ガンダムビルドブレイカーズ Snatchaway (ウルトラゼロNEO)
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プロローグ さあ、始まりを組み立てようか
創造の扉


何だかんだでこれでガンブレ2(無印込み)、3と来て、これがガンダムブレイカー小説の三作目。是非、今回も最後までお付き合いお願いいたします


 私立ガンブレ学園……ガンプラの制作、及びガンプラバトルに特化した人材教育を目的とした大規模学園都市の一翼を担う学園である。生徒達は皆、ガンプラを愛し、切磋琢磨することでその技術と精神を磨き上げる。

 

 言語や文化の壁を越え、ガンプラが世界中の人々に愛されるようになった今日において、この学園都市における成果が日本の未来を占うと言っても過言ではない。

 

 この学園は広大な敷地に建てられており、最新鋭の設備が導入することによってガンプラ界の次代を担う有望な人材を育て上げようというまさに先進的な学園だ。

 

 九月一日、そんなガンブレ学園の正門の前には、一人の男子生徒の姿があった。下ろし立ての制服に身を包み、正門から覗き込む校舎を澄ました顔で見つめてはいるが、心なしか高揚しているのが感じ取れる。実は彼、今日からこのガンブレ学園に転入することとなっているのだ。

 

「──キミ……もしかして、アラタ君?」

 

 いざ新たなスクールライフの一歩を、と踏み出そうとした瞬間に声をかけられる。調子を狂わされ、声の方向を見れば、そこには腰まで届きそうな赤みがかった茶髪を結う白いリボンが特徴的な少女がいた。

 

 純白なリボンと制服、そして柔和な顔立ちから、まさに白百合のような少女だ。青年がアラタ、という自分の名に反応したことでやっぱりっ、と嬉しそうな声をあげる。

 

「覚えてない? 小学生の途中まで一緒だった、ミカグラ・ユイだよ!」

「ミカグラ・ユイ……。──ミカグラ・ユイ!? ホントに!?」

 

 少女の名前を聞き、三つの点が頭上に浮かんだ瞬間、アラタは眼を丸くして驚いている。どうやらユイの口ぶりから、この二人は幼馴染の間柄のようだ。

 

「あの頃、よく一緒に作ったり、バトルしてたよね。懐かしいなぁ……。あの時は、お父さんの仕事の都合で引っ越しちゃったけど、こうしてまた会えて嬉しいっ!」

「……やめなさいよ、恥ずかしい」

「でも、転入生ってキミのことだったんだ……。確か、いっこ下だから二年生だよね? 私は三年生だからお姉さんってことで、昔みたいに【ユイ姉ちゃん】って呼んで良いよ?」

「やめなさいって言ってんでしょうがっ」

 

 マイペースなユイに過去のことを掘り返されて、アラタは赤面しながら恥ずかしそうに叫ぶ、が、二人とも再会を心から喜んでいるのだろう。プッと同時に笑い合う。

 一頻り笑うとユイはアラタのことをまじまじと見つめる。一体、何なのか、もしかして顔に何かついているのか、訳が分からず首をかしげていると……。

 

「アラタ君、久々に会ったけど、期待させてくれそうって言うか、キラメキを感じると言うか……。この感じ……きっとニュータイプよ! 人類の新たなる革新っ!!」

 

 ピロリロリーン、ではなく、いきなりなにを言い出すのかこの人は。しかも、むふーっと満足そうにしているので頭が痛くなる。

 

「……あー……えっと、ごめんなさい。ちょうど最近、ガンダムXを観なおしてて、結局、今日も朝まで──」

「そういうとこ変わらないな」

「あははっ、そのキミの冷静なツッコミもね」

 

 突き刺さるような呆れた視線を感じて、ユイは気まずそうに目を逸らす。どうやらどこか残念な性格の持ち主のようだ。だが、それが嬉しいのだろう。どこか懐かしそうに微笑を浮かべるアラタにユイもつられて笑う。

 

「うん……。キミみたいに外から来た人が、この学園を……──世界を変えていくのかも」

「は? いやいや、流石にいきなりスケールがでか過ぎて意味が……」

「分からないって? ふふっ、今はそれで良いの。私も負けないように頑張るわ」

 

 なにやら一人で納得しているようだが、突然、スケールの大きな話をされたアラタは結局、その含みのある言葉の意味が分からず、釈然としていないようだ。

 

「それじゃあ、なにか困ったことがあったら相談して。私のほうがお姉さんなんだから、遠慮せずに、ね? それこそ昔みたいにユイ姉ちゃんって私が手を引いて──」

「それではミカグラ先輩、俺は職員室に行く都合があるので」

「ごめんごめん。って、そろそろホームルームが始まっちゃう! それじゃあ、またねっ!」

 

 どうやら余程、アラタは幼少期にユイを姉と懐いていたようだ。が、それを多感な思春期に掘り返されたくはないのだろう。最後には、まるで拗ねた子供のような態度をとりはじめるアラタを、それはそれで弟のように可愛らしく思いながら時間を確認し、そろそろ自身の教室に向かうため、別れようとする。

 

「あっ、そうそう。忘れてた!」

 

 アラタも見送った後に職員室へ向かおうとした時であった。ユイは大きく踏み出した一歩を、そのままクルリと踵を返すと腕を後ろに組んで振り返り、とびっきりの笑顔で──。

 

「私立ガンブレ学園へようこそっ!」

 

 これがガンプラの新たな物語(New Story)。希望と情熱を胸に秘め、今を生きる若者達による輝かしい未来を組み立てる物語の幕開けだ!

 




ソウマ・アラタ

【挿絵表示】


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勝利を呼ぶ少年

 ゴミの一つもなく、清掃の行き届いた校内の廊下をアラタと彼が転入するクラスの担任が一緒に歩いていた。

 担任教師の名前はアイダ・シエ。その落ち着いた佇まいから、まさに大人の女性といった知的な印象を受ける人物だ。職員室へ向かった後、彼女の案内で今、転入先となるクラスへ向かっているところだった。

 

「知っての通り、ここ私立ガンブレ学園は世界でも有数のガンプラバトルに特化した学園なの。組み立てから塗装、改造、仕上げまで、ありとあらゆるガンプラに関する知識を学べるわ。勿論、実戦もね」

 

 ガンプラバトル……その名の通り、ガンプラを用いた戦いのことだ。ガンプラではMG(マスターグレード)RG(リアルグレード)などに骨組みのようにフレームが導入されているが、ガンプラバトルではガンプラバトルシミュレーターという筐体に対応するフレームであるインナーフレームに組み立てたガンプラの外装を装着させることでシステム上でのバトルが可能となる。

 更に特筆すべきはガンプラの出来栄えによって性能が決まることだろう。単純に組み上げるよりも塗装や改造によって完成度を高めれば、それだけの性能が発揮できるという全く新しいeスポーツと言っても過言ではないだろう。そしてこのガンブレ学園こそがガンプラバトルに特化したガンプラのノウハウを学べる専門学校なのだ。

 

「……残念ながら、いつでも好きにバトルが出来る、というわけではないのだけれど……」

「それってどういう……」

 

 休み時間ともなれば、それはもう白熱したガンプラバトルが行われていることだろうと考えていたが、どうやら違うらしい。だが気になったのは、ふと見せたアイダの態度だ。

 まるで、それが本意ではないような、困っているような素振りに引っかかりを感じて、尋ねてみたが、半ば強引に話題を変えられてしまう。

 

「そうそう。キミ、以前住んでたところではガンプラバトルの大会に優勝したことがあったんでしょ?」

「まあ……天才ですから」

「あら、大きく出たわね。でもこの学園のレベルも高いわよ。頑張って、さらなるガンプラバトルの高みを目指してね」

 

 結局、はぐらかされてしまい、追求しようにも目的地にたどり着いてしまった。釈然としないまま、横開きの自動ドアを開かれ、アイダの続いて、足を踏み入れる。

 

 室内は球体型ガンプラバトルシミュレーターが囲むように六台設置され、それぞれに番号が記されている。中央には観戦用モニターが設置されていることから、どうやらここはガンプラバトルを行うことが出来るバトルルームのようだ。

 既に室内は多くの生徒で賑っている。どうやら同じクラスとなる生徒達のようだが皆、アイダの傍らにいるアラタに注目しており、浮ついているのが感じ取れる。

 

「はい、みんな静かにー。みなさんお待ちかねの転入生君ですよ」

 

 教師らしく、ポンと手を叩いてこの場を律すると、傍らに控えているアラタを簡単に紹介し、後は彼自身に自己紹介を任せる。

 

「改めてソウマ・アラタです。皆さんの個性に刺激を受けたいと思っていますので、どうぞよろしく」

「仲良くしてくださいね。ちなみに、彼はガンプラバトルの大会で優勝した経験があるそうですよ」

 

 敬礼のような動作で親指、人差し指、中指の三本指を伸ばし軽くクルッと回して、自己紹介を済ませると、アイダはアラタのガンプラバトルの経験について説明する。

 だがガンプラバトルの大会に優勝した、というのはガンプラバトルに特化したこの学園では注目を集める絶好のネタのようで、ドッとクラスメイト達は盛り上がる。皆、口々にどれほどの実力なのか、などアラタへの関心を強め、一気に期待の視線が集中している。

 

「というわけで、わざわざ普通の教室じゃなく、このバトルルームに集まってもらったということは──」

「「「「ということは!?」」」」

「ミッションでその実力を見せてもらいます!」

 

 生徒達の期待が集まるなか、アイダの言葉に室内全体に響き渡るような歓声が巻き起こった。

 

(……場合によってはスクールカーストに響くやつだな)

「アラタ君のパートナーは……そうね、コウラさん、お願いできる?」

 

 あまりの盛り上がりと比例する期待に天才を自称するアラタの表情にもうっすら緊張の色が見える。そんなアラタを他所にアイダがアラタのサポート役に一人の女子生徒を指名すると、彼女は分かりましたと簡潔に答え、アラタに歩み寄る。

 

「クラス委員長のコウラ・イオリです。よろしく」

「どうも」

 

 アラタが指名された生徒を見やれば、そこには切りそろえた紺青色の髪の少女がいた。委員長、というのであれば納得の人選だ。クラス委員長ことイオリと軽く挨拶を交わしていると、イオリと組むことに羨んだ生徒の声が聞こえてくる。

 

「委員長がパートナーか。いいなー、羨ましいぜ」

「えっ、アンタ知らないの? 委員長。バトルになると──」

「二人とも、準備はいいですか?」

 

 バトルになると何なのか、生徒同士の会話が気にはなるが、最後まで聞く前にガンプラバトルシミュレーターの稼働状況を確認したアイダから準備の有無を尋ねられてしまった。

 

「私はいつでも」

「同じく」

「それでは早速始めましょう! ミッションスタート!」

 

 いくら平静を装っていても鼓動の高鳴りを感じる。いよいよこのガンブレ学園でガンプラバトルが出来るのだ。イオリに続くようにして、アラタはガンプラバトルシミュレーターヘの乗り込んでいく。

 

 ガンプラバトルシミュレーターは球体型の筐体であり、中はガンダム作品に登場する機動兵器MSのコックピットをイメージした作りとなっている。ここにインナーフレームを使用したガンプラとガンプラバトルを行う上での自身のビルダーデータなどが保存された端末であるGBをセットすることによって、システム上に読み込まれた自身のガンプラを操作できるというわけだ。更にはネットワーク上で繋がったプレイヤーとも協力、対戦が出来たりと日夜、ガンプラバトルは盛り上がりを見せている。

 

 そんなシミュレーターにGBと共にセットしたアラタのガンプラはHG(ハイグレード)サイズのRX-78-2 ガンダムだ。何かパーツが取り付けられたり等のカスタマイズこそされてはいないが、それでも表面処理は丁寧に行われ、ディテールアップ等によって精密感の増した純粋たる完成度を目的に作りこまれたガンプラだった。

 

「ガンダム、行きますっ」

 

 その声から楽しみを抑えきれないのが手に取るように分かる。シミュレーターもアラタ自身の準備も全て整った今、アラタが操るガンダムは画面に表示されたカタパルトを駆け抜け、戦場となるバトルフィールドへと転送されるのであった。

 

 ・・・

 

 バトルフィールドに選ばれたのは、工作室をイメージしたステージだった。障害物の役割を持つガンプラや塗料、器材が置かれた机が無数と立ち並ぶこのステージは日常的な生活感のある場所に投影されたガンプラがバトルをするという非日常的な光景が広がる面白いステージだ。

 

「……貴方、ガンプラバトルの経験があるらしいですね」

 

 フィールドにガンプラが投影されると、程なくしてイオリからの通信が入る。センサーが反応した場所を見てみれば、そこにはイオリが作成したと思われるカスタマイズガンプラの姿があった。

 

「委員長のガンプラは宇宙世紀をイメージした機体か」

「えっ? ま、まあ、そうだけど……」

「装備はビームライフルとシールド、バルカンとビームサーベルか、手堅いな。チッピング塗装みたいだけど、ミリタリー系が好みだったり? 流石、委員長と言うべきか、この学園に来て初めて見るガンプラがこれ程、完成度の高いものだなんて最っっ高だなっ」

「あっ、ありがとう……。そういう貴方のガンプラもカスタマイズこそないけど、そのディテールアップは参考になるわ。凄いのね」

「天才ですから」

 

 ガンダムサファイア、それがイオリのガンプラの名前だ。蒼を基調としたそのガンダムタイプのガンプラは、大きな背負い物など華やかさこそないが、逆に言えばどっしりとした堅実な印象もある。しかも塗装剥がれなどのリアリティを持たせるチッピング塗装が施されている。観賞用ならいざ知らず、バトルに使用するガンプラでわざわざガンプラに実感的な印象を加えるウェザリングの一つであるチッピングを施すのは、彼女自身の好みだからなのではないのだろうか。

 

 いきなり自身のガンプラを高く評価されて、戸惑い気味のイオリではあるが、それでも彼女自身、素晴らしい慧眼の持ち主なのだろう。褒められて終わるのではなく、アラタが手がけたガンプラの出来栄えを分析し、称える。最もアラタ自身は飄々としていたが。

 

「っ、敵勢力が……」

 

 しかしそんなやり取りをしているのも束の間、センサーが敵機体の出現を捉える。確認してみれば、複数体のジム、ザクⅡ、ドムがNPC機として出現していたのだ。

 

「……もうお喋りは十分よね?」

「そうだな。まずは目の前の敵に──「……フ、フフフッ」……え」

 

 そろそろバトルに集中しようと思った矢先だった。通信越しに聞こえてくる不気味な笑い声にアラタの動きは止まる。このフィールドには自分とイオリしか出撃していないし、他プレイヤーの乱入も予定されていない。相対的に考えれば……。

 

「ああ、もう我慢できないっ! 早く行きましょうっ!?」

「お、おう……」

「ウフフ、アハハ、アーッハハハッ!! 全部、私が片付けてあげるぅっ! さあバトル開始よっ!!」

「えぇっ……」

 

 やっと先程のクラスメイト達の会話の意味が分かった。彼女は所謂、運転すると性格が変わるタイプの人間なのだろう。敵機体を見た瞬間、スイッチが入ったように興奮して飛び出していったサファイアの後姿にただただ唖然としてしまう。

 

 とはいえいつまでもそうはしていられない。アラタもすぐさまその後に続いて、戦闘に参加する。複数の敵機体が銃口を向け、雨のような弾丸を放つが、軽やかにバーニアを駆使して避けると、ビームライフルの引き金を引き、二発のビームが先頭の二機を貫く。

 そこからは鮮やかな手際だった。素早く距離を詰めると、ビームサーベルを引き抜いて、すれ違いざまに周囲の敵機体を撃破していったのだ。

 

「折角だし、いただきますよっと」

 

 撃破された機体の中には、武装や腕パーツ、パックパックなどのパーツなどを残していた。

 その中からアラタはザクⅡのザクバズーカとヒートホーク、ドムの脚部パーツとバックパック付きのヒート・サーベルを選ぶと、それらのパーツはデータとなって、ガンダムに吸い込まれていく。一体、これはなにを意味するのか? それはすぐに分かることとなる。

 

「フ、フフフ! さあ、もっともっと楽しませてっ!」

「……何にも残ってない。駆け抜ける嵐だな、あれは」

 

 アラタだけが撃墜数を増やしているわけではない。共に出撃したイオリが嵐の如く凄まじい勢いで次々に撃破しいっているのだ。彼女の後には何も残らず、その光景……というより、イオリの暴れっぷりにアラタも苦笑する。イオリさんが楽しそうで何よりです。

 

「……おっと……トリを飾るのはPGか」

 

 すると、近くに反応があり、同時に光の奔流がアラタに襲いかかる。素早く避けて確認すれば、そこにはアラタのガンダムを見下ろす巨大なRX-78-2 ガンダムがいたのだ。これは所謂、PGサイズのガンプラであり、アラタのガンダムが設定の全高に比べて1/144のサイズであれば、PGは1/60。まさに巨人と形容する他ない。

 

「委員長に喰われ気味だし、ここらでサクッと活躍しますかね」

 

 しかし決して圧倒的なサイズ差を見せ付けられても、アラタは臆することなく、寧ろ余裕のある笑みを浮かべたのだ。彼はそのままモニターの一角に表示されているスロットを確認する。

 

 ザク・バズーカ

 ヒートホーク

 ドム(レッグパーツ)

 ドム(バックパック)

 

 これが今、アラタが所持しているデータパーツだ。すると考えるように人差し指で顔の横に添える。

 

「……勝因となるパーツは全て揃った」

 

 頭の中で組み立て説明書のようなイメージが広がっていく。しかしそこに記されているのプラモデルの組み立て方などではない。そこに記されている組み立てるものは──。

 

「さあ、勝利を組み立てようか」

 

 その瞬間、アラタのガンダムの脚部に変化が起こる。何と彼の脚部パーツは熱核ホバーエンジンが内蔵されたドムの脚部へと変化したではないか。

 

 これこそこの世界のガンプラバトルで使用されるシステムの一つ、リアルタイムカスタマイズバトルだ。これは戦闘に参加している機体がそのパーツを破壊されると、パーツとして落ちる。これを取得することによって最大六つとなる自身のストックとなり、戦闘中に換装することが出来るのだ。

 

 ドムの脚部を得たことによって更なる機動性を会得すると、そのまま滑るようにして、PGガンダムの死角に移動すると、装備しているビームライフルをザク・バズーカに換装する。そして、そのまま間接部に連射すると、怯んだところでヒートサーベル付きのバックパックに換装し、同時にヒートホークを装備して二刀流で後ろから膝関節をすれ違いざまに切りつけることで膝を崩させる。

 

「こいつで完成だ」

 

 正面に回りこむと、アラタのガンダムに更なる変化が起こる。それは彼のガンダムが突如、赤く発光したと思えば、換装されていたパーツが全て元通りのRX-78-2 ガンダムの姿になったのだ。そのまま赤い光を纏ったガンダムはビームサーベルを抜き放って、飛び上がるとPGガンダムの頭部から股先にかけて一太刀を入れると、PGガンダムはそのまま崩れ落ちて爆発四散する。

 

 これも覚醒と呼ばれるシステムの一つだ。これを使用することによって、ガンプラは発光し、その性能は飛躍的に上昇すると同時にリアルタイムカスタマイズバトルで換装したパーツや失ったパーツも全て元通りとなるのだ。

 

「クッ、アハハハハッッ!! 最っ高だわっ!!」

「盛り上がってるねー。だがあれほどのガンプラなんだ。是非、委員長ともバトルがしたいっ」

 

 PGガンダムを撃破したことでモニターにはMISSION COMPLETEの文字が浮かび上がる。アラタ達の勝利が確定した瞬間だ。笑みを浮かべるアラタだが、通信越しに聞こえてくるイオリの笑い声と彼女の戦い方にバトルの熱を上昇させながらもデビュー戦となるバトルを終えるのであった。

 

 ・・・

 

「二人とも、素晴らしいバトルでしたね」

 

 バトルを終え、ガンプラバトルシミュレーターから出てきた二人をアイダが出迎える。その後ろには先程の勝利をクラスメイト達が称える声が聞こえてくる。

 

「コウラさんも楽しそうでしたし」

「……インナーフレームに装着したパーツが予想通りに機能したからです」

「あっ、照れてる」

 

 先程の戦闘の、主にイオリの様子は観戦しているアイダ達にも筒抜けだったのだろう。自覚してか、照れ隠しの言葉を口にするイオリだが、思ったままのことを口にしたアラタを肘で突く。

 

「それにしても、二人とも強かったよねーっ!」

「委員長、ランキングの順位は二年生でトップクラスだったよね。転入生も結構上位狙えるんじゃない?」

「くっそー! 僕もバトルしたい!!」

 

 とはいえ、二人のバトルはクラスメイト達の心に火をつけるのには十分すぎたのだろう。興奮気味に先程のバトルについて振り返り、そして最後にたどり着くのは自分もバトルをしたいと言う純然たる想いであった。

 

「みんな、そう言うと思ってました。なので特別に今日は自由にガンプラバトルOKです!」

(……今日は自由に?)

「勿論、生徒会の許可も下りてますよ。ランキングに影響ありません!」

 

 そんな生徒達を見越してか、アイダの言葉に生徒達は沸き上がり、口々に自分のガンプラを自慢したり、どのガンプラを使おうかなどと話している。しかしアラタにはその姿に強い違和感を感じる。

 

(生徒会だのランキングだのって……。今朝のユイ姉ちゃんや先生といい、何が……)

「アラタ、不思議そうな顔をしていますね」

 

 ランキングに関しては成績と考えれば、まだ納得できるが、ガンプラバトルをするだけに生徒会の許可が必要だったりと言うのには、疑問を感じざる得ない。顎先に手を添え、考えに耽っていると、そんなアラタに気付いたイオリが声をかける。

 

「ガンプラバトルのためのこの学園で、みんなただバトルが出来るだけなのに、これだけ盛り上がっている……。その理由、きっとすぐに分かりますよ」

(……勿体振るなあ)

 

 イオリが言う通り、確かに生徒達はバトルが出来ることに本当に嬉しそうだ。その喜びようが少し異常に感じるくらいには。

 一体、その理由は何なのか、結局、この場でイオリの口から話されることはなく、追求しようにもイオリの悔しさや苛立ちが入り混じった複雑そうな表情や自分達のやり取りを見て、悲しげに視線を伏せるアイダに気付き、何とも言えないままこの時間の授業を終えるのであった。

 




プロローグは個別ミッションが解放されるまでのメインミッション4までです。その為、そこまでオリ展開は特になしで突っ走ります。文字数も基本は3,4000字にしたいのですが、何分、詰め込んでいるのでプロローグ終了までご容赦ください……。

因みに主人公の俺ガンダムもプロローグの最後の最後に……。それまではガンダムで戦います。

……えぇい、カスタマイズだけが全てじゃない! 純正だって強いんだやい!


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学園は荒野

今日は三話更新しました。とりあえず書き溜めが尽きるまで、ここから毎日一話投稿します。


 

「ちょっといいかしら」

 

 授業も終わり、放課後の教室では生徒達がガンプラバトル以外での思い思いの行動をしていた。アラタもこの後、なにをしようか漠然と考えていたら、イオリに声をかけられた。

 

「先生から、この学園の案内をしておいて欲しいと頼まれたの。この後、時間ある?」

「ああ、大丈夫。助かるよ」

「即断即決、即実行。さっきのミッションといい、貴方、期待できそうね」

 

 どうやらこのガンブレ学園を案内してもらえるらしい。即答したアラタにあまり優柔不断なタイプは嫌いなのか、思わぬところで評価してもらえた。と言うよりも、戦闘狂のようなバトルをしていても、こちらのことをちゃんと見ていたのが驚きであり、視野の広さを感じさせる。

 

「それじゃあ早速行きましょうか。この学園は広いから、迷わないように……」

「迷わないように?」

「ファンネルみたいにちゃんと付いて来て」

(独特な人だなぁ)

 

 しっかりしているが、独特なワードセンスを感じさせるイオリの案内により、ガンブレ学園ツアーが始まった。

 ・・・

 

「ここはさっきも使ったバトルルーム。オンライン端末でガンプラバトルが出来るわ」

 

 まず最初に案内されたのは、イオリの言うように先程も使用したバトルルームだ。ガンプラバトルに特化しているこの学園であれば、今後もこの場所を利用することは多々あるだろう。

 

「ただし、今は生徒会の許可がないとこのシステムは使えないことになっているの……。本当、馬鹿みたい」

 

 イオリの言葉に転入時のアイダとの話を思い出す。アイダはいつでも好きにバトルが出来るわけではないと言っていた。辻褄を合わせると、イオリの話通りなのだろう。

 だがそれはガンブレ学園はガンプラバトルに特化した学園という触れ込みであれば、眉を顰めてしまうような話だ。イオリ自身、この現状には思うところがあるのだろう。吐き捨てるように言うと、次の場所へ移動する。

 

 その後、全校集会やガンプラバトルの大会が行われる講堂、体育の授業で使ったり、運動部が部活で使うグラウンドを案内された。特にグラウンドに関しては講堂で収まりきれない大人数のイベントなどは、ここを使うこともあるとのこと。イオリの話では、そんなイベントなんて滅多にない、とのことだが、もしあるのならどんなものなのか楽しみではある。

 ・・・

 

「この奥は生徒会室よ。一般の生徒が勝手に入ることは許されない……。そういうことになっているわ」

 

 大方の場所を案内されると、次に紹介されたのは、生徒会室へと続く通路だった。どことなく異様な雰囲気を感じる、そんな場所だ。

 

「……生徒会の話はまた後でしましょう。ここでは誰が聞いているか分からないもの」

 

 こうやって話している限り、イオリは決して生徒会へ良い印象を抱いていないのが伺える。果たして、この学園になにが起きているのか、心の中に靄を感じながら一分一秒とこの場にいたくないと足早に去っていくイオリの後を追う。

 

 ・・・

 

「ここは第08ガンプラ部の部室ね。この学園にはいくつもガンプラ部があるの。それぞれ特色があって、連邦縛りやジオン縛りとか、ジオラマ派やスクラッチメインなんて部もあるわ」

「流石、ガンブレ学園。全部の部活を見て周りたくなるな。うーん、どんな部活動してるんだろ、ワクワクするなぁっ」

 

 次に紹介されたのは部室の一つだ。そこにはガンプラやエアブラシなどの機材だけではなく、一台だけ古い筐体のガンプラバトルシミュレーターが置いてある。ガンブレ学園は自由に個々のガンプラ道を極めるために設立されたと聞いている。であれば部活もさぞ盛んなことだろう。

 

「でも……確かこの第08部は、殆ど幽霊部なんですって。部屋の設備も古いしね。入るなら他の活発な部を勧めるわよ」

「08ってだけでも食いつきそうなヤツとかいそうなもんだがねぇ。まあ食いつくだけか」

 

 放課後と言うのに、部室に人の気配を感じられない。確かにイオリが言うように幽霊部なのは間違いないようだ。とはいえ、別に埃被っているわけでもないので、ここに訪れる部員その物はいるようだ。

 ・・・

 

「これで、大体学園内は案内できたかしら」

「お陰様でね。ありがとう」

「どういたしまて……って、ん……?」

 

 委員長と周るガンブレ学園ツアーもいよいよ終わりの時が来たようだ。このまま教室へ向かおうとしていると、ふと廊下の先が何やら騒がしい。見てみれば、人だかりが出来ているではないか。

 

「あぁ!? なにか文句でもあんのかよ!?」

 

 何かと思い、人だかりの後ろから騒ぎの中心を見てみれば、そこにはまさにチンピラを絵に描いたような生徒が、一人の男子生徒に絡んでいたのだ。

 

「だ、だから、そのパーツは僕の……」

「ここに落ちてたもんだろ? それをオレが拾った。お前のだ、っつー証拠はあんのか?」

「む、無理やりぶつかってきたのは、そっちじゃないか! それで僕はパーツを落として……」

 

 このままでは平行線、いやあのチンピラに丸め込まれて終わりだろう。なぜならば、チンピラの周囲には取り巻きと思われる二人の生徒がいるのだから。男子生徒の指摘に案の定、チンピラは取り巻きに声をかける。

 

「ひっでぇ言いがかりつけてくれんなぁ、オイ! お前等、見てたろ?」

「うぃっす! そいつがショウゴさんにぶつかってきたッス」

 

 この手の手合いは群れれば群れるほど性質が悪い。なにせ三対一のような状況だ。このままでは男子生徒は勢いに押され、泣き寝入りが目に見えている。

 

「一応、聞いとくけど、お前ランキング何位だ?」

「……きゅ、951位」

「ハァ!? クッソ雑魚じゃねーか! 【ラプラスの盾】のショウゴ様、ナメんなよ!?」

 

 この学園にはどうやらランキング制が導入されているらしい。それは単純にバトルか、ビルダーとしての腕か。少なくともバトルに関係しているのは間違いないようだ。

 男子生徒のランキングを小馬鹿にしながら自身の二つ名か何かか高らかに言い放つ。

 

「そう言えば、ショウゴさん。今、ランキング何位なんすか?」

「う、うっせぇ! てめーらより全然上だっつーの!」

「は、はい! サーセンでした!」

「けっ。んじゃ、このパーツはオレが生徒会に届けておくぜー」

 

 ……まぁ当人も自身のランキングはひけらかせるほどのものではないようだが。若干のジャイアニズムを感じさせながら、話も悪い方向に収束しようとしている。

 

「……あの調子に乗っている馬鹿は、モリタ・ショウゴ。三年です。生徒会傘下のチーム、【ラプラスの盾】のメンバーです。ガンプラの実力は大したことないんですけど。あぁやって群れるから皆、文句が言えなくて……」

 

 騒ぎの発端であろうチンピラことショウゴに不快感を露にしながら、事の成り行きを見ていたイオリがアラタに彼について教えてくれる。どうやらラプラスの盾とはチーム名だったようだ。だがどちらにせよ、このまま黙って見過ごすには、あまりに気分が悪い。

 

「じゃあ、ここはヒーローの出番ですかね」

「ちょ、ちょっと待ってアラタ! 気持ちは分かるけど、生徒会関係者に手を出したらこの学園じゃ──」

 

 飄々としているが、ショウゴの横行を止めようとしているのだろう。それを感じ取ったイオリはすぐさま制止しようとする。少なくとも気丈なイオリが止めようとするほど、この学園の生徒会の影響は凄まじいようだ。

 

「──やめなさい! 無理やり奪ったパーツで、貴方は胸を張って戦えるの!?」

 

 だが、見過ごせなかったのは、アラタだけではないようだ。毅然たる声が響き渡り、誰もが視線を向けた先にはユイの姿があった。

 

「なんだあ? てめぇユイ、調子に乗ってんじゃねえぞコラ!」

「そのセリフ、そっくりそのままヤタノカガミでお返しするわ!」

 

「アカツキガンダムの反射装甲ですね、美しい……」

 

 言ってる場合か。うんうんと頷いているイオリを他所に事態はユイの登場によって更に発展していく。

 

「てめぇ、このオレ様が【ラプラスの盾】の一員だって、分かって言ってんだろうなぁ。あぁ?」

「モリタくん、貴方、チームのリーダーでもないのに、自分で言ってて悲しくならないの? 兎に角、その子から奪ったパーツを返しなさい!」

「上等だぁ、そこまで言うなら俺等と勝負だ! 丁度、そこにバトルルームがあるしな!! 万が一、負けたら、このパーツは返してやるよ。ただし、俺等が勝ったら……」

 

 あれだけラプラスの盾がどうだの大口叩いておいて別にリーダーではないらしい。ユイの言うように呆れを通り越してこちらが悲しくなるが、何と事態は思わぬ方向に、ガンプラバトルに移っていく。ただしそのガンプラバトルには条件がつくらしい。

 

「おまえには、すーぱーふみなのコスプレで俺の言うことなんでも聞いてもらう!」

 

 その瞬間、その場の空気はピシッと静まった。

 

(……ユ、ユイ姉ちゃんがすーぱーふみなにだと……!?)

 

 ゴロゴロピッシャーン、そして自称天才の背後には雷が落ちた。

 

(正直、アイツはむかつくが……。な、なんだこの言い知れぬ背徳感は……。み、見たい、見てみたい。久しぶりに会ったらユイ姉ちゃん、前より綺麗になってるし、そう思ってしまうのは決しておかしなことではないはずだ。あぁそうだとも。Pi○iv辺りでR-18タグをかけて検索したって何らおかしな話ではない)

 

「ティターンズVer.かアクシズエンジェルVer.か。今から楽しみだぜぇ。へっへっへへ……」

「……いいわ。その代わり、約束は守ってよ」

「勿論さ。たーだーし……ルールは【G-cube】だ。それ以外は認めねぇ」

 

 自称天才が一人、トリップに陥っている中、葛藤を経て、ユイも苦々しく条件を飲むが、ショウゴは更なる条件を提示してきた。

 

(……きっとユイ姉ちゃんはこれまでコスプレなんかしたことがないはず。っということは、羞恥に苛まれるユイ姉ちゃんが見れるに違いない。俺的にはそちらの方がそそるものがある。因みに羞恥という言葉だけで検索すると、大体、エッチなページばかり出てくるが、内緒だぞ)

 

「【G-cube】は3on3。つーまーり、誰か他におめぇのチームメイトが必要ってこった。この条件飲めなきゃオレ様の不戦勝だな。勿論、今すぐだぜぇ? オレは気が短けぇからよぉ、へっへっへへ」

「くっ……!」

 

 3on3によるチームバトル。普通ならば特に問題もなさそうだが、何か知っているのか、ショウゴは下賎な笑みを浮かべ、ユイは悔しそうに歯を食い縛る。

 

(ここはあえて、ういにんぐふみなもありなのではないだろうか? ただでさえ露出度が高いんだ。ユイ姉ちゃんもダブルで恥ずかしがるに違いない。フミナ先輩で言えば、Figure-riseLABOなんてものもあったな。だがあれは最早、コスプレと言えるのか? って言うか、フミナ姐さん、働きすぎじゃないかね。この短期間でどれだけのガンプラが出ているんだ?)

 

「あいつ、汚すぎる……ッ! ユイ先輩に味方がいないことを知ってて……」

 

(これはヤバイな。考え出したら止まらん。ここはチナッガイ辺りでも……って、は? ユイ姉ちゃんに味方がいない?)

 

 完全に妄想の世界にダイブしていた自称天才だが、ここで漸くイオリの一言で現実に帰ってきたようだ。そのまま不可思議そうにユイを見る。

 彼女は幼馴染で小学生の途中まで一緒だったが、決して悪い人間ではない。それどころか、今朝の校門での出来事だったりと寧ろ仲間に恵まれていそうな誠実かつ可憐な人物だ。そんなユイに味方がいないなんて信じられなかった。

 だが、皮肉なことに困っているユイを見ても、誰も名乗りをあげようとしない。それは助けたくても自分と天秤にかけてのことだろう。誰もがユイから目を逸らしているのだ。

 

「──さて、そろそろヒーローがサクッと解決しますよっと」

 

 たった一人を除いて──。

 

「えっ!? ちょっと、アラタ! さっきも言ったけど相手は生徒会関係者だって……!」

「お気遣いありがとう。でも一日一回は善行をするように心がけててね。なぁに後のことはその時、考えるさ」

 

 人混みを押し分けて、ユイのもとへ向かおうとするアラタの腕を後ろから掴まれる。彼の今後の学園生活を考えて、制止してくれているようだが、少なくともそれはアラタを止める理由にはならなかった。

 

「……分かったわ。私も覚悟を決める」

「あれまぁ。でも……ありがとう」

 

 飄々としているが、その瞳は決して揺るがぬ意思を感じさせる。彼は本気なのだ。だからこそそれは対面するイオリにも伝わったのだろう。アラタの手を離すと、二人は頷きあって、騒動の渦中に飛び込んでいく。

 

「ユイねぇ……ん”ん”っ! ユイ先輩、大丈夫?」

「私たちが参加します! チームに入れてくださいっ!」

 

 口に出しかけた幼い時の呼称を飲み込みながら、軽い笑みを見せるアラタとその後に続いたイオリがユイの助っ人に名乗りを上げた。

 

「えっ……!? 貴方達……!?」

「ケッ! そんな即席のチームで俺らに勝ってかよぉ!」

 

 思わぬ助っ人にユイも驚いているが、つまらないものを見るようにショウゴは吐き捨てる。

 

 

「──さぁーッ! ついに始まります。旧生徒会ミカグラ・ユイ率いる急造レジスタンスチームと現生徒会傘下の実力派チーム【ラプラスの盾】モリタ・ショウゴとの因縁のバトル!!」

「この声は……まさか!?」

 

 一触即発の空気が流れるなか、そこに一石を投じるかのように響き渡らんばかりの声が聞こえてくる。一体、何なのか分からず、アラタが顔を顰めていると、その傍らにいたイオリはその正体に気付いたようだ。するとその声に応えるように人混みからマイクつきのヘッドホンを装着したダブルお団子ヘアの少女を筆頭に数人の生徒が押し寄せる。

 

「そうです、ワタクシが放送部部長のシャクノ・リンコです! "バトルあるところにリンコあり!” この場はワタクシは実況を務めさせていただきます!」

「あぁッ!? ホントにお前等はどこにでも出没するよなぁ。ったく、しゃあねぇ。じゃあ俺らがこいつらをぶっ倒すところ、しっかりと放送しやがれ!」

「言われなくてもバッチリ動画で全校に放送いたします!」

 

 どうやら乱入してきたのは、放送部だったようだ。しかもこのバトルはこの場だけではなく、全校に放送されるようで、それを聞いたユイは息を呑む。

 助けてくれるのは嬉しいが、この場だけならまだしも全校に配信されたら敗北した場合、転入したばかりのアラタの立場が一層、危ういものとなる。

 

「ア、アラタ君! 本当に良いの? もし負けて全校に配信なんてされたら、アラタ君が「大丈夫だよ」……えっ?」

「昔とは違う。ユイ先輩が知ってる幼い頃の俺とは違うんだ。なんせここにいる俺は天才だからな」

「アラタ君……?」

 

 幼馴染であり、弟のようなアラタを案じるが、言葉の途中で遮られてしまう。まじまじと見てみれば、どこか自分に言い聞かせるように神妙な顔付きで答えているのだ。だがそれも一瞬ですぐに飄々としたものに変わり、戸惑ってしまう。

 

「さぁ、それでは白熱のガンプラバトルにィー……レディーーッ! ゴォーーーッ!!」

 

 だがそれを追求する間もなく、ガンプラバトルの火蓋は切って落とされるのであった。

 




別に変態じゃない。コスプレ姿を見たいと思うのは当然の帰結だ。


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生徒会の脅威

 《好きな機体はヴィクトリーガンダム! シャクノ・リンコが今日も実況をお届けいたします!!》

 

 ショウゴとその取り巻き二人とのバトルの場に選ばれたのは転入時の挨拶代わりでバトルをしたあの工作室のステージであった。

 アラタ達のガンプラは全てステージ内のロッカーの上に投影されて、出現する。リンコの実況と共にいよいよバトルが始まった。

 

「アラタ君、いざとなったらお姉ちゃんの後ろに来て良いからね?」

「それ結構、心に来るんだけど……。こうなったらバトルで証明するか」

 

 どうにもユイからはまだ守らなくてはいけない弟のような扱いをされているらしい。だがそんな扱いは御免である。いつまでも世話のかかる弟ではないとモニター越しに隣に立つユイのガンプラを一瞥する。

 

 ユイのガンプラはシャイニングガンダムをベースにカスタマイズしたガンダム・リリィという名のガンプラだ。アクアカラーのそのガンプラはシャイニングをベースとしていながら、頭部と武装にバスターライフルとシールドが使用されているウイングガンダム、バックパックのスラスターウイングなどウイングガンダムをMF(モビルファイター)にしたかのような印象を抱かせるガンプラであった。

 

《さあ、今回のG-cubeは決戦型です! 果たして、どちらのチームが栄光を掴めるのかっ!》

 

 とはいえ、もう既にバトルは始まっている。実況と共に注意を促すようにシミュレーター内のセンサーが敵機を感知して、けたましく反応すれば、こちらに迫る三機の一つ目の姿があった。

 

「来た! 「ハハ、アハハハハハハッ!」……え……?」

「ぜーんぶ、蜂の巣にしてあげるわッ!!」

 

 すぐさま臨戦態勢をとるユイだが、不意に通信で聞こえてきた高笑いに戸惑う。これは明らかに女子のものであり、現チーム内で女子は自分とイオリだけ、誘われるまま見てみれば、既にギラドーガをベースにカスタマイズしたガンプラを使用する取り巻き達と戦闘を開始しているサファイアの姿が。

 

「あ、あの子、急にキャラが変わったような……気のせいかな……?」

「あれがデフォだよ」

 

 まさに狂犬と言えば良いのか、時に過激なことを口走りながら、戦闘を行うサファイアの姿を見ながら、アラタに問いかけてみると、どこか達観した様子で答えられてしまう。

 だが二人とも観戦しているわけではないのだ。二人も戦闘に加わると、真っ先にショウゴがアラタのガンダムに迫ってくる。

 

 ショウゴのガンプラの名はザルグと言うらしいが、ジオン系で纏めているものの塗装も統一していないアンバランスな印象を受けるガンプラだった。

 

「てめぇ、【ラプラスの盾】に歯向かったら、タダじゃおかねぇからな!」

「歯は向けないっす。盾を突くだけっす」

 

 大型ヒートホークとビームサーベルによる鍔迫り合いが発生する。接触回線で啖呵を切られるが、それを逆手にとって飄々と答える。

 

「そのガンプラ、見たまんまの継ぎ接ぎっすね。パーツの出来も均一じゃないし……それ、今まで奪ったパーツを組み合したものでは?」

「あぁ? だったらどーしたよ!?」

 

 鍔迫り合いの最中、ザルグの出来について触れるが、サファイアの時と比べて、明らかに落差があった。それはザルグへ、というよりはショウゴへの落胆であろう。

 

「シャフリヤールの言葉を借りるのなら、愛が足りない。ただ勝ちたいだけ、って感じですかね」

「それの何が悪いんだよ! 勝ってナンボだろうが!」

 

 ザルグの動きその物は単調で読みやすい。だからこそ攻撃の一つもガンダムに届かない。故に反撃は容易かった。苛立ちと共に放たれた大型ヒートホークを回避すると、そのまま持ち手の腕を切り落としたのだ。

 

「まあ確かに勝ちたいっすよね。でもそれだけだと、あまりに殺伐としてる」

 

 どこかモノ悲しげにさえ感じる言葉を皮切りにそこから怒涛の追撃が放たれ、瞬く間にザルグの損傷は増えていき、そのたびにショウゴは慌てふためく。

 

 ・・・

 

「ターゲット確認! これより破壊するわ!」

「ま、まじかよ!?」

 

 一方で既に取り巻きとの決着もつきつつあった。ユイの実力も決して低いものではないのだろう。シャイニングをベースにした事を活かした多彩な拳法を駆使して敵機を追い詰めると、そのまま掌底打ちで宙へ打ち上げると、バスターライフルを放つことで光の奔流の中へ消し去る。

 

「見えているわッ!!」

「な、なんなんだよ、コイツぅっ!?」

「怯えなさいッ! 竦みなさいッ! ガンプラの性能も活かせぬまま消えていきなさいッ!!」

 

 そしてイオリの方でも勝負はついたようだ。荒れ狂う嵐のような猛攻を前に取り巻きの一人も成す術もなく、撃破されてしまった。

 

 ・・・

 

《おぉっ!! レジスタンスチーム、瞬く間に二人のプレイヤーを撃破ぁっ!》

「んなっ……!? も、もう俺一人かよっ!」

 

 取り巻きが撃破されたことにより、もうショウゴのみとなってしまった。そしてそのショウゴのザルグもアラタとの戦闘により、中破以上に追い込まれてしまっている。そんなアラタはどうしていいかも分からず、右往左往しているザルグを見据えると……。

 

「さあ、勝利を組み立てようか」

 

 ビームサーベルを構えると、バーニアを稼動して一直線にザルグへ向かっていく。ザルグはザクマシンガンを乱射するが、シールドで防いでいる為、特に効果はなかった。

 しかしショウゴもタダで終わる気はないのか、脚部のミサイルを全て発射する。すかさずガンダムが頭部のバルカンで迎撃するが、そのせいで目の前はモニター一杯の爆発で包まれてしまった。

 

「いただきぃっ!!」

 

 そこに上方からザルグが大型ヒートホークを振りかぶりながら、爆炎を抜けて姿を現す。勝利を確信したのだろう。その声はとても弾んでいるように聞こえる。

 

「──敗北を、ね」

 

 だがギラリとガンダムはザルグにカメラを向けたのだ。ショウゴが息を呑むなか、シールドを投げ捨てたガンダムはビームサーベルを両手に構えることで上空から迫るザルグの胴体に突き刺して空中で爆発させる。これによってレジスタンスチームの勝利が確定するのであった。

 

 ・・・

 

「くそ! くそっ! くそぉっ! こんなの認めねぇ!!」

 

 バトルを終えたアラタ達。しかし往生際の悪いショウゴはバトルの結果に納得せず、周囲の物に当り散らす始末だ。

 

「認められないのは、貴方の弱い心。勝負はついた、私達の勝ちよ」

「ぐっ……ぬうぅぅ……!!」

「約束よ! パーツを返して!」

 

 バトルを観戦していた周囲もそんなショウゴに口に出せずとも迷惑そうにしているなか、毅然とした態度でユイはショウゴに言い放った。

 

「……ケッ、いるかこんなもん! ほらよ!」

 

 一応、約束は守るつもりはあるのだろう。悔しさを滲ませながら、自棄になって男子生徒から奪ったパーツを投げつけると、素早くアラタがキャッチし、そのまま観戦していたパーツを奪われた男子生徒に手渡す。

 

「てめぇら、【ラプラスの盾】に……生徒会に歯向かって、このままで済むと思ってんじゃねえぞ! ……おめぇら、撤退だ!」

「「へい!」」

 

 嬉しそうに何度も何度もありがとう、と感謝の言葉を口にする男子生徒に笑みを見せる三人を見ながら、捨て台詞を残すと、取り巻きと共にそそくさとバトルルームを去っていった。

 

「ふぅ……危なかったぁ。ありがとうね、アラタ君と……」

「コウラ・イオリ、二年です。好きな作品は【第08MS小隊】や【0083】、最近ですと【サンダーボルト】などが好みです」

「結構、渋い趣味してるのね。バトル中はなんというか……凄かったけど……」

 

 ユイとイオリはこうして話すのは初めてなのだろう。最もユイの中でイオリは強烈な印象を残すことには成功しているようだが。

 

「実は……ユイ先輩。私、先輩のことずっと応援してました。今まで、何も出来なかったんですけど……」

「そうだったんだ……。ありがとう、嬉しいよ」

「……」

「あっ、照れてる」

 

 助っ人になる前のアラタとのやり取りを見るに、ずっと見ているしか出来なかったのだろう。どこか申し訳なさそうに話すイオリだが、ユイの全然気にした様子もなく、それどころか無垢な笑みを向けてくれるその姿に照れた様子で視線を彷徨わせる中、傍らにいたアラタの呟くに肘打ちを浴びせる。

 

「アラタ君も巻き込んじゃってごめんね。いきなりで訳が分からないよね?」

「いきなりって言うか……ぶっちゃけもう最初っからだけど」

「うん……。その辺のこと、一度きちんと説明しないと……ね。ここはちょっと人が集まっちゃったから、場所を変えようか」

 

 いよいよ自由にガンプラバトルが出来ないこの学園のこと、そしてそこに関与しているであろう生徒会のこと、それらが明かされる時が来たようだ。ラプラスの盾のメンバーであるショウゴを打ち破ったことで、配信を聞きつけた生徒達で賑いだすなか、アラタ達三人は場所を変えるのであった。

 

(……勝ってナンボか。分からくもないけど、でも、こんなバトルばかりならゴメンだね)

 

 ユイ達の後について行きながら、先程のバトルを振り返る。あのバトルを満たす空気はただ勝ちたいという勝利への渇望だけ。その想いその物は決して間違いではないだろう。しかし行き過ぎた想いが楽しもうという想いその物を打ち消しているのだ。

 

(俺がしたいのは、想いをぶつけ合って、互いを高めあうような……。あの決勝のようなバトルなのに)

 

 ふと脳裏に自分が優勝したガンプラバトルの大会の思い出が過ぎる。あの時の自分も、そして相手のファイターも心から楽しんでいるのが伝わってくる最高のバトルだった。

 

「どうしたの?」

「……あぁ、いやなんでもない」

 

 当時の思い出に耽っていると、ユイに声をかけられる。どうやら、考えるあまり歩く速度が遅くなってしまったようだ。先程までの考えを振り払い、再びユイ達に合流するのであった。

 

・・・

 

「第08ガンプラ部……。ここなら誰も来ないと思います」

 

 ショウゴ達とのバトルを終え、イオリの先導でアラタ達がやって来たのは、先程、案内された第08ガンプラ部であった。幽霊部であり、人気のないこの部室なら、確かに落ち着いた話が出来るだろう。改めて自己紹介始める。

 

「改めまして、2年のコウラ・イオリです。C組の学級委員で、転入生の案内中でした」

「私は3年A組のミカグラ・ユイ。アラタ君とは小学校まで一緒の学校だったけど、途中で私が引っ越してしまったの

「そうだったんですか。じゃあ幼馴染ってことですね」

「ええ、アラタ君は昔、私のことをユイ姉ちゃんって私に手を引かれて……」

「その話はもう良いっ」

 

 幼い頃のアラタを思い出したのだろう。フフッと微笑みながら、当時のことを話そうとするユイだが、食い気味に止められる。どうやらアラタにとってそのことを表に出されるのは恥ずかしいようだ。

 だが、アラタのその反応も可愛らしいのだろう。ごめんごめんと笑いながらもユイは表情を真剣なものにする。

 

「でも、ごめんなさい。二人を巻き込んでしまって……」

「そんなことないです! 私も生徒会の横暴はもう我慢が出来ないと思っていました……。私みたいな考えの生徒はかなり多いと思います」

 

 誰かを巻き込んでしまうのは本意ではなかったのだろう。申し訳なさそうに謝るユイにそんなことしなくていいと首を横に振り、生徒内に溜まっているであろう不満を口にする。

 

「けど、表立ってそんなこと言ったら、元生徒会役員の私達みたいに……潰される。アラタ君にはどうしてこの学園が今みたいになってしまったのか、それをちゃんと説明しないとだよね」

(……やっとか)

 

 ユイの言葉にイオリが複雑そうに押し黙るなか、今まで実情を知らないため、蚊帳の外だったアラタに声をかけられる。今までずっと思わせ振りで何か分からず、釈然としないままだったアラタはここでやっと知れるのかとユイを見る。

 

「元々、私は一年生のときに立候補をして、生徒会の副会長をやっていたの」

「なんか分かる気がする」

「えへへ、そうかな? それでその頃の生徒会は、みんなこの学園を良くしよう、もっとガンプラに打ち込めるように……って頑張ってた。でも……春休みが明けて、私達が二年生になる頃、ある二人が元生徒会役員達にガンプラバトルを挑んできたの」

 

 かつては副会長に立候補し、務めていたというユイ。その優しい人当たりを知っているアラタもすぐに想像できるのか、納得すると、それを嬉しそうにはにかみながら、この学園のターニングポイントとなった出来事を話す。

 

「ひとりは現副会長のセナ・ダイスケ。そして……現生徒会長のシイナ・ユウキ」

「ッ!?」

 

 一人目について特に反応しなかったアラタだが、二人目であり、現生徒会長の名を聞いた瞬間に音を立てて立ち上がったのだ。

 

「ど、どうしたの?」

「……ッ。いや、なんでもない。続けて」

 

 目を見開き、呆然としているアラタに二人は驚き、ユイが声をかけるが、我に返ったアラタは複雑そうな表情を浮かべたまま椅子に座り、続きを促す。

 

「う、うん……。元生徒会役員達も、みんな強かったわ。実際、それぞれが全国大会で活躍できるレベルのガンプラビルダーだった。それなのに……二人は圧倒的な力で元生徒会役員達を蹂躙したの。元生徒会役員の、誰も二人には勝てなかった。勿論、私も……。それは、学園クリーン作戦とも呼ばれたわ」

「……たった二人に」

「ええ、そんな元生徒会役員が、生徒たちから支持されるわけもなかった。だから次の生徒会役員選で立候補した彼等を、その時の生徒達は次世代のカリスマとして支持してしまったの。それはまるでジオンの亡霊やコスモ貴族主義に熱狂するみたいに……“強い者が正義、弱いガンプラビルダーが悪である”と──」

 

 どうやらこの出来事によって、今の学園への道が決まってしまったようだ。話を聞いていると、今まで黙っていたイオリが口を開いた。

 

「入学してすぐでしたけど、覚えてます。私達当時の一年生も、圧倒的な力を目の当たりにして、それが正しいと思ってしまった」

「でもまさか、今みたいな状況になるなんて、その時は誰も思ってなかった……。副会長のセナ君は政治家の親を通じて、政財界にまで及ぶ力を持っているの。だから、このガンブレ学園を含む都市計画そのものに圧力をかけた。結果、先生達もなにも言えなくなってしまったわ……。残っていたほかの生徒会役員達もすぐに辞めさせられてしまったわ、一人を残して……。そうして学園内で誰も反抗できる者がいなくなってから、生徒会は一方的な色々なルールを定めたの」

「そこからは私も分かります。“強者こそ正義、ガンプラの強さが人の価値すら決める”……。その生徒会の方針はそのまま学園の方針になっている」

「なにその世紀末」

 

 それは当時のユイ自身も、今の状況になるとは思っていなかったのだろう。だが結果としてガンプラに関わる理想の学校とも言えるこの場所は変わってしまった。悲しげなユイに静かに頷きながらイオリが学園の状況に顔を顰めているアラタに顔を向け……

 

「まず、去年から学園内ランキングが導入されたの。これは毎月に一度、ランキングバトルで変動するわ。ランキングバトルは3on3のG-cube形式。撃墜数だけではなく、サポートや立ち回りを含めて、総合的に評価される……。ランキング上位者には学園側からの資金的、人材的なサポート、将来の進路も厚遇される。だから強い人はより強くなっていく……。それだけなら“バトルに強い学園を目指す”ということで問題はなかった。でも学園は歪な方向へと突き進んだ」

「ランキング上位者に、ランキング下位の人は逆らえない……。校則になくとも、自然とそうなってしまったの」

「……こんなのおかしいですよ、ユイ先輩! 少なくとも私が憧れていた誰もがガンプラを楽しめるガンブレ学園ではないです!」

「そうね……。私達元生徒会役員がもっとしっかりしていれば……」

 

 生徒会によって導入された様々なルール。しかしそれは弱肉強食のような世界を作り上げてしまった。このことに異を唱えるイオリに、ユイも自身の不甲斐なさを嘆き、もっとあぁしてればと後悔の念に駆られているにが見て取れる。

 

「……違うでしょ。それは自惚れだ」

「でも、元生徒会役員だった私が負けなければ……」

「過去は苛まれるものじゃなくて労るものだ。それより今を考えるべきっしょ」

 

 今まで基本的に飄々とした態度をとることが多かったアラタが、一切のふざけもなしにユイの目を見て、真摯に話す。

 

「……そうね、ありがとう。今更、どうこう言っても仕方ない。前を向いて立ち上がらなくっちゃ」

「それでこそ。じゃあ、ここで一つ、俺からの提案だ」

 

 アラタの言葉が届いたのだろう。僅かに考えるように俯いたユイはやがて振り切るように顔をあげて笑みを見せる。

 その姿に満足したアラタはポンと手を叩いて注目を集めると、軽く両手を広げ……。

 

「俺達でチームを作ろう」

「えっ!? それって私達で生徒会と戦うってこと?」

 

 思いも寄らぬアラタの提案にユイが驚いていると……。

 

「……ユイ先輩。私、やります」

「イオリちゃん……」

「今までユイ先輩が一人で戦うのを見ているだけでした。でも……もう嫌なんです! だってこの学園は私達の学園じゃないですか! 生徒会だけのものじゃないはずです!」

 

 ここでイオリもチームへの参加を表明してくれた。もう我慢できない、目を逸らしたくないという強い想いにユイも驚いていると、イオリはそのままアラタへ目を向ける。

 

「それに、私には彼が新しい力を齎してくれる……。そんな気がするんです」

「アラタ君が、新しい力を……」

 

 アラタから感じる可能性を口にするイオリに、ユイもまじまじとアラタの顔を見つめる。

 

「ごめんね、アラタ君。私、キミをこんな戦いに巻き込みたくなかった……。でも、やっぱりイオリちゃんと同じ。どこかで期待してたのも否定できない……。都合のいいことを言っているのは、分かってる。だけど……」

 

 葛藤があるのだろう。だがやがて、決心したようにスッと深呼吸をすると、アラタの前に立って、真剣な眼差しと共に頭を下げる。

 

「私達と一緒に……生徒会と戦って!」

 

 ユイが頭を下げた。それほどまでにこの学園を元に戻したいのだろう。イオリが驚いているなか、黙っていたアラタは肩を落として、立ち上がると……。

 

「チームを作るって言ったのは、そういうことでしょ。なぁに、この天っっっ才ガンプラビルダーがサクッと解決しちゃいますよ」

((天才を強調した))

 

 自己紹介の時と同じように三本指をクルリと振りながら、自信に満ち溢れた答えを返してくれたのだ。二人が安堵しながらも苦笑していると、音を立てて部室の扉が開いた。

 

「──生徒会規定事項6乗4項。学園の生徒は、生徒会および生徒会役員への反抗の意思を持つことを許されない」

 

 予期せぬ来訪者に驚いて視線を向ければ、そこには腕章をつけた高身長の茶髪をショートカットにした女子生徒が入室してきていた。その鋭い瞳はクールでありながら、気の強さも感じ取れる。

 

「リョウコ!?」

「生徒会へ通報があった。お前たちがここで生徒会への反逆を共謀している、とな」

 

 呼び捨てで呼ぶことから少なくともユイにとって距離の近い人物なのだろう。リョウコと呼ばれた女子生徒は気にした様子もなく、この場に訪れた理由を口にする。

 

「生徒会書記のオオトリ・リョウコ先輩……。先程の話にも出た、前の生徒会役員でただ一人、現生徒会へ残っている人よ。それから生徒会を支持するチーム……ラプラスの盾のリーダーでもある」

「……成る程、ね」

 

 驚いているユイを他所に誰か分からずに首をかしげているアラタに近づいたイオリがそっとリョウコについての上方を耳打ちで教えてくれた。

 ラプラスの盾で言えば、やはり先程のショウゴ達であろう。そのチームのリーダーであれば、更に厄介なことになるかもしれない。

 

「先程のチンピラみたいな人達もラプラスの盾のメンバーって言ってました。これは面倒なことになりましたね……」

「──誰がチンピラだゴラァ!」

「わっ、出たっ!」

 

 それはイオリも同じことを思ったのだろう。しかし何気なく言ったその言葉に入り口から怒鳴り声が聞こえ、そのままショウゴまでもが取り巻きと姿を現すと、お化けが出たように驚く。

 

「今度こそぶっ潰してやらぁ!」

「やっぱり、チンピラそのものじゃないですか……」

 

 とはいえ、その粗暴な発言にどの口が否定するのかと呆れてしまうが。

 

「二年のコウラと、お前は……転入生か。悪いことは言わない。ユイに手を貸すのはやめておけ」

「俺には悪いことにしか聞こえませんけど」

「私たちは、ユイ先輩と戦うって決めたんです!」

 

 場を正すように咳払いをしたリョウコはイオリと、そして話は聞いていたのだろう。新品の制服を着たアラタに忠告をするが、聞き入れる気のないアラタは飄々と返し、イオリも強く反発する。

 

「……仕方ない。それでは、力でねじ伏せるしかないようだ。バトルルームに移動するぞ」

 

 言葉で言ったところでどうにもならないと、ため息をついたリョウコはバトルルームへの移動を提案する。

 どうやらガンプラバトルを行うようだ。待っていたとばかりにショウゴも血気盛んに行くぞ、ゴラァとリョウコの後に続く。

 

「先程バトルが終わったばかりなのに、まさかの連戦ッ!」

「うおッ」

 

 仕方ないと椅子から立って、ユイ達と共にバトルルームへ向かおうとしたアラタだったが、不意に現れたマイク越しに喋るリンコに身を震わせる。

 

「ここに再度、レジスタンスチームとラプラスの盾の戦いの火蓋が切って落とされようとしています! ミカグラ・ユイの前に立ちふさがるは、かつての生徒会のメンバーでもあるラプラスの盾のリーダー、オオトリ・リョウコ!」

「……本当に神出鬼没なんすね」

「さぁーッ! この因縁のバトルの結末やいかに!? それではガンプラバトル、レディーーッ! ゴォーーーッ!!」

 

 よくもまあ、そこまで口が回るものだと思いながらも、放送部による実況付きで再びガンプラバトルの火蓋が切って落とされるのであった。



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始動!サイド0

予定を前倒しにして、この後、投稿される話と一緒に今日中にプロローグ編を終わらせえようと思います。後、G-cubeの設定は結構変えています。


 リョウコとショウゴ、そして取り巻き一名によるラプラスの盾による軍事基地の施設内を思わせるステージを舞台にバトルが始まった。

 

 《さあ、今回のG-cubeは争奪戦ですッ! 果たして、どちらのチームがキーパーツを奪取できるのか!》

「争奪戦? ずっと気になってたけど、G-cubeってそもそもなに?」

「あぁ、そっか。アラタ君はG-cubeを知らないもんね」

 

 BATTLE STARTの文字とともにバトルに意識を集中させていたが、リンコの実況を耳にしたアラタの頭上に?マークが浮かび、傍らのリリィに通信を入れて、聞いてみる。

 

「簡単に話すと、G-cubeは3対3のチームに分かれて制限時間10分の間に競うこの学園独自のバトルシステムなの。さっきモリタ君達と行った決戦型はアラタ君も知ってる相手とバトルをする一般的なものなんだけど、G-cubeは他に二つの形式があって、一つはフィールド上に第3勢力として出現するNPC機を倒し、総合的な撃破数で勝敗を決める殲滅戦と、もう一つはフィールド上に出現したデータパーツを回収装置に納品することで勝利することが出来る争奪戦ね」

 

「なるほどね。形式によってはチームとしての側面が求められるわけか」

「うん、単純に一人がバトルに強いだけで有利になるってことではないってこと」

 

 G-cubeの説明に納得しつつも、それはそれで面白そうだと笑みを浮かべる。ただのガンプラバトルよりも、バリエーションがあると言うのなら、その分。楽しめるということだ。

 そうしていると、ずっとキーパーツを探していたのだろう。イオリからの通信が入る。

 

「キーパーツを見つけたわ! 行くわよッ!」

「よし、それじゃあ行きますか」

 

 マップ上のキーパーツの反応があるポイントを送信され、すぐさま三機を行動を起こす。

 程なくしてキーパーツであるデータパーツは見つかった。丸々としたベアッガイⅢのヘッドパーツが今回のキーパーツらしい。一直線に向かっていると、やはりと言うべきか、センサーが反応する。

 

 注意を向けてみれば、そこにはショウゴとその取り巻きのガンプラだけではなく、リョウコのものだろうと思われる大柄のガンプラも確認できた。

 機体名はガンダム・パルフェノワール。Sガンダムをベースにカスタマイズされたガンプラだ。両腕にジオングのパーツを組み込んでおり、オールレンジ攻撃にも注意をせねばならないだろう。

 

「お前の実力、見せてもらおうッ!」

「あぁそう。なら、書記の人は俺が引き受ける」

 

 パルフェノワールはアラタのガンダムを狙って、接近してきた。転入してきたばかりの自分の実力を知りたいと言うのだろう。であればと望むところだと、ユイ達に通信をいれ、パルフェノワールの相手を引き受ける。

 

「ユイ先輩、他の二機は私が引き受けます!」

「でも二機を相手に……!」

「今後、チームとして動くんです! 信じてください!」

「ッ……! 分かった!」

 

 ショウゴ達の相手もイオリが引き受けてくれるようだ。そうすることでユイにキーパーツの回収を任せようというのだろう。

 しかしそれではイオリが二対一の状況になってしまうではないう。そのことを渋るユイだが、イオリの言葉に覚悟が伝わってきたのだろう。表情を引き締めて、キーパーツの元へ向かう。

 

「させるかあッ!」

「こちらのセリフよッ! さあ、楽しませて頂戴ッ!!」

 

 すかさずショウゴ達もリリィの後を追おうとするが、その前に躍り出たサファイアによって防がれる。既にスイッチが入ったのだろう。イオリは口角を吊り上げながら、ショウゴ達とのバトルを開始するのであった。

 

 ・・・

 

《これは凄まじい攻防だぁあっ! オールレンジ攻撃を掻い潜るガンダム! ア・バオア・クーの戦いを見ているかのようだぁっ!!》

 

 一方でガンダムとパルフェノワールの戦闘は熾烈を極めていた。パルフェノワールの前腕部を切り離し、インコムと共に有線によるオールレンジ攻撃を最小限の動きで回避し続けていた。

 

(流石、生徒会ってところか。だが、この人……)

 

 5連装メガ粒子砲とインコムの嵐を避けながら、アラタはパルフェノワールの動きから ビルダーであるリョウコの実力を認めつつも、ある考えが浮かぶ。

 

(……楽しんでない、と言うよりは抑えこんでいるような……)

 

 このステージではこの二機のバトルが一番、苛烈だ。それはお互いの実力の高さによるものだろう。アラタがその実力を発揮すればするほど、リョウコの操作に微かなぎこちなさを感じるのだ。

 

 ならば、そこを突くのみ。ガンダムは踏み出すと周囲に展開する前腕部を足場に利用して、パルフェノワールに接近する。

 ビームライフルを投げ捨て、ビームサーベルに手をかけると、そのまま振り下ろそうとするが、ここで違和感があった。

 

「さあ、どうする──ッ!」

 

 パルフェノワールは一切、動揺した素振りを見せないのだ。するとパルフェノワールは前傾し、バックパックの背部ビームカノンを向けてきたのだ。

 これが動揺しなかった理由なのだろう。例えオールレンジ攻撃を掻い潜って、懐に飛び込んだとしてもこうやって対処するつもりだったのだ。

 

 

 

 

 

 

「天才ガンプラビルダーを……舐めんなよッ!」

 

 

 

 

 だが、だからといって撃破されるつもりはない。全てスラスターを最大稼動させ、強引にその機体を捻って、ビームカノンによる迎撃を回避したのだ。

 

「ほぅ……ッ!」

 

 これには流石のリョウコも感心する。心なしかその口元にも笑みが。そのままビームサーベルがパルフェノワールに放たれ、パルフェノワールも自身への被弾覚悟で前腕部をガンダムの背中に向けた時であった──。

 

 

 

 《──バトル終了ぉおおっ!! 勝利を手にしたのは、レジスタンスチームだァアッ!!》

 

 

 アラタとリョウコの決着がつく前にリンコからバトル終了を告げられる。どうやらユイがキーパーツを回収装置への納品に成功したようだ。

 

「……やるな」

「……先輩こそ」

 

 パルフェノワールのコックピット前にはビームサーベルが突きつけられ、ガンダムの背中には今まさに放たれようとした前腕部とインコムがある。お互い後一手で勝敗を決したかもしれない状況に人知れず笑みを浮かべながら、バトルを終了するのであった。

 

 ・・・

 

「くそっ、くそっ……! 今回はなぁ、急なバトルで準備が出来てなかったんだよ! 次こそはぶっ潰す!」

「格好悪いにも程がありますね……」

 

 バトル終了後のバトルルームでは、敗北してしまったショウゴは地団駄を踏みながら、捨て台詞を吐いて、取り巻きと去っていってしまう。あまりに情けないその姿にイオリはため息をつく。

 

「リョウコ、あなた今のバトル……」

「負けは負けだ。今回は大人しく退くとしよう」

 

 先程のバトル、リョウコはショウゴ達のようにキーパ-ツを狙わずに初めからアラタを狙った。それはアラタの実力を量る意図はあれど、この場は勝とうとは、いや、形式上は勝たせようとしたかのようだ。

 しかしリョウコは一切の詮索は受け付けず、ただ負けを認めるのみだった。

 

「だが、これで終わりではない。お前たちが生徒会へ反抗の意志を持つ限り、その芽を潰そうと刺客が現れるだろう。どこまで抗えるか……楽しみにしているぞ、ユイ」

 

 忠告をしつつも、それでどこか期待しているかのように微笑を浮かべると、そのまま視線はアラタへ移す。

 

「それと……ソウマ・アラタ。お前もな」

「そいつはどうも」

「では、失礼する」

 

 先程のバトルで気に入られたのだろう。微笑を投げかけられたアラタは飄々と三本指をクルリと回して答えると、表情を引き締めたリョウコはバトルルームを後にする。

 

 ・・・

 

「私たちは試された……のでしょうか」

「そうね、リョウコに一つ、借りを作ってしまったみたい」

 

 ラプラスの盾とのバトル後、アラタ達は第08ガンプラ部に戻ってきていた。

 先程のバトルを振り返り、イオリはリョウコの意図を口にすると、ユイも同じことを思ったのか頷く。生半可な実力では太刀打ちできないから、そう思ってだろう。

 

「……何にしても、これで私達が生徒会と敵対するのは、明確になってしまった。アラタ君、イオリちゃん、大変なのはここからよ!」

「はい、でもこの動きはなるべく他の人には知られないほうが良いですよね」

「ええ、どこに生徒会の支持者がいるか分からないもの」

 

 できるだけ内密にして動こう。そうやって今後の方針を決めていた時であった。

 

 

 

「ぶぇーっくしょい! ッくしょい! あ、やばっ」

 

 

 

 空気を打ち壊すど派手なくしゃみが部室内に響いたのだ。三人は固まり、そのまま発生源である奥の机の下を見る。

 

「誰っ!?」

「あー、誰って言うか、ここ私の部室で……机の下でガンプラ作って、お昼寝してたんですけど、寧ろアナタ達、誰です?」

 

 そこには小柄のくせのある紫髪の眼鏡の少女がいたのだ。目が合い、まさかそこにいるとは思わなかったが、アラタ達にしろ、少女にしろ、まさにこの場の一同全てが思ったことをイオリが口にすると、そのまま少女からも返される。

 

 少女の言っていたことは本当なのだろう。何故、机の下なのかは分からないが、そこには道具が収納されたケースがあり、机の上には作りかけのHGUC νガンダムがあった。

 

「俺は二年に転入したソウマ・アラタ。天っっさ「同じく二年のコウラ・イオリよ」……天才キャンセル、だと」

「あははっ……。私はミカグラ・ユイだよ、よろしくね」

「わたしは……サクライ・マリカ……。一年です……」

 

 自信に満ち充ちた自己紹介をしようとするも、イオリに被せられてショックを受けている。その横で苦笑しながらもユイが自己紹介をすると、少女も名乗ってくれた。

 

「あの……今の話、本当……ですか? 生徒会に対抗する……とか」

「ええ、もう逃げない、逃げたくない。今の生徒会は間違っているもの」

「私もユイ先輩と同じ気持ち。だからもし貴女が生徒会側の人間で、このことを密告するというのなら……」

「なにするつもりか知らないけど、酷い事は止めときなさいよ」

 

 人見知りする性格なのだろう。おどおどと先程の会話について尋ねると、ユイも迷いなく答え、イオリも同調しつつ、脅迫めいたことを口にしようとして、アラタが制止していると……。

 

 

「わっ、わたしも……! わたしも、今の生徒会、嫌です!」

 

「え……?」

 

 

 イオリの圧に縮こまりながらも、勇気を振り絞って発したその言葉に睨むように鋭くしていたイオリの眼も丸くなった。

 

「わたし……この学園に来れば、好きなガンプラが好きなだけ作れるって……そう思ってました……。でも……実際は全然違ってて……もう……限界なんです……っ!」

 

 それは気弱な少女の今にも泣き出しそうなほど、悲痛な言葉だったのだ。

 

「あっ……あのっ……。でも、私のことなんかより……皆さん、新しいチームを作る……。そういうことですか……?」

「うん、そうよ。ね、アラタ君?」

「俺達はチームである。名前はまだない」

 

 マリカの言葉に一同が黙っていると、その空気に耐えかねたマリカは話題を変え、希望になりえるチームの話題に触れられたことでユイは嬉しそうにアラタに視線を送ると、おどけながら肩を竦められてしまう。

 

「それならその……っ……わ、わたしにもお手伝い、させてください……」

「キミが?」

「といっても、わたし……バトルのほうは全然、ダメで……。でも、モデラーとしてガンプラの制作や調整には結構、自信があります」

 

 まさかの表明に驚いていると、モデラーとしてアラタ達のサポートをしてくれるようだ。確かに作りかけのνガンダムを見ても精巧に作られており、自信があるというのも頷ける。

 

「それは勿論、大歓迎だけど……いいの? 生徒会に歯向かうってことは……」

「はい……。覚悟は……出来てます」

 

 マリカの気持ちは嬉しいが、それは彼女への危険が及ぶということだ。しかしマリカの決意は固いようで、気弱に感じられていた表情はその覚悟が伝わってくるほど真剣なものとなって、答えられる。

 

「そうだ……。皆さんのガンプラ、見せてもらえませんか? 色々アドバイスでけいることあると思います」

 

 早速、サポートモデラーとして動いてくれるようだ。アラタ達は言われたとおり、ガンプラを取り出し、机に並べる。

 

 ・・・

 

「……皆さんのガンプラ、とても素晴らしいです。愛が籠もっていて、カスタマイズされたお二人のガンプラも良いパーツ構成だと思います。これなら少しの調整でグッと良くなりそうです!」

 

 暫らくして、全てのガンプラをチェックしたマリカは声を弾ませながら話す。どうやら出来の良いガンプラに触れられたことを心から喜んでいるようだ。

 

「けど、ソウマ先輩のガンプラは……カスタマイズされていない純正なんですね。あっいや、他にも純正を好んでバトルしている生徒はいっぱいいるので良いのですが……」

「あー……いや、そういうわけじゃないんだ。実は俺もカスタマイズしたガンプラを作っててね」

 

 するとマリカの視線はアラタのガンダムに注がれる。まさにRX-78-2そのもので出来栄えは良いが、一切、カスタマイズという面では何も施されてはいない。

 そのことにアラタは苦笑すると、その言葉に三人はそうなの、と目で問いかけてくる。

 

「転入までに完成させる予定だったんだけど、自分だけのガンプラを、ってなるとやっぱり楽しくて、つい没頭しちゃって……。もっともっと作りこみたいって気付けば、転入日に……」

「アラタ君らしいね」

「まあでも、明日には持ってこられるよ」

 

 どこか気恥ずかしそうに話すアラタの姿に幼い頃と重ねているのだろう。微笑ましそうに話すユイに咳払いをしながら、翌日に見せることを約束する。

 

 ・・・

 

「なんというか、今の状況で言うことではないのですが、もっと強くなれると思うとワクワクしますね」

「あっ、それなら今、調整したガンプラでバトル……してみませんか?」

 

 調整を終えた自身のガンプラを手に取りながら、今すぐにでも試してみたいとばかりに高揚感を隠し切れず話していると、不意にマリカが提案した。

 

「でも、生徒会の許可なしに勝手にバトルシステムを使うわけには……」

「あ……大丈夫です。この部室……型は古いですが、バトルシステムがあって……通信が出来ないオフラインならバトルできます……」

「ホント!? すごい! オフラインでもいいわ、是非やらして!」

 

 とはいえ、ふざけた話だが、現在のバトルシステムは生徒会が管理している。

 しかしどうやら生徒会を介すざすともバトルが出来るらしく、マリカはある場所に視線を向ける。そこにはアラタがイオリにこの場所を案内された時から自己主張している旧型のバトルシミュレーターがあった。

 バトルが出来ると知るや否やユイは瞳を輝かせながら、マリカに詰め寄り、その手を取ると、若干、気圧されながらコクコクと頷いたマリカは準備を始めた。

 

 ・・・

 

「わー……バトルルームにあるのと殆ど変わらないのね」

「インターフェイスはほぼ同じです……。オフラインなので機能制限があるのと、動作が少し重いですが……」

 

 起動されたシミュレーターの画面を覗き込みながら、興味津々になっている三人を後ろから苦笑しながら、オフラインで出来る説明がなされる。

 

 《バトルシステム08、起動……。ユーザー名を登録してください》

「……? いつもはこんな表示は……」

 

 するとシミュレーターから電子音声と共に画面にインフォメーションが浮かび上がる。とはいえ、この事についてはマリカは知らないようで、顔を顰めて首をかしげていると……。

 

「なら初期設定のままで良いんじゃない?」

「……ユイ先輩って意外と雑な性格してますよね?」

「えぇっ? そう?」

 

 なんなのだろうかと頭を悩ませていると、一人、特に気にしていないユイが兎に角、バトルを早くやろうと急かしてくる。そんなユイに先輩とはいえ、イオリが思ったことを口にすると、どうやら心外そうだ。

 

「はい。すぐ頭に血が昇るというか、直情的ですし……。でも、そんなところも魅力というか……」

「うぅっ……反省します」

「委員長も他人のことはそんなに言える気は……「なにか言ったかしら?」……あぁうん、俺は今日も天才だなって」

 

 この評価に、魅力的と言われても、思うところがあるのだろう。しゅんと落ち込むユイを横目にイオリにもその気質はあるだろうと思ったアラタが何気なくは口にしようとするが、刺すような視線を前にそっぽを向いて、今朝、セットしてきた前髪を弄る。

 

「入力終わりました……。デフォルトのまま登録名は“サイド0”になります」

 

 そんな三人を他所に一人、作業を進めていたマリカが準備を整えてくれたようだ。

 

「サイド0か……。それならいっそ私達のチーム名もサイド0でどう?」

「そういうとこだぞ。ここはチームビルドジーニアスに「安直な気もしますが、特に異論はありません」……天才キャンセル再び」

「なら、私達のチーム名はサイド0で!」

 

 そのまま名前にまで流用しようといする雑さに呆れながら、チーム名を提案しようとするのだが、再び途中でイオリによって被せられ、チーム名はサイド0になってしまった。

 

「存在しないサイド0が、生徒会の野望を打ち砕き……革命を起こす……。熱い展開! 燃えます……!」

「チームビルドジーニアスは……? スゲーイよ? モノスゲーイよ?」

「……あぁ、ええ、はい」

 

 とはいえマリカはサイド0の名を感激して気に入っているようだ。そこに自称天才が自身の提案したチーム名を持ちかけるが、気のない返事をされて、のの字を書く。

 

「それじゃあ、早速、バトルしましょう!」

「はい……。先輩達が三人でチーム、私はサポートに回ります……。敵はCPUになりますが、結構強いですよ」

 

 早速、バトルをしようとユイが持ちかける。マリカがサポートに回るなか、一人寂しく床に天才の字を書いていた自称天才はイオリに首根っこを掴まれてバトルシミュレーターに引き摺られていくのであった。



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ブレイカーの鼓動

前情報でプロローグの最後のタイトルだけ違うと言ったな?あれは嘘だ。
そしてナイトローグの正体は氷室幻徳だ


「さあ、破壊の時間よ!」

 

 練習の為のバトルが始まった。バトルステージに選ばれたのは工作室だ。

 早速、出現したNPC達へ向かおうとするが、その前にもう既にスイッチが入ったイオリが先陣を切っていく。

 

「あははっ……凄いね、イオリちゃん」

「あれで周りを良く見てるもんだよ」

「そうだね。けど懐かしいなぁ」

 

 やはり慣れないうちは戸惑ってしまうものだろう。サファイアが戦闘を始めるなか、ふとユイが懐かしそうに話す。

 

「子供の頃、こうやってよく一緒に遊んだよね。周りに同い年ぐらいの子、そんなにいなかったし」

「まあ……ほぼ遊び相手は決まってたね。もしくは大人とバトルしたりと……」

「そうそう、大人なのに、あの田舎の人たち、手加減とかしないんだもの。バトルしても全然、勝てなくって、ひどいよねー」

 

 今までギスギスしていたバトルとは違い、落ち着いた雰囲気だからだろう。ふと幼い頃の思い出話に、アラタも懐かしむ。二人とも元は田舎の出だが、それでもその環境はガンプラバトルにおいて魔窟とも言え、大人も大人気ないという言葉は褒め言葉なくらいだ。

 

「でも、そのままあの環境で戦ってきたのなら、君も相当、強くなってるんじゃない?」

「まあ、俺は元々、天s「私も負けないんだから! いっくよー!」……えぇっ」

 

 イオリに続き、まさかユイにまで被せられるとは思わなかったのだろう。人知れず落ち込むなか、ユイのリリィも戦闘に参加していく。

 

 とはいえ、いつまでもそうしてはなれず、アラタも戦闘に参加しようとしたその時であった。センサーが鳴り響き、確認すれば、そこには緑色のカスタマイズされた機体の姿を捉えることが出来た。

 

 

「──RECOCO、行きまーすっ!!」

「レコっ……んん!?」

 

 

 オフラインと聞いていたのに、突然の乱入者に面食らってしまう。RECOCOと名乗る乱入者のガンプラはG-セルフをベースにターンAやV2ガンダムなど富野ガンダムのパーツを組み込んで、作成されたもののようだ。

 驚いているのも束の間、周囲を飛び回って、自身の存在をアピールした乱入者のガンプラ……ガンダム・グリーンドールはガンダムへ向かっていく。

 

 《さあ、殲滅戦が始まりました! 果たして、どのようなバトルが繰り広げられるのかーッ!?》

「放送部まで!? 目当てはこのてn「逃さないよーっ!」 ノゥッ!」

 

 更にはリンコの実況まで始まったではないか。一体、どうなっているのかと驚くのも束の間、グリーンドールがビームライフルを乱射して、ガンダムの動きを牽制してきた。

 これがシミュレーターでなければ、地団駄を踏んでいるところだろうか。兎に角、バトルをせねばとグリーンドールへ意識を向ける。

 

 ガンダムは素早くバーニアを稼動させ、ステップすることで回避すると、ビームは近くのNPCのガンダムキュリオス達を撃破していく。

 計算によるものか、しかしそれを深く考えるよりも早くグリーンドールはガンダムに迫ると、ビームサーベルを引き抜いて、高機動を駆使して、一気に迫ってくる。

 

「やるねっ!」

「まあ、俺はダメダメですけど…………ってぇ、なんで自虐はキャンセルされない!?」

 

 しかし機動力に振り回されず、すかさず鍔迫り合いによってグリーンドールに対応してみせたアラタに称賛されるなか、自虐をするが、天然キャンセルとは違い、誰にも被せられなかったため、アラタは理不尽だとばかりに叫ぶ。

 

「なら、これならどう?」

「ッ!」

 

 嘆きも束の間、グリーンドールのミノフスキードライブの出力上昇とともに出現させた光の翼を爆発力にガンダムを押し切る。流石にはこれには、アラタの表情もビルダーとしてのものになる。

 

 すかさず頭部バルカンを放つことで、グリーンドールを離し、ビームライフルに待ちかえると、ビームを連射して、追撃するが、そのどれもが軽やかに蝶が舞うようにして避けられる。

 

「ッ……。手札が少ない……。せめて、あのガンプラが完成してれば……ッ」

 

 武装面も機動力もグリーンドールには遅れを取ってしまう。ふとアラタの頭の中に作りかけのカスタマイズガンプラが浮かび、苦い顔を浮かべる。

 

 

 

 

 

「──……いや、ガンプラのせいじゃない。やりようはいくらでもあるッ!!」

 

 

 

 

 だが、その考えはすぐに振り払った。言い訳をガンプラのせいにするなどアラタにとって言語道断だ。

 すぐさまアラタは周囲の状況を確認すると、近くに先程、グリーンドールが撃破したキュリオスのデータパーツが落ちているのを見つける。

 

 そこからの行動は早かった。すぐさまデータパーツの中から、ミサイルランチャーのデータパーツを取得するとリアルカスタマイズによって装備すると、グリーンドール目掛けて乱射する。

 

「そんなの、当たらないよー」

 

 しかしその軌道は読みやすいものだったか、軽々と避けられてしまう。しかしアラタは笑みを浮かべていたのだ。

 

「なっ!?」

 

 グリーンドールのモニターに暗がりが生じする。何かと思い、振り返れば、工作室ステージの机の上にある鋭利なデザインナイフなどの工具の数々が無数のミサイルによって傾いて、グリーンドールの周囲に落下してきたではないか。

 

「はぁあっ!」

 

 何とか回避するが、意識を奪われていた為、近づいてくるガンダムに反応が遅れてしまい、タックルをまともに浴びてしまう。バランスを崩したグリーンドールが落下するなか、ビームサーベルを引き抜いたガンダムが迫っていく──。

 

 

「「──ッ!」」

 

 

 両者の目が見開かれる。ガンダムが放ったビームサーベルはグリーンドールのシールドに食い込んでいたのだ。

 

「……凄いね、キミ」

「ね、天才でしょ?」

 

 遅れを取った分を技量でつめてきたアラタをただ純粋にRECOCOが賞賛する。飄々と天才を口にするが、それでも神経を使うものだったようでその額から僅かに汗を流れ落ちる。

 

 

「──邪魔邪魔邪魔ぁあっ!!」

 

 

 お互いにその実力を認め合い、次の一手が行われようとした時だった。二人の間にNPC機達が飛んできて、咄嗟に反発しあうように避けると、NPC機は爆発する。

 

 

「どうしたのっ!? さっさとかかってきないッ!!」

「い、イオリちゃん、落ち着い「さあさあ、次の獲物は誰かしらぁっ!?」 ……えっと……」

 《おぉっ! コウラ・イオリ、まさにオーガの如き戦いっぷりです!》

 

 まさにちぎっては投げである。嵐のようなイオリをユイが宥めようとするが、楽しんでいるため、耳に入らないようだ。ガンダムとグリーンドールが顔を見合わせて肩を竦めるなか、とりあえず殲滅戦へ参加していくであった。

 

 ・・・

 

「これでミッション終了。調整するって言うのも、伊達じゃなかったわね」

 

 バトル終了後、うんっと背伸びしながら満足そうに息を吐くイオリだが、ふと自分に集中するユイとマリカの困惑の視線に気付く。

 

「なに、みんな? もしかして私の動きに問題があった?」

「ええとね、イオリちゃん。イオリちゃんはバトル中、いつもあんな感じなの?」

「え? はい、そうですけど」

 

 しかし何故、そんな目を向けられているのか、分かっていないのだろう。不思議そうに尋ねると、質問を質問で返すようで、申し訳ないが遠回しに聞いてみると、特におかしいとは思っていないのか、コクリと頷く。

 

「もしかして、自覚がないのかな? あのテンションの……?」

「たぶん、そうです……。おふたりは気付いてなかったんですか……?」

「最初にイオリちゃんと組んだ時は、その……そういうところを気にしている余裕がなかったっていうか……」

 

 首をかしげているイオリに背を向け、ユイとマリカのコソコソと話している。

 

「あの、本当に何の話なんですか?」

「ちょっと! ちょっとだけ、ね? イオリちゃんはバトル中の言動に気をつけたほうが良いかなーって」

「……? なんだかよく分かりませんけど、気をつけますね」

 

 話の意味が分からず、戸惑っているイオリにユイは相変わらず遠回しに注意する。

 しかし遠回しに言ったところで当人が分からなければ意味もなく、今一、ピンと来ないまま頷いていた。

 

「まあでも、委員長は楽しんでるし、良いでしょ それでいて周りもちゃんと見てくれるし」

「な、なによいきなり!」

「まあまあ、それよりさっきのバトルだけどさ。あれ本当にオフラインのCPU戦だったわけ?」

 

 すると傍から聞いていたアラタが口を挟んできた。柔らかな笑みを浮かべるその姿を見て、照れ隠しをするイオリを宥めながらも、先程のバトルで気になったことをマリカに尋ねる。

 

「そうね、私には普通のG-cubeのように思えたわ。リンコさんの実況も入ってたし」

「お、おかしいです。オンラインに繋がる筈は……ってあれ?」

 

 グリーンドールだけならば、まだしも実況付きとなるとますますオフラインなのか怪しくなってくる。

 不審には思いつつもマリカはバトルシミュレーターをチェックすると、何かに気付き、後ろの三人は視線を向ける。

 

「誰かからメールが来てます、サイド0宛に……」

「まさか、幽霊……みたいな?」

「やっ、やめてください、ユイ先輩! そんな非科学的な話!」

「委員長、この世には目には見えない闇の住人達がいる。奴等は時として牙を向き、俺達を「やめなさいって言ってるでしょ!!」ぬぅべぇっ!?」

 

 一体、誰がメールを送ってきたのか? ユイは引き攣った笑みを浮かべながら話すと、その手の話は得意ではないのか、僅かに身震いするなか、無神経にも一人、左手の甲の辺りを指先で撫でていたアラタの無防備な脇腹を強めに肘で突く。

 

「これは……定型のフレンド申請メールですね。差出人は“RECOCO”……。さっきのバトルの相手のようです」

「でもオフラインなのよね?」

「……こうなると、わかりません……。もしかすると、生徒会管理外のサーバーに接続していた、という可能性も……。なにぶん、古いシステムなので、わたしも詳しくは……」

「うーん……とりあえず、考えてもしょうがないか。それならそれで良しってことで、結局、バトル出来たわけだしねっ!」

「……ユイ先輩ってやっぱりいい性格してますよね」

 

 頭を一頻り悩ませたが、結局、答えなど出るわけもなく、あっけらかんと片付けるユイの姿に傍からマリカとの会話を聞いていたイオリは肩を落とす。

 

「それより、考えなくちゃいけないのは今後のことよ。私ね……ずっと考えてたの。どうすれば、この学園を元の楽しかったガンブレ学園に戻せるのか、どうすれば、今のこの生徒会のやり方をやめさせて、誰もがガンプラバトルを楽しめるようになるのか……。その方法は……ひとつしかない。それは今の生徒会が教えてくれたことよ」

「まさか、ユイ先輩……」

「ええ、強い者が正義……。それなら私達が今の生徒会を倒して、新しい生徒会を立ち上げる! 新しいルールを、ガンプラを楽しめるための校則を作る! ……それが私の作戦よ!」

 

 今までどこかとぼけ気味だったユイだが、真剣な顔つきで雰囲気を正し、己の、ガンブレ学園を楽しかったあの頃に戻したいという確固たる強い意思を言葉に乗せて宣言する。

 

「名付けて──「V作戦はベタ過ぎますよ、先輩」…うぅっ……なら、星一号作戦──「被害甚大です……」……あーッもう! 作戦名は後で──「どうせ作戦名決めても、今後使わないでしょ」 考えるから良し! 兎に角良し!」

 

 最後までしまらないのが、ユイというべきなのか、なにか喋るたびに後輩三人からつっこまれ、最後は自棄になったように手をぶんぶんと振る。

 

「それより、リーダーを決めないと!」

「……ちなみに、リーダーとして登録すると、手持ちのGB(端末)とこのオンラインバトルシステムがリンクします。バトルの予約や専用メールの送受信、フレンドとのボイスチャットも手持ちの端末で出来るようになります。……これは学園独自のシステムですが」

「便利なシステムだよね。それで……私はリーダーにはアラタ君が相応しいと思うんだけど、どう?」

 

 サイド0のリーダーはユイだろうと、天才を自称するアラタでもそう考えていたが、その他ならぬユイからじきじきに指名をされる。

 

「ユイ先輩がそう仰るなら、異論はありません」

「……わたしのガンプラ、上手く扱ってくれるなら」

 

 まさか指名されるとは思っていなかったため、驚いていると、イオリもマリカも特に異論はないのか、そのままアラタの言葉を待つように見つめている。アラタは何か考えるように深く目を瞑っていた。

 

「なら、リーダーとして勝利を組み立てようか」

 

 だが、やがて軽く深呼吸後に口元に笑みを浮かべると、顔をあげ、自信満々な笑顔で三本指をクルリと回して答えたのだ。

 

「アラタ君ならそう言ってくれると思ってたわ。大変な戦いになるけど、よろしくね!」

「お任せあれ! 学園の愛と平和のために頑張りましょう!」

「それじゃあ、リーダーはアラタ君で決まり! ここから学園を変えていくわよ!」

 

 そんなアラタに頼もしさを感じながら、ユイもつられて笑うと握りこぶしを作り、周囲に目配せをしながらリズムをとると……。

 

「「「えい、えい、おーっ!」」」

 

 イオリとアラタと共に拳を高く突き上げたのだ。

 

「……おー」

 

 後から出遅れたマリカもちょこんと拳を上げていた。

 

 ・・・

 

 夕暮れの帰り道をユイとアラタの二人が歩いていた。残念ながらイオリとマリカは別方向なので、途中まで一緒でであったが。

 

「うーんっ! やっぱりガンプラバトルは楽しいねっ!」

「ずっと同じことを言ってるよ」

「だって楽しかったんだもん! みんなにもこの楽しさを思い出してもらわなくっちゃ!」

 

 背伸びしながら、満足そうに話すユイに呆れながらも何だかんだで微笑ましいのか、ついつい苦笑しながらツッコムと屈託のない笑顔で答えられる。

 

「一年前、私達は今の生徒会長たちにガンプラバトルで負けて……その後の生徒会選挙でも負けちゃって……。だから今みたいな学園になっちゃったのは私達のせいでもあるの……。この前戦った生徒会書記の子……リョウコもね、一緒に生徒会やってた頃はもっと笑う子だったんだ。またあの頃のみんなともバトルしたいな」

 

「出来るよ」

 

 ユイはどこか寂しげに過去のことを思い出している。彼女はただ純粋に楽しいバトルがしたいだけなのだ。どこか湿っぽくなった空気のなか、アラタはポツリと、それでいて強く話す。

 

「俺が何とかする。俺が成長したのは……強くなったのはガンプラビルダーとしての腕だけじゃない。俺はいつまでも手を引かれるような存在じゃないんだ」

 

 夕陽を背にユイへ向き直り、いつもの飄々とした態度ではなく芯を感じさせる強い眼差しと共に宣言したのだ。

 

「俺がユイ姉ちゃんの力になってみせる」

 

 再会しても背伸びがちな弟のように感じていたが、男性らしいまっすぐとした精悍なその顔立ちと表情を前にユイも思わずドキリと鼓動が高鳴り、頬が熱くなっていくのを感じる。

 

「……って、あれ? 今、ユイ姉ちゃんって……」

「あーあー! さあて、天才は沈まないが、日は沈む。さっさと帰りましょうかー!」

「アラタ君、もう一回! もう一回、ユイ姉ちゃんって呼んで! ねえ、アラタくーん!」

 

 ふと先程、アラタが無意識のうちに発した呼称に気付くが、やはりそれで地になっているとはいえ、ユイや人前では恥ずかしいのだろう。わざとらしい態度で足早に歩いていくと、クスリと笑ったユイもからかいながらその後を追う。

 

「──あれが噂のジーニアスね。楽しみだわ」

 

 そんな二人をファインダー越しに見つめる者がいた。そしてカシャリとシャッターを切ると、カメラを外し、その紫色の瞳の少女がアラタ達の姿を見つめていた。

 

 ・・・

 

「やっと出来た……!」

 

 日は沈み、すっかり夜となり、やがて更けて、朝日が昇っていく。

 そんな中、部屋着姿のアラタは私室の作業部スースとして使っている机で笑みを浮かべていた。

 

 彼の目の前には一つのガンプラがあった。HG G-セルフ パーフェクトパックをベースとしているのだろう。頭部はガンダムタイプや一部のパーツを変更し、各所には装着されたクリアパーツはコンパウンドで綺麗に磨かれてキラリと光り、トリコロールカラーで塗られたそのガンプラは正統派な印象を受ける。

 

「最っっっ高だぁっ! 早く使いてぇーっ!」

 

 アラタも会心の出来を自負しているのだろう。徹夜で仕上げたというのに、歓喜のあまり両手で頭を掻き毟って、一刻早くバトルがしたいと子供のような笑みを浮かべている。

 

「あれ、そう言えば名前……。名前を決めてないな」

 

 一頻り、自身の渾身のガンプラを様々な角度から無邪気に見つめていると、ふとまだ名前を決めていないことに気付く。

 

「そうさなぁ……。この子で今の学園のルールを破壊(ブレイク)し、新しいルールを創造(ビルド)するのなら……」

 

 名付けるのであれば、適当な名前はガンプラに失礼だ。今の自分の状況と、これから始まるであろう波乱の学園生活を考え、やがて豆電球が光るように名前が思いついたのか、顔を上げ、笑顔のままガンプラを見下ろすと……。

 

 

「お前の名前はG-ブレイカーだ! 俺と一緒に勝利を組み立ててくれ!」

 

 

 これがやがてガンブレ学園にその名が轟く“ガンダムブレイカー”の誕生だ。

 果たしてこの先、彼はなにを破壊(ブレイク)し、なにを創造(ビルド)するのか……。それは是非、アナタの目で確かめて欲しい。




ガンプラ名 G-ブレイカー
元にしたガンプラ G-セルフ パーフェクトパック

WEAPON ビームライフル(V2ガンダム)
WEAPON ビームサーベル
HEAD ガンダム試作一号機 セフィランサス
BODY ダブルオークアンタ
ARMS G-セルフ パーフェクトパック
LEGS スターバーニングガンダム
BACKPACK G-セルフ パーフェクトパック
SHIELD フォトン装甲シールド
ビルダーズパーツ スタビライザー(バックパック中央)

詳しい外観は活動報告の【ガンブレ小説の俺ガンダム】に某画像投稿サイトへのリンクがありますので、興味がありましたらそちらを参照して下さい。


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第一章 さあ、出会いを組み立てようか
G-ブレイカー・起動!


クールなリョウコさんが好きな人はごめんなさい。


 今日も心地の良い青空が広がる早朝の下、人々は仕事など目的の場所へ向かうなか、ガンブレ学園も生徒達が一人、もしくは友人との会話を楽しみながらなど様々な形で登校してきていた。

 

「ねっむ……」

 

 その中には自称天才の姿もあった。徹夜でガンプラを仕上げ、歓喜していたのは良いが、そのせいで今、ドッと眠気が襲い掛かっており、鈍い動きで重い瞼を腕で擦る。

 

 後少しで校門だ。

 しかし校門に近づくにつれ、他の生徒達の顔に緊張の色が宿り、僅かに強張っていく。

 その原因は校門の前で何かを待つように腕を組んでいる人物によるもののようだ。

 

「……」

 

 リョウコだ。

 まさにクールビューティーの名が似合いそうな彼女はその場にいるだけでキリッと空気が引き締まる。

 そんな彼女の目は気怠そうに歩いているアラタに注がれている。どうやら目的はアラタのようだ。最もそのアラタは寝不足で頭の中がぼんやりとしているために、リョウコの存在に気付いていないようだ。そんなこことは露知らず、リョウコはアラタに声をかける。

 

「……ようやく来たか」

(まだ余裕もあるし、教室で寝てよ……)

「……?」

(隣の席は委員長だったし、授業が始まれば起こしてくれるでしょ)

「……おい、聞いているのか?」

(最初の授業ってなんだっけ……。あぁダメだ、思い出せない)

「おーい……?」

(まあ俺は天才だし、どうにでもなるだろ……)

「む、無視するなぁっ!」

「うあぁっとぅっおはよぉぅっ!?」

 

 突然、大きな声が聞こえたと思えば腕をいきなり掴まれたため、驚きのあまり震え上がりながら、とりあえず挨拶する。

 何にかと思い、振り返ってみれば、こんなこと初めてだったのだろう、若干、涙目のリョウコが自分の腕を掴んでいた。

 

「あ、あぁ……先輩か。え、なに? 俺のこと待ってたの?」

「コホン……察しが良いな。流石、ユイがリーダーに選んだだけのことは……いや、気づかなかったのは減点だ。そういうのは良くないぞ」

「とりあえず手を離してくださいな」

「え……? す、すまない! ほ、本当は、こんな不意打ちのような真似は本意ではないのだが……」

 

 リョウコの顔を認識して、安堵しつつも首を傾げる。彼女が自分に何の用があるというのだ。……いやまあ、生徒会に盾突くのだから用しかないだろうけども。

 男性に触れることには慣れていないのか、一度咳払いをして平静になろうとするもアラタの指摘に自分の腕を見ると慌てて手を離す。

 

「実はその、なんだ……。お前に興味があってな。少し、付き合ってもらえるか?」

「えーっ」

「なに、ちょっとしたことだ。ホームルームまでに終わる」

 

 正直、眠気があるのでご遠慮願いたいのだが、半ば強引に連れて行かれてしまうのであった。

 

 ・・・

 

 二人が移動したのは三年生が使用するバトルルームであった。元々、生徒会がバトルシステムの使用を管轄しているとはいえ、この時間では誰もこの部屋にはいなかった。

 そんなバトルルームで、リョウコはバトルシステムのセッティングを行っていた。

 

「よし、設定はこれで良いな……。悪いが、少しミッションに付き合って──」

 

 バトルのセッティングも終わり、後ろで待たせているアラタに声をかけようと振り返る。

 

「バトルか? バトルなんだな!? 早くやろう、すぐやろう、今すぐやろう! こんなにすぐにバトルが出来るなんて最っっっ高だぁあっっ!! フゥゥッフゥゥゥゥゥゥゥゥーーッ!!!!」

 

 先程まで眠気に襲われて、気怠げであったにも関わらず、バトルが出来ると知れば、どこからそんな元気が出てくるんだと思ってしまうほど、ハイテンションで頭を掻き毟って歓喜のあまり狂乱している自称天才(変人)の姿が。

 

「あ、ああ……。早朝だから渋られるかと思ったが杞憂だったな」

「俺は早朝から焼肉でも全然、OKなタイプですよっと」

 

 あまりの姿に頬も引き攣ってしまう。

 そんなリョウコを知ってか知らずか、一刻も早くバトルがしたいアラタは、満面の笑みのまま跳ねるような足取りでバトルシミュレーターへ向かうと、そのまま乗り込んでいく。

 自分から声をかけた筈なのに、置いてけぼりとなってしまったリョウコは我に返って、慌てて自身もバトルシミュレーターへ向かっていくのであった。

 

 ・・・

 

 シミュレーターの座席に乗り込んだアラタはすぐさまGBをセットし、バトルシステムにログインすると、表示された待機画面を他所にケースからクリアパーツが光るG-ブレイカーを取り出す。

 

「世界でたった一つしかない俺の……俺だけのガンプラ」

 

 両手で持ったG-ブレイカーをジッと見つめると、沸き上がる嬉しさに目頭を熱くなるのを感じながら、コツンと額に合わせ、バトルシステムにセットしてスキャニングさせると、モニターはカタパルト画面に切り替わり、バトルシステム上にG-ブレイカーが表示される。

 

「ああ、そうだ。今すぐ飛び出したいんだよな」

 

 まるで産声を上げるかのようにシステム上に投影されたG-ブレイカーは駆動音を響き渡らせる。連動して振動するシミュレーター内で我が子を慈しむような優しい笑みを浮かべながら、撫でるようにしてジョイスティックを握る。

 

「一緒に最強が何か証明しよう」

 

 今の自分の前に誰が現れようが負ける気はしない。何故ならば、自分のガンプラこそが最強だという自信があるのだから。

 

 

「ソウマ・アラタ……G-ブレイカー、行きますッ!!」

 

 

 パーフェクトパックから光輪を放ちながら、飛び出したG-ブレイカーはカタパルトを駆け抜け、オンラインへと繋がるワームホールを通り抜けていくのであった。

 

 ・・・

 

「それは……新しいガンプラか」

 

 リョウコが設定したバトルステージは密林地帯であった。

 鬱蒼と覆い茂る木々の近くにG-ブレイカーは降り立つと、遅れてパルフェノワールも現れると、初めて見るG-ブレイカーに興味を示していた。。

 

「……素晴らしいな。凄く美しくて、それでいて愛を感じる」

 

 別にお世辞ではない。そもそもリョウコ自身、お世辞が苦手な人間だ。バトルシステム上に投影されたG-ブレイカーの出来は素晴らしいと心から言える。

 傷一つない各部のクリアパーツは命が宿っているかのように確かな輝きを放ち、それに負けぬほどプロポーションも塗装も計算され尽くしている。これは他の生徒にも参考にさせたいくらいだ。

 

「自分のことを言葉で語るのは簡単だが……ガンプラバトルを通じてならば、より雄弁に、相手に想いを伝えられる……私はそう信じていてな。理想論ではあるのだが、それでも、私には千の言葉で尽くすよりも説得力のある方法だ」

「いやはや、情熱的だ」

「茶化すな。だが実際、私はお前のガンプラから愛を感じた。しかし私が感じただけが全てではない筈だ。私にもっとお前の想いを感じさせてくれ。生徒会に抗うと豪語するのであればな」

 

 茶化したつもりはないのだが、どうにもこの飄々とした態度はそう取られてしまうらしい。

 人知れず反省するなか、センサーに反応があり、周囲には次々とNPC機体が出現していく。

 

「無論、私も戦う。置いていかれないことだな」

「なに言っちゃってんですか。ならここで最強を証明しますよ」

 

 すると素早く前腕部を切り離し、NPC機体達へのオールレンジ攻撃を仕掛けていく。

 どうやらただ自分のバトルを見ているつもりではないらしい。

 しかしだ、そこまで言われてなにもしないつもりはない。次の瞬間、光の尾のような噴射光と光輪を発しながら、G-ブレイカーは空に舞い上がる。

 

「いけるな、G-ブレイカーッ!!」

 

 呼びかけに応えるようにG-ブレイカーのツインアイはキラリと輝くと、その機体色を赤色に染める。

 これはパーフェクトパックの機能の一つ、アサルトモードを発動させた証だ。バックパックのスラスターを変形させてビームキャノンに切り替え、砲口を向けると、高出力の二連装ビームを解き放ち、群がるNPC機を文字通りの消し炭にする。

 

 だが、まだ数は残っている。爆発の中、何を逃れたNPC機がG-ブレイカーに攻撃を仕掛けようと、上方に射撃兵装を向けた時だった。

 

 ──もう既にG-ブレイカーは目の前にいたのだ。

 

 そのまま頭部を蹴られて、よろめいたところをビームライフルで撃ち抜かれてしまう。

 周囲の機体がG-ブレイカーに攻撃を仕掛けようとする。しかしその全てが悉く直前に自機を破壊されてしまう。針のように鋭いビームサーベルを引き抜くと、一分も経たぬうちに出現したNPC機を殲滅したのだ。

 

「最っっ高だぁ、G-ブレイカーッ! お前は俺の動き全てに応えてくれるッ!!」

 

 G-ブレイカーの性能は素晴らしかった。それは作成したアラタ自身の予想をはるかに上回るほどに。

 自分はただジョイステックを操作してるに過ぎないというのに、まるでバトルフィールドに手足を得たかのような何の柵もない解放感と自由度を感じるのだ。あまりの嬉しさと高揚感に歓喜してしまう。

 

「だからこそ俺もお前の全てを引き出すッ!」

 

 自分もG-ブレイカーの性能の全てを引き出してあげたい。

 宝の持ち腐れにならないように、それこそ妙な言い方ではあるが、ガンプラが満足してくれるように、ガンプラが自分に使われて良かったと思ってくれるように。

 

「さあ、勝利を組み立てようかッ!」

 

 翔べ、G-ブレイカー。

 今この瞬間、君が世界(フィールド)を動かしているのだから。

 

 ・・・

 

「……楽しそうだな」

 

 それがアラタとG-ブレイカーの戦いを見ての感想だった。

 まさに今、G-ブレイカーは子供が自由に駆け回るように、無邪気なまでフィールドを翔けているのだ。

 もう自分が出る幕もないだろう。そもそも開始した時点からG-ブレイカーの独壇場だったのだから。

 

「……やはり、お前ならもしかしたら」

 

 G-ブレイカーを眩しそうに見つめながら、リョウコは一人、確信を胸に宿すのであった。

 

 ・・・

 

「見た? 見てた? 見てたよね!? どうだった!? 凄いでしょ? 最っっ高でしょ!?」

「……ああ、しかと見ていた。あの場の主役はお前だ」

 

 バトル終了後、まるで幼い子供が自慢してくるかのように満面の笑みで詰め寄ってくるアラタに幼い弟がいれば、このような感じなのかな、なんて思いつつ、微笑みながら称賛する。

 

「しかし、自分で誘っておいて何だが、まさか一人で来てくれるとはな……。いや、助かってはいるが」

 

 とはいえ、こうやって和やかに話しているが自分達は対立している身の上。

 敵対している者について来ただけではなく、満面の笑みで詰め寄ってくるこの状況に苦笑しながらも、ふとリョウコは目を鋭い眼光を突きつけ……。

 

「罠だ、とは考えなかったのか?」

「考えなかった」

 

 即答されてしまった。

 しかもその問いに対して興味はないようで、より興味のあるG-ブレイカーを色んな角度で見つめている。

 

「ガンプラバトルを通じてならば、より雄弁に、相手に想いを伝えられる……でしたよね。少なくとも俺がバトルしたアナタはそういうことする人ではない」

「……大物と言うべきなのか」

 

 一通り、G-ブレイカーを鑑賞し終え、うっとりとした様子でケースにしまうと、リョウコに向き直りながら、断言したのだ。

 思わず呆気にとられるリョウコだが、答える代わりにアラタは微笑を浮かべながら三本指をクルリと回す。

 

「……だが甘すぎるな。ユイが知れば叱られるぞ、きっと」

「えーっ? でも、先輩とだったら喜びそうだけど。それにユイねぇ……えーっと、ユイ先輩も結構、甘いし」

「それはまぁ……否定はせんが」

 

 砕けたように軽く笑いながら、ユイについて話すが、寧ろ先日の下校でのユイを思い出す限り、リョウコを悪くは思っていないだろうし、大体からして、ユイも存外、甘い性格なので叱られるまではしなさそうだが。

 

「ともあれ、時間をとらせ──「えっ、なに締めようとしてるんですか?」……え」

 

 元々、アラタはバトルをするつもりがなく、連れて来られた為、時間に関しては計算していない。

 時計を見る限り、ホームルームには余裕で間に合うだろう。もう少し時間がかかるかと思ったが、アラタの実力は予想以上だった。だが、ここでお開きにしようとした時、待ったをかけられた。

 

 ・・・

 

(サイド0結成が嬉し過ぎて、ついつい夜更かししちゃったなぁ……)

 

 一方、三年の教室に続く廊下を歩きながら、ユイは口元に手を添えて、欠伸をする。

 しかしサイド0結成は彼女の中で大きかったのだろう。ついつい頬が緩んでしまう。

 

「──えぇい、いい加減にしろ!」

(リョウコ!?)

 

 すると遠巻きにリョウコの声が聞こえ、嬉しさも束の間、驚いてしまう。

 なにやら困ったような声だったのだ。

 

「やだやだぁーっ! 絶対やるんだーっ!!」

(ア、アラタ君まで!?)

 

 何事かと思い、目を凝らしてみれば、リョウコを追うようにしてアラタが姿を現したのだ。

 

「あんなので満足できるわけないでしょ!? 生殺しにも程があるよ、人を誑かしてその気にさせておいてさぁ! あれは俺のデビュー戦(初めて)だったんだよっ!? 例え俺とのあの時間が遊びだったとしても責任は取ってよっ! 一回だけでいい、俺は先輩と熱い時間を過ごしたいだけだから!」

「ちょっと待て! その発言は誤解を与えかねん! 主語を言え、主語を!!」

「先っちょだけ! 先っちょだけだから!!」

「先っちょってなんだ!?」

 

 G-ブレイカーのデビュー戦に完全に火がついたアラタはガツガツとリョウコにバトルを持ちかけていた。クールな印象を受けるリョウコがここまで取り乱しているのと、その会話の内容に生徒達は何事かとヒソヒソと話している。

 

「えぇっ……」

 

 ユイもその一人だ。

 リョウコを昔はもっと笑っていたと言った覚えがあるが、今の学園であんな姿を見るとは思わず、ただただ困惑するのであった。



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おっぱいが落ちる日

「おい、聞いたか? ラプラスの盾のメンバーが負けたんだってよ!」

「ホントに!? でも一体、どこのチームが……」

「ああ、なんでもサイド0っていう新造チームで、リーダーはウチに転入してきたばかりの──」

 

 ラプラスの盾はこの学園で最大規模を誇るチームだ。

 例え公式のバトルでなくとも、勝利すれば、その噂は瞬く間に学園中を駆け巡っていた。

 

 ・・・

 

「……っていう噂を今朝聞いたのよ。まあ、あなたは先生に引き摺られて来たから知らないだろうけど」

「……世の中の不条理なら今朝知ったよ」

「なにがあったのよ……。まあ兎に角、結成早々、結構な噂になってるみたい。ラプラスの盾のメンバーに勝ったのは大きいわね」

「……今はラブプラスなんてどうだって良い」

「ラープーラース!」

 

 日は頂点に達し、お昼時となった教室内ではイオリから今朝、早速、持ちきりとなっているサイド0の噂について話されるが、アラタは机にうつ伏せとなったまま、ズーンという音が聞こえてきそうなほど落ち込んでおり、まともな会話すら出来ていない。

 

「これはそのうち、血の気の多いチームが対戦を申し込んでくるかもしれないわね」

「……」

「……? まあ、そう悲観することもないわ。逆にこれはチャンスと言えるかも」

「……」

「……このまま勢いに乗って、快進撃なんてした日には、きっと生徒会も私達を無視できなくなるはず……」

「……」

「……」

「……「無視するんじゃないわよ!」……ごふっ!?」

 

 余程、朝の一件が尾を引いているのか、机に突っ伏したまま何の反応も示さないアラタだったが、ついに業を煮やしたイオリの肘打ちを脇腹に受け、悶絶する。

 

「でも、安心して。アナタはリーダーだけど、それ以上に私達はチーム。アナタが苦しいときは私がきちんと支えてあげる」

「あの……今、現在進行形で苦しいんですが……。必殺シャイニングエルボーを食らったばかりなのですが……」

「だからなにも心配いらないわ。アナタはどーんとリーダーとして振舞ってくれればいいの。そういうの得意でしょ、天才さん」

「くっ、聞いちゃいない……。さっきの仕返しか……」

 

 微笑を投げかけながら、激励の言葉を送ってくれるイオリだが、アラタがなにを言っても一切、反応しない。そんな意趣返しを受け、アラタは昼食をとろうと持参の弁当を取り出そうと鞄に手をかける。

 

「……あっ」

「どうしたの? お弁当でも忘れた?」

「……ビンゴ」

 

 間の抜けた声を漏らすアラタに漸く反応したイオリは鞄に手を突っ込んだまま固まっている姿に、何となく浮かんだ予想を口にすると正解だったようだ。

 

「ここら辺でココ○チカレーってあったっけ?」

「赤い彗星コラボなら、とっくに終わってるわよ」

「……マジか。俺、あぁいう応募系って当たったことないんだよね」

 

 当選なんて幻だと思ってる。

 

「……仕方ないわね。私のおかずでよければ少し分けてあげるわ」

「いや、でも……」

「言ったでしょう? 苦しい時は私が支えてあげるって。冗談で言ったわけじゃないわ」

「都会のお人ぁつめてぇ人ばっかだぁ聞いとったがが、ちげぇんだなぁ……」

「誰よ。とは言っても流石に男の人には物足りないとは思うけど……」

 

 顔を両手で覆って、泣き真似をする姿に苦笑しつつも自身の小さな包みの弁当を取り出す。

 確かにアラタは食べ盛りだ。おかずだけで昼を乗り切るのは辛いものがある。まあ、一番辛いのは、それで静かな授業中にお腹の音が鳴って、周囲に聞かれることだよね、恥ずかしいよね、最っっ悪だよね。

 

「とりあえず、ちょっと購買行ってくるよ」

「この時間じゃもう碌なものがないと思うけど……。まぁ、いってらっしゃい。ここで待ってるから早く戻ってきてね」

 

 イオリの見送りに三本指を回しながら、購買部へ向かうのであった。

 

 ・・・

 

 ガンブレ学園に置かれている購買部。その名はプレミアム購買部……通称、プレバイ。

 

「……受注生産じゃないだろうな」

 

 先日、イオリに案内はされたが、利用する為に購買部に訪れたのはこれは初めてだ。購買部が賑うのは昼休みの始めであり、今の時間だとそこまで混みあってなかった。

 

「おっ……お前、噂の転入生か」

「どうも噂の天才です」

 

 暇を持て余して、ホビー誌を読み漁っていた購買部の店員がアラタに気付いて、声をかける。アラタは転入初日から注目を集める行動を何度もしている。どうやらある程度、自分の存在は認知されているようだ。

 

「俺ぁアマタ・マスミだ。なんかあったらよろしくな」

 

 年齢を見る限り、自分より一回り、年上といったところだろうか。

 

(委員長にも何か買って行きましょうかね)

 

 ガンブレ学園にある購買部だけあって、学用品などだけではなく、ガンプラも置かれている。暇な時、ここで物色して時間が潰せそうなほど、魅力的な場所だ。

 

「って、あれ……」

「どした」

「いや、ガンプラ……少なくないですか?」

「そのうち増えてく予定だ。でも安心しな、最終的には購買部史上、最大数になってる筈だ。現にゲルググJやカプルとか、ここにないガンプラはちゃんと送られてきてるしな」

「えぇっ……それっていつの話になるの……。っていうか、ガンダムとG-3ガンダムはそれぞれあるのに、何でMk-Ⅱはティターンズカラーしかないんです? 売り切れってわけでもないし、エゥーゴカラーの方が好きだって人もいるんですよ! これがティターンズカラー派のやり方ですか!?」

 

 適当に残ったパンと好物のドーナツを手に取ったアラタは陳列されたガンプラの少なさに気付く。いくら購買部だからといっても、これならその辺の店の方が充実してるだろう。

 しかしあっけらかんとしたマスミの物言いに、その最終的とは一体、いつ頃になるんだと困惑しながらも、他にも気になったことを尋ねる。

 

「知らねえな。気に食わねぇなら自分で塗り変えな」

「おのれ、ティターンズ……っ! カクリコンの前髪を……抜くっ!」

 

 そんなやり取りをしていると、ふとプレバイに三人の生徒達がやってきた。

 しかし、首から下げたドックタグや傍から見てもその着崩した制服など、三人ともその柄の悪さが手に取るように感じ取れるほどだった。

 

「しょうがねぇ。買われるより買ったほうがマシってね」

「うざい……」

「てりゃああぁぁぁぁ、万札ッッ!!!」

 

 まさに悪の三兵器とばかりに、横暴な態度をとる不良達。これにはマスミも青筋を浮かべ……。

 

「おい、うるせぇぞ三馬鹿。って、てめえ黒斗! 毎回毎回万札持ってくんじゃねえって言ってんだr「うるせーのは、カシラだよ」……あぁん? てめぇら、また俺のファームで働かせるぞ!」

 

 わざわざカシラと呼ばれるほどには慕われているのだろうが、いかんせん小馬鹿にしたような態度を取ってくる為、怒ったマスミと更に煽る三馬鹿のせいで騒々しくなっていく。

 

「いや、会計……」

「──あぁなると、中々戻ってこないわよ」

 

 アラタをそっちのけでやいのやいのと騒いでいるマスミと三馬鹿。

 時間も限られているため、手早く会計を済ませたいのだが、声をかけても白熱している為に耳には入っていないようで、途方にくれていると不意に声をかけられた。

 

「なんだったら私が立て替えておくわ」

 

 そこにいたのは純白の髪の少女だった。

 頭には白いペレー帽を被り、丈の長いブレザーを肩にかけているのが印象的だが、何よりはその紫色の瞳だろう。

 

「……あなたは?」

「あら、ごめんなさい……。私はアイゼン・レイナ。よろしくね、後輩君。それとも天才君って呼んだほうが良いかな?」

 

後輩、と呼ぶのであれば、恐らく彼女はユイやリョウコのような三年生だろうか。

彼女の持つミステリアスな雰囲気に知らぬうちに呑まれてしまう。

 

「ど、どちらでも……。じゃあ、その……お言葉に甘えても良いですか?」

「そんなに固くならなくていいわ。そんなんじゃこれから大変よ? はい、深呼吸して」

 

会ったばかりではあるが時間も惜しい。

立て替えてくれるのであればと、財布を取り出そうとするが、彼女の持つ独特な雰囲気のせいか、ぎこちない動きとなってしまう。

そんなアラタに苦笑しながら、さながら保母のように促すと、自分でも不思議に思うくらい、すんなりといわれたまま深呼吸してしまう。

 

「よく出来ました。ご褒美に飴ちゃんあげる」

「あ、ありがとうございます……。あ、あとお金……」

「はい、確かに受け取りました。ちゃんと払っておくから安心して」

 

 肩にかけているブレザーから取り出したのはキャンディーだった。

 おずおずと受け取りながら代金を渡すと、思わずドキリとするような微笑を浮かべられ、魅了されてしまう。

 

「それじゃあ午後の授業も頑張ってね。貴方達がやろうとしていることは凄いことだけど、それ以前に学生の本分を忘れちゃダメよ?」

「は、はい……。それじゃあ……」

 

 好き放題やっていたアラタが借りてきた猫のようにここまで大人しくなってしまった。

 

 彼女の美しさはその容姿だけではなく、佇まいに表れていた。

 まさに全てを包み込んでくれるような感覚に陥るのだ。

 

 最後まで知らず知らずにペースを握られてしまったアラタは微笑みながら軽く手を振ってくれるレイナに会釈をするとプレバイを後にするのであった。

 

 ・・・

 

「あいつじゃないか? 噂の転入生」

「あぁ、ラプラスの盾のメンバーを倒したっていう……」

「私はさっきオオトリさんに初めてを奪われた子って聞いたけど」

「「えっ」」

 

 ただ廊下を歩くだけで視線が集まる。直接、声をかけて来る者はいないものの皆、コソコソとアラタの話題ばかりを話している。

 

(注目されるのは嫌いじゃないが、度が過ぎると、あまり落ち着かないな)

 

 無遠慮な好奇心の視線に晒されているアラタは内心、ため息をつく。この分だと教室に戻っても同じことだろう。イオリの話を聞く限り、もうショウゴ達を撃破したという噂はこの学園全体に広まっていると考えても良い。

 

(……このままずっと続くだろうし、それなら少しくらい安穏が欲しいかな)

 

 現生徒会を打ち倒すのなら、今後、こういった視線には慣れておかねばなるまい。とはいえ、あまり度が過ぎると、気も休まらないのだが。

 

 

 

 

 

「──あーっ、みぃーつけたっ!!」

 

 

 

 

 

 

 後ろのほうから、そんな声が聞こえてきた。

 

「キミ、ソウマ・アラタだよね!」

 

 瞬く間に忙しい足音がドタドタと聞こえてきた。

 振り返ってみると、そこには桃色の髪をハーフアップに纏め、溌剌とした印象を受ける快活そうな少女がアラタを目指して、一直線に走ってきていた。

 

「なんかチョーおもしろいことやってるみたいじゃーんっ!!」

 

 なんと、そのまま廊下を勢いよく蹴って、振り返ったアラタの首元に抱きついてきた。しかし幸か不幸か、振り返ったために彼女の豊満な胸部が飛び掛った勢いに乗って、アラタの顔面に押し付けられていく。

 

 

 

 

 

 

 ──鼻をくすぐる甘い香り!

 

 

 

 

 

 

 ──そして抱きつかれたことによって顔面に広がるボリュームのあるバストォッッッ!

 

 

 

 

 

 

 ──柔らかい! とても柔らかいぞッッッ!!

 

 

 

 

 

(これだ──!)

 

 

 

 

 

 

 その時、自称天才は安穏を手に入れたという──。




アイゼン・レイナ

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天才を粉砕せよ

「アタシはカミサカ・チナツ! ちなちーって呼んでね!」

「……」

 

 アラタに抱きついてきた少女は自分の名前を名乗りつつ、自身の愛称を口にする。

 丈の短いスカートなど着崩した制服や身に着けているアクセサリーの数々など俗に言うところのギャルを思わせるが、その活発な笑顔は親しみやすさが感じられる。

 そんな印象も程ほどにチナツは突然、アラタに顔を近づけてきた。

 

「……くんくん。あれ? キミって塗料の匂い、しないね。何でガンプラ塗ってるの? 水性塗料系? もしかして、ガンダムマーカー重ね塗り系!? 生徒会に立ち向かってるって話だし、ますますキミに興味が湧いちゃったかも! ねえねえ、キミのガンプラ見せて見せてーっ!!」

「……」

 

 自身の胸部が目の前の青年の顔を埋めているというのに、抱きついたまま鼻を鳴らして、アラタの匂いを嗅ぎながら、さながらマシンガンの如きトークを繰り広げる。

 しかし何を言われようとアラタは一切の反応をしないまま沈黙していたのだ。

 

「……ってぇ、どったの? 黙りこくって」

「……アップルパイにはアップルが入ってた」

 

 流石に不思議に思ったのだろう。アラタから離れながら尋ねると悟りを開いたような表情で合掌された。

 

「ところで、おっぱ……ん”ん”っ! ……えっーと、ちなちーは俺に何の用?」

「いや、ガンプラを見せてもらいたんだけど……。まあでも、廊下じゃアレだから、秘密の場所に行こ?」

 

 とはいえ、一連の流れは十分、周囲の注目を集めてしまった。

 落ち着いて話せる場所に向かおうと、チナツの案内で一先ず、アラタはその後についていくのであった。

 

 ・・・

 

「ここ、たまに忍び込んで、デコるのに使ってるんだー。みんなには内緒だよ?」

 

 訪れたのは、古いガンプラバトルシミュレーターが置かれている見慣れた第08ガンプラ部の部室だ。

 とはいえ、チナツはアラタがこの部室を利用しているのは知らないため、自身とこの部室の関係を口にしながら、人差し指を鼻頭にあてながら、ウインクしている。

 

「俺も昨日から使い始めてね。今後、ここで会うかもしれないな」

「マジ!? キミもここを使ってたんだーっ!」

 

 最も別にアラタの場合は忍び込む必要はないわけだが。

 そのことを知らないチナツは同類を見つけた、と嬉しそうに跳ねていたが、それよりそれより、とやがてそのままアラタに詰め寄ると……。

 

「早速見せてよ、キミのガンプラ! どんな塗りなのか気になっちゃって!」

 

 まるで幼い子供のようだ。

 興味深々に瞳を輝かせるチナツにアラタは苦笑しつつも、自慢のガンプラであるG-ブレイカーを取り出す。

 

 ・・・

 

 当初は興味本位で適当に見られて、終わりだろうと考えていたが、眉間に皺を寄せてG-ブレイカーを見つめるその姿は真剣そのものだ。

 彼女の口ぶりから塗装に拘りがあるのだろう。これには予想外であったが、逆にそれほどまでに自分の手がけたガンプラを見てくれるのは、純粋に嬉しいものだとプレバイで購入したドーナツを頬張る。

 やがてG-ブレイカーを隅々まで見終えたチナツはうーん、と批評を始める。

 

「あたしから言わせると、まだまだデコリが甘いけどセンスは超イケてるかも……」

「でしょ!? 因みにクリアパーツはエナメル塗料で塗ったんだけど、その下にホログラムシールを使ってるんだ!」

「キラッキラだね。これだけクリアパーツを使ってると、鮮やかでより映えるよ!」

 

 G-ブレイカーは各部にクリアパーツがふんだんに使われ、その一つ一つに惜しみのない手間がかけられている。その結果、バトルだけではなく、一つの作品として見ても、十分な完成度を誇っていた。

 

 心からG-ブレイカーを愛しているのだろう。他にも塗装や見栄えに関して、拘った点を子供のように夢中になって全て話す。その全てにチナツは、うんうん、としっかりと話に耳を傾けてくれた。

 

「……じゃあ、そろそろやろっか」

「エッッッッ」

 

 やがて全てを話し終えて満足していると、不意に耳元でチナツが甘い声で囁いてきた。

 

「どうしたの? ここに来たら、やることはひとつでしょ? アタシのガンプラとミッションしよ!」

(……邪念を捨てろ俺。ガンプラを……G-ブレイカーを前にしておきながら、おっぱいに惑わされるんじゃない)

 

 特に彼女自身に深い意味はなかったのだろう。

 動揺したままピタッと固まっているアラタを可笑しそうにしながら、近くのシミュレーターを指差す。

 一瞬でも何を想像したのだと思春期の自分を恨みながら、深呼吸したアラタはチナツと共に出撃していくのであった。

 

 ・・・

 

 チナツと共に出撃したバトルフィールドは月面基地であった。月面の地を踏みしめるG-ブレイカーの各部のクリアパーツは通常のフォトンバッテリーよりも高圧縮のものとなって、周囲を照らすほどの輝きを放つ。

 

「バトルフィールド……特に宇宙空間にいると君の機体、映えるね!」

「クリアパーツは勿論のこと、元になったG-セルフも宇宙のイメージが強いからな」

「現実で鑑賞するのもありだけど、バトルフィールドに投影されたガンプラを見るのも乙だよね、アタシも参考にしなくっちゃ!!」

 

 チナツのガンプラはスターバーニングガンダムをベースとしたマックスキュート・ガンダムという名のガンプラだ。ピンクとゴールドを基調にボーダー塗装がなされ、バックパックにはリボンストライカーを採用しており、バトルというよりも見栄えや可愛さに重きを置いたガンプラのようだ。

 

「地形に合わせて見た目を変えるとか面白いよね。ジャングル塗装はド定番だけど、最近のガンプラだと都市迷彩も流行ってるし! 迷彩はエアブラシ使わなきゃなんだけど、アタシ持ってないんだよねー。だから学園の借りてデコるんだけどさー」

「アニメ塗りとかもあるよな。バトルフィールドで鉢合わせしたら、アニメの中に迷い込んだような不思議な気分になりそう」

「そうそう! ま、アタシの場合は基本、“可愛く、派手に!” なんだけどねー!」

 

 中々、塗装談義は尽きず、バトルフィールドだというのに話の場となってしまっている。

 そんな二人にいい加減にしろとばかりに銃撃が襲い、回避しながら確認すれば、そこにはNPC機達の姿が。

 

「って、ノンビリしてる場合じゃなかった! いっくよー!!」

「ああ! G-ブレイカーが塗装だけじゃないってとこ、お見せしちゃうよ!」

 

 元気よく腕を突き上げながら、NPC機へ向かっていくマックスキュートに続くようにG-ブレイカーもスラスターを稼動させ、宇宙空間に舞い上がる。

 

「G-ブレイカーを褒めてくれた礼だ。取って置きを見せてやる」

 

 ビームライフルの引き金を引くことでNPC機の注意を引く中、G-ブレイカーの機体色は青紫色に変化すると、バックパックのバインダーを水平になるように移動させ、四方に半透明のバインダーが出現する。

 

 これがG-ブレイカー・リフレクターモードだ。

 NPC機から放たれたビームはリフレクターモードによって跳ね返されるか、もしくは吸収され、G-ブレイカーのエネルギーに変換されると、エネルギーを気にしない大胆な戦い方を繰り広げる。

 

「ちょうちょみたい……」

 

 四方に展開されたリフレクターモードは、さながら蝶の美しい羽根のようだ。

 塗料によって手が加えられた全身のクリアパーツは鮮やかに輝き、自身に襲い掛かるエネルギーを蜜に変えた美しい一匹の蝶は宇宙を舞台にひらりと舞い踊るのであった。

 

 ・・・

 

「キミ、やるじゃんっ! 塗装だけじゃないんだねー!」

「やるでしょ? 天っっ才でしょ?」

「なにそれ、おもしろーい!」

 

 それから数分後、バトルを終えたチナツは先程、見た光景に興奮が冷めやらぬまま詰め寄ると、アラタも得意げとなって三本指をクルリと回す。

 苦笑されることが多かったその自称天才のキャラもチナツには大受けしたようで、ゲラゲラと大笑いしていた。

 

「そう言えば結局、生徒会に立ち向かってるって話、マジなの?」

「マジ……って言いたいけどまだ、降りかかる火の粉を払ってるくらいだけどね」

「でもそのつもりなんでしょ? それってチョーすごいかも。ヤバイレベルですごいっ! 生徒会に立ち向かうなんてユイぽん以外にいるんだーっ! ユイぽんだけじゃヤバくね? 無理じゃね? って思ってたけど、キミがいれば出来るかもー!」

 

 チナツの驚きながら感心する姿を見ても、やはりここの生徒にとって生徒会は絶対的な存在のようだ。

 とはいえ、アラタはもう生徒会に抗うと決めた身だ。今更、何であろうと構うものか。

 

「なんかキミはやりそうな匂いがする! アタシは、鼻は良いほうなんだ。塗料の匂いもすぐに嗅ぎ分けられるし!」

「かもでも、やれそうでもない。俺はやっちゃいますよ。なんせ──」

「天才だからっ! でしょ? キミといると楽しいことがチョーたくさんありそう!」

 

 チナツの確信めいた言葉に三本指を回そうとするが、その指をギュッと掴まれて、その後の言葉を言われてしまう。どうやらチナツに気に入られたようだ。

 

「アタシのガンプラデコテクニックでバイプス、ガンガン高めていこーっ! キミのガンプラはトクベツに超絶かわいいチナツスペシャル水玉塗装バージョンにしてあげるっ!」

「やめろ! 信じて送り出したG-ブレイカーが……なんてのはご免だ! 気持ちだけで十分だけ受け取っとくから!」

「じゃあ、これからよろしくね、アラター!」

「アラサーみたいに言うんじゃないよ!」

 

 騒々しくも愉快な時間は瞬く間に過ぎていき、チナツは満足して、一足先にじゃあねーと08部の部室を去っていった。

 

 ・・・

 

「悪い奴じゃないけど、あのマシンガンっぷりは凄いな……。少し疲れた」

 

 チナツと別れ、アラタも教室に戻っていく。

 しかしチナツの勢いに流石のアラタも気疲れしているように見える。

 

「あれ、そう言えばなにかを忘れているよう、な…………」

 

 ふと教室に近づくに連れ、何か引っかかりを感じ始める。

 一体、なにかあっただろうかと思い出そうとしながら、教室に足を踏み入れたが、その先の光景に固まった。彼の視線の先には……。

 

 

 

「シッ…シッシッ…」

 

 

 

 イオリ、無言のシャドーボクシング

 

 

 壁時計を見れば、彼女のここで待っているという言葉に見送られてから、もうかれこそれ30分は経っており、昼休みももう間もなく終了するだろう。

 

 

 

「……」

 

 

 

 アラタ、無言で教室に背を向け、クラウチングスタートの体勢をとる。

 

 

 

 

 

「……ズットマッテタノニ」

 

 

 

 

「ごめんなさあアアアアアァァァァァァァァーーーーーーーーーーーいっっっ!!!!」

 

 

 

 

 

 背後から感じる強烈なプレッシャーを合図に全力の謝罪と共に走り出す。

 

 なお、この後、無事に必殺シャイニングエルボーは決まったそうだ。



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RECOCO再び

(……委員長にはどう埋め合わせするかな……)

 

放課後となり、これから部活動へ励むであろう生徒達の賑わいのなかに、ボロボロの自称天才がいた。

バトルでは態度が控えめにいって荒々しくなるイオリだが先程、追跡者と化した彼女は凄まじかった。

 

一切の無駄のない動きは風を切り、段々と近づいてくる足音だけが恐怖感を煽り、言葉を発さず、ナイフかと思うほどの冷たい視線を突き刺してくる。

スライディングキックを受けて転んだ自分を見下して素振りのように肘を振るうあの姿はまさに悪夢そのもので、その直後の記憶はない。

 

これが後に学園の守護神にして抑止力となる対自称天才用決戦兵器・イオリチャンの誕生である。

 

意識を取り戻した後は兎に角、謝って謝って謝り倒した。チナツと出会ったという事情も全て話しすと、チナツのことを知っているようで、それはそれで驚いており、最終的には埋め合わせを条件に許してもらえた。

 

軋むように痛む体のまま、一先ず部室へ向かう。

イオリはアイダに委員長として用件を頼まれてしまって、遅れるそうだ。

 

「そっ……ソウマ先輩っ。お疲れ様ですっ」

 

そんな矢先、おどおどとした様子のマリカと鉢合わせした。

 

「どしたの? 俺に何か用?」

「そういうわけではなくて、ですね。ちょっと、お見かけしたので……えへへ」

(可愛い)

 

はにかみながら話す姿はさながら小動物のようで、痛んだアラタの身体すら癒していくようだ。

一人で勝手にマリカに癒されていると、会話を失ったマリカは沈黙に耐えかねて、そわそわと動き出す。

 

「……あ、あの……ごめんなさい……。わたし、口下手で……」

(それなのに俺に声をかけてくれたのか。可愛い)

「ぶっ、部室! 部室に行きましょうっ! ねっ、先輩!」

(マリカちゃんは後輩可愛い)

 

完全にアラタの心を掴んだのだろう。

もう今のアラタにとって、マリカが何か喋るたびにだらしのない顔付きになり、誘われるまま一緒に部室へ向かう。

 

・・・

 

「じ、実は先輩に相談があるんです!」

 

どうやらイオリだけではなく、ユイもまだ到着していないようだ。

二人だけで部室に到着し、思い思いに気ままな時間を過ごしていると、不意にマリカに声をかけられた。

 

「恋・愛・相・談? 良いじゃなぁーい……うふふふっ」

「ち、違います! そのっ……わたし、バトルが苦手で……」

 

まさかこれは恋の相談なのかと一人勝手に妄想して、口元に手を添えながら、気持ちの悪い笑みを浮かべていたが、どうやら秘密とはバトルに関することのようだ。

だが、そもそもマリカがバトルが苦手なのは、出会った時に聞いている。

 

「先輩達が難なくクリアしてるミッション……わたし、クリアしたことなくて……。先輩の動きを参考にしたいので、一緒に出撃してもらえませんか?」

「あぁ、成る程……。なら、行こうか」

「あ、あの……本当に……?」

「俺はマリカちゃんの前だけでは嘘つけないの」

 

こんな可愛い後輩の前で嘘をつく不貞な輩がいるのであれば、Are you ready? からのとび蹴りを浴びせるところだ。

 

アラタが快諾すると、ありがとうございます! と心から嬉しそうにバトルシステムの準備を進めると、二人は出撃するのであった。

 

・・・

 

「──マリカちゃんのガンプラ、初めて見たな」

 

バトルフィールドとなったのは、曇天が広がる熱帯雨林ステージであった。

滝のある渓流の近くで合流しつつ、アラタはモニター越しでマリカが手がけたカスタマイズガンプラを見つめる。

 

ストライクガンダムをベースにしたそのガンプラはバスターガンダムやイージスガンダムなどの同じGATシリーズのパーツを組み込んで仕上げたものであり、その名はガンダム・マリカマルだ。個性的な名前ではあるが、それがマリカが一生懸命に考えた名前だと思うと、微笑ましかった。

 

「ど、どうでしょうか」

「流石の腕前だ。ガンプラ制作だけなら、サイド0の中で一番、上手いかもしれない」

「それは言い過ぎですよ! それに先輩っ……自分のこと天才って言ってるのに……」

「天才は認めるものは認めるものさ。さて、そろそろ来るぞ」

 

まさか普段から自分のことを天才と言っているアラタが自分を含めて、サイド0の中で一番、上手いなどというとは思っていなかったのだろう。流石に恐れ多いと、恐縮しているマリカに自身を持たせるように通信越しで笑うと、そのままセンサーが反応した場所を見やる。そこには既に多くのNPC機の姿が。

 

「参考にするのは良いが、まずはマリカちゃんのバトルも見ておきたい。サポートするから好きに動いてくれ」

「は、はい!」

 

ビームライフルで敵機体を牽制しつつ、マリカに促すと緊張からかその声を震わせながらマリカマルを動かす。

 

マリカの動きその物はバトルが苦手で口にするだけあって、ぎこちのなさを感じるものの、それでも筋その物は悪くはなく、アラタのサポートがあったとはいえ、出現したNPC機の全てを撃破した。

 

「どうでしたか……?」

「悪くないよ。ただ自信がないのかな? おっかなびっくりって感じがする」

 

根本的な部分で彼女は自分に自信がないのだろう。バトルで見え隠れするぎこちなさは自分に出来るのか、という不安から来るものだろう。

 

「じ、自信なんてないです……。わたしはソウマ先輩が羨ましいです。どうすれば、あんな風にできるんですか」

「……俺を真似するのだけは止めたほうがいいよ」

「え……?」

「なんでもない。なら、別のアプローチをしてみようか」

 

一瞬、アラタから感じた強烈な違和感。

普段の唯我独尊っぷりから想像が出来ないほど、今にも消え去りそうなほど儚く感じたのだ。

だが、そのことを尋ねるよりも前に話の流れを持っていかれてしまった。

 

「自分が信じられないのなら、自分が作ったガンプラを信じてみたらどう?」

「ガンプラを……」

「それは自分の全てを注ぎ込んで作ったものでしょ? 作りこまれたガンプラが見れば分かる。そこまでしたのは、自分のガンプラが最強だって、このガンプラで勝ちたいんだって思ったからでしょ?」

「それは……」

 

わざわざカスタマイズしてまで作ったのは負けるためではないはずだ。

リョウコも言っていたが、ガンプラを見ればファイターのことは大体分かる。継ぎ接ぎで愛のないショウゴのガンプラなど比較にもならないほどの想いをマリカマルから感じるのだ。

アラタの指摘は間違ってはいなかったのだろう。なにか考えるようにジョイスティックをギュッと握む。

 

だが、バトルその物は終わっていない。その証拠にセンサーが反応すると、前方にPGサイズのガンダムが現れたのだ。

 

「あ、あわわ……」

 

PGガンダムを見た瞬間、マリカは目に見えて慄いている。

どうやらこのミッションがクリアできない、と言っていたのは、あのPGガンダムが原因だろう。

既にこちらを捉えているPGガンダムはビームライフルの銃口を向けると、PGの名に恥じぬ大出力のビームを解き放つ。

 

マリカが思わず、息を呑んで目をギュッと瞑るなか、マリカマルの前に躍り出たG-ブレイカーはフォトン装甲シールドを構えると、各面からエネルギーで形成されたビーム・プレーンを次々と展開して、迫り来るビームを全て吸収する。

 

「ガンプラをどう動かしてあげたいか考えるんだ。それが勝利へのパーツの一つになる」

 

その言葉を残して、G-ブレイカーはパーフェクトパックから光輪を放ちながら、PGガンダムへと向かっていき、戦闘を開始する。

 

「綺麗……」

 

バトルの最中だというのに、思わずそんなことを無意識のうちに呟いてしまった。

 

光輪を放ち、鮮やかな光の尾を引いて、空を舞うG-ブレイカーはなんと美しいことか。その光輪とバックパックも相まって、天使にさえ見えるほどだ。

 

ガンプラをどう動かしてあげたいか、きっとアラタはG-ブレイカーに何の枷をなく、ただ心のままに共に飛んで欲しいと考えているのだろう。それは見ていて、楽しさと美しさを感じるほどだ。

 

「あっ……!?」

 

知らず知らずにG-ブレイカーに夢中になっていると、不意にPGガンダムが標的をマリカマルに変えたのだ。放たれたビームを辛くも避けるが、それはプラフだったのだろう。矢継ぎ早に放たれた頭部バルカンを受けて吹き飛んでしまう。

 

(……わたしはやっぱりソウマ先輩みたいには)

 

大きく吹き飛んだせいで、後方の滝から落ちてしまう。このままでは滝つぼに落ちるのは時間の問題であろう。

モニターに広がる落下していく光景に先程の空を自由に舞うG-ブレイカーを思い出す。結局、自分はあんな風には出来なかったのだ。

 

 

「──ただ落ちていくことが、マリカマルにさせたいことなの?」

 

 

目を瞑って、もうダメだと、自分はバトルは出来ないと考えていた時、シートが揺れた。

恐る恐る目を開けば、そこにはマリカマルの腕をしかと掴んで、自身を見下ろしているG-ブレイカーの姿があった。

 

「やっぱりわたしには……先輩のようには……」

「初めから上手く出来る奴なんて限られてるよ。でも、だからこそ何度躓いたって、立ち上がることが出来る。もう一度、聞くよ。このまま落ちたい? それとも……飛びたい? あの空より高く」

「飛ぶ……?」

「ああ、マリカちゃんなら出来る。なぜなら、キミにはその術があるから」

 

一度、諦めかけたその心もアラタの言葉に明かりが灯り、ハッとしたように目を開いたマリカは表情を引き締めると、バーニアを全て稼動する。その姿に微笑んだG-ブレイカーはそのままマリカマルと共に浮上する。

 

「ほら、簡単でしょ? ガンプラを想い、信じるんだ。そして相手が立ちふさがったら、こう言ってやれ」

 

G-ブレイカーはマリカマルの腕を放すと、ビームライフルとシールドを捨て迎撃しようとするPGガンダムへ一直線に接近し、一気にその眼前に迫り、マニピュレーターから右腕にかけて、深緑色に染まる。G-ブレイカー・高トルクモードだ。そのまま右腕を振り上げると……

 

 

「止めれるもんなら止めてみな」

 

 

顔面に全力の拳を叩き込んだのだ。

 

「さあ、マリカちゃん。勝利を組み立てようか」

「はいっ!」

 

PGガンダムが大きく仰け反った間にG-ブレイカーはマリカマルと合流すると、アサルトモードを発動させる。収束火線ライフルを前に、ガンランチャーを連結させ、超高インパルス長射程狙撃ライフルを構えたマリカマルと共に放った高出力のビームはPGガンダムを容易く貫き、ミッションをクリアするのであった。

 

・・・

 

「わたし、あのミッション……何回やってもクリアできなかったんです。それなのに……先輩がいるだけであんなに簡単に……。やっぱりソウマ先輩は凄いです、カッコいいです!」

「そ……そう……?」

「そ、尊敬! 尊敬しちゃいますっ!」

 

バトル終了後の部室では先程のバトルに感動したマリカが感激のあまりアラタに詰め寄っていた。

頭頂部に生えているぴょんとしたあほ毛は犬の尻尾のように揺れ、さながらマリカの姿は子犬のようだ。

自画自賛をよくするアラタもこの手の褒められ方には慣れていないのか、気恥ずかしそうにしている。

 

「わたし、作るのは好きだけどバトルは全然で……。でも、先輩のお陰で少しは自信が持てたというか……。あのっ……もしよければ……今後もバトルの仕方……教えてくださいっ……。わたしもっ、先輩みたいに……あんな風に綺麗にガンプラを動かしてみたいんです」

「俺でよければお安い御用よ。モデラーだけじゃないマリカちゃんのバトルを見ていきたいし」

「あ、ありがとうございますっ! 放課後は大体、ここにいますのでっ、いつでも来て──!」

 

よほど、あの勝利が嬉しかったのだろう。

いつもの人見知りする性格が考えられないほど、人に詰め寄って饒舌に話すマリカの姿に、ついつい苦笑しながら頷いていると、部室の扉が開き、マリカが震える。

 

「遅くなってごめんなさい」

「ごめん! ちょっと日直の仕事が残ってて……」

 

そこにはアイダの用事を済ませたイオリと日直の仕事を済ませたユイの姿が。

最も水を差された形となったマリカは、今の気持ちを表すようにペタンとあほ毛が垂れてしまう。そのことに気付いていないユイとイオリを中心にサイド0の活動が始まっていく。

 

「あのっ……さっきの話……。ま、待ってますからっ」

 

その最中、ちょいちょいと制服の裾を掴まれ、マリカは小さく、それでも楽しみを待つ子供のように話すのであった。

 

・・・

 

「んーっ……。それじゃあ、今日はもう帰ろっか」

 

時間は過ぎて、あっという間に下校時間となってしまった。ユイ達が思い思いに帰り支度をするなか、アラタだけは違った。

 

「あれ、どうしたの、アラタ君?」

「ここのバトルシステムとスキャナ側の調整をしときたくてね」

「えっ、ホントに!?」

 

帰り支度をしないままブレザーを脱いだアラタはそのままシミュレーターに向かっていく。

マニュアルも存在するため、それほど難しい作業ではない。

 

「そっ、それならわたしもっ……ご一緒します……!」

「私も! ユイ姉ちゃんが手伝うよ!」

「……!?」

「委員長がダチ○ウ倶楽部の流れなのか判断に困ってるから、俺一人でやるよ。そんなに難しくないし、この天才がすぐ終わらせちゃいますよ」

 

先程の一件もあってか、妙に積極的なマリカが手を上げると、続いてユイも手を上げる。

手伝うことはいいのだが、私も! 私も! と手を上げる流れに既視感を覚えたイオリは自身も乗るべきか、悩んでいると見かねて、アラタはフォローしつつ、シミュレーターのシートに滑り込む。

 

「むぅ……ならお言葉に甘えて。じゃあ最後に部室の鍵を閉め忘れないようにね? 帰り道は気をつけるんだよ? 危ない人がいたら──」

「分かったから帰って」

 

すぐこれである。

心配してくれるのは嬉しいが、今はそれで喜ぶ年齢でないのを悟って欲しい。

子供のような不満顔を浮かべるアラタに苦笑しながら、ユイ達は最後に改めて調整をしてくれるアラタに礼を言いながら、部室を後にするのであった。

 

・・・

 

《フレンドからの新着メッセージが一件あります》

 

あれから一時間弱が経過しただろうか。もうすっかり夕日が窓から差し込んでいる。

漸く調整を終えて、凝った身体を解しているとバトルシステムが届いたメッセージを知らせる。

フレンドといえば、このバトルシステムだと先日、共にバトルしたRECOCO一人しかいない。

開いてみれば、正解だった。

 

【サイド0結成おめでとー! なんだか色んな意味でスゴイ転入生が現れたって、噂になってるよー。ところで良かったら、この後、一緒に遊ばない? Okならボイスチャットに来てね!】

 

それが文面だった。

時計をチラリと確認し、まだ下校時間まで余裕があるのを確認すると、チェックがてら、その誘いに乗って、ボイスチャットを起動させる。

 

・・・

 

《──アラタ君、だよね?》

「ええ、まあ」

 

チャットルームに入ると、アラタがボイスチャットを来たことは向こうでも確認できたのだろう。スピーカーを通して、可憐な声が聞こえてくる。

 

《はじめまして、RECOCOです! ……って、前に1回、一緒に遊んでるよね。こうしてまた会えて嬉しいなっ》

「会う、ね。言い得て妙だな」

 

シミュレーターのモニター内にはRECOCOを名乗るアクア色のボブヘアの少女がいた。所謂、アバターであろう。彼女こそがあのグリーンドールのビルダーのようだ。

ネット上の交流なので、何とも言えず、首をかしげていると……。

 

《こんな可愛い子でびっくりした? やだなー、アバターだけで嬉しいわ~》

「なんか言動がオバサンっぽい」

《オバっ……!? キミって結構、意地悪だね……》

 

アラタを置いてけぼりに勝手に一人ボケを始めるRECOCOだが、思ったことをそのまま口にしたナイフのような一言にアバターだというのに、蹲って悶えていた。

 

《さっ、早速だけどミッションいいかな? 誘っておいてなんだけど、あんまり時間ないんだ》

「そろそろ下校時間だし、ちゃちゃっとやっちゃいましょうかね」

《うんっ! アラタ君のガンプラ、この前より更に進化してるよね! でも、私のガンプラだって凄いんだからっ!》

 

気を取り直して、ミッションをプレイしようという。

アラタとしては以前のようなバトルが好みではあるが、RECOCOの実力の一端を知っている。

もしも彼女とバトルをするのなら、長丁場の激戦となり、少ない限られた時間のなかでは厳しいだろう。

語尾に♪がつきそうなほど、声を弾ませたRECOCOと共に出撃していくのであった。

 

・・・

 

アラタのG-ブレイカーとRECOCOのグリーンドールによる協力ミッションは、お互いが実力者ということもあり、大して苦戦することもなく、全て順調に進んでいた。

 

「キミのガンプラ……こうやって近くで見ると、本当に綺麗だね」

 

NPC機を倒し終え、一息つきながらRECOCOは改めてG-ブレイカーを見つめると、その感想を口にすると、そのままもの悲しげに……。

 

「今のこの学園だと眩しいくらいだよ」

「G-ブレイカーが綺麗で眩しいのは至極当然としても、この学園で、か」

「うん……。今のガンブレ学園はね、皆、ただ勝つ為のことしか考えてない。その為にトランザムとか強いパーツのガンプラばかり求めて……。そのことは決して悪いことじゃないけど、でも……勝つ為だけが第一で皆、そのガンプラに向き合ってあげられている気がしないんだ」

「愛が足りない、と……」

「だからキミのガンプラが眩しいよ。ガンプラその物だけじゃない。そのガンプラを愛する君の気持ちがその動きから伝わって来るんだもん」

 

アラタが転入してずっと感じているが、やはりこの学園は力が全てだ。

ただただ勝利だけを求めて、作ったガンプラが弱ければもう使わない。より強いガンプラを……。その流れは非常にギスギスして、ガンプラへの敬意を全く感じられないのだ。

だからこそ少なくともアラタよりもこの学園を知っているRECOCOにはアラタとG-ブレイカーが眩しく感じられた。

 

「……でも、そういうRECOCOのガンプラも綺麗だよ。凄い手が込んである」

「えへへ、ありがとう」

 

そう語るRECOCOのグリーンドールにも愛を感じられた。

そう、それはまるで……。

 

「長い時間のなかで熟成された技術が注ぎ込まれている」

「……うん?」

「その技は俺なんかじゃまだ手が届かない。まるで何十年と培ったかのような……」

「……」

「そう、まるで田舎のおばあちゃん家のような安心感さえある」

「ごふっ!」

 

全て褒め言葉のつもりだったのだが、どういうわけか、途端にRECOCOは悶えるなか、後続のNPC機達が出現する。

 

そこまで年取ってないもん……。精々、一回りかどうかだもん……

「どしたの? さあ、勝利を組み立てようか」

 

ブツブツと聞き取れないぐらいの声量で呟いているRECOCOに首を傾げながら、アラタは早速、NPC機達へ向かっていくのであった。

 

・・・

 

《うぅっ、まさか言葉のナイフを受けるなんて……》

「ふぃー……終わった終わった。愛のあるガンプラと行動するのは心が温かくなるな」

 

バトルを終え、先程のアラタの言葉が尾を引いているのか、なにやら落ち込んでいるRECOCOを他所にアラタは満足げに語る。その高揚感はボイスチャットを通じて、RECOCOにも伝わったのだろう。

 

《……うんっ! 面白かった! やっぱりガンプラサイコー! 友達と遊ぶともっとサイコー! あっ、勿論、アラタ君はもう友達だからね? 一緒にガンプラバトルした仲じゃないっ!》

「いきなり元気になった……。でも、うん。RECOCOみたいな人だと俺も嬉しい」

《えへへ……ありがとう!》

 

RECOCOも心からガンプラを、ガンプラバトルを愛しているのだろう。

そんな彼女に友達といってもらえるのは、純粋に嬉しかった。

 

《……さーてと、そろそろタイムリミットかな。今日はありがとう。私、アラタ君とサイド0を応援してるから!》

「こちらこそ。今後ともよろしく」

《本当は私もお手伝いしたいんだけど、目を付けられるわけにはいかなくて……ごめん》

 

やはりRECOCOも現状に思うところがあるようなのだが、やはり生徒会の存在の大きさと己の立場を考えてしまうようだ。

申し訳なさそうに謝ってくれてはいるが、それでも応援してくれる者がいる……。今のアラタにはそれだけで十分だ。

 

《あ、そうだ。また連絡するから、私からのメッセージ、キミの個人のアドレスにも届くように設定しておいてね》

「ああ、連絡を待ってる」

《うん、必ず! それじゃあ、これからも頑張ってねっ!》

 

ただ純粋にRECOCOとの時間は楽しかった。

願わくば、これが当たり前となる学園になってほしい。お互いにそんなことを考えながら、RECOCOはボイスチャットを退出し、アラタもシステムを終了させて、帰り支度を始める。

 

・・・

 

「RECOCO、か」

 

人の少なくなった学園の廊下をアラタは一人、歩いていた。

考えてるのは、RECOCOのことだ。アバターと接しただけで、どのような人物かは分からないが、それでもガンプラへの愛は本物だった。

だがしかしやがてアラタの目はどんどんやさぐれていく。

 

「……俺知ってるんだ。女の子のアバターを使う奴は男だって。俺知ってるんだ。昔ネトゲで貢いだ末に絶望したもん」

「──え”っ」

 

女性のアバターで昔、トラウマになる事件でもあったのか、嫌な事件だったね……と据わった目で呟いていると、今の話を聞かれたのだろう。

声が聞こえたほうを見れば、頬を引き攣らせているアイダの姿が。

 

「あれ、先生じゃないですか」

「え、ええ。今から帰りなんだ。気をつけてね」

「はい、それじゃあ先生、また明日」

「うっ、うん。とっ、ところでさっきのアバターの話なんだけど、何も女の子のアバター=男の人って決め付けなくても良いんじゃないかな……? 女の子だって普通に使うわけだし……」

「……? まあ、そうですね。変な話を聞かれてお恥ずかしい限りです。それでは」

 

なにやらどことなく必死にアラタの認識を変えようとするアイダに首を傾げながらも、アラタは別れを告げて、帰り始める。その背中を見送りながら、アイダは人知れず肩を落とすのであった。




第一章まで書き溜めはあるけど、その一章ももう少しで終わってしまう…。早くまた溜めねば…。


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ジークシオン!

