アームズクリエイター (ニラ)
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プロローグ

「ハッハッハーーーー! 今日の仕事は最高だったぜっ!」

「そうっすね、親分♪」

「がっはっははは! あの商人の野郎、しこたま溜め込んでいやがったからなぁ!」

 

 夜の夜中の闇の中。

 街の明かりも届かない山奥で酒盛りと称して盛り上がっている数十人の人達が居る。

 連中は揃いも揃って粗末な革鎧やボロのような布を体に巻きつけており、一言でいえば不衛生極まりない格好をしている。

 

 いったい何ヶ月風呂に入っていないんだろうか?

 近づいたら匂いで鼻が曲がるかもしれない。

 こういう時に、消臭剤という物が必要だと切に思うのだが……その事を理解してくれるのは極少数という悲しい事実。

 

 そんなことは、どうでも良いんじゃないかって?

 そうだな。確かにどうでも良いことだ。

 

 問題は彼等が『盗賊』と呼ばれる犯罪者集団で、今日も一仕事を終えて金銀財宝に食料も含めて回収してきた後だということである。

 彼等の対象となった善良……かどうか解らないが、少なくとも商人は被害にあってる訳だし、商人の家を護衛していた者達や周辺の人々に被害が出たのは確実である。

 

『人の道を踏み外し、己が欲望を満たさんとする者。人それを悪と言う』

 

 なんて、小洒落た台詞も出てきそうな相手だということだ。

 

 彼等は自分達で作り上げた砦の中で、思い思いに飲んで食べて歓談してと楽しんでいる。

 現代風に言えば一仕事の後の一杯といったところか。

 まぁ、連中の一仕事には命のやり取りが入っていたので、現代日本よりも遥かに殺伐としていたのだろうが。

 

 とは言え、連中にも良い所は有る。

 非道な行いで懐を豊かにしている彼等盗賊諸氏は、間接的にだが幸せを与えてくれる存在でも有るのだ。

 

 誰にだって?

 勿論、俺に決まっている。

 

 だって、盗賊に盗まれた物は見つけた奴の物だからね。

 え? そんな馬鹿なことはないだろうって?

 細かい事は良いんだよ。

 

「よし。行くか」

 

 発した声がマスクの中で響くように聞こえ、俺は立っている木の上から力強く飛び上がった。

 そして背面に施された術式を起動して風を操り加速することで、一直線に盗賊たちの宴会場へと飛び込んでいく。

 

 風を切るこの感覚は非常に良い!

 

 と、着地点に盗賊一号。

 南無南無である。

 

「―――ヴォルターキックッ!!」

「グベベァ!?」

 

 不幸なことに着地点に入り込んでしまった盗賊へと蹴りを見舞い、俺はそのまま反動を利用して宙返りを決めてスーパーヒーロー着地を決めた。

 蹴りをマトモに食らった盗賊は…………まぁ、十数m程ぶっ飛んだ後に森の木々を掻き分けながら転がっていったが、アレだ、運が良ければ生きてるだろう。

 

 夜の闇の中から表れた俺に対して、盗賊たちはシンと静まり返り視線を向けてくる。

 着地の姿勢から立ち上がると、連中に視線を向けた。

 

「盗賊団、猫の爪。名前の可愛い~響きとは裏腹に、街や村々を襲っては私腹を肥やす悪党ども。如何に人々の手から逃れようと、俺は貴様らのよう悪党を逃しはしない」

 

 指を突きつけ盗賊たちに言い放った俺は、感動に打ち震えていた。

 いや―――練習の甲斐が有ったなっ!

 どもらずに確りと言えた。

 

 盗賊連中も俺の言葉に身を竦ませて

 

「……何者だ、てめぇ? 随分とけったいな格好をしやがって」

 

 え? けったい?

 この格好のこと?

 

「そうだ。白い鎧? 服か? そんな格好を良くも恥ずかしげもなく……」

「……(ゴクリ)あぁ。普通の神経してたらまず着れねぇ」

「テメェ、いったい何処の変態だ?」

 

 か、ん、なんだと!?

 オイオイオイ。これは、俺なりに考えに考え抜いたデザインなんだぞ?

 単純な鎧じゃ動きにくくて機動性が落ちるだろうから、なるべく軽量化と関節面での動きやすさを追求し、各部に蛇腹構造を組み込んだ傑作なのに?

 

 薄く貼り合わせた合金製のスーツ。胴体部分は前と後ろも揃ってパーツがスライドするようにすることで本来の動きを阻害しないように作ってある。

 尚且つパーツの隙間を極力減らし、密閉することで剣や槍は勿論のこと、火などの非実体系の攻撃にも対応した優れ物なのに。

 

「ふん。貴様等のような盗賊風情には、このアーマーの素晴らしさは理解出来んだろう」

「あ? なんだその言いぐさは?」

「そんな、いつ風呂に入ったのかも解らないような、肥溜めの中を泳いだような匂いを撒き散らしている貴様らには、な」

「オマ! なんて酷いこと言いやがるんだッ!?」

 

 事実だ。

 勿論、本当のことなら何を言っても良いとは言わないが、少なくとも連中のような犯罪者に気を使う理由はない。

 

「もう一度言うぞ悪党ども。貴様らは鼻が曲がりそうな程に、酷く臭い」

「うるせぇっ! 俺達だって好き好んでこんな格好してるんじゃねぇ!!」

「そうだ! 出来れば毎日風呂にだって入りてぇ!」

「ゆっくりと泡風呂にだって入りてぇ!」

「……貴様等、自分のキャラ性と言うものを考えて口にしろ。泡風呂が似合うような存在か? 背すじが凍るぞ」

「そ、存在!? て、てめぇ! もう許さねぇ!!」

 

 ビシっと指をさして再度指摘をすると、盗賊の中の一人が目尻涙を溜めながら飛びかかってきた。

 思いの外に繊細だったんだな。

 その事実に驚きはするも、対処は確りとして置かなければならない。

 

 盗賊の振り下ろしてきた剣を半身になって躱し、そのまま相手の身体に肘を叩き込む。

 

 ズンっ! といった鈍い音と同時に、盗賊は

 

「グェッ!?」

 

 と悲鳴を上げた。

 優しい奴ならこの段階で終わりにするのだろうが、残念なことに俺は悪党には厳しい。

 

「ヴォルターキャノンッ!」

 

 密着させた肘に意識を向けると、その部分の術式が作動して圧縮した魔力が飛び出す。

 盗賊は爆音と同時に「ブボバっ!」と良く解らない言葉を吐いて吹き飛んでいった。

 大きな魔法ほどの派手さはないが、結構地味にインパクトは有る攻撃だろ?

 

 最初の一人目と同じように森の木々を突き抜けて吹き飛んでいく盗賊に、連中はあんぐりと口を開けていた。

 

「――俺はヴォルター。天空戦士ヴォルターだ。良く覚えておけ。もっとも、お前達は直ぐにさっきの奴らと同じように成るんだがな」

 

 言いながら腰を落とし力を溜める。

 そして脚部の術式を起動すると、俺は狼狽えて居る連中へと駆け出したのだった。 

 

「消えたっ!?」

「野郎! 何処だ!」

 

 反応が鈍い。

 此方は既に、貴様らの後ろへと移動している。

 

「終わりだ」

 

 背後からの声を聞いた連中が慌てて振り返るが、全ての動作が遅すぎる。

 腕を交差させて新たな術式を起動することで、既に此方の行動は終了しているからだ。

 瞬間、目の前に魔法陣が浮かび上がって周囲の空気が渦を巻き始めた。

 

「ヴォルターサイクロン!」

 

 声と同時に術が発動し、目の前には巨大な竜巻が。

 そして

 

「ぎゃああああああああああ!!!」

「な、なんだこりゃーーーー!!」

「ひぃやああああああ!!!」

 

 全員がお空に向かって飛んでいった。

 運が良ければ生きているだろう。

 運が悪い場合は知ったことではない。

 

 

 ※

 

 

 俺の名前はカナデ・ムラクモ。

 御年21歳に成ろうかという……傭兵? いや冒険者? まぁ、色々やってる男だ。

 

 元々は太陽系の第三惑星地球にある日本出身の一般人だったのだが―――え、知ってる?

 よくある話だからって? あぁ、そう。 

 じゃあ、もう少し違う話をするか。

 今の俺は傭兵や冒険者、そして各街々で一時的な用心棒などをしながら日銭を稼ぎ、趣味の一環として天空戦士ヴォルターに変身を……

 

 いやいや、待て待て。

 ちょっと待て。

 

 嘘じゃない。

 本当の事を語っているんだ、俺は。

 

 この世界に来てから早二年。

 ひょんな事から地球とは違う世界に迷い込んでしまった俺は、コレまたひょんな事から普通とは違う能力を身に着けるに至った。

 

 んで、今に至ると。

 

 ―――ざっくりしすぎ?

 いや、昔の話って、面白いもんでもないんだけどな……。

 

 アレはそう、俺が学校へと向かうために玄関の扉を開けたのが始まりだったんだ。

 

 

 



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01話

 

 

「どういう状況?」

 

 ポカンとしながら思わず呟いた台詞だが、もしも今の俺と同じような状況に陥ればテレビの中のスーパーヒーロだって似たような言葉を口にすると思う。

 

 朝――俺はいつも通りに家を出た筈だった。仕方がないことだが、世間一般で言う学生さんというのが今の俺の職業だからだ。

 真面目で優秀な生徒とは言い難いが、それでも遅刻はしない程度に家を出たつもりだったのに……

 

 気がつけば、見たこともないような草原にポツン――と一人で立っている。

 扉を開けたら一歩で草原、とか。

 いつからウチの玄関は未来的青狸の秘密道具になってしまったのだろうか?

 

 正に『え?』といった状況だろう。

 

「お前! 何をボサッとしてるんだ!!」

 

 突然横から怒声を浴びせられ、脳内『?』な状態の俺は更に頭を困惑させた。

 いや、まぁ、客観的に見れば怒鳴られても仕方がないのだ。

 何せ今現在、この草原では良く解らない奇妙な生き物と、妙なゲーム的な格好をした連中が本気で殺し合いをしているのだから。

 

 怒号が響かせ、剣や槍を振り回す鎧を纏った人々。

 それと対峙するように、見てくれの悪い奇妙な二足歩行の生き物が粗末な武器で反撃をしている。

 

「おい! 聞いてるのか! ゴブリンとの戦闘現場に、そんな軽装で何考えてるんだ!」

「ゴブ……リン?」

 

 肩をグイッと引かれ、怒鳴るような男の言葉に首を傾げる。

 ゴブリンというと、アレか? ファンタジーな初級の敵役筆頭?

 言われてみれば、奇妙な生き物の方はなんとも『ソレらしい』見た目をしているようにも思える。

 

「いや、でも、俺も何がなんだか―――」

「チッ! 何を呑気な―――オラぁッ!」

 

 現状の把握が全くできない俺に男は呆れたように言うと、後ろから迫ってきていたゴブリン? とやらを一撫でに切り捨てる。

 と言うか、普通に血が出てる。

 本当の血だ。

 周囲に漂うにツンとした血の臭いが、一瞬だが思考をぼやけさせる。

 

 あ、いや。ゴブリンも血が赤いんだ―――くらいには考えたけど。

 

「クっ、しょうがない。オイ、今お前に構ってる余裕はない。その辺に落ちてる剣を拾って自分の身は自分で守ってくれ!」

「ち、血溜まりが……え?」

 

 突然過ぎる出来事が多くて、とてもじゃないが頭の処理が追いつかない。

 言われた内容に目を丸くしてしまう俺を置き去りに、男は剣を構えながら『うおぉおおお』と叫びながら走り出してしまった。

 

 え、剣を拾えって?

 ソレってこの辺に落ちてる錆が浮いたボロボロの奴のことか?

 

 色々と疑問は尽きないが、言われた通りに取り敢えずはしよう。

 出来れば触れたくもないのだが、血で汚れた剣の柄を握ってグイッと持ち上げる。ソレは思いの外に重量が有り、ズシッとした重みを俺の腕に伝えてきた。

 

 刃物なんてのは包丁やハサミ位しか握ったことのない俺が、錆だらけの刃毀れだらけとは言え剣を手にすることになるとは。

 

 男だから多少は刀剣に憧れも有るが、しかし、だからと言って生き死にの闘いに憧れてる訳じゃない。いや、戦国武将とか剣豪とかは好きだよ? 

 でも、それとコレとは別問題だろ?

 しかも、いま手にしているのはとてもじゃないが、男子が眼をキラキラさせて憧れるような素晴らしい剣なんかじゃないと来たもんだ。

 

「これで身を守るって……俺も、あんな風にしなくちゃ駄目だってことなのか?」

 

 チラリと視線を地面へと向ける。

 其処にはビクビクと痙攣をしている、斬り捨てられたゴブリンが居た。

 チョットだけ、ほんのチョットだけだがどんな生き物なのか興味も湧いたが、だからと言って手に触れて調べたいとは露程にも感じない。

 

 逆に鉄臭い血の臭いが嫌悪感を刺激して、少しばかり吐き気を催す。

 暫くは肉を食べるのも無理そうだ。

 うぅ……今日の昼はビッ○マックって決めていたのに。

 

 思わず溜め息を漏らしそうになるが、しかし

 

 ガサ……ッ!

