グッドルーザーズ!! ~球磨川禊と鬼人正邪による反逆の学園生活!~ (ゼロん)
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第1章 愚か者達の入学式編
~プロローグ~ 最低な転校生と最悪の自己紹介


 

 ーー私はなぜこんなところにいる。

 

 つい先ほどまで転校生の自己紹介ジョークを聞き、爆笑していたクラスメート。その中にはほくそ笑みで済ますものも、鼻で笑うものもいたが……

 

 

 皆例外なく死んでいる。全員の胸と腕に大きな螺子(ねじ)が突き刺さり、間違いなく絶命している。

 

 

 --このクラスの唯一の人外少女、天邪鬼(あまのじゃく)である鬼人正邪(きじんせいじゃ)を除いて。

 

「は……?」

 

 余りの一瞬の出来事で呆然とする正邪。

 

 --いったい……何が起こったというのだ。

 

 唯一の生存者である彼女を、首を傾げ不思議そうに見つめる転校生。

 

『あれ? 君、大丈夫だったかい? 悪いね、僕としては結構つまんない冗談だったんだけど。みんなの笑いの沸点が余りにも低かったみたいだ』

 

 ハハッとこの惨状を些細なことのようにその転校生は笑い飛ばす。この惨状を作った張本人だというのに、だ。

 彼の薄気味悪い笑みに、その態度にゾッとした。背筋に怖気が走り、冷や汗が止まらない。

 

『勘違いしないでくれよ? 僕が自己紹介して、ジョークを言った瞬間にどこからともなく螺子(ねじ)が飛んで来たみたいだ。全く……悪趣味な演出だぜ』

 

 転校生は三日月のような笑みを口元に浮かべながら、めちゃくちゃな理論を口走る。

 下手くそな探偵小説の犯人でもこんな言い訳は絶対にしないだろう。

 

『決して、僕が投げたわけじゃないんだよ? たまたま()()()()彼らが死んでしまって……たまたま、()()()()僕らは助かった。おっと……早とちりしないでおくれ……』

 

 暴論の次は被害者面(ひがいしゃづら)……責任転嫁(せきにんてんか)……些細(ささい)なことであればまだいい。

 だが……この転校生は殺害という外道行為そのものを正当化しようとしている。明らかに殺人に使われた凶器を持ちながら、気持ちの悪い微笑みを浮かべながら、自分がやったことをなかったことにする。

 

 正邪はこの少年から人間、いや自分たち妖怪以上の不気味さを感じた。今まで会ったやつの中でも最低最悪な……()()()の片鱗を味わった。

 

 気づけば足が……震えている。

 自分でも理解できない不快感に自分の肩を抑える。

 

 --震えるな、止まれ。ビビるな。怖くない、武者震いだ。これは武者震いなんだ……!

 しかしなんだ……!? この人間は……? 狂っているとか、歪んでいるとかそんなんじゃない……!

 

『僕は悪くない』

 

 人間の負の面、そのものであると鬼人正邪(きじんせいじゃ)は転校生--球磨川 禊(くまがわ みそぎ)をそう評価した。

 



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第1話 たった二人のひっくり返す者

これには輝針城のネタバレがすこーし含まれております。
若干のセリフ改変、独自解釈はお許しくださいませ。


まずは……彼女たちの話からするとしよう。


 --幻想郷(げんそうきょう)。そこは外の世界、つまり現実世界と隔離された……妖怪と人間が共存する楽園である。

 

 しかしながら、その楽園にも強弱関係は存在する。強き人間は弱き人間を、強き妖怪は弱き人間と妖怪を支配する。

 

 弱肉強食が当然であり秩序満ちるこの楽園を気に入らないものがいた。

 

 それが--『逆襲の天邪鬼』こと、鬼人正邪(きじんせいじゃ)。彼女は最弱の妖怪でありながら、『とある力のある弱者』を利用し、この楽園に反旗を翻した。

 

『姫、あなたたち小人(こびと)族は……今まで幻想郷の強い妖怪によって苦汁をなめてさせられてきました。今こそ小人族の秘宝『打ち出の小槌(こづち)』を使うときです。共に幻想郷を我々弱者の楽園に作り変えましょう!!』

 

 一人でいた『ある協力者』に正邪はスッと手を伸ばす。

 正邪はその人のことは『姫』と呼んでいる。何といっても()()()有名な一寸法師の末裔らしい。

 

『……ッ!! うん! やろう正邪!! 私たちレジスタンス(ひっくり返す者)で!!』

 

 覚悟を決めた彼女は伸ばされた手を力強く握り返す。

 そして二人は二ッと笑った。

 

『さぁ、弱者が見捨てられない楽園を作るのだ!!』

 

『おぉーーッッ!!』

 

 楽園を自分たち弱者が支配する世界にしようとしたのである。雲より高い上空に浮かぶ逆さの城、輝針城(きしんじょう)を拠点に。

 

 計画を邪魔をする者には彼女自身の『何でもひっくり返す程度の能力』をフルに活用し、存分に苦しめた。

 

 

 その結果、彼女は……

 

「はぁ……はぁ……クソッ、妖怪の賢者(スキマババァ)どもめ……しつこすぎだ……ッ!!」

 

 ……計画は見事失敗に終わり、彼女は逃亡生活を余儀なくされていた。

 

 彼女の協力者であり、計画の実行犯である『とある弱者』--『小人の末裔(まつえい)少名針妙丸(すくなしんみょうまる)が敗れた後、黒幕である彼女は針妙丸を見捨て、逃げ出したのである。

 

 今まで幻想郷に反旗を翻した者は少なくないーーが、正邪の目的は『楽園の崩壊・支配』であったためスキマババァ……ではなく妖怪の賢者達に追われる指名手配犯となった。

 

 彼らは容赦なく彼女の捕獲……あるいは抹殺を実行しようとしたが……正邪は抵抗し、ひとまず彼らの猛攻をしのぎ、現在も逃亡中だ。

 

 正邪に利用されていたことに気づいた針妙丸も追手側だったが……暴力ではなく正邪を説得して捕まえる姿勢を彼女は最後まで崩さなかった。

 

 

 ======================

 

 

『正邪ッッ! 止まって! もう下克上は終わったの!』 

 

『え? 何を言ってるんですか? これからですよ。弱者が強者を支配する、本当の下克上は……ね』

 

 正邪は説得をいまだに試みる針妙丸に邪悪な笑みを向ける。

 

 そんな彼女に今にも泣きそうな顔で針妙丸は抱き着く。突然の抱擁に驚き、正邪は目を見開く。

 

『正邪……お願い。もう逃げるのなんてやめて……私と一緒に降伏しよう……今ならきっとみんな許してくれるよ』

 

『姫、お言葉ですが……やなこった! だぁれが降伏なんてするかッッ!!』

 

 降伏の言葉に対し、あっかんベーをする正邪。

 

 降伏勧告の完全否定。つまり力づく以外にとらえる方法は失われた。

 徐々に針妙丸の顔が曇っていく。

 

『ごめんなさい、正邪……みんな、どうかお願いします。正邪を……捕まえてください』

 

 その瞬間、針妙丸の後ろから追手がぞろぞろとやってくる。針妙丸もそれに続く。

 

『ふん……所詮あんたも強者(そっち)側か……まぁいいさ。我が名は正邪! 生まれ持ってのアマノジャクだ!!』

 

 

 ======================

 

 

 それから数年後。

 

 輝針城での針妙丸への態度はお芝居とはいえ、針妙丸と共に幻想郷への反乱を企て、共に笑っていたのも……今では昔の話。

 

「姫……クソッ……なんであんな裏切り者のチビのことなんか思い出しているんだ。……くだらない」

 

 --芝居とはいえ……反乱の後押しをしてやったっていうのに、あっさり裏切りやがって。

 

「まぁ……あいつを見捨てた私も人、いやアイツのことを言えないけどな。ハハッ、アイツはただの人じゃなくて小人だったなぁ……そういえば」

 

 正邪は先ほどの自分の思考を鼻で笑う。二本の角が生えた頭を指で掻きながら、やれやれ、と。

 

 くだらないとはわかりつつも軽口をたたく。何しろ……腹に大穴があけられているのだ。見事にぽっかりと、隙間風が入るくらいに。

 

 独り言でも叩かなくては……激痛ですぐにでも意識が飛んでしまう。

 

 口から真っ赤な血があふれ、腹の血が正邪の重ね矢印のワンピースに滲み、吐いた血が履いているサンダルに付着する。

 

「ゲホゲホッ……あ~ぁ……まだ終わってないんだがな……下克上」

 

 心底残念そうな顔で森の木々に囲まれた空を見上げる。そこに赤い影が一つ。

 

 --視界がぼやけてよく見えない。

 

「チッ……また私の邪魔をしたクソ巫女か……来いよ」

 

 動かなくなった足を叱咤して何とかして立ち上がろうとする。

 

「正邪!! やっと見つけ……ッ!! ひどい怪我!!」

 

 ーー違う。妖怪退治のあの巫女ではない。こいつは……

 

「姫……いや裏切り者が……今さら、私に何の用ですか?」

「違っ……! 私はただ正邪に……罪を(つぐな)ってほしくて……」

 

 最後の追手……少名針妙丸は彼女の悪意のある言葉に怯みながらも正邪に食いつく。

 

 正邪はそれを鼻で笑う。光を失いかけたその目で、針妙丸をまっすぐに見つめながら。

 

「はッ! お口では何とでもってやつですよ……ゴボッ、ゴホッゴホッ!!」

 

 血を吐きながら正邪は悪態をつく。最後の最後まで彼女は頑固でひねくれもの。

 

 たとえ生涯最後に会える相手が針妙丸でも……それは変わらない。

 

「しゃべっちゃダメだよ! そこを動かないで!」

 

 針妙丸は来ていた赤い着物の袖を破り、包帯代わりにしようとする。

 

 それを見た正邪の顔が怒りに歪む。

 

 --冗談じゃない。強者(そっち)側にいったお前なんかに助けられてたまるか……!! 動くな!? 上等だ。動く!! まだ体は動くんだ! 逃げ切ってやる……!!

 

 正邪は自分の足を何度も叩き、ムリヤリ自分の言うことを聞かせようとする。

 

 結果、立ち上がり数歩だけ歩いて後、生まれたての小鹿のようになっていた彼女の体は近くの巨木の側で力尽き、崩れ落ちる。

 

「正邪!!」

 

 慌てて正邪に駆け寄る針妙丸。

 

 すでに正邪は虫の息。『なんでもひっくり返す程度の能力』を持つとはいえ、それすら使えないほど彼女は衰弱していた。

 

 使い方次第では強力な能力の保持者でも彼女は天邪鬼であり弱小妖怪だ。鬼のように強靭な肉体を持つわけでもなく、吸血鬼のように傷を瞬時に治す力もない。ただのひねくれ妖怪だ。

 

「どうしました? 絶好のチャンスですよ……私はすでに虫の息。小槌の力がないあなたでも楽勝なんじゃないですか?」

 

「何言ってんの!? できるはずがないじゃん!!」

「……。そんなに弱かったら仲間に引き入れるまでもないんですけどねぇ……けっ」

 

 ふっ、と馬鹿にするような笑みを浮かべ挑発する。アマノジャクとはいえど彼女にもプライドがある。

 

 自分の判断や計画に落ち度はなかったとは今でも思っている。あの反乱が間違っていたなど微塵も思っていないし、相手への嫌がらせも、裏切りも、嘲笑も何とも思っていない。

 

 ーーそれでも唯一の誤算は……

 

「違うよ! 違うよ違うよぉ!! なんでわからないの!? 私は! 正邪のことが大好きだから!! 死んでほしくないからとどめなんか刺さないの!! ほら、立って!!」

 

 自分の協力者が裏切られてもなお自分を信じるくらい……純粋で、優しい……大馬鹿者だったことだ。

 

 伸ばされた針妙丸の手を忌々しげに正邪は振り払う。

 

 針妙丸は我慢できずに持っていた針を投げ捨て、血だらけになるのも構わず、正邪の胸に飛びつく。針妙丸の着ていた赤い着物にも血のシミが広がり、正邪の胸につけてあった上下逆さまの青いリボンが彼女の涙でぬれる。

 

「はぁはぁ……!! 私は……大っ嫌いですよ……! 姫のことなんか……どうでもいいって、ゴホッ……くらいに。どっかで野垂れ死ねってくらいに……!!」

 

 抱き着く彼女をなんとか振り払おうとするが……もうそんな力も残っていない。

 

 度重なる戦闘、負傷、徐々に減っていく自分の力、最も決定打になったのは……最後に負った致命傷。まだ針妙丸の姿が見え、喋れる余裕があるのが奇跡なぐらいだ。

 

 

 --正直に言えば……針妙丸のことは嫌いにはなれなかった。もちろん強者を忌み嫌い避ける自分とは違い、強者に恭順し順応するその姿勢は気に食わないし嫌いだ。

 

だが彼女は非常に優しく、純粋な少女だ。どこまでも前向きで、自分と同じように彼女も弱いくせに……別の弱きものに『一緒にがんばろう』と手を差し伸べる。そんな情に厚い所は……甘いが、嫌いじゃあなかった。

 

 そんな彼女といたから、この下克上は絶対やり遂げられる、やり遂げてみせる。そう思った。たとえ……レジスタンス(ひっくり返す者)が私一人になったとしても。

 

 

 下克上が仮に成立したとしたら……彼女と輝針城で、弱者たちが強者を支配する……そんな世界で悪態をつきながら過ごすのも……悪くない。そう思ってもいた。

 

 ーーそれでも、死ぬ前でもそんな本音は絶対に言わないが。

 

 彼女は……最後までみんなの嫌われ者、アマノジャクでいたいから。その誇りが甘えを許さなかったから。

 

 --もう喋る気力も……失せてきた、な……

 

 周りの景色がぼやける中、唯一見えていた針妙丸のぐしゃぐしゃの泣き顔も見えなくなる。

 

「……じゃあな。せいぜい強者の世界で楽しくやってろ……裏切り者のお、ひめ……さん……よ」

「正邪……しっかりして……!! 正邪! せいじゃぁ!!」

 

 最後まで悪役で……嫌われ者でいい。最後にとどめを刺されるのが強者の中の強者、妖怪の賢者でなかっただけでも幸い、といったところ。

 

 死ぬ間際でも彼女は強者嫌いの反抗者だった。

 

 言いたいことは言い終え、光を失った正邪の瞳が閉じていく。

 

 それを見た針妙丸の顔が絶望の色で染まる。

 

「いやだ……いやだよ……お願い、目を開けて……!! せいじゃ……! せいじゃぁ……!! ぁ……」

 

 罵られても、悪意のある言葉をかけられても……針妙丸は彼女のそばを離れず、ずっと泣きつき続けた。

 

 そして……正邪はゆっくりと息を引き取った。

 

 

 

「あ~こんなところで終わっちゃつまらないのだよ。アマノジャク君」

 

 

 

 --それが最後に私が聞いた言葉だった。

 

 

 

 ======================

 

 

 

 目覚めたときに自分がいたのは……外の世界では学校と呼ばれるところの教室。

 

 --いや……それに似た空間だ。ここはどこか異質だ。私以外に誰かがいる気配がしない。

 

「ここは……どこだ? 私は確か……」

 

 --死んだはず。間違いなく針妙丸に泣きつかれて……その後に自分は死んだはずだ。

 

 いつの間にか正邪は机に座っていた。驚いて椅子を引き、席をサッと離れる。

 

「こんにちは。いやこんばんはかな? それより……初めまして。鬼人正邪ちゃん」

 

 気がつくと目の前の教卓の上に見覚えのない……ヘッドバンドを付けた黒髪ロングの少女がチョコンと座っていた。



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第2話 謎の少女、安心院なじみとの会遇

「あんた……誰だ。見たところただの人間じゃなさそうだが」

「あぁ、自己紹介がまだだったね。ボクは安心院(あじむ)なじみ。親しみを込めて安心院(あんしんいん)さんと呼びなさい」

 

 安心院なじみ。彼女は自らの名を目元にピースサインを決めながらそう名乗った。

 

 特徴的な学生服に肩と太もも近くで結んだ黒髪のロングヘア。ヘッドバンドと黒いソックスを身に着けている。

 

 --そうかそうか。絶対にそう呼んでやらないけどな。

 

「じゃあ、なじみ。ここはどこだ? 確か……私は死んだはずだ」

 

「ボクの言うことを完全無視とは。本当にひねくれものだね……僕の友人と同じくらいのひねくれ具合だよ」

 

「そりゃあどうも」

「……難しく考えないでもいいよ。まぁあの世って考えてもらえればいいさ」

 

 よく見ると腹の傷が無くなっている。血がにじんでいたはずの自分の服も綺麗になっているし、不思議と痛みもない。

 

 --死後の世界っていうのも納得だ。

 

「ほう……やっぱ私は死んだのか。じゃあお前は閻魔様ってところか? もっとお堅いのを想像していたんだがな……」

 

 正邪は安心院を値踏みするように見ると、少しうれしそうな表情を浮かべる。

 

「それにしても格式ばった閻魔への反逆か……なかなかやるなお前」

 

 ほーう、と正邪は感心したようにニヤニヤしながら顎に手を当てる。

 

 勝手な解釈に学生服の少女、安心院は苦笑する。

 

「えーと……なんか勝手に納得しちゃっているけど……ボクは閻魔様じゃないよ? まぁ人間でもないんだけどさ……」

 

 おいしょっ、と安心院と名乗る女性は教卓から飛び降り、正邪の前に着地する。

 

「それはそうと死んだ君にボクからの提案なんだけどさ……」

「やなこった。断る」

 

 安心院が言い終える前にあっかんべーをして即座に断る正邪。

 残念そうに「えぇ~」と彼女は苦笑する。

 

「いやいや、話はまだ始まってないよ?」

「こういうのは面倒な話だっていうのがお決まりなんだ。絶対に断る。ほかの奴をあたってくれ」

 

 あぁ~しんどいしんどい、と言いつつ正邪は適当に近くの机の上で寝そべり、安心院に背中を向ける。頬杖を突き、自分が行くのは地獄か天国かについてを考え中だ。

 

「お願いだよ。君にしかできないことなんだ」

 

「はッ! や~なこった。私はな、人に嫌なことをするのがだ~い好きなんだ。絶対にお前のお願いなんて聞いてやるもんか」

 

「困ったな……これはあの子よりも厄介だ。どうしたものか……」

 

 しばらく顎に手を当て考えた後、そうだ! と安心院は手を打つ。

 

「じゃあいいや。君はこのまま何もできないまま死ぬ、それでいいってことで」

 

 ピクッと正邪の全身が震える。

 

 --よし、食いついた。

 安心院は正邪が後ろを向いているのをいいことにガッツポーズを決める。

 

「ま、ボクの頼みたかったことって君以外の誰にもできることだしね。あ~とびっきりの依頼だったのになぁ……」

 

 ピクピクッとさらに正邪の反応が顕著になる。

 --あと少しだ。

 

「稀にみるレジスタンスであり、革命家であり、あともう少しで弱者の楽園を作れた君になら……って思ったけど……とんだ期待外れだったみたいだ」

 

「ぐっ……!!」

 

「根性なしの負け犬じゃないか……まぁ楽園計画に失敗した君に期待したのが間違いだったのかもね……」

 

 わざとらしく「はぁ……」とため息までいれる安心院。

 

「ぐぐぐ……言わせておけば……ッ!!」

 

 我慢できずに正邪はくるりと彼女の方を振り返る。

 

 そして安心院は明らかな侮蔑と嘲笑でとどめの一発を決める。

 

「まぁ……弱者は所詮、軟弱者。負け犬は負け犬らしく、地べたに這いつくばのがお似合いさ。ずっと遠吠えてれば?」

 

 その瞬間、正邪の中のナニカが音を立ててブチリと切れた。

 一瞬の迷いもなく、一気に距離を詰め、彼女は安心院の胸倉を掴む。

 

「上等だァ!! なんでもきやがれ、なじみ!! 弱者の意地! 思い知らせてやる!!」

 

 唾を飛ばし、馬鹿にされたことへの怒りをあらわにする。

 高く上げたその声は少女のものだったが……それには何とも言えない迫力があった。

 

 さすがの安心院も正邪が激昂することを予測していたとはいえ、これにはびっくりした。

 一度死んだとしてもやはり正邪の弱者への執着は並のものではない。

 

 --やっぱり見込み通り。いや見込み以上だ。これなら彼を……

 

「で? 私に何を頼むつもりだったんだよ? 早く言えよ」

 

 正邪は落ち着いたのか、安心院から手を放す。

 安堵し、安心院は「ほッ……」と胸に手を当て息を吐く。

 

「まずは……そこで寝てる彼女の介抱もしなくちゃね。話はそこからだ」

「え……? ……ッッ!!」

 

 そこには……現世でまだ生きているはずの針妙丸が、机の上ですぅすぅと寝息を立てていた。

 



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第3話 針妙丸との再会、安心院さんの依頼

「なんでこいつがここに……」

 

 正邪は自分の目の前の机でのんきに寝ている小人、針妙丸を指さす。

 それを受け安心院は首を傾げる。

 

「何って……死んだ君の側に飲まず食わずで、ずっとその場に居て、君の後を追って死んじゃった友達じゃないの?」

 

「は……!? なんだ……それ?」

 

 彼女に言われたことを飲み込めず、困惑で顔が引きつる正邪。

 

 --そのことについてはおいおい針妙丸に聞くとして……彼女の何かが変だ……大きさか!

 

 よく見れば普段のアイツはせいぜい私の膝下に届くか届かないかぐらいのサイズなのに……今は下克上当時と同じく人間大の大きさになっている……どういうことだ?

 

 そんな正邪の様子を見て、クスクスと安心院は笑みを浮かべる。

 

「全く……はたから見ればこの子は男の子のようにも見えるのに、女の子なんだよね~。こんな可愛い子が友達なんて羨ましいぞぉ、この、このっ」

 

 --なるほど。こいつの仕業か。

 

 安心院はふざけて正邪をひじで小突いてくる。

 バカにされ、いら立ちを隠せない正邪は体を寄せてくる彼女を突き飛ばす。

 

「よるな! 馴れ馴れしい。それに……私とそいつは『友達』なんてお綺麗な関係じゃねぇ」

 

 正邪は苛立たし気に安心院をにらむ。それでも安心院の人を食ったような態度は崩れない。

 

「死別した友達が目の前にいるんだよ? もっと喜んだらどうだい?」

 

「ふん……まぁ、このおバカさんをまた利用できるっていうんだったら、利用できるだけ利用させてもらうってだけさ」

 

 --このお人好しの馬鹿は一度騙されたとしても、また何度でも私に騙されるだろう。さて次はどう使ってやろうか……

 

 眠る針妙丸を見つめながら、邪悪な笑みを浮かべる正邪。

 安心院は「はぁ……」とあきれたようにため息をあげる。

 

「またまたぁ……なんで君は自分の気持ちに素直になれないのかな……」

「あ!? お前に私の何がわかるっていうんだぁ?」

 

 正邪は安心院の態度に我慢できず、声を荒げて彼女につかみかかろうとするが……

 

「ううっ……せい……じゃ……?」

 

 --しまった、声が大きすぎた。

 

 目をゆっくり開けた針妙丸は見知らぬ風景に驚き、辺りを必死に見回す。

 

「えっ!! ここどこ!? わたし、また人間と同じくらい大きくなってるし……あっ……」

 

 正邪の姿を目にした神妙丸の薄紫色の目が満月のように見開かれる。

 

「正……邪……なの……?」

 

「違います。赤の他人です」

 

 なんとかごまかそうと顔の前で片手を左右にふり、見間違いを指摘する。

 

「こら」

 

 下手な嘘をついた正邪の頭をこつんと安心院が叩く。

 

「やっぱり正邪だ! せいじゃぁあああ!!」

 

 感極まって正邪に向かい全速力で走りだす針妙丸。顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら向かってくる。

 

 正邪は彼女の突進をよけきれず、自分の胸に激突。

 

「ぐぇっ! おい、くっつくな!! はなれろっての!!」

「会いたかった……! 会いたかったよぅ……せいじゃ……せいじゃぁぁ……!!」

「はぁ……」

 

 もうどうしようもない、と観念し正邪はげんなりする。

 針妙丸の涙と鼻水でせっかくの綺麗になった服が一気に汚くなっていく……

 

「おい……姫、もういいだろ。いいかげん離れろ」

 

 やっと気が済んだのか、正気に戻った針妙丸はハッと正邪の拘束を解き、離れる。

 

「あ、ごめん……だって、また正邪と会えたことがうれしくて、つい……」

 

「私は全っっぜんッッ! うれしくありませんけどね。……あの世に行くなら私一人で行きたかったよ……ったく」

 

 心底嫌そうな顔をして正邪は床に唾を吐く。お前と一緒なんて死んでもごめんだ、と言いたげだ。

 

「本当は嬉しいくせにね……ぷぷぷ」

 

 堪えきれず安心院は噴き出してしまう。

 それを正邪がギロリとにらむと、「おぉ怖い怖い」と薄ら笑いを浮かべる。

 

「じゃあ本題に入ろうか。正邪ちゃん」

「早くしろ。いいかげんお前の気持ち悪い笑顔を見るのはごめんだ」

 

 明らかに敵意のある正邪の態度に針妙丸はむっとする。

 

「正邪! 初対面の人にそんなこと言わないの! ごめんなさい、えーと……」

 

 安心院の名前がわからず彼女は困惑する。

 純粋な彼女に対して好印象を覚えたのか、安心院は優しく微笑みを返す。

 

「私のことは安心院さんって呼びなさい。私は現実世界……君たちの言うところの外の世界で箱庭学園って学校の創設者をやっているんだけどね……」

 

「へぇーそりゃすごいすごい」

 

 明後日(あさって)の方向を向きながら棒読みで応答する正邪。……安心院の話をまともに聞く気が全くないようだ。

 

 誰かとのそんなやり取りに慣れているのか、気にすることなく安心院は話を続けようとする。

 

 逆に針妙丸の彼女の話を聞く態度は真剣そのものだった。さらっと出た彼女の『学園の創設者』の肩書(かたがき)に顔をぱぁっと輝かせる。

 

「ってことは……安心院さんって学校で一番偉い人なの!? すごい!」

「あぁそうだよ。そう言ってもらえるとボクもうれしいよ」

 

 安心院の話によると、彼女の創った学園……箱庭学園に来てほしい生徒がいるそうだ。その生徒が今回の依頼において非常に重要であるとのことだった。

 

「そいつは正邪ちゃん、君よりもはるかに厄介なひねくれ者でね。いつまでたってもその子の宿敵がいるボクの学校に来ようとしないわけさ」

 

「あ~わかった。その問題児を何とかしてこいってのがアンタの頼み事か?」

 

「いや、違うよ。たぶん……ぶん殴られたり、話して動いてくれる子じゃないだろうからね。それは期待してないよ」

 

 見当違いと言われ、正邪の顔がたまったイラつきをあらわにする。

 

「は!? じゃあ何をすればいいんだよ?」

「正邪! 話は最後まで聞く!」

「チッ……だからお前が嫌いなんだ……」

 

 しかりつけてくる針妙丸にはかなわないのだろうか、拗ねて机の上であぐらをかいて正邪は黙る。

 

「針妙丸ちゃん、本当にいい子だね。君と違って」

「うっさい! 親かてめぇは……前置きはいいから早く依頼を言えよ」

 

 正邪は安心院に話を進めるように彼女を顎で指示する。

 

 彼女はそれを受け、やれやれ、とすこしもったいぶってから正邪達に向かって腕を広げる。

 

「君たちにはね……その問題児が来る予定の学園に彼より一足早く入学してもらいたいのさ」

 

「は……!? はぁああああああああ!? お前……何を言っているかわかっているのか!? 私たち妖怪が人間の学校に通えっていうのか!? 冗談じゃないぞ!」

 

 机から降り、安心院に食いつく勢いでつめ寄る正邪を針妙丸がおさえる。

 

「正邪! ちょっと落ち着いて! ……だけど安心院さん。本気なの? 人間大の大きさで人間の姿に近い私はともかく……角のある正邪とか外見的にアウトだと思うよ?」

 

 暴れる正邪の腕が針妙丸のかぶっていたお椀に当たり、針妙丸は正邪を抑えている方とは別の片手でそれを抑える。

 

 それを見てクスクスと笑う安心院。

 

「そこに関しては大丈夫だと思う。コスプレキャラって現代じゃ普通だし」

「適当すぎだろ(ですよね)!!」

 

 自然と息が合ってしまったのか、正邪はあわてて口を両手でおさえる……すごく不機嫌そうだ。

 

 それに対し針妙丸は顔を赤らめ、ハハハ……と笑っている。

 

「もちろん、君たちを完全蘇生させるし、存在もボクの方で何とか安定させるよ。存在自体が幻想の君たちにボクや妖怪の賢者のサポートなしじゃ外の世界はきつそうだしね……」

 

 --幻想郷の賢者……スキマババァ……もとい『境界を操る程度の能力』を持つ最強の妖怪、八雲紫(やくもゆかり)のことまでお見通しか。どうやら私たちのことについては、ほとんど調査済みのようだな。

 

「じゃあ……私たちの能力についてはどう説明する……!?」

 

 今の針妙丸には『打ち出の小槌』がないため、彼女の『打ち出の小槌を操る程度の能力』は使えない。その代わりに自分の体の大きさを人間大から人間の膝下ぐらいの元のサイズまでコントロールできるようになったようだ。

 

 現に彼女は「やったよ正邪! 自由に体の大きさを変えられるよ!」と教室の端で喜び、新たな能力を使って遊んでいる。

 

 --おそらくこの安心院とかいうやつの仕業だろう。

 

 しかし、自分の『全てをひっくり返す程度の能力』はどうやら健在のようだ。

 

 --この手のひらにある感覚でわかる。傷が無くなり、体力も万全の今ならこの能力を百パーセント使いこなせる。

 

 試しに近くの机と椅子を指を鳴らし、『ひっくり返す』。すると椅子が机の上に、椅子の下に机が。見事に二つの位置が『ひっくり返った』。

 

 --いける。今なら物の位置だけでなく、事象ですらも『ひっくり返せる』気がする……パーフェクトだ。

 

 ……だが、そこが問題なのだ。第三者から見る私の『ひっくり返す』能力は超能力()みている。加えて、第三者は人間だ。

 

 異能力を持つ魑魅魍魎(ちみもうりょう)跋扈(ばっこ)する幻想郷ならばともかく、外の世界の人間に私の能力をうかつに見せるのはマズイ。

 

 それに必然的に私が出くわすことになるのは、このおかしな空間を生み出している安心院が『厄介』と言う程の相手だ……少なくとも私の能力を使わずに済むほどの相手ではないだろう。

 

「あぁ……君たちのこれから行く角明(かくめい)学園は異能力を持つ人間も少なくない。むしろそういった学生を好んで入学させる異質な学園だ。そういう点ではボクの学園も似たようなものだけどね」

 

 幻想郷の強者の中には妖怪だけでなく、人間もいた。その全員が当然、能力持ちだ。

 

『空を飛ぶ程度の能力』や『魔法を使える程度の能力』、『時を操る程度の能力』といったようにバケモノ染みている。

 

 しかも一人一人が強大な力を持つ妖怪とタイマンを張れるだけの実力者ぞろいだった。

 

 そんな人間が何人もいるかもしれない角明学園は、弱小妖怪の正邪にとってみれば地獄に等しい。

 その情報を前に正邪は--

 

 

 --ほう、それはなかなか楽しめそうだ。

 

 

 愉悦(ゆえつ)で顔を歪ませていた。

 

「なるほど……逆に私たちが能力を持っていた方が都合がいいわけか」

 

「その通り。特に君の能力は使い方次第では非常に強力だ。けど……学内ではうまく立ち回ってね。()()に目を付けられるから」

 

 少し引っかかる言い方に疑問を覚え、正邪は警戒する。

 

 --考え方が単純な針妙丸は聞き流すだろうが、天邪鬼の私からすれば……これはきな臭い。きな臭すぎる。何か裏がありそうだな……その学校。

 

 嫌な予感を感じ、口元に手をあて、少し考えこむ正邪。

 

「へぇ……人間の学び舎か……行ってみたいなぁ……正邪! 行ってみようよ! 安心院さん、その学校に入学するだけでいいんでしょ?」

 

「あぁ、入学して単位を取ってくれれば構わないし卒業まで、とは言わない。ただ件の問題児と会うだけでいいからさ。もちろん、終わった後は生き返らせた状態で幻想郷に戻してあげるから」

「ふむ……」

 

 --どの道生き返らなければ私の下克上は完成しないままだ。ならば……たとえ飛び込むのが蛇の腹でも飛び込んでみるか……?

 

「そうと決まれば早速!! あ、手続きの方はボクの端末……もとい分身が済ませておくからさ! 心配しないで行ってきてね!!」

 

「あッ!! 待て!! まだ聞きたいことが残って……!!」

 

 安心院が指を鳴らすと、急な眠気が正邪たちを襲う。

 くらくらして立っているのもやっとだ。

 

「クソッ……本当に何者だおまえ……!!」

 

「何者かって聞かれればボクはボク。安心院なじみさ……じゃあね正邪ちゃん。○○○君によろしくね」

 

 肝心な人物の名前があまりの眠気で聞き取れずに終わり、正邪は再び重くなった瞳を閉じた--





『打ち出の小槌』:実際の童話『一寸法師』で有名な小槌。
一度振ればどんな願い事も叶う小人族の秘宝。
しかし、願いの大きさによって代償を支払わなければならない。
願いによっては持ち主に災厄をもたらしかねない諸刃の剣。

この代償については小人族の間では忘れさられてしまったため、正邪の口車に乗せられた針妙丸は代償のことを知らずにこれを使用した。

正邪はそのことを知っていて彼女にこれを使わせた。自分のために無知なる弱者を利用する、まさに外道である。

その結果、下克上時の人間大の大きさから、人間の膝に届くか届かないかのサイズまで縮んでしまった。

これを扱えるのは一寸法師の末裔である針妙丸のみ。


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第4話 目覚めの先、慶賀野功名との出会い

たくさんのお気に入り登録ありがとうございます!

球磨川ファンの皆さん、ごめんなさい。
『彼』の登場までもう少し待ってくださいね。

では本編どうぞ!
 *7月26日 補足 球磨川君の短編小説を投稿いたしました! 作者ページからぜひご覧になってください!




「……じゃ!……せ……じゃ!……正邪! 起きて!」

「ぐっ……なじみは……!? ここはどこだ?」

「外の世界……みたいだね。幻想郷でも見たことがない景色だし……」

 

 目覚めた正邪が周りを見渡すと、辺りには草木もない。目の前に正面の島に繋がる真っすぐな道が広がっていた。

 

 よく見るとその道の先に大きな塔のそびえたつ人工島が見える。自分たちのいる道の端に行ってみるとその向こうには海が広がっている。

 

 --どうやら私たちは大きな橋の上にいるようだな。

 

「そうみたいだな……ん? 頭の上に何か乗っかっているな……」

 

 正邪は頭上に妙な感覚を覚え、手を伸ばし頭上にあった何かを掴む。

 

「これは……手帳?」

 

「生徒手帳だって。あ、私の分もある!」

 

 開いた本の中にはそれぞれの手帳に正邪と針妙丸の写真がある。

 

「わぁ……きれいに映ってるね……」

 

 --あの女、いつのまにこんなものを……!!

 

 手に握っている生徒手帳をぐしゃぐしゃにしたくなる衝動に駆られる正邪だが、そこは手帳を持っているのとは別の腕を握りしめグッと堪える。

 

 ここでこの手帳を無くしたらさすがに困ったことになるだろう。

 

 中身をよく確認してみると一枚のメモがはさんであった。

 

『正邪ちゃん。針妙丸ちゃん。贈り物は気に入ってくれたかな? ちなみに二人の可愛い寝顔の写真もバッチリとっておいたぜ☆』

 

「うぜぇ……今時手紙に星マークなんて使うやつあんまりいないぞ……」

 

 イライラしつつもメモの内容を読み進める。

 

『角明学園では制服は指定されてないからそのままの恰好で大丈夫だよ。あと一時間後に入学式が始まると思うから、教室棟のそばにある皇庭(こうてい)ってところに集合してね。教室棟はこの橋をずっと真っすぐに進んだところにあるよ。じゃあ、いい報告を待っているよ ~安心院さんより~』

 

 --皇庭って……校庭じゃなくてか? 名付けた奴、ネーミングセンス皆無だな。

 

「あの……すみません……新入生の方ですよね?」

「あ?」

 

 突然後ろから呼びかけられ、つい殺気を向けてしまう正邪。

 

 先ほど呼びかけたであろう生徒が腰を抜かして怯えている。

 

「あ、あわわわ……ご、ごめんなさい! 待って、殺さないで! ただ道が正しいかを聞きたかっただけなんですゥ!!」

 

「知るか、道端の草にでも勝手に聞いてろ、そんなもん」

「こら正邪! ごめんなさい……うちの正邪が迷惑かけちゃって……」

 

 針妙丸が対応の悪い正邪を押しのけ、腰を抜かした女子生徒に手を伸ばす。

 

「い、いいえ、あたしの方も……知らない人なのに馴れ馴れしかったですよね……」

 

 針妙丸の手を取り名無しの女子生徒は立ち上がる。肩にかかった茶髪の三つ編みが立ち上がる際に大きく揺れる。

 

 --よかった。この人、いい人みたいだ。

 

 針妙丸は外の世界で初めて出会う人間が善良であったことを神に感謝する。

 

 彼女は生まれも育ちも幻想郷育ちなのだ。旅立った先が悪人だらけの巣窟(そうくつ)では不安すぎてやっていけない。

 

 ……まぁ、友達を利用した挙句見捨てるような悪人がすぐ自分の隣にいるのだが。

 

「ううん、全然気にしてないよ。私は針妙丸。あなたは?」

「あ、あたしは……けがの、慶賀野功名(けがのこうみょう)です。はじめまして……です、針妙丸さん」

 

 三つ編みに赤枠の太い丸眼鏡をした黒セーラー服の少女は名乗り、針妙丸に対しおじぎをする。

 

 礼儀正しい人でもあるようだ。

 

「功名さん、こっちが私の友達の鬼人正邪。正邪って呼んであげて?」

「はぁあああ!? 友達ぃ!? どこどこ? お前なんかにそんなのいたっけ?」

 

 わざとらしくそこら辺をきょろきょろと見まわす正邪。

 

 彼女の反応に功名は苦笑している。「はぁ……」と針妙丸はとぼけている正邪の様子にため息をつく。

 

「ごめん、いつもこんな風だから気にしないでね」

 

「あ……はい。正邪さん、面白い人ですね……えっと、ちなみにその角って……コスプレか何かですか? 服も……二人ともすごい特徴的だし……」

 

 功名はおそるおそると正邪の頭の角に指をさす。

 げっ、やっぱり聞いてくるよな、と針妙丸は困った顔になる。

 

 --一体どう説明したらいいものか……

 

 これから登校するというのに正邪が着ているのはリボン付きの矢印模様のワンピース。針妙丸は赤い着物に大きなお椀。どう見ても怪しすぎる。

 

 いくら制服が無指定の学校とはいえ、格好が奇抜すぎだ。どこかのパーティー会場に行くのわけではないのだから……

 

「う、うん! そうなの! 変わってるでしょ~ははは……気にしないで! 角を付けてるのも……そう! 彼女のファッションなの!」

 

「ファッションですか……なんかすごいユニークなファッションですね……」

 

 --笑ってるけど慶賀野(けがの)さんドン引きだよね……ごめんね正邪。

 

 なんとか正邪が妖怪であることと自分たちの服装をごまかすことにし、同じように苦笑いを浮かべる針妙丸。

 

 ーー私たちは変人コンビということで彼女には納得させよう。

 

 そんな浅はかな考えだった。

 

 腹のすかせた狼でさえも逃げ出しそうな鋭い目つきで針妙丸をにらむ正邪。

 

 ーー天邪鬼であるこの私をただの変人扱いだとッ……!!

 

「おまえ……あとで覚えてろよ……!」

 

「あ、それよりも功名さん! 角明学園の皇庭ってどこだかわかる? あの島のどこかに学校があると思うんだけど……正確な場所が私たちにも分からないの」

 

「え? あの島全部が角明学園ですよ?」

「え……」

「え?」

 

 あまりにも非現実的すぎて二人は自分の耳を疑った。天邪鬼に小人と、存在していること事態、非現実的な自分たちが思うのもどうかと思うが……

 

 学生寮以外にも島のあちらこちらに校舎やスーパーマーケットとおぼわしき巨大な建物が立っている。島の下側には居住区もあるようだ。

よく見るとケーブルカーやバスなども走っている。

 

 --嘘だろ。あれ全部がか……!? 学校ってよりも学園都市じゃねぇか……

 

 正邪はあり得ないものを見たような目つきで針妙丸の方を振り返る。針妙丸も正邪と同じ目つきで振り返り、二人の目が合う。

 

「えっと……功名さん、冗談は良くないですよ?」

「えぇっ! 冗談なんて言ってないですよ!?」

 

「……生徒手帳にも『校内の施設を生徒は自由に使用してよい』って書かれてあるな。それに地図を見てみろ……針妙丸、どうやらこいつの言うことは嘘じゃないみたいだぞ?」

 

 針妙丸も同じく生徒手帳を開くとそこには学校の地図が書かれており、地図には眼前の島が書かれてあった。島の中心にある塔の側に皇庭がある。

 

「うそ……!?」

「やっぱり……あの安心院のことだ。まともな学校に私らを送るとは思ってなかったが……ここまでとはな」

 

「あの……二人とも……そろそろ行きませんか?」

 

 話し込んでいる二人にしびれを切らしたのか慶賀野が声をかける。

 

 二人はそれに気づき、彼女の方を振り返る。

 

 確か入学式の集合時間は生徒手帳によると……十時半。

 

 二人に示すように慶賀野が持ち上げた携帯電話には、はっきりとこう書かれていた。

 

 

 ーー10:20

 




おまけ

ミニキャラが作れるサイトがあったので、作ってみました!


【挿絵表示】


慶賀野 功名ちゃん!


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第5話 学園の支配者 

 

「はぁ……はぁ……はぁッ……なんで……私が……こいつらを……おぶっていかなきゃいけないんだよ……!!」

 

「えっと……ありがとうございます針妙丸(しんみょうまる)さん……道を確認したもらった上におぶってもらうなんて……」

 

「いいの、いいの。話し込んじゃった私たちが悪いんだから」

 

「針妙丸、何もしてないお前の手柄みたく言うんじゃない……! お前たちを運んでるのは基本的にこの私なんだよ……!!」

 

 生徒手帳の規則によると、入学式に参加しなければ、入学は認められないらしい。無論、替え玉も聞かないし病気による欠席も認められない。

 

 この学校に入学する人間が普通に歩いて、初見の場所に十分以内にたどり着くことは難しいだろう。人を背負いながら、入り組んだ島の中心まで行くのだから尚更(なおさら)だ。

 

 ただの人間である慶賀野(けがの)のペースに合わせていては絶対に間に合わない。

 

 しかし……正邪(せいじゃ)も最弱とはいえ、妖怪の端くれ。人一人背負うくらい何ともないし、減速もしないで済む。それに逃亡生活のおかげで走ることにはかなりの自信があった。

 

 針妙丸が何とか交渉して、正邪に慶賀野を背負わせ、小さくなった針妙丸が彼女の肩に乗っかる。

 

 そして針妙丸が地図を見て方向を確認し正邪が全速力で走る。といった形に落ち着いた。

 

 --走る本人はすごく嫌そうな顔をしてたが。

 

「クソッ……!! それにしても何でこんなところに学校なんか……」

 

大多羅全土(おおだらぜんど)って人がこの人工島を作らせて、そのままこの学校を移設させたらしいですね……手帳にはそう書いてあります」

 

「へぇ~しかも経営破綻寸前だった学校や企業を吸収してどんどん角明学園(かくめいがくえん)を大きくしているのも、この人みたいだね」

 

「私の背中で雑談とはいい度胸だな、えぇ? ……それより早く降りろ。着いたぞ」

 

 残り三分というところで無事、集合場所に到着。

 

 慶賀野は正邪の背中から降りてペコリと正邪に頭を下げる。

 

「あの……正邪さん、ありがとうございました。女の子なのにすごく力持ちなんですね」

「気色悪い!! お礼なんて言うんじゃねぇよ! おぇッッ!!」

「ええええッッ!? そこは喜ぶところじゃないんですか!?」

 

「慶賀野さん、正邪とはまともな会話できないって思っといたほうがいいよ……あ、入学式の会場だって! じゃあここが皇庭なんだ!」

 

『入学式会場』と大きく書かれた看板のむこうに広大な敷地に広がる芝生が見える。その芝生の上にはパイプ椅子が並べられており、すでにそこには何百人もの生徒が座っていた。おそらくは正邪達以外の角明学園の新入生だろう。

 

「……そうみたいだな。」

「正邪? どうしたの? あっ、立札の前で人が座ってる……あれ? あの人寝てる?」

「いや……寝息が聞こえない。遅れたやつを入れさせないための見張りか何かか?」

 

『角明学園 入学式会場』と書かれた看板の真下で、トレンチコートを着た男が目をつぶって椅子に座っている。

 

 怒られるのでは、と心配し慶賀野は正邪の方に目線を向ける。

 

「だ、大丈夫ですよね……? ギリギリだけど間に合いましたし……」

「あえて……遅れてみるか? 私たちが遅刻した時のアイツの反応も見てみたいもんだな」

 

 座っている男を指で指しニヤリと正邪は意地悪そうな笑みを浮かべる。

 

「ちょっ! 正邪さん、なんであなたはそんなにひねくれてるんですか!? あえてしなくていいですから、そんなこと!」

 

 慶賀野はあたふたと慌てて正邪の腕を引っ張る。

 ここまで来たからには絶対に一緒に入学しますよ、と言いたげだ。

 

 はッ!と正邪は慶賀野の悲鳴を意に介さず、彼女を小馬鹿にしたように笑う。

 

「それは私が天邪鬼だからだよ」

 

「アマノジャク……すごいひねくれ者ってことですか? 自覚があるんだったら自制してくださいよ……」

 

 --わかってないな……私のひねくれ具合はそもそも人間のように後天的な物じゃないんだよ……

 

 三人はスタスタと入学式の会場に足を踏み入れる。

 

 入口にいた男は……彼女らに対し、特に何も言わなかった。

 

 

 ======================

 

 新入生の中には正邪達に負けず劣らずの個性的な者もいた。一番前の席にいる、ジャケットを羽織った金色のリーゼントの男性がその代表だ。

 

「何ジロジロ見てんだよ」と言われ、慶賀野は悲鳴をあげていたが正邪達は彼を無視して、自分たちの番号が書かれた席に向かった。

 

 皇庭の奥には大きな特設ステージが設置されており、さらにその奥に巨大な塔がそびえたっている。この塔が主に授業で使うことになる教室棟だろう。

 

『--はじめに大多羅(おおだら)校長の挨拶です』

 

 代表生徒によるアナウンスが入り、ステージの横から白いひげが特徴の大柄の老人が出てきた。

 

「へぇ……あれが大多羅 全土(おおだら ぜんど)ってわけか。いかにも強者って感じがするな…………見ていてムカつく」

「正邪! 失礼だよ。ああ見えて優しいお爺さんかも……」

「う~ん……あたしには普通のお爺さんに見えるんだけど……」

 

 大多羅校長がゴホン、と咳払いをすると雑談をしていた学生たちが黙り込む。

 

 

「え~本日はお日柄もよく…………新入生の皆さんが縁起良く入学できることを心から…………というわけで…………」

 

 

 ======================

 

 

 結局のところ、大多羅校長の話は何とも言いようがない『いい天気ですね』とか『君たちはこの学園で色々な経験を』といった普通の話だった。

 

 特別良いことを言うわけでもなく、すごーく普通で長い話なので、まぁ当然……

 

「すぅ……すぅ……」

「むにゃ……正邪、もう食べられないよう……」

 

「ってちょっと二人とも! なに寝てるんですか!? 本当にこう行動がマイペースっていうか、独特というか……!」

 

 慶賀野は注意されないように小声で二人に呼びかける。

 

 校長兼理事長の話が始まって十五分ほど。寝ているのは正邪だけではなく、さすがの針妙丸も長い話と睡魔のコンボ攻撃には敵わなかったようだ。

 

 

 --いくらすごい人とはいえ、普段はあんな感じで普通のお爺さんなのかな……?

 

 

 慶賀野が想像していたのはもっと……

 

 

「ですから……皆さんは今日この日はたいへんめでたい……」

 

 

 彼女は話しかけても起きない二人をゆすって起こそうとするが……

 

 

「親父、貴様の話は終わりだ」

 

 

「え?」

 

 突然聞こえた重々しい声に緊張し困惑する慶賀野。

 

 声に反応し、先程まで鼻ちょうちんを浮かべていた正邪が跳ね起きる。

 

 するとステージの裏からえんじ色のトレンチコートを羽織った男が現れる。

 

 --あの服や風貌(ふうぼう)に見覚えが……カーテンが邪魔でよく見えない。

 

 正邪は頭の中で今まで会ったことのある人物とステージ上にいる男との照合を開始する。

 

 

「む、息子よ……まだ話は途中で……」

 

 

「耳が腐ったか? 交代だ、と言ったのだ」

 

 

 校長はしぶしぶ手に持っていたマイクを『息子』と呼ばれた男に渡す。

 

 男はステージ上に上がり、カーテンで半分ほど隠れていた姿が露わになる。

 

 ()()()は入学式会場の入り口で見かけた人物だった。

 

 --間違いない。すぐに忘れるには印象的すぎる風貌(ふうぼう)だ。

 

『百獣の王』であるライオンを連想させる逆立った銀髪。見るものをゾッとさせる鋭い目つき。

 顔立ちは整っており、体つきも校長以上にたくましいはずなのに、全体的にシュッとした印象だ。

 

 羽織った濃い紅色のトレンチコート。その下から黒いタンクトップがちらりと見える。

 

 そして何よりも……この遠くにいてもわかるほどの威圧感。

 実際の大きさよりも……彼がはるかに巨大に見える錯覚を味わった。

 

 --見張りのためにいるただの学生かと思いきや、校長の息子だったとは……

 

 正邪は(あご)に手を当て、コートを羽織った学生をにらみつける。

 

「え~……皆さん。息子の全土から君たちに話があるそうです。ありがたく、ためになる話なのでしっかり聞くように」

 

 --なにぃ!? じゃあ……コイツが大多羅 全土……!?

 

 先ほどまでの眠気が完全に吹っ飛び、正邪達は目を見開く。

 

 --確かにびっくりしたが……あの存在感なら納得だ。間違いない。あの男がこの学園の支配者。

 

 全土は校長から差し出されたマイクをとり、ステージの中心に立つ。

 

 

「安心しろ。オレは親父のように長ったらしく……ためにならないスピーチをするつもりはない」

 

 

 ふっと笑う全土の後ろをすたこらサッサと校長が走り去っていく。どうやら自分では役不足と判断したようだ。

 

 

「新入生諸君、オレからまず一言言っておこう」

 

 

 全土の(たたず)まいに圧倒されているのか、新入生全員がゴクリと息をのむ。

 

 

「貴様らは()()だ」

 

 

 そう彼は『断定』した。



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第6話 大多羅全土の強食論

すみません。少し遅くなりました!


「……はぁ?」「あいつは何を言ってるんだ?」「……?」

 

 全土(ぜんど)の一言、もとい暴言によって新入生の間にざわめきが広がる。

 

「聞き取れなかったようだな。貴様らは……強者(オレ達)の下で管理され喰われる家畜に過ぎない、と言ったのだ」

 

「何……あの人……? 自分の言ってることがわかっているの……?」

 

 三人の中で一番人の悪意に敏感な針妙丸(しんみょうまる)がたまらず小さな悲鳴を上げる。慶賀野(けがの)もたまらず口元を両手で押さえている。

 

「……!!」

 

 言葉も出ないようだ。

 

 

「しかぁし……ただの家畜からその飼い主になる方法がお前たちには残されている」

 

 

 全土は片手を振り上げ、チョップでステージの教壇を音もなしに真っ二つに叩き割る。

 綺麗な切断面を見せながら、()()()()()()()がステージ上にカラリと床に崩れ落ちる。

 

 

「それは強者となることだ」

 

 

 コートに付いた木の粉を彼は手で払い、右手の人差し指をスッと持ち上げる。

 

 

「腕の立つ者は戦士に、頭の回るものは策士に、料理が上手い者は料理人に。金への執着が強い者は商人に……自分の長所を他人の追随を許さぬくらいに伸ばせ。それができぬ奴には……地獄が待つだけだ」

 

 

 話が終わったのか全土はマイクを床に置く。

 その瞬間、全土のいるステージに一番近い席にいたリーゼントの男が立ち上がる。

 

「てめぇ……ふざけやがって……理事長の息子だからって好き勝手言うのもいい加減にしやがれ!!」

 

 全土は機嫌が良さそうに、立ち上がった不良少年を値踏みするように見つめる。

 

「ほう……確か貴様は……桜街(さくらこうじ)だったか。オレの一番近くにいたというのに怯まず、意見するとはな……」

 

 彼が不良らしき男の名前を言うと、さらに周りにざわめきが広がる。

 

「桜街……桜街ってあの……?」「『素手つぶしのコウジ』? こんなとこまでケンカを売りに来たのか?」「地元で暴走族を一人でつぶしたって噂の……?」「しかも素手でだってよ」「マジかよ……」

 

「あぁそうだ。そのコウジだ。おめぇが偉いのかどうかは知らねぇが……要するに弱肉強食ってことだろ。てめえが言いてぇのは。くだらねぇな!」

 

全土は余裕の笑みを浮かべながら桜街との距離を詰めていく。

 

「ふむふむ……その勇猛さ、気に入ったぞ桜街。もう一つお前にいい話を聞かせてやろう……『蜘蛛の糸』という話を知っているか?」

 

「あぁ? なんだよいきなり?」

「ある一人の罪人が天国に続く一本の糸にしがみつく話だ」

 

「……他にもその糸を掴んでくる亡者がいて、それを突き落としたら糸が切れたってやつだろ? 欲張る奴は損をするって教訓の」 

 

「違うな」

「なにぃ!?」

 

 頭に血が上り、とんがりリーゼントの男……もとい桜街はステージに上り、全土に飛びかかり

 

 

 --全土の胸倉に手を伸ばした瞬間、桜街の体が突然ひしゃげる。

 

 

「あ、ぐぁああああああぁあああああッッ!! がぁッッ!! あぁッッ! あああぁ!!」

 

 叫び声をあげながら、地に伏し、四肢の骨があり得ない方向に曲がっていく。まるで何かにつぶされたみたいに。

 

 桜街の全身から血が噴き出し、噴水ができあがる。

 

「あれはな、他者を振り落とし、切り捨て、糸が途中で切れたとしても……天国の糸にしがみ続けるものこそが強者であり勝者……というメッセージだ」

 

「あ……がッッ……」

 

 骨があらぬ方向にへし折れ、人間アートとなってしまった桜街を見ても全土は動じない。それどころか「短く、ためになったろう?」と一笑している。

 

 無残な桜街の姿を見て、新入生全員の心が折れたのか……皇庭(こうてい)は完全に静まり返っていた。

 

 ある者は口元を手で押さえ、繊細な者は朝に食べたものを戻しかけ、そしてある者は現実から目をそらし逃避する者もいる。

 

 この場で響くは全土の声と桜街の小さくなったうめき声のみ。

 

「さて……と、これで話は終わりとしよう。どうした? 何を静まり返っている?」

「全土様」

 

 ステージ上にまた新たな男が現れる。現れた男は長身で、全土に比べればはるかに細身の男だった。だが容姿は明らかに美男子に入る部類だろう。

 

「おぉ、神井(かのい)生徒会長。どうした? 今日はお前たちは休みのはずだが?」

「全土様が出席なされる舞台に我々生徒会がいないなど……考えられません」

「物好きめ。あくまでもオレは生徒の一人だぞ?」

「だとしてもです……それよりも」

 

 長身のイケメン……生徒会長は先ほどまでの優しそうな笑顔から一転。獰猛な肉食獣のような鋭い目つきで、文字通り潰された桜街を見つめる。

 

「この無礼なゴミはいかがいたしましょうか。もっと()()()()()してミートボールにでもいたしましょうか?」

 

「いいや、よせ。せっかくA組の生徒と超能力者(アルカナ持ち)達が作ってくれたステージだ。これ以上血で汚すのももったいない。それにまだ桜街は入学したてだ……コイツをすぐに保険棟に連れて行き、『法王』に治療させろ」

 

「寛大なご配慮……!! まぁ……これでこいつも全土様に逆らう気も失せるでしょう。すぐに能力を解除()()()()

 

 生徒会長が手招きをした直後に、彼と同じく白い学ランを着た学生が担架(たんか)を運んできた。うぅ……気持ち悪い、と言いながら重症の桜街をステージの外へ運んでいく。

 

「ここからは生徒会が指揮をとる。各自、生徒会メンバーから指示があるまでここで黙って待機すること。以上だ」

 

 皇庭の外に運び込まれていく桜街。しかし、無残な姿になった彼の姿を見るものは誰もいなかった。

 

 新入生は皆顔を伏せ、少しでもつらい現実から目を背けようとする。針妙丸も慶賀野もみんなそうだった。

 

 

 ただ一人、正邪を除いて。

 

 

 皇庭から消えていく桜街の姿を最後まで真っすぐと……その目に映していた。

 

 全土も教室棟に歩き、棟の中へ消えていく。

 

 

「う、うわああああああああああああああああああああぁぁぁッッ!!」

 

 全土が視界から消えて、精神のタガが外れたのか新入生の一人がパニックになり、必死の形相で皇庭を飛び出そうとする。

 

 

「黙るであります」

 

 

 知らない男の声が聞こえた瞬間、逃げ出した生徒が糸が切れた人形のように崩れ落ちる。少年の血で地面の芝生の色が徐々に緑から赤色に染まっていく。

 

 席を立ちかけた他の新入生も口を手で押さえ、席に戻る。

 

「席に戻れとまでは言ってないでありますが……自分は『生徒会 私刑執行部』庶務(しょむ)百々千太郎(どうどうせんたろう)であります。ちなみに剣道部部長であります」

 

 青い着物を着た男、百々千太郎(どうどうせんたろう)は手に持っている、そこらにあったのだろう棒切れについた血を払う。

 

「しかし、()()を見た後に早速会長の命令に逆らうとは……寮に移る前に見せしめにもう一人、斬っといた方がいいのでありましょうか?」

 

 百々は目に見えない勢いで近くにいた適当な生徒との距離を詰める。突然目の前に現れた百々に生徒は「ひっ……!」と悲鳴を上げる。

 

「まぁ深くは斬らないし、『法王』の治療を受ければ死なずには済むでありますから。恨むなら、最初に逃げようとしたアイツを恨むでありますよ」

 

 先ほど斬った、血だまりの中にいる生徒に指をさし、目の前にいる生徒に冷笑を浮かべる。

 

「君はこれからあの世を見れる貴重な体験ができるであります。良かったでありますなぁ。君たちも! これ以上この子のような犠牲者が出ないよう! 尽力するでありますよォ!!」

 

 百々は手に持っていた棒きれを頭上に振り上げる。傍から見れば簡単に折れそうなただの棒きれ。今から犠牲者となる少年にはそのただの棒きれが、人体を容易に切り裂く刀に見えた。

 

 --そして少年の体は斬られ、体は音を立てて地面に転が……

 

ひっくり返れ(リバースイデオロギー)

 

「あれ? なぜ……椅子が代わりに斬れているのでありますか?」

 

 --らなかった。あったのは百々(どうどう)に両断された椅子のみ。

 

「……!? え? 俺なんで……?」

 

 少年と近くにあった椅子の位置が『ひっくり返っている』。

 

「おい、保険棟っていうのはどこにあるんだ?」

 

「え……あ、あぁ。保険棟ならお前たちの寮のすぐ隣にあるであります。さぁお前たち! 寮に案内するであります! 遅れぬよう早く進めであります!!」

 

 そう言って百々は先陣を切って歩いていく。その後に正邪を含めた新入生達も続く。

 

「むむ……おそらくさっき何かしたのはアイツでありますな…………十分な警戒が必要であります」

 

 鷹の目のように鋭くなった百々の目は前から正邪の顔をじっと見つめていた。



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第7話 咬ませ犬と過負荷の来襲

「見事な咬ませ犬っぷりだったぞ。おまえ」

「見舞いに来た奴の第一声がそれか! ていうか誰だお前!」

 

 包帯でぐるぐる巻きになり、四肢を吊り上げた桜街(さくらこうじ)は叫ぶ。

 

 怒った桜街を物ともせず正邪はニヤニヤとほくそ笑む。

 

 百々に寮を案内されてから数時間後。正邪は一人で保険棟にいた。もちろん重傷を負った桜街に会うためにだ。

 

「聞きたいか? 私が何者かそりゃ聞きたいよなぁ。よーく聞いておけ。我が名は鬼人正邪(きじんせいじゃ)! 生まれついてのレジスタンスだ!」

 

「は、はぁ……そのレジスタンスさんがこんなところに何の用だよ?」

 

 自己紹介の時のテンションと比べ一気に覇気がなくなった正邪。頬杖をつき、テーブルに置いてあったリンゴをかじる。

 

「別に。ただの暇つぶしだ」

 

「ふ、ふざけてんのかてめぇ!! こっちは全身骨折なんだよ! あまりしゃべらせんな……ぁあああ!! いててえててッッ!!」

 

「おいおい、あんまり興奮すると治りが遅くなるぞ?」

「誰のせいだと思ってやがる……!!」

 

 痛む足を手で抑える事もできず、さらにいら立つ桜街。

 

「…………患者をいじるのやめてもらえる? 傷増えて治す気無くなる」

 

 医務室の扉を開き入ってきた女性はため息を漏らす。

 

 桜街は助けを求めるように女性の方に顔を向ける。

 

「先生、早くこいつを帰らせてくれよ。マジで」

「無理だし、いやだ。しんどい」

「なっ……それでも先生かよ!? ……しかもめんどいって言ったよなぁ!?」

「そういうことだ。好きなだけここにいさせてもらう。まだ果物はあるのか?」

「……たくさん。バナナ……いる?」

 

「なんでこの学園にはまともな奴がいねぇんだ……」

 

 桜街は正邪の医務室追放を断念し、黙って寝ることにした。

 

「で? あんたが全土の言っていた『法王』って奴なのか?」

 

「……ん、そう。名前は人首 繋(ひとかべ けい)。みんなはわたしのことをツナギって呼んでる。まぁその方が読みやすいんだろうけどさ……」

 

 ふぅ……と息を吐きながら白衣を着た女性、人首 繋は明後日の方向を向く。

 

「アルカナだか何だか知らないが、そんな称号が付くってことは……ただの人間じゃないってことなんだろ?」

 

「……そうね。わたしがこの保険棟の主治医を任されているのは『肉体を正常な状態に戻す』って能力のおかげ」

 

「ほう、便利な能力だな」

「……ここではそうでもないよ?」

 

 悲しげな表情を浮かべ人首は目を正邪からそらす。

 

「他にも聞きたいことはある? 新入生」

「二つある。お前は全土の味方なのか? あとアルカナ持ちって一体何なんだ?」

「一つが良かったな……じゃあ簡単に」

 

 人首は適当に近くにあった椅子に座り、ベッドに顔を仰向けに寝かせる。

 

「……私はどっちでもない。中立。ただこの学校に雇われてるってだけ……生徒会みたくアイツに服従はしてない」

 

「あっそ」

 

 人首に聞いたところ、アルカナ持ちとはこの角明学園のなかで規格外の能力を持つ生徒のこと。そしてその異能力者の多くが生徒会に所属しているらしい。

 

「それで……俺のけがは治るのか? 一生ミイラ状態とか死んでもごめんだぞ!?」

「聞いてなかったのか? こいつの能力について」

「う、うるせぇ。寝てたんだよ。で、どうなんだよ先生」

 

 正邪に向かいわめく桜街の方に体を向け、人首は再びため息をつく。

 

「まぁ……普通だったら後遺症が残ってまともに動けないでしょうね……けど、大丈夫。三日あれば完治できる」

 

「三日!? 一瞬では済まないのか? 魔法みたいにパパッとよ」

「どんなファンタジー脳してんだ? おまえ」

 

「ち、ちげぇって! 生徒会がここまで生徒に大けがをさせたんだ。一瞬で治癒できる能力を持ってるやつがいるのかって思っただけだ!」

 

 --なるほど、ただの馬鹿ではなかったか。

 

「はぁ……それで済んだだけでもラッキーよ。なかには『生徒会』に逆らって殺された生徒も数多くいるもの。……たぶんあなたはよっぽど全土に気に入られたのね」

 

「嘘だろ……! そんなの警察や政府が黙っているわけが……」

「……いいえ。黙る。……むしろ黙らざるをえない」

「はぁ!?」

 

 人首は席から立ち上がり、諦観を込めた目で虚空を見つめる。

 

「……この角明学園の卒業生の数十人は政界や報道機関の重役に携わっている。その全てが全土の息がかかった者たち。その影響が卒業後も残らないとは限らない」

 

「う、嘘だろ……?」

 

 ガックリと肩を落とす桜街。チャームポイントのリーゼントも元気をなくしたかのようにうなだれる。

 

「……まぁ怪我の方はわたしのスキルを使えばすぐに治るから。心配しなくてもいいよ」

 

 医務室のドアを開き、去っていく人首。残されたのはバナナを食う正邪と憔悴しきった桜街だけだった。

 

「あぁそうだ。確かお前だったよな? 最初に全土ってやつに飛びかかったのは?」

「……それがどうしたって言うんだ。あっさりやられてこのざまだ。情けねぇ……」

 

 桜街は歯ぎしりをする。腕も足も折れた今彼にできるのはそれだけだ。

 

「……どこが情けないんだ?」

 

「はぁ? 聞いてなかったのかよ。でしゃばって飛び出して……あんな自信があったてぇのに。まじで雑魚みてぇにやられちまって……このざまだ」

 

 桜街は自分の手足を見て、顔を下に向ける。

 

「そうだな。あんなに周りに(うわさ)されておいて、あっさりやられたお前は最高にダサかった。もう、笑っちまいそうだったぜ」

 

「クソッ……言いたいだけ言えよ。どうせ俺は……」

 

「その姿に私は最高に感動したぞ?」

「え……」

 

 正邪は椅子から立ち上がり、桜街の前に立つ。

 

「お前はあの場にいた誰よりも早く行動し、『お前が気に入らない』と怒号を飛ばしたんだ。大したもんだ。お前には私と同じ、反逆者の素質を感じるぞ?」

 

「な、なに言ってんだよ……俺は……あんなかっこ悪い負け方したんだぞ……俺よりも……あの場でじっとしていた他の奴の方が賢いに……」

 

「はぁ!? あんなビビって何もできない奴らが? 賢い? 冗談じゃない、あんなの死んだほうがましだな」

 

 吐き捨てるかのように正邪は怒鳴り、桜街はそんな彼女の姿に困惑する。

 

「で、でもよ……」

 

 しつこく自己嫌悪をやめない桜街に対し、彼の頰を両手で思いっきり叩く。子気味のいい音が医務室に響く。

 

「でももヘチマもなぁーーいッッ!! とにかく! お前はダッッサかったが、人間のくせになかなかやる奴だ! ……私が言いたいのはそれだけだ」

 

「……!」

 

 正邪は桜街に背を向け、医務室から出ていこうとする。

 

「お前確か……コウジだったよな? またクラスで会おう未来の同志よ」

 

 後ろ姿で手を振り、正邪は桜街にしばらくの別れを告げる。

 そして桜街以外に誰もいなくなった医務室は静寂に包まれた。

 

「なかなかやる奴……か。……ありがとよ、正邪の姉御(あねご)

 

 何といえばいいのだろうか。

 残念な負け方をしたのに、その上自分よりも身長の低い少女に気圧されたというのに……先ほどよりも心が自然と軽かった。

 非常にすがすがしい気分を桜街は感じていた。

 

 我に返り彼はハァ〜、とため息をつく。

 

「けどやっぱ、ダサい……か。がんばらなきゃな……」

 

 

 ======================

 

 

 それから数週間後、生徒会メンバーに目立った動きはなく正邪達は最底辺のクラス、D組に所属することになった。

 

 この学校の新入生は初めは必ずD組から所属することになっており、生徒会から認められたものはC、B、A組の順に昇格が認められ、A組となり一年の単位をとれた者のみが卒業できるという。

 

 つまり、生徒会に認められA組に入れなければ卒業できない。たとえ三年が経ったとしてもだ。

 

 この学園を出られるのは超優秀な者、天才のみ。これが角明学園(かくめいがくえん)の優秀人材の輩出の秘密の一つであり、世間では全く知られていない真実である。

 

 そして……覚えているだろうか。

 

 この学園にやってくる者は正邪達だけではないことを。

 

 

『ここが転校先っと……随分と規模が大きい学園だね』

 

 

 --最悪の転校生がやってくる。



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第8話 『混沌より這い寄る転校生』

『週刊少年ジャンプから二次創作サイトに転校してきた球磨川禊でーす! みんなよろしく仲良くしてください!』

 

「ぷっ……」

 

 転校生。学校ではありがちのイベントの一つ。いつ来るかもわからず、クラスの誰にも予想できないイベントの一つである。

 

 二週間が経ち、この学校と外の世界と両方についてを知ることができた正邪(せいじゃ)にとっては程よい刺激なのかもしれない。

 

 

 ======================

 

 

 慶賀野(けがの)の話によると、この世界には大きく分けて四種類の人間がいるとのこと。

 超平凡の通常(ノーマル)、秀才の特例(スペシャル)。そして……異常な能力をもつ異常(アブノーマル)

 

 これが四種類のうちの三種類らしい。

 

 アブノーマルは何かしらの超常的な能力、スキルを持っている。『異常な殺人衝動』であったり『電磁波を操る』ものであったりと多彩だ。

 

 ……もっとも、自他かかわらず被害が甚大で、理解不能なスキルを持つ人種は()()()()に分類されるのだが。

 

 

 ======================

 

 

 ーーおそらく、ここにいるモブたちは普通(ノーマル)。全土たちのほとんどは異常(アブノーマル)の部類に入るのだろう。余計に全土達が気に食わない。

 

 今日、転校してきたのは黒髪以外に外見的に目立った特徴のない普通の少年に見えた。

 

 ある一人の生徒曰く、彼の着ている黒い学ランはすでに廃校となった名門学校、水槽(すいそう)学園の物らしいが……

 

 ここは制服無指定なのであまりたいしたことではない。

 

 少し奇妙なのが……この少年の言葉には心がこもっていないように聞こえること。

 普通、人間の言葉には感情が乗る。喜び、悲しみ、怒り、安らぎなど様々だ。

 

 この少年の言葉からはそういった感情はない。どこか()()()()()()染みている。

 

 --まぁどうでもいいことだが。

 

「はっはっはっ! おいおい、また変な奴が入学してきたなぁ?」「ていうか可愛くね?」「ジャンプ好きなのかな?」

 

 D組の教室が笑い声であふれる。笑う中にはほくそ笑むものも、鼻で笑う奴もいる。

 

 --私は無論、笑うこともなく、つまらなそうに頬杖をつくだけだったが。

 

 つまらない人間の授業を受けてもう疲れているのだ。ホームルームが終わったらやっと帰れるのでさっさと自己紹介など終わらせてほしい。

 

 それが正直な感想だった。

 

 針妙丸は疲れて正邪のポケットの中で寝ている。慶賀野(けがの)はというと……

 

「なんか……また面白いのが来ちゃいましたね……」

 

 新しき変人に苦笑していた。頬が引きつっている。

 

 --人間の苦労する表情はいつ見ても飽きないな。けどやっぱり眠い。

 

 あくびをし、ポケットの中にいる針妙丸を起こしてからかう直前--

 

 

『笑うな。』

 

 

 --すさまじい殺気が目の前から迫ってきた。

 

「……ッ!!『ひっくり返れッッ!!』」

 

 目前に迫る冷たい気配に反応し、自分の位置と座っていた椅子の位置を『ひっくり返す』。

 自分の上に乗っかった椅子に先端の尖った()()()が当たり、教室の端に吹っ飛ぶ。

 

 --螺子(ねじ)だ。

 

 正邪が反射的に慶賀野の机の方を見る。

 ……慶賀野は死んでいた。全身を先ほどの螺子に貫かれて。

 

「な……!!」

 

 よく見ると慶賀野だけではない。桜街を含めクラスにいた生徒全員が無数の螺子に貫かれ、絶命している。

 

 血が四散し、教室はどす黒い赤一色だ。

 

 ーーまさか……こいつの仕業か……!?

