戦場黙示録 カイジ (リースリット・ノエル)
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第1章 ライン戦線 アルサス=ラレーヌ防衛戦 第1話 地獄の釜

「見る光景、見る光景、身の毛のよだつものでした。私が言えることは、私のいる場所は地獄の業火で煮えたぎる釜の底だと言うことです。
ここにいると気が狂います。もう既に狂っているかもしれません。
出来れば頻繁に手紙を書きたいのですが、残念ながらなかなか書けません。
神経が参って、気分も滅入っていて、とにかくもう書けないのです!」

〜ライン戦線 帝国軍 ハンス・ヨーデル少尉の手紙より〜


戦史上、最も過酷な戦場の1つとして記録されるライン戦線。

 

激しい攻防戦のさなか帝国軍防御戦線の一画を守る第144臨編歩兵連隊は攻勢をかける共和国軍第3師団直轄第1砲兵団の非情なる砲火にさらされていた。

 

特に防御戦闘地域前衛を担う第144臨編歩兵連隊指揮下の第1大隊と第2大隊は、猛烈な圧迫を受けていた。

 

敵野戦砲の砲火が絶え間なく続き、ポットが沸騰したような砲弾の飛翔音が耳につん裂く。

 

鼓膜を圧死させんがばかりの着弾音が轟く。

腹の底から揺さぶられる爆発の振動が体全体に響き渡らせる。

 

無数に降りかかる砲弾の脅威からは逃れられない。

だから身を守るため大地に幾重にも刻み込まれた塹壕の中で、兵士達は猫のようにうずくまる。

 

まるで寒さを凌ぐように互いに体を密着させながら、いつ来るかわからぬ攻撃命令を待ち続ける。

 

彼らは胸に突き刺さる不安と恐怖の波濤に、自らの精神が飲み込まれそうになる感覚に襲われながら途切れそうになる正気を保つ。

 

その心中は言葉にならない混沌としたものだろう。

 

生と死が交じり合った境界線で、砲弾の爆発で降りかかる土を被り、鼻につく硝煙の匂いを嗅ぎながらじっと耐え忍ぶ兵士達。

 

新兵、古参兵関係なく自分をコントロールするのに最大限の努力を払い続ける中、大隊の中心であり頭脳たる大隊本部は持てる叡智を絞り出していた。

 

戦闘地域第1線内にある掩蔽壕。

そこで設営された戦闘指揮所は異様な熱気に包まれていた。

共和国軍の全面攻勢に対し活路を見出すべく努力を傾ける大隊幕僚達。

 

その中心にカイジはいた。

 

この時、帝国陸軍の中佐として第144臨編歩兵連隊第1大隊を率いる大隊長となっていた。

 

カイジは顔に脂汗を滲ませながら策定された防御計画の最終確認と苛烈な暴風に直撃している部隊状況の把握に大隊本部の幕僚とともに忙殺されていた。

 

まだ正常に保たれている思考を巡らせながら現況を把握し続ける。

 

カイジは着弾の度に屋根から降りかかる土埃を振り払いながら、作戦図に修正点を加える。

 

そして土埃で汚れた腕時計をチラリと見て時期を待つ。砲火の切れ目を… 台風の目を待ち続ける。

 

「(敵の準備砲撃は、一定の時間で収まるのは分かっている…あと20分の辛抱…)」

 

共和国の攻勢計画上、彼らが攻撃準備射撃に使用する弾薬には制約が生ずる。

 

防御側ならば砲兵陣地内にたんまりと貯蓄された砲弾をありったけに使えるが、攻撃側は進軍する部隊に合わせて砲兵部隊は陣地変換を繰り返す移動援護になる。

 

その度、労力のかかる弾薬運搬をしなければならないため、必然的に砲弾数には限りがある。

 

「(特に全面攻勢を掛けているならば尚更だ…だからある程度砲撃の切れ目は推測できる。)」

 

ここで重要なのは各大隊の部隊状況の掌握と連絡線が維持できているか、どうかを確認する事だ。

 

特に右翼に布陣している第2大隊の状況を把握しなければならない。

敵の砲撃により通信所が吹き飛ばされるか、通信網が寸断される事は珍しくはない。

 

側面の部隊と連絡が取れず初動対処に遅れ致命的な打撃を受け敗北を喫する事は多くある。

 

特に最悪な場合は、右翼の大隊本部が潰されているかも知れない。

ではなくても大きな損害を受けてしまっているかもしれないのだ。

 

「各大隊の状況知らせ!特に右翼の第2大隊が気掛かりだ!…各部隊の通信線が途絶えていないか…確認するんだ!」

 

カイジは付き従えた大隊付通信士官の耳元で叫ぶ。

命を受けた大隊付通信士官は配下の通信伝令6名とともに各部隊の通信網の感度確認と現状把握を行う。

 

「各大隊本部の連絡線は正常!損害なし!」

「第2大隊、第1から第4通信所からは感度あり、良好。第5、第6通信所感度なし!」

「第2大隊本部より。我、部隊損害あり。詳細、塹壕内に直撃弾。第2中隊に負傷者多数。第1、第6機関銃陣地、第3、第4対戦車砲陣地に直撃弾。現在、復旧作業中!」

「第3大隊、部隊損害軽微!」

 

矢継ぎ早に上がる報告を聞きながら、カイジは一瞬の安心を得た。

「想定範囲内だな…」

 

各部隊に損害はあるものの、想定より少なく戦線防衛には支障をきたす程ではなかった事。

各部隊間の通信網も被害はあるが、これもまだ機能する状態にあった。

 

部隊の生残戦力把握も重要だが、中でも通信状況の成否によっては勝敗が変わることは明白。

 

通信という耳を失っては部隊間の機能的な作戦行動など到底不可能であるからだ。

 

「敵の準備砲撃は間も無く終わる。約20分少々だ…各中隊にもう少しの辛抱だと伝えるんだ!」

 

もう少し耐えれば、時期に台風の目に入る。

 

だがそれはあまりにも長い本当に…

何回、何十回とも経験しているが慣れる事は決してない。

 

フランソワ共和国が使用している榴弾砲は国営兵器工廠製 M1897 75㎜速射砲。

 

既存の火砲に比べ飛躍的に高い連射能力により1分間の投射火力は15発に達する。

 

比較的小型なため、陣地変換も容易であり防御戦のみならず攻勢の際に前線部隊の後方に追従し支援可能な機動力を持つ。

フランソワの盾と矛を両立する主力野砲だ。

 

この速射砲を100門装備した共和国軍砲兵団から繰り出される攻撃準備射撃は分厚い弾幕となり、地上に降り注ぐ。

 

間断なく炸裂する砲弾の雨は、帝国軍の塹壕陣地全体に響き渡る地震となり、心身を抉り蝕む。

頭越しに飛び交う無数の砲片に兵士達は恐怖に足を竦ませ、体を震わせる。

 

まさしく鉄の暴風雨とはかくこの事だ。

 

しかし堅牢に構築された塹壕を破壊するには威力が物足りない。

 

そしてこの戦線の敵砲兵の精度は粗い。

ただ自慢の速射性能に物言わせるだけで、景気付けに撃ってるだけなのかと思ってしまう。

 

一見すれば大地を抉る砲弾幕は、一個の部隊を丸々壊滅させるのも造作も無く見えるが、コンクリートで構築された砲塁や鉄、材木で固められた深い斜傾塹壕線と厚い屋根に保護された掩蔽壕、地中に深く築かれた退避壕に身を潜めれば、案外生き延びられる。

 

だからじっと大地の傘に隠れ、強烈な暴風雨をやり過ごせばいいのだ。

 

だとしてもだ。砲弾の持つ威力は絶大。

如何に堅牢な陣地であろうとも明確な直撃弾を幾つも食らえば、どうなるかわからない。

 

砲弾が直撃すれば、必ず幾人かは吹き飛ぶという死の現実。

そのイメージは鮮明に頭の中で流れていく。

 

もしかしたら、今の一閃で自分の場所に降りかかるかもしれない。

今を凌いでも、また次の一閃で吹き飛ばされるかもしれない。

目に見える死が近づく、確実にじっくりと自分に歩みよってくる。

べったりと体に染みつく恐ろしさが砲弾の着弾音を重なる度に募り続け肥大する。

 

カイジは本能的に生ずる恐怖が脳から滲み出て張り巡らされた神経に浸透していくのを直に感じつつ、これから展開する防衛計画に思考を集中させ、大隊幕僚とともに協議する。

 

だが恐怖を振りはらいながらも、湧き出る。

人間が持つ動物的本能から願望とし浮かぶ逃避衝動。

一層の事、今いる掩蔽壕から飛び出したい気持ちを湧き上がらせる。

 

逃げたい、遠ざかりたい、すぐに今すぐにこの場所から

しかし、そんな事すれば一瞬でミンチ、体を四散させ臓物を醜くさらけ出す。

 

そのあまりにも鮮明に想像がつく未来を頭に思い描き、自分の逃避衝動を必死の理性で押さえ込み、目の前に仕事に取り掛かる。

 

防御作戦図に描かれた火力調整点と敵歩兵部隊の進軍未来地点を確認している時だった。

戦闘指揮所前面の塹壕に身を潜ませる第4中隊に直撃弾を受けたとの報告が通信伝令からもたらされる。

 

束の間、砲撃音に混じり発狂したような叫び声が聞こえた。

カイジは咄嗟に掩蔽壕から戦線を見渡せる窓から双眼鏡で覗き込む。

 

視界に入るのは数発の砲弾でもたらされた殺戮現場だった。

血塗れでひくつく無定形の塊が散らばる塹壕内で辛うじて生きている負傷者や身体の一部を失った者たちが神経を引き裂くような悲鳴で助けを求める。

 

重層的に響く生に縋る叫び声と猛烈な砲撃の協奏曲に耐えかねた若い兵士達がパニックを起こし、塹壕から這い出ようとするが側にいた分隊先任伍長や兵長達が引きづり戻し顔に一発くれている。

 

周りを一瞥すれば同様の現象が繰り広げられている。

 

無理もない。逃げ場もなく閉じこまれた塹壕は地獄の釜の中そのものだ。

ただ波及するパニックを抑え込まなければ、大隊が戦わずに瓦解するのは必死。

カイジは解決するための手段を講ずる。

 

「各中隊に伝達!…戦闘規律を厳とせよ。必要とあらばカンフル剤を投与するんだ!」

 

簡単に言えば薬でキメさせる事だ。

戦争は異常かつ精神を枯れさせる業火。その中で戦うためには薬の力も必要だ。

 

第1大隊 第4中隊に配属されて間もないヨハン・アランベルガー2等兵は初めての実戦に人生で経験した事ない絶大な恐怖に包み込まれ、目の前の現実を直視出来ずにいた。

 

極度の緊張で身体は痙攣したように震えながら、手にしているライフルを折れんがばかりに抱き締める。

 

周りではヨハンと歳も変わらない若い兵卒達が次々にパニックを引き起こす。

 

安全な塹壕から飛び出そうとする者が続出し、周りの仲間や戦場の先輩達が羽交い締めにして必死に止める。

 

だが不幸にも、その腕を振りほどいて塹壕から飛び出た者が数名かいた。

 

彼らは決して救われる事なく砲弾の鈍い着弾音とともに爆発の衝撃波に呑まれていく。

 

その末路は悲惨なものだった。

衝撃波が兵士の身体をひしゃげさせ榴弾の爆破片が手足をちぎり、内臓をズタボロに切り裂き、ものの数秒も経たず物言わぬ肉塊に変えた。

 

その悲劇を目の当たりにしたヨハンは戦慄し自分の無力さを痛感する。

だがギリギリのラインで残された理性的な行動力がヨハンが今出来る最善の行動を実行に向かわせる。

 

自分もああ、ならないよう。

 

とりあえず、ゆっくり深呼吸をする。

それを繰り返す。

今は塹壕から頭を出さずに臆病なくらいに体をまるませてやり過ごす。

ヘルメットを深く被り、顎紐をしっかりしめる。

戦場での戦死者の6割7分は砲片による頭部裂傷だと訓練所の教育先任軍曹が話していた。

あとは自分に直撃しないことを祈れと。

それしかないんだと自分に思い込ませる。

じっと目をつぶり、唇を強く噛み締め湧き上がる感情を押し殺してヨハンは耐える。

 

17歳の純朴な青年にはあまりに過酷な世界だった。

 

