戦場黙示録 カイジ 〜 ザ・グレート・ウォー 〜 (リースリット・ノエル)
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第1章 ライン戦線 アルサス=ラレーヌ防衛戦 帝国 設定及び概説①


まじで、今更感がありますが……
理解を深めるための参考になれば幸いです。

主に作者の忘備録兼プロット資料です。

一応、それなりの歴史ネタを含んでいます。


 

帝国 正式名称 プロセライン第三帝国

 

モデル:ドイツ

 

大陸中央に存在する軍事統制国家。通称ライヒと呼ばれる(ドイツ語で「ライヒ」は帝国を意味する)。

 

帝国の建国時期は、1875年頃とされヨーロッパ周辺諸国に比べて歴史は浅く、新興国家と位置付けられる。

 

帝国建国の引き金は当時フランソワ帝国(共和国の前身)との戦争「普仏戦争」(フランソワ側は1872年戦争と呼称する)だった。

 

この戦いに勝利したプロセライン王国と周辺諸侯国は、また生起するであろう将来の大陸戦争に備え始める。

 

そのために「中央同盟機構」と呼ばれる強固な軍事同盟を成立させ、同盟各国は提携し近代的な軍事力の増強・国力増強政策に乗り出す。

いわゆる「富国強兵」政策を同盟間で推進した事になる。

 

1875年、当時北ゲルマニア連邦首相だったビスマルクは、北ゲルマニア連邦とプロセライン王国を統合する。

この統合の際にビスマルクは「第三帝国」の樹立を宣言する。

 

国名の第三帝国の由来は、キリスト教神学で「来るべき理想の国家」を意味する概念として用いられた事から引用されている。

 

帝国樹立時期を前後し、南ゲルマニア諸侯連合も傘下に加える。

この時から年号を統一歴と合わせて「帝国歴」を制定し、使用する。

 

1880年、東欧の列強国 エースター=マジャール二重帝国も取り込みに成功する。

 

これ以降も、周辺諸国を着々と取り込んでいき、現在の帝国に繋がるプロセラインを中心とした中央集権体制が確立する事になる。

 

膨張する帝国に「侵略阻止戦争」とし挑戦的な戦争を挑む国家もあったが、全てが返り討ちに合い潰された。

 

最終的にヨーロッパの半分を帝国の手中に収める事になり、潜在的脅威と恐怖を国境に接する全ての国に振りまき続ける。

 

帝国に組み込まれた周辺諸国は以下の通り

 

・プロセライン王国(モデル:プロイセン・ドイツ)

 

・バヴァリア王国(モデル:バイエルン王国)

 

・エースター=マジャール二重帝国(モデル:オーストリア・ハンガリー二重帝国)

 

・ポルカ公国(モデル:ポーランド)

 

・ベネルクス連合王国(モデル:ベルギー・オランダ・ルクセンブルク)

 

・デーン王国(モデル:デンマーク)

 

以上の6カ国が帝国の体を構成している。

 

ちなみに帝国傘下に入っても国自体が吸収されて消えることはなく、政治体制も大きく変わらない。固有の国名も継承されている。

このため、ただ一元化された帝国と言うよりは、あくまで中央同盟集合体から延長線上にある発展と見える。

 

自治権もしくは独立を保つために連盟または同盟して、周辺の比較的強大な国家を形成する連邦政府などの構成体に類似している。

 



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各国家の設定①

今後、追記あり。


フランソワ共和国

 

西ヨーロッパ及び複数の海外植民地からなる単一民主国家だが、連合王国に続いて世界第2位の植民地帝国でもある。

 

歴史的な陸軍大国であり、大規模な歩兵軍集団を擁し、強力な火砲と砲兵部隊を組織化している。

 

戦車開発を積極的に行い、戦力化を急速に進めた結果、数千両の戦車を所有する戦車王国でもある。

 

位置は帝国より西方に位置し、欧州大陸を丁度二分する形で存在している。

それが故に帝国との軋轢は耐えない。

 

特にアルサス・ラレーヌ地域圏の領有権を巡り、帝国と幾度も熾烈な紛争を繰り返している。

 

かつては、欧州を席捲する強大な帝国だったが、普仏戦争でプロセライン王国(ライヒの前身)に大敗北を喫した所から大陸の王座から転がり落ちる。普仏戦争以降は、政治体制を第二帝政体制から第三共和政に移行する。

 

19世紀末に大パリースイィ改造計画の元、生活と科学の両面で近代的発展を遂げる。

 

1900年以降は、出生率の低下、植民地における動乱、共産主義勢力の浸透、短期間の政権交代が相次いぎ混乱したが、1910年代に政治的混乱がまだ続きつつも、国内統制を取り戻し始める。

 

アルビオン連合王国より産業面で近代化に遅れをとるも、植民地からもたらされる巨額な権益を元手に大規模な産業改革を行い、経済的に成功する反面、帝国との国境紛争では過去の二度に渡る対外戦争を含め、結果的に全敗している。

 

ただし、負ける度に戦訓は取り入れており、軍の追加改善・再整備を繰り返している。

特に陸軍は、徹底的な火力主義と機動戦の研究に余念がない。

 

1923年7月に帝国が協商連合にトドメをさすべく、帝国が本国主力陸軍を協商連合への戦線に振り向けた隙を狙い、帝国に対して奇襲攻勢を発動。

 

過去の復讐を果たすべく、帝国全国境から軍を雪崩れ込ませる。

 

 

 

アルビオン連合王国

 

ヨーロッパ大陸の北西岸に位置する島国。

 

世界的金融国家であり、世界第一位の植民地帝国、そして世界最大規模の海軍を擁する超大国。

 

情報戦に長け、政治外交面でも老練な駆け引きを得意とし、水面下では様々な謀略を駆使する権謀術数主義国家。

 

伝統的に紳士の顔を被る手段を選ばない外道達が多くいるが、策略を巡らした結果、手痛いしっぺ返しを食らう事も少なくない。

常習的に二枚舌外交を行う所為でもある。

 

この国家が持つ最大の特徴は、ロイヤル・ネイヴィーと呼ばれる強大過ぎる海軍を保持している点。

 

その規模、質は、他国の追従を許さない事は言うまでもなく、練度については芸術の域に達すると言われる。

 

海軍指揮下の全艦艇は、合計で600隻以上を超え、主力戦艦だけでも軽く30隻を数える凄まじい陣容を誇る。

 

連合王国海軍の主要拠点であるポーツマス港、スカパフロー泊地で大艦隊が投錨している景色は、海上都市と形容されるくらいである。

 

その反面、陸軍は弱体であり、植民地軍は別とし本国陸軍に至っては規模は10個師団程度しかいない上、戦力価値は帝国の軽歩兵師団程度。

 

海軍大臣指揮下の海兵隊の方がよっぽどマシと言われるくらいである。

 

そのため、本国に侵入されればひとたまりもない。

 

世界に先駆け空軍を組織した国家の1つであり、海軍の補助戦力と言われいるが実体はかなり強力であり、侮りがたい。

 

今戦争では、過去から踏襲し続けた盟約に従い共和国を水面下で支援している。

 

だが、本来の狙いは共和国と帝国が互いに消耗し、共倒れを狙っている。

 

 

 

 

秋津島皇国

 

極東の島国で、連合王国とよく似た歴史を持つ。

 

帝国と同じ新興国家であり近代発展後発組。近代戦の序章となる2つの戦争で勝利した事で一躍世界的に注目されている。

 

注目される皇国海軍は、その国力に比して極めて強大であり、連合王国、合衆国につぎ世界第3位の規模を誇る。

 

連合王国海軍、合衆国海軍、皇国海軍を指して「世界三大海軍」と称される。

 

艦艇の質も世界第一級品であるが、特に練度に関しては、極めて厳しい訓練と戦力劣勢の中で幾多の海戦を戦い抜いた豊富な戦闘経験が加わり、その練度は精強無比と称される。

 

秋津島の主力艦隊に至っては、連合王国本国艦隊と遜色無いと言われ、一部の艦艇練度は連合王国を超えると言われる。

 

連合王国と同じ島国で海洋国家ではあるが、外征による国家防衛を主眼とする為、陸軍も相当規模の戦力を持つ。

 

皇国陸軍は200万以上の戦力を擁し、その質は帝国の第一線部隊と変わらないと言われ、部隊練度についても非常に高い。

 

ちなみ軍隊の組織編成については、陸・海の二軍制か陸・海・空の三軍制が主流であるなか、皇国については、まさかの四軍制である。

 

内容については、陸軍・海軍・近衛軍・上海特別機動軍となり、近衛軍と上海特別機動軍は陸軍・海軍とは、全く異なる指揮系統を持つ。これには色々と訳がある。

 

軍事力は強大だが、その反面経済的には脆弱な面がまだ目立ち新興国家から列強国に脱皮出来ずにいる。

 

急速な発展と近代化の裏では、発展に取り残された地方民衆が貧困に喘ぐ実情は、帝国と類似する。

 

2つの戦争を経験した結果、維新から継続してきた富国強兵政策と外征路線に限界を感じ、方針を大きく転換。

 

帝国主義の国家経営を諦め、海洋国家の利点を生かした貿易立国を目指しつつ、政治的には国際協調路線に転ずる。

 

その過程で、本格的な大陸進出も断念し、国家防衛上の重要拠点となる極東大陸の一部を領有するのみとなる。

 

ただし手離したのは、外征で得た領土だけであり、大陸にある権益については元々進出していた連合王国、合衆国と共同運営を行っている。

 

そして、植民地経営に費やした資金と人材の流れを自国に一点集中。

産業の近代化に邁進しつつ、社会基盤の再構築と格差是正政策を図る。

 

1900年代初頭までは、帝国と皇国は比較的良好な関係であり、経済面・軍事面で積極的な交流を行なっていたが、1914年以降から帝国・秋津島共に方向性の違いから距離を置きつつある。

 

共和国と帝国の戦いについては、中立を保ち静観しているが、現地の駐在武官、観戦武官から情報収集はしている模様。



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第1話 地獄の釜

「見る光景、見る光景、身の毛のよだつものでした。私が言えることは、私のいる場所は地獄の業火で煮えたぎる釜の底だと言うことです。
ここにいると気が狂います。もう既に狂っているかもしれません。
出来れば頻繁に手紙を書きたいのですが、残念ながらなかなか書けません。
神経が参って、気分も滅入っていて、とにかくもう書けないのです!」

〜ライン戦線 帝国軍 ハンス・ヨーデル少尉の手紙より〜


戦史上、最も過酷な戦場の1つとして記録されるライン戦線。

 

激しい攻防戦のさなか帝国軍防御戦線の一画を守る第144臨編歩兵連隊は攻勢をかける共和国軍第3師団直轄の第1砲兵団による非情なる砲火にさらされていた。

 

特に防御戦闘地域前衛を担う第144臨編歩兵連隊指揮下の第1大隊と第2大隊は、猛烈な圧迫を受けていた。

 

敵野戦砲の砲火が絶え間なく続き、ポットが沸騰したような砲弾の飛翔音が耳につん裂く。

 

鼓膜を圧死させんがばかりの着弾音が轟く。

腹の底から揺さぶられる爆発の振動が体全体に響き渡らせる。

 

無数に降りかかる砲弾の脅威からは逃れられない。

だから身を守るため大地に幾重にも刻み込まれた塹壕の中で、兵士達は猫のようにうずくまる。

 

まるで寒さを凌ぐように互いに体を密着させながら、いつ来るかわからぬ攻撃命令を待ち続ける。

 

彼らは胸に突き刺さる不安と恐怖の波濤に、自らの精神が飲み込まれそうになる感覚に襲われながら途切れそうになる正気を保つ。

 

その心中は言葉にならない混沌としたものだろう。

 

生と死が交じり合った境界線で、砲弾の爆発で降りかかる土を被り、鼻につく硝煙の匂いを嗅ぎながらじっと耐え忍ぶ兵士達。

 

新兵、古参兵関係なく自分をコントロールするのに最大限の努力を払い続ける中、大隊の中心であり頭脳たる大隊本部は持てる叡智を絞り出していた。

 

戦闘地域第1線内にある掩蔽壕。

そこで設営された戦闘指揮所は異様な熱気に包まれる。

全ては共和国軍の全面攻勢に対し活路を見出すべく努力を傾ける大隊幕僚達の姿。

 

その中心にカイジはいた。

 

この時、帝国陸軍の中佐として第144臨編歩兵連隊第1大隊を率いる大隊長となっていた。

異世界でもたらされた歯車の役目を彼は果たし続けている。

 

カイジは顔に脂汗を滲ませながら策定された防御計画の最終確認と苛烈な暴風に直撃している部隊状況の把握に大隊本部の幕僚とともに忙殺されていた。

 

まだ正常に保たれている思考を巡らせながら現況を把握し続ける。

 

カイジは着弾の度に屋根から降りかかる土埃を振り払いながら、作戦図に修正点を加える。

 

そして土埃で汚れた腕時計をチラリと見て時期を待つ。砲火の切れ目を… 台風の目を待ち続ける。

 

「(敵の準備砲撃は、一定の時間で収まるのは分かっている…あと20分の辛抱…)」

カイジは冴える脳内で敵の動静を予測する。

 

共和国の攻勢計画上、彼らが攻撃準備射撃に使用する弾薬には制約が生ずる。

 

防御側ならば砲兵陣地内にたんまりと貯蓄された砲弾をありったけに使えるが、攻撃側は進軍する部隊に合わせて砲兵部隊は陣地変換を繰り返す移動援護になる。

 

その度、労力のかかる弾薬運搬をしなければならないため、確実に手持ちの砲弾を確保できる状況ではない。

だから必然的に砲弾数には限りが生じる。

 

「(特に全面攻勢を掛けているならば尚更だ…だからある程度砲撃の切れ目は推測できる。)」

 

ここで重要なのは各大隊の部隊状況の掌握と連絡線が維持できているか、どうかを確認する事だ。

 

特に右翼に布陣している第2大隊の状況を把握しなければならない。

敵の砲撃により通信所が吹き飛ばされるか、通信網が寸断される事は珍しくはない。

 

側面の部隊と連絡が取れず初動対処に遅れ致命的な打撃を受け敗北を喫する事は多くある。

 

特に最悪な場合は、右翼の大隊本部が潰されているかも知れない。

そうではなくても大きな損害を受けてしまっているかもしれないのだ。

 

「各大隊の状況知らせ!特に右翼の第2大隊が気掛かりだ!…各部隊の通信線が途絶えていないか…確認するんだ!」

 

カイジは付き従えた大隊付通信士官の耳元で叫ぶ。

命を受けた大隊付通信士官は配下の通信伝令6名とともに各部隊の通信網の感度確認と現状把握を行う。

 

「各大隊本部の連絡線は正常!損害なし!」

 

「第2大隊、第1から第4通信所からは感度あり、良好。第5、第6通信所感度なし!」

 

「第2大隊本部より。我、部隊損害あり。詳細、塹壕内に直撃弾。第2中隊に負傷者多数。第1、第6機関銃陣地、第3、第4対戦車砲陣地に直撃弾。現在、復旧作業中!」

 

「第3大隊、部隊損害軽微!」

 

矢継ぎ早に上がる報告を聞きながら、カイジは一瞬の安心を得た。

「想定範囲内だな…」

 

各部隊に損害はあるものの、想定より少なく戦線防衛には支障をきたす程ではなかった事。

各部隊間の通信網も被害はあるが、これもまだ機能する状態にあった。

 

部隊の生残戦力把握も重要だが、中でも通信状況の成否によっては勝敗が変わることは明白。

 

通信という耳を失っては部隊間の機能的な作戦行動など到底不可能であるからだ。

 

「敵の準備砲撃は間も無く終わる。約20分少々だ…各中隊にもう少しの辛抱だと伝えるんだ!」

 

もう少し耐えれば、時期に台風の目に入る。

 

だがそれはあまりにも長い本当に…

何回、何十回とも経験しているが慣れる事は決してない。

 

フランソワ共和国が使用している榴弾砲は国営兵器工廠製 M1897 75㎜速射砲。

 

既存の火砲に比べ飛躍的に高い連射能力により1分間の投射火力は15発に達する。

 

比較的小型軽量なため、陣地変換も容易であり防御戦のみならず攻勢の際に前線部隊の後方に追従し支援可能な機動力を持つ。

共和国の盾と矛を両立する主力野砲だ。

 

この速射砲を100門装備した共和国軍砲兵団から繰り出される攻撃準備射撃は分厚い弾幕となり、地上に降り注ぐ。

 

間断なく炸裂する砲弾の雨は、帝国軍の塹壕陣地全体に響き渡る地震となり、兵士の心身を抉り蝕む。

頭越しに飛び交う無数の砲片に兵士達は恐怖に足を竦ませ、体を震わせ、想像を超える極限状態に導く。

 

まさしく鉄の暴風雨とはかくこの事だ。

 

しかし堅牢に構築された塹壕を破壊するには威力が物足りない。

75ミリは、中口径の砲で重砲に比べれば、破壊力に劣るからだ。

 

そしてこの戦線の敵砲兵の精度は粗い。

ただ自慢の速射性能に物言わせるだけで、景気付けに撃ってるだけなのかと思ってしまう程にだ。

 

一見すれば大地を抉る砲弾幕は、一個の部隊を丸々壊滅させるのも造作も無く見えるが、コンクリートで構築された砲塁や鉄、材木で固められた深い斜傾塹壕線と厚い屋根に保護された掩蔽壕、地中に深く築かれた退避壕に身を潜めれば、案外生き延びられる。

対要塞砲や120ミリを超える重砲の猛撃を喰らえば、話は別であるが。

事幸いにして、連隊の正面に対峙する敵砲兵隊に重砲は確認されていなかった。

 

だからじっと大地の傘に隠れ、強烈な暴風雨をやり過ごせばいいのだ。

 

だとしてもだ。砲弾の持つ威力は絶大。

如何に堅牢な陣地であろうとも明確な直撃弾を幾つも食らえば、どうなるかわからない。

 

砲弾が幾つも直撃すれば、必ず幾人かは吹き飛ぶという死の現実。

そのイメージは鮮明に頭の中で流れていく。

 

もしかしたら、今の一閃で自分の場所に降りかかるかもしれない。

今を凌いでも、また次の一閃で吹き飛ばされるかもしれない。

目に見える死が近づく、確実にじっくりと自分に歩みよってくる。

べったりと体に染みつく恐ろしさが砲弾の着弾音を重なる度に募り続け肥大する。

ざわざわした感触がカイジを包みこんでいく。

 

音にして聞こえるようだ。

ざわ……ざわ……と。

 

カイジは本能的に生ずる恐怖が、脳から滲み出て張り巡らされた神経に浸透していくのを直に感じる

それを振り払いながら、これから展開する防衛計画に思考を集中させ、大隊幕僚とともに協議する。

 

だが恐怖を振りはらいながらも、湧き出る。

人間が持つ動物的本能から願望とし浮かぶ逃避衝動。

一層の事、今いる掩蔽壕から飛び出したい気持ちを湧き上がらせる。

 

ざわ……ざわ……ざわぁ……と。

 

逃げたい、遠ざかりたい、すぐに今すぐにこの場所から……

戦場で身を投げ出すたびに感じた衝動、正直な心理。

 

しかし、そんな事すれば一瞬でミンチ、体を四散させ臓物を醜くさらけ出す。

 

そのあまりにも鮮明に想像がつく未来を頭に思い描き、自分の逃避衝動を必死の理性で押さえ込み、なんとか目の前に仕事に取り掛かる。

 

防御作戦図に描かれた火力調整点と敵歩兵部隊の進軍未来地点を確認している時だった。

戦闘指揮所前面の塹壕に身を潜ませる第4中隊に直撃弾を受けたとの報告が通信伝令からもたらされる。

 

束の間、砲撃音に混じり発狂したような叫び声が聞こえた。

カイジは咄嗟に掩蔽壕から戦線を見渡せる窓から双眼鏡で覗き込む。

 

視界に入るのは数発の砲弾でもたらされた殺戮現場だった。

血塗れでひくつく無定形の塊が散らばる塹壕内で辛うじて生きている負傷者や身体の一部を失った者たちが神経を引き裂くような悲鳴で助けを求める。

 

重層的に響く生に縋る叫び声と猛烈な砲撃の協奏曲に耐えかねた若い兵士達がパニックを起こし、塹壕から這い出ようとするが側にいた分隊先任伍長や兵長達が引きづり戻し顔に一発くれている。

 

周りを一瞥すれば同様の現象が繰り広げられている。

 

無理もない。逃げ場もなく閉じこまれた塹壕は地獄の釜の中そのものだ。

ただ波及するパニックを抑え込まなければ、大隊が戦わずに瓦解するのは必死。

カイジは解決するための手段を講ずる。

 

「各中隊に伝達!…戦闘規律を厳とせよ。必要とあらばカンフル剤を投与するんだ!」

 

簡単に言えば薬でキメさせる事だ。

戦争は異常かつ精神を枯れさせる業火。その中で戦うためには薬の力も必要だった。

 

 

 

第1大隊 第4中隊に配属されて間もないヨハン・アランベルガー2等兵は初めての実戦に人生で経験した事ない絶大な恐怖に包み込まれ、目の前の現実を直視出来ずにいた。

 

極度の緊張で身体は痙攣したように震えながら、手にしているライフルを折れんがばかりに抱き締める。

 

周りではヨハンと歳も変わらない若い兵卒達が次々にパニックを引き起こす。

 

安全な塹壕から飛び出そうとする者が続出し、周りの仲間や戦場の先輩達が羽交い締めにして必死に止める。

 

だが不幸にも、その腕を振りほどいて塹壕から飛び出た者が数名かいた。

 

彼らは決して救われる事なく砲弾の鈍い着弾音とともに爆発の衝撃波に呑まれていく。

 

その末路は悲惨なものだった。

衝撃波が兵士の身体をひしゃげさせ榴弾の爆破片が手足をちぎり、内臓をズタボロに切り裂き、ものの数秒も経たず物言わぬ肉塊に変えた。

 

その悲劇を目の当たりにしたヨハンは戦慄し自分の無力さを痛感する。

だがギリギリのラインで残された理性的な行動力がヨハンが今出来る最善の行動を実行に向かわせる。

 

自分もああ、ならないよう。

 

とりあえず、ゆっくり深呼吸をする。

それを繰り返す。

今は塹壕から頭を出さずに臆病なくらいに体をまるませてやり過ごす。

ヘルメットを深く被り、顎紐をしっかりしめる。

戦場での戦死者の6割7分は砲片による頭部裂傷だと訓練所の教育先任軍曹が話していた。

あとは自分に直撃しないことを祈れと。

それしかないんだと自分に思い込ませる。

じっと目をつぶり、唇を強く噛み締め湧き上がる感情を押し殺してヨハンは耐える。

 

17歳の純朴な青年にはあまりに過酷な世界だった。

 

双眼鏡で目下、部隊の現状を確認し続ける。

パニックに陥った若い兵卒は、先任下士官と古手の伍長、兵長による一喝ぶちかますという古典的な手段で正気に戻し、各中隊の衛生軍曹は精神的不具合が生じた兵士達にカンフル剤を処方し沈静化を図った。

 

大隊の恐慌状態を防ぐ事に成功したが、兵士達の焦燥感は広く漂っていた。

 

双眼鏡から目を離し、腕時計をみる。

 

 

午前12時30分。

 

 

共和国の砲兵団による砲撃開始から約45分が経過した。

 

…あと10分の辛抱…

 

スコールのように続いた砲弾の雨が弱くなり始める。

声を張り上げなくても会話が可能なぐらいには圧力は弱まった。

 

だがその10分が過ぎると間も無く敵歩兵連隊と戦車中隊による必死の突撃が始まり、雪崩れ込んでくる。

それも何個もの波状線になって自分がいる戦線に振りかかるのだ。

デスオンパレードのラッシュは狂気である

 

準備砲撃は名の通りただの準備。

前菜に過ぎず、本番は砲撃の幕引きとともに始まる。

そこからは阿鼻叫喚のメインディッシュ

そこからは果てしなき泥沼戦だ。

 

「結局、生き地獄からは逃れられないな…」

 

少し淀んだ低い声でカイジは呟く。

意外にも恐怖に震える心理と裏腹に声には震えも無く、逆に冷静さを感じさせるようだった。

 

「それはいつもの事じゃねぇすか。何処に行こうが地ベタに這いずる歩兵さんである限り、つきまとう宿命ですぜ。大隊長殿。」

 

皮肉のような軽やかな口使いでカイジの耳元で話すのは熟練した兵士の雰囲気を醸し出すヴォルフ・ハイネマン大隊先任准尉。

 

彼とは共に戦って長い。俺が二等兵の時から世話になっている戦場の先輩だ。もう10年ぐらいの付き合いになる。

今では立場が逆転しているが、尊敬の念を忘れてはいない。

 

「そりゃそうだが…今回は大分キツイぞ…」

 

「確かに我々は押されてますし戦力的には現在劣勢ですが、まだ戦線は維持可能な範囲。連隊の兵力は数だけなら充分。幸いここの陣地は第二次工事を終えて防御基盤はしっかりしてる。ですよねユルゲン大尉。」

 

若き大隊幕僚のユルゲン大尉は頷きながら答える。

 

「その通りです。既に証明されてはいますが…この防御の要となる主抵抗線は砲撃からの耐性は高いです。あと何回か同様の攻撃を受けても持ちこたえられるでしょう。」

 

補足するように大隊副官を兼用する火力運用幕僚のカルペン少佐が説明する。

 

「それにここに配置された機関銃は、突発かつ奇襲的な射撃を行え、死角も少なく充分な防御が可能です。対戦車砲も同様です。」

 

「さらに言えば第二戦線内には中央軍先遣部隊の突撃砲2個中隊を配置し、戦術予備として後方に1個戦車大隊を隠蔽防護、待機しています。定数割れですが…防御戦では有用な戦力です。」

 

他の幕僚からも端的に我が方に有利な状況にあり、充分な勝機はあると意見が飛ぶ。

 

帝国式の堅固な陣地、機能的に配置された機関銃陣地と対戦車砲陣地、精度の高い砲兵大隊の支援射撃体制、防護火力を最大限に発揮出来る連隊戦力と定数割れといえど戦車部隊の援護がある。

 

確かに希望はなくはない。もちろんそうなるように限られた期間で準備をしたわけだが…

 

「とまぁ、懸念事項はあるも、なんだかんだ条件には恵まれてるわけです。大隊長が一番理解されてると思いますがね。中央総軍とノルデンからの応援も弾丸のように向かってますから、なんとかなりますよ。」

 

ヴォルフはとりあえず安心して構えとけと言うように話す。

 

「確かにそうだな…どちらにしろ集められるカードは揃えた…やれることはやろう。勝つための手筈は整えたしな…」

 

ヴォルフはそうそうと言わんばかりに頷き、各大隊幕僚は己が役目を果たす事を強く胸に誓いつつ頷いた。

 

「敵は攻勢に充分な規模を要した部隊だ…少なくとも1個師団だ…数日は戦闘は続く…長丁場になる覚悟を決めよう…」

 

これから始まる激戦に自らを鼓舞する。

そして、通信士官から甲高い声で連隊本部からの命令が飛び込む。

 

「連隊本部から各大隊!敵砲兵部隊の準備砲撃終了!敵攻勢部隊の前進を確認!連隊はこれより防御戦に移行する!対歩兵、対戦車、対空戦闘用意!各部隊配置につけ!!」

 

連隊本部からの号令が塹壕陣地内に響き渡る。

 

砲弾の雨が緩やかに消えゆく中で、大隊は機械的かつ機敏に戦闘配置につき始める。

 

「カルペン、大隊本部は任せた…俺は前衛指揮所に行く…」

お気をつけてと一言を聞くとカイジは己の配置につくべく駆け出す。

 

「大隊長殿、お供しますぜ!」

ヴォルフがにやけながら背後につく。

「好きにすればいいさ!」

ぶっきらぼうに答えながら、カイジは敵の動向に思考を巡らせる。

 

現在の兵力で持つのか?という問いはもはや愚問であり、どちらにしろもたせねばならない。

 

ともあれ今回の攻勢はおおよそ第3波くらいまではあるだろう。

 

第1波で何個かの歩兵中隊を溶かす前提で出血覚悟の威力偵察を行い、俺達の戦力強度を図るだろう。

 

第2波で戦車部隊を擁する突撃部隊によって自らの攻勢戦線を形成しつつ潰しにかかり、第3波でトドメを刺すために畳み掛ける。

場合によっては予備戦力も加える筈だ。

それ以上は兵力の消耗度、自らの戦線維持の兼ね合いにより難しいだろう。

 

自軍の戦線に穴を空けるような行為は例え熱くなりやすい共和国軍と言えどしないだろう。

 

なお歩兵3個中隊・戦車1個中隊混成の戦闘大隊を幾つか投入されるのも加味しなければならない。一気に決めるなら第一波で全力投入。俺ならそうする。

 

敵の攻勢戦力の主軸であり、強力な攻撃力をもつ戦闘大隊は脅威度は高い。これを如何に排除するかが重要なポイントになる。

 

さらに言えば敵航空部隊の存在も常時気にしなければならない。

 

だが敵の攻勢と合わせて目下帝国軍による防空戦が行われており、準備砲撃の最中に届いた戦闘経過詳報によれば帝国軍側は上手く凌いでいるとの事だ。

 

だが油断は出来ない。

航空戦の展開は地上戦に比べ不規則であり、現在は優勢と言っても数分経てば変わる可能性があるから安心は出来ない。

 

しかしながら、敵爆撃機部隊が飛来していないのを見るとまだこちらの命は幾分か稼げそうではある。

 

「(状況によって上手く転べば…挫けるかもしれない…敵の攻勢を…)」

 

だが、ここに来てカイジはよぎる。

戦場において生起する数多の不安要素。

その幾つかが結びついた時に繋がり導かれ、形作られる結論。

 

それは敗北という決定的な二文字。

致命的とは言わないが、明確に浮かび上がる連隊の抱える根本的な問題をカイジは払拭出来ていなかった。

 

それでも、カイジは自らの走りを止めずに向かう。向かうしかなかった。

 

「(どうあがいても、逃げれねぇんだ。こればかりは…ここが正念場…今ある全てを利用して勝ってアイツの鼻を挫いてやる!)」

 

脳内に浮かぶは、自分のいた世界から切り離した存在のうすら笑み。

…いつか、ぶっとばしてくれる!

だが、その前にはこの戦いに生き残る必要がある。

 

頭から吹き出してくるアドレナリンを感じながら、ヴォルフと共に前衛指揮所に配置につく。

 

生きるための闘争に対する原初的な感覚が、否が応でも職業的技能をカイジに身につけさせた。

 

何度もカモにされながらも体得した危険を予知する洞察力、勝機を掴む分析力。

 

かつていた世界で命を賭け戦い苦しみ、失いながらも育んだ異様な勝負魂と勇敢さ。

 

天才や非凡ではなく、特別な能力を持たない、特に必見すべき力もない。

どちらかと言えばクズとも言われる彼がここまで来れたのは、簡単に言えば常に戦闘の焦点にいながら、それでも生き残ってきたからである。

 

それは説明のつかない戦争の現象の1つである。

 

「だから…今回も生き残ってみせる…そして取り戻す…俺の日常を!大隊戦闘射撃用意!」

 

「まったくその通りですなぁ。我らが帝国に繁栄と栄光を!後退した分の領土を倍にしてフラン野郎から奪いとりましょう!」

 

恐らく、微妙に噛み合っていないと思われる会話を終え、カイジは双眼鏡で細かい金属、塵埃、硝煙、巻き上げられ土埃が入り混じった重苦しい空気の向こう側を見る。

 

そして視線の彼方先に見える稜線にゆらゆら浮かぶ、無数に連なる影を視認する。

 

「いよいよ来たか….」

 

共和国砲兵団による最後の一斉射が轟き、最後の着弾を確認すると戦場は一瞬静寂の間に包まれる。

 

いよいよ始まるのだ。蛮勇と勇猛が同居する愛国的な攻撃精神に満ちた狂気 「エラン・アタック」が…




カイジは、ギャンブル以外だともっぱらダメ人間という印象ですが、
彼の行動や性格をよく見て考えると「意外と軍人なら向いているんじゃないかな?」と思ったのがキッカケでした。

彼がもつ命を賭けた戦いで発揮するズバ抜けた洞察力、分析力。
そしてほぼ他人に等しい人間でさえ、手を差し伸ばして共に戦い、助ける情の熱さは一重に言えば人間的な魅力に溢れてます。

そんなカイジが軍人としてならば、もしかしたら後世に残る人物になったかもしれないとゆう仮定が出来たのです。

元々、4年ぐらい前から構想はあったのですが中々勇気が出ず形にできませんでした。

しかし、幼女戦記と出会いターニャとゆう合理主義、成果主義の権化たる人物を知った時、カイジとターニャが共に出会った時どうなるのかを見たくて一気に書き出しました。

正直、初めての投稿なので表現に悩む部分が多く、荒削りな部分が多いですが…ご容赦下さい。

何か意見や感想があれば気軽にコメントして下さい。
参考になりますし、モチベに繋がります。

ちなみに結末はすでに作りあげたので、完結を目指して努力します。


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第2話 地獄の釜Ⅱ

「共和国軍の歩兵部隊が自分のいる陣地に迫ってきた時にようやく実感したんだ。ああ…本当に戦争なんだ。撃たなきゃいけないんだって。引き金に添えた指が固くなるのを感じたよ。もうすぐ人殺しになるんだから…」

〜帝国軍 第144歩兵連隊 第3中隊 機関銃手(名前不明)の手記より〜


 

アルサス・ラレーヌ地方 8月15日 午前12時43分 ミューズ・ライン第2防衛線

 

第144臨編歩兵連隊 第1塹壕陣地帯 第一線塹壕線 戦闘前衛部

 

 

砲弾の雨が上がる中、第141臨編連隊は自らが持つ戦闘機械を密やかに発動させる。

 

「連隊はこれより防御戦に移行する!対歩兵、対戦車、対空戦闘用意!各部隊配置につけ!!」

 

各指揮官と通信士官から達せられた号令は自動的に連隊を戦闘に駆りたてる。

 

各大隊、中隊、小隊、分隊、班、組に至る連隊の内臓たる区分化された戦闘部署は、定められた防御戦闘配置に迅速につかせる。

 

配置につき兵士達は各々がもつ武器の点検を行う。

銃口に泥が入り込んでないか、弾は何発あるか、身につけた装備と身体に異常がないかを確実に確認する。

 

一通りの確認が終われば塹壕で、トーチカで兵士達はお互いに肩を寄せながら射撃姿勢をとり、警戒心を鋭くさせながら敵の到来を待つ。

 

ヨハン・アランベルガー2等兵は迫る戦闘に高鳴る緊張と高揚感、不安、恐怖が混ぜあった感情の昂りを感じながらMG08重機関銃のグリップを握る。

 

隣にいるヨハンと同期にあたる弾薬手ラルフ2等兵も布製の弾薬ベルトを持ちながら全身に緊張を漂わせていた。

 

それを見た機関銃長のイーゲル上級兵長は、ガチガチになっている新兵2人に声をかける。

 

「おう、新入り達。息を大きく吸うんだ。初体験だからしょうがないが、あわてるなよ。教練通りに持っている機関銃を扱うんだぞ。」

 

「はっ…はい!」

 

ヨハンとラルフは上ずった声を上げ、それにイーゲルは2人の肩を軽く叩きながら言う。

 

「いいか、俺は今まで色んな戦場で戦ってきた。ヤバイなと思った事は沢山あったが、その度に班を引っ張って生き抜いて来た。だから俺の言う通りにしっかり動くんだぞ。そうすれば死なずに済むんだ。特にヨハンは射手だからな。俺の言う事をしっかり聞けよ。」

 

「あっ…はい…分かりました銃長。」

 

「とりあえずヨハンは、肩にかけたライフルを置きな。邪魔になるからな。もしもの時以外は横においとけ。銃剣もつけといてな。」

 

「ラルフは弾薬箱を手元に持ってこい。シュパン(MG08)が弾切れした時に、弾薬が後ろにあると装填動作に時間がかかる。数秒でも装填の間を少なくしないとフランちゃんに刺されるぞ。」

 

了解と言いながらラルフは弾薬箱をせっせと移動させる。

 

「これで大丈夫ですか?」

 

「そうだな。いいぞラルフ。あと一番上の弾薬箱のロックを外して…こうやってフタの間に弾薬ベルトを少し出しておくんだ。そうすれば装填の手間がちょっと省ける。覚えとけよ。」

 

ラルフのヘルメットを叩き、理解の確認をする。

 

「はい、銃長。」

 

細かく指示を出しながら、手本を見せ、戦場で培った知恵を教える兵長に対しラルフとヨハンは先程までの砲火で身を包んだ強張りが少しずつ解けていくのを感じた。

 

「今おまえらが考える事は、そのシュパンで敵を薙ぎ倒す事だ。」

 

「他は考えなくていい。ただ俺の命令を聞いて狙いを定め機械の様に撃つ、装填、撃つ、装填を繰り返すんだ。俺は常にお前らに目を配ってるから安心して、目の前の事に集中しろ。いいな。」

 

兵長から放たれる人間的魅力を直に感じながら、これから始まる戦闘に先程まであった暗澹たる気持ちが切り替わりっていく。

 

それは明確な闘志の焔。

戦う事に対する明確な意思と衝動が湧き上がる。

 

連隊の持てるライフル、軽機関銃、重機関銃、火砲すべて射線が敵方に指向され、来たる射撃命令を今かと待ち望む。

 

いよいよ、雷鳴のように響きわたっていた砲撃が終わりを迎える。

 

束の間、雨上がりの静けさのような奇妙な感覚に晒されながら、ヨハンは目の前に広がるアルサス平原に無数の影の連なりを確認する。

 

緩やかな稜線から次々に浮かび上がり、こちらに向かってくる影はいくつもの線となり向かってくる。

 

一定の距離感を保ち、整然とした隊形を統制しながらゆっくりと確実に近づく。

 

それは紛れも無い。

共和国軍の突撃部隊の第一陣。

防御戦線突破を図る第1梯団、その先鋒集団である。

 

「さぁ、始まったぞぉ…いよいよ本番だ。気を抜くなよ、お前らの初舞台のお相手だ。」

 

水平線から無数に湧き出る敵影を見つめながら、不敵な笑みを浮かべるイーゲル。

それは長きに渡る兵役経験からくる戦いの昂りからなのか。

 

それとも死線を潜り抜け続けた古参兵でも滲み出る緊張と不安を隠すためなのか。

 

どちらなのだろうかとヨハンはふと思うが、分からなかった。

 

明らかに危機迫る状況である中で、どうでも良い事を思うのは人間の不思議な所である。

 

過度に抑圧と緊張状態に対する反動で、来るものだろうと結論づけ、気を取直して刻一刻と近づく敵軍に照準を合わせる。

 

「いいか!俺が号令をかけるまで撃つなよ。無駄弾を撃つ余裕はこっちにはないからな!」

「はい!!」

 

ヨハンは叫ぶように返事をし、機関銃のグリップを握る手に力が入る。

 

いよいよ、来るのか。

始まるのか。

本当に撃つんだ、戦うんだ…

とても怖いな…やっぱり…

 

でもやるしかないんだ…

 

交錯する感情が溢れながら、彼は銃線の先を見据え、狙いをつける。

そして、内なる覚悟を静かに決める。

 

はじめて…人を殺すんだ。僕が殺されないように…生きる為に引き金をひこう。




中々、集中して上手くまとめる時間がなかったため、少しだけ投稿します。ちょっとだけなんですが、個人的に進めたという実感を持ちたいので…カイジが出てないので、申し訳ないです。

後、少し当初の話の構想に修正を加えて編纂中です。
あと文章表現に苦戦中。思った表現が中々出来ないのはストレスですね。まぁ、練習と試行錯誤の繰り返しで頑張ってはいます。

8月中旬から休暇が少しあるので一気に話を進めて行きます。


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第3話 地獄の釜Ⅲ

「アルサスの名産品を知ってるか?そうそう、ワインと戦争だ。」

〜アルサス・ラレーヌ地域圏 州都ストラルスプールの市民の証言より〜


「タオべ1よりエルターン・フックス。敵突撃部隊の先鋒を視認。距離5000。敵戦力、戦車大隊を主力とする1個歩兵旅団相当と思われる!なお後続部隊も多数確認!」

 

声を甲高くさせ、早口に報告をするのは第144臨編歩兵連隊 連隊本部 観測班所属の女性魔導師アデルナ・ジングフォーゲル中尉。

 

連隊の目として管制・警戒要員の任に就く彼女のコールサインはライヒ語で鳩を意味する「タオべ」。

 

鳩より妖精のほうが好みだったかなと思いながら、不思議な造語のコールサインを持つ連隊本部に逐一状況報告を行う。

 

上空から差し迫る状況が鮮明に確認出来るからか興奮と緊張が滲み出るのが自分でもよくわかる。

 

彼女は国家が誇る精鋭無比の先鋭たる存在の1人。

帝国軍魔導師として任官して5年が経ち、いくつかの国境紛争や海外派兵に従事。

実戦も幾度か経験し死線を潜り抜けた。

任官後も上級魔導戦技過程など様々なカリキュラムを経たベテラン魔導師だ。

 

まだ5年、されど5年。その期間で濃密な経験を公私ともに積み重ねているアデルナからすれば、大体の事は驚かず理性的かつ冷静に対処できると思っていた。

 

だが現実には自らが経験し、見てきた以上の世界とモノを見せつけ、実感させられる。

 

ワインの名産地として名高い美しきアルサス平原をじっくりと侵食してゆく100輌相当の戦車と装甲車、埋め尽くさんばかりに展開する多数の歩兵部隊。

 

突撃部隊先鋒は戦車、装甲車混成の機甲部隊、その後方には縦深が2〜3キロ程に伸びる歩兵部隊が横隊散兵隊形を構築しながら、ゆっくりとだが確実に近づいてくる。

 

これぞ近代国家の持つ力、伝統的に強力な陸軍を保持するフランソワ共和国。

 

思えば、列強国同士の正規軍を総動員し、真っ向からぶつかり合う戦争を目の当たりにするのは初めてだった。

 

「タオべ1、こちらエルターンフックス。敵戦車部隊の詳細及び、現時点における突撃部隊先鋒の戦闘体形を報告せよ。」

 

「タオべ1よりエルターンフックス!敵戦車の陣容、ルノーNC 30両以上、ホチキス30両以上確認。その他40両程は装甲車だと思われる!」

 

「敵先鋒は、最前列に戦車部隊を横隊隊形で展開!後方の装甲車及び歩兵部隊は傘型散兵隊形を形成している!」

 

連隊本部に対し、的確に現在目下で視認できる限りの情報を伝達していく。

 

彼女にとって幸いだったのは、敵航空機部隊の接近を確認出来てなかった事だ。

 

西方航空艦隊の善戦によるものだろう。

これは連隊にとっても小さくない救いだ。

 

だが湧き出る無数の敵部隊が我が連隊に確実に近づくのを見ながら、不安がよぎる。

 

「切り抜けられるかしら?…これ程の部隊を相手に…」

 

ぼそりと呟きながら、自らの仕事を果たすべく、雲の合間に隠れ空を舞いながら観測を続ける。

 

 

 

 

「いよいよ、おいでなさりましたなぁ。この戦線もお客さんには困りませんな。」

 

「ああ…繁盛する事は間違いない…特にここらへんは人気スポットだからな…」

 

「間違いないですなぁ。"アルサス平原のワインは我らが作る"とか言ってますもんね。」

 

「やれやれ」と言わんばかりにヴォルフは肩を竦める。

 

「今回のフランによる奇襲攻勢は、空隙を突いてのルーラ工業地帯の制圧と帝都進撃の楔を打ち込むことが目標らしいが〜実際はアルサス・ラレーヌ地方の奪回が本心だとか思ったりしますな〜」

 

ヴォルフは冷めた微笑を湛えながら溜息をつく。

彼は硝煙に塗れた戦場を青年時代から渡り歩いているが、その中でも共和国との紛争の数々。

この手の領土紛争では、かなりの手を焼き、厄介な後処理に追われた事を昨日の様に覚えている。

 

「…いったいあの執念は何処から来るものか…骨が折れますなぁ…顔の傷が疼くぐらいに…」

 

ヴォルフは額から顎にかけて深い傷を手でさすりながらボヤくように語る。

 

顔に刻まれた戦傷は第一次アルサス事変の激戦区で受けたものだ。

「自国の意思を突き通す強さは世界屈指だ…その頑固さは半端がないからな…」

 

カイジ自身においても、それなりに長い軍歴の中でアルサス絡みの紛争は幾度か経験してる。

 

その国境紛争で、彼ら共和国がアルサス・ラレーヌ地方に見せる異様な執着心を血生臭い戦いを重ねる度に見せつけられた。

 

「(アルサス・ラレーヌ地方一帯は、長年に渡る両国の係争地…特に共和国軍は失地奪回を叫び続けている……今回の攻勢でも南部方面に多くの戦力を集中をさせているだろう…)」

 

アルサス・ラレーヌ地方は、共和国と帝国との国境地帯にあり、それぞれの国から見れば地理的には周辺であるのにもかかわらず、欧州の「中心」地域になっている。

 

帝国の前身たるプロセライン王国が普仏戦争で当時フランソワ帝国を破ると、プロセライン王国はフランソワ帝国との講和条件としてアルサス=ラレーヌを国土の一部とした。

 

その後プロセライン王国は現在の軍事国家「帝国」の成立を宣言し、この地域を帝国の完全直轄統治下に置いた。

 

ただし元々アルサスの一部であったはテトリアル・ド・ベルディアンは併合を拒み、激しく抵抗したためフランソワ領に留まった経緯がある。

 

それ以後、度重なる国境紛争を重ね続ける事になる。

 

そして現在に至るまでフランソワ共和国と帝国を丁度二分する中間点となり、なおかつ欧州の中心ということは歴史をふりかえれば非常に象徴的であり、絶え間ない火種を燻らせている。

 

特にフランソワはいつ如何なる時に於いてもアルサスを再び我が物にせんと躍起になっているのは当然の結論である。

 

「(フランソワは奪われた事に対する屈辱を絶対に忘れず、いざとなれば必ず奪い返す…

特に自分のプライドを傷つけられたならば、執念深く報復の機会を待ち続ける、そんな奴等だ…)」

 

一度、掲げた信条は必ず突き通す。

 

それを果たすために多くの犠牲を積み上げ、血で大地が汚れようとも厭わない。

何年、何十年掛かろうとも決して厭わない。

 

「奴らにとっては、ここはルーラ地方の重工業地域を制圧する以上に価値がある…」

 

1つ仮定の話をしよう。

 

仮にルーラ地方の重工業地域を制圧出来ず、中央最短ルートによる帝都進撃の矛先が頓挫したとする。

 

だが彼等にとって失った領土の奪回を達成せしめる事が出来れば、長年の国家目標、ひいては多くの対帝国工作を行った愛国者達の願望を果たせる。

 

さらに国家発揚の起爆剤としては充分な効果を持つ。主に大衆に対してだ。

 

結果的にライヒとは負け戦続きの共和国としてはアルサスを手にしたという事実は、絶大なインパクトを発揮する。

 

それは事実上の勝利宣言に等しい。

煌びやかで荘厳な表現を多岐に渡って使用したプロパカンダで勝利を脚色しながら、共和国は全土で叫ぶだろう。

 

「共和国は遂に取り戻したのだ!悪逆たる帝国からアルサスを解放した!」と

 

国家としての自信を取り戻し、人民は勝利の栄光に興奮し、内なる感情に滾らせ、更なる団結を促す。

 

帝国からすれば、帝国建国史上はじめての固有領土の失陥という虚しき敗北と屈辱を歴史に刻む事になる。

 

更に踏み込んで言えば…

 

「アルサスを抑えれば、中央方面が駄目でも南部方面からルーラ地方をぶち抜き、帝都進撃の活路を見出せるといったところかな?」

ヴォルフは、カイジに語り変えるように話す。

 

まさしくその通りだ…流石はおやっさん。

兵隊として錬磨を極めただけではなく、上級士官が持つ戦略眼を備えている…

もしおやっさんが、若く士官としての道を辿っていたのならば、今では俺と同じように大隊を率い…いや連隊長クラスになっていてもおかしくはなかったかもしれない。

 

だが…これは所詮、たらればの話。

逆に言えば身1つで戦線を駆け抜け…傷つき戦い続けた兵隊という立場だっただからこそ、研ぎ澄まされた能力なのだろう…

 

「その通りだ…だが効果はそれだけではない。アルサスを抜けつつ南部方面のミューズ地方に進出し、突破口を開けば我が軍に対し肩翼包囲を実現可能だ…」

 

ミューズ地方はアルサス南部に位置する主要工業都市群であり、南部戦線に最も近い兵站の要衝となる重要拠点である。

 

このミューズ地方を制圧され橋頭堡を築かれば、タダでさえギリギリの戦力配分による帝国南部方面軍の防衛戦線は耐え切れない。

 

そして一度突破されば戦略予備が事欠いている南部戦線の破口は簡単に防げない。

 

「ミューズ地方から雪崩れ込む共和国軍は帝国中央方面軍の背後を衝ける…」

 

それだけではない。

 

「ライン戦線後方に展開中の主力砲兵部隊と移動中の野戦軍…後方連絡線の主軸である…鉄道網の遮断もされるという事だ…」

 

帝国がライン戦線を持ち堪えれているのは戦場の女神で支配者たる砲兵部隊による濃密な火力支援体制の存在。

戦線を支える国内で緻密に張り巡らせた鉄道網による兵站線と兵力増員が一元化された輸送システムとして機能しているからだ。

 

それが失われば、どうなるか。

想像せずとも瞬時に理解出来る。

 

砲兵部隊が側面、背面からの雪崩れ込む共和国軍により壊滅。

帝国の生命線である主要交通路の鉄道を遮断、破壊される。

戦闘準備を終えていない配置転換中の野戦軍が包囲される。

 

最終的に南部方面軍だけではなく中央方面軍が包囲殲滅されての瓦解。

 

それは帝国の敗北である。

 

それは何としても避けねばならない。

 




ようやく続きを更新出来ました。

本当に遅くてすいません…3話くらいには戦闘に突入させたかったのですがね。



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第4話 地獄の釜Ⅳ

包囲殲滅

 

名の通り敵軍全体を包囲し、完膚なきまで叩き潰すことだ。

 

それを行うには迅速に、滑らかに、柔軟に自軍を機動的に動かし、敵軍の側面を、背面を衝き、不安定に導く。

 

そして陣形を崩しながら、攻囲が完成したならば後は徹底的に攻撃して殲滅する。

 

後顧の憂いなく、完全に。

殲滅との名の通り、敵を消滅させる。

 

この戦術は、一介の新任士官から師団を統べる司令官、方面軍を統括する高級将校に至るまで大なり小なり部隊を率いている指揮官であれば、誰でも知ってる事である。

 

包囲殲滅が持つ甘美な響きと壮大なスケールには指揮官という立場であるなら、心惹かれるものだ。

 

特に包囲殲滅という攻撃的な戦術は、この時代では帝国の専売特許の1つとも言うべきものだったが…

 

