまった! 目を離すなと言われていたのに!」

「しかし、本当にそうか?」

 

 イザボーと美鶴が失策に気付くが、そこでトキが異論を挟む。

 

「確かに主様はダグザ神と契約している。だが、ダグザ神は主様を神殺しとするために人としての自我は保ったままだ。主様がそう安々と操られるとは思えぬ」

「そ、そういう物なの?」

「一理あるわね。ただほっておくわけにもいかないわね!」

 

 トキの説にゆかりが首をかしげるが、ノゾミもショットガンをリロードしながら頷く。

 

「どうする!? 後を追うにもこのシャドウの大群を突っ切る事になる!」

「さすがに無理だ! 防衛線を張るので精一杯なんだぞ!」

 

 明彦が殴り倒したシャドウにガストンが槍を突き刺して止めを指しつつ、二人は叫ぶ。

 

「存在を隠すっての、誰か出来る奴いるか!?」

「そんな便利なの、出来たらとっくに…」

「似たような事なら出来る」

 

 ハレルヤが思わず聞くのにゆかりが怒鳴り返すが、その途中でチドリが手を挙げる。

 

「そうか、彼女のジャミング能力なら!」

「チドリ、何人までできそうだ!?」

「移動しながらだと私と順平は必須、あとは一人がいい所」

「別の存在で覆い隠せばいいのなら、私も出来るかもしれません」

 

 啓人と美鶴がチドリに確認した所で、ノゾミに憑依しているダヌーも名乗りを上げる。

 

「こっちは何人!?」

「あなたと、もう一人と言った所でしょうか」

「じゃあ私が!」

 

 ノゾミの確認にダヌーが答えるのに、アサヒが名乗りを上げる。

 

「不破! 伊織達と上階を確認してきてくれ!」

「ノゾミさん達もお願いします! 決して無理はなさらないように!」

 

 美鶴とイザボーの指示が跳び、都合五人は頷く。

 

「メーディア」

「ではこちらに」

 

 そこでチドリがペルソナを発動、ダヌーが己の力を張り、五人を覆い隠すとウソのようにシャドウが攻撃をしかけてこなくなる。

 

「うわ、ホントだ………」

「シャドウは余程の大物で無い限り、単純な認識しか持たない」

「でもあまり派手に騒いだり動いたりすれば敵として認識されるかもしれません」

 

 アサヒが驚くのにチドリが説明するが、ダヌーの追加に皆はあわてて口を紡ぐ。

 

「急ごう」

「がってん!」

「しっ!」

 

 啓人が先を促すのに順平が気合を入れ、ノゾミが慌てて黙るように促し、皆が小走りに走り出す。

 

「上がもしそのままだったら、十分追いつけるはず………」

「だといいんだけどよ」

「そのままって?」

「ああ、言ってなかったか。タルタロスの250階はなんでかパラダイムXって電子世界になってんだ。八雲さん達はそこで戦ってたらしい」

「で、ついでにそこから上に行く方法は見つからなかった。っていうかそこに居た電霊とかいう悪魔倒した後にこの世界に飛ばされちゃって………」

 

 急ぎながら啓人と順平の小声の説明に、他の者達は少し首を傾げる。

 

「そのパラダイムとかいう所は、このタルタロスとはまた違う異界と化しているって事ね」

「らしいです」

「追いついた後、どうする?」

「向こうの出方次第かな………」

「もし攻撃してきたら…あっ!」

「おっと」

 

 そこでチドリが足をもつれさせ転倒しそうになるのを、順平が支えるとそのままおぶって走り出す。

 

「………ありがと」

「いいって事よ。無茶して倒れられたやべえし」

「………いいなあ、あれ」

「ナナシ君連れ戻したら頼んでみたら?」

 

 それを見たアサヒが思わず呟いたのに、ノゾミが苦笑し、アサヒは思わず赤面する。

 

『その角の向こう、ワープポイントです! それで上に向かってください!』

「前に一度行った事あるから、手前まで行けるはずだ」

「ダンテさんがこの間行ったはずだから、問題ないはず、多分」

「彼基準はアテに出来ないわね」

「あれは規格外」

 

 風花のナビに従いつつ、あれこれ言いながら一行はシャドウから身を隠しつつ、上階へと向かっていく。

 

『その上、相変わらずアナライズ出来ません………』

「大丈夫、一階層くらいならなんとかなる」

「行くぞ!」

 

 啓人とノゾミが先頭に立ち、目的の階へと飛び込む。

 そこには、予想以上の光景が広がっていた。

 

「来たか、ちょうどいい。手伝え」

 

 廃墟と化したパラダイムXの中、剣を手にしたナナシとその隣にダグザが立ち、周囲を無数のシャドウが取り囲んでいた。

 

「これは………!」

「ここがシャドウの発生点だ。アレを見ろ」

 

 ダグザが顎で指した先、裏通りを抜けた先の広場中央、前は電霊が巣食っていたスーパーコンピューターが有ったのと同じ場所に、今度はマネキンを組み合わせたような奇妙な物が鎮座していた。

 それの表面は廃墟と化した街同様、古びて今にも崩れそうだったが、その各所から黒い雫のような物が滴ったかと思うと、それが見る間に成長し、シャドウと化していた。

 

「何だこれ!?」

「シャドウってこうやって生まれるのか!?」

「少し違う。アレはどこかから呼び出しているだけ」

 

 啓人と順平も初めて見る光景に仰天するが、チドリは冷静にそれを見ていた。

 

「アレ自体が一種の悪魔。アレを倒せば、階下は収まる」

「それ本当!?」

「どちらにしろ、やるしかなさそうね」

 

 アサヒとノゾミも覚悟を決めて構える。

 

「ダグザ」

「分かっている。アレは極めて不安定だ、我々が手を下せばどんな反作用があるか分からん」

 

 ノゾミの後ろに現れたダヌーの言わんとする事をダグザが理解し、ナナシを促す。

 

「ナナシ! 大丈夫!?」

「ああ、すまない。ダグザ神にオレなら元凶に近づけると言われて………」

「弁解は後回し。来るわよ!」

 

その人形とも樹木とも見える奇怪な電霊、かつてはオムパロスと呼ばれた存在は、シャドウの雫を滴らせながら襲ってくる。

 

「タナトス!」『五月雨斬り!』

 

 襲いかかってくるオムパロスに向けて啓人がペルソナを発動、斬撃がオムパロスの劣化した部位を斬り裂くが、相手は意にも介さず襲ってくる。

 

「こいつ!」

 

 ノゾミが手にしたショットガンを速射するが、同じように崩れかけた体を更に打ち砕かれながらも、オムパロスはかろうじて拳と思われるような物を無数に振るい、殴りかかってくる。

 

「下がってろチドリ! トリスメギストス!」『ギガンフィスト!』

 

 順平が背負っていたチドリを背後へと下がらせながらペルソナを発動、拳には拳で対抗するが、体の破片を撒き散らしながらもオムパロスは更に暴れ狂い、壊れた各所から更に黒い雫が滴り落ち、それがシャドウへと変貌して襲ってくる。

 

「やべえぞこれ! 次々増えてきてやがる!」

「しかもあいつ攻撃効いてるの!?」

「ダメージが無いわけじゃなさそうだけど、痛覚は無いのかもね!」

 

 順平が湧き出すシャドウ相手に喚き、アサヒが同じようにシャドウ相手に短刀を振るいながらオムパロスを見る。

 そんな中、ノゾミは愛用のショットガンに補充物資の中に有ったコロナシェルを装弾、オムパロスに速射していく。

 炸裂する閃光と灼熱がオムパロスの体を砕いていくが、ダメージを負えば追うほど、その体から滴り落ちる黒い雫が増え、それに応じてシャドウの数も増えていく。

 

「ちょ、更にやべえぞ!」

「多分、特異点という奴。半端な攻撃は特異性を高めるだけ」

「じゃあどうすればいいの!?」

 

 順平が慌てる中、チドリが冷静にオムパロスをアナライズ、アサヒもシャドウの相手に手一杯になっていく。

 

「なら、一気に攻めるまでだ!」

 

 啓人が召喚器をこめかみにあて、トリガーを三連射。

 

「待て、今の状態で…」

 

 思わず順平が制止する中、タナトス、トランペッター、セトの三体のペルソナを同時召喚、それぞれがオムパロスを取り囲む頂点となって三角形を形勢し、中央部分に現れた漆黒のホールから闇が噴き出し、オムパロスを飲み込んでいく。

 

『インフィニティ・ヴォイド!』

 

 啓人の誇る最強のミックスレイドが炸裂し、オムパロスが飲み込もうとする闇の中でもがく。

 

「くっ!」

「その体でそれ以上はダメだ!」

 

 更に召喚器のトリガーを引こうとする啓人を順平は強引に抑え、その隣をスマホを手にナナシがオムパロスに向かっていく。

 

「行けヨシツネ!」「承知!」

 

 ナナシは源平合戦に終焉をもたらした悲劇の英雄、英傑 ヨシツネを召喚し、ヨシツネは手にした刀でもがくオムパロスを次々と斬りつけていく。

 

「もっと一気に行かないと!」

「順平」「やるぞチドリ!」

 

 ノゾミがそれでもなおもがき続けるオムパロスにトドメを促す中、チドリと順平が前へと出て手をつなぎ、残った手で召喚器を構え、同時にトリガーを引いた。

 

「メーディア」「トリスメギストス!」

『ファントム オブ バーニングヒート!』

 

 二人のペルソナが同時に発動、魂を共有する二人の力がミックスされ、目まぐるしくその色合いを変える業火が放たれる。

 業火は周辺にいたシャドウ諸共オムパロスを飲み込み、焼き尽くしていく。

 

「#$&*!」

 

 オムパロスから意味不明の声とも取れない断末魔が放たれる中、色合いを変え続ける業火はオムパロスを完全に飲み込み、そして焼き尽くした。

 業火が消えると、完全に炭化したオムパロスだった物が残るが、それも崩れ、形を完全に失っていく。

 

「すご………」

「順平、いつの間にこんなの………」

「実戦で使ったの初めて」

「いや、魂共有してるっていうから二人同時に使ったらどうなるかってのは思ってたけど………」

 

 アサヒが凄まじい威力に驚き、啓人も同じように驚いていたが、当の二人は肩で息をしながら地面に座り込んでいた。

 

「おつかれ、さて残るは………」

 

 ノゾミがそんな二人に声をかける中、ナナシ、正確にはダグザへと鋭い視線を向ける。

 

「抜け駆けは無いんじゃないかしら?」

「そうです。何を考えているのです」

 

 誰何するノゾミにダヌーも同意し、ナナシは困惑した顔をするが、ダグザは憮然としていた。

 

「何、先行偵察しただけだ。それに…」

「それに?」

「先程のあやつの隙を見て探したが、ここから上に行く方法が見つからぬ」

「そう言えば………」

「階段もワープポイントも見つからない」

 

 ダグザに言われて皆が周囲を見回し、チドリもペルソナで探るが確かに上階に登るための物は何一つ見当たらない。

 

「幾ら異なる世界の物が変異したとしても、根幹的な性質は変わらぬ。我らにすら気付かぬ方法が有るはずだが………」

「だとしたら、ここを知る者が必要となるでしょう」

「ここを知ってる人って………」

『あ………』

 

 ダグザとダヌーの指摘にアサヒは首を傾げるが、啓人と順平は同時にある人物の事を思い出す。

 

「八雲さんはここの事知ってるから、何か分かるかも」

「でも、ネミッサさんが一度ダンテさんと一緒に来たけど、分からなかったって言ってなかったっけ?」

「あの人というか悪魔、結構アレな所あるからな………」

「つまり、今下で頑張ってる彼を連れてくるしかないって事ね」

 

 啓人と順平がうなだれて唸る中、ノゾミが結論づけてため息をもらす。

 

「あの、今外ってすごい混戦状態って聞いた気が………」

「多少は変化したかもしれない。ここからだと階下も外も分からないけど」

「一度戻りましょ。発生源は叩いたから、下も段々収束するはず」

 

 ノゾミに促され、皆はベースとなっている階下へと戻っていく。

彼らの姿が消えた後、地に落ち、崩れて各所がノイズ掛かっていたエアビジョンに僅かに光が灯り、そこから人影が出てくる。

 

「さて、どうなるかと思ってたけど、まさか倒してくれるとはね~」

 

 軽い口調で言うその人影は、襟元を正すと周囲を見回す。

 

「問題は、ここから上に行く方法が分からないって事か………知ってる人がいるらしいし、こいつで聞いてみるか」

 

 そう言いながら、その人影は懐から何かを取り出す。

 それは、正真正銘の警察手帳だった………

 

 

 

「一体抜けてきた!」

「迎え撃て!」

「コノハナサクヤ!」『アギダイン!』

 

 タルタロスのエントランスで、特別捜査隊のメンバー達が、乱戦の最中を抜けて向かってくる悪魔達相手に必死になって防衛戦を繰り広げる。

 

「今度は上から来てる!」

「ジライヤ!」『ガルダイン!』

 

 りせが乱戦の状況をアナライズしながら仲間達に抜けてくる敵を指摘し、仲間達はペルソナでそれを迎え撃つ。

 

「くそっ、次々来るぞ!」

「ここでこれだと、向こうはどうなってるんだろ?」

 

 陽介が思わず悪態をつくが、千恵が視線の向こう、各勢力入り乱れた大乱戦になっている箇所を見て呟く。

 

「小岩さん達、生きてますよね?」

「なんとか大丈夫みたい………イカサマばかりかと思ったら、素でも強いよ、あの人………ネミッサさんとカチーヤさんも」

 

 雪子が心配そうに乱戦の方を見つめるが、りせのアナライズはその中で平然と戦っている三人を捉えていた。

 

「というか、今あそこにいるのはどの人も桁違い、こっちじゃとても真似出来ない………」

「でしょうね。乱戦でも大丈夫な人材ばかり厳選したそうですから」

 

 他の場所でなんとか合流しつつも、乱戦に参加している者達を確認しながら、直斗も素直に実力差を認めていた。

 

「今のオレらの仕事は、ここを守り切る事っす!」

「その通りクマ!」

 

 やる気満々の完二とクマが構える背後では、撤退してきたロボ娘達が簡易メンテナスを受けている。

 

「もう少ししたら私達も戦闘に参加できます」

「あの大砲、二度と姉さんに撃たせない!」

「こっちのメイド姉妹は一度戻ってメンテした方いいんちゃう?」

「大丈夫です、少し運動能力は落ちますが………」

「分担出来た分、前よりは楽だった」

 

 まだオーバーヒート気味から回復していない五人が口々に戦列復帰を希望するが、状態を正確にアナライズしているリセは渋い顔をしていた。

 

「まだ無理だって………取り敢えず外にいる人達に任せて…」

 

 そこでいきなり、その場に居た全員の通信機器から甲高い電子音が鳴り響いた。

 

「な、何だぁ!?」

「地震速報か!?」

「違う、最緊急シグナルだと!?」

 

 エントランスに詰めてサポートしていた通信班のメンバーがそれが何か気付いて驚愕する。

 

「詳細来たよ! フトミミさんがカグツチの再黒化を予言!? 緊急退避指示!?」

「な、やべえじゃねえか!」

「全員中に引っ込め!」

「まだ外に人が!」

「カグツチに変化有り! このままだと、多分数分以内に黒くなるよ!?」

「ダメだ、間に合わん!」

 

 りせの報告に、通信班は臨時設置された緊急時用シャッターのスイッチを押し込み、タルタロスのエントランスが完全に封鎖される。

 

「待ってください! まだ外に皆さんが!」

「そうだよ、これ開けて!」

「いや、危険です! キュヴィエ症候群発症の可能性がある以上、外には出られません!」

 

 雪子と千恵がシャッターに駆け寄ろうとするのを、直斗が制止する。

 

「けど………」

『こちら八雲。そっちはちゃんと戸締まりしたか?』

 

 さすがに悠も困惑する中、そこに八雲からの通信が入る。

 

「八雲さん!? もう直カグツチが…」

『聞いてる。こっちの連中は自前でどうにか出来るから、そこにいるので生身のは全員上階に避難しろ』

 

 りせが慌てて返信するが、当の八雲の声は落ち着き払っていた。

 

「ほ、本当に大丈夫!?」

『急げ。等身大クリスタルフィギュアになりたくなかったらな』

「退避するぞ!」

「先輩、こっちのメイドはオレが! そっちお願いします!」

「私達は多分大丈夫ですが………」

「いいから!」

 

 通信班がまず機器そのままに退避を促し、完二がメアリとアリサを二人まとめて担ぎ上げ、通信班のメンバー達も手伝って全員が大急ぎで階段を登っていく。

 誰もいなくなったエントランスに残った機器は外の様子を映し出し続け、そこにゆっくりと黒く染まっていくカグツチの姿が映っていた………

 

 

 解放を巡り、争いは大きく激しく蠢く。

 その只中にある糸達のたどり着く先は、果たして………

 



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PART58 CONFUSED JETーBLACK

 

「カグツチがまた黒化する!?」

 

 突入した超力超人・改の内部で、流れてきた急報に仁也は驚く。

 

「総員、外部から光線が流入してないか確認!」

「多分大丈夫だろうが………つうかなんで直立したまま擱座してんのに、中は水平なんだ?」

 

 内部侵入用にしたアンカーを手でいじりながら、アンソニーが周囲に窓や亀裂がないかを確認していく。

 

「どうする、このまま作戦を続行するか?」

「いや、万が一にでもキュヴィエ症候群を発症したら危ない。一度ここで防陣を張ろう」

「くそ、急いでんのに!」

 

 機動班の隊員達は悪態をつきながらも葛葉から提供された簡易結界用の楔を周辺に打ち込み、特殊繊維のシートに防護呪文を施した物を張って防陣を形成する。

 

「外にいる連中は大丈夫か!?」

「分からない。だが、全員アマチュアじゃない。ここじゃこちらの方がアマチュアだ」

「悪魔や魔法の相手なんてどこの軍隊でも教えるか!」

「今相手してんのは巨大ロボだけどな」

 

 デモニカを着たままだといささか狭い防陣に入った機動班達がボヤく中、仁也は外の状況を確認する。

 

「そろそろか………」

 

 

 

同時刻 タルタロス周辺

 

「ちっ、やべえ!」

「どうすんの八雲?」

「まずは安全な所に退避を!」

 

 カグツチ黒化の報を聞いた八雲がHVナイフを悪魔から引き抜きながらぼやき、両脇で戦っていたネミッサとカチーヤが上空を見上げながら対応を促す。

 

「ネミッサはともかく、オレはやばいし、カチーヤも試す訳には行かないからな」

 

 八雲はそう呟きながら、手榴弾を取り出すと無造作に真上へと投げる。

 

「こいつ!?」

「離れろ! まさか自爆!?」

 

 あまりの無造作さに周囲にいた悪魔達が一斉に距離を取る中、八雲はGUMPのトリガーを数度引いてセットしていた一斉リターンを実行。仲魔達を回収した直後、手榴弾が爆発する。

小さな手榴弾とは思えない強烈な爆風と爆炎が吹き抜け、巻き込まれた悪魔達が数体吹き飛び、やがて治まる。

 

「くそ、本気で自爆…じゃない!?」

「こいつは…」

 

 悪魔達は爆風が晴れた後、そこにある氷の小さなドームに気付く。

 

「狭ぇ………」

「八雲こっち押さないで!」

「動かないでください!」

 

 予め用意しておいたカチーヤとネミッサの余剰魔力を封じた物を媒介に、瞬時に氷の防壁を形成した二人だったが、流石に三人入るには少し小さかった。

 

「ま、この方がいい」

 

 八雲は更に懐から小さなタンクを取り出すと、それを氷のドームの上部中央に向けてスイッチを押す。

 すると今度は真っ黒な霧、呪符の制作などに使われる特殊な墨が噴出して氷のドームの中を黒く染め上げていく。

 

「何だ、何のつもりだ?」

「構うな! 諸共砕いてマガツヒを奪う!」

 

 最早中が見えなくなっている氷のドームに、悪魔達が殺到する。

 だがそこで、金棒を振りかざしたオニがふと上空を見上げて気付く。

 

「カグツチが!」

「あ? ああ!?」

 

 オニの上げた声に他の悪魔達が気付いた時、カグツチは黒く染まり、そこから漆黒の閃光が降り注ぐ。

 

「おい、こいつは…」

「マネカタが浴びたら石に…」

「ぐ、がああああ!」

 

 降り注ぐ漆黒の閃光に、悪魔達は思わず動きが止まる。

 ほどなくして、最初に気付いたオニの口から絶叫が漏れ始める。

 

「おい、どうした…ギャアアァ!」

 

 そばにいた別のオニが声を掛けるが、絶叫するオニは仲間である者へといきなり牙を突き立てる。

 

「そうだ、この光は…」

「まずいぞ!」

「ハアアアァ!」

「ゴオオォォ!」

 

 前回のカグツチ黒化の際に起きた事を思い出した悪魔達だったが、各所で咆哮を上げる悪魔が現れたかと思うと、手近の他の悪魔へと襲いかかっていく。

 

「くそ! この光は悪魔を狂わせる!」

「あいつ、そのために!」

 

 ようやく八雲が黒塗りのドームに立てこもった理由に悪魔達が気付くが、すでに周囲は敵も味方も分からないような乱戦になりつつあった。

 

「暴れてる奴を抑え込め! 殺しても構わん!」

「ダメだ、すげえ力だ!」

「あっちにも出たぞ!」

 

 混乱は瞬く間に広がっていき、最早戦線すら維持できない程になっていく。

 

「チアキ様! 黒いカグツチの光を浴びた者達が次々と暴走を!」

「収拾できません! 一時撤退を!」

 

完全に混戦状態となりつつある戦況に、配下の悪魔達がチアキに撤退を申し出るが、チアキは申し出てきた悪魔達を異形の腕を一閃させて蹴散らす。

 

「ヨスガの者が何を言っているの? 暴走した程度で殺されるなら、そんな者は必要ないわ」

「し、しかし!」

「ガアアァァア!!」

 

 そこに一際大きな咆哮が響き渡り、皆がそちらに振り向くと、双口から唾液を撒き散らしながら、チアキへと向かってくるヒートの姿が有った。

 

「喰奴か!」

「チアキ様をお守りしろ!」

「邪魔ダ!」

 

 それが特に危険視されている相手だと気付いたヨスガの悪魔達がチアキの周囲を固めようとするが、ヒートのかぎ爪の生えた豪腕がいともたやすくそれを薙ぎ払っていく。

 

「ダメだ、止まらない!」

「なんとしても止めろ!」

 

 上空から天使達が攻撃しようとするが、ヒートの双口から放たれた業火が打ち消し、更に天使達を焼き落としていく。

 

「失セロ………」

「喰奴が暴走するとここまで危険なのか!?」

「いいえ。こいつ、わざと暴走している」

 

 ヒートが一見デタラメに暴れているように見えるが、的確に自分を狙ってきている事にチアキが気付く。

 

「こんな状態で、まだ理性が残ってるのか!?」

「いえ、こちらを狙うためにわざと暴走状態にさせてる。とんでもないパワーアップね」

 

蹴散らす、という表現そのままにヒートが一直線に突っ込んでくるのに、チアキは異形の巨腕を構える

 

「ガアアァァ!」

「ハアァァ!」

 

 双方の咆哮と共に、豪腕と巨腕が激突する。

 轟音と共に込められた魔力がぶつかり合い、生じた衝撃波で周囲の悪魔達が吹き飛ばされる。

 

「なるほど、出来るわね」

「フウ、ハアアアァ…」

 

 己の巨腕に食い込む鉤爪にチアキの顔が楽しげに歪み、ヒートは唸りながら己の拳を半ば潰した巨腕に更に鉤爪を食い込ませようとする。

 

「チアキ様と互角だと!?」

「近寄るな、巻き込まれるぞ!」

 

 凄まじい力と力のぶつかり合いに、吹き飛ばされた悪魔達は呆然と両者のせめぎ合いを見守る。

 

「ガアアァァ!」

 

 ヒートがもう片方の鉤爪をチアキの巨腕に突き刺そうとするが、巨腕から伸びた触手がそれを絡め取り、挙句にヒートの首にも絡んでいく。

 

「惜しいわね。その狂おしい程の力、ヨスガの幹部にもなれるでしょうに」

「ダレガ、キサマラト…!」

 

 首を締め上げられながらも、ヒートはチアキへと繰り出した腕を引っ込めようとすらせず、更に爪を食い込ませていく。

 

「セラヲ、キズツケタオマエラヲ、ユルサナイ…!」

「テクノシャーマンの復讐か。アレは惜しい事をしたわね」

「キサマ!」

 

 暴走の度合いが増していくのか、段々片言になっていくヒートにチアキが巨腕に力を込めながら邪悪な笑みを浮かべ、ヒートが更に激高する。

 鉤爪を更に食い込ませていくヒートだったが、そこへ上空から影が指す。

 僅かに残った理性が反応するよりも早く、その影は容赦なくヒートの双刀の脳天に四腕を叩きつける。

 

「ガハッ!」

「アートマの暴走時は、身体能力は増すが制御は甘くなる。だからこんな単純な奇襲にも対処出来ない」

「エン、ジェル………!」

 

 変身したエンジェルの奇襲をまともに喰らい、力が緩んだヒートの首にチアキの触手が更に巻き付き、鉤爪が刺さったままにも関わらずに巨腕でヒートの双頭を掴んで持ち上げる。

 

「ホント惜しいわ。でも、サヨナラ」

 

 そのまま一気にヒートの双頭を握りつぶそうとした時、頭上から雷撃が降り注ぐ。

 

「ちっ! 撃ち落しなさい!」

「食らうか!」

 

 空中から電撃魔法を放ちつつ、こちらへと向かってくるシエロにチアキは配下達に攻撃命令を出すが、シエロは驚異的な機動でそれらをかわしていく。

 

「今行くぜブラザー!」

「シ、エロ………」

「やらせるか」

 

 ヒートの救出に向かうシエロに、エンジェルが合掌してプルパを作り出し、迎撃しようとするが、シエロが何かを投じる方が速かった。

 その投じられた物、特殊アンプル注射器はヒートの体に刺さると、その内容物を自動的に注入。

 するとヒートが喰奴から人の姿へと戻り、緩まった巨腕の拘束から抜け落ちる。

 

「何!?」

「半暴走状態を解除した?」

 

 予想外の事にチアキとエンジェルも一瞬動きが止まり、その隙にシエロは急降下してヒートを回収すると飛び去っていく。

 

「逃がすな!」

「無理だな、あの速度では…」

 

 チアキが配下に号令を掛けるが、飛行速度では群を抜いているシエロの姿はすでに遠ざかっていた。

 

「デビルサマナーには喰奴を鎮める術があるとは聞いていたが、これもその内の一つか」

 

 変身を解除して落ちていた注射器を手にしたエンジェルは、その僅かに残った中身を注目する。

 

「暴走する事も最初から見越してたって事? セラって娘以外にもそんな手があったなんてね………」

「もしくは、セラが使い物にならないからこんな手を使ったか、だ」

「なるほどね。アレが壊れたとしたらもったいない事をしたわ」

「そうだな、だがまずは部隊を再編する必要が有る。これ以上は増えないようだからな」

 

 エンジェルは上空のカグツチが黒化から戻っていく事を確認すると、視線を各所で暴走した悪魔達で混乱しているのを見る。

 

「他に止める方法は?」

「マグネタイトを大量に摂取すればいい。おそらくはこの注射器の中身もそれだが、生憎とここでは用立てられない」

「そう、分かったわ」

 

 それだけ聞くと、チアキは暴走して仲間へと襲いかかっている配下へと向けて、異形の巨腕を向けた。

 

 

 

「どうやら収まったか」

「そのようね」

 

 黒き閃光が収まったのを確認した小次郎と咲が、仲魔と協力して周辺の悪魔の死骸を重ねたシェルターから顔を出す。

 カグツチの黒化前は四方全てが敵とも言える状況だったが、暴走した悪魔の引き起こす混乱に、むしろ各勢力はそちらの鎮圧に駆り出されていた。

 

「これは予想外の結果、いや予想してしかるべきだったか」

「身内の敵が一番怖いのはどこも一緒ね。他の人達、無事?」

『こちらアレフ、問題ない』

『こちら修二、目の前で暴走した奴が暴れてえらい目に有った………』

『こちらフリン、問題ない』

『ライドウ、問題なし。結界が間に合った、技術班も全員無事。ただこの解体した核弾頭とやらはどうすればいい?』

 

 各所からの安全報告を聞きながら、咲はレールガンの残弾を確認する。

 

「この混乱が力任せに終息させられるのも時間の問題ね」

「超力超神・改にタルタロス、どっちも今侵入されるわけにはいかないからな。まだ行けるかパスカル?」

「グルルル………」

 

 刀を振るって血糊を落としながら、臨戦態勢に入る小次郎の隣で、仲魔のケルベロスも唸りを上げながら突撃準備に入る。

 

「もう一暴れするぞ」

『おおっ!』

 

 小次郎の号令に仲魔達が一斉に応え、白刃を手にした小次郎と共に、未だ混乱状態の悪魔達へと向かっていった。

 

 

 

「今のはちょっとやばかったか………」

「間に合ってよかったわね」

 

 超力超神・改への突入口となっている大きな破損箇所の前で、キョウジはレイホゥが張った結界から周囲を確認する。

 

「突入した連中は無事だろうな?」

「中までは光が届かなかったみたいね」

「そりゃよかった。こんなんに突入されたら事だ」

 

 キョウジはそう言いながら、結界内にまで突入してこようとして返り討ちにした暴走悪魔の死骸を見る。

 

「やっぱ、こんだけデカけりゃ欲しがる連中は多いか」

「中にはまだマガツヒが大量にあるかもしれないからね。またすぐ来るわよ」

「核だけでなくこのデカブツも首尾よく動けなくできたかと思えばこれかよ。動き回られるのとどっちがマシだったか」

 

 ぼやきつつポケットから取り出した櫛で髪をなで上げたキョウジが、櫛をしまうとGUMPを取り出す。

 

