ロックマンZAX3 亡国機業より愛をこめて (Easatoshi)
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プロローグ
本作品はジョーク満載な二次創作です。
原作とそれらマルチメディア展開による作品の数々、加えて版権元及びに関係者様を誹謗・中傷する意図は一切ございません。
寛大な心で「エックス達はそんなこと言わない」と笑い飛ばして貰えれば幸いです。
夜空に浮かぶ真円の月明りと燈色に輝く街灯のわずかな明かりだけが、数時間前にライトアップの消え失せた、堀の向こうに聳え立つ天守閣を闇夜の中で浮かび上がらせる。
左側通行の国道を行くヘッドライトとテールランプの明かりはまばら。 ここは日本が西の都こと大阪にある大阪城公園。
敷地の中は勿論、日が沈んだ後も喧噪で彩られる公園を囲うビル群も、流石にこの時間帯ともなればどこにも人の気配は感じられない。
「へへっ……ちょろいもんだぜ。 してやったりな気分だ」
皆が寝静まった公園の堀のすぐ側、反対側には木々が植えられた緑地で挟まれた通路を、一人の男が走っていた。
安全帽のようなヘルメットと首から下を覆う厚手のコートの前は開かれ、赤い眼光と防毒マスクのような口元と無機質なアーマーを覗かせていた。
彼はキンコーソーダー。 レプリロイド……の犯罪者、とりわけ凶悪犯に分類される札付きのイレギュラーであった。
力いっぱい締め付ける右脇の中には、コートの生地越しにカバンを抱えていた。 暗がりではっきりした色こそ判別しづらいが、等間隔に設置された街灯の光を横切る度、かろうじてそれが淡いピンクを基調とし、白いリボンやキーホルダー付きのデフォルメされた白いウサギのマスコットがチャックにぶら下がる可愛らしい装飾のあしらわれた、しかし中身の詰まっていそうなカバンである事がわかる。
淡い色彩の見た目と裏腹になかなかの重量があり、手提げこそついているがそれをつかんで下げるような真似はせず、脇に抱えたまま深夜の公園内を走るキンコーソーダーは不審だが、堀の向こうに佇まう大阪城と向かい合うように置かれた背もたれのあるベンチを見つけると、休憩がてら一旦その前で立ち止まってカバンを置き、自身もその隣に勢いよく腰かけた。
金属の体が頑丈に作られている木製のベンチを軋ませる。
「ここまでくりゃもう安心だな。 全く日本の女は警戒心ってもんがありゃしねぇ」
一息つきながら隣のカバンの開け口を得意げに上から軽く叩く。 姿も言動も厳ついキンコーソーダーに似つかわしくない装飾のカバンだが、実際にこれは彼の所有物ではない。
つい数週間前まで収監されていたアメリカのアブハチトラズなる連邦刑務所から、彼の息のかかった看守の手引きで無事脱獄を果たし日本へと高飛びを果たしたキンコーソーダー。
かつて裏社会にて築き上げていた一大勢力のボスとして返り咲く為、まったく懲りていない彼は当面の活動資金を稼ぐ為、まずは軽犯罪であるがひったくりから手を出す事にした。
ちょっとした整えさえあれば銀行強盗さえ難なくやってのけるキンコーソーダーにしてみれば、ちょろいを通り越してしょっぱい仕事であるが、何事も段階を踏んで取り組む事を信条とする身としてそれほど抵抗はなかった。
して、キンコーソーダーは先程まんまとカバンを盗んでやった間抜けな女の姿を思い出す。
20代中頃と思わしき見た目で顔やスタイルは文句なしの一級品。 しかしそれを損なって余りある、青と白の二色のロングスカートのドレスに、長い後ろ髪の頭の上には機械でできたウサギの耳をつけた、どこからどう見ても童話の中から出てきたとしか思えない奇妙な服装。
加えて泥酔してひどく息切れを起こし、レンガ敷きの歩道に倒れ伏せながら悪態をついていたあの時の様子は、酒の場で羽目を外しすぎてほっぽり出された痛々しい女にしか見えない。
それだけに仕事は簡単だった。 介抱するフリをして近づき、極度の人見知りなのだろうか男嫌いなのだろうかそこそこに抵抗されたが、持っていたカバンをさっさと奪い後ろから女の罵声を浴びながらまんまと逃げ去った。 ほんの10分程度前のことである。
「それにしても変な女だった。 ありゃ頭がイカレてやがるんだな……さてと」
キンコーソーダーは持ち主の女の事はさておき、戦利品を検めようとカバンの口に手をかけた。 盗難防止の施錠や警報ブザー等、特にセキュリティらしきものは見当たらず。
持ち主の趣味が何であれ、そこそこに重量があり中身の詰まったカバンだ。 さぞかしいいものが入っているのだろうと期待するキンコーソーダー。
難なく開かれたカバンの開け口に街灯の光が入り込み、その中身がキンコーソーダーのアイセンサーにはっきりと捉えられた時、彼は怪訝な声を上げた。
「……何だこりゃぁ?」
ウサギをあしらった可愛らしい造形だが取り立てて高級品と言う訳でもないマジックテープ式の財布……はまあ良いとして、白い金属製の箱と小ぶりな
キンコーソーダーは首をかしげるが、とりま中を確認しようと箱とスティックを取り出した。 箱の方は中々に重い。 おそらくカバンの重量の大半を占めているのがこの箱なのだろう。
こちらも特に防犯装置のようなものは見当たらず、両開きと思わしき蓋には取っ手と両端に留め具があり、指で弾いて外してやると取っ手を立てて蓋を開く。
中に入っていたのは銀一色。 大小様々の
どうやらこれは工具箱らしい。 グリップに消耗や細かな傷が目立ち、使い込まれてはいるがそれでいて中々にまめな手入れはされているようだ。
そしてもう一つ、メモリスティックを取り出し手持ちの端末に差し込んで中身をチェックする。 中に入っていたデータは何らかの設計図らしい。
「……インフィニット・ストラトス第5世代型――――ってなんだっけな?」
レプリロイドの身の上でありながら機械工学には疎い彼には、その名を聞いてすぐに頭には浮かび上がらなかった。
中のデータを流し見ながら思考を巡らせてみるが……ある程度記憶を遡った辺りでようやくその存在を思い出す事ができた。
『インフィニット・ストラトス』……通称ISと呼ばれるそれは今から10年ほど前に登場した、マルチプラットフォームスーツなる新しいカテゴリを築き上げたパワードスーツの一種である。
曰く武器弾薬は量子化技術によって物理的制約が取り払われガンシップに匹敵する装弾数を実現、生身を晒しながらでも絶対防御と呼ばれるバリアが全ての障害を遮り、極めつけに重力を無視して空を自在に飛び回る事ができると言われ、その性能たるや飛行能力持ちの特A級イレギュラーハンターにさえ匹敵又は上回ると言われている。
「これまたどマイナーな代物が出てきたな……あの女あんなナリしてなんでこんなモン……?」
これでもかと素晴らしい性能をアピールした代物であるが、対するキンコーソーダーの関心は薄かった。 何せ彼をして今この場で設計図を目の当たりにするまですっかり存在を忘れていたのだから。
今までに一度も見た事がないとは言わないが、せいぜい各国の軍部の広報部隊や一部宇宙開発の現場……後は競技目的で使われている程度か。
多少性能の優れたパワードスーツが登場しようが、既にレプリロイドが最先端テクノロジーを要求される各界隈に普及しきっている現状、とにかく極めてマイナーな存在に甘んじている。
思いがけない代物が出てきた事に、キンコーソーダーはますます訳が分からなくなる。 おそらくこれもカバンの持ち主の所有物なのだろうが、まさかあんな妙な格好で研究者だとでも言うつもりなのだろうか?
そんな事を考えていた時、不意にキンコーソーダーはすぐ近くから足音を感知した。 すぐさま手荷物を持ったままベンチの後ろの生け垣を乗り越え陰に隠れる。
唐突な来訪者に一瞬驚いたキンコーソーダーだったが、長年悪人街道を突っ走ってきただけあって冷静な頭に切り替えるのも早かった。 生け垣から顔を覗かせやってきた何者かの姿を窺った。
様子を見るキンコーソーダーの目前に、暗闇から街灯の元へとおぼつかない足取りの女性がやってきた。
長いブロンドヘアーに体のラインの浮き出たタイトなスーツにスカート、茶色いブランド物のショルダーバッグを下げている。 この国における所謂OLと呼ばれる人種ではないかと思われた。
悩ましい表情の顔は紅潮し息も少し荒い、どうやら彼女もまた酒に酔っているようだった。
「(この国の女は酒に酔いつぶれるのが流行りなのかぁ……? まあ)」
『仕事』がやり易くて助かる。 人通りの少ない夜道において立て続けに現れる、あまりに無警戒な女性の姿にキンコーソーダーは早くも仕事に取り掛かる頭となっていた。
カバンは一旦取り出した中身を詰めなおし生け垣の後ろの死角、素早く拾い直して逃げ切れるよう取りやすい位置に置き、女性の死角に回り込み生け垣を跨ぐ。
何食わぬ様子を装い女性の元へ歩み寄ると、キンコーソーダーが背後に迫ったあたりで女性はその場にへたり込んでしまった。
絶好のチャンスだ。 キンコーソーダーはしめたと言った様子で女性の正面に回り込み膝をつく。
「お、おいアンタ大丈夫かい?」
介抱するフリを装いつつ相手の顔色を窺った。 こちらが声掛けをしても相手は振り向く様子もなく、見た目は……先程変な服装をしていた女程ではないが中々の美女だ。
かなり注意力が散漫になっているらしく、赤らめた顔に上せきった目つき、遠目で判断した通り泥酔していると見て間違いはない。
「アンタみたいなのが一人でこんな夜道を出歩いてたら……」
女性の肩を揺すりながらも右肩にぶら下げるバッグを手にかけ、抵抗がないとみるや一気にそれを引っ手繰る!
「悪い奴に襲われるぜ!」
「あっ――――」
女性が声を上げる間もなく、キンコーソーダーはまんまとショルダーバッグを奪い去る。
相手を一瞥もせずさっさと生け垣を飛び越えると、裏手に隠したピンクのカバンも回収。 全速力で芝生の上を突っ切っていった。
大した事はなかった。 先のウサギ耳女は少し抵抗していたが、今回は何の抵抗もなくあっさりと奪い取る事ができた。 見るからにキャリアウーマンと言った姿だった女だ。 今度はもっと金目になりそうな物を持っているだろう。
この調子で軍資金を貯め、いずれはもっと大仕事に取り掛かってやるとキンコーソーダーは意気込んだ。
「ちょろい仕事だぜ――――」
だからこそ慢心に繋がったのだろう。 キンコーソーダーが背中を撃ち抜かれ空中を舞ったと自覚したのは、芝生の上に側頭部から叩きつけられ数回地面を転がった後であった。
強い衝撃に痛覚がマヒし、視界に背面への大ダメージを通告するアラートが浮かび上がる。
――――何だ、何が起きた!? 地面に伏せるキンコーソーダー。 体に走ったショックに指先さえ動かす事はかなわない。
「確かになぁ。 言い出しっぺが
逃げ去った方向から女の声が聞こえてくる。 振り向いて姿を確認したい所だがうめき声をあげるのが精一杯だ。
しかしそうするまでもなく、何者かの足音がこちらを回り込むようにして響いてくる。 それは地面にめり込むような重々しい重機の足音であった。
横たわるキンコーソーダーの目前に「そいつ」はやってきた。
「ハッ、
「……あ、ISだと……!?」
等身大よりも一回りも二回りも巨大なサイズの金属の手足。 背後には蜘蛛を連想させる装甲で覆われた8本の巨大な脚と、その付け根には重力を無視して浮かぶスラスター。 そして胴体にして本体たる人間……胴体周りだけを包み込む水着のような薄手の生地に身を包む女性は、今しがたキンコーソーダーがショルダーバッグをひったくった女性であった。
先程のブラウス姿から薄手のスーツに着替えているその姿を見て思った事は、キンコーソーダーが盗品の中で存在を思い出した、正にISそのものであった。
女の右手には銃口から黒い煙の立ち上るレーザーライフルが握られ、口元を釣り上げて邪悪な笑みを浮かべながら、汚いものを見るような目でこちらを見下していた。
「チ、チクショウ……そう言えば聞いた事がある……世の中にゃあ……ISを
「今更思い出しても遅ぇんだよ!」
ISの重々しいキックが、身動きの取れないキンコーソーダーの腹部に刺さる。 うめき声を上げ、再び数回地面を転がった。
武器弾薬の貯蔵に量子化技術が使われるISだが、それは機体本体の待機モードにも用いられており、見た目は全く生身の状態からパイロットの意思一つで機体の展開及び収納、あるいは一部分の展開にとどめる事も自由自在である。
その高い秘匿性を生かし、一部の悪質なパイロットの中には街中で突如ISを展開し、テロや強盗をはじめとする犯罪行為に走るものも一部には存在する。
なので通常ISは使用はおろか、単純所有においてさえも厳しく制限を受けるのだが、管理が杜撰な所から機体そのものを横流しにされるといった事案も後を絶たない。
恐らくは、この手癖足癖の悪さからはこの女もこちら側の人種らしい。 ちょろい仕事と思いきや、とんだ貧乏くじを引いてしまったようだ。
「さてと、こいつは慰謝料代わりだ。 てめぇがパクったブツは頂いておくぜ!」
「……お、おいテメェ……それは俺のもんだ……!!」
「知るか! てめぇみてぇなむさ苦しい野郎がもつカバンでもねぇだろ! 寝言抜かしてんじゃねぇよ!」
自分の持ってたショルダーバッグを回収しつつも、キンコーソーダーの強奪したピンクのカバンも一緒に拾っていくISの女。 どうやら相手が盗んだものを更に強奪するハイエナだったらしい。
「ふざけんな……このアバズレが……この俺をなめやがって……!!」
「ケッ、うぜぇんだよ! 何なら今ここでスクラップにしてやる――――」
気力を振り絞って立ち上がろうとするキンコーソーダーに対し、ISの女は悪態をつく。 しつこい男に右腕のレーザーライフルを再度構えようとしたが、不意に遠方から見えた街灯のものでない白い光に2人して反応する。
「チッ……しっかり目撃されてんじゃねぇかクソ小悪党が」
舌打ちする女。 視線の先にいる光の主は懐中電灯を持った2名の警官の男だった。 どうやら先のキンコーソーダーのひったくり現場を目撃した市民が通報したらしい。
暗がりで距離も離れてはいたが、街中で発砲した音を聞きつけて公園の方へとやってきたようだ。 現状を把握しきれている訳ではなさそうだが。
「まあいいぜ。 ブツはしっかり頂いたんだ。 今は警察に見つかって目を付けられるのはまずいからな」
「ッ!! お、おいてめぇ……!!」
「テメェごときにかまってる暇はねぇよ! ぶっ殺されなかっただけありがたいと思いやがれ!」
女は当たり前のように無音で宙に浮かぶと、背中のスラスターを吹かし始めた。 スラスターからの爆風に千切れた芝生が舞い上がる。
キンコーソーダーはやっとの思いで身を起こし、今にも飛び去ろうとするISの女にあらんばかりの憎悪をぶつける。
「……こんな事して……タダで済むと思うなよ!? 報いは受けさせてやる……必ずだ!!」
「ハッ! 口の利き方もなってねぇ負け犬が! せいぜい吠えてろ――――じゃあな!」
女は地に伏せるキンコーソーダーなど鼻にもかけず、心底相手をこき下ろすような嘲笑を浮かべその場を飛び去って行った。 ご丁寧に吹かせたスラスターの風をキンコーソーダーに浴びせていった上で。
キンコーソーダーは明後日へと転がされ、体中に草をこびりつかせては地面に丸まった。
「ゲホッゲホッ……ち、チクショウめ……今度会ったらただじゃおかねぇ……!!」
むせ返りながらもなんとか重い身を起こすキンコーソーダー。 あれだけの音を上げて飛び去った以上、警官2名はすぐさまこちらに駆け寄ってくるに違いない。
いいように弄ばれ盗品の横取りもされたとあって腸が煮えくり返る思いであるが、今ここで警官と鉢合わせになる訳にもいかない。
キンコーソーダーは重たい体を引きずりながら、追っ手に気付かれる前に怨嗟の声だけを残して夜の闇へと溶けていった。
「この借りは……絶対に返してもらうぜ……覚えてやがれ……!!」
程なくして警官2名が現場に駆け付けたが、土が抉れ芝生の焼け焦げた痕跡以外の何物も発見できず、ただ首を傾げるばかりで碌に状況を把握することができなかった。
それこそが、大いなる波乱の幕開けである事など知る者はいない……夜空の中で一際輝く月明りを除いて。
月明り「また君か、壊れるなぁ」
はい、2か月ぶりに奴らが帰ってきました。 そして衝撃の事実が打ち明けられる第1話は明日同時刻に投稿します! お楽しみに!
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チャプター1:旅は道連れ
第1話
今日も日々の業務に忙殺され、市民への対応やらで職員の往来するハンターベースにおける唯一の例外、休憩室。
<――だから予定を開けられないの。 ごめんなさい、ゼロ――ブツンッ>
「お、おいアイリス!」
壁側に設置された自販機の隣にてご存知我らがイレギュラーハンターゼロが、たった今一方的に通信を打ち切られてしまった。
左腕の上に浮かぶように投影された映像は砂嵐に呑まれ、ゼロはしかめっ面でため息をついた。
「……参ったな。 折角の休暇だったんだがな」
3日後の日付を始めとする2週間、公僕で滅多に休みの取れない彼にとって珍しい長期休暇を取る事ができた。 その上偶々懸賞に出していた日本が大阪への7泊8日のペア旅行が当選したので、これ幸いとばかりに『アイリス』なる小指を立てるコレに対し誘いをかけた。
しかし彼女からの返事はNO。 何でもゼロと旅行に行ける期間中は間の悪い事に同じく日本にて別件で仕事があるらしく、そちらに時間を取られて身動きが取れないと言われ、残念がられてはいたがお断りされてしまったのだ。
折角当たった旅行チケットだが、誘う相手がいないのではどうしようもない。
「しょうがない、野郎と二人で行っても仕方ない。 俺一人で行くか――――」
「どうしたんだゼロ? そのチケットは?」
余った旅券の使い道を考え俯いていた所、覚えのある青年の声と青い足元が視界に映る。 ゼロが首を上げてみると、正面に立っていたのは相方のエックスであった。
彼の視線は、自身の持っていたチケットに注がれていた。
「あ、大阪行きの旅客チケットじゃないか! 誰かと旅行にでも行くのか?」
「ん? いや一人だ。 折角のペアチケットだったんだがアイリスの奴用事があるってよ。 仕方ないから一人で行こうかどうか悩んでたとこだったんだ」
少しため息をつきながら話すゼロに対し、エックスは少し考えたような仕草の後、満面の笑みでこう切り出した。
「へえ……なあゼロ。 行く相手がいないなら俺を連れて行ってくれないか?」
「――――うん?」
エックスからの申し出にゼロは疑問符を浮かべた。 彼女との都合がつかなかった仕方のない事だったとは言え、この時ゼロは既に一人で旅行に行く頭になっていた為である。
アイリスと2人で行く予定だったと言う事はつまり、人差し指と中指の間に親指を突き出す状況もあり得た訳であるが、それが不可能ならせめて一人で
「いやぁまあ。 俺も大阪に行くなんて今度発売する『ロックマンXアニバーサリーコレクション』のXチャレンジの新規収録でも無かったからな! 久しぶりにジャパニーズヤクザやセプクスーサイドが見れるのなら悪くはないと思って。 俺とゼロの2人なら気兼ねもしなくて済むだろ? 是非連れて行ってくれ!」
しかしエックスが一緒なら話は別だ。 彼は生真面目で春爛漫な旅行には難色を示すだろうし、何よりお土産について追及されれば彼が今しれっと口にしたような穏やかでない事態を招きかねない。
別段エックス個人に恨みがある訳ではないが、今回の旅行については丁重にお断りしなければと、ゼロは内心焦りながら思う。
だがそうは問屋が卸さない。
「おうエックス、ゼロ。 2人共休憩かい? お疲れさん!」
2人の元に、一人の男が声をかけてきた。 2人して振り向くと目に映るは緑のアーマーに赤い眼鏡。 愛嬌のある団子鼻の彼はダグラスであった。 彼もまたゼロに向き合うなり、ゼロが手元に持っていたチケットに目をやった。
「おろ? 何だそのチケットは?」
「あ、ああこれは――」
「7泊8日の大阪行きのペア旅行のチケットさ。 アイリスを誘おうとしたけど都合がつかなかったらしくってな。 折角だから俺も休暇を取って一緒に連れて行ってくれって頼んでるんだ」
言い淀むゼロを待たずしてエックスが事のあらましを説明した。 頼んでもいないのに全てを語るエックスにゼロは閉口する。 余計な事を言うなと言わんばかりに。
するとダグラスはにこやかに、ゼロにとっては一番言って欲しくない事を口にした。
「行ってきなよ! 2人が休暇にいってもこっちが頑張るさ! たまには羽を伸ばして来たらどうだ?」
いつもハンター業務を頑張る2人を労う言葉をかけるダグラス。 エックスは嬉しそうに、ゼロは引きつった笑いを浮かべていた。
正直内心冷や汗だった。 この流れでは確実にゼロはエックスの同行を許さざるを得ない。
既にエックスと2人で旅行に行くムードが生まれつつある中で、それでもゼロは後押しをするダグラスを止めるべく奮起する。
「ダグラスちょっと待て。 別に無理に使わなくとも俺が1人で――――」
「あら貴方達、お疲れ様ね」
「ダグラスさんもお疲れ様!」
「お、エイリアにパレット! ゼロとエックス今度7泊8日で大阪旅行だってよ!」
が、話の途中でやってきたばかりの2人の女性オペレーター、エイリアとパレットに有無を言わさずに既に行く前提で話を広めるダグラス。
「! あらそう! いいじゃない、大阪旅行なんて久しぶりだわ!」
「いつも現場組は忙しいですからね! 一杯遊んでリラックスして下さい! いざとなったら現場は私やレイヤーも頑張りますから!」
エイリアは一瞬間を開けて発言し、続いてパレットもエックスとゼロが共に旅行するのを勧める始末。
この時ゼロは心底後悔した。 うかつにチケットを持ったまま休憩室に来た事もだが、何よりレイヤーの存在を失念していた事を――――だが、どの道パレットの口ぶりでは彼女も誘えなかったであろう。
して、すっかりなし崩し的にゼロとエックスが一緒に出掛ける話になってしまった訳だが、最早こうなってはエックスを突っぱねる口実は無い。
「大丈夫だって安心しろよ! 何だったら向こうでの食費のアレコレ経費で落ちるようにしてやるって――――なあエイリア?」
「……まあそうね、ちょっとぐらいは融通効かせてあげるわ」
ダグラスの提案にエイリアが少しだけ困ったような表情をするが、それもゼロ達への労いと言う事で水に流す事にした。
オペレーターである彼女だが、何を隠そう能力の優秀さから経理にも1枚噛んでいる。 エックス絡みの案件なら通るだろうと、首を縦に振るエイリアにゼロは渋々ながら了承した。
「……仕方ねぇな。 そこまで言うなら思いっきり遊び倒してやるか」
強引な同行の後押しは腑に落ちないものの、流石に交遊費の全てを融通するという提案にはゼロも折れた。 隣のエックスは満足げに、パレットははしゃぎ、エイリアとダグラスは互いにアイコンタクトを送っていた。
「よし、そうと決まれば早速準備だ! 休暇の申請をしてくるよ」
エックスは踵を返し、浮かれた足取りで責任者たるシグナスへ休暇の申請を出しに廊下へ向かった。 ゼロも折角なので旅行を満喫しようと、旅の準備をするべく休憩室を後にした。
エックスとゼロの去った後の休憩室には、各々が好きに休み時間を過ごす隊員達と、エックス達を見送ったエイリアにパレット、そしてダグラス達が一息をついていた。
「しめしめ……上手くいったぞ」
「もう、余り無茶な提案はしないでねダグラス?」
腰に手を当て苦笑いするエイリア。 苦言を呈する彼女にダグラスも少しは悪びれたように頭を掻く。
「ハハッ、悪かったよエイリア。 ゼロが渋ってるのは丸分かりだったからな。 ああでも言わなきゃ後押しできなかったろうよ」
「……まあ、ハンターベースのお騒がせ組にお休みしてもらう為なら、むしろ安いぐらいかもしれないわね。 特に今は」
少々強引であったが、有無を言わせない為にエックスも連れて行くようゼロに促したのは正解だった。 エックス達は数え切れないほどの功績と同じくらい功罪も重ねている。
ここいらで一つ他所に出かけてもらった方が、ある意味でエイリア達の胃を休める事も出来るので、ゼロとエックスのみならず自分達にも恩恵をもたらしてくれるであろう。
ただそんな彼らがいるからこそ凶暴なイレギュラーへの抑止力となっている側面もあるので、無論彼らが不在をいい事に調子づかない様エックス達の休暇は悟られぬよう、ハンターベース内だけの話としておく算段であった。
そう、エイリアの口にするように
「――――あれ? そう言えば日本って確か」
パレットはエックス達の旅行の行き先に対し、何かを思い出しかけていた。 そんな彼女の呟きにエイリアが答える。
「心配いらないわパレット。
「そうだぜ。 何せアイツはあの『IS学園』にいるんだからな。 ……正直羨ましいぜ」
「ダグラス、貴方若い女学生達に興味があるのかしら?」
ここにいない誰かを羨むダグラスに、エイリアが意地悪な笑みを浮かべる。 明かな冗談ではあるが、ダグラスは軽く噴き出し慌てて否定する。
「技術屋としてだっての! アイツが派遣されたのだって、IS関連企業のサミットが近日中に行われるからだろ?」
「ふふ、冗談よ」
「でもダグラスさんの言う通り、私もちょっと行ってみたかったです。 最先端技術のISには触れてみたいですよぅ」
技術畑のパレットもまた、指をくわえて日本に派遣された
「いいなぁ。 私も日本に連れて行ってほしかったよぅ、ずるいよアクセル」
太陽の眩い青空の下で舞い、空中でぶつかり合う二機のIS。 一定の距離を置いて弾幕を放つオレンジの機体と、臆さずに果敢に突進し光の刃を振りかざす白い機体。
周囲には不可視のバリアで覆われ流れ弾に備えられた観客席があり、ほぼ全ての席が人で埋まり大きな歓声を上げていた。 一部スーツに身を包んだ軍や民間企業の重役もいるが、大半はこの学校の生徒と思わしき制服を着る女学生が黄色い声援を上げていた。
ISに関する世界で唯一の教育機関にして、各国の取り決めにより治外法権の認められる高等学校『IS学園』のアリーナ。
普段はISパイロットの養成の一環で、訓練生同士の戦闘訓練を含む実技が行われる事が多いが、場合によっては今みたいに外部から客を招いてトーナメントが行われる事がある。
今日はこのIS学園にて、近日中に関連企業や各国軍部によるサミットが開催される段取りになっており、訪れたVIPを歓待する試合の……丁度決勝戦が行われているのだ。
「ほほぅ、最近の若いのは中々にやりおるのう!」
「噂には聞いてたけど、重力を無視して飛び回れるってのも大したもんだよ」
歓声を上げる観客のごった返しとは無縁な、VIPに宛がわれたガラス張りの展望席においても、派手に行われるIS同士の試合に皆が皆色めきだっていた。
「アクセルよ、お前さんもあの中で試合してきたらどうじゃ?」
「遠慮しとくよケイン博士。 あんなの相手にしたらちょっと厄介だよ」
そこには黒いアーマーに身を包む少年レプリロイド、我らが第3のヒーロー『アクセル』と、サミットの重要な参加者にしてレプリロイドの生みの親として知られる、青いコートを着込んで杖を突っ立てる頭の眩しいご老公『Drケイン』の姿があった。
縦横無尽に空を飛び回るISを、2人は不敵な表情のままその動きを目で追っていた。
「パイロット次第じゃ、うちのとこの特A級ハンターに匹敵するって言うけど、確かにあんな動きで襲われたら困った事になるよ」
「ふむ、怖気づいたかのうアクセル? いつもは自信満々のお前さんが厄介と言うとはな」
「まさか、厄介ってだけの話だよ。 ……負けるなんて僕は一言も言ってないよ」
ケイン博士と互いに横目で相手と目線を合わせながら、いくら相手が強かろうが自分なら負けない。 右手で得物のアクセルバレットをガンスピンしながら、そう言わんばかりの大胆なセリフを吐くアクセル。
「あら、派遣されてきたイレギュラーハンターさんは随分と自信がおありね?」
ふとアクセルの背後から若い女の子の声が聞こえてきた。 整然とした、それでいて気配を殺すような足取りで。
突然の来訪者にアクセルとケイン博士は特に警戒した様子も無く、ゆっくりと振り返った先に立っていたのは……水色の髪に赤い瞳、年の頃はアクセルと変わらぬ10代半ばか。 白を基調とするIS学園の制服でも隠し切れぬ整ったボディライン、そして『ご歓迎』と書かれた扇子で口元を隠した少女が立っていた。
「お噂はかねがね伺っておりますわケイン博士。 それとイレギュラーハンターの――――」
「アクセル」
「おお、お主は確か生徒会長の更識……」
「楯無です、以後お見知りおきを」
IS学園の生徒会長『
高貴な雰囲気を漂わせる中々の美少女だ、特に色恋沙汰にがっつく性格でもないアクセルも「ヒュウッ」と口笛を吹いた。
「驚いたね。 ここで応援してる周りの子もそうだけど、中々どうして可愛い子ばっかりで目のやり場に困るよ……アンタも含めてね」
アクセルは正面を向き直し軽口を叩く。 その様子にケイン博士はアクセルを窘める様に軽く咳払いをした。
「やめんかアクセル。 初対面の相手に軽口を叩くでない」
顔を赤らめるケイン博士にアクセルは悪びれた様子も無く、そんな2人を微笑ましく見つめる楯無。
「随分とお世辞がお上手ですこと……でも」
しかしそれでいて、彼女もまた不敵な笑みを浮かべてアクセルの言い分に対し一言申し上げる。
「私達ISパイロットを甘く見てもらっては困りますわ。 こう見えて私は腕に自信がありますのよ?」
「僕も同じさ。 空飛んでる奴とは何度かやり合った事あってね」
「ふふっ、叩き上げと言う事? その割には中々どうして、私を平気で背中に立たせるような真似をするのかしら?」
ほほ笑む楯無だが、その目つきは笑っていない。 むしろ獲物を射殺すような鋭い視線をアクセルの背中に送る。
言ってみればこの状況ならお前を仕留めるのは容易いと、暗に仄めかすような物言いに聞こえなくも無いが、アクセルは意にも介さず飄々とした態度を崩さなかった。
「僕を殺る意思なんてない癖に、ビビってたってしょうがないでしょ?」
「――どうして言い切れるの?」
「本当に仕留める気だったら、ニンジャがわざわざ僕の前に姿を見せたりしないさ。 それに――――」
アクセルもまた、楯無の視線に対し食えない態度で告げる。
彼が右手に握っていたアクセルバレットであるが、膝に肘をついて目前でガンスピンをして遊ばせていた筈だが、いつの間にやら影も形も見当たらなくなっていた。 一体どこへ行ってしまったのか――――
――――答えはアクセルの左脇の中であった。 アクセルは背後の一切を振り向かずして左脇へ銃身を潜らせ、得物の銃口を殺気を放つ楯無へと向けていた。 楯無本人もその存在に気付いた時一瞬目を見開くが、動揺を表にせず努めて冷静を装った。
出合い頭に敵意を向けるただ事でない様子にケイン博士も二人をじっと見つめ、三者間に剣呑とした空気が流れる……が。
「……安心したわ」
先程の空気とは一転し、楯無は今度こそ穏やかな笑みを浮かべ再び扇子を開き口元を隠す。 中の文字は何時の間にやら『合格』の二文字へと変わっていた。
「派遣されるだけあって伊達じゃないのね。 これなら安心して警備の仕事を任せられるわ」
「そりゃどうも」
アクセルもまた張り詰めた空気を解す様に表情を崩し、突き出していた拳銃を数回指先で回してホルダーへしまい込んだ。
そして椅子から立ち上がると、改めて楯無の方へと振り返る。 向き合ったアクセルに対し楯無は手を差し伸べると、アクセルもまた彼女の手を握った。
「ようこそIS学園へ。 素晴らしい働きを期待しているわ」
「こちらこそ。 肩書に恥じない仕事はさせてもらうよ?」
がっちりと力強く、互いに信頼を寄せあうように握手するアクセルと楯無。 いきなり敵意を丸出しにした2人が、あっさり打ち解けるのを見ていたケイン博士は深くため息をついた。
「全く……いきなりおっぱじめそうになるかとビビったぞい。 なんちゅう挨拶の仕方じゃ」
「ごめんあそばせケイン博士。 彼のハンターとしての姿勢を試したかったものでして」
いたずらっ娘のように悪びれた笑みを浮かべる楯無。 どうやら今のは彼女なりの試験でもあったようだ。 幸い周りは試合に夢中で3人の張り詰めた空気には全く気付いていなかったようだが……。
そんな彼らをよそに展開されていたIS同士の決勝戦だが、周囲からは大きな歓声……と言うには少しがっかりしたような声が上がる。
彼女とのやり取りに気をとられていたが、どうやら試合は何時の間にやら決着がついたらしい。 試合終了のブザーが同時に鳴り響く。
アクセルは試合が行われていた空中と、背景に投影される勝敗の結果が書かれたウィンドウに目をやる。
「ありゃ、あの白いのいつの間にか負けてたね」
ウィンドウ上には「勝者 シャルロット・デュノア」と書かれていた。 オレンジのISを駆る金髪の美少女であるが、健闘を称える周りの歓声に対し手を振って答えていた。
勝敗を表すウィンドウの下には先程の試合のハイライトが映し出されており、特に大きく展開が動いた訳ではないが、的確なヒット&アウェイによるオレンジのISの射撃技術によって、着実に相手のダメージを蓄積させていった削り勝ちのようだった。
「一夏君ね。 いい線行ってたけど、まだまだ代表候補生には及ばなかったみたいね」
代表候補生と言うのは各国で数少ないISパイロットの、特に国家代表に最も近いとされる人間の事を指す。 そして優勝者となったシャルロットなる少女もその一人と楯無は告げるが、成程可愛いだけの存在ではないと楯無の言った通り、可憐な少女の見た目と裏腹に熟達した技術を持っているようだ。
そしてもう一つ気になったのが楯無の言う『一夏君』、シャルロットと対決していた白いISを駆るパイロットである。 顔立ちの整った少年でアクセルとほぼ変わらぬ年齢の見た目をしており、彼もまたシャルロットに対し手を差し伸べ握手をしていた。
「
「ええそう。 ISは今の所女性にしか使えない。 彼こそがある意味で、男性がISに乗れるかどうかの命運を握っているわね」
「ついこの間まで普通の学生になる筈だったって聞いたけど、女子高だから肩身も狭いんじゃないの?」
「……そうね。 サミット期間中の短い間だけど、もし良かったら彼とも仲良くしてあげて。 今でこそ打ち解けてきたみたいだけど、彼も色々気を遣っているのよ」
「そうさせてもらうよ」
アクセルは優勝者のシャルロットと並んで手を振る一夏に暖かな視線を送る。
そう、理由は不明だがISは今の所女性にしか操る事が出来ない。 故にパイロットを養成するこの学園は、観客席を埋め尽くす生徒達が裏付けるように紛れも無く女学校であり、教職員でさえも大多数が女性である。
そんな中で適性があると言う理由だけで放り込まれた、白いISの彼が感じているだろう肩身の狭さを想像すると、楯無の願い通り後で声の一つでもかけてやろうかと言う気持ちにもなる。
「さてと、試合は終わったしのう。 他に見て回っていないこの学園の施設でも見て回ろうかのう」
「りょーかい」
「私がご案内させていただきますわ。 少しでも警備が多い方が安全かと」
「よろしく頼むぞい」
試合の行方を見届けたVIP達の一部と共に、ケイン博士とアクセルに楯無も揃って展望席を後にする。
赤い絨毯の敷き詰められた豪華絢爛な廊下を歩きながら、来客は満足げに試合の内容を話し合っていた。 そんな中でアクセルは仕事中ではあるものの、束の間の平穏を感じずにはいられなかった。
「(ああ……平和だぁ。 僕一人出張に出るのがこんなにも良いものだなんて)」
アクセルは辞令が下った時の事を思い返していた。 1か月近くに及ぶケイン博士の日本が東京への出張に警備として駆り出され、そのまま博士が参加する段取りとなっているサミットの警護もやらされると聞いた時、当然ながらアクセルは難色を示した。
IS学園は女子高生が学業に勤しむ全寮制の学校。 男の自分が駆り出されるのは心細くもあった。
しかし同様にレプリフォース側にも助っ人として警備の任務で何人かが派遣されており、イレギュラーハンター側でアクセルだけが駆り出されたのは、精神年齢の近い唯一の男子高校生である『織斑 一夏』を気遣っての配慮からであった。
そう、
今回の任務にはエックスとゼロはいない。 それをシグナスから告げられただけで、アクセルは不満げな態度を撤回して二つ返事で承諾したのだ。
そして今、ただ何も起きていない現状に心から感謝している。 無論有事の際にはキッチリ仕事をさせてもらうが、しょっぱいトラブルメーカーがいないだけでアクセルのモチベーションは過去最高潮であった。
サミット自体は数日後に控えている訳だが、それまでの間悠々とケイン博士の付き添いを全うさせてもらおう。
アクセルは何時になく楽しくてたまらない仕事に心躍らせながら、これから過ごす日々に期待を寄せていた。
はい、いつになく事件の影を匂わせながらも穏やかにスタートした本シーズンですが、この時点で不穏な空気に気付いた貴方は正しい。
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第2話
「ダグラス、旅行鞄の在庫を見なかったか?」
多忙な職員のごった返すハンターベース内でもひと際騒がしい開発室。 イレギュラーハンターに雇われた技術者達が、ハンターの用いる装備のメンテナンスから研究開発までを引き受け、今も工員が所狭しと工具やタブレットを持ち歩きつつ、整備対象の武器一式からライドアーマーや無輪浮遊式バイクであるライドチェイサーに至るまで、現物の整備やデーターロガーからのフィードバックを目的に投影式のモニターとにらめっこしている。
工具や整備用の資材がそこらに置かれた中を、エックスがここの主任であるダグラスを訪ねて辺りを見渡していた所、あるリフトに持ち上げられたパトカーの車体底面を見上げ、作業に取り込んでいたダグラスがこちらに気付きご対面と相成った。
「おうエックス。 出発は明後日の朝だろ? 旅行の準備はできてるのか?」
ダグラスの煤とオイルで少しばかり汚れたいかにもなメカニック顔。 ハツラツとした笑顔をエックスに向けながらダグラスが言う。
「いや、使わずじまいで倉庫に眠ったままだった旅行鞄を使わせて貰おうと思ったんだけど、君がカバンを持っていったと保管庫の管理をしている職員から聞いたんだ」
エックスは用件を切り出した。 急に決まった旅行なので鞄を用意しようとしたが持ち合わせが無く、生憎近所のアパレルショップは定休日で手に入れる事が出来ず、どうしたものかと考えていた所通りがかったエイリアに保管庫にあると教えられた。
曰く随分前に職員の慰安旅行の為に事前に支給された鞄で、エックスも持っていたが使い古して処分してしまっていたのだが、使われずじまいの新古品が1つだけ余っていると告げられたのだが……。
「ああアレか。 古くなってたからお前の旅行に合わせて俺が
どうやら身に覚えがあったらしく、ダグラスは駆け足でフロアの奥にある工員の控室へ向かった。 彼の言葉にエックスは首を傾げる。
――――
言葉の
暫くすると、ダグラスがエックスの記憶にもあるお目当ての鞄をもってこちらに駆け戻ってきた。
「待たせたな! 俺の自信作だ!」
心なしか高揚した気分で鞄を適当なテーブルの上に置くダグラス。 彼の言った通り、新古品とは言え少々年季が入っている割には小綺麗に仕立て直されているようだ。
エックスのボディの色と同じく青を基調とした生地は色褪せた様子も無く、新品同様の鮮やかな色調であった。 これにはエックスも喜んだ。
「ありがとうダグラス! こんなに綺麗にしてくれるなんて嬉しいよ! ちょっと中身も見せてくれ!」
エックスが大喜びで開け口のチャックに手を掛けた時であった。
「よせエックス! まだ使い方説明してねぇぞ!」
突然ダグラスが慌てた様子でエックスの手を払いのけたのだ。 迂闊に触れるなと言わんばかりの乱暴な手つきにエックスは呆気にとられる。
「こいつには開け方の手順があるんだよ! 今のじゃロケットランチャーが発射されちまうぞ!?」
「――――は?」
今ダグラスは何と言っただろうか? 彼の言葉を一瞬理解できずエックスは気の抜けた声を上げる。 唐突に武器の名前が出てきたりした気がするがが、それは一体どう言う事だろうか。
しばし固まるエックスであったが、察したダグラスがしばし視線を泳がせたのち咳払いをする。
「ああ、いやなに。 俺は007シリーズが好きでパレットの奴にも見せたら、あいつすっかりジェームズ・ボンドのファンになっちまってな。 自分も『Q』さながらに007の使っている秘密道具を作ってみたいって話になってな。 ついつい在庫の余ってたこの旅行鞄で張り切っちまったんだよ」
「……それでまさか、ロケット弾撃てるように改造したって話か?」
「ロケットランチャーだけじゃないぜ? 他にもあるんだよ!」
映画に触発されたと言うだけで鞄に変な細工をしたダグラスに圧倒されるエックスであったが、しかし彼の口から出た言葉はそれだけではないとの事。 ダグラスは自ら鞄を手にかけ他の機能を手際よく紹介していく。
「まずこの鞄は防弾性能がある。 鞄を支える力さえあれば対物ライフルの弾丸すら止めちまう代物だ。 続いてこれは催涙ガス。 人間相手だけじゃなく、レプリロイドにも一定の妨害効果を期待する為にガスに白い塗料を混ぜ込んである。 もし付着したら中々落ちないからな、万が一つかないよう注意してくれ。 お次は緊急脱出装置、IS技術の応用で作った使い捨ての
「お、おいダグラス……俺達旅行に行くんだぞ?」
「分かってるって。 絶縁加工に短時間だが量子化技術で内容物を偽装する機能も入れてある。 何入れたって金属探知機どころかX線や目視による検査もパスできるようにしてあるぜ!」
「完璧だ」
それを待っていたと言わんばかりに、先程までの態度を一変させダグラスを賛辞する。 二人して熱い握手を交わし、鞄を肩から下げるエックス。 ギミックの分だけ少々重いが、これはダグラスの仲間へ対する旅行への期待と安全への気遣いの重みだ。
「いいかエックス! 内蔵しているロケットランチャーは一発だけだぞ! ここぞと言う時に使えよ!?」
「分かってる! いい鞄をありがとう、愉しんでくるよ!」
「おう! 行ってこい!」
エックスはダグラスに手を振って見送られながら、自分も同じように手を振り返し意気揚々と開発室を後にした。 これだけの素晴らしい装備を提供して貰えたのなら、旅先でどんなトラブルがあったとしても問題は無いだろう。
久しぶりの大阪を愉しませてもらおう。 エックスは背後で出入口の扉が閉まるのを聞き取り、期待に浮かれながら廊下を歩いて行った。
それだけにエックスは気づかない。 ダグラスとの話を聞いていた開発室の他の工員達に、エックス達の旅行に対し不安を覚えられていたのを。 その上で口は禍いの元と悟り、仕事に没頭しながら聞かぬフリをしていた事を、エックスは知る由も無い。
「ふあぁ……今帰ったぜスコール」
3LDKの間取りを持つとあるマンションの、白亜の壁紙と艶めかしいフローリングの床で統一されたさる一室。
目元に隈を浮かべ見るからに眠そうにしているブロンドヘアーの女が、何やら重そうな荷物を片手で担ぎながら、リビングの扉を開けるなり部屋の中にいるもう一人の部屋の主に声をかける。
朝方の優しげな光が、ベランダのガラス戸から薄手のカーテン越しに差し込むリビングの左側、壁掛けの液晶テレビに向かい合うように置かれた本革のソファに足を組んで座り、タブレット端末を操作している金髪の女性『スコール』が出迎えた。
「あら、遅かったのねオータム」
「すっかり朝帰りになっちまった。 サツの野郎がしつこくてたまんなかったよ……ああ、眠ぃ」
重そうな荷物を乱雑に足元に放り投げる『オータム』と呼ばれた女は、ヘアスタイルの崩れも気にせず頭をひっかきながら欠伸をする。
口調からしても悪い言い方をすればガサツそうな彼女に対し、タブレットの液晶端末に触れていた指を止め、温和に微笑みを向けるスコールの身にまとう雰囲気は、高貴で優雅ささえ感じられる。
「お疲れ様……成果はどうだったかしら?」
「ああ、今日の収穫はこいつさ」
重々しい音を立ててフローリングの床に置いた荷物、飾りっ気のないオリーブカラーのズタ袋の口を開き、開けた口の中には大小さまざまな種類の鞄が中に入っていた。
それらを取り出しては、スコールの座っているソファーと壁掛けテレビの間にあるガラスのテーブルの前に膝をつき、丁寧に一つ一つ置いていく。
スコールもタブレットを側に置いて共に中身を確認する。 鞄の開け口の中身が部屋の明かりに照らされると、財布や通帳、或いは現金の束や宝石等の金品が入っている事が確認できる。
「中々のもんだろ。 これなら暫くは『
「そうね……何より利息が膨らんだ分も幾ばくか返せるわね」
二人して顔を見合わせ表情を綻ばせる。 何やら世知辛い現実が垣間見える話をしながら。
「ああ、私達の組織何だかんだで借金抱えてるもんな」
「素性を問わずに融資してくれた『クラブロス金融』には足を向けて寝れないわ……ね」
「……レプリロイドの経営するメガバンクだけどな」
会話を続ける程に、特に『クラブロス金融』なる企業の名を口にした時、二人の笑顔は嫌な現実に頬を引きつらせる宜しくないものになっていく。
特にオータムに至っては『仕事の成果」を握りしめた手がわずかに震えて……心の中が弾けたようにそれを壁際に投げ出した!
「情けねぇッ!!」
黒い鞄が壁に叩きつけられ、中に入っていた宝石類が床にぶちまけられる。 豹変した相方の態度にスコールは注意する。
「オータム! 壁紙に傷が入ったら修繕費は私達が――――」
「修繕費だぁ!? 何でそんなしょっぱい金額いちいち気にしなきゃなんねぇんだよ!?」
叱りつけるスコールの声を遮り、力いっぱい握り拳を作った両手をテーブルに叩きつけて叫ぶオータム。
「どでかい事がやりたくて組織に入ったってのに、やってる事はいっつもしょぼい学校行事の妨害と、ケチなスリから盗品横取りするみみっちいハイエナ稼業! いつからこんなビンボー臭い組織に成り下がった!?」
「仕方ないわよ! 歴史の長い組織だからこそ、今みたいに衰退している時期だってあるわよ! それを何とか再興しようとこうして――――」
「折角のIS使ってまでこんな事やってたら世話ねぇよ! おまけに借金塗れで借りてる相手は、よりによって忌々しい
「っ! そ、それは……」
言い争いを始めてしまう二人であったが、折れたのはスコールであった。 とは言え不満をぶつけるオータムも、自分の口にした言葉に幾分打ちのめされたのか気持ち涙目になってしまった。
どうしてこうなってしまったのか。 彼女達の言葉の中に出てきた『
――――起源は
そんな組織の歴史の中で、世の中に誕生したレプリロイドと接触したのは大きなターニングポイントであった。
人間社会と共存していく彼らレプリロイドの中には、人間社会の中枢に食い込んで発言力を持つ者もあらわれ、それは亡国機業においても例外は無かった。
とは言え有能な者が取り仕切る分には、組織としては恩恵をもたらすので最初は歓迎されていたが、ある時を境に状況は一変する。
そう、最高傑作とされたレプリロイド『
カリスマ的存在のシグマに賛同し離反したレプリロイドは数知れず、亡国機業内の人間とレプリロイドの構成員の間で軋轢が生じ、度々内紛を起こしては組織力を大きく衰退させる原因となったのだ。
オータムはため息をつき、肩を落とす。 彼女もまた、ストリートチルドレンで荒んだ幼少期を過ごしていた身の上で、弱体化前の亡国機業に見出された事を誇りに思っていた。
それがいまや組織間の各部署もバラバラで連携も取れず、一部は自分達みたく予算の工面にも手を焼く有様。 彼女達の今いるこの部屋も組織所有のマンションでもなく、辛うじて自身の努力でなんとか間借りしている一室に過ぎない。
「私だってよぉ……ガキの頃に拾ってくれた組織が、どこぞの顎と尻を取り違えたとしか思えねぇ
確かにISは人類にとっては強力な兵器になりうる。 重力を無視し、あらゆる攻撃を受け付けず装備も豊富なISが有利な面は多々あるが、しかし既存のレプリロイドもその点については負けてはおらず、特A級ハンターの特に飛行能力を有する相手ともなれば一筋縄にはいかない。
その上こちらは総数が500にも満たない少数でいかに性能で上回ろうとも、既に量産体制が整って数を取り揃えて、そこそこの性能を持つレプリロイド達の牙城を崩すには至っていない。
思った以上に身動きが取れない現状にオータムはげんなりした様子で、右側頭部の髪につけた蜘蛛の形をしたブローチを撫でた。
本体さえも格納できるISの量子化技術であるが、機体を使わない待機状態の時はこのようにアクセサリー然とした小物に変化する。
「全部レプリロイドが悪いんだよクソッタレめ! こんな事なら、この前の大阪城公園で巻き上げたあのクソ土方、もう少し痛めつけときゃ良かったぜ!」
組織を弱らせ財布も握られと踏んだり蹴ったり。 生活を困窮していた時代に逆戻りさせつつある事実もあって、彼女は根っからのレプリロイド嫌いをこじらせている。
そんな中でオータムは数日前の出来事……夜の大阪城公園で金品を横取りしてやった、工事帽のようなヘルメットに厚手のコートを着たレプリロイドを憎々しげに思い出す。
フリとはいえバッグをかっぱらわれたり、誇示したISを前に啖呵を切ってきたりなど、いやに根性だけは座っていて気に入らない思いをしたものだ。
これ以上悪態をつくのは流石に見かねたのか、沈黙を守っていたスコールが怒りを蒸し返しつつあるオータムを窘める。
「オータム……その辺にしておきましょう。 悲しくなってくるわ」
「ッ! そ、そうだな……」
肩に手を置くスコールに、オータムも流石に彼女の意を汲んで噴き出しそうな気持ちを堪えたその時。 ソファの上に置いたままだったスコールのタブレットから、チャットアプリの着信音が鳴り響く。
気づいたスコールがタブレットを拾い上げて相手を確認すると、そこには亡国機業とつながりのあるISの技術者からだった。
オータムもスコールの横から画面をのぞき込み、共に書き込まれたチャットの中身を確認すると、そこには彼女達にとって驚くべき内容が書かれていた。
「
「マジか! 『第5世代』なんてガセかと思ってたのによ!」
それはオータムが先程思い出していた、工事帽を被ったレプリロイドから巻き上げた鞄の中身の件であった。
奪った相手にふさわしくない、余りにファンシーな造詣のピンクのバッグだったが、中身は僅かばかりの金品が入った財布と何故か使いこまれた工具箱、そして小さなメモリスティックが発見された。
財布の中には身分証の類は無く、工具も使用感はあるが精度の高い良品である以外これと言った特徴も無い。 そしてフラッシュメモリには『インフィニット・ストラトス第5世代型』なる名前のついた、ISの設計図らしきイメージファイルが入っていた。
インチキかと思いつつも、一応気になって件の知り合いにファイルを送って分析を頼んでおいたのだが、まさか正真正銘の新型だったとは。
「ISって確か今ようやく『第4世代』がお披露目になったばかりだよな……んで、もう『第5世代』だと?」
「これが本物だって事は、そんな設計図を書ける人物と言えば――――」
ISは作られた時期や用いられる技術によって、最初期の機体を『第1世代』としていくつかの世代に区分されているが、今現在主流なのが『第3世代』と呼ばれる物で、ごく少数だが
……その
それはISの生みの親にして、突飛なセンスに裏付けされたエキセントリックな天才。 今なお精力的に研究開発に勤しみ、世界の主流などどこ吹く風で最先端を突っ走る
突如として出てきた『第5世代』なる設計図に驚きを隠せない2人であったが、ふと脳裏によぎった彼女が書いたならこの設計図の存在に納得がいく。 何よりこのメモリスティックの入っていたカバンの造詣こそが――――
「ねえオータム。 貴女あの鞄、大阪城公園で横取りしたのよね?」
スコールが疑問を口にした辺りで、オータムとスコールは互いに顔を見合わせ異口同音に叫ぶ。
ギミック満載の小道具に自爆装置は大事ってそれ一番言われてるから。
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第3話
エックス達が旅立って6日目、流石に人の通りも減り始めた大阪が道頓堀の夜。 店の外観にあしらわれたネオン管が夜の街を、まばらにいる仕事帰りのサラリーマンや酔った観光客を照らす。
そんな街並みの中で、とあるラーメン屋から扉を開けてエックスとゼロが姿を現した。 2人して足取りはしっかりしているが、座った目つきに頬を紅潮させている。
「酒を飲んだ後の〆はラーメンに限るな」
「ゲームの収録の後にいつも寄ってたのを思い出すよ」
酒を嗜み〆の食事に舌鼓を打ち、高揚した気分で宿泊先のホテルへと来た道を戻る。
この大阪にやって来てからと言うものの、随分と開発は進んだが当時と雰囲気だけは変わらない街並みに、2人は収録のためにカプコン社を度々訪れていた在りし日に思いを馳せながら、観光や飲み食いをして大いに楽しんでいた。
最初は難色を示していたゼロも、やはり気心の知れた相手と言う事もあって、当初思い描いていた春爛漫な一人旅でなくとも十分満喫していた。
「しかしまあ、大阪に居られるのも明日が最後か」
「明後日の夕方にはアメリカ帰りだもんな……楽しい時間も早いもんだよ」
「一部穏やかじゃない場面もあったがな」
「そうだね。 相変わらずな町の様子だったけど、でも俺は満足だったよ?」
「フッ、まあな」
旅の途中通りがかった、重火器が飛び交うジャパニーズヤクザ同士の抗争に巻き込まれ、彼らを殲滅した上その親玉らしき人物がセプクスーサイドを果たしたのを思い返していた。
読んで字のごとく自らの首を折る見事なまでのハラキリに、エックスとゼロは敵ながら身をもって責任を取る誇り高き精神に感服していた。
ちょっとしたハプニングもあったが、何一つ不満のない懐かしき旅があと少しで終わってしまう事に、エックスはほんの少し寂しげであった。
皆が帰路につき、人気の引いた歓楽街を後にエックス達が夜風を感じながら歩いていた時であった。
「……ん?」
「どうしたゼロ?」
ゼロが何かに気付き足を止めると、仄かに街灯に照らされた夜道の奥の闇を指さした。
「向こうで誰かが走った気がするぜ?」
「え? 走ったかどうかはともかく、人ぐらいまだいてもおかしくないんじゃ?」
突如として走っていく誰かの影を感じ取ったと言うゼロに、エックスは違和感を覚えた。
彼自身が言う様に、酒の場を後にした誰かの影がたまたま目に入っただけではないのかと思っていた。
だとすれば特に気に留めるほどの物ではない筈だが、しかしゼロはその上で『走っていた』という部分を強調する。
いずれにせよ気にし過ぎではないかと思われたが――――
――――間髪入れずに聞こえてきた途切れる様に短い男の悲鳴と、闇の先にかすかに見える建物の間から、誰かが勢いよく押し出されるように倒れ込む瞬間を目撃する。
「「何だ!?」」
同時に声を上げた直後、複数名の足音が何者かの押し出された路地裏に駆け込んでいく。 倒れた誰かを介抱する者は一人もいない。
夜の歓楽街のもつもう一つの側面、危険な匂いをハンターとして培われた直感が2人を突き動かした。
素早く倒れ込んだ誰かの元へ駆け寄る。 そこには髪を金に染め上げ、耳元にピアスと顔に奇妙な模様のタトゥーを彫り込んだ、見るからにガラの悪そうなジャンパー姿のチンピラが仰向けで倒れ込んでいた。
「うう……あの
薄暗い中でもはっきりと分かるぐらい、顔中に痣を作り痛めつけられたであろう様子を隠そうともせず。
「おい、何の騒ぎだ」
ゼロが膝を屈めてチンピラに声をかける。 ただ事でない雰囲気からこちらも威圧感を漂わせながら。
男はゼロの物言いに感が触ったのか、怪我をした所を見られて安っぽいプライドが刺激されたか、いかにもな態度をゼロに向ける。
「あ!? てめぇには関係ねぇよ! 殺すぞ!?」
「ほう? お前にイレギュラーハンターを殺れるか?」
メンチをきる相手に対し、相応の態度を言わんばかりに殺気をこめて睨みつけるゼロ。
すると相手は公僕の上に歴戦の戦士であるゼロに気圧されたのか、一転して恐怖に支配される。
「ハ、ハンター!? ち、違う!! 俺は悪くねぇ!!」
「……何の話だ?」
「女を追ったのは頼まれたからやっただけなんだッ!! し、知らねぇッ!!」
チンピラは怪我をしているのが嘘のように素早く立ち上がると、そのまま脱兎のごとく夜の闇へと走っていく。
「待て!!」
エックスも後を追おうとするが、それはゼロが横に差し出した手によって制止された。 チンピラの駆け足の音はすぐに消えてなくなった。
「放っておけ! それより誰かを追ってるって言ってたぞ!」
「!!」
「こっちだエックス! 行くぜ!!」
逃げ出した輩は捨て置き、ネオンの輝きはおろか月の光さえ入り込む隙間もない、大きな悪意の蠢く薄汚い路地裏にゼロは誘われ、エックスも相方の後を追った。
悔やんでも悔やみきれぬ忸怩たる思いに苛立ちながら、先の見えにくい路地裏を女性は走っていた。
息を切らしながら走る彼女の体だが、所々ほつれて擦り切れた跡のある青と白のドレスに身を包み、肌の見える両腕と胸周りには薄ら傷跡と小さな痣が転々と、整った顔立ちと長い髪の頭には機械で出来ているらしい兎の耳が片方折れかかっていた。
「待てコラ! 逃げんな!」
後ろからガラの悪い罵声を浴びせながら追ってくる何人もの輩。 かれこれ夕暮れ時から何時間も追いかけられ、いい加減しつこい事この上ない。
ほんの一人二人程度なら、アスリート顔負けなオーバースペックな膂力でいなす事など容易いが、何人倒しても子虫のように湧いて出ては執拗に追いかけられるのだから、いい加減こちらも体力の限界に近い。
とんでもない失態であった。 ある事から険悪になっていた女友達と仲直りの証として、何時も連れている相方を先に東京へ帰して呑みに行ったのも束の間。 酒の場で羽目を外して酔いつぶれた結果友人をかえって怒らせてしまい、逃げ回った果てに悪酔いして倒れ込んだ所をひったくりに逢い、手持ちの金や道具どころか連絡手段さえ失ってしまった。
挙句の果てには空腹でふらつき回った結果チンピラとぶつかって絡まれてしまい、腹いせに叩きのめしてやったらこの様であった。
「逃げんのかよ!! さっさと俺らに捕まれや!!」
「――誰が捕まるかッ!! ああマジでムカつくなぁ!!」
ならず者共の煽りが煩わしくてたまらない。 心底腹が立つ。 好き勝手言われながらも結局逃げる事しかできない今の現状がとにかく気に食わない!
女性は顔をしかめながら、今置かれている自身の現状を呪った。 なぜ自分がこんな凡夫共に、烏合の衆に背中を見せて逃げなければならないのか。
「この束さんがなんで逃げなきゃなんないのッ!?」
当代きっての天才科学者『
散らばった廃材に足を取られぬよう掻い潜りながら必死で逃げていたが、それは遂に終わりを迎えた。 女性……束は路地裏にあって月の光が差し込む開けた場所に入り込んだ。
「あ……」
いや、袋小路にはまったと言うべきであろうか。 所々コンクリートの剥がれと隙間からの雑草の伸びっ放しなその空き地は、建物同士の隙間もあるにはあるがとても通り抜けられそうにない、完全な行き止まりであった。
自分から逃げ場のない場所に逃げ込んでしまい、思わず口から自然と落胆の声が漏れる。
そして後ろからやってくる重なる足音に、体は自然と空地の奥の壁へと足を進め、壁を背にしてもたれ掛かるように来た道を振り返る。
乱れた呼吸を整えていると次々とやってくる、ガラの悪い連中が。
「へっへっへ……もう逃げられねぇぞ」
やって来るなり半円を描くように束を囲い込む不埒な輩。 軽く見積もっても8人近くいるが、あるものはチェーンを手に、あるものはバットを、またある者はナイフを舌なめずりしながら束を睨みつけていた。
全員男で内半数は、束にとってはある意味で人生にケチをつけてくれた忌々しい存在。
「……レプリロイド」
真正面に立っている灰色のアーマー姿の男のいやらしい目つきに、束も鋭い目つきで睨み返す。
今まで襲ってきてたこのチンピラ連中も人間だけならどうにかなっていた。 しかし膂力の優れたレプリロイドまでもが一緒に襲い掛かってきた事が、束を追い詰める主な要因となっていた。
1体程度なら普通に倒せなくもないが、こうも徒党を組まれては流石に人並み外れた能力を持つ自分でもたまったものではない。 対するレプリロイドは状況を見越してか、疲労困憊ながらも気丈に振る舞う束を嘲笑った。
「随分手こずらせてくれたなぁ。 だがもう終わりだぜ、8人に勝てる訳ねぇだろ」
「……ハンッ!
「は? 馬鹿かお前は?」
精一杯の強がりを鼻で笑うレプリロイドに、束は小さく舌打ちする。
「中にはそういう特殊な奴もいるがよ、俺の目的はこいつだ……」
レプリロイドは背中のラックから、手の平より少し大きいレンズのついた黒い機械を取り出した。 あれはハンディカメラだ。
スイッチを入れて録画を始めると、カメラのレンズを向けてこちらを撮り始める。
「ちょっとした小遣い稼ぎさ。 隣の人間のダチと遊んでもらうのを撮らせてもらうとよ、まあわりかし良い金になるんだなこれが。 なあお前ら?」
レプリロイドは横隣りのワル共に目配りをする。 隣にいた人間の連中は「違いねぇ」と束の全身にくまなく目線をやりながら下衆な笑いを浮かべた。
どうやら襲い掛かる直前から撮影し、自分達がこれから一人の女を寄ってたかって襲う瞬間を、余す事無く作品に仕上げてしまおうと言う魂胆らしい。
冗談じゃない! 自分はこんな悪趣味な相手に純潔をくれてやる気はない! 下衆な連中の嫌らしい視線に束は露骨に嫌悪感を露にする。
何とかして抵抗を試みたい所だが、生憎こちらはもう体力の限界であった。 飲まず食わずで休む間もなく走り回り、少なくない怪我も負わされている。
詰んだ状況の中束の心に絶望が浮かび上がり、ふとカメラを構えたままのレプリロイドを見ながら思い返す。
科学者である束だが、科学の結晶であるレプリロイドに対しては好意的ではない。
彼女は間違いなく天才であり成果は確かに出している。 しかしそれが彼女が夢見たような遍く世間への広がりを見せたかと言えばそうではなく、それらを妨げたのが他でもないレプリロイドであったからだ。
厳密にはレプリロイドが占めていたニッチに入り込めなかったと言うのが正しいが、彼女にとっては人生をかけた成果がたいして認められず、あまつさえこうして当のレプリロイドに犯罪に巻き込まれそうにもなれば、悪感情を抱くのも無理もない話であった。
「(ああ、そう言えば束さんからひったくったのもレプリロイドだっけ……)」
泥酔していた最中に辛うじて覚えていた鞄を盗られた記憶、あれもコートを着たレプリロイドの仕業だったか。
考えて見れば人生の大半をレプリロイドの存在に振り回されていた。 世が世なら天衣無縫の振る舞いだって出来たであろうに、散々人様の人生に汚い栞を挟み込んできた
薄ら笑いを浮かべながら、レプリロイド共の犯罪者にふさわしい蔑称を。
「そろそろ終わりにしようや。 一斉にかかりゃこの女も終わりだろう」
「精々楽しませてもらうぜ……行くぞお前らぁ!
抑えの効かなくなったチンピラ共は滾る欲望をぶつけるべく、見た目通りのか弱い女性に過ぎない束に一斉に飛び掛かろうとした。
「ははっ……この、
チェックメイトだ。 束も流石に観念し、いっそ楽になろうと堪えていた意識を手放そうとした。
悪党共が失意の束に飛び掛かろうと一歩足を踏み出したと同時だった。 彼らの背後から2人の男の声がかかる。
突然の来訪者に気を失いそうだった束もこれには反応し、一斉に振り返るチンピラ達の間からその姿を確認する。
狭い路地の前に並んで立つ、蒼い月の光に照らされる青と赤のレプリロイドがそこにいた。
「全員動くな! イレギュラーハンターだ!」
「ったく、この町のガラの悪さは相変わらずみてぇだな」
後ろから長い金髪を下した赤いレプリロイドが、振り返ったチンピラ達の間からこちらを覗き見て、彼の青い瞳とこちらとで目が合った。
「一人の女を寄って集って甚振るとはな」
「大人しく投降するんだ。 抵抗するなら容赦はしない!」
「っはあ? ったった2人で俺達とやんのかぁ?」
チンピラ達は大いに笑った。 彼らは自分達をイレギュラーハンターと名乗ったようだが、束が見た所特に応援らしき姿も無くたった2人の上、丸腰で武器を持っているような様子は見当たらない。
「あのねぇお巡りさん? 俺達はこの姉ちゃんと一緒に楽しい事しようとしてるんだよ! 邪魔しないでくれる?」
「折角いい画が撮れそうなんだよ。 邪魔するんだったらサツだって容赦しねぇぞぉ?」
やって来た正義の味方に一瞬驚きはしたものの、持つべき物を持たずのこのことやってきた2人を、チンピラ達は完全に舐めきっていた。
いきり立つチンピラに対し2人はいずれも怯んだ様子は無く、青い方はむしろ鋭い視線で睨みつけ、赤い方は隣と同じような目つきながら、チンピラレプリロイドのビデオカメラと……さっきからちらちらとこちらを見ているようだった。
「(
束は大いに焦った。 イレギュラーハンターとは、ご存知の通りイレギュラーに対するレプリロイド達を中心とした警察組織である。
向こうは幸いこちらの身の上に気付いておらず、純粋に悪党を逮捕して保護するつもりのようだが、しかし今の自分にしてみれば助けでもなんでもない。
何故なら自分は鞄を盗まれて途方に暮れた今までの間、
万全の状態ならいざ知らず、疲労困憊の上に袋小路に嵌った今の状態では――――
「楽しい撮影だと……だったら俺もその仲間に入れてもらおうか」
「ハッ、いい度胸してんじゃねぇかコラ」
束が現れたハンター二名に気を取られている内に、チンピラの一人が赤いハンターに対しナイフをちらつかせて威嚇する。 しかし赤いのは目を閉じて呆れたように首を横に振る。
「違う、そっちじゃねぇ」
「あ? 喧嘩売っといて今更――――」
「楽しい事ヤるんだったら、俺にもビンビン♂のバスター撃たせろッ!!」
赤いのは閉じた目を勢いよく見開き叫びながら、立てた右手の親指を突き立てる! ――――自身のそそり立つ白いパンツに。
「「「――――は?」」」
今、何て言ったか? 得意げに笑みを浮かべる赤いのに対し、束自身も含めるこの場にいた全員が言葉を失った。
見るからにおっきしたそこをアピールしながらの俺にも撃たせろと言う物言い。 何だそれは、つまり助けに来た訳では無いと言う事か?
そっちの意味で乱入させろとのたまう赤いのに皆が絶句する中、隣にいた青いのは真顔になっていた。
そして相方の方を振り向くなり瞬きする間もなく、既に赤いのの頭に腕を回して首を捻っていた。
重々しくも乾いた音だけが、ワンテンポ遅れてやって来た。
自分も混ぜろと言う赤いのの爆弾発言からの、瞬時の仲間割れに今度は声すら上げられなかった。
首を90度横に寝かせる、あり得ない方向へ首を曲げられた赤いのの口から泡が出るが、例えレプリロイドでも機能停止を免れぬ致命傷を与えた、当の青いのは腕を離しにこやかに笑った。
「駄目じゃないかゼロ。 冗談は時と場合を弁えるべきだよ?」
「ガ、ガボッ! 済まんエックス! だがセクシー美女を前にそそられないのは男としてどうかと――――OK分かったから指を鳴らすな!」
しかし目は笑っていないエックスと呼ばれた青いハンターが、赤いの……ゼロの方は謝罪にもなっていない開き直りに対しもう一撃を浴びせようと指を鳴らし始めると、突き出した両手を横に振って慌てて取り下げる。
「お、おい何だありゃ……仲間割れしやがった」
「っていうか今の動きは何だ? 全く見えなかったぞ」
余りに容赦ないエックスの制裁に、余裕を決め込んでいたチンピラ達が恐慌に陥りそうになっている。
それは理由は違えど様子を見ていた束も同じであった。
「(エックス……ゼロ……!?)」
束でさえ捉える事の出来なかった瞬時の動きに驚きを隠せなかったのは事実だが、それ以上に彼ら2人の名前に驚愕していた。
普段他人に関心を寄せない彼女をしても知っている、何度も引き起こされたイレギュラーの騒乱を解決してきた、3人いるあのイレギュラーハンター達の名前。
「(どう言う事なの!? 聞いてた話と全然違う!?)」
当たり前のように捻られた首を両手で戻すゼロと、改めてチンピラ共に対峙する笑顔の怖いエックスに対し、束も否応なしに心拍数が上がる。
彼女が知っているのはゲームにもなった、彼らイレギュラーハンターのヒーローとしての姿。 それが出くわすなりセクハラ発言をかまし、対して首をへし折ると言う容赦のない行動を見せつけられ、余りにイメージとかけ離れた姿に大混乱であった。
せめて普通のイレギュラーハンターであったのなら、このままチンピラ達と乱闘にでもなって逃げるチャンスを見出せたかもしれないが、一方でチンピラ達は既に腰が引けそうになっているようだった。
「お、落ち着けてめぇら! あんなの虚勢だ! ハッタリに決まってんだよ!」
カメラを構えているレプリロイドの声がわずかに震えている。 この男なりに虚勢を張っていると言う事がひしひしと伝わって来る。
ここでエックスの恐ろしさに素直になっていれば良かったのだが、安っぽく必死でお高く止まろうとするプライドが邪魔をする。
「おいどうした!? 来いよ! てめえなんかにビビるとでも思ってんのかよ!!」
……それだけに、彼はこの先の命運を分ける致命的なミスを犯してしまう。
げに恐ろしき
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第4話
深夜のIS学園がアリーナにおいて、1発の銃声が響き渡った。
昼間には訓練生同士の対戦が行われていたこの場所、今は30人近い女子生徒が見守る中、1人の男子生徒ともう1人、黒いアーマーに身を包むレプリロイドが、その10数m先に横並びに浮かび上がる円形の的と向かい合っていた。
このアリーナにはパイロットの訓練を想定して、通常時は射撃訓練用のホログラム式のターゲットを展開する事が出来るが、今回は板切れなどの適当な廃材に円を書いただけの、古めかしい的を6つ横並びに置いていた。
銃声の出所は大きく足を開いた腰の右側に両手を当てているレプリロイド……アクセルだった。 彼の手にはリボルバー『スパイラルマグナム』が握られ、加熱した銃身の先端から硝煙に似た煙が立ち上る。
しばし姿勢を保っていた彼だが、軽くため息をつくとスパイラルマグナムのシリンダーを開き、全部で6つの空薬莢を排夾する。
「……ん? 今ので6発か?」
射撃の瞬間を見ていた女子生徒達の内の1人、黒く2つに枝分かれしたポニーテールを結んだ少女『
「おかしいな? その割には
アクセルの隣で訓練を見ていた男子生徒『
「ええ? 1発しか当たってないって事?」
「全然命中してないじゃない? 本当に早撃ちに自信あるの?」
「あれ? でもおかしいよね? そもそも1発分しか銃声聞こえてないのに?」
足元に転がる薬莢の数と銃声の数が合わない。 そして命中したのは左から3番目の的1枚、少しブレがあるが中心を撃ち抜いてはいるが、左右にある他の的は全くの無傷。
アクセルの射撃の腕前と実際に目の前で起きた事に対し次々に疑問の声が上がるが、それらを制止したのは女生徒達の内数名であった。
「そう言う事ね? やるわねアンタ、叩き上げのイレギュラーハンターだけの事はあるわ」
最初に声を上げたのはツインテールの中国系の少女『
「ああ、そういう話ですのね?」
「成程。
続いて高貴そうな雰囲気を漂わせる金髪ロールの『セシリア オルコット』と、長いブロンドヘアーを一本結びにしたボーイッシュな『シャルロット デュノア』が納得したような笑みを浮かべていた。
「フン、まさかここに来て『ファニングショット』を見る事になるとはな」
「え? じゃあ本当に今のって
腕を組んで満足げに呟くは、少女達の中でも同い年ながらひと際幼げな印象を与える、銀髪に片目を眼帯で抑えた軍隊上がりの男勝りな『ラウラ ボーデヴィッヒ』。
その言葉に驚いたように声を上げるは、水色の髪に眼鏡をかけた、昼間アクセルを出迎えた生徒会長の妹『
「……なんだラウラ、そのファニングショットというのは?」
「まあ早い話が、アクセルは確かに6発きっちりと銃を撃った。 それも
箒からの問いかけに答えたラウラの言葉に、その場にいた殆どの人間が感嘆の声を上げる。
コルト社が
熟達したガンマンならそれらを1秒足らずで行う事が可能で、トリガーを引いたまま左手でハンマーをコッキングする
「フィクションでは1発の銃声に聞こえる様に描かれるようだが、まさか本当にお目にかかるとは思わなかったぞ。 流石は私の嫁が見出しただけの事はあるな」
「……でも、何発か
「あら、やっぱり見逃しちゃくれないか」
ラウラの称賛からのセシリアの指摘に、アクセルは頭を掻いて苦笑いする。 アクセルは自分が弾丸を叩き込んだ的の方へと足を進め、それらを引き抜いて女生徒達の方に向ける。
空いた風穴は確かに一つだったが、良く見れば左に5㎜と右上に7㎜に穴の縁がブレていた。
「6発中2発ブレちゃった。 僕もこの技は練習中だったからね」
「ごめんあそばせ。 粗を探すようで申し訳ありませんが、狙撃手としては見逃せませんでしたもの」
「分かってるよ。 精進するさ」
少し得意げに笑うセシリアに、アクセルも大して気にしない様子でガンスピンを決めながら銃をホルスターにしまう。
セシリアもISパイロットであり、主な得物を狙撃用ライフルとして国家の代表候補生に選ばれた実力者。 命中率について目ざといのは当然の話だ。
「まあそう言ってやるなよ。 ぶっちゃけあれだけの早撃ちで、まともに当てられるだけでも凄いんだからな。 なあアクセル」
「褒めたって何もでないよ一夏?」
そんなアクセルに一夏が肩に手を置いてフォローを入れる。 彼とは昼間行われた試合の後に労いの言葉を掛けて以来、直ぐに俺お前の仲として打ち解け、一緒にいた周りの少女達ともその時に知り合った。
ここでは同年代の男友達とコミュニケーションをとる機会が少ないのだろう、ハンター業務のあれこれについて根掘り葉掘り聞かれ、アクセルもまた知らない学生生活について情報の交換をしたりしたが、中々に彼も大変な生活を送っているようだった。
「凄いなぁ。 映画の中だけだと思ってた技やるんだもん」
「アクセル君ってかっこいいよね。 顔もイケメンだし」
「織斑君とはまた違うタイプよね! 私後でアタックしてみようかな?」
「人とレプリロイドの禁断の恋って奴!?」
「それならむしろ織斑君とアクセル君のカップリングが――――」
女生徒達の間で黄色い声が上がる。 なにやら恋愛談議に花を咲かせているようだが、アクセルには丸聞こえで少し気恥ずかしい気持ちであり、一部穏やかでない話に身震いもした。
「……男にケツ狙われるのだけは勘弁だよ」
「どうしたアクセル?」
聞こえた話の内容に一夏を流し見して、尻を抑えながら苦々しく呟くアクセルに、当の一夏は首を傾げた。
「何でもない。 それより一夏って大変だね。 こうも女子にキャーキャー言われるのって割と気恥ずかしかったりしない? 言い訳なのは分かってるけど、さっき銃がブレたのも割と視線が気になって、ね」
「そうか? 俺達ってそんなにモテてたっけ? そりゃ、最初の頃は俺も色々言われてたけど物珍しさからだったもんなぁ……まあ、皆良い子ばっかりだから悪気があった訳じゃないけどな――――」
「……割とニブいんだね」
どうやらたった一人の男子生徒は、男子禁制な女の世界でもなぜ自分が市民権を得られているのか、そこの所はあまり理解していないようだ。
「アンタ割とクラスの女の子から好かれてるよ? 女心ぐらいは分かるぐらいになっとかなきゃ、この先生きのこれないよ?」
「こんがり焼かれちまうってか?
