もう一人の魔竜 (神信陸)
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プロローグ
1話 魔竜と竜王


 どうも神信陸です。
 後の展開を考えるにあたってこれまでの話を読んで、「あれ、普通に赤ん坊の頃から魔力量の高いオリキャラ出せばよくね?」と考えてしまい、最初っから書き直すことにしました。前の状態でも楽しんでくださった方がいらっしゃいましたら、それ以上に楽しめる作品にできる様に頑張ります。


 X370年

 

 とある草原にて二人の人物がいた。片や褐色の肌の腰に届くほどの長い髪の男。もう片方は言葉を発することさえできない生後数ヶ月~一年といったところの赤子。

 褐色の肌の男──名はアクノロギア──は赤子を視認するとその子へ手を伸ばし、優しく抱き上げる。

 

「何故このような地に赤子が?···もしかしてうぬも我と同様にドラゴンに親を殺されたのか?···分かるわけもないか···しかしこの赤子、一体どうするか···」

 

 考え事をしていると突然、赤子はアクノロギアの服を掴み抱きつくようにその身を寄せる。

 

「ふっ、懐かれたか?しかしこの赤子、一体どうするか······いや、待てよ。この赤子、相当の魔力を持っている。我の魔法を教えるのも面白いかもな······それに、村や集落に預けてところで安全が保障されるわけでもない」

 

 そうしてアクノロギアは拾った赤子をその手に抱きその場を去った。

 

 ~5年後~

 

「ねぇ、アクノロギア、魔法を教えてよ」

「ほう、教えるにはまだ早いと思っていたがいいだろう。日頃の鍛練をこなし、飯の確保も自力でこなせるようになったしな。···着いてこい”ノア“」

 

 アクノロギアの後に着いていった。

 アクノロギアに拾われた当時赤子だった少年は5年の間にすくすく育った。アクノロギアは赤子を拾って3年後には鍛練、もう1年後には狩りを教え、本日は本人たっての希望で魔法を教えることとなった。ちなみにノアという名は、アクノロギアが与えたものでフルネームは ノア クロア だ。

 

「滅竜魔法は竜の力を付加術によって人間に付加(エンチャント)させる魔法。生憎我は付加術が使えないから少々荒っぽい方法をとるぞ」

「どんとこい」

「それじゃあ先ずは体に纏う魔力を解き、肉体に自身のものと異なる魔力が流れることへの抵抗をなくせ」

「分かった」

 

 言われた通り魔力を解除すると魔力を込めた拳で殴られた。

 

「ぐっ···かはっ」

「今、うぬの体に滅竜の魔力を流し込んだ。その魔力を自身の魔力と結合させるイメージで魔力を循環させろ」

「わ···分かった」

 

 激痛に堪えながらも言われた通りにやった。

 

「ほう、1回で成功するか。2、3回やる必要があると思ってたのだがな」

「···4年間、体の使い方だけでなく魔力の扱いも学んだからな···で、次はどうすればいい?」

「特に無いな。あるといっても酷使して肉体にその魔力を慣れさせる位しかない」

「じゃあ後は独学みたいなものか」

「そうだな。そして、今後は1人で生きていくのだ」

「どういうこと?」

「もううぬには教えることはない。それに我はやるべきこともある。それじゃあな」

「···そうか···それじゃあ···ふっ!」

 

 アクノロギアに飛びかかり殴りかかるがあっさりと返り討ちにあった。

 

「次に会うときには一発顔面にぶちこめるくらいには強くなるよ。じゃあなアクノロギア···いや父さん」

 

 その言葉を聞き少し笑いながらアクノロギアはその場を去った。

 

「ははっ······ようやく言えたな。ありがとうございました。恩人にして師匠にして···尊敬する······父さん」

 

 ノアは、既にその場を去った者に対して、捨てられた自分を拾い、育て、生きる術を教えてくれた親に感謝の言葉を、涙ながらに呟いた。



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2話 魔竜と妖精少女

「キャアアアアアア!」

 

 森の中に女性特有の高い悲鳴が響き渡る。

 

「人間。どういう状況か、聞かせて貰ってもよいかね?」

 

 私は──ちょっとばかり後悔した。

 

 三百年ほど前に肉体が竜化してしまい、それ以来人の姿に戻れずにいる。

 

 現在は人目を避けるべく、世界を──大陸を飛び回っていた。

 

 そして少し羽休めをしようと近くに街があるものの、人が通っているような形跡は少なく、何よりも周囲の自然が気に入ったため、森の中に隠れた。

 

 それが大きな間違いだった。

 

 

 今、私の眼前には計五名の人間。

 見つかったこともそうだが何より困るのは私を見て固まられること。そして内二人の親子と思しき少女と女性。この二人が残り三人の魔導士らしき人物らに追われていたことだ。

 

 正直、どうすればいいのかわからない。

 