今は逆にフランソワ共和国によって行われる可能性がある現実。

仮定が現実になる未来が目の前に広がっている。

 

いや、もう少しで実現するかもしれない。

 

アルサス・ラレーヌ地方に展開する帝国南部方面軍の戦線に1つでも穴を開け、侵入するための破口を大きくする。

 

破口から進軍ルートを構築出来れば南部から進出して南部方面軍を叩きつつ、中央方面軍への肩翼包囲は実現可能の域だろう。

 

無論、帝国軍がそれを黙って見ている筈がなく猛烈な抵抗を示すため、それは簡単な事ではない。

 

させるつもりは毛頭ないが…

 

「とにかく…頭が痛い問題は多いが…まずは目の前に広がる敵を潰さなければならないな…」

 

「全くその通りですな…細かい話はそれからですねぇ…」

 

ヴォルフとカイジは稜線の彼方から溢れ出し勢力を拡大しながら近づく共和国軍の梯団を一瞥しつつ、戦闘指揮所に矢継ぎ早に入る偵察報告と合わせて肉眼での戦力把握に努める。

 

「敵は1個戦車大隊を先鋒とした1個歩兵旅団相当か…更に後続部隊は多数と…」

 

「各偵察、観測班の報告を統合すれば…後続と合わせれば約2個旅団程となります。今のところはですがねぇ…」

 

二個旅団か…大雑把に計算して約1万人以上。

攻勢前衛を務める1個戦車大隊は装甲車込みで…100輌を展開している…完全編成部隊だ…いや正確に把握仕切れてないため、もっと多いかもな…侵攻用に通常より増強された部隊の可能性もある。

 

当初は歩兵3個中隊・戦車1個中隊混成の戦闘大隊を主軸に投入すると思ったが…1個戦車大隊を一気に投入してきたか…想定はしていたが…より厄介だな…

 

比してこちら側の戦力は一個歩兵連隊で兵員は約3500名。

急遽戦線の穴埋めの為に作られた臨時編合部隊という特性上、正規人員より500名程多い。

 

だが本来は前線に投入されない筈の新兵を養成する教育部隊、後方の警戒任務主体の予備役中隊を丸ごと連隊に編合されている上、それらが連隊戦力の半分に達する状態。

 

そんな未熟な歩兵戦力を補う為に前面火力増強の為に急派され、連隊指揮下に組み込まれた戦車部隊は心強い面であるが現実は限定的な戦力だ。

 

増援の戦車部隊が定数割れだったからだ。

 

前線の歩兵部隊にとって頼りの綱となる突撃砲2個中隊は定数割れで合計23台。

 

後方で機動打撃戦力として展開する1個戦車大隊に至っては定数の半数以下、25台。

 

共和国軍の突撃前衛を務める戦車大隊に対して半数程しかない。

 

表面上は通常の連隊に比べ兵力が強化されているように見えるが…蓋を開ければこうである。

 

言わば、寄せ集め部隊の実像であり、連隊が抱える問題点だ。

 

幸いな点は、連隊後方に控える砲兵大隊が10.5㎝ leFH 18 軽榴弾砲 18問の完全編成である事だ…敵勢力に対して明らかに火力不足は否めないが…ないよりマシだ。

 

「現戦力対比は約1:3…もっと開くかもしれないが…」

 

「この陣容で第1派ですからな。第2派の戦力が倍加するとしたら恐ろしいなぁ。」

 

「波に乗っている内に決めたいようだな…」

 

第1波で歩兵部隊を主軸とした攻勢という形の威力偵察を行い、俺達の戦力強度を図ると予想したが、彼等は最初からこちらを崩しに来る方針にしたらしい。

 

各方面で共和国の全面攻勢が継続して発動されている状況を考えれば、攻勢の足並みを揃えつつ、帝国軍の全戦線を圧迫するならば、歩兵を犠牲にする前提での威力偵察など悠長な事しないか…

 

フランソワ共和国は俺達の戦線を初手で一気に叩き潰し、正面突破を図りに来ている…

 

ならば、こちらも相応の手段で持って叩き潰さなければならない。

 

完膚無きまでに…やらなければ。



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第5話 地獄の釜Ⅴ

進撃してくる強力な敵突撃部隊を完膚無きまで叩き潰すには、どのような手段を講ずるべきか。

 

自らは連隊規模で、敵が率いる二個旅団相当の戦力と殴り合って勝利を収めなければならない。

 

大体、戦争において防御側というのは戦力的な数では劣勢というパターンは常に付き纏いがちだ。

 

そして敵は攻撃3倍の法則に基づき、戦闘において有効な打撃を与えるべく相手戦力に対し3倍の戦力を準備するものである。

 

人類が長きに渡る戦争の歴史で育んだ戦場の法則の1つである。

 

今回の戦力比率も大体1:3である。

新手がくれば、またこの比率もさらに広がるだろう…嫌な話だ。

 

もちろん限られた戦力の中でも切れるカードや方法は幾つかある。

 

今回の陣地防御戦における場合から見れば、3つの対処法が浮かび上がる。

 

 

1つ目は後方に控える砲兵部隊の支援射撃。野砲、榴弾砲による突撃破砕射撃は障害物が限られている平原地帯では非常に有効的。

 

特に高精度、高威力に執拗に追求した帝国の野戦砲は防御戦において包括的な定点射撃も実現可能だ。

 

こういった塹壕陣地戦ではセオリーな手段である。

 

特に自分達の部隊の両翼に展開する師団砲兵も限定的に扱えれば敵部隊に対する阻止火力として大いに役立つだろう。

 

 

2つ目は、航空支援による制圧防御。

これが一次支援だけでも出来ればグッと楽になる。

 

航空機による地上攻撃力が強力かつ効果的なのもそうたが、味方の航空機が飛来し自分の部隊を援護してくれている現実が兵士にとって強い励みになる。

 

空からの守りの手は激しい戦線で戦う将兵にとって大きな精神的支柱となる。

何かあれば崩れやすい兵士達の不均衡な戦意を保ち、時に高めてくれる役目を果たす。

 

部隊指揮官からすれば戦力的余力・戦闘における継戦持続力の確認になる。

 

だが航空優勢がどちらにあるかは微妙で不透明な点があるのが気掛かりだ。

 

 

3つ目は、戦車中隊・突撃歩兵部隊を主軸とした機動防御戦の展開。

これは、敵攻勢部隊に対し、現在行っている遅滞防御戦から転換し、機動防御戦で以て敵部隊に意図的な消耗を与えつつ、部分的な突出部を形成するという事だ。

 

防戦一方の我が部隊に一時的な優勢状態を構築する事を旨とするが、これはリスクが高い。

 

わかっているだろうが、自分の受け持ち区域の防御陣地やら戦線を守りながら、攻勢に打って出よと言うんだから戦術上難しい手段だ。

しかも倍近い敵に対してだ。

 

攻撃こそ最大の防御と誰かが言っていたが、それは口で言うほど簡単ではないし、難易度も遅滞防御戦に比べ爆上げである。

 

やり方はざっくばらんに言えば、敵攻勢部隊の前進速度を持てる限りの防御火力で、鈍化若しくは阻止して攻勢を短時間の間頓挫させる。

 

そして敵部隊の側面ないしは、敵各部隊間の隙間など脆い部分に対し機動力を持った戦車部隊、突撃歩兵部隊で持って集中的な攻撃をかけ敵部隊を消耗させ、最終的には反包囲戦の如く殲滅して戦線に楔を打ち込もうというものだ。

 

これを超越攻撃、逆襲攻勢とも言うのだが、あまりに危険、諸刃の剣である。

 

ただでさえ、台数が限られている虎の子の戦車部隊を防御戦から抽出しなければならないし、機動防御戦に追従できる練度を持った突撃歩兵部隊も僅かにしかいない。

 

部隊の半分近く予備役中隊と陸軍教育部隊で形成されてる連隊だ。練度なんてお察しだ。

 

寄せ集めの集団であり不安事項を幾つも抱えている連隊が機動防御戦を展開したらどうなるか、結果は新兵でもわかるだろう。

 

よくて部隊の半壊、全滅を引き換えに敵にそれなりの損害を与えるのみ、悪くて何ら有効な打撃を与えないまま、返り討ちにあって終わるかだ。

 

今の部隊ではあまり使いたくない戦術だが、状況によってはやらざるを得ない選択肢として残される…

 

それ以前に俺らのお上たる帝国軍参謀本部から遅滞防御から機動防御戦に切り換えるとのお達しが来ているから、避けれない現実を受け止めざるを得ない。

 

ああ…いやなものだな…だが条件を整えれば、いけないこともない。

勿論、かなりリスキーである事は否定はしないが…

 

ただ、それが使えるのかどうか。

効果を発揮できる状態かはまた別問題である。

 

まずは順序を追って確認しよう。

 

「敵攻撃部隊との彼我の距離、4500を切りました!」

戦闘指揮所内の通信手から敵部隊との接敵カウントダウンが伝えられる中、カイジは戦闘態勢移行前に通達していた支援要請の可否を確認する。

 

「連隊両翼に展開する味方師団に打診した支援射撃要請は受理されたか?」

 

「連隊本部から両師団本部に確認したところ…」

確認をした通信士官の言い淀んだ姿勢からあらかた内容に予想はついた。

 

「段階的な遅滞防御を実施中であり、弾力的な火力運用の余地があれば適切な時期に実施をする…との事です。」

 

これは要約すれば「こっちはそんな支援する余裕はない。」という断り文句だ。

軍隊というのはいちいち言い方がややこしく捉え方が難しい。特に陸軍ときたら肩苦しい事この上ない…

 

なんなら、スパッとはっきり「そんなもんは無理だ!今度にしてくれ!」と言ってくれた方が楽なんだがな…

 

少々イラつきながらもカイジは次に南部方面航空機動支援艦隊に要請した航空支援は受けられるか確認したが…これも

 

「支援優先目標から順次、適切な対応をしている為、しばし待たれたい。現情勢下では各現場指揮官、部隊の努力で防御戦線で維持せよ。」とお断りの通達を頂いた。

 

「やっぱりなぁ…」

 

心中落胆しながら、陸軍に比べたらまだ空軍の方がわかりやすいな…文言が…と思いながらカイジは呟く。

 

「どこも予約がいっぱいのようですな。まぁ、わかりきっていた事ですがね。」

 

「そりゃ、そうだ…簡単に支援を約束してくれるほど俺らの軍は優しくないさ…」

それもそうでしたなとヴォルフは答え、カイジは小さなため息をつく。

 

飽和状態の戦線でたやすく味方の支援を受けれないとわかっていたが、わかっていても支援を受けれない現実はいささか身に堪える。

 

カイジは頭をもたげながら、結局は現場の部隊で何とかせざるを得ない状況を受け入れる。

 

わかっていたさ…だから限られた環境で手筈は整えたんだ。

 

カイジが頭をもたげながら、やるしかなかろうと決心を固める。

 

ヴォルフがカイジの肩を叩きながら語りかける。

「それで、どうします。大隊長?」

 

「決まってるさ。プランBで行く。」

 

「了解。ではメーベルトの兄ちゃんに手筈通りにと伝えます。」

 

「ああ…よろしく頼むよ。」

 

さて、まずは第一幕だ。

願わくば、第一幕で閉幕とならないように…

 

「敵攻勢部隊、距離3500を切りました!目標前衛部は、まもなく突撃破砕線に突入します!」

 

やれることをやり、繋げてやるさ。

 

「第1砲兵大隊、射撃準備完了!各歩兵中隊の火力投射準備よし!いつでもいけます!」

 

通信士、伝令達の報告が戦闘指揮所に矢継ぎ早に入り、開幕準備は整う。

 

「カルペン少佐より。各戦車部隊は配置転換完了、各大隊すべての準備完了。大隊長に次の指示を乞うとの事。」

 

「距離3000を切ったら砲撃開始だ。火力調整会議で通達したとおり、代用品の効果範囲を最大化するために弾幕射撃ではなく精密射撃で行うようにと伝えろ。」

 

俺は未来を…明日を繋げる!




大分、間隔が空いてしまいました。
言い訳なんですが、仕事の事で中々余裕がない状況が続き手をつけれてませんでした。
他の投稿者みたいにペースを一定に上げたいのですが…現実はうまくいかないですね。

文章も稚拙な面が目立ち、わかりづらく悪筆ですが御容赦下さい。
でも、嬉しい事に評価バーに色がついていて嬉しかったですね。
やっぱり、見てる人がいるとゆうのは気持ちが高ぶります。

投稿は遅いですが、気長に見てくださる嬉しいです。
質問やこの用語の意味は何?的な事があれば、いつでも受け付けています。宜しくお願いします。


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第6話 地獄の釜 Ⅵ

膨大な砲弾が空を高く舞い、空を切る音を聴きながら、地上の兵士達は前に進む。

 

無数の兵士が歩く、歩く。

互いに肩を並ばせ一定の間隔を持ちながら整然と緩やかに歩き続ける。

 

雄大な景色が広がるアルサス平原を軍靴で踏みならし、戦車の履帯で蹂躙しながら積年の敵たる帝国軍の防御塹壕線に確実に近づいてゆく。

 

「帝国軍防衛線まで約4000!味方の勇猛なる準備砲撃終了まで5分を切った!まもなく帝国軍の防御火力線に入るぞ!中隊総員、警戒を厳とせよ!!」

 

立派な口髭を蓄えた中隊長のがなり声が砲撃音、爆発音ともに指揮下の兵士達は耳に入る。

 

間も無くその時が来る事に緊張とともに備える。

 

帝国軍塹壕地帯に対し、部隊の犠牲を糧とした総員突撃。

 

兵士達は無言で身を低くし、ライフルを構えながら早足に歩き始める。

 

高鳴る緊張と高揚感、降りかかる不安と恐怖が混じり合った感情を堪えながら若き兵士達は前に進み続ける。

 

その中に20歳になったばかりのジャン・ピエール上等兵がいた。

 

フランソワ軍の突撃部隊の第一陣の先鋒の中に、第3師団 第42連隊 第2大隊 第1中隊に所属する彼は周りに蔓延る不安と恐怖を感じるつつも、激しく昂ぶる闘争心に身を包んでいた。

 

幼少期から憧れた軍人となり、今まさに最前線に立ち上がり祖国のために戦えることはこの身にまさる光栄だった。

 

そう戦える、戦場で戦えるのは本望だ。

その相手がヨーロッパを脅かす悪逆たる帝国であるならこれ以上に望むべきものはない。

 

彼にとっては、帝国との戦争は待ち望んでいた夢の舞台だったからだ。

 

ふと遠目に見れば僅か先にある帝国軍の塹壕陣地は容赦ない砲火にさらされている。

 

幾重にも重なる爆発は大地をとことん抉る。

 

巻き上げられる土砂が塹壕を覆うのを目の当たりにし、おびただしい炸裂音が耳に入る。

 

「やっぱり….すげぇ…なんて破壊力だ」

ジャンは思わず口を漏らし、我らが砲兵部隊の威力に感嘆する。

 

我がフランソワ軍の猛砲撃に帝国軍はもう半壊していてもおかしくはなさそうに見える。

 

そう感じてもおかしくはない、異様に速射性に特化し演練を重ね続けた共和国軍の砲兵部隊は短時間でも数千、数万発に及ぶ火力投射を実現した。

 

猛烈な砲撃の効果は視覚、聴覚的な感覚だけでなく平原を揺さぶる地震としても感じる。

 

準備砲撃が終わった後には、もう何も残っていないのではないか?

 

残っていたとしても、深い戦傷を抱え息も耐えの残党しかいないのではないか?

 

労せずして、帝国軍の防衛戦を突破し、簡単に塹壕地帯を占領出来るのではないか?

 

それはそれで、困る。

 

せっかくの戦争だ。

この時のために日々、欠かさずライフルを綺麗に整備して、銃剣はピカピカに磨き上げて刃先は鋭利に研ぎ澄ませた。

 

帝国兵を滅多打ちにしてやるために銃剣術の鍛錬も重ねたんだ。

 

少しはしぶとく帝国兵には生き延びて欲しい。

 

でなければ、血に滾る銃剣突撃で塹壕に引きこもる帝国兵の心臓に銃剣を突き刺す事は出来ない。

 

確たる戦果を上げれないではないか。

 

本当は、こうは願ってはいけないだろうが帝国兵には自分の訓練の成果と武勲を上げるために骨太に生き抜いて欲しいと願う。

 

「(まぁ、ここまで徹底的に打ちのめされてはここでも自分の望みも叶わないかもしれないな…せめて死にぞこないの帝国兵に最後の慈悲ぐらいはかけてやるか…)」

 

それに戦争は始まったばかり、これからも戦いは続く。

 

まだまだ手柄を立てるチャンスは転がっている、またの次回に期待だと思った矢先に隣にいた分隊長のアルバン軍曹に呼び掛けられる。

 

「ジャン、大地を揺さぶる壮麗な我が軍の猛砲撃に感動しているようだが、お前が思っている以上に帝国軍に損害は与えられていないんだぞ。」

その言葉にジャンはキョトンとした顔を浮かべる。

「えっ…?あんなにバカスカ打たれまっくてれば、生き延びている帝国兵なんて僅かなものではないのですか?」

 

「今見ている光景を見れば、そう思っても不思議ではないだろう。だが、現実は半数も殺れていない。」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ、実際は1割ぐらいか。上手くいって2割か。まぁ、そんなもんだ。場合によっては何ら損害を受けていない事もあるんだ。」

 

「そんな馬鹿な…」

ジャンは驚きを隠せなかった。

帝国軍防御陣地に万遍なく降り注ぐ圧倒的な鉄量の暴力の前では全滅していてもおかしくないと思っていたのだから。

ジャンの表情を見ながら歩を進めるアルバン軍曹は話を続ける。

 

「塹壕に潜んでいる敵はそんな簡単にくたばりはしない。」

 

そこから軍曹の塹壕講座が開始される。

 

「まず、一見敵が生き延びていないと思うほど大量の砲弾を浴びせても塹壕は思いのほか頑丈だ。」

 

人間の身長以上に深く掘り下げられた塹壕は砲弾の衝撃波と破片の殺傷から兵員を守る。

 

塹壕内に直撃を与えなければ明確な損害は与えられない。

 

そして簡単には崩れないように土嚢、レンガ、材木で固められ、中にはコンクリートで堅牢に工事されたものもあり堅牢な防護陣地として機能している。

 

そのため塹壕を野砲による面制圧で打ち砕くには難しく、効果は思いのほか限定的と軍曹は語る。

 

「特に帝国軍の野戦築城能力は高いからな。あの程度では潰せないさ。」

 

「あれだけの砲撃が、あの程度って…」

 

「見た目は派手だが重砲使ってないだろ。弾数多くても威力不足は拭えないな。」

 

奇襲性を求めたフランソワ共和国の攻勢計画に合わせて各部隊は進撃速度、突破力を重視した編成と装備に置き換えている。

 

火力的な全般支援を担当する砲兵部隊も機動力に富んだ戦闘部隊に追従できるように編成されている。

 

それに対し威力はあっても移動するにも何頭の馬が必要となり、馬力はあるがトラックを使用して牽引するにも鈍足な重砲は、機動力が低い。

 

移動するにも手間がかかる上、弾薬運搬、射撃用意、陣地変換には1門だけでも多くの人員が必要で労力がかかるすぎる。

 

敵防御線の突破、進撃を繰り返す戦闘部隊には切り離されるのは明白であり、重砲による直接支援は難しい面が目立つ。

 

結果的に重砲に比べ小型軽量で扱いやすい共和国の主力野戦砲 M1897 75㎜速射砲を中心とした装備で砲兵部隊は運用されることになった。

 

塹壕などの防護陣地に対して威力不足な面は、持ち前の速射性と数にものを言わせた弾幕射撃で問題を解消しようとした。

 

「重砲が使えない。使える野砲も中口径が主体なら陣地の破壊とか敵に損害を与える事を目的としない。ではどうするか、弾幕射撃で敵の肝を冷やし混乱を誘う。」

 

弾幕射撃は特定の地点を狙い破壊するのではなく、敵のあらゆる行動を妨害、無力化・混乱させる事を目的とし、戦線に対して横一列に並んだ砲撃を加える射撃である。

 

そして弾幕射撃により敵の行動が阻害され、混乱している間に前線に展開する戦闘部隊が塹壕に突撃、敵防御陣地を制圧するといった形になる。

 

という事はどうか。

 

「敵の殲滅を目標とせず、あくまでも無力化させる事に主眼としているのなら多くの敵が生き残っている事になる。」

 

「それに敵が無力化されているかどうかも不明確だ。砲撃は難しいんだ。明後日の方向に散らばる事も珍しくはない。だから弾幕の効果も不確実。だから相応の抵抗を受けると考えとけよ。」

 

そう語るとアルバン軍曹は、小さなため息をつく。

 

「なるほど、勉強になります。気を抜いてはいけないという事ですね。」

ジャンは、軍曹の話を聞いて心なしか安堵していた。

 

またもお預けを食らったと思った餌が、実は目の前に隠されているだけだった。

 

今回は戦える…戦えるぞ!

 

燻っていた内なる熱情が湧き出てくる。

 

思えば、初陣からお預けをくらい続けていた。開戦時、意気揚々と戦線に突入してみれば、帝国が撤退した後で何もなかった。

これは自分のいた部隊が後発だったから仕方ない事だ。

 

しかし、幾ら進軍を続けても敵と戦闘する事はなく、目に入るのは放棄された陣地と燃える戦車、散らばる装備、地面に横たわる息絶えた敵兵の死体の数々のみ。

 

収穫は置き去りにされた補給品のジャガイモとパンだけ。

 

他の部隊は帝国軍と矛を交え戦い続けているのに、こっちは長距離行進訓練なのかと思うぐらいにただ歩き続けている。

 

「(2時間歩いては小休止、装備の点検、また2時間歩いての部隊行進の繰り返しにもうウンザリだ!)」

 

他部隊にいった教育隊の同期はもう死線を潜って戦功を立てている筈だ。

 

こっちは遅れをとっているから、早く追いつけ追い越さなければならない。

 

ライフルを固く握り締めながら力強く歩く。

 

はやく戦いたいものだ

 

そう思うと自然と顔がほころぶ。

 

過剰な戦闘意欲が滲み出た彼の顔を見たアルバン軍曹は呟くようにジャンに語りかける。

 

「おい、ジャン」

 

「はい!何でしょう」

「戦場はお前が思っている以上に残酷で悲惨だ。この世界では、命なんて一瞬で次々と消える。次の一歩が最後の一歩になるかもしれないんだ。」

 

はぁ…と気が抜けたような返事をするジャンに対し軍曹は続ける。

 

「新兵は、よく戦場をロマン溢れる冒険みたいな想像をするが…そんな胸踊るような世界じゃないんだ。そこを履き違えるなよ。」

 

「わかりました分隊長。」

 

わかっているよ分隊長と心の中で呟く。

 

戦場が危険な場所だとは百も承知だ。

命のやり取りをする殺しをするシンプルで非情な世界だ。

ロマン溢れる冒険だなんて思った事はない。

 

軍曹がさっき相応の抵抗があるといった。

 

実際どれだけの抵抗を受けるのかは、まだ間近で見た事も経験もしていないから、わからない

点もあるがある程度は想像はつく。

 

なら多く生き残っている帝国軍の砲撃と機関銃掃射が壮烈なものだから覚悟しろ言いたいのだろう。

 

だが覚悟なら陸軍に入隊した時から決めている。この時のためにキツく辛い訓練を乗り越えてきた。

心身共に充分な準備を整えて来たんだ。

 

敵だって自分の故郷があるから命を犠牲にする覚悟を持って、あらゆる手段を持って必死の抵抗をするだろう。

 

自分が逆の立場だったなら、同じ事をする。

刺し違えになってでも自分の持ち場を守り続けようとするだろう。

 

それが戦場だ。

自分なりに理解している。

勿論、自分が命を失うかもしれないという点も理解している。

 

死に対する恐怖や不安もヒリヒリと感じているが、反面ジャンは根拠のない自信があった。

 

それは「自分は必ず生き残る」という妙な確信だった。

 

自分の物語は始まったばかりで、そんな簡単に終わる事はない。

 

様々な困難が迫っても「エランの精神」を持ってすれば、這いつくばっても必ず乗り越えられる。

 

かつて訓練教官がよく言った「エラン・ヴィタールの精神」を反芻する。

すべてを克服する意思を持った兵士たれば、勝利は必ず手にすると学び、自らも熱狂した。

 

強い精神力を持った軍隊は精強かつ、最強であると。

 

それに誓ったのだ。

 

自分は一人の愛国者として共和国の守護者となり祖国を守り続けると。

 

あらゆる戦線を戦い抜き、いずれは共和国に名を残す兵士として名誉と誇りを手にする。

 

無論、帝国軍を叩きのめしてだ。

 

自らの確固たる意志を反芻していると、いつのまにか味方の砲撃が終わっている事に気づく。

 

最前衛に横一列で並ぶ100両近い戦車のエンジン音を轟かせる中、中隊長のがなり声が耳に入る。

 

「帝国軍防衛線まで約3000を切った!いよいよ戦えるぞ、中隊諸君!!中隊総員、突撃用意‼︎敵の火力防御に注意しながら、進撃し合図を待て‼︎」

 

「ついにか…ジャン、気をつけろよ。」

「はい!」

軍曹はえらく心配性だなと思いながら、眼前に広がる無数の砲弾痕の中を進む。

 

さぁ、始まったぞ。自分の戦争が!

 

高鳴る胸の躍動を抑えられない。

興奮が頂点に達した時、帝国軍陣地後方から一斉射の砲撃音が聞こえる。

 

「帝国軍の砲撃だ!中隊総員、砲弾落下に注意‼︎砲弾落下に注意‼︎」

中隊長が後ろを振り返って、叫びまくる。

 

まずは帝国軍の歓迎だ。

まぁ、凌いでみせるさ。

 

ふと空を見ると黒い粒が幾つも見える。

 

あれが、砲弾かと認識した瞬間に異変に気付く。

 

直上落下する砲弾が突如、白い発煙とともに分解、無数の光の粒子となって降り注いでくるのが見えた。

 

「なんだ…あれは…」




次回、ようやく戦闘シーンに移れそうです。


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第7話 地獄の釜Ⅶ

ジャンは見上げた空から降り注ぐ光の粒子が妙に綺麗に映り、この時の様子はやけにゆっくりと見るように感じた。

 

空中で次々と砲弾が一瞬の閃光とともに炸裂し、無数の光の粒子が白い航跡を描きながら傘状となって降り注ぐ。

 

幾重にも重なりながら。

 

自分達のいる場所に。

よく見れば、それは光の粒子ではなく火の粉のように見えた。

 

「分隊、散開‼︎ジャン!何ボォっとしてやがるぅ!逃げろぉ‼︎」

 

アルバン軍曹の怒号が飛び込んだ瞬間、十数メートルに飛散した火の粉が周りの兵士達を巻き込みながら、一気に地面で赤い炎を上げながら燃え広がり、発煙があたり覆い始める。

 

着弾した粒子は更に細かい火の粉となって周りに拡散し、歩兵と平原をまとめて燃やす。

中にはバウンドしながら不規則な放物戦を描き、兵士達に降りかかり、兵士の横腹から襲う。

 

火の粉を浴びた兵士達は白い発煙を上げながら、じっくりと蒸し焼いていく。

 

あたりにはニンニク臭に似た異様な刺激臭が立ち込める。

 

火の雨が飛散して数秒と経たず、周囲は兵士達の絶叫がこだまし、ジャンのいた中隊はパニックの渦に飲み込まれていた。

 

「あづづぃぃぃ‼︎」

「ぐおおぁぁぁぁ‼︎体がぁ、溶けぇるぅ‼︎」

「あああああ‼︎」

「誰かぁ!とってクレェェ‼︎」

「助けてぇ!あああああ‼︎」

「衛生兵!衛生兵!こいつを…ぐあぁっ‼︎」

「逃げろぉ!焼き殺されるぞぉ!」

 

まさしく地獄絵図だった。

兵士達は生きながらにして焼き打ちにされ、人間の声と思えない唸り声を上げ続ける。

頼りの綱である衛生兵が果敢に駆けつけ応急処置をするも、自らも火の粉の餌食となってゆく。

 

焼き打ちにされた兵士達は必死に火を消そうと半狂乱になりながら対処する。

 

軍服を脱ぎ散らかす者

ころげまわって燃える戦闘服を消そうとする者

延焼する部位を地面に体を擦り付けて消そうとする者

持っていた水筒の水で消そうとする者

握り締めた土で消そうとする者

銃剣で皮膚を抉り火種を消そうとする者

 

どうすればわからず、ただ走り回る者

燃えながら、ただ神に無意味に祈り続ける者までいた。

 

いずれも火を消せることなく、確実にじっくりと赤い炎と白い煙を上げながら絶望の中に倒れゆく。

 

透き通った青い空からは間断なく、光の粒子が輝きながら降り注ぎ続ける。

 

その度に死に勝る苦しみを受ける兵士がダース単位で増え、折り重なる絶叫が、部隊全体に更なる恐怖を増大させる。

兵士達は火の粉を散らすが如く空から襲いかかる光の雨から四方八方に逃げる。

 

持っていた小銃を、軽機関銃を投げ捨て全力で遁走する者が続出する。

 

各々が火の雨から逃れようと対処する。

 

敵がいる方向に全力で逃げる者。

味方を払いのけながら後方に逃げる者。

砲弾の窪地に隠れる者。

頭上の火の雨から逃れられないのにも関わらず戦車や装甲車を盾にしようと張り付く者

 

誰かを助けるなんて、余力はもはや無い。

ただ逃れたい、助かりたい。

自分が生き残りたいが為に逃げ続ける兵士達。

 

その中でも部隊の統制を取り戻そうと指揮官達は拳銃を片手に叫びまくる。

 

「逃げるなぁぁぁぁ‼︎敵は目の前だ!前進を続けろ!後方に逃げる者は、敵前逃亡で銃殺スル‼︎」

 

髭の中隊長は、がなり声を上げながら逃げる味方に引き金を引き、統制を取り戻そうとしたが無意味だった。

 

乾いた発砲音は、広がる発煙と恐怖の混乱に消えゆくだけだった。

 

ジャンのいる中隊だけでなく、歩兵旅団全体が同様のパニック状態を引き起こしていた。

 

最前衛にいる鉄の装甲に守られた装甲車、戦車部隊ですら安全では無かった。

 

火の粉を浴びた戦車は車両後部のエンジングリルから火の粉が持つ燃焼熱で内部に流れ込んでいく。

そして耐えられず、車両内部から燃やされいく戦車が増えてゆく。

 

焼け出した戦車から、火だるまとなった乗員が飛び出して地面に転げ回り、異様な雄叫びを上げる。

 

装甲車は地面でバウンドする火の粉にタイヤを溶かされ、パンクし行動不能になっていくものが何台も続出する。

 

整然と横一線に並んだ戦車・装甲車は、横隊陣形を維持出来ず、ズタボロになっていく。

 

戦車でさえ火の粉から逃れようと遁走し始める。

 

前と後ろへと逃げ惑うが、発煙により視界が戦車同士が接触する。

中には同じく逃げ惑う味方の兵士を轢き殺してしまうものまであった。

 

既に旅団は潰走している状態に陥っていり、攻勢どころではない。

収集がつかず、身を守る場所もなく、ただ混乱が更なる混乱を産み出し、ただ必死に火の粉からどうしようもなく兵士達は逃げ続けるだけであった。

 

それはジャンも同様であった。

彼も気づけば、慌てふためきながら全力で逃げていた。

火の粉を擦りそうになりながら、逃げまくる。

 

帝国軍と戦う為にピカピカに磨き上げ、整備した相棒たるライフルも何処かに投棄てていた。

 

先程まであった昂ぶる戦闘意欲は吹き飛び、頭の中で反芻していた兵士たる気概や精神、誓いなぞは、目の前に広がる阿鼻叫喚の地獄を前に何処ぞへと消えた。

 

赤く燃える兵士が苦しみの表情を湛えながら、1人また1人と倒れてゆく。

 

火の雨は止まず、新たに焼き打ちにされてゆく兵士達が増えていく。

 

折り重なる鳴り止まない絶叫はジャンに正常な思考を奪っていた。

 

水を被ったように汗を流しながは走り回りまわると、足に何かを取られ転ぶ。

 

ふと足元を見ると、燃えながら全身が焼け爛れている兵士が自分の足を掴んでいた。

 

「だ…ずげでぇ…ジャッ…ン…」

掠れた声を上げる味方の兵士をジャンは蹴り飛ばして、哀れな叫び声ながら逃げる。

 

自分の名前を呼んだなら教育隊の同期だっただろうか。

しかし、今のジャンにはそんな考えなど浮かばなかった。

 

脅威から逃げるだけの小動物となったジャンは、砲弾で出来た窪地に身を雪崩れこませる。

 

べったりと顔を押し付け、身を丸くし空の厄災から何とか守ろうとするが、屋根があるわけでは無い窪地では火の粉から逃れる事は出来ない事に気付いた。

 

「はぁっ!そうだ!穴を、トンネルを掘ろう‼︎」

 

ジャンは一心不乱に腰についていた携帯シャベルで掘って、掘りまくる。

 

我ながら妙案だと思いながら、懸命に掘るジャン。

 

果たしてそんな地下トンネルを作る時間があるのかという疑問など思い浮かばず、白い発煙に巻き込まれながら掘り進める。

 

無用な努力と思える掘削活動をする中、喉が痛烈に熱くなってきた。

不快な刺激に加え、咳き込みが激しくなり、自然と涙が出て始める。

 

居ても立っても居られず、シャベルを投棄て窪地からあてもなく、また逃げ惑う。

 

まともに息をする事も出来ず、よろめきながら地面に突っ伏して激しく嘔吐する。

 

「だっ…だれがぁぁ…だずげでぇ…ぐれぇ」

 

身体中の汁を吐き出しながら、周りに助けを求めるが反応はない。

 

深い霧のように立ち込める発煙により周りが視界が遮断され、どうなっているかわからない。

 

激しい嘔吐と不快感に襲われながら、背中にじっくり侵食する熱さを感じた。

 

まさか…嘘だろ…‼︎

頭を後ろに向けると背中から強い刺激臭を放ちながら、燃えている事に気づく。

 

瞬間、激しい激痛が落雷を受けたが如く全身に走り、のたうちまわる。

 

馬鹿な!

助からない。

助からないのか。

嘘だろ。

いや!そんな馬鹿‼︎

 

ジャンは、激しい嘔吐と咳き込みながら声になっているか、わからない枯れた叫びを上げる。

 

そして激流のような感情と思いが交錯する。

 

馬鹿な!馬鹿な!こんなところで!

まだ始まったばかりだろうが‼︎

 

こんなところで終われるかよぉ!

まだ戦ってもいないのにぃ!

帝国軍のクソめらがぁ‼︎

 

クソ!クソォ‼︎

こんなはずじゃ無いんだぁ!

もっとこんな形じゃない!

 

ジャンは苦しみながら、頭の中で思い描いた想像の光景を映し出していた。

 

銃火を潜り抜けながらも帝国軍陣地に突撃し、壕内で自慢の銃剣術で帝国兵を屠る様を

 

自らも負傷しながらも戦って、最後には共和国の国旗を掲げて帝国陣地を制圧する様を

 

戦闘に際し、勇猛さと戦功を讃えられ部隊長から勲章を受勲する様を走馬灯のように映し出していた。

 

だが現実は無残に銃を捨て逃げ惑い、今は戦う事なく焼き殺されようとしている。

 

そんな現実が受け入れられるかぁ!

 

まだ…まだ…始まったばかりなのにぃ‼︎

 

まだ….なにもしていないのにぃ!

 

あらゆる激痛に苦しみ果て、遂には身体が動かなくなっていた。

力を入れても指先一本動かせられない。

 

少しずつ意識が薄れてゆく。

 

いやだ….死にたくない…軍曹…

 

助けて下さいと思ったと同時に、軍曹の言葉を思い出す。

 

「戦場はお前が思っている以上に残酷で悲惨だ。この世界では、命なんて一瞬で次々と消える。次の一歩が最後の一歩になるかもしれないんだ。」

 

「新兵は、よく戦場をロマン溢れる冒険みたいな想像をするが…そんな胸踊るような世界じゃないんだ。そこを履き違えるなよ。」

 

その通りだった。

自分は、何にも戦場を理解していなかった。

ただ言葉の意味だけで糊塗された形は真の現実を理解してなかった。

自分は、理想と現実を履き違えていたんだ。

戦場は自分の夢を叶える場所じゃないんだ。

 

徐々に視界が狭くなり、暗くなる時、ジャンは戦場の現実を理解し、最後に形容しがたい悲惨で残酷な戦場の世界を1つの言葉で紡ぎだす。

 

ここは…地獄の釜だ…

 




今日は時間に余裕があったので一気に書き上げました。
駆け足ぎみになり、荒削り感はありますが…スピードがあるうちに投稿したい気持ちが勝りました。

来週には更に一本はあげたいところです。


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第8話 悪夢の砲弾

帝国軍防御陣地から3キロ先にある共和国の戦闘旅団の前衛が火の雨で焼き尽くされていく様をカイジは双眼鏡で眺めながら、使用した砲弾の効果を改めて認識した。

 

これは…使えるな…思った以上に…

ある意味では、榴弾や榴散弾よりも効果がある…

 

カイジは戦線上で起きている様々な悲劇を尻目に自分の閃きと狙いが正しかった事を強く確信し、新たな活路が開いた事に一寸先の希望を見る。

 

通常ならば侵攻してくる敵部隊に対して行う砲兵部隊の支援射撃には榴弾を使用する。

 

榴弾とは、貫通力を持たず炸裂の衝撃、破片効果による殺傷、制圧を主目的とする攻守ともに広く使用される一般的な砲弾だ。

 

この榴弾を使用して砲兵部隊が制圧射撃、防護射撃、集中射撃などの戦術を用いて敵部隊を壊滅、無力化、または制圧して前線の部隊を火力支援することが主である。

 

状況にもよるが、対人目標が主体ならば榴散弾の使用も検討される。

 

榴散弾は砲弾内部に球体の散弾が多数詰まっており、目標の手前上空で弾頭底部の炸薬を炸裂させ、散弾を前下方に投射して人や馬を殺傷するものである。

 

炸裂のタイミングを時限信管で調節する事で数十メートル四方の範囲にいる敵兵を散弾で薙ぎ払うことが可能な砲弾で、これも広く普及している。

 

コンクリートの厚い屋根で守られた要塞やトーチカのような防護陣地、戦車などの装甲化された目標には効力はないが、対人目標には絶大な効果を発揮する。

 

今回の主戦場であるアルサス平原は、見晴らしがよく障害物が少ない平原で、目標である侵攻部隊の主軸は歩兵部隊だ。

 

上記の条件から見れば、榴散弾による曳火射撃が有効だ。

 

砲弾が空中で炸裂し、大量の破片が地面に吸収されることなく目標の頭上範囲に降り注ぐ。

水平より下への破片すべてが有効な破片なる榴散弾は非常に効果的だ。

 

敵の頭上から破片を降らせる形のため、姿勢を低くしたりに窪地や穴に潜った敵にも損害を与えやすいのも榴散弾が選ばれる条件として合致する。

 

別の手段を使うなら、榴散弾と榴弾を併用した防護射撃も有効である。

 

…あればの話だったがな…

 

そうあればの話だ。

いや、普通はある…ある筈なのだが…

 

カイジがいる連隊の不安事項は、寄せ集めで全体的な部隊練度の低さや定数割れの戦車部隊だけではなかった。

 

ないのだ…正確に言えば、致命的なまでに榴弾と榴散弾が足りなかった。

 

連隊後方に控える砲兵大隊は10.5㎝ leFH 軽榴弾砲 18問の完全編成であるのに対し、貯蓄弾薬が榴弾、榴散弾、徹甲弾含め3000発しか無いのだ。

 

3000発なら、結構あるように見えるが…そうではない。

 

計算してみよう。

10.5㎝ leFH 軽榴弾砲の発射速度は、毎分最大6発。

1時間にすると1門につき約360発になる。

では18門にすると1時間につき約6480発を消費する。

 

砲兵大隊が全力で火力支援可能な時間は1時間すらない。

よくて30分、20分しかないのだ。

 

節約して毎分3発にして使用したとしても1時間で約3240発程、必要となり1時間を切っている。とてもではないが、足りなさすぎる。

 

これでは、共和国軍の一次攻撃で砲兵大隊は砲弾を使い果たし、二次攻撃では弾薬欠乏で事実上、壊滅したと同様の状態に陥る。

 

砲兵大隊の貯蓄弾薬の圧倒的不足は、あってないようなもの。

 

戦場の主力であり、女神たる砲兵部隊の加護を受けれずして連隊が共和国の攻勢を凌ぎ生き残れる可能性は低い。

 

戦闘に突入する3日前に連隊本部で行われた防御計画会議の中で砲兵大隊の臨時大隊指揮官であるメーベルト大尉が苦虫をダース単位で潰したような顔で報告をしてきた時には、開いた口が塞がらなかった。

 

最悪極まる状況だった。

 

カイジはすぐさま連隊本部を通した上で、後方に展開する各後方支援連隊に早急な砲弾の輸送を打診し、合わせて帝国軍の中央に努める友人にも連絡した。

 

連隊長と連隊幕僚達も事の重大さを認識していたため、隣接する師団から弾薬の供与を促したり、果ては南部方面の補給、輸送を管理する南部補給軍にまで問い合わせた。

 

カイジ含めた指揮官達は物乞いの如く、「砲弾を!砲弾を!」と探し求め奔走したが、その努力の結果は芳しいものではなかった。

 

榴弾、榴散弾含め約2000発程度だった。

実際、どこの戦線も砲弾は満足に足りてはいないのだ。

共和国による全国境に及ぶ大攻勢は、全戦線に砲弾の不足を生み出していた。

その弊害で貴重な砲弾を出し渋るのが当然と言えば、当然だった。

 

無論、帝国軍は戦線で不足する砲弾を供給するために全力で努力していた。

帝国陸軍は、中央補給司令部、鉄道局が連携して鉄道、輸送部隊をフルスロットルで前線に送っていた。

 

だか協商連合との戦いに駆り出された数十に登る師団の西部戦線への配置転換による輸送

中央総軍の動員、輸送にかさばる野砲、重砲、戦車や砲弾や弾薬以外の補給品の輸送など幾重にも輸送計画が重なり、砲弾の供給は満足には出来ていなかったのだ。

 

共和国の大攻勢は、矢面に立たされる前線の部隊だけでなく後方の補給線まで衝撃と影響を色濃く与え、パンク寸前だった。

 

そんな状況に対しメーベルト大尉と火力運用幕僚のカルペン少佐が代替策を提示してきた。

 

内容は砲兵部隊は砲弾の使用量を抑えて精密射撃に限定。

連隊内にある突撃砲、歩兵砲、迫撃砲を統括した防護射撃計画を立案して、砲兵部隊の穴埋めを行うとするものだったが、効果の程は限定的との見解に至った。

 

ならば…どうすれば、いいか…

 

汗を垂らしながら、1人逡巡し苦悩を重ねた時に電流の閃きが走った。

 

そうか!…榴弾、榴散弾に拘りすぎていた!

 

それ以外に使えそうなものがあるじゃないか!

 

…効果は充分ある筈だ…過去に使用された事例もある…不明確な面もあるが、使ってみなければ分からない事もある…どちらにしろラインで大人気の砲弾は手に入れるのは難しいからな…

 

この代用品で勝負に出よう!

