魔導王と魔王 (波美)
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転移したら周囲が草原だった件
◯1-1 元凶は問題児三人組


転スラ側の転移の話。原因は言わずもがなあの問題児達です。


最近大人しいと思っていたから油断した。

リムルはスライムの姿でありながら深い深い溜息を吐いた。肺など存在しないのに。

なんで気付かなかった。あいつらが大人しい時は嵐の前触れ、良からぬ事を企んでいる前兆。最近魔物や人間間で起こる騒ぎもなく、以前の天使襲来のような戦いが起こるでもなく穏やかな平和を享受していたから平和ボケしていたのだろうか。

ああ、そうだろうな。縁側でシュナの膝の上で日向ぼっこしている場合じゃなかった。

これは、目を離せば碌なことをしない問題児を放っておいた保護者(?)監督責任問題だ。

見上げる空は己の体の色と同じ青色だ。テンペストから見える美しく澄み渡った空の色。

見渡す街の景色も変わらぬ、平和で調律の取れた自慢の美しい街だ。

 

そう、別段普段と変わらぬ光景に見えるだろう。"普通"ならば。

 

「(シエル、どう思う?)」

《現在確認できるテンペストの街、迷宮(ダンジョン)においては位置関係など歪みなく存在しています。封印の洞窟については感知できませんでした。

街に展開している結界の方も問題ありません。また、その周囲に脅威と成り得るエネルギー体の存在は感知されておらず、現状の危険はないと思われます。

知覚範囲外については別途調査の必要があります。また、周囲の酸素濃度から生物が生息できる環境は整っていると推察できます。魔素濃度がやや低いですが問題はないでしょう。その他解析結果により……》

 

 

ーーー異世界に転移したと思われます。

 

 

その一言に内心で俺は「(ですよねー)」と溜息にも似た呟きを零す。

あの時、シュナの膝の上から感じた空間の揺らぎ。異常事態に膝から転がり落ちるように地面に降り立った時には収まっていた。いや、"終わっていた"。

 

「さて、反省及び言い訳があるなら聞こうか」

 

現実逃避していた視線を戻し、眼前で地面に直接正座している件の元凶"3人"(種族がバラバラな上人でないが、面倒なので"人"と表記する)に言い放つ。

 

「むぅ、今度こそ成功したと思ったのにな。どこで間違えたのやら」

「師匠が範囲をどれだけ広げられるか試したいって言い出した所からじゃない?」

「お前だって賛成していたではないか。まぁ、大人数の方が楽しいしな!フレイ達も連れてくればよかったな」

 

駄目だコイツら。全くこれっぽっちも微塵も反省してねぇ。前科ありの2人に関してはまたかという怒りよりももはや脱力しか感じない。

 

「(ヴェルドラとラミリスだけでも手がかかるのに、今回はミリムも便乗してるからなぁ〜。こうなるのはまぁ予想通りといえばそうなんだが……)はぁ」

「リムル様、一体何が起こったのでしょうか?」

 

(スライム)を抱きかかえているシオンが疑問を口にする。

そういえば、緊急事態だからと集めるだけで何の説明もしていなかったな。シオンだけでなく住民達や、訪れていた人達もヴェルドラ達やその前に立っている俺に注目していた。

 

「あ〜……先に説明した方が良さそうだな。おい、まだお前らの説教は残ってるから動くなよ」

「え〜!ちょっとリムル、可憐でか弱いこのアタシにいつまでこの体勢続けさせる気よ〜」

「正座、というやつよな。これ以上は流石に我も足が痺れそうだな」

「地面に直接このような座り方をするなど初めてだ!」

 

文句を言う阿呆共は放っておいて。広場に集まった大衆を前に、俺は「招集した緊急事態の内容だが」と話をし始める。

 

異世界への門(ディファレントゲート)という、名前の通り異世界へ転移する術式がある。以前ヴェルドラとラミリス達が無断使用した際の一件から更に研究し、改良と見直しを行いほぼ問題なく扱えるものになった……のだが、今回これを更に弄っ…改良した結果、本来なら陣内にいる対象者のみ転移させる筈がテンペストの街及びそこに居合わせた者、あと迷宮(ダンジョン)も階層丸ごと転移してしまった様だ」

 

シエルが警告を発した時には既に遅かった。揺らぎが生じそれが収まった時には既に周囲丸ごと異世界に転移してしまっていた。

 

「異世界……ですか。そんな感じはしませんがね」

 

まぁ、環境も特に変わってないし見慣れた街の光景の中じゃここが異世界ですと言われてもピンと来ないか。

説明されるまでそんなこと気づきもしなかった、という周囲や首を傾げるベニマル達幹部連中(ディアブロやハクロウ辺りは神妙な顔してるので、雰囲気で"違う"と感づいたのかもしれない)。

 

「環境としてはそう変わらないみたいだな。魔素量も元の世界よりは少ないみたいだが問題ない。問題なのは……」

「元の世界に戻れるか?ですか」

 

シュナが少々不安げな表情で見つめてくる。確かに、こんな展開になるなど予想外だし無事元に戻れるか不安だよな。周りも同様の表情だった。

 

「(シエル、全てを元の場所に戻すのは可能か?)」

《問題ありません》

 

即答か。本当に頼もしい限りだ。

俺はまっすぐに彼らと向き合うと、不安を払拭させるよう堂々と、笑みすら(スライムなりに)浮かべて宣言する。

 

「それは心配ない。転移してしまった周囲も街の中にいる人達もきちんと元の世界に戻せるさ。そうだな……どのくらいかかるかは改めて発表しよう。周囲の状況がまだ未確認のため、街の外に出るのは厳禁とする。安全が確認できても元の世界に戻るまでは極力街の中で生活してくれ。その他また通達事項ができた際はその都度連絡する」

 

とりあえず、戻れる保証はしっかりあるので心配は不要だと落ち着かせれば、リムル様がおられるのだから大丈夫だ、リムル様がそう仰るのなら何も問題はないのだと皆それぞれホッとした表情をした。

そのまま解散させ、その場に残ったのは俺と元凶3人組、幹部連中だ。

 

「報告と相談の為この後緊急会議を開くぞ。ミョルマイルくんとリグルドは街の様子を調べてくれ。シオン、会議にカイジンやべスター達も呼んできてくれ。その際ベレッタとトレイニーさん達に迷宮内に異変が無いか調べるよう伝えてくれ。あと、会議の前に少しでも周辺の情報がほしい。ソウエイ、頼めるか?勿論、どんな危険があるかわからないから分身体を遣わし、何かあれば即座に撤退しろ」

「「承知しました」」

 

それぞれが頷き、シオンが迷宮の方へと向かう。ソウエイも頷くと影に潜っていった。

皆が集まるまで少し時間がかかるだろう。その間、俺は…と。

 

「待たせたなお前ら。説教…の前に、どうしてこんなことをしでかしたか話してもらおうか」

 

ずっと正座していた元凶共の方へ振り返り、シオンからシュナに手渡された状態で見下ろした。

 

「うむ……以前我とラミリスが使用した際よりもより正確になった異世界への門がどれほどのものか試したくなったのだ」

「また俺に内緒で?」

「うぐっ……それは悪かったと思ってるさ。でもでも、最近暇…平和だしちょっと刺激がほしかったというかさ?ほら、リムルもなんか面白いことやりたいな〜って言ってたし」

「俺のせいにするんじゃない」

親友(マブダチ)のためにワタシ達が考えたのだぞ!まず最初にワタシ達だけで世界を見てから、問題なさそうならリムルも連れて行こうと思ったのだ」

「それがなんで街ごと転移に繋がる」

 

続いた会話に俺は頭を悩ませる。いや、ホント、どうしてそうなった⁉

 

「異世界への門は魔法陣の中の者を転移させるだろう?しかし、その範囲はどれくらい広げられるのかとふと疑問を抱いてな」

「別にアタシ達だけでもいいんだけどさ、気になって……」

「ならちょっと試してみよう!ということになったのだ」

 

うん、だいたいの理由は把握した。つまり、またしてもコイツらの我儘と好奇心に巻き込まれて被害を被ったわけだ。

 

《魔法陣の範囲拡大、対象物の増加。それに伴い門を開く魔素量も増加し魔法陣の構成もより緻密になり本来なら不発で終わる筈が、ヴェルドラ様やミリム様など魔素量が過分にある方がいたせいで不可能も可能としてしまい発動してしまったかと。しかしエネルギーは足りていても魔法陣の構成までは不完全だったのでしょう。膨大なエネルギーが暴発して周囲を巻き込み飲み込んだ、というのが予想されます》

 

3人の話からそうシエルは判断した。なるほど、やっぱり今回の事件もヴェルドラ達のせいだ。なまじ力も知恵もある分ほんと厄介なんだよなぁ〜。できちゃうからしてしまうってのはもうほんと厄介極まりない。

 

「お前らだけ、もしくは最悪俺も巻き込まれる形ならまだ良い。俺一人ならどうにでもできるだろうしな。だがな、今回は以前のように簡単に許すわけにはいかないぞ」

 

魔王覇気を開放して、3人を見下ろす。普段こんなことしないし、結構本気で出している為驚いているのだろう、3人はピクリと肩を震わせた。

 

「なぁ……俺はこれでも、相当怒ってるんだ」

「「「っ……」」」

 

ここで初めて彼らから笑みが消えた。シュナへはオーラを向けていないから何ともないはずだが、彼らの雰囲気から察してしまったのだろう、固唾を呑んで固まっている。

 

「俺が怒っているのはな、街の皆やテンペストに訪れていた人、なんの関係もない一般人まで巻き込んだ事だ」

 

ここで一区切りいれて俺は事の重大さを理解していないこいつらにもわかるように言葉を続ける。

 

「数年前の天使の一件、その後発展した技術とその共有。俺達の努力により人も魔物も以前のような諍いや偏見は少なくなった。それは一重に俺やこいつらが頑張ってきたからだ」

 

そう、俺や皆、テンペストの人達、たくさんの人の協力があって成功してきた。そこには信頼と信用があった。

 

「それを、お前たちは壊しかけたんだぞ。俺達の努力を水の泡にしようとしたんだ」

 

はっ、と息を飲む声が上がる。今更理解したというように目を見開いた彼らからさっと血の気が引いていく。

 

「今テンペストの街にいるのは俺達だけじゃない。街の住民以外にも、各国から訪れたお客様だっている。無事元に戻ったとしても、今回の事が各国にどういうふうに伝わると思う?俺達をよく知る所からはまたお前たちの悪戯か、と苦笑で済むかもしれない。だが、未だ魔物をよく思わない連中や俺達を妬む連中だって少なからずいる。そいつらに伝われば良い攻撃材料になるだろう。別の視点から見ればこれは立派な拉致監禁、最悪命の危険だってありえる。場合によっては俺の力を持ってしても元に戻れる保証もなかったかもしれない。そうなったら、どうなる?」

 

そう、問題はそこなのだ。もし戻れなかったら元の世界はどうなる?戻れたとしても今まで築き上げてきた信用と信頼が一気に崩壊する…とまではいかないだろうが、確実にどこか揺らぎが生じる。手を取り合ってはいるが、一枚岩ではないのだ。どこから崩れるかわかったもんじゃない。

国を守護するものとして今回の件は軽く水に流すじゃ済まないのだ。

 

「き、記憶を消せば……」

「街にいる全員をか?不可能じゃないが、膨大な上繊細な作業になるぞ。お前らにできるのか?」

「…………。」

「それに、都合の悪い事はなかったことにしてしまえばいい…なんて、人間からしてみればなんて勝手なんだ、これだから魔物は…ってならないか?」

「…………。」

「お前たちの仕出かした事の重大さ、理解したか?」

「…………。」

 

こくり、と頷きそのまま俯いてしまった彼らに俺は再度溜息を吐く。ぴくりと体を震わせながらも頭を上げない彼らは、俺の様子を伺っており、どうすればいいのかと途方にも暮れていた。

そんな彼らを見て、仕方ないなぁなんて苦笑を零してしまう所が彼らに甘い証拠だろう。

 

「俺がいるんだ。確実に戻れる手はあるから最悪な結果にはならない。でも、事が済んだら各国に詫びと経緯を詳細に伝えないとな」

「す、すまんリムル。そこまで考えが及ばなんだわ。その時は我も一緒に謝るぞ!そもそも言い出したのは我だ」

「ごめんなさいリムル!アタシも悪ノリして悪かったわ。師匠だけの責任じゃない、アタシも謝る!」

「軽率だった、すまないリムル。フレイからいろいろ教えられていたのに、リムルにとんでもない迷惑をかけてしまった……。これでは親友失格だ。謝罪は勿論ワタシも同席する。どんなお詫びもする!」

 

バッ!と顔を上げた彼らは口々にそう言った。今後こんな事がないようにちゃんと反省もする!と言うし、仕方ないからこれで許すとするか。

 

「当たり前だ。頼むから、もうこんな面倒なこと起こさないでくれ」

「「「ごめんなさい」」」

 

うむ、よろしい。魔王覇気が消えたことでシュナもホッと一息をつき、タイミングが良い事にディアブロから全員が集まった事とソウエイが無事帰還した事が伝えられた。

 

「会議の準備が整ったみたいだ。先ずはそこでもちゃんと謝ってもらうからな。元に戻るまで俺の言う事は絶対に守れよ」

 

大人しく頷く彼らを引き連れて、シュナと共に皆が待つ部屋へと向かう。これからの方針をどう決めるべきか頭を悩ませながら。

 




こんな経緯からオバロ世界に転移してきます。
後々アインズ様達と交流予定なので、是非とも街や迷宮などを見てもらいたかったので街ごと転移させてます。街が収まる土地があるのか?というツッコミは無しで……。
世界は、きっと自分が思ってるよりも広いんだよ……(遠い目)


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◯1-2 会議と方針

現状把握とその共有は大事だよね。


ずらりと俺を囲むようにして席についた皆を見渡して、俺はヴェルドラ達が引き起こした今回の騒動の経緯を話す。

 

「事の経緯はこんな所か。無駄に魔素量の多いこいつらが使用したから、その膨大なエネルギーの暴発に巻き込まれてテンペストの街及びその周辺のものも巻き込まれる形で転移してしまった。転移で街や迷宮内に何か問題や影響は出てないか?」

「街の様子ですが、破損やズレも起きていないようです。建物や設備の使用などに不具合が起こるなども起きていないようですし、問題ないかと。普段通りの生活、営業もできるでしょう」

「食料庫や栽培地区もリリナ殿に頼んで確認してもらっています。全てはまだ確認できていませんが、今の所影響はでていませんね。在庫状況的にテンペストの街全体を養えるだけの量はありますよ。少なく見積もっても数年は保つでしょう」

 

リグルドとミョルマイルくんの報告にほっとひと息をつく。

 

「問題ないみたいでよかった。ラミリス、迷宮の方はどうだ?」

「トレイニーちゃんやベレッタに階層全体を確認してもらったけど、いつもと変わりないよ。発生する魔物も異常や影響はでてないみたい」

 

ベスターからも研究施設等も問題なく稼働しているとの報告が。なるほど、こちらも通常運営と。さて、残るは……。

 

「街の外の様子はどうだ?ソウエイ」

「周辺を数キロほど探索しましたが、何もありませんでした」

 

ん?何も?ソウエイの報告に首を傾げ、続きを聞く。

 

「周辺一帯草原です。村や街所か、魔物や人間などの知的生命体の確認もできませんでした。範囲を更に広げれば、あるいは……」

 

ええー……草原になってるの?森じゃなく?