 私は基本的に人間に協力する気は無く、敵対する気も無い。中立的な立場にいようという考え方だ。

 故にあまり関わり合いたくないと考えている。

 しかし元人間としてこの状況を放置するのは僅かだが良心が痛むし、寝覚めが悪い。

 しかし事情も良く分からぬ内に動けば、私の勘違いか何かで善意からくる行動であっても迷惑をかける可能性がある。

 だから話しを聞こう。そう思って怯えられぬように声を落として、友好的な声色で話しかけたつもりだったのだが······。

 

 

 女性は少女を庇うように抱え込み、魔導士らは全身ガクガクと震えており、腰が抜けたのか、座り込んでしまっている。

 

 まずい。どうしよう。もういっそのこと開き直って脅す感じで聞き出すか。

 

 そう考えて再度声を出す。瞬間、上空を大きな何かが通り、私たちの上に影が掛かった。

 私は──人間たちもだが──首を上に向け、影の主を見る。

 

 そこにいたのは大きな鳥。所謂怪鳥という奴だろう。不思議なことに体に木が生えている。

 

 よくできた幻だな。

 

 周囲の臭いを探ってみれば直ぐそこの茂みに数人分の臭いがあり、その中の誰かだろうと判断する。

 

 しかしそっちの問題は後回しと考えて男女五人組の方へ振り返る。だが見てみれば親子?の二人だけで魔導士?の三人は消えている。視線を少し先に向けてみれば一目散に走って行く三人が見えた。

 

 なんだったんだ?

 

 と私は思ったが、何があったかは残った二人にでも聞くことにする。と、その前に

 

「そこにいる人間たち。私はまだあまりこの状況に追いつけていないのだが取り敢えず助かったよ。礼を言う」

 

 そう茂みに語りかける。語り終えるとこの二人にどう話しを聞くかと思案する。すると隣の方から声を掛けられた。まるで遠慮しているようであるが決して怯えてはいないような声で「あの」と。

 その声に反応して私は振り返る。視線の先には十二、三歳ぐらいであろう少女と、茂みの方に体の半分ほど隠している焦った様子の男三人がいた。

 

「話し掛けられるとは思わなかったな。で、何か聞きたいことがあるのかね?分かることであれば教えてやるが」

「そうですか。それではお言葉に甘えて。えっと、さっき魔導士たちを追い払ったことにお礼を言いましたが、何かあったのですか?そこの親子と関係が?」

「ふむ。その者たちのことは私もよく分からないんだよ。さっきも事情を聞こうと思ったのだが、何分この外見だからね。怯えられてしまったのだよ」

「そうですか。······あの、失礼を承知で伺いますが、もしかして食べようなんて思っていませんよね?」

 

 なにやら考え込むような仕草を取った彼女は唐突にそんなことを聞いてきた。

 本当に失礼だな。

 と、そんなことは置いといて。

 

(ドラゴン)の中には人間を食料としか思っていない者がいると聞いたことはあるが、生憎私には人間を食べる趣味も興味も持ち合わせていないよ」

 

 そう言うと少女は安心したのかホッっと一息吐くような所作をする。

 

 私はこれでいいかと思い、さっきの状況をどう聞くかと考える。

 

 なにか方法がないものか。声を掛けても怯えられず、こうしている中でも怯えている二人をどう安心させるか。

 どうにかできないものか············。

 

「すみません。もう一つ伺いたいのですが」

 

 そう考えている私にまたさっきの少女が声を掛けてきた。

 五月蝿いな。今はそっちに構ってる暇は············あ。あるじゃないか。怯えられず話しを聞く方法。

 

「分かった。聞きたいことには答えてやる。その代わりにそこの二人に話しを聞いて欲しい」

「あ、はい。分かりました。えっと、じゃあ先にそっちを済ませちゃいますね」

 

 そう言った少女は、親子の方に向き直って歩み寄り、話し掛ける。

 その間、私は暇を持て余すこととなった。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ふむ。成る程。そこの街。マグノリアといったか、が青い骸骨(ブルースカル)とかいう魔導士の集まりが支配していて、横暴を繰り返しており、逃げてきた。と。

 

 全く、人間は大変だな······私も一応は人間だが。

 

 話しを聞いて真っ先に思ったことが──多分だが──人間としてどうなんだろ。と、思ってしまうことで少しばかりショックを受けてしまった。

 

 まあいい。仕方ないことだろう。

 

「すまなかったな。人間。すぐ助けてやっていればよかったのだがな」

 

 私が謝ると女性は遠慮がちな性格なのか私の気を損なわせないためか、「あなた様は悪くない」と捲し立ててくる。十中八九後者だろうなぁ。あなた『様』とか言ってるし。

 

「人間。そう言えば聞きたいこととは何だったのかな?」

「あの、その前にその「人間」って言うの止めてくれませんか。私の名前はメイビスです。そこにいるのはユーリ、プレヒト、ウォーロッド。あと、人見知りなので隠れていますが、もう一人ゼーラって娘もいます」