 

 正邪は新しく来た転校生……球磨川 禊(くまがわ  みそぎ)の方を振り返る。

 

『全く人の冗談を笑うなんて……人として最低だぞお前たち! 恥ずかしくないのかっ!!』

 

 真剣な顔で怒る球磨川は正邪を見てポカンとした表情になる。首を傾げて『ん~?』と言っている。

 

『あれ? 君大丈夫だったかい? 悪いね、僕としては結構つまんない冗談だったんだけど。みんなの笑いの沸点があまりにも低かったみたいだ』

 

 ハハッ、とこの惨状を些細なことのようにその転校生は笑い飛ばす。この光景を作った張本人だというのに、だ。

 

 彼の薄気味悪い笑みに、その態度にゾッとした。背筋に怖気が走り、冷や汗が止まらない。

 

『おっと、勘違いしないでくれよ? 僕が自己紹介して、ジョークを言った瞬間にどこからともなく螺子(ネジ)が飛んで来たんだ』

 

 転校生は三日月のような笑みを口元に浮かべながら、めちゃくちゃな理論を口走る。

 下手くそな探偵小説の犯人でもこんな言い訳は絶対にしないだろう。

 

『決して……僕が投げたわけじゃないんだよ? たまたま不幸にも彼らが死んでしまって……たまたま、幸運にも僕らは助かった。どとのところつまり……』

 

 暴論の次は被害者面……責任転嫁……些細なことであればまだいい。だがこの転校生は殺害という外道行為そのものを正当化しようとしている。微笑みを浮かべながら、()()()()()()()()()

 

 正邪はこの少年から人間、いや妖怪以上の不気味さを感じた。今まで会った中でも最低な……ナニカの片鱗を味わった。

 

 気づけば足が……震えている。

 自分でも理解できない不快感に自分の肩を抑える。

 

 --震えるな、止まれ。ビビるな。怖くない、武者震いだ。これは武者震いなんだ……! しかしなんだ……!? この人間は……? 狂っているとか、歪んでいるとかそんな言葉じゃあ足りない……!

 

『僕は悪くない』

 

 人間の負の面、そのものであると鬼人正邪は転校生--球磨川禊をそう評価した。

 

「好き勝手いいやがって……消去法でどう考えてもお前しかいねぇだろ、犯人」

 

『いや、僕じゃないよ? それに生存者の中に犯人がいるのなら、君も含まれるでしょ? えーと……ちょっと痛い人……さん』

 

「お前、コメントに困ったからって私を馬鹿にするんじゃねぇよ」

 

 ーーなんで揃いも揃って私をコスプレ好きの痛いヤツ呼ばわりするんだか。

 

『まぁ気にすることないよ! それも君の少ない個性なんだから! 周りよりも自分を大事にしていこうよ! それにほら、コスプレって着ている人が可愛いければ何でもいいじゃん?』

 

「おい、やめろ! 色々な意味で! おまえ何に喧嘩売っているんだ!?」

 

『それにしても……へぇ〜。すごいね、この角。つるっとしつつザラっとしてて……いったいどんな素材使ってるの?』

 

「!? さ、触るな!」

 

 横に振るわれた腕を避け『わ、怒られちった』と後ろに下がる球磨川。

 

 ーーこいつ、いつの間に後ろに回り込んだんだ!?

 

 自分の角を触られ顔を赤くする正邪。少し彼女と距離をおいた球磨川は人懐っこい笑みを浮かべながら再び正邪の方に近づいてくる。

 

「なに勝手に角に触っているんだよ! くすぐったいだろうが!」

 

『すごいや! こんな細かいところまでこだわっているとか、どんだけ自分の建てた設定にこだわってるの? 今の君も十分魅力的だけど、僕はそんな君の素の姿も見てみたいなぁ』

 

「コレが素だよ……で? お前は私に何をしようとしているんだ?」

『え?』

 

 急に飛びかかってきた球磨川の腹を蹴りつけ、教室の端に蹴り飛ばす。ドアが外れ、ボーリング玉のように教室の外に転がっていく球磨川。

 

 蹴り飛ばされ、よほど驚いたのか手を頰にあてワタワタと慌てる。

 

『ぶ、ぶったな! 親父にもぶたれたことがないのに!!』

「うるせぇ。あんな殺気を放っておいて被害者面とはな。何をしようとした?』

『……別に? あいさつ代わりに顔を引きはがそうとしただけだけど?』

 

 予想もしなかった返答にびっくりどころの話ではなかった。何のために彼女の顔を引きはがそうとしたのか……

 

「……一応聞いておくけど、なぜやろうとした?」

『だってぇ、もしかしたら僕が君のことを好きなのはその顔だけかもしれないでしょ? 体つきとか言葉遣いだとか全部じゃなくて』

 

 --何ということだ。こいつ正真正銘のシリアルキラーか? いや……こいつは……

 

『だから確かめたかったんだ! 君の顔を引きはがしてもなお、僕は君のことが可愛いって言えるのかをね』

 

 ……それ以下だ。こいつはすでに人間として終わっている。

 

「冗談じゃないぜ……聞かない方がよかったかもな」

『そうだ! まだ君の名前を聞いてなかったね? よかったら聞かせてくれると嬉しいな!』

 

 先程までの自分の発言を当然のごとく流す球磨川。

 

 正邪は逃げずにこの男に話しかけたことを今さら後悔し、顔を手で抑える。

 

 --付き合ってられるかってーの……

 

正邪(せいじゃ)だ。鬼人正邪(きじんせいじゃ)

 

『正邪ちゃんか……うん! クラス一番の女子が話しかけてくれたんだ! 僕の方からも自己紹介をしなくっちゃね!』

 

「勝手にちゃん付けすんじゃねぇよ」

 

 球磨川は手に持っていた螺子をしまう。いや、突然消えたといった方が正しい。

 

『【混沌より這いよる過負荷(マイナス)】球磨川禊。僕の名前だぜ。……よろしくね! 正邪ちゃん!』

 

 シリアス調からまた一変。すぐにまたのほほんとした笑みを浮かべる。

 

 とことんまでマイペースな男だ。周りに溶け込めないほど絶望的に。

 

 --なるほど、これが慶賀野の言っていた四種類の人間の四種類目--過負荷(かふか)

 

『……あれ? ノーリアクション? ばっちり決まったと思ったんだけどな~』

 

 生まれつき異常な才能をもつ異常と違い、環境などが原因で性格が歪み後天的に超能力(スキル)を得た者達。

 

 他人の害にしかならない能力を持つことが多い。仮に得たソレがプラスに働く能力であっても、自分が幸せになるためには決して使おうとはしない。

 

 またの名を過負荷(マイナス)

 

 加えて、過負荷のほとんどは社会不適合者または人格破綻者だ。

 他人も自分と同じくらい不幸になることを何とも思っていない。

 

 プラスの異常。マイナスの過負荷。頂上から下を見下す(プラス)。底辺から上を忌避する(マイナス)

 

 全くの正反対だ。

 

 この男、球磨川禊は過負荷(マイナス)の代表であり、極めつけだろう。

 

「おまえ、その制服の学校、水槽学園は廃校になったって聞いたんだが……」

 

『え? 正邪ちゃん。何で僕を疑念の目で見てるの? なんてこったい、正邪ちゃんが僕みたいな善良な一般市民を疑うなんて……!! 友達を疑うなんて最低だよ!』

 

 ーー私がいつお前と友達になったよ? そんな日、絶対に来るか。

 

『全国一の名門校が、生徒会長や全校生徒を螺子(ねじ)伏せられたからって廃校になんかなるわけないじゃないか!』

 

 --やっぱりこいつの仕業か。安心院がこいつは厄介という理由がうなずける。

 

『せっかく同じ学校にいるんだ。仲良くしようよ、正邪ちゃん。あと……そこに隠れているお友達も一緒にさ』

 

「……ッッ!!」

 

 正邪のポケットのふくらみを見つめ、全身を凍り付かせるような薄気味の悪い笑みを浮かべる。

 

 球磨川の鋭い指摘に正邪は確信した。

 

 --やっぱりこいつ、ただのクレイジーじゃねぇ……!!

 

 



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第9話 『君は悪くない』

球磨川のせいでこの話を投稿する前、ちょっとスランプ入った。
(どうやったら改心前の先輩を描写できるんだぁあああッッ!!)
『僕は悪くない』


「……正邪(せいじゃ)! 逃げてッッ!!」

 

 正邪のポケットから小さくなっていた針妙丸(しんみょうまる)が飛び出し、球磨川(くまがわ)に突撃する。

 無論、出た瞬間に人間大の大きさになっている。

 

『うわぁ、驚いたな。【体のサイズを変える】スキルかぁ』

「うるさい! みんなに何をした!」

 

 針妙丸の針の剣をよけ、冷静に彼女の能力を分析する球磨川。のほほんとした表情は崩れない。

 その一方で針妙丸の顔には慶賀野達を殺されたことへの憎悪が浮かんでいる。

 

『うわっ、あぶなっ。ケガしたらどうするのさ!』

「いい気味よ!」

 

 針妙丸の針が球磨川の頬をかすめる。

 先ほどまで笑っていた彼が焦りの表情を浮かべているように見える。

 

『落ち着いて! 話せばわかるって! 僕たちは友達になれるはずだよ! 努力・友情・勝利! ジャンプの三大原則の一つじゃないか!!』

「姫! それ以上そいつの相手をするな!! 攻撃をやめて戻ってこい!!」

「うるさいッ!! 黙って!!」

 

 冷静さを失い、怒りに身を任せる針妙丸に誰の声も届かない。

 

「返せっッ!! 功名さんたちを返してッッ!!」

『だから、僕は悪くないって。でもどうしてもって言うんなら……』

 

 突如として球磨川の動きが止まり、そして--

 

「え……?」

 

 針妙丸の針が球磨川の体を貫いた。彼の口元から血があふれ、着ていた黒い学ランに赤いシミが広がり始める。

 

「なんで……なんでよけようとしなかったの……?」

 

 球磨川の行動が理解できずに目を見開く針妙丸。

 

『い、痛い。痛いよぉ……なんで……どうしてこんなことするの……』

「え……? え?」

 

 刺されたときはピクリとも動かなかった球磨川が急に苦しみ始め、目元に涙を浮かべる。しずくが零れ落ち、床に雨のように降り注ぐ。

 

 針妙丸は動揺し、球磨川から針を引き抜いてしまう。

 

 当然、彼は床に倒れ苦悶の表情をさらに濃くする。胸から出た血が床にも広がり始める。

 致命傷を与えたことに困惑し、針妙丸は……

 

『なーんてね、大丈夫だよ。君は何も気にする必要はないんだよ』

「!?」

 

 針に貫かれたまま先ほどと同じ笑みを浮かべている球磨川に怖気をおぼえた。

 

 --うそ。なんでこの人は笑っているの? 死にそうになっているのに、なぜ笑っていられるの?

 

『友達が襲われそうになったら守ろうとするのは当然のことだよ』『君は悪くない』『それに他の友達も酷い目にあった』『だから君は悪くない』『それをやったかもしれない人が目の前にいる。敵意を覚えるのは当たり前だよ』『君は悪くない』『それがたとえその場にいただけの人だとしても』『君は悪くない』『たとえその人を刺殺したとしても』『君は何も悪くないよ!』『だって僕は怪しいんだもの!』『君は何をしたっていいんだ!』『どれだけむごい殺し方をしてもいいんだ!!』『だって……友達を守るためなんだもの!!』

「あ……あぁ……ああ、い、嫌」

 

 球磨川からあふれ出した過負荷に耐え切れず、手に持っていた針の剣を針妙丸は落としてしまった。

 

 針が落ちるのを見た瞬間、彼はさらに笑みを濃くしていく。

 

 壊れた人形が立ち上がるかのように、血を流しながら世にも不気味な動きで【混沌よりも這いよる過負荷(マイナス)】はその場から立ち上がった。

 

 

『あれ? もう痛くないや? これはもう治ったってことかな? いや、もうすでに治療不可能? まさか! 壊死の兆候かもしれないなぁ!』

 

 

 ======================

 

 

 --マズイな。このままだと針妙丸が壊れちまう。

 

 正邪はすぐに教室を出られる範囲から二人の戦いを観察していたが……勝負は圧倒的だった。一瞬で針妙丸の勝ちが決まった。

 

 だがすでに勝敗は問題ではなかった。

 

「針妙丸! どっかいってろ! 余計なことはするな!!」

「あ……ぁ」

『ひどいなぁ。人に致命傷を与えておいて逃走とかー。この人殺し! 恥ずかしくないのか!!』

「お前が言うな!!」

 

 正邪の言葉に反応し、少し目に生気が戻る針妙丸。再び落とした針を拾い、身構える。

 

「そうだ……! あなたはどう考えても部外者なんかじゃない! 人殺しはあんたよ!!」

『だーかーらーやったのは僕じゃないって。まぁ……どうしてもそう言うんだったら、しょうがないなぁ』

「……?」

 

 球磨川は足元に落ちていた螺子を拾い、手の上で弄ぶ。

 

 

『これでおあいこにしようよ。針妙丸ちゃん』

 

 

 そして、自分の頭に躊躇なくその螺子を突き刺した。骨の砕ける鈍い音が周りに響き、彼の頭の横から血がほとばしる。

 

 

「い、いやあああぁあああぁああッッ!!」

 

 

 針妙丸は天を割くような悲鳴を上げる。部屋中に反響し声が消えた後、彼女はその場に崩れ落ち、倒れ伏す。

 

 反対に、球磨川は立ったまま正邪の方を振り返る。

 

 --これが……過負荷の中の過負荷。

 この男にとって勝敗などどうでもいいのだ。ひたすら相手を苦しめ、勝ちを譲り、そして……

 

「……ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。私が悪かった、私が悪いの、私が悪いのは……悪いのは私……」

 

 ……相手の心を壊すのだ。

 

 現に針妙丸は虚ろな目で延々とうわ言をつぶやいている。

 

『今日は転校初日だから疲れちゃった。そうだ! 正邪ちゃん。下校途中の本屋さんでエロ本を買いに行こうと思ったんだけど、一緒に行かない?』

 

「遠慮しとく。誰かさんのせいで用事ができちまった」

 

 正邪は壊れた針妙丸を抱え、教室のドアを開ける。

 

 --とりあえず、針妙丸を部屋で寝かせよう。その後のことはその時になったら考える。

 

 息を吐くように人を傷つけ、その場にいるだけで嫌悪感を抱かせる。

 

 誰もが近づかず、敵対する形でも関わりたくない。そういった気持ちを持たざるを得ない。

 それがこの男、球磨川禊なのだろう。

 

 

 正邪はそんな彼に対して……

 

 

 --なんて素晴らしいんだ。

 

 

 ……かなりの好評価だった。

 

 

『残念! じゃ、また明日とか!』

 

 

 正邪は去り際に教室の方を振り返る。おぶっている針妙丸はいまだにうわ言をつぶやいている。

 

 すると教室の方で、まるで何事もなかったかのように慶賀野達が困惑の声を上げているのが聞こえた。




皆さま沢山の感想、評価、ありがとうございます!
球磨川君をこれからもよろしくお願いします!


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閑話 天邪鬼とお椀姫のある一日

これは球磨川禊がくる一週間前の物語--


 深く不快な暗闇の中、その少女は逆さの城、輝針城(きしんじょう)の奥でぼんやりと佇んでいた。

 

 その少女に向かい……歩くものが一人。

 

 少女が目を開けると、光も感情も失ったその瞳に一匹の小鬼が映った。

 

「……だれ」

「へぇ……ただの人形かと思いきや喋るんだな。あ、やべ声に出ちまった」

 

 小鬼はあたふたと困った様子を見せたと思ったら、急にピシッと少女の前で姿勢を正す。

 

「初めまして、輝針城の城主よ……お会いできて大変光栄でございます」

「……消えて。小鬼に興味はないわ」

 

 暗闇の中でチッと舌打ちが響く。

 舌打ちの音に反応し、輝針城城主の少女が顔をしかめる。

 

「今、舌打ちしたわね」

「い、いいえ! めっそうもない」

 

 小鬼は困ったように辺りを見回す。

 

「……ここは暗いですね。あ、そうだ。ある骨董屋から盗んできた珍しいものがあるんですよ……ちくしょう、暗くてスイッチがよく見えないな」

 

「……いいから早く消えて。目障りだから」

 

 --どうせ、あなたが狙っているのはこの『打ち出の小槌』のくせに。……上っ面の敬意なんて不愉快だ。

 

「あ、あった。……へぇ~結構美人さんじゃないですか」

 

 小鬼が懐中電灯を取り出したことで互いの姿が明らかになる。

 

 城主は赤い着物を着た、薄紫色の短髪が特徴の小人。

 

 対する侵入者は黒髪に赤と白のメッシュの小鬼。

 

 逆さ矢印の模様のワンピースに腰と胸元に青いリボンを身につけている。……なぜかリボンは上下逆さまだ。

 

「そう、満足した? ならさっさと出て行って。小物妖怪さん」

「いえいえ、そうはいかないんですよ。私がここに来た目的をまだ果たしていませんからね」

「……どうせあなたの目的はこの秘宝でしょ?」

 

 小人の城主、少名針妙丸(すくなしんみょうまる)は乾いた笑みを浮かべ、自分の後ろにある黒い箱を見つめる。

 

「いいえ。私の目的は別にあります」

「へぇ……そう言って信じてもらえると思ってるの? 小物の小鬼さん」

 

 少しだけ明るくなった秘宝の間にブチッと何かが切れる音が響く。

 

「姫、私をあの強く……忌々しい鬼の一種と考えてもらっては困ります」

「ふーん。じゃああなたは何者だというの?」

 

 ふふふ、と笑みを浮かべ小鬼は両手を横に広げ--その場から消えた。

 

 異変に気づいた針妙丸は、今までの能面のような無表情から驚愕の表情を顔に浮かべる。

 

「!? 消えた!? あいつはどこに?」

「ここですよ、姫」

 

 針妙丸が天井を見ると、そこには両手を大きく広げた小鬼が……天井に足をつけて立っていた。

 

「天井に……立ってる!? あなたは一体……」

 

 目を見開いて自分を見つめる針妙丸に、小鬼は勝ち誇るように目一杯の笑顔をその顔に浮かべる。

 

 

「我が名は鬼人正邪(きじんせいじゃ)! 全てをひっくり返す誇り高き天邪鬼だ!!」

 

 

 それは……久方ぶりに暗い針妙丸の目に光が灯った瞬間だった。

 

 

 --これが私とお椀姫の初めての出会い。

 

 

 

 ======================

 

 

 

 目覚めた正邪の目に映ったのは笑顔を浮かべた針妙丸の顔だった。

 

 

 --目覚めの悪い朝だ。

 

 

「正邪、起きて。朝だよ?」

「……わかったから布団から降りろよ。うっとうしい」

 

 針妙丸のくっついた自分の布団から身を起こし、寝間着から普段の一帳羅に着替え針妙丸の布団を押入れにしまう。

 

 ついでに針妙丸を自分の布団にくるんで、しまっておく。

 

 ぐぐもった叫び声と押入れを叩く音が聞こえるが、きっと気のせいだろう。

 

 

 ======================

 

 

 朝食用に簡単に作った味噌汁をすすり、コンビニという店で買ったふりかけをご飯にかけて食べる。

 小さなちゃぶ台の上で食べる二人の朝食。

 

 頬張ったご飯をよく噛んで飲み込み、針妙丸は正邪に話しかける。

 

「ねぇ正邪」

「ん? なんだ?」

「そういえば最近、正邪はたまに私のことを『針妙丸』って名前で呼んでるよね? 『姫』じゃなくてさ」

「……!! そ、それがどうしたんだ? 名前で呼んで何が悪い」

 

 動揺し、そっぽを向く正邪を見て針妙丸は『ふふっ』と笑う。

 

「な、なにがおかしい!」

「ごめん、つい嬉しくって……少しは私に心を開いてくれたのかなぁって」

「はぁ!? 私が……お前にぃ!? 冗談じゃない。裏切り者のお姫様に心なんか一ミリも開くか」

「裏切ったのはお互い様でしょ? 頑固者の天邪鬼さん」

 

 嫌そうに顔をしかめる正邪と、彼女に対し意地悪そうな笑みを浮かべる針妙丸。

 

 いつものようにいがみ合う二人。共に憎まれ口を飛ばし合い、食事の時もおかわりをめぐってくだらないケンカをする。

 

 正邪は『針妙丸と友達なんて真っ平ごめんだ』針妙丸は『もっと素直になってよ』と互いに譲らない。

 

 ……そんな光景も第三者から見れば仲のいい友達同士に見えるのだが。

 

 ご飯を食べ終わった正邪は、自分の食器と使い終わった針妙丸の皿をスポンジで洗う。舌打ちをして眉をひそめながら。

 

「……ちっ、安心院(あじむ)のやつも私一人を外に出させてくれりゃあよかったんだ。なんでお前なんかと……」

「あっそ。けど正邪? じゃあ、なんで私をムリヤリ追い出さないの?」

 

 あなたの本音などお見通しだ、と言わんばかりにニヤニヤする針妙丸。一瞬だけ彼女をにらみ、正邪は手に持った食器に目線を移す。

 

「……お前みたいな面倒くさい奴を適当に相手するより、追い出す方が手間がかかるからだよ」

 

 --二人分の料理を作ったり、二人分の洗濯物を干す方が遥かに手間がかかると思うんだけど……頑固だなぁ。

 

「食材が余るんだよ」

「え!? 聞こえてた!?」

「全部口に出てた。しばらくしたら当番は全部お前に任せて、私は寝ることができる。あとは姫の役に立つところと言ったら……荷物持ちですかね?」

「む~!!」

 

 針妙丸は頬をふくらませ、ポカポカと正邪の腕を殴りつける。

 

 --あのクソみたいにムカつく能面顔から、よくもまぁ表情豊かになったものだ。こちらとしてはからかい甲斐があって、天邪鬼(あまのじゃく)冥利に尽きるのだが。

 

 彼女に叩かれても全く痛くないため、針妙丸の泣き顔を見ながら薄ら笑いを浮かべる正邪。久しぶりに針妙丸が不機嫌そうな顔を見れて嬉しそうだ。

 

「おっす! 姉御、学校一緒に行きませんか?」

「あっ、コウジ君ダメだよ……ノックなしで入っちゃ……お邪魔します。正邪さん」

 

 ドアを開けて正邪達の部屋に無神経に入ってくるリーゼント男こと桜街(さくらこうじ)。遠慮がちに黒セーラー服の少女、慶賀野(けがの)も彼に続いて入ってくる。

 

「咬ませ犬にビビり眼鏡。よく来たな」

 

「酷くない(です)か!?」

 

 二人のリアクションを無視する正邪。

 食器置き場に自分の分の皿を置き、学校用の手提げカバンを持つ。もちろん教科書などは準備済みだ。

 

「じゃあ行くぞ」

「ちょっと正邪!? 私の分の皿は!? 洗ってくれないの?」

「流し台に持って行っただけで洗うとは言ってない」

 

 ベーッと蛇のように舌を出し、部屋から二人を連れて出ようとする。

 針妙丸がドアに向かって駆けだした直前、正邪にドアを閉められ、三人に伸ばした手がむなしく空を切る。

 

 

「正邪のいじわるーーーーーッッ!!」

 

 

 ……なお、さすがに針妙丸をかわいそうに思った慶賀野と桜街が皿洗いを手伝ったとか。

 

 

 ======================

 

 

「正邪さん、少し……すこーしだけ針妙丸さんへの対応が悪すぎませんか?」

「いや慶賀野。あれは『少し』とは言わないぞ。『かなり』だ。姉御、少名さんへの扱いが雑すぎないですか?」

 

 朝のホームルーム終了後、授業が始まる十分前。正邪の座る机の周りに集まる慶賀野と桜街。

 

 ちなみに針妙丸は今朝の件ですねて自分の机に突っ伏したままだ。

 

「もちろん。雑にしてるからな」

「意図的っすかっ!? 陰湿っすね!」

 

 入学して一週間だというのに、特に距離感なく近くにいる慶賀野と桜街を不思議に思い、顔をしかめる。

 

「それにしても……入学してからあんまり経ってないのに、おまえら仲いいな。……もしかしてデキてんのか?」

 

「ち、ちがいますよ!? コウジ君と私はそんなのじゃなくて!!」

 

 勝手な結論を出され、大げさにあせってしまう慶賀野。チャームポイントの三つ編みが激しく上下に揺れる。

 

 大声を出した慶賀野を面白がり、周りの生徒が『ヒューヒュー』と口笛を吹き始めた。

 

 それを聞いて彼女の顔がりんごのように真っ赤になる。両手で頬を抑えて必死に体温を下げようとしている。下がらないのに。

 

 一方、桜街は慶賀野から目をそらしている。自慢のフランスパン……いやリーゼントで顔が隠れて顔色がよく見えない。

 

 正邪は満足げな笑みを浮かべ、慶賀野達をからかい続ける。

 

「じゃあ……慶賀野はコウジのフィアンセなのかなぁ? い・い・な・づ・け?」

 

「ちがいますよッ! お・さ・な・な・じ・みです!! 幼馴染! 彼とはただの幼馴染です! それ以上でも以下でもありません!! ……入学式の時は最後に彼を見た時と余りにも変わっていたから……その、気づかなくて」

 

 そうとうショックを受けたのか、桜街はさっきまで立っていた場所で体育座りをしている。……耳をすませば、少しすすり泣きの声が聞こえる。

 

 正邪が彼をゆすっても彼の姿勢はそのままだ。

 

 さすがに気の毒だと思ったのか、哀れみの目を込めて、桜街を慰めるために正邪は彼の横に近づき肩に手を乗せる。

 

「……ドンマイ」

 

「うっせえええぇぇ!!」

 

 大暴れしそうになった桜街とのどさくさに紛れて、正邪は針妙丸に丸めた紙くずをぶつける。

『あう』と小さな悲鳴をあげ、針妙丸は顔を机から起こす。

 

 紙くずを開いてみると、そこには逆さ文字で何かが書かれてあった。

 

 --解読に鏡が必要とは嫌がらせも良いところだ。普段、正邪は普通に字を書くのに……絶対にこれは私に対する嫌がらせだ。

 

 クラスメートの女子から手鏡を借り、針妙丸は紙くずに書かれてあった逆さ文字を解読する。

 

『昼休みに別館の空き教室に来い』

 

 

 ======================

 

 

「で、ここまで呼び出しておいて何? 誰にも聞かれたくないことがあるってこと?」

「……いや、()()()()()()()()()ってことだ」

 

 空き教室の机に座っていた正邪は、針妙丸が教室に入った後、机から腰を上げた。

 

 なぜか……今の正邪の声には覇気がなかった。

 針妙丸から目をそらし、顔を見せまいとしている。

 

 正邪は少しのためらいの後重くなった口をようやく開き、重々しく疑問を針妙丸に突きつけた。

 

 

「何でお前は私を追って死んだんだ?」

 

 

 それは……避けては通れない質問だった。

 

 

 ======================

 

 

 針妙丸の目が大きく見開き、正邪のみをその瞳に映す。

 

 そんな正邪の姿のなんと弱々しいことだろう。

 いつものしたり顔で嘘をつき、針妙丸をからかう普段の姿は……そこにはなかった。

 

「答えろよ……針妙丸。なんで私なんかを追って死んだんだよ?」

「……」

 

 沈黙。二人しかいない空き教室は静寂に満たされる。窓の外から太陽の光が物に当たり、教室を陰で満たす。

 

「……わからないや」

「……は?」

 

 針妙丸の煮え切らない答えに納得ができないという風で正邪は針妙丸をにらむ。

 

 対する針妙丸の顔はどこか儚げだった。吹けばすぐに飛んで行ってしまいそうなほど。

 

「正邪がいなくなっちゃった後……私の頭の中は完全に真っ白になっちゃったの」

 

 言葉を続ける針妙丸を静かに正邪は見つめる。

 

「……たぶん、正邪が死んだことを……あの時の私は、受け止めきれなかったんだと思う。気がついたら……もう三日が過ぎてた」

 

 針妙丸は正邪に向かって、『おかしいよね、私』と悲しげに苦笑を漏らす。

 

 淡々と話す針妙丸の言葉を聞き、正邪の顔に苦痛の色が現れる。

 

「その時はもう自分の体が動かなくなってた。正邪の膝の上で」

「……ッッ!」

「あとになってすごく後悔したの……なんで、なんで正邪ともっと話さなかったんだろうって」

 

 窓の近くにいた針妙丸は正邪に背を向け、窓の外に視線を向ける。ここではなくどこか遠い、手の届かない何かを見ているようだ。

 

「……もっと一緒にいればよかった。もっと正邪のことをわかってあげるべきだった。一人でいることのつらさを私も知っていたはずなのに……」

 

「あんたは一人じゃなかっただろ……お前にはもう居場所があった。私を倒したあの巫女のところにでも行けばよかったじゃないか」

 

 --私と違って、お前は……幻想郷に居場所があったんだ。

 

「霊夢は……なんだかった言って優しいもんね……しばらく彼女と一緒にいて、全く退屈しなかったし……楽しかったよ」

 

「だろうな。お尋ね者の私といるよりも、ずっと良かったんじゃないか?」

「……良くないよ」

「……あぁ!?」

 

 

 背を向けていた針妙丸は正邪の方に振り返る。目をうるわせて、それでも泣くのを必死に堪えて。

 悲しい顔を打ち消すように、針妙丸は穏やかに微笑む。

 

 

「だってそこにはあなたがいないもの」

 

正邪は針妙丸の一言にショックを受け動きが止まる。

 

「口が悪くて、素直じゃなくて……頑固者で、卑怯な……私の最初の友達がいないもの」

 

 ……根は優しい天邪鬼とは言わなかった。言えば、きっと正邪はそれを認めないだろうから。

 

 --私を退屈で深い闇から引っ張り上げてくれた天邪鬼。

 

 あなたが輝針城に来てから、冷たい牢獄だった私の城は……暖かいお家に変わったの。秘宝を守るためだけにいた私を……少名針妙丸にしてくれたのは紛れもないあなただった。

 

 ケンカにしながら一緒に食べるご飯も、後から見れば嘘だらけだった私たちの関係も、正邪にとっては偽りだったかもしれないあの笑顔も……私にとっては絶対に色あせることのない大切な宝物。

 

 

 自分をじっと見つめる針妙丸を正邪は鼻で笑い、あざけり笑う。

 

「は……私を忘れて他の奴と楽しく過ごせば良かったじゃないか。……初めからお前を利用しようと近づいた、偽りの友達を忘れてさ」

 

「そうかもね……けど、私は正邪みたいに器用になれないよ」

 

 

「他の友達がいたとしても、その友達と過ごすのがどんなに楽しくても……きっと正邪のことは忘れられない」

 

 ======================

 

 針妙丸の頭の中を過去に正邪が言った言葉が反芻する。

 

『姫、ご飯ができましたよ!』

 

『ったく……めんどくせぇガキだな……あ、いいえ! 何も言ってませんよ? 空耳ですよぅ、嫌だなぁもう』

 

『それは私の分だ! よこせお椀姫!!「あなたは居候でしょ!? 城主の私に譲ってよ!」』

 

 楽しかった輝針城での日々。

 

『我が名は鬼人正邪!! 生まれついての天邪鬼だ!!』

 

『……姫のことが大っ嫌いでしたよ。最初っからね』

 

 ======================

 

 

「……私が死ぬ前に一番後悔したことを言ってもいい?」

「お好きにどうぞ。ま、聞きませんけどね」

 

 予想通りの正邪の反応に針妙丸は小さく笑う。

 

 

「それは……最後まで正邪を信じなかったことなの」

「……ッッ」

 

「私が信じていたのは自分の中の……勝手な理想のお友達だって、ようやく気づいた」

 

 絶対に自分を裏切らない、嘘をつかない、何でも正直に話してくれる……そんな友達。

 

「ちょっと前の私は正邪ときちんと向き合っていなかったんだって。本当の正邪を受け入れられなかったから私は……」

 

 --お触れを出したのだ。友達としてではなく、異変の黒幕。自分をだました外道を。大罪人を捕らえよと。

 

「それが普通だろうが……! 誰もが言う友達ってそんな意味だろうが……!!」

 

 --間違っている。針妙丸の言っていることは間違いだらけだ。自分のような負の存在(マイナス)と関わるのがそもそもの間違いなのだ。天邪鬼の私を受け入れることなど……できるはずがない。

 

 針妙丸は首を横に振る。

 

「私は……正邪と今みたいに本音で話したい。正邪の本当の言葉で話したい。わかり合って……向き合って、私は正邪と本当の友達になりたい」

 

 針妙丸は正邪に詰め寄り、手を差し出す。

 

「もし、友達になれたら……また、やり直してくれる?」

 

 正邪は差し出された手を乱暴に振り払い、そっぽを向く。

 

「……もうやり直してるだろうが」

「え?」

「なんでもない! 教室に戻るぞ! せっかくの昼休みが終わっちまう」

 

 針妙丸に背を向け『きもっちわるい宣言だったわ~吐き気がする』と、あえて針妙丸に聞こえるように正邪は独り言を言って教室を後にする。

 

「……ありがとう、正邪」

 

 --私、正邪と友達でよかった。

 

 丁寧な態度をとらなくなったのも、名前で呼ぶようになったのも……彼女なりの歩み寄りだったのだと。再び気づかされた針妙丸だった。

 

 

 --今日も一日よろしくね、正邪。……大好き。

 




「そういえばお前がぐしゃぐしゃにした布団は干したんだろうな? 頼んどいたはずだぞ」

「あ……置きっぱなし……(ボソッ)」

「はぁっ!?( ゚Д゚)」



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第10話 壊された針妙丸

 球磨川(くまがわ)との接触の後、正邪(せいじゃ)は精神崩壊した針妙丸(しんみょうまる)を背負い『D組寮』と看板に書かれたボロアパートに戻る。

 

 二人の寮の部屋は余った二人部屋を使っている。

 女子二人ならば特に問題ないと生徒会からは判断され、要求はあっさり通った。

 

「おいしょっと。随分と軽いもんだな。小さくなってくれればもっと楽だったのに……」

 

 正邪は奥の和室の床に針妙丸を寝かせ、部屋の出口手前にあるキッチンに駆けだす。蛇口をひねり、近くに置いてあった茶碗に水を注ぐ。

 

「いつまで寝てんだ。起きろ」

「うぇっ!! づめだいッ!!」

 

 正邪は容器に入っていた水を針妙丸に容赦なくぶっかける。茶碗の水は空になり、当然床と彼女の着物は水浸しだ。

 

「……ッッ!!」

 

 一瞬我に返り、針妙丸が運ばれる直前の記憶が再びフラッシュバックする。

 

 --外の世界で初めてできた友達の惨死体。血みどろの教室。犯人とおぼわしき少年の言葉が頭にずっと響き続ける。

 

『相手を殺してもいいんだ! だって……友達を守るためだもん!!』『君は悪くないよ』『君は悪くない』『君は悪くない』『君は悪くない』『君は悪くない』『君は

 

 自分がつけた致命傷を負いながらも、彼は自分に向かって歩いてくる。血を流しながらゆっくりと。

 

「あぁ……あ……ぁ」

 

 針妙丸はたまらず自分の顔に両手を当てる。肩が震え、寒気が止まらない。

 

 --水のせいではないな。

 

「参ったな。こりゃ重症だ」

 

 頭をポリポリと掻き、ため息を吐く。

 黙っていても埒が明かない。荒療治に出るしかない。

 

 正邪は針妙丸の両手を彼女の顔から力づくで剥がす。

 

「え……?」

「いつまで自分の世界に閉じこもっているつもりだ針妙丸っ!!」

 

 声を張り上げ、針妙丸の顔に思いっきり張り手を喰らわせる。針妙丸は衝撃で床に倒れ伏す。

 

「ううっ!!」

「情けない。そのざまで私と向き合うだぁ? 友達になるだぁ? 呆れてものも言えないぜ」

「……」

 

 まだ虚ろな目をしている針妙丸に正邪は呆れ果てる。正邪は和室でうずくまっている針妙丸に近づき、彼女の隣に座る。

 

 濡れた畳の感触が正邪の手のひらに伝わってくる。

 

「本当に私と向き合いたいなら……あの程度の過負荷(マイナス)にビビってどうするんだ。あんたは口ばっかりかよ」

 

「ぅ……!」

 

「姫……あんたは……そんなに弱い奴じゃないだろ? 私も見込みがあるって思ったからお前を下克上の時に利用したんだ」

 

 --なんで私はこの裏切り者にこんなことを言っているんだろうな……

 

 持っていた茶碗を自分の横に置き、正邪は針妙丸の薄紫色の瞳をしっかりと見る。

 

「かつての私の同志なら自分の足で立って、アイツに復讐でも何でもしてみろよ」

「でも……」

「ん?」

 

「でも、もう死んじゃった功名さんたちは帰ってこないんでしょ……!? コウジ君も……クラスのみんなだって……」

 

 針妙丸は目を潤わせ、正邪の腕を力強くつかむ。

 

「……姫」

「それに……もし正邪がまた死んじゃったら……! 私のせいでもし正邪が死んじゃったら……わたし……」

 

 自分の名前が出てきたことに正邪は驚愕する。

 大嫌いとまで言った自分を、針妙丸はまだ心配しているというのだ。

 

 球磨川と彼女が対峙した時も正邪はすぐには彼女を止めようともしなかった。球磨川の戦い方を観察し、彼を利用できるかどうかを確かめたかったのだ。

 

 そんな最低な考えを持つこの鬼人正邪を針妙丸は心配しようというのだ。

 

 --全く。本当にお人好しだな。このお姫様は……呆れてものも言えないぜ……

 

 何も変わっていない。幻想郷で下克上を起こした時と、何も。

 裏切っても……彼女のやさしさは何も変わっていなかった。

 

「なめられたもんだな……」

「え?」

「我が名は鬼人正邪ッ!! 幻想郷の全てを敵に回した妖怪だぞ? そんな私が、簡単にやられると思っているのかぁ?」

 

 できる限りの邪悪な笑みを浮かべ、腕を広げる。

 

「私は決めたぞ針妙丸! 私は再びこの世界で反逆する!! この学園を、我々弱者の楽園に変えてやろうじゃないか! あのふざけたエリートどもをぶっ潰し、この私が学園の支配者になってやる!!」

 

 正邪の突然の宣戦布告に呆然とする針妙丸。「どうだ?」と正邪が顔をこちらに向けてくる。

 

「私も弱者が圧倒的強者をぶっ潰すなんていう大きなことをやるんだ。お前もそれくらいの過負荷、乗り越えてみせろ」

 

 ふん、と鼻で笑う正邪を見て、クスっと笑う針妙丸。

 

「ふ……ふふっ……そうだね、それもいいかもね……うん! 私やる!! やってみる」

「その意気だぞ、針妙丸。それに……」

 

「針妙丸(さん)!!」

 

 正邪の言葉に割って入り、死んだはずの慶賀野(けがの)と桜街が部屋になだれ込んできた。二人とも息を切らし、額に汗が浮かんでいる。

 

「良かったです……! あの転校生の攻撃を受けて重症だって聞いて……!」

「姉御は!? 少名さんは大丈夫なのか!?」

「え……? なんで……どうして? ゆめ……な、の……?」

 

 幻を見ているのではないかと勘違いをし、固まって動けない針妙丸。

 

「ちがう。二人とも無事だ。D組の教室にいた奴らも全員な。私が確認したから間違いはない」

 

 針妙丸はすくっとその場から立ち上がり、二人に向かって飛びかかる。

 

「うぉっ! 少名さんんん!?」

「針妙丸さん!?」

「よかったぁ……うそ、でも……いい……また……ふたりに……あえたぁ……!!」

 

 二人に抱きつき嬉し涙が止まらず、わんわんと泣く針妙丸を見て、正邪は思わず満足げに彼らを見つめる。

 

「はぁ……ようやく泣き止んだと思ったら……またこれか。ほんと、泣き虫姫だな……全く」

 

 --それでいい。彼女達みたいなプラスに……()()()()()()()()()は、似合わない。

 

「姉御……球磨川は人首先生みたいな、何かしらのスキルを持ってる。……たぶん、幻惑とか幻を見せるタイプの能力だと思うぜ」

 

 フランスパンみたく突き出たリーゼントをいじり、桜街は重々しい表情を浮かべる。

 何を思い出したのか、慶賀野も目線を下にそらしている。

 

「幻覚ねぇ……なるほど」

「姉御も気をつけてくれ、絶対にこれ以上あいつと関わらない方がいいと……」

 

 ……ピンポーン!

 

 突然、部屋の外のインターホンが鳴り始める。

 

 --人首 繋(ひとかべ けい)だろうか?

 

 そしてスピーカーから声が響く。

 

『もしもーし! 針ちゃーん! 正邪ちゃーん! いる~? 体調が悪いって聞いたからお見舞いに来たんだけど~?』

 

 --ヤツからだった。

 

「……ッッ!!」

 

 針妙丸の肩が再び震え始める。無理もない。ついさっき、やっと持ち直したばかりなのだ。

 

 --この状態の針妙丸を球磨川に会わせるわけにはいかない。

 

 入口に向かい、歩き始めた正邪を桜街達は止める。

 

「だ、だめです姉御! 球磨川はヤバイ! ヤバすぎる!」

「そ、そうですよ!!」

 

 この二人も正邪が知らない間にトラウマを植えつけられたらしい。証拠に『行かせまい』と必死に正邪を押しとどめてくる。

 

 無論……針妙丸もだ。

 

「正邪……!! だめ……!! あなたまで壊れ……」

 

 ドアを開ける前に針妙丸の方を振り返る。

 

「大丈夫ですよ、姫。『幻惑を見せる程度』の能力者にやられるほど、柔いアマノジャクじゃありませんから」

 

 



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第11話 『僕と友達になろうよ』

 日が沈み、空が赤くなり始める時間帯。

 

 正邪(せいじゃ)はアパートの階段を降り、再び球磨川(くまがわ)と向かい合う。

 

 --針妙丸達には『幻惑を見せる程度』の能力と言ったが……あれほどの過負荷(マイナス)を持つ球磨川の能力がその程度だとは思えない。

 

 あの場で殺した人物を生き返らせることができる程の……とんでもない能力を持っている方がよっぽど納得がいくのだ。

 

『やぁ、正邪ちゃん。針ちゃんの調子はどう?』

「あれだけメンタル破壊しておいてよく言うよ」

 

『嫌だなぁ、彼女の方から襲い掛かってきたんだよ?』『僕は悪くない。』『さっきのは正当防衛ってやつさ』

 

「お前の場合は口撃だけでも過剰防衛って言うんだよ。で……今度は何の用だよ。顔の皮をご所望ならお断りだ」

 

 ははは、と球磨川は仮面に書いたような笑顔を崩さず、笑い声をあげる。

 

 それを怪訝な様子で正邪は見つめる。

 

『大丈夫。正邪ちゃんに僕の方から何かをするつもりはないよ。……僕が用があるのは(しん)ちゃんの方さ』

 

「へぇ、針妙丸(しんみょうまる)にねぇ」

 

 正邪はちらりと針妙丸のいるボロアパートの方を見つめる。

 

「ちょっとアイツは疲れてるらしいからな。布団で寝てるよ」

『それは大変だ! じゃあ、僕が会って元気づけてあげよう!!』

 

 球磨川は善は急げとボロアパートの方へ駆け出す。

 

 --言外に部屋に来るなって言ったんだがな……こいつ、針妙丸にとどめを刺す気か。

 

 彼がアパートの方へ向かっても正邪はびくともせず、ただじっと球磨川をつまらなそうに見つめている。

 

 そんな正邪を不思議に思ったのか、球磨川は階段の手すりに手をかけ彼女の方をゆっくりと振り向く。

 

『……止めないの? 針妙丸ちゃん、精神病院でもお手上げのグロッキー状態になっちゃうかもよ?』

 

「だから?」

 

『えっ? 君ら友達じゃないの?』

 

「他人がどうなろうがどうでもいいだろ? それにお前は私に何かをするつもりもないんだし。ならどうだっていい」

 

 興が冷めたとでも言いたげに腕を頭の後ろに回し、正邪は球磨川に背を向ける。

 

 球磨川は『これは驚いた』と言いたげに目を白黒させる。

 

『意外だね。君はもっと仲間想いかと思ったんだけど』

 

「あれは駒だよ。将棋でいうところのただの歩兵。飛車や銀将みたく優秀で重要な駒じゃないんだ。やられても何の問題もない。むしろ王将である私の身代わりになれてアイツも本望だろうよ」

 

『……』

 

 --所詮、アイツは私の道具。どうなろうがどうでもいい。

 

 球磨川は薄く口元に笑みを浮かべ、正邪の元に向かい歩き始める。

 

『……へぇ。驚いたよ。ここまであっさりと仲間を切り捨てられる人がいるなんてね。僕は感心したよ。正邪ちゃん』

 

「試したのか? 私を」

 

『試すなんて人聞きが悪いなぁ。僕は知りたかったんだ。君がどういう人間なのかを、ね』

「なるほど、趣味が悪い」

 

 --ついでに言うと私は人間じゃなく天邪鬼なんだがな。

 

 球磨川は正邪の前で歩を止めると、ニコッといつものように薄気味の悪い笑みを浮かべる。そして……彼はおもむろに正邪に右手を差し出した。

 

『正邪ちゃん。改めて僕と友達になろうよ』

 

 

 ======================

 

 

「正邪……」

「針妙丸さん……少し休もう。たぶん、今の状態で私たちが行っても何の意味もないよ……」

 

 正邪と針妙丸の部屋。慶賀野は狼狽しきった針妙丸を和室にしいた布団に寝かせる。

 

 出て行った正邪を見送ってしまった針妙丸、慶賀野、桜街の三人は部屋の和室で正邪の無事を祈るしかなかった。

 

 針妙丸が寝たのを確認した後、二人は和室への扉を閉め、桜街と慶賀野は扉の前で正邪の帰りを待つ。

 

「けどよぉ……不思議なんだよな」

「何がです?」

 

「慶賀野、俺は球磨川に初めて会った時、確かに全身をでかい螺子で串刺しにされた。痛みも確かに感じたし、それ以降は意識もはっきりしてなかった」

 

「……球磨川君の能力のことですか?」

 

 顔色を青くした慶賀野に向かって真剣な顔でうなずく桜街。

 

「姉御に心配かけるのは悪いかと思って、アイツの能力は『幻覚を見せること』だって言っちまったんだけどよ……」

 

「うん……」

 

「もしかしたら……考えたくもないけどよ。アイツの能力って、使い方次第では『人を生き返らせることもできる』とんでもない能力なんじゃないかって思ったんだ」

 

「まさか……そんなむちゃくちゃなスキルの持ち主がいるはずが……」

 

 慌てる慶賀野の反応に桜街は沈黙で返す。

 

「……俺が入学式で全身骨折の大怪我をしたところは見ただろ?」

「あ、はい。あれが何の関係があるんですか?」

 

「あれはおそらく『重力を操る』能力持ちの仕業だ。俺はそいつに復讐するためにこの学校に入ったんだ」

 

「え……? 重力を操る……? そんな非現実的な力が……」

 

『あるはずがない』と現実から目を背けようとする慶賀野に桜街は首を横に振る。

 

「ある。俺は……二回もそれを実体験した。仕組みは意味不明だがそんなスキルを持ってんのはよほどの異常(アブノーマル)か……」

 

 --過負荷(マイナス)。そのどちらか。その過負荷たちが持っているのは、より人に害を及ぼすことに特化した負の過負荷(スキル)

 

 その極めつけであろう彼の過負荷(スキル)は……『重力を操る』より非現実的で、より危険性を秘めたスキル。

 

「う、嘘です……『人を生き返らせる』なんてそんな神様みたいな力……」

 

「ありえなくないって話だ。話によると過負荷ってのは、でたらめで危なすぎる能力持ちがほとんどだ。『人を生き返らせる程度の能力』で済むはずがない……」

 

「そんな……!」

 

 そんな二人の話す姿を--針妙丸は扉をこっそりと開けて覗き込んでいた。

 

 

 ======================

 

 

 

「友達にねぇ……お前は私のどこが気に入ったって言うんだよ。仲間を平然と切り捨てる私の」

 

『うん、それだよ。その冷酷さ。加えて君は誰にも従わず、誰の思うがままにもならない。そんな君が僕は好きになったのさ』

 

「好きな女の趣味まで悪趣味か。お前の言葉や性格全般には『悪』って付くものばっかりだな」

 

『悪? 僕は『(マイナス)』さ。(マイナス)は最低で、それ以上の何者でもないよ。それに……僕は人を人とも思わない過負荷(マイナス)には幸せ者(プラス)のお友達は似合わないと思うんだ』

 

 球磨川は顔の笑みを濃く、その惣闇色(つつやみいろ)の目を細くし、彼女の全てを見透かすかのように正邪の赤眼をのぞき込む。

 

『このまま彼らといても、君の居心地は悪くなるだけだ。(プラス)しかない針ちゃんはいずれ(マイナス)である君を否定する』

 

『そうなったら優しい君は自分を偽って、ずっと幸せ者(プラス)の仮面をつけなければならない。こんなに素敵な欠点(マイナス)を持つ君を否定されるなんて……僕は我慢ならないよ。だから正邪ちゃん』

「……」

 

 --居心地が悪い、と感じていないわけがなかった。

 

 私は……目的のためなら……自分が勝つためならどんな手段も厭わない。

 

 たとえ卑怯でも、どれだけ汚くても、勝てばいい。自分だけが勝てばいい。他人などどうでもいい。

 

 それが私の信条だ。

 

 少名針妙丸、桜街義和、慶賀野功名。

 

 全員、私とは違う。いずれもが私の信条には合わない。犠牲と割り切って捨てるには彼らは正しくすぎて、優しすぎる。

 

 最低な私を受け入れ、普通に彼らは私に接してくるのだ。だからこそ彼らを切り捨てにくくなってしまう。

 

 ……恐ろしい。

 

 優しくされることが恐い。褒められることが恐怖だ。『気に入らない、お前といると気分が悪くなる』と彼らも私を捨て置いてくれればいいのに。

 

 彼らといることで……もし私が私でなくなったら。天邪鬼が天邪鬼でなくなってしまったら……自分は一体何者になってしまうのだろう?

 

『つまんない針妙丸ちゃん達なんか放っておいてさ、僕と友達になろうよ』

「……」

 

 正邪は少しためらいを見せた後、ゆっくりと彼女は自分の左手を球磨川の右手に近づける。

 

『同じ過負荷同士、仲良くしよう』

 




たくさんの感想、評価、本当にありがとうございます!!
ハイテンション、ハイスピードで書けるのは読者の皆様のおかげです。


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第12話 小さな勇気と大きな野心

「……悪いな、球磨川(くまがわ)

『え……?』

 

 正邪(せいじゃ)は球磨川の腕を掴む直前に、自分の腕を下ろした。

 

「お前とは友達にはなれないな」

『……どうしてだい?』

 

「もう少し見てみたくなったんだよ」

『何を、……!!』

 

 アパートの階段の近くにいる球磨川が後ろを振り向くと……

 

「……正邪に……それ以上私の友達に近づかないで!!」

 

 そこには震えながらも球磨川の前に立つ針妙丸(しんみょうまる)がいた。

 

 トラウマのせいで肩は震え、瞳には涙が滲んでいるが、それでも必死に恐怖に抗い、震える足を叱咤し友達を救おうとする勇者の姿だった。

 

『針妙丸ちゃん……?』

 

 正邪は針妙丸を呆然と眺める球磨川の肩に腕を乗せ、彼の前を通り過ぎる。

 

「私と向き合おうとしてくれてるこの馬鹿の姿をもうちょっと見たいんだ。その結果コイツが私を拒絶するか、受け入れるのか……見てみたくなっちまった」

 

 正邪は悲しそうな笑みを浮かべ、球磨川の方を振り返る。

 

「悪いな球磨川、私はコイツらを捨てられない甘ったるい過負荷(マイナス)だ。お前の友達に、甘すぎる私は似合わない」

 

『…………ま、いいや。実はあんまり期待してなかったしね。いいよ、今日はもう帰るからさ』

 

 球磨川は負け惜しみを言いながら、沈む太陽を背に正邪達とは反対の方向に歩き去っていく。

 

「帰るぞ、針妙丸」

「……うん!」

 

 正邪は階段の近くで待っていた針妙丸の手を握り、階段を登る。

 

 正邪の手を握る針妙丸の様子はひどくご満悦だった。そんな彼女を見つめる正邪も……どことなく嬉しそうに見える。

 

 先程まで沈みかけていた太陽が地平線の向こうに消え、空を闇が覆い始める。

 

 

『甘ぇよ』

 

 球磨川は後ろを振り向かないまま手に持った大量の螺子(ねじ)を針妙丸と正邪の二人に容赦なく投擲(とうてき)する。

 

 油断しきった正邪に猛スピードの螺子が直撃--

 

「……あぁ、そうだった。言い忘れてたな」

『!?』

 

 ……するように思えた。

 

 正邪達の方に向かっていた螺子が空中でぴたりと動きを止め、そして……その方向が投擲した球磨川に向かって古びた時計の針のようにゆっくりと向きを変えていく。

 

 ーー螺子の進行方向が『ひっくり返る』。

 

 球磨川は異変に気がつき、正邪の方を振り向く。すると彼女も自分の方を向いているのに気がつく。振り向いた正邪の顔は美しくも……

 

「じゃあな。生きていたらまた明日」

 

 ーー醜悪に歪み、これから死にゆく哀れな球磨川を嘲笑っていた。

 

 そんな彼女を見て、球磨川はやれやれと肩を落とす。その様子はどこか満足気だ。

 

『……君には負けたぜ、正邪ちゃん』

 

 正邪が部屋の扉を開ける直前、彼女の背後から()()の骨と肉が()()()によってズタズタに引き裂かれる音がしたが彼女は気にも留めなかった。

 

 

 ====================

 

 

「倒せたのかな……?」

 

「さぁ……どうだろうな? 殺しても死ななそうなやつだ。ま、あの程度で終わるなら私の期待はずれってとこかな」

 

 外も暗くなってきたため、部屋にいた慶賀野(けがの)桜街(さくらこうじ)は各々の部屋に帰らせた。帰ってきた瞬間に二人にわんわんと泣きつかれた正邪だったが、それはまた別の話。

 

 どこか引っかかる言い方をする正邪に針妙丸は疑問を覚える。

 

「……正邪、また良からぬこと考えているでしょ……まさか球磨川君を味方に引き込むつもり?」

 

「へぇ、頭カラッポのお姫様でも考えるじゃないか。ピンポンピンポン、大正解です」

 

 まさかの正邪の返答に針妙丸は絶句する。

 

「あの残虐性、凶暴性、凶悪さ。どれをとっても一級品! いや、一級なんてもんじゃない。至高だ。あれだけの逸材を私は知らないね」

 

 興奮のあまり正邪は悦に入っている。邪悪な笑みがくっきりとその顔に浮かび、醜悪な本性が丸見えだ。

 

「……正邪。それ本気で言ってるの……?」

 

「本気の本気。超本気ですとも。球磨川を利用すれば学園支配どころが幻想郷の支配だって夢じゃない……くくく、素晴らしいじゃないか!」

 

 思考の暴走を始める正邪を見ていられず、針妙丸は机を両手で叩く。

 

 机からの大きな音を聴いた正邪が顔を上げると、そこには今にも泣きそうな顔をした針妙丸がいた。

 

「何考えてるの!? 馬鹿なことはやめて! 球磨川君とは友達にならないって……さっきはっきり言ってたじゃん!!」

 

「……利用する相手に『お友達』なんてお綺麗な関係は似合わないとも言ったんですよ、姫」

「けど……!」

 

「いいですよ? 臆病な姫は彼と関わらなくて。元々幻想郷の支配は()()野望ですからね。あぁ……素晴らしいんだ。あれほど純粋な負の存在は一度も見たことがない! アイツなら妖怪の賢者や博麗の巫女だろうと私に向かってくる奴らの精神をぶっ壊してくれそうだ! ははははっ!!」

 

 ーーもう、止められない。

 

 すでに針妙丸にはわかっていた。正邪の野望は誰にも止められない。たとえ一度野望が潰えたとしても、この天邪鬼は絶対に諦めないだろう。

 

 いくらそれが惨めでも、醜くても、滑稽に見えたとしても、彼女は決して歩みを止めない。

 

 それが逆襲の天邪鬼、鬼人正邪なのだから。

 

 ーーだけど、わかっているからこそ。彼女の友人である私だからこそ……やらなければならないことがある。

 

「正邪、もし正邪が間違ったことを、みんなを悲しませることをするつもりなら……私は全力であなたを止める」

 

「へぇ〜かっこいー。正義の味方気取りですかね? 私の友達になるつもりはもうないってことですか?」

 

「友達が間違った事をしようとしているなら、私はそれを全力で止める」

 

「……私がその『間違ったこと』をすることを望んでいるとしてもですか? ただのエゴじゃないですか。押し付けがましくて素晴らしい友情だなぁー」

 

 正邪に反論する針妙丸だが、正邪はその志を真っ向から否定し、折ろうとする。

 

 それでも針妙丸は怯まず、正邪の赤眼をしっかりとその薄紫色の瞳で見据える。

 

 次に口を開く針妙丸の姿は……どこか哀愁に満ちていた。

 

「……もう、友達に死んでほしくない。そう思うことの何がいけないの?」

「……」

 

 針妙丸の口から出た言葉に驚愕し、目を見開く正邪。

 

 ーー全てを敵に回して、一人寂しく死んだ天邪鬼。

 

 誰の心に残ることもなく、ひっそりと転がる自分の屍を正邪は容易に想像できてしまった。

 

 溜息を吐き、正邪はその場から立ち上がる。

 押入れにあった布団を取り出し、寝る準備をする。

 

「……私に逆らった罰だ。夕食は自分で作れ」

「えぇ!? 意地悪ぅ……」

 

 正邪は寝巻きに着替えず、そのまま布団を被り横になる。

 

 針妙丸は冷蔵庫付近の戸棚から、レンジでできる即席ご飯を漁り始める。コンビニで買った『サ〇ウのごはん』は見つかったものの、ご飯のおかずになるものが見つからずエサをお預けされた犬のような顔になってしまう。

 

「うぅ〜……」

「……あと、お前にも言い忘れてたな」

「え?」

 

 正邪は仰向けの姿勢から、針妙丸のいる方とは逆の方向に首を向けて顔のほとんどを布団で覆う。

 

「……頑張ったな、針妙丸。不格好だったけど……お前が来てくれて本当に嬉しかった」

 

 当然、顔を真っ赤にした正邪の姿を針妙丸が見ることはできなかったという。

 

 

 =====================

 

「ちっ……なんでアイツの下着も私が干さなきゃならんのだ……自分のならともかく」

 

 眠そうに目をこすりながら正邪はベランダで洗濯物を一つ一つハンガーに吊るしていく。

 

 優しく朝日が辺りを照らす。

 

「……よしこんなものだろう。いや、針妙丸の着替えだけベランダの真下に落としてやろうか……」

『おーい! 正邪ちゃーん! いい朝だね!!』

 

 ーーあぁ、最悪の朝だ。

 やっぱ生きてたか球磨川。

 

 正邪は球磨川を無視して窓をベランダのドアをさっと開けて部屋に戻ろうとする。

 

『無視なんてひどいなぁ。少しお話ししようよ。こんなにいい朝なのに』

「地獄に帰れ」

『またまたぁ、僕が相手だからってそんなに照れなくてもいいんだよ?』

「……ハァ」

 

 ーーこれ以上こいつと話したくない。

 

『そういえば……そこにぶら下がっている横シマのパンツは正邪ちゃんのかい?』

「ーーッッ!!!!」

 

『やっぱりぃー。けど、正邪ちゃんには青のしましまパンツよりも赤シマパンツの方が似合うと思うんだ。 ……そうだ! 今度よかったら一緒に可愛い下着を買いに行こうよ! ……きっと楽しいーー』

 

 

「もういっぺん死ねぇえええええええ!!!」

 

 

 翌日、球磨川は学校を欠席した。

 教師によると、頭部に投げつけられた洗濯かごが原因で脳震盪を起こしたらしい。

 



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おまけ 次章予告!

「やぁみんな。いつもグッドルーザーズ を見てくれてありがとう。誰って? 嫌だなぁ、みんな大好き安心院さんだよ?」

「今回は作者が調子に乗って作った次章予告だ。本編じゃなくて、ちょっとしたおふざけなおまけだから、そこだけは注意してね」

「最後に……球磨川くんを見るときは部屋を明るくして、現実から切り離してみてね!」




*ダイジェストでお送りしております。

 

=================================+=====

 

 

『でも、ふーーん、君の大切な人はその人なんだ。覚えとこーーっと』

「ーーーッ!」

 

 

============================= ============

 

 

 

『ま、理不尽には慣れっこだしね』

 

 

 

===============================

 

 

 

「なんとかしてアイツを利用する方法はないものか……」

「やめときなよ……正邪……」

 

 

 

==========================================

 

 

「あれは密告システムって言ってな、c組以上のクラスの生徒全員に許された特権なんだよ」

『ふーーーん』

「またお前、ロクでもないこと考えているな……」

『教えたのは正邪ちゃんじゃないか』『僕は悪くない。』

 

===============================================

 

 

「好き勝手言ってくれるでありますなぁ……!」

 

 

 

=================================

 

 

 

「球磨川さんは……なんでそんなにエリートを憎むんですか?」

 

『えーとねぇ……慶賀野さん、ちょっと待ってね。今日中に考えてメールするから。そうだ! 親友をエリートに殺されたとか。妹が凌辱された上に、両親を殺されたとかもドラマチックだね』

 

「理由なんて……ないんですね……」

 

 

====================================

 

 

「ははっ……痛い。死ぬほど痛いに決まってんだろ。けどな、苦しくても悲しくても、それでも私は笑うんだよ! だって私は鬼人正邪!! 生まれついての天邪鬼だからなぁ!!」

 

 

=====================================

 

 

 

「弱い。弱すぎるでありますよ……滑稽すぎるほどに」

 

 

 

======================================

 

 

「お前の反則攻撃の正体がわからん」

 

「わからなくていいでありますよ。ただ……先輩として一つだけ教えておくであります」

 

 

「へぇ、なんだ。優しいじゃないか。早く教えろよ」

 

 

「たとえ自分のスキルの正体がバレたとしても、攻略は不可能ということであります」

 

 

 

 

=========== =========== =========== ===========

 

 

 

「な、なんでありますか……それはぁ!?」

「さぁな……とっておき、らしいぜ」

 

 

 

====================================

 

 

『「大嘘憑き(オールフィクション)」名前だけでも憶えて逝ってね』

 




[次回、グッドルーザーズ ! 『球磨川死す!!』]

『デュ〇ルスタンバイ!!』
「やめろぉ!! ジャンプ関連でもアウトだから!!」

「次章、『革命の狼煙(のろし)編』楽しみに待っててね!」


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第2章 反逆の狼煙編
第13話 生徒会私刑執行部


一度はやってみたかった幹部会です。
オリキャラ多めなので注意!