双眼鏡で目下、部隊の現状を確認し続ける。

パニックに陥った若い兵卒は、先任下士官と古手の伍長、兵長による一喝ぶちかますという古典的な手段で正気に戻し、各中隊の衛生軍曹は精神的不具合が生じた兵士達にカンフル剤を処方し沈静化を図った。

 

大隊の恐慌状態を防ぐ事に成功したが、兵士達の焦燥感は広く漂っていた。

 

双眼鏡から目を離し、腕時計をみる。

 

午前12時30分。

 

共和国の砲兵団による砲撃開始から約45分が経過した。

 

…あと10分の辛抱…

 

スコールのように続いた砲弾の雨が弱くなり始める。

声を張り上げなくても会話が可能なぐらいには圧力は弱まった。

 

だがその10分が過ぎると間も無く敵歩兵連隊と戦車中隊による必死の突撃が始まり、雪崩れ込んでくる。

それも何個もの波状線になって自分がいる戦線に振りかかるのだ。

デスオンパレードのラッシュは狂気である

 

準備砲撃は名の通りただの準備。

前菜に過ぎず、本番は砲撃の幕引きとともに始まる。

そこからは阿鼻叫喚のメインディッシュ

そこからは果てしなき泥沼戦だ。

 

「結局、生き地獄からは逃れられないな…」

 

少し淀んだ低い声でカイジは呟く。

意外にも恐怖に震える心理と裏腹に声には震えも無く、逆に冷静さを感じさせるようだった。

 

「それはいつもの事じゃねぇすか。何処に行こうが地ベタに這いずる歩兵さんである限り、つきまとう宿命ですぜ。大隊長殿。」

 

皮肉のような軽やかな口使いでカイジの耳元で話すのは熟練した兵士の雰囲気を醸し出すヴォルフ・ハイネマン大隊先任准尉。

 

彼とは共に戦って長い。俺が二等兵の時から世話になっている戦場の先輩だ。もう10年ぐらいの付き合いになる。

今では立場が逆転しているが、尊敬の念を忘れてはいない。

 

「そりゃそうだが…今回は大分キツイぞ…」

 

「確かに我々は押されてますし戦力的には現在劣勢ですが、まだ戦線は維持可能な範囲。連隊の兵力は数だけなら充分。幸いここの陣地は第二次工事を終えて防御基盤はしっかりしてる。ですよねユルゲン大尉。」

 

若き大隊幕僚のユルゲン大尉は頷きながら答える。

 

「その通りです。既に証明されてはいますが…この防御の要となる主抵抗線は砲撃からの耐性は高いです。あと何回か同様の攻撃を受けても持ちこたえられるでしょう。」

 

補足するように大隊副官を兼用する火力運用幕僚のカルペン少佐が説明する。

 

「それにここに配置された機関銃は、突発かつ奇襲的な射撃を行え、死角も少なく充分な防御が可能です。対戦車砲も同様です。」

 

「さらに言えば第二戦線内には中央軍先遣部隊の突撃砲2個中隊を配置し、戦略予備として後方に1個戦車大隊を隠蔽防護、待機しています。定数割れですが…防御戦では有用な戦力です。」

 

他の幕僚からも端的に我が方に有利な状況にあり、充分な勝機はあると意見が飛ぶ。

 

帝国式の堅固な陣地、機能的に配置された機関銃陣地と対戦車砲陣地、精度の高い砲兵大隊の支援射撃体制、防護火力を最大限に発揮出来る連隊戦力と定数割れといえど戦車部隊の援護がある。

 

確かに希望はなくはない。もちろんそうなるように限られた期間で準備をしたわけだが…

 

「とまぁ、懸念事項はあるも、なんだかんだ条件には恵まれてるわけです。大隊長が一番理解されてると思いますがね。中央総軍とノルデンからの応援も弾丸のように向かってますから、なんとかなりますよ。」

 

ヴォルフはとりあえず安心して構えとけと言うように話す。

 

「確かにそうだな…どちらにしろ集められるカードは揃えた…やれることはやろう。勝つための手筈は整えたしな…」

 

ヴォルフはそうそうと言わんばかりに頷き、各大隊幕僚は己が役目を果たす事を強く胸に誓いつつ頷いた。

 

「敵は攻勢に充分な規模を要した部隊だ…少なくとも1個師団だ…数日は戦闘は続く…長丁場になる覚悟を決めよう…」

 

これから始まる激戦に自らを鼓舞する。

そして、通信士官から甲高い声で連隊本部からの命令が飛び込む。

 

「連隊本部から各大隊!敵砲兵部隊の準備砲撃終了!敵攻勢部隊の前進を確認!連隊はこれより防御戦に移行する!対歩兵、対戦車、対空戦闘用意!各部隊配置につけ!!」

 

連隊本部からの号令が塹壕陣地内に響き渡る。

 

砲弾の雨が緩やかに消えゆく中で、大隊は機械的かつ機敏に戦闘配置につき始める。

 

「カルペン、大隊本部は任せた…俺は前衛指揮所に行く…」

お気をつけてと一言を聞くとカイジは己の配置につくべく駆け出す。

 

「大隊長殿、お供しますぜ!」

ヴォルフがにやけながら背後につく。

「好きにすればいいさ!」

ぶっきらぼうに答えながら、カイジは敵の動向に思考を巡らせる。

 

現在の兵力で持つのか?という問いはもはや愚問であり、どちらにしろもたせねばならない。

 

ともあれ今回の攻勢はおおよそ第3波くらいまではあるだろう。

 

第1波で何個かの歩兵中隊を溶かす前提で出血覚悟の威力偵察を行い、俺達の戦力強度を図るだろう。

 

第2波で戦車部隊を擁する突撃部隊によって自らの攻勢戦線を形成しつつ潰しにかかり、第3波でトドメを刺すために畳み掛ける。

場合によっては予備戦力も加える筈だ。

それ以上は兵力の消耗度、自らの戦線維持の兼ね合いにより難しいだろう。

 

自軍の戦線に穴を空けるような行為は例え熱くなりやすい共和国軍と言えどしないだろう。

 

なお歩兵3個中隊・戦車1個中隊混成の戦闘大隊を幾つか投入されるのも加味しなければならない。一気に決めるなら第一波で全力投入。俺ならそうする。

 

敵の攻勢戦力の主軸であり、強力な攻撃力をもつ戦闘大隊は脅威度は高い。これを如何に排除するかが重要なポイントになる。

 

さらに言えば敵航空部隊の存在も常時気にしなければならない。

 

だが敵の攻勢と合わせて目下帝国軍による防空戦が行われており、準備砲撃の最中に届いた戦闘経過電文によれば帝国軍側は上手く凌いでいるとの事だ。

 

だが油断は出来ない。

航空戦の展開は地上戦に比べ不規則であり、現在は優勢と言っても数分経てば変わる可能性があるから安心は出来ない。

 

しかしながら、敵爆撃機部隊が飛来していないのを見るとまだこちらの命は幾分か稼げそうではある。

 

「(状況によって上手く転べば…挫けるかもしれない…敵の攻勢を…)」

 

だが、ここに来てカイジはよぎる。

戦場において生起する数多の不安要素。

その幾つかが結びついた時に繋がり導かれ、形作られる結論。

 

それは敗北という決定的な二文字。

致命的とは言わないが、明確に浮かび上がる連隊の抱える根本的な問題をカイジは払拭出来ていなかった。

 

それでも、カイジは自らの走りを止めずに向かう。向かうしかなかった。

 

「(どうあがいても、逃げれねぇんだ。こればかりは…ここが正念場…今ある全てを利用して勝ってアイツの鼻を挫いてやる!)」

 

脳内に浮かぶは、自分のいた世界から切り離した存在のうすら笑み。

…いつか、ぶっとばしてくれる!

だが、その前にはこの戦いに生き残る必要がある。

 

頭から吹き出してくるアドレナリンを感じながら、ヴォルフと共に前衛指揮所に配置につく。

 

生きるための闘争に対する原初的な感覚が、否が応でも職業的技能をカイジに身につけさせた。

 

何度もカモにされながらも体得した危険を予知する洞察力、勝機を掴む分析力。

 

かつていた世界で命を賭け戦い苦しみ、失いながらも育んだ異様な勝負魂と勇敢さ。

 

天才や非凡ではなく、特別な能力を持たない、特に必見すべき力もない。

どちらかと言えばクズとも言われる彼がここまで来れたのは、簡単に言えば常に戦闘の焦点にいながら、それでも生き残ってきたからである。

 

それは説明のつかない戦争の現象の1つである。

 

「だから…今回も生き残ってみせる…そして取り戻す…俺の日常を!大隊戦闘射撃用意!」

 

「まったくその通りですなぁ。我らが帝国に繁栄と栄光を!後退した分の領土を倍にしてフラン野郎から奪いとりましょう!」

 

恐らく、微妙に噛み合っていないと思われる会話を終え、カイジは双眼鏡で細かい金属、塵埃、硝煙、巻き上げられ土埃が入り混じった重苦しい空気の向こう側を見る。

 

そして視線の彼方先に見える稜線にゆらゆら浮かぶ、無数に連なる影を視認する。

 

「いよいよ来たか….」

 

共和国砲兵団による最後の一斉射が轟き、最後の着弾を確認すると戦場は一瞬静寂の間に包まれる。

 

いよいよ始まるのだ。蛮勇と勇猛が同居する愛国的な攻撃精神に満ちた狂気 「エラン・アタック」が…




カイジは、ギャンブル以外だともっぱらダメ人間という印象ですが、
彼の行動や性格をよく見て考えると「意外と軍人なら向いているんじゃないかな?」と思ったのがキッカケでした。

彼がもつ命を賭けた戦いで発揮するズバ抜けた洞察力、分析力。
そしてほぼ他人に等しい人間でさえ、手を差し伸ばして共に戦い、助ける情の熱さは一重に言えば人間的な魅力に溢れてます。

そんなカイジが軍人としてならば、もしかしたら後世に残る人物になったかもしれないとゆう仮定が出来たのです。

元々、4年ぐらい前から構想はあったのですが中々勇気が出ず形にできませんでした。

しかし、幼女戦記と出会いターニャとゆう合理主義、成果主義の権化たる人物を知った時、カイジとターニャが共に出会った時どうなるのかを見たくて一気に書き出しました。

正直、初めての投稿なので表現に悩む部分が多く、荒削りな部分が多いですが…ご容赦下さい。

何か意見や感想があれば気軽にコメントして下さい。
参考になりますし、モチベに繋がります。

ちなみに結末はすでに作りあげたので、完結を目指して努力します。


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第2話 地獄の釜Ⅱ

「フランソワ軍の歩兵部隊が自分のいる陣地に迫ってきた時にようやく実感したんだ。ああ…本当に戦争なんだ。撃たなきゃいけないんだって。引き金に添えた指が固くなるのを感じたよ。もうすぐ人殺しになるんだから…」

〜帝国軍 第141連隊 第3中隊 機関銃手(名前不明)の手記より〜


アルサス=ラレーヌ地方

 

12時43分

 

砲弾の雨が上がる中、第141臨編連隊は自らが持つ戦闘機械を密やかに発動させる。

 

「連隊はこれより防御戦に移行する!対歩兵、対戦車、対空戦闘用意!各部隊配置につけ!!」

 

指揮官と通信士官から達せられた号令は自動的に連隊を戦闘に駆りたてる。

 

各大隊、中隊、小隊、分隊、班、組に至る連隊の内臓たる区分化された戦闘部署は、定められた防御戦闘配置に迅速につかせる。

 

配置につき兵士達は各々がもつ武器の点検を行う。

銃口に泥が入り込んでないか、弾は何発あるか、身につけた装備と身体に異常がないかを確実に確認する。

 

一通りの確認が終われば塹壕で、トーチカで兵士達はお互いに肩を寄せながら射撃姿勢をとり、警戒心を鋭くさせながら敵の到来を待つ。

 

ヨハン・アランベルガー2等兵は迫る戦闘に高鳴る緊張と高揚感、不安、恐怖が混ぜあった感情の昂りを感じながらMG08重機関銃のグリップを握る。

 

隣にいるヨハンと同期にあたる弾薬手ラルフ2等兵も布製の弾薬ベルトを持ちながら全身に緊張を漂わせていた。

 

それを見た機関銃長のイーゲル上級兵長は、ガチガチになっている新兵2人に声をかける。

 

「おう、新入り達。息を大きく吸うんだ。初体験だからしょうがないが、あわてるなよ。教練通りに持っている機関銃を扱うんだぞ。」

 