「ん、そうか。分かったよメイビス。あと、それを言うなら私にも名前がある。ノアだ。呼び捨てで構わないよ」

「分かりました。それではノア。貴方は何故この森に居るんですか?」

「そんなことか。何、対した理由ではないよ。この外見だからね。怯えられたり、討伐隊が向かってきたり、ないとは思うけど生贄を出されたりが嫌なんだよ。だから人目を避けようと思って大陸を飛び回っているんだ。今は羽休め中さ」

「羽休め、ですか。人間の勝手な偏見ですが、(ドラゴン)って疲れないと思ってました」

「そんなことはないよ。(ドラゴン)にだって疲労はあるし、無かったとしても三百年も毎日飛び回っていれば、数日ゆっくり休みたいとも思うよ。それに私は──いや、やっぱり何でもない」

 

 

 こんなことを言ったところで何の意味も無い。

 何より信じてもらえるとも思えない。

 

 そんな考えから私は、言うのを止めた。

 

 しかしメイビスは私が何を言おうとしていたのかを気になって仕方が無いというような表情を私に向けてくる。

 居た堪れなくなった私は、この場を切り抜けることとする。

 

「まあそっちの事情は粗方分かったよ。ただ、私はあまり人間たちの事情に首を突っ込むつもりは無いんだ。悪いとは思うが、放っておかせてもらうよ。ただ健闘は祈っておくよ」

「これから何処かにいくのですか?」

「そうだね。と言ってもこの時間帯だと街の人たちに見つかる恐れもあるから、日が沈んで暫らく経ってからだが────私のこと、黙っておいてくれるかね?」

 

 私の問いに全員が──姿は見えず、気配や臭いさえ感じられないゼーラは分からないが──頷いてくれたので、私は満足そうに頷き、「ありがとう」と語った。



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幕間 魔竜と呪われた少年

「人間の姿に戻った感想はどうだい?」

 

 私の目の前にいる男──黒魔導士ゼレフはそう私に問いかけてきた。

 その私の姿はゼレフの手によって人間の肉体を取り戻していた。三百年ぶりの人間の肉体ではあるが不思議なことに身体を動かすにあたってあまり違和感がない。

 尻尾や翼がある上に今の数十倍の大きさの体躯で三百年近くも生きていたというのに人間の肉体でも問題なく動ける。

 

「ああ、問題ないよ。ありがとう」

「いや、礼には及ばないよ。ただ、気を付けてほしい。初めて使う魔法だ。何かしらの副作用があるかもしれない」

 

 ゼレフは私にそう忠告する。

 その危惧は尤もだろう。強力な力にはそれに見合った代償が必要になるのが自然。(ドラゴン)に対して効果的な力を発揮する滅竜魔法にも決して抗えない欠点がある。

 

 竜の力に対して人間の肉体や精神が耐え切れず凶暴化する危険

 

 大きな差がある竜と人間の三半規管から生じる極度の酔い

 

 そして、私や父であるアクノロギアにも起こった肉体が竜に変異する竜化

 

 竜化は自身の能力が上昇するという観点から見るとメリットのように感じられるが、巨大にして畏怖を齎すその肉体は人間の精神と掛け合わせると相当のデメリットだ。人間というのは群れる生き物だから孤独に弱いのだから。

 

 そういう面を考えれば竜化が齎す害は大きく、又、その竜化を解除した魔法にも何かしらの副産物があっても不思議はないというものだ。

 

 しかし、アクノロギアが普通であったということを知っている私からしたらそれほどの不安はない。

 

「ところで君はこれからどうするの?」

 

 これから、か。

 言われてみれば如何するべきだろう。

 私が人里を離れてから三百年近く経っている。それだけの時が経ていれば常識や法といった価値観は大きく変わっているだろう。

 そんな私が人里に降りたとして周囲に馴染めるのだろうか。いや、それ以前に私はこれまで碌に人と関わっていない。アクノロギアとゼレフにさっき会ったメイビスたち、他には昔人間の町に2~3度立ち寄った時くらいのものだ。他には竜以外に意思の疎通を行ったことがない。そういったことも含めると簡単に人間らしく生きるというのは難しいだろう。となると人間社会に入るとなると常識や法を学ぶ必要が出てくる。

 

 しかし、その前に一つやっておきたいことがある。

 

 

 私だけかもしれない

 

 メイビスたちはそんなこと思っていないかもしれない

 

 それでも

 

 

 彼女たちとは、友となれる気がするのだ

 

 だから

 

 今回は例外

 

「人助け」

 

 全面協力はしない。が、人間のゴタゴタに介入するとしよう。



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3話 魔竜と遭難少女

 更新が遅れてすいません。神信陸です。
 受験真っ只中にかけられる親からのプレッシャーで中々執筆出来ずにいましたが何とか投稿できました(まあ今度は教科書等のいらない物片付けろというプレッシャーがありますけど)
 本来の予定ではゼレフと別れてからのメイビスたちとの共闘を書こうと思ってたのですが原作との相違点があまりなく終わったので今回の序盤に纏めただけで終わりました。楽しみにしてた方いらっしゃいましたらすいません!