 角明学園大教室。

 

 皇庭近くにある教室棟の最上階付近にある大教室である。生徒会メンバー、アルカナ持ち達が揃って集うところから会議室といってもいい。

 

 教室の暗闇の中に丸型の大きな机が存在感を放つ。巨大なスクリーンが光を発し、辺りを黄緑色に照らしている。

 

 教室の肘付きオフィスチェアに腰掛ける人影は……七人。

 

「これより生徒会私刑執行部、第九十八回目の会議を行うであります」

 

 侍のように束ねた灰色の髪と青色の和服を着た男、百々 千太郎(どうどう せんたろう)が初めに声を上げる。庶務であり、彼の持つアルカナは……『戦車』。

 

「『悪魔』と『死神』はどうしたでヤンスか? もう集合時間はとっくに過ぎてるでヤンス」

 

 黒い特攻服を着たオールバックの男が百々に続き、口を開く。自分の緑髪をいじりながら、机を指で叩く。

 

 ーー庶務長 六合 崩(くに くずし)

 

「あぁ、彼らは今放課後の特別授業に出てるから。先に始めてって」

 

 学生服の少女は自らのツインテールを揺らし、ケラケラと笑う。白く透き通った肌と桃色の髪が艶っぽく輝く。

 

「さすが『恋人』の美妃(みき)。人脈がお広いでヤンスねぇ」

「当然。国王が国民を監視するのは当然。女王様が兵士を管理するのは当たり前だって」

 

 ーー会計 寒井 美妃(さぶい みき)

 

「それよりも早く会議を始めてくれる? この後早速作りたいオモチャがあるのよね〜」

 

 緑色の作業服に身に包んだ青髪の幼女が退屈そうに、ペン回しの要領でスパナを指で回す。

 

「こちょこちょ……」

「……!! ちょっと! 美妃さん……やめ!」

 

 寒井が短髪幼女の脇をくすぐると、幼女の様子が一変。先程までの作業服を脱ぎ捨て、急いでビジネススーツに着替える。四角い縁取りのメガネをかけ、仕事ができそうな聡明幼女に。

 

「手計のこの人格交代の瞬間が本当に飽きないの♪ 癖になっちゃうって」

「……早く会議を始めましょう」

 

 ーー生徒会書記長。手計 札(てばかり さね)

 

百々(どうどう)さん。今日の会議の内容は先日の転校生の件……についてだよね」

 

 茶髪の素朴そうな少年が自信無さそうに百々に話しかける。黒ブレザーのボタンが閉まっているか気になって落ち着かない様子だ。

 

 ーー行方 陽平(なみかた ようへい)

 

「……行方氏。急いで出てきたせいで制服が乱れているであります」

「ひっ……!!」

 

 怒った百々に斬り殺されると思ったのか、行方は座っていた席から転げ落ちる。

 

「今回は不問にするでありますが、次の会議ではキチンとした格好で来るであります」

 

「千ちゃんは真面目だねぇ〜。今日は緊急の招集だからしょうがないんじゃないの?」

 

 Tシャツとカウボーイハットを被った男が飄々と百々に軽口を叩く。

 

 ーー広報長 新 剣(あらい けん)

 新の軽口が気に障ったのか百々は普段から刃のように鋭い目をさらに鋭くする。

 

「あまりふざけていると……新、お前から斬り殺すでありますよ? マナーを舐めるなであります」

「お、おいおい、勘弁してくれよ」

 

 

「……(あらい )君、今は茶化すのはやめて、百々(どうどう)君の話を聞こうじゃないか。百々君。……落ち着いてその転校生のことについて話してくれるかい?」

 

 白い学ランを着た赤髪の美少年は席に座ったまま、片手を挙げる。そして席を立っている百々に向かってニッコリと微笑む。

 

 ーー神井 大成(かのい さとる) 生徒会私刑執行部 生徒会長

 

 神井は百々に比べればさらに細身だが、彼が発言をした瞬間、百々は身震いをする。

 

「……か、会長。老神(おいがみ)副会長が戻る前にこの無礼者を……!!」

 

 神井がため息を吐いた次の瞬間、彼の顔から笑みが消え、目から一切の光がなくなる。

 

 先程までマイペースに振舞っていた他のメンバーも会長の豹変に戦慄する。全員口をつぐみ、顔を下に向ける。

 

 足をテーブルに乗せていた(あらい)でさえも、今は姿勢を正し、会長から目をそらす。

 

「言ったよね、百々君。……私はその転校生のことについて早く話すように言ったんだ。それでも(あらい)君を斬りたいなら……私と『勝負』をしようじゃないか」

 

「……ッ!! そ、それだけは……!!」

 

 百々が振動マッサージ機のように身体を震わせ始める。百々の無抵抗のサインに神井は再び笑みを浮かべる。周りからは安堵の声が漏れる。

 

「そうか、よかったよ。私もアルカナ持ちにはこの能力を使いたくないんだ。……全土(ぜんど)様に忠誠を誓う者を疑いたくはないからね。じゃあ続けてくれるかい?」

 

「は、はい! で、では早速。今回の議題は……警戒対象。新入生、鬼人正邪と……転校生、球磨川禊についての議題であります」

 

 ーー暗闇の中で件の二人の姿がテーブル中央のスクリーンに映し出され、会議は続行された。



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第14話 『これ少年ジャンプだったら規制されかねない、いじめの描写だよ?』

ランキング入り……だと!?
う、うわああああああぁあ。・゜・(ノД`)・゜・。

読者の皆様本当にありがとうございます!
ようし、頑張ろう!







 朝日が照らす教室。

 窓や黒板付近の机に何人かの男子と女子が雑談をして、共に笑い合っている日常の光景。

 

「呑気なもんだな。入学式のことをもう忘れたのか」

 

 そんなクラスメイトの様子を気だるげに見つめる天邪鬼、鬼人正邪(きじんせいじゃ)

 

「しょうがないよ……怪我をしたクラスメイトには申し訳ないけど、あんな凄惨な光景を見せられたらすぐにでも忘れたくなるよ」

 

 苦笑し、少名針妙丸(すくなしんみょうまる)は未だに空いた机を見つめる。桜街と同様、肉体は回復しているのだが精神的な問題でまだ退院できていないようだ。

 

「はっ、幻想郷も外の世界も人間にはヌルい世界であることは変わりないってことか」

 

 ため息を吐き、窓の外を忌々しげに見つめる。

 

「おはよーっす! 姉御。調子はどうっすか?」

 

 元気よく声を上げて、フランスパン並みに長いリーゼントが教室に入ってくる。桜街 義和(さくらこうじ よしかず)だ。

 

「よう、かませ犬。慶賀野のやつはどうした? いつも二人でイチャついて登校してるんじゃないのか?」

 

「変な言いがかりはやめてくださいよ! ……慶賀野(けがの)のやつは風邪で休みだって聞いたっす。一応部屋にも行ったんすけど相当酷いみたいで……」

 

 バッグを持った桜街が残念そうな顔をする。

 それを見る正邪は興味なさげだったが針妙丸は心配そうな顔をしていた。

 

「功名さん大丈夫かな……?」

「ほっとけ、あとでお見舞いにでも行ってやれ」

「冷たいんだか優しいんだかわかんないっすね姉御」

 

 正邪は教室を見渡し、窓際の端にある席に目をやる。

 

「……球磨川(くまがわ)はどうした?」

「あぁ、姉御がのしたって聞いたんすけど。……何かあったんですかい?」

「……聞くな。それ以上口を開くと球磨川と同じ所に行くことになるぞ?」

「あ……はい。自重します……」

 

 ーー干した自分のパンツを球磨川に見られた、なんて本当に口が裂けても言えない。

 

 目つきを鋭くした正邪に向かい、桜街は素直に頭を下げる。入学前に暴走族を潰した不良は一体どこに行ったのだろう。

 

「テメェ! どこを見てやがる!?」

 

 教室の外から男の怒声が響く。

 扉が震えているところを見ると、かなりの声量で怒鳴っているのがわかる。

 

 ====================

 

 

「アニキ、こいつジャンプ持ってますぜ!」

「漫画読んでて俺にぶつかっただぁ!? 舐め腐ってんのかぁ? あぁ!?」

 

 正邪が教室を出て廊下の方を見ると、二人の生徒がD組の生徒に暴行を加えているのがわかった。

 

 出っ歯と巨漢の男が一人の男の胸ぐらを掴んで殴り飛ばしている。

 

「いいかぁ? D組の屑。俺たちはⅭ組。テメェらクズどもと違って、俺らのバックには生徒会がいる。どういうことかわかるか?」

 

「D組は俺たちの奴隷ってこった。『密告』されたくなきゃ、絶対に無礼は働かないこったな」

 

 二人の男はD組の一人の男をさらに理不尽に痛めつけながら、嘲笑う。

 

 絡まれている相手が普通のD組の生徒ならば、まだ戦力が揃ってない今、面倒ごとを避けるために無視するところなのだが……

 

『……僕は悪くない』

 

 ……虐められている相手が球磨川なら話は別だ。

 

 正邪は男二人に向かって早歩きで駆け出す。

 

「おい、あんたら。悪いことは言わないから……そいつに手を出すのだけはやめておけ」

「あぁ!? 女ぁ、なんだテメェは?」

「俺たちに楯突こうっていうのか?」

 

 正邪にため息をつかれながらストレス発散の邪魔をされた二人は苛立ちの声を上げる。自分たちが手を出している相手がどれだけ危険な地雷なのか、全く分かっていないようだ。

 

『……正邪ちゃん?』

「よう、いい朝だな球磨川。調子はどうだ?」

『……普通だよ。いつもと変わらない朝さ』

「そうか。これがお前の普通か。随分とスリリングな毎日だな。……私も経験者として同情するぜ」

 

 暴力を振るった相手が目の前にいるというのに平然と会話をする正邪と球磨川。

 

 その様子に二人は余計に怒りを蓄積させ、正邪に詰め寄る。

 

「お前……俺たちの前で楽しくおしゃべりとかふざけてんのか」

「ん? あぁ、悪いな。今お取り込み中でさ、後でもいいか? 女の子は約束事には厳しいんだぜ?」

「ーーぶっ殺す!」

 

 正邪のふざけた態度が気に障ったのか、でかい方の男が拳を正邪に向かって振り下ろす。

 

 ーー鈍い。

 

「レディーに暴力とか最低だな」

「!?」

 

 巨漢の拳が正邪の顔に触れる直前、正邪は最小限の動きで拳を避ける。

 

 手馴れた正邪の動きに巨漢の男は動揺する。

 

 ーー幻想郷での不可能弾幕よりも遥かに鈍い。

 easy以下のクソ難易度だ。

 

 男は正邪に向かって追撃の蹴りを喰らわそうとするが、正邪に軽々と避けられる。

 

「へぇ……ならこれはどうだ!!」

 

 男は正邪から距離をとり、大きく息を吸い込む。

 

「で、出た! アニキの声帯砲! 異常な肺活量を利用して出せる大技! 大咆哮から繰り出される広範囲の衝撃波は避けようがない! 終わったな、女ぁ!!」

 

「……」

 

 巨漢が口を開き、出っ歯の男が言った大技を繰り出そうとする……が。

 

「ーー!! ……!……ぁ……が」

「ア、アニキ!? どうしたんですか!?」

 

 大男は喉を抑え、必死に声を出そうとするが全く言葉が口から出てこない。出っ歯の男は恐る恐ると、口笛を呑気に吹いている正邪の方を見る。

 

「お前!! アニキに何かしたな!」

「なんの話だ? それよりどうしたどうした? ご自慢の喉は使い物のならんのでちゅか?」

 

 正邪は憎たらしい笑顔を浮かべながら喉を抑えている大男を嘲笑う。

 

「……! ーーーが!!」

「あ? 聞こえねェよ。もっと大きな声でせーの! さんっはいっ!」

 

 指揮者のように手を振り上げながら、正邪は大男への挑発を続ける。

 

 よほど頭にきたのか、大男は再び息を吸い込みできる限りの大声を出そうとする。そして……

 

 ーーブチッ

 

「*%*%!\/)((($\>%……」

「うわぁあああああ!! アニキィイイ!!」

 

 無理に大声を出そうとした結果、大男は言葉にならない声を上げてその場に倒れてしまった。どうやらご自慢の声帯が完全にいかれてしまったようだ。

 

「元々『()()()』しか出せない奴が無理に『()()()』を出そうとすれば……まぁこうなるよなぁ」

 

 ーーこれが私の能力(スキル)……いや、この世界では過負荷(スキル)全てをひっくり返す能力(リバースイデオロギー)』というべきか。

 

 この男の横にいた馬鹿がベラベラと説明してくれて助かったぜ……おかげで勝手に自滅してくれたよ。

 

 出っ歯の男は再起不能になった大男を肩で担ぎ、『覚えてろ~!』と三流の悪役がよく言う捨て台詞を残してその場から去っていった。

 

 

 ====================

 

 

「おい、大丈夫か?」

 

 正邪はボロ雑巾のようにボロボロになった球磨川に手を伸ばす。

 

 ーーぶわっ!

 

「!?」

 

 すると急に球磨川が号泣し始めた。目元から血の滝があふれ廊下に落ちる。

 

『ありがとう、正邪ちゃん。僕、こんなよくあるいじめの場面から助けてもらったのは初めてで……』

「あ、あぁ。嬉しくて感極まったのな。急に泣きだすからビックリしたぜ」

 

 ーー本当は目から血の涙とかビックリじゃ済まなかったんだが……

 

『……誤解しないでね正邪ちゃん。僕は別に痛くて泣いてるんじゃないんだ。僕は嬉しくて泣いているんだ』

 

 球磨川が学ランについた汚れを手で払うと、ボロボロになっていた制服が一瞬で新品同然になる。……だが傷はそのままだ。

 

『僕はこんな風に命がけで自分を救ってくれる人をずっと待っていたんだ』

 

 球磨川はゆっくりとその場から立ち上がり、頬についた血を拭う。

 

『本当になんて嬉しいんだろう』

 

 パァッと太陽のような笑みを浮かべ、顔を上げる。

 

『おかげで目が覚めた!』

『人を傷つけるなんて間違っているんだ!』

 

『傷つけられる立場になってやっとわかった。これで改心したぞ。ありがとう! 正邪ちゃんには本当に感謝するよ』

 

 ーー? 何かおかしいな。球磨川の周りの空気が急に螺子(ねじ)曲がって……!?

 

 普通の人間であれば、

 

『だからこの痛みの恨みは』

 

 この痛みの恨みをすぐに忘れて、

 

『君に迷惑をかけないように』

 

 歓喜の涙を流し、助けてくれた相手に友情を感じて、めでたしめでたしなのだろう。

 しかしーー

 

『彼らとは()()()()()()()()()()()()()()何かして晴らすとするよ』

 

 ーー球磨川は最低である。

 




近々、球磨川君が『武装少女マキャヴェリズム』の学園で大暴れする短編を書こうと思ってます。よかったらそっちの方も読んでみてください。

……ちなみに球磨川君(改心後)でございます。お楽しみに!


*7月26日 補足 球磨川君の短編小説を投稿いたしました! ぜひご覧になってください!


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第15話 球磨川という男。

すみませぬ。だいぶ待たせました!





「全土様。会議の結果、(くだん)の新入生と転校生が警戒対象となったであります」

 

 百々(どうどう)は片膝をつき、黒椅子の前で座る全土(ぜんど)の前で頭を垂れる。数枚の報告書を全土に手渡し、一歩後ろに下がる。

 

 そんな彼の様子を全土は満足気な目で見つめる。

 

「報告ご苦労だったね、百々くん。そうか、そうか、そう決まったか……件の内の一人は……ほう」

 

 全土は指をこめかみに当て、興味深そうに報告書を眺める。

 

「ど、どうかしたでありますか?」

 

「百々。君は……黒神(くろかみ)めだか、という人物を知っているか?」

 

「は、はい、もちろんであります! 確か……箱庭学園(はこにわがくえん)にいるバケモノ生徒会長のことでありますよね?」

 

 百々は全土の期待に応えようと緊張しながらも声高に返答する。着ている和服を少しでも見栄えよくしようと手ではたく。

 

「あぁ、その黒神だよ。では君は彼女がどうして『化け物』と周りから呼ばれているか……わかるかね?」

 

 百々は疑問を顔に浮かべ、知らないと首を横に振る。

 

「それは……あまりにも彼女が人間として『完成』し過ぎている、常軌を逸した異常(アブノーマル)以上の異常(アブノーマル)だからだよ」

 

「完成……し過ぎている? それは全土様、あなたよりもでありますか?」

 

 全土は滑稽と百々の発言を笑い飛ばす。

 

「はっはっは! 面白い事を言うな。そうだな……もしかしたら黒神とやらは、私より圧倒的に異常(アブノーマル)なのかもな」

 

「……そうでありますか」

 

 ーー失礼ながら全土様。自分は……あなた、いやあなた様が誰かに劣ると考えたこともないであります。世界中の誰にもあなたを超えられるとは……正直思えないであります。

 

「私も認めざるを得ないのだが……彼女の影響力は凄まじい。正直言って、この私も脅威に感じるほどだよ」

 

 相手の脅威を語る全土だが、その余裕は崩れない。

 

「だが、敵味方構わず自身の色に染めてきた彼女にも……()()染められなかった男がいたのだよ」

 

「……!? 存じないであります! 話を聞く限りでは黒神を屈服させられる者など全土様以外において……!」

 

「いるのだよ。いかなる強さをも、理不尽な能力者をも……全て螺子(ねじ)曲げてしまうような男が……たった一人」

 

 全土は報告書に貼られていた写真を取り、写真ごと腕を突き出し百々の前に見せる。

 

球磨川(くまがわ)……(みそぎ)?」

 

 百々(どうどう)が見せられた写真には一見普通の男子高校生生が写っていた。ゴツい……というよりも中性的な顔立ちだった。

 

「彼の目付け役を任されることになったそうだな? なら……用心しておくことだ、百々」

 

「こんな……どこにでもいそうな奴を、でありますか? どちらかといえば……もう一人の方が危険因子だと自分は思うのですが……」

 

 彼が机に置いたもう一枚の写真。心底つまらなそうな顔で写真を撮られた少女、鬼人 正邪の資料を百々は睨んだ。

 

 全土はふむ、と納得した様子で百々の方を振り返る。

 

「……なるほど、なるほど確かに。確かにこいつもこいつで引っかかるのだよ。最もおかしいのが……この女、鬼人 正邪の情報や記録がどこにもない、ということだ」

 

 彼女についてあらゆる手を使って調べ上げたが……彼女の戸籍以外なにも情報が見つからなかった。

 

 その点においては少名針妙丸(すくなしんみょうまる)とやらも同様だが……正邪ほど目立った動きをする素振りはない。

 

「自分が生徒会を執行しようとしている時に妙な事が起こったのであります。おそらく彼女は……自分達と同じく能力持ち(スキルホルダー)であります。それも強力な」

 

「……そうか。……ふむ、非常に興味深い。よくやった百々くん。現場から見ている君たち生徒会の意見は非常に参考になる」

 

「もったいないお言葉であります……!」

 

 全土は百々に背を向け、机の方に戻る。

 

「引き続き警戒を続けてくれ。彼女のスキルの詳細が分かり次第報告してくれるか?」

 

「も、もちろんであります! ではこれで自分は失礼するであります」

 

「あと百々くん。彼、球磨川 禊には……特に細心の注意を払うようにな。なにせ彼はまるで何も無かったかのようにあらゆる学校を廃校にしてきた男だからな」

 

 球磨川という男に警戒を払う全土の気迫に、百々はゴクッと息を呑み理事長室を後にする。

 

「し、失礼しました……であります」

 

 ーーなるほど、さすがに神井(かのい)会長が心酔するだけある。全土様が自分に背を向けた時……彼を斬りつけることも愚か、勝てるなんて……微塵も思えなかったであります。

 

「……良い報告を待っているよ」

 

 ーーたとえ自分の持つスキルを使ったとしても。

 

 

 =========================

 

 

 薄暗い校舎の裏で一人のD組生徒がC組の生徒二人組に絡まれていた。もちろん、三人以外には誰もいない。()えて誰も来ないような場所を選んでいるのだから。

 

「……う、かはっ……!! やめて……ぐっ!?」

 

 大柄の男と出っ歯の男が大人しそうな男子生徒に暴行を加えている。

 

「あぁ黙れよこのクズめ!」

「うぐっ!!」

 

「ちくしょう……ムカつくぜ。あの女ぁ……」

 

 殴りつけているのは球磨川(くまがわ)相手に絡み、憂さ晴らしをしていたC組の二人だったが、正邪に邪魔をされてからはさらに苛立ちが溜まっていた。

 

「あ、アニキ。大丈夫ですかい? まだあまり声を出せないんでしょう? 一緒にこいつでも殴ってストレス発散といきましょうよ」

 

「……あぁ」

 

「……あ、ぐぅ……! やめ、やめて。あぶっ!?」

 

 巨漢の男は少年の腹を思いっきり殴りつけ、悶絶させる。

 

「ったく。クソ女をぶち殺す前に憂さ晴らしだ……この礼はたっぷりとーー」

 

 青アザだらけになった少年の顔を容赦なく蹴り上げようとする巨漢。足を上げる直前に巨漢の肩を誰かが掴む。

 

 

『えっとごめん、トイレってこっちで合ってる?』

 

 

 後ろを振り向くと、二人が朝にボコボコにしたはずの少年……球磨川 禊が立っていた。

 

「あぁ? テメェは朝のD組か。なんだ? 仕返しにでも来たってか?」

 

 睨まれているにもかかわらず、球磨川はのほほんとしている。

 

『え? えーと、君……誰だっけ?』

 

「は?」

 

 球磨川の予想外の返答に出っ歯の男は呆然とする。

 

『ごめん、今思い出すからさ。えーと……そっか! 中学の頃の知り合いのタカシくんだっけ?』

 

「ちげぇよっ!! テメェ、なめてんのかこのクズ一号!!」

 

 出っ歯の男が怒号を上げるも球磨川はニヤニヤと笑う。

 

 

『……あっ、ごめん。君たちみたいな()()()()()に見覚えなんてなかったよ! いやぁーお楽しみのところ、邪魔して悪かったね! どうぞ僕のことなんて忘れてね!』

 

 

 てへぺろ、と嬉々として暴言を言う球磨川に出っ歯の男があっけにとられるも、大柄の男は間髪入れずに球磨川を殴りかかる。

 

「……死ね」

『僕は悪くない』

 

 腕が球磨川の顔に届く瞬間、巨漢の拳が螺子(ねじ)によってグシャグシャになる。

 

「ーーな」

『だって』

 

 大柄な男が声を出す間も無く顔に容赦なく螺子(ねじ)をぶち込まれ、絶命する。頭蓋骨が完全に砕かれるグロテスクな音と共に、周囲に脳漿(のうしょう)が飛び散る。

 

「ーーっ」

 

 大柄の男は糸が切れた人形のように仰向けになって倒れる。

 

 C組の二人組に先程まで理不尽な暴力を受けていた少年は顔を悲痛で歪ませ、彼の横にいた出っ歯男は口をパクパクとせわしなく動かす。目の前で起こったことが信じられないようだ。

 

『僕は悪くないんだから』

「あ、うわああああぁぁぁぁぁぁっっっ!!」

 

 出っ歯の男は血も凍るような光景に兢々(きょうきょう)とする。震える指を球磨川に向け、すでに惨死体となった大柄の男から必死に目をそらす。

 

「お、おぇっ! う、うう……お、お前ぇ!! ななな何をしたのか分かってんのか!?」

『え? 何が? あぁ……わぁお!! こんなところに遺体が!! 一体どこの誰がこんな酷い事を……!』

 

「え……え、は?」

 

 白々しくとぼける球磨川にかえって出っ歯の男は怖気を憶える。

 

 ーーこの男、マジでいかれてやがる……

 

『こんな……ひどい! あんまりだよ! 全く人をなんだと思っているんだ!!』

 

 涙を流し、遺体の身を案じるような素振りを大げさに見せる球磨川にこう思わずにはいられなかった。

 

 ーー絶対に関わりたくない。

 

『ところでさーー』

「ひっぃっ!!」

 

 大げさな嘘泣きをやめてヘラヘラと笑いながら出っ歯の男に振り返る。

 

 ーーこ、殺される。

 

『えーと……出っ歯くん。君の名前は?』

「こ、小西(こにし)です!」

『そっかぁ、小西くんか』『ところで小西くん』『……君の大切な()()()は元気かい?』

 

 小西はゾッとした。自分を見つめる闇色の瞳に。いいものも悪いものも全部混ぜて台無しにしたかのような……人間として終わっている目。

 

 ーーま、まさか……!!

 

 小西は彼の瞳に恐怖を覚えずにはいられなかった。あのような危険すぎる男が復讐のために自分にしてくる行為がなんであるかを……自然と、冷静じゃない自分の頭が『()()()()』に導いてしまったからだ。

 

「お、お前! 俺の妹に……母さんに何をした!!!」

 

 小西はみっともなくヒステリックに叫ぶ。家族に危険が及ぶとなれば黙ってはいられない。

 

 自分がやられた方が何倍もマシだと疑わなかった。その直後、彼は後悔することになる。

 

『いや、別に?』『何もしてないけど? ……小西くん。なんで君はホラー映画さながらに、ヒステリックに叫んでるんだい?』

 

「へ……ぇえ?」

 

 つい変な声が小西の口から漏れる。球磨川は相変わらず笑っている。いや、むしろ先程より彼の笑みがより濃くなっていく。

 

『けど、ふぅーーん』

『きみの大切な人は()()()()()()()()なんだね』『おぼえとこーーっと』

 

「…………!!」

 

 おぞましかった。ひたすらにおぞましかった。常人ならば絶対にやらぬであろう事を、あろう事かこの男は平然とやってのける。

 

 ーーくるっ、狂っている。まるで人間の負という負で固めて練り上げたような存在だ。

 

 何故こんなヤツに自分たちは関わってしまったのか。今になって後悔した。

 

 球磨川は嫌味ったらしく笑みを浮かべながら小西に向かって歩く。小西は金縛りにあったかのように動かない。

 

『あはっ、小西くんったらみっともなーい』

『ただ自分の憂さ晴らしをするために』

『関係もない他人を「虎の威を借る狐」みたいに』『誰かと一緒になって痛めつける。』『痛めつけられた本人から、どんな報復が来るのか』『誰にその報復が飛んでいくのか』『そんなことも考えずに』『こんな無駄以上に最低で』『愚かな事をしていたんだね。』

 

『その挙句にビビって、お漏らししちゃうとか』『なっさけねーでやんの!』

 

「……ぅ……やめろ、やめてくれ」

 

 小西は自分の濡れたズボンを御構い無しに耳を両手で押さえつけ、頭を左右に振り球磨川の言葉を聞くまいとする。

 

『けどね、小西くん』

「ひっーー」

 

 球磨川は小西の腕をどける。弱々しく細すぎて折れてしまいそうな彼の腕を、何故か小西は払い退けられなかった。

 

『いいんだよ。最低で。』

「……へっ?」

 

 先程と打って変わって優しい声を出す球磨川に……小西は安心した。いや、安心してしまったのだ。

 

 ーー悪魔のささやきがこだまする。

 

『情けなくて、みっともなくて、恥ずかしい』『なーんにもできない役立たずの弱い最低な奴』『それがきみのかけがえのない個性なんだから!』

 

『無理に変わろうとせず自分らしさを誇りに思おう!』

 

『きみはきみのままでいいんだよ』

 

 優しい、球磨川は優しい。だが、ここまで世にも歪んだ『易しさ』があるだろうか。

 

「あ、……あ、ああああああああああああぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!」

 

 小西は球磨川を、彼の「易しさ」を押し退け、(せき)を切ったように流れるしょんべんを垂れ流しながら、彼は必死に球磨川から逃げた。

 

『あちゃーフラれちゃったよ。……また勝てなかった』

 

『……それで結局誰だったっけ? さっきの小西くんとこのゴリラは? どこで会ったんだっけなぁ』

 

 本当に球磨川は先程のC組の二人が朝に自分を殴りつけたことなど覚えていなかった。『自分に()()()()()()()()()何か嫌な事があったから、()()()()()()八つ当たりした』。

 

 ただ()()()()である。

 

『まぁ……いっか! よくわかんないけど。あーなんかスッキリした』

 

 彼、球磨川 禊にとっては本当に息を吸うように日常茶飯事のことだった。

 

『あれ? 君、ボロボロじゃないか。どうしたの?』

「……ぁ、球磨川、くん」

『あぁ、君は! ……えっと、ごめん。同じクラスだってこと以外忘れちゃった』

 

 ガクッと虐められていたD組男子が頭を地につける。球磨川は彼に触れた瞬間ーー

 

『うん、とりあえずは。これでもう動けるよね』

「……え?」

 

 少年の傷が……跡形もなく無くなっていた。まるで()()()()()()()()()()かのように。

 

「あ、ありがとう。けど……どうする? お前、こいつがどうしようもない奴とはいえC組の生徒を殺しちまったんだぞ……?」

 

『嫌だなぁ、人を殺人犯みたいに。僕みたいな温厚な生徒がそんな乱暴なことをできるはずがないじゃないか!』

 

 球磨川は腰に両手をあて、ぷんぷん!と効果音が出るような怒った素振りを見せる。

 

「けど、死体が……」

『ん? 何を言ってるの? 死体なんて……どこにも無いじゃないか』

 

 死体は……どこにも無かった。先ほど起こったことが()()()()()無傷のC組の生徒が倒れている。

 

「え……? だって……」

『それに誰のことを話してるの? 君はあの出っ歯くん一人に殴られてたんでしょ?』

「球磨川、お前何を……あ……そうだった。何を言ってんだ、俺」

 

 記憶の混乱に戸惑い、思考を繰り返そうとするD組の生徒。

 

 球磨川は身体をせわしなくモジモジさせている。

 

『えーと、悩んでいるところ悪いんだけど……トイレってどこかな? 本当に限界なんだけど……』

 

「お、おいおい! 勘弁しろよ! こっちだよ。ついてこい!」

『ありがとう! クラスメートA君! いやぁーこの学校広くってさぁーー』

 

 なお、倒れていた大柄のC組生徒は……みんなの記憶からさっぱりと()()()()()()()()()()()()()()かのように消えていたという。

 

 

 

 

 




「村人Aみたいに言ってんじゃねぇよ!」


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第16話 正邪の作戦

「うーむ……むむむむ……」

正邪(せいじゃ)? 何か考え事? さっきからすごい眉間にシワを寄せてるけど……」

 

 本日の授業は終わり放課後。ショートホームルームも終了しD組の生徒はカバンに荷物をまとめ始めている。

 

 現在、正邪は机の上で額に手を当てウンウン唸っている。そんな彼女を怪訝そうに見つめる針妙丸(しんみょうまる)

 

「何かないか……」

「へ?」

 

 机から立ち上がり、悔しそうな顔で正邪は自分の机を叩く。

 

「球磨川を何とかして利用する方法はないものか……!」

 

「えぇ〜……」

 

『またロクでもないことを……』と針妙丸は呆れられずにはいられなかった。

 

「正邪……悪いこと言わないからやめときな? 絶対にアイツに関わってもロクな目に遭わないから」

「何を言ってんだ針妙丸! あんなに優秀な人材(じんざい)を放っておくだと!? 馬鹿なのかお前?」

 

 ーー『人災(じんさい)』の間違いじゃないの? ……使い方違うけど。

 

 針妙丸はハァ〜っと大きくため息を吐く。呆れる針妙丸の様子に関わらず、正邪は野望に目を光らせている。

 

「……それにしても正邪。学園支配なんて言ってたけど、それ本気?」

 

「とーうぜん! 私のスキルと球磨川の凶悪性! この二つが組み合わされば敵なしだ」

 

「もう完全にその気になってるよ……正邪、幻想郷に戻る気は無いの?」

「戻ろうにも安心院(あじむ)に会えないんだ。あいつがいないんじゃ帰るに帰れん。考えるだけ無駄だ」

 

 ーー球磨川にあった時点で既に依頼は達成したのだが……一向に安心院が迎えに来る気配がない。おそらく彼女は他にも私たちに何かをさせたがっている。

 

「なら、しばらくは外で遊ばせてもらうさ。そんなことよりも球磨川を利用し尽くす良いアイデアは無いか?」

 

 正邪はケラケラと笑いながら針妙丸の方を向くが、針妙丸はあまり彼女の作戦に乗り気では無い。

 

「……あったとしても言わない。勝手にやれば?」

 

 当然だ。彼女は球磨川に一生物のトラウマを植え付けられたのだから。できるなら今後も絶対にかかわりたくない。

 

「ちっ……まぁいい。じゃあ()()()()()()とやらの時間で考えた私の画期的アイデアを使うか。驚けよ?」

()()()()()()でしょ? 正邪ったら……あの時間中ずっと真剣な顔してるから何かと思ったら……」

 

『どうしても聞いて欲しいのね……』と観念して正邪の近くの空いた椅子に座る針妙丸。

 

 聞く姿勢を見せた彼女に満足し、正邪は堂々と作戦内容を語り始める。

 

 

 ==========================

 

 

 プランA:消しゴム

 

「あっやべー。消しゴムがー」

 

 明らかに棒読みの悲鳴。隣の席にいる球磨川がわざと落とした消しゴムを拾う。

 

『僕が取ってあげるよ正邪ちゃん』

「おお、助かるぜ」

 

 正邪が落とした消しゴムを渡そうと球磨川が正邪の方に手を伸ばす。

 

「ありがとう球磨川!」

『あっ……』

 

 伸ばした球磨川の手を正邪の手が優しく包む。可憐な少女の手の柔らかい感触が少年の大きい手に伝わる。

 

「あとで一緒に消しオトでもやろうぜ!」

『ア、ウン。……ヨロシクオネガイシマス』

 

 緊張しきってガチガチになってしまう球磨川。

 

 ーーよし。オチた!

 

 

 ==================== =======

 

 

「どうだ? 女である私の魅力をアピールしつつ、距離を近づける完璧な作戦だ!」

「……」

 

 あまりのアホらしさに聞いた針妙丸の方がゲンナリしてしまう。もう言葉も出てこない。

 

「えーと……どっから突っ込めば良い?」

「どこがだ? 完璧な作戦だろうが」

 

 これで男子のハートはイチコロだとバンと指鉄砲を打つ仕草をする。

 

 ーーこいつアホか。

 

「な、なんだその顔は! いいだろう。じゃあこの作戦はどうだ!」

 

 ーーまだあるのかよ。

 

 

 ====================

 

 

 プランB:告白

 

 屋上に球磨川を誘い、正邪は頰を赤らめながら球磨川に手を伸ばす。

 

「球磨川君! 私と付き合ってください!」

 

『うーんと……まず友達からかなぁ?』

 

 ====================

 

 

『計画通り』とニヤリと笑う正邪。

 

「流石の球磨川も好意を持っている女性に危害を加えようとは思うまい? ここから奴との距離を近づけていくという……っておい! 帰るな針妙丸!」

 

 騒ぐ正邪を放っておいて教室からスタスタと出ようとする針妙丸。逃がさぬ、と出て行こうとする針妙丸の赤い着物を引っ張る正邪。

 

「まず断られてるし……失敗前提じゃん」

 

「何を言っている! 私の戦いは失敗から始まるんだ! ほら! 『私の戦いはこれからだ』というやつだ!」

 

「友達どころか『ごめん無理』って言われた場合どうするのか考えた? それにそのフレーズからして打ち切り臭がすごいよ?」

 

「くっ……!!」

 

 氷のように冷えた目で針妙丸は正邪を見つめる。完全に論破され正邪はぐぅの根もでない。

 

「それにどっちの作戦も球磨川君と友達になろうとしてるし」

 

「そう! だから問題なのだ。恋人関係だったら、男を切り捨てるという手段も取れるかと思ってのものだったんだがな……」

 

「最低だね」

「それはどうも。私には最高の褒め言葉だ」

 

『いいから帰るよ』と針妙丸は正邪に帰宅を促す。正邪はとっくに準備を終えていたのかカバンを持ってすぐに教室から出てきた。

 

「まぁ……ちょっとした冗談だよ。なに本気にしてんだお前?」

 

 正邪はハッと針妙丸をバカにするような目で見てくる。

 

「……正邪。恥ずかしいからってごまかしちゃダメだよ?」

 

 ーー長い付き合いだからわかる。今の彼女の顔は特別恥ずかしい事を隠したいときにする顔だ。

 

 現に心中を見抜かれ、正邪は動揺している。動じるあまり、焦りの色が顔に出てしまっている。

 

「はは……はぁ? べ、別に? こんなアホらしい作戦を本気でこの私がやるとでも……」

「そのつもりだったね」

 

『ははは、んな訳ねーだろ』と正邪は顔を見られないように針妙丸の前を通り過ぎていく。

 

「はぁ……やっぱりやめといた方がいいよ。球磨川君と関わってもきっと良いことないからーー」

 

 針妙丸が忠告を言い終える前に一人のD組の生徒がこちらに走ってくる。

 

「た、大変だ!! うちのクラスの生徒に密告システムが!!」

 

 ーー!!

 

 D組教室、付近の廊下にいた生徒の表情が全員凍りつく。誰も時が止まったかのように動かない。

 

「……まーた生徒会のいぶりショーか。さてどこのバカがほかのクラスに喧嘩をふっかけやがったんだか」

 

「噂によると暴力沙汰を起こしたって。その上、密告されたのはあの転校生らしいぜ!!」

 

 

 ーーマジかよ。

 

 

 ===========================

 

 

『ふふふん、ふふん、ふんふーふん。ふふふん、ワンテュビウィナ〜♪』

 

 その頃。球磨川は授業をサボり、寮の自室でジャンプを読んでいた。ちなみに今の彼は学ランは脱いで白シャツと水色の半ズボンというラフな格好だ。

 

 一見、球磨川の部屋はどこも変哲も無い普通の部屋である。むしろ部屋の主の性格が出ているのか、どことなく清潔な感じがある。

 

『今週のネガ倉くんは面白かったな〜。後でコミックスも買っとかなきゃ』

「おい球磨川!!」

 

 ドアが叩かれる轟音と共に甲高く荒々しい声が聞こえてくる。球磨川はジャンプを片手に居間から玄関に移動する。

 

『はいはーい! わぁお正邪ちゃん! 僕に何か用? 新聞ならお断りだよ?』

 

 ドアを開けた先には仏頂面の正邪がいた。

 

「ちげぇよ。お前、自分が今どういう状況か、わかってねぇのか?」

『僕は今、友情と努力と勝利の尊さについて学んでる最中なんだけど』

「全くわかってねぇのな」

 

 正邪は呑気すぎる球磨川にイラつき、自分の頭をかく。

 

「いいか、手短にいうぞ? お前は学園の秩序を乱す存在として生徒会にマーキングされちまってんだよ」

『ひどいなぁ、誰がそんなことを』

 

「他のクラスのやつだろうな。密告システムつってな、C組以上の生徒がもってる権利……事件を起こしたやつを片っ端から密告できるってやつだよ」

『いわゆるチクリシステムってわけかい? けど、僕は何も悪いことはしてないぜ?』

 

 球磨川は心底興味なさそうにジャンプを開き始める。

 

「……言っとくがただの警戒態勢じゃねぇぞ? 無実だろうと何だろうと。チクられたからには生徒会のメンバーが黙っちゃいないからな」

 

『んー? 生徒会? それってすごいのかい?』

 

 正邪はため息をつき、ジャンプを読み生返事をする球磨川の頭を無理やり彼女の方へ向かせる。左耳を思いっきり横にひっぱる形で。

 

「簡単に言えばアホみたいに強い能力持ち(スキルホルダー)の集団だよ」

『いっってててたいたい!! わかったよ! まじめに聞くから!!』

 

「……密告された奴はそいつらからトラウマものの粛清を受ける、いわゆる異分子排除だよ」

 

 球磨川の頭から手を離し、わかったか?と腰に両手を当てる。

 

『なるほど。要するに、この角明学園(かくめいがくえん)が誇るエリート集団が僕をリンチしにくる、と』

「そういうこったな。で? お前はどうするつもりなんだ?」

 

 球磨川は『うーん』と少しの間、顎に手を当てて考える。

 

『……。正邪ちゃん。襲いかかってくる生徒会っていうのは……みんな強力な能力持ち(スキルホルダー)なんだろう?』

「ああそうだ。この学園の支配者、大多羅 全土(おおだら ぜんど)ってやつが中心の異常(アブノーマル)な超天才児どもさ」

『そっか』

 

 球磨川は再び黒い学ランに身を包み、意を決した様子を見せる。乱れた髪を櫛で整え、決めポーズも忘れない。

 

『じゃあ、会いに行こっか! その生徒会って連中にさ』

 

 急にやる気になった球磨川に戸惑い、正邪は目を見開く。

 

『もしかしたら……彼らの中に、僕の探している能力持ち(スキルホルダー)がいるかもしれないからね』

 



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第17話 生徒会を……私刑執行するであります。

タロットカード
『戦車』……正位置 勝利、積極性、負けず嫌い、制服、突進を表す。





 

『……あれ、正邪(せいじゃ)ちゃん。君まで行くことはないんだよ? 彼らがお呼びなのは僕なんだし』

「うっせぇ。気分だ気分」

 

 球磨川と正邪は寮を抜け、皇庭に向かっている。

 

『それと……針ちゃん。そんなに嫌なら、君だけ寮に戻っていてもいいんだぜ?』

 

 正邪のワンピースのポケットから小さくなった針妙丸(しんみょうまる)が顔を出す。たいそう機嫌が悪そうだ。

 

「……。正邪があなたに会うって聞かなかったのよ。正邪がいなければ誰がアンタなんかと……」

『おやおや、随分と嫌われたもんだ。僕は悲しいよ!』

「白々しい……ほんと、声を聞くのも嫌になるってくらい不快」

 

 笑う球磨川と心底嫌そうな顔をする針妙丸。二人の口喧嘩を尻目に正邪は足を止める。

 

「二人とも。どうやら向こうがこっちに来るって事はもうなさそうだ」

 

 皇庭の中心近く。目の前には生徒会庶務、百々 千太郎(どうどう せんたろう)が目つきを鋭くして笑っていた。

 

「自分の方からやってくるとは……いい心がけでありますな。球磨川 禊、それと……鬼人 正邪」

『違うよ? 僕は彼の弟の球磨川 雪(くまがわ そそぎ)だ。兄はまだ寮にーー」

「嘘は嫌いでありますなぁ!!」

 

 百々は一瞬で和服の袖に隠した木の棒を間もなく取り出す。

 

「……!! 危ねぇ球磨川!!」

『!?』

 

 正邪は球磨川を横に無理やり横に突き飛ばす。

 

 百々が棒を振るうと、大気が揺れ一直線上に衝撃が走る。進行方向にあった岩が真っ二つに切り裂かれる。

 

『正邪ちゃん……!?』

「……勘違いするな。お前にここでくたばってもらっちゃあ困るんだよ」

 

「はぁ……やっぱりお前、邪魔でありますなぁ」

 

 百々は正邪の方をギロリと睨む。正邪はとてつもない量の殺気に当てられ、一瞬怯む。

 

「どういうつもりだ? 生徒会っていうのは辻斬り集団かなにかなのか?」

 

「それはそこの男に聞くでありますよ。球磨川 禊! お前は角明学園のC組生徒()()に暴行を加えたであります。……よって! 自分が学園の秩序を乱す貴様をここで私刑に処するでありまーー」

 

 球磨川は百々が言い終える前に背後から奇襲。両手に持った二つの螺子が百々を貫

 

「なるほど、気配を察知させずに不意打ちとは大したものであります」

『!!』

 

 かなかった。百々は球磨川の一撃を隠していた箸で容易く受け止める。

 

「だが……それだけであります。最後まで言わせて欲しかったでありますがなぁ」

『決め台詞中に攻撃しないなんて誰が言ったの?』『僕が君の長話に』『最後まで付き合うと思ったのかい?』

 

「なるほど……肝に命じておくでありますよ」

 

 球磨川は後ろに後退し、百々も球磨川から距離を取る。ついでに百々は地面の砂を正邪の方へ巻き上げる。

 

「正邪!! 危ない!! 避けて!」

「何を……ッッ!?」

 

 百々が飛ばした砂利が勢いを増し、正邪に襲いかかった。紙一重に避けるも顔に擦り傷を負う。

 

 彼女が後ろを振り向くと、正邪の真後ろにあった木が……ハチの巣のように穴だらけになっていた。

 

「気をつけて正邪! あいつ……すごく危ない……!」

 

「今のはただの砂利じゃねぇな……まるで散弾銃だ。おい百々! どういうつもりだ!? 私はまだ問題行動を起こしていないぞ」

 

 正邪は百々の不可解な行動に荒々しい口調で抗議する。

 

「理由が必要でありますか? なら簡単に! 二つあるであります。貴様は先ほど自分の仕事を妨害したであります。もう一つは……貴様が全土様にとって邪魔と自分が判断したからであります」

 

 ーーなるほどね。おとなしくしていたのもあんまり意味はなかったってわけか。外の世界(ここ)でも幻想郷(なか)でも……私に安寧の居場所なんてないんだな。

 

「なるほど……私はここでも邪魔者ってわけか」

「……正邪?」

 

 正邪は顔を伏せ、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「……それはいい! 厄介払いなんていつものことだからなぁ!!」

 

 正邪はいつでも攻撃を避けられるように身構える。球磨川もニヤニヤと笑いながら螺子を構え直す。

 

『……角明学園D組所属 、球磨川 禊』

「同じくD組所属。鬼人 正邪」

 

「生徒会庶務! 『戦車』百々 千太郎!!」

 

 百々は手に持っていた棒切れを左手から右手に持ち替え、獲物を見つけた虎のように彼の目がより鋭さを増す。

 

「……生徒会を!! 私刑執行するであります!!」

 

 ==================== =======

 

 

「おい! おい慶賀野(けがの)! 大変だ! 起きてくれ!!」

 

 金色に染めたリーゼント、もとい桜街(さくらこうじ)がD組寮、慶賀野の部屋のドアを激しく叩く。

 

 流石に起きたのか慶賀野がゆっくりとドアを開けて出てきた。

 

「コウジ君……。ごめんなさい。待たせてしまって。どうかしましたか?」

「……!」

 

 出てきた彼女は……余程重い病気だったのか、ひどい有様だった。

 

 いつもかけているメガネは外れかかっていて、綺麗な三つ編みはボサボサ。あまりの高熱で寝れなかったのか目元に真っ黒な隈ができている。

 

 顔面蒼白で、また倒れてもおかしくないような状態だった。

 

「慶賀野……! すまねぇ……けど今は緊急事態なんだ! 球磨川と……正邪が生徒会に!!」

「……!! 早く、早く行かな、うっ……!」

「落ち着け無理すんな。あの姉御が簡単にやられるわけがねぇ。……ひとまず人首先生のところに。きっとすぐに良くなるさ。姉御たちの様子を見るのはその後だ」

 

 桜街は慶賀野に肩を貸し、保健棟まで向かう。

 

「正邪さん……針妙丸さん……! お願い、どうか無事でいて……!!」

 

 

 =========================

 

 

「どうしたでありますか!? 避けるばかりではつまらないでありますなぁ!?」

「このっ……!! 調子に乗りやがって……!」

 

 ーー先ほどから私が必死に避けつつ、球磨川が奴の不意を突いて攻撃してるっていうのに……!!

 

 百々は球磨川の螺子を木の棒でいなし、袖に隠したシャーペンが暗器のように正邪の方にすごい勢いで飛んでくる。先ほど飛ばした砂利と同じ、またはそれ以上の威力が襲ってくる。

 

 ーーひっくり返して攻撃を跳ね返そうにも上手くできない……! やはり強力な分、不安定な私の過負荷(スキル)は連続では使用できないようだな……!!

 

『……うん、少し安心したよ。見たところ……安心院さんを倒せるほどの能力持ち(スキルホルダー)ではなさそうだ。やっぱり期待外れの大したことがないスキルだね』

 

「安心院……!?」

 

「ほう……たった()()()()()自分のスキルを測れた気になっているでありますか?」

 

 球磨川は怪訝そうに顔をしかめる。普段の無表情な球磨川とはまとう雰囲気が一味違う。

 

『それにしても……()()、か』

「球磨川? 何を考えている? 今は目の前のこいつに集中しろよ」

 

「ごちゃごちゃ言わないでかかってーー」

『はい、また油断した』

 

 気がつくと、百々の正面にはおびただしい数の螺子(ねじ)が雨のように迫っていた。

 

「……!! これは」

『僕が話してるからって攻撃されないと思った?』『余裕ぶってれば安全だと思った?』『僕が一度失敗したからって』『また不意打ちを仕掛けないとでも思った?』

 

 百々の両足に螺子が直撃し、身動きが取れない状態になる。

 

「いつの間に……!?」

 

『甘ぇよ』

 

 駄目押しにより多くの螺子を飛ばす球磨川。いくら百々の放つ攻撃が強力であってもこの数を全て叩き落とすことは不可能だ。

 

「……!? バカ、球磨川!」

 

 しかし百々は……ひどく冷静だった。

 

「言ったでありますよ? 貴様は測れた気になっているだけだと」

 

 今まで一度も抜いたことのない背中の竹刀に手を伸ばし……百々はそれを()()()振るった。

 

 

 竹刀が振るわれるのを球磨川が直視した瞬間……投げられた螺子ごと、球磨川の身体は半分に裂けた。

 

 

 

 




モンハン小説を書いていたら遅くなりました。
ミラボレアスの伝説を自分なりにストーリーにしてみました。よかったらそっちの方も読んでみてください。


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第18話 天邪鬼の生き様 

 生徒会庶務、百々 千太郎(どうどう せんたろう)は幼少期からこう思った。

 

『人はどうしてこんなにもか弱いのだろう』と。

 

 自分の能力に彼が気が付いたのは小学一年生の頃。お楽しみの給食の時間、自分のデザートはこんにゃくゼリー。彼の好物であり、学校に行く唯一の楽しみだった。

 

 だがその楽しみは奪われた。いじめっ子の圭太(けいた)が自分のゼリーを盗ったのだ。

 

 非常に悔しかった。が……仕方がないのだ。圭太は自分よりも体が大きくケンカも強かったから。当時の自分では逆らえなかったのだ。

 

 けど強いはずの圭太はこんにゃくゼリーをのどに詰まらせてあっさりと死んだ。この頃からすでに自分の異常性は開花していたのだ。

 

 友達にシャーペンを貸したらシャーペンの芯が心臓に突き刺さり死んだ。刺した血管から芯が入り込んでしまったのだろう。

 

 中学時代、大嫌いな奴に廃材をぶん投げたら相手が脳震盪を起こした。そいつは今でも目覚めない。

 

 高校時代。大好きな剣道で相手の小手を突いた。するとびっくり、相手の手に風穴が空いてしまった。高校生になって、百々はようやく自覚したのだ、自分の持つ異常性に。

 

 相手に重傷を負わせる度、百々はこう思った。

 

『人って、すぐ死ぬんでありますな』と

 

 今まではただの偶然だと思い込んで現実から目を背け続けてきたが、自我が中学の頃よりもはっきりとしていて、相手に風穴を開けたとなると。もう自覚せざるを得ない。

 

 自分はその気になれば簡単に人を殺せてしまう異常者なのだと。実行するに十分な力を不幸にも持ってしまった事を。

 

 以来、彼は部屋に引きこもり学校に行くことも家族と関わることもやめた。

 

 ひたすらに怖くなったのだ。人と関わらなければもう誰も傷つけなくて済む。誰も嫌な思いをしないと。

 

 するとある日、考えることすらも放棄しようとした彼はある一人の人間に出会った。

 

「君は……他の人と違う、特別な何かを持っているな? 少し見せてみてくれ」

 

 その男は全土(ぜんど)と名乗り、彼と話そうとした。知ったような口が百々の琴線に触れたのか、足に穴をあけてやろうと百々は石つぶてをぶん投げる。

 

「少し怒らせてしまったか? これは済まないことを言ったな」

 

「!? な、なんで……」

 

 彼の足に穴は開いていなかった。それどころがいつの間にか百々の背後に全土は回っていた。

 

「ち、近づくな! 自分にもう関わらないでくれ!!」

 

「近づくな、関わるな、か。私には君の言葉がひどく薄っぺらく聞こえるよ」

「なに……!? で、でたらめを言うなであります! お前に自分の何が……!!」

 

「本当の君は誰かと関わりたがっているのにな」

 

「!?」

 

「誰も傷つけたくない、だから人と関わらない。嫌われたくないと考えている人間ほど友を、人とのかかわりを欲している」

 

「う、うるさい! 黙れ黙れだまれぇ!!」

 

「自分の持つ恐ろしい能力(スキル)を、君自身を、()()()認めてもらいたがっているんじゃないかね? なぁ……百々 千太郎」

 

 語り続ける全土に本人も意識していなかった本音を言い当てられ、百々は動揺した。なのでつい

 

「死ね」

 

 自分の持っている木刀で全土の顔面を吹き飛ばそうとした。

 

 

「その証拠に君は……人を殺すことに、傷つけることに何のためらいも躊躇もないじゃないか」

「は、放せ!!」

 

 その木刀も全土に受け止められた。全土は左手でがっしりと木刀を握り、引き抜こうとするも……何故か一ミリも動かすことができなかった。

 

「百々君。君は何も怖がることなどない」

「え……」

 

 全土は木刀を放し、百々に手を伸ばした。逆立った銀髪をたなびかせ彼に向かって微笑みかけたのだ。

 

「そんな君を……この全土は許容しよう。君のその力、私のために役立てる気はないかね?」

 

 百々は唖然としました。この人はもろくない。自分といてもきっと壊れない。自分を受け止めてくれる。親以上に自分を理解してくれる存在に出会えたと。

 

「私のメールアドレスと電話番号だ。あと……住所も後で送っておくよ。いつでも私の家に来てくれ。一緒に()()()高校生らしく遊ぼうじゃないか」

 

 この時、肉親の言葉にさえ一度も揺さぶられなかった百々は初めて誰かに心を動かされた。

 

 全土と会ってから、百々(どうどう)は毎日、自分の人生を素晴らしいと感じるようになった。彼以外にも自分を理解してくれる彼の仲間が多くいたのだ。

 

「なるほど……百々。確かに君が傷つけてしまった者にきみが罪悪感を感じるのも仕方がないことだろう。だが……気に病むことはない」

「全土、様……どういうことでありますか」

 

 だが彼以上に自分を安心させてくれる存在はいなかった。

 

「誰かの犠牲がなくては……世の中も人生も成り立たないとは思わないかね? 権力者が人民から金を搾取するように、親が子供のために身を削るように。何かを犠牲にして世の中と我々の生活は保たれている」

 

「……お言葉ですが、自分たちはその世の中からも阻害……邪魔者扱いされているのでは」

 

「『消えてほしい』とでも誰かに言われたのか?」 

 

 ビクッと百々の肩が大きく揺れる。

 

「他人が言うことや周りを気にすることなどない。人間は……本音のところ自分を一番に愛するものなのだ。自分が傷つかないように強き者を自分と同じように弱くしようとしているのだよ。……孤立させてな」

 

「では……強き者のままでいるにはどうしたら……」

 

「簡単だ。お前がやっていて楽しいと、やりたいと思うことをすればいいのだよ」

 

 この日から百々が周りを傷つけることへの罪悪感が……一切消えた。

 

「強いものだけが……好きなことをできるのだよ。優れた頭脳を持つ者がバカ者を上手く使うように、肉食動物が自分より弱い動物を喰らうように。権力を持つ者が民衆を操るように……な」

 

 全土の支配する学校へ転学し、生徒会庶務として学園の問題児を叩き潰し、相手にトラウマを植えつけた後……百々は度々考えた。

 

『人を傷つけることは楽しい』と

 

 

 ======================

 

 

「く、くまがわぁっーーーーっ!」

 

 百々は真っ二つになった球磨川を見て、ため息を吐き自分の持っている竹刀を肩にあてる。

 

「弱い……弱すぎるであります。……滑稽すぎるくらいに」

 

 正邪は球磨川の元へ駆け寄るのを見て百々(どうどう)は口元を歪める。

 

「空気を切っていた方がまだ手ごたえがあるでありますなぁ?」

「く、球磨川! おい!」

「ダメだよ……正邪。もう球磨川は……」

 

 針妙丸の言葉に反応し、正邪の顔が青ざめ、現実を受け止めきれず首を横に振る。

 

「そんなはずがない! くっそ、どうしたんだ!? いつものように蘇って来いよ! なぁ!!」

 

 半分になった球磨川の体をゆするも当然ピクリとも動かない。

 

 --まさか……こいつの謎の能力が、発動しなかったのか……?

 

「なぁに、なにも怖がることはないでありますよ? 鬼人正邪」

「くっ……」

 

 正邪は『絶対に出てくるな』と針妙丸をポケットに強く押し込む。

 

 百々は肩にあてていた竹刀を正邪の方へ向ける。

 

「どうせ、お前も同じところに逝くことになるでありますから」

 

「……そうはならねぇな」

「ん……?」

 

 静かにその場から立ち上がった正邪に百々は眉をひそめる。

 

「だって逝くのはお前だけだかんなぁ!!」

「!!」

 

 正邪は両手に先ほど百々が投げつけてきたシャーペンを指の間に挟み、前方から雨あられと投げつける。

 

「てめぇの能力はズバリ! 『あらゆる武器の威力を上げる』程度の能力ぅ!! シャーペンや木の棒だって使い方次第では武器だからな!」

「……」

 

 百々は忌々し気に正邪をにらむ。正邪は嬉々として彼のいら立ちの顔を眺める。

 

「飛び道具は効かないとまだ分からんでありますか?」

「……え」

 

 百々は器用に竹刀をプロペラのように振り回し、飛んでくる全てのシャーペンを弾き飛ばす。

 

「ダメ押しにもう何本!!」

「むだっっつてるでありますよマヌケがぁ!!」

 

 正面から再び投擲されたシャーペンが正邪に跳ね返される。

 

「いぃっ!? 馬鹿な!! 私の妙案が通じんだとぉ!?」

 

「自分のスキルに対策しようとも無意味であります。……まっどうせ、自分が威力が上げた武器を使えば大ダメージを与えられると踏んだのでありましょうが……」

 

 百々は勝負は決したと正邪に向かい勝ち誇る。

 

「……って言うとでも思ったか? ばぁーか! 周りをよく見てみな!!」

「ッッ!! これは……」

 

 自分がはじき返したシャーペンが地面に落ちる直前、進行方向が地面から百々へと全てひっくり返っていく。

 

「き、貴様……」

 

「お前は私の策にはまったんだよ!! 題すれば!! 『どうしようもない処刑法』ってところかな!?」

 

 --以前戦った『時を操る程度』の能力を持つメイドがやっていた手法の再現だ。彼女は時を止めて自分の四方八方にナイフを投げていた。今回はその物まねだ。

 

 私が投擲すれば反射的にはじき返そうとする。自分とは別の方向に飛ばすために。相手がはじき返した武器は当然四方八方に飛ぶ……が、逆に! それの進行方向を()()()()()()()……防ぎきることが難しい檻の弾幕の完成ってわけだ。

 

 しかし百々は跳ね返ってきたシャーペンを……避けもせず、はじき返そうともしなかった。

 

「……訂正。よく考えるでありますな。自身のスキルをここまでうまく使うとは。だが……無意味に変わりないであります」

 

 一瞬。正邪の胸から赤い華が咲く。

 

「うっ……!! がはっ!!」

「正邪ぁ!!」

 

 心臓を何かで撃たれ、足の力が抜け地面に仰向けに転がってしまう。血が地面に広がる度、正邪の体温が冷たくなっていく。

 

「う、が……なに、が……!! かはっ!」

「せ、正邪! しゃべっちゃダメ! ッッ! 急所の位置……!!」

「こら! 出てくるな……ごふっ!」

 

 ポケットから出ようとした針妙丸を引き止めるも、百々に頭を踏みつけられ地面に頭をこすりつける形になってしまう。

 

 さらに口から血が漏れ出し、呼吸をすることも難しくなる。口元の血が自然と外にあふれ出る。

 

「せっかくの奇襲も奇策も無駄になったでありますな」

「お、まえ……!! なんで」

「……スキルの解除くらいできなくてはやっていられんでありますよ。まぁ、操作可能になったのはつい最近のことでありますがな」

 

 百々のいた場所にはただのシャーペンがゴロゴロと転がっていた。威力の上がったシャーペンが暗器並みというなら跳ね返せばいい。その作戦はただのシャーペンに戻った時点で完全に失敗したのだ。

 

 百々は自分の片手に持っていたのは……エアガンだった。

 

「さっきお前は自分のスキルについて言い当てようとしていたでありますが……さきほどお前が言ったのは、ズバリ使い方の一つに過ぎないであります」

「……!? なん、だ、と……!!」

 

「正確には自分のスキルは……『殺傷力を上げる』能力であります。自分に触れたものは石ころや食べ物や薬であろうと全部!! 殺傷性の高いものに早変わりであります」

「…ぁ…!!」

 

 おもちに触れれば相手の喉に詰まらせ窒息死させる危険物へ。薬は毒薬へ。シャーペンは相手を死に至らしめる凶器へ。

 

「しかも! 元々殺傷性のある物は倍倍の強さの物になるであります。刀であればその分切れ味が。貫通力も威力も、物によって倍倍であります」

 

 百々のスキルがなくても、箸だろうと棒切れだろうと使い方によっては大けがを負わせられる。木刀や竹刀も廃材も使い様によれば人だって殺せるのだ。エアガンのBB弾も……撃ちようによっては鳥を一撃で殺すこともできる。

 

 百々は正邪の頭にエアガンを突きつけるが……その顔は勝ち誇ったかのような顔ではなく、当惑の顔だった。

 

「くく……ハハッ。ふふふ……」

「貴様……なぜ笑っているでありますか? 死への恐怖で気でも狂ったでありますか?」

 

 正邪は顔を上げ、負けているはずなのに自慢げに顔を引きつらせながら笑っていた。

 

「笑わずにはいられるかってんだ。つらくて泣きたいってときは……私は笑うことにしてるんだよ」

 

「……理解しがたい習慣でありますな」

 

 怪訝そうに顔をしかめる百々に正邪は血の混じった唾を吐きつける。百々の顔に『不快』の二文字が浮かび上がってくる。

 

「習慣じゃねぇ。生きざまだよ。正直、死ぬほど痛ぇし……つらくて泣いちまいそうだ」

 

 正邪はその赤い目を細め、口元についている血をぬぐう。

 

「けどなぁ!! どんなにつらくて苦しくて泣きたいときでも、私は逆に笑うんだよ! 私は鬼人正邪!! 生まれついての天邪鬼だ!!」

 

 吠えた後、正邪は憎たらし気にニヤニヤと笑う。だれがお前なんかに命乞いなどするか、と。

 

「……それで満足か? じゃあ……死ねであります」

 

 百々が引き金を引く直前。自分をかばおうと腕をよじ登ろうとする針妙丸を遠くに投げる。針妙丸の悲痛に歪んだ顔が鮮明に正邪の目に映る。

 

 

 --今度こそ、死んでくれるなよ。……姫様。

 

 

「いやああああああああッッ!!」

 

 

 針妙丸の悲鳴は虚しく、容赦なく引き金は再び引かれたのだった。

 



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第19話 「知るかバカ。」 

筆が進んだので20話は本日1時半に投稿予定です。
やっぱり外で書くと集中度が違うね!