 

 足で地面を踏みしめる音が耳に届き、俺はビクッと体を震わせた。

 視線を向けると其処には

 

「ゴブ……ゴブブッ!」

 

 と、言葉なのかも良く解らない声を放ちながら剣を向けてくる、数匹のゴブリンが居たのだった。

 しかも、見て解るくらいに苛立った様子でだ。

 思わず視線を周囲へと向けるが、いつの間にか先程の剣士は遥か遠くへと行ってしまっている。

 

「じょ、冗談キツイぜ……っ!?」

 

 顔を顰めて言った台詞が言い終わる前に、目の前のゴブリン達は襲い掛かってきた。

 慌てて横っ飛びをして、ゴロゴロと地面を転がりながらも勢いを利用して立ち上がる。

 視界の中には未だにいきり立ったゴブリン達が存在するが、距離を取れたことは幸いだ。

 が、奴らの戦意――いや、この場合は殺意だろうか?

 俺に向けて放たれるソレは、残念なことに一向に萎えては居ないらしい。

 

 ―――と言うか、俺がオマエ達に何をしたよっ!

 

 俺の内心の思いなどゴブリンには関係ないのだろう。

 相変わらず理解の出来ない『ごぶごぶ』といった言葉を口にしながら、ジリジリと迫ってきた。

 

「チ、チクショウ……ぅ巫山戯んなっ!!」

 

 負けじと大声を放ち、相手を威嚇する。

 急に降って湧いた理不尽に、実際俺は心底の怒りを感じていた。

 もっとも、その怒りによって眠っていた『(パワー)』に目覚めるなんてことは当然ない。

 

 そんな能力が有るのなら、俺は日常生活でとっくに使っていたはずだからだ。

 

 俺がこの状況で出来ること、ソレは逃げることだけだ。

 連中の持っていたのは錆びた剣と無骨な棍棒。

 距離の空いている状況ならば、逃げることは不可能じゃない。

 

「オラァ!」

 

 ゴブリンズぬ向かって手にしていた剣を思い切り投げつけ、俺は回れ右をして駆け出した。投げた剣がどうなったか、なんて考える間もなくだ。

 

 相手に背中を見せても何しても、兎にも角にも逃げる。

 今の俺に出来ることは、最早ソレしかない!

 

 小、中、高と運動部でもなかった俺は、ハッキリ言って動くことが苦手だ。

 嫌いなスポーツはなんですか? 聞かれれば、一番がサッカーで二番がバスケットだと答えるだろう。

 走り回る競技だからな。

 

 ただ、そんな運動嫌いを公言する俺が、果たしてどれだけ動き回れるのか? ということだ。

 

 ものの数分もしない内に俺の足はもつれ始め、肩を大きく上下させて呼吸が乱れ始めてしまう。

 

 あぁ、こんなことなら少しはマトモに運動をしておくんだったっ!

 後悔先に立たずとは正にこの事―――って、結構心の中では余裕があるな。

 

 もっとも身体の方に余裕はまるでなく、十分に取っていたはずの奴等との距離も

 

「ゴブブーーッ!!」

 

 ほんのちょっと後ろでゴブリンの声が聞こえる始末。

 

「クソっ……! なんだって、俺が……こんなめに……ッ!?」

 

 草原から森の中へと入り込み、藪を掻き分けて只管に走る。

 自分でも良く走ると思えてしまうくらいに俺は走り回っていた。

 ただ、まぁ、俺の運勢はそれ程に良くはないようだ。

 

「う――うそ、だろ?」

 

 闇雲に走っていたからだろうか?

 気がつけば俺は崖まで追い詰められていた。

 いや、この辺の地理なんて知らないんだ。闇雲意外にどうやって逃げろと言うんだ?

 

 自分で自分にツッコミを入れるも、当然好転なんてしようもない。

 此処で何らかの奇跡を願いたい所でもあるが、

 

 ガササ!

 

 藪を掻き分けて現れたのは、俺を追ってきたゴブリン達である。

 此処まで追って来る間にゴブリンの方にも多少の疲弊が有るようだが、それでも俺よりはマシなようだ。

 

 コッチは肩を大きく動かして『これでもか』と言うほどに酸素を補充している状態だが、向こうは精々『ちょっと疲れちゃいましたね。うふふ』くらいなものである。

 

 あー、ゴブリンが『うふふ』とか想像するんじゃなかった。

 

 だがファンタジー系の王道とも言えるゴブリンが此処まで強いことに驚くべきか、それとも自分の体力の無さを嘆くべきなのか。

 

 まぁ、先ず間違いなく後者の方であろう。

 

「ゴブっ! ゴブブっゴッゴブ!」

 

 剣を突きつけ何かを言ってくるゴブリン。

 そうだ! 人形の魔物と言うことは、多少なりとも意思の疎通が出来るのではないか? 犬だって愛情を注げば分かってくれるんだ。

 必死になって訴えれば、もしかしたらゴブリンだって……

 

「ゴブブブ、ゴブ、ゴッゴブブ!!」

 

 いや無理! 何言ってるのかサッパリ解らねぇ……っ!

 そもそも、俺の耳には『ゴブ』とか言う単語しか聞こえないから法則性も見いだせない。もしかしてアレか? 言葉の区切りや発音で意味が変わるとか? いやいや、そんな言語の解読は無理だって。英語の方がまだ理解が速いよ。

 俺は英語も喋ればいけどな!

 

 相手が人間なら白旗でも上げれば言葉は解らずとも理解はしてくれそうだが、目の前のゴブリンにはそういった知性を求めるのは無理な気がする。

 なんというか、子供の時に動物園で見た猪豚を思い出させるからだ。

 

 もっとも猪豚とは違って食べても美味しくはなさそ―――

 

「うおぁ!?」

 

 突如襲ってきたゴブリンの一匹が、此方に向かって剣を振り下ろしてきた。

 驚いて大きく避ける俺だったが、しかしこの場所が崖の近くであることを思い出して動きが鈍る。

 

「絶体絶命……っ!?」

 

 此方の生命を奪おうと躙り寄ってくるゴブリン。

 後ろには切り立った崖。最早、逃げ場は何処にもない。

 

 こういう時は、どうする?

 

 ・男の子だろ? 戦うしかない

 ・神の奇跡が起きて助かるように願う

 ・逃げる場所なんて無いが、それでも逃げる

 

 俺の選択肢は―――

 

「―――逃げるっ!」

 

 敵に背を見せ、勢い良く崖下に向かって飛び降りた。

 最初にチラリと見た感じでは、崖の下は川が流れている。下までの高さは大凡20M程で―――

 

「やっぱこぇええええええ!?」

 

 浮遊感を感じて直ぐに着水。

 ドボォオン! といった音の後に、俺は水面に向かって浮かび上がった。

 

「プハぁ! 水深が有るかは賭けだったが、賭けには勝った、か!」

 

 息を吸いながら、沈まないように身体を動かす。

 出来れば早く岸へと向かいたいのだが、如何せん力が入らずに泳ぎにくい。

 

「が、がぶ……。プハ! さ、さっき動きすぎた……! 力がっ!?」

 

 服を着てるからかも知れないが、このままじゃ溺れ死んでしまう!

 若い身空で溺死とか、幾らなんでも―――って、なにやらドドドドとか聞こえないか?

 

「ぶへ、とぅあ、ど、洞窟っ!?」

 

 目の前には岩肌に囲まれた洞窟が、大きく口を開けて待ち構えていた。

 だが、普通に洞窟ってだけでは『ドドドドド』なんて音は聞こえないはずだ。

 ソレはつまり、

 

「た、たたた、滝ーーーーーっ!!!」

 

 詰まりそういう事で、地下水脈?への入り口が其処には在ったのだ。

 

「いや、ゲボ、そんあ―――ゲバボ!? しぬ! 死んじまう!」

 

 必死になって抗うように手足をばたつかせていた俺であるが、そんな努力など無駄だというように身体は水の流れに流されて行く。

 漫画やアニメに有るような、流れに逆らって泳ぐなんてのは不可能だ、と、俺はこの時に悟ったのであった。

 

 そして結局、

 

「あ、あああああああああああ!!!」

 

 為す術もなく滝壺に向かって真っ逆さまと成るのだった。

 

 

 



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02話

 

 

 

「ガハッ、ごほ! ゲハ!」

 

 滝壺に呑まれながらも死に物狂いで岸へと這い上がった俺は、本気で死にそうなくらいに息を荒げていた。

 

 もう無理だ。

 一歩も動くことも出来ない。

 そう思えるくらいに身体が疲弊してしまっている。

 

 酸欠の症状でも出ているのか、心臓がバクバクとなって頭の奥がグルグルと回っている。

 昔、湯あたりで倒れた時もこんな感じだったな――――と、不意に思い返し苦笑を浮かべてしまう。

 そんな状況でもないだろうに、な。

 

 ゼーハーゼーハーと、大きな息を吸って吐いてを繰り返して少しづつ調子を整えていく。

 明日は確実に筋肉痛だなっと考えながら、俺は今の状況について考えることにしたのだった。

 

 もっとも、だからと言って答えは解らない。

 家を出て直ぐに視界は草原に変わっていたのだ。

 本来の自分の記憶にある、閑静な住宅街は全く見えなかった。

 

 常識で考えれば何を言っているんだ?

 といった内容だが、この状況で常識を語ることに何の意味があるのだろうか?

 

 暫くそうして体力の回復を待ち、俺は腕に力を込めるとグルンと身体を回転させ仰向けに寝転がる。

 そうして初めて、此処が洞窟の中だったということを思い出した。

 

「……そうか。そういえば、変な洞窟に流されたんだっけ」

 

 呟きながら天井を眺めると、洞窟の中である筈なのに明るいことに気がつく。

 その理由は解らなかったが、元々明かりに成るようなものなんて持ち合わせていなかったのだから好都合ではある。

 

「けど……何なんだよ、この状況」

 

 思わずこぼした泣き言に、一緒になって涙腺が緩みそうになってしまう。

 

「――――俺は村雲(むらくも)(かなで)。都内の専門学校に通う学生。19歳。趣味は特になく、強いてあげるならカラオケで歌うことで……」

 

 誰に聞かせるでもない言葉を口にして、俺は目頭を抑えて水滴を拭った。

 こんな状況でも、恥ずかしいと言った感情が浮かんだからだ。

 

 なんだかんだで、強がりが言えるってことはまだ大丈夫なのかもしれない。

 

「訳が解らないし、どうして良いのかも解らないけど……出口を探そう」

 

 幸いにして、この洞窟は光る何かが壁の至る所に張り付いている。

 これまた未来的青狸の道具のような便利さを感じさせるが、似たような物なのだろうか?

 

 フラフラとした足取りで歩き出した俺は、取り敢えずという気持ちで水の流れに沿って歩き出した。

 来た道を戻れるのならソレが一番良いのだろうが、俺が来た道は地下水脈へと流れ込むと滝である。

 普通に川の流れに逆らうことさえ不可能なのに、滝を登ることなんてのは更に無理な話だ。

 

 その為、必然的に俺の行路は川の流れに沿ってになる。

 それに水が流れているということは、この川自体は外に繋がっている筈だしな。

 

 とは言え、その考えも即座に頓挫する事になった。

 

「まじ、かよ」

 

 川の流れにそって歩いていると、程なく一際大きい空間へと繋がった。

 今まで歩いていた道が路地裏へと繋がるビルとビルの間であるのなら、今のこの空間は一般的な学校の体育館ほどの広さは有る。

 

 閉塞された場所から抜け出して気持ちを切り替えられた瞬間ではあったが、同時にグルリと周囲を囲む岩肌に出口が存在しないことを教えられる。

 

 流れて居る川はそのまま岩壁の先まで流れているが、水の流れの少し上、せいぜいが30~40cm程の隙間しか無い。背泳ぎの要領で流されて行けば通れるだろうがこの先もその高さで幅が有るとは限らない。

 

 つまりは

 

「出口が、無いってのか……」

 

 で、ある。

 一応、遥か上空に有る天井には洞窟の壁とは違う光――陽の光が漏れ込んでいる場所がある。

 人一人くらいなら通れそうな穴が地上に向かって伸びているのだが、俺の体力で壁登りなんて出来るわけもない。

 積んだ。積んでしまった。

 

 そう考えると一気に疲れが襲ってくる。

 『はぁ……』っと溜め息を吐いて、俺はその場に腰を落とした。

 訳の解らん状況に放り出され、死に物狂いで逃げ出したら行き着いた先は行き止まり、とか。

 

「――――ク、クククク、クハハハハハ、ハハハハハハ!

 ふっざけんなーーーーーっ!!! 何なんだよ、この罰ゲームみたいな状況はっ!!