 自称天才ガンプラビルダーことソウマ・アラタが転入してから、かれこれもう一週間近くが経った。彼の転入を切欠に結成された新チーム・サイド0が活動を始めるなか、アラタ自身は学園生活をどう過ごしているのか……。

 

『……』

 

 ここは第05ガンプラ部の部室。

 連邦縛りが特色であるこの部だが、この場にいる部員達は皆、厳しい顔をしてガンプラを作っており、楽しんでいるというよりは、皆、ピリピリしているような印象を受ける。

 

「チイイィィィィーーースッッッ!」

『!?』

 

 そんな場所にハイテンションで滑り込んできたのは、自称天才であった。

 

「ソウマ・アラタでえぇぇすっ!! 部活の見学で来ましったー!!」

「な、なんだアイツは……」

「あれ……確か噂の転入生じゃなかったかしら……」

 

 一度、背を向け、そのまま大きく背中を反り返らせながら挨拶をしてくる奇人(アラタ)を前に05ガンプラ部の面々もざわつき始める。

 

「えっ、じゃあ生徒会に歯向かっているっていう……「ほうほう、ここが連邦縛りの……」……って、勝手にウロチョロするなっ!!」

「実は今、色んな部活を回ってて、その特色に触れさせてもらってるんですよね」

「はあ!? 兎に角、アナタの存在は困るのよ! ほら、みんなで追い出すわよ!」

「なにをぅ! は、離しなさいよ! そんなこと言って俺に乱暴するつもりでしょう、小説版08小隊みたいに!」

「「しねーよ、とっとと帰れ!」」

 

 先程まで張り詰めていた空気もアラタの乱入によって、騒々しいものとなってしまった。

 

 

 そしてそれから数十分が経つ頃には…。

 

「鹵獲機か……。良いじゃないか、その案貰ったよ!」

「でしょ!? 昔、ゲームでZガンダムのティターンズカラーを見た時の格好良さはいまだに覚えてるんだ!」

「そうなってくると、どの機体にするか悩むわね……」

「そんなの自分が好きな機体で良いでしょ! 楽しくなってきたぁっ、フウゥゥゥッフウゥゥゥゥゥゥゥゥッッッッ!!!!!!!」

 

 何だかんだで打ち解けて、ガンダムやガンプラ話に花を咲かせるのであった。

 

 ・・・

 

「アナタが転入して、もう一週間近く……。もう慣れた……っていうより、馴染みすぎよ」

「そうかね」

 

 そんなある日の昼休み。

 イオリと昼食をとっていたら、ふとそんなことを言われ、自覚がない為、首を傾げる。

 しかしアラタの噂は彼女も耳にしているのだろう。そうよ、と苦笑交じりに頷く。

 

「──ハロー! みんな、元気にしてた?」

 

 昼食も終え、イオリと談笑をしていると、不意に入り口のほうから弾むような声が聞こえてきた。

 

「そ、その声!」

「その美貌!」

「そのオーラ!」

「あ、あなたはガンブレ学園の至宝にして……!」

「1000年戦争に一度の美少女と呼ばれた……!」

 

 それだけならば特に気にする必要もなかったのだが、その声に一部の男子生徒達が強い反応を示し、アラタは入り口へ顔を向ける。

 

「「「「「シオン様!!」」」」」

 

 そこにはブロンドの髪を膝元まで届くほどの長いツインテールにした可憐な、まさに美少女がいたのだ。

 

「そうだよっ。シオンはガンブレ学園のアイドル! みんなを笑顔にする為、今日も頑張るからっ!」

 

 ガンブレ学園のアイドルなど初耳だが、アイドルを名乗るに相応しい容姿と雰囲気を兼ね備えている。

 その制服もガンブレ学園のもののようだが、まるでアイドル衣装か何かのようだ。

 キラッと☆を投げかけるように、愛想を振りまきながら、きゃぴきゃぴと話している。

 

「ジーク・シオン! ジーク・シオン!」

「「「「「ジーク・シオン! ジーク・シオン!!」」」」」

 

 極めつけはこれである。

 普通ならば、なにやっているんだと呆れるところだが、シオンを崇拝する一部の生徒達はシオンを崇めるようにして拳を高く突き上げている。

 

 その光景を目の前にして、イオリは表情を引き攣らせており、そのままアラタに視線を向ければ、なにやら彼は頭を抱えていた。

 

「シオン……金髪……うッ、頭が」

「ど、どうしたの……?」

「なんでもありませんわ……」

 

 何故、いきなりお嬢様口調なのか。

 そんなイオリの疑問を他所に振り払うように頭を振ったアラタは改めてシオンと呼ばれた少女を見る。

 

「うんうん、今日もシオンの民は笑顔に溢れてるねっ。……って、今日の目的は違うの。このクラスにサイド0のリーダーがいるって聞いたんだけど……」

「目的はアナタみたいね」

(俺の本能がアイツはハザードだと……ヤベーイ! と訴えかけている)

 

 ファンであるシオンの民? に満足しつつ、シオンは教室内を見渡している。

 どうやら目的はアラタのようだが、正直言って、先程のノリはアラタでも乗り切れない部分がある。

 言ってしまえばベクトルが違うのだ。

 

 イオリに何も言わないようにと自身の鼻先に一指し指をあてつつ、まだこちらに気付いていないシオンの目を逃れようと人知れず動き出す。

 

「はい、そこの怪しいあなたっ! そう、そこのあなたっ! 止まりなさい!」

「バレた──!?」

「いや、ダンボールに隠れて移動するのなら、まだしもガンプラの箱に隠れてっていうのは無理があるでしょ」

 

 しかしその途中でシオン自らに止められてしまった。

 思わず驚愕するアラタだが、一連の流れを眺めていたイオリは重いため息をつく。

 というのも、この自称天才、某伝説の傭兵のようにやり過ごそうとしたわけだが、その為の道具がダンボールではなく、頭に被せるのが精々のガンプラの箱だったのだ。本当に隠れる気があったのかと言いたくなる。

 

 MG、もしくはPGの箱にしておくべきだったか、とわりと本気で考えているアラタを見ながら、シオンは彼こそがサイド0のリーダーだとシオンの民に告げられる。

 

「あなたがリーダーのソウマ・アラタ君? はじめまして、ダイクウジ・シオンって言います! よろしくねっ」

「えぇい仕方ない……。そう、俺が天っっっ「少しいいかな?」……天才キャンセル、最近なかったのに」

 

 アラタに歩み寄りながら、キラッキラな笑顔で自己紹介をするシオンに腹をくくったアラタは三本指を回そうとするが、ズイッと耳元で話しかけられ、吐息で僅かに震える

 

「……ちょっとここでは言えない話がしたいの。一緒に来てくれない?」

 

 耳元で他の生徒達には見えない角度で先程までの底抜けに明るい態度とは違い、真剣な物言いで話すシオンに、アラタも眉を顰める。

 深刻な何かがあるのだろうか? 羨望と嫉妬の視線がアラタに突き刺さるなか、サイド0絡みということもあり、ついて来ようとするイオリを制してシオンと共に教室を出るのであった。

 

 ・・・

 

 シオンに連れられて来たのは、第10ガンプラ部の部室だった。

 まだ全てまでは程遠いが色んな部活を見て回ったが、やはり第08ガンプラ部の部室に比べると、設備から何まで良いものが揃っており、全然違う。

 

「ここなら落ち着いて話せるね。教室や廊下だと誰が聞いているか分からないもの」

「それで用件は?」

「あぁうん。ちょっと待ってね。今、バトルをしてるみたいだから」

 

 その言葉にアラタは部室内のバトルシステムを見れば、生徒会を考えてか、オフラインで稼動しているシミュレーターがあり、近くのモニターにはその戦闘の様子が映し出されている。

 

 シルクハットを思わせる頭部と左目に埋め込まれた丸型高感度センサー。ブリッツガンダムをベースにカスタマイズされたそのガンプラはその特性を活かして、トリッキーに相手を手玉にとって、瞬く間に撃破させた。

 

「怪盗……?」

「うん、ガンダムマスカレイド。騎士や武者、海賊がいるなら怪盗がいても良いでしょ? 凄く強くて格好良いんだよっ」

 

 その特徴的な外観と戦い方から、思わずそんな印象を抱くと、シオンも自慢するように大きく頷いて、その名を明かす。そうしていると、戦闘を終えたバトルシミュレーターから一人の少女が現れる。

 

「あら、待たせてしまったかしら」

 

 ふわりと揺れる純白の髪。ガンダムマスカレイドを持って、現れたのは、アラタがプレバイで出会ったアイゼン・レイナだった。

 

「アナタはっ……!?」

「えっ、知り合いなの?」

「少しだけね」

 

 レイナに驚いていると、まさか知り合いだったとは思わなかったのだろう。シオンの問いに驚いているアラタを一瞥しながら、クスリと笑う。

 

「ようこそ、第10ガンプラ部へ。ここはSD系をメインにしつつ【遊び心】をテーマにしているわ。私はここの部長だけど、放送部の掛け持ちもしているの。まあ、実況というよりは学園内ネットにバトルのレポートなんかを配信するお手伝いが主なんだけどね」

「レイナさんはね、シオンの相談役なんだよっ」

 

 レイナによく懐いているのだろう。

 その腕に抱きつくシオンを横目に周囲を見渡せば、確かにSDガンダムを主にしているが、それだけではなく、個性的なガンプラ達が多くあった。

 

「……いや、ちょっと待て。このベアッガイ達って」

 

 飾られているガンプラ達の一角にはベアッガイ達のコーナーがあった。

 それだけなら、特に問題はないのだが……。

 

「このDCコミックス辺りに登場しそうな世界最高の探偵っぽいのは」

「バットガイよ」

「……この孤独なSilhouetteは……?」

「コブラッガイ」

「……更にその隣のカラー○イマーがついた紫色のベアッガイは……」

「3000万年の眠りから蘇ったティッガイ」

「オールアウトォッ!」

「遊び心よ。何なら禁忌のあまり封印された夢の国のベアッガイ……ミッk──」

「やめろぉっ! 生徒会を潰す前にこの学園が潰れるッ!!」

 

 見た目こそベアッガイなのだが、その配色やアレンジにモザイクをいれるべきか考えてしまうレベルの禁断のベアッガイ達がその存在感を大いに放っていた。

 

「それで話って言うのは~……あなたがチームを作って、生徒会に対抗してるってウワサを聞いたのっ」

「まあ、確かにそうだが……」

「じつは、シオンも最近の生徒会に不満があるの。みんなから笑顔とガンプラバトルを奪った生徒会を絶対に許しちゃいけない……! だからアナタと力を合わせて生徒会を倒せればと思って今日、会いに来たの」

 

 レイナとそんなやり取りをしていると、横からシオンが本題を切り出す。

 ふざけている少女だと思っていたが、生徒会に不満を持つ存在であり、ユイと同じくその打倒を目指しているようだ。

 

「でも、その前にアナタがその資質があるのか、確かめさせてもらうからっ!」

「なにで? もしかしてバトル?」

「そうね。それもアリかも知れないけど、今回は違うの」

 

 ビシッと指差してきたシオンに生徒会と渡り合う為の実力があるのか、ガンプラバトルで見定めようというのかと考えたアラタだが、レイナは首を横に振る。

 

「後輩君は月末に行われる【ふみなチャレンジ】を知っているかしら」

「……?」

「説明するわ。この学園にはビルドダイバーズのような小型の射出成形機があるの。普段はクリアできる人間が数える程しかいない高難易度のミッションをクリアした上で使える学園ランキング上位者の特権のようなものなんだけど、ふみなチャレンジはバトルロワイヤル形式の中で登場するすーぱーふみなを倒せたビルダーが射出成型機を使えるの。ふみなの攻撃力は高いけど、高難易度ミッションに比べて、AIが単純化されてるから戦術を用いれば、ランキング下位でも射出成型機は利用できるってわけね」

 

 とはいえ、それでもその多くがランキング上位者が撃破して射出成型機を利用しているんだけどね、と付け加えられる。

 確かに下位ランカーでも好きなパーツを手に入れられるというのであれば、それは魅力的だろう。

 

「それを俺にクリアしろと? 別に今は欲しいパーツはないけど……」

「少し違うわね。ついて来てくれるかしら」

 

 魅力的な話だが、今のG-ブレイカーを改修する予定はない。

 だが、今回は別にアラタにふみなチャレンジを行わせるつもりではないようだ。

 再び場所を変えるようで、肩にかけたブレザーを靡かせながら部室を出るレイナをシオンと共にその後を追う。

 

 ・・・

 

「あそこにいる彼が今回の主役よ」

 

 三人がやって来たのは、校舎の裏だった。

 何でこんな場所に来たのか、と疑問に思っていると、レイナは物陰で立ち止まり、ある場所を指す。

 

 そこには頭頂部を編みこみにした青年がいた。

 細身ではあるが、着やせするタイプなのか、アラタに比べてもガッチリとした体付きだ。

 しかし、大股で座り込んでいる姿など、どこなく粗暴さを感じさせる。

 

「彼は一年のトモン・リュウマ。ガンプラバトルの腕は目を見張るものがあるけど、モデラーとしては……まあ、初心者に毛が生えた程度ね」

「今回の主役って……主役は俺でしょ? 天才ですよ?」

「あなたのそういうところは嫌いではないわ。でも今は静かに、ね? 後で飴ちゃんあげるから」

 

 子ども扱いはするな、と目で訴えるが、はいはい、と頭を撫でられてしまった。

 やはりこの女性といると、調子を崩される。兎に角、今はあそこにる一年の生徒ことトモン・リュウマに集中しようと、話に耳を傾ける。

 

「彼は今、ガンプラバトルどころかこの学園にいる意義を見失ってしまっている。だからこそアナタに解決して欲しいのよ」

「なにがあった?」

「それはアナタ自身で聞き出して。私の口から言うことは簡単だけど、それじゃあ意味がないの」

 

 カウンセリング紛いのことをさせようというのか。

 これは少々、厄介なことになったな、と顔を顰める。なにせ意義を見失っている、としかレイナの口からは教えられないのだから。

 

「大丈夫よ。アナタがガンプラを愛し、楽しんでいるのならきっと難しいことではないわ」

「ホントに?」

「ええ、彼の心に触れてみて。そうすれば彼の想いも届くし、アナタの想いも伝わるはずよ」

 

 不安はある。

 しかしレイナには、アラタならばリュウマをどうにかすることが出来るという確信があるのか、微笑を崩さず、アラタの胸に触れる。その手からレイナの温もりが伝わってきた。

 

「……ま、学園を変えるなら、遅かれ早かれ、こういうこともしないとな。Love&Peaceのために頑張りますか」

「ええ、後は任せるわ」

 

 やがてアラタも決心がついたのだろう。

 飄々とした笑みを浮かべながら三本指をクルリと振ると、レイナは激励をこめて、その肩に触れ、シオンとこの場を後にする。

 

 ・・・

 

「ねえねえ、レイナさん。本当にバトルの腕を確かめなくて良かったの? ウワサは聞いてるけど……」

「そうね。バトルの腕は必要だわ」

 

 アラタと別れ、廊下を歩いていると、ふとシオンに尋ねられた。

 ガンプラバトルの実力という面でいえば、ラプラスの盾のメンバーを打ち破ってはいるが、それでもその目で確かめたわけではない。

 そんな不安な面持ちのシオンにレイナは安心させるように微笑む。

 

「でも結局、それは手段だわ。ルールを戻したところで生徒達の心まで戻るとは限らない。だって一度変わってしまってるんだもの。一番大切なのは、その心に想いを響かせられるかよ」

 

 力だけでは足りない。

 アラタに、その資質があるのか、見定めるように目を細めたレイナは口元に微笑みを残したまま、力が支配する学園を歩くのであった。




ガンプラ名 ガンダムマスカレイド
元にしたガンプラ ブリッツガンダム

WEAPON トリケロス
HEAD ガンダムAGEⅡマグナム
BODY シナンジュ
ARMS ブリッツガンダム
LEGS ストライクノワール
BACKPACK ブリッツガンダム
SHIELD 
拡張装備 大型マニピュレーター
     丸型センサー

問題のベアッガイ達と一緒に活動報告にリンクがあります(夢の国はないよ)


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運命のベストマッチ

レイナによってトモン・リュウマのことを知らされたアラタ。

その日は何もすることもなく、二日が経過した。

放課後、部活動へ向かおうとする一年生達だが、その中でリュウマは一人、バックを持って生徒達とは逆の方向へ、帰ろうとしているのだ。

 

「──よっ、後輩君」

 

下駄箱で自身の靴を手に取った時であった。

いつの間にか近くの下駄箱に寄りかかっていたアラタに声をかけられた。

 

「なっ、なんだてめぇっ!?」

「おいおい、俺は先輩だぞ。口の利き方がなったないんじゃないか?」

 

いるとは思っていなかったために、心臓が跳ね上がるかのように身体を震わせながら驚いていると、その言葉遣いに飄々としたまま、指摘されてしまう。

 

「まあ良い。今日はお前に用があって来たんだよ」

「俺に……?」

「そっ。“今日も何もしない”で帰るのかい?」

 

何もしない、その言葉にリュウマは顔を俯かせる。

というのも、リュウマはこのガンブレ学園において、カリキュラム以外のガンプラに関する活動はしていないのだ。

学園はかつてと変わってしまってはいるが、それでもガンプラをに関わる者がいるのは変わらない。皆、部活動など己のビルダーとしての腕を高める活動に励むわけだが、リュウマだけは違う。この二日、様子を見ていたが、学園では最低限の授業をして、後はさっさと家に帰るのみだ。

 

「……アンタにゃ関係ないだろ」

「そういうわけにもいかない。どんな形であれ、一度、お前を気にしちまったんだから、ここで引くのもそれはそれで後味が悪い」

 

ぶっきらぼうに答えながら、靴に履き替えて出て行く。

その後姿にため息をつくように肩を落としたアラタはその後を追う。

 

・・・

 

リュウマの後をついて歩いていると、不意にリュウマは振り向いて吼えるように言ってきた。

 

「ついてくんなよッ!」

「別にいいだろ。こっちは俺の帰り道じゃないんだよ」

「じゃないのかよっ!」

 

ズッコケながらツッコミをいれる姿に資質を感じていると、少しは会話をする気にはなったのか、リュウマは歩く速度を落とす。

 

「……アンタ、誰だよ」

「よくぞ聞いてくれた。俺は天才ガンプラビルダーのソウマ・アラタだ。サイド0のリーダーをやっている」

「あっ? サイド0っていゃあ、あのラプラスの盾を倒したっていった……」

 

そういうこと、と三本指を回しながら、リュウマの隣を歩き始める。

この時間であれば、まだそこまで多くないにせよ、帰路につく他校の生徒達の姿が見受けられる。

もうそろそろ日が沈むであろう穏やかな時間のなか、アラタは道の先にゲームセンターを見つける。

 

「ゲーセンでバトルでもしないか?」

「……しねえよ」

「ガンプラに手をつけない、バトルもしない。じゃあ、なにがしたいのよ」

 

この世界でガンプラ、ひいてはガンプラバトルは大流行している。

バトルシミュレーターがあるこの時間のゲームセンターとならば、それはもう混雑しているものだ。

だが、リュウマはバトルの誘いを蹴ったのだ。

 

「明らかになにかあったって顔だ。話してみないか?」

「……」

「少なくとも無下にはしないぜ?」

 

誘いは蹴っても、未練はあるのだろう。

下唇を噛むその姿を見かねて、その肩をポンと叩き、その苦しみを吐き出させようとする。

 

「……分かった。ついて来い」

 

漸くリュウマも折れたようだ。

しかし立ち話をするわけにもいかないと思ったのだろう。

相変わらずぶっきらぼうにだが、アラタを連れて場所を変える。

 

・・・

 

「俺はバカでぶきっちょで……だから正直、モデラーのことなんかこれっぽっちも分からねえ。でも、バトルだけは楽しかった。楽しくて楽しくて、それで結果を出せば、周りの奴等も喜んでくれた」

 

リュウマの案内で移動したのは、近くの河川敷だった。

まるで青春のようなロケーションだな、と腰を落としていると、リュウマは川に向かって投石を始めながら、自身のことを語り始める。

 

「中学のときに進路で悩んでたら、当時の先生がガンブレ学園を勧めてくれたんだ。バトルが特化してるっていうし、バカな俺だけど死ぬ気になって勉強して……それで漸く入学できた」

 

中学の担任については多大な恩義を感じているのだろう。

先程まで険しかった顔も少しだけ和らいだ。

 

「すっげぇ嬉しかったよ。学園の空気もなんかおかしいなとは思ったけど、それでも頑張った。ここでモデラーとして勉強してバトルをもっと強くなるんだって……。お陰で少しずつ技術を得て、一年でランキングも上がり始めて……ヘンテコだけど、俺が自分で考えてカスタマイズしたガンプラだって作れた。けど……」

 

勉学に励みながら、向上する日々を思い出しているのか、懐かしむように話していたが、だからこそなのか、拳を強く握り、吐き捨てるように怒鳴る。

 

「誰かにぶっ壊されたんだよ、俺が作ったガンプラがッ!」

「……!」

「ちょっとトイレに行ってる時だった。帰ってきたら、置いきた俺のガンプラがなくて……次の日、わざわざぶっ壊されたガンプラが机に置かれてた」

 

自分がガンプラが無残に破壊される。

それはモデラーであれば、その絶望は計り知れないだろう。そして目の前の青年はその絶望を味わったのだ。

 

「結局、犯人は分からねえまま……。あの学園はガンプラが好きな奴等が集まる場所だろ!? そんな場所にいる奴の誰かが人のガンプラをぶっ壊した! それにあそこはパーツ狩りだってある! だったら……あそこでガンプラに関わろうなんて思えねえよ……」

「……そのガンプラは直せないのか?」

「さあな。夢と同じなんだよ……。時間をかければかけるほど、それが頓挫した時の反動はでけぇ。今はもうガンプラを作るのも、バトルしようっていう気すらならねえ……」

 

するっとリュウマはアラタに詰め寄って、その両肩を掴んで自身の怒りや悲しみ、その全てをその瞳に涙を溜めながら、切実に話し、やがては崩れ落ちる。

 

「一週間……いや、二週間、時間をくれないか?」

「あっ……?」

「言ったろ。無下にはしないって。お前は話してくれた。だったら俺はどうにかして応えたい」

 

へたり込んで、肩を落とすリュウマの肩を抱くように屈むと、その目を合わせながら真剣に話す。そこにいつものおちゃらけた態度は一切ない。その雰囲気にリュウマは思わず頷くと、その肩をポンと叩いて微笑みながらアラタは帰ろうぜ、とこの場は一先ず終了するのであった。

 

・・・

 

「少しいいか」

 

翌日、第10ガンプラ部へ向かっていたレイナの前にアラタが現れた。

 

「なにかしら?」

「頼みがある。どんなものでもいい、この学園でのトモン・リュウマのバトルデータを全部、俺に見せてもらえないか? 放送部にも掛け持ちしてるのなら出来るんじゃない?」

「ふむ……。少なくとも考えなしってわけではないようね。良いわ、何とかしてみる」

 

レイナに頼んだのはリュウマのバトルのデータだ。

放送部はバトルの配信などを行っている。どんな形であれ、リュウマのバトルがあるかもしれない。

迷いのない芯のあるその目を見て、顎先に手を添えて僅かに考えたレイナは微笑みながら了承すると、アラタも微笑んだ。

 

・・・

 

(……アイツ、なにしようってんだ)

 

それから一週間が経った。

今日も学校を終えたリュウマはカーテンを閉め切った薄暗い部屋でベッドに倒れこむ。

 

その頭の中にはアラタが。

なにかしようというのだろうが、あれっきり音沙汰がない。

リュウマはベッドから立ち上がると、自身の机に向かう。そこには無残にもボロボロで軸の折れたガンプラがあった。

 

「くそ……っ……クソォッ!」

 

リュウマの視界が滲む。

知らないうちにボロボロと涙が溢れていたのだ。

自分の中にあるやりきれない想いを紛らわすかのように、机の上の器材に当り散らすように薙ぎ払うのであった。

 

・・・

 

「……」

 

一方、こちらはアラタの私室。

彼の前にはパソコンがあり、そこにはガンプラバトルの様子が映し出されていた。

 

フィールドで大きく目を引く一機のガンプラがあった。シャイニングガンダムだ。

しかし、その出来栄えはガンブレ学園にいる身からすれば、お世辞にも褒められたものではないが、それでもゲート処理などは丁寧に行われており、ガンプラをより良くしようという愛と一生懸命に作ったという想いがバトルを見るだけで伝わってくる。

そう、なにやりそのガンプラの動きがとても楽しそうなのだ。相手を尊重し、自分を高める。そんな直向な向上心すらシャイニングガンダムとそれを扱うバトルから伝わってくるのだ。

 

「……最っっ悪だ」

 

バトルを見終えて、重いため息と共にディスクを取り出す。

近くには山積みになっているケースがあり、これが最後の一枚だ。

 

「俺はきっと今やってることを後悔する」

 

そのまま背伸びをしながら、机に戻っていく。

そこにはG-ブレイカー。そして組み立てえられたインナーフレームの姿が。

近くには外装となるパーツが丁寧に仕上げられており、あと少しで完成するのだろう。

口ではそう言っているものの、笑みを浮かべながら作業に取り掛かるのであった。

 

・・・

 

「ふみなチャレンジの日だねー。なんだかんだでお祭りみたいなものなんだよねー、これ」

「とはいえ毎回、上位ランカーに撃破されるのがオチですけどね」

 

そして月末のふみなチャレンジ当日。

学園のバトルシミュレーターをフル稼働させて行われるこのイベントには参加しようというユイやイオリ、マリカの姿もあった。

 

「アラタ君、急用があって出れないって言ってたけど……」

「目に凄い隈がありました……。心配です……」

 

しかしこの場にアラタの姿はない。

ここ最近、アラタはサイド0の活動こそ全うしているものの、寝る間も惜しんで、他になにかやっているのか、隈を作っていて、気を抜くとボーッとしているのだ。

 

「……」

 

そんなユイ達の近くにはリュウマの姿があった。

今の話を聞いていたのだろう。なにか考える素振りを見せながら、その手に持っているガンプラを取り出す。

 

それはシャイニングガンダムをベースにしたカスタマイズガンプラだった。

両腕には龍を思わせるカスタマイズがされており、その出来栄えは到底、リュウマ自身も自分では手が届かないと感じるほど凄まじかった。

 

彼のこれを手にした二日前の出来事を思い出す。

 

・・・

 

「お前にこれをやる」

 

二日前、アラタがリュウマに言った期日の日に彼は人のいない第08部の部室にリュウマを呼び出して、ケースを渡す。

 

「なんだよ、これ……」

「お前用に作ったガンプラだ。お前のバトルデータを全部集めて、作っている最中もずっと研究していた」

 

そこに入っていたのは、シャイニングガンダムをベースにしたガンプラだ。

これを見て、おずおずと尋ねれば、アラタは寝る間を惜しんでまで全て研究とガンプラ作成に注いでいたのだろう、大きな欠伸と共に舟をこぎながら答える。

 

「俺はもうガンプラに関わるつもりは──」

「嘘つけよ。本当に関わる気がないなら、とっくに退学してるだろ。それに……その言葉を言ったお前の顔、酷かったぞ」

 

関わるつもりはない、その言葉を言い終える前に被せられる。

見ていられないとばかりに顔を顰めるアラタが近くの鏡を指し、見てみれば、リュウマの今の顔は目に大きな涙を溜めていたのだ。

 

「……確かに自分のガンプラを壊されたのは辛い。しかもこの学園で……。お前のバトル全部、見たよ。すっごい楽しそうだった。最っっ高だった。でもだからこそ、俺はお前にそんな理由で……。ガンプラに絶望を残したまま辞めて欲しくないんだ」

 

リュウマのバトルのデータを見ていて、ガンプラバトルは技術力や実力のみで語れるものではないと感じた。

だから、そんな彼にガンプラへ絶望したままでいて欲しくないのだ。

 

「でも……また誰かにぶっ壊されるかも知れねえぞ」

「その時は俺がまた創造(ビルド)する。お前にはこの学園に残って、モデラーとしての腕を高めて最っっ高のガンプラビルダーの一人になるところを見たいんだ」

「なっ……」

「俺がこの学園を元に戻す。その間にファイターとしての腕を腐らせたくないから、そのガンプラを渡すんだ。お前のデータに基づいて作ったから実力を発揮できるはずだ。けど、勘違いするなよ。結局それは俺が作ったんだ。お前の細かい部分に対応しているかは分からない。だからこそ最後にはお前が最高のガンプラを作って、バトルして欲しい。その間にそのガンプラが何度も破壊されるのなら、俺がその度に創造(ビルド)する」

 

純粋にリュウマの今後を見てみたいと思った。

だからこそその為に必要な労力は惜しむつもりはない。

 

「……分かったよ。そこまで言われたんじゃあ、俺も無下には出来ねえ。今はこいつを借りて、もう少しやってみようと思う。けど、アンタも大概だな。俺みたいなバカにこんなすげぇガンプラを預けるなんて」

「本当のバカは自分をバカだなんて言わないんだよ。だから預けられる。お前を……信じられる」

 

アラタの想いがリュウマに届いたのだろう。ケースを手に取りながら、苦笑交じりに話す。

手に取ったガンプラの出来は段違いだ。これを碌に知らない人間に渡すのだから、どうかしている。

だがアラタは一切の迷いも後悔もなく、ただリュウマへの信頼のみで答えたのだ。

 

 

 

 

「よく聞け。そいつの名前は──……」

 

 

 

 

 

 

・・・

 

 

《さあ、いよいよ始まりますふみなチャレンジ! 果たして誰が撃破するのでしょうか!》

 

そして今に戻る。

いよいよふみなチャレンジも始まりの時が近づいており、リンコの実況も始まる。

 

《実況はお馴染み、シャクノ・リンコでお届けしますっ!》

「さあ、アラタ君の分まで頑張るよ!」

「そうですね。活躍して自慢しましょう」

「及ばずながら頑張ります……っ!」

 

リンコの実況を耳にしながら、意気揚々とユイ達出撃のときを待っていた。

 

《さて、今回はゲストを招いております!》

「ゲスト?」

「今までそんな人誰も……」

 

出撃のときを待っていたら、突然、リンコから聞きなれぬ言葉が聞こえる。

ユイ達は首を傾げていると、リンコは特別ゲストへどうぞ、と促し、ゲストは喋り始める。

 

 

 

 

《部品のブレイィイカァァア! 天才仮面モデラービルドです! イエエエエェェェェーーーーーーイッッッ!!!!》

 

《今日はよろしくお願いします!》

 

 

 

 

「「ブッフゥッッ!!?」」

 

 

 

その瞬間、美しい二人の少女(ユイとイオリ)は凄まじい勢いで噴き出した。

そこにいたのはガンブレ学園の制服に身を包んだ赤と青の左右非対称の仮面を被った変人がいたのだ。

 

《ビルドさんは諸事情で顔出しNGとなっておりますので、ご了承ください》

《とにかく俺はサイド0とは無関係だ》

 

「あぁ……そう言えば、せんぱ……ビルドさんは色んな部活に顔を出してましたね。それにガンダムに仮面枠はつきものです」

「いやいやいやいや! 流石に意味が分からないよ! 何で当たり前のようにあそこにいるの!?」

「しかもテンション高いわりには凄い眠そうだし!!」

 

放送席でのやり取りに唯一、一人だけ噴き出さなかったマリカは納得と言わんばかりに頷いているも、理解が追いつかないユイとイオリは放送席を映すサブモニターで舟を漕いでいるアラt……ビルドにツッコむ。

 

《ところでビルドさんは今回、気になるビルダーはいますか?》

《ええ、それは勿論、一人だけいますよ》

 

「ったく……なにやってんだよ」

 

それはガンプラバトルシミュレーターに乗り込んでいたリュウマも耳にしていた。

先日の自称天才の真剣な態度を思い出しながら、ビルドの姿についつい苦笑してしまう。

 

《これ聞いてるなら、見せてくれ》

「任せとけ。今の俺はっ……負ける気がしねえッ!」

 

スピーカーから聞こえる期待の言葉。

名前こそ言わなかったが、それが自分のものであることはリュウマにはすぐに分かった。

 

いよいよカタパルト画面に切り替わる。

カタパルトにガンプラが接続されるなか、高らかにリュウマは叫ぶ。

 

 

「トモン・リュウマ……レイジングガンダム、行くぜェッ!!」

 

 

シャイニングガンダムをベースに龍の意趣が施されたカスタマイズガンプラ……レイジングガンダムは再起を誓うリュウマと共に出撃するのであった。




女の子達と一緒にバトルをするのもいいけど、男キャラともしたかったな、っていう。
それでいうと、ガンダムブレイカー2のショウマ君はキャラクター性も主人公っぽくて歴代シリーズでも一、二を争うレベルで好きです。

ガンプラ名 レイジングガンダム
元にしたガンプラ シャイニングガンダム

HEAD ガンダムアストレイ レッドフレーム
BODY ガンダムエクシア
ARMS シャイニングガンダム
LEGS シャイニングガンダム
BACKPACK ライジングガンダム
拡張装備 ドラゴンヘッド×2(両腕)
     チークカード×2(両頬)

こちらも同じく活動報告にリンクがあります


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このガンプラに誓って

 放課後、ふみなチャレンジが遂に開催された。

 普段は広々と感じる工作室のバトルステージもこの日ばかりは所狭しとガンプラで埋め尽くされている。

 

「すーぱーふみなはまだ出てきてないみたいだね……ッ」

「一定数のNPCを倒さないと出現しませんからね……。それに他のビルダーにも注意を払わないと、こちらがやられてしまいます……!」

 

 公式戦は普段ではG-cubeで執り行われることが多いバトルシステムだが、ふみなチャレンジではバトルロワイヤル形式が採用されている。

 バトルステージにはいつも通り、NPC機が現れるわけだが、それ以上にビルダー達のガンプラもいるのだ。下手をすれば、いつものG-cube以上に気を張らねばならないだろう。

 

 《フィールドには新造チームのサイド0の姿もあるぞ! だがまだ活躍しているとは言い切れないっ! 特に委員長! いつものヤベーイデストロイヤーっぷりはどうしたぁっ!? やはりおr……天才がいないとダメなのかァッ!!》

「アナタがいないとじゃなくて、アナタのせいでしょうがぁッ!」

 

 つぶさに行われる実況に溜まらずイオリが吼える。

 普段のリンコの実況だけなら、まだしもその実況だけではなく、見た目的にも集中しきれない。

 戦闘狂のイオリでさえ、ビルドのせいでスイッチが入りきらないのだ。

 

 そんな矢先、センサーが一層、けたましく鳴り響く。

 ビルダー達の顔つきが変わるなか、フィールドの中心にPGサイズのデータが構築されていく。

 

 パワードジムカーディガンをメイド服に落とし込んだ至高の衣装。

 スカートの下のスパッツとニーソックスの間に生まれる絶対領域。

 やがて全ては形成されると、ポニーテールをふわりと揺らし、愛らしくウインクするすーぱーふみなが現れたのだ。

 

 《ここですーぱーふみなが登場です! これを撃破したビルダーがふみなチケットを手にいれ、射出成型機を利用することが出来ますッ!》

 《おぉっと、ふみなが現れるや否や一部の男子ビルダーのガンプラがスカートの真下を目指し始めたァッ! 被弾覚悟の突撃だ! 彼等が手にしたいのはふみなチケットではなく、その上から覗く神の領域をその目に納めるためッ!! 頑張れ、紳士達!!》

 

 すーぱーふみな、ここに登場。

 一目散にすーぱーふみな(一部はそのスカートの下)を標的に向かって、戦闘が開始される。

 だが、スカートの下よりもその胸部が柔らかいかどうかが気になります。

 

 《因みにビルドさんはすーぱーふみなを作成されたことはありますか?》

 《ええ、勿論。理想のために試行錯誤を何度も重ねましたよ。美少女系はコスメ系を加えると、また違うかもしれませんね》

 

 しかし、レイナの前情報通り、ふみなの攻撃力は凄まじく、特にW型の高出力ビームであるウイニングビームは放たれたが最後、その後には何も残らなかった。

 

「──これがコイツのデビュー戦なんだッ! 無様な結果には出来ねえェッ!!」

 

 着実に減っていくビルダー達のガンプラ。

 しかしその中にはいまだ健在のレイジングの姿があった。

 

「女を殴るみてぇで気は進まねえが、仕方ねえェッ!」

 

 レイジングの性能はアラタが言っていた通り、リュウマの技量を十二分に発揮できる性能を持っていた。

 自然と高揚感が生まれるなか、レイジングはスラスターを稼働させ、フィールドの地を蹴ると、すーぱーふみなの顎先を直下から殴るり、仰け反ったすーぱーふみなへ続けざまにその首元を蹴り、大きく吹き飛ばす。

 

 追撃しようとした瞬間、レイジングのセンサーが接近する攻撃を知らせ、回避運動をとる。

 リュウマが意識を向けてみれば、そこにはショウゴのザルグの姿が。

 

「てめぇ、俺がふみなチケットを手に入れるんだから邪魔すんな!」

「あぁっ!? そんなこと知るかよッ!」

 

 今、このフィールドで一番、すーぱーふみなを撃破する可能性を持っているのは、レイジングだ。

 その勢いを削ぐ為ザルグが横やりを入れてきたわけだが、それが余計にリュウマの戦意を燃え上がらせた。

 

「俺にコイツを……熱い想いを託してくれた奴がいるんだッ! 今、バトルをしてんのは俺だけのためじゃねえ!」

「な……なんだコイツ!? こんな奴が学園にいるなんて聞いてねえよッ!!」

 

 レイジングから放たれる全ての攻撃は継ぎ接ぎのザルグを瞬く間に追い詰めていく。

 ショウゴが慌てふためくなか、重々しい一撃がザルグを大きく怯ませた。

 

「負ける気がしねえ、負けらんねえ! 俺が……いや、コイツが掴むのは勝ちだけだッ!!」

 

 全ての力を解き放つようにレイジングの各部の装甲が展開され、内部装甲がフィールドを照らすほどの輝きを放つ。レイジングが右腕を立て構えると、リュウマの叫びと共に突撃していく。

 

「レイジングゥウウウッッッ!!!! フィインガアアアアァァァァァーーーーーーァアアアアッッッ!!!!!!!!!」

 

 それはまさに猛る龍の咆哮。

 唸りをあげながら、液体金属で覆われたマニピュレーターがザルグの頭部を掴みあげる。

 ギチギチと激しいスパークを発生するなか、ザルグの耐久値を瞬く間に減少させ、やがてその全てが尽きると、力無くその腕部が垂れる。

 そのままザルグをすーぱーふみなへ投げつけることでその衝撃を加味させ、ザルグごとすーぱーふみなを撃破する。

 

 《ヴィクトリーィッ!! 栄光を掴んだのは荒ぶる蒼き龍・レイジングガンダムだぁっ!!》

 《Wake up burning! Get RAGING DRAGON! Yeeeeeeah!》

 

 ザルグを投げ飛ばしたレイジングはそのまま腕を空に突き出したまま、静止している。

 威風堂々たるその様に誰もが息を呑むなか、リンコとビルドから高らかに勝利者の名を告げられるのであった。

 

 ・・・

 

「中々、やるじゃんか」

「どうよ! 俺の必殺拳ーっ!!」

(あれはシャイニングフィンガーだけど、そこはノリってことでツッコムのは野暮か)

 

 バトルを終えたリュウマの元には何食わぬ顔のアラタがやって来ていた。

 ふみなチケットが渡されるなか、リュウマは誇らしげに自身の二の腕を叩き、そのヤンチャな子供のような姿に苦笑してしまう。

 

「ッしゃあっ! 今の俺は怖いもんなしだッ! 誰でもかかってこいよ!」

「ったく……レイジングは俺が作ったんだ。お前がバカなのは構わないけど、レイジングの品位まで落とすなよ」

「あぁ!? お前、俺のことバカじゃねえみてえなこと言ってたよな!?」

「そんなことより、ズボンのチャックが全開だぞ」

 

 誤魔化してんじゃねえ、と言いつつも、見てみれば確かにファスナーが全開だった。

 

「うわっ、マジか! いつから!?」

「わりとお前と出会った時から」

「二週間前じゃねえか! なんで教えてくんねえんだよ!?」

「シリアス場面のどのタイミングで言うんだよ。大体、毎回チャック全開なのに何で気付かないんだ、バカ」

「またバカっつたな! このやろーっ!!」

 

 いそいそとチャックを閉めつつ、からかえばからかうほど、面白い反応を返してくれるリュウマと賑やかな時間を過ごしていると……。

 

 

 

「──……随分、楽しそうね」

 

 

 

 強烈なプレッシャーと共に肩を掴まれた。

 

 

 

「……私、これでも結構、心配してたのよ。目の下に隈まで作ってたし。それをあんなふざけたことをしでかすなんてね」

「HAHAHA……か、仮面モデラービルドは俺じゃないぞ……。確かに凄くイケてはいたg「へえ、まだそんなこと言えるんだ」あだだだだだだっ!!!?」

 

 今のイオリに覚えがある。

 昼休みで彼女に追いかけられた時と同じだ。何とか彼女から逃れようとするが、ミシミシと凄まじい力で肩をつかまれ、溜まらず悲鳴を上げる

 

 

 

「──今回は私も見逃せないなあ」

「えっ」

 

 

 更にもう片方も掴まれてしまった。

 いつもの優しげな雰囲気とは違い、身の毛の弥立つような恐ろしさを背後からもう一つ感じる。

 

 

「ゆっっっっっくりと……」

「邪魔の入らない部室で……」

「「話しましょう?」」

 

「ひぃっ!? リュウマ、助けっ! あ、あああ、あああああぁぁぁぁぁぁぁ……──」

 

 

 両腕をガッチリと拘束されて、連行されていく自称天才。

 その姿を見たリュウマの頭の中では、ドナドナが流れていたという……。

 

 ・・・

 

「あぁっ……まだ身体が痛む……」

 

 翌日の放課後ではまたボロボロのアラタが廊下を歩いていた。

 昨日のことは思い出すだけでも恐ろしいが、”あれ、私は好きですよ”とフォローしてくれたマリカに癒されにいこうと部室へ目指していた時だった。

 

「アラタくーんっ!」

「ぐふっ!?」

 

 背後から突然、軽い衝撃が襲う。

 首元にはか細い手が巻きついており、誰かと思えば、自分に抱きついているシオンが。

 するとそのまま誰にも話が聞かれないであろう、人気の無い場所まで連れて行かれる。

 

「すごいね、流石、ユイさんやイオリさんが認めた人! さっきリュウマ君を見に行ったら、ガンプラを凄く活き活きと作ってたよっ!!」

「! そうか、アイツ……」

 

 ユイとイオリの名を聞いた瞬間、ビクリと震えるが、その直後のリュウマの話に人知れず微笑む。

 

「……あなたの力があれば、シオンの夢が叶えられるかもしれない」

「なんか言った?」

「あ、独り言が口に出ちゃったみたい。この話はまた今度ねっ」

 

 再びガンプラへ積極的に関わり始めたリュウマを見て、ふと漏らした期待感に満ちた言葉を漏らすシオン。

 だがその言葉が聞き取れず、聞きなおしてもいつもの調子で誤魔化されてしまった。

 

「シオンはあなたみたいな人が現れるのをずっと待ってたの!」

「ほぅ……1000年に一度のこの天才を……」

「シオンも1000年に一度の美少女って言われてるのっ。 だからシオンと二人で、ガンブレ学園にガンプラバトルと笑顔を取り戻そうねっ」

 

 この調子ではあるが、やはりガンブレ学園の現状を憂う気持ちは本物のようだ。

 それならばとシオンに掴まれた手を握り返して頷いていると、シオンはせ-のっと合図を送り……。

 

「えいえいおー! えいえいおー!!」

「……」

「……も~! どうして一緒にやってくれないのーっ!?」

 

 乗らなかったことでさながらぶりっ子のように膨れっ面を作るシオンだが、やはりその乗りには完全には乗り切れない。そんなアラタにシオンはふと悲しげな表情を見せると……。

 

「もしかして、シオンと一緒に戦うの……嫌? シオンはガンブレ学園のアイドルとして、すべての生徒が等しくガンプラバトルを出来るように愛と笑顔と勇気で生徒会と戦いたいのっ!」

「俺は友情・努力・勝利派なんだ」

「勿論、それも大事っ! だからあなたが必要なのっ。だからお願いっ! シオンと一緒に戦って!」

 

 熱意を語るシオンは、やがてそのまま半ば強引にアラタに言い渡す。

 

「というわけで、アラタ君をシオン公国の大佐に任命しますっ! 機体でも、肩でも赤く塗ることも許可しちゃいます!」

「貴様、塗りたいのか!?」

「冗談ですっ。シオンとシオン公国の勝利の為に頑張ってね、大佐っ」

 

 本人の意思は無関係にシオン公国の大佐に任命されてしまったアラタは冗談じゃないと抗議しようとするも、言うだけ言って、ばいばーいっ、とシオンは去っていってしまった。

 

 ・・・

 

「頭が痛くなるな……」

「あっ、先輩、お疲れ様ですっ」

 

 シオンとのやり取りを思い出して、頭痛を感じながら部室に入れば、アラタの癒しこと和やかにマリカが出迎えてくれた。

 他にもユイやイオリもおり、全員、揃ってるのだが……。

 

「おう、やっと来たか」

 

 そこにリュウマまでいたのだ。

 

「お前……どうして?」

「あー……なんだ。一応、お前にゃ世話になったからな」

 

 何故、この場にリュウマがいるのか、驚いていると素直な性格ではないのだろう。

 ポリポリと頬をかきながら、アラタの元へ歩み寄る。

 

「俺もサイド0のメンバーに加えてくれ。俺も一緒に戦いてえんだ」

 

 勢いよく頭を下げ、サイド0への加入したいと口にしたのだ。

 

「……お前、そのことがどういう意味か分かってるのか?」

「あたりめぇだ。けどな、最高のビルダーになるには今の学園じゃいけねえんだ。だから俺も戦う! その方が一番の近道だろ」

 

 まだサイド0の風当たりは正直、強いと言ってもいいだろう。

 それを覚悟した上でリュウマはサイド0へ加入したいと言っているのだ。

 頭を下げたままのリュウマを一瞥し、周囲を見渡せば、ユイ達は自身の判断に任せると笑みを浮かべていた。

 

「……最っ悪だ。お前みたいなタイプは断っても、しつこそうだしな」

「そっ、それじゃあ!」

「……不本意だが、よろしくな」

 

 巻き込むこと自体は本当に不本意だったのだろう。

 しかしリュウマの意思が固いのは見ているだけで伝ってくる。

 観念するように肩を下げたアラタはリュウマに手を差し伸べると、リュウマは弾けるような笑顔でその手をがっしりと掴む。

 

「いってぇっ! どんな握力してんだ、バカ!」

「またバカって言ったな! せめて筋肉を付けろよ、筋肉を! このバカ!」

「俺をバカ呼ばわりだと? ならお前もガンプラぐらい付けなさいよ!」

 

 まるで幼い兄弟の喧嘩を見ているかのようだ。

 その光景にユイ達は顔を見合わせて、クスクス笑っている。

 

「けど、これで俺もサイド0で戦えんだなっ!」

「悪いな。G-cubeは三人用なんだ」

「あっ!? そ、そこら辺なんとかなんねえのかよ!?」

「ならないのが今のこの学園なんでしょうが」

 

 リュウマが加わったことでサイド0も一層、賑やかになっていく。

 どこを見渡しても、この部室は笑顔に満ちていた。

 

 

「──チッ、あのヤローまでサイド0かよ」

 

 

 しかし、それを部室の外から、忌々しそうに吐き捨てる者がいた。

 

「調子に乗りやがって。そろそろ焼きでもいれねえとな」

 

 ショウゴだ。

 周囲に当り散らしながら、彼は準備を進めるためにこの場を去るのであった。




トモン・リュウマ

【挿絵表示】


俺色に染め上げろ、ブレイカー!
(金のルーブクリスタルかぁ。手に入れられるか怪しいなぁ。あれって夕方まであるんだろうか)


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ガンブレ学園の再会

「うーん、どうしましょう。誰か適任はいないかしら」

 

 リュウマのサイド0加入から翌日。

 昼食を済ませたアラタは廊下に出て、暇潰しにでもプレバイに向かおうとしている道中で、なにやら眉を八の字にして見るからに困ってますといわんばかりのアイダを見かける。

 

「おはざーす」

「あら、アラタ君。良い所に!」

 

 朝ということもあってか、気怠るさを感じさせながら力のない挨拶をすると、光明を見たとばかりにアイダは表情を輝かせる。

 

「……良い所にって、大概、相手からするとバットタイミングですよね」

「なに、その顔は。先生、生徒に信頼されてなくて悲しい……」

 

 面倒事の匂いを感じ取り、露骨に面倒臭そうに顔を顰めているアラタだが、その反応にアイダはよよよ……と泣き真似を始めたために頭が痛くなってくる。

 だが、所詮は泣き真似のため、時間が惜しいからとすぐに切り替える。

 

「それはそれとして、ですね。ちょっとお願いごとを聞いてもらえないかな。今から至急、バトルルームに向かって欲しいの。実は、授業に必要なパーツとか動画資料とかあって……その準備を手伝ってもらえない?」

「……まあ、それくらいなら」

「ありがとう! ホームルームまでには余裕で終わると思うから、よろしくお願いします。資料は職員室に運んでくれればいいからっ」

 

 面倒であることに変わりはないが、いつまでも駄々をこねるほど捻くれてもいないつもりだ。

 ごめんね、と手を振りながら立ち去っていくアイダを見送って、所在なげに頬を掻くと言われた通り、バトルルームへ向かうのであった。

 

 ・・・

 

「朝にバトルルームって言うと、あの日のことを思い出すな」

 

 指示されたバトルルームに到着すると、ふと以前、リョウコに連れて来られた日のことを思い出す。

 そういえば、あれからリョウコと会っていないな、と入室すると……。

 

「──必要な資料はコレとコレと、あとは……」

 

 屈んでいようが後ろから見ても分かる高身長のスタイルの良さ。

 入室音と共に気配に気付いて、こちらに振り返ったのはリョウコだった。

 

「なっ……。お前が何故ここに……?」

「リョォーウコちゃぁーんっ」

「不二子ちゃんみたいに言うなっ」

 

 性格はまるっきり違うが、リュウマのような資質を感じる。

 

「まあ、冗談は置いといて。先生から雑用を……」

「……それはアイダ先生のことか? なるほど、お前も私と同じクチか」

 

 どうやらリョウコも同じようにアイダに頼まれていたようだ。

 

 これが普通の生徒達ならば、何ら問題ないだろう。

 しかし彼等は違う。彼等は曲がりなりにも敵対している間柄なのだ。

 

「まったくなにを考えているんだか。私とお前の関係を知らないわけではあるまいに」

「そうですね。俺はあの日、先輩に初めてを……」

「そうだ、危うく忘れるところだったぞっ! お前のせいで私は生徒達からあらぬ誤解をされたんだぞ!? “オオトリさんの趣味ってあぁいう子なんだね。いや、顔は可愛いと思うけど、まあ……うん……。人の好みは千差万別だしね? あぁでも流石に初めてを奪うだけ奪って捨てるのはよくないと思うなぁ”とやんわりと注意された私の気持ちが分かるかぁっ! 自分でも言うのもなんだが私の人柄があったから、誤解は解けたものの……!」

「あぁそう言えば、俺も“初めてを奪われたショックでそんな性格になってしまったのね”って最初のほうは妙に優しくされていたような……」

「お前の性格(それ)は地だろうが!」

 

 ポッと頬を染めて、頬を抑えるアラタにたちまち噴火したように詰め寄ってくるリョウコ。

 その怒りようから今は事なきを得たようだが、当初は苦労していたようだ。

 

「まあ良い……。いや良くはないが……兎に角、時間も惜しい。アイダ先生が求めていた資料は後少しで全て揃う」

「流石、先輩。じゃあ、ちょちょいと終わらせましょうかね」

 

 手際が良いリョウコのお陰で面倒事もすぐに終わりそうだ。

 アラタはそのままリョウコと共に残りの資料を全て集めると、職員室へ向かう。

 当初はリョウコが自分で持っていくと言っていたが、何から何まで押し付けて、荷物運びまでさせるのは気が引ける。

 

 ・・・

 

「すまないな。まさか全て持ってくれるとは」

「このくらいはって奴ですよ。寧ろ先輩こそ自分の教室に行って良いんですよ?」

「なに最後まで付き合うさ」

 

 職員室までの廊下を共に歩きながら、申し訳なさそうに横から言われる。

 アイダに頼まれた資料は全てアラタが運んでいる。これはアラタ自身が自分で申し出たことだ。

 ただでさえリョウコが早い段階から資料を集めてくれていたから早く終わったというのに、それで荷物持ちまでさせてしまっては、自分の立つ瀬がない。

 教室へ向かうことを促すが、彼女らしい返答を返されてしまった。

 

「しかし……お前は本当に、楽しそうにバトルをするな。正直、見ていて羨ましいと思わなくもない」

「何ですか、藪から棒に」

「いや以前、この時間に行ったお前のバトルを思い出してな」

 

 職員室までの道中、何気ない会話を繰り返していると、ふとそんなことを言われた。

 アラタが早朝のバトルルームでリョウコを思い出したように、その逆もあったようだ。

 

「ユイから聞いているだろう。“今の”この学園では、バトルの強さこそ全てだ。みな、自らの地位を守る為にバトルする。そればかりに必死になり、楽しさを感じる余裕もない……」

「……そんなのはガンプラに失礼だ。ガンプラは楽しむものであり、手段じゃない」

「……そうだな、お前の言うとおりだ」

 

 わざわざ聞かされなくともこの学園にいれば、うんざりするほどそんな光景を目にすることが多くある。

 普段は飄々としているアラタもそれだけに対しては思うところがあるのか、露骨な不快感を露にすると、その様に僅かに驚きつつも、その一端であるリョウコは自嘲気味な笑みを浮かべる。

 

「なあに、俺達が変えてみせますよ」

「お前たちが……? いや、そのためのチームサイド0だったか……。愚問だったな、期待のジーニアス」

「おっ、嬉しいことを言ってくれますね。ならご期待通り、頑張っちゃいますよ」

 

 リョウコのそんな笑みを横目に、またいつもの飄々とした態度に戻るアラタ。

 その軽い笑みにリョウコの笑みも力が抜けたように微笑に変わり、期待の言葉をかけるとアラタは三本指をクルリと……は荷物を持っているため、回せないのでウインクする。

 

「まったく……。しかし、気をつけろ。お前たちは……いや、大体、お前のせいだが、サイド0は今、目立ちすぎている。いつ下手な横やりがあるかも分からん」

「埋もれていくよりは良いでしょうよ。まあ今のところ、おめーの席ねぇからみたいなことはないから、大丈夫です」

「流石にソレは……。言えた立場ではないのは承知の上だが、そんなことがあったら私に言うんだぞ? そうだ、サイド0以外で友人は出来たか? お前はアクが強いからな……」

(……あれ、弟みたいな扱いされてない?)

 

 冗談で言ったことなのだが、本気で心配されてしまった。

 少なくとも今、学園生活でイジメのような目に遭っていないし、いかに人の目を逃れられるかという点を注目されるエクストリームスポーツ・便所飯をする必要もないくらいには交友関係はあるつもりだ。

 

「そんなことより、一つ聞きたいことがあるんですよ」

「荷物を持ってもらってるいるからな。答えられる範囲であれば答えよう」

 

 これ以上、下手な心配をされないようにと話題を変えるように質問をしようとする。

 

「シイナ・ユウキについて教えてもらえませんか?」

「……っ!」

 

 その質問は先程まで、和やかだった雰囲気を凍りつかせたのだ。

 

「……何故だ?」

「……ちょっと気になってましてね。覚えがあるんですよ、その名前に」

 

 生徒会長の話題ともなれば、リョウコの顔つきも変わる。

 鋭い眼光を突きつけられながらも、意に介さず、その目をしっかりと見返しながら答える。

 

「……私にも良く分からない。嘘ではない。あの人の考えは私の及ぶところではない。この学園で一番、生徒会長を理解しているのは、副会長くらいだろう」

「副会長ねぇ……」

「副会長のもとへ行っても無駄だ。まず取り合うこともしないだろう。寧ろこうして私とお前が共にいるのが、おかしなくらいだぞ」

 

 言われて見れば、確かにその通りだ。

 片や今の学園を作り上げた生徒会の一人、片やそれを良しとせずに抗うチームのリーダー。

 普通ならば、話もしないどころか、いがみ合っていてもおかしくはないのだ。

 

「まあ……いずれは会うことになるでしょうよ。その時を待ってます」

「……不思議だな。お前が言うと、本当にそうなるように思えてしまう。だが忘れるな、生徒会長のもとへ向かうのならば、私達生徒会やその傘下のチームが必ず立ち塞がる」

「誰が立ち塞がろうとやることは変わりませんよ」

 

 生徒会長と……シイナ・ユウキと相対するのは、必然だとそんな運命的なものを感じるのだ。

 迷いなく放たれたその言葉に、リョウコは感心しながらも生徒会書記として刺すように忠告するが、望むところだとばかりにアラタが笑ったために、全く……と呆れたように微笑を浮かべながら肩を落とす。二人はそのまま職員室へ向かうのであった。

 

 ・・・

 

 ガンブレ学園の一室。

 日差しが入るというのに、薄暗いこの部屋はまるで子供の遊び部屋のようにガンプラのパーツが散乱していた。

 

 ここはガンブレ学園の生徒会室。

 何れはアラタ達が訪れることとなるかもしれない場所だ。

 

 《さあ、勝利を組み立てようか》

 

 その最奥にあるデスクのパソコンにはかつてのサイド0とショウゴとその取り巻き達とのバトルの映像が映し出されていた。

 

「ソウマ・アラタ、か……」

 

 映像をループ再生させながら、それを見ていた肩まで無造作に伸ばした白髪の男子生徒は腰を落ち着かせていたレザーチェアにもたれかかる。

 

「まだここにいる理由は出来たかな……」

 

 そう言って彼が懐から取り出したのは、一枚の写真だった。

 その写真は非常にボロボロであり、青年の物持ちもあるが古いものなのだろう、

 青年はその目に映る景色全てが色褪せているかのように気怠るげな瞳をしているが、この写真だけ見る目が違う。

 

「僕はキミを忘れたことなんてなかったよ」

 

 そこには幼い青年とアラタが一緒に映っていたのだ。

 二人ともガンプラを持って、ただただ無邪気な笑顔を浮かべている。

 

 青年がそのままパソコンの画面を切り替えれば、そこには無数の写真が映し出される。

 それは全てこの学園に転校して来てからのアラタのものだった。

 

 それらを眺めて、青年は歪に笑う。

 それはまるでアラタに固執するかのような歪んだものだった。



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立ちはだかるチーム

リョウコとの雑用から昼休みとなった。

いつも通り、イオリと何気ない雑談を交えながら穏やかな昼食をとっていると……。

 

「アラター、いるー? 迎えに来たよーっ!」

 

マシンガンデコガールことチナツが教室に突撃してきたのだ。

入り口でひょこっと教室中を見渡してアラタを見つけたかと思えば、タタタッと小走りで近寄ってくると……。

 

「「へいよーがんぶれっくすっ」」

 

小気味の良いハイタッチが行われた。

そのままチナツが用件を話し始めようとするが……。

 

「へ、へいよー……? それって……」

「えー? イオリン、知らないの? おっくれてるーっ」

「おっくれてr「ふんっ」俺だけあたりが強い!」

 

チナツが謎の挨拶をしたかと思えば、当たり前のようにアラタも返したのだ。

戸惑っているイオリに彼女の愛称を口にしながら、からかい半分にチナツが笑う。先日のイオリチャンと初遭遇した後の謝罪の反応から、やはり彼女達はある程度、気心が知れた仲のようだ。

そんなことを思いながら、チナツと同じように両指を指しながら、からかおうとするも、顎先を狙った一撃が放たれ、辛くも逃れる。

 

「それで、そのへいよーって……?」

「ガンブレ学園で流行ってる(って設定の)挨拶だよっ、ねー、アラター?」 

「(昨日暇つぶしに考えただけだけど)ねー、ちなちー」

「なんかムカツク……」

 

ねー、と顔を見合わせて小首を傾げている二人の姿にわなわなとイオリが震えていると、時間が惜しいとばかりにちなつが漸く本題を切り出す。

 

「それよりそれよりぃっ! 一緒にガンプラデコろうよーっ!」

 

どうやら以前、塗装談義に花を咲かせたことからアラタと昼休みの間、塗装をしようと誘いに来たのだろう。

特にこの後の予定もないため、ちなつの誘いに乗ろうとした時だった。

 

「──……そういうの止めて欲しいんだけど」

 

一人の生徒が口を挟んだのだ。

突然の横やりにそちらを見てみれば、そこには何人かの生徒が不愉快そうな様子で立っていた。

 

「このクラスはサイド0のリーダーとそのメンバーがいるせいで、生徒会に目を付けられてるんだ。そんな状態なのに、自由にガンプラを作ろうって教室で言ってるのがバレたら……」

「だから教室で生徒会を刺激するような言動は止めて欲しいんだ。第一……」

 

どうして、と目で問いかけてみれば、どうやらそれは生徒会を恐れての行動だったようだ。

彼等の抗議はそれだけに留まらず、アラタを鋭く見やる。

 

「彼の近くにいると、みんな変人扱いされてしまうんだ!」

「なんですと!?」

 

思いも寄らぬ発言に今まで話を聞き流していたアラタも反応してしまう。

 

「待ちなさい!」

「い、委員長……!」

 

そこに待ったをかけたのはイオリだった。

勇ましく立ち上がった彼女にアラタが感激していると……。

 

「私は断じて変人なんかじゃないわ!」

「俺だって変人じゃないやいっ!」

 

どの口が言うのか。

その時ばかりは、いがみ合っていた両者だけではなくクラス全員の心がシンクロした。

 

「えー、マジで言ってるのー?」

「そうだ、ちなちー! 言ってやれ!」

「任しといて! ガンプラ作ろうも言っちゃいけないって、キミ達さあ、何の為にガンブレ学園に入ったの?」

「そっちもだけど、そっちじゃない!」

 

頼みの綱であるチナツでさえ、アラタのフォローは一切しない。

あまりの状況にアラタは一人頭を抱えていると、このやり取りを見かねた、居合わせたアイダが諭すように口をはさむ。

 

「カミサカさん、みんなの気持ちも分かってあげて?」

「えー、先生までそんなこと言うんだ。ガンプラ作らないならここにいる意味ないじゃん!」

「スルーされる俺の気持ちも分かってあげて!? 俺が変人のまま話を進めるんじゃないよっ!」

 

この生徒達だって、今の生徒会がなければチナツのように振舞えるのかもしれない。

だが、そうは出来ないのが今のガンブレ学園なのだ。

アイダが諭すも、それが逆にチナツの落胆を買ったのだろう。一人、ギャーギャー騒いでいるアラタの腕を掴むと……。

 

「アラター、ここがダメなら別のところへ行こうよっ!」

「貴様等、俺は忘れんぞ! この扱いを俺は忘れんぞおぉぉぉぉ! 俺は変人じゃない、変人だとしても変人という名の天才だあぁぁぁぁぁぁぁ!! ……──」

 

半ば強引に移動を開始する。

だがその間もずっと自称天才は呪詛の言葉を吐いていた。

 

・・・

 

「ここなら自由に話せるねー。ねえ、アラター。さっきの話なんだけど」

「俺は変人じゃないもん……」

「ハイハイ、アラターはてぇんさいだもんね。そんなことよりも……「そ、そんなこと……」なんか、みんなガンプラを作る楽しみを忘れちゃってる……」

 

二人が移動したのは、第08部の部室だった。

これで気兼ねなくと話し始めるちなつだが、当のアラタは椅子の上で体育座りになって拗ねてしまっている。

そんな涙目のアラタを撫でながら、先程の生徒達を思い出して悲しげな表情を浮かべる。

 

「も~! 一年のときは、全然こんなんじゃなかったのに! このままじゃダメだよね!? ぜーったい、生徒会ヘコませてやろっ!」 

「俺の認識もこのままじゃいけない……」

「あたしたちで前みたいなアゲアゲな学園に戻しちゃおー! そのためにもえーきを養うためにガンプラ、作ろっ」

 

そういって、チナツが取り出したのは、持ち込んだガンプラだ。

いくつかをいまだに拗ねているアラタに渡しながら、二人は気ままにガンプラ制作を始めるのであった。

 

・・・

 

「他の子はもう諦めムードみたいでさ、つまんない。生徒会生徒会ってそればっかりでホントつまんない。先生達まで言いなりでさ。ガンプラを作る為にこの学園に来たのに……」

 

ガンプラを作り始めたことでアラタの機嫌も直り、今ではガンプラに触れられていることで鼻歌まで歌っている始末だ。しかしチナツは先程の一件が尾を引いているのか、少しずつ眉を寄せる。

 

「はー、もっと自由にガンプラをデコって、楽しい学園にしていきたいじゃん?」

「そだね」

 

不満を口にするチナツに、それよりも今、自分が手がけているガンプラがどれだけ綺麗に作れるのかに気を取られているアラタは気のない返事をする。

しかしチナツにとっては、今のそのアラタの反応のほうが良かったのか、途端に快活に笑みを浮かべる。

 

「……あたしね、思うんだ。キミみたいに心のそこからガンプラを楽しんでバトルしている人なら、どんなヤツにも勝てるって……つまんなそーにしてるヤツ等の心にも火をつけられるって!」

「おっ、これはまさかの高評価。まあ正直、俺はただガンプラに向き合ってるだけだけどね」

「それが大事なんだよ! だからアタシもサイド0に思いっきり協力してくから、二人でガンブレ学園のバイブス、あげてこーッ!」

「うん、二人で? なんか前にも似たようなこと言われたような……」

 

チナツもアラタに光るものを見出しているのだろう。

その手を掴んで、元気一杯に話すチナツの姿に何か既視感を覚えながらも、残念なことにもう間もなく昼休みも終了してしいまうということで、この日のガンプラ作りは終わってしまう。

 

(……俺達だけではないかもな)

 

チナツと別々のクラスのため、途中まで一緒に移動しながらも、先程の男子生徒たちのことを思い出す。

あんな風に突っかかってくるのは、自分やイオリだけだとは思えなかったのだ。

 

・・・

 

「だからよー。お前、調子に乗ってんじゃねえの?」

「そうそう、サイド0だっけ? 生徒会に反抗してるって噂になってるみたいだけどさ。同じクラスのあたしたちも共犯扱いされて迷惑なんだけど!」

 

アラタの予想は当たっていた。

放課後、サイド0の部室へ向かおうとするユイの前に二人の男女生徒が立ちふさがって、因縁をつけてきていたのだ。

 

「きょ、共犯ってそんな……っ!」

「実際、ラプラスの盾の連中にパーツを巻き上げられた連中が何人もいるんだよ! お前らの連帯責任だとか言われてな!」

 

何か弁明しようとした瞬間、思いも寄らぬ発言を受けて動揺してしまう。

確かに自分達の行動によって生徒会やその関係者から何の妨害もないなどとは考えていなかったが、まさかそのような事態になっているなどと聞かされては動揺せざるえなかった。

 

「大体よぉ、今の生徒会になってギチギチの校則が作られたのは、お前らの生徒会が弱かったせいだろ。それを今更、正義の味方ヅラされたって、なぁ?」

「あたし、あんたたちのバトルも見てたけどさー。あんた副会長にフルボッコにされてたじゃん。あれから、差は開いているだけじゃないの?」

「そんなことない……。わたしだってずっと練習してきて……っ!」

 

この場には、この三人だけしかいないわけではない。

しかし誰も悲しげに顔を歪めるユイを助けようとするどころか見て見ぬふり、最悪は嘲笑するものまでいた。

 

「練習や経過は問わない、結果が全て。この学園のガンプラバトルの基本だろうが」

「そんなの違う! ガンプラは作るだけでも楽しいし、手を入れれば入れるだけ、愛着も湧くものっ!」

「じゃあ、一人で作ってれば良いじゃん。あたし等を巻き込まないでよねー」

 

何を言っても弱者であるユイの言葉は誰にも届かない。

それどころか、ただバカにされて終わる。ユイもそんな状況と己の無力さのあまり下唇を噛んでいると……。

 

 

 

 

 

 

 

ピピーッ!

 

 

 

 

 

 

突然のホイッスルが鳴り響いた。

なんだなんだと思い、見てみれば、そこにはホイッスルを口に咥えたまま据わった目つきでこちらに指差しているアラタの姿が。

 

「な、なんだお前!?」

「ピピッ! ピピピッピピピピィー!! ピィーピィーピィ-ッ!!」

 

その場の三人が驚いている間も威嚇の如く、ホイッスルを響かせ、手信号激しく行いながらジワリジワリと近づいてくる自称天才……っていうか不審者。

 

「も、もういいよ、ほっとこ! あれ噂の転入生だよ。近づいたらなにされるか分からないし……アイツに関わった奴、みんなおかしくなるって……」

「あぁ、だからミカグラも……」

 

恐怖のあまり表情を引き攣らせて怯えながら、男子生徒の袖を引っ張り、先程まで嘲笑されていたユイに同情の視線さえ送られる。しかしその間にも自称天才を名乗る不審者は近づいてきており……。

 

「ピピイイイイイィィィィィィィィィィィッ!?」

「ひぃっ、逃げろぉっ!!」

「キャーッ!? 助けてぇーッ!」

 

今のこの男に下手な刺激は禁物である、特に変人とかその手の話題は。

挙句の果てにはホイッスルを全力で鳴り響かせ血走った目で両手をブンブンと振りながら全力疾走してくる自称天才にユイに絡んできた生徒達は一目散に撤退する。

 

「……し、心配して見に来てくれたのかな?」

「あの手合いはなに言っても無駄なんだよ。真剣に相手をするだけ無駄だ」

「う、うん……。でも、そのやり方もどうかと思うけど……」

 

おどおどと声をかけられ、ホイッスルを口から放し、去っていく生徒達を見て嘆息しているアラタに先程の狂乱する様を思い出しながら、頬を引き攣らせる。

 

「でも、ごめんね。こんなとこばっかり見せちゃって……。私、アラタ君の前ではしっかりとしたお姉さんでいようって決めてたのに……」

「力になるって言ったでしょ。なんだったら、今後こうやってアイツを追い払って──」

「そ、そうやってだったら止めて欲しいな……」

 

普段、弟扱いしているアラタに何度も助けられたことで申し訳なさそうにシュン……と落ち込んでいるユイにかつてのように男らしい勇ましさを感じさせるような精悍さで答えるが、やはり先程の光景を思い出して、頬を引き攣ってしまう。

 

だがやがて、息を決したように自身の頬をパンッと気合をいれるように両手で叩くと……。

 

「よーし、もう大丈夫! 気合入れた!!」

「それでこそ。じゃあ、部室に行こうか」

「うんっ!」

 

柔らかな笑みを見せるユイに、どことなしに安心したように微笑む。

そんなアラタの笑みに嬉しそうに頷くと、二人でサイド0の部室へ向かうのであった。

 

・・・

 

「サイド0って結構、有名になってるみてーだな」

 

部室に到着して、暫らく。

ふとプロテインバーを片手にリュウマが学園でのサイド0の知名度について口に出した。

 

「実際にラプラスの盾のメンバーを倒しているもの。とはいえ、予想以上に情報の伝達が早いようね」

「……ちょっと……怖い、です……」

 

やはり良くも悪くもラプラスの盾のメンバーを打ち倒せたのは大きかったようだ。

放送部によって配信されているとはいえ、何かあれば瞬く間に拡散されていくような状況にマリカも怯え気味なのだが……。

 

「でも、後戻りは出来ないわ」

 

そこに口を出したのは、ユイだった。

 

「それにこう考えたら、どうかしら? 生徒会に不満を持っていた人達の決起のきっかけになるって」

 

近いところで言えば、リュウマやチナツであろう。

彼らも生徒会に異を抱き、リュウマはサイド0への加入、チナツも協力してくれるといっていた。

 

「なるほど……。そんなに上手くいけばいいのですが。今のところ嫌がらせや遠巻きに見られているだけですね」

「全くだ。俺が変人だなんて嫌がらせにも程がある。たまに変になる委員長なら兎も角としt──」

 

無言のチョークスリーパー。

いつの間にか、背後に移動したイオリによって、アラタが締め上げられていると……。

 

 

「──そうそう、人生そんなに甘くねえってな」

 

 

第08部の部室の扉が荒々しく開かれたのだ。

 

「よぉ、遊びに来てやったぜ、ユイ」

 

そこにいたのはショウゴとその取り巻きだった。

この場にいる全員(意識が飛びかけている自称天才を除く)が驚くなか、シュウゴ達はただただ下卑な笑みを浮かべるのであった……。



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その表情の下に

「モリタ君、なにしにここへ……!?」

「おいおい、そりゃないだろー? ガンプラビルダー同士がぶつかって、バトル以外になにするってんだ?」

 

 突然のショウゴとその取り巻きの襲来にサイド0の面々が困惑するなか、ショウゴは心根の卑しい笑みを浮かべ……。

 

「それともバトル以外のもっと親密なお付き合いがお望みかぁ?」

 

 聞いているだけで不愉快になってくる下劣な物言い。

 これにはサイド0の面々も顔を顰めて不快感を露にしている。

 

「最っっ低。モリタ君、変わったよね。前はそんなひどいことを言う人じゃなかった」

「おいおいユイ……。俺は今も昔も優しいんだぜ? どうだ、俺が生徒会に口きいてやるからよ。そんな変人転入生なんて放っておいて、俺達のチームに入れよ。俺ぁ、おめえのガンプラテクニックは認めてんだからよ」

 

 ユイでさえその言動に不快さを露にするなか、なおもショウゴは煽るように先程のチョークリーパーのせいで気絶しかけているアラタを見やると、ここで変人というワードに反応したアラタが意識を完全に取り戻す。。

 

「絶対にお断りよ」

「どうしてもか?」

「どうしてもよ」

「なら、やるしかねえなぁ。強者が正義。それを俺が証明してやらぁ!」

 

 ユイが今更、生徒会傘下に下るなどありえないことだ。

 その迷いのないまっすぐな瞳を向けられたショウゴは苛立ちを隠さずに、舌打ちをする。

 

「万が一、お前が勝ったら俺は二度とお前と関わらない。それと、ユイのクラスや他の連中から奪ったパーツを全部くれたやる。これだけありゃあ、改造し放題だ」

 

 他人のパーツで改造する気などないが、それでもショウゴが今後、ユイに関わらないというのであれば、願ったり叶ったりだ。

 だがこれはサイド0が勝った場合の条件。その逆はというと……。

 

「代わりに……俺が勝ったらユイ、お前は俺のもんだ。なにをしようがされようが文句は言えねえ。ギャン子のコスプレでもやってもらうぜぇ?」

 

 あぁ、この男はどこまで人を不愉快にすれば気が済むのだろうか。

 鳥肌すらたつその言葉にいよいよ、サイド0の面々も我慢の限界が訪れたのだろう。

 

「変態です……。変態がいます……!」

「てめぇっ、いい加減にしろよ、この野郎ッ」

「そんな条件、飲めるわけが……っ!」

 

 口々にショウゴへ非難をするマリカ達。

 特に血気盛んなリュウマに至っては今すぐにでも殴りかからんばかりだ。

 

「はっ、吠えんじゃねえよ。ユイやそこの転入生がいなかったら、声も上げられなかった小物の分際でよぉ」

 

 小馬鹿にするようなその言葉にリュウマ達は悔しさで歯を食い縛る。

 結局、この三人はきっかけがあったから、サイド0にいるのだ。

 逆に言えば、アラタとユイがいなければ、今までのように傍観者の立ち居地にいたかもしれない。

 

「──まったく吠えてんのはどっちなんだか」

 

 ますます険悪なまでに張り詰めていく空気のなか、心底、呆れたように声を漏らす者がいた。

 

 アラタだ。

 椅子にもたれかかっていたアラタはチラリと鋭くショウゴを一瞥すると、ゆっくりと立ち上がる。

 

「絵に描いたような下衆な小物過ぎて笑えてくる。なに、薄い本の竿役にでもなりたいんですか?」

「な、なんだてめぇっ!?」

「委員長達は今のこの学園を良しとせず、ただ流されるだけの無言のフォロワー達のようにはならなかった。こいつらはこの先を……未来を考えて、サイド0に加わったんだ」

 

 ただただシニカルな笑みを浮かべながら、淡々とショウゴへ言葉を突きつけるアラタ。

 紛れもなく彼は怒っていたのだ。

 殴りかかるような激しい怒りではなく、ただ静かに、それでいて着実に相手の心を抉るかのように。

 

「それは自分達だけのためじゃない。この先みんなが笑顔で楽しくガンプラを、バトルが出来るようにって。アンタはどうなんだ? 今のことしか……自分のことしか考えていないんじゃないんですか? そんな奴がこいつらが……俺達が創造(ビルド)しようとするものを……その想いを抱く者をバカにするのか?」

 

 突っかかるのさえ忘れて、ただただ身が凍りつくような冷たいアラタの雰囲気におされて、壁際まで追い詰められる。しかしアラタはそのままショウゴの胸倉を掴んだのだ。

 

「そんなことは許さない。ユイ姉ちゃんも委員長もマリカもリュウマも皆、俺が守る。その想いを侮辱する奴は……誰であろうとどんな手を使っても壊してやる」

 

 鼻先が当たるかどうかの距離でのやり取りと、真正面から受けるアラタの押し潰れそうなほどの圧にショウゴの足元が震えていく。

 よく見れば、アラタの手にはスマートフォンが握られており、今までのやり取りは全て録音されているようだ。もしもショウゴが負けた際はこれを学園中に流せば、ユイへの要求などこの学園にはいられなくなるだろう。

 

「アラタ君、落ち着いて! ……モリタ君、その条件でいい。やるわ」

「よ、よし、やってやろうじゃねえか。後で吠え面かくなよなぁっ!」

 

 見かねたユイがアラタを制止し、キッと鋭い視線を向けながら、ショウゴの条件を飲む。

 先程まで押されていたショウゴも慌てて気を取り戻しながらも、いまだ先程のアラタの圧が忘れられないようで、動揺が見え隠れしている。

 

 《──さぁーッ! 三度、勃発したレジスタンスチームサイド0とモリタ・ショウゴのラプラスの盾との因縁のバトル! 今回もワタクシ、シャクノ・リンコが臨場感たっぷりでお送りしていきますっ》

 

 緊張感の漂う第08部の部室に放送部が滑り込んできた。

 しかし今は一々、その存在に構っているつもりはない。アラタ達はバトルルームへと移動する。

 

 ・・・

 

「俺も戦いてぇところだが、アンタ達三人のほうが連携は固ぇだろ……。クソッ、なんだよ3on3って」

「た、戦えない分、ここで精一杯、応援してますので……っ!」

 

 バトルルームに移動したアラタ達。

 出撃メンバーがアラタ、ユイ、イオリの三人で決まるなか、リュウマは口惜しそうに拳を握り、マリカもどこか悔しそうにしながら、ぎゅっと胸の前で両手を握って応援する。

 

「……アラタ、私は確かにアナタやユイ先輩がいなかったら見てる側だったのかもしれない」

「けど違う。今、ここにいる委員長は立ち上がったんだ」

「ええ。だからこそ全力で戦うわ。きっかけをくれたあなた達に全力で応えたいからッ」

 

 順次、バトルシミュレーターに乗り込んでいくなか、ふとイオリがアラタに声をかける。

 どうやら先程のショウゴの発言に思うところがあったようだ。

 だが、だからこそ改めてその決意と戦意が強いものになったのだろう、彼女らしい気丈な笑みに頷き、イオリはバトルシミュレーターに向かっていく。

 

「アラタ君、さっきはありがとう……。怖かったけど、嬉しかった」

「……絶対に、アイツの思うようにはさせない。今回ばかりはおふざけなしだ」

「本当にありがとう……。だからお願い、力を貸して……! 私、絶対に負けるわけにはいかない」

 

 次に声をかけてきたのはユイだ。

 しかし先程のアラタがまだ脳裏にあるようで、僅かに怯えながらでも感謝してくれた。

 ユイに止められたとはいえ、いまだショウゴへの怒りはあるのか、静かに鋭くショウゴが乗り込んだシミュレーターを見据えるなか、ユイの言葉に頷き、バトルシミュレーターに乗り込んでいく。

 

「──……すまない、G-ブレイカー」

 

 シミュレーターに乗り込んだアラタは待機画面が表示されるなか、セットしたG-ブレイカーを切なげに見据えながら、申し訳なさそうに呟く。

 

「少しの間だけ付き合ってくれ」

 

 アラタの表情にはどことなく悲しみが滲んでいる。

 それを振り切るようにG-ブレイカーと共に出撃するのであった。

 

 ・・・

 

 《さぁー今回のG-cubeは決戦型です! 果たして、どちらのチームが栄光を掴むのでしょう! その模様を最後までお送りしますよッ!!》

 

 バトルフィールドとなったのは月面基地だった。

 リンコの実況と共にバトルが開始され、投影されたガンプラ達は一同に行動を開始する。

 

「決戦型ね。これなら相手に集中できるというものだわ」

「……俺が撹乱する。二人はその隙をついてくれ」

 

 殲滅戦や争奪戦とは違い、何か大きな柵があるようなバトルではないため、気兼ねなく戦えると口角を吊り上げるイオリと一方で、アラタが小さく指示を出す。

 そのあまりにも消え去りそうな態度に戸惑いつつも、ユイとイオリは頷いて指示通りの行動を始めると同時にG-ブレイカーは宇宙に鮮やかな光を放ちながら、飛び立つ。

 

「──てめえらはいたぶっていたぶってごめんなさいと言わせてやるぅ!!」

 

 程なくしてショウゴ達の反応が見つかり、その機体を捉えることが出来た。

 相変わらず小物のような物言いを聞きながら、先行したアラタはショウゴ達のガンプラを一瞥する。

 

(ウェザリングやつや消しがされているパーツとそうでないパーツの混合。相変わらず統一感のない継ぎ接ぎか)

「調子に乗って、一人で出てきやがったか! おい、てめぇら撃て!」

 

 周囲をその機動力を生かして飛び回りながら、ショウゴ達のガンプラを見やる。

 ショウゴのガンプラであるザルグ改は以前に比べて、赤色で統一されているが、よく見れば、その一つ一つのパーツの仕上げ方が異なっており、取り巻き達のガンプラと共に相変わらず奪ったパーツで組んだ継ぎ接ぎのガンプラのようだ。

 

 一通りの観察を終えたG-ブレイカーに飛んで火にいる夏の虫とばかりにショウゴ達は手持ちの射撃兵装で攻撃を開始する。

 

「舐めるなよ、そんなガンプラで……俺のG-ブレイカーに勝てるかァッ!!」

 

 するとG-ブレイカーのフォトン装甲からエネルギーをビーム化して全方位へ解き放ったのだ。

 そのあまりの量はショウゴ達のものを圧倒的に上回り、彼等を途端に慌てさせる。

 

 しかしそれで終わるわけがない。

 G-ブレイカーはトラフィックフィンからトラクタービームを発射させると、取り巻きのうちの一機の制御系に干渉し、その動きを完全に拘束すると、そのまま引き寄せた。

 

「いまだッ!」

「──任せてッ!」

「──必ず仕留めるわッ!」

 

 引き寄せられる取り巻きのガンプラにアラタが素早い指示を出すと、控えていたリリィとサファイアが動き出す。

 何とかしようと銃弾をばら撒くザルグ改達の間にリリィが飛び込むと、シールドで防ぎながら、バスターライフルによってその動きを乱し、その間に飛び上がったサファイアのビームサーベルによって一刀両断される。

 

 《おぉっと、早速一機が撃破されたぞーッ!?》

「なんだよ、アイツ!? 全身武器の化け物かよッ!」

 

 一機だけならば簡単にどうにかできると思っていたが、その一機だけでここまで乱されて、挙句には自陣の一機を失ってしまった。あまりの状況にツインアイを発光させながら、こちらを鋭く見据えるG-ブレイカーに畏怖する。

 

「ど、どうしますか、ショウゴさん!?」

「う、うっせぇ! 自分で考えろ、それくらいっ!」

 

 完全に陣形を乱されてしまった。

 残った取り巻きが必死に指示を求めるが、自分自身にそんな余裕がなく、寧ろ指示を仰ぎたいくらいのショウゴはあまりにもお粗末な返しをしていた。

 

「あたふたしているのが命取りなのよォッ!!」

 

 突いてくれと言わんばかりの大きな隙にサファイアが動く。

 ビームライフルに待ち変えたサファイアはバルカンと共に連射することで相手の動きを乱しつつ、確実にその装甲を削っていく。

 

 次に動いたのがユイだった。

 サファイアの巧みな射撃によって一つに固まったザルグ改達を確実に仕留めるために各部装甲を展開して、マニピュレーターに液体金属を纏う。

 

「シャイニングゥッ……フィンガァーッ!!」

 

 両腕から渾身のシャイニングフィンガーがザルグ改達に放たれたのだ。

 その輝きは悪しき者を滅するが如く、ザルグ改達へ向かっていく。

 

「おい、なんとかしろぉっ!」

「なぁっ!?」

 

 なんということなのか、ショウゴは取り巻きのガンプラを無理やり掴むと、リリィに向けて盾代わりにしたのだ。

 軌道も変えられず、リリィのシャイニングフィンガーが取り巻きのガンプラの装甲を抉り、そのまま破壊する。

 

「なんてことを……──きゃぁあっ!?」

 

 非道なその行いにユイが不快感を露にするも、シャイニングフィンガーを放ったことで出来た隙をザルグ改のショルダータックルを受けて、吹き飛んでしまう。

 

「勝ちゃいいんだ……。勝ちゃあ、どんな手を使ってでも……っ!」

 

 動揺のあまり、妄執のようにショウゴがブツブツと呟いていると、ふと攻撃を知らせる アラートが鳴り響き、顔をあげる。

 

「なっ……」

 

 見上げた先にいたのは、美しい光の化身(G-ブレイカー)

 宙に浮きながら各部のフォトン装甲を輝かせ、この宇宙に輝きを灯すその姿はまさに天使のようで、思わず見惚れてしまう。

 

 だが、天使は天使でも相対する者にとって、それは破壊の天使。

 その装甲が血濡れのごとく赤く染まると、高収束ビームをザルグ改へ放ったのだ。

 

「んなぁっ!?」

 

 アサルトモードの高収束ビームを受け、大きく吹き飛ぶザルグ改。撃破に至らなかったのは曲がりなりにもそのパーツが良質なものであったからか。

 

 しかしそれが仇となる。

 

 体勢を何とか戻そうとするのも束の間、一気に接近してくるG-ブレイカーのビームライフルとミサイルとして放たれた二つのトラフィックフィンを数発浴びてしまい、体勢を戻すところか更に怯んでしまう。

 

「ひっ……! な、なんかパーツはねえのか!?」

 

 その間にG-ブレイカーは眼前にまで迫っていた。

 ツインアイをギラリと光らせるその姿は何と恐ろしいことか。

 先程の天使のように思えたのから一転、悪鬼のように思えてしまう。

 ショウゴはパニックのまま先程の味方機から密かに回収していたパーツをリアルカスタマイズによって組み替えるのだが、そんなことは知ったことではなく、G-ブレイカーは手持ちのビームライフルとシールドを捨て、ビームサーベルで何度も切り刻み、そのままザルグ改へ突き刺す。

 

 これで終わりなどではない。

 それを表すように両手足を高トルクモードへ変化させると、そのまま響くような重い攻撃を幾度に渡って叩きつけ、そのままアッパーのように宙へ打ち上げる。

 

 再びGーブレイカーはツインアイを輝かせる。

 バックパック基部から反物質を閉じ込めた結晶体を生成、大量にザルグ改へ散布する。低温対消滅によって接触したザルグ改は削り取られるように瞬く間に消滅したのだ。

 

 《なんということでしょう!? まさに白い悪魔! G-ブレイカーの活躍によって勝者はサイド0だァーッ!!》

 

 フォトントルピード。それがパーフェクトパック最大の特徴にして、切り札。

 ザルグ改が跡形もなく消滅したことによって、リンコの声がフィールドに響き渡る。

 

 

 

 

「──ごめん、ごめんなG-ブレイカー」

 

 

 バトルが終了し、ユイやリュウマ達が手放しで喜んでいるなか、アラタは一人、シミュレーターの中で膝を抱えて、G-ブレイカーに謝罪していた。

 

「お前がしたいのは、こんなバトルじゃないよな……。こんなバトルにつき合わせてしまって、本当にごめん……。想いをぶつけ合った末に戦っている瞬間にも成長し合えるようなバトルを……お前にも絶対に味合わせて見せるから」

 

 これをガンプラバトルだなんて思ってはいない。

 ただただ自分達の怒りや思い通りにしたいからなどという醜さをガンプラに乗せただけの戦いだ。

 事実、アラタはショウゴへ怒りが残っており、最後の殆どのモードを使用した執拗な攻撃はその表れだろう。

 

手段としてガンプラを使用してしまった。

今更、竦むつもりはないが、それでも何も感じないわけではない。

 バトルを終わった後に残るのは虚しさと自己嫌悪のみ。

 こんな想いはずっとしてきた。それこそ初めてショウゴ達とバトルしたあの日から、自分がしたいのはこんなバトルではないと。

 このようなバトルにGーブレイカーを巻き込んだことを謝罪しながら、アラタはこのことを悟られないようにと、バトルシミュレーターを出る頃には飄々とした態度で出て行くのであった。

 

 ・・・

 

「本気の本気で最強のガンプラを用意してきたのに……っ! なんで負けちまうんだよ……っ!」

 

 バトルシミュレーターを出れば、敗北を喫したショウゴ達が悔しさのあまり当り散らそうとしていた。

 しかし先程のバトルを覚えているのだろう。アラタの姿を見た瞬間にひっ、と身を竦ませていた。

 

「……モリタ君、あなたの敗因はそのガンプラよ」

「お、俺の……ガンプラ……?」

「そのガンプラを見て、なにか思わない? 人から無理やり奪ったパーツで組み上げたその機体……それが本当に、アナタのガンプラなの?」

 

 アラタに怯えているショウゴにユイは彼がいまだ気付いていない敗因を指摘する。

 その言葉に意味が分からず、ショウゴは己のガンプラを見やるなか、アラタも話に加わる。

 

「……そのガンプラを組み上げた時、楽しかったですか? 思い入れがあるんですか? そんなガンプラでのバトルは……どんな気分なんですか?」

「あなたが変わったって言ったのは、そういうところ……。だって……前にモリタ君とバトルした時は凄く楽しかったもの!」

 

 淡々と責め立てるような物言いにどこか悲しさを感じさせるアラタ。そんな彼に隣に立ちながら、ユイもかつてのショウゴを知っているのだろう。懐かしみ、そしてその時の感じた想いが真であると表すように屈託のない笑みを浮かべる。

 

「くそっ……俺は……俺は……っ!」

 

 その言葉の数々はショウゴの心に刺さったのだろう。

 膝から崩れ落ちた彼の肩はどんどん震えていき、やがては咽び泣く

 

 ・・・

 

「……みっともねぇとこ見せちまったな。約束通り、このパーツはお前たちにやる」

 

 あれからどれだけ経ったのだろうか。

 流れるままに泣いていたショウゴも漸く落ち着いたのだろう。腫れた目を擦りながら、ザルグ改を含めて、今まで集めたパーツの全てが入ったボックスを机に置く。

 

「甘えないでくださいよ。俺達のものでもないパーツを使うつもりはない。今のアナタなら、それが分かっているだろうし、どうするべきかも分かるはずだ」

「そうね。それはアナタが奪った人達に自分で返すべきよ」

 

 アラタ達はそのパーツの一つでも受け取るつもりはない。

 だからこそ、その箱をつき返したのだ。

 

「……そうか、そうだな。分かったよ……。ただその……もう一つの条件のほうは……」

 

 今まで好き勝手にやっていたのだ。

 返す時にどんな罵倒をされるかも分からない。だがそこはケジメとして甘んじて受け入れるつもりなのだろう。だが、ユイに二度と関わらない、というのは自分で言い出したこととはいえ、何とかしたいようだ。

 

「バカね。私はモリタ君と同じクラスなんだから、二度と関わらないなんて無理に決まってるでしょ。それに……またバトルしましょ。今度はモリタ君自身のガンプラで」

「……完敗、だな。そういうことならまたリベンジしてやらぁ! 俺の最強のガンプラでな!」

 

 あれだけのことを言ったにも拘らず、柔らかな笑みを浮かべ接してくれるユイにショウゴもその目尻に涙を浮かべると、ゴシゴシと拭いて、再戦を誓う。

 

「随分と自分に都合の良い人ですね……」

「元々、そんな悪い人じゃないのよ。……多分」

 

 とはいえ、今までやって来たことはあまりにも大きい。

 そのこともあってか、呆れているイオリにユイも苦笑しつつもフォローする。

 

「おい、転入生。この際だ、忠告しといてやる」

 

 そうと決まれば早速、作ってやる! と意気込んで取り巻き達と部室を出て行こうとするなか、ふとその途中で足を止めて、アラタの近くで話し始める。

 

「俺は負けたが……ラプラスの盾……それに生徒会はこんなもんじゃねえ。だからよ、お前がしっかりユイを守ってやるんだぜ」

「言われなくとも」

 

 傘下であった為かショウゴ自身がその実力を良く知っているのだろう。

 その忠告にアラタは軽い笑みを浮かべながら三本指をクルリと笑う。

 

「じゃあな! 負けんなよ!」

 

 最後にはやって来た際の険のある表情は消え、憑き物が落ちたかのような笑みを浮かべながら、アラタの肩を叩くと、取り巻きと共に去っていくのであった。




アラタ君だってシリアスが出来る子なんです!信じてください!


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高揚と挑戦を胸に

「アラター、いるー?」

 

ショウゴを打ち破った翌日、勢いよく教室に入ってきたのは、チナツだった。

目当てはアラタのようで、以前と同じようにアラタの姿を探すが、一向に見当たらない。

 

「アラタならいないわよ」

「えー? どこ行ったの?」

「さあ……。昼休みになったらフラッとどこかに行ってしまって」

 

イオリがアラタの不在を伝えるが、彼女自身もアラタがどこへ行ったか、分からないようだ。

アラタを目的に訪れただけあって、あからさまに不満顔を見せるチナツに苦笑しながら、いつもの飄々とした態度をとりながらも、どこか様子がおかしく感じられたアラタに想いを馳せるのであった。

 

・・・

 

そんなアラタは今、一人屋上にいた。

ベンチに腰掛け、プレバイで購入したドーナツを頬張りながら、所在無く空を見上げているその瞳に覇気はなかった。

 

 

 

「──だーれだ」

 

 

 

ふと視界が暗転すると同時に目元が柔らかな感触に包まれる。

何だと思うのも束の間、甘い香りが鼻をくすぐるのと同時に耳元で悪戯っぽく囁かれる。

 

「ジョン竹中」

「本当に誰かしら……」

 

適当に答えた名前に呆れられながら目元を覆っていた手を離される。

振り返ってみれば、そこには眉を八の字にして呆れているレイナがいた。

 

「聞いたわ、ラプラスの盾を倒したんですってね」

「まあ別にリーダーを倒したわけではないけど」

「それでもネームバリューがある分、この勝利は大きいわ。胸を張って良いのよ」

 

そのままアラタの隣に腰掛け、称賛してくるレイナに肩を竦めて、おどけるが、微笑と共に送られたまっすぐな言葉に照れ臭そうに頬を掻く。

 

「それにリュウマ君の件もね。お礼が遅れてしまってごめんなさい。今の彼、この学園に入学してから一番、輝いているように見えるわ。本当にありがとう、また一人、笑顔を取り戻してくれて」

「大袈裟じゃない? 俺は単にあのバカのビルダーとしての今後を見てみたいって思っただけだし」

「私は誇張はしないわ。あなたはそれだけのことをしたんですもの。一見、おちゃらけてはいるけど、ガンプラへはただ無邪気でありながらも、真摯で崇高な精神で接している」

 

ここまで手放しで褒められると、どうにも調子が狂ってしまう。

少しでも照れてしまうのを何とかしようとドーナツを気恥ずかしそうに頬張っていると……。

 

「──だからこそ……それが少し……怖かったりするのだけれど」

 

まるで消え去りそうなほど儚げに放たれた言葉ではあったが、確実にその内容は耳に届いた。

 

「……どういう意味?」

「……いえ、忘れて。悪い癖ね、少し心配性なのよ」

 

含みのあるその言葉を聞き逃さず、追及するのだが、やんわりと首を横に振ったレイナはすくっと立ち上がると、アラタに向き直ると、そっと手を差し伸べる。

 

「少し付き合ってもらえるかしら」

 

・・・

 

レイナに連れられて訪れたのは、第10ガンプラ部の部室だ。

何故、わざわざこの部室に連れてこられたのを考えていると……。

 

「あれ、これ……写真? 俺たちのも……」

 

以前は気にも留めなかったが、部室の一角にある壁にかけられたボードに気付く。

そこには無数のガンブレ学園の生徒達の姿が収められた写真が留めてあり、中には以前、ユイと二人で帰宅した時と思われる写真まであった。

改めて写真を見返していると、どれもこれも笑顔ばかりであり、写真だけでも楽しそうだという印象が簡単に伝わってくる。

 

「みんな楽しそうでしょう? そういう顔を見ると、思わず写真に撮っちゃうのよ」

「俺とユイ……先輩のは?」

「同じよ。帰りにアナタとミカグラさんを偶然、見かけたけど、その時の貴方達、まるで姉弟みたいで楽しそうだったから撮ってしまったの。気を悪くしたらごめんなさいね」

 

姉弟という言葉に頬をひくつかせながらも、改めて写真の一枚一枚を見てみれば、レイナが思わず撮ってしまうと言うのが頷けるほど、写真に写っているどの生徒も輝かしい笑顔 を浮かべている。

 

「今ではこういった顔も……中々、見れないのだけれど」

「……」

「第10ガンプラ部は遊び心をテーマとしている……というのは、前に話したわね」

 

どこか寂しそうにポツりと零すレイナに視線を向ければ、彼女はそのままここの部活動で作成されたと思われる個性豊かな作品達(一部アウト)が飾られた棚へ近づく。

 

「今のこの学園で遊び心なんて無用なものになってしまった。今の生徒会になるまで盛んに行われた春のアトミック祭りやドキッ! ふみなだらけの美少女大会も出来なくなったわ」

「まあ……内容は兎も角、今の学園のルールだとネタプレイは出来ないだろうけど」

「それは勿論、ランキング制の導入など理由は様々。どちらにせよ、今のこの学園はあまりに殺伐としている。ある者は学園で強者であろうとランキングに固執し、ある者はこの学園に嫌気が差すかのどちらかよ」

 

ガンプラバトルが全く新しいeスポーツとして世界中で人気を博しているとはいえ、その根幹は遊びなのだ。

その遊びが満足に行えないのは、レイナにとって不満そのものでしかない。

 

「遊びだから本気になれる……。私はこの言葉に感銘を受けたわ。命のやり取りをする必要もない遊び……でもだからこそ本気になれる、好きだからこそ本気になれる」

「ラルさんか。その言葉は俺も好きだ」

「この学園の皆も根はガンプラとバトルが好きなのよ。でも、遊びに“夢中”になることが出来なくなってしまっている。それは……ガンプラを取り扱うこの学園ではとても寂しいことだわ」

 

この部室のガンプラや怪盗をモチーフとしたマスカレイドガンダムも遊び心が生み出したガンプラだろう。

ただ強いガンプラのみを求めるのであれば、わざわざ怪盗をモチーフにいれる必要などないのだから。そんな風に遊びを楽しめる彼女だからこそ、現状を憂うのだろう。

 

「アナタのこれからはきっと平坦なものではないと思う。でもだからこそ忘れないで欲しい。遊び心を……遊びだから本気になれるということを」

 

まっすぐと向き直ったレイナはアラタの目を真剣な眼差しで見据えながら話す。

先程の含みのある言葉のこともあってか、その瞳はどこか不安そうにアラタを案じているように見えた。

 

──その時、第10ガンプラ部の部室の扉が開いた。

 

そこにいたのは、180cm以上はあるであろう高身長の青年だった。

褐色の肌、太陽を思わせるような瞳、その目鼻立ちは日本人のものではなく、南アジアなどで見られる外見的特徴が一番、重なるだろう。

 

「──この俺はわざわざ呼び出すとは……。不敬その物だが、まあまずは理由は聞いてやろう」

 

白色のガンブレ学園の制服を身を包んでいるところを見ると、少なくともこの学園の生徒のようだ。

日本語も堪能なようで、傲岸不遜のような振る舞いをとりながら近くの椅子へ腰掛ける。

 

「この人は?」

「留学生のアールシュ・アニク・カルナータカ、三年のクラスにいるわ。現インド政府大統領のご子息よ」

「そんな人がこの学園に?」

「ガンブレ学園は世界でも有数のガンプラバトルに特化した学園よ。ガンプラが世界中の人々に愛されるようになった今日で、世界でプロのガンプラビルダーが幅広く活躍の場を広げるなか、最新鋭の設備が導入しているこの学園は世界中の人々の関心も高く、これまでも何人もの留学生が在籍していたわ。何より日本はガンプラ発祥の地だしね」

 

この世界におけるガンプラは世界、いや、それこそ地球規模と言って良いほどの大流行を巻き起こし、愛されている。ガンプラの価値その物が高く、世界大会も盛んに行われている。彼もまたガンプラ発祥の地で学ぼうとこの学園にやって来たのかもしれない。

 

「それに彼は学園ランキングにおいて、10位圏内にいるほどの実力者よ。一部では生徒会長に匹敵する力を持っているとも。何よりその立場もあって、この学園のルール、いえ、副会長の圧力を受け付けない特異な人物なの」

「それは単純に凄いな……」

 

この学園のスクールカーストは半ばその実力で決まっている。だからこそ強者は弱者に逆らえない仕組みとなっているわけだが、それを踏まえた上でもその地位にいるこの青年の実力は凄まじいのだろう。

 

「俺を放っておくとは無礼にも程がある、が、俺の話をしているのであれば許そう。耳障りの良い話であれば尚更、な」

「失礼。よくぞいらしてくださいました」

 

アールシュの紹介をしているうちに彼を放置する形となってしまった。

少なくとも機嫌を損ねることはしていないようだが、下手に機嫌を損ねたらどうなるか分からないのか、レイナは丁寧に接する。

 

「よい。何かと思っていたが、サイド0のリーダーとやらに会うことになるとはな」

「ソウマ・アラタ。天才ガンプラビルダーです」

「ほぅ……噂通りの男のようだな。腫れ物のように扱われる俺に物怖じぬとは」

 

少なくともガンブレ学園で噂になっているサイド0のリーダーであるアラタを見て、気を良くしているようだ。そんなアールシュに三本指を回しながら、簡単な自己紹介をすれば、くつくつと愉快そうに笑っていた。

 

「けどどうして? もしかして俺達に協力してくれるとか?」

「彼はあくまでこの学園でノウハウを学んでいるだけで、生徒会などには不干渉の姿勢をとっている。だから生徒会とも不可侵のような状態なのよ。だからミカグラさんとも折り合いが良いとは言えないわ」

 

彼の口ぶりではどうやらレイナに呼び出されたようだ。そして自分もレイナによってこの場にいる。

引き合わせられたような形だが、もしかして彼と協力関係になれるのかと考えたアラタだが、どうやらそうことは上手くいかないようでフルフルとレイナは首を横に振る。

 

「何で……? 生徒会長にも匹敵するほどの実力っていわれるくらいなんでしょ?」

「おいそれと揉め事を起こして、親に負担をかけるつもりはない。この学園への留学も無理を聞いてもらったのだからな。それにバトルか……。フンッ、奴等とバトルをするつもりもない」

 

もしかしたら自分が来る以前にどうにか出来たかもしれない。

だがアールシュは事を構える気はないようで、生徒会のことを思い出してか、不愉快そうに鼻を鳴らす。

 

「書記は兎も角、奴等のビルダーとしての姿勢……いや、ビルダーと呼んで良いとも思わんが、少なくとも俺のガンプラと戦わせるには値しない。ランキングも興味はないが、降りかかる火の粉を払ううちに今の順位になっただけのこと」

 

不可侵とはいえ、生徒会その物は不愉快に思っているようだ。

その理由は、ガンプラビルダーと呼ぶに値しない存在だから、とのこと。

 

「俺は生徒会を倒すための手段としてだけにガンプラを用いる気はない。それはガンプラに対して侮辱に値する行為だからな。俺のガンプラはあくまでガンプラへの敬意を持つ者だけにその相手を務めさせたいのだ」

「……っ!」

 

彼は彼なりに己のガンプラを愛しているのだ。

ふと見せた優しげな表情がそれを物語る。そして何よりその考えはアラタも理解できることなのだ。

 

「ほぅ……その顔、貴様も思うところがあるようだな」

「俺……昨日、ラプラスの盾のメンバーとバトルをした時に自分のガンプラへ申し訳なかったんです。あの時の俺は仲間を侮辱されて、怒りをぶつける手段にガンプラを使ってしまった……。あのガンプラは……俺の全てを……情熱を注ぎ込んで作ったんです。あんな風に戦わせるためじゃない……。それが凄く情けなくて……申し訳なくて……」

 

表情が強張り、拳を握って、顔を伏せるアラタをアールシュは見逃さなかった。

その言葉に先日のバトルとシミュレーターの中で膝を抱える自分を思い出し、ガンプラを愛しているからこそ、あのような使い方をしてしまった自分への情けなさを吐露する。

 

「……この学園で見所のあるガンプラビルダーもういないと思っていたのだがな」

「えっ……?」

「よい、許す。貴様、放課後に俺とバトルしろ。一対一で、だ」

 

今までどこか不機嫌さを感じさせていたが、どこか穏やかに息をつくと、アラタに一対一によるガンプラバトルを持ちかけてきたのだ。

 

「とことんまで遊ぼうではないか。全力で、心ゆくまで」

 

突然のバトルの申し出に驚いていると、もう用はないとばかりにアールシュは席を立ち、最後に彼自身の高揚感を感じさせる笑みを見せながら、この場を後にしたのだ。

 

「あの……これって……」

「あの人もまた燻ってたのよ。でもアナタのガンプラへの後悔の念に触れて少しでも火がついた。だって愛してなくちゃ後悔なんて出来ないもの。あの人はそんな風にガンプラを愛している人を求めていた。ただただ強いガンプラを求めているような人達ではなくてね」

「そっか……。そう思われるのは純粋に嬉しい」

「それに彼は10位圏内の上位ランカーよ。このバトルは決して無意味なものではないわ」

 

いまだ戸惑いつつレイナを見てみれば、彼女は苦笑した様子で肩を竦めながら、先程のアールシュを思い出す。

ガンプラを愛しているからこそ、ガンプラビルダーとしての愛を感じられない者とは戦わない。逆に言えば、アラタは彼の目から見て、愛を感じられたのだ。

 

「……最っっ高だッ! なんだかテンションが上がってきた! 放課後、見に来てくれよなっ」

「ええ、勿論」

 

段々とアラタも実力者とのバトルに高揚してきたのだろう。

歓喜のあまり、頭を掻き毟りながら屈託のない笑顔を浮かべると、レイナに声をかけて教室に戻っていくのであった。

 

・・・

 

「実力があるに越したことはないが、今は問うまい。そのガンプラへの想いを感じさせてくれれば、それで十分だ」

 

三年の教室が並ぶ廊下の窓辺に寄りかかりながら、アールシュは人知れず笑みを浮かべていた。

この後のバトルへの想像を働かせる。一体、どんなバトルが、どんな想いを感じられるのか、それが楽しみで仕方なかった。

 

「そうであろう、シヴァ」

 

彼の手には彼が手がけた渾身のガンプラが。

ガンダムバエルをベースにカスタマイズされたインド神話における最高神の名を冠したガンプラを見て、胸を高鳴らせるのであった。




アールシュ・アニク・カルナータカ

【挿絵表示】


ガンプラ名 ガンダムシヴァ
元にしたガンプラ ガンダムバエル

WEAPON 60mm高エネルギービームライフル
WEAPON バエルソード
HEAD ガンダムバエル
BODY ガンダムバルバトスルプスレクス
ARMS ガンダムAGEⅡマグナム
LEGS ガンダムバエル
BACKPACK ストライクノワール
拡張装備 大型アンテナ(額)
     スラスターユニット×2(脚部)

例によってリンクが活動報告に(ry


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ビルダーのかがやき

 放課後の第08ガンプラ部の部室は普段ならば、和やかな時間が流れているのだが、今日ばかりは違った。

 

「まさか学園トップランカーの一人がこの部室に来る日があるなんて……」

 

 それはやはりこの部室がさも自分のものであるかのように腕を組んで堂々としているアールシュの存在があるからだろう。

 事情はアラタから話されたとはいえ、この部室を長らく使用しているマリカもサイド0潰しでもないのに、上位ランカーがこの部室にいるこの状況は信じられないくらいだ。

 

「まさかよりにもよって、アラタ君がアールシュ君とバトルすることになるなんて……」

「この学園で最も特異な存在……。話には聞いていましたが、目の前にするのは初めてです」

 

 アールシュは権力実力ともに学園を変える力を有しているいるにも関わらず、不干渉を貫いている。

 それは是が非でもガンブレ学園を元に戻したいユイからすれば、複雑だ。イオリもアールシュのことは噂には聞いていたが、実際に目の前にして、彼の持つ威圧にさえ感じる厳かな雰囲気に知らず知らずに息を呑む。

 

「っていうか、知らねぇうちに結構、人が集まってんな」

 

 実はこの第08ガンプラ部の部室に集まっているのはサイド0の面々とアールシュだけではなかった。

 他にもアラタからの誘いを受けたレイナに、チナツやシオンの姿があった。

 

「なんで、チナツまでいるのよ」

「ちなちーって呼んでよー。アラターがタイマンでバトルするって聞いたから来たんだよっ!」

 

 当たり前のように部室にいるチナツに声をかけると、自身の愛称を呼んでくれないイオリに不満顔を浮かべながらも、これから行われるであろうアラタとアールシュのバトルに胸を高鳴らせている様子だ。

 

「大佐はシオン公国の臣民だからね! ちゃんとシオンが見届けてあげなくっちゃっ!」

「シ……シオン公国……?」

「シオン公国はガンブレ学園の優良種を集めて建国されるシオンによるシオンの為のシオン公国なのですっ」

 

 ジオンなら兎も角、聞きなれぬ単語に頬を引き攣らせるユイの疑問に元気たっぷりに答えながら、大佐と任命したアラタの勝利を祈る。

 

「不躾な奴等が揃いも揃いよって……。だがよい、此度の俺は寛大である。なにせ久方ぶりにまともなバトルが出来そうなのでな。この期待、裏切ってくれるなよ」

「ああ。それじゃあ早速、はじめましょうか」

 

 ゾロゾロと人が集まるこの状況に眉を寄せながらも、それを上回るバトルへの期待感に心を躍らせるアールシュに頷き、二人はバトルシミュレーターに乗り込んでいく。

 

 マッチングが行われるなか、お互いにこれから行われるバトルに期待感に胸を膨らませながら自身の全てを注ぎ込んだガンプラをセットする。

 

 

「G-ブレイカー!」

 

「ガンダムシヴァッ」

 

「ソウマ・アラタッ!」

 

「アールシュ・アニク・カルナータカ……!」

 

「行きますッ!」

 

「出るッ!」

 

 

 お互いの想いはその声を聞けば分かる。声を重ねあいながら、二機のガンプラはカタパルトを飛び出していくのであった。

 

 ・・・

 

 バトルフィールドに選ばれたのは、コロニー内に建造された市街地であった。

 高低差のある建造物の数々は障害物としての役割を果たし、バトルを更に引き立たせることだろう。

 

「どこにいる……ッ」

 

 そんな市街地の上空を鮮やかな噴射光による尾を引きながら飛行しているのは、G-ブレイカーであった。今回はG-cubeではなく、完全なる一騎打ちだ。

 相手となるシヴァを探していると、センサーが敵機体を捉え、確認すればそれはシヴァのものであった。

 

「すっげぇ……!」

 

 ガンダムシヴァを改めて目にした時、アラタはこれから戦う相手にも関わらず、子供のように瞳を輝かせる。

 ガンダムバエルをベースにカスタマイズされたそのガンプラはバエルの高速近接型を更に昇華させたようなガンプラだったのだ。

 

 シヴァは両腕と翼をひろげ、その圧倒的な存在感を示す。

 機体そのものの完成度だけではなく、両腕に装備されたFファンネルはその一つ一つが精巧に作られており、G-ブレイカーのフォトン装甲に負けぬほどの輝きを放っている。

 純粋にシヴァのここまでの作り込みにアールシュの愛を感じたのだ。でなければ、圧すら感じるあれほどまでの存在感を示すことなど出来ないだろう。

 

「シヴァに見惚れたか。よい、それは至極当然なことだからな」

「ああ、そんなガンプラと今からバトルが出来るッ! それは純粋に光栄なことだッ!」

 

 火蓋を切るように互いに向けられたビームライフルの引き金が引かれる。

 ビームが交差し、シヴァは僅かに機体を反らして避けるなか、G-ブレイカーはフォトン装甲シールドからビーム・プレーンを幾つも展開する。

 

 ビームを吸収するだけでなく、いくつも展開されたビーム・プレーンは目眩ましとしての役割を持つ。アールシュが眉を顰めるなか、流星を描きながらG-ブレイカーは飛翔する。

 

「賢しい真似を……」

 

 G-ブレイカーはその機動力を惜しみなく活かしながら、シヴァの周囲を撹乱するように飛び回りながら、ビームライフルの引き金を引く。その一つ一つを確かに避けながら、アールシュは目を細める。

 

 彼の目はG-ブレイカーの姿を確かに捉えていたのだ。

 

「ッ!?」

 

 次の瞬間、アラタは息を呑む。

 十分な距離を置きながら、シヴァの動きを乱していたつもりなのだが、シヴァがそのウィングを展開し、スラスターを稼働させた瞬間、瞬く間にG-ブレイカーとの距離を詰めてきたのだ。

 

「ハエが飛び回ったところで太陽は墜ちはせん」

 

 瞬時にシヴァは一対のバエルソードを引き抜くと、交差させるように振るう。

 辛くもフォトン装甲シールドを構えたG-ブレイカーであったが、さながらバターのように切断されたのだ。

 

「ッ!?」

「遅いッ!」

 

 G-ブレイカーに絶対的な自信を持っていたアラタもこれには驚くしかない。

 しかし驚いている間にもシヴァのタックルを受けて、大きく吹き飛ばされてしまう。

 

「ならッ!!」

 

 なおも追撃の手を休めず、迫ってくるシヴァにされるがままに終わるつもりのないアラタが動いた。

 その身を真紅に染めるrことでアサルトモードを発動させると、トラフィック・フィンと共に最大出力のビームを解き放ったのだ。

 

「チィッ……!」

 

 軽やかに避けるシヴァだが、作りこまれたG-ブレイカーの最大出力のビームはそのままコロニーの外壁を打ち破ったのだ。

 空気が一気に漏れていき、機体のバランスをも持っていかれそうになる。何とか姿勢を制御しようとしていた時であった。

 

「──っ!」

 

 前方にはツインアイを輝かせるG-ブレイカーがいたのだ。

 次の瞬間、G-ブレイカーのバックパックから、煌く無数の粒子が放たれたのだ。

 だが、ここであえてシヴァはG-ブレイカーへ突き進んだ。

 

 ・・・

 

「コロニーが……っ!?」

 

 バトルを観戦していたユイが溜まらず叫ぶ。

 戦いの末に放たれたG-ブレイカーの攻撃はコロニーの外壁を打ち破り、そのフォトントルピードによって、コロニーを崩壊させるに至ったのだ。

 

「おい、バトルはどうなったんだ!? 一体、どうなって……」

「待って。まだ戦っているわ」

 

 崩壊するコロニーによって、G-ブレイカーとシヴァのバトルがまともに見えなくなってしまった。

 なにがどうなったのか、確認しようとするリュウマに、バトルの様子にいち早く気付いたレイナが観戦モニターを指差す。そこには崩壊するコロニーを抜け、宇宙空間に飛び出す二つの流星の姿が。

 

「G-ブレイカーが……っ!」

 

 G-ブレイカーの姿を見た瞬間、マリカが悲鳴のような声をあげる。

 いや、マリカだけではない。ユイやチナツ達もまた悲痛な面持ちを見せる。

 

 なんとG-ブレイカーは今まさに満身創痍の状態だったのだ。

 各部のフォトン装甲は罅割れ、全身の装甲も酷く傷ついている。

 対して、シヴァはフォトントルピードの影響を受けたものの、G-ブレイカーに比べ、その損傷は酷くはない。

 これまで圧倒的な力を見せてきたG-ブレイカーの痛ましいその姿はユイ達に与えたショックは計り知れなかったのだ。

 

「まだだッ!」

 

 このままではシヴァに勝てないのではないか。

 そう誰かの脳裏に過ぎった矢先、否定するようにリュウマが叫ぶ。

 

「アイツはまだ……諦めちゃいねぇッ!!」

 

 リュウマはG-ブレイカーのその姿を決して見逃すまいとしかとその目に焼き付けるように見つめていた。

 画面に映るG-ブレイカーはリュウマの言うように、まだ戦えることを示すようにツインアイを確かに輝かせていたのだ。

 

 ・・・

 

「勝利へのパーツが全く揃わない……ッ! けど……」

 

 コロニーを抜け出し、宇宙空間を戦場に移したG-ブレイカーとシヴァの激闘はいまだ続いていた。既にG-ブレイカーはコロニー崩壊中にシヴァからのFファンネルとレールガンの猛威を受け、傷だらけであった。

 

「──最っっ高だァッ!」

 

 シヴァのバエルソードに対して、G-ブレイカーもビームサーベルの二刀流で挑む。そんななか、アラタは興奮気味に叫んだ。

 

「G-ブレイカーにさせたかったのは、こういうバトルなんだッ!!」

 

 ただただ夢中になって笑顔で叫ぶ。

 アールシュは確かに強かった。その実力はアラタを遥かに上回るといっても過言ではないだろう。

 しかし、アールシュはそれだけの……ただ強いだけの人物ではなかったのだ。

 

「シヴァ! 俺達はこれだけではない、こんなものではないッ! 俺達の力を示してやろうぞッ!!」

 

 戦えば戦うほど、彼のシヴァへの……ガンプラへの情熱を感じることが出来たのだ。

 それはもっと先へ、その一挙手一投足に己のガンプラへの絶対的な自信と信頼を乗せ、共に更なる高みを目指していこうという愛を感じられたのだ。

 

「だから行こう、G-ブレイカーッ! お前となら……どこまでもいけるッ!」

 

 まだ終わらせたくない。こんな時間をもっと味わいたい。だからこそ飛ぶのだ。

 創造主であり、相棒といえるアラタの想いに応えるようにG-ブレイカーは瞳にあたるツインアイをより一層、輝かせると、咆哮の如くスラスターを噴射させ、シヴァへ向かっていく。

 

「……先程、ハエと言ったことは撤回しよう。非礼にあたる発言であった」

 

 主の未来を導く光になるように、G-ブレイカーの罅割れた各部のフォトン装甲からは、更なる光が輝く。

 そんなG-ブレイカーの姿を目の辺りにして、アールシュは静かに先程の自身の発言を撤回する。

 

「であればこそ、全力を持ってぶつかるのみッ!」

 

 バエルソードによってG-ブレイカーの左腕が丸々切断される。

 しかしそれでもなお、立ち向かおうと頭突きを浴びせてくるG-ブレイカーにシヴァも押し返すように、ガンダム同士の額が拮抗するも、シヴァの蹴りが深々とG-ブレイカーに突き刺さり、大きく吹き飛ぶ。

 

 何とか姿勢を立て直したアラタはシヴァを見やる。

 シヴァは追撃することなく、距離を開けたG-ブレイカーを見据えていたのだ。

 

「あれ、は……っ」

 

 だが次の瞬間、シヴァの全身に光が駆け巡ると、全身に赤色の光を纏ったのだ。

 鮮やかなまでに輝くその光にアラタも知らずのうちに釘付けになる。

 

 

「──覚醒……。いまだ貴様が届かぬ領域の力よ」

 

 

 鮮やかな赤き閃光を放ちながら、アールシュは静かに答える。

 

 覚醒……それは学園のトップランカーの一部が使用できる進化の輝き。共に進むガンプラの性能を飛躍的に上昇させ、リアルカスタマイズバトルで組み替えていれば、本来の姿を取り戻すことも出来るまさに破壊と創造の力だ。実力と想い、そしてきっかけの全てを揃えた時に始めて実現するこの力は現在において学園のトップランカーとプロのガンプラファイター達の中の一部がこの力を行使している。

 

 

「貴様はまだこの力を手にしていない。よってより差は開いただろう。だが俺はあえてこの力を使い、貴様と戦う」

「良いねぇ。本当に全力で来てくれるってわけだ」

「左様。貴様のガンプラへの愛が俺にこの力を使わせたのだ。誇れ。そしてその身にこの力の全てを刻めッ」

 

 

 覚醒を使用せずとも、戦うことは出来ただろう。

 しかし自身の手の内を明かすような真似をしてでも、覚醒を発動させるに踏み切ったのは、アラタにそれだけの価値があったに他ならない。

 

「貴様は何れこの力を手に入れることが出来るであろうッ! 貴様が貴様として進む限りィッ!」

 

 再びG-ブレイカーとシヴァはぶつかり合い、その刃を重ねる。

 しかし、鍔迫り合いになるかと思いきや、G-ブレイカーは押し負けたのだ。

 

 

「ああ、そうだ! 俺とG-ブレイカーはこんなもんじゃない! まだまだ進み続ける……! 今より高く、俺達はまだ飛ぶんだッ!」

 

「よい、実によいッ! だが忘れるな! 頂点はただ一人! そこにいるのは俺であり、シヴァだ!」

 

「だって──!」

 

「何故なら──!」

 

 

 怯むG-ブレイカーにタックルを浴びせると、姿勢を立て直したG-ブレイカーとシヴァはこの広大な宇宙を思うがままに飛び回り、自身の燃えるような想いが籠もった言葉を重ねあいながらぶつかり合う。

 

 

 

 

 

 

 「「俺のガンプラが──」」

 

 

 

 

 

 

 

 これが最後だ。

 二機は全速力で真正面から向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 「「──最強だッ!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙を走る二つの流星がぶつかり合った瞬間、見る者全てが目を反らすような強い輝きがあふれ出る。

 

 

 

 

 互いに拮抗するようなガンプラへの想いがぶつかりあったのであれば、勝敗を決するのはその実力のみ。

 

 

 

 

 勝者……ガンダムシヴァ

 

 

 



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長き旅の始まり

「はぁー……負けた負けた」

「そこまで悔しそうじゃないんだね」

 

穏やかな風が肌を撫でる夕暮れの帰り道。

アールシュとのバトルを終えたアラタは清々しそうに肩の凝りを解していると、その様子にユイはクスクスと笑う。

 

「悔しいには悔しいよ。G-ブレイカーで負けたんだ。悔しくないわけがない」

「でも同時に楽しかったって気持ちも伝わってくるよ」

「あの人は本当に強かった。ガンプラの力も心もそのどちらも……。でもだからこそその一端に触れられたのが嬉しいんだ」

 

自分の全てをこめたG-ブレイカーでの敗北はそれこそ胸が締め付けられるような想いだ。

だがそれで俯いて終わりではない。バトルをしたからこそ、アールシュのガンプラにかける気高いまでの想いを直に感じることが出来たのだ。

 

「でも、俺だってガンプラが好きなんだ。その想いは負けちゃいない……。だからもっと進み続けるんだ」

「きっとその想いはみんな同じだよ。終わった後、みんなガンプラの話をしてたし、リュウマ君なんてこのままじゃいけない、なんて言って飛び出すように帰っていったし」

「少しは落ち着きを持って欲しいもんだねぇ」

 

バトルでは負けたが、ガンプラへの情熱ならば負けるつもりはない。

今度はその両方で勝てるようにとバックにしまったケースに眠るG-ブレイカーに想いを馳せる。

 

アラタとアールシュのバトルは見る者に多大な影響を与えたのだろう。

あの場にいた者達はこの後、好きにガンプラとの時間を過ごしているに違いない。

 

「けど、なんだかこうしてアラタ君と二人っきりでいると、昔のこと色々思い出しちゃうな。あの頃よく一緒にガンプラ作ってたよね……。朝から晩まで、お父さんたちに怒られるまで」

「あの頃、ねぇ」

 

和やかな時間を過ごしながら、会話を重ねていると、ふとユイが懐かしそうに話し、アラタは目を細める。

 

「ううん、アラタ君は怒られてからも、まだ布団の中で作ってたでしょ? 私知ってるんだからっ」

「それをやり続けたら、ポリキャップのみを抜き取られるという鬼畜の所業をされたわけだけど」

 

クスクスと当時のことを思い出して、悪戯っぽく笑うユイにアラタも笑みを浮かべつつも、親がとった行動を思い出してか、乾いた笑みになっていく。

 

「でも、凄いよね、アラタ君。私の方がお姉さんなのに、いっつも私より上手に作ってた」

「俺はあの時点で天才だったからな」

「ガンプラ作り以外はてんで残念なのに……」

 

幼い記憶であっても、強く脳裏に刻まれているのか、今でもアラタが手がけたガンプラを思い出すことができるようだ。

三本指をクルリと回しながら、自慢げに笑うその姿には流石に苦笑してしまうが。

 

「私、アラタ君が作るガンプラが好きだった。なんていうのかな……あったかい、そんな気がして」

「あったかいか……」

「今日のバトルを見て、思ったよ。それはアラタ君が心からガンプラが好きだからなんだ、って」

 

幼い頃のアラタの方が当時の自分より上手く作れていた。

それはあくまで当時のことで今思い返せば、手がけたガンプラも幼いゆえの拙さがある。だがそれを踏まえた上でユイの記憶には残っていたのだ。

 

「なんて、ちょっと恥ずかしいことも、キミにはなぜか言えちゃうんだよね……」

「気心が知れてるからじゃないかね」

「もぅ……それだけで済ましちゃうの?」

 

どこか気恥ずかしそうに頬を紅潮させながら、照れながらアラタを見て話すのだが、対してアラタは特に関心もなく指先を弄っており、これでも思い切って言ったということもあってか、肩を落とす。

 

「でも……うん……。今はイオリちゃんやマリカちゃん、リュウマ君。それに……キミが傍にいてくれるのは本当に心強いんだ。一人だったら、挫けちゃってたかもしれないけど、もう二度と負けないって思える」

「……ああ、これからも俺は力になる。きっと委員長達も。それが全て合わされば負けはしないさ」

 

ユイにとって、サイド0は心を支える大きな存在になっているのだろう。そのリーダーであるアラタも。

奮い立つように、力強く笑うユイの笑顔にアラタも穏やかに笑う。

 

「……そういう顔のほうが私が知ってるアラタ君っぽいかな。昔のアラタ君は自分を天才っていうどころか、気弱だったから再会した時はびっくりしたよ」

「……流石に幼い頃のままなんて人はいないでしょ」

「でも、ドーナツは好きなままなんだよね。今度、駅前にあるドーナツのお店に行かない? オススメなんだ」

「行くっ」

 

ふと隣を歩くアラタに過去の自分が知っていたアラタの面影を重ねる。

だが、それはアラタにとっては好ましくはないのか、どこかぶっきら棒に答えるも、直後のユイの誘いに子供のように反応し、二人はそのまま帰路につくのであった。

 

・・・

 

「どうでした、アラタ君は」

 

風が頬を撫でるなか、ガンブレ学園の屋上にはレイナとアールシュの姿があった。

距離を置いた状態でフェンスに背中を預けているレイナはさながら神が地上を見下ろすように、ここから見える景色を眺めているアールシュに問いかける。

 

「……よい。奴を俺は大いに期待している」

「まるでサイド0には期待していないかのようですね」

「当然だ」

 

先程のこともあって、傲岸不遜に振舞う彼も慈善家のような笑みを浮かべている。

しかしその言葉はアラタだけに期待をかけており、そのことに気付いたレイナの追求にキッパリと答える。

 

「ソウマ・アラタ……。ヤツは確かに強い。ガンプラへの想いも全てな。それはあのサイド0を支える支柱であろう」

 

サイド0はアラタが転入してから、彼が出会った理不尽に抗おうとするガンプラビルダー達の間で結成されたチーム。故にその中心にはアラタがいる。

 

「だが、だからこそ奴が欠けた時……。そうさな……奴の心が壊れた時、サイド0は水泡の如く消えるだろうよ」

「……」

「貴様もそのことは理解していよう。奴に目をかけるのは、そうなった時のことを怖れてのことであろう?」

 

アールシュの言葉と共に強い風が吹き抜けた。

風によって強くその白髪が靡くなか、アールシュの問いかけに目を瞑り、何も答えない。だがそれは逆に彼の問いに対する肯定になっていた。

 

「奴のガンプラへの想いは本物だ。今のこの学園には向かないほどな……。奴は繊細なのだ。だからこそG-ブレイカーを怒りをぶつける手段として用いた後には激しい後悔に襲われていた。まだまだサイド0の道のりは始まったばかりだ。この調子では生徒会に辿り着く時には、どうなっていることやら」

「……そんなことはさせません」

「だからこそ俺を引き合わせたのだろう?。奴等はまだ同じ道を歩き始めたばかり。真に支えあえるチームとなるか、それとも勇者にしがみ付く愚者の群れとなるか……これからが見物であろうな」

 

アラタを気に入ったからなのか、自分のことのように鋭く目を細め、厳しい表情を浮かべると、フェンス越しに見える太陽に背を向け、この場から立ち去ろうとする。

 

「なに。折角こうしてめぐり合ったのだ、これも何かの縁であろうよ。俺とて奴が壊れようものなら、見過ごすつもりはない」

 

重々しいまでの雰囲気が屋上を支配 するなか、アールシュは去り際に心強さを感じるような笑みを見せ、レイナを残して屋上を去っていく。

 

「ソウマ・アラタ……。貴様はまさに諸刃の希望だな」

 

サイド0が、アラタが生徒会と戦い続ければ、やがては生徒達の中から賛同者が増えていくかもしれない。

現にラプラスの盾のショウゴの撃破は学園中を駆け巡って、大きな騒ぎとなっているのだから。

 

賛同者が増え、彼等の中で希望が芽生えるのと同時に、アラタが一人、絶望を溜め込んだら……。

そこまで考えて、一息つくと夕暮れの学園を一人、歩いていくのであった。

 

・・・

 

翌日、ガンブレ学園の昼時はショウゴを撃破したサイド0で大きく賑っていた。

 

「えっ……と……」

 

ユイもそのことについて聞かれるのだが、今はそれよりも目の前の光景に戸惑い、頬を引き攣らせていた。

 

「俺の前でそのような間抜け面を晒すか。この不敬者め」

 

彼女の目の前にはアールシュが。

元々の高身長のせいで、見上げる形となるわけだが、今はそれよりも彼の脇に目が行くのだ。

 

「……」

 

そこには小脇に抱えられているアラタがいた。

 

「ど、どうしてアラタ君を……?」

「なにを下らぬことを。俺はこれから昼食をとる。そこで此奴の同席を許したまでのこと」

 

まるでぬいぐるみのようにアールシュに小脇に抱えられているアラタの姿は非常にシュールである。

戸惑いながら聞いてみれば、当たり前のことを聞くなといわんばかりに小馬鹿に笑うと、何故の自信に満ち溢れながら答えられてしまった。

 

「はあぁなあぁせえぇぇぇぇぇ……」

「許したっていうか……凄く不服そうなんだけど……」

 

一方のアラタは顔を顰めて、不満を露にしている。

まるで子供のようなその姿はユイにとって可愛らしく感じられてしまい、苦笑が交じってしまう

 

「──見つけましたよ!」

「イオリちゃん!?」

 

ドタドタと音を立てて、自分たちのクラスに突入してきたのはイオリだった。

ユイへの挨拶も程ほどに睨むようにアールシュを見やる。

 

「いきなり人のクラスに入ってきたと思ったら、“よい、許す!”とか言ってアラタを攫って……っ! アラタを返してくださいっ!!」

「ふんっ、なにを言うかと思えば……。今日、此奴は俺と昼食をとる。貴様は一人、便所で食ってるんだな」

「誰がですかっ!? こうなったら実力行使でもアラタを返してもらいます!」

 

どうやらいつも通り、アラタを昼食をとろうとした所、アールシュによってアラタを拉致されてしまったようだ。

噛み付かんばかりのイオリにアールシュは鼻で笑い、わーわーと三年の教室で騒ぎが起こる。

騒ぎともなれば、それを聞きつける者もおり、リョウコが姿を現す。

 

「なにを騒いで……って、なんだこの状況はっ!? 何故、アラタは抱えられてるんだ!?」

「助けて、リョウコちゃん!」

「ちゃん付けはやめろっ! えぇい、仕方あるまい! 少しの辛抱だ、待っていろ!!」

「よ、呼び捨て……。いつの間にかアラタ君とリョウコの関係が進んでる……。レイナちゃんもいるし、このままじゃ姉の立場が……っ」

 

いつの間にか親しさを感じるほどの距離感をみせるアラタとリョウコに何ともいえない複雑な様子のユイを他所に騒ぎの中にリョウマまで入り、更に騒がしくなっていく。

 

・・・

 

「酷い目に遭った……」

 

そのまま放課後となり、騒動の結果、ボロボロとなったアラタは別件があるイオリと別れ、一人で部室にやって来ていた。

 

「大佐ーっ! シオンの新曲、出来たんだよーっ!」

 

部室に入り、マリカに出迎えられるのかと思いきや、ここにいると思いもしなかったシオンの満面の笑みに出迎えられ、面食らってしまう。

部室内には他にもリュウマ、マリカ、チナツの姿が見受けられた。

 

「トモン君、少しずつですけど……ガンプラ作りが上手くなってますっ」

「へっ、俺だって、ただのバカじゃねーんだ!」

「サクラインのお陰でしょー。って、アラター、やっと来たーっ!」

 

どうやらアラタとの約束を果たすため、マリカから製作技術を学んでいるようだ。

調子に乗るリュウマに釘を刺しながら、シオンとやり取りをしていたアラタに気付き、チナツがそのまま勢いよく飛び込んで抱きつくと、自称天才はまた安穏を手に入れる。

 

「あら、今日は賑やかね」

 

よく喋る人間が多いせいか、賑やかな第08部の部室に新たな来訪者が訪れる。

そこには室内の様子に微笑むレイナが。

 

「どうしたの、いきなり」

「今、学園はサイド0の噂は持ちきりよ。ある意味、ここからが始まりよ。だから今日はプレゼントを持ってきたの」

 

自身が部長を務める第10ガンプラ部もあるため、この時間にレイナが第08部に訪れるのは珍しい。

だが、どうやら今日はサイド0に何かプレゼントを用意してきたようだ。

なんだなんだと集まるなか、レイナはタブレットの画面を開いて、アラタ達に見せる。

 

そこにはコロニーをモチーフにSide.0と記されたマークが。

 

「こ、これって……!」

「ええ、サイド0のエンブレムはまだなかったと思うから、考えてきたの。どうかしら、リーダー君?」

 

マークを見て、なにやら感激して興奮気味に詰め寄るマリカの頭を撫でながら、サイド0のリーダーであるアラタにこのエンブレムの使用の有無を尋ねる。

 

「良いんじゃない? 確かにサイド0はここからが始まりだ。改めてスタートを切る意味でも、チームのマークがあるのなら、身も引き締まる」

「俺の身体はもう引き締まってるぜ?」

「そういう意味じゃないんだよ、筋肉バカ」

 

口では飄々としているが、アラタ自身もこのサイド0のエンブレムを気に入っているようだ。

そんな矢先、天然なのか、右腕に力瘤を作って自慢するように見せ付けるリュウマに呆れながらツッコむ。

 

「ここからが本番だ。さあ、希望を組み立てようか」

 

人差し指を顔の横に添えると、やがて光明を得たように笑みを見せながら両手を広げる。

そんなアラタの姿にこの部室にいる面々も笑顔で頷いていく。サイド0が大きな歩みを踏み出した瞬間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──サイド0……面白い。次は私のチームがお相手しよう」

 

 

 

戦いの時は近い。

それを表すようにショウゴとサイド0のバトルの映像を見つめながら、不敵に呟いた青年の手にある金色のガンプラは静かに輝くのであった。




第一章 完
ちょっと真面目が続いたナー。そろそろとち狂ったアラタに戻らないかナー


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第二章 さあ、経験を組み立てようか
予兆の夢


 ──夢を見た。

 

 そこはどこまでも続くような真っ暗な世界で、浮遊感と共に自分という存在を感じることは出来るもののいくら手足をバタつかせたところで1㎜も移動することも出来ない闇の世界だった。

 

「……っ……?」

 

 ただただ孤独。身が凍っていくような錯覚さえ味わうなか、目の前に強烈な光があふれ出る。

 それはまさにこの闇の世界全てを照らすような強く、それでいて温かさを感じる光だった。

 

「G-ブレイカー……?」

 

 その光を放つのは一機のガンダムだった。

 各部のフォトン装甲はその光はまるで脈打つように輝く。

 

 その機体はG-ブレイカー。

 しかしそう断言できなかったのは、自分が知るG-ブレイカーとその細部が違ったからだ。

 目を凝らして、よく見ようとしても圧倒的なその光がかえって、その姿をぼやけさせるのだ。

 口にしたその名前に応えるようにバックパックから光輪を放つと、やがてそれはどんどん大きくなっていき、やがてその光に耐え切れず、目を閉じてしまうのであった。

 

 ・・・

 

「……夢、か」

 

 窓から差し込む朝日に顔を顰めると、ゆっくりと瞼を開く。

 見知った自分の部屋で、アラタは目を覚ましたのだ。

 

 凝りに凝った身体を解す。

 アラタが眠っていたのは、作業ブースとして使用している机。

 どうやら今日もガンプラの作成中に寝落ちしてしまったようだ。

 

「今のは……」

 

 握ったまま寝てしまい、体温が移ったニッパーを片付けながら、目の前に飾られているG-ブレイカーを見る。

 家にいる際はケースから出して、いつもこうやって飾っているのだ。

 

 だが今はそれよりも先程の夢のことが気になって仕方がない。

 G-ブレイカーであって、G-ブレイカーではないあの機体……。断片的にではあるが、そのシルエットはハッキリと覚えている。

 

 しかし今日は登校日だ。

 時間を確認したアラタは仕方ないと意識を切り替えるように一息つくと、席を立つのであった。

 

 ・・・

 

 ショウゴとのバトルから数日後、学園に向かう最中にユイと出会い、更に道中でリュウマ、イオリ、マリカと合流し、登校していくサイド0の面々。学園に近づけば近づくほどガンブレ学園の生徒達の姿も多く見受けられ、彼等の好奇の視線に晒される。

 

「おい、アレって噂のサイド0じゃないか?」

「え? ラプラスの盾のモリタを倒したっていう!? なんだよ、可愛い子ばっかりじゃん! やべえ、ちょっと応援しようかな……」

 

 これが一人や二人ではなく、そんな風に見えないなぁなど好き勝手に話題にされていくサイド0。

 流石にこれにはサイド0の女子達はどこか辟易とした様子だ。

 

「な、なんだか……話題になってます、ね……」

「結構、派手なデビューになっちゃったからね。でも、毎日の登下校でこれは、ちょっと恥ずかしいかな……」

「どことなく不純な動機も見え隠れしますが……。それでもここまで噂になるのは、生徒会のあり方にみんな、心のどこかで不満を持ってたんでしょうね」

 

 気恥ずかしくはあるが、イオリが言うように全くの話題にならないよりはこうして大きく噂が広がるのならば、それだけ関心も高い証拠でもある為、断然良いだろう。

 

「なら、この調子で名前を売っていけば──」

「賛同者がきっと増えてくる。そう思います」

 

 それこそサイド0の目指すべき目標だろう。

 賛同もなく、ただ正しいと突き進む行動など愚の骨頂なのだから。

 

「どうもどーも、アナタの学園のソウマ・アラタです! 何卒、なにとっぞぉっ! よろしくお願いいたしますっ!」

「あぁ? 可愛い子って俺らも入ってんのか? そっかー、俺って可愛かったんだなー」

「……まあ、おかしな方向に名前が売れる可能性も否めませんが」

 

 胡散臭い笑顔と共に周囲の生徒達に手を振るアラタと一人、変に納得しているリュウマの二人を見ながら、イオリは頭が痛そうに重い嘆息をつくのであった。

 

 ・・・

 

「なあ、お前らあのラプラスの盾のモリタ先輩、倒しちゃったってホントかよ!?」

 

 話題は教室内に入っても変わらずであった。

 いや寧ろこうして何人かの生徒に囲まれて問い詰められる分、こちらの方が大変なのかもしれない。

 

「あの人、ランキングはともかく強さは上のほうだろ? すげーなー」

「え? なんか口ばっかりで、実はあんまり強くないって噂もあったけど……」

「それにしたってすごいよー。ソウマ君もコウラさんも一気に有名人だもんね」

 

 こちらが喋るよりも早く盛り上がっている生徒達。

 名前が売れるということは今後、こうやって注目されたり、質問攻めにされるのを覚悟しておかねばなるまい。

 

「……別に有名になりたくて戦ったわけじゃないわ。ただ、あの人達が許せないだけ」

 

 あまり注目されたり、囲まれたりするのは然程、好きではないのか、それとも何度もこのように噂や質問攻めされて、流石に辟易しているのか、イオリはうんざりした様子で答えていた。

 とはいえ、それはそれで、格好良いだの、 俺、好きになっちゃったかもだの言われてため息をついていた。

 そんな朝のやり取りをしていると、ホームルームの時間が迫り、アイダが教室にやってくる。

 

「はい、皆さん静かに。ホームルームはじめますよ」

 

 ホームルームに意識を切り替えようとしていると、ふと手持ちのGBに反応があった。

 何だと思い、隠れて確認してみれば、差出人はRECOCOであった。

 

【やっほー、元気ー? 今日も放課後、ミッションしない? チャットで待ってるからね~】

 

 どうやらガンプラバトルの誘いだったようだ。

 思えば、ここ最近のゴタゴタのせいか、RECOCOとこうしてやり取りをするのも久しく感じる。

 

「……アラタ、ホームルーム中よ。先生に怒られても知らないんだから」

 

 分かった、とホームルームの最中ということもあり、手短に返信をしていると、見かねたイオリが注意をするのだが……。

 

「はい、コウラさん静かにね」

「すっ、すみません……!」

 

 下手に声を出したのが、仇となってしまったのか、眉を顰めたアイダに逆に注意をされてしまった。

 驚いてピシッと背筋を伸ばしながら謝るイオリだが、やはり原因は隣の自称天才のため、納得いかないように文句を言いたげにアラタを見る。

 

 

 

「なんで私が怒られなくちゃ──」

 

 

 

「m9(^Д^)」

 

 

 

 その瞬間、イオリとアラタは両腕を掴み、取っ組み合う。

 

 

「──!!!! ──!!!!!!!!!!!!」

「コウラさん、いい加減にしなさい!」

 

 

 アラタと掴みあいになりながら声にならぬ怒りの叫びをあげるイオリに他のクラスメイト達がまたやってるよ、と見慣れた光景なのか、大して反応もしないなか、アイダの注意が教室に響き渡るのであった。

 

 ・・・

 

 放課後、今日もサイド0の活動を行いつつ、補習の為、今日は来れないリュウマの他に、スマホを見て、慌てた様子で部室を去っていたマリカを皮切りに今日は解散となった。

 ユイが一緒に帰ろうと誘ってきたわけだが、今日は約束があるため、一人で帰ってもらった。

 部室に一人になったところで約束通り、RECOCOのチャットへ向かい、交流を始める。

 

 《やっほー。聞いたよ! ラプラスの盾のメンバーと戦って勝っちゃったって!》

「その話題、聞き飽きたよ」

 《でも本当に今までみんな生徒会の権力に怖がって手を出せなかったのに……。すごい! 立派! カッコイイ!》

「知 っ て る」

 《流石に言いすぎか、って言おうとしたのに……》

 

 流石にアラタもいい加減、この話題には飽き飽きしているようだが、それでも自分を褒める言葉には自慢げな表情……所謂、どや顔で笑みを浮かべている。これにはRECOCOも苦笑してしまっている。

 

 《それじゃあ今日もミッションいいかな? 例によって、そんなに時間取れないんだー》

「なんだったら、時間があるときに誘えばいいのに。別に俺はそれでも構わないよ」

 《そういうわけにもいかないんだよね。それじゃ、ミッションスタート!》

 

 急ぎ急ぎでミッションを行おうとするRECOCOに日を改めることを提案するが、そうも出来ないらしい。

 そのまま押しきられる形でRECOCOと出撃していくのであった。

 

 ・・・

 

「さっすが、活躍中のチームのリーダー君は動きが違うね!」

 

 バトルフィールドとなる宇宙空間を二つの翼が飛び交う。

 鮮やかな手際で群がる敵機体を撃破すると、G-ブレイカーに寄ったグリーンドールは見違えてさえ感じるアラタの動きを称賛する。

 

「前に一緒にミッションした時から時間が経ってるからな。天才は常に一歩前に進んでるものなんだよ」

「もぅー……そういうところがなければもっとモテそうなんだけどなー」

 

 機体越しに三本指を回すアラタの彼らしさを感じる発言に苦笑しながらも、RECOCOは改めてこれまでのサイド0とアラタの活動を振り返る。

 

「でも、本当に色んなことがあったみたいだね。一年生のトモン君、三年のアイゼンさん。それに一番の驚きはあのアールシュ君と交流を持ったことだよ」

「気付けばって奴かな。こうしてRECOCOと一緒にバトルをしてて思うけど、やっぱりどんなバトルも無駄にはならないんだ。全部、俺の中に吸収されていく」

「うんうん、まさにガンプラビルダーだね!」

 

 ガンプラが好きだからこその悲しみを教えてくれたリュウマ、ガンプラを楽しむことを、遊び心を

 忘れないで欲しいと注意してくれたレイナ、何より自分のガンプラこそが最強だ、と自分の愛をぶつけてきたアールシュ。これまで出会った者達から教わったことは決して無駄にはならないだろう。

 

「そういうRECOCOはどんな交流があるの? それだけの腕だ。さぞ凄い人達が知り合いにいるんだろ?」

 

 RECOCOのグリーンドールやそれを駆使する動きを見れば、只者ではないのが分かる。

 さぞ色々な経験をしてきたことだろう。だがその質問は先程まで明るく笑っていたRECOCOの表情は、アバターだというのに石のように固まる。

 

「え”っ……あぁうん……と、友達かー。そうだね……あはは」

「あっ……」

「その察したみたいな顔、止めて欲しいなぁ!? いやいないわけじゃないよ!? ただ少ないだけだよ!」

「アラタとRECOCOゎ……ズッ友だょ……!!」

「だから止めてっていってるでしょー!」

 

 ふざけ過ぎてしまったようだ。

 ぷんぷんと目に見えて、怒ったRECOCOのグリーンドールは飛んでいき、アラタもごめんごめんとその後を追いかける。RECOCOとの賑やかな時間はもう少しだけ続くのであった。

 

 ・・・

 

 《今日のバトルも楽しかったー! やっぱりガンプラバトルは最高の気分転換だね!》

 

 賑やかなミッションも終了し、ボイスチャットで僅かな時間を交流に費やしていた。

 なんだかんだで二人で行うミッションは楽しかったのだろう。アバターとはいえ、満面の笑みを浮かべていた。

 

 《それじゃ、今日はこの辺で! 生徒会と戦うのは怖いけど、気分転換ぐらいなら協力するからっ!》

「そうだな……。流石にギスギスしたバトルは気が滅入る」

 《でしょでしょ! また一緒に遊んでね!》

 

 もう下校時間もかなりおしてしまっている。

 そろそろ帰り支度を始めなくては、まずいだろう。なんだかんだ言いつつも良好な関係は築けているようで、お互いに笑顔でチャットを終える。

 

「さて、俺も帰るか……」

 

 凝った身体を解しつつ、部室から見える外の景色を何気なく眺める。

 夕暮れに染まる茜色の空には鳥達が気ままに飛んでいた。

 

「翼、か……」

 

 飛んでいる鳥やRECOCOのグリーンドールの翼を何気なく頭に思い浮かんでいると、不意に今朝、みた夢を思い出す。

 

 G-ブレイカーであって、そうではないあの機体。

 シルエットは覚えていても実体は確かには掴めず、手を伸ばしても届かない状態だ。

 いつか形に出来る日は来るだろう、不思議とそんな確信を持ちながら、アラタも帰り始めるのであった。

 




【悲報】書き溜め、ついに尽きる


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シオン、ライブのあと

「それでは皆さん。朝のホームルームでも言いましたが、放課後までにアンケートを書いておいてくださいね」

 

 ある日の昼休みに授業を終えたアイダがそう言い残して、教室を去ると、思い思いの昼休みが始まる。

 

「限定プラモとかって、どこまで手を加えてる?」

 

 アラタもアラタで何人かのクラスメイト達と何気ない会話に時間を費やしていた。

 

「種類にもよるかなー。クリア系ならコンパウンドって感じだけど」

「メッキやクリアって作るの慎重になるよなー」

 

 ガンプラ作りは例え同じキットでも人によっていくらでも変わってくる。

 そんなガンプラ談義をしていると、廊下の先から幾つもの忙しい足音が聞こえてくる。

 アラタ達が顔を覗かせれば、そこには何人かの男子生徒達が血相を変えて廊下を走り去っていた。

 

「なんだ、あいつら。ホールに去っていったけど」

「──お、おい! 大変だぞ! シオン様が講堂でゲリラライブをするらしい!」

 

 疑問に思っていたら、たまたま後から来た生徒にシオンのライブについて知らされる。

 然程、興味のないアラタは特に反応はしなかったが、その場で話していたクラスメイト達は違った。

 

「マジかよ! 俺たちも行かなきゃ!」

「アラタ、お前も行こうぜ!」

「いや、別に……「ほら、早く!」おい、抱えるな。かーかーえーるーなー!」

 

 シオンのライブともなれば、人が変わったように他の生徒達と同じく講堂へ向かおうとする。

 特にわざわざ向かうつもりもなかったアラタだが、半ば一緒にいたクラスメイト達に抱えられて、講堂に向かうのであった。

 

 ・・・

 

 講堂に到着してみれば、凄まじい熱気と歓声に包まれていた。

 盛り上がりを見せる多くの生徒達の視線の先の壇上にはパフォーマンスをするシオンの姿があり、まさにアイドルのライブだ。

 到着して早々、クラスメイト達は早く自分を参加しようと抱えていたアラタを投げ捨て、ライブに参加していった。

 

「ジーク・シオン! ジーク・シオン!!」

『ジーク・シオン! ジーク・シオン!! ジーク・シオン!!! ジーク・シオン!!!!』

 

 痛む体を起こしながら、壇上を見ればシオンに合わせて響き渡らんばかりのコールが行われている。

 アイドルのライブに参加したことはないが、こういうものなのだろうかとアラタは一人、取り残されたままその様子を眺めていた。

 

「この調子でシオン公国の臣民を増やしちゃうぞっ! みんな、シオンについてきてね!」

 

 シオンが何か口にすれば、面白いほどに観客が、シオン公国の臣民達が大声で応える。

 

「「「「「シーたんっ! シーたんっ!! シーたんっ!!!」」」」」

 

 中にはプレバイの店員であるマスミと三馬鹿、更にはショウゴの姿もあるではないか。

 勢いを見せる臣民達にシオンは満足げに頷くと……。

 

「うんうん、その調子っ! じゃあ、一曲歌おうかなっ! 聞いてね、メビウスの時空を越えて!」

 

 アウトだろ、と思うのはアラタ一人のようで、誰にも止められることなくイントロが流れる。

 それに合わせてシオンのその小柄で可憐な身体を曲に乗せて、動き始める。

 それが臣民達の刺激となり、ボルテージが上がっていくのだが、それが悪い方向にも働くようで……。

 

「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!! 好きだ! 好きだァーッ!!」

「ちょ、ちょっと、ダメ! ステージまで上がってこないで! ルール違反だよー!?」

「ルールなんて知らないっす! 俺、もう我慢できなくって!」

 

 なんと興奮のあまり、生徒の一人が壇上まで駆け上がっていったではないか。

 あまりの行動にシオンも歌どころではなく、何とか宥めようとするのだが、近づけば近づくほど興奮してしまうようだ。

 血走った目で近づいてくる生徒にシオンもたまらず悲鳴をあげてしまう。

 

「おいおい、これはちょっとやりすぎじゃあ……」

「誰か助けないとマズいんじゃないの……?」

 

 シオンに熱狂していた生徒達も流石に困惑し始める。

 誰か、誰かと迫られているシオンを助けてくれる存在を求めていると、不意にシオンに迫る生徒の腕が強く捻られる。

 

「てめぇ、シーたんになにしようとしてんだ」

「痛っ、いてて。冗談っす! 本気じゃないっす!!」

 

 なんとマスミがシオンの為に駆けつけたではないか。

 腕を捻られている生徒は勘弁してくれとばかりにマスミの腕を叩くと、程なくして解放される。

 

「あ、ありが──「目の前にシーたんがッッッッッ」……え?」

「デュフフ……アマタ・マスミ29歳独身プレミアム購買部勤務。ドゥフッ! ……は、初めてあなたを見た時から心火を燃やしてフォーリンラブでした」

 

 これで一安心……かと思いきや、そうはいかなかった。

 非常に気持ちの悪い笑みを浮かべながら、マスミはじわりじわりとシオンに近づいていく。

 

「あ……握手してください。握手……あああああ、ああ、あくっ、あくしゅ!」

「ヤベェ、事案だ! お前ら、カシラが通報される前に止めんぞ!」

「ウザイ……。なにやってんだよ、あのオッサン……」

「もう僕たちで通報しちゃう?」

 

 シオンを助けたヒーローから一転、気持ちの悪い不審者となって、怯えるシオンに迫っていくマスミに三馬鹿のリーダー格が緑髪と赤髪の青年に声をかけて、壇上に向かおうとするのだが、ふと足を止める。

 

 じわじわと迫るマスミだが、ふと肩をポンポンと叩かれる。

 いいところを邪魔されて、顔を顰めながら振り返れば、そこにはアラタの姿が。

 

「Ready go」

「Overflow……?」

 

 笑顔で頷かれたかと思えば、そのままイオリチャンに刻み付けられた技を仕掛けられ、たちまちヤベエエェェと悲鳴をあげ、程なくしてマスミもギブアップして沈静化する。

 漸く終わったかと誰もが胸を撫で下ろしていると、安堵したシオンがアラタに駆け寄っていく。

 

「ありがとう、大佐っ!」

「はいはい、これで一日一善行のノルマクリアね」

「シオン公国の臣民も時には暴走しちゃうの。だから大佐はいつもシオンのことを守っていてねっ!」

「まったく……レイナはなにやってるんだ?」

「今日は放送部のお手伝いで来れないって……。シオンさびしい」

 

 くすんと泣き真似しつつも、シオンは三馬鹿によって正座させられている暴走した生徒とマスミのもとへ向かっていく。

 

「もう悪いことしちゃダメだよ! シオンは”みんなのシオン”なんだから」

「は……はいっす」

「申し訳ねぇ……」

 

 自分が襲われかけたにも関わらず、柔らかで可憐な笑顔で人差し指を立てながら、優しく注意するシオンに、これには暴走した二人も縮こまりながら反省する。

 

「助けてくれた大佐には特別褒賞として、シオンと一緒にミッションさせちゃいます! じゃあ、早速行こっ!」

 

 シオンの関心は既にミッションに向いてしまった為、ライブどころではなくなり、アラタの手を引くと、駆け抜けるように講堂を後にする。

 

「し、シーたん、俺も助けたんだけどっ……!」

「その後のせいでプラマイゼロだろ」

「カシラには、もう少しスマートって言葉を覚えて欲しいもんだね」

「ウザイ……」

 

 正座していたマスミもシオンの後を追おうとするが、痺れが来たのか、そのまま跳ねるように転んでしまう。

 後に残った三馬鹿は咎めながらも、痺れたマスミの足の裏を突くのであった。

 

 ・・・

 

 シオンに連れられて、やって来たのは第08部の部室だった。

 今は誰もいないようで、アラタとシオンの二人だけの空間となっており、途端にシオンは恥らうように身体をもじもじと揺らす。

 

「こうやって二人きりだと、二人の秘密の場所みたいで、ちょっとドキドキしちゃうなっ」

「なるほど。ここでスキャンダルが撮られると」

「むぅ、シオンはその辺り、ちゃんとしてるから大丈夫なの。じゃあ、準備はいい? ミッション開始するよっ」

 

 少しは照れるかと思いきや、飄々と両手の親指と人差し指を合わせ、カメラに見立てて、こちらに向けてくるアラタにぷくっと頬を膨らませながらも、シオンはバトルシミュレーターのセッティングを済ませると、二人で出撃するのであった。

 

 ・・・

 

 フィールドとなる地下基地に投影されたG-ブレイカー。

 障害物となる周囲の施設を見渡していると、程なくしてシオンのガンプラも現れた。

 

 νガンダムをベースにしたそのガンプラは右肩にはシールド、左肩にはスパイクのショルダーアーマーなどジオン系のパーツを組み込まれた白とピンクを基調にしたガンプラだ。

 名前はダイクウジ・シオン専用ガンダム。……いや、これが実際にこのガンプラに名付けられた名前なのだ。

 

「よーし、大佐! いっくよーっ!」

「あ、ああ……」

 

 NPC機達が出現し、警戒するのも束の間、まるでモビルトレースシステムでも使用しているのかと思うほど、片手をあげ、きゃぴきゃぴとポーズをとると、先陣を切る。

 シオン専用ガンダムの登場から面食らっているアラタは我に返りながら、慌ててその後を追う。

 援護するのは当然としても、シオンが一体、どのようなバトルをするのか、それはそれで興味はあった。

 

 NPC機達との戦闘が開始された。

 銃口を向けられるよりも早くシオン専用ガンダムが動いた。

 まず素早く銃口を向けることによって、相手の銃器を破壊すると、すかさず二射目で本体を貫いたのだ。

 

「凄いな……」

 

 それだけでも凄いというのに、なによりシオンのバトルの特徴は一つ一つの動きがポージングのように様になっていたのだ。

 最初こそ困惑させられていたシオン専用ガンダムも今ではその動きを目で追いたいと思えるほどだ。

 

 しかし、こちらは二機に対して、敵機体は無数にいる。

 その中の一機がシオン専用ガンダムにライフルを向けるも、シオンはまだ気付いてないようだ。

 その引き金に指が添えられた瞬間だった。

 

「っ!?」

 

 シオン専用ガンダムの背後で爆発が起きる。

 ライフルを向けていたNPC機が爆発し、驚いたシオンが振り向けば、まだ彼女が気付いていなかった他のNPC機達が次々に撃破されていた。

 

「援護するから好きに動いて。もっと見てみたいんだ、その動きを」

 

 シオンの動きはアイドル故か、その一挙手一投足がパフォーマンスのように美しく、楽しめるものだった。

 それはシオンの才能もあるが、このガンプラをこうやって動かしたいという想いがなければ出来ないものだろう。

 

「……うんっ! 分かった! ちゃーんと近くでシオンの動きを見ててね、たーいさっ!」

 

 まるで花冠のようにシオン専用ガンダムの周囲にビームプレーンが展開され、さながらステージのようだ。

 であれば、死角となる位置にいるNPC機がG-ブレイカーによって撃破され、光となる姿はステージを照らすライトだろうか。

 

 全ての準備は整った。

 まさにアイドルのパフォーマンスのようにシオンのバトルが再び始まるのであった……。

 

 ・・・

 

「大佐、凄いっ! 前にバトルを見た時よりも、動きが綺麗だったよっ!」

 

 バトルを終えて、見たいものが見れて満足していると、一足先に待っていたシオンがタタタッと駆け寄ってくる。

 

「ライブでも、バトルでも、シオンのことを守ってくれたし……。やっぱりシオン公国に大佐は欠かせない人なのっ! シオンの目に狂いはないのだーっ!」

 

 先ほどのライブでのアラタと、バトルでのG-ブレイカーを思い出してか、頬を染め、何度も嬉しそうにうんうんと頷くと、屈託のない笑顔を見せる。

 

「もっともっと実力をつけて、打倒生徒会を成し遂げ、優良種たるシオン公国の独立を目指すぞーっ!」

 

 えいえいおー! と子供のように元気よく飛び跳ねるシオンに苦笑していると、ふと時計の針が昼休みがもう間もなく終わってしまうのを知らせてくる。

 

「これからもよろしくね、大佐っ!」

 

 シオンもそれを見てか、アラタにウインクしながら手を振ると、一足先に教室へ向かってしまった。

 

「大佐、ねぇ」

 

 一人残されたアラタも先ほどの騒々しさから一転、静かになった部室を去っていく。

 

「俺が大佐ならシオンは誰? ギレン? デギン? キシリア? 謀る? 謀っちゃう?」

 

 そこで大佐に対するララァとは出てこないようだ。

 そんな物騒なことを呟きながら、アラタも教室に戻っていくのであった。




※【このガンプラに誓って】にリュウマのキャラ絵を追加しました


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学園のゆくえ

「これでアンケート用紙は集まったわね。アラタ、アナタので最後よ」

「はいな」

 

 放課後の教室では、クラス委員長であるイオリがアイダが言っていたアンケート用紙を全て集めていた。

 アラタもその手伝いをしており、彼の用紙を回収すれば、これで全てが揃う。

 

「アナタはどんなこと書いてるのかしらね」

「見てもいいよ」

 

 アンケートは匿名のもので、誰がなにを書いたかは分からない。

 アラタから用紙を受け取りながら、ふと興味を覚えたイオリは何気なく口にすれば、別に見られて困るものじゃないのか、あっけらかんと答えられた為、それならとアラタのアンケート用紙に目を通す。

 

 Q1 学園内でイジメなど辛いことはありましたか?