「……」

 

「やぁ! また会ったね正邪(せいじゃ)ちゃん。ボクのことが恋しくなっちゃったのかい?」

 

 一度見た教室……いや、安心院(あじむ)なじみの部屋ってところか。

 

「別にまた会いたくなってここに来たわけじゃねぇよ。なじみ」

「もう……少しぐらい素直に『嬉しい』とか言ったらどうなんだい?」

 

「本音でも思っちゃいねぇよ。それより、球磨川(くまがわ)はどうした? 同じところに来ているんじゃないのか?」

 

「あぁ、球磨川君なら別の部屋で待機中だよ。それに……ここは君の夢の中のようなものだからね。漫画でも死んだら夢の中で……っていうの。よくあるだろ?」

 

 安心院は穏やかに微笑みながら正邪を見つめる。教卓の上に座っているのは相変わらずだ。

 

「それにしても……また死んじゃったんだね」

「ほとんどお前のせいでな。お前が依頼を果たした私を、さっさと送り返さないからだろ?」

「『私』、じゃなくて『私達』でしょ。君だって、本心ではまだ帰りたいとは思っていないはずだ」

 

 正邪は安心院から目をそらし、苛立たしげに舌打ちをする。

 

「こらこら。女の子が舌打ちなんて、可愛くないぞ?」

「……うるせぇ。御託はいいからさっさと話したらどうだ? ……私達をあの学園に送った本当の目的を」

 

 安心院は『よっと』と言いつつ、教卓を降り正邪と同じ目線で話をする。

 

「なんだ。気づいていたのかい?」

「……お前みたいな目を持った奴が私は一番信用ならねぇ」

「ふーーん……」

 

 --球磨川や私のような濁り切った目でも、針妙丸のように澄んでるわけでもねぇ。妖怪であろうと人間であろうと、全て文房具売り場の消しゴムを見るような目をしてる奴なんかをな。

 

「正邪ちゃん。球磨川君が角明学園(かくめいがくえん)に残っている間……彼の側にいてやってくれないかい?」

「……はぁっ!?」

「じゃないとストーリーが進まないんだよ。この物語の」

 

 物語? ストーリーとは……一体どういった意味なのだろう。正邪は訳が分からないと机から立ち上がり抗議する。

 

「ストーリーだぁ!? 訳の分からねぇこと言ってんじゃねぇよ!! きちんと話せ!!」

 

「球磨川君が箱庭学園に行ってもらわないと、ボクの封印が解けないんだよ。いい加減、他人の夢をうろちょろするのにも飽きちゃったしね。ボクは早く『新しい不可能探し』をしたいんだ」

 

「……ッッ!! わからねぇ。アンタ一体…………何を考えてるんだ……!!」

 

 正邪は目の前にいる『彼女』が、『負』の化身、球磨川 禊よりも不気味で妖怪の賢者 八雲 紫よりも胡散臭く見える。

 正邪は顔を引きつらせ、嫌悪感が態度に現れる。

 

「まぁ、わからなくてもいいよ。この依頼を果たしたら『本当に』君達を幻想郷に送り返してあげるよ。これだけは確かだ。約束するよ」

「……」

 

 選ぶ権利はない。目の前にいる化物は気分次第では死んでいようと生きていまいと、こちらを遠慮なく『消す』ことができるのだから。

 

「よし! じゃあ君をもう一度生き返らせてあげよう! ドラゴン〇ールの神龍みたく一回だけしかっていうのはないからね」

 

「……いいから、早くやってくれ」

「あれ? どうしちゃったんだい? ボクはいつも元気な君の姿も見たいんだぜ?」

「自覚なし、か……どうかしてるぜ、あんた」

 

 もう下の名前で呼ぼうとも思わなかった。

 

「ちょっと萎えさせちゃったみたいだね。そんな君にボクの『とっておき』をあげよう! 一京分の一(いっけいぶん いち)のスキルを使って作ったんだ。これがあればたぶん大丈夫さ。しばらく死なずに済むでしょう」

 

「一京分の一……? はは、冗談きついぜ……」

「じゃあ、いってらっしゃい!」

 

 正邪の意識が再びおぼろげになる。先ほどあった教室が無くなり、辺りには暗闇が広がる。

 

「……正邪ちゃん。球磨川君を頼んだよ?」

 

 不可解だった。いつも誰に対しても『悪平等』な態度なのに、球磨川の名前を出すときは……どうしても不平等で、ひどく優しげで……見た目相応の少女だったのだ。

 

 

「アイツは君同様、超ひねくれ者で嫌な奴だけど……。ボクのかわいい弟みたいなものだからね」

 

「本当になんなんだよ……アンタ」

 

 安心院の心からの笑顔を見た刹那、正邪の意識は暗闇の中へ消えた。

 

 

 

 ======================

 

 

「針妙丸さん!! 正邪ちゃん!!」

「……んだよ。これ……!?」

 

 慶賀野(けがの)桜街(さくらこうじ)が駆け付けた時には、皇庭の周りは見る影もない姿になっていた。

 

 整った芝生はえぐれ地面の土がむき出しになり、校舎の一部には大きな切り傷、辺りにある岩にはきれいな丸型の穴がびっしりとあけられていたのだ。

 

「いや、いやだ……」

 

「あ、おい! 少名(すくな)さんだ!」

「けど、様子が……!! それにあの子が抱えているのって……!!」

 

 二人が駆け付けた時には……頭に大穴を開けられ死体となった正邪にしがみつき、慟哭(どうこく)する針妙丸(しんみょうまる)の姿だった。

 

「あ、あね……ご……!!」

「う、うそ……!!」

 

「正邪の、正邪の馬鹿……!! また私を置いてくの……? まだ私を近くで見てみたいって……一緒にやり直そうって……言ったのに……ッッ!!」

 

 針妙丸は憎々し気に正邪の着ていたワンピースを握りしめる。慶賀野達が駆け付けたことなど……彼女は気づけなかった。

 人目をはばかることなく彼女は嗚咽を漏らす。

 

「なぁに、泣くことはないであります。ご希望なら今すぐにでも同じ場所へ送ってやるでありますよ」

 

 針妙丸が殺気を百々に向ける前に、桜街が百々(どうどう)の前に飛び出した。

 

「ど、百々!! てめぇぇッッ!!」

「ギャーギャーギャーと……やかましいでありますなぁ」

 

 百々は近くにあった小石を掴み、飛びかかる桜街に投げつける。

 

「咬ませ犬は大人しく黙っているでありますよ」

 

 百々が投げた小石は桜街の足を穿つ。

 

「がッッ……!! なんッッの!!これしきぃいぃッッ!!」

「なっ!?」

 

 足の痛みを無視し、桜街はそのまま百々の顔を殴りぬける。殴られた衝撃で百々は地面を転がり、着ていた和服に泥がつく。

 

「あがっ……!!」

 

「どうだ!! こちとら『重力使い』殴りに来てんだ!! 咬ませ犬なめんなよぉ!!」

「コウジ君……最後がなんか決まってないよ……」

 

 苦笑しながら言葉を漏らす慶賀野だったが

 

「う、ぐほぉッッ!!」

「コウジくんッッ!!」

 

 そう簡単にやられる百々ではなかった。どこからか放たれた数個の小石が桜街の残った手足を的確に穿つ。ゆらゆらと百々はその場を立ち上がり、竹刀を構えていた。青筋を浮かべながら。

 

「クリーニング代は後できっちりと払ってもらうであります……!! この劣等生が!!」

 

 瞬時に桜街との間合いを詰め、百々は彼の腹を思いっきり蹴飛ばす。

 

「ぐぁああっっ!!」

 

 正邪達とは別の方へすっ飛んでいく桜街から針妙丸の方へと視線を移す。

 

「……功名(こうみょう)さん。桜街さんを連れて逃げて」

「針妙丸さん……?」

「私が気を引き付けるから。……その間に」

 

 針妙丸は針の形状をした剣、輝針剣(きしんけん)を構え慶賀野の前に立つ。

 

「だ、だめ!! これ以上彼らに逆らわないで!!」

「ごめん。ここで引き下がったら、正邪に怒られちゃうから。だから……行って?」

 

 慶賀野は必死に首を横に振る。ここで逃げたら確実に針妙丸も死体になってしまう。

 

「お願い。もうこれ以上、仲間に……友達に傷ついてほしくないの」

「針妙丸、さん……!!」

 

「また後でね。功名さん」

 

 輝針剣を握り、向かってくる針妙丸に嬉々として百々は竹刀を向ける。

 

「ほう? かたき討ち……というわけでありますか? ま、斬れる相手が増える分、自分には構わないでありますが」

「……どうしてあなたは人を傷つけるの?」

「……あ?」

 

 いら立ちを顔に浮かべる百々に対して、針妙丸は静かに語り掛ける。

 

「人は傷つけられたら悲しむんだよ? その人を想って泣く人だっている。なんであなたは他人の気持ちを分かってあげられないの?」

 

「まるで道徳書にでも書いてありそうな言葉であります。素晴らしい。あー感動した……普通の奴ならでありますが」

 

 百々は皮肉を込めて悪意を針妙丸に叩きつける。

 

「傷つけたくもないのに傷つけてしまった者の気持ちの何がわかるでありますか?」

「……!」

 

「お前は善意で行った行動が……知れず知れず人を殺してしまった者の気持ちがわかるでありますか?」

 

 竹刀を握る手にさらに力が込もり、きしむ音が周りに響く。

 

 底知れぬ百々の感情に、針妙丸と慶賀野は戦慄する。

 

「カッとなって人を殺しかけた人の気持ちがわかるでありますか? 両親からものけ者にされ裏切られた気持ちがわかるでありますか? いるだけで人を殺してしまうこの能力を背負う者の気持ちが……お前に分かるでありますか?」

 

「あなた……」

 

「わからないでありますなぁ!! だってお前は!! お前たちは!! ()()()()()()んだから!!」

 

 百々が言っている言葉は果たして針妙丸に対してなのか……それとも。

 

「自分の気持ちを理解しようとしない連中と理解し合えると思うでありますか? 人間は共通点のある奴ばっかり好きで! 自分と違う奴は遠ざけるか排除しようとするんでありますから」

 

 積年の想いがあふれたのか徐々に百々の語気が強くなっていく。

 

「だけど、全土(ぜんど)様は他の奴らとは違った。ほかの奴と違う自分を受け入れてくれた! 彼の周りの連中もそうだった! そんな彼らの役に立ちたいという気持ちの……どこが悪いのでありますか」

 

 針妙丸が彼に返す言葉はなかった。彼女も……孤独を知っているから。おそらく正邪と出会わなければきっと自分は百々と同じようになっていたかもしれなかったから。

 

「役に……立つって……?」

「貴様ら危険分子の心を折り、学園の不安要素を取り除くこと!! それが自分の使命!! その邪魔をする奴は誰であろうと……」

 

「嘘だ」

 

 針妙丸は怯まず百々に向かい歩き続ける。自分の闇に動じない針妙丸に百々は狼狽する。

 

「な、なにを」

 

「あなたの言っていることは間違ってる。あなたも……本当はそのことに気が付いているんじゃないの?」

 

「だ、だまれ!!」

 

 圧倒的に優位に立っているはずの百々が弱者であるはずの針妙丸に怯えていた。震える手で竹刀を針妙丸に向けている。

 

 --もし彼の言っている全土というのが彼をここまで歪めたのだとしたら……なんと人の心の隙間を突くのがうまい奴なのだろう。

 

「本当は人を傷つけることに罪悪感を感じているはずなのに……それを使命と誤魔化して、あなたは自分をだましてる」

 

 --この人は、自分の能力のせいで人を遠ざけざるをえなかった……とてもかわいそうな人なんだ。

 

「ああああああぁぁぁぁっっ!!!!」

 

 錯乱した百々は竹刀を針妙丸の頭に振り下ろす。対する針妙丸は輝針剣を構えるも、殺傷力が倍にもなった彼の一撃を防げるはずがないことを彼女は悟っていた。

 

 

「いやぁーーッッ!! 針妙丸さぁぁん!!!」

 

 

 --もし……正邪がこの人のこと聞いたら、なんて答えただろうな……。

 

 

 

 

 

「知るか、ばぁーーーッッか!!」

 

 

「かぁっっ!? なにぃぃッッ!?」

 

 

 銃声が響き、百々の竹刀が『何かに』弾き飛ばされる。直撃したのか百々の右腕に力が入らない。

 

「き、貴様は……なぜ!? それに何でありますか……それはぁ!?」

 

 血を流しつつも起き上がった正邪の手には……黒いハンドガンが握られていた。

 

「さぁな、『とっておき』……らしいぜ?」

 



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第20話 『大嘘憑き』

タロットカード
『戦車』……逆位置。暴走、独断的、不注意、好戦的、劣勢、周りが見えない

を表す。正位置、逆位置、いずれにしても視野が狭くなりがちである。


 

「もう……!! 遅いよ。正邪ぁ……!!」

 

「おぅ泣き虫姫。元気してたか?」

 

 --早速使ってみてわかった。

 

 正邪はちらりと自分の持っているハンドガン……安心院の渡した『とっておき』を見る。

 

 --これは私が外の世界で弾を……弾幕ごっこで使っていた妖力を弾丸にできる装置だ。

 

 正邪がここに来てもう数週間。彼女は外の世界において、幻想郷の住人であり、妖怪でもある自分が実際に存在を保っているとはいえ、だいぶ自分の力が弱まっていることに気がついた。

 

 一番大きかったのは、以前なら体力の続く限りできた……能力の連続使用ができなくなっていたことだ。

 

 --空を飛ぶことも、弾を放つこともできなかったが……この道具を使えば弾幕とは言えないまでも、銃のように弾を撃つことができる。

 

「全く……こんな道具があるなら最初からわたせってんだ」

「正邪? どうかしたの?」

「いや、なんでもない。時間稼ぎご苦労だ針妙丸。後は……私がやる」

 

 針妙丸を下がらせ、百々(どうどう)に向かって銃を構える。

 

「ほーお、随分と動揺してるじゃねぇか。らしくねぇ」

「……蘇った。いや死んでいなかっただけでありますかな」

「さぁ、どうかな?」

 

「いずれにせよ……貴様に自分のスキルを破ることなど不可能であります」

 

 百々は竹刀を再び構え始めるも

 

「易しいな先輩。私に土産をくれるなんてよ」

 

 再び正邪は銃を放つと銃口から矢印の形をした弾が飛び出し、百々の持つ竹刀を弾き飛ばした。

 

「しまっ……!」

「お前の能力の正体はさっき自分で言っちまったなぁ?」

 

 --そう、道具の殺傷力向上。そのスキルは道具無くしては機能しない。

 

「撃ち落としゃあ使い様がねぇんだよ!!」

「……!! クソォッッ!!」

 

 百々はエアガンを取り出し引き金に手をかける。

 

「遅ぇ!!」

「……くっ!!」

 

 百々が撃つ直前に弾を放ち、エアガンを遠くへ弾き飛ばす。

 

「銃は剣よりも強しってなぁ。あんたがハジキを持ち出すってことは読んでんだよ」

 

 --悪いが幻想郷じゃあ弾幕ごっこなんて日常茶飯事なんだ。人生……いや妖生、撃ち落とすか撃ち落とされるかだ。

 

「降参しな。もうあんたに手札はねぇよ」

 

 正邪はにぃッと笑いながら銃を構える。

 

 --むろん、弾幕ごっこで使われる弾には殺傷性はない。死なないとこ甘々だが、当たるとすごく痛いぜ?

 

「……さぁて、それはどうでありますかなぁ?」

 

 いつの間に集めたのか、百々の両手には大量の砂が握られていた。

 

「なっ!? しまっ……!!」

 

「細かすぎる物ならぁ!! 弾き落とせないでありますよなぁ!!」

 

 --まさか動揺している精神状態でそれに気がつくとは!! 私の! 私の過負荷はまだ使えないのか!?

 

 慣れ親しんでいる何かを『ひっくり返す』感覚。それはまだ正邪の手元にはなかった。

 

 --うそ……だろ……!? こんな時にぃ!

 

 打開策がない事態。正邪はその事実に気が付き、絶望する。

 

「どうやら貴様のスキルは発動できんらしいなぁ? 負け犬の劣等生にはお似合いの能力(スキル)であります。じゃあ……蜂の巣になるがいいであります!!!」

 

 百々の無慈悲な殺人弾幕がその手から乱れ飛ぶ。

 

 正邪はせめて痛みだけでも和らげようと両腕で顔を覆い--

 

 

 

 

 

 

 

 

『全く……可愛い女の子達を泣かせたり、いじめるなんて』『許せない奴だぜ。』

 

 

 

 

 

「え……?」

 

 正邪が腕を下げた時には、正面に砂はなく……代わりに球磨川(くまがわ)が平然とそこに立ち、正邪に背を向けていた。

 

「球磨川……!! おせぇよ!!」

 

 球磨川は正邪の方を振り向くと、いつものように呑気な表情を見せる。

 

『うん。しばらくぶり! 正邪ちゃん元気してたー?』

「相変わらずだな……少しは緊張感ってもんがねぇのか……」

 

 空気になりつつある百々は苛立ちつつ声をあげる。

 

「く、球磨川禊……き、貴様まで……!!」

『オッス! 百々君! 君も元気してたかい? ずいぶんとお疲れのようだけどー、何かあったのかな?』

「き、貴様……!! 砂はどうした! 自分の投げた--」

 

『……何のことかなぁ? さっき飛んで来た砂利なら……「無かったこと」にしたけど』

「それは……どういう……!?」

 

 動揺した百々の隙を突き、正邪は急いで百々の能力のことについて伝えようと球磨川の元へ駆け寄る。

 

 --しめた! 球磨川がいればこの状況を打開できる!

 

「それよりもアイツのスキルのことなんだが……」

『あぁ彼の「道具の殺傷力を上げる」ってスキルのことかい? のんびり聞かせてもらったよ』

「ん?」

 

 正邪は球磨川の言葉にどこか引っかかりを覚えるが……すぐにどうでもよくなってしまった。球磨川の纏う雰囲気がいつもとは違っていたからだ。

 

 --なんていうか……別人ってわけじゃないんだが、より彼の持つ凶悪さが顔に現れたような……?

 

『百々君。ついさっき……君のスキルを大したことがないって言ったけど……訂正するよ』

「ほう、さいでありますか。自分の『戦車(キリングチャリオット)』を認めると」

 

『あぁ。自分で喰らってみてわかったけど』『君のその「戦車(キリングチャリオット)」は恐ろしいスキルだ。人を殺すのにそれほど最適なスキルはなかなかないだろうね』

 

 言った内容とは逆に、球磨川はすこしがっかりしたように見えた。

 

『だけど人を殺すためのスキルじゃあ』『人外である安心院(あんしんいん)さんは倒せない』

安心院(あんしんいん)……!? だ、誰だそいつは……? いや、今はどうでもいいでありますな」

『そっか。ならいーよね。おかげで説明する手間が省けたよ』

 

 驚くべきことに球磨川がいつの間にか百々の背後にいたのだ。まるで……『球磨川が百々の背中に移動するまでの時間』が『なかったこと』のように。

 

「貴様!? い、いつの間に!!」

『これが僕のマイナスだぜ。百々君』『すべてをなかったことにする』『この世で最も取り返しのつかないスキルだ』

 

 百々は絶句し、尻が地面についてしまう。戦意喪失だ。

 

「すべてを……なかったことに……!?」

『そう、だから……』

 

 

 

 

『君の持つ道具の殺傷力を』『なかったことにした!』

 

 

 

「え、う、嘘だ……そ、そん……な……」

 

 試しに木の枝を近くにあった木に振るうも、効果はなかった。

 

『あれー? 何してんの! うわーただの木の棒で木が切れると思ってんの? うわ恥っずかしいー』『どんだけ虚構(フィクション)にあこがれてんの、君?』

 

 球磨川はヘラヘラと笑いつつ絶望した百々の肩に手を乗せる。

 

『ま、よかったじゃん。百々君。だって君がなりたかったのは特別な人間なんかじゃなくて……』

『本当は()()()()()()()()()()()()()』『君はなりたかったんだから』

「……」

 

 最初、百々は最も警戒すべき対象を鬼人 正邪だと思っていた。

 

『僕はかわいそうな君の姿を見ていられないから』『君の願いを叶えてあげたんだよ!』『だから』

 

 しかし、それは間違いだった。

 

 

『僕は悪くない』

 

 

 最も警戒すべき対象は……いいも悪いもすべていっしょくたにかき混ぜて台無しにするこの男、球磨川 禊だったのだ。

 

「……殺せ」

『ん?』『どうしたの? 急に暗くなっちゃって』

「いまさら……生徒会の役に立てなくなった自分に……価値なんてないであります」

 

 正邪はすっかり憔悴しきった百々を冷めた目で見ていた。

 

 --決まった。もう、百々の心はぽっきりと折れた。

 

『おいおい、人を犯罪者にするなよぉ』『人殺しなんてできるわけないじゃないか』

「……」

 

『だけどいいのかな?』『僕の能力や彼女の能力の情報を』『君の仲間は欲しがっているんじゃないのかい?』

「!!」

 

 百々の目に急に光が戻るが一瞬で消える。目の前にいるこの男に見逃してもらえる保証など、どこにもないのだから。

 

『しかし……戦意を喪失した君にとどめを刺すのは気が引ける』『……だから交渉してあげる』

 

 あっさりと言ってのける球磨川の言葉に飛びつく百々。『自分はどうすればいい』と言いたげな目をしている。

 

『君らは今後、僕の行動を見逃してくれるだけでいい。その代わりに今、僕は君を見逃そう』

「あ……あぁ!! わかった!! それでいい!」

 

『うん。じゃあ交渉成立だ』と球磨川は百々を起こす。

 

『さぁ消えな』『僕は帰ってジャンプの続きを読みたいんだ』

 

「……わかったであります。すぐに消えるでありますよ」

 

 百々は球磨川に背中を向け全力で走る。

 

 

 

 --馬鹿め!! 貴様らの能力さえ知れれば全土様にとって大きな助けになる!!

 

 しかし百々は今後は見逃すつもりはなかった。

 

 --自分が潰さなくとも、他の生徒会メンバーが必ず貴様らを潰すであります!! ざまぁみろ鬼人正邪! ざまぁみろ、くまが

 

 

『ごめん。今のなしで。』

「!?」

 

 百々の背中に容赦なく一際巨大な螺子が突き刺さる。螺子に鮮血が付着し、百々はえずき口から血を垂れ流す。

 

「な、んで……!? や、約束は……?」

『悪いけど、僕は気分屋なんだ』『ごめんね。百々君』

 

 百々の体が痙攣を始め、口から血を吐きながら地面に倒れ伏す。

 

「このぉ……!! ……おお……うそ……つき……めぇ……ぁ」

 

 百々は完全に意識を手放した。沈黙した百々に向け、球磨川は凶悪そうな笑みを浮かべる。

 

 

 

『そう』『「大嘘憑き(オールフィクション)」』『名前だけでも(おぼ)えて帰ってね』

 

 




球磨川君を早く登場させたかった結果、連続投稿となりました!


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第21話 優しい慟哭

遅くなったのぅ! デュエルリンクスで闇マリクごっこにはまっておったのじゃ!

『絶望性ヒーロー治療薬』を聴きながら執筆。もちろん、『want to be winner』by球磨川もね。





 正邪(せいじゃ)針妙丸(しんみょうまる)がまだ百々(どうどう)と交戦している間。またまた死んでしまった球磨川(くまがわ)君は安心院(あんしんいん)の空間へ。二人で現世の様子を安心院の出したモニターで視聴中だ。

 

『へぇー。百々君がまさかあんな闇を抱えていたなんてね。いいね! 感動的な話だ』

 

 球磨川は感心したように気楽に笑う。

 誰とも仲良くできず友もできずたった一人。百々の話をまとめるとこんな感じだ。

 

「いや、全く笑えないよ? むしろ悲しいお話なんじゃないの?」

 

 球磨川の場違いな笑いに苦笑する安心院。まだこちらの方がまともな反応だろう。

 

『それにしても……彼のスキルが「あらゆる道具の殺傷力を上げる」スキルの持ち主だったとはね。正邪ちゃんもうまく聞き出したもんだよ』

 

「確かにね。言い換えれば「なんでも武器にできる」ってことだからね。暗殺者には喉から手が出るくらい欲しいスキルなんじゃないかな。ま、それでも本人にとっては重すぎるスキルだったのかもね」

 

 百々のスキルは異常性(アブノーマル)というよりも、どちらかと言えば過負荷(マイナス)よりのスキルだ。持つ者を不幸にしかしない不要の長物だ。もっとも、そういったスキルを持たない者には彼の能力の少ない利点にしか目を向けないだろうが。

 

「それよりもさ、球磨川くん。いつになったら君は箱庭(はこにわ)学園に行くんだい? 愛しのめだかちゃんと決着をつけにさ」

 

『……何を言ってるのさ、安心院さん。どのめだかちゃんのことを言ってるんだい? 小学校の頃、僕が飼ってたメダカちゃんの話?』

 

「またまたぁ。中学校の頃に君の部下だった阿久根(あくね)くんをとった上に、当時生徒会長だった君をボコボコにした黒神(くろかみ)めだかちゃんだよ」

 

『思い出した』と言いたげに球磨川は手のひらをポン、と叩く。

 

『あぁ、そっちの。悪いけど僕は彼女には何の興味もないんだ』

「本当かい?」

『別に。ちっともないけれど? ……それがどうかした?』

 

『そっか……』と安心院は横にあったモニターを消し、教卓に頬杖をつく。

 

「そういえばあの侍ボーイがなんか妙なこと言ってたよね。確か……」

『二人。僕がなかったことにしたはずのもう一人の記憶がそのまま百々君の中に残っているんだよ』

 

 球磨川は少々苛ついた声色で安心院の言葉を続ける。彼は彼女に背を向けているので、安心院から顔は見えないが……一体どのような顔をしているのだろう。

 

「そうだね~。ボクが君に貸した、いや課したスキル『手のひら孵し(ハンドレッド・ガントレッド)』を改造した『大嘘憑き(オールフィクション)』。君のそのスキルでなかったことにしたものは()()()()()()()()()はずなのにね」

 

『……。』

「よかったじゃないか球磨川くん。君のスキルを破るほどの人物……もしかしたら、ボクを倒すことのできるスキル所有者(スキルホルダー)角明学園(かくめいがくえん)にいるってことじゃないかな? おめでとう」

 

 球磨川はふっと笑い、微笑む安心院の方へ振り返る。

 

『『大嘘憑き(オールフィクション)』なんて、ただの手品だ。ネタがバレれば大したことのない、危なっかしい過負荷(マイナス)さ』

 

「なーんて言ってぇ、本当は楽しみにしているんじゃないかな?」

 

『まぁ……少なくとも百々(どうどう)くん本人の能力じゃないことは確かだね。殺傷力をなかったことにすれば無力化できるなんて、大したスキルじゃないよ』

 

「辛い評価だなぁ。もしかしたらあの『道具の殺傷力を上げる』スキルだったら……」

 

 安心院は両手を開いて広げ、ニコッと球磨川に笑いかける。

 

「7932兆1354億4152万3222個の異常性(アブノーマル)と、4925兆9165億2611万0643個の過負荷(マイナス)、合わせて1京2858兆0519億6763万3865個のスキルを持つボクに勝てるかもしれないぜ?」

 

『……。お世辞で言っても勝てるとは思えないよ……安心院(あじむ)副会長』

 

 球磨川は再び安心院に背を向け、教室の外へ出ようとする。

 

『じゃあね。近いうちに……また挑戦させてもらうからさ」

「ボクへの挑戦、楽しみにしてるよ……球磨川生徒会長。けど……君、ずっとここに残ってなくてもよかったんじゃないかい?」

 

『あぁ……それね。どんな漫画のポジションのキャラでも、できるなら格好良く登場したいと思うでしょ?』

 

『君らしいね』と安心院は一言を返し、球磨川は再び蘇る。いつものように。

 

 

 ======================

 

 

「はぁ……はぁ……っつ。百々(どうどう)の野郎……あばら何本か言ったんじゃねぇか? いててて……」

 

 桜街(さくらこうじ)は百々にぶっ飛ばされた後、彼はゆっくりと身を起こし腹を腕で抱えた。そんな彼が横を見ると。

 

「うわぁ!! く、球磨川……なのか? うぶぇ……!!」

 

 彼の横には球磨川の真っ二つの死体があった。見事に身体が割れ、絶対に普段目にすることはないモノが見えてしまっている。

 

 桜街は口元を手で抑え、戻しかけたものを飲み込む。

 

「はぁ、はぁ……もうこの学校、普通じゃねぇな、ほんと」

 

 桜街はゆっくりと立ち上がり、両手を合わせて祈る。

 

球磨川(くまがわ)、安らかに眠れよ……ひでぇ奴だったけど……後できちんと埋めてやるからな」

『ひどいなぁ、僕を勝手に生き埋めにしようとするなんて。度が過ぎるいじめだよぉ」

「……ぇ? うわぁッッ!!」

 

 目を開くと、何もなかったかのように平然とその場に球磨川が立っていた。桜街は震える指で球磨川を指す。

 

「お、おまえおまえ……!? さっきまで、たしかに……!!??」

 

『うん、その反応見飽きちゃったからさ』

 

 球磨川は桜街の胸に螺子を突き立て、その場で釘付けにする。

 

「うぼぁ……かはっ……!」

 

『ごめんね、けど僕は悪くない』

 

 球磨川は軽く身体を伸ばし、ふぅー……と息を吐く。

 

『さて、正邪ちゃん達はあっちかな? さぁ、ショータイムだ』

 

 

 ======================

 

 

「す、すげぇ……あの危なっかしいスキルを持つ百々(どうどう)を……あっさりと……!」

 

 --いや、百々以上に球磨川が危なっかしかったってだけか……。それにしてもなんだよ『すべてを無かったことにする』スキルって!! めちゃくちゃにも程がある!

 

「こんな奴を私に押し付けようとしてたのか……あの女……!!」

『どうしたんだい正邪ちゃん。頭でも痛いの?』

 

 小声でつぶやく正邪を見て不思議そうに首を傾げる球磨川。

 

『良かったよ。二人とも無事で--』

 

 球磨川の頬が手のひらで叩かれ、子気味のいい音が周りに響く。

 

「ひどいよ!! もう百々さんは戦う気なんてなかった! それなのにあなたは……!!」

 

『いやだなぁ、針ちゃんは。あんなの口約束だよ。え? もしかして~本気で信じてたのぉ? バッカでぇ~!』

 

「あなた……!! ふざけるのもいい加減に……!!」

 

 再び手を振り上げようとする針妙丸を、正邪は彼女の脇を腕で挟み羽交い絞めにする。

 

「落ち着け。あんたも学習しないな。アイツに手を出すと倍以上になって返ってくるっていうのがまだわからないのか?」

 

「おちつけ……!? おかしいのは正邪の方だよ!! 人が死んだっていうのに、どうしてそんなに落ち着いていられるの!?」 

 

「どうせアイツも『大嘘憑き(オールフィクション)』で生き返れるんだ。殺されたってどうなろうが、どうせなかったことになるんだ。少しはかんがえ--」

 

 針妙丸は自分を抑えている正邪に頭突きをかまし、拘束から逃れる。正邪は鼻を手で抑えつけてその場でもだえる。

 

「痛ってぇな!! 何しやがる泣き虫姫!」

 

「わかってない……! 正邪は何もわかってない!! 何が『()()()()()()()()()()()()』よ!! 死んだときの痛みは絶対に無くならない!! 死ぬことがどれだけ辛くて苦しいのか、私達が一番よく知っているじゃない!!」

 

「ちっ……!」

 

 正邪は舌打ちをして針妙丸から顔を背ける。

 

球磨川(くまがわ)さん、あなたは百々さんの約束を破っただけじゃない! 無抵抗な人を容赦なく殺したのよ!?」

 

『ふぅ~ん……。で?』

 

 激昂する針妙丸に対し、冷たすぎる態度で当たる球磨川。針妙丸は彼の態度にさらに怒りを爆発させる。

 

「あなたは……! 何も思わないの!? 罪悪感も……何も!!」

『だって僕は人を殺してなんかいない。僕は悪くない』

 

 球磨川は白目を向いて倒れている百々に指をさす。もう螺子も何も刺さっていない。それどころか与えられた傷も全て完治している。

 

 

 しかし針妙丸の憤激は収まりがつかない。

 

「そうやって全部なかったことにして……! 罪の意識も何もなかったことにするんだ……!!」

『そもそもさ~……「罪悪感」って何?』

 

「……えっ」

 

 絶句する針妙丸を前に球磨川はニコニコと何時ものように笑っている。

 

『まぁ確かに僕は無抵抗で何もできない彼にとどめを刺したし、彼との口約束も破ったよ。けど……それが君に何か関係あるの?』

 

「……百々さんは確かに非道なことをしたよ。それもたくさん。けどーー」

 

『関係ないよね。君と百々君は。今の今まで何の接点もなかったよね』

 

「それは……そうだけど……!」

 

 うろたえる針妙丸を目にして、正邪はなぜ彼女が百々に肩入れするのか。その理由を確信した。なぜなら……百々は針妙丸の()()()()()()()()()姿だからだ。

 

『君はただ、彼と自分の共通している部分しか見ていない。彼の自己満足のために大怪我をさせられた人達のことなんて、何も考えちゃいない』

 

「ち、違う! 私は……!! どうどうくんにも……! 理由が……」

『……理由があれば暴力は正当化されるのかい?』

「ぅ……ッッ!!」

 

 針妙丸も元々は『何でも願いのかなう秘宝』を操る力を持っていた。今まで近寄ってくる奴らは正邪を含め、ろくでもない奴らばかりだったのだ。

 

 ただ正邪と全土の利用の仕方に違いがあっただけで、結局は針妙丸と百々は同じ。自身が持つ能力に翻弄され、他人に利用()()()()()()()者なのだ。

 

『そもそも、口約束や交渉なんかしたって結局はみんな、裏で破ってるものなのさ。約束なんて空しいだけ。相手が約束を破っていることなんて……わかっているのに笑って許して……誤魔化していく。そういうものだよ? 針ちゃん』

 

 針妙丸は何も言葉が出なかった。

 

 --なんて……冷え切ってるの……? この人は、世界をどこまでも醜く歪んだものにしか見れないのか。

 

『いや、現実だよ』

「!?」

 

 針妙丸の心の内を見透かすように、球磨川は針妙丸の薄紫色の瞳を黒く濁り切った眼で見つめる。

 

『賢い大人たちはルールって縛りの概念を決めつけて、最終的にはどんなルールだって全部、緊急措置って言って破っているんだ。口約束や交渉事だってルールの一つさ。みんなもそうしてるよね?』

 

『だから、僕は悪くない』『そもそも』『ルールなんて概念を決めつけた奴らが悪いのさ。』

 

「……」

 

 悲痛に歪み切った針妙丸の顔を正邪は見ながら思った。あきらめろ、と。

 

 --お前がどんなにこいつの良心に訴えても意味はない。そういう奴だって……世の中にはごまんといるんだ。

 

「球磨川さん」

 

 針妙丸の小さな声に反応し、ビクッと正邪の体が震える。

 

 --まだわからないのか、針妙丸。お前みたいな幸せ者(プラス)にこいつの心は絶対に理解できない。

 

 しかし針妙丸が口に出した言葉は、正邪も球磨川も予想がつかないものだった。

 

 

「じゃあ何であなたは自分の身をもっと大切にしないの……?」

 

 針妙丸が案じたのは百々だけではない。()()()()、だったのだ。

 

 

『……ん? 僕?』『だって「大嘘憑き(オールフィクション)」があれば僕の死もなかったことになるし--」

 

「私が一番怒ってるのは……『()()』だよ……!!」

 

 針妙丸の沈下したはずだった憤怒は消えてはいなかった。腕を震わせ、目元には涙まで浮かんでいる。

 

「なんであなたは人の命をそこまで軽く見られるの!?」

『……』

 

「他人の命なんてもちろん! 自分の命だって軽くて薄っぺらいものだって、あなたは思ってる!!」

 

 球磨川の笑みがぴたりと止む。

 

「球磨川さん。さっき私の心を読んだよね……だったら私もやってあげる」

 

 針妙丸は息をのみ、震える唇で言葉を紡いだ。

 

 

 

 

「あなたは何で人の人生をそこまで無価値に……無意味に見られるの……!?」

 

 

 

 

 静かな怒りを込め、針妙丸が言った言葉。球磨川はその言葉に対しても笑い一蹴--

 

 

 

五月蠅(うるさ)い」

 

 

 しなかった。

 

 

 正邪は初めて露わにした球磨川の本来の『(マイナス)』に圧倒される。自然と身体が震え、鳥肌が立つ。

 

 

「か、はぁ……っ!」

 

 

 球磨川は針妙丸の心臓に螺子を突き立て、四肢を数本の螺子で穿ち地面にはりつける。

 

『ふぅん、人に心を読まれるのってこんなにも腹が立つものなんだね。覚えておくよ』

 

 球磨川はいつものように……笑っていなかった。

 

「ッッ……!? くま……が、わ……!?」

 

 正邪は驚愕する。球磨川の顔が……確かに笑み以外の感情を示していたが……それはとてつもない『怒り』だったのだ。彼は穏やかそうな丸い目は剣のように鋭く、整った目尻は歪み、口を尖らせていた。

 

「くま、がわ……さん。あなたは……どう、して……」

 

『甘ぇよ。少名針妙丸。僕は君の……そういう所が一番嫌いだ』

 

 針妙丸の腕が力なく地に落ち、首も垂れ下がる。

 

 球磨川は慶賀野のいたところにくるりと向きを変える。

 

『慶賀野さんは……ありゃー気絶してるや。けど、手間が省けて助かるなぁ』

 

 

 球磨川は再び正邪の方へ向き直る。

 

 

『……さて、正邪ちゃん。お話をしよっか! 今度は……お邪魔なしで二人だけで、さ』




なんかピーン、と閃いちゃったので遊戯王の小説(一話完結系)を書こうと思いました。
興味のある方は活動報告にて!


ちなみに主人公は闇マ〇クです。


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第22話 「私」と『僕』のそういう関係

 針妙丸が……死んだ。球磨川に心臓を貫かれて。

 

『相変わらず動じないね、正邪ちゃんは。お友達がやられたっていうのに』

「何度も言わせるなよ。私以外はどうでもいいって」

『……そうだね。君のそういう所が変わってなくて良かったよ』

 

 球磨川は今の正邪に安堵した素振りを見せるとニコッと微笑む。

 

『まったく』『針ちゃんも的外れなことを言うよねえ』

過負荷(ぼく)に行動の真意を問うなんて』

 

「まぁ、そうだな。お前のやること為すことの大体が無意味なことだもんな。台無しにして結局なかったことにしちまうんだから」

 

『あはっ。やっぱり正邪ちゃんは分かってるね。さすが過負荷(こっち)側の思考は違うよ』

 

 正邪はクスッと笑いかける。突然の彼女の笑みに怪訝な顔を見せる球磨川。

 

「けど……そんなお前も結構、負けず嫌いなんじゃないか? さっきお前が見せたのはそういう顔だったぜ。言われっぱなしじゃないってさ」

 

『……。いやだなぁ、正邪ちゃん。マイナスがプラスに勝てるわけないじゃないか』『悪い冗談だよ全く。』

 

「冗談じゃないさ」

 

 正邪の言葉に反応し球磨川の笑顔が……止む。

 

『……どういう意味だい?』

 

「お前にだって本当は幸せ者に勝ちたいんじゃないのか? さっきだって不意打ちだろうとなんだろうとお前は勝ちたかったんじゃないのか? どれだけ死んでもどれだけ過負荷(マイナス)だろうとな」

 

『あんなのを勝ったって言わないよ、正邪ちゃん。降参した相手に追い打ちをかけるなんて、精神的に負けてるよ。だから僕はまた勝てなかったんだ』

 

 はっ! と球磨川の一言を正邪は鼻で笑う。そんな彼女の姿はどこか満足気だ。

 

「勝利を選り好みか。贅沢だが……いいね。負けるとわかっていても最低(マイナス)なままで幸せ者(プラス)に勝とうとする。そこんとこ、私は好きだよ」

 

『えぇ!? うれしいなぁ。「好き」だなんて。惚れちゃうぜ? それで……君は何が言いたいんだい?』

「黒神 めだか」

 

 ピクッと球磨川の眉が動く。

 

 --やはり。思った通りだ。

 

「完全に最も近い人間。不完全……いや、負完全(ふかんぜん)のあんたにピッタリの対戦相手じゃないか。もしくはさらに上、安心院(あじむ) なじみ。あんな化け物を倒そうって言うんだかーー」

 

 正邪の四肢が地面に螺子ではりつけにされ、身動きが取れなくなる。それでも正邪の邪悪な笑みは絶えない。痛みで口元が少し引きつってはいるが。

 

「どうしたよ? 随分と動揺しているじゃないか?」

 

 球磨川の顔は先ほどのように苛立ちで歪んでいる。明らかに動揺している。わかりやすいぐらいに。

 

『……めだかちゃんの事は驚かないよ。君が僕のことを調べようとすればすぐにわかることだ』

 

「へぇ、やけに人間臭いなお前のその顔は。私が会った誰よりも人間臭いその表情、それも気に入ったぞ」

 

 ニヤリと正邪はさらに笑みを濃くする。

 

「表向き誰よりも人間っぽく見えなくて、本当の部分は誰よりも人間臭い。球磨川 禊、お前はなんて矛盾してて……なんて反逆的なやつなんだ」

 

『それよりもさ、「安心院さん」のことをなんで知っているんだい?』『君は……彼女の「端末」なのかい?』

 

「さぁな~? それよりも、それよりもさ……球磨川 禊。私と一つ取引をしないか?」

 

『……言っておくけど、僕は守る気なんてさらさら』

 

「私が差し出すのは情報だ。私についての、な。だから私を生かさなきゃ絶対に情報は手に入らない。()()()私以外には知りえないからだ」

 

 自分のことは自分がよくわかっている。その言葉を的外れというものもいるが、それは自分の全ては自分だけではわからないということでもある。自らの体験、経験、得た感情。知識、好み。それらは全て自分にしかわからないだろう。

 

 球磨川はさらに苛立ちを深め、螺子(ねじ)を片手に持つ。下手をすればさらなる苦痛を正邪は味わうだろう。

 

『聞こえなかったのかい? 君の取引とやらの内容を守る気も聞く気も、僕は一切ないよ?』

 

「そっかー残念だな~。 お前が得られる私の情報の中には当然……私の能力(スキル)についても入っているのになぁ」

 

 球磨川は正邪の顔に突き刺そうとした螺子を引っ込め、興味深げに彼女を見つめる。

 

『へぇ、確かに……それについては興味があるよ、うん。……君がろくでもないこと考えてるっていうのは分かるけど』『いいよ、正邪ちゃん』『ここはあえて』『僕は君の口車に乗ってあげる』

 

「そうか、やけにあっさり話を呑むんだな」

 

『うん。安心してよ正邪ちゃん。僕はエリートは大っ嫌いだけど……()()()()()()には優しいから』

 

「ははっ。私はどっちなんだろうな? ま、どっちもだろうけど。いや、どちらかと言えば『()()()』寄りか」

 

 手足が螺子に貫かれる激痛を感じながらも、正邪はニタニタと球磨川を見て笑っている。

 

『で、僕のメリットは正邪ちゃんの好みの下着情報と全裸写真でいいとして』

 

「おい待て。私の個人情報はともかく、純潔をやるなんて言った覚えはないぞ?」

 

『……っていうのは冗談でぇー』

 

 先程と変わらず笑う正邪から今までにないぐらいの殺気が飛んでくる。

 

 螺子で彼女を(はりつけ)にしているとはいえ、さすがの球磨川も身の危険を感じたようだ。彼は誤魔化すように咳ばらいをする。意外と男女関係に関しては彼は純粋(ピュア)なのだ。……『ちぇっ』とつぶやく声は聞こえるが。

 

『君が僕にお願いしたいことって……何だい?』

 

「さすが球磨川。よくわかってるじゃないか。『取引』には交換条件が憑き物だ」

 

 正邪は一呼吸置いた後、覚悟を決めて口を開く。

 

 

 

「お前の能力所有者(スキルホルダー)探し。それ、私にも協力させろ。これが私がお前に求める利点(プラス)だ」

 

 

 

 どや、と自信に満ちた顔で正邪は球磨川の返答を待つ。

 

『……は』

 

「……ん?」

 

 球磨川の肩がプルプルと震え、口が開かれる。

 

 

『ハハッ……はっはっはっはっはっ!!」

 

 

「!?」

 

 しかし彼の口から出たのは怒声でも罵声でもなく……大きな笑い声だった。

 

 --球磨川が……爆笑した……。微笑んでることはあっても、こんなに声を出して笑うことなんて……

 

 そう、一度もなかった。突然笑い出した球磨川に困惑の表情を見せる正邪。

 

 腹を抱えるくらい笑った球磨川は『ははっ、は……はぁ~ぁ』と落ち着きを取り戻していく。球磨川は目元に浮かんだ涙を拭き、再び正邪に向き直る。

 

『……いいよ』『ちょうど仲間がほしかったんだ』

 

「ほ、本当か!? ……いや、お前の場合信用できないな」

 

『安心して。僕は君の味方だ』『歓迎するよ。正邪ちゃん、過負荷(こっち)へようこそ。こっちの水は甘依存(あんまい)よ?』

 

 球磨川は心底嬉しそうに片手を出し、正邪は迷いなくその手をとり握手をする。

 

 --ブワッ!!

 

「!? また泣き出した!」

 

『……ご、ごめん。僕、前にいた学校でも握手なんてしてもらったことなくて。みんなすぐ手を引っ込めちゃうんだよ! ほんと失礼だよね!』

 

「あ、あぁ。そうだな相手がお前とはいえ、さすがに失礼だよな」

 

 --まぁ理由は分からないでもないが。

 

 正邪には球磨川の普通の手が……毒蛇が周りに巻き付き、手の平にはびっしり禍々しい色の猛毒がついた呪いの腕に見えた。一度相手に触れて絡みついたら決して離れず、触れた者を内側から呪い腐らせていく。そんな腕に。

 

『……けど。そこに転がってる針ちゃんは生き返らせないよ? それでもいいかい?』

 

「どうぞご勝手に。そいつはいつも私のために、自分から進んで犠牲になってくれる大切な仲間(どうぐ)だ。私のために死んだとなりゃぁ、こいつも本望だろうよ」

 

 --よし、まだ手は届くな。

 

 正邪は悪女を思わせるような手つきで動かなくなった針妙丸の頭を優しくなでる。なでた後は『じゃぁな、おバカなお姫さん』と正邪は亡き針妙丸を冷たく見放していく。

 

『……』

 

 球磨川は顔を下げ、正邪から彼の表情が見えなくなる。

 

 --さすがに怒ったか?

 

『正邪ちゃん……!! 僕は今、猛烈に感動しているよ……!!』

「え?」

 

 球磨川は引き気味の正邪に詰め寄る。熱意を伝えるためなのか、両手で彼女の手をがっしりと掴む。

 

『死した仲間の行動を無駄にしないなんて……!! 君にも仲間想いな所があったんだね!! 素晴らしいよ! 君は少年ジャンプの体現者だ!』

 

「へ? あ、うん?」

 

 --よくわからんけど感動された。お前だからいいけど……そろそろ手、放してくれねぇかな……?

 

 正邪は苦笑して球磨川の気持ち悪さに目をつぶる。もし両手で彼女の手を掴んできたのが球磨川でなかったら、正邪は遠慮なく履いているサンダルで頭に天空かかと落としを決めていただろう。

 

『もう不満はないよ! 君は僕のパートナーだ! これで晴れて君も過負荷(ぼく)の仲間入りだね!』

 

 感極まったのかブンブンと腕を振って握手をする。

 

 --こいつ、いつも以上にテンション高くねぇか……?

 

「仲間じゃねぇよ。……()()()だ。お前とは利用し合う関係でちょうどいいんだよ」

 

『いいよ、それでも。君が僕を手伝ってくれる限り』『君は僕の共犯者だ』

 

 正邪は針妙丸の遺体に指をさす。

 

「私がこの学園に溶け込むにはこいつらの存在が非常に役に立つ。だからもうしばらくこいつらを()かしてもいいか?」

 

『うーん……いいよ。僕は嫌だけど』『君がそこまで言うならしょうがないなぁ』

 

 球磨川が手を針妙丸に向かってかざすと、針妙丸に突き刺さっていた螺子(ねじ)が消え、傷も跡形もなく無くなっていた。

 

『うん。これで大丈夫なはずだよ。たっぷりと、いつものように彼らを利用してね』

「嫌味はいらんおまけだが、ありがとうな。……私もたっぷりと恩を返すよ」

 

 正邪は倒れた針妙丸を抱え、その場から立ち去ろうとする。

 

「たっぷりと()()、恩を返すよ」

『……え? あれ? 正邪ちゃん、君がどうして動いて……? ん?』

 

 球磨川が気づいた時にはもう……先程まで正邪を打ち付けていた螺子が、球磨川の手足を貫いていた。

 

革命返し(リバースイデオロギー)

 

「私とお前の立場を」「ひっくり返した」

 

 手足に螺子が刺さり絶体絶命の正邪、余裕で佇み自由に動く圧倒的な球磨川。この二人の立場を逆転させ、自由に動け余裕で有利な正邪、四肢を封じられ敗北同然の球磨川へとひっくり返したのだ。

 

「すべてをひっくり返す」「熱いお茶を冷たくするぐらいしか使い道がない、私の過負荷(マイナス)だ」

 

『……革命、返し(リバース イデオロギー)

 

 球磨川は手足から血を流しながら正邪に言葉を返す。

 

「約束通り、教えたぜ。じゃあな球磨川。また明日」

 

『……正邪ちゃん』

 

 球磨川との距離を離しているというのに彼の声が耳元に響く。

 

 --距離をなかったことにしたのか。

 

「安心しろよ。おまえが裏切らない限り、私はお前を裏切らないよ。利用できるまで利用するリサイクル。私は環境にも優しいんだ」

 

『僕は何度でも言うよ』

 

 球磨川の言葉に引っ張られるように正邪の足が止まる。

 

『君にプラスは似合わない』

「……」

 

『彼らとずっと付き合ってちゃ』『君もプラスになっちゃうよ』

 

 --そうだな。私もここに来てからずっと悩んでいたことだよ。

 

『僕だったら死んでもゴメンだね』

 

「おいおい、ジャンプの三大原則は『努力、友情、勝利』じゃなかったのか? こいつらとつるんでて私に悪いことはねぇだろ。どうせ勝ったら捨てるんだし」

 

『うん。けど現実(リアル)漫画(フィクション)は違う。「無駄な努力、ぬるい友情、空しい勝利」、これが現実だよ』

 

「かかっ、なるほどな。仙人みてぇに悟り開いてんな、お前」

 

 --現実……か。確かに、お前の言ってることは極端に言えば正しい……いや、事実なんだろう。まぁ努力は無駄とか、友情がぬるいってのは否定しないよ。

 

「球磨川、聞こえてんなら耳かっぽじってよく聞け」

『……この状態じゃ耳も掻けないけどね。なに?』

 

 

「勝利は空しくねぇ」

 

 

 正邪は再び前に向かって進む。針妙丸を背負って。

 

「卑怯者だろうが何だろうが最終的には笑ったもんが勝ちなんだ。私は勝ちが欲しい」

 

 正邪の履いているサンダルが芝生に当たり、静かに音が響く。

 

「だから私はお前やこいつらをとことんまで利用する。雑巾を絞り切るように使いきって使いきって、気に入らねぇ全土(エリート)どもに勝つ」

『……。』

 

「私とお前は共犯者だ。お互いに利用し合おうじゃないか。私もお前を邪魔とわかったらすぐに捨ててやるから、それだけは覚えとけ」

 

 口を開かず黙っていた球磨川は……正邪からは見えないが、笑っている。そんな気がした。

 

『油断しないでね、正邪ちゃん。いつかきみの寝首を』『かくかもしれないぜ』

「それでいい。お前と私はそういう関係なんだから」

 

 正邪もふっと笑い、後ろを振り返らない。

 

『じゃあね、正邪ちゃん。絶対に幸せ者(プラス)になっちゃあダメだよ?』

 

 

 

 

「……まぁ()()()()()、してみるさ」

 

 

 




やっと書きたかった部分が書けたぜ!


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第23話 『理由? 別にないけど?』

 

 

 

「--く、球磨川(くまがわ)さん! 球磨川さん! しっかりしてください!」

 

『あれ? 君は……確か……』

 

 茶髪の三つ編みに眼鏡。球磨川の前には先程まで気絶していた慶賀野(けがの)が彼の手足に刺さった螺子(ねじ)を抜こうとしていた。

 

「う~ん……っ……! 抜けない……ッッ!! どれだけ深く刺さってるんですか……!!」

 

『思い出した。功名(こうみょう)さん、だったね。どうしたのかな?』

 

「どうしたって……!! 球磨川さん、また正邪(せいじゃ)ちゃんとケンカしましたね……!? じゃなきゃこんな状態で放置されるわけないです……!!」

 

『単なるスキンシップさ。大したことじゃないよ』

 

「大ありですよ……!! こんな痛々しい状態で放置されるわけもないです!!」

 

 慶賀野は顔が赤くなるくらい力を入れるも地面に刺さった螺子は抜けず。

 

「ん~っ! あっ!! いっっつ……!!」

 

 ついに悲鳴をあげて尻もちをつき転んでしまう。

 

『……いいよ。そんなに必死にならなくても』

 

「わっ! 螺子が……」

 

 慶賀野が立ち上がろうとすると、球磨川は手足に打ち付けられていた螺子を消してみせる。

 

「とにかく早く手当しないと……! とりあえず人首先生のところへ……」

 

『あ、ごめん。僕帰ってジャンプの続き読みたいから』

 

 球磨川が再び螺子を取り出し、慶賀野に向かって走り出す。

 

 慶賀野は両手で肩を抑え、せめて痛くないようにと祈る。

 

「ひぃっ!!」

 

 攻撃してくるかと思いきや、慶賀野の横を素通りする球磨川。予想外の行動に慶賀野はあっけにとられてしまう。

 

「え……」

 

 

「ぐぁぁぁっ!!!」

 

 時間差で見知らぬ男の絶叫が響く。慶賀野が振り返った先に忍び装束の男が地べたに(はりつけ)になっていた。

 

「こ、この人は……」

『うん、この影の薄さ。副会長っぽいね』

 

「ぐっ……!! 間違ってはいないが判断のされ方に納得がいかぬ……!!」

 

 忍者っぽい副会長は歯ぎしりをしながら顔を上げる。

 

「だが、いかにも!! 拙者(せっしゃ)こそ生徒会副会長、おいが」

 

『えいっ』

 

「きゃぁぁぁっ!!」

 

 自己紹介の最中でも容赦なく球磨川は副会長の頭に螺子を叩き込む。血しぶきがあがり、副会長は言葉を残すことなく絶命した。

 慶賀野は球磨川のとんでもない行いに悲鳴をあげてしまう。どうしてこうも躊躇なく非人道的なことをやれるのか。

 

「ど、どうして……。まだ名乗っている途中だったのに」

 

『いやぁ隙だらけだったからさ。つい、ね』

 

 はっはっはっ、と笑う球磨川に慶賀野は引き気味に尋ねた。

 

「球磨川さん……あなたがエリートを憎む理由ってなんですか……!?」

 

『ん?』

 

 慶賀野は死体となった副会長をちらりと見る。

 

「理由が……あるんですよね……? こんな容赦なく人を殺せるなんて……絶対『()()』じゃないです……!!」

 

『……。そうか、わかってしまったんだね。僕がエリートをどうしようもなく憎んでるって』

 

『やっぱり』と慶賀野は息をのむ。なにが彼を人殺しにまで駆り立てるのか。彼女はその理由が知りたかった。

 

『わかった。君はどうしても知りたいんだね』『今こそ告白する時だ。君にだけは話しておこうと思ったんだ』

 

『……それはね』

 

「それは……」

 

 球磨川は真剣な顔つきでじっと慶賀野を見る。

 

 

『趣味』

 

 

「……。えっ……!?」

 

 予想もつかない球磨川のぶっ飛んだ答えに唖然とする慶賀野。

 

 --今、なんと言ったのか……? 趣味、シュミ……しゅみ……!?

 

 

『いやいやいや、冗談だよぉ。功名さん。あ、そうだ!』

 

 球磨川は『思いついた』と言いたげにポンと手のひらを叩く。

 

『親友をエリートに殺されたから……いや、生き別れの妹を目の前で凌辱された上に、両親までエリートに殺されたからってのもいいね、ドラマチックだ』

 

「……!?」

 

『ちょっと待ってね、功名さん』『今日中に考えてメールするからさ』

 

 

 慶賀野は気づいてしまった。この球磨川という男が他人(エリート)を傷つけるのに……

 

『あ、あとでメールアドレス教えてよ! ついでに電話番号も!』

 

 理由なんてないことを。

 

「理由なんて……ないんですね」

 

『……。ま、強いて言うなら……僕はわかってほしいだけなのかもね』『幸せでプラスなみんなに』『汚くて卑怯なマイナスの気持ちってやつをさ』

 

「……」

 

『じゃあ僕はもう帰るね!』『ジャンプが僕の帰りを待ってるからさ』

 

 球磨川は転がった副会長を捨て置き、寮に帰ろうとする直前ーー

 

『……あぁそうだ。さっき君は僕のことを「普通じゃない」って言ってたけどさ』

 

「ッッ!!」

 

 慶賀野の肩を触れ、耳元でささやく。

 

 

『君も……「()()」じゃないんでしょ?』

 

 

 

 ======================

 

 

 教室棟屋上、理事長室にて。

 

 

「全土様……百々(どうどう)老神(おいがみ)副会長が……やられました」

 

「ほぅ。そうか二人も……思ったよりもあっさりだな」

 

 全土は黒椅子に腰かけ、報告に来た神井(かのい)生徒会長を見やる。

 

「私が自ら出ていった方がいいのかな?」

 

「い、いいえ全土様!! あなたが出るまでもありません!!」

 

 神井は赤髪から伝わる汗をぬぐい、口を開く。

 

「ご安心ください! 我々生徒会が、全勢力をもって! 必ずやあの反乱分子を潰してみせます!!」

 

「……。では、引き続き私は学校経営に勤しむとしよう。無能な親父の尻ぬぐいもしなければならんのでな」

 

「はっ! 失礼しました!」

 

 神井は敬礼をするとともにゆっくりと音をたてないようにドアを閉める。

 

 静かになった理事長室で全土は机の中にしまっていた一枚の書類を出す。そこには『新生徒会を作ることを宣言する』と書かれてあった。

 

「ふっ、ハハハッ! なるほど、あの鬼人正邪という女。この全土にこんな挑戦状を送り付けてくるとはな」

 

 全土は高笑いをあげて書類を机の上にたたきつける。

 

「すべてをなかったことにする『大嘘憑き(オールフィクション)』、すべてをひっくり返す『革命返し(リバースイデオロギー)』。ふふふ、相手としてはなかなか悪くない。面白いではないか」

 

「老神の報告書は非常に参考になった。届けてくれたお前にも礼を言わねばな。百々は……()()()になってくれたよ」

 

 全土は笑うのを止め、はぁ……とため息をつく。

 

「全く……くだらん。マイナスもプラスもスキルホルダーも……この私からすれば、ただの地面(ゼロ)だというのにな」

 

()()』と変わらぬよ。と吐き捨てる全土。そして誰もいないはずの後ろを見つめ小声でつぶやく。

 

 

 

 

 

「お前もそうは思わないか? ---よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 






第2章! 完!! 

to be continue……


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2章 あとがき

 あっという間に2章終わっちゃいましたね……作者のゼロんです。

 今回は更新が遅くなってしまい申し訳ございません。

 

 さてさて! 次回からは生徒会と全面戦争! 

 盛り上がってまいりました!

 

 お気に入り数もいつの間にかすさまじいことになっていますね……

 300人以上って……

 

 感謝しかない。

 

 感想でも『正邪ちゃんがかっこよかった』というコメントがありました! 

 ありがとうございます!! よかったね!

 

 皆さんの心を打ったんですね……。

『勝ちたい』って勝負事では絶対について回りますしね。

 

 これからも天邪鬼な彼女をよろしくお願いします!

 

 ちょいちょい日間ランキングにも載っていますね。

 これも読者の皆さんの応援のおかげです。ありがとうございました!

 

 スマホでスクリーンショットを撮るぐらい嬉しいです。今でも写真はとってあります。

 

 最近はグッドルーザーズ以外にもいろんな種類の二次創作を執筆中です。

 

 ダンガンロンパやモンハンも現在書いております。

 

 興味があったら見てほしいな~なんて。

 ついでに感想も……(殴

 

 すみません。調子に乗りました。けどもらえると本当にうれしいです。

 

 毎回グッドルーザーズのほうに感想を送ってくださる方には本当に感謝しています。

 正直感想が楽しみで書いている部分もあるので……

 

 

 

 長くなりましたが、読者の皆様!! 

 いつも読んでくださってありがとうございます!

 

 次章『革命の生徒会編』お楽しみに!!

 

 

 

 いたまえ 河影 御月 okuu_yagi 

 

 ふぁもにか 鉛鉄砲 王者スライム k7RU 

 

 リョウ23 水面水面水面下 さか☆ゆう ゴージ 

 

 葉笛 

 

 だっ 

 

 はむのすけ 

 

 皆様評価ありがとうございました! 

 

 

 公開お気に入り登録者:281人

 

 yusu 火鷹 パレット 屋風魔鉈 阿呆酉 積み木の城 KuroSaki スプライト茶漬け Rising193 クマー ふぁもにか クナイ WizAsura イベリコ豚 もくりん kbc 眠猫 園崎礼瑠 魁P monokemono マタイ Tankman ぐーや おかひじき とまと21 うぐいす ちょもーい 招き猫 負確定 ジュン1 倫太郎 天神小 逸楽主義者 白結雪羽 いたまえ タケヤマダヒトシ びちゃーじ りんりん atusyou はいんちゃん 島夢 komika ベルク@チョモランマ 池ポチャ Jupiter aaaaaa@aaa 歪曲の魔眼 I.i.i 永遠の彼方 Nxy 昏睡ハンター 郷汐@乱雨スペラ あんこ入りチョコ 茶獏 edamameyo RPG大好き kondotai 米粒 あめふり 田中陵 ワラキー しゃろ りょー様 れーさん 青黄赤 かっか 麦蕎那支 applepppp あずんずん ビギナー ミトコンドリア大王 狂飯 さぼりやん 幸福 AkiLA 騎士豚 飽きっぽいニート志望 マチマチ ★黒星★ 悠々P@Are We Cool Yet? 後ろ向き前進 ウィスタリア 桐生幸 燐鳴神永 たくやんか 筵 水月 総矢倉 のっちゃ りりな Nyarlat 御月 端之目 葉下 ポピィ ストレコザ 明延 めめめんっ ひつじんマーク キャミぽ tired 地蟲 因幡さん ・ナニカ bixeno いずくん 妄想癖 雷神デス ryon  nirvana もじゃメガネ やろうと思わない男 死にたがりの獣 cat_1006 柊禊 豆腐頭 ディアーチェ shibahiro Steamed へんちめん カモシカ fredy ふっくら饅頭 チトニア コク騎士 えれえもん 氷結傀儡 天枷 鎖月 アオタロス ほむら1210 ゆぅ♪ 槭樹 草花内木蔭 なまけ鳥 マスク1856 kamen 夏奈 fw 190 くらんて リョウ23 壱弍 nyd 厨二病青年 モブ5090 カラジュン 消火しますか? 闇龍輝 冥想塵製 黒猫@love 満塁男 しぐころ 黒の鴉・白の蛇 其のホチキスの針は指穿つ 牡蛎野郎 烏賀陽 潮 軍師アイラ sophist tksr0701 風呂屋 けりぃ ソッタ 韻雅鷹䨻 pail 不可逆の剣 イシカ なかに17 出無 博夜霊貴 がらがら ニルヴァ 六神 カズ@カフカ ショゴス丼 白寝巻 雷凪 TESTSET キャロット 新人アルバイター 村ショウ みまむよ ささかまぼこ 白瀬湊 ショボン(´・ω・`) ドンド・コドーン ?!? とりです。 モルさん みっつー 死者喪 怠惰な真祖 河影 御月 つくも センリ 悪趣味なバンダナ はるぽん コーラの化身 水面水面水面下 情報生の劣等生 鉛鉄砲 最後のサイコロ 晩鐘 七夜遠野 きのこ派 かるて&カルト 御納忠 御飯のトモ わんりき 晴輝 芹沢 章一 りかがかり 鵺兎紙 クロイト はらぺにょぺんぽす TOMORE キドアキ いのりょう エヌユル たこガム 安正 ライドウ 聖杯の魔女 蒼哉 大七星 Dクラス職員 笹谷 爽 東愛創者 ヒガンバナ ひろポン酢 ZENOS 浮浪人トール さか☆ゆう ざわサンダー yuma2017 本の精 影行 王者スライム takatani 柄水 書記長は同志 天谷悠斗 だっ JohnDoeDX やちも アリストテレス シヴァドッグ 東花志津 狛猫 嗚呼唖々 天都輝常 ≪天津ノ照明神≫ いくとみ 病愛卿 S&K リント 白魔道士 きりゆたんぽ れいんふぉ〜る 味音ショユ Kit@怠い ミン k7RU 劣化人間 ざっきー。 バイルシュタインテスト 貧弱 黒石晶 沖田不二乃 index1221 さすらいのエージェント ミュルグ レストレーション ノーススター@ボーダー てぃおん meltlove ΚΚ ばふまる 風緑. トビウオ一号 yellow2000 もちうどん 野良猫集落 メリールウ 村人J 

 

 お気に入りありがとうございました!

 

 




感想をいつもくださっている
東愛創者さん、王者スライムさん、鯖の使者さん、さか☆ゆうさん、鉛鉄砲さん、
時雨桜さん

いつもありがとうございます。本当に……ありがとう。

初で感想をくださった
ボム兵さん、nirvanaさん、香椎さん、河影 御月さん
ありがとうございました! これからもよろしくお願いします!


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第3章 革命の生徒会編
第24話 似た者同士のベッドトーク


最近、宇宙戦艦もののゲームにはまってしまって……。
誤字訂正の報告もぼちぼち送ってくださる読者には本当に感謝です!(^^)!






 

 革命学園生徒会『庶務』、百々千太郎(どうどうせんたろう)との戦いから一日。ようやく目覚めた針妙丸(しんみょうまる)正邪(せいじゃ)は事の顛末を全て話した。

 

球磨川(くまがわ)くんと手を組んだぁ!?」

「うん」

 

 驚愕を露わにして正邪に迫る針妙丸。怯むこともなく正邪は無表情だ。

 

「なんで!?」

「なんでも」

「あんなに警告したのに!?」

「知ったこっちゃない」

 

『あ”ぁ”もぉッッ~!!』と薄紫の髪を掻きまわし、悶える針妙丸。

 そんな彼女を無視して正邪はコンビニで買ったジャンプを広げる。

 

 ――――幻想郷にいた時はあのガラクタ屋に置いてあった古本しか読んでなかったな。

 

「意外と面白いのやってるじゃねぇか。『〇魂』はもう終わるけどよ。まだ『僕の○ー○ーアカデミア』とかはやってんだろ?」

「ちょっと! なに漫画雑誌、読んでんのよ! こっち向け!」

 

 針妙丸は正邪の顔からジャンプをどけ、にらみつける。

 正邪はため息をつき、つまらなそうに針妙丸を見つめる。

 

「なんだよ。今『ネガ倉くん』いいとこなのに」

「あんな血も涙もない球磨川くんと手を組むなんてどうかしてるって言ってんの!!」

 

 針妙丸の怒号にジャンプから手を離し、正邪は両手で耳を塞ぐ。

 

「本当に人間かも怪しい奴なのに……」

「私達だって人間じゃねぇって忘れてねぇか、姫様」

 

 正邪はちょんちょんと自分の角を指でつつく。

 

「それによ、球磨川にだって感情はあるんだぜ」

「けどあんな……。ぶっ飛んだ奴の感情なんて――――」

 

「それだよ」

 

「えっ……?」

 

 正邪は唖然とする針妙丸に指をさす。彼女に指をさしている正邪の表情は真剣そのものだ。

 

「そうやってお前が球磨川を不快だと思い込んでいるうちは、真の意味で球磨川には勝てない」

「そ、そんなこと……」

「断言してやる。今のお前じゃ百年かけてもアイツを止めることなんてできやしない」

 

 正邪はクルリとジャンプを拾い、再び読み始める。

 

「まぁ、お前にガッツがあることだけは認めてやるよ。悔しいけどな」

「……どうすればいいの」

 

 ――――素直に聞こうとする分、ほんといじり甲斐あるな。こいつ。

 

 正邪はケケケと笑いながら針妙丸の方をチラ見する。

 

 

(マイナス)を受け入れろ」

 

 

 正邪は口を開きながら『ネガ倉くん』を読み進めていく。

 

「きったねぇ部分も綺麗な部分も。紛れもない『自分』なんだって。そうすりゃ何か見えてくるんじゃねぇか?」

「汚い……部分……?」

 

 ――――ま、ご本人様はまだ気づいちゃいないが。

 

『知りたいか? 教えてなんてやーらない』と正邪はクッションを下にして横になる。針妙丸に背を向ける形だ。

 

「……。私、百々君のところに行ってくる」

 

「おぉ。帰ったら夕飯よろしく」

「今日は正邪が当番でしょ!!」

「ちっ」

 

 針妙丸が扉から歩き去った後、正邪はお茶をコップに入れ再び横になる。

 

『いつも通り、仲良さそうだね』

「やめろ。マジで反吐が出る」

 

 正邪は声のした方向に身体を向ける。球磨川はいて当然かのようにその場に立っていた。

 

「それとお前、窓から入ってくるのはやめろ。不気味すぎる」

『ははは、いやちょっと正邪ちゃんの部屋に興味があってさ』

「頼むからドアから入れ」

 

 球磨川はキョロキョロと正邪達の部屋を見回す。

 

『へぇ……でもちょっと汚いな。ダメだよ。女の子なんだからもっと部屋は清潔にしないと』

 

 球磨川は部屋の端にあるゴミをちりとりで集め、ゴミ箱へ捨てる。

 

「で、今日のお前はハウスクリーニングに来ただけか? それだけなら早く帰れよ」

『いや~掃除以外にも確認したいことがあってさ』

 

 球磨川はいつになく真剣な表情で正邪の方へ向き直る。

 

『君のスキルのことについてなんだけどさ……』

 

 ピクッと正邪は目尻をあげる。

 

「ほう、私の何でもひっくり返す能力。『革命返し(リバースイデオロギー)』に興味があるのか? ……言っとくが貞操概念をひっくり返せって言ったってやらないからな? いくら私でも痴女ばかりの世界とか自殺するぞ」

『そう言われるとやってって……言いたくならないな。僕も嫌だしそんな世界』

 

『裸エプロンは恥じらいがあるからいいんだ』と変態染みた発言をして球磨川は目を閉じる。

 

『そんなんじゃないさ。君のスキルはそんな下品なことに使うもんじゃない。君の「革命返し(リバースイデオロギー)」は素晴らしい過負荷(マイナス)だ』

 

 いつものようにそらそらしい口調で球磨川は正邪に語りかける。

 

 

 

『全てをひっくり返せるってことは……君は女子のスカートをひっくり返せるってことだろう……?』

『ってことは、女子のパンツが見放題じゃないか!!』

 

 

 

 この後、右頬を真っ赤に腫らした球磨川が泣く泣く正邪の部屋を出ていく姿が目撃されたという。

 

 

 ======================

 

 

「……。」

「あ~……ダメ。精神的な方の傷はどうしようもないや」

 

 保険棟のベッドから起き上がった百々(どうどう)を看護する人首(ひとかべ)だが、様子は芳しくない。

 

「だからわたし嫌なのに……こんなとこの担当医なんて……」

 

 目が虚ろになってしまっている百々に呆れ、人首は目をそらす。

 

「因果応報ってやつなのかな……。百々が今まで散々他の生徒を精神的にもぶっ壊してきたツケが回ってきた、か……」

 

『もう聞こえてもいないだろう』と人首は独り言をつぶやく。

 

 その直後、針妙丸が扉を開けて診察室に入ってくる。今の針妙丸は物憂げで元気がない様子だ。

 

「……失礼します。ツナギさん」

「あ、うん……あんまり元気がないね、少名さん。バナナ……いる?」

「いいえ。結構です」

 

 バナナを差し出してくる人首に針妙丸は断りをいれ、人首は『あっそ』と言って片手に持ったバナナの皮をむき、食す。

 

「なんかあったの……? またコスプレちゃんとケンカした……?」

 

 口に入ったバナナをモゴモゴと口に入れながら話す人首。

 

 ――――コスプレちゃん……? 正邪のことだろうか?