「このデカブツ、押し寄せてくる有象無象、そしてオレ達。どこが先に音を上げるかな」

「上げられたら困るわよ、中の人達が」

 

 GUMPのトリガーを引いて召喚体勢に入るキョウジの隣で、レイが合掌して詠唱体勢に入る。

 

「中身が片付くまで、もうしばらく粘るとするか!」

「ええ」

 

 悪魔達が体制を立て直しつつあるのを見ながら、キョウジは仲魔を召喚し、レイホゥは攻撃魔法を解き放った。

 

 

 

「外は相当な混乱状態らしいな」

「悪魔ならキュヴィエ症候群は発症しないが、暴走する事はあるらしいしな」

「だが、それが収まったらこちらに攻めてくるだろうな………」

 

 超力超神・改の一角、仁也達とは別の機動班を中心とした突入チームが、だいぶ変わってはいるがギガンティック号のデータを元に動力炉を目指していた。

 

「システムがかろうじて動くレベルだが、まだ動力は生きてる。止めたら倒れたりしないだろうな?」

「いっそ完全に壊れた方がいいかもしれないぜ」

 

 色々懸念する者達の中、突入チームに参加していたレイジが呟く。

 

「それは一理有るが、こいつに使われてるのはトカマク起電機だ。下手に破損すると放射能漏れを起こす」

「じゃああんたらのも原子力で動いてんのか。それ知ったら市民が暴動起こすかもな」

「起こす力が残ってるか、だがな」

「それはdon‘t speakですわ」

 

 同じく同行していた南城とエリーがレイジのぼやきに釘を刺す。

 

「出来れば、NaoかMakiにも来てほしかったのですけれど」

「市街防衛のペルソナ使いをまとめる人間は必要だったし、園村はドクターストップ中だ。それに、あの神取が作ったにしては、この巨大ロボには色々不審な点が多い」

「一理有るな」

「そうなのか?」

 

 ペルソナ使い達の会話に、機動班が首を傾げる。

 

「もっとも、あの男の考えている事を理解出来る奴なんて早々いないだろうがな」

「それだけはNo mistakeですわ」

「そんなに危険な男なのか?」

「ギガンティック号をこんなにしちまった時点で十分危険だろ」

 

 ボヤきを交えながら進んでいた突入チームが、動力室手前で一度足を止める。

 

「元のままなら、あの先だ」

「まて、内部から反応有り。しかもこれはデモニカ?」

「別働隊が先に来たのか? そんな連絡は…」

「待て」

 

 首を傾げる者達を差し止め、レイジがアルカナカードを取り出す。

 

「ここにいる奴、やばいぞ。かなり出来る」

「ああ、これはまずい………」

 

 機動班達を手で制しながら、南条も刀に手をかけつつ、前へと出る。

 

「ペルソナ反応って奴か? しかし…」

「ここで待て、オレ達が様子を見てくる。それと放射能は漏れてないだろうな?」

「ここでの反応は出てないから、多分………」

「桐島は念の為控えててくれ」

「イエス、お気をつけて」

 

 レイジと何条が注意深くドアの前に立ち、他の者達がデモニカや持参の機材で色々チェックしていく。

 意を決したレイジの前でドアが開かれ、警戒をそのままに二人は中へと足を踏み入れる。

 小さく唸りを上げる動力炉、その上に腰掛けている小柄な赤いデモニカの姿にレイジは思わず息を呑んだ。

 

「あなた誰? ここに何の用?」

『気をつけろ、彼らはペルソナ使いのようだ』

 

 赤いデモニカから放たれるどこか幼さを感じる声に、その相手が恐らく少女である事、そしてそのサポートAIの発する警告にレイジは警戒を更に高めた。

 

「オレの名は城戸 玲司」

「私は南条 圭」

「ここには兄貴を止めに来た」

「兄貴?」

「いるだろ、神取が。お前は神取の仲間か?」

「違うわ。たまたまここに来て援助と引き換えにコレの完成・起動まで警備を頼まれただけ。それももう終わった」

「じゃあなんでここにいる?」

「只野 仁也」

 

 その名をデモニカの少女が呟くと同時に、少女の全身から殺気がほとばしり、二人は思わず構える。

 

「私の目的はそいつだけ。彼もここに来ているんでしょう?」

「………ああ、来ている」

 

 下手に隠し立てするとむしろ危険と判断した南条が腰の刀の柄に手をかけたまま、肯定する。

 

「なら、伝えて。ここに来るか、それとも全てを殺しながらこちらから行くか」

『彼女は本気だ。不必要な戦闘はこちらも望む所ではない』

 

 あまりに危険な少女の要求に、サポートAIが更に言葉を追加する。

 

「断ったら?」

「まず、貴方達から殺す」

 

 そう言いながら、腰に下げているブレードに手を伸ばす少女に、レイジはとっさにアルカナカードをかざそうとする。

 

「それと神取ならこの上、管制室にいるわ。そこから動く事は無いと思う」

「………交換条件という事か。いいだろう、ここは退いて彼に伝える」

 

 神取と合う前に彼女との戦闘は危険と判断し、なおかつ互いに不必要な戦闘は避けようとしていると判断した南条はゆっくりと構えを解いた。

 

「伝えるが、肝心のあんたの名前は?」

「アレックス。彼は知らないでしょうけど」

『私はジョージ。我々の目的は只野 仁也だけだ』

「分かった」

 

 警戒はそのまま、二人はゆっくりと動力室を出る。

 

「聞いていたか?」

「ああ、だがなんだあのデモニカ? オレ達のより新型みたいだが………」

「そこは分からない。だが、あいつは危険だ」

「半端じゃねえ殺気を放ってやがった。腕も相当立ちそうだ」

「ここは一度退いて別働隊と合流しよう。神取だけでも危険だが、動力室にあんな危険人物に陣取られては作戦を見直さなくてはならない」

「外からDevil Summonerの方々を呼んだ方がいいかもしれませんわ」

 

 ただならぬ状況に、離れた場所で今後の対策を考えるが、一時撤退以外の策は早々出てこなかった。

 

「確か山岸君は他にも誰かいるとも言っていたな」

「ペルソナ使いがもう一人いるって話だが………」

「それらしいのは感じませんわね。私達のPersonaは彼女ほど感知に優れてませんが………」

「まさか、外に出ていったのか? すごい混戦状態だぞ?」

「それは難しいな。下手な実力ではすぐにやれるだろうし、実力者だとしたら目立たない訳がない………一度タルタロスとも連絡を。どうにも気にかかる事ばかりだ」

「あんだけ苦労して核弾頭無力化したと思えばコレか………」

 

 機動班の一人がぼやきつつ、通信作業へと移った。

 

 

「は? 動力室にヒトナリにすげえ恨み持った女の子が?」

「何だそりゃ………」

 

 別働隊から届いた急報に、アンソニー始め、他の機動班が一斉に首を傾げる。

 

「ヒトナリ………お前まさか未成年に手出して逃げてきたんじゃないよな?」

「それは絶対に無い。そもそもそれだけ恨みを買う覚えも無い」

 

 アンソニーの失礼過ぎる問いをきっぱりと否定した仁也だったが、その謎の少女の殺意がどうしても気になっていた。

 

「で、どうする? 向こうはあんたを指名らしいぞ」

「若い娘から指名か、殺気こもってなければ喜ぶバカはいるんだろうが………」

「………行ってみるしかないだろう。なぜこちらをそんなに恨むのか、その原因を知る必要が有る」

「問答無用で殺されるなよ? 人によっちゃ羨ましい死に方だろうが」

「そりゃお前だろ」

 

 アンソニーの更に失礼な警告を他の班員が突っ込むが、仁也は無言で装備の確認をする。

 

「作戦上、動力室を抑えるのは必須だ。恐らく守護を呼ぶのに十分なエネルギーが未だ蓄積されている可能性が高い」

「そいつは分かってるが、一緒にいるペルソナ使いから相当やばいって情報も来てるぜ」

「外のベテラン連中にも来てもらいたいが、難しいだろうな………」

「どちらにしろ、呼ばれてる当人が行かなくてはならない。どんな結果になろうとも」

 

謎の少女に会う覚悟を決めている仁也に、他の班員達は顔を見合わせて頷く。

 

「まずは別働隊と合流だな」

「分担してこいつの無力化を行う作戦だったが、その前に無力化しなけれならない奴がいるようだし」

「新型デモニカを着てるって情報もある。問題は中身の方だろうが………」

 

 作戦内容の変更を考慮しつつ、全員が武装を確認していく。

 

「アーサーにミッション内容変更を打電。動力室にいる謎のデモニカ装備者を無力化する」

「外にいる連中にもこの件を通達、来れるようなら増援に来てくれと」

「システムが把握出来れば、外の敵を内部に誘導して迎撃出来るんだが………」

 

問題が次々山積みになっていく中、誰もが戦意だけは失わずに対処法を模索していく。

 

「別働隊の居場所は?」

「動力室前からこちらに向かってる。すぐに合流出来るだろう」

「あまり動力室で派手な戦闘はしたくないが、外の連中がなだれ込みそうだったら、動力室の停止もしくは破壊も検討しないとダメか?」

「何が溜まってるか分かった物じゃないがな………」

 

 装備の確認を終えた一行は、そのまま動力室へと向かう。

 

(オレにそこまで殺意を持つデモニカをまとった少女、一体なぜ………?)

 

 歩を進めながら仁也は自問自答したが、答えは一向に出なかった。

 

 

 

「は? そっちに戻れ? ………そうか分かった。少し待て」

 

 キュヴィエ症候群防護のための墨で全身を染めたまま、八雲が通信に答えつつ、最後の手榴弾を目の前のヨスガの軍勢へと放り投げる。

 

「手持ちの発破もコレで最後だ。ヒートの奴がかなりかき回してくれたしな」

「でも、今退いたら立て直される可能性も…」

「でもコレだし」

 

 黒化カグツチの光の影響とヒートの無謀とも言える突撃のおかげで、かなり混乱状態にあるヨスガの者達を前に、八雲は最後のマガジンをソーコムピストルに装填、元から白い肌と銀髪が墨でまだら模様になっているカチーヤが警戒するが、なぜか染まってないネミッサが完全に弾切れしたアールズロックのトリガーを引いてその事を知らせる。

 

「さすがにこの数相手は少し無茶が有ったか。もっとも最近いつもこんな感じだがな」

「撤退してタルタロスに籠城するんですか?」

「それしかないんじゃな~い? 立て籠もりは慣れてきたし」

「違わねえのがな………山岸、そちらに戻せるか?」

『ちょっと待ってください! さすがに乱戦状態だと…』

「分かった、距離を取る事にする。他にケツに火が付いてる奴がいたら、そいつも戻しとけ」

『オレ! オレも! って熱ぃ!』

 

 八雲の通信に重ねるように、修二からの絶叫のような通信(どうやら実際に火が付いてるらしい)が響く。

 

『りせちゃん手伝って! 他に戻してほしい人は?』

『こちら小次郎、まだ少しは持つ』

『こちらアレフ、超力超神・改の方が近い。そちらに向かう』

『こちらフリン、もう少し周辺戦力を削いでおこう』

『こちらキョウジ、総員どっちか近い方に合流してくれ。混戦がいつまで続くか分からねえが、そぞろ次の段階に移行だ』

『…サーフ、エンブリオン回収を依頼』

『こちらライドウ、現在核弾頭を移送中。すまないがそちらには戻れそうにない』

『そいつはとっとと持ってってくれ………いや、それともカグツチに放り込むか?』

「コトワリと一緒に放射性物質の開放は最悪じゃ………」

 

 戦場から撤退しつつ、背後に残しておいたスタングレネードやスモークグレネードをありったけ投げながら、八雲はため息を漏らす。

 

「核弾頭処理出来る悪魔ってそういや聞いた事ないな」

「探せばいるんじゃない?」

「取り敢えずそれは後で!」

 

 追ってくる悪魔達に残った魔力で攻撃魔法を放つネミッサや、残弾で弾幕を張るカチーヤが続く中、八雲は周囲を見る。

 

(喰奴連中もかろうじて残ってるが、そぞろ限度か。どこかの勢力が立て直しに退いてくれば御の字だが、この状況じゃ無理か)

『設定できました! エスケープ・ロードします!』

「頼む」

 

 徐々に追い詰められている感がしつつも、八雲はその場で足を止め、他の二人も動きを止めた所でその体がその場から消える。

 

「くそ、逃げられた!」

「逃げる先は決まっている! 追撃だ!」

 

 混乱状態からなんとか回復しつつあったヨスガの鬼や天使達が、転移先をタルタロスと決めてそちらへと向かっていく。

 

「だいぶかき回されたわね………」

「最初からこの事態を予想していたのだろう。退き際も見事な物だ」

 

 暴走者の返り血で全身を染めたチアキとエンジェルが、八雲達の撤退の手際良さに舌打ちする。

 

「逃げるのばかりが上手い連中よ。アサクサではそれでマガツヒを手に入れそこねたし」

「戦いと言う物を熟知している。悪魔使いはどいつも手練揃いだ」

「まあいいわ。どちらにしろ、あの塔を落とせばいいんだし」

 

 半面血に染まった顔を歪ませた笑みを浮かべ、チアキはタルタロスへと残った手勢を向かわせた。

 

 

 

「全員生きてるか?」

「大丈夫です」「ネミッサも」

「し、死ぬかと思った………」

 

 エスケープロードでタルタロスに戻った八雲の声に、カチーヤとネミッサは普通に応えるが、一緒に帰還した修二は肩で大きく息をしながら床に座り込む。

 

「すぐに喰奴達も来るぞ。マグネタイトの用意は」

「こちらに」

「足りればいいんですけど」

「暴走しないだろうな?」

「あの、取り敢えず顔吹いた方が…」

 

 外からの帰還者を迎えるために風花を始め、課外活動部や機動班のメンバーがエントランスに詰め、各種準備をしていた。

 程なくして喰奴達も帰還し、全員が一斉に変身を解く。

 

「全員無事か? 心身両方」

「やや不安定な人もいますが、大丈夫みたいです」

「さすがに、あの光の下で乱戦はきつかったな………」

 

 八雲の確認に風花は全員をアナライズし、代表するようにロアルドが状況を告げてくる。

 

「状態に構わず、マグネタイトを摂取しとけ。暴走しかけた奴もいるしな」

「ヒート、さすがにあれは無茶だって」

「フン」

 

 八雲が率先して喰奴用のマグネタイトバーを配る中、それを受け取りながらアルジラが釘を差すが、当のヒートは鼻を鳴らしただけでマグネタイトバーにかじりつく。

 

「残念ながらのんびりしてる暇は無い」

「だろうな、程なくして各勢力がこの塔に押し寄せてくる。カグツチ開放にはこの塔を登るしかなさそうだからな」

 

 八雲の言葉に、ゲイルが被せるように呟く。

 

「残った機材抱えて、上に退避だ。ここは完全に封鎖する」

 

 八雲もボヤくように言いながら、タルタロスの入り口を塞いでいる緊急用シャッターを叩いて強度を確認する。

 

「一応、緊急時用の防弾シャッターだが………」

「防弾なんぞ気休めだからな。一応補強はしてるが………」

 

 シャッターに貼られているレイホゥや裕子が用意した呪符を見ながら、八雲は外の軍勢がなだれ込んだらひとたまりも無い事を予感していた。

 

「取り敢えず、これを運べばいいんだな」

「丁寧に運べよ、一応精密機械だらけだから」

「入り口から離れろ、完全に塞ぐぞ」

 

 マグネタイトバーをかじりながら、ヒートがエントランスに置きっぱなしになっていた機器を抱え上げ、八雲が安全確認している脇で、機動班がレッド・スプライト号から持参した緊急補修用の硬化エポキシをシャッターの上から吹き付けていく。

 

「セメントか、出来るなら鉛で埋め尽くしたい所だが無いしな」

「結界でも張れるだけ張っておきましょう。少しは足止めになるかもしれません」

「一応クレイモアも用意しておいた。最後に設置するぞ」

「………タルタロスにここまで厳重態勢しいたのは初めてです」

「入り口塞いで、結界とかいうの張って、ブービートラップまで………」

「ここは任せるぞ、撤退だ」

 

 手際よく進んでいく閉鎖準備に、風花だけでなく啓人も唖然とする中、残った機材を抱えた明彦に促されて慌てて上階へと向かう。

 

「そうだ、八雲さん。シャドウの大量発生の原因、前に電霊と戦った階に有ったみたいです」

「何?」

「純平がそこまで行って、そこにいた悪魔倒したら出なくなったらしいんですけど、どうやってもそこから上に行く方法が見つからないって。あのナナシとかいう人に付いてるダグザとかいう神様自身がそう言ってたそうです」

「上に登る方法知ってるとしたら、八雲さんだけじゃないかとも………」

 

 風花と啓人の説明に、八雲は首を傾げる。

 

「ネミッサ、お前ダンテと一緒にあそこまで行ったはずだよな?」

「うん、でも階段とか無かったよ?」

「見落としか、前はあそこで派手にやって調査してる暇とか無かったからな………」

「どちらにしろ、ここに攻め込まれたら、珠閒瑠市に戻るか、上に登るかしかないんじゃないかと………」

 

 啓人がおずおずと言うのに、八雲は用意してあったカロリーバーをかじりながら嘆息する。

 

「あっちも今襲撃受けてるそうだし、こっちを空ける訳にもいかん。フリンが戻ってきたら、防衛班と登頂班に分けて上を目指すしかないな」

「上まで登った所で、なんかコトワリ考えてんのか?」

 

 座り込んだままだった修二からの問に、八雲は即答した。

 

「知るかンな事。どの道、このままだとカグツチも真っ黒になるかもしれんしな」

「あ、それはやべえ。もうコトワリ云々はほっといてとっととカグツチ開放するかな?」

「それって大丈夫なんでしょうか?」

「さあ?」

「何だったらネミッサが開放してみる?」

「それが一番マズイ事になりそうだが、最終手段には使えるな」

「どんな最終手段だよ………」

 

 今後に付いてあれこれ意見が飛び交う中、最後に残ったフリンも帰還してくる。

 

「全員、こちらかあちらに入ったようだ。今後は籠城戦になる」

「数の上ではこちらが不利だ。戦力的には悪くはないと思うが」

「面子だけは揃ってるからな。多少アレなのも多いが、オレも含め」

 

 フリンの報告に、ゲイルが冷静に状況を分析、ついでに八雲が余計な突っ込みを入れる。

 

「とにかく、上に本拠を移そう」

「忘れ物ねえな? ここは完全に閉鎖するぞ」

「これ以上何を?」

 

 フリンにうながされ、全員が上階へと続くターミナルに向かう中、八雲はカチーヤ、ネミッサと殿に付く。

 

「いけるか?」

「回復はしました」

「じゃあ一気に行くよ!」

 

 チャクラポッドで魔力を回復させた二人が、同時に氷結魔法を入り口へと吹き付ける。

 

「なるほど、凍らせて密閉する訳か」

「こいつらのならそう簡単に溶けん。それでも時間稼ぎ程度だろうが………」

 

 様子を見ていたロアルドが感心する中、最後の封鎖が終わるとその場から全員が消える。

 程なくして、封鎖された入り口をぶち破ろうとする音が、エントランスに響き始めた。

 

 

 

「タルタロスは完全籠城態勢に移行したそうだ」

「あちらはあちらでどうにかしてもらうしかないな」

「こちらもだけどね」

「動力室と管制室は任せるしかなさそうね………」

 

 超力超神・改の内部で合流した小次郎、アレフ、咲、ヒロコが現状を確認しつつ、足元に転がる無数の悪魔の屍を眺める。

 

「システムの管理権を奪えれば、もう少し楽になるんだが………」

「そちらはまだ向こうが握ってるらしい。動かせないわけではないが………」

 

 小次郎が艦内ドアを操作しようとするが、エラーが表示されるだけで、アレフが手動で操作して敵の侵入を阻もうとする。

 

「管制室よりも問題は動力室ね。これを動かすための種々のエネルギー、狙われるには十分よ」

「何かかなりの実力者が占拠してるらしいけど………」

 

 咲とヒロコが元の図面と内部探索の差異から推測される艦内図に目を通しながら、抑えるべき要所をチェックしていく。

 

「どの勢力も、目の色変えて守護を召喚しようとしている。この状況では、果たして創生とやらも上手くいくかは謎だがな………」

「カグツチの変質が進んでいる。果たして開放していい物なのか?」

「どの道、高尾先生が言うには開放しない限り、この受胎東京はこのままらしいわ」

「現状で私達が出来る事は、ここを死守して守護の召喚を妨害する。それしかなさそうね」

 

 四人の結論が一致した所で、全員が振り返って構える。そこでは、今閉じたばかりの扉をこじ開けんとする悪魔達の怒声と攻撃音が響いていた。

 

「一つだけはっきり言えるのは、シジマもヨスガもムスビも、この世界を任せるにはいかないという事だけだ」

「その点は同じ意見だな」

 

 将門の刀を構える小次郎に、ヒノカグツチを構えるアレフが同意する。

 

「結局、やってる事は変わらないわね」

「そういう運命なのよ、お互いね」

 

 レールガンに新しいマガジンを装填する咲に、槍を構えるヒロコが苦笑する。

 

「ここに来たのは運命かもしれない。が、戦うのはあくまで自分の意思だ」

「オレ達だけじゃない。他の者達もそうだろう」

 

 小次郎とアレフが視線を鋭くする中、とうとう限界に達した扉がこじ開けられ、そこに二つの切っ先が同時に突き出された。

 

 

 

「派手にやってやがるな」

 

 タルタロスに押し寄せるヨスガの軍勢と、超力超神・改に押し寄せるシジマの軍勢を一歩引いた所で見ながら勇は呟いた。

 

「どっちも守りは硬そうだ。こっちは数はともかく、質は負けてるからな………ライドウの奴はうまくやってるのか?」

 

 無数の思念体を引き連れながら、勇は状況を一時静観していた。

 

「こいつを使えないかと思ったが、どう見ても壊れてるよな………」

 

 自分の隣、超力超神・改に大ダメージを与え、そのまま放棄されたタイタニア・キャノンを小突きながら、勇はぼやくしかなかった。

 

「ダメだ、完全に壊れてる」

「内包エネルギーも枯渇しているようだ」

「使い捨て前提か、未完成だったのかもしれない」

 

 タイタニア・キャノンを調べていた思念体達が口々に呟き、それが更に勇の気を重くさせた。

 

「修二の奴、こんなモン持ってる連中と手組んでたとはな………あの巨大ロボ一時封じた力といい、どこまで力手にしてる?」

 

再度半ば残骸と化したタイタニア・キャノンを小突きつつ、勇は表情を険しくする。

 

「あちらの悪魔使いはどうやってか知らないが、あの中に移動出来るようだしな………こちらもそれが出来れば…」

 

 呟く勇だったが、そこで頬に冷たい感触がした事に気付き、上を見上げる。

 

「今度は雨かよ」

 

 上空に本来受胎東京に存在しないはずの黒雲が湧き、にわかに雨を降らせ始めた事に勇は更に表情を険しくする。

 

「一体、今ここはどうなってやがんだ? 守護を呼んで、本当にコトワリが開放出来るのか?」

 

 変質が進んでいく受胎東京に、勇が今更ながら疑問を感じ始めた時だった。

 

『さあね。でもやってみたら面白いんじゃない?』

「誰だ!?」

 

 突然響いた聞き慣れない声に、勇は慌てて周囲を見回す。

 

『こっちだよ、こっち』

「こっち、て………」

 

 そこで勇は、残骸に残る表示モニターに、ノイズと共に映る人影に気付く。

 

「誰だ、お前?」

『一応こういう者』

 

 モニターの中に映る若い男は、そこに桜の代紋が描かれた手帳を見せる。

 

「警察? どうせこの状況でいる奴じゃ、ロクでもない奴だろ」

『ご明答。さて、ここで一つ提案だ。実はこの今映っているモニター、そこの塔に繋がってる』

「は? 何を言って…」

 

 唐突な相手の言葉に勇が首を傾げるが、そこで突然モニターから手が出たかと思うと、モニターから画面に映っている男がこちらへと出てきた。

 

「な………」

「面白いだろ? マヨナカテレビってこちらじゃ呼んでた。この雨の降っている間、ここからあの塔、正確にはそこにある画面から中に入れる」

「そんな事が…」

「それで提案だ。今なら君と君の軍勢をあの塔の中に送れる。代りにちょっとばかりこちらを護衛してほしい。どうにも、話の通じそうな連中がいなくてね」

「………あんた、とんだ悪徳警官みたいだな」

「まあね」

 

 突然の提案に勇は戸惑いつつ、思わず笑みを浮かべ、相手も笑みを返してくる。

 

「その提案、乗ったぜ。守護は中に入ってから考えよう」

「OK、じゃあ雨が止む前に…」

「その前に、オレは新田 勇。ムスビのコトワリを掲げる者だ。アンタは?」

「ああ、足立 透。しがない警官さ」

「しがない、ね………」

 

 どこかうそぶく相手、透に頬を歪ませながら、勇は雨の降りしきる中、ノイズの走るモニターへと向かっていった。

 

 

 

 混沌の渦巻く中、光を探してあがく糸達。

 だが、闇へと導かんとする者達もまたあがき続ける。

 その結果待つ物は、果たして………

 



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PART59 FAR OFF DAWN

 

「タルタロス周辺戦闘は籠城戦に移行した模様!」

「タルタロスエントランスは完全封鎖、上階転移市街地に新たに陣地を構築」

「超力超神・改、各破孔部にて防衛戦展開中!」

「超力超神・改先行突入班、内部にて合流。再度動力部を目指します」

「珠閒瑠市市街地での戦闘は小康状態! 一部鎮圧に成功した模様!」

「当艦外部にて戦闘中の両名、戦闘続行中」

 

 レッド・スプライト号のブリッジ内に、各所からの報告が矢継ぎ早に入ってくる。

 

「どこを落とされても、ヤバイ事になるな………」

「コトワリだの守護だの、結局シュバルツバースと余り変わらねえな」

 

 状況を整理している通信班の隊員達が思わず愚痴る。

 

「核弾頭回収班から連絡! もう直シバルバー直下に到着する予定!」

「そっちも有るか、今の状態ではここまでの搬送は難しいな」

「アーサー、指示を!」

『レッド・スプライト号周辺の戦闘が終わらない状態での核弾頭搬送は極めて危険と判断。周辺に注意して待機を指示します』

「終わらないとと言っても………」

「こいつは………」

 

 アーサーの出した判断に、ブリッジにいた者達が艦外の映像を写し出してるディスプレイを見る。

 そこには、シュバルツバースですら見た事の無い光景が広がっていた。

 

 

 

 回転しながら宙を舞う二つの白刃が、剣舞がごとく幾度となくぶつかり合う。

 それに付随するが如く、魔力の波が放たれ、せめぎ合い、破裂していく。

 それを繰り出し続ける二人の思念体は、双方に攻撃の手を全く緩めようとしなかった。

 

「出来るな、さすが葛葉 キョウジを継いでいた者」

 

 白刃を手元に戻し、間近で回転速度を上げていく40代目ライドウが、素直に感心の声を上げる。

 

「そちらもな。ライドウの名は時代を経ても廃れてないようだ」

 

 手元に魔力を収束させながら、キョウジ(故)が呟く。

 幾度となく繰り返される双方の攻撃だったが、実体を持たない者同士、そして双方の実力の拮抗により、互いに決め手を欠いていた。

 

「退く訳にいかず、攻めるに攻められず。四天王の肩書を持ったアストラル同士の戦いがここまで厄介とはな」

「違いない。適当な依り代もそばにないしな。互いに半端な物では収まりきらん」

 

 互いに攻撃を繰り返し、食らってもそもそも致命傷にならない戦いは、果てなく続くようにも見えた。

 だが果てなき戦いに、転機が訪れる。

 こちらへと向かってくる気配に、双方の攻撃が同時に止まる。

 

「何だこれは………」

「この気配は………」

 

 こちらへとまっすぐ向かってくる、ただただ凄まじい気配に、双方が絶句する。

 やがてその気配はこちらへと姿を見せる。

 

「お前か、リサに消えない傷を残したのは………」

 

 口調は努めて冷静に、だがその裏に凄まじいまでの怒気が籠もっている達哉が、40代目ライドウを見ながら呟く。

 

「この力、特異点か!」

「だが、ここまでは…」

 

 40代目ライドウは、それが前の襲撃を阻んだ者だと察するが、キョウジ(故)は達哉から普段とは比べ物にならない力が溢れている事に気付く。

 

「そっちは轟所長か。悪いがどいてくれ」

 

 淡々と告げる達哉に、普段なら悪態の一つも吐くキョウジ(故)が、黙ってその場を譲る。

 

「ふ、ふふ、なんと凄まじい………異なる世界の歪みの力を受ける特異点、ここまでとはな」

「能書きはどうでもいい」

 

 改めて対峙し、そのほとばしる程の力に40代目ライドウは表情すら見えぬアストラル体でほくそ笑むが、達也は冷静に相手を見据える。

 それに応じるようにペルソナ・アポロが達哉の背後に立ち、凄まじい熱気を立ち上らせる。

 

「そこまで神降ろしの力を引き出すか………その体、欲しい」

「奪える物なら奪ってみろ。神だろうが悪魔だろうが、もうオレの周りから何も奪わせない………!」

 

 そこで初めて、冷静さをかなぐり捨て、怒気を顕にした達哉の周囲を紅蓮の炎が覆う。

 

『警告! 警告! そんな物こっちにきたら装甲が持たない! つうか他所でやってくれ!』

 

 レッド・スプライト号ブリッジから、エネミーソナーが振り切れそうな警告音と共に悲鳴じみた警告がスピーカー越しに響いてくる。

 

(ふん、冷静な奴だと思っていたが、ここまで激情家だったとはな………これならばあるいは)

 

 キョウジ(故)も完全にキレている達哉から距離を取る。

 

「キョウジも退いたが、一人でやり合うつもりか」

「ああ。これ以上、オレの仲間にもこの街にも、手は出させない………! アポロ!」『ノヴァサイザー!』

 

 アポロから強烈な核熱魔法が放たれるが、40代目ライドウは素早く印を組み、障壁を張ってそれを防ぐ。

 

「こんな状態でもライドウを継いだ者、そう安々と倒せると思うな………」

「そんな事は関係ない」

 

 核熱魔法が途切れるより早く、光熱を突っ切って突き出された剣が40代目ライドウの障壁に突き刺さる。

 

(こいつ、自らの魔法に突っ込んできた? 幾ら神降ろしの加護にも限度があるぞ!?)