そして致命的にジョークが寒い。 これには自分達の話を聞いていたであろう箒達も呆れたような視線を向けてきた。
女心に鈍い一夏も冷めた視線には敏感なのか、一点に集中して降り注ぐ視線に引きつったような笑いを浮かべた。
「一夏……また寒いジョーク言ってる」
「アンタねぇ、もうちょっと気の利いた事言えない訳?」
「あ、あら……やっぱりつまんなかった――――」
「
見るに見かねたアクセルが助け舟を出した。 一夏はアクセルの意味を理解しかねるが、ラウラを除く女性陣は一斉に顔を赤らめた。
「な、何を言ってるのだ! 一夏はそんなはしたない真似はしないぞ!」
「女の子の前でそんな下品なジョークはやめなさいよ!」
「あれれ? きのこだけで何で下品って分かるのさ?」
アクセルの指摘に口を噤む女性陣。 無論アクセルは含みを持たせた上で一夏の寒いジョークに火をつけてやっただけだが、ここまで派手に燃え広がるとは中々に、彼女達は頭の中でそういう進んだ関係を一夏に求めているのが丸分かりだった。
……一夏もちょっとぐらい『早撃ち』の練習したってバチは当たらないだろう。 未だ首を傾げる女心に疎い一夏を、アクセルは呆れたような生暖かい視線を送っていた。
「……火を噴くきのこ? 何だそれは、カエンダケの話か?」
「ラウラ!!」
純朴なのか達観しているのか、まあ前者だろうが見た目と裏腹に軍事に精通している割には、そういった部分にだけは見た目通り無垢なコメントを残すラウラ。 それを背後から両手を回し込んで口を押え制止するは顔面を真っ赤にしたシャルロットであった。
話を拾ったアクセル本人は明後日の方向を向き、口笛を吹いて我関せずを装った。
「(我ながらしょーもなくて下品だけど、ゼロの下ネタには感謝だね)」
ここにはいない赤い仲間に感謝の念を送りながら。
して、中々に遅い時間に施設を利用させて貰った訳だが、アクセルは現在時刻を確認する。
そもそもが消灯時間が定められている学生寮において、アクセルがその門限前に夜風に当たろうと散歩していた所、夜間のアリーナの利用期限を前に射撃訓練を終えて撤収を始めようとしていた一夏達に遭遇。
せがまれる形で射撃の腕を披露した訳だが、的の用意や今のやり取りで割と時間を食ったのでないかと心配していたが――――
「やっばぁ!」
――――悪い予感は的中した。 アクセルが目の当たりにしたのは門限の時間を優に20分近く過ぎていた。
「もう20分も門限過ぎてんじゃないの! 早いとこ片付けよう!」
「え、マジか!? ……うわ! 本当だ!」
「早く寮に戻らなきゃ怒られちゃう!」
アクセルと生徒達は慌ててその場の後片付けを行い始める。 厳格な校則が定められているIS学園においても、特に規則に厳しい先生が寮長を兼任していると聞いていたアクセルは焦りの声を上げる。 しかし。
「あ、でも千冬さん今大阪に行っててしばらく帰ってこないんでしょ? 慌てる必要なくない?」
鈴が『千冬』なる人物が現在大阪にいると口にした途端、大慌てで撤収を始めた女生徒達の動きが止まる。
「……そういえばそうだったっけな。 ああ良かった、ここに千冬姉がいたらまた罰として校庭10周ぐらいさせられたかもな」
「それは勘弁願いたいよね……でも、早いとこ片付けた方がいいのは確かだよ。 どっちにしろ織斑先生に連絡行ったら怒られるし、ぱぱっとやっちゃお?」
シャルロットの言葉にここにいる生徒達全員が身震いすると、てきぱきとグラウンドを整地し用意した機材や道具を片付けていく。
どうやら彼女達が恐れを込めて口にした「千冬さん」「織斑先生」が噂に聞く怖い先生の事と見て間違いないようだが、一夏と同じ名字で彼自身も「千冬姉」と口にしたのがアクセルには気になった。
「……その織斑先生って言うのは一夏の姉弟?」
「ああ、俺達の担任で名実共に最強のISパイロット。 名前は『
「そうそう、結構怖いのよねぇ。 礼儀には厳しいし出席簿のチョップは痛いし懲罰の校庭ランニングさせられたり」
「迂闊に怒らせると、大変」
「私がドイツ軍の訓練生だった時の教官でもあったが、まあ鬼教官だったな」
質問に答える一夏に便乗する形で、周りの少女達も次々に千冬の人物像を語る。 皆共通して怒らせると怖いと言う認識のようだ。
「それはまあ、随分とおっかない人なんだね……でもまあ、僕も叩き上げのイレギュラーハンターだし、実力では負けてないって自信はあるよ?」
「いやあ、千冬姉は実力だけじゃないよ。 何度も言うけど睨まれたら本当に身動き一つ取れなくなるんだって!」
「フフン、ヤバいのとは僕も何度かやり合ってるからどうだろうね――――」
「では試してみるか?」
余裕ぶるアクセルの背後に、突如凛とした女性の声と気配を感じ取った。 それはほんの僅かに怒気を伴い、日常の空気の中にいたアクセルを戦士の顔に引き戻すには十分だった。
気配も無く唐突に表れたその存在は背後から脳天目掛け、何かをアクセルの脳天に振り下ろす! 殺気を瞬時に感じ取ったアクセルは避けるのではなく両手を頭の上に掲げ、降りかかる敵意を両の手で受け止めた!
攻撃は幸いキャッチできたが、両腕に走るその衝撃や戦闘型レプリロイドが繰り出す重い一撃と程度を同じくする!
「「「「「アクセルッ!?」」」」」
突如
「ほう、言うだけあって大した反射速度だな」
「「「「お、織斑先生……!!」」」」
背後にいたのは件の織斑先生なる人物だった。 艶やかで黒くボリュームのある長髪を一本に結んだ、スタイルの良い身体をタイトなスーツとスカートに身を包んだ文句のつけようのない美女。
しかしその表情は険しく、一夏も言ったように有無を言わせぬ迫力を醸し出し、何より最強のISパイロットと謳われる彼女の身体能力を裏付けるかの如く、アクセル目掛けて片手で振り下ろしていたのは出席簿だった。
「こ、こんばんわ~……あ、アンタが織斑先生?」
「如何にも、叩き上げのイレギュラーハンターには一歩及ばん織斑 千冬だ」
冷や汗をかいて引きつった笑みを浮かべるアクセルに対し、彼の軽口に皮肉を込めて返す千冬。 彼女もまた不敵に笑うが、その目つきは獲物を狙う猛禽類のような鋭い視線だった。
「ち、千冬姉!? 学校に戻ってくるのはサミットのある明後日の昼じゃ――――」
驚愕に震える一夏が全てを言い終わる間もなく、アクセルが防いだ出席簿を瞬時に投擲し一夏の額にヒット! 猛烈な衝撃に一夏は仰け反り、出席簿の当たった額を抑えて地面にうずくまる。
「学校では織斑先生だ」
怒気を孕んだその声が一層ドスを効かせたものになる。 目の前で見せた公私混同を許さぬ姿勢から、礼儀にも厳しいと言う面も本当らしい。
して、しばらく帰ってこないと鈴が言ったにも拘らず目の前にいる千冬に、箒が恐る恐る理由を尋ねてみた。
「で、でもどうしてなんですか? 先生はうちの姉と一緒に大阪にいたのでは!?」
「……あのバカタレが、仲直りと抜かしてセッティングした酒の場で失礼な事をやらかしたものだからな、さっさと切り上げて戻ってきたのだ」
「――あの人はッ!!」
明らかに不機嫌な千冬に、箒はここにいない自身の姉なる人物に対し苦虫を噛み潰したような表情をする。
どうやら彼女の姉と千冬は知り合いだが仲違いを起こしていたらしく、それの修復を試みようとした場で粗相をして、一層険悪になった挙句に以後の予定をキャンセルして一人東京がこのIS学園に戻って来たらしい。
して、溜まりに溜まった鬱憤をぶつけるが如く、千冬は校則を破った生徒達に鉄槌を下す!
「お前達! 私がいない間に随分たるんでるみたいだな! 門限はとっくに過ぎているんだぞ!?」
「織斑先生! 私達はアクセルさんを歓迎しようと、その――――」
「言い訳は許さん! 早く片付けて寮に戻れ! 罰として明日は校庭10周だ! 覚悟しておけ!」
生徒達から悲鳴が上がるも、それらも千冬は一喝して黙らせアリーナの後片付けを行うよう教育的指導を行った。 大慌てで撤収作業を始める生徒達を横目に、アクセルは悪いと思いつつも千冬の目を盗んでこっそり抜け出そうと試み――――
「アクセル、お前もじゃぞ」
――――後ろから腕を掴まれて見事に失敗した。 油の切れたゼンマイのようにぎこちなく振り返ると、見覚えのある老人がそこにいた。
「ケイン博士……!!」
ケイン博士が険しい顔をしてアクセルを睨んでいた。 千冬同様気配を悟られずに現れ、いよいよアクセルは蛇に睨まれた蛙のごとく動けなくなってしまった。
千冬自身も逃げ出そうとしたアクセルの動きを察知していたのか、生徒達の方を向きながらではあるが、目線だけはしっかりアクセルの方を見ているようだった。
「お前の立場ならむしろこの子らを指導せねばならん立場であろうに、何をやっとった?」
「あ、いやその……ってか織斑先生と一緒にいたんだ」
「儂も寝る前の散歩をしとった所、どこからか銃声が聞こえてのう。 その直後に帰って来たばかりの織斑先生とばったり会って話してみたら、一緒にここに来る事になったのじゃが……まさか一緒になって校則を破っとるとはのう」
ケイン博士はため息をつくと、一転して目を見開き
「現場で働いとるお前が窘めんでどうするッ!! ……すまんが織斑先生や、止めもせず一緒に夜遊びしとったから、こやつもここの決まりに則って処罰してくれんかのう?」
「ヒエッ……」
「ケイン博士がおっしゃられるのなら是非もありませんね……さて、覚悟してもらうぞイレギュラーハンター?」
口元を吊り上げる織斑先生。 アクセルの刑が確定した瞬間だった。
当然アクセルも千冬とケイン博士の監視の下機材の片付けに駆り出され、ため息をつきながら一夏達の作業を手伝う事になった。
「やっちゃったぁ……」
「ごめんアクセル。 俺らが誘ったせいだ」
「反対しなかった僕も同罪だよ」
世の中甘くは無いと言う事を知っていたにも関わらず、良かれと思っていたにしろ一夏達を止めなかったのはアクセル自身の落ち度である。 申し訳なさそうにする一夏達を、アクセルは別段咎める気にはならなかった。
それよりも罰は罰であるが、朝起きてランニングをさせられるだけで済むとは、校内で完結した出来事とは言え織斑千冬なる人物は、何やかんや言っても温情のある人物だとアクセルは思った。
「……ま、校庭10周で済むならまだ優しい方さ」
「ほう? 10周だけでは物足りんと言うか? なら望み通り――――」
「あっ! いや織斑先生を甘く見てる訳じゃないんだよ、ほら!」
うっかりぼやいた言葉を当の本人に聞かれ、アクセルは慌てて言葉を訂正した。
「僕の仲間の赤と青の2人だったら、赤いのがお仕置きと見せかけてセクハラしたり! それ見たもう片方の青いのがそいつの首ヘシ折ったりとか! 明らかに理不尽じゃないって言いたいの!」
「――――?」
彼女にとって、覚えの無い誰かを引き合いに出された千冬は疑問符を浮かべた。
所変わってここは大阪。 ここにいない第3の仲間が噂した、本当にセクハラした赤いのとそいつの首を折った青いのであるが……。
「相変わらず容赦ねぇな……」
「 人 の 気 に し て い る 事 を 言 う か ら じ ゃ な い か 」
青いの……エックスが最も気にしているワードを煽りに使ったチンピラレプリロイドを、今現在ヌカコーラの空き缶(350ml)とそう変わらない、手のひらに収まるサイズに真顔で
隣でそれを見て生唾を呑み込み呟いたのは赤いの……折れた首がかんぜんに かいふくしているゼロであった。
「あ、ああ……ああああ……」
それをビルの壁にもたれ掛かって座り込んでいるのは、胸元をはだけたエプロンドレス姿で機械の兎耳を頭に被る奇怪な服装の、しかし顔もスタイルも文句なしの長髪の美女であった。
彼女こそ今しがたエックス達が助けた女性であるが、不幸にもエックスを怒らせたチンピラ達の末路を目撃してしまった彼女はショックで震えていた。
実際に始末されたのはエックスに啖呵を切ったレプリロイドだけであるが、他のチンピラ連中は皆
エックスは丸めた残骸を放り投げ、後に残されたのは慌てたように逃げ出した足跡と、地面に打ち捨てられたレンズの割れたビデオカメラと、その隣に転がるは変わり果てた姿の持ち主。
そして、逃げ遅れた哀れな被害女性の姿だった。 兎をモチーフにした姿はしていても、脱兎のごとく逃げ出す事は叶わなかったようだ。
して、イレギュラーの後処理を終えたエックス達だが、2人して被害女性の方を振り向いた。 目線が合うと女性は一瞬肩を震わせる。
「大丈夫、悪いイレギュラーはもういないよ」
エックスは手を差し伸べて悪人共は去ったと彼女を安心させるが、一番の恐怖の原因が自分である事には気づいていない。
そんな中でゼロはもう一度だけ、下から上へと女性の全身をくまなく見ていた。
――――そしてある事に気づく。
「おいエックス。 この女、指名手配の
ケイン「セクハラする赤いのと首を折る青いの? 誰の事言っとるんじゃのう?(すっとぼけ)」
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第5話
ゼロが手傷を負った女性の姿を一瞥するなり口にしたその名前を聞くなり、エックスはゼロの方を振り向いた。
「……あのISを発明した科学者の事かい?」
エックスが問いかけるとゼロは頷き、言葉を続けた。
「自慢の発明のお披露目に『白騎士事件』とか言うドンパチかましやがった女科学者だ。 この面で不思議少女気取った格好してる女なんざ一人しかいねぇ」
「確かに、言われてみれば――――」
ゼロが喋るにつれ表情が醒める様に真顔になるエックス。 2人して女性……篠ノ之 束と呼ばれた彼女に下手人を見るような視線を向け直すと、束は焦りを隠しきれない怯えた顔つきで肩を震わせていた。
ゼロの発した『白騎士事件』とは――――それは10年前に登場したISの盛大な発表会にして、同時に世界中で同時にクラッキングされた各国大陸間弾道ミサイルが、太平洋が日本列島付近に目掛けて一斉に発射されたと言う大事件。
既存のミサイル防衛機構では到底防ぎきれないであろう雨霰の様な数々のミサイルを、テスト機だったIS『白騎士』がたった1機で全てを撃墜したとされ、当機を確保しようとした軍の艦隊を返り討ちにした鮮烈なデビュー。
一歩間違えれば大惨事は免れないその事件を、当時14歳にしてISを発明した張本人、篠ノ之束自らが首謀者であると世界各国に宣言したのだ。
当然そんな彼女は起こした事の重大さから、アメリカ当局に暫くの間監視されていたのだが、数年後には脱走し指名手配されるも足取りを掴めずにいた。
その後彼女は今に至るまで、世界各国の様々なIS絡みの事件を引き起こしたと噂され、世間を騒がせる存在となっていたのだが、そんな彼女をまさか旅行中に確保する事になろうとは、何とも不思議なめぐり合わせであった。
「まさかこんな所でお目にかかるとはな。 さてエックス、どうする?」
「……身の危険は救ったんだ。 とにかく大阪府警に連絡しよう」
怪我をしてすっかり弱っている束を見て、流石にイレギュラーを始末した勢いで強引に捕らえる気にはならなかった。
が、目の前にいるのはいたずらに恐るべき事態を引き起こした張本人。 いくら手負いの天才科学者だろうとそこは見逃せない。
いずれにせよ彼女を保護すると言う意味合いもあり、ここは地元警察の協力を仰いで護送してもらおう。 そう考えたエックスは無線機を起動すべく口元に腕をかざした。
「う……うう……」
エックスが応援を呼ぼうとした時、束の口からか細い声が上がる。 よく見れば彼女の目元は潤んでおり、嗚咽のようにも聞こえていたが――――
「うわああああああああああああああああんっ!!」
目元から涙が流れ落ちるのをきっかけに、堰を切ったように号泣し始めたではないか!
「お、おい何だこいつ!?」
涙を流して大泣きし始めた束にゼロもたじろき、エックスも無線を繋ごうとするのを止めて彼女に駆け寄った。
「何でよおおおおおおおおおおッ!! どうして皆束さんをいぢめるのおおおおおおおおおおッ!?」
「お、落ち着いて! とりあえず落ち着いて!」
「酷いよおおおおおおおおおおおおおッ!!」
少女趣味の奇天烈なセンスの彼女ではあるが、大人の女性がここまで人目を憚らずに大泣きするとは、余程精神的に追い詰められていたのだろう。
肩に手を置いて宥めようとするエックスだったが、涙目で狂乱する束に腕を振りほどかれてしまう。
「落ち着いて篠ノ之博士! 身の安全を確保する為だから!」
「やめて!! 放してよ! 私に乱暴する気でしょ!? エロ同人みたいにッ!!」
「バカな事言ってるんじゃねぇ! お前の胸の谷間とか! 尻がでかいのとか! ちょっと柔らかそうとか俺は全然思ってねぇぞ!」
「びえええええええええええええええええええええええんッ!!!!」
「エロ同人みたいにする気満々だろッ!!」
下心丸出しなゼロの受け答えに、束は余計に不安を煽られこの上ない悲鳴を上げた。 修羅の様な憤怒の表情をゼロに向けるエックスだが、対して何故かゼロは得意げであった。
空気を読む気ゼロな、時と場を全く弁える気ゼロな発言に余計に混乱に陥る現場だったが、それでも何とか宥めつかせようとエックスは懸命に努力する。
「ぐすっぐすっ……お願い……私を、私を捕まえたりしないでぇ……」
「何を言ってやがる。 お前はミサイル以外にも余罪は沢山あるだろ。 悪いが見逃す訳には――――」
「『白騎士事件』なんてデタラメだよぉ!! 警察なんかに捕まったら『亡国機業』に囚われちゃうよッ!!」
「「は?」」
そんな中で、真っ赤に泣きはらした顔を溢れる涙で濡らす束の口から、何やら聞き捨てならない話が飛び出してきた。 エックスとゼロは異口同音に疑問の声を上げた。
「『亡国機業』って、何だっけ?」
「いや知らん。 それにこいつ『白騎士事件』なんて知らねぇって言い始めたぞ」
「えっ?」
今更になって過去に引き起こした事件は濡れ衣と抜かし、聞いた事も無いような組織……なのだろうか? 名前を出してくる辺り、言うに事欠いた故の発言にしか思えなかった。
「おい、この期に及んでつまらん泣き落としが通用すると思うなよ。」
ゼロは険しい顔で、弱弱しく嗚咽する束に詰め寄った。 再び肩を一瞬震わせる彼女だったが、強気で束に迫ったがばかりに余計に泣かさないか、エックスは動向を心配そうに見ていた。
その時、束はここに来て意外な事を口走る。
「……お腹すいた」
「――今度は何だ?」
突如真顔になって空腹を訴える束。 会話に脈絡が見当たらない彼女に、ゼロは顔をしかめながらうんざりしたように呟いた。
「お腹すいたお腹すいたお腹すいたッ!!」
「ちょっ! 何しやがる!!」
束はゼロの両側の二の腕を掴み、大きく前後に揺さぶって半狂乱に叫ぶ。
「ここ数日ロクに食べてないもん!! 手持ちのお金も尽きて水も飲んでないもん!!」
「知るかそんなもん! いいから大人しくしやがれ!!」
「イヤッ!! お腹すいたもん!! 何か食べさせてくれなきゃ泣いてやるもんッ!! びええええええええええええええええええええんッ!!」
ゼロの制止も空しく、駄々をこねる子供のように再び号泣する束。 あんまり大声で泣かれても野次馬がやって来て面倒になっても困るのだが、打つ手なしの状態にゼロは気まずそうにするエックスに目線を向ける。
「エックス、どうするコレ」
「とりあえず――」
「ご馳走様でしたぁ!」
篠ノ之束は口元に食べかすをつけながら、至極満足した様子で両手を合わせた。 うって変わって上機嫌になった彼女をエックスとゼロの2人は苦笑する。
ここはエックス達の宿泊するホテルのすぐ隣にある、深夜帰りの宿泊客を相手取る鉄板焼きの店であった。 古めかしいが清掃は行き届いている漆喰の壁に包まれ、威勢の良い主人を前に熱気立ち込める鉄板と木製のカウンターを挟みながら、所狭しと並べられた丸椅子に談笑する酔った客が座っている、昭和風のレトロな店舗であった。
「数日食べてなかったって言ってたのに、そんなに掻き込んで大丈夫かい?」
「ヘーキヘーキ! 束さんは細胞レベルでオーバースペックなのだ!」
飢えた体に食事を放り込むのは負担がかかる筈だが、全く意にも介さない様子でむしろ満面の笑みを浮かべる束。 顔は真っ赤に泣きはらし、全身ボロボロで痛々しかったさっきまでの彼女の姿が、まるで嘘のように艶やかに輝いて見せた。
心なしか身の着の物も埃や破れ、頭につけている折れてた筈の機械の兎の耳も修復されており、彼女の心の内面を表すかのように清潔な姿になっていたのはエックス達の失笑を誘う。
「しっかし随分食いやがったな。 言っておくがもう打ち止めだぜ」
「ありがとね! 私もお腹いっぱいだから満足だよ!」
心配そうに見ていたエックスが呟いた通り、束はここに来た途端店にあるメニューの大半を片っ端から注文し、鉄板の上に次々と焼かれていく肉や粉物を貪るように食らいつくした。 店にいた全員が少々お行儀が悪くも豪快な彼女の食べっぷりに驚き呆れ、しかし触発されるように注文が相次いだりもした。
そのせいで万単位は残っていた手持ちの金も彼女の食事代に消えた訳だが、当の束は余裕のピースサインを店主に見せつけ、彼女の見事な食べっぷりに圧倒されていた店主も満足げに笑った。
「でも助かったよ。 ろくにモノ食べてなかったから本当に危なかったんだよ」
「どういたしまして。 ……何だってまた、あんなボロボロになるまで逃げ回ってたんだい?」
エックスは各地を飛び回って引っ掻き回している側の立場にある彼女が、疲労困憊した姿で追い詰められていたのか疑問を抱いていた。 すると束は明らかに落ち込み、トーンの下げたか細い声で答え始めた。
「ケンカしてた友達と仲直りしようとしたんだけど、酒の場でうっかり相手を怒らせちゃったの……逃げ回った拍子に酒も回って倒れ込んで、持ってた鞄をひったくられたの。 こんな身の上だから被害届も出せないし……」
「それで街中を彷徨った挙句に、ならず者たちに目をつけられたって訳か」
「で、友達って言うのは誰だ? 何言って怒らせたら店から逃げ出すような事になった?」
ゼロの質問に、束は心底気まずそうに身をすくめて答える。
「ちーちゃん……あの織斑千冬だよ。 どういう身の上か知ってたのに、酔った勢いでうっかりドラゴンボールやキカイダーとか、人造人間系のネタを振っちゃったせいで怒られちゃったんだよ」
「「?」」
その名前にはエックスとゼロは耳に覚えがあった。 織斑千冬と言えば『ブリュンヒルデ』の2つ名を持ち、篠ノ之束と個人的に親交のある名ISパイロットと聞く。
そんな彼女と人造人間なるワードのどこに結びつくものがあるのか、いささか疑問に感じる2人。
「強すぎて人間味がないって言われる事を気にしているとか?」
「分からん。 人間の身の上で作り物呼ばわりされようがどうって事も無かろう。 俺らでも、なあ」
元々レプリロイドとしてのアイデンティティがあるエックス達にしてみても、そもそもが作り物である自覚があるので何故怒るのかは分からない……が、とにかく些細なきっかけで不和を招き、身の回りの状況がこじれてしまったのは確かだろう。
「……とにかく、お前が無一文で今後に不安があるのだけは分かった。 お尋ね者って事もあるしやはり見逃せない。 少し歩けば警察署があるんだ、一緒に行くぞ」
彼女の要求には答えた。 十分旨い物を食わせてやったのだから、大人しくお縄についてもらおう。 本題を切り出そうとしたゼロだったか、束はゼロを流し見てため息をついた。
「……だから、私は本当に悪い事してないもん」
「おい、お前がグズるから色々食わせてやったんだぞ。 そろそろ観念したらどうだ?」
「本当だよ! 束さんは『亡国機業』って組織に嵌められた上に、この天才的頭脳を狙ってあの手この手で迫られているんだよ!」
大人しく身柄を預かるよう促すゼロに対し、あくまでも束は無実を訴え語気を強める。
落ち着かせるためとは言え、色々と良くしたにも関わらず被害者だと口にする束に、いよいよもってゼロも不機嫌になりかけた。
露骨に目つきを鋭くする相方の様子を察したエックスが、場を持たせようとゼロを宥める。
「落ち着いてゼロ……えっと、篠ノ之博士? 君の言ってる事は本当なのかい?」
「束でいいよ。 エックスも私を疑ってるの?」
エックスは無言で頷いた。
「済まない……いきなり組織の陰謀だったって言われても、正直ピンとこない。 第一『亡国機業』って名前の組織は聞いた事も無い」
「秘密結社だからね……そっか、もうそこまで落ちぶれてたんだアイツら」
エックスは目を閉じてカウンターに肘をつく。 ゼロもそら見た事かと言わんばかりに胸元で腕を組んで束に鋭い目線を送った。 束は最後の方で何やら聞き取れない程に小さな声で呟くと再びため息をつき、3人の間に沈黙のムードが流れる。
そんな時、カウンター向こうの壁に掛けられていた液晶テレビにニュース番組が映し出された。
<IS学園においてIS関連企業の数々とレプリフォース、そしてイレギュラーハンターらが参加するサミットの開催日が後2日となりました。 関係者らは早い段階から現地入りを果たし、IS学園の来客用施設にて滞在しながら関東近辺において日本文化に触れ――――>
テレビにはエックスとゼロにとって見知った頭の眩しい白い髭面の老人……ケイン博士の姿が映し出されていた。 その姿を束が見るなりカウンターに手をついて椅子から立ち上がっては、片方の手でテレビ画面を指さした。
「そうだ! 束さんこのサミットに出席しなくちゃなんないんだった!」
「ちょっ! ちょっと落ち着いて! 周りに迷惑だよ!」
エックスも立ち上がって彼女に席につくよう促しながら、大声で周りの注目を集めた事を「酒が回った」と平謝りして自分も着席した。 今度は何の話だ? エックスが逸る束に問いかけると、束は店内の他の人々には聞こえない様に小声で話し始めた。 エックス達もそれに応じる形で囁くように問答する。
「私は新型のISの設計図を持って、2日後のサミットに参加する事になってるの。 一緒に出るケイン博士を通じて、イレギュラーハンターに『亡国機業』からの保護を求める為にね」
「ええ?」
「ちょっと待てよ。 お前が参加するなんて話聞いた事も無いぞ」
「そりゃそうだよ。 私はお尋ね者だし非公式って扱いなんだよ。 こんな身の上だから警察の助けも借りられないし、それでなくても連中の息のかかった手合いが紛れ込んでるんだから」
目頭を押さえて難しそうに答える束。 しかしエックスやゼロからすればどうにも信じられない。 特にゼロに至っては嘘に嘘を重ねているようにしか感じられず、怪訝な眼差しを束に送る。
「信じ難いな……だったら確かめてみるか?」
「あのじじい寝起きの機嫌悪いから、下手に叩き起こせねぇぞ」
エックスとゼロの2人をしても、ケイン博士は中々に頭の上がらない人物と認識している。 その上彼は老人だ、すっかり深夜になっている現在の時間帯だと、既に床に就いているとみて間違いないだろう。
束の話が正しいかどうか、今この場で確かめる術はないものかと頭を捻ってみるが、解決策はすぐに見つかった。
「そうだ、アクセルの奴がIS学園に派遣されてたな。 あいつだったらギリギリ起きてるかもしれねぇ、聞いてみるか」
「頼む」
ゼロは立ち上がり、店の外で通信をとってみようと出入口に足を進めるが、束が慌てた様子でゼロを制止する。
「通信はダメ! 傍受されたらどうするの!?」
「お、おい何しやがる!」
「警察にも息のかかった奴がいるって聞いてたでしょ!? 変に束さんの話なんかしたら居場所がばれるじゃない!」
ゼロの腕を抑え込もうとしてもみ合いになる束。 これはまずいと思ったのか、エックスは手早く会計だけを済ませると、店の迷惑にならないよう外に2人を連れ出した。 暖かで明るい店舗から涼しく薄暗い夜風に晒される。
慌てて出てきた3人だったが、確認の通信を遮られた事でいよいよ2人は束を疑わしい事この上なく思った。 が、しかし束は負けじとエックス達に『お願い』を申し上げた。
「いきなり分かんない事ばっかり捲し立てて悪いとは思ってるよ……でもお願いがあるの、どうか私を信じてIS学園まで連れていって! なるだけ多くの人の目に晒されない様に!」
両手を組んで上目遣いにエックスとゼロを見つめる束。 加護欲を掻き立てるような仕草に見えなくもない、縋るような……悪く言えば媚びるような視線にエックスは困ったような表情をする。
一方でゼロは疑惑の眼差しを隠そうともせず、むしろ変な動きをとろうと言うものなら、今にも飛び掛かりかねない様な怒気を漂わせていた。
そうした中で束は僅かに身を屈めた。 それは2人の視線からは、ドレスの切り拓かれて露出した胸の谷間が見える角度で。
「何だってするよ! 特にそっちのエッチなゼロには身体だって許しても構わないから!」
篠ノ之束は奥の手『女の武器』を使った!
「束! 疑って悪かった! 『亡国機業』って組織につけ狙われてさぞかし辛かったろう!!」
こうかは ばつぐんだ! ゼロはクールな顔立ちながら見開かれた眼で胸元をガン見しながら親指を立てた!
エックスは激怒した。
ちなみにケイン博士ですが、彼の携帯の着信音は『ゴッドファーザー・愛のテーマ』です。
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第6話
束(の胸)を称賛し態度を急変させたゼロはエックスと口論になった。
「何言ってるんだああああああああああッ!!!! 色仕掛けにあっさり引っかかってどうするんだぁッ!!!!」
「この女はすんばらしいおっぱいの持ち主だッ!! 信じるにはそれで十分だッ!!」
「胸は関係ないだろッ!」
「ある! それはおっぱいは沢山の夢や希望を詰めこんだ唯一無二の真実だからだ!! たとえこいつの話が嘘でも、圧倒的おっぱいの存在の前には与太話も本物になるぜッ!!」
「訳の分からん事を言うなぁッ!!」
協力を渋る相手に色仕掛けから入ってみたが、思った以上に効果を発揮して内心束は面食らっていた。
ゼロがエロに対し愚直なまでに忠実なのを、先のやり取りで理解した上での行いではあるが、あまりにもあっさりと意見を翻す彼に束はドン引きするしかない。
しかし相方であるエックスは開き直るゼロに対し大変ご立腹で、下手をしたらゼロを叩きのめしかねない程に怒り狂っては、既に悪びれる様子もないゼロの胸倉を掴み、片方の空いた手で指を鳴らしていた。
今にも殴り掛からんとする……と言うよりは首をへし折りそうなエックスに対し、束は横から割って入るように次の一手を打つ。
「エックスも協力してくれるのなら、ISの技術を使った新型アーマー作ってあげてもいいよ!」
「それを聞きたかった」
何と一瞬で前言を撤回した。 ゼロを掴んでいた手の中には、代わりと言っては何だが束の両手が収まる事になった。 態度をあっさり翻し、束の両手を上下に振るエックスも同類だと言わんばかりに、ゼロは生暖かい視線を送っていた。
「俺達イレギュラーハンターが、必ず君を無事にIS学園まで連れて行く」
「大船に乗ったつもりでいてくれて構わない。 俺達を信じろ!」
「ア、ハイ」
呆気にとられた束の空返事に、エックスは両手を離すと今度は、放した手をゼロと共に掲げ大喜びでハイタッチした。 あっさりと協力を取り付けられた事に対して束は少し面喰ったが――――
「(驚く程単純だね……正直束さんドン引きだよ)」
思いがけない形ではあったが、しかし戦力としては間違いなく頼れる協力者が手に入った束は、エックスに捕まれた両手を服で拭き取りながらほくそ笑んでいた。
自身に対する不信から『騙された』振りをしているのではないかとも逆に疑ったりしたが、既に報酬について盛り上がっている彼らの様子を見て、その危険性はないだろうと踏んだ。
「(しっかしちょっとエサ吊り下げるだけで、
そう、長々と身の上話を語っていた彼女であったが、自身の立場を決定づけた『白騎士事件』の影に、そして今に至るまで『亡国機業』なる組織の暗躍に苦しめられていると言う、彼女自身の言葉は全くのデタラメであった。 もちろん数日後にIS学園にて開催されるサミットに、非公式に参加する話もである。
なぜエックスとゼロを騙してまで、自身の護衛に雇おうとしたその理由は。 千冬と大いに喧嘩して、逃げた先で鞄を盗まれ途方に暮れていたのは本当であった。 しかしお尋ね者の身として警察に助けを求める事も出来ず、そうするつもりもさらさらなかった。
彼女は深刻と言えるほどに対人経験値が低く、自分の興味を惹かれない人物を冷たくあしらったり突き放すなど日常茶飯事。 場合によっては徹底無視さえ辞さないと言う。
エックスやゼロに対しても、今こうして縋るような態度をとっているのも、全ては彼らの同情を買って利用する為。 何せさっさと向こうにさえ到着すれば、数少ない心を許している相手である自分の助手に、予てから彼女が拠点としている移動式ラボ『
束が敢えて『亡国機業』の名を出したのは、警察にも権力が及んでいるとして協力させず、秘密裏に東京を目指す為であったからだ。 護衛の目的も含め真実を話す気も無く、ましてや約束事を守るつもりもさらさらない。
「(無一文じゃなくって顔が警察に割れてなきゃ、わざわざこんなオムニ社のポンコツみたいな連中に護ってもらう必要もないんだけど、まあ贅沢は言ってられないね)」
せめてちょっとした端末の持ち合わせでもあれば、彼らに頼らずさっさと助手と連絡を取り合い、こちらに来てもらうと言う手段もあったが。
或いはでっち上げた傍受の危険性と言う嘘を悟られぬよう、彼らも持っているであろう端末をこっそり拝借する事も考えてはみるが、何にせよ今は彼らを頼る以外に方法はない。
「……さて、今日はもう遅い。 ホテルで一夜過ごしてから、また明日の事考えよう」
「そうだな。 こいつの正体気づかれずに東京まで行く段取りも考えねぇとな。 今日はもう寝るか」
「俺達の部屋の隣は空室だったな。 男2人と同じ部屋は嫌がるだろうし、使えないか聞いてみよう」
「だな」
エックスとゼロは居酒屋のすぐ隣のビジネスホテル『INN MUR』へと足を進めた。 こちらの胸中など気づきもせず、わざわざ自分の為に部屋をとってくれるらしい。
「(ま、精々ボロゾーキンのように使い倒させてもらうからね! ……それにしてもまともにベッドで寝るなんて何年ぶりかなぁ?)」
感謝など1㎜もない自分本位な考えの下、既に彼女は今日寝られるベッドはどれほど快適なのか、その事にしか関心が無い有様であった。
さて、ガラス張りの自動ドアが開かれた先の『INN MUR』であったが、ビジネスホテルと言う括りにしては中々に設備が整っている。
玄関の間取りは中々に広く、大理石のタイルの床には赤い絨毯がロビーに向かって真っすぐ伸びており、宿泊客を待ちわびる様に夜遅い時間に受付でにこやかに立つホテルマン達の姿。
時間帯故に人は座っていないが、
幾分小型ではあるが天井で煌くシャンデリアの存在は、否応なしに来た者に豪華とまではいかなくとも小奇麗な印象を与えてくれた。
エックスは早速空室について受付に話を切り出すと、二つ返事であっさりOKを貰った。 別段トラブルも無く鍵を貰いこちらに戻ってくるエックス。
「随分あっさりと借りれたもんだな」
「向こうも商売だしね。 何にせよ部屋がまだ空いていてよかった。 ただ今回部屋を借りたせいで、もう持ってる現金が明日の束の分の朝食で無くなりそうだ」
「そうか。 まあ、どっかで金を下ろす事もまた明日考えるか……行こうぜ」
エックス達の後に続くように、束は一緒にエレベーターに乗り込み8階を目指した。
正直言って親しくもない相手と同じ密室に入るのは、たとえ僅かな時間でも束にとっては気分の良いものではない。 しかし外面は取り繕わねばならず、あくまでにこやかな表情を心掛けた。
そんな息の詰まるような瞬間は、8階に到着した事を告げるチャイムの音でかき消され、ロビーと同じ赤い絨毯の引かれた開かれた空間が姿を現した。
目の前にはショーウィンドウ越しに釉薬の青い色のついた壺が目に入り、右側にはガラス越しに夜景が、左側には自室へとつながる廊下が続いていた。
目指す部屋は突き当りにあるので、道なりに廊下を進むとあっさりと目的の部屋の前にたどり着いた。
「俺達の部屋が『810号室』で、束の部屋が『811号室』……まあ、言った通りすぐ隣だ」
「扉自体も隣接してるから、何かあっても直ぐに駆け付けられるな」
部屋割りは奥の方にあるのが810号室で手前が811号室、部屋の構造が左右対称になっているのだろう。 エックスが言う様に扉は隣同士になっている。
エックスから鍵を預かり、早速部屋の扉を開ける。
「それじゃあ束、今日はもう疲れたろう? ゆっくり疲れを癒してくれ」
「ありがとねエックス。 ……まともな部屋で寝るなんて久しぶりだよ」
「じゃあな。 また明日だ」
エックスと別れ、束とゼロは真っ暗な811号室へと入っていった。 早速束はエックスから預かった部屋のカギについている、クリアブルーの長いスティックを壁際のホルダーへを挿入する。
燈色の混じった電球色に照らされた部屋の中、ブルーのかかったカーペットが敷き詰められた床の上を、テーブルランプを挟むように設置された真っ白なツインベッド。 鏡の備え付けられたテーブルと椅子などが置かれている。
オーソドックスな部屋割りだが壁紙の剥がれも無ければ埃一つ落ちていない、決して広いとは言えない部屋だが、寝泊まりだけならむしろ上等な設備が供えられたホテルの一室と言っても良い。
部屋に入った瞬間に回り始めた空調も、夏の蒸し暑い空気を涼し気で快適な空気に入れ替えてくれた。
「っはああああっ! 疲れたもおおおおおおおお!!」
束は靴を脱ぎ捨てベッドに飛び込んだ。 成人女性の体重を優しくかつ、弾力を持って受け止めたマットレス。 柔らかでさらつく心地よいベッドシーツに悶え、ベッドの骨格は軋む様子もない。
「フッ、随分とお疲れのご様子だな」
「全くだよ! どっかの誰かに鞄盗られるわチンピラに追いかけ回されるわ……鞄さえ無くさなきゃ大変な目に逢わずに済んだのに、この天才束さんらしくもないとんだ失態だよ!」
部屋の入口のすぐ側で壁にもたれ掛かるゼロに対し、束はベッドにうずくまったまま愚痴を吐いた。 数日間酷い状況に置かれてきた中で、寝床の感触から逃れてまで顔を向き合うだけの気力は彼女にはなく、ゼロの表情までは窺えない。
「鞄さえあれば、か……で、鞄取った奴の顔とかは覚えてるのか?」
「うん。 工事帽被ったがっしりとしたアーマーの人型のレプリロイドだったよ。 目っていうか顔はガスマスクみたいな造形で、コートか何か着てた」
束はちょっとした自慢だった、可愛いピンクの鞄をひったくった憎たらしいイレギュラーの姿を覚えていた。 犯罪者一人一人の身の上など一々知る由もないが、自分にちょっかいを出して引っ掻き回した男の顔だけは忘れられず、街灯に照らされた記憶の中の姿をはっきりとゼロに伝えた。
するとゼロはしばし沈黙すると、少しの間を開けてから小さく呟いた。
「……まさかな」
意味ありげに呟いた一言を、束は聞き逃さなかった。 兎耳を高々と伸ばしながら勢いよく身を起こし振り返った。 考え込むように口元を抑えるゼロと目があう。
「そいつはひょっとしたら顔見知りかもしれんが、俺の考えは多分正しくない」
「どうして?」
束は何時になく真剣な眼差しでゼロを見据えるが、ゼロは首を横に振って答えた。
「何故ならそいつはこの間、エックスに氷漬けにされてアブハチトラズ刑務所に収監されたんだよ。 で、今も服役中って訳だ」
「……なんだぁ」
束は落胆した。 アブハチトラズと言えばアルカトラズ刑務所を前身とした、アメリカ屈指の規模の連邦刑務所だ。 しかもゼロの口ぶりからすれば自分達が捕まえた犯人らしいので、そんな彼がもし仮に脱獄していたとしても、直ぐに彼らの耳に入っていてもおかしくはないだろう。
「あー……何だか変な汗かいちゃった……そう言えば私全然風呂に入ってないんだよねぇ」
「シャワーぐらい浴びたらどうだ? そんなナリしといて汗臭かったら世話ねぇぜ?」
「むっ! 女の子に汗臭いとか言うな! ――でも実際汚いしね。 ゼロの言う通り入っといたほうがいいかも」
デリカシーに欠ける物言いに口を尖らせるも、しかしこの暑い環境下で汗をかく事も多かった。 自身では自分の体の匂いは感じ取れなくとも、体が少しべとつくのは事実だったので、ここは彼の言葉に従っておこうと束は思った。
早速熱いシャワーで汗を流そうとベッドを降りると、部屋の中心でてきぱきとドレスのボタンに指をかけ――――
「――――ん?」
脱ぎかけた辺りで異変に気が付いた。 それははっきりとした具体的なものではなかったが、全身に纏わりつくような奇妙な違和感だった。
「どうした束? 早く脱いだらどうだ?」
束は声に反応するように、違和感のする方へとゆっくりと振り返った。 そこには変わらずゼロが壁にもたれ掛かって立っていた。
服を脱ごうとする動作を止め、ぎこちない動きで向き合った束に怪訝な眼差しを送るゼロの姿。 彼女にとっては、
当たり前のように部屋を分かれたゼロを見送ってしまい、そのあまりに自然体なリアクションから異変の察知が遅れたエックスが、慌てて自室の扉から飛び出したと同時だった!
束とゼロの悲鳴がシンクロし、811号室の扉を内側からぶち破って吹き飛んだゼロ! 蝶番のもげたドアと共に正面の壁にめり込む、正に決定的な瞬間がエックスを出迎えたのだ!
「お、遅かった……」
壁に突っ伏しながら、ドアをずり落ちるゼロの姿にエックスは脱力する。
「何で当たり前のように一緒の部屋に入ってんのッ!? わざわざ別で部屋取った意味ないだろッ!!」
部屋の中から遅れて束が飛び出してきた。 目を吊り上げて糸切り歯を強調するように歯ぎしりするその表情は、さながら日本にある般若のようにも思えた。
対するゼロは一瞬意識が飛んでいたようにも思えたが、直ぐに身を起こして束の方を振り返ると、不敵に笑う整った顔立ちを崩してやまぬ、滝の様な大量の鼻血を流して余裕綽々の態度をとっていた。
「フッ、ちょっとした軽いジョークだ。 それに約束の件だってある、そうだろ?」
「前払いなんて一言も言ってないんですけどッ!?」
わざわざ女性の身を気遣って部屋を一つ借りたのに、どうして当然のように一緒の部屋に入ったのだろう。 理由はまあ聞くまでもないが、目を離した瞬間のゼロのやらかしにエックスは額を押さえた。
「それにしてもこんな夜中に騒がしいな。 周りの客が起きてきたらどうする?」
「騒がしくしてんのはお前だろ!! ちょっとは悪びれたら――――」
怒りの余りドスの効いた口調で叫ぶ束の言葉を遮るように、エックスがゼロと束の間に割って入った。 この場にふさわしくない程に、不自然と穏やかにはにかみながらゼロと向き合った。
「そうだねゼロ。 こんな夜中に騒いだら周りのお客さんに迷惑だね」
優しげに語り掛けるエックス。 彼がどんな種類の笑顔だったのかは、割って入られた時の一瞬では判別がつかなかった。
しかしその答えはすぐに理解できた。 ゼロがにこやかながら青ざめた額から、冷や汗と思わしき大量の汗を流しているのを見れば。
何をしたのかは青い背中越しでははっきりとは見えない。 しかし何かを横にひねるようなエックスの腕の動きと、直後に聞こえてきたゼロの間抜けな声、そして何かが折れる乾いたような音の三拍子が全てを物語っていた。
束は思った。 ああ、これはチンピラ達に対峙した時にも見たなと。
エックスはゼロの全体を体で覆い隠すような位置取りのまま、彼の体を掴んだまま引きずって部屋に戻ろうとする。
扉を開けて敷居に彼の体を跨がせようとした時、一瞬だけゼロと目が合ってしまった。
束は声も上げられなかった。 成すがままのゼロはにこやかに笑ったまま青褪めて白目を剥いており、何よりも首がはっきりと90度以上真横に傾いていたのだから。
唖然とする束を察したのかは知らないが、ゼロを部屋に運び込んで扉を閉じる前にエックスが身を乗り出し束に一言。
それっきり扉を閉じてしまった。
彼の言葉が誰に対して語りかけたものだったのか、普通に考えれば自分なのかもしれないが、安らかに眠るゼロの顔を見た束には、含蓄のある言い回しにしか聞こえなかった。
騒ぎを聞きつけた他の宿泊客が次々と部屋の扉を開け、束の部屋の前の壁にめり込んだ扉を見て騒がしくなる中でも、彼女は考えずにはいられなかった。
――――ひょっとして自分は、取り返しのつかない人選ミスをしてしまったのではないかと。
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チャプター2:ミナミの蟹
第7話
朝焼けに照らされ、目覚めの時を告げる小鳥の囀りに包まれたIS学園の校庭。 定められた起床時間よりもなお早いこの時刻に、30人近い生徒達が一斉に走っていた。
彼女達の担任に当たる織斑千冬の懲罰によって、先日の夜間に命じられた校庭10周ランニングに息を切らせている所であった。
「はぁっはぁっ……あ、朝のランニングがなんで堪えるんだろなぁ」
「それはなっ……手足に1個数キロのリストやアンクルをつけているからだ」
「背中に重りを背負っている事も、忘れては! いけませんわ……!!」
「なんでっ、こんな事になっちゃったのよぉ」
「それはねっ、織斑先生に設備の無断使用してるのっ、見られたからだと思うな!」
「迂闊だぞっ、教官を怒らせるとどうなるかはっ、わかってただろう!」
「ラウラも、一緒になって……騒いでたっ!」
額から汗を流して駆ける生徒達。 その中で前から一夏、箒、セシリア、鈴、シャル、ラウラ、簪の順番に並んで走っている姿があった。
早朝とは言えまだ暑い夏場の空気においてジャージ姿は熱が籠る。 その上皆して両手両足、そして背中に一つあたり数キロはする重しを背負わされていた。
「アイリスとマドカは上手い事逃げたわねっ!」
「そもそもあの2人はっ、昨日あの場にいなかったからね!」
「ジブリルさんにっ、止められてたからなっ!」
「私語は慎め! まだ5周残っているんだぞ!」
昨日のアリーナの場にいなかったクラスメイトらしき人物の存在をぼやき、そんなたるんだ生徒達に喝を入れる織斑先生の監視付きで。
心臓を鷲掴みにされるような大声に一夏達は驚き慄いて、慌てて落ちかけていたランニングのペースを引き上げた。
一日経っても依然として不機嫌な千冬は、自身の不在に緩んだ生徒達に呆れながら鼻息をつく。
「全くたるんでるな……それと」
皆が物理的な重さと千冬からの精神的なプレッシャーと言う二重苦に疲れ果てる中、たった一人ペースを落とさずに走り続けるレプリロイドの姿があった。
人間とのフィジカル面の違いを『考慮』し、宛がわれた特別重いバラストからか、グラウンドの土にめり込むような重厚感のある足音を響かせつつ、それでいてどこか楽し気にマイペースに走る彼。
「アクセルとか言ったな。 ふむ、曲がりなりにも一級品のイレギュラーハンターと言う訳か」
IS学園謹製のジャージではない、いつもの黒いアーマーにオレンジの跳ねた後ろ髪を揺らすアクセルを見て千冬は呟いた。
広く生徒達の足音が響くグラウンドにおいて彼女の声はかき消されそうなものだが、気づいたのかアクセルは呑気に千冬の方を見て手を振った。
「へへんっ! 僕も大したもんでしょ織斑センセ! これでも僕特A級ハンターなんだ!」
「それがどうした馬鹿者! いいから集中して走れ!」
「ごめんなさーい!」
お調子者らしく悪びれる様子も無く、アクセルは千冬の注意に堪えた様子も無くさっさと正面を向いて走り去った。
「フン、そういう所だけは子供と言う訳か」
「精が出るようじゃのう織斑先生や」
不意に背後から年寄りの声がした。 音も気配も無く表れた来訪者につい身構え振り返るも、そこにいたのはにこやかに笑うケイン博士の姿だった。
「――――貴方でしたかケイン博士」
一瞬強張った千冬であったが、見知った人物である事を確認すると安堵の一息をつく。
「ほっほっほっ。 うちとこのアクセルはどうしておるかな?」
「ああ……それはその、あちらですな」
千冬はグラウンド内を軽く見渡し、既に反対側に回り込んでいるアクセルを見つけ指さした。 一夏達の隣に並んで余裕綽々に話しながら走っており、やはりそこに緊張感は見当たらない。
「大した子ですよ。 一応懲罰と言う体なのに全く堪えていない。 ハンターたるもの精神も強靭でなくてはならないと言う事ですかな?」
千冬は額を抑えながらつい皮肉交じりにため息をつく。 彼女も中々に聞き分けの無いアクセルには手を焼いているようであった。
飄々としてつかみどころがないのは彼女自身の『さる知人』を思い出すが、対してケイン博士はさも愉快そうに笑った。
「あんな風にはっちゃけとるアクセルを見るのも久しぶりじゃのう! これも日頃うちのエース2人に揉まれて胃を痛めとるからの!」
「……それって例の青いのと赤いのとか言う仲間の話ですか?」
「そう言う事じゃな。 何せ青いのと赤いのは色々と一癖あってな。 おまけにここは同年代ばかりで解放されとるんじゃ――――しかしたるみ過ぎとるのはいただけんのう」
ケイン博士の声色が変わる。 千冬はその様子から、彼が身にまとう空気さえも一変したと瞬時に察知した。
「昨日怒られた事がまるで身に沁みとらん。 いくら若いと言うても一線で戦うプロじゃ、ここらで一発ヤキを入れてやらねばな」
おもむろに着ていたコートのボタンを外し胸元を掴み上げ、一気に脱ぎ捨てるケイン博士!
赤色に縁どられた紺のコートが風に舞い、朝の空気にさらされる白いランニングシャツ姿のケイン博士の体は、年老いて小柄ではあるものの肌は瑞々しく、薄らに鍛え抜かれた筋肉が浮かび上がる引き締まった体躯。
年を重ねても衰えぬ覇気……いや、むしろ年の功とも言うべき圧倒的威圧感に、千冬は思わず生唾を呑み込んだ。
ケイン博士は片膝と両手を地面につけて身を屈め、
「織斑先生……これがワシら流のやり方じゃあ――――ぬぅん!!」
そして間髪入れずに駆け出すその勢いは電光石火!
地面を抉る駆け足と舞い上がった土埃に、思わず顔を腕で隠して仰け反った千冬が文字通りの意味で瞬く間に、ケイン博士は余裕ぶって気楽に走るアクセルを射程圏内に捕らえた!
ただ事でない足音に気が付いたらしいアクセルは、泡を食ったような表情で全速力で駆けだした!
「くぉらあああああああッ!!!! いい加減にせんかアクセルゥゥゥゥゥゥッ!!!! 真面目に走らんかああああああああああッ!!!!」
「うわあああああああああああ!!!! ごっごめんなさああぁぁぁぁぁぁいッ!!!!」
「なんだぁ!? 妖怪かアレ!?」
「一夏まずいぞ!! 奴はアクセルを狙っている!!」
巻き起こした風圧で、周りを吹き飛ばさん勢いで追いかけ合うケイン博士とアクセル。
実際に風の勢いで仰け反った一夏達は、かつてない走力でアクセルを追いかけるケイン博士を物の怪と呼び、青褪めた顔面を引きつらせていた。
逃げるアクセルも、その様子を思わず足を止め呆気にとられた様子で見ている一夏達も、一様に目を光らせて疾走するケイン博士に恐れの感情を抱いていた。
「――――誰が足を止めていいと言った! お前達も追いかけられたいか!?」
千冬もまた目先の異常事態に放心していたが、硬直する一夏達に気付くなり彼らを叱咤する。
彼女の不穏な言葉に怯えた彼らは、慌てて担任の指導に従いランニングを再開した。 自分もアクセルと同じ目には遭いたくないと言わんばかりに。
物々しい雰囲気の中、呆れ交じりに呟く千冬。
「馬鹿者め……しかしあのやんちゃ坊主に畏れを抱かせるとは、私もあの御仁から学ぶべき所はあるのかもしれないな」
ともすれば自動車レースでもおっ始めたかの如く、猛烈な速度で駆けまわりながら絶叫するアクセルと、そんな彼が必死で開けた距離を嘲るようにいとも簡単に詰めながら、獰猛な獣のような笑い声をあげるケイン博士。
離れた所で彼らを見つめる千冬は今確かに、後者に対してある種の畏敬の念を抱いていた。
午前9時半、所変わって大阪。 昨夜のちょっとしたハプニングに驚きはしたが、無事に寝醒めの良い朝を迎えた束は、気怠そうで目元に隈を作った旅行鞄を持ったエックスと、ストⅡのケンのやられ顔宜しくケッチョンケチョンにされたゼロと食堂で集合。
束は薄々察しながらもつい尋ねてみた所、エックス曰く懲りずに何度も束にちょっかいを出しに行こうとしたゼロと、一夜を丸々格闘に費やした結果見事に寝不足になったらしい。
女として不安を覚えるカミングアウトに食事が喉を通らなくなりそうであったが、気を取り直して今日の段取りを簡潔に話し合い、手数料も考慮してこのホテルに最も近い『ミナミの蟹銀行』へ当面の旅費を現金化しに行く事とした。
さて、本来の予定より1日早くホテルをチェックアウトし、道頓堀から心斎橋筋商店街を通って10分程度にある『ミナミの蟹銀行』の前へとやって来た3人。
彼らを出迎えたのは一見すると銀行とは思えない、店舗の入り口のすぐ上に堂々と飾られた、赤々と艶めく甲羅の立派な巨大な蟹のオブジェだった。
「私達道頓堀で迷ってないよね?」
束は首を傾げながら、道頓堀の中でもひと際存在感を放つ、蟹の美味しい店の外観を思い出していた。 今にも鳴っている筈のないCMソングが聞こえてきそうであったが、しかし隣のエックスは束を現実に引き戻すかの如く首を横に振る。
蟹のオブジェのすぐ下にはしっかりと金色に『ミナミの蟹銀行』の文字の彫刻がなされており、ガラス張りの入り口や自動ドア越しには受付やATMに並ぶ人々の姿が、確かにここは大阪有数のメガバンクである事を教えてくれていた。
とにかく最初の目的地にはついたのだ。 第一の目標を果たすべく我先に束が足を踏み入れようとするが、それはエックスに制止された。
「束。 銀行内で顔を見せるのは流石にまずい、ぜめて何か被っていった方がいい」
エックスは右手に下げていた鞄のチャックを開け、適当な物を見繕い取り出した手の中にあるのは――――
「ほら、これなんか――――「ヒェッ!!」
何の気なしにエックスが鞄から出した
「どうした束? ただのハンチング帽じゃないか」
「エックスにはそ、
「えっ?」
適当な被り物を取り出したつもりでいるエックスは、束の引き様に訳が分からずにいる。
手元に収まる
エックス自身は土産物で買ったハンチング帽を出したつもりでいたようだが、自分の目で確かめた瞬間声を失った。
見る側によってはピンク色にも見えなくもない薄紫のボディカラー。 角の取れたそれでいて抑揚のある形状は、過去に経験したさる事件においてキーワードとなった『
レプリロイドであるエックスにこそついていないものの、一方で何故かゼロには当然のようにある。 エックスは放心しながらその在処である、白いパーツに覆われたゼロの腰元に視線を移した。
「エックス、使うなとは言わんが……俺の『大人のおもちゃ』は、所構わず取り出すような安っぽいものじゃないぜ」
早い話がゼロのアダルトグッズだった。
口に出すのを憚られるいかがわしい代物を、公衆の面前に晒されようとも堂々としたゼロの佇まいに、エックスと束は異口同音にゼロに噛みついた。
「フッ、今度は比喩じゃなくてそのままの意味だからな」
「見たら分かるわそんなもん!! って言うかゼロ! いつの間にこんなの入れてたんだ!? 俺出発前に確認した時にはアダルトグッズの類は省いたよな!?」
「お前が持っていくなって言ったから現地で買ったに決まってるだろ! 言っておくがそれ一個だけじゃないからな!」
「まだあんのかッ!?」
「……そこまでして手に入れてナニするつもりだったんですかねぇ?」
天下の往来でみっともない内容で言い争うエックスとゼロ。 束は意地でもアダルトグッズを傍らに置こうとするゼロに、引きつった笑みを浮かべながらそこはかとなく恐怖していた。
ゼロの選別した『大人のおもちゃ』を振り回して主張するエックス達を眺めながら……束は大変な事に気付いた。
「ってエックス!! 早くそれどっかやってよ!! 周りが見てるよッ!!」
慌てる束の注意につられ、エックスとゼロが辺りを見渡すと、明らかに彼ら三人を中心に引き気味に様子を見ていた通行人に囲まれていた。
白い目線が痛い程に突き刺さり、さしものエックスとゼロもこれには気まずそうな雰囲気になる。 特にエックスは公衆の面前で『大人のおもちゃ』を握りしめており、言い訳のつかない状況な訳だが。
エックスは数回目線を泳がせたのち、誤魔化す様に軽く咳払いをして観衆に一言釈明する。
「これはその、いかがわしいおもちゃなんかじゃなく……そう、イレギュラーハンターが携行する武器です!」
「――――は?」
「そこな赤いイレギュラーの自前のバスターの、予備です! だからこれは公然猥褻なんかじゃないです!! お気になさらずに!!」
それは目を見開いて凄むエックスの、どう考えても無理のある言い訳だった。
あまりに苦しい言いくるめに束は絶句しかなかった。 今しがたアダルトグッズと言い争っていたにも関わらず、流れる様に嘘をつく彼らに色々と言いたかったが、しかしどうした事だろうか。
民衆は腑に落ちない表情のまま、彼らから目線を逸らして往来へと戻っていった。
大阪の人間は理解があったのか、それともこれ以上関わりたくはなかったのだろうか、いずれにせよ危機は脱したらしい。 エックスは額を拭った。
「ふう、危なかった」
「何で当たり前のようにイレギュラー呼ばわりされてるんだよ」
「間違ってはいないと思うけどね」
当然のようにイレギュラー呼ばわりされたゼロは不満の声を上げるが、別段否定する気はない束。
とにかく今の内にエックスの手に握られたままのそれを処分するよう束は求めたが、エックスは捨てずに鞄の中に戻した。
無論早く処分して欲しいと願う彼女は疑問符を浮かべるが、これを堂々とこの場で処分する勇気は流石にないと言わんばかりの、エックスの渋るような目つきの前に何も言う事は出来なかった。
エックス達は気を改めて取り出したハンチング帽を束に被せ、先程の醜態を忘れるよう努めながら銀行の入口へと足を進めた。 ガラス製の自動扉が左右に開かれ、店内の涼し気な空気がエックス達を出迎えた。
次は夜の12:17に2話目を投稿します! お楽しみに!
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第8話
早速騒ぎを起こしそうになるも、何食わぬ顔で銀行の中に入ったエックス達一行。
「いらっしゃいませ。 当銀行にお越しいただきありがとうございます」
微笑みを浮かべた銀行員らしき中年女性の会釈がエックス達を出迎える。 エックス達もそれに応じて軽く頭を下げ、ATMへと向かった。
「あのおばさん全然動じてないね。 店先であんな事あったばっかりなのに」
「ガラス張りで中から丸見えだったろうにな」
「プロフェッショナルの鏡だ」
話をしながらATMに並ぶ列から適当に選び、最後尾につく3人。
店舗の外でアダルトグッズを出した件を咎められず、エックス達は至極拍子抜けであったが、別に彼らの行いを見逃した訳ではなかった。
「……あの人達うちに来て一体何をやらかす気かしら?」
「いきなり店先でアダルトグッズ取り出して騒ぎ起こしかけたからなぁ」
「注意して頂戴。 いざと言う時には他のお客様にご迷惑になる前に動くのよ」
「参ったなぁ……今日会長が視察しに来る日なんだぞ?」
「後ろの女の人が一番まともそうだけど……でも変な恰好ね。 あんなドレスにウサギの耳にハンチング帽ですもの
先程の銀行員をはじめ皆が平然を装っているだけで、実際はかなりエックス達3人に注意を寄せていた。
本人達にしてみればもめ事を起こすのは本意ではなかったとはいえ、トラブルメーカーと判断された以上マークされるのは当然であった。
そんなことは露知らずATMの列に並ぶエックス達。 1人2人と用事を済ましては横にずれて順番を譲り、遂にエックス達の番が回ってきた。
早速エックス達はカバンの中から財布を取り出そうと手を入れるが――――
――――3人に周囲からの視線が一斉に降り注ぐ。
「(なんか、やりにくいな)」
「(やっぱりマークされてるんだよ! さっきからチラチラ見られてるよ私達!)」
「(冗談じゃねぇ! さっさと現金引き出しておさらばしようぜ!)」
こちらを注視するのは銀行員だけではなく、先程から店内にいた客の目線も含まれていた。
エックス達には思い当たる節が……むしろあり過ぎて大変居心地が悪かった。 正しく針の
尤も騒ぎを起こしかけた事を鑑みれば、むしろ出禁を言い渡されなかっただけ温情がある方かもしれない。
迂闊な真似をする前に用事を済ませてさっさと出ていくのが、お互いにとっても良い事だとエックスは思った。
今度は間違えずに財布を取り出し、同時に固唾を呑んで見守っていた周囲の人々が胸を撫で下ろす。
そんな周りの様子がいちいち気になって仕方が無いが、何とか意識から切り離すとハンターベースの仲間達から預かった、旅費を経費で落とす名目で渡されたカードを挿入する。
端末のタッチパネル上のガイダンスに従い、預金残高を確認する。
総額、日本円にしてたったの334円だった。 これには3人揃って大口を開け目玉をひん剥いた。
「……10万は残ってるって言ってたのに、話が違うよ……!?」
「ド、ドル表記と間違ってねぇか? それでも足りねぇが」
「いや、ちゃんと円って書いてある……でも何故だ!? 俺達決められた金額できちんとやりくりして――――」
身に覚えの無いまさかの金欠に内心パニックを起こしかけているが、エックスが言いかけた辺りで唐突に何かに気付いた。
「――――まさか」
そして大慌てで再度旅行鞄を漁り始めた。 3人の様子が豹変した事に、辺りはまたも剣呑とした雰囲気に包まれる。
エックスが鞄を探って取り出したのは、鞄の底に乱雑に詰まった皺だらけの紙束だった。
真っ白な下地に日持ちしないインクの印字で書かれた、日本円の数々。 品目を見るにゼロの買った『お土産』のレシートのようだった。
「……ゼロ、いくら使ったんだ」
「いや、俺が一々値段なんて考える訳がねぇ……ぜ……」
記載されている価格には、500円から5000円程度の商品が何個も書かれており、総額にして平気で1万円を超えていた。
たった1枚分でも割と馬鹿にならない量と金額だが、それが複数枚分存在するのだ。 当然そのような買い物を無頓着に行っていれば残高などあっという間に尽きるだろう。
「そ、そんな大量の……おもちゃ、どうしてエックスも気づかなかったの?」
「色々あるんだよ。 この鞄にはね、まあ見た目以上に荷物をしまっておけるように、ISで培われた量子化技術が転用されてるんだって……さてゼロ」
束からの質問を一部建前で取り繕うエックスの顔は、ゼロが乱雑にカバンの中に放り込んだレシートのように皺が寄っていた。 彼の背中から立ち上る怒気に周囲が身構える。
「結局無駄使いしたね……エイリアからも変な事に使いすぎないようにってあれ程釘刺されてたのにね?」
「! 馬鹿言え! 清く正しいドスケベにとってあのアダルトグッズはむしろ必需品だぜ! むしろ事前に荷物から省いたエックスにも問題あるだろ!」
「いらないもの省くのは当たり前だよなぁ……? ゼロにはエロを自重する気は全くないって言うのか……!?」
「ふざけるな! エロは俺の人生だ!!」
悪びれる気ゼロ! 自らの主張を曲げないばかりか、スケベを肯定しないエックスに非難を寄せるゼロの態度はエックスの怒りを余計に煽る。
この時の束と言えば、内心パニックに陥っていた。
エックス達をよく知る者からすれば実に彼ららしい、しかし束にしてみれば想定外のイレギュラーを立て続けに引き起こされ、早くも彼女の組んだ高飛びまでのチャートは崩壊寸前であった。
何故こうなった!? 束は冷や汗を流しながら、曲がりなりにも一流のハンターが引き起こしたとは思えない、予測不能な事態を前に自問自答するしかない。
精々身の回りを守ってもらうだけで、やるべき内容と言えばお金を下ろして関空で東京行きのチケットを追加で買う。 ただそれだけの筈だったのに。
これならいっそその辺の通行人からスリでもして、当面の資金を確保すればよかったのではないか……否、それをしくじったが故に、昨晩までのようにイレギュラーの連中に目をつけられたりもしたのだ。
……とにかく今は再び勃発しそうになっている彼らのもめ事を仲裁しなければ! 既に周りの銀行員はいざという時に備えて臨戦態勢をとっている。
「ね、ねえ! ケンカはまずいと思うな! お金がないんだったらキャッシングっていう手段もあるんじゃない!?」
「これ、借り入れ機能を一切省いたタイプのデビットカードなんだよ。 現地の通貨は下せてもキャッシングは一切出来ない……!!」
「他のキャッシュカードやクレジットカードはッ!?」
「ゼロの無駄使い対策に全部ハンターベースに預けてるよ!」
あっさり撃沈した。 提案も何も予備のカードすら持ち合わせていなかったようだ。
怒りをこらえきれず、エックスは今にもゼロに飛び掛かりそうな一触即発の状態だ。 むしろ既に秒読みがかかっているのかもしれない。
せめて東京に行く為の交通費だけでも確保できていれば、もめ事を回避できていたかもしれないのに。
正攻法が駄目なら、どうにかして別の方法を考え出さねばならない。 とにかく先立つ物さえ手に入れれば後の事などどうにでもなる。
束は知恵を振り絞りながら突破口は無いかと周囲を見渡した。
「(――――? あのカメラ……)」
ふと目に留まったのはこちらのATMを映す防犯カメラだった。 よく見れば配線が緩みかかっており、電源が落ちてまともに機能していないようだった。
そして次にATMの機械に目をやりながら、彼女は閃いた。
「(見られる心配がないんだったら、このATM程度なら簡単に内部をいじくれるね)」
この瞬間、束は自他共に認める
簡単な話だ。 少々非合法な手段ではあるが、機械から少し
と、なれば……むしろエックスとゼロには、このまま睨み合いかいっそ騒でもを起こしてもらった方が都合がいい。 何より保護と言う建前で守ってもらっている以上、なるだけ彼らに見られずにも済むに越したことはない。
「あのっ! お客様困ります! 他のお客様のご迷惑に――――」
「ああご心配なく、ご迷惑になる前にすぐ終わらせますので」
「そうだな。 続きは表に出て白黒はっきりつけるとするか」
聞く耳を持たず。 エックスとゼロは怒気を漂わせながら、ゆっくりと店の外へと足を進めていった。 銀行員はおろか、すぐ後ろを並んでいる他のATMの利用待ち客も、全ての人達がエックスとゼロに気を取られているようだった。
「(今だ!)」
束にしてみれば好都合。 すかさずデビットカードが刺さったままのATM端末の足元にある、メンテナンス用の蓋を閉じきっている鍵を針金で素早く解錠。
蓋を開けから剥き出しになった配線と基盤の構造を瞬時に判別すると、液晶画面を覗き込みながら内部の配線に手を伸ばす。
回線を
「(頼むからこっち見ないでよ……!! よしっ!! いい子だねっ!)」
周囲を窺いながらではあるが、確かに手応えを感じた束。 画面に0と1がまばらに浮かんではいるが、ATM端末は確かにありもしない現金を下ろす処理に入っている。
「(よし、もう少しだけ……あとちょっと!)」
この間僅か10秒程度。 舌なめずりをしながら機械の蓋を戻す束。 不正な操作を感づかれることなく、作業も佳境に入ったその時であった。
虎の咆哮を彷彿とさせる、聞いた者は委縮せずにはいられない威圧感を伴った叫び声が、店舗の入り口から響いてきた。
鋭く重厚感のある声は建物を震わせ、エックス達の揉め事で騒がしくなっていた店内は途端に静まり返る。 作業を終わりかけていた束も一瞬肩を震わせた。
何事かと思って振り返ると、今にもおっぱじめそうな雰囲気を漂わせながら、店舗の入口の自動扉辺りまで歩いていたエックスとゼロ。
そんな彼らの間に割って入って立っている、彼らの背丈よりも少し低い一人の赤いカニ型レプリロイドの姿があった。
「このワイ……人呼んで『ミナミの蟹』こと『バブリー・クラブロス』の銀行で喧嘩は許さへんでぇッ!!」
「「ク、クラブロス!?」」
自らを『バブリー・クラブロス』と名乗るレプリロイドを前に、エックスとゼロは驚きを隠せずにいた。
啖呵を切ったクラブロスだが、エックス達を置いて数歩前に進み近くの中年女性に声をかける。
「この騒ぎ一体何や? 今日はワイが直々に視察に来るって言うとったやろうに!」
「きょ、恐縮です会長! 実はそちらのお客様がその……口座残高がない事を巡って、その……もめ事を」
「ハァ!? お前らそんなしょうもない事でワイの銀行で揉めたんか!」
クラブロスは眉間に皺を寄せながらエックス達に振り返る。 対するエックスとゼロは先程の怒りも忘れ、ただ困惑していた。
「いや、喧嘩になりそうだったのは悪かったよ! でもゼロが預金残高も考えずにアダルトグッズ買い漁ったのに、全く悪びれる気もないから!」
「俺にエロ取ったら何が残るんだよエックス! って言うか会長ってなんだよクラブロス!」
「ワイの事に決まっとるやろ! ここはワイが会長務める『クラブロス金融』グループの運営する銀行の総本店や!」
「「マジで!?」」
どうやら彼ら二人とクラブロスなるレプリロイドは顔見知りらしい。 その上で彼らの身の上を知って驚いているようだった。
しかしそんな事をしている場合はない。 グループのトップが視察しに来たとあっては余計にまずい。 さっさと現金を取り出してここからおさらばしなければ、そう思っていたのだが。
「(今は構ってる場合じゃないや! とっとと用事を済まさなきゃ――――ん!?)」
焦る彼女を余計に煽るように、モニターにはATMが現金詰まりのエラーを引き起こした表示が浮かび上がっていた。 ご丁寧に大きな液晶欠けと数字の羅列付きで。
これには束も「しまった!」と痛感する。 突然の来訪者に気を取られて機械に気を配る暇がなかった事に加え、先立つ物は多いに越した事はないと、ただでさえ不正な操作の上に
「(このポンコツ! 束さんのお手製だったらこんな事にはならないのに!)」
束は逆上しかけるのを何とかこらえ、再度素早く蓋を開けて端末を直接操作する。
「つーかお前らやな! 口座に
「フン! エックスの奴が店舗の前で俺のアダルトグッズ出しやがったもんだから、気まずくて窓口に行きづらくなっちまったんだぜ!」
「お前があんなの入れるからだろ!」
「中入る前にも騒いだんか! アホか!! ……ま、こないな事やらかす連中二人に貸す
「「んな!?」」
「ゼロの赤は赤字のアカや! おどれらみたいなこの程度も思いつかんアホタレに
「ンガくくっ……!!」
「俺ばっか狙い撃ちかよ!!」
「オドレが原因やから当然やろ! さ、青いのも邪魔するぐらいやったらほら! 帰った帰った!」
「くっ……」
「ああくそ! 言われっ放しは癪だが仕方ねぇ……おい! 引き上げるぞ!」
作業に集中していて話の内容は流し聞きだったが、ここに来て店舗から出るとゼロに告げられ束は大いに焦った。
「(えっ!? 今引き上げんのッ!?)」
中の機械を再度いじくってる真っ只中、言い訳できない最悪な状況で呼び出されてしまった。
タイミングの悪いゼロの呼びかけに、多くの人間が束の方を振り向いた。 彼女にできる事と言えば、とっさに蓋を閉じて振り返り素知らぬ顔をするぐらいしかなかった。
「そこで何やってんだ束? さっさとカード抜いて戻ってこい!」
「おぅふっ!!」
「ブッ! ゼ、ゼロ!」
おまけに名前呼びで。 わざわざ帽子で顔を見えづらくしたのにも関わらず、エックスと束は噴き出した。
「束やと――――ッ!?」
名前に反応したクラブロスもつられ、束の方を振り向いた途端目を見開いた。
「こら兎女ッ!! お前ATMに何やっとんじゃあッ!!」
篠ノ之束世紀末エンジニア説。 次は昼の12:17に3話目を投稿します!