 

 人首ののんびりとした口調につい苦笑してしまう針妙丸。

 

「話なら付き合うよ……? ちょうど精神面での看護もしたいなぁって思ってたしね……。こいつの容態は私にはハイレベルすぎてさ」

 

 そう言って人首は放心状態の百々に親指をさす。

 

「いいんですか?」

「精神ケアはまず初級レベルから……。これも仕事だから」

 

 少しためらったものの針妙丸は人首の気遣いに甘え、素直に話し始める。

 

「実は……正邪ちゃんと彼女にできた友達のことで口論になっちゃって」

「ほほ~……青春だねぇ~。それで?」

「彼女の友達と私はどうしてもソリが合わなくって……。私個人の感情の問題なのかもしれないけど……その友達、すっごい性格が悪くって……」

「正邪ちゃんも十分性格悪いところあると思うけどねぇ……。誰なの? 彼女の新しい友達って」

 

「球磨川くんのことなんですけど……」

「ぶっっ!!」

 

 人首は椅子から床へ転がり落ちる。

 

「ぅぁが、ぁがが……」

 

 どうやらバナナをのどに詰まらせたようだ。しばらく悶えた後、針妙丸が人首の背をさすり、彼女はゆっくりと立ち上がる。

 

「……ふぅ、ありがと。そりゃ少名さんが悩むわけだ……解決の難易度が初級じゃなくて最上級レベルだね……」

「でしょ?」

「で、正邪ちゃんはなんて言ってたの……?」

 

 針妙丸は少し時間を置いた後、冴えない顔でつぶやいた。

 

(マイナス)を受け入れろって……けど、どういうことだか……私にはまったくわからなくって」

 

『ふむ』と人首は考えるそぶりを見せた後、針妙丸にもの柔らかに語りかける。

 

「たぶんさ……。少名さんの悪い面のことを言ってるんじゃないかな……?」

「悪い……?」

「そう、誰にだっていい面と悪い面があるでしょ? 例えば、わたしみたいに怠け者なところとか……」

 

『自覚……あったんですね』と針妙丸は苦笑している。

『まぁね~……』と新しいバナナを取り出して皮をむき、口の中へ運んでいく。

 

「たぶんね。少名さんの心のどっかで抑え込んでる部分があるんじゃないかな?」

「な、なんでそう思うんですか……?」

「だって少名さん、いい子過ぎるもん」

 

 虚を突かれ、動揺する針妙丸。開いた口が塞がらない。

 

「え、だ、ダメなんですか……?」

「いんやぁ。ダメじゃないよ。 けど、いい薬でも過剰摂取は毒だなって思っただけ」

 

『人間、素が楽だよ』と言い終えた後、人首は椅子に座りなおし、たまった書類を片付け始める。

 

「わたしも数回彼に会ったからわかるけどさ、球磨川くんは人の弱みにすごく敏感なのさ」

「人の……よわみ?」

「そう。人の負感情、ストレスとか。無意識の内にある負の側面にあの子はすごく鋭い」

 

 人首は近くにあったゴミ箱にバナナの皮を放り投げ、針妙丸の方へ向き直る。

 

「自分を理解してあげること。『嫌な部分を見つけて受け入れてあげること。それが他人のマイナスにも向き合えることにもなる』。そう言いたかったんじゃないかな? 正邪ちゃんは」

「……」

 

『まぁ、そんなすぐに見つかるもんじゃないさ』とクスクス笑い、人首は針妙丸の頭をなでる。くすぐったそうだ。

 

 

「他人の(マイナス)と向き合うねぇ……はっ! 笑わせるでありますなぁ。ツナギ」

 

「!!」

 

 針妙丸が診察室のベッドの方を振り返る。百々が醜悪な笑みを浮かべ、針妙丸の方を見ている。

 

「ど、百々さん」

「やれやれ、やっとお目覚めね……よく寝れた?」

「ぐっすりと。おかげで解任通知の現実を何度も夢で突きつけられたでありますよ」

 

『神井会長、切り捨てんの早いねぇ~……』と人首は明後日の方向を見ながらぼやく。

 

「言っておくでありますよ、少名針妙丸。……誰にも他人の負の面なんて受け入れられはしない」

 

 百々は重みの乗った言葉を口から吐き出していく。

 

「見られたくない趣味性癖、歪んだ性根。他人の汚い部分を好き好んで『いいんだよ、よしよし』なんて。そんなの受け入れられる人間なんかいない」

 

『いるとしてもこの世に球磨川ぐらいであります』と付け加え、百々はベッドの横にあった愛用の木刀を手に取る。

 

 ――――!!

 

「さぁて。ここで貴様だけでも腹いせにボコボコにしてやるでありますかっと」

「百々さん、もうあなたの能力は」

「わかっているでありますよ? ……だがなめるな。能力がなくても貴様の四肢の骨を粉々にすることぐらいはできる」

 

 百々はその場で数回素振りをし体の調子を確認。しかし額に青筋を浮かばせ、もう彼は冷静ではなくなっている。

 

「そんなことをしても、全土達はあなたを……」

「うっせぇなてめぇ……。言ったでありましょ? は・ら・い・せだって、なぁッッ!!」

 

 針妙丸が輝針剣を取り出すよりも早く、百々の木刀が無防備な針妙丸の頭蓋に襲い掛かる。

 

「女にてぇあげるなゴラァ!!」

「――――ッッ!!」

 

 百々が木刀を振り下ろす直前、見慣れた改造制服の少年が百々の頭に蹴りをいれる。

 

 蹴られた衝撃で百々はベッドの手すりにぶつかる。頭をさすって彼を蹴った男、桜街(さくらこうじ)をにらむ。

 

「こ、コウジ君!」

「おう、少名さん! 無事で何より……いでででぇ!!」

「安静にしてろって……言った」

 

 陽気に手を振る桜街の頬を人首が引っ張る。人首は少し苛ついているようで、頬を風船のように膨らませている。

 

「お前も。病室でケガ人を出すな。仕事が増える……」

「あがっあがががっが!!」

 

 忘れずに人首は百々にも制裁(ほっぺつねり)を加える。

 桜街は人首に罰されるのを不可解だと抗議する。

 

「いででで!! なんであんた、少名さんを庇わなかったんだよぉ!? わざわざ療養中の俺が蹴りを入れるまでもなかったろうが!」

「バカ……。わたしが怪我して重傷負ったら誰が少名さんの怪我とあんたらの怪我を治すの……? 言っとくけど自分の怪我は直せないからね。わたしのスキル」

「あ、そっ……ででで!!」

 

 人首はさらに力を込めて桜街の頬をつねる。彼の歯茎が見えるくらい引っ張っているため、すごく痛そうだ。

 

 ――――人首さん、自分に能力は使えないんだ……。

 

「百々さん……。少し、話したいことがあるの」

 

 人首の頬つねりを振りほどき、百々は針妙丸をにらみつける。

 

「あぁ? 話したいことぉ? 貴様と話したいことなんて砂粒の一つもないであります」

「私もあなたと同じような嫌な能力を持っているの」

 

 ピタリと百々は動きを止め、針妙丸の話を黙って聞く。

 

「『なんでも願いが叶う秘宝を操る』能力。正確には打ち出の小槌って言うんだけど」

「……それがどうした? 字面だけ聞けば、不便しなそうな能力でありますが?」

「……ちがうの」

『何がだ』と百々は眉間にしわをよせる。

 

「色んな人が私の元に来た。幸せになりたい人、憎い人を呪いたい人、世界を支配したい人、不老不死を手に入れたい人。……私のところに来るのはとんでもない奴らばっかりだった」

 

 針妙丸は思い出したくもないと顔を伏せる。『でもね』と針妙丸は続ける。

 

「もう誰とも関わりたくもないって思い始めた時に現れたのが……正邪だったの」

 

 針妙丸は顔を上げて穏やかな笑みを浮かべる。

 

「もちろん正邪も悪い人だったけど……。なんでかな、それこそ彼女は他の人とは違うって、そう思えたの」

 

『泣き虫姫』と罵りながらも、自分の世話をやきながら笑ってくれた悪友(とも)の顔を頭に浮かべる。針妙丸は百々との距離を詰めていく。

 

 百々の目つきが険しくなるが、桜街が百々を警戒してくれていた。

 

「なぜ自分にその話をしたでありますか」

「……私も実はよくわからない。たぶん百々さんと私、どこか似てるところがあるんだと思うの。ただ、もし私が出会った人が全土だったなら……たぶん、あなたと同じことをしてるんじゃないかなぁって。そう思ったの」

 

『それは幸運だったでありますな』と皮肉って百々は針妙丸に背を向け、ベッドに横になる。

 

「自分は全土様に会ったことを後悔なんてこれっぽちもしてないでありますよ。唯一の後悔は……鬼人正邪と球磨川禊、……そして特にお前と関わったことであります」

 

『シッシッ』と百々は虫を払いのけるように手を振り、針妙丸に帰るよう促す。

 

 針妙丸は大人しく診察室を後にする。診察室の扉をくぐる前に扉に手を当て、百々の方を淵帰る。

 

「その……百々さん。ごめんなさい。迷惑、かけちゃって」

「謝るぐらいならここで切腹して死ねであります。さっさとその面を病室の外へもっていけであります」

 

 冷たい一言を受けた後、針妙丸は苦笑し歩き去って行った。診察室には人首と百々、桜街が残される。

 

 ――――『百々さんにも……理由が……!』

 

 百々の意識の片隅に残っていた針妙丸の悲痛の叫びが彼の頭に響く。百々はベッドのシーツを力強く握る。彼の座るベッドに大きなしわができる。

 

「くそ偽善者が……ッッ!!」

 

 百々は自らの行いに対する報復は覚悟していた。全土に促されたからではない。自分の意志で、『やりたい、正しい』と彼が心から思ってやっていたからなのだと。

 

「なんで……なんで今さら……」

 

 だが百々は赤の他人に、しかも自分の被害者に心配されるなど彼は考えもしていなかった。

 

 もし……もしもの話。自分が彼女ともっと早く出会っていたなら……自分にもっと素直になれていたのだろうか、と。彼は思わずにはいられなかった。

 

 

 



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第25話 『戦車』と『恋人』

今回は結構短めです。
闇マリクが主人公のデュエル小説を書き始めたぜ! 
興味ある方は作者ページからぜひ見てみてね!







「……さて、寮に戻るでありますか」

 

 百々が診察室から出られるようになった後、もうすでに日は落ち辺りは暗くなっていた。ちなみに百々を含めたA組を始め上級生の寮は高級ホテルに近い建物になっている。寮での食事や部屋のベッドもD組に比べて遥かに高品質である。

 

「退院おめでと~っ、千太郎(せんたろ)っち!」

「……出迎えは頼んだ覚えはないでありますが」

 

 遠目でもわかる桃色のツインテールにセーラー服。

 A組寮手前に生徒会メンバー『恋人』であり長身の美少女、寒井 美紀(さぶい みき)が手を振って立っていた。

 

 百々はため息をついて彼女の横を素通りしようとする。

 

「ちょっとちょっと、(わたくし)様を待たせてシカトは寂しくない?」

「美紀。自分はお前に構ってられるほどの体力も気力もないであります。話ならまた明日にでも聞くであります」

「あんたの明日はいつの明日よ!? そう言って聞いてくれたことなんて一度だってなかったわよ」

 

『あぁめんどくせぇな』と百々は眉間に不機嫌なしわをつくる。

 

「あんたも随分と手こずったのね。そんなにすごいの? 球磨川の『大嘘憑き(オールフィクション)』って」

「思い出したくもないであります」

 

 死であろうともいかなるものであろうともなかったことにしてしまうスキル。存在もアイデンティティも全て無くせてしまう能力など恐怖に決まっている。

 

「確かに恐ろしいね。けど私様からすれば無敵ではないように見える過負荷(マイナス)ね」

 

「ほぅ。それはそれは。女は怖いでありますな、(さと)くて。で? 次はお前でありますか? 言っておくでありますが、アレと戦うぐらいなら逃げた方が賢明でありますよ」

 

「ちっちっちっ! 正確には違うね、千太郎っち」

 

 百々が立つ茂みの影から二人の人影がふらふらと現れる。百々の目が驚愕で見開く。

 

「し、『死神』に『悪魔』!?」

「正確には()()が。あの劣等生どもを執行してやるわ!」

 

 美紀は豊かにある胸を張り、お気に入りの扇子を取り出す。

 

「私様こと! 会計係、寒井美紀が! 最ぃっ高の舞台をすでに整えておいたわ! 『魔術師』の新 剣(あらい けん)も前座として向かわせてあるし。 時間稼ぎご苦労様、千太郎っち」

 

「……。自分の働きがたかが時間稼ぎとは納得いかんでありますな。(あらい)のことはどうでもいいでありますが」

 

『まあ気にしない気にしない』と肩を美紀に叩かれる。

 

「生徒会()『庶務』には恥はかかせないよ。それじゃ応援よろしく」

「美紀」

 

『なぁに?』と呼び止める百々に美紀は振り返る。

 

「いつまでその()()()()()()を続けるつもりでありますか?」

 

 美紀は先ほどまでの自信満々の表情を崩し、顔を曇らせる。

 

「全ちゃんが……王様ごっこ、やめたら……かな?」

「なら、半永久的でありますな」

 

 一言をくれてやり、百々は寮の扉の方へ向かう。『死神』と『悪魔』は道の脇へどき、道を開ける。

 

「それと、美紀。『大嘘憑き(オールフィクション)』が恐ろしいんじゃないであります。それを使う()()()()恐ろしい。それをよく覚えておくであります」

 

「ふーん……。まぁ、球磨川クンはともかく。一緒にいた二人は……楽に終わりそうね」

 

「あまりあの二人を侮らぬ方がいいでありますよ。お前が楽に終わるなら……自分がすでに仕留めているでありますから」

 

 

 ================================

 

 翌日、朝の教室。

 

 

『で、なんだったんだろうね。昨日のかませクールドッグは?』

 

「さぁな。急に『俺っちの手柄いやっほおーい!』とか言って襲い掛かってきたけど」

 

『……あの飄々とした切れ者。なんかマグロちゃんを思い出しちゃったよ』

 

「マグロ……? 球磨川、あとでそいつのことも教えてくれよ」

 

 正邪達の印象には残ったものの……『魔術師』新 剣(あらい けん)、出番なく再起不能(リタイア)

 

 

 




新「ち、ちくしょう! 勝ったらデートって言ってくれたのに~っ!!」


……ちなみにその件は美紀曰く「嘘」。

新 剣 生徒会私刑執行部 『広報長』

『魔術師』ザ・ワードマジシャン。

異常なほどに話術に長けている異常(アブノーマル)
新は交渉事は大の得意分野である。なぜか百々のみ相性が悪い。

多くの相手をだましたり、丸め込んだりすることができるぞ!
懐柔はもちろんお手の物! 

それでも戦闘になってしまったら……お気の毒!
明らかに戦闘向きのスキルではない。相手をだまし、翻弄するためのスキル。

『まっ、下心なんて僕には丸見えだったから。どうってことないスキルだったけどね』
「……う~ん。交渉の場では無敵? なのかも。球磨川が相手でなければ使えたかも」






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第26話 正邪ボックス

ちびキャラが作れるサイトがあったので、この作品のオリキャラを作ってみました!
第一弾は慶賀野、桜街、百々の三人です!

慶賀野ちゃんのキャラ絵は第4話にて公開!
桜街や百々君は次話が出たあたりで、公開します!
少しイメージがしやすくなるかも!

こんなん俺のイメージちゃうわい! って方ごめんな……!





 百々(どうどう)桜街(さくらこうじ)が退院した翌日。正邪(せいじゃ)は桜街、球磨川(くまがわ)針妙丸(しんみょうまる)。そして慶賀野(けがの)を引き連れ、空き教室の掃除をさせていた。

 

『で、正邪ちゃん。僕たちは何のために掃除をしているんだい? まさかただのボランティア活動?』

 

「球磨川じゃないが……さすがにこの広い教室をたった四人で掃除するとか……なにか理由があるんだろ、正邪の姉御」

 

「もちろんだ、この私がタダでこんなしんどいことをやるはずがないだろ。ただでやるのは自分の部屋の掃除ぐらいだ」

 

 正邪を含めた五人は各自ちりとりと雑巾を手に持ち、置いてあった机と床をきれいにしていく。

 

「うわっ! む、虫ぃ!」

 

「だ、大丈夫だよ、慶賀野さん! ただの蜘蛛だから! こほっ、こほっ……ここホコリっぽいなぁ。って、うわっゴキブリ!!」

 

 が、現在慶賀野と針妙丸の二人はゴキブリ退治に専心してしまっている。しまいには両手に殺虫スプレーを装備し、奇声をあげ一緒になって暴れ回る始末だ。

 

「おい、針妙丸! あんまり殺虫剤をばらまくな! ごほっごほっ! クソ、くっさぁっ!」

 

 殺虫剤の鼻を突くような匂いに、正邪はたまらず鼻をつまむ。一時掃除を中断し、全員空き教室の外へ。

 

「ったく……しばらく入れなくなっちまったじゃねぇか……。で、掃除の理由か?」

 

『あー肩が痛い』と正邪は腕をぐるぐると回した後、一枚の書類を取り出す。針妙丸は正邪から一枚の紙を受け取る。

 

「私たちがこれから使う教室を綺麗にするのは当然だろう?」

「え~と……なになに……これ、全土のお父さんからの手紙?」

 

 全土の父であり傀儡となってしまっている角明学校長の手紙。

 

 球磨川と正邪を除く全員が一驚し、針妙丸の方を向いている。

 球磨川の反応はというと……心底どうでも良さそうだ。教室の臭いがまだ残っているかを確認するため、扉の開け閉めを意味なく繰り返している。

 

『現生徒会の横暴が過ぎるというD組ほぼ全員の総意、確かに受領しました。鬼人正邪殿、あなたの提案である「新しき生徒会の設立」。一考の余地があると存じます』と、針妙丸は徐々に顔を青くして紙を読み上げる。

 

「こ、これって……」

 

 顔色が青を通り越して真っ白に近くなった針妙丸はゆっくりと正邪の方を振り返る。

 正邪は小悪魔のようにニタニタと笑って彼女を見つめている。

 

「姫様、続き続き」

「すごくいやな予感しかしないんだけど……」

 

『しかしながら急な体制の移行は混乱が生じるため、一ヶ月後の「生徒会選挙」において、全校生徒の投票で詳細を決定するというのはいかがでしょうか。それまでは新生徒会の設立及び活動に従事を。新生徒会の部屋は空き教室を自由に使ってください』

 

「これって……」

「……生徒会と全面戦争決定だな」

「ふ、ふわぁぁっ!? 正邪、正邪せいじゃぁ!?!?」

 

 針妙丸は正邪の両肩を掴み前後に揺らす。正邪の首が動きに合わせてガクガクと揺れる。

 

「何やってんの!? あんた絶対に何かしたでしょ!!」

 

「『全土ちゃんへ、屋上で待ってます』って手紙出しただけだけど? おかしいなぁ~、まさか挑戦と受け取られるとはね。ラブレターのつもりだったんだが、手が古かったか」

 

「嘘つけ!! 絶対に送ったのラブレターじゃないでしょ! どうせ生徒会のクレームでも書いたんでしょ!!」

 

「わかっているじゃないか。他のD組の生徒の苦情申し立てもついでにな」

 

『またか』と慶賀野と桜街は苦笑する。

 

「ってことはなにか、俺達はその『新生徒会』のメンバーってことで呼ばれたわけか」

「あぁ、その通りだ。咬ませ犬コウジ。お前たちはめでたく私の目に適ったってことだ」

「え、えぇっ!? こ、困りますよ。正邪ちゃん……」

 

 当然、正邪の作る『新生徒会』は現生徒会、全土一派が全力で潰しに来るだろう。球磨川と正邪達はともかく、慶賀野はただの一般人。とばっちりを喰らってひどい目にあってはたまらない。

 

 慌てて断ろうとする慶賀野に対し、桜街はむしろ気合が入ったようだ。拳を片手にあてやる気Maxだ。

 

「コウジ君、あたしはやめておいた方がいいと思うんだけど……あなたもそう思うよね? ね?」

 

「慶賀野、悪いが俺は賛成だ。もうこっちから狙いの『重力使い』を探す必要がなくなるからな。あっちの方から来てくれるんだったら好都合だぜ」

 

「う……」

 

 慶賀野は同じ反対者を探そうとキョロキョロと辺りを見回し、球磨川の方を向く。

 

 ――そ、そうだ! 面倒くさがり屋な球磨川さんなら……。

 

「く、球磨川さんも困りますよねぇ~……?」

 

 ははは、と引きつり笑いを浮かべて慶賀野は球磨川に助けを求める。

 

『ん? 僕はもちろん、喜んで参加させてもらうよ。その「新生徒会」』

「……え」

『正邪ちゃんがわざわざ声をかけてくれたんだ。仲間として断るわけにもいかないよぉ』

 

 球磨川はわざとらしい口調で、慶賀野が求めた助け舟が出向する前に沈める。

 あまりの驚きで慶賀野の眼鏡がズレてしまっている。

 

『それにしてもコウジちゃん、「重力使い」って聞いたけど……』

 

「ん? あぁ、『重力を操る』スキルの持ち主だ。この学園にいるのは間違いないんだがよぉ……」

 

『……ふぅん。興味深いね。一体そのスキルでどういったことができるんだい?』

 

「あ~……俺も全部はわかってはいねぇんだ。入学式の時含め二回喰らったことがあるってだけでよぉ。わかってるのは、一定の場所の重力を強くできるってことぐらいだな」

 

 身体が重くなって気がついたらペシャンコになっていた、と桜街は語る。

 球磨川はなるほどね、とあごに手を添える。

 

『要するに、周りの重力を重くしたり軽くしたりするってところかな。ドラゴンボールで孫悟空がやってた修行に使えそうな能力だね。地球の重力の百倍とかできたりするのかなぁ』

 

「……言っとくが、そいつは俺の獲物だ。誤って倒すなよ」

 

『やだなぁ、僕が勝てる前提で言ってもらっちゃ困るよ。会ってみなきゃどうにも言えないけれど……どちらにしろ、僕の勝てる相手じゃないよ』

 

『もちろん、その子の相手は君に任せるさ』と球磨川はコウジの右肩に手を置く。

 

『頑張って。勝てるといいね。コウジ君の勝利を、七夕に短冊でも書いて応援してるよ』

「このっ……!! 本当にムカつく野郎だな」

 

 震える手を抑え、桜街は球磨川をにらむ。球磨川は物怖じせずニヤニヤしている。

 

「おい、そろそろ臭いがおさまってきたぞ。掃除の続きだ」

 

 正邪の掛け声とともに針妙丸たちは『新生徒会』の教室掃除を再開した。

 

 

 ========================

 

 

「掃除も終わったことだし、役職決めをしようと思うんだが……」

「あ、あたしは入りませんよ、正邪ちゃん! もう帰りますから!」

「じゃあ慶賀野は会計係ってことで。イメージ的にそれっぽいし」

「勝手に決められた!? しかもイメージ!?」

 

『まぁ……数字は苦手ではないですけど……』と諦め半分につぶやく慶賀野を放っておいて役職決めは進んでいく。

 

「むろん、私が生徒会長だろ。球磨川は……副会長のポストを与えてやろう」

 

『ぼ、僕が!? ……ッッ、うぅ……なんて嬉しいんだ……!! そんな重要な地位につかせてくれるなんて……光栄だよ!』

 

 ハンカチを取り出し、涙を拭く仕草を見せる球磨川だが針妙丸は訝しげに彼を凝視する。

 

「本音は?」

『めんどくさい!』

「やっぱり……」

「ハイ、次! じゃあコウジ。貴様は……」

 

 正邪は指をピタリと止め、こめかみに拳をあてて考える。

 

「あ、姉御?」

「だめだ。お前に合いそうな仕事が思いつかん」

 

『明らかにお前、生徒会って見た目に見えねーもんな! 生徒会っていうのは僕みたいに品行公正でしっかりした人がやるべきだよ!』

 

「う、うるへぇ!! それにお前のどこが品行方正だよ! 出会い頭に螺子(ねじ)ぶっ刺してくるようなヤツのどこが!」

 

『ひどいなぁ、だれがそんなことを』と白々しくとぼける球磨川を無視し、桜街は『じゃあ』と言葉を続ける。

 

「俺は庶務職でいいよ。書記とか俺のガラじゃないし」

「そうか。じゃあ決まりだな」

 

 安心しきった様子を見せる桜街を逃さず、慶賀野はわざとらしく思い出したかのように言う。

 

「あ~! そういえばコウジ君って、昔習字教室やってたから字がすごく綺麗だよね~!!」

 

「け、慶賀野!! てめ、余計なこと言って……あ……ッ」

 

 ――さっき裏切ったお返しです。

 

 慶賀野は『ほら』と桜街のバッグから彼のノートを取り出し、広げて見せる。

 それを見た全員が驚愕の表情。

 桜街のノートは彼のイメージからは想像がつかないほどの達筆だったのだ。字だけでも美術作品にできるのではないか、というぐらいに字が綺麗だった。

 

「い、意外……!」

『ある意味見直したよ。コウジちゃんの字って、ミミズがのたくったような字のイメージだったんだけど。うわ、似合わね~……』

 

「うおあぁぁぁ! だからバレたくなかったのにぃぃ!! 絶対になんか言われるって思ってたからよぉ!!」

 

 桜街は慶賀野からノートを奪い返し、急いでカバンにしまう。恥ずかしくて涙目になっている桜街を正邪はバシバシと彼の背中を叩く。

 

「あ、姉御まで俺をバカにするのか!?」

 

「いや、お前がバカなのは元々だ。むしろ私は見直したぜ。さすが我が同士。周囲が貼るレッテルに反してそんな才能を隠し持ってるとはな。感心したぞ、コウジ」

 

「姉御ぉぉぉぉっ! 一生ついてきますぅ!」

「じゃ、お前書記に決定な。書記は字がうまい方が助かるからな」

「あっ、やっぱそうなるのね……」

 

 とほほ、と肩を落とす桜街。残るのは針妙丸の役職。

 

「あれ、ちょっと待って。残ってる仕事って庶務職しかない?」

「決まりだな。よろしく雑用係」

「ちょっと! なんで私は優先順位が低めなのよ!?」

 

 決める順番を最後にされ、不満な針妙丸。しかしそんな彼女に構わず正邪は話を先へ進める。

 

「で、票集めはどうするんですか? あたしたちのD組はまだいいとしても、全校生徒の4分の3は現生徒会に満足しちゃっている人たちなんですよ?」

 

「いや、満足しているのはせいぜいトップのA組ぐらいだ。少なくてもB組とC組は現体制のどこかしらに不満があるはずだ」

 

『中途半端なエリートに限って、自分より上がいるっていうのは気に食わないもんだからな』と言って正邪は一体どこから持ってきたのか、大きく立派な木箱を持ってくる。

 

『それは?』

「生徒の『新生徒会』への依頼を集めるための投書箱、つまり目安箱だ」

 

 正邪は目安箱をバンバンと叩くと自信満々の笑みを浮かべる。

 

「そもそも私たちはこの学校に来たばかりだ。まだここの生徒が何を望んでいるかなんて雀の涙ほどもわからねぇ。なら、ここにいる生徒の方から答えてもらえばいい」

 

「出す奴なんているのか? 誰が出したとか突き止められるのが嫌で使う奴なんていないんじゃないか?」

 

「むろん、匿名で出してもらう。どの道、出された手紙が書いた本人かどうかもわからねぇし、出した奴の秘密保持のためにもな」

 

「なるほど、私達『新生徒会』にやってほしいことを書いてもらって……それを解決し支持を得る……。正邪にしては考えたね」

 

「おい、針妙丸。私にしてはってなんだ? 私にしてはって。場合によっちゃあ、今日の夕飯抜くぞ」

 

『そ、それよりも!』と針妙丸は誤魔化す。

 

「もうそこまで決まってるってことはさ、なにか目安箱について相談したいことがあるんだよね?」

 

「そうだ。すごく大事なことだ。この場で話し合わなければ。この目安箱自体が無価値になるほどの重要度だ」

 

 教室にいる全員が正邪の出す議題に対し、息を呑む。正邪はすこし溜めて言葉を続ける。

 

 

「この目安箱の、『名前』だ」

 

 

 正邪以外の全員が問題の小ささに顔を下におろす。そんなみんなを気にせず、正邪はぴらりと紙きれを取り出す。

 

「いくつか候補を絞ったんだが……」

 

 ――め、めっちゃ真剣に考えてるー!!

 

「『正邪ボックス』とかどうだ!」

 

 意気揚々と練りに練ったであろうアイデアを暴露する正邪だが、みんなの反応は彼女が思っていたものよりもかなり辛辣だった。

 

「せ、正邪ボックスかぁ……」

『……』

「わ、悪くないと思うんですけど……も、もっと……こう……」

「姉御、何にも言えねぇわ」

 

 そろって『ネーミングセンスがない』という意見だった。正邪は焦って第一候補から第二候補へ切り替える。

 

「や、やっぱり『レジスタンスボックス』で……」

『……』

「……うそん」

 

 正邪は衝動に任せアイデアをまとめた紙をクシャクシャに丸め、放り投げる。体育座りの姿勢になり、本格的にいじけ始める。

 

「……いいよ。おまえらで勝手に決めてくれ」

「せ、正邪ちゃん!? ごめんなさい! そんなつもりじゃなくて……」

「そうだ! 球磨川! お前は何がいいと思う?」

 

 慶賀野はなんとか元気になってもらおうと謝罪し、話をつなげようと必死になる桜街。落ち込む正邪になんと優しい世界だろうか。

 

『「箱」でよくね?』

「雑っつッッ! 却下だ!!」

「正邪ちゃん、復活はやっ」

 

 もう適当でいいよ、という態度が露わに出た球磨川。正邪はその場から立ち上がり、球磨川に意見する。

 

「大体なんだよ、目安箱の名前が『箱』って。せめて『目安箱』そのままとかの方がまだマシだ」

 

『ほら、今時の漫画の必殺技って案外シンプルな名前の方がウケがいいでしょ? 「ひゅっ」とか「斬」だけで表現するやつ。技名なしってやつだよ』

 

「おい、慶賀野。なにかいい名前はないか?」

『……』

 

 球磨川は正邪に相手にされず若干落ち込み気味。

 いきなりの指名にうろたえる慶賀野だが、なにか思いついた様子。『あっ!』と人差し指をあげて一つ思い浮かんだと見せる。

 

「正邪さんは反逆とか、何かをひっくり返すのが好きなんですよね?」

 

「ふん……性根もひっくり返っているのが私でね」

 

「じゃあ、この学園の名前とさっきのレジスタンスって言うのを利用して……」

 

 慶賀野は自分のアイデアを紙にペンで書き、穏やかな笑みと共に教室にいる全員に見せる。

 

「『革命ボックス』というのはどうですか?」

 

 ほぼ満場一致で正邪が設立した『新生徒会』目安箱の名前は、『革命ボックス』に決まった瞬間であった。

 




おまけ

「ほぼ……?」
『……』
「お前、本気でただの『箱』がいいって思ってたのかよ……」
『またはボックスで……』

――変わんねぇよ。




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第27話 いずれ時が来る前に

今回は慶賀野さん視点のお話。







「と、ノリで名前を決めてしまいました……」

 

『参加する気なんかなかったのに……』と慶賀野(けがの)は肩を落として自分の部屋に入る。ずいぶんと気が重い様子。

 

「本当はこんな事はしてはいけないはずなのに……」

 

 慶賀野の机の上から急に携帯電話の着信音が鳴る。

 

「ッッ!! う、うそ……」

 

 慶賀野は顔を恐怖で引きつらせ、携帯電話を手に取る。

 

「は、はい……」

 

 慶賀野は震える声を隠すのを忘れて耳元に携帯電話をあてる。彼女のケータイからぐぐもった声が彼女の耳に響く。

 

【そう怖がらなくてもいいよ。慶賀野くん】

「……ッ! はい……。ななにか、ご、御用でしょうか……」

 

 慶賀野は漏れそうになる涙を必死にこらえる。ケータイを持った手が自然と震えている。

 

【ああ、たまには口頭で定期報告でもと思ってね。首尾はどうだい? 君が僕らの間者だってことはバレていないかい?】

 

「……いいえ。おそらくは」

 

【そうか。いや、あの球磨川という生徒は侮れないからさ。勘づかれていてはマズイと思ってね】

「……ッッ」

 

 慶賀野は漏れそうになる声を手で抑え、動揺を悟られないようにする。

 

 ――『君も……「()()」じゃないんでしょ?』

 

「おそらく、球磨川も……あたしのことに気がついていません」

【ならいいんだ】

 

 慣れない嘘をつくせいか、慶賀野の心臓がバクバクと震える。彼女の体に響く鼓動が体外にも聞こえてきそうだ。

 

【ところで……全土様も気になさっていたけど、『新生徒会』の動向はどう?】

 

「今のところ、目立った動きはしていませんでした。あるとすれば、目安箱を作って生徒からの支持を集めようという動きが……」

 

【へぇ……興味深いね】

 

 ――その『新生徒会』にあたしも入ってしまったのだが……。

 

【そういえば『新生徒会』メンバーの名簿一覧には君の名前も入っているんだけど】

「!!」

 

 慶賀野は、まるで心臓が破裂したかのようにその場で飛び上がる。さらに鼓動が早くなる。今ならば車のエンジンの代わりになるだろうか。

 

【ははっ、大丈夫だよ慶賀野くん。君が『新生徒会』の一員になっているのは、あくまで鬼人正邪と球磨川禊の動向観察のためだろう? なら大きな問題ではないよ】

 

「も、もちろんです」

 

【スパイの君が裏切ったとすぐ早とちりするほど、僕の器は小さくないしね】

 

「……。ありがとうございます」

 

 正邪に巻き込まれる形になったとはいえ、結果的に監視のために敵の懐に潜り込むことができたのだ。そう考えれば幸運だったと言える。

 

【それに君が我々『生徒会』を裏切ることなど、そもそもありえないことだ】

 

 慶賀野は愁然として顔を垂れる。

 

 

【なにせ君はアルカナ持ち――『節制』なのだから】

 

 

 それを最後に通話はプチンと切れる。通話終了の電子音が部屋に響く。

 

「……『節制』、か」

 

 ――そんな地位、望んでもいないのに。

 

「っ! だれ……?」

 

 突然誰かが戸を叩く音が聞こえ、慶賀野はその場に縮こまる。戸の向こうから鈴を思わせるような元気な声が聞こえてくる。

 

功名(こうみょう)さーん! いる? 夜中にごめんね!」

「針妙丸……さん?」

 

 慶賀野は恐る恐る玄関のドアを開ける。すると彼女の目の前には普段の恰好にタオルを巻いた針妙丸の姿が。なぜか着物がビショビショに濡れていた。床に水が滴り落ちている。

 

「正邪ったらひどいのよ!! 私がお風呂に入っている最中に急に着替えを湯船に放り投げてきて!」

 

『またか』と怒って頬を膨らませる針妙丸に慶賀野は苦笑する。

 

「あはは……また正邪ちゃんの悪戯ですか?」

「そうなの! もうあったまにきたから部屋を飛び出してきたの。いくら怒ったからってやりすぎだよね!」

 

 しかし、こうも露骨な嫌がらせをするとは正邪もなかなか大胆だな。そう思いつつ、慶賀野は笑って針妙丸を部屋に迎え入れる。

 

「っはくちゅん!!」

「あ~あ、風邪ひいちゃいますよ? とりあえず替えの着替えを持ってきますね」

 

 慶賀野は新しいタオルを針妙丸に手渡し、リビングへ。

 

「たしか、ここにもうちょっと着やすいのが……」

「あの、功名さん。その……お願いがあるんだけど」

 

 針妙丸はもじもじしながら慶賀野の方へ身体を向ける。

 

「その……今日はここに泊めてくれる? ちょっと帰りづらくて」

「え、そ、それって……」

 

 お泊り。しかも布団は一つしかないから共有で使うしかない。

 

「お、お、お泊りってことですよね……?」

 

「ご、ごめんね。急に。嫌なら私もう――」

 

「ぜ、ぜんぜん!! 迷惑じゃないです!! あたしの布団は一つしかないから、きょきょ、共有で、一緒にくっついて寝る形になっちゃうけど……!?!?」

 

 慶賀野は半分パニックになりながら、落ち込む顔を見せる針妙丸にあたふたと一泊の許可を出す。するとパァッと針妙丸は顔を輝かせる。

 

「よ、よかったぁ……。ありがとう、功名さん! 私、友達が少ないから友達の家にお泊りなんて自分からできると思わなくて……」

 

「ふふっ、私は布団の準備をしますから。針妙丸さんはシャワー室で着替えていてください」

 

「うん!」

 

 針妙丸は元気に返事をすると、シャワー室へ着替えをもって駆けていく。

 

 ――あたしも、女友達と一緒の部屋で寝られるなんて……夢にも思わなかった。

 

 慶賀野は針妙丸とお泊りができる嬉しさで穏やかに微笑みながら、押入れから布団を取り出した。

 

 

 ======================

 

 

 針妙丸は慶賀野が用意してくれた布団に潜り、慶賀野も最初はためらいつつ彼女に続いて布団の中に入る。

 

「昨日設置した『革命ボックス』、依頼が入るといいね」

「そうですね。初仕事で変なのが来ないことを祈りますけど……」

 

 先日、学校中にあの目安箱を五人で配置したのだ。球磨川は途中で勝手に帰っていたため実質四人でやったのだが。

 

「それにしても、正邪ってほんと何考えてるのか全然わかんないよね。球磨川くんもだけど」

 

「新しい生徒会を作って、あたしたちも入れられて……」

 

「ほんと、破天荒と言うか人騒がせって言うか……」

 

「でも、嫌いじゃないんですね」

「不思議と嫌いになれないんだよね」

 

 慶賀野と互いに笑い合い、『むしろ嫌いになれ!』と言っている正邪の顔を思い浮かべ微笑する針妙丸。

 

「……なんで嫌いになれないんだろうね」

 

「うーん……正邪ちゃん、可愛い子だからじゃないですか?」

「可愛い?」

 

「ほら、可愛さ余って憎さ百倍って言うじゃないですか」

「それ、たぶん使い方違うと思う」

 

 むしろ逆の意味だ。

 

「けどあいつ、私にいつもちょっかい仕掛けてくるし」

 

「たぶん正邪ちゃんは針妙丸さんに構ってほしいんですよ」

 

 ――正邪ちゃんは確かに口が悪くて、意地が悪い。けど……なぜか見捨てられない。仕方がない人だって思わせてくれるような……。そんな何かが彼女にはあるんですよね。

 

「ま、それが何かはわからないんですけどね……」

「慶賀野さん……?」

「あっ何でもないですよ!? 特に深い意味はなくて……」

 

 突然身を寄せてきた針妙丸に慶賀野は息を呑む。

 

「……慶賀野さん。正邪と私にいつも付き合ってくれてありがとう」

「え、いいえ、いいえ! だって私達は、友達じゃないですか」

 

 慶賀野はちくりと胸を打つ痛みを無視し、顔を赤くする。穏やかな顔を浮かべて信じてくれる針妙丸の笑みを見ているとさらに痛みが増してくる。

 

「本当は不安だったの。知らない場所で知らない景色。ここに来て私が唯一知っているのは正邪だけで……」

 

 慶賀野は見てしまった。針妙丸の薄紫色の瞳がどす黒く染まっていくのを。彼女の闇が……見えてしまった。

 

 ――この子は……重い過去を背負っている。あたしが考えている以上につらい出来事を胸に秘めている。

 

 未来への不安、不信感、そして……孤独。それらの色を慶賀野は知っていた。

 

「私、慶賀野さんと友達になれてよかった」

「……っ」

 

 心臓を矢で射抜かれたかのような激痛に耐え切れず、慶賀野はその場から立ち上がる。突然立ち上がった慶賀野に驚き、目を見開く針妙丸。

 

 ――いずれ、私と友達になったことを後悔しなくてはいけない。彼女も……そして、私自身も。

 

 慶賀野は頭上の灯りのスイッチを引っ張る前に針妙丸の方に振り返る。

 

「さ、そろそろ寝なきゃいけない時間ですね。電気、消しますね」

「うん……おやすみなさい、功名さん」

 

 これ以上胸の痛みを感じないように、慶賀野は会話を終わらせた。いや、逃げた。

 

 

 ======================

 

 

 慶賀野は生徒会副会長を球磨川が倒した時のことを思い出していた。

 

「私が……? じょ、冗談はやめてください。私はただの女子高生で……」

『いや、そういうのいいからさ』

 

 球磨川は手に持っていた螺子を消し、慶賀野に向かって微笑む。いつ何時のように薄気味の悪い笑みを浮かべて。

 

『君は……僕と同類だろう?』

「……!? だ、だれがあなたと――」

『わかるよ』

 

 球磨川はズィッと顔を慶賀野の目の前まで近づけ、彼女をよろけさせる。

 

『うまく取り繕ったって、僕にはわかる。きみも……きっと人をいっぱい終わらせてきたんだよね?』

「……ッッ!!」

 

 慶賀野は普段では絶対に見せないであろう怒りと悲しみが入り混じった表情を露わにし、歯ぎしりをする。

 

『それにも関わらず、終わらせた人な~んていなかったことにしてさ。きみは(しん)ちゃんと一緒に何事も「無かった」かのように笑っている。それが僕と同じじゃなくて……なんだって言うんだい?』

 

「黙って……!!」

 

 慶賀野の手から血が地面に滴り落ちる。爪を手の平の皮膚に食い込ませた先からとめどなく血が流れていく。

 

 

『でも』『いいんだよ。それで』

 

 

 球磨川は慶賀野の肩に手を置き、そのまま歩いて行ってしまう。

 慶賀野は球磨川との(マイナス)のあまりの違い(おおきさ)に愕然としてしまう。手が力なく垂れ、頭が真っ白になる。

 

 距離が離れているのに球磨川の声は遠ざからない。

 

 

『僕やきみは何をしたっていいんだ』

『……だって世界には目標なんてなくて』『人生には目的なんてないんだから』

 

 

 ======================

 

 針妙丸が完全に寝静まった後、慶賀野は一人、闇のみが広がる自分の部屋でずっと起きていた。慶賀野は自分がつけた手の平の傷跡をじっと仰向けになって見つめる。針妙丸が部屋に来てから胸のあたりが痛くてたまらない。

 

 

「あたし、ほんと何やっているんだろ……」

 

 

 いずれどの道「無かったこと」になってしまうのに。なぜ自分は針妙丸と仲良くなりたいのか。バレない嘘なんてない。無意味で滑稽なことだとわかっているのに。

 

 慶賀野はすぅすぅと可愛い寝息を立てている針妙丸に視線を向け、外す。

 

 生徒会を裏切ることもできず、正邪や針妙丸たちを見捨てることもしたくない。なんと中途半端な心構えなのだろうか。

 

 慶賀野はギュッと強く自分の胸元をつかむ。しわが掴んだ中心から広がる。

 針妙丸の寝言が小さく慶賀野の耳に届く。

 

「……けがの、さん」

 

 ――だが、せめて……せめて今は。いずれ裏切りがバレるのならば。

 

 慶賀野は針妙丸がしきりに動いていた手に、自分の右腕を重ねた。

 

 

「おやすみなさい。針妙丸さん」

 

 

 そして小さく『ごめんなさい』とつぶやき、慶賀野は眠りに落ちた。

 彼女の頭を置いた枕の一部が、少し濡れていたことに気づかぬまま。

 

 




今回出番がなかったコウジくんの為にちびキャラ第二弾。


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第28話 『まぁそんなすぐに足並みが揃うわけないよね。』

遅れてすみません、風邪(頭痛)と課題のオンパレードでなかなか進んでいませんでした。他作品もまだ書きかけ……

もうそろそろ治りそうな気配。


「諸君! よく聞け、見て驚け! 早速の依頼だ!!」

 

 正邪が嬉々として腕を『革命ボックス』の中に手を突っ込み、二枚の手紙を取り出す。

 汚かった空き教室、もとい『新生徒会』室にいる針妙丸達はおおっ、と声をあげる。

 

「初の依頼か! こりゃあ、めでたいぜ」

「やったね、慶賀野さん! 仕事の内容って何かなぁ?」

「……」

 

 針妙丸の横にいる慶賀野だが、少しボーっとしている様子。心ここに在らずといった状態だ。針妙丸は気になったのか慶賀野の顔を覗き込む。

 

「慶賀野さん?」

「……あっ。そ、そうですね。なんでしょうかね?」

 

 心配そうな針妙丸の顔を見て我に返る慶賀野。焦って笑みがいつもより引きつっている。さらに針妙丸の顔に慶賀野に対する懸念が浮かぶ。

 

「本当に大丈夫? 朝起きてからずっと調子が良くないみたいだけど……」

「大丈夫です、針妙丸さん。私は大丈夫ですから、ね?」

 

 針妙丸に心配をさせまいと慶賀野は普段のように穏やかな笑みを見せる。『ならいいんだけど』と安堵する針妙丸を後ろで嘲笑う球磨川。

 

『……。へぇ、功名さんが元気で僕もうれしいよ。やっぱり、何よりも元気が一番だからね』

「心配してくださってありがとうございます、球磨川さん」

『それにしても……』

 

 球磨川はちらりと針妙丸の方を向いてから再び慶賀野の方へ視線を戻す。

 

幸せ者(プラス)は楽観的でいいよね。悪意なく人を傷つけるなんてなかなかエグイことを平気でやるから、さ』

 

「あんた……!!」

『別に君のことだなんて言ってない――』

「球磨川さん、黙ってください」

 

 針妙丸が球磨川の挑発的な発言に対し再度口を挟む前に、慶賀野はぴしゃりと言い放つ。

 慶賀野の怒気に当てられた球磨川は『はいはい』と両手を後頭部に回し二人に背を向ける。

 

「おいおい……。空気悪いぜ、一夜でなんでこんなに空気が重くなっちまうんだ?」

「知るか。それよりこっちを見ろ、お前たち。コウジ、一枚目の紙を声に出して読んでみろ」

 

 正邪はほら、と桜街に二枚の依頼書の紙を突き出す。

 

「へぇ、二枚もきたのか」

 

 桜街(さくらこうじ)は正邪から紙を受け取ると、折りたたまれた紙を開き内容を確認する。

 

「どれどれ……。……ッ!? 姉御、すまん。俺には……読めん」

 

 桜街は紙を再び折りたたみ顔を下に下げる。正邪は苛立たし気に彼を見つめる。

 

「あぁ? ついに字も読めなくなったのか?」

「ち、違うそうじゃないんだ! ただ……その……声に出して読める内容じゃないって言うか……」

「もういい、貸せ」

 

 ――ったく、何が読めないだよ。読むのが恥ずかしくなるような内容が書いてあるって言うのか。

 

『じれったい』と結果を急く正邪は桜街の手から紙を奪い取り、中身を確認する。

 

「…………? んん!?」

 

 一瞬だけ見えた依頼書の内容を見間違いかと思い、正邪は手紙を何度か開いて確認する。

 

 ――正邪ちゃんのパンティおくれ。

 

 しかし書いてある内容は変わらずだった。正邪は動揺しているのか顔が赤い。妖怪やって数百年。こんなふざけた内容の手紙を送られたことなど一度としてなかった。まず送る住所すらなかったから手紙なんて来るはずもないが。

 

「に、二枚目は……!?」

 

 ――鬼人正邪の裸エプロン姿が見たい。

 

 二枚目も同様、変態が出した手紙で間違いなかった。が、こんな恥ずかしげもなくセクハラの内容を書いてくる奴など正邪の知っている中では一人しか思いつかない。

 

「……」

『……ドキドキ』

 

 目から光が消えた正邪の横で、球磨川はワクワクと正邪の反応を待っている。『願わくば』と言ったところだろう。

 

「……球磨川」

『ん? どうしたの? どんな内容だったの、正邪ちゃん!』

 

 少し興奮しているのが誤魔化しきれない球磨川。

 正邪は手に持っていた二枚の紙を球磨川に手渡す。そして怒っているはずなのに、ニカッと良い笑顔を球磨川に見せ、

 

「この手紙を『無かったことにしろ』」

『え……!?』

 

 正邪は内面と反して笑顔だ。いっそ不気味に見えるその笑みに球磨川は戦慄する。

 

「どうした? 早くお前の『大嘘憑き(オールフィクション)』でこいつを消せよ。お前なら簡単にできるだろう?」

『……!!』

「早くしろよ。まさか書いた本人がお前なわけないよな? まっさか、できないわけな・い・よ・な?」

 

 語気を強め正邪は球磨川に迫る。球磨川は冷や汗を額に浮かべ、能力を行使することを大いにためらっているのだろう。

 

「球磨川、信じているぞ? お前はそんなことをするはずがないって」

 

 正邪は悪戯気にニヤニヤと笑っている。間違いなく信じていない。

 球磨川は心内で人知れず狼狽しているのか、今までにない焦った表情を見せる。動揺しているのがばれないように何気なく左手で汗を拭き、右手で顔を見せないように抑えている。

 

 正直言ってバレバレである。

 

 よく耳をすますと、小声でブツブツとつぶやいているのが聞こえる。

 

 「……だ、大丈夫。こんな紙、「無かったこと」にするなんて造作もないことだ。自分で書いた字を消しゴムで消すことなんてわけないさ――」

 

 球磨川は紙に伸ばした手を触れる寸前で止め、その場でガクッと膝をつく。

 

『グッ……だめだ。僕には、僕にはできない……!! 自分の欠点(マイナス)をなかったことにするなんて……!!』

「どうやらマヌケは見つかったようだな」

 

 正邪は「入れる場所を間違えたんじゃないか?」と言って球磨川の依頼、もといセクハラペーパーをゴミ箱へ放り投げる。

 球磨川はショックを受け、ゴミ箱へ空しく手を伸ばす。

 正邪は『ああああっ……』と落胆の声をあげる球磨川を見て大いに満足する。

 

 針妙丸と慶賀野の女性陣は言うまでもなく、同じ男性である桜街でさえ、球磨川をフォローしようとはしなかった。むしろ『うわ~……』とあまりにも欲望に正直すぎる球磨川に、若干引き気味だ。

 

オーマイガッ(oh my god)!! 僕の希望がぁぁ!』

「しょぼい希望だな、おい」

「うわ……球磨川くん」

「せ、セクハラです、セクシャルハラスメントです……!」

 

 桜街に続き針妙丸と慶賀野も球磨川にドン引きだ。『僕の願いを「新生徒会」のみんななら叶えてくれると思ったのに』と泣くフリをしてチラチラと正邪の方を見る。

 

 全く懲りていない球磨川に堪忍袋の緒が切れたのか、正邪は先ほど球磨川の手紙を放り投げたゴミ箱へ、重い足取りで近づいていく。

 

「どうやら捨てるだけじゃ足りないらしいな」

 

 正邪はゴミ箱から先ほど放り込んだ手紙を取り出しビリビリに破く。子気味のいい音が『新生徒会』の教室に響く。

 

 字も見えないくらいに無残な姿となった紙を見て、球磨川は両手で頭を抑え込みその場でかがむ。拾ってくれるとでも思っていたのだろうか。

 

『絶望した!! せっかくありったけの勇気を込めて紙を入れたっていうのに!』

 

「なんか、正邪がひどいみたく言ってるけど全部球磨川くんの自業自得だよね」

 

『僕は悪くない』

「おい球磨川、あとでちょっと表出ろ」

 

 球磨川達がぎゃあぎゃあと騒いでいる間に慶賀野が『革命ボックス』の中を覗き込み、もう一枚の紙を取り出す。

 

「あ、正邪ちゃん! もう一枚依頼の紙が入っていましたよ!」

「なんだと! どれどれ……」

 

 正邪は慶賀野から紙をひったくり、広げていく。

 

「『多目的棟が生徒会に占拠されて迷惑しています。立ち去るように言ってきてくれませんか』。へぇ、なかなか面白い依頼を持ってきてくれたもんだな」

 

「多目的棟、ねぇ……」

「コウジ君、何か知ってるの?」

 

 難しそうな顔をする桜街に針妙丸は尋ねる。

 

「あぁ、多目的棟っていうのは文字通り色んな目的で使われる教室を集めた建物だよ」

「中にはどんな教室があるんですか?」

「え? 慶賀野は理科実験室にも行ったことがないのか?」

「ちょ、ちょうどその時はお休みで……」

 

 もじもじと恥ずかしそうにする慶賀野。桜街は後ろ髪を掻く。

 

「しょうがねぇなぁ。多目的棟にあるのはさっき言った通り理科実験室、美術室に大ホール。あとは音楽室に空き教室がいくつかと……昔使われてた体育館ってところか」

 

「何でもいい、早速……ってコウジ、球磨川はどこだ?」

 

「え? アイツならさっき『僕、今日やる気でないからエロ本買いに本屋さんに行ってくる』って……」

 

「あいつ……!! 私が裸エプロンになりゃあやる気出たってか!!」

 

 ――ちくしょう、こいつら三人だけじゃあ戦力不足な上、慶賀野はただの足手まといだ。元々慶賀野は人数合わせだったしな……。やはり球磨川がいなければ生徒会相手にお話にならない。

 

 正邪はちらりと慶賀野の方を見ると、慶賀野がドキッと驚いたような顔をする。

 

「しょうがねぇ、依頼を達成するのは明日だ。今日の所はとりあえず解散!」

 

 

 ==========

 

 

「あぁ……心臓に悪いよ……」

 

 部屋に戻った慶賀野は一息をつき、勉強机の椅子にどっかり腰を下ろす。

 

「……けど本当にバレてないのかなぁ」

「不安なのかな? 慶賀野っち」

「ひゃっ!!」

 

 耳元で突然響いた声に驚き、慶賀野は椅子から転げ落ちる。起き上がった後ゆっくりと声の主の方を振り返る。

 

「お、脅かさないでくださいよ、美紀さん!!」

「ゴメンね、あとこんばんは慶賀野っち」

 

 慶賀野の目の前に立っていた美紀は桃色のツインテールを揺らし、その場でクスクスと笑う。

 

「首尾はどーう? 順調?」

「……はい。美紀さんの指示通り、正邪たちの目安箱に投書しました」

「よろしい。私様(わたくしさま)は大変満足よ」

 

 ふっふっふっ、と美紀は扇子を広げ口元を隠す。

 

「そうだ、慶賀野っち。もうひとつだけ手伝ってほしいことがあるんだけど」

「……なんでしょうか」

「それはね――」

 

 美紀が言い終える前に、慶賀野は突如美紀の横から現れた大男にボディーブローをきめられてしまう。

 

「うっ……!? な、なんで――?」

「くっくっく……これで仕込みはか~んりょう。さぁて、あとは球磨川禊と鬼人正邪がのこのことやってくるのを待つだけね」

 

 そして……翌日、針妙丸が慶賀野の部屋に挨拶に行くも、そこに慶賀野の姿はなかった。

 




現在
レミリア「私、真のラスボスになるわ。」公開中!


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第29話 『また会おう、めだかちゃん』

いつの間にか一週間以上経ってるじゃねぇか!!

あ、風邪は完治しました。ありがとうございます。




 正邪が新生徒会を発足し、目安箱を設置した日の昼頃。

 角明学園に来訪者が。

 

「――ようこそ。角明学園へ」

 

 全土に顔つきのよく似た老人、角明学園学園長が目の前の人物へ丁寧に挨拶をする。

 

「これは学園長。こちらこそ、時間をとらせていただいて感謝するぞ」

「いえいえ、まさか箱庭学園の視察代表が生徒会長のあなただったとは――黒神めだか、さん」

 

 学園長室のソファーに座る、絢爛華麗(けんらんかれい)といった言葉が似合であろう美少女、黒神めだかは大胆不敵な笑みを浮かべる。

 

「なに、これも他校との親睦をはかるためだ。学園のためなら私は24時間でも48時間でも、休まずに働こう!」

 

「二日も働けるとは……なんとも頼もしい」

 

 なにせ彼女は学園で24時間、誰からの相談も受け付けると大言壮語を言い放つほどだ。

 本人曰く『見知らぬ他人の役に立つために生まれてきた』とか。

 

「うむ、では早速教室へ案内してもらえるか? 学内の雰囲気がどういうものか早く見てみたい」

 

「もちろんですとも。では――」

 

 

「――そこから先は、俺が案内をしよう」

 

 

 二人が席を立った後、学園長室の扉から銀髪の男が入ってくる。彼の鋭い目つきが学園長を射抜いた瞬間、学園長は狼狽してしまった。

 

「ぜ、全土……」

 

「む……」

 

 黒神は『何者なのだ』と眉をひそめ、突然入ってきた大男の様子をうかがう。

 

 

「じゅ、授業はどうした……?」

 

「ボケたか親父。授業など、とっくに終わってもう昼休みだ」

 

「そ、そうだったか。もうそんな時間だったのか……はっはっはっ……」

 

 ――親父……?

 

「この男は学園長の息子……?」

 

 ぼそっと黒神が全土のことを呟くと、全土は首を黒神の方へ向ける。

 

「初めまして、だな。噂でよく聞いているよ。黒神生徒会長」

 

「あ、あぁ……こちらこそ今日は一日よろしく頼む」

 

「そういうわけだ。親父、俺が言っておいた案件。きちんとまとめておいてくれよ?」

 

「……いつもすまないな。黒神さん、申し訳ございません。ここから先は私の息子が学校案内をします」

 

「うむ、生徒から直接聞いた方が学園の様子もよくわかるかもしれん。では全土、行こうか」

 

『レディーファーストだ』と全土は扉の前から退き、黒神を通らせる。その後に全土も続き、二人は学園長室を去った。

 

 

 

 ▲▲▲

 

 

 ――それにしてもこの男、本当にあの学園長の息子なのだろうか。

 

 学園の広大な敷地を回るため車に乗せてもらっている最中、黒神は彼女の隣に座る男、大多羅全土を注意深く観察していた。

 

「いい天気の中を歩き回るのも悪くないが――この学園の敷地はとても広い。はるばる来てくれた客を疲れさせるわけにはいかないからな」

 

「気遣い感謝するぞ、大多羅三年生。だが私はお前とこの天気で散歩したかったものだ」

 

「――それは失礼。余計なことをしたようだ」

 

 ――箱庭学園先代生徒会長、日之影先輩もこのような威圧感は持ってはいたが……この男は彼以上だ。本当にあの柔和そうな大多羅学園長の息子とはとても信じられない。

 

 それどころが……学園長と彼の外見も印象も全くの正反対だ。

 射抜けば猛獣でさえ殺せそうな鋭い視線。荒々しくも輝かしい銀髪。

 彼の一つ一つの特徴が彼の人間性を如実に表していた。

 

「次の行き先までにはまだ少し時間がある。少し箱庭の話を聞かせてくれないか?」

 

「ちょうどいい。私も貴様に聞きたいことがあったところだ」

 

「ほぅ……何を聞きたい? ()()()()()である俺に答えられる事なら何でも答えよう」

 

 全土は頬杖を解き、少し興味深そうに黒神の方を見る。

 

「まず一つ、大多羅三年生は生徒会長なのか?」

 

「ははっ、いいや。俺は生徒会長などという器ではないよ。さっき言った通り、俺はただの一般生徒だ」

 

「一般生徒の……一人」

 

 ――ならばなぜ彼を見た人は()()()()()()()()()彼を避けるのか。

 

 全土が用意してくれた車に乗る前に見かけた数人のD組生徒。彼らの全土への反応は明らかに『怯え』。信頼や友情などとは程遠い。

 あえて言うならば、為政者への絶対順守。

 

「それで……なぜその質問を? なにか俺に変な噂でも立っていたのかな?」

「いや。単に気になっただけだ」

 

 全土は含み笑いを浮かべ、黒神の表情をうかがってくる。

 

「それはよかった。言うのは勝手だが、陰口というのは目の前に出てくると、どうしても気になるものだからね」

 

「あぁ、悪い噂はない。君の陰口ももちろん。学園の悪い噂は一つも。――だがどうしても気になるんだ」

 

『ん?』と眉を上げる全土に黒神は身体を向ける。

 

「――悪い噂が……()()()()()んだ」

 

 視察に行く前に他校の良し悪しを調べるのは当然。黒神はあらゆるネットワークを活用し、情報を収集していたのだが、

 

「集めた情報の中に角明学園に関する悪い噂が……何もなかった。ソーシャルメディア、他人の書き込み欄の一言にも……なかった」

 

 最低でも一人は、学校のことをよく思っていない人間がいてもおかしくない。

 学園の裏サイトの書き込みまでも調べたが、そういった類の発言、『ここが気に入らない』という一言すら見当たらなかったのだ。

 

「――いいことではないか。特に不満に思う点はない。生徒()()がこの本校の環境に満足しているということではないか」

 

「……」

 

 間違いない。彼の口ぶり、この学園はやはり何かを隠している。

 でなければ先程の生徒が、ただの一般生徒である全土にああも怯えるはずがないのだ。

 

「黒神生徒会長。()からも聞きたいことがあるのだが……」

「な、なんだ」

 

 ――なんだ……心の奥底にまで滑り込んでくるような声。

 

「――上に立つ者は……どうあるべきと思うね?」

 

 彼が問いを出した瞬間、黒神は頭を上から押さえつけられるような奇妙な感覚を覚える。底知れぬ威圧感が……車内を覆っていた。

 

「聞けば君は、先代生徒会長である日之影空洞を改心させ、彼に勧められて生徒会長になったとか」

 

「――!! なぜそれを……」

 

 日之影空洞の異常性(アブノーマル)知られざる英雄(ミスターアンノウン)』によって箱庭学園全校生徒は彼のことを一切認識できないはずだし、記憶からも消えてしまっている。

 そんな彼を一体どうやって……

 

「うちの生徒会には非常に優秀な副会長がいてね。情報を集めるのが非常に得意なんだ。依頼したら、二つ返事でOKしてくれたよ」

 

「……その副会長は」

 

「あぁ、悪いが彼は今入院中だ。……なにせ、不測の事態があったのでね……不幸なことだよ」

 

 ――今は会える状態ではないということか。

 

「そうか、先代を見つけるのは容易ではないからな。どうやって調べたのか聞きたかったんだが……残念だ」

 

「まぁ方法はどうであれ、会うはずの相手を調べておくのは当然のことだよ」

 

 少し脱線してしまった。

 

「して、上にいる者はどうあるべきか……だったな。大多羅三年生」

「――ぜひ、君の意見を聞きたい」

 

 全土は含み笑いを黒神の方に向ける。

 

「――まず私はその問い自体を否定する」

「ほぅ……」

 

「全土、人に上も下もない。全て平等な、一つ一つの命だ。たとえ貧富、能力、人格に格差はあれど、価値など決められない。みんな、かけがえもない個人だ」

 

 黒神は扇子を懐から取り出し、全土に突きつける。

 

「私が生徒会長なのは、みんなを幸せにしたいからだ。あえて言うなら――他人を幸せにできる。それが皆を導く者の務めだ」

 

 黒神は決意を込めた瞳を全土に向け、まっすぐ彼の目を射抜く。赤く燃える、大きな野心を秘めている彼の目を。

 

「――それはすばらしい。まさに指導者として理想的な答えだ」

「そうだろう。自分の働きで皆が幸せになれる。これほど快感なことはない」

「だが同時に……残念でもある」

 

 全土は目を伏せ、黒神は怪訝そうな顏を浮かべ次の瞬間、警戒の色に、

 

「確かに君の考えはすばらしい。私も君の意見に一理あると思う」

 

 全土は目をカッと開く。呆れと侮蔑を込めて。

 

「――だがそれは君が言えることなのかね?」

「……」

 

「言っては失礼だが……私は君のその思想は、その考えはあまりにも()()()すぎる」

 

「そんなことはない! ただ私は皆を――」

「誰よりも人を壊してきた君が――それを言うのかね?」

「――!!」

 

「認めるよ。君は誰よりも人を愛している。君ほど人を信じられる人間もそうはいまい。だが、黒神めだか。――お前は誰よりも人を見誤っている。……愛は盲目とはよく言ったものだ」

 

「なに……?」

 

 

「――人は、平等ではない」

 

 

 全土のあまりにも強い『断定』に黒神は怯む。

 

 

「君は、『人に上も下もない。全て平等な、貧富、能力、人格に差はあれど一つ一つが大切な命。』と言ったな」

 

「あぁ……それがどうした?」

「私から言わせれば、それは命の()()()だ」

 

「どうして……」

「なら一つたとえ話をしよう。まず二人の子供がいたとする」

 

 全土は人差し指と中指を立て、二人の子供に見立てる。

 

「二人とも命に関わる重態。君はどちらか一人を治療できる」

 

 全土は中指を折り、一人と。

 

 黒神の答えはこの時点で決まっていた。

『医者を増やして二人とも救う』だ。

 

 

「だが一人は身体が弱く、治療しても、もって数日。……そしてもう一人は治療をすれば、その後最低でも六十年は生きられる」

 

「――!!」

 

「それと、新たな医者が来るころには子供は二人とも死んでしまう。本当に()()()()()()()()。残酷な取捨選択だ」

 

「なに……」

「さぁ、君はどちらを選ぶ?」

「ふざけるな! こんなの……!!」

 

 黒神は少し腰を浮かせ、怒鳴る。

 だが全土は全く動じていない。

 

「当然、誰でも長く生きられる方の子供を選ぶ。――わかったろう。皆、人の将来性を考え、無意識に人に価値をつけるのだ」

 

「ちがう!! そんなのはただの例えだ!」

「そうだ。これはあくまで例えだ。だが……残酷な選択肢は非常に現実的だ」

 

 ――バカげた話だ。

 もし、黒神がその気になれば二人を治す奇跡ですらやってのけるだろう。しかし――

 

「そう、世の中には()()()()()()()()()()()()()()()人間と()()()()人間がいる。――さて、人々はどちらを望むかね?」

 

「全土……!!」

「当然、人々は奇跡を起こせる人間に価値を置く」

 

 全土は黒神の突き出した扇子を手で払いのける。

 

「もう一度言おう、黒神生徒会長。命は――平等ではない。人の価値は能力と財力、つまり力によって決まる。弱肉強食こそ、この世の全てだ」

 

「――!!」

 

「力のある者が弱き者を、能力無き者を虫ケラの如く踏みつぶす。そして――何者にも踏みつぶされず、すべてを支配できる者こそ……頂に立つ者だとは、思わないかね?」

 

 この男は――!!

 

「ハハッ、そう悪く考えるな。考えてもみてくれ、すべてを支配できるというのは……己の庇護下で他人を不幸にすることも、幸せにすることもできるということだぞ?」

 

「――弱きものを犠牲にしても、か……?」

 

「フフフッ、そんな場合もあるかもしれないな……だが君もそうしてきただろう。己の幸せを求めるため、欲を満たすために」

 

 何を言っているのだ。そんなわけ――

 

「君は幼少期の頃から、まさに神童、と呼ばれるにふさわしい力を持っていたね」

 

 ピタリと黒神の動きが止まる。

 

「そして、君に相談に来た多くの学者の研究を、たった一瞬で『完成』させた。彼らのかけた生涯も、時間も、労力も……全て文字通りに『無駄』にしたというわけだ。君のちょっとした達成感を得るために、彼らの全ては犠牲になったというわけだ」

 

「ちがう……あれは」

 

 ただ、彼らの助けになると思って……あんなつもりでは、なかった。

 

「知らぬ間に数多くの弱者を食い物にしているのだろうなぁ。もちろんこの私も。だが……その分、我々強者が幸せになることこそ、その犠牲となった者にとっても……幸せではないかね?」

 

「そんなのはタダの暴論だ! 犠牲が出ないように――」

 

 黒髪は声を張り上げ、胸を張る。この自分しかない男の心を変えるために。

 

 ――しかしそれも彼女が窓の外を見るまでの間だった。

 

『おおっ、このエロスな本。僕の好みをわかってるぅ~!』

 

「――!?」

 

 ――嘘だ。そんなはずがない。

 あいつが……球磨川がエロ本片手で、ここにいるなんて。

 

 黒神は全土を手で退け、急いで車の窓を開ける。

 

「球磨川ぁぁぁっ!!」

 

『……?』

 

 反応した少年が本をどける前に、黒神を乗せた車は少年が見えないところまで去っていってしまった。

 

「全土!! どういうことだ!? 球磨川は……球磨川禊がここにいるのか!?」

 

「球磨川……球磨川ねぇ。聞き覚えがないな。うちの生徒にそのような名前の生徒はいなかったはずだが」

 

「とぼけるな! 少ししか見えなかったが、あれは間違いなく球磨川だ! すぐに私を下ろせ! 今すぐに確かめて――」

 

「――暴れられては困るな」

 

 車を出ようともがく黒神の首元に、全土は勢いよく手刀を放ち一瞬のうちに気絶させる。

 気絶した黒神の肩を支え、そのまま席に寝かせる。

 異変に気がついた運転手が車をいったん止め、後ろを振り返る。

 

「全土様、どうかなさいましたか?」

 

「――ん、いや。教育棟の方へ向かってくれ。確かA組に記憶操作が得意な奴がいたな」

 

「は、箱庭の使者に手を加えるのはまずいのでは……」

 

「いや、手を加えるのは『球磨川を見た』という記憶だけだ」

 

 ――二人にこの学園で戦ってもらっては困る。

 

 

「……ややこしいことになりかねないからな」

「わ、わかりました」

 

 

 

 

 ▲▲▲

 

 

 

 黒神の車が通りすぎた後、球磨川は先ほどの声が聞こえた方角を不思議そうに見つめていた。

 

 しばらくして彼も気が済んだのか、再び球磨川禊はD組の寮に向かい歩きだした。

 

 

『……ま、気のせいか』

 

 

 懐かしむような、切ないような……そんな静かな笑みをそっと口元に浮かべて。

 

 

 

『――()()会おうね。めだかちゃん』

 

 

 

 




おまけでタイトルロゴも作ってみました。


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第30話 決別

もうあっという間に30話かぁ……早いなぁ。
いつも見てくれてありがとうございます。
あ、打ち切るつもりはないから安心してください。

球磨川くんを見るときは、部屋を明るくして、現実から切り離して見てね!


