コードギアス R2 Blinded by love (ヒナトマト)
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プロローグ『届かなかった手紙』

彼が美しい緑色の髪を持つ女と学園を後にした時、盲目の少女からのお願いを受けた従者は彼の部屋のドアに一通の封筒を挟み込んだ。

 

『本日夜、礼拝堂にきてください。二人だけで、会って話したいことがあります』

 

学園に伝わるブルームーンの伝説を信じて盲目の少女が精一杯の勇気を出して綴った手紙。

綺麗に書けているかどうか、字を間違えていないかどうか、何度も何度も側にいるメイドに尋ねて書いた手紙。

彼は来てくれるのだろうか、兄は何て言うのだろうか、生徒会のみんなはどのようにからかってくるのだろうか、そんな事を考えながら書いた手紙。

 

そして、彼はなんて応えてくれるのだろうかと胸を高鳴らせながら封筒の封をした。

その封を破るべき彼はもう部屋にいないとは知らずに。

 

「未練はある。だから、未練はない」

 

彼が魔女に答えたその“未練”に盲目の少女のことがあったのかどうかは本人しか知らない。

しかし、彼が望んだのは少女の小さな願いとは相反する願いだった。

 

---忘れますように

 

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「咲世子さん、ライさんはいましたか?」

 

私は部屋に戻ってきた咲世子さんに尋ねた。

緊張で何度も字を間違えてしまい、やっとの想いで完成させた手紙を咲世子さんに渡し、彼に渡すように頼みました。

ライさんが手紙を受け取った時、どんな反応をしたのか気になります。

 

「いいえ、外出中でしたので、ドアに挟んでおきました」

 

咲世子さんは少し残念そうな声で答えてくれました。

それを聞いた私は少しだけ胸の高まりが治った気がします。

咲世子さんからの手紙なんて私しか出す人が思い当たらないでしょうから、少しだけ鈍いライさんならきっと夜を待たずに私を訪ねてきます。

そうなったら私はライさん触れられただけで倒れてしまうかもしれないから。

 

「ですが、ルルーシュ様にはお伝えしなくてよろしかったのでしょうか?」

 

「本来ならば先に相談すべきだとは思います。ですが、お兄様には後でキチンと私からお話しします。叶うならばライさんと一緒に……」

 

ブルームーンの夜。

その事をミレイさんから聞いたのは今朝でした。

ライさん宛てに手紙を書くので封筒と便箋を下さいとペンを片手にお願いした時、咲世子さんは私の両手を優しく包み込み「急いで用意いたします」とだけ答えてくれました。

今日しかないと私は思いました。

お兄様もきっと祝福してくれるはず。

最初に書いた手紙はひどく乱れていたでしょう、咲世子さんが一呼吸置いてから「もう一度書いてみましょう」と言っていましたので。

でも、それはきっと、急いでいた事が理由だけでなくて。

 

「少し時間があります。お茶にいたしましょう」

 

そう言って咲世子さんが淹れてくれたお茶はとても温かくて、私の心を少しだけ落ち着かせてくれました。

 

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「おやすみ」

 

彼の願いは神の島を中心に世界を覆った。

本来、彼のギアスはそこまでの力は持っていなかった。

だが、その願いは、緑の魔女と彼の眠りを見届けた少年を除いて、確かに叶った。

それは礼拝堂で彼を待つ盲目の少女も例外ではなかった。

 

「咲世子さん?」

 

盲目の少女はすぐそばにいるであろう従者の名を呼ぶ。

何故、自分が礼拝堂にいるのだろうか、その問いに答えてくれる事を期待して。

 

「ナナリー様、お部屋に戻りましょう。ここは少し冷えます」

 

問われた従者も何故自分がここにいるのかを分からず、主人を連れて部屋に戻るため、車椅子を押す。

日も落ち、薄暗い礼拝堂の近くには二人以外の人影は見えない。

 

「誰かを、待っていたのでしょうか?」

 

少女はまた問う。

誰か、忘れてはいけない人を忘れてしまった気がして。

 

「本日はブルームーンの夜です。ナナリー様が待ちわびるような人がいたのでしょうか?」

 

ブルームーンという単語を聞いた少女はにわかに頬を赤く染める。

そんな、自分にはまだ早いと言い聞かせるかのように身を小さくして悶える。

 

「私、まだ恋とかよくわかりません」

 

「いずれ、分かります」

 

従者は優しい声で答える。

クラブハウスの扉を開け、主人を自室へと案内する。

 

「あら?」

 

「どうしたのですか?」

 

従者の目に入ったのはゴミ箱に入ったなにか書きかけの便箋や机の端に置いてある白紙の便箋。

まるで直前まで誰かへ手紙を書いていたかの様子であった。

 

「いえ、なんでもありません。もう夜も遅いので就寝の準備をいたしましょう」

 

そう言った従者は静かに便箋を全て回収した。

 

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折り紙は楽しいです。

正方形の紙が色々な形に指先一つで変わっていくのは目に見えなくても楽しいです。

そんな私の指先に折ったことのない折り紙が触れました。

 

「これは……?」

 

何枚かの紙を使って折られたそれは花びらのようでした。

私はその形を確かめるように指を這わせました。

 

「…………」

 

丁寧に折られている事はすぐに分かりました。

でも、私にはその折り方は分かりません。

咲世子さんでしょうか?

 

その時、私は何故か涙が止まらなくなりました。

この折り紙がすごく大切なもののような気がして、でも大切なのに思い出せなくて。

 

「それは桜だ」

 

ふと声をかけられます。

私は涙をこらえて声の主の名を呼びます。

 

「C.C.さん?」

 

「その折り紙で作られている花の名だ。桜という」

 

不意に現れたC.C.さんは折り紙の名を教えてくれました。

 

「これはC.C.さんが折ったのでしょうか?」

 

私は尋ねます。

 

「……あぁ、私だ」

 

少しの沈黙の後、答えが返ってきました。

 

「だからそれは私の物だ。返してくれるか?」

 

「はい、わかり……」

 

私は返還を求められたそれ、桜をC.C.さんに渡そうとします。

でも、こらえたはずの涙がまた溢れてきて。

 

「あの、この折り紙、もう少しだけ預けていただけないでしょうか?」

 

喉の奥から涙に負けないように声を出す。

私は一度伸ばした手を戻し、桜を愛おしいもののように胸に抱えます。

 

「……その折り紙が未練か?」

 

「はい」

 

「そうか。それなら大切にしてくれ。その方が喜ぶ」

 

まるで他人事かのようにC.C.さんは言います。

 

「ふふ、言った通り未練があるのだな。面倒なやつだ」

 

「え?」

 

聞き返したはずの私のつぶやきはC.C.さんには届かなかった様子で、そのまま去って行きました。



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第一話『魔神と魔女が想う日』

「私はここに合衆国日本の建国を再び宣言する!」

 

仮面の王が高らかにそう宣言する。

飛燕四号作戦は卜部巧雪という小さくない犠牲を出したものの、緑の魔女と紅い少女の活躍よって成し遂げられ、中華連邦領事館の小さな一室に確かな影響力を持つ国が誕生した。

 

かつて日本という国があった。

八年前に神聖ブリタニア帝国によって“日本人”は新たに“イレブン”という名を与えられ、日本は神聖ブリタニア帝国の植民地“エリア11”となった。

そして、一年前の東京決戦、今では黒の騎士団によるテロ行為として歴史に名を刻むブラック・リベリオンを経て、エリア11は矯正エリアへと格下げをされた。

たった八年。

長い歴史で見れば一瞬の期間。

だが、エリア11に住む“日本人”には耐え難く、そして長い長い時間であった。

 

「人種も主義も宗教も問わない。国民たる資格はただ一つ……正義を行うことだ!」

 

七年の苦渋と、一年前のテロと、一年の矯正の期間と、一人の革命家の手を経て、仮初めながら“日本”という国を『取り戻した』。

しかし、仮面の奥の本当の彼が望んだものは、日本という国の復活なのだろうか。

 

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「私たちにではなくて、私に、だろ?」

 

C.C.にそう問われたカレンはほんの少し頬を赤く染め、押し黙る。

先程のゼロの演説はルルーシュ本人が行ったのではなく、C.C.がゼロを演じ、声は録音であった。

カレンは入れ替わりのことを一切聞いておらず、ルルーシュ、いやゼロの信頼が足りないのではないかと考えてしまう。

 

「じゃあ、本物のゼロ、というかルルーシュは今どこにいるのよ」

 

カレンはゼロの復活のアピール、そして合衆国日本の建国宣言という一大イベントを不在にしているルルーシュの所在を尋ねる。

 

「学園だ。奴には監視がついていたからな。一年前の東京決戦を引き起こした黒の騎士団の残党が起こしたテロの場に偶然にも居合わせた。今の奴はその程度の立場にいなければならない。じき、こちらに連絡を入れるだろう。そのぐらいの時間待ってやるのも女の甲斐性だろ?」

 

薄ら笑いを浮かべながらC.C.は答える。

 

「ふんっ!こちらじゃなくて、アンタに、でしょ!」

 

カレンはすこしイライラしながら言う。

そんな時、C.C.の携帯が鳴る。

 

「ほら、お待ちかねの電話だぞ?出るか?」

 

携帯をポケットから取り出し、着信画面をカレンに向ける。

そしてカレンが目を向けるとほぼ同時に携帯を投げ渡す。

 

「え?」

 

不意に渡された携帯をしっかり落とさずに取ると何気なく通話ボタンを押してしまう。

 

「わっ!押しちゃった!はい、カレ……」

 

「C.C.!ライはどこにいる?お前なら知っているだろう!」

 

「え?ライ?誰?」

 

カレンが電話を取り、自分がC.C.ではないことを伝えようとするよりも早く、ルルーシュの怒声がスピーカーから流れ出る。

そして、聞き覚えない人物の所在を尋ねられる。

 

「ちょっとルルーシュ!誰なのよ、ライって」

 

「お前が知らないはずがないだろう!お前にはギアスがかからないからな!」

 

ルルーシュは通話の相手がカレンであることに気づかずにまくし立てる。

カレンの知っているルルーシュ、いやゼロは常に冷静な男だった。

ここまで声を荒げるほど深刻なことが起きたのだろうか。

それとも、C.C.相手にはいつもこうなのだろうか。

カレンが知らない一面を知っているかのようなC.C.に少しだけ嫉妬心が芽生えるカレン。

 

「C.C.、アンタに用事みたいよ。前からだけど随分気に入られているみたいね」

 

渡されたときのようにC.C.のほうに携帯を投げる。

 

「よく男の嫉妬は醜いと言うが、女も醜いぞと思うぞ、私は。……男だったか?」

 

「うっさい!」

 

受け取った携帯に出る前にまるで当然のこと家のようにカレンをからかうC.C.。

カレンはそんなC.C.に一言浴びせ部屋を出ていった。

 

「さて、話すことは何もないぞ」

 

カレンが完全に出ていったのを見届けてからC.C.は携帯を耳に当て、相手の言葉を待つことなく拒否の意思を示した。

 

「やはりお前は覚えているんだな!どこにいる?」

 

「私か?言われたとおり中華連邦の領事館で待機しているが」

 

「わかっててやっているのか!」

 

「大声を出すな。そもそも何の話だ?」

 

「ライのことだ。ナナリーのことだけでなくライの事も生徒会のみんなは覚えていなかった。それだけではない。今の黒の騎士団のメンバーもだ。ブリタニアに捕らえられることのなかったメンバーが、だ」

 

ルルーシュは自分以外があの銀髪の彼を誰も覚えていないという現状と自分の記憶の齟齬から十中八九ギアスの力が関わっていると思っていた。

 

「誰のギアスだ?シャルルか?それともまた別のやつか!」

 

C.C.は小さく、しかしながら電話の向こうへと届くようにため息を吐く。

それは何かを諦めるためなのか、それとも覚悟を決めるためのものなのか。

 

「……アイツ自身の願いだ。静かに眠らせてやってほしい」

 

電話口の向こうでハッと息を呑むかのような音が聞こえる。

それはルルーシュですらあまり聞いたことのないC.C.の優しく、そして悲しげな声だった。

 

「断る言ったら?」

 

「これ以上は話す気はないぞ」

 

交渉を続けるつもりのルルーシュとこれ以上の問答を拒否するC.C.。

 

「アイツの最後の願いなんだ。例えルルーシュ、お前だとしても私は……」

 

「違うな、間違っているぞ!」

 

C.C.の声にかぶせるようにルルーシュが声をかぶせる。

 

「お前は言ったな、王の力は俺を孤独にすると。だがな、それは人ならざる王から臣が離れていくためだ。ただのルルーシュ・ランペルージが友に会いたいという願いにお前の、ギアスの事情を持ち込むな!」

 

かつてルルーシュに友と言える人は居なかった。

そこにスザクが、ミレイが、リヴァルが。

それと同じように銀髪の彼の周りにも確かな繋がりがあったはずだった。

 

「アイツが静かに眠るというのを邪魔しようという話じゃない。ただ、アイツに会いたいんだ」

 

電話を受け取った時の声とは打って変わった声。

そして、C.C.は気づく。

誰よりも彼の喪失に心を痛めていたことを。

誰も動かせるはずのないKMFを何はなくとも眺めていた自分を。

こんな結末しかなかったのだろうかと思ってしまった心を。

知っているからこそ、知らないはずの誰よりも彼に対する未練を。

 

「そうだな。未練はあったんだったな。お前にも私にも」

 

C.C.はルルーシュではない誰かに対して呟く。

そして、一呼吸おき告げる。

誰よりも優しかったギアス使いの王が眠る場所を。

 

「神根島だ」



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第二話『魔神と魔女と銀王と』

神根島。

式根島の近くにある小さな無人島。

 

「まさか俺の意思でまたここに来るとはな」

 

「苦い記憶か?枢木スザクに自分の正体がバレて、負けたことが」

 

C.C.がゼロに聞くがゼロは何も答えない。

仮面の下の素顔は今、どんな顔をしているのだろうか。

 

「だが、その格好はなんだ?お前は私に言っただろう。ルルーシュが友に会いに行くと。アイツはゼロの正体を知らないだろう」

 

ルルーシュの出で立ちはかつてエリア11に混乱をもたらし、そしてつい先程合衆国日本の建国を宣言したあのゼロの格好だった。

友に会いに行くにしてはいささか礼を逸する。

 

「あぁ、なるほど。ゼロの正体を明かし、黒の騎士団に引き込むつもりか」

 

C.C.は納得したかのような声を出す。

しかし、その顔は一切笑っておらず、先を急ぐゼロの背中を無表情で見つめている。

 

「軽蔑するよ、間違いだったか?私の選択は」

 

瞳を地面に落とし、ゼロとは対象的に足を止めてしまうC.C.。

軽蔑の対象はなにもゼロだけではない。

会いたいという気持ちと、銀髪の彼にもっと優しい終わり方があったのではないかという未練と、ルルーシュならという期待にすがって、彼の願いを破ろうとしているC.C.自身に対しても。

いつからだったのだろうか。

本来、銀髪の彼とC.C.は親しい仲ではなかった。

だが、王の力を持つ不安定な彼と学園で日常を、黒の騎士団で非日常を過ごすうちに、あまりにも優しすぎる彼に同情からくる特別な感情を抱き始めた。

そして、彼が最後に選んだ孤独を見送るしかできなかった判断を悔やんだ事もあった。

 

「C.C.。勘違いするな。これはアイツへの俺の配慮だ」

 

C.C.の足音が聞こえなくなったことに気づいたゼロが立ち止まり振り向く。

 

「ルルーシュ・ランペルージがアイツの前に出るには情報が足りなさすぎる。アイツの力、ギアスを知りC.C.がそばにいるゼロの方が都合がいいだけだ。それにお前のせいではない。シャルルのギアスを消す際に、アイツのギアスまで消えてしまったことは想定外の結果だ」

 

「ふん、それは私の落ち度だと言いたいのか」

 

C.C.の目はゼロを見ていない。

責任の一端が自分にあることは理解している。

だが、ゼロが仮面の奥で微笑む。

 

「いや、感謝している」

 

C.C.の目がゼロを捉える。

ゼロはそれだけを言うと友が眠る先へと歩を進める。

今のこの自分の選択は決して間違っていないと主張するかのように力強く。

歩みを止めるC.C.に対してその背中は前へ進む力を与えた。

 

「……会うだけだぞ」

 

「あぁ、会いたいな」

 

「私はそんな事は言っていない」

 

いつの間にかゼロの隣に並んだC.C.がムスっとした顔で答える。

そして、言葉も少なくなり歩く二人は目的の場所へとたどり着いた。

 

「ここにいるのか」

 

「あぁ」

 

かつてゼロが枢木スザクと対峙した場所から少しだけ奥に進んだ場所。

だけど、誰も見つからないような静かな場所。

彼が最後に選んだ場所はそんな場所だった。

ここでかつての友二人が争う様をどのような気持ちで彼は見ていたのだろうか。

銀髪はかつて見たときと同じように輝き、海のような青さを抱いていた目は固くまぶたによって閉じられている。

彼を包むアッシュフォード学園の制服は彼が大事にしてきたものを象徴しているようだった。

 

「起こすぞ?」

 

C.C.は一言そう言うと彼の体に手を伸ばす。

しかし、彼の体にC.C.の手が触れる前にゼロがそれを静止する。

 

「一つ聞くが、また眠らせることはできるのか?」

 

「それは……」

 

「俺は何も言わず消えた友に一言文句を言いに来ただけだ」

 

今更、とC.C.は思った。

ゼロは決心が鈍ったわけではない。

ただ、彼の願いを叶えられなかった自分にもう一度願いをかけ、眠りについてもらうための確認。

C.C.はゼロの方を振り向かずに告げる。

 

「無理だな。私が眠らせたわけではない。お前の望んだ結果だ」

 

「まるで他人事のように……」

 

ゼロはフッと鼻で笑う。

C.C.はその言葉を了承と受け取り彼の体に触れた。

 

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はじめは痛みだった。

だが、それはすぐに僕を包むような優しい手だと分かる。

手?一体誰の?