 

 A  辛いわー天才過ぎて辛いわー

 

 Q2 ガンプラバトルで何か感じることはありますか?

 

 A  G-ブレイカーが俺にもっと輝けと囁いている

 

 Q3 あなたはそこにいますか?

 

 A  見りゃわかるだろ

 

 途中まで読んで、これ以上は止めた。

 チラリとアラタを見れば、とても良い笑顔でサムズアップしているのが憎たらしい。

 

「……兎に角、これで全部ね。あとは私が職員室まで持っていくから、あなたは先に部室で待ってて」

 

 この男に一々、ツッコンでいると身が持たない。

 アンケート用紙を全て集めて、トントンと整えながら、後は自分で届けると声をかける。

 とはいえ、手早く住んだのはアラタの協力もあったからだ。

 少し言いにくそうに視線を彷徨わせると、去り際に……。

 

「そのっ……ありがとう。手伝ってくれて」

「あっ、デレた」

 

 これがなければ……と無言のアイアンクローを放ち、アラタの悲鳴が響き渡ると、机に突っ伏すアラタを他所にイオリは職員室に向かうのであった。

 

 ・・・

 

「酷い目に遭った……」

 

 それから暫らくして、やっと回復したアラタはイオリに言われたとおり、部室へ向かおうとする。

 だがふと廊下の方からざわつくような声が聞こえ、なんだろうと足を止めていると、この教室の入り口にリョウコが姿を見せたではないか。

 

「……ここにいたか」

 

 どうやら目的はアラタだったようだ。

 相変わらず眉を寄せ、厳然とした表情でアラタのもとへ歩み寄ろうとする。

 

「あぁ、オオトリ先輩」

「……えっ」

「えっ」

 

 ……それもアラタの前では崩れるわけだが。

 アラタが何気なく口にした呼称に厳しい顔つきだったリョウコもショックを受けたかのように固まったため、呆気にとられてしまう。

 

「きょ、今日はちゃん付けじゃないんだな……」

「この間、ちゃん付け止めろって嫌がってたじゃないですか」

「そ、その通りだが、オオトリ先輩というのは……きょ、距離感があるような……」

「いやだって、一応は俺達対立してますし、距離感とか言っちゃいます?」

「そうだがっ……そうだが……っ……!」

「それが嫌なら、ラプラスの盾のリーダーで」

「……んーっ! んー……っ!」

「えぇっ……」

 

 リョウコちゃんからのオオトリ先輩呼びは一気に距離が開いたように感じたのだろう。

 最後には涙目でなにか訴えかけようとしているリョウコに困惑してしまう。

 

「……ところでなにか用、リョウコちゃん」

「っっっ!! ちゃ、ちゃん付けで呼ぶなっ!」

(面倒臭いな、この人……)

「コ、コホン……今日はお前達を粛清しに来たわけではない」

 

 ため息をつきながら、望み通り? ちゃん付けで呼んだら、言葉とは裏腹に表情を輝かせ、非常に嬉しそうにしている。その姿に内心、ため息をついていると、リョウコから本題を切り出される。

 

「モリタの話は聞いた。お前達にも色々と迷惑をかけてしまったようだな……。すまなかった……。アレはモリタ自身の不徳。そしてリーダーである私の監督力不足だ。お前たちをどうこうという話ではない」

 

 高揚を隠すように咳払いすると、今更手遅れなのだが、スッと澄ました表情を浮かべる。

 何なのだろうと思っていたが、どうやらショウゴに関することで謝罪に訪れたようだ。

 

「今日はその件ではなく、お前と少し話をしてみたかったんだ」

「まあ、それは別に構いませんけど」

「だが、ここは少し目立つな……。向こうのバトルルームに行こう。それで構わないな?」

(目立つのは、色んな意味でこの人のせいだと思う)

 

 ラプラスの盾のリーダーであるリョウコがこの教室にいるだけで、周囲の注目を引くのに、それ以上にアラタと下手に絡めば、騒がしくなってしまい、余計にだ。

 とはいえ、そのことを口にすれば、なにを言われるかも分からない為、アラタは黙ってリョウコと共に移動するのであった。

 

 ・・・

 

 アラタとリョウコの二人が移動したのは、同階のバトルルームだった。

 これまでリョウコとはバトルルームで縁があったが、利用していたバトルルームは一階だったりと、こうして二年生階のバトルル-ムに訪れるのは初めてかもしれない。

 

「二年生階のバトルルームに来るのは久しぶりだな」

 

 この場には他に利用する者もおらず、アラタとリョウコの二人きりだ。

 楽しかった日々を思い出してか、どこか懐かしそうに目を細めるリョウコだが、所詮、それは過去のものだと首を横に振る。

 

「……昔はよく、ここでユイとバトルをしたんだ。あの頃は楽しかった」

 

 彼女にとってユイとバトルをしていたその時間は輝かしい思い出なのだろう。

 かつて利用したバトルシミュレーターを物悲しげに触れる。

 

「……すまない、感傷に浸ってしまった。今の言葉は忘れてくれ。私は今でもユイにどんな顔をして会えば良いか分からなくてな」

「……そういう風に苛まれる程、仲が良かったんですね」

「……そう、だな。少し昔話に付き合ってもらえるか? といってもほんの一年前の話だ」

 

 物寂しげなリョウコの背中を見て、アラタはバトルシミュレーターへと続く段差に腰掛けながら話すと、後悔か、悲しげに目を伏せたリョウコはバトルシミュレーターから、そのままアラタの隣に座る。

 

「かつて私とユイは、同じ生徒会の仲間だった。友人だったと……そう思う。ユイはとても優しく、強い奴だった」

「それは……まあ、知ってますけど」

「だから彼が……現生徒会長であるシイナ・ユウキが学園の改革のために、生徒会を乗っ取ろうとした時も、最後まで抵抗していた」

 

 ユイの人柄は知っている。

 幼い頃に離れ離れになったが、今、再びガンブレ学園で再会した彼女はアラタが知るままの優しく、芯のある強さを持つ女性のままだった。

 だからこそ例え一人でも、それでも現生徒会を良しとせず、最後まで抗ったという姿は容易に想像できてしまう。

 

「だが私は……飲み込まれてしまった。生徒会長の強さ、そして強さを求めるあの渇望を前に、自分では敵わないと、そう諦めてしまった。彼等の作ったシステムはある意味、正しい。向上心を煽るランキング制、強者に与えられる生徒会特権、強き者をより強く、というその理想。それは強いビルダーを生み出すという観点で見れば、間違いなく成功しているが……」

 

 今でも現生徒会長であるシイナ・ユウキを相対した時のことを鮮明に覚えているのだろう。

 その声は、その身体は僅かに震えていた。

 

「……時々、思うのだ。いつからだろう……この学園のバトルで、生徒達の笑顔が見れなくなったのは、と……。今の生徒会の、弱者を蔑ろにしたあの強さは本当に正しいのか、お前たちを見て、ふとそう思ったんだ」

「──俺は別に諦めたり、立ち止まってしまうような人をあれだこれだと非難するつもりはありません」

 

 強さに飲み込まれた結果に訪れた強さを絶対とする今の学園の風潮。

 未来になにが待つかは分からない。だからこそ選んだその選択肢によって見る”今”にリョウコはどこか後悔しているように見える。

 そんな彼女に今まで黙って話を聞いていたアラタは口を開く。

 

「だって後悔したりしたからこそ、どうすれば良いか、見えてくるでしょ。過去は変えられないけど、でも、少しでも良い方向へ道を戻すことは出来るはずです。だって、それは何より過去が教えてくれた教訓だから。人は過去を労わりながら、未来へ繋げることが出来るって俺は信じてます」

「それはお前達と一緒に、ということか……? いや……それは出来ない。私が今、生徒会を抜ければ、あそこには弱者のことを考える人間が一人もいなくなってしまう。それでは本当に……この学園から笑顔が消えてしまう」

 

 例え生徒会を内側から変えることは出来ないとしても、少しでも緩和材になることは出来るかもしれない。

 今の空気に後悔しているからこそ、リョウコは今なお生徒会に残り続けているのかもしれない。

 

「なあ、アラタ。私がこんなことを言うのはおかしいかもしれないが……私はお前達の活躍に期待している。サイド0とう新たな風が、この学園に新しい何かを運んできてくれるかもしれない、とな。私は生徒会の人間だ。表立って支援することは出来ないが……お前はお前の信じるものを貫けば良い」

 

 今回、こうやって連れ出されてまで話を持ちかけられたのは、内心で今の生徒会が齎した影響をよしとしないリョウコが、これから一層の激動の中に身を晒すであろうアラタやサイド0へ彼女なりに激励を送りたかったのかもしれない。

 

「言いたいことは、これで全部だ。つき合わせて悪かったな」

「ラプラスの盾のオオトリ・リョウコちゃん先輩リーダー……」

「……そこまでいくと、もうよく分からんな」

 

 アラタのスマートフォンにイオリからの着信が入り、震えている。

 どうやらいまだ部室に顔を出していないことに対して、不審に思って電話してきたのだろう。

 それを見たリョウコは一息つくと、すっと立ち上がる。

 

「過去を労わりながら未来へ繋げる、か。お前と話せてよかった……。ではな、アラタ」

 

 最後に振り向きざまにどこか儚い表情を見せながらリョウコはバトルルームを去っていった。

 その姿が頭に残ってしまったのか、一人残されたアラタはため息をつきながら、頭をポリポリと掻くと、彼もまた部室へ向かう為、この場を去るのであった。



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蒼天の衝撃

 リョウコと別れてから、第08部の部室へと目指していたアラタだが、ふと視線の先にある人物を捉える。

 

「んっ……」

 

 白のペレー帽に、肩にかけた丈の長いブレザー。

 なによりは一切の汚れも知らないようなふわりと揺れる純白の髪。

 アラタの視線の先にいたのは、レイナだった。

 

 普段は澄ました印象を受ける彼女だが、今は僅かに眉を寄せ、頬もほんのりと汗ばんでいる。

 見れば、ガンプラが収められていると思われる紙袋をか細い両手に幾つも持っているのだ。

 

「これ、部室まで持っていけばいいの?」

 

 まだまだ第10ガンプラ部までは距離があり、流石にこのまま見過ごすのも後味の悪いものがある。

 そのままレイナのもとに歩み寄ると、彼女が持っている紙袋のいくつかに手をかけながら、声を掛ける。

 

「……あら。でも悪いわ。まだまだ距離があるもの」

「だからこそでしょ。サイド0のエンブレムも作ってくれたんだ。少しくらいは恩返しさせてよ」

 

 重い荷物に意識が向いていた為、アラタに気付いていなかったのだろう。

 僅かに驚いてはいたものの、自身の持つ紙袋に手をかけるアラタに申し訳ないと断ろうとするが、ここまでやって、やらないわけにもいかないと半ば強引にレイナの紙袋を持つ。

 

「……強引なんだから。でも嬉しいわ、ありがとう」

「っていうか、これなに? ただのガンプラだけじゃないような……」

「業者の方にメッキ加工してもらったのもあるのよ。手軽にメッキに出来るのは素敵なことよね」

 

 そんなアラタの姿に手伝いしたがりの子供を見ているかのように苦笑すると、アラタの好意に任せる。

 ふと気になったことを聞いてみれば、どうやらこの紙袋の中には業者に注文したものもあるらしく、早く実物を見てみたいと言わんばかりに期待感を膨らませた笑みを見せる。

 

「着いたわね。今、扉を開けるわ」

 

 何気ない雑談をしていると、漸く第10ガンプラ部の部室が見えてきた。

 さっと素早く扉の前に移動すると、アラタが通り易いようにと自動ドアを開かせる。

 

 

 

 

「──ぶーんっどどどどどぉーっ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 第10ガンプラ部に足を踏み入れた瞬間、ハイテンションな擬音語が聞こえてきた。

 

「ずっだぁーんっ! びゅうぅぅーんっ!」

 

 何事かと思い、見てみれば、部室にある机に腰掛けたブロンドのシニヨンヘアをちょこんと大きな白いリボンで纏めた一人の少女が二つの素組みのガンプラを両手に持って、戦わせて遊んでいたのだ。

 遊びに集中しているらしく、こちらに気付いていない少女にアラタが声をかけようかと迷っていると、レイナに様子を見ていようと手で制される。

 

「ばばばばっばぁーんっ!」

「「……」」

「きいぃぃーんっどぅーんっ!」

「「……」」

「ずがあぁーんっどがぁー……」

「「……」」

「……はっ!?」

 

 暫らく遊んでいたが、漸くこちらの視線に気付いたのだろう。

 碧眼を丸々とさせ、大きく身を震わせていた。

 

「ぶ、ぶちょぉっ! いらっしゃるのなら声をかけてくださいっ!」

「可愛らしかったからつい。ごめんなさいね」

 

 照れ隠しをするかのように、レイナのもとに駆け寄り、顔を真っ赤に染めながら抗議する金髪の少女だが、その姿も可愛らしいのか、頭を優しく撫でられ、だらしのない顔を浮かべる。

 

「あれ、後ろの方は?」

「ソウマ・アラタ君よ。サイド0のリーダー」

「あっ、知ってます」

 

 ひょっこりとレイナの後ろにいるアラタを見ると、レイナの紹介に手をポンと叩く。

 自分を知っている、そのことに途端に得意げになって、いつもの挨拶をしようとするアラタだが……。

 

「はい、声をかけられたら、いつでも逃げる準備をしろと言われましたっ!」

「不審者っ!!!?」

 

 てぇんさいガンプラピルダーの~と言う前に少女が放った言葉に、芸人よろしくとばかりの突っ込みが響き渡った。

 

「ですがご安心ください! 私は噂よりも自分で感じたことを信じますっ!」

「あ、ああ。それはよかっt──」

「はい! 視界に入った瞬間に逃げます!」

「なんでえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!!?」

 

 上げて落とすとはまさにこのことである。

 荷物を置いていたアラタも途端に頭を抱えて、崩れ落ちた。

 

「何故でしょう……。アナタからは常人とは違う何かを感じます。ビンビンです」

「そ、それはきっと俺が天才だから……」

「FF外から失礼します。自分で天才とかいう人とかどうかと思いますよ」

「クソリプするのも止めてもらえない!?」

 

 胡散臭いものを見るように、目を細めて見つめてくる少女に普段とは珍しく振り回されるアラタ。

 そんな二人のやり取りを傍から見ていたレイナはクスクスと笑いながら、少女の頭を後ろから撫でる。

 

「この子は一年生のイチカワ・アヤ。クォーターでこの第10ガンプラ部の一員よ」

「よろしくーですっ」

「あ、ああ。よろしく」

 

 むふーっと頬を緩めるアヤはレイナに撫でられて羨ましいだろうと言わんばかりに自慢顔で挨拶してくる。

 一度、その両頬を思いっきり引っ張りたくなるようなその顔にアラタも頬を引き攣らせる。

 

「今日もブンドド遊びをしていたのね」

「あぁ、あれいつもやってるんだ……」

「みんな、子供みたいだの、バトルシステムがあるんだから、そんな遊びする必要ないとかいうのです。分かってないのです、ふざけてるのです。ブンドド遊びはガンプラバトルの始祖ともいえる高貴な存在なのですよ。それを笑うものはデストロイです、トランザムです、アーアアーです」

 

 部員であるアヤの先ほどの遊びはレイナからすれば、見慣れたものだったのだろう。

 ともあれ、アヤはガンプラバトルだけではなく、あぁやって手に持って遊ぶ、所謂ブンドド遊びも好きなようで、それを馬鹿にされるのは納得いかないようにぷんぷんと怒っている。

 

「それよりも、部長に見せたかったガンプラがあるのです!」

「あら、楽しみね」

「もぅ、部長が放送部のお手伝いがなければ、もっと早く見せられたのです」

 

 するとタタタッと自身が先程まで腰掛けていた椅子の隣に置いてある鞄まで移動すると、この時を待っていたのか、浮かれた様子でゴソゴソと鞄の中を漁る。

 

「はい! 新作ベアッガイのキテ──」

「ちょっと待てええぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!」

 

 アヤがケースの中から取り出そうとした耳に赤いリボンがついた白いネコ風のベアッガイが一瞬、見えた瞬間、アラタが全力で制する。

 

「むぅ、なにか問題でも?」

「問題だらけだわ! 夢の国の次はサン○オ!? ここ、どんだけ各方面に喧嘩を売るんだ!?」

「どーせ仕事なんて選んでないんですから知らない人が見ても、“あぁいつものコラボか”で済ましてくれますよ」

 

 そういう問題ではないと、頑なにアヤがベアッガイを取り出そうとするのを止める。

 それが数分続き、埒が明かないと渋々、やっと断念してくれた。

 

「分かりました、わーかーりーまーしーたー。もぅ、私も部長並のセンスを見せたかったのですがね」

「アンタの影響か」

「ガンプラは自由よ。何なら私がユウキ・タツヤが使用するという設定で作成したアメイジングスパイダーマ──」

「自由といえば許されると思うなよ」

 

 ぶーぶーと文句を言いつつ、深く深くに封印された夢の国のベアッガイを横目に見て、残念そうに深々とため息をつく。

 ジロッとレイナを見れば、どこ吹く風か、涼やかな表情で肩を竦める彼女に青筋を浮かべる。

 

「では、これならどうです!」

「フリーダム……風のインパルス?」

 

 これならば止められないだろうとアヤが取り出したのは、インパルスガンダムだ。

 しかしその青い翼のバックパックや腰部のレールガンなど全体的にフリーダムガンダムのような印象を受ける。

 

「カオスだのガイアインパルスだの、更にはデスティニーインパルスもありますからね。ここ最近のマイブームはインパルスのオリジナルシルエットを妄想して、形にすることなのです。他にもジャスティスインパルスやセイバーインパルスも作りました!」

「ストライクと違って、インパルスはカラーリングの都合もあるし、バックパックだけじゃなくて実質、一機一機作ってるって事なのか?」

「モチのロンです! 作ったインパルスで合体シークエンスをブンドドで遊ぶのも楽しいです! ……まあ、HGCEなので、コアスプレンダーまでは変形できないのですが」

 

 アヤの言葉から考えれば、フリーダムシルエットを装備した、さながら、フリーダムインパルスガンダムといったところか。

 

「良い機会です、一緒にミッションをしましょう!」

「……突然だなぁ」

「私は自分で感じたものを信じます! アナタのガンプラと動きを見れば、正しく分かります!」

 

 ビシッとフリーダムインパルスを片手に指差してくるアヤに流れを持っていかれているアラタは困ったようにため息をついていると、さあさあさあ、と詰め寄ってくる。

 

「それなら私もご一緒しようかしら。二人のバトルを間近で見る良い機会でしょうしね」

「なんとー……!? これは無様な姿は見せられませんねーっ!!」

 

 するとレイナまで参加を申し出てきたではないか。

 むふーっと戦意を燃やすアヤの頭を撫でながら、レイナはクスリと笑って、アラタを見る。

 

「……分かったよ。俺も前々からアンタのバトルを間近で見てみたかったし」

「決まりね。アナタ達サイド0と交流を持ち始めてから、第08部と同じサーバーに繋がるようになってオンラインも問題はなくなったのよ。感謝してるわ」

(……俺は何もしてないんだが。マリカちゃん辺りか? いやでも、あの子もサーバーは分からないみたいなこと言っていたし)

 

 第10ガンプラ部のサーバーに関しては何も分からない。

 マリカは生徒会管理外のサーバー云々言っていたが、その辺りについてはアラタもサッパリだ。

 しかしサイド0と交流を持ち始めてからだというのだから、やはりこの件についてはサイド0も何かかかわりがあるのかもしれない。

 頭を悩ませていると、その間に設定を済ませたレイナが声をかけ、アラタはアヤ共々、シミュレーターに乗り込んでいく。

 

「イチカワ・アヤ、フリーダムインパルス! 行っきまーす!」

「ガンダムマスカレイド、出るわ」

「ソウマ・アラタ、G-ブレイカー……出撃します!」

 

 ともあれ今はバトルに集中しようとレイナとアヤと共に出撃していくのであった。




イチカワ・アヤ

【挿絵表示】


ガンプラ名 フリーダムインパルスガンダム
元にしたガンプラ フォースインパルスガンダム

WEAPON MA-BAR72 高エネルギービームライフル
WEAPON ヴァジュラビームサーベル
HEAD フォースインパルスガンダム
BODY フォースインパルスガンダム
ARMS フォースインパルスガンダム
LEGS フリーダムガンダム
BACKPACK フリーダムガンダム
SHIELD 機動防盾(展開)
ビルダーズパーツ ニーアーマー×2(両肩)

詳しい外観は活動報告の【ガンブレ小説の俺ガンダム】にリンクがあります。


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約束の部室に

 アラタ達のバトルフィールドに選ばれたのは、妖しく光る月夜の市街地であった。人の手によって作られた光によって不夜城と化したこのフィールドで今、戦いの火蓋が切って落とされた。

 

「さあ、行っきますよー」

「え? ちょっ、おい!」

 

 NPC機が出現したと同時に我先にと上空を舞い上がるフリーダムインパルスに、止める間もなかったため、アラタが唖然としていると……。

 

「ほらほらー! 早く動かないと全部、私がキラキラバシュゥゥゥン!! で一気に終わらせちゃいますよーっ!」

「ったく、本当に自由っ子だな」

 

 妖精が宙を舞うように、軽やかに飛行するフリーダムインパルスの後姿に軽いため息をつき、レイナと肩を竦めつつも、その後を追う。

 

「フリーダム系に乗れば、一度はピピピッとやってみたいマルチロックっ!!」

 

 一方でアヤのシミュレーターでは、センサーが瞬時に多くのNPC機を捉えていた。

 そしてバックパックと腰部に備わったそれぞれ二門のバラエーナプラズマ収束ビーム砲とクスィフィアスレール砲を展開すると、ビームライフルと共に構える。

 

「(数撃ちゃ)当たれええぇぇぇぇぇーーーーっっ!!!」

 

 5つの砲門で一斉射撃を行い、色取り取りのビームがNPC機たちへ猛烈な勢いで向かっていく。

 とはいえ、標的に対して砲門を切り替えるわけでもなく、半ば撃ちっ放しのままの為、たまたま射線上にいた敵機体しか撃破には至らなかった。

 

「……そんなに当たってないな」

「……いいんですー。マルチロックからのブッパがしたかっただけですー。当たるとはいってないですー」

 

 結果でいえば、建造物のほうが破壊しているだろう

 乏しい結果を指摘されたアヤはそっぽを向いたまま、唇を尖らせて、吹けない口笛を吹こうとする。

 そんな二機へ銃口を向けるNPC機達だが、横から放たれたビームによって貫かれ、爆発した。

 

 マスカレイドだ。

 素早く反応したNPC機が銃口を向けたと同時に軽やかに宙返りすると、背後に着地し、先ほど、破壊したNPC機達からデータパーツとして奪った武装をリアルカスタマイズによって組み替えると振り返る間も与えずに撃破する。

 

「あんな動き、MFかヘビーアームズぐらいでしか見たことないぞ。あのガンプラの稼動域と運動性は相当なものだ」

「とーぜんですっ! マスカレイドと部長は鮮やかに勝利を奪う怪盗淑女なんですからっ!」

 

 簡単に見えるが、ガンプラバトルで宙返りなどビルダーが細かい挙動まで把握し、それを可能とする稼動域を持つガンプラでなければ出来ないことだ。

 純粋に関心しているアラタにアヤは自分のことように自慢する。

 

「見ているのは勝手だけど、このままだとトータルスコアまで私が頂くわよ?」

「それって予告のつもり? 悪いが出し抜かれるつもりはないよ」

 

 周囲一帯のNPC機を全て撃破したマスカレイドはビルの上に着地し、月光を背に受けながらG-ブレイカー達を見下ろす。

 

 悪戯に笑うレイナの挑発めいた言葉につられて笑みを浮かべたアラタはG-ブレイカーから光輪を放ちながら、月夜を舞う。

 マスカレイドの影響を受けてか、G-ブレイカーは攻撃を軽やかに避けつつ、NPC機へ接近するとビームサーベルを引き抜き、爆発どころか音を立てずに機能だけを停止させる。

 

 その行動にアラタとレイナは笑みを交わすと、静かでありながら情熱的かつ優美なワルツのようにバトルフィールドを舞台にした仮面舞踏会(マスカレイド)が幕を開けるのであった。

 

 ・・・

 

「ぬぬぬぅ……見惚れてたら、スコアが最下位になってましたぁ……!」

 

 バトルを終え、シミュレーターから出れば、マスカレイドとG-ブレイカーのバトルに見惚れるあまり、良い戦果を挙げられなかったアヤが胸の前で両手を握り、悔しそうに唸っていた。

 

「それで俺の動きとガンプラはどうだった?」

「えっ? あぁはい、素晴らしいと思いますよ、人間性以外」

「俺、キミに何かした?」

 

 元々、発端はアヤの提案だ。

 聞いてみれば、さらりと酷いことを言われ、頬を引きつらせてしまう。

 

「まあ、冗談はさておいて。とても綺麗でした。声をかけられても逃げる準備をしなくていいほどには」

「一言余計だなあ、キミはなあ!」

 

 どうしても素直に褒めることはしないのか、最後には小馬鹿にして話していたが、我慢の限界なのか、青筋を浮かべたアラタによって、そのマシュマロのように柔らかな両頬を思いっきり抓られる。

 

「い”らぁいれふぅー!」

「おっ、これ結構、クセになりそう」

「ぽりすめーん! へーるーぷーみー!」

 

 頬を引っ張られ、ぶんぶんと両腕を振って抗議するアヤを他所に思いのほか、心地の良かったアヤの頬に興味をひかれたアラタはそのまま捏ね繰り回すように触っていた。

 

「はいはい、その辺にしておきなさい」

 

 まるで兄妹か何かのようだ、とついつい苦笑しつつ、レイナは二人の頭を撫でるように手を乗せると、そのまま二人の間に割って入って引き剥がす。

 

「今更だけど、第08部の方はいいのかしら?」

「ん? あぁ、そういえば委員長から連絡が来ていたよう、な……」

 

 リョウコと話をしてから、レイナに出会い、そこからバトルをしたので時間にしてみれば一時間弱は使っている。

 リョウコと話している最中にイオリから連絡が来たことを思い出しながら、スマートフォンを取り出してみれば……。

 

 着信履歴

 委員長

 委員長

 委員長

 

「ヒエッ……」

 

 あれから定期的にイオリからの着信があった。

 一切の連絡をしていなかった為、イオリチャンを思い出して、アラタの顔もどんどん青ざめていく。

 

「別にやましいことはしてないんですから、堂々としてれば良いじゃないですか。何だったら私達と一緒に写真を撮って、私達といたことを証明すればいいのでは?」

「そうね。じゃあ、アラタ君を真ん中に私とアヤちゃんで挟もうかしら」

「そんな写真見せたら、余計に酷くなりそう気がする」

 

 後ろめたいことなど何もしていないのに、何故そんなにうろたえているのだと、アヤが助け舟を出すように提案すると、その内容に面白そうにクスリと笑ったレイナはアラタに身を寄せるが、着信履歴で一杯一杯のアラタは冷や汗をかきながら、別れを告げて、第10ガンプラ部を後にするのであった。

 

 ・・・

 

「あっ、おつかれさまです……ソウマ先輩」

「お、おつかれ」

 

 急いで第08部の部室へやってくれば、部室にいたマリカが出迎えてくれた。

 部室内を見渡せば、どうやらマリカだけのようだ。

 

「あれ、イオリ先輩に会わなかったんですか? さっき無理やりトモン君を連れて先輩を探しに行くって言ってましたけど……」

「い、入れ違いか……。あれ、ユイ先輩は?」

「えっと……親戚のおばさんが来てるそうで、今日は早めに帰るとさっき……」

 

 どうやら入れ違いで難を逃れることが出来たようだ。

 巻き添えとなってしまったリュウマに心の中で合掌しつつ、もう一人、この場にいないユイについて尋ねてみれば、どうやら家庭の用事が帰ってしまったようだ。

 

「あ、あのっ……また、ふたりきりですねっ」

(やめて、その可愛さは俺に効く)

 

 安堵するのも束の間、男女二人きりの状況に途端にもじもじと戸惑いつつも恥らうその姿を目の前にして、アラタは心臓の辺りを抑える。

 

「ふ、ふぅ……折角だし、一緒にミッションする?」

「良いんですか……!?」

(あぁ、やっぱりマリカちゃんは可愛いなぁ)

 

 何とか平静を保ちながら、共にミッションで遊ぼうと持ちかけると、頬を染めながら嬉しそうに食いついてきた。

 その姿にアラタはイオリチャンやアールシュなどここ最近の騒動を思い出してか、浄化されるように綺麗な表情を浮かべる。

 

「あのっ……バトルのほうも見てくれたら、嬉しい……です」

「いいよいいよー。もう何でも見ちゃうよ。土の中でも、雲の中でも、あの子のスカ……んん”」

 

 恥らった様子で話すマリカの初々しさにあてられ、ペラペラと何でも話そうとするアラタだが、ついつい口走りそうになった言葉を飲み込む。

 

「実はクリアできないミッションがあって……そのミッションを選ばせてください。よろしくお願いします!」

 

 ぴこぴこと設定をはじめるマリカの後姿にさえ癒されていると、暫らくして準備も完了したようでアラタとマリカは共にミッションに出撃するのであった。



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悲鳴が聴こえる

 アラタとマリカがチャレンジしたのは月面基地を舞台にしたミッションだ。

 既にNPC機は二人によって撃破されており、残すはボスエネミーとなる強襲機動特装艦アークエンジェルのみであった。

 

「ノイマンマニューバのないアークエンジェルなんて怖くない、とは言い切れないか!」

 

 月面基地をフォトン装甲を輝かせ、鮮やかに翔けるG-ブレイカーはリフレクターモードとビームプレーンを展開しながら、アークエンジェルの砲撃を回避するが、それでもイーゲルシュテルンやバリアントなどモニター全体を覆い隠すような攻撃を前にアラタも笑みを浮かべつつも、冷や汗をかく。

 

「いきましょう、先輩っ」

「おっ、マリカちゃん……前に出るか」

「はい! マリカマルには前に進んでもらいたいですからっ」

 

 すると、アークエンジェルの攻撃を怖れずに、掻い潜りながら突き進むマリカマルの姿を捉える。

 やはり以前、アラタと一緒にバトルをした時の影響か、臆さずに前に出ようとする意志を手に取るように感じることが出来た。

 

「なら、その道を開けてやらなくちゃいけないな」

 

 リフレクターモードによって吸収したエネルギーを全てフォトントルピードに回す。

 

 これはあくまでガンプラバトル。

 ならば原作のように低出力に抑える必要もなし。

 高出力で放たれたフォトントルピードによって周囲の武装やリニアガンが破壊されると、その際に発生する光をそのままエネルギーに変換したG-ブレイカーは水を得た魚のように素早くアークエンジェルの懐に潜り込むと、アサルトモードによる高出力ビームを放ちながら、後方から抜け出る。

 

「さあいけ、マリカちゃんっ!」

 

 トラフィックフィンとビームライフルのありったけを放ち、スラスターの一部を破壊して、バランスを崩させると、瞬時にマリカに指示を出す。

 コクリと頷いたマリカマルはツインアイを輝かせると、そのまま超高インパルス長射程狙撃ライフルを構え、最大出力で放つ。

 狙い澄まされたその一撃はアークエンジェルのメインブリッジを貫き、轟沈させるのであった。

 

(マリカちゃん、前よりも強くなってるな)

 

 轟沈するアークエンジェルを尻目にミッション前にクリアできなかったといっていたことから、手放しで喜んでいるマリカマルの姿を見ながら、先ほどの戦闘を評価していた。

 

 ・・・

 

「わぁっ……!」

 

 バトルを終えて部室で合流すれば、マリカは先程のバトルを思い出してか、感激のあまり今にも泣き出しそうなほど嬉しそうに表情を輝かせていた。

 

「先輩と一緒にプレイして良かったですっ! 本当に、本当にっ、これまで何度やってもクリアできなかったから……っ!」

 

 今まで苦い思いをしていた分、アラタと一緒であったとはいえ、クリアしたときの喜びは一入なのだろう。

 マリカはそのまま嬉しさのあまりアラタに詰め寄る。

 

「うれしい! 本当にうれしいです! やっとクリアできた、あのミッション……。やったぁ……!!」

 

 勝利を心の底から噛み締めていたマリカだが、ふと知らず知らずに自分がアラタの間近にいたことに気付く。

 アラタからの反応がないまま、慌てて距離をとると……。

 

「あ、あの……ごめんなさい! 舞いあがっちゃって……」

「……」

「今日も先輩のガンプラ、カッコ良かったです。動きも、すごく勉強になって……」

「……」

「あのっ……私も早くバトルを覚えて、お役に立てるよう……頑張りますからっ!」

「……」

「先輩……?」

「──」

「し、死んでる……」

 

 一向に反応がないため、不審に思って見上げてみれば、そこには目を瞑ったまま、非常に良い顔で合掌して動かない自称天才がいた。

 まあ脈はあるので、本当に死んでいるわけではないようだが、いくら何か反応を貰おうと袖を引っ張ったりしたところで、アラタの雰囲気が輝くばかりで余計に反応を得ることが出来なかった。

 

「!」

 

 どうしよう、と慌てていると不意にマリカのスマートフォンに着信が響く。

 

「……っ!」

 

 誰だろう、とスマートフォンを取り出して、送り主を見た瞬間、マリカは目に見えて、目を見開き、息を呑んだ。

 すると狼狽えながら周囲を見渡すと、埒が明かないとばかりにその華奢な手をがら空きのアラタの頬に叩くように触れる。

 

「あだぁっ!?」

「ご、ごめんなさい、先輩……。ちょっと、急用が……そのっ……」

(あ、あれ……? 俺、マリカちゃんにビンタされたの? どっちかっていうとショックのほうが大きくて、ビンタってよりはタッチだったけど……)

 

 漸く我に返ったアラタに、このようなことをしたのは初めてだったのだろう。

 頬を抑えながら今の状況とマリカを交互に見るアラタに謝りつつも、どこか焦った様子で話す。

 

「少し、部室を空けます……。イオリ先輩と、トモン君には、えっと……戻るの、待たなくて良いと伝えて置いてください……」

「そ、それはいいけど……。なにかあった?」

「なっ、なんでも……ない、です……。きょ、今日はこれで失礼します!」

 

 目に見えて、落ち着かないマリカを気遣って、声をかけるが、なにか後ろめたいことでもあるのか、声をかけられただけで酷く震え上がり、アラタが戸惑っている間に一気に捲し立てて、部室を後にするのであった。

 

 ・・・

 

「なんだったんだろうな、マリカちゃん」

 

 マリカが部室を後にして、十分弱が経過した。

 やはりあれだけ不審な態度をとられれば否が応でも気になってしまうのは致し方ないことだ。

 

 自身のスマートフォンを取り出して、連絡先のマリカを表示させたまま固まる。

 このまま連絡をとるのは簡単だが、答えない、もしくは嫌がられる可能性は大いにある。

 どうするべきかと頭を悩ませていると──。

 

「──なあ、もしかしたら部室にもういるんじゃねえの?」

 

 廊下の先から能天気にも思えるリュウマの声が聞こえてきた。

 あの筋肉バカ、やっと来たかとスマートフォンをポケットにしまおうとした時であった。

 

 ピロリロリーン

 

 その時、アラタに電流走る。

 

『あれ、イオリ先輩に会わなかったんですか? さっき無理やりトモン君を連れて先輩を探しに行くって言ってましたけど……』

 

 思い出すのは数十分前のマリカの言葉。

 そして今、部室にやってきているであろうリュウマの話の内容を察するに、相手は……。

 

(イオリチャンと同じ部屋にいられるか! 俺は自分の部屋に……。えぇい、どこかに隠れさせてもらう!)

 

 そのままスクッと身を起こすと、周囲を見渡す。

 どんどん廊下から聞こえてくるリョウマの声と足音が大きくなっていることから、今更、部室を出ることは出来ない。

 

 であれば後は隠れてやり過ごすのみ。

 部室内で隠れられるような場所を探して、見渡していると、ふと先ほどまで利用していたガンプラバトルシミュレーターが目に留まる。

 

 ・・・

 

「あれ、部室にもいねえか」

 

 数分後、リュウマとイオリが第08部の部室にやって来た。

 部室内は蛻の殻であり、当てが外れたとリュウマが首の辺りを摩っていると……。

 

「……いえ、リュウマ。アナタの言っていることは正しかったわ」

 

 隣にいたイオリが突然、声を上げた。

 確信のあるようなハッキリとしたものだ。

 スンスン、と鼻を鳴らし、やがて嗅ぎつけたとばかりに獰猛な笑みを浮かべると部室内のガンプラバトルシミュレーターに向かっていく。

 

「見ぃーつけた」

 

 一つ、また一つと部室内のシミュレーターが開かれていく。

 そして最後に残ったガンプラバトルシミュレーターの前に立つと、薄ら笑いを浮かべながら、ゆっくりと扉を開けば、そこには両手で口元を抑えて、必死に呼吸音が漏らさないようにしているアラタの姿が。

 

「ま、待てたぜ、ハニー」

「他の女の匂いをつけたまま、よく言えたものね。この甘い香り……レイナ先輩と……もう一人いるわね」

「なんで分かるんだよ!?」

 

 せめてもの余裕か、冷や汗をダラダラとかいたまま、三本指を振るってウインクするアラタだが、その直後にイオリからさも当然のように言われた言葉に悲鳴に似た声をあげる。

 

「さて、待っててくれたのよねぇ? じゃあ、人の連絡をずっと無視した理由をじっっっくりと聞かせてもらおうかしらぁ?」

「ひっ!? りゅ、リュウマたすっ! 助け──!」

 

 ジリジリと迫るイオリにアラタは助けを求めながら、後ずさるがそれがいけなかった。

 スペースが空いたアラタがいるシミュレーターにイオリはそのまま乗り込むと、アラタと密閉空間の二人きりとなるようにシミュレーターの扉をゆっくりと閉め、助けを求める声はたちまち悲鳴に変わる。

 いつものことで慣れているリュウマはくだらねえことに付き合わされた、とアラタの悲鳴とイオリの高笑いをBGMにプロテインバーを咥えるのであった。



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報われぬ想い

 砂煙が舞い上がる荒れ果てた荒野のステージで二機のガンダムがぶつかり合っていた。

 一機は希望を表すように装甲を輝かせるG-ブレイカーと荒ぶる蒼き龍・レイジングガンダムだ。

 

「ウオォッラァアッ!!」

 

 受ければ全てを打ち壊すような鋭い拳が放たれる。

 対してG-ブレイカーはビームライフルとシールドを捨て、徒手空拳で受け流す。

 しかし元々がシャイニングガンダムなどのMF系を扱っていたリュウマとは違うため、一日の長であるリュウマの猛攻を前に、何とか辛うじて捌いているような印象を受ける。

 

「ッ!」

 

 G-ブレイカーの頭部を狙った刺すような鋭い拳が放たれる。

 辛うじて頭部を反らして避けたものの、それが狙い目だったようでそのまま撓るような裏拳を受けてしまう。

 追撃させまいと何か反撃をしようと前を見た瞬間、レイジングを見失っていた。

 

「違っ──!」

「ッラァアアッ!!!」

 

 否、レイジングはその稼動域を活かした側転蹴りを放ったのだ。

 驚くのも束の間、怯んだG-ブレイカーにレイジングはそこから更に捻りを加えた胴廻し回転蹴りを放つことで大きく吹き飛ばした。

 

「──レイジングゥウウッ!!」

「っ!?」

 

 ここで決めるとばかりにレイジングは全身の装甲えを展開して、唸りを上げるかのように駆動音を響かせると、必殺の拳を放とうとする。

 

「フィンガアアァァァァァーーーーーァアアアッッッ!!!!!」

 

 このままではまずい。

 避けるには間に合わないと半ば直感でG-ブレイカーの高トルクモードを起動させると、レイジングに真っ向から立ち向かっていくのであった。

 

 ・・・

 

「今日もシオン公国のために頑張るぞー! えいえいおー!」

 

 ある日の第08ガンプラ部の部室では、今日も賑やかなひと時が流れていた。

 たまたま遊びに来たシオンが高らかに小さな拳を掲げると……。

 

「えいえい、おー!!」

 

 これまた当たり前のようにこの部室にいるショウゴが拳を突き上げて、全力で応えていた。

 

「シオンちゃんがいるのは分かるけど、モリタ君まで……。サイド0が受け入れられてきたってことで良いのかな?」

「……モリタ先輩に関しては、シオンに会いたいだけです」

 

 かつては対立していたとは思えないほど馴染んでいるショウゴの姿を横目にユイとイオリは何ともいえない様子で話していた。

 

「なんだよなんだよぉ! 仲良くやっていこうぜぇ!」

 

 ……最もそのショウゴ自身は一切、悪びれる様子もなかったのだが。

 

「ですが、この前のバトルでモリタ先輩に勝った事により、またサイド0の知名度が上がっているのは事実です。あまり表立ってではありませんが、少しずつ賛同してくれる意見も出始めているようです」

「勿論、生徒会に目を付けられたら大変だから、秘密で、って感じだけどね。それでも状況は少しずつ良くなっている……そう考えてよさそうね」

 

 とはいえ、こうしてショウゴが第08部の部室にいることの他にもかつてのクラスメイト達に囲まれたときを思い出しながら話すイオリに、少しずつ希望が見えてきたとユイも表情を明るくしながら微笑む。

 

「……みんな、心の中では分かっているんです。このまま、思いやりも何もない力だけが絶対正義の支配に屈しちゃいけないんだって」

 

 イオリも光明が見えてきた子の状況に喜んではいるものの、視線を伏せ、肘を抱えると、どこか陰を落とす。

 そんなほんの小さなイオリの態度の変化に気付かぬまま、マリカもおずおずと会話に加わる。

 

「わたしのクラスでも……サイド0を応援する人がいます」

「そうなの? それじゃマリカちゃんも有名人だね!」

「いえ、あの、わたしは……皆さんのガンプラをチェックするくらいでしかお役に立てないので……」

 

 同じ一年のどこぞの金髪少女が、“いやー、サイド0ってナウなヤングにバカウケですねー!”などと話してけてきた姿を思い出しながら、小首を傾げるマリカだが、ユイの何気ない言葉に途端に慌てて、己への自信のなさからしょんぼりとしながら答える。

 

「ダメよ、可能性を狭めちゃ。そうだ! なんなら私達でバトルの手解きをしてあげる!」

「いえ、あの……それはソウマ先輩にっ……」

 

 マリかを見かねて、好意でバトルを教えようとするも、普段はおどおどとそのまま頷きそうなマリカがやんわりと断ったのだ。

 どことなく頬を染めながら、楽しみにするようにその声色を弾ませながら、見つめる視線の先にはリュウマと一緒にシミュレーターから出てきたアラタの姿が。

 

(やはり格闘縛りだと、こいつの相手は辛いな……。まるで野生か何かだ。全く予想のつかない動きをしてくる)

 

 先程のG-ブレイカーとレイジングとのバトルは格闘縛りの近接戦で行われていた。

 それは単純にお互いにバトルの練習もあるのだが、一番の理由はアールシュを考えてのことだ。

 ガンダムシヴァは元型機に比べ、中距離に対しても大きく対応できる構成となっているが、何よりその本領が発揮されるのは近接戦だ。

 以前、バトルをした時も終始、近接戦では押され気味だった。

 

 それを踏まえ、更なる近接戦の技量向上のため、リュウマに声をかけてバトルを行ったわけだが、ある程度、理詰めでバトルを行うアラタに対して、リュウマは思うがまま、奔放なまでにバトルを行うのだ。

 それ故、一度でもアラタの中にあるペースを、集まりかけた勝利へのパーツをバラバラに崩されたが最後、防戦一方に追いやられてしまうのだ。

 

「へへっ、やっぱつえーぜ!」

「調子に乗るんじゃないよ」

 

 それはリュウマ自身の高い資質と実力があってのことだが、内心ではそれを認めても、口に出すことはしないのか、握り拳を突き上げて、喜んでいるリュウマを窘める。

 

「けど、本当にレイジングってすげぇよな。元キットよりも稼動域増えてんだから」

「最っ高でしょ? ガンプラバトルを本格的にやるのなら、稼動域を弄るのは責務みたいなものだからな。それに俺から見たお前のクセを考慮して作ったんだから、ある程度自由にバトルできるはずだ」

「俺も早くこんなガンプラを作ってみてーなぁ……」

 

 レイジングはアラタがリュウマのバトルを寝る間を惜しんで研究して組み上げたガンプラだ。それ故にリュウマとレイジングが合わさって高いポテンシャルを発揮できる。

 近くの机の上にドカッと腰掛けながら、アラタから託されたレイジングを子供のような無邪気さでその可動域やプロポーションを改めて確認していると、レイジングの出来には自身があるのか、アラタは得意げにフフンと鼻を鳴らしていた。

 

「……っ!」

 

 そんな二人を……というよりはアラタに憧れを抱いた熱のある視線を送っていたマリカだが、不意にスマートフォンが震える。

 スマートフォンを取り出して、送り主の名前を見た瞬間、その柔らかな顔が強張り、そのまま誰の目にも入らぬようにと背を向けながら、送り主とやり取りをする。

 

「どうかした、マリカちゃん? ずっとケータイを見てるけど、もしかしてチャットで忙しくなっちゃった?」

「……っ! すっ、すみません……。そのっ……クラスの人から課題の連絡とか……来てて……」

 

 突然、スマートフォンに集中し始めたマリカにユイが後ろから声をかけると、大きくその小さな身体を震わせると、必死に取り繕いながら話す。

 

「そうだよね。学校の課題は課題で、きちんとやらないと。勉強をおろそかにしていいって話じゃないもんね」

「は、はい……」

 

 とはいえ、ユイは然程、気に留めていなかったのか、うんうんと話していると、マリカは頷きながらも、どこか助けて欲しい、けどそれを口には出来ないような複雑な表情でリュウマと話しているアラタを一瞥すると何とか誤魔化す。

 

「そ、それじゃ……ちょっと用事があるので……すぐ戻りますから……」

 

 温かく接してくれるユイ達を眩しそうに目を細め、居た堪れなくなって逃げるようにマリカは部室を飛び出す。

 

「……」

 

 泣き腫れたような目の下にクマが出来、元々、華奢な体格も以前より痩せたようにも見える。

 

 ただ一人、イオリがその姿に考えるように眉を寄せていた。

 結局、この日……最後までマリカが戻ってくることはなかった。

 

 ・・・

 

「あの……もう、こんなことは……」

 

 マリカは一人、とある部室にいた。

 そこは第08ガンプラ部とはまさに雲泥の差があるほど、最新設備が導入された夢のような環境といえるかもしれない。

 しかし、その場にいるマリカの表情は決して明るいものとはいえず、苦しさを我慢するように目の前にいる人物を見やる。

 

「──こんなこと、とは? 私は何も強要などしていないよ?」

 

 そこには金色の長髪を一本に纏めた長身の男子生徒が傍らに従者のように生徒達を控えさせながら椅子に腰掛け、嗜好品のように手に持っている金色のガンプラを弄っていた。

 

「私はただ、サイド0のデータを元に、彼等の戦術に完全対策した機体が欲しい、そう言っているだけだよ?」

「そんなこと……できません……」

「なぜ? 今まで君はそうしてきたじゃないか。キミが作り、私達が動かす……。報酬だって、今まで享受してきただろう?」

 

 口調は穏やかではあるが、その様子は自身が絶対的優位に立っているからこその嫌味さが滲み出ている。

 現にマリカは心の底から辛そうに、悔しそうにギュッと小さな手を握り締めていた。

 

「あぁ、それとも……“お友達”を裏切るのは流石に心が痛むのかな? では、どうだい。いっそ私のチームに入るのは。これなら裏切りではない……なにせそもそも敵だからね。今まで以上の厚遇も約束しよう。どうかな?」

「……できませんっ! 私は……サイド0の一員です!」

 

 サイド0を捨てて、この青年のチームに入る。

 これだけの設備だ、マリカの高いモデラーとしての腕だけは振るえるだろう。

 だが、マリカにとって、それだけは決して出来ないことなのだろう。

 いつもの彼女では想像がつかないほど、声を張り上げたのだ。

 

「ほぅ。だが分かっているかな? キミはこれまでサイド0に協力する陰で、私達”生徒会派のチーム”にガンプラを提供し、彼等の戦闘データを流していたことを」

「それ、は……っ」

 

 この青年の言葉をそのままに取るのであれば、マリカはサイド0として活動する裏でスパイのような行動をしていた。

 例え、どんな形でそうなったとはいえ、事実に違いないのか、マリカは罪悪感から顔を歪めて、沈痛な面持ちで俯く。

 

「そんなキミの正体を彼等が知ったら、果たして、キミにどんな顔を向けるのだろうね」

 

 その言葉はマリカの心を深く抉るかのような言葉だった。

 

 一瞬でも想像してしまった。

 親身に温かく接してくれるサイド0が、アラタが自分を蔑むように見つめる姿を。

 

「なに、この場で決めろとは言わないよ。急かすことなど美しくはないからね。だが、君が何故、我々に協力しているのか……その理由だけはよく考えることだ」

 

 少なくとも弱者である今のマリカを見て、気を良くしたのか、青年は立ち上がると薄ら笑いを浮かべ、すれ違いざまにマリカの小さな肩を軽く叩き、部員達と共に部室を後にする。

 

「やだ……。やだぁっ……!」

 

 後に残されたマリカはその場に崩れ落ち、ボロボロと涙は頬を伝って、顎先から落ちていく。

 どうしても耐えてでもハッキリと拒絶できない理由があるのだろう。

 

「たす……けて……っ……! ソウ、マ……先、輩っ……」

 

 誰かに助けを求めることも出来ない。特に裏切っているサイド0には。

 だが、それでも助けて欲しいと、頭に浮かんだ余裕たっぷりに何事にも立ち向かおうとする自称天才の名を口にするのであった。



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囚われのガンプラビルダー

「結局、昨日、マリカちゃん戻ってこなかったね」

「私には……少し様子がおかしかったように見えました。何か、悩みでも抱えているのでは」

 

 翌日の放課後、第08ガンプラ部の部室にはマリカを除くサイド0の面々が集まっていた。

 話題は去り際の言葉とは裏腹に結局、戻ってくることはなかったマリカのことであり、皆、彼女になにかあったのかと案じていると、部室の扉が開き、そこにはおどおどとした様子のマリカがいた。

 

「あ……こ、こんにちは……。……その……みなさん、お元気ですか?」

「私は元気だけど、マリカちゃんは?」

 

 口で言って、結局、戻ってこなかったこと自体、気にしていたのか、どことなく気まずそうに話しかけてくるマリカにユイは柔らかく微笑むと、彼女の挨拶に返す。

 しかし、今日の彼女はどうにも挙動不審であり、ピクリと震えると……。

 

「わ……わたしは、その……げ、元気ですよっ!」

「そう言うわりには、目の下にクマが出来ているような」

「目がちょっと腫れてるようにも見えるよ?」

「どことなく負のオーラが見えるな……。大丈夫? リュウマの雄っぱい揉む?」

「なんだよその励まし……。っつーか、栄養足りてるか? なんか前よりも肉付きが悪くなってんじゃねえの」

 

 声を上擦らせて答える彼女にますます不審さが感じられる。

 口々に今のマリカの姿に感じたことを口にしていると、やがて四人は顔を見合わせ……。

 

「「「怪しい」」」

「……怪しいわね。もしかしてこれは……!」

 

 ユイが何か確信したかのように声を上げ、じーっと視線がマリカに集中するなか、その視線に耐え切れなくなったのか、ビクッと身体を震わす。

 

「な……なんですか? こ、これは勉強のし過ぎで……わ、わたし、ちょっと今日も用があるので……す、すみません……!」

「あっ! ちょっと待って……!」

 

 最後には涙目になって、声を震わせながら逃げるように去っていくマリカを呼び止めようとするも、その声は届かず、マリカは去っていってしまった。

 

「これは……問題ですね」

「そうね。きっと誰にも言えなくて悩んでいるのよ」

「ユイ先輩、心当たりが?」

「ええ、とりあえずマリカちゃんを探すわよ」

 

 明らかに不審な態度のマリカにイオリが顔を顰めていると、なにやら今のマリカについて分かったことでもあるのか、ユイはうんうん、としたり顔で頷いているとマリカを探そうとする。

 

「けどどうすんだよ。この学園、だだっ広いんだから闇雲に探しても仕方ねえんじゃ……」

「任せておきなさい。昨日から彼女が挙動不審だったから、ケータイのGPSに細工をしておいたわ。こちらで位置情報の把握が可能よ」

「……イオリちゃん、時々凄いよね」

 

 とはいえ、マリカを探すにもどうすれば良いのか、とリュウマが頭を掻きながら悩んでいると、得意げな顔で自身のスマートフォンの画面を見せるイオリに彼女以外の面々は顔を引き攣らせる。

 

「……」

 

 アラタもその一人だったが、ふと何かに気付いたようにハッと顔をあげると、背を向けて、自身のスマートフォンのGPSの設定を調べようとした瞬間……。

 

「──余計なことはしないほうがいいわよ?」

「アッハイ」

 

 握り潰さんばかりの握力で肩を掴まれてしまった。

 振り返るのも恐ろしいが、耳元で囁かれた天使の悪魔の声に操り人形の如く流れる動作で大人しくスマートフォンをしまう。

 前の一件があったからってきっとなにもない。なにもないんだ。いいね?

 

 ・・・

 

「どうやら、彼女はこの中のようです」

 

 イオリが細工したGPSの反応を頼りに校内の廊下を歩いていると、とある部室の前にたどり着いた。

 

「ここは……第02ガンプラ部……!」

(前に部活巡りした時は金持ちとそれに群がる奴等の集まりって印象だったなぁ……。あの時、部長はいなかったけど)

 

 何故、マリカが第02ガンプラ部に9いるのか?

 ユイが困惑するなか、この部室の印象を思い出しながら、アラタ達はなるべく音を立てぬようにして第02ガンプラ部の部室へは入っていく。

 

 ・・・

 

「静かに、足音を立てないように……。それにしてもこの設備、凄い……!」

「……はい。正直、羨ましいです」

 

 摺り足忍び足と第02ガンプラ部に潜入するよ、眼前の光景に圧倒されてしまう。

 第08ガンプラ部の設備など足元にも及ばないほど、最新の加工設備が整えられていたのだ。

 二本の柱型のショーケースには趣味か何かなのか、精巧に作られた百式とゴールドスモーが飾られていた。

 

「──それなら、私達のチームに入ってはどうかな?」

 

 本来の目的も忘れて、第02ガンプラ部の最新設備に夢中になっていると、突然、後ろから声をかけられた。

 ビクッと震え、ブリキ人形のように振り替えれば、そこには金色の長身の男子生徒が立っていた。

 

「お初にお目にかかる者もいるな。サカキ・シモン……。輝ける精鋭部隊、ゴールデンコスモスのリーダーだ」

「そ、それじゃあ……っ!」

 

 流石に聞き耳を立てるどころか部室にまで入ったのだから、バレるのは当然か。

 自己紹介を、とばかりに名を明かすサカキに途端にユイはわなわなと震える。

 一体、どうしたのだろうかと全員の視線がユイに集中していると……。

 

「まさかあなたがマリカちゃんの片思いの相手!?」

 

 その言葉が事態を混沌へ導いた。

 

「ユイ先輩、なにを言って──」

「な、なんですとおおぉぉぉぉおっ!!!?」

 

 思いもしない発言に部室の奥にいたマリカも「……え」と反応して顔を出すなか、呆れるイオリの言葉は飛び跳ねるように反応した自称天才によって遮られ、頭が痛そうに眉間を抑える。

 

「っんだよ、水臭ぇな。ちょっと待ってろ。今、コンビニで赤飯のレトルト、買ってくっから」

「えぇい、マリカちゃんが好きになった男だ。否定するような真似はすまい! それよりもマリカちゃんをどう思っているかだ! 両思いだというのなら、今すぐ式場を抑えてくるから神妙に待て!」

 

 各々、勝手に祭りか何かのように第02部の部室から出て行こうとする男二人だが、いつの間にか背後に滑り込んだイオリによって一瞬のうちに無力化された。

 

「……ユイ先輩、どういうつもりなのでしょうか?」

「え? だって、いつもチャットしてて夜眠れなくなるぐらいで、泣き腫らした目をしてたり、って。てっきり私……「ユイ先輩、少し黙っててください。今、シリアスな場面なので」は、はい……」

 

 足元に男二人が突っ伏すなか、指をぽきぽきと鳴らしながら事と次第によってはと、ギロリと鋭い視線で見られたユイは縮こまりながら答えるが、その最中にビシャリと被せられ、沈み込む。

 

「……さて、どういうことです? どうしてマリカが生徒会傘下の貴方といるんですか」

「別に驚くようなことではないと思うが? 彼女は私と取引をしていたに過ぎない」

 

 なんだこの茶番は、と痛々しいサカキの視線に咳払いをして、気を取り直しつつ再び、イオリとサカキの問答で場の雰囲気は張り詰めたものになっていく。

 

「そう、取引だ。知っているかな? 君たちが根城にしている第08部室……。あそこは本来、取り潰しの予定だったことを。そこで私が救いの手を差し伸べたのさ。我がチームのガンプラを作る限り、あのカビ臭い部室の取り潰しは待ってやろう、とね。バトルの腕は最低クラスでも、ビルダーの才能はあったようなのでね。勿論、無理やり脅してどうこうという話ではない。美しくない行いは、私の最も嫌うところだ」

 

 その言葉に回復したアラタはかつてのイオリの言葉を思い出す。

 第08部は殆どが幽霊部員だという。

 現にアラタ達もマリカ以外の08部の部員を見たことがなく、実質、マリカ一人といっても過言ではない。

 であれば取り潰しも妥当なところだろう。

 

「そんなの、断れるわけないじゃない! 脅迫と一緒よ!」

「……それは生徒会の権力を利用したということですね」

 

 しかしだ、口では脅してはいないというが、そうせざる得ない状況に仕向けているのは明白だ。

 初めてマリカと出会った時の、心の底から辛そうに今の生徒会はイヤだと、限界だと口にする彼女の姿が脳裏に過ぎり、ユイとイオリは口々にサカキを非難する。

 

「何の問題がある? 利用できるものは全て利用するべきだ。それこそが強者の特権なのだからね。私には権力と金があり、彼女にはビルダーとしての腕があった。妥当な取引だと思うけれどね?」

「……そう、それが貴方の考えなんですね」

 

 絶対的強者としての驕りなのか、嘲るような物言いがイオリの怒りを買ったのか、彼女の雰囲気はどんどん険のあるもに変わっていく。

 彼女は人一倍、驕り高ぶる強者と虐げられる弱者という関係に敏感なのかもしれない。

 

「……確かに最新の設備に触れながらガンプラを作るのは、マリカちゃんのスキルアップに繋がるかもしれないし、それで実質、第08部というよりサイド0の活動拠点になっているあの部室がなくならないのは良い事尽くしなのかもしれない」

「ほぅ、少しは話が分かる者がいたか」

 

 どんどんと緊迫していくなか、今まで黙って話を聞いていたアラタがフラフラと立ち上がると、彼が口にしたその内容にサカキは愉快そうに笑う。

 

「でも……うん。少し試してみようか」

 

 アラタにどんな意図があるのか、とユイとイオリが困惑しながら彼を見つめるなか、アラタは陰で生徒会傘下のチームと繋がっていたことが明るみとなり、ビクビクしているマリカに視線を移すと彼女は身体を震わせながら怯えていた。

 

「マリカちゃん、キミはどっちがいい?」

「えっ……?」

「俺達とサカキさんのどっちといたいのかな」

「で、でも……私……」

「この際だ。キミが好きなほうを選べば良い」

 

 もしかして非難されるのか、そう思っていた矢先、穏やかな口調で問いかけられて戸惑ってしまう。

 サイド0を裏切っていた手前、アラタとサカキとの間で視線を彷徨わせるマリカの背中を押すように話すと、やがてマリカは意を決したように駆け出し、そのままアラタの胸の中に飛び込む。

 

「せんぱ、いぃっ……! わだ、し……わたしっ……!」

 

 アラタの胸に飛び込んだ瞬間、今まで耐えたものが決壊したかのように嗚咽を漏らし、涙を流すマリカの震える背中を優しくポンポンと撫でる。

 

「……でも、それでマリカちゃんが喜んでいるのならの話だ。泣き腫れた目の下にクマまで作って……更には前よりも痩せてる……。こんなに追い込むほど酷使して、とんだブラック案件だな」

 

 普段からマリカを可愛がっているアラタだ。

 泣きじゃくるマリカを受け止めて、優しく包むようにその背中を撫でながらも、人目も気にせず、ここまで泣いているマリカを追いやったサカキには煮えくり返る思いなのか、鋭い眼光を突きつける。

 

「か、彼女はガンプラだけではなく、キミ達を裏切ってサイド0の情報を私に流していたのだよ? お陰で私は、キミ達のガンプラの弱点も把握している。それでも彼女と共に行動し、彼女が信じることが出来るとでも!?」

「……っ!」

 

 流石に普段、変人で通っているアラタの刃物のような眼光には慄いたのか、狼狽えながら彼女が行ったスパイ活動についても口にし、全てを明かされてしまったマリカは震える。だが、次に声を上げたのはリュウマだった。

 

「っんなの、知るかよ。俺は信じるかどうかなんざ直感で決めてんだ。俺はマリカを信じるぜ」

「おっ、筋肉バカのわりにはマシなこと言うじゃないの。まっ、そういうことだ。俺はこれからもマリカちゃんと共に行動し、マリカちゃんを信じて、マリカちゃんを愛で続けるよ」

 

 べーっと舌を出すリュウマの子供のような行動に苦笑しつつも、ポンポンとマリカの頭を撫でるアラタに、表情こそ胸板で隠れて見えないもののマリカは耳まで真っ赤にして、今にも湯気が出そうだ。

 

「私も信じるよ。私達はマリカちゃんのガンプラを愛する心を信じる」

「……まぁ、それだけは絶対に変わらないものでしょうしね」

 

 さらりと何言ってんのよ、とイオリに後頭部を叩かれるなか、ユイとイオリは優しくアラタに抱かれるマリカの肩に触れ、マリカは泣き腫らしたぐしゃぐしゃな顔で感激したように鼻を啜る。

 

「さて、俺達はこのままイイハナシダナーで帰れるけど、そっちの気は済まないみたいね」

「当たり前だ! このような茶番を見たくて、やってきたわけではない! どの道、こうなっていたのだ、今ここで投資した資金の差こそが、そのまま戦力の決定的な違いとなることを教えてやる!」

 

 温かな雰囲気のなか、アラタがチラリとサカキを見れば、そこには不愉快そうな様子でこちらを睨んでいるサカキの姿が。

 学園の反乱分子であるチームとこうして相対した時から、こうなっていたのだとサカキはマリカに作らせたガンプラを取り出す。

 

「──グゥーットタイミイイィーーーングゥゥッ!!!」

 

 両者の間で火花が散るなか、突然、第02ガンプラ部に滑り込んできたのはリンコだった。

 

「第02ガンプラ部の前を通りかかったワタクシ、シャクノ・リンコは偶然にもサイド0とゴールデンコスモスのバトルに居合わせました!」

「ホントかー? ホントに偶然か-?」

「これはもう実況するしかありません! 片や生徒会派、片や反体制派の両チームは一体、どんなバトルを繰り広げるのかー!?」

 

 誰もが驚くなか、スライディングから素早く起き上がり、パフォーマンスを行うリンコにリュウマが呆れながらツッコミをいれるが、聞き入れられることはなく、そのまま続けられる。

 

「さて、マリカちゃん、俺と一緒に出撃してくれるかな?」

「でも……私、皆さんを裏切るようなことをしたのに……」

「マリカちゃんに背中を預けられるから頼んでるんだ。大丈夫、全部終わったら空港をバックに良い感じにGet w○ldが流れてる感じになるさ」

 

 普段のようにユイやイオリと出撃するとばかり思っていたから、思わぬ申し出に驚くしかない。

 だが、自身を見下ろしてまっすぐと目を見て話すアラタの姿にやがてマリカはゴシゴシと袖で目元を擦ると、はいっ!と強く頷く。

 まあ、その隣でイオリがどんなスケールの話にするつもりよ…… と呆れていたが。

 

「今回は俺も行くぜ」

「やる気満々だな」

「ああ。野郎はマリカに作らせたガンプラで、俺はお前に作ってもらったガンプラで戦う。そこにどんな違いがあるのか……。俺自身でも確かめてみてえんだ」

 

 すると今度はリュウマが名乗りを上げた。

 以前は連携が取れるからと渋々断念していたが、今回はその想いが強いようで、ケースから取り出したレイジングを見つめながら、まっすぐに答える。

 

「なら、今回はこの三人で勝利を組み立てようか」

 

 ユイとイオリに目配せすれば、彼女達も快く頷いてくれた。

 そんな二人の気遣いに感謝しながら、アラタは余裕たっぷりに三本指をクルリと回すと、マリカは途端に輝かんばかりに表情を明るくさせる。

 

「それでは注目の一戦! ガンプラバトル! レディーーーッ! ゴオォォーーーーーーオッ!!!!!!」

 

 出撃するメンバーも決まり、いよいよ生徒会傘下のゴールデンコスモスとの戦いの火蓋が切って落とされるのであった。




ビルドダイバーズの特別編を見て、またガンダムベースに行きたいなぁと思ったり。あそこでワールドクラスの方が作成したガンプラを見てると、感銘を受けたり刺激になったりしますねー。

鉛筆を使ったザクも素晴らしいけど、個人的にはネガポジ反転をすることで本来のカラーリングになるように作られたガンダムバルバトスルプスレクスネガティヴが好きだったり……(まあ、単純にこれを作った方のファンというのもありますが)

ただ辛いのは同じガンダムファンでも、ガンプラを作る派とそうでない派で行った場合、温度差があることなんですけどねぇ……。


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頑張れリュウマ!友に捧げた大勝利

 《今回のG-cubeは決戦型です! さあ、荒れ狂う吹雪の中に残るのは、どちらのチームなのか、注目です!》

 

 山頂に建設された基地は降りしきる雪が強い風によって吹き荒れ、視界さえ遮られてしまうほどだ。

 そんな雪山基地がサイド0とゴールデンコスモスのバトルステージに選ばれ、この暴風雪に負けぬほどの戦いを予感させる。

 

「チッ……こりゃあ、普通にやるよりもやり辛ぇな……」

「口を動かす前に手を動かせ」

 

 機体を襲う強烈な吹雪を前に、モニターどころか、機体を動かすのにも制約が出るような状況にリュウマは悪態をつき、注意されていた。

 

(ゴールデンコスモスは潤沢な資金が強みのチームであることは間違いないが、果たして実力はどれ程のものか……)

 

 現在、サイド0はG-ブレイカーとマリカマルがセンサーをフル稼働させて、相手チームの動きを探知しようとすると同時に山頂を目指していた。

 下手に山道の途中で相手チームを探すよりは、余程良いだろうと考えてのことだった。

 

「もう間もなく山頂の発着場に到着します……。少しは雪の勢いも弱まっているようにも感じられますね」

「ああ、だが問題は相手がどう動いているかだけどね」

 

 全てを飲み込まんばかりに振り続けていた雪も勢いも減っているようにも感じられるなか、襲撃されることも考え、周囲を警戒しつつ山頂を目指していたサイド0だが、マップを確認すれば、そろそろ山頂にある雪山基地の入り口である発着場に到着する。

 

 しかし問題はゴールデンコスモスも自分達と同じ行動をしているかどうかだ。

 もし同じく山頂を目指しているのであれば、先に山頂に登った方が有利となるだろう。

 

 その答えはすぐに知ることが出来た。

 

「──ッ! 熱源探知っ!」

「……どうやら向こうの方が早かったようだな」

 

 けたましくアラートが鳴り響くと同時に山頂から無数のロケット弾が降り注ぐ。

 何とか機体への損傷を防ぐことには成功したものの、苦々しく見上げた先には雪山基地に陣取るゴールデンコスモスのガンプラ達の姿が。 

 どれもマリカに作られただけあって、傍から見ても精巧な作りではあるが、使用者である彼等の趣向も無理に取り入れさせているのだろう。

 アカツキをベースにシンプルな作りながら、輝かんばかりに黄金の装甲を光らせるサカキのオーロドを隊長機に金色のガンプラ達は手に装備した似つかわしくない無骨なバズーカを構えて、連射してくる。

 

「フッ……機体を汚さぬ美しい幕引きだな」

 

 ありったけを撃ち、山道の地形が変わるのではないかと思うほど、巨大な 爆炎が巻き起こり、立ち上る黒煙を見て、サカキを心底、愉快そうに嘲るような哄笑をあける。

 

「──うあぁっ!?」

「なにっ!?」

 

 すると硝煙の中から現れた波のようなビームを受けた僚機の一機が強引に硝煙へ引き寄せられていく。

 不可思議な現象に、追い詰めたわけではないのか、と慌てて硝煙の方向を見てみれば……。

 

「こっからが反撃の幕開けだァッ!」

 

 硝煙から飛び出したのは、レイジングだった。

 バックパックのビームナギナタをマニピュレーターの上で素早く回転させると、そのままの勢いで自由の利かぬ敵機体をすれ違いざまに切り裂く。

 

「マリカちゃんが作ったガンプラっぽいけど、なにか違うような……」

「はい……。私が作った時とは外観に差異があります……。どうやら後付けパーツを組み込んでいるようです」

 

 硝煙がなくなれば、そこにはビーム・プレーンとシールドを展開しつつ、トラクタービームを打ち出していたG-ブレイカーと、既に後方支援にとライフルを構えているマリカマルの姿が。

 

「撃て! 撃て撃てぇっ!」

 

 動揺して、退きながらバズーカの引き金を引くサカキ達だが、マリカマルの支援射撃によって、その殆どが撃ち落され、あっという間にレイジングの接近を許せば、棒高跳びのように接近した勢いを利用してビームナギナタを雪原に突き刺し、勢いを利用して回りこんでいた。

 

「ハァアッ……!!」

 

 挟み撃ちの形となり、G-ブレイカーとマリカマルの射撃を前方に、後方にはレイジングが深々と腰を落としている。慌てている時間もなく、支援射撃によってバランスを崩した敵機体の一機を後ろから正拳突きによって粉砕された。

 

「こんのっ……庶民がぁっ!」

 

 最初の余裕とは打って変わって、焦りのあまり余裕もないサカキはビームサーベルを引き抜きながら、レイジングに襲い掛かるが、手首の辺りを掴まれると、そのまま頭突きを受けてしまう。

 

「オラ、来いよ」

 

 怯むオーロドだが、レイジングはその隙を追撃することなく、人差し指をクイクイッと引いて挑発する。

 それをまんまと乗ってしまったのだろう、たちまちサカキは怒りの形相でレイジングに襲い掛かるが、悉く受け流されて腹部に掌底打ちを受けて、よろめいてしまう。

 

「何故だ!? 何故、手も足も出ない!? サクライ君はビルダーとしても劣っているとでもいうのか!?」

「劣ってんのは今のお前その物だろうが」

 

 何をしてもレイジングに傷一つつけることも出来ず、どんどんオーロドの損傷だけが増えていく一方だ。

 あまりの状況にサカキは受け入れられずに叫ぶが、普段のリュウマの熱っぽさから考えられぬほど冷静に指摘されてしまう。

 

「俺は別に人のガンプラで戦うことは否定しねえ。自分だけじゃなく、人のガンプラを使うことで見えてくるもんもあるからな」

「そうだ……! 聞いたぞ、君のそのガンプラはあの変人から渡されたそうだな!」

「ああ。自棄になってた俺に可能性を見出して、このガンプラを預けてくれた」

 

 ビームサーベルを振りかぶって、襲い掛かるオーロドだが、足を引っ掛けられ、そのまま雪原を派手に転がってしまう。

 そんな自身を見下ろすレイジングに屈辱感を感じながら、サカキがマリカから流された情報を思い出し、指摘すると、かつてのことを思い出しながら静かに答えられる。

 

「コイツにはアイツの期待と自由にバトルをして欲しいっていう想いの全てが詰まってんだ。だからよ、俺はコイツで戦う限り、無様な戦いは出来ねえ! 人のガンプラで戦うってぇのはなぁ、ソイツの思いも背負って戦うってことだろうがッ」

「っ!?」

 

 段々と自身とアラタのことを思い出しているのか、言葉に熱が入るなか、オーロドの首部を掴むと、そのまま無理やり起き上がらせる。

 

「てめえはどうだ? ソイツに込められた想いが分かるか?」

「ガンプラに込められた想い……だと……?」

「ああ、俺には分かるぜ。苦しい……本当に苦しいけど、ガンプラに罪はねえからって、一切、手は抜いてねえ! てめえはそれをビルダーとして劣ってるって言いやがった!」

 

 モニターを見つめるサカキの身体は恐怖で震える。

 そこに映るツインアイを輝かせて、こちらを見据えるレイジングの姿はまさに逆鱗に触れた愚者に怒り狂う蒼き龍だ。

 

 だがその恐怖もリュウマの熱のある言葉に和らぎ、考えさせられる。

 リュウマには分かっているのだ、精巧に作られたオーロドは脅迫は一切、関係なくマリカが手を抜くこともなく、一生懸命に作成したものであると。

 

「そんな野郎に俺は負けねえ! 負ける気がしねえェッ!!」

 

 リュウマの言葉に動揺するサカキのオーロドの顎先を殴り、そのまま遥か大空に叩きつける。

 

「レィイッジングゥウウッ!!! フィンガアアアアアアアァァァァァァーーーーーーーーァアアッッッ!!!!!!!」

 

 各部の装甲を展開し、レイジングはオーロドを追って、飛び上がり、まっすぐとオーロドを目指して向かっていく。

 

「天駆ける蒼き龍……!」

 

 展開した装甲を輝かせ、光の尾を走らせるその姿は天へと昇る気高い蒼き龍のようだ。

 風を切り、轟音を響かせる様はまさに怒りの咆哮だ。

 向かってくる荒ぶる蒼き龍を見つめ、その姿に恐怖よりも不思議と美しさを感じながら、オーロドの胴体は貫かれ、そのまま雲の上の晴れ渡る空まで連れて行かれると、大爆発するのであった。

 

「あの筋肉バカ、やったな」

「リュウマ君も先輩のことが大好きなんですねっ」

 

 光差す雲の切れ目からゆっくりと降りてくるレイジングの姿にアラタとマリカが微笑む。

 リュウマはバトルに集中していたが、その時の言葉は二人とも確かに耳にしていたのだ。

 

「へへっ、やっぱつえーぜ!」

 

 G-ブレイカーとマリカマルを見ながら、リュウマは底抜けの笑顔でピースサインをする。

 その言葉はかつてアラタとの近接縛りのバトルをした後と同じ言葉だ。

 それは決して自分だけが強いといっているわけではないことは、空からの光を受け、まるで喜んでいるように輝いて見えるレイジングを見れば、明らかだった。



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それぞれの愛

 バトルを終えたアラタ達がバトルシミュレーターから出てきてみれば、後からゴールデンコスモスも出てきており、特にサカキは敗北が認められないのか、うわ言のように呟いていた。

 

「原型は勿論、素材や塗料も海外製の高級品……! 最新のバトルシステムまで第02ガンプラ部の部室に用意し、金をばら撒いてチームメイトを集めたんだぞ……!? あれだけ金を……何百万とかけたのに……。」

 

 巨額を注ぎ込んでまで築き上げたものが崩れたような気分なのだろう。

 到底、受け入れられないのか、敗因を洗い出そうとするが、このままでは行き着くのは他者への擦り付けだろう。

 

「メッキなんて剥がれ易いもんでしょ。嗜好品なら兎も角、人が塗り固めた上っ面なんて見てらんないですよ」

 

 その姿は流石に敵とはいえ、見苦しいものがあるのか、アラタはやれやれといわんばかりにため息をつくと、頬をポリポリと掻きながら指摘する。

 

「ねえ、ガンプラを作るのに、そんなにお金って重要かな?」

「なにぃっ!?」

 

 アラタに続いたのは、バトルを観戦していたユイだった。

 ユイの言葉は受け入れられないものなのか、サカキは眉間に皺を寄せ、食って掛からんばかりに睨みつけてきた。

 

「勿論、ある程度あったほうがいいよ? 工具もしっかりとしたものを使った方が作りやすいし、パーツだってそう……。でもサカキ君は、そのお金をかけた工具に触ったの? マリカちゃんにさせたみたいに全部、人任せじゃないの?」

 

 サカキの眼光には臆することはないものの、それ以上にただ闇雲に金が、素材が、と拘るその姿勢に悲しんでいる様子だったのだ。

 

「バトルをしていても俺はお前から、見栄っ張りってだけで、なにも感じなかった。メッキっていわれた意味はそこにあるんじゃねえのか」

「……バトルをすれば相手の想いは伝わってくるもんですよ。貴方にはガンプラへも、バトルへの愛が俺達には感じられなかった」

 

 リュウマの指摘に乗りながらショウゴの時同様、思うところがあるようだが、今は極力、表には出さずに話すと、サカキはたじろぐ。

 

「あ……愛……? 愛だって? 君達にはそれがあると!?」

「当たり前です。自分のクセや好み、戦い方を考えて組み上げたガンプラは私達の分身です。貴方はどうです? その機体のクセを、特性をちゃんと把握できていますか?」

「誰かに作ってもらったガンプラで戦う……。それ自体は否定しない。でもその分、ちゃんとそのガンプラを愛さなくちゃ。作ってくれた人以上に愛せなきゃ、性能だって引き出せないよ」

 

 なにが愛だとばかりに食って掛かるサカキだが、至極当然だとばかりにイオリに即答され、逆に鋭い指摘を受けてしまう。何も言い返せないサカキにユイはアラタから託されたレイジングで戦うリュウマは傍から見て、愛を感じるのか、隣同士で立っているアラタとリュウマを見ると、二人は気恥ずかしそうにそっぽを向く。

 

「サカキ先輩は……ガンプラが……嫌い、ですか……?」

 

 サカキが指摘の一つ一つに反論できず、悔しそうに顔を歪めていると、今まで黙っていたマリカがおずおずと口を開き、尋ねた。

 

「なにを言う!? 嫌っていたらバトルなど……そもそもこの学園になど来やしない!」

「だったら、もう少しだけでいいです……。ガンプラのこと……考えてあげてください……」

 

 今まで言われっ放しだったサカキだが、それだけは違うと機敏にすぐさま答える。

 その様子に、だからこそどこか悲しそうにサカキが負けた後の悔しさから粗雑に手に握られているオーロドを見つめる。

 

「そのガンプラならもっと有効な戦術がありました……。パーツも、後付けのものが邪魔しています。そもそもチーム戦用にデザインしたのですから、運用の仕方を変えるなら手を加えないと──!」

「そ、そうか……すまない」

 

 段々とマリカの言葉に熱が入っていく。

 ずっと強者と弱者であったサカキとマリカの関係も様変わりし、ガンプラに関する豊富な知識を話され、金に物を言わせていたサカキは初めて知ることも多く、ただただ話を聞いているしかなかった。

 

「あのさ、マリカちゃんって時々、妙に饒舌になることがあるよね……」

「それだけ、自分のガンプラを愛しているんでしょう。私も少し、気持ちが分かります」

 

 静かながら矢継ぎ早に話すマリカにたじたじのサカキを見ながら、ユイが時々見られるマリカの様子に驚いて、近くのイオリに話しかけると、イオリもマリカの姿を見ながら微笑ましそうに笑う。

 

「──わかりましたか? サカキ先輩」

 

 一方で漸く一区切りついたのだろう。

 ちゃんと身に着いているのかとマリカが確認すれば、いつの間にか正座をして、メモをとらされていたサカキはフルフルと震える。

 

「ガンプラは愛を注がなければ応えてくれない……。なるほど、至言だ……」

 

 マリカから教えられたガンプラに関する知識はサカキの知らないことだらけであった。

 知れば、知るほど、それをガンプラに活かしてみたい、自分の技術として注ぎ込んでみたいという想いが募っていく。

 

「私は撃墜される刹那、レイジングガンダムに美しさを感じた。あれはきっと……彼が言っていた想いが愛となってそう感じることが出来たのだろうな……」

 

 ふとサカキは長話になって集中力が切れたのか、ぼけーっとしているリュウマを見やると、今の様子から考えられぬ、まさに龍を体現したかのような姿を思い出す。

 まさに荒ぶる龍だった。しかし恐怖は感じられず、そこには気高い美しさを感じたのだ。あれこそユイ達が言っている愛なのだろう。

 

「サクライ君……。今さらだが、どうか私にガンプラの愛し方を……作り方を教えてくれないだろうか……? 私も君が作るようなガンプラが作ってみたいのだ」

「えぇっ!? で、でも……」

 

 オーロドを改めて見つめる。

 リュウマの言うとおり、無理やり作らせたにも拘らず、一切の手は抜かれていない。寧ろ、自分が後から取り付けたパーツのせいで、その美しさを損ねているようにも感じられる。

 これではいけない、とせめて自分の手で作りたいと願うサカキにマリカは困ったようにアラタ達を見る。

 

「いいんじゃないかな? ガンプラを心から愛してくれる人が増えるのは、私たちも嬉しいし!」

 

 するとユイがそっと背中を押すように柔らかな笑顔を見せながら答えると、アラタ達も同意するように微笑んで頷いてくれた。

 

「そ、それじゃあ……時々、なら……」

「ああ、頼む!」

 

 やがて決心がついたのか、おずおずと頷くと、憑き物が落ちたかのようにサカキは嬉しそうに明るく答える。

 

「あ……出来れば、その。その時は、ソウマ先輩も一緒に……どうですか? みんなも一緒に……」

「そうだね、みんなで顔を突き合わせて作るのも楽しそう!」

 

 どこか恥らった様子で最初にアラタを誘うと、その次にユイ達も誘う。

 マリカが誘ったという時点で食い気味に頷いたアラタは勿論のこと、ユイ達も歓迎して頷いていた。

 

「ヘヘッ……俺と同じこと考えてやがる」

「なにが?」

「いつまでも甘んじてらんねえってことだよ」

 

 そのままガンプラ談義を始めるマリカ達を見ながら、リュウマは先程のマリカが作るようなガンプラを作ってみたいというサカキの言葉を思い出して、人知れず笑みを浮かべる。

 その言葉だけでは今一、要領を得なかったのか、アラタが聞き返せば、ハッキリとは答えないものの、向上心を感じさせる笑みを浮かべていた。

 

「──……そうよ。これがあるべき形なのよ」

 

 結局、なにか分からず、首をかしげていると、不意に耳にか細い声が届く。

 イオリだ。どうやら独り言のようだが、その様子は今の雰囲気に反して、どこか暗い。

 

「強い奴が正義なんかじゃない……。“あの時”だってそうだったじゃない。だから今度は私が証明するんだ……!」

 

 それはまるで自分に固く言い聞かせるように。

 だがそれは、傍から見てもどこか急いているようにも見える。

 

「どうした、委員長? 委員長の恐ろしさなら証明しなくたって、俺が身をもって知ってrrrrrr!!?」

「……なんでもないわ。少し、気が焦ってしまっただけ」

 

 暗い雰囲気を和ませようと、いつもの調子でちょっかいをかけるアラタだが、条件反射の如く、素早く耳たぶを無言で思いっきり引っ張られてしまった。

 

「……大丈夫?」

「本当に大丈夫だから……気にしないで」

 

 いつもならここで何だかんだで明るくなったりするのだが、一向にイオリは暗いままだ。

 流石にこれには冗談をいうのを止め、純粋にイオリを心配するのだが、はぐらかされてしまった。

 しかし傍から見ても、イオリがどこか気負っているのは見て明らかだった。



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戦の後

「ほらほら、もっと笑ってサクライン~!」

 

 ゴールデンコスモスとのバトルから翌日、サイド0の部室ではチナツが遊びに来ており、今日も自由気ままに自撮り棒を使用して、マリカに身を寄せながらスマートフォンで何枚もパシャパシャと写真を撮っていた。

 

「えっと……あの、こう……ですか?」

「ダメダメー! ぜーんっぜんカタいよ、表情が! こうやってニコッってするの。ほら、ニコッ!」

 

 とはいえ、マリカ自身、自撮りはおろか、あまり撮られるのは得意ではないのだろう。

 頬も引き攣り、ぎこちのない笑顔を浮かべるマリカにチナツが笑顔でダメだしすると、やはり慣れているのか、二本の人差し指を両頬に添えると、とびっきりの笑顔を見せる。

 

「あ……えっと……ニ、ニコッ」

「もー! ガンプラだけじゃなくて、自分が一番盛れる角度とかベンキョーしとかないと!」

 

 マリカのようなタイプはすんなりと出来れば、苦労はしないだろう。

 それでも見よう見まねで両頬に指を添えて、硬い笑顔を浮かべるマリカにチナツはぶーぶーと文句を口にする。

 すると今までスマホを弄っていたアラタはやれやれ、なにも分かっていないとばかりにため息をつくと、組んだ足を解いて立ち上がる

 

「まあ待ちなさいよ、ちなちー。そのぎこちなさもまたマリカちゃんの良さなんだよ。言ってしまえばぁ……あどけない初々しさ? 慣れてしまえば決して出すことの出来ない味にメロメロになっちゃうんだよ。素人っていうジャンルに人気がある理由が良く分かる。ところでぇ……その写真、後で俺のスマホに送っておいてくれ」

「よくわかんないけど、それならアラターも一緒に撮ろっ!」

 

 なにか高尚な説でも唱えているかのように眉間に人差し指をあてながら芝居がかった』口調で話す自称天才はそのまま焼き回しを頼むなか、それならとチナツは飛びつくようにアラタに身を寄せる。

 

「あぅっ……」

 

 マリカと違い、アラタは特に抵抗もなく、そのままチナツと腕を絡ませながら、イェーイと写真を撮っている。

 チナツとはノリが合うのだろう。とはいえ、それを傍から見ているマリカは複雑そうに体をもじもじと揺らす。

 

「ほら、マリカちゃんもおいで」

「っ! は、はいっ!」

 

 親密に写真を撮っている二人の姿を見ているだけしか出来なかったマリカだが、ある程度、写真を撮り終えると、アラタが何気なく声をかけてくれた。どうやら三人で写真を撮ろうというのだろう。

 先ほどまでぎこちなく写真を撮られていたマリカも途端に嬉しそうな顔で頷いて、トコトコとアラタとチナツの間に入ってくる。

 

(ソウマ先輩と……こんなに近くに……)

 

 じゃあ、撮るよーと自撮り棒を掲げるチナツの声を聞きながら、マリカは写真を撮るために身を寄せてきたアラタに意識してしまう。

 チラリと横目に見れば、これほど近づいたことはなく、その精悍な顔立ちを見て、鼓動が早くなっていくのを感じていると視線に気付いたアラタは不意に笑顔を見せ、一気に顔が熱くなっていく。

 

「はい、チーズッ!」

 

 チナツの合図にアラタと共にカメラへ顔を向ける。

 パシャリ、と部室にシャッター音が響き、チナツが撮り具合を確認すると……。

 

「おっ、すっごい良いじゃん、サクラインっ!」

 

 すると今まで不満を口にしていたチナツだが、今、撮った写真を見て、たちまち上機嫌になる。

 何だと思っていたら、そのまま画面を見せてきた。

 そこに写っているのは、アラタとチナツ、そして何よりぎこちなさは残るものの、頬を染め、はにかんだ笑みを見せる一人の可憐な少女だ。

 まさに主役といってもいいぐらいだろう。マリカが自分で見てみて、それが自分だとは思えないほどだ。

 

 だが理由は分かっている。

 やっぱりマリカちゃん可愛いとうんうんと頷いているアラタに人知れず、視線を向けるのであった。

 

 ・・・

 

 部室で今日もサイド0の活動を行うなか、ユイは途中、放送で教師に呼び出しを受け、リュウマは第02ガンプラ部に遊びに行き、イオリとチナツもその様子を見に行っている。

 

「あの、先輩……」

 

 故に今はマリカと二人きりになっている。

 とはいえ、特に意識もしていなかったが、ふとマリカから声をかけられる。

 

「本当に……ありがとうございました。ゴールデンコスモスを倒してくれて」

「まあ、美味しいところを持っていったのはあの筋肉バカだけど」

「それでも……裏切っていた私に選択肢を与えてくれたのは嬉しかったです……」

 

 改めて感謝するマリカにわざわざ言わなくてもいいとばかりにおちゃらけて、肩を竦めていると、それでも、と真面目なトーンで話すマリカに表情を正し、顔を向ける。

 

「……元々、私が弱かったのがいけなかったんです。ガンプラバトルも……心も……」

 

 自虐に一瞬、そうでもないとフォローしようと思っていたが、マリカの決心がついたような迷いのない目を見て、黙って彼女の話の続きに耳を傾ける。

 

「……これからは……先輩達を見習って頑張ります! どんな出来事が立ち塞がっても、まっすぐ自分の道を進めるようになるために……」

 

 止めれるもんなら止めてみな。

 それはマリカが初めてアラタと共にミッションをプレイした時、彼が誰かが立ち塞がった時には言ってやれと自分に教えてくれた言葉だ。

 あの時、感じたアラタの格好良さとG-ブレイカーの美しさはその言葉と共にずっとマリカの心の中に強く刻み付けられていたのだ。

 

「だ、だから……ですね。これからもよろしくお願いします、“アラタ”先輩っ!」

 

 彼女にとって新たな再出発もあるのか、今までずっと苗字で呼んでいた呼称を名前に変え、ペコリと頭を下げる。

 とはいえ、初めてアラタの名を呼称するということもあって、どこか気恥ずかしさのようなものが判じられる。

 

「そっ、それじゃ……わたし、今日は帰ります! 色々と試してみたい武装があって、少し近くのホビーショップに行ってみようと思います!」

 

 アラタが何も答えぬまま、彼女自身、自分でも大胆な行動をしたと思っているのだろう。

 下げた頭は耳まで真っ赤にすると、そのまま返答を待たずして逃げるように、失礼しますっ、と部室を去っていく。

 

「──」

 

 マリカがいなくなった後の部室にはアラタだけが取り残されていた。

 どうやらマリカが恥ずかしがりながらでも自分のことを名前で呼んだことの反動が大きかったようで、安らかな表情ながら白目を剥いていたのだが……。

 

「うあぁっ!?」

 

 まるで時間が止まったかのように、微塵も動く気配のないアラタの制服のポケットが震える。

 突然のことに飛び跳ねて驚いて確認して見れば、どうやらGBにメールが来たようだ。

 

 “ゴールデンコスモスのサカキ君に勝ったんだね! おめでとー! そんな凄腕ガンプラビルダーさんと一緒に遊びたいから、良かったらこの後でチャットルームに来てねっ!”

 

 差出人はRECOCOだった。

 放送部が中継していたとはいえ、情報の伝達が早いものだ。

 とはいえ、アラタもRECOCOとの時間は悪いものとは思っていない。

 まだユイ達が帰ってくる気配もないため、アラタはメールに記された通り、ガンプラバトルシミュレーターに乗り込むと、チャットルームへと向かうのであった。

 

 ・・・

 

 《あっ、早速来てくれたんだ。ありがとう!》

 

 チャットルームへ向かえば、早速、RECOCOのアバターが出迎えてくれた。

 メールを送って、すぐに出向いてきてくれたことが嬉しいようで、待ちわびたとばかりに明るく出迎えてくれた。

 

 《サクライさんがサカキ君に無理やりガンプラを作らされ続けて……ずっと悩んでたって聞いてさ。君たちが解決してくれて本当に良かったよー》

「今回はちょっと出番を食われた感があるけどね」

 

 マリカの話はRECOCOにまで及んでいたのだろう。

 彼女が自由の身となって手放しで喜んでいるRECOCOに、相変わらずおどけながらでも、マリカのことで喜んでいるのはアラタも同じようでその口元には穏やかな笑みが浮かんでいた。

 

 《それじゃあ早速、その実力を私にも見せてもらおうかなー!》

「はいはい、時間がないんだろ。その分、濃密なものにしちゃいますよっ」

 

 とはいえ、今回のゴールデンコスモスとのバトルはショウゴの時と同じようなバトルだった。

 マリカが解放されたのは嬉しいが、ショウゴの時ほどではないにせよ、しこりのようなものが多少はあるのだ。

 だがRECOCOとのミッションは毎回、楽しめるものであり、ミッションを終えた後も晴れやかな気分になることが多い。

 早速、アラタはG-ブレイカーと共に出撃していくのであった。




実は息抜きでガンブレ2小説を修正したりしてます。といっても現在の書き方にあわせた簡単な修正とキャラ絵の追加ぐらいですが。

そんな修正をしている最中に気づいたのが、Newガンブレって今までのガンブレシリーズでいたやたら露出度が高い格好をしたMCがいないなって。

ということでリンコちゃん、脱ごう。


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期待の重さ

 工作室を舞台に人知れず、だがそれでいて激しいバトルが行われていた。

 G-ブレイカーとグリーンドールを容易く寄せ付けないほどの猛威を振るうのは、青色の宇宙戦艦であるプトレマイオス2だ。

 GNキャノンとGNミサイルを併せての攻撃が並のファイターでは近づくことすらままならぬだろう。

 

「スメラギさんの身体に惹かれました」

「何の告白!?」

 

 ペダルを巧みに操作して、紙一重でプトレマイオス2の弾幕を避けながら、両腕で二つの大きな円を描くアラタにすかさずRECOCOからのツッコミがスピーカーから響き渡る。

 

「今更だけど、アヤメさんやモモちゃんのアバターって自分のよりも大きく盛ってるんだよね」

「……ごふっ」

「まあ、それも良さっちゃ良さだけど、俺はやっぱり……って、どうしたの?」

「な、なんでもないよ」

 

 何気なくとあるガンダム作品について話すアラタだが、流れ弾を受けたかのようにRECOCOは一人、悶えており、そのことを尋ねてみれば、通信越しにでも分かるほど引き攣ったような声が聞こえてくる。

 

「……とはいえ、いつまでも悠長に話してはいられないか」

「うん、時間も迫ってきたしね」

 

 チラリと残り時間を確認すれば、10分内に制限された時間も後僅かとなっていた。

 やはり戦艦の類は骨が折れるのだろう。

 本腰を入れようと、ジョイスティックに手をかけると、RECOCOも同じことを思ったのか、声を弾ませ、二対の翼は撃ち落そうと迫る閃光を華麗に避けながら、プトレマイオス2に接近する。

 

「私も案外、強いんだよっ」

 

 囮役を自ら買って出たグリーンドールは撹乱するようにプトレマイオス2の周囲を飛行する。

 その様はまさに妖精のようだ。

 とはいえ、RECOCOの凄い所は囮になって飛び回るのが精々なのではなく、要所要所で隙間をつくような反撃でプトレマイオス2の動きを鈍らせる。

 

 そこに動いたのが、G-ブレイカーだ。

 グリーンドールを狙って、GNミサイルが放たれようとした直前にアサルトモードによる砲撃を浴びせつけ、その巨体を大きく揺らめかせる。

 

 その隙に急接近するG-ブレイカーにGNキャノンが放たれるが、リフレクターモードとビーム・プレーンを展開して接近すれば、全てG-ブレイカーのエネルギーに変換されて、猛威を振るう。

 最後には時間もギリギリになったところで、紙一重で接近したG-ブレイカーが突き出したビームサーベルがブリッジに深々と突き刺さり、轟音をたてて爆発するのであった。

 

 ・・・

 

『さっすが、アラタ君! メキメキと実力を上げてるねー! ゴールデンコスモスを倒せたって言うのも納得だねー』

 

 バトルを終えたチャットルームでは、別れるまでの僅かなひと時をいつものように談笑に費やしていた。

 

『……サカキ君も、これで自分のガンプラ作りを思い出してくれるといいな』

「その口ぶりだと、RECOCOは知ってるの?」

 

 ふとゴールデンコスモスの名を挙げたことから、かつてのサカキを思い出すかのように、どこか懐かしむように話すRECOCOにそのことについて尋ねてみれば、画面に映る彼女はゆっくりと頷き……。

 

『彼、おうちがお金持ちで、昔から色んな工具や高価な素材を使ってたんだけど、彼の本当の凄さはそれで誰も見たことがないような新しいガンプラを作る力だったんだよね』

「へぇ、それがあの人の個性だったわけか……」

 

 正直に言って驚いた。

 以前のサカキとのやり取りを思い出す限りでは、彼は金にものを言わせて、全て他人任せの印象だったが、かつての彼は違かったようだ。

 

『ラプラスの盾のモリタ君もそう。ちょっと調子に乗りやすいところはあったけど、勢いで作ったガンプラが意外とカッコ良かったんだっ。でも、みんな、今の生徒会に関わってからおかしくなっちゃって……』

「そっか……。でも、そうだったのなら是非、見てみたいな。あの人達の個性が生んだ愛を」

 

 サカキだけではなく、ショウゴもかつてはRECOCOも感心するようなビルダーだったようだ。

 だが、それがどうなってしまったのかはアラタも知るところだろう。

 とはいえ、今のサカキもショウゴも熱意を取り戻している。遠からずかつてのような輝きを見せてくれることだろう。

 

『アラタ君、お願い……。この学園を……みんなを元に戻して。学園も性別も年の差も関係なく、誰もが自由にガンプラバトルを出来る学園に……そんな当たり前の日々を、きっと君なら取り戻せる! 期待してるからねっ』

「お任せあれ。こんな風に縮こまってバトルをする必要のない学園にしちゃいますよ」

 

 アバターとはいえ、RECOCOから真摯な想いが伝わってくる。

 それほどまでに彼女もかつてのような学園を取り戻したいのだろう。

 そんな彼女の想いを確かに感じたアラタは三本指をクルリと回して、余裕の態度で答える。

 

『それじゃ、今日はこれで。いつも時間が短くてゴメンねー』

「ああ、また今度、一緒にミッションをしよう」

 

 時間もそろそろ良い頃合だ。

 RECOCOは別れを告げると、程なくしてアラタもバトルシステムの電源を落とす。

 

「やれやれ」

 

 暗転して、薄暗いシミュレーターの中で先ほどまでのRECOCOとのやり取りを思い出しながら、ため息交じりにアラタはシートに持たれる。

 

「進めば進むほど、足が重くなるもんで」

 

 当たり障りのなかった日常から一転、今のような立場になるなんて転入する前は思いもしなかった。

 誰もいない自分ひとりだけの空間だからこそ、放たれた言葉とともにキチッと締めたネクタイを緩める彼は今、どんな顔をしているのか、薄暗い閉鎖的なこの球体の中では誰も分からなかった。

 

 ・・・

 

 一方、ガンブレ学園の生徒会室は不気味でそこにいるだけで刺さるような張り詰めた空気で満たされていた。

 何故ならば、そこには現生徒会執行部のメンバー全員が集まっていたからだ。

 

「──……ゴールデンコスモスも敗れたか」

 

 口火を切るように、重々しく口を開いたのは現生徒会副会長であるセナ・ダイスケだ。

 理知的だが眼鏡の下の鋭く光る眼光は、あまりにも冷徹で、それだけで威圧感がある。

 

「……この敗北が齎す影響は大きいでしょう」

 

 ゴールデンコスモスが敗れたことで予想される影響について話すリョウコだが、心なしか、どことなくサイド0の勝利を喜んでいるかのようだ。

 

「水面下でサイド0を支持する層もいるという。このままでは奴等を増長させるだけだ。ここは一度、ラプラスの盾による粛清も視野にいれるべきか……」

 

 セナはゴールデンコスモスが敗北したことを惜しむよりも、それが齎す影響を懸念している。それは彼の中でゴールデンコスモスが弱者でしかなかったと考えるにも値しないと切り捨ててのことだろう。

 チラリとセナがリョウコを見やれば、彼女は何れこうなる可能性は頭の中にあったのか、やり切れないとばかりに眉を寄せていた。

 

「──余計なことはしなくていいよ」

 

 正式にラプラスの盾による粛清がセナの命で下されようとした時だった。

 そこに気だるげな声が待ったをかけた。

 

 一同の視線が最深の窓際に注がれる。

 そこには白髪の青年がまるで子供のようにガンプラをガチャガチャと弄っていたのだ。

 

 彼の名はシイナ・ユウキ。

 この学園の頂点に君臨する生徒会長だ。

 

「ユウキ、だが……」

「強くなってるんだろう? いいことじゃないか。僕にとってはそれが重要だ」

 

 決して良いとはいえないこの状況にセナは手を打つべきだと、諭そうとするのだが、ユウキは目の前のパソコンに映るサイド0とゴールデンコスモスのバトルを横目に、いや、そこに映るG-ブレイカーのみを見つめている。

 

「余計なことはしなくていいんだ。そんなことをして、万が一にでもアラタ君を穢すようなことがあってはならないからね。寧ろ“その時”まで真っ直ぐ伸びてもらわないと」

「……奴等はこの場所に来ると」

「アラタ君は来るよ」

 

 ユウキの口調からは自分以外のこの場にいる生徒会メンバーは結果としてアラタに敗北するというのだ。

 それは一切の迷いはなく、リョウコは戸惑い、セナは自分もその中に入れられ、顔を顰める。

 

「きっと、これは運命なんだ」

 

 彼が取り出したボロボロの写真には、幼い頃のアラタとユウキが写っている。

 彼自身、予期せぬ再会に感じるものがあるのか、どこか歪な笑みを浮かべていた。

 

「……あぁ、そうだ。今、思い出したけど、もうすぐランキングバトルだね」

 

 それはユウキのアラタへの執着なのか、肌に纏わりつくような異様な雰囲気が生徒会室を満たす。

 リョウコが僅かに顔を強張らせるなか、何気なく放たれたユウキの言葉にそういえば、とダイスケ達と顔を見合わせる。

 

「──ミツルギさん、少し頼みたいことがあるんだけど良いかな?」

 

 ユウキは目をスッと細めると、セナとリョウコの後ろで控えていたワンサイドアップの少女に声をかける。

 

 彼女の名前はミツルギ・アカリ。

 マリカやアヤのような一年生ではあるが、その佇まいは非常に落ち着いており、奥ゆかしさも感じる。

 

「──はい、生徒会執行部会計、このミツルギ・アカリに御命令を。その期待に全力でお応え致します」

 

 そう、彼女もまた生徒会の一員。

 美しく艶やかな黒髪を揺らしながら、彼女は、ただ優しく微笑む。

 その烈火の如き緋色の瞳の中には、一体、何が秘められているというのだろうか──。

 

 




ミツルギ・アカリ

【挿絵表示】


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学園について

明日はウルフェスで会おう


「さーて、授業も終わったし、楽しいガンプラの時間ね! マリカちゃんの調子も戻ったことだし!」

 

 ECOCOとのミッションから数日が経った。

 サイド0によるゴールデンコスモス撃破の報はガンブレ学園中を駆け巡っていた。

 そんな中、放課後の08部の部室では、今日もサイド0の活動が行われようとしていた。

 

「は、はい! あの、ありがとうございました……っ。これ、いただいた物ですけど、お礼です」

 

 目の下にクマまで作り、やせ細っていたマリカも今では回復している。

 この喜ばしい状況で、マリカはお礼にとばかりに持ってきたパンを人数分、取り出す。

 しかも、そのパンはただのパンではないらしく……。

 

「これ、プレミアム購買部の限定パン!? よく手に入ったね!」

「はい、“サイド0への景気付けだ”って、マスミさんがこっそり渡してくれました」

 

 何でもそれはマスミのファームで手がけた新鮮な食材を惜しみなく使用したこのガンブレ学園限定の一、二を争う商品だ。

 中々、入手し辛いことから、ユイ達もあまり食べたこともなく、マリカが取り出した時は非常に驚いていた。

 どうやらマスミから餞別で送られたらしい。

 

「私達の活動が段々と実を結んできてるんだね……」

「モリタ先輩に続いて、ゴールデンコスモスを破ったのが効いているみたいですね。あの人達は生徒会の運営の一部を代行していたトップランカーでしたから。そしてこの先は、ランク上位の相手ばかりです」

「そっか……。ここからが本番なんだね」

 

 しみじみとこれまでの歩みを振り返るユイに頷きつつもイオリから釘を刺される。

 生徒会を相手に戦えば戦うほど、手練れが立ち塞がることだろう。

 これからの激闘を予感して、顔を引き締める。

 

「……」

 

 アラタは一人、深々に椅子に腰掛け、頬杖をついていた。

 口元には笑みは浮かんでいるものの、その目だけは虚しく見るものを映している。

 

「なぁ、どうしたんだよ」

「……何でも? これからどんな相手がこの天才の前に立ち塞がるのか考えてただけだ」

 

 傍から見れば、いつもの余裕ある態度をとっているようにも見えるが、そこに違和感を感じて、声をかけたのはリュウマだった。

 すると、アラタは我に返ったかのようにハッと僅かに目を見開くと、いつもの飄々とした態度で肩をすくめている。

 

「っつーか、これからどうすんだよ。もういっそ生徒会室にでも行っちまうか?」

「さすがに、それは厳しいのでは……。生徒会──“ラプラスネスト”は学園最強のチーム。それと戦うには、もう少し実績がないと」

 

 やはりアラタへの違和感は拭えないままなのか、釈然としないリュウマだが、今後の活動について話を切り出す。

 ここまでまさに躓くことなく快進撃を続けるサイド0だが、やはりこのまますぐにでも生徒会に挑むというほどうまくはいかないらしい。

 

「生徒会長に挑もうとしても、実力不足とみなされると門前払いどころか、学園追放という噂もあるって話よ」

「なんだそれ、馬鹿じゃねえの」

「いや、私に言われても……。あくまで噂レベルの話ってこと」

 

 しかも生徒会長に挑む以前に審査のようなことがあるようだ。

 話を聞いたリュウマはおかしさからか、露骨に顔を顰め、文句を口にすれば、イオリも同じことを思ってはいるのか、何ともいえない様子だ。

 

「っんで、どれくらいの実績が必要ってんだ?」

「ランキング一桁台……とかでしょうか」

 

 不満はあるが、順だってというのであれば、さっさと済ませるのみだ。

 リュウマの問いに一同、頭を悩ませると、やがてマリカがおずおずと口を開く。

 因みに以前、バトルをしたゴールデンコスモスのサカキが10位だという。であれば、必然的にそれより上になるわけだが……。そうして再び頭を悩ませていると、不意に08部の部室の扉が開く。

 

「──俺が来た。持て成せ」

 

 そこには、アールシュがいたのだ。

 相も変わらず、自分こそが頂点であるかのように堂々と振舞うその姿には安心感さえ感じる。

 

「ア、アールシュ君は確かランキング2位だよね」

「副会長を抑えてのことですから、相当なものです。生徒会長に匹敵すると噂されるのも理解は出来ます」

 

 尊大な態度をとるアールシュだが、それだけの自信は、やはりそれに見合うだけの実力があるからだろう。

 そんなアールシュの学園内ランキングは何と一位に君臨する生徒会長のシイナ・ユウキの次いで二位とのこと。

 副会長や他の生徒会役員を凌いで、その立場にいるアールシュにユイとイオリはヒソヒソと話す。

 

「あのっ……アールシュ君、私達とバトルをしてもらうなんてことは……」

「世迷言を。この中で俺のシヴァを戦わせても良いと考えるのは、そこの道化(クラウン)のみ」

 

 おずおずとバトルを持ちかけるユイなのだが、予想通りというべきなのか、アールシュは鼻で笑って、キッパリと一蹴すると、チラリとアラタを一瞥する。

 

「おい、そいつは俺達が弱ぇからとかじゃねえだろうな!」

「喧しいぞ青トカゲ。実る兆しも見えん青い果実など口にする気はない」

 

 だが、その言葉に食って掛かったのは、リュウマであった。

 しかしいくら凄まじい剣幕で詰め寄ろうと、アールシュは眉一つ動かすことなく、冷たく切り捨てる。

 

「お言葉ですが、私達の実力は簡単に切り捨てられるほどではないと思います。現に誰もが楽しめるため、学園を元に戻すために私達はラプラスの盾のモリタ先輩やゴールデンコスモスを──」

「愚か者は始末に負えんな。俺が評価するのは、その姿勢であり、実力は二の次だ」

 

 イオリも見下されていると黙っていられずに口を挟むのだが、その言葉が返ってアールシュの嘲笑を買ってしまった。

 

「ミカグラよ。貴様はかつて俺に助力を求めたことがあったな」

「え、ええ。その時はキッパリと断られたけど……」

「その意味を貴様は理解しているか」

 

 部室内がどんどんと張り詰めた空気になるなか、アールシュの鋭い視線はユイに向けられる。

 まるで罪人に罪を問いただすかのようなその目にユイは身震いしながら、当時のことを振り返りながら答えるが、その後の問いにユイは表情を悩ませる。

 ユイは当時、唯一、生徒会に抗う可能性を持つアールシュに助力を求めたことがあるそうなのだが、断られてしまった。その理由まで話されてはいなかったようだ。

 

「俺は常に前へ進む。戻るなどという逆行に興味はない。生憎、俺はこの学園に思い出作りの為に来たのではなく、未来に活かす為に来たのだからな」

 

 宇宙開発に伴い、導入されるというMSの開発など、世界は目まぐるしく変化している。

 プロのガンプラファイターになれずともMSに伴うAMBACの一端を自動で学べたりと、ガンプラやバトルの価値が我々の世界とは異なるなかで、アールシュにとって世界でも有数のガンプラに特化したこの学園での時間は有限なのだ。

 であれば、その時間を前に進むために使いたいのだ。

 

「第一、学園を元に戻す? それを掲げる貴様等のチームのリーダーはその“元の学園”を知らぬではないか」

 

 緊迫する空気にマリカも怯えるなか、アールシュから放たれた言葉にユイ達は動揺する。

 アラタが転入してきたのは、先月のことだ。

 いくら楽しかった元の学園に戻したい、などとユイやイオリが一生懸命に語ったところで、アラタはそれを想像するしかないのだ。

 

「大体、誰もが、などと実現するのか? 楽しみ方は人それぞれであるし、強者と弱者の構図は常に成り立っているものだ。昨日まで強者と弱者の関係であった者達が手を取り合えると? 貴様等の指す誰もが、はどの層を指すのだ。半端な力を持った理想論者ほど手に負えんものはない。貴様等を支持する層もいるそうだが、それはかつての現生徒会が成り立った流れと同じではないのか?」

 

 つらつらと挙げられるアールシュの言葉は、元々の彼の話術もあるのか、反論もままならぬほど飲み込まれて、ユイ達は苦々しい顔のまま黙ってしまう。

 

「俺とて貴様等の全てを否定する気はない。貴様等のような想いを抱く者も必要ではあるし、学ぶのが目的とはいえ、今の学園の全てを良しと思っているわけではない。だが、だからこそ、もし貴様等が現生徒会を“倒す”のではなく、“救う”と言っていたのならば、少しはバトルを、いや、肩を並べる可能性もあったのかもしれんな」

 

 自分でも多少の熱が入ってしまったのを自覚しているのか、自己嫌悪のように静かにため息をつくと、いくっらかクールダウンしたのか、そのままアラタを脇に抱えて部室を去っていく。

 

 ・・・

 

「……俺に何の用?」

 

 アールシュの脇に抱えられたまま、アラタは静かに口を開く。

 その声は先ほどのやり取りがあったにも関わらず、非常に落ち着いたものだった。

 

「近く、ランキングバトルが行われる。貴様はそこで俺とアイゼンと共に出る」

 

 そもそもアールシュはアラタに用があったようだ。

 しかもその内容とは、ランキングバトルをアールシュとレイナと共に出撃するというのだ。

 何より、出る、ともう確定しているのだから、これにはアラタも驚くしかない。

 

 どうやらアールシュが向かっているのは、第10ガンプラ部のようだ。

 恐らくそこにはレイナが待っていることだろう。

 

「貴様らが勝利したのは所詮は氷山の一角。もしも貴様が今の立場に身を置き続けるのであれば、貴様はまずこの学園の全てを知らねばならん。全てに目を向け、耳を傾けるのだ」

 

 上位ランカーに名を連ねる者全てショウゴやサカキのように驕り高ぶっているとは思っていないが、もしかすれば、これはそんな上位ランカー達と出会うチャンスなのかもしれない。

 アラタはアールシュに抱えられたまま、この先、なにが待っているのか、果たして自分達が進んだ先の学園に何が待つのか、考え続けるのであった。

 




暑いよね、ってことで水着絵
アヤ&レイナ

【挿絵表示】

アヤ「えっ、なんでツインテールなのか、ですか? 何でも某ゲームで復刻された水着の皇帝さんを召還できなかったそうで、その皺寄せが同じパツキンの私に来ました」
レイナ「何事も無理をしては、めっ、よ。その反動は大きいもの」

うーむ、塗り分けで頑張ったけど、肉感って難しい…。


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龍の想い

「えーっ、大佐、どうしたのーっ!?」

 

 アラタを脇に抱えたまま、アールシュは第10ガンプラ部に訪れる。

 部室内にはレイナやアヤの他にシオンや数名の部員がいるが、アールシュがやって来るなどとは聞いてはいなかったのだろう。部員達はもとよりレイナも僅かに驚いている様子だった。

 そんななか、シオンがアールシュが小脇に抱えたアラタに気付き、声をかける。

 

「此度はランキングバトルについての用件で来た」

「それはそれは……。アラタ君を抱えているようですが、どのようなお話を?」

 

 目で何かを尋ねるレイナに鼻を鳴らしながら、用件を伝える。

 ランキングバトル、という単語で話は通じているようだが、脇に抱えられているアラタに関しては全く分からないのか、そのことについて触れると……。

 

「此度のランキングバトル……。俺と貴様、そして、このクラウンと共に出る」

 

 堂々と放たれた言葉にレイナは驚いていた。

 その様子からはアラタに関しては何も知らなかったように感じられる。

 その姿にアラタはてっきりレイナには事前に話されているのかと思っていたため、どういうことなのかとアールシュに尋ねようとした瞬間……。

 

「ちょおおぉぉぉぉっと待ってくださいぃいっ!!」

 

 そこに待ったをかけたのは席について、ニャンチュ……紫色のネコのようなベアッガイを作成していたアヤだった。

 

「どういうことですか!? ここ最近では、アールシュさん、部長、そして私でチームだったじゃないですかぁっ!」

 

 抗議、抗議です! と机を叩いて立ち上がったアヤはプンプンと何度もアールシュを指差しながら抗議する。

 G-Cubeの公式戦は3on3によるチーム戦。そもそもチームを組まなければ傘下すら出来ない。その為、どうやら今年、アラタが転入する以前はアールシュ、レイナ、アヤの三人でランキングバトルに参加していたようだ。

 

「喧しい奴め。此度は此奴と参加する。それだけであろうが」

「それが納得できないって言ってるんですっ。第一、この人なんて転入生じゃないですか! 戦隊モノでいえば、追加戦士みたいなもんですよ! なーんでそんな人に私が譲らなくちゃいけないんですかぁっ!?」

 

 やがて我慢できなくなったかのように詰め寄ってくるアヤに鬱陶しそうにため息をつくアールシュだが、その際にアラタを抱える腕を解き、受身は取れなかったが漸くアラタは解放される。

 

「おーい、アヤちゃん」

「何ですか、ガンブレシルバー! 私はまだガンブレッドと話が……っ」

 

 身体に付着した埃を手で払いながら、いまだにやいややいやと抗議しているアヤに声をかける。

 いつの間にかシルバー認定されたのに、ツッコミをいれたかったが、それよりもと包装されたパンを取り出し、有無を言わさず、アヤの口にねじ込む。

 

「にゃにするんで”ふかぁーっ!? わだ”しはものに釣られたりは……」

 

 直前の光景と舌触りからパンと判断したアヤは餌付けをしようとも、そうはいかないと両腕をブンブン振るって、口に咥えたまま文句を言おうとするのだが……。

 

「こ、これはプレバイの限定パン……っ!?」

「なんだったらアヤちゃんにあげるよ?」

 

 だが、やがて口に広がる豊かな味にアヤに電流が走る。

 アラタが取り出したのは、マリカがマスミに餞別に送られたという限定パンだったのだ。

 やがてアヤも限定パンに集中しているのか、次第に大人しくなっていく。

 

「ま、まあ、なんだかんだ大概最後はみんなで名乗りポーズをしますからね! 今回はガンブレゴールドにお譲りします!」

「金か銀かハッキリしてくれ」

「それはそうと、いただきますっ!」

 

 限定パンに気を取られて、それどころではないのか、それだけ言うと、限定パンを両腕で持って、もきゅもきゅと幸せそうに食べ始める。

 その様子がさながら小動物のようでレイナやシオンなど、その場の殆どが愛でるようにアヤの頭を撫でていた。

 

「それで? また随分と急な話ですね。てっきりアラタ君はサイド0のメンバーと参加するものだと思っていましたが」

「サイド0のリーダーとして此奴に足りぬものは、何よりこの学園についてだ。ランキングバトルでその全てを把握することは出来ぬだろうが、それでも此奴の糧になるのは違いなかろう」

 

 アヤを撫でるのも程ほどに話を戻す。

 普通ならば、アラタはサイド0のメンバーとランキングバトルに参加すると考えるものだが、まさか自分達と出撃するとは思っても見なかった。

 当初はアールシュに抱えられていたため、無理やり参加させられそうになったのかと考えていたが、話を聞いて、抗議するアヤとは対照的に落ち着いている姿を見るに、そういうわけでもない。

 そこまで観察して問いかけると、フンッと腕を組んで答えるアールシュにレイナはなるほど、と顎先に手をかける。

 

「私のランキングは確か13位だったかしら……。それとなによりランキング2位の貴方は必然的にランキングバトルの上位ランカー達が争う高位に振り分けられる。アラタ君にとってはひょっとしたら厳しいものになると思うけど……」

「そこは心配御無用。寧ろ、この天才の相手に相応しいというものさ」

 

 然程、ランキングには興味がなかったのか、自身のランキングにはうろ覚えのようだが、それでもアールシュとチームを組めば、必然的に相手は上位ランカーになってくる。

 良い経験にはなるだろうが、それでも上位ランカーとのバトルの経験が乏しいといえるアラタを案じると、彼はいつもの調子で三本指をクルリと回してウインクする。

 

「バトルは元より上位ランカーと触れ合うことに意味がある。奴等の想いに触れ、なにを思うか……。貴様のサイド0のリーダーとしての資質が問われることになる」

「なら退くわけにはいかない。俺はただやるようにやるだけさ」

 

 まるでそれはアラタの内面を、その器があるかどうかを見定めるかのような目を前に、物怖じせず余裕の態度を見せるも、アールシュは笑みを浮かべることなく、ただその姿に思うところがあるかのように見つめ続けていた。

 

「……なんであれアラタ君が参加するというのなら、少しは連携を強化しないといけないわね」

「確かに。上位ランカー達とバトルをするのであれば、お互いの特性を知らないとな」

 

 それはレイナも同じようで、物言いたげに目を瞑って僅かに肩を落とすと、チラリとこの部室内にあるシミュレーターを一瞥する。

 チームを組むにせよ、サイド0として戦うアラタなら兎も角、レイナやアールシュなどのバトルに関しては数える程度しか知らない。

 これに関しては、アールシュも同意見なのか、何も言わずにシミュレーターに向かっていき、アラタとレイナもその後を追うのであった。

 

 ・・・

 

 一方、サイド0の部室内では息が詰まるかのような空気が流れており、そこにるリュウマ達は皆、深刻そうに思いつめた表情のまま俯いていた。

 それはやはり先程のアールシュの言葉が彼等の胸に突き刺さっているからだろう。

 互いに自問自答を繰り返すなか、ふとリュウマが立ち上がって、部室を出ようとする。

 

「リュウマ、どこに……」

「少し外に出てくる」

 

 イオリの問いに扉を開いたリュウマは背を向けたまま声のトーンを落として答えた。

 

「……俺は今更、サイド0を抜ける気はねえ。そりゃあ、あのインドヤローの言うことも分かるけどよ。それでも今の学園のままで良いなんて思えねえんだ。だから俺はサイド0で戦う」

 

 彼の脳裏にはかつて無残にも破壊された自身のガンプラの姿が蘇る。

 いまだ自身とレイジングにあのような被害は起きていないが、願わくばもう二度とあのような想いをするのも御免だし、ショウゴ達にパーツを奪われても、権力に怖れて何も言えなかったこの学園のままで良いとは思えないのだ。

 

「けど、やっぱり……」

 

 とはいえ、やはりリュウマもアールシュの言葉に思うところがあるのか、ユイ達に背を向けたまま、ゆっくりと口を開き……。

 

「いつまでも甘んじてらんねえ。俺達も変わらなきゃいけねえのかもな」

 

 ケースから取り出したレイジングを見つめる。

 アラタがリュウマへ託したこのガンプラを見つめる彼の目には様々な葛藤が渦巻いていた。

 確かにアラタが作成したレイジングはリュウマが今まで触れたことのないほどの出来栄えであり、バトルにおいても不自由はない。

 だが、だからこそこのままで良いのかと自問自答の末の答えを残し、08部を後にするのであった。

 



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誰の為

 いよいよランキングバトル当日を迎えた。

 ランキングバトルには三つのランクで分けられていた。

 まず下位ランカーで構成されるCASUAL、中間に位置するSTANDARD、そして上位ランカーによるHARDCOREだ。

 

 公式戦によるG-cubeは学業の傍ら、数日に渡って執り行われる。

 かつてイオリがアラタに説明しsたようにランキングバトルは3on3で執り行われる。

 撃墜数、サポートや立ち回りの全て含めて、総合的に評価され、ランキングは変動するのだ。

 ランキング上位者には学園側から厚遇されるということもあり、皆、血眼になってでも勝ちをとりに行こうのだ。

 

「──レイッジングゥゥッフィンガアアアァァァァァーーーーーァアアッッッ!!!!!」

 

 特にCASUALとSTANDARDは顕著であった。

 現在、STANDARDのG-cubeが行われていたが、レイジングの一撃によって、相手チームは全て撃破される。

 

「お前達がもっとサポートしてりゃあっ!!」

「人のせいだってのかよっ!?」

 

 この学園にとって弱者の価値などないに等しい。

 だからこそ皆、成り上がろうとするのだが、負けてしまえば、その道を閉ざされたのも同意義だ。

 負けてしまえば、その殆どが次に活かそうと前向きになるのではなく、罵詈雑言が飛び交い、最悪、掴みあいにまで発展する。

 

「やめろってんだよ! っんなことしたって仕方ねえだろっ!!」

 

 そこに楽しむという言葉が存在する余地もない。

 今も乱闘に発展しそうな相手チームを見かねて、リュウマが止めに入るのだが……。

 

「止めるくらいだったら負けてくれればよかったんだよッ!!」

「……っ!」

 

 何とか止めようとするが、掴んだ腕を振り払うように暴言と共に大降りに振るわれた腕はそのままリョウマの目尻に直撃し、そのままふらついてしまう。

 だが相手のチームはそのことに一切、気にも留めず、再び罵り合いを始めてしまう。

 

「大丈夫、リュウマ君!?」

「目尻の辺りが切れてるわ……!」

 

 その光景を目の辺りにして、一緒に出撃していたユイとイオリ、そしてチームのマリカが慌ててリュウマを案じて駆け寄る。

 先程、受けた腕の影響か、目尻の辺りは切り傷のように開いて地を流していたのだ。

 

「……こんなのが当たり前ってのは、おかしいんだよ」

 

 リュウマの他にを止める者などいやしない。

 勝てば良いが負けてランキングが変動すれば、強者の尻に敷かれる弱者のままでいるだけだ。

 まさに明日は我が身、そんな状況だから止める者なんていないのだ。

 

 誰もがまるで日常の光景のように気にも留めないこんな殺伐とした世界にリュウマは拳を強く握り、歯を食い縛る。

 皆、自分のことだけ精一杯で勝てたとしても喜べず、次も勝てるようにと息が詰まるような緊張感に襲われ、敗者は悔しさだけに留まらず、負けて逆上し、このような醜態を晒す者達もいる。

 

 ハッキリ言ってしまえば異常だ。

 怪我なんてなんてことはない。何より痛いのはこのような光景を目の当りにするその心なのだから。

 

「──おら、治療すっから、こっち来い」

 

 リュウマのその姿にユイやマリカにはかける言葉がなく、痛ましそうに目を伏せてしまう。

 誰もが喜ぶことも出来ない状況の最中、いきなり横から傷口を見るかのようにリュウマの頭を掴まれる。

 何事かと思い、見てみれば、傷の度合いを確認しているマスミの姿が。

 

「いってぇな! なにすんだよ、テメエ!」

「あん? テメエって言うなよ。俺、29だぞ。せめてマスミンって呼べや」

「誰が呼ぶかっ! ぜってぇ呼ばねえぞ!」

 

 苛立ちのあまりマスミを振り払うが、顔を顰めたマスミはそのままま不良がメンチを切るように首を上下に動かして顔を近づけながら、眉間にデコピンを浴びせてきた。

 弾けるように顔を反らしたリュウマは涙目で眉間を両手で抑えながら、ぎゃーぎゃーと文句を言い始め、マスミと低レベルな言い争いを始める。

 

「あれ、マスミさん。なんでこんなところに……?」

「出張購買部だよ。バトルを眺めながら、摘めるもんが欲しいだろ」

 

 最終的にはリュウマにアームロックを仕掛けるマスミにおずおずとユイが声をかけると、マスミは今、到着したばかりなのか、彼が顎で指す方向には三馬鹿が首に商品が入ったケースを抱えて、売り込みを始めていた。

 

「てめえ等もいつまでやってんだ」

 

 ギブギブ、とアームロックを仕掛ける腕を叩いたリュウマを解放すると、マスミはそのまま罵り合いを続けるチームの仲裁に入り喧嘩両成敗だとばかりに首根っこを掴んで、そのまま三馬鹿達と同じ売り子に回す。

 

「た、助かりました……」

「ったく、どいつもこいつも殺気立ってやがる。ガンプラを扱う学園とは到底思えねぇな」

 

 一先ず事態の沈静化を図ることは出来た。

 ユイがそっと胸を撫で下ろしながら、止めに入ってくれたマスミに感謝すると、彼は礼よりも今のこの場の雰囲気にポリポリと頭を掻く。

 

「と、とととと、ところでシーたんはいつバトルすんだ?」

「それが目的かよ、ドルヲタ」

 

 すると本題とばかりにマスミは忙しない動きでシオンのバトルについて聞いてくる。

 確かシオンはアヤと臣民であるショウゴと共に参加している筈だ。

 バトルに託けて何をやってるんだとばかりに呆れるリュウマが癪に障ったのか、また言い争いと共に掴みあいを始める。

 

「……」

 

 ユイ達がその光景に顔を見合わせて苦笑しているなか、遠巻きにその姿を見つめている者がいた。

 

 アカリだ。

 腕を組んで壁に寄りかかったまま、喧騒を遠巻きで見つめている彼女は、リュウマ達を……いや、リュウマを見定めるかのようにその口元に微笑を携えながら、見つめるのであった。

 

 ・・・

 

「ふぃー……」

 

 一方、こちらはHARDCOREが執り行われているバトルルームだ。

 丁度、バトルを終えたばかりのアラタがシミュレーターから出てきて、一息つく。

 

(流石、上位ランカーってところか)

 

 近くの壁に寄りかかって、腰掛けながら疲労感から肩を落とす。

 甘く見ていたわけではないが、やはり上位ランクに位置するビルダー達だけあって、特に一桁台は強豪揃いで一つ一つのバトルに神経を使う。

 

「負けた……」

 

 ふと先程までバトルをしていたチームがシミュレーターから出て来た。

 先程のバトルはアラタ達の勝利で終わった為、敗北を喫した彼等は肩を落として、さながらこの世の終わりのような顔を浮かべていた。

 

「ランキングから下がったら、学園側の援助がどれくらい減るんだ……?」

「それよりもHARDCOREから落ちたら、その援助その物がなくなるじゃないか……!」

「必死にHARDCOREまで昇ってきたって言うのに……」

 

 そのチームは、負けても悔しさどころか、自分達のランキングばかりを気にしている。

 そこに先程のバトルについて振り返ることも、悔しさを噛み締めることもなかった。

 

「去年から学園内ランキングが導入され、上位ランカー達は学園から様々な援助を受けられるようになった……。今では上位ランカーでも、あのような光景は物珍しくはない」

 

 バトルその物を蔑ろにするような光景に複雑そうな様子のアラタの隣の壁にいつのまにアールシュが寄りかかっていた。

 

 彼の言葉に再びそのチームを見る。

 確かイオリの話ではランキング上位者には資金的、人材的なサポートが行われるという。

 それが順位によって差があるというのなら、より上へ目指そうとは思っても、その下に落ちたいとは思わないだろう。

 

「もしも学園を言葉通り元に戻すのならば、ランキング制もなくなり、援助もなくなるということになる。果たして、あのように甘美な蜜に毒された輩は黙っていられようものかな?」

 

 やがてSTANDARDの時同様に、敗因を探ろうとして責任の擦り付け合いが始まろうとする。

 その光景を鼻で笑いながら、試すかのようにこちらを見てくるアールシュにアラタは押し黙って、考えるように眼前に手を組む。

 

「この世は妥協で出来ている。一つの考えが実行されれば、そこに異は出てくる。考え方が違う以上、不特定多数を満たすことなど出来やしない。思考、価値観、信仰、哲学……。全てが違うから衝突する。だからこそ全て満たすことは出来ずとも、妥協を提示するのだ」

 

 現生徒会に異を唱えたからこそ、サイド0は生まれた。

 確かにアールシュの言うとおり、ただ学園を元に戻すだけでは綻びが生まれるのかもしれない。

 

「他者を糧として成長し、前に進むことが出来る。それこそが人だ。思考を放棄するな、ソウマ・アラタ。生徒会を、今の学園を、そしてこの俺を糧にしろ。今のまま夢みたいな目標を掲げて起こした革命の後では、どうなっているかな」

 

 アールシュの考え方に異を唱える者も勿論、いることだろう。

 だがアールシュにとって、それは望ましいことだ。

 ただただ全てが自分と同じ考え方など考えるだけで気持ちが悪い。

 

 言いたいことは言った。

 いまだ俯いた顔の下に思いつめたような表情を浮かべるアラタを一瞥すると、アールシュはこの場を離れていくのであった。

 



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妖精を狩る者

明日はウルフェスで会おう(後半戦)


「ふっ、サクライ君に教授を受けて、作成したこのガンプラ……。君達もとくと見るが良い!」

 

 ランキングバトルもいよいよ大詰め。

 STANDARDも熾烈なバトルが繰り広げられており、サカキもマリカから教わって作成したガンプラでバトルに臨んでいた。

 サイド0に敗北を喫して、生徒会からも見放されたのか、順位を大幅に落としてしまい、STANDARDでの参加を余儀なくされたサカキだが、今の憑き物が落ちたように晴々しくバトルに臨んでいる。

 

「なら、シオンの愛が籠もったガンプラも見せてあげるっ!」

 

 サカキの新生ゴールデンコスモスと対するのは、シオン率いるシオン公国である。

 リーダーを務めるは当然、シオンであり、そのチームメイトは……。

 

「愛でいえば、私が作製したベアッガイ達も愛の塊なのですが、あの子達で出場しようとすると全力で止められるんですよね。おのれ、生徒会!」

「いや、生徒会じゃなくても止められるぜ、きっと」

 

(餌付けされた)アヤとシオン公国の臣民の一人であるショウゴだ。

 シオン専用ガンダムを筆頭に、フリーダムインパルス達は戦闘を開始するのであった。

 

 ・・・

 

「「「「シーたんっ! シーたんっ!! シーたんっ!!!」」」」

『ジーク・シオン! ジーク・シオン!! ジーク・シオン!!! ジーク・シオン!!!!』

 

 シオンがバトルするともなれば、観戦モニターの前ではシオン公国の臣民達で溢れかえる。

 肩を組んでシオンに支援を送るマスミと三馬鹿の他にも多くの臣民達が総出で応援していた。

 

「シオンの影響力っつーのか……。すげぇな」

「うん……。殺伐としてたのに、シオンちゃんの時だけ賑やかになるもんね」

 

 その様子を傍から見ながら、リュウマ達は何ともいえない様子だ。

 シオンのカリスマというべきなのか、シオンが表立ってバトルをする時だけはあの殺伐とした空気がなくなり、一部は活気溢れるのだ。

 

「G-cubeは総当たり戦。このシオン達のバトルで最後ですね」

「何だかんだであっという間だったね……。何回やっても、あんまり良い感じにはならないけど」

 

 ふとイオリが手持ちのGBで総当たり戦のリーグ表を眺めながら呟くと、今月のランキングバトルの様子を振り返りながら、ユイは複雑そうに目を伏せる。

 それは他のサイド0の面々も同じなのか、同じような表情だ。

 

「あっ、あのっ……アラタ先輩のバトルを見に行きませんか?」

「……インドヤローのところだろ」

「べ、べつにチームを抜けるつもりはないって連絡は来てましたし、確か今やっているアラタ先輩達のバトルでHARDCOREも終わる筈です……」

 

 この空気を変えるようにマリカがおずおずと提案する。

 ただアラタのバトルを観戦しに行くだけならば良いが、そこにはあのアールシュもいる。

 以前のやり取りもあってか、気は進まないようで顔を顰めるリュウマにユイ達も同じように複雑そうに様子だ。

 

「まあ、でも……うん。折角だしね。見に行こうか」

 

 とはいえ、折角だ。

 アラタも自分達以外でチームを組んで、バトルをしている。

 それを見ることでなにか得られるものがあるかもしれないと、ユイの言葉にリュウマとイオリは渋々頷いて、HARDCOREのランキングバトルが執り行われているバトルルームへ向かうのであった。

 

 ・・・

 

 目的のバトルルームに到着すれば、そこでは既にバトルが行われていた。

 観戦モニターを見れば、まず目に入ったのは、アラタのG-ブレイカーだ。

 鮮やかな光の粒子を引きながら戦場を舞うその姿を見つけたかと思えば、すぐにシヴァとマスカレイドの姿を捉える。

 

「相手は……」

 

 バトルフィールドとなるのは山岳地帯なのだが、普段なら見慣れた高く険しい山々もその殆どが焦土と化して、あまりにも無残な様相を呈している。

 一体、どれほどのバトルをすれば、これ程までの被害となるのか、ユイ達が相手チームを見てみれば、そこにはザクの頭部を取りた甲殻類のような半球状の巨大MA・アプサラスⅡの姿があった。

 

「アプサラス!?」

「普通はMSがセオリーですが、三人がそれぞれ分担して一つのMAを動かすのであれば、ルール上は問題はありませんが……」

 

 恐らくこのフィールドもアプサラスⅡによって齎されたものだろう。

 猛威を振るうアプサラスⅡにイオリが唖然とするなか、マリカは苦々しい様子で話し、その間にもバトルが続いていく。

 

 ・・・

 

「障害物がないのは正直、面倒ね……」

 

 アプサラスⅡの猛威を前にレイナは苦い顔を浮かべる。

 彼女が得意とするのは、マスカレイドの原型となったブリッツの特異な機能を用いたトリッキーな戦法。

 それが一番に発揮されるのは、市街地などの障害物が多く点在するフィールドだ。

 このように既に荒れ果てて、何もないようなフィールドでは彼女が思うままに立ち回るのは中々、困難だった。

 

「フンッ……賢しい真似を」

 

 近接戦を得意とするシヴァが近づこうにも、アプサラスⅡはその場で高速回転することによって、近づけることを許さず、アールシュも顔を顰めてしまう。

 

「って言うか、俺を狙ってるような気がするんだけど……ッ!