 

その代用品がもたらした結果が、目の前に広がる業火の惨事。

 

傘型に開き無数の火の粉が満遍なく平原に降り注ぎ、地獄を創り出し続けている。

 

カイジの横に立つヴォルフ・ハイネマン大隊先任准尉は、のたうち回り、逃げ惑い混乱する共和国軍を双眼鏡で一瞥し、戦場に似つかわしくない陽気な笑顔を湛えながらカイジを褒める。

 

「やりましたなぁ、大隊長!狙い通りですよ!狙い通り!フランの奴等は、大混乱で戦いどころじゃありませんぜぇ!」

 

「ああ…通常砲弾の代用品だが、想像以上の効果を発揮したな…!」

 

幸いこの代用品の調達は、第24後方支援連隊及び連隊長と知己の中である師団長が務め、隣接する第16師団から合計2300発、南部方面補給処から1900発程調達出来た。

 

連隊弾薬所にあった500発を合わせ計4700発を得ることが出来た。

まだ不十分な量ではあったが、この収穫は大きく作用する。

 

輸送には連隊補給中隊のトラックでは足らないため、中央にいる友人に無理を言って不足分のトラックを確保し、弾薬輸送を間に合わせた。

 

いずれ、彼には感謝の礼に酒を奢らなければなるまい。

 

カイジは先程まで憂鬱だった気分が少し晴れ行き、気が楽になっていた。

 

ヴォルフはまるで自分の息子が手柄を上げたような嬉しそうな調子で、カイジに話をかける。

 

「まったく!まさか、白リン弾による曳火射撃を思いつくとは、流石我らが大隊長ですなぁ!」

 

やけに喜ぶヴォルフにカイジは、微笑を湛えながら「まぁな」と一言交わし、再び視線を煉獄の彼方へと向ける。

 

俺が榴弾、榴散弾の代用品として選んだのは、黄燐発煙弾。

 

通称、白リン弾・WPと呼ばれている発煙弾だ。

 

黄燐発煙弾は充填された黄燐(白燐)が酸素に触れると自然燃焼し発煙するという特性をいかした破裂式の発煙弾。

 

通常は攻撃対象を照らし出す照明弾、あるいは着弾後の白煙で敵の視界を限定する煙幕を作り出すのが目的だ。

 

だが、本来の目的よりも強い副作用をこの砲弾を持っている。

 

それは限定的な焼夷効果による高い対人殺傷力。

 

黄燐弾の空中炸裂で飛び散った黄燐の破片と接触するとどうなるか。黄燐の燃焼熱で溶けた黄燐が衣類を浸透して体に食いつく。

例え難燃性繊維の衣類を着ていても防げはしない。

 

付着したら容易には取れない上、燃えている黄燐が体に付着した場合は深刻な火傷を引き起こす。

 

溶けた黄燐はじっくり燃えながら体の皮膚、筋肉、果ては骨まで侵食するという戦慄の仕様だ。

 

そして、高熱で焼き尽くしながら人体内に潜り込んでいく。

 

その結果、黄燐の破片は人体にぽっかりと大きな黒い穴を開けることもあるというから恐ろしい。

 

この黄燐を揉み消そうとしたり、地面に転がり回って消そうとしても消えない上、更に延焼範囲が広がり、それに伴い苦痛も増加する。

 

燃えている黄燐は水で消火可能だが、不用意に水をかけると黄燐が煮えたって飛び散り、さらにダメージが広がるという厄介さ。

 

それ以上に厄介なのは、火が消えないのだ。

 

黄燐は一度燃え出すと、秒速数十メートルの強風でも消えず、消火は困難とされる。

 

また、不完全燃焼により生じる蒸気にも殺傷力があり、これも防御が難しい。

 

加えて活動妨害効果もある。

 

本来の役目である白煙による視界遮蔽と催涙効果で行動を制限する。

 

また黄燐は消火しても乾くと再発火するので消火活動妨害効果は非常に高い。

 

では装甲化された車両ならば安全なのかと言えば、そうとも限らならない。

 

約1000度にも及ぶ燃焼温度は融点の低い金属を溶かす。

 

燐酸は多くの金属と反応するため対金属効果も限定的にある。

 

正面からの徹甲弾や上空から降り注ぐ榴弾の破片には耐える戦車であっても安全は確保出来ない。

 

燃焼熱で溶けた黄燐がエンジングリルなどの隙間から車内に流れ込み燃やされてしまう可能性もある。

 

なにより最大の効果があるのは、燃やされることに対する心理ショックだ。

 

部隊全体が心理的ショックに陥ったら最後、混乱からの回復には時間がかかる上、戦力的価値は半分程になる。足止め効果も充分だ。

 

空から散弾銃のようにばら撒き落ちてくる火の雨に焼き打ちにされる様は戦慄の恐怖を人間に引き起こされる。

 

恐らく人間が一番嫌悪する死に方は、食べられるか燃やされるかだ。

 

もちろん、銃弾の雨や砲撃による暴風も充分人が恐怖するに有効だ。

 

だが食べられると燃やされるとでは、潜在的な恐怖の質が違う。

 

その違いは生きながらにして、グロテスクに自分の死を強く感じ続ける。

 

生々しく損傷する自分の体を見つつ、耐えきれない苦痛を感じなから、逃がれられない現実を自覚し続ける恐怖は激烈なもの。

 

その様を近くで見せつけられば、人はパニックになりやすい。

 

食べられる事は猛獣に襲わせるか、とある巨人で襲わせない限りは再現は出来ない。

 

だが燃やす事は容易く可能。

実に簡単に確実に。

 

戦争の歴史は燃やす事の繰り返しだ。

造作もない。

 

それをより効果的に実現出来るものは、黄燐発煙弾だった。

 

「あくまでも過去の事例に習っただけさ…」

 

おやっさん、アンタから教えて貰ったんだ…そうカイジは心の中で呟く。

 

10年以上前、カイジがかつて二等兵以前、階級もない訓練兵だった時だ。

 

新兵訓練課程で「砲弾」に関する教育を当時「鬼の訓練教官」として恐れられていたヴォルフ軍曹が野戦演習場で行なっていた。

 

実際に砲弾の効果がどれだけのものかを目で見て知るのが教育の目的だった。

 

砲兵隊が射撃を行い着弾するまでをヴォルフの野太い声で説明されながらカイジは見ていた。

 

実際の砲弾の炸裂。

榴弾の直撃で粉々に吹き飛んだ目標。

榴散弾でズタボロになった皮人形を間近で見て、その威力が絶大で危険なものと唾を飲み込んで認識した。

 

ヴォルフが一通りの説明を終えると「貴様らは、どの砲弾が一番脅威に思うか?」と訓練兵達に質問を投げかけた。

 

皆、衝撃と破壊力がある炸裂をする榴弾だ、破片効果が大きい榴散弾だと答える。

 

それに対し「そうだな!貴様らの理解は正しい。だが俺は違う。目の前を見てろ!」

 

ヴォルフは訝しぶ訓練兵達に対し黄燐発煙弾に射撃を見させた。

 

花火のよう閃光をさせながら黄燐が目標に振り注ぎ、広範囲に焼き打ちされた光景は実に明確な印象として残っていた。

 

ヴォルフは普段なら貴様らが!クソどもが!と罵声を撒き散らすが、今回は真剣な眼差しで如何にこれが危険なものであるかを対処法も含め丹念に教えていた。

 

最後にヴォルフはこう言った。

「実際に白リン弾に狙われたら、最後。回避する事は不可能に近い。生きながらにして蒸し焼き殺す悪夢のような兵器だ。よく覚えておくんだ。」

 

10年前にヴォルフから学んだ知識がアルサス平原に悲壮な殺戮空間を作り出していた。

 

それをヴォルフは気付いているか、どうかは知るよしもない。




ようやくここまで来ました。
実はまだ内容としては序盤なのですが、短期間で更新出来てよかったと思います。
ただ、説明が長過ぎた感がありますが…

さて、今回の防衛戦で使用した黄燐発煙弾(白リン弾、WP)ですが、実際にはイメージがつきにくい面があると思います。

ですが、これは紛れもなく残虐な兵器でその効果はググッて動画や画像を見れば理解出来ると思います。

何てたって、本当に火が消えないですね。これが。
過去に何回か間近で使用済のWPを見ましたが、2日経っても弾頭に残った黄燐が煙を出しながら燃えているんです。驚きでした。

ちなみに黄燐発煙弾は、現在でも使用され続けています。
有名なのはイラクとカザ地区での使用、シリアで政府軍とロシア軍が使用した事でしょうか。

その残虐性から国際問題となり、ジュネーブ条約に違反してる してないとの事で未だに争議が絶えません。

実際は限りなくアウトでしょうがね。

今回は、短期間で投稿出来ましたがペースの維持はやはり難しいです。

基本、遅筆である事を念頭において下さい。
あと、文章の修正もしなければ…



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第9話 観測

共和国軍の梯団が徐々に崩壊していく様子を高倍率の双眼鏡で見ている女性魔導師アデルナ・ジングフォーゲル中尉は、背筋が凍っていく感覚を覚えていた。

 

突撃先鋒を担っていた敵戦車大隊と歩兵旅団の第1陣が先程まで見せていた整然たる威容は、無かった。

 

上空から降り注ぐ火の雨から逃げ惑う共和国軍兵士達の様は、烏合の衆といって差し支えない。

 

幾つもの白リン弾が空中炸裂し、散弾銃のように火の粉がばら撒かれ、傘下にいた敵兵に襲いかかる。

 

ケピ帽を被り、紺色と赤を基調としたシックなデザインの軍服を着る共和国軍の兵士達を

否応なく等しく燃やしていく。

 

難燃性素材ではない軍服に対し、激しく燃焼する白リンは防げようもない。

 

降りかかる火の雨を浴びれば、最後。

瞬時にオレンジ色の炎に体が巻かれる。

 

まるで、着火剤だ。

 

白リン弾の前では生身の兵士達は、ただ可燃性が高い素材に変わる。

 

アデルナはふとそう思った。

たが、その無機質な表現は間違いであると知る。

 

地上でのたうち回り、手足をバタバタさせ、もがき苦しむ自分と同じ人間だ。

 

双眼鏡の中で映し出されるは、苦痛に歪む顔を浮かばせ抵抗も出来ず燃やされる兵士達。

 

その絶叫と助けを求める叫び声が高度5000フィートにいる自分の耳にも聞こえてきそうだ。

 

「タオべ1、こちらドーンハンマー10。まもなく第8回中隊斉射。中隊斉射は第1中隊が行う、目標は前進中の敵歩兵中隊、観測せよ。」

 

砲兵大隊射撃指揮所の射撃通信手から前進観測班のアデルナに次の射撃指令が通達される。

 

「こちらタオべ1、了解。観測する。」

アデルナが業務的に答えた30秒後。

後方から複数の砲撃音が寸分のブレもなく1つとなった中隊斉射の雷鳴が響く。

 

「5…4…3…2…1…弾着、今!」

射撃通信手から着弾の知らせを聞き、目標となった敵歩兵中隊の末路を双眼鏡で覗く。

 

緻密に計算され、照準された第1中隊の一斉射は敵中隊を丸ごと効果範囲内に捉えられる。

 

空中で花開いた白リンの傘に入り、歩兵は生ける火種に変える。

 

「ドーンハンマー10、こちらタオべ1。命中、効果あり。効力射の必要なし、新たな目標を伝える。」

 

「ドーンハンマー10、了解。」

淡々とした声で通信をしながらも、アデルナは冷や汗を背中に流し、眼下で新たに作り出された地獄を見つめる。

 

自身を守る防御手段がなく、砲撃を妨害する障害もない平原地帯で半ば一方的な形で白リン弾の餌食になっていく共和国軍兵士達の心情はいかばかりか。

 

焼け出される兵士がダース単位で増え続け、パニックが次々に波及していく有様は、焼け出された町から悲鳴を上げて逃げ惑う市民のように見える。

 

その光景はSF小説やラジオドラマで戦慄の反響を起こした「宇宙戦争」のとある場面を想起させる。

 

侵略してきた火星人のトライポッドが放つ破壊光線で攻撃。

市民が燃やされ、大パニックに陥るシーンと重なる。

 

だが侵略してきたのは、宿縁のフランソワ共和国。

 

相手は紛れも無い強力な武力をもった正規軍

 

目標は無辜の市民ではなく、帝国を犯さんとする戦う意思を明確に持った兵士達である。

 

その筈だが、まるでこっちが侵略しているような心境に陥る。

 

そんな錯覚を覚えるほど、眼下で繰り広げられる光景は悲惨で残虐なものだった。

 

だが、それでもやるべき仕事はキッチリやらなければならない。

 

雑念を振り払い、アデルナは大隊射撃指揮所に新たな目標を伝えるべく、観測を行う。

 

私は連隊で数少ない航空兵力であり、砲兵の目である。

 

連隊は数倍の陣容を呈する共和国の梯団と戦い続けなければならない。

 

1時間後、いや30分後。

連隊が生き残れるかは、私の観測に掛かっている。

 

先に手を出したのは、彼ら共和国だ。

手を出さなければ、こんな目に遭わずに済んだものを…

 

彼らは知っているはずだ。

帝国に手を出したならば、帝国は完膚無きまでに叩き潰し、何人たりとも生きて返さないと。

 

戦闘国家たる帝国は、合理的かつ冷徹な戦争機械だ…容赦の限りは1つもない。

 

私もその1人だ。

 

敵に一瞬の同情を覚えた自身に喝を入れるように自己暗示を行い、大隊射撃指揮所に目をつけた目標に対し射撃要求を伝える。

 

「ドーンハンマー10、こちらタオべ1!」

 

「タオべ1、まて…送話。」

 

「ドーンハンマー10、こちらタオべ1。修正射、送れ。」

 

「タオべ1、こちらドーンハンマー10、送れ。」

 

「座標1485,3496、標高30、観目方位角3400、送れ。」

 

「続いて送れ。」

 

「目標は装甲車10両に随伴する敵歩兵大隊、正面20、縦深200、効力射にはWP、送れ」

 

「こちらドーンハンマー10、了解まて。」

 

流れるような射撃要求通達を終え、アデルナは空を舞いながら眼下の敵情を観測し続ける。

 

己が使命、任務を成し遂げるため。



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第10話 ターニャの憂鬱

彼は現代日本を生きるサラリーマンだった。

 

会社のため、ひいては自分のため人の首を切るのが主な仕事。

 

誰もが嫌がり、煙たがる人事整理の業務を彼は、職責に忠実かつ極めて冷酷に社員を選別していった。

 

「リストラは面倒だ。だが仕事はきっちりとやる」

 

「それが自分の様な凡人には合理的かつ功利的だ。」

 

彼は自身の評価には辛辣かつネガティブであった。

 

先鋭なる天才達には比肩できす

努力で秀才達には敵わず

 

性格は歪み、コンプレックスの塊の様な人間であると自身を評している。

 

自分の能力には限界があり、やれる事も限りある事を自覚しながら本当に優秀な成功者たちと比べ劣等感に駆られる。

 

立つ土俵が違うのに、比べようとする自分の愚かさに嫌悪する。

 

それでありながら自分より能力に劣る他者を見下し、軽蔑し、高慢な虚勢とプライドを張る。

 

自分より立場が弱い者、出来が悪いものを物差しで比べ、あくまで自分は下ではなく上であると言い聞かせ、愚劣な優越感に浸る。

 

自己慢心的な現実の偽装。

所詮はどんぐりの背比べである事を自覚していながらである。

 

なんと曲がりくねった人間だろうか。

 

そんな彼でも日本橋で居を構える財閥系大企業でエリートの道を歩めたのは、彼が少年期に見つけ出した社会の法則とある「思想」の出会いがあった。

 

幼き頃に自分は凡人であると悟った彼は生きる上で必要な事は何かを考え、一つの結論を出す。

 

それは、ルールを守ること。

 

どんなに社会、組織の環境が変わってもルールが規定され、誰もがルールに従い、ルールの穴を探り、ルールを嗤いながらも人はルールに束縛される。

 

ルールに束縛され続けるのは嫌いだが、逆にルール無き自由を望むかと言えば答えはノーである。

 

無制限の自由に秩序は産まれず、暴力と破壊が渦巻き、そこに発展はない。

 

あるのは、野蛮さを剥き出しにした原始世界。

 

何も創れず、ただあるものを奪いあうのみの動物的弱肉強食。

 

結果、ルールとは今生きる文明社会システムの円滑化に不可欠な存在だということを学び、そこに恭順する。

 

両親に心配を掛けず、寧ろ期待させ

社会に認められ評価されるには、社会規範を重んじる「ルールを守る良い人間」を演じる事が重要であると。

 

その認識に拍車を掛けたのは、市場原理主義を標榜する「シカゴ学派」との出会い。

 

ルールと自由の関係性に「合理性」を持ち込んだ思想との接触は、彼を狂喜させ、学派の信奉者たる道を選ぶ。

 

彼に育まれたのは極端なまでに合理性を求める効率主義者で、文明人の自由主義者で個人主義者。

 

ルールを守り続ければ、レールに乗り続けることは出来る。

 

彼は順風満帆の人生を実現すべく、ルールに従いながら確実に実績を積み上げていく。

 

正当な労働対価が支払われる限り、職務内容は問題ではない。

 

一個の社会の歯車として、限りなく企業の倫理に従い、率先して利益を追求する。

 

企業論理の徒として生きるのが、彼にとって自分の器にあった最良の道であり合理的経済活動だった。

 

会社では効率的に仕事を捌き、掛け替えない余暇の時間では趣味の世界に浸り込む日々を過ごしていく。

 

自分にとって社会的意義と向上心を見出せる職場は、最高のマイルストーン。

 

趣味では、好みの分野で異様な知識欲を飽食し続ける。

 

限りない世界の広がりと数多に浮かぶ妄想を形にする作業は至福であり、現実の束縛感から解放される心のフロンティア。

 

2つの世界を行きしながら、彼にとって穏やかで充実した毎日が過ぎていく。

 

そして、企業への忠誠心と上司への忠実さを

評価され、昇進を重ね続ける。

 

30代に入る頃には人事部の課長となっていた。

 

引き続き会社と上司に忠節を尽くせば、既に築かれた部長というレールに乗り継ぐ事ができるだろう。

 

計画的に会社の地位は上がり、彼の労働対価はさらに飛躍する。

 

尊敬する両親との年収を追い抜くのは時間の問題。

 

会社からは引き続き本社で勤務でき、年間功労賞の受賞数をまた1つ更新できる。

 

期待と安心を顔に滲ませる部長との握手。

拍手をしながら賞賛とエールを送る有能な部下達。

昇進の話をきき、顔を綻ばせ喜ぶ両親。

 

人生は、ますます順風満帆だった。

 

 

 

そのはずだった…

 

1人の無能をリストラしたあの日までは…

 

 

 

 

 

きっかけは北の雪国が始めた帝国に対する領土侵犯。

 

早く終わるはずだった小さな戦争。

 

だけど…北との小さな戦争がきっかけで、西の共和国の大攻勢が始まって、戦争が大きくなる。

 

広いラインの空の下に、幾千、幾万、幾十万の兵士達がいて

 

いろんな兵士達が、願いや想いを抱きながらそれぞれの国のために戦って死んでゆく

 

始まる消耗戦、積み上がる膨大な犠牲。

 

だけどそれぞれの国は、信じた想いが強すぎて、譲れなくなって

 

とめられなくなった想いが、ぶつかり合う

 

だってやるなら今しかなかったから

 

そして、どんなに人が死んでも、終わらない

 

どちらかが勝つまでは、決して

 

これから始まるのは、因縁深い2つの国が引けに引けなくなった戦争のお話。

 

航空魔導士リリカル・ターニャ、始まります!

 

やぁ、少し変わった挨拶だったかな?

 

どんなに綺麗に晴れたラインの青空でも陰鬱で、クソッタレな戦場に変わりはない。

 

そもそも、か弱き幼女をいと簡単に戦場に送り出すことが自体が間違っているのだ。

 

まだ、9歳だぞ?そう9歳だ!

 

アフリカの非道な反政府組織や中東で跋扈するテロ連合軍などの非正規武装組織ならいざ知らず、れっきとした正規軍がまだ9歳の幼女に「職務の遂行」を発動している。

 

他国軍なら発動に躊躇する。

いや、そもそも無垢な子供を兵士にしかも魔導師に選抜する事はしないのだ。

 

しかし、我が帝国は「各軍の入隊に際し適正能力あれば人種、地位、性別、そして年齢は関係ない。」と帝国軍法に明記されている。

 

さらに「魔導師として適正あると判断されたものは、これを徴集可能とし対象者は例外なく航空魔導兵士教育を施す国家義務が発生する。」とある。

 

つまり、魔導師として基準に満たす適正があれば子供でさえ、合法的に軍人として半ば強制的に戦力化されるという訳だ。

 

ちなみに魔導師としての適正検査は1年に2回、健康診断と並行され実施される。

対象は全国民。必ず施行される。

逃げようがない。

 

こんな現実は中々、受け入れがたい。

受け入れがたいが軍事国家たる帝国では平然とこのシステムが運用されている。

驚くほど、普通に。

誰か非難しろよ、叫べよと思う。

軍事統制国家なのに、なんで軍の入隊条件は極端にリベラルな方針なのかと。

せめて子供は選抜対象外にしろよと。

 

だが帝国は、子供であっても軍人として扱えるならば、関係ないという上、「見た目は子供だが、初級軍事訓練を修了したならば、それは大人と同等の扱いである。子供ではない。」という理屈を導き出すから素晴らしい。

 

だから魔導師として比較的高ランクの適正結果を引き出した私は逃れようなく軍に入隊せざる終えなかった。

 

だが逆に入隊拒否を出来たとしても将来の生活を勘案すれば、結果的に入隊を選ばなければならない。選択肢は始めからなかった。

 

何故か?

帝国は貧困が蔓延する新興国家だからだ。

軍事力は強大だが民間経済面は、芳しくはない。

 

それなりの社会保障制度があるのが救いだが、貧困層は困窮する生活を毎日過ごし活路を見出す希望が見えない現状がこの国にはある。

 

特に私がこの世界で明確に意識を持ち、知覚した時に見た現実は最悪のスタートだった。

 

孤児だった。修道院の慈悲活動のおかげで衣食住は最低限、保障はされていた。

だが、それも長くは続かない。

修道院も僅かな募金を元に運営していたから、増え続ける孤児達の生活を見続けるには

限界がある。

 

そもそも将来を築くための教育を受けられない。我が祖国、日本のように義務教育が徹底されていない。

 

それに孤児という捨てゴミの存在ではお先は真っ暗、確実である。

 

そんな社会環境の中だ。

教育を受けられ、衣食住が保障され、給料も貰え、幾つかの税金は免除され、能力あれば相応の地位につける軍に入隊するのはやむなしだった。

 

だがこの世界で生きる上では恩恵は多く受けているから、判断は間違いではなかった。

 

しかし軍人になったならば、職務遂行・義務の履行が必然と発生する。

 

24時間365日、命令あれば即参集。

 

起こる事態に即応し国家の尖兵として銃を持ち出撃せねばならない。

 

帝国軍人になった瞬間、自らの体、命は帝国所有財産となるから拒めはしない。

 

しかも魔導師になったのなら尚更である。

 

だから私は今、ラインの空を飛んでいる。

最前線だ。最悪である。

 

 

だから少しは憂鬱な気分をライトな形に切り替えようかと思ってな。

ふわっとしたあらすじを述べて見たんだがどうかな諸君。

 

元は大学受験に忙殺されていた学生の頃に見たとある魔法少女アニメの走り書きだ。

 

そうそう、全国の女の子ではなく、大きい男の子を魅了した大人気アニメだ。

 

私もハマった、ハマりにハマって一時期は同人誌でも出そうかと思ったほどだ。

 

実際出した。大学の時にいたサークルと協力してな。あれはやり過ぎたかもしれないが、やり切った感があるから後悔はしていない。

 

どんなものを出したって?

それは特定機密事項 第Ⅲ項に批准するから公開は出来ない。

 

時と条件を満たせば、いずれ明らかになる事もあるだろう。

 

とまぁ、偏屈な私でさえどっぷり浸かる面白さがこの作品にはあった。

 

今までの魔法少女に対する概念が大きく変わり…新しい路線を確立したアニメの1つだと言っても過言ではない。

 

いや改悪されたと言ってもいいだろうな。

 

友達になりたいと願う少女とお母さんに認められたいと願う少女の間で生起するガチバトルは非常に破壊的かつ、強引だ。

 

わからないならば、わからせてやると言わんばかりに放たれる砲撃魔法による広範囲制圧術式のシーンは圧巻だ。

威力は戦術核とほぼ変わらない。

 

なんせ軽く一つの町を消し飛ばせる程の威力なのだから。

そのシーンを見た時は、「魔法少女とは?」と首を傾げたよ。

 

純真な魔法少女という皮を被った人型大量破壊兵器の登場は、斬新であるのは事実だったが…

 

いやはや、話が逸れて申し訳ない。

たまには過去の話をしたくなるものだ。

 

人間、辛くて過酷な環境に置かれると楽しく充実していた過去の記憶を思い出す傾向にありがちだ。

 

大体、補正がかかり美化されているのは内緒だ。

 

それ以上にあの頃の世界に帰りたいなぁ…という気持ちの表れでもある。

 

実際、帰りたい。

だが物理的に不可能だ。やむ終えない。

 

時間は巻き戻せはしない。

それはわかっている。

 

だが、あの頃に見た作品はDVDやネット配信の動画で見ることは出来る。

 

しかし、それも出来ない。叶わない。

 

それは何故か?

ここが現実と似て異なる異世界であり、私は転生者であるからだ。

 

何故、転生したのかって?

色々経緯があるのだが、非常に胸糞悪くなる事だから仕事が落ち着いたら話しておこう。

 

とはいえ、いつ仕事が落ちつくのかは未定だ。

 

空を翔けめぐりながら、眼下の地上世界を見ればわかる。

 

いくつもの師団が、集団となり前進を続ける

 

我が帝国領内に軍靴と戦車のエンジン音を轟かせながら、公然と侵略中だ。

 

フランソワ共和国の大攻勢だ。

全国境線から同時に雪崩れ込んできて、帝国は押されに押されジリ貧の状態だ。

 

かく言う「戦線は逼迫し、予断は許さない状態」とはこの事を指す。間違いない。

 

こんな状況だ。

こんな私でさえ、駆り出されるのはやむ終えないとも言える。

ガキの手でも借りたいのだ。

そこまで追い込まれている現状がここにある。

 

まるで大戦末期のドイツ軍か、大戦初期のソ連軍みたいな状態か。

 

とにかく給料分の仕事をしなければ、労働対価に準じた働きを示さねば、シビアな評価で有名な帝国軍という企業では生き残れない。

 

一抹の不安があるが、目の前の仕事を効率的かつ労力は最小限に行わなければならない。

 

さぁ…行こう、明日に繋がる出世のために戦功を上げ、いずれは後方勤務という安寧のイスを手に入れるために

 





ようやく、ターニャ登場!
ただそれだけ、なのだが…


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第11話 ターニャの憂鬱Ⅱ

 

私ことターニャ・デクレチャフ少尉は、空を翔ける魔導師として責務を果たすべく、行動開始。

 

私に与えられた任務はー

 

「敵がどんだけ来てるか、見てきて。それで何かあったら報告して。あと出来たら航空機の誘導とかしてね。」

 

雑に言えばこんな感じ。

 

正規に通達された内容は「味方地上軍より先行し、警戒線の斥候及び航空警戒要員に従事せよ」という半ば強行偵察に等しい任務。

 

実際そうだろうと思う。

 

敵が幾つかの師団単位の集団で纏まりながら進撃している情報を得ており、確実に「敵がそこにいる」ことが分かっても、さらに詳細な情報を欲する為に行う偵察は強行偵察と見なされる。

 

…個人的には、なるべくは避けたい業務の一つである…

 

何故か?

 

間違いなく死ぬ確率が高いからだ。

 

遮蔽物のないライン戦線の空の下で、敵の防空圏内に抵触する危険性がある中での「強行偵察」だ。

しかも大体の場合、抵触する。

それを味方の援護がない中で行なっている。

 

戦略シュミレーションで、敵側の部隊・地形等の情報を収集するために偵察機を飛ばして、敢え無く敵の防空網に抵触し撃墜されるシーンを想像すれば、多少は分かり易いかもしれない。

 

危険極まりないだろう。だから嫌なんだ。

 

これはノルデン北方戦線で協商連合相手に実戦で直に学んだ事であるが、空には遮蔽物がなかった。

あるのは姿を一時的に隠せる程度の積雲か。

無論、砲弾や銃弾から守れる防護性は皆無だ。

 

自身の防御力の点で言えば、魔導師だからある程度の頑丈さはある。

 

だが、その頑丈さもどこぞのリリカルな「白い悪魔」がもつ鉄壁の防御壁とは程遠く、ストライカーユニットを駆る「機械化航空歩兵」の魔女達にも劣る。

 

今思えば、存在する世界は全く彼女達であるが、彼女達が持つ強力な防殻が羨ましく感じられる。

 

比して私たち魔導師にある防御力は生身の歩兵に比べればマシと判断される形だ。

まぁ、銃弾や低威力の砲弾ぐらいならば耐えるかな程度の防御力である。

 

逆に地上の地獄を這いずり回り、砲弾と機関銃弾の雨に恐怖する歩兵達からしたら魔導師の持つ魔導防壁は羨望の眼差しだろう。

 

だが現実的に言えば、ちょっと装甲が厚い程度の航空機のような存在である私たち魔導師はあらゆる脅威の的になっている事を一度、彼等に教えたい。

 

所詮、頑丈だからといって死なないわけではないと。

 

貫通力重視の対空機関銃と対空機関砲や、そもそも口径からして別次元で強力な高射砲に立ち向かえる程の堅牢なシールドを展開できる訳ではないのだ。

 

それに共和国軍は、対空火器がない場合は75ミリ野戦砲を無理やり仰角を上げて魔導師を対空狙撃、弾幕を展開して叩き落とそうとする。その執念たるや空恐ろしい。

 

そして諸君らは、知っているだろうか?

フランソワ共和国には対空用に開発された127ミリ砲という恐るべき存在を…

これは高度1万メートル以上の範囲をカバーする驚異の高射砲だ。

その存在たるや、間違いなく出る時代を間違えている。

 

こいつの直撃を喰らえば、魔力を前面に集中した多重魔導防御壁を展開しても耐えれない。

 

防御不可能。瞬時に体は米粒以下の肉片に分解されるだろう。

爆片を喰らうだけでも命取りだ。

戦場では決して遭遇したくない、挨拶もしたくないシロモノだ。

 

ちなみにこの高射砲は、主任務である首都防空用以外に前線で展開する各師団隷下の砲兵部隊の防空任務に直接関わるから、必然的にこのライン戦線にもノコノコやって来ている。

 

何が言いたいのかというと

「こっちくんな!首都に帰れ‼︎」である。

 

しかし何故、共和国は時代からしてオーパーツじみた大口径高射砲を作ったのか?

空の要塞の称号を持つB-17かB-29でも叩き落とすつもりだったのだろうか?

 

だが世界は複葉機から単葉機の移行が終わらない。

まだ、個人的に愛着湧く複葉機がまだ第一線の主力であるが、ようやく航空機の変わり目の時期に入ったところである。

 

この魔力が存在する世界線の文明、技術水準は、前世の世界で言う第1次世界大戦〜第二次世界大戦の丁度あいだにあたる。

いわば近代兵器の技術発展として中庸の時代である「戦間期」と言われる時代だ。

 

だから列強国が単葉機を導入し始め、曲がりながりにも4発爆撃機の実用化には成功しているが、恐るべき空の要塞達と比べる以前のものだ。

 

彼等は航空機時代の先読みをして実用化したのか?

それとも開発に携わった技術者が尖りすぎていたのだろうか?

 

あのMAD…ドクトル・シューゲルのように…

記憶に蘇るは、クルスコス試験工廠で行われた未知の可能性しかない謎の試作演算宝珠を使用した悪魔的試験。

 

その技術検証員だった私は普通に飛ぶ事でさえ命と引き換えだった毎日を想起する。

 

突然起きる演算宝珠の機関部出火、爆発。

管制員の悲鳴じみた叫び声。

自身が零す苦悶の呻き声。

一向に決定的な技術面の問題を是正しない常軌の範疇外に生きるドクトルとの押し問答。

毎日、モルモットのように酷使される。

その繰り返しだった。

 

果たして、あの日々と戦場にどんな違いがあったろう。

 

…ともあれだ。

 

仮にこれらの対空兵器群の攻撃を躱しても、次は戦闘機と哨兵狩りの魔導師がやってくる。

 

やぁ、色々こう考えるとこの仕事辞めたくなってくるねぇ…

 

しかも他の魔導師達と違い、私は上から単独飛行命令を受け、このラインの空を飛んでいる。

 

魔導師ほど孤立するのが恐ろしい兵科であるのを認識しているににも関わらずだ。

 

上からの理由は、「警戒班編成に当てる時間的余裕はないため、危険ではあるが単独で出撃し任にあたれ。特に貴官は、北方戦線に置いて単独で充分な戦闘技術と戦功を有しているため、単独任務でも充分可能と考える。」だそうだ。

 

はやい話、危険でも戦術上の時間稼ぎを優先するために、上は私に単独でも任務に耐える能力はあるから飛べと命じている。

 

所詮、しがない一介の少尉。階級としては、一応少尉だから下士官クラスだが、現状で言えば平の会社員となんら変わりはしない。

 

だからサラリーマンと同様に、職務規定に従うほかにないのだ。

悲しいかな、軍人には拒否権などという高尚なものは無い。

 

例外的に直属の上官から「この任務は、かなりの危険が伴うから拒否しても構わない。」と命令を受容する、しないの権限が与えられる場合がある。

 

だが、そこはお決まりの軍隊組織が持つ特有の同調圧力が力を発揮。

「義務と遂行」という見えないプレッシャーに押されて、「やります!やらせて下さい!」と震える足を前に出さざるを得ない。

 

それをしない、拒否する事も可能だがその後は周りから白い目で見られるのは明白だ。

大体、「臆病者!」「意気地なし!」「突撃精神が欠けているのではないか?」と陰口を叩かれる。最悪の場合、左遷されるオマケが付いてくる。

 

軍隊以外に体育会系の会社でよく見られる光景だろう?

 

どちらにしろ評価を神経質なまでに気にする私には、土台無理な話だ。そもそも踏み切る勇気がない。

 

しかも私は航空戦技に関しては士官学校で空戦技能章を授与される程、頑張ってしまった。

 

ノルデン北方戦線では、観測任務中に敵魔導

中隊と単機で不意遭遇戦に突入、重傷を追いながらも敵中隊の半分を叩き落とし撃退した実績を残してしまっている。

 

その実績を敬意を持って大々的に讃えられ、死体以外に授与者はいないと言われる「銀翼突撃章」を与えらてしまった。

 

これは、誤算だった。ここまで認められるとは…正直、色々な面で私には重い、重すぎるのだ。

 

胸に光り輝く誉れ高き銀翼の勲章を見る度、はぁっと溜息を吐きたくなる。

 

そんな立派な経歴を持つ私が今更、「飛べません」という泣き事など言えるはずがない。

 

結局、YESかハイしか選択肢はなかった。

だから嫌々ながらも「そうせよ」と命令を従順に受け、スクランブルで危険な空を飛んでいる。

 

ちなみに西部方面軍の第14陸軍航空管制本部から与えられたコールサインは鷹の目。

 

忌まわしきノルデン戦で与えられた妖精の名前よりは、まだ好みだった。

 

「ホークアイ03より、CP、応答願う。」

 

実際私がこなす仕事内容は以下の通り。

まず索敵術式や高倍率の双眼鏡を使用して、敵を捜索。

発見次第進軍中の友軍若しくは阻止防御線を展開中の砲兵部隊に伝達。

その後は、接近中の敵集団と安全距離を保ち、詳細な情報を継続して収集。

状況によっては、直掩集団の誘導といった管制を兼ねる。

 

私と同様に後方から駆り出された臨時配備の魔導師の多くは、この強行偵察任務に駆り出されている。

 

何故か?

 

我が軍が今求めるものは、充分な戦力を持つ主力野戦軍の増援もそうだが、それ以上に「敵軍の情報」を欲していたからだ。

 

共和国軍の大規模な奇襲により後手に回った帝国軍は防戦一方なのは自明の理。

 

「…ホークアイ03より、CP、応答願う。」

 

我が陸軍としては戦術的優位を少しでも確保すべく、防衛線の要となる要塞や塹壕陣地帯など各防御拠点を連結した西方防衛線の構築。

 

そして各所に湧き出る敵野戦軍の規模、陣容に合わせた手持ちの部隊配置が急務だった。

 

合わせて、敵の進行スピードを少しでも遅らせるために長距離砲、列車砲による防御射撃及び戦爆連合(戦闘機、攻撃機、爆撃機からなる大編隊)による強襲も限定的な範囲で実施される。

 

そういった作戦や部隊展開における戦術、戦略的判断と決定を下すためには材料となる「情報」が何より必要だった。

 

だから西部方面の航空西部方面で展開可能な全ての偵察機、魔導師をスクランブルさせ、共和国軍の攻勢範囲と戦力、展開部隊の把握に全力を傾けるのは当然だった。

 

そのため詳細な部隊の規模とその陣容の把握は何より重要だ。

 

どれだけの人員を擁していて、どのような装備を有しているか、どんな行動をしているかを可能限り正確に伝えなければならない。

 

特に戦場で最優先攻撃目標となる砲兵部隊の存在は発見した瞬間、マッハで報告せねばならない。

 

「……ホークアイ03より、CP、応答願う。」

 

だが誠に遺憾な事に飛べと指定された戦域管区で管制官を捕まえることからして難儀な仕事だとは思わなかった。

恥ずかしながら想定していなかったと言わざるをえない。

 

「….ホークアイ03…こちら、第七野戦臨時管制所。コールサインは…ラザルド08。感度は多少悪いが支障はない。ホークアイ03どうぞ…」

 

ようやく地上管制と通信が繋がった…

何度の呼びかけでやっと構築できた通信ラインに少々の安堵を感じ、錯綜し混乱する無線状況の中では運が良かったと評するべきだろう。

 

これでようやく実任務に入れると思ったが、その安心が数分で裏切られてしまうとは、私は思いもよらなかった。





偵察とか斥候って、大変だよねっていう話です。
明日には、もう1話更新します。


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第12話 ターニャの憂鬱Ⅲ

ターニャは小さな体躯に不釣り合いな長距離無線機を背負い、箱型の魔導装置を腹に抱えながらライン航空戦域内を大きく旋回し続ける。

 

最初のコンタクトを取ってから30分が経過していたが、ターニャは一向に仕事が捗ってはいなかった。

 

やっているのは、地上管制状況の呼び出し通信符丁のテンプレを永遠と続けていた。

 

「ホークアイ03より、コマンドポスト、応答願う!」

 

ターニャは、もはや何度目かわからぬコールを続ける。

まるでテレアポを取る営業マンのように何度も何度も繋がるかわからない相手先に打診を行い続ける。

 

「…ホークアイ03より、コマンドポスト、応答願う!応答願う‼︎」

幼女の頭には大きいヘッドセットを強く押さえながら、叫ぶ。

 

最初にようやくの思いでコンタクトを取れた第七野戦臨時管制所は支援観測任務に移行した数分後、突如音信不通となった。

二、三度呼び掛けても応答がなく、その結果1つの可能性が浮かび上がる。

 

恐らくは、共和国の重砲兵部隊か爆撃機部隊に管制所が吹き飛ばされてしまったのだろう。

 

空の上で飛び回る偵察機、航空魔導師がもたらす情報が集中し統括する部署である地上管制所は敵から見れば、厄介な情報収集拠点である。

 

しかも前線で展開中の魔導師・航空機部隊を指令伝達・誘導を行う中継指令所を兼ねるのたがら早めに潰しておきたい重要攻撃目標だ。

 

通信機材を集中的に運用している管制所を逆探知して位置特定し片っ端から叩いているのだろう。

武装偵察部隊による捜索攻撃の可能性もある。

私が敵の立場なら同様の手段を取るだろう。

 

そんなこんなで、管制所を捕まえてコンタクトを取り、支援任務に移行した瞬間に音信途絶というパターンを3回も繰り返している。

 

臨時設営された管制所は味方制空圏内の比較的安全な後方地域にある筈なのだが、ここまで米軍張りにピンポイントで叩かれる程なのかと疑問に思ってしまう。

 

管制所が敵に捕捉される程、ラインの空を守る西方航空艦隊の制空状況が芳しくないのか?

それともただ単に我が軍が間抜けだったからか?

どちらにしろ、とてもではないが話にならない。

 

「(まさか、ここまで面倒で煩雑な仕事だったとは…思いも寄らなかった!…全く、時間の浪費だ…‼︎)」

 

彼女は1人、心の中で愚痴りながら、どうしようもない苛立ちと不安、焦燥感に駆られていた。

 

その心境の根源は、遅々として業務が進まない現状もそうだが、それ以上に同じ場所で滞空旋回を続けているのが最大の懸念材料だったからだ。

 

空の眼たる航空魔導師による管制・警戒要員とは早い話、敵地上軍からすれば真っ先に叩き落としたい目標だ。

 

単独で強行偵察している自身からしたら、いつ来るかわからない哨兵狩りの魔導中隊か戦闘機小隊の存在に怯えながら任務に従事している。

 

それだけに同じ場所で長く滞空しているのは、危険である。

 

身の安全には最大限叶う限りの注意を払いながら行動はしているが、時間が過ぎる度に刻々とリスクが高くなっていく。

 

早いところ、やる事やって次の空域に移りたいところだが…それが叶わない現状に陥っている。

 

なんとかせねば…私の命が危ない。

 

嫌気が指しながらも地上の管制所とコンタクトを取り続ける。

 

「くっそぅ…頼むから、誰か応答してくれ…」

呻きに似た声をターニャは漏らす。

 

神に祈りたい気持ちとは、このことか。

だが祈ったところで只の傍観者たる神は救いもしない。

それ以前、人間が現実の苦痛から逃れたいがために妄想し生み出された架空存在の神なぞ現実に存在する筈がないのだから。

 

「(全く、忌々しい…元はと言えば、傲慢かつ合理的理性に欠けた存在Xの所為で‼︎…)」

 

過去に蘇る記憶と憤怒の感情が吐露した瞬間、ヘッドセットにノイズ混じりの声が耳に入る。

 

「こちら…第14野戦臨時管制所。コールサインはベーガル05。敵の電子妨害に…より感度は悪いが…通信可能の範囲だ。ホークアイ…03…どうぞ…」

 

ターニャは、脳内のドーパミンが弾けるような高揚感に包まれながら心の中で歓喜する。

 

おっしゃ!おっしゃ!キタキタキタキタ‼︎

よしっ!ようやく繋がった!

 

いやいや、待て待て。簡単に安堵するな私。このパターンは、先程のように陰鬱な結果になるかもしれない。

 

昂ぶる心情を冷たく抑え、機械的に業務をこなさなければいけない。

 

「了解、ベーガル05。感度は悪いが、こちらも聞こえている。現刻をもって支援任務を開始する。」

 

ターニャは、いつも通りの子供らしかぬ冷静かつ淡々とした口調で任務に応じる。

 

「助かるぞ!ホークアイ03…空の眼が足りてないところ…だったんだ…いやはや、諦めず呼び掛け続けた…甲斐はある…歓迎するぞ!」

 

ようやく、マトモな支援を提供されると喜び勇む友軍の歓喜。

恐らくは、苦境の中で差し出された小さな光明だったのだろう。

 

それに支援を提供する私にとっても嬉しいことだった。

こちらも諦めずコールした甲斐はあった。

 

願わくば、また吹き飛ばされないよう願うばかりだ。

せめて私が一通りの偵察報告を終えるまでは、生き延びてもらたいものだ。

ベーガル05に強運があらん事を願う。

 

「ベーガル05より、ホークアイ03…貴官の現在地…知らせ。」

 

「ホークアイ03よりベーガル05。現在地送る。コルマール管区D-10戦域にて滞空偵察を展開中。オーバー」

 

「ホークアイ03…よりベーガル05。貴…官の所在…地域プロット完了。D-10…戦域周辺の敵情を…知らせ。」

 

現在地を知らせた後は、速やかに敵情報告に入る。

ただ馬鹿みたいに管制所を探していたわけではない。

30分の時間は眼下に見える敵部隊の詳細を確認、分析するには充分な時間だった。

 

「アンマーシュヴィア南東において敵の1個歩兵師団相当の戦力を確認。扇状の横隊隊形をとり、警戒しながら平原地帯を徒歩で移動。移動速度は約時速5キロメートル。街道には多数の野砲を確認。トラックで牽引している模様。大型自走砲10輌も確認。オーバー」

 

トンガリ帽子のような塔が特徴的なシンボルになっているアンマーシュヴィアというアルサル・ワイン街道に連なる小さな町は、今は共和国軍の大部隊に飲み込まれていた。

近隣の町々も同様の状態だ。

 

「ベーガル05、了解。そうか…もう…カイゼルベルクは落ちたのか…という事は…かなりの敵が…侵入してきているな…」

 

管制官の溜息混じりの落胆がノイズ越しに感じられる。

その心情には同情を禁じ得ない。

 

「ホークアイ03よりベーガル05。残念ながらそうだ。さらに悪い事にキンツハイムとジゴルスハイムの町も敵軍に落ちた。ここには2個歩兵師団と増強師団砲兵が展開中だ。続けて報告してよろしいか?」

 

「こちら…ベーガル…5。地図上にプロット…した。ホークア…03、続けてどうぞ。」

 

「了解。ジゴルスハイム北東にはルノーR35とFCM36を主軸とした2個戦車大隊相当の戦力と一個混成機械化歩兵旅団を視認した。オーバー」

 

空の眼から収集された情報を確認する事は、否が応でも帝国軍が置かれた苦しい現状を再確認にするハメになる。

 

侵攻スピードが帝国軍の想定以上だった。

 

前世でその類のジャンルにおいて豊富な知識を継承しているターニャからしても彼らの機動展開能力と戦力は驚くべきものがあった。

 

…果たして、彼等は本当に共和国軍なのだろうか?…やはり、生きる世界が違えば中身も少々、異なるのか?…

 

ただ突撃果敢精神を信奉し、旧来の戦略思想に凝り固まっていた前世世界のフランス軍とは明らかに何かが違う。

 

彼等の陣容は、可能な限り機械化を施された戦闘部隊だ。

旧式兵器の混成部隊も目立つが、強力な戦闘力を発揮できるよう調整がなされている。

 

何より共和国軍の動きには、的確かつ無駄がなく、迅速かつ確実にアルサス地域圏を飲み込んでいた。

 

「ベーガル05…了解。状況は最悪だな…だが打てる手は打つ。ホウッセンと…ローゲルバッハ近郊に…展開する…味方砲兵部隊で…少しでも時間を…稼ぐよう上に打診する…」

 

ターニャはそれを聞くと戦域地形術式を展開し、ホウッセンとローゲルバッハの位置を確認する

 

これは三次元空間情報みたいなもの。

魔導波を発射し、地上で反射して戻ってくる時間から、自身と地上の距離を求め、3次元地形データを取得し、取得したデータをライブラリデータとして表示する。

なんと現代的な魔法なんだろうか、便利なのは間違いないが。

 

三次元の立体データベースを目の前に展開しながら、ターニャは考える。

 

やはり、遅滞防御で対応するしかないのか…

現状では手札が限られている帝国軍には、やむ終えない手段だが…

 

しかし、ホウッセンとローゲルバッハの味方砲兵部隊の位置から考えれば、敵砲兵部隊の射程内に入る可能性が高い。

何故なら、敵砲兵部隊との距離は6〜7キロしか離れてない。

特にホウッセンの砲兵部隊は、ジゴルスハイム北東に展開してる戦車部隊に捕捉される可能性が高い。

 

遅滞阻止射撃を行い、最大数時間の敵集団を妨害、拘束出来ても反撃され全滅する憂き目に会うだろう。

 

ロシア製の戦争映画にありがちな砲兵部隊の最後を演出されるのは、あまり受け入れられない。

 

捨てかまりじみた戦法で、貴重な砲兵部隊を失うのは帝国にとって大いなる損失だ。

 

「ホークアイ03からベーガル05。コルマールに展開する砲兵部隊の陣容を知らされたい。オーバー。」

 

正直、最小限の労力とリスクで業務を遂行するはずだったが…目に見える結末を許容するには些か気が引ける上、わかっていて適切な手段や予防策を講じないのは職務放棄と判断されかねない。

 

事実、魔導師の職務規定内には任務と状況に応じて臨機応変な現場対処をせよと明記されている。

 

だからこそ、魔導師はブラックでオーバーワークになりがちだ。

 

だとしても一介のサラリーマンとしては、許容しよう。

 

上手く転べば、表彰ものになるかもしれない。

これは楽観的すぎるだろうか。

 

まぁ、いい。

少々、お節介かもしれないが、やれる事をやろう。

 




寝落ちして、更新が遅れました。

今回の話で、出てくる地名は実際に存在している場所です。
本当は名前を変えて出そうと思いましたが、もの凄くややこしくなるため辞めました。
描写が細かすぎるのが、いけないんだろうけど…
なのでグーグルマップで見れば、この話に出てくる地理的描写が多少はわかりやすいと思います。
私もグーグルマップを見ながら制作したので。

あと、今週中には3話は投稿したいですね。
そうすれば、ターニャとカイジの絡みをようやく出せるので。

今、思えば色々と細かすぎたなぁと思うし、最初から一緒の部隊にいた方がやりやすかったかなぁと思うのですが…このように書き始めた以上はしょうがないかなと思います。

とりあえず、もう暫くお待ちください。




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第13話 意見具申

「…?…了解した。しばし待たれたい。」

 

管制官は、少々戸惑いつつもターニャが求める情報を提示する。

 

「ベーガル05…よ…ホークアイ03。コルマール管区…は第169歩…師団の第230…兵連隊が展開中…装備火器…ついては…10.5…榴弾砲24…門、15㎝重…榴弾…12門を装備…」

ノイズが混じり、途切れ掠れながらの報告ではあったが大まかな陣容は理解できた。

 

「(一個砲兵連隊か…対応するには可能な戦力と見るべきか?)」

 

第169歩兵師団の第230砲兵連隊に配備されているのは恐らく10.5㎝榴弾砲と15㎝重野戦榴弾砲ならば、射程共に最大9キロ以上を誇る。

 

最大装薬で砲撃すれば、砲架(大砲の砲身を載せる台)に負担はかなり掛かるのが一応は届く距離内にはある筈だ。

 

これならばキンツハイムとジゴルスハイム間の平原で展開する敵師団砲兵に対し砲撃は可能…

 

だが、長距離射撃になればなるほど、散布界(射撃した砲弾や銃弾が散らばる範囲)が広くなるのがネックではあるが、この際大きな問題ではない。

 

そこは砲兵隊の練度と戦術の兼ね合いでカバー出来るだろう。

 

敵砲兵隊と距離が近いホウッセンとローゲルバッハの砲兵隊にやらせる必要もなかろう。

彼等は別の使い方がある。

 

彼等が防御戦で参加するにしても、その前に味方師団の砲兵連隊にやらせれば良い。

 

「ホークアイ03よりベーガル05。内容了解。」

 

コルマール管区の師団がどのような形で防御戦闘を展開しているかは、私は知りようがないし判断すべき立場にいない。

 

各部隊の現場指揮官達が連携し、状況に沿った戦術を立て適切な判断を下してくれる。

 

一介の魔導師で駒でしかない自身ならば、無駄な口を挟まず、淡々と敵勢力の状況を報告しておけば良い。

 

命令に忠実かつ実直に業務を遂行すれば良い…余計な事はなるべく避けるべき。

 

そう思っていた時期が私にもありました。

約10分前までは。

 

しかしながら…しかしながらだ。

だからと言って「何もせずには、いられない。」

 

状況がそうさせるのだ。

 

恐らくだが、コルマール管区でマトモな偵察活動をしているのは私だけだ。

 

ベーガル05は「眼が足りてない」といったが、眼が無いのが正確だろう。

 

かれこれ30分以上この空域を滞空しているが…一向に味方魔導師を視認出来ていない。

普通は、複数の魔導師がいる筈なのだが…

 

各警戒班の哨戒空域が広いためだと考えた。

だが魔導探知機には10マイル圏内近づく味方反応は無しだった。

 

電波障害による弊害も可能性としてあるが、魔導探知機は多少のノイズが見られるものの動作は正常だった。

 

何故だろうか?

私なりに様々な可能性を考えたが結論は出なく、ただ一つ言える事は…私ぐらいしか、いや私しかコルマール管区D-10戦域の偵察任務活動をしてない…

 

という事は、眼下の味方部隊は敵部隊の全体的な規模、動きを理解しきれていない可能性がある。

 

もちろん斥候を出して、敵情偵察は活発にやっているだろうが、コルマール管区の周辺は葡萄畑が広がる平坦な土地のため、平面的な情報しか得られない。

 

前衛の敵はわかっても、後衛の敵の布陣は分かりづらいし、不明確だ。

 

師団はどこまで情報収集出来ているかは、不明だが…実際、微妙なところだろう。

 

ならば、敵情や地形を空から俯瞰的に把握できる立場の魔導師が有効的な情報と戦術的助言が可能だ。

 

であるならば…私が動くしかない。

現場部隊の管轄に干渉しない程度に

 

「ホークアイ03よりベーガル05。訓令第3条に基づき意見具申。第230砲兵連隊を使用した敵増強師団砲兵に対する戦術阻止射撃を推奨されたい。…観測員は私が行う。」

 

あくまでも敵砲兵を叩き、戦術上の優位を実現する為の一つの意見を一士官が述べる権限が認められる程度には帝国軍は寛容だ。

 

それが採用されるか、されないかは別として

選択出来る手段を提示するのは問題ない。

 

そして、意見をいったからには発言者は必要な責務を果たすべく行動しなければ、ならない。

 

言い出しっぺは率先して行動すべき。

自分が出来うる仕事をやらねばならない。

 

それを勘案して現状、私に出来る仕事は前進観測員だ。

 

ノルデン北方戦線では単独観測任務で砲兵隊の着弾観測、誘導射撃を行える程度には練度はある。

 

その後、協商連合の魔導師中隊に捕捉され、酷い目にあったが…

 

…本来は、これも避けるべきリスクだ。

正直…死ぬほど嫌だ…だが帝国軍人は、いざとなったら逃げてはならない。

 

時には、リスクを背負って必要と思う任務に励まなければならない…

 

 

 

 

 

……………今までリスクしか無い事だけしかしてない気がするが…それも命に関わったレベルで…まぁ、仕方がない………と思う……

 

 

 

 

いや!無用に考えては、いけない!

 

「やれる時にやれる事をすべき」と提唱したストール・マニングス大尉の言った通りに実践せねば、ならないだろう。

 

 

「……ベーガル05よ…ホークアイ…03。当官で…その手段の是非につい…判断で…ない。だが第169…歩兵師団…本部に打診し…確認する。」

 

意見具申は、意見具申。

私や彼には決定権はないのだから、当たり前だ。

 

それを判断するのは、私より圧倒的に優秀な人材が集まる師団本部の高級幕僚達である。

 

「ホークアイ03、了解。」

 

とにかく、まずは第1段階は完了。

次はどうでるか?