 

 平日の朝、それは学生にとっては登校の時間。日曜日から月曜日へと変わる最もつらい期間ともとれるこの時間に、ジリリリと目覚まし時計のけたたましい音が鳴り響く。

 

「んん……」

 

 正邪は目覚まし時計に手を伸ばし、

 

「うっさい」

 

 とりあえず外にぶん投げる。

 

「二度寝最高。……すぅ」

 

 そして正邪は再び暖かい布団の中へ。

 

「正邪! 起きて! 起きてってばぁ!」

「……もうこいつと同じ部屋はいやだ」

 

 朝。それは一日の始まりであり、起きる者によっては至福の――

 

「――時なわけねぇだろ!!」

 

 毎朝ゆっくり起きようとしているのに、針妙丸にはいつも変な時間に起こされてしまう。

 幻想郷から外の世界に飛ばされてから静かに起きれた試しがない。

 正邪は布団を両手でつかんだまま、ゆっくりと身体を持ち上げ針妙丸に睨みを利かせる。

 

「あ、やっと起きた! あのね」

「うっせぇ」

 

 安眠妨害をしてくれた針妙丸の頬に全力でビンタを決める。

 神聖なる眠りを邪魔をした者の罪は重い。しかし思ったよりも子気味のいい音がしたので二度寝が非常にはかどりそうだ。

 

「すぅ……」

 

 張り手によって倒された針妙丸を尻目に正邪はゆっくりと自分の身を布団の中へ。

 逃亡中の頃に布団代わりにしていた落ち葉よりも遥かに快適だ。全身がぬくぬくとして気持ちがいい。

 

「う、あぃた……。な、なにも叩かなくたって……」

 

「――ちっ、あれぐらい力を入れてやれば五分は気絶するかと思ったのに」

 

「気絶させるつもりでやったの!? とりあえず早く起きて! 緊急事態なの!」

 

 これ以上うるさくされては敵わないので、正邪は嫌々布団を身体から剥がし身を起こす。

 

「で? この私の目覚めを邪魔をずるとは、一体どういった要件だ、姫様? くだらない用事だったら、許さんぞ」

 

「それが……け、慶賀野さんが部屋にいないの!」

 

「はぁ……どうせトイレだろ?」

「だったら呼ばないよ! いいから来て!!」

 

「その前に洗濯物だ。今たたまないと絶対に後でめんどくさくなるからな」

「もぉ~!! 早くしてよ! 洗濯物より友達じゃないの!?」

 

「悪いな。優先順位ナンバー1は自分のことなんだよ。それと慶賀野は友達じゃない。強いて言うならお前のだ」

 

「――クズ」

「何とでも。むしろ誉め言葉だって」

 

 正邪はどれどれと風呂場に置いてあった洗濯物に手を……

 

『あ、正邪ちゃん。おはよう。洗濯物はたたんでおいたよ』

「――お前、何してんだよ」

 

 伸ばす前に風呂場で球磨川がさも当然のようにいた。

 正邪がたたもう、と思っていた洗濯物は既にたたまれ、かごに入れられている。たたまれた衣服に全くしわもなくひどく丁寧であることから、彼の几帳面な性格が出ている。

 

「いや、そうじゃない。なんでお前がここに――」

「どうしたの正邪……あっ、変態!!」

 

『やぁ針ちゃん。良い朝だね。それと変態呼ばわりはやめてよ』

 

「不法侵入の上に女子の洗濯物を漁ってるやつを、他にどう表現したらいいのよ」

 

 針妙丸がひどくうろたえた様子で震える指を球磨川に向ける。

 

『失礼だなぁ。人がせっかく善意で洗濯物をたたんであげたっていうのに』

「嘘つけ。どうせ私たちの下着目当てだろ。こっち来い、針妙丸。目が腐るぞ」

『ひどっ!!』

 

 汚物を見るような目をしながら正邪の方へ後退する針妙丸に、球磨川はその場で崩れ落ちる。

 

『ひ、ひどい……ひどいよ。僕はただ……二人の神聖なる下着をすごく綺麗に、善意で、しわが全くつかないようにしたっていうのに……うぅ……』

 

 意外と球磨川には綺麗好きなところがある。やるからにはキッチリとやる。普段やる気がない球磨川にしては珍しい行動だ。

 

「……」

「おい欲望駄々洩れじゃねぇか。それになんで下着限定なんだよ」

 

 ――だが二人に泣き落としは通じなかった。

 

 いい加減本音を言え。本音を、と迫る正邪と黙って立ち尽くす針妙丸に、球磨川の動きがピタリと止まる。

 

『……とまぁ、泣いてるふりしても、さすがにもう心配してくれないから』

『正直に言うね』

『――下着を見て何が悪い!!』

 

「全部だ!! なに堂々と言ってんだ、お前!!」

 

 完全にただの逆ギレである。

 

『だって! どうせタダのパンツだろ!? 見て何かを失うわけでもないし、ただの下着のどこに恥ずかしい要素があるって言うのさ!! パンツに失礼だろ!!』

「はぁっ!?」

 

 ――なにいってんだ、こいつ。

 

 全国男子が両手をあげて賛成するぞ、と球磨川は『だから、女子の下着は見てもいいんだ!!』と正論っぽい暴論を展開する。

 

「お前ら男子がいやらしい目で見てくるから、見られる側の女性は嫌なんだよ!! 少しは自重しろ!」

 

『僕は悪くない』『女子のパンツをエロい物と勝手に決めつける、世の中の男性が悪い!!』

 

「だぁぁぁ!! パンツパンツうっせぇ!! とりあえず風呂場出ろ、風呂場!!」

 

 暴論を論破していく正邪に対し、『女子の下着を見るのは罪ではない』と断固として主張を続ける球磨川。

 

「……なに正当化しようとしてんだ、この変態」

 

 加えて、針妙丸が感情のこもってない罵倒を出して来たらいよいよ末期だ。

 

「――あれ。ちょっと待って。ってことは……私の下着も、見た……!?」

 

 さっき飛ばした罵声とはうって代わり、恐る恐る尋ねる針妙丸。球磨川がまともな答えを出すとは心内でわかっているとしても。

 

『うん。綺麗な赤い――』

「いやぁぁぁぁっ!! 言うな言うな言うな言うな言うなァァ!!」

 

 針妙丸は拳を振り上げ、勢いよくパンチを何度も球磨川の顔面に叩きこむ。

 

『グホッ!! ちょ、顔面は、鼻を重点的に狙うのは――グゥ!? やめ、いた――グボァ!!』

 

 女子の馬鹿力は時には侮れない。針妙丸の拳が当たる度に鈍い音が風呂場に響く。

 球磨川を見る針妙丸の目が死んできた上に、状況が混沌としてきたので、正邪はさっさと球磨川を自分達の下着から離した。

 

 球磨川を続けて殴りつけようと、暴走する針妙丸を羽交い絞めにして連れて行くのも忘れずに。

 

 =======

 

 

「ぶち殺してやる変態ぶち殺してやる変態ぶち殺してやる変態ぶち殺してやる」

「どうどう。はやくお前も手掛かりないか調べろよ。慶賀野のことが心配なんだろ?」

「正邪どいて! そいつ殺せない!!」

「あ、ダメだこれ。会話成立してない」

 

 これ以上、正邪達の部屋にいさせるわけにもいかないので、針妙丸だけでなく、ついでに球磨川も連れてきた。かえって火に油を注ぐ形になっているかもしれないが、どうでもいい。

 まぁ、なにかの役には立つだろう。

 

『ていうか何で僕も慶賀野さんの部屋に? ていうか慶賀野さんどこ?』

「それを今探してんだ、よっと。なんだ、これ?」

 

 荒らされた部屋の中にあった机の上には一枚の手紙が残されていた。

 正邪はヒョイと机から手紙を拾い上げ、封を解いた。

 

「え~と……」

『新生徒会の皆様、――あんたらムカつくので適当に仲間の一人を拉致らせてもらいました~! テヘペロ♪』

 

「ストレートに来たな……いい度胸してるじゃないか」

 

『名乗る前に殺されんのも嫌だし、名乗っとくね。私様の名前は寒井美紀(さぶいみき)。役職上、生徒会の会計やってます、はい。一言でいえば、私たちの王様、全土様の腹心って感じかな? 自分で言うのもはずかちい』

 

「だったら書くなよ……」

 

『早い話ぃ、君のお仲間は預かってるから多目的棟まで取りに来てよ。た~くさん歓迎の準備はしてあるから、退屈せずに済むと思うよ~にししし。じゃ! またね~!』

 

 

「……ふざけた手紙だ」

『なんか頭が楽しそうな差出人だね』

 

 正邪は手に持った手紙をクシャクシャにしてポイ捨てする。部屋の中なので環境にも悪影響はない。セーフ。

 

「正邪、行こう。多目的棟……だったよね」

 

 意気込んで正邪の腕を引っ張る針妙丸だが、正邪は動かずじっとしている。

 

「どうしたの? どの道今日多目的棟に行くつもりだったんでしょ?」

「――パスだ」

「……え?」

 

「あからさまに罠だろ、これ。危ないとこに自分から飛び込むとか……バカのすることだよ。あ~やだやだ。頭単純すぎんだから、お姫様はもう。王子様にでもなったつもりか?」

 

 正邪は針妙丸の手を乱暴に振りほどき、腕を回す。

 

「ちょ、ちょっと……?」

「さて、私はもっと骨のある会計候補を探しに行くとするか。……今度は敵にあっさりさらわれない奴で」

「――ふざけないでよ! 慶賀野さんは私たちの仲間なんだよ!?」

 

 正邪のあんまりな態度に憤激する針妙丸。しかしそんな彼女を正邪は鼻で嘲笑う。

 

「ハッ! 仲間ねぇ。()()()()()の間違いじゃないのか?」

「なっ……!?」

 

 冷酷な正邪の発言に面食らう針妙丸。

 あ~スッキリする。その顔が見たかったんだよ。

 

「まーだわからないのか? 元々、私と球磨川以外はほんの人数合わせなんだよ。お前らの替えなんてい~っくらでもある。もちろん、あんたもな」

 

「正邪……それ本気で言ってん、の……?」

 

 いつもなら針妙丸も正邪の発言が嘘のものか本当のものかがわかった。

 だが、針妙丸は今の正邪からは全くその見分けをつけられなかった。

 

「何度も言わせんな。いなくなりゃあ、いなくなったで、そこまで。球磨川さえいてくれりゃあ、新生徒会的には……なんの問題もない」

 

「正邪……アンタどこまで……」

 

 狼狽し、ふらつく針妙丸を後ろから誰かが支える。

 

『オイオイ、そりゃないだろう? 慶賀野さんも僕らの仲間なんだ。助けてあげなきゃかわいそうじゃないか』

 

「くま、がわくん……?」

 

 そんな球磨川を正邪は解せぬと睨む。

 

「……どういうつもりだ。球磨川」

 

『あ! けど、僕は今の発言聞いても「新生徒会」やめるつもりはないから安心してね。ただ僕は……僕の「仲間」を助けに行くだけだからさ』

 

 『いいよね、会長』と球磨川はしばらく正邪を見つめた後、正邪の方から折れた。

 

「けっ! 勝手にしろ。どうせ何言っても聞きやしないんだろ?」

 

『……まぁね。僕は一度決めたことはやる主義なんだ』

 

「気分屋がよく言うよ……とにかく!! 私は行かないからな。罠がある場所なんかに、だぁれが好んで行くかっつーの」

 

 苛立つ正邪を無視し、球磨川は針妙丸の腕を引っ張り、玄関へ歩き始める。

 

『……。うん、じゃあ行こっか針ちゃん!』

「ええっ、ちょっと!?」

 

 球磨川は針妙丸の手を掴み、ムリヤリ扉の外へ走って連れ出していく。

 慶賀野の部屋には――ポツンと正邪のみが一人残された。

 

「……なんだっていうんだよ。どいつもこいつも」

 

 






くぅ……。なぜだ。ストーリーは思いつくのに、なぜすぐに文章にできないんだ……(泣)
次回もがんばります。
みんな愛読ありがとう!!


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第31話 自分のため、仲間のため

ダンガンロンパ書いてたら遅れました。すみません。
あ、これでもちょこちょこ書いてたんですよ(汗)?



 アパートの階段を下り、針妙丸と球磨川は多目的棟へ向かう。

 

「……っていうか、なんでアンタまで来るの? 正邪以外とは慣れ合う気はなかったんじゃないの?」

 

『ひどいなぁ。僕だって一応「新生徒会」のメンバーなんだぜ? 仲間を心配するのは当然のことさ』

 

「……どうだか」

 

 白々しい球磨川の言動に針妙丸は眉をひそめる。

 

 ――ただでさえ慶賀野さんがいなくなっちゃって不安なのに。球磨川くんと一緒とか最悪以外の何物でもないよ。

 

「……それにしても、どういう風の吹きまわし? 『慶賀野さんが仲間だからだ』なんて。アンタみたいな人でなしに」

 

『おいおい、僕だからって何でも言っていいわけじゃないんだぜ、針ちゃん。――それに僕なんかを人でなしだなんて、人外の方に失礼だよ」

 

 ははっと笑って球磨川は針妙丸の前へ進む。

 

『僕は弱い者と愚か者の味方だ。見捨てるような真似はできないなぁ』

 

「……どうだか」

 

 そもそもこの男自体も、発言も全てにおいて胡散臭い。全てを嘘と冗談で塗り固めたような男だ。

 

 次に球磨川は真剣な顔をして針妙丸に言った。

 

『それに……慶賀野さんは、間違いなく過負荷側の人間だしね』

 

「慶賀野さんが……過負荷……? 冗談もほどほどにしてよ!」

 

 ――何を馬鹿なことを。慶賀野さんが球磨川と同類? バカも休み休み言え。

 

『あっそ、まぁ針妙丸ちゃんがそう思いたいなら、そう思うといいよ』

 

 球磨川は意地悪な笑みを浮かべて、針妙丸に横顔を向ける。

 

『けど……あんまり彼女を信用しない方がいいと思うよ? 過負荷なんて信じても、痛い目見るだけだから』

 

 クスッと微笑み、球磨川は口元を三日月のように尖らせる。

 

 ――瞬間、針妙丸の背中に怖気が走る。

 

「……そうね、あなたに関しては全く信用しないでおく」

 

『……あれ? そういう風にとる?』

 

 針妙丸は馬鹿げていると球磨川の忠告を一蹴する。

 

『……。ま、別に気にしなくてもいいよ。これはあくまで、「学生生活の先輩」としてのアドバイスだから。「効くも効かない(聞くも聞かない)」も、キミの勝手だ』

 

「ごちゅーこく、どーもありがとうございました、()()()()先輩」

 

『……下着泥棒』

 

 以降、 がっくしと肩を落とした球磨川と針妙丸は道中黙りながら、目的の多目的棟に向かったという。

 

 

 ▲▲▲

 

 

「お~い! 慶賀野、学校行くぞって……あれ? どうして姉御が……」

「……コウジか」

 

 正邪は慶賀野の身に何が起こったかを簡単に説明する。

 

「……マジか。だったら早く行かねぇと……姉御は行かないんですかい?」

 

「私がぁ? やだやだ。どうせ敵の罠なんだろ? だったら飛び込んでいくこたぁねぇよ。人質なんて気にしてられるかってーの」

 

 ――ま、どうせこいつも、私に行け、とせがむんだろーがな。

 

「わかったっす。俺は行くんで、姉御はゆっくり部屋で休んでいてください」

 

 桜街が口にした予想外の答えに正邪はポカンとなってしまう。

 

「お前は行けとは言わないんだな。私に」

 

「はい。最近俺らは姉御を頼りすぎてますから。たまには休みたいときもありますよね?」

 

 ははは、と桜街は苦笑し玄関の方へ歩いていく。

 

「姉御は……いつもそうでしたよね。何もできなかった俺達をいつも『お前ならできる』って、『一緒にやろう』って引っ張ってくれて。俺も……いつも頑張ってる姉御にたまにはいい所見せたいんすよ」

 

「……」

 

「姉御、ここで大人しく待っててください。今回は俺達三人がビシッと決めますんで」

 

『けど、今回もどうせ球磨川の手柄かな。トホホ』と少し残念そうにうつむく桜街は、扉をくぐり、球磨川達の後を追いかけて行った。

 

 ――『行こっか。針妙丸ちゃん』『今回は大人しく待っていてください』

 

 つい先ほど言われた言葉が正邪の頭の中を駆け巡る。

 

「ちっ、なんだって言うんだよ。全く……」

 

 どうしてお前らは、そんなに他人の心配をするんだ。

 

 ――仲間など、利用しない限り足かせになるだけじゃないか。

 

「あ〜……邪魔くさい邪魔くさい。ほんと、世の中上手くいかない事ばっかだよなぁ……」

 

 頭の中で毎朝の光景が浮かぶ。嫌々なったとはいえ、仮にも生徒故に学校に向かう日々。

 

『正邪ちゃん! 今日も学校行きましょう!』

 

 ――そいつは大体はコウジと一緒に、ある日は一人でも部屋にやって来やがった。

 

「ほんと、マジでクソだ」

 

 針妙丸を置いて行くときは、正邪と彼女二人で登校する日もあった。

 

 針妙丸目当てではないというのか。

 

『えっ? 一人で行けって? 嫌ですよ。アタシは、正邪ちゃんとも行きたいんです』

 

 ある日、どうしてかも聞いた。

 

『何でって……。うーむ、答えるのは難しいですね。友達……だからですかね? 強いて言うなら、なんとなくです。なんとなく、一緒にいて欲しいんです。一緒にいて楽しいんです。正邪ちゃんも、針妙丸さんも」

 

 もし自分たちと会えなくなったらの話もした。

 寿命も、帰る場所も妖怪である自分たちとは違う。

 

『正邪ちゃんが天邪鬼? 知ってますよ、もう』

 

 ――多分、絶対にわかってない。完全に性格の意味でしか見ていないだろ。

 

 彼女らは人間である。死であろうと帰郷であろうと……避けられない別れは、いずれやってくる。

 

『……ちょっと寂しい、かな。――ですけど、一瞬一秒でも、一緒にいたい。共に時間を過ごせる今が、一番大切だと思うんです』

 

「……」

 

『ですから、アタシ毎日迎えに行きますよ! ……もっともっと、針妙丸さんや正邪ちゃんと一緒にいたいです』

 

「……ったく」

 

 ――変わり者だな。天邪鬼の私と一緒にいたいだとか、一緒にいて楽しい、だとか。

 どんなドMだよ。悪口で頭叩かれたいのか?

 

『コウジくんも……多分アタシと同じ気持ちだと思います』

 

「天邪鬼なら、ここで敵に裏切ったり、一人で助けに突っ走ったりするんだろーがな……」

 

 ――本当に変わり者だよ。お前らは。

 

「……まったく丸くなったもんだ。――私も」

 

 そして正邪は一旦自分の部屋に戻り、布団を干してから、

 

 

「――さて、これで()()()()()は済んだな」

 

 

 また外に出たのであった。

 

 



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第32話 全土の右腕、寒井美紀

「ここが多目的棟……」

 

 でかい。ただその一言に尽きる建物だ。

 見たところ四階建の建物で横に広く、旧体育館と思わしき古い建物も見える。

 あまりの広さに、地図なしで入ったら出てこれるのかも怪しい。

 

『いやぁ〜こういうでかい建物見てると、爆弾とかでボーンって吹っ飛ばしたくなるよねー! なんかスッキリしそう。爆発とかハリウッドのアクション映画とかじゃ定番でしょ?』

 

「……本気?」

 

『嘘嘘。言ってみたかっただけだって。それに僕はテロリストじゃないし。この建物が無くなったら依頼主も困っちゃうでしょ?』

 

「ほんと、ヤメテよね……」

 

 全てを台無しにしてしまう球磨川なら本当にやりかねない。球磨川がその気になれば彼のスキル『大嘘憑き(オールフィクション)』とやらで全人類でさえ一瞬で消せるのだから。

 

 ――まぁ、流石にそんなことはしないと信じたいが。

 

 針妙丸と球磨川が多目的棟を見ていると、近くにいた男子生徒と女子生徒が近づいてきた。

 

『ん? 誰だい、君たち?」

 

「あっ、あなたたちが新生徒会ですか?」

 

 最初に声をかけてきたのは実験用の白衣を着た赤毛の綺麗な女子生徒だ。

 

「はい、D組所属の少名針妙丸です! あなたたちが今回の依頼主?」

 

「そうですね! あちしはB組所属、手子生丸々(てごまるまるまる)! ほら、キミも挨拶挨拶ゥ」

 

 手子生に軽く軽く背中を叩かれ、前に出てきたのは細身の男子生徒。

 黒髪が前にかかっていて、幽霊のような印象を受ける少年だ。肌も色白な分、余計にそう見えてしまう。

 

「ぼ、ボクはC組所属の、次木(つぎき)次木要二(つぎきようじ)って言います。はい」

 

 次木は自身が無さげに何度も会釈をする。

 

「ど、どうも。こちらこそよろしくね次木くん」

 

 挨拶に応じようと針妙丸が手を出そうとすると、次木はビックリしたのか、急に腕を引っ込める。

 

「……? どうしたの?」

 

「あぁー……次木クンはすっごくシャイでね。握手は勘弁してやってくれないかな?」

 

「そ、そうなんだ。ゴメンね、次木くん」

 

「い、いいんです。当然のことなんです。穢らわしいボクなんかが、神聖なじょ、女性に触るなんて……お、恐れ多い事なんです」

 

『……。』

 

 球磨川は目の前にいる次木という少年をじっと見つめる。まるで物珍しいものにでも会ったかのような……

 

「あ、キミからも名前聞かせてもらってもいい?」

 

 そうしているうちに球磨川が手子生(てごまる)から声をかけられる。少し反応が遅れたことから、ただ単にぼうっとしていただけかもしれない。

 

『僕? なんてことない、球磨川禊ってどこにでもある名前さ。針ちゃんと同じく、D組所属の劣等生だよ』

 

 ――苗字も名前も結構珍しい名前だと思うのだが。

 

「ってあんた、さりげなく私まで劣等生に位置付けてない?」

 

『言葉のあやってやつだよ』

 

「あや……」

 

「そういえば、次木、さっきあなたに触ったけど、あちしのことは女性って認識じゃないわけ?」

 

「そ、そういうわけじゃなくて……そ、それよりも、さ、早速なんですけど、ここを占拠したA組の生徒たちを、お、追い出してもらいたい――」

 

「――あっ!なーんだぁ〜! おっそいじゃない! 私様、随分と待ったって言うくらい待ったったよ〜!!」

 

『「!!」』

 

 四人は突然聞こえた声の方を向く。多目的棟の屋上の方からだ。

 

「ヤッホーやっほやっほーぅ! でも、よく来てくれました。私様、大変……満・足、です!」

 

 派手な色をしたセーラー服にピンク髪のツインテール。服の色と合わせたハイヒールが音を立てその存在を掻き立てる。

 

『ハハッ、随分とハイテンションなのが出てきたね』

 

「この学校って……まともな人、数えるぐらいしかいないのかな……?」

 

 ――もしかして、あれが誘拐の手紙の主、寒井美紀なのか。

 よく考えれば百々の方がまともだったのだろうか? いやあちらも辻斬りまがいなことをしているし……。

 

「あっ〜頭おかしい人発言、ちょっと傷つくなぁ〜。……でも、そんな言葉でも飲み込むのが、私様の度量の深さなのです」

 

「は、はぁ……」

 

 ――うん、とりあえず、めんどくさい人であることはわかった。

 

「そ、それよりも……は、早く多目的棟を解放してください!」

「そうよ、あちしも実験室が使えなきゃ実験ができないじゃない!」

 

「あー……ごめんね、耳遠くてー。こっからじゃ位置的にも下々達の声が聞こえないわ全く」

 

「さっきバリバリ聞こえてたじゃないですか!?」

 

「シャラップ!! アンタらは黙ってなさい。あー聞こえない聞こえない!」

 

 美紀(みき)に怒鳴られ、押し黙る手子生と次木。

 

 屋上のドアが開き、数人の生徒が椅子に縛り付けられた一人の生徒を連れてくる。

 

「ん〜聞こえない~聞こえない〜、聞こえないよね、ね? 功名新入生♪」

 

「ッ――!! ンン――!!」

 

「功名さん!!」

 

 そんな中、椅子にテープとロープで縛り付けにされている慶賀野の様子を思慮深げに観察する球磨川。

 

『……。あれもあれでアリかも』

 

「何の話よ!? 球磨川、あなたの万能能力でなんとかならないの!?」

 

 針妙丸は球磨川に助力を願うが、

 

『んじゃあ、この建物ごと消しちゃおっか』

 

 このタイミングで球磨川がロクでもないことを言いだすのは、流石に彼女も予想していなかった。

 

「は……はぁ!? あんた、そんなことしたら、慶賀野さんが落下死しちゃうよ!?」

 

『ん〜……そこは我慢かなぁ。大丈夫! 落下死の痛みなんて、ほんの一瞬だから。バンジージャンプ失敗の経験者の世界一ツイてない僕が言うんだ。間違いない』

 

 ……人間としてすでに終わっている発言だ。

 痛いのは一瞬だから、殺されるのを我慢しろなど外道にも程がある。

 

「失敗ってアンタちょっと……!?」

 

『じゃあ、改めまして……!!』

 

 球磨川は両手を広げ、高らかに能力発動の宣言を――

 

 

『なーんてね! 本気かと思った? ダメだよ、落下死とか。人様に迷惑かかるからね!』

 

 

「ほっ……」

 

 ぶっちゃけ球磨川なら本気でやりそうで気が気じゃない。

 

『そもそも、学校の備品ごと消しちゃうとか、依頼主にも正邪ちゃんにも怒られちゃうからね。流石にそこまではしないよ』

 

「……正直そんなのお構いなしにやるかと思ってた」

 

『まさかジョークが通じないなんて人生の半分損してるぜ、針ちゃん。

 

 ――けど……あそこの主催者さんには冗談が通じるみたいだね』

 

「えっ……?」

 

 針妙丸が狼狽える中、美紀は屋上でドンと構えていた。

 絶対の自信を持った目で悠々と。

 

「――へぇ〜……千太郎っちの言った通り、あんた、なかなか面白いやつじゃない。球磨川禊」

 

『ハハ、美紀先輩ほどじゃないさ。じゃあ、こっちに降りてきて一緒にお話しでもどう? ……できれば慶賀野さんもセットで』

 

「バーガーポテトセットで、みたいな感覚で言わないでくれる? それと、私様はファストフードじゃないわ、特上ステーキよ」

 

「気にするとこ、そこなんだ……」

「お高いのよ。私様は。ありゃとーございましたー、ってコンビニ感覚で買われちゃ不満なわけよ」

 

 どこかズレた美紀の指摘に苦笑する針妙丸。

 

「ま、アンタらが上がってきたら、話は聞いてあげてもいいよ? それまではここで律儀に気長に待っててあげるからさー」

 

「ふ、ふざけないで! あなたがそこから降りてきなさいよ! みんな迷惑してるの!!」

 

 ふう、と一息ついた後、再び美紀は口を開く。

 

「――聞こえなかった? 『上がってこい』って」

 

 ――とてつもない怖気。

 

 美紀は横に置いてある慶賀野付きの椅子を屋上から蹴飛ばそうとする。

 

「ンン――――!?」

 

「け、慶賀野さん!! アンタ何すんの!?」

 

 少しでもバランスを崩せば落下する位置で、あえて美紀はスカスカと慶賀野の椅子から蹴りを外している。

 

「……あなた達に選択権なんて、無い。『私様の言うことを聞く』。それ以外の選択肢なんて――ハナっからアンタらに無いのよ」

 

 下手をすれば本当に慶賀野を屋上から落としかねない。大嘘憑きがあるとはいえ、死の痛みは――

 

『……しょうがないなぁ』

 

 迷う針妙丸の思考を断ち切るように、球磨川が前に出る。

 

「球磨川、くん……?」

 

『……僕としては気が進まないけど。わかった。……美紀さん、ちゃーんと上って。そこまで行ってあげる』

 

「ふふ、階段を使って、入り口から上ってね? じゃないと、せっかく時間かけて準備した意味がないから」

 

 あからさまに罠だと言っているようなものだ。

 

『言われなくても、そうさせてもらうよ』

 

「ダメ……絶対に罠よ!」

 

『……針ちゃん。人生には、通りたくなくても、通らなきゃいけない道があるんだ』

 

 球磨川はスタスタと建物の入り口に向かって歩いていく。

 

『だから僕は行かなくてはならない』

『仲間を救うためなら』

『身体の傷くらいわけないさ』

 

「球磨川……くん」

 

「はーい! 一名様ごあんな」

 

『――――でも楽には済ませたいよね』

 

 歩く途中で球磨川は螺子を美紀に向かって投げつけた。

 

「ヤバッ!?」

 

 高速で迫る螺子に少し体の反応が遅れる美紀。

 

『――甘いね』

 

「――アンタもね」

 

 ――瞬間。飛ばされた螺子は確実に、

 

「う、そ……!」

 

 球磨川の頭部を吹き飛ばした。

 

「ありゃりゃ吹き飛んじゃったかー。まぁ、でもまた元に戻んでしょ? 『大嘘憑き(オールフィクション)』だっけ? これじゃあ投げ返しても無駄だったな〜」

 

 あー焦った焦ったナイスキャッチ私、とその割には気楽そうにポケットから取り出した扇子で自分を仰ぐ。

 

「球磨川、くん……」

 

「で? そこのおチビさんはどうすんの? 逃げる?」

 

「……!!」

 

 ――逃げてたまるものか……。功名さんを助けるまでは……!

 

 未知の強敵と戦う恐怖を堪え、針妙丸はグッと背中に背負った輝針剣を抜く。

 

「――その意気だ。さすが元レジスタンス(ひっくり返す者)

 

「えっ……?」

 

 突然後ろから伸びた手に肩を掴まれ、針妙丸は目を見開く。

 

「あとは私に任せろ」

 

 その手はもう何度も見た細くて強い手で。

 

「正邪……?」

 

 正邪は近くで球磨川の遺体に愕然としていた二人の生徒の内一人を捕まえて、突然お姫様抱っこをする。

 

「ちょっと体借せ」

 

「えっ、ちょ――あちし、お姫様抱っこなんて初めてで――」

 

 すると、すぐに正邪の腕から声が聞こえなくなる。そして正邪は背を向けたまま寮の方へ歩き始める。

 

「……。よし針妙丸。帰るぞ」

 

「え、け、けどまだ功名さんが……」

 

 正邪はニンマリと笑い、腕の中にあるはずの生徒を見せ――

 

「こ、功名さん……!? 一体どうして……」

 

革命返し(リバースイデオロギー)

「『慶賀野』と『さっきの生徒』の『位置』を、()()()()()()()

 

 

 

 



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第33話 ミイラ取りはミイラに

前回までのあらすじ!

革命学園の実質的支配者、全土の直属の組織『生徒会私刑執行部』
その一人であり彼の右腕である寒井美紀は、球磨川と正邪主催の組織『新生徒会』のメンバーの一人、慶賀野を連れ去ってしまう。

果たし状の通り多目的棟に到達し、以前同じ建物に関する依頼をした女子生徒、手子生丸々と男子生徒の次木要二と出会う。

早速、美紀に不意打ちを仕掛けた球磨川はやられてしまい……針妙丸は絶体絶命のピンチ。そこに現れたのは『新生徒会』会長……
鬼人正邪だった……と。



 

 

「へぇ……あんたが鬼人正邪。千太郎(せんたろう)っちが世話になったね」

 

 美紀(みき)は持っていた扇子を閉じ、正邪に指を刺す。

 

「ここであったが百年目! さぁ、私様のところまで登って来なさい!!」

 

「さ、帰るぞ」

 

「……え?」

 

 正邪は挑戦に応じず回れ右。針妙丸と一緒に寮の方へ戻っていってしまう。

 

「ちょ、ちょっと!? まだこっちには人質がいるのよ!?」

 

「悪いが、ドラマの再放送があってな。あんたの挑戦はまた今度な」

 

「ど、ドラマって……あんた……本当にそれで」

 

「うっせーなぁ。オメーの家がどうか知らねーが、ウチのテレビには録画機能ついてねーの。生で見るしかねーんだよ」

 

 狼狽する美紀を相手にせず、正邪は平然と敵前逃亡。

 

「お前も来い球磨川……って、うわぁ……スプラッタじゃねぇか。一応身体だけ……針妙丸。おまえ運べ」

 

「えぇ!? ヤダ!」

 

「お前なぁ……こんな時だぞ?」

 

「あぁ、もう! わかったよぉ!! 球磨川くんには絶対後で文句言ってやる……」

 

『うぇ』と嫌がるつつ頭の無くなった球磨川の腕を掴んで引きずる針妙丸。

 

 そして全速力で走る正邪のあとを追う。

 

「な、なんてやつなの……人質を置いて逃げるなんて……」

 

「あ、あの〜……」

 

 油断をさせる為の作戦かと思い、警戒を緩めず様子を見る美紀の足に誰かの足が当たる。

 

 そのことに少しイラッときた美紀。

 

「なによ! 今ちょっとお取り込み中なんだけど!?」

 

「そろそろ、あちしを解放してもらえませんでしょうか……」

 

「……はっ!? 」

 

 先ほどまで慶賀野(けがの)が縛られていた位置に下級生が。

 

「あ、あぁっ!!」

 

 いつのまに!? た、確か……

 

『あいつのスキル「革命返し(リバースイデオロギー)」には、注意しておくでありますよ』

 

 ──これが千太郎っちが言っていた、鬼人正邪のスキル……!!

 

 二つの物の位置や場所のひっくり返し。

 ……そんなことまで可能なのか。

 

手子生(てごまる)功名(こうみょう)の位置を……!! なるほど、厄介! 厄介極まれりね!」

 

 もたついている間にも正邪と美紀のいる多目的棟との距離はどんどん離れていく。

 

「ぐぐぐ……こうなったら、備えあれば嬉しいプランBに変更よ!!」

 

 寒井はパチンと指を鳴らし合図を出す。

 

「バレたか! だがもう遅い! こんなもうこんなに距離が離れてお前になにができるっていうんだ!?」

 

 正邪は得意の逃げ足ですぐさま多目的棟から離れていく。針妙丸も彼女に続いて走る。

 

「悔しければここまで来てみやがれ、バーカ!!」

 

 

「……残念でしたね。コスプレ新会長」

 

 

 正邪の目の前にタレ目の少年が迫る。

 

「次木くん!?」

「いいっ!? はやっ──」

「──じゃあね」

 

 何を思ったのか、正邪と針妙丸に向かって次木は手を伸ばす。

 

 そんな中……正邪は、

 

「くっ、どけっ!!」

 

 ──隣に居た針妙丸を横へ突き飛ばした。

 

 次木(つぎき)の右手は見事に空振り宙を掴む。

 

「……ちぇ」

「残念……だったな。お前が捉えたのは私だけだ」

 

 だが次木の左手は……確実に正邪の足を掴んでいた。

 

「ま……いいよ。ボクの、目的は……きみだし」

 

 次木がそう言った瞬間、彼の触れた正邪の足が石化する。

 

「なーーか、体がーー」

 

「せい──!!」

 

「まずひとぉり……」

 

 触れられたところから徐々に石に変わっていく。彼の能力の影響は肩にまで及び、首から下は石になりかけている。

 

「なんでだろーなぁ……こいつやお前を囮にすりゃ逃げ切れたってのに」

 

 まだ動く首で正邪は石と化した自分の腕の中で眠る慶賀野を見る。

 

「……ぁ」

 

 そうしてため息をついて……

 

「ほんと……邪魔だよなぁ。おまえ」

 

 次木の能力が首にまで侵食しやがて正邪は完全に石になる。

 

「……やっぱ石化シーンってそそるなぁ……。この状態で持つとずいぶん軽くなるし……。くく、くくくく……っ」

 

「次木……くん……!?」

 

「あぁ……そうだ。言ってなかったね、す、少名さん。ボクは……革命学園の誇る? 一番の嫌われ者の能力持ち(スキルホルダー)……学園のみんなからは、『死神』って呼ばれてるよぉ……!」

 

「し、『死神』……アルカナ持ち(ホルダー)……!?」

 

「さ、寒井(さぶい)さんや全土(ぜんど)様の邪魔をす……どうしてもするっていうなら……ぼ、ボクも容赦しないよ。今度はキミの石化シーンの番だカラさァ……!」

 

「ひっ──」

 

 信じられない豹変っぷりだ。黒髪で隠れている目が爛々と光っている。

 

「じゃあね。また今度会った時には握手できるといいなぁ……」

 

 二人とも次木にズルズルと引っ張られて行ってしまう。

 

「功名さん!! 正邪ぁ!!」

 

「ナイスよ、次木。……あとでたっぷり褒めてあげるからねー!!」

 

 針妙丸は彼を追いかけようとするも、思ったより次木の足が早くて追いつけない。

 

「しししっ。人質が二人に増えて倍々ボーナスってとこかしら? じゃ、私様は最上階でお茶でも飲んで待ってるから」

 

「ま、待って!」

 

「言われなくてもちゃんと待つって。……『最上階』で、ね♪」

 

『ばいならー』と言葉を残し、寒井は屋上の扉の向こうへ消えて行ってしまった。

 

 

 





一カ月も間が空いてしまいました。
ようやく重かった筆が動きました……。お待たせです。


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第34話『単に嫌いな奴が堕ちていくところ』

久々のコウジくん登場かな?
みんな忘れてた?


 多目的棟に向かって走る人影が一つ。

 

「正邪の姉御ぉ!! 少名さーん!! どこだぁっーー!?」

 

「ぁ……ぅぁ……!」

 

「い、いた!! 少名さん!! それに球磨川も!」

 

 ──どうして。

 

「す、少名さん? どうした? 姉御は?」

 

『やっぱ……邪魔だなぁ。お前ら」

 

 ──どうして。どうして!

 

「コウジくん……私……ずっと、ずっと正邪の」

 

 ──どうして私はいつだってこうなんだ!

 

「正邪の足手まといなの……!?」

 

 針妙丸はゆっくりと桜街(さくらこうじ)の方を振り向く。ふるふると体を小刻みに震わせ、目元に涙を溜めながら。

 

「少名さん……それは……!」

 

『そうだねー。正直に言って邪魔なだけだと思うよ?』

 

 針妙丸の後ろに立つのは……すんなりと頭部を戻した無傷の球磨川禊。

 

「球磨川……!」

 

『だってさ、さっき身代わりになったのだって。針ちゃんが逃げ遅れちゃったからでしょ? ──ビビっちゃって』

 

 少しづつ表情に真剣味を帯びてくる球磨川に針妙丸は気圧されてしまう。

 

「そ、それは……!」

 

 足が一歩自然と後ろに下がって。

 

『それって……足手まとい以外の何でもないよね? 結局正邪ちゃん捕まっちゃったんでしょ?』

 

「……っ」

 

「球磨川禊! テメェ!」

 

 桜街が球磨川に殴りかかろうとしたその瞬間、

 

『──ま、過ぎたことは仕方ないさ!』

 

「……えっ」

 

 けろっと球磨川は笑顔になった。

 

『針妙丸ちゃん。コウジ君。ここは僕一人に任せてよ。バシッと行って二人を助けに行ってくるからさ』

 

「け、けど……球磨川くん一人じゃ」

 

『君たちはここで僕の帰りを待っててよ。大丈夫。僕には完全無欠の「大嘘憑き(オールフィクション)」がある』

 

「……あっ……そっか」

 

『だからさ、安心して僕に任せてよ。いつだって、僕と正邪ちゃんの二人がいれば、革命学園の能力持ち(スキルホルダー)なんて敵じゃない』

 

「……うん」

 

『君たちにはここで、僕を信じて、僕らの帰りを待っててほしいんだ。

 あっ、でも立ってるの疲れたらコンビニとか適当なとこで休んでてよ。

 少し長くなるかもしれないからさ』

 

「……そうだね」

 

『もし無事にこの件が解決したら、みんなでご飯とか食べに行こう! 次の休みは遊園地とかいいね!』

 

「ふふっ、それも……いいかも。みんなで……正邪と」

 

『もちろん僕のおごりさ。この中じゃたぶん一番歳上だからね。それに一応副会長だし』

 

「珍しく気前がいいね、球磨川くん」

 

「……」

 

 針妙丸が笑みを浮かべるなか、コウジは黙って口を紡いでいた。

 

『もちろんコウジくんもさ。だいじょーぶ! 君だけハブるなんてことはしないからさっ!』

 

 ポンポンと桜街の肩を叩く球磨川。

 

「……ぉぉ」

 

 しかし彼に対する桜街の反応は著しいものではなく。

 

『おや、元気ないね? まっ、いっか。それじゃあ僕行ってくるね!』

 

 球磨川は二人に手を振りつつ多目的棟の入り口扉へ向かう。

 

『じゃあ、二人は僕に任せて! 後のことだって、僕と正邪ちゃんですんなり解決してあげるからさっ!』

 

 そう言って球磨川は入り口扉のドアノブを握る。

 

 

「──待てよ、球磨川副会長」

 

 

 桜街の声に反応しピタリと手の動きを止める球磨川。どうしたのだろうか。そう思い針妙丸は怪訝な顔をする。

 

 ──だって後のことは球磨川くんが、

 

「少名さん、あんたは……本当にそれでいいのかよ?」

 

「……へっ」

 

 桜街に両肩を捕まれ、針妙丸はふっと我に帰る。我ながら間抜けな声を出していることに気がついた。

 

「球磨川副会長に……言われっぱなしで悔しくないのか?」

 

「……こ、コウジくん。一体何を言ってるの?」

 

「少名さんは……『自分が正邪の姉御の足手まといでしかない』って、本当に思ってるのかって聞いてんだ!!」

 

 桜街の突然の大声に肩を震わす針妙丸。

 

 ——どうして……どうして怒っているの? コウジくん。

 

「だ、だって……コウジくん。私が行ったって、何も。どうせまた……誰かが私の代わりになって」

 

「今はその話をしてんじゃない。あんたが本当に姉御の足手まといでしかないって、自分でも思ってんのか聞いてんだっ……!

 

 ──質問に答えやがれ!!」

 

 静かな声色から徐々に強く剣幕を張る。

 

 

「──思ってるよっ!!」

 

 

 ──ずっとずっと……そう思ってた……!

 

「そのせいで……正邪は死んだ……! 何度も! 何度も何度も!!」

 

 彼女の一度目の死は……私の罪も被って死んだ。

 

 二度目も……私を庇って死んだ。

 

 今回も……私をまた……!!

 

「だって……! 正邪はいつも言ってたもん!! 邪魔だって! うっとおしいって!! 邪険にするし、イタズラするし、家事も押しつけられて! 私のことなんか……!!」

 

「っ……少名さん……」

 

『……』

 

 針妙丸が引きつった笑みを浮かべるなか、球磨川はドアを開けようとせず静止したまま動かない。

 

「今回だって……私が功名(こうみょう)さんを助けに行こうって言い出さなきゃ、こんな事にならなかった……!

 私が何も言わないで一人で行けばよかったのに……! 私がああいう風に言ったから……正邪は反発してついてきたんだよぉ……!!」

 

「っ……!」

 

 鬱憤を晴らすかのようにまくし立てる針妙丸に一歩後退する桜街。

 

 ──なんで、正邪。どうして?

 

 最後に言われた正邪の言葉が頭に響く。

 

 

『やっぱ……邪魔だなぁ。おまえ』

 

 

「なんで私なんかを助けるのよぉっ!! 正邪のバカァッ!!!!」

 

 肺の酸素を絞りに絞った。もうこれ以上大きな声は出ないと針妙丸が思ったところで、

 

 

「──バカは少名さんの方だろっ!!」

 

 

 もっと大きな声が、針妙丸の頭を通った。

 

「そんだけずっと一緒にいて……! なんで姉御と付き合いの浅いオレでもわかることがわっかんねーんだよ……!!」

 

「はぁ……?」

 

「正邪の姉御は!! アンタを足手まといでしかねぇとか思ってるはずがねぇだろ!! ずっと……誰よりも大切に思ってんだよ!!!」

 

「う、嘘だよ。だって」

 

「あっぁぁぁぁぁあっ!!! ざっけんじゃねぇ!! ほんとは心ん中ではその事に気づいてんだろ!?

 

 じゃなきゃとっくにオレたちのことなんか見捨ててるはずだ!!

 

 テメェの自信無くなったところを球磨川副会長の甘言に惑わされやがって! メンタル紙かあんたは!?」

 

『……』

 

 球磨川は二人にバレないように少し下がった口元を隠す。

 

「か、紙って……」

 

「いいか、弱虫庶務。オレは行くぜ。本当に姉御の足手まといだろーが、それでも行く。足にひっついてでも行く。

 

 ──いつか、姉御の隣に立てる時のために」

 

 ハッと針妙丸は桜街の顔を見て、

 

「オメーはどうする? 助けに行くか!? 行かねぇのか!?」

 

「……」

 

 押し黙った針妙丸に桜街は呆れたそぶりを見せて。

 

「はぁ……。球磨川副会長。というわけで、オレは行くぞ。おふくろに頼まれる以外の留守番は嫌いなんだよ」

 

『……そ。じゃ、行こっか』

 

「──待って、球磨川くん」

 

 鈴の音色のような声に球磨川は立ち止まった。

 

「私も行く。いえ、行かせて」

 

 んー、と針妙丸の言葉を受けて球磨川は悩ましげな声を出す。

 

『……足手まといが、いくらくっついて来ても正邪ちゃんや僕らの邪魔になるだけじゃないかな。ここで大人しく──」

 

「イヤ。絶対にイヤ。……私は、私の責任をとらなくちゃいけないの。慶賀野(けがの)さんを、正邪を助けたいの」

 

『責任? 君に責任なんてないよ。

 

 ────「君は悪くない。」

 

 君には無い責任をとる必要も、負う必要も無いんだ』

 

「あるよ。言い出しっぺは……私だもの」

 

 そう言って、場はしんと静まりかえる。しかしそれも一時の間。

 

『君はどうしてそこまでするんだい?』

 

 水の上で波紋を打つように場面は再び動き出す。

 

『君は自分が正しいことをしてれば、いつか正邪ちゃんが素直になってくれるって思ってるんだろうけど、

 

 ──とんでもない誤解だよ』

 

 負の波紋は球磨川を中心に広まり大きく波を立たせる。

 

『多少の幸せ(プラス)があったからって、不幸(マイナス)を打ち消せはしない。覚えておくといいよ。

 

 (マイナス)1京+1は、所詮(マイナス)だって』

 

「──それでもっ!!!」

 

 枯れかけても、肺から酸素を絞りに大声を張り上げる。だって──

 

 

「それでも私は正邪の隣に居たい!!」

 

 

 ずっと友達で居たい。嫌だって言われても、ずっと一緒にいたい。

 

 ──我ながらストーカーじみてるよね。

 

 いずれ一緒にいてって言われるように、言ってくれるって信じてるから。

 

『もうとっくに……やり直してるだろーが』

 

 きっと……互いに分かり合えるって。信じてるから。だからその時のために。

 

「球磨川くん、あなた一人では行かせない!! 私も行く!! 正邪と慶賀野さんを助けに!! たとえ今が足手まといでも!

 

 ──いつか胸を張って正邪の隣に立てるように!!」

 

 ……言った。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 ……言ってやった。

 

「だとさ、球磨川副会長」

 

 けどその瞬間、

 私たちの身体は凍りついた。

 

「……球磨川く、」

 

 後ろ姿でも振り返らなくてもわかるように、

 

『ッ……!!』

 

 青筋を浮かべて不愉快の文字をその顔にベッタリと貼り付けていたから。

 

『……』

 

 だがそれも一瞬。彼が顔を手で覆うと、ぱっと元の柔和な表情に戻る。

 

『惜っしぃ〜〜い』

『もうちょっとで針妙丸ちゃんを』

『一般にすることができたのに』

 

 くるっと笑顔で針妙丸と桜街の前に振り返る。

 

 

『嫌なことから逃げて、全〜っんぶ……それを他人に押し付ける』

 

 

『一般人に』

 

 

 ──恐ろしい。

 

「っ……!?」

 

 今改めて目の前にいるモノの恐ろしさを痛感した。

 

『いやぁ〜困るよコウジくん。君さえいなければ、きっとうまくいってたのにぃ』

 

 ただ怒りを見せるよりも……今の球磨川の方が恐ろしく感じている。身体が……いつのまにか震えている。

 

「てめぇ……少名さんの志折って何企んでやがる……!!」

 

『べっつにぃ〜?』

『企むなんて……そーんな深い考えなんてなかったよ』

『単に』

『嫌いな奴が堕ちていくところを見たかっただけさ』

 

 ほんのジョークを言ったかのように球磨川はヘラヘラと笑っている。

 

 ──球磨川くんは……私を堕落させようと、していた……!?

 

『まっ、失敗しちゃったけどね』

 

 危ない、ところだった。球磨川くんの言う通りコウジくんがいなかったら……私は。

 

『せっかく針妙丸ちゃんも、「()()()」と同じになってくれると思ったのに。……残念だなぁ』

 

「てんめぇ……!!」

 

 改めて、球磨川たちは多目的棟に足を踏み入れる。

 

『まっ、二人とも行くってことで。行ってみよっか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第35話 二分する道


なぜ、だ……! 休みなのに小説が、かけ、ない……うごごごg、



 

「……ほぅ。美妃がみごと正邪を捕らえただと?」

 

『はい、全土様。残るくまが……最重要警戒対象の一人も、時間の問題かと』

 

 全土は携帯電話を耳に当て電話の主の返答に満足する。

 

「わかった。こちらもすぐに終わる。寒井には『よくやった』と伝えておいてくれ」

 

『———かしこまりました』

 

『報告ありがとう』と言って、全土は通話を切る。

 

「今のは?」

 

 学園の出口に向かって走る車の中。黒神は全土に向かって電話の内容を問いかけるが、全土は『友達からさ』と、さも平然と答える。

 

「今日の放課後に遊びに行かないかと誘われてな。もうすぐ中間試験だというのに、のんきだな……」

 

「ははっ、大多羅三年生は友人が多いのだな。紹介してもらった生徒のほとんどはお前の顔を知っていた。特にこの学園の生徒会から非常に慕われているじゃないか」

 

 いいものを見たと言いたげに機嫌よく黒神めだかはシートの背もたれに寄り掛かる。

 どうやら、記憶操作はうまくいったらしい。球磨川のことは忘れているようだ。

 

 全土はちらりと運転席にいる男性に目をむける。運転手は特に何も言わないまま運転を続けている。

 

 ———運転手は『どんな嘘偽りをも見抜く』能力(スキル)をもっている。彼が自分に何も合図を送らないということは。

 

 つまり、黒神めだかは完全に『球磨川禊を見かけた』という記憶を忘却している。

 

「ありがとう。これでも人脈作りは得意でね。入学した時もうまくやっていけるか不安ではあったが、クラスメイトや友人。後輩のおかげで特に問題なく過ごせているよ」

 

「そうか……君もいい友人を持っているな」

 

「黒神生徒会長ほどじゃないさ。私も……君といい友好的関係を築けて本当によかったと思っているよ」

 

 ちょうど学園の出口に着き、車はゆっくりと停止する。

 

「これから中間テストに向けて備えなければならない。ついていけるのはここまでになってしまうが……」

 

「よい。学業は学生の本分。君の身を削らせるほど、私は偉くない。生徒会長である私だって、箱庭学園の生徒の一人にすぎないのだから」

 

 黒神はにこにこと敵意の無い目で全土を見る。扇子で口元を隠し、ふふっと微笑を浮かべている。

 

 全土は車のドアを開けて黒神におじぎをする。

 

「黒神生徒会長。せっかくのお客様にここから歩いて帰ってもらうのは、こちらも申し訳がない。ここからは彼が君を箱庭学園まで送っていってくれる」

 

 そう言って全土は車の中を覗き込み、車内にいる運転手を親指で指す。

 

「疲れただろう。箱庭に着くまでゆっくり休んでくれ」

 

「心遣い感謝する。大多羅三年生」

 

 黒神もおじぎを返し、車のドアが閉まり全土の視界から遠ざかった。

 

『———友人との絆を大切にな』

 

「……」

 

 全土は遠ざかっていく車の様子を見て、ふと、黒神に聞いた質問の内容を思い返していた。

 

『……私の目標? そうだなぁ……しいて言うなら———全人類を幸せにすることだ!』

 

 まるで人の頂に立つべくして自分が生まれたかのような言い草。

 

「……全人類を幸せに、か」

 

 理想。

 あくまでも理想的な響きだ。友達百人できるかなとか、世界を平和に……と言うのもアホらしいレベルの。

 

「まぁ……全人類の頂、という点では……私も似たような考えだがな」

 

 と全土は禍々しく笑みを浮かべる。

 

「よい友人か。———さて、今度は私の『目標』のためにも、生徒会の『友達』諸君にはがんばってもらわなければ、な」

 

 他人も。弱者も。世の中にあるすべての規則も。平等も。

 同等の強者も。

 

 ———もちろん生徒会の彼らも。

 所詮は俺がもっとも望むものを手に入れるための手段(コマ)でしかないのだから。

 

 

 そう思いながら、全土は再び学園へ足を向けた。

 

 

 =====

 

 

 球磨川禊にうっかりダメにされかけ、多目的棟に突入した針妙丸一行。

 

「……少名さん、気をつけろよ? 仲間っつっても……」

 

「……うん」

 

 ——球磨川くんは……どうしようもなく過負荷(マイナス)だ。

 

『へぇ~ここが多目的棟ね。まぁ、籠城戦にはもってこいなのかな、ここ。機材や部屋の数もかなりあるし、監視カメラまでついてる』

 

 決して普通の人に混ざれない、他人を蹴落とし堕落させることで引き下げる。自分と同じ立ち位置に立たせることでしか他人と交わる術がないのだ。

 

「油断はしないよ。さっきので……たぶんわかったから」

 

「……あんなの序の口、なんだろうな。正邪の姉御が目にかけるくらいだ」

 

『きっともっととんでもない本性を隠しているに違いねぇぜ』と言う桜街だが、

 

 ——『「五月蠅(うるさ)い」』

 

 少し前に私は、彼の本性をほんの一時の間だが垣間見た。

 

「……」

 

 あれは、人間の『負』そのものだった。

 幻想郷に引きこもっていた自分達でも、この地球上にあそこまで『(マイナス)』を体現した存在はいないだろう。

 

「少名さん? 少名さーん」

 

 私達妖怪は物理的な攻撃には人間よりもはるかに強い。

 だが、精神はその限りではない。長く生きられる代わりに、妖怪は精神攻撃にはめっぽう弱い。もしあんな男を幻想郷に連れて行ったらと思うと……ぞっとする。

 

「おーい少名さーん?」

 

 その点、正邪は例外なのだろうか?

 正邪は他の大妖怪とは違って圧倒的な力は持たないけれど、狡猾さと精神攻撃には群を抜いている。その舌の餌食になって騙された者は数えきれないだろ——

 

「少名さん!!」

 

「ひゃっ!?」

 

 針妙丸は桜街に耳元で呼ばれ、宙に少しの間足を浮かせる。

 

「なに敵のアジトの真ん中でボ~ッとしてるんすか? それよりも分かれ道ですよ。分かれ道」

 

 本当だ。右か左か二手に道が分かれている。針妙丸はちらちらと左右の道を見る。こういう分かれ道では分担がセオリーだが……

 

『ハン〇ー×ハ〇ターのクラピカいわく! 迷う未知の道は無意識に左を選択するらしいから……ここは右かな?』

 

「こういう時は一緒に同じ道に行った方がいいと思うんだけど」

 

 いちいちツッコむのも面倒くさいので、針妙丸は球磨川を無視することにした。

 

『……いや、だけど心理的盲点を突いて左かな!?』

 

「いや、片方が罠だったら一網打尽だぜ?」

 

『コウジ君も無視? そこは「漫画知識かよっ!?」ってツッコんでくれるのを期待したんだけど』

 

「———てめぇの冗談なんか知るかっ!!」

 

『テヘペロ』とあざとい表情を見せる球磨川に『あーこいつぶん殴りてぇ』と拳を震わす桜街。

 

「……はぁ、それよりも、やっぱここは二手に分かれて行くべきなんじゃねーの?」 

 

「……そうだね。引き返してる時間も惜しいし……ってあれ?」

 

 やはり二手に分かれようと意を決そうとしたとき、針妙丸はあることに気がついた。

 

 不安を払拭しようと周りを見るも、その場にいるのは桜街と自分だけ。

 

 ———球磨川が……いない。

 

 針妙丸は前後ろとあたりを見渡すが、彼の姿はなかった。

 

「球磨川くん!? ど、どうしよ! こんなところで……!」

 

 なんということだ。

 ねじ曲がり切って性格も歪んではいるが、あれでもこのメンバーの中では最高戦力には間違いない。彼を失ってはこの建物にいる敵を攻略することは……不可能ではないものの、かなり厳しくなる。

 

「いや、少名さん。あれ、あれ」

 

 桜街が半分呆れ気味に左側の通路の方に指をさす。トイレのある方向だ。すると、ドアを開けて球磨川はけろっとした顔で出てきた。

 

『——おまたせ~! ごめんねートイレ我慢できなくってさ!』

 

「……心配するだけ無駄だと思うぜ? 少名さん」

 

「……はぁ」

 

 心配したら、これだ。

 針妙丸は心の底からため息をつく。なんでこんな緊張感の『き』の欠片もない男を警戒しているのだろう。馬鹿らしいと自分に言い聞かせる針妙丸。

 

「球磨川くん……困るよ。勝手にいなくなっちゃ。行くにしてもせめて一言言ってよ」

 

 敵陣のど真ん中で(かわや)にいく奴がどこにいるのか。

 そう思いつつ針妙丸は左側の道に、球磨川の方に向かって歩き出す。

 

『だからごめんって。あっ! もしかして針ちゃん』

 

「なっ、なによ……」

 

 はっとわざとらしく球磨川は口元を手で隠す。

 

『さては僕のマル秘シーン目当てでトイレに突撃したかったとか!? ごめんね。気がつかなかったよ、針ちゃんがそんなにエッチだったなんて! はずかしー!』

 

「———だれがアンタなんかに!! それに私は痴女じゃないし!!」

 

 頼まれたって見るか。仮に見てしまったら完全に黒歴史だ。お前を殺して私も死ぬ。

 

『まったまたぁ~! あっ、そっか! 針ちゃんの好みは男性じゃなくて「こっち」だもんね』

 

 と球磨川は手を斜め横に向ける。

 

『百合の方♪』

 

「ちっがぁう!!!」

 

 確かに正邪はどんな形であれ、いつも自分を助けてくれる恩人だ。好きではある。

 けど、自分はけっして同性愛者じゃない。けっして『好き』であっても恋人の『好き』ではない。これは親愛の『好き』なのだ。

 

『……正邪ちゃん。カッコ可愛いもんね。針ちゃんが「そっち」方面に目覚めちゃうのもしょうがないか』

 

「あぁもう! やめてよ! そんなこと考えるアンタの頭が腐ってるよ!!」

 

『お生憎様、すでに僕は性根が腐ってるから』

 

 頬を赤くする針妙丸にニヤリとする球磨川。できれば球磨川にはあのままトイレにずっと隠れておいてほしかった。そうすれば大義名分で球磨川を放置できたのに。

 

「……おい球磨川副会長。少名さんイジるのもそのくらいにしてやってくれ」

 

『ちょっとしたジョークだよ、コウジ書——』

 

 球磨川が言葉を言い終える前に天井からシャッターが凄まじいスピードで下りる。

 

「うわっ!?」

『……!!』

「な、なんだぁ!? み、道が……」

 

 来た道がシャッターで完全にふさがってしまった。球磨川と針妙丸は左側の通路。桜街は一人右側の通路だ。

 

「球磨川副会長!! 少名さん!!」

 

「こ、コウジくん!! シャッターが……」

 

『まぁまぁ、こんなの壁になんかならないって。

 

 ——「大噓憑き(オールフィクション)」』

 

 いつものように対象物に手を当て、能力の発動を宣言。球磨川の目の前のシャッターは一瞬にして消え、

 

『……!!』

 

 消えなかった。当然のようにシャッターは消えず、ただそこに存在する。

 

「く、球磨川くん……? どういうこと!? 早くオールフィクション使ってよ!!」

 

『……!? な、なん、だ……!?!? そんな、そんなバカなことが』

 

 球磨川は彼らしくもなく、全身を震わせ焦燥を隠すための手まで冷や汗をかいている。動揺……針妙丸を堕とすのに失敗した時よりも遥かに焦っているのだ。

 

「球磨川くん……? ねぇ、大丈夫!?」

 

 ……球磨川の顔色が悪い。

 

『……「大嘘憑き(オールフィクション)」で、なかったことにできない』

 



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グッドルーザーズ 日常短編 上

ちょくちょく更新チェックしてくれている人もいるかと思います。
おひさです。ゼロんでございます。新年あけましておめでとうございます。
もう2月ですがな。

忘れているといけないので、ちょい筆慣らしに。
時間軸的には2章と3章の間ぐらいです。

下もあるので気になる方は。


 グッドルーザーズ 短編日常集

 

『いつもの登校風景』

 

 普段の登校時、正邪(せいじゃ)針妙丸(しんみょうまる)と一緒に校門をくぐる。最近は校門をくぐると噂話がちらほらと耳に入ってくる。

 生徒会の一味を退けた正邪は校内では有名人だ。

 

「見ろよ……鬼人正邪だ……」

 

百々(どうどう)さんをぶっ倒したってあの……?」

 

 正邪は満足げに群衆の合間を抜け、堂々と胸を張って教室へ向かう。

 

「ふっふっふ……どうやら、この私の悪名もこの世界に広まりつつあるようだな……」

 

「いやまぁ、ここの生徒の中でだけどね」

 

 正邪が鼻を高くしている間に周りの空気も一変していく。

 

「けど、百々さんを倒したのは、同じD組の球磨川(くまがわ)って聞いたぜ?」

 

「まじで? じゃあ正邪はいいとこどり?」

 

 だんだん雲行きが怪しくなってきたので、慰めるべく針妙丸は正邪の方を向く。

 

「……」

 

「正邪。気にすることないよ? 正邪だって頑張ってたもん。ね?」

 

 よく見ると、正邪は涙目になっていた。

 

「べ、べつに……別に悔しくなんかねーし!

 手柄独り占めできなかったことなんて、そ、そんなの、ぜんっぜん気にしてねーし!」

 

「そっ。(あぁ……正邪が泣きそうだ)」

 

 そんな正邪も可愛いと針妙丸は目を細めた。

 

 一方木の陰から様子を見ていた球磨川は、今日は正邪に『ネガ蔵くん』のコミックスを貸してあげよう、と密かに想いを馳せるのだった。

 

「……僕は悪くない(……正邪ちゃん。がんば)」

 

 

 ***

 

『教室風景』

 

 

 ──ガラッ。

 

 入ってきたのは学校カバンを持った鬼人正邪。

 全員から視線を釘付けにし、あたりには緊張の渦が巻き起こる。

 

 ──ガラッ。

 

「おはようございまーす!」

 

 入ってきたのは少名針妙丸。クラス全体に朗らかな雰囲気が漂い、男子だけでなく女子も彼女に暖かい眼差しを向ける。

 

 それはまるで成長が楽しみなひな鳥を見るような心境で──

 

 ──ガラッ。

 

 その雰囲気を断ち切るように入ってきたのは、桜街義一(さくらこうじ よしかず)。リーゼントを揺らして悠々と入ってくる。

 

 クラスのみんなからは、なに雰囲気ぶち壊してんだ、ゴラァ、と冷たい視線を注がれる。

 

「なにガンつけてんだ。オレのヘアスタイルは見せもんじゃねぇぞ」

 

 そっちじゃねぇ、と全員心の中で思いつつ、舌打ちをする。奇跡的に全員同時の舌打ちだ。

 

「……んだよ、この敵意丸出しの雰囲気。オレ何もしてねーっつうのに」

 

「おぉ、コウジ。おそよう」

 

「アネゴ! おはようっす! なんスカ、おそようって」

 

「ふふん。世間ではお早いお着きでという由来から、朝にはおはようと言う。

 

 ──だが! この私が世間に反逆するべく考えた挨拶! 遅いお着きで、おそよう、だ!」

 

「わけわかんないっすけど、イカすっす!!」

 

「だろう?」

 

 朝から訳の分からない会話が展開され、針妙丸以外のD組生徒は愕然とする。

 

「そ、そうなんだ……そんな挨拶があるんだ……知らなかった。私もまだまだ世間知らずだなぁ……」

 

 まただ。混ぜちゃダメあの二人。

 少名さんも鬼人さんの言葉に納得しちゃダメだよ!?

 

 と、様々な思惑が飛び交うが、こんなのは序の口。──むしろ本番はここから。

 

 ヤツが、来る。

 

 ──ガラッ。

 

 来た。正邪たち以外のD組の皆は例の人物の出現に身構える。教室の入り口から現れたのは、

 

「あ、皆さん。おはようございます」

 

 全員の肩の力が一斉に抜けた。

 なんだ、慶賀野(けがの)さんじゃん、と。

 

「……え? みんな、どうしたんですか?」

 

 D組生徒の一人が安心して慶賀野に近づく。

 

「いやぁ〜てっきり球磨川かと……」

 

『──ん? 僕がどうかしたかい?』

 

「(フェイントかよぉぉぉぉぉぃっっ!!)」

 

 球磨川が来ると──教室は一気に静かになる。

 

『おはよう、正邪ちゃん! あとその他の人々!』

 

「あぁ、球磨川か。おそよう」

 

「誰がその他よ!」

 

 ふつうに挨拶する正邪と球磨川。彼に向かって怒鳴る針妙丸。

 

『すっかり静かになっちゃったね?』

 

 その三人以外は静まりかえり、視線すら球磨川に向けようとしない。

 

 それらを眺めて慶賀野と桜街は思った。

 

 ──いかに球磨川が避けられてるかわかるなぁ、と。

 

 ……あと彼と普通に会話してる二人ってすごい。

 

 

 ***

 

 

『体育』

 

 生徒会私刑執行委員メンバー……もとい敗残兵、百々千太郎は校庭、もとい皇庭に並んだD組生徒に告げる。

 

「ごほん。担任が本日休養のため、自分が代行を務めるであります」

 

「なるほど、嫌な役割を押しつけられたってところか。大変だねぇ(ニヤニヤ)」

 

『ほんと、窓際族って大変だよね』

 

「黙り腐れ、過負荷ども!! さっさと走れであります!!」

 

 今回の体育はマラソン。全員が教育棟の周りを長時間走る。もちろん、正邪含め全員体操服に着替えている。

 

 D組の全生徒が走り始めて一分も経たないうちに、正邪は百々の元へ。

 

「なんでありますか」

 

「怪我したから保健室」

 

 百々は正邪の手足を見る。どこにもケガらしきケガは見当たらない。

 

「……怪我なんてしてないでありますが」

 

「一応確認はするのな」

 

「早く走れであります!!」

 

「あ、今ので精神的に怪我した。保健室に行くわ」

 

「お前、言い訳下手すぎであります」

 

 ──どんだけサボりたいんねん。

 

 正邪が渋々列に戻った後、しばらくしないうちに球磨川が百々の元へ歩いてきた。

 

「球磨川禊。早く列に戻れであります」

 

『いや……ちょっと、さ』

 

 またか。今度はどんな言い訳をするつもりだ。

 

『帰ってジャンプ読んでいい?』

 

「もう言い訳すらしないでありますか!!」

 

『いやぁ、僕って正直者だからさ』

 

「早く戻れ!! 戻って走れであります!」

 

『……走りながら読んでもいい?』

 

「器用だな……勝手にしろであります。

 

 ──ただし歩くな」

 

『わかってる、わかってるって、百々ちゃん。あ……』

 

「どうしたであります?」

 

『ジャンプ買い忘れちゃった。お、オラ、ジャンプが無くて力が出ないぞぉ……』

 

「──ドラゴンボールの孫○空かテメェは!!

 ……あぁ、もう! お前がもう一周走り終わる前に買ってくるから、さっさと走れであります!!」

 

『あ、百々くんもジャンプ系好き? 特にどこら辺が?』

 

「ちょうどフリーザ編あたりが……って、いいから走れ!!」

 

 ちょうど球磨川が『ピッコロ大魔王編もいいよね!』と語り続けようとする前に、百々はコンビニへ向かって行った。

 

 

 ***

 

 

 百々は走ってジャンプを買ってきた。球磨川も一周頑張って走った。

 

『サンキュー! 僕、もう一周くらいガンバちゃおうかなぁ!』

 

「……あれ……なんで自分、走っていたんでありましたっけ」

 

 息切れしながら百々はふと疑問に思った。なぜ自分がこいつのジャンプなんぞを買いに行ってるんだ?