 俺にどうしろって云うんだよ糞ったれっ!! 糞ったれぇ!!」

 

 手元にあった石を拾い、闇雲に地面に向かってガツンガツンと振り下ろす。

 それでどうにか成るなんて思っては居ない。

 ただ、何かに感情をブツケたくて仕方がない!

 

「こんな……こんなのが俺の最後かよ……っ!?」

 

 ガクッと項垂れ、啜るように息をする。

 そして手に持っていた石を無造作に放り投げる。

 

 と―――

 

 カンッ! と投げた石が地面に落ちた瞬間、其処から光の波紋が広がった。地面を波打つように広がる光の波紋が周囲一体へと広がったのだ。

 俺はその光景に「えっ?」と声を漏らし、バッと立ち上がって距離を取る。

 

 そして次の瞬間には体育館ほどの広さ一杯に、奇妙な幾何学模様が浮かび上がる。

 五芒星、六芒星、そして見たことも無い様な文字の羅列と円陣だ。

 

「なん、だ、いったい」

 

 何が起きてるのか解らない。

 解らないが、目を離すことも出来ない。

 

 光を放って描かれた地面一杯の図形――魔法陣は尚も光を増していく。

 すると

 

『――ヴァ……ウ……く来た。ひ…の子よ』

 

 酷く雑音混じりの聞き取りにくい、声? が聞こえてきたのだ。

 

「なんだ? 声? な、何を言ってるんだ?」 

 

 雑音混じりの声は頭の奥に響くように成り不快感を先行させてくる。

 

『……がこ…を…………たくば…ぃのれ、いのぅ……のだ』

 

 相変わらず聞きにくい。

 だが、なんだ? もしかして『祈れ』と言っているんだろうか?

 苦しい時の神頼みをしろって?

 

 いいさ、やってやろうじゃないか。

 そんな事でこの状況が改善するなら安いもんだ。

 

 俺はその場に膝をつき手を組んで祈りの姿勢を取ってみせる。

 そして

 

「どうかこの、哀れな子羊を救ってください」

 

 と、投げやり気味に言ったのである。

 初詣で賽銭箱の前で祈る時の三分の一程度の真剣さだろう。

 だと言うのに

 

『――ぉお、おお、おおおおおおおおおおおおおッ!!!』

「なっ!? え、なぁッ!?」

 

 突然に強く響いてくる大音量。

 ソレに驚いて身を竦ませると、足下の魔法陣が眩しいほどにピカピカと明滅を繰り返した。

 そしてその光が徐々に落ち着いていくと、少しだけ静寂が戻る。

 

『―――ぉぉぉお、僅かとは言え活力が戻ったか。礼を言おう、人の子よ』

 

 何のギャグなのか? 頭に響いていた声が今度はクリアに変化したのであった。

 思わず口を半開きにして呆けてしまった俺は決して悪くはないだろう。

 

『我が旧き神となり星が幾度回ったかも知れぬが、こうして消え去る前に信徒がやって来たことは嬉しい限りよ。

 ――――さて、こうして我の元へやって来た人の子よ。他の信徒たちは何処に居るのか?』

 

 ……何を言ってるんだコイツ?

 信徒? 宗教的な話だよな、ソレは。

 この声は、もしかして神か何かだとでも言うつもりか?

 

「他の信徒も何も、此処には俺しか居ない」

『……すると、少し離れた場所で待機している、ということか? …………いや、ソレらしい反応もない。――――いったいどういう事なのだ人の子よっ!!』

「なんで俺が怒られなくちゃならないんだよ」

 

 勝手に怒られるなんてのは意味がわからない。

 一体何なんだよ。

 

『一先ず聞くが、貴様。まさかこの天空神ボルヴァーグの信徒ではない――――等ということは?』

「信徒じゃないよ。天空神ボルヴァーグなんて知らないし、そもそも此処にはゴブリンから逃げる途中で川に落ちて、流されるままに辿り着いた場所なんだから」

『ご、ゴブリンから逃げたぁ?』

 

 俺がこの場所にいる理由を説明しただけなのに、呆れたような言い方で返されるのは酷く心外である。

 誰だっていきなり、命のやり取りを強制されれば似たような行動を取ると思う。

 

『――――……ハァ。なんということだ。最早、我が存在も風前の灯ということか』

「風前の灯火って、仮にも天空神とか言っちゃうような奴が、随分と弱気な」

『仮にではない。我は真実、天空神ボルヴァーグであるっ! だが――』

 

 怒ったように声を荒げた天空神(?)は、とつとつと身の上話を始めていった。

 なんだって神様の神生(じんせい)相談をしなくちゃならんのか?

 

 とは言えソレを聞いてしまう俺は小市民なのか、それとも単に人が良いのか。俺としては後者だと思いたい。

 

 

 



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03話

 

 

 

 さて、天空神とやらが言うには、奴はこの世界では既に忘れ去られつつある旧き神であるらしい。

 嘗ては最高神として存在したのだが、人々の記憶から次第に忘れ去られていき今ではその力を殆ど失ったというのだ。

 神とやらは信仰を糧に生きる存在(モノ)であるらしく、ソレが薄れると徐々に弱っていくということで、

 

「誰にも祈ってもらえない状況で、今にも死にかけていると」

『うむ。まぁ、そういうことに成るな』

 

 人間もボッチだと寂しくて死んじゃったりするからな。

 その辺りは神様も同じなのかもしれない。

 

「けど、最高神だったって言うことは、結構な数の信者が居て力を奮ってたんだろ? 俺一人の適当な祈りだけでも喋れる程度に回復するって、結構お手軽なのか?」

『それが不思議な事では有る。我はてっきり、人生の数十年を我に祈ることに費やしたような聖職者(きょうしんしゃ)が数百人単位の生贄を捧げた上で祈りを捧げたのかとばかり思ったのだが……』

「生贄って…………」

 

 何とも物騒な話だ。

 しかし、この天空神とやらは生贄を欲しがるタイプの神なのか?

 

『いや。我に限らず生贄という工程を踏むことで、生命の持つ魂が良質な糧になりやすいのだ。取り分け人間の魂はな。だが人の世では生贄という手法は忌避される。後々の自身への風評を考えるのであれば十分な信仰が有る状態でわざわざ選択する方法(モノ)ではないな』

 

 成る程。まぁ、まともに頭の回る奴なら、自分の名前に良くない噂がつく方が後々に厄介だと解るだろうからな。

 しかしソレを考えると、今のコイツはそういった外聞を気にする余裕もなかったくらいに弱っていたってことか。

 

 神ってだけで何でも思いのままって訳でもないんだな。

 

「でもそうなると尚更、俺の祈りなんかで其処までの効果があったのが理解出来ないんだけど?」

『…………うむ。恐らくはお前と我の親和性が異常な程に高いのだろう。天空神にして最高神たる我と、コレ程迄に高い親和性を持つことを末代まで誇るが良い』

 

 死にかけていた奴と親和性――要は『似てる』とか言われても、正直嬉しくも何ともない。

 しかもこのままだと、俺がその末代になりそうだし。

 

「あ、それじゃあ、祈りを捧げて力が回復するなら、俺が何度も祈れば力を回復させることが出来るってことだよな?」

『うむ?』

「そうすれば、神の奇跡みたいなのを起こして、俺をココから出すってことも―――」

『ソレは無理だ』

「なんでっ!?」

 

 折角思い浮かんだ妙案を、奴はアッサリと否定してくる。

 あんなので喋れるくらいに回復するなら、俺が何度も祈れば神様らしいことだって出来る様になるんじゃないのか?

 

『今現在も貴様からの祈りの力が我に注がれているからこそ、こうして会話が成立しているのだ。貴様が今以上に信心深く、我を崇め奉り誠心誠意に心を込めて祈るというのなら不可能でも無いが…………無理であろう?」

 

 確かに、ソレは無理だ。

 そもそも俺は、お国柄も有るが信心深いほうじゃない。

 今更神に本気で祈るなんてのは出来そうにない。

 

「じゃあ、結局……俺は此処で死ぬのか」

『むぅ? どうした人の子よ? 今にも死にそうな雰囲気だな?』

 

 今にも死にそうだった(やつ)に言われたくない。

 が、俺は少しばかり心が参っている。

 愚痴を零すつもりで、俺は天空神に対して泣き言を吐露するのであった。

 結果、

 

『――――むぅ。それは何と言うべきか…………運が悪かったな?』

「運が悪いで済ませるなよー……」

 

 一通り話をした後に言われた台詞がソレであった。

 天空神の奴が言うには、俺は所謂『神隠し』に有ってしまったらしい。

 本来ならば繋がることすら稀な確率で、別の場所へと通じるトンネルが現れることが在るらしい。

 つまり瞬間的にだが、俺の家の玄関とこの世界の平原が繋がってしまったというのだ。

 で、一歩踏み出してしまった俺は違う世界にコンニチワ。

 繋がったトンネルも一瞬なので無くなって、俺だけが下車して置いてけぼりとなった訳である。

 

 神隠しが解らない? ソレついては独自に調べてくれると嬉しい。

 

『しかし、確かにこのままでは貴様は死ぬな。人間は我等と違って燃費が悪い』

「…………ッ」

『今しがた調べてみたが、今現在この場所から抜けるための出入り口は存在しない。いつの間にか埋められていたようであるな。

 どうりで此処2千年程、誰一人して信者が来なかったわけだ』

「2000年間も気が付かなかったのよ……」

『神からすれば、『ちょっと長いな』といった程度であるからな』

 

 何とも間の抜けた話だが、出口がないと言うのは俺にとっては死刑の宣告に等しい言葉だった。

 しかも水は有るが食料は無いといった状況で、徐々に飢えて餓死をするといった想像しても楽しくはない宣告である。

 ――――あぁ、気持ちが下降方向にスパイラル気味に落下する。

 自殺をしたいとは思わないが、苦しむくらいなら楽にしてくれってなりそうで怖い。

 

『そう悲観をするな人の子よ。どうだ、我と取り引きをせぬか?』

「は? 取引?」

 

 ガクッと項垂れていると、奴は『これ、妙案』とでも言いたげに問い掛けてきた。

 やはり妙に人間臭い奴である。

 

『人の子よ。我と合一せぬか?』

「…………なんだって?」

『合一せぬかと』

「そうじゃなくて、どういう意味?」

『合体せぬか?』

「は?」

『我と一心同体となり、現人神とならぬか?』

 

 なんでそうなるの?

 と、顰めっ面を浮かべた俺に奴はとつとつと語るのだった。

 

『簡単な話だ。貴様はこのままでは飢えて死ぬ。我もこのまま貴様が死ねば信仰不足で存在そのものが消えてしまう。

 ならば貴様と合一を果たすことで、御互いの必要とするモノを補おうと言っているのだ。確かに今の我には奇跡を起こすほどの力もないが、貴様と合一を果たし肉体を得れば多少なりとも力を振るうことも出来るであろうよ』

 

 要は、死にかけてる今の状態では何もしてやれないが、俺と合体することで多少は元気になるので力が使えるということか。

 

「じゃあ合体することで俺は此処から出る方法を得ることが出来て――」

『我は貴様が死ぬまでの間、生き長らえることが出来る。そのうえ、お前が我の名を世界中に知らしめれば後々も安泰に成るという――――おぉ、素晴らしい、一挙両得というやつではないか』

 

 ……恐らくは後半部分のほうが奴にとってのメインなのだろうが、しかし内容自体は悪くはない。

 寧ろ自分の助かる確率が出てくるだけ有り難い。

 

「けど、それって大丈夫なのか? お前に体を乗っ取られたりするんじゃ……」

『失敬な物言いであるが許そう。そして安心するが良い、貴様という器に我が混ざるだけのことよ。貴様の持っている意識や人格には何ら影響は出はすまい』

「本当か? 嘘だったら本気で呪うぞ?」

『疑り深いな貴様は。最強にして最大の力を与えようというのだ、伏して受け入れよ』

 

 死にかけてた奴が『最強』とか言っても信憑性の欠片もないんだが。

 しかし、コレほどまでに疑い深い俺が神との親和性が高いってのはどんな皮肉なんだろうか?

 

「……分かった。俺は何をしたら良いんだ?」

『この神殿の中央に力点が有る。貴様は其処に手を重ねるだけで良い』

 

 神殿って……まぁ、神が祀られていたのなら神殿とは呼べるのかもしれないが。

 中央って言うと、足元の魔法陣の真ん中ってことだろうか?

 

 俺は言われるままに光の中心点に手を置く。

 

『良かろう。ではコレより貴様に我の全てを授けよう。この日この時をもって、貴様が天空神ボルヴァーグである――――』

「――――っ!?」

 

 と、奴の声が聞こえた瞬間、足元の魔法陣が一際強く輝いた。

 眩しさに目を瞑ったのとほぼ同時に、何かが手の平から流れ込んでくる。

 身体の中にお湯が流れていくと言った表現がピタリと来そうな、そんな感覚だ。

 

 しかしその感覚もほんの数秒ほど。

 足元の魔法陣が光を失ってただの地面へと姿を変える。

 

「なんだ……神と同化するって言ってもたいしたことは――」

 

 ドクンッ!