 メイビスたちと別れ、今日までに凡そ百年に航る時が流れた。

 その間私はアクノロギアと再開すべく世界の各地を回っていた。別れの時の誓いを果たすために時には暴風吹き荒れる峡谷や全身の水分を奪おうとする日の下の砂漠などを踏破した。

 

 そして今日は白く染め上げられた身も凍るような極寒の中を歩いた。

 

 幸い竜化解除の副作用によって生じた欲望の欠落や、一部の感覚の麻痺などの影響によって多少の寒さは感じるものの身を震わすようなことにはなっていない。

 

 この症状が発覚した当初はメイビスたちの戦いの影響で壊れた街の復興作業に協力していた時だ。肉体能力が飛び抜けて高かったことに加えて疲労への耐性が上がったことで私一人で全体の四割近くをこなしたが、相応の報酬は貰えた上に、建築の造詣が深められたことは利点だった。

 人間の姿に執着があまりなかったので様々な分野の本を読んでいたが、実践ができなかったので、あくまでも知識のみだったのだから。

 

 しかし私は医学に関しての知識は一般常識の範囲内でしか得ていない。

 だから私の目の前にいる少女──体を震わして眠る少女にどういった処置をとるべきかが分からない。

 寒さが原因ということくらいは分かるので火を熾し、羽織っていた上着を被せてやるなどしてみたもののあまり変化が見られない。

 一番の適切な処置が医者に診せるということくらいは分かるもののその医者が何処にいるのかが分からない。

 少なくとも今私の居る場所の近くに人がいないことは確かだ。鼻にも耳にも何も反応がない。

 当てもなく回るのは見当違いのところを回る結果になった場合時間が掛かってこの少女の容体をより悪くさせるだろう。

 

 仕方がない。あまり取りたくない手段だがこのまま放置するのは忍びない。

 

 私は百年ぶりに竜化し、辺りを飛び回った。

 

 

 

 

 

 

 

「特に悪いところがあるわけではないようなので命に別状はないでしょう」

 

 少女を診た医者は診断結果を私に告げてくる。

 彼の言葉に偽りや誤りがなければ大丈夫だろう。

 私は診察料に夜分遅くに訪ねた迷惑料を合わせて渡した。ここ百年通貨が変わっていないこと、あまり使っていなかったので持ち合わせがあったのは幸運だった。

 どの道世が変わって使えなくなるか永い年月を掛けて劣化していくかを待つだけだったのだ。使える機会に使っておいて世の経済に戻すのが得策であろう。

 とはいえ請求額の十倍も渡したのは間違いだったか。医者の口が開いて塞がらなくなっている。

 

 まあ、どうでもよいことか。

 

 そんなことより、もしこの娘が私と似た存在──親のいぬ者だった時のことを考えよう。

 

 私は少女の眠るベッドの傍らに座り、思考の海に身を落とした。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 暖かい

 

 久しぶりの感覚だ

 

 長いことなかった心地好い目覚め

 

 身を包む布が冷気を遮っているお陰で寒さは感じないし、何よりさっきから頭を撫でる手が安らぎを与えてくれる。

 

 大きく、少し硬い手だから違う。けど、似た安らぎを感じる。安心できる。この人は誰?

 

 目を開いて私は相手の姿を捉える。

 

 肌と首の後ろ辺りで纏められた長い髪は病的で、それでいて綺麗な白。私に優しげに向ける目は灰色。

 

 特徴といえる特徴は全く違う。白い肌ではあるがここまで白くなかったし、髪色に至っては真反対の黒だ。

 

 けど、何故か重なって見える···

 

「お母さん···」

 

 咄嗟に呟いた私の言葉に、彼は微笑み、返してくれる

 

「大丈夫、直ぐに会えるよ。だから今はお休み。身体をゆっくり休めなさい」

 

 声も対照的に低い声。

 

 けど、やっぱりお母さんに似た安心感を与えてくれる。

 あの痛い思いも怖い思いも溶けて消えていく氷のようになくなっていく。

 

 もう暫く、このままでいたい。

 

 そう願う私は次第に睡魔に教われる。けど、眠ることすら怖いと感じるいつもとは違って安らかな気持ちでいられる。

 私は抗うことなく睡魔に身を委ね、再び夢の中に戻った。

 

 

 

 

        ◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 少女、ウルティアの容態がよくなってから数日、私たちは彼女の母がいるらしい街へと共に向かっている。