声が聞こえる気がする

 

「おやすみ」

 

僕にかけられた言葉。

なんだ、この状態でも夢は見るのか。

だけど、夢ならもっと幸せな夢でも見させてくれないだろうか。

 

「おやすみ」

 

繰り返し聞こえる言葉。

そんなに声をかけてもらわなくても寝れる。

一体、なにをそんなに気にしているんだ。

 

「おやす…」

 

「おや……」

 

「お………」

 

そうだ、未練はない。

静かに眠らせてくれ。

 

「おはよう」

 

次に見えた夢は色のついた世界の夢だった。

 

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「おはよう」

 

C.C.がそう声を掛ける。

銀髪の彼、ライはゆっくりを瞼を開く。

 

「おはよう」

 

かつて自分にかけられた言葉とは真逆の言葉。

それは目の前の魔女からかけられている言葉だと気づくまで間があった。

 

「おはよう」

 

何度目の呼びかけだろうか。

ライの肩を優しく掴み呼びかけるC.C.は開かれてはいるが何も見ていない彼の眼を真っ直ぐ見つめる。

ふっ、と彼の青い目が揺れる。

 

「気づいたか?」

 

「C.C.……?」

 

「すまない」

 

ライがC.C.の名を呼び、彼女は謝罪の言葉を口にする。

だが、彼はそんな彼女に優しく微笑む。

 

「いや、いい。事情はわからないけど、君が僕を起こした。それだけが分かればいい」

 

「昔のままだな」

 

ライが生来持っている気質通りの優しい言葉を聞き、C.C.も彼の微笑みに答えるように微笑む。

 

「ライ!」

 

ライがしっかりと受け答えができるとわかるとゼロは彼に近づき名を呼ぶ。

 

「ゼロ?」

 

「久しぶりだな。何も言わずに消えるとは感心しないな」

 

ライの視線がC.C.からゼロへと移る。

そして、自分の記憶と寸分違わない仮面の王の姿を捉える。

 

「言う必要もないと思ったから」

 

C.C.の時とは違い、警戒した声色になる。

二人は一年前、確かに戦友だった。

リーダーと戦闘隊長という立場の違いはあったものの、ゼロはライを信頼し、ライはそれに結果を持って応えた。

だが、戦友以上の関係ではなかった。

黒の騎士団にライが入団するきっかけはカレンの紹介だった。

当時の前評判は目視操縦で敵ナイトメア二機を翻弄する凄腕の男。

そんな彼をカレンが黒の騎士団に招き入れようとした。

しかし、彼は一度は断った。

銃を突きつけ拒否すれば、の選択肢のない選択を迫ったゼロ。

ライの腕前を見込んだカレンとギアスの力を知るC.C.の取り成しがなければ彼の命はそこで終わっていただろう。

今となって考えてみれば、ライは日本人を戦いに駆り立てるゼロの姿を昔の自分の姿と無意識に重ねていた。

その当時は気づいていなかったが、ライはゼロを同族嫌悪していたのだ。

そして、ライは本来戦いを好む性格ではなかった。

彼が黒の騎士団として活動しながらも、学園での生活を楽しんでいたのは彼自身がその生活をなによりも大事にしていたからだった。

そんな彼が自分を目覚めた時、目の前にゼロがいる。

ならば、ゼロの目的は一つしかないと考える。

 

「そうか。君もギアスを使うんだったね。効かなかったのはそのせいか?」

 

ライはふらふら立ち上がりゼロを見据える。

 

「違うな。俺もお前のギアスにかかっていた。一年もお前のことを忘れていたよ」

 

「一年……まさかギアスに有効期間が?」

 

C.C.のほうを見るライ。

彼女は申し訳無さそうな顔をして答える。

 

「いや、他の者達にはかかったままだ。ちょっとした手違いでな」

 

「ゼロ。僕になんの用事があるのかは知らない。ただ、何も言わずに去ったことは謝ろう、すまなかった」

 

ゼロに頭を下げるライ。

だが、しばらく頭を下げたあと、くるりとゼロに背を向けた。

 

「私の方こそ眠りを妨げてすまなか……」

 

「ただ、君の駒になるつもりはもうない」

 

ゼロからライへの謝罪の言葉を聞く前にライがはっきりとした拒絶の意思を表す。

ライはゼロが自分を再び黒の騎士団の入れようとしているのではないかと思っている。

 

「違う!私はただお前に!」

 

ゼロはライの言葉を否定する。

ルルーシュとして会う訳にはいかない、それならばとゼロの姿で臨んだ。

ライから投げかけられる言葉も予想していた。

それでも彼に会わずにはいられなかった。

たった一つ、彼の口から別れを言葉を引き出すために。

謝罪などではなく、ゼロの、ルルーシュ自身の気持ちの整理のために。

 

「あの時はよく分からなかったから使わなかった。だけど今回は違う。きれたのならかけ直せばいい」

 

「待て!ライ!」

 

C.C.がライに止めようとするが、彼の口は彼女の腕よりも早く動いた。

 

「ライが命ずる!ゼロは私に関わるな!」

 

ライの言葉が響き渡る。

ライのギアス。

それはルルーシュと同じ絶対遵守の力。

ただ一つ彼と違う点はライは聴覚に作用する。

ゼロに向けた背はライがとれる最も簡単な彼への対抗策。

 

「わかった」

 

ゼロはライに背を向ける。

 

「すまない、C.C.」

 

ライはC.C.に謝るが、C.C.から返事はない。

どうしてこんな結果にしかならないのだと思っていた。



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第三話『ルルーシュ・ランペルージとライ』

ライはゼロにギアスをかけた。

その願いは彼が眠りにつく前かけた優しい願いとは真逆のはっきりとした拒絶の命令だった。

 

「C.C.。今度は別の場所で会おう」

 

くるりと振り向いたライは言う。

その顔はC.C.が見たことのない彼の顔。

以前まで付き合っていた彼からは想像もできないほどの険しい顔だった。

 

「どこに行くというんだ」

 

「決めてない」

 

是か否かで揺れ動いたC.C.の心は現状を飲み込めないでいる。

達観し人を小馬鹿にするようないつもの態度はなりを潜めている。

あぁ、やはり強引にでも断ればよかった、彼が以前最後に頼ったのは私だ。

その私が彼の願いを理解しないからこんな結果に。

そんな後悔の念を覚える。

C.C.は遺跡の外へと向かう通路を既に歩みを進めているゼロのほうを見る。

ギアスのかかったゼロはこのまま何もなかったかのように元の世界に戻ろうとしていた。

 

「ルルーシュ!」

 

C.C.はその背に声をかける。

その声に反応したのかゼロは足を止める。

 

「無駄だよ。ギアスの力は絶対。それは君がよく知っているだろう」

 

なにかにすがるようなC.C.の声とは対象にライは冷ややかに言う。

 

「戦いはもう沢山だ」

 

ライはゼロから目を離し遠くを見るような目を細める。

 

「久しぶりに友達に会えてよかった。そうだな、アッシュフォード学園を少し覗いてみようかな」

 

ライが思い返すのは楽しかった学園での記憶。

記憶を失っていた自分を受け入れてくれた生徒会の事。

 

「黒の騎士団はお前にとって苦痛だったのか?」

 

C.C.が尋ねる。

 

「いや、感謝しているよ。自分を必要としてくれたことは素直に嬉しかった。だけどゼロには……」

 

ライは口ごもる。

C.C.はその沈黙こそがライからゼロへの信頼の程度だと思い、苦々しい顔でライを見た。

しかし、ライはなにか不思議なものでも見るかのようにゼロを見つめている。

 

「C.C.……今なんて?」

 

「何度も言わせるな。お前にとって黒の騎士団は……」

 

「そうじゃない!」

 

ライは大声を出す。

狭い部屋にその声がこだまする。

ライの視線はゼロから動くことはない。

そして、関わることのないゼロの口が開く。

 

「そうだな。予定外だが、俺は最初からこうしたかったのかもしれないな」

 

ゼロは自らの仮面に手をかける。

以前は友の手によってただ地面に落ちるしかなかったそれは、二度目は自分の意志で床に落ちた。

 

「改めて言おう。久しぶりだな、ライ」

 

ルルーシュ・ランペルージは一年ぶりに出会う友に微笑みながら言った。

 

「ルルーシュがゼロ……?」

 

かつての級友の姿は彼の知っている装いではなかったが、確かにその優しい微笑みは彼が最愛の妹に向けていたそれと酷似しており、ライの記憶と重なった。

 

「ルルーシュ、お前ギアスは……?」

 

C.C.は不思議そうに尋ねる。

ギアスが効かない人間はコードを持つ者のみ。

それはこの場ではC.C.しか該当しない。

ルルーシュはライの『関わるな』というギアスの影響下にいるにも関わらず、ライに親しげに話しかけることができる。

何故。

 

「そうか、そういうことか、ルルーシュ!」

 

理由がわからず戸惑うC.C.を尻目に、ライは笑う。

眠る前のライがこんなにも笑ったことはあったのだろうか。

ルルーシュもC.C.もそんな記憶はなく、ただライの姿を見つめていた。

ひとしきり笑ったライはルルーシュに近づくと右手を差し出した。

 

「久しぶり、ルルーシュ。会えて嬉しいよ」

 

「俺もだ。お前もそんな風に笑えるんだな。会長に笑顔は要練習と言われていたらしいが、練習の必要はなさそうだ」

 

ルルーシュもそれに応えて右手を差し出し、二人は固く握手をする。

一人だけ蚊帳の外に置かれたC.C.はそんな二人の間に割って入る。

 

「説明しろ!これでは訳がわからんぞ!」

 

「C.C.。少し黙っていろ。後で教えてやる」

 

「ごめんね、C.C.。仲間はずれにして」

 

「仲間はずれとはなんだ!」

 

「拗ねるなよ、C.C.」

 

かつてルルーシュやライの自室で交わされていた軽口を言い合う関係に戻った三人は、しばしの沈黙の後、笑いあった。

そして、笑い終えるとライは床に座り、二人にも座るよう促した。

 

「綺麗なところではないけれど、ゆっくりしてよ」

 

それはライが二人と話し合うということを決めた意思表示であり、二人はそれに従った。

C.C.は床に座ると開口一番にこの状況の原因を尋ねる。

 

「確認なんだが、ギアスは効いているんだな?」

 

「あぁ、もちろんだ。ギアスが効かないのはお前だけだろう?」

 

ルルーシュはC.C.の問いを肯定する。

 

「では、なぜお前はこうしてライと関わっている?ギアスの力は絶対だろう?」

 

「もちろん」

 

ライもC.C.の言葉を肯定する。

 

「私はお前らと禅問答をするために床に座ったわけではないのだが」

 

核心を一向に話そうとしない二人に対してC.C.はいらついたような声を出す。

 

「簡単な話だよ。僕が『ゼロに対して』関わるなって言ったからなんだよ」

 

「ゼロはルルーシュだろう」

 

ライが答えになってないような回答をするが、C.C.には理解ができない。

そこにルルーシュが割って入る。

 

「違うな、俺はルルーシュだ。ゼロはただの記号に過ぎない」

 

「そんな言葉遊びのような……」

 

「事実、そうなったんだから。僕にもよくわからないけれど……。そういえば、ルルーシュはいつも『私はゼロ』としか言っていなかったね。一度も自分の名前が、『私の名はゼロ』だとは言わなかった」

 

「ゼロは特定の個人を指し示すわけではないからな」

 

ルルーシュが得意げに言う。

 

「まぁ、事情は分かった。それにこの状況は私としても……不満はない」

 

「え?」

 

C.C.の最後の言葉が聞き取れなかったライは聞き返す。

しかし、C.C.はライの言葉を無視し、だんまりを決め込む。

 

「そういえば、ライには言っておかないとな。俺はお前を再び黒の騎士団に入れるつもりはない」

 

ルルーシュが思い出したかのように言う。

それを受け、ライは目覚めばかりの時のことを思い出し、バツが悪そうにする。

 

「気にするな。黒の騎士団のリーダーがかつての戦闘隊長に会いに来たんだ。勘違いするのも仕方がない」

 

「じゃあ、なんでゼロの格好で来たんだい?」

 

ライは仮面を見ながら問う。

だが問わなくても、仮面を必要とした理由は理解ができた。

その理由はとてもルルーシュらしく彼の難儀な生き方の象徴だろうと思ったが、だからこそ仮面を必要としてほしくなかったとライは思った。

だが、ルルーシュから返ってきた答えはライの考えとは全く異なるものだった。

 

「ちょっとした羞恥心ってやつさ。久しぶりに友に会うんだ。どこか気恥ずかしさを覚える気持ち。理解できないお前じゃないだろ?」

 

「キミってやつは……」

 

その心遣いをありがたく感じるライ。

 

「おい、気色悪いぞ」

 

「ふん、面の皮が厚い魔女には理解ができなかったか」

 

C.C.が茶化すが、ルルーシュはいつものように彼女に対しては口悪く返す。

ライは一年前と変わらない二人の関係を心地よさを覚えた。

 

「変わらないね、君たちは」

 

ライは言うが、ルルーシュは少し暗い顔をする。

 

「いや、そうでもない。この一年俺は死人同然だった」

 

そこからルルーシュが語り始めたこの一年はライにとって眠る前には想像できないことの連続だった。

行政特区日本とユフィの悲劇。

トウキョウ決戦、ナナリーの拉致、黒の騎士団の敗北。

キョウトの壊滅、シャルルのギアスによる記憶の改竄。

そして、一年の時を経て飛燕四号作戦によるゼロの復活、合衆国日本の建国。

 

「そうか……僕のギアスが解けた理由も理解した。そして、ルルーシュ。キミはまだ戦い続けているんだね」

 

ライは悲しそうな声を絞り出す。

だが、ルルーシュは誰かが立たなければならないのだと言った。

 

「お前の戦いはもう終わったんだ、ライ。だが、俺にはまだやらなくてはいけないことがある」

 

決意をにじませるルルーシュ。

その様子を見たライはルルーシュにあることを尋ねる。

 

「キミはなんのために戦うんだ。ゼロではなく、キミ自身の願いはなんだ」

 

漠然としすぎているライの質問。

だが、ルルーシュは一瞬の間もなく、そして力強く答える。

 

「ナナリーのためだ」

 

ライはその言葉に何故か満足感を覚えた。

話すことがなくなったのか、しばしの沈黙が訪れるが、それはルルーシュが立ち上がることで終わり告げた。

 

「そろそろ行くよ、ライ。普段はアッシュフォード学園にいるから訪ねてきてくれ。ミレイ会長たちもいる」

 

名残おしそうなルルーシュであったが、前回とは違い次に会う約束もしっかりと取り付ける。

 

「ミレイさんもいるのかい?」

 

「あぁ、単位がな……」

 

ライはあの人らしい気がすると苦笑した。

 

「ゼロはお前に関わることはできない。少し物騒な世の中だが、楽しんで生きてくれ」

 

ルルーシュは言い終わると仮面をかぶる。

そして、ライの方を見ることなく来た道を引き返していった。

 

「ありがとう、C.C.。楽しかったよ」

 

ライは残ったC.C.に感謝を述べる。

 

「報酬はピザでいいぞ」

 

C.C.もほほ笑みを浮かべて立ち上がり、ゼロと同じように道を引き返す。

しかし、何かを思い出したかのように立ち止まるとライに何かを投げ渡した。

 

「これは……月下の起動キー?」

 

「これは私とアイツのエゴだ。選択肢だけ与えておく」

 

それは一年前、黒の騎士団の双璧をなしたKMF、ライの半身とも言うことのできる月下先行試作型を動かすための鍵。

鍵は皇神楽耶がライをイメージしたという空の色をしていた。

 

「私は中華連邦領事館にいる。それと、カレンもな」

 

それだけ言うとC.C.は踵を返し、ゼロに後を追った。

ライはしばらく起動キーを見つめていた。

 

(ルルーシュ、キミは僕と……)

 

一年前は気づきはしなかったものの嫌悪感を抱いていたゼロの正体はルルーシュだった。

そして、今日はルルーシュの戦う意味を知った。

今はゼロに対してどこか親近感を持っているライ。

それは大昔の自分が力を望んだ理由と彼の願いがとても似ていたからだった。

ライは母と妹のために、ルルーシュはナナリーのために。

 

(似ている。けれど……)

 

ライは月下の起動キーをポケットにしまいこむ。

その顔はなにかの決意をした顔だった。

 

(同じ結末にはさせない)

 

ライは一年間過ごした神根島を出ることを決めた。



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第四話『ゼロ』

神根島を出たライはC.C.の待つ中華連邦領事館にも、ルルーシュの待つアッシュフォード学園にも足を運ばなかった。

彼がはじめに向かったのはショッピングモールにある家電量販店だった。

この世界に彼のことを知る人間はほとんどいない。

頼れる人間が少ない彼が彼らを訪ねずにここに来た理由はまずは彼個人で現状を理解するためだった。

神根島でルルーシュからライが眠ってからの出来事を聞いてはいたが、あくまでそれはルルーシュの立場から見た一年であり、ライは客観性に欠けていると思ったため、自分で情報を集めに来た。

家電量販店に設置されたデモ用のテレビは様々なテレビ曲の番組を垂れ流している。

そのうちの大半はテレビの映りを考えいるためかスポーツ番組などが映っていたが、数台はニュース番組が流れていた。

 

(当然だけど、ゼロの事か……。合衆国日本建国なんてものは大きなニュースだ。いや、日本建国よりもゼロの復活のほうか……)

 

ライはニュース番組を映しているテレビを眺める。

ブリタニアは当然の如く、ゼロをテロリストとして報道している。

だが、エリア11ではどうだろうか。

一年前にブリタニアへと真っ向から対立する姿勢を見せ、一時は行政特区日本という譲歩の道を引き出した黒の騎士団とゼロはいまや矯正エリアへと格下げされたエリア11にとってどのように捉えられているのだろう。

 

(わからないな……)

 

ライは一度失敗した革命家のゼロを冷静に分析する。

ライにはブリタニアとイレブンの血が流れているが、この地で生まれ育ったわけではないため日本の奪還というワードにそこまで感じ入るものはない。

だからこそ、今のゼロの立ち位置をライは予想できる。

 

(信頼は得られないだろうな)

 

今のゼロの立場はトウキョウ決戦に敗北し、一年間地下に潜伏していただけのテロリストだ。

コネクションを使い、自分だけ中華連邦に渡りをつけ逃げ延びた総帥。

いまだゼロを信奉するものは少なくないだろうが、それ以上に一年前の結果が後を引く。

 

(キミの口癖だったね、結果はすべてにおいて優先する……)

 

ライはルルーシュに心の内を慮る。

予定外のこともあったのだろう。

そもそもがブリタニア皇帝の前に連れ出されたのにも関わらず、今またゼロとして立ち上がったのだ。

そういう意味では今の結果は最良なのかもしれない。

だが、それは最善ではない。

 

(もう少し情報が必要だな、今の黒の騎士団の状況と中華連邦の動向。それから、確か現総督だったカラレスという男もゼロ復活の際に亡くなったはずだ。次のブリタニアの動きは……)

 

「番組の途中ですが、臨時ニュースをお伝えします。先程、前カラレス総督を死亡を受けて、総督代行の立場にあるギルフォード卿が一年前のテロ行為を引き起こした黒の騎士団のメンバーを処刑することを発表いたしました。」

 

ライは急に切り替わったアナウンサーの真面目な口調とその内容に耳を奪われる。

テレビはどうやら中継してあるらしいギルフォード総督代行の発表に画面へと移り変わる。

 

「聞こえるか!ゼロよ」

 

画面の向こうではコーネリアの専属騎士であるギルフォード卿が一年前に拘束した黒の騎士団の残党二百数名を処刑することを発表していた。

そして、ゼロへ正々堂々の勝負を望むという騎士道精神を語った挑発をしていた。

テレビにはライにとって懐かしい顔が映し出されていた。

黒の騎士団の軍事総責任者藤堂鏡志朗、四聖剣仙波、朝比奈、千葉。

副司令扇要、そしてほかにも玉城の姿などが見える。

 

(卜部さんは確かルルーシュの話では……。カレンは無事だという話で、ラクシャータさんとディートハルトは行方知らずか)

 

黒の騎士団の主要メンバーがほとんどゼロの元にいないことにライは不安を覚える。

そして、中華連邦に身を寄せたことにも合点がいく。

それしか方法がなかったということを。

 

(処刑か。ルルーシュにとっては阻止したいところだな。だがどうするつもりだ……?)