 

 だが何より、アプサラスⅡはG-ブレイカーを執拗に狙っている。

 それは傍から見ていて、明らかだった。

 

「その通りだッ!」

 

 そしてその疑問に答えたのは、何よりアプサラスⅡを操るチームのリーダーであった。

 こちらの攻撃を物ともせず、アプサラスⅡはG-ブレイカーに近づいていく。

 

「しまっ──」

 

 アプサラスⅡはG-ブレイカーに猛接近すると、その勢いを利用して、そのまま体当たりを敢行しようとする。

 メガ粒子砲による波状攻撃をビーム・プレーンとリフレクターモードで何とか凌いでいたとはいえ、その間に接近していたアプサラスⅡに反応が遅れてしまい、直撃までは秒読みといったところだった。

 

 だが、G-ブレイカーに訪れたの軽い衝撃だった。

 衝撃で機体が吹き飛び、自分がいた空間を見てみれば、そこにはシヴァの姿があった。

 アールシュが自分を突き飛ばして、助けてくれたのだ。

 しかし、それを認識するよりも早くシヴァはアプサラスⅡの体当たりを受けて、彼方にまで吹き飛んでしまう。

 

「──っ!?」

 

 幸い、ただ庇うだけではなく、Fファンネルをシールド代わりに展開しながら庇ったお陰か、シヴァは撃破にまで至っていないようだ。

 そのことに安堵するのも束の間、アプサラスⅡは更なる猛攻を仕掛けてくる。

 

「ダメね……。完全にアラタ君を狙ってる」

 

 そこにマスカレイドがこちらに引き付けようと、攻撃したところでその堅牢な装甲を前にして意味を成さず、G-ブレイカーを執拗に狙うあまり、マスカレイドに目もくれていなかった。

 

「君達サイド0のことはよく聞いている。生徒会に抗って、学園を元に戻そうとしてるってね!」

「やっぱり天才がいると有名になっちゃうなぁあっ!」

 

 そんな中、アプサラスⅡとG-ブレイカーの激闘は続いていく。

 リームのリーダーの物言いに飄々と答えるものの、その表情に余裕はなく、どう切り抜けるかを考えるだけで一杯一杯だった。

 

「よくもいけしゃあしゃあと……! 君達に活躍されたら困るんだよっ!」

 

 だが、アラタのその態度が癪に障ったのだろう。

 アプサラスⅡは更に攻勢を強め、G-ブレイカーが距離を離そうとするのも許さぬまま、そのまま体当たりを浴びせてきた。

 何とかシールドで防こうとするのだが、その巨体から生まれる衝撃を全て防げるわけもなく、衝撃でフォトンシールドを取りこぼしたまま、吹き飛んでしまう。

 

「っ……!?」

「しっかりしてッ」

 

 地面に激突する直前にG-ブレイカーは何かに拘束され、引き寄せられる。

 引き寄せられた先にはマスカレイドが。

 どうやら左腕に備わっているロケットアンカーによって助けてもらったようだ。

 そのことを認識しているのも束の間、この激戦を物語るように普段の柔和さから考えられぬほどの声量でレイナからの檄が飛ぶ。

 

「僕達は頑張ってきたんだ……。漸く上位にまで上り詰めて、学園からの援助を受けて……! 君達がやろうとしていることはその僕らを否定することなんだッ!」

 

 改めて、アプサラスⅡに向き合ってみれば、既にアプサラスⅡはこちらに対して、メガ粒子砲をチャージしている最中であった。

 

「楽しかった前のような学園も勿論、良かったよ! でも、より近く自分の将来に手を伸ばせるのなら今の方が良いッ! 確かに上位ランカーの中には下位ランカーに横暴を働く奴もいるけど、ただ純粋に上を目指そうとしている人もいることを忘れるなァアッ!」

 

 今まさに溜め込んだメガ粒子砲は頂点に達しようとしている。

 激情を現すようなあのメガ粒子砲を受けたら、流石のG-ブレイカー達といえど、ただではすまないだろう。

 

 今から避けるにはあまりに時間が足りない。

 アラタやレイナが刻一刻と迫るその時に焦り、冷や汗は顎先まで伝って、滴り落ちそうになる。

 

 だが諦めるわけにはいかない。

 このままただ黙ってやられるわけにはいかないのだから。

 それを現すようにG-ブレイカーはビームライフルをアプサラスⅡに構える。

 

 しかしアプサラスⅡを前にその行動はあまりにも哀れで、リーダーはG-ブレイカー達は哀れみながらも嘲笑し、引き金に指をかけた瞬間、一陣の疾風がフィールドを駆け抜け、真っ直ぐアプサラスⅡへ向かっていく。

 

 ──その瞬間、アプサラスⅡの砲口が突如、大爆発を起こした。

 

「なっ!?」

 

 誰もが目を見開くなか、信じられないとばかりにリーダーは呆然となってしまう。

 慌てて、なにがあったのか確認すれば、アプサラスⅡのセンサーはこちらに接近する機体の存在に気付いた。

 

 ──ガンダムシヴァ。

 

 太陽を背に受け、荒れ果てた世界に破壊神は君臨した。

 

「アプサラス……か。フンッ……なれば持て成しとして、甘んじて受けようではないか」

 

 G-ブレイカーを庇った影響でその機体は酷く傷ついていたが、対して、ビルダーであるアールシュは一切、臆することもなく、いつもと変わらず、威風堂々とアプサラスⅡを見据えていた。

 

「だが、MAが相手となれば、負けるわけにもいかぬな」

 

 アプサラスⅡの砲口に投擲したのはどうやら一本のバエルソードだったようだ。

 そのまま残ったバエルソードとビームブレイドを構えると、阿頼耶識システムを発動させ、アプサラスⅡへと向かっていく。

 

 その姿はまさに空を翔る一陣の矢の如く、苛烈なまでの勢いでアプサラスⅡに接近すると、牽制を物ともせずに損傷を与える。

 

「クッ……今まで不可侵だった貴方が今になって、何故!?」

「俺は奴に可能性を感じた。それだけのことよ」

 

 前にいたかと思えば、いつの間にか背後で損傷を受けている。

 あまりの状況にアプサラスⅡを操るチームが動揺し、動きも乱れるなか、ガンダムフレームをその身に宿した破壊神を咆哮の如き、駆動音を響き渡らせながら、アプサラスⅡを翻弄していく。

 

「奴は化けるぞ。破壊と創造……。そのどちらも奴の中に可能性として存在するのだからなッ!」

 

 動揺が決定打となったのか、そのツインアイを不気味なほど紅蓮に輝かせたシヴァはアプサラスⅡを蹂躙していく。

 バエルソード、ビームブレイド、Fファンネル。それら全てを合わさって放たれる斬撃はアプサラスⅡの堅牢な装甲すら、やがては切り裂いていく。

 

「我が半身の名はシヴァ……。破壊と再生を司る神なり。なれば、俺はその行く先を見届けるまでのことッ!」

 

 シヴァはアプサラスⅡを蹴り飛ばすように距離をとると、日を受けながらバエルソードを天に翳す。

 その瞬間、シヴァの機体は紅蓮の閃光に包まれ、見る者全てを圧倒する。

 

「天を仰げ、水の精の名を持つ者よ。貴様が見上げるは、破壊神(シヴァ)である」

 

 覚醒の光を纏ったシヴァはバエルソードの切っ先を媒体に光の刃を発生させる。

 まさに世界を断たんばかりの美しくもこの世の終焉のような光景に誰もが目を奪われるなか、バエルソードを振りかぶったシヴァは真っ直ぐアプサラスⅡへ向かっていくと、すれ違いざまに切り裂く。

 

「で、でも……僕達、は……っ!」

「……安心せよ。貴様らの叫びは奴に届いている」

 

 すれ違う刹那、それでもと抗おうと声を震わせるリーダーに安らぎを与えるかのように優しく放たれた言葉と共にアプサラスⅡは爆発する。

 

「最っ悪だ……」

 

 バトルは終了し、勝利を収められたものの、地に着いたままのG-ブレイカーのシミュレーターの中でアラタはガックリと肩を落とす。

 

「やっぱりまだ高いなぁ」

 

 何だと思い、レイナが見てみれば、モニター越しに眩しそうにシヴァを見上げるアラタがいたのだ。

 

「……ええ、そうね。でも、その壁の前で足踏みをするアナタじゃないでしょ?」

 

 その様子にクスリと微笑むと、当然、といわんばかりにアラタも微笑み返す。

 フィールドの上空には太陽に負けぬ輝きを放つシヴァがその存在を確かに示し続けるのであった。

 

 ・・・

 

「凄かったね、HARDCORE!」

「ええ、流石、上位ランカーといったところでしょうか」

 

 陽が傾いてきた放課後、第08部の部室にユイ達の姿があった。

 やはりHARDCOREというだけあって、そのバトルのレベルは非常に高く、バトル面での刺激となったのだろう。

 

「チャース、みんな、いる?」

「アナタが皆を集めさせたんでしょうが」

 

 そこに入ってきたのは、アラタであった。

 どうやらアラタがサイド0の全員に話があるらしく、ユイ達をこの場に集めたのだが……。

 

「あれ、筋肉馬鹿の姿が見えないな」

「あぁ、リュウマなら少し前にアイダ先生に呼び出されてたわよ」

「アイダ先生に……?」

 

 だが、いくら見渡そうともこの部室の中にリュウマの姿はない。

 机の下も見たが、マリカではあるまいし、そんなところにいるはずもなく、近くのイオリに聞いてみれば、どうやら呼び出しを受けていたようだ。

 とはいえ、何故、アイダがリュウマを呼び出したのか? そんな疑問がアラタの頭の中に浮かび上がった。

 

 ・・・

 

「うーす……。なんすか、先生」

「あっ、リュウマ君……」

 

 一方、リュウマは丁度、職員室にやって来ていた。

 別に担任教師というわけでもないアイダの呼び出しに、何かあったのかと思いつつ、職員室内でアイダを探せば、すぐに見つけることは出来た。

 しかし、なにかやましいことでもあるのか、彼女の顔は優れない。

 

「──お待ちしておりました」

 

 そのことについて尋ねようとするが、その前に声をかけられてしまう。

 なにかと思い、声がした窓際を見てみれば、窓から陽を受け、影を落とすアカリの姿が。

 

「私が直接、サイド0に向かう事も考えましたが、それではいらぬ騒ぎを起こすかと思い、此度はアイダ先生のお力をお貸しいただきました」

「……確か生徒会だったか」

 

 ただその緋色の瞳だけはまっすぐリュウマを射抜いている。

 その目を見ているだけで、不思議と身体も強張っていくが、アカリは柔和な笑みを浮かべて接すると、アイダを一瞥する。

 アイダが「ええ……」と頬を引き攣らせながら答えるのを横目にリュウマは目を鋭く細めて、目で何用か尋ねる。

 

「その前に少し場所を変えましょう。これ以上、ご迷惑をおかけするのは私としても気が引けますので」

 

 丁寧な物言いだが、それが逆に彼女の内面を掴ませない。

 にっこりと笑みを浮かべるアカリを油断なく見つめながら、生徒会役員の一人ということもあり、どこか怯えた様子のアイダや他の教職員を一瞥すると、その提案を受け入れるのでした。

 

 ・・・

 

「祭りの後というのは静かなものですね」

 

 アカリとリュウマの二人が訪れたのは一年生階のバトルルームだった。

 バトルシステムを起動させながら、先程の喧騒を思い出してか、アカリはクスリと笑う。

 

「御託は良い。なんだってんだ」

「つれないお人……。ですが手間は省けます」

 

 壁際で腕を組んで寄りかかるリュウマはアカリの真意を尋ねる。

 わざわざ生徒会役員の一人が自分に何の用があるのか、全く分からなかったからだ。

 するとアカリはバトルシステムのセッティングが終了したのか、微笑を浮かべながらクルリと振り返る。

 

「会長様がアナタに興味をお持ちです。聞けば、ソウマ・アラタはアナタの為だけにガンプラを作製したとか……。私は会長様のご用命でランキングバトルの間、アナタのバトルを見定めさせていただきました」

 

 かつて生徒会室でユウキがアカリに口にした頼みごとの正体。

 それは彼が執着を見せるアラタが個人の為だけに作製したガンプラで戦うリュウマをアカリ自身の目でどのような人物なのか、見定めて欲しいということだったのだ。

 

「ですが……やはりそれだけでは分からぬこともあります。ですので、私自身が得意なやり方で見定めさせてもらいます」

「ハッ……要はバトルってことか。良いぜ、受けて立ってやろうじゃねえか」

 

 するとアカリは自身のガンプラを取り出しながら話す。

 バトルを観戦するだけではなく、自分自身でバトルをすることで見逃しがないようにしようというのだろう。

 そんなアカリの提案に、リュウマはレイジングを取り出して答える。

 まさか生徒会役員の一人とバトルをするとは思わなかったが、いい機会だ、受けて立ってやる。

 そんな思いでバトルの誘いを受けると、アカリは柔らかに頷いて、二人はシミュレーターに乗り込んでいく。

 

「レイジングガンダム、出るぜ!」

 

 邪魔は一切、入らない一対一のバトルだ。

 単純な実力だけが物を言う。

 レイジングをセットしたリュウマはマッチングを待つと、出撃するのであった。

 

 ・・・

 

 バトルフィールドに選ばれたのは、雨が降りしきる森林地帯であった。

 泥濘む地面を踏みしめ、レイジングはアカリのガンプラを探すと、すぐにセンサーに反応があった。

 

 その機体はガンダムアヴァランチエクシアダッシュをベースにしたガンプラだった。

 目立った武装面におけるカスタマイズは施されていないが、何よりはその見た目だろう。

 

 重厚に作られ、重みが伝わってくるような各部の装甲、さながら兜のように取り付けられたフェイスガード、そしてなによりその腰に備わる二本の刀。

 

 一言で表すのならば、そのガンプラは鎧武者と形容するのが一番であろう。

 

「戦国エクシア……。それがこの子の名です」

 

 鎧武者の名は戦国エクシア。

 ただ相対するだけでも威圧感で身が竦んでしまう。

 しかし、そんなことはお構いなしに戦いは始まる。

 なぜなら此処は戦場なのだから。

 

「いざ」

 

 獄炎のような緋色の瞳を鋭く細めたアカリは刀に手をかけ、戦いの火蓋は切って落とされた。




ガンプラ名 戦国エクシア
元にしたガンプラ ガンダムアヴァランチエクシアダッシュ

WEAPON ガーベラストレ-ト
HEAD Sガンダム
BODY ガンダムデュナメス
ARMS ガンダムアヴァランチエクシアダッシュ
LEGS ガンダムアヴァランチエクシアダッシュ
BACKPACK V2ガンダム
拡張装備 太陽炉
     フェイスガード
     腕部グレネードランチャー×2     
     打刀×2
     片側アンテナ×2

例によって活動報告に(ry


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アラタの決断

「──ッ」

 

遂に始まった戦国エクシアとのバトルは、一瞬にして距離を縮められたことから始まった。

それはまさに疾風の如く、雨を切って、一瞬にしてレイジングとの距離を詰めると、その喉元に向かって刃を突き放つ。

 

勘が働いたのか、間一髪のところ両腕を重ねて防ぐのだが、戦国エクシアはお構いなしに、そのまま強引に押し切った。

 

「クッソ……ッ!」

 

仰け反った拍子に泥濘む地面に足を取られてバランスを崩してしまう。

しかしその大きな隙を見逃すはずがなく、胴体に袈裟切りを受けてしまい、損傷と共に胸部のクリアパーツが罅割れながらも後方へ大きく飛び退く。

 

「……」

 

飛び退いたレイジングを追撃することなく、戦国エクシアはまるで刃に付着した鮮血を払うように、一振りさせると、静かに、だがそれでいて強く輝くツインアイでこちらを見据えていた。

 

「チッ……。やっぱ生徒会ってところか」

 

時間にしてみれば、一分が経つか経たないかだろうか。

たったそれだけの短時間で、リュウマはアカリの実力を垣間見た。

 

彼女は強い。

それこそ自分よりも遥かに。

 

確かアカリはバトルの前に見定めるといっていた。

それはつまりリョウマを測ることが目的であって、彼女は別段、本気でバトルをするつもりはないのだ。

今のように追撃出来たのにも関わらず、そうしなかったのが何よりの証拠だろう。

 

「けどな、だからって縮こまるような性分でもねえんだ」

 

じっとりとした冷や汗を拭いながら、ジョイスティックを握り直す。

実力差はあるだろう。

だからといって臆する気は毛頭ない。寧ろ彼女の本気を引き出させる。

深く腰を落としたレイジングは各部装甲を展開すると、この雨空に逆らうように太陽の如き輝きを放った。

 

「レイジングゥウッフィンガアアアァァァァァーーーーァアアッッッ!!!!!」

 

レイジングは大きく飛び上がると、戦国エクシアを眼下に見据えて、常人ならば目で追うのは困難な程の爆発的な加速力で直角に飛行しながら、戦国エクシアへ向かっていく。

 

「何と猛々しい……」

 

戦国エクシアのモニターに映る光り輝くレイジングはまさに雄々しい気高い龍のように見えた。

しかし口ではそう言いつつ、アカリは眉一つ動かない。

こちらに向かってくるレイジングを前に静かに刀を構え、アカリはその刃のようにその瞳を鋭く細める。

 

「蛮勇とも言えますが」

 

一閃が走り、鎧武者と蒼き龍はすれ違う。

ただ雨音だけが響くなか、戦国エクシアが鞘に刀を納めた瞬間、レイジングは降り注ぐ雨と共に崩れ落ちた。

 

・・・

 

同時に一年生階のバトルルームに入室したのはアラタだった。

全員を集めて話をしたかったため、リュウマを探して、アイダを尋ねたら、生徒会に所属するアカリとこの場所にいると聞き、こうして訪れたのだ。

 

「……っ」

 

観戦モニターに映るバトルを見て、アラタの顔が強張る。

まさに今、戦国エクシアの一太刀によって、レイジングが崩れ落ちたからだ。

 

決着はついた。

アラタや、バトルをしているアカリもそう感じた時であった。

 

モニターに映る満身創痍のレイジングが立ち上がったのだ──。

 

・・・

 

「……まだ、立ちますか」

 

刀を納めたのは、決着を確信したからだ。

にも関わらず、立ち上がったレイジングにアカリは僅かに眉を顰める。

戦国エクシアの一太刀はレイジングの駆動系に深く響いたのか、自力で立ち上がることも出来ず、近くの大木に身を預けながら、レイジングは何とか立ち上がったのだ。

 

「……ったりめーだ。コイツを使う限り、俺は負けるわけにはいかねえ」

 

駆動系を狙った一太刀によって、レイジングはまともに動くことも出来ない。

だが、リュウマの戦意はいまだ衰えることはなく、ビームナギナタを杖代わりに戦国エクシアへと向かっていく。

 

「……見ていられません。何故、そこまで」

 

吹けば今にも散りそうなレイジングの痛ましい姿にアカリは理解できないとばかりに小さく首を振る。

何故、そうまでして過酷な道を選ぼうとするのか……。アカリには理解し難かった。

 

「……もう痛みから逃げねえって決めたんだ。俺に手を伸ばしてくれた奴の為にも」

 

リュウマ自身も以前の自分であれば諦めていただろうと思う。

だが、その”以前の自分”ではなくなったのは、何よりアラタの存在が大きかった。

 

「俺……バカだけど……。それでも……もう一度、心に灯った火は消したくねえ」

 

しかし泥濘んだ地面は今のレイジングにこれほど劣悪な状況はなく、足を滑らせてしまう。

倒れるかと思ったその矢先、何とかビームナギナタを支えにレイジングは踏ん張ったのだ。

 

「こんな場所だからこそ、俺には……ッ……大事なもんの価値が分かるんだよ……ッ!」

 

リュウマの脳裏にアラタをはじめとしたサイド0の面々やこれまで紡いできた学園の人々の笑顔と苦しみが過ぎっていく。

 

やがて目と鼻の先にいる戦国エクシアへ向かって、拳を振り上げて、殴りかかる。

その一撃はあまりにも力なく、戦国エクシアにダメージを与えることは出来ないだろう。

しかし、その一撃は戦国エクシアも胸部に確かに届いていたのだ。

 

やがて完全に駆動系が機能を果たせなくなったのだろう。

レイジングのツインアイから静かに光が消え、機能を停止する。

ただ冷たく世界を覆う雨が降りしきるなか、蒼き龍は鎧武者に拳を届かせたまま、戦いは終わるのであった。

 

・・・

 

バトルを終えたリュウマはシミュレーターから出ると、そこにはアラタが待っており、彼の表情からバトルを見られたのだと悟り、申し訳なさそうに目を伏せる。

 

「……アナタもいましたか」

 

アラタが何か声をかけえようとした瞬間、アカリもシミュレーターから姿を現す。

生徒会役員ということもあり、どことなく警戒しているアラタだが、アカリのどこか沈んだ様子から、不思議がって雰囲気を和らげる。

 

「……私の勝ち……とは言えませんね」

 

バトルルーム内に重苦しい空気が流れるなか、思いがけない一言がアカリから放たれたのだ。

 

「彼の想いを上回ることは出来ませんでした。この胸の中の靄はなによりの証拠でしょう」

 

自身の胸に手を添え、先程のレイジングの姿を思い出す。

きっとあの場で幾ら攻撃したところでシステムが戦闘続行不可能を判断するまで、立ち上がったことだろう。

その意志をあのレイジングから感じて、一瞬でも慄いて、リュウマの戦意を折ることは出来なかったのだ。

だからこそ彼女は負けを認めたのだ。

 

「……故に目的は達成しました。これからもどうぞよしなに」

 

とはいえ、今回は勝敗は重要ではない。

意識を切り替えるように一度、目を瞑ぶと、微笑みを浮かべて、バトルルームを去っていくのだった。

 

残ったアラタとリュウマの間に重い沈黙が訪れる。

アラタは兎も角、リュウマは彼に顔向けできないとばかりに目を伏せていた。

彼が自分のために作ってくれたレイジングで負けただけでなく、戦国エクシアはほぼほぼ無傷だったのだ。

あまりに情けない結果にどんな顔で彼に接しれば良いのか、分からなかった。

 

「……なんて顔してんだよ」

「……レイジングで負けちまった。どんな面して良いんだよ」

 

やがてリュウマの姿を見かねて、ちょっかいをかけるようにその臀部を軽く叩くと、いつもならば文句を言ってきそうなリュウマだが、今は敗北を噛み締めて、物悲しそうに拳を握っていた。

 

「変なところで律儀な奴だな。別に負けても良いだろ」

 

自分がただ負けただけならば、ここまで責任を感じてはいないだろう。

アラタから託されたレイジングで負けたと責任と罪悪感に苛まれるリュウマにため息をつくと、その言葉が理解できず、顰めた顔を向けてきた。

 

「それだけ上がいるって事だろう。だからこそ諦めなければ躓いても何度だって挑戦できるし、強くなれる。お前はどうなんだ?」

 

第08部へ向かおうと歩き出しながら話すアラタの背中をリュウマは見つめる。

彼の言葉をそのまま自分に当て嵌めるのであれば、まさに挑戦しようと思える存在が目の前にいるのだ。

バトルルームの扉を開いて、肩越しに振り返れば、先程まで沈み込んでいたリュウマの表情も活気を取り戻していき、その姿に微笑んだアラタはリュウマと共にバトルルームを後にするのであった。

 

・・・

 

「さーて、みんな、集まったな」

 

リュウマも合流し、第08部室ではアラタがサイド0の面々を見渡すと、漸く当初の予定通り、話を切り出す。

わざわざ全員を集めて、何の話をするつもりなのだろうか、とユイ達が続きを待っていると……。

 

「学園は元には戻せない」

 

その言葉はユイ達に大きな衝撃を与えた。

イオリがどういうことなのかと詰め寄ろうとした瞬間、ユイが制す。

一先ず話を最後まで聞こう、ということなのだろう。

 

「アールシュの言う通り、学園を元に戻すには、俺はこの学園をあまりにも知らない。俺は本来ならば、サイド0のリーダーであるべき人間なのではないと思う」

「そ、そんなことはありません! アラタ先輩のお陰で救われた人はいますっ!」

 

僅かに目を伏せながら、かつてこの場でアールシュに言われた言葉を口にするアラタに、耐え切れずマリカが声を上げる。

確かにアラタは元の楽しかった学園を知らない。だが、それでもこの息が詰まるような学園で、もう一度、自然と笑えるようになった者達は自分を含めて多くいるのだと。

 

「ありがとう。でも、安心してくれ。今更、この舞台から降りるつもりはない。尻尾巻くくらいなら、最初から下がってるさ」

 

マリカが懸命に否定してくれるのは、純粋に嬉しくはある。

故に、ここでサイド0を抜けるつもりな毛頭ない。最後まで彼女達と戦うつもりだ。

 

「だからこそなんだ。学園は元に戻せない。なぜなら、サイド0の中心には元の学園を知らない俺という異物がいるし、既に変わってしまったから。ただ戻すだけなら、きっと俺達のように不満に思う層がまた出てくると思うんだ」

 

サイド0に身を置く以上、ただ立ち塞がる敵を倒して、全てが終わった後は元の学園を知っているユイ達に丸投げを、ということは出来ないし、したくないし、させるつもりはない。

何より今のアラタにはアプサラスⅡのリーダーの言葉が残っているのだ。

 

「時間は戻せない。進むしかない。学園は変わってしまったのなら、また新たに学園を変えるしかない」

 

本題とばかりにいつになく表情を引き締めたアラタはスッと息を吸って、まっすぐに話す。

 

「元の楽しかった学園、そして今の学園。この二つの要素を取り込んだ新たな学園を作りたいんだ。みんなが楽しく自由にバトルが出来るのは、勿論、ランキング制は撤廃して、イベントを開催して優勝者には援助が受けられる……。そんな風に学園が歩んだ道のりを無駄にせず、学園を変えたいと思ってる」

 

勿論、これは一つの提案だ。

アラタが全てを決めるわけではなく、学園を変えるというのなら、色んな意見に耳を傾けて、全てを満たせずとも、理想に近づけることは筈だ。

 

「その為にも、みんなの力を借りたい……。どうかな……?」

 

もしかしたらこれは全てアラタがそう思っているだけで、ユイ達は学園を元に戻す方向性を選ぶ可能性は大いにある。

願わくば、同じ道を歩みたいものだが、こればかりにその意志を尊重しなければならない。

アラタが伺うようにユイ達を見ると……。

 

「……やっぱり、アラタ君は学園を……世界を変えていけるかもしれないね」

 

かつてガンブレ学園でユイと再会した時に言われた言葉。

あの時の言葉を確信に変えたかのように口を開いたユイは、あっすぐアラタを見つめる

 

「私は……良いよ。きっとアラタ君が目指す学園なら、決して悪いようにはならないと思うから」

 

すると、柔らかな笑顔を浮かべて、彼と共に同じ道を歩んでくれるという。

イオリ達も見渡せば、彼女達も微笑みながら頷いてくれた。

 

「ありがとう……。そして、一緒に進んで行こう」

 

サイド0はまた新たな道のりを歩もうとしている。

改めて、サイド0の面々に感謝しながら、新たな学園への道を示すようにユイ達に手を伸ばすと、彼女達はそれぞれアラタの手へ自身達の手を重ねると、結束を表すように強く握り締めるのだった。

 

・・・

 

「大佐、イオリさん、ジーク・シオン!」

「「おはよ……」」

 

ランキングバトルの翌日、学園へ登校してきたアラタは偶然、出会ったイオリと教室を目指していると、何人かの臣民を引き連れたシオンに出くわす。

いつもと変わらぬテンションで挨拶をしてくるシオンにアラタも挨拶を返そうとした瞬間……。

 

「ジーク・シオン! ジーク・シオン!!」

 

シオンの号令に続くように声を張り上げる臣民達の中にサカキの姿があったのだ。

思わず寝ぼけているのかと目を擦ってみるが、紛れもなくそこで拳を突き上げているのはサカキだった。

 

「おはよーです」

「……アヤちゃん、あの人はなんであそこにいるの?」

 

臣民に紛れて、シオンからの賄賂である飴を舐めていたアヤがひょっこりと姿を現すと、丁度、良かったとばかりに彼女にサカキについて尋ねる。

 

「何でもバトルをした時に、シオンさんの動きが美しいってて、臣民になったそうですよ」

「あそこまで美しくガンプラを動かす……。紛れもない愛に満ち溢れていた。私も深い感銘を受けたのだよ。あんな風に己のガンプラを動かしてみたい、とね……! だから私はシオン公国の民として経験を積もうと考えたのだ!」

 

あー、と然程、興味もなさそうに、まさに他人事のように答える。

確かにアラタもシオンとミッションを行ったが、パフォーマンスのようだったのは覚えている。

すると話を聞きつけたサカキが自ら当時のバトルを思い出し、感極まりながらハンカチ片手にその長身を震わせていた。

 

「これって……新しい学園に向かっている、の?」

「……ある意味では」

 

感動もそこそこにサカキはジーク・シオンと拳を突き上げると、どこから沸いてきたのか、ショウゴを始めとした臣民達が押し寄せ、シオンを中心に大合唱が始まっていく。

その姿にイオリとアラタは頬を引き攣らせ、アヤはその横でこれ美味しいですねー、と飴玉を舐めていた。

 




10000UA突破ありがとうございます!

さて、第二章はこれにて終了です。
次章に入る前に記念小説の一話限りの短編をやる予定ですが、内容はNewガンブレのメインヒロインの一人の過去話をやるか、それともただのギャグ話をやるかで悩んでますね。

過去話に関しては、そのヒロインのゲーム中の話から生んだ話ですが…。うーん、構想は出来てはいるのですが、これは多分、そのヒロインの恩人に関しては人によって反応が変わると思いますね…。


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10000UA記念小説
紅く輝く想いで


 ──力こそが全て。

 

 

 

 ──あの頃の私は疑いもなしにそう思っていた。

 

 

 

 ──……あの人に出会うまでは。

 

 

 ・・・

 

 天まで届く一筋の光。

 この世界には宇宙エレベーターが存在する。

 太平洋赤道上に浮かぶメガフロートから静止軌道ステーション、そしてその先端のカウンターウェイトへとテザーと呼ばれる糸で繋がっているこの建造物は人類が30年と言う時間を費やして作り上げた未来への扉である。

 

 その宇宙エレベーターも実はウイルスによって二度も危機に陥ったことがある。

 しかしその度に不測の事態からも復帰し、今では盛んに宇宙開発が行われ建造から早一年が過ぎようとしていた。

 そんな宇宙エレベーターなのだが、その裏ではその二度の事件に大きく関わっていた者達がいたのだ。

 

 これは自称天才と、彼を巡る物語が始まる一年前に起きた出来事。

 その圧倒的な実力から、“ソロモンの魔女”や“鉄血の乙女”などと呼ばれた少女の話だ。

 

 ・・・

 

 この日はガンプラバトルの全国大会であるジャパンカップへの道を掴み取れる大会が行われていた。

 今回の大会形式はシングル戦だ。参加者は地区大会を越えたビルダー達が集まり、観客達もどのようなバトルが行われるのかと高揚感を露にするなか、現在、準決勝戦が行われており、ガーベラ・テトラをベースにカスタマイズされたガンプラと蒼を基調とした堅牢なガンダムタイプのガンプラによるバトルが行われていた。

 

「──うあぁあっ!?」

 

 バトルフィールドで恐怖に染まった悲鳴が響き渡る。

 それはガーベラ・テトラのカスタマイズ機を操るビルダーのものであり、通信越しにその悲鳴を聞いた対戦ビルダーである紺青色の髪の少女が口角を吊り上げ、歪な笑みを浮かべる。

 

「その程度なのぉ!? もっと楽しませて頂戴ッ!!」

 

 バトルは一方的なものだった。

 確かに圧倒的な実力差はあるだろうが、何よりそのバトルには粗暴さが感じられた。

 相手を尊重するどころか嘲り、バトルの相手ではなく、憂さ晴らしが出来るようなサンドバックのように、一方的で見るに耐えない蹂躙劇によって、勝敗が決する。

 

 ・・・

 

「あれって、確かソロモンの魔女……だよな?」

「……うん、確か鉄血の乙女とか呼ばれてるよね」

 

 準決勝戦が終了し、勝利を収めてシミュレーターから現れた紺青色の髪の少女を周囲のビルダー達は畏怖するように見つめる。だが、少女にとって、それすら心地良いのか、そのまま相手のビルダーへと向かっていく。

 

「全く話にならないわね」

 

 一体、どのような言葉が投げかけられるのか。

 固唾を呑んで周囲が見つめるなか、紺青色の髪の少女から放たれたのは、心底、落胆したかのような言葉だった。

 

「そんな腕でよく準決勝まで上り詰められたものだわ。操縦どころか、ガンプラを組む技術もまるでなってない」

 

 まるで鋭利な刃のような言葉は相手のビルダーの心を深く抉っていくのは傍から見ても、良く分かる。

 少女の言葉に次に繋げられるような助言などない、ただただ相手を詰るだけのものだった。

 遂には相手のビルダーが持つガンプラにまで矛先が向けられる。

 

「そんなガンプラに何の価値もな──」

 

 だが、その言葉が最後まで言われることはなかった。

 傍若無人に振舞う少女の肩が不意に掴まれたのだ。

 今まで周囲に怖れられるばかりで、こんなことは初めてだったのか、露骨に不愉快そうに誰なのか振り返ると……。

 

「……」

 

 そこにいたのは、気怠げながら、まっすぐとこちらを見つめる真紅の瞳を持つ人物だった。

 

「アナタ、確か……」

 

 特徴的なその真紅の瞳を持つ顔立ちに覚えがあるのか、少女が何か口にするよりも前に、その人物は少女の脇を通り抜け、少女とバトルをしていたビルダーの元に歩み寄ると、気にするな、と労いの言葉をかけつつ、そのガンプラとバトルについて助言すると、この場から遠ざける。

 

「私の言葉を無視する気!?」

 

 話しかけたにも関わらず、無視をした目の前の人物に怒りを滲ませながら詰め寄る。

 少女の年は中学生ぐらいだろうか、今までソロモンの魔女とまで呼ばれて好きに生きてきたせいか、こんな風に無碍に扱われたのは初めてなのだろう。

 その顔は傍から見ても、分かるほど怒りに満ち満ちていた。

 

「……価値を決めるのは他人じゃない」

 

 するとここで漸く目の前の人物は口を開く。

 その冷淡にも見える真紅の瞳を前に少女が思わずたじろぐ。

 

「……あのガンプラも完成するまでに時間や費用、何よりも情熱が詰め込まれている。それはきっと自分に力を与え、励ましてくれる。それを無価値だと誰が決め付けられる」

 

 淡々と、それでいて攻め立てるような言葉に少女も先程までの威勢を失ってしまう。

 反論する言葉は出てこないが、それでも今まで思うように生きてきた少女はこのように他者から追いやられる状況は初めてなのか、到底、受け入れられないとばかりにその表情に怒りを滲ませていた。

 

「……言いたいことがあるなら決勝でぶつけてみろ。その方が分かりやすい」

 

 言葉で言っても無駄かと肩を落とすと、少女に背を向けて、去っていく。

 その言葉からあの人物が決勝の相手なのだろう。

 自分に恥じをかかせたあの人物に吠え面をかかせてやろうと、紺青色の髪の少女は決勝の時を迎えるのであった。

 

 ・・・

 

「う、そ……」

 

 決勝は圧倒的なものだった。

 先程まで一方的に蹂躙されていた少女のガンプラは逆に手も足も出ないまま追い詰められていたのだ。

 このようなことは初めてなのだろう、少女は目に見えて動揺していた。

 

「なん、で……? 私は負けない……。だって……私は強いから……っ……。そうやって今まで勝ってきて……ここまで来たのに……。そうじゃなかったら……」

 

 強者こそが常に正しい。

 中学生の身である少女はそんな風に考えていたのだ。

 そして、そうやって今まで傍若無人にただ力を振り下ろしていたのだ。しかし強者の座にいられぬ自分など……。

 

「私に……何の価値が──」

 

 だが、その言葉はまたも最後まで放たれることはなかった。

 

「──このバトルで負けた程度で君の価値が決まるわけがないだろう」

 

 ふと通信越しに聞こえて来たあの真紅の瞳を持つ人物からの声に顔を上げれば、モニターにはその人物のガンプラであるビルドストライクガンダムをベースに高軌道接近型のカスタマイズが施された蒼いガンプラが光の翼を広げていた。

 

「負けたのなら、次に繋げれば良い。君が価値がないと言おうとしたガンプラも君に負けた反省点を踏まえて、発展するかもしれない」

 

 その姿はあまりに美しく、澄み切った青空を背にこちらを見下ろすそのガンダムに少女は目を奪われてしまう。

 

「やがてそれはその人にしか持てない誇り(プライド)となって力を与えてくる。その誇り(プライド)を何度もぶつけて強くなっていくんだ。価値がない、なんてことはないさ」

 

 するとそのガンプラは赤色の輝きを身に纏う。

 それはまるでそれを操るビルダーのこれまで積み重ねた全てを表すかのように煌いて、このフィールドの全てを照らすほどの輝きを見せる。

 

「だから君も躓いたのなら、また立ち上がって進めば良い。その時、きっと君は強くなっているから」

 

 輝きを纏ったガンプラは装備しているGNソードを展開すると、天へ掲げる。

 するとGNソードの刀身を媒体に膨大なエネルギーを纏った光の刃が振り下ろされる。

 

「その時を楽しみにしている」

 

 ──本当に強い人がいるのなら、あぁいう人なんだろう。

 ──力は所詮、力でしかなくて、正しさを決めるのは自分の心の強さなんだ。

 

 振り下ろされた刃に恐怖を感じない。

 寧ろ、何だか心の中に広がっていくような温かさを感じる。

 少女は敗北してしまったが、その瞳に先程まで宿っていた驕りや傲慢さはない。

 その瞳に輝きを宿し、変化の兆しが見えていた。

 

 ・・・

 

「アジアツアーの特集記事があったよ!」

 

 そして現在、ガンブレ学園の08部の部室では、今日もサイド0の面々が集まるなか、ユイがホビー誌を片手に慌しくやって来ていた。

 ユイが持ち込んだ雑誌には小規模だが開催されている国際大会のツアーの特集が組まれており、アラタ達はゾロゾロと読み始める。

 

「あっ、確かこの優勝した方、宇宙エレベーターの……」

「うん、ウイルス事件を解決した人だね。しかもこれでアジアツアー二連覇だって!」

 

 そこには優勝者の記事も組まれており、そこに写る人物は有名な人物なのか、マリカが反応すると、ユイは素直にその実力に感心していた。

 

「どんな人なんだろうな。バトルしてみてぇぜ」

「……とても強い人なのは間違いないわ。そのガンプラも、心も」

 

 リュウマもその実力を直に感じてみたいのか、戦意を見せると、その様子に苦笑しながら、イオリはどこか懐かしそうにそこに掲載された優勝者を見つめる。

 

「どれどれ……。えーっ……と……優勝者は……」

 

 するとアラタもその雑誌を覗き込んで、特集記事に目を通すと、優勝者の姿を見つめる。

 

「アマミヤ……」

 

 そこに写るのは、ボサッとした茶髪に、気だるげで特徴的な真紅の瞳を持つ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イチカさん、か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女だった。

 

 




アマミヤ・イチカ

【挿絵表示】

分かる人には分かる人。もっと言うとプロトを再構成した人

因みにガンブレ2の小説の修正も終わり、息抜きついでに3小説も色付けして描き直したキャラ絵を追加しながら修正を始めました。ただこっちは2ほど簡単な修正ではなく、場合によっては内容を若干弄ってます(大まかな流れは同じですが)


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第三章 さあ、切欠を組み立てようか
エアブラシを巡る戦い


 ランキングバトルも終え、少しは張り詰めた空気も薄れていったある日のこと。

 ここは第02ガンプラ部。ゴールデンコスモスの根城となるこの場所にシオンを筆頭にサイド0の姿があった。

 しかし、満面の笑みを浮かべて、満足そうにしているシオンとは対照的にサイド0の面々はどこか頬を引き攣らせている。

 

 そんなサイド0を知ってか知らずか、この部室の主とも言える存在であるサカキはシオンの前で傅くと……。

 

「シオン様、部室の改修完了いたしました! これからここは、偉大なるシオン公国の拠点のひとつとして機能することでしょう」

「サカキさん、ありがとー! これでガンブレ学園を生徒会から解放する足がかりが出来たねっ!」

 

 なんと第02ガンプラ部はシオン公国の拠点のひとつになってしまったのだ。

 シオンの要望を取り入れて、シオン好みに改修されたこの部室を見せたいと連れて来られたアラタ達はただただ唖然とするしかない。

 

「……第02ガンプラ部を占拠してしまいましたね……。これでいいんでしょうか?」

「えっと……サカキ君達がいいなら、いいんじゃないかな。……多分」

 

 サカキが改心するのは喜ばしいことだが、まさかシオン公国の一員になるとは想像すらしていなかったイオリは目の前の光景に、近くのユイに問いかけると、これに関しては、ユイも何ともいえないのか、頬を引き攣らせたまま首を傾げて、サカキ達を見つめている。

 

「ジークシオンッ!!」

 

 ……まあ、サカキどころか、この第02部員達も満足そうにしているので、それで良いのかもしれない。

 

「──ちぃーっす! イオリンいるー?」

 

 シオン公国は一体、どうなっていくのか。

 これには流石のアラタ達も一抹の不安を感じていると、突然、第02部の扉が開かれる。

 驚くのも束の間、部室に飛び込んできたのは、チナツだった。

 

「誰かね、君は!? なんの許可があって、この“シオン公国第二支部”に入ってきた?!」

「しお……え? ここって第02ガンプラ部じゃん……?」

 

 突然の来訪者に詰め寄るサカキだが、当のチナツはこの部室を第02ガンプラ部だと認識しているため、訳が分からず、助けを求めるようにアラタ達に視線を送ると、彼等もどうすることも出来ないのか、首をフルフルと横に振っていた。

 

「それで、どうしたの、ちなちー? ……その様子だと何か悩みがあるんだよね?」

「なにそれ、シーちゃんってば、ニュータイプなの!? そうそう、実は相談があってさー!」

 

 そんなチナツに助け船を出すように他ならぬシオンが声をかける。

 悩みと聞いて、まさかと思っていたイオリだったが、どうやら的中していたようで、今まで臆面もなく、そのような素振りを見せなかったチナツは心底、驚きながらも、悩みを話し始める。

 

「でさ、あたし、ガンプラをデコりまくるのが趣味じゃん? けど最近、文句つけて塗装用の備品を独占しているチームがあってぇ」

 

 なにやらチナツの悩みとは、この学園の塗装ブースに関することらしい。

 塗装ブースを独占しているというチームの名を口にしようとするチナツなのだが……。

 

「名前はぁ……えっと……えあ……?」

「もしかして、生徒会傘下の“AIRBRUSH OF Z”?」

 

 中々、名前は出てこないのか、うーん、と人差し指を顎先に添えて困ったように眉を寄せると、再び助けを求めるようにイオリを見てくる。ため息をつくように肩を落としたイオリはチナツが口にした僅かな単語から最も近しいチームの名を口にすると、チナツはピンと来たように食いつき……。

 

「そう、それ! アタシのデコプラに文句ばっか言って、道具とか使わせないようにしてくんの。ほんっっとひどい話! あたしは派手にデコりたいのにーっ!」

「それは問題ね。自由に塗装できないなんてガンプラの魅力の一つを潰されてるようなものよ」

 

 どうやら話題に出たAIRBRUSH OF Zなるチームが学園の塗装ブースを独占して、思うような塗装が出来ないとのこと。怒りを露にするチナツに、ユイも酷い話だと顔を顰める。

 

「わかります……! サテライトシステムとか、ビームウイングとか! 派手な塗装をしたくなること、ありますよね……! 派手な塗装も……ガンプラ作りの一部です。だからそれを否定されるのは……悲しいです……」

「ちなちーの言い方だと深刻さが伝わり辛いけど……リーダーのシロイ・マスミ先輩は塗装にかけては右に出る者はいないと言われてるほどの人だけど、自由な塗装を制限するなんてやりすぎね。間違いは正さなくちゃ……」

 

 それはユイだけではなかったようで、マリカやイオリも同じような反応を示して頷いていた。

 

「ぜーったい、あたしの塗装のほうがカワイイしー! デコる楽しさを全く理解してないよ、あの人達。えあぶらっしゅーは学園のみんなから、デコる楽しさを奪ってるって、マジで。だからサイド0で殴りこみにいっちゃおうってワケ」

「……そこまで言うのなら、何もしないわけにはいかないか。一先ず、そのAIRBRUSH OF Zの部室に行ってみよう」

 

 普段は快活でサバサバしているチナツが、これだけ不満を露にしているのだ。

 流石に無碍には出来ないと、アラタも腰をあげるのだった。

 

 ・・・

 

『ジークシオン! ジークシオン!!』

「ジークシオン! ジークシオン!!」

 

 AIRBRUSH OF Zの部室へ向かっていたのだが、一度、シオンが廊下に出れば、シオン公国の臣民達の目に留まり、あっという間に人だかりが出来て、いつもの光景になってしまう。

 

「……先に行くか」

「……ほんっと、いつ見てもスゲェな。日に日に人が増えてんぞ」

 

 チラリとシオンは先に行って良い、と目配せしてきた。

 その意を受け取ったアラタはその光景に何ともいえない様子で一瞥すると、リュウマ達もその後を追おうとした瞬間……。

 

「あら……みんな揃って、お出かけかしら」

 

 レイナと同伴していたアヤと鉢合わせした。

 サイド0が集まっていることと、その雰囲気からどこかでバトルをしようとしているこはを察してはいるようだ。

 

「これからえあぶらっしゅーの部室に殴りこみにいくの!」

「えあ……? まあ、でも穏やかではないわね」

 

 すると、切欠であるチナツが意気揚々と目的を話すと、えあぶらっしゅーという言葉に覚えがないため、不思議そうに首を傾げると、殴りこみ、という単語に僅かに面食らった様子を見せる。

 

「二人はこれから部活?」

「ふっふーん、これから部室で今度の三連休の予定を立てる予定なのです」

 

 レイナとアヤが一緒にいることから、これから第10ガンプラ部に向かうのかとアラタが尋ねれば、なにやらアヤはむっふーと胸を張りながら、答える。予定は未定ではあるが、どうやら充実した休みにするつもりのようだ。

 

「そういや、今度の月曜が創立記念日で三連休だっけか?」

「ここ最近は激動だったから、すっかり抜け落ちてたな」

 

 アヤの三連休という言葉に思い出したかのように声を上げるリュウマはそのまま、アラタを見ると、彼も忘れていたのか、なんともいえない様子で首をフルフルと横に振っていた。

 

 すると、アヤは早く部室に行きたいのか、話を切り上げようと口を開く。

 

「とにかく、私達は忙しいのです! ここで寄り道している暇はないので──」

「どうせなら私もご一緒していいかしら? 気にならないというのなら嘘になるわ」

「まあ、人生は寄り道だらけですからねっ! 私も寄り道しちゃおっかなー!」

 

 レイナが同行する意を示した瞬間、これである。

 意見を180度変えたアヤにアラタ達は苦笑するなか、AIRBRUSH OF Zの部室へと向かっていく。

 

 ・・・

 

「たーのもーう!」

 

 AIRBRUSH OF Zの部室にたどり着いたアラタ達だが、ノックするよりも早くチナツが乗り込んでしまった。

 これにはなし崩しにその後を追うしかなかった。

 

「なんだぁ、君達は?」

 

 突然の襲撃に似た来訪にAIRBRUSH OF Zに所属する部員達が面食らっているなか、その中で部長であるシロイ・マスミが驚きながらも対応しようとする。その巨漢ぶりは凄まじく、下っ腹に関してはボタンが弾けて、露になっているほどだ。

 

 部長であるシロイを見つけ、早速、アラタ達がこの部室にやって来た理由を話そうとした瞬間……。

 

「──随分と騒がしい。入室時にはノックぐらいしろ」

 

 冷淡な声が静かにその場に響き渡った。

 

「貴様たちは……サイド0だったな。よく群れで動いていると聞いているが」

 

 そこにいたのは現生徒会副会長のセナ・ダイスケだった。

 眼鏡の下の鋭い眼光を静かに、アラタ達サイド0へと突きつけるのであった。



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AOZ攻略戦

「生徒会──セナ副会長!?」

 

 AIRBRUSH OF Zの部室に訪れたアラタ達だが、そこにはまさかの人物がいた。

 まるで無価値な存在を見つめるかのような冷淡な視線を突きつけてくる眼鏡の青年にイオリは面食らった様子を見せる。彼こそはこのガンブレ学園生徒副会長のセナ・ダイスケなのだ。

 

「ほぅ、俺の名は知っているようだな。コウラ・イオリ」

「アナタこそなんで私の名前を……?」

 

 イオリの反応に感心しながらも、彼女の名を口にするセナに、サイド0の一員とはいえ、よもや生徒会、ましてや副会長が一生徒の名前を覚えているとは思っておらず、訝しんで驚いていると……。

 

「知っているとも。特に貴様の名前は“色々と有名”だからな」

「……ッ」

 

 だが寧ろセナからすれば、それは可笑しいとばかりに、どこかイオリを嘲笑しながら話す。

 思い当たる節はあるのか、息を呑んで目を伏せるイオリは拳をギュッと握る。逆に何のことなのか分からないアラタ達は顔を見合わては、首を傾げてしまった。

 

「色々と有名って、そりゃあソウマさんを追い掛け回してるってのは有名ですよねぇ」

アラタ(コイツ)で困った事があれば、コウラに言えってのは有名だな」

「俺で困ることなんて天才過ぎることくらいでしょ。流石にこれは委員長でも止められ──」

 

 空気を読めとばかりの無言の肘打ち。

 言いだしっぺはアヤとリュウマなのに、何故、俺だけ……とアラタが悶えていると……。

 

「……貴様がソウマ・アラタか。いくら羊を集めたところで獅子には勝てない。ここで始末してしまいたいが……なにぶん、忙しい身でな。後にも予定が詰まっている」

 

 アラタをその目に映したセナの視線はより鋭くなる。

 その瞳にあるのは、嫉妬や怒りか。しかし、多忙であるのは事実のようで、意識を切り替えるように眼鏡の位置を正すと、背後に控えていたシロイに目をやる。

 

「人にはそれぞれ為すべき役目がある。シロイ、ここは任せても良いか?」

「は、はい! この僕とAIRBRUSH OF Zにお任せください! 必ず、勝ってご報告します!」

「当然だ。わかっていると思うが、生徒会は敗北を許さない。今の地位を守りたくば、精々、足掻くが良い。では、例の件は任せたぞ」

 

 セナに見られただけで萎縮してしまっているシロイを見るだけで、その力関係が分かる。

 だが、その緊張はセナにとって悪い方向に働いてしまったようで、シロイはあわあわと口を開く。

 

「お、お任せください! 必ずや秘密兵器・強化塗装を完成させ、さらなるラプラス・ネストの躍進を約束します!」

「余計なことを口に出すな!」

「すっ、すみません! 会長のガンプラ強化計画は秘密だったのに……」

「……。もし完成させられなかった時は覚悟しておけ」

 

 緊張からとはいえ、ベラベラと口走るその無能さに苛立ちを感じながらも、なるべく平静を保つように息を吸い、AIRBRUSH OF Zの部室を後にしようとする。

 

「……貴様が本当に会長の期待に応えられるかどうかなど、すぐに分かることだ」

「……会長の……期待……?」

 

 すれ違いざまにいまだ鋭い視線を突きつけてくるセナに、それよりもその言葉の意味が分からず、アラタは顔を顰めていると、既にセナはその後ろにいるレイナに顔を向けていた。

 

「アイゼン、貴様は利口な人間だと思っていたのだがな」

「あら、過去形なのね」

 

 セナの言葉に対して気にした様子もなく、大袈裟に肩を竦めると、一切の恐れのないその態度にセナは眉を顰める。

 

「当然だ。遊び心などというくだらないテーマを掲げる第10ガンプラ部だけではなく、サイド0にまで肩入れする……。第10ガンプラ部もタダで済むと思っているわけではないだろうな」

「その時は夢の国のベアッガイを筆頭にモザイクなしで全世界に公開するわ」

「……この魔女め」

 

 ミッキ……夢の国のベアッガイを筆頭とした第10ガンプラ部の最深に封印されているベアッガイ達を使用しての自爆行為に何もいえなくなったのか、クイクイッと指を震わせながら眼鏡の位置を直したセナはAIRBRUSH OF Zの部室を去っていくのであった。

 

「ふう……危なかった。秘密計画がバレるところだったよ」

 

 セナがいなくなったことにより、部室内を支配していた息苦しさから解放されたシロイは安堵した様子なのだが……。

 

「いや、バレてたから! 全部言ってたから!!」

「ええ……っ! バ、バレちゃった? ああ~、どうしよう! 僕の地位が! 権限が! ガンブレ学園の塗装水準がハチャメチャになっちゃうよぉっ!!」

 

 とはいえ、秘密計画とやらは完全に筒抜けだった為、誰もが何とも言えなくなっているなか、チナツがツッコミを入れると、シロイは途端にあたふたと慌てふためく。

 

「ちょっとちょっとー! それを言うなら、今のほうがチョーヤバイしー!」

「はい、今回はガンプラの塗装の件でお話に来ました」

 

 頭を抱えて悶えているシロイにそれどころではないとチナツの言葉を引き継ぐようにそもそもこの部室に訪れた理由をイオリが明かす。

 

「ダメだダメだ! 絶対認めない! ガンプラ塗装の指導権は僕がこの力で勝ち取ったんだ! 手放す気はないぞ!」

「力でガンプラの在り方を決めようなんて……そんなのは間違っています!」

「そーだそーだ! 間違ってるぞー! デコる道具は自由に使えないし、派手でカワイイ感じにデコるのは禁止されてるし、塗装部の部長はシロイっちだし!」

 

 力、という言葉はイオリにとって最も無視できない言葉なのか、ピクリと反応して、雰囲気を厳しいものに変えると、それに気付かぬまま、チナツはイオリに便乗する。

 

「え、ええっ……? そのおかげでガンブレ学園の塗装技術の水準は保たれているのに。大体、僕が部長だと何がいけないのさ!」

「あたしよりデコるの下手なんだもん! そんなの楽しくないじゃーん!」

 

 傍から見れば、駄々っ子に振り回される巨漢の光景なのだが、イオリが力、という言葉に反応するように、シオリにとって、聞き捨てならない言葉があったのか、眉を顰めると、怒りを見せる。

 

「ぼ……僕の塗装は学園一だ! おまえらのお遊びの塗装とは格が違うんだからな! ガンプラバトルでそれを証明してやる!」

「最初っから、そのつもりだもーん。アラター、準備はいい?」

 

 塗装に関しては譲れないものがあるのか、躍起になってバトルに挑むシロイに待ってましたとばかりにチナツは自身のガンプラを取り出す。言いだしっぺだけあって、自分もバトルに参加するようだ。

 

 アラタが頷いて、そのままバトルに進むのかと思いきや、突然、部室の扉が開いた。

 

「お待たせ~! シオンが会いに来たよーっ」

 

 そこには臣民達との交流を終えたシオンが遅れて部室にやって来ていたのだ。

 

「なんだぁ? 僕はこれからバトルで忙しいんだ。用事なら後に……って、ダイクウジ・シオンちゃん!?」

 

 張り詰めた空気の中、サイド0と火花を散らしていたシロイは門前払いをしようと、突然の来訪者であるシオンをその目に映した瞬間、明らかに動揺していた。

 

「アナタがAIRBRUSH OF Zのリーダーのシロイ・マスミさんね? ちょっとお話があるの!」

「が、学園のアイドルが僕に話をっ!? そ、それってもしかして……」

 

 臣民だったのか、シオンの乱入にすっかりバトルどころではなくなったシロイにアラタ達が呆れているなか、シオンの言葉になにやら妄想を膨らませて、非常にだらしない表情を見せると、シオンは満面の笑顔で……。

 

「ちなちーのデコり塗装を認めてあげてくださいっ」

 

 彼女の想いをまっすぐに打ち明けたのだ。

 これにはチナツも「わーお、直球ぅ~」とアラタと共に口笛を吹いている。

 しかし当のシロイは固まっており……。

 

「話ってそれだけ……? めくるめくバラ色の展開は? この高鳴る鼓動は……?」

「シ、シオンちゃん、その話はもうしているっていうか……」

 

 流石にこれからバトルを行う相手とはいえ、震えているシロイを気の毒に思ったのか、ユイがシオンに声をかけると……。

 

「あっ、そうだったんだ! ごめんね、シロイさん。シオンはみんなのシオンだからっ♪ そういう展開はちょっとナイかなって」

 

 一切の悪気なしに放たれた言葉にシロイは別の意味で白くなっていく。

 目の前で粉砕された哀れな男の姿にアヤが念仏を唱えて、アラタ達は合掌する。

 

「く、くっそー! 僕の純情がっ!! 丁重にお断りされたのが余計に腹が立つ!! この胸に燃え盛るナニか……。発散しなければ収まらないぞぉっ!!」

「あっ、ならガンプラバトルよ、シロイさん! シオンと大佐があなたの目を生徒会という悪夢から覚まさせてあげるっ!」

「もう覚めたよ! 勘違いの恋心っていう甘い夢からなぁっ!!」

 

 そもそも最初はセナの指示でバトルが始まろうとしていたのに、今では私怨が見え隠れしている。

 そんなシロイを知ってか知らずか、アラタに抱きついたシオンがバトルを持ちかけると、火に油を注ぐ結果となり、シロイの背後に轟々と燃え盛る炎が見えるほどだ。

 

「この恨み、晴らさでおくべきかぁ~~っ!!」

「……晴らさなくて良いんじゃないですかね」

 

 シオンに抱きつかれている姿に嫉妬の炎を燃やすシロイだが、もう面倒臭くなってきたのか、アラタは投げやりに答えると、再びAIRBRUSH OF Zの部室の扉が開く。

 

「──塗りは一瞬、筆は一生、塗装の道も下地から。幾多の塗装師が挑んだ数々のガンプラが脳裏を過ぎります。祈りをこめて塗られたガンプラ達が熱い魂を宿してバトルを繰り広げます! ガンブレ学園の明日を染め上げるのどっちだ!?」

 

 大体、分かってはいるが、振り返ってみれば、やはりというべきかリンコを筆頭とした放送部の姿が。

 表情を引き締め、キメ顔で話すリンコに掛け持ちしている間柄か、レイナが軽く手を振るなか、リンコのパフォーマンスは続く。

 

「激しくぶつかりあう生徒会派AIRBRUSH OF Zとサイド0の熱いバトル! ……の筈ですが、シロイ・マスミ! 私怨の炎が燃えているようにも見えます! なにはともあれ、放送部部長たるシャクノ・リンコが見逃すはずもありません!」

 

 シオンを離そうにも中々、離してくれないどころか、更に力を強めてくる。

 その姿が更なる燃料を投下しており、じとっとした熱苦しさを感じるほどだ。

 

「生徒会派と改革派のバトルの行方は!? そして暗躍するシオン公国の正体とは──! 謎が謎を呼ぶガンプラバトル、レディーーー! ゴォーーーーッッ!!!」

「それじゃあ、バイブスあげてこーっ!!」

 

 遂にいつものように実況付き戦いの火蓋が切って落とされた。

 チナツを筆頭にアラタとシオンがバトルシミュレーターに乗り込み、シロイ率いるAIRBRUSH OF Zとのバトルに臨むのであった。



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シオンの心

 太陽が燦々と輝き、刃のような陽射しが照りつけるこの砂漠がサイド0とAIRBRUSH OF Zのバトルステージに選ばれた。ステージの特徴としては一面に広がる砂と切り立った岩石、二つのピラミットが存在することだろうか。

 

 《さあ、今回のG-cubeは争奪戦ッ! 果たして、どちらのチームがキーパーツと共に栄光を掴めるのか! 実況のこのシャクノ・リンコと共に見届けてください!》

 

 バトルフィールドにそれぞれのガンプラが投影されると、同時にリンコの実況も始まる。

 早速、サイド0側が今回のキーパーツの位置を探し出そうとするのだが……。

 

「うぅっ、砂漠って歩き辛ぁーい!」

「シオンも得意じゃないよー!」

 

 サイド0のガンプラ達が動こうとしても、砂に足を取られて満足に動けやしないのだ。

 ステージは常にランダムとはいえ、サイド0側は局地的な戦闘を考慮したガンプラではない。思うようにいかない操縦できない状況にチナツとシオンは悲鳴を上げている。

 

「……防砂はしてないわけじゃないけど。AIRBRUSH OF Zのガンプラに比べたら長期戦は不利か」

 

 ランダムだからこそガンプラにも汎用性が求められるわけだが、それでも付け焼刃だ。

 防砂の類は塗装の腕が求められる。であればAIRBRUSH OF Zのほうが上手であろう。長期戦は不利と判断して、キーパーツを探すのだが……。

 

 《──おぉっと、AIRBRUSH OF Z! 早速、キーパーツを奪取! このまま獲得なるかぁっ!!》

「なにっ!?」

 

 何とAIRBRUSH OF Zは早速、キーパーツを見つけ出したというのだ。

 アラタがすぐさまセンサーを確認すれば、キーパーツであるデータパーツを取得したことによって、そのガンプラのポイントがセンサー上には現れていた。

 

「まずいって! 早く行かないと……っ!」

「──待て、ちなちー!」

 

 このままでは勝負がついてしまう。

 慌てて動き出そうとするチナツにアラタは制止しようとするのだが、その声は届かず、マックスキュートが飛び上がった瞬間だった……。

 

「──きゃあぁあっ!?」

 

 その瞬間、飛び上がったマックスキュートを狙って、バズーカの砲弾が襲い掛かってきた。

 避けるには間に合わず、直撃したマックスキュートは大きく吹き飛ぶと、地面に叩きつけられる前にG-ブレイカーが受け止めた。

 

 しかし、それが仇となったのか、砲弾が次々にG-ブレイカー達に襲い掛かる。

 マックスキュートを受け止めた拍子で身動きがとれないG-ブレイカー達はまともに直撃を受けてしまい、吹き飛んでしまう。

 

「……大まかな場所は分かったッ!」

 

 だが、無意味に砲弾を浴びたわけではない。

 マックスキュートと共に体勢を立て直すと、砲弾が放たれた方向に向かって、フォトントルピードを広範囲に放つ。

 

「退けっ! 退くんだっ!」

 

 動きがあった。

 迫るフォトントルピードにシロイがチームメイトに指示を見せると、今まで砂の中に隠れていたガンプラが姿を見せる。

 

 それはドムをベースとしたミリタリー塗装が為された機体であった。

 このフィールドにこれ以上にないくらいの相性のそのガンプラの名前はドムタクティーク、通常のドムよりもZガンダムのパーツを組み込み、機動力を底上げしている印象を受けるガンプラだ。

 

「学園の秩序と塗装を乱す奴は、今ここで粛清してやるっ!」

 

 他にもAIRBRUSH OF Zのガンプラはどれもミリタリー塗装が為されている

 しかし姿を確認できたところで、シロイ達は動揺することなく、ホバー移動によって砂煙をあげながら、縦横無尽にフィールドを駆け巡り、攻勢に出た。

 

「アラター、ここは任せてっ!」

「……ちなちー?」

「キーパーツは取られたままだしね。アラターに任せたいんだっ」

 

 するとマックスキュートがG-ブレイカーの前に躍り出る。

 それはまるでドムタクティーク達を引き付けようといわんばかりだ。

 アラタを信じているからこそのチナツの想いに頷くと、G-ブレイカーはキーパーツ奪取のためにスラスターを稼働させ、光輪を放ちながら飛んでいく。

 

「いかせるかぁっ!!」

「大佐の邪魔はさせないよー!」

 

 G-ブレイカーの意図を察したのだろう。

 すぐさまその後を追撃しようとするシロイ達だが、突然、横槍が入る。

 迫る射撃を回避しながら、相手を見てみれば、そこにはシオン専用ガンダムの姿があり、マックスキュートと合流すると、ドムタクティーク達へ向かっていくのであった。

 

 ・・・

 

「……G-ブレイカーの機動力でもギリギリか」

 

 一方、アラタもキーパーツを奪取したガンプラを捉えていた。

 しかし、やはりそこはAIRBRUSH OF Zのガンプラというべきか、容易にはパーツを奪わせない。

 

「……だけどッ!」

 アサルトモードを起動させて、ビームライフルと共に無差別に解き放つ。

 放たれた無数のビームは砂漠に着弾すると、勢いよく砂煙が舞い上がり、視界を阻むだけでなく、その動きも牽制する。

 

「これッ……でぇっ!!」

 

 その間に急接近したG-ブレイカーはそのまま勢いを利用して、こちらに向けられたハイパーバズーカを回避するとシールドによる打突を浴びせる。

 そのまま脚部を高トルクモードに変化させると緑色に染まった脚部による重々しい一撃をお見舞いして、サマーソルトの要領で宙に蹴り上げると、ビームサーベルを引き抜いて一刀両断する。

 

 《ここでサイド0がキーパーツの奪取に成功! このまま回収なるかぁっ!?》

 

 爆発の中から零れ落ちたデータパーツであるメイスとハイパーバズーカを取得する。

 このまま回収装置に向かおうとした瞬間、アラートが鳴り響いた。

 

「それ以上、好き勝手はさせないぞッ!」

 

 何とシロイのドムタクティークがこちらに迫ってきていたのだ。

 その後方にはドムタクティークを追撃するシオン専用ガンダムとマックスキュートの姿があり、どうやら向こうでもAIRBRUSH OF Zの機体を撃破することには成功したようだが、それでも無事とはいえず、二機とも大きく損傷が目立っている。

 

「それ以上? いや、もう十分だ」

 

 既にアラタの頭の中には組み立て説明図のイメージが広がっていたのだ。

 人差し指を顔の横に添えていたアラタはゆっくりと目を開いて、ドムタクティークを捉えると……。

 

「さあ、勝利を組み立てようか」

 

 G-ブレイカーのメインカメラが輝くと、シールドとライフルを捨て、ドムタクティークに向かっていく。

 一体、何の意図があるのか? ドムタクティークの背後にいるマックスキュート達に目配せするように顔を向けると、データパーツからバズーカをリアルタイムカスタマイズによって換装する。

 

「そんなものぉっ!」

 

 そのまま辺り一面に撒き散らすように砲弾を放ち、土砂を巻き上げ、ドムタクティークを牽制する。

 しかしシロイもセナから指示を受けるほどの実力者だ。砂煙に動揺することなく、そのまま土砂を突っ切って、ビームナギナタを引き抜く。

 

「流石の塗装というべきか……。確かにお遊びといわれても仕方ないかもな」

 

 土砂を真っ向から突っ込んだとしても、一切、衰えることのないその機動力と防砂仕様にはただただ驚嘆するしかない。確かにこの場にいる誰よりもシロイの塗装技術は抜きん出ているだろう。

 

「けど、遊びでも俺達は本気だ」

 

 ビームサーベルを逆手で抜き、そのままビームナギナタの刃を受け止め、鍔迫り合いに発展する。

 周囲にスパークを散らすなか、間近に迫るドムタクティークの頭部にバルカンを撃ち込んで、仰け反らせると、そのままハイパーバズーカをさながら鈍器のようにして叩きつける。

 

「シオン達のハートは負けてないよっ!」

 

 そこにすかさずシオンが脚部を撃ち抜いて、動きを封じたのだ。

 

「これは戦争じゃなくてガンプラバトル! 本気で楽しまなくちゃ損だよねっ!」

 

 それが大きな隙となったのだろう。

 背後に迫るマックスキュートは大きく飛び上がって、太陽を背にして回り込むと両腕部にエネルギーを集中させる。

 

「あ、あれは……っ!」

 

 太陽を背にするマックスキュートの姿にシロイは目を見張る。

 彼は堅実な塗装のみを選んで、派手な塗装は遠ざけていた。

 しかしどうだろうか、太陽を背にクリアパーツを輝かせるあのガンプラに一瞬といえど、美しさを感じてしまったのだ。

 

「チナチースペシャルアタァーック!!」

 

 太陽を背に輝かんばかりのマックスキュートはドムタクティークに突撃する。

 スターバーニングナックルによって幾度となく拳を叩きつけると、最後にはアッパーカットで打ち上げて、そのままピースサインを作って、決めポーズをとる。ドムタクティークがマックスキュートの背後で爆発するなか、G-ブレイカーは回収装置にキーパーツを収め、バトルに勝利するのであった。

 

 ・・・

 

「終わった……。ガンプラ塗装道も……恋も……! それだけじゃあない。僕は、僕はぁ……! あのガンプラを……輝くあのデコ塗装を一瞬でも美しいと思ってしまった……!」

 

 バトルを追え、シミュレーターから出てくれば、敗北のショックからか、マスミは膝をついて愕然としていた。

 

「どうしてバトルに負けたら、塗装道? が終わるの?」

「……ぼ、僕らはこの学園に高度な塗装技術を広めたかった……。語り合う仲間が欲しかった……」

 

 すると、そんなシロイに合わせて、ちょこんと屈んだシオンは彼に尋ねると、負けてしまったからか、自棄になったかのように、理由を話し始めた。

 

「けれど、何の後ろ盾もない僕らに世間は厳しかった……。熱弁を振るうほど、生徒達は離れていったんだ。だから僕は考えた! 今の学園を支配するランキング制、その上位に与えられる生徒会特権! それさえあれば、塗装道を学園中に広められる!」

 

 熱心に語れば語るほど、離れていく周囲。

 伝え方の問題もあるだろうが、それでも人が離れていくというのは悲しいものだ。だからこそシロイは強引にでも動いたのだろう。

 

「だが、生徒会からは“バトルに実用的ではない塗装は禁止”と釘を刺され……せめてリアル志向ならいいだろうと、オシャレ塗装を禁止してきたというのに……」

「ね、このガンプラ……。シロイ君が塗ったの?」

 

 しかし根本で自由に語り合う仲間が欲しいと思っての行動は逆に道を狭めてしまった。

 もう燃え尽きたかのように項垂れているシロイにふとユイがドムタクティークを手に取ると、声をかける。

 

「あっ、当たり前だろ!? バトルでの視認性や迷彩性能まで考えたスペシャルな塗装だぞ!」

「そっか。私ね、シロイ君のガンプラを見たことがあって、その時は素直に凄いなって思ったの」

 

 自分で塗ったのかといわれては黙ってられないのか、シロイはすぐさま立ち上がって、抗議するように答えるが、ユイはドムタクティークを見つめたまま、何ともいえない表情を浮かべている。

 

「でも……なんでだろ。今のこのガンプラからはそういう感じがしない。ワクワクしない」

「……つまらないって言いたいのか?」

 

 物悲しげに話すユイにシロイが眉を顰めるが、その直後に押し黙る彼女の無言は肯定を示していた。

 どこか重苦しい雰囲気が部室内を満たすなか、こんどは チナツが口を開く。

 

「シロイっちがデコったガンプラとアラターがデコったガンプラ……。見比べてみたら?」

「……どういうこと? どう見ても、僕のほうが仕上げも綺麗だし、バトルでの性能が高いスペシャル塗装だけど」

「それってデコってる時、楽しかった? 笑顔でデコってた?」

 

 チナツからの目配せを受けて、アラタはユイが机に置いたドムタクティークの隣にG-ブレイカーを置く。

 二つのガンプラを見比べて、自分のほうが塗装技術は上回っていると、口にするシロイだったが、直後に放たれたチナツの言葉にショックを受けたように目を見開く。

 

「た、確かにバトルに有利な配色、性能を高まる塗り方ばかりを気にして塗っていた。ミスをすれば最初からやり直しで緊張の連続だった……」

「デコられたガンプラを見れば、どんな気持ちで塗られてたか分かるじゃん。ガンプラって、そんな気持ちで塗って楽しいかな?」

 

 確かにドムタクティークは綺麗な仕上がりだ。恐らくはこの場にいる誰よりも。

 しかし、どうだろうか、まるで機械が塗ったかのように正確性だけを求められて、窮屈な印象を受けるのだ。

 初めてアラタと出会った時、G-ブレイカーから感じた温かな想いはこのドムタクティークからは感じられなかった。

 

「ハア……やっぱり完敗だな。分かってたよ、自分でもつまらない塗装してるって。でも仕方なかった。生徒会の要求に応える為、AIRBRUSH OF Zを潰されないためにはさ……。でも負けてしまった。生徒会は負けを許さない……。もうどうすれば良いのかな……」

 

 塗装の腕を自負しているシロイは認められないとばかりに顔を顰めていたが、やがて観念したように肩を落とす。

 しかし、サイド0に負けてしまった以上、今後、AIRBRUSH OF Zはどうなってしまうのか、そう考えるだけで、憂鬱になって、何も見出せなくなってしまった。

 

「また好きなように塗装すればいいんだよ! 大丈夫、シオンが応援してあげるっ!」

 

 シロイに何と声をかけるべきか、言葉を悩ませていると、不意にシオンが満面の笑みで答えたのだ。

 

「シオンは専門外だから詳しくは分からないけど……シロイさんのガンプラが綺麗に塗られているのは分かるのっ。そんな人が悪い人なわけないもん! だから、シオンが応援してあげるっ」

「ぼ、僕の塗装を……理解してくれるのか……!?」

「うんっ! だからシロイさんもシオン公国の一員として、シオンを応援してっ! きっとみんなが笑える学園に変えて見せるからっ!」

 

 屈託のない笑みを見せるシオンにシロイは肩を震わせて、感激のあまり涙を流す。

 それはまるで天使を目の前にしているかのようだ。

 

「だって、シオンの……シオン公国の目的は、シオンが総統になって、誰もが平等で争いのない笑顔が溢れる学園を築くことなんだからっ!」

 

 アナタもその中にいるんだよ、といわんばかりにシロイに手を差し伸べたのだ。

 

「ジッ……」

『ジ……?』

 

 するとマスミは小刻みに震えながら、ポツリと何かを呟く。

 辛うじて聞き取った言葉をアラタ達が首を傾げて、呟くと、突然、シロイは感激の涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、拳を高らかに突き上げる。

 

「ジークシオン! ジークシオン!! ジークシオン!!!」

 

 今まさに臣民が再び生ま変わった瞬間を目にしたのだ。

 この流れは……と頬を引き攣らせていると、突然、部室の扉が開き、そこからサカキやショウゴ、マスミに三馬鹿達他の生徒がぞろぞろと部室内に雪崩れ込み……。

 

『ジークシオン!! ジークシオン!! ジークシオン!! ジークシオン!!』

「みんな、ありがとー! シオンは絶対、やり遂げるからねっ!」

 

 いつの間にお決まりの光景が出来上がってしまった

 その中心にいるシオンは響き渡らんばかりの声に応えるように大きく拳を突きあげて、飛び跳ねていた。

 

「またこの流れ……」

「いいじゃん、面白くってさー。アタシもシオン公国に入っちゃおうかなー!」

 

 もう何度、目にした光景か分からず、頬を引き攣らせるイオリに抱きつきながら、こういったお祭り騒ぎは好きなのだろう、冗談交じりにチナツはシオン公国の姿を見つめていた。

 

「ふぅ……。でも、これでちなちーと塗装の件は片付いたかしら」

 

 チナツを引き剥がしながら、収拾がついたことに安堵のため息をつくイオリだが、すぐさまその表情は厳しいものになる。

 

「残るは生徒会の本丸……! これで生徒会長まで手が届く……ッ!」

 

 生徒会傘下の大きなチームはラプラスの盾を残して、殆どを撃破した。

 であれば、後はもう生徒会のみだ。

 

「アラタ、みんな。少し話があるの」

 

 するとイオリはどこか急いた様子でアラタ達サイド0のメンバーに声をかける。

 その急いた様子は傍から見ても分かるのか、怪訝そうに顔を見合わせるアラタ達だが、一先ずは第08部へと向かうのであった。



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ビヨンド・ザ・ドラゴン

「──ふ、副会長にバトルを……!?」

 

 第08部の部室でイオリによって告げられた話の内容にマリカは驚愕しながら反復する。

 それはあまりに突飛で思いもしない言葉であり、マリカだけではなく、他のサイド0の面々も驚いていた。

 

「そう、生徒会を運営しているのは実質、副会長と今まで倒してきたチームのメンバーなの。ここで副会長を抑えれば、生徒会は機能不全に陥るはず……!」

 

 ゴールデンコスモスのサカキ、AIRBRUSH OF Zのシロイを破った今こそが好機と判断したのだろう。

 しかし、それは突然の話であり、何よりもイオリ自身がどこか急いているようにも感じられた。

 

「……でも、そんなに急ぐ必要があるの? 私達もしっかりと準備をしなくちゃ……」

「そんな悠長なッ!」

 

 とはいえ、生徒会長であるユウキと副会長であるセナの実力は飛びぬけている。

 それを身をもって知っているユイからしてみれば、まだ生徒会に真っ向から打ち勝つには時期尚早に思えてならないのだ。

 だが、イオリは尚も留まることなく、寧ろ強く反発するように机を叩いて反論しようとする。

 

 あまりにも様子がおかしい。

 机を突く叩いた衝撃でビクリと怯えるマリカを、ユイがそっと抱き、アラタとリュウマはいつにも増して急いているイオリになにがあったのかと顔を顰めていた。

 

「……っ……。いえ……分かりました。すみません、少し……頭を冷やしてきます……」

 

 冷えきった雰囲気と自分に対する困惑が伝わったのだろう。

 やってしまった、とばかりに悔悟したイオリはいたたまれなくなったのか、逃げるように第08部の部室を去っていく。

 

「イオリ先輩……焦ってた……?」

「だよなぁ……」

 

 イオリが去っていった部室の扉を見つめながら、マリカが困惑して、アラタ達に意見を伺うように呟く。

 リュウマも同意するなか、ユイは先程の急いた様子のイオリを思い返して、顎先に手を添えて考え込んでいるアラタを見つめる。

 

「ねえ、アラタ君。しばらくイオリちゃんの様子、気にかけておいてあげてくれる?」

「……まっ、ここ最近、明らかにおかしかったしな」

「うん、お願いね。イオリちゃん、無理しないと良いんだけど……」

 

 イオリの態度で不審に思える素振りは今まで何回か目にしてきた。

 何か悪い予感はするのは、アラタも同じなのか、難しい表情のまま頷いたのを見て、ユイはイオリを案ずるのであった。

 

 ・・・

 

 結局、その後、AIRBRUSH OF Zを破った記念としてカラオケで軽い祝勝会をしようという話になったのだが、イオリは誘っても断られてしまい、それ以外のサイド0の面子と、チナツ、レイナ、アヤ、シオンで盛り上がっていたのだが、シオンが歌い始めた直後、なぜか一部のシオン公国も乱入して大騒ぎとなってしまった。

 

「んー……久しぶりにあんなに大騒ぎしちゃったなぁ」

 

 数時間後、薄暗さが広がって行く帰り道をアラタとユイの二人が歩いていた。

 今までどっちらかといえば、生徒会に抗おうとする姿勢からか、周囲から腫れ物のように扱われ、中には突っかかってくる者達もいたせいで、こういった学生らしい楽しみをしていなかったのだろう。

 両手を組んで目一杯背伸びしながら、先ほどまでの騒ぎを思い出して嬉しそうに頬を緩ませる。

 

「チナツとかシオンとか、デュエット曲ばっかり入れて、人に押し付けるもんだから、ほぼほぼ歌いっ放しだよ、俺」

「最後にはマリカちゃんも持ちかけてたね。私もアラタ君と歌いたかったなぁ」

「もう喉ガラガラだよ。下手したら天龍さんみたいになっちゃうよ、これ」

 

 アラタもアラタで楽しめたようだが、喉を痛めたのか、んん”と咳払いするように唸っている。

 そんなアラタの姿に苦笑しつつ、カラオケでの思い出話も程ほどにユイは次なる話題を口にする。

 

「そういえば、アヤちゃん達が言ってたけど、もうすぐ三連休だね」

「ここ最近、ゴタゴタばかりだし、俺達にとっても丁度良い息抜きになれば良いけど」

「……そうだね。イオリちゃんも心配だし」

 

 もうすぐやってくるという三連休。

 学園に入学してから、ガンプラ越しに火花を散らした争い事ばかりだった。

 生徒会を目の前にしているのであれば、ここら辺で休息がてらに息抜きをするのも良いかもしれない。あの時、急いていたイオリを見る限り、ユイにはそう思えた。

 

「アラタ君はどうするの?」

「田舎に帰る」

 

 三連休の予定に関して、こうして聞くのはアラタが初めてだ。

 何気なしに気になった問いかけに、元々、予定は決めていたのか、間髪入れられずに答えられた。

 

「田舎って私達がいたあの田舎?」

「帰るって言ってんだからそういうことでしょ。近況報告とかしないとうるさそうだし、遊びに行ってみるよ」

 

 時折、アラタとユイの間で話されるかつて自分達が過ごしたあの土地。

 三連休を利用して、子供といえば、手加減なしにガンプラバトルで遊んでくれた人達に会いに行こうというのだろう。

 その時を楽しみにしているのか、心なしかアラタの表情は楽しみを待つ子供のように緩んでいる。

 

「そっか……。じゃあ、私も……一緒に行っちゃおうかな……?」

 

 ユイはどこか気恥ずかしそうに頬を染めながらか細く呟くように話す。

 彼女の頭の中で二人きりで田舎に向かっている場景が浮かんでいるのだろう。

 やはり男女二人きりで、というのは思うところがあるようだ。

 

「良いんじゃない。喜ぶと思うよ」

「……もぅ! アラタ君のそうやって流すところ、ダメだと思うよ!」

 

 最もアラタは特に意識することなく、何気なしに答えると、自分だけ意識したのが、馬鹿みたいに思えたのか、たちまち抗議するが、彼女の言葉通り、再び適当に流されている。

 

「……あっ、でもユイ先輩と一緒ってなったら、またなんか言われそうな」

「私はユイ姉ちゃんだからね! アラタ君をしっかり田舎まで連れて行ってあげるっ」

「……昔から、そうやって張りきる時に限って、毎回、碌なことにならないんだよなぁ……」

 

 その態度が余計にユイの抗議を強くするわけだが、ふと何かに気付いたように足を止めたアラタの言葉に素早く切り替わって、ふふん、と得意げに胸を張っている。その姿に一抹の不安を感じながら、二人はそのまま帰路につくのであった。

 

 ・・・

 

 一方、アラタ達と同じく祝勝会に参加していたリュウマは帰路につくことなく、一人、とある店舗に訪れていた。

 そこは所謂、模型店であり、世界規模の流行であるガンプラバトルにおいて用いられるインナーフレームやガンプラが購入できたり、自然とビルダーが集まることから互いに刺激を受けたりと中々の刺激を受けられる場所なのだ。

 

 店内に足を踏み入れたリュウマはチラリと店内を見渡す。

 時刻はもう間もなく21時、閉店間際ではあるが、時間も時間だからか、仕事帰りのサラリーマン達の姿がちらほら見受けられた。

 

「……げっ」

 

 会計中のレジで一人、見知った顔を見つける。

 露骨な嫌そうな顔を浮かべると、相手もこちらに気付いたのか、さながら太陽のような黄金色の瞳を向けてくる。

 

「誰かと思えば、青トカゲか。このような場所で出会うとはな」

「そりゃあ、こっちのセリフだ」

 

 そこにいたのは、アールシュだったのだ。

 リュウマを見て、鼻を鳴らすアールシュにぶっきらぼうな物言いで答える。

 

「……ここで買い物してんのか」

「ここだけではないがな。模型店の中には、ビルダー達の作品が飾られている店が多くあることは知っているだろう。それらを直に目にすることによってインスパイアを受けられるのだ」

 

 店員から購入した商品を受け取り、微笑を浮かべて礼を言いながら受け取っているアールシュに、常連なのか聞いてみれば、どうやらここだけではなく、幅広く様々な模型店に足しげく通っているようだ。

 確かにこの模型店もそうだが、近くのショーケースには腕の立つビルダー達によって作製された自慢の作品達が所狭しと飾られており、どれも埋もれることなく存在感を発している。どれもこれもずっと見ていたくなるものばかりだ。

 

「貴様こそ、用あってここに訪れたのだろう」

「近くにある店がここだからな。足りなくなったプラ板とパーツ取りのガンプラを買いに来たんだよ」

 

 傍若無人の彼に珍しく、ただの気まぐれか、リュウマにこの店に尋ねた理由について触れる。

 何気なしに訪れたわけではなく、購入する品はハッキリしているようで、そのことにアールシュは目を細める。

 

「……このままじゃいけねえんだ。アイツがいるから俺達は立ち上がれた。でも、いつまでもおんぶに抱っこってわけにはいかねえ。アイツが期待してくれた俺はそんな奴じゃねえ筈だ」

 

 レイジングが収められたケースを軽く撫でながら、アラタに託されたあの日のことを思い出す。

 アラタと出会ったからこそ、自分は再びガンプラに向き合うことが出来た。だからこそそこで終わるわけにはいかないのだ。

 

「……フンッ、少しはマシな目を、というところか」

 

 リュウマのアラタに対する想いに感心したように鼻を鳴らしたアールシュは歩き出す。

 

「奴は歩き続けることだろう。ならば、真っ直ぐその足跡を辿った先に貴様がなにを見て、なにをするか……。期待しておこう」

 

 すれ違いざまに立ち止まり、珍しくアラタではなく、リュウマに期待の言葉を投げかけてきたアールシュに驚いていると、不意に彼がこの店で購入した袋の中身が目に留まる。

 

「作ってはまた作る……。ビルダーとはそういうものだ。俺もシヴァもまた同じ。果てを決めるのが自分なのであれば、俺達は進み続けることだろう。作るものは皆、違う。ソウマ・アラタ、そして貴様がなにを作り上げるのか、楽しみだな」

 

 袋の中にはキマリスヴィダールなど数点のガンプラが収められていた。

 彼の言葉から推測するに、シヴァを改修しているのだろうか。

 シヴァに対して、絶対的な自信を持っているのは、様々なものに触れて、自身の糧にしてシヴァに幾度となく注いで作り続ける自分自身の道だからなのかもしれない。

 

 店を後にしたアールシュの背中を見送りながら、リュウマも買い物を始める。

 彼の自室の机の作業スペースには、いまだ完全な形にはなっていない未完成のガンプラがある。

 いまだ完成の目処すら立ってはいない。だが何れ燃え盛る炎のように荒ぶる龍が産声を上げる日は近いことだろう……。

 



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終わりなき苦悩

 ──……私は変わったんだ。

 

 

『私は負けない……。だって……私は強いから……っ……』

 

 

 ──……あの頃の私なんかとは違う。

 

 

『そうやって今まで勝ってきて……ここまで来たのに……。そうじゃなかったら……』

 

 

 ──違う……。

 

 

『私に……何の価値が──』

 

 

 ──違う!

 

 

 ・・・

 

 窓から差し込む穏やかな朝日に反して、勢い良くベッドから飛び起きたのはイオリだった。

 悪夢を見ていたのだろうか、その身体は薄らと汗ばんでおり、顔もどこか苦しげに顔を顰めている。

 

 時刻を確認してみれば、いつもの起床時間よりも早く起きてしまった。

 何とか気分を落ち着かせながら、汗ばんだ身体を何とかしようと、ベッドを立って、シャワーを浴びに行く。

 

 パジャマのボタンを一つ一つ外し、生まれたままの姿となって浴室に足を踏み入れる。

 もう10月に入り、少し肌寒いが、そのまますぐにシャワーを利用することで、汗ばんでいた身体は少しずつ温まっていった。

 

「……私は、もうあの頃とは違う」

 

 温水の心地良さに気持ち良さそうに目を細めていたイオリだが、不意に胸にチクリと痛んだのを感じた。

 

 脳裏に過ぎる過ちの記憶……。

 もうあの頃の自分とは違う。

 そのために今、自分はこの環境を選んだのだ。

 自身の汚れを落とすかのようにシャワーに意識を集中させるのであった。

 

 ・・・

 

「──サイド0って結構、凄くね? AIRBRUSH OF Zのシロイ先輩もやっつけたって話じゃん!」

 

 数時間後、HRの時間が迫るなか、教室ではサイド0によるAIRBRUSH OF Z撃破の話題で持ちきりだった。

 今もまた四人ほどのグループがサイド0が話題に上がっていた。

 

「いやー、俺は最初っから分かってたね。あいつらはやるって。目を見れば分かるさ」

 

 何とも都合の良いことを口走るものだ。

 今まで遠くから見ていた者達も、名立たるチームを撃破した後には擦り寄ってくる者もいた。

 そういった相手には不快感を感じてしまうが、やはりサイド0の活動を問題視する生徒は一定数いるようで……。

 

「でもさー、生徒会役員ってまだまだいるわけでしょ? 大丈夫かな」

「だよねー。あんま調子に乗って、ウチらのクラスにまでトラブルを持ち込まれたら困るし……」

 

 都合が良いとはいえ、好意的に話していた男子二名とは対照的に会話に参加していた二人の女子は難色を示すように顔を顰める。

 

 彼女達は自分達に飛び火しないか危惧しているのだ。

 それもそうだろう、事実、ユイのクラスメイトはショウゴ達に連帯責任だと理不尽にパーツを取られていたという。

 現在はショウゴも丸くなって、奪ったパーツは全て彼が誠意を持って返却したというのだから、良いのだが、それでも起きたことは消えるわけではない。また第二、第三の事件が起きる可能性は大いにあるのだ。

 

「グッドモォーニィーングッ」

 

 そんな生徒達の心配を知ってか知らずか、いつにも増して、やけにテンションの高い自称天才が登校してきたようで、教室に姿を見せる。

 

 ──ソウマ・アラタ

 

 転入してきたばかりで学園の改革を訴えるチーム・サイド0のリーダーにして、天才を自称する自意識過剰のナルシスト。

 とはいえ、天才を自称して憚らないほどのガンプラやバトルの技量は有しており、今まさに学園中の注目を集める男だ。

 

「「「「げっ、トラブルの擬人化」」」」

「……変人の次はトラブルと来たか。そうかそーか、流石、俺のクラスメイトだなぁ、うん」

 

 今までサイド0について話していた四人組もアラタを見るやいないや、わざとらしく面倒臭そうに顔を顰め、当のアラタは彼等のご挨拶に頬を引き攣らせる。

 

「──みなさん、静かにしてください。ホームルーム、はじめますよ」

 

「トラブル、いっきまーす」と早速、絡んでいくアラタに来るな来るなと厄介払いをしようとする四人組だが、普段のアラタのキャラのせいか、満更でもなく、キャッキャッと騒いでいる。

 すると教室の扉が開き、クラスの賑やかな様子に微笑みを浮かべつつも担任として、アイダは律する。

 

「せんせー、知ってるー? アラタが生徒会に対抗して、チームを作ったって」

「やめろよ、ジョスィ」

 

 アラタの頬を突きながら、まるで告げ口するかのように話す女子生徒に同じノリで話すアラタだが、一方でその話を聞いたアイダはどことなく眉を顰める。

 

「……その話は聞いています。ですが、教師は原則として生徒間のそういったトラブルには不介入です」

 

 それも生徒会が決めたルールなのか、はたまた……。

 入室時の穏やかさとは違い、教師として厳しく話すアイダだが、生徒達の反応は良いとは言えず……。

 

「なんだー、つまんねーの。学園側は見て見ぬ振りってことか」

「それが大人のやり方かー!」

 

 アイダの言葉に、心底つまらなさそうに話す男子生徒に便乗するように、さながら抗議の如くアラタは声を上げる。とはいえ、いつまでもこうしていては何も始まらないので、全員、席について、いよいよ、HRが始まろうとする。

 

「……」

 

 今までの一部始終をずっとイオリは眺めていた。

 ……いや、厳密にいえば、アラタを、といったところだろうか。

 最も当のアラタはHR直前だというのに、なにやらGBにメールが来ているようで、陰でそちらをチェックしていた。

 

「どうしたの? 随分と朝から熱い視線を送ってくるけど」

 

 すると返信を終え、イオリの視線に気付いたのか、注意することもせず、ずっとこちらを見つめているイオリに頬杖をついて軽薄な笑みを浮かべながら、からかって来た。

 

「……なんでもないわ」

「みんな、心配してるぞ? 様子が変だって」

「……関係ないでしょ。しばらく放っておいて」

 

 向けられた瞳から目を逸らすように視線を伏せるイオリはぶっきらぼうに答える。

 その態度に先日のことを思い出したアラタから軽薄な笑みが消え、どこかイオリを気遣った様子を見せるが、その想いはイオリに届くことなく、つっけんどんに返されてしまう。

 

「委員長、お前……」

 

 転入以降、こんなイオリは初めて見た。

 まさに取り付く島もないイオリの態度に、やがて何か気付いたかのようにわなわなと動揺で瞳を揺らす。答えはしないものの、何かと思ったイオリがチラリとアラタを横目で見ると、やがてアラタは息を呑んで、ゆっくりと口を開く。

 

「もしかして女の子の日──」

 

 言い終わる前に投げられたペンケースがアラタの顔にめり込む。

 アラタの目の前には怒りでわなわなと震えて、顔を真っ赤にしているイオリの姿が。

 

「アナタねぇ!? 人がなにも言わないからって好きに言って良いとでも思っているの!?」

「なにも言わないから言われたんだろー? 安心しろって、そういうことなら俺も気を使うから」

「違うわよ、バカぁっ!」

 

 イオリの怒りは収まらず、そのままアラタの胸倉を掴んで、グラグラと揺らす。

 しかし当のアラタは既にイオリはそういう日なのだと思っているようで、肩を竦めるように首を横に振り、それが更なるイオリの怒りを買う。

 

「ソウマ君にコウラさんもいい加減にしなさい! アナタ達は毎回毎回……。デイリーか何かですか!」

「これで何の報酬がもらえるんですか!」

 

 見かねたアイダが注意するのだが、その内容にイオリはたちまち反論する。

 とはいえ、アラタとイオリに関しては、アイダとのやり取りも含めてクラスメイト達はまたやってるよ程度で一切、気にも留めていない。

 

「あーあ、委員長のせいで怒られちゃったー」

 

 HRも始まり、アラタはおどけながら机で突っ伏してしまう。

 その姿にこみ上げるものを感情のまま吐き出しそうになるが、ここはぐっと堪えて、HRに集中する。

 この自称天才が転入してきてからというもの、イロモノ扱いされることが多くなった気がする。

 

『さあ、勝利を組み立てようか』

 

 ……彼の転入をきっかけに学園は今、大きな転換期を迎えようとしている。

 事実、今まで不可侵の姿勢をとっていたアールシュを動かすだけではなく、権力を振りかざして、私腹を肥やしていた生徒会傘下のチームに所属していたショウゴやサカキ、シロイをはじめとした多くの生徒がかつてのガンブレ学園のように真摯にガンプラに向き合っている。

 

 何より、ユイやマリカ、リョウマ……勿論、自分を含めて、彼の存在にどれだけ救われた存在がいるのだろうか。

 飄々とおどけているはいるものの、その影響力は計り知れず、一度は邪険に扱われても、なんだかんだで馴染めるだけの才能がある。

 

 もしも彼を形容するのであれば、”光”だろうか。

 それこそ太陽のような温もりを与えてくれる光は傍にいて、心地が良い。

 

 ──だからこそ

 

(……眩しいのよ)

 

 自分がなりたかったのはそんな存在ではないだろうか。

 ただ思うままに罵詈雑言を吐き捨て、人の心に影を落とす存在ではなく、その心に温もりを与えてくれるような、そんな存在に。

 

 だからこそ、内心でソウマ・アラタという存在に憧れる一方で眩しく感じてしまう。

 それは、彼の傍にいると、彼が絶対にしないような正反対の醜い己の過去が照らされて、嫌でも思い出してしまうほどに。

 

『その時を楽しみにしている』

 

 ……果たして、“その時”が来るのだろうか。

 ガンプラが好きで、だからこそこの学園に身を置いているのに、今は何をやっても楽しいとは思えない。

 ただただ、自分の心には黒く蠢くような濁った感情が日に日に肥大化しているのだ。

 

 ・・・

 

「さーて、部室に行きましょうか」

 

 結局、この日、自分の中に巣食った負の感情に苛まれながら、放課後を迎えた。

 解放されたように背伸びして身体を伸ばしたアラタは隣の席のイオリに何気なく声をかけるも……。

 

「……ごめんなさい。さっき先生に頼まれた用事があって……。先に行ってて貰える」

 

 彼女は取り繕ったような笑みを浮かべて、首を横に振ったのだ。

 しかし傍から見ても、その笑顔には強い違和感がある。

 そのことを指摘するよりも早くイオリは席を立つと、逃げるように教室を出て行く。

 

(私は、もうあの頃とは違う!)

 

 教室を出たイオリの歩みはどんどん速まり、やがては駆け出す。

 その足は止まることが出来なくなったかのように、その瞳は一点しか見えていないかのように。

 

 もう過去の自分とは決別したい。

 全てを終えた時、自分はきっと変われているはずだ。

 そしてもうすぐその全てを終えることが出来るのだ。

 

 ならば、なにを迷う必要がある。

 ──終わらせてしまおう、ここで全てを。

 



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セナの嘲笑

「今度、サイド0のエンブレムをデカールにしてみようと思うのだけれど」

「わあっ、完成したら分けて貰っても良いかな?」

 

 第08部の部室には既に殆どの部員やサイド0にレイナやチナツ、シオンといった与する者達が集まっており、いつもの賑やかさを見せていた。

 それぞれが思い思いの行動で自由な時間を過ごすなか、レイナが自作したサイド0のエンブレムが映ったスマートフォンの画面を見せると、自分が属するチームということもあり、ユイがすぐさま食いつく。

 

「今日も賑やかだなあ」

「おっ、アラターじゃん! ねえねえ、三連休ってどうする予定ぃ?」

「シオンも気になるなっ」

 

 そんななか、扉を開いて到着したアラタは賑やかで楽しげなムードの部室に穏やかな微笑を浮かべると、彼の存在にいち早く気付いたチナツとシオンが駆け寄って、以前、アヤも話していた今度の三連休の予定について尋ねる。

 

 しかし、今までレイナと話の華を咲かせていたユイがその問いかけを耳にして、どこか焦った様子でアラタに声をかけようとする。

 

「ア、アラタ君! 今、レイナちゃんがサイド0のデカールを──」

「三連休なら俺が転入する前に暮らしてた田舎に帰るつもり。あぁそうそう、ユイねえ……先輩も暮らしてた場所だから、一緒に里帰りする予定だよ」

 

 なにやら強引に話を逸らそうと、声をかけようとするユイだが、その言葉が届くことなく、何気なく答えた三連休の予定はこの場に集まった面々の耳に届いてしまった。

 

「あら、なんだか楽しそうね。因みにその田舎ってどの辺りなのかしら?」

「えっ? んー……確か──」

 

 言ってしまった、知られてしまった、とそわそわと焦っているユイの両肩を後ろから掴みながら、ひょっこりと顔を見せたレイナはどこか悪い笑みを浮かべて、アラタの田舎について尋ねると、問題があるわけでもなく、アラタは聞かれたまま、田舎の所在をベラベラと答える。

 

(……あぁ、姉弟の里帰りっていうほのぼのビジョンが音を立てて崩れていく)

 

 大方、先程の誤魔化そうとした態度でアラタと二人きりで帰郷するというプランが察せられてしまったのだろう。

 然程、関心のないリュウマ以外の女性陣が、「へー」と相槌を打つなか、特にマリカなどが据わった目を向けてくる。

 ユイの頭の中にあった笑い合って追いかけっこをする二人の妄想が水泡のように消えていくのを感じながら観念したように項垂れていると……。

 

「──呼ばれてないけどジャジャジャジャーンッ」

 

 小柄の何かがまるで砲弾のように扉を打ち破って、部室に飛び込んできた。

 驚いているのも束の間、その正体であるアヤは飛び込んだ勢いのまま床を転がって、ポーズを取る。

 

「常に全力。それでこそアヤちゃんだわ」

「いつまで経っても部室にいらっしゃらないので、迎えにきましたっ!」

 

 襲撃じみたアヤの登場に誰もが驚いているなか、ユイの背後にいたレイナはいつものことで慣れているのか、特に気にした様子もなく、平然と声をかけると、どうやらアヤの目的は第10ガンプラ部部長であるレイナを探してのことのようだった。

 

 とはいえ、ローリングを決めるだけの勢いを持って突入してきたのだ。

 当然、それだけの勢いをつけるには助走が必要な為、走ってきたのだろうが、その間に多くの人間の目に留まることとなり、その直後、慌しい様子でアイダが部室に顔を見せる。

 

「こら、イチカワさん! 廊下は走ってはいけないし、扉は飛び込むものではありません!」

「で、ですが、個性は発揮しないと埋もれる可能性が……っ!」

「そう言ってこの前、怪我をしたのは誰ですか!」

「まさか鍵が閉まっていたとは露知らす……」

 

 声を張り上げて叱りつけるアイダに大人しく聞くことも謝ることもせず、何とか弁明をしようとするのだが、所詮は脆弁でしかなく、あわあわと周囲に助けを求めるのだが、これに関しては自業自得のため、アイダからありがたいお叱りを受ける羽目になる。

 

「そう言えば、先生。委員長に頼んだ用事ってもう終わったんですか?」

 

 程なくして、こじんまりと正座しているアヤへの説教を終えたアイダにアラタは先程、教室でイオリが話していたアイダから頼まれたという用事について尋ねる。

 しかし、当のアイダは今一、ピンときていないようで、眉を顰めると困惑した様子で口を開いた。

 

「コウラさんに……? なにか頼んだ覚えは──」

 

 その言葉の途中でアラタは部室を飛びだしたのだ。

 誰もが唖然として、背後から戸惑ったユイの声や、アイダから廊下は走っちゃダメですよ、などと注意が飛ぶが、アラタの耳には届かず、そのまま彼は走り去ってしまう。

 

 ──嫌な予感がした。

 

 ずっと引っかかっていたあのイオリの笑顔。

 ここ最近、すぐにでも副会長であるセナに挑もうとするなど、なにか焦っているのは感じてはいたが、ここに来て、なにか突飛なことを仕出かすのではないかという胸騒ぎがするのだ。

 

「あん? なんだそんなに急いで。魚ァ銜えたドラ猫なんざいねえぞ」

 

 しかし、イオリが今、どこにいるのかも分からなければ、スマートフォンへの連絡もつかない。

 道行く生徒にイオリを尋ねながら、あちこち駆け回っていると、偶然、マスミと遭遇した。

 

「マスミン、委員長を見なかった!?」

「委員長ぉ? あぁ、イオリか。んなら、向こうのバトルルームに行くのを見たぞ」

 

 時間が経てば経つほど胸騒ぎは大きくなっていく。

 鬼気迫る様子でイオリの所在について尋ねると、たまたま見かけたのか、マスミがこの階のバトルルームがある場所を指し示し、すぐさまアラタはマスミの横を通り過ぎて、バトルルームへと向かう。

 

 ・・・

 

 ──夜闇に片腕が舞い上がる。

 

 バトルフィールドである廃都市に、鈍い音を立てて落ちたのは、サファイアの右腕であった。

 

「そん、な……っ」

 

 ビルダ-であるイオリは動揺のあまり、言葉どころかジョイスティックに込める腕の力も失ってしまう。。

 膝をつくサファイアは既に至るところから火花が散るほど、満身創痍であり、まさに吹けば崩れ落ちてしまうのではないかという程、悲惨な姿と化していた。

 

「──まさか、一人で挑んでくるとはな」

 

 茫然としているイオリは通信越しのその冷淡な声に身体を震わせて、目の前のモニターを見やる。

 そこにはサファイアとは対照的に一切の損傷もなく、さながら刃のように容赦なくこちらを見下ろす黒暗色のガンプラがいたのだ。

 

 ローゼン・ズールをベースにシナンジュのパーツを組み込んでカスタマイズされたそのガンプラの名前はクリンゲ・ズールであり……。

 

「チームプレイにはもう飽きた、というところか? ──ソロモンの魔女よ」

 

 操るのは、現生徒会副会長セナ・ダイスケであった。

 凍えるような冷たい物言いから放たれた“ソロモンの魔女”という異名にイオリは目を見開いて、息を呑む。

 

「驚くことはあるまい。言っただろう? 貴様は色々と有名だとな」

 

 通信越しに聞こえたのだろう。

 イオリの動揺を、心底、可笑しそうにせせら笑うのだが、やがて失望したかのように嘆息する。

 

「まったく嘆かわしい……。貴様は本来、我々側の人間のはずだ。力の正しさ、そして強さの素晴らしさを知る側だったはず……。それが前副会長の元でくだらん仲良しごっことは……。これを嘆かずしてなにを嘆く?」

 

 ──やめて

 

 セナの言葉の一つ一つがイオリの胸を抉るかのようだ。

 思わず叫びたくなるが、動揺による心の波紋は大きく、満足に声すら発せられないまま、その言葉を聞くしかなかった。

 

「知るが良い、身の程を弁えぬその行いが、貴様を敗北させたのだ」

 

 気付けば、目の前に光の刃が振り上げられていた。

 しかし、イオリにもサファイアにも、その言葉を、そしてその刃を止める術はなく、振り下ろされた凶刃は静かに戦いの幕を閉じるのであった。

 

 ・・・

 

「──委員長ォッ!!」

 

 蹴り破るようにして、バトルルームに乗り込んできたのはアラタだった。

 しかし彼が見たのは、悠々と制服の埃を払うセナとシミュレーターからおぼつかない足取りで出てきたイオリの姿であった。

 

「……サイド0のリーダーか。一足遅かったな」

 

 アラタの存在にイオリが驚くなか、彼がイオリを探してこの場に訪れたのを察したセナは鼻で笑う。

 

「……委員長になにをした」

「そう怖い顔をするな。バトルを持ちかけたのは、そこにいるソロモンの魔女だ」

 

 憔悴しているようにも見えるイオリにいつもの飄々とした態度は既に消え、鋭い眼光を突きつけるも、セナは意に介することもなく、ソロモンの魔女と呼ばれてピクリと震えるイオリを一瞥する。

 

「……ソロモンの魔女?」

「知らなかったのか? フンッ……これは面白い。ならば直接、聞くといい」

 

 しかし、ソロモンの魔女とは何のことかも分からず、顔を顰めるアラタに傑作だとばかりに愉快そうに笑ったセナはこの場を後にしようと歩き出した。

 

「貴様達を今、ここで潰しても仕方ない。チームごと潰すに相応しい舞台を用意しておこう」

 

 すれ違いざま、セナは嘲るように笑みを投げかける。

 いつでも潰せるというその余裕にイオリが歯を食い縛るなか、セナはバトルルームを出て行った。

 

「……勝手なことして、ごめん」

 

 アラタとイオリの二人だけになったバトルルームに痛々しいほどの沈黙が圧し掛かる。

 居た堪れなくなったイオリはポツリと呟くように謝罪の言葉を口にすると、物言いたげなアラタはチラリと見やる。

 

「……まずは話を聞きましょうか」

「そう、よね……。アナタには、話しておかないといけないから」

 

 副会長に単身、バトルを挑むなど言いたいことは山ほどある。

 とはいえ、まずはその前に何故、そこに至ったのかを聞くだけの猶予として話をしてもらおう。

 イオリもこうなった以上は話さなくてはいけないと思ったのだろう、たった二人しかいない息が詰まるようなバトルルームでイオリは重い口を開くのであった……。



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ソロモンの魔女

 夕暮れのなか、窓から差し込む光が茜色に染める第08部室内では、落ち着いた場所で話そうとアラタの計らいで二人だけにしてもらい、今、この場はアラタとイオリの二人きりだけの空間になっていた。

 

「さっきの話、なんだけど……」

 

 他のサイド0の面々などが部室の外で待機するなか、重苦しい沈黙を静かに打ち破ったのはイオリだった。

 

「副会長の話……。私を“ソロモンの魔女”って呼んだのを、聞いちゃったよね」

「聞いたけど」

 

 恐る恐る聞いてくるイオリに、ありのまま答える。

 聞いてしまった以上、今更、下手に取り繕ったって仕方のないことだ。

 

 自分がソロモンの魔女だなどと呼ばれていたことは知られたくなかったのだろう。

 改めてアラタに知られてしまったことになんて言ったら良いのか、と視線を伏せるイオリを一瞥して、ため息をつくと、彼女はビクリと身体を震わせた。

 

「……いや、だからなにって感じなんだけど」

 

 もしかしたらアラタに失望されたのではないか。

 そんな風に怯えて、アラタをまともに見ることも出来ないでいる彼女の姿にポリポリと頭を掻くと、改めてイオリを見据える。

 

「ソロモンの魔女がどんなのかは知らないけど、俺が知っているのは目の前にいる委員長だ。不器用で暴走しがちな……。でも、傍にいて飽きることがない。自分の意見をしっかり持って、押し通そうとする女の子だよ」

 

 独断で行動したのだ。

 怒鳴られたとしても文句は言えないというのに、アラタから発せられるのは優しげな声だった。

 思わぬ言葉にイオリが息を呑み、驚くなか、ふとアラタはおどけて鼻を鳴らしながら話を続ける。

 

「まあ、良くも悪くもだけどな。事あるごとに俺のことを追いかけ回してくれちゃって。これも一種の愛なのかね? お陰様で委員長のツッコミがないと物足りない身体に──」

 

 その言葉が最後まで話されることはなかった。

 なぜなら、いきなり詰め寄ってきたイオリがアラタの胸倉を掴んできたのだ。

 好き勝手に言った為、なにか言い返されるかと思ったが、顔を上げた彼女の顔を見て、ふざけていたアラタも表情を変える。

 

 そこには、目尻に大粒の涙を溜めたイオリがいたのだ。

 しかし、それは悲しみの涙などではなかった。

 

「好きっ……ほう、だ、い……っ……言ってぇ……っ!」

 

 掴まれた腕が震えているのを感じる。

 

「で、もっ……ありが、とう……!」

 

 彼女は目尻に涙を溜めてこそいるものの、嬉しそうに、だが、だからこそ切なそうに声を震わせていた。

 

「──ッ」

 

 そんなイオリの華奢な身体に手が回される。

 アラタに抱きしめられたと感じたのも束の間、そのままふわりと彼の胸板に抱き寄せられれる。

 

 あのままでは、まともに話せないと思ったのだろう。

 抱き寄せられたイオリは間近にアラタの体温を感じて、ドキリと鼓動を高鳴らせ、見る見るうちにその頬が赤くなっていくが、直に感じる温もりにやがて嗚咽を漏らし始める。

 

 ・・・

 

「……落ち着いた?」

「……ええ、ごめんなさい」

 

 しばらくして腕の中のイオリに声をかけると、ようやく落ち着いたのだろう、彼女はコクリと頷く。

 

「……アナタだから……聞いて欲しいことがあるの。私の……過去を」

 

 本来、涙を流して良いような立場でないはずなのに、彼はそれを許してくれた。

 一人で抱える必要も、我慢する必要もないと言うかのように。

 そんなアラタだからこそ、やはり話すべきなのだと、改めてイオリは己の過去に向き直る。

 

「前に、私のバトル中の様子が変だ、ってみんな言ってたわよね? 多分、それは……中学の頃が原因だと思う」

 

 確かにサイド0結成当時、ユイ達がそのような話をしていた覚えがある。

 バトル中のイオリは、スイッチが入ったかのように途端に好戦的で物言いも攻撃的なものになる。だが、それも乗り物の運転やゲームの最中に人が変わるという話は聞いたことがあるので、そんなものなのだろうと思っていたが、どうやら理由があるらしい。

 

「中学時代の私は……力が全てだと思っていた」

 

 その言葉から、語られたソロモンの魔女と呼ばれた少女の過去。

 バトルでは負けなし、全てが意のままになると思い上がっていたあの頃。

 それは、まさに今の生徒会を髣髴とさせるかのように。

 

『──このバトルに負けた程度で君の価値が決まるわけがないだろう』

 

 しかし、ソロモンの魔女と驕り高ぶっていた少女は光る翼を持つ少女とのバトルで全てが変わったのだ。

 

 実力だけではなく、その心でさえ何一つ勝てなかった。

 だからこそ、あの人は強いのだと思えた。

 

 その時に漸く自分が間違っていたのだと気付くことが出来た。

 力は所詮、力でしかなく、正しさを決めるのは自分の心の強さなんだと。

 

「……私は自分が恥ずかしくて、変わろうと思った。知り合いのいない遠くの高校を受験して、本当に正しいことを出来る自分になろうって……っ……」

 

 己の過去を包み隠さず、明かしたイオリだが、その声色が段々と震えていくのを感じる。

 

「アナタを見ているとね……本当に眩しいの。助けを求める誰かに手を差し伸べて、救って、抱きしめてくれるような……。そんな温かさを持つアナタと一緒にいると、お前とは正反対だ、って醜い自分の過去を突きつけられてるようで……っ! それを振り払いたくて……っ!」

 

 アラタから感じていた劣等感にも似た感情。

 アラタが誰かを助けようとする度に、誰かを傷つける立場にいた忌むべき過去を思い出させるのだ。

 

「……でも、ダメだった。結局、なにも変わっていなかったんだわ……っ。一人で何とか出来るって思い違いをしてた……! チームのみんなにもこうして迷惑をかけて、一人で勝手に負けて……っ!」

 

 結局、過去の自分から目を背けるように動いた結果がこのような出来事を招いてしまった。

 今、彼女は深い自己嫌悪と絶望の中にいるのは手に取るように分かる。

 

「ごめん……ごめんっ……なさいっ! 私、ガンプラ止めた方が良いのかも……っ!!」

 

 結局、自分は変われていなかったのだと、そんな自分はガンプラに触れるべきなのではないのだと涙混じりに話す彼女の姿はあまりに悲愴で、抱きしめるこの腕を離せば、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。

 

「変われないなら、今度は目を背けて逃げるつもり?」

 

 涙が止め処なく溢れるなか、アラタから発せられた一言に心臓が飛び跳ねるかのような衝撃を受ける。

 そのあまりに冷たく放たれた一言に顔を上げれば、静かにこちらを見下ろしているアラタと目が合う。

 

「言っておくけど、きっとその道を選ぶほうが委員長にとって辛いと思うよ」

 

 彼女の生真面目な性格を考えれば、ガンプラから目を背けた生活など出来るのだろうか。

 世界規模の大流行を齎したガンプラの話題など、何気ない日常にはいくらでもある。ガンプラを愛すれば愛しているほど、その全てに目を背けることなどただただ苦しさと未練に引きずられた生活になるだけだ。

 

 彼女のガンプラを見れば、分かる。

 チッピング塗装など、その精密さは愛がなければ出来ないはずだ。

 

 レイナはかつて言っていた。

 愛してなくちゃ後悔なんて出来ない、と。

 

 きっと彼女はガンプラに目を背け続ける限り、後悔に苛まれるはずだ。

 

「それじゃあ、私はどうしたら……? どうしたら良いの……っ?」

 

 今にも縋りつくような泣き腫れた顔を向けるイオリ。

 過ちを犯した今、自分でどうすれば良いのか、分からないのだろう。

 

「それで良いんだよ」

 

 だが、そんなイオリを包むように抱きしめ直したのだ。

 

「本当にどうしようもない時は、そうやって助けを求めてくれれば良い」

 

 先程の冷たさとは一転、温もりに満ちたその言葉にイオリの心に生まれた氷河が少しずつ溶けていくのを感じる。

 

「きっと委員長は変われてる。昔より強さと優しさを持って今まで進んできたはずだ」

「な……なによ……それ……。中学の頃の私なんて知らないくせに……っ」

 

 抱きしめてくれるアラタの言葉はまるで心に触れているかのように直に伝わってくるかのようだ。

 溶け始めた心の氷河は涙になったかのようにあふれ出る。

 

「知らないよ。でも、委員長が変われているのは、この涙を見れば分かる」

 

 確かにアラタはイオリがソロモンの魔女と呼ばれ、どのように振舞ってきたのかなど知らない。

 

 しかしだ。

 こんなに泣き腫れた顔になってしまうほどの涙を見せる少女が果たして、なにも変われていないのだろうか。

 

「過去があるから今に繋がって未来を創造(ビルド)できる。だからもう過去を労わってやれ」

 

 少なくともアラタはそうは思っていない。

 だからこそもう泣かなくて良い、と過去に苛まれる必要はない、と言うかのように指先で涙を拭う。

 その言葉が響いたのだろうか、イオリの身体は大きく震えると、アラタの胸に飛び込んできた。

 

「ありがっ……とう……! アナタと同じチームで本当にっ……良かった……!」

 

 アラタの胸に飛び込んだイオリから嗚咽混じりの感謝の言葉が漏れ聞こえる。

 それは先程の悲しみに満ち溢れた涙ではない、この温もりに出会えてよかったという涙だった。

 

 

 

 

「──イオリちゃああああぁぁぁぁぁぁーーーんんっっっっ!!!!!」

 

 

 

 

 抱きしめたイオリから噛み締めるような笑みが聞こえてくる。

 温かな時間が流れていると、突然、扉を打ち破って、ユイが飛び込んできたのだ。

 

「……いいなぁ」

「……えっ」

 

 外で待機していたリュウマやマリカ達も続々と部室内に入ってくるなか、ふとマリカはどこか羨ましそうにアラタに抱きしめられているイオリを見つめると、彼女はこの状況に改めて……。

 

「っ~~~~!!!」

 

 顔を真っ赤にして、慌ててアラタから離れたのだ。

 しかし、アラタから離れた瞬間、先程、飛び込んできたユイがイオリを抱きしめる。

 

「ユ、ユイ先輩……」

「もう大丈夫だよ、イオリちゃんっ! 私達も一緒にイオリちゃんと歩んでいくからっ!」

 

 話を聞いていたのだろう。

 ユイは感極まった様子でイオリに訴えかける。

 突然のことにイオリは呆然としていると……。

 

「まあ、なんだ。マリカの時と同じってことだろ。誰かが困ってりゃ助けようとする。アンタもそうであり、そんなアンタが苦しんでりゃ助けてようとしてくれる奴がいる」

「イ、イオリ先輩……は、助けたい人だ、って……そう、思えますっ」

 

 そんなイオリにリュウマやマリカも優しく話しかける。

 

 イオリを想ってくれる者達がこれだけいるのだ。

 アラタだけではなく、ユイやリュウマ達からも温もりを感じて、急いていた時の険のある表情が嘘のように柔らかくなっていく。

 

(……そっか、そうなんだ──)

 

 温もりに満ち溢れたこの空間にイオリの頬に一筋の涙が溢れる。

 

(こんなにも……私の周りには温もりがあったんだ)

 

 かつての自分にはあったのは、暴力的な冷たさ。

 だが今が違う、こんなに……こんなにも温もりに満ち溢れていたのだ。

 改めて、この幸福を噛み締めると、抱きしめてくれるユイの身を預けるのであった。

 

「これで解決、かな」

 

 マリカだけではなく、居合わせたチナツやシオンなどが抱きしめられたイオリを囲むように抱きしめて、いつもの賑やかさを見せ始めると、その光景を傍から見つめながらアラタは安心したように呟く。

 

「……サイド0の問題の全部が、とは言えねえと思うけどな」

「どういう意味だ?」

 

 そんな呟きは聞こえていたのだろう。

 ふた隣にいたリュウマがポツリと呟くと、なにか他に問題でもあったか、と彼を見やる。

 すると、リュウマは複雑そうな表情をアラタに向け……。

 

「……なんでもねえ」

 

 どこかぶっきら棒に答えると、アラタが首を傾げるなか、リュウマは一人、サイド0の部室を出て行ったのだ。

 

(……やっぱりこのままじゃダメだ)

 

 部室を出たリュウマは先程のイオリを抱きしめるアラタの姿を思い出す。

 確かにイオリは救われただろう。いや、自分自身もアラタには救われてきたのだ。

 

 しかし、だからこそ……。

 

(手遅れになる前に……ッ)

 

 リュウマの足取りはどんどん、速くなっていく。

 彼の脳裏にはかつてランキングバトルの際にアーラシュが乗り込んでくる前の記憶が過ぎる。

 当時のアラタの口元は笑っていても、虚しく見るものを映す目だけは忘れない。

 あの時の違和感が日に日に肥大化していくのを感じながら、リュウマは一人、行動を起こすのであった。



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宿命の再会

 イオリを巡る問題は一先ずの収束を迎えた。

 リョウマはあれから部室に戻ることなく、“先に帰っててくれ”と連絡が来るのみで、今日はこのままみんなで遊びに行こうとなったのだが、アラタは一人、外せない用事があると泣く泣く辞退した。

 

 先程のこともあってか、イオリが心なしか誰よりも残念そうにしていたのだが、こればかりは仕方ないとユイ達に連れられて、一足先に下校した。

 

 ユイ達を見送り、一人だけになってしまった部室でGBを取り出す。そこに表示されていたのは既に目を通してある一通のメールだ。

 

【やっほー、アラタ君! 今日の放課後ってヒマ? 良かったらまたチャットルームでっ!】

 

 差出人はRECOCO。

 このメールが送られてきたのは、今朝のホームルーム直前だ。

 

 大方、この後、RECOCOと共にバトルをするのだろうが、ユイ達の誘いを蹴ってまで彼女を優先したのには理由がある。アラタはバトルシミュレーターに乗り込むと、RECOCOが待っているであろうチャットルームに繋げるのであった。

 

 ・・・

 

 《──聞いたよー。今度はAIRBRUSH OF Zのシロイ君をやっつけたってっ!》

 

 チャットルームに到着すれば、早速、待っていたRECOCOからAIRBRUSH OF Zを撃破した話題を持ちかけられた。

 

「相手は手強かった。しかし俺は天っっ才であり、心強い味方もいたからな」

 《凄いよねー! シロイ君って塗装だけじゃなくて、ガンプラバトルもかなりのレベルだったはずだよ!》

 

 とはいえ、RECOCOとのやり取りは毎回、サイド0の近況に関することから始まるので、アラタはいつもの調子で三本指をクルリと回しながら、得意顔だ。

 

 《そのシロイ君なんだけど、小学校に入る前からエアブラシを使いこなして、大人顔負けの作品を作ってたんだって。コンテストでも常連で、海外からも注目されてたんだよ! 私も見たことあるけど、ほんっと凄かったー!》

 

 確かにバトル中であって、シロイのドムタクティークの塗装技術はあのフィールドにいた誰よりも凄まじかった。

 それはデコるのが趣味と口にするほど塗装を説く意図するチナツや天才を自称する自分よりもだ。

 天才と豪語するだけあって、自分よりも優れたその塗装技術に悔しい思いはあるが、それと同時に唸らされるような思いではあったのだが……。

 

 《でも、最近の作品はカッコいいけど、ワクワクしないっていうか……》

 

 あの塗装を自分も目指してみようとは思わなかったのだ。

 それは何よりその塗装を行っていたシロイが楽しむことを忘れて、ただ正確さだけを求めていたからだろう。ただただ神経をすり減らすような作業で本来の楽しみ方も愛も満足に注ぐことすら出来なかったはずだ。

 

 《だから、生徒会の傘下から外れたら、また昔みたいに凄いガンプラを作ってくれると思うっ!》

 

 だが、少なくとももうシロイはそのようなことをする必要はなくなった。

 敗北を許さぬ生徒会はすぐにでもAIRBRUSH OF Zを切るであろうし、それを見越してか、シロイ自身も、「どうせなら君達を応戦する」とこれからのサイド0の活動に背中を押してくれたのだ。

 これからシロイとは良好な関係を築けていけるだろうし、RECOCOがいうように彼の愛が注がれた渾身のガンプラはぜひとも見てみたい。

 

 《……で、そのシロイ君を倒したってことは、いよいよ生徒会役員とのバトルだね!》

 

 生徒会傘下のチームは軒並み撃破したといって良いだろう。

 まさかここまで順調に事が運ぶとは思ってはいなかったが、どちらにせよ、手が届くのであれば、それに越したことはない。

 

 《会計のミツルギさんと書記のオオトリさんに副会長のセナ君、それから会長のシイナ君……。四人とも、物凄く強いのは間違いないからねー》

 

 だが、生徒会は今までのように甘くはいかないだろう。

 リョウコは勿論のこと、自分は実際に刃を交えていないが、アカリもセナもかなりの実力者であることは伺える。

 そして何より、その長として君臨するユウキも……。

 

 《私で良かったら、練習に付き合うよ? ……っていうか、私が君と一緒に遊びたいだけなんだけど》

「……ああ、そうだな。お言葉に甘えるとしますか」

 

 ふと脳裏に過ぎった記憶に耽っていると、今か今かと待ちきれない様子のRECOCOの言葉に我に返ったアラタはセットしたG-ブレイカーと共に出撃するのであった。

 

 ・・・

 

 ──温もりを失えば、凍てつくような冷たさに襲われる。

 

 当然といえば、当然のことだろう。

 しかし……いくら陳ずろうとも、その冷たさは実感した時にしか分からないことだ。

 温もりが大きければ大きいほどに、自分の身を襲う冷たさは強くなっていくのだ。

 

 沈みゆく夕陽を見つめる。

 太陽を失えば、空は闇夜に染まる。

 それはまさに自分のことのように思えた。

 

 そう、太陽を失ったのだ。

 もう一度、太陽が欲しいと思った。

 もう一度、昇って欲しいと思った。

 しかし、それは叶わないことは分かっていた。

 ならば、と代わりを求めたところで太陽になりえるような存在などいるわけがない。

 

 自分の心に暗い雲が染み渡った。

 いくら待てども晴れ間は訪れることがない。

 

 ……これ以上の人生に意味などないと思っていた。

 

 しかし……。

 

『さあ、勝利を組み立てようか』

 

 太陽は再び昇ったのだ。

 あまりにも唐突に、あまりにも強烈に、あまりにも眩しいほどに。

 

「──入るぞ」

 

 物思いに耽っていると、自分しかいなかったこの無駄に広い部屋に来訪者が現れた。

 眼鏡の奥に光る切れ長の瞳はあまりに鋭く、見る者を威圧することだろう。

 最も自分に向けられているのは、どうしようもないほどのお節介だが。

 

「そろそろ下校時間だ。行こう」

 

 時間というものは残酷なまでに止まることがない。

 いっそ止まってくれればと思うほど、時間を無意味に浪費してしまっている。

 

 だが、それは仕方のないことだ。

 僕には太陽(アラタ君)以外に意味なんて見出せないのだから。

 

 ・・・

 

 《──やっぱり君のガンプラ捌きは一味違うねー。その調子なら生徒会役員を倒すのも、夢じゃないかもっ!》

 

 RECOCOとのミッションを終え、再びチャットルームでは和やかな時間が訪れていた。

 アラタ自身、ガンブレ学園の環境に揉まれ、日々成長しているのだろう。それを近くに感じて、RECOCOは感心するに画面越しに頷いていた。

 

 《そうそう、これは友達から聞いた話なんだけど……》

 

 談笑も程々にRECOCOはなにやら前置きを置いた上で話を変えてくる。

 一体、なにを話されるのだろうと、アラタがこれから話されるであろう続きに耳を傾けると……。

 

 《会長のシイナ君、前の学校では不登校気味だったんだって》

 

 ユウキの話題が出されたのだ。

 アラタが目を見開くなか、そのことに気付いていないRECOCOは話を続ける。

 

 《その理由が、いじめられたとかじゃなくて……ガンプラバトルで誰も彼に敵わなくなってしまったから、らしいの》

「えっ、なにその理由」

 

 以前の学校で不登校だったというユウキ。

 弱肉強食の世界を目指すに至るほど、心に影を落とす出来事があったのかと眉を顰めていたアラタだが、思わぬ言葉に呆気に取られる。

 

 《生徒は勿論、先生でもシイナ君には勝てない。彼はそんな学校に通う意味を見失ってしまったのね……。ううん、学校だけじゃない。生きていく意味、そのものを見失いかけていた》

「なんか壮大っぽいんだけどさ。その学校ってガンブレ学園みたいにガンプラを扱った学校なの? あー……なんだ、色々と気になることが多いなぁ」

 

 RECOCOが寂しげに話す一方で、アラタはユウキが以前の学校でどうだったのか、など色々、気になることが沸々と湧いて来たようで、頭を抱えていた。

 

 《だから幼馴染のセナ君がシイナ君の環境を変えようとした。それで、一緒にガンブレ学園に転入してきたの。ガンプラで有名なこの学園なら、きっとシイナ君がバトルを楽しめる相手がいる……。そう思っていたはずなのに、シイナ君もセナ君も強すぎた》

 

 幼馴染の誼……というべきなのか、それにしてもあの冷血にさえ感じるセナがそこまでするのは些か意外ではあった。しかし、転入してきたこの学園でさえ、問題を解決するに至らなかったようだ。

 

 《唯一、アールシュ君に可能性があったんだけどね。技量を測ろうとしたセナ君とバトルをして勝ったみたいなんだけど、その後、【気に入らない】の一点張りでバトルを受け付けなくなってね。それ以来、二人を中心にした生徒会の発足以降は互いの立場もあって相互不可侵になってるんだけど……結局、それ以外に誰も勝てなくて……その結果が、今の“強さは正義”をモットーにした生徒会の成立というわけ》

 

 確かにアールシュと初めて出会った時も自身のガンプラと戦わせるに値しないと言っていたのは覚えている。

 生徒会長にも匹敵するとまでいわれるアールシュはセナを破ったとまでいうのであれば、それは寧ろセナにとっても僥倖なのだろうが、肝心の彼はバトルをするつもりはないという。

 結局、ユイやリョウコを含めた当時の生徒会は打ち倒され、現生徒会が発足し、弱肉強食の世紀末のような学園となって、今に至るわけだ。

 

「……しかしまあ、妙に詳しいよね。耳年増的な?」

 《年増……っ!?》

 

 大方のことは知ることは出来たが、RECOCOの持つ情報はガンブレ学園の生徒達について詳しいものばかりだ。

 何気なく話されるが、それは自分が知らない情報もあるため、ユイ達の誘いを蹴って、こちらを優先したわけだが、ユウキの境遇など、そこまで詳しいと気になってしまう。……最も、RECOCOは画面の先でなにやらショックを受けていたが。

 

 《え、えっと……それは、友達が多くて、みんなから情報を集めてるおかげ、かな?》

「そんな……っ……遂に存在しない友達まで見えるように……っ! そこまで追い詰められてたなんて……っ!」

 《……!? ひどい! アラタ君、言って良いことと悪いことがあるよ!》

「俺だけは……っ! 俺だけは友達だからぁっ!」

 《やーめーてーよー!》

 

 途端に焦って、誤魔化そうとするのだが、彼女は友達が少ないと以前、自分で言っていたはずだ。

 そのことにアラタは悲しそうに顔を抑えて嘆くと、RECOCOは抗議しようとするが、彼の涙交じりの訴えに画面越しに両手をブンブンと振るう。

 

 《……まあ、それはさておき。私ももっと君を手伝えると良いんだけど、ちょっと難しい立場なんだよねー。とりあえず、応援だけはできるから、全力で応援しちゃうよ! 頑張ってね、あとちょっとだよ!》

 

 とはいえ、RECOCOもアラタというキャラは散々、振り回されて理解しているのだろう。

 素早く切り替えると、下校時間も迫っているということもあり、今日はここまでと激励の言葉を送りながら、チャットを終えるのであった。

 

 ・・・

 

(……あとちょっと、か)

 

 人気のない学園の廊下を一人、歩きながらアラタは物思いに耽る。

 転入してから短い期間ではあったが、まさに激動であったことは違いない。

 

 その間にも色々と思うことはあった。

 しかし、後少しでその肩の荷も下りると思えば、少しは楽になるのかもしれない。

 

「──おや」

 

 そんなことを考えながら、階段を降りようとした時であった。

 コツコツ、と人気のない階段の踊り場に足音が響き渡る。丁度、上階から降りてくる者達がいたのだ。

 

「……っ」

 

 顔をあげて誰なのか、その瞳に捉えた瞬間、アラタは目に見えて、動揺にも似た驚きに支配されていた。

 

「まさかこんなところで出会うなんてね」

 

 そこにいたのは現生徒会長であるシイナ・ユウキその人だったのだ。

 階段の踊り場の窓から差し込む茜色の光によって影を覆うその姿は何ともいえない不気味さを感じる。

 

「……ユウキ、さっさと行こう。奴と話す必要など……」

 

 そんなユウキの傍らにいたセナはアラタを忌々しそうに一瞥すると、一分一秒たりとも同じ空間にいたくはないとばかりにユウキを促そうとするのだが……。

 

「そうだね。ダイスケ、君は早く行ってくれ」

「なっ……!? どういうつもりだ、ユウキ!?」

 

 しかしユウキはそれを一蹴したのだ。

 その瞳はアラタを離すことなく見つめ、漸く出会えたとばかりにその口元に恍惚にも似た笑みを浮かべるなか、なにをいってるんだとばかりにセナは食って掛かるのだが……。

 

「……うるさいなぁ。アラタ君との時間を邪魔する気かい?」

 

 その言葉とともに向けられた瞳に固まってしまう。

 刃のようなその言葉はあまりにも冷たく、その瞳はまるで大蛇の怒りに触れたかのような恐ろしさがあったからだ。

 普段は何事にも無関心で、気怠げな彼がここまで感情を露にすることなど滅多になかった。

 

 ユウキにとって、アラタはそれだけの存在なのだろう。

 幼馴染みである自分でさえ、ここまで感情を露わにしないというのに……。

 

 そのことに思うところはあるが、これ以上、ユウキを刺激するのはまずいと、それだけの固執をされるアラタへの悔しさと苛立ちに歯を食い縛りながら、八つ当たりのように彼を睨みつけると、足早にこの場を立ち去っていく。

 

「再会はもっと劇的なものが良かったんだけどね」

 

 セナもいなくなり、アラタとユウキの二人きりとなったこの場で、ユウキはゆっくりと階段を降りると、無邪気な子供のように話しかけながら、「だけど……」とアラタの目の前に立つ。

 

「ずっと会いたかったよ、アラタ君」

 

 再会を喜ぶには、あまりにも不気味で、異様で……自分が知るシイナ・ユウキとはあまりにかけ離れている。

 ただ確かに感じるのは、今、こうしてユウキを目の前にしているだけで自分の身体は得体の知れないなにかに絡みつかれて離して貰えないかのようなねっとりとした気味の悪さだった……。



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ユウキの世界

 ──僕は昔から、人とはどこか“ズレ”を感じていた。

 

 この僕……シイナ・ユウキのこの十数年の年月は、あまりに空虚なものであった。

 感覚的なものというべきなのか、家族を含めて、誰一人として僕を理解できるものなんていやしない。

 

 お陰さまで僕には、友達なんて呼べる人間はいない。

 人付き合いなんて苦手だし、別に必要ともしない。精々、幼い頃の知り合いはダイスケくらいなものだ。熱中していたプラモデルだって一人で作ることが多かったし、バトルだって顔も知らない相手とネットワーク対戦をするのが殆どだ。

 

 小学生の頃の僕はまさに負け知らずだった。

 いかなるバトルでも敗北をしたことがない。

 

 常勝無敗といえば、聞こえはいいのかも知れない。

 だが、勝利を手にする度に、僕は熱を失っていった。

 なにをしようと、いかなるハンデを負おうと勝ってしまう。

 勝てば勝つほど、僕は言い知れぬ虚無感に襲われていたんだ。

 

 それもそうだろう?

 一々、一匹の蟻を相手に踏み潰したところでなにか高揚感が得られるのか?

 羽虫も気まぐれで羽を毟ったところで最後は潰すだけ……。

 

 あまりに満たされない。

 あまりにも渇いてしまう。

 

 僕は求めると同時に諦めていたのかもしれない。

 僕を満たしてくれる人間なんていやしないと、僕を肩を並べられる人間なんている筈がないと。

 なぜなら、僕にとって他人なんて振り返るだけの存在なんだ。

 

 僕の前には光はない。

 僕の隣に温もりはない。

 

 そんな生まれてきた意味さえ分からなくなってしまう日々の中で僕は出会ったんだ。

 

 ──ソウマ・アラタ

 

 当時、行われたガンプラバトル大会……。

 ガンプラバトルへの情熱を失いかけ、これが最後と思って臨んだ僕はその決勝戦で出会ったアラタ君に僕は負けた。負け知らずだったから余計に忘れようがないくらい覚えているよ。

 

 僕らのバトルの実力はほぼ同じだった。

 バトルをしてすぐに分かったよ。

 彼は強い、ってね。

 

 彼のガンプラは温かかくて、何より眩しかった。

 ぶつかり合うたびに愛と形容されるであろう想いを感じて、暗がりにいた僕を照らしてくれるかのようだった。

 それは僕を刺激して、夢中にさせて、お互いを高めあうような……。あの時、僕は間違いなく人生最高のガンプラバトルをしていたんだ。

 

『このガンプラは元のキットだと、バランスが悪く感じたからプロポーション改修してみたんだ』

『確かにバランスは良い気がする。因みにアラタ君はどんな塗り方をしたの?』

『えっとね、ライフルのエッジ近くをメタリックグレイでドライブラシしてね……』

 

 結果的に僕は負けてしまったが、悔いなどなかった。

 こんな温かさに満たされて負けるのならばそれも良いだろうって。

 年も近かったこともあって、バトル終了後もすぐに意気投合して写真まで撮ったのを覚えている。

 

『アラタ君なら僕のガンプラをどう改修する?』

『僕だったらもう少しビームの出力を上げたいな。こういう方法があるんだけど──』

 

 アラタ君と話していると、他人との間に感じていた”ズレ”は一切、感じなかった。

 それどころか、ピッタリと合致しているかのような彼の全てが僕の全てを満たしていたんだ。

 

 ……けれど、後からダイスケに聞かされたんだ。

 アラタ君のガンプラは周りの大人達の力を借りて作られたものだと。

 

 でも、僕が別にそれがどうとかは思っていなかった。

 

 確かにアラタ君は大人達の力を借りたのかもしれない。

 けどその大人が作ったのではなく、材料や工具を借りたりして作ったんだろう。なら、それは彼のガンプラだ。

 組み立てたのは、形にしたのは、アラタ君自身であり、金に物を言わせて、他人に作らせたガンプラを使っていたサカキ・シモンとは違う。

 

 だって決勝のあの場でアラタ君はガンプラに振り回されることはなかった。

 そのガンプラの全てを把握して、どう動かせば良いのかを熟知していた。そんなことは自分がクセや好みを把握していなければ出来ないことだ。それは何よりバトルをしていた僕には良く分かったよ。あのバトルに嘘や偽りはない

 

 それから中学生になり日に日に他人とのズレが大きくなっていくなかで僕はいつしかアラタ君の影を追っていた。

 ガンプラを作っても、彼ならどんな風に仕上げたのだろうか、どんなバトルをしたのだろうかと無意識に考えてしまうような日々を送っていた。

 

 そして高校生になった時、決定的な出来事が起きた。

 

 今まで他人との間に感じていた“ズレ”が表面化したんだ。

 それはまさに“革新”といっていいのかも知れない。

 

 それ以降、僕のガンプラバトルはバトルなんて言葉すら不釣合いな一方的なものとなってしまった。それは寧ろ、かつての虚しさの比でない空虚な感情が僕を襲った。

 

 なにをしても心が動かない。

 勝てば勝つほど、僕の心がバラバラになって凍てついていくかのようであった。

 僕はもうその時点で自分の人生に意味がないものだと思って、塞ぎこんでいた。

 

 そんな時だ。

 ダイスケがガンブレ学園への転入を勧めたのは。

 

 ガンブレ学園といえば、世界でも有数のバトルに特化した学園。

 それならば少しでも僕の心に火がつくのかもしれない。

 そう思って、僕はダイスケと共にガンブレ学園に転入したんだ。

 

 そこからはあっという間の出来事だったよ。

 プロの大会でも活躍できるだけの実力があるという旧生徒会に勝利して新生徒会設立までは。

 

 ……でもね、そこから今の今まで僕はやはり満たされなかったんだ。

 

 ダイスケを主導にガンブレ学園は実力主義の世界へと変化していった。

 彼は満たされない僕に強いビルダーを宛がう為だけに、そんなことをしたんだ。

 

 ……結局、ダイスケも僕のことを理解しちゃいない。

 

 ただ強いだけじゃダメなんだ。

 そんな相手はいくらでも倒してきた。

 じゃあ、僕はなにを求めている?

 ……いや、分かっている。

 

 どんなバトルの最中だって、アラタ君のことが頭から離れなかった。

 アラタ君なら……アラタ君だったら……そんな考えが頭から離れないほど、彼との出会いは僕の心に深く刻み込まれていた。ダイスケよりも、アラタ君が傍にいて欲しいと思ってしまうほどにね。

 

 彼のガンプラは温かかくて眩しかった。

 僕の知らなかった温もりを教えてくれた。

 他人との間に感じていた”ズレ”を彼とは感じなかったんだ。

 もう一度……もう一度、アラタ君に会いたい……。

 

『さあ、勝利を組み立てようか』

 

 その望みは叶ったんだ。

 アラタ君がこの学園に転入したことを知った時、僕はどれだけの衝撃が襲ってきたことだろうか。

 

 稲妻に打たれたかのような衝撃は今でも忘れない。

 全身が打ち震えて、興奮は最高潮にまで達していた。

 今すぐに脳で、目で、手で、全てで彼を感じたかった。

 

 だが、流石はアラタ君というべきか、彼はサイド0なる学園改革派チームを立ち上げた。

 これは面白いことになった。

 今すぐにでも彼とバトルをするのも良いが、どうせなら最高の舞台を整えるべきだろう。

 

 またあの時の決勝のように彼の全てを僕に向けて欲しい。

 その温もりの全てで僕を満たして欲しい。

 

 きっとこの生徒会長というこの立場にいれば、彼は僕のところに来てくれる。

 それも更に強くなった状態で。

 

 果実は熟して、もう食べ頃になったはずだ。

 甘美な果実に群がろうとする浅ましい虫どもに我慢する必要もない。

 

 アラタ君、僕は君だけがいれば良い。

 きっと君だったら僕の全てを満たしてくれるから。

 だからもう一度、君の温もりでこの空虚な心を満たしてくれ。

 

 

 ……なのに

 

 

 ねえ、アラタ君

 

 

 なんでだろうね

 

 

 君を目の前にしているというのに

 

 

 君から感じていた輝きに陰りが見えるよ



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ビルダーの決断

 ──いつか、こんな日は必ず訪れると思っていた。

 

 お互いに考えていることは同じだろう。

 アラタとユウキ、本来であれば相容れぬ立場にあるであろう二人だが、殊更、ユウキに関しては、敵意の類は一切、感じず、どちらかと言えば、こうして直に目の前にするアラタに高揚感を隠しきれていないように見える。

 

「立ち話もなんだ。付いて来てくれ」

 

 言いたいことはいくらでもあった筈なのに、いざ対面してみると、なにから話せば良いのか分からなくなる。

 するとユウキは突然、アラタの腕を取ると、そのまま来た道を引き返したのだ。

 驚くのも束の間、生徒会室前のホールにまで到着すると、生徒会役員だけが持つカードキーを使用して、その奥の生徒会室にまで案内される。

 

 ・・・

 

 生徒会室に初めて足を踏み入れたアラタは顔を顰める。

 子供が散らかすだけ散らかしたかのように、至るところにガンプラやそのパーツが散らばったこの部屋はお世辞にも綺麗とはいえず、それが何よりガンプラを扱うガンブレ学園生徒会室のものであるとは到底、思えなかった。

 

「最後に会ったのは……小学生の時だったね」

 

 室内に気を取られていたら、いつの間に生徒会会長のデスクに腰掛けていたユウキが姿勢を崩しながら声をかけてくる。彼の中でアラタとの時間は鮮明にその記憶に刻まれているのだろう。

 

 彼が取り出したのはボロボロに擦り切れた一枚の写真だった。

 そこに写っているのは、幼き日のユウキとアラタ。

 そう、今、ユウキが口にしている小学生時代に撮影されたものだ。

 

「……何でこんな学園にしたんだ?」

「……僕はきっかけだ。後は副会長が主導になって、こうなったに過ぎない」

 

 写真の内容はアラタが立つ場所からでも見えたのだろう。

 懐かしそうに微笑むユウキの姿に複雑そうな面持ちでこの“力こそ全て”と弱肉強食の世界となった今の学園のあり様について問いかけると、彼は一瞬、不満そうに眉を寄せ、首を横に振るとアラタの眼前に立つ。

 

「折角、会えたんだ。そんなつまらない話をしないで、僕だけを見てくれ」

 

 ズイッと鼻頭が触れるかどうかまでの距離まで詰め寄られる。

 それはまさに自分だけを見ろと、他に目移りなんてするなとばかりに。

 

 徐にユウキの手が頬に触れられ、ピクリと震えてしまう。

 彼の手はひんやりと冷たく、すぐにでも払いのけたくなるほどだ。

 

 しかし、そうは出来なかった。

 彼の瞳はあまりに哀しげだったからだ。

 哀しくて寂しくて切なくて、だからこそ縋りつくかのように。

 

「僕だけを見ればアラタ君も辛いことなんてない。重荷なんて背負う必要もないんだ」

 

 その瞳に半ば吸い込まれるかのように見つめていたアラタだが、その言葉を耳にして我に返ったかのように目を見開くと、半ば衝動的に頬に添えられたユウキの手を振り払って突き放す。

 

「重荷……だって……っ!?」

「君も分かっているだろう。サイド0のことだ。君は学園改革派チームのリーダーという立場にいるからこそ、重圧と重荷を感じている。君は本来、その立場にいなくて良い存在なんだ。ただ拒むことなく受け入れて……そうやって背負い続けた結果、本当の自分さえ晒け出せなくなっているんじゃないのかい?」

 

 戯言を言うなとばかりにユウキを鋭く睨みつけるが、当のユウキは対して気にした様子もなく、真正面から淡々と指摘する。

 

「そうでなければ、かつての君に感じていた輝きに何故、陰りが見えるのか説明がつかない」

「輝き……?」

「そうだ、僕達がぶつかり合ったあの決勝戦。君のガンプラが温もりに満ち溢れて輝いていた。それは何よりそれを操る君が楽しんでいたから、君自身が輝いていたからだ。でも今の君にあの頃のような輝きが見られない」

 

 スッとまるで全てを見透かすかのように細められた目にアラタはたじろいでしまう。

 輝きといわれても、当時の自分はまさに無我夢中に目の前の出来事にぶつかっていたに過ぎない。

 しかしだ、その輝きに陰りが見えると指摘されたところで目の前の生徒会長の座に君臨するユウキが言えたことではないはずだ。

 

「例えそうだとしても、それはこの学園が、生徒会が発端だろうッ!」

「そうだね」

 

 仮に自分が重荷を背負って、それがかつての輝きに陰りを齎したとすれば、それは息苦しい学園にした生徒会のせいだろう。声を張り上げるアラタだが、対してユウキはその言葉をまっすぐ受け止め、コクリと頷く。

 

「だからこそ責任をもってサイド0を叩き潰そう。僕がアラタ君をサイド0という呪縛から解放してあげるよ」

 

 サイド0という存在がアラタの害となっている。

 アラタがもう生徒会に手が届く存在になっているのであれば、これ以上、のさばらせておく理由などない。

 

「近いうちに正式にサイド0とのバトルに応じるように伝えておくよ。安心してくれ。サイド0亡き後は生徒会の権限でも使って、アラタ君は僕の近い立場にいられるよう働きかけるよ。そうすればかつてのように──」

 

 ユウキにとってサイド0は障害ですらないのだろう。

 既にサイド0を打ち破った後の話を綽々と話している。

 しかしそれが最後まで続くことはなく、詰め寄ったアラタに胸倉を掴まれる。

 

「……安心なんて出来ないね。俺を縛ろうとするものがあるのなら、かつての俺を求めようとするお前だ。お前に屈した時点でソレは何よりも俺とはいえない」

 

 その声に怒気を含ませながら、アラタは鋭い眼光を突きつける。

 所詮、ユウキは彼にとって都合の良いソウマ・アラタを求めているに過ぎないと思ったからだ。

 自分は誰かの玩具なんかじゃない、自分が自分であるために何よりも目の前の男には負けてはいけないと思ったからだ。

 

「それで良い。もうすぐ一つの終わりを迎える。その最果てに見える真実を見に行こうじゃないか」

 

 だが、寧ろユウキはアラタから真っ直ぐ向けられる怒りに心地良さそうに薄ら笑いを浮かべていた。

 どんな形であれ、この瞬間、アラタが自分だけを見ているのだ。彼にとってそれが望ましいことなのだから。

 

 これ以上、話すことなどない。

 アラタは突き放すようにユウキから手を離すと、生徒会室から出て行く。

 彼等が再び相対するのは、きっと全ての決着をつける時なのだということは何よりアラタとユウキが確信していた。

 

 そして遂に学園も三連休を迎えようとしていた。

 それぞれが思い思いに行動を起こそうとしていた。

 例えば……。

 

 ・・・

 

「悪ぃな。付き合ってもらっちって」

 

 三連休前日の夜、リュウマの私室は珍しく賑っていた。

 それは彼だけがいるのではないからだ。

 

「土下座までされた時はビックリしたけど、塗装を教えて欲しいって言うならお安い御用だよ」

 

 視線の先には近くに腰掛けているシロイの姿が。

 リュウマは今、ガンプラを作製している最中。より完成度を高める為に群を抜いた塗装技術を持つシロイに掛け合っていたのだろう。

 

「私も及ばずながら手を貸そう。あれから私も多くを学んだからね」

「勘違いすんじゃねえぞ! 俺特製ガンプラを試す相手を探してただけだかんな!」

 

 他にもサカキやショウゴの姿もあるではないか。

 彼等もまたこの三連休をリュウマに手を貸そうとしてくれているのだ。

 

 そう、リュウマは新しいガンプラにこの三連休を費やすのだ。

 アラタ達は田舎に帰ると誘いも受けたのだが、それを蹴ってまで全てを作製途中のこのガンプラに注ぎたかったのだ。それは何よりガンプラだけではなく、己自身も磨く為に。

 

「──おう、夜食できたぞー」

 

 更にはマスミや三馬鹿の姿まで現れたではないか。

 リュウマの家のキッチンを借りて、彼のファームで採れた新鮮野菜で作られたポトフが入った鍋をテーブルに置くと、全員に振舞う。

 

「なんで、アンタまでいんだよ」

「お前みたいなのは放っておくと、我武者羅に突っ走ったままだからな。ちゃんとした大人がついてなきゃダメだろ」

 

 いつの間に大所帯となったこの部屋でポトフを人数分、取り分けているマスミに声をかければ、リュウマの分のポトフを手渡しながら、彼がどのようなタイプか、口にしてその額に痛烈なデコピンを浴びせる。

 

「良いか、お前の心の火……。その心火(しんか)を俺がもっと燃え上がらせてやる」

 

 額を抑えて文句を言おうとするが、その前にマスミはリュウマの心臓に位置する場所に己の拳を突き出しながら、ニヤリと口角を吊り上げ、好戦的な笑みを見せる。間近に訪れるであろう彼とのバトルを感じながら、リュウマはゴクリと息を呑むのであった。

 

 ・・・

 

(アラタ達はもう出発したのかしら)

 

 一方、アラタ達と同行しなかった人物はもう一人、存在した。

 

 イオリだ。

 日付が変わった今、居を置いている場所から遠く離れたとある町に訪れていた。

 彼女もまたアラタやチナツから誘いを受けたのだが、それを断って、この町にいる。

 

 かつては寂れていたという話だが、今ではそれが信じられないほど人で賑っている。

 慣れない町の中、噂で聞いた場所に向かえば、そこは一件のゲームセンターだった。

 店内に踏み入れると、そのままガンプラバトルシミュレーターが設置されている場所へ向かう。

 

 そこには多くの人だかりが出来ていた。

 全員がバトルの様子が映し出されたモニターにに釘付けになるなか、程なくしてバトルが終わり、シミュレーターの扉が開くと、歓声が沸き上がる。

 

「あ、あのっ!」

 

 出てきたのは一人の少女であった。

 少女を見るやいなや、「可愛い!」「綺麗!」「ボッチ!」などと口々に聞こえてくるなか、人混みを掻き分けて、イオリはその少女に声をかけると、その特徴的な真紅の瞳と目があった。

 

 ──アマミヤ・イチカ

 

 そこにいたのは、かつての自分を変える切欠を与えてくれた人物だったのだ。

 

「アナタに……会いに来ました」

 

 イオリがアラタ達の誘いを断って、この場に訪れたのはイチカが目的だったのだ。

 こうして三連休は波乱を予感させながら、その日を迎えようとしていた。




第三章はこれにて終了です。


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第四章 さあ、強さを組み立てようか
その名はゲネシス


 湯気が揺れるなか、濃褐色の水面に映る自身の顔を見つめているのはイオリだった。

 今、彼女がいるのはとある喫茶店であり、注文したコーヒーからは香ばしい香りが鼻をくすぐる。

 

 昼下がりのこの時間は客足も落ち着き始め、中々ゆったりとした時間が流れている。

 店内の穏やかなBGMが優美な雰囲気を作り上げるなか、嗜むようにコーヒーを一口。香りに劣らず、美味である。

 

「あんまー」

 

 そんな和やかな時間を打ち壊すように気の抜けた声が目の前から聞こえてくる。

 あまりの声に頬を引き攣らせながら、前を見ればそこには顔を隠してしまうのではないかという程のジャンボパフェをもきゅもきゅ食べているイチカの姿が。

 ゲームセンターで再会したイオリは話を持ちかけると用件を聞こうとこうして喫茶店に訪れたわけだが、真っ先にこのジャンボパフェを注文して以降、イチカは特にイオリに目をくれることはなく、パフェを貪っていた。

 

「そ、そろそろ話を……」

「……別に待ってくれなんて言ってないけど。勝手に話してて」

「えぇっ……」

 

 とはいえ、いつまでもパフェを食べては頬を緩ませるイチカの姿を見ているわけにはいかない。

 早速、話を切り出そうとするのだが、大して興味がないのか、パフェから目を逸らすことなく答えられ、唖然としてしまう。

 

「言っとくけど、私に相談した奴の殆どはため息ついて帰るからそのつもりで」

「いや、その……」

「あっ、今、ガッカリした? だよねー。私、ゴミみたいな人間だし、イチカの名は一つの花って書くけど、一花の一はマイナスの一だし」

(この人、こんな人だったっけ……?)

 

 自分の中で影を照らす光の如く神格化されていた憧れの人物のイメージがまさに音を立てて崩れていく。

 あの時、暴虐な振る舞いをしていた自分を諌めた凛々しいあの姿から一転、気怠るげな半開きの目で負のオーラを纏ってボソボソと話す姿に目眩すら感じてしまう。

 

「あっ、あの……なにかありました?」

「なにもなさ過ぎっていうか、こっちのセリフなんだけど」

 

 あまりに卑屈なイチカを心配するのだが、私はいつもこうだ、そんな目で見るなとばかりに言い返される。

 イチカ自身、イオリがわざわざこうして自分に会いに来たのにはなにか理由があるのだろうと考えたのだろう。

 さっさと用件を言えと促すように鋭い瞳を向けられ、イオリは息を呑みながらも、意を決したようにおずおずと話し始める。

 

「……実は最近、ちょっとガンプラの楽しさを見失ってた気がするんです。色んなことに囚われて空回りして……。今思うと、本当にバカだったなって」

 

 生徒会を、何より過去の自分を意識するあまり暴走してしまった自分。

 そこにガンプラを楽しもうとする想いはなく、まるで兵器のようにガンプラを手段にしてしまっていただけだった。

 

「でも、そんな私の目を覚まさせてくれた人が……仲間達がいるんです。それで思い出せました、初めてガンプラを作った時の感動を」

 

 今でも自分の身体の全てを包み込んでくれた温もりを手に取るように思い出すことが出来る。

 それはまるで自分が初めてガンプラを作り上げた時に感じた温かさに非常に似ていたのだ。

 楽しさ、喜び、愛おしさ。それら全てが一つになってその温もりを生み出すことが出来たのだろう。

 

「……私は、私のようにガンプラの楽しみ方を見失った人達に、ガンプラの強さだけじゃなくて楽しさをもっと知って欲しい……。それが私の、本当に目指すべきものだと気付けたんです」

 

 あの温もりはきっと広げることが出来る。

 強さだけが絶対正義に凍りついた学園の氷を溶かすことが出来るかもしれないのだ。

 それはきっと自分を見失って空回りした自分が、何よりもそれによってあの尊い温もりに気付けた自分ならば広げることが出来るはずだ。

 

「でも、言葉だけじゃ届かないことだってある。ただ理想を抱くよりも、真の強さを身につけないといけないって思ったんです。私に強さを教えてくれたアナタのように」

 

 かつて見上げた翼。

 あれこそが強さなんだと、自分もそうなりたいと思えるほどの鼓動の高鳴りはきっと嘘ではない。

 自分もバトルを通して、相手になにかを伝えられるような強さを身に付けたいと思ったのだ。

 

「だから、イチカさん! この三連休の間……いえ、少しの時間でも構いません! 私を鍛えてくれませんか!?」

 

 見上げた翼に手を伸ばすしか、まだ出来ない。

 だか絶対に届かせる、自分もその高みに飛び立ってみせるという強い意思を宿したその瞳をまっすぐイチカに向けて、頭を下げる。

 

「……私も……っ……イチカさんや……彼のように強くなりたいんです……っ!」

 

 強さとはなにかを教えてくれたイチカだけではない、

 その脳裏には自分を包んでくれた自称天才の姿が過ぎる。

 普段は飄々としているものの,それでも彼の愛は本物だ。人を思いやり、救うことが出来る彼のようになりたいのだ。

 

 暫しの間、沈黙が包み込む。

 自分が伝えられる精一杯の想いを伝えた。

 しかしだ、いくらイオリがイチカを尊敬していたとしても、所詮、たった一回、しかも当時の自分の印象など最悪もいいところだろう。イチカがこの申し出を断ったところで何らおかしな話ではない。

 

「……ケッ、野郎絡みかよ」

「えっ」

 

 頭上から拗ねたような声が聞こえてくる。

 あまりに場違いにも思える声色に唖然としながら、顔を上げれば、そこにはつまらなさそうに頬杖をついてロングスプーンの先をクルクル回してるイチカの姿が。

 

「はっ、その彼ってのはなんだ? 彼ピッピって奴か? あ?」

「なあぁっ!? そ、そういうわけじゃ! か、彼は大切な仲間で……っ!」

「はいはい、そういう反応もお腹一杯なんだよこっちは。青春で良いデスネー。こちとらもうすぐ二十歳(はたち)だってぇのに、いまだに男の一つも出来ねえっつーのにさ。精々、ストーカーみたいな元チームメイトの女に粘着されるくらいだぞ。あー、彼氏欲しいなー! どっかにいないかなー。甘えさせてくれて、貢いでくれて、養ってくれる奴ー! もぅ一人でパフェを食べる生活から卒業したいなぁー! いっそ私が男なら彼女でもいたのかなー! でも、そんなリア充なんて私じゃないもんなー!」

 

 所謂、彼氏いない暦=年齢という奴なのか、非常に拗らせた態度を取り始めたイチカ。

 容姿も綺麗で可愛らしいのだから、寧ろ彼氏はいると思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 今まで以上に負のオーラを纏いながら、捲し立てるようにぶうぶうと口を尖らせていた。

 果たして、これがいつまで続くのかと思った時、「今年のクリスマスも黒く染まるぞ」と相変わらずブツブツと文句を言いながら、伝票を持って会計に向かおうとする。

 

「あ、あのっ! どこへ……?」

「……ゲーセン。さっさと来い、イオリア充」

「リ、リアルが充実し過ぎてるなんてそんな……」

「チッ」

 

 おもむろに立ち上がって、どこへ行こうというのか、その小さな背中に尋ねるも、自分の呼称に思わず両頬に手を添えて照れてしまうが、イチカからは心底、忌々しそうな舌打ちが聞こえてくる。

 

「……まあ、なんだ」

 

 そんな彼女だが、ふと、その嫉妬に溺れた表情も和らいだ。

 

「……傍にいる奴のように強くなりたい……って気持ちは分からんでもない」

 

 今まで見たことがないほど柔らかく優しい笑みを見せる。

 果たして彼女の脳裏には一体、誰が過ぎっているのだろうか。

 だが、それでも彼女がここまでの表情を見せるのだ。きっと素晴らしい人物なのだろう。

 そんな笑みを見せるイチカを年上ながら可愛らしく思いながらも、イチカに連れられて近くのゲームセンターへ向かう。

 

 ・・・

 

「……まずは今の君を知りたい。言いたいことは分かるな」

「はいっ! 今の私を全力でぶつけます!」

 

 ガンプラバトルシミュレーターの前にはイチカとイオリの姿が。

 これからバトルをしようというのだろう、顎先でシミュレーターを指すイチカにイオリはサファイアを取り出すことで応えると、頷いたイチカとともにそれぞれシミュレーターに乗り込んでいく。

 

「……目指すべき、か」

 

 シミュレーターに乗り込んだイチカは自身のガンプラをセットすると、マッチングを待ちながら、先程のイオリを思い出す。彼女は強くなった。少なくともあの場で話をした時の熱意でそれは感じ取れた。きっと自分と出会った後に素晴らしい出会いをしたのだろう。

 

「……そうだな。目指すべきだと思ったのなら、諦めるわけにはいかないな」

 

 脳裏に過ぎるのは軌道エレベーターで離れ離れになってしまった”トモダチ”。

 だが、自分は再会を諦めているわけではない、きっと輝かしい未来が訪れると信じて、そこを目指しているのだ。

 だからこそ、あの少女の想いを無碍にすることなど出来なかったのだ。

 

 

 

 

 

 ──彼女は可能性。

 

 

 

「アマミヤ・イチカ」

 

 

 

 ──この世界に、怨恨を断ち切る英雄や未来を掴む覇王は存在しない。

 

 

 

「ゲネシスガンダムアンリミデッド」

 

 

 

 ──故にその因子を持たず、彼女は彼女のまま独自の強さを身につけた。

 

 

 

「出る」

 

 

 

 ──あり得たかも知れないもう一人の新星だ。

 




分かる人には分かる話。
イチカはガンブレ3(DLC含む)を主軸に生きてきた前々作組とラスボスゲームクリエーターがいない世界線のボッチをイメージしていただければ分かりやすいかなと(双子の妹とかはいる
【挿絵表示】


ガンプラ名 ゲネシスガンダムアンリミデッド
元にしたガンプラ ビルドストライクガンダム

WEAPON GNソード(射撃と併用)
HEAD ビルドストライクガンダム
BODY アカツキ
ARMS イージスガンダム
LEGS ビルドストライクガンダム
BACKPACK フリーダムガンダム
ビルダーズパーツ レールガン×2(両腰)

例によって活動報告にリンクがあります


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蒼い翼

 どこまでも続くような透き通った青空が広がる荒野地帯のバトルフィールドにサファイアは降り立つ。

 フィールドの特性上、身を隠せるような障害物は切り立った岩壁ぐらいなもので、すぐさま岩陰に身を潜める。

 

 言い知れぬ緊張感で息が詰まりそうだ。

 少しでも緊張を解そうと深呼吸をしながら、僅かに汗ばんだ手でジョイスティックを握りなおす。

 

 相手はアマミヤ・イチカ。

 ガンプラビルダーとして名を馳せるだけではなく、かつて自分に強さとはなにかを教えてくれた人物だ。

 再会することが出来ただけで喜ばしいというのに、その上、バトルまで出来るのであれば、これ以上の感動はないだろう、必然的に鼓動は高鳴り、緊張もしてしまう。

 

(ゲネシスガンダムアンリミデッド……。フリーダムガンダムの特性を持つ高機動接近型の機体……。まず接近戦じゃ私に分はない。なら一定の距離を保って──)

 

 イチカを相手にどう立ち回るかを考えている時、不意にモニターに影が差した。

 見上げるようにモニターを見てみれば、そこには既にゲネシスアンリミデッドの姿があったのだ。

 

「──ッ!」

 

 驚きのあまり息を呑みながら、何とか逃れようと機体を動かせば、先程までサファイアがいた地点にバラエーナ・プラズマ収束ビーム砲が火を吹き、焦土と化す。

 先程まで周囲に反応はなかったはずだ。しかし一瞬の思考の間に間近に姿を現したのだ。

 近接戦はさせまいとゲネシスアンリミデッドとの距離を離そうとしながら、ビームライフルの銃口を向けるのだが……。

 

「はやっ──!?」

 

 何と銃口を向けた瞬間、ゲネシスアンリミデッドは蒼い残像を残して、瞬きをする間もなく回り込んだのだ。

 驚くのも束の間、後頭部を掴まれたサファイアは地面に叩きつけられる。

 

「っ……。距離を……っ!」

 

 激しくモニターが揺れるなか、サファイアを起こそうとする。

 このままでは危険だ。なにせこの距離はイチカが最も得意とするのだから。

 早く……早く逃げなくては。その一心で機体を動かそうとする。

 

 ──だがそれで良いのだろうか。

 

 不意にイオリの脳裏にそんな言葉が過ぎった。

 確かにイチカが得意とする距離から逃れようとするのは間違いではない、寧ろ正しいといえるだろう。

 

 しかしだ、本当にそれで良いのだろうか?