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第9話
指を差しながら怒号を上げるクラブロスの目線は、束の背後でエラーを吐き続けるATMに注がれていた!
「(やばっ!!)」
思わず仰け反って液晶画面を体でブロックする束。
しかし割と離れた距離から異変を察知した血走った眼のクラブロスは、慌てて不正を隠そうとする束との距離を詰め、彼女を横にどかせようと腕で押してきた!
「こらボケッ!! そこどかんかいッ!!」
「べ、別に何もおかしな事になってないよ!! 私何もしてないから!!」
「アホぬかせッ!! どう見てもエラー吐いとるやんけッ!! この機械に何さらしたんじゃあッ!!」
揉み合いなってでも調べられるのを阻止しようとした束だが、流石にクラブロス相手に力負けしたか横側に突き飛ばされてしまった。
「キャッ!!」
思わず尻もちをついてしまい、その拍子に被っていたハンチング帽が脱げてしまう束。 帽子の下の彼女の顔に周囲からどよめきの声が沸き上がる。
「あの子って篠ノ之束じゃないのか!?」
「えっ? あの『白騎士事件』を起こした!?」
「道理で妙な恰好してると思ったら……何だってまた銀行なんかに」
「束! 大丈夫かい!? ――――何をするんだクラブロス!」
周囲の混乱に包まれる中エックスとゼロが駆け寄り、倒れた束を介抱しつつも乱暴な手つきで彼女を押し倒したクラブロスを非難する。
しかしクラブロスは悪いと思った様子もなければ、むしろこちらを責め立てるような鋭い視線を向けてきた。
「それはこっちのセリフやな……お前ら口座の金も無いんちゃうかったんか?」
クラブロスは厳しい目つきでこちらを睨みながら、不具合を起こしたATMに親指を向ける。
機械からはエラーだけでなく、紙幣の挿入口から溢れる程の大量の札束が吐き出されていた!
「おい束……お前機械に何かしたか?」
「あ、あはははははははっ! いやちょっとね! 機械が故障したもんだから、この天才束さんが修理するついでに
「……クラックしたのか」
唖然とするエックスと束に白い目線を送るゼロに対し、束は乾いた笑いを浮かべてごまかすしかなかった。
「このアホ……防犯カメラついてんのにそないな事を――――」
クラブロスは身を震わせながら天井近くにある、束が整備不良を起こしている事を確認した防犯カメラに目をやった。
直後クラブロスは目を丸くした。 なぜ彼女が人のいる中でこのような行為に及んだのか、合点がいったクラブロスは店内の職員に怒鳴り散らす。
「コラボケッ!! カメラ壊れとるやんけッ!! こないな事なるから防犯だけはケチんな言うとったやろッ!! 溶かすぞ!!」
「ひっひえっ! す、すみません会長!! 今日び堂々と盗み働く輩がいないと思って、後回しにしてましたぁ!!」
「どんな判断や! 金ドブに捨てる気かッ!! これでこのアホのド畜生が、ワイの銀行で
クラブロスにすれば当然なのだろうが、心底馬鹿にしたような態度で徹底してこき下ろす物言い。 それが束の癪に障ったのか、顔をしかめて売り言葉に買い言葉で返しはじめた。
「……さっきからアホとかボケとか、この束さんに対して随分な言い方してくれるね」
「おっ? なんや逆ギレか? 人様のモンパクろうとしとって図太い根性しとるやんけ!」
「待て、やめるんだ束!」
クラブロスの煽りに反応した束をエックスが制止する。 しかし一度火のついた彼女の歯に衣着せぬ物言いはどうにも止まらない。
「知ってる? 蟹のような節足動物ってそもそも脳みそなんかついてないんだよ? ひょっとしたら会長なんて大層なご身分のくせに、襟首捕まえるなり口汚い言葉しかロクに使えないのは、モチーフ元らしいド低能だからかな?」
「ド低能でも金稼げて会長になれとんのに、空飛ぶもん作った割には鳴かず飛ばずのお尋ねモンで、逃げ回ってばっかりの生き方しかでけへん癖に言うてくれるやんけ! ……ま、脱兎のごとくって言葉があるからな!」
「束さんの何知ってるってんだよ! 自由気ままで好きに生きられてる私と違って、アンタなんかただ明日の金の為にしか生きられない中身スッカスカのケチな蟹だね!」
「ハンッ! ケチな蟹から金毟らんとやってけん無一文のビンボー人が何か言うとるわ! お前みたいな兎気取りの減らず口は、一回出したオノレのうんこでも食っとけばええんや!」
「何を――――」
両者とも全く譲らない口論……もとい聞くに堪えない罵詈雑言の嵐に、遂にエックスが動いた!
エックスは目にも留まらぬ速さで束の背後から腕を回し―――――
「エックス――――グエッ!」
素早く首を絞めた。 気管を塞がれる苦しさに声を上げる束だったが、抵抗する間もなく白目を剥いて全身の力が抜け落ちた。
彼なりに束を苦しめないよう一瞬で気絶させたようだが、しかし目先の蟹を差し置いて見事なまでに口から泡を吹く束と、エックスの容赦の無さと手際の良さにクラブロスとゼロは呆気にとられてしまう。
「……こいつ絞め落としおったで……」
「おまっ……本当に全く容赦無いのな……」
むしろ両者引き気味であったが、エックスは気絶させた束の肩をもってやりクラブロスに向き合った。
「騒ぎを起こしたのは悪かったクラブロス。 だが俺達はさる理由で彼女をイレギュラーハンターの元で保護しなければならないんだ。 どうかここはこの辺で手打ちにして欲しい」
エックスはクラブロスに起こした面倒の件を素直に謝罪しつつも、これ以上の騒ぎにしないようクラブロスに求める。
クラブロスはエックスの言葉を受けて少し考えるような仕草の後、こう切り出した。
「1500万円や」
「「えっ」」
「ATMの修理代金と迷惑料に口止め料、そしてカメラの修理代ってとこやな。 ま、今ここで払うのは勘弁したるけど、キッチリハンターベースに請求させてもらうで!」
「ちょっ、ちょっと待て! いくら何でもその金額は法外だろ! 第一監視カメラは関係ねえだろ!?」
これ見よがしに吹っ掛けるクラブロスにゼロが反論するが、しかしこちらの足元を見るかのようにクラブロスは突っぱねる。
「ワイの銀行でこないな迷惑かけといて内密にしろとか抜かしとんやぞ! 法外が何や! これで水に流したる言うてんねんから、カメラ代ごとき上乗せされた言うてガタガタ騒ぐなや!」
「「むぐっ」」
「さ、話は済んだな! 分かったらその躾のなっとらんアホタレ兎さっさと連れて帰れ!」
しばらくの後、束が目を覚ましたのはベンチの上だった。
硬くひんやりとした感触を背中に覚えながら、青々と茂る樹の木漏れ日が重たい瞼に差し込むたび、意識がはっきりとしていく。
束は飛び起きるとすぐに辺りを見渡した。
「あれ? ムカつく蟹はどこ行ったの? それにここは……?」
乾いた土のグラウンドに、少し離れた場所に設置された滑り台やジャングルジムと言った遊具で遊ぶ子供達。 その反対側にあるベンチには子供達の保護者と思わしき主婦が談笑していた。
木々とそのすぐ後にビル群が立ち並び、ちょうど束の背後辺りには先程騒いだミナミの蟹銀行の玄関口が大通り越しに存在した。 ここは先程の銀行の正面にあった公園のようだった。
「気が付いたようだな」
束の左隣からゼロの声がした。 振り向いた先には憔悴した表情で項垂れ、朗らかな雰囲気に包まれた公園に似つかわしくない黄昏た様子で、ベンチに腰掛けるゼロとエックスの姿があった。
「1時間ちょっと気絶してたんだ。 全く、君がすごい科学者なのは知ってるけど、あんな無茶はしないでくれ」
エックスは呆れたように束のすぐ後ろを指差す。 差した先には鉄柱の頂点に備え付けられた公園の時計があり、時刻にして既に11時過ぎを示していた。
先程の行き過ぎた行動を咎めるようなエックスに対し、束は顔をしかめてエックスに詰め寄った。
「折角庇ってくれたのに何自分で絞め落としてくれてんの!? どうせやるんだったらせめてあの蟹にやってよ!!」
「すまない。 ああしなければ収拾がつかないと思ったんだ。
「
悪びれてない訳ではなさそうだが、落としたにしては軽いリアクションに余計に束の怒りを煽る。
「ああもう!! そもそもお金ないって言うから、人前でATMいじってあんな騒動になったんだよ!! 誰の為にこんな事したと思ってるの!?」
「「いや、それは
「ムキイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!!」
ATMの件については束自身の問題だと2人してキッパリ告げられ、ただでさえ抱え込んだ不満が余計にやり場を失った。
何一つ思い通りにいかない苛立ちから束は地団駄を踏む中で、ふとミナミの蟹銀行の玄関口に目が行った。
見ると開かれた入り口のガラスの扉からクラブロスが現れ、玄関先で待機していた運転手に黒塗りの高級車へと導かれているようだった。 彼のすぐ後ろでは先程の銀行員が低姿勢で見送っていた。
様子が気になった束はエックスとゼロの座るベンチを駆け足で横切り、公園と大通りの歩道を仕切る生け垣の陰に隠れた。
「おい束! 勝手にどこかへ行くな――――」
「しっ!」
後を追ってきたエックスとゼロ。 咎めるように声を荒げるゼロに対し束は立てた人差し指を口元に宛てて、声を出さないように促した。
「何なんだ? 別に隠れてコソコソ聞く事でもねぇだろ」
「いいから!」
クラブロスは職員と話しながら車に乗り込もうとしているが、エックスとゼロの2人は束に言われるまま、揃って生け垣の木陰に隠れながら彼らの話に聞き耳を立てた。
「お疲れさまでしたクラブロス会長! 貴方が来ていただかなければどうなっていたか」
「お前らも客の金預かってるんやからもっとシャンとしとけや! あないなアホタレ3人にいいようにされとったら舐められんで!」
「は、はい! 恐縮です!」
クラブロスの叱咤に身が引き締まる職員達。 話を聞いていた束は歯ぎしりする。
「……しかし宜しかったのでしょうか。 相手があのイレギュラーハンターとはいえ、地元の警察に通報せずに行かせてしまって……」
「しかも内一人はあの『篠ノ之束』ですよね? 彼女保護されてるとは言ってましたが、ハンターに守られてるのをいい事に何か騒ぎを――――」
不安げに呟く職員達に対し、クラブロスは口を閉じるよう求めるように手を突き出した。
「かまへんかまへん! あの兎がわざわざセコイドロボーやっとるようやったら、どうせ何もできん程落ちぶれとるやろし。 取るに足らんわ」
「何をっ――――」
クラブロスの発言に頭に血が上った束は、静かに見るよう促した言い出しっぺに関わらずつい立ち上がりそうになるが、エックスに覆いかぶさるように口を塞がれ身動きをとれない。
もがく束だが生け垣の様子に気づかないクラブロスはなお言いたい放題であった。
「エックスとゼロもや! 公僕の癖にガキの躾もできんブルマと染みつきブリーフなんか、テキトーにあしらっとったらええ! ……さ、ワイはもう行くからキビキビ働きや!」
「「は、はい!」」
激励の言葉を残し、クラブロスの乗り込んだ黒塗りの高級車は走り去っていった。 職員達は車が大通りに消えていくまで玄関で頭を深々と下げていたが、無事見送ると店内に踵を返し業務へと戻っていった。
その間、3人は物陰で固まったままだった。 口を塞がれたままの束は苦しそうであったが、やっとの事でエックスの腕を振りほどいた。
「ぶはっ!! い、息が詰まるかと思った――――あの蟹言いたい放題言ってくれて!! マジムカつくッ!!」
車の走り去っていった方向を憎々しげに睨みつけながら、束は悪態をついた。
「ここまで言われるんだったら、やっぱあの時何としてでも現金ブン盗ってやるんだったよ!!」
「落ち着け束。 今更どうこう騒いでも仕方がねぇだろ!」
「これが落ち着いていられるってのゼロ!! ムカつくものはムカつくんだよ!! 何でこの天才束さんがここまでぞんざいにされなきゃなんないのさ!!」
自制できない程の怒りの感情に、この場で暴れだしそうになる束。 一方でゼロとエックスは冷静に努め、怒れる彼女をなだめつかせようとする。
「ゼロの言う通りだよ束。 今は兎に角君を東京まで連れていかなきゃならないんだから」
「っ!! あのさあエックス!! 2人だって気にしている事好き勝手言われてるんだよ!! どうしてそこまで冷静でいられる訳!?」
「こういう時だからこそさ……そう言えばお昼時だったね今は」
「それが何!?」
そう、これでもかと言うほど冷静だった。 不気味なまでに。
「ちょっと早いけど、こういう時は食事をしよう。 ……丁度あっちに大きな蟹もいるし、
「――――えっ?」
にこやかに、それでいてどこか威圧感を伴いながら、エックスの口にしたセリフからは不穏さがにじみ出ていた。
「おいおいエックス。 その蟹は車で運ばれちまったんだぜ? 今更どうするんだ?」
「走って追いかければいいさ。 銀行の前だと迷惑だって言ってたし、むしろ好都合じゃないか」
「フッ、それもそうだな。 今日の昼飯は焼きガニと言った所か」
「材料費どころかお金貰えそうだね。 持 っ て そ う だ し 」
ゼロもエックスと同じ気持ちだったようだ。 どうやら彼ら2人して、あのたった一言で相当腸が煮えくり返っているらしい。
「(うわあ……束さんよりキレてるよこの人達)」
束は少々圧倒されていた。 先程まで自分に冷静でいるよう求めていたにも関わらず、気にしている事とは言え既にあの憎たらしい蟹を『料理』する気でいる。
あんまりなクラブロスの物言いに怒り、エックス達にも馬鹿にされた悔しさは無いのかと問い詰めていた束だが、いざ一瞬で前言を撤回されると流石に思う所があった。
エックス達の静かな怒りに引き気味であった時、再び束の目にある者が留まった。
「(ん? あれは――――)」
それはミナミの蟹銀行の入口より少し離れた場所にあった。 飾りっ気のない地味なコートに身を包んでいる何者か。 少しばかり醸し出される異様な雰囲気に、周囲の人間が通りすがりに思わず道を譲る怪しげな光景だ。
銀行の方に向かって歩いていくその姿を見た瞬間、束は蟹の料理法を談義しているエックスとゼロを呼び止めた。
「エックス! ゼロ! ちょっと!」
慌てるような束の呼びかけに、エックスとゼロは話を中断して束の方を向いた。
「アイツだよ!! 私の鞄盗んだ奴だッ!!」
怒気を孕んだ声で、束はエックス達に見せつける様にコート姿の何物かを指差した。 その姿を見た瞬間エックスとゼロの顔が驚愕に染まる。
2人にとってもコート姿の誰かは見覚えがあった。 厚手のコートの襟を立てて顔の大半を隠してはいるが、隙間からは工事帽の様な黄色のヘルメットと目を赤く爛々と光らせるガスマスクの様な顔、歩く度に機械音を鳴らしながら姿を覗かせる膝から下は武骨な脚部が見えており、正体はレプリロイドである事が伺える。
エックスとゼロはこれらの特徴から確信する。 それは紛れもなくエックス達の顔見知りであり、イレギュラーであり、そして本来はこの地にて会う筈のない人物。
復帰記念と言う事でちょっと頑張ってみました。 今後そうそうやらないと思います、はいw
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第10話
思わず叫んだエックス達の声に反応したのか、コートの男ことキンコーソーダーは立ち止まり辺りを見渡した。
気づかれる事を恐れたエックス達は慌ててその場に伏せ、もう一度生け垣の陰に隠れる。
「(何故キンコーソーダーが居やがる!? あいつアブハチトラズ刑務所に収監されてたんじゃなかったのか!?)」
「(えっ!? それじゃあゼロの言ってた顔見知りかもしれないって言ってた奴の事!?)」
「(ああそうだ! 見間違える訳がねぇ! 懲りねぇ奴でな、何度もとっ捕まえてるからな!)」
「(じゃあ脱獄したのか!? クソッ! これじゃあ何の為ガッツポーズのまま氷漬けにして、刑務所にクール便で送ったのか分からない!)」
「(……本当に氷漬けにして送ったんだ)」
昨日の夜にゼロがそれとなく言っていたが、どうやらエックスは本当にあのキンコーソーダーとか言う手合いを凍らせた事があるらしい。
(なお、氷漬けのキンコーソーダーについて詳しくは、シーズン2『ゴールデンボール』のチャプター4辺りを見て頂ければと思い、ここでは割愛する)
それにしても小声で話しあってみた所で、何故収監中のキンコーソーダーがここにいるのかは分からない。 とりあえずエックスは今の叫び声で気付かれていないか、生け垣の上から頭を覗かせ様子を窺った。
キンコーソーダーにしても因縁のある相手の声だけに少しばかりは周囲を窺っていたようだが、気のせいとでも思ったのか構わずに、近づきつつあった銀行の中へと入っていった。
「……で、束はカバンを盗まれたって言ってたけど?」
「間違いないよ! アイツが私からカバンをひったくったせいで、無一文で帰る手段もなくなったんだよ!」
「成程な……で、何でキンコーソーダーの奴、犯罪者の癖に堂々と銀行に来てやがるんだ?」
ゼロは束の話から引っ掛かりを感じていた。
「ISの生みの親の持ってた鞄って事は、中には普通じゃないものだって入ってたんだろ? 何が入ってた」
「……正直ぶっちゃけるとね。 財布に工具とか、後は発表してない新型ISの設計図とか……」
ゼロの問いかけに対する気まずそうな束の答えに、エックスは驚愕する。
「中々にまずい代物盗まれてるじゃないか! まさかキンコーソーダーは知っててそれを!?」
「ISは俺達含めてあまり知られてないマイナーな代物だ。 セコいひったくりやってるようなイレギュラーが、知って狙うとは思えねぇな。 恐らく偶然だろう」
ISをマイナーと言ったあたりで、束は少し不貞腐れたような顔をするが、ゼロはかまわず言葉を続けた。
「ま、奴自身がそれの本当の価値を理解するとは思えねぇから、少なくとも関係者に裏ルートを通して売りさばいてそこそこの金にしちまう筈だ。 ……そんな汚い金を持った男が、自分で銀行に足を踏み入れて真っ当に利用するとは思えねぇ――――」
身の上の宜しくない男が銀行を訪れる事自体が怪しい。 些か論理の飛躍も入っている気がしなくもないが、あの前科持ちなら有り得ない可能性ではない。 そう言って締めくくろうとした瞬間だった。
――――銀行の中からガラス張りの玄関さえ震わせるような、銃声と職員や居合わせた客の叫び声!
「えっ!?」
「まさかっ!?」
「クソッ!! 当たっちまったかッ!!」
ゼロの嫌な予想を裏付けるように、店舗の周辺にいた通行人が一斉に逃げ惑う。
店内ではガラス越しに、懐から取り出したであろうショットガンの様な銃器を振りかざしながら、大層な剣幕で銀行内の人員を脅していた。
カウンターの職員は両手を上げて後頭部に回し、客は頭を押さえてその場に伏せていた。 それをキンコーソーダーが銃器をつきつけ壁際に押しやろうとする。 間違いない、たった今銀行強盗が発生したのだ!
苦虫を噛み潰したように顔をしかめながら、突き刺すような視線を店内のキンコーソーダーに送る2人。
「なんて事を……!!」
「あの野郎、俺達が見てるとも知らずにいい度胸だな……もう一度刑務所に送ってやるぜ!! 」
大胆不敵な懲りないイレギュラーを懲らしめようと、エックスとゼロは互いに顔を見合わせて無言で頷くと、生け垣を乗り越えて行こうとした。
「ちょっと待ってエックス! まさか止めに入るの?」
しかし、唐突に束に声を掛けられ生け垣を跨ぎかけた片足を再び戻し、声をかけてきた彼女の方へと振り返った。
「当たり前じゃないか! 銀行強盗だぞ!? 罪もない一般人が巻き込まれてるのに!」
「しかも過去に俺達が捕まえた奴だ。 脱獄までしやがって、放っておけるか!」
疑問を投げかけてきた束に対し、至極真っ当な反応を返す2人。 いくら日頃超法規的な手段さえ厭わない部分を見せているとは言え、彼らは曲がりなりにもイレギュラーハンターとして、平和を愛し悪を憎む心は持ち合わせている。
目の前でイレギュラーが、それもある意味因縁の相手が狼藉を働いているのを見て止めに行かない理由はない。
ATMを不正操作しようとした先程の振舞いも鑑みて、怪訝な眼差しを束に向ける。 しかし彼女はそんなエックス達に対してこやかに笑いながら、こう囁いた。
「ふと思ったんだけどね。 いっそキンコーソーダーって奴の味方の振りして、ひとまずは強盗を成功させてもいいんじゃないかなって」
にこやかに切り出した束の提案は、正に悪魔の囁きだった。
「たった一人で銀行なんか攻め込んでも、アイツどうせすぐに警察に捕まっちゃうよ。 そうなるとお尋ね者の私を連れて警察署には入れないし、鞄の在処を聞き出せなくなっちゃう」
「……ふざけないでくれ。 鞄ぐらい留置所に入れてからでも聞き出せるじゃないか」
「それと銀行強盗を成功させる事と何の関係があるんだ?」
そう、鞄の在処を吐かせるだけなら、堂々とイレギュラーハンターの権限でキンコーソーダーを確保し、人目を気にするのなら当局に引き渡すまでに鞄の在処を吐かせれば良い。
しかしそれでは束自身が納得しなかった。 唯我独尊かつ奔放に生きてきた彼女にとって、自分を馬鹿にしたクラブロスの銀行を救ってやる気など更々なかった。 中にいる職員や利用客の存在など至極どうでも良く、むしろ痛い目に逢わせてやりたいとさえ思っている。
その上で、自分の鞄をひったくって迷惑をかけてきたキンコーソーダーも、キッチリとカタに嵌めてやりたくもあり、それらを全ての条件を満たした上で行動させるには、一度強盗を成功させつつ逃亡先でキンコーソーダーを始末する段取りを取らせたかった。
当然イレギュラーハンターの彼らは反対する。 現にこうして束の囁きに乗ってこない辺りからもそれは間違いない。
しかし彼女にとってそんな事は承知の上だった。 束は知っている。 エックス達を自分の思い通りに操る方法を。 たったの1日も時間を共にしていないが、彼らをその気にさせる魔法の言葉は耳に焼き付いていた。
故に彼女は、彼らを煽るようにその言葉をあえて口にする。
「関係大ありだよ! あんな人の事をブルマとか言って馬鹿にするような蟹の銀行なんか、一度痛い目を見た方がいいと思うな☆」
――――禁句を口にしたその瞬間、周囲の気温と共にエックス達の表情が凍り付いた。
「(……あれ? 流石にマズかったかな?)」
表情の消え失せたエックス達を見て、流石の束も内心焦りを覚えた。 しばし沈黙に包まれるが、真顔のエックスが口を開く。
「束……君って
震える唇から出てきた掠れるようなエックスの声。 敢えてエックスの気にしている事を言って煽ってみたが、単にエックスの神経を逆撫でしただけだったのだろうか?
否。 エックスは束との距離を詰めると彼女の両手を取って叫んだ!
「正にその通りだよ! よく言ってくれたね!」
「ファッ!?」
それは満面の笑みだった。 アウトローの極みの様な彼女の提案に怒るどころかむしろ褒め称え、焚きつけた束自身が度肝を抜かれてしまう。
「フッ、恐れ入ったぜ……天才科学者だけのことはあるな」
「ファーーーーーーーーッ!!!!」
ゼロも腕を組み、目を閉じて綻ばせながら頷いていた。 言いくるめとしては予想以上の大成功に、遂に束は叫んでしまった。
「そうだよ……キンコーソーダーの事で頭一杯で悪口言われてたの忘れてたよ。 俺とした事が!」
「まったく俺達らしくもない。 思い出させて感謝するぜ! 束!」
「(分かってたけど何なのこいつら!? いくらなんでもチョロ過ぎるッ!! やっぱ束さんの事神輿に担いでるだけなんじゃ!?)」
あっさりと意見を翻す彼らの態度に、束はそこはかとなく不安を覚えた。
自分自身も悪口を言われただけでクラブロスを陥れてやろうと思った口ではあるが、先程まで義憤に駆られていたにも拘らずあっさり意見を翻す彼らに対し、逆に舞い上がった振りをして罠に嵌めてくるつもりかと束は勘ぐった。
昨晩の夜食の時に抱いた疑問が再燃し、彼女は確かめずにはいられない。
「エ、エックス……ゼロ……? 言っといてなんだけど法より私情を優先すんの!? 本当にいいんだね!? 本当に
焦るように真意を問いただす束に、2人は口を揃えて言った。
誇らしげに宣言する彼らに対し、唖然とする中で束は再認識した。
「(ああ、清々しいぐらい自分本位なんだコイツら……どこまでも!)」
彼らが動く理由……それは正義とか平和を愛する心は確かにある。 だがそれよりも、自分がバカにされたかどうかという身も蓋も無い判断の方がなお重かった。
自他共に認めるプライドの高い束であるが、エックスやゼロの単純さの前には大分マシに感じられた。
「はは、はははは! 面白いよソレ! こうなったら徹底的にやっちゃおうか!」
束の腹の底から変な笑いが込み上げる。 完全に乗り気である事を見せつけられた以上、最早彼女の提案した銀行強盗の案を取り下げる理由はなかった。
ちなみに束の提案には裏があり、無論これについてはエックス達には言うつもりはないが、強盗を成功させるのは単なる嫌がらせだけではなく、キンコーソーダー達に奪わせた金品を横取りする目的もあった。
「(慰謝料として金品は束さんが頂いておいてあげるよ! ……そのついでに)」
束は色めき立つエックス達を流し見ながらほくそ笑む。 エックスやゼロについては
単純で扇動しやすいのは助かるが、同時に重大なリスクでもある。 現に彼らと一緒にいる事によって、彼女の思い描いた計画は随分軌道修正を強いられたのだから。
これから先もそういう事が起きる可能性は否定できない。 なるだけ早く彼らとはおさらばを決め込む腹積もりでいた。
そんな彼女の意図など露知らず、エックスは早くも強盗をひとまず成功させる算段を立てていた。
「よし! まずは変装だ! 店内の人質は勿論、キンコーソーダー自身にも気づかれるとまずいからな!」
「服とかなら土産に色々買ってんだ! 変装なら俺に任せておけ!」
ゼロは一緒に持ってきていた旅行鞄を開け、中を漁る。 当然中身については、先程銀行の前で確認した通りアダルトグッズにまみれていた。
「……しかしなんだ、買うなとは言わないけどやっぱり多いんじゃないかな?」
「かもしれねぇ……10万円分はちょっと買いすぎたかもな」
冷ややかなエックスの視線に今更ながら少し後悔するゼロだが、めげずにカバンの中を探ってそれらしい服を探す。
「あれでもないこれでもない……」
適当な物を見繕っては取り出して側に次々と置いていくゼロ。 エックス達のカバンから出てきた服を見て、束は思わず首を傾げた。
彼らのステレオタイプに満ち溢れた日本のイメージを象徴するかのように、彼らの鞄に入っている服はいずれも舞台の上で歌舞伎役者なんかが身に着けるような、色彩が強く派手な装飾のあしらわれた和服のような物が沢山詰まっており、道行く人の着るような普通のファッションなどは全く見当たらない。
用途を尋ねられると困るような服を前に、束は尋ねてみた。
「……それ何に使うつもりで買った服なの?」
「え? 普通に日本で着る普段着のつもりだったんだけど? 何故か笑われたからとりあえず着ずにしまってたけど……」
「……束さんが言えた台詞じゃないけど、もうちょっと周り見ようよ」
「?」
疑問符を浮かべるエックスに、束は眩暈がする思いで額を抑えた。 こんな派手な恰好、和服が普段着として着られていた明治以前だって層々着られやしない。
だというのにゼロが取り出す服は明らかに鞄の許容量を超えても尽きる事も無く、出てくる服と言えば先述の派手な着物ばっかりだった。
「(変装って言ったって、もうちょっとまともなのないの? ああもう……こんなの待ってたらあのひったくりに逃げられちゃうよ!)」
遂に痺れを切らした束が、苛立ち紛れに既に取り出されていた服をその辺の茂みへ放り投げ、鞄を漁るゼロに強引に割り込んだ!
「もういい私が探す!! 変な服ばっかり出して待ってられないよ!!」
「っ!? おいバカ止めろ!」
「バカって言うな!」
割り込まれた側のゼロは束を止めようとするが、彼女はゼロに抑え込まれながらも鞄の開け口に腕を突っ込んで漁る……それがいけなかった。
「ハンチング帽だってあったし、ちょっとぐらいまともに着れそうな物ぐらいあるでしょ――――」
束が鞄の中で何かを引っ張った時、事件は起きた。
鞄の開け口から突如、詰め込んだ服が白く染め上げられながら突如噴出した!
「うわっ!? 一体何これ――――ヴォエッ!!」
共に白い煙が噴き上げられ、巻き込まれた束が嘔吐する! エックスとゼロは噴き出されたガスを見て唖然とした表情を取ったのも束の間、彼らもまた噴出したガスにたちまちの内に飲まれた。
「こ、これはダグラスの仕込んだ催涙ガス!? おえっぷっ!!」
「束の奴やりやがったッ!! げろっちょッ!!」
わざとらしいリアクションと共に彼らも目や喉元をやられ、地面に突っ伏した。
白く着色されたガスは彼らの全身さえも白く染め上げながら、猛烈な勢いで拡散して周辺にいた公園の利用客すら巻き込んだ。 地面をのたうち回ったり、嘔吐したり泣き叫びながら走り回る者もおり、事情を知らない人々にとってこの上ない迷惑だろう。
「ゲホッ! ゲホッ! ぶええええええっ!! な、何でただの旅行鞄に催涙ガスなんか……!!」
目と鼻と喉の粘膜の焼けるような痛みに苦しみ喘ぐ束。
が、だからと言って催涙ガスの刺激について全く受け付けないと言われればそんな事はなく、ましてやただの旅行鞄からガスが出るなど思っておらず無警戒で、その上至近距離から顔面に直接浴びればやはり苦しいものは苦しいのであった。
「た、束……こっちだ……!!」
あまりの痛みに呼吸困難に陥りそうだったが、すぐ近くから聞こえてきたゼロの声と共に腕を掴まれ、強引に引っ張られては肩を回された。
何とか立ち上がるも足を引きずられるが、目の痛さに束自身は瞼を開けられず周辺の事についてはさっぱりであった。 しかし口や鼻に触れる空気から刺激がなくなり、すっきりとした事からガスに包まれた範囲からは脱出できたのだろう。
「ゲホッ!! ゲホッ!! 痛いっ!! もう最悪っ!! ゲホッ!!」
「ク、クソッタレ……勝手に人のカバン漁るからだろ!!」
「で、でも助かった……このガス緊急回避用だから効力は直ぐに無くなるんだ……ほら……ガスが晴れてきた!!」
エックス曰く効果はすぐに無くなると言っており、彼女自身についても体つきが『少々特殊』と言う事情もあって大抵の毒物については免疫がある。
その為、ガスの効力が切れるにつれ高い回復力も相まって、顔中に突き刺さるようだったガスの刺激が薄まっていき、まだぼやけてはいるが視界も回復しつつあった。
視力が元に戻っていく中、束の目に映り込むは驚愕の光景だった。
「……真っ白」
ガスのぶちまけられたエリア……それはペンキと言うか小麦粉と言うか、白と言う白で塗り固めたように白亜に染め上げられているのを見た。
他の人に担がれ避難を果たし、離れた所で介抱されるガスの巻き添えを食ったと思われる人々も、ガスを噴き出した鞄も飛び散った衣類も草木の茂みも、全てが白くなっていた。
そして――――
「「……俺達の全身もだぞ」」
エックスとゼロも互いに顔を見合わせるが、その姿は色彩を全て抜いたかのように真っ白で、特に顔面はバラエティ番組で白い粉をぶっかけられたかの如く笑える程に白くなっていた。
束はそれを見て、恐る恐るポケットから着色を免れた手鏡を取り出し、自分の顔を覗き見た。
そこには往年の刑事ドラマばりに絶叫する、白い束がいた。
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第11話
アメリカから高飛びして数週間。 キンコーソーダーにとって、ミナミの蟹銀行への強盗はリベンジマッチだった。
つい数日前に自身のひったくった獲物を横取りしていったISの女。 裏事情にある程度通じているチンピラ連中を
尤も『亡国機業』とやらも内情は空中分解寸前の落ちぶれた組織らしく、オータムとやらもハイエナ行為によって生計を立てているその日暮らしと言う有様で、しかもクラブロス金融の運営するこのミナミの蟹銀行に融資を受けているらしい。
この銀行は中々にアコギな一面があるらしく、自分達みたいな裏社会の人間にも積極的に金をばら撒いていると言う。 そこでキンコーソーダーはこの銀行を襲撃し、忌々しいあの女の数少ない資金源を断ってやると意気込んで、店内にいるほぼ全ての人間を恫喝して回っている。
銃をちらつかせる度に、怯える子犬のような目を向ける人質に嗜虐的な笑みを浮かべていた時、事件は起きた。
ガラス越しに聞こえてくる外の悲鳴。 出入り口であるガラス戸に背を向けていたキンコーソーダーは、一瞬自分に対して恐れの声を上げているのかと思ったが、どうもそうではないようだ。
外にいる通行人はしきりに公園に対して異変が起きたと騒いでおり、キンコーソーダーは何事かと振り返る。
するとどうだろうか。 店内の正面にある公園の茂みから突如白いガスが噴出し、園内が狂乱の沙汰となっていたのだ。
「な、何だありゃあ!?」
ガラス越しに見える逃げ惑う民衆に、キンコーソーダーは驚きの声を上げる。
ガスの中から飛び出してきた人間を見るに、皆して顔を赤く腫れあがらせて涙と鼻水を垂れ流しながら、酷くせき込んでいるようだった。
これは犯罪者(イレギュラー)として、過去にイレギュラーハンターの突入作戦の際に食らった事がある……催涙ガスだ。
しかも敷地の外にも漏れ出す程の量となれば、正規の治安部隊でもなければ用意するのも難しいはずだが、なぜのどかだった公園内で唐突に? 既に銀行強盗と言う騒動を起こしている自身であっても、いきなり真昼間にばらまかれたガスの存在には呆気にとられるしかない。
それだけに、キンコーソーダーは反応が遅れた。
「――――はっ!?」
外の様子に気を取られていたキンコーソーダーは、はっとした様子で振り返った。 よそ見していて人質に注意を向けていなかったが、それこそが一瞬の油断に繋がった。
「てめぇ!! 何してやがんだ!!」
気付かれた事の驚きで目を見開いた、カウンター越しにいる銀行員の一人である若い女に対し、キンコーソーダーは怒鳴り声をあげる。
他の銀行員が両手を上げているのに対し、キンコーソーダーの睨みつけた女の銀行員は、少し身を屈め両手をカウンターの下に回していた。
銀行におけるカウンターと言えば、その裏側には
これはまずい!! 一瞬の隙からくる人質の反抗にキンコーソーダーがとっさにショットガンの銃口を向けようとしたが、既に遅かった。
<警告!! 敵性勢力ニ告グ!! 直チニ武装解除シテ投降シナサイ!! 指示ニ従ワナイ場合ハ排除シマス!!>
フロア中の壁から飛び出した赤い警告ランプが周囲照らし、キンコーソーダーに投降を呼びかけるメッセージが鳴り響く!
キンコーソーダーは混乱した。 今目の前にいた女が、恐らくはカウンター裏にある警察への通報スイッチを押したのだと思っていた。
しかしそれらの防犯システムは犯人を刺激しないように、無音で当局に通報される仕組みになっている筈。 わざわざ露骨な警報が鳴ったりする仕組みではない筈。
キンコーソーダーは銃を構えたまま、あちこちで鳴り響く警報に銃口を向けていた。
<繰リ返ス!! 武装解除シテ投降シナサイ!! 指示ニ従ワナイ場合ハ排除シマス――――>
「うるせぇッ!!」
無機質に繰り返す警告メッセージに、緊張の余り逆上したキンコーソーダーは発砲! ランプの一つが破砕し、繰り返されていた警告メッセージが瞬時に停止する。 カウンターにいた職員が悲鳴を上げその場に伏せた。
「へッ! 少しは静かになった――――」
<当防衛システムヘノ攻撃ヲ感知! 当システムハ警告通リ排除モードヘ移行シマス!>
防犯システムから告げられる無慈悲なアナウンスと共に、ATM機器の隣にあった空白のペースの壁が開き、中から大柄な人型の機械が出現する。
「んな!?」
キンコーソーダーは驚愕した。 項垂れて立っているそれは、装甲で覆われた胴体に対しなお大柄な両手足に、背中に浮かぶブースターを備えていた。
「こ、ここでもISだとぉ!?」
間違いない。 銀行強盗を決意させる遠因となった、あの忌々しい機械人形がそこに立っていた。
そいつはキンコーソーダーと目が合ったと同時に一息つく間もなく間合いを詰め、キンコーソーダーの首根っこを掴んで反対側の壁に叩き付ける。
「ぐっはっ……!!」
レプリロイドに肺機能があるかどうかも疑わしい。 しかし叩き付けられた衝撃にまるで体の中の空気を全て絞り出すような、か細い悲鳴を上げるキンコーソーダー。
衝撃に電子頭脳が揺さぶられ下手をすれば意識が飛びかねないが、すんでの所で持ち堪えた。
「は、放し……やがれ……!!」
<貴方ハ当システムノ指示ヲ無視シ攻撃シマシタ! ヨッテイレギュラート認定シ、排除命令ニ従ッテ貴方ヲ処分シマス!>
「ぬぅおおおおおおおおおおっ……!!!!」
首を締め付けるISに対しキンコーソーダーは、掴んでいる腕にこちらの両腕をかけて払おうとするが微塵も動く気配はない。 この力はパワー重視で設計されたレプリロイドにも匹敵するだろう。
それにしても人間味の無い無機質なこのISの反応は、従来のロボットに近いとされるメカニロイドを思わせた。 おそらくこのISは防衛システムによって遠隔操作されている無人機だ。
人間が操る前提のISに機械だけで完結している機種があるのは、ISに詳しくないキンコーソーダーにとっては意外な組み合わせだった。
全く持って恐れ入った、こんな事ならもっと事前にISについて調べておけばと思った。
「ち、チクショウ……俺の体がコイツと同じ……だったらなぁ……!!」
締め付ける力を強められる度、キンコーソーダーのシステムがエラーを引き起こし始めた。 視界に警告のインジケーターが表示され、徐々にシステムダウンに向かって行く事を否応無しに理解させられる。
恐る恐るながらISの陰越しに様子を窺っていた人質達も、犯人確保の瞬間を見て次第に安堵と勝ち誇ったような色が表情の中に浮かび上がっていった。
「くそったれ……!!」
悪態をつくキンコーソーダー せめてもの抵抗にISの腕を掴んでいた両手にも、力が入らなくなっていく。 視界にも砂嵐さえ現れブラックアウト寸前だった。
最早打つ手無し。 観念したキンコーソーダーはついに意識を手放しかけたその瞬間、人質達が大きくどよめく姿がキンコーソーダーのアイセンサーに飛び込んだ!
直後、何かが突き刺さる音と共にISが身を仰け反らせて痙攣する。
「ぐほっ――――!?」
同時にキンコーソーダーを拘束していたISの手が彼の首を放した。 解放され背をこするようにして地面に倒れ込み、間一髪システムダウンは回避された。
一体何が起きた? 苦し紛れながら何とかエラーから立ち直って様子を窺った。 そこには突如として錯乱し、明後日の方を向きながら両手足を乱雑に振り回すISと、一転して余計事態を混乱させられISから逃げ惑う人質の姿。
「いいのか? 何か暴れ始めたぞアレ!」
「人質が巻き添え食ったらどうするんだ!? 大丈夫か!?」
「ま、多少はね! ISをあんなつまらないオモチャにしてくれたお礼をしただけだよ! どうせ殺傷武器持ってないし近づかなきゃヘーキヘーキ!」
そして暴れ始めたISの背後からキンコーソーダーの前に突如として現れた、謎の3人組。
真ん中にいる女らしき人物に、その背後の赤と青の2人の男が慌てたように話しているが、内容からしてISが突如暴走したのは彼らの仕業らしく、キンコーソーダーは訳も分からぬ内に助けられた形となったが、その出で立ちを見た瞬間今一度の驚愕を禁じ得なかった。
「な、何だお前ら……その恰好は……!?」
震える指先を向けながら問いかけるキンコーソーダー。 彼が疑問を抱くのは尤もで、何故なら現れた3人は派手な和服のような物に身を包み、白く塗りつぶされた顔の上から赤と黒の線を引く化粧をしていたのだから。 これではまるでこの日本の伝統芸能の歌舞伎みたいだ。
キンコーソーダーの声に対し、真ん中の女が得意げに笑って胸を張った。 服の上からでもわかる大きな胸と、長い髪の頭の上に被ったウサギを思わせるような、和服には似合わない付け耳が揺れる。 はて、どこかであの耳を見た事があるような――――
「ま、アンタの味方って言った所かな? この『亡国機業』は、悪事とあらばいかなる時でも助太刀致すってね――――」
「『亡国機業』だぁッ!?」
その名を耳にした途端、逆上するあまり一気に立ち上がるキンコーソーダー。
「てめえらあのハイエナ女の仲間かぁ!? 俺の獲物横取りしといて、どういう風の吹き回しだぁッ!?」
「んな!?」
激高し詰め寄るキンコーソーダーにたじろく歌舞伎女。 自身にしてみればわざわざリスクの高い強盗を決意させるに至った胸糞の悪い連中がわざわざ助けに来るなどと、彼にしてみれば疑わしいことこの上なかった。
肩を震わせるキンコーソーダーを前に、3人は何やら身を寄せ合って小声で話し始めた。
「アイツ俺達が獲物横取りしたって言ってやがるぜ!? だったら束の鞄『亡国機業』って連中に渡ってるって事になるぞ!」
「何それ!? 取るだけ取っておいて横取りされるとかドンくさいなぁ!?」
「それよりどうする!? 俺達正にキンコーソーダーの恨み買ってる組織のフリしてしまったぞ!?」
「シラを切るしかないよもう! 組織だからって一枚岩とは限らないよ! 嘘をつき通そう!」
銀行内の慌ただしい様子の中、今の彼らの会話から断片的にしか聞き取れなかったが、なんとなしにこちらが『亡国機業』の一味から鞄を盗られた事を、彼ら自身は極めて不都合に感じているようだった。
しばし言葉を交わしていたようだが、やがて3人揃ってこちらに向き合うと、謝罪の弁を述べた。
「……どうやら俺達とこの構成員がアンタに迷惑をかけてしまったみたいだ。 悪かった」
「だが我々とて元々は世界を跨ぐ組織だったが、今は散り散りになってしまってな。 済まないが君に手を出した手合いの事はよく分からない」
「とにかくこれから強盗やらかそうってなら、せめてもの罪滅ぼしって事でお手伝いさせてもらうな! ここの銀行の会長にはちょっと恨みあるからね!」
彼ら3人の言葉から、どうやら少なくともここにいる手合いは敵意はないと言う事らしい。 自身を襲った女と同じ『亡国機業』とはいえ、組織が分かたれて互いに連携が取れていないとの事だ。
「……本当か? イマイチ信用できねぇな」
言葉だけで信用しろと言うのも難しい話だが。 只の与太話ではないかとキンコーソーダーは疑惑の目線を向ける。
すると歌舞伎女は口元に指をあてて目線を転がし、思考を巡らせるような仕草をした後に質問した。
「そもそもこの銀行狙った理由は?」
「ああ? さっきの鞄の件だよ! 俺から獲物横取りしたお前んとこの構成員が、ここの銀行で金借りてやがるらしいんだってな!」
苛立ち紛れに返答するキンコーソーダー。 すると歌舞伎女は得意げに笑った。
「だったら猶更協力しなきゃね! ちょっとまってて、あのIS操ってくるから!」
歌舞伎女は踵を返し、カウンターになだれ込んで大暴れするISへと走っていった。 仲間が融資を受けていると知って嬉々として協力すると言ってのけた女に対し、内輪もめでも起こしているのかとキンコーソーダーは訝しんだ。
「その鞄取った奴、心当たりあるかもしれないしな」
「ああ。 俺たちにとっても厄介事を押し付けてくれた相手だ。 少し痛い目を見ればいいさ」
そう言って腰に手を当てる青の歌舞伎役者と、おかめさながらに麿眉毛とに赤い口紅をつけた赤の男が腕を組んでいる。
キンコーソーダーにとって2人の声は何だか聞き覚えがあるが、よく見れば彼らの頭部だが忌々しい記憶の中にあるヘルメットに、無理からちょんまげをあしらったかつらを被せているように見える。
現にかつらの隙間から、それぞれ赤と青のクリスタルのようなものが垣間見える。
「(いや、まさかな)」
キンコーソーダーは彼らの正体を勘繰るが、頭の中に浮かび上がったその人物を振り払う。
思考を巡らせている間に、歌舞伎女が壊れたカウンターから無事なラップトップとケーブルを回収し、暴れるISの背後に立ち人間で言う延髄の辺りにすかさず手を伸ばす。
何かを掴んで引き抜くと離れた所の地面に捨てると、大暴れしていたISが一瞬痙攣し動きを止めた。 そして代わりにラップトップと繋がれたケーブルの反対側を突き刺すと、女はラップトップのキーボードを目にも留まらぬ速さでタイピングし、その度にISが火花を散らしながら身を震わせた。
女が捨てた物にキンコーソーダーが駆け寄るが、ISの延髄に突き刺さっていたのは何の変哲もない木の枝だった。
「(こ、こんなもんでISを狂わせやがったのか!?)」
「暴れんなよ……暴れんなよ……」
キンコーソーダーは戦慄する。 少々の事じゃ傷もつかないISに直接物理攻撃を加えて的確に機能障害を誘発させた。 それだけでも驚く事だが、女の方を見ると同じ個所に突き刺したケーブルを通し、ISに何かを入力している。
「これでよし!」
最後にEnterキーを叩くと、ISが出現した時のように項垂れていたのが、息を吹き返したように姿勢を正し、なんと鎮圧用の武器を出現させそれを壁の隅に非難していた銀行員達に向けた。
「(まさかハッキングしやがったってか!?)」
「私にかかれば朝飯前だよ☆ ……さてそこのアンタ、私もう一人を金庫室に案内するんだよ!」
いたずらを成功させた悪ガキのように口元を釣り上げ、恐れ慄く銀行員の中から適当に一人を指さし選ぶ女。
指を差された銀行員の一人の若い男性は身を震わせて奥歯もかみ合わない。 足がすくんで身動きをとれないのだが、女はお構いなしにキーボードを叩く。
「そう言えばさあ、ゴム弾と言っても当たり所悪かったら、痛いじゃすまない事もあるんだってね☆」
「ヒィッ! わ、わかりましたぁ!!」
銀行員は腰砕けながら、何とか女の仲間二人の元へ行き、彼らを引き連れて女の前へ引き返してきた。
「あまり、やり過ぎるなよ?」
青の男が女に一言釘を刺す。 悪びれる様子の無い女にその言葉が届いたかどうかはわからないが、三人は銀行員と共にカウンター奥の廊下へと向かった。
すると女だけは廊下の入り口に立ち止まり、振り返ってキンコーソーダーに告げる。
「後で迎えに来るからこのISはアンタに預けるよ! だから人質を殺傷したりするような真似はしないでね! 約束破ったら……けしかけるから」
「わ、わかった!」
最後の方だけ声のトーンを下げる女に、ISの性能を身をもって知るキンコーソーダーは若干身震いするが、了承だけすると満足したように先に行った者達の後を追った。
して、残ったのは女の命令に従うISと形勢を逆転したキンコーソーダー、そして彼らに武器を突き付けらて見張られる人質達。
キンコーソーダーは先程まで自分の首を絞めていたISを流し見ながら思う。 最新の技術がこれでもかと詰められてるらしいISを、この土壇場であっさりとハッキングしてしまえるあの女の技術や才能は侮れない。
何者かは知らないが、これほどの人材を抱えている『亡国機業』は中々に無視できない存在のようだ。
「(要注意だな)」
幸いやってきた三人は今の所味方ではあるが、ISで襲ってきたハイエナのように足並みが揃って無いのを見るに、組織として恐ろしいというよりはいつ爆発するかわからない不安材料と言う見方であるが。
ほんのわずかな人質の身震いにも恫喝し、逆らえないように厳しく見張るキンコーソーダーだがそれとは別にもう一つ懸念があった。
防犯機能としてISが出現したが、ひょっとしたら同時に警察への通報も行われているかもしれない。
だとするとこうして待っている内に、銀行の周りをやってきた警察達がすぐ包囲するだろう。 それだけにふと外の様子が気になり、再び銀行の外の様子を窺おうと背後を振り返った時であった。
突如玄関のガラス扉を黒塗りの高級車が、破片をぶちまけながら突き破ってきたのだ!
キンコーソーダーが一息をつく間もなく、飛び込んできた車は彼のすぐ隣のISを轢きながら、カウンターの瓦礫をも巻き込みつつ壁に突き刺さった!
壁際にいた人質は巻き添えを恐れ、横っ飛びからの側転で間一髪難を逃れた!
「こ、今度は誰だッ!!」
身じろぎしながら飛び込んできた黒塗りの高級車に銃を向けるキンコーソーダー。
車は恐ろしく頑丈らしく、ISごと壁に突き刺さったフロント周りは、バンパーやフェンダーこそは流石にひしゃげたがフレームはあまり歪んでおらず、フロントガラスにも軽いヒビが入っただけであった。
轢かれた側のISは、胴体部分にダメージが通ったらしく火花を上げながらもがいているようであった。 記憶が正しければ、ISはシールドエナジーなる不可視のバリアで見た目以上の防御力を誇っていたはずだが。
「このポンコツ!! 万能兵器が聞いて呆れるわ!!」
男の怒号と共に、車の後部座席の扉が内側から蹴り破られた。 中から出てきたのはタブレット片手に怒りに震える蟹を模ったレプリロイドの姿。
「あっさり故障しおって!! おもっくそうちの従業員攻撃しとるやんけ!! ボケッ!!」
バブリー・クラブロスその人だった。
3人の謎の歌舞伎役者が銀行強盗に便乗、濡れ手に粟となるか!(すっとぼけ)
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第12話
体中に付着した催涙ガスの白い着色料だが、結局どう頑張っても一部しか取り除く事はできなかった。
幸い今回は全くの別人に化けるという目的があった為、真っ白になった顔の上から模様を書き足し、茂みに放り込んで無事だった和服を適当に見繕う事で、無理からであるが歌舞伎役者のフリをする形で変装を実現させた。
そして今の所、先導する銀行員を含め誰一人として自分達の正体に気づく者はいない。
「こ、こちらです……!!」
恐る恐るながら銀行員が案内したのは金庫室の前であった。 扉を開き中に入ると、一室を埋め尽くすほどに大きい丸く縁どられた頑丈な隔壁にの右側に、暗証番号に網膜パターンを入力するコンソールが備えつけられている。
この奥に、顧客から預かった大切な財産が整然と収められているに違いない。 歌舞伎の女……束は笑顔ながら無言の圧力を銀行員を見つめる視線にこめる。
銀行員は身震いしつつも、コンソールを入力の後顔を近づけて網膜パターンをスキャンする。
程なくして、 隔壁のレバーがひとりでにひねられ、重々しい音を上げながら隔壁が手前へと開かれていく。
「ご苦労様☆」
束は満面の笑みで連れてきた銀行員に労いの手刀を延髄に浴びせる。
「うっ」
当て身を食らった銀行員はその場に倒れ伏せた。
「悪く思うなよ……さてエックス、クラブロスが戻ってくる前に済ませるぞ」
「了解」
気を失った銀行員をその辺の壁にもたれかけるように座らせ、3人揃って金庫室の中に足を踏み入れた。
中は清潔で整然としており、綺麗に並べられた金の延べ棒の置かれた棚、その他金品が詰まっているキャビネットが軒を並べていた。
束はそんなキャビネットの中から1つを見繕って引き戸を開けると、中に保管されるは綺麗に並べられた皺一つない札束。
現金の束の一つを抜き取り確認すると、キッチリ百枚ピン札の1万円札だった。 これには束も大喜び。
彼女にしてみればネックとなる研究費が一気に解決する程の現金が、このキャビネットだけでなく金庫室の中全てがより取りみどりなのだ。
「それじゃあ戴くとするか……ヘッヘッヘ……なんてね」
わざとらしく悪役ぶった喋りで現金を懐に入れ……かけた所でゼロが待ったをかけた。
「待て束、ピン札はやめろ。 ボロ札にしておけ」
ゼロは束の手から綺麗な札束を取り上げてキャビネット内に押し込むと、それ以外のキャビネットを開けて中を検める。
「何でよゼロ! どうせ持っていくなら綺麗な方がいいじゃない!」
「冗談じゃねぇ。 そんなの使ったらアシが付いちまうだろ」
抗議の声を上げる束をゼロは一蹴する。
「通し番号のせいで追跡の危険性があるし、新札は迂闊に使えないんだ。 こういう時は使用感のあるボロ札の方が、流通しきってる分出所を特定されにくいんだよ」
「……あ」
ゼロと同じくキャビネットを漁りながら、会話を引き継ぐエックスの言葉に、束はうっかりしていたように口元を抑えた。
紙幣1枚1枚のシリアルナンバーの存在を知らない訳ではなかったが、現金の流通などに頓着がない彼女にとってその発想は思いつかなかった。
「まあ、新札と言えども個人商店とかなんかじゃ、流石に一々番号の確認なんかやってないけど……用心に越した事はないからね。 飛行機のチケットの事もあるし」
「そっかぁ……」
「そういう事だ。 ほら、適当なボロ札かき集めたぜ」
キャビネットの中からボロ札を見繕うエックスに、幾ばくかのくたびれた札束を腕で抱え、開かれた旅行鞄の中に放り込んでいくゼロ。
そう言った細かい所に気づける辺りは、曲がりなりにもイレギュラーハンターなのだと、珍しく束は感心していた。
同時に、その公僕がよりによって銀行強盗の片棒を担いでいるなど、悪い冗談にしか聞こえないのも事実だが。
他人の心など、ましてやレプリロイドの頭の中など知る気も無かった束だが、ふと訪ねてみたくなった。
「2人さ、今更だけど強盗に手を貸して痛まなかったりする? 心とか」
束をよそにボロ札やれ書類やれを手にしていたエックス達が動きを止めた。
「……愚問だな。 そもそもだ、レプリロイドがお金儲けを考えるなんて――――」
ゼロの言葉と共に、2人揃って束の方を振り向いた。
「「こいつは間違いなくイレギュラーだ!!」」
経済活動全否定とも取れる発言をするエックスとゼロの両目には、それぞれ『$』と『¥』のマークが黄金色に輝いて見えた。 比喩ではなく文字通り。
「アンタらも立派にイレギュラーだよ!」
当然のように自らを棚上げする2人に、束はまたもらしくない真っ当なツッコミを入れる。 しかしその程度でへこたれる2人ではない。
「フッ、馬鹿言え。 イレギュラーから怪しい金を押収するのも俺達の仕事だ。 つまりこれは強盗のフリをした真っ当な任務だ!」
「ゼロの言う通りさ! 何だったらこれは……そう、潜入任務だ!」
「何だったらって何だよ! おもっくそ後付けだろ!!」
ハンター業務の中で培われた素晴らしい開き直りの精神。 正当化の塊のようなすがすがしい言い訳を前に、ゼロの言う通り確かに愚問だったかもしれないと束は頭を抱えた。
「(……まあいいや、正義だって言い張るなら、望み通り強盗の罪全部擦り付けてやるよ――――)」
とりあえず気持ちを切り替え、一刻も早くこのクソアホイレギュラー共と縁切りを果たしたい。 そう思ったのも
金庫室の外から伝わる激しい衝撃音に、頑丈な金庫室が僅かに揺れた。
「ええ!?」
「「何だ!? 何が起きた!?」」
エックスとゼロは立ち上がり、開いたままの鞄を抱えて束と共に3人で金庫室の外へ駆け出した。
廊下に飛び出し、キンコーソーダーとハッキングしたISに守らせるロビーへ躍り出ると、3人は声を失った。
カウンターを破壊して黒塗りの高級車が飛び込み、防衛システム用のISを巻き込む形ですぐ隣の壁に突き刺さっていたのだ。
ぶつかった衝撃でひしゃげてはいるものの、見た目以上にかなり頑強なつくりの車だったのだろう。 運転手はしぼんだエアバッグに突っ伏して気絶しているが無傷であり、ISは重たい車の一撃に胴体周りにかなりの損傷を負って火花を散らしてもがいていた。
そしてエックス達はこの車に見覚えがあり、車の持ち主の姿を確認しようと素早く周囲を見渡した。
「どこの回しモンや……ワイの銀行にカチコミとはええ度胸しとるやんけ!!」
「な、何モンだテメェは!? 商売敵かぁ!?」
車の反対側にクラブロスがいた。 後部座席の扉を開けっ放しに怒り肩で立ち、銃を構えながらも狼狽を隠せないキンコーソーダーと対峙していた。
「近づくんじゃねぇ! これ以上寄ったらぶっ放すぞ!」
「撃てるもんなら撃ってみいや! ワイがそないなおもちゃでビビる思うたら大間違いじゃ!!」
「なっ……!!」
警告するキンコーソーダーに臆せず、むしろより声を荒げにじり寄るクラブロス。 小柄な蟹の体からに漂う圧倒的オーラにキンコーソーダーはつい先走った行動に出てしまった。
「ッ!! あのバカ!!」
「よ、寄るんじゃねぇ!!」
発砲!
ゼロが咎めると同時に、気迫に臆して引き金をつい引いてしまったキンコーソーダー。 彼の放った凶弾はクラブロスの体に――――
「効くかボケッ!!」
届く事なく、瞬時に彼の体を包み込んだ大きな泡にあっさりと弾かれてしまった。 弾丸は明後日の方向に跳ね、人質のいるあたりの天井に弾痕を残した。 天井から零れ落ちる欠片に人質が身震いする。
「ば、バカな……対レプリロイド用のスラッグ弾だぞ!?」
「大阪は鬼の住む街や! 蟹のワイがそないな弾で死んどったら、金融グループの会長なんか務まらんのや!! 思い知ったか!」
驚愕に打ち震え銃を取り落とすキンコーソーダー。 戦意を失いつつある彼を得意げに罵倒するクラブロスだが、ふとこちらを振り返る。
「さてと……よくもワイの銀行荒らしてくれたのう、オドレら」
「「「!!」」」
振り返るなり血走った目を向けるクラブロスに、彼らもまた背中に悪寒が走った。
「このISとセットで導入した防衛システムは高かったんや。 それをまあどういうカラクリかは知らんけど、ようムチャクチャに壊してくれたわ」
クラブロスは片手に抱えたままだったタブレットをこちらに投げつける。 咄嗟に胸元に抱えるようにキャッチしたのは束だったが、画面の中には自分達の映像が映ってるが、その自分達やクラブロスの立ち位置を見るに、この映像を実際に誰が映しているのか――――束は恐る恐る車ごと壁に刺さったままのISを見た。
束は気づいた。 どうやらこのタブレットはISの視覚センサーと連動しているらしく、クラブロスが警察よりもいち早く銀行に引き返せたのは、タブレットの映像を通して銀行の異変を察知したからであると推測した。
「ギギッ……警告……当機ヘノ……攻撃ヲ……確……ジジジッ認……」
「やかましいわボケッ!!」
腕を伸ばして何とか侵入者を排除しようと試みる健気な防衛用ISに対し、クラブロスの仕打ちは冷酷かつ苛烈であった。
ISの方を向いた彼の口元らしきシャッターが展開すると、中から突き出した銃口らしきパイプから大量の泡が噴出!
それを弱ったISの全身に浴びせかけるや否や、頑強だった筈の機体が煙と火花を散らしながら溶解する。 それはさながら固形のゼラチン質で固めたスープを煮えたぎらせるように、泡を吹いて崩れ落ちていくようにも見えた。
「「と、溶けた!?」」
著しい破損からシールドエナジーは尽きていたのだろうが、それでも金属の塊を作りかけの粘土細工に水でも浴びせるように、いとも溶解させたクラブロスの一撃は束とキンコーソーダーを驚かせた。
だがゼロと実際に戦ったエックスは知っている……『バブルスプラッシュ』、溶解性の溶液とガスの合わせ技で出来た有毒な泡を放つ、クラブロスの持ち武器の一つである。
知ってはいるが、改めてその威力に先の2人程の派手なリアクションではないが、息を呑むなどの何かしらの驚きを隠せない仕草はしていた。
「フンッ。 後で警備会社も思いっきりつっつきまわしたる――――うん!?」
ぼやくクラブロスが、エックス達の持つ鞄を見て目を丸くした。 体が震え、おぼつかぬ指先をエックスの抱える鞄に向けた。
「おまっ……その鞄……まさか……!!」
小刻みに眉を細め、声を上ずらせるクラブロスに、エックス達は揃って己の迂闊さを悟った。
「「「(しまった!! 鞄だけそのままだった!!)」」」
持参した旅行鞄だけがそのままに、何の偽装も行っていなかったのを今更ながらに気づいた。
銀行員達は激しい混乱で注意を寄せていなかったが、クラブロスは違った。 何せこの鞄の事は先程クラブロスだって見ていたのだから。
しかし幸いな事に、細工こそされているが鞄のガワについてはありがちな市販品のままである為、エックス達はとぼける事にした。
「か、鞄が何だと言うんだ! その辺の適当な只の鞄だ!」
「ああそうだ! どこぞのイレギュラーハンターが持ってる鞄と同じだからって、別に中にアダルトグッズだって入ってる訳じゃねぇぜ!!」
「おいコライレギュラーッ!!」
そして例によってゼロが語るに落ちた。 束がキレ気味にゼロの胸倉をつかんで揺らす。
「……ワイ別にハンターとかアダルトグッズとか、んな事一言も言うとらんけどなぁ……?」
「んあっ!! い、いや別にどこぞのビジュアルのかっこいい、すんばらしぃ復活のハンターとは全く関係ねぇぞ!?」
「今更言い訳しても仕方ないだろ!! ――――逃げるぞ!!」
ついでに自画自賛も欠かさないゼロの肩を引っ張り、正体を悟られたエックス達は逃げる事を選択した。
キンコーソーダーもこの隙を見て逃げ出しかけていたが、翻って機敏に動いたクラブロスに腕を掴まれてしまう。
「逃がすかぁっ!!」
「うおっ――――」
キンコーソーダーを背負うように引っ張り、そして投擲!
「うおああああああああああああああッ!?」
投げ飛ばされたキンコーソーダーは、背を向けて逃げるエックス達に向かって弾丸のようにすっ飛んでいった!
「ぐああッ!!」
「ゲッフッ!!」
エックスの背中に突き刺さるように命中したキンコーソーダーともつれ合い、2人どころかすぐ横の束とゼロをも巻き込んで転倒する。
「な、なんて奴だよ……!!」
「キンコーソーダーを投げ飛ばしてくるとはな……!! 痛てててて……!!」
「思い知ったか!! ワイの金分捕るようなアホタレはこないな目に合うんや!! さて、年貢の納め時やなぁ」
倒れ込んだエックス達にとどめを刺そうと、再び口元のシャッターを開けて近寄ってきたクラブロス。
「ク、クソ……俺を投げやがって――――」
そして、エックスに覆いかぶさるキンコーソーダーが起き上がろうとした際に、札束の詰まった開きっぱなしの旅行鞄に誤って腕を突っ込んでしまった時、事件は起きた。
部屋中に響く発射音と共に鞄のボロ札が舞い上がると、何かが目にも留まらぬ速度で鞄から飛び出した!
「オドレら全員溶かしたる――――」
それは一直線に、台詞の全てを言い終わる前のクラブロスの右肩に突き刺さった!
目元がくらむ閃光と爆風に、絶叫するクラブロスの姿は瞬時に飲み込まれた!
「レプリロイドがお金儲けを考えるなんて、こいつはまちがいなくイレギュラーです!」
池原版のゼロがキンコーソーダーを差して言った、あくどい手段で金を稼いだことを咎めるセリフなんですが、そこだけを抜き出して使うと印象って変わるもんですなぁ。(白目)
そして焼きガニ一丁上がり!w
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チャプター3:強盗脅迫! 天災科学者たちの逆襲
第13話
予想だにしない突然のクラブロスへの攻撃に、一同は開いた口が塞がらない思いであった。 鞄を持っていたエックスや覆いかぶさったキンコーソーダーでさえ。
「……今鞄から何が飛び出しやがったんだよ……オイ!!」
混乱するキンコーソーダーに詰め寄られるも沈黙するエックスだが、彼には一体何が起きたのか理解できていた。
初めてダグラスに鞄を渡された時に、慌てて手を払いのけられた時の事を……そう、ロケットランチャーであった。
投げ飛ばされエックス達を巻き込んで倒れ、慌てて立ち上がろうとした時に鞄に腕を突っ込んでしまい、それが誤射の原因となったのだろう。
して、少しの間をおいて煙が晴れ、ロケットランチャーを撃ち込まれたクラブロスがようやく姿を現した。
右肩の継ぎ目に炸裂したロケット弾頭は全身を黒く焦がし、彼の右肩から先を完全に持って行ってしまった。 焦点の合わない目つき、おぼつかぬ足元、ほどなくして彼は背後から仰向けに地面に倒れ伏せた。
「こ、こないなん撃ち込まれたんは……タコの……ゲイ術品……差し押さエヨウとした時に……撃たレタ……魚雷……イ……ラ……イヤ……」
かすれ声で呟くクラブロスに、もはや動く気力は残されていなかった。
「「「ク、クラブロス会長おおおおおおおおおおッ!!!!」」」
突然の爆発に放心していた銀行員達が、ようやく我に返ったらしい。 右肩を無残に吹っ飛ばされ今にも昇天しそうなクラブロスに、人質という立場も忘れて慌てて駆け寄った。
「と、とにかく……逃げよっか」
ひきつった笑みを浮かべながら、呆気にとられる残り3名へ呼びかける束。 死傷者を出さないどころか盛大に致命傷を負わせてしまった。 それも金融グループの会長様に。
予定外の攻撃を放った自分自身が内心パニックに陥りそうになるが、今はとにかくこの場を離れなければ……エックス達は束に対し無言で頷き、銀行員達がクラブロスに気を取られている隙に来た廊下を引き返し、裏口にあたる非常階段の方へ駆けて行った。
非常階段を下りた先には従業員用の地下駐車場に繋がっている。 適当な車を拝借して脱走しようと、4人は裏口の扉を開けて階段を駆け下り、素早く駐車場へと駆け込んだ。
コンクリートと配管むき出しの構造物に囲まれた駐車場は中々に広く、数十台分はある白線で囲われた駐車スペースの大半を、白いバン等の商用車が埋め尽くしていた。
4人乗れれば十分である為、エックス達は出来るだけ足の速い車を探すため手分けして探す事にし、エックスとゼロ、束とキンコーソーダーの二手に分かれた。
そしてその中の一台から適当な車を……先に見つけたのはキンコーソーダー達で、クラブロスの乗っていた車と同型の黒塗りの高級車を見繕った。
キンコーソーダーと束がガラス越しに中を覗き込む。
「んんっ……駄目ですよ誠君……そろそろ仕事に戻らなきゃ……」
「大丈夫だって安心しろよ……ちょっと早い昼休み休憩だって言えば……」
後部座席で先客がお盛んだったようだ。 スーツを着込んだままの若い男性と長髪の胸の大きな女性が抱き合い、仕事をほっぽり出して抱き合い濃厚なキスから、今正におっぱじめる瞬間だったようだ。
行為に夢中になっているからか店舗内が大変な騒ぎになっている事はおろか、自分達がのぞき込んでいるのさえ気づいていないようだ。
強盗を仕掛けるもいい所を何も見せられず鬱憤も溜まっており、キンコーソーダーは兎に角腹を立てた。 時間も押しているので、ここは『アメリカ式』のやり方で車を拝借する事にした。
「ほら、力抜いて言葉――――」
「オィゴルァッ!! 降りろ!」
キンコーソーダーの拳が後部座席のガラスをぶち抜き、中にいた『誠君』の首根っこをつかんでは車内から引きずり出した!
「うわあああああああああッ!!」
「ま、誠君!!」
「鍵持ってんのかオラァッ!!」
引きずり出した誠を乱暴に地面に投げ出すキンコーソーダー。 言葉と呼ばれた女性が慌てて割れた窓から顔を出し、地面へ転がされた誠を心配そうに見た。
「ンアーッ!! やめろぉ! 何をするッ!!」
「おうお前らクルルァを寄越せ! あくしろよ!」
「ふざけんな! そんな藪から棒に――――」
巻き舌で捲し立てるキンコーソーダーの要求に当たり前だが誠は反発する。 しかしキンコーソーダーが上から跨がって握り拳に息を吐きかける仕草を見せつけると、誠はぎょっとした表情で沈黙した。
「わ、わかった……後で返してくれるんだな?」
誠はポケットから犬のキーホルダーのついた車のキーリモコンを差し出した。
「おう、考えてやるよ」
鍵をふんだくるとキンコーソーダーは誠のガラスの顎にお礼の一撃を浴びせた! テンプルの殴打は誠の脳を揺らし、いとも容易く昏睡させる。
「誠君!」
「アンタも降りるんだよ」
悲鳴を上げる言葉の側頭部に、にこやかにキンコーソーダーの持ってたショットガンを突き付ける束。 歌舞伎メイクも相まって絵も知らぬ威圧感を漂わせていた。
当然のように気圧された言葉は神妙な面持ちのまま無言で車を降り、昏睡する誠の両脇を抱えて引きずりながら逃げて行った。
そんな彼女達とと入れ替わるように、音を聞きつけたゼロとエックスが合流した。 すれ違いざま、エックスは彼ら2人を目で追っていた。
「今の2人どこかで見たような……?」
「……さっきの声はあいつらか?」
「おうよ!
キンコーソーダーは戦利品を掲げると、それをエックスに投げた。 エックスはキャッチしてゼロと共に運転席と助手席に乗り込み、束達もまた後部座席に滑り込んだ。
エンジンをかけ発進し、出口を目指して飛ばし気味に走っていると、下がっている出口のゲートと警備員の詰め所が見えた。
「そこの車! 止まってください!」
詰所から警備員らしきレプリロイドが飛び出し、両手を大きく開いて停車を求めてきた!
「どうする? そのまま突っ込むか!?」
「勿論だ!」
「そうこないとな!」
問いかけに対しエックスが即答し強くアクセペダルを踏み込むと、ゼロは満足げに笑った。
「ヘッヘッヘ、車が凹んじまうだろ……わざわざぶつけたるこたぁねえ」
運転席と助手席の掛け合いに、エックスの後ろにいたキンコーソーダーが、束に預けていたショットガンを片手に窓から身を乗り出した。
「おい! 何してるんだ! 止まれ――――」
「
発砲! マズルフラッシュが駐車場内を照らし、スラッグ弾が警備員の足元のコンクリートを弾き飛ばす!