 

ライはこれ以上リアルタイムの情報を仕入れる必要はないと考え、家電量販店を後にする。

そこでライはかつての友の姿を見る。

大きなバイクの前にしゃがみ込み、なにやらいじくっている。

その姿は一心不乱で彼がバイク好きであることは誰から見ても明らかだった。

 

「リヴァル」

 

ライは不意に口に出していた。

青い髪の友はライのことを覚えてはいないため、きっと怪訝な顔をされるだろうと思った。

 

「え?誰か呼んだ?」

 

幸運なことにライはアッシュフォード学園の制服を着ていた。

そのため、リヴァルはライが想像したよりも警戒心を持たずに話しかけてきた。

 

「あれ?学園の子?ごめん、俺、キミのこと知らないんだよね……。それとももしかしてバイクとか興味あるの?」

 

バイクを弄る手を止めてこちらを振り返る話しかけてくるリヴァル。

ルルーシュやスザクとは違う、最も日常に近かったライの友人。

 

「いや、その、バイクの調子が悪いのかなって気になったんだ」

 

「あー、もう直るよ。これでよし!」

 

リヴァルはライの姿をひと目見た後、またバイクに向き合うと、なれた手付きで作業を終える。

 

「ところでなんか用事?」

 

「あー……」

 

眼の前のことを片付けたリヴァルはもう一つのことに対応するため、言葉を投げかけるがライは返答に困る。

用があったわけではない、ただ懐かしさのあまり声をかけてしまっただけだった。

 

「もしかしてやっぱりバイクに興味あるんだろ!乗ってみろよ!サイドカーだけど」

 

返答もままならない怪しげなライに対して、フランクに接するリヴァル。

リヴァルには警戒心というものがないのだろうか。

だが、ライはそんなリヴァルの様子をとてもありがたく思っていた。

 

「いいね、気持ちよさそうだ」

 

「よっしゃ、じゃあ学園まで戻る予定だけどそれでいいか?」

 

「構わない」

 

リヴァルはライに予備のヘルメットを投げ渡す。

ライはそれをかぶるとサイドカーへと乗り込んだ。

リヴァルはバイクのエンジンをかけ、走り出す。

 

「やっぱりいいね、バイクは」

 

「やっぱりって、乗ったことあるのか?」

 

「前に帰宅部の友達のバイクに乗せてもらったことがある」

 

風を切って走るバイク。

ライは以前もこうしてリヴァルの横に乗って走ったことを思い出していた。

二人は言葉数も少なく、ほどなくしてアッシュフォード学園へと到着する。

 

「ありがとう、リヴァル」

 

「いいって、いいって。また乗りたくなったら声かけてくれよな」

 

そう言ってリヴァルは校舎の中へと消えていった。

思わぬ出会いにライは感謝し、ルルーシュの部屋へと足を向けた。

ルルーシュの部屋にたどり着き、扉をノックしたが誰の反応もない。

二度、三度と繰り返すが、相変わらずだった。

 

「どちらさまですか」

 

不意に後ろから声をかけられる。

ライが振り向くと、そこには茶髪の小柄な少年が立っていた。

 

「ルルーシュに用事があってね。どこにいるか知っているかい?」

 

ライは努めて冷静に受け答えをしたが、頭の中では警鐘が鳴り響いていた。

危険だ。

この少年は危険だ。

この少年には見覚えがある。

かつて神根島でライを殺そうとした男……。

それがなぜかアッシュフォード学園に、ルルーシュの部屋の前にいる。

 

「さぁ?兄さんの居場所は知らないですね。生徒会だと思いますよ」

 

「そうか。ありがとう。それと良ければリヴァルも呼んでくれないかい?キミが暇だったらでいい」

 

ルルーシュのことを兄と呼ぶその少年を遠ざけるために、先程別れたリヴァルの名前を使う。

それは、ルルーシュだけでなくリヴァルとも知り合いであるというライのアピールだった。

 

「わかりました。でも、見つからなくても責めないでくださいね」

 

そういって少年は足早に去っていった。

ライは混乱する頭を抱えてその足で生徒会室へ向かった。

 

「やぁ、ルルーシュ」

 

「ライっ!?」

 

生徒会室を訪ねたライはルルーシュに声をかける。

ルルーシュは驚いた声を上げたが、自分の隣の椅子をすすめる。

明かりのついているTVからは先程見た拘束された騎士団の処刑について流れていた。

ライはTVを指差す。

 

「これについて話をしたいけど時間がない。キミの弟を名乗る謎の少年が来るかもしれない」

 

「ロロか。知っているのか?」

 

「昔、殺されかけたからね。ギアスの能力者だと思う」

 

「俺の監視役だ。ロロにも難儀している」

 

苦々しい顔をするルルーシュ。

 

「片方ならどうにかなるのかい?」

 

ライはルルーシュに問う。

 

「それはロロのほうをどうにかできるかと聞いているのか?」

 

「僕なりに色々調べさせてもらった。まだ、ゼロは日本人に奇跡を見せていない」

 

ゼロが、黒の騎士団が、合衆国日本が再び立つためにはかつてゼロが見せた奇跡を再び日本人に見せなければならないとライは考えた。

なにも持たない日本人が寄って立つ大きな木が必要だった。

 

「ライ、お前に手を貸してもらう必要はない。ロロをどうにかし、藤堂たちも助け出す」

 

「僕は手伝わない。だが、ゼロは立たなければならない。キミは言っただろう。ゼロは記号だと。予備の仮面とマントはあるだろう?」

 

ルルーシュの眉が動く。

 

「だが、お前は黒の騎士団には……」

 

「ちょっとした心情の変化だよ。答えは聞かない」

 

そういってライは立ち上がる。

 

「そうそう。リヴァルにお礼を言っておいてほしい。バイク楽しかったって」

 

「待て、ライ!」

 

ルルーシュの静止も聞かずにライは生徒会室を立ち去った。

リヴァルを連れたロロが生徒会室に顔を出したのはライが立ち去ってしばらくたった後だった。

 



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第五話『青き月下』

ゼロの仮面をかぶることを決意したライはルルーシュの部屋から仮面と服を借り出し、アッシュフォード学園を出た足で中華連邦領事館に向かう。

処刑は明日の朝。

その指揮をとるギルフォードという男は騎士道精神に溢れる男だ。

 

(勝てない相手ではない……)

 

ライは以前手を合わせたこともあるギルフォードのことを思い出す。

あの時は紙一重だったが、その時はなりふり構わず通信で揺さぶりをかけた故の結果だった。

そして、今回もその手が使える。

 

(難儀なものだな、騎士道とは)

 

考え事をしながらも早足で歩く。

ルルーシュならば絶対にとらないギルフォードとの正面からの決闘。

ギルフォードはその騎士道精神が故に人質を開放しなければならなくなる、そのように誘導する。

頭の中でいくつもの戦闘シミュレーションを行う。

もうすぐ領事館に辿りつく。

まだ完璧とは言えないが勝算はある。

だが、勝たなければならない、他でもないルルーシュのためにも。

 

(さて、着替えるか)

 

現場にそぐわないアッシュフォード学園からゼロの仮面と衣装を身につける。

まずはC.C.と接触すること。

そして、可能ならば中華連邦の責任者とコンタクトを取れればなお良い。

ライは初めて身につけた仮面の重さを感じる。

ルルーシュよりも身体能力に優れるライだったが、その仮面は想像よりもずっと重く感じた。

 

「大変です、ゼロ!中華連邦が突然!」

 

身につけた仮面からなにやら無線を通した声が聞こえる。

それと同時に中華連邦領事館の方角から爆発音が聞こえた。

 

--------------------------------------------------

 

「アオモリを思い出すわね」

 

「あれよりはマシだろう、全員服を着ているからな」

 

爆発音のした中華連邦総領事館の一部屋ではカレンとC.C.が銃器の手入れを行っていた。

 

「総領事にはゼロがギアスをかけたんでしょう?なのにどうして?」

 

「さぁな。ただここを取られると私達とルルーシュ、またバラバラに……」

 

状況の飲み込めていない二人であったが、ルルーシュを救い出し、やっと見つけた仮初の安住の地が危機に脅かされていることは理解していた。

そんな二人のもとに中華連邦の武官、黎星刻が訪れる。

 

「意外だな、一人で来るとは」

 

「中華連邦の総領事は合衆国日本を承認したはずだけど」

 

C.C.はその豪胆さに少なくない驚きを見せ、カレンは現状に対する疑問をぶつけた。

 

「その方は亡くなられる予定だ。それともここで黒の騎士団が潰える道を選ぶか」

 

だが、星刻は淡々と答え、黒の騎士団に選択を突きつけた。

 

「待て!いきなりそんな!」

 

カレンはあまりにも唐突すぎる物言いに持っていた銃を星刻に向ける。

だが、それを静止する声が上がる。

 

「よせ、カレン」

 

その声はカレンの対面に座るC.C.のものではなかった。

星刻の後ろのドアから現れた人物は仮面をかぶる男、黒の騎士団総帥、ゼロだった。

 

「星刻、総領事は黒の騎士団と戦って死んだことにすればいい」

 

「ゼロ!」

 

カレンが声をあげる。

 

「だが、こちらにも要求はある」

 

ゼロはいつものように高慢な態度で星刻へ語りかける。

 

「想定外だ。この場に現れるとはな」

 

星刻はゼロの姿を品定めするように眺める。

しばし眺めた後、ゼロから目を離した。

 

「話は後で聞こう。私には先に片付けることがある」

 

それだけ言うと、星刻は部屋を後にした。

 

「どうしてここに?」

 

カレンは星刻が出ていったことを見届けてからゼロに問いかける。

だが、ゼロはその問いに答えず、カレンに退出を促した。

 

「カレン、席を外してくれ。C.C.に話がある」

 

「なによ!私には話せないこと?」

 

「あぁ。大事な話だ」

 

カレンは不満そうな顔をする。

だが、ゼロはそれ以上何も言わない。

ただカレンが立ち去るのを待っている。

カレンはゼロが根負けをすることを期待したが、かつて正体を知らない時のゼロの時のような秘密主義ぶりを思い出し、しぶしぶ部屋を出ていった。

 

「珍しいな、カレンにも言えない話か」

 

C.C.がソファに座り、ゼロの態度に疑問を唱える。

 

「あぁ、仮面の下は見せられないからね」

 

そう言い、ライはゼロの仮面を重そうに外し、丁寧に机においた。

 

「お前……」

 

「月下の整備状況はどうなっている?」

 

ライは菱形の青い起動キーを仮面の横に並べておく。

 

「ゼロらしくはないな。決闘でもする気か?」

 

「ルルーシュが動けないんだ。僕は僕のやれることをやろう。それにキミのエゴだったんだろう?」

 

ライは机の上のキーを指差す。

 

「アイツと私の、だ」

 

C.C.は少しだけふてくされたように答える。

それが彼女なりの照れ隠しであることにライは気づかない。

 

「そうだ、前回会った時は気づかなかったけど、その黒の騎士団の制服、なかなか似合ってるじゃないか。僕にはどうもこのゼロの格好は似合っていない気がするんだけど、どうかな?」

 

ライはマントの裾を気恥ずかしそうにつまみ上げる。

 

「C.C.?」

 

ライはC.C.から返事がないことを不思議に思い、その名を呼ぶ。

当のC.C.は呆けたような顔をしていたが、ライに覗き込むように見つめられていることに気がつく。

 

「確かにゼロらしくはない。だが、悪くない」

 

C.C.は優しく微笑む。

 

「来い、月下の様子だろう?満足な整備は出来ないがな。どうした?早く仮面をかぶれ」

 

C.C.はライを急かし、仮面をかぶろうとする彼の片手を取る。

そして、彼の手を引いて月下を置いてあるガレージへと彼をエスコートした。

 

月下先行試作型。

青く塗られたそれは隣にある紅蓮弐式の相棒のような感覚を見る者に起こさせる。

第七世代相当のナイトメアフレーム、キョウトから提供されたかつてのライの半身。

性能は藤堂の指揮官機や四聖剣の搭乗する量産型と大きな違いはないが、その出力の傾向は非常にピーキーでありライの操縦技術を持っていなければ扱う事はできない。

外見の特徴は輻射波動の簡易型である、左腕部の甲壱型腕が目を引く、はずだった。

 

「C.C.、左腕は?」

 

ライは他の月下と同じような左腕部になっている自分の月下を指差す。

 

「あるだろう、そこに」

 

C.C.はライの指をとり、紅蓮弐式の右腕へと向ける。

 

「動かせないものを遊ばせておくほど余裕はなかったのでな」

 

ライはそれだけ聞くと、青い月下へと乗り込む。

約一年ぶりではあったが、彼はスムーズに機体の状態を確認していく。

 

「問題はない。ありがとう、大事にしてくれて」

 

「勝ってから言え」

 

だがそう言うC.C.の顔は微塵も不安そうな様子は見られなかった。

ライの指を取るC.C.の手に少しだけ力が入った気がした。

 

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処刑の朝。

その日は処刑場を取り囲むイレブンのどんよりとした空気とは対称にとても晴れ渡る青空が広がっていった。

処刑場にはかつての黒の騎士団の幹部を含む200名余りと、総督代行の"帝国の先槍"ギルバート・G・P・ギルフォード、そのギルフォードの補佐につくグラストンナイツ他多数のブリアニア軍がいた。

だが、その青空に似たナイトメアはいまだ姿を見せていなかった。

 

「さぁ、いよいよ刑の執行時間です。黒の騎士団の残党に正義の裁きが下されます」

 

会場に設置されたカメラを通してTV中継もされているようで、その様子がレポーターによって解説されている。

周りを取り囲むことしか出来ないイレブンの集団からは時折悲鳴などが聞こえてくる。

そんなイレブンに向かってギルフォードは高らかに喋りだした。

 

「イレブンたちよ!お前たちが信じたゼロは現れなかった。全てはまやかし。奴は私が求める正々堂々の勝負から逃げたのだ!」

 

ゼロが現れない。

その現実を目の当たりにしたイレブンからは深い溜息とすすり泣くような声がし始める。

 

「構え!」

 

そんな集団を意に介さず、ギルフォードはサザーランド隊に向けて指示を出す。

サザーランドは拘束されている黒の騎士団員たちに銃口を向け、次の指示を待つ。

次にギルフォードが口を開いた時、その瞬間こそが黒の騎士団の、日本の終焉になると誰もが思ったその時、処刑場に声が響き渡る。

その声は終焉を告げる声ではなく、この場の誰もが、ギルフォードまでもが待ち望んだ声だった。

 

「違うな、間違っているぞ、ギルフォード」

 

「なるほど、後ろに回ったか!ゼロ!」

 

ギルフォードはその声にすばやく反応し、グロースターを旋回させた。

集まったイレブンの集団の後ろ、青いナイトメア、月下とともにゼロは姿を現した。

 

「ギルフォードよ、貴公が処刑しようとしているのはテロリストではない。我が合衆国軍黒の騎士団の兵士だ」

 

「国際法に則り、捕虜として認めろと?」

 

青い月下は割れたイレブンの群衆の間をゆっくりと進む。

待ち望んだゼロは来た、だが逆に何故来たのかという表情のイレブンもゼロの目に入る。

希望と絶望が交錯したなにかに怯える表情。

 

「ゼロが来た?なぜ?」

 

「本物のゼロなのか?」

 

「決まってんだろ!助けに来たんだ!」

 

処刑台の上の黒の騎士団員は口々にその思いを吐き出す。

そして、彼らにとってなにより不思議だったのはその青いナイトメアだった。

動かせる者が居ないはずのナイトメア。

トウキョウ決戦の時でさえただの置物でしかなかった機体。

ゼロの愛人、と噂されるC.C.の意見により解体されることはなかったが、戦術的にも戦略的にも、なんの足しにもならなかった機体が今になって何故という疑問が浮かぶ。

 

「あれがゼロの隠し玉なんだよ!あれで俺たちを救ってくれるんだよ!」

 

玉城だけがなんの疑いもなくゼロのことを信じているが、藤堂はまっすぐその機体を見つめるだけで一言も喋らず、四聖剣の千葉、朝比奈に至ってはゼロに対して憎しみを込めた目線を向けている。

 