 

『……さぁ?』

 

「……。ええい、さっさと走れ!!」

 

『百々ちゃんって、もしかしてパシリ属性?』

 

 数分後、戦闘以外のスタミナが皆無の球磨川はマジで貧血になり、保健室で週間少年ジャンプを読んでいたという。

 

 あの……ええと、さくら……さくら……。

 ……劣等リーゼントでさえきちんと走っているというのに。

 

「調子狂うでありますな……あんなのをいつも相手している体育教師を褒めてやりたいでやります」

 

 今度担任に何かおごってやろう、と百々が額に手を当てている間に、針妙丸がふらふらになって歩いてきた。

 

「……す、すみません。ちょっとクラクラしちゃって」

 

「ったく。水分不足であります。ほい、『いろはす』飲むであります(オレンジ味)」

 

 百々に渡された水(ボトルに口つけてない)を飲んだ後、針妙丸はありがとう、とお礼を言って列に戻っていた。

 

 すると今度は慶賀野が仰向けに勢いよく転んだ。

 

「ったぁ……い」

 

 慶賀野の膝に大きなすり傷ができ、そこから血が足を伝って流れている。

 

「……」

 

 百々はその場を立ち上がって慶賀野の元へ。

 戸惑う慶賀野に肩を貸し、蛇口のある場所まで運ぶ。

 

「ほら、さっさと水で傷口を洗うであります。その次は応急処置でバンドエイドを……」

 

 その横で呑気にお茶を飲む正邪。

 

「……お前、乱暴なくせに面倒見いいんだな」

 

「てめーはさっさと走りに戻れであります!!」

 

 ちなみにこの後、保健室に行った慶賀野にジャンプを読んでいることをチクられた球磨川は、正邪と一緒にさらに走るハメになった。

 

 



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グッドルーザーズ 日常短編 下

上はギャグ系、下はちょいシリアス。
こっちをメインにしようかなとおもったので長くなっております。
上に興味ある方は前の話ですのでぜひ。


 ***

 

『クリスマス』(本来12月に投稿予定)

 

 

 ちょうどD組のクラスで話題になっていたクリスマスプレゼント。

 

「幻想郷ではクリスマスは虫かごの中で過ごしてたけど……」

 

 一応、その日は霊夢に渋々ではあったが外に出してもらい、魔理沙と三人で祝っていた。

 

 途中から妖夢や幽々子、咲夜と紅魔館の主レミリアも加わり最終的には大騒ぎだった。

 

 そして誰もいなくなったあとで、こっそり来てくれた正邪にプレゼントを渡す。それが針妙丸のクリスマスだった。

 

 本人は『たまたま寄っただけだ』とは言っていたが。受け取ってはくれた。

 

「今年は何をあげようかな……」

 

 ふと気になった針妙丸は、ちょうどみんなが集まったあたりで、さり気なく尋ねる。

 

「……クリスマスになにが欲しいかって? 少名さん、なんだって今日そんなことを」

 

 休み時間に寝ていた桜街が寝ぼけ眼で顔を上げる。

 

「いいじゃないですか。大切な友達に渡すプレゼント……いい悩みですよ」

 

「ちょっ……慶賀野さん!」

 

 隣で聞いていた正邪は不満げに声を荒げる。

 

「あぁ? 誰が友達だよ。こっちから願い下げだっての」

 

「ほらー……こう言うから」

 

 針妙丸は涙目で正邪を指差す。

 

「正邪は天邪鬼なんだから」

 

 あぁ……と納得した後に慶賀野はほっこりするような、悲しいような複雑な笑みを浮かべていた。

 

 本当に妖怪の天邪鬼なのになぁ、と本当の意味で自分の言葉が慶賀野に通じていないことに苦笑する。

 

 まぁ、しょうがないことなのだが。

 

『クリスマスかぁ……プレゼントなんてもらったことないよ。……文房具以外』

 

「けっこう辛辣なんだな。お前の家庭」

 

 ヘラヘラと顎に手を当てて、球磨川はさらりと家庭の悲しいクリスマス事情を暴露した。

 

 桜街もけっこう同情していた。彼の家ではどうなのだろう。ちゃんとプレゼントは出るのだろうか。

 

「けっ、くだらん。毎年毎年懸命に、赤服と白ヒゲの不審者が、ちょうど決まった日に『メリークリスマス!』とか叫んで、ピュアな子供たちの家に不法侵入する祭りのどこが嬉しいんだよ」

 

「一体どうしたらクリスマスがそんな歪んだ解釈になるんですか!? サンタクロースが浮かばれませんよ!!」

 

 慶賀野に突っ込まれたが、正邪も正邪でクリスマスに悲しい解釈を生み出していた。

 そんなクリスマスなら防犯ブザーは必須だ。

 町中、厳戒態勢かもしれない。

 

『大丈夫だよ正邪ちゃん。そんなのはただのおとぎ話で、サンタって言うのは本当は、お──』

 

「オメーはオメーで黙ってろ!!」

 

 その続きは言わせまいと桜街は球磨川の口を無理やり塞ぐ。

 

 ……何を言おうとしていたのだろう。

 

 霊夢曰く、サンタクロースは空を飛ぶ妖術を使うおじいさんで、良い子にプレゼントを配っていると聞いたのだが。

 

 一体球磨川は何を言おうとしたのだろう。

 

 

 ***

 

 

『じゃあそれぞれ欲しいものを言っていこうよ!』

 

「てか、なんでオメーが仕切ってるんだよ。球磨川」

 

『いいからいいから、じゃあはじめは功名(こうみょう)さんっ! 言ってみよ〜!』

 

「えっ!? えぇっと……」

 

 もじもじと指を擦り合わせて顔をうつむき、かけているメガネが下がる。

 

「マフラー……とか」

 

『……慶賀野さん、質素だね』

 

「ほ、他にも欲しいプレゼントはありますよ! り、リラックマのぬいぐるみとか……!!」

 

『ぬいぐるみかぁ……いいね』

 

 可愛い……とちょっと思ってしまった。

 球磨川の言葉には何か含みがある気がしたが、それを問う暇はなかった。

 

『で、フランスパンくんは?』

 

「せめて名前で呼べよ。ん……とだな」

 

 桜街は突然ポケットに手を入れ、一枚の紙を取り出した。

 

「あったあった。最新ゲーム機と……スーパーマ○オブラザーズと……バイオハザ○ドリメイクver、あとはド○クエの最新作も……」

 

『……もしかして、結構クリスマス前に何貰うか考えるタイプ?』

 

「おう! 俺はその年のクリスマスが終わった後から、既に次の年のプレゼントを考えてるぜ!」

 

「お前……変なとこ几帳面だな」

 

 桜街はグーサインを出して笑みを浮かべている。見た目に合わない意外な一面を見たせいか、正邪も感心している。

 

「見た目と髪型と中身の反逆……! 実にいい。まさに反逆の使徒」

 

『見た目完全に不良だしね!』

 

「正邪の姉御に言われんのはいいけど、オメーに言われんのは腹たつなぁ」

 

 桜街は若干引きつった笑みを浮かべて額に青筋を浮かべている。球磨川に怒鳴っても無駄とわかっていても怒りが堪えられないところがあるのだろう。

 

「そういう球磨川は何が欲しいんだよ」

 

『ん? 僕?』

 

 んー、と球磨川は少し考えるそぶりを見せた後、

 

『地位と、権力?』

 

「夢のない小学生かっっ!!!」

 

『冗談、冗談。よく考えてみなよコッペパンくん』

 

「せめてコウジか、上の名前で呼べよ。もはや髪型関係ねぇし」

 

『不幸の星の下で生まれた僕が、そんなもの望むと思うかい? せっかくの地位も名誉もすぐにかっさらわれて剥奪決定さ』

 

「自信満々に言うんじゃねぇよ。てか、なんでオレが的外れなこと言ったみたいになってんだよ!」

 

 球磨川は首を横に振ってやれやれと答える。

 

『僕がクリスマスに欲しいのは一つさ。みんながもらうプレゼントの中で最も汎用性があるものさ』

 

「……んだよ。それ」

 

 球磨川はふっと笑って答える。

 

『決まってるじゃないか。────お金』

 

「夢もクソもねぇ答えが来たっ!!!!!!」

 

『だってそうでしょ? お金があればどんなプレゼントだって買えるんだよ? 選択肢はいくらでもあるし、好きに自分で決められる。……最高のプレゼントじゃないか』

 

 ぐぬぬぬと桜街が反論できずにいる中、針妙丸は手を挙げる。

 

「……ちなみに球磨川くんは今言ったプレゼント、貰ったことあるの?」

 

『……』

 

 球磨川は突然背中を向けると、しゃがみこみ始めた。

 

『…………』

 

「……?」

 

 顔を腕に埋めて、片手で床にひっきりなしに指で文字を書く。500円、または0円、と書いているようだ。

 

『……たまに鉛筆と消しゴムだけ。あぁ、ケーキなんて食べたことないや……』

 

 好奇心で聞いた自分が申し訳なくなってきた。

 見ていてかわいそうだ。

 

 同じように思ったのか慶賀野がいじける球磨川に近寄る。

 

「ええと……球磨川さん。小物で良ければ、今度のクリスマスにあげますよ? 何か欲しい物はありますか……?」

 

『マジで!?』

 

 慶賀野の慰めに反応して、球磨川は一瞬で起き上がってきた。

 

『ほんとう!? 本当にいいのかい!? なんでも!?』

 

「小物ですよ? キーホルダーとか、ぬいぐるみとか」

 

 先ほどまでの雰囲気が嘘のようにはしゃぎ始めた球磨川。

 

『ありがとう……功名さん。今の君は間違いなく女神様だよ。もうこれからみんな、サンタじゃなくて功名さんを信仰しようよ!』

 

 と思ったら急に涙目でぐずり始めた。

 

『ありがとう……本当にありがとう。今まで文房具以外、ろくにプレゼントなんて貰ってないよ……祝ってくれる人もいないし』

 

「は、はぁ……。大変でしたね」

 

『そうなんだよ! じゃあ慶賀野さん! 聞いてくれるかい! 僕の欲しいささやかなプレゼントを!!』

 

「……二度言いますけど、小物ですよ?」

 

 安心して、大したことないものだから、と球磨川は付け加える。

 

 

『──幼い頃に失った夢と希望』

 

「おっっっっっもっっっ!!!!!」

 

 全員が口を揃えて呆れ返った。

 

「なんだそりゃあ!! 取り返せねえし、固形物ですらねぇじゃねぇか!!」

 

『夢と希望だけが友達だった僕にはかけがえのないものだよ……?』

 

「アンパンマンか!! それにオメー、さっき大したことないものって言ってたじゃねーか!!! おかげで慶賀野、呆然としてんじゃねぇか!!」

 

 困らせんなよ、と大声で桜街は怒鳴る。

 球磨川くんの言動が矛盾しているのはいつものことだ。

 

「球磨川さん。あたし、裁縫とか得意だから、ぬいぐるみとかでもいいかな……?」

 

『ほんとう? ありがとう! デザインは僕が決めてもいい? 夢と希望じゃないけど、幼い頃に本当に無くしちゃったんだ!』

 

 柔らかな笑みを浮かべる球磨川に慶賀野はほっこりとした表情を顔に出している。

 

「失くしたぬいぐるみ、大事にしてたんですね……」

 

『うん。大事なものを中に隠したり、自分で引きちぎって縫い付けるのが大好きだったんだ』

 

「えぇぇぇぇぇっ!? 『大事にする』の認識が違う!!」

 

『愛し方、愛で方は人それぞれさ』

 

「愛するものを引きちぎることの、どこが愛情表現ですか!?」

 

『……ヤンデレとか?』

 

 引きちぎらないことを条件に、球磨川のプレゼントは決定した。

 

「で、正邪は何が欲しいの?」

 

 針妙丸は先程からあまり口を挟んでこない正邪に話しかける。

 

「ほら、サンタに頼むものとかさ。何かあるでしょ?」

 

 すると、正邪はこう答えた。

 

「──ばぁか。サンタなんて、いねぇよ」

 

 嘲る笑みとともに正邪は針妙丸に指を突きつけた。

 

「え……?」

 

「いるわけねぇだろ、サンタなんて。だいったいなぁ。私はなぁ、そもそもクリスマスなんて大っ嫌いなんだよ」

 

 愕然とする針妙丸に遠慮もなく、正邪は言葉を続ける。

 

「物をもらうのも物乞いみたいだし、惨めで気に食わないし、サンタの性癖も嫌いだ。健全で良い子の子供が好きとかどこのショタ好きロリコンだよ。プレゼントもサンタもいらんし、ついでに言うとお前もいらない」

 

「せ、正邪ちゃん……ちょっと言いすぎですよ」

 

 慶賀野が止めようとするも、正邪は全く聞きはしない。

 

「それにプレゼントだとォ? そんなの自分で選んで買う方がいいに決まって──」

 

「────もういいよっっっっ!!!」

 

 針妙丸は正邪を軽く突き飛ばし、教室から走り去っていった。

 

「あっ……針妙丸さん!!」

 

「アネゴ……今のはちょっと」

 

『……あちゃー、泣いちゃったね』

 

「……ちっ」

 

 その日、正邪とはほとんど口を聞かなかった。

 

 ***

 

 

 学校が終わり、正邪は一人下校する。

 

「……と思ったらお前も一緒かよ」

 

『いやぁ、正邪ちゃんが放課後どこ行くか気になっちゃって』

 

 球磨川は相変わらずヘラヘラと掴み所のない態度で接してくる。

 

 正邪は鞄を持ちながら、両手を後ろで合わせる。

 

「何の話だよ」

 

『まぁた、またぁ。寮への道は反対側だよ? あっちはスーパーとか商店街とかの地区だよ?』

 

「……一人で行く。帰れ」

 

『生憎、僕もたまたまこっちに用があるんだ。道が一緒なのはしょうがないでしょ?』

 

 球磨川は締まりない口もとで笑う。

 目は相変わらず笑っていなかったので本当の表情はうまく読めないが。

 

『途中まで一緒だし……ついでに付いてってもいいかな?』

 

「勝手にしろ」

 

 ……どうせ、ダメと言っても来るだろうから。

 

 スーパーへ続く商店街の一本道。

 

 つまらなそうに不満げな顔を浮かべる正邪と、

 

 他人から見て分かりずらいが、

 

 彼女の横には、そこはかとなく嬉しそうな表情を浮かべた球磨川が、そこにいた。

 

 

 ***

 

 スーパーでの用事を終えた後、正邪は寮に戻った。球磨川はもう少し吟味したいものがあるとかで、スーパーに残った。

 

「……ただいま」

 

「……」

 

 正邪が挨拶をしても頷くだけで、まともに言葉を交わさない。食事も、ここにきてから一番静かなものだった。

 

「……皿洗い。きちんと当番やれよ」

 

「……わかってるよ」

 

 ついにまともな会話をしないまま、針妙丸は床に就いた。

 

 布団も、ういつもとは比較にならないくらいに距離が開いている。今の心の距離とでも言うつもりか。

 

「ちっ……めんどくさい」

 

 そんな中、正邪は布団から出て、学校カバンから小さな箱を取り出し、

 

「……よっ、そっ、おっと」

 

 抜き足差し足で針妙丸のベッドに近づく。

 

「気づかないぐらいに深く眠ってるな……」

 

 そうして彼女の枕の横に、

 

「……サンタなんか、いねぇよ」

 

 そっと小さな箱を置いた。逆さの青リボンがついた、白と黒の小箱だ。

 

「──メリークリスマス。……い、いつもクソみたいなプレゼントをくれて……ありがと」

 

 布団に潜って、不機嫌そうに正邪はそう言うのだった。

 

 

 ***

 

 

 翌日の登校は、正邪がかなり早めに出た。

 

 一応、会って挨拶を交わすぐらいはしておいた。

 

 そして朝のホームルーム前。

 

「ねぇねぇ! 見てみて!! 朝起きたらこんな箱があったの!」

 

 針妙丸が満面の笑みで正邪含め慶賀野と桜街に見せる。球磨川はおそらく保健室でサボりだろう。

 

「よかったな、少名さん!」

 

「わぁ……素敵ですね! 中身はなんでしたか?」

 

「ま、まだ開けてないの!」

 

 そう言って箱を隠す針妙丸。その瞬間、なぜか正邪はしかめっ面をしていた。

 

「この箱の柄とか、リボンとか、正邪の色合いに似てるね!」

 

「そりゃあ、悪趣味だな。よかったな。好きな色合いじゃなくて」

 

「ううん! 大好き!」

 

 一瞬だけ、正邪は驚いていたがすぐに仏頂面に戻ってしまった。

 

「……不愉快だ。それより良いのか? 昨日のこと。一生口きかなくたっていいんだぞ、こっちは」

 

「あぁ、もう気にしてないからいいよ。こっちこそ……意地はってごめんなさい」

 

 針妙丸は素直に謝るが、正邪の方からは特に謝罪はなかった。ふん、と鼻で返事をするくらいで。

 

 気にしてもいないし、悪い気分もしない。これが正邪とのやりとりの一つだから。

 

 

 

「それにしても不思議だな……クリスマスは()()()()()()()()()ってのに」

 

 

 

 桜街の一言に正邪の動きが彫像のようにぴしりと止まる。

 ゆっくりと首を桜街の方に向けて、

 

「………………。コウジ」

 

「ん? なんですかい、アネゴ」

 

「クリスマスって12月の行事なのか?」

 

「え? あぁはい。サンタが来るのは12月の24日でやすけど」

 

「……は?」

 

「もしかしてアネゴ……クリスマスの日付、知りませんでしたか?」

 

 今日は、2月2日。

 

 正邪はくるりと身体の向きを変えて、

 

「ふふ……ふふふ」

 

「アネゴ?」

 

「ふふふっ、あーっはーっはっはっはっ!!」

 

「どどうしたんですか!?」

 

 正邪は大笑いをした後に、大きく息を吸って、

 

 

「クリスマスなんか、嫌いダァァァァァァーーーーーーーーーーっ!!!!!!!」

 

 

 正邪が自分に贈ってくれたのに気づいていたことは──言わないでおいておこう。

 

 それくらい意地悪したっていいよね、と針妙丸はくすっと嬉しそうに微笑むのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 正邪と別れた昨日の夕方。

 スーパーに残った球磨川は人目も憚らずに女性用のランジェリー売り場にいた。

 

『……うーん。これも違うなぁ。スタイルとかエロさ、とかじゃなくて正邪ちゃんの良さはあの可愛さにあるからなぁ。いや、いっそのこと大人っぽい路線に……』

 

「何してるんですか」

 

『あっ! 功名さん。どうしたのこんなところで?』

 

「それはこっちのセリフですよ! 女性の下着売り場で何やってるんですか、あなたは!!」

 

『プレゼント選び』

 

「……もっとマシな言い訳ないんですか」

 

『僕は悪くない。これは正邪ちゃんの今年のクリスマスにあげるプレゼントだよ?』

 

「パンツをですか!?」

 

『そう! 彼女の下着は、僕が選んだものと思えるからこそいいんじゃない──』

 

 球磨川が言い終える前に慶賀野は左ストレートを顔面に喰らわし、彼が倒れたところで、ランジェリーショップから連れ出した。

 

「……はぁ。どうしてこんな人と関わってしまったの、あたし」

 

 球磨川を運んでいる最中は周りから白い目で見られた。

 

『僕は悪くない。……それよりも、功名さん。気になったことがあるんだけどさっ』

 

「……なんですか? 言っておきますけど、商品はちゃんと戻しておきましたからね?」

 

 いやそのことじゃなくてさ、と球磨川は言う。

 

 

『────僕が正邪ちゃんと一緒にいる時から、ずっと隠れてついて来てたよね? なんか僕らに用でもあったの?』

 

 

 ──自然体での、ゆさぶり。

 

『もしかして、()()()()()()()()()()とかが趣味なの?』

 

 本当にわからない。そういう声色で、いっそわざとらしいくらいに球磨川は尋ねる。

 

 一瞬だけ慶賀野の表情に緊張の文字が走るが、すぐに苦笑を浮かべる。

 

「そ、そんなわけないじゃないですか。ただ二人がどんな会話をしてるか気になっただけで……」

 

 動揺の色が出てる彼女の声色に特に目立った反応も見せず、球磨川は無表情で答える。

 

『ふぅん……ま、いっか。そんな興味ないし』

 

「そ、それよりも! さっき正邪ちゃんと何をしてたんですか?」

 

 ええとね、と球磨川は素直に答える。

 

『ちょっとプレゼント選びしてたんだよ。小槌かお椀とかがついたストラップとか、キーホルダーがないか探してたんだ』

 

「そうだったんですか……あれ? プレゼント? 明日は二月二日ですよね?」

 

『まぁ、正邪ちゃんのことだから、クリスマスの日付でも間違えてるんじゃないかな? ああ見えて案外世間知らずだし』

 

 ああ見えて、というより格好自体が世間知らずのようなものだが。

 

「けど……誰に送るんでしょう。クリスマスなんて嫌いだって言ってたし」

 

『嫌だなぁ、功名さん。忘れたの?』

 

 球磨川はふっと笑って言った。

 

 

『──正邪ちゃんは、()()()だから』

 

 

 




いかがでしたでしょうか。
クリスマスに思いついたけど書けなかったネタを一気に詰め込みました。
本編はもう少しお待ちください。


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第36話 ハロー『悪魔(デビル)』

 

「く、球磨川くん……」

 

『……』

 

 球磨川は先ほどまでの焦り顔をすぐに手のひらで覆い、再びけろっとした顔に戻す。

 

『なーんてね! 「虚構(なかったこと)にする」ことができないんなら、直接ぶっ壊して……』

 

 球磨川は毎度のごとく、どこからか取り出した巨大螺子を振り下ろして、

 

「せ、生徒会さぁ〜んっ!!」

 

『!!』

 

 だれかが球磨川の背中から抱きついた。

 

「手子生さん……!! 逃げてきたんですか!」

 

「ひ、ひどいですよぉ……! あのコスプレ新生徒会長ぉ……あちしが一体どんな想いで、あそこを抜け出してきたか……!!」

 

 手子生は涙を拭くように球磨川の背中に顔を押しつける。彼の制服が黒いせいで気づきにくいが、わずかに涙がにじんでいる。

 

「ほ、ほんとにすみません……うちの正邪が……」

 

「うぅ……ぐずっ。あぁ、ごめんなさい新副会長さん! 制服が……」

 

 手子生は身体を離し、球磨川に謝罪する。

 

『ううん。君は悪くないよ。拉致監禁って本当に怖いからね。泣きつきたい気持ちもわからんでもないし』

 

「あっ……」

 

 そう言いながら振り向いた球磨川の顔は……鼻血まみれだった。

 

『僕を失血死させるつもりなのかな、手子生(てごまる)さんは』

 

「球磨川くん……普段からエロ本がどうとかパンツがどうとか言ってるくせに……」

 

『…………わが生涯に一片の悔いなしっ』

 

「少しは自重しろぉっ!!」

 

 球磨川はなぜかキリッとした顔に、叱る針妙丸。そ、それよりもと手子生は二人にすがる。

 

「さ、先ほどから誰かがつけてきてるんですっ! こ、このままだと、あちし殺されるぅ……!!」

 

 轟音が響いた先から、ドシドシと重い足音が近づいてくる。

 

「ひぃっ……!! きたぁ……!」

 

 すると、一瞬の間に手子生の身体が宙に浮き、目の前から現れた筋骨隆々の大男に担がれる。

 

「我はラグビー部部長!!! 石垣(いしがき)ィィ!! 『悪魔』の鬼部長と恐れられる豪傑ゥゥゥッ!!!!」

 

「ひっひぃぃっ!!! た、たすけてぇぇ!!」

 

「手子生さん!!」

 

「ぐっぐっぐ……この先で待つぞっ、新生徒会とやら! 全土様や美貴様の邪魔は何人たりとも許さんぞォッ!!!」

 

 逃げ出した石垣を追おうとする針妙丸を、球磨川は黙って右手で制した。

 

「ど、どうして止めるの球磨川くん!!」

 

『まぁまぁ。うかつに追いかけてってもいい事ないと思うよ?』

 

 球磨川は針妙丸の小さな肩を掴むが、あっけなく針妙丸に振り払われる。

 

「けど、悠長になんてしてられないよ! 罠だとしても、早く助けなきゃ!」

 

『……おや。「罠かも」って言われちゃった。「早く行かなきゃ」だけ言ってたら、君も愚か者カテゴライズだったかもなのに。猪突猛進のおバカさんとして!』

 

 ありゃ、と呆けた顔で球磨川は呑気に構える。そんな場合じゃないというのに。

 それと何気なく最後に侮辱を入れてくるあたり、本当に嫌われているようだ。いや彼には挑発も日常茶飯事か。

 

「……球磨川くんは助ける気なんてないかもしれないけど。手子生さんは依頼者なんだよ?」

 

『あれ? 少名さん、よくわかったね。助ける気なんてないって』

 

 針妙丸は絶句した。まさかここまでの外道とは。いや……薄々わかってはいたが。

 

『じゃ、ゆっくりぼちぼち歩こっか。疲れちゃうし』

 

「ちょ、ちょっと待ってよ……!」

 

『少しでも進むほうがいいでしょ? 千里の道も一歩からって言うし。進みたくないの?』

 

「……ぐぐぐ……!! もういちいち癪にさわるなぁ……。それに使い方違うし!」

 

 誰がなにを言っても、彼は言うことなんて聞きそうにない。正邪が適当にいつもあしらっている理由が今の針妙丸にはよく分かる気がした。

 

 

 ***

 

 

 二人が延々と続く回廊を歩いて数分が経つ。

 それまでは黙々と歩いているだけだったが、

 

「……ねぇ」

 

『ん? なんだい針ちゃん。君の方から話しかけてくるなんて珍しい』

 

 できればいつまでも話したくない。

 

「……なんで走ろうともしないし、急ごうともしないの? 慎重になってるから?」

 

『……。まぁ、それも無くはないけどさ』

 

 この数週間。彼と曲がりなりにも学校生活を送っているのだ。球磨川は勉強はできないが、別に頭の回転が鈍いわけではない。

 

 むしろ逆。厄介すぎるくらいの切れ者だ。

 嫌われてもおかしくないくらいの。

 

『手子生さんも、さすがに殺されたりはしないよ。あのシュワちゃん顔負けの筋肉くんからは、特に手子生さんに対する悪意は感じられなかったから』

 

「……。わたしは、てっきり別の理由かと思ってた。慎重になってるのかって……」

 

『まさか。メタ○ギアのスネークじゃあるまいし。僕はスニーキングミッションよりも、撃つか撃たれるかのスリリングなゲームがいいなぁ。まぁ、見つかるかわからないかのスリルもいいけど』

 

 いつも考えなしで行動しているわけではないのだろう。

 

「……『大嘘吐き(オールフィクション)』。今、使えないんでしょ」

 

 あのシャッターに、特に特別な力が使われているとは思えなかった。理由はなんにせよ、今の球磨川は、なぜかあの能力を使えない。

 

『『大嘘吐き(オールフィクション)』なんて、ただの手品さ。アレだよ。マジシャンが、「あら不思議、消えましたー」って言うのと一緒。……まぁ、僕の場合、預けたお金とかは戻ってこないんだけど』

 

「……そんなの、欠陥マジックじゃん」

 

『だから過負荷(けっかんひん)なのさ』

 

 球磨川の完全蘇生と回復。それを支えているのは『大嘘吐き(オールフィクション)』の効力のはず。それだけじゃない。相手の心を折ることだって……。

 

『少名さん。君はたぶん……『大嘘吐き(オールフィクション)』を過大評価してると思うんだ』

 

 針妙丸は自分の心臓が跳ねるような心地がした。球磨川には自分の考えが筒抜けのような気がして。

 

『……幸せ者(プラス)は思考が読みやすいね。言ったでしょ? 過負荷(マイナス)に、そもそも能力(スキル)なんて余計な添え物なんだ。味噌汁にネギがあるか、なめこが無いか……要はそれだけなんだよ』

 

 ネギがなくても、なめこが無くても。味噌汁は味噌汁。

 

『味噌汁にはわかめぐらいでいいよね』

 

 味噌汁はともかくとして。

 つまり、能力が無くても過負荷(マイナス)は……過負荷(マイナス)

 危険に変わりはない。

 

『そのとおり』

 

「……今のわたしの考えも、お見通しってこと?」

 

『そうだね。……あとさ。優秀な君だったら、もうとっくに気がついてるんじゃない?』

 

 球磨川は次の言葉を、まるでボテトはお好き? ぐらいの感覚で気軽に言った。

 

 

『僕を単純に殺すんだったら……『大嘘憑き(オールフィクション)』が使えない今がチャンスだよ? その腰についてる針の刀で殺すのだって、簡単にできると思うんだけどなぁー』

 

 

 針妙丸はピタリと歩みを止める。球磨川も、両腕を首の後ろに回して、止まる。

 

 

「球磨川くん。……たしかに今ここであなたを殺すのは簡単だよ」

 

『……へぇ』

 

 

 自信満々だね、と球磨川は薄気味悪い笑顔を浮かべる。

 

 針妙丸は腰に刺した針の刀──きしんけんに目を向け、手を当てる。

 

「……わたしはこの輝針剣を正邪に向けたこともある」

 

『……ふぅん。そうなんだ』

 

「──けど、見くびらないで。球磨川くん」

 

 針妙丸は、ゆっくりと輝針剣から手を下ろし、目線を彼の濁った目に合わせる。

 

「わたしは、この剣を仲間に向ける気はない。……あなたが、正邪やわたし達に害を加えない限りは」

 

『はぁ……正当防衛ってやつ?』

 

「あなたが間違ったことをしようとしてるなら……わたしは剣を抜いてでも止める。……仲間として」

 

『……。ふーん……』

 

 球磨川はしばらく顔を下に向けて黙すると、無表情で、針妙丸に言い放つ。

 

『結局は、さ。君は……君が受け入れられない部分……僕の理解できない部分が嫌いなんだよね。だから最悪排除する。僕は君のそういうところも嫌いなんだけどさ』

 

「……なんとでも言って」

 

 過負荷にどう言っても過負荷的解釈にしかならないことは言う前にわかっている。

 

 彼には、まだ針妙丸の言っていることが真に伝わっていないことも。

 

「仲間だって言ったのは本心だってこと。それだけは覚えておいて」

 

『……』

 

 最後に聞いた彼女の言葉を、球磨川は不気味なくらいに黙って聞いていた。

 

 

『…………似てるなぁ』

 

 

 

 ──虚を思わせる光の消えた目で。

 

 

 

 

 ***

 

 

 石垣と名乗った筋肉男が逃げ込んだのは、奥の理科実験室。建物にある他の大教室に比べると、随分とこじんまりとした印象を受ける。

 

「ほぅ……このオレ様を恐れずにここまで来るとはな。褒めてやろう!!」

 

 球磨川が螺子を構えたのを見て、石垣はニヤリと顔を歪め腰のあたりに手を伸ばす。

 

「だが、そこまでだ! 死ね────」

 

 

 ────球磨川が笑っているのにも気付かずに。

 

 

 ***

 

 

「ど、どうして地面から螺子が……がくっ」

 

『いや、構えたからってぶん投げてくるとは限らないでしょ?』

 

『悪魔』の能力持ちとの戦いは、球磨川の不意打ちによりあっさりと終了した。

 

『螺子は使えるようで助かったよ』

 

「……球磨川くん。あなたって正攻法で勝つことができないの?」

 

『何を言ってるんだい、針ちゃんは。キミは短距離リレーでフライングしたのを勝ったっていうの? ────僕は勝負する前から負けているも同然さ』

 

「……あっそ」

 

 なんかもう何を言ってもダメそうなので素直に諦める。

 

『じゃ、行こっか! えーと……誰だっけ?』

 

「て・ご・ま・る!! 自分でも結構個性的な名前だと思うんですがね!」

 

 助けてくれたのは嬉しいですけどー、と拗ねながら、手子生はぷぃっと後ろを向く。

 

「球磨川くん……失礼だよ。そこはもっとさりげなく言わなきゃ。なんて呼べばいいかなとか」

 

『ごめんごめん。今度から体にメモっとくよ。手子生さん、だから機嫌なおしてよ』

 

「しょうがないですねぇ……」

 

 と、みんなで理科室を出て行こうとした瞬間、球磨川が螺子を手子生に向かって飛ばした。

 

 

「くっ、球磨川くん!? 何をしてるの!?」

 

 

『悪魔祓い』

 

 

 すると手子生はフィギュアスケート選手さながら、背中を反らして器用に螺子をかわす。

 

『わお、エクソシストもビックリの柔軟性だね! 体操でもやってるの?』

 

「……きひっ」

 

 彼女は口元を三日月の形に歪ませる。

 

「……て、手子生さん……?」

 

「きひっ……きひゃ。────きっひゃひゃひゃひゃひゃっ!!」

 

「ひっ!?」

 

 ……手子生の様子が変だ。まるで『悪魔』にでも取り憑かれたかのように豹変している。

 

「まさか……さっきの人の……!?」

 

 石垣の能力だとでもいうのか。もしかして他人に憑依する能力が石垣の真の……

 

「ブッブー!! ハズレでーす少名ちゃーん!! くひゃっ!」

 

「ちゃ、ちゃん?」

 

 手子生は両人差し指でバツマークを作り笑い飛ばす。少し落ち着いたのか、彼女は深呼吸をして。

 

「いや〜残念! 能力とか関係ないんですわー」

 

『ハイ! まさかビックリ、手子生丸々は二重人格だった!!』

 

 球磨川はクイズ番組のようなノリで高く手を挙げる。それと、名前を呼ばれてもいないのに答えるのも若干フライング感がある。

 

「またまたハズレ!! ……って。クイズやってんじゃねーよ!! ケラケラ……」

 

 全くの別人でもなく、取り憑かれているわけでもない……これは、まさか……。

 

「けどまぁ、いい線いってるよ。さっすが、禊ちゃん。勘がいいなぁ……美妃様や全土様が警戒するはずだね……。あ、もうネタバレいい?」

 

 

 自分たちは騙された。

 

 新生徒会への投書も、脅迫状も。

 手子生や次木を被害者のように見せかけ、本性を隠させて油断させたのも。

 

 ────全ては生徒会の罠だった。

 

 最初から次木要二はもちろん、手子生丸々も敵だったのだ。

 

 全てはこの敵だらけの布陣に呼び込むために。

 

 

『遠慮するよ。まだ読んでない最新号のジャンプのネタバレされるの、嫌いなんだ』

 

 

「そっか────じゃあ、ネタバラしちゃおっか!!」

 

 最初からこちらの要求も意味はなかったようだ。

 手子生は体勢をゆっくりと元に戻しその小さな腕を広げていく。

 

「今時、なぜかネタにならない解離性同一性人格障害者でもなく、あそこの雑魚に取り憑かれた哀れな一般少女でもなく!! では改めましてあちしの自己紹介を──」

 

 

『あ、もういいからそのくだり』

 

 

 球磨川はまたまた遠陵なく彼女の小柄な身体をぶっ刺しにかかるが、その瞬間、彼の視界は巨大な壁に覆われる。

 

『……!?』

 

 貫いたのは確かに人体。

 勢いよく飛んだ返り血の一部が手子生の顔に赤い帯を引く。

 

 しかし手子生は不満げな顔をするだけで、痛みに顔を歪めてはいなかった。

 

 ────それもそのはずだ。

 

「ったく……使えねぇ肉の盾だ。ラグビー部ご自慢の筋肉で螺子くらい弾けや」

 

『……!?』

 

「ぁ……」

 

 

 手子生は……そこに倒れていた石垣を盾にして、球磨川の攻撃を防いだのだから。

 

「痛みなどあるはずがねぇんだよ……きひひ」

 

 手子生は頰についた血を手で拭い、残りを舌で舐めとる。

 

 あぁ、鉄サビの味だ、と恍惚な笑みを浮かべ、

 

「なんてことない一般的な答え。これがあちし本来の(すがた)(すがた)であり性質(すがた)

 

 胸に螺子のぶっ刺さった石垣をゴミのように床に放り投げる手子生。

 

「『悪魔』の代役ごくろーさん、石垣。あちきが手子生丸々(てごまる まるまる)能力持ち(アルカナホルダー)『悪魔』本物でぇ〜す!」

 

 キミが不意打ちしてくるってことは対策済み、と手子生は球磨川に指をさす。

 

「美妃様からは禊ちゃんがそういう子だっていうのは釘刺されてたけどさ。まぁ不意打ちなんてザラだろうなーって思ってたんですよー」

 

 いつもなら、球磨川が、

『僕なんかの対策を考えてくれるなんて光栄だよ!』

 

 とデートプラン考えてくれてありがとうぐらいの軽口をたたくはずなのだが、

 

『…………。』

 

 初対面の態度からあまりの様子の変わり具合に、さしもの球磨川も少し引いていた。

 

『……。別人格ネタは咲ちゃんで慣れたと思ったんだけど……これはある意味ヤバイね……』

 

 咲ちゃん……? いや、今はそれより残虐と化した手子生だ。

 知らない名前のことはあとでゆっくりと聞こう。

 

 針妙丸はゴミのように床に投げられた石垣に顔を向ける。鼻と口、そして傷口から血を流している姿には、たとえ敵であっても同情を覚えてしまう。

 

「……この人は、味方じゃなかったの」

 

「ぇぇ……? このゴミがぁ? 冗談言わないでよー少名ちゃーん。仲間じゃないし、それにこれでも……結構マシな処置なんだよ?」

 

 狂気に見開いた瞳をグリグリと動かしながら、手子生は死に体の石垣の首を片手で鷲掴み、持ち上げる。

 

「こいつは、美妃さまからお借りした部下の一人でさぁ…………。美妃さまのお隣で慶賀野功名をさらってきたって言うもんだから、ちょっと期待してお借りしたんだけどぉ………」

 

 手子生はパッと手を石垣の首から離して、床に落とし、

 

「そしたら…………つっかえねぇ筋肉だけの役立たずがぁっ!!!」

 

「ぐへっ!?」

 

 白衣に返り血がつくのも気にせず、手子生は彼の顔面を踏みつける。

 

 気絶していた石垣が跳ね起き、鈍い音が科学室に響く。

 

「代役をしてくれるってもんだから、もうちょっと期待してたんだよー? キミらを疲弊させるどころが、傷一つつけられずにやられるとか……最低限やれっつったこともできねぇの?」

 

「も、もうしわけ、……うぐあぁぁぁ……! もい……ぁぁ……っ!!」

 

 それも一度ではやめず、何度も。何度も顔に靴を叩きつける。

 

 構図の完全逆転。

 

 囚われの姫が一瞬で悪魔に早変わりし、さらった魔王が悪魔と化した姫に許しを乞い、号泣する絵図。

 

「どうか、た」

 

「────はい、ボッシューーット!!」

 

 助けてと命乞いをする前に、彼の首からゴリュッと嫌な音が。目が完全に白眼になっていて、口からは泡が漏れている。

 

 手子生は彼に容赦なくトドメを刺したのだ。

 

 石垣の横顔を蹴り飛ばし、再び意識を退場させたのだ。

 

「じゃ! 二人とも!! 大人しくしてくれる?」

 

 今度は───こちらに『彼女』の矛先が向くのか。

 

『…………ここは落ち着こう! 暴力での解決なんて醜いだけだ!そう、争いはきっと話し合いで解決できるはずだよ!』

 

「きしっ……おやおやおやおや。おいおいおい、さっきまであちきをぶっ殺そうとしたやつがよく言うよ。でもまぁ、お話? 乗ろうか」

 

 乗るんだ……。

 

 

『キミはさ、何で生徒会に従うんだい? ……キミは……見下されるの、嫌いなタイプでしょ?』

 

「趣味の協力上ねぇ〜〜。まぁいくら気に入らなくても、使えるならその分利用するさぁ」

 

「趣味……?」

 

 手子生は白衣のポケットから二つビンを取り出す。

 

「そうそう──『美人間ホルマリン漬け』の」



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第37話 過負荷vs過負荷 その1

 球磨川くんが書けない……昔の奴はいったい何を考え、どう行動するんだ……わからない。わからない。

 そう悩んでいましたね。私は。

 そして私は風呂場で悟った。

 ————————全盛期球磨川くんって、そもそもよくわかんない奴じゃん^_^

少し時間が経ちましたからね。さらに読みやすくなっていればいいなぁ。
おまたせしました。3ヶ月以上経って年号変わってるやん。




 生徒会私刑執行部 本部。生徒会長室。

 

「……役員が半数に減ると、仕事も多いね」

 

 現理事長の息子である大多羅(おおだら)全土(ぜんど)に代わり、平時は生徒会長である(かの)()大成(さとる)が指揮をとっている。

 

 生徒会に回る書類は生徒会役員たちが処理するのだが……

 

新井(あらい)くんも老神(おいがみ)副会長も現在入院中。まったく、ほとんどの書類はボクが処理していたとはいえ……」

 

「────これで()()()書類を、処理することになりますね」

 

 ボンとメガネをかけた幼女体型……もとい生徒会書記長、手計(てばかり)

 

「……そうだね、手計くん」

 

「では私は、もう一人の私の用事を片付けてからまた来ますので」

 

 現在は『新生徒会』を名のる組織、その筆頭、鬼人正邪、球磨川禊一行によって、役員が職務妨害および重症。

 

 つまるところ……人手不足だ。

 

「手計くん」

 

「どうかしましたか、会長」

 

「書類処理。すこし手伝ってくれると嬉しいんだけど……」

 

「いや……べぇっくしゅん! ──失礼! わたしも嫌だ! ごめんね!」

 

 てへぺろと。手計はかけていたメガネを取る。

 彼女の人格が入れ替わった証だ。

 

 神井は残念そうに目を閉じる。

 

「……もう一人の手計くんにも断られちゃったか」

 

「分けるってなると半分以上の書類がこっちに回ってきちゃうわけだしい……」

 

「……きみ、忘れてないかい? ()()役員の一人だよ?」

 

 まぁまぁ、と手計はソファーに腰掛けて楽にする。

 

「そういえば、手子生さん……本当に解き放っちゃって大丈夫なんですかねー?」

 

「心配はない。美妃のことだ、きちんと彼女をコントロールしてくれてるはずさ」

 

「だといいんですけどー」

 

 少し不安げに手計はテーブルに置いてあったカップからお茶をすする。

 

「君はどう思うんだい、手計書記長。『悪魔』手子生(てごまる)丸々(まるまる)を」

 

「……クレイジーサイコレズの多性癖デビル」

 

「辛口を通り越して凄惨な評価だ」

 

 手計はカップをテーブルに戻し、ため息と共に言い放つ。

 

「知ってると思いますけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()彼女のことが苦手なんですよ」

 

「……うむ、性格面は置いておいて、彼女の実力のほどは」

 

 何言ってんだか、と手計は大きくため息をつく。

 

「……はぁ。正直やりすぎなんじゃないかと。過負荷(マイナス)には過負荷(マイナス)でっていうアイデアなんでしょうけど……」

 

 神井は顎に手をあてる。

 

「やりすぎ、か……まぁ、それなら越したことないさ。経過はどうであれ、我々は校内の不穏分子を排除できればいい。……全土様の『()()』の邪魔になる不穏分子を」

 

 手計は右手でスパナをペン回しのように振り回す。

 

「……で、会長は? 手子生のことはどう思いますか?」

 

「……ん? ボクかい? 先日、やつが寒井さんよりも先に全土様へ進言をしていたのは気になるところではあったが……そうだな」

 

 (かの)()は口元に微笑を浮かべる。

 

「球磨川禊に手子生さんをぶつけたのは、正解だと思うよ。最善手だ」

 

 なにせ、と神井もペンを回す。

 

「なにせ彼女は……我が校内で超ド級の過負荷(マイナス)だからね」

 

 ふふ、と微笑みを浮かべて神井は書類にペンを走らせる。

 

「やつは何もかもが吹っ飛んでいるよ。ボクが見る限り、その人格(キャラ)は、あの球磨川禊にも匹敵するかもしれないな」

 

「彼女が入学した時はもう……全土様がいなかったら大騒ぎでしたよ」

 

 笑みを浮かばせて仕事をする神井に、手計は鳥肌の立つ肩を両手で抑える。

 

「正直、今回ばかりは新生徒会の連中には同情しちゃいます……手子生が相手だなんて……異常集団であるはずのA組生徒の多くが病院行きになりましたもん」

 

「球磨川禊がその気になって暴れれば同程度か、それ以上の被害が出たかもしれないな……最近はやつの動きは少ないようだが。……そうだ手計くん、僕の仕事の手伝いを」

 

「あ、そーだ! わたし急な用事が!」

 

 ごまかすように手計はわざとらしく声をあげ、生徒会室のソファーから立ち上がる。

 そのまま、そそくさと扉の方へ。

 

「……。誤魔化し方ヘタだね、君は」

 

「でもわたしがいなくても大丈夫ですよね?」

 

「はぁ……働く気がないなら結構。ここにいなくても一緒だ」

 

 さっさと行け、と神井はペンで扉の方を指す。

 

「はーい。……ですけど会長」

 

 手計はドアを少し開けてから振り返って、

 

「会長なら、それくらいの書類なんて──────()()()()()()()()()?」

 

 そう言って彼女は出て行き、神井はふっと笑い。

 

「……賢い女だ」

 

 わずか数秒で、書類の三分の二は片付いていた。

 

 

 ***

 

 

「美妃さまはあちきに約束してくださったわぁ……! ──キミらを、あちしの好きにしていいよって!! ああ、なんて素晴らしい!! ──こんな嬉しい逸材があちきの机に並ぶなんて!」

 

 当の本人、手子生(てごまる)丸々(まるまる)は聞くのもおぞましくなるような歪んだ死生観と美的感覚を延々と語る。

 

「知ってる……? ホルマリンはね。ステキな素敵な薬品なの。薬品につけた死体の細胞を死滅させることで──」

 

 そのあと五分間長く語っていたが……

 

 要約すると、ホルマリン漬けにすれば物の美しさは保たれるよね。

 

 老い骨となり朽ちることなく、人の持つ美しさと可愛さは永遠に。若いまま、綺麗なまま愛せると。

 

 白衣と赤毛を振り回しながら彼女はそう力説した。

 

『……。まぁわかったよ』

 

「ご理解いただけた禊サマ!? あちきはかなりの綺麗好きなのよ!!」

 

『見事なまでに破綻者(マイナス)で、壊れてて(マイナスで)悪魔的(マイナス)だね。うん』

 

 見事なまでにブーメランだが。

 

「大事だから現物は持ってこれないけど……写真なら……ほら! これが渡辺くんの眼! 真っ黒で輝く黒水晶みたいで綺麗でしょ?」

 

 手子生はどこから取り出したのか、コレクションの一部……写真をこれ見よがしに見せつけてくる。

 

 おそらく……正邪を石にしたあの少年も見事なまでの過負荷。

 それもおそらく球磨川と同格か。いや、それ以下なのか。

 

「あとあと! これが中学のクラスで一番綺麗だった吉田ちゃん! 彼女の顔を見ているだけで女としての優越感と劣等感が同時に湧いてくるの!」

 

 ────こちらは趣味最低のより重度の過負荷(マイナス)だ。

 

「今、趣味に対して結構好みにうるさいあちきが、特に欲しいのは────少名ちゃん!! あなたです!」

 

「えっ、わたし……?」

 

 ビシッと手子生は指先を針妙丸に向ける。

 

「うん。だって……だってこんなにも可愛いんだもの!! キミは特に保存しがいがありそう……どうかあちきと墓まで一緒に付いてきて!!」

 

「お断りします」

 

 吐き気を催すせっかくのお誘い、喜んで頭を下げて即断った。

 

「ノ──ッ!? そ、そんなぁ……!! あちきが老衰した後はなるべく土葬にしてもらってさ! あちきの死体と一緒に埋めてもらえるよう知り合いに頼むから!」

 

「そんな知り合いがいても嫌だよ。遺骨になったとしても触られたくないもん」

 

 マイガッー! と膝をついて両手で頭を抑える。何か閃いたか彼女はすぐに顔を輝かせて、

 

「けどけどさ! 遺骨になったら拒否はしないよね! あちきの愛に! 逢いに! 無言で答えてくれるよね!?」

 

 ダメだ……会話が成立しない。要するにお前ぶっ殺して墓穴に埋めるってとこだろう。

 

『なるほど。死人に口なしとはまさにこのことだね。針ちゃんの答えなんて関係ないっと』

 

「ちょっ……!?」

 

「おぉ! わかってくれるかい禊サマ! さすがあちしのショタ首枠! ちゃんとあなたの分も容器は用意してあるのよ! ほら!」

 

『……しょ、ショタ』

 

 手子生は興奮マックス状態で理科室の棚から、生首が余裕に入る大きさの瓶を取り出す。球磨川の苦笑に歪めた口元がさらに引きつる。

 

『……うん。見せなくていいよ……?』

 

 顔は可愛い方なのに、最悪の性癖と趣味思考。

 そして濁りきってドブのようになった目の色が全てを台無しにしている。

 

 せっかくの赤毛お下げの美がついてもいい少女なのに……お宝をドブに捨てるとはよく言ったものだ。

 いや彼女が捨てている場所は墓穴か骨塚なのかもしれないが。

 

 ——————————数万する金貨がヘドロに塗れている。

 

 それくらいにひどい。

 そう考えると性癖がまだマトモ? な球磨川の方が……まだマシかもしれない。

 どっちもどっちか。

 

「いや待って。感覚が麻痺してきたのかな……」

 

 やっぱりどっちも最低だ。

 

『……重度の死体愛好家(ネクロフィリア)だね。手子生ちゃんは。そこまでいくと逆に感心まで覚えてくるよ。……これ褒め言葉ね』

 

「……なっ、なんと……!! あちしにちゃん付けなんて……!! 恐悦至極っ、光栄です禊サマ!」

 

『……うん。様づけはいいけど、マジに怖いから踊り狂わないで?』

 

 狂乱。狂喜。と言った言葉がふさわしいくらいに頭を両手で抱えて上下に激しく振っている。

 しかも笑いすぎて口角がすごいことになっている。下手したら悪夢にでも出てきそうだ。

 

「嬉しいっ! 有機物じゃなくて生き物に初めて綺麗って言ってもらえたぁ……!! しかも、これからは二人に永遠の愛を誓ってもらえるのねぇん……ぁぁ……shi-a-wa-seぇ……!!」

 

「うっ……っ、正邪、早くかえってきてぇ……」

 

 思考が完全にトチ狂っている。あの世に脳でも落としてきたのではないか? 

 

 もうあまりにも不快すぎて、つい泣き言が出てしまった……機会があれば、あの世でこの人間の脳みそが落っこちてないかどうか、三途の川の船頭か閻魔にでも聞いてみよう。

 

「少名ちゃんとついでに禊サマのナマナマのホルマリン漬け……あぁ、きれい! ────できればもう今すぐにでも飾りたいくらいっ!!!」

 

「『!!』」

 

 手子生は中身の分からない瓶の中身を二人に向かってブチまける。

 

「うわっ!? な、なにこれ!?」

 

『……硫酸とかヤバい薬品じゃない……()()()()だ。あーあ。せっかく今朝乾かしたのに。どうしてくれるのさあ』

 

 球磨川は制服を引っ張って飛び散った水をしげしげと眺める。

 

「正解だよ。禊サマ」

 

「……!?」

 

 こいつ、いつの間に後ろに回り込んだ……!? 

 

 針妙丸は手子生にあっという間に接近されたという事実に驚愕。

 一瞬の動揺の隙に、針妙丸は首に手を回されてしまう。

 

「少名ちゃん。────あなたは生首だけなんてもったいない。あなたはあちきが見た中で一番綺麗……だから、その()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()保存させてね」

 

 針妙丸の耳に生暖かい息が吹きかかり、ゾゾッと全身に怖気と危険信号が鳴り響いて悲鳴をあげている。

 

「身長150センチちょっとぉ……きはっ……! 理想的ィ……まぁだ舐めなぁい……あちきの唾で汚れちゃうものぉ……」

 

 手子生は器用にメジャーで針妙丸の背を測り、メジャーの紐をしまう。

 

「ひぃぃ…………!!」

 

 下手な妖怪よりも……狂った人間の方がはるかに恐ろしいと、彼女は初めて思い知った。

 

『なるほど、性癖が腐ってるのは、そっちだっ————————————』

 

 毎度のように能天気に話そうとする球磨川。

 言葉を紡ごうと口を開いた次の瞬間、彼に異変が訪れる。

 

『た……!? ──うぶっ……!? ぶうぇっ!?』

 

 急に球磨川がもがいて嘔吐。立つこともままならず、地面に崩れ落ちる。

 

「く、球磨川く──」

 

「はい、少名ちゃんはお口ちゃ──っく」

 

「むぐ────っ!?」

 

 手子生に針妙丸は口を塞がれる。

 怯んだ隙に針妙丸の背後に回り込み、厳重な防護マスクを被せる。

 

「そんなに鼻大きくして息しないほうがいいよ? あちしは慣れてるからいいけどぉ」

 

『ぐ、がぁ……っ!?』

 

 白目を剥いて、球磨川の意識が消える。

 

「まさか……毒……!? さっきの水……」

 

「いんやぁ。あの水は関係ないし、これはあちしのコレクションの中じゃあ、まだまだかわいい子ウサギちゃんだよ? どう禊サマ。この世で一番の『()()』体験は?」

 

 よく見ると、手子生の()()()()()()()()()が床へと滴っている。

 

 まぁこれは可愛いウサちゃんもスカンク以上の異臭を放つようにしちゃうんだけどね、と手子生はゲラゲラ笑う。

 

「あく……しゅう……!? 臭い……!?」

 

 彼女の指から出ている液体。汗ではない。

 針妙丸は手子生に最大の警戒を払い、

 

 ————————————何かこのマスクにも仕掛けがあるかもしれない。

 

「おおっとぉ。外さない方がいいよぉ〜?」

 

 顔全体を覆う防護マスクを外そうともがく針妙丸の腕を、手子生が押さえつける。

 

「舐めてもらっちゃあ困るさね。聞いたことない? ────『()()()()()()』って」

 

「ちお……あせ……!?」

 

『…………超危険化学物質だよ。針妙丸さ、うぶぇ……!?』

 

 説明しようと口を再び開ける球磨川だが、すぐさま顔色を悪くし、胃の中の物を戻し、もがき苦しむ。

 

「おやおや。勉強はできないくせに雑学は詳しいタイプ?」

 

「球磨川くん!! 息を止めて!!」

 

「はっ!! 息を止めるとか……この悪臭はさぁ、そんな次元じゃねーんだよぉ!!」

 

 罵声を浴びせながら手子生は球磨川の土手っ腹を蹴り上げる。

 

『うぶぇ!!』

 

 我慢の限界のうえ、蹴られた衝撃で球磨川が嘔吐。

 

「うわ、きったねー。ゲロ禊サマ……」

 

 手子生はニヤニヤと嗜虐的な笑みを浮かべながら、白衣のポケットからマッチを取り出す。

 

 針妙丸の顔が一気に強張る。

 この学園での授業で言っていた。いくつもある化学薬品の中には発火性のあるものが存在すると。もし彼女の言っていた『ちおあせとん』が、その類のものなら。

 マッチなんかを近づければ……どうなるかは想像に難くない。

 

「や、やめて!!」

 

 実験室の水たまりにマッチを近づけぬよう懇願する針妙丸に、手子生は嗜虐的な笑みを見せる。

 

「……きひひ、なーんちゃってぇ」

 

 手子生は着火したマッチの火を消し、すぐさまポケットにしまう。

 

「やっぱ可愛いなぁ少名ちゃんは。ちょっとからかっただけですぐマジになっちゃうんだカラァ。この薬品には爆発も、発火も発ガン性もないよ…………()()()()()()()さ」

 

 ケラケラと笑う。

 

「効能はヤバすぎる()()。アンモニアとは比べもんにならないくらいの()()()だけどね……!!」

 

『……う、ぁぁぁぁ……っ……!』

 

 針妙丸は思い知らされた。

 匂いも度も越せば毒と変わりない。こうしている間にも球磨川の容体は悪化していく。

 

「苦しい? 臭い? 消したいよねぇ!『大嘘憑き(オールフィクション)』で! けど、ザーンねんでした!! キミが自分のスキルを使えないってことは、こっちは知ってるんだけーん!!」

 

『……う、……ぅぁ』

 

「!? どういう……!!」

 

 少名ちゃん、ちょっとこっち向いて、とハートマークがつきそうなくらい甘ったるい声で手子生は囁く。

 

「超危険化学物質の一つ。『チオアセトン』はねぇ……過去にドイツかな? どっかのマヌケな科学者が、間違って谷底に落としただけで、200メートル先にいた大勢の人間が全員嘔吐・失神したんだよ。こんな至近距離で直に嗅いだら、どれくらいヤバイ反応を起こすかなぁ……!」

 

「……!!」

 

「あぁ、き…………きひ…………きひひ…………さいっこう!!」

 

 彼女の話が本当なら。

 

「わたしはともかく……なんであなたは平気なの!?」

 

「ん? ────慣れ」

 

 普通に考えてれば、嘔吐もしてしまうくらいの悪臭の中で、平気でいられるはずがない。

 

「最初はまぁゲロったけど、何度もかいでっと癖になっちゃって。人間の適応力っておそろしいよね〜……!」

 

 それを慣れている……!?

 この人はどう考えても普通じゃない。

 

「いつもなら、もっとヤバいのを使って首だけ残して身体をドロドロに溶かすんだけどねー。その匂いの方もヤバくて。ほんと数秒だよ? 叫び声をあげることもできず苦しんで死んでいくの……」

 

 異常……いや、()()()()

 わかってはいたが、彼女は───とち狂っている。

 球磨川同様、どこまでも人格が捻じ曲がっているんだ。

 

「けど、あちきもこの部屋にいんじゃん。だったら……あちしには害のないやつ使っとこうかなって。まぁ超レア品のためなら、ちょっとくらい死にかけてもいいんだけどさ」

 

 白衣が汚れるのも構わず、手子生は鋭い蹴りを幾度となく球磨川にぶち込む。

 蹴られるたびに我慢していたのか、胃の中の物と血が同時に口から飛び出している。

 

 このままでは球磨川が死んでしまう。

 理由はわからないが、この場所では大嘘憑きは使えないのだ。そうなったら復活はできない。

 とはいえ、手子生が針妙丸たちを見逃すはずもない。

 

 ここで彼女を、『悪魔』の能力持ち、手子生丸々を倒すほかない。

 

 針妙丸は腰にさした針の剣、輝針剣に手を伸ば───

 

「——————————同感」

 

「!?」

 

 針妙丸は輝針剣を抜こうとする手を止める。

 

「あちきが少名ちゃんなら……この場であちきをぶっ殺すしかない。そう判断する。けどさあ……あちきがそれを予想しないと思う? 少名ちゃんがあちきに都合よぉぉぉく、不意打ちなんてしてこないって、そーんな能天気だと思う? それってさぁあ、あちきを頭湧いてるみてぇにバカにしてるとちゃう?」

 

「……!?」

 

「あちきが渡したマスク……あれになんの仕掛けもないと思ったのかい?」

 

 針妙丸はすぐに異変を感知し、手子生に被された防護マスクを外そうとする。

 ————————————が、外れない。それどころかいくら引っ張ってもビクともしない。

 

「あちきを攻撃したり邪魔してごらん────────()()()後悔するよ。お願いします早く殺してください、って泣き叫ぶくらいに」

 

「……!? て、手子生さん、いったい何を─────」

 

「塩素って、知ってる? プールの水の消毒とかによく使われてるんだけどさぁ」

 

 球磨川から目線をズラさず蹴りながら、手子生は針妙丸に話しかける。

 

「あれってさぁ……水の中にいる雑菌どもや、害ある生物を殺すための薬品なんだわ。つまり殺すための物質なんだわ。わかる? あちきらに害がないのは塩素が致死量に至っていないから」

 

「なにが……言いたいの」

 

「さぁ? 知りたかったら————————————攻撃してみ? 地獄見せたげる」

 

 急に雪原地帯に素っ裸で放り出されたかのような寒気。

 とてつもない嫌な予感に足がすくみ、剣を抜こうとした手が動かなくなる。

 

「————————————いい子だね。少名ちゃん。えらいえらい」

 

 手子生は言いつけを守る子供に向ける母親のように穏やかな顔を針妙丸に向け頭をなでる。針妙丸は凍り付いたように動くことができない。

 

「さて……禊サマもさっすがにもう失神したかな?」

 

 手子生は指鳴らしをし、ピクリとも動かない球磨川の脈を調べようと顔を近づけようとするが、

 

『……甘いよ』

 

 同時に球磨川の腕も彼女の顔に近づいていた。

 

「——————————っ!! まだお前生きて……っ!」

 

『……よっと』

 

 球磨川は先ほどまでの死にかけの身体をそれこそ嘘のように俊敏に動かし、螺子を投擲。

 

「ぐっ……っ!!」

 

 器用に身をかわし、手子生は針妙丸を抱えて化学室のドアの方へと退却。

 

『ひどいなぁ。肋骨と大胸骨と背骨とあばら骨が全部いかれちゃったよ』

 

 全身ガクガクの状態でふらふらと立ち上がる。

 しかし次の瞬間、にこっと児童番組のヒーローのような明るい顔で彼は笑う。

 

『けど僕は負けないぞ! 数か所の骨折なんて気合でどうにかなるなる!』

 

 ならない! ならないから、と針妙丸はぶんぶんと手をふる。

 第三者から見れば彼の今の状態とあまりにも乖離しすぎている発言と表情に、とてつもない嫌悪感を感じるだろう。

 

『ようし負けないぞぉ。——————こうなった報いは、きっちりと数倍にして返さなきゃ』

 

「……なるほどネ。『大嘘憑き(オールフィクション)』っていうよりも、こいつの精神性がそもそも不死身なワケ、か。いいねぇ。モルモットにぴったり」

 

 声色を低くし球磨川は螺子を出し、手子生はニヤケ顔で乱れた白い研究衣を着直す。

 

 加害者であり、罪悪感など一切感じず冷静に分析をするあたり彼女にも当然。

 どちらも……人間としてどこか歪んでいる。

 

「じゃあ、じゃあじゃあじゃじゃじゃあ、モルモットらしくぅ! あちきの実験に付き合えよぉぉぉぉぉっ!!」

 

『……手子生ちゃん。盛り上がってるところ悪いんだけど』

 

「————————————っ!! ……んあ? あによ、盛り上がってたのに」

 

『やっぱりさぁ、僕考えたんだけど……僕達がこんなに争う必要はないと思うんだ』

 

 ……!? 球磨川くん……? 

 

「へぇ? えーと、えーと、それまたどうして? あちきが欲しいもの手に入れるためにはお前ら殺さんとダメなんだけど。おバカなあちきに教えておくれよ」

 

 そう、彼女の目的は人間標本。

 わたしたちを殺して薬品漬けにすることなのだ。

 たしかに、と球磨川は螺子を地面にぶっ刺し突き立てる。

 

『よく考えてみてよ。僕らのホルマリン漬けを眺めるよりも、もっと楽しいことがあると思わないかい?』

 

「…………きはっ」

 

 手子生はにっこりと一笑。必死に勧誘しようとする球磨川をおかしそうに嘲笑っているようにも見える。

 

「あいにく一人が好きでね」

 

『そう言わないでさぁ、一緒に友達になろうよ。その方が絶対に楽しいって! マッ○とかで一緒にバーガーとか食べてさ! ジ○ナサンとかファミレスでドリンクバーやパフェでも頼もうよ! 休日とかは遊園地とかユニバーサ○スタジオとか夢の国とかさぁ!』

 

「……くく、それはそれは楽しそうだね」

 

 ま、まさかこんなヤバイ人を仲間に引き入れるつもり!? 

 

「──────けどね、禊サマ。それはちょっと勘違いだねぇ」

 

 ニヤリとしたり顔で彼女は微笑む。

 

「あちきはあんたらの人格とか、友情とか愛とかどーーーーーーーーーーーーっでもいいんだわぁ。ただぁ。あちきは()()()()()()()()()()()()()()()欲しいの」

 

 手子生は空想で切断した腕でも抱いているのであろうか。

 すりすりと自分の手に

 …………やはりマトモではない。

 

「サンタさんにも頼んで手に入らなかったあちきの欲しいもの。あんたらをまとめてチョメチョメして、漬けたいのよ、こっちは」

 

『──────それは、気に入らない人の監視下で、できるものであってもかい?』

 

 球磨川の指摘に虚を突かれたのか、手子生の表情が激変する。先ほどまでの嗜虐に満ちた笑みではなく。

 

「……」

 

 どこか虚しさ、やり切れなさ。どこか()()()()()()()()()

 『無』の表情を浮かべていた。

 

『僕にはわかる。君だって、大多羅全土くん達、生徒会は嫌いだろう? 様付けだって、本当はしたくないはずだ』

 

 無言。肯定しているも同然だ。

 

『大丈夫。僕は君が過去に何をしてきたか。何人殺してきたかなんて僕は問わない。それよりも、僕は君の意思で決めてほしい』

 

 球磨川はクワッと真剣な顔で尋ねる。

 

 

『───────僕と一緒にエロ本を買いに行ってくれるのかを!!』

 

 

 最低だぁぁぁぁあっぁぁぁぁ!!! 

 

 仲間に引き入れる流れだったのに、この男は全部、全部自分でその機会を不意にした!

 

「球磨川くん!! あなた馬鹿でしょう!?」

 

『最寄りの本屋さん。品揃えいいんだけど、レパートリーがなかなか多くて決められないんだよ。手子生ちゃんとかそういうの、よく知ってそうだし。SMプレイとかかな?』

 

「失礼な上に最っっっっ低っ!!」

 

 すっと晴れ晴れした顔で手子生は球磨川の手を握る。

 

「あちきの一押しはリョナ(ドS)ものだよ」

 

 こいつもこいつだったぁぁぁぁぁぁぁ!!! 

 

『本当!?』

 

「それ以外にもオススメのいくつか知ってるよ。今度紹介するよ」

 

『ありがとう、手子生ちゃん! あ、そうだ! 一つ忘れてたことがあったんだけどさっ!』

 

「ん? 禊サマが忘れてたことって?」

 

 目が鋭くなると共に、球磨川は床に刺した螺子を右足で地面に押し込み、深くねじ込む。

 そしてニンマリと口元を歪めて、

 

『────────報復の件、まだ終わってなかったよね』

 



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第38話 過負荷vs過負荷 その2 悪魔の化学実験


今回はすごい短めですっ。
次回の話の構成上、次がその分長くなります!

前回見直すと、誤字脱字が多かったぜ!
てかタイトルがバグったぜ! ごめんな!