大体、わかってはいる…恐らくは…

 

「ベーガル05…よりホークアイ03…第169歩兵師団…長よりお…呼…の催促だ。師…長は、D83…戦域指揮所にいる…直ちに…向かわれたい。」

 

予想した通りだ。

ノイズ混じりで音切れの無線状態。

それを考えれば、詳細な内容については、直に話した方が早いとの判断になる。

 

「ホークアイ03よりベーガル05。了解、協力に感謝する。」

 

ターニャは、僅かな時間であったが、お互いに危険な情勢下の中で勤務した彼に軽く礼を述べる。

 

「ホークアイ03…こちらこそ…協力に…感謝する…色…と助かった…貴官…武運を祈る…」

 

それは…貴官にも言える事だろう…

麗しき神の加護なぞ世界には存在しないから、こう祈るべきか…

ベーガル05に強運があらん事を切に願う。

 

 

ターニャは、そう心中で呟くと戦域指揮所に最大速度で向かう。

 



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第14話 幼女の訪問

中世の趣きを残し、おとぎの国のような美しい街並みと景色で有名な街コルマール。

 

アルサスワイン街道の中心地としても知られ、「アルサス・ワインの首都」とも呼ばれた。

 

戦乱が吹き荒れる時代の狭間で観光客が賑わい、平穏で活気に満ち溢れたコルマール。

この町は幸いにしてか度重なる国境紛争に巻き込まれずに済んだ。

だが…今回は遺憾ながら戦火から逃れられなかったようだ。

 

今となってはコルマールもアルサス戦線における最前衛拠点の一つとなっていた。

 

町の至るところには土嚢で積み上げられた砲兵陣地、高射砲陣地が構築される。

丁寧に作られた綺麗な石畳の街道は装甲車両がひっきりなし走り回り、完全武装の歩兵中隊が闊歩する。

 

木の骨組みで作られたカラフルな家々、彫刻・教会などは、幾度かの爆撃で独自の文化の結晶が痛みつけられ、瓦礫に変えられた。

 

街からは平和の時は止み、優雅さも消え、かつていた市民の賑やかな声は鳴りを潜める。

 

ただあるのは、戦火の響き。

そう遠くない距離から聞こえる砲火の音が轟き、街道では帝国式の号令と命令通達がこだまし、行き交う装甲車両の排煙が立ち込める。

 

戦時の流れで帝国の戦争機械に組み込まれた悲しき街の姿がコルマールにも見受けられた。

 

アルサス・ラレーヌにある数々の街と村も否応なく戦火に包まれているだろう。

 

それもまた共和国の大攻勢で後手に回った影響が、市民社会に直ちに受ける事の証明だった。

 

奇襲的攻勢により堅牢なはずだった防御線を破られ、日々圧迫が強まる中、帝国軍は苦境を耐える。

 

各線線で展開する現地部隊は独自に判断しながら、細切れの防衛線を必死に持ちこたえようと努力をし続け、なんとか現状を維持している。

 

それは部隊の犠牲と引き換えにしたものであったのは、考えるまでもない。

 

コルマール管区の守備についている第169歩兵師団も同様だった。

 

 

 

****

 

 

 

コルマール管区 D83戦域指揮所

 

リクヴィヒエ通りに面するフレデクレ小学校は現在、臨時設営された前線指揮所となり第169歩兵師団が持つ頭脳の1つとして機能していた。

 

幼き子供達が勉学に務める広い教室は、防衛作戦を熟慮する作戦室に変貌している。

無線機に張り付く通信士達は、更新され続ける情報の波を処理し続ける。

 

知謀に優れた上級将校がひしめき合い、作業に追われる。

 

彼らは机を並べて置かれた5m四方の作戦図に新しく入った情報を元に敵の部隊位置と未来移動地点、そこから戦線を引き直し、部隊の配置転換など様々な策定に没頭する。

 

積み重なる消耗は師団の継戦能力を徐々に奪われていく現状を等しく全員が認識している。

 

激しい口上のやり取りは、なんとしてでも共和国軍の攻勢を押し留めようとする決意の表れである。

 

彼等が積み見上げた知識、経験、技術の結集で持って、事態の挽回を努めようとする。

 

だが、その状況を打開する術を師団の司令部要員、幕僚を含めた上級将校達は見出せていなかった。

 

募る焦燥感とは余所に、ただ時間だけが過ぎる。

 

そんな張り詰めた空気の中、教室の扉を開き一人の少女が入る。

 

ターニャ・デグレチャフ少尉だ。

彼女は巨大な作戦図を中心にいる最上級指揮官に対し正対し、幼女に似つかわしくないキビキビとした動作で敬礼をして申告する。

 

「クルスコス陸軍航空教導隊 第606試験評価任務中隊 ターニャ・デグレチャフ少尉!只今、出頭しました!」

 

正統な帝国軍人らしい申告要領。

整然とした姿、その活発さは模範的と見える。

少々甲高いが、落ち着きと冷静さを持ち合わせたターニャの声が作戦室に響く。

 

一瞬、教室内が静寂に包まれ、そしてざわつき始める。

 

机上に置かれた作戦図で討論を交えていた作戦参謀、師団幕僚達は彼女に注目し、驚きを見せる。

 

それも無理はない。

帝国陸軍に入隊して10、20年経ち、長く軍務で研鑽を磨いてきた将校達からすれば、特にだ。

 

目の前にある現実が、最初は驚愕と否定を引き起こし、そしてやむなき肯定に至る思考が混じり交錯する。

 

「何?幼女だと…そんな馬鹿な…」

「…ありえん…こんな事があるとはな…」

誰もが感じる違和感と現実の否定。

 

「確かに我が国は、兵士の年齢制限は規定していなかったが…本当に幼児まで兵士にするとは…」

帝国軍法内にある「三軍入隊要綱」では、確かに「年齢制限はない」と原則としてある。

 

実際に年端も行かない子供を軍人にする事はない。本当にやっていたら悪い冗談にしか聞こえない筈だ。そう思っていた。

 

「同じ年ぐらいの娘は、まだ小学校だぞ…」

「それが普通だろう…」

事実、目の前にある現実は受け止めざるを得ないが、妻子持ちの将校からすれば複雑な心境にさせる。

 

「良心的兵役拒否をせずに志願したのは本当だったんだな…」

「ただの軍宣伝局が担いだプロパガンダ要員じゃなかったのか…」

大々的に喧伝された「小さな魔導師」に関しては宣伝局の出来の悪いプロパガンダという認識が多くあった。第169師団においても同様である。

 

「となると…北方戦役の件は事実になるのか?…」

「俺は半信半疑だな…普通はありえんだろう。」

「ありえん事が起こるのが我が帝国のお家芸だろうて…なら事実かもしれんだろ。」

 

北方戦役で生起した魔導士の不意遭遇戦の数々。

その中で注目を集めたのが、単騎での敵魔導士中隊との交戦記録。

 

1対18という勝利不可、生存は絶望的なのは確実と言える状況。

有るのは死のみ。

その中でありながら、敢えて近接格闘戦による猛撃を加え、最終的に捨て身の自爆行為で敵中隊を半壊せしめた恐るべき撃墜劇。

 

通称「天使の12人狩り」と称された空中戦は、もれなく宣伝局の格好の材料となった。

これについても意図的に作られた戦意高揚の紙芝居と思っていた。

ノルデンの現地部隊ならいざ知らず、北方戦役に介入していない部隊からした「またまた、大袈裟な話を」と苦笑いを浮かべて一蹴した。

 

なんせ、現実には有り得ない内容。

あり得る事と思えなかったのだ。

 

しかし否定していた事象が実際の現実として現れた時、甚だ疑いを持ちながらも受け入れてしまう心境は少々解せぬものがある。

 

「なら奴が噂のエースか…帝国軍史上最短最年少でエースになったという…」

「…空想が現実になったぞ。まるで合衆国のヒーロー漫画の世界だな…」

 

うら若き少女どころか、小学校に通う低学年くらいの幼女が新進気鋭の魔導師であり、エースである事の衝撃と動揺を表す者。

 

そして、生きて授与する者はないと言われる最上位勲章"柏付銀翼突撃章"保持者に対する驚嘆と畏敬の念を抱く者。

 

ここまで来ても払拭出来ない疑念を持つ者。

「所詮は子供、何が出来るだろうか?」という嘲りと侮蔑的な感情を視線で送る者。

 

ターニャとの対面に対して様々な心情を持つ将校達のざわめき。

 

ターニャからしたら、数え切れない程に遭遇した反応であり、テンプレ化したシチュエーションで慣れっこだった。

 

「(これだから幼女の体は不便だ…生理学的にも社会学的にも軍務に不適格だ。心理的には、この幼さは戦場で敵の意表を突けるが、それは味方にも同様に作用するのは厄介極まりない…)」

 

もし私が20代か30代の男性士官であったなら、このような事になるまいと思う。

一々驚かれ、ざわめかれ、一言二言何か言われる事もない。容姿で舐められる事もない。

 

何より一連の反応による時間のロスがなくなる。

直ぐに「任務ご苦労。では、本題に入る。」と上官が促してくれるだろう。

 

「(だがこの体である限りは、難しいかもしれんな…全く存在Xめ…元はと言えば奴の悪魔的所業の所為で!)」

 

先程まで抑えていた憤怒の炎が再び燃え上がる。

彼女が脳内で激情に駆られた罵詈雑言を放つ中、ざわめく幕僚達を制するかのように1人の将官が声を上げる。

 

「諸君、見苦しいぞ。静粛にせよ。」

作戦図の中心にいる最上級指揮官たる師団長の一声で周りは静まり返る。

 

この場の統制に成功した師団長は黒光るブーツをコツコツと音を立てながらターニャの目の前に立つ。

 

ゲプハルト中将は、身長180㎝くらいと帝国においては平均的な身長だが、対して140㎝程しかないターニャとは40㎝以上の差がある。

 

傍目から見たら祖父と孫のように見えるが、互いに帝国軍人であり、お互いに数は違えど戦線を潜り抜けた戦士である。

 

「貴官が銀翼持ちか…私がこの師団を統括するフィリップ・ミュラー=ゲプハルト中将だ。まずは、敵勢力下における単独での戦域航空偵察任務、御苦労だった…貴官の献身に感謝する。」

 

彼女の敬礼に対し、見下ろすように答礼を行い、威厳ある低い声で答える。

 

「はっ!ありがとうございます。師団長閣下。」

労いの言葉にターニャは溌剌と答えつつ、ゲプハルトを注視しながら師団の最高指揮官をどのような人間か分析をする。

 

恐らく年齢は50代半ばで、白髪混じりの初老。

 

痩せ型の顔だが、彫りの深い端正な風貌と鋭利な目元が相まって理性的な雰囲気を醸し出す。

 

ターニャと同じ青い瞳はリンのように青く光り、深い知性を宿すように見える。

 

細身で長身な体は洗練されたスマートさを持ち、身のこなしも気品を感じられた。

 

何より注目すべきは、胸元の略綬の数々。

これが意味する所は、軍務経験の豊富さと部隊指揮官としての有能さを示している。

 

そしてターニャは結論を下す。

 

「(師団長に相応しい、正統派の高級将校だ。50代半ばで中将なら概ね着実な昇進コースを貫いている。軍務経験は胸元の略綬を見れば一目瞭然。充分だ。)」

 

「(見ればアルサス従軍功労記章を2つ携えている。ならばこの地で実戦経験を積んでいる事の証。信用に値する上、話も進めやすいだろう。)」

 

かつて共和国と帝国間で生起したアルサス国境紛争。過去5年間で3回に及んだ大規模な局地戦で2回も参加しているなら、認識は違えども戦い方を心得ている筈だ。

 

側から見たら静謐な威厳が佇む上級将官の姿は、ユンカー(ドイツ東部の地主貴族)出身のプロイセン王国軍人を髣髴とさせる。

 

そのため保守的な将官の印象が強いが、身なりや振る舞いを見る限りは、軍人にありがちな高慢さや強情な態度は見られない。

 

それに私の容姿で、驚いたり侮蔑するような態度・言動は見られない事から、私を軍人として公平に扱ってくれる…

 

司令部の各将校達がざわめく中、声を荒げる事もなく一声だけで制した事から師団将校のコントロールは確実で上下の信用も構築されているだろう。

 

これから話をする上では、問題はなさそうだ。

だが、これはあくまで一瞥した限りの見た目の話であり、実際口を開いてみなければわからない。

 

見た目や振る舞いはよくとも、中身は暗愚というパターンはありがちである。

 

だから相手の気質を見分け、人を正しく判断する。そして状況に適切かつ簡潔明瞭に話を進める。それに尽きるだろう。

 

うん、結構面倒だな。わかっているさ、だがここまできたらやるしかあるまい?




皆さま、お久しぶりです。
一応、ようやくの更新です。
本当はあと1万字ぐらいあるのですが、文章の修正とか 区切りよくきれる部分がなかったので、ちょっと中途半端な形で投稿しました。

後はまた編集してから、投稿します。
そろそろ、あらすじ詐欺とか言われそうだから 早く上げたいけど、結局 話がながくなるんですよね。
色々ときっかけとか必要でしてね。余計に付け加えるのもあるのかもしれませんが。

とりあえず、暫しお待ちください。



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第15話 浮かび上がる危機

「かなり危険度が高い任務だったろう…逃げ足が速い戦術偵察機ならまだしも魔導師単体ではな。あまり、やるべきではないな。」

 

ゲプハルトは魔導師単独での偵察、観測斥候任務はどれだけの危険が伴うかを理解していた。

 

確かに魔導師は攻撃・防御・機動性がバランス良く多目的な任務に扱える。

 

だが逆に言えば、全体的に中途半端で器用貧乏なのが魔導兵科の欠点とも言える。

 

そのため魔導師を使うなら支援兵力として大隊ないしは中隊規模で部隊運用してこそ力を発揮する。

地上部隊との連携関係にあってこそ兵科の効果的な運用が可能なのだ。

 

「あくまで数が揃ってこその部隊運用が魔導師だ。その前提を覆す小部隊の分散投入、捕捉されやすい支援任務に従事させるのは、いたずらに魔導師を消耗させるだろう。」

 

単独行動になりがちな偵察・観測斥候を行わせるのは、まさしく「死んでこい」と言っているのと同じと認識していた。

 

兵器の喪失なら、まだ予備の替えはある。

重工業生産能力が高い我が国ならば、まだまだ替えは大量に作れるだろう。

 

だが、魔導師ならそうはいかない。

魔導師は、その運用方法から基準に見合う魔力を持たなければならない。

さらに航空魔導師として必要な航空制御と術式展開可能な能力を持つ適性人材を振るいにかけて捻出しなければならない。

そして約2年間かけて魔導師専門の教育を受け、危険な訓練を重ねて、モノになる。

あくまで新人の最低基準としてだ。

戦力化するには部隊勤務に於ける経験が必須で、これも人によるが最低は2年は必要だ。

合計4年の過程を経て、ようやく第一線で立てる兵力になるのである。

 

それを鑑みれば、魔導師は元の希少性が高く、替えは少ない。

だから、なるべく人材価値の高い魔導師の消耗は極力抑えなければ、ならないのだが…

 

現実は、魔導師達をいるだけ最前線に無作為かつ乱暴なやり方で投入しているように見える。

 

国家存亡の一大事とういう状況が状況だけに、やむを得ない面があるのは理解している。

 

だが、予備戦力のない貴重な魔導師をダース単位で摩耗させるならば、これは愚かな手段である。

 

だからデグレチャフ少尉のような幼い魔導師がツケを払わされている。

 

それに本来、教導隊所属の技術支援要員は戦線に投入してはならない。

帝国の軍事技術の発展に寄与する研究任務を停滞させてしまうからだ。

扱うべき場所と環境を間違えているのだ。

 

「(だがそんな幼い彼女の力にも頼らなければならないのか…我が国は意外と脆い存在かもしれん。奴の警鐘は間違いではなかったか…)」

 

ゲプハルトは、過去に帝国軍の脆弱性を強く指摘した外国人将校がいた事を思い出す。

 

大体4年前ぐらいだったか

参謀本部が主催する戦略計画会議でこの点について発言した人間がいたことを…

 

内容は「多方面で展開する内線戦略はいずれ破綻し、帝国に敵の侵入を招く恐れあり」と

 

そう彼は警鐘を促し加えて「早急に緊急展開可能な独立混成旅団の編成と陸軍の全体的な機械化が必要である」と発言した。

 

これについては当時の参謀本部からは、「極端な悲観論」として一蹴されてしまった。

彼等からすれば、そう結論できる材料は確かにあった。

 

一国の軍事力に匹敵する各方面軍の精強さ、精緻に組み上げられた戦略と人体の神経の様に張り巡らせた鉄道輸送網が破綻するとは思わなかった。

 

私もその1人だった。

 

一部の参謀将官からは一考に値すると評価し、彼の機械化理論に基づき試験部隊の編成と内線戦略の見直しを現本部参謀総長ルートヴィヒ中将に求めた。

 

だがルートヴィヒ中将は「修正の必要はあるが、全般計画を変えるまでも無い。」とし彼の唱えた全陸軍の機械化理論は戦略研究所の軍事的な課題として採用はするという扱いになり、声を上げた警鐘は隅に追いやられてしまった。

 

今思えば、あの時、全面的にとは言えずとも真剣に論議していれば状況は変わっていたかもしれない。

 

ゲプハルトは1人悔いる感情が湧き起こる。

だが過ぎてしまった事は、どうしようもない。

 

その一方でターニャはゲプハルトの言葉を聞き、「(まさしくその通り。今の言葉をそっくり、そのまま上層部に叩きつけてやりたい。)」と思うのだった。

 

上層部の指示で、どれだけ痛い目を見てきたか。彼女からしたら様々な理由があるにしろ、今のやり方でいけば身が持たない。

 

魔導師全体に言える事ではあるが、エリート兵科の1つであるのに扱いはボロ雑巾に等しい。

「この戦いが終わったら」というフラグめいた台詞を言うつもりはないが、本国に帰還したら魔導師の労働環境改善を要求し、合わせて魔導師の運用条件、戦術についても一考すべきだ。

 

戦線の地上軍支援という大きなカテゴリーで味方部隊の航空支援、敵地上部隊の遊撃、敵魔導師の掃討、砲兵部隊と連携した観測任務、航空管制を兼ねる偵察任務などなど…余りにもやるべき仕事が今の魔導師には多すぎる。

 

戦場の多能工とも言える便利屋扱いでは、オーバーワークは必至である。

戦死せずとも過労死は確実だ。

全てがすべて魔導師で業務をこなす必要はない。

やるべきは、魔導師の運用ベースを規定し、ガイドラインを作る事だ。

更に区分けされた分業化を進める。

魔導師じゃなくとも出来る業務は代替させ、負担を減らすようにしなければならない。

 

魔導師の労働改革を行う事を固く誓おう。

 

とはいえ現状が如何に理不尽な扱いだったとしても任務は任務だ。

ただ不平不満を喚きちらすのは、無能の証なのだ。

 

「それでも任務ですから…しかし私の不手際で、円滑な敵情報告が出来ておりませんでした。申し訳ありません。」

 

本心で言えば、不安定な敵勢力下で高まる危険なリスクの中で肝を冷やしながら単独偵察したのだから「そうそう、もっと私を褒めて!」と言いたいが…そこまで私は子供ではない。

 

ここは敢えて、謙遜な態度を取りつつ、自分の不徳な部分を補足しよう。

 

事実、有限な時間を無為に消費してしまったところもある。言い訳は出来まい。

 

「混信する無線状況と敵の電波妨害による弊害だ…やむを得まい。その状況下では、充分な働きをしたと言える。」

 

「恐縮です。」

成る程、ゲプハルト中将は置かれている現状から正しく評価出来る人物のようだ。

上司としては、申し分ない。

 

「それにだ…」

ゲプハルトは、額に眉間にシワを寄せ話を続ける。

 

「アルサス・ラレーヌ戦線の後方地域で、敵の非正規部隊による撹乱作戦が展開されてるとの報告が入っている。」

 

「それは本当でしょうか?」

ターニャは険しい表情になる。

既に敵は、我が帝国の後方を突いているという事実。

内心信じられない気持ちに一杯になる。

「そんな、馬鹿な」と口に出そうになったのを抑え、平静さを保つ。

 

「ああ、不確定な部分が多いが間違いないだろう。規模は不明だが、恐らく小部隊による工作員部隊と推定する。主に野戦管制所、通信交換所、兵站地域、輸送網の破壊と妨害を多岐に渡って受けている。」

 

それを聞いたターニャは、自然と納得する。起きている事態が現実のモノと理解し、疑念を払拭するには時間はいらなかった。

 

信じるにたる明確な証拠があったからだ。

 

「(連続した野戦管制所の音信途絶…不審だと思ったが、原因はこれか!)」

 

比較的安全地帯にある筈の野戦官制所が繋がるどころか、突然と途絶した状況は訝しげに思っていた。

 

その原因は、共和国の重砲による間接射撃若しくは帝国領空を強行突破した敵爆撃機による強襲によるものと考えていたが…

 

実際は、敵工作員部隊による破壊工作。

この事実は密かに共和国奇襲攻撃と同時に仕掛けるために、長らく準備していたと言う証明だ。

 

恐らく長期に潜伏していたスリーパー(一般人や工作対象組織構成員などになりすます者)が多数いたのだろう。

帝国は共和国にとって仮想敵ではなく、実質的かつ明確な敵国だ。

それくらいやっていてもおかしくはない。

 

確かにアルサス・ロレーヌ地域は、反帝国派親共和国派の勢力が潜在的に多くいる環境だ。

 

彼等の協力が得られる形なら潜伏するには、格好と言えよう。

もっと早く気付くべきだった。

転生者が持つ強力な特権、前世の知識継承者からすれば、この事態を予測出来ないのは不覚である。

 

自らの思考能力が錆びついている事を恥じるあまりである。

 

しかしながらスリーパー供が多数おり、活動しているなら更に起こるべき事態は予測できる。簡単な話ではあるが…

 

「では反帝国派の地下組織も共同連携し、後方地域の壊乱に迫る可能性が高いでしょう。鉄道線の寸断、橋梁の爆破、補給部隊への襲撃も企図されるでしょう。」

 

スリーパー供が土地勘がある現地民兵の源を使わないわけがないのだ。

 

反対勢力はスリーパー供の軍事教練により半ばパルチザン化していると予測される。

よく言われるレジスタンス運動の一部に適用される。

 

一般に言えば、第二次大戦のナチス・ドイツ占領下における各国の抵抗運動が有名だろう。その認識で正しい。

 

非正規戦の遊撃隊となる彼等は、輸送路の破壊、敵戦線の背後で通信を妨害することや、前線基地として使われた拠点や村を襲撃、輸送部隊を奇襲することを目的とする。

 

それにより敵側は、兵力を分散して軍事行動の拠点を守らざるを得なくさせる事が可能になる。

 

敵からしたら急所に針を刺されるもので、致命傷になり兼ねない。

 

「貴官が指摘した通りだ。実際に帝国領内の鉄道路線が8箇所、爆破され寸断されている。恐らくもっと多いかもしれない。一部の橋も破壊されたとの報告もある。」

 

特に帝国の対戦相手は、フランスによく似た国柄のフランソワ共和国だ。

 

世界線は違えど、国もやる事も似通うものなのだろうか、面白くないものだ。

 

「そのため敵工作員部隊とゲリラの掃討の為、南部戦線から相当数の魔導師を引き抜いた。ここコルマールも例外なくな。」

ゲプハルト中将には、悩みの種が根強くあるのを自覚してか額に手を当てる。

 

ここに来て、ターニャが抱いていた疑問も解消される。

 

コルマール管区で一向に味方魔導師を確認出来なかった異様な状況は、電波障害による弊害ではなかった。

 

共和国の後方撹乱作戦を潰すために投入されたのだ。

問題を可及的速やかに解決するには、火力が高く緊急展開能力に優れる魔導師を使うのが最適な手段だ。

 

後方の地上部隊を分散投入するには、時間がかかりすぎるからだ。

 

ならば魔導師を掻き集め掃討したほうが短時間で事態の収拾は可能。

 

利口だと思うが、反面魔導師の支援を戦線部隊は受け入れなくなる。

 

逆にそれが狙いなのかもしれない可能性もある。

 

「とすると事態はかなり深刻ですね。」

 

「ああ、我々は着実に追い詰められている。」

 

そう考えていくと1つの疑問がターニャに浮かび上がっていく。

 

過去に3度に渡る国境紛争で、何故スリーパー供は活動を表面化しなかったのか?

 

ターニャは脳を高速回転させ分析する。

 

第1次〜第3次アルサス国境紛争では、結果で言えば帝国軍が勝利を収めている。

たが中身を開けば、局面によっては帝国側が危うい立ち場に立たされた時は幾度もある。

 

帝国軍がたじろいだ隙を突いて、後方策源地を襲うなり、反対勢力を扇動し帝国の作戦遂行上、混乱を狙う撹乱作戦も展開出来たはずだ。

 

しかし、そうはせず、動かなかった。

共和国の敗退を黙認していたというのか?

 

何故だろうか?

答えられる事は1つだけターニャの頭に浮かび上がる。

 

「(全ては、この時のために、そのために準備していたというのか…共和国は!)」

 

そう見ていくとアルサス国境紛争も共和国のブラフとも思えてくる。

 

「(国境紛争すらもこの時の為の大掛かりな下準備であり、帝国の実力を図る威力偵察だったということか?)」

 

そう仮定すると、彼等共和国は第1次アルサス国境紛争の時から5年掛けて戦争計画の発動を進めていたとなる。

共和国にとって、その時から今の戦争を始まっていたのかもしれない。

 

ならば協商連合国の強硬な対帝国政策で陸軍を進駐して来た背景には、共和国の強い意向が働いたからと言えるのではないか?

 

協商連合の矮小なナショナリスト達の自己満ではなく、帝国の反応と行動を読んだ上での進駐。

あくまで帝国の動員計画を発動させ、その注意を北方に惹きつけるためだとしたら。

 

「(大袈裟な思考の飛躍か?…だが辻褄は不思議とあう…仮定が本当だとしたら、共和国め、かなり老獪な事をしてくれるではないか!)」

 

帝国は、組み上げられた対帝国包囲網を崩し憂いを断つため、協商連合に主力部隊を投入しての逆攻勢を始めた。

 

その結果、西部方面軍は戦略予備を事欠ける状態になる。

 

そして、西部戦線全体は共和国の奇襲が全国境で行われる。

 

圧迫に耐えきれず帝国軍は、後退を重ねた上、祖国存亡の危機とも言える状況に陥っている。

 

過程を見れば、共和国に利する点が多く見受けられる。

 

「では共和国の認識を改めなければ、なりませんね。」

 

私が知るフランスと違い、搦め手を使う老獪さと相手の意表を突く戦略計画を作れるらしい。

そして、実行能力にも秀でている。

 

「そうだな。まずは我々の現状を解消しなければならない。」

 

ゲプハルトがそう語るとターニャを作戦図の前に促す。

 

「では、本題に入る…貴官の提案だが、具体的に聞きたい。」

 

強敵ならば、帝国に立ちはだかるにたる実力を持つならば、相手にとって不足はない。

 

なぜなら、心理的に強い敵と認識すれば悩む事なく殺しやすいからだ。

 

強大な敵には、人間はかえって躊躇いなく銃を撃ち、銃剣を刺し、砲弾で耕す事が出来る。

 

そう強大な敵と認識すれば、生身で同種の人間という意識を薄くしてくれるからだ。

 

精神衛生上、極めてよろしいと言える。

ならば徹底的に潰してくれよう。

誠に憂いなく確実に叩き潰し、アルサス平原を血染めに染め上げて見せようではないか。

 



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第16話 ターニャと砲兵

「…了解です。その前に確認ですが、砲兵連隊の現有戦力について確認を求めます。」

 

さぁ、諸君!

内容を話す前にやるべき事はご存知だろうか?

 

まず把握しなければならないのは、現師団隷下の砲兵残戦力だ。

 

第169歩兵師団は正規の完全編成部隊である事は間違いない。

 

だが、敵地上軍の執拗な攻勢と空爆による損耗がある事も間違いようのない事実としてある。

 

戦術的な遅滞防御を繰り返しての後退は、かかる師団に兵員・装備の消耗を強いられているからだ。

賢明な諸君らには、これくらい愚問であろうがな?

 

特に砲兵部隊については第一線に立ちながら味方部隊を支援しながら時機を見て陣地変換(別陣地の移動)を行い、後退しなければならない。

 

そして砲兵部隊は、敵味方共通してある重要攻撃目標だ。

 

しかるに砲兵の重要性に歴史的に痛いほど理解している共和国軍がみすみす「はい、どうぞ」と手を振って見逃すはずがない。

 

それに砲兵部隊が移動している最中が最も無防備で碌な反撃も出来ない弱小動物に成り下がる。

攻撃を掛けるなら素晴らしい状態だ。

 

何故か?

 

野砲を馬なり車両で牽引している状態からの組織的な抵抗など不可能に近い。

砲を牽引している状態を解除し、人力で砲架を地面に据え、計算機や弾薬を用意して射撃準備完了までにかかる所用時間は約20〜30分だ。

 

神業の練度を持つ熟練砲兵でも最短10〜15分はかかる。

かつての我が祖国、陸自特科教導隊所属の小隊陸曹から聞いた話だ。

現代装備の兵器を装備し、世界水準の練度を持つ彼等でさえそうなのだ。

 

昼寝するぐらいの時間を敵は待つだろうか?

戦隊モノで登場する悪の幹部や怪人でさえ、痺れをきたして攻撃するに違いない。

 

では仮に自走砲ならば、即反撃可能かと言えばそうではない。

 

小銃のようにサイトで敵を照準して引き金を引けばいいような簡単な代物ではないからだ。

 

野砲による射撃には、砲の操作員、目標の情報を送る観測班(FO)と目標座標・標高・敵の規模などを「射撃要求」として計算する射撃指揮所(FDC)との三者連携があって初めて射撃が可能になる。

 

では直接照準なら可能か?

可能かもしれないが、攻撃されている最中に目標地域の測量計算と目標そのものを捉える弾道計算などをほぼカンで対応できる人材がどれだけいようかという根本的な問題が表面化する。

 

だからだ。ただ射撃をするには、砲兵は他の陸軍兵科に比べて多くの時間と労力がかかるのが難点だ。

 

この点を踏まえて考えれば、自ずと結論が出る。

敵の強襲若しくは不意遭遇戦に移動中の砲兵が巻き込まれれば、それは大体積みである。

 

例外は、戦史を紐解けばあるにはあるが参考にならない。

あまりにイレギュラーすぎるからだ。

 

だから、ほぼ無抵抗の状態な砲兵を空爆なり砲撃なり加えれば充分な損害を与えられる。

 

加えて移動を繰り返し後退する事は、常に砲兵用の堅牢な耐爆陣地が準備されているわけではない。

予備の砲兵陣地を後方に幾つも上手く用意出来る程、南部戦線の帝国軍には人的資源の余力は現状ない。

なにより築城する時間がない。

 

あるんだったらジークフリート線やマジノ線が出来てしまうだろう。

まぁ、これはジョークだかな。真に受け止めないでくれよ諸君。

 

実際、土嚢が積まれている急造陣地が大半と見るべきであり、それすら作る余裕が無く裸の状態も多くあるはずだ。

 

そのため塹壕地帯にある砲兵に比べ損耗度は高くなるだろう。

 

例え、それが首尾よく奇跡的に小さな被害だったとしても度重なる小さな被害が募れば、統計すれば大きな被害を被っている現実を浮かび上がらせる。

塵も積もれば、何とやらだ。

 

だから野砲の損耗は確実で、最悪大隊規模の損害が出ていても不思議ではない。

足の遅い重砲がなりより心配だ。

 

この現状を確認せずには、作戦など成り立たないのだ。

これを無視して立案された作戦は作戦ではない。

机上の空論であり、余りに愚かしい。

これも例外として辻ーんあたりが、やりそうだが。

 

「よかろう。敵の砲撃、空爆で破損した10.5㎝榴弾砲7門、15㎝重榴弾砲5門以外なら全力砲撃可能だ。」

ゲプハルト中将は意図を察してか、端的に戦力説明を行う。

 

それを聞いたターニャは、微妙な感情を胸に抱く。表情に出しはしなかったが。

 

現砲兵戦力は10.5㎝榴弾砲17門、15㎝重榴弾砲7門で合計24門は使える。

 

確かに使えるが、やはり少ない。

組織的な砲撃は可能な範囲と言えども、砲門数は大きく制限される。

逆に考えれば、まだ全力砲撃を行え効果をもたらす最低限数はあると見るべきか。

 

私が考えるプランで対応できるだろうか?

だが戦争とは、100%の準備で行えるような都合のいいものではない。

戦争とは、完璧かつ万全を帰せない。

必ず何がしか欠けてしまうものだ。

それが出来るのはチート設定可能な架空戦記モノだけだ。

 

状況が守勢なだけに妥協せざるを得ないだろう。

 

「了解です。それならば、まだ充分な火力戦闘は可能と見るべきでしょう。」

 

そう一言を置くとターニャは自らが短期速成したプランを提示する。

 

「では説明します。ある程度は把握されていると思いますが…砲兵連隊による急襲攻撃を実施。キンツハイムとジゴルスハイム間の平原で展開する敵師団砲兵を叩き潰します。射法は地帯射撃(目標エリア丸ごと射撃する方法)を採用。偵察で得られた情報から砲兵連隊の位置から充分対応です。」

 

「この地域で展開している敵砲兵は平面的に広範囲に展開している事から精密射撃を廃した射方を選択すべきと思います。」

 

共和国の砲兵布陣は、綺麗な三段砲列だった事をしかと目にしている。

ナポレオン以来の砲列体系は伝統的に染み付いたかような陣形だ。

 

だがナポレオン時代のような密集砲列ではなく、平面的に広正面で展開しており一点集中砲撃では溢れが生じ、余り効果はなさそうだった。

 

ならば定点射撃によらず、敵砲兵が布陣するエリア丸ごと叩くのが一番効果があると判断したわけだ。

 

「これにより精密性が低い重砲の威力を発揮するでしょう。加えて高い仰角で射撃可能な榴弾砲が主体なので、敵砲の破壊並びに砲操作員の殺傷も可能かつ容易と見ます。」

 

「そしてコルマール管区の砲兵連隊は、敵砲兵からは榴弾でも有効射程外であり、それ以前に敵砲兵は間接射撃が不可能です。」

 

「ほう、それは何故かな?」

ゲプハルトは首を傾げながら、興味深くターニャに質問する。

 

「敵師団砲兵の主力装備は、優秀な75ミリ砲ですが、その野砲には欠点があります。」

 

世界で始めて革新的な駐退複座機を装備したこの野砲は高い速射力と精度を兼ね備える傑作品。

 

いわば、大砲の一大革命児で今に繋がる様々な砲の数々はこれから派生している。

伝統化した大砲、重砲、火力主義に傾倒する帝国も例外ではない。

 

その影響は、戦艦で言えばドレッドノート級、戦車ならT-34ショック並みと言えよう。

 

だが天は二つ与えたとも言うべきだろう75ミリ砲には、やはり欠点がある。

こちらに利する形の弱点が。



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第17話 ターニャと砲兵Ⅱ

さぁ、諸君!今日は、大砲と歴史のお勉強だ!

 

まずは追って説明せねばならないな。

よく聞いておくんだぞ?

 

「まず75ミリは、砲架が単脚式であるため、水平射角は左右3°ずつしかとれません。仰角も18°程度しか取れません。」

 

簡単に言えば、仰俯角(水平を基準とした上下方向の角度)が浅いのだ。

 

この時代の野砲全般に言える事だが、射角(撃ち出した砲弾の射線と水平線とのなす角。砲身の角度。)が限られ、砲自体の旋回範囲も狭く射撃の自由度に大きな制約がある。

 

直接照準だけなら、まだしも間接射撃を含めると射角の浅さは致命的な問題になる。

 

「その点から言いますと、間接照準が必要となる長射程射撃は難しいと判断します。」

 

まぁ、適切な表現かわからないが「視野が狭い」大砲というべきかな。

 

現代の野砲のように砲身を大仰角で調整でき、旋回半径が広いものではなかった。

 

そのため75ミリ野砲は、設計思想からして前時代的である。

 

この面は技術的な問題もあるが、なにより古くから定着している砲兵戦術が起因している。

 

今でも火力主義を標榜する共和国、帝国共に根強くある概念の一つだ。

 

それは砲兵による「集中近距離射撃」だ。

内容は、「想定されている距離より更に近い距離で射撃する」という形。そのままだ。

 

まぁ、男の浪漫を感じさせる戦術が現実としてあったわけだ。

 

男ならば少々、心を熱く くすぐられると感じた諸君の心情には理解はするが……オススメは出来ないものだ。

 

何故なら高確率で死ぬからだ。

 

射程が短い上、命中率が低い、装填にも時間がかかるマスケット銃が相手ならまだしもだ。

 

品質が向上し、大量生産されたライフリング加工済み歩兵銃の射程が届く距離から撃ち合うのだからな。

 

ライフルより口径も射程も威力も段違いの大砲がだぞ。

 

生死を測る命の天秤は、間違いなく死に傾くのは確実である。

 

だが19世紀後半までは、砲兵は最前線で戦うライフル兵と肩を並べて戦う事が多く、ほぼ水平に等しい角度から直接照準で迎え撃つ事が主流だった。

 

その点を考えれば、調整出来る角度の範囲は狭くてもよかったというわけだ。

 

だから砲兵支援の実態は比して異なるもの。

持ち前のアドバンテージを活かせる遠距離からの砲撃は、野戦においては少なかったのだ。

 

実際は、損害を覚悟して至近距離から直接射撃するという形だ。

 

まさに長射程をウリにする砲兵のメリットを見事に潰す戦術が取られている。

 

それらの点を踏まえると野戦砲兵は、今のように前線部隊の後方から、しっかりとした射撃陣地で火力支援する存在ではなかった…という事になる。

 

その砲兵のイメージは意外と最近出来たもので、定着するには多くの犠牲を引き換えにした戦訓と研究を重ねなければならない。

 

かつての前世世界でもそうだった。

 

何故か?

 

当時の野砲で使われた主力弾種は、ショットガンの様に破片をばら撒く榴散弾だった。

 

ぶどう弾の発展系にあたる榴散弾は、野戦では極めて有効な殺傷力を持つ事は自明の理。

 

だが敵歩兵部隊を一気に崩して確実に仕留めるにはどうしても大量の大砲が必要になる。

それもダース単位でだ。

 

しかも必要になる大量の大砲を指定した戦線で、必要な時に必要な場所に、事前に集めて置かなければならない。

 

ここで根本的でシンプルな問題に直面する。

 

"強力な攻撃力を持つ大砲をどうやって決戦の最重要地点に持ち込むか?間に合わせるにはどうするか?"というもの。

 

これが幾多の戦術家達を悩みに悩ませて、夜も眠れない問題だった。

 

最早、諸君らが知っているが如くの事実だが、大砲は運ぶのに非常に手間が掛かる陸戦兵器だ。

 

正直、移動中は厄介なお荷物そのもの。

出来れば、捨てたいほどだ。ほんとだ。

だって重いんだもん。

 

牽引用の前車が発明され、馬匹牽引が容易になっても事情はさして変わらなかった。

 

劇的に改善されるには、文明の最たる利器 自動車の登場。

 

そして自動車自体の更なる発展・改良を待たねばならない。

 

ならその間はどうしたのだろうか?

 

歩兵部隊に追従する機動力を持つ条件をクリアするには、砲は可能な限りの軽量化と簡易なものである事が必須になる。

 

そのため大口径で強力だが鈍重な重砲は、あくまで対要塞戦若しくは防衛戦に限定。

 

主力野戦軍の歩兵達が闊歩し、機動力が求められる野戦では70ミリ単位の中口径砲が主体的に運用された。

 

野砲の口径は、比して小口径化が目指された。

 

史実においても主力野砲の口径が第二次大戦まで75ミリという中途半端な数字だったのは、分解せずに砲車(砲の台車)を取り付けて馬で牽ける限度が75ミリの野砲までだったからだ。

機動性を確保するには、これが限界だったのだ。

 

新型の野砲が出る度、口径が小さくなるのも、このためだ。

 

その分、小さくなる野砲口径の威力が減少するため、なおさら野砲の大量集中を目指す事になるわけだが。

 

こちらの世界の野砲も同様の経緯を経ている。

 

とはいえ、様々な努力を重ねても機動力は大幅に劣る存在なのは、なんら変わりはしない。

 

残念だが、足の遅さはなんとも払拭しがたいのが砲兵だ。

 

妥協の結論として、機動力に劣る砲兵を必要に応じて素早く展開させるため、集めた砲兵の半数は戦闘に投入せず、予備とした。

 

その予備砲兵部隊をその後に仕掛ける攻勢・進撃に備えるのがナポレオン時代までの常識となっている。

 

この非効率的な運用に異を唱えたのがモルトケ時代のプロセライン陸軍だ。

 

ー 砲兵火力の発揮には、大量の砲を一気に集中させなければ、その真の効果を発揮できない 。それは必須条件であるー

 

そのために、プロセライン陸軍は野砲の牽引のために他国とは比較にならない規模の馬と人員を投入し、全砲兵と砲弾補給部隊を一斉に動かす事を目標とし実行する。

 

砲兵の機動力向上を狙ったシステムは、一定の成果はあったものの、やはり砲兵の大量集中は時間が掛かりすぎた。

 

決定的な局面に投入できない事態が幾つも発生したからだ。

 

実際に50門から60門の集中でさえ困難を要し、100問以上の集中には、それこそ知恵を絞った運用の妙案なくしては実現出来ない課題だ。

 

そして、なんとか運良く理想的な規模の集中を成し遂げる事が出来たとしても、今度は射撃精度の問題にぶち当たる。

 

「戦いは数だよ!兄貴‼︎」とは言っても砲の数が揃っても射撃精度が低ければ、弾着は拡散して思うような効果が上がらない。

 

せっかく苦労をして集めてもこれでは意味がない。

 

当時の野砲でも2000メートル程度の距離は充分な有効射程なのだが、流動的な展開を見せる野戦という環境だ。

 

遠距離から正確な射撃を組織的に加えるのは、この当時まだ難しいものがあった。

 

加えて2000メートルの距離を隔てた敵歩兵部隊を射撃する場合、また問題が出る。

 

敵砲兵部隊の中間に友軍部隊が存在したら、砲撃を中断せざるを得ない上、多くの場合、敵との区別が明確につかない。

 

そうでなくても砲兵の視界は、多少の草木や土地の起伏があっても妨げられてしまう。

 

こうした問題点を払拭するためにモルトケ時代の参謀本部は、砲兵活用の戦術を切り開く。

 

主力野戦を担う歩兵部隊の追従と決戦における砲兵の集中展開が難しいならば…

 

敵主力野戦軍の攻勢を逆手に取り、大量の砲兵が集まる場所まで敵を誘導すればよいと結論を出す。

 

元々、帝国周辺の国々は、森林三州誓約同盟のような中立国を除いて対帝国同盟を組んでおり、機あらば複数の敵国が軍を動員させて、帝国を攻撃しようとしていた。

 

この周辺環境から考えれば、帝国としては機先を制して敵国まで無理に侵攻せずともよい。

 

待っていれば、勝手に国境から沸いて帝国までわざわ向かってくれるのだから。

 

これは、当時から今も変わらない。

現に共和国から目下、攻撃を受けている。

 

ならば敵主力野戦軍との決戦を避けつつ、遅滞防御を行い、徐々に戦線を後退させながら主力砲兵部隊が集中展開している場所まで巧みに誘導する。

 

砲兵のいる場所を帝国の決戦場としたわけだ。

 

言わば、現在の我が帝国が持つ内戦戦略の基礎ドクトリンがここで発露する形になる。

 

この時の遅滞防御戦が言わば、決戦に繋がる肝になる。非常に重要だ。

 

今もそうだろう?上手くいってはなさそうだがな。

 

ここで活躍したのが散兵戦術を機能的に取り込んだ機動擲弾兵。(後の突撃歩兵の原型)

 

高品質の小銃を装備した国民主兵 ライフル兵。

 

古来の槍やサーベルを廃し銃火器で武装した竜騎兵。

 

威力は小さくても馬数頭で運搬可能かつ、砲設置と撤収、移動にさほど時間の掛からない小型の砲で武装した砲騎兵。

 

元から散兵戦術を得意とし、伝統的にライフルの扱いに長けた狙撃猟兵。

 

そして個人の存在で、重火器並みの火力を発揮できる魔導師だ。

 

これらの兵科を連隊規模で戦力化し、それを元に各師団を編成し、味方主力野戦軍より早く最前線に投入。

 

遅滞防御戦を展開しながら敵を決戦場まで誘引する主要機動戦力として多いに活用した。

 

残念ながら、魔導師は有力個体の少なさから

大規模な陣容を整えられなかったが、逆に小部隊による一撃離脱の強襲部隊兼威力偵察用の遊撃部隊として重用される。

 

魔導師は中隊を基幹兵力単位とし、前線においては小隊若しくは班による分散投入を行う。

 

敵を撹乱し、兵力統率を鈍らせ、合わせて敵軍の詳細な情報を手に入れる。

 

戦術運用の差異は多少あるが、魔導師運用は今とさしてかわらないと見えるだろう。

 

対空火器が発達していなかった当時ならば、これは容易であったが、今にして思えば魔導師のブラック労働化はここから始まり、そのツケを今の魔導師達が払っている事になる。

 

言えば、私もその被害者の1人である。

 

ぐ……ぐぬぬ……やはり、あの時の判断は間違っていたのだろうか……

 

とまぁ、それはさておき…

 

こうして敵軍を、なんやかんやありつつも上手い具合に決戦地となる場所まで誘導し、待ち構えた大量の野砲が迎え撃つというシナリオに導く。

 

この時、砲兵は歩兵とともに最前線に投入される。

 

場合によっては、ライフル兵より前に出た。

 

理由は、味方のいない前方射界を確保し、有効弾を確実に撃ち込むためだ。

 

それは、砲兵の編成でも明らかだ。

当時の砲兵には、徒歩砲兵連隊という部隊が幾つもあった。

 

名前から見れば、人力で野砲を移動する部隊に見えるが中身は違う。

 

内容は歩兵2個大隊(約1700名)、砲兵2個大隊(7.7㎝FK96野砲 36門)の混成連隊だ。

 

重砲ならともかく、中口径の野砲は最前線に歩兵と共に投入するのだから、どうせなら歩兵部隊と一緒にしてしまおうというわけだ。

 

これなら、味方歩兵と砲兵が共に行動出来て、野砲が味方歩兵を誤射するリスクが幾らか減らす事が出来る。

 

歩兵大隊と砲兵大隊が共同連携する形で編成しているのだから、野砲の砲撃射線もわかるから、味方歩兵が射線に飛び込むことも少なくなる。

 

加えて歩兵大隊は、いざ敵歩兵部隊若しくは騎兵の突撃により懐に入れられた時には歩兵大隊が砲兵大隊の護衛を務め、砲兵の損害を抑えてくれる。

 

戦術的な運用上、機能的に作用するのが徒歩砲兵連隊だった。

 

もちろん、砲兵だけで編成された砲兵連隊や旅団もあったが、その両翼には必ず同程度の規模以上の歩兵部隊が展開するよう作戦計画は、組み上げられていた。

 

しかしこれもまた、別の問題が出る。

 

あくまでも防御陣形を維持しているなら、射線を固定出来るが、前にも言った通り野戦は状況が変わりやすい。

 

状況によっては、有利な地点を確保すべく、砲兵自身も転々と戦場を移動しなければならない。

 

今いる場所が最初は射撃に最適だったとしても、暫くたてば射撃に不都合になる可能性がある。

 

敵も馬鹿じゃない。

目の前に障害があるなら無茶に進撃せず、迂回もすれば、部隊を分散させて攻撃を躱しながら前進するなり手を打つ。

 

この時、野戦軍の主力たる歩兵部隊も敵の動きに合わせて一気に動くわけだが、無論それらを支援する砲兵も一緒に動き始めるわけだ。

 

お互いの軍は相手の機先を制そうと動き回る環境は、大体が近距離戦闘を誘発させる。

 

それに地理的、戦術的にも半ば強制的に引きずり込まれる砲兵は、必然と巻き込まれる。

 

歩兵対歩兵の近距離、至近距離戦闘の乱戦も呈する世界に砲兵が介入するという自体が生起してしまう。

 

こうして砲兵の射撃は明確に近距離射撃戦指向へシフトして行く。

 

プロセライン陸軍では、野砲の射撃距離基準が1500メートルとしていたが、実戦では1000メートルとなり、極端な場合は敵歩兵との彼我が距離150メートル以下で銃火を浴びながら砲列を正面展開するという事態も発生する。

 

自己犠牲を尊ぶプロセライン陸軍とはいえ、砲兵には厳しすぎる戦いだろう。

 

ちなみに例にも漏れず、共和国も帝政時代からの名残か伝統かはわからないが、常に砲兵をどんどん前に進出させて戦わせていた。

 

戦争では、片方が一つの手段を取ると相手も同じ手段を選択するという作用もあるだろう。

 

特にフランソワ共和国は、宿縁の敵である帝国の戦略、戦術を研究しながら、帝国で作られた軍事的産物は良いもの使えるものと判断したならば、意固地にならず積極的に採用している。

 

例えば、参謀本部がそれだ。

プロセライン陸軍がナポレオン、それと同等の存在を打ち倒すために作られた叡智の軍事組織だ。

 

共和国は、その有効性を理解したから自国でも作り上げた。

 

砲兵戦術も同様だ。形を変えながらも採用している。

 

帝国がこの時代に作り上げた砲兵戦術を内戦戦略に組み込まれるように、共和国は外線戦略に集中運用の砲兵戦術を組み込んだ。

 

だから砲兵の運用も似通う部分が幾つもある。

 

というか、これも極端がすぎるが、突撃する歩兵と一緒に砲兵も突撃した事例があるくらいだ。

 

やっぱ、やべぇなあの国。

 

戦場までの輸送については、大量の馬匹もそうだが植民地から集めた屈強な戦場労働者をありったけ動員して無理矢理、戦場に持ってきたらしい。

 

流石は、腐っても植民地経営型の列強国である。

 

大雑把に纏めるとこうなる。

 

1.馬匹牽引で機動力を得るために軽量小口径が求められた。

 

2.小口径のために威力が不足し、大量集中が必須条件になる。

 

3.射撃精度の低さから、近距離で集中砲撃が行われる。

 

4.直接照準の視界確保のためにも近距離射撃傾向が強くなる。

 

5.その結果、長射程のライフル一斉射撃を晒されながら砲兵は戦うことになる。

 

こんな具合だろうか。

 

ここで一番厄介なのは、ある時代に産まれた理論なり考え方が現実に実証され、年月を経て常識になった時、かつての環境が変わっても中々払拭出来ない事だ。

 

砲兵について言えば、野砲の威力、長射程化が進み、野砲自体の性能向上がなされ、観測員を使った間接照準という画期的な砲撃術が産み出されても危険を冒しての直接照準射撃に拘る風潮はまだまだある。

 

それよりも苦慮して無理を承知で作られた言わば犠牲を一種の妥協とした戦術を何故か戦場の美徳化し、「砲兵は歩兵よりも果敢にあれと」と言わんばかりに最前線に行こうとする気質すら残っている。

 

特に共和国は、この気質が強い。

機動戦志向を重視しているのもあるが、「砲兵は、危険を冒してナンボ」という側面が尚更強いのも理由の一つだ。

 

じゃなければ、ライン戦線であんなに出張ってこないだろう。

 

あくまで、当時の様々な条件を鑑みて「本当は遠距離から撃ちたいけど、難しいから止む無く近距離で対応しよう。」という結論から出した砲兵戦術なのだが……人間は得てして元からあった根拠と背景を別にして、精神的な考え方を付け足して正論化してしまいがちだ。

 

野砲の運搬が鉄道や車輌牽引で大きく改善されつつあり、特定の戦線に大量集中出来るようになり、砲兵の形が変化し、戦争の形態が変化し、人が変わってもだ。

 

昔から育んだものは、中々変わらない部分がある。

 

諸君らも似た話をよく聞かないだろうか?

あるだろう?

 

野砲の設計もそうだ。

先に述べた通り共和国の75ミリ砲は優秀だ。

 

だが直接照準射撃の仕様で製造されているため、間接照準が必要になる長距離射撃、障害物を超えての超越射撃(高い射角からの射撃)には不向き。

 

元々、開発された年代が19世紀後半だからって理由もあるが、根本的に改修する機会はいくらでもあった。

 

別に改良の余地が無いほど、冗長性が無いわけではなかろう。

 

実際に様々な派生品を産み出しているのだから。

 

諸君らの中では、「いやいやこの時代の間接照準は未完成だから難しいでしょ」と言うだろ。

 

確かにその面もあるだろう。

 

比較的新しい砲撃術になる間接照準の技術の不安定さや難しさを鑑みて、今まで使ってきた堅実な直接照準によるのも分からなくない。

 

だが今から10年前のとある戦争で様相は変わっているのだ。

 

悪しきコミー共が支配するルーシー連邦と明らかに前世世界の我が祖国と瓜二つの秋津島皇国の全面戦争。

 

1913年に生起した近代戦争の序章たる「極東戦争」(別名:秋津島戦役)では、帝国式の理論を学んだ秋津島皇国軍が鴨緑江の渡河作戦や永久要塞攻略などで「間接射撃」を積極的に実施。

 

さらに野戦で使う事が少なかった重砲も積極的に使用・運用し著しい効果を上げたのは、まだまだ記憶に新しい。

 

無論、この極東戦争には帝国はもちろんの事、アルビオン(ブリカス)や共和国、果ては合衆国まで観戦武官を大量に派遣してつぶさに戦線を見てきたはずだ。

 

共和国も帝国に負けず、相当数派遣しているし、詳細な分析と研究をしているのだが…

 

どうやら極東戦争の戦訓を上手く生かせきれていないようだ。

 

実際、75ミリ砲はある程度のアップデートされて、数を増やしていても中身は変わらず。

 

間接射撃も重砲や列車砲などの極長射程に限定しているらしい。

 

「その為、砲手から直接目視できない目標を砲撃するのは困難と推測します。そのため、我が砲兵連隊の損害は、反撃を受けても軽微でしょう。」

 

75ミリ砲は、最大射程8000以上だが、それはあくまで直接目視出来る範囲で可能ならばだ。

 

実際、平坦な葡萄畑や平原があっても射撃間隔内には森林地帯もあるし、おまけに我が230砲兵連隊は建造物に囲まれた市街地で布陣している。

 

直接照準による定点射撃や捕捉射撃には難点がある。

 

ただ射程内にあるが、狙いが定められず即反撃しても不安定な弾着観測になり効果は発揮出来ないだろう。

 

「それに比べて我が砲兵連隊の榴弾砲は、共に大仰角による超越射撃が可能です。偵察から得られた目標地点のグリッドを修正するだけでも敵砲兵を叩くには効果があり、充分です。」

 

我が帝国は、極東戦争における貴重な戦訓を多大に加え、砲兵戦術を戦略単位まで昇格させる。

 

それが今に繋がる魔導師、観測斥候員、射撃管制所と無線通信所を複合的に連結、一元化した野砲による迎撃システムだ。

 

間接照準による定点射撃の精度は、世界随一である。

 

最悪、作戦地図にピンされたプロット地点だけ分かれば間接照準無しでも精度は落ちない。

 

諸君、素晴らしいだろ?