「はっ…はい!」

 

ヨハンとラルフは上ずった声を上げ、それにイーゲルは2人の肩を軽く叩きながら言う。

 

「いいか、俺は今まで色んな戦場で戦ってきた。ヤバイなと思った事は沢山あったが、その度に班を引っ張って生き抜いて来た。だから俺の言う通りにしっかり動くんだぞ。そうすれば死なずに済むんだ。特にヨハンは射手だからな。俺の言う事をしっかり聞けよ。」

 

「あっ…はい…分かりました銃長。」

 

「とりあえずヨハンは、肩にかけたライフルを置きな。邪魔になるからな。もしもの時以外は横においとけ。銃剣もつけといてな。」

 

「ラルフは弾薬箱を手元に持ってこい。シュパン(MG08)が弾切れした時に、弾薬が後ろにあると装填動作に時間がかかる。数秒でも装填の間を少なくしないとフランちゃんに刺されるぞ。」

 

了解と言いながらラルフは弾薬箱をせっせと移動させる。

 

「これで大丈夫ですか?」

 

「そうだな。いいぞラルフ。あと一番上の弾薬箱のロックを外して…こうやってフタの間に弾薬ベルトを少し出しておくんだ。そうすれば装填の手間がちょっと省ける。覚えとけよ。」

 

ラルフのヘルメットを叩き、理解の確認をする。

 

「はい、銃長。」

 

細かく指示を出しながら、手本を見せ、戦場で培った知恵を教える兵長に対しラルフとヨハンは先程までの砲火で身を包んだ強張りが少しずつ解けていくのを感じた。

 

「今おまえらが考える事は、そのシュパンで敵を薙ぎ倒す事だ。」

 

「他は考えなくていい。ただ俺の命令を聞いて狙いを定め機械の様に撃つ、装填、撃つ、装填を繰り返すんだ。俺は常にお前らに目を配ってるから安心して、目の前の事に集中しろ。いいな。」

 

兵長から放たれる人間的魅力を直に感じながら、これから始まる戦闘に先程まであった暗澹たる気持ちが切り替わりっていく。

 

それは明確な闘志の焔。

戦う事に対する明確な意思と衝動が湧き上がる。

 

連隊の持てるライフル、軽機関銃、重機関銃、火砲すべて射線が敵方に指向され、来たる射撃命令を今かと待ち望む。

 

いよいよ、雷鳴のように響きわたっていた砲撃が終わりを迎える。

 

束の間、雨上がりの静けさのような奇妙な感覚に晒されながら、ヨハンは目の前に広がるアルサス平原に無数の影の連なりを確認する。

 

緩やかな稜線から次々に浮かび上がり、こちらに向かってくる影はいくつもの線となり向かってくる。

 

一定の距離感を保ち、整然とした隊形を統制しながらゆっくりと確実に近づく。

 

それは紛れも無い。

フランソワ軍の突撃部隊の第一陣。

防御戦線突破を図る第1梯団。

 

「さぁ、始まったぞぉ…いよいよ本番だ。気を抜くなよ、お前らの初舞台のお相手だ。」

 

水平線から無数に湧き出る敵影を見つめながら、不敵な笑みを浮かべるイーゲル。

それは長きに渡る兵役経験からくる戦いの昂りからなのか。

 

それとも死線を潜り抜け続けた古参兵でも滲み出る緊張と不安を隠すためなのか。

 

どちらなのだろうかとヨハンはふと思うが、分からなかった。

 

明らかに危機迫る状況である中で、どうでも良い事を思うのは人間の不思議な所である。

 

過度に抑圧と緊張状態に対する反動で、来るものだろうと結論づけ、気を取直して刻一刻と近づく敵軍に照準を合わせる。

 

「いいか!俺が号令をかけるまで撃つなよ。無駄弾を撃つ余裕はこっちにはないからな!」

「はい!!」

 

ヨハンは叫ぶように返事をし、機関銃のグリップを握る手に力が入る。

 

いよいよ、来るのか。

始まるのか。

本当に撃つんだ、戦うんだ…

とても怖いな…やっぱり…

 

でもやるしかないんだ…

 

交錯する感情が溢れながら、彼は銃線の先を見据え、狙いをつける。

そして、内なる覚悟を静かに決める。

 

はじめて…人を殺すんだ。僕が殺されないように…生きる為に引き金をひこう。




中々、集中して上手くまとめる時間がなかったため、少しだけ投稿します。ちょっとだけなんですが、個人的に進めたという実感を持ちたいので…カイジが出てないので、申し訳ないです。

後、少し当初の話の構想に修正を加えて編纂中です。
あと文章表現に苦戦中。思った表現が中々出来ないのはストレスですね。まぁ、練習と試行錯誤の繰り返しで頑張ってはいます。

8月中旬から休暇が少しあるので一気に話を進めて行きます。


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第3話 地獄の釜Ⅲ

「アルサスの名産品を知ってるか?そうそう、ワインと戦争だ。」

〜州都ストラルスプールの市民の証言より〜


「タオべ1よりエルターン・フックス。敵突撃部隊の先鋒を視認。距離5000。敵戦力、戦車大隊を主力とする1個歩兵旅団相当と思われる!なお後続部隊も多数確認!」

 

声を甲高くさせ、早口に報告をするのは第144臨編歩兵連隊 連隊本部 観測班所属の女性魔導師アデルナ・ジングフォーゲル中尉。

 

連隊の目として管制・警戒要員の任に就く彼女のコールサインはライヒ語で鳩を意味する「タオべ」。

 

鳩より妖精のほうが好みだったかなと思いながら、不思議な造語のコールサインを持つ連隊本部に逐一状況報告を行う。

 

上空から差し迫る状況が鮮明に確認出来るからか興奮と緊張が滲み出るのが自分でもよくわかる。

 

彼女は国家が誇る精鋭無比の先鋭たる存在の1人。

帝国軍魔導師として任官して5年が経ち、いくつかの国境紛争や海外派兵に従事。

実戦も幾度か経験し死線を潜り抜けた。

任官後も上級魔導戦技過程など様々なカリキュラムを経たベテラン魔導師だ。

 

まだ5年、されど5年。その期間で濃密な経験を公私ともに積み重ねているアデルナからすれば、大体の事は驚かず理性的かつ冷静に対処できると思っていた。

 

だが現実には自らが経験し、見てきた以上の世界とモノを見せつけ、実感させられる。

 

ワインの名産地として名高い美しきアルサス平原をじっくりと侵食してゆく100輌相当の戦車と装甲車、埋め尽くさんばかりに展開する多数の歩兵部隊。

 

突撃部隊先鋒は戦車、装甲車混成の機甲部隊、その後方には縦深が2〜3キロ程に伸びる歩兵部隊が横隊散兵隊形を構築しながら、ゆっくりと近づいてくる。

 

これぞ近代国家の持つ力、伝統的に強力な陸軍を保持するフランソワ共和国。

 

思えば、列強国同士の正規軍を総動員し、真っ向からぶつかり合う戦争を目の当たりにするのは初めてだった。

 

「タオべ1、こちらエルターンフックス。敵戦車部隊の詳細及び、現時点における突撃部隊先鋒の戦闘体形を報告せよ。」

 

「タオべ1よりエルターンフックス!敵戦車の陣容、ルノーNC 30両以上、ホチキス30両以上確認。その他40両程は装甲車だと思われる!」

 

「敵先鋒は、最前列に戦車部隊を横隊隊形で展開!後方の装甲車及び歩兵部隊は傘型散兵隊形を形成している!」

 

連隊本部に対し、的確に現在目下で視認できる限りの情報を伝達していく。

 

彼女にとって幸いだったのは、敵航空機部隊の接近を確認出来てなかった事だ。

 

西方航空艦隊の善戦によるものだろう。

これは連隊にとっても小さくない救いだ。

 

だが湧き出る無数の敵部隊が我が連隊に確実に近づくのを見ながら、不安がよぎる。

 

「切り抜けられるかしら?…これ程の部隊を相手に…」

 

ぼそりと呟きながら、自らの仕事を果たすべく、雲の合間に隠れ空を舞いながら観測を続ける。

 

 

「いよいよ、おいでなさりましたなぁ。この戦線もお客さんには困りませんな。」

 

「ああ…繁盛する事は間違いない…特にここらへんは人気スポットだからな…」

 

「間違いないですなぁ。"アルサス平原のワインは我らが作る"とか言ってますもんね。」

 

「やれやれ」と言わんばかりにヴォルフは肩を竦める。

 

「今回のフランによる奇襲攻勢は、空隙を突いてのルーラ工業地帯の制圧と帝都進撃の楔を打ち込むことが目標らしいが〜実際はアルサス・ラレーヌ地方の奪回が本心だとか思ったりしますな〜」

 

ヴォルフは冷めた微笑を湛えながら溜息をつく。

彼は硝煙に塗れた戦場を青年時代から渡り歩いているが、その中でもフランソワとの紛争

ではかなりの手を焼き、厄介な後処理に追われた事を昨日の様に覚えている。

 

「…いったいあの執念は何処から来るものか…骨が折れますなぁ…顔の傷が疼くぐらいに…」

 

ヴォルフは額から顎にかけて深い傷を手でさすりながらボヤくように語る。

 

顔に刻まれた戦傷は第一次アルサス事変の激戦区で受けたものだ。

「自国の意思を突き通す強さは世界屈指だ…その頑固さは半端がないからな…」

 

カイジにおいても、それなりに長い軍歴の中でアルサス絡みの紛争は幾度か経験してる。

 

その国境紛争で、彼らがアルサス・ラレーヌ地方に見せる異様な執着心を血生臭い戦いを重ねる度に見せつけられた。

 

「(アルサス・ラレーヌ地方一帯は、長年に渡る両国の係争地…特にフランソワ軍は失地奪回を叫び続けている……今回の攻勢でも南部方面に多くの戦力を集中をさせているだろう…)」

 

アルサス・ラレーヌ地方は、フランソワとライヒとの国境地帯にあり、それぞれの国から見れば地理的には周辺であるのにもかかわらず、欧州の「中心」地域になっている。

 

ライヒの前身たるプロセライン王国が普仏戦争でフランソワを破ると、プロセラインはフランソワとの講和条件としてアルサス=ラレーヌを国土の一部とした。

 

その後プロセライン王国は現在の軍事国家「ライヒ」の成立を宣言し、この地域を帝国の直轄統治下に置いた。

 

ただし元々アルサスの一部であったはテトリアル・ド・ベルディアンは併合を拒み、激しく抵抗したためフランソワ領に留まった経緯がある。

 

それ以後、度重なる国境紛争を重ね続ける事になる。

 

そして現在に至るまでフランソワとライヒを丁度二分する中間点となり、なおかつ欧州の中心ということは歴史をふりかえれば非常に象徴的であり、絶え間ない火種を燻らせている。

 

特にフランソワはいつ如何なる時に於いてもアルサスを再び我が物にせんと躍起になっているのは当然の結論である。

 

「(フランソワは奪われた事に対する屈辱を絶対に忘れず、いざとなれば必ず奪い返す…

特に自分のプライドを傷つけられたならば、執念深く報復の機会を待ち続ける、そんな奴等だ…)」

 

一度、掲げた信条は必ず突き通す。

 

それを果たすために多くの犠牲を積み上げ、血で大地が汚れようとも厭わない。

何年、何十年掛かろうとも決して厭わない。

 

「奴らにとっては、ここはルーラ地方の重工業地域を制圧する以上に価値がある…」

 

1つ仮定の話をしよう。

 

仮にルーラ地方の重工業地域を制圧出来ず、中央最短ルートによる帝都進撃の矛先が頓挫したとする。

 

だが彼等にとって失った領土の奪回を達成せしめる事が出来れば、長年の国家目標、ひいては多くの対帝国工作を行った愛国者達の願望を果たせる。

 

さらに国家発揚の起爆剤としては充分な効果を持つ。主に大衆に対してだ。

 

結果的にライヒとは負け戦続きのフランソワとしてはアルサスを手にしたという事実は、絶大なインパクトを発揮する。

 

それは事実上の勝利宣言に等しい。

煌びやかで荘厳な表現を多岐に渡って使用したプロパカンダで勝利を脚色しながら、フランソワは全土で叫ぶだろう。

 

「共和国は遂に取り戻したのだ!悪逆たる帝国からアルサスを解放した!」と

 

共和国としての自信を取り戻し、人民は勝利の栄光に興奮し、内なる感情に滾らせ、更なる団結を促す。

 