 

 我が身をかえりみない達哉の行動に、40代目ライドウが驚愕する中、剣の切っ先が障壁に食い込み始める。

 

「一体、どれだけの力を!」

 

 持たないと判断した40代目ライドウが印を片方外し、別の印を組むと傍らの刀を操作し、浮遊した白刃が大きく孤を描いて加速しながら達哉の背後から襲いかかる。

 達哉はアポロで急襲する白刃を防ごうとするが、魔力の籠もった白刃はペルソナにそのまま突き刺さった。

 だが直後、突き刺さったはずの白刃は融解して地面へと滴り落ちていく。

 

「貴様、どんな神を降ろしている!?」

「お前に関係有るのか」

 

 あまりに予想外の事態に40代目ライドウが障壁を解除して飛び退る。

 達哉は無造作にアポロで白刃の残骸を払い落とし、剣を構え直す。

 

(幾ら特異点とはいえ、この力は異常過ぎる! 一体この男に何が…)

「お前の事はこっちのライドウから聞いている。未来がいかに歪んだ世界だろうが、こちらに来て弱者を虐げる理由にはならない」

「貴様達は知らないのだ。強者が全てを支配し、支配から弾かれた者はただ弾圧されるだけの醜き世界を」

「知った事か………!」

 

 世界の有り様を問いかける40代目ライドウを、達哉は一言で切り捨てる。

 

「お前の世界がどんな世界だろうが、関係ない。オレはオレの過ちで生じたこの世界を守り抜く。ただそれだけだ」

 

 達哉の揺るぎない信念の籠もった瞳と、それに応じるように陽炎をまとい立つアポロの姿に、40代目ライドウは畏怖を感じずにいられなかった。

 

(何という男だ………待て、特異点のエネルギー、信念、世界、まさか!?)

「貴様、すでにコトワリと守護を!?」

 

 導き出した答えに、40代目ライドウは驚愕する。

 

(まずい、完全に想定外だ! 依り代が無い今の状態で、勝機は無い! だが、こいつをここから離すわけにはいかない!)

 

 ある種最悪とも言える展開に、40代目ライドウは必死になって思考を巡らせる。

 

「コトワリ? オレはそんな物に興味は無い」

「だがその力、他に説明がつかん。お前が望む世界は何だ?」

「言ったはずだ。オレは己の罪を背負い、この世界を守ると」

「罪を背負し世界、すなわち《カルマ》! それがお前のコトワリか!」

「勝手に言っていろ。アポロ!」『ギガンフィスト!』

 

 灼熱の鉄拳が、40代目ライドウを襲う。

 とっさに防御しようとするが、渾身の力が込められた拳は防御を貫き、アストラル体ですらうがっていく。

 

「がっ!?」

「逃さない。お前は今、ここで確実に倒す」

「ふ、ふふ………それはこちらも同じだ。コトワリを持つイレギュラーを放置する訳にはいかない!」

 

 必勝の覚悟で迫る達哉に、40代目ライドウは距離を取りつつも素早く印を組み、詠唱を始める。

 

「あの術式、思念体を集める気か!」

 

 巻き込まれないように距離を取っていたキョウジ(故)が40代目ライドウの術式の招待に気付き、それを証明するように市街地各所にいた思念体が、一斉にこちらへと集ってくる。

 

「これは………!」

「この手は使いたくなかったがな。まあ勇も似たような事をやっていたが」

 

 ウンカのように集った思念体が、40代目ライドウへと吸い込まれていき、そのアストラル体が輝きを増していく。

 

「本来は死霊を調伏支配する術だ。それをアレンジしたか」

「あんたは大丈夫か」

「大丈夫、と言いたいが少しきついな。この場は任せる」

 

 キョウジ(故)が術に巻き込まれないように離れる中、数多の思念体を吸収した40代目ライドウは、輝く巨人がごとき姿となっていた。

 

「行くぞ特異点、いやカルマのコトワリを掲げる者よ」

「そんな物を掲げた覚えは無い」

 

 巨大化した相手に微塵も臆する事も無く、達哉は剣を振りかぶった。

 

 

 

「思念体が退いていく?」

 

 際限なく湧いてきていた思念体が急にいなくなり始めた事に、尚也は剣を下ろすが、すぐにその原因に気付く。

 

「これは、達哉君の方に集結してるのか」

 

 思念体が向かっていく先から感じる、強力なペルソナ反応に尚也は事態が更に危険な方に向かっているのを悟った時、支給されていたインカムがコール音を鳴らす。

 

『こちらレッド・スプライト号! ムスビのサブリーダーと思われる者が思念体を吸収して巨大化! 現在ペルソナ使い、周防 達哉氏と交戦状態に入る模様!』

『みんな聞こえてる!? すぐにこっちに来て!』

 

 通信班からの通信にマキの声も重なり、只ならない事態に尚也はそちらへと向かって駆け出す。

 程なくして別の区画で戦っていた仲間達と合流していく。

 

「聞いてたか!」

「ああ、どうやら奥の手を出してきたらしい」

 

 合流したマークに頷きながら、尚弥は用意してあった車の方に向かうが、乗り込む直前に何かが降ってくる。

 

「何だ!?」

「オマエラ、ツヨイナ………」

 

 そこに通常よりも更に巨大な外道 スペクターが立ちはだかっていた。

 

「イ、イカセン………ムスビノセカイノタメ………!」

「足止めかよ! 手こみやがって!」

「そうみたいだな。 アメン・ラー!」

 

 目前の障害を排除すべく、尚弥はアルカナカードをかざし、ペルソナを繰り出した。

 

 

 

『こちら杏奈、仮面党は市街地の混乱対処で手一杯!』

『こちらブラウン! こっちにもなんかでけえのが来た!』

「次の段階に来たか」

「みてえだな」

 

 珠閒瑠警察署前で指示を出しながら自らも前線で戦っている克哉と、隣で情報整理のはずがその暇すら無くなっているパオフゥが近寄ってくる大型の反応に顔をしかめる。

 

「どうすんの!? これじゃ達哉君とこ行けないわよ!?」

「どうやら、向こうはマガツヒの収集から障害の排除に目的を変更したようだ」

「しかも一番目付けられてんのお前の弟みてえだぞ」

「どうやらそのようだな」

 

 うららが喚く中、男二人は冷静さを保っていた。

 

「話通りなら、ここを仕切ってるのは40代目ライドウとかいう奴。前はヨスガと組んでたらしいが、ムスビに乗り換えたらしいぜ」

「ライドウ君のずっと後輩か………一度大正時代にこちらのライドウ君と派手にやりあって撃退したらしいが」

「達哉君そんなのと大丈夫!? って心配してる暇は無さそうね………」

 

 聞けば聞く程に尋常ではない相手にうららは心配するが、こちらに迫ってくる大型の思念体の方に意識を向ける事にする。

 

「達哉なら、しばらくは持たせるだろう。他で合流してくれる事を願うだけだ」

「他力本願、って言うにはちょっと修羅場が過ぎるな。来るぞ!」

 

 向かってくる大型思念体に向かい、克哉とパオフゥは同時にアルカナカードをかざした。

 

 

 

「ここは私がなんとかするから、達哉君の方に!」

「頼んます!」

「無茶は禁物よ!」

 

 たまきが仲魔と共に向かってくる大型思念体を迎え撃つ後ろで、ミッシェルと舞耶が声をかけながら先を急ぐ。

 

「情人、何かすごい事になってる!」

「ペルソナ使いでなくても分かるね、アレは………」

 

 急ぐリサと淳の視線の先、ときたま虚空に吹き上げる炎が達哉の奮戦を物語っていた。

 

「急ぐわよ! これじゃあどっちが勝っても、街が火の海になるわ!」

「待ってて情人!」

「どっちかつうと、オレら止める方じゃね?」

「そんな気がしてきたよ………」

 

 血気逸る女性陣に、男性陣は異様なまでに高まっている達哉のペルソナ反応にむしろ冷静になっていた。

 

「なんかすでに熱くなってきてね?」

「下手したらこちらも巻き添え食うかもしれない。耐火系のペルソナを用意した方がよさそうだ」

「ああ、そうだな」

 

 ミッシェルと淳がまだ姿が見えないのに漂ってくる熱気にアルカナカードを探る中、かけられた声に足が止まる。

 

「誰、って轟所長だった人」

「気をつけろ、この状態のオレでもそばに近寄れない。どいつか体を提供してくれるなら別だが」

「それはちょっと………」

「あと気になる事が有る」

 

 先に言った女性陣を気にしつつも、ミッシェルと淳はキョウジ(故)の言葉に耳を傾ける。

 

「あっちのライドウは、周防弟がコトワリと守護を持っていると言っていた」

「はあ? 達っちゃんがコトワリ?」

「どういう事ですか?」

「コトワリというのが創世の指針となるべきルールだとしたら、それに近い何かをあいつは持っている。そしてそれと特異点の力が結びつき、ペルソナが守護となる神格クラスの力を発揮してるのだろう」

「何かって………何だ?」

「分からない。だが言える事は一つ、放ってはおけない」

「どうせなら、そのままお前達で創世してみるかい?」

「達っちゃんがそんなの望む訳ねえだろ」

 

 キョウジ(故)の物騒な冗談をあっさり切ると、二人は達哉の元へと急ぐ。

 残されたキョウジ(故)は吹き上げる豪華を見つめていた。

 

「あの力、欲しくないと言えばウソだが、創世なんてとてもオレの手に負えんな。どちらが勝っても、この世界の勢力図が変わるな………」

 

 

 

「達哉君!」「情人!」

 

 駆けつけた二人に、達哉は視線も向けずに相手へと対峙したままだった。

 

「気をつけろ、こいつは厄介だ」

 

無数の思念体を取り込み、光の巨人と化した40代目ライドウの姿にさすがに舞耶もリサも仰天する。

 

「仲間が来たか。だがさしたる問題ではない」

「激氣! 言ってくれるわね!」

「リサちゃん、足元!」

 

 40代目ライドウが増援にさしたる驚異も感じて無さそうな事にリサが激高して近寄ろうとするが、舞耶に言われて足元を見ると、達哉を中心として地面が赤熱化している事に気付く。

 

「こ、これ情人が!?」

「そこから前に出るな。サポートだけ頼む」

「了解よ達哉君。今に永吉君と淳君も来るわ」

 

 思わずたじろぐリサに達哉が後方支援を促し、舞耶はうなずきつつも二丁拳銃を構える。

 

「来るなら来い。辿り着いた創世へのチャンス、完全に差別なき世界のための礎になってもらおう」

「他者に犠牲を強いようとする者が、何を言っている」

 

 互いに揺らがぬ信念を持つ者同士が、珠閒瑠の命運を掛け、激突した。

 

 

 

「今、上は一体どうなってる?」

「かなり派手にやってるようだ。戦闘報告が鳴り止まん」

「だとしたら、しばらくここで待つべきか」

 

 予定のポイントまで到着した核弾頭回収班が、迎えが来れそうにない状況に大人しく待機する事を決める。

 

「確かにこれは派手だな。この感覚、周防 達哉か。何かに目覚めたか?」

「かもな。これほどの力なら、街は任せても大丈夫かもしれん」

「ライドウ先輩こそ、あまり無理はしないでください」

 

 回収用の特別車両内で、ゴウトが状況を探る中、秘術の影響でまだ疲弊しているライドウを凪が心配そうに見守る。

 

「ありったけの回復剤を使ったからな。本来ならここまでの多重使用は避けるべきだが………」

「休んでもいられない。これを完全に封印したら、再度戻らなくては」

「小突くな! 一応遮蔽はしてるが………」

 

 ゴウトも心配するが、ライドウは足元の核弾頭入の遮蔽ケースを叩きながら呟くのを機動班が慌てる。

 

「バレてないよな? 今こいつの存在を他の勢力に知られるわけにはいかない」

「創世も何も消し飛んじまうような代物、使う奴がいるとは思わんが………」

「うまくいかなくなってヤケになる奴は出るかもしれん。信管は抜いてあるが、念には念だ」

「これはそこまで危険な代物か………」

 

 ゴウトが遮蔽ケースを覗き込もうとした時だった。

 ゴウトとライドウが同時に何かに反応して身構え、遅れて凪も構える。

 僅かに遅れて、回収班のデモニカのエネミーソナーが警報を鳴らす。

 

「勘付かれたか!」

「どこの連中だ! こいつの使い方知らない連中ならなんとか…」

「いや、それはどうかな」

 

 デモニカを戦闘態勢にしながら叫ぶ者達を差し置き、ゴウトは特別車両の小さな窓から外を覗き込む。

 こちらに向かってきているのが車両、おそらく受胎東京内にあった物のレストア品を運転している白装束の者達だという事に皆も気付いていく。

 

「まずい、カルマ協会か!」

「絶対渡すな! あいつらならこいつの起爆方法を知ってる可能性が高い!」

「今の状態で喰奴相手は少しきついか………」

 

 デモニカをまとった者達が手にした銃のセーフティーを外す中、ライドウは腰のコルトライトニングの残弾を確かめる。

 

「ライドウ先輩は休んでてください!」

「お前もだ。負荷の大半以上をライドウが引き受けたとはいえ、無理が出来る状態ではあるまい」

「無理をする必要がありそうだがな」

 

 凪が自らも銃を抜くのをゴウトが止めようとするが、ライドウは窓から見える相手の装備に表情を険しくする。

 

「おい、RPG持ってるぞ!」

「まずい、撃たせるな!」

「あの携帯砲か」

 

 こちらに向かってライフルを構えるカルマ協会員の中に、RPGランチャーを持っているのに気付いた者達が慌ててサイドドアやリアドアを少し開けて壮絶な銃撃戦が始まる。

 

「遮蔽も兼ねた増加装甲だ! ライフル弾位ならAPでも通らない!」

「RPGも一発くらいなら…」

 

 特別車両の防御力に頼む中、カルマ協会員達が一発のみならず、複数のRPGを構えた事に皆が絶句する。

 

「やばい!」

「RPGを潰せ! こっちにも無いか!?」

「ライフルグレネードどこだ!?」

「開けろ」

 

 そこへライドウがリアドアを開放させると静止する暇も無く外へと飛び出す。

 そのままこちらを狙ってくる銃弾を地面を転がって避けつつ、片膝をつきながらコルトライトニングを抜き放ち、速射。

 放たれた銃弾は今にも発射されんとしたRPGの弾頭に次々命中し、射手ごと爆破する。

 

「すげえ………」

「剣だけじゃなく銃もあの腕前かよ………」

 

 自分達の方が重装備のはずのデモニカ姿の者達がライドウの凄まじい射撃技能に絶句するが、カルマ協会員はライフルを投げ捨てるとアートマを光らせ、一斉に喰奴へと変身していく。

 

「来るぞ! 悪魔出せる奴は出せ!」

「エンジン落とすな! いつでも撤退の準備を!」

「下がっていろ」

 

 悪魔召喚プログラムを起動させる者達をさておき、ライドウは前へと出るとありったけの管を取り出す。

 

「余裕が無い。すぐに終わらせる」

 

 疲弊を隠せない中、短期決戦で済ませるべく、ライドウは仲魔を一斉に召喚した。

 

 

 

「ライフル用の弾丸はどこだ!?」

「回復アイテムを確認しろ!」

「敵は今どこまで来てる!?」

 

 タルタロスの作戦本部と化した人外ハンター商会で、ハンター達が大急ぎで防衛戦の準備を進めていく。

 

「まずいな、そろそろ一階は突破されそうだ」

「あんだけ固めといたのに!?」

 

 八雲が一階に残したカメラからの状況を確認しながら呟くのを聞いた悠が仰天する。

 

「人海戦術、いや悪魔海戦術と言うべきか? 数で押されたらひとたまりもないだろう」

「取り敢えず喰奴の人達が迎撃に向かっている。そちらは任せよう」

 

 切迫している状況だが、冷静さを保っている美鶴と明彦が装備を再点検しつつ、登頂に備えていた。

 

「私とフリンも出ます。他のハンターの方々はここで機動防御を」

「学生共はオレと一緒に一気に上行くぞ」

 

弾丸や攻撃アイテムをありったけ補充、ついでにカロリーバーやゼリードリンクをしこたま補給した八雲が、GUMPを探索モードにして準備を完了させる。

 

「外であんだけ暴れたのに、タフっすね………」

「お前らもペルソナ使いなんてやってたら直にこうなる」

「そうなんですか?」

「いや、珠閒瑠のペルソナ使い見てると、どうにもそうみたい………」

 

 体力には自信がある完二ですら感心する中、八雲は淡々と告げ、雪子が首を傾げるがゆかりが耳打ちする。

 

「上の大量発生源は倒した。けど元からのシャドゥはまだ残ってる」

「ワープポイントは使えるからある程度はショートカット出来ますけど、やはり戦闘は避けられないでしょう」

 

 チドリと風花がタルタロス内の反応を調べながら、ルートを確認していく。

 

「普段なら戦闘は避けたい所だが、今回はタイムアタックだ。ここを落とされる前に上に向かう」

「最上階まで行ってカグツチを開放出来りゃ、何とかなるかもしれないけど、誰かコトワリ持ってる?」

 

 八雲に続けて、修二が最終目標を定めるがそこで肝心な事を呟く。

 

「はっきり言っちまえば、そんなの無い方がマシじゃないのか? どのコトワリもロクな事にならなさそうだ」

「いや、それはそうだろうけど………」

「後、悩んでる暇は無さそうだ」

 

 八雲の視線が一階エントランスを写す映像に向けられる。

 そこは入り口を突破したヨスガの軍勢が設置されたトラップにかかった仲間の屍を踏み越え、上階へと押し寄せようとする所だった。

 

「山岸は一緒に来てこちらのサポート、久慈川は残ってここのサポート。やばくなったら順次珠閒瑠に撤退しとけ」

「了解です」「了解、みんな無茶しないでね」

「学生連中も上がやばくなったらここに戻して撤退させろ。上がどうなってるか想像も出来ん」

「まずは上に続くルートを見つけないとダメですけど………」

「う~ん、どこか有ったかな~?」

 

 パラダイムXと融合して完全に行き止まりとなっている階の事を思い出し、カチーヤとネミッサは唸るがそれらしい物は思いつかない。

 

「どちらにしろ、あそこにはまた行かなきゃならねえだろうとは思ってたからな。オレが行けば何か分かるかもしれん」

「出来ればお早めにお願いいたしますわ。階下もどこまで持つか分かりませんから」

 

 イザボーはそう言いながら、階下を映し出す映像を確認する。

 そこでは、なだれ込んできたヨスガの軍勢を迎え撃つ二人の姿が有った。

 

 

 

「登れ登れ!」

「邪魔者を潰し、カグツチへと到達するのだ!」

 

 咆哮を上げながら、ヨスガの軍勢が階段を駆け上がっていく。

 

「なんだこの奇妙な作りの塔は!?」

「構うな! ガンガン行け!」

「そうだな、ガンガン行くのはいいな」

「こちらが、か?」

 

 タルタロスの奇妙な構造に首を傾げながらも登るヨスガの軍勢の前に、準備万端のダンテとフリンが立ちふさがる。

 

「貴様、ハンター・ダンテ!」

「トール様の敵だ!」

「そこの長髪の男も只者じゃないぞ!」

「構うか、マガツヒを絞り出せ!」

 

 一斉に襲いかかってくるヨスガの軍勢に、ダンテはエボリー&アイボリーを抜き、フリンは刀を構える。

 

「Let‘s PARTY!」

「来い」

 

 二つの銃口から銃弾が吐き出され、白刃が押し寄せる軍勢へと向かって振り抜かれた。

 

 

 

「始まったな。こちらも行くか」

「あの二人ならしばらく持ちこたえられるだろう」

「こっちも急ごう!」

 

 八雲が階下で戦闘が始まったのを確認、啓人と悠も先頭に立って上階を目指す。

 

「これだけの人数でタルタロス登頂は初めてだな」

「初期の実験で影時間に対応出来る孤児達を集めた事は有った。私もその一人」

「どんだけやばい事してたのそっち………」

 

 美鶴が大挙するペルソナ使い達を見る中、チドリが呟いた事に千枝が顔色を変える。

 

「シャドウが出てきた!」

「戦闘は速攻で片付けろ」

「了解!」

「トリスメギストス!」『利剣乱舞!』

「ジライヤ!」『マハガルーラ!』

 

 順平と陽介が八雲の指示に従い、向かってくるシャドウを速攻で片付ける。

 

「ワンワン!」「そっちからも来たクマ!」

「すぐそこに階段! 戦闘よりも登頂を先に!」

 

 コロマルとクマが反対側から来たシャドウを警戒するが、風花のアナライズに従って全員が足を早めて突破に専念する。

 

「後ろからも来たっす!」

「ホントに発生源潰したのか!? 先に行け、死亡遊戯!」

 

 殿の方の完二が背後からの敵影に身構えるが、修二が先を促し、振り返って魔力の光刃で迫ってきたシャドウを薙ぎ払うと戦果も確認せずに階段へと駆け出す。

 

「部隊を分けて遅滞戦闘を行っては?」

「その手も有るが、ワープポイントを基点防御で後退出来る階下と違って、こちらだと分断される可能性が有る」

「攻めと守りの特性差ですね」

 

 アイギスの提案に美鶴は首を振り、直斗も頷く。

 

『こちらエンブリオン、敵は15階まで到達、防衛戦に入る』

「マグネタイトバーにも限りが有るし、最悪ネミッサを戻してセラの歌を中継させる。無茶はするな」

 

 ゲイルからの通信に、予想よりも階下の進軍が早い事に八雲は返信しながら舌打ちする。

 

「あの二人ならもうちょっと持たせてくれるかと思ったが、やっぱり相手が多過ぎか」

「いえ、先陣はだいぶ減らしてくれたみたいです。作戦通り、今喰奴の人達と交代しました」

 

 八雲のボヤキに、風花がりせからの情報を中継して戦況を確認する。

 

「目的の階はすぐそこです。後方からシャドウ反応多数!」

「上は位相空間なのか、シャドウは追ってこないようだ! 急げ!」

 

 風花のナビに八雲が檄を飛ばし、全員が目的の階へと飛び込むように上がっていく。

 

「うわ、なんだこれ!?」

「マヨナカテレビみたい………」

「相変わらずひでえ所」

「シャドウの反応無し、やっぱり追ってこれないみたい」

「なんとか一安心ですね」

 

 そこに広がる、タルタロスとはまた違う廃墟と化したパラダイムXの光景にペルソナ使い達はある者は唖然とし、ある者は顔をしかめる。

 

「なんかすげえ所だな。まあ受胎東京も似たようなモンだけど、なんかこう………」

「元は全てバーチャルだからな。仮初の街が仮初の廃墟になっただけの話だ」

 

 修二もどこか雰囲気の違う廃墟のパラダイムXを見回し、八雲は改めてここで起きた事を思い出していた。

 

「それで、どこに階段があるんだろう?」

「やっぱりそれらしい反応はありませんね………」

「手分けして探そう」

 

 啓人が周りを見回し、風花もアナライズするがそれらしい反応は見当たらず、悠も仲間達と周辺の捜索に入る。

 

「あんま悠長にもやってられんが、心当たりか………」

「ネミッサこの間探したけど、見当たらなかったけど?」

「隠し部屋とか隠し階段とか、何か封印された所とか………」

 

 ノイズ混じりのボロけた服とマネキンの並ぶブティックを見ながら、八雲とネミッサは記憶を掘り起こし、カチーヤも何かないかと探す。

 

「こっちに銭湯みたいな部屋あるぞ?」

「そっちは夕焼けだ………」

「なんなのこれ?」

 

 連なった部屋のコロコロ変わる風景に、特別課外活動部は首を傾げる。

 

「うわ、建物の中に森があるぞ!?」

「動物園、かな?」

「ペットショップって書いてありますね」

 

 特別捜査隊がうっそうとした木が生えている店内を呆れた顔で探索する。

 

「何か、廃墟になったにしても空っぽな所も有るな」

「プレオープン状態で、正式サービス前に潰れた企画だからな。まあ潰したのはオレ達スプーキーズだが」

 

 修二が空き家になっているブースを覗き込み、八雲の説明に微妙な表情をする。

 

「やはり見つからないな………まさか完全に断絶してるのか?」

「クマでも見つけられないクマ………」

「けど、タルタロス自体はずっと上空まで伸びてましたよね?」

「ワンワン」

 

 自らもアナライズで探す美鶴が最悪の自体を懸念し、クマも同様の可能性を示唆するが、乾とコロマルは否定的だった。

 

「何かこう、思いつかないか? MMOとかでこういう時何がどうするか?」

「つってもな………」

「オレゲームやらないんで」

「オレもだ」

「何か条件満たすとか、キーアイテム探すとか?」

「まさか、課金ガチャ?」

 

 

 男子が集まって知恵を絞るが、解決策は出て来ない。

 

「八雲さん、何でもいいです。ここから別の場所に移動するイベントのような物はありませんでしたか?」

「移動か………まさかここから中央管理にハッキングとかいう…」

 

 直斗の問いかけに八雲が過去をあれこれほじくり返すが、そこでふとある事を思い出す。

 

「別の所に移動、か」

 

 八雲は小さく呟くと、ある建物へと向かっていく。

 

「あれ、八雲この先って………」

「ダメモトだ」

「何があるんですか?」

 

 ネミッサとカチーヤも続く中、八雲のその場所、VR映画館へと足を踏み入れる。

 

「何か思い出したんですか?」

「ああ、ある事をな」

 

 座席も崩れ、スクリーンも破けかかっているVR映画館の中に直斗も入ってくると、周囲を見回す。

 

「まさか映画の中なんて事は…」

「一応そういうのもあったが、多分違うな」

 

 八雲はVR映画館にセットされている映写機へと近寄ると、そのスイッチを押す。

 動くとは思えなかったジャンク状態の映写機が突如として動き出し、スクリーンに何かが映し出される。

 

「ビンゴか」

「見つかりました! 皆さんこちらに!」

「何だ何だ」

「うわ、汚~い」

「何が始まるんだ?」

 

 皆も一斉にVR映画館に入ってくる中、スクリーンにある映像が映し出される。

 

『さて、これから体験するは己を過信し、その結果多くを失った哀れな男の物語………』

 

 ノイズまじりの機械音声のようなナレーションが響き、やがてそれは始まった。

 モノクロ調の画面に、GUMPとそれを手にする何者かが現れ、そして開かれたGUMPから光球が飛び出す。

 飛び出した光球は室内を飛び回り、そこにいた女性へと飛び込む。

 そして女性の雰囲気が変わり、見覚えのある人物へと変貌する。

 

「あれって………」

「ネミッサさん、だよな?」

「じゃああのGUMP手にしてるのって………」

 

 皆が呟く中、光景は切り替わり悪魔と戦う誰かの後ろ姿となる。

 敵のダークサマナーの襲撃、策略により消されたID、仲間内の疑心暗鬼、目まぐるしく光景は変わっていく。

 そしてそれはある光景を映し出す。

 

「え………」

「あの人、冥界で会った………」

 

 血まみれになった男と、それに向けて硝煙を漂わせる銃を手にした者、それにかすれた絶叫が重なっていく。

 そして再度光景は変わり、変貌したマニトゥと決戦、そしてマニトゥに滅びをもたらすために自ら滅ぶネミッサの姿が映し出されていく。

 

『かくして、この男は信頼する仲間もかたわらの女も守れず、みじめに生き抜いていった………今もなお』

 

 映像が終わり、ナレーションが締める。

 その場にいる誰もが、視線を一人へと集中させた。

 

「あの、今のって………」

「ひょっとして………」

「ああ、オレだ」

 

 それがビジョンクエスト、ある人物の過去の追体験だと知っている八雲が、自分に突き刺さる視線に苦笑する。

 

「な、なんでこんな物が………」

「なるほど、オレが一番最初にここの特異点となった理由がこれか」

「ど、どういう事?」

「このパラダイムXといい、ネミッサがここに封じられたいた事といい、これを起こした奴はオレの過去の残滓とタルタロスを結びつけてここを変質させた。目的までは分からないが」

「それで肝心の上階への…」

 

 皆が壮絶な八雲の過去に唖然とする中、啓人が恐る恐る聞こうとした時、スクリーンが変質する。

 スクリーンに再度何かが映し出されかと思うと、そこに穴のような物が生じ、そして上階への階段となった。

 

「こんな所に………」

「わかんねえわけだ………」

「さて、人の恥部の鑑賞会も終わった事だし、先に進むか」

「恥部って………」

「八雲………」

 

 平然と先に進もうとする八雲に、カチーヤが何か声をかけようとするが口ごもり、普段無駄にうるさいネミッサですら言葉が出てこなかった。

 

「待ってください! 何か反応が…」

「シャドウか!?」

「いえ、これは…人間!?」

 

 風花の突然の反応に皆が色めき立つが、続く言葉に更に反応する。

 

「どこだ?」

「この先の広場から、こっちに向かって…」

 

 言葉の途中で啓人と悠が飛び出し、皆もそれに続く。

 

「あっちか!」

「誰か…え?」

 

 こっちに向かって、よろけながら来る人影に皆が目を凝らす中、それが見覚えのある人物である事に悠が気付く。

 

「足立さん!?」

「あ、鳴上君! ど、どうしてここに!?」

 

 息を荒げてきたスーツ姿の若い男が、同じように見覚えのある人物に気付いて駆け寄ってくる。

 

「知り合い?」

「下宿先の叔父さんの家の同僚の刑事さんです! なんでここに!?」

「わ、分からないよ………気付いたらここにいて、変な化け物に…来たぁ!」

 

 怯える足立だったが、そこへどこからともなく思念体を引き連れた勇が姿を表す。

 