此処が異世界であるという決定打になったわけだが、問題は減らない。

 

「そうか……何も見つからなかったか。そうなると外に出るのは慎重に成らざるを得ないな」

「何故だ?普通に出歩けばいいだろう。そうすればいずれ何か見つかる」

 

ミリムが疑問を口に出すが、そういう事じゃない。はぁ、と俺は溜息を零すとミリムの方に向き、わかりやすく説明する。

 

「もし、この異世界が人間種のみだったらどうする。俺達は異形種だ、見た事もないモンスターに遭遇したらいくら俺達が友好を示した所で警戒されるし、最悪討伐対象になる。この世界の者がどの程度の力を持ってるかわからない以上、迂闊な事はできない」

 

そう言えば、ミリムも理解できたのか口をつぐんだ。そう、たかが人間の力など……と侮ってはいけないのだ。此処は異世界、俺達の常識が通じない世界なのだから。

 

「まぁ、行動しないことには何も始まらない。とりあえず引き続きソウエイ達藍闇衆(クラヤミ)に情報収集してもらうことにして、上空は不可視化させたワイバーン達にでも見てもらうか。ディアブロ、黒色軍団(ブラックナンバーズ)から隠密に長けた配下を見繕って同じく周辺の調査に当たってくれ」

「「了解しました」」

 

とりあえずの方針を決め、追加の情報次第では街の外に出る事も検討する。

 

「さて、次は元の世界への帰り方なんだが……」

 

これに関しては既に"可能"だとシエル先生からお墨付きを頂いているのだが、詳しい事を聞こう。

 

《魔法陣の解析及び元の世界へ座標の特定は既に完了しております。また、あちらとこちらの時間の流れの違いも考慮して再計算し、転移した時刻の空間に門を繋げる事も可能です。それに必要な魔素量も(マスター)なら十分ですが、ここは罰としてヴェルドラから徴収する事を提案致します》

 

完璧じゃないですか!俺の懸念を全て解決してくれるシエル先生は流石としか言いようがない。

 

《これくらい当然です》

 

あ、はい。俺はシエルから教えて貰った事を皆に話す。

 

「先程も言った通り、帰るのは可能だ。俺達のいた世界へと門を繋げ、広範囲型の陣を展開させる。エネルギーの暴発で街や周囲も巻き込まれる形となったが、今回はちゃんと計算し直して全て元の場所・時間に戻せる。その為の魔素は、原因であるヴェルドラに負担させる」

 

言い出しっぺはヴェルドラだしな。そう言えば、ヴェルドラは呻きながらも自分達が仕出かした事の重大さを理解している為、文句は出さずに了承した。

 

「とりあえず、俺からは以上かな。何か質問ある奴〜?」

 

ちらほらと上がる声に答えていき、大凡の問題が解決した所で会議が終わりに近づく。

 

「なら、この事を早く街の人達に連絡して……」

「あの〜、その事なんだけど……」

 

さて締めくくろうかという所で、身を小さくしていた(元々小さ…いやなんでもない)ラミリスがそろりと手を上げた。

 

「なんだ?」

「もし、もしもだよ?この世界がそこまで脅威じゃなくて、この世界の住民と交流できそうなら、すぐ帰るんじゃなくて少し留まってみるのもいいんじゃないかな〜と思うわけですよ、はい」

「ほぉ〜。その心は?」

「異文化コミュニケーションがしたいです!」

「素直でよろしい……とでも言うと思ったか!」

 

人差し指をつつき合わせてもじもじしながら話すラミリスだが、内容はアレだ。こいつ懲りてないな。

 

「だってだって!この世界の生態とかいたら魔物の種類とかあったら魔法の構造も!知りたい、見たい、使ってみたい!」

「我も!我も知りたいぞ」

「ワタシもだ!」

 

まだ魔物がいるかも魔法が存在するかもわからないのに、こいつらは……。まぁ、好奇心旺盛のこいつらほどではないが、俺も気になるところではあるな。

 

「すぐ帰ってしまうのでは勿体無い!我らの世界にないものがこの世界にきっとある。それを学び、自国で応用するというのも立派な行いだとは思わないか?リムル」

「そうだぞリムル!ずっと街にいたのでは皆も退屈するはずだ、この世界で発見した事で皆を楽しませてやろう!」

「いやだから、まだ何も見つかってないって……ああもう、わかったわかった。発表はもう少しこの世界の事がわかってからにする。異文化コミュニケーションについても報告次第で検討する。これでいいな?」

 

まったく、と呆れたように顔に手をやりながら言えば、ぱあっと顔を輝かせた3人が手を上げて喜んだ。周りの連中も仕方ないなぁといった雰囲気だ。

 

「ということで、頼んだな」

 

偵察隊のソウエイ達の方を向けば、心得たと言わんばかりに頷いてくれた。

 

「(さて、どう転ぶか……)」

 

不安も確かにある、しかしそれ以上に未知への喜びが勝っていることは皆には内緒だ。




皆を巻き込んでしまったとか思いながらも、最近(原作終了後)は軌道に乗って自分から何かやる事がなかったら、新しい出来事に内心喜びとやる気を見せてるリムル様って感じです。


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◯1-3 集まる情報

ソウエイとディアブロ達悪魔って情報収集力すごいと思うんです。



偵察隊であるソウエイ達が帰ってきて、その結果から姿形こそ違うがゴブリンやオークなどの魔物が発見され、また森を抜けた先に人間と魔物が共存する村も見つけた。

なんだか、初めてリグル達と出会った村を思い出すな。あの出会いから始まって、今や多くの魔物と人間が共存するテンペストという国にまで発展した。

その報告を聞いて、俺は是非ともその村に行ってみたいと強く思った。

 

「その村から少し離れた所にエ・ランテルという城塞都市……元リ・エスティーゼ王国、現在はアインズ・ウール・ゴウン魔導国という国の領地となっていますが、街もありました」

「待て待て待て!さらっと国名を出すな」

 

普通に話しているが、こっちは国所か地理すら把握してないんだぞ。

慌てて説明を止めれば、ソウエイは謝罪した後に懐から地図を取り出して机上に広げた。それを皆で覗き込み、だいたいの周辺国家を把握する。

 

「現在、手下の悪魔達に各方面に向かわせて調査させています。この地図から、テンペストの街が転移したのはアゼルリシア山脈の麓の……この辺りですかね。南にトブの大森林、抜けた先にカルネ村とエ・ランテルの街があります。森を挟んだ西側がリ・エスティーゼ王国、東側がバハルス帝国、さらに南下した所にスレイン法国があります」

 

かなり調べてきたらしい(扱き使われた悪魔達はご苦労様だ)ディアブロの報告でこの世界の事が少し分かってきた。

王国、帝国、法国か……。他にもアーグランド評議国などもあるらしい。少し自分達の世界とも似通っているな。

 

「へぇ、法国……」

 

おや?やはり自国と似通った国には興味あるのか。会議に呼んだヒナタが静観の姿勢から少しだけ反応した。

 

「う〜ん、見事に二国の間に位置するなぁ。街の様子を見るならそれぞれの都市が近いが……俺としては、魔導国のエ・ランテルやカルネ村が気になるな」

 

魔物が王として支配する街エ・ランテルと、人間と魔物が共存するカルネ村。どちらも俺たちと似通っており、興味がある。

 

「カルネ村は、村としてはゲルド達を引き入れて街の開拓をし始めた頃に近いかと。主にゴブリンが中心となって人間と協力関係を築いてるようです。仲も良好のように見られました。魔物だからと敵視する事はないかと」

「エ・ランテルは…そうですね、ブルムンド王国に近いでしょうか?魔物が支配する街として逃げ出す人間もいるみたいで少し静かですが、中々に繁栄しているようですし、軍事や行政機関も確立しています。あちらとの違いも含めて現在調査中ですが、冒険者組合も存在しています。住民は人間種が多いですが、騎士風のアンデッドも街に複数体見られました。また、こちらとあちらでは姿形が違う等の差が見られますので、正確な種族は明言できませんが……魔導王と名乗る魔物はスケルトン種のアンデッドのようです」

 

スケルトン…アダルマンのような魔物なのだろうか?騎士風のアンデッドはもしかしたら死霊騎士(デスナイト)の可能性もあるな。

あちらの世界では確認されていない魔物が存在する可能性もあるのか……能力も未知だし、注意しないといけないな。

 

「冒険者組合かぁ〜」

 

これも非常に興味がある。一時期冒険者として登録もしたし、情報集めの一環として冒険者になるのもありだな。楽しそうだ。

 

「よし、決まりだな。視察に行くならカルネ村とエ・ランテルだな。他国については引き続き調査をしてくれ。都市や街に出向くとなると、誰に行ってもらうかチームを編成しないとだな……」

 

まず前提条件として、人間または人間に近い見た目をしている者が適任だ。この場合角が目立つシオン達は不可だな。

 

「そんな!リムル様と一緒の異世界デートが……!」

 

いやシオン、お前そんなこと考えてたの?観光じゃないんだから……。

 

「まぁ確かに、フードで隠そうにも角はなぁ〜」

「幻術で誤魔化すという手もありますが……万が一見破られた時の事を考えますとね」

 

ベニマルとシュナも残念そうに溜め息をつく。

テンペストの大半が不可になるが、街には協力者であるヒナタを始めとした子供達や、ミョルマイル君達人間もいるし、ベスター達ドワーフも変装すれば問題ないだろう。ディアブロ達悪魔も同様だ。

 

「カルネ村はゴブリン中心だったな……ならゴブタを責任者としたホブゴブリン数名の一団と、問題ないようなら後続に子供達に交流を頼んでみるか」

「まぁ、あの子達の実力ならたいていのことは問題ないでしょうけど……この世界の強さの基準を確認してからよ」

「それは勿論だ。ゴブタ達もいざとなったら黒嵐星狼(テンペストスターウルフ)を召喚して影移動で撤退させる」

 

ヒナタは少し難色を示したが、子供達の実力は信頼しているため反対はしなかった。

異世界交流は子供達にとっても良い刺激になるだろうし、学びの場となる。先ずはゴブタ達に友好関係を示すよう頑張ってもらうとしよう。

 

「編成はゴブタに任せる。しっかりやれよ」

「了解っす!」

 

こう見えて愛嬌あるし、自然と仲良くなるコミュニケーション能力もあるから、きっと大丈夫だろう。

 

「次に、エ・ランテルには俺が行く。ヒナタもよかったら一緒に行かないか?」

「………まぁ、いいわよ。私も魔物が統べる街というのが気になるし」

 

貴方と一緒に行くの?みたいなちょっと嫌そうに眉間にシワを寄せて言わないでくれますかね。地味に傷つくんですが。

 

「リムル!我も!我も行きたいぞ!」

「ワタシもだ!ヒトに近い見た目だから良いだろう?」

「ずるい二人共!ねぇリムル、アタシ小さいから隠れてればバレないわよね?こっそりついていっちゃダメ?」

 

ほら絶対そうくると思ったー。この3人は。

だがしかし、こいつらが街に行くと必ず騒ぎを起こす。断言できるね。好奇心旺盛所か好奇心の塊だ、未知の世界にはしゃいで何かしらやらかしそうだ。

面倒事は前回の異世界での尻拭いで懲り懲りだ。だが、思考がお子様なこいつらに真正面から駄目だと言っても無駄だ。ならばここは何時もの如くうまいこと言いくるめてしまえばいい。

 

「駄目に決まってるだろ。念の為侵入を防ぐ結界や不可視化、探知阻害も施して街を守ってるけど、どんな方法でそれが破られるかも、侵入してくるかもわからないんだ。その場合、俺がいない時に万が一があっては困る。ベニマル達もいるが、言った通りこの世界は未知だ。どんな強者がいるとも限らない。そんな時、圧倒的な力を誇るミリムやヴェルドラがいれば安心してこの街を任せられると、そう俺は信頼しているんだ。俺が最も大事にしているこの街を、お前達が居て守ってくれるというのなら、これほど頼もしいことはない」

 

言いくるめというか本当の事だ。実際ヴェルドラとミリムに敵う存在なんていないだろう。もしいたとしたらそれこそ即座に元の世界に帰還しなければならないほどヤバイことだ。

 

「う、うむ。確かに我ら竜種に敵う存在などいるはずもない。我がいれば百人力というやつよな、ガハハッ!」

「ま、まぁリムルがそこまでワタシ達を信頼し、頼りにしているのだ。それに応えねばマブダチの名が廃るな!」

「任せてよリムル!リムルがいなくても、このアタシがちゃーんと街を守ってみせるからさ!」

 

チョロい。チョロすぎる。コロッコロに転がされている。時々こいつらのチョロさに大丈夫か?と心配になる。まぁ、俺にとっては都合が良いため全然構わないのだが。……なんてな。

 

「ありがとう!お前達が残ってくれるなら、俺も安心して調査に行けるよ。なに、ずっと居残りになんてさせないさ。情報が集まり次第、お前達が楽しみしてる異文化コミュニケーションをやろうじゃないか!」

「おおっ!期待しているぞ、リムル」

「外の世界がどんなものか、たくさん話してくれよ」

「なんなら大画面で皆で見守ろうよ!」

 

外の世界に期待を膨らませ、魔法で見たいだのやれ準備だの楽しそうだが、まあこれくらいなら良いだろう。皆の判断も欲しい所だしな。

 

「じゃあ、街の調査には俺とヒナタ、護衛にディアブロな。念の為ソウエイとランガも影に潜んでてくれ。コンセプトは遠い国から観光に来た姉妹のお嬢様とその執事!」

「……ちょっと待って、なにそれ」

「お任せ下さいませリムル様!このディアブロ、完璧な執事として必ずやリムル様のご期待に応えてみせます!」

「まぁ元から執事みたいなもんだけどなー。シュナ、俺とヒナタの分の服を適当に見繕ってくれ」

「かしこまりました。このシュナにお任せあれ。素敵なお嬢様に仕立ててみせますわ」

「シュナ様、是非私にも手伝わせて下さい!」

「だから……!」

 

ヒナタが何やら言ってるが、聞ーこえない。シュナ達も楽しそうだし、ヴェルドラ達は円形闘技場(コロッセオ)の巨大スクリーンを利用する計画を立ててはしゃいでいる。

 

「ま、気楽に行こうぜ」

「ふざけないで」

 

ううん、冷たい眼差しで睨まれてしまった。そんなヒナタだが、結局はシュナ達が持ってきた衣装に心惹かれてあれこれと試着していたのだから、悪いものでもないだろう。

こうして、不安を払拭したテンペストはいつものように賑やかさを取り戻したのであった。

 




転スラ世界との比較は賛否両論あると思いますが、あくまで私の中で近いかなとイメージしたのを書いてますのであしからず。
次回からオバロ側の視点も入ります。


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外に出たらいろいろ注目を浴びた件
◯2-1 出立


ゴブタ一行inカルネ村


さて、出来得る限りの対策を敷き防御壁を築いた。最強とも言えるヴェルドラとミリムも残した。ベニマル達守護王もいる。この世界にどれ程の強者がいるかはわからないが、こいつらなら街を、皆を守ってくれると信じている。

 

「それじゃあ行ってくるな。何かあったらすぐに連絡しろよ」

「クハハハ!何が来ようともこのヴェルドラ様が返り討ちにしてくれるわ!」

 

自信過剰に高笑いしてるヴェルドラは過去を振り返って物を言ってほしいものだ。俺は溜め息をつくとベニマルの方に重ねて頼んだ。

 

「心配性だなぁ、リムル様は。いや、慎重なのは良い事だが。だが大丈夫だ、街の事は俺達やミリム様達に任せてくれ。リムル様こそお気をつけて」

 

ベニマルは苦笑した後に真剣な表情で俺を心配してくれた。ディアブロが側にいるから大丈夫だと思っていても、大切な主人を未開の地に送り出すのは不安なようだ。

 

「まぁ、きっと貴方なら大丈夫だと確信しておりますが」

「もちろんだ。それじゃあ皆!行ってくる」

 