 

「そのため事実上一方的な砲撃が可能です。」

 

「(まさしく、アウトレンジ射撃だ。最大射程の散布界誤差は、直接空中観測し修正すれば問題ないさ。)」

 

ターニャは自らの体躯を覆うほど大きい作戦図に身を乗り出し、作戦図上にあった指揮棒で指し示めしながら説明していると突然、横槍が入る。

 

「それならば、敵砲兵と彼我が近いローゲルバッハとホウッセンの砲兵隊が行えば充分ではないか?」

 

彼女の説明に横から口を出してきたのは、師団砲兵指揮官の1人であるベーレント少佐。

肩幅が広い精悍な体躯と茶髪のオールバックヘアできっちり整えた姿が特徴的。

 

見るからに帝国将校団の一員と自負するオーラを放つ彼は、ナイフのような鋭い眼光をターニャに向けながら、話を続ける。

 

「両砲兵隊は、共に77ミリ砲(7.7㎝砲)を装備した一個大隊規模の陣容だ。我が師団下ではないが、共同運用すれば良いだろう。」

 

ベーレント少佐は、専門的な戦術砲兵士官課程、野戦火力運用課程を経た若手将校である。

 

砲兵将校としてエリートコースを歩んだ彼からすれば、ターニャは兵科の異なる外野手であり部外者で、明らかに格下と見ていた。

 

彼の心中はこのようなものだ。

 

何処の馬の骨とも知らない一介の魔導師が、ただの偵察要員が「砲兵」を語らせるのかと。

 

しかも単なる子供に語らせるのか!

 

内心、ターニャに対する強い否定の感情を僅かに漏らしながら20歳以上年が離れている幼児にまくし立てる。

 

「77ミリ砲を合計45門以上擁するならば、地理的に見て有効射程内に収まる。付け加えて…」

 

子供が気安くも作戦計画を立案するのかという軽率さにおこがましいと感じるエーベルトは自らが持つ正論をぶつける。





皆さま、お久ぶりです。

すっごい長くなりましたが、一応砲兵の発展経緯を書いておかないと今後の展開上、必要になるので仕上げました。
あとは原作で不明瞭な砲兵の姿を自分なりに考察して形にしたかったのもあります。

だけど、途中からやっぱり、説明長いなぁと思いましたね。

話もあんまり進まなかったし、色々考え過ぎましたね。

そろそろモノローグ終わらせないとなぁ……


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第18話 反論戦

「地帯射撃による急襲攻撃を軸と考えるならば、速射性に秀でる中口径砲を集中的に使用すべきだ。両砲兵大隊は、共に敵砲兵を狙える有効射程内にあるのだからな。」

 

ベーレントは、綺麗な白手を付けた手で指揮棒を鞭のように振るい、作戦図にある2つの砲兵大隊を指し示す。

 

「地理的に見てもローゲルバッハの砲兵大隊は市外郭北西部に前面展開し、ホウッセンの部隊はロザンクランス北部に陣地変換済みだ。

この2拠点に展開する部隊は、共に敵師団砲兵を指向(射撃する方向)でき、明瞭な射線も確保できる……挟撃しての集中射撃が可能だ。」

 

彼は、両砲兵隊の地理上の交点となる敵師団砲兵(キンツハイム・ジゴルスハイム間の葡萄畑・平原)の位置を指揮棒でトントンと叩き示す。

 

ベーレント少佐からすれば、敵を確実な有効射程内に捉える砲撃が正道であり、常識だ。

それは1つ原則と言ってもいい。

 

それを違える最大射程の砲撃は、弾着が散らばりやすい上、効果の程は未知数である。

 

寧ろ、貴重な大口径榴弾砲の砲弾を擦り減らす無駄でしかないと彼は考えていた。

 

「その方が敵師団砲兵の壊乱を狙えるだろう。敵の砲列を乱し、統制を妨害するる上でも効果的だ。」

 

明らかにターニャと反目する姿勢を取り続ける。

 

彼は、自らが持つ砲兵の知見と技術は、野戦における常識と乖離しない事を指針としている。

 

あくまで戦いには変わらぬ原則があり、それを元に追求した策を弄する事が重要であると。

 

「確かに敵有効射程外からの極長射程によるコルマール砲兵連隊の一斉射撃は敵砲兵に混乱を呼び起こす。15㎝級の重砲もその威力を発揮できるだろう。だが……」

 

しかし砲兵連隊は、コルマール管区中心地から見て北東部にあるドルニッグ通り沿いで布陣している。

 

長射程かつ重火力を持つ第230砲兵連隊であっても、どう見ても敵砲兵から距離的に遠過ぎる。

 

「その効果は一時的なものに過ぎない。 榴弾砲による最大射程射撃は、散布界が大きすぎる。修正射撃による調整も榴弾砲の装填時間を加味すれば、労力と時間がかかる。

その間に彼らは部隊統制を回復するだろうな。なにより急襲の利を継続して活かしにくい。」

 

例え、砲兵連隊の火力が強力だとしてもだ。

一定精度の砲撃を一気に集中させなければ、砲撃自体が無意味になりかねない。

中途半端な砲撃は、弾薬の浪費でしかない。

 

それをコイツが、子供が理解出来ているとは、思えなかった。

 

秀才と呼ばれる程の見識をこのデグレチャフという奴が持っているとしてもだ。

 

所詮は付け焼き刃のモノに過ぎない。

言えばディレッタントだ。

 

宣伝局のプロパガンダと軍上層部の過大評価には、困ったものだ。

 

兵科が全く異なる外野が、提示する戦術など現実を無視した荒唐無稽の策にしからならない。

 

ベーレントは、少々息巻きつつも最後にこう付け加える。

 

「貴官の専門外だから、やむをえないだろうが…あらゆる点から俯瞰すれば、無理にコルマール砲兵連隊を使わずとも良い。使うならば、アンマーシュヴィア南東で進撃体制を整える敵歩兵師団に対して運用すべきだ。」

 

「敵師団砲兵は、ローゲルバッハとホウッセンで叩き、コルマールの砲兵連隊で南下するであろう歩兵師団を叩く!…これが現状に即した最適解であると私は自負する。」

 

そう言い終えると、ベーレントは指揮棒を置き、胸を張り直す。

あたかも勝利を制したが如く。

 

実際に彼は、この時点で戦術の論理で勝利を得たと確信し、自らの正当性をターニャと比較して再確認する。

 

それは、他とは格が違うエリート砲兵将校の一員であり、専門家たる強い自負心から来る高慢の片鱗でもあった。

 

それに対しターニャは、一通りの説明を聞きながら「確かに……」と一言発したのみで、それ以外には、無反応に等しいものだった。

 

彼女はベーレント少佐の個人的な感情や恣意的姿勢には、一切見向きもしない。

 

恐らく、気づいてもいないだろう。

仮に気づいても全く意識を向けはしないだろう。

 

その点は鈍感とも言えるが、彼女の非人間的な思考の一面がそうさせているとも言えた。

 

可能な限り、私的感情を廃し、利己的に活動をするのが彼女のモットーであり、そうやってずっと生きて来たのだから。

 

その為、人間が持つ他者に対する個人的感情を察するという行為は、無用な優しさであり、不必要な労力と位置付けた。

 

もちろん彼女は、そう完璧に律せれる程ではない。

 

ある程度の人間味が滲み出るが、人には見せず、なるべく一瞬思うだけに留め、出来るだけ忌避しようとしている。

 

やるにしても必要最小限でしかやらない。

 

それも業務遂行の為、コミュニケーション上の一環の為という形であり、しかも彼女の利益基準の振り子が「配分的に己に利する」と判断した場合という条件付きだ。

 

彼女はそういった人間である。

自身が歪んだ性格と言っている一つの側面だ。

 

だから彼女からすれば、正規教育を受けた砲兵幕僚が導き出す戦術論としては、「まぁ、一理あり」とした程度にしか受け取っていない。

 

「(砲兵師団幕僚として真っ当で無難な意見であるが、前線砲兵を犠牲にする前提だ……帝国式の遅滞防御戦は、一定数の部隊損耗を必ず引き換えにするものだ……好みではないな。)」

 

「(しかも二つの砲兵隊は、陣地を変えた…敵砲兵との彼我は約5〜6キロ範囲…より危険度が増している。敵砲兵どころか最悪、戦車・歩兵部隊に捕捉され兼ねない。数で圧倒すれば、可能だろう。)」

 

そうだろう?諸君と言うようにターニャは、思う。

 

あくまで利他的理性を尊ぶターニャがこの世界で嫌うものは何百もあるが、最も嫌悪するのは戦争だ。

 

戦争は、非建設的な破壊しか持たらさない。

 

無作為に莫大な資源を浪費する無益な経済活動は、効率や生産性を度外視し、国家に多くの負債を背負わされる。

 

特に将来の経済活動で有用となる人的資源を根こそぎ消耗させる行為を最も嫌った。

 

だからこそ彼女は、ベーレント少佐の描く帝国式遅滞戦術論に冷ややかな印象を抱く。

 

砲兵部隊の運用は、砲の操作員から射撃班長、現場射撃指揮官、観測員、測量員などなど多種多様な特技を持つ人材の集合体だ。

 

これらを一から教育育成し、部隊として戦力化するには帝国基準では通常3〜5年かかる。

 

速成教育で無理矢理完了させるにしても6ヶ月〜9ヶ月かかると言われる。

 

これは、砲兵に限った話ではないが、何事も一から作り上げるのは時間が掛かるのだ。

 

特に今後の防衛戦で要となる砲兵部隊をいたずらに消耗させるのは、戦局から見ても非合理的。

 

特に正規教育を完了し、部隊経験を積んだ部隊なら尚更である。

 

貴重な人的資源の消耗は出来るだけ抑制しなければならない。

 

根っこからの個人主義かつ自由市場主義者であり、人の合理性を徹底的に信奉するシカゴ学派の徒。

 

強固な理性者とする彼女からすれば、当然の反応と見解を持たせる。

 

だから彼女は、意見する。

 

「この二つの砲兵部隊が共同して挟撃射撃を行えば、有効な効果を得られます。砲兵運用上、妥当かつ適切です。」

 

ターニャはまず、ベーレント少佐の意見に素直に受け入れる。

 

「(交渉などの話し合いに際し、他者の意見を最初から否定するのは、暴虐もいいところ…まずは、一定の理解がある事を素直に示しながら、自身も共通した認識を持っている事を相手に伝える事から始めなければならないな…)」

 

「(特にベーレント少佐は、見るからに典型的な帝国製エリート砲兵将校……下手な強硬論を唱えれば、こちらが大火傷しかねない。)」

 

それに加えて、彼が説明した通り、二つの砲兵隊が展開する地理的条件から考えれば、妥当かつ適切と言えたからだ。

そこだけ見ればだ。

 

「投入できる77ミリ砲は、合計45門以上とし、全ての砲が稼働出来る状態ならば、条件の最低基準をクリアした戦力です。77ミリ砲の速射性を考えれば、不意急襲攻撃に最適です。」

 

単純に計算すれば、77ミリ砲45門による1分間の全力砲撃は、約450発程に達する。

 

火力投射性から見ても充分と言えなくはない。

 

そう思える…だが、しかし問題は幾つかある。

 

「ですが、両砲兵隊が装備する77ミリ砲は旧式野砲の改造品。性能上、敵の75ミリ砲に対して苦戦を強いられる事は明白です。」

 

帝国の主力野砲の1つだった77ミリ砲。

正式名称7.7 cm FK 96 nAは、共和国の75ミリ砲に充分対抗出来る戦力とは言えなかった。

 

ここからターニャの反攻勢が始まる。

 

「まず速射性は、毎分10発と帝国が持つ野砲の中では連射速度 第1位に輝きますが…対して75ミリ砲は毎分15発と連射速度では、この点で共和国に軍配が上がります。

もとより共和国は、精度より徹底した速射による弾幕砲撃を重視していますから、この場合で見ると火力で撃ち負けます。」

 

実際、このFK96 nAは前世における第一次世界大戦では連射速度に勝るフランスの75ミリ砲に極めて不利な戦いを強いられている。

 

その状況を打破するには、大戦後半に射程距離を延長した7.7㎝ FK16の登場を待たねばならなかった。

 

ちなみに、この世界においては、このFK16は既に登場している。時代的基準から見れば、当然であろう。

 

その際、大量のFK16が旧式となったFK 96 nAと主力の代替わりとする形で各砲兵隊で装備更新が進んでいる筈だが……全ての更新を終えていないのが実情だ。

 

我が帝国陸軍の母体は、余りにも巨大すぎるマンモス企業だ。

 

新式小銃や拳銃を陸軍主力歩兵部隊に対し装備更新するのにも早くても3年かかるのだから。

 

製造コスト・製造期間・砲兵部隊の機種転換訓練により時間がかかる野砲なら尚更だろう。

 

その為、不足分のFK16の穴を埋めるため旧式のFK 96 nAがまだ第一線で使用されている。

 

その代わり、この世界の帝国ではFK 96 nAは約4年前に行われた「第一次三軍統合整備開発計画」により延命処置がなされている。

 

どこかで聞いた名前だな。

 

発案したのは、技術系の野戦参謀という帝国では珍しい人種と人事参謀という不思議な組み合わせ。

 

計画統括責任者は、対外軍事顧問団の1人 ファルケンハウゼン大佐というこれまた不思議な組み合わせだ。

 

謎である。

 

とりあえず、この計画の発動により直接照準射撃型のFK 96 nAは、砲の俯仰角が約15度と浅さを改善。

 

最大約35度まで調整可能になり、間接照準射撃に対応できるようになった。

 

あわせて対戦車戦闘に対応できるように砲身長を延長し、長射程・高初速化を狙い、新式照準器を装備している。

 

逆に言えば、これを対砲兵戦より対戦車戦闘に使ったほうが有用だろう。

 

まぁそれは、また後の話だ…

 

速射力・投射火力の差が不安材料とするターニャの考えにベーレントは問題ないとする姿勢で、意見する。

 

「確かに敵の速射性の優位があるのは認めるが、5発程度の差ならば、重大な性能差とは思えん。常に最大連射で撃つわけではないだろう。」

 

ベーレントの意見には一理あったが、ターニャからすれば性能差の軽視は、聞き捨てならないものだった。

 

「少佐が仰られるとおり、射撃状況により常に最大連射を発揮しうるものではありません。ですが、敵砲兵の組織的抵抗力を加味すれば、連射能力の差は致命的になり兼ねません。」

 

毅然とした姿勢で反論するターニャにベーレントは、顔を僅かに顰めながら次の意見を出す。

 

「こちらが先手を打ち、急襲すれば敵砲兵の行動を妨害し、混乱を誘う事が出来る。さすれば、自慢の速射による弾幕は完全には発揮出来ないどころか、反撃にも統制が聞かぬと思うが?」

 

「…それについても理解をしますが、あくまで最低基準の戦力による効果は、限定的と見るべきです。仮に速攻による地帯射撃を採用すれば、2〜3割は行動不能に追い込めるでしょうが、初期の段階で指揮中枢を完全に麻痺、破壊が出来なければ、敵砲兵の組織的反撃は可能と見るべきです。」

 

「それに敵は増強された師団砲兵です。私が敵情をざっと見た砲の数は約90門以上。その点から考えれば敵の投射火力は圧倒的で、その有効射程内にある味方砲兵は力ですり潰されてしまいます。」

 

敵増強師団砲兵の投射火力…これも単純計算すると、1分間での全力射撃は約1350発に達する。

 

砲の摩耗度や操作する砲員自身の戦場疲労もあるから、必ずしも正確ではないが。

 

それでも彼等からすれば、ただ撃つだけなら1門につき1分間で10発ぐらいは余裕で、少々射撃調整しながら撃つ形でも7〜8発はいけるかもしれん。

 

どちらにしろ膨大な火力になる事は避けれない。

 

「そして敵砲兵師団の展開地域周辺に観測梯を確認出来るだけで6箇所、設営されています。これによりローゲルバッハとホウッセンの部隊が砲撃時、敵砲兵観測情報班に視認される可能が高いと思われます。」

 

観測梯とは、砲兵が使用する観測機材の1つで、高さ約8〜9メートルに達する鉄塔のような臨時設営可能な観測所。

観測機がなく、観測気球が使えない場合、この観測梯を使用した。

 

「仮に地上で直接見えなくても、ある程度の高さからの目があるならば、視認は可能です。

例え、偽装・隠蔽を施していても砲撃時の硝煙、閃光、音響で位置が特定される可能性が高いでしょう。」

 

特に敵砲兵に対し、5〜6キロ範囲内で展開する二つの砲兵隊は、一度特定されれば危なかった。

 

「こちらが初弾を放ち、試射・修正射撃を行い、効力射を行っている間に敵師団砲兵に総力反撃を受けるのは確実です。

彼等の対砲兵戦における対応能力は迅速かつ俊敏です。間違いなく大きな損害が出ます。

実際に過去の国境紛争では、我が帝国砲兵隊は出血を強要されました。」

 

共和国の対砲兵戦における対応は、極めてシンプル。

 

ー 見敵必殺、徹底集中砲撃戦。倍にして返せ。犠牲の先に勝利が待っている。ー

 

共和国陸軍の権威的存在 フェルディナール・ブッシュが1914年に出した著作「戦術的概論 攻撃戦」で記された対砲兵戦における考え方だ。

 

元々は、極めて難解な概要を要するものだが、意訳するとこうなる。

 

とりあえず敵砲兵がいると思ったら、その場所を丸ごと耕そうという方針である。

 

ある程度の犠牲は構わず、速攻で反撃する事を旨とし、最終的に数と量にものを言わせた火力と兵士が持つエランの精神力で優位に立つというものだった。

 

筋はいいが荒削りで強引、精神性に縋る非合理な論理だが、当時の軍部の方針と伝統的に命知らずの共和国砲兵隊には合致する論理だったため、「攻撃戦」で記された戦術を採用して砲兵戦で運用している。

 

実際、アルサス・ラレーヌ国境紛争で行った共和国軍の対砲兵戦で精度は高いが速射に劣る帝国軍砲兵隊は、その血を流し苦しめられている。

 

「実際に私が見た過去の実戦資料では、『共和国の二個砲兵連隊相当 推定70問以上が対砲兵戦において偽装を施した我が砲兵隊に対して、全火力で持って反撃射撃を開始に要した時間は10分を切っていた』と言われています。」

 

中には、5分で反撃された例も確認されている。

 

無論、共和国砲兵隊に多くの損害が出たのは確実だが、犠牲を無視して敵砲兵を潰すという方針なら目的は達している。

 

全ての部隊がこの水準にあるわけではないし、どんな時でも火力を集中出来るわけではない。

 

だが、対応できる基盤はあるのだ。

これは無視できない事実。

受け止めねばならない。

 

「その点から考えるに共和国の砲兵部隊は、精度は別として敵の奇襲や攻撃に対して俊敏に対応出来る統制力と組織力がある部隊と見るべきです。」

 

ターニャはそう話しつつ、ふとよぎる疑問があったがそれを考えるいとまは無く、話を続けねばならない。

 

「確かに少佐が仰られる通り、機先を制して戦いを挑めば、敵師団砲兵は混乱し、行動を妨害出来ます。

敵が応射、反撃する時間も多少は遅れるでしょう。

上手くいけば半数は、やれるかもしれません。これは結果的にです。

それでも最終的には数や火力の上でも優勢な敵砲兵に確実に撃ち負けるでしょう。」

 

半壊した砲兵部隊であっても、脅威だ。

なぜなら例え、単独であっても射撃は出来るのだから。

 

あらゆる幸運が舞い込めば、また別だろうが、そんな希望的観測に身を委ねさせるわけにはいかない。

 

それこそ無能の証だ。

 

「仮に上手く凌いで、運良く師団砲兵を撃滅出来たとしてもです。展開する2つの砲兵隊は、半壊するか一方が壊滅します。これでは、今後の防衛戦に支障をきたします。」

 

「加えてホウッセンの砲兵部隊は、ジゴルスハイム北東に展開してる戦車部隊に捕捉される可能性が高いため、一度戦端を開けばホウッセンの砲兵隊は対砲兵戦と対戦車戦闘の二つをこなさなければならず、非常に不利な立場になります。」

 

「そのため、ローゲルバッハとホウッセンの砲兵隊を対砲兵戦で運用するのは、避けるべきです……従来の対砲兵戦から切り換えるべきかと愚考致します。」

 

一通りの反論に対する処置を終え、作戦図の間を挟み、面と向かい合うベーレントの反応を伺う。

 

「(少々語りが過ぎただろうか?…だが必要な説明過程だ。過去の事例から紐解き、同じ愚を侵さず、別の打開策を提示するためには必要だった…少なくとも少佐には、こちらの意図が伝わってほしいものだ……)」

 

そう彼女は、理性からくる合理的な相互理解に望みを持つ。

 

だが、内心別の思いを抱く。

 

自身がそうであったようにエリート街道を歩む人間は、自己の見識と経験を重視し、自身の能力に依存してしまう。

 

それが一種の視野狭窄に陥り、他者の意見を跳ね除ける。

 

自分の論理を絶対視し、自分の有利な理屈で論議を展開し、本来得られた利益を逃す。

代わりに大きな損失を被ってしまう。

 

「(…理性を尊ぶ私も若き頃には、自己慢心的な思考に陥り、大なり小なり失敗を犯してきた…それを少佐がやる可能性もある…その時は、別の手段を講じなければならないな…)」

 

金属のような無機質な碧眼を持つターニャが腕を組み、顎に手を当てベーレントを見つめる。

 

彼が作戦図に目を落とし、再びターニャに目を合わせた時に彼は一言、発する。

 

「では、少尉。どうするのかね。」

 

 

〜用語説明〜

 

・「第一次三軍統合整備開発計画」

 

最大の目的は、既存兵器を主体的に規格化と共有運用を目指した軍事改革で、組織の垣根を超えた共同兵器開発と運用研究・戦術開発、さらには各業界の技術提携強化を推進した。

 

細部の内容は、陸海空軍の兵器の共有運用・各軍、産業界、研究機関による技術提携の強化、弾薬の規格化・統一、在庫過多の旧式兵器の準近代化・延命処置、兵器開発ラインの再調整など多岐に渡る。

 

並行して冗長性ある新兵器開発を推進。

それらの新兵器を元に兵器のファミリー化を狙い、生産性・配備性の向上を狙うものだった。

1919年に発動したため、通称プラン1919とも呼ばれている。

 

本来は、第三次まで計画され1919年から1927年の8年間かけて段階的に行う予定だったが、協商連合・共和国の開戦により計画は縮小されている。

 

1922年には第二次計画が始動し、1923年前半に目標の53%を達した矢先だった。

 

統括責任者は、ファルケンハウゼン大佐




休日潰してのようやくの投稿だが、やはり進みが悪い。
先のストーリーが出来ているだけにもどかしいです。


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第19話 反論戦Ⅱ

「どうするというのだ。この状況を。」

 

べーレントのこの一言は、内心鬱屈する微妙な感情を抱いていた証拠であり、一種の耐え難い現実と妥協の言葉だった。

 

彼からすれば、自ら唱える砲撃戦術をぶつければ、一蹴できる存在だと思っていた。

そして、正しいと思っていた。まぎれもくなく。

 

だが、現実は目の前に立つ子供が自分の想定を超える存在だったことを彼自身の弁舌により皮肉にも証明してしまったのだ。

 

敵情観測から見た的確な彼我の兵力分析、砲兵戦力から見た火力投射の差を瞬時に把握する明晰な頭脳。

 

そして各野砲の性能を明確に理解し、その長短所に対する着眼点、両者の砲兵隊の練度にすら理解が深いと見える言動。

 

 

兵科が全く異なる立場であるにも関わらずだ。

 

普通は、あり得ない。

 

しかも共和国砲兵隊の対砲兵戦術にも精通し、アルサス紛争の帝国砲兵隊戦闘戦史にすら目を向けてきたかのような口ぶりには、逆にベーレントは理解が追い付いていなかった。

 

彼からすれば、「なぜ、そこまで知っているのだ」という不可解な心境が支配していた。

 

全て見てきたのかと疑うほどにだ。

 

その心中を抱くのは、ベーレント少佐だけではなく、ターニャの周りに立つ師団幕領、司令部要員も皆、同じ胸中にあった。

 

 

―何故だ。齢10歳未満でしかない女の子なのに、この見識の広さはなんだ。-

 

 

―信じられなないが、彼女の発言は理に適っている。恐ろしくもだ。-

 

 

―まるで同じ野戦幕領課程を経た同期にしか見えない。もしくは、その上か。-

 

 

―これが帝国士官学校、史上最高の成績を誇る「知の巨人」と言わしめる理由か。-

 

 

―だが、ここまで御し得るというのか。軍歴で言えば、2年しか積んでいないのだぞ。-

 

 

―まさしく軍事の偉才か。そんな奴が極東にもいたな確か。だが、それでもだ。-

 

 

―奴は、まだ子供なんだぞ。-

 

 

将校達の脳裏には様々な思い、憶測、過去が展開され、そして一種の戦慄が生まれる。一瞬の静寂とともに周りの空気に妙な感覚が漂い始める。

 

師団本部にいる将校達は皆、隠せない驚嘆と動揺の感を滲み出させる。

あるものは困惑さを表情と仕草で表し、気を逸らすように目線をさけ、中には戦術指導教範をこの場で開く者までいる。

 

反ターニャ的姿勢を堅持していたベーレントすら、ポーカーフェイスを貫けないでいる。

 

その中で平静さを保ち事態を冷静に見ているのは、師団長のゲプハルト中将の他にもう一人、師団砲兵参謀のゲオルグ・ブルフミュラー中佐だ。

 

 

ブルフミュラーは、帝政ロマーニャ時代(現ルーシー連邦の前身)の軍人を体現したような厳つい風貌を持つ叩き上げの老中佐。

特に吊り上がったカイゼル髭が逆に貴族的な印象を引き立たせている。

 

 

元々は、帝国配下のべネルスク連合王国(現実で言うベルギー方面)に派遣されたリエージュ・ライン要塞砲兵で、同地の徒歩砲兵連隊の士官と徒歩砲兵射撃学校を歴任した老練な指揮官だったが、病気療養を理由に予備役に準じた。

 

だが共和国の不穏な動きを感じ取った帝国陸軍から再招集を受け、現第169歩兵師団の砲兵参謀として配属されている。

 

 

彼は、付箋だらけの古ぼけた手帳にベーレントとターニャが交わした論議を私的解釈しながら克明に記録していた。

 

特にターニャが論じた最大射程射撃について注目していた。

過去に敵有効射程距離からの砲撃はあれど、自軍榴弾砲の最大射程による砲撃は、帝国では前例がなかったからだ。

 

ブルフミュラーは、自慢の髭を弄りながら思索し、書き連ねる。

 

「(確かに、従来型の対砲兵戦で対応すれば、共和国師団砲兵に痛撃を与えることが出来たとしても先の諸条件から顧みるに我が砲兵隊の壊滅は必須である。)」

 

これについては、我が方の損害を抑制し継戦能力を堅持するという点でみれば、適切である。

 

「(踏み込んで言えば、「戦闘早期における敵砲兵の殲滅」を軸とした近接射撃行動に走る我が帝国の対砲兵戦術に暗に警鐘を鳴らしているとみるべきだろう。)」

 

その点から論ずれば、我ら帝国将校団には損害を抑えて作戦行動する観点が欠如しているとも言える。

 

規定した作戦行動を優先するが為にある程度の損害を許容する姿勢にだ。

 

デグレチャフ少尉は、それらに対して遠回りに批判しているのかもしれない。

極めて弁証的で理論性に溢れた姿勢だとブルフミュラーは感じた。

 

「(よく出来た小参謀だな。魔導士にしておくのが勿体ない。後10年早く生まれていれば、色々と変えれたかもしれないないな。私自身も。)」

 

流石に欲張りが過ぎると老中佐は自覚しているが、そう思うと時代に対するやり切れなさを感じつつ、自らの見識が錆びついている事に反省をする。

 

過去、3度に渡るアルサス国境紛争では、対歩兵戦・対戦車戦はもとより短期の間で熾烈な砲撃戦をアルサス一帯で行われていた。

 

それにより、数少なくない我が砲兵達が平原で吹き飛ばされ、巻き上がる土砂と粉塵の中に消えていった。

 

その中には、ブルフミュラーが射撃学校で教え育てた数々の若き学生達も多く含まれていた事は、忘れもしない記憶である。

 

―砲兵はその特性上、戦術上、果敢である事が求められるが故に早く戦地で死ぬには、決して避けれぬことである―

 

育てた学生の訃報が数々と届く中、虚しさと悲しさを襲いながらも彼は、「砲兵として歩む以上は、やむおえない結果」として断じ、その現実を受け入れていた。

 

だが、それは誤りだった。

 

「(今までの戦いの原則、常識に縛られ、保守的な思考に陥っていた。そして、現実を変えようとする努力を怠っていた。それを気づけただけでも充分だ。)」

 

だからこそ、彼は手帳に克明に記録続け、彼なりに分析を続ける。

その過程で、問題に気づくには時間はかからなかった。

 

「(ローゲルバッハとホウッセンの部隊は、対砲兵戦で使えない、だからコルマール重榴弾砲部隊で対応とする。)」

 

この仮定から、老中佐は考えを進めていく。

 

「(仮にローゲルバッハの隊はアンマーシュヴィアの歩兵部隊を叩き、ホウッセンの隊は周辺の味方歩兵部隊と共同し、ジゴルスハイムから東進するであろう敵機甲部隊・機械化部隊を迎撃するとする。)」

 

ローゲルバッハの隊は、近郊の森林地帯で防御線を張る第32混成歩兵旅団とインガースハイムで展開する第26歩兵連隊、第57臨編機関銃大隊と共同連携すればアンマーシュヴィアの歩兵部隊を叩きすれば、守ることは可能であろう。

 

ジゴルスハイム近郊にあるベネヴィヒルとミッテヴィヒエの町に展開していた帝国陸軍 第17歩兵師団と第38砲兵旅団がベーブレンハイム方面に撤退した以上は、この判断は正しいと受け止めらる。

 

ならば、最終の決は第230砲兵連隊で共和国増強師団砲兵を叩くか。

 

だが、これには問題がある。

 

ブルフミュラーが問題の核心を案じた時、ターニャが口を再び、開く。

 

「先程、申し上げた通りコルマールの砲兵連隊で敵師団砲兵を射程外から叩きます。上空観測を私が行えば、修正は可能かと。」

 

彼女の金属のような無表情で機械的に発言し、対しベーレントはその手段に疑義を投げかける。

 

「そこが問題だろう。連隊火力から見て強力なのは、間違いないが。これをだ。この地点の敵砲兵を狙うには、精度の問題が多分に含まれる。遠すぎる。貴官の持つ見識の深さから見ても気づかないはずがなかろうて。」

 

多少はターニャの認識を改めつつもベーレント少佐は、またも噛みつく。

 

本来ならば、師団砲兵幕僚の見地からして自分の持っていた戦術プランが不合理であること事を自覚しなければならなかった。

 

その点については、彼はそこまで愚かではない。

まだ合理的な見地から見て、他所の意見が自らの意見より優れ正しいと判断する程度には理性的な思考は持っていたし、ターニャについてはこの点で認めている。

 

だが彼自身の高貴なプライドがまだ邪魔してしまう。

 

ここは負けを認めて、最後まで彼女の意見、プランを聞けばよいのだが、そこまで素直に引けない譲れない頑固さが彼の欠点でもあった。

 

しかし、彼の意見には一定の理が備わっていた。

それはブルフミュラーが注意していた問題でもある。

 

「上空観測を行い、我が国得意の観測間接照準で叩くにしても、精度の低下は避けれない。初撃から迅速に効力射を行わなければ、奇襲性の効果を失われる。」

 

「その上、貴官が先ほど示した敵師団砲兵の指揮中枢の麻痺・破壊が行えない可能性が出てくるのではないか?統制を維持した状態ならば、敵砲兵が陣地変換して取り逃がす可能性がある。それに—」

 

ベーレンが反撃を繰り出す中、続く一方的な水掛け論。

 

しかし、これは、少なからず指摘されてもおかしくない点であり、充分ターニャについても認識していた部分である。

 

だからこそ、対策なり手段を用意しているわけだが。

ベーレントが矢継ぎ早に発言するから、タイミングが掴めないでいる。

 

要は”黙って最後まで聞け”である。

 

ターニャは、少々怪訝な表情が顔に出るのを抑えつつも、徐々にイライラを蓄積していた。

 

「(フン、共通認識が生まれ、建設的なやり取りが出来るかと少しでも期待したのが間違いだったらしい。やれやれ実際は上手くいかないものだな。こちらは、結構を気を遣ったつもりなのだが、逆に焚きつけてしまったか。しかも知恵があり、少々頭が回る分、面倒な事この上ない。)」

 

まるで辻ーんである。これは言い過ぎかな?

 

正式名称 悪魔的作戦参謀「絶対悪」辻政信

 

自らの考えが絶対正義と疑わないマキャヴェリストの権化であり、越権行為・独断専行のカリスマ的スペシャリスト。

 

彼が最も得意としたのは、徹底的な他者批判の「口撃」だ。

大局的な計算は出来ないが、自分の理屈を押し通す弁舌の高さと頭の切れがあった。

そして、突破口を見つけ的確な弱点をついた論理的な口撃には定評がある。

 

少佐を辻ーんと同一視するのは流石に過ぎる考えであるが、ターニャはその片鱗を感じさせた。

 

なにより「直に感じる攻撃的姿勢」に静かな怒りを覚えていた。

 

そう思うのも無理はない。

 

彼女の立場から見ると、個人的職責上の義務や帝国軍人としての忠義心、理想ある姿を演出する為の恣意的思惑が多く含まれているが、それを差し引いても現在置かれている帝国の現状を少しでも打開したいという気持ちには偽りはなかった。

 

彼女からすれば、危険を冒した偵察に従事した上で、戦術上必要な助言をわざわざ時間を割いてしに来たというのに。

 

「(この言われようは、なんだ?私は彼の敵だろうか?いやはや、もしそうなら滑稽である。別に戦術論議を酌み交わすために来たわけじゃないんだ!)」

 

彼の意見に一理あろうが、なかろうが知ったことではない。

しかしながら、彼の発表会に割く程時間が多くあるわけではない。私にとっても、帝国にとってもだ。

第一大戦をベースで見るならば、恐らくキルレシオ的に一分に一人の兵士が戦死し、我が国の貴重な人的資源が失われている最中に悠長な事はできない。

 

ならば、ここは悪魔的参謀に倣い、無理矢理にも強硬的な攻撃でねじ伏せるべきか?

 

ベーレントの主張が続く中、ターニャが対応策を探る中。

事態を静観していた二人の老兵が介入する。

 

まずはブルフミュラーからだ。

「まぁ、待ちたまえベーレント少佐。君の意見も大切かもしれないが、まずは少尉の意見を最後まで聞くべきだろう。判断は、その後でよかろう。」

 

ベーレント少佐が「だが、しかし‼」と抵抗を示すが、それをゲプハルト中将が諫める。

 

「少佐、いい加減にしたまえ。ここは、軍大の討議場ではないのだ。貴官も師団将校を自負する心と理性があるならば、多少は身の程をわきまえろ。このままでは、無駄な水掛け論だ。」

 

ゲプハルトは、腕時計に視線を落とし「時間が限られる以上は、特にだ。要は黙れ、以上だ。」と付け加えた。

 

そういわれたら、ベーレントは引かざるを得なかった。

これ以上の抗弁を行えば、自分に利する点はなく、損しかないと判断したからだ。

彼にとって不本意ではあったが、そう自分を律する程度には軍人であった。

 

それを見たターニャは、良き理解者たる指揮官に感謝をする。

 

「(やはり、建設的な議論のために統御力を持ち、時に導いてくれる管理者は組織に必須だな。この場では、彼らに感謝しよう。)」

 

そして、ゲプハルト中将はターニャに正式に発言の許可を裁可する。

 

「では、少尉。先ほどの続きだ。貴官の意見を話したまえ。」

 

「ありがとうございます。師団長閣下。」

 

ターニャは、軽く目を伏せ謝意を表すと口火を切る。

 

彼女の口から繰り出された戦術は、一重に言えば奇抜であり、革新的だった。

帝国陸軍という保守的組織の意表を突くものだった。

 

しかし帝国陸軍砲兵隊に合致した戦術であり、非常に効果的なものだった。

 

だが、それはかつて帝国が密かに介入したイスパニア内線で対共産党勢力「国際旅団」に対して使用された戦術とよく似ていた。

 

非正規干渉軍「黒い帝国軍」で活動した野戦参謀が考案したものと同義だった。

いわば、既に存在していたのだ。

 

その戦術によってもたらされた惨禍は、悲壮なものであるが、初期の効果は抜群であった。

 

しかし、徹底的な殲滅戦を行う容赦のなさと凶暴さで味方にすら恐れられ、その存在を忌避した産みの親たる帝国参謀本部によって部隊解散のみならず、生み出された戦術自体も継承されなく、多くは忘却の彼方へと消えていった。

 

それの戦術の欠片を知るものは、この場ではターニャとブルフミュラーだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




明日、仕事が早めに終われば、再度分割して投稿する予定です。

来月から出張なので、一気に行きます。



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第20話 近代砲兵戦術の焔

邪魔者を廃し、ようやくにして取り戻せた発言の機会。

 

一度、恵まれたならばその機会を最大限に活用させて貰う。

特に逼迫する情勢下、より時間の価値は高くなっている。

こちらにしては、出来るだけ最短コースで行かざるをえまい。

 

ターニャは、そう思いつつ多少の火傷を覚悟しつつ、口火を切り始める。

 

「まず今回の対砲兵戦では、砲兵連隊による最大射程(約8~9キロ範囲)の地帯射撃の実施を求めますが、その際に無試射射撃法を使用します。」

 

この発言にベーレントは眉を顰め、ブルフミュラーは静かに瞠目し、ゲプハルトは静かに耳を傾けながら注目する。

 

帝国軍人はプラグマティスト(実用主義者)が多い上、精密性に事拘る帝国の砲兵屋からは、嫌われるだろうなとターニャと一瞬密かに思い浮かべる。

 

無試射射撃法、それは「試射を一切行わない射撃」である。

 

本来、砲撃は試し撃ちから修正を繰り返す手順を踏む。

精度のよい射撃諸元(目標を射撃をするために必要なデータ)を求めるためにあらかじめ設定した試射点に対して行う試し撃ちを行い、そこから修正射(射弾の弾着及び破裂の状況から修正を行う射撃)に移行し、修正終了後ようやく目標に対した攻撃を効力射という形で行うのだ。

 

これは、敵に有効なダメージを与えるために踏む必要手順であり、言わば必殺技を繰り出す前置きコードの役割を果たす。

 

これらの手順をガン無視していきなり必殺の一撃を強制発動するのが無試射射撃法だ。

最短で敵に攻撃できるのが最大の強みであり、それしかないのだが。

 

「この射法を採用し、敵砲兵の射撃体制が整わないうちに砲戦初期段階での指揮中枢を麻痺させる事を目指します。各砲の調整に関しては、時間の制約上最低限でしか行いません。効力射撃による初手を始めから撃ち出すのが肝要です。」

 

ターニャが自身で説明しながら「まぁ、準備する時間も余裕もないのだけどな」と心の声で語りつつ、この射法を使用するリスクの大きさを自覚していた。

 

敵が全く無防備なうちに砲撃が開始出来るため、大きな奇襲効果を期待できるが、反面使用する砲の調整、必要な準備を一切省いているため、命中精度の低下は明らかに避けれなかった。

 

砲撃は、どんな時代でも難しい。技術水準が発達しても命中させるのに多くの過程と苦労を要する。

その代わり、求められる効果を持つ砲撃を行うには絶対に試射からの修正は必要だった。

 

それを無視した砲撃は、正規の砲兵将校からしたら余り使いたくないものだったし、不合理で受け入れられないものだった。

 

実際、無試射射撃法は施行前に様々な下準備を行うのが必要条件だったが、彼女はこれを無視した。

 

「(本来ならば、あらかじめ使用する各砲の摩耗度・砲癖を確認と修正を行い修正値を記録、そのデータを元に初手から効力射撃に移行するのだが、現状からして土台無理な話だ。)」

 

しかも細かく言えば、毎日変化する気象条件を記録対応しせねばならないし、使用する各砲弾のロットごとの特性を管理しなければならない。

 

本当なら使用する砲についても事前に試射して、調整しないといけない。

手間がかかる上、先も言ったように余裕がない。目と鼻の先に敵が近づいているのだから。

 

「精度の低下は避けれませんが、元は地帯射撃による制圧を目指しています。定点射撃はこの条件から行けば困難ですから。」

 

これは、言うまでもないが一応言っておかねばならない。

 

「地帯射撃を行うにあたり、得られた偵察情報から敵砲兵の展開範囲を規定。事前に観測したプロット座標点を連結し、目標の砲撃区画をグリッド内で画定すれば、速攻による急襲は可能です。」

 

ターニャは、敵砲兵のエリアを指揮棒の先で大きく丸く描き示す。

精度が得られなければ、一定エリア範囲をまとめて目標とするのが条件から見てまだ効率的だと考えた。

 

そして敵に比べ利する点は、野砲の射程以外にもう一つある。

 

ターニャは、自分自身に語る。

 

敵の戦力には恵まれなかったが、砲撃に必要な周辺情報の環境には恵まれていた。

元々自国領域内で、かつ総合的な偵察活動による情報を得られているのもあるが、それ以上に仮想敵国と国境を接する帝国地域内の地図はグリッドデータ化されていた事が重要だ。

 

遅かれ早かれ侵攻されているのは、わかっているのだから事前に帝国は色々と備えなければならない。

その一つが中央で言えば参謀本部の統合作戦計画の立案、前線でいえば砲兵の火力調整会議・火力運用計画で必要になる区分化された地図の作成だった。

 

仮想敵国と接する国境線周辺地域を管区ごとに整理しなおし、地形環境を考慮した常備兵力の配分、想定される戦線の負担率の算出を行うとともに帝国陸軍は大規模な陸地測量を進めた。

 

参謀本部直下の陸地測量部が推進した公共測量計画「ケールマン・プラン」だ。

 

特に紛争の火種が燻る係争地周辺を中心に測量を始め、その中でもアルサス・ラレーヌ地域圏は優先された。

1906年から始まり、何度も再調査・改訂を繰り返しながら1917年にようやく完成したグリット標示の地図は、帝国軍砲兵隊の射撃精度の更なる精緻化と作業の単純化・効率化を実現したというわけだ。

 

試射をしての測定も考慮されたが近隣諸国の関係上、あからさまな挑発行為となり武力衝突を招く可能性が大であるため行えず、その為完璧なものではなかったが目安として見るなら十分だった。

 

「試射無しですが、地図上のグリッド標示による射撃を行えば、射撃任務は円滑に遂行できます。命中精度も最低限ラインは維持できます。」

 

おそらくこの最低限というのも受け入れられないだろうとターニャは思う。

現実、正確な地図はあれど確証が微妙な状態での射撃だ。

不安は残るが、今のプランで行くなら避けれない。

 

帝国軍砲兵指揮官は、あくまでも精緻さに拘った射撃計画を立案するのが半ば慣例だった。

もちろん防御や攻勢における敵無力化を狙う攻撃準備射撃・弾幕射撃(急襲射撃)や地帯射撃など精度より短期で多量の砲弾を投射する戦術も使用するが、一定の正確さを確保した射撃を旨とするものだった。

 

「狙うより撃て。より多くの砲弾を一つの地域に集中させよ。」

 

前世世界の組織的な物量と徹底した破壊主義に重んずるソ連軍的な運用は、帝国軍には理論はあれど使わなかった。

 

何故か?

 

射撃精度の問題もあるが、急速な弾薬の消費と砲の摩耗を恐れたからだ。

実際、第一次世界大戦では、撃ちすぎて貯蓄した砲弾が瞬く間に消耗、1日で使用出来る砲弾が4発しかないという「砲弾スキャンダル」が起きたり、摩耗した野砲が破損、中には暴発が起きるという事態が発生した国があったほどだ。

 

帝国から見れば補給線が幾重にも張り巡らせてあるが、突破浸透してきた敵の攻撃により補給線が寸断されたり、補給部隊が壊滅する可能性はある。

 

状況により補給が受けれず手持ちの弾薬で、対応せねばならない事だって生起する。

それらを考慮すれば、無闇な砲弾を使用は避けたいとなるわけだ。

 

だが、今回はそうも言ってはられない。

仮に自分が指揮官の立場で見るならば、当面の脅威を排除し、戦線の継戦力を確保しなければならない。

それは水際作戦に似たものだが、今を乗り越えなければ次はないからだ。

補給とか弾薬とかの問題は、その後だ。どうせ、現在の状況からしてあまり期待が出来ないのは変わらない。

 

敵脅威の軸たる師団砲兵の排除を優先とすれば精度や弾薬の問題は二の字です。先送りだ。

 

それで最後にあがるのは、その射撃の効果はあるのか?というものだろう。

 

 

「(命中精度の低下と弾着誤差半径の拡大は、防げない。敵砲兵を叩く我が砲兵連隊の戦力は、合計24門しかない。各砲の威力はあっても数が足らない。ローゲルバッハとホウッセンの砲兵隊は侵攻する敵戦車・主力歩兵部隊に投入すると考えれば敵砲兵の排除に連携させるのは得策ではない。無論、使うこともできるが、彼らは敵砲兵、敵侵攻軍に近い。捕捉殲滅されかねない。)」

 

 

おそらく、師団砲兵指揮官のベーレント少佐、ブルフミュラー中佐、師団長のゲプハルト中将が懸念しているだろう問題であり、師団幕僚たちも「果たしてどうするのか?」と疑問を頭に浮かびあげているだろう。

 

先制攻撃をアウトレンジで出来ても命中精度、火力も微妙で、して目標となる敵は数がやたら多い増強師団砲兵。

これを果たして無力化できる程の戦術があるのか?