「うわぁ!! ひいいいいいいいいいい!!!!」
堪らずに警備員が足をもつれさせ、なんとかその場を飛び退いた。 身をかがめて頭をかばう警備員を流し見るように、悠々と横を駆け抜け木製のフェンスをぶち破る黒塗りの高級車。
エックスとゼロは無言のまま「御免」と言わんばかりに掌を揚げた。
「フン! 警備員の癖に情けねぇ野郎だ。 俺が居たとこのイレギュラーハンターはもっと骨太だったぜ」
「お褒めいただき光栄だな……おっと、日本の民間の警備会社だってやる奴はやるんだぜ?」
「だったら今の奴が只のヘタレなんだろうよ!」
ゼロの皮肉に思わず本音が混じってしまったが、幸いな事にキンコーソーダーは気を良くしていて聞き逃したようだ。 ゼロは小さく一息ついた。
ゲートを超えた先のカーブを曲がり、日の光が眩いスロープを駆け上がりエックス達は再び地上へと躍り出た!
大通りへ飛び出し、クラクションの嵐を掻い潜って強引に車線へ合流すると、騒ぎの渦中となったミナミの蟹銀行本店の前を通り過ぎる。
「ヘッヘッヘ、あばよ平和ボケのボンクラ共!」
挑発がてら得意げに右腕を出して中指を立てていくキンコーソーダー。 大きな仕事を成功させ、彼は満足だった。
彼らが持ち去った現金の束が詰まったカバンを見て、これまた成果に気持ちが高ぶった。 きちんとアシのつかないボロ札をチョイスしているあたり、奇抜な見た目と裏腹にやるべき仕事はこなす人物なのだと、彼の中で3人の歌舞伎役者へすっかり信頼を寄せていた。
しかし強盗を成功させた次は逃走を成功させなければならない。 折角先立つ物を手に入れたとしても、警察に捕まってしまえばまったく意味がないからだ。
場合によっては高飛びしてでも追っ手を撒くまでが、本当の仕事終わりなのだから。
キンコーソーダーが逃げるまでの段取りを考えようとした時、その逃げるべき相手がルームミラー越しに映った。
車道を走っていた他の一般車が道を譲るように真ん中を開け、開かれた道一杯に現れるは赤色灯を点灯させる大阪府警のパトカーの大群!
「来たか!!」
「っ!! 随分遅い到着じゃねぇか! いっそ来なくてもよかったんだがな!」
実際はさっさと引き返したクラブロスが一早くに戻って来ただけだが、本来銀行前に集結して取り囲む筈だったパトカーとバン。 それらは標的が逃げたと知ったのか、店舗前には数台が止まっただけで目もくれず、一直線に照準をこちらに向けて追ってきた。
夥しい数のサイレンが鳴り響き、車内であってもエンジンの音がサイレン音にかき消されそうになる。
<前のセンチュリー! 黒塗りのセンチュリーに告ぐ!! 今すぐ車を降りて投降しろ!!>
「誰が降りるか!! ――――飛ばせ!!」
ここにいる誰もがキンコーソーダーと同じ気持ちだった。 エックスは無言でアクセルを踏み込んだ!
正午まであと数分前……掛け布団を蹴っ飛ばしシャツとショーツだけのラフな格好で眠っていたオータムが、朝の目覚めというには少々遅い起床を迎えていた。
大きな欠伸をしながら心底かったるそうに身を起こし、長いオレンジの髪は寝癖がついており、目元の目やにを腕でこすりつけおぼつかぬ足取りでリビングへの扉を開ける。
相方のスコールが優雅な姿勢でソファーに座りながら、相も変わらずタブレットを操作していた。
「ふわぁ……スコール……篠ノ之博士の事……何か進展遭ったかぁ……?」
「あらおはよう、随分遅い目覚めね。 テーブルの上にスマートフォンを置きっぱなしよ?」
「少し夜更かししちまったぁ……眠ぃったらありゃしねぇや……」
身を投げ出すようにスコールの隣に座るオータム。 女性の体重とはいえ勢いよく体を押さえつけられたソファーが軋む。
「けしかけた連中から目撃情報はあったわ。 もっとも、捕まえるつもりで襲ったのはいいけど、手痛い反撃にあったみたいだわ」
「はぁ……つっかえ!」
2人は手に入れた鞄からお目当ての篠ノ之博士がいると踏み、ここ数日の内にその辺のチンピラをけしかけて情報を集めさせていた。
そして読み通り確かに束の姿は捕捉できたが、確保までには至っておらず今一つ成果をあげられていない状態だった。
それもスコールの言い分だと捕らえる寸前でしくじったらしく、オータムはたまらず悪態をついた。 しかしスコールは神妙な面持ちで続ける。
「何でも青と赤のイレギュラーハンターの2人が横槍を入れて、リーダー格のイレギュラーを紙みたいにクシャクシャに丸めたそうよ」
「――――は?」
オータムはスコールからの状況説明に目が点になった。
「彼らの話によれば、お互いに漫才でもやってるかのようなやり取りだったらしいけど、青い方を
その名前を聴いた途端、オータムは凄んでスコールに詰め寄った。
「ひょっとして
恐らくは……そう言いたげなスコールが無言で頷き、オータムは顔をしかめ片手で頭を抑えた。 厄介な連中が出てきたものだ、オータムは内心毒づいた。
法を犯す者達として、幾度となく活躍してきた彼らイレギュラーハンターの存在を嫌と言うほど知っていた。 と言うのも、彼女達『亡国機業』も他の犯罪組織と黒い繋がりがある訳だが、その中でも特に『ヤァヌス』なる新興組織とは蜜月の関係にあったが、つい数か月前に彼らの抱いた野望と秘密基地もろとも叩き潰されてしまった。
それを実行したのは他でもないエックス達である訳だが、彼らから依頼された仕事は割の良い物が多かった為、弱体化してしまった『亡国機業』にとっては貴重な収入源の1つを断たれた形となる為、直接の面識こそないが因縁が深い相手であった。
とにかく、そんな彼らが篠ノ之束と接触したとあれば、恐らくは何らかの形で彼女を保護している可能性が高いだろう。 彼女を拉致するとなると相当やりづらくなる事を覚悟した時、置きっぱなしになっていたオータムのスマートフォンが、ガラステーブルを響かせた。
スマートフォンを拾い上げ発信者の名前を見た時、オータムは苦虫を噛み潰したようなしかめっ面になる。
発信者の欄には「クソッタレ蟹(クラブロス)」と書かれていた。 金融グループを率いる会長ながら、時には自ら取り立てに来る事さえある忌々しい債権者の名前だった。
利息をジャンプしただけだが今月分の支払いは済ませており、特に催促をされる謂れ等ない筈だが……。
とにかく電話に出なければ。 建前上犯罪者である事は当然伏せている為、オータムは表向き使用している名義である、折り目正しいOL『
知的な笑みを浮かべながら着信を取り、スマートフォンを耳元にあてるオータムもとい巻紙。
「はい、巻紙です。 本日はどのようなご用件で――――」
<お前……自前でIS持っとる……パイロットやろ……巻紙……いや……『オータム』>
クラブロスからの言葉に、一瞬で巻紙から引き戻されたオータムの表情が凍り付いた。 相方の表情が青褪めたのを見たスコールも、ただ事ではないのを察知したように真顔になった。
<……電話切るなや……最後まで聞け……割の良い……バイトや……グフッ……相方のスコールとかと一緒に……前金は借金帳消しで……どうや……?>
掠れるような細い小声のクラブロス。 どうやって知ったかはさて置き、相方の名前まで把握した上でなんと仕事を依頼して来たのだ。 それも債務者である彼女達にとって魅力的な条件をぶら下げて。
オータムは少し考えた後スピーカーホンに切り替え、スコールも交えた上で話を聞く事にする。
「何が望みだ?」
最早着飾る必要もない。 オータムは『亡国機業』の実動隊として話をする事にした。 電話の向こうのクラブロスは咳き込みながら、仕事の内容を告げた。
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第14話
大きく縁どられた窓の外から差し込む青々とした優しい空の光。 緑のテーブルを囲うように置かれた赤く質感の柔らかそうな椅子に身を預け、正午の昼休み時を迎えた女学生達がランチと共に談笑していた。
観葉植物と投影式のモニターで彩られた、自然とデジタルを融合したデザインのここIS学園が学生食堂は、一般のレストランやカフェにも劣らないお洒落な雰囲気を漂わせていた。
「ぬわあぁぁぁぁぁぁん!! 疲れたもおぉぉぉぉぉぉん!!」
そんな中に入口の自動扉が開かれると同時に、一人の少年が心底疲れたような気怠い声を上げながら入ってきた。
金属の質感を感じさせる足音と共に、その存在に食堂内にいた大半の女生徒が会話を一旦止め、来訪者に好奇の目を寄せる。
「お、アクセル! オッスオッス!」
「一夏! マジきつかったよ! 何でこんなにキツいんだよもう!」
やって来たのはアクセルだった。 食堂の一角に親愛なる仲間達と一緒に時を過ごしていた一夏が立ち上がり、やってきたアクセルに対し大きく手を振って呼びかける。
アクセルはにこやかながらも肩を回し、レプリロイドとは言えケイン博士との過酷なランニングは、あまりに体に堪えた事をアピールしながら彼らの元へと歩み寄る。
して彼らは壁際の椅子に座っていたが、空を背景に真ん中に一夏が座っており、彼を中心に左には腕を組む箒に模型を組む簪、食事をほお張るラウラと口元を噴いてやるシャルロットがいた。
右側には頬肘をついて笑う鈴と紅茶を片手に佇むセシリア……そして見慣れない幼げな少女が2人。 優雅な気品を漂わせてセシリアと同様に紅茶を飲む金髪の少女と、その隣の手前の方に一夏の姉とよく似ているが、目が合った途端に視線を逸らすなど、どこか不愛想にも感じる黒髪の女の子がいた。
「こらマドカ、きちんと目を合わせろ」
一夏が窘めるが、マドカと呼ばれたその少女はなおもアクセルと目を合わせたがらない。 それを見咎める様に、隣にいた金髪の高貴な少女がティーカップを皿の上に置き、マドカを注意する。
「初対面の相手に失礼は許されんぞ。 せめて会釈ぐらいはするのじゃ」
この金髪の子はセシリアとはまた違う、ちょっとお高く留まったかのような口調ではあるが、相応の礼儀と言うものは弁えているようだ。
「……アイリスが言うなら」
するとマドカは、アイリスと呼んだその少女に渋々従いながらではあるが、むくれたままこちらを向いて軽く頭を下げ、ぶっきらぼうに他所を向いてしまった。
どうやらこのマドカというひと際幼い女の子は極度の人見知りだが、隣のアイリスと言った少女にだけは僅かに心を開いているらしい。 その程度の事特に気にしてはいないアクセルだが、彼を前に他の面々は苦笑いする。
「ははっ……ごめんなアクセル。 うちの妹は訳あってまだ打ち解けきれてないんだ」
「妹って言うな」
苦笑いしながらフォローを入れる一夏だが、マドカは『妹』呼ばわりに不貞腐れてしまう。 口ぶりからするに一夏の妹なのだろうが、何か訳アリなのだろうか。
「まあとにかく座ってくれ、ここにいる2人の事も紹介したいんだ」
アクセルが右側2人を流し見て考えを巡らせていると、箒が口を開き一夏と正面に向かい合うよう、既に置かれていた空席に座るよう促された。
積もる話もあるし、ここの2人の事も含めてじっくりと話し合おう。 昼休みは始まったばかり、少し息抜きをさせてもらおうとアクセルは箒の呼びかけに従い着席した。
「ま、ここの2人とは初対面だから改めて自己紹介するよ……ぼくアクセル。 サミットの警備の為に、1週間ほど前に派遣されてきたイレギュラーハンターなんだ」
「む!?」
イレギュラーハンターと言う単語を聴いた途端、マドカが明らかに警戒した様子でこちらを睨みつける。
「やめんかマドカ! お前はもうならず者の一味ではないのだぞ!」
「!! ん……ああ……ご、ごめん」
興奮するマドカをアイリスが抑えると、マドカは怒られた子犬のようにしょげてしまった。
「すまぬアクセル……こやつは『織斑 マドカ』、少し複雑な事情があってな。 幼い頃に一夏達と生き別れになっておっての、『
「俺も自分に妹がいた事知らなくてな……まあ、色々あってIS学園の生徒として保護される事になったんだ」
アイリスに次いで一夏がマドカの身の上を代わりに紹介すると、アクセルは話を聞いて成程と納得した。
彼女の醸し出す雰囲気にどこか懐かしさの様なものもあったが、それは自分も『レッドアラート』なる、ならず者も身を置いていた自警組織にいたからだった。
「ま、お互い
「! ……フンッ」
マドカにしか気づかれぬよう
「おっと、余の話がまだだったのう。 余は『アイリス・トワイライト・ルクーゼンブルク』……東欧がルクーゼンブルク公国の
アクセルは感心するが、アイリスの王女と言う分かりやすい肩書よりも、ルクーゼンブルクの名が意識に引っかかった。 確か豊富なエネルゲン水晶の鉱脈が最初に発見された場所であり、エックスが過去の2度目のシグマ大戦でイレギュラーと戦った事のある場所でもあった。
その事なら王女の立場なら詳しいだろう。 アクセルは差し障りのない範囲で聞いてみた。
「確か採掘業で収入を賄ってる国だって聞いたけど」
「うむ。 レプリロイドならエネルゲン水晶の事は知っておるじゃろう。 あれは厳選された良質な物になれば見た者は吸い寄せられ、まるで時を止めたかのように眺め続けてしまう程の美しい輝きがあるらしくな。 別名『
「へぇ……意外とISとレプリロイドって共通点あるんだ」
意外な事実にアクセルはおろか、マドカを除く周囲の面々を感心させた。 しかし、一転してアイリスの表情が険しくなる。
「……ただまあ、余が幼き頃にそれを巡り、過去にイレギュラーに鉱山を占拠された事があっての。 我が国にISの配備を急かす要因にもなったのじゃ」
「そんな事が……」
生徒達にしてみれば歴史の授業として話半分に聞いていたであろう、過去の大戦とイレギュラーの被害と言う純然たる事実に、周囲の空気が重くなった。 あの頃は世界各国でシグマに賛同したイレギュラーが大暴れしていたのだ。
アクセルにしてみればある意味最も身近な、エックスの過去の戦いの話。 雰囲気が重くなる事を危惧しあえて触れなかったのだが、彼女自身の口から話し始めてしまうとは。
これはいけない。 茶化すつもりはないが自分が振った話題のせいで、楽しい昼休み時のムードをぶち壊しにしてしまうのは宜しくない。 皆が沈黙する中少し考えたアクセルは、アイリスと言う名について触れてみた。
両手の平を叩いて注意を引き、アクセルはにこやかに切り出した。
「話は変わるけど、僕にも『アイリス』って言う名前の知り合いがいるんだ。 レプリロイドの女の人だけど」
途切れた会話の流れの中に、これ見よがしに世間話を振ったアクセルだが、彼の雰囲気をぶち壊しにするまいと言う意図を、察したであろうアイリスがまず反応した。
「ほう。 アイリスなる名はよく聞くが、お主……アクセルの周りにもおったか」
「そうだよ。 レプリフォース所属のオペレーターで、ゼロって言う僕の仲間の恋人なんだ!」
「えっ!? ゼロってあの赤いセイバー使いの!?」
話の途中で簪が目を輝かせた様子でゼロの存在に食いついてきた。 しめしめ、会話が良い方向に流れ始めた。 緊張が解れる様子にアクセルは内心ほくそ笑んだ。
「凄い! 復活の特A級ハンターだよね! アクセル君知り合いなんだ!!」
「うん、エックスもいるよ。 いつも3人で組んでハンター業務やってるんだ。 でも今回派遣されてきたのは僕だけだよ」
「簪、エックスとゼロって言うのはそんなに凄いのか?」
捲し立てる簪に箒が尋ねるが、目を煌かせたまま呆気にとられる箒の方を振り返る。
「凄いも何も! 何度もイレギュラーシグマの反乱を食い止めてきたヒーロー達だよ! さっきアイリスちゃんが話してた鉱山の襲撃だって、そのシグマとの戦いの中で起きた事件だけど、実際にエックスがイレギュラーをやっつけて解決したの! ゲームにもなってるよね、アクセル君!」
「えっ? う、うん……確かに本人も言ってたね」
勢いに圧倒されるアクセルの肯定の言葉に、周囲が一気に色めきだった。
「凄い人……って言うかレプリロイドと知り合いなのか! 凄いなアクセル!」
「でもそれはエックス達が凄いんであって、僕は7回目から参戦したから――――」
レッドアラートから軌道エレベーター占拠の事をうっかり話しかけ、アクセルが慌てて口を噤むも手遅れだった。
「アクセルも戦ってたんだ! 僕初めて聞いたよ!」
「ふむ、今回のサミットの警備に派遣されるだけの理由はあった訳か」
「……知らない」
「それで余の近衛騎士団長がお主を褒めておった訳だ!」
「何よ水臭いわねぇ! 1週間近くもいたんだから、その事話してくれたって良かったじゃない!」
「それで、そんなエックスさんとゼロさんって方と仲間と言いましたけど、普段はどういう方なのですの?」
アクセルはセシリアの質問に噴き出して机に突っ伏した。
「う、うんアレだね……その話は長くなるから、また後にでも話そう」
「そうですの……分かりましたわ、是非午後の授業が終わった夜にお聞かせくださいませ」
少し残念そうにするセシリア達であったが、アクセルは心中穏やかではなかった。 彼女達は何も知らず、簪にしてもあくまでニュースやゲーム化された部分だけを知る、言わばヒーロー像としての2人しか知らない。
破天荒で日頃無茶振りを見せつける、本当のエックス達の姿を知っているアクセルとしては、今この場で話を振られてもありのままに語ってしまいそうであった。
本人としては派遣中ぐらいは存在を忘れたかったが、質問の中で迂闊に話題に出してしまったが為に言い淀んだが、幸い先延ばしにする事だけは出来た。 しかし結局は彼女達の授業の終わりとこちらも警備の業務を終えるまでには、極力裏側についてぼかしつつ言いくるめる方法を考えなければいけないのだ。
果たして触れれば切れるナイフどころか、放射線さえ放ってそうな危険分子をオブラートごときで包む事は出来るのか、アクセルは少しだけ憂鬱になった。
「話がそれたね……まあ知り合いの方のアイリスだけど、見た目や雰囲気はここにいるアイリスとは全然似ても似つかないんだよ」
「それはそれで興味があるのう! 是非会ってみたいのじゃ!」
「んー、確かにレプリフォースからも人員派遣されてるって言ってたけど、誰が来たのか知らないしオペレーターだからね……ま、もし本人だったら掛け合ってみるけど、それでいい?」
「うむ! 良きに計らえ!」
アイリスから知り合いのもう一人のアイリスに会わせるよう求められ、ひとまずはそれを受けたアクセル。
それから彼らは適当に談笑し、時間にして昼休みから15分近くが経過した。
<ケェイッ!! 可愛い坊やだぜ……この俺が怖いのかい?>
彼らは今、投影式のモニターに映る番組を見ていた。 大きな目のカメレオンの様な姿をした怪人が、ベッドのある狭い室内で若い男に詰め寄る迫真のシーンだ。 この国のヒーロー番組らしく、食堂にいる一部の生徒達は番組の醸し出す雰囲気に飲まれ、特に男子生徒の一夏とヒーローおたくの簪は熱心であった。
<ケェイッ!! 怯える姿がたまんねぇぜ!>
「おいおい……どうするんだよ……やべぇよやべぇよ……」
ヒーロー番組は男の子の感性に訴えかけるのだろう。 年甲斐もなく緊張した面持ちで番組を見る一夏を、簪以外のほぼ全員がそんな彼を生暖かい目で見ていた。
「ほう、これが日本の『とくさつ』と言う物か!」
否、その中には王族のアイリスと、普通の生活を送っていなかったであろうマドカも画面に食い入るように見ていた。 そして番組だが、若い男が手に持っていた板切れの様なもので怪人を殴打! ひるんだ隙にすぐ側を通り抜けて逃走を試みるが――――
<ケェイッ!! くそぉ!! 生意気なガキめッ!!>
すぐさま立ち上がり、突き立てた人差し指をかざすその先端から、奇怪な効果音と共に紫に輝く
怪しげなBGMと共に怪人が告げる。
<ヒェッヒェッヒェッヒェッヒエッヒェッ! 俺様の『催眠光線』を浴びればどんな人間も逆らえないんだよ!>
怪人が催眠術とやらで、動けなくなった男に対して何をするかと思えば……番組を見ていた全員がそのシーンに度肝を抜かれた。 男が操られるがままに服を脱ぎ始めたのだ!
番組内で繰り広げられる異様なシーンに、一部の女生徒は引き気味になりながらも、黒パンツ一丁になるまでまで脱がせてしまった場面から目を逸らせない。
<ケェイッ!! パンツも脱ぐんだよッ!!>
「……何これ?」
いつしか冷めた目で番組を見ていたアクセルが、何気なく呟いた。 アメリカがパワーレンジャー等を通じてある程度、日本の特撮について知っているアクセルであるが、お昼時の時間帯にヒーロー番組をやるのも奇妙だが、何となくいかがわしいシーンが所々に見え隠れしていた。
それを地上波の上に女子校内の食堂で放送しているだけでも大丈夫かと思っていたが、思いの外女の子達はその場面に吸い寄せられるように、それこそ食堂にいたほぼ全員の視線を釘づけにしていたではないか。 そして男子生徒の一夏も――――
場面は進み、男をベッドに寝かしつけた怪人が得意げに迫る。
<それじゃあ戴くとするかぁ……ヘッヘッヘッヘッヘッヘ――――>
危ないシーンを連想させる瞬間だったが、ここで番組は唐突にニュース番組に切り替わった。
「お、おいなんだよ! 折角いい所だったのに!」
「は?」
手に汗握っていた一夏が抗議の声を上げ、アクセルは一夏に対し何にとは言わないが、どこか威圧感を込めた疑問符を浮かべていた。 周りの女生徒達もがっかりしたような声を上げるが、キャスターがニュースの内容を読み上げられた瞬間に沈黙した。
<番組を中断してお伝えします。 今日午前11時中頃に大阪都心部にて銀行強盗が発生し、犯人と思われる4人組が多額の現金をもって逃走を図り、警察は今なお追跡を繰り広げている模様です。 それでは現場中継です>
スタジオを映していた画面が一転、上空から道路を見下ろす画面に切り替わった。 現場上空を飛ぶリポーターの慌ただしい解説と共に、大阪の街並みを逃げる黒塗りの高級車と大多数のパトカーが追跡し、丁度大和川と思われる大きな河川の橋を渡っている。 正に騒然とした逃走劇が繰り広げられていた。
「なんなのこれ? かなりの大事件じゃないの――――」
イレギュラーハンターとして反応せずにいられない。 アクセルが席から立って画面に近づきかけた時、画面外から黒塗りの高級車目掛けて何かが発射され――――爆発!!
激しい爆音にカメラマンの画面が揺れ、リポーターと共に女生徒達から悲鳴が上がる。
<ガガッ……おい! 勝手にナパーム弾を使うな!!>
爆発の衝撃による混線か、リポーターのものでない音質の荒い女性の声が聞こえてきた。 カメラマンが慌てて弾頭の飛んできた方に画面を向けると、そこには空中で言い争う白と黒のツートンカラーにパトランプのついたIS2機、警察所属のパイロットらしき2名が言い争っていた。
<誰が撃っていいなんて言った!! 発泡許可は出して無いぞ!!>
<フン! 強盗やらかすようなバカな男なんて死ねばいいのよ!>
<何を考えてる! 命令違反だぞ!>
<誰だ勝手に発砲したのは!! お前か! なんて事をしてくれた!!>
<うるさい! 男がいちいち指図するな――――ガガガッ……ザッー!>
羽交い絞めをする同僚を振り払おうと、銃器を持って突如意味不明な主張を振りかざすパイロット。 別の無線からの男の声に対しても悪態をつくと、そこで無線は再び機能を取り戻したのか音声を拾えなくなった。
女性のみが乗れると言うISには、
人選の甘さと言う警察のあるまじき醜態を晒したが、それはさておいて撃たれた側の高級車。 煙に包まれて見えづらかったものの、それが晴れるや否や驚きの光景が映し出された。
何とルーフ周りを吹き飛ばされはしたものの、車は至って快調に飛ばし続けていた。 後部座席の2人が慌てて鞄らしき物の中を掻き出し、燃えている何かを投げ捨てて懸命に消火活動はしていたが。
「――――え?」
露になった車内を目の当たりにした途端、アクセルは目を見開いた。
まず最初に目に入ったのは鞄の中身をまき散らす後部座席だったが、変な和服と長い白髪に加え、歌舞伎メイクに兎の耳と言う異様ないで立ちの何者かと、そしてもう一人……アクセルにとっては見覚えのあるイレギュラーの姿があった。
「キンコーソーダーッ!? 何でアイツ大阪にいるの!?」
エックスにクール便で送られ、アブハチトラズ刑務所内に逆戻りした筈のキンコーソーダーの姿があった。 彼は脱走を企てた件で刑期が伸びてしまった筈だが、それがどうして日本にいるのか。
呆然とニュースを眺めていると、席を立ったであろう一夏がいつの間にか隣に立っていた。 周りにいた女の子達も、一様に席を立ってニュースの行方を固唾を呑んで見ていた。
「ア、アクセル……知ってるのか?」
「どうしたも何も、僕がエックス達と一緒に捕まえたイレギュラーだよ! まだ出所すらしてないのに!?」
「落ち着けって! そんなバカな話がある筈――――」
<ああ! 運転手の顔が見えてきました!>
混乱しているアクセルと宥めつかせようとしている一夏達を前に、剥き出しの車内にカメラがクローズアップした時、更に衝撃の瞬間をカメラマンは捉えた!
<ええっと……歌舞伎役者……ですか? 後ろにいるうさ耳歌舞伎と同じような恰好ですね>
運転席側に青い和服を着た、ちょんまげを結ったかつらをかぶった男。 助手席には女形と思わしき揚巻のかつらに、麻呂を思わせるもどことなくセンスのずれたアホそうなメイクを施した赤い服の男。
そして助手席のすぐ後ろで、ようやく鞄から燃えている何かを掻き出し終えたらしい、先述の白髪うさ耳歌舞伎が肩で息をしていた。 3人揃って身元が割れない様に奇抜な恰好に変装しているのだろうと推測できたが、それにしてもこのセンスはないだろう。
「あ……ああ……!!」
そんな中で声を上げたのは箒だった。 一夏が振り返ると、箒はおぼつかぬ指先をニュース画面に向けていた。
「そ、そんな……まさか……!!」
「箒!?」
箒の目は虚ろだった。 まるで画面で起きている現実を受け止めきれないでいる様に震え声だった。 ただ事でない様子に一夏が彼女の肩に手を回して落ち着かせてやろうとするが、完全に手遅れだった。
「姉さあああああああああああああああああんッ!!!!」
「えっ!?」
箒は姉と言う言葉を叫び、発狂した。 彼女の言葉に呆気にとられそうになる一夏であったが、頭に両手をのせて錯乱する箒を慌てて取り押さえた。
「何してるんだあの人はあああああああああッ!!!!」
「落ち着け箒!! まさかアレが『束さん』だって言うのか!?」
「篠ノ之家の恥晒しいいいいいいいいいいいいッ!!!!」
「箒!! 篠ノ之博士って決まった訳じゃないよ!」
「暴れるな箒!! 3人に勝てる訳無いだろ!! 落ち着け!!」
シャルロットとラウラも加勢して3人がかりで箒を取り押さえる。 しかし力は女性のものと思えぬほどに強く、それどころか今にもISを展開しそうになる程に暴れまわっていた。
一方でアクセルは動けなかった。 一夏の口にした『束さん』というのが前々から話していた箒の姉なのだろうか、そう思いながら何故かニュースから目を離せない、ハンターらしからぬ呆気にとられた様子で錯乱する箒をアクセルは流し見ていた。
「この騒ぎは一体何だ!」
パニックになる食堂を見かねたのか、開かれた入口の自動扉から千冬が飛び込んで彼女達に怒声を浴びせた。 その姿を見た箒は3人をあっさりと跳ね除けると、やって来た千冬の胸元に半狂乱で飛び込んだ。
「な、何だ篠ノ之! 放さんか馬鹿者――――」
「千冬さん!! 千冬さん!! 姉さんが! ねぇさんがあああああああああああああああああああッ!!!!」
公私を分けるよう学校では先生と呼ぶよう徹底していた千冬だが、胸元を掴んで揺らしてくる箒の様子につい誘われるがままにニュース画面を見た。
「なっ……!!」
逃走犯と化した強盗のテロップと共に映し出される犯人達の絵面。 千冬はその後部座席のうさ耳歌舞伎に目を見開いた!
「あ、あのバカ……私との喧嘩に飽き足らず、アホ面晒して強盗まで――――」
千冬も教師として冷静には努めてみたが、動揺を隠しきれず血の気の引いた表情でつい震え声で呟いてしまった。 どうやら彼女をして画面に映った犯人の一人を、自身の顔見知りの一人である篠ノ之束だと認めてしまったようだ。
「千冬姉ッ!!」
弟としての一夏からの呼びかけに慌てて口を塞いだが、それは立派に箒の心に止めを刺した。
「いぎゃあああああああああああああああああああッ!!!!」
千冬の身体を揺さぶりながら発狂する箒。 最早収集がつかなくなってしまったこの状況に対し、千冬は最終手段として彼女の首筋に軽く手刀を当てた。
当て身を食らい、気を失ってその場に倒れる箒を一夏は慌てて介抱する。
「箒! しっかりしろ! 箒ッ!!」
「やむを得なかった! 一夏、篠ノ之を保健室に連れて行け――――」
<あっ!! カツラが!! 運転席と助手席の男のカツラが外れましたぁ!!>
混乱を極めつつある食堂をよそに、引き続き現場では何か動きがあったようだ。 気絶した箒を抱きかかえる一夏達だったが、ついニュース番組に気を取られた。
見るとリポーターの言葉通り、前座席にいた2人のカツラがどこかに飛んでしまい、その下地が顕になった訳だが……どうやらヘルメットらしき物を被っていたようだ。
メットの上からカツラと言うのも雑な変装にも程があるが、問題は露になったメットにあった。
「え……いや、まさか……ね……」
言葉を発したのは、眼鏡をずらして何度も目元を腕でこする簪だった。 2人のヘルメットだが、青い服の方が長方形の赤、赤い服の方が三角の青のクリスタルが輝いており、特にメット自体の造形も赤の方はすこぶる特徴的で、癖っ毛が左右で2対上に跳ねたような鋭角的なデザインで、後部からは後ろの歌舞伎メイクの束同様白く染まった長い髪が風でたなびいていた。
何よりヘルメット自体が白い塗料らしき何かが所々剥げ始めており、それぞれの服の色にあった青と赤の下地が露出し始めていた。 これはまるで、彼女の記憶の中にある例の……。
「あの人達ヒーローだよね……こんなアホ同然のなんちゃってジャパニーズな変装して、悪い事なんかしない――――」
「あの2人だからやるんだよ」
箒の発狂から沈黙を守っていたアクセルが、俯いた状態から言葉を発した。
「ははっ……何があったか知らないけど、またあの2人騒動起こしてくれやがったね……!!」
半笑いのアクセルが握りしめる両拳は震えていた。 ここにいる皆が状況を把握できずにいるが、アクセルだけは違った。
それもその筈、アクセルは例の彼らの同僚で、表になっていない彼らのネジの外れた部分に散々引っ掻き回されてきたのだから。
日本にいる間は彼らの顔を見ずに済む。 そう思えるだけで楽な仕事になると思っていたのに。 まさかキンコーソーダーの様なロクデナシと、箒の姉と言う人物と共に警察沙汰になっただと?
こみ上げる怒気を漂わせ、自然と顔を引きつらせるアクセルに食堂にいた皆が慄いた。 あまり積極的に絡んでこなかったマドカはおろか、千冬でさえも。
恐る恐る、見かねた鈴がアクセルを宥めようと声をかけた。
「ね、ねえアクセル……。 どうしちゃったのよ……何に怒ってるか知らないけど、あんまり思いつめちゃ――――」
「ダメ!!」
鈴を簪が強引に引き離した。 そしてその判断は正しかった――――
さて、来週ですが本編は少しお休みして、かねてから投稿予定だった番外編を投下します!
名付けて『ロックマンZAX GAIDEN』で短編集として新規投稿致しますので、よろしくお願いします!
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第15話
「チキショウ!! なんでこうなっちまったんだ!!」
「ムカつくゥゥゥゥゥゥ!!!! あの腐れパイロット!! いきなりナパームなんか撃ち込みやがって!!」
後部座席のキンコーソーダーと束は怒り狂っていた。 警察が出動させた2機のIS、その片割れが独断で発射したナパーム弾が見事命中し、ルーフを吹き飛ばしてしまった。
しかし焦った束が咄嗟に鞄を盾にしたのだが、彼女の知らない鞄に仕込まれた防弾・防爆加工の甲斐あって、幸い中にいた人員は無傷で済んだ。
弾頭が命中した衝撃は流石に堪えたが、持ち前の人並外れた膂力のおかげで腕を持っていかれると言う事もなく無事だったものの、詰め込んでいたボロ札に着火。 延焼を恐れて大半を捨ててしまう羽目になったのだ。
「ひぃふぅみぃ……んが!! あんなリスク犯した割には三百万円しか残ってないッ!?」
「クソッタレめ!! あのISぶち壊してやりてぇよ!!」
「ねえ前の二人!! 何か武器になりそうなものは無いの!? 自前の武器とか!」
苦労の成果を台無しにした憎きISともう片方は、こちらを追いながらではあるが未だ内輪で揉めに揉めていた。
あの忌々しい白と黒のツートン、特にナパームを撃ち込んだ畜生を撃ち落としてやりたい。 そう思った束は前にいるエックスとゼロに問いかけた。
するとゼロは振り返って2人に告げた。
「そんなもんはない。 税関で引っかかるし、武器や他の装備は全部置いてきちまった。 バスターもだ」
「――――は?」
「実は俺もだ」
エックスもゼロに続いて、初期装備のバスターすら持ってないのを束に打ち明ける。 今初めて耳にした衝撃の事実に束は固まった。
唖然とする束をよそに、ゼロは余裕の笑みを浮かべながら親指を自分の下腹部に突き立てる。
「自前のバスターなら何時でも臨戦態勢なんだがな」
「アンタの粗末な豆バスターに興味ないってのッ!!」
「フッ、照れるなよ」
「黙れ!! ――――ってか流石に武器何一つ持ってないのは計算外だったよ……うわぁ……」
流れるようなセクハラ発言に対し罵倒を浴びせる束。 しかし当の本人は軽く流して意に介さない。
イレギュラーハンターなのだから、有事の備えでバスターやセイバーの1つは持ち歩いているだろうと思っていただけに、束は完全に頭を抱えていた。
<ええい!! 犯人なんかさっさと殺っちまえば事件解決よ! 離せ!!>
<あっ!!>
そんな時、女性2人の大声が後ろの空から聞こえてきた。 いの一番にキンコーソーダーが振り返ると、先程のパイロットが自身を取り押さえていた同僚を、強引に引きはがしているのが見えた。
<これで終わりよ!! くたばれダメ男共!!>
もみ合いの際に拡声器のスイッチが入ってしまったのだろうか、やり取りが丸聞こえであった。
引き剥がした勢いで次弾を発車しようと、再度照準をこちらに向けてきていた。
「ッ!! お、おい! あのISまた撃ってくるぞ!!」
慌ててキンコーソーダーが告げるが、運転手のエックスを含む2人が振り向いた時には、既に引き金に指を掛けている状態だった。
「――――仕方ねぇな」
「頼む!」
見かねたゼロが席から立ち上がり、エックスの後押しを受けながら手早く後部座席に乗り換える。
そして束が抱える鞄を取り上げ、手早く鞄の中身を漁り……そしてお目当ての物を探り当てほくそ笑む。 その一方で、照準をドンピシャに合わせたであろうISが次なる凶弾を発射する。
同僚の制止空しく、パイロットは重火器のトリガーを引いた!
「遅いッ!!」
刹那の瞬間をゼロは見逃さなかった。 鞄の中で掴んだであろう
放たれた
その後はどうなったか、それは一瞬で分かった。
出穴を塞がれたナパーム弾は銃口を詰めた
<あっつぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!!!>
黒塗りの高級車の屋根を吹き飛ばした火力は、バレルはおろかレシーバーをも破損させながら、銃器の持ち主に容赦なく爆熱のフルコースを浴びせた!
<アッー! アーツィ! アーツ! アーツェ! アツゥイ! ヒュゥー、アッツ! アツウィー、アツーウィ!>
<うわぁ!! バカ!! こっちに寄るなぁ!! アッツ!! こら抱き着くな――――アッアッアッ、アツェ! アツェ! アッー!>
全身を火焔に包まれるISが、躍起になって引きはがしにかかっていた同僚に今度は自ら抱き着いたのだ!
絶対防御の効果で死にはしないが、それでも多少は熱が伝わる為、まあ全く熱くないで済まされる事は決して無い。
当然それは抱き着かれた同僚の側にも同じ事が言える訳で、いつしかもつれ合う2人は次第に機体の姿勢を崩していった。
「お、おいお前ら何やって――――」
「まずいぞ! こっちに落ちてきた!!」
2機とも火の玉と化して、エックス達を追走するパトカーの群れに落下するIS。 慌てて避けるも1台が避け損ね、見事に激突!
スクラップと化したパトカーが派手にスピンを喫し、後続車に衝突し次々と玉突き事故を引き起こし、それこそ道路の真ん中に変形したパトカーの山が出来ていた。 間一髪回避したパトカーも歩道の生け垣や電信柱、中央分離帯を仕切るガードレールに突き刺さってエアバッグに突っ伏した。
<ち、チクショウ……私を振った彼氏が全部悪いのよぉ……!!>
<そんなだから振られたんだろ……いい加減にしろ……!!>
次々とぶつかってきたパトカーの下敷きになりながら、グロッキーと化したISパイロットの2人が恨み節をぼやく。 はっきり言ってこのパイロット、迷惑以外の何者でもない。
そんなく間に出来上がったテツクズの山を、遠ざかりながら束達は呆気にとられたように見ていた。
「……何を投げつけたの?」
何かを素早く投げつけたのを束は見ていたが、その形状を見切る事は流石に叶わなかった。
束からの問いかけにゼロは得意げな顔をして、鞄の中にまだ残っている同じ種類の『ソレ』を取り出した。
ゼロの手中に収まる『ソレ』を見て、束とキンコーソーダーは息を呑んだ。
「言ったろ。 自前のバスターは臨戦態勢ってな」
デビットカードの残額目一杯に購入した、ゼロの『大人のおもちゃ』だった。
「俺の自前のに匹敵するのを俺自身が見出して買った代物だ。 つまりこれも立派に自前のバスターだ!」
「「……そんなんアリかよ」」
歯を輝かせて得意げに語るゼロに、束とキンコーソーダーは何も言えなくなった。
乗り気だったとはいえ、銀行強盗へ駆り立てる遠因となった『大人のおもちゃ』に救われるとは、束にしてみれば複雑な気分だった。
「いやらしいのについては相変わらずブレないな……ん?」
物事をエロで貫き通すゼロの姿勢にある意味で感心するエックス。 そんな時、彼の目にある光景が飛び込んできた。
レプリロイドも含む複数名の警察官が、フェンスと横並びに配置した大型の紺色のバンやパトカーをバックに道を塞いでいた。
「
<前の車止まれぇ!! もう逃げ道は無いぞ!>
追っ手を撒いたかと思えば今度は人と車両のバリケード。 刑事らしきコート姿の中年男性が拡声器越しに停車を要求する。
一難去ってまた一難……と言いたい所だが、先程追ってきたISを撃退した事に比べれば、あまりにチャチな妨害に思えた。
後ろの3人はエックスに視線を寄せて彼の行動に期待するが、エックスは改めて尋ねるまでも無く次の一手を打つ。
「3人とも、しっかり掴まっててくれ……突っ込むぞッ!!」
アクセルペダルを踏み込み、強引に検問を突破する事にした。 後ろの3人は疑う事なく無言で頷いた。
<! おい聞こえないのか!! 止まれ!!>
オープンカーと化した黒塗りの高級車が加速したのを受け、刑事は一層声を荒げて再度停車を促した。 勿論止まらない。
<やむを得ない! 威嚇射撃だ!!>
横並びの警官隊が拳銃やサブマシンガン等の武器を、エックス達には当たらないよう車やタイヤだけを狙って発砲する。
しかし真正面からでは足回りを狙い辛く、本当に殺傷するつもりで撃って来た先程のISに比べれば、こけおどしに過ぎないこの攻撃に、運転手を務める歴戦のイレギュラーハンターが怯む筈もない。
グリルにボンネットを傷つけて跳ねる鉛弾など、エックスにとっては恐れるに足らなかった。
ハンドルを握りしめ、ペダルを底付させるまでアクセルを踏み込むエックスの雄叫び。
唸るエンジンと合わさり、何人たりとも道を塞ぐことを許さぬ威圧感を発しながら猛スピードで検問に飛び込む。
対峙した刑事は目を見開きながら、エックスの『本気』を感じ取った。
刑事の発した警告と共に、自身を含む警官達が横っ飛びで緊急回避!
全速力で飛び込んだエックス達は黒塗りの高級車の車重と速度を生かし、バンとパトカーの隙間に強引に車をねじ込んだ!
自車のフロント周りとパトカーとバンのフェンダーパネルが見るも無残に潰れ、パトカーは半周程回転し、バンは重心の高さが災いしてしばし踏ん張った後に横転する。
検問を突破したエックス操る高級車はしばし腰砕けになるが、ハンドルを揺すりタイヤからのスキール音を立てながら強引に挙動を立て直す。
道路に
そんな彼らの去り際を、横跳びから身を起こした刑事が見送りながら一言呟いた。
激情に駆られて食堂の床を破砕したアクセルは、所変わってIS学園の用務員室にて、椅子に腰かけながら頭を抱え項垂れていた。
「やりやがったよあいつら……」
正面のテーブルに置かれた液晶テレビに映る、同僚のおバカ2人がまさかの検問突破をやらかした一部始終を見たが為に。
「――――で、貴様が守るべきIS学園の施設を破壊した理由と何の関係がある?」
「大いに関係あるよ!!」
アクセルは顔を見上げて叫んだ。 テレビの左右を挟むように腕を組んで立つご存知織斑先生こと千冬と、もう一人アクセルを咎めるように言葉を発した、軽装の鎧に身を包むロングストレートヘアの凛とした女性。
更にそんな彼女の後ろで彼女達を宥めようと対応に苦慮している、童顔の緑髪の女教師計3人に対して。
「あの2人僕がいない間にやりたい放題やってんだよ! それでもう我慢できずについブチギレちゃって――――」
「全く関係ない! 何たる失態だ! 出来る奴だと思ってたが、嘆かわしいぞアクセル!」
「話を聞いてよジブリル! ただでさえ日頃振り回されてて、ようやく忘れた頃にあんなの見ちゃったらどうしようもないよ!」
「問答無用!」
鎧姿の女性……王族であるアイリスの近衛騎士団長『ジブリル・エミュレール』が、腰元の剣を抜き切っ先をアクセルに向けてくる。 剣先と同じくらい鋭い目つきと共に。
アクセルは鼻の傷辺りに突き出された細身の剣を目で追いながら、気落ちしたようにぼやいた。
「……はあ、分かった。 大人しくここで謹慎しているよ」
アクセル自身も、床を壊してしまった事は申し訳なく思っている。 ましてや理由があるとは言え、エックス達の無茶振りから無罪を主張するのは、流石に無理があるとは分かってはいた。
それでも仲間2人がまさかの銀行強盗から、同じ公僕である筈の警察官とあんな激戦を繰り広げているのを見てしまえば、アクセルとしても流石に動揺せずに済むのは無理があった。
「はあ……もういい。 今日1日はそこで大人しくしていろ」
「まあまあ。 ジブリル、本人も反省していますし、彼も疲れていたんでしょう。 もう今日はそっとしておいてあげましょう」
「……真耶。 お前は相変わらず甘いな」
ため息をつきながら、ジブリルはすぐ隣の女教師『
「……それにしてもだな」
口を閉ざしたままアクセルを睨んでいた千冬が、ここに来てスタジオの場面に切り替わったニュース画面を見ながら呟いた。
「あの『不束者』はまだしも、伝説のB級と謳われたイレギュラーハンターとその相棒が犯罪に加担しているとは、流石にアクセル……その、なんだ……もう少しマシな言い訳をだな……」
「彼らの事は学生時代の授業でも聞いた事ありますけど、どう考えても『ロックマン』がそんな事するなんて思えないですよ」
「確かに」
山田にジブリルも千冬の言葉に賛同する。
「そんな事ないって! 毎日顔見てた僕が言うんだから間違いないよ! あれ間違いなくエックスとゼロだって!」
「アクセル君?」
エックスとゼロの件についてはなお食い下がるアクセルに、仲裁していた筈の山田も苦言を呈した。
「だめですよ? 仲間の悪口なんて言ってはいけません」
「うっ……」
少し怒ったように言う山田の様子に、もはやこの部屋に彼の言い分を信じる人はいないと、観念したアクセルは
「……はぁい、分かりました」
気落ちしたアクセルの力のない返事だったが、実態を知らないとはいえ正論で説き伏せた山田は、少し困ったように笑みを浮かべながら、千冬とジブリルに軽くうなずくと、2人もそれに答え彼女に続いて部屋を出て行った。
最後に千冬が部屋を出て扉を閉めようとした時、軽く身を乗り出して一言。
「今日はゆっくり休め」
アクセルの心身を心配する傍ら、暗に行動を慎むように釘を刺して扉を閉めた。 3人分の足音が遠のいていくのを聞きながらアクセルはため息をついた。
「事実なんだよなぁ……でも誰も信じちゃくれない」
表向きエックス達は何度も世界を救った『ロックマン』の1人で、それは正しい。 しかし平和の為に過激な行動に出たり相方はとにかくエロかったりと、日頃から無茶ばかりして事件を解決する一面については、彼らと直接関わった事がある立場にしか分からないので、中々信じてもらえないのは無理もなかった。
それだけに出て行った3名がケイン博士に例の件で話を伺った時、よもや「アクセルの見間違いじゃ」とすっとぼけをやらかしてくれるとは思わなかったが。
アクセルは膝に肘を立てて頬をつきながら切実に願った。
「何があったか知らないけど……これ以上、酷い事にならなきゃいいけどね」
それが儚い願いだと知っていながらも。
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第16話
警察の追走を逃れたエックス達一行。 耐久の限界を迎えた黒塗りの高級車を乗り捨て、ビル群の隙間を縫うように路地裏を走り回った後、放棄された雑居ビルの中に逃げ込んだ。
4人は身を隠せそうな場所に着くなり、辺りに人の気配を感じない事を確認し、ようやく手を膝について乱れた息を整えた。
「い、一時はどうなるかと思ったぜ……」
「無事に逃げ切れた……だがあいつらも俺達を諦めたりはしねぇ筈だ」
「ああ。 ここもじきに見つかるかもしれない」
「……でも一息ぐらいつくのはいいよね。 ああ疲れた」
束は床が埃に塗れているのも気にせず、足を放り出して座り込み後ろ手をつく。
ゼロは額を拭い、落ち着いたキンコーソーダーに問いかけた。
「しかしまあアレだ。 アンタ路地裏の事知り尽くしているって言うか、随分逃げ慣れているな……」
「……ん? ああ、まあな。
知ってる。 得意げなキンコーソーダーに対し、ゼロと話を聞いていたエックスは同じ感想を抱いた。
そう言えば何故キンコーソーダーが日本にいるのか、どうして鞄を束からとったのか……そして誰に横取りされたのか。 まだその辺の情報を手に入れていないエックスは、もっと探りを入れて話を聞いてみる事にした。
「……常習犯と言う訳か。 だが俺達はお前の事は日本では聞いた事も無い。 ましてや脱獄なんてやったら大事になる筈だ。 一体どうやったんだ?」
「俺はつい最近まではアメリカで一暴れしてたのさ。 だがまあ、おっかねえイレギュラーハンターに取っ捕まって、アブハチトラズ刑務所に入れられてたのさ」
「世界規模の巨大刑務所だぞ……大したもんだ。 よくそんな所から出られたものだな」
感心するような素振りをするゼロに、キンコーソーダーは得意げであった。
「元々刑務所には俺の息がかかった看守もいたんだが……つい最近になって収監されたイレギュラー界隈の
「……刑務所内の連中は気が付いてねぇってか?」
「ああそうだ、俺の身代わりを立ててくれたおかげで、刑務所の連中は俺の息がかかってる看守以外は皆気がついちゃいねぇよ。 馬鹿な連中だぜ!」
キンコーソーダーは刑務所の職員を小馬鹿にしながらも、脱獄の手引きをしてくれた
話を聞いていたエックスとゼロだが、本人には気づかれぬようにはしているが、彼の話に訝し気に眉を潜めていた。 ふとゼロがエックスに耳打ちをする。
「……アブハチトラズにイレギュラーの大物? しかも看守騙せるような変装できる部下がいるだと?」
「何だか聞き覚えあるな……まさか
「かもしれねぇ、一応確認してみるか」
エックスとゼロには思い当たる節があった。 それは先のとあるミッションを終えた直後、ゼロが秘密裏に邪悪な企てを行おうとしていた、さる大物のイレギュラーを捕まえた事があった。
そいつはゼロの実力行使で倒され、後でやってきたエックスによって拘束された。 そしてアブハチトラズ刑務所に収監された後にようやく修理を受け、今は大人しく刑に服していると聞いていた。
「で、その大物って言うのは誰の事なんだ?」
キンコーソーダーの言う人物がエックス達の思い当たる大物なのか、確認の為にエックスは尋ねてみた。 キンコーソーダーは誇らしげに答えた。
「勿論、我らがイレギュラーの期待の星……『シグマ』の旦那に決まってるぜ!」
その名を聞いた途端、エックス達は一瞬固まった。
「ヘッヘッヘッ! ビビッたか? なんたってあの人は過去にエックス達と何度も戦った御仁だからな! 自分が返り咲くための下地を作ってくれとかで、先に俺だけを逃がしてくれたんだが……俺もそんな人に目をかけてもらえるとは光栄だぜ!」
自身と因縁の深い、何度も大戦を引き起こしたイレギュラーの第一人者。 シグマの名に畏怖したと思ったキンコーソーダーは自慢げに語った。
「「(またあいつか!!)」」
無論エックスとゼロが震えたのは怒りからくるものであるが、カツラまで取れて2人の正体モロバレなのに、一向に気づかないキンコーソーダーに知る由はない。
「っふう……ようやくこの厄介な色が落ちそうだよ……」
ふと地面に座り込んでいた束が呟いた。 キンコーソーダーは横を向いたままだがエックスとゼロは振り返ると、束はどこからともなく取り出していた、ピンクのタオルケットらしき生地を右手に持ち、強く顔を拭いていたようだった。
左手に持った手鏡でしきりに自らの顔色を確認するも、 エックス達から見て後ろを向く彼女の顔は伺えない。 しかし持っているタオルケットに明らかに白の着色料、白髪に染め上げられていた髪が元の紫色に戻っているのを見るに、彼女の言う通り無事に色が落ちたようだ。 時間の経過で皮脂等でようやく剥がれるぐらいに色が浮いてきたのだろう。
束はこちらを振り向かず、ゆっくりと立ち上がる。
「ま、アンタの身の上話はこれでわかったよ。 ……で、うちの手合いがアンタにちょっかい出した件だけど、蒸し返して悪いけどどんな奴だったの?」
着ている和服の肩に手をかけ、おもむろに脱ぎ始めながらキンコーソーダーに問いかけた。
「……オレンジ色のロングヘア―の、クソ生意気なIS乗りのアバズレさ」
キンコーソーダーは吐き捨てるように答えた。
「奴は蜘蛛みてぇに足の沢山生えたISに乗ってやがった! 俺がドレス姿でうさ耳つけた変な女から奪った獲物横取りしやがったんだよ!!」
「へえ……自分で獲物取れないからって蜘蛛の癖にハイエナ染みた事やってるんだ……あっきれた」
俯きながら悔しさに震えるキンコーソーダー。 束は和服をその辺に脱ぎ捨て、元のドレス姿に戻る。 未だ背を向ける彼女の顔は伺えない。
「まあ、そいつは多分私の顔見知りかもしれないから、今度会ったらきっちりシメておくよ……鞄も取り返さなきゃだしね」
「……お、おう?」
奪われた獲物など、とっくに中身など抜き取られているだろうに。 キンコーソーダーは束の意図を読みかねて空返事した。
「情報提供ありがとう。 もう十分だよ……さて」
束はタオルと左手に持っていた手鏡をしまい込み、空いた右手を横に突き出しては親指を立て――――
「――――は?」
突然の宣告にキンコーソーダーが反応する間もなく、エックスとゼロの2名が素早く彼の両側に回り込み、腕をひっ掴んでつるし上げた。
「な、なんだお前ら!? 何しやがる!?」
暴れるキンコーソーダーだが、無理やり立たせた上に両手両足を引っかけられ、暴れて抵抗することもままならない。
そのまま2人は、キンコーソーダーを束の背中が見えるように強引に向きを変える。
「ん?」
興奮するキンコーソーダーだったが、束の後姿を見た途端動きを止める。 彼女の全身……未だに白が染まったままだが辛うじて青の部分が見えるドレスに、こちらは色が落ちて赤紫に戻った長い髪。 そして駆動音を立てて小刻みに動く兎の耳。
「……お、お前は――――」
「ねえ、アンタの言う変な女ってさ」
何かを言いかけたキンコーソーダーの言葉を遮る束の声は、どこか怒気を孕んでいた。 しばしの間を置いて彼女が振り返ると、そこには笑顔ながら目は笑っておらず、こめかみに怒りじわを浮かべたお世辞にも朗らかとは言えない束の表情が見えた。
片手に作った握り拳をもう片方の手の平で受け、指を鳴らしながらキンコーソーダーににじり寄る束。 ここに来てキンコーソーダーはようやく気付いたようだ。
「あ、あの時俺が鞄かっぱらった酔いどれ女!?」
自分が今まで鞄を盗んだ女と行動を共にしていた事を。 両脇を抱える男2人の存在と、腕を鳴らしながら怒気を湛えて近寄る束が、これから自身に何をしようとしているのか――――
「アンタのせいで随分な目に遭わされたよ……よくもこの篠ノ之束の鞄盗んだな!? 絶対に許さないッ!!」
彼が運命を悟っただろうその瞬間には、束の右拳がキンコーソーダーの顔面に突き刺さる!
人間というには破格の膂力によって繰り出されるその一撃は、いかなレプリロイドとも言えども大きく首を後ろにのけ反らせる。
「ぐっはッ!!」
「このクソ土方!! 私の怒りを思い知れえええええええええええええええッ!!!!」
間髪入れず束はキンコーソーダーの全身と言う全身に、パンチやキックをこれでもかと言う程に叩きこんでいく!
「うっぎゃああああああああああああ!!!! うぎゃっ! うぎゃっ! あががああああああああああッ!!!!」
打撃を受けた個所が次々とへこみ、エアガンの的にされたビール缶の如く全身が歪に歪む。
悲鳴を上げるキンコーソーダーだが、これだけの攻撃を受けても微動だにしない、未だ彼が正体を見抜けずにいる左右のエックスとゼロが、彼の手足を拘束している為に逃げる事も出来ない。
怒りのままに思いつく限りに打撃を加える束の猛攻に、いつしかキンコーソーダーの意識は刈り取られていった。
――――そして数分後。
「はぁ、はぁ、ああ少しスッキリした!!」
しこたま殴り続ける中で、完全に気を失ったキンコーソーダーの両手足をエックス達が解放するも、そこから更に押し倒して殴りまくった束。 マウントポジションを取ったまま、息を整えると共に爆発した怒りもようやく発散できたようだった。
「あ、あろぉぉぉぉぉぉ……」
地面に卒倒するキンコーソーダーは、束の殴打を前にボロゾーキンと化して気を失っていた。 へこんだ箇所が所々赤い斑点がついているが、よく見れば彼女の握り拳から同じ色の液体が滴り落ちている。
「っいったぁ! 皮膚ズル剥けでムチャクチャ痛い……」
「もう気は済んだか?」
素手で硬い元現場作業用レプリロイドの身体を殴り続けたからだ。 皮膚が剥け出血した拳の目も当てられない状態に、痛みを訴え涙目になった束に対し、彼女の気が済むまで様子を見ていたゼロが声をかけた。
「全く、技術屋が手をそんなにするまで殴りまくってりゃ世話無いぜ」
「……半分はアンタらのせいでもあるんですけど?」
呆れたようなゼロの言葉に、多少発散できたとは言えフラストレーションの根源は彼らにある。 そうだと言わんばかりに束は未だ不機嫌そうに吐き捨てた。
エックスとゼロは顔を見合わせ「こりゃだめだ」と言わんばかりに両手を広げてリアクションを取った。
「……さて、撒いたとはいえいずれここも府警の手が及ぶだろうな。 束の落とし前はつけて
「だが地上は警察が網を張っている。 どうする?」
「見つからないよう下水道を通って関空のある泉佐野まで行こうぜ。 あと束が塗料落とせたんだ。 俺達も色が落ちかけてるし、服は勿体無いがここで処分するぞ」
「そうだね」
エックスとゼロはここでようやく重たい服を脱ぎ捨て、ようやく体についた塗料を拭った。
塗料の食いつき自体はそこまで強くなかった為、皮脂がないとは言え十分に乾燥した白の塗膜は、今になってあっさりと剥がす事が出来た。 剥がした塗料は脱いだ服共々見つからない様に、その辺のゴミや瓦礫の山に混ぜ込むようにして隠滅した。
「束。 あんまりここでじっとしてもいられないから、そろそろ行こう?」
「これ以上変な騒ぎ起こさないでね?」
「それは俺達も同じ気持ちさ」
キンコーソーダーに乗っかる彼女を起こしてやりながら語り掛けるエックスに対し、ぶっきらぼうに返す束。
「……ま、その時は今度こそ裏切ってやるけどね」
最後の一言だけは、エックス達に聞こえないように小声で呟いた。 して、この場から立ち去る段取りが出来た時、気を失いながらもうめき声を上げるキンコーソーダーをゼロが流し見た。
「キンコーソーダーはどうする? ここに置き去りにするのか?」
「当たり前だよ! そんな奴助けてやる理由なんかないでしょ!?」
ゼロの問いかけに当然束は反対する。 置いていくか否かと言う点については、まあ彼女の
「うぐぐ……い、痛ぇ……」
「……まあ、ここまで殴ったまま放置して行くのは流石に可哀想だよ」
だが痛々しく全身を歪ませたキンコーソーダーに対しては少し思う所があったのか、エックスなりに仏心は見せていた。
「せめて添え木ぐらいは当てて、見つかりやすい所に安置しておこう」
エックスはその辺の廃材から、そこそこに大きな放置された角材とロープをおもむろに引き抜き、それをキンコーソーダーの所へ持って行ってやる。
「手伝ってくれ、ゼロ」
「――――ああ」
曲がったキンコーソーダーの身体に添え木を当て、無理に全身を動かせない様に処置をしていく。
その時の様子を束はひどく面白くないようにしかめっ面で見ていたが、処置が進むにつれ表情はむしろ解れていった。 十分にキンコーソーダーを手当てしたエックスは、ゼロと共に彼を担いで廃ビルの裏口から日の当たる外に出た。
そして日光に照らされる山積みのままの砂利山に、彼を安置してやった。
エックスとゼロ、そして束までもが処置されたキンコーソーダーを満足げに見ていた。
大人一人分はある高さの砂利山の頂上、彼の背後から背筋と腕を固定する角材は大きく、彼の全身を高々に持ち上げ地面に突き刺さる。 その様子は、ゴルゴダの丘にて十字架に磔にされたかつての救世主を思わせた。
尤も彼の犯した罪は、疑いようのないれっきとした犯罪行為であるのだが――――悪党に対する適切な処置を施したエックス達一行は、警察の手の及んでいない地下へのマンホールを求めその場を立ち去った。
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第17話
「むががっ……は、離しなさいよぉ――――」
「うっせぇ!」
エックス達が立ち去った後の廃ビル群、乗り捨てられた黒塗りの高級車を見つけ周囲を飛び回っていた、先程とは別の隊員にである警察所属のIS。
そのパイロットを殺さぬように当て身を行い昏倒させるは、蜘蛛を模した多脚をもつIS『アラクネ』を身にまとう『亡国機業』が実働部隊『オータム』であった。
クラブロスからの依頼を受ける事になった彼女は、前金代わりの借金帳消しの他、銀行を襲った犯人1人の始末につき特別報酬、生け捕りにしてクラブロスに引き渡せば更にボーナスを出すという条件に心躍らせ、警察に先んじて彼らを捕まえようとしていた。
しかし犯人の特徴を聞き出した際、最初の1人がガスマスクに安全帽を被った土方のようなレプリロイドである事は教えてくれたものの、それ以外の3人については突如連絡が途絶えてしまい、聞きそびれてしまった。
なのでここに来る道中でニュース番組を逐一確認しながら、丁度屋根がナパーム弾で吹き飛ばされたシーンにて、内一人が土方のレプリロイドだと言う情報が正しかった事を確認したが、残り3人が奇抜な歌舞伎っぽい恰好で姿をごまかしていた為、何者かを把握する事は出来なかった。
して今現在、オータムは先にやってきた警察を昏倒させて適当な路地裏に押し込み、再びビル群から浮き上がっては低空飛行を行っていた。 お目当ては、3人の特徴を知っているであろう土方のレプリロイド。
「土方のレプリロイドか……そういやあ数日前にそんな間抜けを見たような気がするぜ」
銀行強盗を起こしたと言うレプリロイド。 オータムは話から篠ノ之博士の存在を知るきっかけを作る事になった、つい最近に鞄を横取りしてやった例のイレギュラーを思い出していた。
同型ののレプリロイドがイレギュラーになる可能性はそう少なくはないが、自分が金を工面して貰っている銀行を狙い撃ちしてくるとは、それがどうも偶然に思えずにいた。
もしかしたら、自分達がそこから金を借りていると知って、報復としてちょっかいを出してきたのかもしれない。
「まあその銀行の会長様がまさか、当の私達の裏の顔を知ってけしかけてくるなんて思わないだろうな。 藪をつついたら蛇が出るって事を教えてやるぜ――――ん?」
オータムはビル群の空いた区画に目をやった辺りで、瓦礫の山の上に佇む奇妙なオブジェを発見した。 視覚センサーの倍率を上げて、捉えた映像を空中に投影する。
「……なんだこれ」
映し出されたオブジェの詳細に、オータムは目を丸くした。
使い古しで凹んだ調理器具さながらにボッコボコに歪められて首を垂れ、瓦礫の丘の上に角材でできた十字架に磔にされる土方の姿だった。
やはりと言うべきか、その男は篠ノ之博士の鞄を持っていた例のイレギュラーだった。 仲間割れでも起こして処刑されたのだろうか? どうしてこのような場所で晒し物になっているのかは全く背景が見えないが、しかしオータムにとってつまらないイレギュラーの身の上など至極どうでもよかった。
オータムは十字架の前に降り立つと、瓦礫に突き刺さる十字架の根元を蹴り、角材をへし折って転倒させる。
「グホッ!」
倒れた拍子に、土方のレプリロイド……キンコーソーダーの口から肺の中を絞り出したような声が洩れる。
どうやらくたばって機能停止してしまった訳ではなさそうだ。 転倒の衝撃で意識が戻ったのであろう、キンコーソーダーは震え声で悪態をついた。
「あ、あの野郎……よくも、俺を嵌めやがった――――」
「よう。 気分はどうだクソ土方」
倒れるキンコーソーダーをまたぐように、銃を突き付け蔑むように見下すオータム。
「て、てめぇはあの時の――――何でここに居やがる!」
「てめぇが襲った銀行の会長からのご指名だよ! てめぇら銀行強盗を取っ捕まえろってな!!」
「んな!?」
キンコーソーダーは驚愕しているようだった。 大手の金融業だからこそ荒事を想定して、よからぬ組織と黒い繋がりを持っている事もあるのは彼でも知っているであろう。
しかし単純所持さえも厳格に制限されるISを、犯罪目的で調達できるような(元)巨大組織と繋がっていて、しかもキンコーソーダー自身と因縁のある相手をけしかけてくるのは想定外だった筈だ。
尤もそれについては、オータムも自身の身の上を把握されていたなど思いもよらず、その上でこの男を捕まえる様に依頼されたのは全くの偶然であったが。
「随分派手に暴れてくれやがって! 私達への嫌がらせのつもりだったんだろうが……まさか因縁の相手が出張って来るとは思わなかったろなあ?」
ISで日の光を遮り、大きな影の中に埋もれる満身創痍のキンコーソーダーの姿は弱々しい。 両の手の拘束を外そうと身をよじるも、角材へしっかりと固定されたロープはレプリロイドと言えども、弱った体で引きちぎる事は叶わない。
オータムはキンコーソーダーへの追い打ちに、潰してしまわない程度には手加減はするが、適度に苦しみは与えるつもりで彼の胴をISの足で踏みつける。
「おぐッ!!」
「ま、てめぇみてえなしょぼいイレギュラーに構ってる暇はねぇ……残りの3人はどこに逃げやがった?」
「――――あ、あいつらは俺を置いて逃げやがった……関空から高飛びしやがるつもりだ!!」
束の間の沈黙の後に、以外と素直に答えたキンコーソーダー。 オータムは感心し軽く口笛を吹く。 銀行強盗を起こすきっかけになった相手なのだから、少しぐらいは抵抗するかと思っていたのだが。
目覚めがてら嵌められたと言っていたように、何らかの形で仲違いをしたのだろう。 それも晒し者にする程のこっぴどい形で。
「で、逃げた残りの連中は、一体何もんだ? どんな面してやがった?」
「あ、あいつらは行きずりの関係だ。 身の上なんて知らねぇ……3人とも歌舞伎みてぇなワケ分からねぇ顔して……てめえらと同じ組織の連中だって言い張ってやがった……後は――――ぐおっ!!」
「そんな奴が仲間にいる訳ねぇだろ!! アホか! 早く答えろ! 私は気が短いんだよ!」
歌舞伎の姿をしていた事などとっくに知っているし、自分達の組織にそのような変装をする輩などいない。 恐らく口から出まかせを言ったのだろうが――――胴を踏みつける足に力を込め、キンコーソーダーの身体から金属が軋む悲鳴のような音が上がる。
「た、束――――」
苦しむキンコーソーダーの口から、意外な名前が飛び出した。 思わず足に力を込めるのを止めるオータム。
「ひ、一人は女だ! 数日前に鞄をかっぱらった女――――自分の事を『篠ノ之束』って言ってやがった!!」
「何ぃ!?」
その言葉にはオータムも驚愕した。 チンピラをけしかけて足取りを追っていた稀代の天災科学者、その名が今この場で出てくるとは。
そう言えば、生中継の中で車の屋根を吹き飛ばされた際、キンコーソーダーの隣に映っていた歌舞伎の頭に、何やら兎のつけ耳らしき物が映っていたようにも見えた。
篠ノ之博士は日頃から身に着けている機械の兎の耳をはじめ、奇抜なセンスの持ち主であることを知っているし、いざとなれば法を無視した行いを取る事も厭わない過激さを持っている。
可能性としてはなくはないだろうが、だとしても何故彼女が犯人グループの一味になって強盗を働いたのか。 そもそも彼女には2人のイレギュラーハンターが接触している筈。 彼らが彼女を放置して、しかも強盗に加担させるような真似をするとは思えない。
「……口から出まかせ言ってるんじゃねぇだろうな?」
「こ、ここまでされて見間違いなんか……するかよ……!! あいつは……俺が鞄を取った事を根に持ってやがった……!!」
だからダシに使われたと、そう言いたげなキンコーソーダー。
「じゃあ最後の質問だ……残りの二人は誰だぁ?」
「し、知らねえ……あいつらも変な服着て歌舞伎の真似してやがったが……2人とも男で青と赤の服着てたぐらいしか……いや」
そこまで言いかけた所で、キンコーソーダーは何かを思い出したようだ。
「……レプリロイドだった。 ヘルメットの上からカツラ被ってたガバガバ変装だった……いやでもまて、あのヘルメットの形……どっかで見た事が――――」
質問中に自問自答を始めた中で、正体を知らずじまいだった2人の男について、キンコーソーダーは気づく。
「ッ!! そうだ! あいつらイレギュラーハンターのエックスとゼロだ!!」
「はあッ!?」
突拍子もない事を言い出すキンコーソーダーに、オータムは疑問の声を上げた。
エックスとゼロ……確かに彼らは篠ノ之束と接触した事を知っている。 しかし曲がりなりにも正義の味方やってるレプリロイドが、自らの意思で銀行強盗に加担したりするだろうか?
裏社会のオータムをしても、流石にその行いについては良いか悪いかは別に、筋が通っているようには思えなかった。
「へ……へへ……そうか……
が、こちらが何も言わずとも、それについてキンコーソーダーは説明をしてくれた。 潜入捜査……鞄の足取りを追うためか! その事に気づかされたオータムは全て合点がいった。
……それにしては、あまりに過激な結果を招いたと思ったが、どうやらクラブロスからの依頼も相まって、彼ら2人とは対決を避けられないと確信した。
「……て、てめぇの事は嫌いだが……いい事を教えてやる……あ、あいつらは丸腰だ。 旅行だとかなんとか分かんねぇ事言ってやがったが……」
キンコーソーダーは息も絶え絶えに言葉をつづけた。
「だが、あいつらが持ってたあの鞄……あれは何ていうか……訳が分からねぇ。 妙な機能を隠し持ってやがる……あれのおかげで強盗が派手になっちまったぜ……」
「……随分親切に教えてくれやがるじゃねえか」
「へっ……親切だぁ? 笑っちまうぜ」
どういう風の吹き回しだと言わんばかりのオータムの皮肉を、キンコーソーダーは
「お前らあいつら3人を狙ってるんだろ……俺はな、教えた所でお前らじゃどうせ敵わねぇって分かってんだ。 あいつらは『本物』だ、俺達悪党が束になったってそうそう勝てはしねぇ! ……ま、せいぜい勝手に争って、返り討ちにでもなってくれや!」
そう言ってキンコーソーダーは高笑いした。 しかしオータムは口元を釣り上げ、キンコーソーダーの顔面を軽く蹴った。
「グフッ――――」
軽く……とは言ったが、ISの出力なら十分気を失う程の威力を前に、キンコーソーダーは再び昏倒する。
「返り討ちだぁ? 丸腰って知って、むしろ勝てる見込みしか見えてこねぇぜ!」
脅し文句に対しオータムの抱いた感想は、むしろ勝利への確信だった。 彼らが得物を持ち束を守っているのなら、こちらにISがあると言えども厄介な相手には違いはない。
しかし丸腰であるのなら、物理を無視して空を飛ぶ自分に対する対抗策など持たないはずだ。 ましてや彼らは関空を目指しているとなれば、高飛びの為何らかの飛行機を利用するだろう。
空は自分達の領分だ。 こちらからすれば、旅客機という逃げ場のない場所に自ら入り込んでいってくれるのだから、これで負けると言う事はありえないだろう。
唯一持参しているという鞄がどうとか言っていたが、たかが鞄にISをどうにかする力があるとは思えない。 このイレギュラーはエックス達を恐れすぎているだけだ。
弱虫の土方を見下していた時、ISのプライベートチャンネルに連絡が入った。
<オータム。 守備はどうかしら?>
相方のスコールからだ。
「犯人の一人の土方を一人確保したぜ。 ……どうやら今回の強盗には篠ノ之束が絡んでいるらしい」
キンコーソーダーから得た情報をスコールに話すと、彼女の息を呑むような声が聞こえてくる。 少なからず驚いている様子が無線機越しにも伝わった。
「おまけに残りの2人は例のイレギュラーハンターかもしれねぇってよ。 何でも盗まれた鞄のありかを吐かせようと、強盗に加担したフリしてたんだとさ。 んで今あいつらは関空を目指してる。 だからどっかのタイミングで飛行機に乗った時に仕掛けるつもりだ」
<……よくそんな情報が手に入ったわね>
「ちょっと脅しただけで洗いざらい吐きやがったんだ。 嵌められたのに気づいてボロボロに捨てられた腹いせにな。 私も仇だってのにな! 笑っちまうぜ!」
<惨めね……で、ちゃんと殺さずにはしておいたわね?>
オータムは倒れるキンコーソーダーを流し見た。
「生け捕りは追加報酬だったよな? 勿論だ」
<了解。 じゃあそのレプリロイドを今から回収しに行くわ。 丁度
「早ぇな! もう出来たのか? ……でもまあ、仕様を考えたらある意味早く作れて当然か」
<ええ……篠ノ之博士に感謝ね。 貴方はそのまま泉佐野近辺に先回りして、OVER>
通信はそこで終わった。 もうこの場所に用はない、瓦礫の山に置かれたままの
「馬鹿正直にしゃべってくれてありがとよ! せいぜいクラブロス大先生の所で汗水垂らして働くんだな!」
労基なんざ糞喰らえだがな!
しょっぱい小悪党が犯人グループの一味だったお陰で滑り出しは好調だ。 後の事はスコールに任せ、ちょっとした小遣い稼ぎに心躍らせながら、オータムは捨て台詞を残して軽快に飛び去って行った。
その後、警察が到着する頃にはキンコーソーダーの姿は無く、彼の逮捕のニュースが流れる事は無かった。
これにて今シーズンにおいてキンコーソーダーは退場です。
しかしイレギュラーとは言え身売りとは、毎回ロクな退場させてないですなあw
さて次回は、泉南地区にたどり着いたエックス達ご一行が、現地で楽しい一泊をする話です! 来週をお楽しみに!