「お久しぶりです、ギルフォード卿。出てきて昔話でもいかかがですか?」

 

「せっかくのお誘いだが、遠慮しておこう。過去の因縁にはナイトメアでお応えしたいが」

 

そんな処刑台での思惑を何も知らないゼロはただ目の前の相手、ギルフォードに語りかけるが、ギルフォードは相手にしない。

この場でゼロを拘束する、いや倒すことしか目的にない。

 

「キミらしいな。ではルールを決めよう。決闘のルールだ」

 

ギルフォードが問答に付き合わないと分かるとゼロは月下に乗り込む。

周りから視認されることがなくなったゼロはその仮面を外し、仮面の下の銀髪をあらわにした。

ライは操縦桿を握る。

緊張からか手のひらから滲み出た汗が操縦桿を伝う。

 

「決着は一対一でつけるべきだ」

 

「いいだろう、他の者に手は出させない」

 

「手に取る武器は一つのみ」

 

ライはそういうとハンドガンとチャフスモークをパージし、廻転刃刀を構える。

対するギルフォードもMVSなどの武装をパージし、手に持つ大型ランスを構えた。

 

「私が勝った場合、捕虜となっている合衆国日本軍は解放させてもらう」

 

ライは自身の要求を突きつける。

 

「いいだろう。では私が勝った場合」

 

ギルフォードはライの要求を飲む姿勢を見せる。

彼はその騎士道精神ゆえに要求を飲まざるおえない。

 

「私の身柄の確保と合衆国日本の解散を約束しよう」

 

そして、ギルフォードの要求もライによって口にされる。

ギルフォードからの返答はない。

 

「飲んでいただけるようだな。では!」

 

「我が正義は姫様のもとに!」

 

グロースターが地を駆ける。

手に持つ大型のランスを月下に向けて突き出す。

格闘戦を得意とするグロースターにとって相性の良い武器であり、その威力は並のKMFを軽々と貫く威力を持つ。

だが、それは当たればの話であった。

青い月下は大きくは動かない。

決闘を見守る者にとってはいつ当たってもおかしくない位置にグロースターのランスは突き出されているように見える。

それはギルフォードが一方的に攻め立てているように見えたが、グロースターのものではないランドスピナーが地を擦る甲高い音が絶えず響いていることから、月下が常に紙一重で交わしていることを物語っている。

 

「ちょこまかと!」

 

ギルフォードが吠えるが、月下は努めて冷静に彼のランスを交わしていく。

だが、ランスの外周部の四枚のブレードは開かれておらず、月下も相手の懐に飛び込む機会を伺うだけである。

 

「見事だ。格が違う」

 

領事館から決闘を見下ろしている星刻は呟く。

第七世代のKMFである月下と第六世代のグロースター。

同じ世代のサザーランドよりも運動性などが向上しているものの紅蓮弐式の量産型としての位置づけにあたる月下とは大きな性能の差がある。

だが、その性能差以上の実力差があることは自身が優れた操縦者でもある星刻には感じ取ることが出来た。

 

「星刻様、ゼロのお話の件は……」

 

星刻の側に控える副官は余裕のある星刻とは裏腹に心配そうに見つめている。

 

「全てはゼロが勝つことが前提だ。そうでなければ……」

 

星刻は目を細める。

圧倒的な機動力を誇りグロースターとの戦いを続ける月下。

星刻、藤堂などはその様子をある意味、安心して見ていたが、操縦席にいるライは焦っていた。

 

(調整不足か!)

 

エナジー残量に問題はない。

廻転刃刀と備え付けである飛燕爪牙以外の武装はパージしたため、残弾を気にする武装などもない。

では、なにが彼を焦らせているのだろうか。

彼が昔操っていた月下と今の月下の違い、左腕部の甲壱型腕を他の月下と同じ物に取り替えたがために発生した不具合。

彼が慣れ親しんだ通りに機械のように正確に操縦桿を操ると、本来なら存在するはずのアンバランスな左腕部を庇うための動きが出てしまう。

その動きは右側の高機走駆動輪に大きな負担がかかり、チューンされた非常にピーキーな出力制御もそれの加速に輪をかける。

一年も放置された月下は簡易的なチェックならばC.C.の拙い整備によって問題なしと判断されるが、実際に機体を動かしてみるといくつもの不具合が見つかった。

だが、今のライにはどうしようもない。

操縦桿を通して時折軋むような手応えを感じる。

 

「僕は!勝たなければならない!」

 

とっさにグロースターへのオープンチャンネルを開く。

ギルフォードにも今の実力さは理解できているはずであり、ライが優位なうちに仕掛けなければならない。

 

「ギールフォード卿。無様ですな。これであのコーネリアの騎士が務まったのかな?いや、コーネリアもその程度だったということか」

 

明らかな挑発。

だが、その内容はギルフォードに確かに届く。

彼の騎士道は敬愛する主君を侮辱される事に容赦はない。

 

「姫様を侮辱するか!」

 

ギルフォードはランスの外周部のブレードを展開する。

その様子はまさにこれから目の前の敵を一撃で葬らんとする騎士の姿そのものだった。

ライは間髪入れず操縦桿を右に限界まで倒す。

嫌な手応えが操縦桿に伝わる。

 

(すまない、月下)

 

右側の高機走駆動輪を破損し、完全にバランスを崩す月下。

その機をギルフォードが逃がすはずはなかった。

 

「もらった!」

 

一瞬で間合いを詰めランスを突き出すグロースター。

ブレードを展開し刺突面積を増やしたランスから逃げる手段はない。

 

「ゼロォォォォォォォォ!」

 

玉城が声を上げる。

玉城だけではない、声はあげないがその場にいるイレブン全員が月下の様子を見て諦めの表情を浮かべる。

だが、月下に似合うのは灰色の地べたではなかった。

誰もが息を飲んだ。

青き月下は晴れ渡る青空に同化した。

 

「終わりだ、ギルフォード!」

 

ランスを交わすように弧を描く月下。

跳躍の衝撃で高機走駆動輪の車輪が弾け飛び、着地の衝撃で左脚にも負荷がかかる。

月下は役に立たない右脚ではなく、まだ動く左脚でグロースターの背後で独楽のように回転する。

ただ、その独楽は玩具ではない。

彼が選んだ武器がついていた、廻転刃刀が。

コクピットを避けるように刃がグロースターの機体を通過した。



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第六話『黒の騎士団』

グロースターの上半身が支えを失い、地面に落ちる。

青い月下は廻転刃刀をグロースターのコクピットに突きつける。

 

「私の勝ちということでよろしいな」

 

ゼロはそう告げると、飛燕爪牙を射出し、黒の騎士団員が拘束されている車に近づく。

 

「ゼロ!信じてたぜ!」

 

玉城が一際大きな声を上げる。

その目には涙が浮かんでいる。

ライはゼロの仮面をかぶり、コクピットの外に出る。

そしてまずは藤堂と扇の拘束を解いた。

 

「ゼロ、君は……」

 

今まで沈黙を貫いていた藤堂はゼロに向かって何かを問いかけようとする。

だが、その問いはけたたましい音によってかき消される。

 

「ゼロ!父上、アンドレアス・ダールトンの敵!」

 

一機のグロースターがランスを構え、突撃してくる。

 

「よせ!バート!」

 

ギルバードの静止の声が響くが、グロースターは止まらない。

だが、ゼロは月下に乗り込む様子も見せなかった。

 

「ゼロ!早く月下に!」

 

藤堂はゼロを促す。

だが、その二人とグロースターの間に真っ赤な機体が割り込む。

ライの青い月下と対をなすような紅蓮。

あらかじめC.C.に伝えていた突入タイミングと寸分変わらないことにライは内心感心するとともに、カレンの腕が鈍っていないことに少しだけ複雑な気持ちを抱いた。

 

「もう勝負は終わった!」

 

カレンが吠え、グロースターのランスを甲壱型腕で弾き返し、そのままグロースターの頭部を掴む。

 

「それでもまだやるっていうなら!」

 

「よせ、カレン」

 

紅蓮はそのまま輻射波動をグロースターに叩き込もうとしたが、ゼロによって静止される。

 

「お前も言っただろう、勝負は決したのだ。戦死者を出せば止まらなくなる」

 

ふと違和感を覚えるカレン。

以前のゼロはならばこうなることも予想した上でさらなる一手を用意していたはずだった。

だが、ゼロの命令には違いなくカレンはグロースターを投げ飛ばすに留める。

 

「そこまでだ、ブリタニアよ」

 

不意に星刻の声が響く。

 

「二人が望んだ決闘の決着はついた。これ以上の戦闘行為は不要だ」

 

「中華連邦が口を挟むか!テロリストだぞ、相手は!」

 

投げ飛ばされたグロースターのパイロット、バートが吠える。

だが、星刻は意に介さずに続ける。

 

「エリア11総督代行と合衆国日本の総帥が取り決めたことに異を唱えるか」

 

「合衆国日本などという国がどこにある!」

 

そこにゼロが口を挟む。

 

「ギルフォード卿と私の会話を聞いていなかったのかな。取り交わした約束は拘束された合衆国日本軍黒の騎士団員の扱いについて。誰もそのことに反論しなかっただろう。肯定したのだよ、君たちは」

 

「詭弁を!」

 

「よい、バート。撤退しろ。これ以上は我がブリタニアの威信に関わる」

 

ギルフォードまでもがゼロを肯定する。

 

「威信……、わかりました……」

 

バートは言いかけた言葉を飲み込んだ。

ここで黒の騎士団を解放すればそれこそ威信なんてなくなるのは明白だった。

だが、バートはどうしてもギルフォードの騎士道を踏みにじることは出来なかった。

 

「感謝する、ギルフォード卿」

 

「少しだけだがゼロという人物への評価を変えさせてもらう」

 

今まで人の生死を二の次にした作戦を取り続けていたゼロが、今回の件については誰の血を流すことなく結末を迎えさせた事に対してギルフォードはなにか感じるものがあった。

それは直接的にはゼロが自分と、そしてバートの命を救ったことに対する感謝でもある。

 

「だが、次は容赦せん」

 

コクピットをバートのグロースターに抱えられギルフォード他、ブリタニア軍をその場を後にした。

 

--------------------------------------------------

 

ライは中華連邦の領事館に戻ってきた。

 

「よくやってくれたな、ライ」

 

そして、そこにはルルーシュが待っていた。

 

「すまないな、君好みの展開にはできなくて」

 

ライはルルーシュならばもっと効率よくことを運んだろうと考え謝る。

彼なら捕虜の解放と敵戦力を削ぐことを同時にやってのけただろう。

だが、ライは人の死を嫌った。

ギルフォードの騎士道に賭け、カレンの腕に頼り、星刻の政治に任せた。

特に星刻には大きな貸しを作ってしまった。

 

「そうだな、今までのゼロらしくはない。が、正義は為した」

 

ルルーシュはライに右手を差し出す。

ライはその右手を強く握る。

その力強さは方法は違っていても為すべきことを為せたという実感をライに与えた。

 

「キミの方は?ギアスをかけたのかい?」

 

ライがルルーシュに尋ねる。

それは、ルルーシュが直面していたもう一つの問題、彼の弟だと名乗る少年ロロの事だ。

 

「いや、当面はギアスの必要はない。100%とは言えないが、現状は奴に欠けている部分を補うように兄を演じれば問題はない」

 

ルルーシュはロロの籠絡が順調だということを伝える。

この場にルルーシュがいる事自体がその結果を如実に表していた。

 

「後で詳しく聞かせて欲しい。なにか手伝えるかもしれない」

 

ライがルルーシュにそう言った時、扉の外からC.C.の声が聞こえた。

 

「待て!カレン!」

 

その声はカレンを静止する声であり、どこか焦っているようだった。

ルルーシュとライは自体を把握し、ライはルルーシュにどこかに隠れる必要があるかどうかを聞いたが、ルルーシュはそれを静止した。

間もなくカレンがC.C.と一緒に部屋に入ってくる。

 

「ゼロ!って、え?ルルーシュとゼロ?」

 

ルルーシュとゼロが同時に存在するこの状況にカレンは素っ頓狂な声を上げる。

 

「ルルーシュ、カレンはゼロの正体を」

 

「あぁ、知っている」

 

ルルーシュがライの言葉を肯定したのを受けて、ライは仮面を外した。

 

「え?……えーーーー!」

 

「大声を出すな、カレン。彼は俺の個人的な協力者だ」

 

「でも、そんな、ブリタニア人なんて……」

 

カレンはライの様子を見て戸惑いの声を上げる。

だが、ルルーシュはそんなカレンの様子を無視して続ける。

 

「彼には独自に行動してもらう。ゼロの命令にも従う必要もないそんな協力者だ」

 

戸惑いを浮かべていたカレンはルルーシュの言葉を受けてライに対して、どこか憎しみのこもった目を向ける。

それは、正体も不明なこのブリタニア人を側に置くことに対する警戒と、そしてそこまでルルーシュに信頼されているライに対しての嫉妬が入り混じってい感情だった。

 

「私の個人的な護衛でもしてみるか?」

 

C.C.が不敵な笑みを浮かべながら会話に参加してくる。

 

「そうだな、C.C.預かりでいいだろう。ライも好きにしてくれ」

 

そして、ルルーシュがC.C.の言葉を肯定したことによりカレンの怒りが爆発する。

この場でなにも知らないのはカレンのみだという事実に対して、憤慨するカレン。

 

「納得いかないわ!こんな正体もわからない人を側に置くなんて!」

 

ライはそんなカレンの様子を少し寂しそうに見つめた。

かつては黒の騎士団としてともに背中を預けたこともあり、プライベートでは記憶探しを手伝ってくれた日本人の少女に対してここまで敵意を向けられている事に対して寂しさを覚えないはずがなかった。

だが、そんなカレンの様子に誰よりも怒りをあらわにしたのはルルーシュだった。

 

「カレン、お前がコイツのなにを知っていると言うんだ……なにも知らないだろう!何も知らないお前が口を挟むな!コイツは俺やお前のために……」

 

「「ルルーシュ!」」

 

怒りに任せてうっかりなにかを喋りそうになったルルーシュをライとC.C.が止める。

 

「ごめん、ルルーシュ……」

 

そんなルルーシュの態度に押され、謝罪を口にするカレン。

 

「秘め事の一つや二つ持っていても構わんだろう」

 

ルルーシュも落ち着きを取り戻すが、これ以上はなにも言わないという態度を表す。

 

「では、そろそろ行くか。藤堂たちが待っているぞ」

 

C.C.がルルーシュを促す。

 

「そうそう、カレン。お前はライのことをブリタニア人と言ったな。違うぞ、お前と一緒だ……おい、ライ。早く脱げ。お前は私の個人的な護衛だろう?」

 

ルルーシュはすでに仮面をかぶり、ゼロの格好をしている。

ライもゼロの服を脱ぎ、アッシュフォード学園の服を着ようとした。

 

「……後で行く」

 

「ん?」

 

「カレン、C.C.。早く出ていってくれ。着替えられない」

 

ライはそう言って二人を追い出した。

 

--------------------------------------------------

 

「ブリタニアに勝つためだ」

 

ゼロが千葉や朝比奈などから口々にトウキョウ決戦の際の裏切りを責められたとき、ただ一言こう告げた。

玉城がさらなる言葉を促すが、ゼロはそれ以上言葉を続けなかった。

 

「これは僕が出ていく場面じゃないな」

 

C.C.と共に扉の影に隠れているライは今の様子をみてつぶやく。

秘密主義が過ぎるゼロに対する不満が溜まっている現状に“ゼロですら関与しない得体のしれないブリタニア人”が現れたとなったらどうなるか、そうなったときの惨状は想像するに難くない。

 

「黒の騎士団に戻るのは無理かな。いっそ本当に私の護衛でもやるか?」

 

C.C.がライにいたずらを仕掛けるような笑みを浮かべる。

C.C.としてはライが傍に侍ることはまんざらでもない、そんな様子だった。

 

「ゼロ、ブリタニアに勝つためなのだな?」

 

藤堂はゼロに尋ねる。

ゼロはそんな藤堂の言葉を肯定した。

 

「作戦内容は時に伏せねばならぬ時もある!私は彼以上の才覚を知らない」

 

藤堂はゼロを認める。

それは過去の遺恨を水に流すと言った簡単なものではなく、日本を奪還するという彼の願いを体現するものがゼロしかいないという期待の表れでもあった。

そして、そんな藤堂に福祉例である扇も追従する。

軍事総責任者である藤堂鏡志郎と副指令である扇要が再びゼロをリーダーとして認めたことでようやく黒の騎士団としての再スタートを切ることができた。

ただし、相変わらずの秘密主義ぶりは千葉と朝比奈をはじめとする幾人かの団員の不信感を取り除くばかりか、より深めてしまう結果となってしまったが。

 

「ところで、ゼロ。あの男は?」

 

ゼロと黒の騎士団の復活を祝い、一人ゼロコールをする玉城を遮り、カレンが口を開く。

カレンの言うあの男というのは他でもない先ほどまでゼロを演じていたライのことである。

カレンにも場の空気感というものはわかった。

不安定な再スタートを切ったゼロに対して、このタイミングで質問をぶつければ、これ以上立場が悪くなるような返答はしない踏んでのことだった。

だが、ゼロの返答はカレンにとって予想外なものだった。

 

「何のことだ?C.C.にでも聞けばいいだろう」

 

そう言ってゼロは領事館の奥へと消えて行ってしまった。

“ゼロは私に関わるな”、ライがかけたギアスは間違いなくゼロに効いている。

 

「なんとまぁ間の悪いことだ。収拾がつかんぞ」

 

C.C.はゼロが横を通り過ぎた時に呟く。

だが、ゼロはそんなC.C.を意に介さない、いや隣にライがいるからだろうか。

当の本人であるライは周りが黒の騎士団の制服を身にまとっている中、自分がアッシュフォード学園の制服であることに場違い感を抱いていた。

 

「さらっと黒の騎士団の制服を着て紛れ込むのが良かった。これじゃまるで晒し上げだ」

 

元々王であったこともあるライは大勢の前に出ることに対して抵抗はない。

無関心を貫くゼロ、面白がりつつも事の大きさを把握しているC.C.、別のことに関心がいってしまっているライ、不審な男の正体を見極めたいカレン、そして事態すら呑み込めないその他大勢。