ライヒからすれば、ライヒ建国史上はじめての固有領土の失陥という虚しき敗北と屈辱を歴史に刻む事になる。

 

更に踏み込んで言えば…

 

「アルサスを抑えれば、中央方面が駄目でも南部方面からルーラ地方をぶち抜き、帝都進撃の活路を見出せるといったところかな?」

 

まさしくその通りだ…流石はおやっさん。

兵隊として錬磨を極めただけではなく、上級士官が持つ戦略眼を備えている…

もしおやっさんが、若く士官としての道を辿っていたのならば、今では俺と同じように大隊を率い…いや連隊長クラスになっていてもおかしくはなかったかもしれない。

 

だが…これは所詮、たらればの話。

逆に言えば身1つで戦線を駆け抜け…傷つき戦い続けた兵隊という立場だっただからこそ、研ぎ澄まされた能力なのだろう…

 

「その通りだ…だが効果はそれだけではない。

アルサスを抜けつつ南部方面のミューズ地方に進出し、突破口を開けば我が軍に対し肩翼包囲を実現可能だ…」

 

ミューズ地方はアルサス南部に位置する主要工業都市群であり、南部戦線に最も近い兵站の要衝となる重要拠点である。

 

このミューズ地方を制圧され橋頭堡を築かれば、タダでさえギリギリの戦力配分による帝国南部方面軍の防衛戦線は耐え切れない。

 

そして一度突破されば戦略予備が事欠いている南部戦線の破口は簡単に防げない。

 

「ミューズ地方から雪崩れ込む共和国軍はライヒ中央方面軍の背後を衝ける…」

 

それだけではない。

 

「ライン戦線後方に展開中の主力砲兵部隊と移動中の野戦軍…後方連絡線の主軸である…鉄道網の遮断もされるという事だ…」

 

帝国がライン戦線を持ち堪えれているのは戦場の女神たる砲兵部隊による濃密な火力支援と国内で緻密に張り巡らせた鉄道網による兵站線と兵力増員が一元化された輸送システムとして機能しているからだ。

 

それが失われれば、どうなるか。

想像せずとも瞬時に理解出来る。

 

砲兵部隊が側面、背面からの雪崩れ込む共和国軍により壊滅。

帝国の生命線である主要交通路の鉄道を遮断、破壊される。

戦闘準備を終えていない配置転換中の野戦軍が包囲される。

 

最終的に南部方面軍だけではなく中央方面軍が包囲殲滅されての瓦解。

 

それは帝国の敗北である。

 

それは何としても避けねばならない。

 




ようやく続きを更新出来ました。

本当に遅くてすいません…3話くらいには戦闘に突入させたかったのですがね。



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第4話 地獄の釜Ⅳ

包囲殲滅

 

名の通り敵軍全体を包囲し、完膚なきまで叩き潰すことだ。

 

それを行うには迅速に、滑らかに、柔軟に自軍を機動的に動かし、敵軍の側面を、背面を衝き、不安定に導く。

 

そして陣形を崩しながら、攻囲が完成したならば後は徹底的に攻撃して殲滅する。

 

後顧の憂いなく、完全に。

殲滅との名の通り、敵を消滅させる。

 

この戦術は、一介の新任士官から師団を統べる司令官、方面軍を統括する高級将校に至るまで大なり小なり部隊を率いている指揮官であれば、誰でも知ってる事である。

 

包囲殲滅が持つ甘美な響きと壮大なスケールには指揮官という立場であるなら、心惹かれるものだ。

 

特に包囲殲滅という攻撃的な戦術は、この時代ではライヒの専売特許の1つとも言うべきものだったが…

 

今は逆にフランソワ共和国によって行われる

可能性が、未来が目の前に広がっている。

 

いや、もう少しで実現するかもしれない。

 

アルサス・ラレーヌ地方に展開する帝国南部方面軍の戦線に1つでも穴を開け、破口を大きくする。

 

破口から進軍ルートを構築出来れば南部から進出して南部方面軍を叩きつつ、中央方面軍への肩翼包囲は実現可能の域だろう。

 

無論、帝国軍がそれを黙って見ている筈がなく猛烈な抵抗を示すため、それは簡単な事ではない。

 

させるつもりは毛頭ないが…

 

「とにかく…頭が痛い問題は多いが…まずは目の前に広がる敵を潰さなければならないな…」

 

「全くその通りですな…細かい話はそれからですねぇ…」

 

ヴォルフとカイジは稜線の彼方から溢れ出し勢力を拡大しながら近づく共和国軍の梯団を一瞥しつつ、戦闘指揮所に矢継ぎ早に入る偵察報告と合わせて肉眼での戦力把握に努める。

 

「敵は1個戦車大隊を先鋒とした1個歩兵旅団相当か…更に後続部隊は多数と…」

 

「各偵察、観測班の報告を統合すれば…後続と合わせれば約2個旅団程となります。今のところはですが…」

 

二個旅団か…大雑把に計算して約1万人。

攻勢前衛を務める1個戦車大隊は装甲車込みで…100輌を展開している…完全編成部隊だ…いや正確に把握仕切れてないため、もっと多いかもな…侵攻用に通常より増強された部隊の可能性もある。

 

当初は歩兵3個中隊・戦車1個中隊混成の戦闘大隊を主軸に投入すると思ったが…1個戦車大隊を一気に投入してきたか…想定はしていたが…より厄介だな…

 

比してこちら側の戦力は一個歩兵連隊で兵員は約3500名。

急遽戦線の穴埋めの為に作られた臨時編合部隊という特性上、正規人員より500名程多い。

 

だが本来は前線に投入されない筈の新兵を養成する教育部隊、後方の警戒任務主体の予備役中隊を丸ごと連隊に編合されている上、それらが連隊戦力の半分に達する状態。

 

そんな未熟な歩兵戦力を補う為に前面火力増強として急派され、連隊指揮下に組み込まれた戦車部隊は心強い面であるが現実は限定的な戦力だ。

 

増援の戦車部隊が定数割れだったからだ。

 

前線の歩兵部隊にとって頼りの綱となる突撃砲2個中隊は定数割れで合計23台。

 

後方で機動打撃戦力として展開する1個戦車大隊に至っては定数の半数以下、25台。

 

共和国軍の突撃前衛を務める戦車大隊に対して半数程しかない。

 

表面上は通常の連隊に比べ兵力が強化されているように見えるが…蓋を開ければこうである。

 

言わば、寄せ集め部隊の実像であり、連隊が抱える問題点だ。

 

幸いな点は、連隊後方に控える砲兵大隊が10.5㎝ leFH 軽榴弾砲 18問の完全編成である事だ…敵勢力に対して明らかに火力不足は否めないが…ないよりマシだ。

 

「現戦力対比は1:3…もっと開くかもしれないが…」

 

「この陣容で第1派ですからな。第2派の戦力が倍加するとしたら恐ろしいなぁ。」

 

「波に乗っている内に決めたいようだな…」

 

第1波で歩兵部隊を主軸とした攻勢という形の威力偵察を行い、俺達の戦力強度を図ると予想したが、彼等は最初からこちらを崩しに来る方針にしたらしい。

 

各方面でフランソワの全面攻勢が継続して発動されている状況を考えれば、攻勢の足並みを揃えつつ、帝国軍の全戦線を圧迫するならば、歩兵を犠牲にする前提での威力偵察など悠長な事しないか…

 

フランソワ共和国は俺達の戦線を初手で一気に叩き潰し、正面突破を図りに来ている…

 

ならば、こちらも相応の手段で持って叩き潰さなければならない。

 

完膚無きまでに…やらなければ。



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第5話 地獄の釜Ⅴ

進撃してくる強力な敵突撃部隊を完膚無きまで叩き潰すには、どのような手段を講ずるべきか。

 

自らは連隊規模で、敵が率いる二個旅団相当の戦力と殴り合って勝利を収めなければならない。

 

大体、戦争において防御側というのは戦力的な数では劣勢というパターンは常に付き纏いがちだ。

 

敵は攻撃3倍の法則に基づき、戦闘において有効な打撃を与えるべく相手戦力に対し3倍の戦力を準備するものである。

 

人類が長きに渡る戦争の歴史で育んだ戦場の法則の1つである。

 

今回の戦力比率も大体1:3である。

新手がくれば、またこの比率もさらに広がるだろう…嫌な話だ。

 

もちろん限られた戦力の中でも切れるカードや方法は幾つかある。

 

今回の陣地防御戦における場合から見れば、3つの対処法が浮かび上がる。

 

1つ目は後方に控える砲兵部隊の支援射撃。野砲、榴弾砲による突撃破砕射撃は障害物が限られている平原地帯では非常に有効的。

 

特に高精度、高威力に執拗に追求した帝国の野戦砲は防御戦において包括的な定点射撃も実現可能だ。

 

こういった塹壕陣地戦ではセオリーな手段である。

 

特に自分達の部隊の両翼に展開する師団砲兵も限定的に扱えれば敵部隊に対する阻止火力として大いに役立つだろう。

 

2つ目は、航空支援による制圧防御。

これが一次支援だけでも出来ればグッと楽になる。

 

航空機による地上攻撃力が強力かつ効果的なのもそうたが、味方の航空機が飛来し自分の部隊を援護してくれている現実が兵士にとって強い励みになる。

 

空からの守りの手は激しい戦線で戦う将兵にとって大きな精神的支柱となり、何かあれば崩れやすい兵士達の不均衡な戦意を保ち、時に高めてくれる。

 

部隊指揮官からすれば戦力的余力・戦闘における継戦持続力の確認になる。

 

だが航空優勢がどちらにあるかは微妙で不透明な点があるのが気掛かりだ。

 

3つ目は、戦車中隊・突撃歩兵部隊を主軸とした機動防御戦の展開。

これは、敵攻勢部隊に対し、現在行っている遅滞防御戦から転換し、機動防御戦で以て敵部隊に意図的な消耗を与えつつ、部分的な突出部を形成するという事だ。

 

防戦一方の我が部隊に一時的な優勢状態を構築する事を旨とするが、これはリスクが高い。

 

わかっているだろうが、自分の受け持ち区域の防御陣地やら戦線を守りながら、攻勢に打って出よと言うんだから戦術上難しい手段だ。

しかも倍近い敵に対してだ。

 

攻撃こそ最大の防御と誰かが言っていたが、それは口で言うほど簡単ではないし、難易度も遅滞防御戦に比べ爆上げである。

 

やり方はざっくばらんに言えば、敵攻勢部隊の前進速度を持てる限りの防御火力で、鈍化若しくは阻止して攻勢を短時間の間頓挫させる。

 

そして敵部隊の側面ないしは、敵各部隊間の隙間など脆い部分に対し機動力を持った戦車部隊、突撃歩兵部隊で持って集中的な攻撃をかけ敵部隊を消耗させ、最終的には反包囲戦の如く殲滅して戦線に楔を打ち込もうというものだ。

 

これを超越攻撃、逆襲攻勢ともゆうのだが、あまりに危険、諸刃の剣である。

 

ただでさえ、台数が限られている虎の子の戦車部隊を防御戦から抽出しなければならないし、機動防御戦に追従できる練度を持った突撃歩兵部隊も僅かにしかいない。

 

部隊の半分近く予備役中隊と陸軍教育部隊で形成されてる連隊だ。練度なんてお察しだ。

 

寄せ集めの集団であり不安事項を幾つも抱えている連隊が機動防御戦を展開したらどうなるか、結果は新兵でもわかるだろう。

 

よくて部隊の半壊、全滅を引き換えに敵にそれなりの損害を与えるのみ、悪くて何ら有効な打撃を与えないまま、返り討ちにあって終わるかだ。

 

今の部隊ではあまり使いたくない戦術だが、状況によってはやらざるを得ない選択肢として残される…

 

それ以前に我らのお上たる帝国軍参謀本部から遅滞防御から機動防御戦に切り換えるとのお達しが来ているから、避けれない現実を受け止めざるを得ない。

 

ああ…いやなものだな…だが条件を整えれば、いけないこともない。

勿論、かなりリスキーである事は否定はしないが…

 

ただ、それが使えるのかどうか。

効果を発揮できる状態かはまた別問題である。

 

まずは順序を追って確認しよう。

 

「敵攻撃部隊との彼我の距離、4500を切りました!」

戦闘指揮所内の通信手から敵部隊との接敵カウントダウンが伝えられる中、カイジは戦闘態勢移行前に通達していた支援要請の可否を確認する。

 

