FGO×ダンまちのクロスオーバー短編集 (何でもない)
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~カタチのない島のアヴェンジャー~
『白兎』と『恐ろしいもの』が迷宮で出会うのは間違っているだろうか


お初にお目にかかります。この度、このような小説を投稿させていただきました。

所詮、下手の横好きですのでお手柔らかにお願いいたします。



※後日、断りもなく改訂を行う場合がございます。ご了承ください。


 

 

 ━━━迷宮都市オラリオ━━━

 そこは文字通り、この世界で唯一迷宮(ダンジョン)が存在する都市である。

 ダンジョンとは、都市の中心の大穴から入ることができる地下空間であり、それに蓋をするように巨塔バベルがそびえ立っている。

 その内部はそれぞれの階層に存在している階段を通じて下層へと降りられるようになっている。しかしながら最下層は未だ到達されてはいない。そもそも存在してるのかすら分からない。

 そしてもう一つの特徴といえばモンスターだ。このダンジョンにおいては壁などがひび割れ、そこからモンスターが涌き出てくるのである。それ故、『ダンジョンは生きている』などという風説が人々の間にも広まったりしているが、真実は定かではない。そしてこれらのモンスターは体内に魔石と呼ばれる紫紺色の結晶体を宿している。そして倒した際に魔石を落とすのである。

 この魔石、そのモンスターの強さと魔石の大きさは比例していて

 そしてこのダンジョンを攻略することによって生計を立てる者たちがいる。それが『冒険者』だ。

 この冒険者を語る上で欠かせない存在になるのが超的存在(デウスギア)たる『神々』だ。彼らは文字通りの神、言い換えるなら神話に語られる不老不変の存在である。本来ならば天界に座して地上には関わらない彼らであるが、彼らは不変であるため代わり映えしない日々に飽き、自らの権能である神の力(アルカナム)を封じて地上に降りてきたのであった。

 そして、地上に降りた神々は地上の人々に自らの血、神血(イコル)を与え神の恩恵(ファルナ)を授けたのであった。神の恩恵を受けた人々はそれだけで戦闘経験の無い少年がそれを受けていない大の大人を圧倒する力を手に入れるのだが、そこに様々な苦難を乗り越え、経験値(エクセリア)を手にいれて己という器を鍛えることによって階位上昇(ランクアップ)し、その魂は神々の領域である更なる高みに近づき、それ相応の力を手に入れることができるのである。

 そして、この神の恩恵を受けた下界の住民こそが冒険者である。彼らは恩恵を受けた神を頂点とした【ファミリア】を形成し、力を合わせて(一部例外はあるが)ダンジョンに挑むのである。

 さて、このダンジョンに挑む冒険者たちであるが、その目的は様々である。ある者はまだ誰も知り得ぬ"未知"を、ある者は迷宮を踏破することによって得られる"名誉"を、ある者は強靭なモンスターとの"闘争"を、ある者は迷宮の深層に眠る希少な素材による"富"を、そしてある者は経験値を貯めてランクアップによって手に入る"強さ"を。━━━━━━ "女性との出会い"を求める風変わりな少年もいるが今は割愛。

 

 

 

 

 

 そのダンジョンのとある床にに突如として魔法陣が登場した。成り立ちからして謎だらけであるダンジョンである以上、如何なる現象が起ころうとも不思議では無い。しかし、その魔法陣の周囲に魔力を帯びた光子が集まってきてそれは魔法陣の上で一つの人の形を作り出す。そして、その光が収まるとそこには人がいた。

 ━━━もっとも、それを目撃した者が対象を『人間』と呼称できるとは思えないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 「これは、どういうことだ?召喚した者はいないどころかそもそも魔力の繋がり(ライン)すら感じない。そしてこの場所だ。周囲から魔力をはっきりと感じるが、地球のものにしては違和感がある。…………いや、そもそもここは何処だ?"座"からの情報が与えられていないだと?」

 

 

 先程の人影は言葉に困惑の色を浮かべながらも現在の状況を整理していた。

 彼女は英霊━━━神話や伝説に謳われた者たちがその信仰によって精霊の領域まで押し上げられた人類と人類史の守護者━━━と呼ばれる存在である。英霊は"座"と呼ばれる如何なる時空間からも隔絶された地に存在していて、基本的に現界することはない。よって今、この場にいる彼女はサーヴァント━━━このような現界の際に座の英霊の要素の一部が分霊として魔力(エーテル)によって構成された肉体となってこの世に現れる━━━である。諸兄には座をインターネット、座本体にいる英霊をインターネット上の膨大なデータ、現界したサーヴァントを必要な分だけ自分の端末にダウンロードしたものと置き換えたほうが分かりやすいと思われる。

 そしてサーヴァントはその圧倒する力を持つがゆえに、基本的に人類にはごく限られた手段でしか召喚できない。座本体が召喚するケースも存在しなくはないが、こちらはさらに限定的な条件であり、それが起こったということは騒乱の前触れ以外の何者でもないが。

 召喚方法・条件は割愛するが、いずれにせよ、現界したならば必ず座からその時代・地域で必要とされる基本的知識や情報、言語能力を与えられるのである。これにより召喚主(マスター)との円滑なコミュニケーションが行えたり、召喚された目的が分からなくなり途方に暮れることが防げるのである。

 これが一つ目の不可解な点である。彼女は座より情報を何一つ与えられていなかったのである。ここがどういう時代でどういう場所なのか、そもそもここは自分が知っている地球なのかすらわからない。

 二つ目の不可解な点は魔力供給も無しに現界していられることだ。サーヴァントは魔力によって構成された肉体によって成り立っている以上、何処からか魔力を供給し続けないと下界に留まることができない。そのため、通常であれば召喚者(マスター)などと魔力のラインを繋いで魔力供給を受けなければならない。例外的に【単独行動】と呼ばれるスキルを所有しているサーヴァントであれば供給が途絶えても一定期間なら現界可能であるが、彼女はそれを所持していない。

 

 

 「それに………霊体化できないだと?ちっ、これでは姿を隠すことが出来んではないか。………待てよ。つまり受肉しているとでもいうのか?それこそ"奇跡"でも起こらなければ不可能ではないのか?」

 

 

 三つ目の理由、それは彼女が呟いたように霊体化できないことである。

 霊体化というのは血肉を備えた状態である『実体』から不可視で物理法則にとらわれない『霊体』に切り替わることである。霊体の状態であれば気配を察知できるサーヴァントでもなければ存在を気取られることもなく、また魔力消費も抑えられるのである。

 この霊体化及び実体化はサーヴァントの任意発動(アクティブトリガー)によって制御できるものであり、できないケースはそれこそ数えられるほどだろう。彼女が先程口にした"受肉"がその一つである。もっともそれも"万物の願望機"でもなければあり得ないことだろうが。つまり、今の彼女にはそれほどの例外中の例外が重なっているのである。

 

 

 「魔力は………幸いなことに余裕があるか。宝具を連発するようなことはないと思いたいが、補給手段を確保できないことには不安が残るな。この周囲に漂う魔力からすれば何かしら手立てはあるだろうが人間との接触は避けながらとなると………… 「ブオオオオオオ!!!」 「うわあああああ!??」 む?」

 

 

 迷宮に響く2つの声に彼女の思考は中断される。 ━━━その叫び声の片方は人成らざる怪物、もう片方は人間もしくはそれに近似した知的生命体。状況からして人間(?)側が怪物に追いかけられている。━━━ そう推測した彼女はそれに接触すべきかを考えた。先に挙げた通り、基本的に人類との接触は避けねばならない。別に人間を恐れているわけではない。ただ、何もかもが分からない状態で接触し、戦闘に突入すれば補給手段を確立できていない為にジリ貧に追い込まれる可能性があるからだ。勿論、それを解決するための"宝具"━━━英霊たちの代名詞ともいえる伝説や伝承を顕在化させる奇跡━━━を保持してはいるが、相手側に対応される手段が無いとは言い切れない。事実、彼女は生前にこの宝具を反射させられたことが決定打となり殺されている。

 

 

 「………ふむ、あの人間の声が助けを求めてないということは奴は単独行動をしている。怪物から逃げの一手である様子からして強さも然したるものではない。ならば情報を聞き出すためにも接触してもよかろうか。」

 

 

 多少の推考の末、そう決めるやいなや、彼女は声のする方向へ追跡を開始する。その細身ながらも威圧感のある体躯からは想像もできない速さで迷宮を駆け抜けていく姿は人々が目にすればそれだけで畏怖の念を抱かせたであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 さて、話は先程の2つの叫び声のタイミングまで遡る。

 

 

 「ブオオオオオオ!!!」

 

 「うわあああああ!??」

 

 

 ここは迷宮の5階層。冒険者として第一歩を踏み出した者が入門編を終えて初級編へとステップアップしようかという階層に響く2つの声。一つは半月ほど前に冒険者になったばかりの少年、もう一つは2Mほどの筋骨隆々とした体躯に牛の頭という【ミノタウロス】といわれるモンスターである。

 このミノタウロスはダンジョンでも15階層から登場するモンスター。その適正レベルは2上位相当で一対一(タイマン)で戦おうとするならば最低でもレベル3程度が望ましいとされる程のモンスターであり、間違っても冒険者歴半月程度で相対していい相手ではない。勿論、本来この階層にいてはいいモンスターではない。

 とはいえ、本来この階層に居てはならないこの少年も同じである。少年の名はベル・クラネル。彼自身の祖父による教育(煽動)によって、このダンジョンに女性との出会いを求めて冒険者となった風変わりな少年である。

 冒険者になった彼は自身の『伝承に遺されるような英雄になる』というもう一つの夢も叶えるために毎日のようにダンジョンに潜っては敵を倒していたのだが、彼の能力値ではまだ来てはいけないはずなのに、好奇心に負けてこの階層まで降りてきてしまったのだ。その結果がこの逃亡劇である。

 

 「はあっ、はあっ…………!?そ、そんな!!行き止まり!?ど、どうすr『ブオオオオオオ!!!』ひぃ??!」

 

 

 しかし、この逃亡劇も突然終わりを告げる。逃げるのに夢中でただ走り回っていた彼はとうとう追い詰められてしまった。逃げ場所を失ったことに絶望するベルだが、ミノタウロスは追い討ちをかけるが如く怒声を上げる。その猛り声は単なる叫びではなく強制停止(リストレイト)をもたらす咆哮(ハウル)である。それはレベル1では抵抗困難とされるものでベルも例に漏れず体が硬直して身動きがとれなくなってしまった。

 

 

 「オオオオォォォォ…………!」

 

 「あっ…………あああ………」

 

 

 ベルは必死にもがいてミノタウロスから離れようとするが無情にも壁に阻まれる。それを嗤うようにミノタウロスはにじり寄る。ベルとミノタウロスとの距離はみるみると近づいていき、ついにはベルのすぐ近くにまで詰め寄った。そしてミノタウロスはこれ見よがしに手に持っていた棍棒を両手で持つと高々と頭上まで挙げた。いわゆる上段の構えの格好をとったミノタウロスはベルを見下ろすように視線の真ん中にとらえた。

 

 ━━━ああ、ここまでだ。

 

 ベルは自らの最期をここで悟った。自らの体から力が抜けて、乱れていた呼吸が急に静まっていく。自身の心音が妙に響くのを感じた。

 彼自身、その兎のような見た目から幾多の【ファミリア】から門前払いを受けていた。そんな中でとある女神に手を差し出してくれて、彼は冒険者になれた。その嬉しさのせいだろうか、彼はダンジョンの恐ろしさを、英雄になることの難しさを忘れてしまっていた。英雄になれるのなんて一握り、その影で名も遺さず消えた人がどれ程多いことか。

 

 

 (ごめんなさい、お爺ちゃん。僕、英雄にはなれなかったよ。もうすぐそっちに逝きますがどうか許してください………。そしてヘスth)

 

 「おい、貴様ら。私の言葉が分かるなら私に応えよ。」

 

 

 ベルが心中で今は亡き祖父への謝罪を行い、そして自身を掬い上げてくれた女神にも謝罪をしようとしたそのとき、そこに女性の声が響き渡った。その瞬間、まるでここら一帯が凍りつくような悪寒が空間を覆った。

 基本的にモンスターは言葉を発するどころか理解すらできない。つまりこのダンジョンで人語があるというのは冒険者に他ならない。今のベルにとって、人語は本来であれば天の助けであったであろう。但し、残念なことにそれを発したのは人でもダンジョンのモンスターでもなかった。

 

 

 「どうした?私の声が分からぬのか?私は気の長い方ではない。応えよ、さもなくば………分かっているな?」

 

 「あ………あっ、あっ、あ………がっ………」

 

 「ブッ……オ………オオオ……」

 

 

 ベルは声を必死に出そうとするがその彼女が発するオーラにあてられてしまい、呻き声のようにしか話せない。それはミノタウロスも同様のようであり、大きく振りかぶった体勢のままで硬直していた。

 

 

 「何を喚いている?言いたいことがあるのならハッキリと言うがいい。それとも、貴様らは私に開く口など無いと言うのか?」

 

 「がっ………!?あああ………??!」

 

 「オオオォォォ……!?」

 

 

 場を包んでいた圧がさらに強くなった。その気迫にベルもミノタウロスも最早意識を保つだけで精一杯だった。そもそも人語を解しないミノタウロスはともかく、ベルに関してはその彼女の威圧感に圧されて言葉を発せられないのであり、原因は彼女にあった。

 彼女は試していたのだ。この世界の人類がどれ程のものなのか、このモンスターの実力が如何程のものなのか。モンスターの方に関しては彼女自身も覚えがある見た目をしていたというのもあったのも大きい。

 そして、そのミノタウロスに動きがあった。この状況下に耐えきれなくなったのか、死中に活を見出だそうとしたのか、突如振り返りながら岩でできた地面に罅が入らんばかりに踏み切って彼女に向かって駆け出した。そして、棍棒を大きく振りかぶった状態のまま襲いかかった。

 

 

 「ブオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 「ほう…………。多少は気骨があるようだな。」

 

 

 間合いを一気に詰めたミノタウロスは勢いをそのままに棍棒を渾身の力で振り下ろす━━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……………だが、誰が襲いかかっていいと許可した?」

 

 

 ことはなかった。彼女は左腕を外側に振るった。その瞬間、振った腕に沿うように斬撃が現れミノタウロスを切り裂いた。ミノタウロスは断末魔を上げることすら許されず、地に崩れ落ちた。

 

 

 「はあ………もういい。もう少しは拮抗するかと思ったのだか、期待外れだったか。」

 

 

 彼女のその一言をきっかけに辺り一帯の重圧が弱まった。ベルもそれから解放されたのに加え、彼の位置からから見て目隠しになっていたミノタウロスがいなくなったことで彼女の姿をハッキリと目にすることができた。

 その出で立ちは驚嘆のものだった。薄紫色の眼に同色の長髪、豊満な胸にキュッと引き締まったくびれ、胸元や腹部を大きくさらけ出した防具の意味を成していない金属のような服飾、その四肢は肘から先、太ももの真ん中から先が鱗に覆われていて末端の手足は黒く変色しており長い爪を有している。その禍々しくも美しい見た目でも特に際立ったのはその髪先だった。まるで蛇の頭のような異形を成していた。

 ベルはその姿にある名がよぎった。彼の祖父が綴った数多くの英雄譚の1つに登場した怪物、ギリシャ神話にも伝わる魔物の名が。

 

 「メ、メドゥーサ………?」

 

 

 それは奇しくも()()()()()()()()と同じくベル・クラネル(主人公)の物語の原点であり、ダンジョンで求めた女性との出会いであった。

 但しその相手は英雄を求めるような姫君ではなく、『ゴルゴーン』━━━その名は"恐ろしいもの"を意味する真正の怪物であった。




説明パートが無駄に長引いた上に読みづらい………。
そして、ぐたくだになったのでここで区切ります。続きは少々お待ちください。


誤字脱字報告はお気軽にどうぞ。




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【剣姫】と【凶狼】がアヴェンジャーに挑むのは間違っているだろうか

お待たせしました、第2話です。

あらかじめ言っておきます。悲しいくらい話が進展してません。



(2018/7/17 19:00追記)
アイズはベートに対してさん付けで敬語で話すとのことなので修正中。文が乱れている場合がありますが、ご了承ください。

(2018/7/17 22:25追記)
上記修正を完了しました。もし気になる表現がございましたらお気軽にどうぞ。


 「メドゥーサ、だと?貴様、その名を知っているのか?」

 

 「は、はい。お爺ちゃんが教えてくれた英雄譚の中にありました。あっ、お爺ちゃんというのは………。」

 

 「貴様の家族関係など聞く気は無い。その英雄譚の中身を話せ。」

 

「えっ、えーっとですね………。」

 

 

 ベルの口から飛び出したその言葉にゴルゴーンは興味を示した。自分の名前をこの世界の人間が知っていたということは、この世界にもギリシャ神話の伝説が存在していることを意味していたからだ。彼女自身、現在の状況がまるで掴めない上に人々の前に姿を現すことが出来ない中での思わぬ助けだった。

 一方のベルはというと混乱こそしているが、妙に落ち着いていた。好奇心に負けて5階層に降りてきたら本来いるはずのないミノタウロスに追いかけられて、追いつかれて殺されそうになったらもっと強いナニかが登場してミノタウロスを一蹴して、そのナニかに問い詰められているというノンストップな流れにむしろ冷静になれたのかもしれない。

 

 

 「………で、英雄ペルセウスは死後アテナ様によって天に上り、星座に召し上げられた…………。僕が知るのは以上です。」

 

「そうか………。」

 (ふむ………。多少の差異はあるが、間違いなく私の知る物語だ。つまりは私の知る地球と同様の文化が存在すると見ていいだろう。そして少なくとも神話と称されるからにはそれが発生してから少なくとも数千年は経過しているとみるべきか。)

 

 「あっ、あの。も、もしかしてお気に召しませんでしたか?もしくは僕が話した内容に間違いが………。」

 

 「何を言っているんだ?気に入らぬならこのウシと同じ場所に送っているわ。そもそも貴様、私をゴルゴーンと知っていながら呑気が過ぎることをほざいているのか?」

 

 「あっ………!そ、そうだった!どどどうすればいいでしょうか?!」

 

 「()に聞いてどうする………。」

 

 

 こんな調子の人間(ベル)にゴルゴーンはというと、完全に呆れ返っていた。ペルセウスの英雄譚でも有名な逸話といっても過言ではないゴルゴーンのことは、彼の伝説を語りきったほど(ゴルゴーン自身、それを暗唱できることに僅かながら感心した)の知識があれば理解できないはずがない。それなのに恐れは有れど会話を試みようとしているその精神性に困惑していた。ただ、ベルにとっては自身では手も足も出なかったミノタウロスを瞬殺した相手に抵抗できるはずもなく、その脅威を目の当たりにして自暴自棄にならずにいるのは称賛に値するといえるだろう。

 同時に彼女は人間に対してこのような感情を抱くことを不思議に感じた。復讐者(アヴェンジャー)たる自分にとって人間など相容れるはずもなく、顔を会わせればその結末は殺すか殺されるかしかない筈なのにだ。

 この奇妙な感覚がどこから来るものか。それを頭から引っ張り出そうとしたとき、

 

 

 「………!喜べ、小僧。助けが来たようだぞ?」

 

 「えっ?」

 

 

 背後からの気配を察知したゴルゴーンは思考を中断して後ろを振り向き、ベルも体を傾けるようにして彼女の背後を見る。

 そこには二人の人物がいた。一人は金髪金眼のどことなく儚げな少女。もう一人は見た目からして気性が荒そうな銀髪で頭部の獣耳の男。二人ともその表情は険しく既に臨戦態勢をとっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンジョン上層階を無人の荒野を突き進むが如く駆ける一人の人物がいた。

 見惚れんばかりの金髪金眼にしなやかな肢体、そして急所に直撃しなければそれでいいと言わんばかりの軽装に細身の剣。一見すればまるで人形のように美しいが、その表情は確かに歴戦の戦士の風格を漂わせていた。彼女の名はアイズ・ヴァレンシュタイン。Lv.5にして【剣姫】という二つ名を頂くオラリオ屈指の冒険者だ。

 彼女はこのオラリオにおいて最高峰と称される【ロキ・ファミリア】の団員及び幹部級の一人であり、ダンジョン深層の攻略のために他の団員たちと共に遠征を行っていた。その帰りにミノタウロスの大群と遭遇したが、これを期にと下級団員たちの鍛練のためにそれらを狩猟を行ったのだ。既にLv.5に到達しているアイズは彼らのサポートにあたっていたのだが、団員たちの破竹の勢いに怖じ気づいたのか逃亡を始め、あろうことかその一部が上層階へと向かってしまったのだ。

 逃げ出したミノタウロスが新米冒険者と鉢合わせ、万が一があった場合にはむざむざ取り逃がした自分たちのファミリアの沽券に関わる。それを防ぐためにも機動力に優れる彼女以下数名の団員たちが逃げるミノタウロスの追撃を行っていていたのである。

 ミノタウロスを鎧袖一触とばかりに打ち倒しつつ、残りの逃亡を続けるミノタウロスを追跡していくのだが、逃げ出した数が多かったのか倒しきれないどころか更に上へと逃げていく。そうしてとうとう彼女追跡していた最後の一体が5階層に逃げ込んだ。ミノタウロスを追うように彼女も5階層へと向かった。

 しかし、5階層でミノタウロスを追跡している最中、

 

 

 「………!!」

 

 彼女の足が止まった。彼女は感じ取ったのだ、今までに感じたことのない空気の重さを。

 彼女は身構え、冒険者としての感覚を頼りにその元凶を探る。そこに、

 

 

 「………おい、アイズ。こりゃどういうことだ?」

 

 「ベートさん…。よく分かりません。でも、嫌な予感がします。」

 

 

 後ろから聞こえてきた声に彼女は目だけを動かして確認する。やって来たのは頭部から狼のような耳がある狼人(ウェアウルフ)。銀髪でナイフのような鋭い目、顔にある青い雷のような刺青が目を引く。彼の名はベート・ローガ。アイズと同じく【ロキ・ファミリア】所属のLv.5、【凶狼(ヴァナルガンド)】の二つ名を頂く一流冒険者である。

 彼もまた、上層階へと逃げたミノタウロスを追撃していた。

 

 

 「嫌な予感がする、か。ちっ、認めたくはねぇが………」

 

 「ベートさん、他のミノタウロスは?」

 

 「はっ、あんなザコに俺が手間取るわけねぇだろ。」

 

 「………私の方のがまだ一匹、倒せてないんです。私があちらに行きますので、ミノタウロスをお願いします。」

 

 「んなもんほっとけ。あの程度のザコに構ってる場合じゃねえ。アイツ(ミノタウロス)に殺されるような弱っちい奴なら遅かれ早かれ死ぬだけだ。」

 

 「ですが………!?」

 

 「くっ………!?」

 

 

 二人に襲いかかったのは今までに味わったことがない"重圧"だった。それは単なる覇気だけではない。生命体への遺恨、害心、憎悪、殺意………━━━様々な負の感情が練り込まれたものだったその強さは多くの死戦を越えてきた彼らを怯ませる程に鮮明だった。

 

 

 「………行きましょう、ベートさん。多分、放置しておいたら危険では。」

 

 「………ああ、他の連中を待ってる余裕は無さそうか。」

 

 

 二人は息を整え、重々しき空気が流れ出る源流へ向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 流れ出る悪気を辿るように道を進んでいくアイズとベートであったが、ベートの狼人由来の優れた耳がそれを捉えた。

 

 

 「ん?これは、話し声か?」

 

 「話し声?誰かと誰かが、話してるってことですか?」

 

 「ああ。内容は分からねえが会話をしてやがる。戦ってる感じはしねぇ。」

 

 「戦わずに会話をしてる?モンスターじゃない?じゃあ、人間が原因ってことですか?」

 

 「だとするなら闇派閥(イヴィルス)の残党どもか?なら何でこんな冒険者が多い上層階をウロウロしてんだ?それに隠れるどころかこんな殺気を駄々漏れにしてるなんて、見つけてみろって言ってるようなもんだろ。」

 

 「じゃあ………喋るモンスターですか?」

 

 「あの都市伝説のか?くだらねえ。んなもん所詮酒場の噂話に決まって………見えたぞ。」

 

「人………いや、違う?」

 

 

 二人は目の前に謎の人影を見つけ、足を止めて様子を伺う。

 

 

 「………!喜べ、小僧。助けが来たようだぞ?」

 

 「えっ?」

 

 

 その言葉の後に背を向けていた人影がこちらに振り返り、その女性の容姿を顕にする。同時に、体を斜めに傾けるようにその人影の背後から少年が体を覗かせる。そして、その人影の足元には切り裂かれたミノタウロスだったものが転がっている。

 

 

 「…答えろ、てめえはなにもんだ?」

 

 「ほう、近頃の犬っころは一丁前に口をきくのか。ただ、野良犬らしく礼儀を知らんのは頂けんな。」

 

 「ほざきやがって………!!」

 

 

 野良犬扱いされてベートは猛る。Lv.5の威圧となれば中層クラスのモンスターでも尻尾を巻いて逃げ出すほどのものであり、ベルもそれを真に受けて震え上がる。もっともゴルゴーンにとっては然したるものでもなく平然と受け流す。

 一方のアイズは自身が取り逃がしたミノタウロスを気にかけていたので、ゴルゴーンの足下のミノタウロスを指差して問いかける。

 

 

 「落ち着いてください、ベートさん。ねえ、貴方がそのミノタウロスを倒したの?」

 

 「ああ、この雑魚か?やはりミノタウロスだったか。まあ、これを彼奴(アステリオス)と同等に扱うのは少々失礼かもしれんがな。」

 

 「どういうこと?ミノタウロスの友達がいるの?」

 

 「ミノタウロス()は心当たりがないな。ミノタウロスと友達になりたいなら他を当たるがいい。」

 

 「ちっ、ムカつく奴だ…!おい、そこのガキ!!」

 

 「はっ、はい!?」

 

 「はい、じゃねえ。お前はそこで何してやがる!そいつの仲間か!」

 

 「えっ?!そ、それはですね、我慢できなくて降りてきちゃってミノタウロスが走ってきて逃げ切れなくて追い詰められたと思ったらもっと追い詰められてペルセウスの話して…………」

 

 「……駄目、ベートさん。あの子、錯乱してる。多分アレの気にあてられておかしくなった。」

 

 

 アイズは彼が正気ではないと判断して、ベートを諌める。ベートもベルから情報を聞き出すのを諦め、歴戦の冒険者らしく速やかにベルから目の前のゴルゴーンに注意を向け直す。もっとも、ベルはベートの気迫とアイズの美しさに圧倒されていただけなのだが。

 アイズは再びゴルゴーンに視線を戻し、話を続ける。

 

 

 「ねえ、あなたはこのダンジョンのモンスターなの?」

 

 「ふん、私がこのようなカビ臭い穴ぐらに住むわけ無いだろ。」

 

 「じゃあ、その体は何かのスキル?」

 

 「スキルかどうかだと?ふむ、私の前に立つ度量に免じて教えてやろう。(あた)らずといえども遠からずだ。」

 

 「惑わされるな、アイズ。体があんな風になるスキルを持つ冒険者なんて聞いたことがねぇ。」

 

 「じゃあ、やっぱり闇派閥(イヴィルス)?」

 

 「んなことはどうでもいい。どちらにせよ、お前は俺たちの味方じゃねえ、そうだろ?」

 

 「その通りだ。そもそも私は人への憎悪によって成り立つものだ。貴様らと相容れなどしない。ならば、やることは一つに決まっているな?」

 

 

 その言葉とともにゴルゴーンは覇気を2人に向かって放つ。アイズとベートは負けじと気を引き締める。それに巻き込まれる形になったベルはその場の気がまるで嵐のように荒れ狂うのを感じた。それはまるで英雄譚に伝わる英雄と怪物の戦いだった。

 

 

 「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 「それを寄越せ、アイズ。」

 

 

 

 アイズは詠唱を行うと彼女の周囲に風が纏われた。 これは彼女の持つ付与魔法(エンチャント)である【エアリアル】。武器に纏わせれば万物を断つ刃に、体に纏わせれば万物を弾く鎧となる高い汎用性を持つ。

 そして、ベートは彼女の風を自身のブーツに纏わせる。【フロスヴィルト】と呼ばれる彼のブーツは魔力を帯びることによってその特性を纏わせることができる。ベートはアイズの【エアリアル】を受け取ることによって風の力を纏わせたのだ。

 

 

 「ほう、面白き術を使うではないか、小娘よ。そして犬っころにしては大層な履き物じゃないか。お前の飼い主は相当に裕福と見える。」

 

 「舐めたこと言いやがって……!アイズ!出し惜しみは無しだ!一気に叩くぞ!」

 

 「分かりました……!」

 

 

 その言葉を合図に二人は同時に飛び出した。先程から散々罵倒を受けているベートは怒り心頭に発してはいるものの、そこは第一級冒険者である。ゴルゴーンの力量の大きさ、その得体の知れなさを見落としてはおらずアイズと同時に攻めかかる。二人と彼女の距離はその瞬発力の前に一瞬にして縮まりそれぞれが自身の全力を叩き込む………はずだった。

 

 

 

 

 

 「はっ、貴様ら程度の強さなど見飽きているわ。」

 

 

 

 

 

 ゴルゴーンの眼に力が込められた。すると二人は文字通り石になり、体が動かなくなった。不幸にも既に地を蹴り飛び出していた後だったためにその体はまるで投石機で放り出されたように空中を飛び、彼女は飛んできた二人を難なく片手でそれぞれの首根っこを鷲づかむ。

 

 

 「ふん、貴様らがどれだけ強かろうと所詮は矮小な人間の枠の中でのレベルでしかないというのに。」

 

 

 ゴルゴーンは冷めた目でそう言い放った。

 

 

 




せめてゴルゴーン編だけは一区切りつけたい………。

(アイズってベートを呼ぶとき呼び捨てだったっけ…………。)


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【ロキ・ファミリア】とアヴェンジャーが接触するのは間違っているだろうか

お待ちかね(?)の第3話です。

はい、前回以上に展開が進んでいません。テンポ良く書けない筆者の力量不足です。申し訳ありません。

ではどうぞ。


 「さて、耳障りなこやつらを大人しくさせたのはいいとしてコレはどうしたものか。………ふむ、最後まで恐れず怯まず後悔のないこの様相なら飾っても様にはなるか?」

 

 

 本来であればLv.5の冒険者二人を一瞬にして無力化させたという偉業としか言いようがないものですら、彼女は何でもないことのようにその石像に成り果てた無謀な愚者(アイズとベート)の処遇を考えていた。

 彼女が用いた(スキル)は石化の魔眼、またの名をキュベレイといい、神話として知られる『見たものを石にする』というゴルゴーンの伝承そのものが形を成したものである。その効果は当然ながら対象の石化であり、これに対抗するならそれ相応の魔力が必要となる。二人にはそれだけの魔力が存在しないために石化させられてしまったのだ。

 

 

 「さて、無駄な時間を過ごしたな。そろそろここを離れるか。」

 

 「い、行くって何処へ?まさか地上へ!?」

 

 「だとしたらなんだ?貴様が止めるというのか?」

 

 「うっ………」

 

 

 ベルは何も言えなかった。彼は狼人(ウェアウルフ)がアイズと言ったのを聞いていた。外界からは半ば隔絶された山村で生まれ育ってオラリオに来て約半月程度のベルであるが、一流冒険者の話題は絶えず彼も耳にしていた。つまりアイズ・ヴァレンシュタインのことも情報としては知っていた。そして、隣に立っていた狼人も彼女と肩を並べて戦う程の強さを持つとなればその正体はベート・ローガと推測できた。

 片や【剣姫】に片や【凶狼】。オラリオを飛び出し世界にその名を轟かせるその二人を呆気なく無力化させた相手に自分なんか敵うどころか一矢報いることすら出来ないのは自明の理だった。

 

 

 「ふん、(だんま)りか。まあいい。貴様のことなど知ったことでもないしな。」

 

 「へっ?」

 

 

 ゴルゴーンは二人の石像を持って、言葉通りベルを歯牙にもかけずその場を後にしようとする。そして、

 

 

 「なんだ?まだ分からないのか。貴様など対峙するどころか食うに値すらしないとな。」

 

 「えっ………?!」

 

 「さて、話は終わりだ。私は()()()()()()()と語り合ったり捕って食おうとしたり戦おうしたりするほど酔狂ではないのでな。」

 

 

 ベルが唖然として此方を見続けているのを感じ取って首だけを動かしため息混じりに語った。そして、そのまま首を戻しその場を去っていった。ベルはその背中が見えなくなるまでその場に座り尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこはダンジョンの10階層。フロア一面が霧で覆い隠されていて視覚が頼りにならないその場所に百人近くの集団があった。集団は人数の多さに対し、統制が保たれていてその練度の高さを表していた。