 

そう思うのは、自然の理であり少なくとも、そう思われるくらいの想像力はなければ将校として愚鈍とターニャは評す。

 

だからここで前世で培った趣味的ノウハウを活かしてみせよう。

 

「(実際、提案するだけしておいて、最終的に決めるのは上だから。構いやしない。)」

 

あくまで、個人的に職責上の義務に従いここまで来ただけだ。

それ以上のことは、する必要もないし、権限上もない。

 

どっちの使うか、使わないかの振り子がどっちに傾くかは、相手の判断によるから仕方ないのだ。

 

だが、ここまで来たのだから、言うだけ言わなければならぬ。

 

そしてターニャは、戦術の骨子をプレゼンし始める。

 

「しかし最低限の条件を整えたとはいえ、今まで説明した内容をそのまま実行しては、敵砲兵戦力を壊滅に追い込むことは難しいのは否定しません。」

 

彼女の発言にその場にいた周りの師団幕僚達は、ブツブツとどよめく。

 

要約すれば、「じゃあ、どうすんだ!」と言うべき反応。

 

それは彼女にとって見れば想定範囲の反応。

 

周りの反応を無視してターニャは、話を続ける。

 

「そのため敵砲兵戦力を壊滅に導くため、仮にこれを作戦と称するならば三段階に分けて運用します。その際、従来の対砲兵戦で使用する砲弾とは別のものを使用するのが前提となります。」

 

そう言い放ち、周りのどよめきが収まり始める中、話を進める。

 

彼女が示した三段構えの作戦は以下の通りだった。

 

 

 

【第一段階 急襲砲撃】

 

時間:10~30分

使用弾薬配分:榴弾60%、榴散弾40%

 

目標は、敵砲兵地域一帯としつつ、優先攻撃目標は指揮統制通信拠点・砲兵(砲の操作員・砲自体)

 

この段階では、本格的な対砲兵戦を行わない。

 

この砲撃の目的は2つある。

 

敵兵の殺傷を主体とせず敵司令部要員と砲兵の配置に就かせる。

 

急襲砲撃による効力射をしつつも、魔導士(ターニャ)の上空観測、観測斥侯・砲兵情報班による弾着修正を並行して行う。これにより射弾の有効命中精度を向上させる。

 

 

【第二段階 対砲兵戦】

 

時間:40分~60分

使用弾薬配分:時限信管式白リン弾70%、榴弾30%

 

目標は、配置についた砲兵の人員の殺傷と無力化。

 

限定的な焼夷効果と視界妨害効果を持つ白リン弾(第7話~第8話参照)を使用し、敵砲兵及び指揮系統に混乱と麻痺を起こす。

 

白リン弾の空中炸裂時間を低高度に設定し、敵砲兵・指揮要員の殺傷を目指すこと。

この砲弾の使用により敵砲兵の布陣する平原に火災を起こし、砲兵周辺にある弾薬を起爆を促す。

 

重砲は、破壊力がある榴弾を主体として運用。指揮官の判断で変更可能とする。

 

これにより敵砲兵は火の雨による混乱と心理的パニックにより戦力を低下。

白リン弾による発煙で視界遮断により対砲兵戦及び支援射撃を困難な状況に追い込む。

これにより敵戦力の25%~40%を無力化する。

 

 

【第3段階 砲兵殲滅戦】

 

時間:1時間~1時間半

使用弾薬配分:榴散弾40%、榴弾60%

 

この段階では、発煙の効果で視界が遮られるため、精密な修正は困難。

そのため、榴弾と榴散弾による弾幕砲撃で敵の指揮統制組織から機材を徹底的に潰す破壊を目指す。

 

この段階で敵砲兵戦力を60%以上の撃破を狙い、完全な殲滅を求める。

 

 

 

これは、ターニャが第一次世界時に確立したドイツ式の「縦深制圧」砲撃戦術とソ連式の火力ドクトリンの一部を併せて作り上げたものだ。

 

本来ならば、毒ガスを主体で使用するがこの世界では、何故か登場していなかった為、代用として白リン弾を使用しているが、同程度の効果をもたらす事には彼女が見てきた世界からすれば確証が持てた。

 

 

逆に言えばターニャからすれば、使わない手はなかった。

何故なら、その残虐な効果を前世の世界で見事証明しているのだから。

 

ターニャは思う。

 

「(前の世界では第一次世界大戦で使用され、現代戦に至るまで各国は使用し続けた。混迷する中東内戦ではシリア・ロシア軍が使用、イスラエル軍はカザ地区に撃ちこみ悲惨な模様を世界に映し出した。)」

 

「(米軍だって例外ではない。彼らは、第二次大戦前から積極的に運用の研究がなされた。白リンを充填した航空爆弾を使い、標的艦の戦艦に甲板上の人員殺傷に効果があるか検証している。ナパームが登場してからもなんだかんだ言って使い続けている。最終的には前提が発煙弾だからと言い、条約を掻い潜って使用出来る焼夷兵器として絶賛運用中である。私の死後も変わらずだな、きっと。)」

 

ターニャは表情に出さないが、ニヤリとする気持ちは収まらない。

 

この世界には、ある一定の兵器制限はあるが、ぶっちゃけ大したものではない。

世界大戦が起こす惨状を経験していない以上は、やむからずだが。

 

だがそれは、使い方次第で残虐だが効果は抜群の兵器を使えるという環境だ。

帝国では、過去に白リン弾を敵に直接攻撃した実績はあるが、どれも小規模で実際の効果は微妙との見解になっているが、それは使い方次第だ。

 

大量集中運用すれば、状況も効果も大きく変わる。

 

戦争は得てして兵器の運用は、分散と集中の繰り返しだ。

 

その原則は、半永久的なものだ。

人類の文明水準と思考が高次元な形にならない限りは、大きく変わりはしまい。

 

 

だが、ターニャに懸念は残る。

 

私はそのもたらす効果を知っているが、彼らは知っているわけではない。

 

そういった運用するのは、恐らくした事もないだろう。

考えた事はあっても理論や戦技研究で目にしたか、触れた程度かもしれない。

効果が確実な榴弾、榴散弾を中心に考えるのは当たり前だろう。

 

だから、私からすれば何ともない戦術だが、彼らからすれば紛れもなく初めて目にする新戦術。

しかも奇抜な印象を抱くだろう。

 

経験と知識、幾多の専門的技術と戦う思考を磨いてきた上級将校は、その道のプロであるのは間違いない。

だがそれが、保守的な姿勢に固まってしまうことは少なくない。

 

ましてや、この世界で実証もされず不明確なプランを採用できるかと言えば、微妙なところ。

そう考えると期待は、できないだろう。

 

知ってるのは、ある意味……私だけなのだから。

 

ターニャは、一瞬独特な寂寥感に包まれるがそれを「次は存在Xを殺す」という意思の力に切り替える。

 

どうせ、いやしないのだから考えてもしょうがない。

同じ転生者と相まみえるなど。

 

仮に居ても確率は低い上、しかも同じ前世は現代日本人でかつ軍人というのは、話が出来すぎている。

転生モノのご都合主義にも程があろうと言うものだ。

 

だから理屈から言えば、ありえない。そう一瞬で断じた。

 

雑念を振り払いながら、説明を終えたターニャは「内容は以上です」と言い、ゲプハルト中将に顔を向ける。

 

周りはざわめいているが、そんなことはどうでもいい。

師団を統括する最高指揮官がどう出るかが重要なのだ。

 

その反応次第でここでの仕事を終えるか、継続するかが決まる。それ以上はない。

 

ターニャはゲプハルトに視線を送りつつ、反応を伺う。

 

ゲプハルトは目を細めながら、30秒ほど沈黙。塾考の末だしたひと言は。

 

 

 

 

 

 

「面白い。やってみようじゃないか。」

彼の威厳ある低い声を聴いたときターニャは心地よい高揚感に包まれる。

 

 

彼らが、この戦術を採択し実行に移そうとした時、既にアルサス南部方面でリアルタイムで生き地獄を演出されているのを知らなかっただろう。

 

この時、カイジはまだ3倍近い共和国突撃部隊と必死の防戦を継続していた。

 

 

 




皆様、お疲れ様です。

金曜日に投稿する予定でしたが、急な仕事で遅くなりました。

ようやく長すぎた砲兵の話に区切りをつけれます。

本当は、終わらせたかったんだが間に合わず、申し訳ないです。

次回は、久しぶりのカイジ登場。

可能ならターニャ出したいが。流石に20話経ってるのにまだ会わないのは、中々ないよなぁ~


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第21話 油断の結果 ~何故、共和国侵入の許したか~

 
長いので、分割投入。後、色々修正の必要ある為、カイジの部分は間に合わず。
今日の夜に再度投稿予定。緊急出勤の場合が起きない事を祈るあまり。


 

1923年7月19日は、帝国にとって記念すべき日だ。

 

帝国では、「統一の日」とされる記念日だったからだ。

小さな国の集まりだった中央同盟国家群が「生存圏の防衛」「多民族の繁栄」を目指し、今の帝国を建国樹立した記念すべき日である。

 

ノルデンの北方戦役を他所に、統一記念日は全日祭りに変換される帝国臣民達の手により享楽の場が設定される。

各地では、大小の祭りが催され、ここぞとばかりに主要都市の中央市場では大きく賑わい、街頭の大衆酒場では飲んだくれが大量動員される。

 

その余波は帝国軍にも、見受けられた。

例を挙げれば西方方面軍では、ノルデン派遣部隊や対象国の監視任務、国境警戒任務、初動対処残留部隊などの特別勤務に従事する者以外は、上陸・外出が許可された。

 

上層部も戦時の息抜きを将兵に用意するのが義務であった。じゃないとかつてのように軍で反乱が起きるからだ。

 

協商連合の進軍により、何だかんだで休みを潰された将兵達は、貴重な休みをギリギリまで満喫するのは当然だったし、彼らに与えられた少ない権限だ。

 

それに、彼らには戦時でありながら予期する不安がなかった。

誰しも協商連合との戦いはすぐに終わるものと考えていたからだ。

 

協商連合との戦端を開いた6月上旬、帝国参謀本部の決定の元、第107号指令に基づき「ノルデン動員」を決定する。

 

北方戦役の中心地となるノルデンに中央総軍主力の大陸軍「第1中央方面軍」を投入し、北方戦役の形勢は一気に帝国に傾く。

 

第1中央方面軍は、アレクサンダー・フォン・クルック大将率いる第1軍団、ビューロウ大将が率いる第2軍団を中心とした軍集団で、よく訓練された常備兵35万以上からなる強力な地上軍だった。

 

陸軍の大規模攻勢発動に併せて、空軍は三個航空艦隊が空中進撃を開始し、海軍は北洋艦隊から主力の一部を引き抜き、弱体な協商連合の主力艦隊撃滅に動き出す。

 

こんな相手と北方の小さな民主国家でしかない協商連合が勝てるとは、誰も思わないだろう。

 

この点から、遅くても7月下旬には戦争はまた帝国の勝利に終わるだろうと予測される。

 

 

ー既に勝ちは見えている。ー

 

 

帝国軍人や政治家はもとより、帝国にいる9000万人以上の臣民達も同様だ。

新聞の号外を片手に街を走り回る子供達が無邪気な認識を確定させる程には、状況は圧倒的だった。

兵士たちからすれば、夏までに終わるなら丁度2週間程度の夏季休暇を潰されずにすみ、安堵する。

そして皆口をそろえて同じ内容を言い合う。

 

「多分、夏には戦争が終わるな。」 

「なら夏季休暇の当直日の交代を早めに済ませておこうか」

「俺は15日を交代してくれ、中日が当直なんだ。そうすれば連休だ。」 

「じゃあ、取引をしよう」

 

協商連合の終わりは、見えてる、間違いない。だって彼らは馬鹿だから。

 

だが気になる点があるなら一つあった。

長年に渡る敵国「フランソワ共和国」の動向だ。

 

協商側と同盟を築いてそれなりに久しい中にある共和国がその研がれた矛を帝国に突き刺す可能性は否めなかった。

 

なによりこの時機を睨んで共和国がアルサス・ラレーヌ地方を我が物にせんと動き出すには条件が揃っている。

 

過去のアルサス事変から連なる紛争の数々を帝国は経験し、過去3度に渡る大規模な局地戦では最終的に帝国が勝利を収めたものの、共和国の執念は消えていない。

 

共和国と帝国が接する国境線では、多くの兵力を両国とも駐留させ、火種が燻りながら何とも言えない緊張状態を保ち続けている。

 

その点から見れば、共和国が動き出すシナリオは現実的にあり得たわけだが、主力軍動員を決めることになった三軍戦略統括会議で下した最終的な結論は

 

 

 

「共和国に全面動員の兆し無し」

 

 

 

帝国参謀本部の重鎮達はそう判断した。

 

そう判断するには、理由があった。

確かに幾度なく武力衝突が起きたが、第三次アルサス国境紛争以降は、大きな衝突はなかったのだ。

 

国境付近で共和国軍が「大演習」と称した陸軍の大規模軍事訓練を行い、軍事的な挑発する事は定期的なあったが国境を越える事はない。

 

共和国軍は、ひたすら国境付近に行って帰るだけの行動を終始、繰り返していたからだ。

 

西方方面軍が管轄する共和国国境付近では、当初はこの動きに警戒を示し国境付近の部隊に臨戦態勢を整え、増強派遣師団を送ったが、一向に攻め入る気配がなく、時間が経てば撤収した。

 

何度も繰り返される内に現地の帝国軍は徐々に警戒感が薄くなり始める。

 

ー奴らにはやる気がないのではないか?ー

 

ーまるでピクニックだなー

 

1922年9月~1923年6月に渡り、断続的に繰り返された「大演習」に対して帝国の反応は冷ややかなものに変わっていくのも無理はなかった。

 

文字通りの機動演習であり、いつも同じ方法で同じルートから現れては、元の基地に帰るのだから。

 

月日が流れ、もはや定例と化した共和国の演習は恣意的な軍事行動に過ぎずないと現地司令官、情報部と参謀本部は半ば断定し、警戒レベルを下げていく。

 

何件かの散発的な「事故」はあれど、両国の現地司令官による権限範囲内で処理される程度の問題でしかない。

 

そんなことは、何十年に渡って起きているのだから気にする程度でもなかったからだ。

 

一連の共和国軍の演習動向から、一部の将校からは「集会場」と揶揄され、国境警備隊の兵卒達からは「外線パレード」と呼ばれる羽目になる。

 

そこから気の緩みも出始め、演習が起きる時期に入ると現地兵士たちの間で「少々エキサイティングな事でも起きるのではないか?」と軽口を挟むくらいに余裕が生まれる。

 

共和国軍の大演習は、一か月に一回か二回程度行われるイベント的な模様に変わり、アルサス・ラレーヌ地域圏の住民や兵士にとっては日常の一つに組み込まれる。

 

帝国軍上層部も最低限の警戒はするものの、そこまで神経質に反応する必要もないであろうという見解に至る。

 

共和国が模様するイベント内容はこうだ。

 

まず共和国軍が大挙してアルサス国境付近に展開しては、適度な演習を行う。

 

戦車が隊列を組んでは、段階的に散開を行い、随伴の歩兵部隊が駆け足で突入する戦闘訓練を境界線を越えずに繰り返す。

 

帝国国境警備隊は、双眼鏡で睨みを利かせるが、煙草を吹かす程度には緩い状況が続く。

 

共和国軍もずっと訓練しているわけでもなく、時には休憩時間を使い、サッカーをして遊ぶ光景が見られたほどだ。

 

時に国境ギリギリまで移動する歩兵部隊や戦車部隊に対して警告を国境警備隊が行い、それを聞き素直に後退する共和国軍部隊。そんなやり取りを幾度と繰り返す。

 

それを小高い丘から遠巻きに見学する地元住民達。

中には、軽食を持参して地面にシートを広げ寛ぐ団体さんもいるぐらい呑気なものになっている。

 

そして進出して三日か四日ほど経過すると、共和国軍の部隊は撤収を始めノンノンと帰っていく。

 

「もう帰ってくなよー」と言いながら国境警備隊の兵士達が手を振りながら見届けるのが一連の流れだった。

時には一週間ほど駐留・展開する場合があるが、大体は同じ流れだった。

 

少し違うとすれば、長く駐留すると両国の航空機がどっからか湧いて出てきて、いつの間にか共和国軍と帝国軍の警戒戦闘機が疑似戦闘演練を繰り広げる事ぐらい。

 

生の一対一のドックファイトを見物出来るのは、国境警備隊のささやかな楽しみにであり、賭けを行う絶好の機会として重宝される。

ちなみに演習中の共和国軍も同様である。

 

こんな感じで、戦闘が生起する条件はあるが、何故か生起しない微妙な雰囲気が包みこむ奇妙な環境が生まれ、一種の平穏状態が平行線で続く。

 

そのような状態は、北方戦役が勃発してからも変わりなく続いていた。

 

ーまた、来てはどうせ本国に帰るのだろう。ー

 

だから帝国の後背に位置する協商を早急に叩き、帝国包囲網の一極を崩すし憂いを解消する。

 

帝国が行う内戦戦略の負担率を下げ、次の来たる戦争に確固たる体制を築くのが目的とし成立し、共和国が動かないのが確実なら間違いではなかった。

 

その為に一気に本国の大陸軍を投入し解決をはかる。

 

戦務参謀に務める気鋭の二人の准将からは、異議あり!と大反論を受けるが、参謀総長のルートヴィヒ中将を中心とする主流派は、主力軍の全面動員を強硬する。

 

ルートヴィヒ・フォン・モルトケ中将は、決定に際しこう語ったと言われる。

 

「幸い、列強各国に本格動員の兆しはなく。共和国は恣意的な挑発を繰り返すだけだ。」

 

「だからこそ今ならば、帝国の禍根を解決できる。そう私は信じる。」

 

今ならば、帝国は建国以来の軍事上の課題を、一撃で解決しうるのだと。

 

その判断の是非は、この時点では間違いではなかった。

 

実際、ノルデンに中央総軍主力の大陸軍「第1中央方面軍」を投入した6月中旬以降も共和国が国境を超える気配はなかったため、やはり杞憂だったかと参謀本部の重鎮達は胸を撫でおろしたという。

 

その時期を前後して情報部からは「共和国は首都郊外に大部隊を集結させている。7月の大演習に備えてると思われるが規模が大きい。」との報告を受けた。

 

だが、参謀本部のとある将官は「ただの演習だ。夏の休暇前に一つ区切りをつけたいのだろう。」と言ったらしい。

 

情報部も同様の見解を示し、帝国軍上層部もまたいつものフェイントであると結論づけた。そう判断したのには訳がある。

 

もし共和国が介入するならば協商連合という楔が機能するうちに動くべきだからと考えていた。

 

仮に帝国を撃つと考えるなら、帝国主力野戦軍を北方戦役に本格動員した2週間以内に侵攻を始めるだろうと一応の推測はされていたからだ。

 

二正面作戦を展開できる時間が協商側に残されている内に手を打つはずだと。

 

しかし、結果は2週間以上どころか1か月経っても共和国は動かなかった。

 

共和国は、一気に攻勢に出る機会を失ったどころか、敢えて捨てたようにも思える傍観ぶりに帝国側は拍子抜けしたと言ってもよい。

少なくとも帝国側の目には、そう映った。

 

だが考えれば共和国にそうするくらいには、切り捨てる冷酷な一面もあるし、そもそも無謀な戦いをしかけた協商側に肩入れするにはリスクと損失以上に共和国に得られるものが少ない。

 

協商側と連携した2正面作戦を展開するなら、協商側は近代化された軍備を整える必要があり、少なくとも現在の実力では到底不可である。

それを無視した進駐行為を愚かにも実行してまったのだから前提条件は崩れる。

 

その上に協商側が先に戦端を開くきっかけとなる「不法な進駐行為」をした以上は、同盟国として無理に集団的自衛権を行使する必要もないし、義務もない。

 

愚かな同盟国の泥船に敢えて乗るほどの危険を冒さない、彼らはある意味利口だなと思いつつ、帝国軍上層部では当面の脅威はなきものと判断した。

 

さらに帝国には「共和国無侵攻論」を補強する材料が存在する。

 

 

ーずっと帝国は共和国に勝ち続けている。だからこれからも共和国に勝ち続けるだろうー

 

ー共和国は、帝国に負け続きなのだから、下手なことはしないだろうー

 

 

実質上、帝国は建国以来、常勝無敗でありヨーロッパ中央大陸では勝ち組代表である。

 

比して共和国は、普仏戦争で敗北、三国戦争でも敗北、アルサス国境紛争でも善戦はしたが敗北するという言わば、負け組の代表格である。

 

この一連の戦いで共和国は多くのものを失う羽目になり、その衝撃とトラウマは計り知れないものがある。

その歴史と記憶は、共和国市民の心に刻まれている。

 

その結果、共和国では過去20年の間に43回以上も政権が変わり続ける程の極度の世情不安定状態が続き、3年前にようやく統制を取り戻すポワンカレ政権が樹立したばっかりだ。

 

だが国防安全保障以上に国内問題は多くの課題が山積みであり、苦難を要している。

そんな情勢下の共和国に強大な体制を敷いている帝国にまた戦いを挑むのかと。

 

だから彼らは戦いを挑まない。挑むにしても今ではなく、まだ先の未来の話だろうと。

 

一つ慢心に近いものがあったが、共和国が内政的に見て戦争の足を踏みとどめる状態にあったという読みは整合性があり、納得出来た。

 

だから彼らは、動かない。大丈夫だと

 

そして絶望的な状況に置かれた協商連合の命運が消えるカウントダウンが始まり、帝国各地の首都・町では統一記念日の祭りを興じ、さらに北方戦役の前勝祝いも兼ねた祝宴会が各地で巻き起こり、享楽にふける中、時は訪れる。

 

 

 

 

 

 

統一歴1923年 7月19日 午後13時39分 

 

 

 

 

 

共和国軍は6個軍集団(合計80万以上)からなる主力歩兵集団、火砲6800門以上、戦車3200輌、装甲車950輌、航空機2600機以上、航空魔導士2300人を擁する莫大な兵力を投入し、奇襲攻撃を発動。

 

帝国と接する全国境から同時で進撃を開始し、全面突破を図る無停止攻勢を敢行する。

 

その模様を確認した国境警備隊のとある兵士は証言する。

 

「地平線を進撃する無数の歩兵部隊と戦車により埋め尽くされ、巻き上がる粉塵と車両の排煙が砂嵐のように巻き上がり、私の視界一杯に広がっていました。エンジン音を轟かせながら沢山の飛行機が空を高く舞い、瞬く間に私たちのいた陣地を悠々と飛び去りました。その直後に爆撃と砲撃の雨を受けました。」

 

「そこで、ようやく現実を認識しました。奴ら、今度は本気なんだってね。最悪でした。」

 

彼が気付いたときは既に時は遅かった。それは帝国も同様だ。

結果的に完全に虚を突かれてしまい、帝国領内に進攻を許す形になってしまう。

 

膨大な兵力差の共和国軍を現地部隊としては抑えようがなかったと見るべきであろう。

 

1923年7月19日は、帝国建国史上「最悪の日」と記憶される事になる。

今まで鬱積していた共和国のトラウマを倍返しで受けたようなものだ。

 

この日を境に帝国は困難で悲壮に満ちた防御戦を演じなければならず、それは余りに苛烈な模様を展開する事になる。

 

それも主力軍の援軍が見込めない期間が1か月と予測される形だ。

戦力が各所に散らばる帝国にとっては、大きすぎるハンデを背負う。

 

そんな困難と災厄に見舞われる中、帝国参謀本部の幕僚達、特に戦時作戦の立案・遂行権限を持つ戦務参謀陣を中心に不利な戦場を組み変える。

 

敵の先制攻撃でダメージを受け、混乱を受けつつも帝国は、ライン川を最終防衛線とした三つの防御戦線を構築。

最初に動けた空軍は、戦術上の時間稼ぎを得るために奮戦する。

第71戦闘航空団が周辺基地航空隊と連携して無数の敵大編隊を迎撃を行い、第3航空艦隊、第8機動支援艦隊が敵地上軍に強襲爆撃を開始。

 

陸軍・空軍航空魔導士による絶望的な遅滞防御戦を行う。

 

国境線近郊に展開していた軽歩兵部隊を後退させ、十か所の軍管区から十五個師団の歩兵部隊、六個機甲旅団を基幹兵力とした部隊を投入し、敵阻止防御戦を展開。

 

二十四個半機械化砲兵連隊・十七個予備役徒歩砲兵連隊を規定された防御戦線に展開開始。

 

四個装甲列車集団が急行し、数十問に及ぶ大口径長距離砲で前線に支援射撃任務開始。

 

航空魔導士及び航空機を中心とした第二次緊急展開部隊を派遣する。

 

これを共和国の予想動員時間84時間に反し、侵攻開始時間62時間以内に対応してみせた。

 

中央派遣部隊を臨時動員で可能な限り増強を図る。

教導隊、新兵教育連隊、基地警備隊を丸ごとかき集め臨時編成の魔法の言葉の元、臨編連隊を大量生産する。

 

事態の収拾を図りながら動員可能な予備役兵を可能な限り集めた臨時編成部隊を随時投入。

 

帝国参謀本部は各方面軍から戦力の供出を打診し、海軍との協調任務を策定。

 

潜水艦と駆逐艦、巡洋艦、ポケット戦艦を中心とした補助艦艇群による直接支援任務開始。

 

度重なる紛争以降、構築され続けたアルサス・ラレーヌ地域圏の塹壕陣地帯、ライン防衛要塞を基点とした緊急防衛戦線を暫定構築が完了し、可能な限りの兵力の集中を遅滞防御を展開しつつ西部戦線でやってのけた。

 

これは、奇跡に近いと思うが現場部隊の兵卒・下士官、中級将校、中央から派遣された戦時派遣野戦将校団【トラッカー】達の東西奔走ぶりの賜物である。

 

国境付近の管区師団・連隊が独自の判断の元、遅滞防御戦を行い、戦線構築を図る時間を稼いだことも大きい。

 

反面、多くの連隊・大隊が消えていく事になるのは、避けれなかった。

 

だがそれでも、防衛線に集中された戦力は、32個師団 35万人までの動員が限界であり、敵との兵力差は圧倒的である。

 

長すぎるライン戦線の防衛線は、問題も生じた。

兵力の少なさから細切れ状態となり、その間隙を敵に突破される危険性が大いにあった。

 

その穴を埋めるべく臨時編成部隊が戦術予備部隊という使いやすい語呂ではめ込まれる。

 

師団と師団の間に生じた空白地帯に臨時編成部隊を置くという場当たり的な対応で何とか持たせようとする。

 

実際、共和国が侵攻し二週間を経過しても大陸軍の集結はおろか輸送計画に基づいた準備にかなりの遅れを擁していた。

それから考えれば、マトモな援軍は期待できない以上は、現状戦力で何とかせよとなる。

 

そして敵は全力動員仕立ての大規模侵攻軍集団。

最初から完全に殺しに来ている。

 

帝国にとってライン戦線は、当初からクライマックス状態。

どう転んでもおかしくない危機的状態が、永遠と思える時間と秒単位で消耗し溶けるが如くの損失を出しながら帝国は戦い続ける。

 

共和国は圧倒的な数と尋常ならざる突撃攻撃を連撃を繰り返し、全面突破を図り続ける。

彼らについては、損失を考慮していないとも思える撃侵ぶりには驚嘆すら覚える。

 

両軍が地獄の淵に近い窯底で、業火の炎に兵士達の命が消し炭の如く消えゆく阿鼻叫喚の空間で、一進一退の攻防戦を繰り広げる事、四週間が経過。

 

共和国軍は、フランソワ軍最高司令官ジョセフ・ジョッフル指揮の元、アルサス・ラレーヌ地方で第三次全面攻勢を始動。

 

主力軍は先鋒を担う「エランの申し子」フェルディナン・フォッシュ率いる第20軍団、カステルノー司令官の第2軍団、共和国親衛隊、外国人突撃挺身隊等、総兵力30万以上の増強された軍集団「アルサス・ラレーヌ解放軍」による猛撃を開始する。

 

 

 

 

時は1923年 8月15日 午前11時13分

 

 

 

 

共和国が用意した2000門以上の火砲が全力射撃を開始したと同時に、一気に攻勢を開始。

1日に死傷者が2万を数える狂気の世界。

 

後に「血原地帯」と呼ばれる大攻防戦の狭間、ミューズ地方を守る第2防衛戦線にカイジがいる第144臨編歩兵連隊が半ば単独で戦い続けることになる。

 

 

 

 

 



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第22話 エラン・アタック

間に合ったかな。


アルサス・ラレーヌ地方 8月15日 午後13時48分 ミューズ・ライン第2防衛線

 

第144臨編歩兵連隊 第1砲兵大隊 第3射撃陣地

 

大きく分けて3つに区画化された塹壕陣地帯がある。

 

その中で第3塹壕陣地帯の最後方に熟練の砲兵指揮官ロルフ・メーベルトが指揮する第1砲兵大隊が展開する主陣地が存在する。

 

榴弾砲用に築城された各露天掩体壕には105mm榴弾砲が備え付けられ、目下進撃を続ける共和国軍の突撃部隊に対し、全力砲撃を続けていた。

 

合計18門の榴弾砲が、数十分に及ぶ砲撃を行っているおかげで、砲撃で生じた硝煙が霧のように広がり、生臭い硝煙の匂いを嗅ぐ。

 

その中で、陣地内の各所にある弾薬所では大量に搔き集めた砲弾のロット・信管調整を10人ほどの各中隊の弾薬軍曹・弾薬兵長達が神業の速さで行い、調整が済んだものから片っ端から弾薬手達がバケツリレーのように手搬送で各榴弾砲の陣地まで運ぶ。

 

最初に調整した約1000発の砲弾を各砲のごとにある集積所に積載していたのだが、とっくのとうに使い果たしてしまった。

 

調整自体が時間が足りなかったのだから、こうして若く屈強な弾薬手たちが重い砲弾を担ぎながら奔走している。

 

爆音が鳴り響く中で、大隊は極めて統率の取れた組織力で間髪なく振り込む射撃任務を遂行し続ける。

 

機械的かつ無駄がない、徹底された基礎訓練と各砲班の再修正訓練の賜物であることは確かである。

 

大隊の砲兵達は、通信機から矢継ぎ早に流れる射撃指令、射撃号令に機敏に反応しながら、射撃要員が持てる技術を発揮たらしめる。

 

「ドーンハンマー10こちらタオべ1!中隊効力射、座標125-457、標高40。観目方位角1800、前進中の歩兵部隊、規模2個歩兵中隊。縦深不明。散開し始めている。」

 

「タオべ1こちらドーンハンマー10、内容了解。第2中隊に対し射撃命令下達 。中隊効力射、弾種WP8発、各個射にて対応。」

 

「第2中隊効力射!弾種WP、砲位角1400、射角340、各個に撃て!」

 

「装填良し!」「射撃準備良し!」

 

「射撃用意!……ってぇ~!!」「初弾はっしゃぁ!!」「2弾装填!」

 

「初弾、発射。秒時22秒…………弾着5秒前。」「弾着、今!送れ。」

 

「近し線上…増せ20、送れ。」

 

「増せ20!!…次はっ!射角350!」

 

第1砲兵大隊は、完成された砲兵組織として機能している。

致命的なミスなく運用できる部隊は宝である。

 

前進観測班と射撃指揮所、各砲班の三位一体の連携は、実戦という不安定な状態の中においても遺憾なく発揮はされている。

 

敵が固定目標ではなく、移動目標である以上は射撃の照準、精密性に問題は出る。

 

とはいえ、砲列による移動目標射撃の訓練も済ませている点もあり効力射撃として有効な弾を送り出し続けている。

 

緊急動員令の元、砲兵教導隊から臨時大隊長として赴任したメーベルト大尉は射撃指揮所内で、遅滞防御戦の要となる火力調整点に追加の符号をつけながら指示を出し続ける。

 

そうしながら射撃幕僚、火力運用幕僚らと観測班から選定された目標群にたして臨機に射撃任務を指揮下の各砲兵中隊に振る作業に追われる。

 

「(だから、幹部の仕事は嫌なんだ。やる事が多すぎる。射撃班長の方が如何に楽だったか!)」

 

メーベルトは、内心愚痴りながら、算定器を元に割り出した複数目標の距離間隔を地図にプロットする。

 

実際は彼がやらなくてもいいのだが、他に任せたら遅いし、正確じゃないと言うので、自分でやっている。

 

職人肌の現場砲兵が将校になるとこう言う癖が所々に出てくる。

 

本来は、中佐クラスの砲兵将校が大隊長に任ずるのだが、前線の砲兵将校が不足した為、教導隊出身の叩き上げ士官を総動員を行い、それにメーベルトも巻き込まれる形になった。

 

戦時における緊急事態ともあり、あらゆる手順をすっ飛ばし階級を無視した役職配置になる。

 

付け加えて砲兵教導隊は、任官して間もない新品の砲兵将校や新しく砲兵隊指揮官として赴任する佐官達を相手に専門教育する担当部隊という性質を持つ。

 

そのためメーベルトは、自らも大隊クラスの砲兵隊を動かすぐらいの指揮統制力、技量を持っている。嫌々ながらも仕事上、しょうがなく勉強したのではあるが。

 

鍛錬した指導力を元に幾人も砲兵指揮官として恥じない将校を育てた実績があるため、「貴官ぐらいなら、大隊長は余裕であろう?」的に人事編成課長に言われ赴任する運びとなる。

 

しかし、軍人として約18年以上軍務と国に奉公してきた以上、命令に従うのが当然。

 

内心はヤキモキする事はあれど、国家の危機に立ち向かう事態ならば、喜んでいかねばならない。

 

例え、そこが最悪の戦場であったとしてもだ。

 

「砲兵は常に果敢であれ!決して後ろに下ってはならぬ!!」

若き頃に徒歩砲兵射撃学校で恩師のブルミュラー指導官に教わった砲兵精神は骨の髄まで浸透している。

 

その結果、今の私があるのだから。

 

とは言え、後方の概念が消えた最前線の中の最前線で戦う羽目になるとは。

 

最悪の戦場というより地獄と形容したほうが正確だろうとメーベルトは思う。

 

ー逆にこの世界こそ、砲兵の誉れの場と言うべきかー

 

そう考えがよぎりつつも、思考と手を休めるわけにいかない。

前線から幾度となく舞い込む射撃要求に対し、遅延せずに正確・迅速に答え続けなければならないからだ。

 

「大隊長、戦闘前衛の第2大隊の正面右翼に展開する装甲車部隊と随伴歩兵大隊が更に肉薄してきています。先の砲撃で手負いですが、早急に対処すべきかと。」

射撃幕僚から大隊長のメーベルトに対し意見具申を行う。

 

「いや、目標としては散らばりすぎている。第1梯団の3、4割はやれたし、統制も崩壊している…後は前衛に任せておけ。」

 

本当は全て潰しておきたいのが、本音だが限られた砲の数では、どうしても対応できない。

 

それに第1梯団の多くが白リン弾のショックもあるだろうが、落ちたグラスが割れて破片が四散するように目標がバラバラになっている。

これでは、有効な効果を上げれない。弾薬経費的に割に合わないからだ。

 

後は前衛の突撃砲と歩兵部隊の戦闘力に頼るしかない。

 

そうなるならば、目標がグループとして纏まっている目標を優先に叩き、敵の力を削ぐのが賢明と思われた。

 

「ならば先程、突入を始めた敵第2梯団の歩兵集団を叩きますか?」

もう一人の幕僚が口を開き、提案を行う。

 

「そうだな。まず中央から潰そう。敵の統制を乱し、侵攻速度を出来るだけ落とす。」

 

統制をまだ保つ新しい梯団を叩くのが効果的だ。

まとめてやるには丁度良い目標。そう判断できた。

 

「では、射撃任務は第4中隊に任せましょう。第4中隊の連続斉射終了まで後3分です。そうすれば手が空きます。」

 

計画幕僚の一言で、少しメーベルトは考えたが、それを認めた。

多少の射撃時間の空白ができるのを気にしたが、それは神経質すぎだろうと結論づけた。

 

「まぁ、いいだろう……よろしい。それで行こう。さて次だ。」

 

敵は3倍とも4倍とも何とも言える集団が来ているのには、やはり嫌気がさすが、その代わり部下と部隊には恵まれていた。

 

理解がある部下達と少々無理な指示でも答えてくれる現場砲兵部隊の練度に、この連隊は救われている。

 

現状で、なんとか適切な阻止火力を発揮できているのが結果として表れているから確かである。

 

第1砲兵大隊は半分が教導隊出身、半分が軍務経験10年以上の予備役砲兵からなる混成部隊だから、逆に言えばこれくらい出来て当たり前とも言えるが。

 

後言えば、白リン弾の集中曳火射撃が想像以上に効果的だった点だろう。

 

ここの射撃陣地からは実際どうなっているか分からないが、前線観測班の魔導士からは敵第1梯団の統制を崩壊させ、多数の死傷者を出している事からもその効果は実感できた。

 

確かに教導隊では、試験的に白リン弾のテストをしたことはあったが、あくまでも敵の視界遮蔽を主に使い、副次的に焼夷弾として使えなくはないと判断している。

 

だが破壊力や広範囲の殺傷効果では、榴弾と榴散弾に劣るから、既存の主要砲弾をメインにすべきとの見解に至った。

 

だが実際は、これである。

戦力1万を超える第1梯団を潰すことすら、困難だったものが、今では第2梯団すら行けるのではないかとすら思うぐらいに効果がある。

 

「極東人にしては、よくやってくれたものだ。」

メーベルトはつい言葉に出てくる。

ー噂に聞く参謀将校の存在は知っていたが、まさかここまでとはなー

 

「はい?」

幕僚がどうかしたのかと顔を向けるが、メーベルトは軽くいなす。

 

「いや、気にするな。さて諸君、次の問題だがー」

 

どちらにしろ、目の前に敵を片付けなければならない。

そこに集中せよとメーベルトは気持ちを切り替え、砲火の絶えない陣地内の指揮所で射撃地図と幕僚達と格闘を続ける。

 

 

 

 

 

 

アルサス・ラレーヌ地方 8月15日 午後14時05分 ミューズ・ライン第2防衛線

 

 

第144臨編歩兵連隊 第1塹壕陣地帯 第2戦塹壕線 戦闘前衛指揮所内

 

カイジは、双眼鏡を見つつ周囲の状況を探り続ける。

 

視界に広がる地平線は、白リン弾がもたらした発煙で地上からの視認が困難になるほど、煙が立ち込める。

 

塹壕陣地から約2000先の平原一面では白リンの延焼で広がる炎が勢いを増し続けている。

 

夏場で、乾燥している環境なら平原もよく燃えるのだろう。

 

その周囲では炎上を続ける戦車と装甲車の亡骸が視界に入り、多くの共和国兵が蒸し焼け爛れている。

 

混乱と悲鳴、逃げる兵士、白リンの悪魔から逃れなかった兵士達、右往左往する車両。

 

烏合の衆に等しき状態が印象に強く残る。

 

四散した第1梯団の統制力は瓦解したに等しく、組織的な抵抗力が最早、皆無に思われた。

 

その模様から、カイジの隣にいた第1大隊 第3中隊長からは、一言「勝ったな」との言葉が漏れる。

 

どこかの冬月さんに似たセリフを聞いたカイジは、答える。

 

「いや、まだだ。奴らはこれで、終わりはしない。」

 

カイジは、地平線に睨みを利かせながら言う。

実際は、発煙効果により視程は1500mでさえ、怪しくなっていたのだが。

 

「ですが中佐。現在、第2梯団も突入してきていますが、同様の攻撃で跳ね除けられるのでは?」

周りの士官が一様にカイジに言うが、「そういう問題、じゃないと」と語りかける。

 

「確かに白リン弾の効果は大きい。敵の先鋒を挫くらいには、威力がある。」

急場しのぎではあるが、数がない榴弾の代わりになる程には力を発揮、敵第1梯団の組織的攻勢を挫くぐらいには。

 

「確かに第1梯団の攻勢の波は崩れた。だがあくまでも組織的には……だ」

訝しぶ将校達の反応にカイジは指で指し示して言う。

 

「前をよく見ろ。前をよく見れば、すぐわかるさ。」

そう言うと、山火事のような炎の波と白い煙の向こう側から、絶叫が聞こえてる来る。

 

恐らく、第1砲兵大隊の砲撃による犠牲者がまた出たのであろうと、指揮所にいる幹部たちは思ったのだろう。

実際そうであるのだが、半分正しく、半分は違った。

 

それを理解するのは大隊長のカイジと先任准尉のヴォルフだけだ。

 

間断なく砲声がやまず、空中で白リン弾が炸裂する中、発煙の向こう側からユラユラと影が浮かびあがる。

その影は、最初はポツポツした粒のようだったが、徐々に影の粒が大きくなり、そしてその数を増やしていく。

 

絶叫が大きくなる。だがその絶叫は苦しみの声ではなく、威嚇するような叫び、遠吠えのようにも聞こえる。

 

影の距離が更に近づき、輪郭がはっきりして来る。それは人型であると認識したとき

 

ー聞こえる絶叫の言葉が、大合唱しているかような野太い恐ろしい声がー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー共和国‼万歳‼ー ー共和国‼万歳‼ー ー共和国‼万歳‼ー ー共和国‼万歳‼ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白煙の向こう側から現れたのは、共和国軍兵士の群れだった。

重層的に響く絶叫の正体は、万歳突撃よろしくから始まる狂気のチャージ音である。

 

彼らの殆どは手負いでありながら、苦痛をどこかで置いてきたかのように構わず走り続ける。

白リンの延焼を気にせず、白い煙を巻き、オレンジ色の炎を身にまといながら突進を続ける。

 

「そんな馬鹿な‼」

前線指揮所にいた将校・幹部らは信じられないと驚きを見せる。

 

面食らうのも無理はないかもしれない。

ここにいる大半は、アルサス国境紛争を経験していない人間なのだから、なおさらだろうと。

反応を見て、カイジは思う。

 

そしてカイジは周りの将校たちに説明するように語る。

「彼らは、どんな状況でも前に進むしかないんだ。」

 

「後退は出来ない。強大な敵とぶち当たり、粉砕されても前に進むしかない。」

 

「最高指揮官が撤収信号なり、命令なり出さない限りは決して下れない。部隊長じゃないんだ。最高指揮官の命令が必要だ。戦況に応じた判断なんてまるきり無視だ。」

 

共和国軍の攻勢作戦の判断の是非は全て最高指揮官に全て委ねられる。

 

この戦線の場合は、総司令官のジョセフ・ジョッフル大将か、総司令の承認得た権限を持つ軍団長達、その代表がフェルディナン・フォッシュの裁可が必要になる。

 

要はジョッフルが、フォッシュが「前へ」という限りは、どんな事があっても進むしかないのだ。

 

当該部隊の長程度の存在ではどうすることも出来ない。恐らく師団長でも無理だ。

 

決められた計画が発動したら、発動しっぱなし。機能を停止するのは、理性を持って一度立て直そうと判断するか、兵力が枯渇するかだ。

 

ちなみに上記の二人には、止まる、後退するという考えはない。基本的に全くである。

 

「仮にこれは無理だと下がっても追い返される。最悪その場で、射殺か。見せしめのリンチを苛烈に行う。」

 

共和国の軍律は、帝国以上に厳しい。命令に違反して八つ裂きにされた兵士たちはダース単位に及ぶ。

恐怖による軍律の効果は素晴らしいほどに発揮している。

 

「だからエランの精神を糧に、鈍感なまでに祖国愛を貫き、戦わないといけない。」

極度なまでに攻撃精神と突撃に全てを求める姿勢は過去20年変わらない。

 

文化、社会、伝統をリミックスして謎の高次元の哲学化を遂げたエラン・ヴィタールの精神は兵士の思考を単純化させ、従順にするくらいには効果がある。

 

いわば大和魂だ。他の国にも似たものがあるから、この時代どこも一緒だ。

 

少し変わったとしたら、砲兵による徹底した弾幕射撃主義と大量の歩兵戦車、軽機関銃と小銃手で編成した戦闘群戦法を採用したことか、これはこれで正しい。

 

そこに恐怖をなんとか払拭できる兵士を揃えれば、ヒューマンウェーブの完成だ。攻勢に相応しい駒が出来る。

 

「後、白リン弾を受ければ、消火処置がほぼない戦場では後退したところで、息絶えるオチになるだろうから。最早、命を捨てた死兵となって突撃するしかないだろうな。」

 

「しかし、そこまでしますか!無駄な行為にしかおもえません!」

一人の若い士官が意見を挟むが、それに対してカイジは答える。

 

「弾除けか壁ぐらいには貢献できるだろう。上手くいけば、一人くらいやれるかもしれない。それにどうせ死ぬなら少しでも何かをするのが極限状態を超えた兵士の心境の一つだよ。」

 

カイジからしたら実際その模様を各地の紛争で見てきたし、国は違えど同様の死兵達をあらゆる戦線で、見てきた。

 

秋津島も連邦も、イルドニアもレプビリカ・スルビアもそうだった。

 

自身も似たような経験がある、思い出したくはないが。

 

だが心境は同じかもしれん。どうせ死ぬならと、一人ぐらいは道ずれにと。

 

「それ以上に彼らには、成し遂げなければならない事がある。」

顔をしかめる士官に対し、カイジは言う

 

「これは帝国への復讐戦だ。絶対にやり遂げなきゃいけないんだ。」

彼らは、絶対に忘れはしない。あの時の屈辱を。普仏戦争の時からずっとだ。永遠忘れいない呪詛、滾る執念を世代を超えて持ち続けている。

 




ようやく、ここまで来ましたが、まだまだですね。

来週には、また一本行きたいですな


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第23話 エラン・アタックⅡ

今日と明日で、後2話ぐらい更新予定。
後、手書きながらも解説用の図を描きました。
そんなに丁寧ではないですが、ある程度わかりやすいかと思います。


「共和国からみれば、帝国に全てを奪われたと思っている。アルサス地域、多額の賠償金。そして国家のプライドをズタズタにされたからな。」

カイジは、淡々とした口調で語る。

 

特に新鮮味も無ければ、驚くことではない。ずっと戦いの世界に身を置いてきたから、代わり映えしない認識である。

 

「こっちからすれば、あくまで共和国との戦争は国防上の防衛的処置になるが、彼らからしたらそれで収まらないものがある。」

 

カイジは、それなりの大人となり、軍人以上に特殊な経験を積んだ身であるからこそ実感できる部分がある。

加えれば、彼の性格として個人的感情とは、別に客観的分析をする傾向が強いのもあるであろう。

 

共和国は、その建国から史上最大の命題としたアルサス・ラレーヌ地域圏の奪還。

1875年の普仏戦争での大敗で大部分を失陥した固有領土であり、奪われたワインの故郷。

そこには帝国に対して長年に渡り鬱積した屈辱、怨嗟で凝固した不滅の執念は、図り知れないものがある。

数値化しても計測不能であろう。

 

極端に言えば、累積しまくる敵意は共和国市民の遺伝子レベルまで浸透している。

しかも共和国市民には、ゴリゴリの愛国者が群衆規模で存在するのだから民生プロパガンダが自然に大量発生する。

これの相乗効果は絶大であり、帝国に対する姿勢は官民一体となった盤石な状態になっている。

 

徹底抗戦の構えに対し、有無を言わさずの雰囲気が蔓延し、その同調圧力の半端なさは尋常ならざるものだ。

 

恐らく、「鬼畜米英」のフレーズを叫んだ戦前の日本と同じ状態だったのだろう。

環境と条件、歴史、文化が違えど到達する点は同じ結果に導かれるのは、わからなくはない。 

 

だから、幾ら敗北を重ねたとしても国家自体が破綻しない限り、彼らは何度でも越境してくるのだ 

 

前いた世界での、自分を含めた負け組達、負けを受容した人間たちとは一線を画するものだ。

 

その上、元が大陸軍帝国であり、かつてというか過去形にはなるがヨーロッパ中央大陸を我が物としたフランソワ帝国の歴史と誇りがある。

 

一つ彼らの尊厳たる形、象徴を帝国に打ち砕かれた上、奪われ、彼らのルールが支配する秩序を乱された。

しかも自分より劣るとみた新興国家に散々にボコられたのだから尚更、状況は悪化する。

 

「帝国は永遠の敵、出来るなら滅ぼしたいと強く願っている。それは、ある意味変えようがない性だ。」

 

言えば、敗北を繰り返す度に徹底的な抗戦姿勢を強めるのは、その為だ。

 

彼らにとって敗北を見れば、見る程消去したい黒歴史。

だが歴史は自らの思いとは別に時代の中で、自動的に上書きされて更新される。

 

消せない以上は、過去の敗戦を打ち消す以上のもので打ち消さねばならない。

 

自らの背中に重しのように乗る負の記憶も、滾る怨嗟の炎も。

 

そこに求めるのは、確たる勝利、味わいたい美酒。

求めるのは、名誉の挽回。

そして、過去40年分の復讐を完する事。

だから共和国は、もてる大陸軍を総動員して襲いかかってきた。

 

「彼らは許さない。今までされた事を倍以上で返還しに来てるのさ。こっちはそのつもりがなくとも。」

 

「そして成し遂げたい、復讐を。今度こそは、勝ちたいと。その条件が整ったのは今なのだから、戦うしかない。ずっと準備していたのだから。」

 

内線戦略の要となる主力野戦軍がノルデン方面に出向している以上、警戒線が手薄で防衛線も弱体化した西方方面を叩くのは絶好の機会。

 

帝国としては、四方を半ば敵国と認定し、油断できない均衡状態を方面軍で保っている以上、容易に各方面軍から戦力の引き抜きが出来ない。

 

その上、輸送の主人公格である鉄道のダイヤは、多重な計画・無理矢理な輸送計画によりかかる負荷は倍増。

結果、前線が望む増援が停滞して中々来てくれいないのだ。

 

 

 

共和国としては、帝国の背面をつける最高の条件が揃っている。

やらないはずがないのだ。今を逃す、理由はどこにもない。

 

 

 

指揮所の周りにいる将校達の中の何人かは釈然としない顔を浮かべつつも、全員ある程度の内容には理解を示した。

とかくそれ以上に「今は戦うしかない。」という今に差し迫った状況、内なる緊迫感が彼らを正面の敵集団に立ち向かわせる。

 

指揮所には、更新される敵情報が通信班からもたらされる。

 

「敵第一梯団は、残存部隊による散兵突撃を展開する模様。」

「前進観測班から、敵第二梯団突入開始!陣地前衛部からの距離約2800!」

 

「後続集団も確認。規模は複数の歩兵連隊、車両部隊。細部は発煙による視界不良の為、確認出来ず。」

 

「連隊本部より、第二梯団の後続を第三梯団とする。呼称はED3。」

 

「敵突撃部隊の先鋒集団との接敵まで約8分!」

「陣地前衛正面に四十輌以上の戦車が接近!随伴歩兵部隊多数、まもなく突撃破砕線に侵入!」

 

「第三大隊陣地正面1900に新たな目標。」

 

カイジは報告を聞きながら、思考を巡らす。

 

敵情から判断するに、損害を顧みない攻勢を断行し続ける事を決定しているようだ。

平原の各所で火災地帯ができ、白リン弾による長大な範囲の煙幕が生じてもだ。

砲弾が炸裂し続け、視界不良で前が見えなくとも共和国の突撃部隊は突っ切る。

投入される部隊は、途切れず増大し、戦線の圧力を増していく。

 

観測班の魔導士が確認できない地平線の先には、まだ予備戦力があるのか。

どちらにしろ、煙幕と化した白リン弾の発煙で視界は制限されている。

詳細の確認で、強行偵察させるわけにはいかない。

連隊に数人しかいない魔導士を失いかねないからだ。

 

だがやはり気になるのは、敵の戦力。

膨れあがる相対戦力の差は、このままいけば絶望的な状態に入るだろう。

確かに狙われる絶好のポイントに連隊はある。

 

ミューズ・ライン防衛線の主力部隊を務める歩兵師団の隙間に配置されているからだ。

自分の連隊は、隣接する師団の戦術予備と敵突撃部隊の突破を防ぐ警戒部隊としての役割を本来持つはずだった。

 

しかし、予備戦力に事欠くアルサス南部戦線では、遅滞防御戦闘の現状を保つために前線に投入される羽目になった。

物切れの戦線をなんとか穴埋めするために、臨時編成部隊で戦術上の時間稼ぎをしようとする。

 

広い戦線を守らざる得ない帝国軍としては、急場しのぎだとわかった上での判断。

 

戦線に穴が生じれば、敵からしたら容易な突破口となり、そこから侵入した敵部隊により展開する師団が側面から撃たれ、包囲・各個撃破される可能性があった。

 

だから、中途半端な戦力でも戦う駒として前に出さなければならなかった。

 

とはいえ、その結果生じたのは連隊自体がミューズ・ライン戦線の弱点として露出してしまったことだ。

 

共和国は帝国防衛線を突破すべく全面攻勢を発動したが、闇雲にただ攻撃しては前へという単純なものではない。

そのやり方は、既に過去のものとなった。

 

このアルサス南部戦線で見れば、ミューズ・ライン防衛線の全てに渡り同時攻勢を発動し、防衛側の帝国は戦線に拘束され行動の自由を奪われた。

 

大規模な陸軍を組織的に運用する術がある共和国は、数と量にものを言わせた飽和攻撃を絶えず繰り返し、それを間髪入れることなく同時期にだ。

 

帝国は防衛線を保つ以上は予備戦力も投入しなければならない。例え、部隊として体裁を持たないものでも搔き集めて投入する。

そこが狙いだろう。

 

帝国の後方に展開する戦略予備を枯渇せしめ、その殆どを戦線に投入せしめれば、共和国からしたら突破にしろ、迂回にしろ、その後の障害はないからだ。

 

後は、戦線で突破が簡単そうな弱点を探し、叩いて侵入すればよい。

有力な予備隊がなければ、対応以前の問題。

どんがら空きの空白地帯で自由気ままに闊歩できる。

 

その過程から考えれば叩き潰す目標として選ばれるのは、自分がいる連隊になってしまうのは必然。

避けようがなかった。

 

しかも予想通り、両脇を固める師団からの増援なり、支援射撃なりは現状求められず、航空支援も期待できない。

 

帝国中央総軍からの緊急派遣部隊も来るのは、いつの未来になるか分からない。

緊急展開能力がある魔導士部隊は主要な戦線で引っ張りだこで、これも望めない。

これも戦線に広く分散展開しすぎて、もはや戦力として運用出来てるか怪しい部分が目立つ。

出来たとしても、効果的な運用は難しいだろう。

 

中隊程度の規模があるなら別だが、小隊単位の場合では敵の濁流のような攻勢に飲み込まれるだろう。

加えて、共和国には魔導士を狩る専門部隊:捜索魔導部隊がある。

小部隊の分散を帝国がやってしまっているなら、各個に捕捉殲滅されてしまうだろう。

どちらにしろ魔導士の存在も望めない。来てはくれない。

 

糞、なんて状況だ。

 

敵正面の戦力は、推定二万以上にも達するというのに、何一つ援護を受けれないのか!