 慎重な道を模索して、自分はこのバトルになにを求めて、なにを得ようとしているのだろうか。

 

 ──彼ならどうするだろうか

 

 頭の中にあの自称天才の姿が浮かんだ。

 ここ最近では意識しなくても、頭の中に自然と彼の姿が過ぎってしまう。

 もしもあの自称天才ならば、自分よりも格上の相手に対して、どうしただろう?

 

 

 

 

 

『勝利へのパーツが全く揃わない……ッ! けど……』

 

 

 

 

 

 きっと彼なら……。

 

 

 

 

 

『最っっ高だァッ!』

 

 

 

 

 

 

 

 そこまで思い出して、クスリと微笑んだ。

 きっと彼ならば、慎重な道を選ぶよりも積極的に挑んでいこうとするだろう。

 

 なぜなら、彼は常に前へ進み続けるから。

 例えどれだけの強敵だろうが、いや、強敵だからこそ挑戦せずにいられない。

 どこまでいってもガンプラとバトルが大好きな自意識過剰のガンプラビルダー。

 それこそソウマ・アラタなのだから!

 

「……ほぅ」

 

 ゲネシスアンリミデッドとの間に一閃。

 その寸前に展開したGNソードの刃を見つめながら、イチカは感心したように声を漏らす。

 そこには振り向きざまにビームサーベルを振り下ろして、鍔迫り合いとなったサファイアの姿が。

 

「──ゴチャゴチャ考えるのは、もうお終いよォッ!」

 

 微笑みを浮かべていたイオリの口角は獰猛な獣のように釣りあがる。

 たちまち激情を表すかのように叫ぶかのような声を張り上げたサファイアはそのまま近接戦を繰り広げた。

 

「私は私らしく、駆け抜けるわッ!」

 

 イチカという強敵を意識するあまり、無意識に慎重な戦法を選んでしまったようだ。

 勝ち負けじゃない、バトルの前に話した通り、ただありのままの自分で全力でぶつかるかるのだ。

 きっとそれこそが己の想いをストレートに伝えられると思うから。

 

「まったく、忙しい奴だな」

 

 今のイオリを表すかのような激しい剣捌きの一太刀一太刀を受け止めながら、イチカは軽口を叩くが、その口元には笑みが零れていた。

 しかし、ただ受け止めるだけでは終わらない。

 その一つ一つに生まれた隙にカウンターのように反撃の一打を放ち、仰け反ったところにレールガンを叩き込む。

 

「これが私よッ!」

 

 サファイアのシミュレーターに危険を知らせるアラートがけたましく鳴り響くなか、確かに地に足を踏みしめたサファイアはそのまま踏ん張ってビームサーベルを振るおうとするも、GNソードのガード部分でマニピュレーターを殴られてサーベルを落としてしまう。

 

 もう一本のビームサーベルを抜くべきか、一瞬の思考の末、サファイアは何とゲネシスアンリミデッドに殴りかかったのだ。それはビームサーベルを抜こうとするその僅かな時間すら惜しいとばかりに、荒々しく腕を振りかぶる。

 しかし、そんな行動でゲネシスアンリミデッドを傷つけることは叶わず、僅かな動きで避けられると同時に足を引っ掛けられて、豪快に転倒してしまう。

 

「一方的に蹂躙することを楽しいと思ってた! 負けた相手の悔しそうな顔を見て、悦に入ってた!」

 

 だが、それでもサファイアはすぐに立ち上がったのだ。

 倒れ伏す時間も惜しい、ただただぶつかっていくんだとばかりに。

 

「でもそれは、今、この瞬間の楽しさに比べたら惨めなものだった!」

 

 ただただその場の自分の力を過信し、他者を見下して満足していた。

 今にして思えば、なんて愚かしいのだろうか。

 ガンプラバトルの本当の楽しさを忘れてしまっていただけなのだから。

 

「もっと高く! 立ち止まってられない! 挑戦する楽しさを思い出したからッ!!」

 

 一つの技術を覚えて、磨き上げ、成長して得たものが手がけたガンプラに現れる。

 ガンプラとは挑戦し続ける飽くなき楽しさがあるのだ。

 

 現状に満足すれば、進歩はない。

 あの時の自分はソロモンの魔女と驕り高ぶるあまり、挑戦することを忘れてしまったのだ。

 だけど今は挑戦しようと、イチカに届かせようとすることにこれ以上にない喜びを見出している自分がいる。なぜなら、今この瞬間、自分が最も充実していることが分かるから。

 

「……もっと高く、か」

 

 そんな無我夢中に叫ぶイオリの言葉にイチカは反応した。

 

『ただ前に進むんじゃない……。もっと高く……。あの笑顔と一緒に……』

 

 脳裏を過ぎるかつて激闘の日々の中で芽生えた想い。

 今まさにその日々が鮮明に蘇っているのだ。

 そして何より、この大切な想いを抱かせてくれたのは……。

 

『行こう!』

 

 可憐な花(アザレア)のような少女なのだから──!

 

「ッ!」

 

 サファイアが振るったマニピュレーターは真正面から受け止められた。

 イオリが目を見開いて目の前を見れば、そこには微動だにしないゲネシスアンリミデッドの姿が。

 

「……ああ、そうだな。きっと辿りつけるさ」

 

 ゲネシスアンリミデッドのツインアイが強い輝きを放つ。

 すると呼応するようにゲネシスアンリミデッドの全身は紅い閃光に包まれたのだ。

 

 イオリは知っている。

 それはアールシュが纏った輝きと同じであり、何よりかつて暗い闇の中にいた自分に決別する切欠を与えてくれた光なのだから。

 

「君にしか抱けない誇り(プライド)を明日にぶつけ続ける限り」

 

 気付けば、サファイアの機体は宙に投げられていた。

 態勢を立て直そうとした瞬間、穏やかな声と共に振り下ろされた巨大な光の刃によってバトルの幕は閉じるのであった。

 

 ・・・

 

「……三日間だったか。まあ、バトルをしたいなら、相手をしてやる」

 

 バトルを終えて顔を合わせれば、イチカからぶっきらぼうな言葉が投げかけられる。

 とはいえ、その声色は柔らかなもので、口では素直には言わないものの、イオリの特訓に付き合ってくれるのだろう。

 

「……なんだったら、ウチに泊り込みでも良いぞ」

「い、良いんですか?」

「……妹がいるんだが、イギリスに留学しててな。両親と私だけで部屋が余りまくってるんだ。まあ、君次第だが……」

 

 しかも、イオリのことが気に入ったのか、家に招待までしようというのだ。

 光栄ではあるが、そこまでしてもらって良いのかと遠慮がちに尋ねれば、イチカは照れ臭そうにそっぽを向きながら話す。

 

「よろしくお願いしますっ!」

 

 折角のイチカの間近にいる機会ということもあり、その好意に甘えることにしようとイオリは頷くと、頭を下げる。こうして短い間ではあるが、イチカとの特訓の日々が始まったのだ。

 

 ・・・

 

 その数時間後、イチカは一人、とある模型店の作業ブースにいた。

 イオリは生活用品を取りに行くため、一度帰宅しており、時間を潰すためにこの場に訪れたのだ。

 

「──それで師匠役を買って出たんだ」

 

 そんなイチカに店番をしていた少女はこれまでの話を聞いて、笑みを見せる。

 ツインテールに纏めた髪を揺らし、くりくりっとした瞳が活発な印象を与えるような人物だ。

 

「……別にそんなもんになったつもりはない」

「またまたー。でも、嬉しいなぁ。イチカもそれだけの社交性を持てるようになったんだねぇ」

 

 茶化されてるとでも思ったのか、拗ねたように話すイチカだが、寧ろ少女は追い打ちをかけるようにニヤニヤと笑みを浮かべながら、からかう。

 

「でも、本当に驚いたよ。イチカって家族以外じゃ、私達チームの人間くらいしかまともに話さないくらいなのに」

 

 とはいえ、少女からしてみれば、イチカがそのような行動を取ったのは本当に意外だったようだ。

 そもそも少女とイチカは同じチームのようだが、イオリに関してはイチカがシングル部門での大会で出会ったため、どんな人物だったのか知る由もない。

 すると、今まで拗ねたように頬杖をついていたイチカは不思議そうに小首を傾げる少女の顔をジッと見つめる。

 

「……思い出しちゃったんだよ。お前の手をずっと掴めるように、もっと高く飛びたいって思った時を」

 

 どうしたのか、と見つめ返すとおもむろに顔を逸らして、ボソッと話される。

 最もイチカはお世辞にも素直な人間とは言い辛い。そんな彼女が素直に心の内を話したということもあってか、顔は逸らしているものの、耳まで真っ赤にしていた。

 

「だったら、これからも一緒に行こうね、イチカ!」

 

 そんなイチカにクスリと笑うと、まっすぐ手を差し伸べる。

 イチカもその手に気付くと、微笑みを浮かべながら、「ああ」としっかりとその手を取るのであった。

 




これでイオリ編は終了です。
実際のところ、イオリ編はこれくらいなもんで本番はこの後のリュウマ編とアラタ編になりますね。


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傷跡

 

 心地の良い朝風が頬を撫でる晴天の空は見上げるだけで大抵のことはどうでも良くなるのではないかというほど気持ちが良い。

 

「……」

 

 だが一人、こんな素晴らしい空の下で眉を顰めている男がいた。

 

 彼の名はトモン・リュウマ。

 ガンブレ学園に在籍し、学園の改革を訴えるチーム・サイド0に所属する青年だ。

 普段は直情型の粗暴な性格でこそあるが思いやりのある情に脆い人物なのだが、なにがあったのか、今朝に限ってはオーバーオールに麦わら帽子という何ともいえない出で立ちだ。

 

「なんでだあああぁぁぁぁぁぁーーーーっっっっ!!?」

 

 そんな彼だが、やがて我慢できなくなったかのようにフルフルと震え始めると、空を仰いでこの状況に叫ぶ。すると近くにいた同じような格好のマスミが煩そうに見やる。

 

「うるせえぞ、リュウマ」

「そりゃ悪かった! けどなぁ、この状況はなんだってんだよォッ!!」

 

 実は今、彼等がいるのは【俺達のアマタファーム】という看板が飾られた農場であった。

 ここはマスミが所有する農場であり、只今、秋ジャガイモの収穫の日を迎えていた。

 

「他はいくら採ってもいいんだろ?」

「ですね」

「うっせーよ、お前ら!」

 

 そして近くには同じくオーバーオールスタイルの三馬鹿の姿もあった。

 マスミに対して口では好き勝手言っているものの、リュウマとは違い、特に文句も言わないで収穫をしているところからして内心では彼に懐き、慕っているのがよく分かる。

 

「なんで俺までジャガイモの収穫を手伝わなきゃいけねーんだよ!」

「良いじゃねえか。俺のポトフを美味しくいただいてたのは誰だよ」

「ええ、お腹一杯頂きましたがッ!」

 

 いまだに不満を露にするリュウマ。実は目覚めた時にはマスミと三馬鹿によってこの場所に連れられていた。

 そんなリュウマだが、口よりも手を動かせといわんばかりのマスミに昨晩のポトフの味を思い出しながらも、それとこれとは話が別だとばかりに吠える。とはいうものの、いつまでもこうしていては仕方ないと思ったのか、仕方なしに収穫を手伝い始める。

 

 とはいえ、口ではぶうぶう文句を口にしていたリュウマだが、こういった作業は嫌いではないのか、時間が進むにつれて土の中からゴロゴロと顔を見せるジャガイモに笑みを見せる。

 

「なにか専念すんのも良いけど、息抜きも必要だろ」

 

 それから暫らくして収穫も終え、風に当てて乾燥させるために並べたジャガイモを見下ろしながら、汗を拭うようにとタオルを手渡してきたマスミに話しかけられた。

 

「今の生徒会ってのは余裕そうで実はそうじゃねえように感じんだよ。頂点にこそいるが常になにかに囚われてる……。そんな気がしてな」

 

 生徒達とは違う立場にいることで俯瞰して見ることが出来るのか、今までガンブレ学園に身を置いて、生徒会に感じていたことを口にする。

 

「まっ、余裕ってのは意外に持つのが難しいもんだ。特になにかに意識を集中させてる時とかな。だから少しでも息抜きさせようと思ったんだよ」

「……っんだよ、そういうことなら最初からそう言えっての「ついでにクソ生意気なその口も修正してやろうと思ってなぁっ!」──いっでぇえっ!!?」

 

 ジャガイモを一つ手にとって、微笑を見せるマスミに彼なりの気遣いを感じて照れ臭そうに頭をかいていると、途端に先程の穏やかな笑みが嘘の様に頭を脇に抱えて締め上げられ、たちまち悲鳴をあげる。

 

(……余裕、か)

 

 暫らくして解放されると、マスミは満足そうにリュウマから離れて、三馬鹿の元へ向かっていく。

 そんなマスミの後姿を恨めしく見つめながらも、先程のマスミの言葉を思い出す。

 

(……アイツに、それはあんのかな)

 

 そして脳裏に過ぎったのはアラタだった。

 今でも彼の空虚な笑顔がこびりつくように脳裏に焼きついているのだ。

 

 ・・・

 

 それから数時間後、ここはとある一軒家の一室。

 室内には部屋の主の趣味なのか、精巧に作製されたガンプラの他に中々、可愛らしい小物がちらほら見受けられる。

 

「呼び立ててしまって、すまんな」

 

 そんな部屋の主であるリョウコは部屋の雰囲気に似合わず、厳かに口を開く。

 

「いえ、お気になさらず」

 

 リョウコの視線の先にいるのは、同じく生徒会に所属しているアカリであった。

 姿勢を崩さず、背を伸ばした正座のまま柔和に微笑む。

 

「実は一人、気になる生徒がいる」

「ソウマ・アラタさんでしょうか」

「違わないが違う!」

 

 神妙に切り出したリョウコだが、アカリのたった一言でその牙城が崩れる。

 天然が入っているのか、邪気もなく思い当たるまま無垢に名前を挙げた彼女に何で即答でアラタなんだとばかりにツッコミを入れる。

 

「しかし何度かバトルルームなどで逢瀬を重ねていたと聞きます。本来ならば相容れぬ敵同士……。それはそれとしてこの禁断の恋にときめく胸のうちを抑え切れません」

「アカリ、私は時に苛烈でありながらたおやかさを持つお前を高く評価している。本来ならば今の生徒会にいるような人間でもない……。しかしだ、たまに第10ガンプラ部と同じ匂いがするぞ」

「第10ガンプラ部といえば、以前、お昼を忘れたイチカワ・アヤさんにお弁当をお裾分けした時があったのですが、その際青い狸のようなベアッガイⅢをいただきました。しかし不思議なことに耳がなく、聞いてみれば何でもネズミにかじられ──」

「よし、アカリ。そのベアッガイⅢの話は金輪際しなくて良いぞ」

 

 頭の中で逃避行しているアラタとリョウコのビジョンでも浮かんでいるのか、あらあらと頬に手を添えてどこか恍惚としているアカリに頭痛を感じてしまうが、直後に放たれた内容に早急にこの話を切り上げる。

 

「……今の学園は良くも悪くも実力主義だ。弱いビルダーを養分として強いビルダーはより強くなっていく。これの問題の一つは学園内で既にヒエラルキーが存在していることだ。なまじランキング上位者が学園側から厚遇される分、まず何もない新入生の類はチャンスを得ることは難しい。故に多くはゴールデンコスモスのように上位ランカーの下につこうとする。そこで気に入られれば多少の融通は利くだろうからな」

 

 既に学園内のヒエラルキーが存在する限り、中々、外部から新たに加わった生徒達の多くはまず苦汁の日々を送ることは間違いないだろう。だからこそリョウコが例に挙げたように元々、財力を持つサカキなど少しでもより良い感興を得られるように動くことから始まる。

 

「だが、ほんの一握り、己の実力だけで頭角を現す者達がいる。ソウマ・アラタもその一人であり、アカリ……お前はまさにその際たる例だ。お前は早い段階から実力だけで、ランキングを駆け上がり、生徒会にまで名を連ねた異例中の異例だ。お前のポテンシャルは生徒会内でも随一かも知れん」

 

 だが、財力や学園のサポートを関係なしに自身の実力だけ名を馳せる者もいる。一年生という0からのスタートでトップランカーどころか生徒会に実力で伸し上がった存在が目の前にいるアカリなのだ。アカリも自分を大きく豪語するようなことは言わないが、それだけの評価を得られるだけの能力は自覚しているのだろう、口元に笑みを携えながら静かに会釈する。

 

「そろそろ一年生の中でもランキング上位に名を連ねる者も出てくる。その中で一人、まさに今の学園を表すような存在がいる」

 

 もう10月も半ば。アカリ以外にも一年生の中で台頭する生徒も現れているのだろう。

 それはある意味で喜ばしいことかもしれないが、リョウコの表情は渋い。

 

「クゼ・ヒロト……でしょうか」

「……知っていたか。いや、同じ一年だからな。ガンプラビルダーとしての能力が高い一方でランキング上位ということから傍若無人な振る舞いをしている。それだけならば他にもそういった手合いはいるのだが、奴は一線を画す」

 

 危険な人物なのだろうか、アカリが挙げた名前に一瞬、驚いたような様子を見せるも、すぐに彼女の学年を思いだして納得して話を続ける。

 

「奴は他人のガンプラを破壊しようとする。モリタのようにパーツ狩りが目的ではなく、あくまで他人のガンプラを破壊するのだ。目的は分からないが標的にされる相手のガンプラの殆どは壊されている」

「それが表面化されたのはここ最近でしたか」

「ああ、副会長は結果を出している以上、干渉はしない方針のようだが、私にはあの学園のルールを関係なしに野放しにしていては、大変なことになる気がしてならないんだ」

 

 パーツ狩りが目的ではなく、あくまでガンプラを破壊することが目的だというその生徒に関して、リョウコは口では言わないものの不快感を露にしている。それはアカリも同じなのか、僅かに眉を寄せており、今後の学園生活を危惧している。

 

「奴は休みに近くのゲームセンターなどに出没しているという。流石に外部で同じようなことはしないと思うが、私と少し調査をしてもらいたい」

 

 リョウコは元より、アカリも然程の面識はないのだろう。

 今後の学園を考えての行動に異論はないのか、アカリも「畏まりました」と快く引き受けてくれた。

 

「何事もなければ良いのだが……」

「お優しい方ですね、オオトリ様は」

「様付けはこそばゆいからやめてくれ。生徒会にいる以上、優しいなんて言葉は無縁だ」

 

 どこか物憂げなリョウコに苦笑しながら、本来、生徒会にいるべきではないのは彼女なのではないかと考えてしまうが、厳かに首を横に振った彼女は複雑そうに窓辺を見やる。

 

(自らを律するからこそ、常に息苦しさを感じてしまうのでしょうね……)

 

 リョウコはいつもこんな顔ばかりだ。

 少なくともアカリが生徒会の一員になってからはリョウコの明るい表情は見たことがない。それはやはり生徒会という立場に身を置き続けているからだろう。旧生徒会に身を置いていた彼女がどんな想いで現生徒会に身を置くのかは彼女にしか分からない。

 

(……人のことを兎や角、言える立場でもありませんが)

 

 そこまで考えて、アカリも目を伏せる。

 リョウコは言った、アカリは本来ならば今の生徒会にいるような人間でもないと。しかし現にこうして生徒会に所属し続けているのには理由があるのだ。どこからともなく感じる息苦しさにただ人知れず、自嘲するのであった……。



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燃える瞳

 高層ビルが立ち並ぶ荒廃した無人の市街地が大きく揺れる。

 建造物を打ち破って姿を現したのはレイジングガンダムだ。

 しかし、レイジング自身が自ら建造物を打ち破ったわけではなく外因があるようで膝をつきながらも何とか体勢を立て直して前方を見据える。

 

 そこには崩壊した建物の瓦礫の上を踏みしめながら、ゆっくりとこちらに向かってくるガンプラの姿があった。

 ガンダムEz-8をベースに黒と黄を基調とするカラーリングのガンプラの名前はガンダムEz-A。右腕部には2連装ビームライフル、左腕部には5連装ロケットランチャーを装備して、バックパックにはガンダムヴァーチェの可動式2連装ビーム砲を装備した火力を誇るカスタマイズが施されたガンプラだ。

 

「──っんなもんか? テメエの力ってのは」

 

 ビルダーであるマスミは煽るような物言いで目の前で膝をつくレイジングに言い放つ。

 現在、レイジングとEz-Aの一対一によるバトルが行われているのだが、マスミのバトルの腕はリュウマの予想を大きく上回っており、大きく損傷しているレイジングとは対照的にEz-Aはほぼほぼ無傷なのだ。

 

「全っっ然、足りねえなぁ。もっと俺を満たしてくれよ」

 

 所謂バトルジャンキーという奴か、さながら獰猛な獣のような笑みを浮かべたマスミと共にEz-Aの2連装ビームライフルの銃口がキラリと光る。その姿に息を呑んだ瞬間、さながら刃のように形成された大出力のビームが放たれたのだ。

 避けるには間に合わず、咄嗟にレイジングは各部の装甲を展開するとレイジングフィンガーを繰り出す。ビーム同士がぶつかり合って発生した衝撃波は周囲の建造物を崩壊させていくほどの激しさを見せるが、徐々にレイジングは圧され始める。

 

「激甚! 苛烈! 強勢! 吹き飛んじまいなぁッ!」

 

 真っ向から膨大なエネルギーがぶつかり合っているというのに、Ez-Aは怯むこともなくマスミは口角を吊り上げると振り払われた2連装ビームライフルと共に押し負けたレイジングは後方の高層ビルにまで吹き飛ばされ、衝撃によって倒壊したビルの瓦礫に襲われ埋まってしまう。

 

「──だあぁあっ!」

 

 勝負はついたのか。いや違う。

 リュウマの咆哮とともに瓦礫が吹き飛び、レイジングは姿を見せる。

 

「負けらんねえ……ッ! コイツで戦う以上、負けらんねえッ!」

「チッ……仕方ねえ奴だな」

 

 レイジングは既に満身創痍だ。到底、半ば無傷であるEz-Aを相手に勝機などないだろう。

 だがそれでもリュウマの中に過ぎったアラタに応えようとビームナギナタを支えにEz-Aに向かっていこうとするそのあまりに悲壮な姿を目の前にマスミは肩を落としてため息をつく。

 

「散りな」

 

 近づけさせることも許さず、Ez-Aの全砲門が向けられる。

 反抗を許すこともなく無慈悲に引かれたトリガーによってレイジングは砲撃の海に呑まれるのであった。

 

 ・・・

 

「くそッ。また負けた!」

 

 シミュレーターから出てきたリュウマは悔しそうに床を蹴る。

 畑仕事も終わり、落ち着いてから場所を近くのゲームセンターに移して何度かマスミとバトルをしたわけだが、そのどれもがまともに損傷を与えられることもなく、一方的にやられてしまっているのだ。

 やはりフラストレーションが嫌でも溜まってしまうのだろう。

 歯を食い縛って、苛立ちを表すかのように顔を顰めてしまって近寄りがたい雰囲気を醸し出してしまう。

 

「情けねえ真似してんじゃねえよ」

 

 あまりの姿に見かねてマスミが嗜める。

 悔しがるのは勝手だが、それで周囲の人間が眉を顰めてしまうような態度はすべきではないだろう。

 

「第一、お前がバトルする理由は何なんだよ」

「あぁ?」

 

 自分でも思うところはあるのだろう、バツの悪そうな顔を浮かべるリュウマに彼のバトルをする理由を尋ねる。しかし、何故そんなことを聞かれるのか、その真意が分からないのだろう。リュウマの表情はたちまち怪訝そうなものに変わる。

 

「なにかありゃコイツを使う以上は負けらんねえだなんだって。そんなこと言ってから負けんだよ」

「っ! コイツはアラタが俺に──!」

 

 小指で片耳を穿りながら面倒臭そうに話すマスミにたちまちリュウマは食って掛かる。

 レイジングはアラタがリュウマへの期待を象徴するようなガンプラだ。彼にとって使い勝手が良いようにと突き詰めて作製されている。

 リュウマもそのことを重々に理解しているからこそ詰め寄るのだが、小煩そうにマスミの手が両頬を鷲掴みにしてそれ以上の言葉を喋らせないようにする。

 

「それだ。お前は結局、アラタがアラタがってアイツに縛られてんだよ」

 

 その言葉はある意味で衝撃だった。

 自分はただアラタの期待に、想いに応えようとしていただけだ。しかしマスミはそれが縛られていると指摘したのだ。

 

「お前がバトルをしてんのは義務感かなにかか? アイツの想いに応えなきゃって考えるあまり、バトルに余裕がなくなってんだよ」

 

 誰かの想いに応えようとする姿勢その物は否定はしない。だがアラタに託されたレイジングだからこそ無様な戦いは出来ない、負けるわけには行かないと焦るあまり空回って本来の実力を発揮出来ていないのだ。

 

「そんなバトルって楽しいか? お前はアイツの期待を背負おうとして押し潰されそうになってんのに気付いてねえ」

 

 かつてのサカキがマリカがガンプラに込めた想いに気付けず、十分に性能を発揮出来なかった。逆に言えばリュウマはアラタの想いに応えようとするあまり彼自身の実力を十分に発揮出来ていないのだ。

 

「ガンプラバトルってのは戦争なんかじゃねえ。言っちまえば祭りみてえなもんだ。だからこそ思う存分に楽しむことが出来るし、ただ目の前のことだけに夢中になれる。一回、頭の中を真っ白にしてバトルをしてみろ」

 

 果たして最後にガンプラバトルを楽しいと思ったのはいつ頃だろうか。

 学園が今のようになっていつの間にか、楽しいなんて思うこともなかった。それまではガンプラバトルをしようともなれば喜んで挑んだし、勝っても負けても笑っていた。しかし今では眉間に皺を寄せて、険のある表情でバトルをすることが多かったような気がする。

 

 ……最後に楽しいと思ったのは、レイジングのデビュー戦ともいえるふみなチャレンジの時だろうか。

 あの時は自分では到底、作れないようなガンプラに感激し、大きな刺激を受けた。だがそれ以降はアラタとの模擬戦など数える程度しかない。

 

「バトルを楽しむのは難しいことじゃねえ。心火(しんか)だ。お前の心の火をもう一度、燃やせ」

 

 リュウマの胸板を叩きながら、好戦的な笑みを見せる。

 だがそれでいてどことなく温かさに似た優しさを感じるのだ。

 

「第一、お前みたいなバカはあーだこーだ考えるような柄じゃねえだろ」

「あぁー! バカっつったな! せめて筋肉つけろってんだよ!」

「知らねえよ。言うほど筋肉ねえだろ、この脳筋」

「着痩せするタイプなんですゥ! このドルヲタ!」

「お前こそこの間、せめてマスミンって呼べって言っただろ。因みにこのンはシーたんの名前から貰ってだな──」

「ぜってぇ呼ばねえっつっただろ、ジャガイモッ!」

 

 先程のやり取りから一転して子供の喧嘩のような騒々しさを見せ始めるリュウマとマスミ。

 傍から見ていた三馬鹿もまたやってるよ、と呆れているなか、このやり取りを見ていた者が他にもいた。

 

「……騒々しいな」

「楽しそうにも思えます」

 

 リョウコとアカリだ。

 あの後、ゲームセンターに訪れたわけだがリュウマ達に気づき物陰に隠れて様子を伺っていたのだ。

 

「……」

 

 しかしその最中、穏やかな笑みを見せていたアカリの目が刃のように鋭く細まる。

 そこにはゲームセンターに訪れたばかりであろう一人の青年がいた。

 大体、自分達と同じような年頃だろうか、目深く被ったフードから中々、表情は見えないが一瞬だけその顔をアカリは捉えることが出来た。

 

 クゼ・ヒロト。

 リョウコが危険人物と考えるほどの青年が噂通り姿を見せたのだ。




ガンプラ名 ガンダムEz-A
元にしたガンプラ ガンダムEz-8

WEAPON 2連装ビームライフル
WEAPON ビームサーベル
HEAD ガンダムEz-8
BODY ガンダムEz-8
ARMS フルアーマーガンダム(サンダーボルト)
LEGS ジェスタキャノン
BACKPACK ガンダムヴァーチェ

活動報告にリンクがあります


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まなざしの想い

 荒野に轟音が響き渡る。マスミの助言を聞き入れたリュウマはマスミの他にも彼に協力してくれるショウゴ達や三馬鹿と共にバトルを繰り広げており、今もショウゴとバトルをしていた。

 

「俺様のガンプラ、味わわせてやるぜ!」

 

 ショウゴのガンプラはかつての継ぎ接ぎのものとは違い、彼自身が手がけたものだ。

 かつて奪ったパーツ達よりも完成度で劣る点こそあるものの、ショウゴが自分のクセを考慮して作られたガンプラはかつてのザルグよりも動きが段違いであった。

 当然、作製したショウゴ自身も一から完成させたため愛着があるのだろう。バトルの腕だけではなく、操縦するその顔は楽しそうで溌剌とした笑みを浮かべている。

 

「良いガンプラじゃねえか……ッ!」

 

 それは何よりバトルをしているリュウマにも伝わっていた。

 元々、シングル戦を行わせたのはマスミだ。一対一の状況の方が正確に相手のバトルへの姿勢が分かりやすいだろうと考えてのことだった。

 実際、その通りでショウゴだけではなく、マスミを筆頭にサカキやシロイ、三馬鹿達と幾度もバトルをしたのだが、特にショウゴやサカキ、シロイに関してはかつてとは違い、まさに憑き物が落ちたようにバトルをしていてガンプラに対する愛を直接感じられた。

 

 ・・・

 

「負けちまったぁーっ!」

 

 結局、バトルその物はリュウマが勝利を納めてシミュレーターから出てきたショウゴは頭を抱える。

 

「けど、今度は負けねえぞッ!」

 

 しかしリュウマとは違い、怒りや悔しさを撒き散らすことなく、寧ろ次は勝つんだとばかりに活気溢れる笑みを向けてくると、近くにいたサカキやシロイにアドバイスを求める。

 

「……あの頃が嘘みてえだな」

 

 ガンプラやバトルについて暑く語り合うショウゴ達の姿を見つめながら、リュウマは何とも言えない複雑そうな様子で呟く。

 かつてはパーツ狩りや財力に権力など他者の痛みを気にかけず、横暴を働いていた彼等だが今では真摯にガンプラに向き合っている。それはバトルをしていても感じられた。あの頃、感じなかった輝きが今のショウゴ達にはある。それは何より彼等がガンプラを楽しんでいるということなのだろう。

 

 反面、自分はどうだろうか。

 アラタに応えようと思うあまり、勝敗に拘って楽しむことを忘れてしまった。そんな自分がサイド0として楽しかった学園を、と改革を訴えていたと思うと自嘲してしまう。

 

「けど俺だって違う」

 

 暗い表情もすぐさま力を宿していく。

 マスミの言葉を受けた分、より相手に集中することが出来るようになった。だからこそ相手の想いもより感じ取れるようになった。

 ショウゴ達のガンプラを楽しむ想い、もっと上を目指そうとする愛を間近に感じ取って触発されるように胸の内で小さな火が灯るように熱いものを感じるのだ。これこそマスミが言っていた心火というものなのかも知れない。だからこそこの火を消すわけにはいかないのだ。

 

「よーし、今度はチーム戦しようぜ!」

 

 力が宿った表情は段々と溌剌なものになっていく。

 胸の内の火をどんどん燃え上がらせるかのように三馬鹿やショウゴ達へバトルを持ちかけると彼等も快く頷いてバトルを始めていく。

 

 チーム戦によるバトルが開始される。ショウゴ達は元よりリュウマも触発されたかのように少しずつレイジングを駆るその動きから勝敗に拘るあまりに感じられたぎこちなさはなく、自由に伸び伸びとした解放感が感じられるようになっていった。

 

 その様子を温かく見守っていたマスミだが不意になにか視線を感じ取る。

 嫉妬のような負の感情だ。なにかと思って見てみれば、そこにはフードを目深く被った青年がいたのだ。

 フードから僅かに覗かせる瞳は真っ直ぐバトルを映す観戦モニターに注がれているもののその瞳から伺える感情は決して友好的なものではない。

 

 気になってマスミはそのまま声をかけようとするのだが、向こうもマスミに気付いたのだろう。

 まるで逃げるかのようにその場から立ち去っていく。

 しかし立ち去るなかでフードの下のその口元から忌々しそうに歯軋りするような音が響くのであった。

 

「アイツ、どっかで見たような……」

 

 声をかける間もなく去っていくその後姿を見つめながらマスミは首を傾げる。

 先程のフードの人物に見覚えがあるのだろう。それを思い出そうとするも丁度、バトルに変化が起こり、マスミの注意はそちらに向けられるのであった。

 

 ・・・

 

「それじゃあな!」

 

 幾度もバトルをしていたら時刻はすっかり夕暮れとなってしまった。

 今日はそろそろ解散しようとそれぞれが帰路につこうとするなか、活き活きとした様子でショウゴは手を振って走り出す。それはまるで時間が惜しいといわんばかりの充実した輝かしい表情だった。

 

「……アイツ、本当に変わったな」

「何でも今ではバトルの実況動画投稿にハマっているらしい」

 

 かつてとは見違うようなショウゴを見送りながら、ふと零した印象にサカキが答える。

 ショウゴが動画配信者になっていたなど初耳だったのだろう、驚いた様子でサカキを見れば「そこそこの再生数を稼いでいるよ」と話してくれた。

 

「道を誤っていたが本来の情熱を取り戻したということなのだろう。バトルの楽しさをもっと広めたいと充実した様子だったよ」

 

 パーツ狩りを止めた後の学園での生活を見る分にはシオン公国の臣民の印象でしかないのだが私生活は充実した日々を送っているようだ。確かにバトルをしていてもショウゴの腕はかつてとは比べものにならなかった。

 

「勿論、それは彼だけじゃないがね。私も知っての通り自分でガンプラを作っている。日々、ガンプラと触れ合うことで感じられる高揚感に胸を躍らせているよ。今では何故、サクライ君に作らせていたのか分からないくらいだ」

「最近だと1/1スケールのガンプラを作ろうって企んでるって聞いたよ」

 

 ショウゴについて話すサカキだが、彼自身もまたかつてとは違うのだろう。話す言葉だけではなくその表情からも確かに楽しんでいるのだろうという想いを感じ取ることが出来る。そんなサカキに彼が密かに抱いている野望をシロイが話しながら交じってくる。

 

「そういうアナタも塗装やカスタマイズに以前よりも力を入れているそうじゃないか」

「アラタ君やコウサカさんに刺激を受けてね。近いうちにコンテストがあるんだ。最近、思うように塗装が出来なかったけど今なら最高の塗装が出来ると思うんだ」

 

 そんなシロイに微笑を向けながら彼の近況について触れれば、彼もまた柵から解放されて望むままの塗装が出来ているのだろう。その時は是非見に来て欲しいと晴れ晴れとした様子だ。

 

「案ずる事はない。私達でさえ再び変われたのだ。君の中の火も再び燃え盛ることだろう」

 

 不意にまっすぐ見据えたサカキの言葉に驚く。いやサカキだけではなくシロイもまたその言葉に頷きながらリュウマを見つめていた。

 楽しみを見失い勝敗に拘っていたリュウマの中の変化はマスミだけではなく、バトルをしていたサカキ達も気づいていたのだろう。

 

「今一度、龍が空を駆ける時を楽しみにしているよ」

 

 いや、もっと言えば前々からだったのかもしれない。ガンプラビルダーだけではなく虐げる側にいたからこそリュウマを放っておけず、この三連休を費やしてくれるのだろう。リュウマへ期待の言葉を投げかけながらサカキやシロイもこの場を後にし、今日は解散となるのであった。

 

 ・・・

 

 段々と薄暗くなる空の下、ショウゴは歩いていた。もう間もなく自宅へ到着することだろう。彼の頭の中には今度、どういった動画にするかなど常に考えているのだろう。だがそれも苦ではないらしく寧ろ傍から見ても楽しそうだ。

 

「……」

 

 そんなショウゴから離れた場所にリョウコとアカリの姿があった。尾行しているのか、物陰に隠れながら様子を伺っているようだ。しかし、ショウゴを尾行しているのではないらしく彼女達の視線はショウゴの後方の電柱に向けられている。

 

 そこには身を隠すクゼ・ヒロトの姿があったのだ。

 ゲームセンターから姿を消した後も様子を伺っていたのだろうか、ショウゴを尾行しており、それを察知してこうして後をつけているわけだ。

 

(何事もなければ良いのだが……)

 

 この時間帯のこの道は人気がなく、なにか胸騒ぎを感じさせる。

 ショウゴの後をつけてなにをするつもりなのかは知らないが、それでも何事もなく終わって欲しい。

 しかしこの直後、リョウコの予想もしなかった出来事が彼女を待ち受けるとは想像すらしていなかったのだ……。



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混沌から来るもの

「……悪ぃな。いきなり押しかけちまって」

 

 夜天の下、トモンの表札があるこの一軒家の一室にリュウマとショウゴの姿があった。

 夕方過ぎに解散となったのだが、それから数時間後に言葉通りショウゴが家に押しかけてきたのだ。

 

「いや、別に良いんだけどよ……」

 

 別に家に押しかけたことに関しては然程、気にしてはいない。それよりも問題は深刻そうな面持ちを浮かべていることともう一つあるのだが、とりあえずなにがあったのかを聞き出そうとする。

 

 ・・・

 

 一方、ここはリョウコの私室。ベッドに腰掛けているリョウコはぬいぐるみを抱いており、ぎゅっとその力が強まる。

 

「まさか、あんなことになるなんて……」

 

 彼女とそしてリュウマの家にいるショウゴが思い出すのは今から数時間前の出来事だ。

 何とも言い難く眉を顰めると、記憶を巡るかのように目をゆっくりと瞑る。

 

 ・・・

 

 時刻は茜色の空に少しずつ影が差し始める夕暮れ時にまで遡る。

 なにが目的か、ショウゴをつけるクゼ・ヒロトをリョウコとアカリの二人が尾行していた時のことだ。

 クゼ・ヒロトと個人的な関わりこそないもののその噂をされている凶暴性はリョウコとアカリが話した通りで彼女達も耳に入っている。

 ゲームセンターでの様子を観察している限り、楽しそうにバトルをするリョウマ達を憎々しげに見つめていたのを覚えている。

 なにもしなければ良いのだが……。そんな想いを抱いてしまうほどの独特な緊張感がリョウコの胸の内を支配していた。

 

「……ッ」

 

 身を潜めているリョウコに気付かず、辺り一面に人がいないことを確認したクゼは行動を起こした。

 途端に歩調は早まり、ただショウゴを一点に見つめて走り出したではないか。その行動に直感で嫌な予感を感じ取ったリョウコも行動を起こそうとするのだが、思いの他、クゼの動きは早くもう間もなくショウゴに迫ろうとしていた。

 

「うおぁあっ!?」

 

 ここでショウゴも気配に気付いたのだろう。振り返った途端に迫るクゼのその鬼気迫るような表情に身を震わせて大きく驚くなか、彼の手に持つが入ったバッグを奪われる。

 

 バッグには自身の貴重品の他、ガンプラも入っている。このままではマズイと追いかけようとするショウゴだが、彼の足でも追いつけず、このままでは逃げ切られてしまうだろう。

 なんとしてでもそれだけは避けたかった。あそこにあるガンプラは自分が漸く取り戻すことが出来た大切な想いが込められているのだ。

 

 それはリョウコとて同じ事だ。目の前で起きたクゼの凶行は恐らくは噂の通りなのだろう。どの道、あのまま放置しておけば碌なことにはならず、最悪な結末が待っていることだろう。

 それを警戒して自分はアカリを巻き込んででも見張っていたのだ。こうなった以上、おめおめと見逃すつもりなどなかった。

 

 しかし複雑な道を選んで逃げ回るクゼに苦戦してしまう。それでも何とか追いつきたいと躍起になるなか、更なる事件が起きた。

 

「ッ!?」

 

 何とクゼの逃走を阻むかのように突如、地面に幾つもの鋭利な何かが突き刺さったのだ。

 目を凝らしてみれば、それはデザインナイフなどで用いられる替え刃だった。咄嗟に投げられた方向を見上げ、後から追いかけてきたショウゴやリョウコもつられて顔を上げる。

 

 

 

 

「──ひとーつ……ビルダーの生血を啜り」

 

 

 

 

 人も知らず、世も知らず、彼の者は現れた。

 

 

 

 

「ふたーつ……醜怪な悪行三昧」

 

 

 

 

 それはまさに現実離れしたダイヤモンドアドベンチャー

 

 

 

 

「みっつ……醜い浮世の悪を」

 

 

 

 

 風を切り、影を躍らせるその者の名は

 

 

 

 

「退治してくれよう頑風羅流」

 

 

 

 忍者。

 

 

 そう、N I N J Aである。

 

 

「なんじゃありゃあぁあ!?」

 

 なんじゃなんじゃと聞かれればにんじゃにんじゃ。

 あぁなんというべきか、御機嫌よう。動じることはない、こんばんは。

 額当てに口当て、風に靡かせる深紅の首巻。塀の上でこちらを見下ろすのはまさに忍者なのである。

 

「ア、アアア、アカリ!?」

 

 ぱくぱくと開いた口が塞がらぬまま、隣を見てみるリョウコだがアカリの姿はない。そう言えば必死にクゼを追いかけていたのは自分だけだった気がする。途中からクゼを尾行する地の文は自分だけだった気がする。

 

「拙者は頑風羅流のミツル」

「拙者!?」

「ビルダーの悲鳴を聞いて、ここに推参にござる」

「ござる!?」

 

 出てくる世界を間違えているのか忍びのエンターテイナー。だが見上げる先にいるツインテールは紛れもなく忍者なのである。

 

「ア、アカリ!? アカリなのか!?」

「はっはっは、これはおかしなことを。ガンブレ学園生徒会副会長がかような格好をする者を身近に置くと?」

 

 言い返せないのが悔しい。

 だがリョウコの苦悩を他所にサイレントニンジャは塀から飛び降りて、ゴキッと足を鳴らして震える。

 

「っ!?」

 

 溢れ出る涙を振り払い、風となる。クゼを通り過ぎた時にはショウゴのバッグはミツルの手に収まっていた。

 

「どうでござるか、この手際。これで拙者がその辺のファッションござるとは違うことが証明されたでござろう」

「……色物だったのが証明されたな」

 

 クゼが驚くのも束の間、ショウゴにバッグを手渡すミツルの得意顔に頭痛を感じてしまう。やはりたまに感じていた第10ガンプラ部臭は間違っていなかったようだ。

 

「あっ、逃げやがった!」

 

 バッグが手元に戻って一安心かと思いきや、クゼは既に逃走を図っている。撒こうとするようにすぐさま曲がり角を曲がっていくクゼにショウゴが追おうとするのだが……。

 

「無駄でござるよ。今からでは追いつけやしまいて」

 

 一歩で遅れた分、逃げ切られてしまうだろう。ならば無駄な労力を使う必要はないと止められる。

 

「リョ、リョウコ……」

「……無事で何よりだ」

 

 我に返ってリョウコがいることに気まずそうなショウゴ。彼は今ではサイド0側の人間といって良い。そんな彼がなまじラプラスの盾に所属していた分、生徒会側のリョウコと顔を合わせるのはバツが悪いものがあるのだろう。だがそれはリョウコも同じなのか、視線を逸らしながら答える。

 

「……いや、まあ、それよりもだ。このニンジャについてだな」

「あーっ! あんなところにソウマ・アラタとミカグラ・ユイがぁーっ!」

「なにぃっ!?」

 

 とりあえず今は世界観が迷子なニンジャをどうすべきかと問題にしようとしたところ、UFOの如くあらぬ方向を指差したミツルにつられてリョウコとショウゴが顔を向けるが、そこには誰もおらず、ミツルに視線を戻そうとした時には彼女の姿はなかった。

 

「──おーい!」

 

 程なくして声をかけられる。まるで三分の間に怪獣とでも戦っていたかのような爽やかな声につられれば、そこには晴れ晴れとした笑顔でこちらに手を振って走ってくるアカリの姿があった。

 

「皆さん、足が速くて追いつけなくて……。己の未熟さを痛感させられます」

「いや、お前……」

「あら、鞄を取り戻せたのですね。大事にならなくて良かったです」

「……大事はあったがな」

 

 ミツルは周囲にはおらず、白々しい態度を見せるアカリに最早、なにを言っても仕方ないとリョウコはため息と共にツッコミを放棄をする。

 

「……とりあえず私はこの辺りにさせてもらう」

 

 走るよりも余程、疲れたような気がする。トボトボと帰路につくリョウコに流石のショウゴも同情を禁じえなかった。

 

「それでは私も失礼いたします」

 

 しかしそんなリョウコの姿もどこ吹く風か、ショウゴにペコリと頭を下げたアカリはたおやかな笑みを見せながらこの場から離れていく。

 

 ・・・

 

「……夢でも見てたんじゃねえの?」

 

 ショウゴから事の顛末を聞き、リュウマは呆れた様子で顔を顰める。このガンプラ世界に忍者がいるなんてそんなバカな話があるのだろうかとばかりに。

 

「夢じゃねえって! 今考えるとあの忍者、結構俺のツボを突いてくるんだよな」

「知らねえよ、コスプレ好き。とっとと帰れ」

 

 一般的な忍者のデザインを落とし込み、ミニスカートの下に覗かせるスパッツ、そしてそこから伺える健康的な太股。そんなミツルの格好を思い出してどこか恍惚とした様子のショウゴにリュウマは今すぐにでも家から追い出そうと首根っこを掴まえて追い出す。

 

「ったく、忍者なんているわけがねえだろ。テレビの見過ぎ──」

 

 家族も寝静まった夜にくだらないことに付き合わされたと気分転換に窓を開けると……。

 

 

 

 

「本当のことさ、でござる」

 

 

 

 

 とってもすごいものを見たんだ。

 

「ア、アニメじゃない……!?」

「常識という眼鏡は捨てろでござる」

 

 近くの木の上に腰掛ける世界観迷子の忍者に唖然とするなか、チッチと指を振っている。

 

「少し話があるでござるよ」

 

 まさか本当に目の辺りにするとは思わず初めて見る忍者に言葉を失うリュウマではあるが、一方で家に帰宅しなかったショウゴの後でもつけていたのか、木の上のミツルはこの場にいる目的を話すものの、どこか落ち着きなく忙しない様子を見せている。

 

「……お、降りるのを手伝って欲しいでござる」

 

 やがて「……その前に」と口当てをしていても分かるほどの引き攣った様子でプルプルと涙目で懇願してきた。

 

「思った以上に高かったでござる怖いでござるハリーハリーでござる」

「……だったら端から昇んなよ」

「忍者は高いところで俯瞰するのが常識でござる」

「あぁ、馬鹿は高いところがって奴か」

「阿呆に言われると癪でござる」

 

 リュウマ、無言で窓を閉めてカーテンに手をかける。

 

「あぁんっ嘘でござるよ筋肉阿呆!」

「あぁ!? ……まあ筋肉つけてっから良いか」

「チョロチョロでござるよぉ」

 

 必死に弁明しようとするミツルだが、そもそも謝るつもりで煽っているので何ともいえない。しかしそれでも納得したリュウマには呆れた様子だった。




ミツル

【挿絵表示】

「拙者の正体を知ろうとは思わない方が良いでござる。そのようなことをしようものならフォロワーの鉄血の仮面美少女と仮面モデラーと共に押し寄せるでござるよ」


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想いのままに

「いやー、かたじけのうござる」

 

 自分で登った木から降りれなくなったミツルを何とか助け出すと、話があるということなので部屋に招きいれる。当のミツルは不安に駆られていたようで心なしか安堵しているように見えた。

 

「なんでこんな夜中に木から降りる奴をキャッチしなきゃいけねえんだよ」

「拙者のお尻に触れたことは大目に見るでござるよ、助平」

「摘み出すぞ」

 

 助ける方法で用いたのはシンプルに木から降りるアカリを受け止める方法なのだろう。

 腕を摩ってぼやいているリュウマだが人差し指を立てながらウインクしてくるミツルにたちまち青筋を浮かべてしまう。

 

「っんで、話ってなんだよ」

 

 とはいえこの忍者をまともに取り合っていたら、話が進まないのはこの短い間で理解している。

 早速、近くの椅子に腰掛けながらミツルに本題を切り出すように促すと「せっかちでござるなぁ」と大きく肩を竦めている。……我慢だ我慢。

 

「モリタ・ショウゴの話、アレは全て事実でござる」

「そりゃあ確かに忍者はいたけどよ」

「そっちじゃないでござるよ筋肉阿呆」

 

 今までどことなく緩んでいた空気を締め、ミツルはつい先程までもこの部屋にいたショウゴが話していた出来事について目を細めて話し始める。とはいえリュウマの意識は目の前の忍者に注がれている為何ともいえない微妙な表情を浮かべると心底呆れて馬鹿にしたような物言いで言われてしまう。

 

「あわやガンプラを奪われかけたこと、でござるよ」

 

 一々、人を煽るような物言いに眉を引くつかせるなか、真剣な面持ちで話された言葉にピクリと反応する。ミツルに関することばかり話していたのでそちらに意識を向けてしまっていたが、そもそも事の発端はショウゴはガンプラを奪われたことから始まったのだ。

 

「奴がなにを思って、そのような行動に出ているかは不明でござる。しかしこれは看過できない問題であるのも事実。モリタ・ショウゴのみならずあのゲームセンターにいた者達が狙われる危険性は多いにあるでござる。故にこちらに身を寄せることが最善だと判断したのでござる」

 

 クゼ・ヒロトの目的は依然として不明でこそあるがビルダーであればあるほど無視できない問題だ。今回は未遂で済んだから良いものの、ミツルが現れなければ笑い話にもならない結果が待っていたのかもしれない。

 

「暫しの間、協力させていただきたい。事件を解明するためにも」

 

 思わぬ発言に驚いてしまう。だがその烈火のような緋色の瞳に他意はないように思える。

 

「好きにしろ」

「……自分で言うのもなんでござるが即答されるのは意外でござる」

 

 するとリュウマは作業ブースとなる机に腰掛けると作製途中のガンプラを手がけながら彼女を受け入れたのだ。流石に怪しさ満点なのは自覚しているのか躊躇われるだろうと思っていたため、このあまりの即答ぶりには彼女も意外そうだ。

 

「俺は馬鹿だから一々あーだこーだ考えるよりも直感で決めてんだよ。悪い奴にも思えねえしな」

「……それで裏切られたらどうするのでござるか」

「そん時はそん時だろ。なってみねえと分かんねえよ」

 

 しかし当のリュウマはあっけらかんとしている。確かにミツルは怪しさの塊なのだが、それでも悪人ではないと何の根拠こそないものの自分が直感で感じたまま彼女を信じることにしたのだ。

 

「……そうだよな。あーだこーだってよりもそっちの方が俺らしいよな」

 

 作製途中のガンプラを手に取りながら、ふと笑みを零す。ここ最近、柄にもなくずっと考え込むことが多かった。それは偏にアラタを想ってのことだった。だからこそ負けるわけにはいかないと、負けられないとずっと呪詛のように自分に言い聞かせていた。

 

 しかしどうだろう。このことをアラタが知れば何て言うだろうか。少なくとも自分が知るソウマ・アラタならば決して喜びやしないだろう。

 

(……だからこそなんだけどな)

 

 きっとアラタならば止めろと言うだろう。下手をすればレイジングを取り上げるかもしれない。だが光のような存在である彼だからこそ陰りを齎したくないのだ。

 

「……ガンプラでござるか。見たところ完成も間近でござるな」

「……ああ。アイツを救うことばかり考えて作ってた」

「アイツ……? ソウマ・アラタとか?」

 

 ひょっこりとミツルがリュウマの後ろから覗き込むと彼の持つガンプラは大部分は完成していた。リュウマもマリカやシロイなど腕の立つビルダーに教授してもらっていたお陰か、その出来栄えはミツルから見ても中々のものだ。

 そんなガンプラを見つめながらリュウマが零した寂しげな笑みにその人物とは誰か何気なくサイド0のメンバーの名前を挙げながら問いかけてみれば彼は頷いたのだ。

 

「この間、コウラの奴が言ってたんだよ。アイツは助けを求める誰かを救って抱きしめてくれるような存在だってな」

 

 かつてソロモンの魔女としての過去に苛まれていたイオリが口にした言葉。あの時、部室の外で待機しながらその話に耳を傾けていたが、確かにアラタはそんなイオリを救ったのだ。

 

「実際そうなんだ。アイツはアレで誰かの心に触れることが上手いんだよ。だからこそアイツが送った言葉は届くし響いて刻まれる」

 

 イオリだけではない。マリカやアールシュ、他にも幾らでもいるだろう。彼が関わった人達は多かれ少なかれ彼に救われるか、もしくは何かしらの影響を与えられる。それは何より自分がそうだったのだ。

 

「でも……誰かの心の近くにいられる奴だからこそ、苦しんじまうんだろうな」

 

 脳裏を過ぎるのはかつて見せた空虚な笑み。アラタはいつも人前では飄々と笑みを見せてきた。だが実際、ここ最近のバトルで彼が楽しそうにしているところなど見たことがない。それはやはり人の心の近くにいられる存在だからこそ、その心の内、特に負の部分に中てられてしまうのだろう。

 

「確かにアイツは誰かを抱きしめてやれるような奴だ。そうやって温もりをくれる。けどよ、じゃあ誰がアイツを抱きしめてやれんだよ」

 

 ずっと考えていた。確かにアラタは色んな人間を救ってきたが、では逆に誰がアラタを救えるのだろうか。あんな虚しい笑みを見せる彼に一体、誰が本当の笑みを取り戻すことが出来るのだろうか。

 

「その為には強くならなきゃいけねえって思ってた。けど、そうだな……。もしアイツに手を伸ばそうってんなら大切なのは単に強さじゃダメなんだ」

 

 アールシュとバトルをしていた時のアラタは心底、楽しそうだった。だからこそ彼に再び真の笑顔を齎せるのには強くならなくてはいけないと考えていた。

 しかし違う。きっとそうではないのだ。ただ強いだけの相手ならばガンブレ学園に幾らでもいるだろうし、それこそ生徒会長とバトルをしたところで彼は笑顔を取り戻さないだろう。

 

「心火……。心の底から楽しんで燃えるような情熱があるビルダーじゃねえときっとアイツの心に温もりも何も届かねえと思うんだ」

 

 そう言ってリュウマが取り出したのはシャイニングガンダムだ。

 しかしそれは軸が折れたままのあまりに無残な姿だった。これには苦い思い出がある。しかし当時、このガンプラに籠めた想いは本物だ。自分がビルダーとして何より楽しいと思いながら完成させたのだ。

 マスミが幾度となく口にしていた心火という言葉。アラタの期待に応えたい、そして何より彼を助けたいと思うあまり自分自身が楽しむことを忘れて、心の中に灯る火を消してしまった。

 

「このガンプラは俺自身だ。俺の全てが注ぎ込まれてる。でも今なら完成させられる。強さも弱さも全部、抱え込んで火がついた今なら」

 

 思い悩みながらずっとこのガンプラを作り続けていた。しかしマスミをはじめとして多くの人々と関わりを持った今、漸く光明を取り戻せたのだ。今ならきっと作業か何かではなく心より楽しみながら思う通りの心の形を創造(ビルド)することが出来るだろう。

 

「……やはり強いでござるな」

 

 その輝かしい姿を眩しそうにミツルは目を細めながら、その脳裏に土砂降りの中、立ち上がろうとするレイジングの姿を過ぎらせる。

 

「……しかし、何故そのような話を拙者に?」

「分かんねえ。でも多分、誰かに聞いて欲しかったんだろうな。お陰で楽になった」

 

 とはいえリュウマとミツルの近しいわけではない。それこそマスミなどに聞いてもらったほうが良かったのではないかと思うが、それでも己の心の内を吐露した彼は満足そうにしていた。

 

「……きっとその想いはソウマ・アラタには届くでござるよ」

「そうか? なら良いな」

 

 ふと今までふざけた態度が多かったミツルの声色が柔らかく優しいものとして語られる。その声につられるようにリュウマはミツルの照れ臭そうに笑う。

 

(……この心にアナタの想いは届いたもの)

 

 はにかんだリュウマの笑みにミツルも微笑む。その心にじんわりと広がるような温もりを感じながら。

 

「少しばかり拙者にも手伝わせて欲しいでござるよ。きっと何かしらの助言は出来るで候」

「あん? なんだいきなり」

「協力させてと言ったでござろう。忍びとは仕えるもの。主無き身ではあるが今はお主にだけ尽くしたいでござる」

 

 リュウマの肩に手を置きながら、作りかけのガンプラを見つめる。確かに中々の完成度だが、もっと飛躍する余地はあるだろう。こうしてリュウマはガンプラ完成のため、ミツルの助言を受けながら情熱のままに夜を明かすのであった。



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謎のガンプラ

 ガンプラもバトルも好きだった。

 だからこそその道に進むんだとガンブレ学園に入学した、……筈だった。

 

 しかし待っていた現実は楽しいとは程遠い殺伐とした弱肉強食の世界。

 弱者に人権などないに等しいその世界で何とか強者としての立場を得ようと必死にもがき続けた。

 なに不自由なくガンプラが、そしてバトルが出来るように何としてでも上位ランキングに名を連ねるんだとどんな苦汁を飲んででもと今までずっと神経をすり減らすような学園生活を送ってきたのだ。

 

 ……だからこそなのかもしれない。

 

 能天気にガンプラが好きだ何だと言っている奴等へ憎悪に似た怒りが生まれたのは。

 

 ・・・

 

「リュウマの奴、遅えな」

 

 ミツルの襲来より翌日のゲームセンター。そこにはショウゴ、サカキ、シロイの姿があった。待ち合わせしていたようでお昼時を過ぎたゲームセンターでショウゴは今か今かとリュウマを待っているのだが中々、顔を見せなかった。

 

「マスミさんのファームで農作業を手伝ってから来るそうだしね」

「まあ直に顔を出すだろう」

 

 他にもマスミや三馬鹿の姿もない。とはいえ予め連絡はされているのか、ぼやくショウゴを他所にサカキとシロイは何気なく話しながらリュウマ達を待とうとするのだが……。

 

「仕方ねえ。先にバトルしちまおうぜ!」

 

 目の前にシミュレーターがあるのであればすぐにでもバトルがしてみたい。それがビルダーとしての情熱があればあるほどだ。それにここでいつまでもリュウマを待ってぼんやりとしているという時間の無駄というものだろう。

 ショウゴの提案にシロイやサカキも同意して頷くと各々、ガンプラバトルシミュレーターに乗り込んで出撃していく。

 

 ……その姿を見つめている陰がいるとも知らず。

 

 ・・・

 

(徹夜明けで手伝いなんてするもんじゃねえま……)

 

 一方、ここはリュウマの自宅。欠伸をしながらおぼろげな足取りでいえに帰ってきたのはリュウマであった。まだ眠気に襲われているのだろう。普段の活気溢れる姿とは一変して非常にぼんやりとした様子だ。

 

「うーす……」

「おかえりー。随分とまあ眠そうじゃないか」

「徹夜してたからなぁ……」

 

 マスミから貰った野菜を持ち帰ってぼんやりとしたままリビングに顔を見せればソファーに腰掛けていたリュウマと同じ赤毛の姉に声をかけられる。普段のリュウマといえば、基本的には早寝早起きのタイプなのだが寝る間も惜しんでガンプラを作製した為、眠りについたのは少しずつ空に明かりが見え始めた明け方であり、それも僅かな仮眠でそのままマスミ達の手伝いに向かってしまった。

 

 姉との会話も程ほどに渇いた喉を潤そうと寝起きでいつも飲んでいる牛乳を取りにまず台所に向かおうとすると……。

 

「やっと帰って来たでござるか」

 

 エプロン姿の忍者がいたのだ。

 

「お昼の準備は出来てるでござるよ」

「おぉーっ、出来た!? いやーミツルちゃんってば手際が良いねぇっ」

 

 蕎麦を茹でつつ薬味の準備を終えて声をかけるとあまりに何ともいえない光景にかける言葉を失っているリュウマを他所に彼の姉はルンルンでミツルのもとへ駆け寄っていく。

 

 ・・・

 

「母ちゃんもパートだし、昼はどうすっか悩んでたんだよなー。ミツルちゃんがいて助かったよー」

「これくらいであれば全然でござるです」

「いやいや大したもんだってぇっ。リュウマに言うと毎回、プロテインラーメンなんだよなぁ」

 

 三人で昼食をとりつつ和やかに談笑をしている姉とミツル。とはいえ相変わらずミツルは忍者スタイルなので食卓を囲むにしてはあまりに異様な風景だ。

 

「……随分と仲良いな。なんかあったか?」

「んにゃ全然」

 

 あまりに違和感なく親しげに話している姉とミツルの姿に首を傾げてしまう。とはいえ姉がミツルと会ったのは数時間前にリュウマと一緒に部屋を出た時であり、その後リュウマがマスミの手伝いに向かった後も特になにもなかったという。

 

「悪い子じゃないしな。ならそれで良いじゃないか。うん、十分だ」

「たまに思うけど姉ちゃんってスゲエよな」

「姉ちゃんだからな」

 

 しかし当の姉は何か問題でもあるのかとあっけらかんとしている。この大らかさは自分以上のものであり、ある意味で羨ましいと思ってしまう。

 

「それよりも今日はバトルの約束があるのでござるか?」

「ああ。野菜を持ち帰っただけだから飯食ってさっさと行く」

 

 姉との会話も程々に麺を啜っていると何気なく聞かれた問いに答える。一回、帰ってきたのは野菜を持ち帰るためであり、昼食を済ませた後はゲームセンターに向かうつもりだ。

 

「今日はお前のお陰で完成に漕ぎ着けたあのガンプラのお披露目が出来そうだしな」

 

 マスミ達もマスミ達でゲームセンターに向かうことだろう。そんなことを思いながら晴れ晴れとした様子でリュウマは向かい側に座るミツルに話すと、彼女は何も言わないものの照れ臭そうに視線を逸らす。

 仲が良いねぇ、と一人食事をとる姉を他所に食事を済ませて準備を整えると、ミツルと共に家を出るのであった。

 

 ・・・

 

 一方でこちらは宇宙空間を舞台にしたバトルフィールド。そこにはショウゴ達が今もなおプレイしていた。しかしそれぞれのガンプラを操っているショウゴ達の表情は険しく苦々しい。

 

 彼らのガンプラと対峙するのは一機の黒いガンプラだ。

 

 ゲルググJをベースにしつつもサイコ・ザクのパーツの多くを組み込まれているのが特徴で、さながらサイコ・ゲルググというべきか。全長を超えるバックパックのみならず両肩のファンネルも相まって並の機体ではまず近づくことすらままならず蜂の巣にされるのがオチだろう。

 

「なんだよ、コイツ! スッゲェしつけえぞ!」

 

 堪らず叫んだのはショウゴだった。彼の言うようにこのサイコ・ゲルググは突如としてショウゴ達のバトルに乱入したかと思えば、執拗なまでに襲い掛かってきたのだ。

 

「まるで執念のようなものさえ感じるが……ッ」

 

 どれだけ距離を離そうとも決して逃そうともせず確実に破壊しようと迫るサイコ・ゲルググにサカキは戦慄してしまう。しかしその最中、サブアームを展開して放たれたザクマシンガンの弾薬を直撃してバランスを崩してしまった。

 

「サカキ君っ!? ──なあっ!?」

 

 まさに蜂の巣。バランスを崩したところに更に装備している大型ビームマシンガンのスコールのような銃撃をまともに受けて撃破されてしまう。

 シロイがサカキの撃墜に驚いているのも束の間、サイコ・ゲルググは一瞬にしてドムタクティークとの距離を縮めるとサブアームのザクマシンガンに加え、ビームナギナタによって幾度となく損傷を与えて、やがては撃破する。

 

「なっ……なんなんだよ、お前はぁっ!?」

 

 サイコ・ゲルググの戦い方はあまりに異様だ。

 本来、ガンプラバトルというのはプレイヤーが楽しんで熱中するものだろう。その熱が高まれば高まるほど、それは相対するプレイヤーにも伝わり、白熱したバトルが出来るというものだ。

 しかし目の前のサイコ・ゲルググは違う。あのガンプラから感じるのは歓楽とはあまりに対照的なおどろおどろしい負の感情だ。それは自慢のガンプラを戦わせて勝つ、というよりは寧ろ絶対に破壊してやるという怨念のような執念を感じてしまうのだ。

 

 異常にすら感じるサイコ・ゲルググに叫んでしまうが、その問いに答えられるどころか更に攻撃は苛烈を極める。やがてショウゴのガンプラも耐え切れなくなり、サイコ・ゲルググによって無残なまでに蹂躙され、そのまま撃墜されてしまう。

 

 後に宇宙空間に残ったのはサイコ・ゲルググのみだ。

 そのシミュレーターの中で一人、ビルダーであるクゼは歪な笑みを零すのであった……。




ガンプラ名 サイコ・ゲルググ
元にしたガンプラ ゲルググJ

WEAPON 大型ビームマシンガン
WEAPON ビームマギナタ(ジョニー・ライデン専用ゲルググ)
HEAD ゲルググJ
BODY サイコ・ザク
ARMS ヤクト・ドーガ(クェス)
LEGS ブレイクディアス
BACKPACK サイコ・ザク
ビルダーズパーツ 片側アンテナ×2(頭部左右)
         ニー・アーマー×2(両腰)

例によってリンクが活動報告にあります


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紅蓮の龍、天を翔ける

 元々、劣等感が強い傾向にあるのは自覚している。

 何故ならあの学園にいれば自分よりも優秀な人間なんて幾らでもいるからだ。

 

 それだけならば諦められる。

 事実として自分が劣っているのだから、喚いたところでその差が埋まることはない。

 才能……それだけに留まらず、差が出来る要因は幾らでもあるだろう。

 

 努力は報われるなどと知ったような口を利く奴がいる。

 ……そんなわけがないだろう。

 成功した者の中に努力していた者がいたのであり、必ずしも努力したから成功するわけではない。

 

 第一、自分だけが努力をしていると思っているのか?

 才能を持った奴だって努力するし逆にいえば努力は当たり前なんだ。

 努力が足りないという言葉もナンセンスだ。それを口にして時間が巻き戻るわけでもないし、じゃあその足りない努力とはどれ程のものだ?

 

 それとも結果が伴わなくとも努力は無駄にならないとでも?

 違うな。そうやって浪費した時間に対して、その時間の中にいた自分に対して言い聞かせているだけで結果が伴った方が断然良いに決まっている。

 

 マラソンのようなものだ。

 どれだけ息を切らして、どれだけ汗をかいたところで結局、追い抜かれてしまえば栄光は掴めない。

 

 だから僕は結果だけを考えて、這いずる想いで上位ランキングに名を連ねようとした。

 例えどんなことをしてでも僕は栄光を掴んでやると躍起になったんだ。

 

 ……なのに

 

 ──トモン・リュウマ

 

 アイツという存在を目の前にして僕の中でなにかが弾けたんだ。

 

 ・・・

 

「あん? リュウマはまだ来てねえのか」

 

 ゲームセンターに訪れたのはマスミと三馬鹿だった。ゲームセンターの一角に位置するガンプラバトルシミュレーターのコーナーに顔を見せれば、ショウゴ達の姿はあるもののリュウマの姿はない。とはいえ野菜を持ち帰っただけなので心配せずともすぐに顔を見せるだろう。

 

 しかしここでマスミも眉を顰めた。

 ショウゴ達に近づけば近づくほど彼らが発するピリピリとした雰囲気を感じ取ったからだ。ここ最近、和やかなガンプラライフを過ごしていた彼らがここまで険しい雰囲気を見せるのは珍しく、なにがあったのかと考えてしまう。

 

「……マスミさんか」

「おう、どうした?」

「……わりぃ、今日はこれ以上、バトルする気にならねえから帰るわ」

 

 マスミに気付いたショウゴだが一向にその表情が和らぐことはない。そのことについて触れようとするも口にするのも腹立たしいとばかりにショウゴ達は険しい面持ちのままゲームセンターを去っていく。以前ならばありえたかもしれない苛立ちをそのままぶつけて来るようなことがなかっただけマシというべきか、しかし何かあったのは明白だろう。

 

「……お前もいたか」

 

 ショウゴ達の背中を見送りながら、果たしてどうしたものかと頭を悩ませていると不意に彼や三馬鹿の前に姿を現した者がいたのだ。

 

 リョウコだ。

 以前と変わらず、ここで張り込みでもしていたのだろう。だがその表情はどことなく重い。

 

「アイツ等になにがあったか知らねえか」

「……私となにかあったとは考えないのですか?」

「お前はビビられることはあってもあんな顔させる奴じゃねえだろ」

 

 リョウコにショウゴ達に一体、なにがあったのかを尋ねると彼女は僅かに驚いたような反応を見せる。

 今では生徒会と離反したショウゴ達だ。そんなショウゴ達が険しい顔をして去った後に姿を見せればなにかあったのかと疑われるかと思ったか、マスミ達はそういった態度は見せないのだ。しかしそれはマスミなりにガンブレ学園におけるリョウコを知っているからだろう。

 

「実は……──」

 

 その言葉に目を見開いて息を呑んだリョウコだが、やがてこの場でなにがあったのかを話し始める。彼女が話し始めると同時に近くのモニターにはサイコ・ゲルググが不気味にモノアイを輝かせながらプレイヤー機を破壊していた。

 

 ・・・

 

「大分、遅れちまったなぁ」

 

 その数分後、ゲームセンターに駆け込んできたのはリュウマとミツルだった。昼食を終え、急いでやってきたのだろう。息切れしたままシミュレーターへ向かえば、そこにはマスミと三馬鹿の姿があった。

 

「あれ、ショウゴ達は……?」

 

 しかしいくら見渡したところで待ち合わせしていたショウゴやサカキ、シロイの姿はない。彼らについて尋ねるようにマスミを見やる。

 

「……俺が聞きてえのは寧ろそこの忍者なんだがな」

「触れんなよ。忍者は忍者なんだからもう良いだろ」

「忍んでねえだろ」

 

 とはいえ当たり前のようにリュウマの隣にいるミツルにマスミや三馬鹿は何とも言いがたい様子だ。しかしこの忍者について下手に触れれば碌なことにはならないのでそっとしておいて欲しいと目で訴えかけるとマスミは一人、首を傾げる。

 

「……まっ、お前はお前でちったぁマシな面になったからまだ良いか」

 

 しかし短いやり取りの間にも以前よりも険がなくなり明るくなった表情に気付いたのだろう。マスミは満足そうに笑うと、リュウマへ歩み寄る。

 

「どうだ? バトルしてみっか」

「おうよ、その為に来たんだ」

 

 ケースからEz-Aを取り出してバトルを持ちかけると、リュウマは二つ返事で答えたのだ。しかもそれは待ってましたといわんばかりにその瞳に炎のような活気を宿しながら。

 

「あーだこーだ考えんのはもう止めだ。こっからは俺らしく行くぜ」

 

 バンッと拳を打ち合わせながらリュウマは好戦的な笑みを見せる。ガンプラも完成し、すぐにでもバトルがしたいのだろう。そのギラギラとした瞳はまさに獰猛な龍のような力強さを覗かせる。

 

 これ以上の言葉は必要ないだろう。

 リュウマとマスミは笑みを交わすと、それぞれガンプラバトルシミュレーターに乗り込んでいく。

 

「コイツは派手な祭りになりそうだな」

 

 Ez-Aをセットし、マッチングを進めながらマスミはこれから起こるであろう激戦の予感を感じ取る。リュウマの特訓に付き合ってきたが、アレほどの活気溢れる姿を見せたのはコレが初めてだ。一体、自分がいないところでなにがあったのかは知らないが、それでもリュウマの変化はこれからすぐに感じることが出来るだろう。

 

「ガンダムEz-A、行くぜェッ!」

 

 どれ程のものか、想像するだけで口角が釣り上がっていく。

 マスミもまたこれから起きるであろう激闘に高揚感を抑え切れず、愛機と共に出撃していくのであった。

 

 ・・・

 

「きっと……なにかに囚われたままじゃいけないんだ。俺が俺らしく……」

 

 マッチングの間に瞑っていた瞼をゆっくりと開き、リュウマはただ目の前の一点を見つめる。小難しいことを考えるのは自分らしくない。今はただこの燃え盛る闘志に身を委ねたまま駆け抜けるまでだ。

 

「それが何よりアイツとの“約束”を果たせる筈だから」

 

 思い出すのは初めてレイジングを託された日の出来事。あの日のアラタの言葉は今も自分の心に深く刻まれている。だからこそ今、アラタへの想いは胸の中で燃え盛る炎の中の一つに変わり、それは留まることも知らず轟々と荒ぶっているのだ。

 

 マッチングが終了し、出撃を促される。

 彼がセットしたのはレイジングの流れを汲むガンプラだった。しかし蒼きレイジングとは対照的にそのガンプラは溶岩のようなカラーリングが施され、テイルブレードや翼のようなアームド・アーマーXCなどより荒ぶる龍の性質を強調しているかのようだ。

 

「トモン・リュウマ……レイジングガンダムボルケーノ、行くぜェッ!!」 

 

 これこそリュウマがサイド0に加わり、今日にまで至る全てを注ぎ込んで創造(ビルド)したガンプラ。

 自称天才に託された蒼き龍を彼なりに昇華させて生まれた紅蓮の龍は産声を上げるかのように駆動音を響かせて、バトルステージに飛び立っていくのであった。




ガンプラ名 レイジングガンダムボルケーノ
元にしたガンプラ シャイニングガンダム

HEAD オオワシアカツキ
BODY ダブルオークアンタ
ARMS シャイニングガンダム
LEGS シャイニングガンダム
BACKPACK シャイニングガンダム
拡張装備 ドラゴンヘッド×2(両腕)
     チークカード×2(両頬)
     アームド・アーマーXC×2(バックパック)
     テイルブレード(臀部)
     刀(右腰)
     
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気高き光の中で

 リュウマとマスミによる戦いの舞台となったのは今にも終焉を齎さんばかりに轟々と響く火山地帯だった。

 既に戦いの火蓋は切り落とされており、大地を揺るがすガンプラ同士のぶつかり合いが起きている。それはまさにどちらも退く気などない前だけを突き進むという意志の表れなのかもしれない。

 

 マスミのEz-Aはまさに火力に特化したガンプラだ。その一つ一つの砲口が火を吹けば、タダでは済まないだろう。しかし相対するレイジングボルケーノは一切、怖れずに立ち向かっていき、着実に距離を詰める。

 荒ぶる紅蓮の龍に迷いなどない。今はただ目の前のことだけに己の全てを持ってぶつかっていくのだとその拳を振るうのだ。

 

「ヘッ、良い感じに仕上がってんじゃねえか」

 

 穿つように放たれた拳を咄嗟に2連装ビームライフルを装備する腕を立て構えて防ごうとするも受け止めきれず、Ez-Aはそのまま後方に押し返されてしまう。リュウマだけではなく、ガンプラその物の完成度も飛躍しており、マスミは状況に似合わず楽しそうに笑みを見せる。

 

「けど、そんなもんじゃねえだろォッ!」

 

 まるで獰猛な獣のように荒々しく叫べば、Ez-Aは薙ぐように2連装ビームライフルを振るい、そこから刃のような高出力ビームが放たれたのだ。

 

「ったりめーだッ……!」

 

 避けるには間に合わず直線上の物体を全て破壊しながら迫るビームの刃に対してリュウマは臆することなく目を鋭く細める。するとレイジングボルケーノのツインアイが輝き、各部の装甲を展開して輝きを放つと、その手に液体金属を覆うと地を踏みしめ、荒々しく唸りをあげながら放たれたマニピュレーターは真正面から対抗して周囲に暴風のような衝撃波を放つ。

 

 常人に立ち入れることは叶わないだろう。しかしそんな状況下の中でもレイジングボルケーノは依然とツインアイを輝かせたままただ真っ直ぐ前を見据えているのだ。

 

「……アンタはやっぱ強ぇ」

 

 拮抗する力の中に身を置きながら不意にリュウマはポツリと呟く。それはマスミの実力を認めた発言だった。

 いやマスミの実力は最初から分かっていた。彼は強い。バトルの腕だけではなく、ビルダーとしての心持ちも。彼は常にバトルを全力で楽しんでいるのだ。

 

「けどな、俺はその上でアンタに勝つッ!」

 

 彼にはまだ及ばない。だがそれで負けまで認めるつもりなど毛頭なかった。マスミがバトルを全力で楽しんでいるのならば自分はバトルを全力で楽しんだ上で勝利を掴み取る。

 

 

 

「闘志が漲るッ」

 

 

 

 それはまさに荒れ狂う龍(レイジングドラゴン)

 

 

 

「心が燃える……ッ」

 

 

 

 再び燃え盛る情熱はマグマのように

 

 

 

「俺の炎が……迸るゥッ!」

 

 

 

 さあ、今こそ高らかに叫べ

 

 

 

「もう誰にも止められねえッ!」

 

 

 

 拮抗したエネルギーの中で無我夢中に叫ぶ。それは獰猛な中にも輝く気高い光を解き放つように。

 

『──だからこそ最後にはお前が最高のガンプラを作って、バトルして欲しい』

 

 不意に脳裏を過ぎったこの道を突き進むと決めた運命の日の言葉。

 

『本当のバカは自分をバカだなんて言わないんだよ。だから預けられる。お前を……信じられる』

 

 彼の言葉があったから自分はもう一度立ち上がることが出来た。

 この暗雲は決して晴れることなんてないんだと絶望していた時に現れた太陽のような存在。彼がいたからこそ倒れかける度に強くなりたいと思ったのだ。

 

 もう二度と苦しみや絶望から目を逸らしはしない。

 もしも幾度となく倒れそうになったのならその度に幾らでも強くなってやる。

 この胸の中に再び宿った輝くように燃え上がる情熱が消えぬ限り、自分に限界などないのだから。

 

「今の俺はァッ……負ける気がしねぇえッッ!!」

 

 愚直なまでに我武者羅に突き進もうとするリュウマに呼応するようにレイジングボルケーノの光はより一層強くなったかと思えば、瞬く間にその全身を駆け巡り、輝きを“纏った”のだ。

 

 ──次の瞬間、大爆発が起きた。

 

「あの野郎……ビームを握り潰しやがった」

 

 一体、どうなったのかさえ分からぬほど周囲に硝煙が上がるなか、真っ先に抜け出たのはEz-Aだった。そのシミュレーター内でマスミはどこか唖然とした様子で呟く。相対する彼にはレイジングボルケーノが取った行動が見えていたのだろう。

 

「……ッ」

 

 硝煙も吹き行く風に流れていくなか、やがてゆっくりとレイジングボルケーノはその姿を現せば、マスミは更に驚愕する。

 

 何とレイジングボルケーノは健在だったではないか。

 否、それだけではない。レイジングボルケーノはこのフィールドの全てを照らさんばかりの紅き輝きを纏っているではないか。

 

「あの光は……」

 

 ガンブレ学園に身を置いて、これまで様々なビルダーと接してきたマスミにはその輝きが何であるのかすぐに分かった。

 

 ──覚醒

 

 それはまさに選ばれた者のみが纏うことが出来る破壊と創造の輝きだ。

 真正面から高出力のビームを握り潰しただけではなくその堂々たる姿は見る者に息を呑ませる。いまだリュウマの闘志は衰えていないのだろう。マニピュレーター同士を打ち合わせるとすぐさまEz-Aへと向かっていく。

 

「ダァルァアッ!!」

 

 しかしリュウマ自身、まさか自分が覚醒の輝きを纏っているなどとは思ってもいないのだろう。自分に起きている変化にすら気付かず、ただ彼が無我夢中に挑んでいく。

 

「チィッ……!」

 

 しかしその輝きを纏った拳の一つ一つは強烈なものなのだろう。Ez-Aは徐々に圧されていき、両腕の武装も文字通り粉砕されてしまう。

 

「……ハッ!」

 

 だがそれでもマスミもまたその戦意が衰えることはないのだろう。いかに武装を失えど、好戦的な笑みを浮かべたままレイジングボルケーノに対抗して殴り返したのだ。

 

「良いぜ、リュウマ! テメエの本気を見せてみろォオッ!!」

「上等だァアッ!!」

 

 同時に交差したマニピュレーターは互いの胸に響くように激しく突き当たる。しかしお互いに一歩も引くことはなく、己の胸で燃え上がる激情のままに叫ぶと、レイジングボルケーノはそのままEz-Aを押し切る。

 

「ボルケニックゥウッ……フィンガアアアァァァァァァァーーーーーーーーァアアアッッッッ!!!!!!!」

 

 あまりの勢いにEz-Aも思わず跪いてしまうなか、レイジングボルケーノはマニピュレーター同士を付き合わせると体勢を低く構えて一気に飛び出す。

 

 ──紅蓮の龍の咆哮が轟く。

 

 光の尾を走らせながら突き進むその姿はまさに紅き龍が顕現したかのようだ。その身を龍に変えたような強烈な一撃はEz-Aを貫き、撃破するのであった。

 

 ・・・

 

「ッしゃあっ! 大・勝・利ぃーっ!」

 

 シミュレーターから出てきたリュウマは溢れんばかりの笑みを見せながら高らかに拳を突き出す。やはり今回のバトルは再び取り戻した情熱を表すようなレイジングボルケーノの初陣ということもあり、リュウマのはしゃぎようは子供のようだ。

 

「噂に聞く覚醒……。よもや筋肉阿呆が発現させるとは……」

「覚醒? なんのこった」

 

 リュウマの勝利はミツルも喜ばしいのか、腕を組んでうんうんと頷いていたのだが、先程のレイジングボルケーノの覚醒を思い出し、いまだに驚きを隠せないようだ。しかしリュウマには覚醒の自覚はなく、首を傾げていると論より証拠だとばかりにミツルが指した観戦モニターを見やる。

 

「眩しッ!? ちょ、うわっ眩しいんですけどッ!!」

「然り。だがあの輝きを手に入れたのは事実でござるよ」

 

 振り返れば観戦モニターに映るリプレイ映像は丁度、レイジングボルケーノが覚醒した場面であり、その輝きに思わず目を逸らしていると隣のミツルは額当てを下ろして閃光を遮断しつつも改めて覚醒の光を纏ったレイジングボルケーノを指差す。

 

「そうか……。俺、あの光を……」

 

 かつてアールシュが見せた覚醒の光。当時は自覚はなかったため、何とも言い難いがそれでもあのバトルをしていた時は言葉通り、負ける気がしなかった。こうして覚醒の輝きを纏うレイジングボルケーノを見ていると己の中の情熱の炎が形となったかのようで嬉しかった。

 

「あーくそ、派手に負けたなぁ」

 

 暫らく覚醒を纏うレイジングボルケーノを見つめていると不意に背後からマスミの声が聞こえてくる。

 

「ノリが良い方が勝つって言うしな。負けた負けた! まっ、次は負けねえぞ」

「ヘッ、良いぜ。いくらでもバトルしようじゃねえか。けど勝つのは俺だぜッ」

 

 とはいえマスミはいつまでも尾を引くタイプでもないのか、負けたところで次は勝つと快活に笑う。その気持ちの良い対応にリュウマもつられて拳を突き出す……が、途端にヘッドロックを仕掛けられる。

 

「一回勝てたくらいで調子に乗んじゃねえぞ!」

「いってぇえっ!? なにすんだよマスミン!」

「あっ今、マスミンって言った」

「言っちゃった……」

 

 マスミの指摘にしまったとばかりに口を抑えるリュウマ。まるで兄弟のようなやり取りに近くにいるミツル達もクスクスと笑ってしまうなか、温かな時間が流れていく。

 

(──……トモン・リュウマ)

 

 しかし、ただ一人。

 

(どうしてアイツはいつまでも……ッ!)

 

 リュウマに対して憎しみさえも籠もった視線を送る者がいた。強く握ったその手にあるサイコ・ゲルググは悲鳴のように軋む音を響かせるもゲームセンターの雑多音の中では誰にも聞こえることなく消えるのであった。



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憎悪へのシナリオ

筆が乗るような強い刺激が欲しい……。


 ──覚醒

 

 使用条件こそ分からぬものの、一度発現させればガンプラの性能を大幅に飛躍させるという破壊と創造の力。ガンブレ学園でいえばアールシュ・アニク・カルナータカなど上位ランカーがその力を使っている。

 

 ……僕はあの力が眩しかった。

 なんでそんな風に感じたのかは分からない。

 でも、あの光はそう……まるでビルダーのガンプラへの想いが形となったかのようで眩しかったんだ。

 

 僕は今まで必死に走ってきた。

 どれだけ自身をすり減らすようなことになっても最後には栄光を掴みとってやるんだと躍起になってきたつもりだ。

 

 そのお陰で入学してから徐々にだがランキングも上がり始めていた。

 後少しで下位ランキングから脱することも出来る……。これで今まで苦しんできた分も報われるんだと思っていた矢先、僕はアイツに出会った。

 

 ──トモン・リュウマ

 

 ガンブレ学園のランキングは大まかに三つに分かれている。

 下位ランカーで構成されるCASUAL、中間に位置するSTANDARD、そして上位ランカーによるHARDCORE。何の後ろ盾もない一年生はまずその殆どが下位ランカーであるCASUALとしてのスタートを余儀なくされる。

 

 その下位と中間ランキングとの境目で僕はアイツを知った。

 丁度、奴と僕のランキングは一つ違いだった。次のランキングバトルでどちらが下位ランキングを脱することが出来る、そんな状態だったんだ。

 

 それだけならば、ただの競合相手として片付けることが出来る。

 なんてことはない、これまでのようにただ目の前の相手を倒すことだけを考えれば良い。

 

 だけど、アイツは……アイツだけは違った。

 アイツは……楽しそうに笑っていたんだ!

 

 だからなんだろう。

 僕があんなことをして、今に至るのは。

 

 しかし何て忌々しいことなんだろう。

 漸く上位ランキングに名を連ねることが出来て、全てが上手く行き始めたこのタイミングでアイツがまた僕の前に……よりにもよってあの“輝き”を手に入れたなんて。

 

 ……もうまどろっこしいことをしても仕方ない。

 幾ら遠回しなことをしても、アイツはきっといつかまた目障りな存在として僕の前に現れるだろう。

 

 ……ならいっそのこと、奴を墜としてしまえば良いんだ。

 

 ・・・

 

 マスミとのバトルを終えたリュウマはその後、明日もバトルをしようと解散して自宅に帰宅していた。今日はショウゴ達に会えなかったものの連絡を取ってみれば、どうやら明日は顔を出してくれるそうだ。自分達がゲームセンターに訪れる前に一体、なにがあったのかは知らないが、この分だと安心していいだろう。

 

「ふっふーん、今日のバトルは素晴らしかったでござるなぁ」

 

 ……相変わらずこの怪しさの塊である忍者は当たり前のようにこの場にいるのだが。

 

「お前、当たり前のようにいるけど、家とか大丈夫なのか?」

「ちゃんと帰るでござるよ。それともおはようからおやすみまで拙者が傍にいて欲しいのでござるかー?」

「昨日はおやすみからおはようまでいたな。ベッドは一つしかねえんだぞ」

「……あー……流石に心臓に悪かったので今度、厄介になる時は寝袋持って来るでござるよ」

 

 どうやら昨晩は一緒のベッドで眠ったらしい。最も特に気にした様子もなく、あくまでベッドの問題について話すリュウマにミツルは昨晩のことを思い出してか、口当てをしていても分かるほどに照れながら視線を逸らす。

 

「大体、男女で寝床を共有するというのは……」

「今更かよ。いきなり夜中に押しかけてきた訳分かんねえ奴の為に俺は床やソファーで寝る気はねえ。けどその逆も何だから一緒にベッドで寝るかって話だろうが。第一、徹夜でガンプラを仕上げた後にちょろっと寝ただけだろ」

 

 もじもじと身体を揺すって恥らうミツルとは対照的に呆れた反応を見せるリュウマ。どうやら一緒のベッドで寝たといってもさして長い時間、一緒に寝ていたわけではないようだ。

 

「そういや、お前のガンプラってどんなのなんだよ」

 

 とはいえその少しの間でもミツルには色々と刺激的だったのか、恥らったままだ。そんな彼女に彼女が扱うガンプラについて尋ねる。最もその質問に今まで恥らっていたミツルはピタリと動きを止める。

 

「ずーっと気になってたんだよなぁ。ビルダーとしての技術は本物だし、すっげえガンプラ作ってんだろ?」

(……まさか本当に気付いて……? いやまあ、アチラは深く絡んではないでござるが)

 

 無邪気にミツルのガンプラに興味を示すリュウマの姿に答える言葉も見つからず頭を悩ませる。しかしこの場にいるのは皆が知っての通りミツルでござる。

 

「それよりも覚醒でござるよ。あの力、今後も使えるのでござるか?」

「マスミの話だと覚醒して以降はシステムでサポートされてるらしいぜ」

 

 自身のガンプラから話を逸らそうと半ば強引に話題を覚醒に変えると、どうやら今後はアールシュのように任意で覚醒を発現することが出来るようだ。

 

「……他人が持てない力を手にすると孤独感ばかりが強くなるでござる。お主には今のお主のまま成長して欲しいのでござるよ」

「それってどういう……」

「……なに、拙者の知り合いにそう感じる御仁がいるのでござる」

 

 どこか普段のおどけた態度も鳴りを潜めて意味深に話すその内容にリュウマは顔を顰めるが、ミツルはそれが何であるのか、直接明言することなく立ち上がる。

 

「明日が三連休の最終日。総仕上げ、この目で見させてもらうでござるよ」

 

 穏やかな口調で話すとミツルはにっこりと笑みを浮かべて、この場を後にする。一人、残されたリュウマを窓から差し込む夕焼けの光が照らしていた。

 

(覚醒、か……)

 

 ベッドに倒れこむと、先程の話題に出てきた覚醒について思いを馳せる。あの時の自分はただただバトルに夢中になっていたため、バトルを終えるまでよもや自分が覚醒していたなど思いもしなかった。

 

 ふとスマートフォンを取り出して連絡帳の中に登録されているアラタの名前を表示させる。

 アラタに連絡して、覚醒のことを教えるべきか。しばらくジッと画面を見つめていたリュウマだが、やがてスマートフォンを枕元へ放り投げ、少しの間、仮眠を取るのであった。

 

 ・・・

 

「リュウマ、聞いたぜ。新しいガンプラ、出来たんだってな」

 

 翌日、時刻通りゲームセンターに訪れてみれば、マスミ達やミツル以外にもショウゴ達の姿があった。昨日は会っていなかった為、どのような様子かは分からなかったが、今こうして接する限りでは特に問題らしい問題はないだろう。

 

「ヘッ、何ならすぐにでもどんなもんか教えてやっても良いぜ」

「余程の自信……いや、ガンプラへの愛というべきか。良いだろう! その言葉に乗ろうではないか」

 

 どうやらマスミから既にレイジングボルケーノの存在は知らされていたらしく昨日、居合わせていなかったショウゴ達は興味津々の様子だ。そんな彼らに挑発のように拳を打ち合わせて好戦的な笑みを見せるとリュウマの新ガンプラとバトルをしてみたいというのは共通しているのか、サカキの言葉に便乗するようにショウゴやシロイなどもシミュレーターに乗り込んでいく。

 

「……む?」

 

 それから数分後、バトルが始まり、苛烈さが観戦モニターからも伝わってくるなか、ふとミツルの視界の端に見覚えのある人影がシミュレーターに乗り込んでいく。その姿に目を鋭く細めるもまずは様子を見てみようと観戦モニターに視線を戻すのであった。

 

 ・・・

 

「っ!? 凄いガンプラだ! これ程の動きが出来るなんて……ッ!」

「アンタが上手い塗装を教えてくれたからだ。感謝してもしきれねえ」

 

 バトルフィールドとなる市街地でリュウマ達のバトルは行われていた。レイジングボルケーノはリュウマ自らが作製したこともあって、噛み合わせは十分なのだろう。レイジングを使用していた頃よりもその動きに硬さはなく元々のセンスも相まってか怒涛のラッシュはシロイをも驚かせる。

 

「もらったぜー!」

 

 シロイとのバトルを続けるレイジングボルケーノの背後をとったショウゴは標準を定めると引き金を引こうとするが、その前に横から唸るような一撃が放たれて吹き飛ばされてしまう。

 

 レイジングボルケーノに装備されているテイルブレードだ。まさに龍の尾のような強靭な一撃も相まって、レイジングボルケーノとバトルをしていると、獰猛な龍と戦っているかのような錯覚さえ感じてしまう。

 

「やはり私が感じた気高き龍の姿は嘘ではなかったな……」

 

 ただバトルに強いだけではなく、そこに活力を感じるレイジングボルケーノの姿にサカキはかつて自身の目を覚ます一因となった龍の復活したその姿に人知れず微笑む。今のリュウマとならばきっと高みを目指せるような最高のバトルが出来るはずだ。

 

「っ!?」

 

 そう思っていた時であった。突然、上空からバトルをしていたレイジングボルケーノ達を狙って土砂降りのような砲撃の嵐が襲い掛かってきたのだ。咄嗟に避けて、仕掛けてきた相手を見やると……。

 

「あの野郎は……!?」

 

 リュウマを除くショウゴ達の顔が強張る。そこにいたのはかつてショウゴ達を無残にも撃破したサイコ・ケルググだったのだ。

 

「なんだ、アイツがどうしたんだよ?」

「……あのガンプラは昨日、私達とバトルをした相手だ」

 

 明らかに様子がおかしいショウゴ達に問いかけると、サカキは苦々しくサイコ・ゲルググを見つめながら答える。やはり昨日のことということもあって苦い思い出になっているようだ。

 

「ただ負けただけではない。あのガンプラの原動力はまるで負の──」

 

 それ以上の会話が紡がれることなくサイコ・。ゲルググからの砲撃がレイジングボルケーノ達目掛けて放たれる。咄嗟に散開して割けると、リュウマは鋭くサイコ・ケルググを見据える。

 

「なんだか良く分かんねえけど、アイツ等が世話になったみてえだな」

 

 レイジングボルケーノに集中する砲撃の嵐の中から突破口を見つけると、リュウマはジョイステックを強く握り締め、レイジングボルケーノは地を蹴ってサイコ・グルググへ反撃に打って出る。

 

「……ッ」

 

 ここでリュウマは何か違和感を感じた。レイジングボルケーノが接近しようと転じた瞬間、サイコ・ゲルググの砲撃が緩まった気がしたのだ。しかし今更、止まることは出来ず、殴りかかるとその手は容易く受け止められた。

 

「──こうしてバトルするのは初めてだったかな」

 

 不意に接触回線で聞こえてくるサイコ・ゲルググのビルダーの声。しかしその言葉はまるでリュウマを知っているかのような物言いだった為、当のリュウマは思い当たる節もなく顔を顰めている。

 

「以前はバトルをする前に君から棄権したからな」

「俺がバトルで棄権……? そんなこと……──」

 

 サイコ・ゲルググからの言葉に記憶を巡らせる。自分がバトルを棄権することなどあっただろうか。そう思って、過去の記憶を辿ると一つだけ思い当たる出来事があった。

 

 それはサイド0に加入する前のランキングバトルだ。当時の自分は自身のガンプラを無残にも破壊されてしまったこともあってバトルをする気にもなれず、ランキングバトルを棄権したのだ。

 

「まあ、自分のガンプラが壊されたんじゃどうやったってランキングバトルの結果なんて見えてるけど」

「……学園の奴か。わざわざ何の用だ」

 

 リュウマの反応から察しがついたのだろう。煽るような物言いが神経を逆撫でするなか、相手がガンブレ学園の生徒であることを察したリュウマはその目的について尋ねようとする。

 

「陰からやったって仕方がない。今度はバトル“でも”君のガンプラを壊してやろうと思っただけさ」

 

 その言葉にリュウマは息を呑むと同時に彼の脳裏にはかつて破壊された自身のガンプラについての記憶が過ぎる。

 

 涙を流し、絶望して、身を焦がすような怒りを抱いたあの日──。

 今でも忘れるわけがない。リュウマが言葉を失っていることで彼が察したことに気付いたのだろう。サイコ・ゲルググのシミュレーターの中でクゼはリュウマの怒りを誘発するかのように歪な笑みを浮かべるのであった。



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龍の煌き

 ただただ目障りだった。

 僕がこれまで苦しんででも駆け上がってきたのに、アイツはただただ楽しそうに笑っていたんだ。

 栄光を掴めるかどうか、その一手となる境目。どちらかが蹴落とされる状況でもアイツはガンプラが楽しいと、バトルが楽しいと無邪気に笑っていたんだ。

 

 見たくなかった目障りだった眩しかった。

 ……気付いた時には僕の前には壊されたアイツのガンプラがあったんだ。

 

 ・・・

 

「……? なんかおかしくねえか」

 

 レイジングボルケーノのマニピュレーターを受け止めるサイコ・ゲルググ。互いに宙に制止したまま動きを見せようとせず、観戦モニターでその様子を眺めていたマスミは首を傾げる。

 

「──……始まっていたか」

 

 そんななか、不意に背後から観戦モニターに向けられた声が聞こえてくる。一同が振り返ってみれば、そこにはリョウコの姿があった。

 

「よぅ、アレがお前が言っていた……」

「……ええ、クゼ・ヒロト。昨日モリタ達を圧倒的なまでに打ち倒し、私がマークしていた生徒です。他者のガンプラを壊そうとするその行いは糾弾すべき事柄でしょう。ですが昨日の内に私なりにクゼについて調べていました」

 

 昨日のこともあってか、マスミは然程驚きもせずに流暢に声をかけると、彼の言葉に頷きながらリョウコはモニターに映るサイコ・ゲルググを見つめる。

 

「奴はガンブレ学園に入学する前は極々普通のビルダーだったそうです。コンテストで優勝をするわけでもなく、目立たない平凡なビルダー……。しかしガンプラへの情熱は確かなものであり、決してガンプラを破壊するような男ではなかったと聞いています」

「……それがガンブレ学園に入学して変わったってか」

 

 リョウコから語られるかつてのクゼ。今、こうしてバトルを見ていても負の感情のままにバトルをするようなビルダーではなかったという。では何故、こうなってしまったのか。マスミがその理由を口にすれば、リョウコは重々しく頷く。

 

「私は……奴の間違いを正すつもりでした。せめて今のような行いをしないようにと……。しかし今の学園が……生徒会が原因であぁなってしまったと言うのなら……私にはなにか言う資格はない……」

 

 いかなる理由であれ、他者のガンプラを壊して良い理由などない。しかしだ、それをいかに糾弾しようとクゼが歪んでしまった一端が生徒会にあるというのであれば彼をどの顔で責め立てるというのだろうか。

 

 顔を伏せて悲痛な面持ちを見せるリョウコにかける言葉を誰も見つけられないなか、一瞬だけ思案するように視線を伏せたミツルは顔を上げ、このバトルの顛末を見届けるかのように観戦モニターを見据えるのであった。

 

 ・・・

 

 クゼによって突き付けられたかつての真実。その言葉はやはりリュウマの中に強く響いていることだろう。対してクゼは次の瞬間、リュウマがどのような負の感情を見せるのか、今か今かと待ちわびるように口角を吊り上げる。

 

 想像し易いところで言えば怒りか。例えどんな反応を見せようとも、その心は黒く染まっていることだろう。クゼにとってそれが何より望ましかった。目障りなほどの眩しさに陰りが生じればわざわざ明かした意味もあると言うものだ。

 

 するとレイジングボルケーノが動きを見せた。受け止めたマニピュレーターを解放させるためにテイルブレードを放ったのだ。咄嗟にレイジングボルケーノのマニピュレーターを手放し、距離を置くサイコ・ゲルググはそのまま銃撃を開始すると同時にレイジングボルケーノも接近を試みようと動き出す。

 

(すぐに撃ち落としてやるさ)

 

 心に動揺が生まれたのであれば動きは単調になる事だろう。であればいかに覚醒を発現させた相手であろうと

 撃破できるはずだ。

 

「っ……!?」

 

 しかし迫りくるレイジングボルケーノの動きに段々と違和感を感じていく。何故ならばその動きに一切の動揺や焦りなどはないからだ。

 

「なっ!?」

 

 故にレイジングボルケーノは銃撃の一つ一つを確かに見極めて、あっという間にサイコ・ゲルググに接近したのだ。クゼが驚くのも束の間、レイジングボルケーノが振り上げた拳は確かにサイコ・ゲルググのメインカメラを殴りぬく。

 

「──これで借りは返したぜ」

 

 殴られた動揺もあるが、それ以上に通信越しに聞こえてくるリュウマの声から一切の怒りは感じなかった。あくまで平静に、バトル上とはいえ、かつて自分のガンプラを破壊した男を目の前にしているとは思えないほどに。

 

「そしてそのまま勝つ!」

 

 レイジングボルケーノの動きは速かった。すぐさま薙ぐような回し蹴りを放ってサイコ・ゲルググの態勢を崩したところに掌底打ちを浴びせて吹き飛ばす。

 

「ぼ、僕はお前のガンプラを壊したんだぞ!」

「……さっき聞いたよ」

「ならなんでそんなに冷静なんだ!?」

 

 何とか態勢を整えながら反撃しようと試みるがレイジングボルケーノにまともな被弾を浴びせることすら出来ない。先程とは打って変わって、寧ろクゼの方が動揺するなか、リュウマは静かに口を開く。

 

「確かになにも感じねえなんて言えば嘘になる。煮えたぎるような思いだってある」

 

 かつて破壊されたガンプラを前にして何度、涙を流したか分からない。それこそ犯人を見つけた時は感情のままに殴りつけてやろうさえ思っていた。

 

「けどな、それは()()()()()()()()()

 

 しかし今、この瞬間にバトルをしている時には関係ないと断言したのだ。

 

「なにかに突き動かされるようなバトルはもうしねえ! 一緒にバトルをしてくれているガンプラにそんなことを付き合わせるつもりはねえ! 俺はただガンプラビルダーとして目の前の相手を倒す!」

 

 かつて負けるわけにはいかないと焦燥感に駆られてバトルをしていた。そして今もそれこそクゼの思惑通り怒りに身を任したバトルをしていたかもしれない。

 

 しかし現実でそうならなかったのはこの数日間にリュウマを支えてくれた者達のお陰だろう。彼らと接していく中で自分の心が育んで生まれた余裕が怒りを抑えて、リュウマのバトルの才を遺憾なく発揮できるほどになったのだろう。

 

「止めろぉっ! 眩しい……。目障りなことを言うなぁっ! 僕は今まで必死に頑張ってきた! 自分の心をすり減らしてでもやってきたのに! なのに何でお前はずっとそうやってバトルを楽しもうとする! 見たくない! 見たくないんだよ! だからお前の……お前みたいに能天気にバトルを楽しんでいる奴らのガンプラも壊してきたっていうのに!」

 

 錯乱してまるで子供のように怒鳴り散らすクゼを表すようにサイコ・ゲルググは無茶苦茶に銃撃を放つ。それはまるで心の壁を作るかのようだ。

 

「……成る程な。ソイツが俺の……いや、ショウゴとかのガンプラを壊そうしてた理由か」

 

 しかしレイジングボルケーノは自身に迫る銃撃を刀によって全て切り裂くように弾く。今やサイコ・ゲルググの攻撃がレイジングボルケーノを傷つけることはなかった。

 

「けどな、結局そんなことやったところで目を背けてるだけだ」

 

 おかしい。

 それがクゼの脳裏に過ぎった言葉だった。

 

「自分が見たくないもんから逃げたところで()()()()()()()()()()()()()()()

 

 自分はリュウマの心を負の底に堕とそうとしていたのに、今では自分がリュウマの言葉の一つ一つに動揺させられている。

 

「何よりそんなことした時点でお前はもうガンプラを楽しむことが出来やしねえ! お前がしたかったのは目を逸らす為に楽しんでいる誰かのガンプラを壊すことじゃねえだろ! もう一度……お前自身がガンプラを楽しむことだった筈だッ!」

 

 レイジングボルケーノの装甲が展開すると同時にその身に鮮やかな覚醒の輝きを纏う。その圧倒的な輝きは世界を、そして陰に支配された心をも照らすかのようだ。

 

「だからもう……ここで終わらせてやるッ!!」

 

 紅蓮の龍の咆哮が轟く。

 その身を輝き猛る紅き龍の姿に変えたレイジングボルケーノの必殺の一撃は歪んだ心によって支配されたガンプラを跡形もなく消滅させるのであった。

 

 ・・・

 

 バトルを終えたクゼは覚束ない足取りでシミュレーターから出てくると、そこに待ち構えていた光景に息を呑む。なんとそこにはリュウマを始めとした面々が待ち構えていたのだ。

 

「もういい加減、引き返して来いよ」

 

 逃げ場もなく身を縮こまらせて怯えているクゼだが、思わぬ言葉に目を見開く。顔を上げれば、そこには哀しげに笑うリュウマが。

 

「で、でも僕は……」

「ああ。お前がやったことは消えねえ。これからもガンプラに向き合う度にお前の陰について周んだろ」

 

 しかし既にクゼはリュウマの他にもガンプラを壊してしまった。それは変えようもない事実だ。そのことは当然、これからも一生、クゼは背負い続けるはずだ。

 

「きっと楽しんでた頃のようにはならねえだろ。でもな、償おうとする事は出来るはずだ。だからな、もう引き返して来いよ」

 

 許されることはないかもしれない。これからも恨みを抱かれ続ける可能性だってある。だからといって何もしない理由にはならない。きっとなにもしなければその分、重圧に苦しみ、ガンプラどころの話ではないだろう。

 

「まあ、やらかした俺達も引き返せたんだ。お前のは洒落にならねえけど、俺みてえにまずは謝ることから始めようぜ」

「謝っても許されないかもしれない。だが、その行いを止めた所で所詮、その場で踏み留まっているだけに過ぎないだろう」

「だから振り返って戻ってくる為にも、まずは行動を起こそうよ」

 

 そんなクゼにショウゴ、サカキ、シロイもそれぞれ彼らなりの言葉を送る。彼らもまた過ちから戻ってこれたのだ。

 

「ご……ごめん……なさい……」

「……ああ」

 

 震える口で何とか放たれた謝罪の言葉。よく見れば全身も震えている。そんな彼にそれ以上の優しさも言葉も送ることはないもののリュウマはしかと頷く。

 

「……私にはきっとあぁは出来なかっただろう」

 

 そんな姿を傍から見ていたミツルにそっと隣に立ちながらリョウコは複雑な面持ちで呟く。

 

「……ラプラスの盾……か。今となっては何を守れたのだろうな」

 

 自嘲するように寂しげな呟きを残して、リョウコは一人、リュウマ達に気付かれることなくこの場を去っていく。その後姿を見送りながら、ミツルも人知れず去っていこうとすると……。

 

「おう、もう帰るのか」

 

 一人、気付いたリュウマが声をかけてきたのだ。

 

「……お主は拙者のガンプラがどのようなものか、と聞いていたな」

「ん? まあな」

「近いうちに嫌でも知るやも知れん」

 

 リュウマに背を向けたまま、ミツルはかつて彼に尋ねられた問いかけを振り返り、静かに答える。

 

「……かつて一人の女子がいてな。その者はとある歪な環境下でその大元となる組織に対して正義感に駆られて行動を起こそうとしたのでござる。しかし正面からでは無理だと判断し、内側から変革を試みようとしたのだが……」

「……どうなったんだよ」

「結果も出せぬまま、呑まれて今に至るでござるよ。結局、その女子は変革を促せるような器ではなかったのでござる」

 

 ふとミツルから話されるとある少女の話。リョウコのように自嘲した笑みを見せながら、ミツルはリュウマに振り返る。

 

「……本来なら拙者はお主の傍にいて良い存在ではないのでござるよ。拙者は……私は……アナタのように強くはない……」

 

 今まで見たこともない今にも消え去ってしまいそうなほどの儚い笑みを見せながら、ミツルはリュウマの言葉を待たず、踵を返して人混みの中に消えていく。

 

「……俺だって強くねえよ」

 

 届くこともないミツルへの言葉を静かに漏らしながら、リュウマはスマートフォンを取り出す。

 

「けど、足踏みしたって進めるわけじゃねえ」

 

 そこに表示されているのはアラタのアドレスだった。アラタの名前を見つめるとリュウマは意を決したように顔を上げるのであった……。




リュウマ編 完

フライングなハロウィン絵
イチカ

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「ハロウィンだか収穫祭だか知らんが菓子が貰えるんだろ? そら、イタズラされたくなけりゃ貢いでおくれ」


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田舎と髭とメガネと

 果てしなく真っ暗闇の世界にアラタはいた。

 この身を凍らせるような孤独感と身体に感じる浮遊感に覚えがある。これはかつて自分が見た夢と全く同じだ。

 

 すると上方にボンヤリと大きな光が現れる。以前と同じ温かさを感じる光だ。

 見上げてみればそこにはG-ブレイカーによく似たガンダムが静かに自分を見下ろしながら光を放っていたのだ。

 しかしゆっくりとアラタに背を向けるとバックパックから光輪を放ちながら飛び去っていったではないか。

 

「まっ、待ってくれ!」

 

 温かな光はどんどん自分から離れていく。再び自分の身体に寒気が襲いかかってくるなか、何とかその後を必死になって追いかけようとする。

 

「……っ」

 

 実物大かと思ってしまうほどの巨躯を誇りながら飛行するG-ブレイカーはやがて徐々にその身を実際のガンプラであるHGサイズにまで縮小させていくとゆっくりと降下していく。その先に何があるのか、目を凝らして見れば一人の少年がいるではないか。

 

「お前、は……」

 

 そこにいたのは紛れもなく幼い頃の自分だったのだ。

 夢とはいえ驚きを隠せないなか、G-ブレイカーに似たガンプラは光を放ったまま幼いアラタの手元にゆっくりと納まっていき、幼いアラタはまさに子供のような輝かしい笑顔を浮かべる。

 

「──君は誰?」

 

 ガンプラを持ったまま幼きアラタは無垢な表情で首を傾げるとこちらを見据えてそう問いかけてきた。しかしその問いかけはアラタにズキリとした痛みを与えると、幼いアラタが持つガンプラの放つ光はより一層強まり、耐えきれなくなったアラタは目を瞑ってしまうのであった。

 

 ・・・

 

「──大丈夫、アラタ君」

 

 呼び声と共に目を覚ます。ゆっくりと瞼を上げれば、こちらを覗きこんでいるユイとレイナの姿が目に入ってきた。

 

「随分と魘されていたみたいだけれど……悪い夢でも見てた?」

「ゆ、め……?」

 

 寝起きでまだぼんやりと上手く頭も働かないなか、じんわりと汗で濡れた頬をレイナがハンカチでそっと拭ってくれる。徐々に頭の中もクリアになっていくなか、周囲を見渡してみれば、どうやらここは電車内のクロスシートのようだ。

 

 三連休の初日。かつてアラタとユイが生活していた田舎へ向かうために電車を利用していたのだが、距離もある為にどうやら途中で眠ってしまっていたらしい。

 

「おっ、アラター、起きたんだ! さっき寝顔をパッシャッといただいちゃったよ!」

「大佐の寝顔って初めて見たよー!」

 

 すると後ろの席からアラタが起きたことを聞きつけたチナツとシオンが身を乗り出して声をかけてくる。しかもどうやらチナツに寝顔を撮られてしまったらしく、更に言えばシオンなどに既に拡散されているらしい。チナツとシオンがそれぞれ向けてくるスマートフォンに映るアラタの寝顔が何よりの証拠だろう。

 

「流れで貰いましたけど、こんなのラクガキするぐらいでしか価値がないのですよ」

「あっ、でも結構、可愛いです……」

 

 そのチナツ達の向かい側に座るのはアヤとマリカだった。眉間に皺を寄せながらチナツから送られたアラタの寝顔写真を手描きアプリで編集して遊んでいるアヤに隣から覗き込みながら可愛く手が加えられたアラタの寝顔の写真を見て感心している様子だ。

 

「というか、アヤさんは一緒に来て良かったんですか? その……レイナ先輩と遊びに行きたかったのでは……」

「別に予定は立ててませんでしたからね。部長もいますし、これを機にアラタさんの恥ずかちぃ話を根掘り葉掘りギアッチョで聞いちゃいますよ」

 

 とはいえ、アヤは三連休を敬愛するレイナと過ごすのだと楽しみにしていたはずだ。

 この場にいるということは納得はしているのだろうが、一応、念のため確認してみれば、別に然程気にしてはいないのか、それどころかこれから向かうであろうアラタとユイが過ごした田舎でかつてのアラタについて聞こうとさながら悪戯っ子のような笑みを浮かべている。

 

「しかし大所帯になったもんだな。元々は俺とユイねえ……先輩だけのはずだったのに」

「アラタ君のせいだけどね」

 

 周囲の賑やかさを耳にしながら意外そうに窓辺に座る隣のユイに話すと、意識していたのは自分だけだったとはいえ、どの口が言うのかと言わんばかりにシラーと乾いた笑みを浮かべながら答える。

 

「まあ、一番意外だったのはアンタも来た事だけど」

 

 ユイの態度に首を傾げながらもそのユイの対面であり、レイナの隣に座る人物を見やる。

 そこにいたのはアーラシュだったのだ。大方、レイナやアヤから話は聞いたのだろうが、彼が同行するという旨の話を聞いた時は驚いたものだ。

 

「興が乗った……。それだけの話よ」

 

 同行はしているものの特に会話に参加するでもなく、必要最低限の会話のみで後はずっと足を組んで窓辺に寄りかかっているアールシュはアラタを一瞥すると車窓から見える風景に視線を戻しながら答える。

 

「帰ったら、みんな驚くかな」

「だろうね。この三連休、賑やかになりそうだ」

 

 これだけの面子が揃った以上、穏やかな三連休というわけにはいかないだろう。ユイの言葉にクスリを微笑みながら、これから始まる賑やかな時間に胸を躍らせる。

 

『君は誰?』

 

 その脳裏に先程、夢の中に出た幼い自分の問いかけを残しながら……。

 

 ・・・

 

 電車に揺られること数時間、遂にかつてアラタとユイが過ごした田舎に到着した。やはり長時間の移動のあってか、チナツやアヤなどは凝った身体を解している。

 

「まずなにからしようか?」

「いや、迎えが来てくれるって話だけど……」

 

 やはりかつて過ごしたということもあり、活動の中心になるのはアラタとユイの二人だろう。着いたばかりで時刻もお昼時ということもあり、昼食でもとろうか意見を伺うとアラタは周囲に見知った顔がないか見渡す。

 

「──よぉ、やぁーっと着いたか」

「げっ」

 

 そんなアラタとユイに声をかける人物がいた。その陽気な声を聞いた瞬間、アラタが露骨に顔を顰めるとそこには二人の男性がこちらに向かってきていた。

 

 一人は声をかけてきた人物なのだろう。気さくによっと小さく手を挙げながらこちらに向かってくる小さな丸眼鏡をかけたハット帽子がトレードマークの男性であり、もう一人は皮のジャケットを羽織った彫りの深い顔立ちの髭を生やした男性だ。

 

「おいおい、人の顔を見ていきなりげっなんて随分とつれない態度だねえ」

「ゲンさんは兎も角として、何でアンタまで来るんだよ」

 

 アラタの反応を愉快そうにしながらもワザとらしく肩を竦めて首を振る帽子の男性にアラタは文句をぶうぶうと口にすると、その反応さえも楽しいのかケタケタと笑っている。

 

「帽子の人はフウゲツ・ソウイチロウさんで、お髭の人はナオヤマ・ゲンカイさん。二人とも私達が昔、お世話になった人達でフウゲツさんに至ってはアラタ君の師匠みたいな人なんだよ」

 

 まるで子供のように帽子の男性に突っかかるアラタの姿に心なしか驚いている様子のレイナ達にユイは改めてこの二人の男性について紹介する。

 

「誰が師匠だっ──「はいはい、チャックチャックー」むごご」

「フウゲツ・ソウイチロウだ。こんなイケてるオジサンなんて師匠キャラ以外ありえねえだろ?」

 

 とはいえ自分の師匠という紹介は不本意なのか、抗議しようとするアラタだが、その口はすぐさまフウゲツによって塞がれ、彼はレイナ達にウインクをしながら挨拶する。

 

「ナオヤマ・ゲンカイだ。よろしく頼む」

 

 続いて髭の男性ことゲンカイも挨拶するのだが、同時に彼が革ジャンのジッパーを下ろし、その下のシャツを露にしたことでチナツ達の表情は固まる。

 なんと革ジャンの下のシャツは“親しみやすい”とデカデカとプリントされていたのだ。しかも当のゲンカイに関しては非常にご満悦な様子で個性的なシャツを見せ付けている。

 

「個性的な方達なのね。アラタ君のキャラを考えると不思議じゃないけれども」

 

 フウゲツとゲンカイ、というより親しみやすい主張に唖然とするなか、圧される形でレイナ達が挨拶を済ませると、いまだフウゲツとやり取りをしているアラタを見やる。

 

「会いにくればすぐにでも抱きついてくると思ってたんだけどなぁ」

「誰がだ誰が!」

「なんだ、まだあのこと根に持ってるのか?」

 

 おだけた様子で話すフウゲツに突っかかるアラタだが、やがてフウゲツは何かに気付いたかのように彼を見やる。

 

「あのことって何かあったんですか?」

「ああ。実はな……──」

 

 とはいえ、ここまで人に突っかかるアラタは珍しい。ユイがなにかあったのかと尋ねてみると面白そうにくつくつと笑ったフウゲツはなにやら話し始める。

 

 ・・・

 

「よお、アラタ。このネトゲ、面白いぞ」

「へー……じゃあ帰ったらやってみようかな」

 

 それはある日のこと。フウゲツが自身のパソコンを見せながらアラタに自身が嵌っているというゲームを勧めてきたのだ。ゲーム内容を見て、興味を惹かれたアラタは早速、自宅でアカウントを作成してゲームを始める。

 

「名前はビルドで良いか……って、フレンド申請? えーっと……EVOLT……?」

 

 チュートリアルを終えて、ゲームを勧めている最中だった。とあるアカウントがフレンド申請をしてきたのだ。

 

【良かったら、私と一緒にクエストに行きませんか?】

 

 相手は女性と思われるアカウントのアバターだった。見ればレベルも高く、相手がこう言って来てくれるのであれば断る理由はないと暫らく、そのアカウントの人物とクエストを進めていたのだ。上位プレイヤーが同行していることもあり、すんなりとゲームが進むなか、アラタ自身もゲームの腕前をメキメキと上げていった。

 

【ちょっと素材が足りないなぁ……】

『それなら俺持ってるから、あげるよ』

【ありがとう! ビルド君ってヒーローみたいだねっ】

 

 それから暫らくの間、ゲームを共にプレイしたこともあり距離が縮まっていると感じながら、そのアバターが困ったことがあればすぐに手助けをしていたのだ。言ってしまえば友達と思っていたし、もっと言えば幼く無垢なアラタ少年はその女性のアバターに淡い恋心を芽生えていたのかもしれない。

 

 ・・・

 

「よぉ、アラタ。この間、教えたゲーム、プレイしたか?」

「うん。っていうか、すぐにID教えたでしょ」

 

 事件が起きたのはパソコンを弄っているフウゲツに何気なく聞かれたある日のことだった。

 

「そういやそうだったな。そうだ、俺のアカウント見てみるか?」

 

 同じゲームをやっているだけあって、フウゲツがどれだけのレベルなのか気になったアラタは何気なく彼のパソコンを覗き込む。

 

「……EVOLT……?」

「いやー、女のアバターにしてると色々と都合が良いんだわ。最近じゃあビルドって奴が凄く良いカモでなぁ」

 

 そこに表示されていたのはずっと自分と共にゲームをプレイしていたあのアバターだったのだ。

 言葉を失って、唖然としているアラタの傍でフウゲツは非常に人の悪い笑みを浮かべながら、アラタの肩を叩く。

 

「気付いたか? お前は俺に作られた都合の良いヒーローだったんだよ」

「エボルトオオオオオオォォォォォォォォォーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」

 

 ・・・

 

「一緒にクリアしてたまに感動してウルッとしたし、騙して悪いなあとも思ってたよ」

「俺の中でフウゲツ・ソウイチロウはもう死んだ」

「言ってくれるねえ」

 

 言葉とは裏腹に今、思い出しても愉快そうに笑っているとこちらをジロリと睨んでくるアラタの肩に手を回す。

 

「まあ兎に角、ここまでご苦労さん。俺は喫茶店を経営しててな。まずはそこに行こうじゃないの」

 

 元々、大人数で来ることは連絡済だったのだろう。フウゲツとゲンカイはそれぞれ車のキーを取り出すと早速、アラタ達を連れて移動を開始する。これで漸くアラタ達の三連休が始まろうとしていた。

 




フウゲツ・ソウイチロウ

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迷える天才

 アラタ達がフウゲツの案内で訪れたのは彼が経営している喫茶店であるSTARKだ。

 優雅なBGMと暖かみと落ち着きを感じさせるアンティークな作りは居心地の良さを自然と形成しており、来店している客の顔一つ一つを見ても穏やかな面持ちだ。

 

「はーん、ガンブレ学園って凄いことになってたんだなぁ」

 

 カウンター席は丁度、アラタ達で埋められており、向かい側のキッチンではフウゲツがユイから現在のガンブレ学園について聞かされていたのか、相槌を打ちながらコーヒーをそれぞれに渡していく。

 

「しかし、サイド0とは驚かされた。それもまさかアラタがリーダーとは……」

「あれ、ナオヤマさん。結構、意外そうだね」

 

 コーヒーを静かに啜りながら横目に同じくコーヒーを飲んでいるアラタを見ながら呟く。その呟きにはアラタがリーダーということへの驚きが込められており、いち早くそれを感じ取ったシオンが何気なく尋ねる。

 

「そりゃそうだ。アラタは昔、しょっちゅうユイの後ろに隠れてるような奴だったんだぜ」

 

 何気なくフウゲツから語られたかつてのアラタ達にユイを除く女性陣は心なしか驚いているようだ。

 だがそれも無理もないことだろう。彼女達が知るソウマ・アラタというのは自称天才自意識過剰のナルシストだ。その普段の自信家ぶりを知っている分、昔とはいえユイの後ろに隠れていたというのは信じられないくらいだ。

 

「じゃあ、アラターはいつ頃、今みたいなナルシーになったの?」

「……寧ろアラタがナルシストというのが驚きなのだが」

 

 そうなってくると何故、アラタは今のような人格となったのかが気になってきたのだろう。だがチナツの問いかけにゲンカクは眉を顰めながら不可解そうに横目でアラタを見やる。

 

「まあ、でも変わりだしたのはやっぱユイが引越し──」

「はいはい、昔話はもうお仕舞いだ。この天っっ才のルーツを辿りたいのは分かるけど、それはその内にソウマ・アラタ補完計画でやれば良いでしょうよ」

 

 しかしフウゲツには思い当たる節があるのか、顎先に手を添えて首を傾げながらも答えようとした瞬間、それ以上の言葉を遮るようにここで漸くアラタが口を開く。

 

「それより他の人達は元気? この後にでも顔を見せに行こうと思うのだけれど」

「変わりねえよ。アラタは兎も角、ユイを見たら驚くだろうなぁ」

 

 話を逸らすようにこの近隣について尋ねると、そこからこの町にはフウゲツやゲンカク以外にどのような人物がいるのか、面白おかしく盛り上がるのだった。

 

 ・・・

 

 

「……どう考える?」

 

 その後、アラタとユイは挨拶をしようと同行するマリカ達と共にSTARKを後にし、カウンター席ではゲンカクがコーヒー片手に神妙な面持ちで目の前のフウゲツに尋ねる。

 

「男子三日会わざれば刮目して見よ、なんて慣用句もあるがアラタの場合、顔を顰めちまうなぁ」

「少し会っただけなのに、妙な違和感を感じる。このままではいけないというような違和感も」

 

 どうやらアラタについての話だったようだ。戯けた態度で答えるものの、彼なりにアラタについて感じることがあるらしく、同様にゲンカクも短い間にもアラタから何か引っかかりを感じて渋った様子を見せる。

 

「そこの所、なにか知らんかね?」

 

 そう言ってフウゲツが向けた視線の先にいたのはアールシュだった。

 彼は唯一、アラタ達と同行することなくこの場に留まっていた。それ故にこの中でガンブレ学園でのアラタを知っているであろう彼に話を聞いてみようと声をかけたのだ。

 

「ガンブレ学園の次はそこでのアラタの話を詳しく聞いてみたいもんなんだがね」

「気安いな。だが良いだろう。俺とていつまでも目の前に歪があるのは避けたいところだからな」

 

 今までアラタ達と一緒に来たものの我関せずと口を開かなかった彼だが、やはり今回、アラタ達に同行した理由の大部分はアラタにあるようだ。

 

「まずはコーヒーを貰おうか」

 

 頬杖をついたまま人差し指を立てて新たにコーヒーを追加で注文する。これはガンブレ学園のこれまでの経緯を聞くよりも長くなるような予感を感じながらフウゲツはりょーかい、と取り掛かるのであった。

 

 ・・・

 

「ここの人達、すっごく強いねー!」

「それにしても会う度にバトルを持ちかけられるとは何と言うポケモ○ワールド!」

 

 そう叫ぶのはシミュレーターでマックスキュートとフリーダムインパルスを操るチナツとアヤだ。

 あれからアラタとユイが語る大人のくせに大人気ない知り合い達を会いに行ったのだが、その度にバトルを持ちかけられ、その標的は同行しているマリカ達にも及び、今もこうしてバトルをしているのだ。

 

 ・・・

 

「相変わらず大人気ないな。これで何回目だ」

「下手に火をつけちゃうと止まらないからねー」

 

 それを外から眺めているのはアラタとユイだった。彼らも例に漏れず、バトルを持ちかけられていたようで薄らと疲労感を滲ませているものの、それでも故郷での久方ぶりのバトルは心を躍らせるものがあったのか、その表情もどこか輝いて見える。

 

「大佐が嬉しそうでシオンも嬉しいよーっ!」

「まあ、否定はしませんけども」

 

 そんなアラタに抱きついてきたのはシオンだった。突然のことに驚くなか、シオンの言葉に改めてモニターに映る見覚えのあるガンプラ達を見て、穏やかに微笑む。

 

「うんうん! 何だか本当の大佐に会えたみたいっ!」

「本当、の……?」

 

 真っ直ぐとアラタを見つめながら話すシオンにアラタはゆっくりと秒針が停止するかのように動きを止める。

 

『君は誰?』

 

 ずっと頭の中にこびりついていた夢の中で放たれた言葉。それが再び脳裏を過ぎる。

 何故だか分からない。その言葉を言ったのが幼い頃の自分だったからなのだろうか、その言葉を思い出せば思い出すほど胸を鋭い刃で突き刺されたかのような衝撃を感じてしまうのだ。

 

「シオンちゃん、ちょーっとくっつき過ぎだと思うなぁ?」

「えぇー! 久しぶりにこんなに近くに大佐といられてるのにー! そうだ、それならユイさんも一緒にくっ付いちゃえば良いんだよ!」

(それが出来れば苦労しないんだけどなぁ……!)

 

 そんなアラタとシオンの間に割って入ったのは表情を引き攣らせたユイだった。突然の割り込みに不満顔を露にするシオンだったが、次には名案だとばかりに子供のように楽しそうな様子で提案するのだが、姉と自負する立場もあるからか、ますますユイは頬を引き攣らせる。

 

「すっごく楽しかったねー!」

「ちょっと休憩させてくださーいぃ……」

 

 そうこうしているうちにバトルを終えたチナツとアヤが戻ってくる。充実したバトルが出来たのか、満足げな様子だが、その分、バトルの疲れもあるのか、アヤに至っては肩をガックリと落としたまま倒れこむようにレイナに抱きつく。

 

「話には聞いていたけど、凄い場所ね。会う人皆、ガンプラが好きなのが伝わってくるわ」

 

 脱力しているアヤを撫でながら続いてシミュレーターから出てきた大人達を見やる。彼らはアヤとは対照的にチナツのように充実そうに笑っており、まだまだバトルをしそうな勢いだ。それはやはり彼らが真にガンプラを愛してやまないからだろう。

 

(学園を離れている間に少しでもその心を癒して欲しいものなのだけれど)

 

 チラリと見た先には、どこか惚けているアラタがいた。詳しいアラタの心境こそ分からないものの彼自身、口には出さないがサイド0のリーダーとして矢面に立つ以上、なにも感じていないわけではないだろう。そんな彼を案じながら少しでもこの三連休の間にただ好きなものを好きだと、そう感じられる有意義なものになるように祈るのだった。

 



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天才の闇

 アラタ達の帰省初日の夜。本来ならば三連休の間は実家で寝泊まりをする予定だったのだが、アラタ、そして特にユイの帰省もあってか、STRAKを貸しきって近所の知り合い達を招いてのささやかながら賑やかなパーティーが執り行われていた。

 

 パーティーを終え、各々帰宅するなか、フウゲツの好意でレイナ達も泊めて貰えることになり、そのパーティー会場となった店内ではアラタは一人、カウンター席に腰掛けていた。

 

「えらいどんちゃん騒ぎだったなぁ」

 

 カウンター席で一人座る彼の表情はどこか思いつめた様子だ。空虚にも見えるなか、アラタに声をかけてきたのはフウゲツだった。彼はものの数時間前にこの場で行われていたパーティーの様子を思い出しながら話すとそのままアラタの隣に腰掛ける。

 

「どうだ、久しぶりに」

 

 そう言って彼がアラタの前に置いたのは幾つかのHGのガンプラだった。後から取り出した工具の類を見る限り、どうやら一緒にこの場で組み立てようというつもりらしい。

 突然のことではあるもののフウゲツは既に鼻歌交じりに自身が選んだガンプラの箱を取って開封を始めており、新たは観念したように遅れてこの中から組みたいと思ったガンプラを手に取る。

 

「いやぁ、懐かしいもんだ。昔はよくこうやって作ってたっけな」

「……あの時はただ純粋にガンプラもバトルも楽しめた」

 

 パチパチとパーツを嵌め合わせや鑢の音が響くなか、かつてもこうやって座り合って組み立てていた頃があったのか、ふと懐かしむフウゲツにアラタは綺麗に整えて嵌め込んだパーツを見つめながらどこか虚しそうに呟く。

 

「ガンブレ学園……。生徒会長はシイナ・ユウキだったか。皮肉なもんだな。お前さんが昔、バトルをした相手がまた立ち塞がるなんて」

「なんでアイツのことを……」

「お前の晴れ舞台だ。その決勝のバトルともなれば相手のことも何となく憶えてるもんさ。生徒会長云々はアールシュとちょいと世間話をしている時にな」

 

 ガンブレ学園の話はしてもユウキがアラタと因縁のある相手だということまでは説明していなかったはずだ。その疑問にフウゲツは当たり前のように答えるとアールシュが世間話をしている姿が想像できないものの話を続ける。

 

「……アイツは変わってた。何と言うか……歪んでいるような……。なにかにしがみつくような……。アイツはそんな風にアイツと出会った頃の俺を求めていたんだ」

 

 今でも頭に残っている再会した時のユウキの姿。アラタに対してある種の狂気を感じさせるような歪みを感じたのだ。

 

「……でも何となく哀しそうだったんだ。哀しくて寂しくて……」

「もしかしたらソイツもかつて抱いた想いを取り戻したいのかもな」

「取り戻す……?」

「自覚してるかは知らないしそもそも推測の話だけどな」

 

 それでもどこか引っかかりを感じてしまうのは彼に悲しげな陰があったからなのだろう。アラタが感じ取った想いにフウゲツは何気なく答えるとアラタは釣られるままに彼を見やる。

 

「だがかつてのお前を求めてるってことはソイツの周囲にいる奴等じゃあアイツのことを満たしてやれる奴が……一緒に楽しもうとするような奴がいないからなんじゃないか」

「一緒に……」

「まあ、お前にも言えることかも知れないけどな」

 

 あくまで推測だと前置きした上での話であるが、それでも何となく的を得ているのではないかと感じてしまう。そうでなければあの悲しみを帯びた陰が何であるのか説明がつかないからだ。しかしフウゲツの予想外の言葉にアラタはドキリとした感覚を味わう。

 

「“あの時はただ純粋にガンプラもバトルも楽しめた”んだろ? それってつまりお前の周りには一緒に楽しめるような相手はいないわけだ。一人で楽しむにも限度があるし、現にお前の中に空虚な感情が生まれている」

「そんなことは……」

「ないとは言い切れないのが何よりの証拠だろ」

 

 どこか戯けた態度のフウゲツの言葉をキッパリと否定したくてもその言葉は放たれることなく飲み込んでしまった。

 自分を取り巻く仲間達に問題があるわけがない。ユイを始めとした仲間達は誰もが素晴らしい仲間達だと思っている。だがフウゲツの言葉を否定できなかったのだ。

 

 仲間達に問題があるわけではない。ならば問題があるのは……。

 

「なあ。今、ソウマ・アラタを名乗るお前は誰だ?」

 

 その言葉は大きな動揺に繋がった。

 何故ならその言葉はずっとアラタの中に残っていた幼い自分に問いかけられた内容と同じものだったからだ。

 

「少なくともガンブレ学園に転入する前のお前は自分を天才だなんて嘯くような奴じゃなかった。どっちかって言えば内向的だが人の心に寄り添うのが上手い奴だった。だがいざガンブレ学園に転入してからのお前は自らを天才と口にしたそうじゃないか」

 

 ガンブレ学園でのアラタに関してはアールシュとの世間話とやらで聞いたのだろう。どちらにしてもアラタからすれば喜ばしいことではないのだが、フウゲツからの淡々とした指摘は続く。

 

「お前から変化を感じたのはユイが引っ越した時からかな。それまではユイの後ろに隠れてるような奴だったのに少しずつ前に出るようになった。俺の想像でしかないがお前の中でユイがいなくても何とか出来るようにしたかったんだろうなぁ」

 

 時々、ユイも口にしていた幼少期のアラタ。それは今の自称天才とは異なるようなまさに正反対の存在だった。しかしその変化の兆しともいえる出来事は確かに存在していた。それはやはり姉のような存在であったユイの引越しにあったようだ。

 

「お前が天才を名乗るのは一種の自己暗示みたいなもんだろ。そうやって臆病な自分に出来るんだって言い聞かせて、やっとこさ前に進めるようにした。だけど一番の問題はお前に天才を名乗れる程の資質があったからだ。そうやってガンブレ学園で問題を解決していったは良いが天才としてのカリスマがある分、お前が本来持つ弱さを見せられなくなった」

 

 フウゲツの言葉が放たれる度にアラタは顔を俯かせて、その表情が隠れていく。しかし段々と場の雰囲気が重々しくなってピリピリしているのはお互いに口には出さなくても肌に感じていた。

 

「所詮、お前は自意識過剰なピエロ(ヒーロー)を演じていたに過ぎないんだよ。本来の自分を仮面の下に隠して誰もが頼りにする完全無欠のヒーローを演じてれば、そりゃあ孤独になって虚しくもなるよなぁ?」

 

 どこか大っぴらに茶化すような小馬鹿にした物言いとその言葉にアラタはピクリと震えた。

 

「……ぃだろ」

「あぁ?」

 

 息が詰まるような重々しい空気がこの場を満たし、重圧のような静寂がただ静かに流れるなか、ここで漸くアラタがボソリとなにかを呟き、チラリと見た瞬間、弾けるように立ち上がる。

 

「仕方ないだろって言ったんだよッ!」

 

 ビシャリとアラタの声が荒いで響いた。立ち上がったアラタは完全に頭に血が昇っているようでフウゲツを睨むその目は敵意と怒り、そして哀しみで満ちていた。

 

「自分でも馬鹿みたいだって思うさ! でもそれで全部上手く行ってきた! 上手く行っちゃったんだよ! 今更、自分は天才とは程遠い弱い人間ですなんて言えるわけないじゃないか!」

 

 かつてマリカに自分のようにならない方が良いと言ったことがある。

 ただ天才とは自分に自信を持たせるために使っていた。しかし彼は実際にガンブレ学園において天才といって憚らない程の実績を、それも短期間の間に幾つも作り出し、今では元凶といえる生徒会にまで手が届きそうになっているのだ。

 

「だって俺は臆病(天才)だから! 道化じゃなくなったピエロに何の価値があるんだよ!」

 

 彼自身、気付いていないのだろう。だがいつの間にか彼は怒りに任せながらも今にも泣き出しそうなその姿はまさに彼を覆っていた天才というメッキが剥がれている証なのだろう。そうして衝動に任せて怒鳴るだけ怒鳴ったアラタはSTRAKを飛び出していくのだった。

 



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救いの決断

 温かな朝日が差し込むSTRAKの店内では開店準備に合わせてフウゲツが朝食をユイ達に振舞っていた。風味豊かなコーヒーと軽めの朝食はまさに朝の和やかな雰囲気にピッタリでこれには久方ぶりに口にしたユイのみならずレイナ達にも好評だ。

 

「そう言えば……アラタさんの姿は見えませんね」

 

 食事を終え、ふとアヤはこの場に唯一その姿が見えないアラタについて触れる。昨日はフウゲツの好意もあり、一泊させてもらったがアラタもパーティーが遅くまで続いたこともあり同じように世話になろうとしていた記憶がある。

 

「昨晩、アラタ君の怒鳴り声が聞こえたからどうしたのかと思って探したけど、こちらには戻ってきてはいないみたいね」

「アイツなら実家のほうに帰ったよ。親御さんには確認済みだ」

 

 お寝坊さんですかねーと呑気に話しているアヤとは対照的にレイナはどこかアラタを案じて目を伏せる。どうやらアラタの怒鳴り声は聞こえていたらしく心配していたようだ。そんなレイナを安心させるようにカウンター席の向かい側で開店準備をしていたフウゲツはため息混じりに答える。

 

「フウゲツさん、アラタ君となにかあったの?」

「なにかあったけど」

 

 アラタが怒鳴るほどの人物……。そうなるとこの場ではフウゲツしか思い当たらなかったのか、ユイが控えめに問いかければフウゲツはあっけらかんとした態度で飄々と答える。

 

「ちょいとしたガス抜きさ。いくら外面を変わろうと溜め込んじまうところは変わってなかったしな」

 

 アラタが怒鳴るほどのことともなるとなにをしたんだと非難めいた視線が注がれるなか、全く意に介した様子もなくグラスを磨きながら答えるも寧ろそれを聞いたユイ達は驚いたように息を呑むと、それぞれがなにかを考えるように目を伏せる。

 

「あっ、あのっ! アラタ先輩のお家ってどこに……」

「角を曲がったところだな。そう遠くない」

「あっ、ありがとうございます!」

 

 すると一番に口を開いたのはマリカだった。引っ込み思案だと想っていたマリカのまさかの行動にユイ達が驚くなか、ソウマ家がある方向を指しながら答えれば善は急げとばかりにマリカはSTARKを飛び出していく。

 

「オジサン! 塗装できる環境とかある?」

「あるにはあるなぁ」

「ごめーん! 少しだけ貸して欲しいんだ!」

 

 マリカに触発されたかのように今度はチナツが声を上げる。マリカは兎も角として何故わざわざここまで来て、塗装しようと考えたのか、その真意が読み取れないなか、フウゲツの承諾を得てチナツは早速案内されるまま塗装ブースへと足を運んでいく。

 

「そっか……。それならシオンもシオンで動いちゃおうかなー」

 

 途端に慌しくなっていく店内で次に動いたのはシオンだった。マリカとチナツの行動になにやら思うところがあったのか、笑みを浮かべるとゆっくりと立ち上がって人知れずSTARKを後にする。

 

「みんな、いきなり動き始めたね……」

「それだけアラタ君が愛されているということね」

 

 出遅れてタイミングを失う形となってしまったユイはそわそわと身体を揺らすなか、隣に座っていたレイナは飲み終えたコーヒーカップをソーサーの上に起き、静かに立ち上がる。

 

「慣れ親しんだ環境ならって考えていたけどそれだけではダメね。自らも動き出さないと」

 

 彼女のトレードマークとも言えるペレー帽を被ると踵を返してレイナもまた行動を始めたのだ。それはやはりアラタをこのままにしてはいけないと、環境だけに頼るのではなく自分自身も動かないといけないのだと理解したから。

 

「……アラタ君」

 

 そんな中、残ったユイは視線を伏せてアラタへ想いを馳せる。

 フウゲツの発言から彼が内に抱え込んでいたのは間違いないだろう。いや、学園改革派のサイド0のリーダーを務める以上、何の負担もないわけではないというのは分かりきっていることだ。それでもアラタは自分達の前では常にそのような素振りを見せなかった。ずっと飄々としながら笑みを絶やさなかったのだ。

 

(……私の、せい……?)

 

 やがて頭の中に浮かんできたのはその言葉だった。

 溜め込んでしまうような原因があるののならばそれはサイド0くらいなものだろう。

 

 そして何よりそのサイド0のリーダーにアラタを指名したのは他ならぬユイなのだ。

 アラタはあの時、リーダーを快く引き受けてくれたがそれでも矢面に立つ以上はなにも感じなかったわけではないだろう。

 

 本来ならばアラタはガンブレ学園の事情も碌に知らない部外者だった筈だ。

 考えなしにアラタを指名したわけではないが、本来ならば一番の年上であり、かつては生徒会に所属していた自分こそがリーダーとしての立場であるべきだったのではないだろうか?

 

「……まこと愚かしいな」

 

 考え始めたらキリがない嫌悪に満ちた迷宮に足を踏み入れそうになった瞬間、既の所で声をかけられる。

 声に誘われるままに顔を向ければ、そこには一人、動き出したマリカ達とは違い、優雅にコーヒーを啜っているアールシュの姿が。

 

「大方、あ奴のことを考えて頭を悩ませているのだろうが意味のないことをするものよ」

「意味がないって……。アラタ君が溜め込んでいるのは私のせいなのかも知れないのに」

 

 アラタの名を呟いてから重々しく頭を垂れて沈んでいる様子を傍から見ていたアールシュの呆れたような態度にムッと眉を顰めたユイはどこか行き場のないこの胸の中の気持ちを露にするようにどこか突っかかるような物言いで答える。

 

「そこで一人、自己嫌悪したところであ奴には伝わるか? 足踏みしていたところで意味はあるまい。であればあ奴に寄り添うことこそが今すべきことであろうよ」

「でも……もしかしたらアラタ君は私のことを……」

 

 アールシュが言っていることは分かっている。出来ることならマリカのようにすぐにでも飛び出したいぐらいだ。

 だがアラタをサイド0のリーダーに任命した自分が一体、どのような顔をしてアラタに会いに行けば良いのか分からなかった。もしかしたら元凶となる自分を腹の底では憎んでいるのかもしれない。そう考えると動き出したくても足が竦んでしまうのだ。

 

「もしも貴様に思うところがあるのならば、奴は既に降りているだろうよ。逆に言えば、良くも悪くも奴は溜め込んでしまうほどにサイド0への、そこにいる貴様達への想いがあったのではないか」

 

 すると今度はアールシュが席を立ち、肩越しに振り返りながら抱え込んでもなお、サイド0のリーダーとしてここまで歩んできたアラタの想いを汲み取るように推測を話す。

 

「……寧ろ今が好機なのかも知れんな。奴の土壌が崩れているのだとしたら、ここで固めることが出来るかも知れん」

 

 今、アラタの心はボロボロなのかもしれない。だが逆にフウゲツが彼が被っていた仮面に皹を入れたのであれば後少しでその先にある素顔を露にすることが出来るだろう。

 

「ここが正念場だと考えろ。“ソウマ・アラタ”を取り戻せるか否か……。それは奴を想う者達の行動に掛かっているのだからな」

 

 それだけ言い残してアールシュもまた動き出す。それはやはり彼もまたアラタを想ったからこその行動を起こそうとしているのだろう。

 

(アラタ君を……取り戻す……)

 

 店内には他にフウゲツとアヤが残るなか、ユイは一人、先程のアールシュの発言を振り返り、これまでのアラタと過ごした懐かしくも温かな時間を思い出す。

 

(……私が知っているアラタ君は……)

 

 いつも自分の後ろに隠れていた幼少期のアラタ、だからこそ自分はお姉ちゃん風を吹かしていたのを憶えている。

 

 だが……それだけではなかった。

 ソウマ・アラタという存在は自分の中でただの弟分だけでは収まらない事柄が一つだけあった。それはたった一つのことでありながら自分の中のアラタという存在の想いを強くさせた何よりも大きなことだ。

 

 それが何であるのかを思い出したユイは静かに顔を上げる。

 ただ真っ直ぐアラタへの想いを表すようなその瞳に一切の迷いはなかった。



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胸に抱いて

 フウゲツが言っていたように今、実家のかつて使用していた自室にアラタの姿があった。

 カーテンは完全に締め切られており、閉塞感を感じさせるのは閉じ篭る今の彼を表すかのようだ。

 全てが色褪せたかのような虚無感を感じさせながらアラタはかつて自分が手がけたガンプラの一つ一つを見つめる。どれもこれも当時はただただ純粋に組み立てていたものだ。

 

『アラタ、お友達が来てるわよー』

 

 ガンプラに手を伸ばそうとした瞬間、扉越しに母親の声が聞こえてくる。

 一体、誰がと思ったが母親は既に案内をしているらしく、程なくしてコンコンとノックがなされる。

 

「し、失礼します……」

 

 何と相手はマリカだった。

 流石に思いもしなかったのか、マリカはおどおどした「お、おはようございます」の挨拶に驚きのままオウム返しのように挨拶を返してしまう。

 

 とはいえマリカ自身、当人が自覚している通り、引っ込み思案な性格の為、いざアラタの元へやって来たところで緊張で中々、話を切り出すことが出来ずもじもじと身体を揺らしている。

 

「こ、これって先輩が作ったガンプラですか?」

 

 そんなマリカを察してか、なにか飲み物でも用意しようとした瞬間、彼女はかつてアラタが手がけたガンプラ達の存在に気付き、関心を示す。

 

「昔、作った奴。まあ、今見ると拙い部分が目立つけどね」

「そんなこと……。でも、凄く温かい感じがします」

 

 やはり幼少期に作成しただけあって一つ一つを見ても、処理の仕方など今よりも技術不足を感じさせる面が目立つ。苦笑するアラタを他所にマリカはビルダーとしての感性からか、かつてアラタが手がけたガンプラに温もりを感じ取る。

 

 温かい。その言葉はかつてユイからも言われた言葉だ。

 彼女が言うにはガンプラの想いが、好きという気持ちが温もりというような旨の発言をしていた。

 確かにこの時の自分はただ純粋に、それでいてストレートにガンダムが、ガンプラが好きだという気持ちのままガンプラを手がけていたことには間違いはない。

 

 だが逆に言うと今はどうだろうか。

 無論、今だってガンダムもガンプラも好きだ。その気持ちに偽りはないし、その心のままに作り上げたG-ブレイカーはこれまでの人生において最高傑作だと自負している。 しかし何故だろうか、そのG-ブレイカーを作成して以降、長くガンブレ学園での時間を過ごした今、かつて作成したような所謂、温かさを感じさせるガンプラを作れるだろうか。

 

「あ、あの……ッ」

 

 深い思考の闇の中に溺れていると不意にマリカが口を開いた。

 

「今、ふたりっきりだから言えるんですけど……私、アラタ先輩に感謝してるんです」

「俺に……?」

 

 突然の感謝の言葉に首を傾げてしまう。

 確かにサカキの件などもあったが、もしかしてその事なのだろうか……?