殊更質が悪い悪いのはライが事の大きさを把握していないことだった。

 

「お前……大物になるぞ。だが、それがいい」

 

C.C.はライに対して呆れた表情で言い、彼の腕を掴みゼロと入れ替わるように団員が待つ場へと姿を現した。

何も知らない団員たちはC.C.の隣にいる学生服の少年を訝しむように眺めた。

さて、何を言おうかと考えるC.C.を尻目に先にライが口を開く。

 

「あー、どうも。はじめまして。ライです」

 

気の抜けた言葉が溢れる。

団員の間にざわめきが広がる。

ゼロの代わりに出てきたブリタニアの学生は一体何を言っているのだ、と。

ここは合衆国日本の領土であり、いるのは黒の騎士団のメンバー。

 

「テメェ、誰だよ!」

 

玉城が口を開く。

いや、玉城だけではない。

他の団員達も口々にライに対して喚き立てる。

中にはライに対して侮蔑の言葉を投げる団員もいるようだった。

 

「静まれぃ!」

 

が、藤堂の一喝により静寂が訪れる。

 

「黒の騎士団軍事総責任者として質問させてもらう。君はあの月下の操縦者に相違はないな?」

 

藤堂はちらりと青い月下に目を配る。

以前見たゼロのものとはまったく異なるギルフォード戦での操縦から、青い月下に搭乗しているのは以前までのゼロではないと確信していた。

カレンから逝ったことを聞くまではゼロを演じているのは卜部だと思っていたが、すでにその剣は折れてしまっていた。

そして、このタイミングでの登場。

藤堂が気づくのは自明の理であった。

 

「気づいたか、藤堂。お前の言うとおりだ」

 

答えたのは本人ではなくC.C.だった。

C.C.が肯定したことにより、ゼロの知り合いなのではという空気が広がっていく。

ゼロが用意した隠し玉……図らずも処刑場で玉城が叫んだ内容が真実味を帯びていく。

 

「君はゼロが連れてきた、新たな腹心ということでいいのか?」

 

藤堂が問う。

C.C.ではなくライ本人にまっすぐとした瞳を向けてくる。

その目はライの真贋を見極めようとしていた。

だが、ライは藤堂の言葉を否定した。

 

「違う。僕はゼロの腹心ではない……ただの協力者だ」

 

「ただの協力者がゼロのフリをしあの場に現れ、そしてまたこの場にその身を晒したというのか」

 

「そいつの言葉は真実だ。ゼロとはそいつの行動を一切制限しない。例え今その足でブリタニアの政庁に向かおうとしてもな」

 

異様とも言えるゼロのライへの待遇に対して、藤堂によって一度は収まったざわめきが再び広がっていく。

零番隊の隊長であるカレン、軍事総責任者の藤堂、副司令の扇、その他誰だとしてもそのような待遇を受けたことはない。

 

「特別扱いの新人ということか!」

 

団員から避難めいた声があがる。

だが、その声を他ならないライ自身が遮る。

 

「結果はだしたつもりだ。それともあの働きでは不服か?」

 

ギルフォード相手に勝利を収め、団員全員を解放した手腕。

それは誰が見ても十分すぎる結果だった。

 

「でもよぉ……」

 

ライの言葉を受けて黙り込む団員が多い中で、玉城が未だに不服そうな言葉を口にする。

 

「藤堂さん、僕をどう使う?」

 

「私の指揮下に入るのか?」

 

「卜部の死は私にも一端の責任がある。代わり、などという言葉は失礼だろうが不足はないだろう」

 

ゼロの指揮下ではないのも関わらず、藤堂の指揮下には入るという異質なライの申し出に対し、藤堂は驚きの表情を見せた。

C.C.はライが立ち回りやすいように死者を引き合いに出す。

藤堂はライを一瞥すると彼の肩に手を置き横に立つ。

そして、団員に向けて言葉を発する。

 

「私はこの者を黒の騎士団に迎えようと思う。我々は彼に命を救われた。彼は日本解放の同士である!」

 

「俺も彼には礼を言うとともに藤堂将軍に賛成だ!彼は貴重な戦力になる」

 

今まで無言で成り行きを見守っていた扇副司令も追従する。

 

「よろしく頼みます」

 

ライが一礼し、彼は再び黒の騎士団のメンバーへと迎え入れられた。

ただ、前回と違うことはあの時、必死にライのことを擁護していた赤髪の少女は最後まで不満そうな顔をしていたことだった。



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第七話『太平洋 奇襲 作戦』

「スザクはどうだった?」

 

「どうもこうもあるか。アイツは敵だ……俺をブリタニア皇帝に売り、ナイトオブセブンの地位を得た男だぞ」

 

黒の騎士団の司令室。

そこでライはルルーシュにアッシュフォード学園に枢木スザクが復学してきた話を聞いていた。

 

「ルルーシュ、後悔しているのかい?」

 

スザクのことを苦々しく語るルルーシュに対してライは問いかける。

立場の違いのよって同じ道を歩むことがなくなった二人はかつて親友、だった。

だが、ルルーシュは答えない。

 

「人生は選択の連続だ。スザクが君を皇帝に引き渡さなければ、君がユーフェミア・リ・ブリタニアにギアスをかけなければ、君がC.C.に出会わなければ、スザクが軍人にならなければ……君がスザクの手を取らなければ」

 

今とは違った未来があったのかもしれない。

二人がずっと親友であった未来、二人が出会わなかった未来。

今より幸せであった可能性だってありえた。

 

「ライ、お前は何故自ら眠りにつこうと思ったんだ?」

 

不意にルルーシュがライに尋ねる。

かつてライが取った選択の理由を問う。

 

「俺の目から見てお前にとってあの時の世界は優しくないわけではなかったと思う……記憶を失ったお前を生徒会のみんなは受け入れ、黒の騎士団でもそれなりに上手くやっていただろう」

 

「黒の騎士団で上手くやっていた?冗談はよしてくれ」

 

ルルーシュの言葉をライが笑いながら反論する。

 

「キミやカレンはちょくちょく生徒会を抜け出すし、スザクは軍の仕事。僕とリヴァルにしわ寄せが来ていたのを知っていたのか?黒の騎士団の僕は割とイライラしていたと思うけど?」

 

「それは、その、すまない」

 

ルルーシュがバツの悪そうな顔をする。

 

「ナナリーに折り紙を教える約束をしていたのに急に呼び出されたこともあったね。あの時はナナリーが拗ねてしまって大変だった」

 

ライはルルーシュの妹である少女のことを思い出す。

車椅子の乗った小さな少女。

色がない世界だと思っていたライに最初に色をつけてくれた彼女は今、どこにいるのだろうか。

そんなことをふとライは思ってしまう。

 

「なぁ、ライ。ナナリーのこと……」

 

ルルーシュがライに何かを聞こうとした時、部屋にC.C.とカレンが入ってきた。

 

「邪魔するぞ」

 

C.C.はライのことを一瞬見たが、すぐに顔をそらしライの隣に腰を下ろした。

一方、カレンは所在なさげに立ったままでいる。

それはこの部屋にライがいるだろうか。

ライはカレンにも座るように促したが、カレンはその言葉を無視した。

 

「嫌われたものだな」

 

C.C.がライにだけ聞こえるように小さく呟く。

いつもの調子でからかうような様子なのだろうとライはC.C.を一瞥したが、何故かC.C.の表情は浮かないように見えた。

 

「あなた、一体何者なの?」

 

カレンはライに問うが、ルルーシュに咎められる。

 

「カレン、その話はいいだろう」

 

「納得がいかないっていうのは理由にならない?」

 

カレンの矛先がルルーシュに向く。

ライは内心助かったと思う。

今のライにはカレンにかける言葉を持ち合わせていない。

 

「キミと私の関係もオープンにしていないはずだが?」

 

ルルーシュが笑みを浮かべながら言う。

こういう手の言葉の巧みさはルルーシュらしさがよく出ていた。

 

「そういう変な言い方はやめてよ!私はただこの人の」

 

「カレン」

 

カレンの言葉を遮ったのは何時になく真顔なC.C.だった。

 

「察しの悪い女だな。私付きの護衛だぞ?私とは将来を誓いあった仲だ。許嫁?というやつだ」

 

まるでそのC.C.の顔から「ふふん」といったどこか勝ち誇ったかのような、自信たっぷりの言葉が聞こえるようだった。

そして、隣りに座っているライの腕をとり自分の両腕を絡ませ、ライの肩に自分の顔を寄せる。

 

「私は私の所有物を坊やに貸しているだけだ。だが、許嫁などという立場を公にする訳にはいかないからな。千葉あたりが焦る」

 

ライとルルーシュは目を丸くしている。

突然のC.C.の発言に対応ができない様子だった。

いや、二人だけでなくカレンまでもが目を白黒させている。

 

「なんだ、信じていないのか?」

 

なんの反応も返さない三人に対してC.C.が不満そうな顔で言う。

 

「いや、C.C.。そういうことはあまり言うものじゃない」

 

その言葉を受けて、かろうじてライが反応を返す。

面倒な話の流れになったと思い、C.C.の言葉を肯定とも否定とも取れない言葉、だが十分肯定かのように受け取れてしまう言葉を返す。

カレンはどこか羨ましそうな、嬉しそうな、不満そうな色々な感情が混ざりあった表情をしている。

 

「だが、カレン。これだけは覚えておいてほしい。この男はお前のことも好きだぞ」

 

「はぁ!?」

 

やっとカレンが我に返ったのか反応を返すが、その声はまるで天地がひっくり返ったかのような素っ頓狂な声だった。

 

「俺からも保証しよう」

 

そこにルルーシュが言葉を重ねる。

ライはルルーシュを恨みがかかった目で見る。

 

「あーもう!失礼します!」

 

当のカレンは混乱したのかこの場にいることに気まずくなったのかなにも言い返すことはなく逃げるように部屋から出ていった。

 

「なんとかなったな」

 

カレンが部屋から出ていくのを見届けたC.C.はライの腕から離れる。

 

「C.C.もルルーシュも一体なにを言ってるんだ……」

 

特に表情に変化の見えないC.C.とルルーシュとは対称的にライはげっそりと疲れた顔をしている。

 

「いいじゃないか。俺と謎の関係があるよりかはずっとまともな理由だ。それにお前がカレンのことを気にかけているのは本当だろう」

 

「でも僕は……」

 

ライはふと先程まで頭に浮かんでいた少女の顔を思い出す。

だが、この場で彼女の名前を出しても兄であるルルーシュが何と言うか分からないため、口ごもってしまう。

 

「私よりナナリーのほうが良かったか?」

 

しかし、ライのそんな判断もC.C.によって簡単に壊されしまう。

 

「「なっ」」

 

ライとルルーシュが同時に驚きの声をあげる。

ルルーシュはライのほうを見る。

 

「ナナリーの名前が何故ここで出てくる!」

 

「いや、そんなの僕にだってわからない!C.C.に聞いてくれ!」

 

「ん?いたいけな少女と部屋で二人きりで指を取り合って折り紙をしたり、中庭でランチデートして恋人同士がするようなあーんなどということをしたりしていたじゃないか。それともその気がなかったのにそんなことをしていたのか?」

 

C.C.が口を開くたびにルルーシュの顔が怒りに染まっていくのをライは感じていた。

 

「ライ、お前というやつは俺の許しもなく……」

 

「違う!僕は!」

 

「……まぁいい」

 

だが意外にもルルーシュの火は容易く鎮火した。

 

「ナナリーとお前の件に関しては俺も色々思うところがある。ナナリーの現状がわからない以上今は不問にしておこう」

 

ルルーシュは背も立てに体を預ける。

その様子を見たライはこれ以上C.C.が変なことを言う前に、今が好機とそそくさと部屋を出ようとする。

 

「待て、ライ。俺の問いにまだ答えていないだろう」

 

「あの時の僕はここに居てはいけないと思った。それだけだよ」

 

そう言ってライは部屋から出ていった。

今のライにとってこの黒の騎士団は居てもいいと思える場所なのだろうか。

ライを起こしたルルーシュ、黒の騎士団にいることを決めたライ。

その選択は本当に正しかったのだろうか。

ルルーシュはそんなことを思っていた。

だが、そのルルーシュも選択を迫られることになる。

実の妹ナナリーがカラレス総督の後任としてエリア11に赴任してくるということを聞いたのは、翌日に行われたスザクの歓迎会の夜の出来事だった。

 

--------------------------------------------------

 

ライはログレス級浮遊航空艦をその視界に捉える。

 

「作戦目的は新総督を捕虜にすることにある。いかなることがあろうと絶対に傷をつけるな。いいな、絶対にだ!」

 

ゼロから全軍に指示が飛ぶ。

陸戦用であるナイトメアフレームを空に飛ばすという予想もできない方法でブリタニアの旗艦に取り付き、直接新総督であるナナリーを手中に手に入れる作戦。

旗艦となっているログレス級浮遊航空艦はブレイズルミナスによる強固な防御力を誇るが、取り付いてしまえばただの大きな的になる。

敵からの射撃によりあろうことか玉城が操縦するヘリを落とされるというアクシデントが発生したが、予定通りサーフェイス・フレアを散布し、敵機のレーダを一時的に無効化する。

その隙に藤堂の月下を始め、多数のナイトメアが旗艦や護衛艦に取り付く。

その中には一際目立つ紅と青のナイトメアもいた。

 

(ルルーシュは中に入ったか……?)

 

ライは旗艦についている砲台を潰しながらルルーシュの身を案じる。

だが、刻々と状況は変化していく。

月下のレーダーに黒の騎士団のものではないナイトメア六機の反応がある。

 

「フロートユニットか!」

 

空を飛び重アヴァロンに近づいてくる。

フロートユニットを持たない紅蓮や月下、無頼は重アヴァロンの上のみを戦場に出来るということに対して、空を含め全てを戦場に出来るフロートユニット付のナイトメアは圧倒的な優位性を築ける。

ライは月下を増援の前に立つように移動させる。

 

「そのナイトメア……そうか、そういうことか」

 

「その声、ギルフォード卿か!」

 

グロースター五機の戦闘を翔けるナイトメア、ヴィンセントからオープンチャンネルで月下に通信が入る。

 

「はじめまして、ではないな。あの時の借りを返させてもらう!」

 

あの時とは違い、機体性能によるライの優位性は失われている。

むしろ、フロートユニットの分、月下が劣っている。

狭い足場でギルフォードと五人のグラストンナイツを相手にするのは不可能であった。

MVSを構え、月下に迫ってくるヴィンセント。

だが、月下の前に紅蓮が立ちはだかる。

 

「カレン!なんの真似だ!」

 

「あなた一人じゃ無理でしょ!」

 

ライは懐かしい気持ちを覚える。

かつて黒の騎士団の双璧と呼ばれた紅と青の機体が一年ぶりに戦場に並び立つ。

だが、一年前に無敵を誇った双璧も機体性能差を埋めるほどではなかった。

互いに背中を守るように戦う二機も空を含め三次元的に高速機動を行うヴィンセントを捉えられずにおり、その間に仲間の無頼がグラストンナイツによって撃墜されていく。

ヴィンセントの隙を突き、藤堂のサポートによって互いに一機ずつグロースターを撃墜したライとカレンだったが、戦場は黒の騎士団に不利の想定を様していく。

 

(ルルーシュ……いつまでかかっっている!)

 

ライは重アヴァロン内にいるルルーシュを待つ。

この戦局を覆すにはルルーシュがナナリーを手に入れるしかない。

それまでこの戦場を維持しなければならないが、このままでは時間の問題だとライは感じていた。

そして、さらに戦況は悪化していく。

 

(さらに一機のナイトメアだと……あと二つは航空戦力……?)

 

月下のレーダーを見るライ。

 

「カレン、ここは頼む!僕はゼロのところへ」

 

「っ!勝手なことを!早くいけ!」

 

カレンがライを促す。

突撃してきた戦闘機を朝比奈に任せ、艦内探索を開始する。

レーダーを見てもゼロの居所を知ることは出来ない。

味方機は残り五機。

藤堂、仙波、千葉、朝比奈、カレン、ライのみ。

そして、どの機体もこの戦況を覆せるほどの力は持っていない。

折しも、アプソン将軍の暴走により重アヴァロンのエンジンが破損し機体が傾き、戦闘機かと思われた可変ナイトメアフレームにより、朝比奈は戦場を離脱する。

 

(残り四機。時間をかければこの重アヴァロンは沈む)

 

いざとなればゼロに任せるのではなく、自分自身でナナリーを捕虜にすることも視野に入れる。

ライは既に艦内対策を開始していた藤堂と仙波に合流する。

 

「藤堂さん!ゼロは!」

 

「ECCMの影響か連絡が取れん。後方の千葉、紅月と合流して艦内探索をかけたいが……」

 

ライは藤堂の言葉を聞き終える前に、外に向け飛燕爪牙を発射する。

だが、それはトリスタンのMVSにそって切り払われる。

 

「いい勘をしている」

 

トリスタンのパイロット、ジノ・ヴァインベルクはライを褒めるが、ライにそれに答える余裕は一切ない。

ナイトオブラウンズ専用KMFを相手できるほどの性能は月下にはなく、空からの攻撃に対して月下は防戦一方になる。

 

「ライ殿、ここは某が!」

 

仙波がトリスタンに仕掛けるも、軽くあしらえるほどの余裕がトリスタンにはあった。

 

「弱い者いじめは好きじゃないけどさ、そうも言っていられる状況じゃないからな」

 

トリスタンは二本のMVSの柄尻を連結させる。

華麗に舞踏かのようにも錯覚するそれ動きに完全仙波はついていけていなかった。

鶴嘴を思わせるようなMVSが仙波の月下を襲い、深々とそれは突き刺さった。

 

「仙波さん!」

 

ライはハンドガンをトリスタンに向けて放つが、ブレイズルミナスによって防がれる。

藤堂も仙波の援護に入ろうとするが、割って入ってきたギルフォード卿のヴィンセントによって片腕を失う。

 

「藤堂、陸戦兵器での奇襲とはお前らしからぬ戦だな」

 

ライは廻転刃刀をトリスタンに向けて投げ捨てる。

 

「流石にそれは防げそうにないな」

 

トリスタンは悠々とそれを交わすが、同時に仙波を襲っていたMVSも離れていく。

その隙に仙波は自身の廻転刃刀をライへと渡し、脱出レバーを作動させる。

 

「すまない、後は頼む」

 

仙波の檄を受け、ライは月下の機動性を活かしヴィンセントに向かう素振りを見せるが、ヴィンセントがそれに応対しようとした際にその場を離れる。

 

「藤堂さん、今のうちに!」

 

ライは藤堂にも逃げるように促すが、すでに藤堂の月下もコントロールを失っており、そのまま離脱していく。

 

「ライ、ナイトメアの相手はカレンに任せろ。お前はゼロを頼む」

 

C.C.からの通信を受ける。

レーダに目を向けると、千葉の反応は消え、カレンは海の上にいた。

さらには枢木スザクが駆るあのランスロットまでが戦場に現れていた。

 

「落ちているのか、カレンは?」

 

「違うわ、こっちにも空を飛べる準備はしておいたのよ」

 

C.C.の代わりに黒の騎士団の技術を担うラクシャータが答える。

 

「あなたがあの月下のパイロットね。興味あるからちゃんとゼロを連れて帰ってくるのよ」

 

戦場はカレンの操る紅蓮可翔式によって、ギルフォードと残りグラストンナイツを撃墜、撤退させるまでは好転していく。

紅蓮可翔式の勢いは止まらず、ジノのトリスタン、アーニャのモルドレッドまでもを機体ダメージを与え、ランスロットとも互角の勝負を繰り広げていく。

だが、カレンを止められるはずの力をもつ枢木スザクのランスロット・コンクエスターは紅蓮可翔式から離れていく。

 

(あのスザクが逃げる?)