 その集団から少し離れた先頭に三人の人影があった。一人は金髪・蒼眼で美少年の様相、槍を携えた小人(パルゥム)、一人は筋骨隆々で髭を蓄えて身の丈程の大戦斧を肩に担ぐドワーフ、一人は翡翠色の髪と緑玉石の眼、その美貌に違わない高い気品と知性を放つ、杖を携えた王族(ハイ)エルフ。

 その三人と集団が掲げている道化師(ピエロ)を模した旗を見れば彼らが如何なる集団か理解できない者はこのオラリオにはいない。彼らは【ロキ・ファミリア】━━━ このオラリオにおける最高峰【ファミリア】の精鋭たちだ。

 先ほどの三人はそれぞれ、小人(パルゥム)は団長にして【勇者(ブレイバー)】の二つ名を抱くフィン・ディムナ。ハイエルフは副団長にして【九魔姫(ナインヘル)】の二つ名を抱くリヴェリア・リヨス・アールヴ。そしてドワーフは先の二人に並ぶ最高幹部にして【重傑(エルガルム)】の二つ名を抱くガレス・ランドロック。三人ともそのレベルはなんと6。紛れもなくオラリオ指折りの冒険者たちだ。

 

 

 「フィンよ、いったいどうしたんじゃ?確かにあれだけの()()があったとはいえ流石にここにあの芋虫がいるとは思えん。ティオネとティオナを組ませてアイズとベートを探すほどの必要があるのかのう?」

 

 「私もガレスに同意だ。少なくともラウルを筆頭に数人は行かせてもいいのではないか?」

 

 

 ガレスとリヴェリアが団長であるフィンの命令に疑問を呈していた。この階層に上がってからのフィンはそれまでの爽やかな表情とはうって変わって重々しかった。12階に上がった直後に速やかに全団員を召集し、先行していたアイズとベートを呼び戻すために幹部たちを偵察も兼ねて送り出した。更にこの10階に上がってからは彼の纏う空気があからさまに険しくなり、まるで五感の全てに全神経を集中させているようだった。どう考えてもこの階層では過剰すぎる防衛措置であり、団員たちの間にも動揺が広がっていた。指示を出したフィン(当の本人)は目の前に広がる霧を透視するかのように凝視していた。

 そうこうしているうちに霧の向こうから二人の人影が戻ってきた。抹茶色の瞳に黒髪、褐色の肌は筋肉質ながらも女性的な美しさを持ち合わせており、纏っているのはその肢体を見せびらかんとすることを表すかのように軽装であった。この二人こそガレスが語っていたヒリュテ姉妹 ━━━ ティオネ・ヒリュテとティオナ・ヒリュテである。両者ともLv.5の第一級の冒険者で二つ名はそれぞれティオネが【怒蛇(ヨルムンガンド)】でティオナが【大切断(アマゾン)】である。

 この姉妹は双子なのだが、長髪なのが姉ティオネで短髪なのが妹のティオナで判別ができる。間違っても女性的な上半身(バストサイズ)からの判別をしてはならない。特にティオナに大変な目に遭わせられること間違いない。

 

 

 「二人ともお疲れ様。その様子だと……見つからなかったようだね。」

 

 「うん、アイズもベートも足が速いからもう上に行っちゃったんじゃないかな?少なくともこの階層にはいないと思うよ。」

 

 「それで団長、そろそろ意図を伺ってもよろしいでしょうか?いえ、団長の判断を疑うつもりはありません。ただ、私とティオナに単独行動させずに揃って行動させるほどのナニかが私も気になるのです。」

 

 フィンの問いかけにティオナが答え、ティオネが疑問を呈する。

 

 

 「……そうだね。出来ればアイズとベートを待ちたかったんだが仕方ない。4人とも、コレを見てくれないか?」

 

 「な、何?!」

 「これは………!」

 「ええっ!?」

 「だ、団長!?」

 

 

 4人は皆、それを見て声を荒立てた。4人の前に飛び込んできたもの、それは出血で真っ赤に染まり、腫れ上がったフィンの右手親指だった

 勿論、これは単なる怪我という訳ではない。フィンの右手親指はどういうわけか、良くないことが彼や彼のよく知る人物に迫っていると疼くという性質を持っていた。何故、疼くのかはフィン本人も分かっていない。生まれ持った神のご加護だとか彼の高い才智と数々の経験が組合わさることによって無意識的な未来演算の結果が偶々親指に出てるだとか色々言われているが、分かっているのはそれは高い的中率を誇るというものだ。フィンや団員たちもこれによって命を救われたことがあり、それを信用に値するものだと結論付けている。

 しかし、今までは疼くだけでそれは本人にしか知覚できないものであった。それが出血して腫れて他人の目にも分かる状況下にあるなど前代未聞である。

 

 

 「フィン、それは12階層から予兆があったということか?」

 

 「そうだ。その頃は普通に疼いていただけだったからあの芋虫絡みかとも思ったんだけど、10階層に上がってからのコレで、ね。」

 

 「ふぅむ、ならば尚更、アイズとベートが気がかりじゃのう。その芋虫以上のナニかにやられていなければいいんじゃが」

 

 「大丈夫だって!!あの二人がそう簡単にやられるわけないじゃん!!」

 

 「そうね、あの二人なら喩え倒せないとしても逃げ切ることはできるだろうし………。」

 

 「ああ、二人がソレに巻き込まれずに済んでいることを祈ろう。じゃあ僕らも地上を目指して進軍を再開しよう。どちらにせよここにこれ以上留まる…………!!総員、第一級戦闘配備!!!

 

 

 団長の突然の指令に団員たちは一瞬戸惑うも、そこは【ロキ・ファミリア】の歴戦の精鋭らしく速やかに陣形を整える。フィンら幹部たちも臨戦態勢をとり、霧の向こう側の脅威に備える。

 やがて、霧の中から人影が姿を見せる。体躯は美しき女性、しかし纏う空気も纏う覇気も人ではなかった。その正体こそ5階層より降りてきたゴルゴーンだ。

 ゴルゴーンは彼らの姿を姿を捉えても尚、口を開くことがないどころか歩みを止めようともせずどんどん近づいて、いや、歩いてきている。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 「お、おい………。あいつが持ってるあれって………!!」

 

 

 誰かがそう叫んだのを期に皆がそれに気づいた。そして唖然とした。彼女が持っている二つの石像、それがアイズとベートの二人に瓜二つだった。それこそ彼らがそのまま石になったが如く。

 

 

 「おい、貴様!!止まれぃ!!」

 

 「む?ああ、すまぬな。何か道に涌いていると思っていたがまさか人だとは気づかなくてな。」

 

 

 覇気だけでモンスターを殺せそうな怒声を張り上げたのはガレスだ。その叫びによって辺り一帯の大気が波打つかのように震えた。しかし、ゴルゴーンの反応はそれを意に介さないどころか漸く彼らの存在に気づいたかのように素っ気ないものだった。

 

 

 「で、人間が何用だ?私の足を止めさせるのだ。下らない用だった場合、貴様ら自身の命で償う覚悟は出来ているのだろうな?」

 

 

 ゴルゴーンが重々しくそう言うと、彼らに悪寒が襲いかかる。それは"復讐者"としての怨嗟の呪のようでもあった。一般人ならそれだけで発狂しかねないが、彼らは耐える。それはオラリオ屈指のファミリアとしての矜持か団員同士の信頼関係か。

 僅かな静寂の後、フィンが口を開く。

 

 

 「………一つ、聞いていいかな?50階層の"芋虫"に心当たりはないかい?」

 

 「芋虫、だと?何を聞くかと思えば、私がそのような地を這う虫ケラなどにいちいち気を向ける必要がどこにあるのだ?まったく、チビだとその程度の虫にビクビクしなければならないとは難儀なものだな。」

 

 「てめえ!!!団長を馬鹿にしやがってそんなに死にてえのか!!ああ!!?」

 

 「やめろ、ティオネ!奴の挑発にのるな!!」

 

 

 愛しの人(フィン)を馬鹿にされ、激昂するティオネをリヴェリアが諌める。先程のガレスと同じくティオネの咆哮が一帯の空気を軋ませるが、やはりゴルゴーンにはまるで効いていなかった。

 

 

 「フィン、あいつ本当に何も知らないのかな?」

 

 「そうだね、確証は持てないけど多分アレとは無関係だろうね。それはそれで無関係なのにこれだけの脅威が同時にダンジョンに存在してるってことになるけどね……。」

 

 「ふん、話は終わりか?ならばそこをどけ。………まさかとは思うが、よもや私の邪魔をしようなどとは考えているのではないだろうな?」

 

 「おっと、ごめん。もう一ついいかな?君が持ってるその石像が気になってね。何せ、僕たちの仲間に瓜二つで………」

 

 「下らないお世辞を使うな。もっとハッキリと言え。『お前が持っている俺たちの仲間を元に戻せ』とな。」

 

 ゴルゴーンがそう言い放った次の瞬間、改めてフィンが槍を構え直すと同時に他の団員たちも一斉にその表情を更に険しくした。彼女と彼らの戦闘が決定的になった瞬間だった。どちらにせよ、自分たちの仲間に害を為した相手と平和的解決など始めから選択肢にすらなかったが。

 

 

 「………人を石にしたり、あの蛇みたいな髪の毛とか鱗の生えた手足とかあのすごく長い尻尾とかまるでメドゥーサみたいだね、あれ。」

 

 「メドゥーサってあのギリシャ神話の化け物?馬鹿なこと言ってるんじゃないよ、ティオナ。なら何で私たちは石になってないよの。」

 

 「そうだな。もし伝承通りなら顔を見ている私たちは既に石になっているはずだ。そもそもあれほどの知性を有していながらモンスターなどとは到底思えん。何らかのスキルで変容した冒険者、恐らくは闇派閥(イヴィルス)辺りだろう。なら魔法具(マジックアイテム)呪詛(カース)だろう。仮に後者ならあの見た目も罰則(ペナルティ)と説明もつく。」

 

 

 ティオナの言葉をティオネが否定し、リヴェリアがそれに補足する。リヴェリアが言っていることは確かに正しかった。ハイエルフたる彼女はその称号に恥じない高い教養と叡智を持っている。その中で様々な神話体系の知識も当然有している。そして彼女が語った石化に纏わる逸話も神話に書かれる通りだった。また、彼女の容姿に関する冷静な指摘も幹部という指揮をする立場としての能力の高さを表しているとも言える。彼女が結論づけたそれは全うなものであった。

 ━━━但し、このゴルゴーンが()()()()の神話のそれではなかったことを除けば。

 

 

 「二人は僕・ティオネ・ティオナで助け出す!!ガレスは前衛を、リヴェリアは後衛を指揮しろ!前衛・後衛共に在るだけの武器を全部使え!温存を考える必要はない!いいか、誰一人欠けること無く、地上へ帰還するぞ!」

 

 「「「「「おおっ!!!」」」」」

 

 

 フィンの号令と共に団員たちが鬨の声をあげる。喩え目の前の敵が如何に強くとも、目の前の試練が如何に過酷だろうと我らは恐れも退きもしない。険しく苦しくとも越えてみせる。それがオラリオのみならず世界に名を轟かせる【ロキ・ファミリア】たる彼らの誇りでもあるであるが故に。

 

 

 「一人欠けること無く、だと?……ククク、フフフ…………ハーッハッハッハッ!!このような期に至っても斯様な笑える冗談を言えるとは!!そうかそうか、貴様らは旅芸人だったか!!ハーッハッハッハッハッハ!!!」

 

 「その余裕、いつまで続くかしらね!」

 

 「言っておくけど、強いのは私たちだけじゃないよ!」

 

 「そうじゃ。【ロキ・ファミリア】の団結力、それが真の強さであることを見せつけてやるわい!」

 

 「私たちを嘗めた代償は貴様自身で償ってもらうぞ……!」

 

 「………はあ。私は気の長いほうではない。最後だ。今すぐそこを退け。そうすれば逃げた者だけはみのがしてやろう。」

 

 「お言葉だけど、僕たちの中に誰一人逃げる仲間はいないよ………!」

 

 

 ティオネが、ティオナが、ガレスが、リヴェリアが、そしてフィンが啖呵を切る。それに呼応するかのように他の団員たちに闘志が満ちる。戦いは目前へと迫っていく

 

 

 「警告はした。かかってくるがいい。それだけ大層な口上をほざいたのだ。少しは楽しませるがいい。」

 

 「残念だけど、敵を楽しませる趣味は無いんでね。その代わり、敗北を馳走するよ。」

 

 

 沈黙が訪れる。睨み合う怪物(ゴルゴーン)冒険者たち(ロキ・ファミリア)。団員たちは団長の号令を今か今かと待ち望む。そしてその刻は訪れる。

 

 

 「戦闘開始!!」

 

 「「「「「「うおおおおおおおおお!!!」」」」」」

 

 

 フィンの号令を合図に団員たちは駆け出す。フィン・ティオナ・ティオナの三人が飛びかかり牽制しつつ撹乱、その間にガレス率いる前衛部隊が間合いを一気に詰めて相手を威圧するように押込み、その隙にリヴェリア率いる後衛部隊がありったけの遠距離武器と極大魔法で一気に消し飛ばす。それが今回の戦法であった。

 50階層の襲撃において多くの装備を失っている彼らにとって長期戦は行えず、アイズとベートを無力化・拘束できる相手に対して一般団員を退避させ、幹部だけで戦わせるのは標的が少なくなり術にかかりやすくなるから危険が伴う。散開して戦うのも上記の理由から除外される。つまり逃げずに戦うのであれば現状では最善の一手だった。

 そして、フィンら三人がゴルゴーンの元まで接近し、各々が持つその刃で切り裂こうとした瞬間だった。

 

 

 

 

 

 「見くびるか!!人間ごときが!!!!」

 

 

 

 

 

 世界が爆ぜた。そう形容するしかないような咆哮が迷宮を揺るがした。

 

 

 

 




人物が増えた分、地の文と会話文のバランスが難しい………。会話文が長くなると誰が喋ってるか分からなくなってくるので所々地の文で区切ってます。

ガレスの口調がいまいち掴めてないのでおかしく感じる部分があるかもしれません。改善点などありましたら指摘していただけると幸いです。



誤字脱字報告はお気軽にどうぞ。



(8/2 23時追記)
申し訳ございません。現在、私事で執筆が遅れていますのでこちらにてご連絡させて頂きます。今しばらくお待ち頂けると幸いです。







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ベルがアヴェンジャーに真正面から向き合うのは間違っているだろうか

.


と、いうわけでご都合主義感が漂う第4話です。

本文の前に感想で指摘のあった点について報告です。

・基本的に一つの短編集に出すサーヴァントは一人だけ。マスター並びにその他FGOキャラは会話に出るくらいで直接的な出演は無し。
・それぞれのの短編集は互いに関与しない。

○これからの予定
アサシンとアーチャーとランサーに関しては人選とプロットが出来ているのでこの短編が一息ついたらどれかを出すと思います。


そして今更ですが、この短編集(他含む)は『俺たちの冒険はこれからだ』ENDを予定なので嫌ならばここで視聴をお止めください


それでは時間ばっかりかかった割にはぐだぐだな駄文をどうぞ。



(いくら【ロキ・ファミリア】とはいえ、原作1巻の時点でレベル2上位100人弱は盛りすぎかな…………。)






 ゴルゴーンが叫んだ。言葉にすれば僅か一言にすぎないが、それを一言でかたづけるにはあまりにも巨大すぎた。威圧を込めたそれは竜種のブレスと見間違うほどの力を秘めていて、有象無象の冒険者であればその時点で息絶えてもおかしくない代物だった。

 幸いなことにここに集うのはまた見ぬダンジョン深層を目指す【ロキ・ファミリア】の精鋭たちであったことだ。最低でも今回の遠征でLv.3へ到達できると見込まれるLv.2上位相当の冒険者であったことからこれによる犠牲者は居なかった。

 だが、この時点でこの戦いの決着はついたといっていいだろう。なぜなら

 

 

 「うわあぁぁぁ!?!?」

 「し、死にたくない、死にたくない、死にたくなぁぁぁい!!!」

 「助けてくれ!!そ、そうだ!他の奴等はどうなってもいい!だから俺だけは………!!」

 「もう駄目なのよ………皆死ぬのよ………皆死ぬのよ!!!」

 「あ、あああ………………」

 

 

 ダンジョン10階層は既に阿鼻叫喚の地獄と化していたからだ。先程までの気概も覚悟も勇猛さもすっかり消え失せ、ある者は逃げ回り、ある者は力無く地面にへたり込み、ある者は必死に許しを乞う。この狂気の中、理性が残った者はフィンら幹部たちと僅かばかりの団員だけ。その彼らも無事ではないどころか、大いなる()()をその身に受けてしまっている。

 

 

 「言ったぞ?『警告はした』となぁ!!」

 

 「……!総員回 「逃がさぬ!」しまっ………!!」

 

 

 フィンの指示も間に合わず、ゴルゴーンが仕掛ける。髪の毛の蛇が口を開くとそこに魔力光が集束し、次の瞬間に光線として四方八方に放たれた。そして頭を振り回すように周囲を凪ぎ払った。まともに狙いをつけなかったそれもこの混乱の中では然して関係なく【ロキ・ファミリア】の精鋭を吹き飛ばす。

 

 

 「くそっ…………!」

 「がはっ……!?!」

 「ごふっ………!!」

 「ああぁぁぁ………?!」

 「なっ………!」

 

 

 

 ここで意地を見せたのは【ロキ・ファミリア】の幹部たち。自身も咆哮(ハウル)の影響冷めやらぬ中で戦場を駆け巡り、直撃する位置にいた団員たちを救助したのだ。避けきれず、彼らもいくらかの光線をその身に受けたが、その決死の行動によってなんと死んだものは一人もいなかった。

 しかし、最早勝敗は明らかであった。ゴルゴーンは無傷であるにも関わらず、【ロキ・ファミリア】は既に満身創痍。さらに付け加えるならゴルゴーンは自身の魔眼も宝具も使用していない。そして幹部たちも自身の体の異変に気づきつつあった。

 

 

 「かすっただけで儂がここまで深傷を……!?」

 

 「これは……体が強張ってまともに防御姿勢がとれていないのか…!?」

 

 

 ドワーフ故の堅牢を保持するガレスと自己分析を行っていたリヴェリアが耐久の低下を指摘して

 

 

 「ティオネ…!この体の痛みって……」

 

 「…うん、気のせいじゃない…!」

 

 

 ティオナとティオネが自らの体を蝕む痛みを指摘する。

 

 

 「やっぱり、さっきの咆哮(ハウル)は何かのスキルが仕込まれてたか…!」

 

 「ふん、寧ろそのくらいの分析程度出来ずして、私の前に立つことなど叶わぬと知れ。」

 

 

 フィンの結論に対してゴルゴーンは肯定の意を持って返答した。

 フィンの言う通り、彼女の先程の咆哮はスキルでもあった。そのスキルの名は【畏怖の叫び】。生物としての本能的な畏怖を呼び起こす咆哮によって敵全体に瞬間的な防御ダウン大、継続的な防御ダウン、恐怖状態、呪い状態を付与するというもので、真正の怪物である彼女はこれをA++という非常に高いレベルで保持しているのだ。

 この叫びを受けた団員たちはその殆どが恐怖により戦意喪失し、残った者も耐久が大きく減少しているところに攻撃を受けたことで深傷を負い、さらに呪いによって恩恵によって常人よりも高くなってる自然治癒も打ち消されている、というが現在の状況である。

 

 

 「さて……私の足を止めさせてこの体たらく、一体どうするつもりだ?貴様らはともかく他の有象無象どもは息も絶え絶えではないか。やはり、人を嗤わせる大道芸人どもの集まりだったか。」

 

 「そうだね…。あれだけの大口を叩いてこれじゃあ、返す言葉もないよ。だけどね………、いくら嗤われようとも、仲間を、戦友を、家族を助けない訳には行かないんだ……!!」

 

 

 フィンはそう言うとゴルゴーンの前に立ち塞がり、幹部や他の動ける団員たちも後に続く。幹部はともかく、他の団員たちは恐怖で膝が笑っている者もいるし、呪いや手傷で顔色の悪い者までいる。それでも彼らはゴルゴーンの前に立った。それが何を意味するか分からない筈がなくてもだ。

 ゴルゴーンはそれを見て愉しそうに微笑んだ。そして、

 

 

 「そうか。ならば、問答も不要だな。私の道の前で邪魔するというのなら掃除するだけだ。」

 

 

 ━━━"重圧"が彼らに攻めかかった。

 彼らは必死でこらえる。ここで折れれば立ち上がれなくなる、それを直感的に理解したからだ。

 しかし、それだけに終わらなかった。彼女は前傾し、髪の蛇たちも正面に構える。すると、彼女の顔の前に魔力光が収束し始めた。一見すると迫力の割に小さくも見えるが、それは高密度に濃縮されたものであるからだ。実際、その禍々しさや熱量は先程の蛇一匹一匹が収束したそれの比ではない。

 

 

 (まずい……!!全員を助ける時間がない!!)

 

 

 フィンは動揺を顔に露にした。この重圧(プレッシャー)で立つのがやっとな団員もいるなかで、自らが回避するならいざ知らず団全体を回避させるのは不可能だった。幹部を見渡しても反応は同様だった。そして無情にも考える時間すら残されていない。エネルギーの収束が間もなく終わる。終われば後は彼ら()に放たれるのみであった。彼の頭に最悪の結末がよぎった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「待て!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンジョン10階層に一際大きな声が響いた。意識のある団員たちは一様に声のした方向を向く。

 

 

 「ほう、この声は……。」

 

 

 ゴルゴーンも魔力の収束を止め、声がした方向である後ろへと振り返る。

 そこには一人の少年がいた。雪のように白い髪に深紅の瞳、ギルドの支給品の武具を纏っていた。そう、彼は5階層にてゴルゴーンと始めて接触した冒険者であるベル・クラネルだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベルはゴルゴーンが去っていった方をその背中が見えなくなっても見続けていた。

 

 

 『さて、話は終わりだ。私は()()()()()()()と語り合ったり捕って食おうとしたり戦おうしたりするほど酔狂ではないのでな。』

 

 

 ゴルゴーンが最後に残したこの言葉が、彼の心に杭のように突き刺さっていた。弱い自分への嗤笑なのだろうか?あの会話も所詮は情報収集以外の何者でもなかったのか?やはり彼女は人とは相容れぬ怪物なのか?彼の思いは果てしなく廻り続けていた。

 

 

 『いいか、ベルよ。お前がこの長い人生を生きていく中で忘れられない女性、その中身が恋か憧れか憎たらしさかそれ以外か………。それは分からんが必ずやそういう女性に出会うじゃろう。』

 

 

 その混線した思考の中から一つの言葉が浮かんできた。彼の祖父の言葉だった。どこまでも女好きだけどそれ以上に英雄の何たるかを暑く語っていた彼自身の"原点"である存在。その祖父が遺した余りにも突拍子もない言葉はまるで関係がないようにしか思えなかったが、その言葉は彼の心に妙に染み渡った。

 

 

 『そういう女性に巡り会ったらな、その女性の中に自分という存在を留めさせるんじゃ。………ん?方法じゃと?そうじゃのう、贈り物をするも良し、その女性の理想の姿になるために鍛練するも良し、思いきって食事に誘うも良し、いっそのことその場でプロポーズするのもいいじゃろう。そして一番大切なのは諦めないことじゃ。例えば困難に背を向けておめおめと引き下がる英雄は居ないじゃろ?それと同じことじゃ。おっと、犯罪だけはだめじゃぞ。それでは英雄以前に男として失格じゃからな。………なに、そんな自分が想像出来ない、じゃと?ハーッハッハッハッハ!!心配するでない!!そのときになれば必ず分かる!!何せ、お前は儂の自慢の孫じゃからのぅ!!』

 

 

 今は亡き祖父の言葉がまるであのときのように隣で笑いながら話しているかのようだった。

 

 

 「自分という存在を………女性の中に………留まらせる…………。」

 

 

 神話に伝わる真正の怪物、ゴルゴーン。女神アテナの怒りに触れ、ペルセウスによって討たれ、その首を自身の恨む人間や神々に使われ、生首を『魔除け』に落とし込まれた。もし、再びこの世界に甦ったとして、彼女は人間と分かり合おうとする事はないだろうし、人間や神々も同じ存在だろう。そのような関係の中で彼女に存在を知らしめるのならばそれこそ彼女を討ち破れなければ不可能だろう。もちろん、今の自分にそんな力は無いし、その差を埋められる奇跡は起こる筈もない。

 しかし、今の彼にとってそれはしがらみにならなかった。分かったからだ。あれは彼女との運命の出会いであるいうことが。その証拠に彼の感情の内では既に歯車が噛み合い、力強く回り始めていた。その場で立ち上がり、息を大きく吸って吐き出す。

 

 

 「そうか。この出会いが、きっと………。ありがとう、お爺ちゃん。あのときのアドバイス、確かに役に立ったよ。」

 

 

 そう静かに呟き、ベルは駆け出した。この胸に宿る思いが見向きすらされなかった悔しさなのか、神話に伝わる怪物に挑みたい挑戦心なのか、生きた神話に触れたいという知識欲なのか、底知れぬ未知を追い求めんとする好奇心なのか、相手が人外という前代未聞の恋心なのかは定かではない。でも、理由はどうだっていい。ただ、"女性(ゴルゴーン)"に自らの存在を認めさせ、留まらせるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベルはゴルゴーンのもとへ向かうためにダンジョンを走る。広大な迷宮を、しかも今まで来たことすらない階層を地図や先駆者の案内も無しに走り回れば迷子になって疲労が溜まったところにモンスターの餌食になるのが関の山であるにも関わらず、彼はまるで行くべき先が見えているかのようにダンジョンを走破していく。

 彼はゴルゴーンが放つ気を辿っていたのだ。自らの存在を隠そうとしない彼女は周囲にその力の一端である気を放ちながら移動していた。そして、ベルはミノタウロスに追い詰められた際に意識を保つのも精一杯な程にそのオーラを強く受けていたせいか、それを機敏に感じとることができたのだ。本来であれば僅かな気配を感じ取って速やかに逃げるための感覚をその気配のもとへ向かうために使ってたのだ。

 ゴルゴーンの影響かモンスターも疎らなダンジョンをひたすらに駆け降り続け、ベルは遂に10階に到達した。

 

 

 「………間違いない。この階層に、彼女はいる。けど、この感じはもしかして……………!?やっぱりだ、誰かが襲われてる!!」

 

 

 圧し潰すかのような凶気を感じたベルは急いで発生源へと向かう。根っこからのお人好しである彼が誰かが傷つくのを黙って見過ごすことなどできなかったからだ。

その後更に走り続け、遂に彼女の後ろ姿を捉えた。彼の予測通り、彼女は霧の向こう側にいる誰かに攻撃を仕掛けようとする、まさにそのときだった。

 

 

 

 

 

 「待て!!!!」

 

 

 

 

 

 彼は今出来る精一杯の声で叫んだ。濃霧の中でも彼女の周囲にいた人影の目線が一斉にこちらを向くのが感じ取れた。

 

 

 「ほう、この声は……。」

 

 

 ゴルゴーンもベルの方へと体を向ける。【ロキ・ファミリア】の団員たちはこの隙を逃さず、安全な場所まで全員退避して様子を伺う。ゴルゴーンもそれに気づくが、気に止めることなく、来訪者(ベル)と向き合う

 

 

 「ふむ、貴様は………。」

 

 「僕はベル、ベル・クラネルです。メドゥーサ………いや、ゴルゴーンさん。」

 

 「………何故、そちらの名でわざわざ言い返した?」

 

 「貴方はあのときこう言っていました。『私をゴルゴーンと知っていながら呑気が過ぎることをほざいているのか?』と。」

 

 「ほう……。斯様な台詞を良く覚えていたものだ。喰らう価値すらないと思っていたが少しは目敏いところが遇ったか、小僧。」

 

 「ベルです。」

 

 「む?」

 

 「僕はベル・クラネルという名前です。小僧だなんて名前じゃありません。」

 

 「ふっ、自己紹介とはまるで『貴様は僕が倒す』とでも言いたげだな。」

 

 「いいえ、戦いに来たんじゃありません。」

 

 「ならば何用だ?言っておくが私は人間の(しもべ)なぞお断りだ。」

 

 「…………終われなかったから。」

 

 「何だと?」

 

 「貴方の中にに存在しないまま終われなかったから。」

 

 「存在しない………?ああ、あの台詞か。だが、私が存在すると認めた以上、貴様に残された道は私と戦うか、私の餌食になるかだ。戦わないのならば私に喰われにでも来たと言うのか?」

 

 「それも、違います。」

 

 「ならば………まさか私に自分の顔やら名前やらを覚えて欲しかっただけとでも言うのか?」

 

 「えっと………多分そう………そういうことになるのかな?」

 

 「何だと?その多分とかいう曖昧なものでここまで私を追いかけて来たとでもいうのか?」

 

 

 ゴルゴーンは呆れを通り越して困惑していた。彼女自身、彼という人間を掴みかねていたからだ。自身を倒そうとする勇者でもない、未知なる存在の解明にに己の命すら賭ける学者でもない、危険に巨万の富を見いだして手を伸ばす探検家でもない、危機にその身を晒して自らを磨きあげる武闘家でもない。

 つまり、普通なのだ。その兎のような見た目ではない。その在り方が何処にでもいる平凡な…………

 

 

 ("平凡"?…………ああ、そうか。)

 

 

 彼女は気がついた。今現在、このように会話をしているが、"復讐者(アヴェンジャー)"たる自分が人間、しかもマスターでもない初対面の人間たちをこのように許容できるのが思い返せば不自然だった。いくらとるに足らない相手とはいえ、戦闘中にここまで要領の得ない問答をしていれば普通ならば話を切り上げていてもいいはずだ。

 それが今、漸く腑に落ちた。似ていたのだ。その人間に。怪物(ゴルゴーン)である自分を呼び出したのにも関わらず相互理解を諦めなかったその人物を。

 

 

 (この小僧もそういう奴だったか。あれだけの大馬鹿者に会うのはあれっきりだと思っていたが、まさかあの世界と似ても似つかぬこのような世界でも出会うとは、な。)

 

 

 彼女は巡りあった偶然を静かに笑ったのだった。

 

 

 






ベルの心理描写とゴルゴーンのマスターに対するイメージはぶっちゃけ自分でも頭を抱えました。一応、それっぽい形に取り繕っているだけなので深読みしないでください。もっといい表現が思い浮かんだ方は物腰柔らか目で助け船を出してもらえると有り難いです。


(何回書き直しても地の文と会話文のバランスがとらなくて辛い。)


誤字報告、ありがとうございました。誠に感謝致します。
誤字脱字報告はお気軽にどうぞ。


(8/7 1時頃追記)
ゴルゴーンの攻撃描写に追記・修正を加えました。不自然な箇所がありましたらお気軽にご報告ください。









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白兎と勇者が決断するのは間違っているだろうか

はい、ますますご都合主義感強まる第5話です。


今回は今まで以上に出来映えに自信がありません。変なところがあったらソフトな感じに伝えて頂けたらな、と思っています。


では、どうぞ。


 ゴルゴーンの静かなる微笑み。何も知らぬ者が見れば人間のもがき苦しみ果てていく姿を想気しているようにしか見えず、その空想を現実のものにすべくいつ動き出すか分からないという恐怖に襲われるだろう。

 しかし、彼女の笑いの根本は数多の人間たちではなく、たった一人の人間、ベル・クラネルだった。平凡なれど数多の異才・鬼才・駿才を地で行く英霊たちと共に戦い抜いたとある一人の人間。見た目は大きく異なれど、この目の前の少年は確かに"人類最後のマスター"と呼ばれたあの人間の面影が見えたのだった。

 思い返される記憶を振り返りつつ、そして、彼女は平凡(ベル)に語り出す。

 

 

 「要するに貴様は理由など無く、"体が勝手に動いた"のだろう?だからこそ私をどうするかの答えが無かったわけだ。もしくは………"何か出来るかもしれないからこそ、いや、何も出来ないとしても何もしない自分が嫌だった"と言ったところだろう。違うか?」

 

 「えっ……!?い、いやっ、そう言われるとそんな気がしないでもないと言いますか………。」

 

 「その自信が有るのだか無いのだか分からん煮え切らない解答も奴らしいといえば奴らしい、か………。」

 

 「えっと、ゴルゴーンさん……?」

 

 「まあいい。その勇気において貴様を認めよう、ベル・クラネル。ここまで追いかけてきたことは称賛に値しよう。もっとも、その無謀さだけの貴様の力量では地上へ帰ることが叶うのか分からんが………。いや、そこらに転がってる奴らに紛れさせてもらえれば可能か?」

 

 「転がってる…………ってうわっ?!」

 

 

 このタイミングでベルは漸く辺り一帯の惨状に気がついた。この濃霧とゴルゴーンから視線を反らさなかったので気づいていなかった。辺りには戦闘した跡や血痕、それに地面に横たわる冒険者たちとそのそばで彼らに付き添う冒険者たちがいた。

 ここで沈黙を保っていた彼らの中から一人の声があがった。

 

 

 「………ベル・クラネル君でいいのかな?」

 

 「えっ!?は、はい!貴方は………もしかして【勇者(ブレイバー)】………!」

 

 「察しが早くて助かるよ。もっとも、この惨状を許しているのにこんな大層な二つ名を抱く資格が有るのか………。っとごめんね。改めて、僕はフィン・ディムナ。【ロキ・ファミリア】の団長を務めている者だ。」

 

 「はっ、はい!始めまして!!【ヘスティア・ファミリア】団長、ベル・クラネルです!!」

 

 (ヘスティア………?あの雷神(ゼウス)の血縁たる処女神の………ちっ、あの(アテナ)を思い出す!)