 

「先輩は私にいっぱい構ってくれて、色んなことを教えてくれて……。その度に前向きになれて……頑張れて……。だから全部全部、先輩のお陰、なんです」

 

 どうやら違ったようだ。

 しかしまさか自分が何気なく行っていた行動を感謝されるとは思ってもおらず、それはそれで驚いてしまう。

 

「少し前までの私は先輩にどうしたいのか聞かれてから行動してばかりでした……。でも……でも、今は自分から行動しようと思えるんです」

 

 その想いがあったからこそマリカは今、この場にいるのだろう。

 彼女は決して視線を逸らすことなく真っ直ぐにアラタを見つめていた。

 

「私は……サイド0の……先輩の力になりたい……! 私がいた居場所に温もりを取り戻してくれた皆さんの為にも」

 

 第08部の部室は今まで半ば一人でいることの方が多かった。

 寂しいとは感じていたが、それも仕方がない。当時のサカキの傀儡となろうとも部室を、自分の居場所があればいいと考えていた。しかしアラタが転校してきたその日から今まで失ってきた温もりを再び手に入れることが出来たのだ。

 

 最初はただの変人だと思っていた。

 しかしアラタがいたからこそ救われた、変わることが出来たのだ。

 

「サイド0は先輩の居場所でもあるんです。先輩からしたら力不足かもしれない……。でも……私達はそこにいます。いつだって先輩の傍にいるんです。だから……少しは寄りかかってくれたって良いんです」

 

 思えばマリカはアラタの陽の部分は見えていても、影を見ることはなかった。

 それはアラタ自身がひた隠しにしていたからに他ならない。それが分かったからこそ寄りかかって欲しいと思えた。もしも口に出すのが憚られるのなら少しずつでも良い。そうすればいくらでも支えるのだから。

 

「……マリカちゃんにここまで気遣わせちゃうなんて情けない話だな」

「そんなことありません。気遣いも何もそれは全部、先輩を……お、想ってのことですから、と、当然のことです!」

 

 ここまで真っ直ぐ饒舌に話すのもガンプラ以外では珍しい。

 そんなマリカの言葉だからこそアラタは自嘲気味な笑みを浮かべると、マリカは首を横に振りながらもなにを思ったのか、最後のほうでも顔をほんのりと上気させて尻すぼみしていた。

 

「……マリカちゃん。今度、一緒にガンプラを作って貰っても良いかな? 二人だけで……ただ純粋に楽しんで」

「ふ、ふふふ、二人!? 不束者ですが……!!」

 

 ガンプラにどこまでも真摯な彼女だからこそ純粋に一緒にガンプラを作りたいと思った。

 彼女の一挙手一投足を、ガンプラにかける想いを間近に触れることで触発されたいと思ったのだ。それがアラタなりの“寄りかかり”だった。最もマリカはなにを想像したのか顔を真っ赤にしていたのだが。

 

「ごめん、少し考え事したいから一人で出てくるよ。マリカちゃんは好きにしていて」

 

 そう言い残してアラタは近くにあったトレンチコートを羽織ると最後にマリカに力のない微笑んで部屋を後にする。後に残ったマリカはアラタの微笑みに力がないことを感じつつも、少しは活気を宿していたのを感じながら見送るのであった。

 

 ・・・

 

 家を出たアラタは宛てもなくフラフラとかつて過ごしたこの町を歩いていた。

 懐かしい光景を目にする度に当時の自分を思い出し、今の自分はなにをやっているんだろうとついつい考えてしまう。

 

 マリカの反応を見るに彼女は大凡のことを察しているのではないだろうか?

 恐らくはフウゲツに聞かされた可能性が高いわけだが、そうなるともし同行していた全員が聞いていたとしたら彼女達はならば──。

 

「……ッ」

 

 するとアラタのスマートフォンが着信を知らせる。

 ポケットから取り出してみれば、シオンからメッセージが届いていたのだ。

 

【突然のメール、ごめんね☆ 実は大佐に話しておきたいことがあるの! STARK近くの土手の畔で待ってます♪】

 

 それが文面だった。

 シオンがわざわざ呼び出してまで話したいこととなると無碍には出来ない。元々、行く宛てもなく三作していたこともあって、アラタは予定を変えてそのままシオンが指定した畔まで足を運ぶのであった。

 

 ・・・

 

「あ、来た来た! 待ってたんだよ~、大佐っ」

 

 土手の近くの河原もこの時間帯だと土手の上のランニングなどその程度のもので辺りには人影は見当たらない。

 そんな場所ならばシオンの姿を見つけることは造作もなかった。シオンへ向かって歩を進めるアラタにシオン自身も気付いたのだろう、目一杯の可憐な笑みを浮かべながら元気よくアラタに手を振っている。

 

「突然、呼び出してごめんね? 忙しくなかった?」

「特に予定もなかったから大丈夫」

「良かったー。一番の忠臣に迷惑をかけるなんて総統として失格だからねっ」

 

 忠臣と言われても首を傾げてしまうが、シオンのことだ。一々訂正していてもキリがないだろう。

 そんなことを考えながらいつもの調子で話すシオンを見ていると彼女はそのまま話を続ける。

 

「……アナタのお陰でシオン公国はとっても大きくなったの☆ いつでもどこでも楽しそうな臣民の声が聞けて……シオン、今とっても嬉しい!」

「……シオン公国に関しては俺のお陰って言われても首を傾げる部分が大きいけどそう言ってもらえるのは光栄ですよっと」

「まあ、どこにいても皆がついて来ちゃうからプライベートは在って無いようなものだけど。ちょーっと落ち着かないかな? でもでも、みんなが笑顔ならそれは良いことだよね!」

 

 シオンが行くところに臣民あり。そう言っても間違いではないほどガンブレ学園におけるシオンの熱狂は凄まじい。それは日を追うごとに加速しているような気がするがそれがアラタのお陰かと言われるとアラタ自身、首を傾げてしまうのだが少なくともシオンはそう思っているようだ。

 

「この調子ならきっといけるところまでいけちゃうね。生徒会を倒して、シオン公国を正式に樹立して……」

 

 内容は兎も角としてもシオンは生徒会を打ち倒した後のビジョンを明確にしているようだ。

 今後のことを語る彼女の口ぶりに迷いはなく、彼女は今だけではなくこれからの自分の道を既に築いているように思えるのだが、ふと雰囲気からいつもの快活さが鳴りを潜める。

 

「ただ……こうして大佐と話す時間は減っちゃったなと思ってるの。だから今日は学園のアイドルじゃなくて、ただのシオンとしてお話がしたくて……。ね、アラタ君?」

 

 大佐、ではなくアラタとして……。

 彼女は今、シオン公国の総統であるダイクウジ・シオンではなく、一人の少女、ダイクウジ・シオンとして今、アラタと接しているのだ。

 

「アラタ君の存在は私に勇気を与えてくれたの。大き過ぎる生徒会という存在に真っ向から立ち向かおうとするその姿に支えられた……。きっとシオンはサイド0の……アラタ君の存在があったからここまで来れた」

「シオンには元々、カリスマがあったんだ。俺がどうこうなんて……」

「例え元々あったものだとしても、芽吹く切っ掛けがなければ芽は出ないよ」

 

 ただ真っ直ぐとアラタに対して、自分がここまで来れたのは彼のお陰だと心からの感謝の意を伝えるシオンだが、一方でアラタは彼女自身に資質があったからで自分はなにしていないと首を振る。しかしそれでもここまでの道のりでシオンの中でのアラタの存在は大きかったらしく、謙遜しないで欲しいとばかりに微笑む。

 

「だからシオンはこれからもアラタ君と一緒にいたい。でもね……それだと今のままじゃダメだと思っているの。だって本当のアラタ君を知らないから」

 

 不意に温かくも柔らかな感触を己の手に味わう。目の前にいるシオンのそのか細く白魚のような手が握っているのだ。するとシオンはそのままアラタとの距離を詰め、彼女の甘い匂いが鼻をくすぐる。

 

「学園の笑顔が増えてきたのは良いことだよ? でもそれでアラタ君の笑顔に陰りが生まれるのなら本末転倒だと思うんだ。だからシオンは心からのアラタ君の笑顔が見たい。これは学園のアイドルじゃなく、ただのシオンとしての願い……」

 

 一見、ふざけているように見えて実際は相手をよく見てその心理になにがあるのかを見抜くことに長けている。それがシオンがシオン公国総統として、学園のアイドルとして、その確固たる地位を築いた理由なのだろう。だが今は一人の年頃の少女として、今の自分の心からの願いを口にする。

 

「シオンにとってアラタ君がそうだったようにシオンもアラタ君の支えになりたい。だからアラタ君が自分の道を歩む為にもシオンに少しはその重荷を分けてくれないかな……?」

 

 それともシオンじゃ頼りないかな……? とアラタの胸の中に倒れこみながらか細い声を漏らすシオン。

 シオンのこんな姿を見たのは初めてだ。普段の奇天烈からは想像もできない小さな少女の心からの想いにアラタはゆっくりと目を瞑ると目の前のブロンドの髪を撫でる。

 

「……ありがとう。本当に救われる言葉だ」

 

 シオンがただ純粋にアラタを想っての発言であることは何よりアラタ自身、すぐに分かった。

 その柔らかくも温かな思いに触れながら、アラタはシオンと距離を置く。

 

「俺のことはもう皆、知ってるんだろ?」

「うん……。昨日のフウゲツさんとのやり取りを少し聞いちゃって」

「……だったらしばらく考えさせて欲しいんだ。整理がついてないっていうか……。こうなった以上、俺なりに答えを出すから」

 

 マリカといい、シオンといい、明らかにアラタのために行動を起こしている。

 その気持ち自体は嬉しいものの、やはりなにが切っ掛けかを考えればフウゲツとのやり取り以外思い当たる節はなく、事実、その通りだったようだ。だからこそアラタはアラタなりの行動をしようとシオンに背を向けて一人、去っていく。

 

(……俺は……誰かの後ろに隠れて……誰かに頼りっぱなしだった昔の俺から変わったんだ……。変わった、はずなのに)

 

 ここで安易にシオン達に頼るようでは結局、ユイの後ろに隠れていた弱い自分と変わらないのではないだろうか。

 そんな弱い自分ろ決別したくて変わろうとしたのに、それが今では悪循環になってしまっている。このままではいけないというのは誰よりも分かっているのに、どうすれば良いのか分からぬままアラタは彷徨うのだった。

 



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居る理由

 彷徨うようにしてかつて過ごした故郷を歩いていたアラタだったが、ふと足を止める。彼の視線の先にSTRAKの店舗があったからだ。

 幼い頃から足しげく通っていた場所だったからなのだろうか? 知らず知らずに自分はあの店の近くにまで来てしまったようだ。

 とはいえ先日のフウゲツとのやり取りもあったせいで、そのまま素直に店に入ろうとは思えず迷うように足元に転がっていた小石を蹴っているとやがて所在無く避けるようにしてSTRAKから去っていこうとする。

 

「──あっらまー、アラタさんじゃないですか」

 

 そんな矢先にこちらの気分とは対照的な明るい声が聞こえてくる。

 振り返ってみれば、そこにはSTRAKから出てきたと思われるアヤの姿があった。

 

「なんかお店の窓からそれっぽい人が見えたから、まさかと思いましたけど」

「……アヤちゃんもマリカちゃん達みたいになんか用でもあるの?」

「んにゃ全然」

 

 即答である。

 なにを言ってるんだとばかりに首を傾げているところを見るとマリカやシオンとは違い、本当に何の用もないのだろう。

 

「マリカさん達がぞろぞろとお店から出て行ったからとはもしかしてとは思ってましたけど、やっぱりアラタさん絡みでしたか」

「アヤちゃんはずっとここにいたの?」

「私ってば低血圧なので、正直言うと朝はそこまで動きたくはないのですよ」

 

 自分の発言が発端になったとはいえ、各々で動き出したマリカ達に合点がいったとばかりに腕を組んで頷いているアヤにSTARKにいることは知っていたが、まさか一人残っていたのかと問いかければ彼女は苦笑気味に答えていた。

 

「まあでも用はないですけど私は私でこれまでの学園生活を考えてました。これも何かの縁ってことで少し聞いてくれます?」

「良いけど……。温かいところに移動しようか?」

「いや大した話でもないので」

 

 話を聞く分には良いが10月も終わりが近くそろそろ肌寒さも感じてくる。

 立ち話もなにかと思い、移動を提案するも特に用がないと言うだけあって断られてしまった。

 

「私は正直、学園にそこまでの関心はありませんでした。そりゃガンプラが目的だから入学しましたけど学園に入ってそれであぁいうシステムで……まあそんなもんかと思ってました」

「アヤちゃんってドライなところあるよな」

「そうですかね? アールシュさんと同じですよ。当時は結果的に将来に繋がれば良いと考えてました」

 

 こうやってアヤとちゃんと話したことなどこれまでにあっただろうか?

 ムードメーカーのような賑やかな彼女のことはこうして彼女自身の口から聞かされるまでなにも知らなかったとも言って良い。

 

「でも、それって退屈で虚しいだけですよね。やっぱり楽しくはないですよ。そんな矢先に私は部長に……レイナさんに出会えたんです」

 

 ただただ慢性的に技術を身に付けていく日々……。

 極端な話で言えば、機械にプログラムをインストールをするようなものだろう。機械ならいざ知らず、人間であるアヤからすればただただ虚しいだけだろう。

 

 だがそんな中でアヤはレイナに出会った。

 アヤのレイナへの懐きっぷりを知っているだけになにかと思い、彼女の言葉を待つ。

 

「レイナさんはミステリアスな人ですけど、遊びに対しては全振りするような人なのですよ」

「……まあ、あの第10ガンプラ部の魔窟を見れば何となくは」

「でも、それって簡単なことではないのです」

 

 確かにアラタも初めてレイナに出会った時は彼女の不可思議なペースに呑まれてしまっていた。

 今でこそ交流があったからこそ普通に話せるが夢の国のベアッガイなど時々、こちらの度肝を抜いてくるようなものを平然と出してくる。

 

「今の時代、一生懸命な人を見れば鼻で笑ったり冷やかす人の方が大半なのです。それが特に自分の世界にない趣味の分野であれば尚更。私も正直、最初はあの学園で遊び心をテーマにする第10ガンプラ部に意味なんてないって悟った振りをしながら見てました。……でも、そこにいる人達には意味があるんです。一分一秒たりとも惜しい。全力で向き合いたいって夢中になれる人達が集まるんです」

 

 当初、第10ガンプラ部に対して冷ややかだったというアヤを意外に感じながらも、かつてのセナの言葉を思い出す。確かに遊び心をテーマにした第10ガンプラ部は弱肉強食の世界であるガンブレ学園には最も必要ないだろう。だがそうではないのだ。

 

「……夢中になるって意外と簡単なことじゃないのです。好きにならないと出来ないし、そもそも夢中になるほど好きになるっていうのが簡単なことじゃない。けどそれが出来る人は限られてる。それが出来ないから……それだけの情熱を失った人達は目を背けるように冷やかす」

「アヤちゃん……」

「でもレイナさんはあの学園でどれだけ鼻で笑われようと好きを好きって言えるんです。……私はそんなレイナさんに憧れました。だってそこには温かくなるような中身があるから。今となってはおぼろげな中身もなくただただ技術を身に付けるあの時間になにをしていたか思い出せないほどに」

 

 だからこそアヤは第10ガンプラ部に入部したのだろう。

 失ってしまったともいえる情熱を再び取り戻すために。

 そして何よりこれまでの学園生活におけるアヤを思い出す限り、彼女は既に夢中になれるほどの情熱を取り戻しているのだ。

 

「私はアラタさんもレイナさんと同じタイプの人だと思ってます。レイナさんほど器用じゃないけど、それでも普通の人とは違うなにかを感じるんです」

 

 思い返してみればアヤに初めて出会ったとき、同じようなことを言われた。

 あの時はただただふざけているだけだと思っていたが、どうやらアラタからなにかを感じていたのは偽りではないようだ。

 

「だからこそかつての私のようにはならないでください。見ている景色は同じでも流れた時間は巻き戻ることはないんです。だから自分自身が夢中になれることを……その想いを取り戻してください」

 

 その言葉に胸がドキリとしたのを感じた。

 何故ならばこれまで聞いたアヤの過去ともいえる虚しさを感じていた時の話は今まさにアラタも感じていた虚しさを思い起こさせるからだ。

 

「えへへ、なんだからしくないことを話ましたね。ではでは、私はそろそろ部長のところに行ってきますので、アラタさんはチナツさんのところにでも顔を出してあげてください」

「チナツに……?」

「ええ、STRAKの二階にある塗装ブースを借りるって朝から慌しかったです」

 

 びしっと可愛らしく敬礼のような仕草を取るアヤの言葉に何故このタイミングでチナツなのかと疑問に思うが、どうやたチナツは目の前のSTRAKにいるようだ。

 

「あぁ、マスターさんなら今さっき他の従業員の方に休憩貰うわーってフラッといなくなりましたからいませんのでご安心を! ではではー」

 

 だが先日のこともあって、STRAKに向かうのは気が引けてしまう。

 それが顔にも表れていたのか、ソレを察したアヤが現在、店にいないというフウゲツについて伝えると、そのまま軽い足取りでアラタの横をすり抜け、携帯か何かで居場所は聞いているのか小走りで去っていってしまう。残されたアラタはアヤとSTRAKを交互に見ると仕方なしに言われた通りチナツの元へ向かうのであった。

 

 ・・・

 

(……言われたまま来たけど)

 

 アヤと別れたアラタは彼女に促されるままチナツがいるという二階への階段を昇っていた。

 その手には一階のSTRAKで購入した持ち帰りようの飲み物が二人分あり、丁度アラタとチナツの分といったところか。確かにアヤが言っていたようにSTRAKにはフウゲツの姿はなかった。

 

 アヤに促される形となってしまったが正直なところチナツと会ったところで今の自分ではなにを話して良いのかも分からない。足取りも重いまま階段を上がっていると不意に鼻歌が二階の一室から聞こえてきた。

 

「フンフフンフンフン~♪ どんな感じにしようかな~。今までに無いくらい派手にしちゃうとか~?」

 

 STRAKから続く二階の一室。普段はフウゲツやかつての自分も使用したことのある塗装ブースにはエアブラシを握るチナツの姿があった。しかし余程、集中しているのか、彼女はペインティングクリップの先にある塗装最中のパーツにしか意識を向けていないようだ。

 

「あ、でもアラターはクールな感じの方が好きかな? チョー悩む~。凝りまくって超絶技巧デコにするってのもアリなのかな~。表面処理してサフ吹きまで完璧にやったし、スミ入れして立体感出したし、後はラインストーンでゴージャスにデコっちゃう? とりま白パーツからデコっていこ。ラインストーン貼らないトコはデカール貼ってクリアでトップコートしてツヤ出しして……」

 

 流石というべきか、一人ブツブツと呟きながら手馴れた様子で綺麗に塗装をしていく。

 その塗装の腕は同じく塗装を行う者からしても唸らされるものがあり、結局、夢中になって行われるチナツの塗装の邪魔をする者はいないなか時間だけが経っていた。

 

「ふー……こんだけやれば後は乾かすだけだー……。マジ疲れたー。集中しまくったの久しぶりすぎー……。でもお陰でいい感じにデコれたもんね。これをドライブースに入れてっと……って、うわぁ!?」

 

 どうやら気付かれてしまったようだ。

 最もアラタもアラタでチナツの塗装技術に魅入られていた為、こちらを見て眼を丸くする彼女の驚きの声と同じくビクリと身体を震わせているわけだが。

 

「え、なにマジ? いつからいたの、アラター!?」

「いつからってまあ……フンフフンってとこから?」

 

 いつからと聞かれれば大概、最初からなのだがこの場合、途中からなので思い出すままに答えるしかない。

 とはいえ鼻歌交じりでブツブツ呟いていたことを思い出したのか、恥ずかしそうに彼女の頬は一気に赤み帯びていた。そんな彼女も程ほどにアラタはその横にあるドライブースで換装している最中のパーツを見やる。

 

「あ、このガンプラはその……えーと……もういっか。秘密にしてたけど言っちゃお。実は今、アラターの為にガンプラをデコってたの。ホントは完成までナイショにして三連休の最後に渡そうと思ってたんだけど」

 

 世界的に流行しているからこそある程度、どんな町でも作れる環境はあるとはいえわざわざ旅行先にまで作成途中のガンプラを持ち込んでいたと思うと苦笑してしまう。だがそれは全てアラタの為だと言うのだ。

 

「あれ、それもしかしてアタシのとか?」

「あぁ、ここにいるって聞いてたから。ちなちーの塗装に見惚れててすっかり温くなっちゃったけど」

「もぅアラターってばすぐそういうこと言うー! でもでも今、丁度のど渇いてたからありがたくもらうね!」

 

 するとアラタに手にある二つのドリンクカップに気付いたのか、チナツの指摘に困ったように肩を竦めながら彼女に手渡すとチナツは照れた様子でそのまま口をつける。

 

「やっぱアラターはサイコーだね!」

「飲み物一つでそこまで? まあ、俺は天さ「だってさー!」……」

 

 いつぞやの天才キャンセル再び。

 おどけた様子で飲み物に口をつけようとしたアラタが微妙そうな顔つきのまま固まるなかチナツは己の胸の内を明かし始める。

 

「アラターと一緒にいるとめーっちゃ楽しいし、自由にデコったガンプラでバトルするのって超きもちイー! これってぜーんぶ、アラターのお陰だって最近、気付いたんだ」

 

 彼女はいつも彼女なりに楽しくやっていると思っていたためになぜわざわざ自分のお陰とまで言うのかとチナツを見てみれば、彼女はどこか寂しそうに視線を伏せていた。

 

「あたし、親の都合で引っ越しが多かったせいで子供の頃はあんま友達いなくて。家でずーっとケータイとか鏡とかあるモノなんでもデコって遊ぶ感じでさー。その流れでガンプラをデコるようになって、次第にガンプラバトルで友達も増えてってデコるのもバトルも超たのしーって思ってやってた」

 

 アヤに続いて初めて聞かされたチナツの過去。

 ガンプラに出会った充実したのは事実なのか、晴れやかな様子で話していたが、やがてその顔も顰め始める。

 

「それでガンブレ学園に入ったけど生徒会が強さこそ正義だーなんて言い始めてさ。正直、あの学園を辞めようと思ってた。アタシが大好きなガンプラはあそこにはなかったし。どんなデコでも受け入れてくれて、誰でも自由に塗装を楽しめて、友達と盛り上がれる。それがアタシのガンプラだったから」

 

 確かに今のガンブレ学園は強者が自分の考えを弱者に対して押し付けているような状況だ。

 塗装でいえばかつてのシロイとのトラブルがそうだったように、まず彼女の中でガンプラ感に沿うようなものではなく、いっそのこと辞めてしまおうと考えるのもある種、一つの手とも言える。

 

「だけど最近はまた超たのしーってなってる! そう思えるようになったのはアラターのお陰! なんかアラターとは相性ドンピシャっていうか、超感謝してる。ホントありがとね!」

 

 しかし現実、チナツはガンブレ学園を去ることはなかった。

 それはやはり彼女が言うようにアラタのお陰なのか、言葉に熱が入ると共にチナツは無意識のうちにそのグラマラスな肉体をじわじわと寄せてくる。

 

「デコるのもバトルも前より超好きになった! だから言葉だけじゃ足りなくて! アラターにアタシがデコったガンプラをあげたくて!」

 

 ズイズイと身を寄せてくると共に鼻にチナツの甘い香りが届いて脳を麻痺させるがそれ以上に意識が向かなかったのはアラタの意識が彼女のその真っ直ぐな想いに触れたからだ。アラタを真っ直ぐ見つめるチナツだが途端にその勢いは弱まり、恥らうように視線を伏せるとやがて頬を染めたまま意を決したように再びアラタを見やる。

 

「……その、受け取って欲しい、な。アタシ、たぶん……その……アラターが好きなんだと思うし」

 

 無音の空間にゴクリと生唾を呑む音が響く。

 アラタのものだ。チナツの様子からそれは単に友人に対して使う所謂、likeの好きではないということを察しているからだろう。するとアラタはチラリとドライブースの中のパーツに目をやると、一度、目を瞑り、ゆっくりと瞼を上げるともに口を開く。

 

「なら一緒に作ろうか。どんなデコでも受け入れてくれて誰でも自由に塗装を楽しめて友達と盛り上がれる、だろ?」

「まさかの展開じゃん! それならアタシがデコるからアラターは組み立てねー!」

 

 一人で作るのも楽しいが顔を突き合わせながら作るガンプラも良いものだ。

 チナツもこれには流石に予想外だったのか、だがそれ以上に喜んでいた。

 

「さっきデコりながらずっとアラターのこと考えてたんだー。マジこれヤバくない? めっちゃ純愛じゃない!? ……まあ、その……このまま一歩踏み出したいところだけどこれ以上、抜け駆けは出来ないしね」

「何か言った?」

「ううん! でもアタシは満足ってこと! パーツもまだ乾くまで時間あるし、まだ良いかなって思っただけ!」

 

 照れながらもいつもの調子で話すチナツだが、不意にその言葉も尻すぼみになってしまう。

 最後の方の言葉が聞き取れず聞き返そうともするが、彼女は誤魔化すところを見るに下手に追求しても答えないだろうし、それ以上に満足そうにしているのでこれ以上はいいだろう。

 

「……こんなアタシだけど、これからもよろしくね」

 

 だが、それでも彼女なりに伝えたい想いがあるのか、照れ笑いのまま放たれたまっすぐな言葉にアラタはしっかりと頷くのだった。



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破壊のカレイドスコープ

パーツが乾くまで時間もあるし、他の子達のところにでも行ってあげて、とチナツに促されたアラタは一人、STARKを後にしていた。

これでマリカ、シオン、アヤ、チナツに会い、それぞれが持つ根底の想いに触れてアラタの心境にも響くものがあった。それは何より今のアラタ自身の心が崩れかけていたからだろう。

チナツの言葉に従うのであれば一緒に旅行に来て今日、まだ会っていないのはユイ、アールシュ、レイナの三人だ。しかし今、彼女達がどこにいるのかはアラタが知る由もないし、フウゲツから自身が抱えていた問題を聞いているのであればこちらから連絡をしようにも中々、気が進まなかった。

 

「……ん?」

 

自己嫌悪で人知れずため息をついていると不意に自身のスマートフォンに着信が入った。

何だろうと思って、取り出してみればトークアプリにレイナからのメッセージが届けられていたのだ。

 

・・・

 

(ここに来たのも昨日ぶりか……。連日来るなんて昔を思い出すな)

 

それから数十分後、アラタが訪れたのは昨日も訪れたことのあるゲームセンターだった。

このゲームセンターは幼いアラタやユイにとってガンプラバトルをする溜まり場のような場所であり、こうやって連日、足を運ぶとかつての日々を思い出して知らず知らずのうちに笑みを浮かべて懐かしんでしまう。

 

「あら来たのね」

「おかげさまで」

 

ガンプラバトルシミュレーターのコーナーを目指すとそこには先程、連絡してきたレイナがおり、その傍らにはアヤの姿もあった。アラタに気付いたレイナは微笑を見せながら迎えると連絡の段階では場所は指定されてもその用件までは伝えられてはいないようでアラタは肩を竦めながら応える。

 

「それで用件って?」

「──俺が呼んでもらったんだよ」

 

呼び出した張本人であるレイナに何用なのか、確認してみれば背後から唐突に声をかけられる。

振り返ってみればフウゲツが非常に人の悪い笑みを浮かべて立っており、アラタがこの場に訪れた段階で彼を驚かそうと物陰から様子を伺っていたのだろう。

 

「おいおい、そんなに嫌そうな顔してくれるなよ。流石の俺も傷ついちゃうだろ?」

「最っ悪だ。今すぐ叩き割りたい眼鏡№1に会うなんて」

 

不意に声をかけられたことに驚くのも束の間、相手がフウゲツだと知るや否や、露骨に顔を顰めるアラタにフウゲツは言葉とは裏腹にニヤニヤと笑みを浮かべており、神経を逆撫でしてくる。どうやらフウゲツ自身がアラタに連絡したとしても取り合わないだろうとレイナに頼んでこの場に呼び出したようだ。

 

「……それで用件は何だよ」

「同じニュアンスでもトゲがあるねえ。まっ、すぐに分かるさ」

 

昨晩のこともあってか、中々和やかに話そうという気にはなれないアラタに肩を竦めながらおどけつつもその視線をガンプラバトルシミュレーターの筐体へと向ける。

 

「……来たか」

 

そこにはアールシュがいたのだ。丁度、彼もアラタに気付いたようでその太陽を彷彿とさせる力強い金色の瞳と視線が重なる。

 

「その顔を見るに今日の短時間で濃密な時間を過ごしたようだな」

「どっかの誰かさんのせいでな」

 

アールシュがこれまでになかったどこか儚さの中に光る強さをアラタの顔つきから感じていると、これまでマリカ達一人一人と過ごした時間は濃密でアラタ自身、得るものがあったが元はと言えば先日の一件を話したであろうフウゲツに対しては思うところがあるのか、ジロリと見るも彼は口笛を吹いてどこ吹く風だ。

 

「破壊と創造……。ある意味、ガンプラビルダーにとっては身近なものであろうな」

 

話を戻すように厳格なままの口調で話すアールシュに視線を戻せば、彼はふと自身が持っていたケースに手を伸ばし、そこに納められていたガンダムシヴァを取り出す。

否、確かにそれはシヴァではあるもののアラタやレイナが知るシヴァとは外観に差異があったのだ。それはアールシュの言葉通り、手を加えられて創造されたシヴァなのだろう。

 

「それは人間においても同じことだと考えている。たった一つの出来事で今までの自分を簡単に破壊されてしまう」

 

先月、フウゲツとのやり取りもそうだろう。今まで数ヶ月の間に画していたアラタの本性はフウゲツとの短いやり取りの間にいとも簡単に崩れてしまい、ユイ達の知るところになってしまった。

 

「そうなってしまってはもう後戻りは出来ない。だが、また新たな自分を創造することが出来る」

 

後に残ったのはボロボロになったむき出しの心。しかしそこで終わることはなかった。何故ならマリカをはじめとした面々のそれぞれの考えや想いに触れることによって傷だらけの心は温かな想いに包まれようとしているのだから。

 

「ソウマ・アラタ。貴様もまたその時が来たのだ。弱い自分だと蓋をして隠すのではない、それさえも自分だと愛し抱きしめ……受け入れるのだ」

 

アールシュの周囲にはかつて共に過ごした見知った顔ぶれがいた。そんななか、アールシュはアラタに背を向けるとその人混みの中からまっすぐガンプラバトルシミュレーターへと向かっていく。

 

「……自分を救えない人間が救えるほど学園は……世界は甘くはない」

 

周囲の人々がガンプラバトルシミュレーターに乗り込んでいくなか、自分がこれから利用する筐体の前で立ち止まったアールシュは肩越しにこちらを見つめるアラタを見据える。

 

「……だが目の前で苦しんでいる人間がいると知れば手を伸ばしたい。そんな物好きで甘い連中が貴様の傍にいるのもまた事実だ」

 

その太陽を髣髴とさせる黄金の瞳はジッとアラタだけを見据え、やがてアールシュはガンプラバトルシミュレーターに乗り込んでいく。

筐体に乗り込んだアールシュがセットしたのは新たなシヴァ。脚部にガンダムキマリスヴィダールやバックパックのスラスターウイングにスーパードラグーンのパーツなどを組み込んで再誕したその名は──。

 

「ガンダムシヴァキラナ、出る」

 

それはまさに太陽から放たれた一筋の光。これまでも、そしてこれからも共に歩もうとする半身の如き存在に応えるようにシヴァキラナのツインアイが輝くとバトルフィールドへと出撃していく。

 

「あの人はまさに唯我独尊を地で行く人だけれど、それはあの人自身が誰よりも自分と言う存在の全てを明確に知っているからでしょうね」

 

バトルフィールドとなる大空を自由に飛行しながらマッチングしたプレイヤー機との戦闘が開始される。その苛烈且つ勇壮なシヴァキラナの姿をモニター越しに見つめながらアラタの隣に寄り添って静かに語り始める。

 

「弱くても良いの。無様だって構わない。どれだけ笑われ、どれだけ蔑まれてもこれが自分だって言える人の方が私は好きだわ。だって……応援したいし支えたくなるもの」

「……俺、は」

「仮面の下で涙を流しながらヒーローを演じる必要はないの。アナタは作り物のヒーローじゃなくてソウマ・アラタなのだから」

 

そっと包むようにレイナのか細い手がアラタの肩をふんわりと抱く。いかにか細くても抱かれたその肩は何よりも温かく温もりを感じられた。フルフルと震えたアラタは頭を垂れるとそのまま優しくその頭を撫でられる。

 

「まっ、本当の自分から目を背けるような奴がいくら学園の為に動こうと生徒会を倒せるだけが精々だろ。でも、そいつは根本的な解決にならない」

 

すると今度はフウゲツが頭を撫でられているアラタの隣に立って、その背中を軽く叩いて話しかけてきた。

 

「いつだって世界を救うのはLove&Peaceだろ?」

「Love&Peace……」

「知らないのか? 愛は負けないんだよ。それにガンプラバトルはビルダーの愛が形となったものが戦ってんだからな」

 

ウインクをしてくるフウゲツの言葉を反復してその続きを聞きながらモニターを見やればシヴァキラナは屈するという言葉が考えられないほどの目覚ましい活躍を見せては勝ち残っているのだ。

 

「ただ相手を傷つけることだけなら誰にだって出来る。けどな、誰かを救って……その心に触れることは誰もが出来るわけじゃない。だが昔のお前はそれが誰よりも出来ていた。お前がガンブレ学園で救ってきた奴等のことは聞いた。なら今度はお前自身を救って抱きしめてやれ」

 

生徒会を、ユウキをただ力で倒すだけでは解決にはならない。だがその前に誰よりも救わなくてはいけないのがアラタ自身の心なのだ。自分自身を救わない限り、誰かを助けるなんて出来はしないのだから。

モニターには勝利者となったシヴァキラナの姿が映るなか、アラタの心に今日一日の間に仲間達から送られた言葉が過ぎるなか、二日目を終えるのであった。

 

・・・

 

「帰省というのもあっという間なのだな」

「しょうがないだろー? 最終日の朝にここを発たなくちゃいけねえってんだから」

 

三連休最終日の朝。駅前ではゲンカイとフウゲツの姿があった。彼らの前にはこれから学園都市へ戻ろうとするアラタ達がいた。フウゲツが久方ぶりに会ったアラタとユイを名残惜しむゲンカクを宥めているとふとアラタと目が合った。

 

「俺さ、おかえりって言葉も好きなんだが、この言葉も好きなんだよ。なんか家族みたいで温かいからな」

 

アラタと目が合ったフウゲツはフッと柔らかく微笑むと、今まさにこの場から再び旅立とうとするアラタに向かって歩み寄ると、その頭を撫でながら彼の目と視線を合わせる。

 

「いってらっしゃい」

 

その言葉を聞いた瞬間、どこか優しい風が吹いた。

風が吹いた後、一瞬だけ震えたアラタがどんな顔をしたのかはそれは向かい合ったフウゲツだけが知るなか、二人に見送られてアラタ達はこの場所を発つのであった。

 

・・・

 

それから電車に揺られてかれこれ数時間。

お昼時も過ぎて夕暮れに時間が進んで行くなか漸くガンブレ学園のある学園都市へと戻ってきたアラタ達は疲れから身体を解していた。

 

「ねえ、アラタ君」

 

これからどうしようかー、などとチナツ達が話していると不意にユイがそっとアラタに声をかけてきた。

それはいつにもなく真剣で、それでいてどこか緊張した面持ちだ。その姿にアラタも息を呑むなか、彼女の言葉を待つ。

 

「少しだけ二人きりで話が──」

 

しかしその言葉が最後まで放たれることはなかった。

何故ならばアラタのスマートフォンに着信が入ったからだ。

 

「……リュウマ?」

 

なんと相手はリュウマだったのだ。

アラタから放たれたリュウマの名に何々?とチナツ達も食いついてくるなか、ごめんとユイに前置きをして電話に応答する。

 

《よぉ》

「……どうした?」

 

電話越しに聞こえるリュウマの声はいつもの溌剌とした様子はなく落ち着いたものだった。その普段との差に戸惑う部分はあるものの何用なのかを尋ねる。

 

《約束を果たそうと思ってな。きっと今じゃねきゃいけねえんだ。だから……来てくれるか》

 

リュウマとの約束……。後で、ではなく今でなければいけないというリュウマのいつにも増して真剣な頼みに戸惑う部分はあるものの了承して彼から詳しい場所を告げられたアラタはその場所へと向かうのであった。




これでアラタ編が終了です。そしてここから……


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燃えよレイジングドラゴン

「なにも全員で行く必要もないでしょうに」

 

 三連休ということもあって、いつにも増して人通りの激しい道のなか、リュウマに指定された場所へ向かっているアラタがチラリと横目で見ればそこにはユイ達の姿があった。

 

「あはは、まあ折角だしね?」

「それにリュウマ君が何の用なのか気になるし」

 

 呼び出されたのは自分だけだったのであの場で別れようと思ったのだが話を聞いたユイ達はそのまま同行の意思を示して今に至るのだ。

 そんなユイやシオン達にやれやれと言わんばかりにため息をついたアラタは視線を前方に戻す。そこにはリュウマに指定された待ち合わせ場所であるゲームセンターの姿が見えてきた。

 

「──アラタ?」

 

 約束と言っていたがわざわざこのタイミングで呼び出すとはどういう意図なのだろうか。そんな風に考えていると不意にアラタに呼び声がかかった。

 

「あっれー、イオリンじゃん!」

「みんなも……。旅行帰り……ってところかしら」

 

 そこにいたのはイオリだった。予期せぬ出会いに驚きながらもチナツを筆頭に喜びを見せる。

 

「お土産は後で渡すとして何でこんなところに?」

「私も出先から帰ってきたところなんです。だから調整がてらに近くのゲームセンターに行こうかと」

「目的地は俺達と一緒ってわけか」

 

 ちゃんと土産は用意していたのか、そのことを口にしつつユイは何故、この場にイオリがいることについて尋ねると、どうやら彼女は彼女で視線の先にあるゲームセンターが目的だったようだ。そんなイオリ達の横を通り過ぎながらアラタは一人、スタスタとゲームセンターへと向かっていく。

 

「そういえば、イオリちゃんの方はこの三連休、どうだったの?」

「……まあ、その……濃かったです」

 

 アラタの後を追いながら話題はイオリの三連休の出来事になる。純粋な好奇心で聞いてみれば、途端にイオリは遠い目で空を仰ぎ見る。

 

『……アマミヤさん、その娘って?』

『少しの間、世話してる』

『そんな飼い猫みたいn『世話ぁっ!?』 えっ』

『アマミヤさん、柄にも無いことして疲れてない? 私ならそんなアマミヤさんの世話が出来るよ。ねえ、どうかな? ね?』

 

 

『イチカの知り合いか。よろしく頼む』

『あっ、はい。えっとこの人は……』

『少し前に知り合った。お菓子の類ならこいつに言え。大概は作ってくれる』

『お前と言う奴は……。人の気も知らずに』

 

 

『へー、君が噂の……。イチカが迷惑をかけてない? この娘って大分アレだから僕みたいに見てあげる人がいないとダメなんだよねー』 

『いや、あの……とても良くして貰っています。ところでイチカさん、この人、所謂僕っ娘って奴ですか?』

『コイツはオトコだ』

『!?』

 

 脳裏に蘇るイチカとの時間。彼女を取り巻く周囲の人々を思い出して苦笑いと共にため息が自然と出てしまう。

 

「──……来たな」

 

 そんな想い出を振り返りながら、ゲームセンターに足を踏み入れてガンプラバトルシミュレーターへ向かっているとそこにはリュウマをはじめとしたマスミやショウゴ達の姿があり、呼び出してきた張本人であるリュウマがアラタ達を向かえる。

 

「随分といきなりだったな。それに見合うだけの理由もあるんだろうな」

「言ったろ、約束を果たすって」

 

 わざわざ足を運んだ甲斐があるんだろうな、とおどけた様子で話かけるとリュウマは静かにケースから取り出したガンプラを見せ付ける。

 

「お前、言ってたろ。“最高のガンプラを作って、バトルして欲しい”って。今がその時だってそう思ってな」

 

 それは彼が作成したレイジングガンダムボルケーノ。荒ぶる蒼き龍の意を継ぐ猛る炎の紅蓮龍だ。

 新たなレイジングのみならず、その完成度はいかにガンブレ学園に身を置くアラタ達であろうと純粋に驚かせるだけの価値があった。

 元々、出会った当時はモデラーとしては初心者に毛が生えた程度の腕前だった。しかし今、こうして彼が手がけたレイジングボルケーノを見る限り、彼に師事をしていた者達の存在もあるのだろうがその成長速度は驚異的だ。

 

「……最っ悪だ」

 

 誰よりもレイジングボルケーノを見つめていたアラタは頭を垂れるとやがて観念したようにため息をついて片手で頭を掻く。

 

「分かったよ。俺が言い出したことだ。それに日を改めるって言って分かる奴じゃねえしな」

「へっ、俺のこと分かってるじゃねえか。行こうぜ」

 

 先程、レイジングボルケーノを見てなにを感じたのか。それが分かるのはアラタだけだが彼はバトルに応じるつもりのようだ。そんな彼に満足げに笑いながらリュウマはガンプラバトルシミュレーターを顎先で指すと二人はそれぞれ乗り込む。

 

「……ホントに最悪だ」

 

 シミュレーターに乗り込んだアラタは一人、再び重いため息をつくとケースから己が手がけたガンプラであるG-ブレイカーを見つめる。G-ブレイカーに送る視線は複雑な感情が入り混じっており、彼はやがて重々しくG-ブレイカーを筐体にセットし、リュウマが乗り込んだ筐体とのマッチングを待つ。

 

「……G-ブレイカー」

「レイジングガンダムボルケーノッ!」

 

 モニターにカタパルト画面が表示され、それぞれが発進体勢を取りながら自身の愛機の名を口にする。

 

「出る」

「行くぜェッ!」

 

 カタパルトを突き進む視線の中にある感情はまさに正反対とも言って良いだろう。

 しかしバトルはバトル。ただバトルにだけ集中するようにとG-ブレイカーとレイジングボルケーノはバトルフィールドへ飛び出していくのであった。




ハッピークリスマス(アカリ&ミツル)

【挿絵表示】

ミツル「夏は第10ガンプラ部。そしてハロウィンはイチカ嬢。そんな中でのこの人選を消去法って言った者は処すでござる」
アカリ「本来ならば明日なのですが……まあ大目に見ていただけると幸いです」
ミツル「そんなことより何故、二人同時にいられるのかって? 何でもアリの後書きでそんなものに囚われてはいけないでござるよ。クリスマスは人手が足りないでござる」
アカリ「それでは早速、トモンさんのお宅から行ってみましょうか」


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創造の翼

明日は何とは言わないがEXPOで会おう


 アラタとリュウマ、様々な想いを抱いた二人のバトルの舞台となったのは地球を眼下に見下ろす衛星軌道上だった。既にG-ブレイカーとレイジングボルケーノはお互いの姿を視認しており、戦いの火蓋は既に切り落とされていた。

 

 真っ先に仕掛けたのはアラタ操るG-ブレイカーだった。

 アラタはレイジングボルケーノをリュウマによって見せ付けられたあの瞬間でしか知らない。今、こうして見る限りでもレイジングボルケーノはまさにレイジングの流れを汲む格闘機体と考えて良いだろう。ならば彼の得意とする近距離に入らず、自分が得意とする中、遠距離から仕掛けるのが定石だろう。

 

「しゃらくせぇッ!」

 

 しかしレイジングボルケーノは距離を置いて回避に専念するよりもG-ブレイカーに接近することを選んだのだ。

 こちらの射撃攻撃に対して最低限の回避をしつつそれでも避けられないものに関しては腕部のドラゴンヘッドを盾代わりに弾きながら恐れ知らずに接近してきた。

 

「ちっ、相変わらず滅茶苦茶な奴だなっ!」

 

 どんどん距離を詰めてくるレイジングボルケーノに対してG-ブレイカーはすぐさま距離をとろうと飛び退くと同時にフォトン装甲からエネルギーをビーム化してレイジングボルケーノを狙うとすぐさまアサルトモードへ変化して高出力ビームを解き放つ。

 

 真っ直ぐ伸びた高出力ビームはレイジングボルケーノへ目掛け、やがて大爆発を起こす。

 果たしてどうなったか、アラタが油断なく様子を伺っていると……。

 

「クッ」

 

 何とレイジングボルケーノはいまだ健在であり、硝煙を突き抜けて殴りかかってきたではないか。

 すぐさま反応するが、まるで先程の爆発で更に加速をつけたかのようなレイジングボルケーノの勢いは凄まじく咄嗟にシールドを構えて受け止める。

 

「どうした、随分と鈍ったんじゃねえのか」

「調子に……っ」

 

 こうもあっという間に接近されたこともそうだがリュウマの成長はこの三日間のうちにかなり飛躍的に遂げたようだ。しかしだからといってこのまま言われるがままに終わるつもりはない。すぐさまシールドで払いのけ、高トルクモードを発現させる。

 

 振りかぶった一撃はレイジングボルケーノに放たれた。

 全てを裂くように放たれた鋭くも重い一撃は真っ直ぐとレイジングボルケーノに向かっていき──。

 

「っ!?」

 

 受け止められたのだ。

 

 本心からG-ブレイカーを誇るアラタからすれば高トルクモードの一撃を真正面から受け止められたのは衝撃以外の何物でもないだろう。しかし実際にレイジングボルケーノは健在であった。

 

 驚きはそれだけではない。

 

 レイジングボルケーノの各部の装甲が展開され、輝きを放つと紅蓮の龍はまさにその姿を表すかのような紅き輝きを纏ったではないか。

 

「覚醒……!?」

 

 リュウマの覚醒への驚きはアラタだけではなくそれを見ているユイ達をも驚かせていた。

 この三連休の間にリュウマになにがあったのかは分からない。しかし唯一、分かることはリュウマは確かに強くなったという明確な事実だろう。

 

「クッ!」

 

 真正面からレイジングボルケーノの輝きを受けていたアラタは目を逸らすように受け止められた腕を振りほどくとそのまま高トルクモードの蹴りを放とうとするが、身を逸らすことで容易く回避されてしまった。

 

「……そんなもんなのかよ。ソウマ・アラタ」

「なに……?」

 

 その後もG-ブレイカーの機能を活用するも覚醒状態のレイジングボルケーノには全く歯が立たず、見かねたリュウマの言葉にアラタは表情を険しくさせる。

 

「俺がこうやって強くなれたのはお前のお陰だ。お前がいたから燻ってた俺の心に火がついた。だから今度は俺がお前の心に火をつけてやるよッ!」

 

 次の瞬間、G-ブレイカーに衝撃が襲い掛かる。一瞬の出来事だったが、どうやらレイジングボルケーノに殴り飛ばされたようだ。体勢を立て直そうとするのも束の間、レイジングボルケーノは一気にG-ブレイカーとの距離を詰める。

 

「っ……。知ったような口を利いてッ!」

 

 バトルの状況は圧倒的に不利だ。しかしそれだけではなく、心さえもリュウマに追い詰められるかのようだ。だからこそそれを振り払おうと間近に迫るレイジングボルケーノに対してビームサーベルを引き抜いて突き刺そうとする。

 

「俺は見たまんまのお前しか知らねえよォッ!」

 

 対してレイジングボルケーノはその右手に液体金属を纏うことでビームサーベルを握り潰したのだ。

 

「俺が知ってるお前は自分大好きなお調子者で、だけどガンプラに対しては真っ直ぐでそれでいて人の心に寄り添うのが上手くて……ッ! でも最近のお前は薄っぺらい笑顔ばっか浮かべやがるッ!」

 

 纏まりもなくただただ思いついたままにアラタへの想いを吐き出すリュウマにアラタは息を呑む。レイジングボルケーノとG-ブレイカーの周囲に握り潰されたビームの粒子はまるで涙のように静かに宇宙空間を流れていた。

 

「お前はコウラの奴に“どうしようもない時は、助けを求めてくれれば良い”とか言ってたよな。それだけじゃねえ、お前が今まで誰かの為に言ってきた言葉……。その殆どはお前自身が言ってもらいたかった言葉じゃねえのかッ!?」

 

 苦しんでいる時、たった一つの言葉で背中を押される時がある。同じように苦しんでいる人がいるのであればその苦しみが分かるからこそその人に対して言葉が送ることが出来る。

 

「でもお前は変なところで不器用だからそれが出来やしねえ! お前に必要なのは本心を隠して薄っぺらい笑顔で取り繕うとする小賢しさじゃねえだろ!」

 

 だが言葉を送れても自分自身が出来るかどうかはまた別問題だ。

 過去を労わり未来へ繋ぐ。これはかつてアラタが口にしていた言葉だが、実際彼自身が過去を労わることが出来ていないのだ。

 

「俺、は……っ……!」

 

 レイジングボルケーノとG-ブレイカーのバトルは感情を押し出したバトルは苛烈さを増していく。リュウマに押されるアラタだが、それでも覚醒している相手を前にここまでバトルが出来ているのはやはり彼自身の実力によるものだろう。だからこそ彼は天才と自称しても、それが罷り通ってしまったのだが。

 

「俺は頭が良くねえ! でも俺はそれでも良い! 不完全だって構いやしねえ! お前が、サイド0がくれた強さがあるから俺は不完全のままだって前を向ける!」

 

 アラタは完璧なヒーローのような存在であろうとした。しかしそんな彼と出会い、交流を深めたリュウマは不完全であろうとそれを受け入れて前を向こうとすることで弱さを強さにしているのだ。

 

「お前に必要なのは差し伸べられた手を掴むことが出来る強さだろうがッ!」

 

 レイジングボルケーノ、そして何よりそれを操るリュウマの渾身の一撃が放たれる。シールドで受け止めようとするG-ブレイカーだがこれまでの戦闘によって消耗していたシールドはその一撃によって粉砕され、G-ブレイカーもまた大きく吹き飛ばされてしまった。

 

「しまっ……!?」

 

 だがここで大きな問題が発生した。

 姿勢の制御が利かずに吹き飛ばされた影響で地球の重力圏に捕まって大気圏へ墜ちていってしまったのだ。

 

「このままだと……っ!?」

 

 G-セルフをベースとして完成度を高めたG-ブレイカーならば大気圏の突入は難しいことではなかっただろう。

 しかしレイジングボルケーノによって消耗した機体、そして落下角度からしてもこのままではG-ブレイカーは燃え尽きてしまうだろう。

 

「俺はやっぱり……弱いままなのか……」

 

 誰かの背中に隠れてばかりだった幼い頃の自分。

 そんな自分と決別したいからこそ今の自分になった筈なのに、結局それもただの外面だけであり、今ではメッキのように剥がれてしまった。

 

「……っ」

 

 自分は弱いんだとそうやって諦めて目を瞑ろうとした時、モニターに一筋の流星が目に飛んできた。

 

 ──レイジングガンダムボルケーノ

 

 気高き猛る炎の紅蓮龍がそこにいたのだ。

 確実に自分を撃破する為なのか? 一瞬、そんな考えがアラタの脳裏を過ったが次の瞬間、彼は驚くことになる。

 

 何とレイジングボルケーノはG-ブレイカーに向かって手を伸ばしているではないか。

 そこには一切の敵意は感じない。レイジングボルケーノは、リュウマはただ真っ直ぐにG-ブレイカーを助けようと手を差し伸べているのだ。

 

「どう、し、て……」

「──つまんねえこと聞くなよ」

 

 レイジングボルケーノの行動の意図が読めずに戸惑っているとスピーカー越しにはどこか優しいリュウマの声が聞こえてきた。

 

「こんなことで終わらしたくねえんだよ。俺達はこれからも一緒に創造(ビルド)していくんだからよ」

 

 その瞬間、アラタの中で何かが破壊されるような感覚があった。

 そしてそれは同時に彼の中でまた新しい何かが創造される時でもあった。

 

「……最っ悪だ。こんなに無様なことなんて他にない」

 

 頬に熱いものが流れるなか、アラタはジョイスティックを手に取り……。

 

「でも……最っ高だ」

 

 レイジングボルケーノが伸ばした手をG-ブレイカーは確かに掴んだのだ。

 

 

 

 ──その時、地球を包むかのような光の翼が広がった。

 

 

 

 レイジングボルケーノの輝きがG-ブレイカーの中に流れて光を灯すかのようにG-ブレイカーは覚醒を果たしたのだ。そしてそのまま手をつかみ合った二機のガンダムの背中から覚醒の翼が広がり、お互いを優しく柔らかに包み込むと羽を撒き散らしながら地球に落ちていく。

 

「誰かの手を取るって……こんなに温かいんだ」

 

 一人で強くなる人間もいることだろう。しかしその者は結局、一人のままだ。

 例え弱くてもいい、無様でも構わない。誰かの手を取ることによって伝わる温もりに勝るものはないし、何よりこの温もりが自分を強くしてくれるのだ。

 

 アラタとリュウマがただ純粋にくしゃっと砕けたような笑みを浮かべるなか、タイムアップを迎えるのだった。

 

 ・・・

 

「……みんな、ごめん。俺、知ったような口を利いてたけど……本当は口だけの弱い人間なんだ」

 

 バトルを終えたアラタは改めて仲間達の前に立つと、彼女達に対して謝罪の言葉を口にする。

 

「……誰かの背中に隠れてた自分から決別したくて……でも結局、俺は弱いままだ。ただ演じてただけで変わることは出来なかった」

 

 改めて自分の口から己の弱さを打ち明けたアラタの肩が震える。

 今、自分の弱さを吐露したことで彼女達はなにを思うのだろうか。ただの中身が伴っていない空っぽな人間、といったところだろうか。

 

「……だけど、これまでみんなの話を聞いて……何よりリュウマの手を掴んで気付けたんだ。弱くたっていいって。完璧なヒーローなんて俺の中には必要ないんだって」

 

 今までずっと誰もが必要する存在、何よりも強い自分であろうとした。だが根本的に自分はそういう人間ではない。だからこそガタが来て、最後には脆くなった自分を曝け出してしまったのだろう。

 

「でも、俺はみんなと一緒にいたい。みんなと……これからを創造(ビルド)していきたい……。これからも一緒にいさせてくれないか……?」

 

 これまでマリカをはじめ、普段は聞けない仲間達の胸に秘めた想いを聞いてきた。その一つ一つが自分の中で根付き始めているのだ。そして何よりあの時、自分に手を差し伸べてくれた存在がいる。今、この場にいる以上に最高な仲間達はいないだろう。だからこそ自分はこれからも彼女達といたい。それが弱さを受け入れて向き合ったアラタの最初の想いだった。

 

「よく言ってくれたわね」

 

 ふとアラタの身体がふわりと抱きしめられる。

 視界には穢れなき白髪が流れるなか、耳元でレイナの声が聞こえてくる。

 

「……弱くたって良いの。だからこそ人は寄り添うことが出来るのですもの」

 

 全身にレイナから伝わる温もりが広がっていき、それがアラタの目頭を熱くしていく。

 それだけではない。レイナに抱きしめられながらもそこから見える仲間達はみんな、温かく笑顔を浮かべながら安心させるように頷いてくれているのだ。

 

「だからこそ……今度はアナタが過去を労わって未来へ繋げましょう。泣いたって良い、私達ならきっとそんな涙も癒える未来を作っていけるわ」

 

 身体が震え、嗚咽と共に涙が溢れていく。

 情けない、という人間もいるかもしれない。それでも今、流れ落ちる涙はこれまで自分の中に根付いていた負の感情をどんどん洗い出してくれているかのようだ。

 

「……ありが、とう」

 

 今まで感じたことのない温もりが全てを満たしていく。

 そんな温もりのなか、アラタはゆっくりと目を閉じるのであった。

 

 ・・・

 

「……最近、いつもみんなと一緒だったから、何だか二人でいるのも新鮮だね」

 

 それから数時間後、あれから皆で無邪気に盛り上がっているとすっかり日は落ちようとしていた。そんな茜色の帰り道をアラタとユイの二人は歩いていた。

 

「……私ね、本当は生徒会に対抗して、ここまでやれるって思ってなかった。最初はね、自分が負けた責任を取らなきゃって。このままじゃ私自身が前に進めないなって、それだけで……勝っても負けても悔いが残らないようにしようってそう考えてた」

 

 アラタが静かに耳を傾けるなか、静寂が支配された空間でユイは一人、その心中を明かし始めた。

 

「でも……そんなの自己満足だよね。みんなを巻き込んで、アラタ君に甘えて……。いつもお姉さんらしくって思ってたのにアラタ君には助けてもらってばっかり……」

 

 ふとユイは足を止め、アラタが振り返って見れば俯いた彼女の表情は暗かった。

 

「私……アラタ君に感謝してもしきれない……。でもそれ以上に申し訳ないんだ」

 

 結果として巻き込んで、リーダーとして今日まで駆け抜けてきたアラタ。劇的な快進撃を前に浮かれて、彼の心中を察することが出来ないでいた。

 

「本当に……ごめんなさい……」

 

 アラタはみんなといたいと言っていたが、本来ならば寧ろ自分がそこにいる資格などないだろう。そんな自責の念があるからこそ彼女は今にも泣き出しそうな顔をしているのだろう。

 

「……俺がユイ姉ちゃんの力になるって言ったあの時の気持ちは変わってないよ」

 

 だが、いやだからこそなのだろう。アラタはそっとユイを抱きしめたのだ。

 それは何よりリュウマやレイナをはじめとした仲間達が与えてくれた温もりを分けるかのように。

 

「……俺こそユイ姉ちゃんがいたから助かった。あの頃の俺が充実していたのはユイ姉ちゃんがいたからだ」

 

 アラタもユイがいたからこそ救われた。いつも背中に隠れるような気弱な子供だった。そんな気弱な子供の心を安心させられていたのは他ならぬユイなのだ。

 

「俺はもう本当の自分を隠して取り繕ったりしない。ありのままにユイ姉ちゃん……いや、それだけじゃない。大切な皆と創造(ビルド)していくよ」

 

 ユイから離れてくしゃっと砕けた笑みを見せるアラタ。それは向かい合うユイの目にはかつての幼い頃のアラタの笑顔が重なって見えた。

 

「……そこは嘘でも私だけとって言うのは我侭だよね」

「え?」

「……ううん。私もアラタ君の……いや、支えてくれる人達の力になるよ」

 

 どこか嬉しさと悶々とした想いが入り混じった複雑そうな表情でボソリと呟くユイに上手く聞き取れなかったアラタが首を傾げるが、彼女はにっこりと笑いながら心に宿った新たな決意を口にする。

 

「ねえ、久しぶりに二人だけでガンプラを組もうか」

「おっ、良いね。じゃあ早速、行きましょうか」

 

 若者は今を歩き始める。

 その過程でフラフラと揺らめくこともあるだろう。だがそれで良いのだ。どんな歩き方をしようと残せる道は一筋だけであり、揺らめいたからこそちゃんと持ち直すことも出来るのだから。

 

 ・・・

 

「……アラタ君、寝ちゃったの?」

 

 それからユイの家で無邪気にガンプラを組んでいた二人。気付けば時間も遅くなってしまい、熱中していた分、アラタは机に突っ伏して眠ってしまった。

 

「ホント、昔のままだなぁ」

 

 アラタが作成したのは所謂、初代ガンダムだ。

 ただ純粋にガンプラへの思いを込めて作られたガンダムはかつて感じたように温かかった。そんなガンダムを手に取りながら穏やかな様子で寝息を立てるアラタを見る。

 

「……今の君を見てるとどんなことも乗り越えられる。そんな気がするよ」

 

 穏やかに眠るアラタの頭を撫でながらユイは優しく微笑む。撫でられたアラタが気持ち良さそうに眠るなか、ブランケットをそっと包むようにかけるのであった。

 

 ・・・

 

 アラタは一人、真っ暗な空間にいた。

 これまでも何度か経験したことのある場所だ。そう感じるのは向かい合うようにして幼い頃の自分がいるからだろう。

 

「おかえり。もう大丈夫そうだね」

「……ああ。でも昔の俺にはもう戻れない。上っ面とはいえ、天才を名乗っていた俺も紛れもなくその場に存在したソウマ・アラタなんだ。……誰かの背中に隠れていた弱い自分も本当の自分を隠そうと仮面を被った弱い自分もそれを全部、受け入れて前に進むよ」

 

 かつての自分が穏やかな笑みを浮かべながらアラタを見つめるなか、彼はぎゅっと拳を握り締めて思いを馳せるように胸を叩く。

 

「行ってあげて。どうしようもない僕をよろしくね」

 

 そんなアラタにかつての自分は優しく微笑むと、幼い手の中にあった小さなガンダムに声をかける。

 それはこれまで何度も夢の中で見て来たG-ブレイカーによく似たガンダムだったのだ。

 幼いアラタの言葉に呼応するようにメインカメラを輝かせると光の球体に姿を変えて、アラタの胸の中に溶けるように入り込む。

 

「……っ」

 

 不思議と温かさを感じると共に真っ暗な空間は崩壊を始め、亀裂のようなものが入るとそこからは輝きが漏れ始める。

 

「今の君を呼んでいる。だからいってらっしゃい」

 

 やがてそれが頂点に達した時、真っ黒な空間は真っ白な空間になり、光のゲートのようなものが現れたではないか。幼いアラタはそのゲートを見つめながら激励を送るかのようにアラタの背中を押す。

 

「ああ、行くよ。これからも前を見て」

 

 幼き頃の自分に背中を押されたアラタは一度、振り返って優しく微笑むと光のゲートを真っ直ぐと見つめ、確かな一歩を踏み出して突き進み、この世界は視界すら遮るほどの圧倒的な輝きを放ち、崩壊するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ですが、今の私はあの時とは違う。昨日より今へ、今より明日へ。短時間でも私には紡いだものがありますから』

 

 

『ああ。俺達はそこで自分の可能性を見付けた』

 

 

『限界なんてない。お互いを知れば、知るほどそう思えた』

 

 

『一人じゃきっと出会えなかった温かさを得た。その温もりが何度もぶつかろうとする力になったんだ』

 

 

『その温もりを、希望を……消させるわけにはいかない。それを消そうとする絶望もここで希望に変える』

 

 

『それを今からアナタは身を持って知ることになるでしょう。我々が紡いだ力を』

 

 

『真っ白なほど輝かしい未来を掴めるだけの可能性をな』

 

 

『さあ、勝利を組み立てようか』

 

 

 

 

 ──それはうたかたの夢。

 

 

 

 ・・・

 

「うっ……うぅ」

 

 三連休から一週間が過ぎた。生徒会との緊張が日に日に高まるなか、窓から差し込む朝日を受けてアラタは目を覚ます。

 

「……やっと形になったな」

 

 徹夜でガンプラを仕上げていたのだろうか。

 彼の前にはガンプラがあり、まだ頭は覚醒し切れていないとはいえ、それを見つめるアラタの顔は満足そうだ。

 

「これからはみんなと未来を組み立てていきたい。だから改めてよろしくな」

 

 それは彼の愛機たるG-ブレイカーだった。

 しかしこれまでのG-ブレイカーとはその姿に差異があったのだ。それは彼が全てを受け入れて前に進んだように、G-ブレイカーもまた変化したかのようだ。

 

「G-ブレイカー……。いや、ν-ブレイカー」

 

 それは夢で見たG-ブレイカー。

 あの時、手が届かなかった翼は今、確かに自分のものとして目の前に存在するのだ。




これが今年最後の更新であり、第四章の最終話です。
いよいよ大詰めとなってまいりましたが、来年以降、拙作共々よろしくお願いいたします。それでは皆様、お体をご自愛しながら良いお年をお迎えください。

ガンプラ名 ν-ブレイカー
元にしたガンプラ G-セルフ パーフェクトパック

WEAPON ビームライフル(ストライクフリーダムガンダム)
WEAPON ビームサーベル
HEAD ガンダム試作一号機 ゼフィランサス
BODY ガンダムX
ARMS G-セルフ パーフェクトパック
LEGS インフィニットジャスティスガンダム
BACKPACK G-セルフ パーフェクトパック
SHIELD フォトン装甲シールド
ビルダーズパーツ 発光装甲×4(両肩両腰)
         GN粒子コンデンサー×2(両肩)
         片側アンテナ×2(頭部)
 
詳しい外観は活動報告にリンクがありますのでそちらを参照して下さい。


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20000UA記念小説
愛は想いの果てに


明けましておめでとうございます! 本年度も拙作共々よろしくお願いいたします!


『これからAIRBRUSH OF Zの部室でサイド0がバトルするから行ってみてっ♪』

 

 ──また来た。

 

 今し方、放送部が使用するパソコンに届いたメールを読んでそう思ったのは部長であるシャクノ・リンコだった。

 差出人はRECOCOと名乗る人物であり、サイド0が結成されてからというもの事あるごとにこの人物からサイド0が行うバトルに関する情報が突然、送られてくるのだ。

 当初はサイド0に所属する者が行っているのだと考えていたのだがそれにしても回りくどいし、そもそもこのメールが送られてくるのは生徒会管理外のサーバーからだ。

 

「この恨み、晴らさでおくべきかぁ~~っ!!」

「……晴らさなくて良いんじゃないですかね」

 

 結局、RECOCOなる人物が何者か分からぬまま指定された現場に足を運べば、今まさにバトルが行われようとする現場に出くわすのだ。それが役目というのもあり、自分達は流されるようにして実況を行ってしまう。

 

「さあ、勝利を組み立てようか」

 

 ……彼らサイド0に眩しさを感じながら。

 

 ・・・

 

「はぁっ……」

 

 窓から茜色の光が差し込むこの夕暮れ時の放送部でため息をついたのはリンコだった。普段から溌剌としている彼女だが今に限って言えば元気がないように思える。

 

「元気ないわね、リンコちゃん」

 

 そう言ってそっと両肩に手を添えられる。見上げるように後方を見ればそこにはこちらを見下ろして微笑むレイナの姿があった。第10ガンプラ部とこの放送部を掛け持ちしている彼女だが今日は放送部の手伝いをしているようで部室内にはリンコとレイナの二人しかいなかった。

 

「あぁいえ、別にこれといったことはないのですが……これまでのサイド0のバトルを振り返っていまして。レイナさんは親密な間柄だとお見受けしますが」

「そうね。仲良くさせてもらっているわ」

 

 すぐさまリンコはいつものように活気ある笑顔を見せながら自身のパソコンを指すと確かにそこにはこれまで放送部が校内に配信していたサイド0の数々のバトルの映像が流されていたのだ。

 

「純粋に凄いと思うわ。今では彼らの影響力だって生徒会は無視できないものにまで膨れ上がっている」

「そうですね。これもあの自らを天才と称するソウマ・アラタの才覚でしょうか」

「良くも悪くもそうでしょうね」

 

 ガンブレ学園において圧政を強いてきた生徒会だがサイド0の台頭によって今ではその喉元にまで迫られていると言っても過言ではないだろう。それもやはり転入生であり、サイド0のリーダーたるソウマ・アラタの才能によるものかと考えているのだがそれを聞いたレイナはどこか複雑そうな面持ちだ。

 

「……少しお話に付き合ってもらってもよろしいですか?」

「ガンブレ学園が誇る名実況者の話とあらば喜んで」

 

 二人だけの空間ということもあってか、普段の活発な放送部部長としての姿は鳴りを潜め、どこか陰を見せたリンコは視線を俯かせながらポツリと零すと、レイナはフッと微笑んでどこか気取った物言いで彼女の隣に腰掛ける。

 

「……時折、私は卑怯だなと……感じる時があるのです」

 

 卑怯……。リンコが自らをそう口にしたその言葉の意味に耳を傾けるようにレイナはチラリと彼女を見やる。

 

「ガンブレ学園はご存知の通り、弱肉強食の世界です。強者は栄光を掴み、敗者は土を噛み締める……。ですが放送部は……私は……そのどちらでもなく安全な場所から対岸の火事を眺めているだけなのです」

 

 バトルを実況するという立ち位置から放送部、特にその実況に一定の評価を持つリンコはバトルに限らずとも学園内においては強者にはなれずとも弱者になることはない。言ってしまえば明日は我が身かもしれないガンブレ学園のヒエラルキーにおいて彼女は既に安全圏を築いているといっても過言ではないだろう。

 

「バトルの数だけドラマがあります。私はバトルが得意ではありませんがそこで生まれるドラマの感動を広く伝えたいと思いプロの実況者になろうとガンブレ学園の門を潜りました」

「それでリンコちゃんは結果を残しているじゃない。少なくともリンコちゃんが言う安全な場所を作れたのは貴女自身の力よ」

 

 世界的に流行しているガンプラにおいてガンブレ学園はその道での就職先など多様に存在する。

 リンコもまた己の夢を抱いてガンブレ学園に入学したようなのだが、それを話すリンコの表情は暗い。しかしいくら彼女が自嘲しようともここまで来れたのは彼女の実力だ。その点は誇ってもいいはずだ。

 

「……ありがとうございます。でもサイド0の姿を見ているとそう感じずにいられません。私はこれまで多くの涙を見てきました。ですがサイド0はその涙に対して手を差し伸べられる。彼らは逆境にいるからこそ手を差し伸べることが出来るのです。ですが我が身を危険に晒さず安全な場所でのうのうとしている私には……そんな資格はない」

 

 逆境の中にいるサイド0と安全な場所から実況をする自分。彼らの活躍を目にすればするほどリンコ自身がそう感じてしまったのだろう。

 

「……私はね、今のガンブレ学園は大切な何かを失った人達が集まるのだと思うの」

 

 唇を噛み締めてギュッと俯くリンコに対して、今まで静かに彼女の話に耳を傾けていたレイナは静かに口を開く。

 

「それは人によって様々で取り戻すことが難しいものだってある……。今の私にリンコちゃんの気分を晴らすだけの言葉は見つからない。でも……例え幾ら自分を卑下しようとも自分にしか出来ないことはあると思うの」

 

 そう言ってレイナは静かに席を立つと、茜色の空が覗かせる窓辺にまで歩み寄る。

 

「リンコちゃんの実況は誰だって出来ることじゃない。確かにバトルの数だけドラマがある。でもそのドラマに彩りを与えられるのはリンコちゃんをはじめとした放送部だけよ」

 

 バトルに対してそれを見る者の胸をより熱く感動させる。それこそが実況だ。

 そしてその実況も誰だって出来ることではないのだ。

 

「リンコちゃんがいるからサイド0の活躍をより多くの生徒達の胸に響かせることが出来る……。貴女は胸を張っていいわ」

「……でも私がサイド0のバトルを知れているのは」

「例えなんであれ、足を運んで全力を尽くしているのはリンコちゃんよ。だから思い出して、アナタの夢を。そうすればきっと情熱だってもう一度燃え上がるわ」

 

 サイド0のバトルを知れているのはRECOCOと名乗る人物のお陰であり、自分ではない。

 しかしその情報を無碍にはせず、現場に向かって全力を尽くしているのはほかならぬリンコ率いる放送部であろう。その頑張りを知っているからこそレイナはリンコに対して激励を送る。

 

「……ありがとうございます。少しは楽になれた気がします」

「ガス抜きは必要よ。またいつでも付き合うわ」

 

 アイゼン・レイナ……。彼女が持つ包容力のお陰だろうか、自身の悩みを聞いてもらったからかリンコの表情は心なしか明るくなったように見えた。そんなリンコに対して窓辺に寄り添うレイナは微笑む。

 

「よぉーし! 明日からも頑張りますよーッ!」

 

 鬱憤を晴らすことが出来たのだろう。パチパチと頬を叩いたリンコはいつものように溌剌とした様子で天高く拳を突き上げる。そこにいるのは紛れもなくガンブレ学園を代表する実況者だ。

 

「あっ、一つ気になったことがあるのですがこの際、よろしいですか?」

「ええ、構わないわ」

 

 凝った身体を伸ばしながらこちらへ微笑んでくれるレイナに対して、ふと疑問に思ったことを問いかけようと顔を向けると彼女はコクリと頷いてくれた。

 

「レイナさんも……失った何かがあるのですか?」

 

 彼女は今の学園は大切な何かを失った者達が集まる場所を形容していた。

 もしもその言葉の通りなのであれば、彼女もまたなにかを失ったのだろうか。

 夕暮れの太陽が沈み、窓から強く目が眩むほどの茜色の光が差し込むなか、その光を背に受けた彼女はその言葉に僅かに息を呑むと……。

 

「──友達、かしら」

 

 そう語る彼女の表情を茜色の光が遮って、向かい合うリンコには見ることは叶わなかった。

 

 ・・・

 

「はぁっ……今日も遅くなっちゃったわね」

 

 夜道をため息混じりにぼやきながら歩くのはガンブレ学園で教鞭をとるアイダだった。

 今日の職務を終えたのだろう、顔には薄らと疲労の色が見て取れる。

 

(でも、アラタ君達も頑張ってるんだし、私もここでめげるわけにはいかないか)

 

 サイド0の活躍はアイダもよく知っている。だからこそこれくらいの疲労で根を上げていられない。あの若さで頑張ろうとしている彼らを想えばこれくらいヘッチャラというものだ。

 

「ごっめーん、遅くなっちゃったかしら?」

 

 漸く自身が暮らすマンションに到着したアイダは玄関の扉を開いて足を踏み入れていく。

 彼女の口ぶりから、どうやら一人暮らしではなさそうだが果たして誰に向けたものなのだろうか。

 

「あれ、いないの?」

 

 室内は真っ暗であり、証明をつけていくら周囲を見渡しても人の気配はない。

 同居人の姿が見えないことにアイダは眉を寄せながら心配そうに同居人の名を口にする。

 

「ルティナちゃん、どこにいったのかしら?」

 

 それはこの数日のうちに知り合った奇妙な同居人の名前。しかしこの場にはいないその人物の名はアイダしかいないこの部屋の中で静かに消えていくのであった。

 

 ・・・

 

「ふぅん、やっぱりこの世界で間違いないかなー」

 

 夜のガンブレ学園。都市開発の要だけあって警備もあるこの学園だがその放送部には全くの関係者でない人物の姿があった。その人物がいるのはリンコのパソコンの前であり、どうやらプロテクトも突破しているようでサイド0のバトルの映像を眺めていた。

 

「あはっ、心が弾むなぁ」

 

 金色の瞳を持つ少女は月光に照らされながら口角を吊り上げる。

 彼女の名はルティナ。近くには幾つかの未使用のインナーフレームが置かれるなか、映像内のG-ブレイカーを見てさながら獲物を前にした獰猛な獣のように舌なめずりをするのであった。




ルティナ

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第五章 さあ、勝利を組み立てようか
アラタの危機


(ねむっ……)

 

 三連休から既に一週間が経過した早朝。ガンブレ学園へ登校しようとする生徒達の中にはアラタの姿があった。今日はどうやら一人で登校しているようだが、そんな彼の姿は傍から見ても眠気に襲われているのだろうというのは簡単に見て取れた。

 

 というのもアラタは今日、己の新たなガンプラであるν-ブレイカーを徹夜で仕上げており、そのままの流れで登校したせいで眠気は既にピークを達しており、下手をすれば今にも倒れそうなほどだ。

 

(……今日はどんなことがあるかな)

 

 惚けた頭でガンブレ学園を捉えたアラタの口元に笑みが零れる。

 元はと言えば、自分の弱さが生み出した仮面を被っていたわけだが仲間達はそんな仮面を割り、共にいることを許してくれた。あの出来事があったからこそ今は弱い自分を素直に受け入れられるし、そんな自分も受け止めてくれる仲間達のことを想うと、今までよりもより一層、この心は温もりが溢れていく。

 

「……待っていたぞ、アラタ」

 

 今にして考えれば結局、自分が勝手にそうしていただけなのだ。

 きっと最初の時点で自分の弱さを曝け出せたとしても受け入れてくれたのではないだろうか。そう考えると自分の愚かさを呪いたくなる。

 

「……雰囲気が変わったな。三連休にでもなにかあったか?」

 

 だが今更、あの時あぁしていればと考えたところで仕方ないことだろう。

 今、考えるべきかは誇らしい仲間達とこれから何を創造(ビルド)していくかだ。

 

「……えっと……。お、おーい……?」

 

 その為には生徒会をどうするかだ。

 激突はもう避けられないだろう。だがしかしリュウマをはじめとした多くの仲間達から温もりを受けた今、ただ単純に倒せば良いと考えるのは違うようにも思える。戦うにしてもただ戦うのではない。生徒会に、ユウキに対して自分は──。

 

「無視するなぁっ!」

「スカイハィィッ!!?」

 

 ……と思考に耽っていると目の前に涙目のリョウコの姿が飛び込んできた。

 気付けばもうガンブレ学園の校門前であり、目の前にはリョウコ、そして同じようにこの校門を通るであろう他の生徒達からはまたやってるよとばかりの視線が突き刺さる。

 

「お、おはよう。どうしたのよ、リョウコちゃん。なんか可愛そうなことでもされた?」

「たった今な。全くお前は毎回毎回……」

 

 リョウコの存在に気付き、何故彼女が涙目を浮かべているのか尋ねてみればジトッと恨めしそうに見られてしまった。

 

「コホン……。生徒会傘下のチームを全て倒した話は聞いている。どうやらお前達の強さは本物だったようだな」

「ああ、最っ高のチームでしょ。ところでリョウコちゃんを見るにまた俺を待ってたようだけど、もしかしなくてもバトルルーム?」

「ああ、少し時間をくれないか。ひとつだけ確認しておきたいことがある」

 

 気を取り直すように咳払いをしたリョウコはこれまでのサイド0の活躍を振り返る。

 ショウゴ、サカキ、シロイ、そしてランキングバトルなど気付けば転入してから今日までの短い時間でかなり濃密な時間を過ごしたように思える。そんな日々を振り返りつつ以前もこうしてリョウコに声をかけられたことを思い出して話しかけるとどうやら目的はバトルだったようで頷いたリョウコのもと、二人はバトルルームへと向かう。

 

 ・・・

 

「お前達は確かにここまで勝ち続けてきた。それは紛れもなく、その強さの証明となる」

 

 かつての日と同じでバトルルームでリョウコが馴れた手つきでシミュレーターの設定を行うなか、これまでのサイド0の輝かしい戦績を振り返る。

 

「だが彼は……生徒会長は強い。あれに勝つにはその渇望に匹敵する何かがなくてはならない」

 

 リョウコはかつてユイと共にユウキとバトルをして、敗れた。

 彼の強さを身をもって知っているからこそこれから挑もうとするアラタにそれに見合うだけの何かがあることを知りたいと思ったのだろう。

 

「それがお前にあるかどうか……確かめさせてくれ」

 

 設定を終えたリョウコは神妙な顔つきでアラタへ向き直る。

 今更、彼の実力を疑うわけではない。だがそれだけではダメなのだ。そう考えたからこそアラタをわざわざこんな早朝から連れ出した。果たしてこれから彼はどれだけの姿を見せてくれるのか、期待感と共に彼を見れば……。

 

「バトルゥッバットル~♪ やっぱリョウコちゃんは最っっ高だなぁっ! ずっっっとバトルがしてみたいって思ってたんだよ! 俺のガンプラ、早く動かしてえぇぇえっ! フウウウゥゥッッッフウウウウウゥゥゥゥゥゥーーーーーゥウウッッッ!!!!!!!!」

 

 そこには頭を掻き毟って狂喜乱舞している変人の姿があった。

 彼は確かに仮面を被っていたが、どうやらこういうところは元々の地だったようではち切れんばかりの笑顔でバトルの時を待っていた。

 

「あ、あぁ……。よ、喜んでもらえて何よりだ……。じゃあ、早速……」

「バトルスタートだなっ!」

 

 分かっていたとはいえ、いつ見ても馴れないものだ。

 呼び出したのはリョウコの筈なのだがアラタの勢いにすっかりと圧されたまま二人はシミュレーターへ乗り込んでいく。

 

 ・・・

 

「最っ高だ」

 

 ガンプラバトルシミュレーターに乗り込んだアラタはν-ブレイカーをセットすると表示されたカタパルト画面を見て、出撃の時を今か今かと待ち構えていた。

 

「今の俺は逃げも隠れもしない。きっと今なら空より高く飛べるって思えるから」

 

 心臓の鼓動が早まり、自分が尋常でなく興奮しているのが感じ取れる。

 だがそれは仕方のないことだ。今まさにここにいるのはありのままのソウマ・アラタであり、これから共に駆け抜けようとしてくれるガンプラはそんな自分と飛ぶために新たな翼を手に入れた。それもこれも全ては最高の仲間達のお陰だ。

 

「最高がなにか証明しよう」

 

 最強かどうかに拘るつもりはもうない。今この瞬間、自分は最高を求めている。

 きっと今ならそれが何であるのかも分かる気がするから──。

 

「ソウマ・アラタ。ν-ブレイカー、行きますッッ!!」

 

 創造の翼は飛び立つ。

 ただ純粋に今、この瞬間を最高のものにするために。

 

 ・・・

 

「……さて、アラタは」

 

 リョウコとアラタ、二人が共に出撃したバトルの舞台となったのはいくつかのピラミットが点在する砂漠のステージであった。砂漠のステージで真っ先に考慮しなくてはいけないのはその不安定な足場であろう。

 早速、砂の大地に足を踏みしめたパルフェノワールを操るリョウコは足場に注意を払いつつ、僚機であるアラタの姿を探せば……──

 

 一陣の風が吹いた。

 

 見上げた先に映るのは光り輝く太陽の下を飛ぶ創造の翼。煌々とした輝きはビルダーが宿した温もりと希望を表すかのように各部のフォトン装甲を煌かせたν-ブレイカーの姿があった。

 

 そこからはあっという間と言っても良いだろう。元々の高性能を誇るG-ブレイカーを改良したガンプラであるν-ブレイカーの性能は目を見張るものがあり、バトルが開始されたと同時に出現したNPC機は瞬く間に殲滅されてしまった。

 

「自由、だな」

 

 何故そう感じてしまったのか。しかしν-ブレイカーのバトルを見れば見るほどそう感じずにはいられなかった。

 それはまさに枷を全て取り払ったかのように弾むようなリズムでフィールドを翔けるν-ブレイカーは何と無邪気に映ることか。

 

 だからこそなのかもしれない。

 そんなν-ブレイカーが、アラタがどこか羨ましかった。

 

「なにやってんだよ、リョウコちゃん」

「えっ!?」

「ボサッとしてるとやられちゃいますよ」

 

 飛び跳ねるようなν-ブレイカーの姿を目を細めて眩しそうに見つめていると通信越しにアラタの声が聞こえてきた。突然のことに身体を震わせていると既にフィールドにはボスキャラクターである翼竜を思わせる巨大MA・ハシュマルの姿を確認することが出来た。

 

「それともリョウコちゃんじゃあ、俺に付いて来る事は出来ないのかなぁ」

「ふっ、分かり易い挑発を」

 

 どこかわざとらしくからかってくるアラタにやがて自信に満ちた笑みを浮かべるとリョウコは視線を鋭くハシュマルを見据え、ジョイスティックを握り直す。

 

「この私を舐めてもらっては困るッ!」

 

 パルフェノワールのツインアイが力強く輝き、二つの腕部5連装メガ粒子砲を展開すると目まぐるしい動きでハシュマルへ向かい攻撃が開始される。それはまさに荒れ狂う嵐のようであり、一度でもこちらの動きを乱されれば全てを消し去られるかのような勢いだ。当然、巨躯を誇るハシュマルといえどその堅牢な装甲は瞬く間に損傷を与えられていく。

 

「さっすが、リョウコちゃんっ!」

 

 嵐を巻き起こすパルフェノワールの活躍に笑みを浮かべたアラタもまた攻勢に加わっていく。すぐさまν-ブレイカーをアサルトモードに変化させると二つのビームライフルを連結させて、三つの高出力ビームを解き放ち、ハシュマルに直撃を与えたと共にパルフェノワールの隣に降り立つ。

 

 怒涛の砲撃を受けたハシュマルはν-ブレイカー達からは姿が見えないほどの硝煙が上がっている。しかしその黒煙から獲物を貪るかのように無人随伴機であるプルーマが飛び出してくる。

 

「はっ──」

「ふっ──」

 

 しかしここにいるのはガンブレ学園でもトップクラスのビルダー達。ガンダムシリーズの知識のみならず、その実力は虚を衝くように飛び出してきたプルーマに対して瞬時にビームサーベルによる一太刀で切り捨てて見せたのだ。

 

「さあ、勝利を組み立てようか」

 

 頭の中に組み立て説明図のようなイメージが広がると人差し指で目尻の辺りをトンと軽く叩いたアラタは不敵な笑みを浮かべながらハシュマルに宣言する。

 そのまま更なる攻撃に打って出ようと接近する二機のガンダムに対してハシュマルは天高く飛び立つ。

 何とハシュマルは背部に備わる超硬ワイヤーブレードをさながら苛烈に降り注ぐ雨のように放ってきたではないか。

 

 だがν-ブレイカーもパルフェノワールも臆することなく突き進む。目の前に降り注ぐ攻撃がなんだ、そんなもので自分達を止められると思っているのかと言わんばかりに。

 

「これでどうだッ!」

 

 その声に高揚感を宿しながらパルフェノワールはハシュマルの懐に飛び込むと自身に備わる全ての武装を解き放って至近距離で大きな損傷を与え、ハシュマルの巨体を揺らがせることに成功する。

 

「……無茶してくれちゃって」

 

 だがそんなことをすれば当然、パルフェノワールも無事ではない。硝煙の中から傷ついたパルフェノワールの姿を確認しながらν-ブレイカーは大きく飛び立つ。

 

「けどそう簡単に俺達は止められないぜ」

 

 アラタ自身が感じている高揚感を表すようにν-ブレイカーが太陽にも負けぬ紅き輝きを纏う。

 それはまさに彼が新しい自分にへと覚醒したかのようにこの世界中のどこまでも広げるように輝く。

 

「止めれるもんなら止めてみなっ!!」

 

 高トルクモードと覚醒を併せた一撃がハシュマルの頭部に放たれる。

 無鉄砲なまでに今を全力で駆け抜けようとする若者の情熱と力強さを止める手段を待ち合わせぬ機械人形はナノラミネートアーマーごと制御中枢ユニットを粉砕されて砂漠の地に伏せるのであった。

 

 ・・・

 

「フウゥゥッフウウゥッ! 最っ高だぁ!」

 

 バトルを終えたアラタは興奮冷めやらぬ様子で楽しそうにシミュレーターから姿を現す。その姿はまさに幼子のようで後から出てきたリョウコもその姿に微笑む。

 

「お前は本当に楽しそうにバトルをするのだな! 成る程……。これがユイの……サイド0メンバーの原動力か。こんなに楽しそうにバトルするのなら……ああ、強いだろうな!」

「これも全部、仲間達のお陰だ。ありのままであれ。それで良いんだって分かったからさ」

 

 先程のアラタのバトルについて面白いものが見れたとばかりにどこか興奮気味に評価するリョウコに対して、アラタは無邪気にくしゃっとした笑みを浮かべながら三本指をくるりと回す。

 

「それにリョウコちゃんも楽しそうに見えたけど?」

 

 バトルをしてただ楽しかったのではない。

 共に出撃したリョウコと歓楽を味わうことが出来たからこそ、この高揚感は生まれている。それはきっとリョウコもだろう。何故、そう思えるのかは先程のバトルに熱中していたリョウコを見れば一目瞭然だ。

 

「……私が? 本当に?」

 

 しかしリョウコ自身、その自覚はなかったのだろう。訝しむように眉を顰めると自分でも先程のバトルを思い出したのだろう。やがてわなわなと顔を真っ赤にして慌てだす。

 

「ま、待てっ! 落ち着け……! それはちょっとした見間違いというかなんというか……っ!」

「落ち着くのはリョウコちゃんでしょ。とりあえず深呼吸でもしなさいな」

 

 別に楽しければそれでいいではないかと思ってしまうが、リョウコはそれについて認めようとはしない。

 そのことについて不可解に思えてしまうのだが、とりあえず彼女を宥めようと促せばリョウコは言われたままゆっくりと深呼吸する。

 

「……一応、言っておく。恐らく次のバトルの相手は私と副会長、そして会計であるアカリとなるだろう」

 

 深呼吸の甲斐あってか、落ち着きを取り戻したリョウコはいつもの神妙な面持ちで来るべき生徒会との対決について話し出す。

 

「副会長は現生徒会長に固執している。お前達が生徒会を倒そうとすれば必ず立ち塞がることになる。そして今の副会長とチームを組めるのは私とアカリを含めた限られた者だけだ。だから私は必ず戦うこととなる」

 

 確かにユウキと一緒にいるセナを見たことはあるが、自分を遠ざけるように彼に対して固執しているのは見て取れた。そしてそんなセナと組める者は数少ないという。だからこそどの道、サイド0はリョウコとは刃を交えねばならない。そう語るリョウコはどこかもの悲しげに視線を伏せる。

 

「だが手加減の必要はない。寧ろ全力で私とぶつかって欲しい。生徒会は……あまりに多くのモノから目を逸らしすぎた。私達が変わるにはもう全力で戦い、敗れる以外にない」

「……それで変われるの?」

「……分からない。だが……お前達なら変えてくれる。これまでお前達が打ち倒してきたチームのように」

 

 しかしバトルとなれば話は別だ。全力でぶつかって来いと話すリョウコに先程の面影はない。だからこそ本気なのだろう。その言葉にアラタは見定めるように彼女を見るが、リョウコは悲しげに首を振りながら、これまでサイドが打ち倒してきたチームを持ち出しながら答える。

 

「……なぜだろうな。そう、信じられるんだ。だから……頼む」

 

 リョウコはどこか苦しみから縋るような目でアラタを見つめる。

 その瞳はまさに重荷を背負い続けたせいで疲れきっているかのようだ。

 

「……お前には頼みごとばかりだな。では次は戦場で会おう、サイド0のリーダーよ」

「ああ、何であれ俺やユイ姉ちゃん達はまっすぐぶつかるよ」

 

 どこか自嘲気味に話しながらも表情を引き締め、ラプラスの盾のリーダーとして別れを告げるリョウコにアラタも重々しく頷き、踵を返し、バトルルームを後に……

 

「ちょっと待て。今なんて言った?」

 

 出来なかった。

 

「まっすぐぶつかる?」

「その前だ」

「俺やユイ姉ちゃん達?」

「ね、姉ちゃ……!? いつの間にそんな……っ!」

「いや、昔はそう呼んでたし……。まあ先輩呼びしてたけどさ。でも今は変に意地を張るのを止めたんだよ」

 

 後ろからアラタの肩をガッチリ掴んでくるリョウコだがどうやらユイへの呼称が衝撃的だったようでその度にミシミシと力が強まってくる。

 

「……しも……」

「え」

 

 なにやら嫌な予感がして肩越しに振り返れば、表情が隠れるほどだらりと前髪を垂らしたリョウコの姿が見える。しかし前髪の間から覗かせる瞳は妖しく輝き……──。

 

 ・・・

 

(アラタ君が昔みたいにユイ姉ちゃんって呼んでくれた~♪)

 

 一方、こちらはガンブレ学園の校舎内。三年生階へと続く廊下を鼻唄交じりに歩いているのはユイだ。

 どうやら仮面が外れ、昔のようにユイ姉ちゃんと呼んでくれるようになったアラタが凄く嬉しいようで傍から見ても幸せそうだ。

 

(お姉ちゃんって呼ばれる立場はイオリちゃん達にはない私だけのアドバンテージだからね。悪いけどここは最大限に利用させてもらって──)

「イイイイィィィィヤアアァァァァァァァァァァーーーーーーーアアッッッ!!!!!!?」

 

 姉のような存在は最近ではレイナなどライバルは増えてきたが、アラタからそう呼ばれるのは自分だけだ。これは大きな差でもあるはずだとギュッと握りこぶしを作り、意気揚々と歩くユイだが廊下の先から聞き馴染みのある悲鳴が聞こえる。

 

「あれ、アラタ君だ。もしかしてまたイオリちゃんに……」

「ま、まままま。待て、アラタぁっ!!」

「リョウコォッッ!?」

 

 廊下の先からはなにやら誰かから逃げているアラタが見える。またイオリチャンを呼び出してしまったのかと呆れていたら、その後を追っているのは何とリョウコではないか。

 

「私もお前のことはなんだかんだで弟のように気にかけているし、そう呼ばれてもおかしくはないと思うんだ! ひ、一言でもいいからリョウコ姉ちゃんと……っ!」

「なんでだよっ!? 誰だ、リョウコちゃんをこんな風におかしくしたのはぁっ!?」

「さ、先っちょだけでも良いぞ!」

「リョ!」

「あぁやっぱりちゃんと呼んでくれぇっ!! あ、待て。リョウコ姉と言うのも……」

 

 デジャヴというべきなのだろうか。

 いつぞやとは立場が逆になっている二人はそのまま学園の廊下を走り去っていく。

 

「えぇっ……」

 

 何事かと周囲の生徒達は噂するなか、アラタとリョウコの後姿を見ながらユイは頬を引き攣らせる。先程まで感じていたアドバンテージが崩れ行くのを感じながら……。



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決戦開始

「……生徒会から通達があったわ。私達との対決に応じるって」

 

 放課後、第08ガンプラ部はいつにも増して重苦しい空気に支配されていた。それはやはりたった今、ユイから放たれた言葉が原因であろう。

 

「本当、ですか?」

「生徒会長直々のものだから間違いないと思う」

 

 肌に刺さるような緊張感が襲うなか、イオリが静かに尋ねる。

 別にユイを疑うわけではないがあれだけ強大な存在であった生徒会からの通達ということもあってイオリも緊張しているようだ。しかしユイが受けた通達は事実のようで彼女は渡された書面を見せながら答える。確かにそこにはユウキによるサイド0とのバトルに応じるという旨のものが記されていた。

 

「みんな、ここまで一緒に歩んでくれて本当にありがとう……。私一人だったらきっと無理だったと思う。ここまで来れたのは皆がいてくれたお陰だよ」

「センチになってるところ悪いけど、フラグっぽくなるしそういうのまだ早いんじゃない?」

 

 改めてこの場にいるサイド0のメンバーを一人一人見ながら目尻に涙を浮かべて感傷的に感謝の言葉を口にするユイだが微笑を受かべたアラタが待ったをかけた。

 

「ユイ姉ちゃんの言う通り、確かに一人じゃ無理だったかもしれない。でもそれはここにいる全員が同じなんだ。リュウマ、委員長、マリカちゃん……そして俺も。誰だって一人で何でも出来るわけじゃない。一人だからこそ立ち止まって俯いてしまう」

 

 皆、それぞれが抱えているものがあった。それをお互いに隠そうとして、知られるのが怖くて……。そうやっていつの間にか歩みが遅くなってしまった。

 

「だけど俺達は一人じゃねえからここまで歩んでこれた」

「きっかけはユイ先輩ですよ。ユイ先輩が諦めないで弱者の味方であろうとしたから立ち上がるきっかけが出来たんです」

「……だからこそ私達もユイ先輩に感謝してるんです」

 

 アラタの言葉に続くようにリュウマ、イオリ、マリカも口々にアラタが転入する以前からも嘲笑されながらも一人で頑張り続けたユイへ感謝の言葉を口にする。

 

「だからこそ“ここまで”じゃなく“これから”も一緒に歩んで行こう。こんなイケてるチームなんざ他にない、だろ?」

 

 こうやって集まったサイド0の存在は奇跡といっても良い。だからこそここで終わらせるつもりはない。誇りであるチームだからこそ自分達はこれからも歩んでいくのだ。そんなアラタの言葉にユイは感極まった様子でうん!と大きく頷きながらにっこりと笑みを浮かべる。

 

「じゃあ生徒会とのバトルに備えようか! マリカちゃん、早速で悪いんだけど私達のガンプラのチェック、お願いしていいかな?」

「はい! 精一杯やらせていただきますっ!」

 

 どこか湿っぽくなった空気を直すように手をポンと叩いたユイは生徒会に備えようと早速、マリカに声をかける。

 自分達のガンプラに自信はあるが、それでも万全の状態にしておきたい。その為にはモデラーとして類稀なる実力を持つマリカにチェックしてもらった方が良いだろう。

 

「ユイ先輩、生徒会とのバトルまでに調整等の予定を組んでおきたいのですが」

「そうだね。やれることは全部やろう」

 

 泣いても笑っても一度きりだ。ここで負けたら恐らくチャンスはもうないだろう。だからこそ万全の状態で臨みたい。イオリの言葉に頷くとユイはそのまま彼女とプランニングに入る。

 

「入るぞ」

 

 俺達はどうするかとリュウマと目配せをしていると唐突に08部の扉が開く。誰かと思えば、そこにいたのはアールシュとレイナの二人だった。

 

「聞いたぞ。生徒会と雌雄を決する日が決まったらしいな」

「えっ、何でアールシュ君達が……」

 

 アールシュから話された内容は事実ではあるのだが、だとしても何故、知っているのか。アールシュ達の入室に気づき、ユイはそんな疑問を口にする。

 

「生徒会が各部を通して大々的に発表していたわ。そうすることで関心を煽り、逃げ道を塞ごうとしているのね」

「副会長辺りが考えそうなことですね。きっと次で我々を完全に潰す腹積もりなのでしょう」

 

 その疑問に答えたのはレイナだった。どうやらサイド0以外の部活にも連絡が渡っていたようでその事実にイオリは言葉の中に不快感を滲ませながら話す。

 

「なに、端からそんな道なんていらないさ」

 

 ユイ達もあまり良い心境ではないようだがそこに飄々と声をあげたのはアラタだった。

 その態度には余裕がある。だがそれは以前のような取り繕ったような余裕などではない。抱える重荷がないからこその余裕だ。

 

「俺達が創造(ビルド)する道はただ一つ。その歩みを止めようとする奴がいるのなら──」

「止めれるもんなら止めてみな、ですねっ」

 

 かつての陰を感じず、いつものように三本指をくるりと回すアラタの言葉を引き継ぐようにマリカはにっこりと笑みを浮かべながら答えるとアラタはその通りと愛でるようにマリカの頭を優しく撫でてはイオリに耳たぶを引っ張られる。

 

「みんな、いるーっ!?」

 

 見慣れた景色に笑い声が響いていると慌しくアールシュとレイナの間を掻き分けて入室してきたのはチナツとシオン、アヤだった。シオンが入室するや否や遠巻きに聞こえてくる臣民達の足音をシャットアウトするかのようにアヤはすぐさま戸を閉める。

 

「私達もその為に来たわ。アナタ達が創造しようとする道への一歩に背中を押すために」

 

 どうやらレイナを筆頭にここに集まった面々は皆、サイド0の支援をしようとしてくれているようだ。

 自分達は一人ではなくサイド0という仲間がいるのと同じようにサイド0もまた孤立無援というわけではないのだ。

 

「俺が用があるのはそこの男二人だ。ついて来い」

 

 チナツ達がそれぞれの得意分野で手助けしようとするなか、アールシュが声をかけたのはアラタとリュウマだった。彼は言葉短くそう言い残すとさっさと第08部の部室を後にし、レイナがクスリと笑ってその後を追うなかアラタとリュウマは顔を見合わせ、首を傾げつつも追いかける。

 

 ・・・

 

「貴様らは覚醒を物にした。だがその力の全てを使いこなせなければ意味がない」

 

 四人が移動したのは第10ガンプラ部の部室だった。アールシュが軽快にコンソールでガンプラバトルシミュレーターの設定を行うと背後で待たせているアラタとリュウマに向き直る。

 

「今から貴様等と一人ずつバトルをしていく。覚醒は切り札ともいえる力だ。だからこそただ勢いに任せるだけではなく、その能力を正確に把握する必要がある。特にお前だ、赤トカゲ」

「あぁ? 上等だ。やってやろうじゃねえか!」

 

 覚醒を我が物とする先達としてその力を手にしたばかりの彼らを鍛えようというのだろう。

 特に勢い任せに突っ走るリュウマに視線を向けると彼は挑発と受け取ったのか、勇んだ様子で腕をグルグル回しながら一足先にバトルシミュレーターに乗り込んで行く。

 

「……正しい道なぞ俺とて分からん。だが今、俺が進む道はこれで良いと信じている」

 

 リュウマにため息をつきつつシヴァキラナを取り出しながらアラタを真っ直ぐ見つめてそう言い残して彼もバトルシミュレーターへ向かっていく。

 傍若無人な振る舞いをしていてもその実、誰かを気にしていることが多かったアールシュ。今もまた彼は彼なりに自分達に寄り添おうとしているのだろう。

 

「……あんな言葉、少し前なら信じられなかったぐらいだわ」

 

 モニターではレイジングボルケーノとシヴァキラナのバトルが映し出されるなか、先程のアールシュが残した言葉についてレイナがポツリと触れる。

 

「彼はあくまで自分の為にこの学園に入学したというのは聞いたことがあるかしら。この学園に思うところはあっても自分の未来には関係ないものとして不可侵を貫いていた。だけど今ではあんな風に動いてくれる……。彼を変えたのはやはりアナタの影響なのね」

「俺は大層な人間じゃない」

 

 以前なら考えられなかったアールシュの行動の変化にそれがアラタの影響力の凄さなのだと語るレイナに本来の自分に仮面をしてひた隠しにしていたこともあり、アラタは自嘲的な笑みを浮かべる。

 

「……そうね。でも人が誰かに寄り添うのは内面の強さではないわ。そんなアナタの姿を見て、支えようと思った人間達がいるのは事実よ」

 

 かつてレイナがアラタに送った言葉を彷彿とさせる旨の内容を口にしながら彼女はそっと手を握る。

 手と手を繋ぐ……。たったそれだけの筈なのにどうしてこんなにも温かいのだろうか。

 

『折角、会えたんだ。そんなつまらない話をしないで、僕だけを見てくれ』

 

 このかけがえのない温もりを味わっていると不意に脳裏にかつてのユウキの姿が過ぎる。

 あの時はただただ反発してしまったが、記憶に残る彼の姿は今にも消え去りそうなほど儚げで哀しげだったのを覚えている。

 

「……寄り添う、か。きっとそれが本当にしなくちゃいけないことなんだろうな」

 

 何より自分自身が誰かに寄り添ってもらえる大切さを知ったからこそ今、これからすべきことも分かった気がする。その為には今よりきっと強くならなくてはいけないということも……。

 

「負けた気しかしねえ……」

「気ではなく事実、負けたのだ」

 

 そうこうしているとシミュレーターからリュウマとアールシュが現れた。がっくりと項垂れているリュウマの姿を見る限り、アールシュに徹底的なまでに打ちのめされてしまったようだ。

 

「さて、前座は終わりですかね」

 

 いって来るとレイナに告げて項垂れているリュウマの肩を労うようにポンと叩くと静かに燃える戦意を秘めた瞳でアールシュを見やる。

 

「倒すのではなく救う、か……。今ならあの時のアンタの言葉も分かる気がするよ」

 

 今のアラタには陰は感じない。ただ真っ直ぐに自分が成すべきと思ったことを行おうとしているのだ。そんなアラタの瞳に満足そうにアールシュは鼻を鳴らすと二人はシミュレーターへ乗り込んでいく。

 残された時間は少ない。だが、だからこそ彼らはその時の一分一秒すら惜しむかのように今、自分達が出来る最大限の事を行うのであった。

 

 ──そして遂に生徒会との決戦の日に臨むのであった。

 




アラタとレイナのキャラ絵を新規に描き直して差し替えました。

【挿絵表示】

【挿絵表示】


ガンプラ名 ガンダムシヴァキラナ
元にしたガンプラ ガンダムバエル

WEAPON GNソードライフルソードモード
WEAPON GNソードライフル
HEAD ガンダムバエル
BODY ガンダムバルバトスルプスレクス
ARMS ガンダムAGEⅡマグナム
LEGS ガンダムキマリスヴィダール
BACKPACK ストライクフリーダムガンダム
SHIELD シグルシールド
拡張装備 大型アンテナ(額)
     強化センサーユニット(額)
     スラスターユニット×2(脚部)
     ニークラッシャー×2(両膝)
     Cファンネルロング×2(両肩)

例によってリンクが活動報(ry


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正義と理想

「みんな、遂にこの日が来たわ。生徒会本部に乗り込む日が」

 

 いよいよ生徒会との決戦の日となった。

 今日という日の為にやれることは全てやってきたつもりだ。しかしだからといって何も思わないわけではなく、ユイ達の表情には薄らと緊張の色が見える。

 

「……絶対に勝ちましょう。ユイ先輩」

「もう……コソコソとガンプラを作りたくないです。完成したガンプラを取り上げられたくないです」

 

 だがそれ以上に絶対に勝つんだという想いがそれぞれの瞳には宿っている。

 想いを同じとするイオリはマリカの言葉にユイは強く頷く。

 

「その意気だよっ☆ それじゃあ、そのまま勝っちゃおーっ!」

「今のサイド0ならイケるって! ぜーったい勝てる! みんなのデコにアドバイスしたアタシを信じて!」

 

 決戦に臨もうとしているのはアラタ達だけではない。

 彼らを支えようと寄り添ってくれていたシオンやチナツ達もまたこの場に集っているのだ。

 

「祝勝会の準備してんだからおじゃんにすんじゃねえぞ」

「そっちこそ、みみっちいもん用意すんなよなっ」

 

 応援に駆けつけ、普段と変わらぬ態度で接してきてくれるマスミにリュウマも口角を吊り上げながら二人は拳同士を打ち合わせる。変わらぬ何気ない会話、今この瞬間においてどれだけ救われることだろう。

 

「今こそ友情・努力・勝利の時ですっ!」

「やるべきことはやった。今更振り返る必要もあるまい。だからこそ貴様等は前だけを見ていろ」

 

 時刻が刻一刻と迫るなか、アヤやアールシュなどそれぞれが激励の言葉を送り最後にレイナが一歩踏み出る。

 

「なにが待っていようと私達はいつでも受け止める……。だから……いってらっしゃい」

「ああ、いってくる」

 

 どんな結果になろうともアラタ達を待っていてくれる者達がいる。それこそ一人ではないのだと改めて実感できる。そんな想いを胸にアラタは頷くと周囲を見渡して……。

 

「さあ、勝利を組み立てようか」

 

 この場に集まった一人一人を改めてその瞳に焼き付けると三本指をクルリと回して堂々と言い放つ。今ならばきっと誰にも負ける気がしない。そんな想いを胸に秘めながら生徒会室へと向かうのであった。

 

 ・・・

 

「このホールを抜ければ生徒会室よ。ただ、一般の生徒が勝手に入れないように厳重なロックがかかっているはず……。生徒会室に入ることが出来るカードキーは生徒会役員にのみ与えられているから生徒会役員以外が入るのは難しいわ」

 

 ガンブレ学園の生徒達の様々な感情が籠もった視線を送られながらサイド0とその道を共に歩もうとする者達は生徒会室へと通ずるホールの前に到着した。かつて生徒会に所属していたということもあり、ユイは生徒会室の仕組みを説明する。

 

「──その通りだ」

 

 生徒会とのバトルをしに来たのだ。まずは生徒会室に入らねばなるまい。そうして生徒会室へと向かおうとした矢先、柱の陰から冷たい刃のような冷徹な声が響き、ユイ達を震わせる。

 

「ここから先は何人たりとも通さん。ここを通りたくば私達を倒していくが良い」

「それが出来れば、の話ですが。どちらにせよ、ここでどちらかが屈するのは事実です」

 

 そこから生徒会室への進行を阻むように現れたのはセナ、リョウコ、アカリの三人であった。

 リョウコ、そしてアカリもセナにも負けぬほどの冷徹さを見せながらその瞳を鋭く細めて、”敵”を見る。

 

「……どういうことですか、副会長。私達を潰す程度なら生徒会長が出てくる必要はない……。そういうことですか?」

「ユウキ……。生徒会長の考えは俺の及ぶところではない」

 

 サイド0に立ち塞がるのは紛れもなく生徒会に所属する者達だ。しかしその中で唯一、その長であるユウキの姿はない。恐らくはその先の生徒会室にいるのだろが、それにしてもこの後の及んでまだそのような態度を取るのかと不快感を露にするイオリにセナは視線を流しながらどこか複雑そうに答える。

 

「この争いをここで終わりにします。私は刃……。ただ切り伏せ、生徒会の天下無双を証明するだけです。それが……今の私に出来る唯一のことですから」

「俺も今出来ることをするだけだ。今出来ることは限られてるのかも知れねえ。けど俺達はその先にある明日って奴にいくらでも可能性を広げて見せる」

「……何故、今になって」

「あ?」

「こちらの話です」

 

 ただ生徒会に仇なす者を倒す……。その意志を瞳に宿しながらサイド0を見据えるアカリにリュウマも己の想いを口にする。そんなリュウマの姿を眩しそうに見つめながらポツリと零すも、すぐに意識を切り替え、生徒会会計としての役割を果たそうとする。

 

「今、ここにいるのは生徒会書記のオオトリ・リョウコだ。故に語るべき言葉はない。お前たちにこの学園を変える力があるか否か、確かめさせてもらおう」

「リョウコ……」

 

 一方、生徒会書記、そしてラプラスの盾のリーダーとしてこの場にいるリョウコはあくまで厳格な態度を見せる。その姿からはかつてアラタに全力でぶつかってくれと懇願してきた姿は重ならない。そんなリョウコにアラタは兎も角、ユイは複雑そうだ。

 

「……ユイ先輩、大丈夫ですか? お友達が相手で」

「大丈夫、とはいえない。でも負けない。負けられない」

 

 リョウコを前にして思うところがあるであろうユイに対してマリカは気遣おうとするも、ユイは心配は無用とばかりに気丈にリョウコを前にしてもまっすぐと見据える。

 

「ガンプラバトルで強い者こそ正義、弱い者は悪。ここでそれを証明してやろう」

「あぁそう……。でもそんなものは証明できないと思うけど」

 

 バトルへの火蓋を切るようにサイド0へ己のGBを取り出すセナだが、アラタはその言葉に興味がなさそうに前髪を弄っていた。そんなアラタに並び立つようにマリカとイオリが前に進み出る。

 

「わたしの知ってるガンプラバトルは……っ! 楽しくて、素敵で、格好良くて……っ……そういうものですっ!」

「ええ、生徒会の証明なんて違う……。違うとようやく本当の意味で気付けました」

 

 自他共に認めるほどの臆病ではあるものの、今この場においては違うのだと己の意志をハッキリと示すように気丈に話すマリカを支えるようにその肩に手を添えながらイオリもかつての自分を振り返りながら答える。

 

「だから切り開くよ。そういう明日を!」

 

 例え誰が立ち塞がろうとも決して臆することなくユイは叫ぶ。その姿にリョウコやアカリがどこか背けるように視線を伏せるなかサイド0の後ろから放送部が姿を現す。

 

「遂にやってきましたこの一戦! 怒涛無双の快進撃を続けるサイド0と副会長率いる精鋭部隊のバトルッ! この緊迫のバトルはワタクシ、シャクノ・リンコが放送部の独占生配信にてお送りします!」

 

 分かってはいたもののどこかリンコの登場に安心してしまう。彼女はいつもと変わらない振る舞いで殺伐とした空気を彼女のトークによって中和していくかのようだ。そんなリンコの姿に微笑みながらアラタもGBを取り出そうとするが……。

 

「待てよ」

 

 そう言ってアラタを制したのはリュウマであった。

 

「ここは俺達が行くぜ。生徒会長が引っ込んでるっつーなら、こっちもそうしようじゃねえか」

 

 そんなリュウマに並び立ったのはユイとイオリであった。

 このバトルはこの三人で臨もうとしているのだろう。

 

「だけど向こうとは明確に違うものがあるよ」

「あの人達の間からは温もりを感じない。でも私達は違うでしょ」

 

 3on3とはいえ、バトルをするつもりでいたアラタは驚いているとユイとイオリは安心させるかのように微笑む。その笑顔は見ているだけで温かく包んでくれるかのようだ。

 

「お前だけが戦ってるわけじゃねえ。だからここは俺達に任せろよ」

「……筋肉馬鹿のクセに最近はまともなことばっか言いやがる」

 

 ドンとアラタの胸を叩くリュウマにその言葉の意図を読み取ったアラタではあるが、どこか素直になれない部分があるのか、憎まれ口を吐く。

 

「じゃあ任せましょうか。大切な仲間達がそう言ってくれるんだから」

 

 だがそれぞれの顔をしかと見たアラタは三本指をクルリと回す。自分だけで抱え込むのではない。仲間を信じているから、だからこそいかに大事なバトルとはいえ任せることが出来るのだと。

 

「さあ、ガンブレ学園の行く末を決める対決の前哨戦となるこの戦い。果たしてどちらに軍配があがるのかァーッ! それではガンプラバトル、レディーーッ! ゴォーーーーッ!!!」

 

 それぞれがシミュレーターに乗り込み、準備を整える。モニターにはカタパルトが表示されるなか、リンコの実況がこのバトルを見つめる全ての者の関心を煽る。

 

「レイジングガンダムボルケーノ、出るぜ!」

「ガンダムリリィ、行きます!」

「ガンダムサファイア、出撃するわッ!」

 

 カタパルトを駆け、バトルフィールドへと飛び込む。長はおらず、連なる者達によるこの戦い。その激闘の火蓋は遂に切られるのであった。



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曇天を抜けて

 ガンブレ学園の行く末を決める前哨戦となる戦いが始まった。

 バトルのステージに選ばれたのは曇天から雨が絶え間なく降り注ぐ熱帯雨林地帯であった。

 

 周囲の木々に身を隠すように降り立ったレイジングボルケーノ、リリィ、サファイアの三機はすぐさま相手の出方を伺うように様子を見ようとした瞬間、彼らの周囲を全てを焼き尽くさんばかりの暴力的なビームの数々が降り注ぐ。

 

「秩序を乱す反乱分子め……。すぐに潰してやる」

 

 続いてドシリと鈍重な着地音を響かせて降り立ったのはセナのクリンゲ・ズール率いる生徒会精鋭チームだ。

 今の攻撃もクリンゲ・ズールによるものなのだろう。銃口から硝煙を漂わせながらセナは先程までレイジングボルケーノ達がいた燃え盛る木々を見つめながら嫌悪感を露に吐き捨てる。

 対してその背後に控えるリョウコとアカリの表情は芳しくない。いや彼女達も今の自分達の表情を自覚しているわけではないのだろう。それがどのような内容であれ、彼女達はあくまで生徒会に所属する者としての責務を果たそうとしている。だからこそこのバトルにおいて一切、手を抜くつもりもない。だがそれでもなにも思わないと言えば嘘にはなるのだろう。

 

「──ウオァラァッ!」

 

 そんなリョウコとアカリも驚愕で目を見開く。

 先程まで全てを蹂躙するかのように轟々と燃え盛っていた炎が突如として吹き飛んだのだ。

 その中心にいるのは両腕を大きく広げた紅蓮の龍の姿が。その背後には守られるようにリリィとサファイアの姿もあり、お互い健在なようだ。

 

「すぐに……なんだって?」

 

 煽るようなリュウマな物言いに舌打ちするセナだが、レイジングボルケーノの背後にいたリリィが飛び上がり、バスターライフルの引き金を引く。唸りを上げて突き進む一閃にクリンゲ・ズール達はすぐさま飛び退いて回避するが、そこに更に追い打ちをかけるようにサファイアによる射撃が放たれる。

 

 クリンゲ・ズール達に迫る無数のピーム。しかしそれらはクリンゲ・ズール達の直前で露のように消え去る。

 

 キラリと一筋の刃が煌めく。幾多のビームが泡粒のように霧散するなか、刀を払うように一振りした戦国エクシアは刀身を指先で軽く撫でて腰を落とすと……。

 

「ッ!」

 

 幾多の雨を裂き、閃光の如くレイジングボルケーノに迫る。

 その爆発的な速度に息を呑むも、既に戦国エクシアの刃はレイジングボルケーノの喉元を穿つように放たれていた。

 

「リュウマ!?」

 

 野性の勘とでもいうべきか、寸でのところで白羽取りの要領で刃を防いだレイジングボルケーノだが、戦国エクシアの勢いまでは防ぐことは叶わず、周囲の森林を巻き込んで後方にまで押し切られてしまう。

 

 イオリがすぐさま援護しようとビームライフルの銃口を戦国エクシアの背中に向けようとするのだが、その行動を遮るように左右からメガ粒子砲が放たれ、リリィとサファイアはすぐさま飛び退いて避ける。

 

「他人の心配をしている場合か?」

 

 パルフェノワールによる砲撃だ。

 展開した両腕が本体に戻るなか、リョウコはリリィとサファイアを鋭く見やる。その隣に立ったクリンゲ・ズールを操るセナはフンと鼻を鳴らし……。

 

「ソウマ・アラタを控えさせたことを後悔しているのではないか? 奴がいなければ烏合の衆でしかないからな」

 

 このバトルにそれぞれの長は参加してはいない。

 これまでのサイド0の活躍はアラタの存在をきっかけに驚異的な躍進を見せてきた。そんなアラタを抜きにしてこのバトルに臨んだユイ達を驕りであると嘲笑うかのようにシニカルな笑みを見せたセナはクリング・ゲールと共に一気に加速してリリィ達に迫る。

 

 並みのファイターではまず反応しきれないほどの速度を持って前腕部に備えられたビームサーベルを出力して襲い掛かる。前述のように並みのファイターであればこの時点で撃破されてしまうだろう。

 

 しかしそうはならない、そうはいかないのだ。

 

「……ほぉ」

「……その言葉、否定できなかったのは事実です」

 

 ここで今までサイド0を嘲笑っていたセナに初めて僅かに感心したような声が漏れる。

 モニターを見る彼の視線の先にはクリンゲ・ズールの一撃を己のビームサーベルで受け止めたサファイアの姿があるではないか。

 

「でも、今は否定できるッ!」

 

 間髪いれずリリィの拳が放たれ、クリンゲ・ズールは両腕を交差させるように防ぐも勢いに圧されてパルフェノワールの傍まで押し切られてしまう。

 

「アラタが進む後ろ姿に続くんじゃない。私達はアラタと肩を並べて進むッ!」

「私達はその為に強くなった! アラタ君を苦しませる為じゃない、心からくしゃって笑ってくれるためにも」

 

 アラタがいたから……。それを何よりも自覚しているのはユイ達だ。だからこそ彼女達は強くなろうとした。

 これ以上、アラタ一人に背負わせない為にも、幾多の道のりを経て、その重荷をサイド0として共に背負うことが出来たからこそ負けるわけにはいかない、弱いままではいけないのだ。

 

「フンッ、よくも青臭いセリフを恥ずかしげもなく言えるものだ。今に学園の物笑いの種にしてやる」

「……副会長、あまり侮るべきではないかと」

 

 ユイ達の意志を疎むように顔を顰めたセナはどこまでも彼女達を侮蔑する物言いをするのだが、一方でユイ達の姿をまるで眩しそうに見ていたリョウコは注意を払いつつジョイスティックを握り直すのであった。

 

 ・・・

 

「──何故、今になってッ!」

 

 轟くように周囲の森林を薙ぎ払いながら、その戦いは行われていた。

 一方は獄炎の紅蓮龍・レイジングボルケーノ、一方は蒼き鎧武者である戦国エクシアだ。

 

 今、攻勢に出ているのは戦国エクシアだ。

 研ぎ澄まされた剣技はまさに達人のようであり、これほどの激しい戦闘が行われてはいるものの戦国エクシアが切り裂いた障害物の類の全てが綺麗な切断面を見せている。そんな剣技をまさに野性の獣のように粗暴さで迎え撃つのはレイジングボルケーノであった。臀部に供えられたテイルブレードを駆使して獣のような荒々しさと予想もつかない動きで全て防ぎきっているのだ。

 

「っんだよ、今だ何だってッ!」

 

 戦闘の刹那に聞こえてくるアカリの言葉に要領を得ず、問うリュウマ。彼女はバトルの前も似たような趣旨の発言をしていた。一体、この発言にどのような意味があるというのだ。

 

 しかしリュウマの問いかけに答える者は誰もいない。

 その問いかけから返ってくるのはただ相手を傷つける鋭く冷たい刃だ。

 

「アナタの動きは……見えていますッ!」

 

 かつて静を体現したような戦い方をしていた戦国エクシアだが、今は違う。静から動へ。出し惜しみをしないとばかりにトランザムを発現させると紅き残光を走らせ、一気にレイジングボルケーノの背後に迫る。

 

「ッ!?」

 

 ここでレイジングボルケーノが背部に損傷を受けてしまった。

 続く追撃を回避して何とか一太刀だけで済ませるものの、その一太刀による損傷は大きくすぐに追いつかれて掌底打ちを受けて、雨に濡れた泥道を削って吹き飛ばされてしまう。

 

「……もっと早くアナタ達と……アナタと知り合えていたら」

 

 まるで涙のように降り注ぐ雨道を通ってレイジングボルケーノの元に向かう戦国エクシア。それを操るアカリの表情は垂れた前髪からは伺うことが出来ない。しかしその柔らかな唇から漏れ聞こえたのは酷く哀しげな声だった。

 

「ですが……もうどうにもなりません……。信念も折れ、ただの刃に成り下がる道を受け入れてしまった今の私には」

 

 このままではいけないとかつては思った。

 しかし生徒会は自分の想像よりあまりにも大きな存在だった。真正面から挑んでも結果は明白……。ならばせめて内側から変えてやると意気込んで生徒会への道を進んだというのに何の結果も残せぬまま生徒会という存在に飲まれてしまった。

 

 かつての気高い志は露のように消え、残ったのは自分への嫌悪と受け入れてしまった現状。

 もしももっと早く、サイド0に、リュウマと出会えていたのなら果たしてどうなっていたのだろうか。そんな考えても仕方のないことだと分かっていながらも頭から消えない問答を繰り返しながらアカリはレイジンゴブルケーノに刃を振り下ろす……。

 

「……ゴチャゴチャうるせえな」

 

 だがその刃を持つ腕を受け止められたではないか。

 それに気付いたアカリが見下ろせばそこには膝立ちのまま防ぐレイジングボルケーノの姿があった。

 

「だぁーっ! まどろっこしいんだよッ! 小難しい言葉を使ってれば頭良いと思いやがってェッ」

 

 いい加減、耐え切れず爆発したかのようなリュウマの声が響き渡る。

 驚いた戦国エクシアが距離をとろうとするが、レイジングボルケーノが掴む腕からは逃れられず、ならばと膝蹴りを放とうとするのだがすぐさま空いた腕で払われる。

 

「あーだこーだ言ってねえでお前はどうしたいんだよッ!」

「……それを口にしたところで何も変わりません。アナタが馬鹿であるということも」

「せめて筋肉つけろってんだよォッ」

 

 面倒臭そうに本題を聞き出すような問いかけをするリュウマに我に返ったアカリは嘆息するが、最後の言葉にリュウマは律儀に反応してしまう。

 

「大体、何も変わらねえだぁ? そりゃあ悟ったような面してる奴じゃあ何も変わらねえだろうよッ!」

「……ですが事実です。私は生徒会のミツルギ・アカリ……。もう今更、どうしようもない」

「どうしようもねえんじゃねえだろッ!」

 

 両機が間近であるなか、声を張り上げるリュウマに諦めを表すように視線を流すアカリだが、リュウマの言葉にピクリと震える。、

 

「お前はもう変われねえって決め付けてどうして良いか分からねえから諦めただけだ! いくら澄ました顔してようがなあ、お前だって俺達と同じなんだよッ!」

「アナタ達と……?」

「俺達だってそうだ! 一人だって思ってる時はどうして良いか分からなかった。でも近くにいる誰かがいたからどうすれば良いのか……どうしたいのかが分かったんだ!」

 

 かつて一人の少女がリュウマのことを強い存在であると評した。

 しかし直後に彼はそれを否定したのだ。それは何より彼自身が自分という存在を理解しているから。

 

「俺に手を伸ばしてくれたヒーローがいる! アイツに出会えたから俺は強くなれた! アイツのお陰で俺の世界が色づいたんだ! 何が正しいかどうかなんて俺には分かりやしねぇ! けどな、アイツが負った傷さえ癒えるような世界を俺は作りてぇ! それが俺の答えだ!」

 

 リュウマの言葉に熱が籠もっていくのと共にレイジングボルケーノも呼応するように紅き輝きを纏う。それはまさに暗闇に光を灯す気高き輝きであった。

 

 この光を、強さを与えてくれたのはあの日、自分に手を伸ばしてくれた彼がいたから。未練を残したままガンプラから離れようとする自分を鼓舞し、信じてくれた彼がいるから今、自分はここにいる。人知れず傷を負い続けた彼の傷が癒えるような優しい世界を創造する為に自分は戦うのだ。

 

「生徒会が何を壊そうが、俺の……俺達の心までは壊されやしねえェッ!」

 

 覚醒の輝きに息を呑んだアカリはすぐさま距離を取ろうとするもレイジングボルケーノは戦国エクシアを竜巻の如く空高く投げ飛ばしたではないか。

 

 すぐに姿勢を立て直そうとするのだが、さながら昇り龍のように一筋の閃光となったレイジングボルケーノの突進を受けて、更に空へ突き進む。

 

「これ、は……っ」

 

 やがて曇天の雨雲を越えた先にあったのは燦々と輝く太陽だった。

 今、自分がいるのは遥か雲の上、そこはまさに穢れなき空が広がる美しき世界だった。

 

 そんなアカリも戦国エクシアのアラートに我に返る。

 レイジングボルケーノの反応があったのだ。

 

「っ……」

 

 レイジングボルケーノはもう周囲にはいない。一体、どこにいるのか、アカリは周囲を見渡していると不意に天から陰が差した。咆哮は太陽であり、見上げた先には太陽を背にする気高き紅蓮龍の姿があるではないか。

 

「この心がある限り……負ける気がしねえッ!」

 

 レイジングボルケーノの装甲が展開されると同時に覚醒の輝きはまるで翼のように広がっていく。

 右手に液体金属を纏ったレイジングボルケーノはただ一直線に戦国エクシアへ向かう。何にも囚われることなく、ただ真っ直ぐ前だけを見て。

 

 戦国エクシアも何とか対抗しようと刀を構えて穿つように放つ。

 しかし心のどこか迷いのある刃では吠え猛る紅蓮龍に傷を負わせることすら叶わず、刀ごと粉砕されて胸部を貫かれる。

 

「……生徒会のミツルギ・アカリの戦いは終わりだ。もう義務も何もねえ筈だ。だから……もう一度、聞くぜ……。お前は……どうしたい?」

 

 レイジングボルケーノと戦国エクシアとの間に穏やかな時間が流れる。生徒会の一員として戦ったミツルギ・アカリはその役目を終えた。

 

 今ここにいるのは一人の年頃の少女なのだ。

 不意にアカリの頬に熱い涙が流れるのを感じた。まるで今まで塞き止めたものが決壊して止め処なく溢れてしまうかのように。

 

 リュウマの問いかけに対して彼女の脳裏に浮かんだのはかつてのリュウマの私室で二人きりで過ごすミツルとリュウマの姿。あの時の自分は心から笑い、何より温もりに包まれていた。

 

「わたし、はっ……」

 

 こちらを見つめるレイジングボルケーノの姿は不思議と優しく感じた。それが何故なのかは分からない。しかし目の前の紅蓮龍を操るであろう青年に想いを馳せるように手を伸ばすと戦国エクシアは大爆発を起こす。後に残ったのは太陽を背に輝きを失わぬ紅蓮龍だけであった。

 

 ・・・

 

「ミツルギがやられた……? 無様な」

 

 戦国エクシアの撃破はセナ達のもとにも届いていた。侮蔑するサイド0を相手に敗北を喫したアカリに対して吐き捨てるような物言いをするセナだが、その言葉を糾弾するかのように鋭い刃が走る。

 

「生徒会長の考えは副会長の及ぶ所ではない……。確かにそうやって人を見下してばかりのアナタなら……生徒会長どころか誰の心だって分からないでしょうね」

「なにっ!?」

 

 そこには中破まで追いやられているサファイアの姿が。しかしビルダーであるイオリの目にはいまだ衰えぬ戦意がギラギラと輝いていた、諦めを感じさせないその姿勢だけでもセナからすれば目障りでしかないというのにその言葉はセナの怒りを誘うには十分だった。

 

「ソロモンの魔女として暴虐を尽くしていた貴様が人の心を語るなど笑わせるなっ!」

「確かにその通りです。その名前は私の一生に付いてまわることでしょう」

 

 クリンゲ・ズールとサファイアの剣戟は鋭く激しく。だがそんな中でもサファイアの攻撃は着実にクリンゲ・ズールの装甲を削っていく。

 

「それでも私はこの名を背負い、向き合い続けます! 過去と向き合う痛み、誰かを傷つけてしまった痛み……。痛みが何であるか理解しているからこそ、私は誰かの心に寄り添いたいッ! それがソロモンの魔女であった私と、サイド0の一員である私が辿りついた答えですッ!」

 

 遂にはサファイアの一撃がクリンゲ・ズールを押し切ったではないか。姿勢を崩したところに更なる追撃がその装甲を裂く。

 

「アナタは確かに強い……。でも、それだけです。それだけでは強さを求めるだけの魔女と同じなんです。それに気付けないアナタに……私は負けない」

「……ふざけるな。俺が負けると言うのか? そんなことはありえない……。ありえないんだ! 生徒会長と……ユウキと共にある為には強くあらねば──!」

 

 何とか体勢を立て直し、対峙するクリンゲ・ズールとサファイア。イオリの言葉の一つ一つに動揺するセナはこれ以上、自分の心を乱す元凶を消し去りたいという想いを表したようにサファイアに突撃する。

 

「俺に……何の価値が……」

 

 両機はすれ違う。静寂が支配し、ただ雨音だけが響き渡るなか、クリンゲ・ズールは完全に崩れ、その機能を停止する。その刹那、聞こえてきたのは闇の中に放逐されたような絶望に溢れる言葉だった。

 

「……このバトルに負けた程度でアナタの価値が決まるわけないでしょう」

 

 機能を停止したクリンゲ・ズールの虚しき姿を見つめながら、イオリは静かに零す。

 その言葉はどこまでも穏やかで柔らかく、優しいものであった。

 

 ・・・

 

「リョウコはやっぱり強いねッ!」

 

 アカリ、そしてセナまでもが撃破され、これを見守る生徒達を賑わせるなか、最後の一機となったパルフェノワールと交戦しているのはリリィであった。両者の実力はほぼ拮抗し、その美しい機体も無残な損傷の跡が目立つなか、弾んだようなユイの声が響く。

 

「でもね、リョウコと離れたこの一年……。私も強くなったんだよッ!」

 

 バスターライフルとメガ粒子砲が飛び交うなか、溌剌としたユイと共にリリィはパルフェノワールに近接戦闘を仕掛け、両機は激しい格闘戦へと発展していく。

 

「何故、そんなにまで楽しそうなんだっ!? もうこの場の敵は私しかいないという余裕か!?」

 

 そのあまりにも場違いなユイの態度に眉を顰めたリョウコは不可解そうに声を張り上げる。

 しかしその問いかけを投げかけたリョウコでさえその言葉が間違っているのは分かっていた。ユイはそのような人間ではない。それは分かっている……。分かっていてもユイが何故、このような態度をとっているのかが分からなかったのだ。

 

「……確かに緊張感に欠けるかもしれないね。私もバトルをするまでは正直、不安に潰されそうだった。でも……今はそんなことどうでもよくなったの!」

「だから何故!?」

 

 リリィとパルフェノワールの拳が打ち合い、周囲に衝撃を与えて木々をざわめかせるなか、ユイの言葉が理解できないリョウコはどこか悲痛さを感じさせながら叫ぶ。

 

「リョウコとバトルをするのが楽しいからだよ!」

「なに……?」

 

 だが、その理由はあまりにも単純だった。どこか肩透かしを受けたように間の抜けたような声を漏らすリョウコ。しかし先程のユイを振り返ってもそれが冗談の類であるとは思えない。彼女は本当にそう思っているのだ。

 

「リョウコとこうやって直接、バトルをするのは一年ぶりだよね? この一年、お互い別々の道を進んだけど、それでも私が知っているリョウコよりも遥かに強くなってる! そんなリョウコとバトルが出来てるのが凄く嬉しくて楽しいのっ!」

 

 以前、リョウコとバトルをしていた時も彼女はアラタと戦闘をしており、ユイが絡むことはなかった。しかし今、こうしてリョウコとバトルをすることによって彼女の強さを肌に感じて、その実力に驚くと同時に感激しているのだ。

 

「ガンプラバトルってやっぱりこういうものだよ! 強いから正義、弱いから悪とかじゃない。楽しむことが一番なんだよ!」

 

 ユイの言葉が紡がれ、リリィの攻勢が強まる度にパルフェノワールの動きが段々と鈍くなっていく。それは枷がないから自由に動き回れるのに対して、自分自身に枷をかけてしまったから鈍重になってしまったかのように。

 

「それがお前達の原動力であることは分かっている……。しかし……ここまでのものかッ」

「サイド0だけじゃないよ。それはきっとガンプラビルダー全員のもの……。それはリョウコだってそう」

 

 遂にはリリィの一撃がパルフェノワールを跪かせたのだ。

 以前、アラタと共にミッションをしたが、肩を並べるのではなく対峙すればこれほどまでに強敵となるのだ。そのことを改めて実感するリョウコだが、ユイの言葉にピクリと反応する。

 

「だからね……。私達は勝つよ。みんなが当たり前のことを当たり前に楽しめるようにッ!」

「……ならば、この盾を越えて行けッ!」

 

 ユイの決意はもう問わずとも分かる。ならば後は決着をつけるだけだ。手を抜くつもりはない。お互いに全力で次の一撃に全てを込めるだけだ。

 リリィとパルフェノワールは同時に地面を駆ける。それはまさに全身全霊。二人の少女の叫び声が重なるなか、二つの拳が放たれる。

 

 

 

 

 

「……やはり……お前は強いな」

 

 

 

 

 静寂が全てを包む。誰もが固唾を呑んで見守るなか、リリィの渾身の一撃を受けたのを確認しながら、自分の拳が届かなかったことに無念さや悔しさを感じさせながらも、どこか穏やかに呟いたリョウコと共にパルフェノワールは崩れ落ち、勝利を手にしたユイ達を祝福するかのように青空が広がっていくのであった。




バレンタイン絵
イチカ

【挿絵表示】


イチカ「きょ、今日……バレンタイン……って……。だ、だから……っ!」

通りすがりのペチャパイ「どうしたの、あれ?」
通りすがりの双子の妹「ホワイトデーに向けての先行投資だって意気込んでチョコを渡そうとしたけどコミュ障だから悶々としてるって感じ」

以前より、オリキャラの募集について感想などで触れられていましたが、そろそろ企画を動かそうと思っております。詳しくは活動報告まで


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新しい絆

「馬鹿な……。貴様らなど足元にも及ばなかった筈……! この短期間のうちに何を!?」

 

 バトルを終えたサイド0と生徒会精鋭チーム。誰も欠けることなく勝利を収めたサイド0にガンブレ学園中が騒然とするなか、シミュレーターから出てきたセナはこの現実を受け入れられず、普段の鉄仮面が崩れるほどの驚愕ぶりを見せていた。

 

「確かに私達一人一人は小さな力かもしれない。この学園で何度も聞いてきた絶対的な強さはないかもしれない。でもね、私達には仲間がいる。信じて……背中を預けられる戦友が」

 

 そんなセナの疑問に答えるように話しかけたのはユイだった。

 サイド0は勿論、第10ガンプラ部など寄り添ってくれた人々をその脳裏に過ぎらせながらユイは柔らかな面持ちで答える。

 

「アナタ達はどう? 一緒に戦った仲間を、隣にいる誰かを本当に信頼できてる?」

「──仲間と信頼し合うこと……。それがお前達の強さか」

 

 ユイの問いかけに対して生徒会で頷ける者は誰一人いなかった。視線を俯かせるセナやアカリの横でただ一人、サイド0を眩しそうに見つめながら口を開いたのはリョウコだった。

 

「信じているからこそ任せるべきを任せられる。ありのままの自分を受け止めてくれる──。それが実力以上の力に繋がる」

「そう、それがサイド0のチームワークよ。ね、アラタ君」

 

 バトル前にアラタがリュウマ達に任せて参加しなかった姿を思い出しながらサイド0のその強さの源が何であるのかを理解したリョウコに頷きながらユイはアラタを見やる。

 

「楽しむことがサイド0の原動力……。確かリョウコちゃんはそう言ってたよな。でもそれは一人だと感じられない。信じられる人がいるからこそ心から楽しいって思えるんだ」

「仲間を信じたからこそ、か……。私には出来なかったことだ」

 

 いつもの態度で三本指をクルリと回してウインクするアラタに対して、その言葉が胸に刺さったのだろう。

 かつてユイと袂を分かった日のことを思い出しながら、リョウコの表情は暗いものになっていく。

 

「せめて少しでも良い方向にと思い、生徒会に残ったが……私では、なにも変えられなかった……」

「オオトリ、さん……」

 

 初めて明かされるリョウコが生徒会に身を置く理由……。彼女が圧政を好むような人間ではないことは分かっていたが、その理由にアカリは複雑そうな面持ちを見せる。彼女もまた自分と同じように生徒会を変えようと考えていたが、結局、その成果も出せぬまま呑まれて今に至ってしまったようだ。

 

「ユイ。私はあの時、当時の生徒会長やお前を信じられなかった……。最後までお前を……仲間を信じてついて行くべきだったんだ。……すまなかったな」

「ううん、私こそ……もっとリョウコに向き合うべきだった……っ!」

 

 話せば話すほど振り絞るようにリョウコの声は震えていき、謝罪の言葉を口にする今でも崩れ去りそうなほどになっていく。そんなリョウコに首を振りながらも感極まった様子のユイは遂に我慢できずにリョウコに飛び込むように抱きつく。

 

「私のほうこそごめん……っ。あなたの学園を想う気持ちに気付いてあげられなくて……。リョウコも頑張ってたんだよね……っ! 私ね、リョウコ……。また一緒にガンプラバトルしたいよ!」

 

 背中に手を回し、リョウコに身を預けながら己の想いを吐露するユイ。

 やはり親友であったこともあってか、頬を伝う涙は止め処なく溢れていた。

 

「そうだな、私もだ……っ!」

 

 そしてまた呼応するようにリョウコも自身の想いを明かす。これまで何度も楽しいと思えるときはあった。しかし生徒会の一員としてその気持ちに常に蓋をしてきたのだ。

 

「信頼……。仲間を想う気持ちだと……!? そんなもので強くなれるのなら俺はっ……! ユウキは……ッ!」

「……副会長、彼らに託してみるのはどうだろうか?」

 

 そんなユイとリョウコの姿を唯一、受け入れなれずにいるのはセナだった。彼もまたユウキと共にあろうとする人間だ。しかしいつだってユウキから信頼されているなどど感じたことはなかった。だからこそせめて強者であろうとしたのだ。そんなセナに対して、その呪縛から解放するように声をかけたのは他ならぬリョウコであった。

 

「彼らならば生徒会長の渇望を救えるかもしれない。少なくとも私はその可能性があると思う」

「……私もそう思います。きっとこの学園は強者の意味を履き違えているのです。会長様が求める強者などではなく、会長様に必要な強者とはきっと……サイド0のことなのでしょう」

 

 リョウコの言葉に続いたのはアカリであった。サイド0と真正面からぶつかったからこそ強さとは何か、そしてユウキに必要なのが誰なのかを理解したのだろう。

 

「って言うかさ、前々から思ってたけど強者だ弱者だ正義だ悪だってそもそもおかしくない? ガンプラバトルは……ガンプラは元々、趣味として楽しむものでしょ? 何でそんな面倒臭い考え方をするんだよ」

「楽しむ……?」

 

 リョウコとアカリの説得を受けたセナも葛藤があるのだろう。

 暫らく視線を彷徨わせているとやがて面倒になったのか、頭をポリポリ掻きながらそもそものガンプラについて語るアラタにセナは目を見開く。

 

「……そうだな。ユウキと二人でバトルをしていた時は……確かに楽しかった。だがもう……あの頃には戻れない。俺では……アイツの高みには届かない」

「なら生徒会長に思い出させて見せます」

 

 セナも元々、一人のガンプラビルダーとして楽しんでいたのだろう。

 だがいつからかその想いは薄れ、ただただユウキを満足させる為に動いていた。そんなセナにイオリが申し出る。

 

「誰でも、変わることが出来るはずです。私の……私達のようにきっと!」

 

 サイド0もまたそれぞれが変わることが出来た。

 かつてのままでいる者など一人もいないのだ。それを分かっているからこそイオリは高らかに話す。

 

「……ならその夢物語に賭けて見よう。悔しいが貴様らの強さは本物だ。ならばその言葉が生徒会長に……ユウキに届くかもしれん」

 

 そんなイオリの言葉を受け、セナはやがて吐き出すようにため息をつくとサイド0に向き合いながら答える。その表情は心なしか憑き物が落ちたかのように冷淡さや険しさがなくなった一人の青年の姿がそこにあった。

 

「これが生徒会室へのカードキーだ。行け、サイド0」

「一緒に、ね」

 

 懐から生徒会室へのカードキーを取り出してアラタに差し出すセナに確かにそのカードキーを受け取りながらもアラタはセナと、そしてリョウコやアカリを見やる。

 

「最後まで見届けろ、とそう言うのか? ……確かに私達は生徒会長に従った者としての責任がある、か……」

「なんでそんな重っ苦しく考えんだよ。どうせだし、どうなるか気になるんじゃないの?」

 

 後ろめたさでもあるのだろうか、アラタの誘いに視線を伏せるリョウコだが対してその発言をした当の本人は面倒臭そうにうなじの辺りを摩りながら答える。

 

「そう、だな。貴様らがユウキとどう戦うか……。俺も見てみたい」

「なら決まりだな」

 

 セナもその想いはあるのだろう。誘いに頷くとアラタは満足そうにウインクする。

 

「オオトリ、ミツルギ……。すまなかったな」

 

 するとここでセナからリョウコとアカリに対して謝罪野言葉が出てきたのだ。流石にこれは予想もしておらず、二人は驚いていると……。

 

「お前達が生徒会と不満分子共の緩衝材になって生徒、そして生徒会の暴走を防ごうとしていたことは知っていた。だがお前達の強さ故にそれを見逃していた……」

 

 リョウコもアカリも生徒会の方針を良しとしているわけではなかった。

 それを知っていてなお、身近に置いていたのはひとえに彼女たちの実力故であろう。

 

「もう板ばさみになる必要はあるまい。自由にすると良い」

「副会長……」

「……特にオオトリ。ソウマの初めてを奪っただの、姉呼びを強要しようとしていただの……。以前の貴様では考えられなかった行動をしでかしたのは生徒会が狂わせてしまった故なのだろうな……」

「ブフゥッ!?」

 

 セナの言葉にリョウコはどこか驚嘆する。そして続く言葉に普段のクールさではありえないほど吹き出した。

 

「ち、ちちち、違うのだ副会長ォッ!」

「なにも言うな。貴様がどのような性癖を持っていようと俺にとやかく口を出す権利はない」

 

 後ろでアラタが違う意味で吹き出して腹を抱えているなか、何とか誤解を解こうと詰め寄ろうとするリョウコだがセナはその都度、距離を置きながら哀れな者を見るように首を横に振る。

 

「何か賑やかになってきたなぁ……」

「そうですね。ですが良いことだと思います」

 

 見かねて止めようとするユイとイオリにリョウコが駄々をこねるように騒ぐなか、傍から眺めていたリュウマは何気なく呟くとその傍らに寄り添いながらアカリは微笑む。

 

「なんだよ急に」

「アナタが仰っていたのですよ、どうしたいのか、と……。だから望むままにしようと思います」

 

 距離の近いアカリにたじろぐリュウマだが、先程のバトルの最中に問われたリュウマの言葉を思い出しながらアカリはリュウマの腕に絡まりながら幸せそうに目を細める。

 

「……なんか妙なことになったなぁ」

「……ダメでしたか?」

「そうは言ってねえよ。まあ、こんなんで良いなら好きにしな」

 

 間近で感じるアカリの温もりに照れ臭そうに頬を掻おていると彼女はどこか物悲しそうに不安げにリュウマを見上げている。自由にしろと言われたところでアカリに多くの望みはない。今はただ彼女の中にある唯一の望みを実行している。それを拒否されてしまったと思えばその心中は想像に難くない。

 

 どうにも女性のそういった顔に弱いのだろうか。参ったといわんばかりに頬をかいたリュウマは彼女の好きなようにさせる。

 

「……ござる」

 

 不意に零したアカリの呟きにリュウマは驚いて彼女を見やる。

 リュウマの目にはアカリとミツルが同時に重なって見えたのだ。そして何よりどちらも心から幸せそうにしているということも……。

 

「……お前って結構、面倒臭ぇよな」

「筋肉阿呆に言われたくはありません」

 

 そこで漸くいくらリュウマであろうとアカリとミツルの関係を悟ったのだろう。頭が痛そうにため息をつくリュウマを他所に彼の腕に絡みつくアカリは嬉しそうに何度も何度もこの温もりと感覚を味わうように頬ずりしている。

 

「さあて。未来を組み立てる前に……全てのパーツを揃えに行きますか」

 

 バトル前の剣呑さが嘘のように温かく賑やかな雰囲気がこの場を満たす。

 それを肌で感じながらアラタは一人一人の顔を確かに見て、三本指をクルリと回すと全員で生徒会室へと乗り込んで行くのであった。、



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アラタとリュウマ

 生徒会室への架け橋となるカードキーをスキャンすると電子音声と共に静かに扉が開く。

 扉の先にある室内はあまりに薄暗く日光の恩恵さえ受けられないほど陰鬱とした様相を醸し出していた。

 

 まるで子供部屋のように周囲に無造作に散らばるパーツ類。まともな足の踏み場すら探すのが困難なほど小汚いこの部屋は到底、大規模都市計画の一翼を担う学園の生徒会室とは思えないほどだ。

 

「──やあ、待っていたよアラタ君。そしてサイド0のみんな」

 

 そしてこの部屋の長である生徒会長……シイナ・ユウキが会長席の上で腰掛けながらガンプラを無造作に組み立てていたのだ。

 

「うん? なんだかおまけまでついて来てるみたいだね」

 

 だがユウキにとってアラタとまだサイド0の面々は兎も角としても、その傍らにいる生徒会メンバーについて意外であったのだろう。しかしその口ぶりから然程、関心のなさが伺える。

 

「ユウキ、俺は──ッ!」

「弱い者には、この生徒会室に入る資格はない……。そう言っていたのは君じゃないか、ダイスケ」

 

 サイド0に敗れたセナではあるが、だからこそその敗北で再び宿った想いを口にしようとするのだが、その言葉を遮るようにユウキの冷ややかな目で見られた彼は言葉を飲み込んでしまう。

 

「まあ良いや。そんなことはどうだって良いのさ。今日はとても良い日だ。なにせ、漸くアラタ君を救ってあげることが出来るんだからね」

 

 とはいえ、やはりそもそもセナ達に対して関心はないのだろう。

 ユウキの視線はサイド0へ、いや……アラタへ注がれる。それはいつも気怠そうにしているユウキからは考えられないほどギラギラとしていたのだ。

 

「酷い……。それが、アナタのために戦った仲間に対する態度なの!?」

「それに……アラタを救うって……」

 

 粗雑なセナへの態度に眉を顰めたユイは堪らず声をあげ、イオリもまた先程のユウキのアラタへの言葉について首を傾げてしまう。

 

「なにをそんなに怒っているんだい? 僕に仲間なんていない。ずっと一人で戦ってきた。だって“その方が強い”からね」

「え……? でも学園の公式戦はG-cubeなのに?」

 

 だがセナへの態度が理解できず怒りを示すユイにこそ理解が出来ないユウキは飄々とした口ぶりで話すが、その内容にマリカは意味が分からず、答えを求めるように周囲を見る。

 3on3のG-cubeは生徒会が導入したものだ。しかしその生徒会の長であるユウキが一人で戦ったほうが強いというのは些かおかしな話だと思ったのだろう。

 

「それが生徒会長が最強である所以だ。彼は一人で戦える……。意思疎通もなにも必要なく、完璧な連携を行えるんだ」

「酷いなぁオオトリさん。先にネタばらししちゃうなんて」

 

 そんなマリカの疑問に答えたのは他ならぬ生徒会に所属するリョウコであった。

 しかし疑問に答えられたからといって、その意味が理解できるかは別問題だ。より意味が分からなくなったマリカ達が困惑するなか、くつくつと笑ったユウキはアラタを見やる。

 

「あぁ待っていた……。本当にこの時を待っていたよ、アラタ君。約束通り、君を救って見せるよ」

「俺もこの時を待ってた。俺達がお前を救う」

 

 この瞬間を待ち焦がれていたのだろう。歪な笑みをアラタにだけ向けるユウキの姿を物悲しそうに見つめていたアラタは一度、目を瞑ると意を決したように真っ直ぐユウキを見据える。

 

「僕を救う……だって? 面白いことを言うね、アラタ君は。僕が救われるような弱い人間だと?」

「分かったんだよ。強いとか弱いとか……。そんなこと意識してる奴は弱いんだ」

 

 自分を救うと言われたのは予想外だったのだろう。

 ここで初めてユウキを眉を顰めるとアラタは諭すような優しい物言いで話す。

 

「でも弱くたって良い……。だから人は寄り添うことが……手を伸ばすことが出来るんだ」

 

 アラタは自身の手をじっと見つめる。

 その手には多くの仲間達から与えられた温もりが確かに刻まれているのだ。

 

「俺達がお前を救ってみせる。全てが終わった後、みんなで笑えるように」

 

 だからこそアラタはユウキに手を指し伸ばす。何よりこの温もりが今のユウキに必要なものなのだから。

 

「……やめてくれないか」

 

 しかしそんなアラタを拒絶したのは他ならぬユウキであった。

 今までアラタに対してだけは異様な執着を見せていたユウキだが、初めてアラタに対して不快感を見せたのだ。

 

「……アラタ君。君が持っていた輝きを取り戻してはいるようだね。でも……不純物が混じってしまったようだ。君は……サイド0なんて群れにいるあまり毒されたんだね」

 

 アラタに執着をしていたからこそ以前、彼が口にしていたアラタの陰りがなくなっていることには気付いていたのだろう。しかしそれでもアラタはユウキにとって望ましい存在になったというわけではなかったようだ。

 

「君という存在が僕の世界に彩りを与えてくれた。僕は君さえいれば良いんだ……っ。他に誰も必要ない……。何でそれを分かってくれないんだい!?」

「俺は作り物のヒーローでもなければお前を満たす道具でもない。きっと俺がこのままお前の傍にいたってお前は満たされやしないよ」

 

 あくまでアラタを欲するユウキに対してアラタは首を横に振る。

 必死にアラタを求めるユウキの姿に哀れみを感じてしまうが、だからこそここで彼を救わなければならない。

 

「だから何度だって言う。俺達がお前を救う。いつだって世界を救うのはLove&Peace……だろ?」

「ふざけているのか……?」

「知らないのか? 愛は負けないんだよ。この先に創造(ビルド)される明日の世界を投げ出さない為にも」

 

 三本指をクルリと回してウインクするアラタに対していよいよ明確に怒りの感情を露にするユウキ。しかし今更、ここで退くわけには行かない。刺さるようなユウキの怒りに真っ直ぐ向き合いながら答える。

 

「……やはりアラタ君は僕が救う必要があるようだ。目を覚まさせる為にもそんな下らない考えはここで破壊しよう」

「……なら俺達は創造する。いくら壊されようとも満ち溢れる可能性が待つ未来を」

 

 ゆらりとその手付かずの長い前髪を垂らして、その隙間から妖しい眼光がアラタを見る。だがここで怖気付くつもりはない。自分達には可能性に溢れた未来が待っている。その未来を切り開くためにもここで負けるわけにはいかない。

 

 破壊と創造。そしてユウキとアラタ……。相反してはいるもののある意味で互いの存在を想って行動しているのは共通している。だが例え相手を思っての行動であれ、お互いに退く気がないのもまた同じことだ。

 

「──遂にやってきました大一番っ! 反抗の旗印であるサイド0VS生徒会長率いるラプラスネスト! この学園の未来を決めるバトルが遂に始まります!」

 

 バトルの刻限を知らせるかのようにリンコ率いる放送部がぞろぞろと生徒会室に入室し、いつものようにバトルを見ている者の熱気を高めるようにパフォーマンスを始める。

 

「正直、生徒会室に吶喊するのは死ぬほど勇気が必要でしたが、ご安心ください! 放送部は全てのG-cubeバトルを十全に学園中へお届けいたします! 泣いても笑ってもこれが最後の決戦となるでしょう!」

 

 とはいえここは生徒会室。ガンブレ学園における最上位だ。

 流石のリンコも生徒会室に突入するのは普段の態度のようにはいかなかったようで薄らと緊張を感じさせてはいるものの、それでもいつものパフォーマンスを衰えさせることな声を張り上げる。

 

「それでは白熱のガンプラバトルにィー……レディィィィィッッゴオオォォォオオオオーーーッッッ!!!!」

 

 気付けばサイド0の始まりからずっとリンコの実況があった気がする。

 だが彼女の言うように泣いても笑ってもこれがガンブレ学園を巡る争いはこれで最後だろう。ならば笑って終わりにしたいものだ。

 

「おい、アラタ」

 

 ユウキが一足先にシミュレーターへ乗り込んで行くなか、自身も向かおうとアラタの足を止めるように声をかけたのはリュウマであった。

 

「お前だけで戦うんじゃねえ。お前には俺達が……俺が傍にいるってのを忘れんなよ」

「俺達はサイド0……。Be the oneだ」

「びぃーざわん……?」

「あぁ、バトルの前だし頭使うな。知恵熱でも出たら大変だしな」

「……今、お前が馬鹿にしたってのは分かった」

「してねえよ。ほら行くぞ、俺から離れんなよ。迷子になったら大変だ」

「やっぱ馬鹿にした!」

 

 最初こそ神妙な面持ちで話していた二人だが気付けばいつものようなやり取りになってしまった。しかしそれが二人にとって何より心地良いのだろう。先に待っていてくれたユイと共にシミュレーターへ乗り込んでいく。

 

「ソウマ・アラタ。ν-ブレイカー、行きますッ!」

「トモン・リュウマ、レイジングガンダムボルケーノ、出るぜ!」

 

 出撃準備を整えたアラタとリュウマは見計らったかのようにほぼ同時に声を重ねて出撃する。

 自分は一人ではない。それをわざわざ考えなくても心が理解しているからこそアラタとリュウマはこんな時でその口元に笑みを浮かべていられるのだ。



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光る世界

 そこはこれまでのバトルとは異なるステージであった。

 周囲には幾多の巨大な結晶体がまるで木々のように無造作に生えており、幻想的な雰囲気を醸し出している。その中心となる六角形のパネルが犇めき合ったステージにはこの幻想の世界には不釣合いなほど不気味で歪な雰囲気を発するガンプラがいた。

 

「サイド0……。気取った名前だ。その名の通り、零に……──無に還してあげよう」

 

 それはまるで片翼の騎士と表現したら良いのだろうか。

 フィンファンネルを装備した滲んだ赤と黒の配色を持つ鋭角的なその機体の名はガンダムアルプトラオム。ビルダーはユウキだ。悠々とステージに佇むアルプトラオムはフィールドに現れ、こちらを目指す三機のガンダムを確認するといまだ余裕を崩さぬユウキは飄々と笑みを浮かべる。

 

「本当に一人だけ……? なにか罠があるとか?」

「──そんなものは必要ないさ」

 

 フィールドにはν-ブレイカー、レイジングボルケーノ、リリィ、そしてアルプトラオムの四機が確認できる。

 モニター上にアルプトラオムの姿を視認したユイは本当に一人だけで戦うつもりなのか、半信半疑のような状態でアルプトラオムの出方を伺っていると、不意にユウキがユイの疑問に答える。

 

「っ!?」

 

 ユウキの言葉を認識した瞬間、まだ距離があったにも関わらず、アルプトラオムは既にリリィの眼前にまで迫ってきていたではないか。そのあまりに一瞬の出来事に反応は出来ても、対応をすることは出来ず、表情を強張らせるユイだが眼前のアルプトラオムを操るユウキは口角を吊り上げ、一撃で粉砕するかのようにマニピュレーターを振り上げる。

 

 大きな衝撃音が響き渡る。

 穿つように放たれたマニピュレーターはリリィの前に躍り出たレイジングボルケーノによって受け止められる。しかしアルプトラオムの馬力は受け止めることが精一杯なのか、それを証明するようにリュウマが険しい顔を浮かべるなか、すぐさまビームライフルを連結させたν-ブレイカーが高出力のビームをアルプトラオム目掛けて放つ。

 

「そんな小賢しいことをするのは面倒だろう? 真正面から徹底的に叩き潰す……。実にシンプルじゃないか」

 

 しかしまるでダンスのように軽やかに避けるとその背後で相手を失ったビームが着弾した一柱の結晶体が粉々に砕けて四散し、キラキラと砂粒のように煌くなか余裕のつもりか、アルプトラオムは両腕を広げてフィンファンネルを解き放つ。

 

 まるで獲物を貪りつくさんばかりに駆け巡るフィンファンネルにν-ブレイカー達も咄嗟に回避行動に入るが、アルプトラオムのフィンファンネルはただ荒々しいだけではなく、その実、正確で確実に追い詰めにきていたのだ。

 

「これ以上は!」

 

 フィンファンネルが着実にこちらを追い詰めてくるなか、アラタはすぐさまν-ブレイカーをレイジングボルケーノとリリィをフィンファンネルから庇うよように動かす。ν-ブレイカーは機体色は青紫色に変化させるとバックパックのバインダーを水平になるように移動させて四方に半透明のバインダーが現し、リフレタクターモードを発動させた。

 

「ッ……!」

 

 ビームであればリフレクターモードはこれ以上なく有効だ。しかしただでさえ暴風雨の如きオールレンジ攻撃に加え、レイジングボルケーノとリリィの二機を庇いながらではν-ブレイカーといえど満足に動けず、まるで蜘蛛の巣に囚われてしまったかのようだ。

 

「ウオオラァアッッ!!」

 

 そこで行動を起こしたのはレイジングボルケーノであった。両腕を交差させ、飛び出したレイジングボルケーノは瞬く間にアルプトラオムに迫る。

 フィールド上の風を切って、放たれるレイジングボルケーノの一撃。目標を粉砕さんとばかりに轟々と放たれたその一撃だが、アルプトラオムは片手で幼子が投げる力ないボールを受けるかのように軽々と受け止めたのだ。

 あまりに呆気ないほどの出来事にレイジングボルケーノに対して誇りを抱いていたリュウマは目に見えて動揺してしまっている。しかしそんな僅かな時間さえ許さぬように蹴り飛ばされてしまう。

 

 攻撃を受けてしまったレイジングボルケーノが周囲の結晶体を突き破っていくなか、レイジングボルケーノに静かにビームマグナムの銃口を向けるアルプトラオム。咄嗟にリリィはバスターライフルを向けるが引き金を引き、今まさに放たれようとした瞬間、バスターライフルの直上から一筋のビームが突き抜け、バスターライフルは瞬時に爆発してしまう。

 

「っ!?」

 

 大爆発によってリリィは勢いに圧されて煽りを受けてしまうなか、爆炎を飛び出してきたのはアルプトラオムであった。咄嗟のことに表情が強張るユイだがアルプトラオムは容赦なくリリィの首部を掴むとそのまま近くの結晶体に叩きつける。

 

「……君がアラタ君を狂わせた。群れるだけしか能のない弱者がアラタ君を汚すなど……ッ!」

 

 まさにその行動は首を絞めると形容して良いだろう。あまりに生々しくギチギチと耳障りな音をたてながらリリィを締め上げようとするユウキの瞳はサイド0結成の切っ掛けになったであろうユイに対する憎悪に満ち溢れていた。

 

「……それでもアナタよりマシだよッ」

 

 瞬く間にリリィの耐久値が減少していくなか、アルプトラオムの腕を掴んだのは他ならぬリリィであった。

 その声にはこの苦境であろうとも決して衰えぬ、諦めないという強い意思が宿っており、その想いを顕現させるかのように展開された装甲から強い輝きを放つ。

 

「……ほぅ」

 

 アラートがリリィに掴まれた腕部の損傷を知らせる。

 見ればリリィはシャイニングフィンガーを発動させており、このまま腕部を破壊しようという魂胆なのだろう。

 

 だが当然、思い通りにさせるつもりはないとリリィに向けてフィンファンネルを放つ。咄嗟にアルプトラオムの腕を放して距離をとるリリィに追撃しようとするアルプトラオムだが、そうはいかなった。

 

「──ボルケニックゥウッフィンガアアァァァァァーーーーーーァアアッッッ!!!!!!」

 

 何故ならば荒れ狂う紅蓮龍が轟々と大気を震わせながら迫ってきているからだ。

 少なからずユイに意識を向けていたこともあって反応が遅れてしまったユウキに避けるだけの時間は残されておらず、防御の姿勢をとることが精一杯であった。

 次の瞬間、レイジングボルケーノの突撃をまともに受けることとなったアルプトラオムはその勢いを止めることも叶わず、背後の結晶体を突き破りながら吹き飛ばされていく。

 

「小賢しい真似を……ッ」

 

 轟音をあげ、結晶体を突き破りながら好き勝手にされていることが流石に煩わしくなったのだろう。そうやってレイジングボルケーノを振り払おうとした瞬間だった。

 

「っ……!?」

 

 その行動を阻むようにビームの直撃を受けたではないか。

 すると遅れてセンサーが反応し、確認してみれば二挺のビームライフルをこちらに向けて牽制するν-ブレイカーの姿があり、更に加速をつけてグングンとこちらに迫っていた。

 

「リュウマッ!」

「おぅッ」

 

 アラタはリュウマに声をかけると応えたと同時にレイジングボルケーノは一瞬の間を置き、そこにν-ブレイカーが飛び込んで並行する。すると二機は高トルクモードとボルケニックフィンガーによる拳を同時にアルプトラオムへ叩きつけたのだ。

 

「誰かの傍にいることで、その輪を広げていこうとする想いを弱いと否定するお前にはこの温もりが分からないだろうッ!」

「この温もりが弱ぇってんなら弱くたって構いやしねえッ! けどな、それが分かんねえお前にだけは絶対に負けねえェッ!」

 

 アルプトラオムごとどこまでも前に突き進んでいくなか、アラタとリュウマは己の想いを無我夢中に叫ぶ。

 そんな主達の想いに全力で応えるようにν-ブレイカーとレイジングボルケーノはそのツインアイを同時に輝かせ、覚醒を発現させたのだ。

 

 更に勢いを増した二機による攻撃はやがて頂点になり、アルプトラオムを宙からそのままステージに向かって殴り飛ばし、姿勢制御も満足に出来ぬままアルプトラオムはステージに叩きつけられたのだ。

 

「倒した……?」

 

 覚醒を使用する二機のガンダムの渾身の攻撃にステージに横たわるアルプトラオムの各所では損傷によるスパークが走っている。アルプトラオムから距離をとって着地したν-ブレイカーとレイジングボルケーノの傍に遅れて追いかけてきたリリィが着地し、ユイは様子を伺っていると……。

 

「──楽しい、楽しいよ。この僕が墜とされるなんてね」

 

 何とアルプトラオムはあれほどの損傷を受けてなお、起き上がったではないか。

 

「でもね、本当に楽しいのは勝ちを確信している相手からあっさりと勝利を取り上げることさ」

 

 何よりはユウキの声からは一切の動揺がないことだ。

 その底知れぬ態度にアラタ達も困惑し、なにがあるのかと警戒する。

 

「まだまだいけるんだろう? 君たちの言葉を証明したいなら本当の僕を倒してみなよ!」

 

 今までのバトルはウォーミングアップのつもりだったのだろうか?