 

「ぇッ!?」

 

 胸の奥。心臓とは別の何かが動き出した。

 だがソレは内側から膨張するように体の中を侵食し、削り、抉る様に広がっていく。

 

 コレは何だ?

 痛みが

 

「――ぐぁ……ぐぅ」

 

 入り込んだ何かが暴れている。

 立っていられない。

 苦しい。

 痛い!痛い!痛いっ!!

 

「ぐぁああああああああああああっ!!」

 

 絶叫するような一度目の叫びを上げた後、何度痛みによる悲鳴を上げたか解らない。

 のたうち回り、地面を掻き毟り、力任せに大地を叩く。

 落ちているチョットした鋭利な石を見つけては、体の内側から走る痛みを誤魔化そうと自身の体を傷つけるような自傷行為迄してしまった。

 

 だがそんなことでは収まらない。

 抑えられなかった。

 

 只々苦しい。

 自身の内側から膨張を続ける何かが、身体の中で収まりどころを探そうと全身を刺激し続けていたからだ。

 

 やがて体力の低下によって声をだすことも出来なくなり。痛みに反応する気力さえも無くなってきた頃……俺は意識を失ったのであった。

 

 

 

 



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04話

「あぁ…………死ぬかと思った」

 

 ぼんやりとした視界に溜め息を吐きつつ、俺はグッタリと寝転がっていた。

 全身に染み渡った激しい痛み。

 今ではソレが、この身体に馴染むために必要なことだったとを理解できる。

 

 天空神の持っていた記憶を『知識』という形で受け継いだことで、知ろうと思えば其処から情報を引き出すことが出来るからだ。

 

 その為、先程の叫びたく成るような痛みの理由もちゃんと調べがついた。

 だけど、言っておけよ! 『死ぬほど痛いぞ』くらいさ!!

 

 因みに記憶を受け継ぐ――――ではなく知識として吸収しているのは、神と人間の存在の仕方が違うからだろう。

 精々100年程度しか生きない人間が、2000年を『ちょっと長い』で済ませてしまう様な神の記憶を完全に受け入れられる訳がないだろう?

 そんなモノを人間の脳細胞に刻み込んだら良くて発狂、悪くて神経が焼ききれて廃人になってしまうよ。

 

 だから何というか……頭の中に辞書が有るような、そんな感じだ。

 しかも長大で長過ぎるうえに、順不同で整理がされていない辞書。

 調べようと思えば調べられるのだろうが、ソレをするには非常に面倒という代物である。

 ウェブ検索みたいな機能がついていれば楽なのにな。

 知識(ソレ)を使うことで先程の痛みも理解は出来たのだが、同化する前に説明の一つくらいしろよ。なぁ?

 

 だが無事に同化が済んだことで、先程までの自分との違いも良く解る。

 有名なバトル漫画に出てくる緑色の宇宙人が同族と合体を果たした時に声を上げて興奮していたが、その気持も今の俺には理解が出来てしまう。

 ソレほどまでに力が漲っているのだ。

 

 言ってしまえば神人類(しんじんるい)となったとも言える。

 

「――あぁ、くそ。頭が少しフラフラする」

 

 意識が飛んでいたことと関係があるのか、何やら声が妙に頭の中で反響するようにも感じる。

 なんなんだ、この状態は?

 

 軽く頭を抑えようと手を伸ばす……が

 

「……なんだ、この手は?」

 

 視界に映った自分の手? に、俺は思わず疑問を口にした。

 いや、何も酷く変形をしたとか、観るも無残なほどにタダレたとかではない。

 あー、いや、ある意味では観るも無残な状態と言えるのかもしれないが。

 

「鎧、なのか?」

 

 手首を返し、可能な限り自身の手を隈無く見た感想がソレだった。

 上手く説明しようとしても言葉が出ない。

 其処にはまるで鎧の手甲を身に着けたような手が有ったのだ。

 

 とは言え、本物の鎧のように無骨なものではなく、もう少しシャープな物だが。

 

「え? なんで、俺はこんな……何がどうなってる?」

 

 確認するように反対側の腕を見てみれば、どうやら右も左も同じような状態に成っているようである。

 それどころか、脚も身体も……

 

「おいおいおい……っ! どういう事だ?」

 

 訳が分からない。

 立ち上がった俺は川辺りへと移動し、其処に流れる水を覗き込むようにする。

 

「…………メタル系ヒーロー?」

 

 其処に映っていたのは普段から見慣れた俺の顔ではなく、アニメや特撮にでも出てきそうなメタルボディの姿であった。

 メカメカしいデザインをしているので、バッタ系改造人間というよりも特殊装備装着型の宇宙刑事か?

 ……いや、其処まで無骨なデザインじゃないか。フォルムとしてはかなりシャープで動物的な感覚を受ける。

 身体の関節部分はパーツがスライドするように成って可動域を広げてるのか? いやぁ、上手く出来てるなぁ。

 しかも、目の部分はバイザーではなくデュアルアイとは……。デザイン担当は天空神の奴なのだろうか? だとしたら良いセンスだと褒めてやりた所だ。

 

 もっとも、

 

「なんで、こんな格好をしてるんだ俺は?」

 

 といった疑問は残る。

 あぁ、クソ。

 また調べなくちゃならないのか?

 

 頭の中の辞書に呼び掛け、今の状態に成っている理由を『予想』する。

 言っただろ。すごく面倒だって。

 

 神というのは研究者じゃなくて、力のある『何か』なんだ。

 その為、人間の学者とは違って理論も理屈も関係なく諸々をすっ飛ばす。

 結果だけが其処に有るようなものなんだよ。

 そんな神の知識だ。国語辞典のように調べようとしても中々に正確な答えには辿り着けない。

 数々の記憶の中からソレらしい事柄を拾い集め、『恐らくはこうだろう』といった予測を立てるしか無いのである。

 

 あぁ……面倒くさい。

 

 そして

 10分――30分――1時間と、腕を組んだり座り込んだり横になったりしながら悩んだ結果、コレは神の力を行使しやすい形に変身したのだろうと結論づけた。

 

 太陽系第三惑星地球に数多く生息している貧弱ボーイの1人でしか無い俺が、神と同化したからといって何でもかんでも出来るのか?

 いや、出来るわけ無いだろ。

 

「まぁ、だからこその変身なんだろうが。あー…」

 

 どの程度のことが出来るのか?

 残念ながらサッパリ把握できない。

 

 試しに、と、足元に転がっている石を拾い上げて握りしめてみる。

 

「あれ? この感じなら」

 

 バギリッ!!

 

 と、ほんの少し力を込めると石は粉々に砕け散ってしまった。

 思わず「おー……」なんて口にするが、凄いと思うと同時に『こんな格好をしていて大したこと無かったら地獄だもんなぁ』といった感想も思い浮かぶ。

 主に羞恥心で。

 

 ついでに、軽めに跳躍をしてみると、赤い帽子の配管工くらいにピョインと軽々に身体を浮かせてしまった。

 どうやら色々と、今の俺の身体能力は冗談みたいに成っているらしい。

 

「―――だが、コレだけ身体が強化されてるならアソコから出ることも出来るか?」

 

 そう言いながら向けた視線の先は、天井にある穴である。

 外からの光が漏れていることから外に通じているのは確かだろうが、利用することは物理的に不可能だった出入り口だ。

 

「今なら本気でジャンプすれば、もしかして―――」

 

 なんて、簡単に考えたのが間違いだった。

 なんだかんだで、俺は結構浮かれてたんだろう。

 

「せーのっ!」

 

 勢い良く足に力を込め、一気に解放した俺は

 

「―――――うおぉおおおおおおお!? こぇえええええええッ!!??」

 

 弾丸の様に飛び上がり、凄まじい速度で地面から天井に向かって飛び跳ねる。

 昔乗った事がある、テーマパークのアトラクションが確かこんな感じで―――あーッ! 怖いぃッ!!

 

「けど、コレなら届―――かないィッ!?」

 

 もう少しという所で失速し、俺の手は宙を掴むようにバタバタと動くだけだ。

 当然、何も掴めなければ身体は重力に引かれて落ちていく。

 しかも空中でバランスを崩し、背中から地面に真っ逆さまである。

 

 オイオイ、巫山戯んなよっ!

 神の力だぞ? ソレを手に入れておきながら―――いや、それにしては色々と使い勝手が悪くて悩んだりもしてる訳だが、それでも神の力でって……

 

「うぉおおおおお!? シートベルトをくれぇえええええ!!!」

 

 大声を叫びながら落下する俺は、バタバタと手を動かしながら空中で藻掻く。

 無意味だと理解しながらも、何かせずにはいられない。

 アレだよ! 溺れる者は何とやらって奴だ!

 まぁ、掴む藁すら無い状態なんですけどーーーーーーっ!!!

 

「うぉおう!? 今度なんだっ!?」

 

 突如ガクン! とムチウチにでも成るんじゃないかといった衝撃が走った。

 其の刺激に驚きながら周囲を見れば、いつの間にか落下が終わっている。

 

 いや、別に地面に墜落して落下が終わったとかじゃなくてね、それだったら流石に『ドカァアアンッ!!』なんて効果音が付いて回るだろ?

 

「浮い……てる?」

 

 ふわふわと、覚束ないような感覚では有るが身体が宙へと浮いていた。

 龍の玉的な物語には空を飛ぶキャラクターが多数登場しているが、もしかしてそういった感じで俺も飛んでいるんだろうか?

 修行もしてないのに舞○術を覚えちゃったのかっ!?

 

 ―――って、いやいや、流石にそんな訳がない。

 コレはアレだ、きっと、さっきから言ってる神のよく解からん力の一つだろ。

 それが証拠に、俺には『気』がどうしたとか『魔力』がどうしたとかさっぱり分からないからな。

 

 落ちたくない―――って思ったからこんな風に浮いてるんだろ。きっと。

 だからこう、移動したいって思えばもしかしたら

 

「おぉ! 動くぞ!」

 

 コレならば天井に向かって、一気に飛ぶようにすればアノ穴までひとっ飛びだな。

 

「……え?」

 

 そう。

 飛ぶようにすればなんて考えた瞬間、背中やら脹脛やらから何か『キュイーン』なんて音が聞こえ始めた。

 オイ、絶対なにか良くないことが起こる音だろコレぇ!?

 

「ちょっ待―――」

 

 ガゴォオオオオンッ!!!

 

「…………」

 

 ―――な? 激突したらこういう風に効果音が付くもんなんだよ。うん。

 ただ残念なことに、俺が今どんな状態なのかを自分で確認することは出来ないけどな。

 

 何せ頭が天井の岩肌に突き刺さっているからだ。

 恐らくは天井からだら~んと首から下の身体が垂れ下がった、酷いデザインのオブジェに成っているんだろう。

 パラパラと舞い落ちる岩肌の破片をアクセントにして、な。

 

 って阿呆なこと考えてる場合じゃないっ!

 

「………………っ!!」

 

 頭が突き刺さった状態から何とか復帰をしようと藻掻くが、バタバタと手足を動かすだけで少しも上手くはいかない。

 頭の突き刺さっている周辺に手を当てて引き抜こうともしてみるが、それでも足場が無いせいか上手くいかないのだ。

 

「………っ! ……………ッ!!」

 

 因みに呻くような声しか聞こえてないと思うが、突っ込んだ頭の方では凄い大声で叫んでるんだ。

 

 『ちくしょうっ!』とか、『巫山戯んな!』とか、『こんな天井に頭突っ込んでウネウネしてるのが神様!?』とか、『必殺技とか持ってねぇのかっ!!』とかな。

 

 ただ最後の必殺技云々に関しては『あ』と思ったよ。

 そもそも宙に浮いた時もそうだ。

 俺は力の使い方が良く解っていないだけで、何かしらの事が出来るはずなんだよッ!!

 

 だから、えーっと……必殺技だ!

 

 何かこう、首の上の岩盤ごと一気に吹き飛ばせるような必殺技を―――って、なんだ今度は?

 胸の辺りがガシャンガシャン動いてるんだけど?

 

「…………ッ!?」

 

 何事か―っ!?

 と叫んだ瞬間天井の岩肌は吹き飛んだ。

 そして重力に引かれて再び落下していってる訳だが、今は浮遊感よりも胸元から出てる眩しいレーザー光線みたいな物のほうが気になって仕方がないっ!!!

 

 何だ何だっ!?

 舞○術の次はかめ○め波を覚えたのか俺はよぉ!!

 

 ………あ、いや、か○はめ波は手から出すから、胸から出てるコレは違うか。

 

 って、言ってる場合じゃないなっ!

 

 そんな言ってる傍からレーザーが天井を破壊して周囲の岩肌を破壊して、とにかく周り中をブッ壊しまくってるよ!?

 地面に着地した後もアッチ向いてもコッチ向いて破壊光線が出っぱなしだよッ!!