「勇! どうしてここに!」

「さてね、だがちょうどいいな。どうやらカグツチに至る道はお前達が見つけてくれたようだしな」

 

 修二が驚く中、勇はある程度の距離を持って対峙する。

 

「ひぃ!」

「足立さん、下がってて!」

「ちょうどいい、ここでお前らからマガツヒを絞って守護を呼ぶか?」

「そんな事させるか!」

 

 ペルソナ使い達が中心となって足立を背後にかくまい、皆が一斉に臨戦態勢を取る。

 彼らの背後に立った足立が、他に見えない位置で笑みを浮かべながら、懐の銃を掴んだ時だった。

 一発の銃声が皆の背後から響き渡る。

 全員が驚いて振り向くと、そこにソーコムピストルを構える八雲の姿と、倒れる足立の姿が有った。

 

「や、八雲さん!?」

「何を!?」

 

 何が起きたか、困惑する皆を前に八雲は平然とそちらへと歩み寄る。

 

「何って、見れば分かるだろ」

「なんで足立さんを!? その人は…」

「お前達こそよく考えろ。この状況でカタギがこの場に現れる訳ないだろ」

 

 歩み寄りながら、足立のそばを通り過ぎざまにもう一発八雲は銃弾を撃ち込む。

 最早誰もが絶句し、硬直する中で八雲は足を止める。

 

「だからあんたもやられた振りは終いにしな。通常弾で死ねるような奴じゃないだろ」

「く、くくく………」

 

 声をかけられ、撃たれたはずの足立から不気味な笑みが漏れる。

 

「足立、さん?」

「覚えとけ、ある程度の実力者になれば力を隠す事も容易だ」

 

 悠がもはや思考が停止する中、八雲の説明を受けながら足立がゆっくりとした動作で起き上がり、そしてその体から一気に力が吹き出す。

 

「この反応、ペルソナ使いです!」

「そんな、足立さんがペルソナ使い!?」

「ウソだろ!?」

 

 風花がそこでようやく気付く程、完璧に気配を消していた足立だったが、最早その力はアナライズ能力が無くとも感じられる程に強大で、邪悪だった。

 

「それとお前らの世界で起きたマヨナカテレビを利用した殺人事件。警戒していた被害者が次々殺された理由、白鐘は気付いてたんだろ」

「それは…」

 

 いきなり話を振られ、直斗は目を伏せる。

 

「狙われている相手が警戒を緩めるとしたら、信頼している人物か信頼出来る職業。共通点の無い人間同士が信頼する職業と言えば」

「警察官」

「は?」

「待って待って、何を…」

「そいつがお前らが追ってた連続殺人犯。違うか、刑事さんよ」

「ふふふ、あっはっはっは!! 驚いた! 噂の探偵王子以上の名探偵がいるとはな!」

「悪いが、少し違う。職業で色眼鏡使う事なんざとっくの昔に止めただけだ」

 

 響く足立の哄笑が、八雲の推理が当たっている事を其の場に知らしめていた。

 

「おい速攻でバレてるじゃねえか、刑事さんよ」

「! 勇とグルか!」

「いやあ、これは予想外でね。子供なら騙せると思ってたけど、疑り深い大人が混じってたとはね」

 

 二人が繋がっていた事、つまりは罠にはめられかけていた事に修二が気付き、二人を交互に睨みつける。

 

「まあいい。こちらも予想外だったからな」

「何がだ!」

「気付いていなかった? これだよ」

 

 勇が修二に嘲笑を向けながら、指を鳴らす。

 すると、パラダイムXの町並みのあちこちが崩れ、大量のマガツヒが湧き出してくる。

 

「な…」

「これって!?」

「何が有ったか知らねえが、ここはマガツヒの宝庫だ。こんだけあれば、守護が呼べる」

「それはよかったねえ。けど、そのためには邪魔な連中がいるかな」

「そうだな、マガツヒの足しになってもらうか?」

 

 邪悪な笑みを浮かべる二人の男に、全員が一斉に構える。

 

「足立さん、騙してたんですか。オレも、堂島さんも、奈々子ちゃんまでも!」

「みんなが必至になって探してる相手が、すぐ隣にいるのに気付かない様はなかなか滑稽だったよ。特に君達はね」

 

 足立に向かって剣を構える悠の手に、必要以上に力が籠もる。

 

「下がってろ。ああいう汚い大人は、同類の汚い人間が相手するモンだ。さっき見たような、な」

 

 必要以上に力がこもっている悠を押しのけ、八雲がGUMPを抜く。

 

「さて、そう上手くいくかな」

 

 足立がそう言いながら、指を一つ鳴らす。

 

「気付いてるかな? ここもマヨナカテレビの影響を受け始めている事に」

「どういう意味だ?」

「ほら、その意味が来るぞ」

 

 足立が意味深に言っている内に、どこかから霧が立ち込め、その霧の中から何かがこちらに向かってくる。

 それが人影である事に皆が気付き、そしてその姿が顕になってくると最大の驚愕が襲った。

 

「え…」

「ウソ…」

「ほう………」

 

 その現れた相手は、他でもない八雲そっくりの姿をしていた。

 

「この反応、それはシャドウです!」

「やばい、八雲さんのシャドウ!?」

「気をつけろ! そいつは他でもない、あんた自身だ!」

 

 特別調査隊が口々に叫ぶ中、当の八雲はそれほど気にした風もなく、己のシャドウと対峙する。

 

「さあやろうか、デビルサマナーさんよ」

「ああ、そうするか」

 

 二人の八雲が双方構える。

 

「八雲!」「八雲さん!」

「お前らは向こうのサポートに入れ。人同士の殺し合いは初めてだろうからな」

 

 ネミッサとカチーヤのサポートを断り、二人の八雲が同時に動く。

 それを合図とし、皆が一斉に動き出した………

 

 

 せめぎ合い、混沌と化す受胎東京。

 過去の罪が紡ぎ出す道標に手を伸ばす糸達の前に立ちはだかる影。

 その邂逅の先にあるのは、はたして………

 



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PART60 DARK AND SYADOW(前編)

 

 二人の八雲が同時にソーコムピストルを相手に向け、トリガーを引く。

 放たれた銃弾が双方をかすめ、鮮血が飛び散るが双方構わずトリガーを引き続け、ほぼ同時に空になったマガジンをイジェクト、もう片方の手でGUMPを抜く。

 

『SUMMON』

 

 トリガーを引きながらショートカットコマンドを入力、GUMPの展開と同時に八雲のGUMPからケルベロスが、シャドウ八雲のGUMPから同じくケルベロス、だがモノクロ画像のように黒ずみ、目にはまったく光の無いシャドゥケルベロスが同時に咆哮を上げながら互いに食らいつく。

 

「何もかも同じかよ」

「さてね」

 

 左手にGUMPを握ったまま、二人の八雲は同時に銃からナイフに持ち替え、振るった刃が双方の間で何度も火花を散らす。

 

「そっくりで面白みが無いぞ」

「なにせ、あんたのシャドウだからな」

 

 二人の八雲は同時に後ろに飛び退り、ナイフを握ったままGUMPをタイプ、ありったけの仲魔を双方一斉召喚する。

 

「ケチってる余裕も無いか」

「そうしてほしいね」

 

 舌打ちする八雲に、シャドウ八雲は陰湿な笑みを浮かべる。

 

『フルアタック!』

 

 二人の八雲から同時に号令が出され、双方の仲魔が相手へと一斉に襲いかかった。

 

 

「すげえ………」

「何から何までそっくり………」

「気をつけろ、流れ弾が飛んでくるぞ!」

 

 特別課外活動部が二人の八雲の戦いを唖然として見ていたが、美鶴の警告と共に流れ弾や流れ魔法が飛び交う。

 

「おわぁ!」

「危なっ!」

「離れてろ、オレ相手だけにそっちまで気遣ってる余裕は無い」

 

八雲が一応警告しながら、腰の後ろに手を突っ込んだかと思うと、そこから複数の手榴弾をまとめて取り出したのを見てペルソナ使い達の顔色が一気に変わる。

 

「逃げろ!」

「周囲の被害考えてねえ!」

「マジか?」

「うぉい!?」

 

 ペルソナ使い達が我先に逃げ出し、敵対している勇と足立ですら驚愕する中、まとめてピンを引き抜いた八雲は手榴弾を投下、シャドウ八雲も顔を引きつらせ、間近の一つを弾こうとするが、その手を八雲はためらいなく撃ち抜き、続けての爆発がシャドウ八雲を襲う。

 

「え、えげつない………」

「自分相手にそこまで………」

「オレ相手なら遠慮する必要無いだろ」

 

 悠と啓人が呆然とする中、八雲は油断を解かず、爆炎が晴れるとそこからシャドウ八雲が姿を表す。

 

「そうだな、オレ相手だからな。それにしても躊躇が無さすぎだろう」

「オレがそんな余裕のある仕事してきたか?」

 

 負傷しているシャドウ八雲にシャドウジャンヌ・ダルクが回復魔法をかけるのを見ながら、八雲は再度構える。

 

「そろそろウォーミングアップはいいか」

「ああ、十分温まったしな」

 

 全く同じ、含みのある笑みを浮かべた二人の八雲が、再度激突した。

 

 

「予想以上にとんでもない男だね、彼」

「はっ! 修二、組む相手間違えたんじゃねえか?」

「そういうお前はどうなんだよ、勇!」

 

 足立が嘲笑気味に笑い、勇もそれに続く中、修二は拳に魔力を込めながら言い返す。

 

「足立さんの正体知ってて組んだって事か?」

「ロクでもない奴ってのはなんとなくな。殺人鬼とは思わなかったが」

「はっはっは、殺人鬼か~」

 

 悠も勇と足立を両方睨む中、当の二人は平然としている。

 

「詳細は後回しにしろ!」

「向こうの霧の中からシャドウ反応多数! 向かってきます!」

「思念体とかいうオバケもいっぱい出てくるクマ!」

 

 美鶴が一喝する中、風花とクマの報告通り、無数の敵が周囲を取り囲み始める。

 

「形勢逆転、って奴かな?」

「あまく見ねえ方がいいぞ」

「マハ・ブフーラ!」

「キャハハハハ!」

 

 ペルソナ使い達にシャドウと思念体が襲いかかろうとし、足立がほくそ笑むが勇の警告通り、カチーヤの氷結魔法がそれを阻み、ネミッサが笑いながらアールズロックを乱射する。

 

「あっちの白いのか黒いのかわからねえ二人に気をつけろ。とんでもない力持ってるらしいぞ」

「どうやらそうみたいだね………」

「円陣を組め! そっちの二人には実力者を向けろ!」

 

 カチーヤとネミッサを要注意と判断する足立と勇だったが、そこで己のシャドウと戦いながらの八雲の指示に、ペルソナ使い達が慌てて円陣を組み始める。

 

「勇はオレが抑える。雑魚を頼むぞ」

「大丈夫なのか? あいつって確か…」

 

 円陣に加わらず、勇と対峙する修二に純平が声をかけるが、修二は答えずに勇を睨みつける。

 

「友達がいがねえな、修二」

「お前の方こそだろ、勇」

 

 かつての友人同士は絶縁宣言とも取れる言葉と共に、激突する。

 修二が振りかざした拳が勇へと振り下ろされるが、勇の周囲の思念体が壁となってそれを阻む。

 

「腰が入ってないんじゃないか?」

「別のモンは入ってるぞ」

 

 ニヤリと笑う勇に、修二も笑うと握っていた拳を開き、そこから魔力の弾丸を打ち出す。

 

「がっ…!」

「手加減はナシだ!」

 

 思念体の壁を貫いた魔力の弾丸が直撃し、勇の体勢が崩れた所で修二は魔力の刀を作り出し、勇へとためらいなく振り下ろすが、とっさにかざした勇の手に思念体が瞬時に収束、先程よりも高密度の壁となって魔力の剣を受け止める。

 

「悪いな、お前がその体の使い方を熟知してるように、オレもこの体の使い方を覚えたんだな」

「そうみたいだな」

 

 修二は一度後方に跳んで離れると、一斉に仲魔を召喚する。

 対し、勇は漂う思念体を幾つか収束させ、それらは融合した思念体となって勇の周囲に浮遊する。

 更に勇は周囲に漂うマガツヒを引き寄せると、それは紅い剣となってその手に収まる。

 

「次はこっちから行くぜ。人修羅~!」

 

 勇は手にした紅剣を横薙ぎに振るうと、そこからマガツヒが溢れ出し、それは弾丸となって修二に襲いかかる。

 

「ベツリノアメ」

 

 半ば無造作に赤い剣を勇が振るう度にマガツヒの弾丸が飛び交い、一斉に修二と仲魔へと向かう。

 

「くっ!」

「人修羅!」「人修羅殿!」

 

 とっさに防御する修二に、仲魔のクィーンメイブとクー・フーリンもサポートに入る。

 

「まだまだ行くぜ、セキベツノヘキレキ!」

 

 勇が紅剣を一際大きく振るったかと思うと、刀身が半ばから折れ、折れた部分が長大化しながら高速の槍となって修二を襲う。

 

「避けろ人修羅!」

 

 仲魔のセイテンタイセイがとっさにかばおうと槍の軌道上に割り込むが、物理無効特性を持つはずのセイテンタイセイの体を槍は貫き、一撃で限界に達したセイテンタイセイの体が実体を保てなくなって帰還していく。

 

「こ、れは………」

「セイテンタイセイが一撃!? どんな特性だ!」

「さあな。自分で食らってみたらどうだ?」

 

 手持ちの仲魔でも強力なセイテンタイセイが一撃でやられた事に、修二の警戒はMAXになり、対して勇は笑みを浮かべながら、マガツヒを収束させて紅剣を再生させていく。

 

(さっきのをまた食らったらまずい! だったら!)

「間合いを詰めろ! あの剣を振らせるな!」

「承知!」

 

号令と共に修二がクー・フーリンと間合いを詰めて拳と槍が振るわれるが、それは勇の周囲を漂う融合思念体に阻まれる。

 

「!?」「これは!」

「カクゼツノカベ」

「自動防御かよ!」

 

 修二は拳を連続で放つが、その全てが漂う融合思念体に阻まれ、勇には届かない。

 

「どうした? 全然来ないぞ?」

「離れて人修羅! マハジオダイン!」

 

 嘲笑する勇に、クイーンメイヴが電撃魔法を放つが、即座に融合思念体が広がったかと思うと、魔法攻撃まで阻んでしまう。

 

「残念。そんなんじゃムスビは揺らがないぞ」

「戦闘でも引きこもりか、勇!」

「ああ、そうさ」

 

 絶対の盾に守られながら、勇は再び紅剣を振りかざす。

 

(まずい!)

 

 とっさに身構える修二だったが、その脇を通り過ぎる影が有った。

 

「ふっ!」

「アルテミシア!」『ブフダイン!』

「ちっ!」

 

 明彦の拳と美鶴の氷結魔法が繰り出され、勇は振りかざした紅剣を戻しながら後ろへと下がる。

 

「明彦さん! 美鶴さんも!」

「助太刀する」

「どうやらこいつはヨスガのリーダー並に危険な奴らしいしな」

 

 特別課外活動部でも有数の実力者の助太刀に、修二は気を取り直す。

 

「それと無敵なんてのは有り得ない。絶対どこかに隙があるはずだ」

「例えば、今こいつは攻撃と防御を同時にしなかった、とかな」

「………!」

 

 二人のペルソナ使いに指摘され、勇は無言で歯を噛みしめる。

 その歪んだ顔は指摘が正しい事を証明していた。

 

「攻め続けるぞ。ガードが下がった時がチャンスだ」

「そちらに合わせる。相手を休ませるな」

「おうよ! 行くぞ!」

 

 明彦と美鶴の助言を受けながら、修二は仲魔と共に再度勇へと攻撃態勢を取った。

 

 

「マガツイザナギ!」『マハジオダイン!』

 

 悠のペルソナ・イザナギとよく似た、だが色だけは赤黒い不吉な色をした足立のペルソナから強烈な電撃魔法が放たれる。

 

「くっ!」

「うわあっ!」

「きゃあ!」

 

 特別捜査隊がかろうじてこらえる中、足立はほくそ笑む。

 

「どうした? 君達はそんな物なのかな?」

「つ、強え………」

「これだけの力を隠していたとは………」

「ぐうう………」

「クマしっかり! 雪子回復を!」

「はい!」

「本気なんですね、足立さん………」

 

 皆がこらえるのがやっとの中、悠は絞り出すように声を吐き出す。

 

「本気? さあね。けど君らが思ってたほどじゃなさそうなのは確かさ」

「じゃあ、本気で行きます! イザナギ!」

 

 悠が己のペルソナで足立を狙うが、足立のペルソナはいともたやすくその一撃を弾く。

 

「ははっ、こんな物か」

「まだまだ! アバドン!」『アローシャワー!』

 

 悠はペルソナチェンジして攻撃を繰り出すが、それすら足立はたやすく弾く。

 

「だからその程度…!?」

 

 足立が余裕を浮かべかけるが、背後からの殺気にとっさにしゃがみ込み、先程まで彼が立っていた空間を二本の穂先が貫く。

 

「ちぇっ、チャンスだと思ったのに」

「こちらは、一切手加減無しでいかせてもらいます」

 

 突き出したカドゥケウスを戻しながらネミッサがぼやき、カチーヤが碧空双月を構え直しながら足立を睨む。

 

「さすがにそっちの二人は慣れてるね。ためらいなく背後から槍でぶっすりこようとするなんて」

「う~? ただ隙ありと思ったから」

「こちらも手段を選べるほど、優れた力を持ってるわけではないので」

 

 長柄武器を構える二人の魔女に、足立は警戒を強める。

 

「さすがにこっちは学生連中みたいにはいかないか………年齢はそう違わないみたいだけど」

「ネミッサ年齢なんて分からない」

「私一応成人してますが………」

「………これがマジモンの魔女って奴?」

 

 何気なしに呟いた事に相手が予想外の返答をしてきて、足立の頬が僅かにひきつる。

 

「ここは私達に任せてください。貴方達では力不足のようです」

「代わりに周りのうざいのよろしく」

「いや、オレも彼と戦います」

 

 足立と特別捜査隊の実力差を感じたカチーヤとネミッサが下がるよう促すが、悠は自ら前へと進み出る。

 

「おい相棒! やばいって!」

「センセイ! クマもそう思うクマ!」

「悪い、みんなは向こうを頼む」

「先輩! さっき散ったのがまた寄ってきた!」

「仕方有りません、足立警部は三人に任せましょう」

 

 慌てて洋介とクマが制止しようとするが、悠の決意は変わらず、そこへ思念体やシャドウが寄ってきた事に完二と直人はそちらに対峙する。

 

「さっきのビジョンクエスト、見たでしょ? 知ってる相手と戦うのは、きついわよ」

 

 足立に向けて剣を構える悠に、ネミッサが極めて珍しく、まともな警告をする。

 

「そうですね………けど、譲るわけにはいかない」

「そんなに君の叔父さんすら騙してたのが気に触ったかい? それとも…」

「黙れ」

 

 ふざけた態度のままの足立に、悠は静かに告げる。

 

「動機も言い訳も、あんたを倒してから聞く」

「おやおや、いっぱしのヒーロー気取りかな? 誰もがレッドやライダーになれる訳じゃ…」

「タナトス!」『五月雨斬り!』

「おわっ!?」

 

 嘲笑する足立に、横手から啓人のペルソナ攻撃が叩き込まれ、足立は慌てて己のペルソナで防御する。

 

「いきなりひどいなあ」

「話を聞く限り、あんたのしてきた事よりは大分マシみたいだけどね」

「啓人さん!」

「オレも助太刀する。色々と厄介な奴のようだから。それと、正義の味方になれるかどうかなんて、他人が決める事じゃない」

「…ええ!」

 

 うなずきながら、二人のペルソナ使いが並んで剣を構える。

 

「1対4か………流石に卑怯じゃないかな?」

「何言ってるの?」

「そんなモノを降ろしてる人に、数の違いは意味ないでしょう」

 

 こちらを取り囲む四人に足立がおどけるように言うが、ネミッサとカチーヤは相手の実力を見抜き、油断せずに隙を伺っていた。

 

「やれやれ、じゃあやるかな」

「逃さない!」

 

 やる気が無いようで、その実全身から瘴気を漏らす足立に、悠が飛び出しながら剣を振り下ろした。

 

 

「もう、なんなのこれ!」

「シャドウ、更に増加!」

「オバケも湧いてきてる!」

「来んな~!」

 

 ゆかりが風花を守るように弓を構える中、同じように雪子と千枝が次々押し寄せてくるシャドウと思念体に辟易していた。

 

「シャドウも思念体もそれ程強いのは来てない」

「でも数がやべえ! 凌ぎきれるか!?」

「なんとか凌がないと!」

「ワンワン!」

 

 チドリがペルソナでアナライズとジャミングを並列して周辺の敵にしかける中、順平が焦りながらも乾、コロマルと共にチドリの周りを囲みながら奮戦する。

 

「全方位、全て敵で有ります」

「見れば分かるで!」

「姉さんに近寄るな!」

「とにかく、今はあちらの戦闘に近寄らせないようにしないといけません!」

「下手に近づくとこっちも巻き添え食うぞ!」

「それが一番困るクマ!」

 

 アイギス、ラビリス、メティスのロボ三姉妹に直斗と完二、クマが加わり、三種の激戦を繰り広げている所に雑魚が近寄らないようにと奮戦を繰り広げていた。

 

「りせちゃん! こちらクマ! こっちはすごい事なってるクマ! そっちは!?」

『クマ! こっちもやばい! 下からヨスガ、上からシャドウで挟み撃ちにされないように頑張ってる所! 悪いけど増援とか無理!! つうかそっち早くして!』

 

 クマの状況確認に、下に残っていたりせから悲鳴じみた返信が届く。

 

「恐らくは、下階のヨスガとの戦闘がこのタルタロスに何らかの影響を与え、シャドウが活性化しているのかもしれません」

「解析は後や! どないしたら収まるん!?」

「戦闘が影響してるのなら、戦闘行動を一刻も早く終了させるしか」

「出来るの?」

 

 直斗の推測に、ラビリスとメティスがもっともな意見を言うが、その間も絶え間なく戦闘は続いていた。

 

「どうやっても無理だろ! あっちのヘッドクラスのが終わらねえと!」

「その通りであります。しかし…」

 

 完二が持ち前の腕力とペルソナで敵を薙ぎ払う中、アイギスが両手のマシンガンを連射しながら向こうで繰り広げられる、こちら以上の三様の激戦の方を確認していた。

 

 

 二人の八雲が手にしたナイフが、鍔迫り合いで拮抗する。

 その周囲では、双方の仲魔が死闘を繰り広げていた。

 膠着状態から、同時に二人の八雲はナイフを弾いて離れ、片方はもう一人へと向かって空いている手を突き出し、もう片方は懐から攻撃アイテムをばら撒く。

 仕込まれていたトラッパーガンがコロナシェルを発射するのと、攻撃アイテムの炸裂はほぼ同時。

 跳んだのか飛ばされたのか、二人の八雲が後ろに転がるが体勢を即座に立て直す。

 

「仕込みまで一緒か」

「まあね」

 

 とっさにコロナシェルをかわした八雲が、攻撃アイテムの余波で僅かに焦げているシャドウ八雲を見る。

 それに続くように、双方の仲魔が離れて互いの主を取り囲む。

 

「これじゃあなかなか勝負はつかないな」

「そう思うか?」

 

 ほくそ笑むシャドウ八雲に、八雲は相手の仲魔を見ながらある事を感じていた。

 

「そろそろ、本気を出したらどうだ? デビルサマナーのフリなんてめんどくさいだけだろ」

「なぜそう思う?」

 

 八雲の指摘にシャドウ八雲が小首を傾げて見せるが、八雲は指で懐のGUMPホルスターを指差す。

 何気にシャドウ八雲が己の懐を見た時、そこにライアットボムを食らって焦げている己のGUMPに気付いた。

 

「GUMPが破壊されて、仲魔がそこまで言う事聞くと思うか? それ以前にお前はオレのシャドウだが、仲魔のシャドウじゃない」

「くく、くくく………さすが。じゃあサマナーごっこはここまでだ」

 

シャドウ八雲は先程までとは比べ物にならない邪悪な笑みを浮かべると、焦げたGUMPを無造作に投げ捨てる。

 乾いた音を立てて地面にぶつかったGUMPは割れて散らばるかと思った瞬間、更に粉々になってチリとなって消え去る。

 そしてシャドウ八雲は無造作に両脇にいるシャドウ仲魔を掴んだかと思うと、手と仲魔が融合していく。

 

「召喚士殿、これは!」

「グルルル………」

 

 八雲の仲魔達もその異様な光景に驚く中、手のみならず、シャドウ八雲の体の各所がシャドウ仲魔と融合していき、その体が巨大化していく。

 

「随分鍛え直したな」

「いいや、これが君だよ」

 

 八雲が見上げるほどに巨大になり、仲魔の姿を残したまま完全に融合した異形の姿と化したシャドウ八雲が顔だけはそのままに八雲を見る。

 

「そこまで体重は無いぞ」

「ふふ、そうやってごまかすのも大概にしたらどうだ? デビルサマナーなんてしょせん悪魔の力を借りないと何も出来ない。厄介な仕事ばかり回されて、いつも危険な事ばかりだろ? 命がけの割にしょぼいギャラで。もっと有意義に使いたい、いつもそう考えてるだろ?」

 

 異形の姿で見下ろしながら、顔だけを近づけつつシャドウ八雲は八雲へと語りかける。

 対して八雲は無言で銃口をシャドウ八雲の顎へと押し付け、無造作にトリガーを引いた。

 弾丸が頭部を貫き、頭頂部へと抜け鮮血が降り注ぐが、シャドウ八雲はわずかに顔をしかめて八雲を見つめる。

 

「自分相手にいきなりこれか。それとも図星を刺されたか?」

「ちっ、もうこの程度じゃ死なないか」

 

 頭頂からの鮮血が顔面を染めていく中、シャドウ八雲は歪めるような笑みを浮かべ、対して八雲は舌打ちする。

 

「どうやら、お互い言葉じゃ分からないようだ」

「ハナからだろ。そもそもそれが話し合いの体勢か?」

「それもそうだ」

 

 言うや否やシャドウ八雲がケルベロスと一体化した腕を突き出すと、そこから黒い炎が吐き出される。

 

「散れ!」

 

 八雲の指示を待つまでもなく、仲魔が一斉に黒い炎を回避する。

 

「ジャンヌありったけの補助、カーリーとオベロンは撹乱、ケルベロスとミズチは融合した所を順次始末する。行くぞ」

『オウ!』

 

 八雲の声と共に仲魔達が一斉に動き出した。

 

 

「ぐぬぬぬ………」

「ちいいい………」

 

 渾身の力を込めて拳を突き出そうとする修二に、勇もありったけのマガツヒを使って防壁でそれを阻む。

 

「力を緩めるな! 防御はこちらで受け持つ!」

「ガードが下がりかけてる! チャンスだ!」

 

 勇の防御をしていた融合思念体を、美鶴と明彦がそれぞれなんとか抑え込みながら修二に檄を飛ばす。

 

「分かってるけど………!」

「そう簡単には………させねえぞ!」

 

 互いに他に手の打てない膠着状態が続く中、修二は必死にどうするべきか考えていた。

 

(仲魔もほとんどやられた、残ったのは雑魚の相手で手一杯、オレがどうにかするしか………)

 

 思考に気を取られた間に、押し返されそうになった修二は思考を中断して再度拳に力を込める。

 

(出来るか! オレは小次郎やフリンみてえに化け物みてえな実力も無ければ、八雲さんみたいな頭と仕込みも無ね! なんでか悪魔になっちまっただけだ!)