 

ライは自分の直感を信じてスザクの後を追う。

敵が目の前にいるにも関わらずスザクが引く理由は一つしか考えられない。

ランスロットがコアルミナス・コーンを展開し、旗艦へと突入していく。

ライは間髪入れずにその穴に飛び込む。

 

「スザク?」

 

ゼロは突然侵入してきたランスロットに驚きの声をあげる。

 

「ゼロ!ナナリー!」

 

すぐさまライの月下も突入するが、ランスロットの後追いだったこともあり既にランスロットによりナナリーをおさえられた後だった。

ライは威嚇のため、ランスロットに廻転刃刀を向ける。

だが、その刃を振り下ろすことはしない。

スザクがこちらに対応する動きを見せれば、その隙に即座にナナリーの保護するつもりだった。

 

「月下のパイロット、こちらにはナナリー総督を保護している。また君たちは総督殺しをするつもりか」

 

スザクがライに向け尋ねが、押し問答する予定はライにはない

 

「ナナリー総督をこちらに渡してもらおう」

 

未だにゼロと供にいなかったということはゼロはナナリーを説得することはできなかったのだろう。

ナナリーの意思を無視することは心苦しいが、結果を出さなければ今回の作戦で犠牲になった団員に申し訳が立たない。

だが、スザクは月下を無視してそのまま飛び去ろうとする。

 

「スザク!」

 

「ギルフォード卿との決闘は見せてもらった。君は無抵抗の人間を討つような人じゃない」

 

ライが声をあげるがスザクは冷静に言う。

スザクが自分のことを信じたことにどこか懐かしさを覚えたライは静かにMVSを構える腕をおろす。

そしてそのままランスロットは月下の横を通り過ぎていく。

 

「ナナリー!……カレンはゼロを保護しろ!僕はナナリーを!」

 

ライは声を上げる。

ランスロットが生み出した風圧によりゼロも吹き飛ばれるが、カレンの紅蓮可翔式により事なきを得る。

遠くでゼロがナナリーを呼ぶ声がする。

ライは来た穴に向け大きく跳躍し甲板へと出る。

ランスロットを追おうとするが、その動きは二機のナイトメアフレームによって阻止される。

 

「ちょっと待った。その機体はスザクから鹵獲するように頼まれていてな」

 

「逃さない」

 

ジノとアーニャという二人のナイトオブラウンズに取り囲まれる。

機先を制そうと廻転刃刀でモルドレッドに斬りかかるが、他のどのナイトメアよりも強固なブレイズルミナスを持つモルドレッドには通用しなかった。

 

「抵抗する気?」

 

モルドレッドがシュタルケハドロンを構える。

たが、目の前の月下はそんな緩慢な動きを待つほど鈍くはない。

一瞬にしてモルドレッドの目の前から月下は消える、はずだった。

 

「故障?」

 

バランスを崩し情けないほど盛大に転倒する月下。

正式なメカニックが居ない中、急ごしらえで整備したものの以前の決闘で破損した箇所を完全に修復できるはずもなく、出力バランスもそのままであったため、ここまでヴィンセントやトリスタンを相手にしてきた月下はここが限界だった。

 

「一応保険だ」

 

トリスタンはMVSで月下の両腕を切り落とし、さらに脱出機構が作動しないようにコクピット近くに振り下ろす。

 

「じゃあ、運んでくれアーニャ」

 

「私が?」

 

モルドレッドに抱えられる月下。

為す術がなくなったライは何も言わず成り行きを見守るしかなかった。

 

「すまない……ゼロ、C.C.、みんな」

 

ライは全軍に通信を入れる。

だが、ゼロはしっかりとカレンに保護され、自分一人で済んだことにほっと胸を撫で下ろしていた。

 

「ラクシャータ!飛翔滑走翼の予備は!このままではライが!」

 

C.C.が声を荒げるのが聞こえる。

 

「ないわよ。それにあの距離じゃ誘導も効かないわ。それにゼロの指示が……」

 

「ゼロ!ライが!」

 

焦るようにゼロの指示を仰ぐC.C.だったが、ゼロの声は冷酷だった。

 

「あの月下に構う必要はない。全軍撤退だ」

 

(それでいい。君は優しすぎるから……。我ながらいいギアスをかけたものだ)

 

静かに目を閉じるライ。

敵に捕らえられたにも関わらず、あのスザクなら悪いようにはならないだろうと思う。

 

「スザク、月下を鹵獲したぞ、でも鹵獲する必要なんてあったのか?」

 

ジノは不可解なスザクの指示の意味を尋ねる。

 

「そのパイロットは総督の名を知っていた。ゼロに近い者かもしれない」

 

スザクは一人思う。

このパイロットはゼロの身代わりをするほどゼロに信頼されている。

そして、ゼロがルルーシュならばその側近がナナリーの名を知っていてもおかしくない。

だが、月下がMVSを構えた時、ゼロは止めなかった。

ルルーシュならば真っ先に止めたはず。

それに加え、ゼロは月下の奪還を諦め、早々に切り捨てた。

相反する二つの状況にスザクも混乱し、ライの鹵獲命令を出した。

だが、その状況故に生き延びることが出来たことにライは気づいていない。

空を飛ぶことが不可能な月下は重アヴァロンと共に海の底に沈んでもおかしくなかった。

ゼロが奪還に動けば、ナイトオブラウンズ三人をカレン一人で相手しなければならない。

そうなれば、カレンもただでは済まず、もしかしたらゼロもこの場で命を落としていたかもしれない。

黒の騎士団が引いていく様子に安堵の表情を浮かべたライはモルドレッドに抱えられたまま眠ることにした。

そして、彼はあの車椅子の少女に再び出会うことになる。




お気に入り、感想などありがとうございます。
励みになっています、ヒナトマトです。

私事ですが、数週間海外に行ってきます。
しばらく更新がない(もしくは遅くなる)と思いますがご理解いただければと思います。

感想や批評、誤字脱字等ございましたらお気軽に連絡ください。
(誤字脱字についてはなるべく早く修正しようと思います)
よろしくお願いたします。

ナナリーかわいいよナナリー
(ヒロインはナナリーだということを皆さん忘れているのかもしれないのでアピールしておきます。C.C.じゃないよ)

記 7月16日
帰国後、この後書きは消去いたします。


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第八話『枢木スザク』

ブリタニアに捕らえられたライは拘束され、政庁の一室に監禁されていた。

そして、今、枢木スザクと相対している。

こうしてスザクが部屋に来るのも何度目だろうか。

だが、何度足を運んでもスザクは望みの情報を引き出せずにいた。

 

「君はゼロの正体を知っているのか?」

 

「知らない。それより枢木卿、もっと別の話をしよう。あの猫は卿によく懐いているね。名前はなんて言うんだい?」

 

なにか忌々しい表情で重々しい口調のスザクとは対称的にライの表情は明るくその口取りも軽い。

ゼロの情報を握っているはずだろう黒の騎士団の捕虜に対するナイトオブラウンズ。

状況は抜きにして、旧友に会えたことに少なくない喜びの表情を見せるライ。

このやり取りも何度目だっただろうか。

自分が部屋に入るたびにどこか嬉しそうな顔をする捕虜に苛つきを覚えるスザクだった。

 

「君は自分の状況を分かっていないみたいだね」

 

「ちょっと待ったあ、スザクくん。彼に聞きたいことあるんだよねぇ」

 

スザクが一歩ライに向けて踏み出すと同時にロイドとギルフォードが部屋に入ってくる。

ロイドはなにかの資料を大量に持ち、ギルフォードは太平洋での戦闘で負った傷のためか包帯をあちらこちらに巻いていた。

あの紅蓮の輻射波動を受けたにも関わらず、元気に出歩いているのは流石だとライは感心した。

 

「キミ、ウチのデヴァイサーにならない?」

 

「ロイドさん?」

 

スザクが驚きの声をあげる。

当の本人のライも目を白黒させている。

 

「機体のデータ見させてもらったよ。いやー、凄いねぇ。でも肝心の能力に機体が追いついていない。勿体無いねぇ」

 

手に持っていた資料をライの目の前に突きつけ、指を指しながら興奮した様子で詰め寄ってくる。

だが、ライにはその資料に載っている情報の大部分が理解できなかった。

矢継ぎ早に言葉を投げかけるロイドをギルフォードが制する。

 

「本来ならば敵である君にこのようなことを言うのは間違いだと思っているし、君のおかげで失態を演じたこともある。だが、君には借りがある。IDはないようだが、見たところブリタニア人のようだ。どうだろうか」

 

あまりにも現実離れしたこの状況に未だにライは口を挟めないでいる。

 

「ギルフォードさんまでなにを言っているんですか!彼は黒の騎士団なんですよ!」

 

スザクがギルフォードの意外すぎる言葉に反論する。

スザクの反論はもっともでこの二人が特殊すぎるという点はライにも理解できた。

 

「あれ?スザクくんは反対?意外だね、同族嫌悪ってヤツ?」

 

「自分が?彼と?」

 

ロイドの言葉を受け、スザクがライを見る。

自分とライが同族だと言われたことに納得がいかない様子でライを見る。

 

「彼の戦闘データ、なるべく人を殺さないようにナイトメアを動かしてる。事実、太平洋での戦闘では彼による死者は確認されてない。彼ほどならあの状況でも数機落としていともいいんだけどね。それって以前のキミとおんなじじゃない?」

 

一枚の資料をスザクに渡すロイド。

 

「そこで質問。キミ、人を殺さないのに黒の騎士団、軍にいる。それって矛盾じゃない?」

 

ロイドが笑みを浮かべながら訪ねてくる。

スザクは何かを言いかけるも口を閉じ、ライの答えを待っている。

 

「人を死なせたくないから戦っている」

 

ライはルルーシュやC.C.、ナナリー、カレン、黒の騎士団員、生徒会のみんな、そして目の前のスザクの顔を思い浮かべる。

彼は自分に優しくしてくれた人を守りたい。

黒の騎士団はルルーシュを守るためのその手段に過ぎない。

決して自らの手を汚す事を嫌っているわけではない、答えるライは必要があれば自分の手を汚す覚悟のある顔をしていた。

 

「ふーん。やっぱり君は似ているね。じゃあ、デヴァイサーの件、考えておいてね。それと時間があったらシミュレーションやりに顔だして。それじゃ」

 

「ロイドさん、彼に自由行動の権利はありませんが」

 

「ケチ」

 

手をひらひらと振りながらロイドは部屋を後にする。

それに続いてギルフォードもライに一言残し去っていった。

 

「君とはもう一度手合わせをしてみたい。できれば次は戦場ではないことを祈る」

 

その二人を見送るライは奇妙な縁もあるものだと思っていた。

だが、部屋に残ったもう一人はその縁を苦々しく思い、かつ不思議な力が働いているのではと勘繰る。

かつてスザクの最愛の人を奪った忌むべきあの力を。

 

「随分と気に入られたものだね、不自然なぐらいに」

 

憎しみがこもった目をライにへと向けるスザク。

ライはその目を見て恐怖と違和感を覚える。

ライが知っているスザクはこんな目をするような人間ではなかった。

 

(二人にギアスがかかっていると思っているのだろうか)

 

ライ自身には身に覚えが一切ないことだが、おおよその原因は理解はできていた。

スザクもライと同じでギアスによって大事な人を失ったのだ。

だが、自身を許せず自身に絶望したライとは違い、スザクは他人を許せず他人に絶望した。

今のスザクは疑えば疑うほどそれに比例して憎しみを募らせていく。

 

「スザク、君は……」

 

ライが何かを言いかけるも突然の訪問者により遮られる。

 

「失礼します。……スザクさんも一緒でしたか」

 

「ナナリー……?」

 

ライは訪問者を見つめ、目を見開く。

まさかエリア11の総督自らがいくら拘束されているからと黒の騎士団員に会いに来るとは思っていなかった。

ロイド伯爵といいギルフォード卿といい、ここには奇特な人物が多いのだろうかと考えてしまう。

 

「この度エリア11に総督として赴任してきましたナナリー・ヴィ・ブリタニアと申します。……不躾な質問ですが、どこかでお会いしたことがあるのでしょうか?」

 

目は見開いていないものの閉じられた瞼の奥の瞳はまっすぐとライに向けられている。

ライは久しぶりに間近でみるナナリーの顔に訳も分からず後ろ暗い気持ちを抱いてしまう。

それは過去に何も言わずに彼女の元を去ったことからくる罪悪感なのか、自分のせいで死なせてしまった妹を思い出して重ねているせいなのか、それとも自分が選んで残した未練に今更ながら浅ましくもすがってしまいそうになる自分自身を恥じてなのか。

自分がいたたまれなくなったライは彼女から視線をそらしてしまった。

 

「総督、彼への尋問は自分が行います。報告は後ほど行いますので自室へお戻りになられてください」

 

「スザクさん、私が同席していてはダメでしょうか?」

 

スザクがナナリーに退室するように促すが、彼女はそれとやんわりと断る。

明確な否定の意思を示したわけではないが、総督のお願いを無碍に断ることは騎士には出来ない。

それよりもやけに他人行儀なスザクの様子にライは不思議な感覚を覚える。

 

「皇女殿下、すみませんがスザクの言うとおりです。この場に貴女はふさわしくない」

 

だが、反対したのはスザクだけでなく、ライも彼の言葉に同調する。

理由はわからないが、これ以上この場にナナリーが居てはいけない。

彼女の視線をこれ以上受けてはいけない、耐えることが出来ないと直感的に判断してしまう。

この場にいる自分以外の人間から反対されたナナリーはぎゅっと小さな手を握りしめる。

そんな様子を直視できないながらも横目で眺めていたライだったが、気づいてしまう。

彼女の膝の上に置かれた普通よりも大きな桜の折り紙に。

そしてライは悟る。

眠りにつく前も、目覚めた後もきっと心の奥底でナナリーのことを想っていたことを。

 

「ナナリー、その折り紙は……」

 

「キミはこの場でこれ以上口を開く権利はない」

 

震える唇で尋ねてはいけないことを尋ねるライ。

ナナリーの返答次第ではきっと自分をここを離れられなくなってしまうとわかっていても、きっとルルーシュとC.C.は自分の事を待っているとわかっていても聞かずにはいられなかった。

スザクによって咎められるものの、ナナリー自身はどこか嬉しそうな、悲しそうな複雑な表情で答える。

 

「これですか?桜という花です。これは一年前にある女性から頂いたもので、どうしても持っていないといけない気がして」

 

ライにはその女性に皆目検討はつかなかったが、一年もの間ナナリーが大事に持っていたことに目頭が熱くなる。

 

「綺麗に折られていますよね。私と誰かの未練、だそうです……なぜ泣いているのですか?」

 

ライの様子がおかしい事に気づいたナナリーが優しい言葉をかける。

突然の出来事に対して、スザクは何も言わずに黙って成り行きを見守っている。

 

「いや、すまない。エリア11には桜が多くてね。それを思い出してしまって」

 

ライは咄嗟に取り繕い、涙を止めようとしたが拘束されている状態では拭うことも叶わない。

ふと自分の目に拙い所作でハンカチが当てられる。

 

「なにかを想って涙を流す貴方はきっと優しい人なのですね」

 

随分と近い位置から聞こえたナナリーの声はとても優しかった。

ライはただされるがままにナナリーを受け入れ、スザクもただ黙ってその行動を見ていた。

しばらくしてどこか名残惜しそうにナナリーが離れていく。

なにか言いたそうにしている様子だったが、先に口を開いたのはスザクだった。

 

「ナナリー、僕は彼と話がある。すまないけどまた後でいいかい?」

 

先ほどスザクが発した言葉と大きく意味は違わなかったが、その声と表情はナナリーを思いやる優しいものだった。

スザクの気持ちを察したのか、ナナリーは「はい」と小さく返事をしライに対して軽く頭を下げると部屋を出て行った。

 

「ナナリーにもずいぶんと気に入られた、と考えてもいいのか」

 

「そんな事はない。たまたま桜の折り紙が目に入っただけだ。逆だよ、僕が彼女を気に入ったんだ」

 

この部屋で初めて他愛もない会話をする二人。

スザクはライの拘束を解く。

 

「いいのかい?」

 

「必要ないと思ってね。太平洋の戦闘の時にも言っただろう、この場でいきなり君が僕に対してなにかをするはずがない。違うかい?」

 

自由になった腕をさすりながらライはスザクに「ありがとう」と感謝の言葉を述べる。

スザクは近くにあった椅子を引き寄せるとそこに座り、まっすぐとライの目を見据える。

 

「もう君にゼロの正体については聞かない。君は誰なんだい?」

 