 

 

 ゴルゴーンが僅かに一瞬、その怒りを噴出するかのように辺りに"圧"を解き放つ。それだけで周りの、特に先程の畏怖の叫びの影響が抜けきっていない者は大きく狼狽える。ベルや立て直した【ロキ・ファミリア】の団員たちは彼女の様子を窺うが、第2波が続かないのをみて、少し安堵した。

 

 

 「……ふん、人間同士仲良く喋るのは勝手だが、私は行くぞ。」

 

 「ま、待て!!お前にも用はある!!!」

 

 「………よかろう。しかし、私の気が持てばの話だがな。」

 

 「そんなに手間はとらせないよ。………さて、ベル君。時間がない、簡潔に伝えよう。地上へ助けを呼びに行ってくれ。このエンブレムを持っていって事情を話せば大丈夫だ。これはそれだけの説得力を持つものだ。」

 

 

 フィンはそう言って団旗の旗の部分を柄から引きちぎって丸めたものをベルに渡す。

 

 

 「えっ、み、皆さんは………」

 

 「さてと、待たせたね。ゴルゴーン。さっき君は僕たちのことを大道芸人の集まりといったね。ならば最後の一芝居を見てもらおうか。」

 

 

 それを合図にフィンら幹部と僅かばかりの団員たちが武器を構える。

 

 

 「………ほう、その芝居とやらに自らの命まで懸けるか。もっとも、そこまでしたとしても私を満足させるとは思えんがな。」

 

 「何とでも言えばいいさ。」

 

 「フィ、フィンさん!」

 

 「ベル君。君が何を言いたいかよく分かる。確かにこの現状下は絶望的だ。だけどね、僕は、僕たちは【ロキ・ファミリア】の誉れを背負っているんだ。そして、その誉れを背負うからにはそれ相応の重荷も背負わなければならないんだ。既に幹部の二人が奴の手に堕ちている。団長として、同じ死戦を駆けた同志として、彼らを見捨てることはできないんだ。」

 

 「そ、そんな………。」

 

 「馬鹿げてる、と思うかい?その通りだ。勇者も英雄も馬鹿じゃなきゃ出来ないことだ。誰もが敵わないとされた脅威、誰も踏み込めないとされた秘境、誰もが届かないとされた境地、そういう誰もが共有する"出来ないという理屈"を馬鹿げてるとうち壊さなきゃ成り立たないからね。」

 

 

 ベルは激しい衝撃を受けた。ベルもまた、英雄を志してオラリオへやって来たからこそその言葉が心に強く打ち付けた。幾多の英雄譚を愛読しているからこそ、その言葉が眩しかった。いや、眩しすぎた。

 彼は自分を恥じた。"英雄になりたい"と思っていたことに嘘偽りはない。しかし、それは御伽草子のような何処までも甘いものであった。今、目の前にいる彼らとは同じ地平に立つことすら侮辱に思えてならなかった。

 

 

 「さて、話はここまでだ。行ってくれ。悪いけどここから先は君の無事を保証できない。だから………」

 

 「嫌です」

 

 「えっ?」

 

 

 彼の突然の否定にフィンも思いがけない声をあげる。周りの団員たちもフィンと同じく唖然とする。

 

 

 「我が儘なのは分かっています。だけど、嫌なんです。逃げたくないんです!」

 

 「馬鹿を言うんじゃない!!さっきも言った 「そうです!!馬鹿です!!でも!!」 ………!?」

 

 「僕は、英雄になりたかった……!英雄に憧れていた……!なりたくてここ(ダンジョン)に来た……!でも、僕は知らず知らずのうちに英雄を見下していたんです……!!英雄なんて誰にでもなれると思ってた……。そうやって半端な覚悟すら持ってなかった……!そんな自分に気づいたんです。でも、それでもこの夢を諦めたくないんです!!だけど、ここで逃げたら……僕は……僕は……二度とこの夢に顔を向けられなくなる!!だから……!!」

 

 「………ふん、ならば貴様自らがこやつらの身代わりになるとでもいうのか?」

 

 

 ここまで二人の会話を静観していたゴルゴーンがここで口を開く。戦いを目前にされて散々待たされているせいか、苛立ちは隠せていない。もし、これを多少なりとも余興として楽しんでいなければ会話の最中にいきなり襲われていてもおかしくはなかっただろう。

 

 

 「何を惚けた顔をしている。逃げたくないのだろ?最後に貴様の酔狂に付き合うのも悪くなかろう。もちろん、今から断るのも自由だ。もっとも、私も貴様らのいざこざに巻き込まれてうんざりしていたところだからな。断るならこ奴らとこのまま戦わせてもらうぞ。貴様も巻添えになりたくないなら受け答えしていないでさっさと逃げることだ。」

 

 「……僕が代わりになれば、二人とも解放されるんですか?」

 

 「自分一人だけだからどちらか一人しか解放されないと思っているのか?私にとっては人間など一人や二人の差など誤差にもならん。黙っているこ奴らよりも少しは駄弁るこの小僧のほうが暇も潰せよう。まあ、石化は貴様らでどうとでもしろ。なに、解呪できないものではないから安心するがいい。」

 

 「自分で石にしたくせに………!」

 

 「落ち着くんだ、ティオナ。」

 

 「落ち着けって……フィンはなんで冷静でいられるの!?もしかしてこの子を身代わりにして逃げ帰るっていうの!?そんなこと、【ロキ・ファミリア】の団長としてだけじゃない、『一族の復興』を掲げている自分自身に対しても平気なの!?」

 

 「黙りなさい!ティオナ!!」

 

 

 感極まったティオナの慟哭をティオネの叫びが上塗りする。先程までのダンジョンを揺るがすほどの大声ではないが、その叫びは辺り一帯に静寂をもたらした。

 

 

 「辛いのは団長だって一緒、いいえ、一番辛い思いをしてるのよ!!あのベルって子を犠牲にさせなきゃならない可能性を受け入れなければならないってことが団長にとって辛いことか、貴方はそれを分かって言ってるの!?」

 

 「ティオネ………。」

 

 「ありがとう、ティオネ。………うん、そうだね。ベル君、僕も歯に衣着せぬ話をしよう。【ロキ・ファミリア】団長として、君の提案を嬉しく思う。僕は【ロキ・ファミリア】団長として何よりも団員たちの無事を優先しなければならない。先程のゴルゴーンの攻撃に対する治癒で回復薬(ポーション)はほぼ底を尽きた。このまま戦闘に突入して負傷すればまず助からないだろう。そして奴は逃げようとする者も戦いに参加しない者も容赦なく撃ってくるのは目に見えてる。つまりは相討ちにしろ無駄死にしろ大勢が死ぬのは変わりがないということだ。だからこそ君の覚悟を尊重したい。………だけど本当にいいのかい?」

 

 「貴方が団員の皆さんを失いたくないように僕もこの決意を失いたくないんです。………僕の心に変わりはありません。」

 

 「そうか………。ありがとう。なら、僕も覚悟を決めよう。さて、ゴルゴーン。もし君が約束を反故にするなら今のうちにしてくれるとこちらとしても助かるんだけど、どうかな?」

 

 「何を言い出すかと思えば、そんなことか。ふん、ここまで来て反故にするくらいなら途上で皆殺しにしているわ。それ、望みのものだ。持っていけ。」

 

 

 ゴルゴーンはそう言うと両手に掴んでいた石化してした二人を無造作に団員たちの中へと放り投げる。団員たちは慌てて落下地点に潜り込んで二人を受け止める。その後、傷やひび割れなどが無いか注意深く調査する。もし、そこから砕け散ろうものなら自分達の苦難だけではなくベルの覚悟も水泡に帰すからだ。

 

 

 「ふう、目立った外傷は無いようじゃのう。全く、ぞんざいに扱っとったから心配したわい。」

 

 「私の呪術がそんな柔いものか。もっとも、貴様の豪腕で渾身の拳を打ち込めば分からんがな。」

 

 「逆に言えばガレスがそこまでして漸く可能性がある、か。真実だとすれば私でも手に負えないな……。」

 

 

 ガレスの言葉に対するゴルゴーンの言葉にリヴェリアは重い息を吐く。只でさえ、呪詛(カース)は基本的に魔法とは異なり、解呪には専用アイテムが必要になる。それが術者は神話の怪物を名乗る底知れぬ相手ときた。手元に戻ってきたのは喜ぶべきことだが楽観視できないどころか解呪が叶わないという最悪の未来に頭を抱えるというのは無理もないことであった。

 

 

 「二人の回復を考えるのは後回しにしてくれ。さて、と…………」

 

 

 フィンは大きく息を吸い、そして

 

 

 「【ロキ・ファミリア】団長、フィン・ディムナが命ずる!!これから先、僕の発言に対する如何なる異論・反論も受け付けない!!速やかに遂行しろ!!ティオナとティオネは地上に戻って回復薬と二人の解呪の手配を急げ!!二人の輸送はガレスとリヴェリアが担当しろ!!他の者は動けない団員の輸送、余った者は彼らの護衛だ!!僕は最後方からガレスとリヴェリアの護衛と後詰めをする!!急げ!!

 

 「「「「「はいっ!!」」」」」

 

 

 普段の少年のような声と同じとは思えないほどの鋭い声で団員たちに指令を飛ばした。指示を受けた団員たちは動ける者を中心に指示通りに行動を開始する。

 

 

 「ティオナ、行くよ!!」

 

 「まっ、待って!!ねえ、白兎君!!」

 

 「ぼ、僕ですか?!」

 

 「うん!………御免ね。私たちでどうにかしなくちゃいけないのに巻き込んじゃって。うん、絶対に助けに行くからね!それまで死んじゃ駄目だよ!!」

 

 

 そう言い残すと彼女は地上へ向けて走りだし、ティオネも後に続く。Lv.5の脚力から生み出される速さによって二人は瞬きする間に霧の中へと姿を消した。

 

 「ベル君。もし地上に思い残したことがあるのなら言ってくれないか?可能な限り対応しよう。」

 

 「それなら、ヘスティア様のことをよろしくお願いします。それとギルド職員のエイナ・チュールさんという方に『短い間ですがお世話になりました』とお伝えください。」

 

 「分かった。【ロキ・ファミリア】団長として、【勇者(ブレイバー)】として女神ヘスティアを守り抜くことを誓うよ。そのエイナという方についても………」

 

 「フィン。エイナ・チュールという女性は私の知己の者だ。彼女に関しては私から伝えてもいいか?」

 

 「そうか。ならリヴェリアに任せるよ。それとベル君、もう一つ。ティオナがさっき言ってたように僕たちは必ず助けに行く。だから生きる望みを捨てないでくれ。喩え未踏破領域まで行くことになるとしても必ずたどり着いて見せるから。」

 

 「ありがとうございます。その気持ちだけでも充分です。」

 

 「気持ちだけじゃない。絶対に助けに行くよ。」

 

 「団長、部隊の整列が完了しました!」

 

 「よし!総員、行軍を開始しろ!いいか、後ろは振り返るな!"英雄"への不用意な同情は負い目は侮辱だと心得ろ!!顔を反らさず、ただ地上へと続く道を見据えて前進しろ!!」

 

 

 フィンの号令を合図に団員たちは行進を開始する。彼らはそのうちに霧の向こう側へと見えなくなり、残るのはベルとゴルゴーン、フィンとリヴェリアとガレスの5人となった。

 

 

 「………で、貴様らはなぜ残った?」

 

 「………何のことかな?」

 

 「とぼけるな。この状況下で兵と分かれるなど愚行でしかないことなど、分からない訳があるまい。」

 

 「確かに、ね。まあ、問題はないよ。君に呆気なく蹴散らされておいて言うのも変だけど、彼らも強いからね。それに………僕も弱音を吐きたいときは有るからね。」

(それに親指の腫れも出血ももう引いてる………。ダンジョン内ではもう事態は悪化しないだろう。)

 

 「ふん、英雄とは不憫なものだな。当たり前のように悲しみ、当たり前のように悔やみ、当たり前のように泣き言を漏らすのもこそこそと隠れて人知れず吐き出さねばならんとはな。………まあいい。別れの挨拶は終わりか?ならば行くぞ、ベル・クラネル。」

 

 「ええ、分かりました。……では、フィンさんも皆さんもお元気で。」

 

 「ああ、必ずまた会おう。」

 

 

 こうしてベルは先行するゴルゴーンを追うように下層へと向かっていく。去っていく二人をフィンら三人はその背が見えなくなるまで見つめていた。皮肉にもそれは5階層での去っていくゴルゴーンの背を見送ったベルのようだった。

こうして二人が居なくなった後、フィンは息を溢すように苦々しく笑う。

 

 

 「ははっ、情けないよな。何が【勇者(ブレイバー)】だ。何が一族の再興だ。救うと意気込んで挑んだくせに一蹴されて"英雄"を身代わりにしなくちゃならなくなって助けた二人もこの有り様だ。やっぱり僕は冒険者じゃなくて大道芸人だったんだろうな。ならこのお笑いな状況も………」

 

「ふん。もしかして一人で全ての責任を背負うなどと考えてはおらんじゃろうな?阿呆なのか?【重傑(エルガルム)】と持ち上げられたドワーフの儂ですらこの始末じゃ。ちっぽけでひ弱な小人(パルゥム)が手も足も出なくて当たり前じゃ。」

 

 「そうだな、今回はそこの脳筋ドワーフに同意だな。ハイエルフであるこの【九魔姫(ナインヘル)】である私でさえどうにもならないというのに、勇気くらいしか取り柄のない小人(パルゥム)が責任を感じるなんて過大評価にもほどがあるぞ。」

 

 「!!………久しぶりだね、二人から嫌味を言われるのも。………ありがとう。目が覚めたよ」

 

 「気にするな。私はただ、ハイエルフとして大道芸人を団長などと仰ぎたくなかっただけだ。」

 

 「儂もそうじゃ。儂が所属してるのは【ロキ・ファミリア】という探索系ファミリアであって劇団系ファミリアではないからのぅ。」

 

 

 3人の間に笑みがこぼれる。まだ【ロキ・ファミリア】が数ある内の一つに過ぎなかった時代。種族も来歴も目的もバラバラだった3人で、互いを愚痴りながらも喧嘩しながらも全力で駆け抜けた懐かしき日々。軽口は彼らにその頃を思い出させた。そして、前途多難であることが分かっていてもそのときだけは心おきなく笑えたのだった。

 

 

 「さて、フィン。団長らしくそろそろ号令を下してもらおうか。」

 

 「そうじゃのう、景気良く頼むぞ。」

 

 「分かったよ。……これより僕たちは地上へと帰還する。今回の失態でどれ程の失意や批判を受けることになるか、それは分からない。だけど、失ったなら取り戻せばいい。【ロキ・ファミリア】が一度や二度の不首尾で落ちぶれたりはしないということをオラリオに、世界に僕たちの手で知らしめよう!!」

 

 「「おおっ!!」」

 

 

 斯くして、3人も地上へ向けて歩き出す。彼らもいなくなり、迷宮10階層にようやく沈黙と静寂が訪れたのだった。

 

 

 

 

 

 ━━━これらは後に『ゴルゴーン(恐ろしき者)の再誕』と綴られる事件・伝承のプロローグとして語られることになる。

 

 

 

 

 




プロットだとここまでを2話程度で終わらせるはずだったんですよね………。
というかプロットだとアイズとベートは石化してなかったりベルがゴルゴーンを追いかけずに地上に戻ったりしてるのに本当にどうしてこうなった。


次回は作中時間がとぶと思います。


誤字脱字報告はお気軽にどうぞ。



(8/8 9時追記)
感想で指摘のあった箇所を修正しました。



(8/17 9時追記)
第6話は8割程度まで作成しております。もう少しだけお時間をいただきます。ご了承ください。



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"神会"で情報が飛び交うのは間違っているだろうか




遅くなりすぎて前話の記憶が薄れてるかもしれませんが第6話です。ぶっちゃけますと今回も話が進みません。

今回はうまく話をまとめられず、何度も書いては消してを繰り返しているので話が重複したり、話が抜けてたりする箇所があるかもしれませんがご了承ください。




 

 

 

 ゴルゴーンの存在の確認、通称『ゴルゴーン(恐ろしき者)の再誕』と呼ばれる騒動から約1ヶ月が経過した。この1ヶ月もの間、オラリオに穏やかな日々が訪れることはなかった。

 原因はもちろん、【ロキ・ファミリア】の大敗と石化されたアイズとベートだった。これらの事実は瞬く間にオラリオどころか全世界に広まり、世界屈指の実力者集団である彼らの敗北と第一級冒険者の【剣姫】と【凶狼(ヴァナルガンド)】の無力化は各界に大きな衝撃を与えた。

 そんな喧騒に包まれるオラリオの中心に聳え立つる巨塔バベル。それはダンジョンの大穴の真上に建造されていて、それによってモンスターたちが地上へ上がってくるのを防いでいるとも言われている。もちろん、単なる蓋の役目だけではなく冒険者関連の施設や大手ファミリアの本拠地(ホーム)になっていたりと複合施設さながらの様相を誇っている。

 そのバベルのとある一室である大会議室にこの日、大勢の神々が姿を見せていた。いずれもオラリオに籍を置くファミリアの中でもLv.2以上の冒険者を擁する主神たちだった。

 基本的に地上へ降りてくる神々というのは娯楽を求めて好き勝手やるような享楽的な者たちばかりなのだが、ここに集った神々にそのような姿は微塵もなく、皆神妙な面持ちでそれぞれ友好の深い友神などと近況を話し合うなどしていたのだった。

 これから始まろうとしているのは神会(デナトゥス)。3ヶ月に一度開催されて、Lv.2以上の眷族を有するファミリアを運営する主神たちが集い、オラリオの今後を話し合うものであり、ギルドと並ぶオラリオの意思決定機関といえる存在である。とはいえ、普段であれば神々の大規模井戸端会議のようなものであり、参加も強制ではないので皆が好き勝手に集まって好き勝手に楽しむような場でしかなかった。

 しかし、今回はゴルゴーン出現による非常事態を受け、参加資格が有るものは強制参加となった。そのため普段は余裕がある会議室も手狭であった。

 

 

 「皆、そろそろ時間よ。席に着いてくれないかしら?」

 

 

 一人の女性の声が挙がる。その声を契機に神々は近場の席に腰を下ろす。

 そして先程声を挙げた女性が壇上に姿を表した。ウェーブのかかった短めの燃えるような紅い髪に同じような左目、出るところは出て、引っ込んでるところは引っ込んでるグラマラスな体躯。そして目を引くのは顔の右側を大きく隠す黒い眼帯だ。彼女の名はヘファイストス。冒険者のための武具を作成する鍛冶系ファミリアである【ヘファイストス・ファミリア】の主神である。男神と伝わるヘファイストスだがこの世界では女性であった。

 

 

 「出欠は……全員来ているようね。なら、これから神会(デナトゥス)を始めるわ。司会進行は私、ヘファイストスが取り仕切るわ。じゃあ、まず始めにこの1ヶ月のオラリオの状況などについてガネーシャ、お願いできるかしら?」

 

 「俺が指名に預かったガネーシャだ。既に既知のものを再確認する内容も多くなると思うが大事なことだから皆にはしっかりと聞いて欲しい。」

 

 

 ヘファイストスの指名で一人の男神が立ち上がる。黒髪にマッシブで引き締まった体とそれがよくわかる軽装、そして顔の上半分を隠す赤色の象を模した仮面を被るこの男こそ先程名乗った通り、インド神話に名高いガネーシャである。

 彼が主神を務める【ガネーシャ・ファミリア】はオラリオ内でも有数の勢力を誇る他、ファミリアもオラリオの治安維持を積極的に行なうため市民からの評判が高く、ガネーシャ自身も事あるごとに『俺がガネーシャだ!!』と猛る変人ではあるが自らを『群衆の王』と名乗り、その名に恥じぬ言動をとるなど自分たちの楽しみの為に道徳倫理すら無視するような神々のなかにおいても善神であった。

 

 

 「皆も承知の通り、『ゴルゴーン(恐ろしき者)の再誕』と呼ばれる出来事からもう1ヶ月が経過した。現在の市勢はダンジョンへの立ち入り資格を満たさない冒険者同士の対立争いや身を崩した冒険者たちの犯罪行為、さらにそこに混ざる闇派閥(イヴィルス)残党など非合法組織の暗躍などで治安は悪化の一方で、一部では暗黒期並みではないかとの試算もあるほどだ。我々などのファミリアなどの有志連合で治安維持活動は行ってはいるものの、先行きは見えないのが現状だ。市民からは原因となっているであろうダンジョンの出入り規制の解除の声が多数上がっている。次に… 「だから俺は言ったんだ!!立ち入り規制なんてするんじゃねえって!!」なっ!?」

 

 「そうだそうだ!うちなんか収益が2割以上も落ちてるんだぞ!!」

 「まだ良いではないか!こちらなんぞ4割近くだぞ!!」

 「私のところなんか許可証持ちの冒険者が皆負傷して誰もダンジョンに入れないのよ!」

 「こっちは断ってるのに弱小ファミリアからの同盟の届け出願いが毎日のようにんだぞ!何が同盟だよ!金魚の糞ごとく付き纏うことしかできない癖しやがって!!」

 「そもそも冒険者なんて危険が伴うのが当たり前の職業じゃないの!よく分からない異常事態になったから立ち入り規制?ダンジョンなんていくらだって異常事態になるでしょ!!ふざけてるの!!」

 

 「静かにしなさい!!!」

 

 

 紛糾した会議室内をヘファイストスが一喝して鎮める。彼女はオラリオ内でも【ゴブニュ・ファミリア】と並んで鍛冶系ファミリアの最大手であり、彼女の機嫌を損ねれば冒険者として生命線ともいえる武具が買えなくなってしまう。神々もそれは承知なので不満を見せながらも口を閉ざす。

 

 

 「はあ……。一応言っておくけどダンジョンへの立ち入り規制はギルドの決定によるものよ。もし、不満があってもここ(神会)に当たるのはお門違いよ。ごめんなさい、ガネーシャ。続けてもらえるかしら?」

 

 

 「ああ、発言を再開しよう。ただその前に立ち入り規制の話に関して俺の私見を話そう。俺としてはこの立ち入り規制は正しいと思っている。確かにゴルゴーンの存在しているであろう19階層以下への階層の出入りを一部の冒険者依頼(クエスト)強制指令(ミッション)やギルドの指示による【遠征】などを除き原則禁止にして、さらにLv.2が2人以上、もしくはLv.2が1人にLv.1が5人以上居なければダンジョンにすら入れないというのは皆の中には非常に厳しい条件である者も多いだろう。しかし、これも安全に配慮したものだ。そうだな、それに関連して現在のダンジョンの状況についての報告の纏めだ。まず第1階層にてジャイアントゴブリンとマッシブコボルト合計10頭の群れが確認、第5階層にてヒュージシャドウ3体の群れを確認。第7階層にてインファントドラゴンを確認……。これでも氷山の一角だ。」

 

 

 その言葉に室内が大きくどよめきだす。いずれもLv.2以上の冒険者を有するだけあってそれなりにダンジョンの知識を持っているからこそその異様さは理解できたのだ。もちろん、彼らだって自身の眷族たちから情報を聞いてはいるが事態の深刻さは想像を越えているものだった。

 しかし、それでも納得のいく回答ではないという雰囲気は会場内のあちらこちらに有った。彼らにとって『ダンジョンにとって異常事態は日常茶飯事』という考えは染み付いていて、それだけでダンジョンへの大規模な規制は疑問符が付かざるを得ないからだった。そして、それを察したガネーシャは何かしらの覚悟を決めたかのように発言を続けた。

 

 

 「納得できない諸侯もいると思う。先程も聞こえたが確かにダンジョンなどは異常事態になることは少なくない。だから更なる理由を開示しよう。先ずはラキアだ。彼らがこちらの騒動を好機と見て動こうとしている。戦力である冒険者の減少は食い止めねばならん。」

 

 

 ラキアとはオラリオ外にある軍神アレスが統治する軍事王国で度々オラリオの制圧を夢見て軍事侵攻を行っている。しかし、高レベル冒険者の敵ではなく攻めこんでは蹴散らされるのを繰り返している。彼らは【剣姫】と【狂狼(ヴァナルガンド)】が石化して無力化したとの情報を受けて攻撃を仕掛けようと準備を早めていたのだった。現状ではその二人が居なくても戦力的には問題ない。しかし、冒険者が現在の異様化したダンジョンで被害を受ければ純粋に戦力は下がってしまうし、最悪の事態として高レベル冒険者が下層に降りてゴルゴーンと鉢合せ襲撃を受け死亡することもあり得る。そうなれば士気が落ちるのは確実であり、それは避けねばならなかった。

 

 

 「そして………これが最も大きな理由だ。諸侯らも今回の騒動に紛れるように闇派閥(イヴィルス)が動き回っているのはご存知だとは思う。我が【ガネーシャ・ファミリア】もオラリオの治安の為に調査・摘発を行っているわけだが、拘束した闇派閥(イヴィルス)の者たちを尋問していくなかで恐るべき情報を入手した。………彼らの中に『体内に魔石を取り入れて半ば怪物(モンスター)化した』者たちがいると。」

 

 「「「「「はあっ!?!」」」」」

 

 

 それまで静聴していた神たちも予想外の情報を受けて会場内は途端に騒然となった。

 実際、この情報自体は真実であった。誰も知る由がない()()()()()()()()では彼らは主にアイズら【ロキ・ファミリア】の団員たちと対峙して闘っている。

 

 

 「皆、落ち着いてくれ!!ここからが大事な話だ!!!………よし。平静になったので続けるぞ。この話には続きがある。その怪物化した者の中には死亡したと報告を受けている者がいるとのことだ。この情報を受けて私とギルドは最悪の予想を立てた。それは『冒険者たちを殺し怪物化させて自らの尖兵とするのでは』ということだ。冒険者がダンジョンで行方不明になることは珍しいことではない。これを逆手に取り、ダンジョン内で冒険者たちを殺害し、怪物化させられる可能性があるということだ。奴らに洗脳・記憶操作持ちのスキル所持者がいた場合有り得ない話ではない。」

 

 「「「「「…………………」」」」」

 

 

 会場内に沈黙と静寂が訪れる。神々も自身の虎の子である眷族たちが怪物化して自分達やオラリオに刃を向ける事態など、どれ程の脅威になるか定かではないからだ。

 

 

 「じゃあ、あのゴルゴーンは闇派閥(イヴィルス)の人間ってことでいいのかい?」

 

 

 息の詰まるような中、それを意に介さないかのような言葉が静かな会場に広がった。声を上げたのは一人の男神だった。

 金髪で深緑の羽根つき帽子に旅装束の優男といった風貌の彼はの名はヘルメス。彼が主神を務める【ヘルメス・ファミリア】はLv.4の団長を筆頭にLv.3もそれなりにいるオラリオの中では上位ファミリアの一個下程度のファミリアである。彼自身も気さくに見えるがその本質的な思考は神そのものといったものであり、『神によって人間が導かれるのは当然』という思考がある。そのため、自身の目的のために反則スレスレの悪どい手も使ってくる、一言で言うなら鬱陶しい神様である。

 

 

 「いや、手持ちの情報だとそれらしき情報はない。寧ろそれに襲われたという話もある。もっとも奴らも一枚岩ではない以上、何とも言えんがな。ともあれ、だからといってその最悪の予想がどうこうなる訳ではない。これで封鎖の理由は分かっていただけたと思う。ヘルメスも他に何かないか?」

 

 「ああ、大丈夫だ。ありがとう。」

 

 「ふむ、ならば俺からの報告は以上だ。」

 

 「ありがとう、ガネーシャ。じゃあ、次はそうね……。ロキ、それにヘスティア。当事者からの報告はないかしら?」

 

 

 ヘファイストスは二人並んで座る女神に発言を委ねる。一方はは後ろで束ねた朱色の髪に開いているのか閉じてるのか分からない目、そして比較的長身でストンとした体つきが特徴の女神、もう一方は海のように鮮やかな青い目、濡れたような黒い髪を鈴付きのリボンで留めたツインテール、愛らしい童顔、袖無しの胸元が開いた白いワンピース、体躯に対して目を引く双丘のような胸、そして二の腕同士を結ぶ胸を支える青い紐がトレードマークな女神で並んで座っている二人の姿は非常に対照的だった。

 前者の女神はロキ。北欧神話における一柱で『天界のトリックスター』の名を擁する悪神であり、オラリオにおいては【ロキ・ファミリア】の主神である。一ヶ月前、5階層にてゴルゴーンに石化させられたアイズとベート、10階層にてゴルゴーンと鉢合せたフィンらが所属しているのもこのファミリアであり、その勢力は【フレイヤ・ファミリア】と双璧を成している。この世界においては彼女もヘファイストスと同じく男神ではなく女神であった。

 後者の女神はヘスティア。ギリシャ神話における一柱でアテナ・アルテミスと並ぶ処女神である。【ヘスティア・ファミリア】の主神を務めているが、団員はベル・クラネルの一人だけ。しかもそのベルもゴルゴーンの人質として連れていかれた為、現在ファミリアとしての活動は休止状態である。現在はベルの頼みを受けて【ロキ・ファミリア】の庇護下に置かれている。今回、規定に合わせれば彼女の参加資格はないのだが、眷族が現在進行形で当事者であるために出席を許されている。

 

 

 「うちか?うちは言うことは特にあらへん。うちんとこの眷族()たちがゴルゴーン倒すんに鍛練を絶やしてへんことくらいやな。まあ、なんか他に言うとけいうならアルテナんところの奴も石化の呪いが解くことができへんかったっちゅうことくらいやな。」

 

 「あの魔法大国ですら無理だったとはね……。慰めにもならないかもしれないけど心中お察しするわ、ロキ。で、ヘスティアは?」

 

 「僕は……それじゃあダンジョンの異変ってのをもう少し具体的に教えてもらっていいかな。」

 

 「ダンジョンの?もしかして、あなた自分で助けに行くつもりじゃないでしょうね?」

 

 「違うよ。ただ、前にタケミカヅチが自分のところの眷族()がモンスターの異常発生に苦慮してるって話を聞いてさ。」

 

 「ああ、その話か。確かにその話はヘスティアにしたことがあるな。幸いなことに俺の眷族()たちに死亡者が出ていないことは救いだがな。俺としても危険な目には遭わせたくはないのだかな……。」

 

 

 彼女の発言を肯定するように一人の男神が発言する。黒髪・黒目で角髪(みづら)と呼ばれる非常に特徴的な髪型、無地の服装に飾り気のない毅然とした顔つきの彼は【タケミカヅチ】と呼ばれる神だった。

 彼は極東出身のの神であり、同じく極東から共に渡ってきた人々を眷族()とした【タケミカヅチ・ファミリア】という探索系ファミリアの主神を務めている。ファミリア自体は小規模で、かつ収益は地元の孤児院への仕送りに殆どが消えるため経営は主神自らがアルバイトをするほどに厳しいものであるが、武神であるタケミカヅチの教えを受けた彼らの腕は確かなものであった。

 

 

 「………まあいいわ。その類いの話ならタケミカヅチよりガネーシャのほうがより詳しいわね。ガネーシャ、もう一度いいかしら?」

 

 「ふむ、俺が再び指名に預かったガネーシャだ。ダンジョンの異変について俺から語らせてもらおう。異変が確認され始めたのはゴルゴーンが確認されてから数日後だ。ゴルゴーン調査隊のメンバーの選抜が終わった頃だったな。突然モンスターの発生数が目に見えて増え始め、それがおおきく、それこそ階層を当たり前のように越えるように動き回るようになったのだ。その結果、階層を越えて集まったモンスターたちによって怪物の宴(モンスターパーティー)が度々発生するようになり、下の階層のモンスターが頻繁に上層へ登って冒険者を強襲するようになったのだ。特に19階層以下から安全地帯(セーフティポイント)である18階層にモンスターが登って来ては休息中の冒険者を襲撃するのは大きな問題にもなったものだ。現在では19階層に続く路がある中央樹とダンジョン出入口にあたる始まりの道に冒険者たちが駐在してモンスターの侵攻を防いでるところだな。」