「ふぬぬぬ………!」

「気張るな………オイ!」

 

 気合を入れて拳を押し戻す修二に、勇が疲労か緊張か、額から汗を滴らせながら悪態をつく。

 

「人修羅、今からでもこっちに来ないか? お前ならムスビの守護者になれる。オレとムスビの世界を創生するのはどうだ?」

「千晶も、お前も、てめえの都合しか考えねえな! 答えは…これだ!」

 

 そこで突然修二は拳に込めていた力を緩める。

 反動で拳が防壁に半ば吹き飛ばされる中、修二はそれを気にせず、残った魔力を込めた頭突きを勇の顔面へと叩き込んだ。

 

「がっ………マジか………」

 

 予想外の攻撃に勇が陥没した鼻から血を垂れ流しながら地面に倒れ込む。

 

「そうだ、オレは人修羅。悪魔になりきれねえ半端者だ。だからこそ、そんな人が人じゃなくなっちまうような世界には絶対させねえ!」

「は、はは………それがお前なりのコトワリか………残念だったな!」

 

 ひしゃげた顔のまま、勇が両腕を左右へと付き出すと、そこに周辺を漂っていたおびただしいマガツヒが一気に集まっていく。

 

「ここに漂っていた奴と、ここでの戦いで生じた奴、こんだけあれば充分だ。呼ぶぜ、ムスビの守護を!」

「しまった!」「時間稼ぎか!」

 

 自分達が相手していた融合思念体も勇の方へと集結していくのを見た美鶴と明彦も、勇の目的を悟る。

 

「まずい、召喚が成立する!」

「下手に手出すと、巻き込まれるぜ」

 

 僅かに手を止めた八雲とシャドウ八雲が、同時に警告を発する。

 

「あは、あははは! 神様ってこう呼ぶんだ! すごいな!」

「ど、どうすれば!?」

「分からない! 最悪、神様とやらと戦う事になる」

「封印、結界、間に合わない!」

「その前にこいつ抑えとかないと!」

 

 膨大なマガツヒが集っていく様に足立が思わず哄笑し、悠と啓人が慌て、カチーヤが何か手がないかと考えるが、ネミッサの言う通り、足立を置いて打てる手は無かった。

 

「す、すごいエネルギーが更にすごい何かを呼んでます! 本当に神とかいうのが来るのかもしれません!」

「すっごいやばいクマ!」

「これはもう私のペルソナでも抑えられない」

「来るなら来い! こっちはあの世まで行ったんだ、今更神様なんて怖くねえ!」

「そっちのペルソナ使いってタフだね………」

「彼女の前だからカッコつけてるだけじゃない?」

 

 風花、クマ、チドリの三人がそろって最大級の警戒を発する中、順平が気合を入れるのを見た千枝とゆかりが思わず軽口を叩く。

 

「オルギア発動の準備を」

「いつでも行けるよ姉さん」

「あれが固着したら、一斉に仕掛けるで」

 

 自前のセンサーで召喚前よりも後を狙うべきと判断したロボ三姉妹が、それぞれ獲物を構えながらオルギアの準備をする。

そんな中、膨大なマガツヒが勇を中心に渦巻き、何かを呼び出していく。

 

「まずい、マジで神格レベルか………」

 

 GUMPからマックスレベルの警告音が鳴り響くのを聞きながら、八雲は状況の悪化とその対処を思案するが、それよりも早く動く者がいた。

 

「うおおおおぉぉお!!」

 

 修二が将門公から授かったマガタマを飲み込むと、全身全霊の力を込め、咆哮と共に今しも守護を呼び出さんとする勇へと殴りかかる。

 

「馬鹿………!! 全員伏せろ!」

「すごい事になるな」

 

 八雲が思わず叫び、シャドウ八雲ですら防御体勢を取る。

 

「え? 何?」

「危ない!」「ヤバい!」

 

 足立が思わず首をかしげるが、カチーヤとネミッサが率先して伏せた事にペルソナ使い達は一斉に続く。

 直後、すさまじいエネルギーが渦巻く中を修二の拳が貫き、その中心にいる勇へと突き刺さる。

 

「おおおおぉぉ………!」

 

何も考えず、修二は文字通り全ての力を拳へと注ぎ込む。

 直後、何かを呼び出そうとしたエネルギーはその媒介である勇が力を失い、一気に拡散する。

 拠り所を失ったエネルギーは行き場を失い、周辺に凄まじい嵐となって吹き荒れた。

 

「うわああ!」

「何だこれ!?」

「神を呼ぶ程の力が暴走を始めたんです!」

「大丈夫、これくらいならすぐ治まる!」

 

 顔も上げられない嵐に、あちこちから悲鳴が響くが、カチーヤとネミッサが説明しながら収まるのを待つ。

 やがて嵐は唐突に収まり、皆が恐る恐る顔を上げる。

 見えたのは、拳を突き出したままの体勢で、全身におびただしい傷を負った修二と、その拳で胸を貫かれ、口から鮮血を吐き出す勇の姿だった。

 

「英草!」

「なんて無茶を! 今回復する!」

 

 一番間近にいた明彦と美鶴が、全身から鮮血を滴らせる修二に大慌てで救護に入るが、修二は残った手でそれを少し制す。

 

「は、はは………やれば出来るじゃねえか………」

 

 力を失い、修二へともたれかかりながら勇が呟く。

 

「勇………オレは………」

「分かってるよ………オレを止めたかったんだろ………」

 

 先程までとは打って変わった、おだやかな声で勇は修二に話し続ける。

 

「そうか………お前は最初から………世界を取り戻すためだけに………戦ってたのか………・」

「オレは………オレは!」

「そいつがお前のコトワリだ………あとは気にする…」

 

 最後まで言わず、勇の体から完全に力が失われる。

 うなだれた頭からトレードマークの帽子が地面へとこぼれ落ちた。

 突き刺さったままだった拳をゆっくり引き抜き、不思議と穏やかな勇の顔を見ながら、修二がその場に崩れ落ちる。

 

「まずい! 回復を!」

「ゆかり! 手伝ってくれ!」

「は、はい!」

 

 明彦が慌てて修二の体を支え、美鶴がゆかりと二人がかりで回復魔法を掛けてやる。

 そんな中、リーダーを失ったムスビの思念体達は互いに聞こえるかどうかの囁きで何かを話していたが、ほどなく霧散するようにその場から離れていく。

 

「オバケ達が………」

「消えてく?」

「思念体、拡散していきます。中核だった人物を失って、力其の物を失った模様です」

 

 思念体が引いていく事に雪子と千枝が唖然とするが、風花はアナライズして最早思念体に戦う意思も力も無い事を確認する。

 

「ちっ、何が創世だ。あっさりやられちまった」

「観念しろ! もうムスビの援護は無い!」

「それとも…」

 

 それらを見て舌打ちする足立に、啓人は警告を発するが、悠はそれに続けようとして思わず言葉を飲み込む。

 お前もああなりたいかという言葉を。

 

「けど、お友達は重傷のようだね。痛み分けって所かな?」

 

 足立に指摘され、悠は横目で修二の方を見るが、そこでは回復魔法やありったけの回復アイテムを使って皆が治癒している様子が見て取れた。

 

「あちらは任せよう。今はこいつだ」

「ええ………」

「任せる、か。随分お友達を信じてるんだな。だけど…!?」

 

 言葉の半ばで、突然足立が崩れるように膝をつく。

 

「足立………さん?」

「近づかない方がいい。フリかもしれない」

 

 予想外の事に悠がたじろぐが、啓人は警戒して距離を取る。

 しかし、そこから更に予想外の事が起きようとしていた。

 

「!? マガツヒが足立警部に集まっていきます!」

「どういう事だよ!?」

「いけない、これはさっきのと一緒」

 

 風花のアナライズに順平が思わず問うが、チドリが独自にそれが先程の守護召喚と類似している事に気付く。

 

「! ネミッサ、カチーヤ、そいつを殺れ! 何か喚ぶぞ!」

 

 シャドウ八雲と激戦中の八雲が、GUMPから再度鳴り響く警告音に振り向きもせずに叫ぶ。

 

「いい加減にくたばれ!」

「させません!」

 

 ネミッサとカチーヤが同時に穂先を繰り出すが、それは足立に突き刺さる目前に弾かれる。

 

「これって!」「この人、何かに憑依されてる! 恐らく最初から!」

 

 すでにもう何かが足立に降りている事に二人は気付き、慌てて距離を取る。

 

「どういう事!?」

「こいつ、利用されてただけ!」

「恐らく、マヨナカテレビの真の支配者に………」

「真の、支配者?」

 

 千枝と雪子がネミッサとカチーヤの説明に困惑する。

 そんな中、足立の体が漆黒へと染まっていった。

 その体が突然虚空へと浮かび上がる。

 

『人間は…ことごとくシャドウとなる。そして平らかにひとつとなった世界に、秩序の主として、私が降りるのだ』

「なんか訳のわかんねえ事言ってるぞ!」

「でも、なんかやべえ………」

「これは、まずいです! そいつはコトワリを持っている! それがカグツチを開放すれば、全てがシャドウの世界になってしまいます!」

 

 洋介と完二が足立の口を借りてしゃべる者に警戒するが、直斗はその言葉の意味をいち早く理解していた。

 

『こちら側も向こう側も…共に程なく二度とは晴れぬ霧に閉ざされる。人に望まれた、穏やかなりし世界だ………』

「そんなの望んでないわよ!」

「いや、望んでいた奴がいた。つい先程まで…」

 

 謎の存在にゆかりが思わず怒鳴るが、美鶴は勇の亡骸の方を見る。

 

『私は…アメノサギリ。霧を総べしもの。人の意に呼び起こされしもの。お前達が何者をくじこうとも、世界の侵食は止まらない。もはや全ては時の問題…お前達は、大衆の意思を煽り、熱狂させる…良い役者であった。…が、それも終わりだ。すぐにもシャドウとなり、現実を忘れ、霧の闇の中で蠢く存在となるであろう…』

「何モンだテメー!?…なんでこんな事すんだよ!?」

『私は人を望みの前途へと導く者。人自らが虚構と現との区別を否とした。心の平らかを望めど、現実では叶わぬゆえだ…そう、人自らがこうなる事を望んだのだ。我が望みは人の望み。それゆえ私は、こちらの世界を膨張させると決めた…』

「耳を貸すな! どうせその手の奴はろくな事を言わん! 聞くだけ無駄だ!」

「そうだね。討論の時間は終わりか?」

 

 アメノサギリの言葉を八雲が強引に中断させるが、シャドウ八雲はほくそ笑むだけだった。

 

『新しく不確かな覚醒…果たしてそれは賭けるに足る、人の可能性であるのか…見極めねばならない………』

 

 そう言うや否や、足立の体から闇が溢れ出し、溶け込んでいく。

 そして地鳴りと共に、闇の中から巨大な何かが姿を表す。

 それは巨大な目玉だった。

 全身から生えたパイプのような物から霧を吐き出し続けるそれは、巨大なまぶたを開き、その場にいる者達を見る。

 

「これが…霧を生んでいたものの正体…」

『そう…私はお前達を試さなければならない』

「カチーヤちゃん!」「はいネミッサさん!」『アブソリュート・ゼロ!!』

 

 正体を表したアメノサギリに、ネミッサとカチーヤが先制攻撃とばかりに強烈な氷結魔法を叩き込む。

 

「うだうだとウッサイ! こっちはまだやる事溜まってんの!」

「これは今ここで倒さないと、必ず危険な事になります!」

「出し惜しみナシね!」

 

 相手を有数の危険要素と判断し、ネミッサは光球となってカチーヤに憑依、互いの魔力を全開にする。

 

「合体した!?」

「そういう特技らしいわよ」

「周辺のシャドウもアメノサギリに集まっていきます! 極めて危険です!」

「話が簡単になっていい。あいつを倒せば一区切りになる」

「ええ! 知ってる人と戦うよりはずっとマシだ!」

 

 皆がまだ困惑する中、啓人と悠が前へと立ち、その場のペルソナ使い達が皆でアメノサギリへと対峙する。

 

「てめえは行かないのか?」

「必要あると思うか?」

「ちっ、てめえもあれの一部か」

 

 増援に行きたいが、シャドウ八雲と完全に拮抗状態の八雲が歯噛みしながらも、銃のマガジンを交換する。

 

(マジモンの神格レベル、あいつらの手に負えるか? だが…)

 

 シャドウ八雲の各所から、仲魔の物と同質の剣戟や槍が矢継ぎ早に繰り出され、八雲は回避に専念さざるを得なくなる。

 

(影響を受けたのか、こっちの力も上がってやがる………どうする?)

「向こうは大変だな。学生連中にアレの相手が出来るかな?」

「カチーヤとネミッサもいる。どうにかしてもらうさ。お前を放置していける状態でもないしな」

「じゃあ、どうする?」

「速攻で行かせてもらう」

 

八雲はナイフを手にし、仲魔にハンドサインを送る。

 

「ダイレクトアタック」

 

 声と同時に、八雲が仲魔達と一斉にシャドウ八雲へと突撃していく。

 

「特攻か!? オレの癖にワンパターンだな!」

 

 シャドウ八雲が嘲笑しながら、仲魔と融合している異形の体を振りかざす。

 だが八雲の仲魔達がいち早く反応する。

 炎を吐き出そうとしたシャドウケルベロスにケルベロスが噛み付き、それを阻止。

 振りかざされた複数の剣をジャンヌ・ダルクとカーリーが受け止める。

 魔法攻撃が繰り出されようとするのを、オベロンとミズチが相殺させて防ぐ。

 仲魔達の援護を受け、八雲は一気に飛び込むとシャドウ八雲にナイフを突き刺した。

 

「今更その程度で、オレが倒せるとでも?」

「思うわけないだろ」

 

 嘲笑するシャドウ八雲に、八雲も笑みを返すと、ナイフを突き刺したままソーコムピストルを抜く。

 

「ケルベロス」

 

 八雲の指示と同時にケルベロスが牙を外して離れ、同時にシャドウケルベロスの部分に八雲が弾丸を撃ち込み、内包されていた凍結魔法が炸裂する。

 

「ジャンヌ、カーリー」

 

 続けてジャンヌ・ダルクとカーリーが剣を弾いて離れると、八雲はチャイカムTNTをシャドウジャンヌ・ダルクとシャドウカーリーの部分に投げつけ、銃弾で撃ち抜いて極至近で爆破させる。

 

「オベロン、ミズチ」

 

 更にオベロンとミズチが魔法攻撃を止めると、八雲はこちらに向けられるシャドウオベロンとシャドウミズチの攻撃を避けもせずにソーコムピストルを速射。

 シャドウオベロンに呪殺弾が、シャドウミズチに火炎弾が撃ち込まれていく。

 

「な…」

「自分の仲魔だ、弱点くらい知ってる。それをてめえはわざわざ合体して弱点を増やしてくれたしな」

 

 各所に的確に弱点となる攻撃を叩き込まれ、シャドウ八雲から余裕が消える。

 

「だが、この程度で…!」

「無論自分の弱点もな」

 

 八雲は突き刺したナイフを足場に、自分の頭上にあるシャドウ八雲の口の中に手榴弾を手ごと突っ込む。

 

「がっ!?」

「中から吹っ飛ばされたらさすがにタダじゃすまないだろ」

 

 八雲の指摘に、シャドウ八雲はなぜか笑みを浮かべて残っていたカーリーの腕とケルベロスの前足で逆に八雲の腕を掴み、更に中へと飲み込んでいく。

 

「はあ、ほうふる(さあ、どうする)?」

「………手榴弾を処理する一番いい方法知ってるか?」

 

 手榴弾を掴んだまま、腕を飲み込む事で抜けなくしたシャドウ八雲だったが、八雲はためらいなく、シャドウ八雲の腹の中でピンを抜いた。

 

「まひゃか!?」

「オレの癖に覚悟が足りないな」

 

 予想外の所業に、シャドウ八雲は慌てて八雲の腕を手榴弾ごと吐き出そうとするが、八雲はむしろ強引に腕を突っ込み続ける。

 

「小岩さん!?」

「まさか!」

 

 八雲のやろうとしている事に、明彦と美鶴が気付き、他の者達も思わずそちらに振り向いた瞬間、シャドウ八雲の体内で手榴弾が爆発。

 爆炎がシャドウ八雲の口から吹き出し、弾き飛ばされた八雲が地面に叩きつけられる。

 

「八雲!」「八雲さん!」

 

 それを見たネミッサが思わずカチーヤの中から抜け出し、カチーヤと共に八雲へと駆け寄る。

 

「生きてるよ………」

「幾らなんでも無茶…」

「八雲さん………腕が………」

 

 声を上げる八雲に二人が胸を撫で下ろすが、そこである異変に気付く。

 手榴弾を掴んでいた八雲の左腕が、焼け焦げ半ばから消失している事に。

 

「八雲! 腕! 腕半分!」

「半分で済んだか」

 

 ネミッサが慌て、カチーヤが失神しかけるが、八雲は冷静に残った右手で鎮痛剤アンプルを取り出し、左腕に注射する。

 

「ジャンヌ、傷塞いでくれ」

「は、はい! しかし再生までは………」

 

 仲魔ですら呆然とする中、むしろ当の八雲は冷静に回復を指示する。

 

「な、なんて事を! 幾らなんでも自分のシャドウ相手にそこまで!」

「お前らのがどうだったか知らんが、オレの影だっていうなら、腕一本くらいくれてやらないと、勝てなかったろうからな」

 

 そちらを見て絶句しているペルソナ使いの中で、いち早く我に帰った直斗が叫ぶが、八雲は冷静に反論しながら、回復魔法でなんとか焦げた断面と他の傷を塞ぐと、立ち上がってシャドウ八雲の方へと向かう。

 

「げ、は………」

「やっぱ死なないか」

 

 体内爆破という凄まじい荒業を食らったシャドウ八雲は地面に崩れ落ち、仲魔と融合していた部分が崩れて霧散していき、元の姿へと戻っていく。

 

「分かりきった事ばかりほざく口だったが、さすがに焼かれたら言えないか」

「ぎ、ざま………」

 

 こちらを見上げるシャドウ八雲を、八雲は無造作に蹴りを入れ、強引に起こすとその胸ぐらを残った右手で掴み上げる。

 

「確か、自分のシャドウってのは倒せば言う事聞くんだろ? ちょうど手が足りなくなった所だ。お前がオレなら手を貸せ」

「ひ………」

 

 淡々と迫る八雲に、シャドウ八雲が悲鳴を上げる。

 どちらがシャドウか分からない所業に誰もが無言だった。

 

「どうした? 返事は」

「あ、ああ………」

 

 片腕を失ったにも関わらず、どこまでも冷徹に迫る八雲に、シャドウ八雲の顔に初めて恐怖の表情が宿る。

 

「お………」

「お?」

「お前なんかオレじゃない~~~!!」

 

 シャドウ八雲の口から、決して言ってはいけない言葉が絶叫として放たれる。

 同時に、シャドウ八雲の体が黒い霧のように変じていったかと思うと、その体が崩れて霧散していく。

 それを見た八雲は、ただ舌打ちしただけだった。

 

「バックレやがった。オレのくせに」

「八雲、それよりも手! 手どうする!?」

「落ち着け。取り敢えず次はあっちだ。カチーヤ起こせ」

 

 流石に顔色が悪く頬を脂汗が滴りながらも、八雲は慌てるネミッサを差し置いて、ソーコムピストルの空マガジンをイジェクトして口に咥えてマガジンを交換、そのまま口で初弾を装填した。

 

 



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PART61 DARK AND SYADOW(後編)

 

『己の闇すら上回る我を持つか………それもまた人の可能性か………』

「何なんやこいつ! 攻撃効いてるんか!?」

「ダメージは与えてるであります。ただ…」

「タフ過ぎる!」

 

 こちらを睥睨してるかのようなアメノサギリに、ロボ三姉妹が先頭に立って攻撃を加えているが、効果はあまり見られないでいた。

 

「まずい、こいつ半端じゃなく強い………」

「こんなのが足立さんに憑いてたなんて………!」

 

 啓人と悠も下手なペルソナ攻撃も効かないアメノサギリに愕然としていた。

 

「ゆかりっち! 風花ともっと下がれ! チドリも!」

「分かった! 風花こっち!」

「アメノサギリ、エネルギー値増大してます! 注意して!」

「私は大丈夫。順平のサポートに徹する」

 

 順平もただならぬ相手と感じ、女子陣に下がるように促す。

 

「みんなオレの後ろに! オレとオレのペルソナなら多少は問題ねえ!」

「悪いけど、そうさせてもらうね!」

「なんなのあの目玉!」

「とんでもない存在なのだけ確かです!」

 

 完二が己のペルソナと併用して壁となる中、雪子、千枝、直斗が言葉に甘えつつ、ペルソナでなんとか援護攻撃を試みていた。

 

「あいつは、やべえ………」

「無理をするな! その体では!」

「あいにく、一般人よりは頑丈なんで………」

 

 回復魔法でかろうじて傷を塞いだ修二が立ち上がるのを美鶴は止めようとするが、無視して修二は悪魔のタフさ頼みで立ち上がり、アメノサギリへと向けて構える。

 

「すごいタフさだな。まだ10カウントまでは響いてないか」

「カウント数えてくれる程、余裕のある世界じゃねえぞここ………」

「ああ、そのようだ」

 

 明彦が修二をサポートするように隣に立ち、拳を構えながらもアメノサギリを睨みつける。

 

「山岸、下はどうなってる?」

「は、はい! 久慈川さん! こちらマヨナカテレビの元凶と戦闘中! そちらはどうなって…」

 

 八雲からの質問に風花が慌てて確認するが、帰ってきたのは半ば絶叫だった。

 

『何がどうなってるの!? 上からすごい大量のシャドウが押し寄せてきてる! こっから下もヨスガとシャドウと混ざってすごい混戦状態! ここに攻められないようにするのが限界だって!』

「だそうです!」

「予想通りか。早く倒さないと、ここがこいつに侵食される。最悪はカグツチごとな」

「そ、それってどうなるんです!?」

「それはお前らの方が知ってるだろ」

 

 悠が思わず聞くのに八雲は平然と答えながら、ソーコムピストルを速射、全弾をアメノサギリに叩き込む。

 

「やっぱこの程度じゃ効かねえか………オレ相手に手持ちを使い過ぎた」

「八雲さん! その怪我じゃ直接戦闘は無理です! 私達が前に出ますから!」

 

 気を取り直したカチーヤが青ざめた顔で八雲の失われた手を見ながら、自ら前へと出る。

 

「マグネタイトもだいぶ食っちまった。あとどれくらい持つか………」

 

仲魔のリターンを考える八雲だったが、そこでアメノサギリの目が燐光を蓄え始めた事に気付く。

 

「アメノサギリ、エネルギーをチャージしてます!」

「全員最大防御! やばい!」

 

 風花の報告に八雲の絶叫に近い警告が重なる。

 

「カチーヤちゃん!」

「はい!」

「私も!」

 

 ネミッサがとっさにカチーヤに憑依し、何をするか悟った美鶴も加わって最大出力で氷結魔法で氷壁を構築していく。

 

「順平! ペルソナを最大出力だ!」

「了解っす真田先輩!」

「伏せて風花! 天田君とコロちゃんも!」

「コロマル、こっち!」

「ワンワン!」

「チドリさんも!」

「無茶しないで順平」

 

 明彦と順平が女性陣の前に立ち、召喚機を連射し、女性陣+小柄な一人と一匹は更に自分達のペルソナで防御しつつ備える。

 

「全員伏せとき! あんたらじゃ耐えきれへん!」

「出力最大、対ショック体勢!」

「あんたらは姉さんのついで!」

 

 ロボ三姉妹がフォーメーションを組んで特別調査隊の前に立つ。

 

「ちょ、幾らなんでもロボとは言え女の子に…」

「後です! こちらも防御を!」

「オレならなんとか!」

「クマだって!」

「無茶したらダメだよ!?」

「来る!」

 

 洋介が前に出ようするのを直斗が慌てて抑え、完二とクマが代わりに前へと出て女性陣は慌てて他に習って伏せる。

 

『ネブラオルクス』

 

 皆の準備がギリギリ整った瞬間、アメノサギリの巨大な瞳から強烈な閃光が放たれ、辺りを蹂躙していく。

 

「くっ」

「うわあっ!」

「きゃあっ!」

 

 思わず漏れる苦悶や悲鳴もかき消した後、閃光は途切れる。

 周辺をきな臭い匂いが漂う中、なんとかこらえた者達は動き出す。

 

「大丈夫ですか召喚士殿!」

「助かったジャンヌ、全員生きてるか!?」

 

 ジャンヌ・ダルクのガードでなんとか耐えきった八雲が声を張り上げる。

 

「は、はい! 皆さん無傷じゃありませんが無事です!」

「待ってて、今回復する!」

 

 風花が慌てて全員の状態を確認する中、ゆかりが回復魔法を発動させる。

 

「人修羅、悪いけど限界………」

「ご武運を………」

「ああ、下がってろ」

 

 クイーンメイヴとクー・フーリンのガードでなんとか乗り切った修二が、呼吸を荒くしながらも構える。

 

「なんとか持った………はい………」

「これ程とは………」

 

 ネミッサinカチーヤと美鶴が息を荒げ、とっさに構築した氷壁の残骸がもろくも砕け崩れていく。

 

「美鶴達が防いでこれか………」

「あの目玉すげえやべえ………」

「二人共一度下がってください! ボク達が出ます!」

「ワンワン!」

 

 余波でもダメージを多少食らった明彦と順平の前にほぼノーダメージだった乾とコロマルが飛び出す。

 

「無事か!?」

「はいラビリス姉さん」

「なんて威力………」

「た、確かにオレらじゃ持たなかったかも………」

「すごい事になってるクマ………」

「情けねえけどちがいねえ………」

 

 ロボ三姉妹に守られた形となった特別調査隊が周辺の惨状を見て顔色を変える。

 

「あの威力、そう連発はできないはずです! 次を撃たれる前に反撃を!」

「分かった! 千枝!」

「行くよ雪子!」

 

 直斗の指摘に、ガードの奥にいてほぼ無傷だった女性陣を中心に、皆が一斉に反撃に転ずる。

 

「カーラ・ネミ!」『ジオダイン!』

「アオーン!」『アギダイン!』

 

 真っ先に飛び出した乾とコロマルの魔法攻撃がアメノサギリに叩き込まれる。

 

「コノハナサクヤ!」『アギラオ』

「トモエ!」『ブフーラ!』

 

 続けて雪子と千枝の魔法攻撃が叩き込まれるが、連続の魔法攻撃にアメノサギリは大したダメージを負っていなかった。

 

「効いてない!?」

「違います、HPが多すぎるんです!」

「だったら、削っていくしかありません! スクナヒコナ!」『メギドラ!』

 

 思わず千枝が声を上げたのを、アナライズしていた風花が訂正、直斗も自らのペルソナで攻撃するが、それも大きなダメージにはならない。

 

「さすがマヨナカテレビの主、強い………」

「だが、放置は出来ない! タナトス!」『ジーザス・ペイン(神の刻印)!』

 

 悠が愕然とするが、啓人は前へと出て自らのペルソナの最大攻撃をアメノサギリへと叩き込む。

 無数の剣がアメノサギリへと突き刺さるが、アメノサギリは身じろぎもしなかった。

 

「アレでもダメか!?」

「構わない、次々行くぞ! カエサル!」『カイザーフィスト!』

「カーラ・ネミ!」『イマキュレト・グングニル!』

「アオーン!」『ヘルズ・ゲート!』

 

 順平が思わず弱音を漏らす中、明彦を先頭に課外活動部のペルソナ使い達が次々と己が放てる最大級の攻撃を炸裂させていく。

 

「よし、オレ達も…」

「待ってください! アメノサギリに変化あり! 何かしてきます!」

 

 順平も続けと召喚機を構えるが、そこで風花の警告が響く。

 警告通り、アメノサギリの全体が突然振動を始めたかと思うと、伸びる筒から突然濃霧が吹き出す。

 

「下がれ! まさか毒霧か!?」

 

 八雲が叫びながら飛び退りつつもソーコムピストルを連射するが、そこである異常に気付く。

 

「ネミッサ、カチーヤ! 魔法攻撃を!」

『アブソリュート・ゼロ!』

 

 八雲の指示にネミッサinカチーヤが強烈な氷結魔法を放つが、それがアメノサギリから吹き出した霧に全て阻まれる。

 

「! さっき勇が使ってたのと同じ!」

「霧の絶対防御壁か! しかも規模がデカい!」

 

 銃弾も魔法攻撃も阻む霧に、修二は勇との戦いを思い出すが、八雲はその量と範囲が段違いな事を悟る。

 

「てりゃああ!」

「おらあ!」

 

 そこへラビリスが巨大トマホークを、順平が両手剣をアメノサギリへと叩き込むが、大質量のトマホークも鋭い両手剣も霧に沈み込んだかと思うと食い止められる。

 

「なんやこれ!?」

「気持ち悪っ!」

 

 予想外の手応えに、二人共慌てて得物を引き抜いて離れる。

 

「なら隙間から! スクナヒコナ!」

 

 直斗が小柄なペルソナで霧の隙間をかいくぐらせようとするが、即座に霧は範囲を狭めてブロックする。

 

「くっ!」

「どうすんだよこれ! 手も足も出せねえぞ!」

 

 直斗が慌ててペルソナを戻す中、洋介がどうすればいいか分からず悪態をつく。

 

「八雲! 八雲さん!」

「分かってる。この状況で守りに入ったという事は何か次の手を打ってくる準備って事だ。やるとしたらその瞬間だ」

 

 ネミッサinカチーヤに促され、八雲は鎮痛剤で消しきれない腕の痛みに耐えながら状況を解析していく。

 

「向こうが体制を整えてる間にこちらも整えろ! 霧が晴れると同時に一斉攻撃だ!」

「回復魔法と回復アイテム! それと補助魔法!」

「オレ達じゃ力不足だ! サポートに徹しよう!」

 

 八雲の指示に、啓人と悠も慌てて指示を出す。

 

「アメノサギリ、自分に補助魔法を使ってます!」

「このままだとまずい。私のペルソナならあの霧を解除出来るかもしれない」

「まさかアレかチドリ!? また前みたいな事になったら…」

「だったらサポートすればいいのよ!」

 

 風花のアナライズにチドリが前へと出ようとするのを順平が止めようとするが、ゆかりがチドリの隣で召喚機片手にサポートに入る。

 

「構わん、やれ!」

 

 八雲が片手でGUMPのトリガーを強く引いて仲魔を一斉帰還させながら叫び、それを確認したチドリがペルソナを発動させる。

 

「メーディア」『インサイン・エスケープ…』

 

 強力なジャミング能力がアメノサギリの周囲を覆う絶対防御の霧へと繰り出される。

 霧が各所でモザイクのように乱れるが、拮抗しているのかなかなか晴れない。

 

「もっと………」

「無理するなチドリ! オレの力も使え!」

 

 更に力を強めようとするチドリに、順平が肩に手を置きながら召喚機のトリガーを引き、自らのペルソナの力もチドリに注ぎ込む。

 

「すげえ………」

「あれいいな………」

 

 何か男性陣と女性陣で違う意見を持っている特別調査隊だったが、絶対防御の霧が薄れ始めたのに気付くと身構える。

 

「どけ! 巻き込むぞ!」

 

 そこで突然修二の声が響き、何人かが振り向いてそこで残った力の全てを拳に収束させている修二の姿が気付く。

 

「もうじき晴れる………今」

「うおおおおぉぉ!」

 

 チドリがこじ開けた霧の僅かな隙間に、修二が残った力の全てを魔弾として撃ち込み、そのまま倒れ伏す。

 

「英草!」

「大丈夫か!?」

「構うな………今だ!」

 

 明彦と美鶴が思わず近寄ろうとするが、修二はそれを拒む。

 人修羅の全力が込められた魔弾の直撃を食らったアメノサギリの巨体が大きく鳴動する。

 

『人ならず悪魔ならずの者が、ここまで可能性を示すか………』

 

 流石に効いたのか、アメノサギリの絶対防御の霧が晴れていく。

 

「総攻撃だ!」

 

 啓人の指示と同時に、課外活動部のメンバー達が一斉にペルソナ攻撃を叩き込む。

 

『アグヤネストラ』

「防御を!」

 

 アメノサギリも負けじと無数の隕石を降らせてくるが、悠の指示と同時に特別調査隊のメンバー達が降り注ぐ隕石をペルソナで弾き、防いでいく。

 