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チャプター4:楽しいお泊り
第18話
臭い汚い暗い、嫌なKが三拍子揃った下水道を長々と歩き、ようやくマンホールの蓋を開けて地上へと戻ったエックス達。 出た先は大通りの真ん中ではなく、人の気配のない大きな建物の裏手にある駐車場のようだった。
都市特有の特別おいしいとは言えない空気だが、鼻が曲がりそうな汚水の臭いに比べれば遥かに快適な空気を肺に吸い込む束。
残念ながら陽の光については、外は既に暗くなっていて浴びる事は叶わず、彼ら3人を出迎えてくれたのは街灯の光だけであった。
「やーっと……りんくうタウンまで歩いてこれたね」
「位置取りが正しければ、ここはショッピングモールの敷地内だろう」
深呼吸をしながら、腕や首を回してコリをほぐす束。 何食わぬ顔で歩いて駐車場内を歩いていくと、正門らしき場所が見え――――
「……あれ?」
数時間ぶりに見た地上の風景に、そこはかとなく違和感を覚えた束。
門越しに見える太陽の沈みかかった海岸線、海の上に浮かぶように建設された関西国際空港の滑走路、そして……右手に見えるは鉄道と道路の二段重ねとなっている空港への連絡橋。
「りんくうタウンって連絡橋の最寄りの街だったよな?」
「ちょっと通り過ぎたにしては、えらい離れてるな――――」
3人は背後を振り返った。 大通りを挟んで海に面した立地に合わせているのか、高層ビルながら所々にアジアンリゾートを思わせるような、南国の植物や
「グランリゾート『
ゼロが、ホテルの入口の上に設置された名前の彫刻を読み上げる。 シャムとついていると言うだけあって、成程確かに南国を意識させる造りだ。
「……すぐ側にショッピングモールはあるな。 ほら」
そして確かにショッピングモールはあったが、それはホテルの右隣に大通りに沿うような横に長い造りであり、それ用に別個の駐車場が設けられていた。
エックス達はてっきり、りんくうタウン付近で地上に出たと思っていた。 しかし彼らの記憶の中にある、洋風の伝統建築を意識したりんくうタウンのショッピングモールとは大きく意匠の異なる、至って都会的な雰囲気を漂わせていた。
「あっちにも名前が書いてあるぜ。 泉南……泉南だと!?」
「思い出した! ここりんくうタウンより南側にある地域で有名なホテルじゃないか!! 歩き過ぎた!!」
「ちょっとどころか数駅分離れてるじゃない!!」
りんくうタウンよりも南側に位置する泉南地区。 りんくう大通りに面したリゾートホテルと巨大ショッピングモールのタッグは、関空を入国の拠点として利用する観光客向けのパンフレットにも載っており、エックスとゼロはそれを今になって思い出した。
どうやら直接連絡橋付近の街のショッピングモールから地上に上がるつもりが、うっかり通り過ぎてしまったようだった。
大体の位置取り自体は間違っていないければ、乗り換えの手間は増えれど電車に乗って移動する点は変わらない。 しかし鼻が曲がりそうな臭いの中を、必死で我慢して歩き進んだ結果がまさかの通過となっては、流石の3人も少し心が折れてしまった。
「なんか一気に疲れたよ……本当はさっさと飛行機乗って大阪離れた方がいいんだろうけど……一気に気力削がれた」
「……仕方ない。 今日はもうこのホテルで休むとしよう」
今頃警察に確保されているであろうキンコーソーダーについては、あくまで『イレギュラーハンターとしての任務の一環』で捕まえたのだから問題は無いだろう。 大事を取りここは急がば回れの精神で休憩する選択を下す。
それにこれだけ大きなホテルなら、何かしら一室くらいは空いているかもしれない。 エックス達はまばらにいた他の観光客に紛れ、堂々と中に入っていった。
自動ドアの開いた先は軽く見て10階分は吹き抜けの構造となっており、軽快なトロピカルなBGMの掛かる洋風の大理石のロビーに、所々アジアンチックな装飾が入り混じった、本当にシャムことタイ辺りの高級ホテルにやって来たかのような雰囲気を漂わせた。
大きなサングラスをかけた丸刈りのホテルマンが、エックス達を出迎えた。
「ウイィィィィィィィィッス!」
「「「!?」」」
右手を上げ大きな掛け声を上げるホテルマンに、エックス達は揃って身じろぎした。
「どうも、『
「な、なんか威勢のいい……? ホテルだね?」
ホテルの従業員と言うには砕けた口調で、挨拶するホテルマンに軽く圧倒される束。 足を止めず彼らを軽く見流しながら奥に見える受付の前に立つ。 受付前には他の客は見当たらず、応対の為にカウンター越しにいる係員もまた、一様に丸刈りにサングラスと言う出で立ちであった。
「ウイィィィィィィィィッス! どうも、『
そして彼らも同様に砕けた口調だった。 このホテルの接客マニュアルはどうも変わっているらしい。 変に元気な対応にエックス達は引き気味になりながら、受付に空き部屋が無いかを尋ねてみた。
「いえその、急な用事で……2人と1人か、せめて3人一緒で泊まれる部屋を探してるんですが」
「あー」
受付の男はパソコンで空き部屋が開いているかをチェックすると、エックス達に渋い顔をして切り出した。
「えーとですね、まあ当ホテルの空き部屋の、えーっと利用状況を調べたんですけども、ほんでーまぁ軽く見てみたんですけれども、空き部屋は一室も空いてませんでした」
「えっ」
「一室くらい空いてるやろうなーと思ってたんですけども、残念ながら空き部屋0室という形で終わってしまいました。 はい。 なんだろう。 なんで満室何でしょうかねー?」
「私が知るか!!」
「「何だこのホテル?」」
ホテルの受付にしてはかったるい受け答えに束は怒りの声を上げ、エックスとゼロは互いに顔を見合わせて辟易した。 こちらにそっちのホテルが何故満室かなどと話を振られても、そんなのはこちらの知った事ではない。
とにかく部屋をとれなかった3人は受付から少し引き返し、これから先の事を話し合う。
「参ったなあ、泊まれる部屋がないのか」
「近場にはここ以外にホテルはねぇぜ? 北まで行ってりんくうタウン付近で探すか?」
「ええ? やだよめんどくさい! 今日はもう動きたくないからここで泊まるって話でしょ!?」
確かにその通り。 しかし現実問題、予約が埋まっていて空いている部屋が一つも無いというのではどうにもならない。
束は2人の肩を寄せて、小声で相談してみた。
「いっそ隙を見て予約リスト改竄しちゃう? 私またハッキングするよ?」
「それこそ無理あるだろ……端末は受付係用の物しかないみたいだし、またバレたらどうするつもりだ?」
「……だよねぇ――――ん?」
束はホテルの受付係から何やら視線を感じたような気がした。 振り向くとサングラス越しで分かりづらいが、目線は間違いなく束に注がれている。 一体相手は何を見ていると言うのだろうか――――
怪訝な眼差しを返しながら相手が何を見ているのかを考え、そして思い当たったのは自身の胸の谷間だった。 束のドレスはデザインの都合上、見事なまでに谷間が見えるような胸元の切れ込みがある。
この眼差しには身に覚えがある。 そう、どこぞのバスターの立派な復活のハンター様のような、不埒と言うにはあまりに堂々とした熱い視線
束は思わず露出していた胸の谷間を隠すと、受付係はむしろ親指を立てて軽く笑ったようだった。 実質答え合わせな反応だった。
男は皆こんなものかと彼女にしてみれば辟易しかできないが、同じだと言うのなら……ふと何かを閃いたように一瞬真顔になると、口元を吊り上げて胸元を隠していた腕をどける。
「やっぱり素直に関空を目指すべきか――――どうした束?」
急に挑発的な視線で再び受付に足を進めだす束。 そんな彼女の様子に話し合っていたエックスとゼロが会話を止めて、彼女の行動を注視する。
「んー、何だか情熱的な視線に当てられて、私の身体も火照ってきちゃったなぁ――――あー、暑い」
「!?」
意地悪な笑みを浮かべながら大声でわざとらしく、見せびらかす様に胸の生地を引っ張り上げ、見えそうで見えない角度で相手の注意を引く束。
彼女は自分の魅力に気付いているのだろう。 ゼロにそうしたように色仕掛けで迫る束だが、効果は
「私に熱い目線を送ってたのは受付係の人かな? 悪くないよねぇ。 これでもし一部屋空いてたら、ここで泊まって一緒に『休憩』できたかもしれないのになぁ。 残念だなぁ」
これ見よがしに視線を送りながら相手の出方を窺う束。 受付係は男の夢がいっぱい詰まった束の胸に視線を奪われ、誘われるがままにすぐ隣のパソコンを触りたそうに右手を震わせる。
だが、キーボードを押しかけた震える右手を強く握りしめ、今にも超えそうだった一線を踏みとどまった。 男は手持無沙汰な右手を納めると、不敵に笑って束に告げた。
「まっ、ちょっとなんでしょうかね。 美人のお誘いは残念ですが、自分はこれでもプロのホテルマンですんで、見事なおっぱいは残念ですが空き部屋は用意できません!」
「――――え?」
どうやら仕事に対する姿勢については、れっきとしたプロであったようだ。 束は当てが外れた事に思わず間抜けな声を上げた。
「自分は誘惑なんて流されないけどね、なんたって自分は紳士でありプロだから? ……俺に惚れたらダメだで?」
「惚れるか!!」
誘惑に堕ちかけた状況から立ち直り、寧ろあしらうまでの受付係の対応に、束は逆上した。 すかさずエックスが仲裁に入り、彼女を引っ張ってエックスの方に向き合わせた。
「やめないか! あれが普通の対応なんだよ! ま、ちょっと怪しそうだったけど……誘惑に簡単に屈するのはゼロぐらいだ!」
「ううっ……そりゃそうなんだけどさ……なんかこれじゃ私の方がバカみたいだよもう!」
「失礼な! 俺は屈してるんじゃなくむしろ食いに行っているんだ!」
「結局釣られてるだろ!!」
束の誘惑を跳ね除け、宿泊を楽しみにしている予約客からの信頼を選んだ受付係。 ちょっと下心には正直である以外は至極当然の反応なのだが、束は腑に落ちない気分であった。
単に判断基準を、どこぞのイレギュラーハンター2人組に無意識に合わせていたからなのだが。
「……押しが甘いからだ束、半端な事はするな。 己に忠実な男たるもの、チラ見せ程度じゃそうそう動かねぇぜ?」
気落ちする束に対し、見かねたゼロが束に助け船を出す。 不敵に笑いながら彼女の肩に手を置いて、受付の男に共に一歩歩み寄る。
「フン……ちょっとのお色気じゃ折れねぇアンタの
そして次の瞬間、束の胸元を覆っていたドレスの生地を一気にずり下げやがったのである!!
「えっ――――」
見事なまでのパイオツを晒された束は真顔のまま硬直する。 受付係どころか周囲の客もこちらの様子に気づいたのか、すんばらしいたわわな白い果実に一斉に目を奪われた。
突然の出来事にしばし沈黙が流れるが、それを破ったのは受付の男の拍手だった。 そんな彼につられるように周りの男性客も賛辞を惜しみない拍手を送る。
この間、束はわが身に起こった状況を理解できず完全に硬直していた。 眼差しからは完全にハイライトが消えてしまっている。
両手を上げて束を称賛するゼロに、男性達の大歓声とそれを冷めた目で見つめる女性達。 歓喜と軽蔑の入り乱れるムードを、一人の男が終わらせにかかる。
「男の夢を体現したこの女に惜しみない拍手ヴォッ!?」
ゼロの首を、エックスが問答無用でへし折った。 これには一同、完全に凍り付いた。
固まったまま動けない束に代わり、ずり下げられたドレスの生地をすかさず戻し、エックスはにこやかに受付の男と向き合った。
勿論エックスの目だけは笑っておらず、受付係は目を合わせると一瞬肩を震わせた。
「大きなおっぱい夢いっぱいっていうのは正しいかもしれない……でも、彼女はそんな夢を安売りするような無粋な真似はしないんですよ」
エックスは折ったゼロの首を羽交い絞めにしたまま、受付に顔を近づけてゆっくり迫る。 青ざめた笑顔をありえない方向に曲げたままのゼロと相まって、醸し出されるは有無を言わせぬ威圧感。
「つきましては、彼女のくれた幸せに対してどう報いるのか、貴 方 方 の 考 え を 是 非 お 聞 き し た い の で す が ?」
「おい、それってYO! ただの脅迫じゃんか!」
「いやだなぁ、脅迫なんてとんでもない――――」
「もしもし!? ああなんだって!? え、急な仕事が入った!?」
主にゼロが原因であるが、身を切った束の為に報いてやって欲しい。 覇気を漂わせながら受付係にお願いしていた時、突如周囲にいた客の内の1人が、電話を耳に当てながらそそくさと受付に駆け寄った。
これにはエックスや受付係も思わず隣を向き、別の受付係の前に立つ男性客を気の抜けた顔で眺める。
「しょうがないな! ホテルの予約キャンセルするしかないな! いやいや残念だなー!」
急用が入って止まれなくなったとこれ見よがしに大声を出しながら、受付で部屋の予約をキャンセルする手続きに入る男性客。 まるで顔色を窺うようにしきりにこちらをチラ見しながら、別の受付係に掛け合って手続きをする。
「ああ忙しい! 今からでも仕事に向かわなきゃなー! 折角の休暇だったんだけどなー!」
そして嫌に力強い足取りで受付を去っていく。 ……良く分からないが、とりあえず今一部屋空いたようだ。 エックスは入れ替わりでチェックインできるか尋ねてみた。
「で、今空いた部屋って3人泊れますかね?」
「……えー、811号室のロイヤルスイート『ゾット』となっとります。 宿泊者3人問題なさそうなので、今回は幸せ料も考慮して料金0円でチェックインの手続きさせていただきます!」
受付係は811号室の鍵をエックスに手渡した。 エックスは威圧感たっぷりではなく、本心からにこやかにスイートルームの鍵を受け取った。
「ありがとう! ……さ、今日はもう部屋でゆっくりと休もうか」
エックスは片腕でゼロを絞めながら、放心したままの束の背中を押して客室フロア行きの、ガラス張りのエレベーターを目指した。
ああ良かった。 恥を忍んで? 胸を晒した束の覚悟を汲んでくれた理解ある人達のお陰で、よもやスイートルームをご厚意から無料で止めてくれるとは思わなかった。
溢れんばかりの親切心に、エックスはとても感謝しながら3人でエレベーターへ乗り込み、扉が閉まると同時に下に遠のいていく人々を見下ろしていた。
そんなエックスと目が合った、ロビーにいた大半の人々がエックスの姿が見えなくなるまで固唾を呑んで見守っていた。
「……他のお客様を守るのも仕事ですからね。 仕方ないですね。 仕事というのは大変です、生きるということは大変ですねほんま」
ついついタダでチェックインを済ませた受付係が、8階行きのエレベーターの中に姿を消す3人をなだめる為にはやむなしだったと、そう自分自身に言い聞かせるように一言漏らしていた事など、当然エックスは知る由も無かった。
その後、部屋を目前にして遅れて正気に戻った束の涙の絶叫が、ホテル全域にこだました。
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第19話
「俺は束に覚悟の決め方を教えただけだぜ?」
「だからって本当に胸を露出させる奴があるか!! 束マジ泣きしてたぞ!?」
811号室、ロイヤルスイート『ゾット』。 高級マンション顔負けの豪華絢爛な設備と、3人で使ってもなお広い間取りのリビングにて、ゼロはやはりと言うかエックスに正座を求められ説教されていた。
色仕掛けで迫ったのは他ならぬ束自身だが、まさか仲間から本当に生地をずり下げられ、男の夢の詰まったパイオツを露出させられるとは思わなかっただろう。
泣きわめくのを何とか宥めつかせ、不貞腐れながらではあるがようやく落ち着いて眠りについたのは記憶に新しい。 すぐ隣のベッドルームにて身の着のまま純白のシーツにくるまれる彼女の姿が見える。
そしてゼロだが、エックスが落ち着かせるのに苦慮しながら束を寝かしつけたあたりで、ようやく何時ものようにしれっと復活し、今に至ると言う訳だ。
「そうか……そこまでショックを受けていたのは俺も誤算だった。 胸がダメならせめて尻を見せるように――――おいエックス波動拳の構えはやめろ!!」
反省する気ゼロな相方に、エックスは無言で腰を落として必殺技を放たんとする構えを取っていた。 これにはゼロも流石に慌てふためいた。
「見せる部分の問題じゃないだろ……いい加減にしないとまた股間に波動拳撃ち込むぞ!?」
「だから俺の自前のバスター狙うな!! また妖怪になっちまうだろ!!」
「それは困るな。 じゃあ髪の毛縛ってベランダから吊るそうか?」
「分かった分かった!! 俺が悪かった!! 束が起きたらキチンと謝る!! だからまた高層ホテルから叩き出すのはやめろって!!」
威圧感を増すおっかないエックスを前に、ようやくゼロも折れたようだ。 以前高級ホテルの上階から波動拳を食らって叩き出された記憶もあって、エックスの本気を感じとったゼロは両手を合わせ謝罪する。
エックスもゼロの謝意を感じ取ったのか、これ以上問い詰めても泥沼になるだけだと思い、今日一日の疲れもあって怒りをひっこめる事にした。 ゼロも矛先を収めるエックスに安堵の息をついた。
「……はあ、何だか一気に疲れた。 ニュース番組でも見て俺も寝よう」
エックスはソファーの前に回り込み、テーブルの上に置かれた壁掛けの液晶テレビのリモコンを拾い、スイッチを入れる。
画面にニュース番組が映し出され、昼間の銀行での大暴れからカーチェイスまでの話題で持ちきりであった。
そして画面下に一緒に表示されるテロップだが、事件に巻き込まれ負傷した3人分の名前が表示されていた。 いずれも軽傷か怪我無しだが、うち一人は重症で未だ意識不明と出ていた。
勿論、重体患者とはクラブロスの事であった。 エックスとゼロは非常に気まずそうに顔をしかめた。
「クラブロスへのロケットランチャーは完全にやらかしだったな……」
「けが人を出すつもりはなかったのに……まさか俺もあそこまで事態が悪化するなんて思わなかったよ」
あの騒ぎに便乗したのは束の口車に乗せられた感はあったが、エックス達なりには自己責任の下で、あくまでけが人は出さず主犯のキンコーソーダーもろとも盗んだ金も返し(お金儲けをたくらむのはイレギュラーだから、ちょっとだけ『押収』はしたが)、なるだけ穏便にカタをつけるつもりではあった。
しかし店舗の破壊に派手なカーチェイス、それに大半のお金が燃え尽きてしまい、極めつけは非常用に持ち込んだロケットランチャーの誤射。 想定外の事態が立て続けに起きてしまったのには、内心冷や汗はかいていた――――が。
暴言と名誉の棄損を厳格に取り締まる。
とりあえず今日はもう休もう。 明日は飛行機のチケットを東京経由でアメリカに帰る便に変更して、なおかつ同じ物を束の為に用意しなければならない。
ギリギリまで空席状況を確認できないのは歯がゆいが、それも束の言った傍受の危険性を考慮すればやむなしであった。 2人は束とは別室の、ベッドルームにて就寝する事とした。
<事件発生からおよそ10時間以上経過しましたが、未だ解決に向けての進展はありません。 銀行強盗4人の行方は未だ分かっていないそうです――――それではコマーシャルです>
強盗事件の特集を一旦CMで中断するニュースキャスター。 彼の言葉が2人の耳に引っかかり、思わず顔を見合わせた。
「今の聞いたかエックス」
「ああ……
耳に残った部分をエックスが口にするとゼロは頷いた。 どうやらお互い同じ部分が気になったようだ。
「アイツがあの拘束から逃げ出したって事か?」
「それはありえねぇな。 あそこまできつく縛っておけば、仮に拘束を外せたとしても、アイツがやっとこさ逃げ出せる頃には直ぐに捕まっちまう筈だ……」
ゼロの言う通りであった。 エックスはちょっとやそっとじゃ外れないよう固定を頑丈にしておいた。 自力で簡単に外せる物ではないのは3人全員が確認している。 第一束にとっちめられて気絶していたのだから、そもそもが逃げ出せた可能性は無いに等しいだろう。
もしかしたらニュース内容自体を読み違えた可能性というのも否定はできないが、本当に警察に発見されなかった理由が他にあるとしたら――――
「……誰かが警察より先にキンコーソーダーを連れ出した?」
「分からねぇ。 だが――――」
ゼロは部屋で眠る束に視線を注いだ。 エックスも一歩遅れてそれに倣う。
「もし可能性があるとしたら、な」
神妙な面持ちで束を見つめるゼロ。 エックスもゼロの言いたい事を理解したのか、深くは追及せずとも彼と同じく一抹の不安を感じているような表情だった。
しかしサミットは明日に控えている。 それまでに無事束を送り出さなければならないと、決意を新たにした。
所変わり、同時刻のIS学園にて。
「一夏、引き返すなら今だぞ?」
「いいんだよ。 友達があんなに取り乱しててじっとしてられるかよ」
「……フン、わざわざ夜中に抜け出すとは酔狂だな」
一夏を挟んで箒とマドカの3人が、消灯時間を過ぎたIS学園の学生寮を、人目を忍びながら廊下を歩いていた。 当然ながら廊下の照明は全て消え、窓から差し込む月明かりだけを頼りに、一夏達はおっかなびっくりしながらさる場所を目指していた。
「いいのか? こんな所、織斑千冬……姉さんに見つかったらただじゃ済まんぞ?」
「そう言うマドカもしっかりついて来てるだろ。 アクセルが気になるからってアイリスの目まで盗んで」
「!! 言うな!」
暗がりで表情を伺いにくいが、一夏の言葉に対して照れ隠しに怒っているような仕草を見せるマドカ。 箒は呆れたような微笑ましいような、生暖かい視線を送っていた。
一夏達生徒はあの騒動以来、用務員室に謹慎を命じられたアクセルと今日1日の接触を禁じられていた。 そんな彼の元を、人目を盗んで訪ねようとしている所である。 何故か、それはアクセル曰く仲間2人……エックスとゼロが箒の姉共々強盗に参加してたと言う話、どうして彼らならやりうると言ったのかその心を知りたいのが理由だった。
しかしこの学生寮に定められた規則には、意味なく消灯時間を過ぎて宛がわれた自室以外をうろついて回るのは厳禁とされており、規則を破った者にはあのおっかない一夏の姉こと、織斑千冬大先生による懲罰が待っている。
それもその筈、彼女こそがこの学生寮の寮長を兼任しているからだ。 しきりに居もしない周りの目線を気にしながら歩いているのはその為である。
「だがまあアレだ……あの姉さんなら強盗みたいなネジの外れた真似くらいやらかしかねないが……アクセルの言う仲間2人までと言うのは、どうも私としても気になるがな」
「だろ? なのに用務員室に謹慎になる直前まで、アクセルは同僚を疑ってかかってたんだぜ? 何があったか知らないけど、見間違いかなんかだろ?」
一夏と箒はどうにも腑に落ちないでいた。 エックスとゼロ、共に彼らと働いているアクセルの言い分を信じるのが筋であるが、簪にも後で詳しく教えてもらった彼らイレギュラーハンターの解決してきた事件。 それらの詳細を見ていく限り、彼らの出した結論は「ロックマンがそんなバカな事するのはあり得ない」という結論だった。
アイリスの出身地であるルクーゼンブルクがエネルゲン水晶の鉱山を奪還した事や、つい最近でも衛星兵器の乗っ取りを企てていた犯罪組織の撲滅など、全て彼らが解決に尽力したからこその成果なのだ。
勿論親しいなりにアクセルにしか分からない、気性難な一面があるのかもしれないと推測するが、それでこれらの事件を全て引っ繰り返してもなお余りある、イレギュラー同然な振舞いをするとはにわかに信じ難かった。
「まあ本人ともっと話してみれば、きっとアクセルも誤解だったって信じてくれるさ。 朝からじいさんに追いかけ回されてたし、少し参ってたんだろ」
「大いにあるな……ケイン博士だったか? 正直あの時は、千冬さんより怖かった……」
「……あの人より恐ろしいのか」
身震いする箒とマドカに、一夏もまた少し怖気づいた。 そうこうしている内に一夏達は階層を折り、ケイン博士よりかは幾分マシだが十分怖い寮長と遭遇する事も無く、無事に用務員室の前に辿り着いた。
「ここか……」
3人は扉の前に立つ。 一見何の変哲もない、しかし高級ホテルにも見劣りしない木製だがしっかりと重厚感のある、金の装飾のされたドアレバーの用務員室の扉。 隙間からは光は漏れていない、寝ているのかもしれない。
一夏は改めて周囲を軽く見渡すと、ドアレバーを握って力を入れた。 しかしレバーを少し動かすと、つっかえたような抵抗感が手の中に伝わった。 やはりと言うべきか鍵がかかっているようだ。
「どけ、私が開ける」
一夏の手をそっと払うマドカ。 おもむろに制服の腕の裾から針金を引き出し、鍵穴に挿入して内部のピンを押し上げ、器用にピッキングしていく。
その手つきは自ら買って出ただけあって見事であり、ものの数秒もしない内にあっさりと鍵を解除した。 薄暗い廊下に小さく響く、小気味良い解錠音に一夏と箒も感嘆の声を上げ、マドカもほんの少しだけ得意げに笑う。
邪魔な鍵は外し、いよいよこの扉を開ければアクセルとご対面だ。 鍵を開けたマドカがドアレバーを捻ろうとした――――
「ッ!!」
しかし、何かに怯えたように咄嗟に手を放して後ろに飛び退くマドカ。 驚き慌てる妹の様子に一夏が彼女の顔を覗くと、ひどく青褪めて冷や汗を流しながら息を荒げるマドカの顔があった。
「と、とてつもなく嫌な感じがした……!!」
「……?」
恐ろしいものを感じ取ったように身を震わせるマドカに、一夏と箒は呆気にとられたように顔を見合わせた。
「お、お前達には分からないのか!? この扉の向こうから嫌な気配がするぞ!」
「……ここまで来て何を言っている?」
「この部屋にいるのはアクセルだけだろ? ほら、先生達に見つかる前にさっさと入るぞ」
「ま、待て――――」
マドカの制止を意にも介さず、一夏は用務員室の扉を押して開け放った。 思わず身を庇うマドカだったが、部屋の中から何かが飛び出してくるような気配はない。
扉の先にあったのは、月明かりさえ入らずひと際暗い用務員室の中であった。 一寸先は闇を体現するような、ここからでは細かい様子が伺えない程の暗さであるが、しかしマドカが恐れていたような恐ろしさは感じない。
「何もないぞ? 気にし過ぎだったんじゃないか?」
「……?」
全く動じない一夏達の様子に、マドカも恐る恐る腕をどけて中の様子を見た。 一夏の言う通りただ闇が広がるだけで、特に恐ろしげな雰囲気は感じない。 闇の中など、裏組織にいた自分にとってはむしろ慣れたものだ。
マドカはかえって混乱した。 ドアレバーを手にかけた時に走った悪寒は、一体何だったんだと言わんばかりに首を傾げた。
付き合いきれなくなったのか、一夏と箒はマドカに後に続くよう促すと、さっさと部屋の中に足を進めていった。 残っていても仕方が無いので、マドカも渋々後に続く事にした。
して中の部屋だが、用務員室と特別に名が割り振られているものの、より暗がりがきつくなった室内で目を凝らしてみる限りは、学生寮の一室と間取りに差はないような印象があった。 窓にはカーテンが掛けられて外の僅かなな光は遮られ、それがこの部屋をひと際暗くしている原因のようだ。
そうなれば部屋の奥にベッドが設置されている筈だが、足を進めると人一人分膨らんだシーツがそこにあった。 間違いない、アクセルはこの中に寝ている。 仕事疲れもあるところ悪いが、一夏はアクセルを起こそうとベッドに手を差し伸べた。
その手はシーツに触れる事無く、横から腕をつかんだマドカによって阻止された。
「マドカ?」
「触るな! ……さっきと同じ悪寒がこのベッドの中から感じる」
「え?」
身震いしながら一夏を止めるマドカだが、やはりと言うか一夏と箒は訳が分からないでいるようだった……その時である。
「うっ……うう……」
シーツの中からアクセルの呻き声が聞こえてきた。 今のやり取りで起きてしまったのだろうか?
「……ハンターベース……ガソリンスタンドが爆発したぁ……やめろぉカメリーオ……僕の全身を舐めるなぁ……」
「うん?」
聞きなれない単語を口にするアクセル。 どうやら寝言を言っているようで、アクセルは続けて呟いた。
「妖怪がぁ……スパ施設が燃えるぅ……ミニスカサンタ……スモーチャンプ……ビルが崩れる……ゼロのきんた〇レーザー兵器……下着泥棒……」
寝言と言うには、悪夢にうなされる様に苦し気に呻くアクセル。 が……それにしては話に脈絡が無い気がする。 所々下品な言葉が飛び出し、一体どんな夢を見ているのか一夏達にはにわかに想像がつき難かった。
「な、何の夢を見ているんだアクセルは――――」
「アッー!」
異様なアクセルの寝言に箒が引き気味になった時、アクセルが突然叫びながらベッドを震わせた! 3人一斉にベッドから距離を置いた。
「アーツィ!! アーツ!! アーツェ!! アツゥイ!! アツーェ!! ――――あああああああもうやだああああああッ!!!! 僕の尻を焼くなあああああああああああああッ!!!!」
「い、一体アクセルは夢の中でナニされてるんだ!?」
「分からん!!」
「だから嫌な予感がすると言ったんだ!!」
中からつつき回す様に暴れまわるベッドのシーツ。 一夏達は少し距離を開けた位置から固唾を呑んで様子を見ていた。 が、やがてベッドの軋みが収まり、暴れていたシーツは元の形に収まった。
一瞬の間を開けて何かを仕掛けてくるのではないかと身構えたままだったが、しばらく待っても立て続けに何かが起きる兆候はなく、一夏は胸を撫で下ろした。
「脅かすなよ……ただ悪い夢にうなされてただけだったんだな」
突如、ベッドのシーツを払いのけて立ち上がるは、怒気に包まれたアクセルだった!! 彼の叫び声は室内を揺らし、締め切っていた筈のカーテンが声の圧に開いてしまったではないか!
3人、声にならない叫びを上げた! 部屋の中に差し込んできた僅かな明るさがアクセルの顔を照らすが、レプリロイドらしからぬ血走った瞳と眉間に皺寄せた鬼気迫る表情、口元からは瘴気が溢れ、何と右手にはリボルバー『スパイラルマグナム』が握られていた!
「落ち着けアクセル!! 俺は一夏だ!!」
「嘘つけ!! 一夏が部屋に鍵かけてたのわざわざこじ開けて入ってくるもんか!! クジャッカーの回し者だろッ!!」
「クジャッカーって誰なんだ!? やめろアクセル!!」
アクセルに落ち着くよう求める一夏と箒。 そんな彼らの制止も耳に届かず、アクセルは銃を携えたままベッドを降りて歩み寄ろうとした。
「今のこいつは正気じゃない!!」
「マドカ!!」
マドカは待機させていたISの展開を試みた――――しかし!
それよりも更に早く、アクセルが腰に当てた銃が火を噴き、腕に巻いていた彼女のISらしき黒いガントレットが弾き飛ばされた!
「な!?」
腕の痺れと共に驚愕するマドカ。 一夏と箒も言葉を失うが、これはアクセルが昨日の夜に披露した早撃ちの極意……よりも尚早く正確だった。
一夏も後に倣って咄嗟にISを展開しようとするが、先にアクセルに銃を向けられて動きを止めた。 今しがた学校の生徒に向けて容赦なく発砲した、怪しい動きをすれば即座に次の弾を発射するだろう。
「そんなもの振りかざそうとするなんて……やっぱり僕を襲おうとした……!!」
「や、やめろアクセル!! 今のお前はどうかしてるんだ!!」
「そうだぞアクセル!! 落ち着いて話を聞いてくれ!!」
「この期に及んでまだシラを切るかあ!? 覚悟しろイレギュラアアアアアッ!!」
アクセルは獰猛に飛び掛かった!
それからはもう、用務員室の中は目も当てられない有様だった。 抵抗する一夏に構わず発砲するアクセル。 それをやっとこさ隙を見てISを展開できた箒とマドカだが、どういう訳か激高するアクセル相手には普通に力負けし、一夏を押し倒して銃を向けようとしていたアクセルを止める事が出来ずにいた。
収拾がつかなくなりそうになったその瞬間、異常を察知した我らが寮長にして担任である千冬がドアを蹴り破って入ってきた! 部屋の電気をつけ、寝起きを叩き起こされてすさまじく機嫌の悪い中で彼女が目の当たりにした光景とは。
「消灯時間だってとっくに過ぎてるんだぞ――――」
千冬は硬直した。 そこには四つん這いでひん剥かれた尻を突き出しながら倒れ伏す一夏に対し、ISを着用した箒とマドカに抑えられながらも、狂気に駆られ銃を一夏の尻に突きつけるアクセルの姿があった。
「――――ハッ!」
部屋の照明がついた途端、アクセルは我に返ったように素面の表情に戻った。 混乱したように周囲を見渡すアクセル。
「えっ? どうして皆がここに!? あれ!? 僕銃なんか出して……何で一夏が四つん這いで倒れてんの!?」
状況を把握しきれず目の前で起きている事を反芻するように口にするアクセル。
「な、何も覚えてないのか……?」
「覚えるも何も、僕さっきまで寝てただけだよ!! ……なんかすっごく嫌な夢見た気がするけど」
一夏達は唖然とした。 どうやらただ単に寝ぼけた頭で暴れまわっていただけだった。 それを千冬がやってきて部屋の電気をつけた事で意識が覚醒したのだろう。
「……で、一夏達もそうだけど……どうして織斑センセ、そんなに怒った顔してるの?」
アクセルは、先程からこちらを見て肩を震わせる千冬に対し、危機感を募らせながらも恐る恐る尋ねてみた。 その無自覚な一言が、千冬の爆弾に火をつけるには十分だった。
千冬姉の怒りの鉄拳が、理不尽な痛みと共にアクセルの顔面に突き刺さる――――
注)アクセルの悪夢、全部実話。
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第20話
赤いイレギュラーのせいで天災パイオツ共々恥を晒す羽目になり、半狂乱の後に激怒するエックスの叱責を横目に泣き寝入りを決め込んだ束。 ようやく訪れた心地よい眠りの中で彼女は夢を見ていた。
「(めんどくさいなぁ……)」
至極退屈そうにしながら、少し離れた場所で話し合うスーツ姿の初老の男性2人を見つめながら、待ちぼうけを食らっていた束。
束はこの場面に見覚えがあった。 それは10年前……丁度中学生だった時のものだ。 夢の中の彼女は、年頃の女の子に比べれば発育は良い方であるが、やはり身の丈も低く華奢であった。
当時の束は名目上JAXAの職員だった。 さる科学者同士の会合の場において、後に
しかし唯一関心を持ったJAXAの所長……彼女の目の前で話し合う白髪の老人に見出され、彼の推挙を受けてISを作るにあたって必要な資金や設備、資材の揃ったJAXAに所属する流れとなった。
とは言え彼女は周りの職員を内心馬鹿して関心を寄せず、唯一発明の肝となるパワーソースを製造できる強みがあるにも関わらず周囲から孤立し、完全にチームの中で浮いた存在となっていた。
見かねた所長が束に外の世界を見て人の繋がりの大切さを知ってもらおうと、自身の出席する会合も含め色々な場所に引っ張り出す事になった。
そして今所長に連れられ、力の籠った演説と整った髪型が自慢な時のアメリカ大統領『ナドルド・ラトンプ』と面会、どういう訳か某所にあるミサイル格納基地に案内を受けていた所である。
辺りでは制服に身を包んだ職員達が行き来を繰り返したり、制御コンソールの前でせわしなくキーボードを叩いては、ミサイルサイロの映像をモニタリングしている。
大統領はアメリカにおいて最新鋭のロケット技術が使用されていると豪語しているが、彼女にとっては数世代は遅れた代物にしか見えず、はっきり言えば全く興味を引く物でなかった。
とは言え、ここに引っ張り出した所長に対しては、自身のISを見出した張本人である為に少なからず恩義はあるので、メンツを潰さぬ様最低限の愛想笑いだけは浮かべて外面を取り繕っていた。
これでも彼女としてはかなり譲歩しているつもりで、一学生に過ぎなかった頃は平然と他人を無視する事も当たり前であった。 友人の千冬に性格を矯正され、ようやく多少はマシになったのだが。
「……と、言う訳だ! だからこのミサイル基地は、外部からのサイバー攻撃に対する安全性は完璧なんだ! なにせ物理的に隔離されてれば、ハッキングも糞もないからな!」
「は、はあ……しかし良かったのですか大統領? JAXAみたいなロケット技術を扱う職員である我々に、そんなミサイル基地を見学させてしまって」
「フフン! むしろ真似をできるものならやってみろと言う訳さ! それに君は口が堅い男だ、むやみに秘密を喋る訳ではない事ぐらいわかるよ!」
「恐縮です大統領」
「(あ ほ く さ)」
真似どころかもっといい物作れるよ。 束は心底呆れ返りながら、大統領と所長の会話を流し聞きしていた。
すると大統領は、付き添いの警備員から彼が持っているトランクを預かり、所長の目の前で鞄を開いて見せた。
「もし基地以外の場所から、ここに格納されてる弾頭を発射できる方法といえば……このボタンを押す以外には無理と言う訳だな!」
「!! そ、それは……!!」
大統領は黄と黒の縞模様で縁取られた赤いボタンを中から取り出し、堂々と見せつけた。 所長は目を剥き、束も内心驚きを感じていた。
これは……所謂
「おっと、押させないよ! 人に触らせでもしたら黙示録まっしぐらだ! HAHAHAHAHA!」
「は、早く仕舞って下さい! 万が一スイッチが入ったら――――」
「心配ないよ! 扱いは心得てる! 何せ私はこのスイッチをよく懐に入れて、日夜を共にしているくらいだからな!」
「(危ねぇことすんなよッ!!)」
ジョークなのか本気なのか、しかし人前で危険なスイッチを取り出すと言う、リスク管理も糞も無い行為に束は遠目ながら冷や汗を流していた。
外部からは確かに物理的に回線が切られていて、ネット回線でのやり取りはできないが、しかし他ならぬ大統領がミサイルのスイッチをそんな雑に扱っていては、いつ弾頭がうっかりはっしゃ! されるか分かったものでない。
しかもここにあるミサイルはいずれもICBM……一度飛び出したら地球を数分で半周する速度で飛来する。 そんなものが万が一全弾発射された日には、いくら
高い国防意識の影に隠れた意外なガバガバさに、見たくもないものを見てしまった気分に陥る束だった。
「お、束君だったかね? 少し疲れているようだね」
「! ま、まあ……」
あんたのせいだと言いたいがぐっと堪え、とりあえずは軽く相槌を打った。
「奥に休憩室がある。 案内しよう……行こうか所長」
「ええ。 来なさい束君、お言葉に甘えるとしよう」
「はぁーい……」
まあ、長旅もあって色々と疲れていたのは事実だ。 所長や大統領の言う通り、ここは休ませて貰おうと考えた束は力無く返事しながらも、大統領と所長の後に続いて廊下を歩いて行った。
ついた先で扉を開けると、簡素だが小奇麗に清掃された小部屋があった。 壁際にはロッカーに冷蔵庫と液晶テレビ、部屋の中心にはトースターの置かれた机とパイプ椅子が用意されていた。
「さ、ここでゆっくり休んでいきなさい。 小腹が空いたのなら、そこにある冷蔵庫の中身とトースターでも好きに使ってくれるといい。 但しもう少ししたらランチだからね、食べ過ぎには注意だ」
束を席につかせながら、テーブルに手をつきあちこちを指差し説明する大統領。
「大統領のおっしゃる通り、君はここで休んでてくれ」
「それじゃあ失礼するとしよう。 私はまだ彼と積もる話があるのでね。 また後で!」
大統領と所長は束を残し、談笑しながら休憩室を去っていった。 去り際に扉を閉め、彼らが立ち去ってようやく一人きりになった時、束は一息ついて机に突っ伏した。
「あー! つまんない!! だるっ!!」
一部刺激的な展開もあったが退屈な話を延々と聞かされ、ようやく解放された所で息抜き出来た束。 何度も言うが彼女にとっては退屈この上ない。
所長は良かれと思って自分を外の界隈へ連れ出してくれたが、はっきり言えばお節介であった。 同じ研究員でさえ自分の頭脳について行ける人材はそうそう居ないと言うのに、ましてや科学者でもない人間と付き合いを持った所で興味など持てるはずもない。
自分の親でさえ冷めた目で見て、数少ない興味を引く相手と言えば友人の織斑千冬やその弟の一夏、そして実妹の箒ぐらいである。 半ば強引に引っ張り出された形であるが、こんな事なら無理に突っぱねてでも、まだ研究施設に籠って一人で
「
発明品の研究開発において、束はちーちゃんこと千冬に秘密厳守の下で動作テストの協力を申し出ている。 予定通りなら今頃は、なるだけ目立たない範囲ではあるが日本の空を舞っている頃だろう。
人がレプリロイドと対等の力を持ち、自由に宇宙を飛んで回れる彼女の夢を詰め込んだ発明品を身に着けて。
米国の滞在期間はあと3日、それまで退屈な時を過ごさなければならないと思うと憂鬱だった。
「はぁ……お腹もすいたな……何か口にしていいって言ってたし、ここは頂戴させてもらお」
束は立ち上がって冷蔵庫を漁る。 中には色々入っていたが、この後昼食の予定もあるとなると余り食べ過ぎるのも良くない。
なので中から適当に食パンを取り出し、机の上のトースターを使ってパンでも焼こうと思った。 トースターのコンセントを刺し、食パンを挿入していざ焼きに入りかけたが――――
「あれ? おっかしーな?」
タイマーを捻っても手応えを感じない。 中のゼンマイが音を立てる様子もなく、電気が通じているとも思えなかった。 一旦パンを抜き出すと、トースターを振ってみた。
「どっかイカレてるのかな、全然熱が入らない!」
いつもの彼女なら、ここでさっさと機械を分解して直してしまうだろう。 しかし退屈さを拗らせて腹も減り、不機嫌極まりない今の束には修理という発想に行きつかなかった。
生で食パンを食べればいい話だが、意固地にもなってしまっている。 コンセントが刺さっているにも拘らず、さっさと動けと言わんばかりに乱暴にトースターを縦に振った。
「さっさと動けこのポンコツ!!」
不調が直る筈もなく、苛立ちからつい乱暴にトースターを机の上に叩きつけてしまう――――その時だった!
同じタイミングで、所長と一緒に部屋を出て行った大統領が扉を開け、慌てて戻ってきたのだ!
「私とした事が! ミサイルの発射スイッチを忘れてきてしまった――――」
「「は?」」
突如、館内全域に緊急警報が発令された。 前触れの無い出来事に束と大統領は目を丸くする。
瞬時に慌ただしくなる職員達の様子が部屋の外から伝わってきて、束は只狼狽する事しかできない。
「一体何が起きたの――――」
「大変だ!! 急にミサイルが発射準備に入ったッ!!」
「えっ?」
「何も操作していないのに突然命令が出た!? しかも攻撃目標は日本だって!?」
「ファーーーーーッ!?」
次々と外から聞こえてくる職員達の慌てふためく声に、束は叫び声を上げた。
何故!? 職員にも状況を把握できていない中で突然発射準備に入ったミサイル、外部からのアクセスは物理的にも不可能な筈で、唯一方法があるとしたら大統領の持つ赤いスイッチ――――スイッチ?
……そう言えば大統領が入って来た時、彼は何と言っただろうか? 束はもう一度彼の言葉を思い出してみた。 発射スイッチを忘れてきたと言って、部屋を出て行って間も無くして引き返してきた。
ならばスイッチはこの部屋に置き忘れてしまったと考えるのが自然だが、それでは大統領は一体どこにスイッチを? 気になった束は部屋を軽く見渡してみたが、あの特徴的な色と形のスイッチを見つける事はできない、が。
何故なのか、自分が八つ当たり気味にテーブルに強く置いたあのトースターが目についた。
「……まさか」
嫌な予感がする。 束は恐る恐るテーブルに叩きつけたトースターを持ち上げた。
そしてお目当ての赤いボタンはあっさりと見つかった。 トースターのすぐ下から。
背筋が凍る感覚に頬を押さえ仰け反るように大声で悲鳴を上げる束。 大変な事になってしまった。
「ど、どういう事だ束君!! まさか君がスイッチを!?」
「なんでこんな所に核ミサイルのスイッチがあああああああああああ!? なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでッ!?」
束は自覚してしまった。 衝動的に叩きつけたトースターで、自分が核ミサイルのスイッチを押してしまった事実に。
錯乱する束を大統領が制止する。 しかし中学にして既に、大人顔負けの体力を備えていた束のパニックを押さえる事は出来ない!
「落ち着きたまえ! 誰にでも失敗はある! まあちょっと大きなロケット花火が打ち上げられるだけだと思えば――――」
「アンタが軽はずみに赤いボタンなんか持ち歩くからだろうがぁッ!!!!」
「合衆国憲法修正第2条さ! いちアメリカ人の大統領ともなれば、自衛の武器もグレートなものさ! HAHAHAHAHA!」
「冗談はアンタの生え際だけにしとけッ!! 付き合いきれるかッ!!」
緊張感と言う言葉が1㎜も感じられない気楽な大統領の言葉は、束の神経を逆撫でするには十分だった。
大統領を引きはがすと憎々しげに中指を立て、部屋を飛び出していった。 部屋に残されたのは呆気にとられた大統領一人。
「全く、最近の女の子は随分パワフルになったもんだ」
困ったように笑いながら、参ったねと言わんばかりに両腕を広げる大統領の姿には一瞥もくれず。
※合衆国憲法修正第2条とは……身も蓋もない言い方をすれば、自衛の為に武器を所持する権利である。
今回の話を持って、今年の投稿を終えたいと思います! 皆さん良いお年を!
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第21話
「ちーちゃん聞こえる!? 『例のアレ』のテスト中でしょ!? そのまま太平洋に向かってッ!!」
<ど、どうした束!? 電話かけるなりいきなり――――>
「いいからッ!! 早くしないと取り返しのつかない事になるよッ!!」
駆け足で来た道を戻りながら、電話越しに日本にいる千冬に大声で捲し立て、一方的に電話を打ち切った。
開けっ放しの扉に飛び込んだ先の管制室は、それはもう閑静な住宅地で突如猛獣に出くわしたような大混乱であった。 既にミサイルは発射態勢に移っており、サイロから点火して飛び立つまで既に秒読みが終わる段階に入っていた。
目標は先に管制室に向かった職員達が叫んでいたように、部屋の天井からぶら下がるように取り付けられたモニターに、しっかりと日本列島が映し出されていた。
着弾点は東京のど真ん中、命中すれば日本国の政府機能は完全にストップすること間違いなしだ。
そして今、必死で発射命令を中断しようとする職員の懸命の努力も空しく、無情にもミサイルは点火されサイロを飛び出していった。
「大変だ!! ミサイルが発射された!! 繰り返す!! ミサイルが発射されたぁッ!!」
「うっがあああああああああああああああああああああああッ!!!!」
見た目可憐な女の子に似つかわしくない雄たけびを上げながら、ミサイル管制用のコンピューターに目掛けて束は突進した。
「き、君はJAXAの所長といた――――」
「そこどいてっ!!!!」
基地の職員が部外者に対して声を上げるのを無視しながら、束は椅子に座っていた職員の一人を跳ねのけ、こけそうになった職員が端末にしがみつこうとするのを横目に、代わりに自分が端末を素早く操作し始めた。
「な、何をするんだね――――」
「ミサイルの自爆コードは!?」
抗議の声を上げる職員に、束は構わず発射されたミサイルの自爆を試みる。
「こうなったら起爆する前にミサイルを自爆させるしかないでしょ!? 早く答えてッ!!」
「――――き、自爆コードは『TN-1919-OK』だ――――「うりゃああああああああああああああああッ!!!!」
束は悲鳴に近い叫び声をあげながら、発射されていったミサイルに対し片っ端から自爆コードを入力する。
タイピングの速度たるや、文字通り目にもとまらぬ鬼気迫る指さばき! 自爆命令を受けたミサイルはロケットエンジンを自壊させ、起爆用の信管を全停止しながら墜落していった。
その間にも束は間髪入れずに次々とコードを打ち込み、弾頭はいずれも太平洋に墜落し海の藻屑となっていった。
「すごい! 120基あった基地のミサイルの大半を落としてるぞ!」
驚嘆する職員達。 ものの1分で発射されたミサイルの3/4は自爆させたが、それでも何発かは『撃ち漏らし』が発生した。
基地に配備されていたミサイルは極めて高性能で、弾頭の飛来する速度は既存の物と比べて圧倒的に早く、既に着弾までの距離が残りわずかに迫っていた。
自身の限界を超えた入力に体の全神経が焼き切れそうになる中、束は端末を素早く操作し、衛星のカメラを駆使して千冬のいるあたりの座標をモニターに表示した!
映し出された画面に、全職員がさらなる驚きの声を上げる。
「レプリロイド――――いや違う!! 何だあのパワードスーツ!? あんな速度で飛ぶなんて!?」
そこには秘蔵の発明品、開発コード『白騎士』なる名を与えられたパワードスーツを身に纏った千冬の姿があった。
彼女の目前には、束が撃ち漏らしたミサイルが猛烈な速度で向かってきていた。 束はマイクのスイッチを入れ、モニタ越しに向こう側の状況を見ながら千冬に指示を飛ばす。
「ちーちゃん聞こえる!? 今どの辺!?」
<勝浦の研究施設を飛び立って直ぐだ! 現在本土より――――何だあれは!?>
千冬の驚きの声に出迎えられるように、スクリーン上に映る太平洋の向こうから現れるは、今正に束が必死に着弾を食い止めようと躍起になって墜落させている厄介者。 映像と基地内のデータで見るに2~30基は生き残った、迫り来る核弾頭だった。
「核弾頭だよッ!! 手違いでアメリカのミサイル基地から発射されちゃったんだよッ!!」
<はあああああああああああッ!?>
「今必死こいて自爆コード入力してるけどとても追いつかない!! 悪いけどその機体で
<無茶言うなッ!! いくらなんでも速度差があり過ぎるッ!!>
「承知の上だよッ!! 一発でも当たったら誤射じゃ済まされなくなるんだよッ!! いいからやってッ!!」
抗議する千冬に無理からでもやれと強要する束。 あの機体……テスト段階で検証不十分な白騎士で、飛来する核弾頭を撃墜するのははっきり言って無茶だが、そんな事は承知の上だ。
だからこそこうして両手を忙しなく動かしながら、友人にも聞かせた事も無い罵声混じりで指示を飛ばしているのだ。 何時になく必死な今の自身の状態は、この先一生あるかどうかも分からない。 次々と墜ちながらも迫り来るミサイルの姿もあってそれを察してくれたのだろう。 千冬は無線越しに舌打ちをしながら、唯一試作機に実装していた装備である大剣を展開する。
<クッ……ああ分かったッ!! 全部撃ち落とせばいいんだなッ!? ――――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!>
雄叫びと共に、迫るミサイルに真っ向から飛び掛かった。 瞬時に機体の持ちうる最高の速度を叩きだし、剣を振りかぶって空気の壁をうち破る
そして通常肉眼では到底捉えられないであろう速度で対抗する、一番先頭に迫るミサイルに果敢に斬りかかる! ――――両断!
機体と同じ丈を持つ剣のリーチよりも遥かに大柄なミサイルを、ナイフで切り込みを入れられるバターの様に端から端までスライスされ、すれ違った頃には真っ二つに切り裂かれ、ワンテンポ遅れて空中で爆発する。
千冬は成果を我が目で確かめる間も無く、コンマ1秒にも満たない速度で次のミサイルに斬りかかる! これもまた同じ――――次々と核弾頭を斬り伏せ、起爆する事無く養生にミサイルを叩き落とす
他の職員が感嘆する間にも、束と千冬は人並み外れた戦果を挙げていく。 一発でも当たれば即終了、失敗は許されない未曽有の危機を当人らの必死の努力によって、恐るべき暴力は残り2基と相成った。
そして、互いに最後となる束のコード入力と千冬の剣の一振りが、それぞれのミサイルに叩きこまれ――――日本のみならず、世界に降りかからんとした災厄は払われた。
「な、何とかなった……危なかった……マジヤバかった」
<はは……機体が熱い……。 全身から煙を吹いてしまっているよ>
「束さんもだよぉ……」
職員同士の歓声と抱擁に満ちた祝勝ムードの管制室において、束は端末に突っ伏して首を横を向きながら、モニタに映る千冬こと白騎士は宙ぶらりんに項垂れながら、共に体の至る所から文字通り煙を吹いていた。 いろんな意味で
「やってくれたな束君! それとテストパイロットの――――誰かは分からないが……それよりもだ、まさか日本があんな隠し玉を持ってたとは驚きだ!」
「篠ノ之束……ここにいる彼女の発明です。 名付けて『
「確かに! 重力を無視してあれだけ飛び回れるとは、素晴らしい性能だ! 中のパイロットも含めてな!」
いつの間にやら管制室に戻ってきた大統領とJAXA所長。 2人はモニターに映る白騎士を見て満足そうに頷いた。
束としてはこのままひと眠りつきたい所であったが、耳についた大統領の声に苛立ち紛れに呟かずにはいられなかった。
「よくぬけぬけと褒めちぎれたもんだね……私はまだ
<……ところでだ束>
ふと千冬が尋ねてきた。
<よくアメリカのミサイルが日本に目掛けて飛んでくるなんて知る事が出来たな? 誰からの情報だ?>
彼女からの問いかけに束は心臓を鷲掴みにされる思いをした。 命中を防ごうと躍起になっていて頭から飛んでいたが、そもそもミサイルが発射されたのは、元を正せば大統領のスイッチの管理が杜撰だったからだが、結局自分がトースターに八つ当たりしたはずみだった事実に変わりはない。
単純に核兵器を斬り伏せたくだりだけならまだしも、事件の全貌なんて迂闊に口走れば自身と白騎士の経歴に汚点を残しかねない。 どうやって言いくるめたものか束は苦慮していた……そんな時であった。
白騎士の背景に映る陸地の方から何隻もの中型船がこちらに向かっていた。
「あれは海上保安庁の巡視船だな。 どうやら今になってようやく動き始めたらしいな」
所長が画面に映る船を見て言った。 日本に飛んできたミサイルが次々と洋上に墜ちたのを調査しに来たのだろうが、予告なしのいきなりの発射に対しては中々に早い対応だ。
そうなるとミサイルを撃墜したこの白騎士も、勿論補足されているかもしれない。 現物を直にみられる前に早く撤収するよう、千冬に求めようとした辺りで異変は起きた。
関節から煙を噴いていた白騎士だが、背後から爆竹を破裂させたような小さな爆発が起きた!
「へっ?」
突然の出来事に間抜けな声を上げた束を切っ掛けに、お祝いムードにあった職員達が一斉に沈黙、皆してモニターに目を奪われた瞬間――――
<お、おいどうした――――うわっ!? 何だこれは!!>
白騎士が撤収するどころか、今正にヘリが飛び立とうとしている調査船の一隻目掛けて突進していったのだ!
束が驚く間もなく、白騎士は大剣を振りかぶりヘリコプター諸共船を攻撃! 乗組員にこそ直撃しなかったが、船とヘリは爆発炎上し乗員全てが海に放り出されてしまった。 白騎士は彼らに構わず次なる標的に襲い掛かる!
「ちょっとちーちゃんッ!! 何してんのッ!?」
<こっちが知りたいぞッ!! 機体が暴走して全く言う事を聞かないッ!! ――――バカやめろ!! よせえええええええええええッ!!!!>
束一同、騒然となる。 白騎士は煙を上げながら、ただミサイルの破片を回収しに来た罪なき船を両断する。 必死でパイロットの千冬が抵抗するも、時折空中で動きを制止する程度で完全に白騎士の動きを止めるには至らない。 正に焼け石に水だった。
次々と無慈悲に船を沈めていくその光景に、否応なしに先程ミサイルを次々と斬り伏せていった姿と重ねて見てしまった。 人類を高みに導く
「……折角助かった同胞を斬り捨ててるぞ? 日本人はクレイジーだ」
「束君! これは一体どういう事なんだ!?」
驚き呆れる大統領の呟きの後に、背後から所長が束の両肩を掴んで捲し立てる。 振り返った先にある彼の目は見開かれ、荒ぶる声色からは焦りの色が滲み出ていた。
彼は束の性格については危うさを感じていたものの、その英知や極めて高い技術力、そして技術屋としての志そのものについては全面の信頼を寄せていた。 だからこそ彼は保護者として後ろ盾にはなってくれてながら、IS開発の権限については彼女自身に一任していた。
そんな彼に対し、極度の人間嫌いなりに抱いていた恩義を裏切りかけている。 束は目の前で繰り広げられる、自慢の発明品が織りなす大量破壊に混乱していたが、その原因はあっさりと思い当たった。
熱暴走――――なんて事はない、機械にありがちな初歩的なトラブルである。
そもそもがこのIS、実働テストを始めたばかりで設計面の洗練などされていない。 むしろ周りからは苦言を呈されてもガン無視を決め込みつつ、これでもかと言わんばかりにやれ装甲や耐弾性能の強化など、排熱なんて2の次で各種機能を突っ込みまくった記憶がある。
無論故障のリスクは高まるが、そう言った面を含めてデータ取りをするつもりだった為、彼女は問題視などしていなかった。 そんな物を今回の様に、非常時にいきなりぶっつけ本番で限界を超えた稼働状況に置かれれば、何らかの不具合が発生するのは当然であった。
言わば良かれと思った事が全て裏目に出た訳だが……気付いてしまった瞬間、束の中で何かのネジが飛んだ。
「ふっふふっ……」
目も当てられない惨状に立て続けに巻き込まれた可笑しさからか、束の腹の底から変な笑いが込み上げてくる。
「ふはは……あははははは……!!!!」
額に手を当て、余りの可笑しさに笑い出す束の異様さに気付いた所長が、慌てて彼女から手を放す。
どうしてこんな事になってしまったんだろう。 束はかつて思い描いていた。 自分の能力はおろかISの理念さえ認めなかった連中に対し、圧倒的性能とかつてない汎用性。 何より、遍く星々の煌く宇宙を自在に飛び回れるこの白騎士を引っ提げ、堂々と見返してやりたいと言う野望に近い夢を抱いていた。
それをたかがトースター一つの為に大惨事になりかけた上に、自慢の発明品の暴走と言うやらかしをしてしまえば、最早このISを華々しくデビューさせるなんて事実上不可能であった。
出来れば核のボタンを置きっぱなしにした大統領を責めてやりたいが、このまま全てが明らかになれば、白騎士はオムニ社のポンコツ並みとか、自分にもトースターで核を誤射した女のレッテルを張られてしまう。
襲い掛かるミサイルを全て斬り伏せ、周りの船舶をも沈めた事実を認めながら、トースターに意図した設計ミスからの大暴走と言う汚点を包み隠す方法――――実は、束はそのやり方について一つの結論にたどり着いていた。
これを行ったが最後、最早自分は2度と後戻りはできないだろう。 しかし束にとって、自分のキャリアにケチがつく事だけはどうしても許容できなかった。
故に彼女は決断した――――例え天才の2つ名が『天災』に変わろうとも。
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第22話
「あーあ、折角パニクったフリまでして場を盛り上げてやったってのに、こんな土壇場で機体を暴走させちゃうなんて。 私もまだまだって所かな☆」
「……束君?」
破壊活動を繰り広げる大型モニターの映像を背景に、職員達に振り返った束はうって変わり、おとぼけた様子で自らの頭を小突いて見せた。
目の前で繰り広げられる惨事と裏腹に、いたずらっ子の様な仕草を振舞う彼女の姿はどこか狂気的に見えたであろう。 JAXA所長をはじめとする大勢の人々に困惑の色が滲み出る。
「まーだ分かんないかなあ? こんな事もいちいち説明しなきゃなんないから、頭の悪い凡人共は困るんだよ♪」
片足を軸にくるりと一回転、おどけて回ってみせる束。 それでいて冷酷に見下すような物言いに対しても、束から醸し出される異様な雰囲気に飲まれ、職員達は一言も言葉を発するが出来ずにいた。
固唾を呑んで次の言葉を待っていると、変わらずどうという事は無い口ぶりで束は語った。
衝撃の告白に、一同どよめきが走った。 その時丁度、モニター内の白騎士が最後の一隻に特攻し、自機諸共船を沈めた瞬間であった。
「凄かったでしょ? 本当はいっその事全世界のミサイルも発射してやりたかったんだけど、流石に物理的にアクセスする方法が無くって妥協しちゃったんだ♪ でも、これでISの性能の凄さが皆には伝わったでしょ?」
「な、何を言っているんだ……ISの性能の凄さとは、まさか!!」
「うんうん♪ 流石に所長さんは気づいてるみたいだね♪ ミサイルを発射したのも、ISをけしかけて撃墜させたのも、全部束さんがISを世界に知らしめる為に仕掛けたマッチポンプなのだ!」
所長の表情が凍り付いた。
「……それは、本気で言ってるのか?」
「同じ事言わせないでよ♪ ぶっちゃけまあ、ミサイルが仮に日本列島に命中した所で知ったことじゃないよ! どうせ日本に住んでる連中なんか、私があるべき人類の未来なんか説いたって聞く耳持たないアホッタレの無能揃いなんだし! 何だったら、アンタ達も私のISの恐ろしさでも味わってみる? ちょっと海に沈んだ程度ならすぐ呼び戻せるよ♪」
職員たちが一斉にたじろき、所長は青ざめて身を震わせる。
彼なりに束を信じて任せてきたであろう気持ちを、一歩間違えればただ事で済まないミサイル発射と言う形で、平然と最悪の裏切りで踏みにじる。 それどころか自分にたてつくようなら、あの船もろとも沈んだはずのISをこちらにけしかけてやると伝えると、絶望の色に染め上げられた所長は膝から床に崩れ落ちた。
周りの職員に介抱され、その他職員は束に対して怯えの感情の籠った目つきで見ていた。
対して束はすっかり得意げになっていた。 自らの発明にケチをつけられたくないという一心から、半ばヤケクソじみた開き直りにより、ありもしないマッチポンプをでっちあげてみたものの、先程のミサイルや巡視船を沈めた白騎士の働きもあって、まんまと相手を信じこませる事が出来たようだ。
そう、彼女はこれら一連の行いが全て、ISのお披露目の為だと嘘をつく事を選んだのだ。
半ばというよりは明確にヤケクソじみた行いであるものの、自分でも信じられないような畜生の鏡のようなセリフが流れるように出てくる事は、束自身をしても驚きであった。
まあ自分を認めてこなかった日本の学者連中が、一度痛い目を見ればいいと思っていたのは紛れもない本音であり、ここぞとばかりに恨み節をぶつけているのには違いはない。
このままもっと話を大げさに振舞い、基地の爆破をほのめかしたり、ISを使って世の中を好きに引っ掻き回せるとでも思わせておけば、相手はおのずと自分にひれ伏すだろうと彼女は思っていた。
それこそが多感な中学生にありがちな、乱暴に言えば誇大妄想だと彼女は気づかなかった。 どうせ子供だから仮に嘘がばれても、悪戯で済まされるだろうと言う甘い考えもあった。
ISにケチがつく事を恐れるあまり、土壇場で偽悪的すぎるハッタリをかます事が、今後の彼女の命運を分ける切欠となろうとは。
「束君。 私は非常に残念だ」
今まで黙って話を聞いていた大統領が口を開いた。
「君がまさか、自らの功名心の為に犠牲を厭わない性格だとは思わなかった……君を信じてきたJAXAの所長には悪いが、私はしかるべき対応を取らなければならない」
大統領は右手を掲げて指を鳴らす。 すると開かれっぱなしの管制室の入口から、武装したレプリロイドの警備員が6人ほどやってきた。
「子供のいたずらにしては度が過ぎているな――――彼女はミサイルを発射しようとしたテロリストだ!」
「え?」
銃を構えてにじり寄る警備員たちに束は面食らった。 大統領とてスイッチを置き忘れた落ち度だが、まさか警備員をけしかけて子供相手に武器を突き付けるとは、この時の彼女は思ってもいなかった。
「やだなぁ。 こんなちょっとしたジョークでマジになるなんて大人気ないんじゃない?」
「戯れでミサイルを発射されては困るんだよ。 うっかりミスではなく故意に撃ったとなれば、私とて擁護のしようがないな」
余裕ぶるも上ずった声で頬を引きつらせる束に対し、大統領はいかにも悪そうに不敵に笑った。
「私にも管理が甘かった落ち度はある。 が、まさか発明のお披露目の為に、この私から核のスイッチを盗み出そうとは不埒極まりない。 彼女の脅しに……我々はテロリストには屈しない。 たとえ子供相手でも容赦はない」
「ぶっ!! ちょ、ちょっと待てオッサン! 盗むも何もアンタがスイッチを置き忘れていくからじゃない!!」
どさくさ紛れに自分の落ち度を押し付けてくる大統領に対し、束は焦り声で反論する。
「スイッチを忘れた? 私がそのような大事な物を無くすとでも言いたいのかね?」
「嘘つけ!! 自分ではっきりそう言ったじゃない!!」
「どこにそんな証拠があるのかね。 第一そうだとしても、君がスイッチを押したのは事実だろう?」
「んがッ!!」
無論、束が苦し紛れにつき始めた嘘だとはその場に一緒にいた大統領は知っている。 知った上で大統領は彼女の嘘を後押ししているのだ。
彼女は失念していた。 例え根拠のない嘘だったとしても、土壇場で余計な事を口走れば言質を取られてしまうと言う事を。
発射されたミサイルを慌てて撃墜するまでは良かったのだが、自慢のISにケチがつく事ばかりを恐れ、悪の天災科学者を気取る事が自分の身に何をもたらすのか、信じられない話だが彼女は全く理解していなかった。
やってもない事をやったというだけでも罪に問われかねない。 言うまでもなく当たり前の話なのだが、束があまりに対人に疎く、やっかみと叱責を区別する術を持たなかったのは不運と言う他無い。
して、トースターの誤爆を包み隠すついでに、あわよくば相手をビビらせてやるつもりが、予想外の反撃を食らい束は泡を食った。
「ほ、ほんの軽いジョークじゃない……どうしてここまでされなきゃいけないのさ! 私は天才束さんだよ!?」
「同じ事を言わせないで貰いたい。 戯れでミサイルを発射するなとな……逮捕されて当然の事をしているのだよ? 例え天才科学者であっても!」
「だから!! ジョークなのはミサイルを故意に発射した部分だって――――」
「下手な言い逃れは止めたまえ!! 吐いた唾を飲み込めると思ったら大間違いだ!!」
束は周囲を見る。 大統領の堂々とした態度に対して弱気になってしまったからか、職員達が怯えから一気に彼女への激しい敵意を孕んだ鋭い視線をぶつけていた。 それどころか彼女を逃がすまいと周囲を取り囲んでいる。
彼女に突き刺さる怨嗟の視線は、かつて平然と無視してきた学生時代の生徒や、教師達の妬みの籠った目つきとは訳が違う。 明確に恨まれるだけの理由が篭った、文字通り人を射殺すような視線。 正に針のむしろに立たされた気分だった。
こうなると最早、言葉を翻して正直にうっかりミスを認める事も出来ない。 完全に自業自得である。 こんな事なら、つまらない見栄なんて張らなきゃよかったと痛感するが、時既に遅し――――
篠ノ之束……大統領命令により14歳にして、アメリカのミサイル基地にて拘束される。 後にこの事件は『白騎士事件』として大々的に報道される事になった。
「はうあッ!!」
悪夢にうなされた束が飛び起きたのは、既に深夜を回ってからの事だった。 自分の身体を見ると華奢な中学生の物ではなく、胸や腰のふくらみもある大人の身体に戻っており、夢の世界から帰ってきたのだと実感した。
額の脂汗を拭い、暗がりの中で指針に緑の夜光塗料が塗られた時計を見ると、時刻は2時ジャストをさしていた。 動悸が高まり、嫌な汗に包まれた最悪の寝覚めだ。
夢を通して思い出した『白騎士事件』を束は苦々しく思っていた。 ミサイル基地での拘束から当局に身柄を引き渡された後、米大統領は大統領の声明によって公に晒された。
束がJAXAの職員だった事もあって見事に国際問題に発展し、アメリカは日本に対しこれらの件を外交カードとして、ISの取り扱いに関する『アラスカ条約』を締結させた。 表向きは軍事利用を禁じるなどの平和的な条約だがお題目のみであり、ISの開発で培った技術関連の無償譲渡に、教育機関設立の負担、今後生産されるコアの所有権は全てアメリカが独占するなど、極めて不平等な条約だった。
その間束と言えば司法取引により、アメリカ国内の研究施設に移送された後、ほぼ軟禁に近い状態で初期ロットとして約2000個近いISコアの製造を命じられた。 最初はISが普及する為と言う事で泣く泣く我慢していたが、自由奔放を望む彼女が行動を監視下に置かれるのは耐え難い事であった。
そんな束が467個目のコアの製造を終えた時、ある大事件のどさくさに紛れて脱走を図ったのは、至って自然な事であった。 歴史上初となるイレギュラー『シグマ』の引き起こした、大規模なレプリロイドの反乱である。
混乱の最中、束は逃げ出すついでに初期生産分のコアの大半を、アメリカ政府の手垢がつく前に諸外国へ流出させ、ライセンス料で一儲けしようとした彼らの目論見をくじくと共に、騒乱によって生じるレプリロイドへの信頼の悪化を見越して、ISの普及と技術の発展を促そうとした。
しかし彼女の狙いは外れた。 何と騒乱発生から間もなくして、イレギュラーハンターであるエックスがさっさと事件を解決してしまったのだ。 ロックマンの後継者たる彼が身内の不始末を片付けた事で、世間のレプリロイドに対する関心は余計に高まる事となった。
それでも束はめげずに、頃合いを見てはISの優位性を伝える為、先の『白騎士事件』の話を盛ってネットの海に放流し関心を集めようとした。 成果は芳しくなく、それどころか事件そのものが束の手を離れて段々と大げさに膨れ上がるばかりであった。
曰くミサイルは全世界の物をハッキングして計2341発同時発射された。 白騎士をほかくにやって来た戦闘機207機、巡洋艦7隻、空母5隻、仕舞には監視衛星8基を撃墜した。 等と、どう考えても与太話以外の何者でもないが、実際にデマを流して情報弱者を釣ろうとする連中のおもちゃにされただけであった。
今日に至るまで、束は事ある毎に事件を起こして関心を得ようとするも、毎年恒例のお祭りの如くシグマが世界規模の反乱を起こしては、それをエックスが解決するという図式に振り回され続ける事となる。 彼女がレプリロイド嫌いになる最たる理由であった。
ISは最先端技術の一翼を担う存在でありながら、知る人ぞ知るマニアックな存在となる運命を余儀なくされた。
「……何で昔の夢なんか見るんだよ。 忌々しい」
束は深くため息をつく。 こんな事になるならつまらない嘘などつかなければよかった……とはならない。 親が子を守るように、自分の作品を何があっても守り抜くのは当然の事であると考えていたからだ。
結果については受け止めなければならないとは思えど、イレギュラーにこっぴどくやられても、まだレプリロイドに固執しようとする愚かな連中に迎合するつもりなど1㎜も無い。
思い通りにならないこの世界を変え、遍く篠ノ之束の天賦の才と英知の結晶を知らしめる為なら、例え嘘に嘘を重ね『天災』と呼ばれてでも道化を演じきってみせる。
束は黄金色の髪を散らして隣で眠るゼロを流し見て鼻息をつくと、再びベッドに横たわり明日に備えて寝直す事にした。
「(見てろよレプリロイド! いつか束さんを徹底的に邪魔した事後悔させてやるんだから!)」
束はゼロの横顔を憎々し気に眺めながら、眠りの中へと落ちていった――――
――――と見せかけて、束はシーツから滑り出て思いっきり転げ落ちると、立ち上がり際にベッドを怒りのまま思いっきり引っ繰り返した!!
流れる様にちょっかいを出す男、復活のハンター『ゼロ』!