 

「止まれ! 止まれ! 止まれ! 止まれ! 止まれぇぇぇぇぇいーーー―っ!!」

 

 慌てながら情けないくらいに何度も叫んで居ると徐々に胸元のレーザーの光が弱まっていき、ユックリとしぼむようにしながら消えていってくれた。

 だが其のせいで周りは土煙に包まれて視界は最悪。

 

 其のうえ、キラキラとしていた岩肌はグダグダに砕けて戦場の爆心地のようである。

 

「消えた……消えたけど……。何だってこんな疲れることが次々と」

 

 体力の方は不思議と問題ないのだが、精神的にキツイ。

 あぁ、ホラ。ちょっと目眩がするし。

 単に脳味噌の糖分(エネルギー)が切れただけかもしれないが、ソレはそれで問題が―――

 

「え? 天井?」

 

 不意に暗くなった視界の光量を不思議に思い、空を見上げて見た。

 しかし天井が吹き飛んで広々とした青空が見えるなんてことはなく、落下してきて直撃寸前の大岩なのであった。

 

「おぉおおおいぃっ!!!」

 

 立て続けに起きている俺の不運な状況。

 あまりといえば余りの仕打ち、きっと映像化して一般公開すれば世界中が涙することだろうよ。

 

 

 



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05話

 

 

「オラーーーッ!!」

 

 自分の上に降り注いだ岩盤の数々をその手で次々と破壊し、見事に生還を果たした―――いや、ごめんなさい。

 嘘です。

 

 本当は一度埋もれました。

 岩盤の数々に押しつぶされて、そりゃあもう駄目かと思ったよ。

 けれど、まぁ、アレだ。

 

 軽く力を込めるだけで石を握りつぶしちゃうよう俺だよ?

 全力で動けば抜け出すくらいは分けないだろう、と。まぁそう考えて拳や蹴りやらを振るった訳ですよ。

 

 そうしたらこう、無事に抜け出すことに成功したってわけだ。

 ……まぁ、その過程で天空神とやらの最後の神殿は、二度と陽の光を浴びることがない程に瓦礫の下に埋まってしまったわけなんだが。

 

 あぁ、しかし

 

「陽の光を浴びるってのが、こんなにも気持ちの良いものだったとは」

 

 ポッカリと空いた大穴の上に広がる青空。

 そして差し込むように降り注ぐ陽の光に、俺はちょっとした感動を覚えていた。

 いや、メタルボディに紫外線が降り注いでるだけなんだけどさ。

 

 

 それに、だ。

 この状態ならさっきのように空を飛んでも突き刺さら―――じゃない。

 空を飛べばこの場所からの脱出も出来るはずだ。

 

「よーし。今度こそ……っ」

 

 口にしながら慎重に宙へと浮かび、そして空を見るようにしながら意識を集中する。

 背部と足元から先程も聞いた耳に残る高温が聞こえるが、今度は上手くやってみせる。

 

「行くぞ―――ぉおおおおおおおおおおお!? は、はやいぃいいいいいいい!!!」

 

 急激な加速に驚きながら、俺は魂の叫びを口にして空を駆ける。

 

 と、しかし何だ?

 加速に依るGは感じいているのに、その影響を殆ど感じない。

 アレだよ。

 ジェットコースターとかに乗った時の、腹の奥がキュッと成るような感覚。

 それどころか平衡感覚にも異常はなく、自分の状態を把握することが出来ている。

 

 ……これも神の力の一端ということなのか?

 

 と、

 

「あっという間に空高く、か。さっき迄俺が埋もれていた穴……いや、瓦礫があんなに小さく」

 

 調整をしながら空中で静止した俺は、寒風吹きすさぶ大空で腕を組みながら今後について考えることにした。

 いや、だって異世界だよ?

 意味分かんないだろ?

 

 そもそも天空神の記憶ってのだって基本的にはヤツの主観でしかなく、そのうえ2000年以上更新されてないから役に立たないモノが多くて使えないし。

 だいたいこの世界の人間じゃない俺が、生活基盤も何もない状態でどうしろって云うんだよ?

 アレか? 冒険者にでも成って神の力を使って大型モンスターでも狩って、『スーパールーキ』だとか『特別昇格』だとかのテンプレでもしろってか?

 

 ………いや、そもそも『こんな格好』してる人間が冒険者とかなれんの?

今の俺ってば生身じゃなくてキラッキラのメタルヒーローみたいな格好してんだけど。

 

 ちょっと想像してみるか。

 

 薄暗い建物。其処には鎧姿の者やローブを着込んだ者など、雑多な服装をしている者達で溢れかえっていた。

 性別や種族に一貫性はなく、共通点が有るとすればソレはただ一つ。

 皆が一様にギラついた目をしているということだけだった。

 彼等はそう、冒険者と呼ばれる者たちである。

 

 そんな中、彼等が集う冒険者ギルドの入り口を仕切る扉が無遠慮に開かれた。

 

 其の音に敏感に反応する冒険者たち。

 視線を向けると其処には―――

 

「冒険者になりに来た、メタルヒーローです!」

 

 くぐもった声で声を発しながらサムズアップを決める、異形のマスクマンが1人。

 陽光を反射してきらめく姿。

 其の姿は周囲と比べて余りにも異彩を放っていた。

 

 ………いやぁ、ちょっと無理がないかな?

 異彩を放ちすぎだろ。

 

 無い無い。

 俺に冒険者とか無理だよ。

 基本的に冒険をしないで温々(ぬくぬく)と今までの人生を歩んできたっていうのに、いきなり冒険しろとか無いわ。

 そもそも、普通の生活の中でどうやったら冒険が出来るようなスキルが身につくってのよ?

 俺なんて四頭身くらいのガキの頃にキャンプに行ったことが有るくらいだよ?

 しかも飯盒炊飯も出来ないくらいの、バリバリのサバイバル初心者だからね。

 

「この世界って、高卒資格者が有利に働ける場所って無いのかね?」

 

 無いんだろうけどさ。

 あぁ、もう兎に角、人の居る所に行ってから考えよう。

 何か、こう、レーダー的なものって無いのかな?

 コレだけメタメタしい格好してるんだから、少しくらい有っても良いんじゃないかって気がするんだけど。

 

「―――うぉっ。何だこれ? 情報がやたらと頭に入ってくる……ッ」

 

 本当にレーダー機能のような物が搭載されているのか、頭の中に周囲の地形や動植物の有無まで次々と浮かび上がってくる。

 あたたたた!

 こんな一気に情報を頭に入れられたら辛いっての!

 

 止め止め!

 コレ以上の情報は良いよ!

 

 あぁクソ!

 頭痛がしてきたうえに頭が少しボーっとする。

 

 けど、御蔭で人間らしい反応が有ることも解った。

 ごちゃごちゃと集まってる集団が居たから、きっとアレが人間の居る方角だろう。

 

 この程度の距離なら、今の俺ならば本当にひとっ飛びで行けるさ。

 本当にひとっ飛びで………。

 ひとっ飛びで人間の居る場所に―――

 

「―――なんだか、人は人でも亜人代表のゴブリンさんが大勢居るんだけど?」

 

 今現在も上空で待機している俺の眼下にはちょいと開けた森の空き地。

 そして其処には数十を超えるゴブリンの集団と、それらに囲まれるようにしている二人の女の子が居た。

 

 見た所だが、どうやら御嬢さん方はゴブリンと戦って居たようで、周囲には彼女達の装備品のような剣やら鎧やらが打ち捨ててある。

 何で打ち捨ててあるわけ? 見ればあの子達の服って所々破られてるし………あぁ、成る程。

 ゴブリンって一応は雌もいるけど、他の種族の『(メス)』と交尾して子孫を増やしたりもするのね。

 んで子孫増えたり違う種族が産まれたりとする、と。

 天空神の記憶が初めて役に立った気がするよ。

 

 しかし、だ。

 ということはだよ?

 なに、このまま放置しておくと、ドキッ18禁な展開! が待ってるってことか。

 

 でも俺、異種族姦ってのはちょっとなぁ……。

 2Dの画像だって萎えるのに、ソレがリアル描写になる訳でしょ。

 流石に嫌悪感しか沸かないわぁ。

 

「助けられるな助けたいけど……俺、子供の時に喧嘩したことが有るくらいなんだよな」

 

 マトモに握り拳を握ったこともない俺が、妙な力を手に入れたからといって戦えるのだろうか?

 それ以前にゴブリンの見た目には生理的嫌悪感を感じてしまい、背筋がゾクゾクとしてしまう。

 

 もっとも、洞窟の中でぶっ放したレーザーでも撃てば倒すことくらいは出来そうだが、その場合は女の子たちも漏れ無く巻き添えに成ること請け合いだろう。

 

 あー、もう、どうするかなぁ。

 

 ―――と、首を捻った瞬間

 

「―――あ」

 

 ………ヤバイ、女の子達と目が合った。

 何やら口をパクパクとさせて―――怯えてるのか?

 俺のことを見て? まぁ、確かにこんな変化格好した奴が上空から見ていたら、混乱はするよな。

 

 だが、そんな女の子たちの心情の機微なんてのはゴブリンには関係がないらしく、汚らしい涎を垂れ流しながらジワジワと二人に向かって躙り寄って行く。

 

 詳しく良く解るなって?

 良く見たいと思ったら、視界がズームに成ったんだよ。

 

『い、いや――いやあーーーっ!!』『助けて! 誰か助けて!! お願いよぉおおッ!!』

 

 大きな声で助けを求める二人が言っている『誰か』と言うのは、恐らくは半分くらい俺のことを言っているのだろう。

 自分で言うのも何だが、俺みたいな怪しい格好をした上空に居る人物が助けてくれるなんて普通は考えない………と思う。

 

 だからきっと二人の言葉には奇跡的に俺が良い人であることを願うと言った意味もあるのだろう。

 

 良かったな、本当に。

 俺が最低限のラインを持った善人で。

 

「今、行くっ」

 

 意を決して戦うことを選択しようじゃないか。

 大丈夫だ、今の俺の身体は瓦礫の下敷きになっても擦り傷一つ付かないハードボディ。

 ワックスも要らないような鏡面仕上げの装甲なんだからなっ。

 

 周囲の注目を一身に集めながら、上空から急降下するようにしながら注目の渦へと突き進む。

 そして

 

 ズドォオンっ!!

 と、自分でも少し驚く様な音を立てて地面に着地をした。

 装甲の内側では心臓がバクバクと鳴っているが、それを表に出さないように気を付けつつ背後に位置している女の子たちに声を掛ける。

 

「………あぁ、その、なんだ。大丈夫か?」

 

 首を傾げながら聞くと、女の子たちは一瞬だけビクッと身体を震わせた。

 近くで見れば服の破れ方が妙にエロティックに感じるような斬られ方をしている。

 ゴブリンの奴等め、良い仕事をしやがる。

 胸だの太腿だのが上手い具合にチラチラと―――あーいや、ソレだけこの子達がピンチだったってことだ。

 

 だって言うのに

 

「……助けて、くれるの? 変な格好の人」

 

 って、開口一番に言ってきた台詞がコレですよ。

 

「誰が変な格好の人だ。お前ら本当に助けて貰いたいって思ってのか」

 

 はぁ―――と溜め息を吐きつつ、相手に向かって視線を向ける。

 

「ヒッ!?」

「なんなの其の怯え方とか! 仮にも助けに来た相手にすることか!? ………まぁ確かに、俺はちょっとは妙な格好してるかもしれないけど」

「あ、自覚は有るんだ」

「言い方ってもんが有るだろ!」

 

 大体だな、一般人の俺がこうしてなけなしの勇気を振り絞ってやって来たっていうのに、もっとこう、あるだろ? もっと暖かく出迎えてくれよ。

 

「だいたい俺だってな、この短い時間でアレコレと理解不能なことばかりが起きて、正直頭が一杯一杯なんだよ。

 けどな、それでも懸命なんとか適応しようと頑張ってるんだ。

 本当は部屋の隅っこで毛布を被りながら、スマホいじってヨーチューブとか見たいくらいなんだよ、俺は」

「すま……なんですって?」

「それでも、そういった欲求に耐えながら必死に頑張ろうって奮起してるんだ。なのにお前らときたら、やれ見た目どうしたとか言って助けに来た俺の心を抉ろうとしやがる」

「いや、だってソレは……自分だって変な格好って―――」

「人間正直なのは悪いことじゃないが、せめてもう少しオブラートに包んでだな」

「……オブラートってなに?」

 

 オブラートも知らんのか?

 全くファンタジーな異世界ってのはこれだから。

 しかし、コレだけ語ってもこの二人の反応は俺の求めるものには至らない。

 無事に助けられたら、料金でも請求してやろうか?

 

「あ?」

 

 と、不意に女の子の片割れが何かに気が付いたように声を漏らした。

 ソレに続くように、もう一人の子も同じように「あっ!」なんて言ってくる。

 何があったんだ? と考えて俺は首を傾げた。

 

「うん?―――」

 

 ガンッ!!

 

 瞬間、後頭部に衝撃が走る。

 その後も続けて、ガン! ガン! ゴツン! カン! ガン!といった具合に衝撃が走っていく。

 

 俺は表情を顰めながら、突如背後から襲ってきた衝撃の正体を突き止めようと片膝を付きながら背後へと振り向く。

 すると其処には武器を構えて俺に向かって何度も、何度も得物を振り下ろすゴブリン達が居た。

 ―――あぁ、それはそうだ。

 生き死にが掛かっている場面で、俺は何をしていたんだ………

 無防備な背中を晒して………

 

 

 



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06話

 

 

 

 ガン! ガゴン! ゴツ! ガン!ガン!! ガギン!