 

実際カイジの洞察と読みは、的確に現実を映していた。

強いて違うとするなら、連隊が対峙している共和国突撃部隊の全容戦力だろう。

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

カイジの連隊正面には、共和国第3師団だけではなく第12戦闘旅団が展開し、更にその後方には第9軍団からの増援部隊も急行していた。

戦力にして軽く4万を超えていたのだ。

 

戦線を固めていた第29歩兵師団、第72歩兵師団は、共和国の猛撃を受けていたためカイジの連隊に気にかけれる余裕もなかった。

 

3~4つの部隊からなる戦闘拘束グループにより各師団は己の戦闘力維持に躍起になり、部隊の生命活動を全力で防衛しなければ明日は見えない状態だった。

 

師団防衛の為に、緊急展開した魔導士、空軍航空機隊をそこに集中させていたのもあり、カイジの不運が重なる要因になる。

 

 

この絶望的な情況をカイジはどう切り抜くのだろうか。

 

 

 



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第24話 エラン・アタックⅢ

 

「さぁて、どうします?」

 

隣にいたヴォルフ第1大隊先任准尉が確認するように語り掛ける。

陸軍入隊してから30年以上経つ熟練の闘志たる彼からすれば、見慣れた戦場の一風景だ。

それでも圧倒的な数を誇る敵を対峙しては少なからぬ不安は抱くのである。

「逆の立場だったら、楽なんだがなー」と頭に手を組みながら、視線の先にある軍勢をみる。

 

正面には後先を考えず突進する戦車群。

先に待ち受ける運命など知らずに雄たけびを上げながら平原を浸透する兵士の集団。

手負いであろうが、死に瀕してようが関係なしである。

ぐちゃぐちゃになった戦闘隊形では、統制の取れた戦闘行動は不可能だ。

 

だが突撃とはそういうものだ。

一度、敵陣地目掛けて前に躍り出れば、大体はそうなる。

砲爆撃、機関銃の十字砲火を浴びながらの攻撃は、一定の戦闘秩序を維持できるような容易いものではない。

一瞬で何十人がなぎ倒され、部隊で脱落者、死傷者、発狂者を出しながらの攻撃だ。

 

これは共和国であろうが、帝国であろうが、どの国も変わらない。

結局、重要なのは固い防御陣地、抵抗力を持つ守備隊を持つ戦線すらも潰し踏破できる数と力を持てばよい。

大量の兵士と戦車で一気にいけば困難な事ではない。

その点で言えば、共和国は充分すぎる手数を揃えている。

先の白リン弾で、敵の足を鈍らせることに成功はしたが、それだけでは十分ではないのがよくわかる。

 

目に見える突撃集団の向こう側、白い発煙で立ち込める向こう側にも幾つもの波状線が連なっているのが想像できた。

さて、どうするか。

 

その問いに対し、カイジはヴォルフに答える。

「やる事は、変わらないさ。今まで準備していた事を発動させるだけさ。」

 

この防御塹壕地帯で数日という幾らか得られた準備期間で、やっつけ作業だが連隊が防御するには機能する拠点として構築することは出来た。

 

あとは連隊幕僚ら、各部隊指揮官達と協議を重ねた火力調整会議の決定案、連隊長に承認された防御計画に基づき号令、命令を通達するだけである。

 

「確かに、この状況で直ぐに何か出来るわけじゃないですからねぇ。」

 

防御戦闘は、攻撃以上に準備の結果が求められる。

準備の段階で、戦いに決する事項が浮かびあがるのだ。

戦闘に突入した後は、最終的には兵士たちの働き次第にかかっている。

一重に戦争の不合理でどうしようもない現実。

半ば他力本願と同等である。

 

「ああ、そうだな。それに全く手がないわけじゃない。運否天賦に全ては掛けれないからな。」

「上手くこちら側が望むように誘導すればだ。いけない事はないさ。」

 

カイジが双眼鏡で一瞥しながら答え、それにヴォルフが人差し指で正面の敵を差しながら言う。

 

「共和国が正攻法で、ドンパチ仕掛けるって条件付きならですか?」

 

共和国軍が迂回したり、両翼包囲攻撃を仕掛けずに真っ向正面から来るには、理由がある。

 

下手に迂回すれば、連隊の両脇を固める師団の防御火力線にぶち当たり、側面から砲撃を諸に喰らいかねない。

 

更に二つの師団の一応後方と呼べる地域に師団の全般支援任務を約束する集成砲兵部隊の庇護下にある

 

120ミリから最大240ミリクラスの榴弾砲がズラリと並ぶ火力サーカス集団が展開しているのだから、迂闊な事をして師団の警戒線を抵触などすればどうなるか。

部隊が軽く消滅し兼ねない。

 

それらを理解している共和国軍は、損失を顧みずに真っ向勝負で戦いを挑むしかなかった。

 

カイジとヴォルフからしてみれば、連隊もその女神の庇護下に入れるはずだったのだが、そんなものはなかったの如く支援要請を却下された。

2、3門でもこちらに振り分けられないのだろうか?と疑問に思い、互いに愚痴りに走ったが現実がそうである以上、妥協した。

 

「そういう事だ。小細工なしの力ずくで突破するなら勝機はなくはない。正直、微妙なトコだが。」

勝機はなくはないというのは、ほんの少し先の未来、数時間先はまだ生き残ってるだろうといった具合のものだ。

 

「だが、それに賭けるしかありますまい?」

 

「まぁな。」

 

戦場で生きる兵士、下士官、将校達は数日という先ですら遥か彼方の未来に感じる。

ただ一分先、一時間先の未来を掴み続けようやく明日を見いだせる。

その為に持てるもの全て使い尽くす。

 

そうでしか、いやそうする事でカイジやヴォルフはようやくの思いで生きてきた。

戦闘前衛第一線の配置につく、数少ない古参兵達も同様であろう。

 

「それとも神に祈りますかね?ああ、我を守り給えよって感じに、もしかしたら本当の女神が助けに来るかもしれませんぜぇ?」

 

ヴォルフは、救いを求める信者のように手を合わせ天に祈るようなポーズを取りながら言う。

彼の特有のおふざけである事は直ぐに分かった。

 

「おいおい、冗談はよせよ。もし、神がいたのならもっとマシな世界になるはずだろ。」

 

カイジからしたら、居たところで現世で苦しむ人間を救わない存在など居ないのと一緒であると認識していた。

 

戦争の死神が徘徊し、強者でなければ奪われ失い続ける世界に神の片鱗を見せた救済やら、奇跡はあったか?

 

ない、見たことがない。救いの手を差し伸ばし介抱してくれるのは、教会のシスターかナイチンゲール財団の人間達ぐらいだ。

要は人間は人間の手でしか助けれない。

 

何のご利益も預かったことはない。頼む、助けてくれ、神様ぁ!と願うことは無数にあれど奇跡とか救済の類に遭遇したことはない。一切だ。

 

前の世界も、今の世界も絶体絶命の状態に叩き落とされた事は何度もあったが、何とか地獄の淵から這い上がれたのは、周りの仲間と自分自身の力で寄ってのみだ。

 

今もそうだ。戦場に運の作用はあれど、奇跡は存在しない。

奇跡のように見えても、そこには幾重にも組み込まれた策略、きっかけ、人が追い詰められた時に見せる底力が結果に結びついた必然だ。

そのような認識を彼はしていた。

 

「とにかくだ。」

カイジは、戦闘指揮所から各指揮官、将校達に通信で端的に令を達する。

 

「予定通り連隊本部から通達されるだろう。各員はその指示に従え。」

 

「防御射撃は、三段階に分けて行う。各級の指揮官は射撃統制を厳となし、指示を待て。不具合があれば、再度通達される。」

 

「状況によっては連絡網が寸断される可能性がある。その場合は、各指揮官の判断に委任する。各指揮官の幕僚はよく補佐するように。」

 

指示を終えたカイジは、傍にいたカイジの大隊隷下の一部隊を率いる第3中隊長に再度、確認の指示を出す。

 

「ラッケル少佐の中隊は、第1大隊の側面援護をお願いします。火点の集中地域は大隊主力陣地と交差するので、タイミングを合わせて下さい。」

 

ラッケル少佐は、階級はカイジより下だが、歳が10歳も上でかつ、この連隊で会って浅い間柄。よくは知らない。

付き合いの長いヴォルフと違い、命令口調やタメ口で言うのは何となく憚れた。

 

ラッケル少佐が「はい。了解しました。」と言い、そそくさと敬礼すると自分の中隊まで駆け出して行った。

 

その後ろ姿を見届けると、大方の用意は終えた事を確認し、迫りくる敵に面と向かう。

 

敵に睨みを気かしながら、決心を固めるように呟く。

「敵が倍にしてくるなら。それ以上に返してやる。倍プッシュだ!」

 

「倍プッシュ?面白い言い方をしますねっ。」

今度、俺も使うかなとニヤニヤしながら言うヴォルフをよそにカイジは通信士官を呼びつける。

 

「その前に、前哨戦だ。おい、通信士官来てくれ。」

呼ばれた細身の通信士官が「はい!」と返事をしながら駆け寄り、カイジに耳を傾ける。

 

「敵航空戦力の有無を確認したい。」

 

 

 

 

アルサス・ラレーヌ地方 8月15日 午後13時59分

 

カイジがいる第144臨編歩兵連隊の前面に進出する急先鋒は、共和国軍の戦車隊であった。

 

先の攻撃で混乱が生じ、幾らかの損害を出しつつも全速で帝国防御陣地帯との距離を狭めていた。

 

整然とした横一線の横隊体形が完全に崩れ、各車両は散り散りになりつつも数だけ見れば、強力な戦闘力をまだ保持している。

 

この時の陣容は軽戦車を主体とした集団で、前衛は48輌のFCM36とホチキスH35。

後続には21輌のルノーNC27が続き、急いで前進して、攻撃する事を目指してエンジンの轟音を響かせながら平原を躍進する。

 

 

「まもなく、敵の防御戦にぶつかるぞ!各車両は、射撃用意!射程に入り次第、各個に撃て!」

 

暑苦しい室内で無線機越しに指示を出すのは、軽戦車隊を率いざるを得なくなったジェラール・エメ大尉。

 

白リン弾の曳火射撃で統制を失い、統裁官(戦車隊の総指揮官)が乗る指揮車両が運悪く炎にまかれ指揮系統が混乱、壊乱しかけた戦車隊を無理くり纏め上げ攻勢を再開するに至る。

 

脱落車両が出ており、損傷を受けた戦車もあるが上級司令部から全部隊に下達された「無停止攻勢」指令が生きている以上、攻勢を続けるほかなかった。

 

「おいっ!アダン!信号旗を出せ‼後、信号弾も‼赤二つな‼」

傍らにいた装填手のアダンの肩を叩き、大声と手でサインを送りながら指示を出す。

 

アダンは、急かされる様に信号旗と信号弾を探し出し、エメ大尉に渡す。

 

そして狭い砲塔内の上部ハッチを開け、信号弾を上空に二発撃ち、信号旗を他の車両が見えるように大きく振り合図を送る。

合図を送り終えると砲塔後部に備え付ける。

 

危険が伴う作業だが、無線機が全車に配備されていない以上やむ得なかった。

 

伝達作業が済めば、エメはすぐさま車内に潜るように戻る。

また敵の焼夷弾で、焼かれる可能性があったからだ。

 

共和国の戦車は、数は多いが無線を搭載した車両は全車両に行き渡らず、指揮車両を優先して配備されていた。

しかも無線機があるのは、いいが感度が悪く波長距離も短かった。

 

その為、指示をする際は無線で各指揮車両に伝達した上で、信号旗を砲塔に掲揚し、信号弾を撃ち出さなければならなかった。

正しく二度手間であり、非効率的な指示伝達方法である事は、エメも理解していたが、現状はしょうがない苛立ちの中で諦めている。

 

それ以上に苛立たせたのは、戦車の足の遅さだった。

「糞っ!もっとスピードは、出ないのか!」

 

操縦手のマクシムに怒鳴るように叫ぶと、彼は困った顔を浮かべながら、エメに言い返す。

 

「大尉!それは無理ですよ!この36じゃあ最大20キロ少々が限界です!それに速度一杯で吹かすと色々危ないですよ‼」

 

「(くッ‼分かっているが、何とかならんのか‼)」

 

彼が乗るFCM36にしろホチキスH35にしろ大体、速度性能は鈍足であった。

 

この時代の共和国戦車の大半は20キロから最大28キロ前後の速度が限界だった。

 

ちなみにあくまで整地速度でのスペックであり、不整地になると更に悪化する仕様である。

 

元が歩兵を援護する歩兵支援車両として作られた為、歩兵に追従する以上は機動力をあまり重視をしなかった面が共和国の設計思想に表れていた。

 

だから、戦車隊全体の平均速度は15キロ~18キロ程度のノロノロとした移動速度となっている。

 

「まるで、カメさんの大移動だな!これじゃあ、格好の目標じゃないのかぁ‼なぁ、アダン‼」

 

装填手のアダン「はっ!そうですねぇッ」と返事をしながら砲弾の準備に勤しむ。

 

聞いているのか、いないのかよく分からなかったが、別に構いはしなかった。

 

ただの鬱憤晴らしのうわ言を言いたかっただけなのだ。

 

「(帝国製の戦車は、40キロ以上の高速で走り回るのに対し、俺らはその半分以下だ。中途半端な機動力では意味がない。)」

 

エメは過去の第3次アルサス国境紛争に従軍した経験がある。

その際の戦車戦では帝国製の戦車の機動力で翻弄され、しかも火力は段違いに別格だった。

 

火力と機動力に劣る共和国の戦車隊が大きな損害を被った事は今でも覚えている。

 

ーそこに私もいたのだからな。ー

戦車がせめぎ合う混戦の中で、俺の戦車はケツから敵戦車に撃たれ、撃破された。

 

何とか乗員共々、脱出に成功したが周り一面には、味方戦車の残骸で埋め尽くされていた。

 

だから高い火力と機動力に優れた戦車を俺たち現場の戦車乗りは強く求めた。

その攻が奏してか使える新型戦車を幾つか作ってくれたが、俺たちには回ってこなかった。

 

何でも「精鋭部隊を中心に優先配備される」って話で、良くある話だがとんでもなくツイてない。

 

その代わり、現用車両を改修するから我慢してくれって運びになって今の戦車だ。

 

FCM36とホチキスH35は共に、前面装甲が40ミリと比較的頑丈な作りで、主砲は対戦車戦闘に備えた長砲身の37ミリ砲を装備をした上で、乗員も二名から三名乗りになった。

 

前の玩具のような戦車に比べ幾らかマシになったが、いかせん速度が遅い。正直、火力も微妙だ。

 

だから、上は質に劣るなら、数でカバーすれば問題なくねって感じで大量の戦車を作り、投入する形になったが。

全体の練度から見て組織的な戦闘隊形の習熟すら怪しい上、無線がなく指揮伝達にも障害がある状態で戦うのかって話なんだよ。

 

「本当に大丈夫かよ、これで。」

エメがぼそりと言った言葉には、嫌な予感と忍び寄る不安が交差する感情の証言だ。

命令である以上は、やるのが当たり前だが。

 

拭えない嫌な感情が付きまとう気持ち悪さをエメは強く感じる。

敵の陣地帯が近づけば、近づく程にだ。

 

何か起きる気がする。

彼は、脳裏に何かよぎる。考えすぎか?

 

しかし、その予感は、見事的中し現実のことになる。

 

 

 

 

 




共和国戦車のH35やFCM36の型番は、年代で表していますが、この作品では生産工場の番号から来ているとの設定です。

また、明日更新します。


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第25話 エラン・アタックⅣ

共和国軍最高司令官ジョセフ・ジョッフル将軍の大号令「無停止攻勢」指令の元、アルサス・ラレーヌ地方で激戦を繰り広げる共和国軍。

故郷を守るために激烈な抵抗を示す帝国軍を前に、多くの損害を出すことは必然である.

だが攻勢を続けるしか術がない彼ら共和国の兵士は平原を血で染め、死肉をばら撒きながら前に進むしかなかった。

 

共和国が揃えた約3600輌以上を数える大戦車軍団も例外ではない。

帝国には戦車戦闘に長ける対戦車部隊が多く存在し、数々の対戦車兵器を配備した防御線があり、そして強力な戦車部隊が存在している。

これらの兵科・兵器が集められた阻止防御陣地帯が各所に点在するライン戦線で、共和国の戦車隊は苦戦を強いられ、平原に鉄の棺桶を大量に建立する状態が現在進行形で生起している。

 

それでも圧倒的な数に物を言わせる共和国の戦車隊は、損害を顧みない果敢な突撃攻撃を繰り返し戦線を何とか突破し続ける。

 

共和国戦車隊は、大攻勢の尖兵たる役割を多大な犠牲と引き換えに成し遂げる楔として機能していた。

その模様を見た共和国軍司令官は、このような言葉を残している。

 

 

 

「彼らは、今日も防衛線を突破したのだ。だから明日も、明後日も、これから先も突破し続けるだろう。」

 

 

 

アルサス・ラレーヌ地方 8月15日 午後14時13分 ミューズ・ライン第2防衛線 帝国防御塹壕地帯から1100m地点

 

 

 

ジェラール・エメ大尉の戦車隊は、前進しながら各車両間の間隔を一定に、射撃の際に複縦しないよう射線・射界を確保する調整を行い、射撃戦闘を何とか行える状態に準備し直した。

各戦車合わせ69輌に及ぶ車両部隊の後ろには、白リン弾に苦しめられた第一梯団の生き残り数千と第二梯団の突撃集団が続く。

 

当初は出鼻を挫かれたが、ミューズ方面攻勢の第一段階は始まったばかりで、損害を被るのは内容はともかく想定範囲内とされる。

しかも第3師団の後続梯団が後3つ控えている上、更に後方には第9軍団から先行進軍中の突撃旅団群が加わる予定になっている。

 

力押し丸出しの作戦と言えど、陣容から見れば充分突破できる戦力を擁している事は、一介の戦車指揮官のエメ大尉でも理解していた。

彼指揮下の戦車戦力と後続で急行するであろう第二梯団、第三梯団の車両部隊が合流すれば160輌以上の数になり、機甲旅団を超える戦力となる。

 

そして一応情報と呼べるものによれば、正面に控える敵防御陣地の戦力は手薄で、戦車も少数しかいないとの話。

 

その戦力程度しかいないなら敵防御線を突破する事は可能と思えるが、だが断言出来ない。

エメにとって先の不安と別に疑念があったからである。

それは、主に共和国情報機関「対外治安総局」に対して向けられていた。

 

「(情報部所属の特殊斥侯班が確認したから間違いないらしいと師団のお偉いさんは言ったが、ほんとか!本当にそうなのか!)」

 

「(正直そんな上手い話があるのかって話なんだ。そもそも情報部の戦域偵察情報は、半分とトラップだ。「こっちは、手薄だから殴れば楽勝だよ!」「警戒部隊しかいないから軽く蹴れば余裕だよ!」とか言って、いざ行って見れば大火傷した事が何度あった事か!)」

 

大体、肝心な根拠となる詳細な戦力分布が抜けている事が多々あった事を思い出し、エメは怒りを滲み出す。

 

彼からすれば、「詳細は分からんが、まぁなんとかなるんじゃね?」という曖昧で危険な情報提供だった。

 

勿論、情報の収集については限られた状況の中で、集められるもので完全に正確なものはない。

危険な偵察任務、対帝国工作、内通者からの情報源を元に断片的な情報というバラバラのピースを形にする作業をしなければならない。

そのピース自体も何枚も欠けているから、形にしても不透明なものはある。

それは、彼も士官である以上、理解はしていた。

 

「(ある程度の情報の誤差は容認出来るが、それでも限度があると言うものだ。余りに杜撰!本当に仕事をしているのかよ、奴等は!税金泥棒めぇ‼」

 

安全な後方から事務作業に勤しんでいるだろう情報将校達に敵意すら覚えるが、それ以前に彼やベテランの兵隊からすれば、「信用のない情報」を鵜呑みにして命令を出す方面軍団司令部も杜撰なる敵情判断と言わざる得ない。

 

しかし、この地域を総括する方面軍団司令部は「目的の完遂ができれば、多少の損害は考慮せず」という姿勢を固辞している。それは、今に限った話ではない。

少なくとも俺が陸軍に入隊してからずっとそうだ。

 

だから、大を成し、小を殺す判断を平然と、当たり前の用に行う。それが共和国司令部の実情だ。

なんと非道の事か、だが一部の最高権限者たる将軍様の命令で全てが動く我が共和国軍の体制は変えようがない。

 

かつてのように革命爆弾を起爆させねば、変りはしないだろう。ぶっちゃけそれでも怪しい。

「どちらにせよ愚痴たところで、前に進むしかないか。いやいや共和国万歳だなぁ。」

 

はぁ~と溜息をつきがら言うエメに気付いたアダンが耳元で「どうしましたか?」と声をかける。

「どうしましたか、大尉?」

「気にするな。独り言だ。というかお前近いんだよ!」

エメは追い払うように言い飛ばす。

「ああ、すいません。なんだ、いつものですか。なら大丈夫ですね。」

「うるさいなぁ!お前も一言余計なんだよ、アダン!俺は、戦車長だが一応大尉だぞ!少しは敬意を払わんか!」

そう叫ぶエメに対し、「あー、すいません。気をつけます。」と気にもしない返事が返ってくる。

 

「全く、おめぇって奴は!まぁいいや。」

アダンは色々と適当で鈍感な馬鹿野郎だが、兵隊としてはそれくらいあってもいい。

逆に真面目で細かい事を気にする人間は、兵隊として使いづらい。

そういう奴は色々と考えてしまい、余計な事をしでかしてしまうからだ。

だから、ある意味馬鹿の方が単純だから使いやすい。

 

そうエメは区切りをつけ、潜望鏡で相対する敵陣地を眺める。

エメの戦車隊は帝国防御塹壕地帯から1100m地点を通過し、まもなく敵本陣と相まみえる距離になる。

 

操縦手のマクシムは変速機が焼きつかないように注意をし、装填手のアダンが「榴弾どこに入れたっけ?」と言いながら砲弾を準備している中、戦車は振動で揺れながら進む。

敵防御陣地帯との距離が更に狭まり、敵の障害陣地や堡塁の輪郭をおぼろげながら浮かび上がっていく。

その情景をエメは砲塔内の潜望鏡で周囲を確認しながら、思考を巡らす。

 

敵の防御火力線、突撃を行う共和国軍に立ちはだかる恐怖の壁だ。

戦車隊にとっては、三つの脅威が浮かびあがる。

 

まず一つ目は、敵の航空戦力。主に地上襲撃機と航空魔導士の存在だ。

 

双発爆撃機も厄介な存在だが、鳥の糞のようにばら撒く水平爆撃の命中精度は低空でも驚くほど低い。

よって妨害はされても移動を続ける戦車に対しては微妙。歩兵には戦慄の恐怖が舞い込むが。

だとすると地上襲撃機が脅威になる。

運動性の高い襲撃機の小型爆弾と機銃掃射による反復攻撃を低空で続けられば、戦車隊の損害が多くなる。

航空魔導士もかなり脅威だ。

破壊力はあるが装甲貫徹力が低いとされる術式攻撃でも、戦車の履帯を破壊するぐらいには効果がある。

さらに魔導士の攻撃精度は狙撃手並だから、戦車の弱点になる機関部・ラジエーター周りに術式攻撃を受ければ、ひとたまりもない。

よくて擱座で済むが、最悪なのはガソリンを満載した燃料タンクに引火し、さらに砲弾をためこむ弾薬庫が誘爆すれば確実に天国へまっしぐら。これは避けたい。

 

幸い、敵の航空戦力は確認されていない。

目下、共和国は全戦線に飽和攻撃に出てるため、別の重要度の高い戦域に集中させてるのだろう。

他の味方には、悪いがこちらにとっては運が良い。

無論、全く来ないわけでもない。

時間が過ぎれば、緊急で駆けつける敵航空部隊が現れる可能性もある。

ならば、その前に敵陣地に侵入せねばならない。

敵陣地に侵入し、混戦に持ち込めば敵の襲撃機や魔導士も容易には対地攻撃は出来ない。

味方を巻き込む恐れがあるからだ。

巻き込むのを躊躇しないのであれば別だが。

戦争で無慈悲な帝国軍でさえ、そこまでしないだろうと思いたい。うん、思いたい。

 

とはいえ敵陣地の侵入するには、また障害が存在する。

 

 

それが二つ目、対戦車砲部隊だ。これは飛び切りの脅威だ。

 

戦車を狩る事を至上の誇りとする帝国の対戦車砲部隊は、共和国の戦車部隊にとって天敵だ。

過去の紛争でも、多くの戦車がこいつ等の餌食となり、俺の同期も犠牲になった。

 

こいつ等が装備する対戦砲は、主に37ミリ砲と50ミリ砲だ。

37ミリ砲は、近づけば危ないが威力はそこまで強くはない。

傾斜装甲を施し、装甲厚40ミリのFCM36とルノーR35ならば、距離600mまでなら耐えれる。

 

50ミリ砲については威力が37ミリ砲に比べ格段に高い。

距離1000mでも危ない威力を持つ。

とはいえ、装甲貫徹力と照準精度の兼ね合いで有効弾を撃つなら、600~500mからになる。

これは、37ミリ砲も同様だ。

だから、本格的な突撃戦になるまでは安心できる。

 

だが一番の脅威が残っている。それが77ミリ野砲だ。

これには、一番会いたくない。

野砲でありながら対戦車砲を遥かに超える火力を持ち、共和国の戦車乗りからは「死神」扱いされる。

対戦車砲の補助兵器のクセに、主役横取りの存在だ。

 

対戦車砲がないなら野砲で水平撃ちすればよくねって考えた奴は、殺したくなるほど天才だ。全く!

 

特に砲身の長い奴がやばい。(7.7cm FK 16の事)

こいつは、最大1000m以上から何の事もなしに戦車を破壊する力を持つうえ、速射能力も高い。

有効射撃を撃つなら約700mから鬼門になる。

かなりの注意は必要だが、潜望鏡で見る限りは77ミリの特徴的な防盾は視認できない。

偽装されている可能性もあるが、準備砲撃で破壊されている可能性もある。

何とも言えないのが嫌なところだ。

 

まぁ、一番いやなものは最後に残るものだ。

 

それが三つ目の戦車だ。

戦車を倒すためには、戦車って奴なのはセオリーだろうが、帝国の戦車はそれを地で行く存在だ。

中でも「三号」と呼ばれる戦車は、強大な敵だ。

巡行速度は40キロ以上の快速を持ち、装甲も厚く共和国製の戦車砲では豆鉄砲同然。

対戦車用に改修された長砲身の37ミリ砲でも相対距離200~300に持ち込んでようやくかってところ。

45ミリ砲があれば、もう少し安心出来るが今の戦車隊には装備されてない。

 

比して三号が持つ長砲身の50ミリ砲は、こちらの有効射程外からズボズボと穴を開けてくる。

防御力に優れるFCM36でも危ない。

 

戦場で最も会いたくない相手だ。

 

それに加え帝国の戦車隊は、連携プレーが非常に上手い。

無線を全車に装備してるがゆえにだろうが、対戦車戦術もこちらの上を行く。

一両の戦車に対して必ず複数で攻撃をかけて確実につぶしていく。

狼が獲物に群がるが如く、機動力を活かし取り囲み破壊して、次の獲物へどんどん喰らいに行く。

 

こっちが数で勝る戦い方で挑んでも、勝てるか自信がない正直。

 

今のところは、戦車の存在は確認されていないが、反抗用に後方で相当な数の戦車部隊が待機している可能性はある。

 

油断できない。

 

そう考えると、引き返したくなるが、そうすれば抗命行為で即射殺されかねない。

結局前に進むしかないか、ちくしょうめぇ。

 

心中でそう吐き捨てるエメは、抗うことの出来ない命令に従い進み続けるしかなかった。

 

 

気づけばエメの戦車隊と帝国防御塹壕地帯との相対距離が900mに入っていた。

 

 

「各車車両に達する!敵陣地と距離600近くなるまで撃つなよ。どうせ撃ってもあたりゃしない!目標は、機関銃陣地、対戦車砲陣地、あと戦車だ!戦車は見つけ次第、集中砲火、しっかり殺せよ!」

 

命令の徹底が極めて難しい上、細かい指示も出来ない状況では、無理だろうなとエメは思う。

信号旗や信号弾では、簡単な指示しか出せない。ちなみに攻撃突入の合図以降は、とくにだ

 

恐らくどっかの馬鹿が勝手に撃ち始めるだろうよと内心指示を出しながら思う。

無線を手に取り叫ぶエメは、心地よくない緊張感に包みこまれる。

 

敵の予想される防御火力線に突入し、今はまだ敵の銃砲火に晒されていないが時間の問題である。

距離700からは、何台残るかわからない地獄の橋を渡らねばならない。

 

歩兵集団は約200m後方から追従しているが彼らもまた地獄の淵に叩き落される。

突破口を切り開く生贄だ。

最悪、彼らの存在は敵に弾薬を消費させる目的として命を擦り減らすのか。

しかして俺たちもそれに変わらないのだろうな。

 

後ろと更に後ろに続く梯団の連なる突撃部隊も。

 

そんな事を考えていると、左翼に展開する数両の戦車が散発的に発砲し始める。

 

「ああっやっぱりな!やり始めったか、糞!」

エメは半ば諦めていたが、しょうがなかった。

目標との距離が判断出来ないか、わかっていても撃ち始めるのはよくあることだ。

緊張状態におかれた乗員が先制攻撃をして撃ちたがるのもわからなくはないが、照準器で目標を捉えるのが難しい移動射撃は、当たりはしないのだ。

 

だから無駄なんだ。景気づけの祝砲以上に無駄だ。

 

「大尉!どうします?ウチらも撃ちますか?」

アダンが砲弾を持ちながら、問い掛けるが

 

「馬鹿かお前は!調子を合わせてどうする!」

あっさりと言い返される。

 

「はぁ、そうですか」

 

「もうほっとけ!こればかりは無視だ!ていうかさっきもー」

言ったばかりじゃないか!と言いかけた時、突如装甲を軋むような爆発音が響く。

 

「なっ!何っ!」

突然の事態に驚くエメ。

瞬時に潜望鏡で爆音が響いた方向に視線を向ける。

 

確認すれば、左翼に展開するFCM36が2両、破壊されたのだ。

砲塔が車体から分離し、黒煙と炎に包まれているのが、よく見えた。

 

「77ミリか!いやっ!だがまだ距離も遠いはずっ!」

確かに77ミリなら破壊できるが、照準可能な射程距離は相対して約700mと考えていた為、距離900mからの攻撃は考えてなかった。

 

動揺している内に右翼に先行していたルノーR35が3両程、瞬く間に仕留められる。

 

まるでボール紙に穴を開けるが如く、ルノー戦車を一網打尽にする。

そしてエメが乗る車両の丁度左隣りに並走していたFCMも敵の直接攻撃を受ける。

 

砲弾の直撃を車体下部に受け、履帯と転輪を宙にばら撒きながら擱座する。

 

「マクシム、回避行動!増速して、ジグザグに動け!真っ直ぐ進めばやられるぞ!」

マクシムは返事をする前から、ギアを全速に切り替えて、酔っ払いのようにジグザグに動き始める。

 

その間にも、敵の長距離攻撃は続く、幾つか見える一瞬の閃光が見えたら誰かの車両がやられる現実を前に顔を痙攣らせるエメ。

 

無線で、回避行動をせよとエメは伝え、出来るだけ速度を上げつつ前に進むしか術はない事に非力さを感じる。

 

攻撃をうけた周りの車両は、一斉に射撃を始める。

戦車砲と機関銃による制圧射撃のつもりだろうが、目標の定まらない射撃は、8割方無駄に等しい。

 

逆に敵対戦車砲部隊に位置をより明確に露呈させ、そこをピンポイントで撃ち込まれ、徹底的に破壊される運命を辿る。

 

「どうなっている!敵は熟練の砲兵隊でも用意していたのか?

ならば、可能と思えるが、それにしても威力が桁違いじゃないのか!おかしいだろ!」

 

77ミリの可能性はあるが、戦車のやられぐらいを見ると疑問が生じた。まるでオモチャを蹴飛ばすように車体をひしゃげさせ、破壊する模様は77ミリのそれとは違うと感じていた。

 

「大尉!それより、応戦しないと!やられますよぅ!」

 

「まだ!まだだ!いま撃てば、逆にやられる!我慢しろ!」

とにかく、回避しつつ、運任せに前に進むしかない。

後退すれば、逆にやられる。背を向けた時が戦場では一番危険である事は、歩兵や戦車にしろ同じだった。

 

「くっそ!何が起きてやがる!新型の対戦車砲かでも用意したのか!」

 

ならばやはり、情報部は信用出来ない!新型兵器があるなんて、こっちは知りませんよ!貧乏グシどころではない!

 

怒りと焦りが頂点に上るエメ。

しかし、彼らの選択肢は前に進む他なく、敵のキルゾーンの中を走るしかない。

 

戦車隊は粉塵と土砂が巻き上がり中、戦車隊は勇気の更に先の行動力を持ち被害を出しながら進み続ける。

 

ここで彼らが遭遇した対戦車砲はなんだったのだろうか。

エメが予想した77ミリではないの確かだった。

 

 

だが、新型の対戦車砲でもない。

あるにはあったが、開発計画の途上で破棄された試作品を倉庫に残す状態だ。

 

 

そして、強烈な抵抗を発揮した先鋒は、帝国軍の対戦車砲部隊でもない。

 

彼ら、エメ戦車隊が遭遇したのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第144臨編歩兵連隊と行動を共にする23高射砲群が装備する8.8cm FlaK 18 9門による水平射撃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ようやく第1段階。

半月程、出張があるので、しばらく更新はしません。
お待ちください。


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第26話 エラン・アタックⅤ

二週間の出張でも、やはり日本を離れるとやはり住み慣れた故郷が恋しくなるのは、私にとって必然。なんともいえない感覚です。



「装甲ついてんの?紙切れ同然じゃん、こりゃ。ハハッ!」

 

そう笑いながら毒つくのは、塹壕陣地帯 第一線戦闘地域で幾つも居を構える機関銃陣地の銃長の一人、第144臨編歩兵連隊 第4中隊 第3機関銃小隊所属であるイーゲル・マンハイム上級兵長。

 

アンティークのような古ぼけた単眼鏡を片手に覗く視界の先に彼が見たのは、猛然と騎兵隊が如くの突撃を見せた共和国の戦車隊と言えたものが、次々と葬られていく光景だった。

 

敵からしたら悲愴な瞬間が瞬きを繰り返すたびに引き起こされていく。

 

こちらからしたら、敵戦車隊の悲壮な最期を目撃しながら一種の爽快感を心臓の鼓動とリンクしながら発露していく。テンションが上がるのだ。

 

兵役にして6任期(帝国陸軍では1任期2年計算)、12年を数える兵隊屋のイーゲルは、敵戦車隊のドミノ倒しを見つめ、興奮を感じながら自らの長く小さな戦場の歴史記録で似たような光景を見ていた。

 

戦車が誕生して間もなく、地上の花形がまだ辛うじて騎兵であった時代。

彼の部下であるヨハンとラルフと同じピチピチの初年兵だった頃に参加した「ポルカ=ルーシー戦争」でポルカ側に帝国非公式対外派遣軍の兵士として動員された時である。

 

状況は、今と似たようなものだった、

連邦の数に物を言わせた大攻勢に対し、塹壕陣地で足を止める方策で迎え撃つ。

 

やっつけ作業でひいひい言いながら、上官に急かされ怒号の中で作り上げた塹壕線で機関銃シュパンを手にしながら息を殺していたあの時。

 

正直、心の底からビビっていた。

 

正面から迫るは、当時世界最強で最大規模を誇るコッサク騎兵軍団。

その急先鋒を指揮するのは、無敗将軍として名高いミハイル・トゥハチェフスキー。

 

実際、コッサク騎兵がどんなもので、敵の将軍がどんな奴であるかは当時新兵だったイーゲルにはよく知らぬ存在であったが、連隊を指揮していた連隊長がその名を聞いた後、体調を崩し、大層な格言やら何やら訓示と称して言いまくる歩兵大隊長が次の日には無言になる程の効果はあった。

 

彼等と彼を知る将校は、皆一応に重苦しい雰囲気に包まれていた事を司令部伝令業務についていた同期の奴からこんな話を聞いた。

 

「とある日に小銃中隊の中隊長が行方をくらましたらしい。でっそれを聞いてどうか。逃げても、しょうがないなだとか言っていたな。先任将校のボズ少佐は。」

 

イーゲルの属する中隊でも色んな噂が飛び交っていた。

それを聞いて、彼は「詳しくはよくわからんが、とにかくヤバい奴らが来る!」という認識が構築され、それが心の底からぞわぞわとした恐怖のうねりを感じるのだった。

 

機関銃のグリップを握りながら、強張る体と顔の硬さは今のヨハンとラルフと変わらずも劣ることはない。それ以上だったかもしれない。

 

大丈夫だ!いや、大丈夫じゃない!いや!大丈夫だ!と自分に言い聞かせる事を無限に繰り返す内に気づけば戦闘に突入していた。このような時に限って、時間は長く感じ実は短く過ぎるものである。

 

加速する戦火の中で、砲撃の傘下で、ルーシー人特有の雄たけびが轟く。

騎兵集団の駆ける馬蹄の振動が響き、恐ろしきコサックの姿がくっきりと視認できる距離に迫った瞬間に銃長が「撃て!」と叫び、イーゲルは必至の我慢で耐えた引き金をようやく引く。

 

その瞬間は、すべての呪縛から解き放たれたようなものだった。

シュパンの連射音を耳で聴き、視線の下に被さる発砲炎の閃光を見ながら連射された銃弾はコサック騎兵を薙ぎ倒していった。

 

恐れていた騎兵集団が次々と銃弾の雨に倒れ、サーベルを高く掲げたコサックたちが落馬していく様は痛快だった。面白かったのだ。自然と笑みが零れたのを覚えている。

 

なんせ引き金を押し込めば、簡単に倒せたのだから。

機関銃の射程を生かした先制攻撃、連射による制圧力が絶大だった事は間違いないが、それ以上に作用したのは対騎兵戦術である。

 

現実は、敵主攻を的確に予測し、特定の塹壕線に30以上の機関銃を集中させ、死角がほぼない濃密な銃火線を巧みに設定した当時帝国対外派遣軍の作戦幕僚だったゼートゥーア中佐、ルーデルドルフ中佐のツーコンビによる手腕だったことは大分あとになって彼は知った。ぶっちゃけ、「ふーん。そうなんだ。」といった程度の反応だったが。

 

戦術とか細かい事を考える事を嫌うイーゲルがこの戦いから肌で感じ、学んだ事は単純なものだ。

 

「殴られる前に、殴れば勝てる。」

 

敵のリーチに入る前に拳を撃つ事ができれば、倒せる。

自分の間合いに入らせず、敵の力を発揮する前に天国に昇華させる事が重要であると。

接近戦なんて華やかさを感じさせる戦法は極力使わない。

 

そうすれば、生き残れる。

束の間の時間で過去世界を巡り、現在に戻ったイーゲル。

彼は目を丸くしながら前方で起こる戦闘を見つめる二人の二等兵に声を掛ける。

 

「どうだ!お前ら、面白いだろ。こりゃ。近づけば戦車は怖いが、離れていればそう怖くはねぇ。フラン戦車のてっぽう(戦車砲の事)は、射程が大体短いからな。フラン戦車の射程外からうちゃあ問題なく仕留められるってわけだな。」

 

いい勉強になったろ?と言うイーゲルに二入は同意のハイと返事をする。

そうしてヨハンはイーゲルに質問を投げる。

 

「銃長!戦車は遠距離で倒せば僕ら歩兵としては安心だというのは、わかったんですが……あの攻撃どこの部隊がやってるんですか?」

 

目下、共和国戦車の犠牲が積み重なる。砲撃は続き、新たな火線が生まれる。

空気を切るような飛翔音が一瞬聴こえ、一瞬の後にまた一台が天に召される。

 

ラルフが布製の弾薬ベルトを持ちながら口を開く。

 

「そうです!隣の対戦車砲はまだ撃っていませんよ。」

ラルフは周りを見渡しながら話す。一瞥すれば、周りの対戦車砲小隊は射撃しておらず不思議に思うのも無理はない。

 

ヨハンは片耳に手をすましながら

「なんというか、音を聞く限りでは後ろから?……聞こえますが…」

そうしてラルフが

「砲兵隊かな?でも大分、後ろでしょアレ。」

親指で背後を指すラルフ。

 

新品の初年兵程度でも連隊の砲兵隊が後方に配置されているぐらいには理解度がある。

 

「もしかしたら、いつの間にか前にでていたのかも。」とヨハンはラルフに言うが、「残念。不正解」と言いイーゲルはニヒルな表情を浮かべる。

 

じゃあ、答えは何だ何だ!と二人の二等兵は詰め寄る視線を送る。

 

目下、砲撃は続いている。

一両のFCM36が直撃を受け、ドリフトを決めるように弾ける。

 

「確かに砲兵隊のパンチ力なら仕留められるな。それは正しい。」

 

一両のルノー戦車が爆発し、砲塔が宙に舞い、乗員が車外に投げ出される。

ズタ袋になってだ。

 

「だか砲兵隊は前に出ていない。目下、第二支援体制を継続中だ。」

 

砲火が絶えない中、まるで先生と学生のやり取りを行う様は異様である。

機関銃陣地が青空教室としてイーゲル先生の授業が進む。

 

「あっ!そうだ!」とヨハンは飛び上がるように声を上げる。

「えっなに?答えわかっちゃったの?」とラルフは反応し、少々先を越された感覚に敗北感を滲み出させる。

 

「突撃砲だ!ちょっと後ろに突撃砲があるでしょ!それでしょ!」と叫ぶヨハンに「それだ!」とラルフ。

 

しかしイーゲル先生は「いやいや、残念。不正解」と首を振る。

「えー、なんでですか?」と少々ふてるヨハン。

 

「確かに突撃砲なら殺れるだろうがな。残念、まだ距離が遠いな。とはいえ、着眼点として悪くはない。対歩兵戦以外でも色々と使えるからな。」

 

三号突撃砲の主兵装は75ミリ砲と口径は大きいが短身砲の為、射程は短い。

威力が高いだけに残念ではあるが、元の任務は対戦車戦がメインではないのでしかたがない。

 

「じゃあ、戦車かな。三号なんとかってやつ。」とラルフ。

それに対し、ヨハンは「突撃砲と一緒でしょ。でも、戦車見かけんかったけどな。」

 

確かに戦車隊は第一線の塹壕地域には姿を見せず、第二線陣地にも存在はしていない。虎の子の戦車隊は、連隊後方地域に展開しているため当然だった。

 

「あらかたお前らの回答は尽きたところか。そうだなぁ……そろそろ答えを言うべきか。時間も時間だしな。」

イーゲルはくすんだ腕時計を見ながら、答える。

 

もうじき、機関銃分隊の仕事が舞い込むまで時数分を指し始めていることを腕時計は教えてくれる。

 

「そろそろ、気分転換は終わりにしろよ?本当の授業を受けなきゃならんからな相棒。」と語りかけるように時計の秒時は刻み続ける。

 

見れば、二人とも答えを知りたがってしょうがない面をしている。

これから大変な目に会うこともつゆ知らずと言ったところだ。

 

もしかしたら、いやもしかしなくても最後になるかもしれない間柄なのだから、ちっぽけな悔いでも残させてしまってはいけないだろうなとイーゲルは思い、口を開く。

 

「正解は、みんな大好きアハト・アハトさ。高射砲なんだがなー」

 

それを聞いた二人は、互いに確認するように「アハト…アハト?なんですかそれ?」

 

あー、知らねぇのかよ。こいつら。

 

 

 

 

アルサス・ラレーヌ地方 8月15日 午後14時25分 ミューズ・ライン第2防衛線

 

 

 

第144臨編歩兵連隊 第1塹壕陣地帯 第2戦塹壕線 戦闘前衛指揮所内

 

 

「これは、また酷い。ああ、酷いねぇ。なんで、こうも一方的かねぇ……ああっ!また一台やられた!もうちょい頑張れよ!!フラン野郎!!」

 

ベースボールの試合観戦でぶつぶつ独り言を音量大にして語るおっさんのような体をなすのは、ヴォルフ准尉。おっさんであることは、間違いない。齢49歳である。

 

だが現実は、スポーツ観戦のような平和的なものではなく、陰惨な戦場観戦である。

この時点では、そのぐらいの余裕がまだあった。

 

 

敵の突撃は開始してから時間は多少過ぎたが、敵戦車集団が塹壕陣地直前に到達するには至らずであった。

 

それには共和国製戦車の鈍足さも影響はしていたが、またしても彼らの足を掬われる事態に直面していたのが大体の原因だ。

 

その光景は、ヴォルフが言ったように一方的な攻撃を受け、前進がままならず損壊を増やしていく敵戦車隊の末路の一端を表している。

 

言えば、連合王国の貴族が嗜む狩猟行為とも見て取れる光景だが、的当てといっても差し支えない。

 

移動する的に当てる作業を実に的確に彼等はこなしてくれている。

 

だが一方で、まるで敵を応援するような言動を見せるヴォルフには注意が必要だ。

幾らか同情の余地は敵にあるかもしれんが、それをただ見過ごすわけにはいかない。

 

ぶっちゃけた話をすれば、ヴォルフのおふざけであることをカイジは理解していたが、それは彼等の二人の間柄であればこそ。

 

他の人間からしたら、「何言ってんだ、こいつ?」と訝しげな態度見せるだろう。

実際、戦闘指揮所にいる将校らから妙に嫌な視線を向けている。言葉に出さないが、心中で何を思うだろうか。

 

「お前らのエランをもっと見せろ!エランだ!困難を克服して見せろ!」と叫ぶヴォルフと冷たさを増す将校たちの視線。

 

もっと熱くなれよとでも言いたいのか。

カイジは前世界でテレビCMでよく見かけ、とある動画では炎の妖精とネタにされていた熱血漢のような言動を振りまくヴォルフ。

考えれば熱血漢的な所はなくはないが、彼の場合違う世界に振り切れている為、実像は異なる。それは悪い形で、ということだ。

 

そろそろ介入せねばならないと決意したカイジは、「赤い血を流した先に戦士になれるんだろ!何とかしてみせろやぁ!!」とヴォルフが言ったあたりでカイジが割って入る。

 

 

冷徹な緊張感が狂言的なまでに引き上がる世界で、ふと見せる平時のようなやり取りは、また人間と戦争が持つ不思議で説明し難い内面性の一つである。

 

そんな中でも目下、砲撃は続く。

共和国戦車隊は死線のど真ん中で往生し、歩兵は空の厄災を受け止めながらも前進を続ける。

 

彼等の背後には、更なる梯団が続き、次々と死のスタートラインを切り始める。

 

帝国軍の塹壕に潜む兵士達は、防御システムの一部として段階的な起動を始める。

 

そして、空の戦いにおいてもカイジの大体主力陣地から30マイル先に小さな変化が生じ始める。

 

アルサス全体からしたら数十ある戦いの小さな一面でしかないが、ここから始まる。戦争における全てが。二人の人間を通して、映し出されていく。

 

 

 

 




次の更新は、近ければ今週末に更新できるかも知れません。



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第27話 エラン・アタックⅥ

「おやっさん、あまりふざけが過ぎると…国家内乱予備罪で今度はモグラ行きだぞ。」

 

カイジがヴォルフの肩を叩きながら、駆け寄る。

帝国という国は、独裁的で強権的な側面を持ちながらも言論に関しては、それなりと自由が認められているが、それはあくまで平時の際に適用される。

 

現在は、真っ向から来たる戦時体制。完全版状態である。

そんな状況下で、敵たる共和国と通じてると捉えられる言動を振りまけばどうなるか?