 球磨川が足元に刺した螺子。

 そのいくつもの切っ先が床を通り、床から生えたいくつもの螺子が掘削機のように手子生の身体を穿つ。

 

『それで——————————さっきの分はチャラだ。友達同士、許しあわなきゃね』

 

 そう彼は先ほどと変わらぬにこやかな表情で告げる。

 

『ほら! 殴り合うことで生まれる友情ってね!』

 

 ……やはり球磨川も危険だ。

 針妙丸の警戒は手子生と共に球磨川にも向く。

 

「……けど助かっ」

 

「──────なぁぁぁあぁに、勘違いしてんの針妙丸ちゃん。それに禊サァマァッ」

 

『!!』

 

 が──────

 

「あちきのバトルフェイズはまだ終了してないゼェ!!」

 

 螺子は手子生の身体を貫いてなどいなかった。

 螺子は地面から出た瞬間、粘土のように形が歪み、原型が残らぬくらいドロドロに溶けたのだ。

 

「さっきの台詞。同感だね。友達はゆるしあわなきゃあだね。あちきへの報復も————————————これでチャラだ」

 

 そして、球磨川はがっしりと握られた自分の手へと目をやる。

 

『っっっ!? ──────ぁぁぁーーーーーっ!!!』

 

「『悪魔の化学実験(デビルズケメストリー)』」

 

 球磨川の右手が一瞬でドロドロに溶け、かつて()()()()()()()()()が床に異臭をばら撒きながら溶け落ちる。

 

「それがあちきの持つ学園最悪の過負荷(マイナス)。よーーーくその手に刻みやがれよ、このダボがぁ〜!」

 

 溶け落ちた腕を、無事な方の手でおさえ球磨川は悲鳴をあげる。

 

『う、裏切ったな……ひどいよ手子生(てごまる)ちゃん! 僕は信じていたのに!』

 

「──────おぉ聖書は言っている。騙される方が悪い。騙す方はもっと悪いってさ……きひひっ!」

 

 ……言ってないだろう。脈絡なしになぜ聖書出てきた。

 針妙丸は半分くらい呆れる。

 

「……あと裏切り者って球磨川くんが言えるセリフだっけ?」

 

「くくっ……同感。友情を反故するような奴にロクなのはいないねぇ」

 

「だまし打ちしたあなたがそれを言う!?」

 

「きははっ!」

 

 もうこの頭のおかしな連中といると思考が一周回って冷静になるらしい。

 球磨川くんの場合、不意を突かれても何も言えない。自業自得とも言える。

 

「…………しかし全身をドロッドロに溶かすつもりだったんだが…………この野郎、手を引いて被害を最小限にしやがった……」

 

 手子生は針妙丸にしか聞こえないくらい小さく……しかし恐ろしい内容を呟く。

 

『……手子生ちゃん。君の持つそのスキルについても、詳しく教えてくれるかな? ……僕、正邪ちゃんに協力するのもあるけど、君たち能力持ち(スキルホルダー)の能力についても興味があるからね』

 

 それにしても球磨川禊。

 

『……そう。安心院さんを殺せる能力なのかは……まぁ、期待はしないけど』

 

 右手が溶けたというのに何という精神力か。普通ならもっとパニックになってもおかしくないのに。

 

「いいよ。ただし──────テメェが死んだらだけどなぁ!!」

 

 手子生はエアコンのリモコンを持ち、スイッチを入れる。

 理科室の全方向からエアコンが一斉作動。

 

 エアコンから出る風は集中的に球磨川の方へ向かっていっている。

 

「流石にコレはあちきも危ないな」

 

 防毒マスクを装着し、手子生はエアコンから吹かれた風に手をかざす。

 

「『悪魔の化学実験(デビルズケメストリー)』——————三フッ化塩素」

 

 球磨川へ向かう風の色が一変。

 風の色が……徐々に淡い黄色になり、ツンとくるような臭いが辺りに広がる。

 

『──────ぐ、……ぁぁぁぁっぁっ!?!?』

 

「きはっ! どう? 禊サマ! 三フッ化塩素の心地はぁ! ……『チオアセトン』なんかよりもはるかに危険な化学物質だよぉ!?」

 

 三フッ化塩素。簡単に言えば、毒ガス。

 少し吸い込むだけでも息苦しさや喉の腫れに苦しみ、触れるだけでも重度の火傷を負ってしまう。

 

「っ!? ぁぁぁ……!! 痛い……いだっ……あぁぁっ……!!」

 

「きはははっ! 同感っ! 同感だよ、少名ちゃん! けどさぁ……調節した量とはいえ、集中的にそれを浴びてる禊サマはもっと辛いだろうなぁっ……っあ!? ……ぐっ!?」

 

 そして、うずくまっているのは球磨川や針妙丸だけではない。

 

「……あぁぁちきしょう。痛い……痛い……! クソが……! 禊サマ、まだイカねぇのかよ、こんだけやってるっていうのにしぶてぇな……!!」

 

 よく見ると、手子生の手がボロボロだ。

 手の皮膚が酷く焼けただれ、大きな火傷を負ってしまっている。マスク越しに崩した彼女の息遣いの荒さがわかる。

 

 ────────これは演技じゃない。

 本当に痛がっている。

 

 球磨川を集中的に包む黄色の煙が自然消滅する。

 

『……なるほどね。さっきの化学薬品の説明……それにその防護マスク。なるほど、君のデビルズなんちゃら……たしかに恐ろしいスキルだ』

 

「きはっ! おいおい、あちきのスキルの名前くらい覚えてから死んでけよ!? ほら、デビルズケメストリーだ! ほら! あちきのスキル名を言ってみろ!」

 

『……ごめんね。記憶力は良くない方だからさ』

 

 息苦しそうにゴホゴホと咳き込みながら球磨川は笑みを絶やさない。

 

『「酸素を操るスキル」……たしか、水槽学園でもそんなスキルを持つ人がいたっけ……けど、手子生ちゃんのはもっと厄介かも』

 

 仮にも……世界中の酸素を無かったことにすれば、酸素は操れなくなり、その能力持ちは無力化されるだろう。

 

「酸素を、ねぇ……なるほどねぇ。勉強になるよ。きひひひっ」

 

『エアコンの風……学生が絶対に気軽には持てない危険化学物質……』

 

 だが、彼女のは『違う』。

 一つのものを無かったことにすれば、それこそ取り返しのつかない、それぐらい身近にあるものを操る能力。

 

『──────触れたものを好きな化学物質に変えられるスキル』

 

 そう言われ、『悪魔』はにぃっと嗤った。

 

 






タロットカード『悪魔』

正位置:裏切り、拘束、破滅、暴力。(なかには嗜虐心を示すものも)


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第39話 過負荷vs過負荷 その3 最低の仲間意識と

前に長くて言ったし…………嘘をつくのも嫌なので、まとめちゃいました!

結果、今回だけ10000字超えた盛りだくさんの回となっております。

予告通り長めなので、のんびり読んでいってね!

では、手子生戦、中盤です。


『「酸素を操る能力(エアロ バイカー)」。僕が螺子伏せた彼女のスキルは、彼女自身に害はなくて、異常(プラス)染みてたけど……それに比べ君のスキルは、実に過負荷(マイナス)だ』

 

 球磨川は臓器も身体もボロボロの状態でフラフラと立ち上がる。

 

『……その能力、より危険な物質を手から()()出そうとすればするほど。その被害を()()()受ける危険性(リスク)も当然多くなる。……素敵だよ。素敵なまでに過負荷だ』

 

 球磨川は嬉しそうに口を三日月に変えている。

 

『だから君は、普段は他の物を変化させることで、自分への被害を最小限にしてる……けど、さっきのは違う』

『君がダメージを受けたのは、あの三フッ化なんちゃらを直接出したから……いや、扱うものが()()()()()()()()()危険なものだったからだね』

 

「…………きはっ」

 

 手子生(てごまる)は肩をプルプルと震わせ、そして、

 

「きはははっ! 同感っ! あちきのスキルで直接出すのは結構危ない。けどなぁ……汚れずに傷つかずにできることなんざぁハナっから少ねーんだよ!! 自分だけ傷つかずに目的達成とか……なーんて! ムシが良すぎるってモンでしょーよぉ! きはは!」

 

『……感動的だね。ぬるい友情、尊い犠牲……と過負荷(マイナス)のモットーに加えたいところだ』

 

 球磨川は口元に微笑を浮かべる。

 

「手子生さん。リスク上等…………とはいったけど、あなた、ずいぶんと球磨川くんのスキルを警戒してるみたいね」

 

「あん?」

 

 針妙丸の突然の挑発に、手子生は顔をしかめる。

 

「だって、そうでしょ? だれのスキルかは知らないけど……球磨川くんのスキルだけをピンポイントで封じて、集中的に狙う。これは明らかに球磨川くんをあなたが恐れてるって証拠。けど残念だったね。球磨川くんが予想以上にしぶとかったうえに、自分の能力の正体まで見破られた。…………さっさと降参したほうがいいんじゃない?」

 

『……針ちゃん、何もしてないよね』

 

「黙ってて」

 

 隙を突こうとしても、全く見せないのだから仕方がないだろう。

 

「なるほどなるほどぉ…………ふぅん…………少名ちゃんはそう考えてる、と。まぁ、少名ちゃんをイジメないであげてるのは、あちきのコレクション魂のせいだけど、さぁ」

 

「うぇっ」

 

 何とも言い難い不気味な視線を向ける手子生に、針妙丸は顔をしかめる。

 

「まぁけどさぁ……わかったからって、どうなの?」

 

「…………タネがわからない手品をさせるよりも、タネをバラされた手品をさせる方が手品師は困るでしょ?」

 

「きはははっ! 困るぅ? あちきがぁ!?」

 

 一笑。

 

「あちきが『大嘘憑き』を恐れる? 封じたのは()()()()保険だよ。お前らを確実にぶっ殺すための。いいこと少名ちゃん、例えばさぁ、アルコールは消毒にも使われるよね? 塩酸だって実験だけじゃない、医療用や農薬にも使われてる!」

 

 困らない。『大嘘憑き』など存在消去以外は彼女にとっては何も困らない。

 束縛し、永遠に殺し続けることができる能力こそ『大嘘憑き』攻略の糸口。

 

 少なくとも、彼女のスキルを使い、毒ガス室を作れば永遠に殺し続けることはできる。

 

 そして逆に球磨川がやけくそでスキルを使ったとして……世の中消されたら困る物質が多すぎるのだ。

 仮に消すとして、どれくらいの化学物質を消せばいい。彼曰く『「大嘘憑き」は乱用できない』。

 

 ————————————下手をすれば、()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

「他にも薬品の用途は様々! 他にも無数にある化学薬品、化学物質を! どうやって消し去ろうと、無かったことにしようと言うんですかねぇ〜〜!? 消し去った後が困るよねぇ、んん? 少名ちゃああああん?」

 

「!!」

 

「それにあちきの能力の正体が、バレようとバレなかろうと、どうだっていいんだよぉ! あちきはなぁ、禊サマの無限コンティニューと全回復さえ封じれればそれでいいのさ! あとは一回! たった一回このモブ顔をあちきがぶっ殺せばいいんだからなぁ!!」

 

『…………モブ顔って、酷くない?』

 

 彼女は自分の能力が『大嘘憑き』に無力化されにくい性質を理解してここへやってきた。

 球磨川の推測が本当なら、彼女の『悪魔の化学実験(デビルズケメストリー)』。

 手に触れたものを好きな化学物質に変え、手からも直接好きな化学物質、危険な気体や液体、薬品を生産し出すことが可能。

 

 その危険性あふれる能力と歪みまくった人格。

 それらがあれば、十分球磨川と戦えると、見通しの甘い者なら思うだろう。

 

「──────まぁ、禊ちゃんなら、世界中の化学物質を無かったことに……だなんて無茶もするかもだしねぇ」

 

 先ほどまでの興奮が嘘のように手子生は冷静に話す。

 彼女の推測を受け、球磨川は、はっはっはっ、と両手をあげて笑う。

 

『嫌だなぁ、僕はそんなことしないよ』

 

「きははっ、どうだか……禊サマのツラ。あちきの見立てだと、目的のためならどんな手段だって使いそうだからねぇ」

 

『……』

 

 口元が笑っているもの。説得力なんてあったものじゃない。彼女も、短期間で球磨川の心理を正確に分析しているようだ。

 

「だから──────あちきや美妃様の進言で、全土さまにお力を貸していただいたよ。彼曰く、『大嘘憑き』を無力化する力を、この施設全体に適用してくださったのさ」

 

「オール……フィクションを……?」

 

 針妙丸は手子生から語られた衝撃的な話の内容に、口をぽかんと開ける。

 

 ……彼女の口ぶり。では、あの銀髪の男。

 学園支配者、大多羅全土の能力は能力の無効化なのか……? 

 

『……少名ちゃん、今は彼の能力のことなんて考えなくていいと思うよ。今探っても、単なる憶測でしかないからね』

 

「…………。球磨川くん、ずっと思ってたけど、わたしへの当たりきつくない?」

 

『僕は君が嫌いだからね』

 

「そんなストレートに言う!?」

 

 一切悪びれることなく平然と球磨川は言い放つ。

 

「あああああーーー……にしても。くっそしぶとい奴だなぁ禊サマ。三フッ化塩素まで使ったのに……いい加減ジワジワぶっ殺すのも面倒になってきたなぁ。─────────つまらんが一瞬で殺すか」

 

 先ほどまでマイペースに浮かべていた笑顔が、彼女が顔を覆っていた手を外した瞬間、別人のように様変わりする。

 手子生の攻撃を受けず、一番余裕のある針妙丸が周りを見渡す。

 

 たしか彼女の代理をしていたラグビー部の……たしか石垣と言ったか。

 彼の姿が見えない。

 

「……! (実験室の端……? 何をしてるの!?)」

 

 後ろを向くと、意外とすぐに彼を発見できた。

 しゃがみこんで何かしているようだ。

 よく見ると、部屋の端の方から何かが溶ける音とともに、異臭がする。

 

「時間稼ぎは……まぁこんなところか。──────おい、そろそろ起きたか、なんの可愛げのねぇクソゴリラぁ!! あえてそっちにはあちきの能力が届かないようにしてやってんだ、きちんと仕事はしたのかぁ、あぁ!?」

 

『!? あのたぶんスッゲー周りから忘れられそうなモブキャラ生きてたの!?』

 

 手子生が乱暴な口調で後ろへ怒鳴る一方、球磨川は驚いた表情でひどい発言。

 

「……は、はい。ご、ごほっ! ごほっ! もちろん準備はすでに……」

 

 手子生の存在感が濃くてすっかり忘れていたゴツい男、石垣が咳き込みながらヘコヘコと頭を下げる。

 

 返事を聞き取った手子生はにぃぃと崖から人を突き落とすかのような笑みを浮かべる。

 

「オーケーィィ……じゃあ……こいつで締めだなっ!!」

 

 ゲス顔のまま地面に思いっきり地団駄を叩きつけ、彼女は針妙丸を抱きかかえる。

 

 ————————————チャンスだ。これならゼロ距離で攻撃が放てる。

 

「輝針け──────」

 

「さぁて少名ちゃん。死にたくなかったら暴れないでね?」

 

 ハートマークが付きそうなくらいに甘ったるい声で手子生がささやく。

 

「あんまりおいたが過ぎると──────腕もぐよ?」

 

 彼女の警戒は針妙丸にも忘れられず向いているにゾッとする。

 

「手子生さん、わしは──────」

 

 石垣は

 地面の揺れが足元から伝わる。

 

「すまないね。代理ゴリラ。おまえの生存は計算に入れてなかったわー……アホなあちきを許しておくれ」

 

 へ……? と大男に見合わぬ間抜けな声が漏れる。

 

「じょ…………冗談ですよね……?」

 

 手子生はテヘペロっと両手を合わせて首を傾げ、

 

「ま、仲間だからさ! 大目に見てよ!」

 

「は……!?」

 

 やはりこいつも球磨川同様の過負荷だ。最低の仲間意識。

 彼女にとって、彼はあくまで作戦遂行の道具でしかなかった。

 

 瞬間、実験室の床が抜け、手子生は小型フックショットを袖から発射。アンカーが突き刺さり実験室の天井に固定され、手子生だけが落下から助かる。

 

「きははははははっ!! 落ちろクソどもがっ! まとめて旧体育館の幽霊にでもなれよっ!! きはははっ!」

 

「球磨川くん!!!」

 

 思わず手を伸ばすが、当然届かず。

 

『!! うわああああああああっ!!』

 

「うわああああああああ、手子生さまぁぁぁっぁ!!!」

 

 実験室の天井は──────遥か遠く。

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 

 手子生丸々。

 あらゆる化学物質を手から生み出し、直接触れたものを好きな化学物質に変化させる過負荷(マイナス)の持ち主。

 

 ————————————あらゆる化学物質を? 便利ではないか。

 

 ————————————これほどまでに社会に役立つものはない。

 

 何も知らないものはそう言うだろう。

 だがこの能力が過負荷たらしめるのは、

 

 彼女は、常に何かしらの化学物質を出し続けなければならないからだ。

 

 現在に至る前に背負っていた彼女の以前の過負荷(マイナス)

 それは──常に手から、危険化学物質を垂れ流すというものだった。

 

 彼女の手からは常に、運の良い日はアンモニアや二酸化炭素。

 

 悪い日は、塩酸、水酸化ナトリウム……彼女が使っていた超危険化学物質の一つ、チオアセトンが生まれ出てた。

 

 それらが彼女の周りを覆い、手に纏う中、握手はおろか、彼女に近づけるものなどいない。

 

 文字通り、彼女の半径数メートル以内には、立っていることさえできない。

 全身の感覚を麻痺させるほどの悪臭と危険液体で、周囲の人々の失神、入院など当たり前。

 

 逆に彼女に少しでも近づいた者は、一生他人に嫌われるほどの臭いをまとわなくてはならないというオマケ付きだ。

 

 故に当然、

 

『おい、薬品オンナ! 相変わらずクッセェな!』

 

『こいつをかけたらちょっとはマシになるんじゃねぇか!? あははは』

 

 彼女はだれかに遠ざけられる毎日だった。

 だれかと共にいることを物理的にも精神的にも禁じられた世界。

 

 しかし、本人は、そんな自分を不幸とは思わなかったようだが。

 

 一番安全な食塩水の日。

 クラスでみんなと一緒に過ごせるわずかな時間。

 その給食の時間、ほぼ毎日牛乳を頭にかけられるのが日課だった。

 

『うわぁークッセェ〜』

 

 笑い声、笑い声。笑い声に嗤い声。

 

 嫌だというより————————————彼女としてはうっとおしくて仕方がない。

 けどまぁ、この時はまだ良心なんて枷が手子生にはあった。

 自分はまだ優しいのではないかな? と彼女自身も思っていた。

 

『おいおい、また手子生のノート黄ばんでるぜー?』

 

『まぁた、手からなんか出したんですか~? けらけらけら』

 

 彼らも、彼女らも、自分と同じ能力を手にしてみれば、がらりと世界は変わるだろう。

 そんな能天気な気分でいた。

 

『……ま、まぁ。そうかもね。そういう色の薬品も出るから…………』

 

 テストも勉強でも、友達でも体育でもトップのクラスメイト達。

 まぁ彼らもストレスがたまっているのだろう。周囲からの重圧とかなんとか。

 

 様々な思考の中、彼女が導き出した最大の悩み。

 それは将来有望な彼らの人生を、何時にめちゃくちゃにしようかどうか、だった。

 

『……きもちわりぃ! 寄るんじゃねぇよ、くっせぇな!』

 

『冗談じゃなくてマジで気ぃ失いそうになるわー』

 

『死ね! さっさと死ね害虫! カメムシ野郎!』

 

 しかたがない。

 親とかからもプレッシャーとかをかけられて、イライラがたまっているんだ。

 よくよく自分が読む漫画でもいるじゃないか、こういうキャラ。

 嫌いではない。それも人間のもつ本能の一つだ。

 

 自尊心と、優越感。

 そういう類の者にはこの二つがいる場合もあるのだ。

 

 彼ら、彼女らは自分とは違うのだろう。

 

『悪魔め! なんで……なんでお前みたいな人間が僕らの娘なんだ!』

 

 中には親も優しい人もいるのだろうな。中にはモンスターならぬ、虐待ペアレンツ? もあるのかもしれない。

 正直、同情する。

 

『……消えろ、消えてしまえばいいのに、この悪魔め!』

 

 隔離したりせず、有無も言わず『怖いよな。大丈夫。○○と○○はいつも一緒だよ』

『○○は僕らの娘だ。たとえどんなでも、それは変わらない』とかカッコいいセリフを吐いてくれるんだろうなぁ。

 

 飯もうまいものを喰わせてもらっているんだろうな。

 残飯や霞とか生ごみとかじゃなくてね。

 

 まぁ——————そういう良い親から死んでくんだろうけどね。現実でもフィクションでも。

 ほら、師匠キャラでも良い親の模範に近いもの、モブキャラでもすぐに死んでいくだろう? 

 

 箱庭学園の総合病院。

 異常と呼ばれる子供たちの診断をし、その程度を測る施設……なんとも面倒なものだ。

 

『……精神面、異常なし……健康状態……あれ?』

 

『どうかしましたか? 人吉先生』

 

『……あの、手子生さん』

 

『はい』

 

『あなたの手……普通では見られない火傷の跡が多くあるわ』

 

『……』

 

 ロリ医者が。余計なことを勘づきやがって。その童顔を溶かしてひん剥いてやろうか? 

 人親でその若さだと? お前、何歳にピーしたんだよ。

 

『……それだけじゃない。これはずいぶんと前みたいだけど……足と二の腕にも似たような跡があるわ』

 

『……すみません。言えないんです』

 

『そ。じゃあ……その腕……見せてもらっていい?』

 

 異常かどうかを診断する診療所。

 頭の切れる医者がほとんどか数人か。

 少なくとも、医者はバカではない。欺くのには準備がいる。

 

 しかも中でもこの……人吉、とかいう医者。かなり頭が切れる。

 数多いる異常どもを今まで見てきているんだ。他の馬鹿どもみたく簡単には()()()()()()ごまかせない。

 

『……汗かしら。ちょっと緊張しちゃったのかな?』

 

 そのおかげで……日程をできるだけずらして()()()()()()調整しなくてはならなかった。

 

『……い、言えないんです。人吉先生。……ごめんなさい』

 

『どうしたの、手子生さん。わ、また汗が…………今はあなたのお父さんはいないわ。私でよかったら……話してくれる?』

 

『……や、……焼かれるんです。お父さんに……お母さんに。わけのわからない水まで手にかけてきて……あちき、わけがわからなくて……痛くて……痛くてたまらないのに、二人とも笑ってて……ひ、人吉先生、あちし……どうしたら……』

 

『……お父さんを呼んできてもらえる?』

 

 診断は、人吉先生から両親への呼び出しと、怒声の混じった説教と……警察行きの注意勧告で終わり。……かなり警告に近いものだったが。

 

 普通、それかそこそこ上に合わせる。

 そういった理性的な面も、()()()()()()()()()()()()()()()()()重要なのだ。

 

『先生っ!! 違いますっ! この子は————————————』

 

 だが、人吉先生との面談途中はすこしヒヤッとさせられた。

 冗談じゃない。せっかくまともで、かわいそうな境遇の純粋女児を演じたというのに。

 こいつのせいで全て台無しではないか。

 

『お父さん————————————ぎゅってしていい?』

 

 ……が、こう言えば、済む。

 すぐに両親の顔がゾッと青ざめるからだ。

 

『……すみません。取り乱してしまって……』

 

 ちなみに、診断が終わって帰るときに手子生は父にこう言った。

 

『……お父さん、だぁいすき』

 

『近づくな、この悪魔め!』

 

『きはっ』

 

 いつか—————————こいつらの顔面を、クラスメイトも、自分を見下ろして笑う彼らを泣き崩し、グチャグチャにしてやったら、どれだけ気持ちのいい悲鳴をあげてくれるのだろうなぁ……

 

 その裏、手子生は小学生活をそんな想像を走らせながら一人、喜悦を浮かべていた。

 

 *****

 

 

『うっぐ……ひっぐ。おまわりさぁん……助けてください……父さんが、父さんがおかしくなってしまったんですぅ。……毎日、毎日あちきにこんな火傷をぉ……ひっぐ』

 

『……ち、違う!! こいつが……こいつが自分でつけたんだ!! 妻もこいつに殺されたんだ!!』

 

『とりあえず、あなたを署まで連行させてもらいます』

 

『……ち、ちがうんだ!! はなせぇぇぇ!!』

 

『…………ひっぐ……ひっぐ…………………………きはぁっ』

 

 そして新たに『何かを』失い、今の過負荷を手にしたのは、中学一年の頃。

 内心、これまでの人生を不幸とは思ってはいない。

 

 嫌われようが、遠ざけられようが、隔離されようが、愛されなかろうが、友達がいなかろうが、仲間がいなかろうが、踏みにじられようが、生意気な奴がいようが、殴ってくる奴がいようが、犯そうとするやつがいようが、なんだろうが。

 

『あぁぁぁぁぁぁっ!!!!! かおがっ、うでがあぁぁぁぁ!!』

 

『あっそ。あっそあっそあっそあっそ。しっかしかわいくねー面だなぁ。皮もいらねーや』

 

 通う中学校の放課後の帰り道はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図。

 毎日毎日下校時に殺人事件とはおっかない。

 しかも完全犯罪ですって旦那。まぁ、死体も残らないからね。

 

 世間では行方不明事件なのだが。

 

『いやだっ!! いやだっいやだいやだいやだっ! 助けてぇぇえ!!』

 

『あ、川森さん顔の皮だけ全部くれるー? 最近、顔洗ったら皮溶けちゃってさー。流行りの移植ってやつー?』

 

 夜に起こる殺人を殺人事件と知るのは実行犯一人。

 だれも、何も知らずに、日々を過ごして送っていく。

 

『あやまる!! いままでのこと全部謝るから! 頼む、助けてくれ! なんでもする!! だから身体を返してくれぇぇぇぇ!!』

 

『……きはっ、何でもぉ? 迷っちゃうなぁ…………だが断るぅ』

 

 そろそろー、廃校かな? 

 

『手子生さん!! おねがいっ! やめて! もうやめてよぉぉぉぉっ!!』

 

『ごめんねー吉田さーん。正直、君のことは嫌いじゃあなかったよー? 人生で一番あちきと接触した時間が長かったし。けどまぁ…………可愛く生まれたのが運の尽きってやつだね。ま、将来男に汚されるよりは、良いじゃん! 代わりに──────あちきが大事にしたげるっ!』

 

 自分より優れて、いつだって自分の……手子生丸々のマウントをとりたい奴ら。

 

『どうして…………どうして、手子生さん…………こんなことしても、なんにも…………』

 

 思えば、理由を問われたのは初めてだったかもしれない。

 

『……きはっ、同感。なんになるんだろうね。けどさ……これで吉田さんも、みぃんな、一緒にいられるねっ! そうでしょそうでしょそうでしょぉぉ!? きはははははははっ!!』

 

 意味なんてない。すべては負越。

 全て溶かして、バラシて、気に入った部分だけを『保存』する。

 

『……あぁ、なんてホルマリンって素敵なんだろう』

 

 だれにも何も言われない。何もされない。なにより…………めんどくない。

 これで、あちきは誰かと一緒にいられるねっ。

 

 

 

 ******

 

 

 

 球磨川の噂や情報を取り入れ、手子生は彼に対して特に警戒を払っていた。

 そして、作戦の提案者である寒井美妃にもこう進言した。

 

 ————————彼らの戦力を二手に分かち確実に球磨川だけは仕留めるようにと。

 

 案の定、彼と出会い、手子生は確信した。

 

 ————————————あぁ、こいつは自分と同じ、過負荷(同類)なのだと。

 

 なぜだろうか。見た瞬間に、すこし惹かれるような……引力のようなものを感じた。

 横にいる少名針妙丸も、見逃せない。

 

 ぜひ二人と一緒に瓶越しに話したいものだと。

 ぜひぜひ、自分のトモダチコレクションに加えたかった。

 

 

 しかし…………思ったよりも、彼はしぶとかった。

 

 常人なら絶対に失神する化学物質『チオアセトン』。その極悪臭を嗅いでも倒れず。

 少量でも激痛の中で死んでいくほどの殺傷性と危険性をもつ、『三フッ化塩素』。

 

 これらを喰らわせても、球磨川禊は倒れず、なお自分に向かってきた。

 さすがにイラつきを超えて、尊敬の念を抱いてしまう。

 

 だが————————————もう、始末してやった。

 今の球磨川は『大嘘憑き』は使えない。回復も、復活も、床をくりぬいたことを無かったことにもできない。

 

 抜け落ち崩れゆく床と共に、下の体育館へと真っ逆さま。

 生きていたとしても、落下の衝撃と瓦礫で戦闘不能。即リタイアだ。

 

「どうかな? あちきの切り札の一つ……人体やあんな脆い床なんぞあっという間に溶かす最悪の化学物質……『超酸』の威力は」

 

 コンクリートの床を老朽化させ、人体に大火傷を負わせるほどの威力をもつ濃硫酸。

 だが……この超酸はその威力をはるかに超える。

 

「純粋な硫酸の()()()()威力……触れれば人体だけじゃない……肌も! 骨も皮も肉も全部溶け落ちる!! それを床の端から端へブチまけて床を切り抜いてやったのさっ!」

 

 フックショットでぶら下がった手子生と針妙丸は、実験室の床が下へと落ちていくのを見下ろしていた。

 

「酸性雨でもコンクリを腐食させるんだ。濃度がより強く、量もバカにならん、あちきの超酸をぉ! ブチまけまくったらトーゼン! 腐り落ちちまうでしょうよぉ! きはははっ!」

 

「……あぁ……!」

 

 針妙丸は無駄と知りながらも手を伸ばす。

 実験室の床だったものが下層に到着。落下の衝撃に耐えきれず、床だったものが轟音と共に一瞬で瓦礫と化す。

 

「きはっ……知ってる? 少名ちゃぁん、人がエレベーターに乗ったまま安全装置なしで最下層まで落下したら、助かる確率なんて全くないらしいねぇ。今がまさに、そういう状況なんじゃないかなぁ?」

 

 手子生は耳をすませ、何かに気がついた様子で下に指を指す。

 

「ほら見てぇ、あそこ。落ちた床が崩れて全部、下の階の体育館に落ちちゃってる。あらあらあら! あれも見てよぉ〜! お前らがあちしだと思って倒した石垣の死体。見事にぐっちゃぐっちゃだぁね。かわうそー」

 

「……!!」

 

 仲間の無残な死さえ、彼女の心は痛まないのか。

 針妙丸はそう言いたいのだろう。

 

「そう睨まないでよー。あちきだって残念に思ってるんだよ〜? せっかく禊サマの苦痛に歪んだショタ首を、ゲットだぜ! できなかったんだから」

 

「……っ。どうでもいいんだね」

 

「はぇ? なぁにが?」

 

 手子生は訳が分からなーい、とフックショットのワイヤーを少しづつ、足場になりそうな鉄骨に下ろしていく。

 

 こいつに同情の余地なし。

 彼女の心境的に、そう判断せざるを得ないと言ったところか。

 

 高度が下層の体育館の天井近く、端から端へまっすぐと伸びた長く太い鉄骨の上に二人は降り立つ。

 

 球磨川がどうなったのかはわからない。けど、まだ遺体が見つかっていない以上、死んだとは考えられない。

 

 彼の生命力は大嘘憑き無しでもゴキブリ並だ。

 いや、そう言うとゴキブリに失礼なのか。

 

 ————————————と、おそらく少名ちゃんは考えているのだろう。

 

 

 *****

 

 

「少名ちゃん、今、それでも球磨川禊なら。そう思ったでしょ?」

 

「!!」

 

「希望なんて持たずとも、禊サマもきっとあの瓦礫の中で原型とどめないくらいにぐちゃぐちゃになってるからさぁ!」

 

 手子生はゲラゲラゲラ、と腹を抱えて笑う。

 彼女は目的を達成したと思い油断している。

 

 自ら避けにくい地形に降り立ち、針妙丸との距離も油断して詰めている。

 

 この機会を逃すわけにはいかない。

 

 針妙丸は今一度輝針剣に手を伸ばそうとする。

 が、

 

「──────言ったよねぇ? 少名ちゃん、後悔するよって」

 

 手子生の目玉がギョロリと針妙丸の方へ。

 

「!!」

 

「殺気がぁ〜〜……ダダ漏れなんだよっ!!」

 

 手子生が手に持ったスイッチを押した瞬間、水が噴出しマスクの内に溢れる。

 

「……!!!?」

 

 溺死……いや、違う!! 

 

「『悪魔の化学実験(デビルズケメストリー)』」

 

 今まで吸い込んだ水が突然変異する。

 息苦しい、だけじゃない。

 

「……!? 〜〜〜〜っっ!!!!」

 

「致死量の塩素水の中で溺死しろォ! きはははははっ!」

 

 苦しい! 痛い! なんだこれなんだこれ!? 

 めまいもする、吐き気が止まらない、いがいたい痛い痛い痛い痛い!! くらくらする、息ができない、すえない、吸いたくない、怖い。怖いこわいこわい!! 

 

「あぁ……っ……! 少名ちゃん、今のあなたの表情はさいっこうの苦しみに……恐怖に歪んでて……っ……!」

 

 目が……視力までやられた。

 もう何もかもがぼやけて見える。死ぬんだ。

 少名針妙丸は死ぬんだ。こんな訳のわからない場所で。

 

 誰にも、だれにもその死を悟られないまま、苦しみ抜いて死んでいくんだ。

 

「さいっこう!! 今のあなた最高だよ!? 少名ちゃあん!」

 

 最後に見るのが、自分の死にゆく顔を見ながら悶絶しているやつなんて……

 

 霊夢。魔理沙……そして……正邪。

 みんなごめんね。

 

「……ごぼっ」

 

 もう……だめ…………みたい。

 

 

 ────────「もう終わりか? お姫様」

 

 

 ……正邪? 

 

 ─────「このまま、終わるのか? それはあっけなさすぎねぇか? くくっ……情けないねぇ。それでも私と共についてくるってか。脆くて話にならんな」

 

 

「……ごぼごぼっ。(んなわけないでしょ)」

 

「……ん?」

 

 手子生丸々。わたしをなめるな。

 少名針妙丸を──────なめるな。

 

「少名ちゃん……なんで?」

 

 もう人形じゃない。

 わたしはあの頃みたいな……物言わぬ人形じゃない。

 

「なんでそんな、まだ諦めてない面してんの? これから死ぬんだよ、おまえ。もう何もできないんだよ? 逆に何ができるんですかね?」

 

 ──────「まだ倒れるなよ。まだやれるだろ」

 

「ごぼごぼっ……!! (うるっさい……!!)」

 

 目が霞むくらいなんだ。痛いのが何だ。

 頭なんてどうでもいい。視界なんてどうでもいい。

 ぼやけけていても、彼女がどこにいるのかさえわかれば。

 

 ────「そうだ。奴の調子に乗った、くそったれな面に」

 

 一撃っ、かましてやるっ!!! 

 

「ごぼぼぼっ(輝針剣っ)!!!!」

 

「なっ──────!?」

 

 閃光。

 針妙丸の針の剣が光を纏い、速く、最速の一撃が。

 手子生の顔面に向かい最期の一撃が飛ぶ。

 

「───クソっ!! 『デビルズケメストリー』ぃぃいいぃ!!!」

 

「──────────っ!?」

 

 全く予想もつかない痛みが走る。

 頭でも、顔でもない。

 

 身体中を溶かされるような。焼ける激痛が。

 

 ────────走る。

 

「───────なっ!?」

 

 針妙丸の攻撃はそれでも止まらなかった。……が。

 輝針剣の狙いはズレ、手子生の頰をかすめる。

 

「……そんな……」

 

 届かなかった。私たちの……

 

「ふぅ。……コレクション対象の身体を少し傷つけたのは、痛かったけど。まぁ……少名ちゃん。よく頑張ったよ」

 

 針妙丸は最後の気力も体力もつき、鉄骨の上に倒れる。

 その身体が落ちないように、手子生は針妙丸の身体を足で踏みつけ固定する。

 

「きーっはっっはっはっはっはっはっ!! 勝利ぃ! あちきの勝利ダァ!! 聞きましたか全土さまぁ! 美妃さまぁ!! 球磨川禊は再起不能! 少名針妙丸は死亡! あちきがぁ! 手子生丸々が仕留めましたぁ!!」

 

 自分の足の下で倒れている針妙丸を、手子生は凝視し、

 

「げほっ! ごほっごほっ!!」

 

「……あ?」

 

 マスクが、外れているのを見た。

 

「はぁ? はぁはぁはぁはぁはぁ!?!? 意味わかんんねぇ! なんで!? なんでなんでなんでぇ!?」

 

『そう、理解不能(わからない)

 

 手子生は勢いよく後ろを振り返る。

 

「……ぁあ、あ……?」

 

『それがマイナスだぜ。手子生ちゃん』

 

 球磨川禊。

 

「────あぎゃああああああああああああああっ!?!?」

 

 手子生の右腕が螺子で貫かれる。

 

「球磨川くん……」

 

『君の一撃はたしかに届いたぜ。針ちゃん。素直にここは褒めておこうかな』

 

「…………なんで若干偉そうなの?」

 

 血が、血が噴き出し止まらない。手子生はしばらく悲鳴をあげたのち、今までにないくらいの殺気を込めた目で球磨川をにらむ。

 

「くぅぅぅ……まぁぁ……があああぁわぁぁぁっ!!」

 

『さぁ————————————第二ラウンドといこうか。手子生ちゃん』

 

 

 




次回、手子生戦はクライマックスへ。

最近投稿時間まばらだなぁ…………


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第40話 男女平等、顔面鷲掴み

 

『やー助かったよ。しばらくの間、螺子を壁にブッ刺してぶら下がってたけど、もう手が痛くて。もう手を離しちゃおっかなーって思ってたんだよね』

 

 球磨川が制服の襟部分に空いた穴を見る。

 

『あ、はい。これ。針ちゃんの針』

 

「え……いらない」

 

『!? いやそんなに嫌われてるの!? 普通にちょっとショック!』

 

 そんな漫才をやっている間、手子生は全身を震わせ額に青筋を立てていた。

 

「第二から先はねぇぇぇっ!!! これでくたばれゴキブリがァァァァッ!!!」

 

 投げつけられたのは何の変哲もない水風船、

 

『どうしたの、手子生さん。急に川で遊ぶ子供のような童心が蘇った────』

 

「んなわけねぇだろ、ボケ!! 『デビルズケメストリー』!!!」

 

 ────は突如ピンの抜かれた手榴弾のように爆発を引き起こす。

 

「球磨川くん!!」

 

「きは、きははははっ!! 無駄無駄、直撃だっ!! 生きてるわけが……ね、ぇ、き……は……!?」

 

 球磨川は────言葉で表現するのも控えたいくらいに『損傷』していた。

 

「えぇっ!? ぎゃ、ぎゃぁぁぁ!! 右半身がぁぁぁ!!」

 

『……なんで針ちゃんが叫んでるのさ。実際に喰らってるのは僕なのに』

 

「な、何で……!? は、ははっ、痩せ我慢ってやーつー?」

 

『……ふ』

 

「……!? へ、へ、ヘラヘラ……ヘラヘラとぉ……っ! その顔、すぐに苦痛に歪ませて生きてることを後悔させてやるよっ!!!」

 

 手子生は再び水風船を投げつける。

 当然ふらふらの状態の球磨川は避けられず、直撃! 

 

「!? み、水っ!? あっ……!! 球磨川くん、早くその水を払って────!!」

 

『……? あっ、そういう』

 

「────『デビルズケメストリー』ぃぃ!!」

 

 その瞬間、球磨川にかけられた水は人体を容易に溶かす『超酸』と化す!! 

 

「あぁっ……!!」

 

『うぅ……ぁぁぁ────ーっっ!!!』

 

「きは、きははは!! そ、そうそう! そ、その顔だよ!! そのまま苦痛の中で死んで────」

 

 しかし手子生は気がついた。

 

 いや────気がついてしまった。

 

 

 そして針妙丸も……何となく察してはいた。

 

 

「……く、球磨川くん」

 

 

「き……は、は────はぁっ!?」

 

 身体の半分が人体模型のようになったとしても。

 

「え……ちょ、う、嘘で、しょ……?」

 

『……』

 

 球磨川の歩みは。手子生への前進は。

 

『……僕、痛覚は『無かったことにした』っけ? してたっけかな……まぁいいや』

 

 止まらないことに。

 

『とりあえずは────チェック』

 

「!? ────づあ!?」

 

 ホラー映画のモンスターさながらの気持ち悪い動きで球磨川は手子生との距離を一気に詰める。そして彼女の頭を鷲掴みにする! 

 

「き、きは? み、禊様、なにを……? 女の顔ですよ? え、ちょっと、なにを」

 

『最近、読んだマンガでね。悪役がこんなことをしてたんだけど────男女平等って大事だよね?』

 

 球磨川は顔に残った超酸を無事な方の手に塗ると────時間差なく、その手を手子生の顔に押しつける! 

 

「う、ゔぁぁぁぁぁっぁぁ!!!! やめろやめろやめろやめろぉぉおぉぉ!!! ああぁぁぁぁ!!!」

 

『────僕は悪くない』

 

「く、球磨川くん!! や、やりすぎ!! もう流石に……」

 

『僕は悪くない。僕は悪くないよね、針ちゃん? ────あ、そうだ。手子生ちゃん』

 

 球磨川は何かを思いついたかのように眉を上げる。

 

『仲直りして一緒にデートしない?』

 

 

 ────何言ってんだ、こいつは。

 

 

 針妙丸は耳を疑った。

 

『さすがに僕も、一緒にデートする相手の顔は傷つけてたくないから────うんって言ったら手を離してあげる……どう?』

 

「もう信じられないくらい傷付けてるけど……! 手子生さん! はやく降参して!! そうじゃないと本当に顔が……!」

 

 そして手子生は……

 

「わ、わかった!! わかったよぉぉ!! 行く! デートでも何でも行くから!! もう、これ以上、顔焦げっこげになりたくないよぉ!! デートでも何でもするから離してぇ!!」

 

 手子生には悪いが正しい判断だと思う。デートをしたからって死ぬわけじゃないし。死ぬほど嫌なことには限りないけど。

 

 そう針妙丸は内心少しだけ手子生に同情した。

 

『ほんと!? じゃあ、離すね!』

 

 球磨川は断面図と化した顔に笑みを浮かべると、手子生から手を離した。

 

『じゃあ、さっそくデートプランを────』

 

「いや、そんな場合じゃないから球磨川くん! オールフィクションもないんだし早く手当を……!」

 

「そ、そうだね、禊さま。けどさ、もうデートの行き先は決まってるんだよね。ほ、ほら! 先着二名様のチケットをもう予約したんだ!」

 

『ほ、ほんと!? 嬉しいなぁ、そんなに早くなんて、もう! 行く気満々じゃないか! げふっ!?』

 

「いや、球磨川くん、致命傷だから!! それどころじゃないから!!」

 

「けどね禊様……行くのはあちきじゃないよ? 針妙丸ちゃんと行ってくれる?」

 

『……?』

 

 手子生の口が大きく歪む。

 

「────────ただし行き先は地獄だがなぁぁぁぁっっ!!!」

 

「!!」

 

 手子生は二人に向かって両手を伸ばす!! 

 手子生は両手を酸で溶かしながら、二人の顔に手を押しつけ────

 

 

『やれやれ……君も、用意周到だね』

 

 

 間一髪で球磨川の螺子で串刺しになった手子生。

 

 しかし────彼女が溶かしていたのは自らの手だけでは無かった。

 

 球磨川が足場としている鉄骨を溶かしていたのだ。

 

「き、きは……お前、だけ……は……ころ」

 

『────また勝てなかった』

 

 

 手子生は串刺しのまま、鉄骨の上に残り、足場を失った球磨川はそのまま天井から落下────

 

 

『……手を離してくれるかい?』

 

「……っ!!」

 

 ……しなかった。

 針妙丸がその腕を掴んでいたからだ。

 

『僕の腕も、あいにく溶け落ちかけてるんだ。こうしている間にも、ほら』

 

「……!」

 

『まぁ、死ぬのは嫌だけど。敵を倒して自分も死ぬ。……ただ死ぬ人生にしちゃ、僕にしては上出来じゃないかな?』

 

 手子生の超酸のせいで

 

『いやん、丸見え』

 

「うっさいわっ!! 今真剣にやってんだから黙ってて! ……小槌よ……この者の傷を癒したまえ」

 

『……!? 針妙丸ちゃん、何を……? あっ、まさか僕の傷口をそれで抉って落とす気かい? あげて下げるなんて……なんて君はサディストなんだ!』

 

「いや違うからっ!! ボケないでよ!!」

 

 笑って少しでも気を抜けば落としてしまいそうなのに。こっちも満身創痍なのだから少しは考えてほしい……というかなぜ致命傷を喰らってそこまで余裕があるのか、球磨川。

 

「……はぁっ……! はぁ……打ち出の……小槌……はぁ……! はぁ……! 持ち主の……願いを、なんでも叶える小人族の秘宝。……ただし持ち主の魔力を、時には命を代償に……うっ」

 

『……どうして』

 

 そこまでと言う前に針妙丸は答える。

 

「……最初にこれを使った時、正邪は小槌の代償ことを教えてくれなかったけど」

 

 少し遠くを思い返す。

 

「────本当はあんたなんかに使いたくなかった」

 

 針妙丸は球磨川の目を見る。濁っていて、どこまでも深い、底なんて見えない闇色の瞳を。

 

「わたしはあなたが嫌い」

 

『なら、突き落とした方がいいと思うぜ?』

 

「だけど────あなたはどこか正邪に似てる。そんな気がする。あなたがいなくなったら正邪がきっと寂しがるかもしれないから」

 

 まっすぐに尖った針のような針妙丸。

 捻じ曲がった針金のような正邪。

 

 二人は真逆。だが先端は二人とも同じく────尖っている。

 

 

「……それに、少なくともここにいる間はあなたは仲間だから」

 

 

 尖っている。それは確実に相手に刺さる。

 

 

『……なるほどね。正邪ちゃんが連れ歩くわけだ』

 

 球磨川はため息をつく。

 今日は敗北の多い日だと、いやいつもか。

 

 そうつぶやいて。

 

「負けたよ。僕の負けだ。君は……愚か者の方にいれておくとするよ」

 

 球磨川は苦笑する。

 

「……もう少しいい枠はないの?」

 

「……君は弱くはないからね」

 

 ────そうだろう? 少名針妙丸。

 

 

 *****

 

 

 

「……まだ正邪に付きまとい続けるなら、あなたは知っておいて」

 

 長い廊下の中、致命傷だけを回復させたものの疲労困憊の二人。

 

 針妙丸が球磨川をおぶっている形になる。

 

『くんくん────これは……女の子の匂い! あと、ビオレ……あ!? あ、違う、アンモニア臭だった!! うわ、くっさ!!!』

 

「人の話聞け!! あと、女の子に臭いっていうんじゃないわよ!! あと、それ言うなら、あんたも臭い!」

 

 ────手子生の薬品のせいだ。

 

 あのね……と感情を引っ込めて針妙丸は続ける。

 

「わたしと正邪は、この世界から隔離された楽園……別の世界から来た妖怪。人間じゃない」

 

『……!』

 

 容姿は、人間に似てはいるけれど。

 

「あなたが言うところの、安心院さん。それに近い人外よ。わたしは一寸法師の末裔の小人族。正邪は────知ってのとおり、天邪鬼」

 

『へぇ〜……』

 

 一瞬目を見開くも、すぐにまた興味なさげ……というか、豆知識を知った程度のリアクションをする球磨川。

 

「いや、リアクションうっっすっ!?」

 

『いや……まぁ……酸素操ったりとか、支配者を操る能力を持ってる人だとか……人間離れした人らを相手にしてきたから、感動も薄くて』

 

「……はは」

 

 あぁ、なるほどね。

 針妙丸は苦笑する。

 

『でもまぁ、安心してよ! 僕は君たちに態度を変えたりとかはしないからさ! むしろこれまで通りにやろうよ!』

 

「その神経の図太さだけは大したもんだね……」

 

「……ていうか、もうありえないくらいの年月生きてる人外もいるから、正直迫力に欠けるっていうか……」

 

「? 急になんか素っぽくなったね」

 

『────気のせいだと思うよ。それよりも早く進んでよ。これだとうさぎに追いつけないぜ!』

 

「……置いてってやろうか、このアブラムシ」

 

 そういえばさ、と針妙丸。

 

「球磨川くん、よく勝てなかった勝てなかったって言ってるけど……普通に今回は根性で勝ってたんじゃない? オールフィクションも無しにあそこまで追い詰めてたし」

 

 

『オールフィクションなんて、ただの手品さ。……それに、僕は手子生ちゃんの心は折れなかった』

 

 ────『わ、わかった!! わかったよぉぉ!! 行く! デートでも何でも行くから!! もう、これ以上、顔焦げっこげになりたくないよぉ!! デートでも何でもするから離してぇ!!』

 

『あれも、嘘だったしね』

 

「あんな誘い方しかできないの……? ていうかあれで行くと?」

 

『ああいうプロポーズの仕方しか僕は知らないのさ。愛情を伝えるには肉体的接触は不可欠なのさ……』

 

「いや、あんたの場合、接触じゃないでしょ。暴行と脅しじゃん」

 

 ──────『けどね禊様……行くのはあちきじゃないよ? 針妙丸ちゃんと行ってくれる────────ただし行き先は地獄だがなぁぁぁぁっっ!!!』

 

『あそこまで追い詰められていても……あの子は戦意をこれっぽちも失ってなかったんだ。僕を完膚なきまでに叩くっていう意志を……』

 

「……?」

 

『だから────また勝てなかった』

 

 





おまけ



「き、きは……禊さまー……痛くはないけど……せめてここから下ろしてー……だれかー……」


手子生は天井に串刺しのまま置いていかれていた。



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第41話 小槌の代償

お待たせしましたーっ!!
U -NEXTでカイジ見てたらモチベ一時的に回復しました!

全土が話してる場面を書いているときに聴いてるBGMはキルラキルのOSTから『Ki tsu9=kell』、『Ne Llna Ki9』。

次回がいつになるかわかんねぇ……



 

「──黒神めだかは箱庭の方へ届けたか?」

 

 角明学園最上階。

 ガラスの下を見ればすぐに学園全てを見下ろせる頂きに、学園の支配者は君臨していた。

 

 大多羅全土(おおだら ぜんど)は優雅に紅茶を飲み、彼の背後にいるA組生徒に話しかける。

 

 

「はい、全土さま。記憶消去……もとい改ざんは無事成功。球磨川との当学院での接触はさっぱり忘れています」

 

「確認の際に球磨川の名前は出していないな?」

 

 全土は次なる紅茶を口に含む前に問う。

 

「まさか」

 

 A組の生徒は苦笑する。

 

「それよりもよろしかったのですか? 完全にしくじった堂々千太郎への処罰は?」

 

 全土はつい先日の件について脳内で振り返る。

 

 *****

 

 ちょうど、それは今……全土がいる場所と同じところで起こったことだった。

 

『も、申し訳ないでありますっ!! じ、自分としたことが……完全なる失態!! 生徒会の名に泥を……!!』

 

『……』

 

『アルカナを……生徒会を脱会させられた自分に、戦車の称号など不要……死を!! 死をもって……』

 

 ふっ、と小さく全土は銀髪を揺らして笑う。

 

『神井くんは厳しいな。たった()()()、それも()()()失敗でそんなに厳しい処罰を命じたのかな?』

 

『ぜ、全土さま……!?』

 

 思いもよらぬ言葉に堂々は驚愕するなか、全土は堂々に歩み寄る。

 

『君は死を恐れずに俺の前に謝罪を述べるためだけに現れた。それは……何よりの忠誠の証だ』

 

『ぜ、全土さま……!!』

 

『むしろ俺としては君のことを誉めてあげたいくらいだ。堂々くん、君は球磨川と……もう一人、名前はなんだったかな? あのコスプレ小娘との戦いで俺に大きな利をもたらしてくれた』

 

 全土はいつも浮かべる獰猛な笑みではなく、満足そうな表情をしていた。

 

 堂々は震えながら顔を下げたままだ。

 

『生徒会は除名になっても、これからも『戦車』として学園の()()を維持してくれ。神井くんには俺から言っておくから、引き続き協力してくれたまえ』

 

『は、はは……っ!!』

 

 

 堂々は頭を下げたまま後ろへ下がるという奇異な動作をしながらドアへと向かう。

 

『もったいない言葉!! これからも……これからも尽くさせていただくであります!!』

 

 あまりの感動によくわからない動きをしてしまっているのに気づいていないのだろう。

 

『あぁ、そうだ。堂々くん』

 

『はっ!!』

 

『剣道の大会は一ヶ月後だったね。がんばってくれ』

 

『ふ、粉骨砕身の努力を尽くすでありますっ!!』

 

 ******

 

「────役に立たないのなら、消してしまった方が……」

 

「そして自分が『戦車』の座を、と?」

 

「!?」

 

 おや図星だったかな、と全土は笑みを浮かべる。

 

「なにも後ろめたいことではないだろう。むしろ、向上心があることはいいことだよ」

 

「────」

 

 A組の生徒は一瞬絶句した後、すぐに表情を戻す。

 

「堂々くんの件ね。かまわないさ。彼は自分の行動が裏目に出ることは多いが、何も殺すことはない。私のために意欲的に動いている者を無為に消すのはあまりに早計だ」

 

「おっしゃる通りです……」

 

「それに彼は私に害を与えるどころが、何も()()を起こしてもいないし、利益しか与えていないよ」

 

「益……ですか?」

 

 A組生徒は不思議そうに尋ねる。

 

「それで、球磨川の件は? 美紀はうまくやっているかな? それとも、圧勝してもう終わってしまったのかな?」

 

 カップの紅茶を揺らしながらA組生徒へと尋ねる。

 

「い、いえ……まだ決着は」

 

「そうか───美紀の戦況は芳しくないようだな」

 

「!?」

 

 動揺するA組生徒をよそに、全土は揺らしていたカップをテーブルへと置く。

 

「あ、あの……そ、その」

 

「表情と声色でわかるさ。隠さなくてもな」

 

 A組生徒の額に大量の汗が浮かぶ。

 

「も、申し訳ありません!!」

 

「美紀から伏せられていたということだろう? まぁ、君の立場からすればそうするしかないだろうからな。美紀には君に厳しくはするな、と伝えておくよ」

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

「少し退室してもらっていいかな?」

 

 A組生徒はすぐさまに部屋を出る。

 全土はテーブルの端にある携帯に手を伸ばし、ある番号へと電話をかける。

 

「もしもし? 美紀(みき)、全土だ。聞こえているか?」

 

『全土さま!! も、申し訳ありません! まだ反乱分子の処分とかは、』

 

「鬼人正邪は捕縛。しかし球磨川の抵抗で『悪魔』の手子生が敗北寸前。残る手札は自身と捕虜の慶賀野功名(けがの こうみょう)。それと『死神』の次木(つぎき)というところかな?」

 

『……はい』

 

 電話越しに諦めるような声が聞こえてくる。

 

「そう気を落とすな。責めようというわけじゃない。俺は激励しに声をかけたんだ」

 

『全土さまが……私様に!?』

 

「焦ることはない。君のあの二つの能力が健在ならば、お前の勝利は揺るがない。そうだろう?」

 

『は、はい!! それはもちろん!! 私様が負けることなどありません!!』

 

 意気込んで張り切る美紀の姿が目に浮かぶ。

 

「それとも───俺の手助けがいるかな?」

 

『その必要はありません!! 私様が絶対の絶対に! あの負け犬反乱分子を駆逐してみせます!!』

 

「そうか。なら任せる」

 

 全土は電話を切る。

 

「失礼します、全土さま」

 

 次の瞬間ノックをして入ってきたのは白い制服に身を包む男だった。

 

 それは角明学園生徒会に所属する人間ならば絶対に見たことはある顔で、

 

「……美紀には後で責任を取らせます。あんなカス如きに手こずるなど、学園の生徒会私刑執行部の面汚しです」

 

神井(かのい)生徒会長。君はもう少し心に余裕をもちたまえ。部下のちょっとした失敗ですぐに怒り殺そうとするなんて、アニメの二流悪役のすることだ」

 

「はっ! こ、心がけます!!」

 

 全土は再び紅茶のカップを手に取って学園全体を見下ろす。

 

「新生徒会か。ふっ……ふっふっふっ……」

 

「全土さま?」

 

「いいや。滑稽だなと思ってね」

 

 全土は獰猛な笑みを浮かべて、今正邪たちがいるであろう多目的館を眺める。

 

「球磨川禊。鬼人正邪。実に滑稽だな。お前たちが生徒会と正面きって戦っている時点で、お前たちは俺に圧倒的に敗北しているというのに……はっはっは……」

 

 笑う全土に息を呑む神井。

 当然だ。

 

 

「神井くん。後学のために君も見ておかないか? きっとためになるはずだぞ?」

 

 ────美紀のいる多目的館には密偵や監視カメラはない。

 

 しかしどういうわけか、携帯の画面に某動画サイトの配信のように垂れ流される映像。

 

 そこに映っているのは逃げる鬼人正邪と、『悪魔』の手子生と死闘を繰り広げる球磨川。

 

「……はい。私も一緒させてよろしいでしょうか」

 

 こんなものなど……彼の能力の一端に過ぎないのだろう。

 

 神井の目に映るのは自分の想像を遥かに超えている全土の『世界(スキル)』だった。

 

 

 *******

 

 

 突如、扉の音がして目が覚める。

 

 

「──────はっ!?」

 

 手は……鎖で縛られ、足も柱に固定されている。

 まるで囚人のようではないか。

 

「いいザマでありますな。鬼人正邪」

 

 入ってきた人物。道具の殺傷力を高める元能力者『戦車』────百々千太郎。

 

 今は球磨川に能力を無かったことにされている筈だ。

 

「ドードー鳥か」

 

「誰が絶滅動物でありますかっ!! どうどうだ、百々!!」

 

「伸ばしたらそう聞こえんだろ」

 

「伸ばすなであります、鬼人正邪!!」

 

 手足は……手錠、鎖などでガッチガッチに拘束されている。関節を外して抜けるなんていう方法もありそうだが、目の前の竹刀男がいてはそれもできなさそうだ。

 

「……なるほどね。私は今とらわれの身ってわけだ」

 

「くっく……貴様も大胆なことをしたでありますなぁ。生徒会に表立って牙を剥くとは。潜むべきを潜まず。とんだ天邪鬼でありますな」

 

 百々は憎たらしい笑みを浮かべながら正邪へと近づく。

 

「お生憎様、こっちは生まれつき身も心も天邪鬼だよ……そっちこそ。球磨川にやられて能力を無くされたせいで生徒会からハブられてねーか心配してたぜ」

 

「……きっさま………まぁいいであります。これからたっぷり憂さを晴らすであります」

 

 確か体が石になっていたはずだが……今は生身。

 そうか、あの石化小僧の能力には時間制限でもあるのか。

 

 そうとくれば脱出を。

 

 チラリと百々が入ってきた扉を見る。

 見るからに頑丈そうで内から蹴り倒そうとしても並の力ではびくともしないだろう。

 

「結構頑丈そうじゃあないか」

 

「この部屋は独房としても使われるであります。あんまりにも行儀の悪い生徒はここに閉じ込めて苦痛の毎日を過ごしてもらうでありますよ」

 

 よく見ると部屋の隅に血の跡がある。

 一体どんなことがおこなわれているのか。

 

 少し鳥肌が立ちそうだが悟られるのもなんか悔しい。正邪は挑発的な態度は崩さない。

 

「おぉ怖い怖い」

 

「まさか最初に来るのがお前とはな……ちょっと運を感じるぞ。お前にとっては──悪運だが」

 

「────それはどうでありますかな?」

 

 ここに自分が何をしに来たか知ってるでありますか? と手に持った鞭をしならせる。

 

「────がっ!?」

 

「貴様に苦痛を……終わりない苦痛を与え、たっぷり後悔させてからこいつで楽にしてやるであります」

 

 何度か鞭をしならせ、正邪の身体に傷をつける。

 足に綺麗な一筋が入り、血の滝ができる。

 

「はっはっはは!! どうでありますかな? じゃあ次はこれで────骨をぶちおってやるであります!!」

 

 百々は手に持った木刀を振り上げる。

 

「全土さまに泥を塗らせた恨みを────!!」

 

「思ったけどさ……お前────結構馬鹿なのな」

 

「あ?」

 

 ニマッと笑う。

 

「リバースイデオロギー────私とお前の位置を入れ替える」

 

 すると、鎖で繋がっているのは百々。鞭を握っているのが正邪となる。

 

「じゃ、SMプレイは終わりだ。ついでに財布ももらっとくぜ」

 

 正邪はスッと百々から財布をくすね、鞭を投げ捨てる。

 

「本当は何回か仕返ししてやりたいが……時間もなさそうなのでな。じゃな!」

 

「きっっさあああまああああああああっ!!」

 

「おっと長くは持たんようだ」

 

 頑丈そうな扉が音を立てて軋む。スキルを実質失ったとはいえ、彼自身も強かったようだ。

 

「ふんっ!!!」

 

 扉を蹴飛ばし百々が姿を現す。

 

「!?」

 

「……やっぱり竹刀は携帯しておくべきでありますな」

 

 鎖を自力でぶったぎり、扉をぶち破ってきたようだ。

 

「お前本当に人間かよ……」

 

 人外が言うことではないが。

 

「物の位置の反転……そういえば最初に使っていたのも、その芸当でありましたな」

 

 百々はゴキリゴキリと肩を鳴らす。

 

「まさかミイラ取りをミイラにするような特性まであるとは………やはりお前は生かしておいてはならんであります。『死神』は実に甘いであります」

 

「能力も無くしてるってのに、なんて脳筋っだよ……!」

 

「逃がさん……絶対に逃さぬ……この不手際、貴様の首で償わせて全土さまに……!!」

 

 ぐりゅっと百々の目が正邪の方へ向く。

 

 その瞳は年相応の少年のものではない。凄まじい殺気を秘めた殺し屋のような目つきだった。

 

 正邪は全力でその場から逃走した。

 

「たぶん、もうありゃあ油断なんかしねぇな。追い詰められすぎて逆にクールになってやがる……!」

 

 油断もない。情もない。遊びもない。

 本気で殺しにかかってきた時の強者の目は実に恐ろしい。

 

「うおわっ!? コウジ!?」

 

「お、っととと!! 姉御!! ここにいたんですか! 探しました……」

 

 廊下の曲がり角で桜街と鉢合わせるが、あまり嬉しい状況ではない。

 

 もうすぐ後ろにまで殺人鬼が迫ってきている。

 

「おう、いいとこに来たな舎弟、囮になれ」

 

「は、えぇぇ!?」

 

「お前らまとめて死ねぇァァァァァ!!!!」

 

 二人とも同時に身体を真っ二つにしそうな勢いで百々が迫ってくる。

 

「いやどういう状況!?」

 

「憎しみを餌にバカが釣れたってとこ」

 

「いや意味わかんないっす!!」

 

 逃げつつ話している間に百々は徐々に距離を詰めてくる。

 

「だてに喧嘩やってないだろ? あれぐらい抑えられるだろ。私より力あったりするんじゃないか?」

 

「そ、そんな無茶な……!」

 

「ほれ、やってみ?」

 

 じゃなきゃ殺されるから……!

 

「おぁぁぁぁぁ死ねぇぇぇぇぇ!!!」

 

 正邪はコウジを前に押し出す。

 

「打ち合わせ通りに頼むぞ!」

 

「してない!! ひっ……やっけくっそだ、おらぁぁぁぁ!!!!」

 

 百々の殺人級の速さを乗せた()()をすんでのところで受け止めようとする桜街。

 

 ────バカめ!! 受け止められるものか! そのままミンチにしてやる!!

 

 百々は狂笑を浮かべて竹刀を振り下ろす。

 

「リバー────」

 

「────それで自分の『剛力』を『非力』にでも変えるつもりだったでありますか? 鬼人正邪」

 

 ────無意識からの奇襲。

 

「んなっ────っ!?!?」

 

 正邪の顎に向かって鋭い突き。

 

「!? げ、な……」

 

 瞬きの間に正邪の後頭部は床に叩きつけられる。

 正邪は気を失いかける。

 

「やべ、あ、死ぬ……しぬ」

 

 百々は片手で竹刀を。

 先ほど突き出されたもう片方の手には────木刀が握られていた。

 

「あ、姉御……!! て、てめぇ……オレの方には手を抜きやがったな!!」

 

 コウジの方へは竹刀。それも利き腕ではない。

 

「……ふむ。やはり今までスキルに頼った弊害でありますか。本来なら二人とも────なんなら鬼人正邪は頭が吹き飛んでいてもおかしくなかったであります」

 

 

「う、ぁ……りょ、りょうとう」

 

 

「囮を使っての時間稼ぎ────そして再び『反転』の能力を自分に使ってくることなど百も承知。故に、桜街一年には多少本気で────正邪には本気の一撃を打ち込んだ。それだけの次第であります」

 

「てんめ────」

 

「そしてお前は二撃目で卒倒するであります」

 

 桜街の後頭部に木刀の柄を叩き込む。

 

「うっ!? が────」

 

「舎弟……! くそ……」

 

「しかし意識すら失わないとは大したものであります鬼人正邪。────次はその喉を突く」

 

 百々は木刀を振り上げ突きの構えを────

 

「……? 木刀が……消え────」

 

 それは突然のことだった。

 

 百々の木刀がまるで意思を持ったかのように、彼の頭に一撃食らわせたのだ。

 

「が────!? な、なにがっ!? そ、そんなばか────!?」

 

 一人でに動き始めた木刀は荒れ狂うように所有者である百々を何度も打ちつける。

 

「こ、これは……針妙丸の……打ち出の小槌の副作用……!」

 

 以前、幻想郷にて針妙丸を騙し打ち出の小槌を使わせた時に同じ現象が起こった。

 

 突如、普段使っていた道具が、意思をもった付喪神へと昇華する現象────!

 

 ポルターガイストに似たものが勝手に動き出す現象。それが百々の木刀に起こったのだ。

 

 これはラッキー!

 

「自分の────ぐほっ!? ぼ、木刀がなぜ……!? ぐぉぉぉ、貴様の仕業か鬼人正邪ぁ……! あぐか!?」

 

「さ、さぁな……どうやら私の悪運もまだまだ尽きてないみたいだな……! 行くぞ舎弟!」

 

 ぶぉ────。

 

 謎の悪寒が目の前に迫る。

 

 

 ────これは死だ。

 

 

 反射的に身をかわすと、自分の頭があった場所に何者かの手が突き出される。

 

 

「……お、おしい……ボ、ボクの手で、も、もう一回、石像にできたと、お、思ったのに……」

 

「ちぃぃぃ!! またお前かよ……!」

 

 

『死神』次木(つぎき)。────たしか片手に触れられた対象を石にできる奴だ。

 

「ちょ、ちょうどいい……挟み撃ちにするであります『死神』の!」

 

 百々は付喪神と化した木刀を捕まえて叫ぶ。

 

 ────しかし次の瞬間、次木が飛びかかったのは百々の方だった。

 

「なっ!?」

 

 触れて石化させる手とは『反対』。

 もう片方の手を伸ばす次木。

 

『!?』

 

 避けた百々の代わりに掴まれた木刀は突如霧散。砂となって床に落ちる。

 

「き、きさま……どういうつもりでありますか!!」

 

「どういうつもりはこっちだよ! よくも……よくも……っ」

 

 逆ギレされて困惑する百々。

 

「よくも正邪ちゃんに傷を!!」

 

 次木は正邪の太ももや頬あたりに残った傷跡を指差す。

 

「? いや、敵だから傷つけて何が……」

 

「また石にしたときに傷が残るじゃないか!! それじゃあダメなんだ!!」

 

「……自分、耳がおかしくなったみたいでありますな。ちょっと何を言っているのでありますか、次木二年生……?」

 

 百々は理解もしたくないと言いたげに顔がひきつっている。

 

「なんでわからないんだ!! 美しく整っているツルツルとした石の肌を感じたいんだ!! 頬擦りしてスーッ、スーッて!!」

 

 次木は頬に手を当てる。まるで自分の欲望をシミュレートするかのように。すりすりと。

 

「傷が残ったまま石にしたら一部分だけ感触が違うだ────」

 

「────ああああ!! もうてめぇ喋んな気持ち悪りぃ!!」

 

 正邪はつい大声で次木のスピーチに割り込む。

 

「なぁ、あんた……なんでこんなのが仲間なんだ?」

 

「……自分もなんで寒井美紀がこんなのを頼りにしてるか理解に苦しむであります」

 

 自分も同じアルカナ持ち(ホルダー)として扱われるの嫌だなー、と顔をコウジから逸らす百々。

 

「次木二年生!! 何をボヤボヤっとしてるでありますか!! 鬼人正邪は治療して渡すから、とにかくやつの手足と口を封じて……!!」

 

「……わ……た」

 

「はぁ?」

 

「嫌……われた!! 正邪ちゃんにきら、嫌われたぁ!!」

 

 急に次木は泣き出してしまう。

 

「な、なんでありますかマジでこいつ……情緒不安定すぎるであります」

 

「あぁ……うわぁぁ……ぁ」

 

 次木はその場でうずくまって泣き出してしまう。

 

「正邪の姉御、今チャンスじゃないですかね? な、なんで後ろに下がるんですか」

 

「……いいか、コウジ。ああいうのはな……」

 

 正邪が続きを言おうとした矢先、

 

 

「────お前のせいだ、竹刀野郎!!」

 

「え」

 

 次木が百々の体に『右手』で触れる。

 正邪を石にしたのは左手。

 

 故に。

 

 ────ばさぁ……

 

 

 あっけない音を立てて、百々の身体が砂と化した。

 

「ああいう危ない奴とは距離を取るのが正解なんだよ、コウジ。何をしてくるかわかったもんじゃない」

 

「な、なるほど……」

 

「おかげでよーくわかった。百々のやつが生贄になってくれたおかげでな。あいつの能力は……」

 

 

 次木はニタニタと壊れた笑みを向けてくる。

 

 

「嫌われるくらいなら……一緒に石になろう。それか死のう。一緒に死のう。それでずっとずっと一緒だ……よね?」

 

 

『死神』のアルカナ持ち(ホルダー)次木要二(つぎき ようじ)

 

 能力名『死神(アーストゥアース(earth to earth))。

 

 右手で触れたものを砂に変える。

 左手で触れたものを石化する。

 

「────とにかく、ヤバい」

 

 焦りのあまり、正邪は語彙力を失っていた。

 





大アルカナ『死神』
正位置の意味:強制終了、中止、破局、終焉、停止


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