最後には笑ってくれた守護者達や街の皆に見送られて、俺とヒナタ、ディアブロは街の外へと足を踏み出した。

 

 

 

* * *

 

 

 

リムル達と同じくして街から外に出たゴブタ率いるゴブリン部隊は、スターウルフの背に乗ってトブの大森林を駆け抜けてカルネ村の近くまでやってきていた。

 

「あれがカルネ村っすか。立派な囲いで固めてるっすね〜」

「村にしてはやけに堅牢でやすね。まるで砦のようでやす」

「まぁ、魔物が棲む森のすぐ側、警戒してるんだろ」

 

ゴブタやその部下であるゴブチ達がそう評価する。さて、あとはどうやって村に入れてもらうのか。

 

「うう〜ん、自分はあんまり交渉事とかそういう頭を使うのには向いてないんすけどね〜」

「まぁまぁ、リムル様も気負わず普段通りに接すれば良いと仰ってたじゃないでやすか」

「でも、なるべく警戒されないよう先ずは下手に……て」

 

いろいろと頭を悩ませるが、ここでぐちぐちと言い合っていても始まらない。

相手は自分達と同じゴブリンーー正確に言えば自分達はホブゴブリンだがーーと人間だ。そう、街にいるのと何ら変らない……はず。

 

「とりあえず行くっすよ!まずは挨拶っす」

 

見たことのないモンスターが一緒では警戒されてしまうかもしれないので、スターウルフ達は影に潜ってもらい、ゴブタ達だけで見上げる程高い頑丈な門扉に近づいた。すると、ゴブタ達に気づいたのか、物見やぐらから矢を番えたゴブリンが顔を出した。

 

「何者だ!」

「自分はホブゴブリンのゴブタっす。カルネ村の噂を聞いてやって来たっす。よければ中に入れてくれませんっすか?」

 

しっかりとした口調で話すのも良いが、リムルからはこの口調の方がお前らしいし、気さくな方が警戒心を抱かれないだろうと言葉を貰っている。

ややあって、門が僅かに開かれて中から屈強な体躯のゴブリンが1人出てきた。

 

「(え?ゴブリンっすよね?なんでこんな強そうなんすか?俺らの頃と全然違うっす)」

 

正しく戦士といった佇まいだ。体躯や身なりが貧相だったゴブリン時代の自分達とは大違いだ。その余りの差にゴブタは過去の自分を嘆きたくなる。

 

「姐さんの判断で、お前たちを村に入れてやる。だが、他所モンは他所モンだ。妙な真似はするんじゃねぇぞ」

「もちろんっすよ」

 

そうして、ジュゲムと名乗るーー名持ちの魔物( ネームドモンスター)かと思ったら、こちらの世界では普通に魔物には名前があるらしい。別に名前の有無で強さや進化に関係するといったことはないようだーーゴブリンに案内されて、この村の村長であり使える主人……エンリ・エモットに会わせてもらった。

 

「ジュゲムさん、この人達が村の外から来たゴブリンさん?」

「はじめましてっす。自分はゴブタっす。こっちが仲間のゴブチとゴブト、双子の兄妹のゴブツとゴブテっす。あと、自分達はゴブリンじゃなくてホブゴブリンっすよ」

 

ゴブタが代表して挨拶をし、副官のゴブト達部下も続いてそれぞれ頭を下げた。

 

「ホブゴブリンって、確かアーグがそうでしたよね?」

「はい。ゴブリンより上位のモンスターですね。しかし、トブの大森林にアーグ以外のホブゴブリンがいるなんて聞いたことねぇが……」

 

首を傾げたエンリに、ジュゲムがそう説明する。しかし、ジュゲムも腑に落ちないと言わんばかりにゴブタ達を訝しげに睨んだ。

 

「あーっと、自分達はトブの大森林の北の端っこ、山脈に近い場所で暮らしてたっすから」

 

場所のこと話しても大丈夫か?というゴブチから視線が向けられるが、このくらいなら大丈夫だろう……たぶん。

リムルからはあまり自分達の情報を渡さずにあちらの情報を上手く引き出しつつ友好を示せ…なんて無理難題を言われている。そういった駆け引きは頭の回る人に任せてほしいというのに。

だからゴブタには、自分ができる限りの事を、考えられる範囲で話を進めないといけない。

 

「お前ぇさんたちの所はホブゴブリンの集団なのか?」

「はいっす。この村の事を聞いた主人から、是非とも自分達とも良い関係性を築いてほしいと使いを頼まれたんす」

 

しかし、ゴブタはボロボロとこちらの情報を零していた。質問されたから答えただけだろうが、リムルが知れば頭を抱えたかもしれない。まぁ、魔物は嘘をつけない生き物だ。嘘ではないが真実とも言えない事を話すのが精一杯だろう。

この時点で既にこちらに知られず情報を集める程の情報収集力を持つ事、全員がホブゴブリンである事、そして同じか不明だが仕える主人がいる事を明かしてしまっていた。……それをジュゲムが考えて質問したかは分からないが。

 

「ゴブリンやオーガがいるとは知ってたっすが、本当に人間と共存して村を開拓してるとは思わなかったっす」

「塀や堀も随分立派なものでやしたね」

「ジュゲムさんや、ゴウン様の力添えがあってこそです。ただの村娘だった私が、今や将軍なんて呼ばれて、村長にまで格上げされたのには驚きですけどね」

 

人生何があるかわからないものだ、とエンリは苦笑した。

 

「将軍ってことは、ジュゲムさん達以外にも配下を纏めてるってことっすか?」

「ジュゲムさん達も、元はゴウン様から頂いた角笛……ええと、ゴブリン将軍の角笛っていうアイテムなんだけど、それを吹いたら現れて。そして、この前の王国兵が来たときにもう一度吹いたら、更に増えたの。あの時戦ったのは5000体?くらいだったかな?」

 

5000⁉とゴブタ達は驚きに目を見開いた。なんという数のゴブリン軍団だ。

 

「ご、五千体……っすか。それはまた……すごいっすね」

 

あまりの規模にゴブタもその部下達も乾いた笑いを零した。冷や汗だらっだらである。

ジュゲム達を見れば、ゴブリンであった自分達よりも屈強でその強さもあの頃の自分達よりも上だと確信できる。それが5000体以上となると侮れないものとなる。

 

「(どうしたらいいっすか⁉)」

「(自分に聞かれても困りやす!)」

「(副官なら何か良い案だしてくれっす!)」

「(無茶言わんで下さい!)」

 

ゴブタとゴブチが小声で言い争う中、双子のゴブツ達は顔を見合わせて揃って手を上げた。

 

「ゴブタ兄ィとジュゲムさん、どっちが強いかな?」

「勝負してほしい」

「「勝負?」」

 

突然の申込みにエンリとジュゲムは目を瞬かせた。

 

「お、おい。いきなりそんな事言って、相手に失礼でやすよ」

「そうっすよ!リ…あの人から友好関係を築くよう穏便にやれって言われたっすよ⁉」

 

目を剥いたゴブチ達が二人を宥め、先の発言を撤回しようとする。しかし、ゴブタの発した言葉にジュゲムはすっと目を眇めた。

 

「友好関係、ねぇ。ずっと思ってやしたが、どうやらお前ぇさん達はエンリの姐さんやゴウン様を舐めてるようにしか聞こえないんだがよ」

「い、いや!そんなつもりは……!」

 

まずい、とゴブタは冷や汗を垂らした。確かに、この状況を自分達に置き換えてみれば侮られていると取られても無理もない。

国が出来た当初も、他部族が挨拶に来る中こういった連中もいたものだ。短気なシオンや静かに激怒するソウエイなどの過激派に比べれば、このジュゲム達の対応はまだ優しいものだろう。

 

「じ、自分たちは街の外に出るのは初めてでして!噂に聞いちゃいましたが、殆ど知らないも同然なんすよ!」

 

だから不快に思わせたり、失礼な事を言って申し訳なかったとゴブタは慌てて謝った。

 

「カルネ村を知っていて、ゴウン様の事を知らないのは腑に落ちないが……まぁいいだろう。それで、戦うのはお前ぇさん一人か?」

「へ⁉ほ、本気で勝負するんすか⁉」

 

流れたと思ったのに、どうやら受け取られてしまったらしい。ゴブタは慌てたが、ジュゲムはなんて事ない顔だ。

 

「俺達より上位種のホブゴブリンの実力ってものが気になるしな。力を知るには手合わせするのが丁度いい」

 

ジュゲムはやる気だ。エンリも急な展開に困惑気味だが、周りのゴブリンに説得されて了承した。

 

「(ええ〜。何でこんなことになるんすか〜)」

 

ゴブタはほとほと困り果てた。しかし、この状況で引き下がるなんてことは相手方も許さないだろう。

 

「(手の内を見せるのはよくないから、ランガを呼んで同一化はマズイっすよね。それに、リムル様に何かあったと伝わるようなものっす)」

 

となると、クロベエ作の小太刀で切り抜けるしかない。しかし、自分はあのハクロウの鬼のような鍛錬を乗り越えたのだ、きっとあれに比べればマシだろう。

それに、相手の実力を測るのも、こちらの力を示すのもこの手合わせはうってつけだ。ゴブツ達が言い出した時はなんて事をしてくれたんだと思ったが、考え方を変えれば確かに良い案かもしれない。そう切り替えて、ゴブタは手合わせを受け入れた。

家から出て、村の中央の広場へと移動する。話を聞きつけたのか、仕事の手を止めた村人やオーガ達も集まってきた。

 

「「ゴブタ兄ィー!がんばれー!」」

「ゴブタさーん、負けるなっすー!」

「負けたら主やハクロウ殿に言い付けやすよー」

 

双子とゴブトの声援は良い、しかし副長のそれは本気でやめてほしい。あのジジイに知られたら待っているのは地獄だ。

 

「それでは、カルネ村ゴブリン代表ジュゲムさんと、ホブゴブリンの村から来たゴブタさんによる手合わせを始めます!二人とも、準備はいい?」

 

周りの熱狂に煽られたのか、意外とノッてきたエンリが二人の間に立つ。ジュゲムとゴブタも頷き、そして試合の火蓋は切って落とされた。




いきなり戦闘ー。でも、戦ったからこそわかる相手の実力や友好ってあると思うんですよね。


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◯2-2 エ・ランテル観光

エ・ランテルを貶すつもりはないんですが、テンペストの街と比べてしまうと……リムル達にも悪気はないんです。


ゴブタ達がカルネ村で何故か戦闘を行っている一方、エ・ランテルに向かっているリムル一行はと言うと……。

 

「なんだ⁉あんなモンスター見た事ないぞ。馬車をモンスターで引かせる……使役するとは、いったい……」

「この街も馬型アンデッドが引く馬車は走ってるが……」

「それより、あの車はなんだ?不思議な作りをしてるな」

 

などなど、門を抜けてから街の人達に物凄く注目されていた。その視線は好奇心や畏敬もあれば不安や恐怖によるものなど様々だ。

 

「狼車はやっぱりマズかったか?」

「そうでしょうか?魔物を手懐ける技量を持つということで牽制と注目を呼びつつ、身なりからそれだけの財を持つということをチラつかせるのです。この街で行動するなら寧ろ都合が宜しいかと」

 

移動に便利だからと森を抜けた辺りから久しぶりに利用したが、街に入る門で衛兵相手に驚かれた事から失敗したかなと思ったんだが…。ディアブロは寧ろこのくらい当然ですといった姿勢だ。

う〜ん、お金持ちの感覚とかわかんないし。ほら、俺って庶民的だから(一国を統べる魔王が何言ってるんだとか、文句は一切受け付けない)。

 

「それにしても、入国前の講習やらその前の警備兵アンデッドの紹介やら……外の者に対してちゃんと配慮してあるようだな」

「そうね。それにしても警備兵のアンデッド、中々強そうだったわね」

「お前、一瞬腰に手を伸ばしただろ。敵対行為を見せなければ向こうだって襲ってこない。街に付く前に武器を預かっておいて正解だったな」

 

ヒナタのレイピアや俺の刀なんかも今は俺の胃袋の中に仕舞ってある。入国の際に武器は預かられるだろうと思っていたので、最初から所持していない方が面倒もなくていいだろうと思ったのだ。それに、もし万が一の時があれば直ぐに取り出せる方が安心できる。

 

「……職業病よ」

「ま、確かにあれは驚いたな。あちらでは見かけなかったから、こっちの世界特有の魔物かもな。……たぶん、魔素量的に死霊騎士(デスナイト)に近いと思うけど、強さはこっちが上かな」

 

街の警備兵として紹介された黒色の全身鎧のアンデッドと、入国前の講習でこの街の事や注意事項を説明したナーガの事を思い浮かべる。そして、街で見かけた亜人達も。

街は人間が多いが、亜人も何度か見かけた。似ている種族は思いつくが、やはり世界が違うと姿形も強さも違うようだった。

 

「俺達の場合はゲルド達オークに街の整備なんかの肉体労働をしてもらってたが、こっちはアンデッドを主流にやってるみたいだな」

「まぁ、王様がアンデッドを統べる魔物みたいだし、その配下を派遣するのは最もなやり方ね。それに睡眠を必要としない、疲労もしないなら、確かに単純な作業にはうってつけな労働力だわ」

 

確かに。睡眠・疲労・食事がないというのは大きい。上手いやり方だ。俺とヒナタは街を歩きながらそんなことを口々に言った。

 

「さて、もっと街を見て回りたいけど、先ずは金だな。ある程度纏まった金を確保しないと」

 

街の感想もそこそこに、次の目的を決める。

 

「そうね、馬車を置くのも宿を取るのも先ずはお金が必要だし。貨幣が違っても同じ金である以上その価値はそう変らないでしょう?換金するの?」

「いや、あっちの世界の貨幣を流出させるのは良くない。市場に出回ってないものを鑑定に出しても怪しまれるし、遠い異国の物と偽ってもどこで足がつくかわからないからな。無難に宝石を換金するつもりだ」

 

こっちの世界にも共通する宝石だといいんだが……魔鉱じゃないんだから大丈夫だろ、たぶん。

色とりどりの宝石が詰まった革袋を持ったディアブロが事前に調査した宝石商の店に案内する。そこで問題なく換金しーー価値もそれほどあっちの世界と変わらなかったーーついでに貨幣の価値も学習する。

こちらの世界でも変わらずに金貨,銀貨,銅貨であったのはよかったが、価値は少し違った。

あちらでは銀貨1枚に対して銅貨100枚だったが、こちらは銅貨20枚だ。また、あちらでは金貨100枚相当の星金貨というものが、こちらでは金貨10枚相当にあたる白金貨というものもあった。

白金貨、金貨、銀貨、銅貨、と総買取価格からそれぞれある程度分けてもらってから確保した俺達は、先に馬車を預け所に預けてーーその際、魔獣はどうするのかと問われたが、スターウルフは影に潜れる為問題ない。それもまた驚かれたがーーそのままディアブロの案内で宿へと向かう。

 

「黄金の輝き亭か。……ちょっとお高そうな所じゃない?もうちょい低めでも…」

「我が君を低俗な宿になどお泊めになれる筈もありませんでしょう?テンペストの高級宿に比べれば格段に劣りますが、この街では此処が一番でしたので、申し訳ありませんがこちらで我慢して頂けると幸いです」

「あ、はい」

 

笑顔でかなり辛辣というか扱き落とすなぁ、コイツ。でもまぁ、一応設定が富豪の美人姉妹だし下手な所には泊まれないか。

 

「それじゃ、手続きよろしく。今更だが、この世界の言語って……」

「話す分には問題ありませんが、文字はあちらと違いますね。ですが、既にマスターしておりますのでご安心下さい」

 

流石ディアブロだ。完璧すぎる。俺も後で教えてもらって、シエル先生に覚えてもらおう。俺はいいのかって?シエルが覚えるってことは俺が覚えたも同然だろ。

 