 最初の頃はよく知らない私と共にということで不安がられると思っていたのだが予想とは裏腹に懐いてくれている。

 食料の確保や休憩を要したりと一人では到底ないことの連続で戸惑うことは多々あったものの順調に打ち解けていったお陰で仲が険悪になることもなく送迎を終えられそうだ。前の街で聞いた話では明日の晩には着くだろう。そうなれば私はまた一人に戻る。

 寂しさは感じるがそれでいいのだろう。

 子は親と共にあるのが幸せだろう。それを私の我が儘で邪魔をするのは酷く自分勝手で傲慢

 だから残り少ない時間を楽しもう。

 

 これから起こる悲劇にも似た事件を予期すらせず、今日も私は傍らに少女を置き歩く。



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幕間2 魔竜の苦悩

 部屋の隅に設置されている暖炉から薪が燃える音と共に熱と煙を出す。

 ウルティアが横たわるその部屋のベッドの傍らの椅子に腰掛け、私は少女の目覚めを待つ。

 早く目を覚まして欲しい。そう思っているのだが反面、このまま眠り続けてくれたらと願ってしまう。

 

 本の数刻前、隣街の外れに建てられていると聞いた彼女の母、ウルを訪ねるべく始まった旅の終着点に着いた。

 ウルティアの話ではもう一年近くも会っていなかったらしく、久しぶりの再開を待ち望んでいた。

 帰ったらやってもらいたい事も多くあり、色々聞かせてもらった。中には短かったアクノロギアとの生活を思い起こさせる物や、幼き時に私も望んでいたものもあったので、私自身も聞いていて楽しかった。

 

 しかし、この親子が再開を果たすことはなかった。

 

 ウルティアは母に会うことを楽しみにしていた。話を聞いていて母の方もそれを望んでいるのだと思っていた。

 

 未成熟ながら会得している記憶を除き見る魔法によって見たところ母と別れてからウルティアは人体実験を施されていて辛かったようだ。明らかに子供にするような事ではない。

 それをやっていた奴らにも、そんな所に渡った原因である彼女の母にも殺意が湧いた。

 それを抑えられたのはうすぼんやり霞がかったように見えた一つの記憶のお陰だった。

 不明瞭で断片的な部分が多く、はっきりと分かった訳ではない。だがウルという人物はウルティアに深い慈しみを抱いていたことは分かった。そうでなければウルティアにあそこまで好かれることはないだろう。

 

 ただ、だからこそあれは酷い裏切りだろう

 

 思い返すだけで腸が煮えくりかえるような気分になる。

 

 自然と手に力がこもり、爪で掌の肉を抉ってしまう。

 

 だがあまりの怒りが痛みも何もかもも感じさせないほどに膨れ上がっていく。

 

 拷問のような実験を華奢で小さな身体に施され、長い間会うことも出来ずにいた母をずっと信頼し、愛し続けていた。

 

 それなのに···

 

 その相手は···

 

 別の子供もと···

 

 楽しそうに笑って生活をしている···?

 

 

 ふざけるな!!

 

 ああ、思い返すのも忌々しい。

 

 親のいぬ私からしてみれば愛情なんてものを向けてくれたのは赤の他人である筈のアクノロギアのみだ。

 友愛という意味ではメイビスやユーリたちも向けられていた。それに心地よさを感じた。

 だからこそ百年前に見た身を挺して我が子を守ろうとする姿には僅かながら心を打たれたし、親から向けられる愛情というものに憧れもした。ウルティアの反応からもそんな人物なのだろうと思った。

 この怒りは自分の勝手な勘違いからくるもので身勝手だということは百も承知だ。

 

 それでも、この怒りはそうそう収まりそうにない。

 

 

 

 

 

 私は一体、どうすべきなんだ



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4話 魔竜と母

 頑張りました。
 一度書いたんですけど保存しわすれててデータ飛んで。ヤル気も一緒に飛んでずっと放置してました。待ってた方がいましたらゴメンナサイ。
 一度書いただけにしんどくて···。
 そのせいで結構手抜き(それでも多分今までと同クオリティ)ですけで次回は頑張ります。
一、いや二ヶ月以内を目標に。


 二週間前から色んな感情が頭を巡る。不安、懸念、憂い。そんなものと同時に過るのは矛盾したことに安堵や喜びといったものだった。

 

 いや、それだけじゃない。

 

 きっと中には悲壮もあるだろう。

 

 けど、私にはそんなものを抱く資格なんてある筈がない。

 

 顔を合わすことさえ、望まれていないのだから。

 

 

 

 

 

§§§

 

 

 

 

 

 二週間前。その日はここ数ヶ月の日常と何ら変わりのないものだった。

 早朝に目を覚まし、二人の子供(弟子)達に手解きをして、唐突にあの娘を思い出して、悲しくなる。

 生きていれば同い年位であっただろう子供と居れば亡き娘を思い出すのは必然だろう。

 

 いや、それはきっと違うだろう。

 

 これはきっと──罰だ。

 