「連隊両翼に展開する味方師団に打診した支援射撃要請は受理されたか?」

 

「連隊本部から両師団本部に確認したところ…」

確認をした通信士官の言い淀んだ姿勢からあらかた内容に予想はついた。

 

「段階的な遅滞防御を実施中であり、弾力的な火力運用の余地があれば適切な時期に実施をする…との事です。」

 

これは要約すれば「こっちはそんな支援する余裕はない。」という断り文句だ。

軍隊というのはいちいち言い方がややこしく捉え方が難しい。特に陸軍ときたら肩苦しい事この上ない…

 

なんなら、スパッとはっきり「そんなもんは無理だ!今度にしてくれ!」と言ってくれた方が楽なんだがな…

 

少々イラつきながらもカイジは次に南部方面航空機動支援艦隊に要請した航空支援は受けられるか確認したが…これも

 

「支援優先目標から順次、適切な対応をしている為、しばし待たれたい。現情勢下では各現場指揮官、部隊の努力で防御戦線で維持せよ。」とお断りの通達を頂いた。

 

「やっぱりなぁ…」

 

陸軍に比べたらまだ空軍の方がわかりやすいな…文言が…と思いながらカイジは呟く。

 

「どこも予約がいっぱいのようですな。まぁ、わかりきっていた事ですがね。」

 

「そりゃ、そうだ…簡単に支援を約束してくれるほど俺らの軍は優しくないさ。」

それもそうでしたなとヴォルフは答え、カイジは小さなため息をつく。

 

飽和状態の戦線でたやすく味方の支援を受けれないとわかっていたが、わかっていても支援を受けれない現実はいささか身に堪える。

 

カイジは頭をもたげながら、結局は現場の部隊で何とかせざるを得ない状況を受け入れる。

 

わかっていたさ…だから限られた環境で手筈は整えたんだ。

 

カイジが頭をもたげながら、やるしかなかろうと決心を固める。

 

ヴォルフがカイジの肩を叩きながら語りかける。

「それで、どうします。大隊長?」

 

「決まってるさ。プランBで行く。」

 

「了解。ではメーベルトの兄ちゃんに手筈通りにと伝えます。」

 

「ああ…よろしく頼むよ。」

さて、まずは第一幕だ。

願わくば、第一幕で閉幕とならないように…

 

「敵攻勢部隊、距離3500を切りました!目標前衛部は、まもなく突撃破砕線に突入します!」

 

やれることをやり、繋げてやるさ。

 

「第1砲兵大隊、射撃準備完了!各歩兵中隊の火力投射準備よし!いつでもいけます!」

 

通信士、伝令達の報告が戦闘指揮所に矢継ぎ早に入り、開幕準備は整う。

 

「カルペン少佐より。各戦車部隊は配置転換完了、各大隊すべての準備完了。大隊長に次の指示を乞うとの事。」

 

「距離3000を切ったら砲撃開始だ。火力調整会議で通達したとおり、代用品の効果範囲を最大化するために弾幕射撃ではなく精密射撃で行うようにと伝えろ。」

 

俺は未来を…明日を繋げる!




大分、間隔が空いてしまいました。
言い訳なんですが、仕事の事で中々余裕がない状況が続き手をつけれてませんでした。
他の投稿者みたいにペースを一定に上げたいのですが…現実はうまくいかないですね。

文章も稚拙な面が目立ち、わかりづらく悪筆ですが御容赦下さい。
でも、嬉しい事に評価バーに色がついていて嬉しかったですね。
やっぱり、見てる人がいるとゆうのは気持ちが高ぶります。

投稿は遅いですが、気長に見てくださる嬉しいです。
質問やこの用語の意味は何?的な事があれば、いつでも受け付けています。宜しくお願いします。


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第6話 地獄の釜 Ⅵ

膨大な砲弾が空を高く舞い、空を切る音を聴きながら、地上の兵士達は前に進む。

 

無数の兵士が歩く、歩く。

互いに肩を並ばせ一定の間隔を持ちながら整然と緩やかに歩き続ける。

 

雄大な景色が広がるアルサス平原を軍靴で踏みならし、戦車の履帯で蹂躙しながら積年の敵たる帝国軍の防御塹壕線に確実に近づいてゆく。

 

「帝国軍防衛線まで約4000!味方の勇猛なる準備砲撃終了まで5分を切った!まもなく帝国軍の防御火力線に入るぞ!中隊総員、警戒を厳とせよ!!」

 

立派な口髭を蓄えた中隊長のがなり声が砲撃音、爆発音ともに指揮下の兵士達は耳に入る。

 

間も無くその時が来る事に緊張とともに備える。

 

帝国塹壕地帯に対し、部隊の犠牲を糧とした総員突撃。

 

兵士達は無言で身を低くし、ライフルを構えながら早足に歩き始める。

 

高鳴る緊張と高揚感、降りかかる不安と恐怖が混じり合った感情を堪えながら若き兵士達は前に進み続ける。

 

その中に20歳になったばかりのジャン・ピエール上等兵がいた。

 

フランソワ軍の突撃部隊の第一陣の先鋒の中に、第3師団 第42連隊 第2大隊 第1中隊所属する彼は周りに蔓延る不安と恐怖を感じるつつも、激しく昂ぶる闘争心に身を包んでいた。

 

幼少期から憧れた軍人となり、今まさに最前線に立ち上がり祖国のために戦えることはこの身にまさる光栄だった。

 

そう戦える、戦場で戦えるのは本望だ。

その相手がヨーロッパを脅かす悪逆たる帝国であるならこれ以上に望むべきものはない。

 

彼にとっては、帝国との戦争は待ち望んでいた夢の舞台だったからだ。

 

ふと遠目に見れば僅か先にある帝国軍の塹壕陣地は容赦ない砲火にさらされている。

 

幾重にも重なる爆発は大地をとことん抉る。

 

巻き上げられる土砂が塹壕を覆うのを目の当たりにし、おびただしい炸裂音が耳に入る。

 

「やっぱり….すげぇ…なんて破壊力だ」

ジャンは思わず口を漏らし、我らが砲兵部隊の威力に感嘆する。

 

我がフランソワ軍の猛砲撃に帝国軍はもう半壊していてもおかしくはなさそうに見える。

 

そう感じてもおかしくはない、異様に速射性に特化し演練を重ね続けた共和国軍の砲兵部隊は短時間でも数千、数万発に及ぶ火力投射を実現した。

 

猛烈な砲撃の効果は視覚、聴覚的な感覚だけでなく平原を揺さぶる地震としても感じる。

 

準備砲撃が終わった後には、もう何も残っていないのではないか?

 

残っていたとしても、深い戦傷を抱え息も耐えの残党しかいないのではないか?

 

労せずして、帝国軍の防衛戦を突破し、簡単に塹壕地帯を占領出来るのではないか?

 

それはそれで、困る。

 

せっかくの戦争だ。

この時のために日々、欠かさずライフルを綺麗に整備して、銃剣はピカピカに磨き上げて刃先は鋭利に研ぎ澄ませた。

 

帝国兵を滅多打ちにしてやるために銃剣術の鍛錬も重ねたんだ。

 

少しはしぶとく帝国兵には生き延びて欲しい。

 

でなければ、血に滾る銃剣突撃で塹壕に引きこもる帝国兵の心臓に銃剣を突き刺す事は出来ない。

 

確たる戦果を上げれないではないか。

 

本当は、こうは願ってはいけないだろうが帝国兵には自分の訓練の成果と武勲を上げるために骨太に生き抜いて欲しいと願う。

 

「(まぁ、ここまで徹底的に打ちのめされてはここでも自分の望みも叶わないかもしれないな…せめて死にぞこないの帝国兵に最後の慈悲ぐらいはかけてやるか…)」

 

それに戦争は始まったばかり、これからも戦いは続く。

 

まだまだ手柄を立てるチャンスは転がっている、またの次回に期待だと思った矢先に隣にいた分隊長のアルバン軍曹に呼び掛けられる。

 

「ジャン、大地を揺さぶる壮麗な我が軍の猛砲撃に感動しているようだが、お前が思っている以上に帝国軍に損害は与えられていないんだぞ。」

その言葉にジャンはキョトンとした顔を浮かべる。

「えっ…?あんなにバカスカ打たれまっくてれば、生き延びている帝国兵なんて僅かなものではないのですか?」

 

「今見ている光景を見れば、そう思っても不思議ではないだろう。だが、現実は半数も殺れていない。」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ、実際は1割ぐらいか。上手くいって2割か。まぁ、そんなもんだ。場合によっては何ら損害を受けていない事もあるんだ。」

 

「そんな馬鹿な…」

ジャンは驚きを隠せなかった。

帝国軍防御陣地に万遍なく降り注ぐ圧倒的な鉄量の暴力の前では全滅していてもおかしくないと思っていたのだから。

ジャンの表情を見ながら歩を進めるアルバン軍曹は話を続ける。

 

「塹壕に潜んでいる敵はそんな簡単にくたばりはしない。」

 

そこから軍曹の塹壕講座が開始される。

 

「まず、一見敵が生き延びていないと思うほど大量の砲弾を浴びせても塹壕は思いのほか頑丈だ。」

 

人間の身長以上に深く掘り下げられた塹壕は砲弾の衝撃波と破片の殺傷から兵員を守る。

 

塹壕内に直撃を与えなければ明確な損害は与えられない。

 

そして簡単には崩れないように土嚢、レンガ、材木で固められ、中にはコンクリートで堅牢に工事されたものもあり堅牢な防護陣地として機能している。

 

そのため塹壕を野砲による面制圧で打ち砕くには難しく、効果は思いのほか限定的と軍曹は語る。

 

「特に帝国軍の野戦築城能力は高いからな。あの程度では潰せないさ。」

 

「あれだけの砲撃が、あの程度って…」

 

「見た目は派手だが重砲使ってないだろ。弾数多くても威力不足は拭えないな。」

 

奇襲性を求めたフランソワ共和国の攻勢計画に合わせて各部隊は進撃速度、突破力を重視した編成と装備に置き換えている。

 

火力的な全般支援を担当する砲兵部隊も機動力に富んだ戦闘部隊に追従できるように編成されている。

 

それに対し威力はあっても移動するにも何頭の馬が必要となり、馬力があるトラックを使用して牽引するにも鈍足な重砲は、機動力が低い。

 

移動するにも手がかかる上、弾薬運搬、射撃用意、陣地変換には1門だけでも多くの人員が必要で労力がかかる。

 

敵防御線の突破、進撃を繰り返す戦闘部隊には切り離されのは明白であり、重砲による直接支援は難しい面が目立つ。

 

結果的に重砲に比べ小型軽量で扱いやすい共和国の主力野戦砲 M1897 75㎜速射砲を中心とした装備で砲兵部隊は運用されることになった。

 

塹壕などの防護陣地に対して威力不足な面は、持ち前の速射性と数にものを言わせた弾幕射撃で問題を解消しようとした。

 

「重砲が使えない。使える野砲も中口径が主体なら陣地の破壊とか敵に損害を与える事を目的としない。ではどうするか、弾幕射撃で敵の肝を冷やし混乱を誘う。」

 

弾幕射撃は特定の地点を狙い破壊するのではなく、敵のあらゆる行動を妨害、無力化・混乱させる事を目的とし、戦線に対して横一列に並んだ砲撃を加える射撃である。

 

そして弾幕射撃により敵の行動が阻害され、混乱している間に前線に展開する戦闘部隊が塹壕に突撃、敵防御陣地を制圧するといった形になる。

 

という事はどうか。

 

「敵の殲滅を目標とせず、あくまでも無力化させる事に主眼としているのなら多くの敵が生き残っている事になる。」

 

「それに敵が無力化されているかどうかも不明確だ。砲撃は難しいんだ。明後日の方向に散らばる事も珍しくはない。だから弾幕の効果も不確実。だから相応の抵抗を受けると考えとけよ。」

 

そう語るとアルバン軍曹は、小さなため息をつく。

 

「なるほど、勉強になります。気を抜いてはいけないという事ですね。」

ジャンは、軍曹の話を聞いて心なしか安堵していた。

 

またもお預けを食らったと思った餌が、実は目の前に隠されているだけだった。

 

今回は戦える…戦えるぞ!