「こっちも行くよ! はい!」『アブソリュート・ゼロ クリスタリゼーション!』

 

 カチーヤ(inネミッサ)が最大級の氷結魔法を解き放ち、アメノサギリの一部を凍結させていく。

 

「アイギス、ラビリス、メティス! 畳みかけろ!」

「はい啓人さん!」

「オルギア」

「発動!」

 

 啓人の指示でロボ三姉妹が同時にオルギアを発動、高速でアメノサギリに連続攻撃を叩き込んでいく。

 

「とにかく目や! 目潰しとき!」

「ラビリス姉さん、目標は全体的に目です!」

「じゃあ全体潰せばいい!」

 

 ラビリスが巨大トマホークのジェット噴射を利用し、回転しながらの連続斬撃を叩き込みがら叫び、アイギスが高速移動しながら両手のマシンガンを撃ち込み続け、メティスがトマホークを突き刺してアメノサギリの体を横切るようにえぐっていく。

 

「まとめていくで! アリアドネ!」「アテナ!」「プシュケイ!」

『スチール・ノルン!』

 

 ロボ三姉妹のペルソナが同時発動、同調した三体のペルソナが一つとなり、巨大なハルバードをアメノサギリへと振り下ろした。

 

『人ならざる者が、ここまでの可能性を示すか………』

 

 アメノサギリに大ダメージを与えた所で、ロボ三姉妹が同時にオルギアを停止、そろってその場に擱座する。

 

「アイギス!」

「大丈夫です。オルギアによるオーバーヒート、強制冷却に入ります」

「すまへん、しばらく動けんのや」

「後は頼みます」

「誰か冷却出来るのがいたら頼む!」

「はい、トモエ!」『ブフーラ!』

 

 啓人が思わず状態を確認するが、三人とも一応大丈夫だと返答してくる。

 美鶴が特別調査隊にサポートを依頼しつつ、自ら率先してレイピア片手にアメノサギリに向かい、千枝が慌てて冷却を開始する。

 

『愚者のささや…』

 

 アメノサギリが畳み掛けられる攻撃に、魔封攻撃で反撃しようとするが、そこに弾丸が次々叩き込まれ、逆に魔封状態にされる。

 

「やっぱそう来るな。葛葉特性魔封弾、取っておきだったんだが………」

 

 八雲が切り札の一つをためらいなく使い切り、空になったマガジンをイジェクトする。

 

「一気に方つけろ。調子崩してる今がチャンスだ」

「はい! 悠、君とオレのペルソナは恐らく同質だ! 合わせて!」

「やってみます!」

「タナトス!」「イザナギ!」

『DL・ブリンガー!』

 

 死と生の対極するペルソナの力が、黒と白の二色で構成された巨大な剣となってアメノサギリを貫く。

 アメノサギリの全身が大きく鳴動したかと思うと、突然沈黙する。

 

『なるほど………強い力だ。人と人と交わりし者の可能性をお前達は示したのだ………いいだろう、お前達の世界の霧を晴らそう』

「本当か!?」

 

 アメノサギリの突然の宣言に、悠は驚く。

 だが、何人か怪訝な顔をしていた。

 

「待ちな。その世界ってのはどこの事だ?」

「言われてみれば………」

「だよな?」

 

 八雲の質問に、啓人と修二は顔を見合わる。

 

「そもそもあんたはなんでここに来た? この世界は創世を巡ってとんでもないカオスになってる。あんたの依り代がまともなコトワリを持ってるようには見えねえ。そんな半端な人間が守護を呼んで創世出来るとは思えないがな」

『悪魔を従えし者よ………己のシャドウすら退ける力に応じ、答えよう………私は守護にあらず………この世界はあらゆる因果が集い、神も魔も創世の主足りえんとしている………心せよ………』

「お前が関係ないって分かっただけで収穫だ。だからとっとと失せろ」

『人が望む限り、私はいつでも現れよう…私はいつでもすぐ傍にいる…』

「分かりきった事言うな。こちとらそんなの日常茶飯事だ」

『その力をこの世界の主に示せ…新たな可能性の子らよ…』

 

 そう告げると、アメノサギリの体が無数の光の粒子となって、その場から消えていく。

 そして、その場に足立が倒れ伏していた。

 

「足立さん…アイツに操られてたのかな?」

「さあ…望んでた面もあったと思いますが…」

「…なんだよ…これで終わりか…」

 

 千枝と直斗が呟く中、倒れ伏したままの足立が顔だけを起こすと呆然と口を開く。

 その足立に近寄る者がいた。

 

「ああ、終わりだ」

 

 八雲はそれだけ告げると、足立に銃口を向ける。

 

「ちょ…」

「ま、待った!」

 

 無抵抗に見える足立に銃を突きつける八雲に、ペルソナ使い達が慌てる。

 

「何だ、何か言っておく事でもあるのか?」

「そいつには今までの事件の真相を言ってもらわないと!」

「そして生きて裁きを…」

「お前達の世界にはペルソナ使いを罰する法律があるのか?」

 

 呆れたように八雲が告げると、ペルソナ使い達は言葉に詰まる。

 

「悪魔もペルソナも、常人には感知出来ない。常人の常識の外にある者は常人には裁けない。だから、オレのようなデビルサマナーがいる」

「そうか………じゃああんたの仕事をしたらどうだい?」

「そうだな」

「待った…」

 

 悠の制止も聞かず、八雲はトリガーを引く。だが空の薬室を叩く乾いた音が響いただけだった。

 

「………え?」

「弾切れ?」

 

 予想外の事態に、ペルソナ使い達は僅かに胸をなでおろす。

 

「なんのつもりだ………あの子らに感化されたか………」

「いや、一つ教えておかなきゃならない事があるからな」

「何?」

 

 倒れたままの足立も訝しむ中、八雲はソーコムピストルのマガジンをイジェクトする。

 

「そもそもお前がマヨナカテレビで好き勝手出来たのは、アメノサギリの加護があったからだ。だがアメノサギリは去り、その加護は失われた」

「………それが?」

「お前はそっちでもこっちでも、その力を振るい過ぎた。最早お前は完全にこの世界の異物となった。それが意味するのは…」

 

 八雲は告げながらGUMPを抜いて、エネミーソナーを確認する。

 迫ってきている存在をチェックするために。

 

「こ、これは!? 皆さん注意してください!」

 

 さらに風花もそれに気付き、やがて皆の耳にも響いてくる。

 そこかしこから響く、鎖の音に。

 

「おい、これって!」

「やばい!」

 

 それが意味する事を知っていたペルソナ使い達が慌てて構える。

 程なく、周囲から多数の刈り取る者が姿を表し、皆を包囲する。

 

「なんて数!」

「まずい、今の状態じゃ…」

「大丈夫、目的は私達じゃない」

 

 啓人も悠も多数の刈り取る者に愕然とするが、チドリが首を左右に降る。

 

「ど、どういう意味だチドリ?」

「あれは、異物を刈り取りに来た」

「異物…」

 

 順平が問う中、刈り取る者は全身の鎖を解き、それを一斉に投じる。

 四方八方から投じられた鎖は、倒れていた足立の手足のみならず全身を絡め取っていた。

 

「な、何だこれ!?」

「言っただろ。お前は異物だ、そしてこいつらはその掃除人」

「掃除人って………」

「小さな異物はその場で処理されるだろうが、大きい異物はちゃんと持ち帰って処理される」

 

 ペルソナ使い達がどう反応すれば分からず困惑する中、全身を鎖に絡め取られた足立が刈り取る者に引きずられていく。

 

「ひ………あ………」

「安心しろ、すぐに死ねるような事は無いだろうからな。お前がマヨナカテレビでしてきた所業全てを、今度はお前が味わう番だ」

「た……すけ………」

 

 八雲の説明に、足立は涙しながら助けをこおうとするが、足立を引きずっていく刈り取る者の前に出現した闇の中に、一緒に飲み込まれていく。

 

「この業界の一番大事な事だ。人を呪わば、穴二つ、ってな」

「………!」

 

 闇に完全に飲み込まれる瞬間、足立が何かを叫んだ気がしたが、届く事なくその体は完全に闇に飲み込まれ、そして闇は霧散していく。

 誰もが呆然としている中、八雲がその場に崩れ落ちる。

 

「八雲!」「八雲さん!」

 

 ネミッサがカチーヤの体から抜け出し、二人で慌てて八雲へと駆け寄る。

 

「少しばかりハードだったな………」

「少しじゃないって!」

「今鎮痛剤の追加を…」

「これ以上キメると頭が回らなくなる。それよりも学生連中、被害状況は?」

「修二さんがちょっとダメージ深いです。他の人達も負傷者は出てますけど、それほど申告ではありません」

「しかし強敵との連戦、特に先程のアメノサギリ戦で回復アイテムの大多数を使用してしまいました」

 

 風花と直斗の報告に、八雲は舌打ちする。

 

「一気に上まで行く気だったが、予想以上にダメージがデカいな………」

「八雲さんが一番デカいです!」

「その、痛くないんですか?」

「そんな訳ねえだろ。腕が千切れたみてえに痛え」

『ホントに千切れてます!』

 

 ボヤく八雲に啓人と悠が恐る恐る聞くが、その後の比喩に思わず全員が突っ込む。

 

「突っ込む余力があるならまだ大丈夫か」

「八雲、なんか汗すごいよ?」

「脂汗かいてます! やっぱり鎮痛剤!」

「それよりいっそ凍らせてくれ。そうすりゃ痛みも薄くなる」

「分かった! 今全力で…」

「それやったら全身凍っちゃいます!」

「早くしてくれ。それと山岸、下の状態確認、撤退も考慮する」

「は、はい! 久慈川さん! こちらはなんとか敵の撃破に成功しましたが、八雲さんが重傷! 他負傷者も出てます! そちらは!?」

『やったの!? それでか、シャドウがいきなりほとんど消えたって! 今上にいた人達が戻ってきて下に向かってる! そっちはなんとか持ちこたえてるけど………』

「ダンテの旦那と喰奴連中がいて防衛戦が精一杯か………だがこの状態じゃ上に向かうのは無謀だろうな」

「どうする、ダメージの少ないメンバーだけで隊を再編するか?」

「けれど、ここでこれだけ強いの出てきたなら、上はもっとすごいのがいてもおかしくないんじゃ?」

 

 八雲が悩む中、美鶴の提案に雪子が難色を示す。

 

「有り得るな。カグツチ狙ってどんなのが来てるか分かったモンじゃねえ。またあんなのが来たら、勝てる気がしねえ………」

「恐らくこの中で一番タフな修二がこの状態だ。確かに無理は出来ないだろう」

「つうかまたあんなの来たらオレら死んじまいそうだ………」

 

 修二と明彦の意見に、洋介がうなだれるように頷く。

 

「オレはまだ大丈夫! ガタイには自信あるんで!」

「あの、血止まってませんよ?」

「ワンワン!」

 

 完二が力んでみせるが、乾とコロスケがまだ回復しきってない傷を指差す。

 

「冷却完了、起動率75%いう所や」

「私も似たような物ですが、残弾が40%を切っています」

「雑魚ならともかく、大物相手は難しい」

「ダメージはともかく、残弾が少ないのは厳しいか………」

 

 ロボ三姉妹からの報告に、美鶴が顎に手を当てて唸る。

 

「やはり一度撤退するしかないか? 体勢の立て直しが必要だろうし、代わりの腕もいる」

「代わりって、あるんですか?」

「ヴィクトルの所か、レッドスプライト号に義手くらいあるだろ」

 

 千切れた腕の断面を凍結させ、強引に手当した八雲が呟くのを、啓人が心配そうに聞くが当人はむしろ淡々としていた。

 

「問題は今どこも激戦の最中って事か………珠閒瑠市の方も状態は落ち着いてないだろうし………な………」

 

 最後まで言う前に八雲が今度こそ倒れそうになって残った手を地面につく。

 

「ちょ、八雲!」

「無理したらダメです!」

「ち、アドレナリンが切れてきたか………血も少し足りないみてえだ」

「撤退! 撤退して病院!」

「誰か119番! 救急車!」

「来る訳ねえだろ………」

 

 ネミッサとカチーヤが慌てて支える中、八雲のダメージがかなり深刻な事に気付いたペルソナ使い達が慌てだし、中にスマホで本当に119番する者まで出だして八雲は苦笑する。

 

「ホントに来た!」

「は?」「マジ?」

 

 順平が向こうからくるパトライトに気付き、皆が思わずそちらに振り向く。

 確かに向こうから見慣れた白地の救急車、ただしなんでかデコトラがごとく派手な原色ライトで飾り立てられた珍妙な救急車がこちらまで来ると、バックドアではなくサイドがキッチンカーの用に開く。

 

「Hi! 渡る世間はGIVE&TAKE、トリッシュの泉 移動店にようこそ。御用はなあに?」

 

 救急車の中にいる妖精トリッシュに、皆が目を点にする。

 

「これも変質か………まあちょうどいい。どこまで出来る?」

「無論MONEY次第♪ あ、でもその腕までは無理かな?」

 

 トリッシュの事を知っていた八雲がいち早く反応するが、トリッシュからは相変わらずの返答が来る。

 

「治せるとこまででいい。すぐやれ」

「OK、しめて…ふぎゃ!?」

 

 返事を聞かずに、八雲が財布をトリッシュの顔面に叩きつける。

 一瞬間抜けな声を上げるトリッシュだったが、文句より先に叩きつけられた財布の中身を確認する。

 

「さあどうぞ! そっちの悪魔のお兄さんも一緒に!」

「なんちゅう現金な………」

「治療してくれるのか。この際こちらもやってもらおう。カードは使えるか?」

「ねえ今幾ら持ってる?」

「え~と………」

 

 ぼったくりだが治療してくれると知ったペルソナ使い達が慌てて財布を取り出して中身を確認していく。

 

「ウチはMoney前払いオンリーだからね~」

「現金過ぎる………」

「マッカでよければ貸すぞ?」

「背に腹は変えられないって奴か」

 

 なんとか全員分の回復代を工面した所で、いち早く治療を終えた八雲が改めて移動トリッシュの泉を見る。

 

「回復はともかく、装備の消耗はどうしようもない。全員回復したら一度退こう。トリッシュも来い、怪我人が下に多数出てるはずだ」

「へ~、そんだけいっぱいのMoneyあるの?」

「………確かイザボーは貴族筋だか言ってたな」

「元とつくらしいが。金策は必要に応じてどうにかしよう」

 

 八雲の提案に、多少イザボー当人から話を聞いていた美鶴が修正案を出す。

 

「あ、これは…」

 

 そこで風花が何かに気付き、皆がそちらを見ると、先程まで何も無かった場所に光が生じたかと思うと、転移ポートが出現する。

 

「これで戻るのも楽になったか。最悪、下の手勢全部連れて登頂する事になるかもしれんが」

「渋滞しそうだな………」

「通勤ラッシュ並にね………」

 

 八雲の言う最悪の展開に、啓人と悠は思わず顔を見合わせてうなずく。

 

「念の為、オレはここに残る」

「オレも! まだ行けるっす!」

「アナライズ役も必要ね。順平は大丈夫?」

「チドリだけ残せるわけねえだろ。じゃあ早めに」

 

 

 明彦を先頭に、完二とチドリと順平が残留を申し出、皆が一度体制を立て直すために転移ポートへと向かう。

 

「最大の問題はこれか………」

 

 治療で痛みはほとんど引いているが、半ばから消失した己の片腕を見ながら、八雲は今後の戦いをどうすべきか思考していた………

 

 

 己の闇と霧の奥に潜んでいた真実を解き明かした糸達。

 だがその代償は小さく無かった。

 この先に向かうためにすべき事は、果たして………

 



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PART62 NO ENTRY ZONE

 

「タルタロスから入電! 登頂部隊はムスビのリーダーと交戦、これを倒すも重傷者二名を出し中間拠点まで一時撤退!」

「超力超神・改突入部隊、現在侵入した各勢力と交戦中!」

「それと…」

 

 レッド・スプライト号のブリッジで、各所から届く旗色の悪い報告ばかりに、轟音と鳴動が重なる。

 

「40代目ライドウと珠閒瑠ペルソナチームが交戦中!」

「言わなくても分かる! 頼むからどっか他所でやってくれないのか!?」

「無理だ! あんなのこの街のどこでやっても大被害だ! レッド・スプライト号を盾にすれば被害は…」

 

 半ば悲鳴になりかけるブリッジクルー達に、大きな振動が拍車をかける。

 

「医務室には重傷者もいるんだぞ!」

「プラズマシールド全開! くそ、ジェネレーター持つか!?」

「持たせろ! この状況でレッド・スプライト号を失うわけにはいかん!」

「シュバルツバースとどっちがマシだったんだこれ!」

『現状では判断は不可能』

「言うなアーサー!」

 

 報告と悲鳴と怒号がブリッジで飛び交う中、外ではもっとすさまじい物が飛び交っていた。

 

 

 

「アポロ!」『ギガンフィスト!』

 

 光の巨人と化した40代目ライドウに達哉のペルソナが拳を叩きつける。

 渾身の拳が、一発のみならず二発、三発と叩き込まれるが、巨大化した相手には効果は薄かった。

 

「下がれタっちゃん! ビシャモンテン!」『グラダイン!』

「フェンリル」『ファイアストーム!』

 

 達哉の両脇に出たミッシェルと淳が仏教の富の神で仏法の守護者と北欧神話のロキの息子である狼のペルソナで攻撃魔法を放つが、それも大したダメージにはならない。

 

「すっごいタフよこいつ!」

「じゃあくたばるまで叩き込めばいいだけ! ヴィーナス!」『フォーミーラバー!』

 

 リサのペルソナが放つ泡が巨人化ライドウを包み込み、破裂させるがそこにいる相手の姿は然程変わっていない。

 

「これでも!?」

「ふふ、マガツヒの力、これほどとは………もっと早くこうすればよかった」

 

 立て続けの攻撃にびくともしない巨人化ライドウは、その力に思わずほくそ笑む。

 

「これならば、自らで創世も行えるやもしれぬ」

「そんな姿で神気取りか?」

「悪趣味な神様ね」

「さすがにそこまで自負はしない。こうするまでだ」

 

 達哉と舞耶に指摘される中、巨人化ライドウは手で印を結び始める。

 さらに背から複数の腕が生えてきたかと思うと、その手がそれぞれ別々の印を結ぶ。

 

「タカアマハラニ カミヅマリマス スメカミタチイ…」

 

 更に何らかの詠唱を始めた巨人化ライドウにペルソナ使い達は一気に警戒するが、離れた場所でそれを見ていたキョウジ(故)はその意図を即座に理解する。

 

「いかん、己を媒介に守護を呼ぶ気だ!」

「なんだって!?」

「させるかよ!」

「アルテミス!」『クレセントミラー!』

 

 キョウジ(故)の言葉にミッシェルがギターガンを速射し、舞耶がペルソナで魔法攻撃を繰り出すが、巨人化ライドウの手の幾つかが素早く動いて印を結ぶと、それらの攻撃は全て障壁に弾かれてしまう。

 

「あの手は防御も兼ねているのか!」

「アマテルヒコ アメホアカリ…」

 

 淳が複数の手の別の効力を悟る中、詠唱は止まらない。

 

「詠唱を完成させるな! 腐ってもライドウだ、神の呼び方も使い方も知っている!」

 

キョウジ(故)が叫ぶ中、ペルソナ使い達は攻撃を続けるが、その全てが障壁に弾かれ、更に詠唱が続く。

 それに応じ、今回の襲撃を起因として発生したマガツヒが巨人化ライドウの元へと流れ込んでいく。

 

「まずい、マガツヒがどんどん集まってくる!」

「止められないのこれ!?」

「マガツヒは穢れ同様にストレスから発生するって聞いてるわ、この状況じゃ…」

 

 市民の不安その物が形となったマガツヒの膨大な流れに、ペルソナ使い達の焦りは募る一方だった。

 

「一気に行くぞ、合わせろ。アポロ!」「ハーデス!」「ヴィーナス!」「クロノス!」「アルテミス!」

『グランドクロス!!』

 

 5人のペルソナの力を合わせ、惑星直列の力を発動させる渾身の合体魔法が巨人化ライドウに炸裂する。

 すさまじい衝撃波が周囲を荒れ狂い、レッド・スプライト号から何か抗議の声が上がった気もしたが、それも轟音にかき消される。

 

「どうだ!」

「これなら!」

「いや…」

 

 ミッシェルやリサがダメージを確信する中、淳は冷静にペルソナ反応を確かめる。

 

「それがそちらの切り札か………」

「まだ生きてるわよ!」

 

 聞こえてきた巨人化ライドウの声に舞耶が銃を構えて速射するが、それはかざされた腕に阻まれる。

 

「グランドクロスの力を引き込むか、残念だがここではそもそも天球の配置すらない。威力は落ちる」

「だが無傷ではない」

 

 一見余裕のありそうな巨人化ライドウだったが、達也の指摘通り伸びていた腕の何本かはちぎれ飛び、光で構成されていた体もあちこちほころび、かすれていた。

 

『何をした!? プラズマシールドのジェネレーターが幾つか吹っ飛んだぞ! またやったらこっちが持たない!』

『達也君、被害を抑えて! このままだと医療システムに問題出そう!』

 

 レッド・スプライト号の外部スピーカーからブリッジクルーの悲鳴か怒声か分からない声に続けて、麻希の声も響いてくる。

 

「情人…」

「分かっている」

 

 レッド・スプライト号の医療システム、その言葉の裏にセラの安否がかかっている事をリサがそれとなく耳打ちし、達哉は小さく頷く。

 

「これ以上あの大型艦に被害を与える訳にはいかないという事か。だが、このダメージはこちらも無視出来ない。やはり確実な創世のため、まずは危険要素を排除、後にテクノシャーマンを貰い受けるとしよう」

「激氣! この間は殺そうとして、今度は誘拐!? 絶対させない!」

「レディのエスコートにしては物騒じゃな~い? やるならこのミッシェル様を倒してからにしな!」

 

 リサとミッシェルが激高して巨人化ライドウの前に立ちふさがる。

 

「攻撃の間を空けるな、再生が始まってる」

 

 そこでキョウジ(故)の指摘に皆が巨人化ライドウの腕がゆっくりとだが再生している事に気付く。

 

「腕よ! 腕を集中攻撃!」

 

 舞耶が率先して再生を始めた腕に銃撃を加えるが、無傷の時よりはダメージになっていはいるが、再生の方が早い。

 

「その程度じゃダメだ! ウロボロス!」『串刺し!』

 

 淳のペルソナが地面から鋭い突起物を呼び出し、再生しかけていた腕を貫いて止める。

 

「行けるぜ! ビシャモンテン!」『雷震乱舞!』

 

 同様にミッシェルのペルソナが雷をまとった剣で別の腕を縫い止める。

 

「顔面がら空き! ヴィーナス!」『アクアダイン!』

 

 リサがそこへ水撃魔法を叩き込もうとするが、巨人化ライドウが残った腕で印を組み、障壁を発生させてそれを阻む。

 

「こいつまだ!」

「カムハカリニハカリタマヒテ アガスメミマノミコトハ」

「その呪文を止めないと!」

「いや、大祓の守護呪法だ。防護に手一杯らしい、今はな」

 

 攻撃を防ぎ、再詠唱を始めた巨人化ライドウにリサと舞耶が焦るが、それが防御の呪文だと気付いたキョウジ(故)が注釈する。

 

「回復まで粘る気ね!」

「デカいくせにやる事セコい!」

「く、この!」

「ダメだ、このままだと!」

 

 破損した腕を封じていたミッシェルと淳も振り払われ、巨人化ライドウは徐々に元の形を取り戻そうとしていた。

 

「やっぱさっきのもう一発…」

「ダメよ! 強力過ぎる!」

「これの後ろにはセブンスもあるんだよ!?」

「だがこのままでは…」

「下がっていろ」

 

 下手な攻撃が効かない相手に皆が手をこまねく中、達哉が前へと出る。

 

「アポロ」『ギガンフィスト!』

 

 達哉のペルソナが鉄拳を繰り出すが、障壁に阻まれる。

 

「その程度じゃ…」

 

 仲間が無謀とも言える攻撃を止めようとするが、攻撃は一度で終わらなかった。

 ペルソナの鉄拳が次々と繰り出され、その度に障壁に阻まれる。

 それでもなお攻撃は続き、やがてその拳が陽炎を纏い始める。

 

「タっちゃん…!?」

「熱い! これって…」

「達哉君! 無理しないで!」

「離れるんだ!」

 

 達哉のペルソナがどんどん高熱を帯びていく事に気付いた仲間達が警告を発しつつも、巻き添えを喰らわないように離れる。

 巨人化ライドウもそれに気付き、詠唱を早めるが、とうとう均衡が崩れ始める。

 

「オオオォォ!」

 

 達哉の咆哮と共に繰り出される灼熱の鉄拳が、障壁に少しずつヒビを生じさせていき、やがて障壁をぶち破って巨人化ライドウに鉄拳が叩き込まれる。

 

「グオオォォ………!」

 

 奇怪な苦悶と共に、巨人化ライドウの体が大きく揺らぎ、その胴体に拳の後がくっきりと焼き付けられる。

 

「一番の障害は、やはり貴様か………!」

「これ以上、この街に手出しはさせない。絶対に!」

「こちらも退けん。争い無き世の創世のために!」

 

巨人化ライドウが印を組み直し、詠唱と共に電撃、火炎、氷結などの攻撃魔法が次々と放たれる。

 

「タッちゃん!」

「情人!」

「大…丈夫」

 

 攻撃魔法を至近で連続で食らいつつ、達哉はその場から退こうとしない。

 

「させるかよ! ハーデス!」『血のハネムーン!』

「クロノス!」『クロスフォーチューン!』

 

 ミッシェルと淳が己の持つ最強の攻撃魔法を放ち、巨人化ライドウの体が大きく揺らぐ。

 

「くっ………だがこの程度では我は滅ぼせぬぞ………」

「そうか、分かった」

 

 確実にダメージは与えているが、致命傷には至っていない事に巨人化ライドウはほくそ笑むが、達哉は一言呟くと相手にペルソナで強引にしがみつく。

 

「何を…」

「皆、オレとこいつの周囲を囲め! 最大出力でいく!」

「最大って…」

「達哉君の言う通りにして!」

 

 一瞬達哉の言葉に困惑する者達を、舞耶が率先して達哉の横手に周り、他の者達も慌てて続く。

 

「貴様、まさか!?」

「前は外した。今度は外さない」

 

 達哉の狙いを察した巨人化ライドウにペルソナごとしがみついた達哉の周囲に小さなプロミネンスが無数に走るが、それがどんどん白熱化していく。

 

「あ、あちぃ!」

「情人!」

「達哉、そんな事したら!」

「いいからしっかりガード! 漏らさないように!」

 

 仲間が思わず止めようとするが、舞耶が一括してペルソナを使ってガードに専念させる。

 

「止めろ! 貴様もただでは…」

「言ったはずだ。今度は外さない。アポロ!!」

『サンハート・フレア ノヴァサイザー!!』

 

 両腕に超高温の白色フレアを宿したアポロが、それを一気に巨人化ライドウに叩きつける。

 両腕から放たれた白色フレアは、一つにまとまり、巨大な超高温の白い火柱となって巨人化ライドウを飲み込み、そのまま天へと突き抜けていく。

 

「ああああぁぁ………! 何故だ! その力、己の望む世界を創生できるやもしれぬのに!」

「そんなのはもう、懲りている」

 

 白炎の中に飲み込まれ、断末魔の絶叫と共に問いかけてくる巨人化ライドウに、達哉は極めて冷たく言い放つ。

 

「な………ぜ………」

 

 最後まで達哉の事を理解出来ぬまま、巨人化ライドウは白炎の中に消え去り、やがて白炎も尽きると、そこに満身創痍の達哉が残っていた。

 

「たっちゃん!」「情人!」「達哉!」「達哉君!」

 

 ありったけのペルソナでなんとか達哉の渾身の一撃の周辺への被害を防いだ仲間達が慌てて駆け寄り、持っていた回復アイテムや回復魔法を次々使っていく。

 

「大丈夫だ………多分死にはしない」

「そういう問題じゃない! もっと回復!」

「うぉいレッドなんとか号! 重傷者一名だ! 早く来てくれ!」

 

レッド・スプライト号からデモニカを着た救護班が慌てて担架を持ってくる。

 

「そこまでする必要は…」

「有るよ! 全身すごい事になってる!」

「回復魔法で大きい所は塞いだわ! 早く医務室へ!」

 

 その様子に達哉が拒否しようとするが、珍しく淳が声を荒げ、舞耶が救護班を先導させて達哉を回収させる。

 

「後は任せて、休んでなさい」

「舞耶姉………分かった………」

「リサは達哉君についててあげて。永吉君と淳君は私と残った奴片付けにいくわよ」

「OK! 後は任せときな!」

「ゆっくり休んでて」

 

 達哉が運ばれていくのを見送ると、舞耶は二人と共に残敵を探しに向かう。

 思念体達は前線リーダーだった40代目ライドウを失った事を皮切りに、急速的にその数を減らしていった。

 

 

『市街地を襲撃していた思念体はほぼ殲滅、もしくは撤退したみたいね』

「こちらでも確認した」

 

 たまきからの報告に、戦闘態勢を解いた克哉は大きく息を吐く。

 

『ムスビの戦闘隊長と思われる存在は達哉君が倒したらしいわ。かなり無茶したみたいだけど………』

「そのようだ、負傷したが取り敢えず無事との報告が来た」

『何やらかしたの? エネミーソナーが吹っ飛びそうだったわよ?』

「分からない。とんでもない事をしでかしたという事は分かるが………」

 

すぐにでも弟の様子を見に行きたい気持ちを抑え、克哉は事後処理の準備に入る。

 

「被害状況の確認と負傷者の救助を! 警戒態勢を維持、別勢力の襲撃も考えられる!」

「了解!」

「と言ってもこのままじゃ…」

 

 指示を受けた警官達が動く中、彼らも目に見えて疲労状態に有るのに克哉は焦りを感じずにはいられなかった。

 