 最初は否定していた。それは今もだが、納得していないだけで、理解はしている。

 寂しくて、悲しくて、一人でいることが辛くて、そんな時にやって来た子供達に私はあの娘を重ね合わせて、代わりの様に思っていたんだ。

 辛く、苦しい時に傍に居てやれず、ちゃんと弔ってあげることも出来なかった私が幸せになろうとしている。あの娘はそのことが赦せなくて、怒っているのだろう。

 自分自身でも思う。なんて自分勝手なんだろうと。

 外の吹雪が、まるで私を責めるように家の壁を叩く。 

 眠る前は曇ってこそいたが、三、四時間の間に吹雪いたのだろう。

 

 普段は眠りは深い方なのでこうやって不意に目を覚ますの初めてだ。

 

 はあ、と、一つ溜息を溢す。

 何だか寝付けそうにない気がするのだ。

 眠ろうと布団に潜っていたのだが予感通りやっぱり眠れず、水でも飲もうとベッドから降りて居間へと向かう。

 部屋から出て、廊下を歩き、居間の扉に手を掛けた。その時だった。

 

 ドンドンドン

 

 という音が聞こえたのは。

 最初は風だと思ったけれどそれにしては不自然だとすぐさま否定する。

 だとしたらと可能性を幾つか考えるもどれもピンと来ず、唯一残った候補が、人為的なモノであることだった。

 こんな時間に来客?

 最初はそう訝しんだが外の天候を思い出して旅人などが尋ねてきたのではと思い至った。

 珍しいことではあってもありえないことではないからだ。

 

 だったら、と直ぐに音の発生源の方、玄関の方に向かって行って扉を開けると果たしてそこには人が立っていた。

 何とも言えないくらいの、怪しい人が。

 

 全身をスッポリ覆う外套を身に纏っており、附属しているフードを被っているため体形や顔は全く分からない。

 これだけならそうでもないのだがこの人物、荷物を何も持っていなければ背負ってもいないのだ。

 

「何のようでしょうか」

 

 抵抗はあったのだが何時までも扉を開けておいて家の中に雪が入ってくるのは嫌だったし、外の悪天候の中問答をするほど自分は非常識な人間でもなかったので(玄関先ではあるが)家中に招いて用件を尋ねる。

 

「先ずは家の中に上げてくれてありがとう」

 

 そう言って、フードを取り払ってから恭恭しく頭を下げて、礼の言葉を述べる。

 髪は長く綺麗なものであったが顔付きと声音から男性なのだろう。

 

「ノアと言います」

 

 初めまして、ウルさん。と、そう付け加えて言うところから、少なくとも私のことを知っているようだ。

 その予想は的中していたようで、彼はさらにこう言った。

 

「貴女にお話があって来ました」



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幕間3 前夜

 全く、道化もいいところであえる。

 私はピエロではなく、ドラゴンであるというのに。

 いや、それは流石に傲慢が過ぎるだろうか。

 しかし私が人間というのも些か違う気がするのも事実。

 中途半端ということだ。

 ならば、人間(もど)きの竜擬き、と言うのが正しかろうか。

 

 クックックッ

 

 我ながら傑作である。

 道化というのは間抜けな様を表現していたというのに、いつの間にやら「私」の存在の定義じみたモノを語っている。

 まあ、この道化の由来が道化師という、一種の職業からくる例えというのなら、今この時に限っては「道化」ではなく、「大工」だろうか。

 例えではなく、事実を述べただけになったがその辺りはご愛嬌。

 

 それにしても、いつの間にやら魔法のみならず純粋な技術も相当の進歩を遂げているようで、私の既存の知識よりもずっと効率のいい作業を行っている。

 一度私の持つ全ての専門知識を洗い出した方がいいだろうか。

 少なくとも百年前までは魔法を使えるのは極一部で、それは現在も変わりないのだが、限定的なものであれば誰でも使えるような魔法のシステムが確立されている。

 

 人間は弱い。

 

 それは(おの)が肉体に武器を持たないから。

 獣は鋭い牙や爪。

 鳥は翼。

 場合によっては毒など、生物は皆身体のどこかが武器として発達しており──つまりは他の生物を攻撃することに長けている構造を取っているのに対し、人間はその武器をもっていない。

 だからこそ、人間はこれほどの成長を遂げたのだろう。

 魔法、という力はあれど、その力を行使できるのは僅かしかいないのだから、つまりは、力を持たない者が多いから、人間は肉体の一部を武器とするのではなく、武器を精製する方向へと進化していった。

 その発想が──その弱さが、今に繋がる魔法形態や技術なのだろう。

 私やアクノロギアのような存在では到達できない領域。

 弱さからくる強さ。

 竜の中には人間を見下し、食料としか見なさない者がいる。

 彼らのはこういった面があることも知ってもらいたいな。

 とはいえ、この進歩も今のままでは竜から見たとき単なる遊びでしかないのも事実。

 いや、戦闘方面の一点においては衰退しているといっても過言ではないだろう。滅竜魔法という、竜に対する特効薬の存在を抜きにしたってそうだ。

 