ライにとってごまかすのは簡単だった。

何を言おうがスザクにとって今のライは黒の騎士団の団員以上ではない。

ゼロとの適度な信頼関係をアピールし、ついでに自分の血筋、すでに途絶えてしまってはいるが日本の皇族の血が流れていることを話せば、黒の騎士団にいる理由としては十分である。

だが、それは理由としては十分だが、今目の前にいるスザクに対しては十分なのかとライは考えてしまう。

 

「初めて話す相手がスザクだとは思わなかった。立場も違うしね」

 

そこでライは自分の覚悟を決めるために一息つく。

ルルーシュには不測の事態でバレてしまっただけで、自分から話そうとは思っていたわけではなかった。

カレンには何を聞かれようとも知らぬ存ぜぬを通した。

そしてその状態に対して、C.C.は特に文句を言わなかった。

 

「スザク。君と僕は友達だった。君は忘れているだけなんだ、僕のギアスによって」

 

「ギアス……」

 

ギリっと奥歯を噛みしめるような音がライにまで聞こえる。

スザクにとって憎むべきギアスを操る人間が目の前にいる。

 

「どうしてそんなギアスを俺にかけた。俺が邪魔だったのか」

 

誰が見ても怒り心頭でライに飛びかかりそうな様子のスザクだがぐっと堪える。

ただ目の前の男がギアスをかけた理由を知りたかった。

壊すためなのか、守るためなのか、誰かのためか、私欲か。

友達だと名乗りながらも、ギアスをを使った真意を問う。

 

「あの時、僕はいてはならない存在だと思った。だからいなくなった」

 

「一体何を言っている」

 

「スザク、殺すかい?僕を。ギアスを持っている僕を」

 

ライはスザクに問う。

これ以上はルルーシュがライのことを知っている以上、真実を話せない。

今のスザクに真実を話せないのなら黙っていたほうがマシだと考える。

それは決してスザクのためではなく、自分のための沈黙だった。

すでにギアスをかけられる相手なんていないのにも関わらず。

 

「ギアスは悪だ」

 

冷たい声で言い、懐から取り出した銃を構えるスザクと静かに目を閉じるライ。

あの時、トリスタンとモルドレッドに捕まった時点である程度の覚悟はしていた。

もちろん、ライの記憶のスザクと今のスザクにここまでの乖離があることなんて知らなかったわけだから、少しの温情を期待していた部分はある。

だが、敵国に捕まるということはこういうことだ。

みんなから一人離れていったスザクと死ぬ前に会話ができたんだ。

そして、ナナリーと触れ合うこともできた、未練はあるが仕方がない……。

 

「だけど僕は!そう言いながらシャーリーや会長、リヴァルを巻き込んで!」

 

「スザク……?」

 

「ギアスなんてなくなればいいと思いながらも皇帝陛下の前にルルーシュを連れ出してギアスをかけて!僕は!僕は!」

 

ライはスザクが一人で抱え込んでいただろう矛盾を吐き出すその様子に驚き、そして彼を憐れんでしまう。

スザクの目が赤く縁どられては、消え、また点き……点灯を繰り返す。

ゼロによってかけられたスザクへの“生きろ”というギアス。

それが発動しているということはスザクの意識は死に向いているということだった。

 

「よせ、スザク!」

 

一時でもいいからスザクの意識を他のことに向けるために、ライは持てる力をすべて込め、スザクに殴り掛かる。

かつての自分と同じように、スザクが自分の心を壊してしまえば生きていけなくなる。

だが、その拳はスザクに捕まれ、ライの体はふわりと宙を舞い、そのまま地面にたたきつけられる。

まさか反撃が来るとは思わなかったライはつぶれたカエルのようなうめき声をだした。

 

「大丈夫かい、ライ!」

 

「あぁ、大丈夫……スザク、生きるんだ。他でもない自分のためにも」

 

ライの顔を覗き込むように心配するスザク。

痛みをこらえる顔をしながらもスザクを心配するライ。

 

「でも、僕は……」

 

「人を殺す理由を他人に求めるな。スザク、君はどうしたいんだ」

 

スザクは目を閉じ、最後まで自分の言葉を信じて逝った最愛の人を思い出す。

彼女が願ったのは大切な人を失わない世界だった。

そして、同じようにそれを願い戦う人が目の前にいる。

 

「君と僕の道は同じなのかもしれない」

 

ライに右手を差し出すスザク。

その右手を強く握り、体を引き起こされるライ。

 

「そういえば、スザク。どうして僕の名前を?」

 

「なんでだろう?なぜかはわからないけど知っていた気がするんだ。懐かしい感じがする」

 

ライに向けてはにかみながら答えるスザク。

 

「ライ、君は記憶喪失ってことにしよう、得意だろう?」

 

「スザク、君は記憶が……」

 

急に人当たりが良くなり、かつてのライが記憶喪失だった頃のように振る舞えというスザクに、ライは一つの至極まっとうな質問を投げかける。

それに対して、スザクは笑顔のまま首を振る。

 

「そんな気がしただけだよ」

 

どこか憑き物が落ちたかのようにすっきりした顔をしているスザク。

その顔は一年前出会ったあの頃のスザクと同じ顔だった。

 

「だけど、申し訳ないけどこの部屋から出すわけにはいかない」

 

「それは分かってる」

 

スザクとの関係は変化したが、ナイトオブラウンズと捕虜という関係に変化が生じたわけではない。

スザクがどのように思っていようが、ライを好きにさせるわけにはいかない。

 

「次はアーサーも連れてくるよ。また僕の話を聞いてほしい」

 

「あぁ、キミの話ならいくらでも」

 

今まで自分ですべてを抱え込んでいたスザクに、その重荷を降ろすように伝えたライ。

自分で蒔いた種のせいで一人になっているライに、おぼろげながらもその絶対の力を越えつつあるスザク。

次の約束をする二人はお互いの顔をみて微笑みあう。

 

「そうだ。聞きたいことがあったんだ」

 

「なんだい、スザク」

 

「君はナナリーのことが好きなのかい?」

 

真面目な顔でとんでもないことをライに聞いてくるスザク。

 

「何を言っているんだ、スザク!」

 

ライは突然のことになにも回答することができない。

 

「違うのかい?お似合いだと思うんだけどな。あ、これもなんとなくなんだけど」

 

違うのかぁ、なんてブツブツ言いながら部屋をでていくスザク。

スザクが期待していただろう答えを返せずにいたライはスザクの気配がなくなった頃に呟いた。

 

「違う、わけないだろう」

 

ライは再び出会ってしまったが故に気づいてしまった感情を肯定した。




ピザうまい(海外逃亡中)

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第九話『特区日本』

「あれはルルーシュに体操服で授業を受けさせようとしたミレイ会長の指示だよ」

 

「そうなんだ。てっきり僕はリヴァルがルルーシュのズボンを欲しかったのかなって思っていたよ」

 

もう何度目だろうか。

いつものようにスザクがライの部屋を訪れ、二人で懐かしい話をする。

お互いに失っていた時間を埋めるように自分のことだけでなく、共通の話題を交えながら話に花を咲かせていく。

ほとんどがアッシュフォード学園の事だったが、時々思い出したかのようにライは黒の騎士団で活動した時のことを、スザクはブリタニア軍として働いたときのことを当たり障りのない範囲で話す。

 

「そう言えば」

 

ぽつりぽつりとそろそろ思いつく話題がなくなっただろうかという時、スザクが思い出したかのように喋り始める。

 

「ライは行政特区の話を知っているかい?」

 

「それは……」

 

ライは口をつむぐ。

ライが思うのは他でもないユーフェミア・リ・ブリタニア。

今では虐殺皇女などという蔑称を日本人からつけられ、一年近くたった今でも怨嗟の声を聞くことがあった。

そして、彼女はスザクの想い人であった。

ライはその現場には居合わせていなかったため、本当はなにがあったのかは知らない。

だが、だからといって気軽にスザクに教えてと請えるようなことではないと分かっていた。

 

「ライ、キミがなにを考えているのかは分かるよ。でも違うんだ。実はナナリーが行政特区を再建しようと言ってね」

 

「ナナリーが?」

 

ナナリーが正式にエリア11の総督として着任したことはナナリー本人から聞いた。

その時はスザクがすぐにナナリーを連れて僕の前から去っていったため、それ以上の会話がなかった。

ナナリーには悪いが、所詮お飾りの総督として派遣されたのだろうと思っていたライはナナリーがそんな発表をしたことに驚いた。

 

「そしてそれにゼロも参加しようとしている」

 

「ゼロも?まさか」

 

ライはスザクの言葉を一笑に付す。

 

「はっきり言ってありえないだろう。今更彼らがどんな顔をして参加するって言うんだ。なんのための合衆国日本だ」

 

「僕もそう思う」

 

スザクもライの言葉に同意を示す。

一年前の虐殺を知っている日本人は警戒しているだろうし、ナナリーには実績もない。

行政特区に参加しようとする者は少ないだろう。

また、ブリタニアにとっても虐殺をきっかけにブラックリベリオンと呼ばれる戦いが起こり、多大な犠牲が出ている。

双方にとって忌まわしい言葉に違いなかった。

 

「ナナリーの独断なのか?総督府の反応は?」

 

「うん。やはり芳しくないね。特に補佐のミス・ローマイヤは非協力的だ」

 

つまり、今の状況はナナリーにとって周りは敵だらけで、唯一の味方は皮肉にも敵であるゼロだということになる。

 

「失礼します」

 

スザクとライが難しい顔をしているところでドアが開く。

二人が振り向くとそこにはナナリーと車椅子を押すアーニャがいた。

 

「ナナリー、アーニャ。どうしてここに。特にナナリー、ここには来てはいけないと言ったはずだけど」

 

スザクが二人に対して問う。

 

「総督が連れてって言うから」

 

「アーニャさん!」

 

アーニャが簡単にもナナリーのお願いだということを口にする。

ナナリーはその言葉を受けて頬を赤くする。

スザクはそんなナナリーの変化にも気づかず冷たく言う。

 

「ナナリー、僕は彼に尋問しているんだ。皇女殿下であるナナリーにみせるようなものじゃないし、危険があるから来てはいけないと言っている。記憶喪失の彼がいつ自失から襲いかかってくるかわからない」

 

言い過ぎではないかとライはスザクに抗議の目線を送る。

だが、アーニャはそんなスザクの言葉を否定する。

 

「嘘」

 

「何を根拠に」

 

「スザクのことマゾだと思ってたけど、本当はサドだった。記録」

 

携帯を取り出しスザクの顔を撮影するアーニャ。

そして未だに顔を赤くしたままでいるナナリー。

申し訳無さそうな顔をしているライ。

アーニャに突然のサド宣言をされて怪訝な顔をしているスザク。

四者四様の状況の中、アーニャが更に言葉を続ける。

 

「いつもこの部屋に入っていくスザクは楽しそうな顔をしてた、出てくるときも。サドなら納得」

 

「アーニャ、何を言っているんだ……」

 

スザクがアーニャに呆れ顔で問う。

 

「だから嘘って言った。サドじゃないならなんで嬉しそう?」

 

「それは……」

 

本当の理由など言えるはずもなくスザクが言いよどむ。

そんな様子を見ているだけだったナナリーが口を開いた。

 

「すみません、スザクさん。実はもう何度も会っています……」

 

言葉と同時にすまなそうな顔をスザクに向けるナナリー。

その手には折り紙用だと思われる紙が数枚あった。

ナナリーの謝罪に続けてライも謝罪の言葉を口にする。

 

「すまない、スザク。総督から黙っていてほしいと言われて。いや、僕も会うのを楽しみしていたから……僕のせいかな」

 

「いえ、その、私もお会いするのが楽しかったので、ライさん一人のせいではないです。あと総督ではなくナナリーと呼んでほしいとお願いしたはずです!」

 

「ごめん……ナナリー」

 

「いちゃいちゃしてる総督とライを記録」

 

どういうわけか顔を赤くしているナナリーと優しい顔をしているライ。

パシャと、携帯のカメラが部屋に響く。

 

「ライ!キミはナナリーに手を出していたのか!」

 

「誤解だ!言い方ってものがあるだろ!」

 

「そうだ、スザク。これ見て」

 

ライと言い合いをするスザクにアーニャが自分の携帯を差し出す。

そこには折り紙を折るナナリーと、ナナリーの手を取り折り方を教えるライの姿が写っていた。

 

「誤解じゃないじゃないか!これを見て誰が手を出してないって言うのさ!」

 

「だれが言葉通りの意味で!あぁ、もう、そう言う意味じゃなくて!」

 

ライが頭を抱えながら言う。

 

「やはりお二人は仲が良かったのですね」

 

ナナリーが笑いながら言う。

彼女の前では常にライに対して毅然とした態度をとっていたスザク。

そんなスザクの様子とアーニャの言う通りのライに会いに行く時スザクの様子の違いを敏感に感じ取っていたナナリーは二人の関係性に疑問を抱いていた。

しかし、その疑問も今の状況で解消した。

なんてことはない、スザクも彼の人となりに触れてその優しさを感じたのだと。

 

「ライさんは危害を加えるような人ではありません。どうかこれからも私が会うことを許してくれませんか」

 

ナナリーはスザクに頼み込む。

だが答えたのはアーニャだった。

 

「私は反対」

 

「アーニャさん、どうして……」

 

想定外の方向からの否定を受けたナナリーだったが、すぐにその理由を問う。

アーニャは淡々と言う。

 

「総督という立場にある以上、会うのは問題。だから私が会う。記憶喪失の彼には興味ある」

 

「いえ、でも、私も会いたいです!」

 

「ダメ」

 

ナナリーとアーニャが言い合いをする中、ライもスザクに向き合う。

 

「スザク、言える立場ではないけど僕からも頼む」

 

スザクはそんな様子の三人を見て軽くため息をつく。

 

「推奨はできない。それに特区の話もある」

 

「特区?」

 

それと何の関係が、とライは思う。

 

「曲赦だよ。君には選んで欲しい。特区に参加するのかどうか」

 

曲赦。

行政特区日本に参加する者は罪が軽減されるということ。

つまり、今ここで捕虜となってるライを帝国臣民として迎え入れることができる、とスザクは言っている。

 

「さっきも言った通り、ゼロは、黒の騎士団は特区への参加を表明している。だから君も……」

 

ナナリーとアーニャの訪問で打ち切られた特区日本の話へと舞い戻る。

スザクは何かにすがるような瞳でライを見た。

だが、ライは静かに首を横に振る。

 

「すまないが、簡単に答えられる話じゃない」

 

「応えてはくれないのかい?」

 

スザクは寂しそうな顔をする。

それはナナリーも一緒だった。

 

「私からも……お願いします」

 

「ナナリー、厳しいことを言うけど、特区は失敗する可能性が高い。僕達は黒の騎士団として日本人に夢をみせてしまった責任がある。ナナリーは日本人を背負う覚悟と救う手立てを持っているのか?」

 

行政特区日本が真に日本人のためにならないのであれば、必ず再び誰かが立ち上がり、日本はまた戦場になる可能性が高い。

実績もなく、協力的な副官もいないナナリーにはとてもじゃないが特区に集まる日本人を背負うことはできない。

そして背負われなかった日本人は再びブリタニアへの憎しみを募らせていくだろう。

 

「それは……」

 

ナナリーはライの厳しい言葉を受けて黙ってしまう。

 

「ごめん、言い過ぎた」

 

ライは何も言えなくなったナナリーの様子を見て謝る。

彼の中ではナナリーはアッシュフォード学園のクラブハウスで日々を楽しそうに過ごし、時に兄の不在に悲しみを見せるような普通の女の子だった。

そんな彼女が突然エリア11の総督として目の前に現れても、どうしてもイメージが先行し“一体彼女になにができるのだろうか”と思ってしまう。

 

「総督、この人は失礼」

 

アーニャがライの言葉に腹を立てたのか、ナナリーの車椅子の取っ手を掴む。

ただの捕虜が総督に“お前にそんな力はない”と侮辱したのだ。

総督に付き従いこの地に来たラウンズの彼女にとって先ほどのライの言葉は許せなかった。

ナナリーはアーニャの言葉に反応することはなくただうつむいているが、この場を離れようとせず、スザクは何も言わない。

立場ゆえに言えなかったことをライが言い、沈黙で肯定してしまう。

ユーフェミアの時とは状況が大きく違う。

血染めの特区、トウキョウ決戦、矯正エリアへの格下げ……目まぐるしく変化した情勢をそれぞれが思い思いに思い出し、重苦しい空気が部屋を包み込んだ。

 

「スザク」

 

四人の中で一番思うことが少ないだろうライがスザクの名を呼ぶ。

スザクは我に返るとライの意図を汲む。

 

「アーニャ、総督を連れて戻ってくれないかい?」

 

「わかった」

 

アーニャは理由を聞くこともなくスザクの言葉を肯定し、ナナリーの車椅子を押し始める。

何か言いたそうなナナリーだったが、今の自分の言葉にはそれほど重みがないと面と向かって言われた相手になにも言うことができず、ただライに顔を向けるだけだった。

 

「次はちゃんと折り紙を教えるよ」

 

ライが後ろ姿のナナリーにかけた言葉は彼女が望んだ言葉からほど遠い言葉だった。

その後、ナナリーとアーニャの気配が完全に消えるまでライとスザクは口を開かなかった。

 

「言いすぎだ。言い方とかその場限りの言葉とか他にもあったはずだ」

 

スザクがライへの非難の言葉を口にする。

今のスザクならばナナリーがライに惹かれる理由がおぼろげながらわかる故に、ライが彼女に対して浴びせた言葉は容認できるものではなかった。

 

「スザクだってわかるだろう。あの特区日本を再建しようとしているんだ」

 

ライは我ながら知りもしないのにずるい言い方をしたな、と思った。

 

「キミとは……」

 

スザクがどこか寂しそうな眼をして呟く。

 

「キミとは喧嘩別れじゃない別れ方をしたいっていうのは僕のエゴなのかな」

 

ライはスザクにかける言葉が見つからず、お互いかわす言葉もなくなったスザクが部屋を出ていくのにそう時間はかからなかった。

 

--------------------------------------------------

 

ナナリー・ヴィ・ブリタニアのよる行政特区日本の再建宣言から数日が経過した。

またエリア11における最大の抵抗勢力である黒の騎士団の総帥、ゼロが再び特区への参加を表明したことにより参加を表明するイレブンも増え、噂では百万人が参加する予定だともいわれている。