 

 「せや、ヘファイストス。自分、ウラノスからなんか話をもろぅたりしてせえへん?ええ加減、情報の一つや二つ、出てる頃やと思うんやけど。まさか、地上にモンスターが出かかっちゅうのに黙りとかあらへんよな?」

 

 「ええ、オイマン経由で封書の形で受け取ってるわ。ごめんなさい。もっと早く言うべきだったわね。」

 

 

 彼女はそう言ってギルドの印が押された封書を取りだし、封を切る。中からは三つ折りにされた紙が一枚入っていた。

 ここで登場した【ウラノス】という神はギルドの統括神ともいえる存在である。普段は人が立ち入れぬギルド最奥部でダンジョンのモンスターが地上への進出を防ぐための祈祷を行っているとされる。つまり、モンスターが外に出ようとしていることは彼が職務怠慢しているのではないかと疑念を抱かれているのであった。

そのウラノスからの手紙をヘファイストスが読み上げたのだった。

 

 

 「………以上がウラノスからの言葉よ。」

 

 「え~っと、なんかあれこれ社交辞令や形式的に何か言ってたけど要するに『ダンジョンが力を乱されていて、その原因でモンスターが免疫のように大量発生していて、その元凶にあてられたモンスターが逃げるように上階へ来ている』ってことでいいのかい?」

 

 「そういうことやろうな。で、その力を乱してるっちゅうやつが………」

 

 「ああ、十中八九ゴルゴーンで間違いないだろう。」

 

 

 ヘスティアの疑問にロキとガネーシャが答えた。会議室にいた神々も予想はついていたのかこれといったどよめきなどは起こらなかった。しかし、彼らは感覚が麻痺していると言えるだろう。たった一人が誰も底知れぬダンジョンを揺るがしているのだから。

 







文字数が多くなりすぎたので2話に分けます。神会にこんなに時間をかけるとか我ながら情けないですね………。

見慣れないモンスターの名前がありますが、メモリアルフレーゼに登場するモンスターを引っ張ってきました。

一応補足しますと半ば魔物化はレヴィス関連です。解釈違いでしたらご連絡ください。


誤字脱字報告誠にありがとうございます。これからも有りましたらお気軽にどうぞ。


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アヴェンジャーと戦う算段をつけるのは間違っているだろうか

と、いうわけで第7話です。


どうしてもキャラ紹介と状況説明で文字数が膨れる………。
キャラの喋りに違和感が有りましたら穏やかな感じにご指摘くださると幸いです。


 

 「さて、ダンジョンの異常の話は以上だ。ヘスティアよ、分かったか?」

 

 「ああ、手間をとらせたね。ありがとう、ガネーシャ。」

 

 「あらあら、もっと騒ぎ立てると思ったのだけど、ずいぶんと落ち着いているのね。」

 

 女神の声が室内に響く。その声に一部の神は既に文字通り心を奪われていた。目を奪われるような銀髪に吸い込まれそうな銀眼、陶磁器のような美しき白肌に僅かな狂いもない体の流線美。"美の象徴"とあるべくして存在するかのような姿は全身をローブで覆っていたとしてもここに有りとその美しさを豪語するようだった。

 彼女の名はフレイヤ。彼女の【フレイヤ・ファミリア】は都市唯一のLv.7である【猛者(おうじゃ)】を筆頭に高レベルの冒険者を有していてオラリオの双角を成している片角である。

 

 

 「ん?急に口を出してきてどうしたんだい、フレイヤ?」

 

 「だって"慈愛"を司る貴女が自分の眷族()が化け物に連れ去られたっていうのに狼狽えも喚きもしない、だからといって諦めたって訳でもない。貴女、一体何を考えてるの?」

 

 「何って、ベル君の帰りのことさ。確かに初めのうちは泣き喚いたりもしたさ。でも、ベル君は必ず帰ってくる。なら主神()として悲しんでばかりじゃいられないだけさ。というか、それならロキの方は気にならないのかい?奴だって眷族(子供)を二人も石にされてしかもそれを目の当たりにしてるんだぜ?」

 

 「阿呆、子達はこれからに向けて戦おうって勇んでんねんで。うち()が泣きべそかいててどないせぇって言うんや。それに、あれこれ考えを巡らすんやら冷静にやらにゃああかんし、な。」

 

 

 ロキの言葉が重く会場を支配する。その異様さに顔を青くする神も現れた。今でこそ眷族(子供)たちを持ってすっかり丸くなったロキであるが、天界においては暇潰しに神同士で争うように仕向けるなど『天界のトリックスター』の名に恥じぬ悪神ぶりを見せた彼女である。もしその参謀策略を張り巡らせればそれこそ自らの手を汚さぬままにオラリオを自壊させることも可能であろう。

 

 

 「ははっ、丸くなったと思ったけどそういうところは変わってないね。」

 

 「なんや、ヘルメス。自分が急に口を開くやなんて、後ろめたいことでも思い出したん?」

 

 「おいおい。そんなに当たるなよ、ロキ。ただ単に会議を止めないようにしただけさ。まだ本題に入ってもいないんだしさ。」

 

 「本題……つまりゴルゴーンをどうするのかってことかしら?」

 

 「そうだ、ヘファイストス。そのために今回、強制参加なんて面倒くさいことをしたんだろ?それとも立ち入り規制を長期化させて冒険者たちを追い詰めさせて犯罪にはしらせるつもりかい?」

 

 「それに関しては俺も同意見だ。立ち入り規制で冒険者が生活に困窮して犯罪に手を染める事態は食い止めねばならぬしな。先日もソーマなどの数柱の神をファミリアの管理不行き届きで拘束することになったが、これ以上の神への信頼の低下はオラリオとオラリオに住む人々の安寧を崩しかねんからな。」

 

 ガネーシャが頷きながらそう言った。

 ダンジョンへの立ち入り規制によって大打撃を受けたのは中小ファミリアだ。もともと地力が小さい為にダンジョンへ入るために条件を満たすのも一苦労になった。そのため、他のファミリアと同盟を組んでダンジョンに入るという対策をとるようになったのだが、連携がうまくとれない・とる訓練を行わないままダンジョンに突入するケースが後をたたなくなり、そういったチームは迷宮内で仲間割れを起こしたり、急変し続けるダンジョン内の状況に対応しきれなくなり壊滅するなどの被害が絶えなくなった。

 さらに問題となる冒険者たちが現れた。それは神の恩恵(ファルナ)を受けるためだけにファミリアに所属している者たちだ。彼らのような冒険者が所属しているファミリアの主神は大体が自分たちの眷族に無関心であることがほとんどであり、更にそういったファミリアに限って中小規模であること殆どであることが重なり、ダンジョンに入ることすら困難になるような事態に陥るようになったのだ。冒険者である彼らにとってダンジョンに入れなくなるというのは職を奪われるのに等しく、彼らは貧窮するようになっていった。そのような冒険者たちはどこかの冒険者集団に間借りする形で所属したり、そのような境遇同士の冒険者で組むようになっていくのだが、少数での行動(もっと言えば単独行動)を主とする彼らにとって大人しく集団行動が出来る筈もなく、ワンマンプレイ等によってチームの和を乱すどころかチーム自体を危険に晒す状況を招くなどの問題を発生させていった。当然、そういった者たちはどこからも相手にされなくなり、行き詰まった彼らはとうとう犯罪に手を染めるようになっていくのだった。

 一部ファミリアの有志連合によってそのような冒険者の捕縛や更正、更にはそういった冒険者を多数出したファミリアの主神を観察不行き届きでギルドの監視下に置くなどの活動を行って事態の収拾をはかろうと試みるが、それらも焼け石に水であり、寧ろそういった冒険者崩れの中に混ざって闇派閥(イヴィルス)のような非合法組織が暗躍し、オラリオの治安は悪化していったのだった。

 つまり、ダンジョンへの立ち入り規制が長期化すればオラリオの崩壊があり得るのだった。

 

 

 「うーん、でもゴルゴーンを倒してもその怪物化させる問題は解決しないんじゃないか?だってその怪物化させる術を誰が持ってるのか分からないんだろ?仮にゴルゴーンを倒せたとしても第2第3のゴルゴーンが出てくるだけじゃないのかい?」

 

 「言いたいことは分かるわ、ヘスティア。でも、こう考えたらどうかしら?『怪物化させたとしても我々はそれを退けさせることができる』って。」

 

 「あっ、なるほど。つまりはゴルゴーンを倒すことによって怪物化は無意味だと思わせて抑止させるってことか。」

 

 「そうよ。どういう風に怪物化させているのかは分からないけど少なくとも彼女以外の報告は挙がってないからそう簡単にできるものではないわね。だとしたらあちらとしても手間がかかるのに効果が薄いとなれば手を出しづらくなるでしょうしね。」

 

 

 フレイヤに諭されてヘスティアは納得した。━━━もっともゴルゴーンは闇派閥(イヴィルス)とは全くの無関係であり、神話の時代に神によって化性へ堕ちた怪物なのだが。

 

 

 「うん、ゴルゴーンの討伐に関しては異論は無いみたいだね。なら情報の整理といこうか。まず、ゴルゴーンは19階層以下に居るのは変わりない、でいいよな?」

 

 「ああ。一ヶ月前に18階層の大樹の根元の穴から下層へ降りていくゴルゴーンとベル・クラネルらしき冒険者の姿をリヴィラの街の冒険者たちが多数目撃している。その後、24時間体制で監視を行っているが登ってきたとの報告はない。これはうちの眷族(子供)たちも関わっているから間違いない。」

 

 「ありがとう、ガネーシャ。それでゴルゴーンがいると思われるダンジョン下層部の状況についてだけど、ロキにフレイヤ、何か知ってるんだろ?許可証が交付される冒険者依頼(クエスト)を多めに受注してるの知ってるんだぜ?」

 

 「ったく、ほんまに抜け目ない奴やな。………まあええわ。今さら隠しとってもしゃあなしやな。うちんとこの眷族()たちの話やと24階層辺りから異様なことになっとるっちゅう話や。立ち入る気も失せるっちゅう空間が点在してはるとは聞いてるで。」

 

 「私の持ってる情報も似たようなものね。まるで空間そのものが禍々しく変質し始めていてそこから発生するモンスターも無差別に暴れまわるくらい狂ってるらしいわね。更にいうなら下層になるほどその領域が拡大しているとも報告を受けているわ。」

 

 「で、ヘルメス。こんだけ話引っ掻き回すっちゅうことは自分、何か考えの一つや二つあるぅ考えてええんやろな?」

 

 「もちろんだとも。寧ろこちらからお願いしようと思っていたところさ。相手はゴルゴーンって名乗ってるんだろ?なら神話の再現といこうじゃないか。"ペルセウス"によるゴルゴーン討伐のね。」

 

 「"ペルセウス"、ちゅーことは自分とこの団長やな?」

 

 

 ロキは一人の人物を思い浮かべる。━━━アスフィ・アンドロメダ。Lv.4にして【ヘルメス・ファミリア】団長。【万能者(ペルセウス)】の二つ名を抱く彼女は《神秘》と《魔導》という希少な発展アビリティを保持していて魔道具(マジックアイテム)と呼ばれるものを作ることができる冒険者である。

 

 

 「ああ、そうさ。神話において、ゴルゴーンはアテナとヘルメスに導かれたペルセウスによって首を断たれた。かの怪物にぶつけるにはこれ以上ない人選だとは思わないかい?」

 

 「そのくらいは僕にだって想像つくよ。問題はその彼女をどういう風に動かすかじゃないのかい?」

 

 「そう焦るなって、ヘスティア。まあ、これからいうのは作戦というよりは協力要請に近いけどな。じゃあ説明するぜ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「………じゃあ、この作戦に異論反論が無ければこれを神会(デナトゥス)の総意として実行に移すわよ。いいわね?」

 

 

 ヘファイストスはヘルメスが提議し、ロキやフレイヤが協力を表明したその作戦の可否を会場内の神々に問いかける。もっとも、【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】などのオラリオの強者が集う作戦にもの申す神は居なかった。

 

 

 「居ないようね。ならこの作戦をギルドと共同して行うことを決定するわ。今後の詳細は参加するファミリアの主神同士で行っていくわ。じゃあ次はラキアの侵攻の動向について………」

 

 

 その後、ゴルゴーン関連以外の事例の話し合いが進められた。但し、状況が状況だけに先程も挙がっていたラキア関連などのオラリオの治安に直接関わる議案のみに限られ、神会(デナトゥス)恒例のレベルアップした冒険者への命名式すら取り止められたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 「ふふっ。改めて久しぶりね、ヘスティア。」

 

 「なんだい、フレイヤ?茶化しに来たのかい?それとも根掘り葉掘り聞きに来たのかい?」

 

 「あら、つれないわね。私はただ単にあなたとおしゃべりがしたいだけよ。」

 

 

 神会(デナトゥス)も終わり、会議室内には一部の神が親好のあるもの同士で残ってそれぞれグループで井戸端会議をしていた。その中にヘスティアとフレイヤとロキがいた。ロキはフレイヤの頼みで二人とは少し離れていた。

 ヘスティアはフレイヤのことが好きではなかった。理由はよくわからなかったが何となく好きになれなかった。逆にフレイヤはヘスティアのことが気に入っていた。神すら魅了し味方につけるその美貌とオラリオでも最強の一角を占める規模のファミリアの主神である自身を前にしても彼女は歯に衣着せぬ物言いをするその正直さが彼女にとって愉快なものだった。

 

 

 「……分かったよ。で、ご用は何かな?」

 

 「さっきの話よ。あなた、自分の眷族()が必ず帰ってくるって確信してるような言い方だったじゃない。でも、その子はLv.1なのでしょ。その子がダンジョン内で1ヶ月も生き長らえてとしても本拠地(ホーム)に帰って来られる状態ではない、と思うのは不思議なことかしら?」

 

 「ああ、そういうことか。つまり、もう魔物化してるんじゃないか、ってことだね?。まあ、簡単に言うなら神の勘ってやつさ。僕は竈の神様として有名だけど家庭の神でもあるんだ。()()()()()()()()()()()()()()くらい分かるさ。ベル君は今でも僕の家族であり、帰ってこようとしてるってことさ。」

 

 「あら、そういうことだったの。それなら納得ね。」

 

 

 ━━━"神の勘"━━━ヘスティアのその言葉にフレイヤは納得した。

 下界に降りてきた神々は神の力(アルカナム)を封じているため、その基本的な能力は下界の人間と大差はなくなっている。しかし、例えば鍛冶を司るヘファイストスが武具を打てば、それは人間には到達し得ない力を帯びたものを作れる。武神であるタケミカヅチは木刀でもLv.2程度の冒険者なら打ち破ることができるといったように神そのものの性質を失ったわけではない(乱暴に説明するなら神の恩恵(ファルナ)を受けない人間が到達可能な極致の技を持っていると言える)。ヘスティアは家庭生活の神として、自らの庇護下で生きる家族の様子をおおまかではあるが、超感覚的なもので感じとることができるのである。

 

 

 「その子が何故無事なのかは分からないけど……良かったわね、ヘスティア。」

 (そう、本当に……。)

 

 

 そしてフレイヤはベルの無事を安堵した。彼女がヘスティアに声をかけたもう一つの理由がこれだった。

一言で言うなら彼女はベルに惹かれているのだ。彼女が彼を見かけたのは偶然だった。彼女の本拠地(ホーム)から地上を眺めていた際、偶然にもベルの姿が映った。そして彼女は彼に目を奪われた。これはその兎のような見た目ではない。もっと内面的なものだ。

 彼女は下界の人間の"魂の色"を見ることができる。そして彼女が見たその色は"透明"だった。彼女はその特異なその輝きに心を奪われたのだった。その輝く様を見たい、もっと強いものを、もっと光輝くものをと彼女は只一目見ただけの彼の素性を探っていたのだが、それが分かったときにはベルは既にゴルゴーンとの取り引きに応じて迷宮下層へと降りていった後であった。

 彼女はその後、アイズとベートが石化はされているが解呪すればそのまま息を吹き返すという解呪師の見立てを知って、ベルも同様に石化させられて生きているという希望的観測の中で独自に下層の調査を行っていたのだった。

 

 

 「でも、喩え生きているのが分かっていたとしても貴女がそこまで気丈に振る舞えると思えないのだけど………本当にヘスティアよね?実は自ら命を絶ってて成仏出来ずにこの世をさ迷ってないわよね?」

 

 「僕は正真正銘の竈の神ヘスティアだ!!自殺もしてないし亡霊でもない!!………まあ、言わんとすることは分かるよ。僕も当時は相当荒れてたし。ロキとも大喧嘩したしね。」

 

 「あら、ロキと?」

 

 「うん。ベル君が【勇者(ブレイバー)】と約束したってことでロキが彼を連れて僕のところに迎えに来たときのことさ。"アイツのベル君が………"って思ったら彼に強く当たっちゃってね。そうしたらロキが『うちらに非がおるから黙って聞いとったらあーだこーだ好き放題言いくさりおって、自分ふざけんのも大概にせいやー!!』ってぶちギレてね。で、そこからはどったんばったんの取っ組み合いの大喧嘩さ。で、そのときにロキの目が目に入ってね。僕は相手の内情を読み取るのは得意じゃないけど、そのときのロキの目から憤りとか悔しさとか色んな感情が混ざりに混ざった感じでさ。それを見てロキも悔恨の中にあるんだな、って気づいてさ。」

 

 「あらあら、あのロキがあなたに分かるくらい感情を露にするなんてね。」

 

 

 フレイヤは聞き耳を立てているであろうロキの方へと顔を向ける。ロキはムッと嫌な顔をしていたがフレイヤは可愛いものを見るように微笑みかける。そしてロキが顔を叛けるのを見るとフレイヤは視線をヘスティアに戻す。

 

 

 「それで、あなたは【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)の【黄昏の館】にお世話になってるわけね。」

 

 「うん。ロキの眷族(子供)たちは皆優しくてね。逆に申し訳なくなる気分だよ。皆仲間を石像にされて辛いはずなのに……」

 

 「そうね、確かに【ロキ・ファミリア】の仲間意識の強さはオラリオでも随一って言われてるわね。……じゃあ、私はこれで失礼するわね。あなたと久々にお話できて楽しかったわ。」

 

 「うん、じゃあね。」

 

 

 そう別れの言葉を告げるとフレイヤは部屋を後にしていった。聞き耳を立てていたロキも話が終わるのを見てヘスティアの元に寄る。

 

 「ったく、フレイヤも何考えとんのかホンマ分からん奴やなー。」

 

 「まったく、僕のなにがそんなにいいんだか……。っと待たせて悪かったね、ロキ。」

 

 「まあ、仮にもうちの客人の自分をほっぽいて帰るわけにもいかんしな。ほな、帰るで。」

 

 

 ヘスティアもロキと共に部屋を後にする。

 

 

 (ベル君、君があんなことをしたのを僕は許してないんだからな。それに君は今でもひどい無茶をしてるんだろ?まったく、帰ってきたら目一杯怒ってやるんだから。……だから、だからこそ生きて生きて生き抜くんだぞ。ベル君。)

 

 




具体的な作戦内容は構成上、後々語ります。別に勿体ぶるほど大した作戦というわけではありません。

ヘスティアの直感は独自設定です。よく神の恩恵を頼りに安否が分かるような設定がありますが公式のものか分からないのでこんな形にしました。
(原作破壊上等なくせにこんな所に拘るのは変な感じですがこれはこれということで一つ。)


次回からはベルとゴルゴーンの視点になると思います。


誤字脱字報告誠にありがとうございます。これからも有りましたらお気軽にどうぞ。


(9/17 21時追記)
竜神 レイさんから神の恩恵(ファルナ)に関する情報を頂きました。まことにありがとうございます。
情報を元に文章を微調整いたしました。何か有りましたらご連絡ください。






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白兎とアヴェンジャーが敵同士で味方同士なのは間違っているだろうか

第8話です。視点は再びダンジョンへと移ります。


今回個人的にも半ば禁じ手を使ったと思います。いくらなんでも整合性が合わない等ありましたら気兼ねなくどうぞ。

今回新たな試みとして作中人物視点で書いてみました。そのため視点があっちこっち飛びます。分かりづらいとか前の方が良かったとか思うことが有りましたらお気軽にお声かけください。




 ━━━迷宮(ダンジョン) 第37階層

 

 ダンジョンらしい迷宮構造に白濁色の壁面、天井は視認できない程に高い。白神殿(ホワイトバレス)と呼ばれるその領域は深層へと向かわんとする冒険者たちを待ち受ける下層最後の難所であった。……そう、本来であれば。

 現在のそれは神殿と呼ぶには余りにも禍々しい空気に覆われ、壁も床も人がただ存在することすら許されぬが如く穢れている。この場所もダンジョンであることには変わりなく、モンスターが産み出されてこそいるが、

 

 「グァアアアアアー?!」

 「キュルラアアア!!」

 「ゴオォォォ!?」

 「ブウォォォォ…………!!」

 

 いずれも産み出されて間もなく近くのモンスターに襲いかかり、その体内にある魔石を喰らわんとする地獄絵図がそこには広がっていた。

 本来、モンスターがモンスターを襲うというケースはほとんどが冒険者が回収し損ねた魔石を捕食し、魔石の味を覚えてしまったが故にモンスターを襲いだすものであり、少なくとも生まれたてのモンスターがすることではない。そして、魔石を捕食し続けた個体はそのうちに強化種と呼ばれる個体へと変化する。魔石を捕食するようになること事態稀で、さらにモンスターに挑み続けるなかで敗れ去ることも少なくなく、強化種まで到達するケースは殆ど無いが、喰らい合うのが恒常化しているここでは何匹も見受けられる。強化種同士の乱闘という悪夢のような光景も珍しくないという有り様だった。

 しかし、どこもかしこもモンスターが暴れ狂うこの領域において、ただ1ヶ所だけ静寂に満ちた場所があった。それは対称に一組だけ道が抜ける、ちょうど一本道の真ん中に出来たかのような部屋だった。部屋は地面から真っ直ぐに伸びた柱が整然と並ぶだけで他に構造物がないという整えられていて、その中心に一際存在感を放つモノがいた。それが突如このダンジョンに現れた脅威、ゴルゴーンである。狂気に塗れたモンスターですら彼女が放つ覇気を恐れ、ここに近づこうとはしなかった。

 そして、彼女の傍らに眠るように意識を失っている一人の人間がいた。白髪の彼の名はベル・クラネル。人柱としてゴルゴーンと共にダンジョンへと消えた冒険者であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ━━━夢を見た。愚かな怪物が二人の瓜二つの少女を食らう夢を。胸懐が狂気に消える最中、最期に残ったのはおぞましい姿に堕ちようとも最期まで自身を見捨てなかった姉たちをこの手で殺めることに悔恨を感じない邪気であった。

 ━━━夢を見た。哀れな怪物が瓜二つの二人の少女と再会する夢を。もはや叶わぬと諦めた光景が目の前にはあった。二人の姉は命を奪った化性である自分を目の前にしても在りし日のように小悪魔のように笑うのだった。

 ━━━夢を見た。恐ろしき怪物を一人の人間が呼び迎える夢を。神話に謳われ、世界に名を轟かせる魔性を目の前にしてもその人間は逃げも隠れもせず、その力を求めた。その人間が何者なのかは分からない。何もかもがぼやけていて顔どころか種族も性別も分からない。一つだけハッキリと見えたのは差しのべた右手にあった赤色の刺青だった。

 ━━━夢を見た。救われぬ怪物が人間と語り合う夢を。いつか見た右手に赤色の刺青を刻む人影が怪物と語り合っている。その人影の傍らに付き添うのは淡い紫の髪で片目を隠した眼鏡を掛けた少女と兎とも猫とも違う白い毛並みの小動物。真性の怪物を相手にしながらも"先輩"や"マスター"と呼ばれる謎の人影は顔は見えずとも語らい合うその表情は楽しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 「いつまで寝ているつもりだ、ベル。」

 

 ━━━目が覚めた。目に飛び込んで来る景色は変わらない毒々しい世界だ。物語でよく"血の色"なんて言葉があるけどそれはきっとこんな色をしているに違いない。

 日が昇ったら起きて、日が沈んだら寝る。そんな当たり前だった生活も昔の話。今は眠れるときに寝て、寝ていられなくなったら起きる。その繰り返しだ。そんな生活のせいでもう何回太陽が昇って落ちたのかすら分からない。どちらにせよここに陽は届かないし関係ないけれど。

 もっとも今、目が覚めるのはもともと寝てたからではない。ここまで引き戻されて、たった今、意識を取り戻したからだろう。あの夢を見て、彼女の声が聞こえるというのはそういうことだ。

つまり振り出しに戻ったわけだ。体を起こし、立ち上がって声のした方向を向く。今までのやり直しのときと同様に彼女がいた。

 

 「治療してくれてありがとう、ゴルゴーン。」

 「そう思うのならさっさと脱出しろ。私も自ら首を斬るのにうんざりしているところだ。」

 「じゃあ、僕が斬りましょうか?」

 「やってみるか?貴様の手を引く神々も鏡のような盾も首を落とせるほどの鎌も無いのにか?」

 

 もう、こんな会話も何回目だろうか。気がついたらこんな感じに軽口をたたくようになっていた。僕は山奥の村で育ったが、同い年の知り合いも少なくて身内もお爺ちゃん一人だけ。そんな中でおどけたり茶化したりするのは新鮮だった。

 だけど、どうして彼女とそうできるのだろう?強さも性別も種族も、そして何よりもそれぞれの自身の在り方(片や英雄、片や怪物)すら違うというのに。もしかしたらあの夢に当てられたのかもしれない。怪物(ゴルゴーン)とすら共に在ろうとしたあの人に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 僕と彼女こにたどり着いたのは10階層での別れの後から数日後のことだった。ここに来るまでの道中で数々の冒険者たちと対面したが、皆逃げるか気絶するかといった具合で戦闘に発展することは一度もなく、モンスターも彼女を畏れてか攻撃するどころか近寄るものすら居なかった。

 彼女はこの場所の何に惹かれたのかは分からない。もしかしたらただ単にこれ以上下に降りるのに飽きただけなのかもしれない。ともかく、ここを根城に選んだ彼女は静かに呟いた。

 

 「━━━千魔眼、開放。」

 

 次の瞬間、視界は赤く染まった。一部分だけとはいえ、ダンジョンが彼女の手中へと呆気なく堕ちた。

 たった一言の詠唱で世界を塗り替えたことに僕は目を丸くした。そして改めて自身の隣に居る怪物(ゴルゴーン)の恐ろしさを感じた。

 

 「さて、貴様には選択の余地をやろう。一つ、私の下に降り私の手先となって人間共と戦う。二つ、私を殺す。三つ、ここから脱出し地上へと戻る。さあ、どうする?」

 「えっ?そ、それってどういうことですか?」

 「どうもこうもない。貴様に自分の未来を決めさせてやろうというだけだ。それとも"英雄"とは誰かに自らの明日を丸投げするのか?」

 

 驚きも冷めぬ僕に彼女はそう告げた。僕は彼女のその言葉の意味を考えた。まず、頭に浮かんだのは『彼女にとって自分はどっちでもいい存在』であるということだった。彼女は人間の一人や二人は誤差にしかならないと言っていた。つまり自分には飽きたということなのか?

 いや、違う。もしもそうなら僕は殺されているはずだ。なら、殺す価値もない?でもそれなら僕に選択の余地を与えないはずだ。そもそも5階層での別れのときのように言葉すら交わさなくなるだろう。

 つまり、ゴルゴーンは僕がどうするかを見定めようとしている。そして『"英雄"とは誰かに自らの明日を丸投げするのか?』という一言。つまり、僕は選ばなくちゃならない。ここで戸惑ったり答えが出せなかったらそのときが僕の最期になるだろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 結果から言えば、ベルは脱出を選んだ。怪物(ゴルゴーン)に下ることは彼の英雄観にとって許容できない申し出であるし、Lv.1であり、ギルドの支給品のナイフだけでゴルゴーンが倒せないのは分かりきっていた。

 だが、それですら茨の道すら生温いものだった。ここは下層最後の砦であり、第一級冒険者ですら単独行動を避けるほどの難所であった。普通であれば知識を頭に叩き込み、相応の武具とアイテムを整えて挑むべき場所であるのだが、冒険者になってからまだ半月ちょっと程度のベルにこのような下層の知識の持ち合わせも装備もない。

 通常であれば死の宣告に他ならない脱出劇でしかないが、それでもベルが往くのには理由がある。そもそもダンジョンにはまともな食料も水もなく座していれば餓死するだけでしかない。しかし、ベルはここに来る最中、18階層の安全地帯などを通るなどしてダンジョンでも食用に適する水や食料があるのを見てきた。そして、そういったところには冒険者もよく立ち寄る場所になるだろうからそこにたどり着ければ助かるかもしれない、と考えたのだ。何よりもフィンやティオナから願われた"生きろ"との想い、ヘスティアやエイナといったお世話になった人たちへの"再会"。これがベルを前へと突き動かした。こうしてベルは約束を果たすために地上へ駆け出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 そして、呆気なくベル・クラネルは死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 「人の苦しむ姿はやはり見ていて心地がいい。そういう意味では貴様は随分と愉しませてくれる。何もせず何も出来ずそこに佇むだけの石像ではこうはいかない。やはりあそこで交換したのは正解だったか。」

 「苦しむ前にあっさりと死んでいる記憶しかありませんけどね。」

 「あっさりと死ねない人間など居るか。だが………ふむ、惜しいな。この血が不死の効能があるならば死ぬことすら出来ず神に死を望みながら畜生どもに陵辱される様を見られたというのに。」

 「僕はケイローンのように叡智に富んではいませんよ。」

 「全く口がよく回る奴だ。あの脱出すると豪語しておいて、いざこの部屋から飛び出して直ぐに魔物に胴体を貫かれて即死したあの頃の貴様に見せてやりたいぐらいだ。」

 

 このベル・クラネルという小僧とこうも長いつき合いになるとは私自身も想定外だった。つまらなくなったら魔力に融かして吸い上げてしまおうかとも考えていたが、いくら朽ち果てようとまた立ち上がって進みだし、此処を発つ一時の間はそれなりに話せて退屈しない。嘗ての"マスター"といい、何かの間違いで現界してはこのような面白き者と出会えるとは不思議なものだ。

 それにしても死んだ後の逸話などというものが生きながらにして使えるというのは私自身、奇妙な気分になるものだ。私も現界の際に座から知識が与えられるがその中に斬られた私の首のものについても在った。それによると私の首から滴り落ちた血は薬にも毒にもなったという。試しにあっさりと死んで魔物どもに食い散らかされそうになっていたこ奴を回収して、自らの首の右側を斬り、その血を奴の口に落としたら甦ったのは私も驚きを隠せなかった。

 それからというもの、こ奴がくたばっては私がダンジョンを操ってはここまで連れ戻してきて蘇生させるということの繰り返しだが………改めて考えると随分と手の込んだことをやっているものだ。

 

 「まったく、地上へ帰りもせず性懲りもなくここへ戻ってくるとは然程ここが好きとみえる。」

 「いや、蘇生してもらってる以上文句は言うのはおかしいんですけど、戻るというより戻されてるというか………」

 「ふん。私に死んだところまで来い、と言いたげだな。『この穴蔵をは魔物を吐き出すように出来ているのだから逆に取り込むこともできるのではないか?』と私が考えなければそもそも連れ戻すことすらしなかったのだぞ?そうなっていたら貴様は今ごろ魔物どもの腹の中だっただろうな。」

 「改めて聞くとその発想のままにダンジョンを操るって無茶苦茶じゃないですか、それ?」

 「貴様には知る由もないだろうがこの穴蔵には霊脈と呼ばれるものにによく似たものが通っているのでな。さらに言うなら規模は私も驚くほどのものだった。そうでなければここまでのことは出来ん。都合よくできたこの穴蔵に感謝すべきだな。」

 

 それにしてもこうも呑気にこ奴は喋っているが私がどういう存在なのかわかっているのか?いや、こんなことをペラペラと喋る私が言えたことではないか。まったく、毒気を抜かれる小僧だ。

 ただ、生き返れるとしてこうも戦えるだろうか?死ぬ苦しみは覚えているようだが、死の苦しみなど並み大抵のものではない。途中で心折れて自ら命を拒むとしても不思議ではないのだが………。多くの死が小僧を変わらせたか、それとも諦めの悪さも"マスター"に似ていたということか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ゴルゴーンの斬られた首から滴り落ちる血は右側の血管のものは死者すら甦らせる薬に、左側の血には生きる者を殺す毒になった逸話があります。冒頭で示した禁じ手がこれです。


(ベル君落ち着かせ過ぎかな………。不自然でしたらご指摘ください。)


前書きにも書きましたが、書き方を変えたので不安があります。何かありましたらご感想くださいますとこちらとしても嬉しく思います。それに関連して皆さまの反応を待つ意味合いでも次回投稿は遅くなると思います。一応、この後書き欄で生存報告を行おうと思います。


(8/29 8時追記)
一部修正を行いました。本文の描写そのものに変化はありません。



(9/9 9時追記)
次話は現在八割程度完成しています。あともう少しお待ちください。



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アヴェンジャー打倒のために全力をつぎ込むのは間違っているだろうか

書くことは決まっているのに筆が進まない第9話です。若干スランプ気味でした。

感想でベルが見た夢の話についてを指摘される方が多かったのでここでも語っておきますが、その件は後々触れたいと思います。

今回のは盛大にぐだりました。さらに付け加えると駄文です。それでもよろしければご覧ください。


では、どうぞ。







 《side:ベル》

 

 ゴルゴーンとの会話も一段落した頃、僕は再び部屋の外へと歩き出す。この部屋から出ている通路は二つだけで片方は地下へと続く階段があるだけなのでスタートだけは迷うことがないのが不幸中の幸いだ。

 

 「懲りずにまた行くのか。」

 

 「はい。僕の帰る場所は地上にありますから。」

 

 「その言葉も何度目だ?この階層の登り階段を見つけたのも4回ほど前だったか?地上にたどり着く頃には貴様を待つ者は誰も彼もくたばっているのではないか?」

 

 「それならそれで墓前に花を手向けるくらいはできると思いますので。」

 

 「それなら貴様がいつぞやに喰われた肉食花でも摘んでいけ。きっと驚きの余り冥府から戻ってくるだろう。」

 

 ゴルゴーンは地上を目指し部屋の出口へ向かおうとする僕に対して声をかける。どうやらこの空間では彼女に見えないものは無いらしい。喋ってもいないことを当たり前のように話すどころか奇襲で自分でも気づかぬうちに殺されたときだって僕を殺したモンスターの特徴を把握していた程だ。ダンジョンを操るといい、僕は見世物同然なのかもしれない。

 でも、だとしても構うものか。確かにこんな下層の地図なんか分からないし、もしかしたらあの階段も地上にたどり着けないものかも分からない。それでも僕は諦めるわけにはいかない。本来ならこの階層に連れてこられた時点で既に抗うことすらできないんだ。それなのに僕は生き返れるなんて奇跡みたいな贅沢が出来るんだ。何がなんでも帰るんだ……!