 強大な力には必ず反動や副作用を要する。

 出ないとバランスが成り立たず、崩壊する。

 利点しかないなんて都合のいいこと、世に中にはない。

 太古の魔法(エンシェントスペル)

 失われた魔法(ロストマジック)

 これらがいい例だ。

 強力な反面、使うのが難しい。

 消費魔力が多い、習得難易度が高い、心身を蝕む副作用···挙げれば切りがない。

 しかし、どれも強力な力だ。

 現代の魔法の大半が、これらの悪い面を取り除き、威力が低下しようとも使い勝手をよくしようと研鑽された結果、なのだろう。

 しかし、大きな代償を支払ってまで強力な力を得る必要が──人類の存亡を脅かすほどの外敵がいない以上は仕方ないのだろう。

 

 いや、そうでもないのだったな。

 このままいけばそれこそ人類の怨敵なりえる存在が、この近くを跋扈しているんだったな。

 

 山のような巨躯を誇る巨人

 

 災厄と称される悪魔

 

 ゼレフ書の悪魔

 

 デリオラ

 

 

 

 

 

§§§

 

 

 

 

 

 二週間が経った。

 けれどウルティアは、ウルに──母に会いたいとは、いや、名前すら一度も発しない。

 耳にタコが出来るくらいに喋っていたあのころとは正反対に。

 しかしだからといってずっとこのままという訳にはいかない。

 あと一週間しかないのに。

 先日のウル宅への訪問の際に、彼女と取り決めたことが二つある。

 

 一つ、ウルティアが拒絶している間、私がウルティアを預かる

 

 当の本人が拒絶している以上、下手に接触させるのは不味いだろう。

 ここ最近の出来事で回復していっているとはいえ拷問紛いの実験を受けて精神的に不安定な状態だ。不要に刺激するのは問題だろう。

 しかしだからといってこのままでもいけない。

 プラシーボ効果、というものがある。

 端的に言うと思い込みが心身に影響するという現象だ。

 だからウルを母として見ずに、そして私を「ようなもの」であったとしても親として見ていれば。 、最悪、ウルとウルティアの親子としての関係性を修復するのは困難となり得るだろう。

 だから、三週間、つまりは来週あたりに、一度接触させるべきだと判断し、そう約束を取り付けた。

 あまり気は進まないが。

 時にがショック療法も一つの手だとは思うが今回のケースだと逆効果かもしれない。

 拷問紛いの実験を受けたことで人間の負の側面を知った結果なのか、ウルティアは恐怖心が人並み以上になっている。

 何故私は例外なのかは分からないが、この町に来て直ぐの頃、道を聞いたり等で否応なく人と接する時、ずっと私の背に隠れて震えていた。

 裏目に出るのではと思ってしまう。

 しかし私に出来るのはこの程度が精一杯だ。

 イヤ、こんなのは自分を正当化する言い訳だろうか。

 親と子は一緒に居るべき、なんてエゴを、ウルティアに押し付けているだけなのではないか。

 

 あとはただ祈るしかあるまい。

 ウルティアの拒絶は(ウル)への嫌悪感ではなく、恐怖心からくるものだ。

 

 自分のことを忘れているのではないか

 

 という、恐怖心から。

 だから会うのが、真実を知るのを恐がっている。

 そんな気持ちの問題は私にはどうすることも出来ない。

 一助にすら、なってやれない。

 

 せめてあと一週間で、少しでも恐怖を和らげられたらと、心からそう思った。



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5話 母として 師として

 最近自分の一番好きなキャラ実はウルなんじゃないかと思ってきてます。
 好きなキャラではあるんですけど一番とまではいかないつもりだったんですけどねぇ。
 まぁウルティアに焦点を当てると自然な流れなんですかね?

 というか何気に前回の投稿から半年以上経ってんのな···。時間の流れが最近早い気がする···。
 次回の投稿は···いつになるでしょう。
 最近書いてるのが内容は兎も角描写で行き詰まって気分転換に書いただけなので···。
 百万歩譲って消すか凍結するかするにしても、このウルの話までは書ききりますよ。
 でもその後も書きたい話があるんだよなぁ、この作品で。

 長くなりましたね。それでは本編開始です。


「はぁっ···」

 

 ゼレフ書の悪魔 デリオラ、ここまでの化け物だったか···。

 全く、自信を失くすよ、これでも挫折を味わうようなことはなくとも、(おご)ることなく修行してきたつもりなんだけどな。

 って、ここ数年はそうでもなかったか。

 わざわざ魔法を使う必要のない生活が長かったからなぁ。肝心の修行時代も、思い返してみれば趣味の側面が強かったし。

 こんなことならもっと真面目に、魔法の研鑽に取り組める環境に身を置くんだったかもな。

 それこそリオンに薦めたようにギルドに所属するとか。

 ははっ、今さら後悔しても遅いか。

 こうして思い返すと──って、さっきから過去を振り返ってばかりだな。もしかして、所謂走馬灯というやつを見ているのだろうか。昔読んだ本に、走馬灯というのは危機的状況に陥った時に脳が解決策を見つけるために記憶を洗い出すために見る、とかあったけど、見つかるのは後悔ばかりだな。