 

燻っていた内なる熱情が湧き出てくる。

 

思えば、初陣からお預けをくらい続けていた。開戦時、意気揚々と戦線に突入してみれば、帝国が撤退した後で何もなかった。

これは自分のいた部隊が後発だったから仕方ない事だ。

 

しかし、幾ら進軍を続けても敵と戦闘する事はなく、目に入るのは放棄された陣地と燃える戦車、散らばる装備、地面に横たわる息絶えた敵兵の死体の数々のみ。

 

収穫は置き去りにされた補給品のジャガイモとパンだけ。

 

他の部隊は帝国軍と矛を交え戦い続けているのに、こっちは長距離行進訓練なのかと思うぐらいにただ歩き続けている。

 

「(2時間歩いては小休止、装備の点検、また2時間歩いての部隊行進の繰り返しにもうウンザリだ!)」

 

他部隊にいった教育隊の同期はもう死線を潜って戦功を立てている筈だ。

 

こっちは遅れをとっているから、早く追いつけ追い越さなければならない。

 

ライフルを固く握り締めながら力強く歩く。

 

はやく戦いたいものだ

 

そう思うと自然と顔がほころぶ。

 

過剰な戦闘意欲が滲み出た彼の顔を見たアルバン軍曹は呟くようにジャンに語りかける。

 

「おい、ジャン」

 

「はい!何でしょう」

「戦場はお前が思っている以上に残酷で悲惨だ。この世界では、命なんて一瞬で次々と消える。次の一歩が最後の一歩になるかもしれないんだ。」

 

はぁ…と気が抜けたような返事をするジャンに対し軍曹は続ける。

 

「新兵は、よく戦場をロマン溢れる冒険みたいな想像をするが…そんな胸踊るような世界じゃないんだ。そこを履き違えるなよ。」

 

「わかりました分隊長。」

 

わかっているよ分隊長と心の中で呟く。

 

戦場が危険な場所だとは百も承知だ。

命のやり取りをする殺しをするシンプルで非情な世界だ。

ロマン溢れる冒険だなんて思った事はない。

 

軍曹がさっき相応の抵抗があるといった。

 

実際どれだけの抵抗を受けるのかは、まだ間近で見た事も経験もしていないから、わからない

点もあるがある程度は想像はつく。

 

なら多く生き残っている帝国軍の砲撃と機関銃掃射が壮烈なものだから覚悟しろ言いたいのだろう。

 

だが覚悟なら陸軍に入隊した時から決めている。この時のためにキツく辛い訓練を乗り越えてきた。

心身共に充分な準備を整えて来たんだ。

 

敵だって自分の故郷があるから命を犠牲にする覚悟を持って、あらゆる手段を持って必死の抵抗をするだろう。

 

自分が逆の立場だったなら、同じ事をする。

刺し違えになってでも自分の持ち場を守り続けようとするだろう。

 

それが戦場だ。

自分なりに理解している。

勿論、自分が命を失うかもしれないという点も理解している。

 

死に対する恐怖や不安もヒリヒリと感じているが、反面ジャンは根拠のない自信があった。

 

それは「自分は必ず生き残る」という妙な確信だった。

 

自分の物語は始まったばかりで、そんな簡単に終わる事はない。

 

様々な困難が迫っても「エランの精神」を持ってすれば、這いつくばっても必ず乗り越えられる。

 

かつて訓練教官がよく言った「エラン・ヴィタールの精神」。

すべてを克服する意思を持った兵士たれば、勝利は必ず手にすると学び、自らも熱狂した。

 

強い精神力を持った軍隊は精強かつ、最強であると。

 

それに誓ったのだ。

 

自分は一人の愛国者として共和国の守護者となり祖国を守り続けると。

 

あらゆる戦線を戦い抜き、いずれは共和国に名を残す兵士として名誉と誇りを手にする。

 

無論、帝国軍を叩きのめしてだ。

 

自らの確固たる意志を反芻していると、いつのまにか味方の砲撃が終わっている事に気づく。

 

最前衛に横一列で並ぶ100両近い戦車のエンジン音を轟かせる中、中隊長のがなり声が耳に入る。

 

「帝国軍防衛線まで約3000を切った!いよいよ戦えるぞ、中隊諸君!!中隊総員、突撃用意‼︎敵の火力防御に注意しながら、進撃し合図を待て‼︎」

 

「ついにか…ジャン、気をつけろよ。」

「はい!」

軍曹はえらく心配性だなと思いながら、眼前に広がる無数の砲弾痕の中を進む。

 

さぁ、始まったぞ。自分の戦争が!

 

高鳴る胸の躍動を抑えられない。

興奮が頂点に達した時、帝国軍陣地後方から一斉射の砲撃音が聞こえる。

 

「帝国軍の砲撃だ!中隊総員、砲弾落下に注意‼︎砲弾落下に注意‼︎」

中隊長が後ろを振り返って、叫びまくる。

 

まずは帝国軍の歓迎だ。

まぁ、凌いでみせるさ。

 

ふと空を見ると黒い粒が幾つも見える。

 

あれが、砲弾かと認識した瞬間に異変に気付く。

 

直上落下する砲弾が突如、白い発煙とともに分解、無数の光の粒子となって降り注いでくるのが見えた。

 

「なんだ…あれは…」




次回、ようやく戦闘シーンに移れそうです。


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第7話 地獄の釜Ⅶ

ジャンは見上げた空から降り注ぐ光の粒子が妙に綺麗に映り、この時の様子はやけにゆっくりと見るように感じた。

 

空中で次々と砲弾が一瞬の閃光とともに炸裂し、無数の光の粒子が白い航跡を描きながら傘状となって降り注ぐ。

 

幾重にも重なりながら。

 

自分達のいる場所に。

よく見れば、それは光の粒子ではなく火の粉のようだ。

 

「分隊、散開‼︎ジャン!何ボォっとしてやがるぅ!逃げろぉ‼︎」

 

アルバン軍曹の怒号が飛び込んだ瞬間、十数メートルに飛散した火の粉が周りの兵士達を巻き込みながら、一気に地面で赤い炎を上げながら燃え広がり、発煙があたり覆い始める。

 

着弾した粒子は更に細かい火の粉となって周りに拡散し、歩兵と平原をまとめて燃やす。

中にはバウンドしながら不規則な放物戦を描き、兵士達に降りかかる。

 

火の粉を浴びた兵士達は白い発煙を上げながら、じっくりと蒸し焼いている。

 

あたりにはニンニク臭に似た異様な刺激臭が立ち込める。

 

火の雨が飛散して数秒と経たず、周囲は兵士達の絶叫がこだまし、中隊はパニックの渦に飲み込まれていた。

 

「あづづぃぃぃ‼︎」

「ぐおおぁぁぁぁ‼︎体がぁ、溶けぇるぅ‼︎」

「あああああ‼︎」

「誰かぁ!とってクレェェ‼︎」

「助けてぇ!あああああ‼︎」

「衛生兵!衛生兵!こいつを…ぐあぁっ‼︎」

「逃げろぉ!焼き殺されるぞぉ!」

 

地獄絵図だった。

兵士達は生きながら焼き打ちにされ、人間の声と思えない唸り声を上げ続ける。

頼りの綱である衛生兵が果敢に駆けつけ応急処置をするも、自らも火の粉の餌食となってゆく。

 

焼き打ちにされた兵士達は必死に火を消そうと半狂乱になりながら対処する。

 

軍服を脱ぎ散らかす者

ころげまわって燃える戦闘服を消そうとする者

延焼する部位を地面に体を擦り付けて消そうとする者

持っていた水筒の水で消そうとする者

握り締めた土で消そうとする者

銃剣で皮膚を抉り火種を消そうとする者

 

どうすればわからず、ただ走り回る者

燃えながら、ただ神に無意味に祈り続ける者までいた。

 

いずれも火を消せることなく、確実にじっくりと赤い炎と白い煙を上げながら絶望の中に倒れゆく。

 

透き通った青い空からは間断なく、光の粒子が輝きながら降り注ぎ続ける。

 

その度に死に勝る苦しみを受ける兵士がダース単位で増え、折り重なる絶叫が、部隊全体に更なる恐怖を増大させる。

兵士達は火の粉を散らすが如く空から襲いかかる光の雨から四方八方に逃げる。

 

持っていたライフルを、軽機関銃を投げ捨て全力で遁走する者が続出する。

 

各々が火の雨から逃れようと対処する。

 

敵がいる方向に全力で逃げる者。

味方を払いのけながら後方に逃げる者。

砲弾の窪地に隠れる者。

頭上の火の雨から逃れられないのにも関わらず戦車や装甲車を盾にしようと張り付く者

 

誰かを助けるなんて、余力はもはや無い。

ただ逃れたい、助かりたい。

自分が生き残りたいが為に逃げ続ける。

 

その中でも部隊の統制を取り戻そうと指揮官達は拳銃を片手に叫びまくる。

 

「逃げるなぁぁぁぁ‼︎敵は目の前だ!前進を続けろ!後方に逃げる者は、敵前逃亡で銃殺スル‼︎」

 

髭の中隊長は、がなり声を上げながら逃げる味方に引き金を引き、統制を取り戻そうとしたが無意味だった。

 

乾いた発砲音は、広がる発煙と恐怖の混乱に消えゆくだけだった。

 

ジャンのいる中隊だけでなく、歩兵旅団全体が同様のパニック状態を引き起こしていた。

 

最前衛にいる鉄の装甲に守られた装甲車、戦車部隊ですら安全では無かった。

 

火の粉を浴びた戦車は車両後部のエンジングリルに火の粉が持つ燃焼熱で流れ込んでいき耐えられず、車両内部から燃やされいく戦車が増えてゆく。

 

焼け出した戦車から、火だるまとなった乗員が飛び出して地面に転げ回り、異様な雄叫びを上げる。

 

装甲車は地面でバウンドする火の粉にタイヤを溶かされ、パンクし行動不能になっていくものが何台も続出する。

 

整然と横一線に並んだ戦車・装甲車は、横隊陣形を維持出来ず、ズタボロになっていく。

 

戦車でさえ火の粉から逃れようと遁走し始める。

 

前と後ろへと逃げ惑うが、発煙により視界が戦車同士が接触する。

中には同じく逃げ惑う味方の兵士を轢き殺してしまうものまであった。

 

既に旅団は潰走している状態に陥っていり、攻勢どころではない。

収集がつかず、身を守る場所もなく、ただ混乱が更なる混乱を産み出し、ただ必死に火の粉からどうしようもなく兵士達は逃げ続けるだけであった。

 

それはジャンも同様であった。

彼も気づけば、慌てふためきながら全力で逃げていた。

火の粉を擦りそうになりながら、逃げまくる。

 

帝国軍と戦う為にピカピカに磨き上げ、整備した相棒たるライフルも何処かに投棄てていた。

 

先程まであった昂ぶる戦闘意欲は吹き飛び、頭の中で反芻していた兵士たる気概や精神、誓いなぞ、目の前に広がる阿鼻叫喚の地獄に何処ぞへと消えた。

 

赤く燃える兵士が苦しみの表情を湛えながら、1人また1人と倒れてゆく。

 

火の雨は止まず、新たに焼き打ちにされてゆく兵士達が増えていく。

 

折り重なる鳴り止まない絶叫はジャンに正常な思考を奪っていた。

 

水を被ったように汗を流しながは走り回りまわると、足に何かを取られ転ぶ。

 

ふと足元を見ると、燃えながら全身が焼け爛れている兵士が自分の足を掴んでいた。

 

「だ…ずげでぇ…ジャッ…ン…」

掠れた声を上げる味方の兵士をジャンは蹴り飛ばして、哀れな叫び声ながら逃げる。

 

自分の名前を呼んだなら教育隊の同期だっただろうか。

しかし、今のジャンにはそんな考えなど浮かばなかった。

 

脅威から逃げるだけの小動物となったジャンは、砲弾で出来た窪地に身を雪崩れこませる。

 

べったりと顔を押し付け、身を丸くし空の厄災から何とか守ろうとするが、屋根があるわけでは無い窪地では火の粉から逃れる事は出来ない事に気付いた。

 

「はぁっ!そうだ!穴を、トンネルを掘ろう‼︎」

 

ジャンは一心不乱に腰についていた携帯シャベルで掘って、掘りまくる。

 

我ながら妙案だと思いながら、懸命に掘るジャン。

 

果たしてそんな地下トンネルを作る時間があるのかという疑問など思い浮かばず、白い発煙に巻き込まれながら掘り進める。

 

無用な努力と思える掘削活動をする中、喉が痛烈に熱くなってきた。

不快な刺激に加え、咳き込みが激しくなり、自然と涙が出て始める。

 

居ても立っても居られず、シャベルを投棄て窪地からあてもなく、また逃げ惑う。

 

まともに息をする事も出来ず、よろめきながら地面に突っ伏して激しく嘔吐する。

 

「だっ…だれがぁぁ…だずげでぇ…ぐれぇ」

 

身体中の汁を吐き出しながら、周りに助けを求めるが反応はない。

 

深い霧のように立ち込める発煙により周りが視界が遮断され、どうなっているかわからない。

 

激しい嘔吐と不快感に襲われながら、背中にじっくり侵食する熱さを感じた。

 

まさか…嘘だろ…‼︎

頭を後ろに向けると背中から強い刺激臭を放ちながら、燃えている事に気づく。

 

瞬間、激しい激痛が落雷を受けたが如く全身に走り、のたうちまわる。

 

馬鹿な!