《……………。》

 

お、この宿は宿泊客以外も利用できるレストランもあるのか。こっちの世界の食事も気になるなぁ。

 

「ヒナタ…お姉様、私お腹がすきましたわ」

「…………………そうね、ちょうどお昼だから何か食べましょうか。リリム」

 

シュナ達により完璧な美少女ーー元からシズさん似だから女性寄りの中性的な姿だがーーとなった俺の名演技!といってもオーがの姫として育てられたシュナを参考に、口調や佇まいをお嬢様風に仕込まれただけで外見は特に変わっていない。だって元々が以下省略。

服装を女物にして毛先を緩く巻いた程度で、名前は偽名で「リリム」だ。ヒナタは服装以外特に変わっておらず、名前もそのまま。

にっこり笑って普段よりも少し高い声を出せば、ヒナタは露骨に顔に出ることはなかったがそれでも声がいつもより硬かった。ははっ、可愛らしい俺に照れてるな。

 

「そんなわけないでしょ。調子に乗らないで」

「あ、はい。……それにしても、ヒナタもすごく似合ってるよ。そういう可愛らしい女性の姿をしてると益々美人さん…いたっ!なんで叩くんだよ」

「うるさいわよ」

 

ヒナタの法皇直属近衛団筆頭騎士としての凛々しい格好も似合っていて美人だったが、今の令嬢としてのドレス姿もすごく綺麗だ。化粧やアクセサリーもしているが、それらもヒナタの美しさを引き立たせている。

そう褒めたつもりなのに叩かれたのはきっと照れ隠しだろう。ヒナタは素直じゃないからな。

小声で話していた所にディアブロも戻ってきて、昼食を取りたいと言うと頷いてくれた。しかし、店の給仕を断ってまで俺にあれこれと世話を焼かなくてもいいんだよ?お店の人も困ってるし。

内心苦笑いしながらディアブロが説明したメニューの中から料理を注文する。

運ばれてきた料理はどれも洋風で、テンペストでも一部似たような物も作っている。食材も調味料も違うだろうから、どんなものかと思って頼んだんだが………。

 

「………街並みから中世寄りとは予想していましたが、料理もその程度でしたわね」

「貴方の所の食事の方が美味しいわね。……いえ、無駄に拘りを見せた貴方の所と比べる方が間違ってたわね」

 

ヒナタも一口食べただけで味の違いに気づいたらしい。テンペストでの料理で舌が肥えて他の料理がどれも普通以下に感じられると以前愚痴っていたから、尚更だろうな。

 

「申し訳ありません!やはり我が君が口にする食事はあちらで用意したものを召し上がって頂くべきでした。すぐに代わりのものを用意致します」

 

今すぐ皿を片付けろ!と冷ややかな声と眼差しで店員を呼んだディアブロに俺はギョッとした。周囲の客もちらちらとこちらを見てざわめく。

誰もそこまでしろと言ってない!こちらの食事を食べたいと希望したのは俺自身なのに。何より、こんな事で目立ちたくない!

 

「ま、待て…待ちなさい!ディアブロ。それはこの料理を作った方に失礼です。確かに我が家の料理の方が美味し……こほん。どんな料理であってもそれを作り出す手間暇も、作り手の思いやプライドだってあります。それを一喝して見下すなどあってはなりません」

 

そうだ、自分達だって最初は碌に食材も手に入らなかったし、作る物も満足いくものではなかった。料理も記憶を見せるだけで殆ど説明もできなかった。それでもシュナや皆に頑張ってもらって、新しく食材を見つけたり試行錯誤することで料理のレベルを上げたのだ。

 

「も、申し訳ありません、リリムお嬢様。確かに失言でした」

 

ディアブロが頭を下げ、店員にも謝って非礼を詫びると料理人にも謝罪を伝えるよう頼んでいた。

騒ぎも収まり、ほっと一息ついて食事を再開する。ヒナタは外で食事を取るのと変らないといわんばかりに消化している。俺は念の為シエルに解析してもらいながら食べている。

 

「さて、食事も済みましたし、街の観光に行きませんか?ね、お姉様♪」

「……わかったから、その口調であまり喋らないでくれる?鳥肌が止まらないのよ」

「ああっ!なんと麗しいんでしょう。流石は至高の我が君、全てが完璧でございます」

 

ディアブロは絶賛しているが、ヒナタは眉間の皺が凄いことになっている。姉妹仲が良くないと思われるのもアレだし、ヒナタを怒らせるのも怖いから程々にするか。

 

「ディアブロ、街の案内をお願いできますか?」

「勿論でございます。このディアブロにお任せあれ、リリムお嬢様、ヒナタお嬢様」

 

完璧な執事としての礼を取ると、ディアブロはその場に跪いて恭しく手を差し出してきた。その手を取って、俺達はディアブロに案内されるまま街を見て回った。亜人達が宿をとる亜人地区や小店など、懐かしいあの頃の街と比較しながら。

 

「ん?」

 

その時、ふと影に潜むランガの気配が濃くなった気がして足を止めた。先を歩くヒナタもピタリと足を止めてこちらを振り向いた。

 

「どうか致しましたか?リリムお嬢様」

 

隣に立つディアブロが綺麗な微笑みを浮かべながら首を傾げた。

 

「いや……なんでもない」

《…………………。》

 

気のせいだったのだろうか?ランガは何も言ってこないし、シエルやディアブロも気にしていないようだった。

 

「……どうするの?」

「何も。そのまま気にせず進んで下さい。さあリリムお嬢様、参りましょうか」

「……そう。リリム、次は魔法アイテムのある店を見に行くんでしょう?行くわよ」

 

ヒナタの妙な間とディアブロの様子は気になるが、ふっといつもの調子になって歩き始めた。俺も二人に同じくそのまま歩みを再開させた。

 

ーー前を向いて進む俺は気付かなかった。後ろに付き従いながら歩くディアブロが、変わらぬ微笑みを浮かべたまま瞳だけ絶対零度の眼差しで俺の影を睨んでいたことなど。

 




何が起こったかは後でオバロ側の視点で明かします。


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◯2-3 エ・ランテル観光その②

一から街を作ったリムルとは過程が違うんですよね。でも、異業種と人間種が共存する街にしようとしてるのは同じだと思うんです。やや人間に厳しい環境かもしれませんが。


 

ディアブロが案内したのはこの区画にある広場の中でも最も広い中央広場だ。

ちょうど昼頃であるし、幾人もの露天商が商品を店頭に並べ、老いも若いも関係なく雑多な人混みで溢れ、とても賑やかな活気に満ち溢れて……いるであろうそこは、今はそんな活気はなく静けさに包まれていた。笑い声や喜びは消え去り、何処か陰鬱とした雰囲気を漂わせている。ちらほら見える街の人の顔も同様にどこか暗かった。

リムルはその光景を残念に思った。嘗ての活気を予想できるだけに、尚更。

 

「リリムお嬢様が気に病むことは御座いません。此処はあの街とは違います。確かに在り方は似ているかもしれませんが、その過程も、統治者も違う以上当然その結果も変わります」

「………ええ、そうですね」

 

そうだ、此処は異世界。この街は俺達が目指したテンペストの街ではない。薄情かもしれないが、この世界の者ではない俺が憐れむべきではないだろう。したところで、何も変えてやれないのだから。干渉すべきではない。どこで歪みが生まれるかわかったもんじゃないしな。……前回の一件は、俺も少し反省しているのだ。

少し暗くなってしまった雰囲気を払拭させるように、執事服を優美に揺らして目の前に立ったディアブロは、ガイドマン宜しくにこやかな笑みを浮かべて口を開いた。

 

「こちらの中央広場では食材や生活用品から冒険者向けのアイテムなどを販売する露店が並んでおります。……現在は店を畳んで外に逃げ出した商人もおりますがね。ああ、こちらが魔法装備(マジックアイテム)を取り扱っている店になります」

「(こっちの世界のアイテムか。はてさてどんな物なのやら)」

 

並んでいるのは主に武具などの装備品で、ガントレットやアーマーリングなどが置いてあった。店主に許可を貰ってからひとつ手に取って、そのままアイテムの解析を行う。

 

一般級(ノーマル)です。特に効果も付与されていません》

 

まぁ、一般的な武器はそうだよな。普通の冒険者でも良くて特上級(スペシャル)希少級(レア)だし。こういう所は此処も向こうも変らないか。でも、向こうにない珍しいアイテムとかあったらほしいな。クロベエ達へのお土産にもなるし。

 

「……あまり目ぼしいものはないわね」

 

ヒナタも少しがっかりしたような声音で呟くと、もう用は済んだとばかりに踵を返した。

 

「すみません、ご主人。私達、今日此処に来たばかりで。何かこの街で有名な店や、物とかご存知ありません?」

 

ヒナタの態度を詫びつつ、この街について聞いてみた。店主は気にするなと笑って手を振りながら快く話してくれた。

 

「他国からの観光客かい?わざわざこんな魔物の街に……いや、聞かなかったことにしてくれ。そうだなぁ、前はポーション作りで有名なバレアレ氏がいたんだが、カルネ村に越しちまったし」

 

カルネ村……ゴブタ達に調査を頼んだ所だ。ポーション作りで有名とは、こっちも気になるな。製造方法や効果など、比べて検証したい。

帰った後の会議で話題に出そう。もしかしたらゴブタ達が調べてくれてるかもしれないし。

 

「(魔法もそうだけど、ポーションの件も要調査案件、と)その方のポーションはもう街にはないのでしょうか?」

「いや、定期的に卸しにきてるからポーションを扱ってる店に行けば置いてあると思うよ。まぁ…その店も、残ってればの話だがね」

 

店主は苦笑いして答えてくれた。街の地図を見せて、どの辺りに店があるかを聞いておく。後で探してみよう。

 

「ああ、冒険者組合にはいったかい?ほら、あそこ。あの建物がそうだ。あそこにはこの街の英雄、最高峰のアダマンタイト級冒険者の漆黒のモモン様がいらっしゃる」

「いいえ、まだ。この国の冒険者組合には興味があったんですの。モモン様、ですか。英雄と呼ばれる程とは、それは素晴らしい御仁なのでしょうね」

「ああ!あの人がいるからこそ、この街は何とかやっていけてるのさ。正直、モモン様がいなければこんな魔物が彷徨く街、逃げ出してたかもしれないな。だが、この店は代々冒険者用の武器屋として在ったし、今更この街を捨てて店を手放すのもなぁ」

 

毒を喰らわば皿まで、この街と運命を共にするのも、この店を先祖から引き継いだ役目だと店主の男は語った。

 

「そうですか。聞いて回った話では、魔導王陛下は街の住民に非道を為さる方ではないようですし、自分の目で見極めるのは何より大切だと思います。話して下さってありがとうございます。それでは、ご機嫌よう」

 

頭を下げた俺に、店主も微笑んで手を降ってくれた。店の外で待っていたヒナタと合流し、いよいよ俺は冒険者組合へと向かったのだった。




アイテム的にはユグドラシル由来の物があるナザリック側のが上だと思うんですよね。鑑定したらリムル様もびっくりしそう。


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◯2-4 ジュゲムとの手合わせ

強さの基準とは……。クロスオーバーさせると難しくなる案件のひとつですね。


 

友好関係を築くために訪れたカルネ村で、突如始まった村人ーー"人"ではなくゴブリンだがーージュゲムとの手合わせ。

ゴブリンといっても自分達の世界とでは強さの基準が違う。未知と戦う以上警戒し、慎重にいかなければならない。数々の猛者と戦ってきたゴブタにはその経験と培ってきた実力がある。クロベエに作ってもらった武器も希少かつ大事な相棒を手に、ジュゲムをしかと見つめた。

しかし、リムルの配下であり古参を誇る自分が負けていい理由にはならない。此処にはいないあの方の為にも、負ける訳にはいかないのだ。そしてそれは、ジュゲムも同じである。

互いの主への忠誠と想いの強さが、武器を合わせる毎に伝わってくる。二人の手合わせは白熱し、周囲も固唾を飲んで、時には声援を送って盛り上がる。

両者共に何度も剣を打ち合っているが、ハクロウの速さ程ではないその斬撃を避けることは容易い。ゴブタがほぼ傷を負っていないのに対して、ジュゲムは既にボロボロだ。傷から血を流すも、その瞳からは闘志は失われず、力量差を自覚しようとも尚剣を奮う事はやめない。

 

「〈ゴブリンの一撃〉!」

 

己の特殊技術(スキル)を発動しての一撃がゴブタの懐に入る。痛みと大剣の魔法の力、毒によりゴブタが呻くも毒耐性は得ている為それは通用しなかった。

 

「ってて、中々やるっすね。それじゃあこっちもいくっすよ!」

 

ゴブタが手にする小太刀に念じれば、その刀身は氷に覆われ瞬く間に氷槍へと変化した。それに目を剝くジュゲム。ニッと自慢の武器を閃かせて笑ったゴブタはそれを突き出して、ジュゲムの手から大剣を弾き飛ばした。しまった、とジュゲムが思うよりも先にゴブタが畳み掛けるように追撃し、そのまま地面に叩き伏せた。

 

「……ここまで、っすね」

「くっ………そう、みたいだな。俺の負けだ」

 

そうして、ついに決着がついた。地面に伏せるジュゲムと、ゴブタの手から真っ直ぐに伸びる小太刀の切先。

 

「ーーそこまで!勝者はゴブタさんです!」

 

エンリの声がかかり、手合わせは終わる。刀をしまったゴブタは、ふっと息を吐き出すと地面に横たわるジュゲムに手を差し伸べた。

その手とゴブタを見比べて、苦笑いに似た…しかし、どこかスッキリとした笑みを浮かべたジュゲムはその手をしっかりと握って立ち上がった。

二人の間に言葉は無かったが、あの手合いの最中、そして今、交差し繋がりあった"何か"を互いに理解し受け止めた。二人の間には確かに"友情"にも似た何かが在った。同志、にも近い。

 

「良い手合わせだったっす」

「ああ」

 

そんな二人の姿に、周囲は感動して歓声をあげた。拍手喝采である。村の人達もモンスターも、彼らの強さを認め、そして褒め称えた。二人の間にある友好にも、同じだけのものを寄せた。

 

「(な、なんとか上手くいったっすね。いや〜、よかったよかった)」

 

リムルの命も果たせたし、地獄行きも回避できた。ゴブタはほっと胸を撫で下ろす。

 

「「ゴブタ兄ィ〜、お疲れ様!」」

 

きゃらきゃらと自身の周りを纏わりつきながら笑う双子の姿に、ゴブタも笑った。仲の良い仲間同士の姿に、周囲も笑みが浮かんだ。

 

「ジュゲムさん、お疲れ様でした。お水でも飲んでひと息ついてください。ゴブタさんも、よかったらどうぞ」

「ありがとうございます、姐さん」

「あ、ありがとうございますっす」

 

二人は同時に水をぐいっと飲み干し、ぷはぁと息を吐いた。そしてお互いを見つめ、カラカラと可笑しそうに笑った。

すっかり仲良くなった雰囲気にエンリも微笑ましそうに笑っていた。

 

「いや〜!中々良いものを見させてもらったっす」

 

パチパチパチ、と軽く手を打ち鳴らす音と共に一人の女性が彼らに近付いてきた。

メイド服のような格好に赤毛のおさげを揺らす、闊達そうな少女。背には大きな杖にも似た武器を背負っている。ニコニコと明るい笑みを浮かべているのに、ざわりと心臓が騒ぐのは何故だろうか。

 

「(ああ、コイツはマズイ。やべぇ奴だ)」

 

隣でピタリと立ち止まった女を横に、ゴブチは内心身を震わせた。この女が自分達より強い事を感じ取ったのだ。強者がゴロゴロいるテンペストに慣れ親しんだからこそわかる、力量差というもの。