 

「――って、まだ話してる最中だったんだけどっ!?」

 

 ガバっと起き上がってから目の前に居るゴブリンの頭を左右の手でそれぞれに掴み、立ち上がった勢いをそのままに地面に向かって叩きつけた。

 そしてそのまま腕力だけ二匹のゴブリンを持ち上げ、奴らに向かって返投(へんとう)して上げることにする。

 

「フンッ! ヌンッ!!」

 

 放り投げられたゴブリンに巻き込まれて吹き飛んでいくゴブリンズ。

 それなりに力を入れて投げたつもりだが、ぶん投げたゴブリンの速度は甲子園には出られる程ではなかった。残念である。

 

「ちょっと油断しすぎたが、自分でも驚きのハードボディで無傷のままだな。今なら銃弾でも弾けるようなきがする。怖いからやらないけどなっ!」

 

 軽く自身の身体を見渡して見るが、アレだけガツガツやられても特に傷一つ付いては居ない。

 コレなら……

 

「いける!!」

 

 自分に言い聞かせるように言いながら、地面を蹴るように駆け出した。

 身体が軽い! 元の体とは打って変わって、全身に力が漲る。

 一足で一番近くに居た相手の懐に飛び込んでしまった。

 

「あれぇええ!?」

 

 ドンッ!!!

 と、まるでタックルを決めるように飛び込んでしまったのだ。

 

 バランスを崩して巻き込むように倒れ込む、俺とゴブリン。

 こういった説明の仕方をすると、途端にキラキラした少女漫画のような雰囲気に成るから不思議である。

 

 実際は、アクションシーンに失敗したヒーローと戦闘員といった構図でしか無いのだが。

 

「あたた……力の配分が難しいな―――って、うぉッ!?」

 

 首を左右に振って自分に言うように口にした所で、俺は組み伏せるようにしていたゴブリンの事に気がついた。

 思わず『クッ!』なんて小さな呻き声を漏らしながら、俺は押さえつけるようにしていたゴブリンに拳を振るう。

 

 グシャリ……っ!

 

 ―――うぅ、やはり力も加減が難しかったようで、軽く振るったつもりの拳はゴブリンの頭を熟れたトマトのように簡単に潰してしまった。

 

 拳に伝わる微かな感覚に、ちょっとだけ胃の奥から込み上げるモノが有る。

 

 つまりだ、感覚が追いつかないのだ。

 今までのんべんだらりと生活をしてきたツケが出てきているようだ。

 急激に身に付いた力を持て余してしまうのである。

 

「えぇい、おのれ……ッ!」

 

 まるで悪役のようなセリフを吐きながら、俺は立ち上がってゴブリン達を睨みつける。こんなことなら最初から破壊光線を撃っておくんだった。

 周辺環境なんて気にしないで於けば、今頃は任務完了だったはずだ。

 まぁ、どこからの任務なんだ?って気もするが。

 

 格好良く何とかしようってのがそもそもの間違いだったんだ。

 多少不格好でも確実な方法で……

 

「ふんッ!!」

 

 適当に近くに居たゴブリンを捕まえると、そのゴブリンの腕を掴んで力任せに振り回す。

 やはり今の俺の力は凄いものだ。

見た目からすると数十キロは有りそうなゴブリンが、まるで羽か何かのように軽々と振り回せる。

 これは……まさか伝説の聖剣、ゴブリンスレイヤーっ!?

 

 ―――って、冗談だが、ゴブリンのことを鈍器のように振り回し、迫り来る連中を千切っては投げ千切っては投げ―――と、急に腕に感じる重みが減ってしまった。

 

「うぇ……本当に腕が千切れてる」

 

 モザイク修正物のグロ画像だ。

 周囲を見渡すと、恐らく自分が振り回していたであろうゴブリンがボロボロの状態で転がっている。

 自分で殺っておいてなんだが、結構来るなコレは。

 

 だが連中はこんなことで戦意喪失するほど殊勝ではないらしい。

 コッチとしては、この世界で最初に追い掛け回された恨みは在るも末代まで祟ってやると言うほどでもない。

 

 なので相手が逃げるのなら追うつもりもないのだが

 

「ゴブブ、ゴブゴブブブっ!」

 

 何を言ってるのかはサッパリだが、戦意が衰えてないことだけは良く解る。

 全員が目を血走らせて、武器を構えて突撃をしてくるからな。

 

 掛かる火の粉はなんとやら、で。

 今度は直接拳や蹴りを使って千切っては投げを再開する。

 殴り、蹴り、一撃毎にゴブリン達はひしゃげ、潰れ、弾けていく。

 

 だが、

 

「ちょ、ちょっとタンマ、俺のグロ耐性が底をついた……っ!」

 

 飛び散る血飛沫や臓物と香り。

 実際は臭いなんて感じちゃいないのだが、イメージが俺の鼻を刺激して鉄臭さを再現してしまう。

 

 御蔭で胃の奥からせり上がってくる酸っぱいものが……うぇ

 コレはダメだ。

 動くと吐き気が加速されて………。

 

「ちょ、ちょっとどうしたのよ! もうチョットじゃない!」

「お願いします! 頑張ってください!」

 

 オイ、巫山戯んな。

 勝手なこと言うなよ、もう吐き気が凄くてこれ以上は―――あ、これはアカン。

 口、口の部分を開けないと!

 

「限界だ……深呼吸を――――ゥオロロロロロロロロっ!?」

 

 口の周りを保護していたパーツが左右に開き、外気に触れた途端にナマの臭いが飛び込んできた。

 其処で俺の我慢は決壊し、耐えに耐えた液体がキラキラと輝いて溢れ出す。

 

「――――………ハァハァハァ、胃液しか出ないかと思ったら、思いの外に出てきたな。ぅ、うぇ……」

 

 口の中が酸っぱい感じがして気持ち悪い。

 水で濯ぎたいよ。

 

 だがお陰で吐き気も回復した。

 コレなら残りのゴブリンを倒すくらいは出来そうだな。

 

「―――ウップッ!!!」

「ちょ、ちょと大丈―――う!!」

 

 心機一転に頑張ろうかと思っていたら、不意に背後から届く嫌な合唱。

 音を聞くだけでどうなっているのか想像できる。あーあ。

 

「もらい○○、か。なんかゴメンな?」

 

 恐怖と疲労、そして緊張感と、まぁ、俺の吐き出したキラキラした液体の匂いが引き金になったのだろう。

 切っ掛けを作った俺が言うことじゃないが、女の子のこういった姿を思い浮かべると何だか居た堪れない気持ちになるよな。

 キラキラした『何か』を吐き出しているであろう二人に心の中で謝罪をし、やる気が一気に低下しつつもゴブリン達に視線を向ける。

 

 すると、

 

「ごぶ、ごぶぶぅ………」

 

 連中も明らかに戦意を低下させていた。

 ざわざわとさせながら、連中は俺の足元と背後の二人の足元に視線を向けている。

 いや、かなり失礼じゃないか?

 試しに一歩、足を踏み込むとゴブリン達は後ろに二歩下がる。

 更に一歩踏み込むと、今度は三歩後ろに下がった。

 

 いやいやいや、途轍もなく失礼だぞっ!

 

「おいっ!」

「ゴブっ!? ごぶ! ゴブゴブブ!!?」

 

 声を荒げて襲いかかる素振りを見せた瞬間、ゴブリン達は恐慌を起こして我先にと一目散に逃げ出してしまう。

 コレは、なに?

 え? 『キラキラした液体』を吐き出した結果、匂いに彼奴等がやられたって事なのか?

 

「凄い、理不尽……」

 

 去っていくゴブリン達の背中を呆然と眺めた俺は、あまりの出来事に悲しくなってしまった。

 

 超格好悪いよ。

 

 ガクリっと項垂れてしまいそうに成るが、取り敢えずは救出作戦完了である。

 「はー……」っと溜め息を吐きながら女の子たちへと振り返ると、

 

「駄目っ! こっち見ないで!」

「………ダメです、絶対!」

 

 なんて、何かの標語のような静止をかけられた。

 意味が分からん。

 もう周りにはゴブリン連中は居ないのだし、いい加減緊張状態を解除したいんだ、こっちは。

 

 二人の願いを無視するように体ごと振り向くと、其処には

 

「あぁ、なるほど。忘れてた」

 

 『キラキラした液体』を前に半裸の女の子たちが蹲っている構図が展開していた。

 眼福と言えなくもないが、うん、なんと言うかゴメン。

 

 



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07話

 

 

 

 ズタズタに成った服はどうしようもなく、最終手段として二人は胸元と腰回りに巻きつけるようにすることで局部を護ることにしたようだ。

 ソレはソレで目の保養に成るのだが、口にすると色々とアレなので言わないでおこう。

 

 一応はゴブリンの身に纏っていた服?というか布切れ?を使ってはどうかとも言ったのだが、何やら凄い蔑むような怒りを込めたような視線を向けられた。

 

 まぁ、俺もソレを身に付けろと言われたら似たような反応をすると思うので、コレばかりは此方が考えなしだったと反省している。

 

「取り敢えず、有難うございました。危ない所を助けて頂いて」

 

 一段落した所で、女の子の片割れ、セミロングの髪の毛をした女性が頭を下げてくる。

 チラチラと見える四肢はそれなりに筋肉が浮いていて、少なくとも俺よりも運動を良くしていることが伺える。

 言わば健康的な肉体というやつだ。

 

「ほらアイーシャ、貴女も」

「うん。……ありがとうございました」

 

 と、促されるように今度は内ハネショートの女の子が頭を下げてくる。

 先の女の子と比べると筋肉量は少なめ、だが程々に肉付きは良いので女性らしさが其処には有った。

 

「いや、こっちこそ。色々とスマートに行かなくてゴメン」

 

 本気で思ってのことだが、もう少し格好良く立ち回ることが出来れば良かった。

 しかし現実は残酷で、俺達はお互いに無様な状態を晒してしまっていた。

 

「―――あーうん。いえ、あのままだと私達は揃ってゴブリンの慰み者になってただろうし。助けてくれて本当に感謝をしてるわ」

「うん。私も途中まで、『死にたくない』と『死にたい』って言葉が頭の中で交互に浮かんでたもん」

 

 死にたくないと死にたいが交互か。

 すごい状況だ。

 死にたくないって感情ならば、数時間前に俺も経験したばかりだから良く解るんだけどな。

 

「あ、そうだ。自己紹介をしましょう。私はミィナ。見て解ると思うけど冒険者よ」

「わ、私はアイーシャです。ミィナと同じく冒険者をしていますっ!」

 

 多少の落ち着きを持って話してくるミィナと比べ、アイーシャの方は慌てるように言ってくる。

 流石にそう簡単に落ち着けってのが無理だろう。

 だが、『見て解ると思うけど』って言われてもなぁ。

 

 今の俺に解るのは、半裸の女性が目の前に居るってことだけだぞ。

 でも、やっぱり居るんだ。冒険者。ファンタジー世界の王道的職種だもんな。

 ってことは、最初に俺に声をかけてきた剣士っぽい奴もそうなんだろうか?

 

「ミィナにアイーシャね。了解」

「えぇ………」

「うん………」

「…………………もしかして、俺の自己紹介待ちだったりする?」

 

 首を傾げて聞くと、目の前の二人は『とうぜんでしょう』と言いたげに頷いてきた。

 まぁ、そりゃそうだ。

 

 だがコレはチャンスじゃないか?