助からない。

助からないのか。

嘘だろ。

いや!そんな馬鹿‼︎

 

ジャンは、激しい嘔吐と咳き込みながら声になっているか、わからない枯れた叫びを上げる。

 

そして激流のような感情と思いが交錯する。

 

馬鹿な!馬鹿な!こんなところで!

まだ始まったばかりだろうが‼︎

 

こんなところで終われるかよぉ!

まだ戦ってもいないのにぃ!

帝国軍のクソめらがぁ‼︎

 

クソ!クソォ‼︎

こんなはずじゃ無いんだぁ!

もっとこんな形じゃない!

 

ジャンは苦しみながら、頭の中で思い描いた想像の光景を映し出していた。

 

銃火を潜り抜けながらも帝国軍陣地に突撃し、壕内で自慢の銃剣術で帝国兵を屠る様を

 

自らも負傷しながらも戦って、最後には共和国の国旗を掲げて帝国陣地を制圧する様を

 

戦闘に際し、勇猛さと戦功を讃えられ部隊長から勲章を受勲する様を走馬灯のように映し出していた。

 

だが現実は無残に銃を捨て逃げ惑い、今は戦う事なく焼き殺されようとしている。

 

そんな現実が受け入れられるかぁ!

 

まだ…まだ…始まったばかりなのにぃ‼︎

 

まだ….なにもしていないのにぃ!

 

あらゆる激痛に苦しみ果て、遂には身体が動かなくなっていた。

力を入れても指先一本動かせられない。

 

少しずつ意識が薄れてゆく。

 

いやだ….死にたくない…軍曹…

 

助けて下さいと思ったと同時に、軍曹の言葉を思い出す。

 

「戦場はお前が思っている以上に残酷で悲惨だ。この世界では、命なんて一瞬で次々と消える。次の一歩が最後の一歩になるかもしれないんだ。」

 

「新兵は、よく戦場をロマン溢れる冒険みたいな想像をするが…そんな胸踊るような世界じゃないんだ。そこを履き違えるなよ。」

 

その通りだった。

自分は、何にも戦場を理解していなかった。

ただ言葉の意味だけで糊塗された形は真の現実を理解してなかった。

自分は、理想と現実を履き違えていたんだ。

戦場は自分の夢を叶える場所じゃないんだ。

 

徐々に視界が狭くなり、暗くなる時、ジャンは戦場の現実を理解し、最後に形容しがたい悲惨で残酷な戦場の世界を1つの言葉で紡ぎだす。

 

ここは…地獄の釜だ…

 




今日は時間に余裕があったので一気に書き上げました。
駆け足ぎみになり、荒削り感はありますが…スピードがあるうちに投稿したい気持ちが勝りました。

来週には更に一本はあげたいところです。


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第8話 悪夢の砲弾

帝国軍防御陣地から3キロ先にある共和国の戦闘旅団の前衛が火の雨で焼き尽くされていく様をカイジは双眼鏡で眺めながら、使用した砲弾の効果を改めて認識した。

 

これは…使えるな…思った以上に…

ある意味では、榴弾や榴散弾よりも効果がある…

 

カイジは戦線上で起きている様々な悲劇を尻目に自分の閃きと狙いが正しかった事を強く確信し、新たな活路が開いた事に一寸先の希望を見る。

 

通常ならば侵攻してくる敵部隊に対して行う砲兵部隊の支援射撃には榴弾を使用する。

 

榴弾とは、貫通力を持たず炸裂の衝撃、破片効果による殺傷、制圧を主目的とする攻守ともに広く使用される一般的な砲弾だ。

 

この榴弾を使用して砲兵部隊が制圧射撃、防護射撃、集中射撃などの戦術を用いて敵部隊を壊滅、無力化、または制圧して前線の部隊を火力支援することが主である。

 

状況にもよるが、対人目標が主体ならば榴散弾の使用も検討される。

 

榴散弾は砲弾内部に球体の散弾が多数詰まっており、目標の手前上空で弾頭底部の炸薬を炸裂させ、散弾を前下方に投射して人や馬を殺傷するものである。

 

炸裂のタイミングを時限信管で調節する事で数十メートル四方の範囲にいる敵兵を散弾で薙ぎ払うことが可能な砲弾で、これも広く普及している。

 

コンクリートの厚い屋根で守られた要塞やトーチカのような防護陣地、戦車などの装甲化された目標には効力はないが、対人目標には絶大な効果を発揮する。

 

今回の主戦場であるアルサス平原は、見晴らしがよく障害物が少ない平原で、目標である侵攻部隊の主軸は歩兵部隊だ。

 

上記の条件から見れば、榴散弾による曳火射撃が有効だ。

 

砲弾が空中で炸裂し、大量の破片が地面に吸収されることなく目標の頭上範囲に降り注ぐ。

水平より下への破片すべてが有効な破片なる榴散弾は非常に効果的だ。

 

敵の頭上から破片を降らせる形のため、姿勢を低くしたりに窪地や穴に潜った敵にも損害を与えやすいのも榴散弾が選ばれる条件として合致する。

 

別の手段を使うなら、榴散弾と榴弾を併用した防護射撃も有効である。

 

…あればの話だったがな…

 

そうあればの話だ。

いや、普通はある…ある筈なのだが…

 

カイジがいる連隊の不安事項は、寄せ集めで全体的な部隊練度の低さや定数割れの戦車部隊だけではなかった。

 

ないのだ…正確に言えば、致命的なまでに榴弾と榴散弾が足りなかった。

 

連隊後方に控える砲兵大隊は10.5㎝ leFH 軽榴弾砲 18問の完全編成であるのに対し、貯蓄弾薬が榴弾、榴散弾、徹甲弾含め3000発しか無いのだ。

 

3000発なら、結構あるように見えるが…そうではない。

 

計算してみよう。

10.5㎝ leFH 軽榴弾砲の発射速度は、毎分最大6発。

1時間にすると1門につき約360発になる。

では18門にすると1時間につき約6480発を消費する。

 

砲兵大隊が全力で火力支援可能な時間は1時間すらない。

よくて30分、20分しかないのだ。

 

節約して毎分3発にして使用したとしても1時間で約3240発程、必要となり1時間を切っている。とてもではないが、足りなさすぎる。

 

これでは、共和国軍の一次攻撃で砲兵大隊は砲弾を使い果たし、二次攻撃では弾薬欠乏で事実上、壊滅したと同様の状態に陥る。

 

砲兵大隊の貯蓄弾薬の圧倒的不足は、あってないようなもの。

 

戦場の主力であり、女神たる砲兵部隊の加護を受けれずして連隊が共和国の攻勢を凌ぎ生き残れる可能性は低い。

 

戦闘に突入する3日前に連隊本部で行われた防御計画会議の中で砲兵大隊の臨時大隊指揮官であるメーベルト大尉が苦虫をダース単位で潰したような顔で報告をしてきた時には、開いた口が塞がらなかった。

 

最悪極まる状況だった。

 

カイジはすぐさま連隊本部を通した上で、後方に展開する各後方支援連隊に早急な砲弾の輸送を打診し、合わせて帝国軍の中央に努める友人にも連絡した。

 

連隊長と連隊幕僚達も事の重大さを認識していたため、隣接する師団から弾薬の供与を促したり、果ては南部方面の補給、輸送を管理する南部補給軍にまで問い合わせた。

 

カイジ含めた指揮官達は物乞いの如く、「砲弾を!砲弾を!」と探し求め奔走したが、その努力の結果は芳しいものではなかった。

 

榴弾、榴散弾含め約2000発程度だった。

実際、どこの戦線も砲弾は満足に足りてはいないのだ。

共和国による全国境に及ぶ大攻勢は、全戦線に砲弾の不足を生み出していた。

その弊害で貴重な砲弾を出し渋るのが当然と言えば、当然だった。

 

無論、帝国軍は戦線で不足する砲弾を供給するために全力で努力していた。

帝国陸軍は、中央補給司令部、鉄道局が連携して鉄道、輸送部隊をフルスロットルで前線に送っていた。

 

だか協商連合との戦いに駆り出された数十に登る師団の西部戦線への配置転換による輸送

中央総軍の動員、輸送にかさばる野砲、重砲、戦車や砲弾や弾薬以外の補給品の輸送など幾重にも輸送計画が重なり、砲弾の供給は満足には出来ていなかったのだ。

 

共和国の大攻勢は、矢面に立たされる前線の部隊だけでなく後方の補給線まで衝撃と影響を色濃く与え、パンク寸前だった。

 

そんな状況に対しメーベルト大尉と火力運用幕僚のカルペン少佐が代替策を提示してきた。

 

内容は砲兵部隊は砲弾の使用量を抑えて精密射撃に限定。

連隊内にある突撃砲、歩兵砲、迫撃砲を統括した防護射撃計画を立案して、砲兵部隊の穴埋めを行うとするものだったが、効果の程は限定的との見解に至った。

 

ならば…どうすれば、いいか…

 

汗を垂らしながら、1人逡巡し苦悩を重ねた時に電流の閃きが走った。

 

そうか!…榴弾、榴散弾に拘りすぎていた!

 

それ以外に使えそうなものがあるじゃないか!

 

…効果は充分ある筈だ…過去に使用された事例もある…不明確な面もあるが、使ってみなければ分からない事もある…どちらにしろラインで大人気の砲弾は手に入れるのは難しいからな…

 

この代用品で勝負に出よう!

 

その代用品がもたらした結果が、目の前に広がる業火の惨事。

 

傘型に開き無数の火の粉が満遍なく平原に降り注ぎ、地獄を創り出し続けている。

 

カイジの横に立つヴォルフ・ハイネマン大隊先任准尉は、のたうち回り、逃げ惑い混乱する共和国軍を双眼鏡で一瞥し、戦場に似つかわしくない陽気な笑顔を湛えながらカイジを褒める。

 

「やりましたなぁ、大隊長!狙い通りですよ!狙い通り!フランの奴等は、大混乱で戦いどころじゃありませんぜぇ!」

 

「ああ…通常砲弾の代用品だが、想像以上の効果を発揮したな…!」

 

幸いこの代用品の調達は、第24後方支援連隊及び連隊長と知己の中である師団長が務め、隣接する第16師団から合計2300発、南部方面補給処から1900発程調達出来た。

 

連隊弾薬所にあった500発を合わせ計4700発を得ることが出来た。

まだ不十分な量ではあったが、この収穫は大きく作用する。

 

輸送には連隊補給中隊のトラックでは足らないため、中央にいる友人に無理を言って不足分のトラックを確保し、弾薬輸送を間に合わせた。

 

いずれ、彼には感謝の礼に酒を奢らなければなるまい。

 

カイジは先程まで憂鬱だった気分が少し晴れ行き、気が楽になっていた。

 

ヴォルフはまるで自分の息子が手柄を上げたような嬉しそうな調子で、カイジに話をかける。

 

「まったく!まさか、白リン弾による曳火射撃を思いつくとは、流石我らが大隊長ですなぁ!」

 

やけに喜ぶヴォルフにカイジは、微笑を湛えながら「まぁな」と一言交わし、再び視線を煉獄の彼方へと向ける。

 

俺が榴弾、榴散弾の代用品として選んだのは、黄燐発煙弾。

 

通称、白リン弾・WPと呼ばれている発煙弾だ。

 

黄燐発煙弾は充填された黄燐(白燐)が酸素に触れると自然燃焼し発煙するという特性をいかした破裂式の発煙弾。

 

通常は攻撃対象を照らし出す照明弾、あるいは着弾後の白煙で敵の視界を限定する煙幕を作り出すのが目的だ。

 

だが、本来の目的よりも強い副作用をこの砲弾を持っている。

 

それは限定的な焼夷効果による高い対人殺傷力。

 