 

「隊長、」

「よかったら、アタシとも手合わせしてくれないっすか?」

 

ゴブチの警戒を孕んだ呼びかけを遮るように、女性は目の前のゴブタを見下ろした。隣のゴブチなんて歯牙にもかけてない事が嫌でも伝わった。

何より、無邪気な笑みを浮かべているが、金色に光るその眼は獲物を見つけた獣のように爛々と輝いている。その、いっそ邪悪なまでのそれを隠す気があるのかないのか。

 

「ルプスレギナさん?」

「エンちゃんはレフェリーお願いするっす」

 

もはやこちらの意見は聞いてない。ゴブチは溜め息をつくと「頑張れ」という意味合いも込めて無言でゴブタを見つめ、ゴブトと双子と共に後ろに下がった。

このルプスレギナという女も気になるが、その後ろをついてきたレッドキャップーーだろうと思われるーーも警戒しての事だ。視線だけでゴブトにも伝え、何時でも動けるようにしておく。

ジュゲムもこの場の何かを感じ取ったのか、チラとルプスレギナとゴブタを交互に見た後、交わしていた握手に込めていた力を少し強めてからそっと手を離した。集まっていた村人達も、再び元の位置に戻る。

自分達を囲む人と魔物の中央で、ゴブタはジュゲムに触れていた手をぎゅっと握りしめて拳をつくった。もう片方は既に刀を握っている。

 

「自分はゴブタっす。よろしくっす、ルプスレギナさん」

 

愛想の良い笑みを浮かべて、あくまで友好的な態度で相手を見つめる。

 

「アインズ様に仕えるメイドのルプスレギナっす。よろしくっす!」

 

たとえ、ゴブリンでもホブゴブリンでも対して変わらない低級モンスターと見下す、無邪気さの奥に邪悪を秘めた怪物を前にしても。

 




ゴブタ◯VSジュゲム✕
ゴブタVSルプスレギナの勝敗は如何に……?
正直、プレアデス相当には一体化無しのゴブタじゃキツイと思うんですよね。他のホブゴブリン達もプレアデスには敵わないんじゃないかなぁ。


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◯2-5 冒険者組合

お嬢様口調継続中なリムルは誰が見聞きしても少女です。そう、誰かが見ていたとしても、ごく普通の少女なんです。


 

先程の店から幾らも離れていない場所にこの街の冒険者組合の建物はあった。奥にあるカウンターに受付嬢が一人座っており、右手側にあるボードーーおそらく依頼内容が書かれているであろう羊皮紙が何枚か張り付けられているーーの前には数人の男達が立っていた。

彼らは紙面を見つめているもののその瞳にはやる気とかそういったものは感じられない。むしろ溜め息を吐くと落胆したようにその場を離れた。

 

「うーん、此処も活気がないですね。それに、思ったよりも人が少ない……」

「まぁ、それは仕方がないですよ。依頼も冒険者も減ってしまいましたから」

 

不意に後ろからかけられた声にリムルはそちらを振り向いた。入り口近くに立つ一人の男は装備からしておそらく冒険者だろう。リムルが首を傾げると、苦笑を浮かべた男は一言謝った。

 

「失礼。俺はミスリル級冒険者『虹』のリーダー、モックナックという者です。ご依頼に来られたのですか?」

 

首から下げられたプレートがキラリと光る。腰を屈めたディアブロが耳元で「下げられたプレートの階級で区分されているのです。ミスリルは上から3番目ですね」と教えてくれた。詳しくは後ほど、と体勢を戻すのを見てから、改めてモックナックと名乗った男を見つめた。

 

「(ミスリル、か。ん?でも3番目ってことは…さっき聞いたアダマンタイト級が1番なのか。その上位希少金属のヒヒイロノカネとかは階級にないのか…)」

 

ちらりと疑問が頭をよぎるが、今は置いておいていいだろう。

 

「こんにちは。私たちは今日この街に来たばかりなのです。街を見て回りましたが、冒険者組合も勧められて。なんでも、漆黒の英雄と呼ばれるアダマンタイト級冒険者の「モモン様」がいらっしゃるとか」

「ああ…、モモン殿ですか。確かに、彼の英雄譚は凄いですからね。その実力も、人となりも」

 

憧憬の滲んだ目で彼の人を語ったモックナックは、しかし残念そうに息を吐いた。

 

「そのモモン殿は、今組合にはおられないのですよ。魔導王陛下の住居の別邸に控えているので……」

 

彼の魔導王が住民に手出しをしないよう見張っているとか。街の住民と会談したりもするので馬車で移動して、組合には殆ど顔を見せない。

そのような内容を聞き、一度会ってみたかった俺としては残念な結果に終わった。

 

「それは残念ですわ。数日は滞在する予定ですので、その間にお会い出来れば良いんてすけど……」

 

心底残念だと頬に手を当てて溜め息をつけば、その憂い顔に心を痛めたモックナックは、元気づけるよう優しく微笑んだ後、モモンさんにお会いしたい他国の令嬢が来ていることを受付嬢に伝言をしてくれた。良い人だ。

 

「そういえば、何か用事があって組合に来られたんでしょう?付き合わせてしまって申し訳ありませんでした」

「いえいえ、お気になさらず。先程も言いましたが、私達ができる依頼なんて殆どありませんから。街の治安も、近辺のモンスターも陛下の下僕が対処していますし。やる事といったら、常に発生しているカッツェ平野のアンデッド退治くらいですかね」

 

苦笑を浮かべたモックナックは、殆ど新規依頼の来ていないボードを眺めてそう答えた。

 

「でしたら、この後少し時間はありますか?よかったら、そのモモン様のお話をお聞きしたいんです」

 

モモンが参入した頃から知っており、且つ憧れているのなら見聞きした情報も多いだろうと思い声をかけたが、モックナックは表情を明るくさせて弾んだ声で了承してくれた。

墓地に大量発生したアンデッドから街を救ってくれた事、強大な力を持つ吸血鬼との激戦、王都を襲った悪魔との戦いなど……嬉々として彼は語ってくれた。

その話を聞きながら、リムルは彼の英雄はどれ程の実力を持つのかと思案していた。

 

「お聞かせ下さりありがとうございました。とても素晴らしい英雄譚でしたわ」

 

どちらかというと、彼が成した偉業よりも如何にモモンが素晴らしいかを語る割合が多かったが……それは言わぬが花だろう。こういう手合いはマサユキで慣れている。

モックナックにお礼を述べて別れたリムルは、黄金の輝き亭に戻ってきた。

 

「ふぅ〜、これでひと通り街は見て回れましたね」

「そうね」

「お疲れさまでした、リリムお嬢様、ヒナタお嬢様」

 

ふかふかのベッドに腰掛けて、二人はそう一息ついた。そこに果実水の入ったグラスを持って来たディアブロが近づき、それを受け取ったリムルは良く冷えた果実水を口に含んだ。

 

「冒険者のモモンさんに会えなかったのは残念ですが、まぁ仕方ないでしょう。明日はどうしますか?ヒナタお姉様」

「リリムの好きにしていいわよ」

 

そっけなくそう言ったヒナタはもはや俺の口調について何も言ってこなかった。人目のない室内なら「その口調いい加減にしてくれない?」と真っ先に言ってくると思ったのにな。まぁ、なんだかんだ面白いからこのままいくか。

 

「そうですか?なら、明日は先程武器屋で聞いたポーションの事が気になるので、それを調べに行きましょうか」

「畏まりました、我が君。それではすぐにポーションを取り扱っている店を探して参ります」

 

俺の言葉を聞いたディアブロは直ぐさま配下の悪魔を呼び出すと、ポーションを取り扱う店を探すように命じた。命を受けたその悪魔は影に沈んで姿を消す。

それからはのんびりと部屋でくつろぎながら、ディアブロから文字を教わったり、街で見聞きした事をまとめたりして時間を過ごした。




次はようやくオバロ側の視点です。


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●2-6 未知の入国者

オバロ側の視点ですー。


 

エ・ランテルの旧都市長の屋敷、今やこの街やその周辺を支配するアインズ・ウール・ゴウン魔導国の王、アインズことモモンガは彼の執務室となっている部屋にいた。

いつものように書類を確認していたら、アルベドから入国者について報告が上がってきた。

 

「見たこともない狼モンスターを引き連れた人間だと?」

「はい。門兵の報告によりますと、見たこともない構造の馬車と、それを引く未知の狼モンスターだとか。それを使役すると思われる3名の人間が本日魔導国に入国致しました」

 

アルベドが報告した内容とそのモンスターの特徴を聞き、確かに自分が知る知識の中に該当するモンスターがいない事をアインズは理解した。

ユグドラシル由来のモンスターではない、しかしこの世界でも見たことのないモンスター。

 

「その人間達は既に入国したのか」

「武器等も所持していない女二人とその執事の男のみであった為、講習を受けた後通したと。……如何なさいますか?アインズ様」

 

そう尋ねるアルベドだが、アインズ様の気に触るようなら直ぐに始末してきますと声に出さずとも顔に出ていた。

それは早計だから却下するとして、さて……どうしたものか。アインズはふむ、と骨の手を組んで思考する。

見たこともないモンスターに、異国の人間。観光目的らしいが、こんな亜人が闊歩している魔都にわざわざ訪れるだろうか?興味本位とは俄には信じ難い。気にはなるが、迂闊に手を出すのも不味い。モンスターを使役しているのだ、それ相応の実力があると見ていいだろう。

 

「……警戒するレベルでいいだろう。迂闊に手出しはするな。相手の国や勢力も不明なんだ。…まぁ、向こうから手を出すのであれば相応の対応はするがな。アルベド、その3人組にシャドウデーモンを2体付けて監視させろ」

「了解致しました、アインズ様」

 

ひとまずはその3人組がどう動くのか観察しよう。もし問題が起こったら、またその時考えよう……相手がただの人間であると思っていたアインズはそう考えた。

しかし、その予想を裏切る結果はその後すぐにもたらされた。

3人組につけたシャドウデーモンのうち一体が戻ってきたのだ。シャドウデーモンはひどく怯え、混乱しているようだった。いったい何があったのかと尋ねれば、シャドウデーモンは自身の身に起きた事を話した。

その内容と、齎された情報にアインズは眼窩の灯火を揺らして動揺した。

 

「悪魔ですって?」

「それも、デミウルゴスに匹敵する上位種だと……⁉馬鹿な!」

 

アインズの指示通り監視する為に人間の影に潜ろうとしたシャドウデーモンは、しかし、それに失敗した。いや、二人の女の内黒髪の女性の方は難無く潜り込めたのだが、青銀髪の少女の方は無理だった。

その影には既に"何か"がいたのだ。そして、まるで(ナワバリ)から追い出されるように、そこは自分の居場所だと、出て行けと激しい拒絶と怒りを感じた。それに恐れを成したシャドウデーモンは、そして……それ以上に恐ろしいものを見た。感じた。

 

ーー目だ。こちらを真っ直ぐ見つめる、異様な瞳。それは夜闇に浮かぶ金色の月のようであった。爛々と輝くその月は、しかしその輝きをぞっとさせる程の禍々しい真紅に裂けていた。

一度見たら忘れられない、その眼に一瞥されただけで魂の根源から湧き出るような恐怖を与える、そんな目だ。

 

「下等な悪魔風情が、我が君の御影に触れるなど烏滸がましい。身の程を知れ、屑が」

 

そう侮蔑の篭った言葉を吐き捨てて自分を見下ろしたのは、少女に付き従う執事の男だった。まさに絶対零度の眼差し。身も心も凍り付きそうなほどの恐怖。

それは、自身が従う煉獄の悪魔にも匹敵する…いや、畏れ多くも述べるならば彼の悪魔よりも上回るのではないかと感じる程の圧倒的な内包量に体が震えた。そうして、その恐怖から何かがポキリと小枝のように折れる音が、自身の内側から聞こえた気がした。

そんな己を見て、黒の悪魔は凄絶に嗤った。その後のことはよく覚えていない。恐怖と、悪魔への危険を主人に報告すべくその場から逃げ出した。

 

ーー影の悪魔は、気づいていない。その悪魔に対して心折られたその瞬間に、絶対的な能力によって行動も思考も支配されていることに。恐怖に縛られた心は、彼の悪魔が望む通りに動き、話す。もはや自分ではそれが自分の意思なのか、そうあるように誘導されたものか判別もつかない。

ただただ、あの恐ろしい悪魔へ叛意を抱かぬように、そして目の前の至高の御方を裏切らぬように。矛盾にも似たものを抱きながら、悪魔は話した。前半の考えが、普段の下僕であれば異常な事だと気づかぬままに。

 

「……そうか。ただの人間と侮っていたな。私の失態だ」

「アインズ様に落ち度は何もございません!不審であると懐疑しておきながら直ぐに始末しなかった私の方にも不備がございます」

「よい、アルベド。手を下さず監視するよう命じたのもまた私の指示だ。それが今に繋がっただけのこと。しかし、まさか上位の悪魔を従える者とは……。未知の魔狼といい、他にいったいどれ程の手札を握っているのか」

 

その悪魔が"我が君"と呼び慕うのは黒髪の女ではなく、金の瞳に青銀髪の少女だ。

 

「リリム……か。もしかしたら、プレイヤーかもしれないな。その悪魔がNPCという可能性もあるだろう」

 

アインズの言葉にアルベドは息を呑んだ。アインズも似たような心情だ。厄介な者が現れた。これは、慎重に行かなければならない。警戒の為シャドウデーモンを差し向けたのは悪手だったかもしれない。こちらの存在を知られ、警戒されれば動き辛くなる。

しかし、2体つけたシャドウデーモンのうち1体は存在がバレている筈なのに始末されていない。未だ影に潜んで警戒に当たっている。

こちらの意図を読んだ上で敢えて野放しにしている…?もしくは、こちらがどう動くか伺っているのか。

 

「アインズ様のお考えに言を挟む無礼をお許し下さい」

「ん?いや、構わないぞ。発言を許す」

 

思案に耽るアインズにアルベドは緊張を孕んだ表情でひとつ提案した。

 

「向こうにもこちらの意図が伝わっていると想定して、現状では引き続き警戒と監視を行うしか手はないと思われます。それ以上の事を行えば向こうも何かしら抵抗もしくは反撃を行う可能性もあります。出方を見るという事であれば幾らか戦力を回しても宜しいかと思いますが」

「そうだな……いや、相手の力が未知である以上、不必要に刺激する事もあるまい。シャドウデーモンを一体消さずに付けたままでいる事からも、奴らもこちらに踏み入れた事は自覚している筈だ。ある程度の監視は受け入れるということだろう。なら、引き続き監視と警戒にあたる」

「アインズ様の仰る通りかと。出過ぎた真似を致しました」

 

頭を下げるアルベドにアインズは気にするなと手を振ってから、頭を垂れたまま微動だにしないシャドウデーモンに目を向ける。

 

「現在黒髪の女に付いている者と交代し、お前が件の3人組を見張れ。何か行動を起こしたらその都度私に報告せよ。奴らがこの街から出ていくまで……いや、向こうが手を出してこなければそのまま後をつけろ」

 

アインズの命を受け、シャドウデーモンは深く頷くと影に潜んで御前から姿を消した。

アインズは少しでも多く相手の情報を得る為に行動した訳だが、それは相手方にとってもとても都合の良い事だと気づくには及ばなかった。

隣に立つ彼の悪魔と同等の智謀を誇る淫魔は当然理解していたが、案の定深読みスキルを発動させてアインズ様ならば何も問題はないのだと微笑みを浮かべたままでいた。




◯2-2でランガが無言で威嚇したのはシャドウデーモンが影に潜り込もうとしたからでした。ディアブロとシエルも気づいてますが、ディアブロが対処したので問題無しとシエルはリムルには何も告げなかったんです。
ヒナタも気づいてますが、ディアブロがそのままと言うので不快を感じながらも我慢してます。