 

 と、一人意気込んでたらいきなり体が宙へと持ち上げられた。原因はすぐに分かった。ゴルゴーンの尻尾が僕の体を巻き付けていたんだ。

 

 「えっ、ええ!!ど、どうして……!?」

 

 「………むっ。ほう、やはりここまで来るつもりか。ベルよ、もしかしたら帰り道が分かるかも知れんぞ?」

 

 「えっ、それってどういう………?」

 

 「ここまで来られる人間が道も分からず来るなどあり得ぬ。違うか?」

 

 「ここに誰かって……まさか!」

 

 「ああ、あの霧の中で会った人間たちの姿もあるな。私の"島"へ客人が来るのも久方ぶりだ。私自らもてなそうではないか。だか生憎手持ちがないのでな。貴様を手土産に持たせるとするか。」

 

彼女は笑っていた。そして、このダンジョンそのものも笑っているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 《side:yourself》

 

 ━━━神会(デナトゥス)━━━

 

 話は神会(デナトゥス)まで遡る。

 

 「まあ、分かりやすく言うなら不意討ちだ。精鋭部隊をぶつけて相手の気を誘って魔道具で姿を消したアスフィが首を断つって段取りさ。」

 

 「で、協力要請っちゅうのはその陽動と調査すんのに必要な人手でってことでええんか?」

 

 「ああ、俺のファミリアはアスフィを除けば精々Lv.3上位がやっとだ。あの狂化されたダンジョンだけでも厄介なのに19階層より下となると部が悪いからな。」

 

 「話に割り込んですまないが、俺がガネーシャだ。作戦内容は理解した。だが、そのような単純なものでうまく行くのか?」

 

 「言いたいことはわかるぜ。だけど世の中にはシンプル・イズ・ベストって言葉がある。あのよく分からない状態のダンジョンで未知だらけの相手をするなら複雑化させると逆に危険だと思わないかい?」

 

 「なるほど。しかし、不安はあるのではないか?例えば変質化したダンジョンの構造そのものに変化がないことは俺の眷属(子供)たちから報告は受けているがあくまでもまだ侵食が薄い地点の話だ。ゴルゴーンの近くまでいけばそれこそダンジョンそのものを操ってくる可能性がある。俺としては凍結していた調査隊の派遣を進言する。」

 

 ガネーシャの語る調査隊。実はギルドはゴルゴーンが確認された初期の頃、有力な冒険者を集め、調査隊を派遣しようとしたことがあった。

 しかし、ダンジョンそのものに異常が発生し始め、怪物の宴(モンスターパーティー)を始めとするモンスターの異常発生現象や下の階層から登ってきた狂暴なモンスターが冒険者たちを襲撃して多数の被害が毎日のように報告されるようになり、ギルドもそちらの対処に当たらねばならなくなり、調査隊に関する公務を止めざるを得なくなってしまった。また、調査隊に選抜されるはずだった彼らもダンジョンの異常事態を受け、彼らの所属しているファミリアの主神たちが徴用を止めるようにギルドに提起しだすようになった。調査隊に派遣されるだけの実力者である彼らを主神たちも失いたくなかったからだ。そして、調査隊の派遣はなし崩し的に消滅していたのだった。

 

 だが、ここでガネーシャの発言に待ったをかけた神々がいた。

 

 「ガネーシャ、言わんとすることは理解できる。せやけどな、それでもうちは派遣せんでええと思うわ。うちの考えやとゴルゴーンは自分の目の前まで招き入れるはずや。ああいう輩は力を誇示したがるって相場が決まっとる。で、もっと付け加えんなら、何の調べもせんでいくことで向こう見ずっちゅう感じに油断させることも出来るはずや。」

 

 「………そうね。私もロキの意見に賛成よ。私の眷属(子供)たちの報告を聞いてても当時の調査隊の選抜だと力不足になると思うわ。今から選抜し直すとしても本番とほぼ同じ戦力にならないかしら?だとしたら相手に手の内を知られることになるかもしれないわね。」

 

 ロキの発言にフレイヤが後押しする。参謀計略の高さで名を馳せる両名の発言は大きく、更に元々派遣に消極的な神々が大半なこともあって結局調査隊の一件はお流れになった。

 

 「僕からもちょっといいかい?神話の再現でゴルゴーンの討伐ってことは色々な装備が必要だよな?そこら辺どうするつもりなんだい?」

 

 「なぁに、その辺は心配しなくてもいいさ。空を飛ぶサンダルは靴で、ハデスの兜は帽子で、アイギスの盾はゴーグルで再現済みだ。ああ、盾じゃないが顔を直接見ないって役割は果たせるから安心してくれ。」

 

 「それは……って肝心の不死殺しの鎌(ハルペー)はどうするんだよ。そもそもあれはへファイストスが………」

 

 「そう焦るなって、ヘスティア。そこら辺はへファイストスと相談済みで実のことを言えばもう制作開始してるんだよ。」

 

 周囲の目が一斉にへファイストスへと向く。鍛冶の神である彼女が手掛ける武器に興味を抱かぬ神は居ないからだ。 

 

 「ええ、本当よ。ただし神の力(アルカナム)を使えないから【万能者(ペルセウス)】と共同作成しているけどね。」 

 

 それを認めた彼女の言葉に会場がどよめく。"不死殺し"とは超的存在(デウスギア)である神々(自分たち)だろうと例外ではなく命を刈り取るものだ。今回のような非常時とはいえ、それを神であるへファイストスが手掛けるとなればその心中は穏やかならざるものだろう。

 

 「ゴルゴーンを倒す段取りがあるのは分かったわ、ヘルメス。だけど一ついいかしら?」

 

 「おや、なんだいフレイヤ?」

 

 「その石化を防ぐゴーグルというのはあなたの言う陽動隊にも必要だと思うのだけどそんなに数を揃えられるものなのかしら?」

 

 「そこら辺は何とかするよ。作れる数は限られると思うけど、どちらにせよ少人数でもいいわけだからね。寧ろ少人数ならさっきもあったけど油断してくれて却って都合がいいだろう。」

 

 「それもそうね。だけどそれならゴルゴーンを探すのはどうするつもりなの?まさかダンジョンを端から端まで虱潰しに探すなんて言い出すつもり?」

 

 「それに関してはアスフィが昔作って倉庫で埃を被ってた魔力探知機を見つけたからそれを使うよ。ダンジョンを変質化させてるのは十中八九ゴルゴーンの魔力なのだから逆探知も行けるはずさ。」

 

 「あらあら、【万能者】って本当にすごいのね。」

 

 (((((もうあいつ(万能者)一人でいいんじゃないかな)))))

 

 神々の心中が一つになった瞬間だった。何処からともなく"自作自演なのでは"とひそひそ声が聞こえてきたりもしたが無理もない話だろう。

 

 「話を切るようで悪いけどロキ、余計なお世話かもしれないけと一ついい?」

 

 「ん?どないしたん、ヘスティア?」

 

 「ゴルゴーンが倒されてしまったら解呪の方法が分からなくなってしまうんじゃないかい?」

 

 「ああ、その話な。まあ、リヴェリアも訳分からん言うて匙投げたんや。ほんなら、術者(ゴルゴーン)の命がトリガーになっとるに違いないやろう。それに、うちも舐められぱなしっちゅう訳にはいかんのや。分かるやろ?」

 そう語るロキの言葉に覚悟を見たヘスティアは納得したように静かに頷き、それ以上追及しなかった。

 

 「……ふう、そろそろ意見は出尽くしたかしら?なら、ヘルメスの案を採用するという形でいいわね?もし異論反論があるなら今のうちよ?」

 

 進行を務めるヘファイストスが会場内に呼び掛ける。しかし、彼女に応える声は挙がらなかった。

 

 「………ないわね。じゃあ、これで行くわよ。後は陽動隊の選任だけど………」

 

 「あー、ヘファイストス。それならうちのファミリアで一任したいんやけど構わへん?」

 

 「あなたのファミリアで?」

 

 「せや。陽動隊言うても今のダンジョンやと指揮統制がまともに執れんと行き着くまでにお陀仏になりかねんやろ?下手に強いから言うてあっちこっちから節操なしにメンバー集めとったら意見が纏まるもんも纏まらへん。その辺、うちらでやったるのは利に叶ったことやろ。」

 

 ロキが静かに、それでいて力強く語った。彼女がこう言ったのは当然の如くアイズとベート、そして二人を助けようとした彼らの覚悟を一蹴したゴルゴーンへけじめをつけるためでもあるが、肝心の止めを自分たちの手でつけられないことへの憤りもあった。

 オラリオの二大巨頭の片翼である【ロキ・ファミリア】の束ねるものとしてダンジョンを、オラリオのために動かなければならないのは彼自身、理解している。そのために今回の一件を速やかに確実に終息に導くためにヘルメスの提案は現状で理屈に合っている。しかし、メインはヘルメスたちの手に委ねなければならない。頭では分かってる、しかしその想いは納得できるものではない。下界に降りて丸くなったといってもこの辺りは変わらなかったようだ。

 

 「待ちなさい、ロキ。私も眷属(子供)を派遣させてもらうわよ。」

 

 「あん?フレイヤか。せやけど今回ばかりはお断りや。さっきも言うとったけど、舐めっぱなしじゃ終われへんのや。自分だって分かるやろ、そのくらい。」

 

 「分かってるわよ。でも、私以外の全員がそう思うわけではないのよ。仮にあなたのファミリアが動いてるのに私のファミリアがなにもしなかったら、周りからは『女神フレイヤはゴルゴーンに恐れをなして眷属を派遣しなかった臆病者だ』って言われかねないのよ。」

 

 「………そんなら一人だけや。で、他のは治安維持っちゅう名目でオラリオで目立つように動いとったら文句が出ることもないやろ。それでええな?」

 

 「……分かったわ。ならオッタルを派遣させるわ。戦力的にも問題ないはずよ。」

 

 こうして、オラリオの双璧を成すファミリアの双方の団長が並び立つ陽動隊(最高戦力)が生まれたのであった。これには"夢のドリームチームだ!"とか"世界一贅沢な陽動隊が生まれた件"などと何処からともなく声が挙がった。

 

 「………じゃあ、この作戦に異論反論が無ければこれを神会(デナトゥス)の総意として実行に移すわよ。いいわね?」

 

 現オラリオの総力に近い作戦にけちをつける者がいるはずもなく、こうしてゴルゴーン討伐作戦が始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ━━━ダンジョン29階層━━━

 

 時間はゴルゴーンが()()()に気づく少し前に遡る。

 

 30階層へと降りる階段の手前に数人の人影がいた。【ロキ・ファミリア】団長であるフィンを筆頭とするLv.5以上の5人、【フレイヤ・ファミリア】団長であるオッタル、【ヘルメス・ファミリア】団長であるアスフィ・アンドロメダである。

 ロキはメンバーの選出をフィンに一任した。団員たちは血気盛んに自分を連れていって欲しいと懇願したが、フィンは単独でも生存できることを第一に考え、Lv.5以上の団員たちだけを連れていくことにしたのだ。

 彼らは変質化した箇所を避けながら魔力探知機を頼りにダンジョンを進んでいたが、階段の途中部分から変質化していたのでこれからどうするかを話し合っていた。

 

 「……まったく、凄い魔力だな。私でもここまでの魔法の展開を見るのは初めてだ。」

 

 「う~む。儂も魔法には疎いが、これは相当なもんじゃのう。」

 

 「そうだね。…オッタル、私見で構わない。君の指針を聞かせてくれ。」

 

 錆色の髪に獣人特有の頭部から突き出た耳、2M程の巨体にそれ自身が鎧と見間違うほどの筋肉を誇る【猛者(おうじゃ)】オッタルは揺るぐことのない視線を階下に向け、そして口を開く。

 

 「……ここから先は変質化していない箇所の方が稀になるだろう。それにここを通らざるを得ない以上、奴にこちらの存在は確実に勘づかれるだろう。下手な回り道をせず、最短距離を進むべきだ。」

 

 「そうか。実のところ、僕も同じ考えだったんだ。じゃあ、ここからは強行突破をしていこうと思うけど、反対の者はいないかな?…………いないようだね。なら、それで行こう。【万能者(ペルセウス)】、打ち合わせ通りで頼む。」

 

 「分かりました。私は姿を隠して後を追います。進軍速度は事前の取り決め通りでお願いします。これより先は互いに連絡はとれませんが、どうか御武運を。」

 

 アスフィは姿隠しの帽子を被る。すると一瞬にしてまるで元からそこに何もなかったかのように姿を消した。

 

 「……凄いよね。姿も見えないどころか吐息の音も臭いも気配まで消しちゃうなんて。」

 

 「そうね。私たちにすら気取らせないようにするなんて、【万能者(ペルセウス)】の名は伊達じゃないってところかしらね。」

 (で、これがあれば私も団長の夜這いも………。)

 

 「……ティオネ、今は流石に作戦に集中してくれ。じゃあ、皆もゴーグルをかけてくれ。ここからはいつゴルゴーンに出くわしてもおかしくはない。奴の討伐が完遂するまでは絶対に外さないように。」

 

 彼の言葉を合図に全員が装着する。

 彼女が作成したこのゴーグルは見た目こそゴーグルそのものだが、その実態は外部の映像を出力するモニターに近いものであった。これはペルセウスが盾に映ったゴルゴーンを頼りに近づいた逸話から来るものであり、直接見なければ防げるのでは、という考えによるものだった。

 

 「よし、全員装着したね?……じゃあ、最後に陣形の確認だ。僕が先頭、その後ろにリヴェリア、その左右をそれぞれティオネとティオナが固める、リヴェリアの後ろにガレス、後詰めにオッタル。この通りに並んでくれ。アスフィは自分が最適だと思うポジションで構わない。隠密に行動することを最優先にしてくれ。」

 

 フィンの指示通りに全員が整列する。索敵しようがないアスフィに関しては逆にこれといった指示を出さず彼女の意思に委ねた。陣形も組み終わり、皆の表情に浮かぶ決意は硬く、彼の合図を待ち構えていた。

 

 「さあ、ここからはノンストップだ。皆、行くよ。………総員、突入!!」

 

 フィンの言葉を合図に全員が弾け飛ぶように異界なるダンジョンへと飛び込んでいく。アスフィもまた、姿を隠しつつも彼らと同行する。

 

 ━━━彼らは思い知ることになる。ゴルゴーンの脅威を。神代より伝わるゴルゴーン(恐ろしき者)の真髄を。

 




ロキの疑似関西弁が難しい……。変な箇所有りましたらご指摘ください。

行間は試行錯誤中のため、変になってる場合がありましたらご連絡ください。

前から言ってた大したことない作戦がこれです。あれだけ色々謀略・策略を絡めていくヘルメスやロキがこの程度の作戦で満足するかという疑問は承知の上です。こちらに関してもご指摘あれば対応いたします。


(9/25 追記)
現在8割程度まで仕上がっています。あともう少しだけお待ちください。



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"アヴェンジャー"にこの作戦を仕掛けるのは間違っているだろうか

サブタイトルの無理してる感から透けて見えるように現在進行形で右往左往中の第10話です。書くことが決まってるのに筆が乗らなくて遅くなりました。申し訳ありません。

もう10話も書いてるんですね……。2・3話ですむと思ってた当時の自分が馬鹿みたいです。

竜神 レイさんより神の恩恵に関する情報を頂きました。まことにありがとうございます。安否確認が出来るのは公式設定なんですね……。
情報を反映して第7話を修正しました。内容はほとんど変わっていないので既にご覧になっている場合は読み返す必要はないかと思われます。

皆様のご感想やご指摘はいつも励みにさせていただいています。
これからも引き続きご声援のほど、よろしくお願いいたします。


ちなみに今回は物語の核心に独自解釈が盛り込まれています。詳しくは後書きにて。




 《side:ベル》

 

 

 「何故だ………!!何故こうも苛立つ………!!」

 

 僕はゴルゴーンの尾に巻かれて持ち上げられながらも彼女の機嫌を見ていた。その中で彼女の顔が段々と険しくなり、漂わせる気配もそれに合わせるように突き刺さるようなものに変化していった。ダンジョンもそれに呼応するかのごとく吼えているような気がした。

 彼女によるとここにフィンさん達がここに近づいてきているらしい。でも、それが原因だったとしたら何故、という言葉は使わないはずだ。そもそも、彼女は来ることを寧ろ歓迎していたはずだ。なら、いったい……?

 

 「来るか、人間ども……!」

 

 だけど、僕は彼女の言葉によって思考の中から引き戻された。そして、遠くから数人の人影がこちらに近づいてきたのが僕にも見えた。

 そこにいたのはゴルゴーンに出会ったあの日に同じく出会った人たちの姿があった。全員、目を覆うように何かをつけているのはゴルゴーンの石化対策のためかな?

 

 「あっ、あれ!白兎君!生きてる、生きてるよ!」

 

 「【大切断(アマゾン)】、感傷に浸るなら後にしろ。敵が臨戦状態なのは分かっているだろう。」

 

 ティオナさんの言葉を初めて会う人が遮った。それが誰なのか直ぐに誰だか察しがついた。第一級冒険者であるティオナさんに対してあれだけの態度をとれる実力者でフィンさん達を越える存在感の【猪人(ボアズ)】、間違いなくオラリオ最強と名高い【猛者(おうじゃ)】オッタルさんだ。

 その彼の言葉を期に皆、武器を構え直した。それに対抗するかのようにゴルゴーンから放たれる気もまた一段と強くなった。この切り刻まれるような空気の中、僕は偶然にもその戦いの行方を見守ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 《side:yourself》

 

 強者(怪物)強者(冒険者たち)が一触即発の空気の中、これを見届ける傍観者が二人いた。一人はゴルゴーンの尾に巻かれて拘束されているベル・クラネル。そして、もう一人は空を飛び、姿を眩まし様子を窺っていた。本作戦の"本命"であるアスフィ・アンドロメダだ。

 その手にはヘファイストスと共に手掛けた自身の傑作であるハルペーを構え、突撃のタイミングを図っていた。Lv.4であるとはいえ、元々研究家肌の彼女にはこの空気に飛び込むというのはなかなかに踏み込みづらいものだった。

 

 (こちらに勘づいては……ないようですね。気配遮断は通用していると見ていいでしょう。ゴーグルも石化されていないところを見る限り効果は………いや、発動条件が分からない以上、結論付けるのは性急でしょう。しかし、気づかれていないはずの私ですら過酷なこの締め付けられる感じは堪えますね……。この生き物の体内にいるかのような濃密な空間の魔力が彼女の苛立ちに反応しているようですね。やはり、根城に踏み込まれれば流石に苛立ちもしますか。)

 

 彼女はこの圧に体を慣らしつつゴルゴーンの様子を確認することにした。確かに憤怒の表情を見せているが攻撃の予兆はない。女神ロキや神ヘルメス曰く、こういうタイプは自身の力を信じ、相手に初撃を許すことがほとんどらしいが、どうやらその事例に当てはまったのだろう、と彼女は推測する。

 神々も交えて作戦を煮詰めた際に陽動隊にはできるだけ膠着状態を保ち時間を稼ぐと決めていたので彼らは恐れを抱いて手をこまぬくふりをして攻撃を仕掛けず、にらみ合いの形を継続させていたのだ。

 

 しかし、にらみ合いとはいえ、相手は規格外(ゴルゴーン)である以上長期化させるのは危険なことである。集中力が途切れたらそこから崩され壊滅する恐れがあるのは目に見えている。それでもこの状況を作り出したのには訳があった。

 

 (背中は……髪で隠されて見えませんね。まあ、ステータスは主神によって隠されているのが常ですし、見えないのはそこまで気にすることもないでしょう。)

 

 その理由は敵情視察である。何せ、相手はLv.5をあっさりと無力化し、ダンジョン深層に挑む【ロキ・ファミリア】遠征部隊を軽々と壊滅寸前まで追い込んだ"災害"である。しかし、台風によって水源が潤うように、洪水によって肥沃な土壌が運ばれてくるように、それらは人間には成しえない価値をもたらすものでもあった。

 要するにそれらの力をどうにか分析して対策法の構築、もっというならその魔物化した理論をこちらでも扱えないか、という目論見である。普通であれば殺したあとにその骸を調べるのが常道だが、魔物化した彼女は死した際に灰と消えてしまい何も残らない可能性を見越したものでもあった。

 

 (しかし、ゴルゴーンと名乗るからには禍禍しい容姿なのかと思いましたが、あれは寧ろ逆といっていい。髪の先端部の蛇に似た異形や鱗に覆われた四肢をなどを除けば体は人間に近く、女性としての艶美さは素晴らしく高い。元からあの美貌なのか魔物化によって肉体が美貌化するのか………。いや、元冒険者にしては傷跡がいくらなんでも無さすぎる。魔物化によって治癒能力が向上して………でも、既に治癒が終了している状態である傷跡まで治るのでしょうか?)

 

 彼女はその容姿も事細かに観察する。未知を解明するために本来なら捨て置くような肌の美しさ等もつぶさに確かめていく。冒険者以前は高貴な身分であったアスフィは女性の美しさに関してそれなりに知っていたが、彼女から見てもそれは目を引くものだった。それもそのはず、今でこそ魔性の身であるゴルゴーンだが、両親はどちらもギリシャ神話に伝わる神であり、アテナによって怪物に堕とされる以前は美少女と語られているほどだ。その美しさを妬んだアテナが適当な理由を吹っ掛けて怪物へ堕としたと不定期開催で神々の間で盛り上がる━━━とヘルメス談。

 

 閑話休題

 

 そしてゴルゴーンに対する観察が一通り終わった彼女は捕らえられている少年(ベル・クラネル)に目を移す。彼女が気になったのはベルの落ち着きようだ。彼の表情は救助が来たことに関する安堵でもこの一触即発の空気に巻き込まれた恐怖でもない呆気に取られてこそいるものの、今の状況の行方を静かに見守っていた。

 

 (如何なる状況に置かれても自棄にならず現状から目を逸らさない。冒険者としては正しい在り方です。ですが……故に不自然ですね。)

 

 だからこそ、彼女は不審に思った。彼女はヘスティアやエイナといった彼を知る人物から情報を集めていた。それによれば、冒険者になる以前は小さな村で平和に暮らしていて荒事とは無縁の暮らしであったという。それでも冒険者としての生活が長ければ慣れもあるのかもしれないが、彼がゴルゴーンに出会ったのは冒険者になってから半月程度。駆け出しそのものだ。

 そんな人間が食料もまともに無く、満足な休息もとれないダンジョン下層、それも深層一歩手前のこの領域で狂気に染まっておらず人間性をああも保っているとは不自然としか言いようがなかった。

 

 (まさか……既にゴルゴーンの手下に?)

 

 彼女がその推論に辿り着くのは時間はかからなかった。むしろこの考えに至るのは必然と言えるだろう。にらみ合いを続けている【勇者(ブレイバー)】や【猛者(おうじゃ)】もこの推測を頭に浮かべているだろう。

 しかし、仮にそうであるならば地上に連れ帰るのは普通なら憚られるものだった。もし、ゴルゴーンの力によって今日まで生き長らえていたとしたら、良くて未知に貪欲で享楽的な神々の玩具に、最悪その力によって地上で暴走させられ甚大な被害を出すことになるからだ。一応、今回に関してはロキが庇護下に置く可能性もあり、そうなれば最低限の彼の安全は保障されるだろうが、それでも周囲の好奇と疑心の目が一生ついて回ることになるだろう。

だからといって連れ帰らないわけにはいかなかった。現時点では彼が明確に異常であるという証拠は無く、何より彼の帰還は女神ヘスティアや女神ロキなどからも望まれていることである。ここにいる陽動隊との相談の結果としてならともかく、自分の一存で勝手に決めていいことではない。そして、隠密中の現在相談は不可能であるため、結局のところ、現状ではどうしようもなかった。

 

 あれこれ方針を巡らせたアスフィだったが、一旦、思考をリセットしてゴルゴーンに視点を戻す。ベル・クラネルの処遇は主神に振り回されてきた彼女には気掛かりな点も思い当たるが、ゴルゴーンに関してはそれを考えずに首を落とせば済む。そもそもそのためにここまで来たのだ。今更和平交渉も無いだろうし、そもそも【ロキ・ファミリア】の面々が許さないだろう。

 陽動隊は未だににらみ合いに耐えているが、いつそれが限界に達してもおかしくない。仮に彼らが耐えたとしても、嫌悪感を顕にしているゴルゴーンが暴れださない保障はない。一度戦闘に発展すれば乱戦となり、相互把握が不可能な以上、味方からの攻撃も警戒しなければならなくなる。そうなれば首を取るのは困難を極める。

 (……ここらが潮時ですね。首を落としに行きましょう。)

 

 アスフィはハルペーを構える。現在、伝承においては統一された形が示されていないハルペーだが、今回は三日月状の非常に湾曲した大きな刃を付け、柄は両手でも扱えるような長さにした。これはゴーグル状にした盾と同じく寝首を掻ける状態に持ち込めるとは限らない、という判断からだ。

 息を整え、タイミングをはかる。あの髪の毛の蛇に阻まれない状況を。そして、

 

 (………今!!)

 

 意を決してゴルゴーンへと突撃する。アスフィは気休めながらも念のために距離を取っていたのだがその距離はみるみる縮まっていく。矢のように、彗星のようにゴルゴーンへと真っ直ぐに突き進むアスフィ。ゴルゴーンは向かってくるそれに気づく気配はない。

 そして不死殺しの鎌(ハルペー)の間合いまで飛び込み、鎌を振るい首を絶ちは勝負あった

 

 

 

 

 

 「ウオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 

 

 

 

 と、アスフィが確信したそのとき、ゴルゴーンは叫んだ。それは嘗て10階層にて【ロキ・ファミリア】の遠征部隊を一瞬にして崩壊させた【畏怖の叫び】ではなく単なる咆哮に過ぎなかった。しかし、彼女の渾身の込めたその叫びは単なる空気の振動に留まらず、辺り一帯を満たしていた彼女の魔力をも同調させ、下級冒険者であれば無惨に圧死するほどの空間そのものを無に帰すような災害となった。

 陽動隊の彼らは一瞬の判断でそれぞれが自らの得物を地面に突き刺し、防御姿勢をとって耐え忍んだ。ベル・クラネルはゴルゴーン自身が自傷するのを防ぐために体表面を覆った魔力層に尻尾を通じて共に守られ無事だった。しかし、本人はその魔力に寧ろ守られていると気づかず、彼女が放つ迫力に思わず目を瞑った。

 

 「がっ……!!」

 

 大きな被害を被ったのはアスフィだ。首を落とすために頭部に接近していた彼女はその爆風にも似た風圧をもろに受けてしまった。さらに踏ん張りの効かない空中であり、空飛ぶ靴もこのような強烈な流れに対応できるように作られてはいない。

 結果としてそれに耐えきれなかった彼女は木の葉のように吹き飛ばされ、近くの柱に叩きつけられた。その際に柱に蜘蛛の巣状のヒビが入るほどに強く打ちつけられたが、幸いにしてLv.4としての実力か、それらに関しては致命的な怪我には繋がらなかった。

 

 「……!ま、不味い!」

 

 しかし、彼女は思わず声を張り上げた。彼女は自身が作った姿隠しの帽子によってその身を隠している。それは単に姿という視覚的なものに限らず、臭いという嗅覚的なものや自身が発する息遣いや声といった聴覚的なもの、さらには体から発する魔力さえも遮断するという至高の一品である。

 しかし、自身が周囲に与えた影響までは打ち消せない。今の状態に例えれば自身が衝突した柱の罅割れやそれによって発生した音、柱に付着するなどして自身の体から離れた血液の臭いなどはどう足掻いても打ち消せない。彼女はそれを危惧したのだ。

 

 「そこかっ!!!」

 

 そして、それを見過ごすゴルゴーンではなかった。ヒビが入った柱に手をかざすとその柱を包み込むように魔力のドームが形成され、その中を雷のような魔力光が迸った。

 

 「ごはっ………!!」

 

 逃げる間も無く魔力光の直撃を受けたアスフィは深傷を負い、地面へと落下する。幸いにも不測の事態に備えて懐に忍ばせておいた万能薬(エリクサー)の容器が攻撃によって破損し、中身が体にかかった為に致命傷となることは回避できた。

 しかし、先程の攻撃を受けた際に姿隠しの帽子は破損し、使い物にならなくなってしまっていた。その証拠にゴルゴーンは地面に倒れ込むアスフィに視線をはっきりと向けていた。

 

 「━━━姿を隠し、鎌で首を絶つ。やはりあの男の真似事をしている者が居たか。小賢しいが、私を討つのには悪くない手だ。」

 

 「や、やはり……?!気づかれていた!?いつの間に……」

 

 「嘗て私の首を落とし、あまつさえ道具のように弄び、その首を死しても掲げる憎き人間の気配、この私が忘れるはずがなかろう。貴様は女のようだが、その装備は私にとって貴様をペルセウスと示すものだ。」

 

 「嘗て……?では、お前はまさか……!?」

 

 「ハズレだ。私は現世に蘇りしゴルゴーンに非ず。復讐者(アヴェンジャー)の名を冠する反英霊だ。」

 

 アスフィも陽動隊も唖然とする他なかった。彼らは彼女の正体を神話に名高き怪物(ゴルゴーン)に類似して魔物化した闇派閥(イヴィルス)に関わる者か彼らに記憶を改竄された元冒険者だと予測していた。しかし、嘗てという経験を仄めかす言葉。さらにその口から語られたのは思いもよらない言葉だった。復讐者(アヴェンジャー)?反英霊?彼らは彼女の正体が全く分からなくなった。

 ━━━ただ一人、真実の一端に触れていて、曖昧な表情を浮かべるベル・クラネルを除いては。

 

 

 




○今回の話の肝であるゴルゴーンがペルセウスに抱く心情について
私自身、調べた感じですとFateのゴルゴーンは『自身の首を宝具として扱うペルセウス』に対して本能的に嫌悪感を抱くらしいのです。また、ゴルゴーンの幕間の物語で自身が復讐者であるという存在で現界したことに関することに触れていたのですが、その際にペルセウスのことに触れていませんでした。(ゴルゴーンが物語中に復讐対象として自身を怪物へと貶めた全てと推測していたが、ペルセウスが彼女に関わったのは既に怪物へと堕ちた後であり、該当者に含まれない。)
これらを私のなかで解釈した結果、『自身の首を刈った際のペルセウスに似た存在』にも同様の嫌悪感を感じるのではないか、と判断しました。つまり、神話に忠実にした結果、彼女の感覚に引っ掛かったというわけです。
一応、気づくのにはもうひとつの要因があるのですが、それは次回以降に。

ゴルゴーン自身、叫びの際に体表面すぐ近くの魔力を緩衝材のように使って圧から身を守っていました。ベルも尻尾に巻き付かれていたのでそれに助けられました。作中の守られた描写はそれです。

書いてる自分が言うのもアレですが、ダンまちのキャラが痴呆化してるような気がするこの頃です。彼ら視点で型月のことを知らない前提で話を進めるのは当然なのですが、やはり気になります。

誤字脱字報告及びご意見・ご感想は常時募集中です。



(9/30 10時追記)
ご指摘を受けましたベルの守護描写について修正いたしました。
何かお気づきの点がございましたらご報告お願いいたします。




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アヴェンジャーが真の力の鱗片を見せるのは間違っているだろうか

書きたい内容を書けたはずなのに、文章にしてみると違和感が満載の11話です。
話が全然進まない癖に更新速度も遅いという救いのない本作ですが、どうぞ最後までお付き合いください。

原作と変わった点を忘れそうになるのが最近の悩みです。この手の改変系のを書いてる人たちの凄さを噛み締める今日この頃です。

フィンがすごくフルボッコにされてるような……。貧乏くじを引かせたみたいで申し訳なくなります。



 《side:フィン》

 

 ━━━最悪だ。

 僕たちの切り札はあっさりと打ち破られた。ベル君は未だに奴の手の内だ。どうする?