 天空神の奴は、名前を広めろとか言っていたし。

 

 少し考える素振りをした俺は、意を決して視線を上げた。

 

「コホン! えーっと、よく聞け。―――私は神だぁ!」

「………」

「………いや、そういうのは良いから。ちゃんと名前を教えてよ」

 

 両腕を広げて恥ずかしさに堪えて言ったのに、呆れたような視線と言葉で返された。

 いや、そりゃそうだよな。

 俺だって目の前でそんな事言ってくる人が居たら同じ反応を返す自信があるもんな。

 

 でもだからってさ、

 

「ねぇ、大丈夫かなこの人。もしかしたらゴブリンよりも危ないんじゃ」

「戦闘力としては遥かに危険でしょうけど、マトモな部分もあるって祈りましょう」

 

 そんな会話を人の目の前でするなよ。

 

「ごめんなさい。調子に乗りました。俺は村雲奏(むらくもかなで)って名前の、その辺に掃いて捨てるように居るチンケな学生です……。

 しかも道に迷って右も左も分からない様な有様です………助けてください」

「あ、な、なんかゴメン。そんなに落ち込まないでよ」

「ミィナがキツイ言い方するから……」

「私の所為なのっ!? アイーシャだって似たようなものじゃないの!」

 

 いや、そうなんだよな。こんな格好しているけど俺はただの学生だし、訳の分からない土地に一人放り出されて行く宛もない。

 なんか、色々とへこむなぁ。

 あと、二人共基本的には同じくらい俺の心を抉ってるのであしからず。

 

「そ、それにしても! 学生ってのは本当なの? その格好は普通の学生には見えないんだけど」

「そう、そうですよ。ゴブリンと戦ってるときも動き―――は少し精彩を欠いてましたが、凄く力強かったですし!」

 

 なんだか気を使わせちゃったみたいで申し訳ない。

 相変わらず素直に受け止められない言葉が端々に見られるし急な会話の逸し方だが、しかし今はそれに乗らせて貰おう。

 

「学生っていうのは本当だよ。この国?のじゃあないけど。ただ気が付いたらこの辺りに居て、色々有って今は此処に居る」

「気付いたらとか、色々ってなに?」

「説明するのが難しいんだ。大変な目にあったってことで、理解してくれると有り難い。

 それとこの格好は……どうやったら元に戻るんだろうな? 脱げないんだけど」

「あ、ソレが基本的な容姿じゃないんですね?」

 

 元に戻ることを今更になって考えると、アイーシャが当たり前のことを言ってきた。

 こんなメタルメタルした格好が標準の見た目だったら嫌だよ。

 普通の鎧なら、何処かに留め金か何かが有ると思うんだが。

 

「気づいたら俺もこんな格好になってて困って―――うぉっ!?」

 

 元に戻れ―――と頭の中で考えていると、急に身体を包んでいた圧迫感が消失して外気に晒された。

 驚いた声を上げるも、見れば元通りのパーカーにシーンズと言った服装になっている。

 

「も、戻ったな。………はぁ、一先ずは良かった。一生あのままかと思ってたからな。これで心配の一つは解消されたよ」

「なんだか、複雑な事情があるみたいね」

「まぁな。複雑過ぎて頭が痛いよ」

 

 玄関開けたら異世界に居て、ゴブリンに命を狙われて川に流され、神と合体して人助けをして今に至る。

 もう一生分のハプニングを経験したんじゃないかな。

 

「あ、思い出した! ねぇミィナ、彼処のゴブリン達の討伐部位……」

「あぁ……でも、うーん」

「なんだ?」

 

 思い出したように声を上げたアイーシャにミィナもハッとして眼を丸くした。

 しかし何かを伺うように此方に視線をチラチラと向けてくる。

 あれ? ちょっとだけ胸元とか太もも回りに視線を向けていたのがバレたのかっ?

 

「ねぇ、その、貴方が倒したゴブリンなんだけど」

「アレがどうしたのか?」

「いえ、その、討伐部位を切り取っても良いかなって」

 

 恐る恐ると言ったふうに尋ねてくるが、多分『〇〇を倒しましたよ』という証明になる場所のことだろう。

 先程この二人は冒険者だと言っていたし、ゴブリンというのも倒すとお金に成るのかもしれない。

 昔は地球でも、狼や虎なんかの肉食獣は賞金が掛けられたりしたって言うからな。

 

「まぁ、元々助けるのが目的で倒しただけだから好きにしても良いよ。

 素面で其処のスプラッタに近づく勇気が俺には無いし」

「本当にっ!?」

「本当に」

「よし。言質は取ったわ! アイーシャ、やるわよ!」

「うん。準備してた」

 

 パッと笑顔を浮かべたミィナは、はつらつとした様子でアイーシャとスプラッタな現場へと近づいていく。

 そして腰から大型のナイフを引き抜くと、次々とゴブリンの右耳を切り落としていった。

 

「1つ、2つ、3つ………フフフ。これなら壊された装備や服装を新調しても結構なお釣りが来るわね」

「それどころか、もうワンランク上の装備を買っても平気そうだよぉ!」

「待って待って、流石に其処まで贅沢するのは拙いわよ」

「じゃあ、帰ったら美味しいご飯を食べるのは?」

「それなら良しっ!」

「きゃー! なに食べようかなぁ!」

 

 何ともわくわくドキドキな会話である。

 女子らしいといえば女子らしい。

 ナイフ片手に耳を切り落としている場面でなければ、俺もホッコリしながら見ていられただろうに。

 

 あぁ、エグい。

 俺には無理。

 精肉工場の人って凄いな。

 今になってだけど、本気で尊敬するよ。

 

 

 



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08話

 

 

 

 一通りの作業が終了したようで、二人は切り取ったゴブリンの耳を適当な布に包んで纏め上げた。

 ちなみに俺は途中で見ているのが辛くなって空の青さを眺めていたよ。

 異世界でも地球と同じく空は青い。

 大発見だろ?

 

「ありがとう、カナデ。御蔭で何とか食いつなぐことが出来そうよ」

「うん。命を助けて貰っただけじゃなく、お金の方まで助けて貰っちゃった」

 

 パレオにチューブトップ。そして腰元に差した剣やら杖やら。

 下着を身に着けているものの、担ぐようにゴブリンの耳が入った布袋を持つ二人のことを、なんとなくアマゾネスと考えた俺は悪くはないだろう。

 

「いいよ。どうせ俺には価値がいまいち分からないし、ゴブリンとは言え耳を切り落とす事に抵抗があるから」

「そう言えば、カナデって学生さんって言ってたもんね」

「私も、最初は怖かったですよぉ。でも何度かやればカナデ君も出来るようになりますよ!」

 

 要は慣れってことだろうが、出来れば慣れるような状況になりたくはない。

 

「思わぬ収入になったけど、この格好で野宿するのは嫌ね。アイーシャ、まだ動ける?」

「ちょっと疲れてるけど、野宿が嫌なのは私も一緒だよ」

「じゃあ、ねえカナデ。私達はこれから街に戻るけど、カナデも一緒に行かない? さっき言ってた話の内容だと、カナデはこの辺りに詳しくないんでしょ?」

「うん。まぁ、この辺りというかね」

 

 世界全体見渡しても詳しくないよ。

 仮にアジアンテイストな街並みがあっても、俺には何処が何処やらだからね。

 

「街が何処に有るのかとか、俺にはサッパリだからね。一緒に行っても良いなら寧ろ御願いしたいくらいだ」

 

 まぁ、多分もう一度さっきみたいな格好に変身して人の多く居そうな場所を探せば街に辿り着けるんだろうが。

 アレをやると頭が痛くなるからやりたくはないな。

 

「ここからなら、多分街まで2~3時間くらい歩けば着くと思う。急げば夜になる前には到着できるわ」

「夜にこんな格好で外を彷徨くとか絶対に嫌だよぉ」

「え、2~3時間?」

「大した距離じゃないけど急いだほうが良いわね」

 

 2~3時間って、大した距離じゃないんだ。

 今居る場所は若干開けた場所だから良いけど、向かう先は鬱蒼と生い茂る森の中だろ?

 体力、保つかな。

 

「それと、カナデ。もしもの時は一緒に戦ってね」

「え、戦う?」

「だって私達こんな格好だし」

「さっきの規模でゴブリンが来ることはないと思いますけど、私達が無理して戦うよりもカナデ君が戦ったほうが確実そうだもんねぇ」

 

 二人の言い分に思わずひよこ口に成ってしまう。

 確かにさっきまでの俺は、ゴブリンに集団でタコ殴りにされても傷一つ付かなかった。

 よ~いドンで戦う場合はこの二人よりも戦えるのかもしれない。

 けど、俺は今の状態では普通の人間と変わらない様な気がする。

 寧ろ二人よりも弱いんじゃないか?

 

「………まぁ、解ったよ。ギブ・アンド・テイクで行こう」

 

 悩んだ結果、戦闘は俺が行うということで了承をした。

 今現在、俺は自分に何が出来るのか良く解っていない。

 だがソレを一つ一つ実証していくには時間が足りなさすぎる。

 

 野宿が嫌なのは俺も一緒だし、此処は潔く頷いておこう。

 

 

 ※

 

 

 ウルトリア王国の首都より北へと離れた場所にある街、バンゲリン。

 更に北へ向かえば大森林と霊峰と呼ばれるラールブル山脈が広がっていて、自然環境の豊かさから冒険者と呼ばれる者達が集まり易い街である。

 

「よ、ようやくだ。もう少しで街に入れる……っ!」

 

 肩で息をして情けない台詞を口にしたのは、何を隠そう俺だった。

 森の中を突っ切るように歩き続けて2時間ほどで平地に出られ、其処から街道沿いに歩いて1時間ほど。

 そんな道程を越えてやっとの思いで目的の街への入り口へと到着できたのだ。

 

 遠目から城壁のような街の囲いが見えたときは、ほんの少しだけ感動してしまったよ。

 

 で、現在は街へ入るための順番待ち。

 入り口で番兵の人が街へ入ろうとしている人達を捌く列に並んでる。

 

「カナデって、アレだけの戦闘行動が出来るのに不思議なくらいに体力が無いのね?」

「荷物を持ってる私達よりも足が遅いとは思わなかったです」

「………言葉の刃が痛い」

 

 結構グサッと来る一言をありがとうございます。

 本当にさ、今の俺って神様と合体したはずなのに元々の体力とかに変化がないとかどういう事なんだろうね?

 あんなに痛い思いをしたのに、理不尽じゃないか?

 

「まぁ、此処まで来るのに戦闘行動が無かったのは良かったわね」

「そうだねぇ。安全無事に来れたもんねぇ」

 

 あぁ、戦闘が無かったのは本当に良かった。

 ソレに関しては俺も同意するよ。

 疲れてる所で襲われるとか、本気でシャレにならん。

 いや、まぁ、そもそも解らないんだけどさ。

 

 疲れてる状態で変身するとどうなるのか、そもそも変身が出来るのかどうか。

 

「あ、そろそろ私達の番よ。アイーシャ、身分証を出して」

「はーい」

 

 ぞろぞろと、動いていく列ももう直ぐ終わり。

 俺達の順番まで後少し、しかしチョット待ってくれよ。

 

「街に入るのに身分証が必要なのか?」

「当たり前でしょ」

 

 そんな当たり前は俺は知らん。

 ゴソゴソとやっている二人を知り目に、俺は平静を装いながら同じ様にゴソゴソしてみる。

 うーん、学生証じゃダメだよな。やっぱり。

 

「次っ!」

 

 大きな声で呼ばれ、俺達は3人揃って門番の前に歩いていく。

 ズイッと先に歩を進めたのはミィナである。

 

「はい。ギルド登録証」

「うん? お前は朝方に出ていった、ゴブリン討伐隊の一人だな? 随分と遅い―――あぁ、なんだ。その、大丈夫だったか?」

 

 門番の男性はミィナの顔を覚えていたようだが、彼女の格好を見て心配そうに表情を歪めた。

 そして視線を後ろに控えているアイーシャへと向けると、更に眉間の皺を深くする。

 まぁ、元々はそれなりの格好をしていただろう二人が、夕刻に戻ってきたらズタボロのボロ布の様な物を纏って帰ってきたんだ。

 しかも性欲旺盛なゴブリンの討伐から。

 そりゃあ、ねぇ?

 

「………辛いことが有ったとは思うが、ヤケになったりするなよ?」

「何を想像したのか何となく解るけど、違うからね!? 私もアイーシャも清いままだから! 変な想像しないで!!」

「お、おう。そうか」

 

 ミィナの気迫に押され、門番はたじろいでしまう。

 まぁ、実際に二人が無事なのは本当だからな。

 

「じゃあ確認するぞ」

 

 門番はミィナから渡された登録証を水晶に当てると、其処に文字が浮かび上がる。

 って、おいおい。

 何語だか分からん文字が浮かんでるのに、不思議と書いてあることが理解出来るぞ?

 

 やべぇ。初めて神と同化したって実感が湧いた。

 変身してたときは、アレはどちらかと言うと知らない間に改造されたような、武器を振り回してるような感覚だったからなぁ。

 え、ミィナの奴、俺よりも3つも若い。15歳だと?

 

「―――えーっと、登録証の確認は済んだぞ。Fランク冒険者ミィナ・プリウム入ってよし」

「全く。早く新しい服を買わないと」

 

 溜め息を吐き、ミィナは一足先に門を潜ってしまう。

 

「次は―――えっと」

「私も何ともありませんから」

「解った。解ったから睨むな。えっと、Fランク冒険者のアイーシャ・ミニッツ通ってよし」

 

 ムスッとしながら登録証とやらを渡したアイーシャはさっさと確認が済んでミィナと合流をする。してしまう。

 

 そして

 

「次っ!」

 

 ついに俺の番になってしまったか。

 

「じゃあ、身分証を出して」

「はい」

 

 何食わぬ顔で懐から学生証を取り出して門番に渡す。

 そしてそのまま横をすり抜けるようにスススっと、

 

「待て! 勝手に入るな馬鹿者が!」

 

 残念。門番からは逃げられない。

 グイッと肩を掴まれて中に入ることは出来なかった。

 

「ったく。そもそも何だこりゃ? 身分証のつもりか?」

「えーっと―――」

「良く分からん変な紋様の羅列が書いてあるが、何かのいたずら書きか」

「いや、それは―――」

「そもそも、街に入るための身分証がこんな物で良い訳ないだろ」

「まぁ、確かに―――」

「身分証が無いなら無いで、ちゃんと言え。そういった常識を持ち合わせるのは、社会人として最低限の礼儀だぞ」

「……」

 

 お願いだから喋らせてよ!?