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●2-7 深まる謎

アインズ様の悩みの種は尽きない……。


シャドウデーモンからの報告を挟みながらも、街をあちこち見て回っていたーー本当に観光目的だったのかと、アインズは思いかけたーー例の3人組は、遂に冒険者組合にもやってきた。

どうやらモモンに会いに来たようだ。現在モモンとして影武者を頼んでいるパンドラズ・アクターの方にもその旨が届き、どうするか〈伝言(メッセージ)〉で聞いてきた。

 

「まだ会うのは時期尚早だ。もう少し相手の情報が手に入ってからだな。組合には何か理由をつけて断りを入れろ」

 

わかっている現段階でも、デミウルゴスに匹敵する悪魔が一体と、プレイヤーの可能性がある人間が一人。またまだ情報不足だ。

自分が出向くのは勿論のこと、パンドラズ・アクターにモモンの代理をさせて会わせるのも危険だ。そう判断したアインズは会うことに待ったをかけ、逸早く情報を集めるよう再度下僕に連絡した。

そうして、監視と情報収集に徹底するもあまり良い収穫はなく、例の3人組は特に問題も起こすことなくエ・ランテルから去っていった。その事に歯痒さと安堵の息を漏らしたーー肺もなければ息もないだろというツッコミは受けないーーアインズに今度はルプスレギナから〈伝言(メッセージ)〉が届いた。

 

「(ん?)ルプスレギナか。どうかしたか?」

〈アインズ様、面白いゴブリン…いえ、ホブゴブリンがカルネ村に来ました〉

「ホブゴブリン?以前保護された奴とは別の個体か?」

 

他にホブゴブリンなんて森にいたか?とアウラの報告を思い出す前に、ルプスレギナの肯定が返ってきた。

 

〈見た目も強さも、アレとは全然違います。そこそこ楽しめました〉

 

クスクスと笑う声が響き、アインズは眼窩に灯る赤を細めた。

 

「ほう。続きを報告してくれ」

〈はい。以前アインズ様が下賜されたアイテムから召喚されたゴブリン…ゴブリンリーダーと対戦しましたが、戦いはホブゴブリンの勝利でした。レベルや魔法道具も近衛隊の十三レッドキャップと同等かそれ以上かと〉

 

最初期のゴブリンはレベルこそ12レベルと弱いもののオーガやトロール、低ランクの冒険者にも負けない実力はある。それに、2回目の笛で召喚されたレッドキャップは確か40レベル以上のモンスターだったはず。それらを上回る程、か。保護されたホブゴブリンはまだ子供で、そこまでではなかった筈だから、これは……この世界で発見した中でもそこそこの連中だ。

 

「そのホブゴブリンは1体だけか?」

〈村に訪れたホブゴブリンは報告したホブゴブリンをリーダーに全員で5体、ゴブリンからの報告では彼らの村はホブゴブリンの集団みたいですね。リーダー以外はそこまでレベルは到達していないように見えました。しかし、身に着けている魔法装備は低位ながらもこちらの世界では上に分類される物でした〉

 

力と装備がこの世界の”普通"から越している。そんなモンスターなんて今まで見たことも聞いた事無い。これは、少し気になるな。

 

〈面白そうだったので、軽く遊んだのですが……あれは上位のモンスターとも互角に戦えるだけの経験と実力を持った者です。武器に仕込んだ技は使うのに奥の手は何故か使わずに負けを認めて退いたのは不満ですが、まぁその程度のモンスターでした〉

 

ゴブリンとの一戦も見応えはあったが、実際に手合わせしてみると中々に強かった。

お遊びのつもりだったが、自身の攻撃を易々と躱し、時々ヒヤリとさせられる一撃も繰り出された。あの武器の性能も良い。予め付与されていたのだろう氷の魔法を放ってきたり、まさか鞘から電磁砲が繰り出されるとは思わなかった。

追い詰めた時の悔しそうな表情は見ものだったし、更なる絶望に落とそうとした時……負けてたまるかと顔をした後何か仕掛けようとしたのに、それを繰り出す事はしなかった。

あんな顔をしておいて、負けを認めて諦めたのだ。何か理由があったのかもしれないが、ルプスレギナはその時点で興醒めして一気に興味を失った。特に脅威を感じる程の強さでもなかったし、その程度という認識で終わった。

それでも周囲とは一線を越していた為、以前の叱責を活かしてアインズに報告したという訳だ。

 

「(なんでそこで手を引くんだ!そこはもう少し相手の手の内を引き出す所だろ!……でも、こいつら的には弱者にそこまでする理由も価値も見出だせないという考えなんだろうな)」

 

溜め息をつきたくなるアインズだが、それはぐっと堪えた。報告しただけ成長したという事だろう。ルプスレギナにとって等しく弱者という認識だろうし。

 

「報告ご苦労。そのホブゴブリンはどうした?まだ村にいるのか?」

〈いえ。用は終わったとかで帰りました〉

 

帰った?そもそも用とは一体なんだったんだ?

その疑問のままルプスレギナに問えば、特に気にしていなかったルプスレギナは慌てて側にいた当事者たるゴブリンのジュゲムから聞き出した事そのままを伝えてきた。

 

「主に頼まれて、村の様子を見に来た……友好関係を築きたい…か」

 

理由としては何の疑いも持たないものだろう。しかし、主という存在がどうもひっかかる。それは仕える存在がいるという事であり、同族を束ねる存在であれば村長なりーーリーダーのホブゴブリンが隊長と呼ばれているならばーー大将なり別の呼び名があるだろう。

不可解な事が複数存在するホブゴブリンの集団。もう少し報告が速ければそのまま帰すのではなく情報を聞き出す為に村に留まらせるなり、帰すにしてもシャドウデーモンを潜ませて追跡なりいくらでもやりようはあった。…まぁ、終った事をぐだぐだ言っても仕方ないのだが。

 

ーーアインズは知らないが、このホブゴブリン達が来たのは数日前である。滞在した数日間の間にいくらでも報告はできたのだが、案の定ルプスレギナは彼らが帰った後でふと思い出してこうして報告した次第である。

これを知ったら二度目の叱責ものだが、ンフィーレアやエンリ達に全く害がない上問題も起こさなかった事から然程重要とも思わなかった……という言い訳があるのだが。まぁ、それでも先程思ったようにこうして報告してきただけマシだろう。

 

〈な、なんかマズかったっす…ですか?〉

 

怯えたようなルプスレギナの声音に、アインズは指摘しようとして止めた。

 

「………いや。報告ご苦労。もしまたそのホブゴブリンの集団が来たらすぐに連絡しろ」

 

了解しました、と述べてからルプスレギナの〈伝言(メッセージ)〉は切れた。そして、アインズは傍らに控えるメイドに声をかけてアウラを呼ぶように伝えた。

命じる事は、そのホブゴブリン達の発見だ。彼らが住む村もできれば把握しておきたい。

 

「まったく、あっちもこっちも不可解な奴らが現れたものだ」

 

もしかしたら何か関係があるかもしれないが、それは今後の調査次第だろう。アインズは不快気にそう呟いた。




ゴブタ✕VSルプスレギナ◯
一体化無しではプレアデスに勝利するには至らない…という事にしました。一体化すれば互角か相性が良ければ勝てるかな?と私は思ってます。
ゴブタがランガを呼ばなかったのは手の内をこれ以上晒すのはよくないと判断したのと、あくまでリムルからの命は友好関係を築く事で実力を見せつける事ではないからです。逆に警戒されてしまいますしね。
ジュゲムとの戦いまでがギリギリといった所でしょうか?武器の性能しか見せてない、実力はまだ誤魔化しがきく範囲内。
ちなみに、カルネ村での行動は他にもあるんですが、ルプスレギナは勝負後は興味失ってるので、ゴブタ達が何をしてたかは知らないしその報告もしてません。
カルネ村での事はテンペストの街に戻ってからの報告会で明かしますので、気になるでしょうがお待ち下さい。


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冒険者になったら問題児が暴走した件
●3-1 ナザリックの動き


お待たせしましたー!
始めはナザリックでのアインズ様+守護者達での会議です。


 

その日、アインズはナザリック地下大墳墓へと戻ると階層守護者ーーガルガンチュアとヴィクティムは除くーーを招集するようアルベドへ指示を出した。調査を頼んでいたアウラにも戻ってくるよう〈伝言(メッセージ)〉を送る。

守護者統括のアルベドを除く者達が程なくしてソロモンの小さな鍵(レメゲトン)に集まり、ナザリック地下大墳墓の最終防衛の間…心臓部とも呼べる玉座の間へと通じる扉の前に並んだ。五メートル以上もあるだろう巨大な両開きの扉には右扉は女神が、左扉には悪魔が今にも動き出しそうな程繊細かつリアルな彫刻が施されていた。その重厚な扉を開けて中へと入れば、何度訪れようとも目を奪われる程の圧倒的かつ神聖な存在感に感嘆の溜め息が漏れる。

最奥のワールドアイテムでもある玉座と、その背後に壁にかかるギルドサインが施された真紅の旗を見上げ、最敬礼を以て崇拝と忠義の念を示した後、彼らは下階段前に一直線に並び立つ。

主人が指定した時間までまだ時間がある。アルベドもまだ来ていない。自然と高まっていた緊張につめていた息を誰ともなく吐き出して、ふとシャルティアが来る前から抱いていた疑問を口にした。我らが至高の御方は何故自分達を呼び出したのか?と。

しかし、それに対して明確な答えを出せる者はいなかった。計画の為ナザリックを空けているデミウルゴスや蜥蜴人(リザードマン)の集落に出向いているコキュートスは勿論のこと、調査等でナザリックを離れたりもするアウラやマーレも首を傾げていた。

 

「誰も何も聞かされていないんでありんすか?」

「その事についても、アインズ様からお話があるだろうさ」

 

デミウルゴスが肩を竦める。何故呼び出したのか、その理由を考えようともしないシャルティアにそっと溜め息を零して。

 

「もしかしたら、昨日アインズ様に頼まれた件が関係してるのかな?」

「厶?何カアインズ様カラ命ヲ受ケタノカ?」

 

ポツリ、と独り言にも似た言葉を落としたのはアウラで、それに反応したコキュートスが詳細を聞いてきた。

 

「それが、トブの大森林にホブゴブリンの村が無いか探してほしいって……。以前調査した時はそんな種族見つからなかったんだけどなぁ」

「それはチビスケの調査不足というものでありんせんか?」

 

首を傾げるアウラに、シャルティアが鼻で笑うように嘲った。アウラはそれにムッと顔を顰めた。

 

「確かにまだ未調査の箇所はあるけど、でも、なんでホブゴブリンなんて低俗な種族を探すのよ」

「そ、それは……!」

「え、えっと……でも、アインズ様の仰った事だから……その、何かお考えがあったんだと思うよ?お姉ちゃん」

 

アウラの噛み付くような言葉にシャルティアは言葉を濁すも、マーレはアインズ様は何かお考えがあるのだろうと返す。

 

「アインズ様がお考えになる事だから、当然だろうね。しかし、ホブゴブリンか……。他には何も聞いてないのかい?」

「トブの大森林の北の、アゼルリシア山脈麓付近を調査しろって」

 

それだけを言われたアウラは急いで動ける配下達を放って捜索させた。アウラもフェンに乗って駆け回ったが、やはりそんな村は見つからなかった。

 

「一旦、守護者達を集めるから戻れって言われて帰ってきたけど……」

 

その続きを話そうとしたアウラの耳に、コツリと高く鳴るヒールの音が聞こえた。

 

「間もなくアインズ様が来られるわ。お喋りはそれまでになさい」

 

玉座の間に現れたアルベドがそう注意する。アルベドは自身の位置で歩みを止めるとその場に片膝を付き、濡れ羽色の髪を垂らしながら頭を下げて静かにその時を待つ。アウラ達も口を閉じると同様に彼の御方が現れるのを待った。

そして、転移により音も無くその場に現れたアインズは微かな足音と杖が床を叩く音を響かせて玉座に近づき、漆黒のローブをバサリと翻すとゆったりと腰掛けた。

眼下に頭を垂れて敬意を表し、彼の御方の言葉を待つ彼らにアインズは重々しい声をかけて頭を上げさせた。

 

「急な呼びかけにも関わらず、よくぞ私の前に集まってくれた。デミウルゴス、コキュートスも、外から呼びつけてすまないな」

「何をおっしゃいます、アインズ様!謝罪などとんでもありません。お呼びとあれば即座に参るのが当然の務めであります」

「デミウルゴスノ言ウ通リデゴザイマス。アインズ様ニ与エラレタ役ヲ務メル事モ重要デスガ、一番ハナザリックト、ソノ支配者タルアインズ様ニオイテ他ナリマセン」

 

本来なら何事もなく統治は進み、外に出向かせた二人を呼び戻す事もない筈だがそれが叶わなくなった。謝罪するアインズだが、当の二人は首を振ってアインズに呼ばれこの場にいる事が何よりも大切だと告げた。

 

「んん……それとアウラ、頼んだのにも関わらず調査の途中で呼び戻してすまないな」

「いいえ、アインズ様!それと途中経過ですが報告は……」

「ああ、いや。報告は少し待て。先ずはお前達を呼び集めた理由を話そう。アルベド」

 

アウラの言葉を遮り報告を一旦保留にすると、アルベドを呼ぶ。静かに立ち上がったアルベドはアインズの傍らに立つと守護者達に向けて口を開いた。

 

「先日、アインズ様が統治なさるエ・ランテルに3人の人間が入国したわ。黒髪の女、青銀髪の少女、そして執事服の黒髪の男よ」

 

アルベドの話に、守護者達はなぜ人間の事など報告するのだろうか?と思いながらも主人やアルベドの表情が固い事から黙って話の続きを聞いた。

 

「彼らはアインズ様も知らない未知の狼モンスターを従え、この国にはない馬車に乗ってやってきたわ。彼らの所属国も南方の遠国とだけで詳細は不明」

 

その内容にアルベドと同等の智謀を誇るデミウルゴスは目を眇めた。それが一体何を示すのか大凡の検討がついたからだ。

しかし、それだけならば少し怪しいけど脅威とならない下等な塵芥(ニンゲン)……アインズも影の悪魔(シャドウデーモン)を監視に遣わして様子見する事にしたのだが、そこで問題が生じた。

 

「2体の内緊急報告として戻ってきた1体はこう言ったわ。彼の人間は人間に非ず。受肉した悪魔であり、その内包量は自分達を纏める彼の最上位悪魔にも匹敵する……と」

 

そう告げたアルベドの言葉に、配下達はざわりと騒めいた。一斉に視線が一人の守護者へと集中する。

銀のプレートに覆われた棘の生えた尻尾をピシリと不愉快気に揺らしたデミウルゴスだ。丸眼鏡の奥に閉ざされた目も、瞼の裏側ではきっと苛立ちを顕にしていることだろう。

 

「その影の悪魔の言葉に信憑性はあるのですか?」

「悪魔の事については私も理解はあるつもりよ。影の悪魔の様子と言葉に嘘はなかった。純然たる差を感じ、理解したのね。格の違いを」

 

デミウルゴスは至高の41人のうちの一人、ウルベルト・アレイン・オードルにより創造された最上位悪魔だ。悪魔種族の中でも高位に位置する。それと同等とは、つまり、そういう事だろう。

 

「そ、そんな存在がデミウルゴスの他にこの世界に存在するんでありんすか?」

「有り得ない、ということはないわ。可能性はゼロではないもの。この話からも理解できるでしょう?相手のレベルというものが」

 