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チャプター5:快適な空の旅
第23話
翌朝、グランリゾート『syamu_hotel』が3Fにあるレストラン『
あれから結局ロクに寝付けなかった束は不機嫌な表情で、朝食にしては重い当店自慢のグランメニュー『カツカレー炒飯』をヤケ食いしていた。
スプーンに掬った炒飯とカレールーを、ほぼ噛まずに飲み込む勢いで半分以上を平らげる皿の隣には、既に5枚の空き皿が積み重なっていた。
「た、束……気持ちはわかるけど落ち着いて食べなよ。 体に悪いぞ?」
引き気味の声で宥めるは、正面に座るエックスだ。 束は口の中のカレーを飲み込み、透明なグラスに入っている水を一気飲みし、食道の詰まりを胃の中に流し込む。
グラスを強く置き、束は未だ収まらぬ怒りのままに捲し立てた。
「これで食わずにいられないよ! ただでさえストレス溜まりまくってイライラしてんのに!」
「全く……俺が隣で寝てたぐらいでギャアギャアと――――」
「他人事みたいに言うなよイレギュラー」
束が睨むは額を押さえるエックスの隣に腕を組んで座る、タダでさえ長い黄金色の髪が呪いの市松人形さながらに、2倍にも3倍にも伸び切った後頭部を支えるゼロの姿があった。 至極重そうに、首を後ろに傾けたりしていた。
目が覚めたら束に詫びを入れると言っていたにも拘らず、舌の根も乾かぬ内にセクハラをしに行ったゼロが、ベッドごとひっくり返される音を聞いて飛び起きたエックスに、彼が脅し文句がてらに口にした『髪を結んでベランダから吊るす』を文字通り実行したのが昨日の深夜。
吹きっ晒しの夜風に体を揺られる内にどんどん髪が伸び、今や絨毯敷きの床を引きずる程に伸びてしまっていた。 そのせいで起床の際、エックスの部屋の下層にあたる宿泊客に自殺者が出たと騒がれたり、伸びた髪を引きずって歩いた為に絨毯敷きの床の埃を巻き込んで、部屋からここに来るまでにいたずらに埃を巻き上げたり等、完全に迷惑な客と化していた。
当然のように、ゼロの隣を通りがかる客は、圧倒されたようなまなざしで地面に垂れるゼロの髪を見ては、そそくさと露骨に避けていた。
「と、とにかく……会議自体は確か今日の正午から行われるんだろ? これ食べたら早く関空に向かわなきゃな」
「そーだね! 全く、もうこんなトラブルはこれっきりにして欲しいよ――――おかわり!」
「まだ食うのか……」
エックスはため息をついた。
結局食事が終わったのは、そこから更に追加で5皿ほど食べきってからの事であった。 幸いこのホテルは、宿泊客向けのサービスで関空行きの連絡橋を行き来する無料のシャトルバスが出ており、エックス達はそれを利用する事にした。
食事も終わってチェックアウトを済ませ、いざ出発の際にホテルマン達から「またのぉぉぉぉうッ!!」と威勢のいい挨拶をされた。 シャトルバスに乗り込む際、今更ながらだが束に大きなサングラスをかけさせ、右側席の窓側に座らせて出発。
連絡橋越しの見事な景色を流し見ながら、遂にエックスは関西国際空港へとたどり着いた。
「無事って言っていいのか分からないが……とにかく到着だな」
伊丹と並ぶ大阪の玄関口と知られるここ関空では、トランクケースを持った観光客、ビジネスマン、あるいはエックス達同様外国人が行き来する、人種のるつぼと言った様相を呈していた。
エックス達が目指すのは東京……出来れば羽田空港行きがベストであったが、午前中の便における東京行は成田空港行きしか存在しなかった。
エックスとゼロの持っている2枚の航空チケットは、ここ関空から直接アメリカに飛んでいくチケットであったので、先述の成田行きの便に経由地と言う形で空き座席をあてがってもらう必要があった。
3人はロビーを歩き、指定の航空会社が運営する国内線の窓口を探す。 場所はすぐ見つかり、幸い人数はそれほど並んでいなかった為に、エックスはゼロに束を任せてチケットの件を交渉しに行った。
「……待ってる間に変な事しないよね?」
「するかよ」
隣にいるゼロを怪訝なまなざしで見る束。 立て続けにちょっかいを出された事が響いているのだろう。 2人の間には微妙な距離感が生じていた。
ちなみにバカみたいに伸びてた彼の髪の毛は、シャトルバスに乗り込む直前にきちんと適切な長さに切り揃えておいた。
して、交渉を終えたエックスがチケットを握りしめて戻って来た。 が、その表情は浮かないものであった。
「残念なお知らせがある」
エックスはため息交じりに告げた。
「滑り込みの形でチケット分の便の振り替えは出来た。 だけど束の分である3枚目だけはどうしても確保できなかった」
「ぶっ!!」
束は口からおもっきり噴き出した。 エックスの両肩をつかみ、激しく前後にゆする束。
「2人分だけ代えた所で私が乗れないんじゃ意味ないよ!! どうしてくれんのコレ!?」
「俺に言われても困る!」
「しかも出発はもう30分前だ! これを逃したらとても正午までにIS学園に間に合わねぇぞ!?」
ゼロも一緒になってエックスに詰め寄るが、飛行機の空席状況だけは流石のエックス達もどうにもならなかった。
しかし時間は刻一刻と迫っており、ゼロの言う通りこの飛行機に乗り込まなければ、乗り換えの時間の関係で絶対にサミット開始までにIS学園に間に合わない。
エックスとゼロは頭を捻った。 どうすれば束を無事に飛行機に乗せてやる事ができるか。
「鞄の中とかにそれっぽい秘密兵器とかないの? キセル乗車できるみたいな!」
「流石にそんなのは積んでないなあ――――」
束からの問いかけに、エックスはふと何かを閃いた。 鞄の中……鞄の中……。
「おいエックス! あったぞ方法が!」
ゼロも同様に方法を思いついたらしく、両手を強く叩いて見せた。
「ゼロ、俺もひょっとしたら同じ方法を思いついたかもしれない」
「なら話は早いな」
2人は顔を向き合わせてはにかむと、一緒に束の方に首を向ける。 笑みを浮かべる2人に束は首を傾げた。 2人して何を思いついたというのか、そう言いたげに。
エックスはおもむろに束に向けて鞄を突き出し、ゼロと共に異口同音に告げた。
そのあまりに突拍子のない提案に、束は柄にもなくクソ丁寧な受け答えをしてしまった。
この鞄の中には既に筆舌に尽くしがたい色々な物が入っている。 その上鞄のサイズ自体も、成人女性の束が縮こまったとしても大きさと言う面でそもそもが足りていない。
「あのね2人共。 あんまふざけてるといい加減束さんもキレたくなっちゃうんだよ。 まだその辺の乗客から航空券ギった方が現実味あるって話だよ?」
「君にそんな不正な行いをさせる訳にはいかないよ。 イレギュラーハンターとして!」
「既に強盗に加担してるんですがそれは」
「潜入捜査だからセーフ!」
束の受け答えなどガン無視で、そのままエックスは鞄を肩に下げて彼女の両手を、ゼロは反対に逆手で両足を掴み、体を浮かせる。
「ちょ、ちょっと何すんの!?」
「エックス。 あそこに多目的トイレあるぜ」
「じゃあそこで詰め込むか」
「ファッ!?」
2人して束を担ぎながら、淡々と旅行鞄に詰め込む段取りをする様子に束は驚愕する。 彼らは本気だ。
「バカ!! 離せ――――モガッ!?」
抗議の声を上げようとした束の顔に、どこからともなく取り出したビニール袋を被せ、足並み揃えて一直線に多目的トイレに向かう。
周囲の客もただ事でない様子にエックス達を注視するが、見られる事は勿論想定済みで、走りながら怪訝な眼差しを向ける人々に声を上げながら走った。
「そこをどいてくれ! こいつちょっと吐きそうなんだ!」
「気分が悪いみたいなんだ! 昨日飲みすぎて二日酔いを起こしてる!」
「モガガーーッ!!(誰が二日酔いだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!)」
視線を向ける人をどかしながら、多目的トイレの前にたどり着くと、扉を開けたゼロが彼女の足を離すなり、すかさずエックスが抵抗する彼女を強引にトイレの中に連れ込んだ。
中に入るなりエックスが扉を閉め、内側から鍵をかける音を聞くとそこにゼロがもたれかかり、中に誰も入ってこれないように見張る事にした。
遠巻きながら、ゼロ達に道を譲った人々がしきりにこちらを窺ってくる。 その時であった!
<ギエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!!>
多目的トイレの中から、束の金切り声が上がった。
<やめてエックス!! そんなとこ入らない!! んほおおおおおおおおおおおおおおお!!!!>
<男は度胸! 何でもやってみるものさ!!>
<あひぃ!! わ、私は女だ!! んぎぃ!! を”~~~~~~!!!!>
室内で大きく騒ぎたてる様子が、横開きの扉の揺れを通して伝わってくるようだ。 ゼロは扉の揺れが肩こりに聞くとでも言わんばかりに、もたれかかったまま素知らぬ顔をする。
「やれやれ。 もう少し大人しく吐けんものかな」
どう聞いても酔い覚ましに吐き戻しているような声ではないが、固唾を呑んでこちらを見る野次馬を軽くにらみながら、あくまですっとぼけて見せる。
<ンギモッヂイイィィィィィィィィィィィッ!!!!>
そして、最後に一際大きく絶叫すると、扉の揺れは収まった。 やるべき事が終わったと悟ったゼロはもたれかかった扉から離れると、直後に中から鞄を持ったエックスが満足げに出てきた。
「少し気分が悪いみたいだから、後で追いかけるって」
「そうか仕方ない。 じゃあ俺達二人で先に出るか」
2人してしょうがないような困った笑いを浮かべた。 そんなエックスの持つ鞄はパンパンで小刻みに震え、僅かに開かれたチャックからは
生唾を飲み込む周りの人々の視線に気づいたエックスは、彼らに対してにこやかに問いかけた。
「――――何か?」
ほんのわずかに影のかかったエックスの笑顔は、人々の目線を逸らさせるのには十分であった。
「……さ、本格的に人を呼ばれる前に早く行くか」
「だな。 俺達は言わば束を密航させるんだからな」
聞かれないように小声で耳打ちすると、時間も差し迫っている事からエックス達は足早に国内線の保安検査場に向かった。
エックス達が立ち去った後、成り行きを見ていた野次馬の内の一人の男が、気分が悪いからと一人残っていると言っていた多目的トイレの扉の前に立った。
……正直、答えなんて分かりきった話だが、それでも彼は確認せずにはいられなかった。 鍵は掛かっていない。 ゆっくりと扉を開けて中を確認すると、素早く扉を閉じた。
他の客が彼に様子を問いかけると、彼は首を横に振ってこう答えた。
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第24話
「いいか? イレギュラーハンター2人がやってきたら何があっても通せ」
「……それで妻と娘には手を出さないんだな?」
「それはてめぇの働き次第だな」
関西国際空港の保安検査場。 金属探知機のゲートとX線検査装置の中を人と荷物が次々と潜り抜ける中、昨日の内に空港に先回りして女性職員に扮した『亡国機業』のオータムはそこにいた。
別の場所で空港の入口を見張っていたスコールから、3人が空港の建物内に入っていったのを確認したとの連絡を受けたのがつい先程。
エックスとゼロ、そして篠ノ之博士を逃げ場のない航空機内に確実に誘導すべく、潜伏できるよう手引きさせた中年職員を連れ、彼の背中に部分展開したISの手を突き付けて脅しながら、エックス達がゲートを潜り抜けるのを待ちわびていた。
中年職員だが彼は協力的だ。 中々に家族思いなのだろう……彼が着替えていた控室のロッカーの中にあった、家族写真を片手に武器をちらつかせて恫喝すれば、自分の置かれた立場を直ぐ理解した。
「(ヘッ! つまらねぇ男だが、物分かりの良さだけは買ってもいいぜ……お?)」
温和な笑みを浮かべる外っ面ながら、心中にてガサツな言葉遣いをするオータムだが、そんな彼女の目前に2人のレプリロイドが歩いてきた。
保安検査場の通過締め切り時間ギリギリにやって来た、青と赤のアーマーに身を包む彼らは、お目当てのイレギュラーハンターであるエックスとゼロの姿だった。
「来たぜ……妙な真似しやがったらただじゃおかねえぞ」
「わ、わかった」
中年職員に釘をさすと、オータムは手慣れたもので直ぐに営業スマイルを浮かべながら、やって来たエックス達を出迎えつつ検査装置脇のモニターに目配りする。
エックス達はにこやかに愛想笑いしながら、肩に下げていた旅行鞄を検査装置のベルトコンベアの上に置いた。 見た感じ中身は目一杯に張っている以外は、合成繊維でできたただの旅行鞄のように見える。
……重量はギリギリのラインだが、きちんと機内に持ち込める基準は満たしているようだった。 2人はレプリロイド用の探知機のゲートを潜り抜けながら、鞄が気になるのかしきりにコンベアに目線を送る。 そして肝心の中身だが、真っ白で少し見えづらいが不審物は見当たらない。
後は探知機を潜った鞄を、脅している中年職員に検査させるだけ――――そう思った辺りで違和感に気付いた。
「(……あんの天災兎の科学者はどこいった?)」
やって来たのは2人。 スコールは確かに3人と言っていた。 彼女はISの感覚を司るハイパーセンサーの、それも内蔵されている高度な顔認識システムを使ってチェックを入れている。 見落としはない筈だ。
仮に篠ノ之博士がこちらに気付かれない方法で顔を隠していたとしても、エックスとゼロに身辺警護を任せてある以上は、彼ら2人から距離を置いていると言う事は考えにくい――――では一体どこへ?
オータムがゲートを通過したエックス達を、手荷物検査に取り掛かろうとする職員とを一緒の視界に入れた瞬間だった。
「ちょっと待てよ! ひょっとして鞄を開けるのか!?」
突如として、鞄のチャックに手を掛けた職員をゼロが制止したのだ。 隣にいたエックスも、焦ったように目を見開いて固まっていた。
「え? 手荷物検査ですから、鞄の中身をチェックする義務があります。 何か問題でも――――」
「問題大ありだぜ! だってそれは……その、アレだ……ごにょごにょ」
「ゼロ!」
鞄のチェックを渋りつつも言葉に詰まるゼロに対し、エックスが肩を揺らして出かかったであろう言葉を促した。 そんな彼ら2人に訝し気な視線を送る職員。
あの鞄の中に、口に出す事を憚られるような何かが入っているのだろうか? オータムもまた、不審な彼らのリアクションを注視した……その時である!
旅行鞄が突如、くぐもった声を上げながらコンベアの上をのたうち回ったのだ!
これにはオータムと中年職員も度肝を抜かれた! コンベアの機械を軋ませるほどに、跳ねる勢いで鞄の端が持ち上がる!
エックスとゼロも、2人掛かりで慌てて鞄を抑え込んだ。 それと同時に素早く周囲を見渡すオータム。 幸いエックス達が最後にゲートをくぐった客であった為、他の客には見られていない。
しかし他のゲートで締め切りの段取りに入っていた職員達は、検査装置周りで起きた異変に気付いて視線を向けてきたが、そこはオータムのとっさの機転で「何でもない」と両手をかざしてジェスチャーを送り、彼らがやって来るのを制止した。
彼らが何をしたのかは知らないが、今他の職員に横やりを入れられるのはまずい。 だが自分の目で異変を見てしまった以上は、彼らに問いかけねば却って不審に思われてしまうだろう。
鞄の中身を尋ねながらも、彼らの言い分を信じるフリをして見送ろう。 そう決意したオータムは中年職員を押しのけ、鞄を押さえる彼らハンター2人組に問いかけた。
「……お客様? 機内への不審物の持ち込みは禁じられておりますが……」
「あ、ああ……これはだな――――「ゴホンッ!」
歯切れの悪いゼロが言い淀んでいると、見かねたエックスが咳払いをして会話を引き継いだ。 エックスは左腕をなぞると、オータム達の目前にホログラムが投影される。 映し出された内容はイレギュラーハンターの身分証明証だった。
「我々はイレギュラーハンターのエックスとゼロです。 Drケインからの特命で、テロリスト達の放った追っ手の目を盗みながら、鞄の中の生体サンプルを秘密裏に輸送している最中なのです」
彼からの度肝を抜く発言に、職員とオータムは息を呑んだ。 特にオータムはテロリストと言う単語に……しかし表情に出さないように、冷静に努めて応対する。
「生体サンプル……と言いますと?」
こちらからの問いかけにエックスはしばし視線を泳がせ、こう答えた。
「新種の狂犬病ウィルスに感染した兎です」
唖然とする職員を前に、再び暴れ出した鞄をゼロが無理矢理抑え込む。 エックスはその様子を流し見ながら、毅然とした態度で言葉を続けた。
「病原菌に汚染された検体を客室に持ち込むリスクは承知しています。 しかしテロリストはいつどこで襲ってくるか分かりません。 なるべく自分の目の届く範囲で監視したいのです!」
「い、いくら何でも病原体は困ります! パンデミックの危険性が――――」
「どうかご理解ください! 発症したら最後、美的感覚が狂って年甲斐もなくファンシーな服装に身を包んだり、核兵器を海に撃ち込み愉悦に浸るロケットマンと化してしまう危険性があるのです!! 関東の研究機関に持ち込んで、一刻も早い治療法の確立が望まれています!!」
「モガアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
再び鞄が篭った叫び声を上げて大きく揺れる。 上から被さっていたゼロの身体が持ち上がりそうな勢いだったが、そこはレプリロイドと言う事もあり力づくで動きを押さえつける。 だが、職員が先程チャックを開けかけていた事もあり、わずかに開いた部分から『中身』が飛び出した。
その瞬間を、オータムの双眸ははっきりと捉えていた――――鞄の中から
「う、兎……か?」
「ッ!! おっと!」
思わず呟いたオータムの声に、鞄の中から中身がはみ出していたのに気づいたゼロが、すかさず鞄の中に押し戻し開きかけのチャックを完全に閉じた。
「アブねぇ所だった! 下手なレプリロイド顔負けなイキのいい奴なんだよ!」
「は、はあ……」
焦ったように冷や汗をかきながら、しっかりと愛想笑いは浮かべて鞄を押さえつけるゼロに、オータムは圧倒されたように気の抜けた相槌を打ちながら――――ふと考えた。
施設に入った時は3人いたにも関わらず、ゲートを潜った時から2人が警護している筈の篠ノ之博士は、未だ姿を見せる気配がない。 そして今見えた機械っぽい兎の耳に紫の頭髪、鞄の中から聞こえてくる叫び声は……よく聞けば女性の声に聞こえなくもない。
もしや――――常識外れな発想だが、オータムは気付いてしまった。
「(――――ウッソだろお前!?)」
「今は暴れてくれるな! 向こうについたら出してやるからな!」
鞄を数回軽く平手で叩くゼロを見ながら、オータムは内心冷や汗をかいていた。 自分の考えが当たっているのならとんでもない事であるが、しかし彼らを飛行機内に無事に誘導しなければ何もかもが始まらないのである。
「いくら事情があっても、こんな密封もロクにされてない様なの通す訳にはいきません! せめてDrケインに確認を取らせて――――」
エックス達の要求を突っぱねる職員の背中を、オータムがすかさずISを部分展開した爪先を彼の背中に突き付ける。 余計な事をするな! と言わんばかりにオータムは鋭い爪で背中をなぞり、言葉を失った職員はさぞかし恐ろしさを感じているであろう、生唾を飲み込んだ。
「……事情は理解しました。 こちらで確認を済ませておきますので、どうぞお進み下さい」
展開した腕周りは職員の身体に隠れて彼らからは見えない。 しかし急に会話を打ち切った彼にエックス達は一瞬目を丸くしたが、束の間を置いて額で汗を拭うような仕草と共に一息つき、今度はゼロに鞄を担がせ検査場を離れる。
去り際にエックスは彼らに振り返って敬礼し一言。
2人揃って何食わぬ顔で去って行った。 後に残されたのはオータムと職員のみ、成田行きの便の保安検査は締め切られ、他の職員達は次の便の準備に備えて人員を交代しはじめる。 その際にオータムもどさくさに紛れて職員の背中をつつき、彼を連れてスタッフの控室へと向かった。
扉を開けさせ、電灯がつけっぱなしの室内に誰も居ないのを確認すると、2人して中へ入り扉を締め切った。
「こっちを向け」
オータムの要求に職員が恐る恐る従って振り返ると、その瞬間にオータムはISを展開した腕のままでみぞおちに一発!
「ごほっ――――」
死ぬような一撃は加えていないが、痣の一つは出来たであろう衝撃に職員は昏倒する。 床に倒れ込みしばし痙攣していたが、やがて気を失ったのか指先一つ微動だにしなくなった。
オータムは舌打ちをして悪態をつく。
「勝手な真似してんじゃねぇ。 何があっても通せって言ったろ」
ちょっとしたアクシデント……とは言っても、ほぼ向こうの落ち度ではあるが、余計な手間を掛けさせられた苛立ち紛れに職員を殴ったオータムは帽子を脱ぎ捨て、中で団子状に丸めていた燈色の髪を解き放つ。
それにしても、あんな方法で篠ノ之博士を周囲の目から隠すとは……確かに篠ノ之博士は世間一般ではお尋ね者なのだから、ホテルの送迎バスから降りてきた際に身に着けていたらしい、サングラス1つの変装では心許なくはあるが……まさか
手荷物など絶対に中身を確認される訳だが、まさか自分達に言ったようなDrケインとやらの特命で誤魔化す算段だったのだろうか? 検査場の職員に扮する自分が強引にパスさせなければ、とてもあんな苦しい状況を切り抜けられたとは思えない。
「……とんでもねぇ野郎だ」
色々な意味で手ごわさを感じたオータムが吐き捨てるように呟く。 すると、ISの
スコールだ。 彼女は入口でエックス達の動向をチェックした後、現在はCAに化けて彼らの乗り込む飛行機に先回りしていた。
<こちらスコール。 例のイレギュラーハンター達が機内に入ったわ……篠ノ之博士は?>
彼女も、篠ノ之博士の姿が見当たらない事に疑問を呈しているようだった。 自分の目で3人いると確認したのだから尚更だろう……オータムはため息をついて答えた。
「篠ノ之博士ならあいつらの鞄の中にいるよ」
<――――は?>
スコールはオータムの言っている意味を理解しかねているようだった。
<……貴女が何を言ってるか分からないわ?>
「文字通りの意味だよ。 とにかくそろそろ出発だろ? 私もISで後を追うから、時が来るまで待機しといてくれ……OVER」
<ちょ、ちょっとオータム――――>
一方的に回線を打ち切り、ため息をつくオータム。 自分だっておかしな事を言っている自覚はあるが、この目で本当に篠ノ之博士を鞄の中に詰め込んでいた現場を目撃したのだから、見たままに伝える以外に他はない。
恐らくスコールは、自分の言ったことの意味を理解した瞬間度肝を抜かれるだろうが、できる限り現状を伝えたのだから文句を言われる筋合いはない。 後はせいぜい、しかるべきタイミングで騒ぎを起こしてくれるのを祈ろう。
オータムは自分の相方が上手くやってくれることを信じ、気絶させた職員を置いて次なるステップに向かった。
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第25話
兎のコスプレした女性を無理から詰め込んだり、特に卑猥なアダルトグッズと同じ鞄に入れて巧妙に偽装したりしないよう、ご協力をお願いします。
紆余曲折あったものの、何とか成田行きの飛行機に搭乗できたエックス達。 鞄を荷物入れの中にしまって幅の広い4列シートにてゼロを窓際に、自身が通路側に陣取る形で着席した。
そして飛行機は定刻通り離陸して30分が経過、雲の上の景色を楽しみながら無料サービスのドリンクを片手に、到着までの時間を余裕をもって過ごすのみとなった。
「これで後は成田にさえつけば」
「ああ、電車とモノレールを乗り継げばそこから1時間でIS学園に到着だ。 何とかサミット開始までに間に合いそうだ」
「何事もなければ、ね」
エックスは頭上の荷物入れの中にしまい込んだ鞄の中の束に視線をやる。 かなり無理を言って検査場を通り抜けたものの、その為にケイン博士の名前まで使ってしまったのが気がかりであった。
後で当局から来るだろう問い合わせによって、確実に迷惑をかけてしまうかもしれず、今からその事を考えると少し気が重かった。
「……悩んでても仕方がねぇ。 俺達はやれるだけの事はやったんだ。 あのジィさんからの文句は後で考えろ……あ、すまん。 コーヒーを一つくれ」
「かしこまりました」
エックスの不安を見透かしたように言葉を口にするゼロ。 しかし、本気で怒ったケイン博士の恐ろしさは身に染みているだけあって、それを後回しにして考えるのは中々に難しい話だった。
よく見ればゼロもどこか浮かない表情であり、ドリンクの入ったカートを押す
白人女性と思われる金髪の麗らかなCAは嫌な顔一つせず、溜まりに溜まったゼロの空の紙コップを回収し、その場で熱々のブラックコーヒーを新たに注ぎ、ドリンクホルダーに置いて去っていった。
……割り切ったフリはしているものの、やはりゼロもケイン博士からの叱責を恐れているのは、さっきからしきりに飲み物を要求する様子から想像に難くはなかった。
「(束もその口だもんな……いずれ年を取って怖い人にならなきゃいいけど)」
同行する束こと篠ノ之博士も、科学者であると同時に体力面でも優れている。 今回の旅でさぞかし嫌な目に遭っているが、元々奇抜で過激な一面のある感性の持ち主であるだけに、これを切欠に変な方向にブレでしまわなければ良いが。
まあ、彼女の身柄をサミットまでにIS学園に送り届ければ、晴れて彼女は無罪放免。 堂々と日の下を歩ける人間になれるのだから、今度こそ真っ当な道へと進んでくれればそれでよいとエックスは思った。
して、何事もなくフライトは続いたに見えたが、ドリンクを配り終えて手ぶらで引き返してきた金髪のCAが、エックス達のいる席の列に通りがかったその時であった。
束入りの鞄を収めているエックス達の頭上の荷物入れが、突如として機体が乱気流の中にでも入ったかのように、大きな音を立てて揺れ始めたのだ!
これにはエックス達はおろか、隣にいたCAや周囲の他の乗客も、驚きを隠せない様子で一斉に荷物入れの方に目を奪われた。
「(おいエックス! あいつ暴れてるぜ!)」
「(くっ! やはりあの鞄のサイズに、1時間以上も詰めっぱなしにするのは無理があったか!?)」
「……お客様?」
騒ぎ始める乗客に対し、CAはプロらしく冷静な態度でこちらに話しかけ始めた。
「何か、鞄の中に大きく音を立てたり振動するような物を入れてはおられませんか?」
「え? ええ……ひょっとしたら、うっかり目覚まし時計のスイッチか何かが入っちゃったのかもしれません! この隣にいる赤いのが寝起きが悪くて、ベッドひっくり返さなきゃ起きてこない時もあるほどなんですよ!」
「は、はは! 実はそうなんだ! 荷台で鳴らすとここまで大きく揺れてしまうとは思わなかった! 迷惑かけちまった! 正直すまんかった!」
自分でも相当に苦しい言い訳をするエックス。 勿論CAは微笑みを崩してはいないものの、その眼差しに疑いの色が滲み出ており、あくまで他の乗客の為に冷静に勤めているだけに過ぎない。
CAはひと呼吸間を開けて、次のような言葉を述べた。
「お客様、荷台が激しく揺れるような目覚まし時計は他のお客様のご迷惑となります――――つきましては大変恐縮ですが、一度手荷物をこちらの方で預からせて戴いてもよろしいでしょうか?」
エックスとゼロの背筋が凍った。 不気味ささえ感じさせる穏やかな口調だが、これはもう要望ではなく実質命令だろう。
――――これはまずい!! 今鞄を渡すような事があれば、確実に
周囲の乗客が向けてくる怪訝な眼差しも気になって仕方がない。 だからと言って
「いえいえ! それには及びません! 今ここで電池を抜いておけば動き出す心配はありませんから! 他の皆さんにもご迷惑おかけしました! ははっ!」
こうなっては、エックス達には笑ってしらを切る以外にやる事がない。 内心冷や汗物だが平謝りしつつも相手の要求を拒み、立ち上がって荷台を開け、小刻みに震える中の旅行鞄を取り出そうとする。
「そうですか、それでは仕方ありませんね」
震える鞄に両手を添えた時、CAの声色が変わった――――次の瞬間だった!
背中を通してただならぬ気配を感じ取ったエックスは、CAへ振り返る事無く鞄を掴んで横っ飛び! ゼロもまた瞬時に、空のコップを置いていたトレイを押しのけ、背を預けていた椅子から飛び上がる!
――――ゼロの肩が前席の背もたれにぶつかり、トレイの空の紙コップが地面に落ちるよりも先に、エックスごと巻き込むつもりだっただろうCAの腕が、ゼロが座っていた椅子に勢い良く突き刺さった!!
突然のCAの狼藉。 それも生身の女性にはありえない一撃で優等席を破壊するその様子は、エックス達の様子を窺っていた乗客達に悲鳴を上げさせるには十分過ぎた。
「……乗客への対応にしちゃ、随分と乱暴なやり口だな」
突き刺した腕を引き抜くCAを憎々しげに見つめるゼロ。 抜き取られたCAの腕は、きっちりと着こなされた長袖の制服の上から、鋭い爪先を持つ機械仕掛けの腕へと変化していた。
エックスとゼロには、その腕が何なのかは瞬時に見当がついた。
「――――ISか!?」
攻撃を避けて通路に出たエックスが、CAの次の出方を窺いながら鞄を右脇に抱えて身構えた。 突然の、それもISによる攻撃は……まさか!
「……最近はマナーの悪い客も多いわ。 指示に従わないような手合いには――――」
口元を釣り上げながらエックスの方を振り向くCAの両腕――――ISを展開した右腕とそうでない左腕の中が光を放つ。 瞬きする間に両側にISの腕が装備され、それぞれの手には大がかりな拳銃が握られていた。
「力づくでも搭乗を拒否しなければいけないもの」
片方をエックスに、もう片方をゼロ……ではなく、明後日の方向にある窓ガラスに向ける。
「おっと、イレギュラーハンターのゼロ……だったかしら? 私のハイパーセンサーは背を向けていても、しっかりと貴方の動きを捉えているわ。 下手な真似をするなら航空機の壁に穴を空ける羽目なるわよ?」
乗客にどよめきが走った。 高度を飛ぶ航空機の内部は与圧されているだけに、もし一か所でも風穴が空こうと言うものなら、そこから機体は一気に亀裂が走り、大穴が空くと同時に空中へと吸い出されてしまい、最悪機体そのものが空中分解しかねない。
ゼロは避けた後の姿勢のまま迂闊に動く事ができなかった。
「……そうか、お前が『亡国機業』か!」
「あら、伝説のB級ハンターに名が知られているとは光栄ね。 私は『スコール』……ご察しの通り『亡国機業』の実働隊を率いているわ」
「俺達を狙う目的はなんだ!?」
エックスが問いかけると、CA……もといスコールと名乗った女は肩を竦めた。
「分かり切った話でしょう? 『そんな真似』までして彼女の身を隠すなんて……その旅行鞄をこちらに渡しなさい」
「断る!」
エックスの抱える旅行鞄に手を差し伸べるスコールの要求を、一言で突っぱねる。 当然だ。 この鞄の中には束が入っている。 ISを犯罪に用いる手合いがその生みの親を狙う理由など一つしかない。
即答するエックスに対し、スコールはそう来ると分かっていたと言わんばかりに目を細めた。
「機を人質にとられてる割には随分強気なのね……それならこれはどうかしら?」
スコールはガラスに向けていた方の手を耳元にかざす。
そして高らかに叫んだ次の瞬間――――機体の左側面で大きな爆発音が大きく機体を揺らした。
乗客の悲鳴、揺れ動く機体、荷物入れの蓋が開いて乗客の私物が通路に散乱する。 ゼロも席にしがみついて腰砕けになり、エックスもその大きな揺れに思わず鞄を落としてしまった。
この揺れ方は乱気流によるものではない、もっと激しく致命的な何かが機体を襲ったのだ。
――――あれを見ろ!! 左側席の窓側にいた乗客の一人が窓の外を指さした。 全員がつられて見ると、視線の先には無残に破壊され燃え盛るエンジンの残骸の姿が見えた。
幸い主翼はへし折れずに済んだが、エンジンからの爆炎が瞬く間に燃え広がる勢いであった。
「――――貰った!」
エックスもそちらに気を取られた瞬間、取り落とした鞄をスコールに拾われてしまった。
「しまった!!」
慌てて取り返そうとするが、スコールが素早く数発IS用拳銃をエックスの体に放つ。 貫通こそしなかったが、青いアーマーに数発大きな凹みを作りながら、エックスは後方へと吹き飛んだ!
「ぐはっ!!」
「エックス――――」
ゼロも通路に飛び出してスコールを取り押さえようとするが、スコールはそれを見計らったように素早くゼロの足に銃弾を1発!
「ぬおっ――――」
飛び掛かる勢いのまま膝を砕かれ床に倒れこむゼロを、スコールは嗜虐的な笑みを浮かべ、硝煙の立ち上る銃口に息を吹きかける。
「スキだらけね、伝説のハンター2人が聞いて呆れるわ……鞄は頂いていくわよ」
「く、こんなところで……!!」
「クソッタレ! ざまあねぇぜ……!!」
鞄を持ったまま悠々とゼロの傍を通り過ぎるスコールを、身を起こすエックスとゼロの2人は憎々しげに睨みつけるしかできなかった。
余裕の表情で搭乗口へと続く通路を歩いて去っていく彼女を、このまま見送る羽目になるのか……そう思った時であった。
「全く拍子抜けね。 この程度の不意打ちにやられるようじゃ、正面切ってエックスを倒したと示しがつかない――――ん?」
彼女が奪った旅行鞄だが、しきりに揺れる様子が気になって目をやってみると、エックスが手に取っていた時には閉じていたファスナーがいつの間にやら開いていた――――次の瞬間、空け口からドライバーを握った女性の腕が飛び出した!
「なっ!?」
腕はスコールの背中を一突きした! ドライバーの切っ先が生身に触れた瞬間、搭乗者を守る為の防御機能で展開されていなかった胴体部分が瞬時に待機状態を解除! 物理的にISの装甲が出現するもののドライバーの切っ先は、展開された装甲部分に突き刺さる!
突き刺さった手ごたえを感じたのか、腕はドライバーを横に捩じってISの脊椎にあたる出っ張り部分を抉る。 するとどうだろうか、スコールの身を包んでいたISの装甲がひとりでに剥がれ、待機状態で展開されていなかった肩のスラスター部分や脚部までもが現れ、地面や椅子に座っていた乗客達の体に降り注いだ!
「しまっ――――」
ISの強制解除――――降り注ぐ重たい部品に乗客達が身を庇い、ISを容易く引っぺがされたスコールが驚きの声を上げる間もなく、鞄の中からその
「ぶぺっ!」
鞄から飛び出すも地面に倒れこむは、兎の耳のヘアバンドを被ったドレス姿の女性……篠ノ之束の姿だった。 周りの人々にとっては驚嘆の連続だろう。
「た、束……!!」
「おおおおお……し、死ぬかと思った……!!」
エックスがその名を口にした彼女だが、サイズの合わない鞄に無理矢理詰め込まれたのが堪えているのか、うつ伏せでやっとこさ両手をついて立ち上がろうとしているものの、息も絶え絶えで身を震わせるばかり。
その光景に目を奪われた人々は、皆一様に言葉を失った。 床に散らばった大人のおもちゃに取り囲まれ、異様な雰囲気を醸し出していた。
身じろぎするスコールの表情には焦りの色が浮かぶ。 このまま連れ去るつもりだった束にISを解除されただけでなく、鞄の拘束を逃れて外に飛び出してきたのが大きかった。
「……よくも好き勝手やってくれたね。 この束さんを舐めたツケは大きいよ」
幽鬼のようなおぼつかない足取りでゆっくりと立ち上がる束。 顔の上半分に影がかかり、目つきを見る事は叶わない。
しかし彼女の震える唇が、正面から対峙したエックスに微かな怒りの感情が滲み出ている事を伝えていた。 そして次の瞬間、束は飛び掛かる――――
――――その勢いで身を起こそうとしていたエックスの胴体にドロップキックを炸裂!!
「ぐっはああああああああああああああああッ!!!!」
「あんな狭くて卑猥な鞄に無理から押し込みやがって!! 殺してやるッ!!!!」
「がっ!! な、なにをするんだ束ッ!! やめるんだッぐは!!」
蹴り倒した直後に、怒りのままに何度もエックスの上でジャンプして体をストンピングする束。 己を連れ去ろうとしたスコールをして置き、ここぞとばかりにこれまでの恨みをぶつけにかかる束の猛攻に、少なからずダメージを負っているエックスは身動きをとれない。
唖然とする空気の中スコールは、皆が憤怒の束に気を取られている隙に分解されたISのコアだけを回収、身を翻してその場を後にした。
「おい束!! あの亡国なんちゃらの奴逃げてるぞ!!」
「知るかそんなもん!! アンタもヤキ入れてやるッ!!」
「あっ!! こら何しやがる!! 胸倉掴むんじゃねぇ!!」
「死んじまえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!」
こんだけ束さんがキレまくってるSSはロックマンZAXだけ!(白目)
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第26話
「ごめんアクセル……俺が部屋に勝手に入ったりしたから……」
「謝るのは僕だよ……尻ひん剥いた上に銃を突きつけたりなんかしたから……」
サミット開催が目前に迫ったIS学園。 昨晩ちょっとした事件が起きた現場である学生寮の用務員室において、一夏とアクセルはすっかり気落ちした様子で、互いにお互いの非を詫びていた。
……騒ぎを立て続けに起こした罰として、怖い織斑先生から後ろ手に両腕を縛られ、膝に石を乗せられて正座をさせられながら。 彼らはこの部屋に捨て置かれていた。
「ううっ……相変わらずあの人は厳しいな……」
「やっぱりやめておけばよかったぞ……」
鍵を開けて一緒に部屋へ入った箒とマドカも、勿論同罪に問われた。 左から順に一夏、アクセル、箒、マドカの順で座らされる光景は、さながら介錯人が背後で刀を振りかぶっている処刑場を思わせた。
そんな4人だけしかいない部屋の扉を開け、一人の老人とタイトなスーツに身を包んだ女性が入ってくる。
「全く何をやっとるんじゃアクセル……」
「お前達……これ以上悩みの種を増やしてくれるな……」
ため息混じりに言葉を発するは、罰を与えた張本人であるケイン博士と織斑千冬の2人であった。
「いいか。 お前さんはイレギュラーハンター代表として、ここに警備の仕事へ派遣されとるんじゃぞ? いくら日頃エックスらに揉まれとるとは言え、仮にあの2人が何かしたとして、それがお前のここでの働きぶりと何の関係があるんじゃ」
「正直、外の職場のやり方に口を出したくはない。 が、私としても流石にこの体たらくは見逃せないんだ」
「……何もいう事はないよ」
苦言を呈するケイン博士と千冬に対し、エックス達の振る舞いで心を乱されたと主張していたアクセルも、今回ばかりは自らの行いに思う所があった。 自己嫌悪から言い分に反論せず、うなだれたまま素直に言葉を受け止めていた。
「千冬姉! 今回の件はその、アクセルの部屋に無断で入った俺達が悪いんだ! だから――――」
「今は織斑先生だ。 部屋に入った件はともかく、錯乱していたのはアクセル自身の問題だ。 今日行われるサミットでこのような真似をしない為にも、気を引き締めてもらわなければ困る! 分かるな?」
一夏は言葉に詰まった。 アクセルはあくまで、ケイン博士ら要人ら、ひいてはこの学園の安全を守るために派遣されてきた。 自分自身がトラブルの種になるような真似は、絶対に避けなければならないのだ。
「……仕事は仕事じゃからな。 サミットが始まれば、アクセルには拘束を解いて警備の仕事に戻ってもらう。 が、その前にじっくりと今回の行いを省みてもらわねば――――うん?」
ケイン博士の話を遮るように、彼の懐からメロディーが鳴り響いた。 壮大なオーケストラで奏でられるこの音楽は『ゴッドファーザー 愛のテーマ』……ケイン博士の携帯電話だ。
マナーモードを入れ忘れていた事を軽く詫びながら、話の途中に電話を取った。
「もしもし、儂がケインじゃが……どちら様かのお?」
どうやら、身に覚えのない相手から電話がかかってきたようだ。
「……何? 関西国際空港の保安検査の職員が……? エックスとゼロじゃと?」
「!?」
ケイン博士の口から発せられた仲間2人の名前に、アクセルがはっとした表情で首を上げた。 千冬や一夏達も一様にケイン博士へ視線を送った。
しばし沈黙するケイン博士だが、少し目を泳がせた後に電話をスピーカー本に切り替える。
「で、うちとこのエックスとゼロが一体どうしたというのかな?」
<ええ……新種の狂犬病にかかった兎をテロリストがつけ狙っていると言うので、貴方の命で東京に運ぶようにと職員に話をつけ、検査場を通過させたというのです>
「ほう? 狂犬病の兎とな?」
眉を顰めるケイン博士。
<そして検査を通した職員ですが、ISを着た女に彼ら2人の検査を強引にパスさせるよう脅された挙句に、暴行を受けて控室で倒れていました。 今しがた目覚めたばかりで、ようやく事態を把握する事が出来ました……つかぬ事をお伺いしますが、心当たりはありますか?>
こちらに問いかける空港職員の声色に疑念が入り混じっている。 どうやら彼の言い分だと、博士が危険な代物を機内へと持ち込ませるために、エックス達やISの女をけしかけたと疑っているようだ。
一緒にいたアクセルはケイン博士がそのような打ち合わせをしているなど知らないし、博士自身も何の事かさっぱり分からないといった様子で首をかしげている。
そんな中で、アクセルは一言呟いた。
「エックス達の狂言じゃないの? つい昨日お昼のニュース騒がせたし、口じゃ言えないようなの運ぼうとしてケイン博士の名前使ったのかも――――」
「アクセル、仲間の事疑うのはやめろって!」
アクセルの物言いを一夏が制した。 しかしアクセルの発言を受けて、何かに気づいた箒が言葉を口にする。
「……じゃあ、兎がどうこうって言うのは、まさか私の姉じゃないでしょうね?」
「箒?」
箒は言葉を続けた。
「昨日のニュース番組で映っていたのは間違いなく私の姉だ。 そしてその隣にはアクセルの言うエックスとゼロも……そこに来て今日の検査場の話だ。 なんとなく、繋がりがあるんじゃないかと思ってな」
「それじゃあ強盗事件を起こしたのは事実になるじゃないか! 束さんを隠して高飛びでもしようとでも!? そんな馬鹿な!」
「私だってアクセルの仲間が強盗に手を染めるとは思わない! しかし今まで世間を騒がせてきた姉さんなら……あるいは、例の2人はなりすましかもしれない」
「……なりすまし、か。 確かにそれなら辻褄は合うかもしれん。 だがレプリロイド嫌いのあいつが、わざわざロックマンに似たロボットを用意するとも思えない……一体誰なんだ?」
「それは……分かりません」
状況から推理を立てる箒に、彼女の意見を肯定する千冬。 姉とは折り合いが悪いと言う事もあって、エックスとゼロはともかく実姉に対しては中々に辛辣な憶測を立てる。
そんな様子をアクセルは内心、例の2人も間違いなく本物だと確信しているだけあって、当たらずとも遠からずではないかと言う判断を下していた。
それだけにどういう経緯で、箒の姉なる人物と接触したのかは謎であるが――――そう考えていた時に事件は起きた。
電話越しに、大きく何かが開く音が聞こえた。
<大変だ!! DB893便の左側エンジンが出火した!! 機長とも連絡がつかない!!>
<え!?>
空港側で何やら大事件が起きたようだ。 突然の出来事にこちら側も剣呑とした空気に包まれる。
<DB893便……つい50分前に飛び立った成田行きの飛行機じゃないか!>
「!! ちょっとまて、成田行きの飛行機じゃと!?」
<ええ、先程申し上げたエックスさんとゼロさんの乗り込んだ飛行機です!>
<くそっ! どう言う事なんだ!! 出発前の最終点検は全部パスしてたんだぞ! 爆発なんてあり得ない!>
ただ事でない事態に混乱する空港の職員に、ふと千冬が言葉を漏らした。
「……テロリストだ。 職員を脅していたISを着た女とやらなら、空中で接近してエンジンを壊す何かを仕掛ける事が出来る筈だ!」
「自分で検査場をパスさせておいて……何故?」
「
疑問を呈する一夏だが、それをマドカが代わりに答えた。
「……姉さんみたいな人物が、こそこそ隠れて空港内を移動するとも思えない。 あのイレギュラーハンター2人と言うのも怪しいぞ!」
そして箒の言葉がとどめとなった。 何かに気付いたように身を震わせる一夏。
「何にしたって、飛行機にトラブルが起きてるのは確かだ!! こうしちゃいられない!!」
いてもたってもいられなくなったか、一夏は膝の上の石を押しのけるように立ち上がり、その場でISを展開する。 後ろ手に縛っていたロープは当然引きちぎられ、目前でのIS展開にアクセル一同も驚きに身を仰け反らせ、倒れた拍子に石を床に転がしてしまった。
「千冬姉! 部屋は後で俺が直しておくから!!」
「待て一夏! 先走るな!!」
「千冬姉だってまだ仲直りしてないんだろ! この際だから、行ってこの事件の真相を確かめてくる!!」
そして部屋のガラス窓を、枠どころか壁の一部ごと破壊して部屋から飛び出し、DB893便の飛んでいるであろう方面目掛けて一直線にすっ飛んでいった。
「一夏……」
空の彼方へ消えていった一夏を壊れた壁越しに、当然のようにロープを外していた箒が眺めた。
「……話を聞かない奴だ」
「馬鹿者め……無事に帰って来るんだぞ」
同じく拘束を解いたマドカが頭を抱え、千冬は弾丸の様にすっ飛んでいった弟を心配していた。
「……事態は混乱しておる、この件についての話はまた後でするとしよう」
<え!? ケ、ケイン博士!?>
「言いたい事は色々あるじゃろうが、たった今IS学園から助っ人が向かった。 それが儂等の答えと言ってもええ。 平和を願う者としてテロリストは断固として許せん、それだけは確かじゃ」
<わ、分かりました……>
向こうからの返事を受けて、ケイン博士は通話を打ち切った。 アクセルもまた後ろ手に結ばれた拘束を外し、ケイン博士の隣に立ち話を聞いていた。
「……で、
未だ空を眺める箒と千冬にマドカには聞こえないよう、小声で博士に耳打ちするアクセル。 ケイン博士もまた、ため息をついて返した。
「勿論じゃ。 初動が早いに越した事はないからの。 織斑先生が強盗事件で尋ねてきた時には、もう部下を動かしておいたわい」
「一緒にいたあのファンシーな女の人や、キンコーソーダーはどういう繋がりなの?」
「ファンシーな若い女子はISの研究開発の一人者である篠ノ之博士じゃ。 どうも2日前の深夜にエックスらに保護され、何やらこのサミットに参加する予定だったと……奴らの泊ったホテル近くの居酒屋の主人が話しておったそうじゃ。 無論そんな事実はないがの」
「だよね。 僕もそんな人が参加するなんて聞いた事ないよ……騙されてんじゃないの?」
ここにいない2人組にアクセルは呆れ返る。 自分かケイン博士に確認すれば一発だったろうにと……まあそれをさせないように、篠ノ之博士とやらがエックス達を言いくるめた可能性もあるが。
「そしてもう一人のキンコーソーダーは……残念ながら行方を眩ませとるし、関係性が見えん。 まあこれについては時間の問題じゃろ」
「アイツが刑期も終えてないのに出てきてたのも謎だよね……それはそうと篠ノ之博士って、保護を求めてるのにどうして強盗なんて厄介な真似したんだろ?」
ケイン博士は鼻頭を小さく掻いて質問に答えた。
「なんでも立ち寄った銀行で、当面の金がないとATM前で騒いだ上に、篠ノ之博士とやらが機械をお釈迦にしおったらしい……まあ、その時はイレギュラーハンターとして、女子の行いを咎めてはおったそうじゃがの」
「……その篠ノ之博士って人ってかなり怪しいよね。 箒の姉らしいけど……話だけ聞くに中々の曲者っぽいし、サミットの件からしても口車に乗せられたんじゃないの? それこそ
「ありえん話ではないな。 いずれにせよ詰めが甘いわい……面倒を増やしおって。 やるならもっとうまくやらんか!」
「怒るとこってそこなんだ……」
アクセルは乾いた笑い声をあげた。 と、言うよりはそれ以外にする事がなかった。
ケイン博士はその立場上、いろんな人物や組織に顔が利く。 事件の対処に動いているであろう警察関係者をはじめ、色んな所から情報を仕入れているのだろう。
ぱっと聞いて行動を起こす動機が見えづらいが、彼らをよく知るアクセルとケイン博士にしてみれば、彼らが突飛な行動を起こす可能性がある事を考慮できるので、2人にはこの時点で事件の裏側が見えたような気がした。
アクセルは一夏の飛び去った空を見つめ続ける3人を、生暖かい目で見つめ思った。
あくまでエックスとゼロの2人を世間一般で知られるイメージで考える彼女らにとって、強盗事件や篠ノ之博士の一件を偽者の仕業と確信するのは致し方ない事であった。
それだけに、生のエックス達を見たらどう思うだろうかと。 思っている以上に破天荒で無茶をする、ぶっ飛んだ性格だと知ったらショックを受けるだろうかと。
あるいはそれをひっくるめて、一緒にいる篠ノ之博士の方が頭のネジが外れていて、思いのほかあっさりと軽く流せてしまうのか。
いずれにせよ言える事は、彼らが無事にトラブルの起きた飛行機から生還できるかどうかにかかっているが……それについてアクセルは――――
「(まあ、2人がその程度で死ぬとは思えないけど……
――――テロリスト側が仕掛けたであろう攻撃を余計に深刻にしないか、それだけを心配していた。
空中で気づかれずに仕掛けた爆弾を合図通り起爆し、機内で一仕事を終えたであろうスコールを出迎える為、飛行中の旅客機が左側面の搭乗口の前で並んで飛行していたオータム。
そんな彼女の前に、ロックの解除と共に強引に開け放たれた搭乗口から現れたのは、表情に焦りの色を滲ませたスコールだった。
段取り通りなら篠ノ之博士の入ったカバンを確保しているはずだが、現れた彼女は手ぶらのままで、なんとISも展開せずにこちらに向かって機内から飛び出したのだ。
「あぶねっ!!」
空中に投げ出される彼女を慌ててキャッチするオータム。 スコールの体を抱きかかえると、彼女は苦虫を噛み潰したような表情で告げた。
「まずったわ! 鞄から篠ノ之博士が飛び出してしまったわ! ISも彼女に引き剥がされてコアを回収するのに精いっぱいだったわ!」
「っ! なんだそりゃ! それであの天災兎はどうしたんだよ!」
オータムは尋ねた。
「私が隙をついて弱らせたエックスとゼロ相手に大暴れしてたわ。 よくも無理矢理鞄に押し込んでくれたなと……」
目頭を押さえながら言うスコールに、当然と言えば当然の結果だが、オータムは返事に困ったように押し黙ってしまった。
どう見てもまともには収まりきらない鞄のサイズだったが、やはり無理から詰め込んでいたのか。
「……アイツの体力がバカみたいなのは知ってるが、よく動けたよな」
「ええ、まさか鞄から腕を出してドライバー一本で強制解除されたのは計算外よ。 まあ、全身が出れた直後は流石に疲弊しきってたみたいだけど……大人のおもちゃまみれで出てきたときは流石に言葉を失ったわ」
「そんなんまで詰め込んでたのかよ……」
現場を見てしまったスコールの事を考えると、さぞかし見苦しい光景だったろうとオータムは思った。
しかしそれよりも、鞄に入ったままの篠ノ之博士の拉致に失敗した以上、プランB……もとい、元々予定していた段取りに切り替えねばならない。
オータムは改めてスコールに尋ねる。
「スコール。 パイロットの連中は黙らせたか?」
「! ええ、オートパイロットの
スコールからの返答に満足いったように、オータムは口元を吊り上げた。
「そうか、じゃあ
オータムはISのバススロットに格納されていた、生身用のパラシュートを実体化し、それをスコールへ手渡した。
「どうも。 万一に備えておいて助かったわ」
スコールは受け取ったそれを背負って安全ベルトを着ける。
「後は任せたわよ!」
「任せときな」
そしてオータムのISから離れ、パラシュートを背負ったCAが宙を舞う。 雲中に消える相方の空中遊泳を見届けた後、オータムは旅客機の機体へと向き直った。
博士の入った鞄の奪取に成功していれば、エックス達はそのままもう一基残った飛行機のエンジンを壊して、墜落する飛行機と運命を共にしてもらおうと思っていたが、流石にそう上手くはいかなかったようだ。
しかしそうでなくては張り合いはないとも、オータムは思っていた。 何故なら本来の予定では、エックス達はこの機体の上にでも引っ張り出して、そこで正面切って叩き潰す。 篠ノ之博士はその後で悠々と誘拐する目論見を立てていたのだから。
兎に角片方のエンジンは壊し、スコールの工作も済んだとなれば、もうやる事は一つ。 奴らを機内から引きずり出すのみだ。
オータムはISのマイクを遠隔操作で旅客機内のスピーカーに接続、中にいるイレギュラーハンター達を呼び出した。
「出てきな篠ノ之束! そしてイレギュラーハンター! 言う事を聞かなかったら、もう片方のエンジンもぶっ壊すぞ!!」
今週は建国記念日で連休なので2話投稿します! 次の話は明日の同時刻に!
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第27話
背後に蜘蛛を思わせるような、何本もの金属の触脚が生えたISを装着して宙に浮かび、呆気にとられた顔でこちらを見下ろすは、機内のスピーカーを通してこちらを呼び出してきた『亡国機業』のテロリスト。 自分達3人を見るなり口に出た言葉は、揃って全身痣や流血だらけになったその姿に驚き呆れる言葉だった。
スコールと名乗るテロリストに不意打ちを受けた後、鞄から飛び出して逆上していた束に襲われ、抵抗している内にヒートアップした3人は、保護する者とされる者の関係などそっちのけで、互いをケチョンケチョンのメタクソになるまで派手に殴り合った。 敵に感謝などするつもりもないが、目の前で浮かぶこの女の呼びかけが、試合終了のゴングの代わりになった事実は否めなかった。
「ペッ……ヘンッ! この束さんにとっちゃいいハンデだよ!」
鼻血を飲み込んだり口内を切ったりして、溜まった血液を舌で転がしつつ機体の上に吐き捨てるは、片目に痣を作った上に着け耳が折れたり服がボロボロになったりした束である。
「わざわざ俺達に喧嘩を売ってくるとは……『亡国機業』ってのは随分余裕ぶってやがるな」
「束だけが目的じゃないって言うのか!! 大勢の罪もない一般人まで巻き込むなんて許せないぞ!」
同じくスト2の負けた時の顔のような満身創痍の姿ながら、しかし足取りや呂律はしっかりとしているゼロとエックス。
すると、テロリスト……オータムはこちらを見下しながら言い放った。
「ああそうさ、博士を攫うだけじゃ足りねえ。 私の名は『オータム』……『亡国企業』の実働部隊の一人さ。 イレギュラーハンターのエックスとゼロ、アンタらを狩れば私と組織の名に箔がつくってもんでな」
「……世界を裏から牛耳ってた組織にしては、たかが公僕2人の為にハイジャックまで起こしやがって大層なもんだな」
皮肉で返すゼロに対し、オータムは両手を開いてわざとらしく困ったようにリアクションを取る。
「残念だがお前らレプリロイドが散々暴れてくれやがったせいで、うちとこの組織は今や火の車なんだよ。 ISにしたってそうだ。 こっちは世界のパワーバランスを左右するとかでやっとこさ仕入れたってのに、結局てめえらがロボット風情が居座ってるおかげで全然強みにならなくってな。 ……特にイレギュラーハンターのお前達さえいなけりゃなぁ」
「俺達は目の上のタンコブと言う訳か。 だから丸腰でも俺達を倒せば、ISとそのパイロットはレプリロイドよりも優秀だと証明できる……」
「ついでにそいつを抱え込んでる『亡国機業』の組織力の高さもアピールできるって訳だ」
「ハン、御名答だ」
オータムは鼻息をつく。 ひと呼吸間を開け、憎々しげに見上げる束と目線を合わせるオータム。
「篠ノ之博士よぅ。 アンタもこいつらレプリロイドは嫌いなんだろ? 自慢の発明をどっかのイレギュラーとそこの2人のドンパチで有象無象にされちまって。 こいつら2人に守り任せて何するかは知らないけどよ、ぶっちゃけレプリロイドべったりの表社会の連中より、私達についてきた方がよっぽどいい思いできるんじゃねぇか? この際こいつら潰してISの方が優れてるって証明しようぜ?」
「ッ!! ふざけるな!! こんな乱暴な手段で束を攫おうとしてるくせに、何を今更!! 彼女はこれから、しかるべき機関の保護下で真っ当な科学者としてやり直すんだ!」
「束。 こいつの言う事に耳なんか貸す必要はねぇぞ」
2番手に甘んじるISの立ち位置を引き合いに出し、束を懐柔しにかかるオータム。 当の束本人の本音は露知らず、甘言に乗るなとエックスゼロは束を諫めるが、当の束は目を閉じて少しばかり考えた後、こう言った。
にこやかに、あっけらかんと言い放つ束にエックスとゼロは噴出した。
「いやね? 当たり前じゃん! アンタの言う通りISの普及妨げられるし、実際会ってみた2人も赤いのはセクハラするし青いのは一々乱暴だし、お前は本当に協力する気があるのか? って気分だよ!」
「……えらい言われようだな」
「当たり前だよなあ!」
歯に衣着せぬ物言いにゲンナリするゼロ達へ、最後の一言は語気を強めて言う束。 オータムは高笑いした。
「だったら話は早えな! こんなアホタレさっさと斬り捨てて、私のところの組織に来い――――「は? 勘違いも甚だしいね☆」
レプリロイド嫌い……利害の一致を振りかざすオータムに対し、共感と見せかけた束の返事はNOだった。 束は腰に両手を当てて言い放った。
「嫌いなの物が一緒だからって、あっさり協力なんかするわけないじゃん! 時代に取り残された黴臭い連中なんか誰がついて行くっての? それとも何?
「――――あ?」
オータムが僅かに眉をひそめた。 初めて出会った夜の日にも『亡国機業』との因縁を訴えていたが、やはり一悶着があったらしいとエックスは思った。
「大体さあ、人の作った発明品に乗っかった程度で得意げになってるチンピラ風情なんか、この天才束さんにとっては取るに足らない存在なんだよね♪ なのに御大層に「ついてこい」だなんて、身の程を弁えろって話なんだよ☆」
これでもかと煽る束の言葉が癇に障ったのだろうか、こちらを嘲笑していたオータムが一転して歯ぎしりをする。
「……どうやら答えは出たようだな」
「束を陥れようとした組織なんかに、身を置く訳なんかないだろう!」
ゼロとエックスも、束を追い詰めようとしていた組織に、彼女自身が懐柔される訳がないと言った。
「――――好き勝手言いやがって……なめてんのかぁ!?」
それが見るからに気の短そうなオータムを怒らせたのは言うまでもない。 右腕を横に伸ばすと、その手の中に小さな物体を実体化させる。 黒いスティックの頂点に赤いボタンがついたそれを、オータムは何の迷いもなく親指を押し込んだ!
あれは……まさか! エックスとゼロが口を開く前に、オータムが眉間に皺寄せながらも口元を釣り上げる。
「生き残った右側のエンジンにも爆弾を仕掛けておいた。 ただしこいつは直ぐには爆発しねぇ、時限式の爆弾なんだよ」
「何だって!?」
ハンター二人が驚愕する中、オータムは続けた。
「ついでにいい事教えてやるよ。 お前らは確認する前に機体の外に出てきたが、パイロットは相方に気絶させてもらったぜ。 そのついでにオートパイロットの経路も変えさせてもらった……行先はIS学園だよ!」
「「「!!」」」
IS学園の名前を聞いた途端、束もまた驚きを隠せないようだった。
「分かるなこの意味が……爆弾を解除できなかったら、
恐ろしい事をさらりと告げるオータム。 IS学園は正午にはサミットが開催されるスケジュールになっている……そして自分達の最終目的地である学校だ!
もしそんな場所に墜落した場合には、世界中に計り知れない衝撃を与える事になるだろう。
「……この野郎」
束が憎々し気な表情でオータムを睨みつけるが、自分の立場が優位になった事からか居心地がよさそうに振る舞うオータム。
「誰の大事な人があそこにいるか分かってて言ってんの?」
「ん~? お前の友人とその弟と……あとは可愛い実の妹がいるんだっけな? さぞかし愉快な事じゃねぇか!」
「!! 身内がいたのか……!」
そして、その学園には彼女の友人である織斑千冬が一教師として教鞭を振るい、その弟が生徒として籍を置いている。 その上まさか束に妹がいて、同じ学園にいたとは。
肩を震わせる束の様子からは、他人への関心が希薄な彼女をして、さぞかし大切にしている存在である事が伺えた。
「墜落なんてさせてみろ……ただじゃおかない!!」
「ヘッ……やれるもんならやってみな! 私を倒せるならな!!」
激高する束に対し、オータムは対IS用のアサルトライフルを展開! ――――それを生身の束に銃口を向ける。
「これでも食らいやがれ!!」
そして発砲! マズルフラッシュと共に常人ではとらえきれぬ速度で、徹甲弾のシャワーが束に降り注ぐ!
そう、
「当たるか!!」
しかしそこは自他共に認める『天災』! 弾丸程度なら肉眼で見切れる。 そう言わんばかりに弾が迫る前にはそれ以上のスピードで飛び退いていた。
「危ない!!」
代わりに束が離れた弾丸の着弾点に、エックスが入れ替わりでダッシュで飛び込んできた!! 仲間2人が叫ぼうとするのも
「うおおおおおおおおッ!!」
ダグラス特製の防弾素材の旅行鞄で。 先日も警察のISからナパーム弾を防いだように、今また鋼鉄製の弾頭を設計通り受け止め、潰れた弾丸がはじけ飛んでいる。 しかし装甲をぶち破るその威力は相殺しきれず、守るべき素材で防いだエックスをしても、彼の身体を後方へ吹き飛ばすには十分だった。
「バカ!! 避けたのにわざわざ庇いに来る奴がどこにいるの!?」
「何言ってるんだ! 飛行機に穴が空いたらどうするんだ!」
束の物言いにエックスは反論する。 勿論機体に命中すればそこから穴が開いてしまう。 中にいる乗客に被害が及ぶどころか、逃げていったスコールとやらがやろうとしたように、与圧されている機内との気圧差で、一気に空中分解しかねないからだ。
オータムは高笑いしながらエックスに問いかけてきた。
「ハハハッ! 飛行機を守るために身を差し出すとは殊勝なこったな!」
「余計なお世話だ! それに何故束を狙った!! 必要としているんじゃなかったのか!?」
「この程度あの兎なら避けるのは知ってんだ、軽い挨拶だろうがよ。 それとも……てめえから相手にしてやろうか? 何だかその鞄ムカつくしよぉ!」
すると今度はエックスに標的を変えた。 背中の脚の全てにもアサルトライフルを展開し、それらを全て一斉にエックス唯一人に目掛け発射!
「ぐうううううううううううううッ!!」
「ほらほら! 一発でも防ぎ漏らしたら飛行機が空中分解しちまうぜぇ!?」
一層増した密度の弾幕の全てを、鞄を器用に動かしては辛うじて全てを受け止める。 両足を開いて踏ん張るも、毎分800発の弾幕が幾重にも折り重ねられては、エックスとて足を引きずる痕跡を機体に残しながら防戦一杯が関の山であった。
「この野郎!! 好き勝手やりやがって!!」
トリガーハッピーと化したオータムに対しゼロが飛び掛かる。
「おっといけねぇ!」
しかしレプリロイドの膂力を持っても、自在に空中を舞えるISの機動力は、ゼロの飛び掛かりをあっさりと躱してしまう。
そして空中に飛び上がったゼロは、当然速度に乗る航空機の慣性から外れ、空気抵抗をもろに受けるダブルパンチに機体後方の垂直尾翼に一気に流される!
「ぬおぉ!?」
なんたる迂闊! 咄嗟に尾翼に捕まって事なきを得たが、一歩間違えればそのまま空中に投げ出されていただろう。
「ハッ、空飛んでる奴ともやり合って来た割にゃあたいした事ねぇな!!」
「チッ! 言ってくれやがるぜ!!」
オータムの煽りに舌打ちするゼロ。 空中戦、それは正にISの能力が発揮される最たる戦場。 重力を、そして風圧さえ無視して飛べるという、飛行型レプリロイドにもない能力はエックスとゼロを翻弄する。
「しっかしぶちまけた弾丸全部鞄で防ぎやがって、まともにやり合えば確かに厄介だぜ……ムカつくぐらいにな。 だがいつまでもつかなぁ?」
エックスへと向き直すオータムは、エックスの持つ鞄を見て怪しい笑みを浮かべた。
過剰な労力と機能を組み込んで作りこまれた旅行鞄は、この場においてエックスの身を守るのに大きく貢献していた。 しかしオータムの執拗な攻撃を受け続けたその表面は、徹甲弾によって表面が削ぎ落ち始めていた。
相手の所有する弾数が如何程かは分からないが、もし同じだけの武器弾薬を突っ込まれでもしたら確実に持たない事は分かっていた。 エックスは内心焦っていた。
「ほうら!! 次はてめぇの番だゼロ!!」
丸腰で反撃の術がないのを良い事に、オータムは次にこちらに戻ってくるゼロに標的を向けた。 勿論彼も丸腰だが、万一の接近戦に持ち込まれぬようオータムは距離を置きながら、避けたら機体に命中しかねない射角に移動して武器を放つ。
「ゼロッ!! これだ!!」
エックスは素早く鞄を投げる! 風の抵抗と加速も乗った鞄をゼロはキャッチ。
「防げるもんなら防いでみな!!」
「――――ぐおおおおおおおおおおおおおっ!!」
表皮がはげ始めた鞄で、何とか弾丸の雨霰を防ぐ! ゼロもまた現状打つ手がなく、守りに徹するしかなかった。
「くそっ!! 空を好きに飛べて武器もある……これじゃいずれやられてしまう!」
「既にやられっぱなしじゃない!! 何かあの鞄に他の機能はないの!?」
束からの言葉に、エックスは目線を泳がせて答えた。
「
「え、あるの――――」
エックスからの返事に束が目を丸くした時、攻撃を防ぎ続けていたゼロがついに勢いに押され、背中から機体の上に押し倒されてしまった。
「ぐはっ!!」
「「ゼロ!」」
同時に攻撃が止み、2人が倒れたゼロに駆け寄った。 オータムも弾切れなのか、ライフルのマガジンを余裕綽々に換装している。
「ざまあねぇぜ! 言っておくが武器弾薬はまだまだあるからな! ま、足掻いて死ぬまでの時間稼いだ所で、爆弾の方が爆発して墜落ENDって奴だがな!」
「無事か、ゼロ!」
「くそったれ……やりたい放題やりやがって!」
ゼロの抱える旅行鞄はエックスが防いだ分のダメージも蓄積し、擦り切れて防弾繊維が今にも破れてしまいそうであった。 ここまで傷んでしまっては、もう次の攻撃を受け止める事は叶わないだろう。
「ゼロ……こうなったら一か八か
「――――
エックスは小声でゼロに提案する。 抽象的な表現であるが、ゼロにはそれが何と言っているのか分かっているように見受けられた。
「何か言いかけてたみたいだけど、まだ攻撃できる機能でも残ってるの?」
束もまた、オータムに聞かれる事を警戒してか小声でエックス達に問いかけた。 するとエックスは鞄を束の目前に差し出して言った。
「……この中にはマイクロージーロン弾頭が入っている。 君も科学者なら聞いた事はあるだろう」
「んな!?」
束は驚愕した。 それは使う量によっては、地球の半分を容易く消し飛ばす程の威力を発揮する恐るべき危険物である。 かつてはシグマに操られ、悪の道へ堕ちかけたドップラー博士が使いかけた事もある曰く付きでもあった。 それが今、目の前にある。
「流石に地球半分が消し飛ぶほどの威力なんか出ないし、吹き飛ばすも無いけど……機体を丸々巻き込むほどの凄まじい大爆発は起こせる!」
「そんな事したら旅客機ごと巻き込んじゃうよ!」
「……ISを浮かせているのはお前が作ったPICとか言う奴だったな。 そいつを応用した緊急脱出装置と使用者を固定する為の手錠が組み込まれてるそうだ」
「! なら、爆弾を起動してその脱出装置とやらでアイツの腕にでもくっつけてやれば――――」
言いかけた所で、束はオータムの方を向いた。 この空の上で接近戦など望むべくもない距離から、のんびりと武器を装填して欠伸をしながら、高みの見物を決め込む憎ったらしいアイツ。 近づくと不利だと言うのは向こうとて承知しているだけに、一切の隙が無く常に届かない距離を置かれて接近すら望めない。 一体どうやって近づけと言うのだろうか……。
「……脱出装置単体で飛ばすとかは?」
「だめだ。 確実に手錠で固定しなければ、安全装置が働いて発射出来ない!」
「じゃあ束に爆弾固定して特攻かますか?」
「何しれっと犠牲にしようとしてるんだよ! アンタがいけよ!! 死に慣れてるだろ!」
「またダメージが かんぜんに かいふくするまで みをかくせってのか!」
無論本気ではないものの、つまらない言い合いをしてみた所で、こんな切羽詰まった状況への打開策など見つかるべくもない。 何か、何か他にないのか……エックスは鞄を見て考えた。 チャックも壊れて口が開きっぱなしになり、すっかり無残な姿となった旅行のお供。
旅路の中で買った土産物や、楽しい思い出も投げ捨てた痛々しい姿にため息も出ない……が、その中でエックスは、鞄の中の生地に何かパッチのような物を縫い付けてあるのを見つけた。
それは激しい攻撃で糸がほつれ、破れた隙間から皺寄ったメモ書きと何かの欠片が見えていた。
ゼロと束がああでもないこうでもないと言葉を交わし、それをオータムがつまらない足掻きを見る様に嘲笑しきってる中、エックスはこっそりとパッチを破くとメモ書きを開き、一緒に入っていた欠片を見た。
次回オータムと決着! ダグラスの用意した特殊武器とは!?
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第28話
エックスの手に収まる、ダグラスが用意してくれたもしもの時の手段……エックスはこの武器チップに見覚えがあった。
「このチップは……そうだ!!」
先行きの見えない状況下において、エックスはこのチップに光明を見出した。 ここにいないダグラスに感謝しながら、正に起死回生の一手だと強く確信する。
エックスは次の動きを決めかねているゼロと束の肩を叩く。
「2人共……話がある」
ゼロと束は会話を止め、エックスへと向き直す。
「……ゼロ、
そして2人の身を寄せ、手身近に段取りを伝える。 すると示された道筋に2人の表情も晴れやかになる。
「! あああるぜ、成程な……それなら奴に近づけるかもしれない!」
「なんなら駄目押しに束さんをアイツ目掛けてぶん投げてよ! ゼロの腕力と私の脚力なら更に加速できるよ! ついでに狙いのズレも補正できるし!」
エックスの『提案』をゼロが了承し、その上に束も協力を申し出る。 彼女の提案については、身を守らなければならない対象故にエックスは渋い顔をしかけるが、その考えはお見通しと言わんばかりに束は言葉を続けた。
「だったら2人が責任もってキャッチしてよ! 言っておくけど今出し惜しみなんかしたら逆転のチャンスはないよ!? それに……」
「「それに?」」
エックスとゼロはオウム返しをして、束の次の言葉を待った。
「アイツは私の大事な作品でいい気になってる奴だからね……生みの親として、キッチリけじめつけてやんなきゃ気が済まないんだよ!!」
自分の手で倒したい。 その理由を口にする束の表情に、一切の嘘は混じっていないようだった。 作り手として自分が一生懸命産み出した物を、悪用されるのは我慢ならないと言う事だろう。
恐らく彼女の性格だ。 こちらが止めた所で譲るような事は全くないだろう。
「……分かった。 全力でフォローする」
「しょうがねぇな」
エックスも決意し、ゼロも不敵に笑みを浮かべた。 3人は揃ってオータムへ振り向くと、奴もまた悠長に入れ替えていた、マガジンの装填作業を完了させていた。
機体後方へ流されたエックス達を、前方の空中へと立ち塞がるオータム。
「おや? 作戦会議は終わりかい? こっちは待ちくたびれたぜ」
「律儀に待ってくれて感謝するぜ……おかげさんでこっちもお前を倒す準備が出来た」
ゼロの返答にオータムは小馬鹿にするような笑いを浮かべる。
「は? 私を倒すだぁ? 打つ手もねぇってのに、追い詰められ過ぎて狂っちまったか?」
「いーや? アンタが暢気に構えてくれたおかげで方法は見つかったよ……高みの見物決め込んだ事精々後悔するんだね!」
煽られたら煽り返す。 相手の挑発的な物言いに動じない束は、話しながらゼロから鞄を受け取った。
余裕を取り戻した3人の顔色が気に入らなかったからなのか、するとオータムの表情からは笑みが消え、最後の一手を決めにかかろうとする。
「ああそうかい……だったら方法とやらを私にも見せてもらおうかぁ? 見せられるもんならな!」
腕と背中の触脚、彼女の今実体化させている全ての銃器をこちらに向けた――――来る! 3人は強く確信した。
「打合せ通りだ! 行くぞ!!」
「オッケー!」
「任せておけ!!」
エックスの掛け声に相槌をうつ束とゼロ……3人で最初に動いたのはエックスだった!
「くたばれ!!」
オータムがライフルのトリガーを引こうとする。 が、それよりも早くエックスは、オータム目掛けてダッシュジャンプしながら、持っていた特殊武器チップを左腕のスロットにセット!
標準のエックスバスターは持ってきていないと言ったが、それは回路を内蔵したチップを外して置いてきたと言う話であり、ハードウェアそのものは実装されたままである――――エックスの体の色が黄色を基調とした物に変化し、チップをセットした左腕も本来の機能を取り戻し、バスターに変形した!!
エックスはオータム目掛け、ダグラスのとっておき――――『ライトニングウェブ』を発射!
「なにぃッ!?」
エックスを丸腰と思い込んでいたであろうオータムは虚を突かれた! バスターから放たれた核を中心に光学エネルギーで形成された蜘蛛の糸が広がり、銃器を構えたままのオータムに迫る!
しかしオータムとてそう甘くはなかった。 攻撃が命中するその瞬間に、更に旅客機前方へ逃げる様に攻撃を回避。 光の蜘蛛の巣は空中に空しく広がるだけであった。
「――――驚かせやがって! アラクネが蜘蛛の糸に絡めとられるなんざ笑い話にも――――」
「今だ!」
だがエックス達にとって、避けられたのは別に問題ではなかった。 エックスの合図と共に、今度はゼロが仕掛けた。 旅行鞄を持つ束を背後から抱きかかえて。
オータムが次に動くより先にゼロは、エックスの上に跳躍して彼の背中を踏み台にする。 そして次は、なんと展開された『ライトニングウェブ』目掛け再び跳躍! ゼロは斜め上に向いて展開された蜘蛛の糸へ、風の抵抗を利用して前方へ回り込みながら飛び乗った! 蜘蛛の糸が二人分の体重に沈み込む
これこそがエックスの狙いであった。 何も『ライトニングウェブ』は敵を絡めとって攻撃するだけでない。 その頑丈な構造は足場として利用する事も可能であり、オータムが攻撃を回避するのを十分に想定していたエックス達にとって、真の狙いは正に後者の方だった。
そして『ライトニングウェブ』の沈み込みの反動を生かし、ゼロは先述の
掛け声と共に通常のジャンプと異なる、恐るべき速度と飛距離でオータムに飛び掛かった。
「あぶねっ!!」
裏をかかれた。 そう思ったかオータムはもう一介更に距離を置いて回避行動をとった。
ゼロのスキル『氷狼牙』は元々は跳躍の勢いで天井に張り付き、氷の刃を飛ばして攻撃する技である。 前動作であるハイジャンプの部分を利用した形であるが、勢いがある分細かな姿勢制御ができず、途中で向きを変えられない。
このままではオータムに接触できず、明後日の方向に飛んでしまう……そう思われたが、それも計算の内である。 束を抱きかかえたまま飛んだ理由、それは打ち合わせの時に彼女が口にした提案にあった。
「行け束!!」
「おっし!!」
ゼロは素早く彼女の靴底に手を回し、それを避けに入ったオータムの方向目掛けて押し出す様に一気に振り上げた! そんなゼロの手の平を束は膝のバネを生かして一気に蹴り、更なる加速を果たした!!