 そう感じてしまうほどの余裕を持つユウキだが、歪な笑みを見せるとアルプトラオムは力むように両腕を広げて、

 行動を起こした。

 

「さあ……さあ、さあッ! 楽しい……ッ……楽しいなァアッ!!」

 

 するとアルプトラオムもまた輝きを放ったではないか。

 それはまさに覚醒と同じ力であろう。だがそれはν-ブレイカーやレイジングボルケーノのそれに比べるとあまりにも歪で澱んでいるかのように対面する者に強烈なプレッシャーを与えて圧迫感を感じさせるほどのものであった。

 

「どこまでも踊れェッ! 僕を……夢の世界へ導いてくれッ!!」

 

 やがてその歪な輝きはこのフィールドの全てを飲み込んでいき、アラタ達も耐え切れずに目を逸らしてしまう。その耳に最後まで聞こえるのは狂ったように哄笑するユウキの笑い声だけだった。

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 

 

 やがて視界が回復し、状況を確認した時、アラタ達は……いや、それだけではない。このバトルを見ている全ての者が驚愕した。

 

 何故ならばν-ブレイカー達の目の前にはアルプトラオムが三機、存在しているからだ。

 

「同じ機体が……三体!? もしかして、これを全部、シイナ君が!?」

「物理的にありえない……。可能だとしても相当なラグが発生して使い物には……っ」

 

 目の錯覚を疑うが、これはまさに現実であり、なおのことそれを目の前にしているユイやアラタ達は混乱してしまう。今まさにこのバトルを見ている学園中が騒然としていたのだ。

 

 だが次の瞬間、更に衝撃的な出来事が起きた。

 

「──えっ」

 

 ビームマグナムによる一撃がリリィを貫く。

 まるで血飛沫のようにパーツが飛び散るなか、続けざまに三機のアルプトラオムは同時に飛び上がり、踏み潰すかのようにリリィを無残にも蹴り砕いたのだ。

 

「ユイ姉ちゃんッ!」

「っんだよ、あれ……ッ! あれも覚醒なのか……!?」

 

 それは何よりアラタにとってどれ程の衝撃であったか。

 その一瞬の出来事によってもう既にリリィは物言わぬ傀儡と成り果てているではないか。一瞬とはいえ、そのあまりの出来事にリュウマはただただアルプトラオムに……いや、ユウキに戦慄してしまう。

 

「これが僕の力……センスオブエクスパンションッ! 僕はガンプラで人の革新を成したッ!」

 

 リリィの残骸を踏みつけ、そのまま残虐なまでに念入りなまでに砕きながらユウキは高らかに謳う。

 

「さあ、僕の渇きを満たしてくれッ!!」

 

 誰もが騒然とするなか、第二ラウンドを知らせるかのように三機のアルプトラオムは残されたν-ブレイカーとレイジングボルケーノに襲い掛かるのであった。




それではいよいよ本日からオリキャラ&俺ガンダムの募集を始めます。詳しくは活動報告まで!


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ファイナル・ベストマッチ

 センスオブエクスパンション……。ガンプラによる人の革新を成したと語るユウキのガンプラであるアルプトラオムは禍々しい輝きをその身に纏い、その歪みを広げるかのように三体に分身したではないか。

 

「あれは……!?」

 

 否、分身といえどそれは確かに実体を持っていたのだ。

 三機のアルプトラオムと交戦するν-ブレイカーとレイジングボルケーノの姿をモニター越しに見つめながら、想わぬ事態にレイナも含めて多くの者が絶句してしまう。

 

「あれも覚醒……なの?」

「……であろうな」

 

 三機のアルプトラオムに対して生徒達と共に生配信されているバトルを観戦していたアイダは誰に問うわけでもなく呟くとその言葉に答えたのはアールシュであった。

 

「しかしあれはあまりに歪み過ぎている……。それは恐らくビルダーの本質が覚醒すら歪めてしまったのだろう」

「歪められた覚醒……」

 

 その言葉に覚醒の使い手であるアールシュに自然と視線が集まるなか、アルプトラオムが放つ輝きから視線を外すことなく見つめ、どこか物悲しそうに呟くとチナツをはじめ多くの生徒がその輝きを見やる。

 

(……哀れなものだな。貴様のその覚醒は自分一人が強者であると固執するあまり無意識に他人を求めているからこそのものにも見えるぞ)

 

 アールシュは三機のアルプトラオムの姿にどこか哀れみを抱いてしまう。

 全てを蹂躙するだけの圧倒的な力を見せつける一方で誰をも寄せ付けぬその孤独感にアールシュでさえ憐憫を感じずにはいられなかった。

 

 ・・・

 

「ぐぅっ!?」

 

 結晶体が砕け散る甲高い轟音と共にフィールド上に叩きつけられたのはレイジングボルケーノであった。

 周囲に先程まで結晶体であった煌く破片が飛び散るなか、すぐさま四肢を利用して四足の獣のように受身をとるとけたましく敵機の襲来を知らせるセンサーに反応して険しく視線を鋭く細めて前方を見やる。

 

「そんなものなのかい、君の実力は?」

 

 そこには悠然とこちらに迫るアルプトラオムの姿が。

 その挑発的な物言いに歯を食い縛ったリュウマはレイジングボルケーノを爆発するかのような勢いをもってアルプトラオムへ殴りかかる。

 

「そんなもので……アラタ君の傍にいて良いとでもッ!?」

 

 だがその拳は軽々と受け止められてしまった。

 それだけではなく背後からもう一機のアルプトラオムが迫っており、咄嗟にレイジングボルケーノは唸るようにテイルブレードを放つのだが、これも避けられただけではなく、テイルブレードのワイヤーを掴まれ、投げ飛ばされてしまう。

 

 吹き飛ぶレイジングボルケーノに追い打ちをかけるように二機のアルプトラオムはビームマグナムの銃口を向けようとするのだが、それを遮るように連射されたビームが襲い掛かる。

 

 すぐに避けたアルプトラオム達が目を向けてみれば、そこには最後の一機であるアルプトラオムを抑えながら、こちらに牽制をかけてきたν-ブレイカーであった。

 

「これでオオトリさんの言葉の意味が分かっただろう? これが僕の本気だ」

 

 ν-ブレイカーを三機のアルプトラオムが囲むなか、ユウキはアラタに通信越しに声をかける。

 センスオブエクスパンション……。彼は確かにこの現象をそう口にしていたが、三機のアルプトラオムから発せられる威圧感はかなりのもので常人ならばこれだけで萎縮してジョイスティックを握ることさえ叶わないだろう。

 

「さあ、“あの頃”のように君の全てで僕を満たしてくれッ!」

 

 ユウキの脳裏からいつだって離れなかったのは幼き頃のアラタとの思い出。それがこれほどまでにアラタへ固執する理由にへと繋がった。そして今、彼は自分の中にある渇きを癒そうとアラタへ襲い掛かる。

 

「……お前こそまだ分からないのか? 俺が幾ら傍にいようと、俺が幾ら全てをぶつけようとしたところでお前は満たされやしない」

「そんなことはない、僕はアラタ君さえいれば──」

 

 三機のアルプトラオムの猛攻を傷つきながらも何とか掻い潜るν-ブレイカーだが、アラタの声色はこのバトルの状況に反して物静かだ。だがアラタに執着するユウキにはその言葉は受け入れられないのか、否定しようとするのだが……。

 

「たった一人の存在で満たされるほど人間ってのはちっぽけな存在じゃないッ!」

 

 バックパックから放たれた無数のフォトントルピードが宙を舞う。

 ν-ブレイカーの周囲にバリアのように放たれた煌く粒子に三機のアルプトラオムは咄嗟に距離をとる。

 

「自分では上手くやってるって思ってても実際はそうじゃないんだ! 俺達は不完全で未完成で……ッ……でもだからこそ多くの人間がいるんだッ!」

 

 そこへν-ブレイカーが飛び出して、ビームサーベルを素早く引き抜くと同時に前方のアルプトラオムへ切りかかる。咄嗟にアルプトラオムもビームサーベルを引き抜くことによって鍔迫り合いの形となるが、そのまま押し進められてしまう。

 

「ぶつかりあって、その想いを送って刻んで……ッ! 一人から二人、二人から三人へとその輪を広げて俺達は明日を創っていくんだッ!」

「弱者のことを知る必要なんてないのさ! 僕は君だけで良いッ! ただ無闇やたらと群れる弱者とは違うんだッ!」

「なにも違わないッ! 人を見下すことで自分を強者だって思い込んでるお前も弱いんだッ!」

 

 ガンブレ学園でもトップの実力を持つ者達によるバトルは熾烈を極めた。

 互いの意思を主張するなかでその熱をそのままバトルに変換していくかのようにバトルは苛烈を増していく。

 

「僕は弱くなんかないッ!!」

 

 だがユウキにとって自分を弱いと断じられたことは到底、受け入れ難いことなのだろう。

 ν-ブレイカーとの激戦を行うなかで、その背後から二機のアルプトラオムが襲いかかろうとする。

 

「──ウオォオラァアッッ!!!」

 

 そこへ紅き閃光が一機のアルプトラオムを蹴り飛ばし、遅れて反応したν-ブレイカーもアサルトモードでもう一機のアルプトラオムを牽制する。

 

「いつまでも駄々こねやがって……ッ!」

 

 アラタとユウキが乱入者を確認してみれば、それは覚醒を発現させているレイジングボルケーノであった。

 蹴り飛ばされたアルプトラオムがビームマグナムをの引き金を引いたと同時に刀を投げ飛ばし、銃口に突き刺すことで暴発させる。

 

「強ぇだの弱ぇだのそんなの決めるのは自分じゃねえんだよッ! 俺達はいつだって多くの誰かがいるから成り立ってんだッ!」

 

 ここでビームマグナムを破壊されたアルプトラオムに動揺が生まれる。

 そこに畳み掛けるようにその右手をより輝かせたレイジングボルケーノは全てを照らさんばかりにアルプトラオムを掴み上げ、そのまま握り潰すことで撃破する。

 

「うるさいうるさいうるさいィッ! 耳障りなことばかりをォッ!」

「それは俺達がそれぞれ別の存在で自分という個を持っているからだッ!」

「そうやって人間ってのはぶつかり合うんだよ! それを越えて、やっと人ってのは創られていくんだッ!」

 

 二機のアルプトラオムとν-ブレイカーとレイジングボルケーノの戦闘が始まった。

 先程までセンスオブエクスパンションの力によって余裕を見せていたユウキではあるが、アラタとリュウマの意志に触れて段々と焦りを見せてきた。

 

「黙れェェェェエエエエエッッッッ!!!!!」

 

 だがそれが更なる暴走を引き起こしたのだろう。

 アールシュが歪んだ覚醒と形容したようにアルプトラオムが纏う歪な輝きはより肥大化していき、禍々しさを増していく。

 このフィールドの全てを飲み込まんばかりに広げていく歪な光を纏う二機のアルプトラオムから放たれたフィンファンネルがν-ブレイカー達を襲いかかる。

 

「っ!?」

「ぐっ!?」

 

 アルプトラオムによるオールレンジ攻撃は先程のものとは比較にもならなかった。

 最早、その攻撃はアラタとリュウマをもってしても目で追うことは難しく、どんどんν-ブレイカーとレイジングボルケーノはその身を傷つけていく。

 

「もう良い……。僕を満たしてくれないのなら……もうアラタ君は必要ないッ!」

 

 アラタとリュウマの言葉を受けいられないどころか、それが更なる怒りに繋がったのだろう。

 その憎しみさえ感じさせる目をν-ブレイカーに向けたユウキは攻撃の矛先を定める。

 

「グゥッ!?」

 

 それはまさに感情のままに任せた蹂躙と言って良いだろう。

 執着していた裏返しからか、レイジングボルケーノに目をくれることなくν-ブレイカーに標的を定めた二機のアルプトラオムは嵐のように襲い掛かる。

 

(負けられない……ッ! こんなコイツだからこそ今、負けるわけには行かないんだッ!)

 

 アラタが自分を受け入れないと思ったのだろう。

 気付かずしてユウキの頬には涙が伝いながらもその目は憎々しげにν-ブレイカーを見ている。しかしだからこそここでユウキに負けてしまっては今後の学園どころか、彼がどのような人生を歩むかも分からない。ユウキを想うからこそ負けられないのだ。

 

「なっ!?」

 

 だがその想いは虚しくν-ブレイカーは片腕を落とされ、更にはその胸に凶刃を受けてしまう。

 このままではマズイと何とか逃れようとするが、二機のアルプトラオムの前ではそれは難しく、誰もがν-ブレイカーの撃破を予感した時であった。

 

「ウオオオオオォォォォォォォォオーーーーーォオオオオッッッ!!!!!!!」

 

 気高き紅蓮龍の咆哮が轟いた。

 次の一手で決まると思われた矢先、二機のアルプトラオムに突進を仕掛けてきたのはレイジングボルケーノであった。そのままレイジングボルケーノは二機のアルプトラオムを相手取るように派手な動きで引きつけようとする。

 

 だが今のユウキが相手ではそれも難しいのだろう。

 最初こそ虚をつくことに成功したが、標的を変えられてしまった今、レイジングボルケーノはどんどん無残な姿へと変えられてしまう。

 

「アラタがお前に向けられてんのは拒絶じゃねえ! それにいい加減、気付けェッ!」

 

 しかしそれでもリュウマの戦意は衰えてはいなかった。

 それどころかアラタの意志を汲み取って、ユウキに何とか理解させようとしていたのだ。

 

「ッ!」

 

 だがそれも遂に限界が訪れた。

 一機のアルプトラオムがアラタの目の前でレイジングボルケーノを貫いたのだ。

 口では好き勝手言っていようと様々な出来事を乗り越えて、かけがえのない存在の一人となっていたリュウマのその姿はアラタにとって絶望以外の何物でもなかったのだ。

 

「ヘッ……丁度、良いぜ」

 

 だが逆にリュウマは動揺どころか、その口元には薄らと笑みを浮かべていたではないか。

 すると主の想いに応えるようにしてレイジングボルケーノはツインアイを輝かし、その姿に胸騒ぎを感じたアルプトラオムは咄嗟に離れようとするのだが、寧ろレイジングボルケーノはガッチリとアルプトラオムを掴み……。

 

「ボルケニックゥゥッッ……フィンガアアァァァァーーーーァアアッッッ!!!!!」

 

 最後の渾身の一撃を放ったのだ。

 その全てを注ぎこんだ一撃はアルプトラオムを貫き、機能を停止させてそのまま消滅させることに成功する。

 

「リュウマぁあっ!!」

 

 だが同時にレイジングボルケーノも限界に達したのだろう。

 あちこちにスパークが走るなか、悲鳴にも似たアラタの声がリュウマの名を呼ぶ。

 

「──アラタ」

 

 その刹那、レイジングボルケーノは確かにν-ブレイカーを見たのだ。

 するとゆっくりとν-ブレイカーに向けて、手を差し伸ばす。

 その姿に目を見開いたアラタだが、やがて意を決したようにレイジングボルケーノに手を伸ばし……。

 

 ・・・

 

「後は君一人だよ、アラタ君」

 

 レイジングボルケーノは爆発した。

 その跡地にいるν-ブレイカーに対して漸く落ち着いたのか、ユウキはせせら笑うように声をかける。

 センスオブエクスパンションによって三機になったとはいえ、予想外の奮闘を見せたアラタ達に二機を撃墜されてしまった。しかし今残っているのはボロボロのν-ブレイカーのみ。勝利は確実だとユウキはほくそ笑む。

 

「……一人? あぁ、お前にはそう見えるか」

 

 しかしアラタから聞こえてきたのは、絶望を感じさせないものであった。

 

「……俺は一人なんかじゃない」

 

 思わずアルプトラオムが足を止めるなか、ν-ブレイカーに変化が起きた。

 

「俺達は……いつだって一つだッ!」

 

 ν-ブレイカーに淡い光が包み、一部のパーツは変換され、新たな姿への創造を促す。

 

 ──リアルタイムカスタマイズバトル。

 

 光が消えた瞬間、ユウキは驚愕する。

 何とν-ブレイカーはその身に紅蓮の龍を纏ったのだ。

 

 

 

 ──Be the One

 

 

 

「……勝因となるパーツは全て揃った」

 

 

 

 ──強くなれるよ

 

 

 

「さあ、勝利を組み立てようか」

 

 

 

 ──愛は負けない

 




ガンプラ名 R(レイジング)-ブレイカー

HEAD ガンダム試作一号機 ゼフィランサス
BODY ダブルオークアンタ
ARMS シャイニングガンダム
LEGS インフィニットジャスティスガンダム
BACKPACK G-セルフ パーフェクトパック

ビルダーズパーツ ドラゴンヘッド×2(両腕)
         チークカード×2(両頬)
         発光装甲×2(両腰)
         片側アンテナ×2(頭部)
 
詳しい外観は活動報告にリンクがありますのでそちらを参照して下さい。


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決着

 ν-ブレイカーとレイジングボルケーノが一つに合わさったともいえるR-ブレイカーの誕生にユウキは目に見えて動揺している。しかしそれを何よりも彼自身が自覚したのだろう。忌々しそうに舌打ちするとフィンファンネルをR-ブレイカーへ差し向ける。

 

 対してR-ブレイカーは動揺する素振りもなく、悠然と立ち尽くしたままこちらに迫るフィンファンネルを全て確認する。次の瞬間、四方八方からのオールレンジ攻撃が放たれ、R-ブレイカーの姿が視認出来なくなるほどの硝煙が発生する。

 

 R-ブレイカーは無事なのか?

 誰もが固唾を呑むなか、硝煙が晴れたその先には確かにR-ブレイカーの姿があったではないか。

 

 四方に半透明のバインダーを展開し、機体を青紫色に変化させていることからリフレタクターモードを発動させているのだろう。フィンファンネルのビームを全て己のエネルギーに変換したR-ブレイカーはツインアイをキラリと強く光らせ、両腕の装甲を展開させると全身を発光させながら堂々たる様子でアルプトラオムを見据える。

 

「ッ!」

 

 その姿を眩しそうに顔を顰めたユウキはアルプトラオムは覚醒によって飛躍した機動性をもって一気にR-ブレイカーとの距離を詰めると大きく腕を振りかぶって鋭く振り下ろすのだが赤子の手を捻るかのように片腕で簡単に受け止められてしまった。

 

「……俺達が創造(ビルド)したガンダムならッ!」

 

 このようなことは初めてなのだろう。

 目に見えてユウキが狼狽えるなか、モニター越しにアルプトラオムを見たアラタは今にも飛びたたんばかりに稼動音を鳴らすR-ブレイカーに応えるようにジョイスティックを握り直す。

 

「負ける気がしないッ!」

 

 瞬時にアルプトラオムの腹部に拳を叩きつけ、上空へそのまま殴り飛ばす。

 その一撃はまさに空へ飛立つ龍の如き力強き一撃であり、アルプトラオムはされるがまま空へ舞い上がる。

 

「こんなことが……ッ!」

 

 このように殴られて空を舞い上がるなどといった醜態は初めてなのだろう。

 憤怒の感情を露にしながらアルプトラオムの体勢を立て直そうとするのだが不意にモニターに陰が差し、顔を上げる。

 

「っ……!?」

 

 そこには奇跡を引き起こす天龍の姿が。

 ユウキをもってしても反応が追いつかず驚愕するなか、それでも何とか反撃を繰り出そうとビームサーベルを引き抜こうとするのだがR-ブレイカーの膝から爪先間にビームが走り、光の刃がアルプトラオムの片腕を蹴り斬り、流れる動作で掌底打ちをする。

 

「なめ……るなぁぁあっ!!」

 

 絶対的強者であると自負するユウキにとってこの一方的なバトルは屈辱に他ならないのだろう。

 感情の爆発を形にしたようにフィンファンネルが追撃しようとするR-ブレイカーに差し向けられる。

 しかし自身に迫るフィンファンネルに一瞬の反応を見せるR-ブレイカーだが、反応はそれだけで躊躇することなくアルプトラオム目掛けて突き進んだではないか。

 

 その行動にユウキは驚くもののだからといって攻撃の手を緩める理由にはならない。

 ゲームとしての調整がされている分、リフレクターモードを発動させるにはまだラグがある筈だ。そう考えるのと同時にR-ブレイカーに無数のビームが放たれた。

 

「俺は強くない……。でも何も恐くないッ」

 

 するとR-ブレイカーはここで両手を広げるとその手に液体金属を纏い、凪ぐように振るう。

 凪ぐように放たれたボルケニックフィンガーは障壁のようにR-ブレイカーの周囲を走り、今まさに迫る無数のビームの一部を防ぎ、残ったビームも機体を傾けることで避ける。

 

「……人は弱いからいつだって何かを創り出して未来へ繋げて来た」

 

 アラタは己の手を見やる。

 今までの自分は強さを取り繕るだけで、強いと思っているからこそ誰かの手を掴もうとしなかった。

 

「今の俺なら誰かが差し伸べてくれる手を掴むことができる」

 

 でも今は違う。

 多くの仲間がいたからこそ、彼は漸く誰かの手を掴むという強さを手に入れたのだ。

 

「だからこそッ」

 

 そう、だからこそ──。

 

 その想いを胸にツインアイを輝かせ、全身の輝きを強めたR-ブレイカーはもう止まることなくアルプトラオムへ突き進む。

 

「分からない……。分からないよ、本当にッ!」

 

 一方でR-ブレイカーが誕生してから、その姿を無意識に眩しそうに見つめていたユウキは何故、自分がそんな風にR-ブレイカーを見てしまうのか、そして何よりアラタの言葉が分からぬまま最早、自棄になったかのようにR-ブレイカーに真っ向から突き進む。

 

 両者の咆哮が重なる。

 ぐんぐんと距離を縮めていく二機に誰もが決着の瞬間を予感するなか、R-ブレイカーとアルプトラオムは同時に腕を振り被って穿つように放つ──。

 

 

 

 

 

 

 一度、ガァンと甲高い音が響く。

 

 

 

 

 

 そう、一度だ。

 

 

 

 

 それはアルプトラオムの頭部から発せられたものであった。

 

 

 

 

「ぼく、は……っ」

 

 アルプトラオムの耐久値が0を示すなか、クロスカウンターの要領で放たれたR-ブレイカーの一撃は深く抉っており、たちまちエネルギーを失ったアルプトラオムはユウキの呟きを残したまま力なく墜落していく。

 

「アラ、タく、ん……」

 

 R-ブレイカーが依然と輝きを放つなか、その姿を眩しそうに見つめていたユウキはR-ブレイカーへ力なく手を伸ばす。恐らく無意識の行動であったのだろう。縋るように手を伸ばしたままゆっくりと瞼を下ろす──。

 

 

 

 

 

 

「えっ……?」

 

 

 

 

 いつまで経ってもアルプトラオムが地面に叩きつけられることはなかった。

 不思議に思ったユウキが目を開ければ、そこにはアルプトラオムの片腕を掴むR-ブレイカーの姿があったではないか。

 

「……だからこそ俺も心から手を伸ばすことが出来る」

 

 接触回線からスピーカーを通してユウキの耳にアラタの声が聞こえてくる。それはどこまでも柔らかく温かな声色であった。

 

「なん、で……」

「……お前が大切だからだよ。例え幾ら変わろうと、あの日の思い出も感じた楽しかった想いも……嘘じゃない」

 

 本来ならば相容れぬ敵のはずだ。

 このように手を掴む謂れだってない筈だ。アラタの行動にユウキが戸惑うなか、かつて無邪気に笑い合った幼少期を脳裏にアラタは優しく微笑む。

 

「ユウキ……。お前も……もう戻って来い」

 

 アルプトラオムを引き寄せたR-ブレイカーはゆっくりとステージの上に着地する。

 それはアルプトラオムがこれ以上、傷つかないよう労わるようにしてだ。

 

「──あぁ……」

 

 システムがバトルの終了を知らせるなか、不意にユウキの頬が熱い涙が顎先を伝って落ちる。

 

「あたたかい、なぁっ……」

 

 だが幾ら涙を流そうと彼は笑っていたのだ。

 それは自身こそが絶対的な強者であると語る歪んだものではない。

 ただただ無邪気に、柵から解放された年頃の青年のようなまだあどけなさの残る笑顔であった。

 

 ・・・

 

「ユウキ!」

 

 バトルを終えてアラタ達がシミュレーターから出てくるなか、同じように姿を現したユウキを案じてセナがいの一番に声をかける。

 

「……不思議だね、ダイスケ。敗北なんて価値どころかマイナスだと思っていたのに……こんなに悔しくて、でも充実しているんだ」

 

 セナを一瞥すると、ユウキはふと笑みを零す。

 それは何故、自分がこのような想いを抱いているか分からなくて困ったような笑みだった。

 

「それはきっと……嬉しかったのではないか?」

「嬉しい……?」

 

 ユウキのそんな笑みは初めて見たのだろう。

 僅かに驚いたような反応を見せたセナだがつられるように微笑を零すと、その言葉の意味が分からずユウキは首を傾げてしまう。

 

「……俺達は強さこそが絶対であり、敗北こそ終わりだと考えていた。だが違う……。敗北から得られるものもあるのだ。ユウキは負けてしまったが、それ以上にソウマと再び繋がったものがある筈だ」

 

 バトルの最後に掴まれた手。

 本来ならば無様に吹き飛んで終わる事だってあり得たかも知れない。しかしアラタはその根底でユウキを大切に思っているからこそその手を掴んで引き寄せたのだ。

 

「アラタ、君……」

 

 セナの言葉にバトルの最後を思い出しながらユウキはアラタを見やる。

 するとアラタはユウキの視線に気付くと、ゆっくりと歩み寄る。

 

「おかえり」

 

 そしてユウキを抱きしめたのだ。

 

「……また一緒にガンプラを作って、そしてバトルをしよう。今度はみんなで」

 

 アラタの温もりの直に感じるなか、その耳元で話された言葉にユウキは目を見開くとゆっくりと頷く。

 以前は相容れぬ関係であったのかもしれない。しかし後ろから自分達を見るリュウマやユイ達の表情はとても優しく、アラタの言葉に同意するように頷いてくれたのだ。

 

「……」

 

 アラタが満足げに頷いてユウキから離れ、サイド0のもとへ向かうなか、ユウキに対してセナは声をかけようとするもその言葉を飲み込む。自分は結局、ユウキに何を出来たのだろうか。自分は結局……ユウキを一人にしただけではないのだろうか、と。

 

「ねえ、ダイスケ」

 

 そんなセナに声をかけたのは他ならぬユウキであった。

 

「僕は確かに得られたものがあった。でもね、負けてしまって悔しいという想いもあるんだ」

 

 確かにユウキはアラタとの、いや、それ以上に多くのものを得られたのかもしれない。

 だが自分の実力に絶対的な自信があったからこそ敗北に悔しさを感じてしまうのもまた事実だ。

 

「……虫のいい話なのは分かってる。でも……手伝って、くれないかい? 彼らにリベンジマッチをしたいんだ」

「っ……! あぁ、ああ! 勿論だ!」

 

 バトルを始める前は敗北を喫した彼に冷淡な態度をとってしまった。しかし同じく敗北し、そして芽生えたものがあったユウキは今更というのを十重に承知した上で彼に申し入れるとセナは寧ろ嬉しそうに何度も頷く。

 

「ありがとう……。彼らは本当に良いチームだ。でも僕達だって負けられない……。僕達だってそうなれる筈だからね」

 

 セナの行動はユウキを一人にしてしまったとはいえ、その行動はいつだってユウキを想ってのものだった。

 それを何よりユウキ自身も分かっているからこそ彼の存在に感謝しながらも今一度、サイド0を見やる。

 

「……お前のガンプラのパーツ、良かったよ」

「あぁ? っんだよ、随分とらしくねえこと言うな」

「事実は事実だ。そう思ったからそう言ったまでだ」

 

 サイド0が改めて勝利を噛み締めるなか、ふとアラタはリュウマに声をかける。

 勝利を収められたのもリュウマの存在があったからだ。きっとあのままν-ブレイカーとして戦ったままではどうなっていたかは分からない。しかし素直なアラタの言葉は初めてなのか、意外そうな顔を浮かべるリュウマにアラタは照れ臭そうにそっぽを向く。

 

「まっ、俺もお前だから託せたってのもあるしな。俺達って結構、マッチしてんのかもな」

「……一度しか言わないぞ、筋肉馬鹿」

 

 とはいえ、リュウマも己の全てを込めたガンプラのパーツをおいそれと誰にでも託すわけでもないのか、はにかんだ様子で話すとその姿を横目で見たアラタはゆっくりと口を開き……。

 

「結構なんてもんじゃない。俺とお前はベストマッチだ」

 

 クスリと笑みを見せながら、リュウマに三本指をくるりと振る。

 彼らはお互いに救い、救われた。そこから繋がった絆はサイド0の中でも太いものであろう。

 

「おっ、おぉっ!? おい、もう一度、聞かせろよ!」

「一度って言っただろ。何度も言うほど俺は安くないんだよ」

「良いじゃねえか、俺達はベストマッチな奴らってこったろ! ベ・ス・ト・マァーッチ!」

「最っっ悪だ。ここまで調子に乗るとは思わなかった」

 

 アラタの思わぬ一言が余程、嬉しかったのか、もう一度とせがむリュウマを一蹴するが、それでもアラタの口からもう一度、聞きたいのか、リュウマはアラタの肩に手を回し、喜びを露にしているとその隣でアラタは心底、頭が痛そうにため息をつく。そんな光景をユイ達がクスクスと笑いながら見守るなか、遂にサイド0は生徒会を打ち破ったのであった。



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天才と矛盾と

「ソウマ。あのバトル凄かったよっ!」

「ただの変人だと思ってごめんなさい! アナタは凄い変人だったのね!」

 

 遂に生徒会の打倒を果たしたサイド0。そのニュースは瞬く間に学園中を駆け巡り、サイド0のメンバー、そして絶対君主であったユウキを撃破したアラタは生徒会に苦しめれてきた弱者側である生徒達から一躍、ヒーローのような扱いを受けていた。

 

「さっすが、ガンダムブレイカーだよなっ」

「ガンダムブレイカーぁ?」

 

 放課後、サイド0の部室に向かう道中、どーもどーもと声をかけてくる生徒達に適当な相槌を打っていたアラタだが、ふと流石と言われても聞いたことのない名前を出されて怪訝そうに足を止めた。

 

「なんか、学園中でお前のことをそう呼んでるぜ。生徒会を倒したしほら、G-ブレイカーだのν-ブレイカーだの、そういうところからも来てんじゃね?」

「分かるような分からないような……。っていうか散々、俺は天才だと「っていうかこの後、サイド0のところ行くんだろ? 足止めてて良いのか?」……一般生徒にすらキャンセルされるとは」

 

 ユウキ率いる生徒会を打ち倒したサイド0のリーダーであるアラタはその愛用するガンプラから学園の生徒達に新しい称号のような名で呼ばれているようだ。

 とはいえ、いくら自身のガンプラの名から取ったとは言われてもあまり馴染みのない名前で呼ばれるのは違和感があるようでそれよりも散々、口にしていた天才で呼ばれないのかと口にしようとした瞬間、それ以上の言葉を遮るような言葉に度し難いような表情を見せたアラタはそのままトボトボと第08ガンプラ部へと向かっていく。

 

「ガンダムブレイカー……ね」

 

 しかし偶発的にかけられたガンダムブレイカーという名前だが、何故だかアラタには胸の中に強い引っかかりを覚えるのであった。

 

 ・・・

 

「ついに生徒会を撃破……。正直、自分でもここまで出来ると思ってなかったよ。みんなのお陰だね」

 

 第08部室ではサイド0とそれに連なる者達が集まっていた。

 そんな中、生徒会を打ち破ったことがまだ現実味でないのか、それでもユイはこの場にいる全員に感謝の言葉を口にする。

 

『生徒会は現時点をもって解散する』

 

 それがあの時、ユウキが口にした言葉であった。

 絶対的な存在であったユウキ達生徒会の解散……。元々、生徒会長という立場に固執していなかったユウキはアラタ達に敗北したのを切っ掛けにその立場を手放したのだ。生徒会の敗北だけに留まらず、そのニュースは瞬く間に学園中に駆け巡った。

 

「この部室にも感謝が必要ですね。メンバーが集まる切っ掛けにもなりましたし、ここでみんなでガンプラを作るのはとても楽しかった……」

「そうだね、それにここのオンラインバトルシステムが使えたから色々と練習できたわけだし」

「はい、学園全体のオンラインバトルシステムが生徒会の管理下に置かれていたのに、なぜかここと第10ガンプラ部だけは私達が自由に使えた、というのは大きかったと思います」

 

 改めてサイド0のメンバーが集まるきっかけとなった第08ガンプラ部部室を見渡すイオリ。

 感慨深そうに話す彼女に同意しながらユウイはこの部室のガンプラバトルシミュレーターを見ると、その点については感謝と同時に疑問があるのか、イオリは僅かに首を傾げる。

 

「あの、それなんですけど……」

 

 何でなんだろうね、と何気なく話していたユイ達だがそこに口を挟んだのはレイナの隣にいたマリカであった。

 

「元々遮断されていたここと第10部室のシステムを外部サーバと繋げた痕跡が見つかりました」

「それも巧妙に隠されていて、私達が使用していることを外部に漏れないように工作していた跡すらあったわ」

 

 今までなに不自由なく自由に使えていたバトルシステムだが、どうやらそれは外部サーバと繋げられていたから出来たことのようだ。マリカの言葉を引き継ぐように第10ガンプラ部の部長であるレイナは神妙な面持ちで話す。

 

「それって……どういうこと?」

「私、一応……元08ガンプラ部の人達にも聞いてみたんです……。でも誰もサーバの存在すら知りませんでした。つまり……私たちすら知らない協力者がいた、ということではないかと」

 

 何気なく会話をしていたユイやイオリも眉を顰めるなか、マリカなりに調べていたのか、その過程をたどり着いた結論を口にする。

 

「……一人だけ、思い当たる人がいます」

 

 サイド0の協力者は今、この場に集まっている者だけのはずだ。

 一体、誰がそのようなことをしていたのか、頭を悩ませるなか、不意にイオリが口を開いた。

 

「最初に私達がシステムにユーザー登録した後でフレンド申請してきた人達がいましたよね」

「えっと……RECOCOさん……だっけ?」

 

 視線がイオリに集まるなか、彼女が口にした言葉に当時のことを覚えているのか、ユイはその名を挙げる。

 

「ええ、たまにアラタが遊んでいる人ですね」

「……あれ、なんで知ってるの? 俺、そんなこと一言も言った覚えが──」

「問題は隔離されたこのシステムにどうやってアクセスしたのか、です」

「いや、問題は何でそんなことまで委員長が知ってるのかって「ア・ラ・タ?」 アッハイ」

 

 最早、本能的に刻まれた恐怖がアラタにそれ以上の追及をさせなかった。

 

「まあでも、やけに学園や生徒会について詳しかったような……」

「そして更にシステムの情報を書き換えられるほどの技術を持った存在……」

「あっ、でも妙にオバサンっぽいノリだった」

「……大分、絞れそうね」

 

 話を戻し、アラタはこれまでRECOCOと接してきたなかで感じた印象を口にすると、その傍らでどこか引き攣った様子ながらレイナは思案するように視線を伏せる。

 一体、RECOCOとは何者なのか? この場にいる全員の疑問がシンクロするなか、唐突にアラタが所持しているGBが鳴り響く。

 

【やっほー、アラタ君! 遂に生徒会を倒したんだね!! お祝いしたいからチャットルームにきてねっ!】

 

 送り主は噂のRECOCOであった。

 まさかのタイミングに流石のアラタもいつも以上に驚くなか、その様子に気付いたのか、ユイが声をかける。

 

「もしかして今のメール、RECOCOさんから?」

「噂をすれば何とやら、ですね」

「なら丁度、いいじゃない。RECOCOさんに直接、聞いてみようよ」

 

 ユイの問いかけにコクリと頷けば、グットタイミングだとばかりにイオリとユイは食いつく。

 

「そのチャットルーム、私達は入れないの?」

「この人数で? それはキツイなー。悪いけど一人で行かさせてもらえないかな」

 

 RECOCOに強い興味を抱いたのか、そのままRECOCOとのチャットルームに入り込もうとするユイ。いや、ユイだけではなく、他の者達も多かれ少なかれ興味はあるようだ。しかし流石に大人数で、というのもRECOCOも困惑するだろう。ならばまだいつもの自然体で接してくるであろう一人の方が良いのではないだろうか。

 

「……うーん……まあ、アラタ君はRECOCOさんとよく遊んでたんだもんね。彼女については私達で訊くのは止めてとくわ」

 

 そんなアラタの意図を察したのだろう。

 口惜しそうに唸るユイだが、やがて納得したのか、アラタに任せると他の面子も同じように頷いていた。

 

「では、後はお若いお二人に任せますかな。フェフェフェ」

「……ユイ先輩、変な小芝居やめてください」

 

 口髭を撫でるように老人の真似をするユイに呆れ混じりのツッコミをいれながらイオリはアラタを見やる。

 

「真実を確かめたら報告をお願いするわ。それから……もしRECOCOさんが私達の協力者だったとしたら、私達は本当に感謝していると伝えておいて」

 

 その言葉を皮切りにマリカやレイナなどRECOCOに感謝の気持ちを伝えようと私も私もとアラタに言伝を頼むのであった。

 

 ・・・

 

 そしていつものRECOCOとの待ち合わせ時間となった。

 窓からは薄らと茜色の陽が差し込んでくるなか、部室に一人残り、時間を確認したアラタはバトルシミュレーターを起動させてRECOCOとのチャットに臨むのであった。

 

「おめでとう、アラタ君! 学園中、君達の話題で持ちきりだよ~♪」

 

 チャットルームに入れば、既にROCOCOはおり、こちらを確認できるや否やすぐさま声を弾ませながら絡んできた。

 

「これで、みんなが楽しくガンプラを作ってたあの頃に戻ってくる……。本当にありがとう」

「でも、それはRECOCOがいたからこそでもあることだ」

「え……? えぇっと、何のことかな? 私はこうして君とたまにミッションをしてただけで……」

 

 改めて感謝の言葉を口にするRECOCOにその一因は彼女にもあると称えると当人は全くその自覚はなかったのか、アバター越しでも分かるほど戸惑った様子を見せていた。

 

「そ、そうだ。今日もミッション、行こっ!」

 

 褒められると思っていなかったこともあってか、どこかむず痒そうにしたRECOCOは誤魔化すようにしてミッションへ促すとアラタは仕方ないとばかりにため息をつきつつRECOCOとミッションに臨むのであった。

 

 ・・・

 

「やっぱり、アラタ君のガンプラビルダーとしての腕はピカイチだねっ!」

 

 RECOCOとのミッションのステージに選ばれたのは切り立った岩場が点在する荒野地帯であった。

 ここまで幾多のバトルを潜り抜けたアラタと経験豊富なRECOCOの前ではどんなNPCも敵ではないのか、瞬く間にミッション終了へと近づいていた。

 

「生徒会を倒せたのも納得、かなっ!」

 

 最後のボスキャラであるプトレマイオスⅡが出現するなか、その攻撃を掻い潜りながらRECOCOはν-ブレイカーの性能、そして何よりアラタ自身の腕前を称える。

 

「じゃあ準備運動はここまで! 生徒会長を倒した最強のチームのリーダーが使うガンプラの本気、見せて──」

 

 RECOCO自身、ν-ブレイカーの性能がいかほどのものなのか、実際に目の当たりしたいのだろう。

 肩慣らしも程々にアラタの全力が見たいと促そうとした瞬間──。

 

 

 

 

 

 

「──うん、見せて欲しいなぁっ」

 

 

 

 

 

 それは突然の出来事であった。

 一筋の高出力ビームが唐突に放たれ、プトレマイオスⅡのブリッジを貫き、音を立てて轟沈させたのだ。

 

「これは外部から……?」

 

 撃破したのはν-ブレイカーでもグリーンドールでもない。

 新たな参戦者の存在をシミュレーターが知らせるなか、アラタが確認すればそれは学園ではなく外部サーバから乱入してきたようだ。

 

「あれ、は……」

 

 すると墜ちていく箱舟の上方から鮮血の如き赤い粒子が散っており、釣られるままに見上げればそこには赤き光の翼を広げたガンダムの姿があるではないか。それはデスティニーガンダムをベースにしつつカスタマイズを施したガンプラであった。

 

「この世界のガンダムブレイカーのチ・カ・ラを」

 

 その名はガンダムパラドックス。

 矛盾の名を持つガンダムを操るのは口元に強かに獲物を狙う猛獣のような笑みを浮かべる金色の瞳を持つ少女・ルティナであった。




おまけ
アラタ&リュウマ(ホワイトデー)

【挿絵表示】

アラタ「どーもどーも、アナタの天才ですよ」
リュウマ「……あれ、こういうのって女連中がやるんじゃねえのか?」
アラタ「筋肉馬鹿は黙ってポーズとってなさいよ。こういう時にしか出番は周ってこないんだよ」

・・・

ガンプラ名 ガンダムパラドックス
元にしたガンプラ デスティニーガンダム

WEAPON GNソードⅡブラスター(射撃と併用)
HEAD ガンダムデスサイズヘル
BODY デスティニーガンダム
ARMS デスティニーガンダム
LEGS Hi-νガンダム
BACKPACK スクランブルガンダム
SHIELD アンチビームシールド
拡張装備 レールキャノン×2(両腰部)
     レーザー対艦刀×2(背部)
内部フレーム補強

例によって活動報告のリンク先に画像があります。


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革新の序曲

「なんだ、あれ……?」

 

 突如として乱入してきた謎のガンプラ、ガンダムパラドックス。

 そのあまりに突然の登場に唖然とするが、パラドックスはお喋りをしに来たわけでも共にミッションを遂行する為に乱入したわけでもない。

 

「いくよ」

 

 目的はあくまでν-ブレイカーのようだ。

 パラドックスはその主武装であるGNソードⅡブラスターの銃口をν-ブレイカーに向けると一声かけたと同時にその引き金を引く。

 

「ッ!」

 

 パラドックスの存在には驚いたもののだからといってそのまま攻撃を受けるほどアラタも愚かではない。

 すぐさま飛び退いてパラドックスに対応しようとするも、センサーがけたましく反応を示す。

 釣られるように顔を上げて見れば、そこには光の翼を広げて眼前にまで迫るパラドックスの姿があるではないか。

 

 パラドックスのツインアイがギラリと輝く。

 まるで肉食動物の標的にされたかのような息がつまる緊張感に襲われるなか、このままではマズイとアラタも高トルクモードを発動させて対応してみせようと穿つように拳を放つ。

 

「──じゃーんけーんっ」

 

 抉るように風を切り、パラドックスに迫るν-ブレイカーのマニピュレーター。後数秒で叩き込まれるものかと思いきや無邪気な声が通信越しに聞こえてくる。するとパラドックスは掌から目を覆いたくなるほどの強烈な閃光を溢れた。

 

「ぽいっ」

 

 高トルクモードの一撃とパルマフィオキーナが同時にぶつかり合う。

 しかし表情を険しくさせるアラタとは対照的にルティナはまるで微風を受けているかのように涼しげであり、次の瞬間、パラドックスのパルマフィオキーナはそのままぶつかり合うν-ブレイカーのマニピュレーターを文字通り、握り潰したのだ。

 

「ルティ、ナ……ちゃん……?」

 

 アラタに動揺が走るなか、瞬時にパラドックスのレールガンが至近距離で叩き込まれ吹き飛ばされてしまう。

 そんな光景を目にしながら、RECOCOの瞳はずっとパラドックスを捉えていた。それはまるでどうして、と今すぐにでも問いかけんばかりに困惑に満ち溢れていた。

 

「やっぱりハッタリがないとこんなもんなのかなー? リアルタイムカスタ何ちゃらってのもあの時は驚いたけど」

「あの時……?」

 

 荒野地帯はまさに凄惨な程に荒れ果てるなか、どこか落胆とした声がパラドックスから聞こえてくる。しかし彼女がいうのはリアルタイムカスタマイズバトルのことであろうが、あれは”この世界”のガンプラバトルシミュレーターの基本システムの一つだ。声からしても自分と同じ年頃であろう少女が今更、驚く機会などないだろう。

 

「っつーかさ、なに? ルティナのこと覚えてないの?」

「なに……?」

 

 パラドックス、そしてそれを操る少女への疑問が次々に湧き上がってくるなか、不意に少女ことルティナはアラタと面識があるかのような言葉を投げかけてきたではないか。

 

「一年くらい前にルティナ達に絡んできたじゃん。散々、パラドックスのこと褒めてくれたのに」

「一年前……?」

 

 ルティナの発言に今一、要領を得ないアラタはますます眉を顰めていく。

 一年前と言われても、当時のアラタはまだガンブレ学園にも転入していない頃の話であり、だとしてもルティナと名乗る少女どころかパラドックスに見覚えはな──。

 

『今の君を呼んでいる。だからいってらっしゃい』

 

 その矢先、脳裏を稲妻のように駆け巡った記憶があった。

 しかしそれはまさに一瞬のことであり、思い出さそうとしても靄がかかったように鮮明とせず、それが何であるのかは分からなかった。

 

『あはっ! あははははっ!! もぉ最っ高!! 次はどんなことしてくれるの!?』

 

 しかしその中では確かに目の前のガンプラと少女と思わしき記憶の断片があったのだ。

 だがこの記憶が何であろうと自分に、ましてや一年前にそのような出来事はなかった。だからこそ思い出そうとしても鮮明としない身に覚えのないはずの記憶に悩まされてしまう。

 

「はーっ……なんか白けちゃった。今回はいきなりだったし、次はちゃんとバトろうね」

「おい、お前は──」

 

 そんなアラタを察してこれ以上、まともなバトルは出来ないと気分も冷めてしまったのか、退屈そうに声をあげたルティナはアラタの呼び止める声も気に留めず、一方的にログアウトしてしまう。

 

「ルティナちゃん……」

「……知り合いか?」

 

 ν-ブレイカーとグリーンドールしかいなくなった荒野ステージで先程のパラドックスのビルダーであろう少女の名を口にするRECOCO。そんな彼女に先程の謎だらけの少女について尋ねてみれば……。

 

「うん、現実の方でお腹空かせて困ってたところを拾って……」

「野良猫か」

 

 一体、現実でRECOCOとルティナの間になにがあったのか、それはそれで気になるところではあるが一先ず、アラタはその話を頭の隅に追いやる。

 

「ねえ、俺も現実で会えたりしない? RECOCOには感謝してるし、直接、お礼したいんだけど」

「えっ……? 直接って私に……?」

「それ以外、誰がいるんだよ」

 

 数時間前のユイ達との会話でも触れられていたが生徒会を乗り越えることが出来たのはサイド0だけの力ではない。出来るならばチャットルームではなく現実世界でRECOCOに直接、感謝の想いを伝えたいのだ。

 

「ダ、ダメダメ! 私、ユイさんやイオリさんみたく可愛くもないし」

「容姿の良し悪しでお礼を躊躇うほど狭量じゃないけど」

「じ、実は……こんなアバター使ってるけど俺、男なんだ。しかもお前より年上でさ」

「嘘が下手だな。ってか、それエボルトゼミでやった」

「エボ……?」

 

 余程、現実世界で会えない理由でもあるのか、なにかにつけて断ろうとしてくるRECOCOにアラタも引き下がるつもりもなく話し続けるとやがて観念したようにRECOCOは一息つく。

 

「……誤解しないでね。君に会いたくないわけじゃない、嫌いとかでもないの。だけど……」

「……そんなにダメなの?」

 

 RECOCOにはどうしても渋ってしまう理由があるようだ。しかしここまで頑なな態度を取られると思っていなかったアラタはどこか物悲しそうに視線を伏せ、会話は途切れてしまう。居た堪れない空気が流れるなか、やがてRECOCOは意を決したように息を呑む。

 

「……分かった。それじゃあ、二つ約束して」

 

 何とRECOCOは条件こそあるようだが現実世界で会うことを承諾してくれたのだ。

 

「明日の放課後……。扉から背を向ける形でそこに座っていて。やっぱり顔を見られるのは恥ずかしいから……。それと私のほうは今と同じチャットで話すから。ちょっと今、酷い風邪で声が出せないの」

「……分かった。悪いな、無理言って」

「ううん、私こそごめん。色々と条件つけちゃって。でも私も会えるのは楽しみにしてるからっ」

 

 やはりどうしてもRECOCOの正体に繋がるようなことはしたくないようだ。

 だがそれでも現実世界で同じ空間を共有できるというのであればこれ以上、無理を言うつもりはない。幸い、RECOCOも本心なのか、声を弾ませてくれている。

 

「それじゃあ、また明日っ」

 

 果たして明日、一体、どのようなことが待っているかは分からない。

 だがそれでも不思議と明日を待ち望みにしている自分もいる。だからこそアラタも気持ちよく今日もRECOCOとの時間を終えるのであった。

 

 ・・・

 

「ふーん。それで明日、会うことにしたんだ」

 

 それから数時間後、吸い込まれそうなほど青黒い空の下、ガンブレ学園から程近い公園に二人の人影があった。

 一人はルティナであり、先程のアラタとRECOCOの事の顛末をRECOCOのアバターの所有者から聞かされていたようだ。

 

「えっ? 何で乱入なんかしたんだって? そりゃあ、あの子がガンダムブレイカーだからだよ」

 

 とはいえ、その事について然程、興味がないのか、所在無くブランコに揺られていると先程、バトルに乱入してきたことについて問われたルティナは何気なく答えると笑みを浮かべる。

 

「あの子が……あのガンダムブレイカーが何を創るのか、すっごく気になるんだ」

 

 ガンダムブレイカー……。RECOCOのアバターの所有者からすれば聞き馴染みはないがルティナにとってはそうではないようで、何か特別な意味でもあるのか、嬉々とした様子で楽しそうに話す。

 

「あはっ、心が弾むなぁ」

 

 アラタがガンダムブレイカーである以上、この少女は再び彼の前に現れるだろう。

 そしてだからこそ、これから彼女を発端にして起こる出来事や出会いがアラタを待ち構えて彼を試すのであろう。今はただ穏やかな静寂のなか、ルティナは言葉通り、声を弾ませて夜空を見上げるのであった。



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学園再興

 パラドックスとの交戦やRECCCOとのやり取りがあった翌日の放課後。

 アラタはサイド0のメンバーに事情を明かし、ユイ達もアラタやRECOCOの意志を汲んでくれて今日は部室にはアラタ一人しかいなかった。いつもは賑やかに感じる部室にアラタ一人ということもあって、僅かな物音でさえ静かに響き渡って耳に残る。

 

 指定された通りに部室の扉に背を向けた形で座っていると不意に第08部室に近づいてくる足音が聞こえてくる。もしかしてと僅かに緊張感を感じながらその音に意識を集中させると足音は部室の扉の前でピタリと止まり、ガチャリと扉が開いた。

 

【──ちゃんと後ろを向いててくれて、ありがとう、やっぱり顔を見られるの、恥ずかしいから……】

 

 程なくしてGBにRECOCOからのメールが届く。

 どのようなやり取りになるのかと思っていたが、背後からは微かにタップ音が聞こえており、やはり直接話すよりも媒体を通してやり取りをするようだ。

 

【私はここにいるけど、ぜーったい振り返っちゃダメだからね? それじゃ、チャットルームに入るね】

 

 そこまでしてまで正体を明かせない理由があるのだろうか。

 先日は酷い風邪と言ってはいたが、少なくとも咳き込んだりとそれらしい様子もないので正体を隠すという理由で間違いはないだろう。

 

「──うーん、やっぱりこの方が落ち着くなー。私達、ずっとこれで喋ってたしねー」

 

 そんな風に考えていると、どうやらRECOCOはチャットルームに入ったようだ。

 本人は自身のすぐ後ろにいるにも関わらず、開きっぱなしにしているガンプラバトルシミュレーターのスピーカーから聞こえてくる馴染み深いRECOCOの声に思わずクスリと笑ってしまう。

 

「でも……お礼ってことは気付いちゃったんでしょ? 私がここと第10ガンプラ部のバトルシステムをこっそりオンラインに接続したこと……」

 

 すると本題とばかりにRECOCOが先日のアラタが口にした礼について切り出してきた。

 

「ついでに白状しちゃうと、サイド0の勝利を学園のみんなに情報として伝えたり、シャクノさんにバトルが始まるタイミングを教えたのも私。注目を集めることで生徒会側の不正や圧力を防ぎたかった。他にも色々……。サイド0が有利になるよう、裏でこっそり動いてたわ」

 

 これにはアラタも驚いた。

 バトルシステムはRECOCOだと思っていたが、毎回、妙に良いタイミングで姿を現す放送部は全てRECOCOの差し金だったのか。それに他にも彼女は言葉通り、手を尽くしてくれていたようだ。

 

「私……どうしても学園をあのままにしたくなかった。でも、私自身が直接、表に出て何かするわけにはいかなくて……。結果的に、アラタ君達を利用するような形になってしまった」

「そんなこと──」

 

 そんなことない、RECOCOの言葉をそう否定しようとした瞬間、不意に柔らかな感触と甘い香りが鼻をくすぐった。

 

「……だから、お礼とお詫びを言わなくちゃいけないのは私の方なの。本当に、本当にありがとう」

 

 スピーカー越しに聞こえるRECOCOであってRECOCOではないような声や仕草。

 それはいつもの明るく茶目っ気のあるような話方ではなく、まるで本心から話すかのようだった。

 

「ごめんね、色々と黙っていて。それも全部解決してから、こんな風に話すなんて……ズルいよね」

 

 否、紛れもなく本心から話しているのだ。

 RECOCOは……アイダ・シエは。

 

「そう……。私、ずるい大人なんだ……。こうして直接、君に顔を合わせることも出来ない……」

 

 部室にはアラタとアイダの二人だけ。

 アラタの背後から抱きしめる形で話すアイダは自嘲するような笑みを漏らす。それは懸命に戦って、勝利を収めたアラタにいまだアバターを通じてでしかやり取りできない自分を嗤うかのように。

 

「……別に気にしないし、RECOCOがいたからこその結果でもあるんだ。顔を見せたって俺は──」

「ううん、そこは私が我慢しなくちゃいけないの。大人だからね♪」

 

 彼女はただサイド0を利用してしまったと考えている。

 だからこそそんな自分が顔を合わせる資格はないと思っているのだろう。だがそんなことはない。何よりそんなことをアラタは気にしていない。だからこそ振り返ろうとするがその前に抱きしめられる腕に力が込められて制されてしまう。

 

「……寧ろ、そんな言い訳をする方がずるいよ。そっちの方が余程、俺は……」

「ありがとう、アラタ君……。でも、これ以上は本当にダメなんだ。だから、ね?」

 

 アラタの声にやるせなさが混じる。

 彼女も彼女なりに考えて、その選択を取ったのだろうが下手にただ利用されたと言われるよりもそうやって逃げられる方が思うところがある。

 それはアイダも分かっているのだろう。それでも自分にはサイド0やアラタを囲む温かな面々の中に入る資格はないと諭す。

 

「これからのガンブレ学園は、また誰でも自由にガンプラバトルが楽しめるようになる……。だから君も、もっと色々な人と出会って、戦って……もっともっと、強くなれるよっ」

 

 アラタはまだまだ年若い青年だ。

 生徒会を乗り越えたとはいえ、いや、だからこそまだまだ彼の未来は未知数であり、多くの出会いや経験を得ることで多くの道が開かれることであろう。

 

「だから、私とのミッションはここでおしまい……。今までありがとう」

 

 本心から言えば、まだまだアラタとの時間を大切に楽しみたい想いだってある。

 だが自分にはアラタの傍にいる資格はない。そんな都合の良いことをするわけにはいかないのだ。だからこそ自分はただの過去としてさっさと忘れてもらい、アラタには輝かしい未来を進んで欲しい。

 

「……冗談じゃない」

 

 それを何より拒否したのは他ならぬアラタであった。

 静かに、だがそれは確かに明確な意思をもって拒否したのだ。

 

「もうっ……ワガママ言わないの。君にはサイド0……ううん、多くの仲間達がいるじゃない」

「RECOCOはその一人じゃないのか? ワガママ言ってるのは寧ろRECOCOだろ。それともRECOCOにとってはそうやって切り捨てられる程度のことだったのか?」

 

 アラタには多くの仲間がいる。自分との時間がなくなったとしてもきっと大丈夫な筈だ。

 そう考えていたアイダではあるが、アラタは決して頷くことはなかった。何故ならアラタにとってRECOCOは……アイダは大切な仲間の一人なのだから。

 

「そんなことはないっ。だけど……このままの関係は続けることは出来ない……。だからっ……!」

「それは勝手にRECOCOが決めたことだ」

 

 アラタの言葉に反発するように間髪いれずに否定される。アラタを抱きしめる腕に籠もった力を考えてもそれは紛れもなく本心からの言葉なのだろう。そのこと自体はアラタとしてもこれ程嬉しいことはない。だが、だからこそここでRECOCOとの関係を終わらせるわけにはいかないのだ。

 

「……大人の振りなんて止めろよ。ガンプラに大人も子供もない……。したいことをして、楽しむをするのが一番なんじゃないか。そして俺達はそのガンプラが結んだ仲間だろ? だったらRECOCOが本当にしたいことを言ってくれよ」

 

 RECOCOの正体を知ることが出来ないというのなら、それでも良いだろう。だが訳も分からないまま、RECOCOとの関係を終わらせるつもりなどない。彼女はこのままの関係を続けることは出来ないと言っていたが、未来は何が待っているかは分からない。ならば下手に賢しい真似をするよりは好きにしたって良いはずだ。

 

「……じゃあ……ここからは、ひとりごと」

 

 アラタには今、背後にいる人物がどのような感情を抱いているのかは見えない。しかし身体に伝わってくる腕の震えは間違いなく当人の心境を表したものに違いない。するとアラタの言葉が届いたのか、RECOCOはポツリと漏らす。

 

「……君が卒業するまでは、これまで通りオンライン上のフレンドでいて欲しい」

 

 それはあくまででも独り言。そう、彼女の本心が漏らした独り言だ。

 

「もし……もし、君が卒業しても私のことを気にかけていてくれるのなら……その時は、またここで会いましょう」

 

 きっとその時こそ本当の意味でRECOCOを知り、向き合えるのだろう。

 少なくともこのやり取りでRECOCOがガンブレ学園に身を置いていても生徒ではなく、立場のある存在なのだということはアラタも察して頷く。

 

「じゃあ、またねっ」

 

 そう言い残し、今までアラタを抱きしめていた腕がそっと離れて、ガチャリとドアの開閉音が静かに響く。

 

「……ああ、またな」

 

 身体にはまだ仄かに温もりが残っている。

 自分以外に人がいなくなった部室でアラタは一人、友達と再び会うために別れの挨拶を静かに零すのであった。

 

 ・・・

 

 シイナ・ユウキ率いる生徒会とサイド0の熾烈な戦いから早数ヶ月。平和を取り戻した私立ガンブレ学園は自由を手に入れた生徒達によって日々活気に溢れていた。ユウキの生徒会解散発言を受け、生徒会の再編制に伴い、投票が行われ、新生・生徒会が発足したのだ。

 

「……はあ、片付けても片付けても終わる気がしない」

 

 ……とはいえ、まだ活動もままならぬのだが。

 生徒会室に響いたのはユイのため息だ。今、アラタとユイの二人はユウキ達旧生徒会が使っていたこの部屋の片付けに追われていた。

 

「いくらなんでも散らかしすぎよね……。シイナ君もセナ君もちゃんと片付てから引退しなさいっての、もぅ」

「立つ鳥何とやら……。っていうか、何で俺達が片付けないといけないのさ」

「後でリョウコ達が手伝いに来てくれるとは言ってたけど、今週は片付けだけで終わっちゃいそうだね」

 

 まだまだ物が散乱してはいるが、これでもまだマシになったほうだ。最初は文字通り、足の踏み場もなかった。

 とはいえ、これが中々の身体的負担になる為、文句が絶えないなか、ユイはふと壁に貼られたカレンダーを見やる。

 

「でも、何だか不思議。こうしてまた、生徒会役員として生徒会室に戻ってこれたなんて」

 

 そう、新生生徒会にはユイもまた名を連ねているのだ。

 

「私は三年だから任期が短くて申し訳ないんだけど……よろしくね、アラタ会長」

 

 そして何よりアラタはガンブレ学園の新しい生徒会長に就任したのだ。

 これは多くの生徒達の後押しや投票があったことから実現したことであり、まだ発足したばかりだがこれから体制も変わることもあり激務が待っていることは想像に難くない。

 

「こちらこそ、ユイ副会長。まだまだ混乱することばかりだけど、少しでも多くの生徒を納得させられるように努めるよ」

 

 そしてユイは副会長だ。

 生徒会の圧政に苦しむ者もいれば、そこで受けられる恩恵を享受する者もいる。アラタも多くの生徒達を見て来た。彼ら全てを満足させることは出来ないが、それでも自分なりのことはするつもりだ。その為には他の生徒会役員達の協力が不可欠であり、アラタの言葉にユイは「勿論っ」と声を弾ませる。

 

「ところで……この部屋って先生達も来ないし、生徒も生徒会役員以外は入れないし……。そ、それで今……私達は二人きりというか……」

 

 再び掃除に戻ろうとした矢先、ふとユイがしおらしく話し始める。

 チラリと見てみれば。何やらもじもじと気恥ずかしそうにしているではないか。

 

「その……アラタ君って私のことをどう思ってるのかな、みたいな……。せっかくだから、ちゃんと聞いておきたいな、って……」

 

 二人きりの空間、目の前にはしおらしく身体を揺すっている美しい少女。そんな姿を見れば、やはりアラタといえど何も思わないわけではなく、彼もまた気恥ずかしそうに頬をかく。

 

「どうも何も……ユイ姉ちゃんはユイ姉ちゃんだろ。昔馴染みでいい加減なところもあって、でも芯があって……。昔から姉ちゃんとして頼りになったからこそ今、恩返ししたいって言うか、支えたいって言うか……」

 

 いつも通り話すようでも、やはり恥ずかしいのか、ユイから目を逸らしながら何とか言葉を紡ぐ。ここに他のサイド0のメンバーなどがいれば違ってくるのだろうが、やはり幼馴染みである分、ある程度、踏み込んで話せるところもあるようだ。

 

「──あら、タイミングを間違えたかしら」

 

 えっと、だからその……と言葉を悩ませるアラタに恥ずかしそうにしながらもユイはその一字一句を聞き逃すまいと高鳴る鼓動を感じながらアラタをジッと見つめる。段々と互いに鼓動の音が煩く感じるなか、冷や水を浴びせるかのように入り口からアラタでもユイでもない第三者の声が聞こえてきた。

 

「レ、レイナちゃん!?」

「お掃除の手伝いに来たのだけれど……。悪いことをしたかしら」

 

 何故、ここにレイナがいるのかと目を見開いて驚くユイの疑問に答えるように話すレイナだが、言っている割には当人は一切、悪びれた様子もなくどこかクスクスと笑ってさえいる。

 

「盗み聞きするつもりはなかったのだけれど……。私も良ければ聞かせて欲しいわ」

「な、なにを……」

「私のことどう思ってるの、とか?」

 

 掃除の手伝い、というのは嘘ではなく、本当にタイミングが悪かったのだろう。

 これでは聞けずじまいだろうと凹んでいるユイを他所にレイナはそのままアラタに歩を進め、彼の前で覗き込むように前屈みになると、アラタはその悪戯っ子のような笑みにドギマギしてしまう。

 

「そ、それは……年上だし……そのっ……捉え所がないっていうか、ミステリアスっていうか……。でも、傍にいると落ち着くし……。な、なんかユイ姉ちゃんとは違うベクトルの姉ちゃんって感じで……」

 

 先程のユイの件や今、目の前にいるレイナのせいでアラタ自身、雰囲気に呑まれているのだろう。

 しどろもどろになりながら、ありのままに感じていたことを口にするとその言葉に強く反応したのレイナではなく、ユイであった。

 

「あら、からかってみただけなのだけれど、そう言ってくれるのは嬉しいわ。意地悪してごめんなさいね」

 

 しかしそんなユイを他所にレイナはアラタを抱き寄せると、そのまま自身の豊満な胸にアラタの頭を抱え込む。

 顔中に広がる柔らかな感触と彼女の甘い香りに脳がくらくらとやられていくような感覚を味わっていると不意に腕を強く掴まれる。

 

「ちょっと待って! アラタ君のお姉ちゃんは私だけだよねっ!?」

「あら、印象の話よ? それにそういうことを言うと彼が困っちゃうわ」

 

 アラタの腕に抱きつくように絡まりながらアラタに問い詰めるユイにレイナは依然とアラタを離すことなく彼の頭を撫で続けている。しかし食い下がろうとしないユイに対し、レイナもアラタを離そうという素振りもなく、どんどんと空気が張り詰めるなか、次なる来訪者は突然現れた。

 

「ちょっと待てっ!」

「リョウコちゃんっ!」

 

 乗り込むように現れたのはリョウコであった。

 リョウコの登場にユイとレイナが驚くなか、レイナの胸から離れたアラタは彼女の名を口にする。これで一先ずこの場を収めることが

 

「私も姉だっ!」

「リョウコちゃんッッ!?」

 

 ……出来なかった。

 これが後にガンブレ学園に伝わる守護神イオリチャンに続く第一次姉戦争の勃発である。

 

「……何か凄いことになってるわね」

「アラタ先輩のことは大切ですけど、あの輪に入る自信はないです……」

 

 リョウコと一緒に来ていたのだろう。

 後からイオリとマリカが顔を出すなか、彼女達は現在、アラタを巡って三つ巴となっている目の前の状況を見て、嘆息していた。そうしていると最後にリュウマが遅れてやってくる。

 

「これからも大変だなぁ、会長さんよぉ」

 

 もう既に辟易しているアラタを見て、リュウマは愉快そうに笑う。

 アラタを生徒会長にユイとリュウマは副会長、そして書記のイオリと会計のマリカによって構成される新生生徒会。これからも波乱の日々が待っていることだろう。だがきっと乗り越えられると目の前の賑やかな光景を見ているとそう思わずにはいられないのだ。

 

 




いよいよ次章で最終章です。

おまけ
気の早いエイプリルフール絵
イチカがいるならどこかの世界にはアラタ(♀)とリュウマ(♀)もいる説

【挿絵表示】


リュウマ(♀)「アンタ、ビルダーなのか!? だったらアタシと勝負しようぜ! な? なっ!?」
アラタ(♀)「あら、また誰彼構わずちょっかいかけてるのかしら」
リュウマ(♀)「いや、ちょっとバトルするだけ──」
アラタ(♀)「ウチのお馬鹿さんがごめんなさいね。この娘の面倒はこの天っっ才美少女ビルダーが見るから、アナタはもう行って良いわ」
リュウマ(♀)「おい、まだ何もしてな──」
アラタ(♀)「バトルなら私が付き合ってやるわ。アンタは私くらいじゃないと面倒見きれないもの」

なお、この世界線だとユウキはより面倒臭くなる模様


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最終章 さあ、未来を組み立てようか
ガンダムブレイカー


 満天の夜空に輝く星々に想いを馳せる。

 それはまるで世界を照らさんとばかりに煌き、今なお輝き続けている。

 

 ──争いの連鎖を断ち切る英雄。

 

 ──輝ける未来をその手に掴む覇王。

 

 ──想いを継ぎ、輝きを放つ新星。

 

 ──希望の守り手。

 

 ──守護の花を抱きし気高き獅子。

 

 ──目醒めし最強の遺伝子。

 

 ガンダムブレイカー。

 その名を持つ者達は破壊と創造によって新たな可能性を示してきた。彼らは同じ名を持っていても夜空に輝く星々のようにその胸に抱く輝きはそれぞれ異なり、だからこそ多くの者に影響を与えてきたのだ。

 

 彼らの想いは魂の絆のように受け継がれていく。

 そしてそれは世界を越え、また新しいガンダムブレイカーへと……。

 

 ・・・

 

「──各クラスからの展示内容、全てチェック終わりました。飲食については関係各所への届出も手配済みです」

 

 サイド0がシイナ・ユウキ率いる生徒会を打ち倒してから数ヵ月後、アラタを生徒会長に誕生した新生・生徒会は今日も活動している。そんな生徒会執務室ではイオリが書類片手につらつらと滑らかに読み上げていた。内容は今度、開催される文化祭についてであり、言ってしまえば新生・生徒会が発足してから初めての行事だ。

 

「さすがイオリちゃん、仕事にソツがないわね。講堂のスケジュールはどうなっていたかしら」

「そちらも来賓の方々による講演についてはFIX済みだ。スペシャルLIVEについては……」

 

 イオリの手際の良さを称賛しつつ、ユイも次の話題に切り替えれば文化祭への手伝いとして会議に参加しているリョウコが答えながら室内にいるシオンに視線を投げかけると……。

 

「シオンのスペシャルLIVEは臣民達がバッチリ準備してくれてるよーっ! 音響も照明もぜーんぶ、ボランティアでやってくれるってー!」

 

 流石のシオン公国というべきか、声を弾ませるシオンに苦笑してしまう。しかしこれで予算も浮くというものだ。

 

「……っーつことはアレか。俺達生徒会の出しモンだけが決まってねえんだな」

「どうするの、アラタ。前に折角だからバトルイベントやりたいって言っていた気がするんだけど」

 

 書類と睨めっこしながら馴れない仕事にすっかり辟易しているリュウマは唸りながら口を開くと、その隣でイオリはこの生徒会の長であるアラタに声をかける。

 

「……あぁ? あー……そうだなぁ……」

「他にもちなちー発案のデコレーションコンテスト、シロイ先輩主導の来場者対象の塗装教室、何より……」

 

 どこかぼーっと頭が働いていない様子のアラタは覇気のない声を漏らしている。そんな彼にイオリは別の書類を手に取るとそこに記載されている内容に目を通しながらどこか複雑そうにソファーの方に目をやると……。

 

「なんだい? 僕はアラタ君と文化祭用のPGア・バオア・クーの作成と併せてザクとジムを量産していて非常に眠いのだけれど」

「……いや、何でシイナ先輩がまだここに寝泊まりしているんでしょうか」

「アラタ君に誘われて断る理由はないよ」

 

 そこには前生徒会長であるユウキの姿があるではないか。近くのテーブルには精巧に組み立てられたジムとザクⅡの姿があり、彼の言葉通りならば全てが完成された暁にはさぞや壮観なことであろう。とはいえそもそも何故、いまだユウキがこの場にいるのかが理解できないように話すイオリだが、寧ろユウキからはそんなことも分からないのかとばかりの態度に神経を逆撫でされてしまう。

 

「……巨大ジオラマとか作ってみたいって話から昔話に華が咲いて今に至るとしか」

「何でそう変な方向に対しては思い切りが良いのよ。ただでさえ生徒会長になってからやつれてるんだし、もう少し身体を大事にしてよ」

「分かってるって」

 

 どうなってるんだとばかりにイオリに睨まれたアラタはシートに身を預けたまま力なく答えている。生徒会長としての活動だけではなく、そんなことまでやっていれば疲労は当然というべきか。とはいえ妙な行動力にイオリも呆れてしまう。

 

「最初は馬鹿みてぇに次々に案を出してったとは思ったけど、気付けば殆どを実現させようとしてんだもんな」

「それに関しては学園の皆のお陰だよ。遊びに行く先々で話してたら食いついてくれて手伝ってくれたり、必要ならカンバしても良いって言ってくれたからな」

 

 バトルイベント、コンテスト、塗装教室に巨大ジオラマ。気付けば色んな案が出てきたものだ。しかしそれら全てが実現への目処が立っているという。呆れを見せながらもアラタの手腕には純粋に感心しているリュウマにアラタは生徒会室から見える学園生活の様子を横目にしながらどこか嬉しそうに話す。

 

「でもこれ以上はないわよね。コンテストに塗装教室、巨大ジオラマはもう良いとしても流石にそろそろ生徒会としての出し物を──」

「入るぞ」

 

 あくまでその三件は正式な生徒会の出し物というわけではない。バトルイベントならばそれはそれで話を進めていかねばならない。そう言って進行役としてイオリが話している最中に遮るようにして生徒会室の扉が開いた。

 

「聞いたぞ。生徒会の出し物はまだ決まっていないそうだな」

 

 そこにはアールシュを筆頭にレイナとアヤ、そしてアカリの姿があった。

 突然の訪問に驚くなか、アールシュはペースを掴むかのように口を開く。

 

「安心せよ。この俺が貴様らに代わって考えてきてやったのだからな」

「アールシュさんが生徒会の出し物を……?」

 

 フンッ、と自信ありげに鼻を鳴らすアールシュではあるが、どうしても嫌な予感しかしない。誰もがアールシュに対して疑心の目をむけるなか、彼はお構いなしに話し始める。

 

「現生徒会長ソウマ・アラタのガンブレ学園での活躍を描いたドキュメンタリー映画であるッ!」

 

 甲高くバーンッと聞こえてきそうなほど自信満々に言い切ったアールシュ。その隣で呆れているアヤとアカリを他所に拍手をしているレイナだが、対して生徒会の面々は誰もが呆気に取られていた。……一人を除いて。

 

「……なんだよ、結構面白そうじゃないか。勿論、主演はこの天才だろ」

「なに言ってんだよ、会長ッ」

 

 先程まで口数も少なく、疲労感を見せていた人間とは思えないほど乗り気である。すぐさまリュウマのツッコミが響いた。

 

「なんて声出してるんだリュウマァッ。俺はガンブレ学園生徒会長ソウマ・アラタだぞ……! 主演を張るくらいなんて事はない……!」

「いやお前、馬鹿だろ。コウラもなんか言ってやr──」

 

 疲労感を堪えてでも主演に臨もうとするアラタに呆れるなか、リュウマはこの手のツッコミはお手の物であるイオリに話を振るのだが……。

 

「……ヒロインは主人公の隣の席のクラスメイトで委員長をやっているというのはどうでしょうか」

「それはただのお前じゃねえかッ!」

 

 神妙な面持ちで提案をするイオリだが、まさかイオリがこのような行動を起こすとは思っておらず、たちまちリュウマのツッコミが再び響き渡る。

 

「うーん、だったらそこは幼馴染みのお姉さんがヒロインっていうのはどうかな。サブタイが希望の未来へのミッションスタートで」

「……その、後輩もアリかと。終わらないガンプラライフへというタイトルで」

 

 イオリが言えば、他も黙っているわけがない。そこからユイやマリカ、果てはリョウコやシオン達など次々に自分の案を口にしては乗り気ではない面々の頭を悩ませる。やがて収拾がつかなくなると判断したレイナを手をポンと叩くと……。

 

「具体的に誰かにすると角が立つわ。ここはアラタ君とリュウマ君をメインにしましょう」

「……いや、俺はそこまで乗り気じゃねえって」

「ストーリーは学園中から追われる身になったアラタ君が生徒会に操られているリュウマ君を取り戻して、最後は奇跡のR-ブレイカーで出撃よ。映画タイトルはBe The OneでAre you ready?」

「ダメです!」

 

 助け舟を出すかのように話しているがその実、ただただ混乱を助長させているだけである。というよりここまで行くとドキュメンタリーではない。

 

「えぇい、喧しいぞ貴様等。脚本・総監督はこの俺が行う! まずはダンススケジュールから──」

「インド人は座ってろッ!」

 

 次々に案が出てくることは意欲的ではあるが、纏まりがなくなって場はただただ喧騒としてきた。

 やがて耐え切れなくなったアールシュがホワイトボードを叩きながら指揮をとろうとするがすかさずリュウマに止められる。

 

「大丈夫ですか?」

「……お、おう」

 

 次々に案が飛び交うなか、ゼェゼェと息を切らしたリュウマは一人、近くのソファーで腰掛けると彼を気遣ってその隣をアカリが座る。

 

「お前こそ第10ガンプラ部に転部したって聞いたけどどうだ?」

「充実していますよ。こんな私を受け入れてくれた部長様には感謝し切れません」

 

 生徒会の解散もあり、第10ガンプラ部へと身を移したアカリ。その事について話している朗らかな表情を見ても嘘ではないのだろう。その表情を見て、リュウマも笑みを浮かべる。

 

「ところで映画の件ですが、オリジナルビデオ枠でブレイカーNEW WORLD 機動戦士ガンダムレイジングというのもアリかと」

「勘弁してくれ」

 

 すると唐突にアカリまで先程の話を掘り返してきた。どうやら乗り気ではなかったのはアラタがメインであったからのようだ。とはいえその気がないリュウマはソファーに身を預けたまま天を仰ぐのであった。

 

 ・・・

 

「──それで結局、映画化はなしになったんだ」

 

 放課後、夕焼けの下でボチボチと生徒達が下校するなか、今日も今日とてミッションを行っていたフレンドであるRECOCOは事の顛末を聞いて苦笑する。

 

「なんだ、それはそれで見たかったんだけどなー」

「元々バトルイベントをやるつもりだったしな。でなければ毎日のようにRECOCOに付き合ってもらってミッションの調整をする意味はなくなる」

「私は楽しいから良いんだけどね」

 

 彼らが作ると果たしてどのような作品となるのか、それはそれで興味があるのか、残念ぶった様子のRECOCOだが、アラタも実際のところ本気ではないようでウインドウを表示させながら答える。そこには文化祭のイベントに向けて事細かに調整されたバトルシステムがあり、その様子から連日、RECOCOと調整をしているようだ。

 

「じゃあ今日はもうお終いだけど、アラタ君もしっかり休まなきゃダメだよ? 文化祭当日はもっと大変なんだからっ」

 

 生徒会長の業務だけではなく、イベントに向けての活動で多忙な日々を送っているアラタを気遣いつつRECOCOはチャットルームを後にするのであった。

 

「……まあ、大きな初仕事だから気合が入っちゃうってのは自分でも分かってるんだけど」

 

 今日だけでもイオリとRECOCOに気遣われていることに嬉しく思いながらも苦笑してしまう。実際、アラタ自身も多忙である自覚はある。しかし自分は元ある生徒会が作っていた世界を破壊した責任がある。そこにいた生徒達が少しでも納得できる新世界を創造する為にも休んでいられないという想いもあるのだ。

 

「っ!?」

 

 シミュレーターから出て帰宅しようとしたその時、不意に先程まで自分が使用していたシミュレーターの内部が溢れんばかりの輝きを放ったのだ。初めての出来事に何事かと構えるアラタだが、やがて閃光に耐えられなくなり、光が収まるのをただ待つ。

 

「ッ」

 

 やがて少しずつ光が収まり、視界も回復した頃、アラタは慎重にシミュレーターの扉を開き、その先の光景に息を呑む。

 

「女の、子……?」

 

 そこにいたのは一人の少女であった。

 年は自分と近いぐらいか。ハーフアップに纏め、外はねになっている髪は何だか犬の耳のような愛くるしさがあるが少女は意識を失ったままだ。

 

「お、おい、大丈夫か!?」

 

 誰かは分からないが、一先ずこのままで良い訳ではないだろう。すぐに肩を揺さぶって少女を起こそうとすると、少女はやがてうぅっ……とうめき声をもらして、重い瞼を開く。

 

「ここ、は……?」

「ガンブレ学園だけど……。アンタは?」

 

 少女も自分が置かれた状況が分かっていないのだろう。まだクリアになっていないであろう頭のまま周囲を見渡して困惑している少女に少しでも話を聞こうと少女について尋ねる。

 

「……カナデ」

 

 やがて少女も少しずつ頭がクリアになってきたのだろう。ポツリと自分の名前であろう言葉を漏らす。

 

「如月 奏だ」

 

 ・・・

 

「ふーん、やっと来たんだ」

 

 一方でガンブレ学園から程近いファストフード店で所在無く時間を潰していたルティナはやがて何かを感じ取ったかのように意味深な笑みを浮かべる。

 

「あはっ、心が弾むなぁ」

 

 如月奏……。今も第08部でアラタとお互いに困惑したまま視線を交わす二人だが、その出会いはまさにお互いにとっての運命の邂逅となる。今はそれを祝福するかのようにルティナの笑みだけが漏れるのであった。

 



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異世界の扉

「……ガンブレ学園か。ガンプラ学園のような場所が実在するとは」

 

 如月奏を名乗る少女とアラタが邂逅を果たしてから数十分、奏は第08部室のガンプラを眺め、その出来栄えに感嘆の声を漏らしながら先程アラタから聞かされたガンブレ学園について話す。

 

「それよりアンタ、どうやってここに……? いつの間にシミュレーターに乗り込んでたし、まるで突然、現れたみたいだ」

 

 目に映るもの全てが新鮮であるかのように興味を示している奏に壁に寄りかかりながらアラタは問いかける。彼女は先程まで自分が使用していたシミュレーターから現れた。それこそ言葉通り、突然に。あまり悪い人物のようにも思えないが、それでも素性が分からないことに違いなく、アラタは油断なく奏を見つめている。

 

「どうやって……と言われてもな」

 

 とはいえ奏自身も答えられるものならすぐにでも答えたい様子なのだが、彼女もまだ状況が呑み込めてはいないのか、視線を伏せる。その脳裏にはシミュレーターにいた以前の記憶が過ぎっていた。

 

 ・・・

 

 アラタとの邂逅より以前、奏はとある施設にいた。

 そこはGB博物館と呼ばれるGGF博物館という施設を前身に持つ場所だ。東京台場の地に存在するこの場所は長い歴史を持つガンプラについて知る為に存在する。

 

「……こんな場所に呼び出して、何のつもりだ」

 

 どうやら奏がこの場所にいるのは誰かに呼び出されてのことのようだ。

 とはいえ、彼女の表情には余裕はなくどことなく焦燥感を滲ませていた。

 

「──……手がかりになる。確かにそう言っていたんですよね」

 

 そんな奏の傍らには一人の少女がいた。

 腰まで垂れた艶やか茶髪と可愛らしくもキリッとした精悍な顔立ち。そして何より特徴的なのはその真紅の瞳であろう。静かな物腰と共に横目で奏に問うと彼女は確かに頷く。

 

「こんな物まで送りつけて……。なにを考えている」

「ええ、ガンプラのフレームであることは間違いなのでしょうが初めて見る物でした。わざわざこれでガンプラを作れだなんて……」

 

 そう言って奏と少女が取り出したのは専用ケースの中に納められたガンプラであった。

 彼女達もまたアラタ達のようにガンプラに携わる者なのであろう。それぞれがカスタマイズを施されたガンプラはどちらも並のビルダーではまず再現することすら難しいほど精巧に作られており、それだけで彼女達のビルダーとすての実力を知ることが出来る。

 

【──を──ぅ──か】

「っ!?」

 

 そんな矢先であった。

 突然、奏の頭に途切れ途切れの声と共にまるで電流が迸るような感覚が走ったのだ。

 突然のことにふらついた足取りを正しながら今の感覚はなんだったのかと周囲を見渡すと自分達以外の利用客達の中から目に留まるものがあった。

 

「ガンプラバトルシミュレーターのプロトタイプ……」

 

 そこに置かれていたのはガンプラバトルの始まりともいえるシミュレーターのプロトタイプであった。

 何故、そんなものが目に留まったのかは分からない。しかし奏はまるで誘われるようにプロトタイプに向かいだし、奏と共にいた少女も突然の奏の行動に戸惑いながらもその後を追い、二人はプロトタイプに乗り込む。

 

「……いきなりこんな物に入ってどうしたんですか?」

「わ、分からない。だが……私を呼んでいるような……」

 

 どこか窮屈そうに身を寄せながらプロトタイプのシートに身を預けている奏に何故、わざわざここに入ったのかを尋ねると奏も自分で分からないのか、不可解そうに漠然とした言葉を口にするその時だった。

 

「「っ!?」」

 

 突如として彼女達の足元からどこからともなく光の粒子が溢れ、シミュレーター全体を包もうとしていた。

 

 

 

『……俺は一人なんかじゃない』

 

 

 

『俺達は……いつだって一つだッ!』

 

 

 

『……勝因となるパーツは全て揃った』

 

 

 

『──さあ、勝利を組み立てようか』

 

 

 

 奏の耳に何処からともなく年若い何者かの声が聞こえてくる。その声の正体が分からぬまま、やがてシミュレーター内を包む光は全てを包み込んで二人の少女の視界を奪い、暗転していった……。

 

 ・・・

 

(とはいえ……そんなことを話して信じてもらえるかどうか)

 

 そして気付けばこの世界(・・・・)にいた。

 実際に自分の身に起きた出来事とはいえ、あまりに荒唐無稽な話であることを自覚している為、正直に話したところで目の前の青年は信じてくれるだろうか。いやそれ以前に話として成立しない可能性すらある。

 

「っ!?」

 

 そんな時であった。第08部室の扉がノックされたのだ。

 

『──失礼いたします。生徒会長様はいらっしゃいますでしょうか? こちらにいらっしゃるとお聞きしたのですが……』

 

 どうやら目的はアラタらしい。

 アラタとしても今、自分に用があるのは全然、問題ない。ただ問題があるとすれば本来ならばこの学園にいるべきでない存在がまさにすぐ近くにいるということであった。

 

「マ、マズイ! ちょっと隠れてろッ!」

「えっ!? い、いや、どこにっ!?」

「どっか机の下にでも隠れてろって! は、はーい! どうぞー!」

 

 慌てて奏の身を隠そうと普段、マリカが愛用している机の下に押し込むアラタ。なにこの扱い!?と奏からの不満が聞こえてくるなか、アラタは身嗜みを整えながら来訪者を出迎える。

 

「はじめまして、オオグロ・ドロスと申します」

 

 扉が開いた先にいたのは褐色肌に銀髪の髪を持つ特徴的な容姿を持つ少女であった。その顔立ちからしてハーフだろうか。とはいえガンブレ学園の制服を身に付けている以上、この学園の関係者であることは間違いないようだ。

 

「少々家庭の事情により短期休学してアメリカにおりましたが、この度帰国して復学しました。生徒会長が変わったという話を聞き、ご挨拶に来た次第です」

「あぁそれはどうも。生徒会長ソウマ・アラタですよっと」

 

 礼儀正しく頭を下げるドロス。その落ち着いた物腰や雰囲気はまさに良家のお嬢様といったところだろうか。わざわざ挨拶に来たドロスにアラタは奏を押し込んだ机の前に庇うように立ちながら三本指をくるりと回して挨拶する。

 

「私は復学して間もないですが、アラタさんのお話はお聞きしております。ガンブレ学園に転入して間もないというのにあのシイナ・ユウキ率いる前生徒会を打ち倒したとか」

「それだけ聞くと俺が凄いみたいだけど、実際はベストマッチな仲間達がいたからだよ」

 

 彼女が休学したのはアラタが転入してくる前のようでどうやらユウキ達生徒会のことは知っているようだ。だからこそあれだけの圧政を強いていた前生徒会を短期間で打ち倒したというアラタに羨望の眼差しを送るなか、くすぐったそうに肩を竦めながら普段、この部室にいる仲間達に思いを馳せる。

 

「……やはりただのお人ではないようですね」

「そりゃあ天才を自称してますから」

 

 自分の手柄であると話だけではなく、仲間達に思いを馳せるその優しい瞳に常人にはないものを感じ取ったドロスの言葉におどけながらウインクする。

 

「アラタさん、不躾なお願いであることは承知の上ですが、私とバトルをしていただけないでしょうか?」

「喜んで。下校時間までまだ時間もあるし、お付き合いしますよお嬢様」

 

 だからこそそんなアラタがどれ程の実力なのか気になったのだろう。

 バトルを申し込むドロスにアラタも笑みを浮かべながら頷くと、二人はガンプラバトルシミュレーターへと乗り込んでいき、セットアップを始める。

 

「あっ、あれ……私、完全に放置されてる……」

 

 両者の出撃準備が整うなか、ぴょこぴょこと外はねになっている髪を動かしながら机の下から顔を出した奏は戸惑っていると不意に背後の窓が開き、風が吹き込んでくる。

 

「やっほー、やっと来たね。おねーちゃん」

 

 流れる風に髪を靡かせながら振り返ってみれば、そこには窓辺に腰掛けながら棒付きキャンディを舐めるルティナの姿があるではないか。

 

「ルティナ!? お前、どうして……。いや、それよりも私達をあの場所に呼び出した理由はなんだ!?」

「えー、少しは落ち着きなよ。久しぶりに会ったんだからぎゅーとしてくれるとかないの?」

 

 どうやら奏とルティナは顔見知りのようだ。血相を変えてルティナに詰め寄る奏。その言葉からアラタに出会う前、GB博物館に呼び出したのは目の前にいるルティナであるようだ。とはいえ、当のルティナはおどけた様子を崩そうとせず、不満そうに唇を尖らせる。

 

「落ち着いていられるかッ! この一ヶ月、父さんが行方不明なんだぞ!? その手がかりを知っているとお前があのフレームを送りつけて、あの場所に呼び出したから向かったのに今ではこんな状況だッ!」

 

 父親が行方不明と語る奏。どうやらGB博物館にいた理由もそこに関係しているらしい。知っていることは全て話せ。そう言わんばかりの奏にルティナはつまらなさそうに肩を竦めると奏の背後にある観戦モニターを見やる。

 

「だーかーら、落ち着きなって。如月翔が行方不明になっている理由も今、おねーちゃんがここにいる理由も全部、あそこにあるから」

 

 奏の唇に自分が舐めていた棒付きキャンディの先端を添えながら、彼女の隣に立って顎先で観戦モニターを指す。

 

「ソウマ・アラタ、ν-ブレイカー……行きます!」

 

 そこではもう既にドロスは出撃し、今まさにアラタも出撃しようとしていた。

 

「ガンダム……ブレイカー……」

 

 カタパルトを駆け抜け、光輪を放ちながら出撃するガンダムの姿を見つめながら奏はポツリと零す。その名にルティナはクスリと笑うなか、今まさにアラタとドロスのバトルが始まるのであった。




<いただいたオリキャラ&俺ガンダム>

刃弥さんからいただきました。

キャラクター名 オオグロ・ドロス
性別:女
年齢:18歳
身長:170cm
容姿:褐色肌。腰まで届くロングの銀髪で瞳の色は金色。
   高身長で、モデルのようにスタイルが良く美人で巨乳。

ガンブレ学園の生徒でユイのクラスメイト。父親が日本人で母親がアメリカ黒人のハーフ。そのため褐色肌に銀髪という特徴的な容姿を持つ。
母方の祖父がお金持ちの資産家で母がお嬢様だったため、彼女自身の性格も振る舞いも礼儀正しいお嬢様そのものである。
生まれはアメリカだが、物心つく前に父の仕事の都合で日本に来たため、中身はほぼ日本人。
ただし長期の休みの時には、よく母の実家のアメリカに遊びに行っていたため、向こうの文化は知っており、英語もペラペラ喋れる。
祖父の経営する会社がガンプラチームを持っていることもあり、ガンプラは幼い頃からやっており、バトルの実力も相当のもの。
ただし美的センスが若干狂っており、ガンダムヴァサーゴやアルケーガンダムといった禍々しい機体を『可愛い機体』と言っている。
アラタが学園に来る直前に家庭の事情により、短期休学して家族でアメリカに行っていたが、文化祭直前に帰国して復学する。


ガンプラ名 サタンギガントガンダム
WEAPON GNバスターソード
WEAPON GNバスターソード ライフルモード
HEAD  ガンダムエピオン(エンドレスワルツ版)
BODY  ガンダムヴァサーゴ
ARMS  アルケーガンダム
LEGS  アルケーガンダム
BACKPACK イージスガンダム
SHIELD  シールド(エピオン)

カラーリングは全身が黒。
基本はアルケーガンダム同様にGNバスターソードとGNファングで戦うが、ヒートロッドによる中距離及びメガソニック砲による遠距離攻撃も可能で、
実際のバトルではオールラウンダーな戦い方をする。ドロスのお気に入り(彼女曰く可愛い機体)のパーツを使って組み上げた機体。

素敵なオリキャラと俺ガンダム設定、ありがとうございます!


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それぞれの瞳に映るもの

 ガンブレ学園生徒会長ソウマ・アラタと復学したオオグロ・ドロスとのバトルが開始された。舞台となったのは市街地ステージであり、既にドロスが操るサタンギガントガンダムを捉えたアラタは機体の特徴を知ろうと観察する。

 

 機体のベースはアルケーガンダムだろうか? 武装は身の丈ほどあるであろうGNバスターソードとGNファングに加え、シールドのヒートロッドやメガソニック砲を持つその機体はどの距離でも対応できるであろう。ガンブレ学園の生徒達の多くと交流してきたが、まだこれほどのビルダーがいるのかと思うとたちまち嬉しく感じてしまう。

 

「さて早速、お手並み拝見といきましょうか」

 

 バトルはもう既に始まっている。

 一見しただけでもそのガンプラの出来栄えからビルダーとしての実力は理解できた。ならば次に気になるのはバトルの実力だ。小手調べと言わんばかりにアサルトモードを起動させたν-ブレイカーは二挺のビームライフルと共に射撃と砲撃による遠距離攻撃を仕掛ける。

 

 対してドロスのサタンギガントはν-ブレイカーの行動に反射的に反応するとすぐさま身軽なまでの操縦でそれら全てを掻い潜ってν-ブレイカーに近づき、GNファングを放つ。

 獰猛なピラニアのようにν-ブレイカーに迫るGNファングに対してアラタは一瞬だけ目を細めるとすぐさま二挺のビームライフルを用いて正確に墜としていく。

 

 次で最後、そう心の中で呟いた矢先であった。

 ν-ブレイカーのシミュレーターがけたましく真横からの危険を知らせてくる。何とそこには既に大振りのGNバスターソードを振り被っているサタンギガントがいるではないか。

 

「──ッ」

 

 一閃。

 明確な意思をもって振り下ろされたGNバスターソードであったが、ドロスが予想していた感覚とは違うものが刃から伝わってくる。

 

 何と目の前には高トルクモードを発現させ、白羽取りの要領でGNバスターソードの切っ先を受け止めているν-ブレイカーの姿があるではないか。

 

「ウチにはセンスだけは一人前の格闘バカがいるんでね。そう簡単にはやらせないよ」

 

 そのままGNバスターソードを払い、高トルクモードによる蹴りを浴びせながらアラタは微笑を零す。彼の脳裏には荒ぶる龍の姿があるのだろう。共に戦ってきた気高き存在の動きを熟知しているからこそ、近接戦においても対応出来ているのだ。

 

「流石、というべきでしょうか。これなら私も心置きなくバトルできそうです」

「最っ高だな。それじゃあいよいよ本番といきましょうか」

 

 ユウキ率いる生徒会を打ち倒したと聞いていたため、その実力を侮っていたわけではないが、この短時間においてアラタの実力は自分の予想を上回っていた。強者を前にしてドロスは微笑を浮かべるなか、アラタも余裕綽々と三本指をクルリと回し、ν-ブレイカーとサタンギガントはバトルを再開し、熾烈を極めるのであった。

 

 ・・・

 

「とても楽しくて……とても充実したバトルでした。復学したばかりで不安もございましたが、アナタのような方が生徒会長で本当に良かったです」

「お褒めに預かり光栄ですよっと。俺こそこうしてバトルが出来て良かった」

 

 それから暫く。バトルを終えた二人は健闘を讃え合うように握手と共に笑みを交わす。アラタにとっても、ドロスにとってもお互いに良い出会いとなったのは二人の表情を見れば手に取るかのように分かる。

 

「何でも近々、文化祭が行われるとか」

「ああ。新生都会が発足してから初の大仕事なんだよ」

 

 ふとドロスが近々、執り行われる文化祭について触れるとアラタはいつものような飄々とした態度を取りながらもどこか緊張感を帯びた様子で話す。やはり言葉通りアラタを生徒会長とする生徒会が発足したということもあって意識は強くあるのだろう。

 

「生徒会が変われば学園の雰囲気も変わる。かつての生徒会からユウキ達の生徒会、そして俺達の生徒会……。その方針は様々で正反対とも言える。生徒会は兎も角としてもそれにつき合わされるのはその学園にいる人達なんだ。そんな皆に少しでも楽しんでもらえるような文化祭にしないと……」

「とはいえ、根を詰め過ぎるのは禁物かと。見たところお一人で残っているようですし」

「そこは心配ご無用。言ったろ、ベストマッチな仲間達がいるって」

 

 これまでの生徒会が続けてきた方針をユウキ達の生徒会が一気にガラリと変えた。それだけで在籍する生徒達は大きく戸惑ったはずだ。弱肉強食の世界とはいえ、漸くその空気が完全に浸透しようとした矢先にアラタ達の生徒会が発足したのだ。

 生徒達には多大な迷惑をかけていると考えているのだろう。そう語るアラタを危惧したドロスが諌めようとするが、かつてのアラタとは違うのか、一人で抱えこむことはせず三本指をクルリと回して信頼感を宿しながら答える。

 

「……改めてアナタが生徒会長で安心しました。文化祭には私の親友を誘いたいと思っているのですが……」

「大歓迎だよ。その時は是非紹介してくれ」

 

 バトルを楽しもうとする真摯な姿勢、そしてこの場にいない仲間への信頼感など少ない時間でもアラタの人柄に触れて安心したのだろう。柔らかな笑みを零すドロスの言葉に笑みを浮かべながら答えるとそろそろドロスも帰ろうというのだろう、入ってきた扉に近づいていく。

 

「……アナタのような人がもっと早く現れれば……“あの人”も救えたかも知れませんね」

「えっ……?」

 

 帰りしな、不意に零したか細いドロスの意味深な呟きに眉を顰めるアラタだが、聞きなおそうとするよりも早く彼女はいえ、それではと会釈を返しながらこの場から去っていった。

 

「──やーっと終わった」

 

 かすかに聞こえたあの人、という言葉。それが一体、誰なのかと顔を顰めていると不意に背後から声が聞こえてきた。あぁっと思い出したように振り返ってみれば、そこには奏と……ルィテナがいた。

 

「増えてる……」

「あっ、いや……コイツは……」

 

 奏は兎も角としてルティナに関しては予想外なのだろう。面食らった様子で明らかに困惑している アラタに何と説明しようものかと奏が頭を悩ませていると……。

 

「説明なんていらないよ。だって、もう会ったことあるし」

 

 まどろっこしいとばかりに奏の言葉に口を挟みながらルティナはケースから自身のガンプラであるパラドックスを取り出してアラタへ差し向ける。ルティナを初めて見たとしてもパラドックスについては鮮明に覚えているのだろう。困惑していたアラタの表情も見る見るうちに驚きに変わっていく。

 

「あはっ、やっぱり覚えててくれたんだねっ」

「あの時の……。いや、何でお前が……」

 

 そんなアラタの態度を可笑しそうに笑いながら無邪気な様子を見せるルティナ。とはいえアラタからすればルティナの情報を少し知れたからといって困惑を覆せる材料になるわけではなく余計に戸惑ってしまっている。

 

「ガンダムブレイカーに会いに来たんだよ」

 

 すると今まで無邪気な様子を見せていたルティナはスッと目を細めてアラタを見据える。

 

「ガンダム……ブレイカー……?」

「そっ。ちょっとしたコラボみたいなもんだよ」

「コラボ……?」

 

 確か生徒達の中からそんな風に呼ばれた記憶はあるが、だからといってそれが目の前の少女達がこの場にいる理由になるのだろうか。

 

「うん。ここにいる如月奏(おねーちゃん)もまたガンダムブレイカーだからね」

 

 ルティナはクスリと笑みを浮かべながら奏に視線を移す。アラタからすればガンダムブレイカーといわれてもピンと来ないが、少なくとも奏ならば何か知っているのかと彼女を見やる。

 

「……一つ疑問がある」

「ああ、そうだな。っていうか疑問だらけだ」

 

 するとアラタの視線に気付いた奏はポツリと零し、アラタも同意するように頷く。

 ガンダムブレイカーや目の前の少女達。疑問など吐き出せばいくらでも出てくる。一体、なにがどうなっているというのだろうか。

 するとアラタの言葉に頷いた奏は口を開き、アラタと共通する疑問を口に──。

 

「どっちが先輩後輩だ?」

 

 しなかった。

 

「出撃の時、アラタと言っていたな。とするとアラタさん? いや待て、私の方が年上だよな? だとすると私の方が先輩? いや年下でもガンダムブレイカーとしての先輩である場合もあるわけだし、例え異なる地であろうと諸先輩方のように敬意を払うべきか……。えぇい、ルティナはどう思う!?」

「どーでも。ってーか、おねーちゃんの方が先輩だと思うよ」

「なにぃっ!? ともなれば遂に私にも後輩がッ!」

 

 明後日の方向への疑問にアラタが呆気に取られている間に捲し立てるかのようなマシンガントークを繰り広げる奏。話を振られたルティナは心底どうでも良さそうにするなか、その返答に表情を輝かせた奏はアラタの手を取る。

 

「改めて如月奏だ! よろしく頼むぞ! 気軽に奏先輩と呼んでくれちゃっても良いからなっ」

(あぁこの人、面倒臭い人だ)

 

 手をブンブンと振りながら外ハネになっている髪をピョコピョコと揺らす奏にアラタは奏という人柄を直感時で感じ取るのであった。

 

 ・・・

 

 一方、茜色が差し込む空の下、学園近くの歩道橋にはレイナの姿があった。

 欄干を背にどこかアンニョイな表情を浮かべる彼女の視線は手に持ったスマートフォンの画面に注がれている。

 

「……たった一人の友達も救えなかったくせに今更、なにをしているのかしらね」

 

 そこにはトークアプリが開かれており、どうやらレイナは誰かにガンブレ学園の文化祭への誘いの連絡をしたようだ。しかし自分が送った文面を見つめる彼女の口元には自嘲的な笑みがあり、人知れずレイナは雑多とした人混みの中に消えていくのであった。



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レイナの暗い影

モバイル!……モバイル?


 ──全てが充実していた。

 

 

 ──この目に映る景色全てが鮮やかだった。

 

 

 ──まるで心地の良い夢の中にいるようで……。

 

 

 ──だからかな?

 

 

 ──唐突にそんな夢の日々が終わったのは。

 

 ・・・

 

「──部長ぉ?」

 

 その声と共にハッと我に返ったのは第10ガンプラ部部長であるレイナであった。

 そんな彼女の視界に飛び込んできたのはこちらを覗きこんでいるアヤと「起きてらっしゃいますかー?」と手を振っているアカリであった。

 ガンブレ学園が来る文化祭の準備に追われているなか、ガンブレ学園の魔窟と称される第10ガンプラ部も例外ではなく部室内はいつになく忙しく慌しかった。

 

「な、何かしら?」

「ああ、いえ。珍しくボーッとしてらっしゃので」

 

 我に返ったレイナは普段通りの澄ました態度を作りながら用件を尋ねると、アヤは不思議そうに答える。どうやら直前までレイナが呆けていたことが理由であったようだ。

 

「恥ずかしいところを見せちゃったかしら」

「いえいえ。ですがそういった部長様の一面を見るのは初めてでしたので可愛らしくもありましたよ」

「もぅアカリちゃんは意地悪ね。それに様付けは柄じゃないから止めてって言ってるのに」

 

 とはいえアヤが言うように彼女がそのような姿を見せるのは珍しいようでどこか気恥ずかしそうにレイナは自身の頬を掻いていると普段のミステリアスでクールな印象が強いこともあってか、今のレイナとのギャップにアカリはクスクスと笑みを漏らし、レイナは逆に困ったような笑みを浮かべる。

 

「失礼しますっ!」

 

 そんな和やかな時間を過ごしていると、不意に第10ガンプラ部の扉が開く。訪問者が誰なのかを確かめるようにレイナ達がその方向を見やれば、そこには溌剌と部室に足を踏み入れるリンコの姿があるではないか。

 

「いやー、どこも盛り上がっておりますが第10ガンプラ部も例に漏れませんねーっ」

「ふふんっ、この第10ガンプラ部の歴史を作品と共に知ることが出来るミュージアム! 当初こそ色んな人達に止められましたが、一部を条件に漸く漕ぎ着けましたっ!」

(まあ、全てを公開なんてしたら本当に学園がヤバイですからね)

 

 活気溢れる第10ガンプラ部の室内を見て、うんうんと感心するリンコにどうだ、とばかりにアヤは胸を張る。そんな満足げなアヤを他所にリンコは部室内の奥で“KEEP OUT”のマスキングテープがぐるぐる巻きにされた異彩を放つ戸棚を見ながら遠い目をする。

 

「今日はどうしたのかしら、リンコちゃん」

「あぁ、そうでした! 紹介したい人がいるんですよっ」

 

 雑談も程々にレイナはここに訪れた目的を尋ねると、すっかり忘れてたとばかりにポンと手を叩き、自身が入ってきた開きっぱなしの扉を見て、「入ってきて良いですよー」と声をかければ、一人の人物がおずおずと第10ガンプラ部に足を踏み入れた。

 

 まず目に入ったのは鮮やかな桃色の髪であった。

 左右に分けて結び垂らしたおさげの髪を揺らしながら入ってきた少女のその顔立ちは柔らかくとても愛くるしい。人見知りなのか、縮こまりながら伏し目がちに第10ガンプラ部を見渡すその姿はその小柄さを相まってまるで小動物のようだ。

 

「一年のナグモ・アサヒさん、ですね」

「は、はいっ!」

 

 面識のないレイナは視線を動かして周囲に伺うと、アカリが率先して少女の名を口にすれば、ナグモ・アサヒと呼ばれた少女はピクッと身体を震わせながら答える。

 

「あー、知ってます。確か放送部に在籍してるんですよね」

「はい。ウチの期待の新人ですから、早速レイナさん達にも紹介しにきたというわけです」

 

 一年であればアヤとアカリと同学年だ。

 アヤも一応の面識はあるのか、アサヒの隣にいる放送部部長であるリンコに視線を向けると、自慢げに頷きながら揚々とアサヒの背後に回ってその肩に手を添える。

 

「はじめまして、アイゼン・レイナよ。よろしくね」

「ナ、ナグモ・アサヒです。こちらこそ……お願いします」

 

 紹介された以上、こちらも挨拶をせねばならないと椅子から立ち上がったレイナは柔和な笑みを浮かべながら手を差し伸べると、アサヒはコクコクと緊張を滲ませながら頷きつつその手を取る。だがやがて間近に見えるレイナの柔らかな笑みに少しずつ緊張も解けてきているように見える。

 

「アサヒちゃんの衣装、随分と可愛らしいわね。文化祭用なのかしら」

「ほ、放送部も文化祭を更に盛り上げる為に多方面でのアプローチをしようとしてて……。これはその一環です……」

 

 そんなアサヒではあるが、その格好はレイナ達が今現在、着用しているガンブレ学園の制服とは異なっていた。

 それはどちらかといえばシオンの服装を彷彿とさせよう。機動戦士Zガンダムに登場する特殊部隊であるティターンズを思わせる黒と赤を基調としながらアイドルのような華やかな衣装を身に纏っており、指摘を受けたアサヒは気恥ずかしそうにはにかむ。

 

「なにかするのかしら?」

「ガンプラバトルの公式大会……それこそジャパンカップなどではMCの方が就きますよね? 文化祭では色々とガンプラのイベントが執り行われますから、部長の推薦で私がその任に就くこととなりまして……」

 

 わざわざこのような衣装を用意して何をするつもりなのだろうと興味本位で尋ねてみれば、どうやらアサヒは文化祭におけるイベントのMCを務めるようだ。とはいえ、アサヒ本人には自信がないのだろう。伏せる視線には臆病さを感じさせる。

 

「大丈夫よ。リンコちゃんが推薦したというのならば、それだけのポテンシャルがあるということよ」

「アサヒちゃんの才能は未知数ですからね。保証できる訳ありません」

「……あるということよ」

 

 大役ということもあって、まだ開催前だというのにも関わらずアサヒは色濃く緊張の色を見せている。そんなアサヒの緊張を少しでも和らげようと励まそうとするレイナだが、なにを思ったのか不安を感じさせる発言をするリンコに頬を引き攣らせる。

 

「……っていうか、さっきから思ってましたけど露出高くありません?」

 

 ガックリと肩を落としているアサヒにふとアヤがどこか引いたように話しかける。

 というのもその臆病そうな性格とは正反対に所謂、下乳が見えるか否かという程にアサヒの衣装は露出度が高かったのだ。

 

「そ、そうですよね。で、でも理由はあるんです」

 

 そんなアヤの指摘に羞恥心はあるのか、頬を紅潮させてもじもじと身体を揺らすアサヒだが、理由があるらしくアヤやレイナ達はアサヒへ耳を傾ける。

 

「……私って臆病で自分に自信もないんです」

「まあ……」

「……今度の文化祭のMCも自信がなくて」

「……」

「でもMCに選ばれたからには何もない私でも最高のものにしたいんですっ」

「アサヒさん……」

「だからもう脱ぐしかないかなって」

「アサヒさん?」

 

 途中までアサヒへ同情を感じていたアヤだが、思わぬ発言に固まってしまう。

 

「ほら、ガンプラのイベントをやっているMCさん達って軒並み、露出が高い衣装が多いじゃないですか!」

「いや……だからといって別にアサヒさんがそこに合わせる必要は……」

「シオン先輩がいる以上、私みたいなのが目立つ為には脱ぐしかないんですっ!」

「気持ちは分からんでもありませんが、学生ですし自分を大事に……」

「それにこの衣装を着ている時の男子生徒達から刺さる視線がこぅ……悪くないな、って」

「ポリキャップでも外れてるんですか?」

 

 にアヤもこれまでジャパンカップなどのMCを行ってきた人物達の衣装を思い出しながらも、MCだからといってアサヒまでそれに合わせる必要性を感じず釈然としない様子で首を捻るがどうにもアサヒは違うベクトルでアレらしく、恍惚とした様子で話す姿にこれにはアヤも何も言えなくなってしまう。

 

「やはり、アサヒちゃんは他の誰かにはないモノを持っていますね! これなら絶対大丈夫ですっ!」

「はいっ、ナグモ・アサヒ。部長の期待に応えるためにも精一杯努めさせていただきますっ!」

 

 当初こそ気弱な物静かな娘という印象であったアサヒだが、リンコがMCに推薦するだけあって中々クセのある人物のようだ。

 

「……大丈夫ですかね」

「旧生徒会の抑圧から解放された反動でしょうか……」

 

 ガンブレ学園の魔窟とも称される第10ガンプラ部の面々も面食らいつつも文化祭に一抹の不安を感じてしまう。

 

「部長はアサヒさんをどう思います?」

「……」

「……部長?」

 

 苦笑気味にレイナに話を振るアヤだが、レイナは一点を見つめるのみで何の反応も示さない。

 こんなレイナなど珍しい。いつもレイナは常に何かしらの反応はしてくれる。今のレイナはまさに心ここにあらずといった様子だ。

 

『レイナ』

 

 レイナはただアサヒとリンコを見つめている。だがその目にはアサヒとリンコは映していない。

 アサヒとリンコに重なるのはかつての記憶。大切な友達であり、偉大なる先輩であり、愛する姉のように慕っていた女性……。彼女の目にはかつてこのガンブレ学園で生徒会長を務め、そしてユウキとセナに敗れた一人の少女との温かくも優しく、そしてそれが無残にも砕かれた思い出が過ぎっていた。




ナグモ・アサヒ

【挿絵表示】

「安心してください。私は誰かさんと違ってれっきとした女の子ですからっ」

MCアサヒ

【挿絵表示】

とある世界の恋愛クソ雑魚歌姫「見て見て、ルッティ! これ文化祭の時の私のおか──」
ルティナ「ていっ」テガタナー
恋愛クソ雑魚歌姫「──」
奏「……白目剥いて気絶してるんだが」
ルティナ「軽くチョップしただけだったんだけどナー」ドウデモイイコネタダシー


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舞い戻りし流星

 いよいよ文化祭当日を迎えたガンブレ学園。今を生きる若者達が中心となって執り行われた本行事の熱気は満開の青空に轟かんばかりに響き、それだけの盛り上がりを見せているのは遠くでも分かる。

 

「何とか今日まで漕ぎ着けられたな」

 

 廊下を歩きながら活気溢れる人々で賑う様子を見て笑みを零すアラタ達生徒会役員。その笑みには文化祭を無事に開催できたことへの安堵や文化祭を楽しんでいる生徒達を見ての嬉しさなど様々な想いが込められていた。

 

「SNSを見る限り、参加してくださってる一般の方達にも概ね好評のようよ」

「一般の人達がガンブレ学園に足を踏み入れられる時って言うのは限られちゃうからね。こういう時こそ楽しんでもらわなくっちゃっ」

 

 SNSをチェックをかけ、文化祭について調べていたイオリの言葉にユイは今日という日が実現して良かったとばかりに声を弾ませる。

 

「そろそろ来賓の方達によるトークショーが始まる予定ですね……」

「世界的に有名なビルダー達が来てんだもんな。よく来てくれたってーか、それだけこの学園がスゲェって言うのか……」

 

 すると文化祭のプログラムが記された資料を眺めながらマリカはこの後に行われるイベントについて話す。どうやら招待した来賓の人物達は世界でも有名なビルダー達らしく、そんな人物達が今、同じ場所にいるということにリュウマも現実味がないのか、何とも言えない様子だ。

 

「折角だ。様子を見に行こう。こんな機会、中々ないだろうしな」

 

 そんな人物達によるトークショーに興味があるのか、先頭を歩いていたアラタはリュウマ達に振り返りながら話すとリュウマ達もナイスアイデアとばかりに頷いて一同はトークショーが行われる予定の講堂を目指す。

 

 ・・・

 

「あれって、MCの子とアールシュ君だよね」

 

 著名なビルダー達によるトークショーということもあって講堂は既に人で一杯だ。到着したアラタ達はそのままトークショーに備える来賓の方々が待つ裏口へ向かおうとするが、そんな中、ユイがなにやら裏口近くで話しているアールシュとMC姿のアサヒの存在に気付く。

 

「なにやってんの?」

 

 唯我独尊が服を着て歩いているような人物であるアールシュと話をしているというのもあってか、遠巻きでも涙目で圧され気味のアサヒを見かねてか、アラタが二人に声をかける。

 

「ア、アールシュさんが間近で来賓の方々に会いたいって……」

「いや無理だろ。トークショーで我慢……ってタイプでもないのは分かってるけど」

 

 助けがきたとばかりにささっとアラタに駆け寄ったアサヒはアールシュと繰り広げていた会話の旨を明かすと、なに言ってるんだとばかりに呆れた様子を見せるアラタではあったが、アールシュという人物を考えれば何ら不思議なことはなく思わず嘆息してしまう。

 

「フンッ、駄目元という奴よ。だからこそそこの痴女に頼み事をしたまでのこと」

「痴女……」

 

 とはいえ、いくらアールシュといえどある程度の良識は弁えているのか、不服そうに鼻を鳴らしながらも無理を押し通そうという気はないらしく、アサヒに何か頼み事をしたらしい。一体、なにを頼んだのかとアラタが何やらショックを受けているアサヒを見やると……。

 

「サ、サインを頼まれました……」

「直接会って自ら頼みたい所だが致し方あるまい。くれぐれも俺の名前を入れてもらうのを忘れるなよ」

 

 アラタの視線に気付き、おずおずとアールシュより渡されたまっさらな色紙を取り出すアサヒ。間近で会うことが叶わぬのならせめてサインだけでも強請ろうとしてらしく、ズイッと怯えるアサヒに顔を近づけながら念押す。

 

「意外と可愛いところがあるんですね……」

「ってか、コイツがサイン欲しがるってよっぽどだぜ」

 

 サインを欲しがるという意外な一面を見せたアールシュにどこか苦笑するイオリの隣でリュウマはただただゲストに招かれた来賓の人物に戦慄してしまう。

 

「──あれ、アサヒじゃん」

 

 そんな矢先、ふとアサヒが声をかけられる。

 キャラメルのような甘い声に誘われて一同が顔を向ければ、そこには二人組がいた。一人は癖っ毛のある黒髪と右頬に一文字の傷跡が特徴的な青年だ。そして何よりもう一人は……。

 

「えっ、アサヒちゃん……!?」

 

 そう、何ともう一人はアサヒと瓜二つと言って良いほどの容姿を持った人物がいたのだ。

 

「どーも、ナグモ・ユウヒです。妹がお世話になってまーす」

「お姉さんってことか?」

 

 アサヒの身内であることには違いないであろうが、それでもその容姿には驚いているアラタ達にユウヒと名乗る人物はちょこんと敬礼のような仕草と共に挨拶をしてくる。その容姿やアサヒを妹と呼ぶことからひょっとしたらと考えたアラタがアサヒに話しかけるも当のアサヒは微妙そうに眉を顰めて……。

 

「……兄です」

「お兄さんねー。えっ、おにい、さ……?」

 

 ニコニコ顔のユウヒに対して頭が痛そうに答えるアサヒだが、その言葉の意味を理解した一同はさながら錆びれたブリキ人形のような鈍い動きでユウヒを見やる。

 

「んー? 女の子なんて言った覚えはないよ。だって僕、オトコの子だし」

 

 信じられないとばかりに刺さる視線もどこ吹く風か、ウインク交じりに話す。それだけ見ても可愛らしい為、アラタ達はアサヒとユウヒを交互に見つめてはいまだ驚いている様子だ。

 

「……それで今日はどうしたの?」

「可愛い妹の晴れ舞台だしね。後ついでに”あの子”の様子も見に来たんだ」

「……まあ、エイジさんと一緒にいますから、そんなところだろうとは思ったけど」

 

 どこかトゲのある物言いでユウヒに話しかけるアサヒだが、そんな態度も知ってか知らずか相変わらずマイペースに答えるとアサヒはユウヒの隣に立っている男性に視線を送る。

 

「……挨拶のタイミングがなくてな。アキシロ・エイジだ」

「お久しぶりです。ユウヒさん、エイジさん」

 

 アサヒに続くようにアラタ達も男性を見やると、彼はおずおずと自身の名を明かす。

 するとここで今まで黙っていたイオリがユウヒとエイジにそれぞれ会釈をして挨拶する。

 

「知り合い?」

「まあ、ちょっとね」

 

 ユウヒとエイジもそれぞれイオリに快く対応していることから知り合いなのだろうが、予想外の繋がりにアラタ達が驚いていると、イオリは苦笑交じりに答える。

 

「イオリちゃん、今日の来賓で来てるゲスト、あの娘じゃない? ちょーっと様子見に行かせて貰って良いかな?」

「えっ……それは……」

「僕の見立てだと相当ヤバイことになってると思うんだよねぇ」

 

 するとそんなイオリの隣に歩み寄ったユウヒはある事を頼むとイオリも今日のゲストが誰であるのかは知ってはいるもののだからといって一般客であるユウヒを待機室に向かわせること難しいのか、渋った顔をするがユウヒは無理を承知で頼む。

 

「まあ、少しだけなら良いんじゃないか。来賓の方の知り合いなんだろう? 俺達もイベント前に改めて挨拶しに行く予定だし」

 

 どうしようとアラタに視線で意見を求めるイオリにアラタは少し考えた上で了承する。普段のイオリなら突っぱねるところだが、彼女も知り合いの頼みを無碍に出来ない部分もあったのだろう。その辺を配慮して、あくまで特例ですよと念を押した上で承諾するとイオリは安堵の表情を見せると、アラタを先導に来賓が待つ控え室へ向かう。

 

 ・・・

 

「……ユウヒさん達は大丈夫だろうけど、アンタは絶対に大人しくしてろよ」

「フンッ、案ずるな」

 

 程なくして目的の部屋の前に到着したアラタだが、ふと生徒会やアサヒ、ユウヒ達とは別にアールシュを見て念押しする。何とアールシュ、あの後、自分も行くとこうして強引に着いて来たのだ。

 

「生徒会です、入ります」

 

 扉の前に立ったアラタは一度深呼吸すると、意を決したように小気味よくノックをする。扉を隔てた部屋の奥から反応が返ってくると失礼しますと他の面々と足を踏み入れる。

 

「アマミヤ・イチカさん、お知り合いの方がいらっしゃっています」

 

 部屋に足を踏み入れたアラタはソファーに腰掛けている茶髪のポニーテールの少女……そう、来賓として招待されたアマミヤ・イチカに声をかける。

 

「やっほー、イチカ」

 

 どこか強張った表情のまま特に何も言わないものの知り合い、と言われて誰なのかと眉を顰めるイチカにアラタの横をすり抜けてユウヒがひょっこりと姿を表して声をかける。

 

「お、お前……」

「イチカのことだからトークショーを前にすっごい緊張してるんじゃないかなって」

 

 するとユウヒを見て、今まで強張っていた表情が驚きに変わり、その間にユウヒはイチカの隣に腰掛ける。今までマイペースに振舞っていたユウヒがここで初めてイチカにだけ柔らかで優しい表情を見せる。

 

「おいで」

 

 するとユウヒは慈しむような柔らかな表情で両腕を広げると、その姿にイチカは倒れこむようにその胸に顔を埋める。

 

「……こういう時、“アイツ”がこうやってギューッってしてくれたから頑張れたのに今日は来てない」

「店番で遅れてくるって。だから僕が様子を見に来たんだ。代わりになれないけど少しでも気が紛れればなって」

 

 ユウヒの胸の中で静かに弱音を零すイチカの頭をそっと慈しむように撫でる。よくよく見ればイチカの身体は震えており、トークショーを前にかなりの緊張や不安に襲われているのが分かる。

 

「……そう気負うな。終わったら褒美に幾らでもデザートを食わせてやる」

「……お前も来てたのか。なにか目当てでもあったか?」

「まあ、な」

 

 そんなイチカにユウヒの横に立ったエイジが声を駆けると、顔を埋めていたイチカは顔を上げてどこか驚いたような様子を見せると、エイジがわざわざここにいるのには理由があるのか、どこか複雑そうにそれでもイチカから目を逸らさずに答える。

 

「……なんか想像していたより普通の人なんだな」

「人というのは案外、そういうものよ。でもだからこそそこに秘められた強さが一層に輝く。ね、アラタ」

 

 イチカはガンプラ界では名をとどろかす有名な人物だ。しかしトークショーに対して自信がなかったり、緊張で弱気になっていたりとそんな彼女のありのままの姿にどこか面食らった様子のリュウマだが、イチカという存在を生徒会の面々の中で一番に知っているイオリは破天荒に振舞うもその実同じように弱さを持っていたアラタに声を駆けると彼は軽く笑う。

 

「──何だか騒々しいね」

「げっ」

 

 そんな中、ふと控え室の奥から聞こえてきた声に今まで弱弱しかったイチカが目に見えて顔を顰める。

 

「もうトークショーの時間になったのかな?」

「ッ!?」

 

 ゆっくりとした足取りでこちらに向かってきたのはニコニコと人当たりの良さそうな笑みを浮かべながら柔らかな質感のナチュラルブロンドの髪を持つ一人の少女であった。その傍らには黒紫色のサラリとした艶やかな髪を腰まで垂らした細身の女性と小柄のカチューシャで髪を留めたくせっけのある肩まで届いた青緑色の髪の少女が侍女のように付き添っている。とはいえ、ここでアールシュが明らかに動揺したように身体を震わせる。

 

「セ、セレナ・アルトニクス……!」

「フルネームでどうも。一緒に招待されたって言うのにイチカにずっと邪険にされてたから奥にいたんだけど」

 

 なにやら高揚した様子のアールシュにウインクしながら金髪の少女ことセレナはチラリとユウヒに慰められているイチカを見やる。

 

「フンッ」

「振られちゃったかぁ。やれやれ、ボク達の妹はあんなに仲良くしてるのになぁ」

 

 当のイチカはセレナを前に口をへの字にしてそっぽを向く。その取り付く島もない状態にセレナはわざとらしく肩を竦める。

 

「セレナ・アルトニクスといえば世界大会の常連でイチカさんやそのチームとバトルをしたって聞きましたけど、なにかあったんですか」

「イオリちゃんとイチカが知り合った大会あったよね? そのシングル部門のワールドカップ決勝でイチカとセレナちゃんが一対一でぶつかり合ったんだけど、熾烈を極めた末にセレナちゃんが勝ってね。その時のことが相当悔しかったみたいでリベンジしてやるってこんな感じになってるんだよ」

「子供ですね」

「可愛いよねぇ」

 

 セレナに対して露骨に態度に出すイチカを不思議に思ったイオリがユウヒに尋ねれば困ったように答えられる。負けた悔しさは理解できるがまるで幼子のような態度に苦笑するなか、ユウヒは胸の中のイチカの頭を撫でる。そんな中、アールシュはセレナに歩を進める。

 

「活躍はいつも調べている。芸術のようなガンプラから行われるバトルは暴力的でありながらも悪魔に魅了されるような蠱惑さがある。会えて光栄である」

「嬉しいなぁ。君のことも知ってるよ、アールシュ・アニク・カルナータカ君。更なる活躍に期待しているよ」

「ふむ、太陽の如き存在であることは自負しているが、これは名誉と言っても良い」

 

 どうやらアールシュの目的はセレナであったようだ。いつもの態度ながらも高揚感を抑えきれないのは傍から見ていても分かる。

 

「よろしければサインを頂きたいのだが……」

「いーよー。何なら2ショットでも撮ろうか」

 

 おずおずと色紙を渡すアールシュにセレナは侍女からペンを受け取り、手馴れた様子でサインを書くとアールシュの腰に手を回しながらそのまま侍女達に写真を撮らせる。

 

「さっきの話じゃないけど、人って等身大の一面があるよね」

「はい、あんな姿、初めて見ました」

 

 2ショット写真を撮りつつ、傍から見ても強張っているアールシュに先程のリュウマとイオリの会話を思い出しながらユイはクスリと笑みを零すと、今までのアールシュを思い出しながらマリカも釣られて笑う。

 

「あっ……そろそろお時間です」

 

 和やかな時間もすぐに流れていき、いよいよ来賓であるイチカとセレナのトークショーの時間となった。そのことを告げるアサヒにイチカとセレナの顔つきが変わる。

 

「イチカ、大丈夫?」

「……励ましてもらったから」

 

 ゆっくりとユウヒから離れながら起き上がるイチカに声をかけると、コクコクと頷いたイチカは最後に安心させるように微笑を見せながら、セレナとMCのアサヒと共にトークショーに臨むのであった。

 

 ・・・

 

「……レン、遅いですね」

 

 一方、ガンブレ学園の校門付近には以前、アラタとバトルをしたドロスの姿があった。

 誰か人を待っているのだろうか、腕時計で時刻を確認しながら心配したような様子を見せる。

 

「……ッ!」

 

 そんなドロスの横を文化祭に参加する人物達が通り過ぎていく。そんな何気ない光景の筈だったが、ドロスの横を過ぎた一人の女性にドロスは大きく目を見開く。

 

「あの方は……まさか」

 

 慌ててその姿を追うように先程の女性を探すのだが、この人混みの中ではすぐに見失ってしまった。先程の人物に何か心当たりがあるのか、ドロスは神妙な表情を見せるのであった。




セレナ・アルトニクス(Snatchaway)

【挿絵表示】

「大人っぽくなったって? 何の話か知らないけどそりゃボクも成長はするよ」

ナグモ・ユウヒ(Snatchaway)

【挿絵表示】

「僕ってやっぱり最終章に縁があるよねー」

<いただいたオリキャラ&俺ガンダム>
エイゼさんからいただきました。

キャラ設定:
秋城 影二(アキシロ エイジ)
年齢:20
容姿:ゴッドイーターシリーズの雨宮 リンドウ(PVバージョン)に右頬に一文字の傷痕有り
性格:一矢の世界のエイジと同様
キャラ背景:
此方の世界では、御剣 コトとは結ばれて無い事。現在はイチカの住んでる所の近くに姉のクレハとの二人暮らしで、洋菓子店のパティシエの仕事とガンプラビルダーとしての活動を両立させている。
過去の対戦ではイチカに敗北したものの、この時イチカに心惹かれるが元来の性格から中々告白出来てないらしい。
オリ機体
ヘイズルベヴァイス
head:アドバンスドヘイズル(ガンダムベット)
body:ライトニングガンダム
arm:ガンダムAGE-3
leg:アカツキ
backpack:ダブルオークアンタ
shield:ジェガン
weapon①:ビームサーベル(Sガンダム)
weapon②:アサルトライフル(アトラス)
機体解説:ヘイズルをベースに実弾並びに近接戦を主眼に置きつつ、汎用性も兼ね合わせたガンプラ。
当初は複合型兵装も考慮したものの、敢えてシンプルかつ自身の反応に着いて来れるガンプラを製作するに至って複合型兵装を取り外して、アサルトライフル・ビームサーベル・シールドの基本兵装にソードビット等の追加兵装によって汎用性が向上した経緯を持つガンプラである。
機体カラー
head:ほぼベース通り、アンテナ部分のみメタリックゴールド
body:アドバンスドヘイズルカラー
arm:青の部分をアドバンスドヘイズルカラーに
leg:エースホワイト
backpack:青の部分をアドバンスドヘイズルカラー
シールド:シールドブースターカラー
ビルダーズパーツ
backpack:シールドブースター×①、ブースターユニット×②
arm:右腕部グレネード×①
leg:GN粒子コンデンサー×②(左右leg②な部分)、コンバットナイフ×①
グローカラーは青です。

素敵なオリキャラと俺ガンダム設定、ありがとうございます!


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迷えるビルダーたち

 イベント目白押しのガンブレ学園文化祭はより一層の盛り上がりを見せていた。展示物、ライブ、トークショー、実技教室……。全てこの日の為に計画されたそれら全てのイベントは盛況であり、生徒達、そしてそれらに参加している一般客達の表情はどれも溢れんばかりに輝いていた。

 

「……僕達の生徒会が続いていたとしたら、こんな光景は見れなかっただろうね」

 

 使われていない教室の窓際に腰掛けてその様子を眺めていたのはユウキであった。

 アラタと共に巨大ジオラマを作成していた彼だが文化祭開催ギリギリまでチェックを行っていたようでかなりの疲れと眠気に襲われており、いつも以上に気だるげだ。しかし窓から見える熱気が輝かんばかりの盛り上がりを見せている眼下の文化祭を前にどこか満足そうでありながらも、どこか自嘲的だ。

 

「……俺達がやっていたことは強者という一点に拘ったもの。そこにいる間はそれこそが絶対だと思っていても、今振り返ってみればその脆さが嫌でも目に付いてくる。まだソウマ達だからこそ敗北して良かったのかも知れないな」

「そうでなかったら今の僕達に居場所なんてないさ」

 

 ユウキの傍らに控えていたセナも同じく文化祭の様子を眺めながらかつての自分達が行っていた生徒会のあり方について振り返り、その歪さに悩ましげにため息をつくと、窓辺から巨大ジオラマを眺めながら呟く。もしもあの時、アラタが手を伸ばしてくれなかったら自分達はあの巨大ジオラマに携わるどころか今、この学園に居場所があったのかどうかも分からない。

 

「──あら、ここにいたのね」

 

 そんな二人であったが不意に教室の扉が開き、注意を向けてみれば、そこにはレイナの姿があった。

 

「巨大ジオラマ、お疲れ様。さっき見に行ったけど大好評だったわ」

「それは良かった」

 

 ユウキとセナにそれぞれ飲み物を渡しながら巨大ジオラマについて触れると、ユウキはいつものように肩をすくめ、おどけた態度を取ってはいるものの安堵の色が見える。

 

「まさに壮観ね。それだけの労力や時間はかかったでしょうけど。確かアラタ君と生徒会室に寝泊りしていたって聞いたわ」

「アラタ君と一緒なら何だろうと苦じゃないさ」

「あら、妬けるわね」

 

 レイナ自身もただ見るだけではなく、何枚か写真に収めたりしていたのだろう。

 自身のスマートフォンを取り出すと細部にまで拘って作成された巨大ジオラマの写真を開き、作成者であるユウキを労うとレイナが用意してくれた飲み物を一口、口に含みながら肩を竦める。

 

「そんなアイゼンさんも“ハイジマ”さんとはどうなの? 随分と仲良かったじゃないか」

 

 ふとユウキはある人物の苗字を口に出す。

 何の気なし、そう深い意味などないのだろう。その言葉からレイナにとって親しい人物であるのが分かる。

 

「そう言えば新しいガンプラを作成したって聞いたよ。もしかしてハイジマさんと──」

 

 その瞬間、全てを打ち壊さんばかりに甲高い衝撃音が室内に響き渡る。

 その発生源はこちらに背を向けるレイナであり、両手を力の限り机に叩きつけたのだろう。その白魚のような手は僅かに赤みがかっていた。

 

「……興味本位で聞かれたくはないわね。他ならぬアナタ達に」

 

 巨大ジオラマについて話していた時の和やかな空気は当になく、あるのは肌に刺さるほどに張り詰めた緊迫感のみである。否応なしにユウキとセナの視線がレイナに注がれるなか、ゆっくりと肩越しに振り返るレイナの瞳は鋭く、明確な怒りに満ち溢れていた。

 

「す、すまない。ユウキが無遠慮であった」

「……トークショーが終わったらアラタ君達は巨大ジオラマを見に行くそうよ。時間的にもそろそろだし、会いに行きましょうか」

 

 レイナが見せた明確な怒り。それはこの学園で三年過ごしてきた中でも初めて見たものであり、何より身が竦むほどのものであった。だからこそセナが慌ててユウキとレイナの間に割って入り、彼の発言について謝罪するとレイナ自身も自己嫌悪している部分があるのか一息つくと二人に声をかけ、三人はぎこちのない空気を残したまま教室を後にするのであった。

 

 ・・・

 

「うぅむ、ガンブレ学園とは夢のような場所だなっ」

 

 ところ変わってガンブレ学園の敷地内の一角。文化祭利用者で賑う学園内に奏とルティナの姿があった。

 元々ガンプラやガンダムを愛する存在だけあってガンブレ学園の文化祭を満喫しているのだろう。出し物のガンプラ焼きを参考にして作られたホットサンドを頬張りながらほくほく顔だ。

 

「ここに来た当初は小難しい顔してたのにねー」

「まあ、頭を悩ませたところで情報はないに等しいからな。ならば郷に入れば郷に従え。今は目の前にある全てを全力で楽しむまでだっ」

「さっすが、おねーちゃん。ルティナ、そういう何があってもブレないところだーい好きっ」

 

 そんな奏の隣で同じように頬張りながら、この世界に初めて訪れた際、自分に掴みかからんばかりの剣幕だった奏を思い出し、からかおうとするもあっけらかんとしたまま大らかに笑う奏にクスリと笑って腕を絡ませるとネコのように身を寄せて頬ずりをする。

 

(それに……一ヶ月前に急に途絶えた父さんの感覚もこの世界に訪れた瞬間、再び感じたしな)

 

 可愛い奴めと適当にルティナの頭を撫でたまま好きなようにさせながら、ふと奏は空を仰ぎ見る。だがほんの一瞬だけ、彼女の瞳が紫色に変化したことは半ば同時にスッと目を細めたルティナ以外は知る由もなかった。

 

「あっ、おねーちゃん。アレ見て! すっごーいよ!」

 

 そんな奏だが不意に特に意味もなくルティナに頬を引っ張られ、顔を無理やり動かされる。

 

「おぉぅっ! こ、これはア・バオア・クーではないかっ!? サイズ的にはPG……? いやしかし、このジオラマは素晴らしい……!」

 

 頬を無理やり引っ張られ、半ば涙目な奏であったがその先の光景を目にした瞬間、途端に瞳を輝かせ、外ハネになっている髪を凄まじい勢いでパタパタと動かす。そこにあったのはアラタとユウキが手がけたPGア・バオア・クーを使用した文化祭の目玉の一つ巨大ジオラマであった。

 

 ところ変わって、先程レイナも感想を口にしていたがその出来たるや目にした瞬間、奏を唸らせるものであり、巨大ジオラマの周辺には一際混雑していることがその素晴らしさをより実感させられる。

 

「むっ!?」

「きゃっ!?」

 

 鼻息を荒く、自身の携帯端末から写真を撮りまくっている奏とその様子を眺めているルティナであったが、不意に奏が誰かとぶつかってしまう。奏自身は無事のようだがぶつかった相手は短い悲鳴をあげて、尻餅をついてしまう。

 

「す、すまない。大丈夫か?」

 

 慌てて非礼を詫びながら手を指し伸ばす先には一人の少女がいた。

 年齢でいえば奏と同じ年頃であろうか。太陽の陽射しに当てられてキラキラと輝く茶髪をカチューシャで留めた細身の少女がそこにいた。

 

「ご、ごめんなさい。私……ジオラマに夢中になっちゃって」

「それは私も同じだ。なにこれだけのジオラマを目の前にすれば何らおかしな話ではないさ」

 

 奏の手を取って起き上がった少女は恥らった様子で前髪を直していると、奏はさながら紳士のように少女に付着した土埃を払い朗らかでありながらも落ち着いた笑みを見せる。

 

「──あれ、アンタ達来てたのか」

 

 特定の人が絡むとダメになるんだよねーと少女に対して紳士的に振舞う奏を見ながらルティナが他人事のように呟いていると不意に奏達に声をかけられる。動きを止めて見て見ればそこにはアラタとリュウマの二人がいた

 

「あん? 知り合いか?」

「ちょいと訳ありでな」

「っんだよ、俺に言えねえってのか」

 

 最もリュウマは奏達について知る由もない為、説明を求めるようにアラタに視線を投げかけるとアラタ自身も上方が少ないため彼女達に関する説明は難しくはぐらかすような形となってしまい、リュウマはつまらなさそうに唇を尖らせる。

 

「後輩君ではないかっ! うむうむ、元気そうで何よりだなぁっ! 君の先輩は今日も元気だぞっ」

「ってんめ、アラタに引っ付いてんじゃねえよ!」

 

 子供のような拗ね方をするリュウマを他所に奏はアラタの肩を抱くと、バンバンと叩きながら声高に笑う。

 いきなりの出来事に面食らったリュウマであったが、うんざりした顔をするアラタを見て慌てて奏からアラタを引っぺがす。

 

「大体、先輩ってんだよッ。少なくともこの学園の奴じゃあねえよなッ!」

「そだよー。おねーちゃん、一人で盛り上がってるけど肝心の後輩君とやらは置いてけぼりだよ」

 

 うんざりしているアラタの前に庇うように立ちながら完全に不審者を見るような目で奏を見ていると、今まで愉快そうに成り行きを見ていたルティナがここで初めて奏に釘を刺す。

 

「むぅ……。いささか興奮が過ぎたな、すまない。君のような存在に出会える機会などなかったからな」

「……それってガンダムブレイカーって奴か?」

 

 そこで少しは落ち着きを取り戻したのだろう。まさか世界を越えた先でガンダムブレイカーに出会えるとは思っていなかったこともあっていつも以上に興奮してしまっていたようだ。そんな奏に対してかつてルティナが口にしていた名前を思い出す。

 

「ああ。君以外にその名を持つ存在はいるのか?」

「いや、少なくともこの学園では俺だけの筈だ」

「成る程……。いや、すまない。それなら余計にこの名について分からぬ筈だ」

「アンタにとってはそれだけ大きい名前なのか?」

 

 この世界におけるガンダムブレイカーについて尋ねるも、少なくともブレイカーの名のつくガンプラを扱うのは自分以外は知らないアラタは首を横に振りつつ、なにやら納得したような素振りを見せる問いかける。

 

「ああ」

 

 それはたった一言であった。だがその一言の中にあるのは重み。その返答だけで彼女の中でガンダムブレイカーという存在がどれだけ大きなものなのか少なからず感じ取ることは出来る。

 

「──あれ、生徒会長じゃない?」

 

 そんな時だ。ふとアラタを指して生徒達がその存在を口にすると、釣られるようにアラタを見た一般客達もざわつき始める。

 

「えっ、なに? サインが欲しかったら並んでね」

「──流石、生徒会長。堂々としてらっしゃいますね」

 

 生徒達はまだ兎も角としても一般客達からも騒がれる心当たりがないアラタはいつもの調子で振舞うも、戸惑いを感じさせる。そんな時、聞き覚えのある声に釣られれば、そこにはドロスとその傍らには一人の少女がいた。

 

「以前のガンブレ学園における生徒会の暴走……。それは少なからず外部には漏れていました。そんな生徒会を打ち倒し、新しく生徒会長の任についた人物……。少なからず今のアラタさんは話題の種ですよ」

「あぁ成る程……。それなら今から俺が水をあげよう。この天っっ才と触れ合うことで皆の心の種を咲かせて俺の存在を満たそうじゃないか」

 

 噂の人物であるアラタについてドロスがその理由を説明すると、合点がいったアラタは漸くいつもの調子に戻り、両腕を広げながらクルクルと周る。

 

「噂通り、ハチャメチャな人だねー」

「君は?」

 

 そんなアラタをドロスの隣にいた少女面白そうに笑う。とはいえ、ドロスは兎も角、目の前の少女については何ら心当たりがない。少なくとも在学生でもないであろう少女に回転を止めたアラタが尋ねる。

 

「私はリュウ・レンロン! ドロスの親友ってところ!」

「以前、お話しましたよね? 彼女は普段、教育関係の進学校に通っているのです」

「夢は体育教師っ! レンで呼んでね、会長さん!」

 

 ドロスの紹介を交えながら黒が身のショートカットと小柄な体格が印象的な少女であるリュウ・レンロンことレンは溌剌とした笑顔を向けながら手を伸ばすとアラタも自己紹介をしながら、その手を取る。

 

「アンタが噂の会長かッ」

「今度はなに」

 

 レンとの交流も束の間、いきなり肩を掴まれ強引に向き直らせたアラタの視線の先には特徴的な赤髪の青年がいた。

 

「カワグチ・タツマ! バトル好きなビルダーだ! アンタ、強ぇんだろッ!? 俺とバトルしてくれよッ!」

「素晴らしく一方通行だな。分かり易くて助かる」

 

 自己紹介も程々にタツマを名乗る青年はどうやら言葉通り、バトルが好きなのだろう。肩を掴んだままその勢いで強く前後に揺さぶってくるタツマにアラタはされるがままに印象を口にする。

 

「おい、このバカ! アラタにバカ呼ばわりされる前に止めてやれってんだッ!」

「誰がバカだ! バカって言う方がバカなんだよアホ!!」

「あぁんっ!?」

 

 そんなアラタとタツマの間に強引に割って入ったリュウマはタツマを押し退けながら注意するも、どうやら顰蹙を買ってしまったようで言葉に釣られたタツマとリュウマは額を擦り合わせながら火花を散らす。

 

「そーだぞ。俺がバカと呼ぶのはお前だけだ、筋肉バカ」

「嬉しくねえよ! この際だ、俺のことはこれから筋肉の貴公子と呼べッ」

「そういうところだぞ筋肉バカ。アカリでも呼ばねえと思うわ」

 

 タツマから解放されたこともあり、乱れた身なりを整えながらリュウマに対していつもの軽口を叩くアラタにタツマから一転、アラタに食って掛かるリュウマの額を人差し指で叩きながら呆れたように首を振る。

 

「──そっか。彼が今の生徒会長なんだ」

 

 そんなドタバタ騒動を目にしながらふと言葉を漏らしたのは先程、奏とぶつかった少女であった。

 その短い言葉には色濃く複雑な感情が混ざり合っており、それに気付いた奏が何か声をかけようとするが……。

 

「アナタは……ッ!」

「……オオグロさん。帰国してたんだ」

 

 それを遮るように驚きの声を上げたのはドロスであった。

 目を見開いて唖然とするドロスとは対照的に落ちついた様子の少女は静かに微笑を零す。

 

「こんなところにいたのね、アラタ」

 

 ドロスの容姿に気付いたアラタは釣られるように少女に視線を向けるが、ふと聞き馴染みのある声に呼ばれて視線を向ければ、トークショー前に 一緒にいたイオリ達他の生徒会の面々であった。

 

「もー、はぐれちゃったから心配したよ。これからはユイ姉ちゃんが手を握っ、て……」

「いや待て。姉はわた、し……!?」

 

 どうやらアラタとリュウマ以外とははぐれてしまっていたらしく、再会を喜びつつ姉ぶろうとするユイとリョウコであったが、ドロス同様にカチューシャの少女を見て固まってしまう。

 

「久しぶり、ユイちゃんにリョウコちゃん。見る限り相変わらず仲良さそうだね」

 

 言葉を失い、目に見えて動揺しているユイとリョウコに対して少女はただただ微笑みと共に言葉を投げかける。どこか異常さのある雰囲気を感じ取ったアラタが少女に声をかけようとした時であった。

 

「──シエ、ナ……?」

 

 ゴトッと中身の入ったペットボトルが地面に落ちる。気を取られたアラタが視線を向ければそこには止め処なく中身が溢れ出るなか、それにさえ気付かずにただ絶句して少女を見つめているレイナがいるではないか。

 

「レイナっ」

 

 ユイやリョウコでけではない。どんな時も落ち着きを持った態度でいたレイナでさえこの有様だ。シエナと呼ばれた少女はレイナを見るなり、再会を喜んで柔らかな笑顔を浮かべて駆け寄ろうとするも……。

 

「おや、久しぶりだね。ハイジマさん」

「アナタは……っ」

 

 レイナの隣にはユウキやセナもいたのだ。ユウキやセナもシエナに多かれ少なかれ驚いているようだ。

 

「……レイナ、その二人と一緒にいたんだね」

「待って、シエナ! 話を聞いてッ!」

 

 しかし当のシエナは二人の姿を見て、反射的に駆け寄ろうとした足を止めて表情を強く歪ませる。顔を俯かせ、垂れた前髪で隠れた表情からは伺えぬがその言葉には負の感情に染まっていた。それに気付いたレイナは慌てて駆け寄ろうとするのだが……。

 

「なにを聞けって言うの? 私が一人ぼっちでいる間もレイナはその二人と一緒にいたってことでしょ。リョウコちゃんもあの二人が生徒会であった頃、その一員だって聞いたことがあるよ」

「そ、それは……」

「リョウコちゃんにとっては私なんかよりあの二人の方が良かったんだよね? あれ、でも今は新生都会とも親しいんだっけ」

 

 しかしその濁ったような冷たい瞳を前にレイナは動けなくなってしまった。するとシエナはそのままゆらりと視線を動かして、リョウコを見やると何か負い目があるのかリョウコはどもったまま言葉を出せずにいる。

 

「……生徒会長君。ガンブレ学園のことはずっと噂で聞いてたよ。君のやったことは凄い……。でもね、今の私にはこの学園が酷く凸凹してて醜く見えるな」

「……アンタ、何なんだ?」

 

 そんなレイナやリョウコに興味を無くしたようにシエナの視線は現生徒会長であるアラタに向けられる。シエナという人物が何者であるか分からないが少なからずレイナ達に根深い関係を持つ人物であるのは分かる。しかしそんなアラタの問いかけに答えることなくシエナは背を向けて去っていってしまう。

 

「……あの人はハイジマ・シエナさん。シイナ君達が現れるまでかつてこの学園の生徒会長を務めていた人だよ」

 

 人混みの中、去っていくシエナの背中に困惑しているアラタであったが複雑そうにシエナについて話すユイの言葉に目を見開く。かつてユウキとセナに敗れた生徒会にはユイとリョウコがいたことは知っていた。しかしあの少女はその当時の生徒会長であったというのだ。

 

 話には聞いていたが、よもやそんな人物に出会うとは思っていなかったアラタは我に返った後、すぐさまシエナの後を追い、これまでの様子を見つめていた奏も同様に後を追うのであった……。




ハイジマ・シエナ(ヤミ)

【挿絵表示】


<いただいたオリキャラ&俺ガンダム>
刃弥さんからいただきました。

キャラクター名 リュウ・レンロン(緑・蓮龍)
性別:女
年齢:18歳
身長:150cm
容姿:黒髪のショートカットで黒眼。体格は小柄で貧乳。

父親が中国人で母親が日本人のハーフ。普段はレンの愛称で呼ばれている。
父が在日中国人で彼女自身は生まれも育ちも日本。そのため中身は完璧な日本人。父が中国語の教師をしていることもあり中国語は話せる。
性格は明るく人懐っこい。勉強は大の苦手だが運動神経は天才と言えるほどに抜群で、バスケやバレーなどでも小柄な体格による不利をものともしない。
将来の夢は体育教師。ドロスとは小学校の時からの幼馴染で、ハーフ同士なこともあり、初対面の時から意気投合し、今では唯一無二の親友同士。
ガンプラも好きではあるが、あくまで趣味の範囲内であり、最初はドロスと共にガンブレ学園へ入ることも考えたが、
最終的には体育教師になるために教育関係の進学校へ進んだ。ガンブレ学園の文化祭には、ドロスに誘われて彼女とチームを組むためにやって来た。


ガンプラ名 ドラゴノイドガンダム
WEAPON MA-BAR78F 高エネルギービームライフル
WEAPON デファイアント改ビームジャベリン
HEAD  シェンロンガンダム
BODY  ガンダムエピオン(エンドレスワルツ版)
ARMS  シェンロンガンダム
LEGS  レジェンドガンダム
BACKPACK レジェンドガンダム
SHIELD  シールド(ギュネイ専用ヤクト・ドーガ)


カラーリングは全身が緑。
機体そのものはレジェンドガンダムの武装をメインとした遠距離重視となっているが、レン自身が近接戦闘を得意としていることもあり、
基本的には、デファイアント改ビームジャベリンとドラゴンハングを使った近接戦で戦い、
ビームライフルやドラグーン、シールドの4連装メガ粒子砲はサポートに回している。
レン自身の名前にドラゴンを意味する言葉が入っていることから、レンが自分の分身でもあるという意味を込めて組み上げた機体。


デジタル人間さんからいただきました。


G-レイダー

頭部 Gセルフ
胴部 ユニコーンガンダム
腕部 スターバーニング
脚部 AGE2 マグナム
バックパック デスティニーガンダム
シールド GNシールド(アルケー)

ビルダーズパーツ
発光装甲×3
レールキャノン×2
トサカ型アンテナ
丸型ブースター

武装欄
ハイパードッズライフルマグナム
頭部バルカン
ビームサーベル(AGE2)
アロンダイト
レールキャノン
高エネルギー長射程ビーム砲

トランス
NT-D
光の翼

設定
強襲というコンセプトを形にした超高機動ガンプラ。
装甲は極限までに薄くなっており、その分通常時でトランザムとタメを張るスピードを持ち合わせており、武装も豊富で攻め手には困らない。
トランス形態は二つあり光の翼はより高機動に、NT-Dは機体のパワーを更に向上させる。
しかしトランスは約一分しか持たず、一発でも強力な一撃を喰らえば致命傷になる。
最後に、奥の手としてNT-Dと光の翼の翼を同時発動することで相乗効果で機体の性能が極限にまで上昇し覚醒と同等になるが、30秒しか持たず時間が切れれば機体は停止する。
この状態時発光装甲と胴体のサイコフレームの発光色が赤くなる。



カワグチ・タツマ

年齢 16歳
性別 男

容姿
紅い髪の天パでツリ目。
身長178cm、首に黒いマフラーを巻いている。


設定
性格は良く言って真っ直ぐ、悪くいえばバカである。
何事もとりあえず、をモットーとしており後先考えず行動してしまう。
そして三度の飯よりも大のガンプラバトル好き、強い敵が入れば挑まずにはいられない程の戦闘狂。
バトルになればどんな理由があろうと容赦せず襲いかかり敵を切り裂き、また相手を見つけては挑むを繰り返している。

ガンブレ学園の文化祭に来たのももちろんより強い敵を見つけるためである。
理由などない、自身の衝動のままに戦いを求める。

ただ、悪という訳では無い。

バトル時は近接をメインに射撃は必要な時だけ使用する。
状況によってはビームサーベルを投げたり、格闘したりと予測不能となってる。

素敵なオリキャラと俺ガンダム設定、ありがとうございます!