 あの様子だと【万能者(ペルセウス)】は戦闘の続行は難しいだろう。誰かが庇わなければ流れ弾に当たって今度こそ致命傷になりかねない。でも、庇わせても微妙だ。さっきの咆哮で理解した。いや、理解させられた。この空間は奴の腹の中と同じだ。この魔力濃度から予測はしていたが、まさかここまでとは……。

 そして、もう一つ。奴はそもそも何者だ?さっきの言葉が出任せとは思えない。ならば奴は降霊術か何かでゴルゴーンの霊を憑依させたというのか?いや、その場合に天界の目をどうやって誤魔化した?ゴルゴンの怪物ほどの魂を下界へ下ろすなんて天界が許すはずがない。

 

 「どうした?貴様らの反攻はこれで終わりか?ふん、滑稽だな。見知らぬ顔がいるようだが、貴様らが大道芸人の集まりなのは変わりなかったということか。」

 

 「フィン、しっかりしろ!まだ敵は健在だぞ!!」

 

 ちっ、考えさせてくれる暇すら無いか。…………戦うにしても逃げるにしても、この空間を打開しなくちゃ活路はないか。

 

 「リヴェリア!大魔法の詠唱は出来るか!」

 

 「……出来るがこの魔力濃度だと通るかは分からん!」

 

 「いや、それでもいい!!このフロアを吹っ飛ばすくらい全力でやってくれ!!ガレスはリヴェリアの守りに入ってくれ!オッタルはアスフィの救助を頼む!」

 

 「ちょ、ちょっとフィン!まさか白兎君ごと…!」

 

 「構いません!やってください!」

 

 「し、白兎君?!」

 

 彼の言葉を聞いて僕はまたあの決断が頭を過った。10階層で【ロキ・ファミリア】の皆を守るためにベル君の覚悟をいいことに、彼を見捨てておめおめと逃げ帰るしかなかったあのときを。

 合理性だけで考えるのなら彼ごと奴を葬り去るのは決して悪い選択肢ではない。いくらベル君の功績を並べても所詮はLv.1。オラリオ全体で考えるなら彼を失っても痛手にはならない。

 もちろん、庇護下におくファミリアの団員である彼を救えなかったことに関する誹謗は生まれるが、相手はたった一人でダンジョンすら狂わせる規格外だ。奴の発言を考えれば文字通り、"この世に存在してはならない存在"である可能性もある。それらを踏まえればオラリオ全体の利益として捉えて、ダンジョンの異状の除去に止まらず、地上そのものの危機の回避として充分にお釣りが来るものだろう。汚名に関してもその後の尽力で汚名返上のチャンスはいくらでも訪れるだろう。ならば………

 

 『馬鹿げてる、と思うかい?その通りだ。勇者も英雄も馬鹿じゃなきゃ出来ないことだ。誰もが敵わないとされた脅威、誰も踏み込めないとされた秘境、誰もが届かないとされた境地、そういう誰もが共有する"出来ないという理屈"を馬鹿げてるとうち壊さなきゃ成り立たないからね。』

 

 僕の頭に反響したのは10階層で彼に語った言葉だった。仲間を助けるために無謀な戦いを挑もうとして、ベル君が悲観したのを諌めたその言葉が今の自分の心に突き刺さった。

 あれだけ格好つけた台詞を吐いておいて、必ず助けるから生きる望みを捨てるなと言っておきながら、そうしてダンジョン中で生き長らえていた彼を再び犠牲にするのか?自分があのとき言った言葉をこれ以上自分で否定するのか!!

 

 「………ベル君、君のその覚悟に敬意を表するよ。けど………それは受け取れない!!今度は君を見捨てたりはしない!必ず助け出す!あと少しだけ待っていてくれ!僕が突破口を開く!ティオネとティオナは僕に構わず彼の救助に心血を注ぐんだ!!」

 

 「「了解!!」」

 

 ………そうだ、また彼を人柱にして生き残るなんて出来るもんか。彼一人を救えずして何が一族再興の夢だ。僕の掲げる【ロキ・ファミリア】団長と【勇者(ブレイバー)】は飾りなんかじゃない。逃げ腰でどうする。助けにいかなくてどうする。

 さあ、皆のお膳立てはした。これなら司令塔がいなくてもリカバリーは出来るだろう。不安要素が無いわけではないが、手加減できる相手でもない。ここからは僕も勇猛な戦士として彼らと共に並び立とう。

 

 「【魔槍よ血を捧げし我が額を穿て】!!」

 

 さあ、勝負だ。怪力無双のガレスや叡智を究めるリヴェリアを差し置いて団長を務める僕、いや俺の力、味わってもらおうか!!

 

 「【ヘル・フィネガス】!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《side:ゴルゴーン》

 

 「ウォォォォォォ!!往くぞ、てめぇら!!」

 

 あの小男、何かを詠唱したかと思えば急に雰囲気が変わったな。あれは、自らに狂化を付与したとでもいうのか?だとすれば思いきったことをする。指揮官が狂気に身を浸すなど普通ならば愚の骨頂だ。だが、周りはそれを諌めんというのなら、策は出尽くした。つまりはそういう事なのだろう。

 しかし助ける、か。冷静さを自ら捨てたということは嘘ではなく本気で挑もうとしているのだろう。力量の差を理解できていないはずが無かろうに、全く馬鹿げたこと………なるほど、馬鹿げたことだな。あの霧が立ち込める場所でこの男が言っていた通りにな。

 しかし小僧(ベル)といい、この小男といい、こうも恐れ知らずに巡り会うとはな。………いや、恐れを()()()のではないか。恐れを知りながらも立ち向かうことを選んだ者たちか。

 

 「……飽きたな。」

 

 ふと、私自身の口から言葉が漏れ出た。そのとき、私は気づいていなかったが周りの人間どもも私の呟きを受けて足を止めていた。

 

 「もう少し恐怖に狂うかと思ったが、その程度か。いや、そうでもなければ私に歯向かおうとするはずがないか。しかし、故につまらんな。諦めの悪い人間どもは見飽きたというのに。嘗てといい、此度の現界といい、私はどうにもどこまでも食い下がる者共に縁があるようだ。」

 

 この私が英霊として召し上げられた後に唯一現界した【星を見る者たち】の記憶を思い出す。あ奴らはどこまで行っても往生際が悪く、執念と忍耐の具現化のような者たちばかりだった。まあ、そうでなければ私と縁を結ぶこと無く、あの焼け落ちた人理の中で滅びていたに違いないが。

 確かにしつこく食い下がるあいつらは見ていて興味の尽きない者たちだったが、二度目ともなれば少々倦厭するというものだ。………さてどうしたものか。

 ………いや、何を言っているんだ私は。気に食わぬのなら自らの手で変えてしまえばいい。私は反英霊。人間がもがき、足掻き、苦しみ抜く様を愉しみ嗤う者。その為に人を甚振ろうと何を迷うことがある。どうも、私は毒気を抜かれ過ぎていたようだな。

 

 「喜べ、貴様らを塵芥ではなく我が島を害する者と認めてやろう。その褒美として我が真の姿を見せてやろう。一瞬のことだが、()()るなよ?」

 

 魔眼に注力し、術式を起動する。本来ならば真名解放だけで発動出来る程に簡単なものだが、奴らを殺すのが目的ではない以上、少々面倒だが調整せねばならん。

 

 「……!!不味い!奴を止めろ!!」

 

 コルキスの魔女が髪色を翡翠にしたかのような女が叫ぶ。それを拍子にあの小男と瓜二つの二人の女が弾けるかのようにこちらに飛びかかってくる。

 だが、遅い。既に術式は構築を終えている。正確に言うならば()()()()()()()()()()()()()()()()()。つまり、貴様らを本気で殺すのならばここの人間どもは気づいたときにはその体はこの神殿の一部となっていたことだろう。

 

 「貴様らの呪いを返してやろう。溶け落ちぬように足掻いて見せろ。」

 

 ━━━さあ、私を愉しませろよ?

 

 「【強制封印・万魔神殿(パンデモニウム・ケトゥス)】。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《side:ベル》

 

 僕は昔から英雄譚が好きだった。英雄譚といえば、そこに出てくる英雄はもちろんのこと、その英雄が討ち滅ぼす怪物も出てくるのが当たり前だった。例えば触れた者を死に至らしめる毒を放つ大蛇、星すら呑み込む狼、神にも人間にも倒せない悪魔、見ただけで相手を殺すという悪鬼、龍すら喰らう蟲、その死骸が人々の住む大地になったという邪竜。どれもこれも英雄たちに劣らない程に鮮烈だった。

 でも、どんな怪物も悪も敵も物語の最後には英雄に倒された。それで帰りを待つ人々のもとへ戻って祝福されたり、囚われの身になっていた姫様を助け出して結婚したりして終わり、というのがお約束だった。

 別にそれが悪いというわけではない。僕はそのお約束が大好きだ。フィンさんの言葉を借りるなら、誰もが共有する"打ち破れないという理屈"を越えていく彼らへの羨望が僕の原点なのだから。

 でも、逆にいえばそれらの怪物は全て退治されるものであった。悪く言えば英雄たちの偉業としての云わば踏み台と言えるかもしれない。そして、僕は怪物ならどんなものであれ、最後には倒せると勘違いしていた。

 

 僕が目にしたそれ(怪物)はよく分からなかった。倒せるかどうかではなく、その有り様が。

 ギラギラと赤く光る禍禍しい一つ目は目というより凶星のようだった。そして、その目が存在する頭部から生えるゴルゴーンを象徴する蛇は大蛇と呼ぶことすら生温く、蛇だと分かっていても蛇であることは信じられない。その姿は生き物というよりも寧ろ大樹のようだった。

 僕は()でこの姿を知っていた。しかし、僕の目の前にいたそれは()()ではないが、だからといって幻でもなかった。

 彼女はこの場所に神話を再現したんだ。いや、実際は違うのかもしれないけど僕にはそうとしか見えなかった。

 そして、それを見た瞬間、まるで全身を溶かされるような感覚と共に体の力が抜け落ちた。あまりにも一瞬過ぎて何が起こったのか分からなかった。

 

 「貴様の呆気に取られた間抜け顔も久しぶりだな。」

 

 ゴルゴーンの声に僕はハッとなる。そういえば放心するのも久しぶりだったな。ダンジョンの中では気を休めるのも命懸けだったから………。

 って感傷に浸っている場合じゃない!他の皆さんの様子は……皆さんも僕と同じように力を奪われたみたいで地面に横たわってる。でも、命は無事みたいだ。もっとも、あれじゃあ戦えないのは明らかだ。

 

 「ゴルゴーン……貴様、何を……。」

 

 「貴様が見たもののことを言っているなら、それは"私"だ。」

 

 「私、だと………?」

 

 「ああ、私だ。何処ぞの輩は【貴い幻想】などと呼んで持て囃しているというが、あれが貴いなどと笑わせてくれる。そう思わないか?」

 

 「貴い幻想、だと……?つまりはあれが嘗ての全盛の姿、だとでもいうつもりか……?」

 

 「そうだ。堕ちるに尽きた真性の怪物、ゴルゴーン(恐ろしきもの)の名を冠するゴルゴンの怪物そのものだ。……で、貴様は先程往くなどと吠えていたようだが、何処へ行くつもりだ?地べたに寝そべっていては何処にも行けぬぞ?」

 

 「ば、化け物め……。」

 

 フィンさんが苦虫を噛むように吐き捨てた。あれだけ決意を固めた覚悟をいとも簡単に打ち砕かれたその悔しさは僕にも伝わってくる。

 

 「私からも、一つ聞かせろ……。今起きているダンジョンの異常、それはこれが原因か?」

 

 「その異常とやらが何を指しているのか知らんが、この穴蔵の力の源を吸い上げているのだからこの結界が及ばない場所であろうと異常が起こるのは不思議なことではないだろうな。」

 

 「!まさか、ダンジョンそのものから魔力を供給しているというのか!?」

 

 「何をそこまで驚く?良き霊脈が流れる地に自らの工房を建てるなど魔術を修める者ならば当たり前のことではないのか?」

 

 リヴェリアさんが驚愕の表情をするなかで、ゴルゴーンは平然と言ってみせた。そもそもダンジョンはモンスターが出るだけではなく、傷つけられても元に戻ろうとするから何かを設置するのには不向きだ。もしかしてゴルゴーンの知る魔法使いはそういう無茶を当たり前のようにする人たちなんだろうか……?

 

 「さて、と……。次は何を楽しむかか。ゴルゴーンがペルセウスの首を使う……いや、神に煽て持ち上げられただけの首なんぞ魔除けにすらならんな。」

 

 ゴルゴーンが冷めた目で、オッタルさんに救助されて皆さんのところに合流していたアスフィさんを睨み付ける。

アスフィさんはその射抜かれる視線に対して気丈に振る舞おうとしていた。あれだけの攻撃を受けてもああして凛としていられるなんてすごい人だ。

 

 「……!そういえばあれが有ったか。」

 

 「えっ……ってうわっ!?」

 

 ゴルゴーンは僕を拘束していた尻尾を急に緩めた。唐突に自由の身になった僕はそのままダンジョンの床へと落ちる。咄嗟に体勢を立て直して上手く着地は出来たけど、ゴルゴーンはいったい何を………と彼女の方へと顔を向けたら

彼女はその手にハルペーを持っていた。

 

 「これは……神造兵器かそれに匹敵するものか。それにしては神秘が乏しいが……いや、この世界には神が居たか。私を仕留めるためだけに拵えたか。」

 

 まったく手の込んだをする、と呟きながらまじまじとそれを見つめていた。彼女が言っていた『あれ』っていうのはハルペー?何をするつもりなんだろう?

 

 「………えっ?」

 

 ゴルゴーンはこちらに向かってハルペーを投げつけた。ハルペーは僕の目の前に落ちた。

 

 「さて、ベルよ。そろそろ()()()()にしてきた私とお前とのこの結び付きにけりをつけるべきではないか?」

 

 「……僕とあなたの?」

 

 「まだ分からぬか?ならば、貴様にも分かるように言ってやろう。貴様はその刃を私とそいつら、どちらに向ける?」

 

 ………それは僕に突きつけられた最終勧告だった。

 

 

 




すいません。話が全然進みませんでした。登場人物視点だとキャラの心理描写がだらだらとしてしまって駄目ですね。この書き方でスムーズに進行させる方々の凄さに感服するばかりです。

次辺りでダンジョンから脱出して一区切りつけられると思います。
ただ、話の中身が難産なのでお時間をいただきます。再来週の日曜日を目処に完成するかと思いますが、間に合わない場合はいつも通りにこの後書き欄に生存報告も兼ねて進捗状況を追記しますのでご確認ください。


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ベルが決意を胸に駆け出すのは間違っているだろうか

書きたいことを書けど、書いた気がしない第12話です。(待っていてくださった方がいるかはともかく)お待たせしました。
今回でダンジョン脱出を書ききるために長めです。

今回から個人的なあれこれは後書きに書くことにします。


《side:ベル》

 

 僕は身動きが出来なくなっていた。それは物理的にではなく精神的にだ。

 ここで自分を助けに来てくれたフィンさんたちに刃を向けたら、僕は二度と地上に戻れなくなる。一生をこのダンジョンの中で終えなければならなくなる。

 でも、僕自身の生き続ける理由を思い出してみても、地上に残してきたヘスティア様との再会への渇望とフィンさんたちからの祈りを込めた望みがあってこそだ。それを失って僕は何を頼って生きることになるのだろうか?

 そうだ。答えは決まっているんだ。僕はゴルゴーンに剣を向けて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………向けることが出来なかった。

 どうして?覚悟だって出来ていたはずなんだ。英雄を目指す僕と世界を害するゴルゴーン、たどり着く場所はどうやっても交わらないんだ。戦うことは決まっているんだ。

 あの霧の中での決意を思い出せ!何も知らず、ただ割りきれないゴチャゴチャした気持ちだけを晴らすためにがむしゃらに向き合ったあのときのように………ように………

 

 「ベル・クラネル。姿勢はそのままでいい。俺の話を聞け。」

 

 静かでいて力強い声が無音のダンジョンに響く。その声の主は今まで沈黙を保ってきたオッタルさんだった。

 そして、こちらに向いていたゴルゴーンの視線がオッタルさんに移った。まるで"お前は余計な口を開くな"、と言わんばかりに。僕は気になって視線だけをオッタルさんに移す。

 ………ゴルゴーンに負けじと眉一つ動かさず睨み返してる。その眼は、"俺の話を妨げるな"、とハッキリと物語っていた。ゴーグル越しとはいえ、ゴルゴーンの目を躊躇わずに見つめるなんて並み大抵の胆力では不可能だ。【猛者(おうじゃ)】と讃えられるその強さの根元はこの揺らがない精神の強靭さなのかもしれない。

 そして二人の間で暫しの間続いたにらみ合いはゴルゴーンが目を離す形で決着した。ゴルゴーンは不機嫌そうな顔で視線をこちらに戻す。オッタルさんもこちらの視線に対して顎で"ゴルゴーンから視線を反らすな"と指示した。僕はそれに従ってゴルゴーンの方を向き直した。

 

 「今から俺が言うことに答える必要はない。聞き流してもいい。だけど耳は塞ぐな。……お前にとって目の前にに居るゴルゴーンはどういう存在だ?」

 

 「えっ……?」

 

 「【勇者(ブレイバー)】などの【ロキ・ファミリア】の者たちにとって、そいつは仲間を呪い蹂躙した怨敵だ。【万能者(ペルセウス)】にとって、そいつは神々にその二つ名に紐付けられて戦うことになった相手であって、敵というよりは観察対象に近い。俺にとって、そいつに個人的な好奇も恨み辛みもない。フレイヤ様の思し召しによって今回の作戦に参加しているだけでしかない以上な。」

 

 「…………。」

 

 「そして、お前にとってはどう写る?敬愛・畏怖・軽蔑・悔恨・憤怒・感動・信頼・驚愕・憧憬………。誰の介入もない素直な感情を思い起こせ。俺でも【勇者(ブレイバー)】でも【万能者(ペルセウス)】でもない、お前しか持たない心情を、だ。」

 

 感情……。そういえば深く考えたこともなかったな。……思い返してみれば分かるのかな?

 じゃあ、まず、始めは5階での出会いの頃………"興味"かな?あのときは怖さをそんなに感じなかったような記憶がある。ミノタウロスに追われてたからかな?

 そのあと別れて、霧の中で再開したとき……あのときは無我夢中だったから心情といっても………。うーん、色々あるけどゴルゴーン以外のことも含めて"困惑"が近いかな。

 それで、このダンジョン下層深くまで降りてきて死んで生き返ってを繰り返して………この頃は"静穏"なのかな?ゴルゴーンの近くにはモンスターが居ないから安らげたし、ゴルゴーンとの会話は唯一の娯楽になってたし。

 ……そうか。オッタルさんは気づいていたのか。僕が彼女の殺しを躊躇う理由を。僕が彼女に親しみを抱いていることを。

 今更ながら、怪物に心を許すなんてどうかしてるよ。そんなこと、英雄どころか普通の人だって……

 

『もう一度言うぞ。私が召喚されたのは私自身にも分からんことだ。きっと何かの間違いだ。そもそも私は英霊ですらない怪物でしか………。』

 

『いや、仮にそうだとしても呼び掛けに来てくれたあなたを信じるよ。これからもよろしく、ゴルゴーン。』

 

 !!今のは…………そうか。そうだよな。おかしなことなんかなかったんだ。顔も名前も残されていない誰か(英雄)が出来たんだ。僕に出来ないことなんかじゃなかったってことか。

 

 「ゴルゴーン、待たせてごめんね。」

 

 「ああ、漸くか。お前があの男の言葉に何を見出だしたかは知らんが、ともかく答えを見せてもらおうか。」

 

 「うん。これが、僕の答えだ。」

 

 僕は手に持っていたハルペーを放り投げた。大きく振り上げた手から放り出されたハルペーは放物線を描きながら地面へと落ちた。

 

 「ベル・クラネル!?あなた、何をしたのか分かってるの……!」

 

 「いいんです、アスフィさん。彼女と僕との決着をつけるのはあの武器じゃないんですから。いや、あの武器であっちゃならないんです。」

 

 「馬鹿なことを言わないでください!!あれは私とヘファイストス様が共同で作製した最高傑作なんですよ!?」

 

 「……ペルセウスの言に賛同するようで癪に障るが貴様、この期に及んでふざけているのか?貴様には価値が分からんかもしれないが、あれは歴とした神造兵器だ。あれ以上のものとなればそれこそゼウスが持つ雷霆(ケラウノス)のような人が持つことが出来ぬものしか無かろう。」

 

 「いや、それでも僕はあの武器は使いません。僕の答えにとってあの武器は必要ないものです。」

 

 「……まさか素手で挑むつもりか?貴様、私の気づかぬ間に狂ってみせたのか?いや、ただならぬ狂気に濡れても流暢に話せる者ども(狂化:EX)がいたか。」

 

 「狂ってません。僕はまともです。」

 

 「狂っていることも自覚できぬとは、ますます信憑性が高いのではないか?」

 

 「だから僕は平常ですってば!」

 

 「……まともな者が自らの意思であやつを追いかけて、ああやって普通に話せるものなのかのぅ?」

 

 「ガレス、今は話をややこしくしないでくれ。」

 (英雄は馬鹿げたことを成し遂げる者だ、って言った手前否定しきれない……。)

 

 「そういえば確か、そこの小男が英雄とは斯くあるべし、などと宣っていたな。丁度いい。もう一度ここで言ってみせろ。」

 

 「てめぇ……!!黙って聞いてれば好き放題言いやがって!!言ってみせろ、じゃねえだろ!団長の言葉くらい一字一句把握しておかねぇのがそもそもおかしいんだよ!!」

 

 「ティオネ落ち着いて!!フィンが話をややこしくするなって言ったばっかりでしょ!?」

 

 何だかしまらないことになった……。でも、今のこの空気が何となく心地よかった。

 英雄を志しているのにこんなところで気を緩めるなんて英雄失格なのだろう。けど、この景色を見ているとこの決断は間違ってなかったって思えた。

 

 「皆さん、お戯れ中に申し訳ありませんがそろそろいいでしょうか?ベルさん、ハルペーを使わないのは納得はいきませんが、それはこの際目を瞑ります。ですが、どうやって彼女を倒すつもりですか?」

 

 「……ええ、算段といえるかどうかは分かりませんが、それはあります。ただ……」

 

 「ただ?」

 

 「今すぐには出来ないんです。」

 

 「「「「「「(はあっ)(ええっ)?!」」」」」」

 

 「……まったく馬鹿げている。ああ、まったくだ。貴様は馬鹿だと思っていたが……ククッ、アーッハッハッハッハ!!傑作だ!あれだけ散々能書きを垂れておいて『今は無理』だと!?認めてやろう!貴様は英雄だ!私を目の前にして減らず口や命乞いではなくそんな悠長な言葉を吐ける貴様が英雄でなくてなんだと言うんだ!!」

 

 ゴルゴーンは高らかに笑った。何かを馬鹿にするように嗤うのではなく、何かに満足するかのように楽しそうに笑った。

 

 「しかし、今すぐできることがないのになぜその武器を捨てたんだい?それが必要ないのはいいとして、持っておくに越したことはないんじゃないかな?」

 

 「いいえ、あの武器を決着をつけるために使いたくはないんです。いえ、使っちゃいけないというべきかもしれません。」

 

 「使っちゃいけない?ゴルゴーンを倒すのなら性能的にも逸話的にも申し分ないあれが使っちゃいけないものなのですか?」

 

 「アスフィさん、今そこにいるゴルゴーンは"ハルペーを持ったペルセウス"という弱点に殺されませんでした。もし、僕がこれをアスフィさんの代わりに使って倒そうとしても無理じゃないんでしょうか?」

 

 「……一理ありますね。」

 

 嘘だ。僕は出任せを言った。ゴルゴーンにハルペーが有効なのは変わらないはずだ。もっとも、気配をどんなに消してもハルペーを察知してしまうから使えないのは変わりないから彼女も納得しているのだけど。

 

 「ベルよ。貴様が私をどう倒すのかは問わん。だが一つ答えろ。貴様は化け物に虐げられた犠牲者ではなく、化け物に立ち向かう英雄として私の、もっというなら人間どもの前に立つというのだな?」

 

 「うん、僕は英雄になるのを諦めるつもりはありませんよ。」

 

 「そうか。ならば精々守りたいはずの人間どもに後ろから刺されないようにするのだな。重みもなにもない俗言に盲目して、勝手に疑心を拗らせ、恩義を石に変えて投げつけてくるのは人も神も化け物も然程変わらんからな。」

 

 「えっ……?」

 

 「私を楽しませた褒美だ。このおぞましき我が島の中でも心を失うことがなかった貴様へのな。その言葉が何を意味するかを考えるのだな。」

 

 後ろから刺される?いったいどういうことだ?今、僕の後ろにいるのは……

 つまり、フィンさんやオッタルさんは僕を殺しに来たってことかな?じゃあ、あのときのフィンさんの叫びやオッタルさんのアドバイスは何だ?僕を油断させるためだとしてもそんなことをする必要があるのかな?あの二人、いや、ここにいる皆さんのレベルなら僕なんか勝負にもならない。それこそ真正面から殺しに来たって充分なはずだ。

 いや、もしかしたら生け捕りにするってこと?いや、そもそも僕を攻撃する理由は何だ?結果的に部外者の僕が【ロキ・ファミリア】のことに首を突っ込んだ形になったことを実は怒ってるってことなのかな?

 そんなことを思いながら後ろを振り返るとフィンさんやアスフィさんがばつが悪そうな顔をしていた。……まさか、本当に僕を?!

 

 「……!待ってくれ、ベル君。確かに僕にはゴルゴーンが言わんとすることが理解できた。でも誤解しないでくれ。僕は君への恩義を忘れたわけでも無ければ君を害しようとも思っていない。君の主神であるヘスティア様に誓ってもいい。ただ、"答え"は伏せさせてもらうよ。君が英雄になるなら自分で導くべきだからね。」

 

 「私も【勇者(ブレイバー)】に同じです。ただ、私からはゴルゴーンが語った言葉の真意はあなたの傍らに立つ人を守りたいなら必ず自分で気づくべき、と助言します。」

 (ただ、ヘルメス様がご迷惑をおかけする可能性が、いや、明らかにご迷惑をおかけすることになるでしょうね……。はぁ………。)

 

 フィンさんとアスフィさんが此方の視線に気づいてそう言った。お二人がそこまで言うのなら僕が自分で何とかするべきものなのだろう。いや、"べき"じゃなくて必ず答えを見つけなくちゃ意味がないんだ。

 

 「ところで、怪物を目の当たりにして呑気だとは思わないのか?私は貴様らの同朋になった覚えはないのだが。」

 

 ゴルゴーンが突然言いはなった瞬間、ダンジョンが大きく鳴動し始めた。それと同時に床が波打つように高く盛り上がった。

 

 「…!総員退……!」

 

 フィンさんがハッとなって指示を出す。だけどさっきの幻想に体をやられていたせいか、皆の動きが僕から見ても固いのが分かった。

 そして、皆さんは波間に呑まれるかのようにダンジョンに取り込まれて姿を消した。

 

 「クックック…。見たか、ベル。奴等のあの驚き様を。【ペルセウス】が好き勝手して荒立った我が気持ちも浮き立つようだ。やはり遊戯は胸がすくものでなければな。」

 

 遊戯……か。あれだけの幻想を繰り出しておきながらダンジョンをああも操って、それを遊戯で済ますなんて。

 

 (これだけの力を相手にして倒したペルセウスって凄かったんだな……。」

 

 「ペルセウス?あんなもの、神に持ち上げられて吹き上がっていただけの俗物に過ぎん。貴様は笑える馬鹿だがあやつは嗤い蔑む馬鹿だ。」

 

 「え、あっ、声に出てた?」

 

 「ああ、ついでに言うなら地形を操るような力は私にはない。これはこの穴蔵が息づいているからだ。生きているからこそ……まあ、これは語るに及ばぬか。」

 

 このダンジョンが生きている?確か、エイナさんがそんな噂話を話してくれたことがあったような…。

 それにペルセウスが俗物?そういえばペルセウスに関して聞こうとしたことはあったけど、『語ることなどない』って突っぱねるばっかりで結局なにも教えてくれなかった。

 ただ、今考えるとゴルゴーンは本当に知らないのかもしれない。ペルセウスが挑んだゴルゴーンがあの幻想の姿だとすれば、理性を感じさせないあの状態で出会った相手のことなど覚えているはずもないだろうし。

 

 「それにしても、貴様も案外薄情だな。あやつらがダンジョンに呑み込まれたというのに心配する素振りも見せんとはな。」

 

 「いや、呑み込んだ後何処かに吐き出したんじゃないんですか?多分、今ごろはこの領域の入り口辺りにいるんじゃないでしょうか?」

 

 「私が奴等を殺さずに入り口までわざわざ案内したとでもいうのか?貴様はどこまで(怪物)を盲信するつもりだ?」

 

 ははは、と僕は苦笑いした。根拠があるのかといわれればない。もしかしたら本当は殺してるのかもしれない。

 でも、違うと確信できた。彼女が殺していないと明確に感じた。そうでなければ僕はあのとき不死殺しの鎌を捨てていなかっただろうから。

 

 「……む。」

 

 「……ん?」

 

 ゴルゴーンが何かに気づいたように顔をそちらに向けた。僕もその視線の方向に顔を向ける。

 

 「あれは、糸?」

 

 そこには糸玉があった。でも、それはただの糸で出来てないのが一目で分かった。その糸は細いはずなのにまるで空間に縁取り線を引いたかのようにハッキリと見えたからだ。そして、その糸玉から飛び出た糸を辿っていくとこの部屋の入り口へと続いていた。

 

 「あやつらが落とした……いや、わざと落としていったか。……ペルセウスめ、テセウスの真似事まで始めたか。」

 

 (テセウスに糸玉……ってこれってアリアドネの糸?)

 

 僕は自分の知識の中から情報を引っ張り出す。英雄テセウスは怪物ミノタウロスを討伐しようとした際、迷宮で迷わないようにするためにアリアドネという女性から預かった糸玉の端を迷宮の入り口にくくりつけ、それを手繰って迷宮から帰還したと伝えられている。

 ………あれ?それってもしかして!!