「――――はっ?」
裏の裏をかくような3人の連係プレー。 エックスの『ライトニングウェブ』でゼロの『氷狼牙』の速度を一層向上させて一気に跳躍し、避けられた角度の調整を束の跳躍に委ねて補正する。 その速度はISが『
「よ、避け切れ――――」
「捕まえた!!」
顔を引きつらせるオータムの懐に飛び込むや否や、勢いを生かし素早く腕を首筋に引っかけて背後に回り込む。 もがいて引き剥がしにかかる手間も与えず。 束は直前にエックスから教わった手順で、旅行鞄に備えられていた手錠を引っ張り出し、ISを解除しても外せない露出した二の腕に固定した。
そしてすかさず『最後の手段』……自爆装置を起動する。 突如鞄から鳴り響く警告音と、猶予にして10秒程度しかない赤く不気味に光るタイマーが鞄の中から飛び出し、オータムにこれでもかと衝撃を与えた。
「お、おま……一体何しやがった――――」
「ねえねえ。 いきなりだけど束さん、
大きく口を開けて唖然とするオータムに対し、束は目元に影がかかったような残忍な笑みを浮かべ、容赦なく緊急脱出装置のスイッチを入れる。
「ちょっ!! 嘘だろ!? やめ――――」
「あはは☆ た~ま~や~!」
ISの背中から飛び離れる束。 その瞬間オータムは猛烈な速度で、旅客機から明後日の方向へ飛び離れて行った!
「うわあああああああああああああああああああああああああッ!! 冗談じゃ――――!!」
飛んでいく瞬間、ISすら引っ張っていく鞄の勢いに抵抗を試みていたが、ISの出力を上回る鞄の強烈な加速を前にしては無駄な努力だった。 彼女の断末魔の叫びは、瞬く間に離れていく過程でエックス達の耳には届かなくなった。
そして束が何事もなく機体に着地し、抵抗もままならずに鞄に引っ張られていったオータムが小さな点の大きさになった瞬間――――
爆風が衝撃波となって大きく機体を揺らしたが、幸いにも機体をこれ以上破損させるほどの威力にはならなかったようだ。 エックス達もバランスを崩しそうになったが、直接エンジンを壊されたほどの揺れではない。
空の向こうで粉々になったであろうオータムを見て、束は一言呟いた。
「へっ、汚ねぇ花火だ」
この上ない痛烈な台詞を吐き、黄泉路を見送る束であった。
「ふう……とりあえず一難は去ったみてぇだな……あばよ相棒」
この一週間連れ添った旅行のお供を、ゼロとエックスもまた見送った。 しかし、オータムは倒したものの、彼等には依然として大きな問題が残っている。
「さて、後は急いで爆弾を解除しないとな!」
「そうだな。 束は壊された操縦席周りの応急修理をしてくれ! 手動操作に切り替えれば、なんとか安全な場所で不時着はできる筈だ!」
ゼロに頼まれる束だったが、彼女は爆弾解除に買って出た2人に不安を覚えた。
「エンジンのどこについてるか分かるの? 下手したらエックス達がエンジンに吸い込まれて、オシャカにしちゃうかもしれないよ!? ……私がやった方がいいんじゃない?」
「心配はいらない! こういう時こそレプリロイドの出番じゃないか!」
「俺達だってプロだ。 大船に乗ったつもりで任せておけ」
束の不安も跳ね避ける様に、頼もしい台詞を言ってのけるエックスとゼロ。 色々とお騒がせなコンビであるが、少なくとも今だけは頼れるかも……今の言動からそう感じたのか、束も少し考えた後に軽くため息をついた。
「わかった。 そこまで言うなら2人に任せる……機内に備え付けの工具あるかもしれないし、ちょっと取ってくるよ!」
束は背を向けて左側面を器用に滑り降り、外側のコンソールから乗降口のロックを外して機内へ戻っていった。
「……さてと、次は爆弾の取り外しか」
「エンジンだけを壊せばいい代物だから、爆発の範囲はそう広くない筈……解除できないなら、最悪安全な空中で爆破処理しよう――――!?」
束が戻るのを待ちながら、ゼロとエックスは次の段取りを話し合っていたその時、ふと爆弾の仕掛けられた側である右の空から、何かが近づいてくるのを感じた。
気配に気づいた2人は一斉にそちらを振り向き、その何かを凝視した。
「「――――あれは!?」」
2人が何かの正体を認識した時には、それは瞬く間にエックス達の元へ距離を詰めた!
「束さんを返せニセハンターめ!!」
現れたのは、白いISを身にまとった若い少年だった! 少年は何やら怒りを覚えた表情でこちらを見下ろした。
「――――新手か!?」
「いや、待つんだゼロ! ……女性にしか装備できないISを操れる男性操縦者……まさか!」
エックスは白いISの彼に見覚えがあった。 それはつい近年ニュースなどでも取り沙汰された、唯一男性でありながらISのパイロットとしての適性を持った少年……かの著名なパイロットである『織斑千冬』の実弟。
「君は『織斑一夏』かい!?」
少年……一夏は首を縦に振った。 肯定の様だ。
「……別に名乗る程の関係でもないけどな! さあ、束さんをどこに隠した! 旅客機のエンジンを壊したのも、アンタ等がISの女と共謀して手引きしたんだろう!?」
「――――はあ?」
「な、何を言ってるんだ君は!? 俺達は『亡国機業』とは関係ないぞ!?」
エックスの言葉に、一夏は訝し気にこちらを見た。
「あいつらが関わってたのか……だけど、そうだからってアンタ達が本物のイレギュラーハンターかどうかは怪しいぜ! 束さんに無理矢理銀行強盗させたり、鞄に詰め込んで拉致しようとして!!」
「本物!? おいちょっと待て! 一体何の話をしてる!?」
「とぼけんな!! アンタら2人はエックスとゼロの皮被った偽者だ! 2人が強盗なんて真似する訳無いだろ!!」
「「?」」
突如自分達を偽者とのたまう一夏に2人は首を傾げた。 一体何の話をしているのやら……銀行強盗の件にしても、3人ともきちんと変装して本人と分からないようにしていた筈――――
いきなり降って湧いて出た突拍子の無い話に、電子頭脳がこんがらがりそうな気分になるエックスとゼロ。
「エックス! ゼロ! あったよ工具!」
「でかした! ……って束、丁度いいとこに来た!」
「え!?」
丁度その時、工具箱をもって束が戻ってきた。 エックスは安堵し、一夏は急に鉢合わせになった束の姿に驚きを隠せなかった。
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チャプター6:亡国機業より愛をこめて
第29話
「束さん!! 大丈夫ですか!? 俺が来たからにはもう安心です!! 早くこの偽者何とかして、飛行機を安全な所に着陸させましょう!!」
「え? 偽者? 誰の事?」
何やら勘違いをしている一夏の弁に、束も理解しかねているようだった。
「そこの2人ですよ! 束さんを強盗へけしかけようだなんてとんでもない話だ! その上に検査場無理から通り抜けて、飛行機まで落とそうなんて――――」
「ちょっと待って!? 何言ってるか分かんない!! ここにいるエックスとゼロは本物だよ!?」
「えっ?」
どうも話が噛み合わないと言うか、さっきから嵌められただの偽者だの、どこからそんな話が出てきたと言わんばかりの憶測が展開されている。
「えー、じゃあ……ここにいるエックスとゼロは本物? じゃあアクセルの言ってたことは正しい……いやでも、それじゃイレギュラーハンターが重犯罪に手を染めたって事に……いやでも……」
何やら独り言を小声で呟き始めた一夏。 自分なりに考えを咀嚼しようとしているつもりなのだろうが、どうも彼自身をして話がまとまり切っていないように感じられた。
「アクセルが派遣されてたIS学園の生徒だったよな……強盗事件の事知ってるみてぇだが、ニュースとか一緒に見て吹き込まれたってか?」
「その割には、俺達の事偽者だって思いこんでるみたいだけど?」
「……イレギュラーハンターの2人が事件起こしたなんて信じたくないとか? それにしても、やっぱり見る奴が見たらバレる変装だったんだね」
エックス達も一夏の発した情報から、どんな勘違いをしているのか推測を立てる。 そしてそれは当たっていた。
このようなネジの数本は外れているようなぶっ飛んだ人物であるが、表向きは正義のヒーロー『ロックマン』が一人だ。
しかし先程の強盗の件について一夏の剣幕を見るに、自分達を本物と悟った所で、あの変装を見破ってしまっている以上は迂闊に真実を知ると、自分が本物か偽者かは関係なしに攻撃してくるだろうとは容易に想像できる。
折角『亡国機業』を撃退したのに事態をややこしくされてはたまらない。 それならばここは一夏には騙すようで悪いが、彼の間違った認識を利用させてもらう事にした。
エックスは一歩前に出て一夏に言った。
「一夏君、聞いてくれ! あの強盗事件は……俺達を陥れようとした奴らの罠だ!!」
独り言に耽っていた一夏の呟きが止まる。
「俺とゼロは、彼女を無事にIS学園に連れて行く為に『亡国機業』から保護していたんだ! だけど奴ら、俺達が東京へ行こうとしているのを妨害しようと、俺達の姿に変装した上からバレやすい仮装をして事件を起こし、いずれ俺達に捜査の手が及ぶように仕向けたんだ!」
「――――!!」
「既にお尋ね者になってる束と一緒にいるのを見られたらマズい。 そう思った俺達は無理を承知で束を隠して飛行機に乗ったんだ。 そしたら奴ら、それを見計らって飛行機をハイジャックしてきた! 奴らは撃退したが、爆弾でエンジンを壊されてオートパイロットもいじられた! このままじゃこの飛行機はIS学園に墜落だ!!」
エックスとゼロは驚く一夏に畳みかける様に、次から次へと口から出まかせを言った。 息を吐くように嘘をつく奴らだとでも思っているのだろう、隣にいる束がこれでもかと乾いた笑いを浮かべている。
何より自分自身をして、相当嘘を嘘で塗り固めている無茶苦茶な言い逃れだと感じていた。 しかし――――
「そ、そんな!! なんて事を!! エックス、ゼロ、アンタ達を疑って悪かったよ!!」
――――純粋な一夏君は気持ちいいぐらいに、こちらの言い分を信じてくれた。 素直なのは今はありがたいが、若干心配になる単純さだと3人は一様に思った。
「!! そうだいっくん! 折角ISで来てくれたんだからちょっと協力して! いっくん側のエンジン生きてるけど、実はそっちにも時限式の爆弾がセットされてるの!!」
「ええ!?」
「空を飛べるISならエックス達より安全に作業できるし、IS学園でも爆弾解体のカリキュラムあったでしょ!? お願い!!」
「わ、分かりました!! 何とかやってみます!!」
束は工具箱を掲げると、一夏はそれを受け取って生きている右側エンジンに飛んでいく。 すると束の前面に、一夏の上半身が映ったウィンドウが展開される。
「俺達は機内へ戻ろう! 操縦席を修理しなければ! まだ積載されてる工具はあったか!?」
「備え付けの工具は2セットあったから大丈夫だよ!」
「よし!」
エックス達は束と同じ手順で旅客機内へと戻った。 操縦室と客席はこの搭乗口のある狭いフロアで仕切られているが、客席の方からは非常事態にも関わらず驚くほどに静かだった。
恐らく『亡国機業』の指し金ではない、真っ当なCAが乗客に冷静に努めるよう指示を出しているのかもしれない。 エックス達には大変ありがたかった。
してぐ左側の機体の最前にあたる操縦席の扉を開けると、そこには2つ並びの椅子に座ったまま昏倒し、帽子を地面に落としたまま項垂れている機長と副機長の姿。 そして乱雑に引っぺがされて基盤や配線がむき出しのまま、火花を上げている無残な計器類が目についた。
エックスとゼロは彼らの背後に立って様子を窺った。 外傷はない、どうやら気絶させられた程度で済んだようだった。
「機長! しっかりしてください!!」
エックスは軽く揺すったり、失礼を承知で顔を数回軽く叩いてみた。 ゼロも同様に隣の副機長を立ち直らせようと試みたが、深く気を失っているからか目覚める気配はなかった。
埒が明かず、エックス達はとりあえず彼らを担いで背後の壁側へ座らせた。 その間束は壊れたコンソールを見ていたが、渋い表情をするにあたり状況は芳しくないものと見えた。
「派手に壊してくれて……確かにこれは専用の部品が必要だね……鬱陶しいな!!」
「じゃあ機材は直せないのか!?」
束は首を横に振った。
「奴らが言ったように、操縦桿周りなら何とかなるかも! オートパイロットはもうどうしようもないけど、手動操作に切り替えればまだチャンスはあるよ!」
<束さん! 爆弾を見つけました!! どうすればいいです!?>
投影されたウィンドウ超しに、爆弾を発見した一夏が報告する。 画面に目をやると、エンジンと主翼の付け根のそれも前方に、爆発まであと2分足らずを示すタイマーが不気味に赤く点滅するデジタルタイマー、この航空機を死の着陸点へと導く爆弾がそこにあった。
束は爆弾を見て少し考え、一夏に指示をした。
「……よかった、爆弾自体はそう難しいものじゃないよ! 束さんの指示通りやれば、十分残り時間に余裕持たせて取り外せるよ!」
「それはありがたい! ……で、俺達はどうすればいい?」
「工具の手渡しとか力仕事手伝ってくれたらいいよ! ここまで壊されたら束さんじゃなきゃ直せないからね……どりゃああああああああああああああ!!!!」
束は壊れた操縦桿のパネルをこじ開けて上半身を突っ込むと、既に手に持っていた工具類で、目にもとまらぬ速さで機材を修理していった。 破損した部品の飛び散るその圧倒的な速度に、エックス達はケイン博士のそれを思い出す。
「す、すごい! 瞬く間に機材が直っていく!」
ねじ曲がったパネルをひん曲げ、舐めたネジをこじり、ちぎれた配線を素早く結んでできる限り元の状態に近い状態に戻していく。
「2人とも! ぼさっとしてないでドライバーとニッパー頂戴! あとダクトテープも! 配線がかなりやられてるから、ショートさせてでも復旧させなきゃ! 折れたシャフトはテープと補強材で何とかするよ! 早く!」
「わ、分かった!」
「ほら! いっくんももっと慎重に作業して! そいつは振動センサーだから下手に触るとドカンだよ!」
<はい!>
束はてきぱきと修繕作業を行いながら、エックス達と外で作業する一夏にアシストを指示する。 同時並行の的確な指示により、機材はつぎはぎだらけではあるが、機能上問題がないレベルにまで修理されていく。 爆弾の解体もスムーズに進んでいる。 天才の面目躍如と言った所だろう。
<束さん! ネジを外したら中から青と赤の配線が出てきたよ! これが最後の仕掛けだ!>
一夏もまた最終局面に来ていた。 一通りの部品を外し終わり、残す所は2本の色違いのコードによる爆弾のタイマーの主電源のみとなった。 投影されたその映像を見て判断する束。 これについて判断材料はたった一つ、ヤマ勘のみであるが、しばし考えた後に束は答えた。
「……赤だね! 連中みたいな派手好きには、危険の赤が正解って相場が決まってるよ!」
<本当にいいんですね!? 切りますよ!?>
「他にヒントなんてないでしょ! 悠長に構えていたら時間無くなっちゃうよ!」
悩むより早くコードを切るよう、束は一夏をせっつかす。 一夏にしてみれば、しくじったらエンジンがお陀仏する事態なだけに慎重に行きたいだろうが、どのみち悩んだ所でヒントがない以上、束の考えを信じる以外になかった。
一夏本人や、手伝いながら様子を窺うエックスやゼロも生唾を飲み込んだ。 一夏の握ったニッパーの切っ先が、赤の被膜の配線に触れたまま震えていた。 しばしの間を開けた後、意を決した一夏のニッパーの刃先が閉じられた――――
――――無言の一時が流れる。 爆弾の様子を見ていたエックス達や、間近で解体に当たっていた一夏達が息をするのも忘れて爆弾を見つめる中、赤いタイマーはカウントを止める。 配線を切った瞬間の『0:55』の状態で制止しているが、何も起こる気配はなく……ワンテンポ遅れて赤く光るデジタル数字が完全に消滅。 電源が落ちたと言う事を再確認した。
<――――っぷはあぁぁぁぁぁぁ……合ってて良かったぁ……>
為に溜め込んだ息を吐き、いつの間にか溜まっていた額の汗を拭う一夏。 どうやら、これで無事に一難は去ったようだった。
「良かったぁ……これでエンジンが壊されずに済みそうだ」
「言ったでしょ? 危険の赤だって」
「全くだ、束様様だな。 操縦桿の修理はどうなっている?」
「あとちょっとだよ! 修理が終わったら操縦は任せたよ! 無線もついでに直しておいたから、救助を呼んで近くの海に不時着してね!」
話している内に彼女が同時に進めている手動操縦周りの機材も、無事に修理が終わりつつあるようだった。 同時に指示を出しながら自分の修理もてきぱきとこなす彼女。 正に天才科学者だった。
こんな彼女が何故追われる身にならなければならないのか、エックスは彼女を罠に嵌めたと言う『亡国機業』の所業を許せなく思っていた。 どちらにせよこれだけの貢献もしたからには、何としても束には正道を歩んで欲しいと願った。
「後はここをこうすれば……よしOK!」
操縦桿に突っ込んだ姿勢から身を起こし、スパナを握った手で頬についたオイルを拭う束。 こちらの方も問題なく作業を終える事が出来たようだ――――が。
「ちょ、ちょっと束! 胸元が!」
<げ!!>
「? ……うひゃっ!!」
無事に修理を終えて後は後退するだけ……と思ったのも
これには指摘したエックスは驚くだけで済んでいるが、通信越しにうっかり見てしまった一夏や、胸元をはだけた束本人は赤面する。
「な、何だってこんな事になってるんだ!?」
「ああもう!! シャフトの固定に使ったダクトテープが胸元に巻き込んでる! くそっ! 取れないなあ!!」
顔を真っ赤にするも、つい目を逸らす事も出来ず固まる健康な青少年の一夏をよそに、慌てて生地についたテープを剥がそうとする束。 しかし粘着力が思いの外強力な上に、以外と厄介なくっつき方をしているダクトテープは剥がれない。
「面倒だな、そんなもん適当に剥がしちまえばいいだろ!」
あたふたする一同をよそに、胸の谷間が見えた程度では今更動じない『紳士』なゼロが助け舟を出した。 生地を引っ張るダクトテープをゼロの白い手が引っ掴む。
「こうやって――――な!」
そして腕を引っ張り、強引にテープを引きちぎった!
そりゃあもう、ビリっと――――
「あ、いっけね」
うっかり胸元を破いてしまったゼロは、頬を掻きながらお約束通り再び露になった天災パイオツをガン見していた。
「まあそのなんだ、許せ」
「それが謝る態度かぁ!! また脱がせたなああああッ!!!!」
「じゃばああああああああああああああああッ!!!!」
悪びれる気配もない赤いイレギュラーを、今度は放心して固まらずに怒りを露にしながら、渾身のストレートをゼロの顔面に叩きこんだ! ゼロをぶっ倒した束はそのまま馬乗りになり、不届きな危険の赤を解体すべく執拗に何度も顔面を殴打する!
「危険の赤はアンタだったかあああああああ!!!! このままバラバラにして夢の島に送ってやるううううううううッ!!!!」
「ちょっとしたサービスシーンみたいなもんだろ! 一夏とか言う奴だって喜んでるぞ――――ゲフッ!!」
「いっくんとアンタを一緒にするなあああああああッ!!!!」
フォローのつもりが煽りにしかなっていないゼロの発言が、余計に束の神経を逆撫でする。 懲りない奴だとエックスも最早呆れ顔だが、ふと束の近くで展開されたままの、一夏との通信画面にて異変を感じ取った。
目を見開いたまま、何かをガン見して動悸を早めていく彼の様子に、ただならぬ何かに気付いたエックスは、追い打ちをかける束を呼び止める。
「束!! いいから早く胸元を隠すんだ!! 一夏君の様子が変だ!!」
「へっ!?」
ゼロへの攻撃に我を忘れそうだった束だったが、一夏の様子を引き合いに出すエックスの発言に顔を見上げたその瞬間。
噴水の様に両鼻から鼻血を噴いて、大きく仰け反る一夏に驚きの声を上げながら、そこはかとなく微笑ましくも懐かしい、少年漫画のお色気シーンの様なリアクションを感じ取った。
――――しかしそんな大げさな漫画チックな一夏の反応が、彼自身をして血を噴き出すのが鼻からだけでは済まない事態を招いてしまう。
こんな上空で大きく鼻血を噴いて目を晦ませる一夏だが、まさしくその反応こそが命取りであった。 姿勢を崩した彼は爆弾を抱えたまま、そのまま流れるようにエンジン前方へ倒れ込む。
そして当然のようにエンジン前方から彼の身体が吸い込まれてしまい、次の瞬間にはエンジンは大爆発した。
爆弾抱えたターキーブレストと化した一夏の身体を張ったリアクションは、エンジンを笑点……もとい昇天させた。 その様子を画面越しに見ながら機体の振動に揺さぶられた3人が、笑いどころか絶望の渦に叩きこまれたのは言うまでもない。
……ワンサマー、ターキーシュートさせちゃいました。(白目)
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第30話
記念すべき30話……投稿です!(白目)
「吸い込まれて、行ったね……」
「鼻血どころじゃ済まなくなっちまったな……」
成すがままに吸い込まれてエンジンをぶっ壊した一夏に、放心するエックスとゼロのやり取りは脱力感漂うものであった。
機体は大きく揺れ、操縦室に警告音を鳴り響かせながら、既に辛うじて保っていた高度を下げ始めており、機内全体に火葬場を思わせるような焦げ臭い死臭が漂う。
極めつけには扉の向こうの更に向こう側……客室の方では両側のエンジンが燃え盛る様子を見せつけられ、これには流石にCAの指示をしても冷静さを保つのは無理だったようで、悲鳴と怒号が飛び交う大惨事となっている事が音だけでも伝わってきた。
そして、胸を丸出しにしたまま固まる束は、心中において自問自答を繰り返していた。
「(何で……何でこうなるの?)」
ほんのちょっと、この2人をダシにして安全に東京まで送ってもらおうと思った。 そんな少し狡賢い事を考えただけだったのに、予想以上に酷い結果を招いた銀行強盗に始まり、セクハラの数々。
無理から鞄に詰め込まれ、口から出まかせを言っただけの存在である『亡国機業』が、本当にハイジャックを仕掛けて拉致されかけた事、そして今……友人の弟を死に追いやった。
これまでそんな理不尽に怒りをぶつけて気丈に耐えてきた束だったが、最後のソレを目の当たりにした事で一線を越えてしまった。
「(こんなバカ2人を利用しようとしたから? 束さんが嘘つきだったからいけないの?)」
巻き込まれた悲惨なシチュエーションは、大半が2人のイレギュラーハンターが引き起こした珍騒動だったが、そんな彼らと関わってしまったのも、自分が彼らに尤もらしい嘘をついたから。
嘘つきの悪い子だから、それ以上に嘘ついたり無茶苦茶する
……思えば、自分の人生は嘘に塗れていた。 自分にとって始まりだった『白騎士事件』にしかり、あれだって意固地にならずうっかりミスを認めていれば、笑い話にはなったろうがお尋ね者として追われる人生にもならなかった。
日の当たる所を歩けたのならば、わざわざ日陰者の連中に追い回されて、エックスやゼロみたいな破天荒な連中と関わらずに済んだのではないか?
今まで必死に言い聞かせて嘘をついても守り通してきた事が、あっさりと崩れていく……いや、その考え方こそが、他ならぬ尤も嘘をついてはいけない自分自身を欺いていたのではないか。
そしてそれこそが、とうとうこうして自分を致命的なトラブルに巻き込まれる事態を招いてしまった。 遂にその事実に気づいた束は、これから起こりうる死の恐怖に身を震わせるしかなかった。
「(いや……いや……死にたくない……死にたくないッ!!)」
束は切に願った。 もう人を見下して嘘ついたり利用したりなんかしない。 だから助けて欲しいと。 しかし聡明な彼女の頭は最早打つ手が無いと言う事にも気づいており、願うだけで状況が好転する事などありえないという事実を否応無しに認識させられ、現実逃避を決して許さない。
「くそったれ!! 何でパイオツ程度で鼻血噴いてやがるんだ!!」
「ゼロがあんな乱暴な手つきで束の胸元破るからだろ!! ――――まずい!! 機首が下を向き過ぎてる!! このままじゃ海面に突っ込んでしまう!!」
「ああクソ! とにかく今は喧嘩してる暇はねぇ!! せめて海の上に不時着するぞ!!」
絶望感を漂わせる束をよそに、エックスは操縦席に、ゼロは隣の副操縦席に座って機体をコントロールする。
操縦桿を操り、何とか徐々に下を向きつつあった機体の向きを上に向けようとする――――が!! 機首を水平に近い位置に向けると、目前には既に海上のIS学園と陸地の東京湾をつなぐモノレールが見えていた!
「!! 何てこった!! もうIS学園が見えている!!」
「おいやべぇぞ!! このままじゃ学園の敷地に突っ込むぞ!!」
「だめだ!! 敷地への突入は避けられない!! 仕方がない!! 使える分だけブレーキかけながら海面を擦って減速だ!! ゼロ!! 乗客にアナウンスを頼む!!」
「任せろ!! ――――乗客に告ぐ!! 俺達はイレギュラーハンターだ!! 今から当機を海面に擦って減速しながら胴体着陸する!! 全員衝撃に備えろッ!!」
ゼロの機内への警告から僅かな間をおいて、エックスはわざと海面に機体の底を突っ込ませる! 機体は海面の反発力で大きく揺れるが、吹っ飛んで機体が横転しないように操縦桿を支える。
「(死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬッ!!)」
その一歩間違えたら機体そのものが崩壊しかねない紙一重の緊張感に、既に限界に近づいていた束の心が遂にへし折れた。
「よし!! これなら建物への突入は避けられる――――」
「いっぎゃあああああああああああああッ!!!! 死にたくないいいいいいいいいいいいいいッ!!!!」
――――篠ノ之束は発狂した。 頭を抱え、涙目で金切り声を上げて錯乱する彼女は、揺れ動く操縦桿を必死で押さえ込むエックスの両肩を掴み、座席ごと彼の体を大きく揺さぶった。
「何するんだ束!! 今操作を誤ったら――――」
「死ぬのは嫌ああああああああああああッ!!!!」
「なんてこった!! 束が狂っちまったぞ!! おいやめろ!!」
ゼロが副操縦席から飛び上がり、暴れる束を押さえつけようとするが、発狂から脳のリミッターが外れたからか、エックスを揺する束の動きを止めることはできない!
真っ直ぐに動きを保たなくてはならない状況で、上下に機体を動かしてしまうエックス。 エンジンが破損している為、改めて空を舞うことはないものの、海面に押さえつけて減速しようとした機体が、水切りをする石のごとく海上を跳ねてしまう。 何度も水面をバウンドし、エックス達一同は首を上下に激しく振られ、視線を保つことさえままならない。
減速もできず機体が浮かんだ状態のまま、コンクリートの岸壁を抉り、猛烈な速度で地面を引きずりながら、IS学園の敷地に突入してしまうのは必然であった。
目前に迫るはIS学園が正門。 閉じられた柵状の門の向こう側には、サミットの取材のため早目に現地に待機していたマスコミ達が、突っ込んで来る飛行機に逃げ惑う姿が目に入る。
「だ、だめだ!! 減速が間に合わない!! 校舎に突入するッ!!」
「畜生!! ここまで来てこれかよ!!」
「もう悪い事しないから許してええええええええええッ!!!! 飛行機こわれちゃあああああうッ!!!!」
避けようのない大惨事の瞬間に、恐れおののく3人。 その時であった! 何者かが閉じられた正門を開け、こちらにめがけて一直線に走ってくるのが見えた!
黒いアーマーに尖ったオレンジの後ろ髪、そして眉間に×の字に傷跡が残る少年型レプリロイドの姿――――刹那の瞬間で、記憶の中にもあるその姿を見たエックスとゼロは、異口同音に彼の名を叫んだ!
話は数分前に巻き戻る……IS学園がサミット会場近くの控え室。 開催1時間前のこの部屋は、絨毯引きでそこそこに広く壁際に革張りの椅子が並ぶ、迎賓館を思わせるような豪華な作り。 部屋の奥には大きな窓が設置され、サミットの開催を待ちわびている報道陣で賑わう校庭が、その更に奥には閉じられた正門が見えた。
そんな室内にいるのはアクセルと、携帯電話を片手に話し合うケイン博士の2人。 他にサミットに参加する人達はまだこの部屋に見えていないようだった。
「ふむ……そうか。 クラブロスの奴が『亡国機業』の手合いをな? ……そうか分かった。 では引き続き調査を頼むぞ?」
ケイン博士は通話を打ち切った。 エックス達の今回の件について調査をさせていた部下を相手に、進捗状況を確認していたようだ。
「やはりあの強盗事件が尾を引いとったようじゃな。 クラブロスが仕返しに雇った『亡国機業』とかいう連中が、ハイジャック事件を引き起こしたと見て間違いないじゃろう」
「うげぇ……やっぱり余計な事して騒ぎを大きくしちゃったんじゃない……」
一夏が飛び立って以降、随時ケイン博士を通して入ってくる情報から、アクセルも薄々は気づいてはいた。 強盗事件とハイジャック、2つの事件は背後でつながっている事が確定し、出来れば外れていて欲しかった嫌な予感が当たってしまい、アクセルはただ額を押さえるしかなかった。
「全くバカタレめが……しかしクラブロスめ、躾のなっとらん奴を雇ってくれたものじゃな。 捕まえるどころか、その為にハイジャックまで引き起こすとはのう」
「僕達も人の事は言えない気もするけどね……」
一緒にいたアクセルも、重くため息をつきながら投げやり気味に言った。 もしエックスが仮に、無事にこのIS学園まで篠ノ之博士を連れてきたところで、今回の起こした騒動の不始末をどう処理するつもりなのか。
きっと又碌な事にならないのだろうと言う事は、これまでの経験から容易に想像ができてしまうアクセルは、早くも頭痛と目眩を覚えていた。
「話はお済みですかなケイン博士」
両開きの扉の片側が開き、向こう側から髪の白い初老の男性が、温和な笑みを浮かべながら軽く会釈をして、こちらに歩み寄ってきた。
「おや、貴方でしたか学園長殿」
表情を柔らかに崩し、アクセル共々やってきた彼に倣って会釈するケイン博士。 彼らの目の前に現れたこの男性は『
「聞き耳を立てるつもりではなかったんですが、外から話し声が聞こえましてな……何かトラブルに巻き込まれましたかな?」
質問に、ケイン博士は気恥ずかしそうに答えた。
「いやはやお恥ずかしい話ですがね。 うちのイレギュラーハンター2人が、よかれと思ってやったことで粗相をしましてな」
「ほう、ハンター2人と言いますと、ひょっとしてあの『ロックマン』ですかな?」
「ええそうです。 全くあの2人は……肝心な所が抜けていると言わざるを得ないというか――――」
何食わぬ顔でやってきた学園長と会話を始めるケイン博士。 不穏な話を聞かれかけたにも関わらず、さりげなく世間話を装って見せる姿に、アクセルはケイン博士の強かさを垣間見た。
「(あんな話聞かれたりしたらまずいのに、よく平然を装えるよね……あのエックスの育ての親にしてなんとやらって――――うん?)」
ふと窓から空を眺めていたアクセル。 海の上に作られたこの学園は、南に向けば大海原の広がる見晴らしの良い学園だ。 そんなくもの広がる晴れやかな青い空と海の境目のあたり、何やら見慣れぬ物体がこちらに近づいてきているのが見えた。
あれは何だろうか? アクセルは窓を開けて枠に手をかけ、身を乗り出し
否、それは鳥などではなかった! レプリロイドの優れた視力は、早くもはっきりとその実像を捉えていた!
「あ、あれは!?」
アクセルが大声で飛来してくる何かを指さす。 世間話をしていたケイン博士と学園長も、声を上げるアクセルの異変に気づいてこちらにやってくる。
揃って窓からアクセルの指さす方向を見る頃には、相当な速度が出ているのか、飛来する『それ』の形がはっきりと判別できるようになっていた。
何と『それ』は旅客機だった。 それも国内線として使われているような中型程度の物である。 主翼両側にぶら下がるエンジンが壊れ、減速もままならずに海面を擦りながら、水平にこちらにめがけて飛んで来るではないか!
しかも今現在、エンジンが破損して墜落の危機にある旅客機と言えば、アクセルの記憶には『DB893便』の存在があった。 まさか、あれは……。
正体に気づいた時、アクセルは一目散に部屋の外に駆け出した!
「どこへ行くアクセル!!」
「2人は避難して!! あの飛行機突っ込んでくるよ!!」
問いかけには答えず、とにかく逃げるようにだけ言い残して部屋を飛び出すアクセル。 廊下を駆け、階段を降り、目指す場所は正門だ!
「あら、アクセル? 貴方仕事はどうしたのかしら?」
道中、生徒会長の楯無と鉢合わせになった。 いつもの広げた扇子には『何事?』と書かれていたが、しかしアクセルは構わずに彼女の横を通り過ぎた。
「ちょ、ちょっとどこ行くの――――」
「全生徒に連絡して!! 飛行機が校舎に突っ込んでくるッ!!」
「えっ!?」
アクセルの言葉に楯無は面食らったような声を上げていたが、どんな顔でリアクションをしたかまでは、いちいち振り返って確認する時間もない。 文字通り今は一刻を争うのだ! 玄関口に駆け下りるまでに顔見知りの女生徒、セシリアやシャルと鈴にラウラ、簪にアイリスと謹慎を解かれた箒にマドカ。 ほぼ全ての面々とすれ違うもスルーし、ただならぬ様子のアクセルが気になって、一部はアクセルへの声かけに返事をしなかったことを抗議して追いかけてくるが、構わずにアクセルは彼女達を引き連れながら校庭へと飛び出した。
既に外では、正門の向こうからやってくる旅客機に気づいたマスコミ達が、慌てふためいて逃げ惑う状態であった。
「な、なんなのじゃこれは!? 校庭がパニックになっておるでないか!?」
「!! 皆!! あれを見ろッ!!」
アクセルを追って後からついてきた少女達も異変に気がついた。 混乱する校庭にアイリスが驚きを隠せない中、箒が正門の向こうを指さした!
予想だにしない事態に少女達は一斉に絶叫した! そしてアクセルは迫り来る航空機に対し……逃げ惑う報道陣の間を突き抜けるように、一直線に正面切って駆け寄った!
「おい!! 一体何をしているんだアクセル!! 轢かれるぞ!?」
箒がアクセルを制止しようとするが、猛然とダッシュ能力を使って迫り来る旅客機に、真っ向から飛び込むアクセルを呼び止めることはできない!
アクセルは閉じられた正門を力任せに開け、地面を引きずって突っ込んでくる旅客機の機首に対し、両の腕を大きく開いて対抗する!
箒達が悲鳴交じりにアクセルの名を叫ぶ――――しかし!
アクセルは潰されず、衝突した旅客機に両足を開き力強く踏ん張った! その様子を見て、シャルとラウラ、鈴がアクセルの意図を察する。
「ま、まさか力尽くで止めようっていうの!?」
「無茶だ!! そんな事をしてみろ!!」
「力負けして押しつぶされちゃうわよ!?」
止まる訳がない!! 駆け抜けていった開けっぱなしの正門に、迫り来る旅客機もろとも体を押し戻されるアクセル!!
「おっりゃああああああああああああああああッ!!!!」
しかし腹の底からの雄叫びを上げ、迫り来る旅客機に対抗する! 正門を通り抜け、飛行機の通過など当然想定もしていない門は、大柄な機首に対する幅など当然足りず無残にも破壊される!
「た、助けて――――ぎゃあああああああああああああッ!!」
「グワーーーーーーッ!!」
「あばばばばばばばばばばばばばばばばッ!!!!」
逃げ遅れ、飛行機に薙ぎ倒されたり跳ね飛ばされる数多の報道陣。 文字通り蜘蛛の子を散らす勢いで吹っ飛ばしながらも、それでも機体は減速しない!
目の前の光景に圧倒されて動けなかった箒達だが、人の山をかき分けて突入する飛行機を見て、固まる体を奮い立たせて自身もISを展開した!
「形振り構っていられない!! アクセルに協力して機体を止めるぞ!!」
「勿論ですわッ!!」
未だ勢いを緩めぬ飛行機めがけて飛んでいき、本体や主翼に分散してアクセルに倣い機体を押し返す箒達。
「おおおおおおおおおおおおおおッ!!!! こ、これを一人で押し返すつもりだったのか!?」
重たい旅客機など簡単に押し返せないとは分かっていたが、想像以上の勢いに圧倒される箒。 歯を食いしばり出力を全開にして機体の減速を試みるも、逆に自分達が明後日の方向へ弾き飛ばされそうな勢いであった。
グラウンドを抉り、土埃を上げて校舎に接近する飛行機。 レプリロイド1人に複数のISの全力の抵抗によって、わずかだが速度が落ち始めている。 しかし猛烈な勢いのままなのは依然として、このまま校舎に衝突すれば大部分が崩壊するのは必然だった。
皆が母校の破壊を食い止めようと、ISの腕を軋ませながら必死に抵抗する。 それは絶望の中での悪あがきにも等しい行為であった。
「ダメ……!! これは……止め切れない!!」
「しっかりして簪!! 私達が防がなきゃ、校舎が――――ああああああああああああああッ!!」
「り、鈴!!」
勢いを殺しきれぬまま、ついに最初の脱落者として、力負けした鈴のISが弾き飛ばされた!
「だめですわ!! わたくしも――――きゃあああああッ!!!!」
「ぼ、僕の機体ももたなっうわああああああああああ!!!!」
鈴に続き、セシリアやシャルロットも弾かれる! アクセルの援護に止めに入ったISパイロット達が、次々と旅客機に押し返されて宙を舞ったり、或いは地面に転ばされたりする。
「す、すまないアクセル!! あああああああッ!!」
そして、最初に援護を呼びかけた箒までもがとうとう脱落する! 皮肉にも最後まで残ったのは、最初に飛行機に挑んでいったアクセル一人だけとなった。
「止まれって言ってるんだよチクショオオオオオオオッ!!!!」
敗者が如く地を這いつくばる箒達は、勢いを殺せぬ憤りに叫ぶアクセルを、校舎目掛けて無慈悲に押し込んでいく航空機の胴体を、死屍累々とした校庭で満身創痍の中、身を起こしながらただ見送るしかなかった。 校舎に迫る航空機。 建物の中では、窓越しに逃げ惑う生徒や避難誘導する教職員、サミット関係者らの慌てふためく姿が見えた。
そして遂に、アクセルの体を巻き込みながら、飛行機の機首が校舎の中に突入した!
爆音と共にコンクリート片とガラスをぶちまけながら、巻き上がる土煙の中へ潜り込む飛行機に、箒は腹の底から絶叫した。
なお、来週もまた2本立てとしますので、土曜日と日曜日の12:17同時刻に投稿します!
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第31話
不躾な来訪者に押され、遂に校舎への侵入を許してしまったアクセル。
背後からコンクリートの壁やガラスやらをぶち破り、逃げ惑う女生徒達の姿を見送る羽目になりながらも、それでも懸命にこれ以上の破壊を食い止めようと必死で耐えていた。 並のレプリロイドならとっくに押しつぶされている状況の中、アクセルは理不尽な状況に怒りを感じていた。
「(何でこうなるんだよ!! 僕はただサミットの警備に来ただけだってのに!!)」
飛行機のコックピットを見上げるアクセルは、中にいるであろう例の仲間2人を憎々しげに思っていた。
「(ちょっと目を離した隙に、どこまでも事態引っかき回して……俺法とか抜かして調子こいてくれて!! もう頭にきたッ!!)」
サミットという各国の重役が集まる一大イベントとはいえ、この平和な日本国がIS学園という場所に、よりにもよってトンデモ騒動を持ち込んだのが仲間2人。
いつものことと言えばその通りだが、折角お騒がせな日常から逃れられたと思ったところに、意地でも厄介事を持ち込むトラブルメーカーに対し、アクセルの怒りは今まさにピークに達した!
「いい加減……止まれって言ってんだろおおおおおおおおッ!!!!」
全力を出していなかった訳では無い。 しかし、これ以上されるがままはゴメンだというアクセルの反骨心が、既に体の限界を超えたこの状況下で更なる力を絞り出す!
それはレプリロイドが持ちうる可能性と言うべきか、あるいは只のギャグ体質なのか、アクセルは両手のみならず体も押さえつけて飛行機に対抗する!
するとどうだろうか――――ISに乗った箒達でも弾き飛ばされていた飛行機が、校舎に突っ込んだ衝撃による抵抗も相まって、急激に減速を開始!
見開かれた目は血走り、口からも鼻からも変な汁を出しながら狂乱するアクセルの倍プッシュ! アクセルを押し潰さんと校舎を抉る飛行機だが、それ以上のアクセルの限界を超えた気合いと根性を前についに根負けしたのか、飛行機は段々とその速度を弱めていき……やがてアクセルもろとも、敷地内の中の方にある体育館兼講堂の扉をぶち破って、ついに停止した。
そしてワンテンポ遅れて、校舎への突入中にぶっちぎれた右主翼が、ひしゃげたエンジンをぶら下げて突入してきたものの、そちらも機首の横を滑って奥の壇上に突き刺ささり、動きを止めた。 突入前は燃えていたエンジンだが、不幸中の幸いか激突のショックで火は消えてしまっていたようだった。
耳をつんざくような破砕と摩擦の音がようやく止み、現時刻において誰も使っていない講堂の静寂とした空気が、両手足を開いて機首にしがみついていたアクセルを包み込む。
ここに来てようやく、アクセルは全身に込めた力を解き放った。
「ーーーーッ!! っぷはぁ!! はぁ……はぁ……や、やっと止まった……!!」
膝をつき、開いた両手でそのまま逆手に地面を突いて、もたれるように背を支えるアクセル。 呼吸は荒く、関節から煙を噴く彼の姿は、文字通り限界を超えて力を出し切った事を見せつけていた。 アクセルは機首を見上げた。 正面から校舎に突っ込んだ割には原形を留めている事に驚きではあるが、コクピット周りは当然のようにひしゃげ、機首全てに亀裂が入っているようだった。 この様子だと間もなくして崩落が始まるだろう。
アクセルはそれに巻き込まれぬよう、直後の事で足腰が立たない重たい体を肘で引きずり、機首から距離をとった。 そしてその読みは正しかった。
危機感を覚えて離れたまさにその直後、機首は崩壊し残骸がアクセルの座り込んだあたりに積み重なった。
そして、見慣れぬファンシーな女性と、見飽きた2人のイレギュラーハンターも落ちてきた。
「うう……何てこった……IS学園に突っ込んでしまった……」
「とんでもねぇ目に遭ったぜ……束! 何でエックスの邪魔しやがった!?」
「あああああああああ!!!! どうしようどうしようどうしようどうしよう!!!!」
見間違えるはずもない、2人のハンターはエックスとゼロだ! 彼らはボロボロながらも立ち上がろうとするが、束と呼ばれた女性は憔悴した様子で頭を抱え、その場でうずくまっていた。
……束? それでは彼女が噂の篠ノ之博士だというのだろうか。 アクセルが3人のやりとりを眺めていると、講堂の側面の扉が開かれる音がした。 アクセルは来訪者に目を向けた。
「大丈夫かアクセル!? ……これは!?」
「な、何てことだ……!!」
息を切らした様子の千冬と、彼女の肩に腕を担がれる足元のおぼつかぬ箒の姿であった。 2人は徹底的に破壊された講堂と、見るも無惨な姿になった旅客機に唖然とした。
「織斑センセ! 箒! 2人も無事だったんだ!」
「馬鹿者! それはこちらの台詞だ! ……っというか思ったより傷が軽いなお前は」
「伊達にイレギュラーハンターやってないからね……箒は体の怪我は大丈夫なの?」
「私は弾かれた程度だからこの程度で済んだんだ……どう考えても心配されるべきはお前の方だぞ――――って」
箒はアクセルの正面にいる3人に目を向けた。 千冬もそれに続いて彼らを見ると、一瞬の硬直の後に、2人して親の敵を見るような鋭い目つきを向ける。
「姉さん……!!」
「束……これはお前の仕業か!?」
アクセルも束の方を向いて見た。
「ヒッ……あ……ああ……!!」
そこには彼女らの視線に怯える哀れな子ウサギの姿があった。 今にも泣きそうな顔で身を震わせ、ボロボロで特に胸元が露出したままの服装は見るからに痛々しい。
「不束者め……イレギュラーとつるんで、随分好き勝手やってくれたな!」
千冬が箒を肩に担いだまま一歩ずつ束に歩み寄ると――――
「い、いやああああああああああああああああああッ!!!!」
何とアクセルのいる方に全力疾走した! これには箒と千冬、そしてアクセルまでもが驚いたが、束はそのままアクセルの背中に隠れて怯えていた。
「ちょっと! 何で僕の背中に隠れてんのさ!」
「やだやだやだ殺さないで殺さないで殺さないでごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「た、束……な、何があったんだ?」
背中に隠れて泣いて許しを請う束の姿に、千冬と箒は困惑していた……アクセル自身も。 箒からの話では、彼女はいつだって周りを煙に巻くような、自信の塊のような人物だと聞いていたが――――
「アクセル! 無事で良かった!」
「全く……とんだ旅行になっちまったよ」
エックスとゼロも、重々しい体を引きずりながらこちらにやってきた。
「ヒィィィィィィィ!!!!」
歩み寄る彼らの姿に、束はより一層の怯えを強調し、アクセルの背中に顔を埋めて歯を鳴らしながら震えた。 千冬や箒よりも、同伴していたエックス達の方に強く恐怖を感じているようにも見えたが、その理由は彼女自身の口から語られた。
「もう嫌!! セクハラは嫌催涙ガスは嫌鞄に詰め込まれるの嫌乱暴なのは嫌!!」
顔を埋めながら必死で許しを請う束の言葉に、呆気にとられる一同。 一体何があったのかは知らないが、束の異常な怯えようを見るに、相当酷い目に遭ったことは想像に難くなかった。
千冬と箒は先程束に向けていた鋭い視線を、今度はエックス達に向けた。
「随分と友人を可愛がってくれたみたいだな……こんな対人に問題抱えたダメな奴だが、長い付き合いなんだ……!!」
身を震わせる千冬に続き、今度は箒が激しい剣幕でまくし立てた!
「お前達は何者だ!! ロックマンのフリをする偽者なのは分かってるんだぞ!! よくも私の姉をそそのかした上に、ここまでボロボロにしてくれたな!!」
詰め寄る2人の女性に対し、エックス達は困惑を隠せないでいた。
「偽者!? 待ってくれ!! 俺は束を保護する為に――――」
エックスが弁明をし始めようとしたあたりで、不意に壇上に突っ込んだ右エンジンから金属を叩くような物音が聞こえた。 一同音のした方を見るが、何と破損したエンジンが内側から突き上げるように揺れ動き――――破裂した!
内部から何者かが躍り出てきた! その姿にアクセル達は言葉を失った――――そこには、折れたタービンブレードが全身に突き刺さり、血みどろで虫の息な一夏の変わり果てた姿があった!!
口から血反吐と瘴気を吐きながら、物々しい口上と共に殺気を漂わせてにじり寄る一夏。
怒りに突き動かされかけていた箒と千冬も、それぞれにとっての初恋の相手と可愛い実弟のおぞましい姿に衝撃を受けていた。
「い、いいいいいいいいいっくぅぅぅぅぅぅんッ!? 生きてたのぉ!?」
死んだと思っていたかのような口ぶりの束は、もう膝が笑っており、気を抜けば失禁一歩手前の状態と言っても良かった。
それにしても、あんなに爽やかだった好青年の一夏の身に、一体何があったのだろうか? エンジンの中からズタズタの状態で現れたと言うことは、恐らく彼はバードストライクを喫してしまったのかもしれない。 まさかそれが墜落の原因ではないだろうか……それをこれ見よがしな殺意と憎悪を漂わせて近づいてくると言う事は、背中の束……というより、むしろ目を丸くして呆気にとられている、エックスとゼロの方に原因を疑いたくなる。
まあ、あえて聞かずとも、アクセルにとっては自身の嫌な予感が最悪な形で的中してしまったことは間違いないのだが、それでもあえて問わずにはいられなかった。
「ねえエックス、ゼロ……いや、今のあんたらは『偽者』かな?」
「「!?」」
エックスとゼロが怪訝なまなざしを向けてくる。 アクセルには勿論、目の前にいるイレギュラーハンター2人が、紛れもない本人であることは見抜いている。 千冬や箒達が疑った偽者説など、先入観が齎す勘違いに過ぎないのだが、あえてアクセルはそれに乗っかるとした。 何故なら彼らのやらかしたお騒がせを考えれば、見方によってはそれはある意味で間違いではないのだから。
「強盗やらかした足で、しかも飛行機をIS学園に落としてくれるなんて、随分とやってくれるじゃない……」
「殺ス……殺ス……」
地面に血の滴る跡を残しながら、アクセルの隣まで来た一夏。 束の目は見開かれ、完全に青ざめていた。
「いやぁ!! お兄さん許して!! ごめんなさい許してください何でもしますからッ!!」
必死で命乞いする束に対し、アクセルはいったん彼女を背中で押して強引に剥がすと、素早く彼女に振り向いて両肩に手を置く。
「ひぃ!!」
「本当に何でもするんだね?」
束に対し、アクセルは怒気の滲み出た顔を近づけて返事を迫る。 束は涙目になりながら2度も頷いた。 それを肯定の返事と見ると、アクセルは打って変わって天使のような優しげな笑みを浮かべた。
「待っててね。 今全てを終わらせるから」
そう言ってアクセルは、彼女を優しく押して千冬達に預けた。
「もう一人任せちゃってごめんね織村センセ。 でも友達でしょ? ちょっとここの馬鹿2人に落とし前つけるから、その人をお願い!」
「お、おいアクセル!?」
「大丈夫、キッチリ落とし前はつけるから!」
箒と千冬の声を無視し、再度エックス達に向き合うアクセル。 彼らにとっての年貢の納め時がやってきたようだ。
試験的に新機能のフォント使ってみた……やばい、これ目茶苦茶面白いです!w
……執筆カロリー増えそう(確信)
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第32話
馬鹿2人に引導を渡すべく歩いて行くアクセルを、束は気の抜けた顔をして見送っていたが、今のアクセルにとっての関心事は、仲間2人へのけじめをつけることだ。 一夏も束に対しては関心は向けておらず、2人の特にゼロの方へ憎悪を募らせているように見えた。 どうやらゼロが余計な事をやらかしたのは確定のようだ。
「待ってくれアクセル!! 俺達は本物だ!!」
「大体偽者とか何の話だ!? 束の護衛を引き受けただけでえらい言われようだな!」
「そんな事はどうでもいいんだよ! そこの博士とか助けに行った一夏がこんなボロボロなってたりとか!! 返答次第によっちゃただじゃ済まないよ!!」
アクセルは詰め寄った。 彼らが本物だろうが偽者だろうが、余計な行いによってこのような事態を引き起こした事実に変わりはない。 それを分かった上でアクセルは2人を問い詰める。
……すると2人は、目を閉じて深呼吸の後にアクセルの問いに答えた。
「……いいかアクセル、落ち着いてよく聞け」
最初に口を開いたのはゼロの方だった。
「一夏とか言う奴は来てもいないし危害も加えていない……何故ならここにいるのはワンサマーっていう七面鳥の一種だからだ!」
「はぁ!?」
突如、訳の分からない言い訳を始めるゼロに、アクセルは間抜けな声を上げた。
「いいかアクセル。 飛行機のエンジンというのは、凍ったターキーブレストをぶつけるターキーシュートという機械で実験を行うんだ。 バードストライク対策にな」
「それが何だよ!」
苦しいことを言うかと思いきや蘊蓄を語り始めたゼロに、アクセルは投げやりな返事をする。
「この鳥はなんと、タービンに吸い込まれる寸前で引っかかった状態のまま、生きてたのを空飛んでる最中に見つけたんだ。 実験の時に生きた鳥を混ぜてエンジンに飛ばしちまったって。整備の連中が言ってたのを慌てた機長の無線で聞いちまってな。 だがそれも、空中飛んでる間に持たなくなって吸い込まれちまって、あえなくエンジンをお釈迦にしちまった……まさかそれでも生きてるとは、随分タフな鳥だがな!」
「そんなクソ同然の言い訳信じるとでも思ってんのか!?」
「殺ス」
状況説明が詳しすぎて、どう考えても嘘な言い訳をアクセルは一蹴する。 第一機長は気絶してたし、最終点検もオールクリアだったのはケイン博士のとった電話で知っている。 見え透いた嘘にアクセルが神経を逆撫でされる中、一夏は譫言のように殺意を仄めかしている。 何かがきっかけでゼロに飛びかかりそうな勢いだ。
しかし既に語るに落ちていると言う事に、意地でも向き合わないゼロの言い訳は続く。
「アクセル。 考えてもみろ! こんな全身から羽が生えた人間がいるか? ISだってこんなごちゃごちゃの装飾はねぇぞ。 こりゃ間違いなく鳥だ!」
「殺ス」
「全身タービンブレードの生えた鳥もいないよ!! どう見ても一夏だろ! いい加減にしろ!!」
「違う。 ワンサマーって言う七面鳥だ。 さっきからずっと『殺す』って鳴いてるだろ! 世の中には生まれたときから『ぶっ殺す』って鳴くハトだっているんだ! 似た鳴き声出す鳥だっていてもおかしくねぇだろ!!」
「おかしいのはアンタの頭だ!! 僕だって『殺す』ぐらい言うよ!! アンタを血祭りに上げる為にな!!」
「殺ス」
ゼロは人の怒らせ方についてもプロのようだ。 徹底して非を顧みずすっとぼける姿は堂々と、それでいて逆上は避けられない状況にアクセルと一夏を追い込んでいく。
そんな中で、焼け石の如く憤怒の熱気を立ち上らせるアクセル達に、エックスが空気を読まず燃料を投下しようとしていた。
「とにかく、束は無事に連れてこられた……これでサミットは無事に開催できるね!」
「会場の学園がこんなんでサミットなんか開けるかッ!! 頭沸いてんのか!?」
勿論、そのような発言を受けたアクセルが、今度はエックスに矛先を向けるのは当然であった。 彼としては強引でも、話を収める方向に持って行こうとしているのだろうが……当然学園そのものが壊滅的な打撃を受けた大惨事の後では、それも空しい努力に過ぎないが。
「アクセル。 過去の戦争で日本の学校が軒並み焼かれてしまった時、たくましい日本の国民は敗戦にめげず、青空の下で生徒達に授業を行っていた……人はそれを青空教室という」
しかしそこはやはりというか、ゼロ同様に諦めの悪いエックスが、話を言いくるめようとするがあまり、遂にアクセルの逆鱗に触れてしまう。 最早アクセルは、言葉さえ発せずに身を震わせていた。 それは束の恐怖による物からとは真反対の……怒髪天と表現するべき激情――――
「空を飛ぶISを扱う学園において、満天の青空の下で開催されるサミットは、この国の歴史を鑑みても最高のシチュエーションだと思うよ!?」
――――次の瞬間、アクセルの全身全霊の怒りをこめた右ストレートが、エックスの顔面に刺さった!!
「いい加減にしろこのクソブルマアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
「ぽぴゃあああああああああああああああッ!!!!」
……アクセルがこの学校で知り合った生徒の一人、セシリア・オルコットがかつて言い放った一夏へ悪口に『文化的にも後進的』との言葉を残したことがある。 エックスのそれは、軒並み街を焼いて更地にした側の国のレプリロイドとして、それをナチュラルに上回る最高の煽り文句であった。
アクセルは殴りつけた勢いでエックスに飛びかかり、馬乗りになって積もりに積もった鬱憤を爆発させていた!
「それを国辱って言うんだよッ!!!! ふざけんなよそこら中で迷惑かけまくりやがってッ!!」
「だ、誰がブルマって――――あべしっ!!」
「アンタなんかニセハンターのクソブルマで十分だぁッ!! クソブルマクソブルマクソブルマッ!!」
「あばばばばばばばばばばばばばばッ!!」
エックスの逆上のスイッチとなる『ブルマ』なる禁句。 普段は言わないよう心がけるアクセルも、今となっては恐れをも上回る激情から、何度も執拗に叫びながらエックスを殴りつける。
「あはっ……あははははは……」
馬乗りになってエックスを殴打する、修羅と化したアクセルを遠巻きに見ていた、千冬に預けられた束は彼らを指さして乾いた笑いを浮かべていた。 彼女もまたエックス達に対しいざという時には猛然と反発していた口であるが、すっかり心の折れた今となっては笑いものにするぐらいが関の山であった。
「おいやめろアクセル!! 一体何やって――――」
「てめぇはこっちだあああああああああああッ!!!!」
エックスに気をとられた一瞬の隙を突き、ゼロの股間に一夏の渾身のローリングソバットが突き刺さった!
「ぺさあああああああああああああああッ!!!!」
体をくの字に曲げ、舌を蛙のように長く伸ばしながら白目を剥いて卒倒するゼロ。 この期を逃さない一夏は畳み掛けるように、ゼロの背中に馬乗りになって両の手をゼロの下顎と首筋の間に回す!
「この野郎!! よくもエンジンの中に放り込んでくれたなッ!?」
「い、いい加減な事言うな!! あれは……お前が勝手に飛び込んだんだろうが!! 束のパイオツガン見してやがった癖に!!」
「束さんの胸元破ったのはアンタだろ!! あんな土壇場でいきなりやられたらビックリするわ!! やっぱりアンタ偽者のゼロだろ!! 始末してやる!!」
「ンアーッ!! やめろぉ!! 何しやがんでぃ!!」
あくまで目の前の赤いハンターを偽者と決めつけて疑わない一夏は両腕に力を込め、ゼロの首を上半身ごと上に引っ張り上げ、見事なまでの
そして、一夏の
「ゲエーーーーッ!! 赤いイレギュラーの胴体がロックマンXシリーズの真っ二つになるシーンみたいになってしまったーーーー!!!!」
いやに説明口調で驚いてみせる束。 対するゼロは、上半身と下半身を引きちぎられた割には、どこか達観したような表情を見せていた。
「フッ、また泣き別れかよ……ガクッ」
煩悩の源だった下半身が立たれ、賢者のような佇まいを見せるゼロだったが、やはり自他共に認める下半身直結。 シリーズ恒例の泣き別れを喫したその直後に他界した。
アクセルはマウントポジションを、一夏は
「お、織斑先生……いいんですかアレ!? そろそろ止めなくても!」
「う、うむ……いや、しかしな……」
頭を引っ掴んで地面に叩き付けたりするアクセルや、胴体をちぎった後もスリーパーホールドする一夏など、いくら偽者(と思い込んでいる)エックスやゼロ相手とは言え、際限なく苛烈さを増していく2人を見かねた箒は、千冬にどう対応すべきかを問うが、千冬自身は一夏はともかく、アクセルがイレギュラーを倒そうとするのは彼らの領分であると思っていた。 何より学校に恐ろしいテロ攻撃を加えた張本人である為、大変見苦しい光景ではあるが、しかし迂闊に彼らの行動を止めていいものか、判断に困っているのが本音であった。
そして束は……この間一切口を挟まなかったのは言うまでもない。
「おやおや、この災害の直後で随分と元気な人達ですな」
「ははっ、お見苦しい所をお見せしますわい」
その時、千冬達の入ってきた開けっぱなしの扉から、初老の男性と思わしき2人分の声がした。 千冬にとっては共に聞き覚えの声であり、振り返ったそこにはにこやかな轡木学園長と困ったような表情のケイン博士が立っていた。
「学園長……それとケイン博士」
「うひっ!!」
千冬が彼らの名をつぶやくと同時に、束は千冬に担がれた箒に抱きつき、怯え混じりに彼らを見た。
「姉さん! 少し! 離れてって――――」
「ごごごごごごめんなさいぃ!! まさかこんな事になるなんて思わなかったのぉ!!」
引き剥がそうとする箒にしがみつきながら、現れたケイン博士達に対し謝罪の弁を述べる。 対してケイン博士は特に彼女について何も言わず、ただため息をついた。
「お前さんが篠ノ之束じゃな?」
ケイン博士が呆れたような眼差しでその名を呼ぶと、束は叱られた子供のように身をすくめた。
「全く、つまらんことを考えおって……バカを侮るとロクな目に合わんと、これでわかったじゃろう!」
「あう……」
まるで全てをお見通しだ、と言わんばかりのケイン博士。 束も言い返す気力も無く、しょげる気持ちを表すように彼女のヘアバンドの耳も力なく垂れた。 そこに、隣の学園長が仲裁に入った。
「ケイン博士、彼女も
学園長は束では無く別の方へ視線を送る。 それは未だ攻撃の手を緩めないアクセルと一夏に対して。 ケイン博士は再びため息をつくと、上着を脱ぎ捨てて両肩を回し、首筋を左右に動かして凝りを解す。
「全く……人前でもめ事なぞ起こしおってからに……若いのは血気が盛んすぎて困る」
「お手伝いいたしましょうかなケイン博士? 私も偶には体を動かさんといけないと思いましてな」
学園長も片手の指を動かし、乾いた音を鳴らしていた。 ケイン博士は微笑んで、学園長の好意に甘えることにした。
「では……お言葉に甘えましょうかのう」
ケイン博士の了承の返事と共に、2人の老人が身に纏う空気が変わった。 はっきりと目に見えた訳では無いが、両者の背中から闘気のようなものが迸るような、千冬達は揃って錯覚を覚え背筋を震わせた。
そしてコンマ1秒にも満たない次の瞬間には、彼ら2人の姿がその場から消え失せていた――――
「「後ろッ!?」」
比較的まともではあるが、超人側の人間である千冬と束には彼らの動きを辛うじて捉えることができた。 反応しきれない箒をよそに振り返る。
「もうその辺にしとかんか!」
「うべっ!」
視線の先には馬乗りのアクセルの背後から、彼の脳天にチョップをたたき込むケイン博士。
「落ち着きなさい一夏君」
「はうぁっ! うっ――――」
両手の人差し指をこめかみに添え、触れただけで一夏の動きを止めたかと思えば、しばしの硬直をおいて昏倒させる学園長の姿があった。
「え? え? い、今一体何を――――?」
ワンテンポ遅れて、ようやく箒が2人の老人がアクセルと一夏を落ち着かせたことに気がついたようだ。
「ふう、ご協力感謝しますぞ学園長」
「いえいえ。 私としても学園の生徒に指導をしただけの事です……よっこいしょっと」
学園長が、気絶させた一夏の胴を立て折りに肩から担いだ。
「……それにしても、気を送り込んで一夏君を無傷で失神させるとは対した技量ですな」
「気を扱う技なら、
「ほう、力の夫に技の妻の轡木夫妻は健在と言ったところですかな! はっはっは!」
――――しれっとこの人達、とんでもないことやってる。 様子をただ見ていた千冬達は戦慄していた。 まさに人外の域とも言うべき早業だったが、当の年寄り2人は何て事は無いというような様子でお互いに笑い合っていた。
「い、痛ったぁ……電子頭脳が一瞬揺れたぁ……もうちょっと手加減してよ博士ェ……」
アクセルが叩かれた頭を抱えて悶絶しながらケイン博士に抗議するが、対する博士は知った風で無い様子で返す。
「これで少しは落ち着いたじゃろアクセル。 ほれ、とっととエックスを担がんか! この2人には色々と話を聞く必要があるからな」
「え、えー……」
アクセルは露骨に嫌そうな顔をしながら、一夏と2人がかりでタコ殴りにしたエックス達を流し見る。
ケッチョンケッチョンで目を回しながら、辛うじて生きているイレギュラーハンター2人。 ここまでやって気を失うだけで済んでいる辺りは、曲がりなりにも伝説クラスのハンターなのだろう。 しこたま殴っておいて今更であるが、博士の言う通り話も聞きたいし、流石にこの状態でおいておくのは忍びなかった。
「はぁ……しょーがないなぁ」
「後で此奴の為のガムテープも用意するんじゃぞ」
「はいはい」
アクセルは呆れながらにため息をつきながら、エックスの肩を担いだ。 ケイン博士もぶっちぎれたゼロの上半身と下半身を背負う。 そして千冬達の方を振り向いて軽く会釈だけして、彼らを担いだままいずこへと歩いて行った。
「は……あはは……う、上には上がいるって奴なんだね……あはははは……」
子供の粗相を咎めて後片付けをする大人のような構図に、束は乾いた笑いを浮かべるしか無かった。 とても敵わない。 文字通りの人外の境地を垣間見た束は、自分の知っている世界がいかに狭かったかを痛いほどに実感していた。
「むう……何という恐るべき、そして懐の深さだ……私も精進しなければな!」
「織斑先生!?」
そして目を輝かせて感心する千冬に、箒が心配そうな声を上げた。 まるであんなの見習っちゃダメ! と言わんばかりに。
「ち、ちーちゃんは人間のままで……いて……」
明後日の方向を向きつつある友人を心配しながらも、立て続けに起きた色々な事態に精根尽き果てた束は、紙一重のところで保っていた意識をとうとう手放し、地面に倒れ込んだ。
「! ね、姉さん!!」
箒も、重い体ながら千冬から離れ、慌てて倒れた束を介抱する。 気を失って倒れた物と思われたが、よく見れば抱きかかえられた箒腕の中で束は寝息を立てていた。
「全くこの人は……」
箒は困ったような、それでいてかすかな笑みを浮かべていた。 あれだけ嫌っておきながらもどこか心配するような彼女の様子は、確かに肉親としての絆があったようだ。
かくして飛行機が墜落する大変な騒動の結果、学園で開催されるはずだったサミットは中止となり、催し事が横槍を入れられるのに定評があるIS学園の歴史に、新たな1ページが書き加えられることとなった。
……そしてエックス達が目を覚ました1時間後。 彼らに叩き落とされたケイン博士の雷が、ボロボロの校舎に轟き渡る事となる。
約半年続きましたが、劇中の経過日数にしてたった2日分……束の人生を変えうる酷い旅もこれにて終幕です。
さて次回以降は、お待ちかねの事後処理タイムです!
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第33話
「わしゃ情けないぞ! こないな馬鹿な失敗をやらかしてしまうとはな!」
旅客機の突っ込んだ校舎の中において無事だった学園長室、微笑みを崩さずに共に重厚な作りである革張りの椅子に座り、黒塗りの机の上で腕を組む轡木学園長と、その彼の前に立ってエックスらを叱責するケイン博士。
そして当のエックスとゼロは、正座で叱られた子犬のようにしょんぼりと頭を垂れた様子だった。 しこたま殴られた顔を冷やし、ちぎられた胴を万能と誉れ高いガムテープで固定するという、ヒーローにあるまじきやられ姿のまま、年寄り2人に求められるがままに全てを打ち明けた所、見事に大目玉を食らう羽目になった。
「第一お前らあの娘っ子に口八丁で動かされすぎなんじゃ! 嵌められて追われているから、助けてくれたらお礼をする? それも嘘にきまっとるじゃろう! おまけに悪口言われたこと蒸し返されて、クラブロスの銀行にキンコ―ソーダーなんぞとカチ込みに行きおって! しかもあんなガバガバ変装じゃすぐバレるわい!!」
「うう……反省しています」
「お、おしかったんだよ……」
ゼロの素直でない返答にケイン博士は目を見開く。
「口答えするんじゃないわゼロ! ……全く、やるならもっと上手くやれと口を酸っぱくしていっておるじゃろう。 次からは餌に釣られず嘘を信じたフリして、土壇場でハシゴを下ろせるくらい上手くやるんじゃぞ!」
「「はぁ~い……」」
すっかり厭気のさしたハンター2人はもう、ケイン博士のお叱りを受け止めるしかなかった。 叱られている内容がバレないようにやれという、どちらかと言えば『悪の教師』さながらな言い分なのは、この
そんな様子の中で、生暖かい視線を崩さずに言葉を発するは学園長であった。
「過ぎたことを悔やんでも仕方がありません……それよりも『亡国機業』ですが――――」
ケイン博士は『亡国機業』の言葉に反応した。
「これはつい先程、私の
「む? 貴方も強盗事件の一件を調べていたと?」
学園長は黙って首を横に振った。
「どちらかと言えば『亡国機業』という組織そのものですな……彼女らは度々、このIS学園に対して幾度となく
「ふむ、どうやら奴らに関しては貴方の方が詳しく知っておられるようですな。 儂も事件の背景については大体調べておりましたが……代わりに説明をお願いできますかな?」
「勿論ですとも」
エックスら2人は、興味深そうに学園長の話に耳を寄せた。
「まず……問題の雇い主はミナミの蟹銀行とみて間違いはないでしょう」
「「ファッ!?」」
エックスとゼロは吹き出した。
「ソースは事件の巻き添えになったクラブロス会長の通話記録と、彼女らの銀行口座での金の動き……借金の帳消しと少しまとまった金額の入金の手続きが行われているようです。 動機については……貴方方が一番ご存じのはずですね?」
「うっ……」
「何てこった……しっかり恨まれてたんじゃねぇか」
学園長の問いかけに、エックスは苦虫を噛み潰したように顔をしかめ、ゼロは額を押さえて天を仰いだ。
「そう言う事じゃな。 しかし儂も、クラブロスが奴らを雇ったと言う事は知っておりましたが、銀行口座の金の動きまで把握しているのは流石ですな。 内通者が居ると?」
「それは、企業秘密という事でお願いします」
淡々と、しかしにこやかに事実を述べる学園長。 エックス達としてもクラブロスを攻撃するつもりはなかったのだが、あの時は投げ飛ばされたキンコ―ソーダーともつれた弾みで、鞄の中のロケットランチャーが発射されてしまったのだ。 あの時点で機能停止に陥ってしまったと思っていたが、まさかかろうじて意識を保ち、しかも刺客まで送られる羽目になろうとは。
そこまで思い出して憂鬱になったあたりで、エックスはふとある点に気づいた。 あの後、キンコ―ソーダーはどうした? 締め上げた後で警察が捕まえやすいように、目立つ所に十字架に貼り付けにしておいた筈。
「そして入金手続きというのも、どうも工事帽を被ったあるイレギュラーを引き渡した見返りであるようなのです。 通話内容にも、強盗一味を
その答えは、尋ねるつもりだった質問の問いに、学園長自らが明かしてくれた。 エックスとゼロは目を丸くした。 どうやらキンコ―ソーダーを置き去りにした後、警察よりも早く『亡国機業』の手合いが奴を連れ去ったらしい。 ならば自分達が丸腰なのを知った上で、あえて飛行機の上という場で戦いを挑んできたのも、キンコ―ソーダーから洗いざらい吐かせたと考えれば合点がいく。
「成る程、儂の部下が足取りを追えない理由はそう言う事でしたか……で、奴は今どこに?」
学園長は微笑みを崩さずに答えた。
「今頃は網走に送られて、蟹漁船にでも乗せられている頃ではないですかな? 尤もクラブロス金融グループには漁業権を取得した事実はない……どうも密漁の黒い噂が立っているようでしてね」
「……蟹のレプリロイドが蟹漁するんですか」
社会の荒波にもまれて一皮も二皮も剥けた結果が、腹も噂も黒くなる蟹にあるまじきこの始末。 何とも笑えないジョークだと、エックスとゼロは互いに顔を見合わせて頬を引きつらせていた。
そんな微妙な空気が学園長室内に流れた時、ふと誰かの携帯電話が鳴ったようだ。 かの有名な『ダースベーダーのテーマ』だ、エックスやゼロはそもそも鞄もろとも消失したので違う。 ケイン博士は『ゴッドファーザー 愛のテーマ』だ。 それでは……
「おっと失敬、マナーモードにしていませんでしたな……失礼」
学園長の物だったようだ。 懐から電話を取り出し横を向いて通話を始める。
「もしもし私です……ふむ……む?」
学園長の顔に感嘆の息が漏れる。 小さな笑みが満面のそれになりながら通話を続けた。
「ふむふむ、分かりました。 それでは……お勤めご苦労様でした」
電話を切ると、エックス達の方を向き直し告げた。
「朗報です。 貴方達が倒した『亡国機業』のパイロットが、今し方地元警察に逮捕されたようです。 黒焦げでアフロヘアになって、海の上に浮かんでいたみたいでした」
「あの爆発で生きてたのか……」
ゼロは驚きを隠せなかった。 パイロットというのは間違いなくオータムだろうが、この目で見たマイクロジーロン弾の爆発力は凄まじい物があったはずだが、まさに爆心地だったその女が原型を留めて……それも発見ではなく逮捕という事は生きていると見て間違いないだろう。 ISの絶対防御とやらの性能は折り紙付きと言った所だろう。
「……あいや分かった。 それではこの手で行くとするかのう」
先程から聴きに徹していたケイン博士が、自慢の長い髭をなぞりながら言葉を発する。 どうやら学園長から得られた情報を元に、今後の身の振り方に思考を巡らせていたようだ。
「エックス、ゼロ。 立て、反省会は終わりじゃ」
ケイン博士はエックス達2人を立たせるよう指示し、2人は従った。
「お前達2人は先に控え室に行って、今後の記者会見でのコメントを纏めておけ。 儂も後から向かう……少し学園長と話があるのでな」
「りょ、了解です!」
エックスとゼロは少々困惑気味だが、軽く敬礼して2人して部屋を立ち去った。 後に残されたのは老人2人。
「さて学園長……これら一連の責任は奴らに償わせねばなりませんな……『亡国機業』に」
「私も同じ気持ちです。 そしてこればっかりは雇った側の責任も免れませんな。 しかし、その発端となったのも、1人のイレギュラーが強盗を引き起こした為、そのイレギュラーを外に解き放った
「勿論ですとも。 あの不肖の馬鹿息子にも、
2人して顔を見合わせて笑うケイン博士と轡木学園長。 その笑みにはえも知らぬ威圧感が込められていた。 ケイン博士もエックス達の後を追うように部屋を出て行くと、学園長はしまい込んだ携帯電話をもう一度取りだし、いずこへと電話をかけた。
「もしもし私です……
ついにこの日がやってきた。 謂われのない罪を全く関係のない事件の記者会見の場ででっち上げられ、妖怪と化した赤いイレギュラーに『たま』を貫かれ、流れるようにアブハチトラズ刑務所へ収監されて早半年。
仄暗く湿っぽい檻の中で、目つきの鋭い黄色いイレギュラーと、それ以上の存在感を放つ巨悪と呼ぶにふさわしい、頭のまぶしい巨漢の2人。 彼らを檻の廊下と隔てる扉の鍵が開けられた。
「114番と514番、出ろ。 釈放だ」
暗い部屋に光が差し込むと、廊下からの光を背に見張りを連れてやってきた看守の姿。 右腕と2人して立ち上がり、看守に同伴するアサルトライフルを下げた、表情のない三つ目の警備レプリロイド3名に連れられていった。 番号で名前を呼ばれるようになって随分立つが、それも今日で終わりだ。 目立ちすぎぬよう、ありがちな作業服にマスク姿と言った服装に着替えさせられ、表向きは奴らの指示に素直に従いながら内心ほくそ笑む。
そう、かつて世界中に悪名を轟かした……切り裂き魔の『ダブル』と、彼が仕えるイレギュラーの中のイレギュラー『シグマ』の復活の日なのだ。 あらかじめ出所日に印をつけた、カレンダーの日にちを追って丸で囲いながら、今日という日まで臥薪嘗胆の日々を送ってきたが、とうとう外へと解き放たれる時を迎えたのだ。
隊長……流石だぁ……。 監獄の廊下を歩きながら、悪党共の期待の眼差しを一身に受け、新たな門出を目指して刑務所の正門へと黙々と、しかしほくそ笑みながら足を進めるシグマとダブル。
先に自分の計らいで外へ送り出したキンコーソーダーは上手くやっただろうか? ダブルをはじめとする変身能力を隠し持ったレプリロイドに一人二役をやらせて脱獄の事実をごまかしながら、そして2人が出所する今日も中に残った連中に引き継ぎを任せておいた。 気づいた頃には手遅れという寸法だ。
そこまでして脱獄の手引きをしてやったキンコ―ソーダーだが、奴とてこの裏社会において一定の成果を上げてきた人物であり、喜んで自分の為に働くとも忠義を見せてきた人物だ。 自身が返り咲く下地を作って待っていてくれた暁には、ダブル同様腹心へと取り立てる事もやぶさかでは無い。
そして正門へとやってきたシグマとダブル。 刑務所の出入り口と正門の距離はそこそこにあり、入り口の両側には銃を構えた警備兵の見下ろす塔が建てられている。 刑務所らしい『不測の事態』を考慮した、正門からの脱走を防ぐ為の作りだ。 そして既に開かれている正門には、部下であるイレギュラー達が車を横に止めて出迎えていた。
「シグマ様、いよいよですぜ」
「クックック……我々の完全復活となる記念すべき日だ。 行くぞ」
「はっ!」
そう、シグマは未だ諦めていなかった。 エックス達を倒す為、何度でも、何度でも、な ん ど で も蘇り、そしていつしか宿願を達成する。
全ての毛根をこの世から根絶やしにする『全人類ハゲ化計画』の為に! シグマは釈放の喜びを噛みしめながら、一歩正門へ向けて足を進めたその時であった。
「うん? こちらAB-3だが」
横に立っていた見張りの一人が何やら連絡を受け取った。 適当に相づちを打っていた彼だが、突如として驚きの声を上げた。
「――――えッ!? ケイン博士からの勅命!? うん、うんうん……ええ……今日出所日なんだぞ?」
そしてケイン博士の名を口にして、しきりにこちらへ首を傾けながら通話を続ける。 汎用の三つ目のレプリロイドで表情の無い彼だが、明らかに動揺した様子が窺える。
「……いや、命令には従うよ。 あの人からの直々の指示だからな……ああ、わかった。 了解した」
そして通話を打ち切ると、ため息をついた様子でこちらへ振り向いた。
……何故だろうか、出所日と言うワードといい、とてつもなく嫌な予感がする。 目で見たりデータで捉えられない悪寒が、シグマとダブルの心にざわめきを与えていた。
すると連絡を承った見張りは左腕部に触れて何かを操作すると、心配そうに様子を見ていた他2名が僅かに驚きの声を上げた。 彼から何か情報を受け取ったように見えるが、それから更に彼は正門脇の見張り塔へ振り向き、同様に情報を塔の上に立つ警備兵へ送った。 当の上に立つ警備兵達も、また身じろぎしてはこちらを見下ろすような様子を見せた。
「聞いてたな? ケイン博士からのお達しだ――――」
そして次の瞬間、彼はシグマ達が想像もし得ないとんでもない事を口走った!