 此方が何かを言う前に次々に捲し立てられては、何も出来ないし何も言えない。

 俺にも少しは弁明の機会をちょうだいよ!

 まぁ、幸いにしてイキナリ捕まえようとしてくるなんてことは無かったから良かったけど―――

 

 ガチャリ!

 

「え、がちゃり?」

「取り敢えず、身分証がない奴はこっちの詰め所に来てもらう」

「何これ。手錠?」

「そうだな、手錠だ。逃げられたら困るからな。おーい! 身分証無しの奴だ! 詰め所に連れていけっ!!」

「え? いや、嘘でしょ! だって俺、悪いこと何もしてないって! ちょっと!?」

 

 気づけば俺の両腕にはカッチカチの鉄の輪っかが嵌められていて、新たに現れた鎧姿の門番Bに連行され事になっていた。

 急転直下すぎる。なんだよこの物語は?

 

 この後の展開が予想できない俺は、視線をミィナとアイーシャの二人へと向ける。無論、助けての意味を込めてだ。

 だが二人は俺のことをポカーンとした表情で見つめているだけで………。

 いや、いやいやいや!

 ポカーンとしたいのはこっちの方なんだけど!?

 

 

 



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09話

 

 

 

「身分証もお金も無いなら言ってよ!」

 

 怒ったような言葉をミィナから頂き、俺はゴメンと頭を下げた。

 詰め所に連行された俺を救ってくれたのはアマゾネスな格好をしているミィナとアイーシャだった。

 犯罪者のように連行される俺をポカンとしながら見送った後、再起動を果たして追い駆けてきてくれたのだ。

 

 なんでも身分証が無い場合は『入場税』成るものを払うことで街へ入ることが許されるらしいのだが、日本円の硬貨とお札しか持ち合わせていない俺は言ってしまえば無一文。

 代わりに払ってくれたのがミィナとアイーシャである。

 

「まぁ、それほど高い金額じゃないから良いけどね。私達はカナデに命を助けられた訳だし、それを考えれば御返しとしては少なすぎるくらいよ」

「でもカナデ君。一応は冒険者登録をして、身分証の代わりにしておいたほうが良いと思うよ? これから先、身分証って有ると無いとじゃ便利さも違うから」

 

 どういった場面で必要になるのかいまいち解らないが、しかし地球に居るときもレンタルDVDの会員カードを作るには身分証が必要だったからなぁ。

 あくまでも身分証を入手するという名目でなら、冒険者とやらになっておくのも良いかもしれない。

 

「それにして―――異国情緒が満載って感じだな」

 

 と、俺は夕刻の通りを歩きながら視線を彷徨わせる。

 

 ワイワイがやがやと猥雑に聞こえる営みの音を聞きながら、周囲に広がる街並みを見て感動をしていた。

 現代日本のコンクリートで作られた鉄筋の街とは違い、木造、石作り、漆喰、煉瓦と各種多様な作りの建築物が並んでいるからだ。

 

 そして、そんな街中を忙しなく行き来している人々も映画やらでも見たことが有るような中世風な街衣装を身に纏っている。

 ミィナ達もアマゾネスな格好になる前はファンタジー的な格好をしていたし、周囲の街並み全ても『THE・ファンタジー』とでもいう様子である。

 これで感動しないほうがどうかしている。

 

 しかも周囲の人々に視線を向けると

 

「なんだか、色々な人達が居るんだな」

 

 と、言うことに気がついた。

 ミィナ達と同じ人間の他に、耳の長い憧れのエルフ族。酒樽のような体型をした力強い肉体のドワーフ族。

 夢と希望の詰まった獣人系では犬、猫、兎、狐、狸等と多種多様に居る。

 この辺りは物語としては良く聞くが、実際に目にすると感動モノである。

 獣耳と尻尾が生えただけのタイプも居るが、人狼のような二足歩行をする犬や猫といった風体の奴らも居る。

 色々なパターンの種族が視界に入り、ワクワクと言った気持ちが収まることを知らない。

 

 あ、アッチの獣人さんと目があった。

 笑顔を浮かべて手を振ってみる。

 

 ……舌打ちの後に睨まれた。

 

「カナデは他の種族を見たことがないの?」

「あぁ、うん。直接見たのは初めてだな」

 

 天空神の記憶と照らし合わせることで目にする人達がどんな種族なのかは解ったが、だからといって俺が直接に見たモノではないからな。

 写真付きの図鑑を見たようなもんだ。

 なので、こうして眺めて見ているだけで結構興奮してしまう。

 一応言っておくが興味があるって意味での興奮だ。

 

「あ、二人はコレからどうするんだ?」

「私達はギルドに行って、今回討伐したゴブリンの報奨金を貰ってくるつもり」

「今回は結構儲かったもんねぇ。ホラ」

 

 言いながら、アイーシャが手にしていた袋から歪な形をした耳を取り出した。

 数珠つなぎに成るように紐で括り付けられているモノで……正直、見た目はカナリ悪い。

 

「イキナリそんな物を出さないでくれ。色々と迷惑だろ」

「ちゃんと消臭魔法を使ってあるから大丈夫よ」

「そういう問題じゃなくて、見た目の問題だ。後は俺のグロ耐性の問題。

 街の往来で、俺にキラキラした液体をぶち撒けさせたいなら大成功だけどな」

 

 どういう原理なのか良く解らないが、消臭魔法なるモノのお陰で無造作に袋に詰まっているゴブリンの耳は無臭である。

 生活魔法と呼ばれる物の一つらしいが、正直そういった便利な魔法が有るから文明が進歩しないんじゃないか?と、そう思う。

 因みに今のは此処に来るまでの間にアイーシャに教わった内容だ。

 

 と、どうやら俺の発した脅し文句が聞いたらしく、ミィナはゴブリンの耳を仕舞ってくれた。

 

「カナデの方はこれからどうするのよ? 着の身着のままって感じだし、実際文無しだから宿をとる事も出来ないでしょ?」

「あー、うん。取りあえずは仕事を探さないとな」

「じゃあ、やっぱり冒険者ギルドに行かないといけませんね。何かしらの仕事を探すなら、それが一番手っ取り早いですよ」

「俺、荒事は苦手なんだけど」

「ゴブリンを素手で殴り殺してた人が何言ってるの?」

 

 アレは不可抗力というやつだ。

 その場のノリと流れで、戦わなければならない状況になったに過ぎない。

 そもそも変身していたからこそのパフォーマンスである。

 今だって直ぐに戦えって言われたら、流石にちょっと困るぞ。 

 

 あぁ、それにしても、神様と同化しても今までの感覚が抜けないな。

 俺って小市民だ。

 スタスタと道を行く二人に遅れないように付いて歩くと、途中で二人は服屋に寄っていた。

 流石に今の格好のまま街中を歩き回るつもりは無いようで、ミィナはショートパンツとシャツを、アイーシャはゆったりとしたローブを買って着替えたようだ。

 

 アマゾネス装備のままでも俺は良かったんだが、口に出すのは憚られるな。

 

 着替えたことで足取りが軽快になった二人の案内に従って暫く歩くと、程なくして大きな建物へと到着した。

 

「これが冒険者ギルド、か」

 

 見るからに雰囲気の有りそうなその建物に、思わずゴクリと唾を飲んだ。

 

 もっとも、中に入ると思ったよりも人の数は少ない。

 建物の中にはチラホラと人影が見えて、まずは全身鎧姿のおっさん。

 ローブ姿のおっさん。

 軽鎧姿のおっさん。

 街人風の格好をしたおっさん。

 

 どういう訳か『おっさん』ばかりが其処に居た。

 いや、一応は俺よりも若そうな連中もそこそこに居たんだが、全体的にはおっさんの比率が非常に多い。

 

 くっ、何だか解らんが凄い場所だな、冒険者ギルドってのはっ!?

 

「何を怯えてるのか知らないけど、今は時間的に『一仕事終えて解散』って人達が多いってだけだからね? 大体は朝の内に依頼を受けて、夕方頃には帰って来て解散しちゃうから」

「そうなのか? じゃあ、此処に居るオッサン達も仕事を終えた連中ってことか」

「そうよ。まぁ、冒険者の年齢は上を見たらキリがないからね。それでも10代から20代も大勢居るわよ」

「でも、そういった若い年齢の人達は大抵が薬草集めとかの初心者用の簡単な仕事か、弱い魔物なんかの討伐するような依頼を選ぶことが多いですからね。今の時間は大抵仕事上がりですよ」

 

 若い年齢って、お前らも俺より若いじゃないか。

 ミィナ15歳、アイーシャ14歳だろ。対してカナデくん19歳だぞ?

 うーん、それを考えるとミィナはアイーシャよりも歳上なのに色々と出るべき所が引っ込んでる様な気がする。クレバス?

 ん? そうか。今の理論に当てはめると、若いからコイツラはゴブリン退治なんてしてたのか。

 まぁ、アレと戦うのが派手かどうかは別問題だろうが。

 

「それじゃあアイーシャ、私が換金してくるからアンタはカナデのこと案内してあげたら?」

「そうですね。今のうちにカナデ君も冒険者登録を済ませちゃいましょう」

「あ、やっぱりやるの」

「やっておいた方が良いですよぉ。その方が仕事の斡旋もして貰いやすいですから」

 

 薬草集めとかなら、現物を見ながらだったら俺にも出来るだろうか?

 なにせ自慢じゃないが、俺が知ってる花は『ひまわり』と『朝顔』と『バラ』の3つだけだからな。

 植物の正確な形を覚えられる自身はないぞ。

 桜? アレは花って言うよりも樹だろ。

 

「カナデは戦闘能力は高いのに、どういう訳か体力が無いものね。でも、それなら最初は体力が付きそうな仕事をすれば良いのよ」

「体力が付きそうなって……。冒険者って、戦ったり薬草集めが仕事じゃないの?」

「……カナデ君の中での冒険者がどうなってるのか気になる」

「ま、仕事の種類はいっぱい有るわ。それこそ本当にいっぱいね。解りやすい冒険者っぽい仕事だけじゃなくて、街の中で出来るような雑用みたいな仕事も多いわ」

「そう、なの?」

 

 首を傾げる俺に二人は『付いて来て』と言いながら歩いていく。

 着いた先はやたらと大きな掲示板の前である。

 

「普通の依頼はこういった掲示板に張り出してあって、えぇっと―――あった」

 

 貼り付けられてる神をミィナが剥がすと、其処には見たことのない文字で

 

『倉庫整理。5時間、5000リル』

 

 と書かれていた。

 コレって冒険者の仕事なんだろうか。

 

「冒険者って、何でも屋さんみたいな所があるからね。こういった雑用系の仕事が結構ギルドに張り出されてるのよ」

「私達も最初の頃は良くやりましたよねぇ」

 

 懐かしむようにしみじみと言っているが、俺としてはこの二人は討伐系の仕事は早かったんじゃないかと思える。

 もっとも、話していた内容を考えるにそっち系の方が儲けは良いようだが。

 

 とは言え、5000リルというのが高いのか安いのか良く分からん。

 いや、高いって事はないんだろうけどさ。常識的に考えて。

 

「でも、適当に掴んだヤツだけど、この手の仕事はカナデには丁度良いんじゃない? 体力なんてのは動いていればその内に付くし。倉庫整理は1に体力2に体力だから」

「そうですね。助けて貰っておいてこういうのも何ですけど―――流石に私達はカナデ君を養う気はないですし。

 カナデ君が独り立ちするにも体力を付けるのが一番の方法でしょう」

「うっ……」

 

 確かにそうだ。

 この二人は善意で此処まで連れてきて説明までしてくれたってだけで、保護者って訳じゃない。

 天空神の記憶も全て見た訳じゃないから何とも言えないが、恐らくは元の世界に帰れる可能性は低いのだろう。

 この世界で生きていく為には、やはり最低限は動ける身体が必要だ。

 

「ゴメン、二人共。何だか甘えてたと思う」

「良いよ気にしないで。まぁ、カナデは急に知らない場所で目覚めて右も左も分からないって状態だったんでしょ?

 私達も助けられた恩が有るし、コレくらいはね」

 

 命を助けられたんだから、相応のことはしろ―――と考えなくもないのだが、しかし俺の居た国での感覚を此処で適用するのは少し違うような気もするしな。

 それに、実際この二人にあまり迷惑を掛けるべきでもないと思ってるのも事実だ。

 街に着くまでの間も、街に入るときもそうだけど、随分と格好悪い所を見せてるからなぁ。

 

「それじゃ、私は行ってくるわね」

「はーい。いってらっしゃい~」

「任せなさい。色つけて貰ってくるからね」

 

 こういう所で受け取る賞金を『割増にする(いろをつける)』とかしたら問題だろうに。

 と、思いながらも俺は意気揚々と進んでいくミィナとアイーシャと一緒に見送った。

 

 

 

 



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