 

 「ゴルゴーン、あなたは糸の全てを見てテセウスの名を出したんだよね?」

 

 「ならば何だというんだ?」

 

 「僕はこれを頼りに地上へ帰ります。」

 

 「ふん、私は止めはせん。そうやって意気揚々と飛び出して今まで通りモンスターに殺されてくればよかろう。」

 

 「いや、今回は無鉄砲なんかじゃありません。必ず帰ります。」

 

 僕はそう言ってさっき自分が投げ捨てたハルペーを拾う。あれだけ言っておきながら拾いなおすってのも格好がつかないけど贅沢は言えない。

 僕が死んだときの状況を思い返すと、道に迷って疲労困憊のところをやられたり、戦闘中に武器代わりにモンスターのドロップ品である爪や牙が折れてそのまま押し負けたりがほとんどだった。今、手元には道しるべと一流冒険者でも持てないような武器があるから脱出できるはずだ。

 

 「じゃあ、これでひとたびの別れですね。」

 

 「そうか、ならば私が生きている中でこの名も無き島から自らの意志で生きて帰還する程度の名誉を誇るくらいは許してやろう。まあ、この島の外でくたばったら逆にお笑い話に早変わりだがな。」

 

 「死ぬ気はないですよ。……僕の答えが完成したらあなたの元へ戻ります。また会いましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《side:yourself》

 

 ゴルゴーンは走り去っていくベルの背中をその姿が見えなくなるまで静かに見送った。その風景は偶然にも振り向くことなく去っていくゴルゴーンとその後ろ姿を見えなくなるまで見つめていたベルの対比を思い起こさせるものだった。ただ一つ、5階層でのそれと異なるのは去る者と見つめる者とが逆転していることだった。

 

 「『答えが完成したら』か。まったく、あいつは私の口癖を馬鹿げているにするつもりか。」

 

 彼女は静かにそう呟く。彼が語った"倒す方法"を推測し、笑みが込み上げていた。

 彼が言葉を選びながら話しているのは何となく察しがついていた。彼は決着をつけるという言葉を用いていた。これ自体に関しては不自然なことではないが、彼が"馬鹿げている考えを秘めている"と前置きがあれば話は変わってくる。つまり、彼は"ゴルゴーンを倒す"という意味で決着をつけるつもりがないということだ。

 

 ━━━まったく、私は奇怪な出会いに縁がある。

 

 彼女の記憶に焼き付くのはいつでも人智の及ばぬ英雄豪傑でもなく人智の通用せぬ悪鬼羅刹でもなく、単なる人間だった。

 

 ━━━試練も苦難も無く神から数多の品々を賜り、自らの首を刈ったペルセウス。

 ━━━怪物である自らを呆気なく信じ、自分と自分の隣の者が生きるために戦いぬいたカルデアのマスター。

 ━━━そして、英雄を目指しながらも怪物と人間の狭間で足掻き闘うベル・クラネル。

 

 そう物思いに耽りつつ、脱出を目指してダンジョンを突き進むベルを観る。自らの魔眼を拡大投射したこの空間は言うなれば彼女の眼球内に等しく、結界内の様子を中継を繋ぐように観ることができる。そして、それに映るベルの姿を見つつ怪物は語る。

 

 「待っているぞ、ベル・クラネル。貴様という人間(【英雄】)が答えを携え戻る日を。」

 

 

 




約半月の時間を費やしたくせに大して面白みもないような気がしますが、ご了承を。

不死殺しの鎌とハルペーで二種類の名称をごっちゃに書いてるのですが、面倒くさくなって放置してます。ただ、どちらかに統一するべきだとのご意見が複数有れば修正します。

書いていてベルの性格が違う感じがして筆を止め、原作と乖離したことやってんだから性格が変わって当たり前だよなと気づき筆を進めてはいますが、やっぱり気になるんですよね。

今更ながらコメディが難しいサーヴァントをチョイスしたことを後悔しています。どんどんシリアスが剥離していく……。

人物調の文章がムズい。なるべく地の文調を出さないように気を付けてはいるのですが。

誤字脱字報告ありがとうございます。いつも助かって射ます。



後1、2話でアヴェンジャー編も完結です。また作中時間が大きく飛ぶ予定です。
次回も2週間ほどお待ちください。更新できない場合にはこの後書き欄で進捗状況を兼ねた生存報告を行う予定です。


(11/4 追記)
情けないことに一時的にスランプに陥りました。現在は抜け出せているのですが、更に一週間ほどお時間をいただきます。ご了承ください。


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自分の決意を背負って生きるのは間違っているだろうか

ようやく完結が目の前に見えてきた13話です。
情けないことにスランプに陥ってしまい、投稿が遅くなりました。


ご感想ありがとうございます。頂いたものは全てコメントさせていただいております。このような遅筆でつまらない本作ですが、これからもよろしくお願い申し上げます。


 《side:ベル》

 僕は今、オラリオを囲む城廓の上にいる。時々見張りの人が巡回しに来る以外に人が訪れることがないこの場所を僕はよく鍛練場所にしていた。本当ならダンジョンに行ければいいんだけど、今でも規制が続いているし、勝手に行ってはヘスティア様やエイナさんや皆に迷惑をかけるかもしれないからやらないことにしている。

 こうやって鍛練をしていると地上へ戻ってきたあの時のことを今でも思い出す。アリアドネの糸を頼りに、襲い掛かってくるモンスターを不死殺しの鎌(ハルペー)で撃退してダンジョンをかけ上がった。そして彼女の"島"の境目の階段(後で聞いた話だけど29階と30階を結ぶ階段らしい)でフィンさんたちと再会できた。やっぱりゴルゴーンは彼らを殺すつもりはなかったようだ。

 そのあとは皆さんに付き従って無事にダンジョンを脱出した。地上へ帰ってきた僕を待っていたのはいろんな人の目線だった。そして目の前にヘスティア様がいた。

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

 「ヘスティア……様………」

 

 僕は言葉が出なかった。英雄を志してこの街に来たのはいいものの、僕を拾い上げてくれる神様はどこにもいなかった。そんな途方に暮れるなかで僕を救ってくださったのはヘスティア様だった。

 ヘスティア様は本当に僕のことを本当に大切にしてくれた。あの悪夢の世界でも忘れることはなかった。

 

 「ヘ、ヘスティア様……僕は………」

 

 一緒にいられた期間は僅かだった。間違いなく、僕がダンジョンで生き延びてきた期間の方が長いだろう。でも、時間の長さに意味なんかなかった。寧ろ、時の移ろいが思いを強くしていったと断言できる。そのヘスティア様が目の前にいる。幻でもなく夢でもなく、確かに居た。

 ──言葉がまとまらない。もう一回巡り会うためにあの"島"を生きてきたというのに。伝えようとしたいことはたくさん有るのに。

 

 「ベ……ベル君……う、ううう………!!」

 「ヘ……ヘスティア様?」

 

 ヘスティア様の見開いた目から涙が溢れてくる。そして、

 

 「ベル君……!! 君は大馬鹿者だ! 勝手にダンジョンの深くまで一人で行っちゃって、僕に心配かけて、それで……それで……!! ………っひぐ、うわあぁぁぁぁん!!」

 

 ヘスティア様は僕に飛び付き泣き出した。人目を憚らず、押さえ込んでいたものを全て吐き出すように泣きじゃくった。僕はこのとき改めて確信した。ヘスティア様は僕のことを信じて待ってくれていたのだと。僕が【ヘスティア・ファミリア】の眷族(家族)として戻ってくることを待ってくれていたのだと。

 そんな神様の姿を見ているとあれこれ考えてこんがらがっていたものがほどけていくようだった。僕は自然に神様を抱き締めていた。

 

 「……はい、ベル・クラネル、ただいま戻りました……! 一人にさせてしまって申し訳ございませんでした……!」

 

 僕は生きてヘスティア様に帰ってきたことを報告する。いつの間にか僕の目からも涙がこぼれていた。

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

 「……ってもう帰らないと!」

 

 思いの外、物思いに耽っていたようでまだ暗いはずだったのに気がついたら太陽が昇っていた。早く帰らないと皆に心配されちゃうから急がないと!

 僕は城壁から勢いよく飛び降りて、皆が待つ本拠地(ホーム)へと駆け出した。

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

《side:yourself》

 

 【恐ろしき者(ゴルゴーン)の再誕】と呼ばれる未曾有の災害から早9ヵ月が経とうとしていた。一時期は暗黒期に迫る程の治安の悪化が叫ばれていたオラリオもファミリアの有志連合による摘発と冒険者同士の同盟システムの確立によって、平穏を取り戻しつつあった。

 ただし、それは現状に適応したというだけであって、嘗ての平和を取り戻したわけではなかった。ゴルゴーンによるダンジョンの侵食は留まることを知らず、いずれは地上にまで到達するのではないかとの不安は市民を中心に燻っていた。

 さて、迷宮都市オラリオはバベルを中心に8方向に伸びるメインストリートを境に区画が分けられているのだが、その北西と西のメインストリートに挟まれた区画には忘れ去られたように教会が建てられていた。

 神々が下界に降りてきてからというもの、こういった信仰の場は廃れていった。当然だ。信仰するべき神々が自分達の目の前にいるのだ。こんな場所で態々祈りを捧げる必要はない。

 しかし、この教会はそのような朽ちた様子はなかった。寧ろ屋根も壁もまるで最近修復されたように綺麗だった。また、内部も床は綺麗に張られていて、様相もまた様変わりしていた。例を挙げるなら礼拝堂は幾つかの仕切りが置かれ部屋分けされていた。

 そして、厨房のようになっている一室に一柱の神が居た。女神ヘスティア──【ヘスティア・ファミリア】の主神である。彼女は甲斐甲斐しく料理を作っていた。その容姿から(豊かな双丘を除く)から子供扱いされがちなヘスティアであるが、彼女は自身の名の由来である竈の神だけではなく家庭生活の守護神としての権能も有る。家事等はこれでもお手のものだ。

 

 「さて、そろそろ皆来る頃かな?」

 

 彼女は作った料理を皿に盛りつけ、テーブルに並べていると本拠地(ホーム)の玄関の扉が開く音が彼女の耳にも届いた。ヘスティアは作業を中断して帰ってきた()()を出迎えに行く。

 「ヘスティア様、ただいま帰りました。」

 「ただいま戻りました。申し訳ございません、ヘスティア様。朝餉の用意を押しつける形になってしまいまして。」

 「リリルカ君にサンジョウノ君もお帰り。【タケミカヅチ・ファミリア】との合同練習お疲れ様。まあ、こんなところで立ち話することもないだろうし、ともかく上がったらどうだい。」

 

 「おはようございます、ヘスティア様! ……ってリリ助か。ベルはまだ帰ってきてないのか?」

 「ベル様でしたら朝の鍛練からそろそろ帰ってくる頃合いです。それと私はリリ助じゃなくてリリルカです。せめてリリと呼んでください。」

 「おっ、ヴェルフ君も朝からお疲れさま。」

 

 彼女が玄関に出てきたとき、そこには二人の少女が居た。一人はリリルカと呼ばれた栗毛の癖毛の小人(パルゥム)、もう一人サンジョウノと呼ばれた翡翠の目をした狐人(ルナール)だった。そして、もう一人、玄関の横の扉絵からヴェルフと呼ばれた着流しを纏った赤髪の青年が姿を現した。

 ヘスティアは三人を家に上げ、自身もまた朝食の準備に戻る。部屋に上がった三人も席につき、あれこれと話を行っている。

 

 「そういえばサンジョウノ、薙刀の調子はどうだったか?こう、振りづらいとか構えていて疲れるとか無いか?」

 「いいえ、そんなことはございませんでした。寧ろ体の一部に馴染む程でした。あっ、タケミカヅチ様も『是非とも俺のファミリアにも欲しい逸品だ!』とお言葉を賜りました。」

 「おお、武神に太鼓判を押してもらえるとは箔が着くってもんだ!」

 「ところでヴェルフ様、リリの改良型鎖帷子の進捗はどうですか?」

 「8割方、ってところだな。後は間接部の干渉の調整が必要だから後で試着してもらっていいか?」

 

 そうやって彼らがああだこうだと言葉を交わしていると玄関の扉が開く音が彼らのもとに聞こえてきた。ちょうど朝食の準備が終えたヘスティアはその足で玄関まで駆けていく。

 

 「おはようございます、ヘスティア様。」

 「おはよう、ベル君。」

 

 ヘスティアはいつものようにベル・クラネルを出迎える。彼と彼女のあのときから変わらない毎日の一ページだ。

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

 《side:ベル》

 

 「おい、あれがベル・クラネルか。……あの血みたいな眼、気味悪いったらありゃしねえな。」

 「おい、顔を向けるんじゃねえよ。石にされちまうぜ。」

 「うひゃ~、怖い怖い。」

 

 「ったく、もう三ヶ月も経つってのに下らねぇ噂に飽きねえ奴らだ。。ベルは元からこんな眼だってのに。」

 「人の噂も75日、なのではなかったのでしょうか? いえ、私が私が誤解を……」

 「無駄ですよ、サンジョウノ様。寧ろ馬鹿みたいに態とらしくしてるんですよ。あの手の輩は多分3年後も同じ感じに面白がってやってますよ。どうせ噂も真実もどっちでもいいんですよ。」

 「……行こう、皆。言葉で駄目な以上、結果で証明しよう。」

 

 食事を終えた僕らは支度を済ませ、ギルドへと向かっていた。街中を歩けば周りからは好奇や懐疑の目に無責任なひそひそ話の数々。これが僕らに向けられる日常風景だ。

 地上へ帰還した僕を待っていたのは歓喜の声ばかりではなかった。いや、寧ろ弾劾の声の方が大きかった。━━冒険者歴僅か半月の小僧が生き永らえていられるはずがない。そいつはゴルゴーンの手先に違いない。━━ってどれくらい聞いたのか数えられないくらいだ。

 そんな中でヘスティア様は頑としてその言葉に立ち向かい僕を護ってくれた。下手をすればオラリオでの居場所を失いかねないはずなのに、たった半月程度しか傍に居なかった僕を何の躊躇いも無く、だ。そして、ロキ様やフレイヤ様も僕を擁護して下さったらしく、一応はお咎め無しとなった。

 

 『精々守りたいはずの人間どもに後ろから刺されないようにするのだな。重みもなにもない俗言に盲目して、勝手に疑心を拗らせ、恩義を石に変えて投げつけてくるのは人も神も化け物も然程変わらんからな。』

 

 僕の頭の中にゴルゴーンのあの言葉がこだまする。彼女の言葉の真実が重かった。何処からともなく出てきた責任の無い言葉に人々が責任もなくそれを膨らませて僕にだけでなく関係の無い皆にすら押し付ける。

 でも、そこから逃げる訳には行かない。ヘスティア様は初めて会ったときと変わらず僕を信じて守ってくれている。ヴェルフもリリもサンジョウノも文句も言わずに僕とこうやって寄り添って歩いてくれる。なら、僕に出来ることは一つだけだ。誰の目にも見える形で結果を示す。それまでは僕のこの手で守り抜く。それだけだ。

 

 「おっと、ベル君。これからダンジョンかい? お疲れ様。」

 「お久しぶりです。ヘルメス様。いつの間にオラリオに戻られていたのですか?」

 「ああ、本当ならもっと旅していたかったんだけど、流石にアスフィが気の毒だと思ってね。」

 

 そう語るヘルメス様の隣にはアスフィさんが付き従っている。……アスフィさん、これ見よがしに嫌な顔をしてる。当のヘルメス様は分かっていて気にも留めていらっしゃらないけど。

 

 「………。」

 「おいおい、そこの君。何もそんなに睨むんだ? え~っと、リリルカ・アーデだっけ?」

 「ベル様の単なる御付きでしかないリリの名をご存じとは光栄の至りです、ヘルメス様。」

 「はははっ、ベル君に付き従うような子が単なる御付きな訳無いだろ?なあ、【白兎の眷族(ベルズ・サーヴァント)】? ……で俺、君に恨まれるようなことした覚えないんだけど、どうしたの?」

 「いえいえ、お気に召さらず。リリは部外者を警戒してしまう悪い癖が抜けないだけですので。」

 「部外者ね~。これでもオラリオ外でのベル君の支持者を増やしてるんだぜ。俺のお得意様の()()()()()()()()()()なんか目を見開いて俺の話を聞くんだぜ? まあ、また後で話はゆっくりとしようか。じゃあ、健闘を祈るよ。」

 

 ヘルメス様は陽気に笑いながらリリの追及を受け流して去っていった。アスフィさんは申し訳なさそうにお辞儀をしてヘルメス様の後を追っていった。

 ……ヘルメス様は僕の処遇を決める際に拒絶も許容もなさらなかったそうだ。僕にはヘルメス様が何を考え、何をしようとしているのか分からない。少なくとも真相を見つけ出すことは僕には出来ないだろう。それに、追及に費やす時間が無いのも事実だ。

 

 「皆、気持ちを切り替えていこう。僕たちは僕たちのやることをやろう。」

 「「「((はい))(おお)!」」」

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

 「ベル君お待たせ。探検計画書は確認させてもらったわ。はい、これが人数分の許可証よ。」

 「ありがとうございます、エイナさん。」

 

 ギルドでいつものようにエイナさんから許可証を受けとる。ゴルゴーンと闇派閥(イヴィルス)との繋がりは否定されたけど、寧ろダンジョンに取り込むという異質性が明らかになってから逆にダンジョン進入への制限は厳しくなった。基本的に冒険者はギルドにダンジョンに向かう目的や人数、到達予定階層を計画書として提出して許可を得なければならなくなった。

 

 「……ねぇ、ベル君? 休んでもいいんじゃないかしら?」

 「はい?」

 「だってベル君、【ヘスティア・ファミリア】の皆がダンジョンに行けない日も他のファミリアに混ざって潜ってるじゃない。それにダンジョンに潜れないときはオラリオの城壁の上で訓練ばっかりしてるって話が入ってくるくらいなのよ。」

 「お気遣いありがとうございます。でも、僕は強くならないと駄目なんです。」

 「……ベル君が決めたことに私があれこれ口出しするのは間違ってるのは分かってるの。でも、言わせて欲しい。今からでも【ロキ・ファミリア】の庇護下に入るべきだと思うの。ベル君の頼みなら……」

 「ごめんなさい、エイナさん。」

 

 僕は強引にエイナさんの言葉を遮った。その方が正しいことなのは僕にだって分かっていたからだ。

 ロキ様やフィンさんからその誘いはあった。あの当時は僕に対する嫌疑は酷かった。その中でヘスティア様を守るのであれば誘いに応じた方が良かったに違いない。

 でも、断った。僕は自分の力でヘスティア様を守りたかった。そしてゴルゴーンに答えを認めさせるためにも、ヘスティア様も皆も傷つけさせないためにも。僕の結果を歪められないためにも。だからこそ、強い何かに頼るのを止めた。【ロキ・ファミリア】の名を借りずに【ベル・クラネル】という象徴()を示すためにも。

 力が何かを解決はしてくれない。でも、力が無ければ僕に解決させてくれるチャンスを与えてくれないのだ。

 

 「ベル君………。私はね、君が生き急いでいるようにしか見えないわ……」

 「……僕があのとき、エイナさんの忠告を破って5階層へ行ってしまったのが全ての間違いでした。でも、この間違いは僕の手で終止符を打ちたいんです。でも、僕を待ってくれないんです。僕は英雄じゃないから、英雄じゃないから他の誰かが危機を救おうとしてしまう。それじゃあ僕自身が許せないんです。……すいません、皆を待たせているのでこれで失礼します。」

 

 涙が頬を伝うエイナさんの姿が見ていられなくなった僕は無理矢理話を打ち切って許可証を受け取って個室を後にした。

 ……エイナさんをまた泣かせてしまった。エイナさんはすごく優しくて、僕のために今でも時々感極まって涙を流してくれる。その優しさが苦しかった。優しさを分かっていて踏み躙る自分に息が詰まりそうだった。

 

 ──お爺ちゃん、女を泣かせるような奴は英雄以前に男として生きている価値がない最低野郎だ、だっけ? 今の僕かそんな最低野郎でごめんね。でも、生きている価値は無くなっても僕にはやりたいことがあるんだ。だからもう少しだけ、迎えに来るのは待って欲しいんだ。

 

 




話が進まない……。書きたいこと多いくせにがうまくまとめられず、だらだらと文だけが伸びていく。説明調な文章が多いのは自覚しているんですがなかなか解消できない。私に誰かヒントをください。
というか、短編集の書き方じゃないですよね、これ。形式を連載に変更すべきか悩んでます。


ヘスティアって逸話的に家事とかてきぱき出来そうなのにぐうたらなイメージがありますよね。

キャラの台詞回しが酷いですが、どう直してもしっくり来ないのでこんな有り様ですがご了承ください。

(リリルカの一人称ってリリでしたよね……?)

サンジョウノなのか春野なのか分からないので不自然になってる箇所が有りますが、知ってる方がいらっしゃいましたら教えていただければと思います。

今更すぎますが話の展開の高速化の為に当初の予定より少しだけ描写を削りました。もし、不服がある場合には追記修正して対応できることも有りますのでのでご一報ください。

次回はまたしても2週間程お時間をください。もしスランプを再発したりして投稿できないようでしたら、いつものように後書きで生存報告を兼ねた進捗状況を追記致します



(11/25 追記)
申し訳ありません。私用により製作が遅れ、投稿できませんでした。進捗率としては60~70%辺りです。もうしばらくお待ちください。

(6/30 追記)
申し訳ありません。スランプを再発して完成させられませんでした。次回投稿は未定とさせていただきます。上記の日付を更新して生存報告とさせていただきます。ご了承ください。

(7/7 追記)
申し訳ございませんが、活動報告の項にも記述したように作品の更新を一時的に凍結させていただきます。身勝手ではありますがご了承ください。


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~老骨のアサシン~
武器も持たぬ老人がオラリオに現れるのは間違っているだろうか


アヴェンジャー編に詰まっていたので気晴らしに文を綴っていたら、なんか完成しちゃいました。というわけで投稿。


ちなみに前に語ってたプロットのキャラではありません。完全行き当たりばったりです。



《prologue》

 

 とある時空、とある大地に存在する迷宮都市オラリオ。そこはその名の通り、都市の中心に存在する大穴から続く迷宮(ダンジョン)が存在し、娯楽を求めて地上に降臨した神々に恩恵を授けられた冒険者が己の武と知を頼りに攻略を試みる。こうして冒険者が持ち帰った戦利品が都市を潤し、オラリオはこの世界において最も栄えた都市となっていた。

 そんなオラリオの片隅、誰も見向きもしない路地裏に奇妙な現象が起こっていた。地面に陣のようなものが現れたと思いきや、そこに()が出現した。光はみるみるうちに人の形をとり、そして光が失われるとそこには一人の男が立っていた。

 

 「サーヴァント、李sh…………これは、何と言うべきか。人理の危機も大概であったが、また面相なことに巻き込まれたようだ。」

 

 その男は白髪でサングラスをかけており、下半身まで覆う赤きローブを纏う老人であった。

 とはいえ彼はただの人間ではない。サーヴァント─抑止力と呼ばれる世界の存続を望む無意識集合体により具現化された力─であり、ある英雄豪傑の影法師と呼べる存在であった。

 彼らサーヴァントが召喚される要因として人為的なものと自然に召喚される二種類に分けられ、今回のような後者の場合は世界が存続の危機に達しつつあることを意味し、彼らは抑止力の(めい)によって、危機の解消に取り組むことを意味している……

 

 「はて、特異点も異聞帯もすべてが解決されたはずなのだが……何故(なにゆえ)に呼び出されたのであろうか?」

 

筈なのだが、此度召喚された理由を彼自身すら知り得なかったのだった。

 

~~~

 

 

《side:老人》

 

 (儂の武に狂いは無く、圏境も同じく歪み無し。陰陽の流れも乱れること無し。ひとまず満足に戦えず地に伏すことは避けられそうか。他には霊体化が出来ぬようだが、圏境が可能であれば然したる問題もあるまい。あとは魔力の補給だが……飲食で賄えるのだったか? ともあれ、すぐに尽きることもあるまい。)

 

 人目がない落ち着いた場所に出たのは幸いだった。この体に違和感がないかを一つ一つ確認することができたからだ。この老骨に無茶は出来ぬ故にな。

 しかし、この場は感じたこともない気に満ちている。儂とて万物を知るわけでは無いが、特異点や異聞帯のそれとも大きく異なるこの感覚はこの老骨にもありありと感じられた。

 

 (もしや、"異世界"というものか。あの星見の天文台でも本当に実在するか否かだとか創作における陳腐化だとか話題になったのを小耳に挟んだことはあったが………まさか当事者になるとはな。全く、死しても尚、斯程の体験をするとはな。)

 

 路地裏から大通りを見れば、これまた目を疑う光景があった。何せ、人間に混じって"人間ではない人"が当たり前のように謳歌しているのだからな。獣のような耳を頭から生やしたものや剣先のような耳を持つ美麗なものまで様々なものが闊歩している。

 中には不自然に"力"の気配を漂わせているのもいるようだが……あれは"神性"か? それに、人の身でありながらそれに似た力を持つ者もおるようだが………まるで神の加護のようだ。しかも、儂のように武や剣の道に生きるそれを感じられん。容易く手に入れられるとでも言うのだろうか。それは非常に興味深い。

 

 (さて、興味は尽きんがこれからどのように身を振るべきか考えねば。従うべき抑止力の(めい)も仕えるべき(マスター)も無き今、儂の行く末は儂自身で決めてもよいだろう。ふむ、ならばこの町の中心部を訪れるとするか。何をするにせよ、この地の情報がなければ始まらんからな。)

 

 儂は路地裏から大通りに向けて歩き出した。この未知なる世界に揺さぶられたのか、この老骨の足取りは上機嫌だった。全く、我が身ながら年甲斐もないな……。

 

 

~~~

 

 (この都市の名はオラリオ。都市の中心には地下深く続くダンジョンがあり、そこに冒険者と呼ばれる者どもが日夜挑んでいる。その冒険者に地上に娯楽を求めて降りてきた神々が神の恩恵(ファルナ)と呼ばれる力を与えて自らの眷属にしている……。)

 

 儂は道すがらに集めた情報を纏めながら人々の流れに合わせて歩を進めていた。座が知識を与えたのか知らんが、この世界の言語や文字が理解できるのでそれほど苦にはならんのは幸いだといえよう。

 しかし、情報を精査すればするほど、この地が儂の生きた世界とは完全に別物であるのが実感できる。例えばダンジョンを塞ぐように建てられているというあの巨塔だ。高くそびえるその姿はこの都市の外からも見えるだろうな。

 だが、驚いたのはその後だ。その巨塔の名はなんとバベルと呼ばれているのだという。儂も神話や伝承に明るいというわけではないが、その塔は神話に語られるものであり、現存していないというのは知っている。

 他にもこの都市にいるという神々の名にしても、儂の世界に居たものたちばかりだ。もっといえば、あの星見の天文台で同座した神までおるというではないか。

 

 (しかし、このように共通点があるということは特異点か異聞帯の可能性はあるのではないか? 確かバベルは完成せずに人々は散り散りになったという。だとすれば、ここはバベルが完成して人々が集うようになった世界か……?)

 

 ふぅむ、付け焼き刃な知識を振り絞りあれこれ考えても納得のいく答えは出せぬか。やはり、ここは異世界だと割りきって行動すべきだろうな。

 さて、そうこうしているうちに儂は目の前に巨大な建物が見えてきおった。儂も周囲に合わせて中へ入っていくと、そこには見渡す限りの人がひしめいておった。

 これが冒険者たちの補助機関というギルドで間違いなかろう。その証拠に神の恩恵(ファルナ)とおぼしき力を放つ者どもの多いこと。力が溜まっていてむせかえるようだ。年若き頃の儂だったら血気に逸って近場の者に喧嘩を吹っ掛けかねんだろうな。

 それにしても冒険者か……。未知なるダンジョンには屈強な魔物や狡猾な罠が冒険者を待ち構えているという。また、ダンジョン内は治外法権であり、冒険者同士の衝突も珍しくないという話だ。星見の天文台で生前では考えられんような者どもに拳を試してきたわけだが、ここでも同じようなことができるというわけか……。

 ふむ、儂も冒険者とやらを志すとしよう。そうと決まれば、先ずは情報収集だな。老い先短い老骨とはいえ、誤った判断で未来をふいにするのはいただけぬからな。

 

 

~~~

 

 

 (冒険者となるには神の恩恵(ファルナ)を受ける必要がある。そして、神の恩恵(ファルナ)を受けるためには神が取り仕切るファミリアに所属して、その主神の眷属にならなければならない、か。)

 

 情報を集めた儂は、長椅子に腰掛け老骨を労りつつ考えを膨らませていた。このサーヴァントの身で神の恩恵(ファルナ)を受けたらどうなるのか、そもそも受けること自体が出来るのか、分からぬことは尽きぬがそれを気にしていても始まらん。成るように成ればよかろう。

 問題は神の眷属にならねばならんということだ。儂自身、ときに敵対しときに肩を並べた経験を踏まえると気乗りがしないのが正直なところだ。あの手の人の枠を越えた者どもはその善悪に問わず人の道理など知ったことではないとばかりに世を引っ掻き回そうとする。そしてそれを可能とする力を持っているので余計に(たち)が悪い。

 それに一度恩恵を受けた場合、その恩恵を消さねば他の恩恵を受けられず、消すためには恩恵を受けた主神の許可を取らねばならぬという。他にも実際に体験したことを経験値(エクセリア)として自らの力に取り込むためにも主神の手が必要になるという。

 

 (聞くところによれば良からぬ噂を立てるファミリアも少なくないという。そういった者どもの下についたが最後、どうなるかは分からん。選択は慎重にせねばならぬな……。)

 

 とはいえ、突如としてこの地に現れたこの老骨の身を保証してくれるような物好きがいるわけがない。知恵がきく者ならば身分を偽ることも容易かろうが、拳にのみ生きてきたこの老骨ではどうも頭が回らん。

 ……ふむ、悩めど名案が浮かぶわけでもなし。ひとまずはどのようなファミリアが人を募集しているのか見てみるべきか。

 

 

~~~

 

 

 (………分かってはいたことだが、やはり得体も知れぬ老いぼれを受け入れてくれるような物好きな所はそうはあらぬか。)

 

 ギルドに掲載されている現在団員募集中ファミリアの一覧を眺めてみたものの、儂でも入れるようなファミリアはやはり数少なかった。だからといってそれを嘆いても何か変わるわけでもなく、候補となっているファミリアを見てみる。素性・年齢不問である以上、高望みは出来ぬが余りにもきな臭い所は受け付けられぬので除外していくが、そうなれば残るのは零細ばかり………

 と、思っていたが一ヵ所だけ異彩を放つファミリアが存在した。それが【ロキ・ファミリア】だ。なんでも、この都市でも一二を争う巨大ファミリアであるというではないか。その規模ゆえに強き冒険者たちも多数集っていているという。このギルドでもあちらこちらから彼らの話が耐えること無く飛び交っている点からも非常に影響力の強いファミリアと言えよう。

 そのファミリアを纏めあげる主神はファミリアの名にもなっているロキ ─ 確か北欧神話に名高い悪神であったか。北欧の神話体系を破滅へと導いた神が取り仕切るファミリアなど普通ならば危なっかしくてとても近づく気にはなれんが、大丈夫なのだろうか……?