ライは式典会場であるシズオカにいた。

 

「やはり来ていましたか、藤堂さん」

 

顔見知りを見つけたライは目深にかぶった帽子をすこしだけ直し、自身の特徴でもある銀髪を見せた。

 

「ライくん、無事だったか!」

 

「ライ殿に救われたのにも関わらず、以後何もすることができず申し訳なかった」

 

ライを認識した藤堂、そして近くにいた仙波が声をかけてくる。

 

「みなさんも無事でよかったです」

 

久しぶりの黒の騎士団メンバーとの再会に自然と笑みがこぼれるライ。

 

「なぜここに?ブリタニアから逃げてきたのか?」

 

藤堂は太平洋での戦闘時に捕らえられ、その後一切連絡がなかったライがここにいる理由を尋ねる。

 

「新総督とスザク……ナイトオブセブンから特区に参加するように促されまして……。返事はしていないんですが、この場に来ることは許されました」

 

「そうか……君はスザク君と話をしたのだな……彼は……」

 

同じ日本人であり、かつては道場で師弟関係にあった二人であったが、かたや名誉ブリタニア人でさらに皇帝直属のナイトオブラウンズ、かたやテロ集団の黒の騎士団の軍事総司令という大きく異なる立場になっている。

日本人に見せた"奇跡"の責任と日本解放を望まれ、現実と大きく乖離するその期待に押し潰されそうになっていた藤堂は元日本首相枢木ゲンブの息子で名誉ブリタニア人の軍人という道を歩き、別の形での"日本"を目指したスザクの若さやその生き様をうらやましいとも、そして危ういとも感じていた。

 

「いや、なにも言うまい。がんじがらめの私から言うことはない」

 

黒の騎士団にとっては敵、さらには同じ日本人からでさえブリタニアに尻尾を振った名誉ブリタニア人、恥知らずの売国奴と蔑まれるスザクのことを話すには場所が悪いと思ったのか藤堂はその口を閉ざす。

 

「藤堂さん。黒の騎士団は特区に参加してどうしたいんですか?以前のようなことは……」

 

ライは上空を警戒するサザーランドやヴィンセントを見る。

太平洋で紅蓮可翔式を除く全てのKMFを失った黒の騎士団がこのブリタニアの戦力を相手にすることは不可能であるが、なにか手を用意しているのかもしれない。

ただ、あのルルーシュが“血染めのナナリー”を許すとも思えなかった。

 

「その件だが、キミが来た場合紅月くんが君の分の手配も用意してある。たしか向こうにいたはずだ。詳細も彼女から」

 

藤堂が指さしたほうにはライと同じように帽子を目深にかぶっているものの、その特徴的な情熱的な赤い髪がちらちらと見え隠れしている少女の姿があった。

ライは藤堂と仙波に軽く頭を下げるとカレンに近づく。

 

「やぁカレン」

 

「やっぱり来たのね。これ、ルルーシュとC.C.から伝言」

 

どこか冷たい感じがするカレンの言葉。

差し出された小さな紙を開くとこれからルルーシュがやろうとしていること、ナナリーのためにも黒の騎士団という不穏分子はエリア11から遠ざけなければならないということなどが書いてあった。

 

(なるほど、スザク達には思いつきそうもない手だ。けど……)

 

「暢気なものね。あの後、ルルーシュが自棄になったり大変だったんだから」

 

ぼおっと渡された紙を眺めているライにカレンが声をかける。

 

「その時、いなかったことを責めているのか?」

 

「……そうね。ゼロの仮面は重いぞってC.C.が言ってたわ。でも貴方はなんの躊躇もなく被った」

 

ギルフォードとの決闘の時の事を言っているのだろう。

 

「ルルーシュは日本解放に向けていろいろなことをやっているわ。でも、貴方は……。貴方の本当はどこにあるの?」

 

「ルルーシュの協力者としては独断が過ぎることを咎められている、と受け取っていいのかな?僕はカレンが何を言っているのかわからない」

 

思い当たるのは太平洋でゼロをカレンに任せ単独でランスロットを追おうとし、最終的に情けなく鹵獲されたことだった。

 

「いいのよ、ただの八つ当たりだから。これ、衣装。タイミングは言わなくてもわかると思うわ」

 

「ありがとう」

 

カレンからバッグを受け取る。

 

「ねぇ、いつか本当の貴方を教えてくれる日が来るのかしら?太平洋の時、短い間だったけど貴方と戦ってどこか懐かしい感じがしたわ」

 

ライはカレンの問いには答えずただ優しく微笑み、彼女から離れた。

少し離れたところで中身を確認する。

以前身に着けたものよりも軽く感じるその衣装。

これが、ルルーシュが考えた特区日本を失敗と言わせないための策なのだろう。

百万の不穏分子をこのエリア11から移住させれば総督でありナナリーの政策も受け入れやすくなる、と。

 

「ナナリーのため、か」

 

ライは以前ルルーシュが口にした言葉を口にする。

ではライにはなにができるのだろうか。

物思いに耽っているといつのまにか壇上にナナリーやスザク達の姿があった。

 

「日本人の皆さん、行政特区日本へようこそ。たくさん集まってくださって私は今、とても嬉しいです。新しい歴史のためにどうか力を貸してください」

 

ナナリーの声がマイクを通して会場に響き渡った。




大変遅くなりました、ヒナトマトです!(海外逃亡中)

いきなりUAとお気に入りが増えて嬉しい(こわい)。
UA10000越え、お気に入り300越えありがとうございます。

また内容に関する指摘などいただきありがとうございます、今後の参考にいたします。
更新ペースは遅くなりますが、続きをお待ちいただければと思います。
よろしくお願いいたします。

(感想いただけると喜びます……喜びますよ?)


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第十話『百万と一』

「それでは、私たちがゼロと交わした確認事項を伝えます。帝国臣民として行政特区日本に参加する者は曲赦として罪一等を減じ、三級以下の犯罪者は執行猶予扱いとする。しかしながら、カラレス前総督の殺害など指導者の責任は許し難い。エリア特法第十二条八項に従い、ゼロだけは国外追放処分とする」

 

ゼロ「ありがとう!ブリタニアの諸君。寛大なるご処置、痛み入る」

 

ナナリーの挨拶から始まった経済特区日本の式典。

だが、ローマイヤーがゼロを国外追放と宣言し、ゼロの姿が巨大スクリーンに映し出されてから雲行きが怪しくなる。

直接姿を見せないゼロに対してスザクはゼロに姿を現すように言うが、ゼロはその指示を意に介さず、スザクに対して問いを投げかける。

 

「日本人とは、民族とはなんだ」

 

「なに?」

 

「言語か土地か、血の繋がりか」

 

「違う、それは……心だ」

 

一瞬だけ考え込むような素振りをしたスザクだったが自分の手を胸に当てて強く答える。

 

「私もそう思う。自覚、規範、矜持。つまり文化の根底たる心さえあれば住む場所が異なろうと日本人なのだ」

 

「それとお前だけが逃げることと何の関係が」

 

スザクが言葉を言い終わる前に会場が煙に包まれる。

ただ単純に一時的に目を眩ませるためだけのもの。

 

(今か)

 

ライは持っていた荷物からゼロの衣装と仮面を取り出し身に着ける。

ゼロの策は至極単純である。

“ゼロを国外追放にする”

この言葉を盾にゼロに扮したこの場の百万人を合法的に国外に追放させるつもりだ。

人数故に身分の照会が後回しになったことも追い風になっている。

煙が晴れ、百万人のゼロが明らかになると式典に参加していたブリタニア側は皆そろって驚愕の顔を浮かべる。

事態を把握できずにあたふたしているもの、ゼロが出現したことにより暴動が起きるのかと警戒するもの、総督に身を案じるもの。

様々ではあるが、スザクが抑えているため、今すぐこの百万人をどうこうしようというようには見えなかった。

 

「すべてのゼロよ!ナナリー新総督のご命令だ。速やかに、国外追放処分を受け入れよ!どこであろうと、心さえあれば我らは日本人だ!さあ、新天地をめざせ!」

 

ゼロが高らかに叫び、それに追従するように各所の“ゼロ”からも声が上がる。

玉城や神楽耶、要は黒の騎士団メンバーが率先してこの百万人を誘導しているようだった。

ブリタニア側がゼロの正体を明確に把握していない現状では、素顔を仮面の下に隠してしまえば誰もがゼロである。

ライは以前自分がゼロに扮しブリタニア軍の前に姿を現したことを思い出す。

 

(だがこれは……)

 

交渉事というのは相手に気づかれずに自分に有利となるような言質をとることができれば圧倒的に優位に立つことができる。

今回は“ゼロ”という曖昧な記号を国外追放処分にするという言葉を引き出したゼロ、いやルルーシュのほうがほんの少しだけ優勢だった。

 

(ブリタニア側を抑えられなければ同じことの繰り返しだぞ、ルルーシュ)

 

武力をちらつかせているブリタニア側はそれに訴えることもできる。

そしてそれに対抗できる策はイレブン側には存在していない。

この策は薄氷の上になりたっている。

しびれを切らしたローマイヤーがついに銃を構える。

 

「枢木卿。百万人もの労働力、どうせなくすならみせしめとして」

 

「待ってください!ゼロ!みんなに仮面を外すよう命令しろ!ここままだとまた大勢死ぬ!」

 

スザクはスクリーンのゼロに向かって叫ぶ。

 

「スザクくん、正体を誰も知らない以上そこに意味はないよ」

 

藤堂がぽつりとつぶやく。

 

「そうですね……だけど茶番ですよ」

 

「ライくん……?」

 

藤堂が何気なく言った一言に、何も考えず茶番と漏らすライ。

壇上ではローマイヤーとスザクが言い合っていた。

 

「そうだよな。ユフィもナナリーも許すつもりだった」

 

「相手はゼロです!」

 

「ゼロは国外追放。約束を違えれば、他の国民も我々を信じなくなります」

 

「国民?イレヴンのことか?あなたがナンバーズ出身だからといって」

 

「ナンバーは関係ありません!国策に賛同せぬ者を残して、どうするのです?」

 

「この百万人はブリタニアを侮蔑したのですよ!」

 

「そのような不穏分子だから追放すべきではないのですか」

 

「しかし!」

 

反乱分子として百万のゼロを処分しようとするローマイヤーとあの時の悲劇を二度と繰り返したくないスザク。

だが、この場の決定権があるのはナイトオブセブンのスザクだった。

スザクはローマイヤーと強引に振り切り、ゼロに向かって言う。

 

「約束しろ!ゼロ!彼らを救ってみせると!」

 

「無論だ。枢木スザク、君こそ救えるのか?エリア11に残る日本人を」

 

「そのために自分は軍人になった!」

 

「分かった。信じよう、その約束を」

 

薄氷はゼロがスザクを信じることにより割れずに済むとふんだゼロ。

そしてその通りにスザクは百万人を国外追放にすることを決めた。

スザクに残されたのは特区日本に参加しなかった日本人。

 

「聞こえたか、すべてのゼロよ。枢木卿が宣言してくれた、不穏分子は追放だとな。これで我らを阻むものはなくなった。いざ進め!自由の地へ!」

 

近づいてきていた海氷船から姿を見せるゼロ。

おそらくこの計画自体は前々から練られていたのだろう。

中華連邦に渡りをつけ海氷船と百万人分の衣装をした。

今回はたまたま特区日本というイベントが重なっただけで、遠くない未来ルルーシュは国外脱出のプランを実行していただろう。

ゼロの言葉に従い、続々と海氷船へと歩を進める百万人のゼロ。

だが、ライはその場を動かなかった。

 

「ちょっと!なにやってるのよ!」

 

ライの様子がおかしいことに気づいたカレンが近づいてきてライの腕を引く。

 

「ルルーシュに伝えてくれ。僕は僕のやり方で君の目的を達成してみると」

 

仮面を棄てるライ。

綺麗な銀髪が白日の下に晒される。

 

「ライ!」

 

カレンが慌てて仮面を拾うがすでに時遅く、スザクの瞳はライを捉えこちらへと歩みを向けている。

 

「早く行くんだ、カレン。ルルーシュが待っている」

 

「貴方、本当に勝手ね!」

 

スザクの様子を確認したカレンは手に持った仮面をその場に捨て、ゼロの群れの中へと消えていった。

 

(ナナリーのためだと言えば許してくれるかな、君は)

 

突然素顔を晒した一人のゼロのため、他のゼロに動揺が生まれるがライに追従するものは現れず、粛々と海氷船へと乗り込んでいく。

ほとんど誰もいなくなった会場でスザクはライへと話しかける。

 

「キミがいることを忘れていたよ」

 

すまなそうな顔をして言うスザク。

 

「仕方がないだろう、ここの責任者なんだろう?」

 

ライのことよりもっと他にやることがあったのだからとスザクに言うライ。

 

「……これは僕が発砲命令を出さないと信じてこその作戦だ。ゼロは僕のことをよく知っている。そしてナナリーのことも」

 

「……そうだね」

 

スザクが海氷船に目を向けながら言い、ライはただそれに同意する。

おそらくほぼほぼ気づいているのだろう。

 

「そうだ、ライ。ちょっと来てくれないかい」

 

スザクはライの手を引き、舞台の奥へと連れていく。

途中すれ違ったローマイヤーが苦々しい顔をしているのが目に入った。

 

「ナナリー」

 

「スザクさんですか?特区はどうなりましたか?」

 

そこにはナナリーと彼女に付き添うアーニャがいた。

 

「ごめん、その、上手くはいかなかった」

 

「そうですか……」

 

沈んだ表情をし顔を伏せるナナリー。

 

「特区に参加するのは彼一人だけだ」

 

「え?」

 

スザクの言葉に反応して涙さえ浮かべている顔を上げるナナリー。

 

「やぁ、ナナリー」

 

「ライさん……」

 

沈んでいた顔が少しだけ明るくなる。

決して望んでいた最良の結果ではない。

傍から見れば、ゼロに利用された愚かな総督。

だが、確かにその心は目の前の人に伝わった。

 

「歓迎します、ライさん」

 

ナナリーのためを思うなら最善は黒の騎士団を解体して特区に参加すれば良かった。

ゼロが協力して特区を盛り上げるのならおそらく成功の芽はあっただろう。

だが、ルルーシュはその方法をとらなかった。

ライとは考え方が違うのかもしれない。

彼自身はゼロとして日本人に夢の続きを見せることを決めた。

ライは日本人よりも一人の少女と友人を取った。

 

(ナナリーためと言った君はもうすでに背負うものが大きすぎる。いつかまた僕と君の道が交わる時が来るまで僕は彼女のそばにいよう)

 

--------------------------------------------------

 

「そう言えばライ君って日本人なの?」

 

ロイドが尋ねる。

 

「そういえば外見はブリタニア人ですね」

 

スザクがライの外見を思い出し言う。

 

「どうして特区に参加したのかなぁ?こっちにくるのなら、IDもないんだからそのままブリタニア人になっちゃえば良かったのに」

 

「黒の騎士団に所属しているから日本人だと思っていたよ。実際はどうなのかな」

 

「シミュレーター終了します」

 

暢気な声で会話をしている二人を尻目に、セシルが静かに言う。

汗だくでナイトメアフレームのシミュレーターから出てきたライにセシルは水を渡す。

ライは受け取った水を一気に飲み干すと息を整えて言う。

 

「聞いてないですよ、ロイドさん。トリスタンとモルドレッドの二機に加えてランスロットもなんて」

 

「えぇ?そんなデータにしたんですか?」

 

スザクが驚きの声を上げてロイドを見る。

シミュレーターの最終結果はトリスタンとモルドレッドに半壊にまで追い込まれ後、ランスロットのヴァリスを受け大破。

だが、それまでに多くのサザーランドを撃破し、ヴィンセントを戦闘不能状態にまで追い込んでいた。

 

「太平洋の再現、どこまでやれたのかなって気になるじゃない?次はフロートユニットをつけてやってみようか。どうなるのかなぁ」

 

「もう、ロイドさん!少しは休ませてあげないと!」

 

セシルに叱られ、子供のようにシュンとなるロイド。

 

「シミュレーターとは言え、まさかまた月下に乗るとは思わなかった……だけど動かしやすかったな」

 

「君専用に調整したからね~。結果としてピーキーなのは変わらないけど君の癖とかそういうのもあるから」

 

ロイドが得意げそうに言う。

 

「でも、これで新しい機体の調整ができますね」

 

「あは、楽しみだねぇ」

 

「新しい機体?」

 

「そう、君専用の第八世代KMF。君を量産機に乗せるなんてもったいなくてねぇ!」

 

「KMF……」

 

そこでライは気づく。

その場での気持ちに従ってこちら側に来たものの、KMFを駆って黒の騎士団と戦うことになる覚悟まではできなかったことに。

 

「あの、お願いがあるんですけど月下を動く程度まで直してもらえませんか」

 

「なにするつもり?」

 

ライの突然の願いにロイドはその理由を問う。

 

「蓬莱島に、黒の騎士団に挨拶に行こうかと」

 

「突然何を言い出すんだ、危険だ!」

 

当然のようにスザクは反対する。

今のライは黒の騎士団にとってゼロの作戦に従わなかった裏切り者だ。

そんな彼がどんな顔で彼らに会えるというのだろうか。

 

「ちゃんと話し合わなければすれ違うだけだ、僕は自分の選択に責任を持たなくちゃいけない」

 

ライはスザクに対してまっすぐ自分の信じた道が決して間違いじゃなかったと訴えるような眼差しを向ける。

だが、スザクは苦々しい顔をし、セシルは何も言わないが肯定的な表情ではなかった。

 

「向こうに行くにはフロートユニットもつけなきゃいけないから時間かかるよ?」

 

「ロイドさん?」

 

「ちゃんとデータ持ち帰ってきてよ?また調整する必要あるかもしれないから」

 

ロイドが意外と乗り気になっている時、彼に一通のメールが届く。

ロイドはそのメールに目を通し、少し残念そうな顔で言った。

 

「呼び出されちゃった……一緒に来る?中華連邦」

 

そのメールは中華連邦の天子と神聖ブリタニア帝国第一皇子で皇位継承権第一位オデュッセウス・ウ・ブリタニアとの婚姻を知らせるメールだった。



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