(レッド・スプライト号の援護を受けられるとはいえ、すでに限界が近いか………小岩達もダメージを追って一時撤退したそうだし、他は膠着状態らしい。く、好転する要素が思いつかん………)

「かつや~」

 

 そこに偵察に出していたピクシーが戻ってくる。

 

「どうだった?」

「確かにもう思念体はほとんどいないよ。残ってるのは雑魚かほとんど力の無いのばっか」

「そうか………だが先程の達哉の攻撃、他の勢力にどう捉えられるか。威圧になればいいのだが………」

「すごかったね~、攻めてきてた連中、ほとんどアレにびびって逃げたみたい」

「もうしばらく外周の警戒を頼む。他の勢力も逃げればいいが、逆効果の可能性も否定できん」

「りょ~かい」

 

 再度偵察に向かうピクシーを見送ると、克哉はおもむろにカグツチの方を見上げる。

 

「全てはアレの開放にかかっているのか………だが果たして創世とやらが本当に出来る状態なのか?」

 

 

 

「何だ今のは………!」

「どうやら何者かが守護を降ろしたか。先程上層でも何か大きな動きが有ったようだしな」

 

 タルタロス内部を進行中のヨスガを率いていたチアキとエンジェルが、突如としてタルタロス内にまで響くような力の波動に思わず足を止める。

 

「くっ、出遅れたか!」

「どちらにしろ、まだカグツチにまでは到達していないようだ。強い力同士のぶつかり合いでどこも痛み分けと言った所か………」

「だからこそ、ヨスガが一刻も早くカグツチに到達しなくては…!」

「こちらもそうしたい所だが………」

 

 喚く両者の前、ヨスガとカルマ協会の連合軍を蹴散らす者達の姿が遠くに見える。

 

「ガアアアァァ!」

「ハッハ~!」

 

 咆哮と哄笑が響き渡り、エンブリオンの喰奴とダンテが凄まじい勢いで蹂躙していく。

 

「くそ、またか!」

「抑え込め!」

「ダメだ!」

 

 相手の圧倒的な戦力に戦列が乱れた所で相手は素早く撤退していく。

 

「追うぞ!」

「待て、また待ち伏せがあるはずだ!」

「構うか!」

 

 ヨスガの悪魔達が我先に後を追うと、防衛陣を構築した人外ハンター達がそれを迎え撃ち、一定数のダメージを与えるとそれも撤退。

 上階への階段を見つけるとまた同じ事の繰り返しで、進軍は遅々としていた。

 

「この戦い方、アサクサの時に似ている………」

「徹底した遅滞戦闘だな。余程切れる軍師がついてるようだ。それにサーチ能力を持ってる者が常時こちらを見てる。我々が前に出ようとすれば階ごと吹き飛ばしてくるしな」

 

 業を煮やしたチアキが先陣を切って階段を登れば、それを察した向こうがトラップで迎撃してダメージを食らって一時離脱する、とあまりに徹底していた。

 

「また逃げる算段でもしているのか!」

「アサクサで一杯食わされたというアレか。だが現状で安全地帯なぞ無いに等しいぞ? それに今ここを落とされるわけにはいかない。だから向こうもこれだけ徹底した遅滞戦闘を敷いてるのだろう」

「シジマは外の巨大ロボに向かってるけど、いつこちらに来ないとも限らないわ。上階にいる連中、マガツヒ絞るにはちょうどよさそうなのだけれど」

 

 まだ冷静なエンジェルとは対象的に、チアキはストレス過多で周辺に無差別に殺気を撒き散らし、周囲の部下達は震え上がる。

 

「何でもいい、一気に突破する方法は!?」

「無いな。小型のターミナルのような物はあるが、バカ丁寧に潰してある。たまたま残っていたのに突撃した奴は入り口まで戻されたようだ。向こうはこの塔の仕組みを完全に把握しているらしい」

「次に遭遇した奴は誰でもいい! さらって仕組みを吐かせなさい!」

 

 怪腕を振るって怒鳴り散らすチアキを冷めた目で見るエンジェルだったが、そこである事に気付く。

 

「待て、虫がついているぞ」

「虫? どこに」

 

 エンジェルが声をかけながらチアキの髪に付いていた物を取る。

 

「よく出来た虫だ。いつの間に…」

 

 そう言いながらエンジェルは虫、正確にはいつの間にか取り付けられていた盗聴器を床に落として踏み潰す。

 

「な!? そう言えばさっきあの赤いコートの男と戦った時、髪に触られたような!」

「つまりこちらの作戦も漏れてたな。これはアスラAIじゃない、もっと陰険な奴が仕込んだか………」

「そいつを探し出して連れてきなさい! この手で首をもいでやる!!」

 

 完全に激高して壁を粉砕しているチアキに、ヨスガの悪魔もカルマ協会の喰奴達も恐れて距離を取っていた。

 

 

 

「あ………盗聴器バレました」

「まあ今まで持っただけでもよしとするか」

 

 風花からの報告に、八雲はボヤきながらも頷く。

 

「盗み聞きとは感心しませんけど、確かに手段を選んではいられませんしね」

 

 イザボーが八雲提案の盗聴作戦に思わずため息をもらしながらも、現状を確認する。

 

「敵との距離は20階を切っている。撤収するなら準備を始めるべきか」

「だがその隙に最上階まで到達されるのも問題だな」

「最上階に何が待つかは不透明でもあるが…」

 

 ゲイル、ロアルド、美鶴が撤収の是非について検討を開始するが、敵は刻一刻と迫りつつあった。

 

「また一階突破された!」

「どうする、そろそろ爆弾の残りも少ないぞ」

 

 一度撤退してきたアサヒとガストンの報告に、皆の表情も険しくなる。

 

「そろそろ陣地構築の時間も資材も尽きるな」

「弾薬もだ」

「珠閒瑠の方はようやく事態は落ち着いてきたらしい。どうする、撤退すべきか?」

「部分撤退はどうだ? どちらにしろ、時間稼ぎは必要だ」

「ですけど、これ以上人員を減らしても………」

「あ、また一階突破されました!」

 

 風花の報告に八雲が舌打ちする。

 

「悩んでる暇もねえか………バリケードで止まってくれる連中でもねえし」

「向こうのボス二人を倒せればいいのかもしれんが、手勢が多すぎる」

「封鎖が出来ない以上、分断も難しい」

「タルタロスでこんな大規模戦闘は前例が無いだろうからな………」

 

 ロアルドとゲイルの分析に、美鶴もうつむいて考え込む。

 

「そういや、いいモン回収してたんだったな」

「何がだ?」

「知ってる人間は絶対近付かない危険物。確か今ライドウが守ってたな」

 

 いきなりの八雲の妙な提案に、ゲイルが疑問を投げかけるが、続く八雲の言葉が何を示しているかに気付いた者が顔色を変え始める。

 

「あの、八雲さんまさか………」

「時限装置がいるな、あとトラップ。片手だときついな」

「本気か………?」

「問題はここの階層ごとの断絶性がどれくらいかだな。流石に異界化を物理破壊する時のエネルギー量はあまり前例無いし。最上階まで突き抜けるか? うまく行けばこの中だけで留まるかもしれんし」

「前に爆発物を用いた実験では、他の階層まで破壊は及ばないとレポートに有ったが………」

「じゃあ行けるか?」

「あの、先程から何のご相談を?」

 

 理解出来ないイザボーがそこで口を挟むが、八雲は平然と言い放つ。

 

「ちょっとここに核弾頭を設置しようかと思ってな」

 

 八雲の平然と言い放った一言に、その意味を理解した者達が一斉に距離を取る。

 

「か、かか核弾頭~~!?」

「あのライドウさんがなんとか確保したってブツを………」

「こ、ここ、ここに!?」

 

 ペルソナ使い達が全員顔色を変えて後退る。

 

「確かに、今持っているカードでは一番強力だ。下手したら敵も味方も一般人も全滅するという意味ではな」

 

 ロアルドは少し冷静に問題点を指摘する。

 

「マトモな者ならば確かに使おうとはしない。問題は今登ってきている敵がマトモかどうかだ」

「考えるまでも無いんじゃね?」

 

 ゲイルが別の問題点を指摘するが、修二が半ば呆れた顔で頷く。

 

「暴力主義者とカニバリストの集団だからな………ただ自分達で破滅のスイッチ押す程とは思いたくないが………」

「創世が目的ならば、自滅するような事は避けるのではなくて?」

「他に先を越されそうになってヤケになって自爆、という可能性も………」

 

 美鶴とイザボーも考え込むが、そこで風花が最悪の可能性を指摘して黙り込む。

 

「だけど、悪い手じゃないと思う」

「最悪の方法かもしれないけど………」

「ちょっと本気!?」

「核兵器だぞ核兵器! オレらのペルソナでどうこう出来るモンじゃねえって」

 

 八雲の提案に一応賛同する啓人と悠に、ゆかりと洋介が思いっきり反論する。洋介→陽介

 

「そもそもただ設置する訳にもいくまい。誰か核弾頭の扱い知っている者は?」

「あの、核弾頭はともかく、爆破装置の扱いなら」

「一応ウチらの内部データに」

「インストールされてます」

 

 ロアルドが指摘した一番の問題点を、アイギス、ラビリス、メティスの三姉妹が手を上げた事でその場の過半数が引きつった顔を三姉妹に向ける。

 

「決まりだな。残った弾と発破総動員で時間稼いでる間に、ありったけのトラップ仕掛けてここに設置しよう」

「ここにですの!?」

「残骸だがインフラ設備が残ってる。細工するにはもってこいだ」

「確かに。この前線基地を放棄し、先程占拠したという上層階を新たに前線基地としよう」

「負傷者は珠閒瑠に撤退、他は上層階へ移動の準備だ」

 

 八雲の提案にイザボーが驚くが、ゲイルとロアルドは頷くと手際よく準備を進めていく。

 

「つう訳でしばらくここ頼む。オレはちょっと核弾頭もらってくる。ついでに腕」

「ちょっとって………」

「ついでに?」

「向こうの状況も確認してきますから」

「業魔殿にフックかサ○コガンあるかな?」

 

 さらりととんでもない事を言いながら珠閒瑠に向かおうとする八雲に、他の者が半ば呆然とする中、カチーヤとネミッサも後を追う。

 

「どんな人生歩めば、あんななるんだ?」

「分からん。判断が大胆過ぎるのは確かだ」

「一歩間違えればこちらも全滅しかねない手を思いつくのもな」

「同業にもあんなのいないわよ………」

 

 ハレルヤ、ガストン、トキ、ノゾミが八雲の去った方を見ながら、それぞれの立場から見ても異質な相手だと断定する。

 

「先程上で彼の過去を見ましたが、かなり過酷な人生歩んでるようでして………」

「過酷って言うなら、ここにいる連中大概じゃね?」

「まあ、そうかもしれませんが………」

 

 直斗が上で見た八雲のヴィジョンクエストを引き合いに出すが、修二のつぶやきにイザボーも頷く。

 

「とにかく、撤退準備! 急いで!」

「片付けなら得意です」

「任せて!」

 

 アサヒが主導して撤退準備を始める中、激戦のダメージで後方待機を命じられたメアリとアリサが率先して片付けを始める。

 

「残存戦力で準備が整うまでの防衛戦を行う」

「残弾の再配分及び爆発物の残数を確認、設置階数の設定もいるな」

「回復アイテムの残数も厳しい。我々はあまり前線には出れそうにないな………」

「ペルソナ使い達は撤退及び上階での陣地再構築に専念してもらう。前線は主にこちらで行う」

「暴走の可能性は? 最悪止められる人員が………」

「補給用マグネタイトの残数が切れた時点で撤退する。設置まで持てばいいが」

 

 ゲイルとロアルドが手早く作戦を練る中、美鶴もそれに助言していく。

 

「余力のある方はついてきてください。決して無理はしない程度に」

「行くよあんた達!」

 

 イザボーとノゾミが先頭に立ち、人外ハンター達も下階へと向かっていく。

 

「じゃあオレ達も」

「撤退準備だな」

 

 啓人と悠がうなずくとペルソナ使いも資材をまとめて撤退準備を始める。

 

「昇ったり降りたりまた昇ったり、忙しいねオイ」

「仕方ありませんよ、まさかタルタロスがこんな事になるなんて思ってませんでしたし」「ワンワン!」

 

 陽介のボヤキに乾とコロマルが同意(?)しつつも装備と残り僅かな回復アイテムを確認する。

 

「矢もう無いんだけど………」

「こっちに短いのならあるよ」

「これってクロスボウって奴じゃない?」

「代替え装備があるといいのですが」

 

 損耗した装備の替えがないかとペルソナ使い女性陣が残った武器を漁っていく。

 

「思ってた以上に消費しているな」

「珠間瑠から送ってもらいますか?」

「向こうにも余裕があるかどうか………」

「何にしろ早く! 下は派手に始まってる!」

 

 美鶴も予想以上の物資の消費に考えこみ、風花が珠間瑠からの補給を提案するが、そこでりせが下に向かった者達の交戦が始まった事を告げる。

 

「もう使えそうな物だけ持って急ごう!」

「ってか本気で核爆弾なんて設置すんのか!?」

「自分のシャドウ倒すのに片腕ごと吹っ飛ばす人だよ………」

「やらないって言いきれない気が………」

「とにかく急ぐぞ! ピストンで運べ!」

「真田さん達も呼んでこよう!」

 

 慌ただしく皆が動く中、ふとアサヒの手が止まる。

 

「あれ、ナナシは?」

「え?」

「しまった!」

 

 

 

「ん?」

 

 転移ポートが動いた事に明彦は当初誰か野暮用でも出来たかと思っていたが、姿を現した相手に警戒を一気に高める。

 

「あ、こいつ…」

「ナナシ、だったか」

「やべえのが憑いてるって言う………」

 

 チドリ、順平、完二も要注意と言われていた相手が一人で姿を現した事に一気に臨戦態勢に入る。

 

「えと、その…」

「安心しろ、お前達に不利な事はしない」

 

 バリバリに警戒されてる事に口ごもるナナシだったが、そこでダグザが姿を現す。

 

「信用できないな。ろくでもない神に憑かれた人間がどうなるか、ついさっき見たばかりだ」

 

 明彦も油断なくファイティングポーズを取る中、困惑しているナナシを差し置いてダグザは小さく笑う。

 

「確かに妙な神が来ていたようだな。すぐに還ったようだが」

「ここに来た目的は何? 貴方が守護になって創世するの?」

 

 チドリからの質問に、ナナシは思わずダグザの方を見るが、ダグザは首を横に振る。

 

「出来るならそうする所だが、残念な事に今のオレでは力が足りん。ここに満ちていたマガツヒとやらはお前らが戦闘で消し飛ばしてしまった。やっとカグツチへの道が開けたというのに」

「そうかそれは残念だったな」

 

 ダグザの説明に、明彦はファインティングポーズを崩さないまま聞く。

 

「それじゃ、何をしにきたの?」

「下の連中にカグツチにまで行かれるのも困るんでな」

 

 ダグザはそう言いながら、幾度の戦いでさらに荒れ果てた広場の中央に立って手をかざす。

 するとそこに透き通る大釜のような物が現れる。

 

「何を…」

「この場に我が加護を与えた。防衛線を張るのに少しはマシになる」

「そんなん出来るなら下でやった方よかったんじゃ…」

「場が乱れすぎていたからな。神格クラスの降臨と帰還を経て、場が整った」

「………言ってる事に間違いはないみたい」

 

 ダグザのやる事に首を傾げる明彦と順平だったが、チドリがアナライズして確かに何らかの力が働いている事を確かめる。

 

「大丈夫なんすか? こいつ好きにさせて………」

「ナナシの命はダグザの加護で保たれているらしいからな。不用意な事は出来ない。人質のような物だ」

「どうとでも言え。こいつは我が神殺しだからな」

 

 完二がダグザを指さしながらボヤくが、明彦が聞いていた事情を説明し、ダグザは悠然としている。

 

「そもそも出来んのか? さっき来た神だか何だかはオレ達の全力で追い返すの精いっぱいだったぞ?」

「だよね………」

「神には神の殺し方が有る。そういうお前達こそ、それだけ魂を共有していれば、どちらかが死ねばもう片方も死にかねんぞ」

「覚悟の上って奴だ」

「覚悟………」

 

 順平とダグザの会話を聞いていたナナシが、何か考え込む。

 睨み合う神とペルソナ使いの元に大慌てで他の者達が乗り込んでくるのはすぐ後の事だった。

 

 

 

「何を考えているんだ!!」

 

 レッド・スプライト号のブリッジに響き渡る克哉の怒号に、ブリッジにいたクルー達は思わず身をすくめる。

 

「あんま怒鳴るな、傷に響く」

 

 半分となった己の左腕を抱くような仕草をしつつ、八雲はぼやく。

 

「すまん、だがようやく確保した核弾頭をタルタロスにセットするなぞ、正気の沙汰ではないぞ!」

「ここも一段落ついたらしいが、回せる程人手に余裕は無いだろ。今タルタロスを落とされる訳にはいかないからな」

「しかしだな!」

『現状で推奨できるミッションとは言えません』

 

 急用として呼び出された克哉は、八雲のとんでもない提案に声を荒げ、アーサーも同調する。

 

「だが他に有効な手も無い。幸いカルマ協会の連中なら何か分かるだろうしな。ここの設備なら時限装置くらいすぐだろ」

『確かに時限装置の在庫は有ります。しかし相手側が核弾頭の設置に対してどういう対処をするかは不透明です』

「なら絶対反応するようトラップを仕掛けりゃいい。無視出来ないようにな」

「何をする気だ、一体………」

「簡単な事だ、取り合えず…」

 

 

 

「一応こんなモンぜよ」

「う~ん、サ〇コガンとかフックとかない?」

 

 資材班チーフのアーヴィンが出してきた義手を見ながら、ネミッサが首を傾げる。

 

「そんな物騒なのはないぜよ。そもそもそれじゃあデモニカが着れなくなる」

「そっか、でも面白くないな~」

「何を基準にしてる?」

 

 ネミッサがあれこれ選ぶ中、八雲がラボに姿を現す。

 

「あ、八雲。どうだった?」

「一応承認は出た。こっちにもミッションが来るはずだ」

「今来たぜよ。………本気かこれ?」

「ああ、オレの腕は後でいいから、すぐに時限装置を用意してくれ」

「それくらいならお安い御用だが………」

「本当に使うんですかこれ?」

 

 アーヴィンの助手のチェンがつい先程持ち込まれて封印作業中だった核弾頭を指さす。

 

「他に手持ちで強力なのが無いからな」

「あんたの提案か………すぐに始めるぜよ」

 

 ラボは総力で核弾頭と時限装置を用意しはじめる中、八雲はちらりと無くした左腕を見る。

 

「こっちは手一杯だな。ヴィクトルのおっさんのとこに適当な手がありゃいいが」

「今カチーヤちゃんが見繕ってるはずだよ」

「最悪、メアリかアリサの予備パーツだな………ちっ」

 

 何気に八雲はGUMPを取り出して操作しようとして、片手だと出来ない事に気付くと舌打ちする。

 

「こっちは一応片付いた、あっちはこれから、そっちはどうなった?」

 

 

 

同時刻 超力超神・改 内部

 

 重々しい音を立て、内部隔壁が閉鎖されていく。

 

「システムがレッド・スプライト号とほぼ同一で助かった」

「搭載されてた兵装もほぼそのまま残されてるしな」

「しかしこれでどこまで持つか………」

 

 機動班のメンバー達が緊急用のマニュアルシステムで通路を閉鎖しつつ、悪魔達の侵入を阻もうとする。

 

「他の悪魔使い達とも合流したい所だが、よりにもよって反対側か………」

「デモニカのアクセスプロトコルとマニュアルデータは送信しておいたが…」

「小次郎とアレフが一緒なら問題ないだろ」

「問題はこっちね」

 

 合流したキョウジとレイホゥが閉鎖した隔壁に簡易処置をして結界を形成しながら呟く。

 

「とにかく、このまま行けば動力室手前で合流出来る。そこからチームを再編して動力室とブリッジを双方目指す事になるな」

「しかし動力室には彼女が、ブリッジには神取がいます」

 

 キョウジの示す作戦に、南条が警告を入れる。

 

「分かってる。特に神取って奴はやばいってのはこれ見た時点で誰だってそう思う」

「まさかギガンティック号をロボにするとは………」

「原型の超力超神は戦艦だったらしいが」

 

 キョウジも考え込む中、アンソニーと仁也も今自分達がいる場所を考えて唸る。

 

「動力室の、アレックスとかいう女もやばい。何をやったらあの年であんな殺気まとえるんだ?」

「Mrタダノ、本当に心当たりは?」

 

 レイジとエリーもただならぬアレックスの様子を思い出し、仁也に問い質すが仁也も首を横に振るだけだった。

 

「どっちにしろ、あんたをご指名だ。行くしかねえだろうな………」

「そのつもりです」

「ここを落とされる訳にはいかない。場合によっては加勢する。若い女性に多勢は心苦しいが………」

 

 キョウジと仁也が頷く中、南条が動力室の奪還を優先事項とする事を宣言する。

 だがそこでデモニカのGUMPのエネミーソナーが反応し、全員が一斉に反応する。

 

「迷ってる暇も無しか。急ごう」

 

 キョウジに促され、全員が先を急ぐ。

 閉ざされた隔壁から、破ろうとする轟音と呪詛が響くまでさほど時間はかからなかった………

 

 

 傷つきもがきながらも、あがき続ける糸達。

 崩れようとする体を互いに支え、戦い続ける先にあるのは、果たして………

 

 



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PART63 DISTANT FUTURE

 

 甲高い音を立て、大剣と怪腕がぶつかる。

 

「随分とイラついてるな、乙女の日か?」

「どこかの誰かが盗聴器なんてしかけたせいでしょうね!!」

 

 リベリオンを振るうダンテに、千晶が怪腕を振るって応戦する。

 

「ヒステリーはマイナスだぜ、ワイルドアームのレディ?」

「なら、大人しく皆殺しにされなさい!『選民の腕(かいな)!』」

 

 千晶の右腕が、幾つにも分裂して蠢く奇怪な槍と化してダンテへと襲い掛かるが、ダンテは驚異的な剣裁きでそれを弾き、かわしていく。

 

「ぎゃっ!」

「ぐはっ!」

 

 弾かれた肉の槍がそばにいるヨスガの悪魔達を巻き添えにするが、千晶は気にも止めない。

 

「部下は大事にした方がいいぜ」

「黙れ! もうその顔も軽口も飽きたわ!」

 

 怒気と共に脳天目掛けて叩きつけられる怪腕をダンテは受け止めるが、その重すぎる一撃に床にヒビが生じていく。

 

「デタラメな造りな割には頑丈なタワーだな。手抜きだったら真下に尽き抜けそうだぜ」

「遠慮なく、突き抜けるがいいわ!」

 

 千晶は再度怪腕を振り下ろそうとするが、ダンテは旋回しながらその一撃をリベリオンで弾き、弾かれた怪腕はその軌道上にいたヨスガの悪魔達を巻き込んでいく。

 

「ぎゃあっ!」

「ぐぅ…」

「レディとのダンスにしちゃ、邪魔なギャラリーばかりだな」

「役立たずが…」

 

 ダンテを取り囲んで仕留めようとするヨスガの悪魔達だったが、千晶とダンテの戦闘についていけず、結果的に無駄に被害を拡大させるだけの状態に千晶は更に憤怒するだけだった。

 

『ダンテ! こっちが突破されそうだ! 後退する!』

「おっと、どうやら会場移動のようだ」

「そう何度も逃がすものか!」

 

 上階への階段手前で防衛線を張っていたガストンからの通信に、ダンテがおどけながら撤退しようするが、完全に逆上している千晶が追撃しようとする。

 そんな彼女の鼻先にダンテが何かをポイ捨てするように投じ、千晶が怪腕でそれを弾こうとした瞬間、投じられたそれ、対悪魔用スタングレネードが炸裂し、周辺を白く染め上げてその場にいる者達がしばらく硬直し、硬直が晴れた時にはすでに防衛戦を挑んでた者達はいなくなっていた。

 

「くそ、またか!」

「少しでも被害が出そうになったら即撤退。徹底しているな」

 

 腹立ちまぎれに壁を殴りつけて粉砕させる千晶の横から、喰奴状態のエンジェルが姿を現すが、その体も千晶同様にあちこちに浅いがダメージが刻まれていた。

 

「何かをしかけているのかもしれんな、明らかに時間稼ぎをしている」

「これ以上何をするの。悪あがきにも程があるわ」

「悪あがきする間は油断出来ん。人とはそういう物だろう」

「貴方も私も、もう違うだろうけどね」

「これも悪あがきの結果だがな」

 

 互いに人の物とはかけ離れた腕を見ながら、双方の軍勢は上階を目指す。

 

「階ごとに構造を変える異質な塔、向こうはマッピングして的確に陣形を用意するが、こちらにはそれが出来ない」

「突破すればいいだけ…」

 

 さらなる上階を目指すヨスガとカルマ協会の軍勢だったが、そこで仕掛けられていたトラップに引っ掛かり、先陣が吹き飛ぶ。

 

「またか! 一体どれだけ仕掛けてんのよ!」

「いや、数が減ってきている。爆発はそれなりだが、どうやら向こうもそろそろ仕掛ける物が無くなってきたようだ」

「足止めも限界って訳ね。一気に行け!」

『うおおぉぉ!』

 

 トラップ以外に人影も無い事に、千晶は強行突破を命じ、咆哮と共にヨスガの悪魔達が上階を目指す。

 

「さて、これで終わりという訳ではあるまい?」

 

 エンジェルも喰奴達を引き連れて上階を目指すが、先程までの抵抗がウソのようにトラップも抵抗も無い。

 

「ははっ、逃げ出した?」

「そうはいかないはずだ。カグツチに至る塔を落とされる訳にいかないのは向こうもわかってるはず………」

 

 千晶が笑みをもらすが、エンジェルの警戒は更に上がっていく。

 やがて、今までと違う雰囲気の階層、先程まで拠点として使われていた階層にたどり着いた両軍が、そこから上階を目指そうとした時だった。

 

「おい、また何かあるぞ」

「また爆弾か!?」

「やけにデカいぞ!」

 

 ヨスガの悪魔達がその階層の中央に鎮座する爆発物らしき物に警戒する。

 

「下手に近づくな、センサー型かもしれん!」

「誰か爆発物に詳しい者を…」

「待て、待て待て、まさか………」

 

 喰奴達が警戒する中、その内の一人がある事に気付く。

 その爆発物らしき中央にある、ニュークリアマークに。

 

「お、おい! 誰か探知センサー!」

「ここに!」

 

 数人の喰奴が検査機器を持ってきてそれに向けると、明確に機器が反応する。

 

「遮蔽されてるが、確かに放射線反応有り。ま、間違いない………オメガ型核弾頭だ………」

「か、核弾頭って、核兵器って奴か!?」

 

 その爆発物の正体に気付いて顔色を変えるカルマ協会の喰奴達に、さすがのヨスガの悪魔達も言葉を失う。

 

「核弾頭!? なんでそんな物が!」

「そう言えば、外のデカブツから何かを抜き取ってたらしいな。なるほど、それがコレなら納得だ」

 

 千晶とエンジェルも明らかに起爆装置付きの核弾頭の前に立ち、驚く。

 

「上階の階段前にこれ見よがしに連動センサーが山程有ります!」

「起爆装置もトラップの山です! ここから進もうとすれば………」

「ふ、ふふふふ………まさかこんな物まで持ち出すとはな………果たしてこの塔の異相階でもこれの爆発に耐えられるか?」

「くそ! こんな物…」

「おやめ下さい千晶様!」

「さすがにこれには喰奴でも耐えられん!」

 

 完全に足止めされた事にエンジェルが思わずほくそ笑み、千晶が怪腕を振り上げたのをヨスガ、カルマ協会双方の者達が慌てて取り押さえる。

 

「解除にどれくらいかかる?」

「やってみない事には………」

「急ぎなさい!」

 

 エンジェルの問いに喰奴の中で爆発物に詳しい者達が変身を解きながら、起爆装置を確認していく。

 

「どうやら、こちらも一休みするしかなさそうだな」

「核弾頭の隣で?」

「これだけの物なら、正確な手順を踏まない限りは爆発しない。もっともどこまでその手順が進んでいるかもまだ分からないがな」

「くそ!」

 

 エンジェルの説明に、千晶が思わず手近にあった扉、彼女達は知る由もなかったが人外ハンター協会の入り口を殴り壊す。

 扉が吹き飛んだ中、そこにテーブルが置いてあり、その上に缶コーヒーや缶ジュースが置いてあるのに千晶は気付く。

 テーブルの上に『どうぞごゆっくり 英草』と書かれたメッセージカードを見つけた千晶は、怪腕でメッセージカードを一息に握り潰した。

 

「ひ・と・しゅ・ら~~~~!!」

 

 目に見えそうな程の殺気をまき散らしながら、千晶はテーブルの上の飲料を怪腕でまとめて取ると、それを頭上で一気に握り潰してあふれ出た中身を嚥下する。

 

「私ももらうか。こんだけのトラップのそばで毒杯も無かろう」

「くそっ!」

 

 エンジェルも缶コーヒーに手を伸ばす中、完全に予想外の最悪の足止めに千晶はテーブルの一つを殴り壊して八つ当たりするしかなかった。

 

 

 

タルタロス250階 人外ハンター臨時基地

 

「敵、132階に到達。そこで動きを止めてます」

「そりゃ、あんな物騒過ぎる物置けばな………」

「分かる奴がいて良かったと言うべきか………」

 

 風花からの報告に、超特急で設置した調査隊資材班が後悔と安堵が入り混じったため息が漏れる。

 

「急ごしらえだが、ありったけのトラップはしかけておいた」

「さすがに切れていきなり壊すような真似はしたくないと思いたいが………」

「ヨスガでもそこまではしないと思いますが………悪魔に放射性物質って有害でしたか?」

「ヒロシマだかの時は悪魔まで消し飛んだって聞いた事あるぜ。その後一気に陰気が増して色々エライ事になったらしいが」

 