 しかし、寄らば大樹の陰という言葉もある。万が一、例えば儂がサーヴァントという特異なる者であることが(あば)かれたのなら、厄介事に巻き込まれるのは必定。そこに付け加えて神々だ。あやつらは娯楽、もとい刺激を求めて地上へ降りてきているという。この老骨がその"刺激"に値することは想像に容易い。かといって群がる神々をどうこうするのも難しかろう。この世界において神に刃を向けるは重罪。神を戒めるには同じく神でなければならないという。

 

 (この世界の神々がどの程度の力を有するのかは未知数だが、ただそこに居るだけで世界の理を変えるようなものでないとするならば神霊に至っているわけではなかろう。高く見積もっても上級サーヴァント程度。合間見えたとして勝機は十分に有ろう。しかし、そうなれば当然この老骨はお尋ね者だ。このようなときに弁舌が立てば拳を振るわずして……いや、考えるだけ徒労か。)

 

 ともかく、そういった面倒事も大きなものに庇護下にあれば幾分やり易かろう。加えて少人数のファミリアに所属となれば望まずとも、ファミリアを担わされる立場に立たされる可能性は高くなるはずだ。儂自身、そういった何かを束ねる立場という堅苦しいのは性に合わん。逆に大きな組織ならばある意味では自由にやれるであろう。

……結論は出たか。解せぬものはまだあれど、これ以上の自問自答は時間の無駄であろう。では、行くとしよう。ギルドにある指定の窓口に申し出れば良いようだな。

 

 

~~~

 

 

 「……えっと、申し訳ありません。もう一度ご用件をお願いできますか?」

 

 「【ロキ・ファミリア】の入団試験を申し込みたいと言ったのだが……この老骨の言葉は聞き取りづらいか? 例えば、訛りが酷いとか滑舌が芳しくないとか。」

 

 「いえ、そういうわけではないのですが。確かに【ロキ・ファミリア】は身元不問ではありますが、だからといって易々と入団は出来ませんよ?」

 

 「それはそうであろうな。寧ろこのような湧いて出た老骨であろうと門前払いをしないのが不思議なくらいではあるがな。」

 

 「ええ、【ロキ・ファミリア】は巨大勢力ですがそれ故にギルドより命じられる危険な強制任務(ミッション)や未知に包まれているダンジョン深部の攻略などを行うため、団員を失いかねないケースに見舞われやすいんです。だからこそ出来るだけ間口は広く開けていると聞いています。とはいえ、個別に対応していたら昼も夜もなくなってしまうので、ギルドを介して募集をかけて定期的な試験を実施して纏めて審査してるんです。」

 

 ほう、確かに筋の通った話だ。自らを鍛えるのはどこまでも難い。儂も"神槍"などと持て囃されたりもしたが、あの晩年ですら思い返せば年相応に研ぎ澄まされたというよりも至ることなく老いぼれたと思うばかりだ。それほど人は育たぬもの。人を多く集めるのは堅実なことだ。

 それに名が知れわたるとなれば、妬みやっかみで殺されるというのもあるやもしれん。それこそ茶に毒でも盛られたりな。

 

 「ほう、よく考えられているというべきか。ならば、この老骨が開かれた間口から入ろうとしても問題はないということでいいな?」

 

 「分かってると思いますけど、合格するかどうかは保証できませんからね? それでも構わないというのをご承知のうえでこちらの書類にご記入ください。」

 

 儂は差し出された書類に自らのことを書き込んでいく。素性及び身元不問というだけあって最低限名前を書けば受理されるという。一先ずは不自然にならぬ程度に書くのが最善か。それにしても座による知識があるとはいえ見もしない知りもしない字が書けるのは奇妙な感覚だ。

 

 「書けたぞ。これでよいか?」

 

 「少々お待ちください。……すいません、こちらの名前は何とお読みするのですか?」

 

 

 

 

 

 

 「ふむ、名前か? 儂の名前は、李書文。一介の老いぼれに過ぎぬよ。」

 

 

 

 




アサシンの一人称が儂より老骨が馴染むと思って調べたら結構老骨言ってるんですね。

(4/2 追記)
申し込みの窓口がギルドにあることを明記する等、一部箇所の修正を行いました。


↓以下本文と全く関係ない話。スルーして構いません





※アヴェンジャー編は自分で後先考えずに設定改編したせいで書けば書くほどに駄文になるという自業自得事案に頭を抱えながらも作ってます。断筆はしてません。


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とある老人が試験に備えるのは間違っているだろうか

第2話でございます。毎度のことながら話が進展しません。
どうでもいい描写が多いかもしれませんが、それが無いとトントン拍子に事が進みすぎて不自然になるのでご了承ください。




《side:李書文》

 

 (しかし、ギルドがこのような老骨にまで仕事の斡旋をしてくれるとは朗報だった。何せ身銭一つ持たぬ身であったのだからな。さすがにこの老骨の身で路地裏などにたむろする下郎どもを小突いて巻き上げるのは憚れるのでな。)

 

 夜も明けぬ暗き街道を、儂はこの老いぼれの体に鞭を打ちつつ多くの荷を牽きながら歩いておった。

 オラリオに現界してからは入団試験に備えて自らの拳を錆び付かせぬように振るい、時が来ればこのようにギルドの斡旋で仕事をこなしてその日の糧を得る毎日だ。戦いに明け暮れるわけでもないので魔力は余力はあるのだが、浮浪者のように道端で寝食をとる訳にはゆかぬからな。

 

 とはいえ、この世界での学がない儂にとって出来ることなど限られておった。そのなかでも儂が好んで選んだのがこの荷運びの職だ。何せ地図の読み方さえ分かれば後は体力があればどうとでもなるゆえな。それに街を行き来しながらどのような箇所にどのような施設があるかも知ることが出来るというわけだ。やはり自らの眼で確かめるのが何よりも理解できるからな。

 

 (しかし、実に広い街だ。ダンジョンより取れる資材により非常に豊かではあると聞いてはいたが、まさかこれ程とは。全く、荷など人の足で運ばせずに馬車など使って……もしや、馬車でも足りぬと申すのか?)

 

 いかんいかん。歳を重ねると無駄にあれこれ考えが膨らんでしまっていかんな。儂がやるべきことはこの街の運送に関わる改善案の提示ではなく指定時刻までにこの荷を届けること。さて、もう一踏ん張りせねば。

 

 

~~~

 

 

 朝になれば日は昇り、夕刻には沈みて月が昇り、そして夜になる。その昇った月が地平の彼方へ沈むとまた朝がやって来る。当たり前のことだ。儂が生まれる遥か昔から変わらない繰り返しだ。

 そして、異世界と呼ぶべきこの地でも儂が生きた大地と同じように昼夜は巡る。これは偶然なのか、はたまた運命なのか? 理智に富む者や神秘に明るい者ならば愉快な話の一つや二つほど説いてみせるのだろう。

 しかし、この老骨には感慨深いだけでそこで終わりだ。ただの老人でしかない儂がやることは変わらない。人として生きていた頃と何ら変わらずに鍛練として"理"を極めるために術を繰り返すだけだ。……まあ、常日頃からの繰り返しでも、こちらには感慨深さはないがな。

 

 しかし、この場所で勝手に鍛練している身分で語るのも変な話だが警備が薄いのではなかろうか。ここは都市(オラリオ)を囲う城郭の壁の上。重要な防衛線であるはずなのだろうが、それにしてはあっさりと入れて見張りもたまに巡回してくる程度。その見張りも圏境で簡単に欺けるときた。攻め込まれない確信があるのか、はたまた攻め込まれても返り討ちに出来る自信があるのか。

……やはり、 神の恩恵(ファルナ)か。それを受けたのが子供だとしても大人十数人に匹敵する力を得ると聞く。ただ受けるだけでそれほどの力を得られるならば鍛練を重ねた、つまり階位昇格(レベルアップ)した者たちの力は何れ程になるものか。

 

 まあ、それは直ぐに分かる。今日がその試験日当日だ。どのような形であれ上位の冒険者たちと顔を合わせることになろう。どのような猛者が集うのか……。

 

 

~~~

 

 

 さて、会場である【黄昏の館】に着いたわけだが、やはり高いな。いや、高いだけではない。この敷地そのものも広大だ。この都市は確かに広大だが、それでもこれ程の土地を確保するのに如何なるほどの富が必要になるかと言われれば想像もつかぬ。オラリオ屈指の勢力は伊達ではないというわけか。

 

 「おい、そこの爺さん。あいにくだが部外者に入団試験は見学させねえ決まりなんだ。」

 

 「む、儂はその入団志望者だ。李書文でそちらに通してあるはずだが?」

 

 「入団希望者? えーっと李書文……あった。って本当に受けるかよ……。」

 

 まあ、そう思われるのも無理はなかろうな。向こう側とて、このような老い先短い老骨より未来ある若人が良いに決まっているからな。反対の立場なら……いや、儂なら特に気にもせんな。自らを極めようとするものに若いも老いたもないのだから………いや、道場と一緒にしてはならんな。

 

 「なに考え込んでるんだ? もしかしてやっぱり止めたくなったのか?」

 

 「おっと、すまぬな。歳をとると細かいことにも気が散ってしまっていかんな。別に止めたくなったわけではないので安心して構わんぞ。」

 

 「いやいや、安心できねえよ。というか何で受けに来たんだよ? 物見遊山とかじゃねえよな?」

 

 「受けるもなにもそちらが経歴一切不問にしているのだから仕方なかろう。異論があるならば儂にではなく、これを考案した者どもに対して言うべきではなかろうかな? 」

 

 「いやいや、ロキ様や団長たちが作った規定に文句を言えってか? 冗談じゃねえよ。……まあ、俺は忠告したからな。年寄りの冷や水はいいけど死ぬなよな? あんた身寄りが居ないみたいだから葬式代がこっち持ちになっちまうからな。」

 

 死ぬ、か。そういえば考えもしなかったが死んだとしたらこの身はどのようになるのだろうか? サーヴァントとして消えると考えるのが普通なのだろうが、このような奇怪なる状況下にあるのだからもしや骸がそのまま残るのではなかろうか? 確かに残るのは困りものだな。儂としてはそこらに捨ててくれようも構わんが、周りの者はそうはいかぬだろうしな。

 

 「ふむ、左様だな。老骨に鞭打ちすぎて骨を砕かんように気を付けねばならぬな。ご忠告、感謝する。」

 

 「はあ……まあ、本当に気を付けろよ。試験中の怪我はこっち(ファミリア)で対処する手筈になってるけど後遺症はどうにも出来んからな?」

 

 「呵呵呵(カカカ)。では、気を引き締めて参らねばな。」

 

 さて、この中に出でるは鬼か蛇か。いずれにせよ面白き者であることを願おうか。

 

 

~~~

 

 

 儂は他の志願者と同様に屋外訓練場に通された。この訓練場もなかなかに広く、低く見積もっても生前の儂の道場より広いのではなかろうか。しかも他にも訓練場があるというから感心する他ない。

 さて、前方にずらりと並んだ者どもが見えるが、あれがこのファミリアの中枢を成す者どもか。成る程、聞きしに勝る豪傑というわけか。容姿は様々だが漂わせる気は皆強者そのものだ。

 さて、そうこうしているうちに赤い髪を後ろで束ねた細目の女性が正面の台の上に立つ。賑やかだった周囲も急に静まり返った。

 

 「皆、よう来てくれたやな。うちが主神のロキや。」

 

 あれがロキか。悪神と呼ばれるにはずいぶんと飄々とした風体をしておるな。いや、真の悪とは毒牙にかける寸前までその悪を見せぬというわけか。そもそも神などに人の善悪を求むる方が間違いなのか……

 

 「さて、柄でもない固っ苦しい御言葉は無しでいくで。自分らにはこのファミリアの門叩いた何かしらの理由があるんやと思う。未知なるダンジョンを攻略するっちゅう好奇心、【ロキ・ファミリア】に所属するっちゅう名誉、がっぽり稼ぐっちゅう金銭欲、経験値(エクセリア)を稼いで強くなるっちゅう向上心、まあ色々あるやろな。で、うちはどんな志を持ってるかいうのは特に問う気はあらへん。悪神やっとったからよう分かるんやけど、やりたいことを思いっきりやるっちゅうのが最高に楽しいんや。だからこそ、うちの眷族(子供)たちはこの通り生き生きしとるし、だからこそここがオラリオ1愉快なファミリアやと信じとる。まあ、何が言いたいかっちゅうと他人様にとらわれず、自分らのやりたいようにやったればそれでええんや。そないな自分を通せる冒険者をうちらは歓迎するで!! うちからは以上や。」

 

そういい終えるとロキとやらは壇上から降りていった。言いたいことだけ言って去っていくとはその様はなんとも奔放で剽軽(ひょうきん)なものだ。

さて、次に壇上に登ってきたのは小柄で金髪、碧眼が目を引く男だ。その風格は良い意味で見た目とは違うものだがな。ファミリアの頭領である神の次に来たということはファミリアの団員の長といったところか。

 

 「団長のフィン・ディムナだ。試験内容発表前に一つ。ロキは相変わらず言うべきことを敢えて黙っておく癖があるから僕からは一言だけ言わせてもらう。このファミリアとその団員たちを危険にさらす者を僕たちは受け入れるつもりはない。以上だ。」

 

その第一声は見た目とは不相応のふてぶてしいものだ。これだけの大所帯を率いる者にしては随分と味気なく棘のある言い方でどこか挑発的と言わざるを得ないな。よもや敢えて不自然なふりをして様子を見ようという魂胆か。言葉通りに受けとるなら団員と共に戦えということだろうが……

 

 「では、入団試験の説明を始める。君たちにはこの【ロキ・ファミリア】のLv3以上の団員たちのうち、誰か一人を選んで戦ってもらう。もちろん、これでは君たちに勝ち目はないだろうからハンデを用意する。1つ目は対戦する団員の強さは魔道具でLv1相当に抑えて普段の鍛練で用いている訓練用の武器のみを使用する。、2つ目は5人までならチームを組むことを可とする。3つ目は試験開始から3分経過するか一撃受けるまで団員たちは攻撃しない。以上の3つだ。」

 

 「Lv1なら勝ち目の1つや2つ……」

 「いやいや、ハンデになってねえっつの……」

 「強そうな人、強そうな人は……」

 

 辺りが静かにざわめきだしおった。確かLv3だと中小ファミリアの団長相当だったか? ともあれ、枷をしていても並大抵の相手ではあるまい。これは良き仕合いが期待できそうか。

 

 「準備が出来た者及びチームから申し出てくれ。順番にやっていく。ただし、この準備も合否に反映される可能性があることを考慮すべきだと言っておく。では、始め!」

 

 一斉に慌ただしく動き出しおった。まあ強き者にすがろうとするのは分からんでもないがな。さて、この老いぼれは如何にするか。武器も持たぬ老人を加えようなどとする酔狂は………流石に居らぬか。ならば端に避けて闘いを見て学ぶとしよう。さて、オラリオ最高峰の者共の実力を拝見しようか。

 

 

~~~

 

 

 《side:フィン》

 

 「…………リヴェリア、ガレス、ロキ。隠れて日頃から何か悪さをしてないよね?」

 

 「フィン、気持ちは痛いほど分かるが私たちにあたるな。これは悪い行いが祟ったわけではない。そもそも昔はこんなこともあっただろ?」

 

 「それはそうだけど、当時はここまで志願者多くなかっただろ? 直近の試験と人数もほぼ同数の人数がいてこれってちょっと有り得ないって。」

 

 「こんなんだったら儂も気晴らしできるような酒の一本や二本持ち込んどくべきだったかのう……。」

 

 「ガレス、それ気晴らしやない。単なるサボりや。一応言うとくけど、うちはなんか不味いことしてたとしても元々悪神やからノーカンで頼むで?」

 

 「ふーっ、戻りましたっ。」

 

 「ご苦労、ラウル。今回の君の感想は?」

 

 「今の戦いでもピンと来るのはなかったすね。というか今回大丈夫っすか? 自分が言うのも偉そうな感じっすけど戦ってても招き入れたい志望者に出会えてない感じがするんすけど。」

 

 「別に居ないなら居ないで構わないんだよ。無理に合格者を出さなきゃならないものじゃないから。」

 

 ラウルは超凡夫(ハイノービス)という二つ名からこの手の試験では選ばれやすいけど、本当に単なる凡夫ならLv4まで到達できるはずがない。もっといえば指揮を任せられるくらい周りをよく見ているから連携もない攻撃にやられはしない。それなのになんで皆倒せる自信が出てくるのか。逆に言えばその辺まで頭が回る志望者が居ないことになるが…… 

 

 「あれ? もしかしてもう残ってるの一人だけっすか?」

 

 「ん? ああ、そうみたいだね。えーっと、李書文か。名前からすると極東辺りの人かな? ……って生年月日も出生地も無記載ねえ。最後の最後でこれかあ。」

 

 「もうこの際それはええやろ。うちも酒飲みに行こうか思っとったところやし、片付けようや。」

 

 ロキもだいぶ無気力になってきている。いや、言葉に出さないだけで皆そうか。まあ、終わりにしよう。やれやれ、今回は不作だったかな……。

 

 

~~~

 

 

 《side:李書文》

 

 むう……。一通り見てはみたがどうにももの足りんな。そもそも戦い方が拙いにも程がある。チームを組めど息も合わせずに攻めかかるばかりで簡単にいなされるばかりか、それを利用されて同士討ちに利用されてるではないか。それに一度でも足並みを崩せばそこから総崩れときた。立て直しもなにもない。それに攻撃を当てなければ相手は攻撃をしないのだから態勢をしっかりととれば良いものを、迂闊に仕掛けては手傷を負わせて返り討ちに遭うものの何と多いことか。

 まったく、自らの過ちで自分どころか味方まで危険に晒すことを分かって…………なるほど。危険にさらす者というのはこういうことか。仲間を組む以上、それに守られるだけではなく守らねばならないというわけか。

 

 「李書文さん、李書文さんはどちらにいらっしゃいますか?」

 

 「む? 儂ならここに居るが、如何したかな?」

 

 「そちらに居ましたか。他の皆様は全員試験を終えられていまして、残るは貴方だけです。つまりチームを組むことはできませんが宜しいですか?」

 

 「おお、そうであったか。なに、一人ならば気楽で良い。」

 

 「では、対戦なさりたい方をご指名ください。」

 

 闘いたい者か。とはいえ、儂は冒険者のことなど分からぬ身。さてどうしたものか。………よし、ならばこうしてみるか。

 

 「特定の個人を指すわけでは無いのだが、このファミリアで最も槍術に長ける者と一戦交えたい。如何かな?」

 

 儂のその言葉に辺りが静まり返った。こちらを見て何やらひそひそ言っていた者までもだ。変な事を言ったつもりはないのだが。ただ槍も持たぬただの老骨がこの拳一つでこの世界の槍術士にどこまで肉薄出来るかを知りたいだけだというのに。

 

 「……すいません。それ、本気で言ってるんですか?」

 

 「自ら闘うことを望む際に冗談は挟まぬ。もしくは槍術に長ける者が居らぬのか?」

 

 「馬鹿なこと言わないでくださいよ!! あなたもしかしてフィン団長のことを知らないとか言うおつもりですか!! あなた何処からやって来たんですか!?」

 

 この反応、つまりあのフィンという男は槍術を修めているというわけか。なんという吉報だ。まさかこのオラリオという大都市で一二を争うファミリアにおける団長(頂点)がそのような男だったとは。惜しむらくは手加減された状態であるというところだが、それでも大いに期待できよう。

 

 「なに、年寄りの戯れだ。すまなかったな。しかし、儂の言葉は変わらん。このファミリアの団長と手合わせを願おうではないか。」

 

 「…………分かりました。では、試験の場へお上がりください。」

 

 「じいさん、正気かよ?」「ああ、終わったな。」「墓石用意した方がいいんじゃね?」「というか、フィンのことを知らなかったっぽかったんだけどように見えたんだけど……」「あのジジイ別の意味で大物だ……。」

 

 何やらあれやこれやと言われておるようだが、この場においてはそのようなことは些細なことだ。形はどうあれこの世界最高峰の者と邪魔の入る余地のない闘いをできる。なんと素晴らしいことだ。

 

 (さて、この老骨の拳はこの異なる世界でどこまで届くかな?)

 

 

 

 




李書文って八極拳のインパクトが強いのですが、本来は槍術がメインのようなのでこのような相手の指名をしました。
第一級冒険者となるとオラリオを越えて世界中に名声が轟くようなので、ロキ・ファミリアの団長ともなれば凄まじいものでしょう。それを知らないと言った李書文は故意は無いとはいえ相当変人にみられるかもしれません。
次回はvsフィンになると思います。トイレットペーパーより薄い戦闘描写になるかと思いますが何卒ご容赦を。


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~不惑不迷のセイバー~
静かなる剣豪が見知らぬ地で剣を振るうのは間違っているだろうか


またまた書き始めました。特定余裕なあの人です。





 

《side:???》

 

 サーヴァントというものをご存じだろうか? それは抑止力と呼ばれる世界を存続させようとする無意識的集合体によってこの世に産み出されるものである。それは世界に数多存在する神話や伝承、はたまた実在した偉人などの形をとり、謂わば彼らの影法師のように現界されるのだ。

 彼らが現界する要因は概ね二つに分けられる。自然的なものか、人為的なものかだ。前者の場合、抑止力によって生み出され、世界の存続を脅かすものを排除、もしくは攻略するために各々が持つ力で脅威に立ち向かっていく。後者であれば"マスター"と呼ばれる現世の人間と契約し、そのマスターの指示のもとに動くことになる。

 

 さて、これから始まるのは前者によって現界した一人のサーヴァントの物語である。

 

 

~~~

 

 

 とある山林、陽射しが木々の間から地面を照らすなか、木々がまだらな一角に不思議な現象が起こりつつあった。地面に何かの陣らしきものが現れ、その上に光子が集まりだしたのだ。その光子は人の姿を形作るように集まっていき、やがて光が晴れるとそこには一人の男性が佇んでいた。

 その男は剃刀のように鋭い眼に白髪で、枯れ草色の小袖の上から黒の羽織と灰の袴を纏い、腰には二本の刀を下げていて、まさに侍と呼ぶにふさわしい装いをしていた。そして、その身に纏う氷のような気配が彼という人物をただ者ではないと印象づけていた。

 

 

~~~~

 

 《side:侍》

 

 「これは……如何したというのだ。あの人理の騒乱は収まったはず。なのに再び現界した。しかもその記憶を有してだ。まさか再び人理が乱れたというのか? ならば何者が……。」

 

 あの戦いが終わりを告げた後に我らは主殿と別れた。主殿の生きる世が泰平に戻るなかで、主殿を共にした()()()()()の者たちも皆それぞれが主に別れを告げて現世を離れたはず。しかし、私はここにいる。本来なら持ち得ぬはずの鮮明な記憶を有してだ。

 ともかく、先ずは事の把握に努めねばならぬか。辺りを見るに山林が広がっている。少なくとも付近に人が住んでいる形跡はない。生えている木々や草花は……私が生きた日の本のそれに近いと見るが、それ以上のことは分からぬ、か。

 

 ともあれ、ここに留まるは危険か。人気が無い山林とあらば如何なる魔獣や妖魔の類がいるかも分からぬ。それに如何なる訳か霊体化も行えぬ。これが此度の召喚と紐付けられているかは不明だが、姿を隠せぬならば尚更早急にここを発たねばならぬ。幸いにしてまだ陽は高く余裕はある。一先ずは山を登り、頂上から集落などを探せば……!

 

 (これは……人の気配。数は十数人。二手に別れて、こちらに近づいてくるか。)

 

 二手に態々別れて来るということはこちらに勘づいたとみて相違なかろう。このような人気の無きところで集団にて(たむろ)するなど真っ当な者どもではないように思えるが……いや、決めつけてはならぬか。ただこちらを怪しんで念を入れてるだけかもしれぬ。ともかく、荒事にならねば良いのだが。

 

 「へっへっへ……。変な光が見えたからきてみれば小綺麗な奴が居やがったぜ。」

 

 「はあっはあー! こいつ、良い身なりしやがってるぜ!! 大当たりの上物だ!」

 

 ……悪い予感ほどよく当たるとはこの事か。どのような地にもこのような賊が絶える試しはないとはいえ、出会すことになろうとはな。

 

 「恥ずかしながら、拙者は道に迷いてしまってな。もし集落や街道を存じているのならそこまで案内いただけるとありがたいのだが。」

 

 「ほおぅ、道に迷ったって? それは災難だったな。だが、安心してくれていいぜ。この辺りは俺たちの縄張りだ。 案内してやってもいいぜ? でも、ただで案内させる訳にはいかねえよなあ? てなわけで駄賃にてめえの持ってる有り金を頂戴させてもらおうか。」

 

 「最も案内先は地獄だがなあ! ヒャーッハッハッハ!」

 

 「……私は荒事にて事を解決するのを好まぬ。もし退くというのなら此度の事は不問にしてもよろしいのだが。」

 

 「ひゃ~はっはっは、とうとう気でも狂ったようだぜ!! 退け、だって? ま~だ自分がどういう立場に居るか分かってねえみたいだな!」

 

 「冥土の土産に教えてやらあ。俺たちにはな、恩恵(ファルナ)があるんだよ。分かるだろ? てめえ一人が息巻いたところで蚊ほども効かねえってなあ!!」

 

 ()()()()? 確かに奴らからはただの人間にはあるまじき力を放っているようではあるが、それを指しているのか? いずれにせよ、自らの力に過信する者が大人しく立ち去ることはなかろう。……剣を抜かずにすめばと淡い希望を抱きはしたが、やはり無駄だったか。

 

 「引くつもりはない、とのことか。ならば拙者とて座して死するつもりはない。」

 

 「ひひひっ、命乞いか? 身ぐるみ全部差し出して土下座して靴でも舐めるってぇなら少しは 「来るがよい。」 あっ?」

 

 「初めの一太刀、貴様らに許すといっているのだ。」

 

 「てめえ……舐めてんのか!?」

 

 「二度は言わぬ。もはや貴様らの言葉に交わすもの無し。次に応えるのは我が言葉ではなく我が剣だ。」

 

 「舐めやがってえぇぇ……!! 構わねえ! 御望み通りぶっ殺しちまえ!!」

 

 『『『うおおおおおおお!!!』』』

 

 一斉にかかってくるか。"囲んで棒で叩く"のは確かに古来より変わらぬ兵法の有り様だ。だが、ただ何も策を講じず攻め立てる程度のものならばいくらでもやりようはある。

 

 「さて、如何様に斬ったものか。」

 

 

~~~

 

 

 《side:???》

 

 「痕跡すら見当たらぬか……。タケミカヅチ様、無礼を承知で申し上げますが、やはり分担して調査すべきではないでしょうか?」

 

 「いや、最低でも数の優位性は確保せねばならない。残念だが罠・搦め手・不意討ちに関しては奴らの方が上手だ。部隊を分ければ奴らの土俵に立たざるを得なくなる。それは避けねばならない。」

 

 「承知しました。出過ぎたことを申し上げましたことをお許しください。」

 

 ……あまり良くないな。皆のものに焦りの色がはっきりと出てきている。とはいえ相手は単なる賊ではない。末端だとしてもオラリオを引っ掻き回した闇派閥(イヴィルス)に連なる連中だ。不用意に戦力を分散させれば各個に潰される。強攻策に出れば足を掬われかねん。それに奴らは恩恵(ファルナ)を帯びている。同じように恩恵(ファルナ)を受けている俺の眷属(子供)たちでもなければ太刀打ちすら出来ん。

 しかしこの極東にまで闇派閥(イヴィルス)の嫌がらせが入り込んでいるとはな。いや、オラリオから遠い極東だからこそ狙いを定めたというべきか。オラリオは未だに暗黒期からの復興や残党の掃討に付きっきりだと聞く。交易の要所ならまだしも、ここまで救いの手が届くのは期待できないだろう。

 

 「くそっ、あいつらの主神の居場所さえ分かれば私がこの刀で切り捨てるものを!」

 

 「落ち着け、(ミコト)。如何なる理由があろうと地上の民が神を殺すのは重罪だ。それにタケミカヅチ様も以前おっしゃっていたように、その神にとっても賊どもは駒以外の何者でもない。奴らにこだわる理由がない以上、その居場所はこの大地の西の果てであるかもしれぬのだぞ。その場合、我々の力ではその場所へたどり着くことすら叶わぬのだぞ。」

 

 「桜花(オウカ)の言う通りだ。仮にその神の居場所が判明しても我々が討伐に向かえばこれ幸いにと更なる悪逆非道を働くだろう。悪を打ち倒しても民が虐げられ生きる希望を失っては元も子もない。お前の心は理解できるが抑えてくれ。」

 

 「タケミカヅチ様………。申し訳ありません。」

 

 ……駒か。確かに奴らにとっては捨て駒に過ぎぬのだろう。力を与えたら後は自分だけ逃げて安全地帯から悠々と高みの見物をしていればいいのだから。しかし、オラリオ外の民たちにとってはその駒ですら災害としか言いようがない。経験値(エクセリア)を更新できなくなるとはいえ、恩恵(ファルナ)の力は強大だ。しかも狡猾な戦い方を仕込まれているだけあって被害を増大させる手法に長けている。俺の鍛えた眷属(子供)たちなら平地で真っ正面からやり合えばまず勝てるが、奴らが馬鹿正直に真正面の戦いに応じるはずがない。

 

 (考えれば考えるほど、全ての要素が奴らに有利に働いているということか。俺たちが治めている領地であるこの山地ですら奴らに味方するとは全く………)

 

 「ぎゃあああぁぁぁ………」

 「や、止めぐわあああ!」

 「く、来るなああぁぁぁ……!」

 

 (!! 今のは、断末魔!?)

 

 「……!! 桜花殿! タケミカヅチ様! 今の声は!」

 

 「命も聞いたのか! あれは確かに……!」

 

 「全員狼狽えるな! 罠の可能性もある。命と千草(チグサ)は先行して罠を探れ。桜花は班の部下と最後尾で奇襲への警戒を行え。後の者は私に続いて声のあった場所へ向かうぞ。いいな!!」

 

 『『『はい!!』』』

 

 敵を警戒しつつも眷属(子供)たちと声のあった場所へ駆け出した。しかし、聞こえた声は複数人のものだった。この山中に大勢でいることは不自然にも思えるが……。いや、それが罠であったとしても声を聞きつけた奴らがやってくる可能性もある。それに、あれは間違いなく助けを求める声だ。ならば躊躇する理由などない。とにかく今は急がねば!

 

 (頼む、無事でいてくれ!)

 

 

~~~

 

 

 (いっ、一体何がどうなっている! それに何者なんだ、あの男は……?!)

 

 声のもとへ辿り着いた俺たちを待っていたのは衝撃的な光景だった。先ず、目に飛び込んできたのは血を流し地に伏している十数人の男たちだ。身なりを見る限り、行儀のよい者たちでは無さそうだ。しかしこれはまだいい。賊同士の闘争もしくは仲間割れと説明がつく。

 問題はそこに一人立っている初老の男だ。格好からして極東の者だろうか。こちらは身なりもよく、立ち姿も整っている。しかし、その男が纏う空気はどうだ。何人たりとも辿り着けぬあの様は地上の者なのだろうか?

 私は武の神として嘗て天界にいた頃にも地上で武の追求に一生を捧げた魂も数多く見てきた。それでもあそこまで踏み入った者など恩恵(ファルナ)そのものがなかった時代の英雄たちでもそうはいない。

 そして、あの男はそれを生きたままに成し遂げている。恩恵(ファルナ)がある現代において強くなることは容易くなったが、逆に高みに至るということに関しては難しくなったといってもいい。そのなかであの領域に登り詰めるのにはいったいどれほどの………

 

 「タケミカヅチ様、如何いたしま……! 貴様、何者だ!」

 

 「止めろ、桜花! 直ぐに武器を下ろせ!!」

 

 俺の思考は追い付いた桜花たちによって中断された。罠に警戒しつつ後詰めをしてきたので気が立っていたようだが、それで彼の異質さに思わず武器を抜いてしまったのだろうか。とはいえ彼と刃を交えるわけにはいかん。周囲にも抜刀しないように睨みを効かせる。万が一、あの男と一戦交えることになったら終わりだ。武の神としての勘がそういっていた。

 

「……落ち着かれるが良かろう。拙者は逃げも隠れもせぬ。」

 

「!!」

 

 「思い違いが無きよう、始めに申し上げるが拙者は貴殿らと事を荒げるつもりはない。こちらに倒れる者共は襲われたがゆえに斬らざるを得なかっただけにすぎぬ。」

 

 「……つまり、ここに倒れてる者たちが先に襲いかかってきたから退けたということか?」

 

 「左様。付け加えるならこの者らは拙者から金品などを奪おうとしていた。恐らくはこの一帯を荒らす賊なのだろう。それと()()()()などという力を誇示していたようだが、心当たりはござらぬか?」

 

 ふあるな………ファルナのことか。……ん? この男、まるでファルナを知らぬように振る舞っているがどういうことだ? いや、まさか………。

 

 「……なるほど、貴殿の話は把握した。私たちはこの賊どもを捕縛するために捜索を行っていた者だ。ところで、貴殿は如何なる神の眷属なのか? 偶然とはいえ他の神の眷属を巻き込んでしまったのは事実。俺からも貴殿の主にこの件について挨拶に向かわねば顔が立たぬからな。」

 

 「神の眷属? 今の拙者は主を持たぬ身。それに、一度たりとも神を主に仕えたことはありもうさぬ。」

 

 ……間違いない。この男、恩恵(ファルナ)を受けていない。恩恵無しにああも高みへ至ったのか。信じられんが『地上の子は神に嘘をつけぬ』という原則はあの男にも有効なはずだ。それすらも通用しない可能性もあるいうのが末恐ろしいが………それは無いと信じる他無い。

 

 「タケミカヅチ様、如何いたしましょうか。あれほどの男がこのような僻地にいるのはいくらなんでも不自然です。身元をはっきりさせねばならぬのでは?」

 

 「……その件についてだが、この者と一対一で話がしたい。桜花、賊の拘束と連行の指揮をお前に委ねる。」

 

 「タケミカヅチ様!? しかし………」

 

 「いや、問題は無いはずだ。あの受け答えを見るにあの男は礼には礼を、刃には刃をもって答えるとみる。理由もなく剣を振るう者ではあるまい。それに……。」

 

 「それに?」

 

 「これほどの武の達人と心置きなく語り合える機会など早々無い。そういうことだ。」

 

 「……承知しました。ですが、差し出がましいようですがくれぐれもお気をつけを。」

 

 話を終えると桜花は皆を纏めて賊の連行を始めた。既にあの男によって再起不能に陥っている以上、あちらは任せて問題ないだろう。

 

 「話は纏まったとお見受けするが、そろそろよろしいか?」

 

 「ああ、俺としても貴殿と話をしようと思っていたところだ。さて、自己紹介がまだだったな。俺はタケミカヅチ。この辺り一帯を治めている主神だ。貴殿の名前を伺ってもよろしいかな?」

 

 「拙者の名、か。……いや、ここは名乗るのが礼儀であろうな。柳生但馬守宗矩。しかし、こちらでは柳生宗矩と名乗るがよろしかろう。」

 

 男はまるで名前が2つあるかのように名乗ったのであった。このときはまだ知りもしなかった。この世界に突然と姿を現した彼が持つ剣の真髄を。彼と共に巻き込まれていくことになる騒乱を。

 

 




この短編ではオラリオ外&過去捏造がそこそこ出てくるかと思われます。

分かりづらいのですが、セイバーが名乗るのを一瞬躊躇ったのは真名は明かすべきではないと考えがあったからです。同時に2つ名乗ったのはこの世界に但馬という場所がないと判断しています。

セイバーの口調に自信がないので気になる点有りましたらご連絡ください。


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