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赤い瞳を見た

「……シエナさん」

 

 シエナを追ってアラタと奏がいなくなったこの空間では圧し掛かるような重い空気が満たしていた。

 かつての生徒会長との再会。本来ならば喜ぶべき瞬間出会った筈だが、その実、決して喜べぬ内容であった為、ユイはおろかかつての時を知る者達の面持ちは暗い。

 

「……先々代の生徒会長か……。あぁして目の前にするのは初めてだな」

「凄く……悲しい目をしていましたね」

 

 逆に言えば現在、一年であるリュウマやアカリ達はシエナに出会うのは初めてのことであり、それぞれに想うところはあるらしく複雑な面持ちだ。

 

「弱肉強食の学園になる前の生徒会はもっとガンプラに打ち込めるように頑張ってたって聞いたことがあります。私も学校説明会でそんな校風に憧れて進路を決めました……。悪い人とは思えないです」

 

 かつて、ユウキ達による圧政が行われる前の学園はただ純粋にガンプラに情熱を注ぎ込める楽園のような場所であったと聞く。マリカも出会うのは初めてであるが、そんな当時の学園で生徒会長を務めていた人物が悪い人間であるとは思えなかった。

 

「部長!?」

 

 そんな時であった。

 レイナは突然、崩れ落ちるかのように膝をついたのだ。すぐさまアヤがレイナに駆け寄ってその肩を抱くのだが、彼女の肩は異様なまでに震えていた。

 

「違う……。違うの……っ……。シエナ……っ」

 

 頭を垂れて、表情が見えないものの彼女が今、どのような想いでいるのかはすぐに分かった。

 何故ならば震えながら紡がれる言葉と共に地面にはポツポツと涙が流れ落ちていたからだ。こんなにも弱弱しいレイナの姿は初めてなのだろう。レイナの肩を抱いてはいるものの目に見えて困惑していた。

 

「……シエナさんはね、生徒会長であったと同時に在籍中は第10ガンプラ部の部長でもあったんだ」

 

 明らかに様子がおかしいレイナに戸惑っていると、ユイは静かに腰を下ろして崩れ落ちたレイナを労わるように抱きしめながらシエナについて話す。かつての第10ガンプラ部の部長……。今のレイナとそれだけの情報でレイナとシエナの関係は察することが出来た。

 

「あの時から第10ガンプラ部は魔窟でした。けどそれ以上に学園のどの部活よりも輝いていたのです」

 

 ドロスもまた当時の出来事を知る人物だ。

 かつての日々を振り返り、懐かしむような笑みを見せるのも束の間、先程のシエナの姿に沈痛な面持ちを見せる。

 

 ・・・

 

 生徒の数だけ創造するガンプラは異なり、それぞれにドラマがある。

 同じではなくそれぞれに個があるからこそガンブレ学園に存在するガンプラ達は輝いているのだ。

 

「──と、私は思うんだよね」

 

 したり顔でそう言ったのはガンブレ学園の制服に身を包むシエナであった。今、彼女がいるのは第10ガンプラ部の部室だ。

 

 それはほんの二年前の日々。

 ソウマ・アラタがガンブレ学園に訪れるよりもずっと前の出来事であり、当時の学園の生徒達は皆、心からガンプラを愛し、切磋琢磨することによってお互いを高め合っていたのだ。

 

「……だからと言って明らかにアウトなガンプラをコンテストに出そうとするのはどうかと思うのだけれども」

 

 呆れたように嘆息しながら話すのは当時、まだ一年生であるレイナであった。

 頭痛が酷いのか、こめかみを片指でおさえながら腰掛けるシエナの目の前にあるガンプラを見やる。……どういう訳なのだろう。確かにそこにある筈なのにモザイクがかかっているように見える。脳が理解を拒んでいるのだろうか? 

 

「そんなにダメだったかなぁ。プチッガイで作ったポムポムプr──」

「個人で楽しむならまだしも何故、コンテストに出すのはダメでしょう」

「わーかーりーまーしーた。じゃあ、いっそのことポケットな感じの電気ネズミに……」

「そのモチーフがダメだって言っているのよ!」

 

 どういう原理か、モザイクがかかって見えないシエナ作のガンプラを目の前にしながら、わーわーと言い合うシエナとレイナの二人。しかし他の第10ガンプラ部の部員達にとっては見慣れた光景なのか、寧ろ仲の良い姉妹を見ているかのように微笑ましそうだ。

 

「全く……少しは自重という言葉を辞書で引いてみたらどうかしら生徒会長さん」

「分かってないなぁ、レイナは」

 

 トゲのある物言いでチクリと刺すレイナの言葉に寧ろシエナは言葉通りにわざとらしく肩を竦めて首を振りながら立ち上がる。その態度にレイナの額に青筋が浮かぶのだが……。

 

「自重なんてガンプラにはナンセンスだよ。寧ろガンプラはその逆……。作りたいって思ったものに全力を注ぐ。人とガンプラの数だけ可能性はあるんだよ。きっと無限にね」

 

 窓から差し込む夕日を背にシエナはにっこりとレイナに微笑みかける。

 その屈託のない笑顔は例のモザイクがかかっているガンプラに対しても向けられており、その事からあのガンプラも決して悪ふざけではなく、彼女が作りたいと思ったから作り、だからこそ衆目の目に触れるコンテストに出展しようと思ったのだろう。まあ、だからと言って許されるものとそうでないものはあるが。

 

「──生徒会長!」

 

 そんな矢先に第110ガンプラ部の部室の扉が強く開かれる。

 何事かと思って、目を向けてみれば、そこにはリョウコと続くように失礼しまーすと部室に入ってきたユイの姿があった。

 

「聞いたぞ、明らかにアウトなガンプラをコンテストに出そうとしたらしいなっ!」

「あっ、それが例のガンプラですか? ……あれ、脳が認識するのを拒否してる」

「まあまあ。それよりもリョウコちゃんとユイちゃん、この間の学園内トーナメントで上位に食い込んでたよね。二人がどんどん成長していて私も鼻が高いよ……」

「後方先輩面したところで私は流されんぞっ!」

 

 どうやら例のガンプラについて聞きつけたらしく、えらい剣幕でシエナに詰め寄るリョウコとガンプラを前に不思議そうに首を傾げているユイ。そんな二人にシエナはどこ吹く風か、人差し指で鼻を擦るが胸元を掴んだリョウコによってグラングランと揺さぶられている。

 

(……きっとこの人なら今よりきっと良い学園を作れる筈)

 

 ハチャメチャな人物でこそあるが、その身体に秘める情熱と愛は本物であり、誰よりも強い。

 だからこそシエナならば今よりも素晴らしい学園を作れるだろう……。その事はレイナだけではなく、同じく生徒会に所属しているユイやリョウコも胸の中にはあったのだ。

 

 ……だが、そうはならなかった。

 

 春休みが明けて、学年が一年繰り上がった頃、生徒会の前にユウキとセナの二人が現れたのだ。

 その結果は……知っての通りであろう。

 

 生徒会は敗北した。

 ユウキとセナ、特にユウキの圧倒的な力の前に蹂躙されてしまったのだ。シエナやユイは最後まで抵抗しようとしていた。しかしリョウコや他の生徒会役員は飲み込まれ、足を止めてしまったのだ。

 

 現体制を打ち壊し、改革を打ち出したユウキ達。

 その圧倒的な力は多くの生徒達の心を強く刺激し、実力こそが物を言う弱肉強食のルールはそれを更に助長させ、無法の世界となるのにそう時間はかからなかった。

 

 そして……その弱者の烙印を一番最初に押されたのはシエナであった。

 

「あんな負け方しておいて、よく学園に来れるよなぁ」

「今更、アンタの言葉なんて誰も耳を貸さないってーの」

 

 彼女の最後の学園生活は悲惨と言っても過言ではなかっただろう。

 全ての生徒が……とまでは言わないものの弱肉強食のルールが浸透した多くの生徒達に敗北者と嘲笑われる日々……。かつてのショウゴのように弱者からパーツを巻き上げたりする者達に訴えかけたところで耳を貸されることはなく、逆に弱者に寄り添おうとしたところで……。

 

「アンタが負けさえしなければ、こんな学園にならなかったんだ!」

「楽しかった学園を返してよ!」

 

 強者に対して何も言えなかった者達の矛先はかつての生徒会長であるシエナに向けられた。

 彼女はたったの一度の敗北を切っ掛けに学園から居場所を失ってしまったのだ。

 

「──シエナ!」

 

 そして卒業の日。

 卒業という晴れの日に似つかわしくないほどの豪雨が世界を覆う日……。シエナは一人、その雨に打たれていた。そんな彼女にレイナは彼女を気遣い、駆け寄りながら声をかける。

 

「……レイナ」

 

 激しい雨の中、シエナはポツリとレイナの名を口にする。

 この雨の中でも確かに聞こえた呼び声にレイナは反応するが直後に肩越しに振り返ったシエナの姿に戦慄して足を止める。

 

 そこにあるのは圧倒的なまでの虚無であった。

 ずっと見て来た笑顔はそこになく、ただただ何の感情も持たないシエナがそこにいたのだ。

 

「……おかしいなぁ……。何にも感じられない……。空っぽになっちゃったみたい」

 

 世界はどこまで彼女を責め立てようというのだろう。

 彼女の実力は本物であり、これから先、もっと輝かしい未来へと進める筈なのだ。しかし、今の彼女は彼女自身が言うように多くのものを失って、空っぽになってしまったのだ。

 

「レイナは……私みたいになっちゃダメだよ」

 

 シエナに憧れていた。滅茶苦茶なことはしていたが、それでも誰よりも尊敬していた。

 だからこそそんな彼女からのその言葉はレイナの心を強く貫き、その言葉を最後にシエナは学園を去ったのだ。

 

 ・・・

 

「学園がまた変わったことを聞いて、再び戻ってきたのだろう……。私達としても喜ばしいことだが……しかし、こんなことになるとはな」

 

 シエナを慕っていたのはレイナだけではない。厳しい物言いこそしていたが、シエナを慕っていたのはリョウコとて同じことだ。だからこそ面持ちは暗い。

 

「……私はどんな顔を向ければ良いのか……。言葉すら浮かばない……。絶望のままこの学園を去ったあの人の心に寄り添うことすら出来なかったのだから」

「それは僕達さ。僕たちが全ての元凶だ」

 

 当時のユウキとセナに飲み込まれて諦めてしまったリョウコ。結果的にその後、そんな彼らの軍門に下ったからこそシエナにどうして良いか分からないのだろう。そんな罪悪感に苛まれるリョウコにユウキが口を開く。

 

「ああ。俺達の行動が発端だ……。本来ならば俺達はこの学園にいて良い存在ではないのだ」

「アラタ君をはじめ、受け入れてくれたからこそ今がある。しかし僕たちがしてきたことの傷跡はあまりにも大きかった」

 

 ユウキに同調して口を開いたセナの表情も暗い。彼らも彼らなりに今だからこそ思うことはあるのだろう。だがそうしたところでシエナに対してどうしたら良いかも分からない。自分達の顔など見たくもないだろう。

 

「──だからと言ってそこで何もしないで諦めるんですか」

 

 圧し掛かるような重い空気の中、ふと声をかけられる。

 初めて聞く声にその主を探してみれば、コツコツとこちらに向かって足音が聞こえ、視線がそのまま向けられる。

 

「……最後まで諦めるな、です」

 

 そこにいる人物について誰も知らず、リュウマ達は困惑する。しかしただ一人、ルティナは違った。やぁーと来たとそう言わんばかりに口角を吊り上げるなか、腰まで届く鮮やかな茶髪を風に靡かせながらその特徴的な赤き瞳は暗雲の中にいる者たちを確かに捉えていた。



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崩壊と改革の軌跡

 カツカツと歩を進めていた足も速くなり、人気のない校舎裏にやって来たシエナ。迷いもなく人気のない場所まで歩いていた所を見るとやはり学園の構造は覚えているようだ。

 

(……あぁもうッ)

 

 シエナは苛立ち気に眉間に皺を寄せる。

 それはまるで自分に向けてのもののように感じられた。

 

「──待ってくれッ!」

 

 そんな時であった。

 シエナに声をかけたのはアラタであった。文化祭というだけあって人混みを掻き分けてでもシエナを追ってきたのだろう。激しく肩を上下させて息を切らす中、手を膝につけながらでもシエナを見やる。

 

「……私を追ってきてくれたんだ。汗びっしょりだね」

 

 一瞬、アラタからの呼び声に対して煩わしそうに眉間に皺を寄せたシエナではあるが、自分を追って人混みの中を走ってきただけあって激しく汗を流しているアラタを見て、僅かに苦笑すると自身のハンドバックからハンカチを取り出して当て込むように優しくアラタの汗を拭き取る。

 

「な、なにを……」

「んー? こういう時はお礼を言うもんだぞー」

 

 先程のやり取りもあって、こんなことをされるのは予想外であったのか、困惑しているアラタに対してシエナは何事もなかったかのように自分のペースで話す。

 

「あ、ありがと……。ってそうじゃなくって、さっきの話だ!」

「あぁ、凸凹のこと?」

 

 こうやってペースを握られてしまうのはレイナに出会った頃を思い出す。照れ臭さから距離を離しつつ自分がわざわざシエナを追ってきた理由を口にすると当の本人はまるで何事もなかったかのようにあっけらかんとしていた。

 

「だってそう思わない? 生徒会長が変わるごとに校風が正反対と言っても良いほどガラリと変わる学園なんてそうはないよ。そして生徒達はそんな学園にあっさりと染まる……。君はシイナ君達の生徒会のルールに染まりきった学園に来たから分からないかもしれないけど、昨日まで一緒に楽しい学園生活を送っていた人達が生徒会が変わった瞬間、掌を返して蔑んだ目で見られるあの恐怖……君に分かる?」

「それは……」

「私にはね、この学園が醜く見えて仕方ないんだ。皆、私やその先輩達が築いてきた誰もが平等で夢があって楽しい学園よりも実力だけが幅を利かせ、何をしても許されるような無法の学園を取ったんだから」

 

 アラタはあくまで弱肉強食に染まりきった後に転入してきた。だからこそ言ってしまえばそういうものなのだと呑み込んで学園改革に打って出ることが出来た。

 

 しかしシエナは違う。彼女の場合、まさに掌を返すようにあるたった一つの出来事を境に全てが変わってしまったのだ。昨日まで楽しく語り合っていた友人達も段々といなくなり、自分が築いていたものが水泡のように消え去り、やがては残ったのは後ろ指を指される様な日々と耐え難い孤独だけだ。

 

「だけどそうじゃない人達だっていた筈だ! あの学園の日々を良しとしない者達やそのルールに苦しんできた人達も俺は見て来た!」

「そうだね。君やユイちゃん達はまさにそうだろうね。けどね、本当にそういう人たちは一握りだと思うよ。逆に弱者としての立場にいる人達もその立場が強者だったとしたらそのままその当時の学園を良しとしたんじゃないかな」

 

 だがアラタもあの学園の日々を過ごしていく中で見て来たものは多くある。自分こそ強者であると驕り高ぶる者、そしてそんな者達に怯えて陰で涙を流す者達……。本来ならば楽しむはずのガンプラの筈がその本質を見失っていた。だからこそアラタは学園の改革としてサイド0にその名を連ねたのだ。しかしシエナからしてみれば、そういった者達は僅かだと首を振る。

 

「君も気をつけたほうが良いよ。君が今、築いているものは明日には怖いくらい簡単に壊れてしまうかもしれないんだから」

 

 自分がそうであったからこその忠告だろう。しかしシエナのその瞳は虚無感こそ宿っているものの、それでもその奥底には深い悲しみがあるようにも思えた。

 

「さっ、いつまでも私なんかに構ってないで文化祭に戻りなさいな」

「違う……。そういうわけにはいかない……ッ」

 

 あまり自分に関わるなと言わんばかりにアラタを振り返らせ、その背中を押そうとするシエナだがアラタはその足を止め、その手を強く握り締める。

 

「何で? さっき会ったばっかりでしょ」

「このままアンタを放っておけば、レイナさんが悲しむ」

 

 シエナからしてみれば、今まともに話してばかりの青年が何故、踏み止まって自分を何とかしたいと思うのか、理解できないのだろう。不思議そうに話すシエナに対してアラタはレイナの名前を口にするとシエナは少なからず反応を示した。

 

「あの人はこの学園に来たばかりの俺にいつだって親身に寄り添ってくれた。俺達がサイド0として生徒会に立ち向かおうとした時だって支えてくれていたんだッ! そんな人がアンタが背を向けただけで壊そうになっている。だからこそ俺は力になりたい……。ならなきゃいけないんだよ」

 

 レイナと初めてブレバイで出会い、そこからずっと彼女はサイド0と共に歩んできてくれた。自分達に味方すればそれだけ学園での立場が危ういものになるだろうに、それすらも省みず自分がしたいとサイド0の味方であってくれたのだ。

 

『……弱くたって良いの。だからこそ人は寄り添うことが出来るのですもの』

 

 彼女がいたからこそアールシュやアヤにも出会えた。彼女が自分に寄り添い、抱きしめてくれたあの温もりはいまだに身体は覚えている。だからこそ今、目に見えて弱っているレイナに寄り添う為にもこうしてシエナを追ってきたのだ。

 

「アンタだってあの人に会えて嬉しそうにしていたじゃないかッ! 確かにアンタは学園で苦しんできたのかもしれない。ユウキ達を憎む気持ちだってあるだろうッ! でもあの時、レイナさんへ向けたあの顔は……その気持ちは嘘じゃないはず「止めてッ!」……ッ!」

 

 レイナの為にもシエナを説得したい。このまますれ違ったままで良いはずがないのだ。声を張り上げて、熱を思った己の心のままに叫ぶアラタであったが、その最中、シエナによってその言葉は遮られてしまった。

 

「……こんな場所、やっぱり来るんじゃなかった」

 

 夢中になって気付かなかったが、我に返って目の前のシエナを見て見れば垂れた前髪で表情が見えないもののその身体は酷く震えていた。何か声をかけようとした瞬間、彼女はボソリと呟いてアラタに背を向けて再び歩き去ろうとする。

 

「ッ」

 

 待って、とシエナを止めようとする。このままではいけないと思ったからだ。しかしその前にアラタの肩は背後から強く掴まれたのだ。何なのかと思って振り返ってみれば、そこには鋭く自分を見つめる奏の姿が。彼女はそのままアラタの手を取ると有無を言わさず歩いていくのであった。

 

 ・・・

 

(あぁ、何で……ッ! 何でこうなるの……ッ)

 

 一方、シエナは人混みの中、ふらふらと覚束ない足取りで歩いていた。しかしその表情には激しい葛藤が渦巻いており、傍から見ても苦しんでいるのが見て取れた。

 

「──きゃっ!?」

 

 だからこそなのだろうか。前を水にふらふらと歩いていたシエナは誰かにぶつかってしまった。そのまま体勢を崩して、尻餅をつきそうになるがその前に自分の腰に手を回されて抱きとめられる。

 

「失礼。怪我はないかな」

 

 衝撃に備えていたのもあってギュッと閉じた目をゆっくりと開けば、翡翠色の瞳と目が合う。誰かと思えばそこには侍女二人を引き連れ、ぶつかった自分を抱きとめたセレナがそこにいたのだ。



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ブレイカーの声

「離せよ!」

 

 奏に腕を引かれていたアラタは第08部室まで連れて来られるとここで漸く腕を振り払う。

 部室内は文化祭ということもあり、アラタと奏の二人だけであり、殊更、張り上げたアラタの声が静寂に響き渡る。

 

「早くあの人を……ッ」

「あのやり取りを見た後では平行線のままだと思うがな」

 

 すぐさまシエナの後を追おうと踵を返して部室を飛び出そうとするアラタだが、近くの机に腰かけた奏の一言に足を止めてしまう。

 

「単純な話だ。お前は彼女の心を動かせるほどの距離にいない。だからお互いに寄り添うどころか意見を押し付けあうような形になってしまう」

「でも、今のままじゃあ……!」

「ああ。良くなるどころか変にこじれたままだろうな」

 

 動きを止めたアラタに先ほどのやり取りを見ていたのだろう。第08部の部室に飾られているガンプラの数々を眺めながら話す奏に居ても立っても居られないとばかりにアラタは焦燥感を見せる。とはいえ今のままでは何の解決にもならないであろうことを奏はすでに見抜いていた。

 

「正論をただ言ったところで解決するほど人の心というのは簡単なものじゃないんだよ。ましてやそんなこと自分が一番分かっている場合だってある……。そんな人にどうすればいいのか、どう接すればいいのか……。その答えを知っている者がいるのであれば私だって今からでも教えてもらいたいくらいだ」

「……アンタにも似たようなことがあったのか?」

「似ているかどうかは分からないがな」

 

 奏にも何か思い当たる人物でもいたのだろうか、どこか懐かしむように話す姿にアラタも少しは落ち着きを取り戻しつつあったのだろう。急ごうとする足を止めて奏を見る。

 

「ただ彼女はきっと自分自身でもどうしていいのかが分からないのは事実だろう」

「……どうすれば良いんだ」

 

 奏の言葉に対して果たしてどうすればシエナの心を救うことが出来るのか。どうすれば彼女はもう一度、レイナと笑いあうことが出来るのか。その答えを模索してはアラタは頭を悩ませる。

 

「そう頭を悩ませる必要はないさ」

 

 思い悩むアラタに救いの手を差し伸べるかのような奏の優しい声が届いた。

 

「もう少しだけ付き合ってくれ」

 

 そう言って奏はアラタの手を取ると戸惑う彼を他所に第08部を駆け出して行くのであった。

 

 ・・・

 

「ここ、は……」

 

 奏に連れられたアラタが訪れたのはグランドであった。

 ここではこの文化祭のバトルイベントとして用意されたバトルロワイヤル特設会場となっており、多くの人々で賑わっていた。

 

「まさか……」

「うむ、そのまさかだ」

 

 奏がわざわざ自分をここに連れ出した理由……。

 それを考えれば真っ先に浮かぶのは一つ、バトルだ。そんなアラタの予想に対して奏はしっかりと頷きながら自身が手掛けたガンプラを取り出す。

 

「……今はそんな気分じゃない」

「だからこそだ。行くぞっ!」

 

 シエナの一件もあってか、バトルをしようという気にはならない。

 折角の提案だが乗り気のなれないアラタは奏から顏を逸らして断ろうとするのだが問答無用とばかりに腕を絡められて無理やりバトルロワイヤルへと参加させられるのであった。

 

 ・・・

 

「まったく……どういうつもりだ」

 

 バトルフィールドとなる宇宙空間にその姿を現したν-ブレイカーは軽やかに機体を飛行させるも、それを操るアラタの表情は重いものであった。

 

「──まあ、そうぼやくな」

 

 そんなアラタに対して通信を入れてきたのは奏であった。センサーには奏が操るガンプラの反応があり、釣られるようにアラタがその方向を見やると……。

 

「あっ……」

 

 思わず感嘆の声が漏れてしまった。

 宇宙空間の中で鮮やかに輝く翠色のGN粒子は恵みを与えてくれる雨のように優しく流れている。その光を放つ主へと目を向ければ、白と蒼の装甲を身に纏った一機のガンダムの姿があるではないか。

 ガンプラの出来栄えはそのままイコールとしてフィールドに投影される。それはこれからバトルを行うとは思えないほどであり、精巧に作られたそのガンプラは神々しささえも醸し出していた。

 

「ガンダムブレイカークロスゼロ……」

 

 それがあのガンダムの名だ。

 

『うん。ここにいる如月奏(おねーちゃん)もまたガンダムブレイカーだからね』

 

 かつてルティナうちにしていた言葉を思い出す。

 確かに自分のガンプラはν-ブレイカーであり、最近ではそこに因んで最近ではガンダムブレイカーと呼ばれているのは知っていたが、ルティナが口にするガンダムブレイカーと生徒達が自分に対して口にするガンダムブレイカーとでは大きな開きがあるように感じられた。

 

「とはいえ、いつまでもボーッとするな。自分のガンプラが無闇に傷つけられたくなかったらな」

 

 アラタがブレイカークロスゼロに見惚れているのを知ってか知らずか、奏はアラタにバトルに集中するように促す。それとほぼ同じくしてν-ブレイカーとブレイカークロスゼロのセンサーがけたましく反応を示す。

 

 次の瞬間、高出力を誇るビームがν-ブレイカーとブレイカークロスゼロ目掛けて放たれる。

 

「──そのガンプラ……。確かここの生徒会長のものだったよなッ」

 

 こちらを……いや、ν-ブレイカー目掛けて向かってくるそのガンプラはバルバトスをカスタマイズした機体であった。しかし1/144……所謂、HGのガンプラを使用したそのガンプラが持つ武装はあまりに不釣り合いなほど巨大であった。

 

「あの武装……MGの武装を使用しているのか」

 

 アラタが武装についての違和感に気づく。そう、あのHGクラスのガンプラは1/100スケールのシグマシスライフルとガトリングシールドを装備しているのだ。

 

「キバ・アツヤッ! ガンダム・バルバトスオーガ……出るぞ!!」

 

 それがあのガンプラとビルダーの名だ。

 高らかに名乗り上げるとバルバトスオーガはその銃火器を惜しみなく放ちながらν-ブレイカーとブレイカークロスゼロへ向けて猛スピードで突き進んでくる。

 

「また来るか」

 

 すると再びセンサーが反応する。奏が確認してみれば、接近してくるバルバトスオーガとは別にこちらに近づく機影があるではないか。

 

「ガンダム・ルミナス、輝いていくわ!」

 

 それはトリコロールカラーのガンプラであった。ガンダムXをベースにカスタマイズしつつV2ガンダムのバックパックを採用したガンダム・ルミナスの名を持つそのガンプラは装備しているレールガンで牽制しつつビルダーであるカゼハヤ・ヒカリはその金髪を揺らしながら距離を縮めてくる。

 

 流石に接敵しているこの状況で乗り気ではなかったアラタも気を抜くような真似はしない。すぐさまその目を鋭く細めると同時にν-ブレイカーのツインアイと輝き、すぐさまビームライフルを連結させると共にアサルトモードを起動させて迫りくる二機のガンダムを迎撃する。

 

 しかしアツヤもヒカリもお互いに腕が立つのだろう。ν-ブレイカーからのビームをギリギリのところで回避して距離を縮めてくる。

 

「……そうこなくっちゃ」

 

 そんな二機の動きを見て、アラタの口元にも自然と笑みが漏れる。強いビルダーと出会えるのは同じビルダーとして喜びでしかないだろう。すぐさまν-ブレイカーもアサルトモードを解除して飛び立っていく。

 

「両腕にMGの……しかもそれぞれが巨躯を誇る武装を持ってもバトル中にそのバランスは崩れていない……ッ」

 

 バルバトスオーガと距離を縮めながら、改めてその機体について注目する。一見すればHGクラスの両腕にMGクラスのシグマシスライフルとガトリングシールドなどアンバランスもいいところであろう。しかし現にバルバトスオーガは一切、その機体バランスを崩すことなくν-ブレイカーと戦闘を繰り広げているのだ。

 

「相当、ピーキーなガンプラの筈なのにそれを仕上げ、バトルに活かすのは相当の腕がなければ出来ないことだッ!」

「生徒会長さんにそう言ってもらえるのは光栄だな。けど戦う以上負ける気はねぇ、何時だって全力だ!」

「上等ッ」

 

 純粋にバルバトスオーガとそれを操るアツヤに感心していた。通信越しに聞こえてきたアラタの言葉に口角を上げながらバルバトスオーガは攻勢を強め、負けじとν-ブレイカーも反撃する。

 

「まさにその発想はなかったって奴か。ビルダーとの出会いはいつだって最っっ高だッ! もっとそのガンプラを知りたくなるッ!!」

 

 MGの武装を使用すること自体、アラタもアイデアの中にはあった。しかし現実にさせたわけではなく、所謂ペーパープランのまま終わってしまったものは数多くある。だが目の前のバルバトスオーガは自身のアイデアをさらに発展させ、昇華させた素晴らしい出来栄えなのである。

 

 だからこそ心が揺れ動く。

 そして内なる声がもっとあのガンプラを知りたいと熱をもって叫ぶのだ。

 

「こっちも構ってくれないと拗ねちゃうよっ!」

 

 ν-ブレイカーとバルバトスオーガが激しくぶつかり合うなか、ヒカリのルミナスはν-ブレイカーに狙いを定め、レールガンの引き金を引く。圧倒的弾速で突き進む光弾はν-ブレイカーへ突き進んでいく。

 

「ッ!?」

 

 避けるには間に合わない。

 咄嗟にν-ブレイカーを構えて防御姿勢を取ろうとするがその直前でレールガンの弾丸は打ち消された。アラタが状況を確認してみれば、ν-ブレイカーを守るようにCファンネルが陣を取っているではないか。

 

「なにかに嵌ると周りが見えなくなる質か? 微笑ましいな」

 

 ν-ブレイカーを守っていたCファンネルは主の元に戻っていく。そこには腕部の操作でCファンネルを操っていたブレイカークロスゼロの姿があった。

 ν-ブレイカーのバトルを静観していた奏はクスリと微笑むとCファンネルが各部に装着されたのと同時に強く鮮やかなGN粒子を放出させながら弧を描いてルミナスへと向かっていく。

 

「あっ、ダブルオーライザーをベースにしてるんだねっ! 私も00大好きなんだっ!」

「それは気が合うなっ! とはいえ、手を抜くつもりはないぞっ」

「勿論っ! このまま狙い撃つわッ!」

 

 接近してくるブレイカークロスゼロのカスタマイズ元を見抜き、好きなガンダム作品に登場するということもあって高揚感を示すヒカリに奏も嬉しそうに声を弾ませながらGNソードⅢをライフルモードで展開し、牽制を仕掛ける。恐らくその機体特性から接近戦を仕掛けるつもりであると考えたヒカリもすぐさまGNファングを展開しつつレールガンで攻撃を仕掛ける。

 

 バトルは時間を重ねる度に一層の激しさを見せていく。

 ぶつかり合いは焚火を広げる薪のように、それは轟々と燃え盛る炎の如き苛烈さを見せる。

 

「ルティナの言葉を借りるわけではないが、心が弾むなっ!」

 

 一切手を抜かず、それでいて相手を尊重するような真摯かつ心温まるようなバトルが繰り広げられるなか、奏は高ぶった情熱を吐き出すようにアラタへ通信を入れる。

 

「……ああ。バトルをする度にどんどん相手のことを、そのガンプラを知りたくなる!」

 

 それはアラタも同じだったようで、奏と同じ熱量をもって声高らかに答える。

 

「理屈じゃないんだッ! だって楽しいから、こんなにも心が揺れ動くからっ!」

「その通りだ」

 

 アラタの言葉に先程の熱を控えながら奏は優しく答える。その奏の態度に一瞬の戸惑いを見せるとν-ブレイカーとブレイカークロスゼロは背中合わせになる。

 

「理屈じゃない……。シエナも同じなんだよ。彼女を何とかしたいと思うのなら言葉よりも彼女の心を動かすことをしなくちゃいけない」

「……でも、それなら余計にどうすれば良いんだよ」

 

 確かにアラタも当初こそこのバトルに乗り気ではなかったが、今ではもっともっとバトルをしたいと思える。

 しかしそれをシエナに当て嵌めたところで一体、どうすれば良いのだろうか。先程のバトルの熱も冷や水を浴びたように静まっていく。

 

「簡単だ。彼女もファイター……いや、この世界ではビルダーだったか。彼女にその心がある限り、この場所は彼女の心を動かすにはうってつけだろう」

「……けどこの場所は」

 

 シエナの心情を考えれば、この学園は思い出したくもない悪夢の場所であろう。

 だからこそうってつけという奏の言葉には首を横に振ってしまう。

 

「大丈夫だ」

 

 アラタの中の暗雲を払うような奏の強い言葉が耳に届く。

 何故だろう。如月奏との出会いから今日まで共にいた時間は短く、彼女自身の印象も滅茶苦茶な人物であるというものだが、今の彼女はまるで名刀のように強く美しく、そして何より肩越しに振り返るブレイカークロスゼロの背中は越えられないほどの大きな壁に見えたのだ。

 

「彼女はまだ前に進める」

 

 そして奏も無責任に言ったわけではない。

 奏の脳裏にはシエナと初めて出会った時の巨大ジオラマを見て瞳を輝かせる彼女の姿が過っているのだ。

 

「ならば我々は我々なりのやり方で心を動かそう。彼女だけではない、このバトルを見ている全ての人々の心をッ!」

 

 着々とこのバトルに吸い寄せられるようにブレイカークロスゼロ達がいるこのフィールドにガンプラが集まって、更に戦いの規模を、バトルによって生まれる情熱を広げていく。その光景を目の前に奏は高らかに叫ぶと先陣を切るようにブレイカークロスゼロは飛翔した。

 

「ったく……あれがガンダムブレイカーって奴なのかね」

 

 奏の、ブレイカークロスゼロの姿はこのフィールドで誰よりも煌めくような活躍を見せる。

 その誰もが目を引かれるその姿にアラタは一人、独り言のようにポツリと漏らすとその口元に笑みを浮かべる。

 

「けど、置いていかれるわけにもいかねえなッ!」

 

 ジョイスティックを動かし、ブレイカークロスゼロを追うようにν-ブレイカーも飛び立つ。その姿はまるでブレイカークロスゼロと並び、そしてそれよりも前に行こうとするかのように。そうして二機のガンダムブレイカーを中心にバトルは広がっていくのであった。




ガンプラ名 ガンダムブレイカークロスゼロ
元にしたガンプラ ダブルオーライザー

WEAPON GNソードⅢ(射撃と併用)
HEAD ダブルオーガンダム
BODY ダブルオーガンダム
ARMS ガンダムAGE-FX
LEGS ガンダムAGE-FX
BACKPACK ダブルオーライザー
SHIELD GNシールド(ダブルオー)
拡張装備 サイドバインダー×2(オーライザーの機体部分をすっぽり挟むように)
     大型レールキャノン×2(背部)
     ニーアーマー×2(両脚部)
     内部フレーム補強
カラーリング どちらかと言うとダブルオークアンタより

例によって活動報告の機動戦士ガンダム Mirrorsの欄にリンクが貼ってあります。

<いただいたオリキャラ&俺ガンダム>

鴨武士さんから頂きました。

キバ・アツヤ
年齢 17歳
性別 男

容姿
黒髪を耳を覆う長さ、少しつり目。
身長も高校二年生基準。

設定
ガンダムをこよなく愛する高校二年生のビルダー。
おおらかで直球な性格だが、それ故に言動と行動が少し荒くなってしまう。
昔からベテランの大人達とガンプラを続けてきた為、腕はピカイチ。
文化祭に参加する理由は単純に興味があったからである。

………ちなみに、他の誰かとは一応別人である。

ガンダム・バルバトスオーガ

Weapon シグマシスライフル(1/100)

HEAD バルバトスルプスレクス
BODY ガンダムバエル
ARMS バルバトスルプスレクス
LEGS ゴールドフレーム天
BACKPACK スタークジェガン
SHIELD ガトリングシールド

ビルダーズパーツ
地上用スラスター×2
二ーアーマー×2
ブレードアンテナ
テイルブレード

設定
ガンダムバルバトスを改造したガンプラ。
アーマード・コア4のラスボス、アレサを模倣しMGサイズの武器を片手で振り回す程のパワーとスピードを出すようにフレームを改造し、他のパーツもそれに対応するためにカスタマイズを施した。
武装は限りなく少ないが、巨大火器の火力を惜しみなく発揮し高速で機動しながら敵に攻撃し、そのパワーで敵を砕く事も可能。
更には阿頼耶識システムも組み込んでおり、最後の手段として残されている。

弱点は耐久性が薄いことで、攻撃を喰らえばそのまま致命傷となりうる。


ファントムベースさんからいただきました。


カゼハヤ・ヒカリ
年齢 17歳
性別 女

容姿 金髪のロングヘア―、目の色は緑。
身長は158cm、スリーサイズは上から83/56/81。

設定
裏表がなく、天真爛漫な性格。基本的に戦いの勝ち負けには拘っておらず、バトルを楽しむことを第一にしている。また好きな作品であるガンダムOOに出てくるキャラのセリフをよく言ったりする。
新たに体制が変わったガンブレ学園に興味を持ち、此度の文化祭に参加した。

ガンプラ名 ガンダム・ルミナス
元にしたガンプラ ガンダムX

WEAPON レールガン
WEAPON ビームサーベル(ガンダムヴァサーゴ)
HEAD ガンダムX
BODY イージスガンダム
ARMS バスターガンダム
LEGS ガンダムAGE-3ノーマル
BACKPACK V2ガンダム
SHIELD シグルシールド(1/100)
拡張装備 チークガード×2(両頬)
     発光装甲×3(腹部中央、両膝)
     GNファングラック×2(両脹脛)
     スタビライザー(バックパック中央)
カラーリング 白、青、赤のトリコロール。メインカメラなどの発光部分は水色に変更されている。

素敵なキャラクターとガンプラを提供していただきありがとうございます!


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再び重なりゆく道

「今日という日は俺の人生の中で色濃く刻まれた日であろうな」

 

 アラタと奏が参加するとバトルロワイヤルとは一方でガンブレ学園を上機嫌で散策しているのはアールシュであった。

 

「……随分と上機嫌ですね。セレナ・アルトニクスさんに会えたからですか」

「わざわざ言わせるな。あのセレナ・アルトニクスだぞ。世界を股にかけて活躍するガンブラビルダーに出会うだけではなく短くも充実した時間を過ごせばこうもなろう」

 

 その隣をチョコチョコ歩いているのはMC姿のアサヒであった。

 相変わらず露出度の高い衣装は周囲の男子達の視線を引き、そのことで若干、悦に入っていたアサヒだが今はそれよりも思うところがあるのか、どこか暗い面持ちで鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌なアールシュに対して口を開くと彼は大きく肩を竦めながら横目でアサヒを見やる。

 

「大体、貴様のそのしみたれた顏はなんだ? 太陽同然なこの俺の隣でそのような顔を浮かべるとは不敬にもほどがある」

「……話には聞いてましたけど本当にそういうことを言う人なんですね。初めて見ました」

 

 上機嫌なアールシュに反して、その隣のアサヒは眉間に皺を寄せて不機嫌そうな様子だ。

 そんなアサヒにいつもの唯我独尊ぶりを見せながら彼なりに尋ねてみれば、アサヒはため息を吐きつつ出店がある方向を見やる。

 

「はい、イチカ。あーんっ」

「あー」

「いや、待てイチカ。こっちのジェラートのほうが……」

 

 そこには彼女の兄であるユウヒがカップ入りのストロベリーアイスクリームをアイススプーンで手頃に一口サイズに掬うと言われたままに口を開けるイチカに食べさせようとする。

 そんなユウヒに言われたままに口を開けるほど彼に気を許しているイチカの姿を見て、エイジは何やら焦った様子で自身が持つ抹茶のジェラートを食べさせようとアイススプーンで掬う。

 

「兄と不仲なのか?」

「……そういうわけじゃないです」

 

 三人のやり取りを、というよりはユウヒを見て、どこか複雑そうにしているアサヒにアールシュが何の気なしに尋ねれば、アサヒは否定はするもののその表情は崩さない。

 

「……眩しいんですよね。私ってどちらかと言うと内向的ですし……。でも、兄は違う。いつだって自由に振舞ってて……」

 

 決してユウヒと不仲ではないと語るもののユウヒに対して劣等感を抱いてはいるようだ。

 

「いえ、兄だけじゃないです。ここの学園にいる人達はみんな自由で輝いて見えるんです。みんな自分が作ったガンプラが一番だって……。私だってそうです。私だって……この学園にいる以上、ガンダムが好きで……ガンプラが好きで……。だから私が作ったガンプラ達には誇りを持ってます。でも……それを大っぴらに言うことは出来ないんです」

「……自分に自信がないから、か」

「……はい。ましてやその熱意を示す人がいればいるほどそう思ってしまうんです」

 

 内向的であるが故に気後れしてしまう部分があるのだろう。

 ガンプラ愛溢れる周囲にまるで眩しそうに目を細めながら、どこか自嘲めいた口調で話す。

 

「……少しでも自信がつけたくてリンコさんの推薦を受けてMCに就きましたけど……駄目ですね。どんなに取り繕ったって何もない私じゃ一杯一杯ですよ」

 

 アールシュの前に躍り出て、手を後ろで組むとやや前屈みになりながら苦笑気味に話すアサヒ。その瞳にはうっすらと涙が浮かんでおり、イベントMCという大役も相まって余裕がないのが見て取れる。

 

「──ここにいらっしゃいましたか」

 

 アサヒに対してアールシュがなにか言おうとしたその時であった。

 アールシュとアサヒのすぐ横に空から何かが降り立つ。ひゃう、と可愛らしい声を上げてアールシュの後ろにアサヒが隠れるなか、二人が降り立ったものが何なのか見てみれば……。

 

「いやはや、流石の人混みというべきか……。随分と探したでござるよ」

 

 そこには頭巾から艶やかなツインテールの黒髪を垂らした頑風羅流のミツルがいるではないか。とはいえ、リュウマは兎も角、アールシュはミツルを目にするのは初めてであり、その忍者の出で立ちには些か面食らった様子だ。やがて肩を震わす姿を見て、アサヒも冷や汗を流すのだが……。

 

「……クハハハハッ! 普段ならば不敬その物だが、ここまで来るとちょっとした余興よなぁ。よい、許す!」

「拙者、なにかを許される覚えはないのでござるが」

 

 一周回って、という奴だろうか。ミツルの姿に哄笑をあげるアールシュに意味が分からないとばかりにミツルは肩を竦める。

 

「それはそうとアールシュ殿を見てもらいたいものがあって推参したのでござる」

「ほぅ、笑わせてもらったのだ。話は聞いてやろう」

 

 どうやらミツルがわざわざアールシュの元に現れたのは彼が理由らしい。

 奇天烈なミツルに随分と機嫌を良くしたのか、アールシュはミツルの話に耳を傾けようとする。

 

「では、これを」

 

 そう言ってミツルは懐からスマートフォンを取り出すとアプリを起動させる。それはガンブレ学園放送部などがバトルを配信する際に動画を視聴する際に使用する動画アプリであり、今まさに画面にはバトルの映像が飛び込んできた。

 

 ・・・

 

「ウオオオォォォオラァアアッッッ!!!!!!」

 

 紅蓮竜が咆哮を上げ、放った拳はバトルをしていた相手プレイヤーを真正面から撃破する。今、レイジングボルケーノがバトルに参加しているのはまさに文化祭の目玉であるバトルロワイヤルだ。

 

「ったく、アラタのヤロー。いきなり飛び出したと思ったら、あの変な姉ちゃんといんだもんなぁ」

 

 拳を引きながらレイジングボルケーノが見やる方向にはν-ブレイカーとブレイカークロスゼロの姿があった。今まさにあの二機を中心にバトルが行われていると言っても過言ではなく、どのガンプラ達も自然と吸い寄せられるかのようだ。それも他ならぬリュウマも同じであり、ブレイカークロスゼロと共にいるν-ブレイカーに面白くなさそうな反応を見せる。

 

「あー、リュウリュウがヤキモチー? まあ、アラターとはベストマッチな仲だしねー!」

「あぁ!? そんなんじゃねえよ! 俺はぽっと出の奴とアラタがずっといるってのが気に入らねえってんだ!」

「……それをヤキモチって言うんじゃないでしょうか」

 

 バトルに参加しているのはレイジングボルケーノだけではなく、近くにはマックスキュートやマリカマルの姿があった。複雑そうな面持ちのリュウマに早速、おもちゃを見つけたとばかりにからかい始めるチナツにリュウマは食って掛かるが、その発言にマリカは苦笑してしまう。

 

「けどリュウマ君の気持ちも分かるよ。いつの間にあんなビルダーと……。あの実力はまさに武力介入を開始し、圧倒的な力を示したソレスタルビーイングのようだよ」

「さらに言えば姉キャラ……。これ以上の姉キャラによる姉介入は止めてほしいものだが」

「あれでも、私とリョウコとレイナちゃんにあの人……。これ丁度、4人だよ。マイスターの数だよ。アネスタルビーイングだよ」

 

 近くにはリリィやパルフェノワールの姿もあり、ν-ブレイカーと行動を共にするブレイカークロスゼロにその実力には素直に感嘆しつつも苦虫を嚙み潰したように話しているのだが、不意にユイが零した素っ頓狂な一言にパルフェノワールは無言でリリィの後頭部を殴る。

 

「大丈夫だいじょーぶっ! おねーちゃんは強火になるほどの推しがいるからっ!」

 

 そんなリリィとパルフェノワールだが、ふと高揚感溢れる通信が飛び込んでくる。

 発信源を探ってみれば、そこには我が物顔とでも言うかのようにバトルフィールドを光の翼を広げて飛び回ってはバトルをするパラドックスの姿があるではないか。

 

「あはっ! アーッハハハハァッッ!! ほんっと最っっ高!! 色んなバトルが出来て、心が弾むなぁっ!」

 

 純粋にバトルを楽しんでいるのだろう。口角を吊り上げ、狂気孕んだ笑みを浮かべながらルティナは次々にこのバトルロワイヤルに参加しているビルダー達に勝負を挑んでいる。

 

「んにゃぁ?」

「ったく、とんだバーサーカーだなぁあっ!」

 

 その最中、ふとパラドックス目掛けて突っ込んできた機体があるではないか。

 あえて受け止めたパラドックスがそのまま押される形で相手を見てみれば、そこには先程リュウマと口喧嘩していたカワグチ・タツマが駆るG-レイダーだった。

 

「だが、そういうの嫌いじゃねえ。さあ暴れようか……G-レイダー!」

「へぇ、おにーさん、ルティナと遊んでくれるの? 嬉しいなぁっ!」

 

 本能のままに相手を求めるようなタツマはν-ブレイカー達よりもパラドックスに魅かれたようだ。するとお互いに光の翼を広げたまま喰らい合うようなバトルが始まる。

 

「ホント凄いね、あの娘……」

「まったくだな。バトルが好き……というのは我々も同じだが奴とはベクトルが違う気がする」

 

 パラドックスとG-レイダーのバトルを目の前にして、ユイやリョウコの視線はパラドックスに注がれる。

 戦い方その物は武術を嗜んでいるのか、洗練された技を取り入れているのだがバトルに対する姿勢は野性味に溢れ、まるで本能的に相手を貪るかのように向かっていくのだ。

 

「──とはいえ、バトル好きは共通しています。バトルをしないのはもったいないかと」

 

 不意に通信が入り、ユイとリョウコが反応すればその先にはドロスのサタンギガントガンダムとその傍らにはもう一機、緑色の竜を思わせるガンダムの姿があった。

 

「へっへーん。今日という日を楽しみにしてたからね。目一杯楽しむぞーっ!」

 

 ビルダーはどうやらレンのようだ。

 彼女が手掛けたであろう緑色の竜を思わせるガンダムの名はドラゴノイドガンダム。レジェンドガンダムの武装を取り入れて、一見すれば遠距離タイプを思わせるがその予想とは反してドラゴノイドは溌剌なレンに応えるように飛び出し、その後をサタンギガントが追う。

 

「今はバトルに集中しようか!」

「ああ。目の前のバトルを蔑ろにする気はない!」

 

 ドラゴノイドとサタンギガントとのバトルに備えて、リリィとパルフェノワールが身構えるなか笑顔を交わし合ったユイとリョウコは同時に飛び出していくのであった。

 

 ・・・

 

「確かサタンギガントはオオグロ・ドロスのガンプラであったな。帰国していたのは聞いていたが……。ふむ、やはりビルダーとしての腕は確かだな。しかしバトルロワイヤルについては聞いていたが、これは予想以上だな」

「よもやこのようなバトルを見て、ただ傍観するだけの器ではなかろう?」

 

 スマートフォンの画面に映し出される戦闘の様子を隅々まで舐めるように見ていたアールシュは躍動する情熱に引っ張られるように口角を吊り上げる。

 そんなアールシュの表情を見て、口当てはしているもののハッキリと分かるほどくつくつと笑みを零しながら煽るような物言いをする。

 

「フン、どういう意図かは知らんがその挑発に乗ってやろう。この俺を抜きにして盛り上がるなど不敬その物よなぁ」

 

 ここまではミツルの予想通りだったのだが、次の瞬間、思わず間の抜けた声を漏らしてしまう。

 なんとアールシュはアサヒをいきなり小脇に抱えたのだ。

 確かにアサヒは華奢な体でアールシュが抱えるには何の問題もないだろうが、これはアサヒにとって予想うらしていなかったようで短い悲鳴を漏らしてしまっている。

 

「バトルロワイヤルであったな。よい、ならばこの俺が今すぐに参戦してやろう」

「う、うむ……。それは結構なのでござるが、なぜ、アサヒ嬢を……」

 

 善は急げとばかりにバトルロワイヤルが行われている会場の方向へ視線を向けるアールシュは今すぐにも向かいそうな勢いだが、小脇に抱えられているアサヒは無防備になってしまっているスカートから見え隠れするレース生地のパンツを何とか隠そうとジタバタしていた。

 流石に同じ同姓として不憫に思ったのか、ミツルが頬を引きつらせながら問いかければ……。

 

「俯いてばかりいるこやつに太陽の視点というものを教えてやろうと思っただけよ」

 

 チラリと小脇に抱えられているアサヒを見るその太陽の如き黄金の瞳はまるで鬱蒼と生い茂る森林の陰に差し込む木漏れ日のように優しく、温かなものであった。

 そんな瞳と目が合ったアサヒは相変わらずスカートの裾は両手で抑えるものの抵抗するような動きは止めて大人しくしている。その姿にフンッと軽く鼻を鳴らしたアールシュはそのままバトルロワイヤル会場へと向かうのであった。

 

「さて……。これで大方、目ぼしい生徒に声をかけたと思うのでござるが……。あの赤い瞳の少女の頼みとはいえ、どういうことでござろうか」

「──なあ」

 

 どうやらミツルは誰かに頼まれてアールシュをはじめとした生徒達をバトルロワイヤルへの参加を促しているようだが、当人もその頼まれたことの真意を推し量れてはいないらしく、小首をかしげていると不意に声を掛けられる。

 

「……バトル、してるのか」

 

 声をかけられた方向を見やれば、自分に頼み事をしていきた少女と同じような鮮血のような赤い瞳と目が合った。

 同時にミツルの顔も緊張で強張る。そこにいたのはトークショーで招待され、先程までユウヒとエイジに取り合いのようにアイスを食べさせられていたイチカであった。

 

「ふぅん……。面白そうだな」

 

 ガンプラビルダーとして著名人であるイチカを前に緊張しているのか、うまく声を出せずにいるミツルを他所にイチカはそのままミツルの腕のスマートフォンからアールシュに見せていたバトルロワイヤルの映像を見やる。

 

「慣れないことばっかやって肩が凝ってたんだ。折角だし、参加するか」

「おっ、漸くイチカっぽい顔になってきたね」

 

 今まで気だるげであったイチカの瞳に活力が宿る。

 それは一見すれば普段のイチカと何の変りもないようにも見えるのだが、長い付き合いだけがそれが分かるのだろう。後ろかろぴょんぴょんと抱き着きながらユウヒは嬉しそうにしているとそのことに同意はするもののユウヒの行動はよろしくなかったのか、エイジは慌てて引きはがそうとする。

「何か必死じゃなーい?」と何やら確信犯のようにエイジを煽るユウヒであったが、イチカは即行動するタイプなのか、二人を置いてバトルロワイヤルの会場へと向かい、その後をユウヒと出遅れてエイジも追う。

 

 ・・・

 

「おっとぉっ!」

 

 一方、バトルロワイヤル内でブレイカークロスゼロとフィールドを駆け巡っていたν-ブレイカーは大きく後退し、先程、ν-ブレイカーがいた場所を極太のビームが過ぎていく。

 

「さっすが、バトルロワイヤル用に作ったPGだ。簡単にはいかないな」

 

 ν-ブレイカーの視線の先にいるのはPGクラスの所謂、ファーストガンダムだ。

 武装はシンプルで少ないのだが、その分、一つ一つが強力で堅牢な装甲は易々とは突破できそうにない。

 現に今もブレイカークロスゼロはPGガンダム相手に鍔迫り合いとなっているのだが、やや押され気味だ。

 

「ならっ!」

 

 このままでは埒が明かないと判断したのか、すぐさま切り払ってPGガンダムから離脱するブレイカークロスゼロと同時にν-ブレイカーアサルトモードを起動させ、連結させたビームライフルと共に高出力ビームを放つ。

 

 すると反応したPGガンダムも行動を起こした。

 何とビームライフルを構えるとそのまま引き金を引き、ビーム同士のぶつかり合いに発展したのだ。

 

「クッ……自分で作ったガンプラとはいえ、コイツはまずいな」

 

 あのPGガンダムはアラタが文化祭のバトルロワイヤル用に作成したものだ。

 しかしただサイズ差があるとはいえ、アサルトモードと連結ビームライフルの合わせ技をもってしても、PGガンダムのビームライフル一発と漸く拮抗できる程度なのだ。しかしそれもやがては押されていってしまっている。

 このままではマズイとアラタが次の一手を模索していたその時であった。

 

 PGガンダムのビームライフルの銃口、その一点を狙った一撃が的確に打ち抜いてエネルギーを暴発させたのだ。

 

「あのガンプラは……ッ!」

 

 一番にそのガンプラに気づいたのは奏であった。

 その様はまるで見逃すはずがないとばかりに体を大きく震わせて、そのガンプラを目で追い続けている。

 

 それはガンダムAGE-2をベースとした白いガンプラであった。

 しかし両腕の装備はAGE-2マグナムのものであり、装備されたFファンネルはまるでブレイカークロスゼロのCファンネルをイメージしたかのようなカラーリングであり、武装はユニコーンガンダムのビームマグナムとAGE-2マグナムのシグルシールドだ。

 

 その白いガンプラは一切の迷いのない動きでFファンネルを展開しながらPGガンダムへ一気に近づくと陽動の役割も担っているFファンネルがその巨躯を傷つけるなか、同時にそのメインカメラへビームマグナムの痛烈な一撃を叩き込む。

 

 メインカメラを失ったこともあり、PGガンダムは対象を見失ったような素振りを見せるなか、白いガンプラは一気に離脱すると上方へと舞い上がり、Fファンネルもその後を続く。

 

「──ッ!」

 

 白いガンプラの“ファイター”は目を鋭く細める。

 するとシグルシールドに装備されたFファンネルのエネルギーは集約されて、この広大な宇宙に巨大な光の剣を形成する。

 

 誰もがその光景に目を奪われる。

 まるでそれは全ての心に希望を宿すような強い輝きを放っていたのだ。

 そして次の瞬間、その輝きは一直線にPGガンダムへと振り下ろされ、真っ二つとなって撃破する。

 

 まるで光に誘われるかのようにν-ブレイカーは白いガンプラへと近づいていく。

 理由は分からない。だがあの白いガンプラの元へ向かわなければならない、問わねばならないことがある気がしてならないのだ。

 

「ア、アンタ……。ガンダムブレイカーなのか……?」

 

 なぜそう思ったのかも分からない。

 しかし雰囲気と言うべきなのだろうか。

 この白いガンプラは奏と同じ何かを感じるのだ。

 

「……ガンダムブレイカー、ですか。生憎ですが違います」

 

 すると漸くここで白いガンプラの操縦者は言葉を発する。

 それは少女のものであり、静かでありながら確かな強い意志を感じるのであった。

 

「私は……私です」

 

 その言葉は何か深いものがあった。

 多くの悩みを経て、勝ち取った答えのような揺るぎのないもの……。

 もっと話したい、無性にそう思ったアラタが続けざまに声をかけようとした瞬間──。

 

「のおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉああああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーぁぁあああっっっっ!!!!!!!」

 

 ブレイカークロスゼロが一直線に白いガンプラへ突っ込んできたのだ。

 面食らうアラタだが、少女はまるで慣れっこのように大した動揺も見せず、さながら闘牛士のように機体を反してサラリと回避する。

 

「なんでだぁあっ!? ずっと会いたかったんだぞぉっ!? 私がいなくてお前が泣いてるんだと思ったら胸が張り裂けそうで……ッ!! 今こそ奏お姉ちゃんの胸に飛び込んでおいでっ! さあ、ハリーハリーハリィイイイイッッッッ!!!!!!!」

「結構です」

 

 とはいえ、奏は大きくショックを受けているようで頭を抱えている。

 が、それもほどほどにブレイカークロスゼロは両腕を広げて、必死に熱い抱擁を交わそうとジェスチャーをするのだが、奏の言葉とは反して短い言葉で一蹴されてしまう。

 

「……全く。さていきなりですが、私も一緒にバトルをしていいですか、天才さん」

「えっ、あっ、ああ……」

 

 奏へ塩対応するものの、どこか嬉しそうに頬を緩ませる少女はそのままアラタへ通信を入れる。

 しかし天才を自称するもの今、出会ったばかりの彼女の前で言った覚えはなく釈然としないまま頷く。

 

「良かった。これで“借り”を返せそうです」

 

 しかし少女はハッキリとアラタを認識しているのか、口元に微笑を零す。

 少女の脳裏にはあるガンダムの戦い方とその声が半ば確信をもって今のアラタとν-ブレイカーにビッタリと一致しているのだ。すると少女は仕切り直すように、「では……」と短く声を漏らすと……。

 

「雨宮希空……ガンダムNEX クロスナイト、行きますッ!」

 

 少女……雨宮希空は愛機であるガンダムNEX クロスナイトと共に飛び出していく。

 それはまるで自分が望むままに飛び立っていくかのように……。

 




雨宮希空

【挿絵表示】

「クロスナイトの意味……ですか。……いつだって私の傍にいてくれる大切な人達からもじったものです。秘密、ですよ」

ガンダムNEX クロスナイト
WEAPON ビームサーベル(ガンダムAGE-2マグナム)
WEAPON ハイパードッズライフル
HEAD ライトニングガンダム
BODY ガンダムAGE-2
ARMS ガンダムAGE-2マグナム
LEGS イージスガンダム
BACKPACK ガンダムAGE-2
SHIELD シグルシールド

拡張装備 レーザー対艦刀×2(バックパック)
     ブーメラン型ブレードアンテナ(額)

詳しい外観は活動報告にリンクが載っております。


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仮面のヒロイン

 雨宮希空と彼女が操るガンダムNEX クロスナイトの参戦によってバトルロワイヤルはより一層の苛烈さを見せていた。

 ν-ブレイカー、ガンダムブレイカークロスゼロ、そしてガンダムNEX クロスナイトが中心となって、まるで扇動するかのようにバトルをしているのだ。それはどこまでも自由に、何の柵もなく、ただどこまでも自分が自分らしくしたいままに動いているかのように。彼らによって動かされるガンプラはまるで生き物のような溌溂とした活発さを持ってフィールドを駆け抜けていく。

 

「おいおい、あの赤目のねーちゃんまでアラタのところに行っちまったぞ」

 

 バトルをしながらリュウマはNEXを見やる。

 ガンダムNEXを操る少女こと希空は先程、失意の中にいたレイナ達に最後まで諦めるな、と諭した張本人であり、今、リュウマ達がバトルロワイヤルに参加するように促した人物である。

 

「でも、なんだろうね。アラタ君……必死にあの二人の背中を追いかけてるみたい」

 

 そんな中、ν-ブレイカー達の様子を見ながらユイは静かに零す。

 一見すればあの三機を中心にチームのような行動をしているように見える。

 しかしアラタと長年の付き合いがあるユイの目にはν-ブレイカーが、アラタが必死になって奏と希空の背中を追いかけているように見えたのだ。

 

「ったく……」

「って、リュウマ君!?」

 

 リュウマの目にも同じように映ったのだろう。

 仕方ねえな、とばかりに頭をポリポリ掻くと一目散にレイジングボルケーノは飛び去っていき、驚いたユイがリュウマの名を呼ぶ頃にはもうレイジングボルケーノの姿は黒点にしか見えないほど遠のいていた。

 

 ・・・

 

 一方、ガンブレ学園にて多くの視線を集めている者がいた。

 

 ──セレナ・アルトニクス。

 実業家の父を持つ彼女は所謂、お嬢様でありながら世界にその名を轟かすほどのビルダーだ。

 腰まで伸びたナチュラルブロンドの髪をリボンで留め、その翡翠の瞳は飄々と彼女の真意を読み取ろうとするのは難しい。

 

 しかしそのルックスや顔付きなど、どれを取っても美しい彼女だが、その中性的な物腰は男性のみならず女性を惹かせてしまうほどの魔性の少女なのだ。

 イチカと同等か、それ以上の著名人である彼女はこのように羨望の的になることは慣れ切っているのか、自分に対してサインを求めたりなどの行動に対してアールシュの時同様にそつなくこなしていく。

 

「やれやれ、こういうところでは人目を引いてしまうね。特に文化祭という日だと余計に」

 

 とはいえ今はいつまでもファンサービスをしているわけにもいかないのか、キリのいいところで切り上げた彼女は人気のない場所へ移動する。何とそこにはシエナがいたのだ。

 

「飲み物一つ買いに行くだけで、これだ。まあ、光栄と言えば光栄だけどね」

 

 はい、と両手に持ったうちの一つのドリンクカップを手渡しながら、わざとらしく肩を竦めておどけて見せるセレナ。しかし対してシエナはセレナから差し出されたドリンクカップと彼女の顔を交互に見て、目を白黒させてしまっている。

 

「やれやれ……ぶつかってからずっとこの調子だ」

 

 そんなシエナにどこかげんなりした様子で肩を竦めながら買ってきたタピオカドリンクを飲む。

 タピオカドリンクはハロをイメージしているのか、トッピングで乗せられた二つのドライストロベリー付きの抹茶味のアイスは味覚だけではなく視覚的にも楽しい仕上がりとなっている。

 

 が、逆に視覚的に楽しくないのは目の前のシエナだ。

 彼女が持っているのはラクス・クラインが所有していることが印象的なピンクのハロをイメージしたストロベリーアイスがトッピングされたタピオカドリンクだが、彼女にとっての関心はセレナに向けられており、緊張でどうしたらいいか分からないようだ。

 

「あ、あああ、あの……ほ、本物のセレナ・アルトニクスさんですよね?」

「生憎、ボクにミーアみたいな存在はいないよ」

 

 口をパクパクと落ち着かない様子で信じられないとばかりにセレナを見つめているシエナの緊張を少しでも和らげようとジョーク混じりで話す。

 チラリと横目で人混みの方を見やればセレナの侍女である二人のメイドが既に自分達で文化祭を楽しんでいる。

 だが自由奔放に楽しんでいるようでセレナと付かず離れずの距離にいることで何かあれば即座に対応できる位置にいるのはメイドとしての役割をきちんと果たしているからだろう。

 

「あの、私……セレナさんが出てくる雑誌の類などは必ず目を通すようにしていて……ッ! セレナさんの作例などにはいつもインスパイアされたりとか……」

「そいつは光栄だ。ガンプラを嗜む人からそう言われるのは悪い気はしないからね」

 

 セレナ自身がガンプラ界において著名人ということもあり、緊張から一杯一杯になりながらも何とか言葉を吐き出し、彼女への憧れを伝えようとする。

 とはいえ、この手のやり取りは既に馴れっこなのか、嬉しそうに笑みを浮かべながらタピオカドリンクを近くに置いたセレナは軽くハンカチで水滴で濡れた手を拭った後、シエナの両手を包むように握手する。

 

「ところで君はこの学園に詳しかったりするのかい? そうだったら案内を頼みたいんだけど」

 

 あわあわと間近に見るセレナの顔にシエナのきめ細かな白い肌がどんどん紅潮していくなか、そんなシエナを知ってか知らずか、セレナは場合によってはガンブレ学園の案内を頼もうとする。

 セレナに憧れるシエナからすれば思ってもみない提案であり、本来であれば二つ返事でOKすることであろう。しかし今回、その内容がいけなかった。

 

「詳しいには……詳しいですけど」

 

 冷や水を浴びせられたかのように、それまで熱を帯びていた興奮は一気に冷めていくのを感じた。

 

「でも、ごめんなさい。私はもう……この場所にはいたくないんです」

 

 両手を包むセレナの手からゆっくりと離れようとする。

 セレナとの思ってもいなかった邂逅に心浮かれていたが、依然としてシエナにとってこのガンブレ学園が忌々しい場所であることに変わりはないのだ。

 

「なにかあったのかい?」

 

 だがそこに待ったをかけたのは他ならぬセレナであった。

 先程まで自分相手に興奮していた少女の態度が180度と言っていいほど変わったのだ。

 好奇心がないというわけはないが、折角出会ったのだ。何かあったのであれば力になりたいと思ったのだ。

 

「その……」

 

 話すべきか視線を彷徨わせるシエナ。

 しかしいっそのこと吐き出したほうが気も楽になると思ったのか、やがて意を決したようにセレナに向き合うとゆっくりと自分がこの学園でかつて生徒会長の立場であったこと、それがユウキ達に負けて学園を変えてしまったこと、そして今のこの学園が醜く見えてしまうこと、それらすべてセレナに話す。

 

「──なるほどね」

 

 シエナによって話されたガンブレ学園についてのこれまでの歴史にセレナは近くの壁に寄りかかりながら何か考えるように天を仰ぐ。

 

「……こんなに醜い場所、そうはないです。セレナさんはゲストとして招かれたんでしょうけど、あまり長居しないほうがいいですよ」

「まあ確かに話に聞く限りでは良い場所ではないよね」

 

 嘲笑うようにガンブレ学園を吐き捨てるとセレナからも同調されたこともあってシエナはどこか機嫌を良くしたかのように鼻を鳴らす。

 

「けど解せないなぁ」

「何がですか?」

 

 天を仰いだままセレナは不意にポツリと零した。

 セレナに自身の境遇やガンブレ学園の醜さを話し、同調されたとこともあってかどこか上機嫌に彼女の疑問を聞き出そうとする。

 

「君がここにいる理由だよ」

 

 その言葉を認識した瞬間、シエナの脳に強い衝撃が走ったかのようであった。

 動揺が手に取るように分かるほど目を見開いて動揺しているシエナを尻目にセレナは言葉を紡ぐ。

 

「この場所の醜さを君は誰よりも知ってたんでしょ? なのに君はまたこの場所に来た。それはどうしてだい?」

「それは……生徒会長が変わったって聞いたから」

 

 飄々としたセレナの物言いその物は変わらないものの、その問いかけを受けているシエナはどんどんと狼狽えてしまっている。

 

「まあ、きっかけはそうなんだろうね。でも、本当にそれだけかい?」

「……何が言いたいんですか」

 

 どんどんと自分の中で余裕がなくなって肌が汗ばんでいくのを感じながら先程までのセレナへ憧れの視線から一転、棘のあるような視線をぶつける。

 

「他に目的があるんじゃないのかい? 例え醜くて長居したくない場所でも、それでもこの場所に来ようと思った理由がさ」

 

 しかしそんなシエナの視線さえそよ風を受けるているかのように涼しげな表情を崩さないままスッと目を細めてシエナに問う。

 その言葉に身震いを起こしながらわなわなとシエナは自身のスマートフォンを見れば、そこにはトークアプリ卒業からずっと自分を気遣ってこまめに連絡してきてくれていたレイナの文面の数々があり、その殆どにシエナは連絡する事はなかった。

 

「人間ってさ、自分でも知らない一面を持ってたりするんだよ。でも、それがふとしたきっかけで表に現れてしまう。でもそれが醜ければ醜いほど目を逸らして、自分にも誰にも悟られないように“仮面”を被ってしまうんだ」

「仮面……?」

「そう、ボクには君が仮面を被っているように見えるんだ。自分の本心を分かっているのに、目を逸らしてここから去ろうとしている。でもきっと……そんな仮面をつけたままこの場を去れば、君はきっと後悔する」

 

 これまでの飄々とした雰囲気から一転、セレナはどこか感慨深げに話す。

 かつて思い当たる何かがあったのだろうか、しかしセレナ自身、決してシエナを放ってはおけないのか、シエナの”仮面”を剥がすために真摯に言葉を繋ぐ。

 

「……セレナさんも仮面をつけてたんですか?」

「……まあね」

 

 セレナの実体のあるような言葉に彼女のかつての日々を問いかけると、セレナはどこか寂し気な笑みを浮かべながら澄み渡るような青空を見上げる。

 

「アルトニクス家は世界でもトップレベルの資産家であり、ボクはその長女。ずっと……“セレナ・アルトニクス”という与えられた役目をこなすために仮面を被ってきた」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……でも、そんな日々を重ねれば重ねるほど本当のボクは空っぽだって事実が突きつけられてきた」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「それでもね、ここにいるボクに変わりはないんだ。これまでの道筋が変わるわけじゃない。でもだからこそ、これまでの歩みが生んだ尊い出会いの数々は空っぽだったボクの心を満たして仮面を剥がしてくれたんだ」

 

 セレナも今に至るまで多くの苦難や出会いがあったのだろう。

 しかし彼女はそれを乗り越え、今、自分を守るために被っていた仮面を外して、真の意味でセレナ・アルトニクスとして今この瞬間を生きているのだ。

 

「でも……そんなこと、私には」

「出来るよ」

 

 仮面を被っていたと語るセレナもそれを剥がせただけの良い出会いに恵まれてきたのだろう。

 しかし今のシエナには到底、そうすることが出来る気がしないのだ。

 だが、そんなシエナを少しでも安心させるかのようにセレナは彼女の両肩を抱きしめるように優しく手を添えると、ゆっくりと振り返らせたのだ。

 

「……っ!?」

 

 そしてその先にあった光景にシエナは息を吞む。

 何とそこにはレイナと彼女に付き添うようにアヤがいるではないか。

 しかし二人ともずっとシエナを探していたのか、透き通るような白い肌はほんのりと汗ばんで呼吸を乱しているものの、その瞳はシエナだけを捉えていた。

 

「ほら、行っておいで。一歩でも踏み出すことが今の君に必要なことだ」

 

 するとポンとセレナはシエナの両肩を優しく押して、彼女を踏み出させる

 セレナによって一歩踏み出させられたシエナは迷うような素振りでセレナを見るが、勇気づけるように柔和な笑みを浮かべてコクリ頷いたセレナに見送られ、レイナとアヤのもとへゆっくりと歩んでいくのであった。



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そこにある温度

遅れまして明けましておめでとうございます。


「……懐かしいね、ここ」

 

 文化祭の喧騒から離れ、静かな第10ガンプラ部の部室に足を踏み入れたのはシエナであった。

 久方ぶりに訪れたかつて部長を務めた部室にかつての輝かしい宝石のような思い出が脳裏を過っているのか、懐かしむように目を細めると、スッと一呼吸置いて机を撫でる。

 

「あはっ、色々と増えたねー」

 

 第10ガンプラ部の部室自体、広い室内とは言えない。

 しかしそんな室内に反比例するかのように部室内は所狭しと第10ガンプラ部に所属するレイナをはじめとした生徒達による個性豊かなガンプラ達が飾られており、出来栄えこそ様々だがそのどれもが自分は確かにここいるのだと言わんばかりの存在感を遺憾なく発揮していた。

 

「……レイナ、ちゃんと部長を務めあげてるんだね」

 

 自分が在籍していた頃よりもガンプラの数は増えており、まさに部室がガンプラで溢れている。

 しかしそれは決してかつての生徒会室のような乱雑としたものではなく、整理整頓清潔清掃とキチッとしたものであり、この第10ガンプラ部に所属する部員達への部長としての教育が行き届いているというのはこの一瞬の間ですぐに感じ取ることが出来た。

 

「何だか眩しいなぁ」

 

 だからこそなのだろう。

 立派に自身の後を継いで部長としての務めを果たしているレイナと今まさに過去という名の呪縛を足枷に前へ進むことが出来ないでいるシエナ。

 自分を慕ってくれたかつての後輩が立派になったのは純粋に喜ばしい限りなのだが、だからこその今の自分との差を考えると何もかもが眩しく見えたのだ。

 

 思わず目を逸らしたくなる。

 半ば無意識に目を閉じようとしたその時であった。

 

「っ……」

 

 不意に背中に軽い衝撃が走った。

 それと同時に肩越しに香る上品な甘い香りとシエナを包み込むように回された絶対に離したくないとばかりに力が込められたか細い腕、そして体全体に感じる温かな体温。

 

 わざわざ確認せずともシエナは知っている。

 これは紛れもなくアイゼン・レイナのものだ。

 

「……シエナがいたからよ」

 

 すると耳元で小さく声が聞こえてくる。

 その声は今にも泣きだしそうなほど震えており、逆に今までレイナのそのような姿など見たことなく、動揺からかシエナは身動きが取れなくなってしまう。

 

「アナタが与えてくれた大切な宝物の数々が私の器に溜まって今を作ってくれた。シエナを無しに私の存在はありえないの」

 

 レイナが立派に部長の務めを果たしているのならば、それはレイナにとって目指すべき存在であったシエナがいて、彼女もまた今のレイナ同様にその責務を十二分に全うしていたからだろう。

 

「……やめてよ」

 

 ただ純粋なまでのレイナの熱のある言葉は自分を包み込むような体温と共にシエナの心を強く揺さぶる。

 だが自身の揺れる心さえ目を逸らすかのようにシエナは視線を伏せた。

 

「……そんなこと言ったってレイナはシイナ君達といたんでしょ? 私のことなんて……」

 

 シエナはユウキ達に敗れた後の最後の学園生活は彼女の心の内にあった全てが虚無になってしまうほどの凄惨なものであった。

 だからこそそんなユウキ達と大切な後輩であったレイナが一緒にいることはレイナの心を大きくかき乱した。

 

「……それに今の私は空っぽだよ。もう、あの頃のようには……」

 

 いくら言葉を紡ごうともうあの頃には戻れない。

 なぜならばシエナの中にあったガンプラへの情熱、いや、それ以上に大切な心を突き動かすような想いは既になくなってしまったのだから。

 

「あのぉ……」

 

 レイナもシエナも互いにかけられる言葉が見つからず、ただただ悲痛なまでの重苦しい空気が第10ガンプラ部の部室を満たすなか、どこか遠慮がちに声が上げられる。

 

「貴女は……?」

「あっ、私は一年のイチカワ・アヤなのです。よろしくーです」

 

 レイナがシエナを追いかけた時から付き添っていたことを考えてこの金髪の少女はレイナの知り合いなのだろうが、生憎シエナに憶えはない。

 最もアヤにとってもシエナと出会ったのは今回が初めてである為、折角だとばかりにペコリと自己紹介と共に頭を下げる。

 

「それで、ですね。空っぽだったらもう手遅れなんですかね?」

 

 本題にとばかりに手をポンと叩いたアヤはシエナへ疑問の瞳を向ける。

 それはアラタのような感情的に訴えかけるわけでもなく、セレナのように含みのあるような物言いでもない。ただただ生徒が自分の中に沸き上がった疑問を先生に尋ねるかのような純粋無垢なまでのもので、それが逆にシエナをたじろがさせる。

 

「変人……じゃなくて生徒会長のアラタさんはこの学園を変えました。けどアラタさんもアラタさんでこの学園の内情を直に見て、ユイさん達が語る……そう、シエナさんが会長を務めていた頃の学園に戻すのは不可能だっていう結論に達したそうです」

「えっ……でも、学園は……」

 

 シエナは漠然とガンブレ学園の生徒会長が変わったことを耳にしたまでだ。

 実際のところ、それまでの詳しい経緯を知っているわけではない。しかしユウキが生徒会長の座から降り、ユイが再び生徒会に所属していることを考えて、学園は元に戻ったのだと推測していた。

 

「“時間は戻せない。進むしかない。学園が変わってしまったのなら、また新たに学園を変えるしかない”……。そんなことを言ってたそうです。だからあの人はかつての純粋な学園と混沌に満ちた学園の両方の歩みを無駄にしない新しい学園を築こうとしてるんですよ」

「……でも、それが何だって言うの?」

 

 確かに現生徒会長であるアラタはシエナがいた頃に在籍していなかった為、彼女の代まで築かれていた学園を知る由もなければ戻すことも出来ないだろう。言われてみればそうであるが、しかしだから何だというのだろう。

 

「確かにシエナは空っぽになって前のようになれないかも知れません。でも新しいシエナさんはここから始められるんじゃないですかね?」

 

 アヤの言葉はシエナの心を揺さぶる。

 いや、それはきっとこれが初めてではない。アラタ、セレナ、レイナ……自分だけに向けられた言葉の多くが自分の心に訴えかけてきているのだろう。

 

「確かにあの時、部長はシイナさんとセナさんと一緒にいましたけど、でも本来ならそれはありえない光景なのですよ。だって部長は兎も角、前までのあの二人は一緒にいることすら許さなかったでしょうし」

 

 確かに一方的にレイナはシイナ達と一緒にいたと責めていたが、一瞬でこそあるがあの時の様子から見てもレイナがかつてのリョウコのように軍門に下ったようには見えず、対等な関係を築けているように見えたのだ。

 だがそんなことは自分が知るユウキ達では絶対に築けるような関係ではないだろう。あの関係を形容するのであればそれはまるで……。

 

「でも、それを可能にできたのはこの学園が変わったから……。誰とでも手を掴もうとする学園を今、アラタさん達は作り始めているのですよ」

 

 昨日までの怨恨を越え誰とでも手を掴める場所……。

 そんな夢物語のような場所などあるわけないと鼻で笑われるのかも知れない。いや、きっと今、ガンブレ学園に再び訪れる前のシエナであれば嘲笑していることだろう。

 しかし彼女は見たのだ。レイナが、ユイとリョウコが、そしてユウキとセナ達が肩を並べ合えるような仲間のように共にある姿を。

 

「シエナ」

 

 すると今度はレイナが前に出た。

 もうその瞳に迷いはなく、ただまっすぐにシエナを見つめている。

 

「……私は今度こそシエナの手を掴みたい。あの頃の私は傷ついたアナタに寄り添えなかった。でもだからこそ……今度こそアナタの手を掴みたい。その手を絶対に離したくないのっ! もう一度……ガンプラへの愛を語るアナタに会いたいからっ!」

 

 あの卒業式の日、全てを失い、雨に打たれるシエナにどうすることも出来なかった。

 あの日の後悔はいまだに自分の心の底に根付いている。きっとそれは今後も消えないだろう。だからこそ今度こそあの日掴めなかった手を掴みたいのだ。

 

「……レイナ、知らない間に強くなったんだね」

「……アラタ君達のお陰よ」

 

 自分の知っているレイナは可愛い後輩であり、だからこそ卒業式のあの日、自分のようにはなるなとも言った。

 あれからレイナとは疎遠になってしまったが、久しぶりに相対したレイナは自分の知っているレイナの印象を大きく上書きしたがその原因はアラタだというのだ。

 

「……最初は生徒会に対抗しようとするアラタ君達にシエナの時のような後悔や過ちは繰り返さないって出来る限りのサポートを……その心に寄り添おうと思ってた」

 

 シエナのような存在を生み出さない為にもサイド0を立ち上げたアラタに接触し、少しでも支えになろうと今まで動いてきた。

 

『さあ、勝利を組み立てようか』

 

 そうしてレイナは目を伏せて、これまでの日々を思い出す。

 その中で根強く印象に残っているのはユウキとのバトルだ。

 あの時、アラタとリュウマが手を取り合ったことで誕生したR-ブレイカーは創造の翼を広げたかのように大きく飛び立って誰もが勝てないと思っていたユウキを打ち破り、それどころか彼の手さえ掴んだのだ。

 

「……でも私の方が支えられたのかもしれない。彼らがいたから私も勇気を貰えたし、アラタ君とリュウマ君がお互いの手を掴んで生まれて誕生した奇跡がより一層、シエナの手を掴みたいと思えるようになった」

 

 真っ直ぐ、レイナはシエナへ手を伸ばす。

 今度こそ遠のいてしまわないように。

 

「……私にもう一度、踏み出せるのかな」

 

 しかし肝心のシエナは足が竦んでしまっていた。

 かつてすべてを失った経験はあまりにも彼女に重くのし掛かっていた。だからこそ躊躇ってしまっているのだろう。

 

「シエナさん、私達はビルダーなのです。壊れてしまう痛みは辛いですけど……」

「ええ、何度だって築き上げられることだって知ってる。だからもう一度、作り直しましょう、私達が重なりゆく道を」

 

 そんなシエナにアヤとレイナは心配することはないと言わんばかりに柔和な笑みで彼女を諭す。

 もう彼女の前に立ち塞がるものも、その道筋を遮るものはいない。もしもそんなことがあったとしても自分達が支えるんだとばかりに……。

 

 そんな二人の姿にシエナあがて瞳を潤わせ、体を震わせると、やがてゆっくりと二人の元へ歩き出すと恐る恐るに自身のか細い手を差し伸ばそうとする。

 

「っ……!」

 

 ゆっくりと差し出していたシエナの手をレイナとアヤの手が包み込むように握る。

 そこから伝わり、心まで広がっていくような温かな体温は黒く濁った想いを打ち払い、晴天のような澄み切った心を広げていくかのようでそれを感じたシエナはポツリポツリと大粒の涙をこぼしていた。

 

「もっとっ……早く……こうしたかった……っ!」

 

 とめどなくあふれ出て、顎先から伝い落ちる涙は今まで仮面の奥に隠していたシエナの本心を表すかのように彼女はありのままに声を震わせながら何とかその言葉を紡ぐ。

 

「学園が戻ったって聞いて……っ……! だからレイナに会いたいって戻ってきたけど……シイナ君達と一緒にいるところを見たら、どんどん嫌な感情が溢れ出ちゃって……っ……レイナを……誰かを傷つけたいと思って戻ってきたわけじゃないのにっ……!」

「……それが人間なのよ。でも今なら嬉しいわ」

 

 まるで子供のように泣きじゃくるシエナの体を労わるようにアヤと共に抱きしめながらレイナもまた声を震わせながらその本心を語りだし、その言葉の内容にシエナはどうしてとばかりに抱きしめるレイナを見上げる。

 

「シエナは私にとって理想だった。きっとこの人ならより良い学園を作れるって思っていたからこそあの頃のシエナを支えきることが出来なかった。でも今はどんな人でも等身大の一面があるからこそ支えたいって……今、この瞬間、一歩踏み出してくれたシエナを見て余計に思えるの」

 

 それはきっとシエナだけではない。

 それこそ仮面を被っていたアラタや今日で言えばトークショー前に緊張していたイチカ、セレナにサインを強請っていたアールシュなどどんな人間でも等身大の……誰にも変わりない一面を持っているのだ。

 だからこそ共感が出来るし、支えたいと思えるのだ。

 

「さあ、行きましょう。みんな、シエナを待ってるわ」

「でも、私……好き勝手言っちゃって、どんな顔すればいいか」

 

 今、アラタをはじめ多くの生徒達がバトルロワイヤルに参加している。

 希空に促された結果とはいえ、あそこでシエナを待っているのだ。

 しかしシエナからしてみれば自分という存在は腫れ物であり、レイナはこうは言っても喜ばれないのではないだろうかと考えてしまった。

 

「そんなことないとは思いますけど……。それならちょっとしたサプライズをしません? 誰が見てもシエナさんが学園に帰ってこれたんだと分かるような」

「なにをする気……?」

 

 ユウキやセナを受け入れた学園であればシエナを突っぱねることはしないだろう。

 何よりユイやリョウコなどかつてシエナが会長を務めた生徒会を知る者たちは今、一歩踏み出したシエナを見て喜ぶだろう。

 そうは思っていても不安がるシエナに閃いたとばかりに提案するアヤにシエナはまた別の不安が襲い掛かる。

 

「ちょっとした遊び心、ですっ」

 

 シエナとは対照的にアヤはどんどん口角を吊り上げて声を弾ませる。

 自分に手を差し伸べて、それでいて第10ガンプラ部の後輩の提案を無碍には出来ないと思いつつも不安がるシエナ助けを求めるようにレイナを見るが、当のレイナは話だけは聞いてみましょうと困ったように笑うのであった。




新年記念
ヒロイン集合

【挿絵表示】

左から作者のガンブレ(無印)&ガンブレ2小説オリジナルヒロイン リーナ・ハイゼンベルグ
ガンブレ3小説オリジナルヒロイン 雨宮夕香
同じく本作であるNEWガンブレ小説オリジナルヒロイン アイゼン・レイナ

夕香「ちゃーす。こうして人前に出るのは一年ちょいぶりくらいかな?」
リーナ「……レイナは兎も角、私や夕香を知らない人の方が多いと思う」
レイナ「とはいえ、リーナが登場する機動戦士ガンダム Silent Triggerは今年で5周年。アナタにとって2020年は記念の年じゃないかしら」
リーナ「……何だかあっという間って感じだけどね。それでも翔や私達の後に続く人達が生まれているのは嬉しいよ」
夕香「アタシとイッチは来年だねー。それよりさぁ、この小説ってイッチの女版がいるんでしょ? 会わせてよー」
レイナ「……平行世界とはいえアナタも一応、この世界にいる筈だけど……。寧ろイチカさんが男性の世界があるのね」

リーナ「……では、改めて明けましておめでとうございます」
夕香「アタシ達を知っている人もそうでない人もお互いにより良い年にしようね」
レイナ「この小説ももう間もなく完結。最後までお付き合いお願いね」

改めまして今年もよろしくお願いします。


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好敵手達

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ゛っ゛!!!?」

 

 レベルの高いバトルは更なるビルダーを次々とフィールドに誘い、より一層の苛烈さを見せるバトルロワイヤル。

 そのフィールド内で凡そ似つかわしくない悲鳴が響き渡る。まるでジェットコースターに乗って悲鳴を上げ、そのままありったけを絞り出すようなそんな悲鳴だ。

 

「えぇい、やかましいぞ!」

 

 その悲鳴の発生源は何とアールシュの愛機であるシヴァキラナからだ。

 シヴァキラナのシミュレーター内ではアサヒがぎゅんぎゅんと一瞬で迫ってくるモニター越しの光景に悲鳴をあげ、思わず操縦者であるアールシュの首元に抱き着いてしまっている。

 最もその恐怖に駆られての行動はアールシュに抱き着く力を必然的に彼女が持てる全力によるものであり、お陰で非力なアサヒといえど操縦の妨げとなるのか、アールシュは額に青筋を浮かべる。

 今尚、フィールド上を自身の庭であるかのように俊敏かつ自由に飛び回るシヴァキラナは並みのビルダーではまず追いつくことは出来ないだろう。

 

「シヴァに乗せてやっているのだ。少しは慎ましく出来ぬのか!」

「だったらこんな変態機動止めてくださいぃっ!! 目ーがーまーわーるぅぅぅぅぅ!!!!?」

「シヴァを変態と言ったか!? おのれぇいっ!!」

 

 ミツルからの誘い後、アールシュなりの気遣いでシヴァキラナのシミュレーターに一緒に乗ることとなったアサヒだが、蓋を開けてみれば振動の類こそないものの学園上位であるアールシュの類稀なる操縦技術によりモニターを見た瞬間、目を回してしまっている。

 

 そんな矢先であった。

 シヴァキラナの行き先を遮るかのようにビームによる一閃が走る。

 追従を許さぬほどの機動力を持つシヴァキラナの行く手を遮るほどの腕を持つビルダーによる攻撃に耳元で相変わらずうるさいアサヒを他所に視線を向けてみれば、そこには必要最低限の武装を持つ白いガンダムタイプのガンプラがいたのだ。

 

「ほぉ、このシヴァの行く道を遮ろうとするとは中々の豪胆さよな」

 

 普段のアールシュであれば、自身を遮る者がいれば不敬と断じるところだが、彼は己とシヴァキラナの実力を正確に把握している人物だ。

 そんな自分達を狙い、シヴァキラナ本体を狙うのではなく、その道を遮った技量に興味が湧いたのか、シミュレーターがあの白いガンダムをロックすれば、そこに表示されているガンプラの名はガンダム・グリントという名を持っていた。

 

「……知っているぞ、そのガンプラ。直に見るのは初めてだが、確か白い閃光とか言ったか」

 

 横で青白い顔でうぇえ、と口元を抑えているアサヒを尻目にアールシュはグリントに関して知っているのか、その機体各部の特徴を見て、鋭く目を細める。

 

「し、白い閃光ぅ……? 有名なんですか?」

「相対するのはこれが初めてではあるが、バトルの映像と共に噂程度では聞いたことがあるのみよ。相手を一瞬で屠るその姿から白い閃光と呼ばれるビルダーがいるとな」

 

 対してグリントに関しては何も知らないのか、アサヒの問いかけにアールシュはグリントから目をそらさずに少ないながらも自身が知っている情報を口にする。

 

「奴だけではない。地球規模で流行しているガンプラバトルだ。新星にソロモンの魔女……空に輝く星々のごとくビルダーの数だけ特出した者も出てくる。それらの情報収集は高みを目指すビルダーにとっては当然のことだ。貴様は少々……その辺りが足りんようだがな」

「むぅ……ならアールシュさんはどうだって言うんです? 確かに顔は良いし、学園内でもトップランカーですけど……。顔の良さは認めますがビルダーとしては有名だったりするんですか?」

「貴様、面食いとやらか?」

「否定はしません」

 

 グリントのみならずそれこそイチカやイオリなど名だたるビルダーの情報をアールシュの頭の中にあるようだ。

 しかし呆れ交じりの言葉が癪に障ったのか、ぶぅぶぅと唇を尖らせながら煽るような物言いをするアサヒに顔の話題を重複して出されたアールシュは違う意味で呆れを込めた視線を送ると受け流すように彼女はそっぽを向く。

 

「女連れ……? まあ、兎も角……。俺もそのガンプラは知ってるよ」

 

 アールシュとアサヒのやり取りは聞こえていたのか、グリントを操るビルダーであるアズナ・シンはどこか気怠そうな物言いながらもシヴァキラナを見つめる。

 

「ガンダムシヴァ……。破壊神の名を関する御大層な名前だけどその実力に偽りはないって聞いたことがある。だからこうしてちょっかいをかけたんだけどな」

「フンッ、星の輝きとて太陽の輝きには勝てぬ。俺と戦う気なら貴様が聞いた話以上のバトルが待っていると心構えよ」

 

 元々、実力者とのバトルを求めていたのか、シヴァキラナへの攻撃理由を語るシンにアールシュは鼻を鳴らしつつも自身に満ち溢れた態度で豪語する。

 

「……ホント、アールシュさんのそういうところって凄いですよね。私にはない……」

 

 しかしアールシュのその姿はまさに間近にいるアサヒにはこれ以上にない程、眩しく思えた。

 ましてや自分に自信が持てないから殊更、どうしてそこまでのことが言えるのであろうと。

 

「へぇ、アールシュさんかぁ……。面白そうだ」

 

 元々、シヴァキラナを見つけての行動であったが、段々とシヴァキラナのみならず、ビルダーであるアールシュにも興味を持ったのだろう。しかしこれ以上は言葉ではなく、刃を交えたいと思ったのか、ビームサーベルを引き抜き、シヴァキラナも瞬時にGNソードライフルをソードモードに切り替え、次の瞬間、二機はぶつかり合う。

 

 FファンネルとIFSユニットにより、展開されたビームサーベルが二機の周囲を駆け巡るなか、機体同士がぶつかり合い、刃を結べば結ぶほど戦闘も更なる激しさを増していく。

 

「凄い……」

 

 それをまさに間近で見ているアサヒは感嘆の声を漏らす。

 目まぐるしく激化していくバトルは自分ではまず行うことが出来ないだろう。観客としてシミュレーター外のモニターから傍目で見ることはできるが、半ば操縦するビルダーの視点でこのような戦闘を見ることが出来るのは貴重なことであろう。

 

「当然のことよ」

 

 アサヒからすればポツリと零した独り言のような言葉をアールシュは聞き逃さずにグリントと戦闘を行っているというのに余裕を感じさせる様子で鼻を鳴らす。

 

「故にこの瞬間の輝きの一つ一つを見逃すな。目を動かせ、脳を働かせろ。このフィールド全ての情報を取り入れるつもりでな!」

 

 グリントと切り結ぶもののグリントだけに囚われず、シヴァキラナを操作してフィールド上をあっという間に駆け巡る。

 

 ・・・

 

 バトルフィールドに更なる輝きを齎す“新星”のような存在が現れた。

 その名はゲネシスガンダムアンリミテッド。

 ビルダーであるアマミヤ・イチカと共に日本のみならず世界にもその名を轟かすガンプラだ。

 

「まさかアンタとバトルできる日が来るなんてなァッ!!」

 

 当然、それだけの知名度を誇る存在ともなれば、老若男女問わずしてバトルしたいという衝動に駆られるのも無理がないことであろう。

 今まさにその衝動に駆られたタツマ操るG-レイダーがゲネシスアンリミデット目掛けて強襲じみた攻撃を仕掛けていた。

 

「……速い」

 

 だがイチカは一切の焦りも見せず、光の翼を展開して機動力が増したG-レイダーからの攻撃の攻撃の一つ一つを冷静に捌いていた。

 

「だが、スピードで負けるわけにはいかないんでな」

 

 そして何よりイチカ自身もG-レイダーが誇る機動力に思うところがあったのだろう。

 口角を僅かに上げると、ゲネシスアンリミデットはG-レイダーの機動力を試すように更なる機動を持ってタツマを挑発する。

 

「──もらった」

 

 その時であった。

 ゲネシスアンリミデットに狙いを定め、接近してきたバルバトスオーガから高火力を誇る砲撃が敢行される。

 当然、対応しようとするイチカだったが、砲撃とゲネシスアンリミデットの間に割って入った機影によってその身に降りかかろうとした危機は取り除かれた。

 

「……大丈夫か?」

 

 ゲネシスアンリミデットを助けようと動いた機体……。それは先程、イチカやユウヒと共にいたエイジが操るヘイズルベヴァイスであった。無傷のゲネシスアンリミデットを横目にエイジは問う。

 

「……一応、礼は言うけど、バトルでも一緒にいなくたって良いんだぞ。好きにバトルをすりゃ良い」

「ああ。だからこうして好きにさせてもらってる」

「そうかい」

 

 ゲネシスアンリミデットと共にバトルをするように傍にいるヘイズルベヴァイスに、イチカなりに気遣って声をかけるが、言葉通りなのだろう。あくまでエイジはイチカと行動を共にするつもりなようでイチカは苦笑交じりに軽い溜息をつく。

 

「らしくないことばかりしてたんだ。たっぷりと付き合ってもらおうか」

 

 G-レイダーやバルバトスオーガなどゲネシスアンリミデットとバトルしようと続々と集まってくるなか、傍にエイジのヘイズルベヴァイスを携えたイチカは不敵な笑みを浮かべて真正面から受けて立つのであった。

 

 ・・・

 

「心火を燃やしてェ……ぶっ潰すッ!」

 

 一方、マスミが操るEz-Aがその自慢の火力を惜しげもなく振るっていた。

 その火力に多くのガンプラが葬られるなか、ヒカリが操るルミナスとの戦闘を継続する。

 

「相変わらず大人気ねえなぁ、カシラは」

「ウザイ……。けど悪くねぇ」

「カシラに負けてらんないねぇ。てりゃああぁぁぁぁ、滅殺ッ!!」

 

 そしてEz-Aの近くにはマスミに懐く三馬鹿のカラミティ、フォビドゥン、レイダーの三機のガンダムがマスミに負けじとバトルを仕掛ける。

 

 その時であった。

 Ez-Aに向かってGNファングが迫り、マスミはすぐさま反応し、機体のギリギリの位置ですべてのファングを避ける。

 

「流石、マスミさんですね。その腕は衰えていないようです」

「はっ、ドロスか。久しぶりじゃねえか」

「ええ、お久しぶりです」

 

 GNファングはすべて主であるサタンギガントの元に戻り、ドロスはにこやかなに挨拶代わりであったとばかりにマスミに通信越しに微笑むと、購買部として面識があったのか、二人は久方ぶりの再会を喜び合う。

 

「うんうん! やっぱりガンブレ学園の生徒さん達は強いねぇッ!!」

 

 また近くでは同じように挨拶代わりに攻撃を仕掛けていたのか、三馬鹿から距離を取ったドラゴノイドはカラミティ達の出来栄えを画面越しに確認してレンは来てよかったとばかりに満足げな笑みを浮かべる。

 

「どうです、このままバトルでも。皆さんを相手に私とレンだけで構いませんよ」

「分かり易い挑発を使うじゃねえか。そこまで言われちゃあ乗らねえわけにはいかねえな」

 

 Ez-Aとカラミティ達を一瞥しながら挑発するドロスにその挑発をあえて受けたマスミは先陣を切るように自慢の火力を振るい、それを避けて迫ってくるサタンギガントとドラゴノイドとのバトルを開始するのであった。

 

 ・・・

 

「凄い……。戦うガンプラの全てが輝いて見えるっ!」

 

 その数多くのバトルを駆け抜けるシヴァキラナから見ていたアサヒは改めてバトルでの感想を口にする。

 最初こそ乗り気ではなかったが、結果としてアールシュの誘いに乗って良かったか否かは彼女の感想と同じくらい輝かんばかりの笑顔を見れば一目瞭然であろう。

 

「──それだけこの学園の全てが満ち溢れているってことだね」

 

 そんなアサヒの言葉に同調するような言葉と共にシヴァキラナは自身に迫るガンプラに気付く。

 既にそのガンプラはビームソードを振り上げており、咄嗟にGNソードライフルで受け止める。

 

 そこにいたのは一見すれば天使を思わせる白いガンプラであった。

 しかし、よく見ればそのデザインは鋭角的に仕上がっており、天使と決めつけるにはあまりに異質だった。

 

 その名はガンダムタブリス。

 ガンダムエピオンをベースいたそのガンプラを操るのはセレナ・アルトニクスであり、タブリスの後方には彼女に従事するかのように二機のガンプラの姿がある。

 

「ほぅ、セレナ・アルトニクスと刃を交えられるとはなぁッ!」

「ボクも君に興味があったかね。この期待……どう応えてくれるかな?」

 

 セレナもこの場の盛り上がりを感じて、バトルロワイヤルに参加したのだろう。

 するとここで今まで言葉数がそれほど多くなかったアールシュがバトルロワイヤルに参加して初めて言葉に熱が籠り、その反応にセレナも小悪魔の笑みを浮かべながら挑発するとそれをきっかけにシヴァキラナとタブリスは激しい剣戟を繰り広げる。

 

 セレナとのバトルはそれこそアールシュにとってこの学園生活の全ての時間をも上回る充実した時間なのだろう。

 太陽などと自身を称する彼は今まさにバトルの最中でも充実感にあふれた晴れ晴れとした笑みを浮かべながらタブリスに食いつこうとする。

 シヴァキラナとタブリスのバトルは凄まじいに尽きるが、それでもタブリスの方が優勢であり、あのアールシュをもってしても圧されている。しかしそんな状況でもアールシュは心底楽しそうなのだ。

 

「凄いなぁ……。何で、こんなに輝いているんだろ」

 

 そんなアールシュの姿をまさに真横で見つめながら、眩しそうに目を細める。

 いや、それだけではない。フィールドを駆け巡る間に見たすべてが輝いて見えた。持って生まれたものなのか、自分では振舞えない姿に憧れを抱いてしまう。

 

「──それは俺が俺である所以よなぁ」

 

 俯きかけたその時、顔を上げろとばかりにアールシュに声を掛けられる。

 顔を上げればアールシュはバトルをしつつも、横目にアサヒを捉えていた。

 

「俺だけではない。このフィールドにいる全ての者は自分らしくあるがままに振舞っている。楽しい、もっと充実した時間を過ごしたいと。だからこそそれは輝きとなって見る者の心に訴えかける」

 

 アサヒだけではなく、アールシュもまた多くのバトルを見てきた。

 だからこそ感じ取っているものがあるのだろう。

 

「貴様はこの短い時間に多くの輝きを見てきた筈だ。なれば貴様は貴様として今、どうしたい?」

 

 アールシュの言葉に胸が高鳴る。

 そう、アサヒは感じていた。多くのバトルを見て、自分の胸の中で少しずつ熱く焦がすような衝動が生まれていることを。

 

 《アサヒちゃん!》

 

 そんな時であった。

 唐突にシヴァキラナに通信が入る。何と相手はリンコであった。

 

 《どこにもいないと思って探してたらそんなところにいたんですね。さっき通りすがりの忍者が教えてくれたときは驚きましたよ》

「部長、申し訳ないです……」

 《いえいえ、むしろこれは僥倖ですよ!》

 

 文化祭のイベントMCがどこにもいないというだけあってリンコは探していたのだろう。

 それがまさかアールシュの傍にいたとは驚きだが、これはこれで良いとばかりに笑みを浮かべ、その意図が読めないアサヒは首をかしげる。

 

 《放送部といえば実況ですよっ! アサヒちゃん、このバトルロワイヤルの実況をまさにその場にいるアサヒちゃんに伝えてほしいんですっ!》

「私に……?」

 

 そう、放送部といえばいつだって実況と共にバトルを彩ってくれた。

 普段は俯瞰した立場で実況することが多いが、今まさに生の声を伝えられる場にいるアサヒにその役目を任せたいと言っているのだ。

 

「私は……」

 

 自分に出来るのか、そんな不安に駆られる。

 しかしそんな不安もすぐに胸を焦がす熱が溶かしてくれた。

 

「私は……私は伝えたいです。自信なんてありません。話術も部長ほどの実況技術もありません。それでも私は私の言葉でこの輝き達をもっと多くの人に広めたい……!」

 

 一度、俯き、大きく深呼吸をして顔を上げたアサヒの顔は先程まで後ろ向きであったマイナスの感情の全てが消えていた。彼女は大きく息を吸い込むとMCとして渡されたマイクを両手でしっかりと握り……。

 

「皆さん、ご覧になられていますかーッ!? 今まさにフィールドに存在するガンプラの一つ一つが星々のごとく輝いています! 果たしてこの中で誰がアクシズショックの如き輝きを放ち、頂点に立つのか……。その一瞬を見逃すなっ!」

 

 ただただありのままに伝えたいことを吐き出す。

 だからこそ彼女は今、ありのままのナグモ・アサヒとしての輝きを放ち始めたのだ。その姿にアールシュも通信越しのリンコも安心したように笑みを零す。

 

「どうやら君達にはやることがあるみたいだね」

「ああ。口惜しいがこの場に留まるわけにはいかないようだ」

 

 再び刃を重ねて反発するように離れたシヴァキラナとタブリス。

 シヴァキラナの反応を見て、何かを感じ取ったのかこれ以上の交戦の意思を見せなくなったセレナの言葉にアールシュは頷くとタブリスに背を向け、一気に離脱していく。

 

「……本当にこの学園は満たされている。だからこそ君ももう満たされていいはずだ」

 

 シヴァキラナは一筋の流星となって去っていく。

 その姿を見つめながらセレナはどこか想いを馳せるように呟く。それは先程、出会った迷える少女に向けて、その身を縛る鎖から解放させるかのように。

 







ガンプラ名 ガンダムタブリス
元にしたガンプラ ガンダムエピオン

WEAPON ビームソード
WEAPON ツインバスターライフル
HEAD ウイングガンダムゼロ
BODY ガンダムエピオン
ARMS ウイングガンダムゼロ
LEGS ガンダムエピオン
BACKPACK ガンダムエピオン
SHIELD シールド(エピオン)
拡張装備 内部フレーム強化
     スラスターユニット×2(両脚部)
     レーザー対艦刀×2(背部)

例によって活動報告の機動戦士ガンダム Mirrorsの欄にリンクが貼ってあります

<いただいたオリキャラ&俺ガンダム>

鴨武士さんより頂きました。

アズナ・シン
年齢 18歳
性別 男

容姿 黒髪のオールバック、目はジト目で青色。
身長185と高いが、猫背で低く見られがち。

設定
常にやる気が無さそうに見える言動と容姿だが、たちまち敵を一瞬で屠るその姿から白い閃光と恐れられるビルダー、更に覚醒の力も発動出来る。
本人は確かにマイペースだが、ガンプラバトルに対する熱い想いを秘めており、強い相手がいれば挑戦する。
此度の文化祭で、ガンブレ学園が変わったとの噂を聞きつけやってくる。
新たなるライバルとの出会いを求めて。

ボイス
「俺か?アズナだ、アズナ・シン……ふぁ〜」
「へぇ、アールシュさんかぁ……面白そうだ」
「そうさ、白い閃光とは俺の事……そしてこいつが相棒のガンダム・グリントだ」
「楽しもうじゃねぇか、熱いバトルを」
「アズナ・シン……ガンダム・グリント行くぞ!」



ガンダム・グリント

HEAD ビルドストライク
ARMS Gセルフ パーフェクトパック
BODY ガンダムX
LEGS ペイルライダー
BACKPACK ビギニング30
SHIELD 機動防盾(展開)

ビルダーズパーツ
ifsユニット×4(腕、脚)

射撃武器 強化ビームライフル
近接武器 ビームサーベル(30)

オプション装備
頭部バルカン
ブレストバルカン
ビームサーベル(ペイルライダー)
脚部ミサイルポッド

カラーリング
艶消しの白を主体に、微細に青と黒の差し色がある。
カメラアイの色は赤、他のクリアパーツは水色

機体説明
閃光の名を冠するガンプラ。
武装は最低限に抑えられつつもあらゆる状況に対応でき、機動力は随一。
長時間戦闘となっても継続して安定した戦いを出来るのが最大の長所である。
腕と脚にifsユニットが取り付けられているため、Iフィールドが強化され、バックパックのビームサーベルも遠隔操作が可能となった。

素敵なキャラと俺ガンダムありがとうございました。


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傷だらけの絆

白熱するバトルロワイヤルは留まることなく熾烈を極めた。

途中参加型のバトルロワイヤルは次から次に際限なくバトルに参加する者やリトライする者達が後を絶たなかったが、やがて制限時間が近づくに連れ、バトルへの途中参加も打ち切られ、後はフィールド上に残ったガンプラ達によって雌雄を決するのみとなった。

 

「……やっぱ、あんた等は最後まで残ったか」

 

一機、一機とバトルロワイヤルに参加していたガンプラが墜とされるなか、現状、フィールド上に存在するガンプラの残機を確認しながらアラタはν-ブレイカーのセンサーが捉えているガンプラを見やる。

 

そこにいるのはいまだ損傷らしい損傷がないブレイカークロスゼロとNEX クロスナイトだ。

 

「アンタ達はあるがままの自然体でバトルを楽しみ、相手への敬意も忘れてない……。本物のビルダーだ。悔しいけど俺以上かも」

 

この二機の存在はそれこそアラタですら認めざる得なかった。

下手をすればこの如月奏と雨宮希空はアラタどころか、このフィールドに参加している世界的知名度を誇るアマミヤ・イチカやセレナ・アルトニクスをも上回る程の実力の持ち主だろう。

 

自分も少しでも彼女達に追いつきたい。

今の自分ではまだ彼女達の隣に並び立てる程の実力も器も足りていないのは否が応でも理解できたからこそそう思えたのだ。

 

「──そりゃそうだよ。この二人はいつだってそんな本物達の背中を追い続けてきたんだから」

 

そんなアラタが二機を眩しそうに見つめていると不意に通信が届く。

すると同時にセンサーが反応し、確認してみればルティナのパラドクスがブレイカークロスゼロとNEXの隣に並び立っていた。そう、ルティナもまた奏や希空と並び立てる程の実力者なのだ。

 

「本物か……。確かに諸先輩方は紛れもなく本物であり、いつだって大きな背中だった」

「……だからこそ押し潰されそうになることもありました」

 

奏も希空もそれ程の実力を得るまで決して平坦な道のりではなかったのだろう。

多くを語ることこそはないもののそれでも彼女達の言葉は経験があるこそ重みが自然と込められていた。

 

「……傷ついて悩んで迷って……。自分という存在に正解なんてないからこそ簡単には見つけられない答えを探すのは本当に辛くて苦しいんです。でも、見つかったその答えは愛おしくて、何より自分を励まし、強くしてくれる」

「……そうだな」

 

アラタもかつて周囲からの期待に重圧を感じて仮面を被り続けていた。

希空がこれまでどんな経験をしてきたかはわからないが、それでも彼女の言葉に強く共感することが出来るのは間違いなかった。

 

「会ってみたいな。あんた達が言う本物って人達に」

「会えるさ。少なくとも一人には会える。その人こそ原初であり、君だからこそ会うべき人物だ」

 

少なくとも奏や希空が本物と呼び大きな背中と呼ぶだけの存在達がいるのだろう。

そちらにも興味が湧き、どうせなら会ってみたいとすら思うがその言葉は奏に強く頷かれる。

 

「なぜなら君もまた“始まりの(New)ブレイカー”だからな。君が君である限り、会えるだろう。いや、もしくは最初からそれが目的で……」

 

アラタだからこそ、とはどういう意味なのか。

奏の説明からはいまいち、要領を得ないがそれを追求するよりも前に奏は一人、思考の渦に飛び込んでしまい、それとは別にセンサーが再び反応する。

 

「ったく、漸く追いついたぜ」

 

何とそれはレイジングボルケーノであった。

リュウマの言葉から察するにアラタを追いかけていたのだろう。

 

「お前は良くも悪くも突っ走ると周りどころか自分の事すら分かんなくなるくらい世話がかかるからな。手を伸ばしてやる奴がいねえと」

「俺の相棒を気取りたいならもう少し早く来なさいよ」

「お前、本当に可愛くねえな!」

 

アラタとリュウマ。

出会いから旧生徒会との決着までお互いに手を伸ばしてきた二人だ。お互いに憎まれ口こそ叩くものの誰よりも強い信頼関係を育んでいるのは紛れもない事実だ。

 

「……まっ、確かに俺は俺でいられる。手を取り合える存在がいる限り」

 

明確にこそ言わないものの隣に並び立つレイジングボルケーノを一瞥したアラタは自然と笑みを零し、その言葉に希空達も微笑みながら頷く。

 

「きっとアンタもそうだろ」

 

するとアラタはチラリとNEX達とは違う方向を見やる。

そこには三機のガンプラの姿があった。

 

一機はアヤのフリーダムインパルスであり、もう一機はガンダムダブルオーダイバーをベースにしたレイナのガンプラだ。そして最後のフリーダムガンダムをベースにしたガンプラを操るビルダーこそ……。

 

「うん……。自分ひとりじゃダメなの。誰かがいるからこそ自分が……本心の自分を理解できる」

 

そこにいるのは紛れもなくシエナであった。

あれからレイナとアヤと共にバトルロワイヤルに参加したのだろう。かつてガンブレ学園で生徒会長を務めていただけあって彼女のガンプラはアラタや希空達に引けを取らないほどの完成度を誇示していた。

 

「──フンッ、役者は揃ったようだな」

 

シエナの穏やかな口調にアラタも微笑みながらレイナ達を通信モニター越しに見て、頷き合うとオープン回線で通信が入る。わざわざ確認せずともその尊大な態度で誰かが分かり、苦笑してしまう。

 

「ふぃー……流石に喉を使い過ぎました。ちょっと痛いです」

「えっ、アサヒさん、そこにいるんですか?」

「あははっ……。まあでも太陽のようにイベントを照らすMCの私に相応しい場所かなって」

「何か太陽汚染されてません?」

 

アールシュは兎も角、アサヒまでシヴァキラナのシミュレーターにいるのは予想外であったようで、アラタやそれこそレイナでさえ驚いてしまっている。

目をまんまるとさせたアヤが通信越しに尋ねるとアサヒは苦笑するものの控えめながらしたり顔を浮かべており、主に隣にいる自称太陽の影響だろうとアヤは頭が痛そうにこめかみを抑える。

 

「さあ、いよいよここにいる九機がこのバトルロワイヤルに残った選ばれしガンプラです! 果たして誰が栄光を掴めるのか、皆さんにお届けできる時が近づいてきました!」

 

そんなアヤを他所にアサヒはイベントMCとしての役目をこなそうと饒舌に話す。

すっかり自信もついたのだろう。こうして話すころには板についていた。

 

「誰も負ける気がないって顔だ。最っっ高だな」

 

いよいよバトルロワイヤルに決着をつける時が来た。

通信モニター越しに見えるリュウマやシエナ達の表情の一つ一つを確認しながらアラタも自然と同じような表情を見せる。

 

「さあ、最高が何か証明しようか」

 

その言葉を皮切りに戦闘が始まる。

誰もが負けるを考えておらず、あるがままをぶつけ、それは熱となって見ている全ての者に伝わり、活気を齎す。バトルは極限を超え、どこまでも白熱していくのであった。

 

・・・

 

「えっと……みんな、迷惑をかけてゴメンね」

 

それから数十分後、バトルロワイヤルも終了し、観客や参加していたビルダーがバトルを振り返って熱く議論するなか、アラタ達を前にシエナは控えめに謝罪の言葉を口にし、頭を下げる。

 

「頭をあげて下さい、シエナさん! 私達はシエナさんに何かを言うつもりなんてないんですからっ!」

「ああ。寧ろ私達だって謝りたいことがあるくらいだ」

 

そんなシエナにいの一番にユイとリョウコが駆け寄り、頭を上げさせる。

よく見れば二人とも目じりに涙を貯めており、それを見たシエナも込みあがるものを感じながらユイ達と涙ながらに微笑み合う。

 

「……ところでなんだ、その恰好は」

 

かつての仲を取り戻したシエナとユイ達。

その美しい光景のなか、アールシュは眉を顰めながらシエナの恰好を見やる。

何とシエナは目の前のユイ達と同じ格好……つまりはガンブレ学園の制服を着用していたのだ。

 

「ふふんっ、どうです。かつての制服を着ることでシエナさんが学園に戻ってきたことを分かりやすく強調出来るのです!」

 

どうやらアヤが第10ガンプラ部で遊び心と言っていたのはこの事のようだ。

自慢気にアイダ先生に掛け合って借りました!と口にしているものの当のシエナは指摘されたこともあって顔が紅潮している。

 

「この制服……ちょっとキツいんだけど……」

「学園にあった制服はそれしかなかったのよ。それにシエナが一年と少し前まで着ていた制服のサイズと同じ筈だけど……」

「卒業した後の晩御飯で自棄食いしたのが祟ったかぁ……ッ!」

「アナタ、あのやり取りの後、そんなことしてたの?」

 

ワシはそのままの方がいいなあ、という人が現れるかも知れないがそれは兎も角、腰回りを摩りながら苦い表情を見せるシエナにレイナは苦笑交じりに話すが、その言葉に頭を抱える彼女の姿を見て嘆息する。事情が事情で自棄食いしたのだろうが私みたいになっちゃダメだよ、いうあの言葉に今は頷ける。

 

「ハイジマさん」

 

そんな矢先、レイナに声をかけたのはユウキであった。

その傍らにはシエナにどういう顔を向けていいか分からなそうに何とも言えない表情を見せるセナの姿もあるなか、この三人の関係を知る周囲の空気は否応なしに張り詰めたものになっていく。

 

「まずアナタが受けたことに対しての謝罪はしたい。本当にすまなかった」

 

ユウキはまずセナと共に頭を下げる。

彼女の学園生活の最後を絶望に塗り替え、虚無感に陥るほどその心を粉々にしたのは他ならぬ自分達だからだ。本来であればガンブレ学園で生徒会長を務めあげる程の人物があのような最期を迎えて良い謂れなどなかったはずだ。

 

「その……参ったな。アナタに言いたいことが一杯あるはずなのに、こうして面と向かうと中々言葉が出てこない」

 

かつての頃は兎も角、今はユウキもセナもシエナに責任を感じているのだろう。

だからこそ再びシエナに向き合ったわけだが、元々人と関わろうとしなかったユウキは思うように言葉が出てこず、珍しくしどろもどろだ。

 

「……本当に変わったんだね」

 

そんなユウキを見たシエナはカツカツと足早に向かっていく。

どうなるか分からない状況に誰もが息をのむ中、シエナはゆっくりと包むこむようにユウキの手を取って包むように握りしめる。

 

「だったら責任とって欲しいな」

「……我々に出来ることなら何でもするつもりだ」

 

恨まれていることは承知の上だ。

彼女がなにを求めても自分たちは応えるつもりだ。それだけのことをした自覚はあるのだから。

そんな意思を見せるようにシエナにセナは頷く。

 

「私は確かに空っぽになったけど、でも今は少しずつ満たされてる……。それはこうして知り合った人達のお陰……。だからあなた達のことも教えて? ずっとあなた達のことを知らなかった。知りたいと思わなかった。でも今なら知りたいって思えるから」

「……そうだね。僕らもハイジマさんの事を深く知りたい……。アナタからはアラタ君と似たものを感じるから」

 

誰とでも手を掴める学園……。今、再びこの学園に戻り、アラタやアヤ達と触れ合うことでシエナも誰かの手を再び掴める程に回復した。シエナの手から伝わる温もりと彼女の笑顔にアラタと同じような温かさを感じたユウキはセナと同時にその申し出を受ける。

 

「私が知りたい子はもう一人いるんだ。バトルロワイヤルの映像を見て、すぐに参加しちゃうくらい気になってた子が」

 

良かったと朗らかに微笑むシエナはふとアラタに視線を向けるとゆっくりとユウキから離れ、アラタへ向かっていく。

 

「君って器用そうで不器用でしょ。私を追ってきた言葉からしてもそんな感じがするんだよね」

「この天s「レイナさんの為だのなんだのってあんなに一生懸命に──」わーっわーっ!」

 

器用に見えて不器用。まさにアラタの的を得ているのだが、当人からすればあまり認めたくはないのか飄々とした態度で否定しようとするが直後の言葉に慌てた様子を見せる。

 

「へー、アラターがレーナパイセンの為にねぇ」

「どんな感じだったのか、シオンも気になるなぁ」

 

とはいえアラタがレイナの為に一生懸命になったというのは気になるのか、いつの間にかチナツやシオンをはじめとして包囲されたアラタは冷や汗を浮かべる。

 

「ふーん、これはもっと深く掘れば面白……コホン、ますます興味が湧いてきたなぁ」

「アンタ、絶対弄ろうって魂胆だろ!」

「そーんなことないよ。ほら、私、生徒会長として先輩だし今の生徒会長が気になるんだよ。さぁお姉さんが色々と話を聞いてあげようじゃないか」

 

段々とシエナも調子が出てきたのか、人の悪い笑みを見せると悪寒を感じたアラタは冗談じゃないとばかりに声を張り上げるが、まるで周囲に挑発するようにアラタの頭部を抱いてそのまま自身の胸に引き寄せる。

 

「待て、シエナさん! いくら何でも悪ふざけのし過ぎだ!」

「そうだ、リョウコちゃん! 言ったれ!」

「ああ。これ以上、姉キャラを増やすのは止めていただきたい!」

「アンタも姉キャラじゃねえだろ!」

 

すると見かねたリョウコが止めに入り、アラタはシエナの悪ふざけを止めさせようと懇願するが明後日の方向だったためにツッコミを入れる。

 

「一件落着、ですかね」

 

賑やかなアラタ達の様子を傍から眺めながら希空は隣の奏に話しかけていた。

 

「今、私達がいる場所については深く聞かないでおきます。もしかしたらクロノさん辺りが仕掛けた新手のVRかも知れませんしね」

「あのオジサン、事あるごとに希空に絡んでんだっけ? 孫かなんかみたいな可愛がり方してる節があるよね」

 

ガンブレ学園を眺めながら希空はこの現実についてあまり深く知る気はないようだ。もしかしたら自分がこの場所に訪れる直前までいたガンプラバトルシミュレーターが見せるVRだと思っているのかもしれない。

とはいえ、彼女が出した名前は中々癖のある人物なのか、ルティナの言葉に希空は頭が痛そうにため息をつく。

 

「何であれ、少々悪趣味です」

 

チラリと希空が視線を向けた先にいるのはイチカであった。

 

「ねえ、あの子。イチカに凄い似てない? ユカちゃん以外に妹いたっけ?」

「あんなデカい妹なんて知らん。ってか、スゲー見られてる……」

 

離れた場所にいるイチカ達だが、希空に気付いたユウヒはその髪色や顔立ち、何より雰囲気からイチカに似たものを感じて尋ねるが、当のイチカからしてみれば困惑するしかなく、段々と希空から視線を逸らす。

 

一方で何とも言えない様子でイチカを見ている希空の隣で同じように彼女を見ていた奏は腕組して口を開く。

 

「むぅ……。あの女性、一矢さんに似ていないか? 雰囲気や挙動が瓜二つと言っても──「殴りますよ」……ぇっ」

「パパは寡黙ではありますが、あんな見る限りの卑屈根暗ボッチの三拍子を揃ったような人とは全然違います」

「いや寧ろだと思うのだが「顔は流石に止めておきます」あぁ、本当に殴ろうとしないでくれっ!」

 

奏の言葉は決して希空には受け入れなれないのか、ついには実力行使に出ようとするが堪らず奏は目じりに涙を浮かべて助けを求めるようにルティナに縋りつく。

 

「ダメだよ、おねーちゃん。希空ってば自分の両親に関して特にフィルターかけてる所があるんだから」

「うぅっ……私を冷たくあしらう事はあっても殴ろうとする子ではなかったのに……。これが反抗期か……」

 

ドゥドゥと希空をなだめながら、こればかりはルティナも諦めてるのか、奏の頭を撫でるが希空を可愛がる奏からすればショックは計り知れないのか、よよよとすすり泣く。

 

「しかし奏は随分とアラタ……でしたか。あの人に肩入れしている様子でしたね」

 

とはいえ、冗談の部分もあったのか、切り替えた希空は再びアラタに視線を戻す。

この騒動の最初こそ傍から見ていたが、その分、奏の行動はよく見ていたつもりだ。

 

「……放っておけなかったんだ。ガンダムブレイカーだからだけじゃない。周囲や自分の事で思い悩む誰かのために何ができるか分からなくてもそれでも何かしたいと行動したアイツがな」

 

シエナにどうして良いか分からず、それでもどうにかしようとしたアラタ。その二人の姿になにか重なるものがあったのか、目を細める奏に希空もどこか懐かしそうに目を伏せる。

 

「……私もあの頃は迷惑をかけましたね」

「良いさ。お前は私にとっていつだって可愛い妹だ。そして何よりあの時を乗り越え、強くなったお前は自慢でもある」

 

希空もまた奏の言葉に思い当たる部分があるのだろう。

かつての記憶に気恥ずかしい口にすると気にするなと言わんばかりに奏は晴れやかに笑いかける。それはまさに太陽のように輝かしい笑顔だった。

 

「……私だって誰よりも奏お姉ちゃんは自慢だよ」

「うむ…………………………。ルティナァアッッ!!!! 今の、今の部分ッ!! ろ、ろろろ録音したかァアッ!?」

「してるわけないっしょ。あーあ、ルティナもおねーちゃんにとって可愛い妹だと思うのになー」

 

ボソッと放たれた希空の言葉に相槌を打つ奏だが脳が言葉の意味を理解した瞬間、隣のルティナの胸倉を掴んでグラグラと揺らし始める。

最もすぐにルティナの手で煩わしそうに押し退けられ、何やら拗ね始めたルティナを見て、いやあれは言葉の綾というかと弁明するなか、賑やかな時間は瞬く間に過ぎていくのであった。




ハイジマ・シエナ(制服)

【挿絵表示】

シエナ「い、一年ちょい前までは着てたんだし、うわキツとか言われないはず……」
レイナ「体型は随分とキツいのではないかしら?」
シエナ「ガンプラに専念すると体型維持は中々……」
レイナ「太った理由をガンプラのせいにするなんて見下げ果てた根性だわ」

アカリ「……あぁいう部長様は珍しいですね」
アヤ「やっぱり距離感は違うんでしょうねぇ……。ちょっとジェラシーです」



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Newガンダムブレイカー

 夕暮れ時、文化祭の日程を全て終えたアラタは生徒会室に一人いた。

 シエナの登場で波乱の予感を感じていた文化祭であったが、シエナが再びガンブレ学園の輪に戻ってきてからは一緒にシロイの塗装教室に行ったり、力作揃いジオラマに熱弁したりと彼女が純粋にガンプラを、この学園での時間を楽しんでくれていることが見て取れた。

 

「思えばあっという間だったなぁ」

 

 大変ではあったが、気づけばあっという間に文化祭の日程を終えていた。

 生徒会室に差し込む茜色の日差しを眩しそうに目を細めながらこの準備期間から文化祭の二日間の時間を振り返り、楽しい時間を惜しむように静かに呟く。

 

「──ここにいたか」

 

 そんなアラタに声をかけたのは奏であった。

 この生徒会室に入るには専用のカードキーが必要だが旧生徒会と違い、生徒会役員が室内にいる時は役員ではないリョウコやチナツ達など誰でも入れるよう開放している。

 

「ユイ達が探しているぞ。そろそろ打ち上げの時間だから早く行こう」

 

 文化祭の二日間もあってか、アラタだけではなくユイ達などとも交流して仲を深めたのだろう。

 口ぶりからして彼女も文化祭の打ち上げに呼ばれているのだろう。アラタの近くに歩み寄りながら朗らかに微笑む。

 

「……なあ、俺はアンタにとっても“ガンダムブレイカー”の名に相応しい存在かな」

 

 奏の笑顔は窓辺からも見えるあのオレンジ色の大きな太陽にも負けぬほどの温かさと輝きのようなものがあった。

 そんな奏を見て、一瞬だけ眩しそうに目を細めると彼女から目を逸らして夕暮れの太陽を見つめながら、ふと尋ねる。

 

 最近こそガンダムブレイカーなどと生徒達から呼ばれるようになったが、その名と奏が背負うガンダムブレイカーは決して同列で扱えるものではない気がするのだ。

 彼女は自分と比べて人としてもビルダーとしても素晴らしい人物だ。彼女との時間はごく短いがそれでも迷える自分に道を示し、目指したいと思えた大きな背中だ。

 そんな彼女が大切にし誇りを抱くガンダムブレイカーという存在に自分は少しでも近い存在であれるのか、アラタは気になってしまった。

 

「……最後まで諦めるな」

「えっ?」

「ガンダムブレイカーである諸先輩方がよく口にしていた言葉だ」

 

 アラタの問いかけに一度、目を瞑った奏はゆっくりとアラタの隣に歩み寄り、窓辺に背を預けながら静かに口を開く。その言葉に一体、何のことだと目を向ければ奏もアラタを見ながら話を続ける。

 

「……ガンプラは所詮、趣味の範囲内だ。それを生業として行ける者などほんの一握りで、それ以外の者は自分の生活を彩るツールの一つとして楽しんでいる者が殆どだろう」

 

 ガンブレ学園はガンプラに特化した学園だ。

 そこからeゲーム等大会に出場するのプロやモデラーまたはここでの知識を活かした職に就いたりするのだろうが、それでも奏の言う通り、ガンプラに限定してそれで食べているプロやモデラーはこの学園でもひと握りだろう。

 

「……結局は趣味だ。ガンプラに触れたことのない者もいる。その中の一部は何が良いんだと、何の意味があるなどと嗤ってくる。だがな、そんなことを言い出したらこの世の全ての趣味の産物の殆どに意味がなくなってしまう」

 

 地球規模に流行しているガンプラだが奏の言うようにガンプラに触れたことのない者達の視線はどこか冷ややかでそんなものに一生懸命になってどうするのかと言われたりもする。

 

「同意を得ようと思わん。だが私は私の好きを譲る気もない。そんな者達の前で好きを隠して溶け込もうとするよりも好きを好きと主張して思いっきり笑いたい。……どれだけ踏みにじられようとこの好きという想いを最後まで諦めたくない」

 

 いつしかアラタは奏の一挙手一投足を見逃さないとするかのように無意識の彼女の言葉の全てを脳に刻み込んでいた。

 

「……お前はシエナに対しても正解は分からなくとも諦めなかった。それにお前はずっとバトルロワイヤル中も私の動きに追いつこうと追い続けていたな」

「この天才が誰かの背中を追い続ける? 確かに認めるべきものは認めるし、アンタのことだって──」

「うむうむ。その背伸びがちな未熟さ、実に可愛いぞ」

 

 奏の言葉にいつもの調子で三本指を回そうとするが、それよりも前にクスクスと微笑ましそうに笑った奏によって頭を撫でられ、間近に迫る彼女の美しい顔立ちと甘い香りにアラタはどんどん赤面していく。

 

「アラタ、ガンプラは好きか?」

「……好きだ。ううん、大好きだ!」

 

 そんな奏はアラタの目をまっすぐ見つめながら尋ねる。

 なんてことのない問いかけだ。だがそれでもアラタは奏の視線にまっすぐ向き合えながら力強く答えたのだ。

 

「そうか。ならばお前もガンダムブレイカーだ」

 

 そんなアラタの返答に満足そうに微笑んだ奏はアラタの頭を撫でていた手をそのまま彼の手を両手で包み込むように握手する。

 

「バトンタッチだ。お前はお前の好きを貫け」

 

 目の前の奏の存在を急速に意識してドギマギしているアラタだが奏のその言葉に不思議と彼女の手から通ずる自分手に重みが伝わった気がした。物理的なものではない、しかし重みを感じたのだ。

 

「──よもやお前のバトンが世界を越えるとはな。これも運命か」

 

 そんな時であった。

 アラタとも奏とも、ましてやユイ達とも違う第三者の声が聞こえてくる。

 声につられて視線を向けた先には一人の青年の姿があるではないか。

 

 外見で見受けられる年齢の印象は二十代前半だろうか。

 腰まで届くであろう艶やかなグレーがかった黒髪を一本に束ねたその印象は顔立ちも相まって中性的な印象を強くする。

 

【挿絵表示】

 

 しかし何よりはその人物が纏う雰囲気だろうか。

 本能的に自分とは……自分達と同じ人種とは違う。全く異なる高位な存在であるかのような神秘的な雰囲気があるのだ。

 

「あ、あなたは……?」

「──父さんっ!」

 

 知らず知らずのうちに彼が発する雰囲気に飲まれてしまっているアラタはそれでも目の前の人物が何者か尋ねようとするのだが、その前に今まで隣にいた奏が青年に向かって飛び出して勢いのままに抱き着いたではないか。

 

 しかし聞き逃せないのは奏が発した言葉だ。

 父さん……。あの人物は奏の父親なのか? いや、無邪気に青年の胸に顔を埋める奏の姿から決して冗談か何かではないことは分かるが、それにしても奏の年の親にしてはその外見はあまりにも異常だ。

 

 前述した通り、青年の外見で言えば二十代前半……。

 決して若々しく見えるなどではなく、あまりに若いのだ。

 それはまるで青年の時が止まったかのように、それはまさに時間さえ支配するセンスを待っているかのように。

 

「心配っ……。心配したんだぞっ。一か月も行方不明になって……ッ」

「……すまないな。世界によって流れる時間が異なることは身を持って知っていたはずだったのだが」

 

 アラタが考えに耽っている間に奏は涙交じりにポカポカと青年の胸を叩く。

 そんな子供のような奏の姿に心配をかけてしまったことと今の奏の姿に苦笑交じりに心配をかけてしまったことを詫びて優しく抱きしめるとやがて彼女の肩を抱いてアラタへ静かに歩み寄る。

 

「一年前からずっと君のことが気になっていた」

「あなたは……」

 

 一年前といえばルティナも似たようなことが言っていた。

 しかしルティナの時もそうだが、一年前に彼らと知り合うような出来事は知らない。

 

「……如月翔。君と同じガンダムブレイカーだ」

 

 一つ、分かったことがある。

 奏が言っていた会えると言っていた原初の存在。それこそが目の前の青年……如月翔なのだろう。

 

 そんな彼はゆっくりと手を差し伸べる。

 握手か? 人と知り合ったとしてもあまり握手をする機会などないアラタは差し伸べられた手と翔を交互に見るが、微笑む翔にやがておずおずとその手を握る。

 

「ッ!」

 

 その時であった。

 翔を通じた何かが流れこんでくるかのようなそんな感覚を受けた瞬間、視界は暗転したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ここは?」

 

 アラタがゆっくりと目を覚ますとそこは生徒会室でもガンブレ学園でもない夕暮れの大きな橋の上にいた

 

「なに心配するな。すぐ終わる」

 

 あまりの事態に目に見えて動揺して、周囲を見渡しているアラタだが、ふと声をかけられればそこには握手をしていた翔が傍らに立っており、周囲を確認した翔はゆっくりと欄干に身を預ける。

 

「──ねえねえ、タツ兄、これ見てーっ」

 

 この異常な事態を少なくとも翔は全てを把握している。

 少しでも情報を得ようと彼に問い詰めようとした瞬間、傍から賑やかな声が聞こえてきた。

 

 視線を向ければ、そこには三人組の少年少女がいた。

 学校帰りだろうか。制服を着用した彼らの中で茶髪の髪を腰のあたりで一本に束ねた青年がスマートフォンを片手にじゃれつく様子で目の前のポニーテールの青年に後ろから抱き着き、画面を見せてきた。

 

「おい、アヤト。歩きながらスマートフォンを弄るんじゃないって言ってるだろ」

「ごめんって。早くガンプラのアセンのデータを見てほしくて。それより早くオノさんのガンプラ屋に行こうよっ。バトルバトルーっ」

「あーっ、タツ兄とアヤ兄だけズルいっ。私にも見せてーっ!」

 

【挿絵表示】

 

 話の内容的に彼らは兄妹なのだろうか。

 仲睦まじい様子だが、どうにもガンプラバトルに関わる話のようだが少なくともガンプラのアセンのデータはアラタからしてみれば、GBを介して観覧できるものであり、“スマートフォンでガンプラ”のデータは見れないはずだ。

 

 なにかズレがあるようなそんな事を考えているうちに三兄妹賑やかな様子でアラタや翔とすれ違い、歩いていく。

 なぜだか分からない。だがアラタは彼らの背中から目を逸らすことが出来なかった。まるで自分と同じ何かを感じたかのように視線を逸らせないでいると不意に後ろから肩を掴まれ、視界が再び暗転する。

 

 

 

「……今の、は……?」

 

 

 ふと気が付けば、アラタは再びガンブレ学園の生徒会室にいた。

 時刻は先程、変わってはおらず、目の前には翔と奏の姿があり、状況が呑み込めず困惑したまま翔を見つめる。

 

「彼らもまた君と同じ。君が手を掴み合い、創造(ビルド)する存在なら彼らは決して絆を諦めない。繋がり、重なる存在……。とはいえ彼らに関する事はまだ俺にも分からない。何故なら彼らが描ける可能性は無限だからな」

 

 彼らもまた翔の目的だったのか。

 とはいえ、翔はそれ以上、彼らに関する言及を控えながらアラタに向き直る。

 

「だからまず君のことをもっと深く知りたい。教えてくれないか、君の物語(ガンダムブレイカー)を」

 

 不思議と話してみたくなった。

 それはなぜだか分からない。いや先程の三兄妹といい、分からないことだらけだ。

 だがそれでも目の前の翔に言ってみたくなったのだ。自分のガンダムブレイカーと呼ばれるまでの物語を。

 

「俺もアンタ達のことをもっと知りたい。それじゃあ話しましょうか、この天才の物語を」

 

 ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──さーて、そろそろ行きますか」

 

 あれから一年が経った。

 ユイやレイナ達が卒業し、アラタやイオリもまた卒業の日を近くに迎えようとするなか、私服姿のアラタは一人、一台のバイクの前で背伸びをしていた。

 

「ったく、卒業旅行にしちゃ早ぇんじゃねえか」

 

 その傍らにはリュウマの姿もあった。

 彼もまた私服姿で彼ら二人以外、特に見知った人物がいない以上、どうやらこの二人だけのようだ。

 

「寧ろ遅過ぎるんだよ。この世界には色んなビルダーがいる。俺はそんな人達と触れ合い、成長したいんだ」

「あの如月奏っていう姉ちゃんと知り合ってから、また変わったよな。けどあの姉ちゃん達、今、どこでなにやってんだろうな」

 

 そう語るアラタの顔はどこまでも晴々としていた。

 アラタが出会いが齎す影響を誰よりも知っている。それはユイ然り、リュウマ然り、奏然り。出会いがあるからこそ彼はこれまでの自分を破壊して、新しい自分を創造することで可能性を広げてきた。

 

「さあな。でも、きっとまた会える……。そんな気がする。だからその為にもこうした時間に旅に出る。アールシュにも奏にも、また会った時、俺は越えて見せる」

「らしくなってきたじゃねえか。よっしゃ、どこまでも付き合ってやるよ」

 

 三本指をクルリと回して、自信満々に笑うアラタ。堂々たる彼の姿に安心したように笑みを浮かべたリュウマは溌溂とした様子で拳を打ち合わせる。

 

「ところでお前、バイクの免許取って漸く一年だよな」

「ああ、今日でな。光栄に思いなさいよ。俺の初めての2ケツはお前だ」

「……なあ、スゲェ不安になってきたんだけど」

「さっきの自分の言葉を忘れたのかよ、筋肉馬鹿」

 

 それとこれとは話が別だとアラタに投げ渡されたヘルメットを持って怒りながらもバイクに跨るアラタの後ろに乗る辺り、何とやら。リュウマがしっかりと跨り、ポジションをキープしたのを確認しながらバイクのエンジンをかけ、ギアを入れ、クラッチを握って走り出す。

 

 アラタはきっと真っ直ぐ走っていく。多くの出会いを経験して、手を掴み合い、強くなる。

 これからも心挫くことも待っているだろう。それでも夜明けは巡ってくる。

 彼は進み続ける。彼は一人じゃないから、彼の心の中には多くの存在がいるから。

 

 それこそがBe The One──。

 

 満天の夜空に輝く星々に想いを馳せる。

 それはまるで世界を照らさんとばかりに煌き、今なお輝き続けている。

 

 ──争いの連鎖を断ち切る英雄。

 

 ──輝ける未来をその手に掴む覇王。

 

 ──想いを継ぎ、輝きを放つ新星。

 

 ──希望の守り手。

 

 ──守護の花を抱きし気高き獅子。

 

 ──目醒めし最強の遺伝子。

 

 ──新たな可能性を創造(ビルド)する天才。

 

 ガンダムブレイカー。

 その名を持つ者達は破壊と創造によって新たな可能性を示してきた。彼らは同じ名を持っていても夜空に輝く星々のようにその胸に抱く輝きはそれぞれ異なり、だからこそ多くの者に影響を与えてきたのだ。

 

 彼らの想いは魂の絆のように受け継がれていく。

 そしてそれは世界を越え、また新しいガンダムブレイカーへと……。

 

 だから彼は堂々と告げる。

 

「さあ、未来を組み立てようか」

 




一応、これにて本編は完結です。
色々と言いたいこと、伝えたいことはあるのですが一先ずアラタの話はここで完結となります。
完結記念
Newガンダムブレイカー

【挿絵表示】





シュウジ「……アラタと翔さんの組み合わせは分かる。一矢と優陽の組み合わせも分かる。奏も今回の話で出てたからアップで出るのも分かる。そうなってくると俺とお前は完全にあまり者同士でってことだよな」
ラグナ「……そういうことを言わないでいただけませんか。私だって奏と同じ時間軸のガンダムブレイカーとして出る資格はあった筈なのですが」


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30000UA記念小説
学園、再び


……ブレイカーモバイルのデータがスマホの予期せぬ故障と共に復元が……。引き継ぎコードは常に保管しとかなきゃですね……。


 私立ガンブレ学園……ガンプラの制作、及びガンプラバトルに特化した人材教育を目的とした大規模学園都市の一翼を担う学園である。生徒達は皆、ガンプラを愛し、切磋琢磨することでその技術と精神を磨き上げる。

 

 かつては自由にガンプラを楽しむことすら出来なかった時があったもののそれを良しとせず、立ち上がった者達……サイド0の活躍によってガンブレ学園はかつての頃を思い出させるようにガンプラへ情熱を注げる学園へと姿を変えた。

 

 学園が再び新体制へ変化し、その立役者であるサイド0のリーダーでもあったソウマ・アラタも卒業し、輝かしい未来を創造するために一歩を踏み出した。それから一年、そんなガンブレ学園の第10ガンプラ部には三年生となったイチカワ・アヤの姿があった。

 

【挿絵表示】

 

 かつては第10ガンプラ部の一年生として末っ子のような可愛がり方をされていたが、今ではかつての幼さは見えなくなり、少女から大人の女性へ、そのスタイルも相まってかつてとは見間違うほどに成長していた。

 

 今、彼女は部室に一人、いるようでペラペラと何やらアルバムを捲っては懐かしんだ様子で微笑む。

 そこにはかつてこの部の部長であったアイゼン・レイナが自身の趣味で撮った写真達が収められており、この学園に在籍していた多くの生徒達の写真があった。

 

「時間はあっという間だなぁ……」

 

 何気なく零した言葉にアヤは寂し気に呟く。

 かつては末っ子のような存在であったアヤも今では第10ガンプラ部において部長の立場となってこの部を率いている。

 

 勿論、多くの苦労があった。

 なにせ今までは目指す側だった自分がいつしか目指される側になってしまったのだから。それすらもあっという間の出来事に思える。

 

「……ソウマさんはこんな気分だったのかな」

 

 ふとアルバムに載っているアラタの写真を見つめる。

 部長だからと気負うところもあった。今となっては全てを抱え込んでいたアラタの心情が分かる気がする。上に立つ者だからこそ見せられない面。そう考えると無茶をしてしまおうとする。

 

 アラタのことを考えていたアヤはふと自身が所持するケースからガンプラを取り出す。

 そこに収められていたのはフリーダムインパルスガンダムであった。

 かつて使用していたものと同一のガンプラではあるが、あれから何度も何度も改修してその出来栄えはかつての比でない。

 

 フリーダムインパルスを手に取り、可動域を確認する。

 今の自分に出来る最大限のことを施したこともあり、満足のいく出来栄えだ。

 

「……ぶぅーん」

 

 そんな矢先、ふとアヤの口から何かが漏れ聞こえると同時にアヤはフリーダムインパルスを高々と掲げる。

 

「ぶぅーん、ドドドォーッ」

 

 そしてそのまま擬音を口にブンドド遊びを始めたではないか。

 部長という立場上、部室でやることが少なくなったが今はアヤ一人、誰にも見られることはないだろう。

 

「ギュィイッ、ビューン!」

「……」

「シュイィィィーッ……バァーッ……」

「……」

「……はぁあ!!?」

 

 思いっきりブンドド遊びを楽しんでいるアヤだが、何やら視線を感じて見てみれば、そこにはミツルギ・アカリの姿があったではないか。

 

【挿絵表示】

 

 かつてはワンサイドアップに纏めていた艶やかな黒髪も腰まで届くポニーテールにしており、凛としたこれまでの印象を更に強くする。そんなアカリは部室の入り口に立っており、彼女の存在に気付いたアヤは身を大きく震わせる。

 

「い、いいいいつからぁあっ!?」

「ブンドド遊びをし始めた頃からかしら。帰る前に部室に訪れたら……まあ、その」

 

 顔を真っ赤にして目を白黒させるアヤにアカリもアカリで気まずそうに目を逸らしながら答える。

 

「……あら、アルバムとは」

 

 うぅっ、と机に蹲っているアヤを尻目にアカリは彼女の目の前にあるアルバムに気付く。アカリもアルバムに収められた写真を見て、先程のアヤのように頬を緩ませていた。

 

「懐かしいわ。ソウマさんにレイナさん、ユイさんやリョウコさん。みんな、元気かしら」

「……昔みたいに気軽に会えるわけじゃなくなってきたからね」

 

 アルバムを捲るアカリの言葉に何とか回復したアヤはどこか寂しそうに笑う。

 昔は学園で毎日、会う事が出来た。しかし段々と卒業し、それぞれの道へ歩んだ今、それが難しくなっている。

 

「……寂しい?」

「そりゃあね。なんだかんだでみんな、尊敬している人たちだったから」

 

 そんなアヤを見透かしたように問いかければ、アヤはごまかす事なく素直に答える。

 

「最初はレイナさんやユイさん達。それだけでも寂しかったのに、今度はアラタさんやイオリさん達……。今だって賑やかだけど、どうしてもあの人達の影をどこかで追っている自分がいた」

 

 レイナやアラタ達。ベクトルこそ違えどそこに存在するだけど賑わう力を持った存在達だ。

 そんな存在達がいなくなってどこか心で彼女たちの影を追っている自分がいたのだ。

 

「でもさ。それをいつまでも続けても仕方ないって気づいたんだ。だって私は今や部長様だからね」

 

 寂しそうな笑みも一転、穏やかな笑みへと変えたアヤは顔を上げた。

 

「部長になっても私の中の部長はレイナさんだけだった。そんな状態で部長になっちゃったからもう大変であの人は卒業していなくなったけど残った私は部の長になってしまった。だからこの部を取り纏めなくちゃいけない……。だから私自身が変わらなくちゃいけなかった」

 

 フリーダムな存在であるアヤだが決して悩みがないなどではないのだろう。

 アヤはアヤなりに苦しんで悩んで藻掻いて、彼女の中に根付いた“部長”の存在に引きずりながらもそれでもここまで歩んできたはずだ。

 

「レイナさんはいなくなった。でもね、そんな事は関係なしに私の背中を目指して慕ってくれる後輩達がいるから。私は目指される側になってしまった。だとしたら……いつまでも去った人の影を探してる暇なんかない。私は……変わるんだって決めた」

 

 だからこそ今のアヤがここにいるのだろう。

 彼女は決してちゃらんぽらんに後輩感溢れるあの頃から今のような存在に成長したわけではないのだ。

 

「私達は学園に残された存在だけど、同時に後輩達に何かを残す存在でもあるのよ。それこそ卒業した人達みたいにね」

 

 卒業した存在達が教えてくれたものがアヤの心に根付いている。そしてそれは今度はアヤを通じて彼女の後輩達に伝わっていくのだろう。

 

「この第10ガンプラ部は遊び心がテーマ。だからね、私は真摯にガンプラと向き合って遊ぶつもりよ」

「遊びだから本気になれる……。そうね。きっと私たちなりのガンプラへの向き合い方の何かが私達に続く存在に出来ることだと思う」

 

 フリーダムインパルスをケースに収めながら、快活な笑みを浮かべるアヤにアカリも朗らかに笑みを浮かべながらゆっくりと頷く。

 

「それじゃあもう帰りましょうかーっ! 今日は新作ガンプラの発売日だしねー!」

「あっ、私も行きたいわ。ニッパーを新調したいの」

「そういえばリュウマとはどうなの? いい加減、くっついたら?」

「わ、私達はプラトニックな関係なの! ペースってものがあるのよ」

 

 鞄を手に取り、アヤはアカリと共に部室を後にして穏やかな茜色の日差しを受けながらガンブレ学園を後にする。

 

 現在、そして過去に渡る因縁を破壊し、今を輝く少年少女はそれぞれの道を創造しようと歩み始めた。

 それぞれの道へ進むために去って行った者達が過去の存在となっていくなかで残された者達はそれでも残った者として歩もうとする。

 

 ──これは残された者達のお話。

 




本当はアラタ達が卒業し、新生生徒会の長として引っ張るもどこかでアラタの影を追っているリュウマの短編を書いていたのですが、約二か月間、何かぐちゃぐちゃしてきたなということで急遽、プロットをもとに書き直して、残されたアヤを主役に置いた一話完結のお話となってしまいました。申し訳ございません。

……ホント、時間ってあっという間ですね。


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