 下階の状況をつぶさにアナライズしている風花に、撤退してきたダンテがどこからか片手に酒瓶、片手にチョコバーストロベリー味という不健康な組み合わせを摂取しながら教える。

 

「下の連中がアトミックボムにてこずってる間に、こっちは一気に最上階行こうって事になるか」

「そうしたい所であるのですが………」

 

 酒瓶を煽りながら呟くダンテに、風花は周囲を見回す。

 下から退避してきた者達は人外ハンター、ペルソナ使い、喰奴、全てが疲弊していた。

 

「銃弾の補充を………」

「回復アイテムの残数は?」

「セラ無しだとさすがにきついな」

 

 各々があれこれこぼしながらも、体勢の立て直しを図る。

 

 

「スタミナ不足だな、どいつも」

「ダンテさんは大丈夫ですか?」

「だから補充してる。ストロベリーサンデーが欲しい所だが、こいつで我慢だ」

 

 そう言いながらダンテは酒瓶を一気に飲み干し、チョコバーの包みをついでに空瓶へと押し込む。

 それを見た何人かが、その酒瓶が高濃度のブランデーだと気付いて顔を引きつらせた。

 

「体勢を立て直して、防衛班と登頂班に分けるべきなんでしょうけど………」

「下は怒り狂った悪魔の大群、上は何が待ってるか分からない混沌と来たもんだ。正直、あの核弾頭でもどんくらい時間稼げるかは疑問だろうな。別にオレは上でも下でも構わないが」

 

 風花が思い悩む中、カロリーの補充を終えたダンテがエボリー&アイボリーを出して状態をチェックし始める。

 

「問題はやはりここから上がどうなっているかが不明という事だろう」

「この階の例も有る。やはり小岩氏の帰還を待つべきか………」

 

 フリンと美鶴も今後の作戦を考えるが、自分達の知識外の階層が有る可能性を否定しきれず、なかなか踏み切れないでいた。

 

「だが片腕を失う重傷では、戦線離脱の可能性もあり得る」

「当人は適当な手を見繕ってくると言ってはいたのだが………」

「義手って適当につけられる物じゃないような………」

「いっそ悪魔の腕でもつけてみるって手もあるな」

「それは少し考えた方がいいだろうな」

「その通りだ」

 

 あれこれ話し込む四人の所に、ロアルドとゲイルも姿を見せる。

 

「悪魔の力をその身に宿す事はメリットとデメリットを抱えるからな」

「ああ、だがそれ以外にも問題は色々有る。現状、弾薬はかろうじて間に合っているが、爆発物はほとんど枯渇、回復剤も少なくなってきている」

「派手に吹っ飛ばしまくったからな」

 

 ゲイルからの報告にダンテは小さく鼻を鳴らすが、さらに報告は続く。

 

「爆破による遅滞防御はもう不可能だろう。以後は縦深陣による防衛陣と遊撃による起動防御が中心となる」

「陣地作る資材も枯渇気味だがな。ここのガラクタを回収しておくか?」

「使える物は使うべきだろう。ただひどく傷んでいるが………」

「使えないわけではない。だがやはりこの階層を最終防衛線とすべきか?」

 

 ゲイルとロアルドの提案を周囲を見回しながら美鶴とフリンが思案する。

 

「オレは一気に登るべきだと思う」

 

 そこに疲労の色を滲ませた修二が登頂を進言してきた。

 

「ヨスガもカルマ協会とやらも狙いはカグツチだろ? なら先に開放しちまえばいい。ただ今の状態でどうなるかは分からん」

「一理ある。だがカグツチも大分変質しているようだ」

「タルタロスがここにある以上、そもそも頂上にいるのが何かも不明だ」

「ここみたいに妙な神様でも出てくるか?」

 

 修二の提案に、ゲイルと美鶴は更に思案するが、ダンテが更に余計な事を吹き込む。

 

「可能性は否定出来ないな。どこから何が湧いてくるか最早誰にも分からん」

「オレ達も湧いて出た口ですかね?」

 

 ロアルドも悩む中、悠がぼそりと呟く。

 

「安心しろ、みんなそうだ」

「確かに」

「オレは一応ここのだぞ」

「どのみち、全員巻き込まれたのは間違いない」

「やはりどんな形であれ、現状打開にはこの塔を昇るしかないのか?」

 

 各々が頷く中、フリンの言葉に皆がしばし黙考する。

 

「やはりそれしかないが、問題は人員だな」

「ここや下のように、妙な物が転移してきている可能性も捨てきれん」

「つうか頂上に何かしらんがいるのは確定だろ?」

「実力者を送りこまざるを得ないが、ここの防衛にも人員は必要だ」

「どう割り振るか………」

「多少なりともここが分かってる連中だな、登るんなら」

 

 話し込む皆の後ろから聞こえてきた声に、一斉に振り向く。

 そこには、戻ってきた八雲の姿が有った。

 

「大丈夫ですか? 腕は………」

「適当なのが有ったから繋いできた」

 

 美鶴からの問いに、八雲はそう言いながら繋いだばかりの義手を見せる。

 

「ヴィクトルのおっさんから試作機を借りてきた。少しばかり無茶をして繋いでる上に、動けるように色々キメてきた。オレの言動がヤバかったらキマり過ぎだから殴って止めてくれ」

「………」

 

 八雲のとんでもない話に、さすがに誰もが絶句する。

 

「そもそもアンタ、ヤバくない事言った事有ったか?」

「………無いかもな」

 

 ダンテからのストレートな突っ込みに、八雲は思わず苦笑するが、直後に顔をしかめて義手の接合部分をさする。

 

「ち、痛み止め効いてるはずだがうずきやがる」

「ほ、本当に大丈夫なのか? 変なの仕込んでるとか」

「仕込んでない訳ないだろ、せっかくの義手だからな」

 

 修二が心配そうに八雲の義手を見るが、八雲は多少しかめながらも上階に続くバーチャル映画館の方を見る。

 

「取りあえずここが一応タルタロスなら、ペルソナ使いは昇らせた方いいだろう。問題はコトワリとやらだが」

「高尾先生連れてくるか? ただあの妙なモザイク神様崇めるのはどうか思うけど」

「ニュクスがいる可能性も高い。素直に開放出来るとは思えないが………」

「エンブリオンはここで防衛線を張ろう。残った弾薬をかき集める必要がある」

「人外ハンター達もそれに加わる。この上に拠点が無いなら、ここが最終防衛線になる」

「下から突破されるのが先か、こっちが頂上着くのが先か………」

「待て、外はどうなっている? これ以上の勢力に攻め込まれては、防衛は不可能だ」

「それなんだけど………」

 

 ゲイルからの有る種一番の問題に、外をアナライズしていたりせの厳しい表情に、誰もが息を飲んだ。

 

 

 

同時刻 超力超神・改 内部

 

「くそ、ここもか!」

 

 シジマの悪魔が閉鎖されている隔壁を殴りつける。

 

「人の乗り物にしては、無意味に頑丈に作られている………」

「対悪魔用と思われる個所も多い。こんな物を誰が作り上げたのか………」

 

 ご丁寧にマニュアル開閉手順のプレートまで潰され、手探りで隔壁を開けようと苦心する悪魔達がようやく隔壁を開けたと思った瞬間、仕掛けられていたトラップが爆発する。

 

「がはっ!」

「またか!」

 

 対悪魔用処置が施されたトラップに掛かった悪魔がダメージを追う。

 

「くそ、隠蔽術式まで使ってやがる」

「かなり稚拙だがな。術式に詳しい奴じゃないな」

「致命傷じゃなく負傷者を出す罠、人間の軍隊がやる方法か………」

「悪魔相手には効果は薄い。その事を知らないのか?」

 

 負傷はしている物の、人間と違って行動不能にまで至らない悪魔達が先へと進む。

 

「また閉まってるぞ」

「同じ手順で開くはず……」

 

 トラップに注意しながら、隔壁を開けた悪魔が今度は何も起きなかった事に首を傾げる。

 

「タネ切れか…」

 

 開いた扉を潜った悪魔の体に、突然白刃が突き刺さる。

 

「がっ…」

「待ち伏せか!」

 

 予想外のトラップにシジマの悪魔達がなだれ込もうとするが、ある程度入った所で扉が急に閉まる。

 

「分断された!?」

「このために…」

「そうだ」

「さすがに数が多いからな」

 

 待ち構えていた小次郎とアレフが将門の刀とヒノカグツチを構える。

 

「おのれ!」

「シジマを舐めるな!」

 

 分断された悪魔達が待ち構えていた二人へと襲い掛かる。

 閉ざされた扉をなんとかこじ開けて中へと後塵の悪魔達がなだれ込んだ時には、分断された悪魔の屍とまた閉ざされた扉があるだけだった。

 

 

「数は減らせるが、大した時間は稼げないか」

「逆上させるだけかもしれないが」

 

 待ち伏せトラップで少しずつ敵の数を減らしていく小次郎とアレフだったが、効果が薄い事は自覚していた。

 

「本当の目的がばれてないなら何とかなるが」

「これ以上近付けたら、動力炉の奴と挟み撃ちになりかねないからな」

 

 待ち伏せの本当の目的がシジマの軍勢の誘導である事を悟らせないよう、二人は先行する機動班からのデータを受け取りつつ、現状を確認する。

 

「動力を落とせればこれに執着する連中も黙らせられるかもしれないが、厄介なのが居座ってるらしい」

「デモニカスーツの更に進化型か………違う時系列から来たと考えるべきか。なぜ只野に恨みを持っているかは当人に聞くべきなんだろうが………」

「悪魔使いなんてしてる奴が恨みを買ってない訳がないだろう」

「違いない。お互い心当たりは山ほど有る」

「人、悪魔、神も含めてな。只野の奴はまだそこまでいってないと思うが」

「どうだろうか………」

「こっちよ!」

「準備出来たわ」

 

 先の通路で次のトラップの準備をしていた咲とヒロコが手招きする中、二人が通り抜けるとすぐにまた通路が閉鎖される。

 

「待ち伏せもここが最後」

「向こうはキョウジとレイホゥが防いでるけど、時間の問題。ここが突破されたら先の通路で防衛戦ね」

「それまでに動力室を抑えてくれてるといいが」

「管制室もな。そこにこれを造った奴がいるらしいが」

「私達の仕事はその二か所で決着がつくまで、他の連中を近寄らせない事」

「来たわよ」

 

 閉鎖した通路の向こうから気配と騒音を感じつつ、四人は得物を構える。

 

「ここでなるべく食い止める」

「なんなら全滅させてもいいだろう」

 

 徐々に開いていく扉とそこから聞こえる怒号を前に、四人は臨戦態勢で待ち構えていた。

 

 

 

「足止めはうまくいっているようだ」

「あいつら、職業軍人のオレ達より強くね?」

「対悪魔戦闘は向こうが本職だからな」

 

 デモニカをまとった機動班員達が足止めの様子をモニタリングしながら、動力室へと向かう。

 

「動力室にいるのは女の子一人だが、相当ヤバい奴らしいな」

「ヒトナリ、お前本当に心当たりないのか?」

「無い」

 

 聞いていた情報を確認する中、アンソニーの問いかけに仁也は改めて首を傾げる。

 

「話したぺルソナ使い連中は尋常じゃない殺気を放っていたと言ってたな」

「女の子にどうやったらそんな恨まれるんだ?」

「手出して捨てたとか」

「だからそんな覚えは無いと言っている」

 

 仲間達も懐疑的になり、仁也が否定する中、動力室手前まで来た所で皆の足が止まる。

 

「オイ………」

「こいつは………」

 

 実戦上がりの軍人ばかりの機動班のメンバーですら思わず足を止める程、濃密な殺気が流れてくる事に皆の緊張は否応なしに高まっていく。

 

「確かにこりゃ、やり逃げしたってレベルじゃねえな………」

「親の仇でもここまでじゃねえだろ………」

「ヒトナリ………」

「下がっててくれ」

 

 仲間達も思わず躊躇する中、仁也は一人で前へと出て動力室へと入っていく。

 何故か開け放たれたままのドアを潜り、デモニカのバイザーを上げて仁也は顔を見せる。

 すると、室内から更に濃厚な殺気が満ちていく。

 

「待っていたぞ、タダノ ヒトナリ」

「君は、アレックスだったな」

 

 待ち受けていた赤いデモニカの少女を見た仁也は、やはり自分の記憶に無い人物だと確信するが、向こうは明らかにこちらを知っていた。

 

『混乱しているだろうが、一応説明はさせてもらう。いいだろうかアレックス』

 

 そこに電子音声が響き、仁也はそれが彼女のデモニカのサポートAIだと気付く。

 

「…ええ」

『我々は君のいた世界の未来から来た』

「………」

「な…」

「未来!?」

 

 サポートAI・ジョージの説明に、仁也は僅かに眉を動かすが、後ろで聞いていた機動班のメンバー達は思わず絶句する。

 

『そして2つの情報を提供しよう。分かりやすく2つの情報を朗報と悲報と呼称し説明しよう。まずは朗報…ほどなく訪れる未来だ。おめでとう。調査隊はシュバルツバースを破壊し、地上へ戻る。地上は安寧を取り戻すだろう。人間は君たちによって救われたのだ』

「それが間違いだったとは言わないわ。でも…」

『問題は救った後だ、タダノ ヒトナリ。悲報を告げよう。人類はシュバルツバースという脅威を経てさえ、変わらなかった。シュバルツバースは人間の手によって破壊出来る…その事実が変わる機会を奪ってしまった。喉元過ぎれば、後は同じだ。戦争で殺し。快楽に溺れ。飽食に興じ。人類はただただ、地球を汚染した』

「そして…奴らは現れたわ」

『そうだ、タダノ ヒトナリ。シュバルツバースが再び出現し、悪魔の侵攻が始まった。しかし、シュバルツバースの恐怖を忘れた人間に、悪魔に対抗する術は残っていなかった。悪魔の侵攻が本格化すると、一週間と持たず人類は敗北する。

これが事実だ、タダノ ヒトナリ。我々を待ち受ける未来は不変による滅びだ』

「あなたは地上に終わりをもたらす。だから、そんな未来を選ぼうとするあなたは絶対に殺さなければならない。それが悲劇を回避するために私達の出した答え、だった」

「…だった?」

 

 ジョージとアレックスの話に機動班のメンバー達は絶句するが、仁也は最後の言葉に違和感を感じる。

 

『状況は激変した。私達は気付いたらこの世界にいた。受胎東京、新たな世界のひな型に』

「話を聞いて、私は確信した。ここならば人類は、世界はやり直せる。だが、その最大の障壁はやはり貴方よ、タダノ ヒトナリ。私は貴方を殺し、世界をよりよき物へと作り変える」

『アレックスはそう結論した。君はどうだ? タダノ ヒトナリ』

「………かなり唐突な話だが、ここに来てからの経験上、君達のいう事は恐らく事実なのだろう。そしてアレックス、君と同じ事を考えている者達が今、この世界の力を開放しようと奪い合いをしている。君はそれに参加するつもりなのか?」

「そうよ。私は私の世界を救わなければならない」

「…ヒトナリ、ありゃダメだ。説得の余地は無さそうだ」

 

 背後で話を聞いていたアンソニーが、アレックスの完全に決まっている目を見て呟く。

 

「…今、こちらで出会った仲間達が歪んだ世界を創世させないよう、戦っている。そこに君を行かせる訳にはいかない」

「そう………つまりやる事は変わらない」

 

 アレックスはそう言うとブレードを構え、その刃にプラズマの閃光が走る。

 そして悪魔召喚プログラムを起動、ソロモン72柱の人柱、フクロウの頭、狼の胴と前足に、蛇の尾を持つ巨大な悪魔、魔王アモンとイフリートのひ孫とされるヤンキー染みた子供の姿をした精霊、妖魔 シャイターンが呼び出された。

 

「かなり高ランクの仲魔連れてやがるぞ!」

「ヒトナリ!」

「相手の目標は自分一人だ。何とか…」

「ジョージ」

『OKだ、バディ』

 

 エネミーソナーが立てる最大級の警告に機動班のメンバー達が慌てる中、仁也は一人で相手しようとするが、そこでアレックスが何かの指示を出す。

 アレックスのデモニカの各所が明滅したかと思うと、突如として背後の動力炉の出力が上がり、漏れ出たエネルギーがアレックスのデモニカへと流れ込んでいく。

 

「馬鹿な、ギガンティック号の動力炉と直結したのか!」

「幾らカスタム型のデモニカでも耐えられないぞ! そもそもここの動力炉自体どんな改造を施されているか!」

「なんて事を………!」

 

 他のメンバーのみならず、仁也ですら絶句する中、アレックスの体が光に包まれる。

 

『分かっているな、アレックス? 君がこの出力に耐えられる時間は、極めて短い』

「彼を倒せれば、それでいいわ」

 

 ジョージの警告にアレックスは短く答えるが、デモニカの防護機能を上回る過剰な出力のせいか、その目が瞬く間に充血し、血涙が滴り始める。

 

「………! 皆は動力炉を止めてくれ。彼女は自分が相手する」

 

 仁也は指示を出しつつ、自らも悪魔召喚プログラムを起動、幻魔 ハヌマーン、地母神 ブラックマリア、魔神 オメテオトルを召喚し、資材班特注の特殊合金刀を構える。

 

(長引かせれば、彼女が持たない! 他の勢力と違って、まだ間に合うかもしれない!)

 

 今まで見てきた敵と違って、アレックスの目に純粋さが残っているのを感じた仁也が彼女を止めるべく相対する。

 

「行くぞ!」

 

 声と共に、アレックスがプラズマを帯びた刃を大上段から振り下ろし、仁也はとっさにそれを受け止める。

 プラズマを帯びた刃とシュバルツバースのフォルマで強化された刃とがかちあい、周辺に凄まじいスパークが飛び散る。

 受け止めた一撃の重さに、仁也は刀を取り落とさないように必死に柄を握りしめる。

 

(なんという出力! 改良型デモニカのオーバーロード、まともにやり合えばこちらが持たない!)

 

 かろうじて持ったが、一撃でデモニカのアクチュエーターに警告が出るレベルの攻撃に仁也の背筋に冷たい物が走る。

 

(だが、確かにこんなでたらめな出力、扱う方も持つはずがない!)

 

 刃を弾き、一度距離を取った仁也が刀を確かめると、明確な損傷がある事に更に危機感を覚えていく。

 

(持ってあと数合、恐らく向こうの限界も…!)

「休ませぬ!」

 

 対処を考える暇を与えぬようにと、アモンが己の長大な蛇の尾を叩きつけてくる。

 

「ぐっ!」

「ヒトナリ様!」

「大丈夫だ…」

 

 弾き飛ばされた仁也をブラックマリアがかろうじて受け止めるが、デモニカがかろうじて持ち、ダメージは幾分軽減される。

 

「こちらからも行くぞ、ブフダイン!」

「食らえ!」

 

 反撃とばかりにオメテオトルが氷結魔法を放ち、食らったアモンの動きが鈍った隙にハヌマーンが鋭い指先でアモンをえぐる。

 

「効かぬ!」

 

 だがアモンがその巨体を縦横に振るい、食らった仲魔達がまとめて弾き飛ばされる。

 

「がはっ!」「ああっ!」「ぐわっ!」

「なんて悪魔を連れてるんだ………」

 

 あまりに圧倒的なアモンの力に、仁也は仲魔達の状態を確認しながら呟く。

 

「ヒトナリ!」

「おっと、お前達の相手はオレだぜ!」

 

 不利な状況に思わずアンソニーが仁也達の方を向くが、そこへシャイターンが襲い掛かる。

 

「この!」

 

 銃弾を浴びせながら横転してその一撃をかわしたアンソニーだったが、他の機動班のメンバー達もシャイターンに阻まれ、動力炉に近付けないでいた。

 

「こいつも強いぞ!」

「悪魔使いとしても一級だぞ、その娘!」

「どんな世界から来やがった!」

 

 アレックスの悪魔使いとしての力も戦闘力も自分達より上らしい事に、機動班のメンバー達はざわめく。

 

「一気に片を付ける………!」

 

 アレックスは注ぎ込まれるエネルギーをブレードに集約し、プラズマの刃が眩い程に輝き始める。

 

「そんな物を振るえば、君も…!」

「お前さえ倒せば、後は!」

 

 明らかに過飽和状態のプラズマブレードに仁也は使用者であるアレックス自身を案じるが、アレックスはためらいなく大上段に構える。

 

「ヤバいぞ!」

「防護体勢!」

 

 機動班のメンバー達が慌ててデモニカの防護を最大にする中、仁也はアレックス正面に立ち、特殊合金刀を納刀する。

 

「ヒトナリ、何を!」

「下がっててくれ」

 

 アンソニーが思わず声を上げる中、仁也は努めて冷静に高密度エネルギーの塊と化し、今にも自分に振り下ろされようとするプラズマの刃を見る。

 

(これしかない!)

 

 プラズマの刃が振り下ろされる瞬間、仁也はデモニカの出力で一気に抜刀した。

 刃と刃がかち合い、すさまじいエネルギーがスパークする。

 周囲を閃光が染め上げた後、その光源、半ばから絶たれたプラズマの刃と合金刀の刃が宙を舞い、合金刀の刃は床に突き刺さるがプラズマの刃は壁に触れると同時に凄まじいスパークと共に爆発し、室内を爆風が吹き抜ける。

 

「おわあ!?」

「ぐわっ!」

「うあ…」

 

 動力室内を吹きすさぶ爆風に人も悪魔も翻弄され、転倒したり床に叩きつけられたりしていく。

 

「ぐ、うう…!」

 

 アレックスも耐え切れずに床に叩きつけられる中、突然何かが覆いかぶさる。

 思わず予備の拳銃を抜こうとする前に、アレックスの眼前に銃口が突きつけられる。

 

「ここまでだ」

 

 覆いかぶさりながら、銃口を突き付けてきた仁也にアレックスは朱に染まった瞳で睨みつけるが、直後に彼女のデモニカが突然コーションを表示する。

 

『バディ、やられた』

「何を…」

 

 ジョージの警告にアレックスはデモニカの状態をチェックしようとし、そこで仁也が銃とは別に抜いたナイフで、彼女のデモニカの一部を貫いている事に気付いた。

 

「バッテリー位置が変わってなくてよかった」

「貴様、これを狙って…!」

 

 バッテリーを破壊された事でエネルギーラインが変わり、動力炉からのエネルギー注入も強制遮断される中、アレックスは予備バッテリーで動こうとするが、突きつけられた銃口はそれを許さなかった。

 

「撃ちなさい。でなければ私が貴方を撃つ」

「止めろ、酷い結果しかもたらさない」

 

 銃口越しに仁也を睨みつけるアレックスだったが、仁也も銃口を突き付けたまま譲る様子も無い。

 

「酷い結果なら、もう味わってきた」

「それをやり直すために君は来たんだろう。まだやり直せる可能性はある」

「何を知ったふりを!」

「シュバルツバースで、そしてこっちに来てからも色々な物を見た。君はまだ間に合う」

「何を言う!」

「人類に試練を与えるなんて考えは止めろ。その結果が、今のここの状況なんだ」

「そうでもしなければ人類は…」

「ここで試練を受けた人間がどうなったか、聞いているのか? ここでコトワリを持って創世しようとする者達は、そのほとんどが試練の結果、狂ってしまっている」

「そ、れは………」

「過度な試練は、逆に人間を歪ませるだけだ。君は全人類をそうさせたいのか?」

「しかし…!」

「おい、ヒトナリ! それ…」

 

 銃口を突き付けたまま、説得を試みる仁也と拒否し続けるアレックスだったが、膠着状態にアンソニーが口を挟んでくる。

 

『バディ、落ち着いて相手を観察しろ』

「は、何を言って…」

 

 ジョージの言葉にアレックスはそこである事に気付いた。

 仁也のデモニカから血が滴っている事、そして陰になって気付かなかったが、仁也の背に爆発で飛んできたらしい破片が突き刺さっている事に。

 

「私を、かばって? どうして? 私は貴方を殺そうとしてるのに」

「言ったはずだ、君はまだ間に合う」

 

 困惑するアレックスに、仁也はやや青ざめてきている顔で断言する。

 状況は完全に膠着し、双方の仲魔も含めて二人のこの後を凝視していた。

 

「今の主はお前だ、どうする?」

 

 じっと二人の様子を観察していたアモンが、アレックスに問う。

 

「オレはまだまだやれるぜ!」

 

 シャイターンが威嚇し、機動班のメンバー達は思わず構える。

 

「………分かったわ。ここが創世出来る世界と言うなら、それまでの間、休戦するわ」

『いいのかバディ』

「彼並かそれ以上のがまだ外にいるのなら、状況が落ち着くまで交戦を控えるのも手よ。ただ、あくまで落ち着くまで、創世の時にはまた敵になるかもしれない」

「構わない。現状敵は少ない方がいい」

 

 アレックスからの休戦の申し入れに、仁也は頷いて銃口を外してアレックスからよけようとした所で崩れ落ちそうになる。

 

「ちょっと!?」

「ヒトナリ!」

「まずい、手当を!」

「回復魔法使える奴! 掛けながら破片を抜くぞ!」

「分かりました!」

「デモニカを緊急保護モードにしろ!」

 

 

 アレックスが慌てる中、仁也の仲魔と機動班のメンバー達が即座に仁也の治療を開始する。

 

「馬鹿野郎! 今お前が欠けたら機動班のリーダーがいなくなっちまうぞ!」

 

 アンソニーが怒鳴りながら、仁也の状態を確かめる。

 

「大丈夫………彼女がいる」

「説得できるかどうか分からない奴に何言ってる! 回復魔法もっと!」

「はい!」

 

 アンソニーが怒鳴りながら仁也の背中に突き刺さっていた破片を引き抜き、ブラックマリアが回復魔法ですぐさま傷口をふさいでいく。

 

「ヒトナリ、お前こっちに来てから妙な連中の英影響受けてないか?」

「かもな。特に小岩の奴は勝つためには腕の一本二本平然と使い捨てていた」

「真似するなよ、あれは下手な悪魔よかヤバい奴だ」

「そんなのまでいるの………」

「今外に見える塔に核弾頭セットしてるはずだ」

「これから抜き取った奴? 外はそこまで追い詰められてるの?」

「………状況どこまで聞いてるんだ?」

『ここがあらゆる可能性のひな型で、上空の疑似天体を開放する事によって新たな世界を創世出来るという所までだ』

「それ巡って今かなりの組織が大混戦状態だ。シュバルツバースとどっちがマシかみんな悩んでるけどな」

 

 ジョージの説明にアンソニーが一応補足する中、仁也の状態が安定した事がデモニカ越しに伝わり、胸を撫でおろす。

 

「取りあえず行動に支障は無いか………」

「これ以上無茶するなら、救護室送りだぞ………」

 

 傷がふさがった事を確認する仁也に、アンソニーが呆れかえる。

 

「じゃあ、協力してくれるという事でいいんだな?」

「………あくまで一時的よ。貴方達がまた世界を腐らせるようなら、すぐに敵になるわ」

「構わない」

 

 アレックスに確認を取った所で、機動班のメンバー達は頷くと動力炉の停止作業に取り掛かる。

 

「そう言えば、この艦内に他に人は?」

「神取って男だけ、後は完全にオート化してるわ」

「マジかよ、これをオートってどんだけ天才だ………」

 

 仁也に問いにアレックスが答えると、アンソニーが思わず声を上げる。

 

「神取は管制室にいるわ、その先に何かあるらしいけど、何かまでは知らない」

『彼とはあくまでビジネスライクな関係だ。仲間ではない』

「そちらにはペルソナ使い達が向かったはずだが………」

「オレ達は再起動されないよう、ここを確保だったな。悪魔に起動できるかは知らんけど」

「後は管制室を抑えれば無力化できるが………」

 

 恐らくはこの艦内にて最大の敵が待つ管制室と、そこに向かった者達を事を考え、その場にいる者達は押し黙る。

 

『そもそもMr神取の目的はなんだ? これだけの物を準備しながら、自ら創世する様子も無い』

「そう言えばそうだな………」

「そっちに行った連中が明らかにするだろうよ」

 

 ジョージの疑問に誰もが同じ疑問を感じつつ、黙々と動力炉の停止作業が進められていった。

 

 

 

「この先か」

「そのようだな」

「いますわね………」

 

 南条、レイジ、エリーが管制室前の扉越しに感じる覚えのある感覚に生唾を飲み込む。

 

「突入は少し待て、そろそろ」

「おい、無事か!」

「間に合ったようね」

 

 案内役の機動班メンバーが制止していた時、駆け付けたキョウジとレイホゥが合流する。

 

「今合流地点でコジロウとアレフ達が頑張ってる。とっととここを抑えるぞ」

「そう簡単に行ける相手、ではないでしょうが」

「現状の半分くらいは彼が関わっているようだしね」

「手広くやってやがる。今度は何がしたいんだ?」

「Oh、それこそ当人にアンサーしてもらいましょう」

 

 皆が頷きながら、管制室の扉が開かれる。

 無数の機器が無人で動く中、その中央にある艦長席と思われる場所に座っていた神取は、入ってきた者達の姿を確認すると、おもむろに立ち上がった。

 

「ふ、懐かしい顔が幾つかあるな」

「オレは見たくなかったぜ、神取………」

 

 ほくそ笑む神取に、レイジが唸るように呟きながら睨みつける。

 

「再び私の前に立ちふさがるか、不詳の弟よ」

「何度でも立ちふさがってやるよ、これ以上手前の被害者が出ねえようにな」

 

 叫びながら、レイジはアルカナカードをかざすが、神取が指を鳴らすと無人と思われた管制室内に四機のX―3が姿を現す。

 

「やはり用意していたか、ジャミング型を!」

「そっちは仲魔が抑える! 神取に集中しろ!」

 

 南条が警戒をMAXにする中、キョウジがGUMPを抜いて仲魔を召喚していく。

 

「では始めようか、世界の命運の片端を賭けた戦いを!」

 

 神取の一言と同時に、双方が同時に動き出した………

 

 

 

 望む未来を目指し、光と闇は激しくぶつかり合う。

 光を信じて戦う糸達に待つ物は、果たして………

 



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