息を呑むシャルティアの信じられないという言葉に、アルベドはそう冷静に返した。それに他の守護者達も黙り込むしかない。何より、アルベドとデミウルゴスが肯定したのだ。

 

「たかが人間と侮った、私の落ち度だ。どのような可能性も捨て切れない以上、十分に警戒して然るべきだったのだ。……まぁ、今更言った所で遅いがな」

 

アインズの発言に下僕達が直ぐ様言葉を返そうとしたが、その前に手を突き出して止めると話の続きをする。

 

「相手の方もこちらの意図に気付きながらも静観の姿勢でいるようだ。お互い、相手の情報を得ろうと策を巡らせているのが現状だ。だが、それはこちらにとっても好都合というもの」

 

幸い、その悪魔は共にいた二人のうち青銀髪の少女の方を主人として付き従っているようだった。

少女の方からはさして強者足り得る力は感じられなかったと報告されたが、敢えて隠している可能性もある。所持しているアイテムについてもまだ未確認なのだから。

青年を悪魔と見抜けなかったように、少女もまた一筋縄ではいかない可能性がある。決めつけるのは早計だ。

そう、アインズは守護者達に語った。アインズの考えに下僕一同深く頷き、肯定した。

 

「それと、エ・ランテルでの件とは異なるけれど、ルプスレギナからの報告でカルネ村に数体のホブゴブリンが来たとのことよ。装備や強さは現地のモンスターよりも強く、彼らの住む村や彼らを遣いとして出した主など、不明な点も多い」

 

エ・ランテルに現れた人間と、同時期にカルネ村に現れたホブゴブリン。一見すれは別の場所で起こった、無関係の出来事とも取れる。

 

「エ・ランテルもカルネ村も、どちらもアインズ様に関する場所。そこに同時期に訪れたという事に違和感を感じる。そうですね?アルベド」

 

きらりと眼鏡を光らせて、智謀を誇る悪魔はそう問いかけた。アルベドはそれに頷く。

 

「黒髪の女の方に潜ませた影の悪魔だけど、街を出ていった後は暫くはそのまま尾行できたけれどいつの間にか影から追い出されて彼らを見失っていたとの事よ」

 

取り逃がすなど何たる失態か、と周囲はいきり立つが、影の悪魔はレベル的にもそう強くはない。向こうが上手だった場合軽くあしらわれるのは当然ともいえる。

街の外での監視は御免だ、という事だろう。始末したりせず感知されないよう撒いて置いていった事から敵対の意思は確認できていない。

 

「現状として、プレイヤーの可能性があるリリムという人物及びその出身国やその背景を探る事。また、そのホブゴブリン達との関係性もだ」

 

続けて述べたアインズの話を聞いて、ただ一人アウラは何故アインズからあのような命が下ったのか理解した。

 

「(流石はアインズ様!事態が起こってすぐその関連性に気づくなんて!)」

 

アウラはキラキラした目でアインズを見上げた。話を聞いてだいぶ理解できたのか、コキュートスやシャルティアも同様の視線だった。

 

「アウラ、待たせてすまないな。途中で構わないから報告を頼めるか」

「あっ、はい!アインズ様。えっと、調査を頼まれてたホブゴブリン及びその村の件ですが……」

 

フェンやその他の子と共に駆け回ったが、アインズの言うホブゴブリンも、その村も見つけられなかった。いるのはやはり低位のゴブリンばかりだった。

 

「山脈の方には配下達を向かわせてますが、そういったものは見かけないと……。ただ草原が広がるばかりです」

 

お役に立てずすみません……と色良い報告ができなかったアウラはしゅんと俯いた。折角アインズから直接賜った命だというのに、なんの成果も出せなかった。

 

「そう落ち込むな、アウラ。急に頼んだのにも関わらず調査に駆け回ってくれて感謝するぞ。早々に見つかるとは私も思っていなかったさ」

 

むしろ一日半でそこまで広範囲に探索できたのはアウラだからこそだろう。その手腕と実力をアインズは疑った事などなかった。

 

「もし、リリムと何らかの繋がりがあった場合は未だ手の内を見せない相手がそう簡単に見つかるような真似をするとは思えない。

難しいとは思うが、引き続き調査を頼めるか?」

「はいっ!お任せ下さい。今度こそ見つけ出してきます!」

 

顔を上げたアウラはより一層使命感に燃えていた。アインズは「頼んだぞ」と返すと、次にコキュートスの方を向いた。

 

「アウラには山脈を中心に調査させようと思うので……コキュートス、配下のリザードマン達もいくらか動かしてトブの大森林の中でそのホブゴブリンを探してみてくれないか」

「御意。必ズヤ探シ出シテミセマス」

 

アウラの負担を少しでも減らそうとコキュートスにも補佐を頼む。守護者を二人も動員するのは如何なものかと思うが、相手の実力が未知のうちは警戒して然るべきだろう。

シャルティアの時のような後手にだけは回りたくない。基本的に慎重に慎重を重ねて行動したいのだが、予測できない事態に巻き込まれたら本末転倒だ。

 

「暫くは私もエ・ランテルでその人間達が再び訪れないか警戒しておく。もし来た場合は動向を監視しつつ情報を集める事に専念する」

 

接触するかは今の所未定だ。彼らの様子を見て、敵対の意思が見えなければ多少こちらから誰かを寄越してもいいかもしれない。

アインズは警戒しつつもユグドラシルからきた同朋(プレイヤー)に出会えるかもしれない、何か仲間の情報を知っているかもしれない、という一縷の望みを抱かずにはいられなかった。

そのほんの僅かな機微を察知したのか、隣のアルベドはアインズに見えない所で奥歯をギッと噛み締めた。表情にはおくびにも出さないが、その瞳の奥に宿る仄暗い光は剣呑に満ちている。

 

「油断は決してするな。プレイヤーの脅威はお前達も理解しているだろう。発見してもこちらから手を出すのは愚策と思え。敵対行為を取れば状況がどう悪転するかわからないからな。あくまで友好的に近づくのだ。

私は、このナザリックもお前達も、全ての下僕達も危険に晒したくはないのだ。そこを理解してほしい」

「おお、なんと慈悲深きお言葉。身に余る光栄でございます。しかし、我ら一同にとってアインズ様こそが至高。アインズ様の為ならば私達下僕一同、ナザリックの全勢力を上げて敵を討ち滅ぼしてみせます!」

 

いやいやいや!そうじゃないって!なんで全面戦争ルートまっしぐらなの⁉

敵対しないよう友好的にお近づきになろうって話じゃん!え、俺の言い方悪かった⁉

 

ビシッと決めたデミウルゴス以下守護者達の気迫に、アインズはピカッと光って沈静化が起きた。

やはり、どうやっても自分の気持ちを伝えるのは難しい。魔王ロールをやりながらとなると余計に。

 

「…………そうじゃない。なんでそうなるんだ。敵対はしないと言ってるだろ。いや、それは勿論相手の出方次第だが。とりあえず、今は調査に専念しろ」

「ハッ!了解致しました!」

 

返事は立派だな、うん。その過激な思考はどうかと思うが。

 

「緊急事態ゆえ、優先事項はその調査になる。もちろん、計画進行中のデミウルゴスはそちらを優先してもらって構わない。手の空いているもので可能なら調査に当たってほしい。少しでも多く情報を集めたいからな」

「アインズ様からの命以上に優先すべきことなどありんせん!妾もお役に立ってみせるでありんす」

「ぼ、僕もお姉ちゃんとコキュートスさんのお手伝い、その、頑張ります!」

 

やる気をみせるシャルティアとマーレに感謝の言葉を述べ、そのような事……!と無限ループに陥りそうになった所を、骨の手を打ち鳴らして話を変える。

 

「報告は以上だ。もしこの場で何か提案がある者がいるならば話を聞こう」

「ではアインズ様、失礼ながら発言の許可を頂いてもよろしいでしょうか?」

 

アルベドの発言にアインズは頷いて続きを促す。ありがとうございます、と返したアルベドは調査の手段として謹慎中の身ではあるが情報収集力に長けたニグレドを動かしてはどうかと提案した。

 

「(なるほど!ニグレドか。確かにニグレドなら遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)よりも高性能に索敵ができるな)流石はアルベドだな。実に良い提案だ」

「勿体なきお言葉でございます」

 

アインズは手放しで褒めるが、アルベドはアインズ様ならば当然想定した手段だと疑いもしない。時々こうして守護者達の自発性や思考力を試す御方の期待には必ず応えなくては!と彼らは勘違いしている。

こうして、勘違いからくる発言により結果的に功を奏しているアインズは彼らからどう思われているのか知らぬまま支配者然とした振る舞いでニグレドの機動を許可した。

 

「ナザリック内での指揮はアルベドに任せる。些細な事でもいい、手掛かりを見つけ出せ」

「ハッ!」

 

最後の締めだと、アインズがバッと両手を広げて声を上げればーー内心「(ポーズ決まった!)」とドヤ顔であったーー、守護者は息を揃えて頭を垂れるとそれぞれ役目を果たすべく御前から姿を消した。

アインズもエ・ランテルへと移動し、警戒心を高めながらも今後の対策を考え、報告を待つのであった。




アインズ「まさか、プレイヤー⁉」
リムル「ちょっとした異世界旅行っていうか、観光?」
警戒心とお気楽という、壮絶なすれ違いは此処から始まった……。真実を知るまでアインズ様の無い胃が痛む。


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○3-2 テンペストの動き

ひっさびさすぎて………。申し訳ない。
続きを書こうか悩んだけども、やっぱり中途半端に止めるのもなぁ……と。


数日の滞在を終えて、カルネ村とエ・ランテルから戻ってきたゴブタ達とリムル達。

 

「ただいま、みんな」

「おかえりなさいませ!リムル様!」

 

声を揃えて出迎えたシオン達の歓迎にもみくちゃにされながらも、やっぱりこの街が一番落ち着くなぁと染々感じた。

怪我はしていませんか?と、もちプルボディをシオンとシュナに揉まれたりーーディアブロが私がお側にいるのですからそんな事起こり得る筈がありませんと、帰って早々シオンと火花を散らしたーー、街はどうだったやらモンスターはどれ程の強さだとかヴェルドラやミリムに詰め寄られたり……というか多い!あれこれいっぺんに聞かれても困る!

 

「だー!一旦落ち着けお前ら。ちゃんと順番に話すから。ゴブタ達の話も聞きたいし、早速報告会を開くぞ。あ、皆には後でまた今後の方針を連絡するから少し待っててくれ」

 

喧しいと一喝すれば、騒々しさはピタリとやんでそれぞれ動き出す。殆どの連中が集まっている為、住民達は一旦その場を離れ、幹部達は俺の側に集まってそのままぞろぞろ引き連れて部屋へと向かう。

 

「報告会の前に。俺の留守中何も問題は起きなかったか?」

「はい、リムル様。街の中で大きな問題は起きず、住民やお客人もそれぞれ普段通りの日々を送っておりました。外に出られない分、中の娯楽施設中心に賑わっておりました」

「警戒はしておりましたが、外敵も現れませんでしたし何も問題はありませんでした。映像にも異常ありません」

 

俺がエ・ランテルに入ってから各所に設置した分身体からの映像ーー神之怒(メギド)を応用した監視魔法だ。同じく、街の周囲を警戒するためにも配置してあるーーを、ラミリス達が円形闘技場のスクリーンに投影して異世界の風景を鑑賞する催しをしたようだが、これが人気で盛り上がっていたようだ。

司会及び解説がヴェルドラやミリムといった時点でどんなものか予想できる。というか守護の件忘れてるな。

真面目に監視や警戒を行っていたソウエイやベニマルは後で労っておこう。ラミリスも迷宮のことベレッタとゼギオン達に丸投げしやがって。全く、困った奴らだ。

 

「まぁ、窮屈な思いをさせてるからな。皆や客人達が退屈してないようでよかったよ。ソウエイ達も、警備ご苦労様」

 

お前らも見習え、とヴェルドラ達を見るも、楽しかったぞ!と笑って返し反省の色は見られない。……本当、こいつらは……。

 

「さて、それじゃあ報告会を始める。今回カルネ村とエ・ランテルに数日に及んで実地調査したが………先ずはゴブタ君、カルネ村での事を報告したまえ」

「はいっす!」

 

スライム形態じゃあのポーズはできないので、人の姿に戻ってから両肘を机に乗せると手を組み、それで口元を隠しながらゴブタに視線をやった。

元ネタ誰も知らないけどな!誰もツッコまないし早々に手を膝の上に戻す。

そして、椅子から立ち上がったゴブタはカルネ村での出来事を話していく。

ジュゲムと名付けられた屈強な体躯のゴブリン達、その主である人間のエンリ・エモットという少女。村の仕事を助け合う人間とオーガ達魔物の共存関係。そして、アインズ・ウール・ゴウンに仕えるメイドと名乗ったルプスレギナという美女。

 

「ジュゲムさんも中々やるっすけど、強さでいったらルプスレギナさんの後ろからきたレッドキャップの方が上っすね。更にその上…というか、村で一番がルプスレギナさんっす」

「ほぅ、その女性とも手合わせしたんだろ?どうだった」

「ん〜、そうっすね。自分の見立てだと、あの人はどっちかっていうと戦闘特化じゃないと思うんすよ。戦闘能力はあるけど、戦い方は攻撃メインじゃないような。まぁ、それでも他の魔物に比べればレベルはダントツっぽかったっすけど」

 

戦いの様子を思い浮かべながら語るゴブタは、ルプスレギナとの手合わせはこちらの負けで終わったと告げた。

 

「ほう、あれだけ儂が扱いてやったというのに負けたのか。緑色軍団隊長の名が泣くのう」

 

悲しい事よ、と嘆くハクロウの目は言葉とは裏腹に鋭くゴブタを睨んでいた。もう一度鍛え直してくれる!と怒りすら孕んだその瞳を見て、ゴブタは冷や汗を流した。

 

「一体化はできなかったんすよ!相手は確実にこちらの手を探りにきてたっす。じわじわと遊ぶように甚振る戦い方で…。低級モンスターと侮られてるのは一目瞭然っすね」

 

ゴブタは負けたのには事情があるのだと反論する。確かに、本気にもなっていない相手に対してこちらから手の内を晒すのは得策じゃない。ゴブタにしてはちゃんと考えて戦っていたんだな。

 

「本当は鞘電磁砲(ケースキャノン)水氷大魔槍(アイシクルランス)も見せない方が良かったんすけど、侮られたままってのは悔しいっすから。相手の攻撃を避けるのは容易っすけど、一体化無しだと長期戦になって面倒っすかね」

 

ランガを呼べば勝てただろう。しかし、相手に勝つ事が目的ではない。何となく勘だが、多分勝っていたら良くない面倒事を引き寄せていた気がする。

優先事項はリムルの命だ。諦めたくはなかったが、ゴブタはそこで退いたのだ。

 

「ゴブタ程でも梃子摺る相手……か。それ程の強者をメイドとして従属させてるアインズ・ウール・ゴウンはやっぱり只者じゃないな」

 

街の警備として配置されていたアンデッドならゴブタでも余裕で勝てそうだが、その女性ーー見た目は人間に近いが、魔物であるとゴブタは肌で感じたーーはその上か。

 

「その女性もそうですが、ゴブリン5000体の軍団もヤバイと思いますよ。数もそうだが、力量も普通のゴブリンよりも上のようですし侮れないかと」

 

軍事を司るベニマルはその事についても指摘した。ハクロウも頷いている。

確かに、それも中々の脅威だ。数では緑色軍団の方が勝っているが、その実力は如何程か。

 

「戦力についてはわかった。エ・ランテルでポーションに関して有名なバレアレ氏がカルネ村に越したと聞いたんだが、会えたか?」

「バレアレっすか?……ああ!確かンフィーレアさんがバレアレって名乗ってたたっすね。

確かにポーションの生成法をお祖母さんと

研究してるって言ってたっすけど、流石に部外者には見せられないって断られたっす」

 