確実に治安警察か憲兵に「無用に拡大解釈された疑義」でもって連行されるだろう。

 

ただしょっぴかれて、頭を冷やせと投獄されてるか「懲罰部隊行き」程度ならまだよいが「モグラ行き」になると話にならない現実に直面する。

 

カイジ的に言えば、「地下行き」である。正直、まんま変わらない。

 

内容は、思想的乖離者やら人格的矯正処置の不適合者、脳の器質性異常者などを社会奉仕活動に従事させるものだが、簡単な話「色々な面で手に負えないと判断された人間」を合法的に労働資源に組み替えるものだ。

 

こっちの方に不運に選ばれ行ってしまったものは、大体が鉱山行きか軍事用の地下坑道建設等に従事する運命だ。

 

カイジがかつての世界で、辛酸を味わった地下帝国建設プロジェクトに比べれば規模は小さいが、過酷な環境であることは間違いない。

人間が生きるには、とてつもなく不適。

暑すぎて息苦しくて、粉塵が肺を汚染する。

硬い岩盤をツルハシやエンピ(シャベル)で掘るたびに魂が削られる。

人間だからこそできる作業だが、逆に進んでやるべきではない。

 

だが、この国では需要が必要以上に存在している。

 

特に帝国は石油資源には恵まれなかったが、鉄鋼・石炭・コバルト等の鉱物資源には大いに恵まれ、鉱山開発は無数に展開され、人手はいくらあっても良いときている。寧ろ欲しいとされた。

そういった場所に害虫扱いされた人間を放り込むといった形になる。

 

数年すれば、免除され解放されるらしいと聞くが、その前に野垂れ死ぬであろう。

それは、カイジが身をもってよく知っている事だ。

 

根拠となる法律が確かあるが、やたらと長く簡単に覚えられる名称ではなく、誰かが言い始めた「モグラ行き」の別称が独り歩きし、官民問わず広く認知されている。

 

言い得て妙だった。カイジとしては心象的に気持ちの良いものでは、決してなかったが。

 

「えっ?多少は別に良くない?憲兵いないですしー」

ヴォルフは、分別を知らない学生のように気の抜けた返事をする。

 

「駄目だ。周りの視線が冷たいだろ。それに後から公益通報されたらどうする。あんただって、たたじゃ済まない。」

 

公益通報とは、内部告発の事を差す。

組織内部の人間が、法律違反行為をしかるべき機関に通報する事である。

公益通報の対象となる「法律違反行為」には、「国民の生命、身体、財産等の保護にかかわる法律」として定められた350に及ぶ法律が含まれる。

 

母体が実働人員600万を超える恐竜のような組織の帝国陸軍では、秩序統制の為に半ば奨励されていた。

その為、下手な発言を公にすれば、明日からどうなるかわからない。無名正義の通報者は事欠かないからだ。

 

連邦のように即決裁判無しに銃殺か収容所送りになる程、極端ではないにしろ、何らかの不利益を被りかねない。

真意はどうであれ、国家に反するような言動を一つしただけで、敵性国民のレッテルを張られて、批難される風潮が帝国にはあるからだ。

 

「えーいいっしょ、それくらい。まともに聞く余裕なんてないでしょう。されても軍事法廷なんてやる暇ないでしょうに。」

 

カイジからしたら「こいつめぇ…」と思わずにはいられない。

確かに彼の言う通り、そんな余裕は陸軍にはないかも知れないが、そんな中でもやってしまう人達は存在する。

 

「いいや…ルールに盲従する頭が四角い司法、人事将校達が相手なら話は別だ。彼らなら、どんな時でもやるぞ…」

 

彼らなら、法の正義に乗っ取り、最前線でも裁判を強行する謎の気概と行動力を持つ。

実際、カイジは過去にその類のイベントを経験しているから間違いなかった。

 

「それにおやっさん、部隊内の人事幕僚が代わりに簡易裁判を開廷する権限がある事を知らないのか?」

 

「あー、そんなんありましたねー。」

 

気の抜けた返事をするヴォルフに対し、「知っていただろう…」にと返すカイジ。

 

大隊の先任の一人で、大隊個人幕僚としてカイジの傍にいるのだから、連隊という組織や幕僚システムを知らないハズはない。

だがヴォルフという兵隊人間は、ルールや枠組みに囚われない人間だからタチが悪い。

 

悪いと思っていても、敢えてやるような気質があり、その度に色々な問題を起こす。

 

言動以外に上官をボコったりとか等々。

だから過去に何度も「懲罰部隊行き」になり、その常連だった。

 

カイジからしたら悩みの種だった。

だが戦歴で言えば、そこらのエースよりも格段の戦功を持ち、兵士達の中でも畏敬の存在であるのが更に余計だった。

 

その上、彼との10年以上に渡る腐れ縁の関係で、大概の事を許せる度量をカイジに身に着けさせると共に、ある程度は彼の暴走を止めるストッパーの役目を果たす。

本来は、逆なのだが…

 

「だから遊びは終わり…しまいだ。もうすぐ本番なんだから…切り替えなければ…」

先生か親が子供を諭すように言い、そのやり取りもこれで何回目だろうかとカイジは思うが、「ヴォルフはこーゆ奴だからしょうがない」と諦めの区切りをつけさせる。

 

「ちぇ~~」と言いながら、口をすぼめるヴォルフ。

あんたは、子供か。今にして思えば、彼がカイジ新兵時代の先任訓練教官だったのが不思議としか思えない。

 

そうして話は切り替わり、主題は目下、爆裂中の高射砲に注目を向けるヴォルフとカイジ。

「しかし、88ミリはスゲーな。射程は軽く2000オーバー。しかも威力がけしからん。」

 

長い射程と正確な照準で優秀な性能を有する8.8cm砲は、射程2000mでも正面装甲70ミリの戦車を破壊し、明確な照準が可能な射程1000m領域では80ミリ以上の装甲を撃ち抜ける恐るべき能力を保持している。

 

その為、大概の共和国戦車を撃破可能で、相手からしたら戦車砲の有効射程外から高精度の命中弾を喰らう状況に陥る。

共和国戦車隊からしたら、逃れられない悪夢そのものである。

 

この高射砲部隊を主軸にカイジは連隊本部付き幕僚とともに対戦車戦闘陣形を構成したのが以下の通りである。

 

 

【挿絵表示】

 

 

高射砲による対戦車戦闘 第1段階を策定するにあたり、第23高射砲群が有する9門の88ミリは最前線となる第1塹壕戦から500m後方に主陣地を設定、一定の間隔で分散・配置した。

 

これは、敵の準備砲撃により高射砲部隊の損耗を防ぐ為の処置であり、共和国の砲兵隊が第一線の塹壕地帯に砲撃が集中する事を想定したカイジ達、各指揮官・幕僚らの判断だった。

 

その判断が事幸いにしてか、無事88ミリ砲は全門稼働出来る状態に温存する事が出来たわけである。

 

配置に際しては、88ミリ3門を一つのグループとし、3つの高射中隊に分けて連隊陣地前面を守るカイジの第1大隊、第2大隊を援護出来るよう射線を確保。

 

敵戦車の火砲射程は400~600mと計算し、対してこちらの高射砲部隊は、有効射撃可能な距離は最大1500mを保持する。

 

これにより第1塹壕戦から1000m先からアウトレンジから敵戦車部隊を先制攻撃し、その存在を葬り去る事が戦闘防御計画の第一段階だった。

 

カイジの前世界の戦史においては、第二次大戦のフランス戦や北アフリカ戦線でロンメル将軍が行った戦法とほぼ一緒である。

この事実をカイジが知るのは、大分後になってからになる。特にミリオタでもなかった彼からした当然と言えた。

 

知っているのは戦艦大和かゼロ戦そしてタイガー戦車ぐらいなものだ。

後は、現代日本男児が好むロボットものが主体だ。それも上辺だけだ。

 

その点は、類まれな重度末期患者のオタクであるターニャとは異なる存在で、相反するのがカイジだった。

彼は、あくまで板についた職業軍人として、経験と戦理にかなった分析で判断を下したまでである。

 

「元々は、対爆撃機用の高射砲だからな…高初速砲としてはこれ以上に有効なものはない…」

 

カイジからしたら、使わない手はなかった。あるものは、全て使わなければない。

敵機甲戦力の撃滅を前提条件として考えるなら、現在の状況において、この88ミリ以上に価値があるものを知らない。

仮にあってもアルサスの戦線には、存在しないからだ。

 

だから対戦車戦闘においては、88ミリを装備する第23高射砲群は重要な鍵と認識している。

それに気づいているのは、空軍は別として陸軍では意外にも少ないのが悲しかったが…

 

近代戦争の序章たる「極東戦争」以降、航空機技術は大幅な飛躍を遂げ、以前と比較出来ない以上に、遥かに高高度を飛び、速度も向上した航空機が各国で競い合うように開発され、空を駆けていた。

魔導士の演算宝珠も同様だ。

 

そのため対空兵器も大幅な能力の向上を求められることとなり、帝国でも極東戦争の戦訓を取り入れ、新型対空砲の開発を進めることとなった。

 

それで爆誕したのが8.8 cm FlaK 18 大型多用途高射砲。

通称、アハト・アハトと呼ばれる大口径の高射砲は、1915年にクルップ社およびエーアハルト(後のラインメタル)社によって開発された8.8 cm Kw FlaK(高射砲の原型の一つ)を元にした改良発展版である。

 

本来の目的は高高度化していく爆撃機に対する対空戦闘任務を主題とするものだったが、空軍出身の航空技術参謀クリス・ラッタ・ストライカー大佐の指導で対陸上戦闘能力を本格的に付与したのがFlaK 18となっている。

 

その効果は、イスパニア内戦や第3次アルサス紛争で試験中隊を投入し、改めて再確認し実戦配備を急ぐ形となったが、それは一部の動きに過ぎない。

 

陸軍は野砲による陣地型対戦車戦闘を重視していた為、その考えを転換するのにまだ充分な結果をもたらせねばならなかった。

 

「(しかし、今回の戦闘次第でそれは変わるかもしれない。まず、生き延びなければ話にならないが…)」

 

カイジはそう思いつつ、爆炎に包まれる敵戦車を数える。

全弾一発必中とはいかずとも、数分の戦闘で20輌以上の戦車を無力化できるのは素晴らしいと彼は感じた。

決戦兵器と大仰な表現を持たせても遜色はないだろう。

 

敵戦車を屠る眼下の光景は、ロメール少将が第3次アルサス紛争で見せた「涙の丘」での88ミリによる防御戦闘は紛れもなく正しかった事を証明している。

 

「でっ、射撃精度もピカイチか。神は三つ与えたわけだな。」

ヴォルフは、にやけながらカイジに語りかける。

 

それを聞きカイジは思う。

 

対空戦闘が主眼である88ミリ高射砲は、高速で飛び回る航空機と運動性に極めて優れる魔導士の戦闘に特化している。

逆に言えば、速度300キロの航空機や当てるのに苦労をする魔導士と比べ、戦車は非常に狙いのつけやすい目標であるだろう。

 

現に次々と戦車が擱座しているのだから。

一つ注文を付け加えれば、対戦車戦闘向きの直接照準器を88ミリが持てば、更に効果的と言える。

だがこれは欲張りと言えるだろう。しかし、今後の課題として検討すべきだろう。

 

天は3つ与えたか…間違ってはいない。

対戦車砲として見るなら、射程・威力・精度を兼ね備えているからだ。

 

だが、もう一点、特典があるのを忘れてはならない。

 

「いや、正確には4つだな…速射性能も飛び抜けている…他国にこれほどのモノは、まだない…」

 

この88ミリは1分間に15~20発という極めてイカれた発射速度を発揮した。

これは、当時の高射砲が持つ標準発射速度に比べれば、倍であり圧倒的な投射火力だった。

作った奴は、間違いなく天才である。いったい誰だろうか。

 

「へぇ~、やっぱ詳しいですなぁ~大隊長殿。」

 

「ああ、まぁな…だが兵器の優位性…それだけじゃない。」

 

「88ミリの優秀さもあるが、一番は扱う人間の能力だ。」

 

優秀な兵器が優秀足りえるのは、その兵器の扱いをよく知り、運用出来る人間がいてこそ初めて真価を発揮する。

それは、全ての兵器に言えることだが、今回の場合で言えば空軍に所属する第23高射砲群が88ミリの能力を十二分に引き出してくれている。

 

「しかし…大隊長殿~質問が一点ありますが~」

 

「なんだ?どうした…」

 

「今更なんですがねぇ…空軍の高射砲部隊がよく協力してくれましたねぇ~。あいつら、戦車と戦うのを嫌ってるでしょ。主任務じゃないってさ。」

頭を掻きながらヴォルフは、埋もれた記憶を絞り出すように話し始める。

 

「いまじゃ生きてるかわからんが、ジョーンズって兵隊上がりの古参魔導士がいてなぁ…そいつの話だと前の紛争で、陸軍の師団と空軍の高射砲連隊とめっちゃ揉めたらしいんだ。」

 

軍歴30年以上のヴォルフは、現場主義の兵隊屋という狭い世界の中では、それなりに名が通る上に各方面の兵士との交流関係は想像以上に広い。

 

そこからもたらされる情報は、使えるものもあれば、下衆な話程度の価値しかないものまで様々だ。中には明らかに機密指定疑惑の情報まで何故か流れ込んでいくる。

 

そういった表以外に陸軍の見えない事情を把握するには有益であり、カイジが彼を個人幕僚として抱え込む所以の一つである。

 

「空軍が言うには、戦車になぞに88ミリを使うのかって、お前ら専用の対戦車砲があるからそれでいいだろ!ってほざいてさ…それで師団長が冗談じゃない!シャールとマチルダが相手じゃダメなんだ!ってキレて、てんわやんわになったと聞いたがなぁ…」

恐らく、それはロメール少将の事だろうとカイジは見ていた。

 

確かに空軍の高射砲部隊は、対戦車戦闘を嫌う傾向がある。

一応訓練カリキュラムでは、陸軍の部隊と共同して対戦車戦闘教義の履修を済ませているが、対戦車戦闘は想定として「非常事態」に限るとしていた。

 

空軍高射部隊の非常事態とは、守備する航空基地及び補給施設が敵機甲部隊の強襲を受けた際もしくは陸軍方面司令部からの緊急要請を受諾して際に適用されるとされた。

 

その緊急要請も戦略上、陸軍・空軍共に重要な拠点か主要戦線となる特定の部分に限定され、その承認には陸空現地司令官の協議が最低必要だった。

 

何故そこまで、嫌うのかは色々な理由があるが、要はプライドの問題が大半を占めている。

 

航空機や魔導士を叩き落とし、爆撃機編隊の脅威から地上を守る事を至上の誇りとする空軍高射砲部隊は、その防空任務には死力を尽くすが、逆に戦車との戦いは陸軍部隊がやるべきで、空軍高射砲部隊がメインで動く必要性がないとしている。

 

あくまで対戦車戦闘は、副次的なものと認識している以上に、彼らからすれば戦車との戦いは対空戦に比べてレベルの低い戦闘であり、そんな戦闘に自らの労力を進んで割きたくないと考える人間が多かった。

 

そこに指揮権の問題も重なるわけで、揉めるごとに発展するわけである。

 

そういった面があり、陸軍でも88ミリを主体とした対戦車部隊の編制を急いでいたが、元からある野砲の対戦車戦術に拘る野戦将校達が邪魔をする。

 

さらに88ミリ自体は元来空軍の管轄下にある火砲であり、配備優先権が空軍にあるため、総生産数の3/4が空軍に持ってかれる。

結果、陸軍に納入される88ミリは限定される数となり、装備した部隊の数も限られた。

 

「大体、あの高射部隊どっから来たんです?…三日前に突然現れて…不思議に思わないはずがないでしょー」

 

ヴォルフからしたプライドの高い空軍の高射部隊がノコノコ来て、揉め事もなく連隊会議に出て配置につくのは不自然と思えた。

 

「砲弾の調達にワーゲンで奔走して、後方で右往左往している空軍高射砲部隊がいたから協力要請を行ったんだ…」

 

カイジによれば、当初はコルマールの防空任務に派遣される予定だったが、命令が二転三転した上、空軍司令部の通信が途中で寸断された。

 

恐らく敵の電波妨害によるものと思われたが、それが原因で指揮系統に混乱が生じ、どの命令を受諾すべきか第23高射砲群のメンヘル少佐は悩んでいたらしいと。

 

そこで丁度、カイジが遭遇し、互いに状況を説明した上で命令の中で「ミューズ・ラインの防空任務」に関するものがあり、これを優先させたと。

 

「行きがけの駄賃としては、いい収穫だったな…」

そう呟く、カイジに対しヴォルフは訝し気な表情を漂わせて「いや、嘘でしょそれ…」と言い放つ。

 

彼からすれば、空軍直轄でしか動かない指示待ち人間集合体の高射砲部隊が、そう簡単に首を縦に振るものかと考えていた。

プライドが高く、陸軍とは折り合いが付きにくい面がみられるなら尚更だった。

 

確かにカイジは中佐の階級があり、参勤経験者(陸軍参謀本部勤務の略称)であり、今は連隊臨時野戦参謀の役職を第1大隊指揮官と兼任している。

特徴ある金モールを胸から下げていることから、それなりの権威と権力はあるが、それは陸軍部隊内に限っての事。

 

空軍相手には、通用しない。何かのコネか買収とか、なんか弱みをつけて揺するかしない限り、無理であろうし、そんな状況設定は土台不可能である。

相手は、どこぞの馬の骨と知らない奴らなのだから。

 

後は、ヴォルフの直感がそう感じさせた。あいつ、また嘘をついてごまかしてやがるって

 

「本当はどうしたんですか?」

真意に迫るようにカイジに迫るヴォルフ。

やはり彼には、通じないかと早々に観念したのか、カイジは小さな声でヴォルフの耳元で囁く。

それは砲撃の最中でようやく聞き取れるが、内容は衝撃的だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…拳銃で脅して、焚きつけた。死ぬか勲章をもらうかどっちかだってな…」

 

高射砲の独特な射撃音が木霊すると同時だった。

「はぁっ⁉」

ヴォルフは、頭にガツンとした直撃弾を喰らったように仰け反る。

面食らったのも無理はない。

 

「静かにしろよ…聞かれちゃまずいだろ。」

それは、そうであろう。

 

「いいやっ!だってよっ!」

ヴォルフは、声を小さくしながらも動転した心境は抑えられなかった。

 

「彼等は、利口だったから後者を選んでくれたよ…」

利口だとかそーゆ問題じゃない!と頭によぎるヴォルフは、カイジに詰め寄り捲くし立てる。

 

「おいっ、カイジ!おまえっ、流石に流石にそれはまずいだろっ!」

ヴォルフはつい呼び捨てにしてしまう。過去の繋がりの癖ではあるが、今回は別の意味で発露している。

 

本当にさっきの忠告が嘘みたいな話である。確かにさっきはおふざけは過ぎたかもしれんが、奴の場合はシャレに全くならない。

やっていることは、空軍に喧嘩を売ったのと一緒だ!最悪、死刑になりかねない事なんだぞ!

 

「緊急事態だ…こっちは馬鹿みたいな数を相手にしなきゃいけない…これくらいは多少の些事…別にいいだろう…遊兵戦力の有効活用だ。」

多少はねぇ、別にいい?果たしてそうか本当にそう思うのか!

 

「多少?いやいや!やってる事のスケールがちげぇっ!」

 

「ちょっと!こっちこい!」

ヴォルフは、カイジの肩に腕をかけて引っ張り込む。

「おわっ!ちょっと、なんだよ!」

 

「すまん将校諸君!大隊長殿は、少々腹がピィピィしてるらしい!ずっと我慢してたんだなぁ!三分ぐらいで戻るから、なんかあれば呼んでくれぇい‼じゃあな‼」

そう叫ぶと戦闘指揮所から10m程離れた野外トイレにカイジを引きずるように連れ込む。

周りの将校達は不思議そうに眺めていたが、そこまで気に留めてもいなかった。後は段階的に防御計画を連隊本部が発令するのを待つ身だったからであろう。

 

それはどうこう、カイジを引き連れながらヴォルフは心中でこう叫んでいた。

 

ーなんで、お前はいつもそうなんだッ!何故、いつもチャンスをふいにするんだッ‼ー

 

 

 

 

 

 

 

 



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第28話 エラン・アタックⅦ

ヴォルフに引きずられるようにカイジは、野外トイレに連れ込まれる。

一般的な公衆トイレと同じ仕切りと広さを持つ空間に、カイジを投げ飛ばす。

咄嗟にバランスを整えて姿勢を変えながら、ヴォルフと対峙するように体を向け、視線を彼に向ける。

その視界に入ってきたのは、限りなくクローズアップされた大きな拳で、強烈なパンチをまともにカイジは喰らう。

鈍い衝撃、打撃を受けて反響する鈍い音、一瞬目の前が暗くなり、視界が回復した時には、尻餅をついて天を仰いでいた。

口の中には、鉄の味で一杯に満たされ、唇の端から血が滴り零れる。

 

ー久しぶりに喰らったな…あいつの鉄拳制裁…まじでぇ痛ぇ…ー

全盛期の時から未だ劣らずの威力だなと思い、瞬間的に懐かしさを感じるカイジ。

訓練兵時代に幾度となく喰らいまくった事を、文字通り噛み締めるように思い出す。

 

「糞いてぇな…エンドウさん、あっ…ちげぇか…」

 

思わずかつての敵であり、仲間だった人間の名前を口にだし、訂正する。

このヴォルフという男、顔のキズを別とすれば、前世界にいた遠藤勇次と瓜二つだった。性格と言動も何となく似ているところがあるのがある種の因縁深さを感じさせた。

 

だから、昔からの癖でついボロりと出る度に「俺はエンドウぅじゃねぇっ!」って叫ばれるわけだが、今回はそんな雰囲気ではなく、何も言わず敵意に似た視線をヴォルフは、カイジに

 

口に溜まった血だまりを吐き捨て、ゆったりと立ち上がる彼の前には、鬼の表情に変えたヴォルフが目の前に立つ。

あたりには、すえた匂い、肥溜めの匂いが漂う。

 

トイレといっても水洗式のような高尚な文明の産物はなく、酷く原始的なモノである。

ただエンピでそれなりの深さに掘り返した穴が四つ等間隔で並び、そこで用を足す。まだ仕切りがあるのが幸いだった。

穴には、木製の蓋でふさがれていたが、漏れる不快な匂いを押しとどめる程の密閉性はなかった。

 

お互いに睨み合いながら、束の間の沈黙。高射砲の射撃音、後方から響く野砲の斉射音が響き続けている。

最初に口を開いたのは、ヴォルフだった。

 

「カイジ…なんて事をしたんだ…何故だぁ‼︎…」

怒りを滲みさせながら、悔いるように声を絞り出すヴォルフに対し、カイジは淡々と答える。

 

「だからさっきも言ったはずだ…調達したんだ……使える駒を…確かに少し強引だったが、それでもやる必要があった…結果、功を奏した…」

あたかも当然の事のように、正しい事をしたと言うかのようにケロリと語る。それがヴォルフからしたら余計に腹立たしかった。

 

「少しどころじゃねぇだろ!やってることはぁ…恫喝した上、司令部の意向を完全無視した独断の戦力編合!…強奪行為そのものじゃねぇか‼」

 

武力を用いた恫喝による越権行為、指揮系統を無視した行動は、明らかな独断専行で非常に悪質なものだった。弁明の余地はない。

何故、そこまでの事をやってしまったのか、被るリスクの大きさからして割に合わないとヴォルフは思っていた。

 

軍事法廷に経てば、どうなる事か!カイジはわかっていないのか!

わからないはずがない!

 

「…ただ遊ばせているなら…使うべきだと判断したまでだ…俺が手を下さない限り、あのままだった筈だ…」

 

本当は、もっと穏便なやり方はあったかもしれない。いやあったであろうが…そんな余裕の一欠片もないのが実情だった。

 

それ以上に無味無用の存在になりかけていた高射砲部隊に対して、カイジは問い掛けた。

 

ーお前達に悩んでいる時間などない…即座に戦線に参集せよーと

 

「強力な武器があり、練度もあるのに活用されない状態は、ゴミと変わらない…無価値そのものだ…」

 

カイジからしたら、前線にいるにも関わらず、何もせず待機している状態の部隊ほど無駄なものはないと思っており、例え指揮系統の混乱と命令優先に関して重大な問題に直面して悩んでいたとしてもだ。

 

戦力としての有効性は、その時点で0になってしまう。

ならば、理由をつけてこちらが使わせて頂くとカイジは決定を下した。

 

「だから!そのやり方が問題なんだってー‼」

 

だから、それがどうしたのだろうか?

似たような事は、今までもしてきたカイジには、方法云々気にしている方が問題だった。

 

「…物はやりようだ…優柔不断で決断出来ない指揮官に…どちらを選ぶか決断させたまでだ!…戦うか、戦わないか…そのどちらかだけ…中間はない!…決して…!」

 

彼からすれば、戦わないという選択肢はありえなかった。

それは、軍人としての責務や誇りという抽象的価値観から来るものではない。

 

全ては己が生き、周りを生かすため、そこに全てを尽くす。

それ以上になかった。

 

だから戦わないのは、敗けを受け入れたのと同義。

生きるのを諦めた事を指している。

 

「選ばないという選択肢もない!…何かを待つ余裕もないんだ!…一秒一分事に戦いは、変わっている…俺達の生存確率も…生きる時間も…だからだ…無理矢理にでも押さなければ、ならない…その背中を…!」

 

カイジは、確固たる意志で発言する。

 

大攻勢が発動した渦中で、鬼気迫る戦域ほど、状況は激変して行く。

主に悪い方向にだ。

その度に弱小勢力の連隊の命運は、掻き消されそうになる。

 

特に彼等がいるミューズ・ライン第2防衛線には、ギリで貼り付けられる戦力はあっても予備戦力はない。援軍も期待できない。仮にいたとしても雀の涙程度のものであろう。

 

航空支援もなく、師団砲兵も使えずのないない尽くし。

それでも現状で何とか知恵を絞り、策を出し、限られた時間で防備を固め、部隊の生存確率をミリ単位でも増やす。

 

それでも足らないなら。無理矢理にでも調達する。

奪うといって差し支えない。

 

「だから、俺が押してやった…その結果、どうなろうが構わない…」

 

どっかの戦力を無理にでも引き込む行為は結果はどうなるかは考えるまでも無く、よく理解はしている。

 

命令違反、軍規違反?間違いなく抵触する軍規逸脱行為だろうが、その点を考慮するつもりなどなく、生じるリスクは自分で背負い込んだ。

 

「現状では、生存が最優先…そのためなら手段は選ばん…」

 

今回は、逆に運がよかったとカイジは言うが、ヴォルフは強く抗弁する。

 

「じゃあよっ!奴等がここじゃなく、別地域の任務派遣がメインだったらどうするつもりだ!命令違反で芋づるにされてお前も処分されちまうだろ!」

 

「指揮系統はどこも混乱している…どこの指令、どこの命令が、優先権があるのか不明な状態が多い…どうとでも出来る…」

 

陸軍で言えば、幾多の敵電波障害による伝達不徹底、参謀本部の急な命令変更、現地司令部の混乱、師団単位の部隊でも命令が錯綜する中

では、命令の正統性が明確に何処にあるのか判別しにくい。

 

そのため、部隊の長が独自の判断で行動する部隊も多く存在している。

部隊の私物化とも非難される側面はあるが、緊急事態につき委任戦術に則り行動すると言えば、道理はつき易い。

 

かえって、これはカイジにとって都合が良い。

主任務の目的から逸脱しない限りは、如何様にもできるからだ。

 

だからある意味、孤立した高射砲部隊を脆弱な防衛線の補強に転用するというのは、一応の理にはかなっている。

 

現に防御線の主要戦力として、その威力を発揮している。

だが一方的な判断による部隊接収行為は、大きな禍根を残すだろう事は、カイジは認識していた。

 

その際に生じる責任は、負うことになるだろうが、それは構わなかった。今を生き延びた後の問題だからだ。

 

そして、カイジには一つの考えがあった。

帝国軍人からしたら、耳を疑うような発言を吐露する。

 

「大体、命令は絶対というが……実際問題、命令なんて…どうとでもなる…」

 

 

 

 

 

 



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第29話 エラン・アタックⅧ

命令なんてどうとでもなる…だと?

 

その言葉を聞いたヴォルフは、目を丸くしながら立ち尽くす。

肝がヒヤリと冷えていく感覚を覚え、身がざわつく。

 

正気かコイツは?と思わずには、いられなかった。

 

懲罰部隊に何度か送られたワルな時代は、ヴォルフにあったのは事実だが、それは己の身の振る舞いに問題があっただけの事。

 

戦場において、こと身に振りかかる命令には彼は忠実だった。

確かに下る命令の中では、無茶難題なものも多くあり、現場の実情を把握しているとは到底思えないものもあった。珍しい話ではない。

戦場という空間では、必ず生起する現象だからだ。

 

命令を出す現場指揮官自体の問題もあれば、それより上の各司令部の組織内でのイザコザから来るものもある。考えれば、キリはない。

 

だが…だとしても、やらねばならない。

どれだけ無茶な内容であっても、明らかに無謀だったとしてもだ。

内心、「ぜってぇにおかしい!この作戦を考えた奴は、幼稚園児以下だ!生きて帰ってきたら、嬲り殺しにしてやるッ‼︎」と吠え、叫び、悪態をつきながらも、それでもやるのが兵隊業というもの。

 

ちなみにヴォルフに関しては、実際に汚れ仕事、味方の尻拭きをさせられた上で、帰還したらば命令者の部隊指揮官を袋叩きにしたケースが何回かあり、それで重営倉入りか懲罰部隊行きを何度も食らっている。

 

しかし、命令され受けた任務はしっかりと遂行する忠実な兵隊では、あった。

 

言えば、それが軍隊では常識であり、普通の事なのだ。

命令は絶対の普遍性を持ち、それに否が応でも従い、兵隊は死地に赴く。

 

兵隊は命令を嗤い、命令を憎み、命令を蔑みながらも、そこに自分の存在、命を賭け、戦うのだ。

 

たまには、命令に救われる事もある。これは、中々ないが。

結果として、命令を遵守し、忠節の僕の如く、これを遂行する事が帝国軍という巨大な暴力装置を機械的かつ、合理的に運用し、強力な戦闘能力を発揮できる。

 

それは兵隊の身分として、ヴォルフは現実で体に染みている。

 

あとは、生来の彼自身が軍人として持つ気概から来るものがある。

 

ーどんな仕事が山となってこようが、絶対にやり遂げる。それが兵隊業だ。それ以上の物はない。そこに一切の迷いは要らず、ただ突き進め。ー

 

過去に幾多の先輩達から教わってきたものには、差異はあれど、大体がこのような職人気質、男社会に見られる条理だった。

 

その気概を持ち続け、どんな理不尽、不条理にも耐え抜きながら戦い続けたのがヴォルフという人間だった。一つ言えば、その生き方は愚鈍とも言えた。

 

そんな彼だからこそ、カイジの言った言葉には衝撃が大であった。

軍人としての魂胆を揺るがす物言いだったからだ。

 

「…マジで言ってんのか?…カイジ、おめぇは…」

 

「じゃないと…言わないだろう…普通…」

カイジはさらりと言いのける。

 

「命令なんてどうとでもなると…言ったな、お前。」

ヴォルフは、重要事項を確認するようにオウム返しに問い、「そうだ…」と何度も言わすなと突っぱねるようにカイジは答える。

 

「じゃあ、あれか?自分に都合良く自由に書き換えれる…とでも言いたいのか?」

カイジの意図を汲み取るようにヴォルフが解釈し、それに対しカイジは頷き、答える。

 

「まぁ…そんな感じだな。さっきも言った通り、どこもゴタついて混乱している。なら、重なる命令のどれが優先で正しいなんてよくわからないじゃないか。空軍だからどうだとかは言わない…陸軍も実際は同じてんてこ舞いの状態だろう。」

 

「現場もそうだし、上もそうだ。極端に言えば、電波の波で交差する指令は全部正しいかもしれんし、逆に間違っているとも言える。」

 

リアルタイムで変わりゆく戦況に対し、放たれる軍司令部の命令は、その全てが現場に合致した内容とは限らない。

現実と相反する命令が何度も交差するのも、混乱する状態から立ち直らない帝国側からすれば、当然のように起こる。

 

仮に戦況を把握していたとしても、相手の切り出す手札を全て推察するには限界がある。

だが、実際はそれが出来ていればの話ではある。

 

「正直、よくわからないのが実情だろう。西部方面司令部にしろ、共和国の最大進出地域が何処まで行ってるのか、敵の目指す目標地域がいくつあり、確定している敵侵攻コースが三つなのか、それとも五つなのか判然としない…そもそも俺ら正面の敵戦力規模さえ不確定…その結果、こっちが頭勘定で敵戦力を推察して防御陣地を設定するハメになっている。」

 

カイジが参謀本部勤務していた2年間には、幾度もなく軍高級将校、各方面で活躍する気鋭の参謀陣が対共和国戦を想定した机上演習を繰り返しており、自身も一介の参謀として参加している。

 

内容は、参謀本部作戦課、戦務課、動員課など、戦時の際に戦争式の中枢を担う参謀幕僚らが考案した6つの非常事態計画を元に修正と追加改善を繰り返す事、これにより対共和国戦に向け入念な対策を施されていた。

 

想定の元となるのは、共和国が策定していた第1号〜第17号計画に至る帝国侵攻計画。

特に共和国が策定した計画の中で、比較的新しいプランとなる第17号計画を主軸に西部方面軍の内戦戦略展開と本国軍の動員計画は、練りに練られていた。

 

帝国側ではJ17-ARと呼ばれた、この共和国侵攻計画。

その内容は、ベネルクス方面(ベルギー)に対し主力歩兵4個軍集団が殺到し、帝国の中央防衛戦線を強行突破しその後、帝国の生命線ルーラ重工業地域(ルール地方)を攻撃、占領し、更には帝都ベルンに侵攻するという非常に攻撃的なものだった。

 

それに対応する形で、帝国はベネルクスにあるリェージュ要塞を近代化させ、加えてブロック化された中規模の防御拠点を構築、これらを連結したライン要塞戦線で迎え撃つ事を考えていた。

 

他にも様々な手を可能な限り帝国参謀本部は打ち出している。

少なからず問題はあったが…

 

この事前準備で、用意していた計画のパターンに1つでも当たっていたのであれば、現在のような泥沼の事態はもしかすれば回避でき、戦況は幾らかマシだったかもしれない。

 

だが、現実には明確に1つも当てはまる事はなかった。

かすりはしていたかもしれないが、敵の先手を読み外した時点から崖から転がり落ちるが如く、後手に後手を重ねる形となっていく。

 

そうなれば、後は悲惨なものだ。

自らは主導権を握り返す事が出来ず、戦況に決定打を与えられないジリ貧状態。帝国軍自体が統制を欠き、情報伝達に齟齬が起きる状態が各方面で見受けられる程だった。

 

帝国軍は、想定された環境であるならば、ほぼ完璧なまでの目標遂行力を持つ力をもつが、ひとたび想定外の事態に晒されてしまうと案外脆く、瞬時の対応が出来ない点があった。

 

それはピンからキリまで精密機械のように構築された指揮系統、強い統制が働く組織力があってもだ。

 

逆に言えば、自己の指揮権に余裕がないトップダウン方式がもたらした弊害とも言える。例え、緊急の事態に際しては独自の判断を一定は許される委任戦術を採用していても、非常に真面目な人達が多い帝国将校は上級部隊の頭となる方面軍司令部の方針に依存しがちで、中々思い切った事はしないのだ。

 

悪く言えば、頭が固いからこうなる。

それは、方面軍司令部にも言える事だ。

伝家の宝刀である内戦戦略が崩壊しつつあるにもかかわらず、駄目になった内戦プランに固執する傾向にあった。現実には切り替えた戦術を取らねばならぬと理解しているのも、かかわらずだ。

それは、方面統帥命令の内容からも示唆されている。

 

ー とにかくは、現戦線を死守せよ!後退は許さず、奮起せよ!援軍は来る!ー

 

中にはその逆、一挙に機動戦力を集中しての反攻戦を行うべしと意見するものがおり、積極策に移行する姿勢が別の系列から南部軍司令部を経由して連隊に辿りついた命令書もある。

 

ー 援軍は期待出来ない。段階的に後退を許容し、機甲戦力を集中できる状態を時間と猶予を確保せよ! ー

 

果たして、どれが戦利に叶うものかどうか判断に迷うだろう。

 

こんな状態で、繰り返し伝達される命令には、カイジからすれば信用出来るものではない。

真面目に考えて悩むより、自分の頭で考えて動いた方がよっぽど楽で、合理的と考えていた。

 

何よりカイジには、直接の指揮では数百人の部下を持ち、所属する連隊人員は3500名もいる。1つの小さな町の人口に匹敵する数の人間を、その多数の命をどうにでも出来てしまう立場の1人として彼はいる。

 

色々と理由はあるにしろ、実情を間近で見ているわけではない上の連中が好き勝手に出す命令に全てハイハイ従うわけにはいかなかった。

 

それで死ぬのは俺たちなのだからと。

無下に死に向かう真似する程、俺は馬鹿な事はしない。

 

 

「情報が一番集まりやすい参謀本部でも、西部戦線の全容を理解しているのは頭が切れる戦務参謀陣でも一握りだろうさ…そんな状態なら、一番生の現場を知っている俺らが上手くやるぐらいは、許されてもいいだろう…」

 

脳裏に浮かぶは、参謀本部時代に出会った6人の将官たち。

彼等ならば、その持ち前の才覚と知性で帝国の置かれた状態をよく理解をしているだろう。

 

だが、6人中3人は左遷され、残る3人は参謀本部では微妙な立場にある。そもそも参謀本部の重鎮達とは、折り合いが悪い上に参謀本部で主流派の派閥に与していないため、発言力と権限は強くはなかった。

 

ならば、自分達で上手くやるしかないだろう。

 

上手くやる。それは、今の場合で言えば空軍高射砲部隊の優先命令をコルマール管区ではなく、ミューズ防衛線にカイジが書き換えた事を示す。

 

「後は、この場を凌いだ後、流れに沿った適当なシナリオを作って誤魔化す…最終的には、ミューズラインの要衝を死守するために、高度な柔軟性を持った判断を臨機にせざる得ない状況だったと説明すれば、事後の結末は、一応…まとまりはするだろう。」

 

急場凌ぎの言い訳であるが、筋にかねえば、それとなく落ち着いてしまう面が軍隊にはある。

要は上から達せられたあらゆる命令の本旨である「敵侵攻軍の阻止、防衛線の死守」が実際に叶えば、多少の問題はなかった事にできる。

 

これが「無断撤退」という選択をした場合には、如何なる理由があったとしても処罰は確定し、最高刑は死刑、良くて懲罰大隊か予備役入りに処せられる可能性が大である。その点は、どこの軍隊も大体一緒だ。撤退は、軍務を捨て、忠誠心を揺らがせる「敗北主義者」の印象が異様に強いからだ。

この点は、理不尽に尽きる。

 

「空軍の指揮官が告発したら、どうするつもりだ。」

ヴォルフにとっての懸念事項の一番はそれである。

脅された上に、割りを食う羽目になった高射砲部隊の指揮官が、即座に告発するのは目に見えていたからだ。

 

その懸念に対し、カイジはにべもなく話す。

 

「それについても手は打てる…そもそも第23高射群は独立した部隊じゃない。もとは空軍指揮下の第74特務高射砲旅団に属する一部隊だったが…どういうわけか、単独で行動していた。その訳がわかるか、おやっさん。」

 

基本、独立して行動が可能な部隊とは、中隊や連隊・旅団・師団といった自営管理が可能な部隊をさす。

 

自前で補給、整備などが可能で、部隊が一定期間、単独でも人間の集団が生活でき、継続した戦闘が可能な部隊単位の組織である。

 

逆に大隊や群という部隊単位は、戦闘に特化した部隊であり、その力は強力だが、反面自営管理能力がない。

 

元々、連隊や旅団、師団の戦闘組織のコマとして編成に組み込まれるのが前提だから、その必要はない。

 

あくまで戦闘重視の為、数日に渡り単独で行動する事は考慮されていないからだ。もしするのであれば、支援部隊がいくつか必要になる。

 

若しくは、別の戦域にある味方部隊の指揮下に入るか、増援として派遣されるならば、短期間の移動に過ぎないのであれば一応可能と見られる。

 

「要は独断専行だ。具体的な命令は、当初は後方に設営された陸軍野戦飛行場と補給処の外周地域の守備が高射旅団の主任務だったが、味方勢力下で敵機も見えず、大分安全だった。他にも高射砲連隊が2セットいたから…防空戦力としては、過剰と判断した旅団は動く…」

 

「彼らは、独断で防空が手薄若しくは、多く必要と思われる地域に旅団から部隊を抽出して最前線に派遣した…その一つが第23高射砲群となる…空軍司令部には報告していたが、現地陸軍の断りもなしに勝手に主任務から離れたんだ…これは管轄権以上に問題だろうな…」

 

高射旅団本部の指揮官達がどういう意図で戦力過剰と判断したのかは、知りはしないが、現にそうした以上は彼等からすれば無駄に多く展開していたという事か?

 

だが、そう判断するにも現地陸軍飛行場と補給拠点を統括している陸軍司令部に連絡し、戦力調整するのが筋というものであろう。

 

この点はカイジも流れ的に同じ事をしているので、人の事は言えないが、その話しはまた別である。

 

結果として報告すら陸軍にやらず勝手に戦力を引き抜けば、陸軍に一番迷惑が掛かるとよくわかっているはずだ。

知らぬ内に防空戦力が減少しているのだから、この事を現地陸軍が知ればふざけるなと叫ばれ抗議するだろう。

 

大分安全な地域と決めつけられる程、空は安全ではない。

不確定要素を排除できるぐらいに制空権を確固たるものとしているわけではないからだ。

 

それに空は陸と違い、占領も出来なければ、防御陣地を作る事は出来ないし、常時戦力を空に張り巡らせれる環境ではない。

 

言えば、敵が突破しようと思えば突破は出来るのだ。

 

もし強行突破を行い、相当な規模を擁した爆撃機編隊に強襲されたらどうするかは考えなかったのだろうか?

考えた上で、そうしたのだろうか?

空軍高射部隊は精鋭揃いで装備も一級品だから、二個連隊ぐらい残せば大丈夫だろうとしたのか?

実際、どうだったかは知り得ぬ事だが、結果旅団は、主任務をおざなりにし独断の部隊展開を行ったわけである。

 

重大な問題だ。

 

この話、漏れれば軽い火傷では、済まないだろう。

芋ずる式に色んな場所に飛び火し、大火災…焦土になるだろう、

 

だから、いざとなれば軍法会議で道連れ可能で、相手を脅せる。

下衆のやる唾棄すべき手段だが…使えるネタは、しっかり持たねばならない。それが時に自分を生かし、周りを生かすのだから。

 

「メンヘル少佐も律儀が過ぎる…いらんことまで言わなきゃいいのにな…だが、材料としては利用できる…」

 

カイジにとって見れば、相手の弱みを握り、いざとなったら揺すれるネタを手にする事が出来たわけで、1つ運がよかった。

手に入れた保険は、有効活用するのが当然だ。

 

やり方は悪どいのは、よく理解しているが、これは余計に話したメンヘル少佐の落ち度であり、管轄は異なるが味方とは言え、要らぬ事までペラペラ喋るのは損しかもたらさない。

口を滑らせた内容が墓穴を掘ってしまうからだ。

今回はメンヘル少佐がそれをやらかしてしまった。

 

仮に信用に足る人物だったとしても、注意をせねばならない、今日の味方が自分にとって明日の敵になるからだ…と人生の教訓として心に刻んだカイジがよく思う事である。

 

下手な優しさと信頼に頼った結果、限定ジャンケンで欲に溺れた仲間の所為で一度人生が終わりかけ、地雷ゲーム 17歩では、かつて地下帝国で汗水流して共に苦境を乗り越えた仲間に裏切られた。

 

帝国軍人として歩んだ過去10年においても、同様の事が幾らもあった。

 

そんな経緯を経た彼は、かつてのような甘さを無くし、人に対する依存を彼は切り離した。

 

そして、逆に利用する立場に彼は変わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第30話 反動の道

「とんだ野郎だな…全部、計算済みってわけかい。」

 

不味い飯を食べたかのように顔を引きつらせながら、ヴォルフは応える。

 

「へっ!…銃で脅すだけじゃなく、ガッツリ相手の弱みまで握ってやがったのか…揺するには上出来じゃなぇか……」

 

「これなら、明日からシチリアン・マフィアで存分に働けるぜ!カイジさんよ!寧ろ軍隊より、そっちの方が似合ってるかもな!」

 

ヴォルフは声を荒げながらカイジを皮肉るが、その言葉に対し悪びれる事もなく彼はまた淡々とした態度で対応する。

 

「別に計算していたわけじゃない…ただ偶然が重なっただけ…そこで産まれたきっかけを結びつけ、利用したまで…手段はどうであれ、結果的には助かっているはずだ…大分な…」

木霊する射撃音と爆発音、88ミリ高射砲と105ミリ榴弾砲が交差する一定のリズムを刻みながら続く中、二人の口論は続く。

 

「そんな風にお前を育てた覚えはないぜ…カイジ!」

 

「別にいい子ちゃんに育てられた覚えはないが…時に非常手段を取らねばならないのが、俺の今の立場でもあるんだ…昔がどうであれな…」

 

ヴォルフはさっきまでの怒りに加え、侮蔑心が湧き、嫌悪感を抱きはじめる。

 

過去に何回かあった衝突の度に感じるものだったが、今回はそれと同時に悲しみも覚えてしまう。

そうして、頭にもたげる一つの思い。

 

ーいつから、お前は変わってしまったのかー

 

確かにヴォルフは、カイジと付き合いは長い。

元を正せば10年前、教育隊の先任軍曹としてカイジを練兵という形でシゴき倒したところから始まる。

 

心理的にも肉体的にも徹底的に追い詰められ、大の男でも心が折れて、途中で脱落する事が珍しくない陸軍の初級軍事教練。

特に「義務以上を果たせ」をモットーにするブランデンブルク連隊が行う軍事教練は、実戦部隊と同等以上に苛烈な訓練を行うことで有名だった。

 

その連隊内で訓練期に編成される教育大隊でヴォルフは実戦経験が豊富な教育官として辣腕を振るっていた。

 

新兵の殆どは満足な家庭環境で育った中産階級のひよこども。忍耐強い農民達とは異なる存在。

 

国家に対する忠誠に一種のロマンチシズムを抱き、声高らかに雄弁な主義主張をする割に、娑婆気が抜けず、甘えが多い。

要は口だけで、いざという時に勇気の一歩が踏み出せない軟弱者が多くを占め、ちょっとした事でむせび泣き根を上げる。

 

通常の社会生活とは、まるきり違うのだからやむを得ずだろう。

だが奴だけは…極東の外人イトウ・カイジは違った。

 

他の奴に比べ、色々と耐久力があったし、鋭い眼光と険しい顔つきは娑婆でノンノンと過ごしていた奴らとは、明らかに違う雰囲気を佇ませた。

ストレスがマッハで蓄積する訓練環境の中で、彼は冷静さと大胆さを兼ね備えた人間で、兵士として利口で良質と思えた。

本国人に比べれば、多少骨がある奴だと見たばかりに、色々と畳かけて試したのを思い出す。

どこで限界を迎え、根を上げるのか、人間が持つ本性をあらわすのかを確かめてみたかったからだ。

 

しかし、カイジは屈服するどころか耐え抜いて見せた事からヴォルフが彼に興味を持つようになる。

 

それが縁のきっかけになったのか、何度も部隊転勤を繰り返しながらも、一緒の部隊になる事が多く行動を共にしていく。

 

ヴォルフは分隊長として先陣を指揮し、その後ろにカイジが分隊狙撃手として忠犬のようについて来た。

そこでは共に戦い、傷付き、疲弊し、お互い死にかけながらも戦い続け、生き延び続けた。

 

戦地を跨りながら戦い、そして時が流れてゆく。

気づけば、カイジが部内士官候補生として、士官学校行き、新米少尉となり、立場が逆転した。

更に時が流れて、やがて佐官となったのは驚いたが、カイジの造り上げたモノを考えれば、納得は出来るものだった。

だからこそ今の彼の立場があるわけだ。正直、もっと上を目指せたハズだ。

 

勿論ずっと部隊が一緒だったわけじゃない。お互い別部隊に赴き、何回かの空白期間を挟む事はあったが、個人的な交流は続いていた。

互いの出自が異なり、軍歴も違えば、階級も大きく開いていたが、関係性においては戦友と同義。お互いの事をよく気にかけた。

 

良くも悪くもお互いの事をよく知り、厳しく辛い世界で共に戦い生き延び続け、そこで作られた信頼は強固であった。

そんな間柄からこそ、今回の件についても強くヴォルフがカイジに迫るのは、彼を思っての事だが、それが相手に伝わるかは別の話である。

 

「お前は、利口だと思っていたが…とんだ勘違い…大馬鹿野郎もいいところだ‼」

鋭い剣幕のヴォルフがまた怒鳴り迫りるが、カイジは平静さを保ちながら「まぁ…そう思われてもしょうがない…だろうな…」と他人事のような言い方をする。

ヴォルフからしたら、何故そこまで平然と出来るのか、その神経がわからなかった。

 

「いつもそうだ!…なんで自分から崖から落ちるような事をするんだ…‼」

その叫んだ言葉には、悲壮な絶望感を湛えさせる。

何度となく警告したカイジが持つ生来の習性を変えることが出来なかった事に対する自己の無念さから湧き出るものだった。

 

カイジはリスクを顧みない大胆さは、単に勇気ある剛胆さの限りで終わらない。

普通は、ある程度のやっていいラインと駄目なラインという境界線を線引いて、判断するのだが。

彼の場合は、自己の破滅さえ孕むレベルの事を平気で行う。

 

いえば、やっちゃいけない事をしてしまう。そこに中間もなければ妥協もない。しかも0か100ではなく、-100か100の選択をするのだ。

そうして何とかしのぎを削って上手く事が運んでも、彼に汚点が残るような結果になるのが殆どだ。

自分で判断を下し決定した、その責を背負い込むからだ。

 

だからカイジは、軍事面における多大な功績、外国人としては稀な参謀職務に従事した将校でありながら、その評価は芳しくない。

逆にアクが強すぎて悪辣な面が際立ち、保守的な思想を持つ将校や上層部からは「取扱いに注意すべし」と劇物認定されている程である。

例え、彼がその時の最善を選んだ結果だったとしてもしてもだ。

 

今回は余計に更に一歩踏み込む形となっていた。

 

「もっと上手くすれば…もっと上に行けただろうに…」

ヴォルフは先程まで激情を放ち続けた言葉の数々と打って変わり、戦いに負け打ちひしがれたような声を出して一言いう。

 

彼の人情から来る思いやりの断片が垣間見せる。

それなりに長くやった教育隊勤務の中で、色んな奴がいた。

突撃歩兵中隊で先任軍曹になったもの、歩兵から魔導士に転向したもの、パイロットになり陸軍戦闘航空団でエースとして活躍するもの、馬鹿だったが士官学校を出て今は特殊工兵中隊長なった奴まで様々。

ブランデンブルクの教育隊で無事修了して卒業した新兵たちは各々のキャリアを築いているが、その中でもカイジは突飛の存在だった。

 

外国人の身でありながら彼ほど短期間で出世した事例はないからだ。

元々の資質以外に、時の運や機会に恵まれ、そのチャンスを活かして彼の持つ力が大いに発揮できたからこそ、上り詰められたからだ。

だからこそ悔やまれる気持ちがヴォルフにはあった。

 

参謀本部で本勤になっていれば、将来的には将官の道もありえたかもしれないからだ。

 

「俺にこれ以上、上には行けやしない…元々、外国人であるし…何より対象国出身だ。」

カイジは、ヴォルフの意を汲みつつも否定の言葉を投げかける。

 

民族平等・公平を実現する帝国と言えども、現実として外国人の立場は国が掲げる理想とは裏腹に肩が狭い。

その上、対象国認定されている国の出身者になれば、尚更であった。

 

対象国とは、「現段階で敵性国家ではないが、将来的に敵性国家になる可能性がある若しくは国益を阻害する脅威を持つ国家」の事を示す。

この場合は、カイジの出身国となっている秋津洲皇国をさす。

 

かつては、緊密な軍事面・経済面で官民一体となって交流を図り、一時は軍事同盟の締結すら望まれていたが、1914年以降から両国の方向性の違いから軋轢が生じ、現在は距離を置いている。

その最大の要因は、国際協調路線に転じた皇国がアルビオン連合王国と合衆国に急接近した為である。

 

栄光ある中立政策に重んじる合衆国はともかく、何かと欧州大陸に干渉し、共和国と同盟関係にある連合王国は、帝国にとって実質的に敵国になる存在。

その連合王国と固い握手をした皇国は、帝国から見れば敵に通ずる勢力として見てしまうのは、当たり前とも言えた。

 

その結果、皇国が対象国認定され、帝国領内にすむ皇国人は、監視対象となり肩身の狭い思いをしているのが実情だ。

そんな状態ならば、秋津洲出身とされるカイジがこれからさらに上に行くという未来はないものと考えられた。

 

「今の階級でも、充分だ…この年で中佐の階級なんてホントはあり得ないからな…」

 

「だが今回の事で、今まで積み重ねた事を全てふいになっちまうだろ!最高刑は死刑確定!銃殺にリーチがかかってるんだぞ!」

 

「それについては大丈夫だ…俺は死刑にはならない。」

 

「何の根拠があって言ってるんだ!自信過剰過ぎやしないか!」

 

「俺に利用価値がある限り、死刑にはならない。」

 

「………まだ、アイツらの威光があるとしても…今度ばかりはどうなるか、わからんぞ…」

 

「…まぁ…実際、なんとも言えんが事の顛末がどうなるかは…この場を凌いでからだ…俺たちが生き残らん限りはな、話にはならんだろ」

 

「もう大分時間をくった…そろそろ戻ろう…おやっさん。」

 

詳しい話はまた今度だと言うようにヴォルフの肩を叩き、戦闘指揮所に戻るカイジ。

 

それを複雑な心境の中、言葉を発せず黙りながらカイジの横顔を見るヴォルフ。

 

ヴォルフの目に写るカイジの顔には黒い何かが取り付いて見えた。

 

…あの時と一緒だ…

 

ヴォルフはそう感じながらも、その場では彼に従う道しかなかった。

 

 

 

 

 

 



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