「悪いが出所は先送りだ! アンタらを逮捕する!」
「「ファッ!?」」
シグマ達が驚くのもつかの間、見張りはアサルトライフルの銃口をこちらへと向け、身動きを取らないように求めてきた!
「て、てめっ! 何を藪から棒に――――」
「動くな!!」
ダブルが抗議の声を上げるも、見張りは構わず足下にアサルトライフルの弾丸を発射、地面を抉るフルオートの鉛弾にダブルとシグマは足下を踊らせた。
威嚇射撃にしてはいささか乱暴な射撃に、シグマ達は困惑の色を隠せない。
「もう一度言うぞ。 あんたらにはもう一度檻の中に戻ってもらう。 出所は無しだ!」
銃口から立ち上る硝煙。 よく見れば無線を受け取った彼だけでない、残り2名も同様に、警備塔の連中も遠巻きながらこちらにライフルを構えている。
まるで四面楚歌だ。 一体自分の身に何が起きたのか、シグマは計りかねていた。
「馬鹿な!! 私が一体何をしたと言うんだ!!」
「さあな、そいつはケイン博士様に聞いてくれ……お、来た来た」
答えて貰うことも出来ず、建物の中から応援と思わしき警備兵達が駆けつけた! 彼らに捕まれば檻に戻されるは必至。 シグマとダブルは抵抗を試みた!
「ふざけんな!! 今日が出所日だってのに檻に戻されてたまるか!!」
「ダブル!! 門に向かって走るぞ!!」
「コラッ!! 逃げるなぁ!!」
建物から飛び出てきた警備兵達の一人が、ダブルの背中に飛びかかる。
無論彼を振りほどこうとするダブルだったが、一人の行動を皮切りに次々と兵士が取り押さえにかかってきた。
「ぐぁっ!! ふざけんな!! 殺すぞてめぇ!!」
「暴れるなイレギュラー!! もう一度檻に戻してやる!!」
「誰が捕まるものかッ!! 戻れと言われて戻る馬鹿がどこにいる!! ぬぉおおおおおおおおおおおおッ!!!!」
「うわあああああああああああああ!!!!」
「投げ飛ばされた! 抵抗したぞ!! 取り押さえろぉ!!!!」
身につけた作業服を脱がされんばかりの激しい取っ組み合いになるが、イレギュラーの一人者として名を馳せたシグマだけあって、次々と覆い被さる警備兵をちぎっては投げながら正門へと突き進む。 その様子にただならぬ異変を感じた正門前の部下達は、慌ててシグマを助けようと敷地内に入ろうとするが――――
警備塔から拡声器の大音量で罵声を浴びせられると共に、シグマ達同様に足下に威嚇射撃を行われ、身動きを取ることは出来なかった。 そしてシグマとダブルも数の暴力には押されたのか、やがて地面に押さえつけられてしまった。
手足を拘束され、不条理を嘆くシグマ。
「何故だ!! 何故我々がこのような目に遭うんだッ!!」
シグマに投げられて地面に横たわった見張りが、体についた土埃を払いながら、ゆっくり立ち上がる。
「ケイン博士が宜しく言ってたぜ……ケツと顎を取り違えたアンタの顔が悪いんだって」
「作ったのは貴様だろうがッ!!」
「さあて、俺の知ることじゃないね……さ、戻るとするか。 アンタの第2の我が家に」
そして見張りの一言と共に、胴体を警備兵達の頭上に持ち上げられ、ジャパニーズ・ミコシさながらに担がれ、シグマとダブルは刑務所内に逆戻りする羽目になった。
どうしてこんな事になってしまった? 外へ送り出したキンコ―ソーダーがやらかして自分の事でも喋ったのか? それとも、本当にこのケツアゴが悪いとでも言いたいのか? 疑問はつきないが、ただ一つ言えることは――――
呆然とする迎えにやってきたはずの部下をおいて、哀れシグマは娑婆に出ずして社会の荒波に攫われる羽目になった。
敵よりも味方の方が畜生度が高いのは何故だろう……ま、渡る世間は
なお、今週は祝日があるので次の話は21日に投稿します!
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第34話
IS学園への旅客機の墜落のニュースが流れ、作戦の成功を喜ぶも束の間、その割には一向に自分の元へ戻ってこないオータムを心配すること数時間、スコールのスマートフォンに届いた彼女からの一通のメール。
予期せぬ連絡を前にスコールは慌てて、メールに添付されていた位置情報を頼りに東京のさる港近くの空き地へとやってきた。 周囲はうち捨てられた廃材の山ばかりで、人通りもなく利用価値の少なそうな見通しの悪い場所だ。
彼女からの電話とはいえ、指定された地点が地点なだけに、一応罠を疑って警戒はしている。 何せ今自分の手元にあるのはISコアのみ、肝心の機体は篠ノ之博士に分解されてしまった。 すなわち完全な丸腰なのだから。
「……本当に彼女からのメールかしら――――ッ!!」
正面に見える廃材の山。 その後ろから何者かが姿を現した。 スコールは身構えるが、物陰から現れたのは――――
「う、うう……済まねぇスコール……ドジっちまった……!!」
「オータム!?」
全身煤こけて長いオレンジヘアーを大胆にアフロへとイメージチェンジをしたオータムの姿だった。 揃えて前に突き出した両腕の先にタオルを被せられ、そしてその後ろには……コートに身を包んだ刑事らしき中年の男と警察官の姿が。
「エックス達に撃墜されちまった……飛行機は落とせたんだけど、海の上落っこちて気を失っちまって、気がついたらいきなり警察がやってきて……!!」
「暴れるな!」
身をよじるオータムの声色は弱々しい。 相当弱っているというのもあるのだろう、肩を掴む警察官への抵抗にも男勝りな力強さが感じられない。
なら、このメールは……!? スコールがまさかと思ったのも束の間、彼女の周りを囲う廃材の山々の物陰から、次々と銃器と戦闘服で身を包んだ警察の隊員が飛び出してきた!
「動くな!!」
それはスコールの動きを封じるように周囲を塞ぎ、銃を突きつけて降参するよう求めてきた! スコールは混乱する。 IS学園への飛行機落としは成功した。 なのに何故、オータムがあんな姿で警察に捕まった? ISはどうしたというのだ? 少なくとも、彼女はそんじょそこらのISパイロットには引けを取らない強さの筈だ。
だがどれだけ考えた所で、今自分達が置かれている状況がピンチなのは違いない。 スコールは苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。
「仲間のピンチにわざわざ駆けつけるとは、中々殊勝な心構えやなぁ」
そして取り囲んできた隊員達の間をかき分けるように、聞き覚えのあるコッテコテの関西弁がスコールの耳に入る。
スコールは恐る恐る声の聞こえた方向を振り返り、そして言葉を失った。
銃を構える隊員の間から堂々と出てきたのは、右肩周りを失い、レプリロイド用の包帯を肩から胴にかけて巻いた、恐るべき債権人バブリー・クラブロスであった。 部下と思わし、き黒服にサングラス姿の屈強そうな男数人を引き連れて。
何故彼がここに!? オータムを通しての依頼の後、一切の連絡を切ったかと思えばレプリロイドの救急搬送センターに運ばれたと聞いていたが。
「お前の仲間が警察に捕まったって聞いてのぉ……いても立ってもいられへんくて、右肩周りの修理を済ませる前に、慌てて東京までやってきたんやで!」
「……?」
スコールは怪訝な眼差しをクラブロスに送った。 何故この男が警察と一緒にいる? それもこんな人っ子一人いない辺鄙な場所で?
疑問に首をかしげたい気持ちでいると、中年刑事とクラブロスが顔を見合わせて、お互いに無言で頷いた。 すると、刑事が右腕を挙げた。
「よし、これで2人揃ったな。 後は任せて俺達は撤収だ!」
「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」
警察達は突如として、武器を下ろし撤収の準備を始めた。 拘束していたオータムをご丁寧に引き渡し、乗ってきたであろう警察用のバンにさっさと乗り込んでいく。
自分達とクラブロスらを置いたまま、役目を終えたと言わんばかりに去って行く彼らを、オータムとスコールは呆気にとられたように見送っていた。
「さて、お前ら2人共ご苦労やったな……働いた分のお礼はさせて貰うで」
彼女らを引き戻すように声をかけるクラブロス。 まさか、オータムも含めて自分達の身元を引き受けたとでも言うのか? だとしたら、彼に対しては大きな恩を売られたという事になる。
「……一応、礼は言っておくわ」
素っ気ないがスコールの一応の謝辞に、クラブロスは笑った。
「礼? 何を言うとんねんオノレら」
クラブロスは無事な方の左手で指を鳴らすと、黒服の男がスコール立ちに駆け寄った!
「ワイのお礼って言うのは
「「えっ?」」
クラブロスの言葉の意味を図りかねていると、駆け寄ってきた男達に背後から拘束される! 突如として身動きを封じられそうになり、もがくオータムとスコール。
「な、なんだよてめぇら! 離しやがれ!」
「クラブロス会長!? これは一体何の冗談よ!」
声を荒げる2人に対し、クラブロスは冷酷な笑みで答えた。
「お前らワイの依頼した内容覚えとるか? ワイは確か
「ええそうよ! 一人は捕まえて貴方に引き渡したし、残り3人は……篠ノ之博士とイレギュラーハンターのエックスとゼロよ! あいつらは飛行機ごとIS学園に叩き落として――――」
その瞬間、クラブロスは血走った目を見開きながら怒鳴り声を上げた!
「誰がテロ起こせって言うたぁッ!!!!」
クラブロスが腹の底からの叫びは、空き地の地盤をも揺るがす、それこそ廃材の山が僅かに崩れるほどの地響きを引き起こした! 思わずスコールとオータムは身じろぎした。
「強盗だけ始末すれば良かったんじゃあ!! せやのに飛行機ハイジャックして落とした先がIS学園やと!? お前あそこで今日サミットやる言うの知っててやったんかぁ!? オノレらが余計なことしくさったせいで、雇ったワイとばっちり受けてもうたやんけ!」
「や、やり方は一任するって言ったのそっちだろ!! 第一あの飛行機事故なら全員おっ死んだだろうし、依頼は達成したんだ! 死人に口なしなんだから別にいいだろうがよぉ!」
反論するオータムだが、クラブロスは冷めた目つきでため息をつく。
「なら、エックスら全員がくたばったこと……確認したんやろな?」
「!! そ、それは……」
クラブロスが切り出すと、オータムは言葉を失った。
するとクラブロスは鼻息をつき、どこからともなく取り出したタブレットを、タッチパネルを数回なぞった後に画面をこちらに向けてきた。
「こんな動画が送りつけられて来たわ! 学園の新聞部の生徒がこっそり撮影してた墜落直後の映像や!」
映し出された映像を見て、オータムとスコールは驚愕する。
<アンタなんかニセハンターのクソブルマで十分だぁッ!! クソブルマクソブルマクソブルマッ!!>
<この野郎!! よくもエンジンの中に放り込んでくれたなッ!?>
<<あばばばばばばばばばばば……>>
それは、崩れ落ちた学園らしき建物の中で、黒い少年のレプリロイドと織斑一夏にたこ殴りにされる、エックスとゼロの姿だった!
飛行機の墜落という未曾有の災害に巻き込まれながら、しっかりと生きていたのだ! ……何故殴られまくっているのかは分からないが。
「ば、馬鹿な……生きてた!?」
「こいつらだけやないぞ!? 篠ノ之束も、この事故に巻き込まれた
「「ファーーーーーーッ!?」」
「せやからお前が海に落ちた後、警察が網張ってすぐ逮捕されとるんや!! この一件についてはエックスらも証言しとるやろうしな! もっと言うなら、この動画を送りつけてきた
これにはオータムとスコールも驚かされた。 大多数の死者が出た内の生存者ならまだしも、全員生還という事実はにわかに信じがたいものがあった。
流石にショックを受けるスコールだが、クラブロスは気を取り直して言葉を続けた。
「この失態は見逃せんなぁ。 取り逃がしただけならまだしも、こないな事態を引き起こしてワイの顔に泥を塗ってくれた訳やが……キッチリ体で返して貰おうかのぉ!!」
クラブロスの言葉に、オータムとスコールは震え上がった。 女の身で返せという事はつまり――――そこまで考えた所でクラブロスは顔を横に振る。
「言っといたるけどワイは
クラブロスがスコール達を押さえつけている黒服に無言で頷くと、黒服もそれに答え、彼女達をクラブロスが乗ってきたであろう黒いセダン車へと連行し始めた! なすがままにされるスコール達だが、キンコ―ソーダーと同じ目に遭うというワードに内心戦慄していた。
「網走はええでぇ? 今の時期やったら蟹がまだまだ捕れるからな! モリモリ稼いで、キッチリ損失を補填するまで働いて貰うからなぁ!!」
車内の後部座席に押し込まれ、扉を閉め切られてしまう。 黒服もさっさと運転席に座り、車のエンジンをかける。
「じょ、冗談じゃねぇぞ!? 私は嫌だ!!」
我に返り、中から窓や前座席と後部座席の仕切りを叩いて、必死で外に出ようとするオータム。 彼女が恐れるのも無理はない。 違法漁船と言えば難破に某国の巡視船に拿捕された等の、今後を左右する深刻なリスクに塗れている。 そして何より、散々ちょっかいを出したあげくに無慈悲に送り込んだキンコ―ソーダーがいる。 彼は間違いなくこちらを恨んでいる。 ISありなら恐るるに足りない相手だが、そんな彼女らに対しクラブロスが外から残忍な笑みを浮かべて言い放った
「ま、せいぜい先に送ったキンコ―ソーダーと仲良くやるんやなあ!! ――――行け!!!!」
「かしこまりました」
運転を買って出た黒服が、窓越しでまくし立てるクラブロスに一礼すると、遂に見送るクラブロスを置いて発進してしまった。 自分はこれから数時間かけて網走へと送られ、お先真っ暗な違法漁船生活を強いられるのだろう。 嘆くオータムに対し、スコールは不気味なまでに落ち着き……と言うよりは絶望したのだろう。 反抗する気力が一気に削がれてしまった気分だった。
今はただ、何も考えたくなかった……考えたくなかったのだが、ある疑問が頭の中でよぎって仕方がない。
オータムのスピード逮捕に加え、自分達の関係を全て調べ尽くし、あまつさえ動画まで送りつけてきた
「行ったか……」
クラブロスが車を見送ると、彼の携帯電話に着信音が。 液晶に映る相手の名前に舌打ちしながら、慣れない左手での辿々しい操作で通話ボタンを押した。
<もしもし私です。 彼女達は無事貴方が身柄を預かりましたかな?>
電話の先から聞こえるは、初老の男性のものと思わしき声であった。 クラブロスは眉をしかめながら、何とか冷静に努めながら電話に応対する。
「……確かに。 たった今アイツら乗せた車が網走に向けて走り出しましたわ」
<結構。 素晴らしい働きです>
褒められても嬉しくも何ともない! クラブロスは内心毒づいた。 電話の相手……それはこの一件の全てを知り、
そんな彼から送りつけられた動画だが、実は以下のようなメールも添付されていた。
「クラブロス君。 君がエックス君達に刺客を差し向けた事は知っている。 今回の発端としてエックス君らが粗相をしてしまったことで、借金にあえぐ『亡国機業』をけしかけ、重大な飛行機テロを招いてしまった。 その結果、人的な被害は勿論、サミットの中止からくる甚大な経済的損失の一因となってしまったことを。
しかし、罪を憎んで人を憎まずという格言がある。 率直に言うなら、我々は今回の飛行機テロについて彼女達を許そうと思う。 その代わりと言っては何だが、エックス君達の過ちも許して欲しいのだ。 そして『亡国機業』の彼女達については、今後を君に託したいと思う。 君の運営する蟹漁船で働いて貰うのはどうだろう。 彼女達は社会に自分達の居場所がない辛さから、犯罪に手を染めてしまった。 しかし手に職を持ち、真面目に働くことが叶うのなら、きっと彼女達は多大な貢献をしてくれるやもしれないし、更生の手助けになるとも思うのだ。 どうか願わくば、私の願う明るい社会の為に、彼女達も含めて存分に働いて欲しい……返事を待とう」
動画と共に送られてきたこのメールを見たときは青ざめた。 穏便な口調から滲み出る不穏な文面。 自分がエックスを捕まえる為にけしかけた『亡国機業』との関係。 そして彼女らがとんでもないやらかしをしたという事。 ひた隠しにしている違法漁船の件まで引き合いにだしたその内容は、全てを知っていると言う脅しにしか感じられない一文であり、夢見心地でIS学園への旅客機墜落事件を扱うニュース番組を見ていたクラブロスにとって、冷や水をぶっかけられるような出来事だった。
すぐにメールの差出人と連絡を取り、彼の指示する段取りに従ってスコールを誘い込み、2人して望み通り網走へと送ってやったわけだが……クラブロスは腑に落ちなかった。
「……更生させるんやったら、警察にやらせても十分やったんちゃいまっか?」
<彼女達には、自分達で働く事でお金を稼げる歓びを知って欲しい。 その上で、自分達の犯してしまった罪の精算をして貰いたい。 ただそれだけです>
「さいでっか……」
クラブロスの返事は素っ気なかった。 電話の主は変わらず穏やかな物言いで接するが、自分以上の腹黒さが拭えない印象だった。
警察を動かせるほどの権力者であることも勿論のこと、彼女達の『社会奉仕』先に自分の違法漁船を指定し、尚且つ被害に遭ったIS学園の建物や人々、中止になったサミットの損失を補う為の義援金を自分や彼女達に指定の口座に……それも
彼女達を押しつけたのも、曲がりなりにも優秀なISパイロットであることから、牢屋にぶち込むよりクラブロスの裏家業の手伝いでもさせて、さっさと上がりをハネた方が懐が潤う! ついでに更生と言う名目で送り出しただけに、経過観察と称してこちらの動向を堂々と監視できる考えが透けて見えた。
エックス達を捕らえ、イレギュラーハンターの弱みを握ろうとしたら、逆にこちらがしっかりと弱みを握られてしまったわけだ。
憂鬱になりそうなクラブロスだが、電話の主は続けてこんな事を求めてきた。
<そうだクラブロス君。 最近私の息子が経営する人材派遣会社が事業拡大を目論んでてね。 増える人材の需要から外国人労働者を拡充したい方針なのですがね>
「……それが何か?」
<人材派遣のモデルケースとして、是非とも君に息子の会社の外国人労働者を受け入れて貰いたいのですよ>
クラブロスは硬直した。 こちらは既にグループ傘下の企業の従業員数は軒並み間に合っている。 その上で受け皿を作れと求めて来ているようだが、こんな状況で要求される取引など、どうせ徒労の割には大した旨みのないお粗末な物だろう。 どう話を聞き流すか考えていると、しばしの沈黙の後に電話の主がため息まじりに告げた。
<この時代、色々と大変なのは分かりますが、よりよい未来の為是非ともお願いしたいのです。 ……それとも、このような電話上のやりとりだけで決め合うのもなんですから、ここは食事でもしながら話をしませんか? 今は青空の見える我が学園の校舎で、貴方の立派な漁船で獲れた新鮮な毛ガニでも食べながら――――>
「じ、事業内容については後日検討しますさかい!! 今日はこの辺で!! 是非新会社の1つでもおっ立てて受け入れさせて貰いますわッ!!」
クラブロスは慌てて話を遮った。 電話の主はその様子にご満悦のようであった。
<それはありがたい話です。 是非とも後日お話をさせて頂きましょうか……>
「はい! はい! お願いしまっせ!!」
<このご時世、お互いに旨みのある持ちつ持たれつの関係で行きましょう。 クラブロスさん……それでは失礼>
「は、はは! またのご贔屓を! 学園長殿!!」
会話と共に高鳴る動悸を押さえながら、クラブロスは電話を打ち切った。 最早限界だった。 あれ以上話をしていたら気が変になりそうだった。
網走に送られるオータムとスコールがそうだったように、自分もまたこれから先、本物の蟹さながらに料理されて、他者に食い物にされる運命が待ち受けているのだ。 持ちつ持たれつなんて、自分が旨みを吸い上げられる口実でしかない。
IS学園が学園長、『轡木十蔵』と表示されていた携帯電話を振りかぶり、クラブロスは――――
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第35話
眠りから覚めた束を出迎えたのは、柔らかく身を包み込む温かなベッドと、ホテルを思わせるような絨毯引きのされた豪華な一室。 ベッド脇には透明の液体が詰まった袋とチューブが下げられ、壁に掛けられたカレンダーには、あの忌々しい飛行機墜落に巻き込まれた日から3日が経過したに付けが記されていた。
そして、部屋の入り口と思わしき扉のすぐ隣にある、バスルームと思わしき部屋から一人の少女がゆっくりと出てきた。
「あら、やっと気がついたのね?」
少女はレプリロイドのようだった。 全体的に丸く柔らかなフォルムで、ベレー帽に赤と青を基調とするスカートを身に纏い、長いダークブラウンの髪を腰の後ろ辺りで一本に縛る、どこか可愛げのある顔立ちをしていた。
濡れタオルが浸された、水の張った洗面器を持っている。
「良かった。 命に別状は無いって聞いてたけど、丸3日間も寝ていたから少し不安だったわ」
「ここは……?」
目覚めたばかりのたどたどしい言葉で訪ねる束。 少女は優しくはにかんで答えてくれた。
「IS学園の学生寮よ。 数日前の飛行機事故で校舎は大変な事になっちゃったけど、寮の方は無事だったから、怪我をして気を失った貴女をこの学園で保護しているの」
「……ああ……そうなんだ」
束は合点がいった。 どうやら自分はあの事故の直後、完全に気を失ってしまい、そのまま数日間に渡って眠り続けてしまったようなのだ。 よく見ればヘアバンドやドレスの代わりに病人服に着替えさせられ、怪我をしたと思わしき箇所に包帯と絆創膏が貼られ、腕には点滴の注射がされている事に気づいた。 洗面器を持つ彼女の様子といい、どうやら彼女が看病をしてくれていたようだ。
「貴女は篠ノ之博士ね? 私は『アイリス』って言うの。 織斑先生や妹の箒ちゃんからは話を聞かされてたわ。 中々大変な目に遭ったみたいね?」
「! う、うん……」
「今回の事、何があったかは詳しく知らないけど……あの2人はうちの界隈でも変わり種で知られてるんだから、軽い気持ちで関わると振り回されるわよ? ……まあ、もう振り回された後なのかもしれないけど」
「うん……かなり……」
少女……アイリスの口ぶりに対し、思い当たる節がありすぎる束はつい言い淀んでしまう。
「まあ、もう事件は収束の方向に向かっているし、貴女も無事に保護されたわけだから、後はここでゆっくりして早く元気になってね? ほら、横になって」
アイリスに寝かしつけられると、彼女は濡れたタオルを取り出して水気を絞る。 包帯の巻かれた束の右腕を取り、丁寧に拭いていく。
……体を拭かれながら束は思った。 今までの人生の中で一番壮絶な2日間だった。 正念場と言っても差し支えは無い。 一生分の恐ろしい経験を
したような感覚が束には合った。 それだけに、何も考えずこうして身の回りを世話してくれている時間に、心の底から安らぎを覚える自分がいる。
そんな静かな空間に、部屋の外から扉をノックする音が割って入る。 アイリスが返事をすると扉は開かれ、複数人の人物が中に入ってきた。
「姉さん……」
「全く、やっと目覚めたか……」
絆創膏を頬に張るなど僅かな手当ての痕がある箒と千冬だった。
「大丈夫? あんま無理しない方がいいよ」
「ヘーキヘーキ! これでも鍛えてるんだぜ……あいてててて……」
その後ろに、あのイレギュラーハンターの仲間と思わしき、黒い少年型レプリロイド……アクセルと、彼に肩を担がれる包帯だらけの一夏の姿もあった。 現れた皆の姿に、束はバツの悪さから僅かに身を強張らせた。
「ちょうど今目覚めた所なの。 起きたばかりだから静かにお願いね?」
「分かってる。 感謝してるさ」
アイリスに軽く礼を言って引き下がらせると、千冬は束のベッドの横にある、背もたれのない椅子に腰掛けた。
「気分はどうだ? あの酒の場から随分な目に遭ったようだな」
「う、うん」
あの事件が直後だけに緊張する束。 かつてない知人とのコミュニケーションに、そこはかとなく怯えの色が混じっているが、しかしこれだけの騒動を招いてしまったにも拘わらず、千冬は穏やかな表情を浮かべていた。 それは箒やアクセルの肩に担がれる一夏も同様であった。
「姉さんのことだから、どうせ例のイレギュラーハンター2人をそそのかそうとして、利用しようとしたんでしょう?」
「!! い、いや……それはね……」
「だが、そこをつけ込まれて偽者のハンターをけしかけらた。 全く馬鹿者が、本物のエックスとゼロが、強盗を煽って加担するような馬鹿な真似するはずがないだろう」
「へ?」
「後で
「……うん?」
束は千冬達IS学園組の話に合点がいってないようだった。 起きたてで頭が回らないと言うのもあるが、エックスとゼロは最初から最後まで紛れもなく本物だった。 本物なのにあんなやりたい放題な行いに衝撃を受けたのだが、どうも彼女ら、未だに同伴していたエックス達を、彼らの名を貶める偽者と信じて疑わないようだ。
3日も経っているなら、事件の解明は進んでいてもおかしく無い筈なのだが……よく見れば一夏の肩を担ぐアクセルと、後ろに下がったアイリスが互いに目を合わせながら苦笑いをしていた。 同じレプリロイドという事もあるし、特にアクセルの方はエックス達と顔見知りのようであったので、恐らく彼らは何となしにこちらの事情を察していると見ていいだろう。
して、何かを絶妙に勘違いしている千冬だが、目を閉じながらしれっと束の度肝を抜く話を振った。
「それにしても、流石に学園の被った被害は大きいが、死者が出なかったのが幸いと言った所だな――――」
「えっ!? 死者0人!? そんな馬鹿な――――いたたたたた!!!!」
聞き捨てならない千冬の言葉に束はツッコミを入れたが、怪我をしている中での叫びは傷口に響き、痛みに身を縮こまらせる。 これには部屋内の全員がどよめいた。
「馬鹿者! そんなに驚くな、傷口が開くぞ!」
「これが驚かずにいられないよ! 少なくとも飛行機の墜落は何人か死んでるでしょッ!」
束の疑問に、千冬は目を泳がせた後に答えた。
「死んでないのだよそれが。 飛行機に跳ねられたり轢かれて地面に埋まった奴が、軒並み百貫のデブだった。 だから、体の脂肪がクッションになったおかげで、全員擦り傷だけで済んだのだとか」
「んなアホなッ!!」
「僕も何かの冗談かと思ったけどね……」
不自然極まりない死者の出なかった理由を、当然の出来事のように述べる千冬に束が食いつくが、千冬の言い分を肯定するのは乾いた笑いを浮かべるアクセルであった。
「手当てをした担当医も驚いていたが、こうも言っていた……「百貫のデブにも五分足らずの魂。 気にしない気にしない」とな」
「それ生き死になんか知ったこっちゃないって言ってるんだよッ!! 本当に助かってんのッ!?」
「何だ束。 突っ込みが板についているようだな?」
「誰かさんのせいで――――いたたたたたたた!!!!」
「だから叫ぶなと言っておるだろう」
痛がる束に対し、一同は苦笑いした。
「アンタとは苦労を分かち合えそうだよ……ハハッ」
今回の件での、彼女の立ち位置を察したであろうアクセルのぼやきも交えて。
「冗談はこのくらいにして……姉さん?」
箒は気を改めたように、毅然とした表情で束に向かい合い、言った。
「私達に対して、何か言うべき事があるのでは?」
――――その問いに、束は思考を巡らせた。
実の妹が何を求めているのか、そして己自身をしてけじめの為に言うべき言葉は既に分かっていた。
だがこの場で『その言葉』を発するのには、今までの生き方を否定する事になる。 10年にわたって守り抜いてきた心構えを、捨て去る恐ろしさに身が震えているのは事実だ。
しかし、肩肘を張って身勝手な生き様をした結果が、周りに回って自らの身を滅ぼしかけ、親しい者達を巻き込んでしまった。 それが飛行機墜落に繋がり、死を意識した際に嫌というほど実感した。
故に束は決心する。 これはけじめだ。 自分の行いを受け入れ、同じ過ちを繰り返すまいとする為の。 その言葉を発するのに随分時間がかかったが、遂に全てを終わらせるたった一言が、彼女の口から飛び出した。
「……ごめんなさい」
言った。 この10年間、決して言わなかった心からの謝罪の言葉を、初めて口にした瞬間だった。 自らの悪い行いを謝る。 それだけの単純な話だったのだが、それを認めた時……彼女の心の奥底から、熱い何かがこみ上げてきた。
「本当にごめんね……ごめんね皆! 私が、悪い子だったせいで……!!」
既に彼女も限界だったのだろう。 言葉を繰り返すたびに、束の瞳から大粒の涙がこぼれ落ち、しまいには泣き出してしまった。
「よく言った……それを聞きたかったよ」
千冬は微笑んで、束の頭に手を乗せ軽くなでてやる。
「ごめんね……ごめんね……!!」
嗚咽混じりに謝罪する束の姿は、決して痛々しいものでは無い。 張り詰めた生き方からようやく解放された、温かな涙だった。 これから先、彼女がもはや嘘を嘘で塗り固めるような真似はするまい。 ここにいる誰もがそう思ったであろう。
その時、誰かがノックもせずに大慌てで部屋に入ってきた。 扉に手を置いて呼吸を整えるは、かつての束と同じようにゴスロリ風のドレスに身を包む、瞳を閉じた流れるような銀髪の少女の姿であった。
突然の来訪者に、束は一旦泣き止むとやってきた少女の姿を見て言った。
「……クーちゃん!」
「無事でしたか! IS学園の飛行機事故に巻き込まれたと――――!?」
束をして『クーちゃん』と親しげに呼んだ少女は、頬を濡らす束とその他の面々に対し、身を強張らせた。
「束様が泣いている……貴方達、束様に何を!?」
少女は、目を閉じながらではあるものの、束が今し方泣いていた事を悟り、眉間に皺を寄せた。 表情の変化はさほどではないが、明らかにこちらに対し怒りの感情を向けている事が分かる。
よってたかって一人の女性を泣かせたのを、咎められるような図に少々気まずい思いをするが、やってきた少女に対し弁明をするのは他ならぬ束であった。 腕で涙を拭い、少女に向き合う束。
「待ってクーちゃん! 別に皆に泣かされた訳じゃないの!」
「……?」
「何て言うかその、ちょっと……人生見つめ直した結果って言うか……アレだね。 緊張の糸が切れちゃったんだよ。 うん」
要領を得ないその言葉に、少女は首を傾げる。
「……本当に、何もないんですね?」
「うん、自分自身の問題だから……だから皆は悪くないよ。 ね?」
少女からの問いかけに、束はかつてないほどに柔らかく笑みを浮かべる。
そんな彼女の表情に、人となりを知る千冬達は勿論、やってきた少女も口元に手を当てて驚いているようだった。
「束さん、そんな表情出来たんだ……あいてっ!」
「何見とれている」
束の温和な表情につい惹かれそうになった一夏の膝を、頬を膨らませた箒が抓る。 焼きもちを妬いているようで、アクセルは軽く口笛を吹いた。
「見せつけてくれるねぇ……で、アンタは一体誰なの?」
軽く冷やかしを入れながら、来訪者に対し一声をかけるアクセル。 この面々の中でアクセルだけが、彼女の身の上を知らない。
「私の助手だよ。 一緒に世界各国を周っているんだよ」
「『クロエ・クロニクル』です。 ……先程は大変失礼しました」
クロエと名乗った少女は、まぶたを一度も開けず淡々と、深々と丁寧に頭を下げた。 表情の変化が少ない子なのだろう。
「どーも。 見舞いって言うか、この人の身の上が心配で慌ててやってきたって感じだったね」
「……そうです。 大きな騒ぎに巻き込まれたと、ご友人の千冬様に聞いて――――」
「あー……巻き込まれたって言うか」
「まさにその中心にいた、と言うかだな……」
アクセルと箒がクロエの心配に言葉を濁していると、千冬が束の背中を軽く叩いてやる。
「……うん。 私がついいい気になって、皆に大変な迷惑をかけちゃったって言うのが正しいかな。 飛行機の件も私を追ってきた『亡国機業』のせいで……」
「あの者達が!?」
クロエがベッドに手をついて、束に対し身を乗り出してくる。 束も真剣な眼差しを送るクロエに対し、少し目線を泳がせながら気まずそうに答えた。
「撃退はしたけどね……ちょっと手違いがあって……そのまま……」
「伝説のイレギュラーハンター2人に変装した偽者が、あの連中と一緒に束さんを陥れようとしてたんだ。 俺も助けに行ったんだけど、
「は、はは……」
一夏と束は頬を赤らめながら、互いに目線を逸らした。 それは言うまでもなく、ゼロにヒン剥かれた胸元を思いっきり見られ、つい鼻血地を吹いてバランスを崩してしまったあの忌々しい出来事だろう。 あれこそが墜落の直接の原因とはとても言えない。
「スケベめ……私という者がありながら……」
「ん?何か言ったか?」
「何でもない!」
箒も事情を知った上で、うつつを抜かす一夏に小言を呟くが、注意を払っていなかった一夏は、はっきりと聞き取る事が出来なかったようだ。
「まあ、色々やらかした不束者ではあるんだが……結論を言えばIS学園で保護されることになる」
千冬がクロエが聞きたがっているだろう質問に、先んじてざっくりと答えた。 これにはクロエも口元を押さえて驚き、束も内心は驚いた。
保護の約束云々はエックス達を利用する為の口実で、しかもイレギュラーハンターに身柄を預かって貰うつもりだとも発言したはずだが。 自分が眠り込んでいる内に、エックス達の側で何かの働きかけがあったのだろうか? 疑問に感じていると、クロエが不安がちに今後の束の処遇を尋ねてくる。
「失礼は承知の上ですが……束様とて決して潔白とは言えぬ身の上。 保護されるにしても今までの行いに対して、何かしらの責任を負わされる可能性はないのでしょうか?」
心配するクロエに対し頭の中の考えを一端振り払いながら、束はいつになく真面目に、はっきりと覚悟を決めた様子で答えた。
「……覚悟はしてるよ。 私も
「束様……」
今後のことを思いながら黙り込んでしまう2人。 そんな彼女達に対し、アクセルが会話に割って入った。
「なんなら今後の身の振り方でも聞いてみる? ……そろそろアレの時間だし」
「! ああアレか……待ってろ、テレビをつけてやろう」
アクセルの言いかけたことを察して、思い出したように千冬がテレビのリモコンをとり、部屋にある液晶テレビの電源をつけた。
画面内の番組はニュースの中継だった。 画面端にあるテロップには、ここと同じIS学園内にある会見場らしく、強盗事件と飛行機墜落事件についての会見を行うと出ているようだった。 ごった返すマスコミ以外はまだ誰も来ていないようで、映写機とマイクの備え付けられた机にパイプ椅子と言った様子が映し出されている。
「会見開始は午前11時だから、あと少しだね……お、来た来た」
右上に表示された時刻には10:59とされており、今回の会見を行う面々がやってくると、記者達が一斉にフラッシュを焚く。
「!!」
束は身構えた。 画面の中に現れたのは、先頭がエックス、後方がゼロ。
そして間に挟まれケイン博士と轡木学園長の姿であった。 束はエックスとゼロに対し、身震いをしているようだった。
「束様……?」
「可哀想に……偽者にいいようにやられたから、2人の姿がトラウマになってるんだろう」
「そんな……」
束の恐怖する理由を代わって説明する一夏に、に沈痛な面持ちでいるクロエ。 身震いを隠せない束に対し、アクセルは彼女以外の誰にも聞こえない小声で耳打ちした。
「えっと、束さん……だっけ? 一緒にいた2人が最初から本物なのは僕は知ってるよ。 一緒にいるアイリスも勿論ね。 その上で一皮むけたアンタだから、尚更よく見ておいたほうがいいと思うんだ」
直視しづらい気持ちは承知の上で、アクセルは敢えて束に番組から目を逸らさないよう促した。
束は戦慄した。 不気味に笑うアクセルの表情からは、確かに底知れぬ本当の闇を垣間見た気がした。
エックス達が着席して、持参した資料を広げながら時刻は11時ジャストを示す。
エックスの決まり文句から、運命の会見が始まった。
遂に会見が始まった……次とその次の回の2話分で今シーズンは完結となります。
3月中の連載終了を予定してますので、来週土日の30日と31日に再度2本立てで投稿します。 最後までお付き合いくださいな!
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第36話
<まず……我々の力及ばず、大変な騒動に発展してしまった事を、この場を借りてお詫び申し上げます>
エックス達一同は深々と頭を下げ、それから着席した。 少しの間をおいて、エックス達の次の言葉を待つように、彼らの姿を焚き付けていたカメラのフラッシュが落ち着きを見せる。 それを待っていたように、エックスは軽く咳払いをして本題に入った。
<……あのミナミの蟹銀行強盗事件と、サミットが予定されていたここIS学園への飛行機墜落。 悲惨な出来事が2日間に渡り立て続けに起きた事実は、日本のみならず世界中に大きな衝撃を与えました>
記者団とカメラを通して視聴者達の視線が降り注ぐ中、丁寧で毅然とした対応で会見に臨むエックス達。 あのやる事なす事行き当たりばったりな行動を見ていた束にとって、感心すると同時に一抹どころで無い不安を抱えながら、テレビ越しに彼らの動向を眺めていた。
<事件の終わりからこの3日間。 我々は日本国内の警察と極力しながら、事件現場の銀行や、破壊されたIS学園の校舎を夜しか寝ずに徹底調査し、遂に裏で事件の手引きをしていた黒幕と実行犯を、極秘裏に逮捕する事に成功しました>
記者団からどよめきの声が上がり、エックス達は勢いを取り戻したストロボの集中砲火を浴びる。 束は内心困惑していた。 黒幕も実行犯も何も、確かに『亡国機業』が介入したりもしたが、強盗云々はキンコーソーダーに対して自分達が勢いで便乗した結果だ。
「よく見といて」
アクセルが小声で囁いた。 束は息を呑みながら、エックスの次の言葉を待った。
<事件を起こすに当たって暗躍したのは『亡国機業』なる組織に所属した2人のエージェント。 そして、そんな恐ろしい『亡国機業』を陰で操っていた一人の男……>
エックスは少しの間を置き、周囲のフラッシュが完全に治まるのを待ってから、意を決したように発言した!
<ぶっふぉおおおおおおおおおおおおおおッ!!>
束は吹き出した! この一室内においても、画面の向こう側でも大きなどよめきが起きていた。 一体何を言い出すんだ!? 束は大いに困惑する。
<……彼らの手口を説明するにあたり、動機についても説明しなければなりません>
混乱を鎮める為、エックスは咳払いをしながら、一転して落ち着き払った声で淡々と事件の背景を語り出した。
<奴らの目的はISの生みの親にして研究の第一人者『篠ノ之 束』女史の誘拐を企てた事でした。 収監されていたアブハチトラズ刑務所内から、予てより繋がりのあった『亡国機業』の手合いとコンタクトをとり、脱獄の後に日本へ高飛びしました>
エックスの言葉は続く。
<身の危険を感じた篠ノ之博士はIS学園に助けを求め、その際に学園に居合わせたケイン博士を通して、我々が彼女をこの学園まで護送する運びとなりました。 ところが連中は、彼女が既にお尋ね者として追われていた事に目をつけ、我々の姿に変装した上で強盗事件を起こし汚名を着せ、任務を妨害してきたのです>
無論そんな事実は無い、のだが……エックスは持参した資料の中から、記録メディアを取り出し映写機の中に挿入する。 すると背後の壁に立体映像が投影され、犯人の下の顔と変装後の顔が表示され、報道陣を混乱へと導いた。
シグマとその部下であるダブルがエックスとゼロに、そして『亡国機業』のオータムとスコールが、よりにもよって束とキンコーソーダーに化けていたというのだ! 明らかな大嘘に束は唖然としながら、エックスは構わずに話を続けた。
<我々は追跡の目をかいくぐりながら、東京行きのDB893便に乗り込むも束の間、既に犯人達は飛行機内に先回りし、ハイジャックを引き起こしたのです。 ISを着たエージェントは撃退し、その後IS学園側からもかの織斑一夏少年が救援に駆けつけたのですが……機内にて偽者に不意打ちされ、入れ替わられてしまいました>
突拍子のない説明に報道陣は大混乱だ。 当事者の束も唖然とした様子を隠せず、優れた頭脳を持ってしても情報の整理が追いつかない有様であった。 幸いにして仲間達はテレビの方に夢中ではあったが。
<校舎と旅客機は大破し、サミットも中止になってしまった事は、我々の力が及ばなかった結果であります。 しかし、一夏少年やIS学園側で警備の任についていた仲間のおかげで、死者が出る事態は避けられ、先んじて犯人の内2人を拘束する事ができました……これがその時の映像です>
エックスが次に映し出したのは映像だ。 それは学園長がクラブロスに宛てた、学園の新聞部に所属する女生徒がこっそり撮っていた、エックス達がアクセルと一夏にタコ殴りにされる映像であった。
「ああ! やっぱりそうだったんだ! アイツら俺達の思った通り偽者だったんだな!」
「間違って無かった訳か!」
やはりというか思い込みの激しい一夏達だが、隣のアクセルにこっそりと目をやると、彼は頬を引きつらせながら画面を注視していた。
無理もない。 彼にしてみれば分かっていて本当のエックス達に鉄拳制裁したこの場面を、開き直って一夏達の勘違いに便乗し、居もしない偽者の存在をでっち上げる口実にしてしまったのだから。 改めて彼らの神経の図太さに、束は良くも悪くも圧倒されていた。
「ふむ、ロックマンが犯罪に手を染める筈がないと思っていたが……それよりも束、まさかお前にも偽者がいたとは! その上飛行機の墜落を防ごうとしていたなんて……!!」
「ふえ!? え、ああ……」
千冬と箒がこちらを振り向き、言い淀む束に対して頭を下げた。
「疑って悪かった。 強盗事件も飛行機の墜落もお前の指金だと思っていたんだ……許して欲しい」
「私もその、ごめんなさい。 あなたをずっと疑っていました」
「え、ええ……?」
訳も分からず混乱する束。 何から何まで自分の行いが招いたことなのだが、エックスの会見を真に受けてこうも頭を下げられると、困惑を禁じ得ない者があった。
すると隣のアクセルが彼女の肩を叩き、こちらにアイコンタクトを送ってきた。
もう、そういう事にしとけ! アクセルの合図にそのような意図を感じ取った束は少し考えた後、笑ってごまかすことにした。
「今まで生きる為に悪いことだってしてきたし、自分を護る為にこんな騒動に発展しちゃった訳だから、仕方がない話だよ。 気にしないで」
「……そう言って貰えると助かるよ」
千冬と箒は頭を上げ、安堵したように顔を緩ませた。 向こうの思い込みとは言え騙しているようで、今の自分にとってはバツが悪い事この上ない。
嘘で己を包み隠すことが、かくも重い行いだったと束は痛感した。 これを最後に、2度と嘘をつかずに生きていくと誓おう。 何度も自分に言い聞かせるように、頭の中で繰り返しながら束は愛想笑いを浮かべていた。
そして、エックスが一通り事件の概要を説明した所で、記者の一人が手を上げた。 質問のようで、エックスがそれを受けると記者は切り出した。
要約すると「背丈も違うシグマとその部下のダブルが、エックスとゼロに化け続けることなど出来るのだろうか?」と。 それは確かにその通りだ。
どう見ても背丈が異なることに加え、コピーチップを持つ新世代型でもない彼が、エックス達の姿形を真似出来るというのは、いささか無理のある解釈に思えた。
まあ、レプリロイドだからそっくりなボディに、電子頭脳を移植すると手も無くもないし、部下のダブルに至っては間の抜けた小太りに変身できることは、束もエックス達の過去のデータを通して知っている。 無難にそうとでも答えるのかと思っていた束だが、しかしエックスはそれ以上の回答を用意していた。
<可能です。 其れ処か可憐な女性に化けて演じきることすら出来ます>
大きく出たな。 報道陣はそう言わんばかりにざわついた。
<実際に私はその手によって、危うく騙されかけさえしました……その時の映像をお見せします。 どうぞ>
するとエックスは映像に手をかざし、ちょうどゼロが一夏に
<この映像は、自分がかつてさる理由から行くべき道を見失い、自問自答していた時の場面ですが……問題はここからです>
エックスの説明を横に映像を見ていると、麦わら帽子にワンピース姿の、髪の長い可憐な少女が姿を現し、平和の為に手を汚してきたエックスは、平穏な理想郷を実現しても、そこに住む事は許されないだの何とか言ってきた……そして突如彼女の背中に羽が生え、生まれたままの姿を見せつけた。
<私はあなたのそばにいつまでもいるわ……>
一同困惑。 ちょっぴりエッチで美しいワンシーンに、映像を見た誰もがエックスの意図を計りかねていた。
「え、何この映像……束さん訳が分かんないよ――――」
「何だよそれ……! まさかこの場面を
束も首を傾げる中、隣に居たアクセルは頭を抱えていた。 よく見れば画面の向こうに居る4人も、エックスを除きなるだけ平常心を装っているものの、口元から時折小刻みに息を吹き出し、必至で笑いを堪えているような顔つきが見て取れた。 アクセルといい、彼らはこの動画の正体を知っているようだが……次の瞬間!
再生された動画の中のエックスがバスターを突きつけ、少女の誘いをはね除けるシーンが。 そして少女は……!!
<くくくっ、さすが伝説の名を背負った男よ>
<!! 貴様か……貴様が裏についていたのか>
少女の姿がぼやけ、その中から現れた存在にエックスが鋭い目つきを送り――――
ハゲで厳ついケツアゴイレギュラー『シグマ』に目掛け、バスターを発射した所で映像は終了した。
エックスに促されるままに、映像を見ていた全員が衝撃に身を震わせた。
<……当時は若く甘い囁きに危うく騙されそうでした。 たった一度の過ちで二度と同じ間違いはしません……と言った所ですが、お分かり戴けましたか? これがシグマの変装能力の高さです>
見せられた映像の迫真極まるシーンに、会場内の喧騒は留まることを知らない。 番組越しに様子を見ていた束達も、開いた口が塞がらない思いであった。 あまりに衝撃的な場面故に目に焼き付いてしまい、シグマが変装もこなせたというこの上ない説得力を生み出していた。
「公式コミカライズにもなった1シーンだよねコレ……」
ファンから御大と尊敬を集める某氏が描いた、ロックマンX3のコミック版……おもむろに取り出して持っているアクセルの呟きは、束の耳にも入っていない。
して、名場面の論点をすり替えて衝撃映像に見せかけ、疑問を一蹴したエックス。 その後も捕まえた犯人達の処遇について、シグマ達は既にアメリカへ強制送還され、アブハチトラズ刑務所内に収監されたと説明。 これもご丁寧に、取り押さえられながら刑務所内に送られていく映像付きで。
オータムとスコールについては、学園長が説明してくれた。 逮捕はしたものの、罪を憎んで人を憎まずの精神から司法当局と話し合い、さる民間企業へ社会奉仕に出して労働の歓びと知ると共に更生していってもらう方針を打ち出した。 穏便な態度と行いにマスメディアも感心していたが、束にはどこかそれが、底知れぬ恐ろしさのようなものを薄々感じ取っていた。
そして最後に束の処遇……千冬が軽く触れた通り、彼女の身柄はIS学園で預かる事となり、これまでの行いについても不問とする代わりに、今後は世の為人の為と気持ちを新たに、一顧問として生徒達とともに歩む人生を送って欲しいと締めくくり。 会見は無事終了する流れとなった。
テレビの電源が落ち、束は一気に疲れが吹き出したかのようにため息をついた。 隣の×字傷の少年レプリロイドの言う通りであった。 彼らの図太さを今更疑っていた訳ではないが、度を超した嘘八百を前にとても敵わないと実感する束。
こんな彼らと一緒に働いているのだから、そりゃあ彼も闇の深そうな笑顔の一つや二つ浮かべられるという物だ。 とてもついて行けないし、ついて行く気も無い……自分が人間の範疇である事を実感するが、それでいてどこか安堵したのも事実であった。
「なんだか、どっと疲れたよ……」
「ゆっくり休めよ。 今後はお前には、新たな人生を頑張って生きて貰わなければならないからな」
「……そうだね」
これで自分は、名実ともにIS学園に身を置く事が確定したわけだが、学園長の言い回しに含蓄があるようにも感じた為、その辺に不安を感じていた。
しかし明確に行き場について語られた訳で無いオータムとスコールと違い、自分はこの学園で技術顧問として、そして親しい人間が周りについていてくれているのだ。 それだけでも大分救いはあるだろう。
「そうだ、私がこの学園で働く事になるんだったら……勿論クーちゃんも一緒にいていいよね?」
「……うむ。 長年助手として一緒に居たようだからな。 人事についてはある程度融通を利かせてくれるだろう」
「……束様!! それと皆様、ありがとうございます!」
嬉しさがこみ上げているのだろう、クロエは小さく笑みを浮かべながら深々とお辞儀をした。 色々とあったものの、何だかんだで大団円を迎えられそうな自分は、随分と運が良かったのだと内心束は感謝していた。
しかしここで束は、己の処遇についてある不安を思い出す事になった。 それはエックス達を旅に同行させる為についた嘘、新型アーマーの開発……はともかく、ゼロと交わした約束の事で身を震わせた。
「……どうしました姉さん?」
「ふえ!? いや……何でも無いんだよ、ちょっと思い出しちゃっただけ」
急に不安げになった自身の様子を箒に見られ、不意に尋ねられた事に驚いて軽く身を跳ねた。
「うん? 何だ言ってみろ。 不安があるなら今の内に正直に話してしまえ」
「そうですよ束さん。 今後は俺達がついてるんですから、遠慮せずに言ってください」
千冬と一夏からも促される。 どうやら黙ったままにしておく事はできそうに無い。 束は観念し、エックス達の事を話す事とした。
「いやね……最初は任務の為とはいえ、こんな身の上の束さんをエックス達は疑ってた訳だから、2人を信じさせる為にちょっと嘘ついたり、何でも言う事聞くって言っちゃったんだよ」
周囲の注目を集めながらも、束は言葉を続けた。
「特にその何でも言う事聞くって部分だけど……エックスには新型アーマーを作るって、これはまあ良いんだけど……ゼロの方がね」
「……うん?」
アクセルが、疑問の声を上げた。
「つい味方になって欲しくて、
全てを言い終わる瞬間だった。 これまで聞きに徹していたアイリスが彼らの間を割って入り、束の両肩をつかんだのだ。
「ヒェッ」
「今、何て言ったの?」
周りが驚く間もなく、鬼気迫る表情で詰め寄るアイリスに束は圧倒された。
「貴女、ゼロに何かされたりとかしなかった?」
「う……あ……」
「た、束様……?」
明らかに剣呑な雰囲気を醸し出すアイリスに束は驚きを隠せず、クロエは師の詰め寄られる姿に思わず身構えた。 アイリスが突如詰め寄った理由だが、何故はアクセルが代わりに語ってくれた。
「……そう言えば、アイリスってゼロの恋人なんだっけね」
アクセルの発言に、束は心臓が飛び出るような思いをした。
恋人? あんな旅の道中で隙あらばセクハラしてきた赤いイレギュラーに、いっちょまえに彼女がいる? 居るのに自分にこうも無駄に堂々とちょっかいを出しまくっていた? 束はショックの余り言葉が出なかった。
「一体どうした!? 束は立ち直ったばかりなんだぞ!」
豹変したアイリスの様子に、千冬が引き剥がしにかかるのをアクセルが制した。
「ごめんね織斑センセ、それと皆。 ちょっとアイリスとハカセの2人だけにして部屋を出よっか」
「何を言うんですか!? 束様が迫られて――――」
束を心配するクロエの抗議を無視して、部屋にいる全員を外へと追い出しにかかるアクセル。
「アイリスと2人だけの方が、ハカセも話しやすいだろうしね」
アクセルは言葉に詰まる束と目を合わせると、アイコンタクトを送って皆を強引に部屋から追い出しながら、自身もまた出て行って扉を締め切った。
これでアイリスと2人きり。 アクセルはこちらを気遣ったゆえの行動であると言っていたが、つまり彼はゼロが自身にちょっかいを掛けただろうと、うすうす気づいているのだろう。
「大丈夫。 別に私は貴女に怒っている訳じゃないの……ただ私の恋人、ゼロは腕の立つ人なんだけど
そして、ゼロの恋人なんかやってる目の前のアイリスは、彼のそんな部分をもっとよく理解しているのだろう。 自身が身体の件の云々を口にした途端、何かを察したようにこちらに問い詰めてきたのだから。
「色々とエッチな目に遭ったでしょ? ……勇気を振り絞って、全てを正直に話して頂戴」
アイリスの笑顔の裏側には、確かに好色の彼に対する怒りの感情が見て取れた。 しかし今の束にとって、初見では様子の変わり様に驚きはしたものの、それは恐ろしい物ではなく、むしろ頼もしいとさえ感じる様になった。 彼らを知り尽くしているし、人払いはアクセルが済ませてくれた。
束は嘘をつくまいと立てた誓いを、勿論守り抜くつもりであった。 だからこそ彼女は正直に話そうと決意した。 今まで散々引っ掻き回された事、特にあの赤いののセクハラに対しては腹に据えかねていた。
望み通り、洗いざらいぶちまけてやる。
「うん、まずは最初に泊まったビジネスホテルからなんだけど……」
そう思った束は、人生最後となる
次回、最終話は明日の同時刻に投稿されます! 是非、最後までお付き合いください!
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エピローグ
追記:この話を読むに当たり、事前に上部のメニューにある『閲覧設定』から『挿絵表示』の項目を『有り』にする事を強くお勧めします。
<エックス。 貴方疲れてるのよ……もうちょっと日本で休んでくるといいわ!>
会見終了後、IS学園の廊下にてエイリアからの連絡を受け取ったエックス。 ケイン博士のルートを通じ、既に事件の真相を知っていたらしく、怒気を孕んだ声が通信を通して伝わってきた。
「だ、大丈夫だエイリア! 俺達は十分休んだから! あと数日もすればアメリカに――――」
<いいから休んできて頂戴! そんな事件の後で戻ってこられたんじゃ仕事にならないわ! ……頼むから、今度は変な問題を抱え込まないでね! 以上!>
歯切れの悪い返答しか出来ないエックスをよそに、言いたいことだけ一方的に言われる形で、エイリアに通信を切断されてしまった。
エックスは先程の会見の疲れも相まって、深くため息をついた。 窓の外を見ると、これまでの騒動が嘘のように感じられる、穏やかでそれでいて青々とした満天の空が広がっていた。 この数日間、余りにも大変な事が起き過ぎて、心底疲れ切っていたエックスを癒してくれるようだった。
「それにしても完全に怒ってたな。 これじゃあほとぼりが冷めるまでは、戻れそうにないなあ」
「しばらく俺達の顔は見たくねぇって感じでもあったがな」
後ろからゼロの声がした。 会見終了後にケイン博士と2人で話をしていたようだが、どうやら終わったようでエックスの元へと戻ってきた。
「エイリアにこってり絞られてたんだろ? 何せ博士が俺達の動向を調べさせたのって、ハンターベースの連中らしいからな……ま、やっちまったもんは仕方がない」
「……ゼロは図太いなぁ」
報道陣のごった返す会見にて、あること無いこと堂々と胸を張って、説明に臨んでいたとは思えない気弱さを見せるエックス。 対するゼロは普段から周りを引っかき回す側の性格であるからか、エイリアからの苦言も右から左へと軽く受け流しているようだった。
それにしても、ケイン博士の要求に応えてこれだけ早く正確に、自分達の身の回りをあっという間に調べられるとは、日本支部の協力もあったろうが、改めて仲間達の優秀さを実感した気がする。
「さて、色々と酷い事になったが、折角また休日が延びたんだ。 改めて旅行でも仕切り直すか」
「え?」
これから先をどうするかと言うゼロの提案に、エックスは疑問符を浮かべた。 鞄は『亡国機業』を撃退するのに使ってしまい、持ってきたパスポートやデビットカード云々も勿論焼失してしまった。 最悪アメリカへ帰る手段はケイン博士らの伝手でなんとかなるが、何より口座に金がないのでは滞在もままならないだろう。
「金なら心配は無い。 今度はケイン博士の付き添いなんだからな」
「……どういう事なんだ?」
「まだまだ遊び足りないとかで、もう一度東京の街を練り歩きたいんだとさ。 で、次はアクセルだけじゃなく、俺達も付き合わせようと言う話だとよ」
あの人は……道楽については惜しみない人物だと知っている。 成程、確かにそれなら金の心配よりも、お土産などの荷物が嵩むことを気にするべきだ。 エックスは失笑が漏れた。
「明日の朝から出発だそうだ。 今日はもう休もうぜ――――うん?」
ゼロとエックスが廊下の曲がり角にさしかかろうとした辺りで、彼ら2人の前に誰かがやって来た。 現れた誰かは、眼鏡をかけた水色の髪の少女でIS学園の制服に身を包んでいた。 この学園の生徒なのだろうが、どこかに見知った顔の面影があるようだった。
「あの……エックスさんと……ゼロさんですよね? あの『ロックマンX』の……」
少女は人見知りなのか、どこか気恥ずかしそうに目線を泳がせながら、エックス達におずおずと問いかけてきた。
「え?」
「ん? あ、ああ」
2人は問いかけに対して肯定する。 すると少女は少し恥ずかしがりながら、いずこから色紙とペンのを取り出し、こちらに突き出してきた。
……どうやら彼女は自分達のファンだったようだ。 しばし沈黙が流れるが、エックスとゼロは向き合うと、互いに笑みを浮かべながら彼女の求めに応じる事にした。
エックスとゼロが2人分のサインの求めを受け入れると、妹の方の少女は心底うれしがって笑いながらお礼を言った。 彼女からペンと色紙を受け取り、2人分のサインを書いてやると、エックスは問いかけた。
「君の名前は? もし良かったらそれも書くけど」
「! 更識、簪です!」
「ああ……あの生徒会長の妹って訳か」
簪と名乗った少女は首を縦に振った。 エックス達はその名前だけは覚えていた。 今回の飛行機墜落事件にて、学園長の元で今回の事件の背景を探りを入れつつ、事後処理にも追われていた、この学園の生徒会長『更識 楯無』の妹だ。
彼女とはこの3日間、事件のあれこれを巡って何度か話し合ったり、特には事件の真相を知って引きつった笑みをされたりしたが、その間の話でこれでもかと言うくらい妹の存在を、自慢げに引き合いに出したりしていたのを覚えている。 そこで聞いていた妹君の名前を思い返し、目の前の少女と記憶をすり合わせながら、エックスは宛名を書き追えたサイン色紙とペンを返してやる。
「はい、どうぞ。 これでいいかい?」
「!! ありがとうございます!」
簪は、大変嬉しそうな顔で喜んでくれた。 ここまで喜んでくれるとはイレギュラーハンター冥利につきる。
その上で彼女は、一つ問いかけてきた。
「あの、この場で聞くのは失礼なのは承知の上ですけど……」
「うん?」
簪は少しだけ困ったように目線を泳がせて、中々に次の言葉を詰まらせてくるが、しばし考えた後に意を決したようにエックスに尋ねた。
「うちのお姉ちゃん……生徒会長の楯無って言うんですけど、エックスさん達は話したことありますよね? 記者会見の打ち合わせとかで……その、あんまり悪く思わないでいて欲しいんです。 どうもエックスさん達の事をあまり良く思っていないみたいで……今回の飛行機事故の件とか、とにかく色々と大変な人物だから近づかないようにって……」
簪からの質問に、エックスとゼロは真顔で互いを見合わせた。 迂闊に漏らさないようにと学園長からも釘を刺されていた筈だが、溺愛している実の妹には甘かったようだ。
「……でも私、どうしても貴方達がそんな事するのが信じられなくって……ごめんなさい、本人を前に言う事じゃないのは分ってるんですけど……」
どうやら彼女は疑っていると言うよりは、信じたいが為にエックス達に真意を問うてきたようだった。 まあ、やる事なす事大惨事のきっかけを作ったのは紛れもない事実だが、ここは彼女の夢を壊さない為にも、エックスとゼロはあくまで気持ちの部分については本心から答えた。
「……正直、今回の飛行機事故では随分迷惑をかけちまったって思ってる。 色々ごたごたもあったし、偽者騒動もあったからな」
「だけど、どうかこれだけは信じて欲しい。 たとえどんなに疑われようとも、俺達は君達の味方だし、そうでありたいと思っている」
申し訳なさそうにする簪の目をはっきりと見ながら、エックスは正直に答えた。 すると簪にもそれが伝わったのか、胸をなで下ろしたようだった。
「そう、ですよね……どうも不穏な噂を聞いたせいで、つい不安で……!!」
「良いんだよ。 それより信じてくれて良かった」
「全くだ」
エックスとゼロも表情を緩ませる。 こちらの気持ちを信じてくれたようで、エックス達も一安心だった。
「サインをどうもありがとうございました! 一生の宝物にします!」
「喜んでくれて何よりだよ」
簪は深々とお辞儀をすると、貰ったサイン色紙を大事そうに抱えて走り去っていった。 その後ろ姿を、エックス達は生暖かい目つきで眺めていた。
「まあ、事実なんだけどな」
「夢を壊さないためだからな。 仕方ないよな」
冷や汗を流しながら、自分自身に言い聞かせるように何度も呟きながら。
簪の後ろ姿が見えなくなった辺りで、今度は背後から別の少女の声が聞こえてきた。 足音に金属音が混じるのはレプリロイドの物だろうか、何よりも声遺体に聞き覚えがあり――――振り返った先には見覚えのある姿が!
ゼロにとっての小指を立てるコレ、アイリスが長いダークブラウンの髪を揺らしながらこちらに走ってきた。 仕事で日本にいるとは聞いていたが、まさかこのIS学園に招かれていたとは。 きっと墜落からIS学園に滞在していた間、会見の為ずっと個室で缶詰になっていたこちらを気遣って会いに来てくれたのかもしれない! そんな愛しの彼女を抱き止めようと、ゼロが両の腕を開きながらアイリスを受け入れる体勢を取った時――――
アイリスの渾身の一撃は、ゼロのガラスの顎を容赦なく粉砕! ゼロは押し倒され、アイリスはそのまま馬乗りになってゼロを殴打! つい最近どっかで見たような光景が今再現された。
「篠ノ之博士にセクハラしまくったって聞いたわよッ!? こないだもレイヤーって人とチョメチョメしてたばっかりでしょ!! 直ぐに女の人にちょっかい出さないでってあれほど言ったのに!!」
「す、すまな、ぺぷしっ!」
「これだけ言ってもエッチな事を頭から切り離せないなんて、もう遅いのね……何もかも!!」
「落ち着け! アイリス! 話を聞いてくれ――――」
「今度こそ一緒に、直ぐにスケベを拗らせないようにして暮らしましょう!! ねッ!?」
「アババババババババババババババッ!!!!」
虚を突かれたゼロを押し切るかのように繰り出される、アイリスの雨霰のような攻撃。 エックスは2人の様子を微笑ましく見ていた。 しばらくぶりに会った恋人同士にしては、随分激しいスキンシップだなぁ……と。 ここから先は2人だけの時間だ、一緒にいると邪魔をしてしまうだろう。 無粋な真似は避けようとゼロとアイリスを置き、エックスは彼らをおいて去る事にした。
「アイリス! よく聞いてくれ! 俺の自前のバスターは女性達の共有財産なんだ! 独り占めにしていい道理があるなんて幻だ!!」
「共有財産なら、誰かがしっかり管理する必要もあるでしょ!? なんなら私が管理してあげるわッ!!」
「ちょ、ちょっとまて!! そこ掴むな!! 引っ張るな――――あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
後ろで何かが起きているが、たとえ2人に何かあった所で、負けない愛がきっとあるから多分大丈夫だろう。
エックスは背後の事は気にせず、時折青空を眺めながら、散って逝ったキンコーソーダー、そしてオータムとスコールへと思いを馳せていた。
彼らも罪を犯した者達ではあるが、しかし今回の行いがあったからこそ、自身のファンと名乗る女の子へ人生最高のプレゼントを渡せ、出先でゼロとアイリスが再会できる、不思議な巡り会わせを招いてくれたのだろう。 決して褒められた行為ではないものの、それでもこの出会いは『亡国機業』からの粋な計らいだったかもしれないと、冗談交じりにエックスは思っていた。
今頃はきっとこの空と同じ青い海の上で、次なる人生を歩んで行ってくれている彼女らに、エックスは何処までも晴れやかな笑みを浮かべていた。
それからというものの……オータムとスコール、そしてキンコーソーダーも、時折やってくるクラブロスに可愛がられながら、日々を新鮮な蟹をお届けする為に蟹漁船の上で働いていた。
ISパイロットである2人にはついては、宛がわれた漁業用のISで反抗を企てた事もあったが、暴れようとすると電気ショックが流れる安全装置の存在から、度々感電させられた。 キンコーソーダーもそんな彼女達の姿を嘲笑いつつも、その一方で脱走を企てる事も多かったために、結局は彼も同様に扱われる事が多かった。 地面の上を痺れて飛び跳ねる彼らの姿は、陸に打ち上げられた魚の気持ちを理解する模範的漁師だと、地元漁師からは拍手喝采だったと言う。
そんな彼らをクラブロスに引き渡した学園長達だが、部下が迷惑をかけてしまった筈のケイン博士に対し、なんと謝礼として逆に息子の経営する人材派遣会社の持ち株の1割を譲渡する事とした。
なんでも『亡国機業』のちょっかいに対して死者を出さなかった上に、壊れた校舎についても、実は設計に欠陥が見つかっており、飛行機が突っ込んで壊れた事で、それを建前に堂々と建て替えられて助かったというのが理由だったそうな。
因みに、校舎を建てた業者も再建を請け負ったのも、同じ学園長の身内の建設会社である。
新校舎となったIS学園で働く事になった篠ノ之束は、当初こそ学園の監視下という生活に窮屈さを覚えては居たが、一転して人と接すると言う事を意識して働いてみると、周りの人間と触れ合いながら徐々に人当たりが柔らかくなっていき、意外とまんざらでは無い様子であったという。
助手のクロエ曰く、本当に生まれ変わったようで、かつて友人である千冬を悩ませていたような、対人関係の問題は完全に克服できたと語っていたという。 今では、山田先生共々人当たりの良い親しみやすい顧問として、充実した日々を送っている。
楽しげなIS学園の様子を、一夏達を初めとするIS学園の面々と、すっかり仲良くなったアクセルは彼らの通信のやりとりからうかがい知る事ができ、大変なハンター業務の支えにはなっていた。
しかしその一方で、記者会見の場において発表した、一夏と一緒にエックスとゼロを叩きのめした例の動画。 あれがほかならぬ学園の新聞部の手によって、無圧縮の動画データをインターネットに流出させたが為に、一夏と並んで最近男性キャラも変身した『プリキュア』シリーズの最新作と揶揄され、ネット界隈のおもちゃにされている事実に、2人して端末越しに頭を抱える羽目になった。
シグマはまあ……例によってカレンダーに書いた出所日目指して、日付を丸で囲う日々を送っている。
そして、一番とばっちりを食らったであろうクラブロスは、受け入れを迫られた外国人労働者の受け皿を確保する為に、以前から計画していた新事業を前倒しで実行に移す事となるが……幸いにもやってきた労働者は皆勤勉で有能な働き者であった為に、思いがけない利益が出た事に割と満足はしていたという。
「これからはひまわりやのうて蟹の時代や!!」 クラブロス金融グループ 新事業に参入
某月某日 AM7:14:22配信
人材派遣のトップシェアを握る『株式会社スロー』との契約により、外国人労働者の受け入れを発表した、クラブロス金融グループの新事業が今日発表された。
徹底したコスト管理と、新鮮な魚介類の流通ルートを確保したとの強みを生かす小売業『スーパー蟹玉』。 蟹の鋏でひまわりをへし折るという、どこぞのスーパーに真っ向から唾を吐きかけていく看板イラストが特徴だ。
開業に当たって既に新人教育は終えており、来週明けにも事業を展開していく見通しだ。(ジャールストレート・ウォーナル)
イメージ画像:「クラブロス金融公式ホームページ」より
因みにその後、喧嘩を売られた側のスーパーの社長を怒らせた為かは知らないが、クラブロスは何者かに外国人労働者の不正就労問題を告発され、書類送検された。
保釈に幾ばくかの金銭を支払った後に罰金刑と相成ったが、取り調べの際のコメントが百点満点な言い訳だと話題になったそうな――――
以上をもちまして『ロックマンZAX3 亡国機業より愛をこめて』を完結とさせて頂きます! ここまでのご愛読、ありがとうございました!
連載再開からGAIDENの投稿を除き、一度も連載をストップさせる事無く、しかもこの話を書き終えた時点ではまだ2月末でした。
本業が残業に休日出勤と、就労時間マシマシの執筆環境としては最悪な状況下において、早めに完成させられた事を嬉しく思います!
……それにしても、シーズン2より短くして終わるつもりが、話数どころか文字数までをオーバーしてしまったのは少々誤算でしたがw しかも美少女×ロボットなハイスピードラブコメとのクロスオーバーの癖に、終始畜生度の高い展開ばっかりだった上に、オチがスーパー〇出ネタと言う地元色丸出しという……ラブコメのラブの字もねぇよ!! 兎の子かわいそう。
さて、連載も終わったと言う事で、前シーズンに次いで感想ついでの質問も受け付けます。 答えられる範囲でならどんどん答えていきたいと思いますので、もし気になった点がお有りでしたら、遠慮なく質問しちゃってください!
それでは最後にもう一度。 ここまでご愛読いただいて、本当にありがとうございました!
皆様の根強い支持のお陰で、無事完結を果たせたことを嬉しく思います!
近々オリジナルの作品も投稿しようとも思っていますが、頃合いを見てまたロックマンZAXシリーズも展開していきますので、その時はまたお付き合いください!
でわ!
2019/4/13
完結記念イラスト描いてみました!
【挿絵表示】
↓あ、最後にアンケートもあります↓
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