エンリに紹介された、目元を覆い隠す前髪が特徴の線の細い男。薬草の臭いをプンプンさせたその人は、少し警戒しながらも温厚そうな人で。しかし、確固として揺らがない強い意志で彼の家に立ち入る事は許されなかった。

 

「でも、代わりにポーションは見せてもらえたっすよ。一般的に出回ってるのは青色で、赤いポーションは神の血と呼ばれる伝説の代物らしいっす」

「青色のポーションは街でも売ってるのを見たが、赤色の物があるなんて知らなかったな。原材料に関係してるのか?」

 

青色ってだけでもどんな生成法ならそんな色した物ができあがるんだと思っていたが。疑問を口にした俺に対して、ゴブタは聞いたままを話した。

 

「ングナグとかベベヤモクゴケなんて名前の薬草なんて知らないっすし、見た事もないやつだったっす。でも、青とか赤とかそんな色はしてなかったっすよ。詳しい方法はわかんないっすけど、こっちじゃポーションは薬草のみで作るやつと、鉱物をベースにして錬金術で作った錬金術溶液に魔法を加えて作るやつと、その両方で作るやつがあるみたいっす。魔法で作った方が効果や保存は優れてるらしいっす」

「な、なんかすごい薬草だな……。そうか、作り方がやっぱり違うのか。青のポーションはこっちでも買って鑑定してみたが、低位回復薬よりもやや劣るって感じの性能だったな」

 

街で買ったポーションの入った小瓶を机の上に乗せれば、全員がどれどれと眺めては自分達の知るそれと比べて感心したり首を傾げていた。

 

「そのポーションの製造方法や作業環境、薬草の種類やポーションの詳しい性能はどういったものなのでしょうか!ゴブタ殿、もっと詳しく聞いていないのですか!」

 

ポーションの話題が出てからソワソワしてたべスターが、とうとう席を立って口を開いた。怒涛のように紡がれる追求に、ゴブタはタジタジだ。その勢いはポーションについて熱く語っていたンフィーレアとそっくりだった。やはり、研究に身を費やす者というのはどこも似たような頭の回路をしているようだ。

 

「そ、そんな事言われても自分には分からない話ばっかりなんすから、聞かれても困るっすよ」

「リムル様!次にカルネ村に訪れる際は何卒私も同行したく!」

「あー、その話はまた追々……いや、ちゃんと検討しとくって。大丈夫。だから落ち着け、な?」

 

ポーション作りに携わり、研究者でもあるべスターの興奮しきった声に俺までタジタジになりながらも、手を下げて座るように示した。

興奮冷めやらぬといった風だが、それでも大人しく座り直したべスターから目を離し、ゴブタに話を続けるよう促した。

 

「えーっと、その他は……あ!最近ドワーフの工房もできたみたいっす。此処も同じく中は見せてもらえなかったすけど、ルーンがどうとかチラッと言ってたっすね」

「ドワーフもいたのか?それにルーン文字を扱うとなりゃ、ルーンを刻んだ武器か何かを作ってるのかもな」

 

今度はカイジンが食いついたー!そりゃ同族の上やってる事も似てるし気になるよな〜。

 

「それもとりあえず後でな。ゴブタ、他には?」

「ん〜、それくらいっすかね。人も魔物も一緒に仕事して、笑って、飯を食って、良い雰囲気の村だったっす!」

 

報告は以上だと述べて、ゴブタは席についた。

 

「そうか。部外者だからもっと疎遠に扱われるかと思ったが、村のゴブリンの手合わせが結果的には良い方向へ向いたみたいだな。ゴブタの性格やコミュニケーション力も合わせてよかったんだろう。もしまた派遣する時があったらまたよろしく頼むよ」

「うう〜、情報を聞き出すとか、そういう頭を使う事には向いてないっすから勘弁してほしいんすけど……ジュゲムさんとは同じ同志として、また会いたいっすね」

 

ゴブタは苦笑しながらも、リムル様に任せられるのなら全力でやるっす!と応えてくれた。

 

「よし、それじゃあ次は俺の番だな。エ・ランテルの街だが、外観や街の様子は大画面を見ていた連中なら分かるかもしれないが、改めて映像を見せよう」

 

俺が街を見て回った記憶は予め水晶にコピーさせておいたので、それを会議室の中央にスクリーンとして映し出す。

流れる映像を示しながら、それがどういった物なのか、街で見た魔物は大凡の予想でその種類なんかも説明していく。

 

「マジックアイテム等はランクの低い物しかなかったな。道具や回復薬もそうだ。この世界ではその程度でも良いくらい基準が低いのかもしれんが……」

 

その確認も追々調査しないとな。街の中のアンデッドはそれを考えると異常なまでに強すぎるから、それはちょっと気になるが……。

そう、どうもズレている気がしてならないのだ。この世界の人間や魔物と、魔導王とその配下の者達の差が余りにもデカすぎる。人間と魔物を比べればその差は勿論あるだろう。しかし、ゴブタが見たこの世界の魔物はやはりそこまで強いというわけでもない。相応の強さと見てもいい。例外は魔導王に仕えるメイドの女性と、魔導王が所持していたアイテムから呼び出された魔物達。

 

「この世界の者達と、魔導王達。同じ世界に存在するにも関わらず、魔導王や配下と思われる関係者達はどうにも存在の在り方というか…レベルが違い過ぎる。違和感を覚える程の逸脱者だ」

 

モンスターや人間ーー冒険者や兵力ーーについて、こちらの常識に当て嵌めつつディアブロが補足していく。必ずしも該当するわけではないだろうが、目安として認識するには良いだろう。

この説明により上手く強さの度合いが伝わったのか、周りはなるほどと頷いていた。人間のレベルで考えれば然程脅威ではないかもしれないが、ヒナタの所みたいなAランクオーバーの集団がいないとも限らない。魔物も、魔導国関係者は桁外れだから注意が必要。

 

「明らかに魔素量がそこら辺のモンスターとかけ離れてるからな〜。オーラも駄々漏れだから分かりやすいだろ」

「我々は魔素と認識しておりますが、こちらでは違う捉え方なのかもしれませんね」

 

まぁ、世界が違うのだから認識も常識も違うのはあり得る事だ。順応するにはこちらの常識と磨り合わせて受け入れていく他ない。

 

「そういえば、リムル様。"武技"なる魔法やスキルとは違った戦闘法があると聞きましたが、そちらはどうでしたか?」

「ああ、それか。ベニマルの思った通りあれは"技術(アーツ)"に近いな。いや、ほぼ同じって認識でいい」

 

自由組合で知り合ったミスリルクラスの冒険者・モックナックに見せてもらった"武技"は、主に戦士職の者が使用する所謂戦士の魔法とやらであるらしい。

 

「主に肉体・知覚能力の向上や回避などの咄嗟の補助が一般的だな。"技術(アーツ)"に似た効果の"武技"もあったし」

「ほう、それはそれは。是非とも現地人と手合わせしてみたいものですな」

 

はは……それは難しいかもしれないが、見てみたい気もするな。まず、ハクロウ相手に戦える者がいるかどうかだが。

 

「あとは冒険者についてなんだが……これはディアブロが詳しそうだから、説明頼むな」

「はい、お任せ下さいリムル様」

 

ディアブロにバトンタッチして、俺は一旦口を閉じた。俺の隣に立つディアブロが「それでは、リムル様に代わりこのディアブロがご説明させてもらいますね」と口を開いた。

 

「この世界の冒険者とは、国の法の下にありながらも、国の管理下にない組織であったようです。まぁ、モンスターを倒す力を持つ者が国の戦争の兵力として利用されたら厄介ですし、人々を守る存在が人にその武力を向ける事を危惧した…という経緯からでしょう。簡単に言えば対モンスター用の傭兵ですね」

 

依頼内容としてはモンスターの討伐が主で、要人警護や荷物の運搬、薬草の採取だという。

あっちの世界でも思ったけど、冒険者と聞いたら文字通り"冒険する者"だと最初は思うんだよな。未知を既知とする為に冒険する……そんな、物語の中のような夢の存在。

まぁ実際は名前ばかりで何処も夢のない職業だったというわけかー。

 

「ランクは最低ランクのカッパーからアイアン、シルバー、ゴールド、プラチナ、ミスリル、オリハルコンと上がっていき、最高位がアダマンタイトとなります」

「金属に準えてるのか。ん?最高がアダマンタイト?金属で一番といったらヒヒイロカネじゃないのか?」

 

ベニマルの質問に、「あ、俺と同じ事を疑問に思ってる奴がいる」と内心呟く。

 

「レベルやアイテムもだいぶ低い世界ですからね、ヒヒイロカネなんて最高品質なものそもそも知らないのでは?」

「なるほど」

 

納得するんだ……。まぁ確かにヒヒイロカネなんて早々お目にかかれる代物じゃないしな。

なら、アダマンタイトが精々か。

 

「冒険者組合で見かけたのはミスリル級のチーム虹、その中のモックナックって奴だな。

アダマンタイト級のチーム漆黒、戦士モモンにも会ってみたかったが、都合がつかなかった」

 

まぁ、忙しいなら仕方ないよな。会う機会は今後あるかもしれないし。

 

「現段階では街から出ていった冒険者も多くて仕事をしてる冒険者も、そもそも依頼がないからだいぶ閑散としてたな」

「そうですね。しかし、それも人間側にしてみれば仕方ない事ですが」

 

なんせ人々を守るという点はこの国には人間より遥かに勝るアンデッドの兵士が警護している。冒険者の役割は殆ど失われたも同然である。

 

「ま、冒険者の衰退に関しては今後の魔導王の対応に期待するしかないな」

 

だが、アダマンタイト級冒険者を保有しているし、冒険者達に対しても冷遇するようなことはしまい。

 

「街で得たのはこれくらいかな。国ができた経緯やその際起こった王国軍約18万にも及ぶ大虐殺からとんだ悪逆非道な大魔王かと思っていたが、統治に関してはそこまで残虐ではないらしい」

「ははっ、魔王に進化する際に2万人、帝国軍との戦争で100万人近くその魂を刈り取った正真正銘の魔王が何を言うんだか」

 

ベニマルが呆れたように言うが、それは語弊だ。確かにファムルス兵は直接俺が手を下したが、帝国軍は俺は魂を回収しただけで手は出していない。直接にはね。そこらへん結構重要よ?

 

「んんっ。まぁ、魔導国については王やその側近に関してはまだ未確認情報が多いから引き続きディアブロに任せるとして……何か質問ある奴?」

「質問……というわけではありませんが。リムル様、少しよろしいでしょうか?」

 

すっ、と綺麗に腕を上げたのは悪魔三人娘のうちの一人・テスタロッサだった。

構わない、と許可を出せば嬉しそうに微笑んで椅子から立ち上がった。

 

「私達からもリムル様に報告したい事がございます」

 

テスタロッサが左右のカレラとウルティマにも視線をやれば、二人も真剣な表情で頷く。

続きを促せば、代表してテスタロッサが報告するようだった。

ディアブロには魔導国やそれに関する事を優先的に調べてもらっている為、彼女たちはその周辺諸国ーーリ・エスティーゼ王国やバハルス帝国、スレイン法国ーーをそれぞれ調べてもらっていたのだ。

その報告を聞いている中で、いくつか興味深い事がいくつかあった。

 

「ふーん、王国じゃあ冒険者が主流だが、帝国じゃワーカーとかいう野良冒険者が多いのか」

 

組合に属すると色々と制約が課せられる為、それを厭った者達の通称をワーカーというらしい。やっていることは冒険者とほぼ変わらないらしいが、先程も言ったように制約がかからない分表じゃ扱われない裏の依頼や盗賊紛いな事もやったりするらしい。報酬目当てが多く、その内容については是非を問わない者も多いという。

 

「そっちも気になるな」

「それでしたら、ひとつご提案が」

 

テスタロッサの言葉に、カレラとウルティマが立ち上がる。

 

「リムル様、ボクがワーカーになって実情やついでに帝国についても調べてくるよ」

 

あ、ちなみにメンバーはヴェイロンとゾンダを連れていくよ。ボク一人でも問題ないけど、チームを組んでやった方がいいみたいだし。まあ、世話役程度だけどね。等と言っているが、そもそも単独行動を許可するつもりはない。事の他この三人なら尚更だ。

 

「私は闘技場の方に興味があるので、そちらに参加する。我が君、よろしいだろうか?」

「ん?闘技場?そんなものまであるのか、帝国には」

 

詳しく説明してくれるカレラの言葉を聞きながら、円形闘技場と似たようなものかと納得する。好戦的なカレラにとって、この世界の者と戦える公平な場というものに興味があるのだろう。暴走しないかだけが心配だが。

同行する悪魔達じゃまずストッパーにはならないだろうが、連絡をくれれば対応できる(ディアブロが)

 

⌈テスタロッサはどうする?お前も帝国で活動するか?」

⌈いえ、帝国は二人に任せようと思います。私は王国の方を調査しようかと。魔導国の件で勢力は衰えていますが、王族や貴族の一部には何やら動きがあるようですので」

 

期間限定の異世界滞在、長期化する問題ならさして関係ないとは思うが、何がどう影響してくるかわからない。念のため観察していた方が良いだろうとの事だった。

 

⌈そうだな。テンペストから近いのはその3ヶ国だ。万が一が起こらないよう見ててくれ」

 

帝国にカレラとウルティマ、王国にテスタロッサ。後はスレイン法国も気になるのだが、人間主義の国のようだしいくら人に近い見た目の魔物を送るにしても危険があるな。

どうしたものか、と議題にするのを躊躇っているとふいにヒナタと目があった。彼女はこちらに向いていた視線を外すと、すっとその白い手を上に挙げた。

 

⌈私はスレイン法国を見てくるわ」

 

ヒナタ曰く、スレイン法国は在り方が西方聖協会と似ているし、法国が擁する六色聖典は強者揃いの集団だとか。確かに、元聖騎士団長としては自分達の所との違いを詳しく知りたいというのも頷ける。

……ただ単に、強者と手合わせしてみたい、なんてことは…ないよな。冷静沈着なヒナタに限って、ナイナイ。

本当は一緒に冒険者をやらないか誘いたかったのだが、仕方ないか。ただ、流石に一人は危険なので複数で行動するように提案する。

 

⌈なら、子供達を連れていくわ。いい加減鬱憤が溜まっているでしょうし」

 

そんな息抜きついでに、みたいな軽い感じで彼らを連れていかれても困るのだが……。まあ、彼らも昔に比べて強くなった。ずっと過保護のように街に留めていても彼らは良しとしないだろう。

 

⌈ヒナタが一緒なら任せられるな。あいつらも強くなったし、そんじょそこらの魔物や人間には負けないだろう」

⌈ええ、良い機会だからこの異世界を見聞させてくるわ。成長に繋がるといいのだけど」

 

彼らはまだまだ、どんどん成長して強くなる。この経験も、きっと彼らの良い糧になるだろう。

 

⌈うん、粗方こちらの動きは決まったな。じゃあ最後に」

 

むしろ此処からが俺にとっては本題になる。ちら、と先程からまだかまだかと落ち着きなく煩い視線を向けてくる二人に目線をやり微かに笑う。

 

⌈ちょっと冒険者になってくる!」

 

元気に、そして笑顔で告げた言葉の内容に俺の周りは驚いたような声を上げ、そして仕方ないなぁといった表情で溜め息をついた。

 




次回!リムル+愉快な仲間達が冒険者になります。まぁしかしあの面子で問題が起きない筈もなく………。

追記:文章を一部改変しました。途中までカレラで書いていたので……アゲーラ、エスプリ→ヴェイロン、ゾンダとしました。ご指摘ありがとうございました。


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