 逃げることもできたのにデリオラに立ち向かったこと。

 力ずくででもグレイを止めるべきだったこと。

 そして、ウルティアのこと。

 あぁそういえば、生きていたことを知れはしたけど、まだ一目も見れていなかったな。

 後悔ばかりが募っていく。

 ホンっと、すっごいイヤな気持ちだ。

 デリオラをこのまま放っておく訳にはいかない。アイツを倒せるような人間なんてそうそういない。そんな数少ない誰かがデリオラを倒すのに動くまでにどれだけの時間が──犠牲が出るか。

 それに、グレイの想いもある。

 家族を喪う痛みは、私自身も十二分に理解できる、いや、まだ子どものグレイと私とじゃ、その痛みの度合いも違うかもしれない。

 まあ、何にしてもデリオラ(あの化け物)はグレイの家族の仇で、そして、怒り恨み憎しみといった影をグレイの心に落とす闇そのもの。

 可愛い弟子の精神(ココロ)を蝕むその根元が目の前にいるっていうのに、捨て置くことなんてできる筈がない。

 少しくらいカッコつけたいじゃないか。

 でも、私の実力じゃあ、後はもう取れる手段は一つしかない。

 自身の肉体を──命を代償にして対象を永久に氷に閉じ込める魔法 絶対氷結(アイスドシェル)

 倒せないなら倒せないなりに、対処法はあるってことだ。

 命を落とす(この魔法を使う)ことに、抵抗はない──なかった。

 ああ、でもせめて最後に、ウルティアに逢いたい。謝りたい。抱きしめたい。顔を見たい。声を聞きたい。

 

 ああホントに、感謝する(恨む)よノア。

 アンタのお陰(所為)で、死ぬことに抵抗ができたじゃないか。

 弟子(グレイ)のために、絶対氷結(アイスドシェル)で命を賭してデリオラを封じるか。

 (ウルティア)と、そして私自身のために、デリオラの注意が向いていない今の内に、グレイとリオンを連れて逃げるか。

 この、二者択一。

 どちらを選ぶか。

 私は、後者を選ぶ。

 今後数十人数百人が死ぬからといって、なんで私が命を賭けなきゃいけない。私はそんな責任や義務を果たさなきゃいけないような立場ではないではないか。少し魔法に長けているってだけで、評議院のような機関に守られて然るべき一般人だ。

 グレイの心の闇にしたって、何も今すぐ解決しなきゃいけない事柄じゃないだろう。何ヵ月、何年と、長い時間を掛けて、少しずつ傷を癒していけばいいじゃないか。いつかデリオラを越えるほどに強くなるまで待つとか、なんだったらどっかの誰かが退治してくれるのを待つとか、それで十分じゃないか。

 私が今、ここで絶対氷結(アイスドシェル)を使う必要はない。

 命を賭ける必要はない。

 自分可愛さに、どこの誰とも知らぬ誰かを切り捨てて逃げたって、別にいいじゃないか。

 そうだ、その通りだ。

 逃げよう、私と、リオンと、グレイの三人で。

 

「グレイ──リオンを連れて、二人で逃げろ」

 

 あぁ、なんでこんなことを言ってしまうかな。

 ホントに私は母親失格だ。

 ウルティアに逢いたい。

 ウルティアを放ってはおけない、いや、いけないと、頭では理解しているのに、だからこそ、今すぐにでも逃げなければと分かっているのに、気持ちが追いつかない。

 ノアに、私がウルティアをあの施設に預けたがために、ウルティアがどれだけ苦しい生活を送ったかを粗方聞いた。

 そんな目に遭わせてしまって、挙げ句謝ることもせずに、他所の子のために命を捧げようと──逃げようとしてる。

 しかもその選択に、私は馬鹿な真似をしてるとは思っても、後悔はしていない。

 親として、大人として──人間として、私は最低な奴だ。

 

「なぁグレイ。明日私の家に──」

 

 私がやろうとしてることは、『弟子のため』という大義名分を掲げた、ただの逃げだ。

 果たさなきゃいけない責任を、他者に押し付ける行為だ。

 まだ十歳にも満たない子どもに、それこそ状況(シチュエイション)的に、恩を売って選択の余地を与えずに頼み事をしていると言われたって、ぐうの音もでないことだ。

 ウルティアのことを、グレイに頼む、いや、押し付けようと、口を開いたその時──。

 

 

 

「グルルァァァアアアアアアァァァアアアアアッッッ!!!」

 

 

 

 大気が震えた。



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