黄燐弾の空中炸裂で飛び散った黄燐の破片と接触するとどうなるか。黄燐の燃焼熱で溶けた黄燐が衣類を浸透して体に食いつく。

例え難燃性繊維の衣類を着ていても防げはしない。

 

付着したら容易には取れない上、燃えている黄燐が体に付着した場合は深刻な火傷を引き起こす。

 

溶けた黄燐はじっくり燃えながら体の皮膚、筋肉、果ては骨まで侵食するという戦慄の仕様だ。

 

そして、高熱で焼き尽くしながら人体内に潜り込んでいく。

 

その結果、黄燐の破片は人体にぽっかりと大きな黒い穴を開けることもあるというから恐ろしい。

 

この黄燐を揉み消そうとしたり、地面に転がり回って消そうとしても消えない上、更に延焼範囲が広がり、それに伴い苦痛も増加する。

 

燃えている黄燐は水で消火可能だが、不用意に水をかけると黄燐が煮えたって飛び散り、さらにダメージが広がるという厄介さ。

 

それ以上に厄介なのは、火が消えないのだ。

 

黄燐は一度燃え出すと、秒速数十メートルの強風でも消えず、消火は困難とされる。

 

また、不完全燃焼により生じる蒸気にも殺傷力があり、これも防御が難しい。

 

加えて活動妨害効果もある。

 

本来の役目である白煙による視界遮蔽と催涙効果で行動を制限する。

 

また黄燐は消火しても乾くと再発火するので消火活動妨害効果は非常に高い。

 

では装甲化された車両ならば安全なのかと言えば、そうとも限らならない。

 

約1000度にも及ぶ燃焼温度は融点の低い金属を溶かす。

 

燐酸は多くの金属と反応するため対金属効果も限定的にある。

 

正面からの徹甲弾や上空から降り注ぐ榴弾の破片には耐える戦車であっても安全は確保出来ない。

 

燃焼熱で溶けた黄燐がエンジングリルなどの隙間から車内に流れ込み燃やされてしまう可能性もある。

 

なにより最大の効果があるのは、燃やされることに対する心理ショックだ。

 

部隊全体が心理的ショックに陥ったら最後、混乱からの回復には時間がかかる上、戦力的価値は半分程になる。足止め効果も充分だ。

 

空から散弾銃のようにばら撒き落ちてくる火の雨に焼き打ちにされる様は戦慄の恐怖を人間に引き起こされる。

 

恐らく人間が一番嫌悪する死に方は、食べられるか燃やされるかだ。

 

もちろん、銃弾の雨や砲撃による暴風も充分人が恐怖するに有効だ。

 

だが食べられると燃やされるとでは、潜在的な恐怖の質が違う。

 

その違いは生きながらにして、グロテスクに自分の死を強く感じ続ける。

 

生々しく損傷する自分の体を見つつ、耐えきれない苦痛を感じなから、逃がれられない現実を自覚し続ける恐怖は激烈なもの。

 

その様を近くで見せつけられば、人はパニックになりやすい。

 

食べられる事は猛獣に襲わせるか、とある巨人で襲わせない限りは再現は出来ない。

 

だが燃やす事は容易く可能。

実に簡単に確実に。

 

戦争の歴史は燃やす事の繰り返しだ。

造作もない。

 

それをより効果的に実現出来るものは、黄燐発煙弾だった。

 

「あくまでも過去の事例に習っただけさ…」

 

おやっさん、アンタから教えて貰ったんだ…そうカイジは心の中で呟く。

 

10年以上前、カイジがかつて二等兵以前、階級もない訓練兵だった時だ。

 

新兵訓練課程で「砲弾」に関する教育を当時「鬼の訓練教官」として恐れられていたヴォルフ軍曹が野戦演習場で行なっていた。

 

実際に砲弾の効果がどれだけのものかを目で見て知るのが教育の目的だった。

 

砲兵隊が射撃を行い着弾するまでをヴォルフの野太い声で説明されながらカイジは見ていた。

 

実際の砲弾の炸裂。

榴弾の直撃で粉々に吹き飛んだ目標。

榴散弾でズタボロになった皮人形を間近で見て、その威力が絶大で危険なものと唾を飲み込んで認識した。

 

ヴォルフが一通りの説明を終えると「貴様らは、どの砲弾が一番脅威に思うか?」と訓練兵達に質問を投げかけた。

 

皆、衝撃と破壊力がある炸裂をする榴弾だ、破片効果が大きい榴散弾だと答える。

 

それに対し「そうだな!貴様らの理解は正しい。だが俺は違う。目の前を見てろ!」

 

ヴォルフは訝しぶ訓練兵達に対し黄燐発煙弾に射撃を見させた。

 

花火のよう閃光をさせながら黄燐が目標に振り注ぎ、広範囲に焼き打ちされた光景は実に明確な印象として残っていた。

 

ヴォルフは普段なら貴様らが!クソどもが!と罵声を撒き散らすが、今回は真剣な眼差しで如何にこれが危険なものであるかを対処法も含め丹念に教えていた。

 

最後にヴォルフはこう言った。

「実際に白リン弾に狙われたら、最後。回避する事は不可能に近い。生きながらにして蒸し焼き殺す悪夢のような兵器だ。よく覚えておくんだ。」

 

10年前にヴォルフから学んだ知識がアルサス平原に悲壮な殺戮空間を作り出していた。

 

それをヴォルフは気付いているか、どうかは知るよしもない。




ようやくここまで来ました。
実はまだ内容としては序盤なのですが、短期間で更新出来てよかったと思います。
ただ、説明が長過ぎた感がありますが…

さて、今回の防衛戦で使用した黄燐発煙弾(白リン弾、WP)ですが、実際にはイメージがつきにくい面があると思います。

ですが、これは紛れもなく残虐な兵器でその効果はググッて動画や画像を見れば理解出来ると思います。

何てたって、本当に火が消えないですね。これが。
過去に何回か間近で使用済のWPを見ましたが、2日経っても弾頭に残った黄燐が煙を出しながら燃えているんです。驚きでした。

ちなみに黄燐発煙弾は、現在でも使用され続けています。
有名なのはイラクとカザ地区での使用、シリアで政府軍とロシア軍が使用した事でしょうか。

その残虐性から国際問題となり、ジュネーブ条約に違反してる してないとの事で未だに争議が絶えません。

実際は限りなくアウトでしょうがね。

今回は、短期間で投稿出来ましたがペースの維持はやはり難しいです。

基本、遅筆である事を念頭において下さい。
あと、文章の修正もしなければ…



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第9話 観測

共和国軍の梯団が徐々に崩壊していく様子を高倍率の双眼鏡で見ている女性魔導師アデルナ・ジングフォーゲル中尉は、背筋が凍っていく感覚を覚えていた。

 

突撃先鋒を担っていた敵戦車大隊と歩兵旅団の第1陣が先程まで見せていた整然たる威容は、無かった。

 

上空から降り注ぐ火の雨から逃げ惑う共和国軍兵士達の様は、烏合の衆といって差し支えない。

 

幾つもの白リン弾が空中炸裂し、散弾銃のように火の粉がばら撒かれ、傘下にいた敵兵に襲いかかる。

 

ケピ帽を被り、紺色と赤を基調としたシックなデザインの軍服を着る共和国軍の兵士達を

否応なく等しく燃やしていく。

 

難燃性素材ではない軍服に対し、激しく燃焼する白リンは防げようもない。

 

降りかかる火の雨を浴びれば、最後。

瞬時にオレンジ色の炎に体が巻かれる。

 

まるで、着火剤だ。

 

白リン弾の前では生身の兵士達は、ただ可燃性が高い素材に変わる。

 

アデルナはふとそう思った。

たが、その無機質な表現は間違いであると知る。

 

地上でのたうち回り、手足をバタバタさせ、もがき苦しむ自分と同じ人間だ。

 

双眼鏡の中で映し出されるは、苦痛に歪む顔を浮かばせ抵抗も出来ず燃やされる兵士達。

 

その絶叫と助けを求める叫び声が高度5000フィートにいる自分の耳にも聞こえてきそうだ。

 

「タオべ1、こちらドーンハンマー10。まもなく第8回中隊斉射。中隊斉射は第1中隊が行う、目標は前進中の敵歩兵中隊、観測せよ。」

 

砲兵大隊射撃指揮所の射撃通信手から前進観測班のアデルナに次の射撃指令が通達される。

 

「こちらタオべ1、了解。観測する。」

アデルナが業務的に答えた30秒後。

後方から複数の砲撃音が寸分のブレもなく1つとなった中隊斉射の雷鳴が響く。

 

「5…4…3…2…1…弾着、今!」

射撃通信手から着弾の知らせを聞き、目標となった敵歩兵中隊の末路を双眼鏡で覗く。

 

緻密に計算され、照準された第1中隊の一斉射は敵中隊を丸ごと効果範囲内に捉えられる。

 

空中で花開いた白リンの傘に入り、歩兵は生ける火種に変える。

 

「ドーンハンマー10、こちらタオべ1。命中、効果あり。効力射の必要なし、新たな目標を伝える。」

 

「ドーンハンマー10、了解。」

淡々とした声で通信をしながらも、アデルナは冷や汗を背中に流し、眼下で新たに作り出された地獄を見つめる。

 

自身を守る防御手段がなく、砲撃を妨害する障害もない平原地帯で半ば一方的な形で白リン弾の餌食になっていく共和国軍兵士達の心情はいかばかりか。

 

焼け出される兵士がダース単位で増え続け、パニックが次々に波及していく有様は、焼け出された町から悲鳴を上げて逃げ惑う市民のように見える。

 

その光景はSF小説やラジオドラマで戦慄の反響を起こした「宇宙戦争」のとある場面を想起させる。

 

侵略してきた火星人のトライポッドが放つ破壊光線で攻撃。

市民が燃やされ、大パニックに陥るシーンと重なる。

 

だが侵略してきたのは、宿縁のフランソワ共和国。

 

相手は紛れも無い強力な武力をもった正規軍

 

目標は無辜の市民ではなく、帝国を犯さんとする戦う意思を明確に持った兵士達である。

 

その筈だが、まるでこっちが侵略しているような心境に陥る。

 

そんな錯覚を覚えるほど、眼下で繰り広げられる光景は悲惨で残虐なものだった。

 

だが、それでもやるべき仕事はキッチリやらなければならない。

 

雑念を振り払い、アデルナは大隊射撃指揮所に新たな目標を伝えるべく、観測を行う。

 

私は連隊で数少ない航空兵力であり、砲兵の目である。

 

連隊は数倍の陣容を呈する共和国の梯団と戦い続けなければならない。

 

1時間後、いや30分後。

連隊が生き残れるかは、私の観測に掛かっている。

 

先に手を出したのは、彼ら共和国だ。

手を出さなければ、こんな目に遭わずに済んだものを…

 

彼らは知っているはずだ。

帝国に手を出したならば、帝国は完膚無きまでに叩き潰し、何人たりとも生きて返さないと。

 

戦闘国家たる帝国は、合理的かつ冷徹な戦争機械だ…容赦の限りは1つもない。

 

私もその1人だ。

 

敵に一瞬の同情を覚えた自身に喝を入れるように自己暗示を行い、大隊射撃指揮所に目をつけた目標に対し射撃要求を伝える。

 

「ドーンハンマー10、こちらタオべ1!」

 

「タオべ1、まて…送話。」

 

「ドーンハンマー10、こちらタオべ1。修正射、送れ。」

 

「タオべ1、こちらドーンハンマー10、送れ。」

 

「座標1485,3496、標高30、観目方位角3400、送れ。」

 

「続いて送れ。」

 

「目標は装甲車10両に随伴する敵歩兵大隊、正面20、縦深200、効力射にはWP、送れ」

 

「こちらドーンハンマー10、了解まて。」

 

流れるような射撃要求通達を終え、アデルナは空を舞いながら眼下の敵情を観測し続ける。

 

己が使命、任務を成し遂げるため。



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第10話 ターニャの憂鬱

彼は現代日本を生きるサラリーマンだった。

 

会社のため、ひいては自分のため人の首を切るのが主な仕事。

 

誰もが嫌がり、煙たがる人事整理の業務を彼は、職責に忠実かつ極めて冷酷に社員を選別していった。

 

「リストラは面倒だ。だが仕事はきっちりとやる」

 

「それが自分の様な凡人には合理的かつ功利的だ。」

 

彼は自身の評価には辛辣かつネガティブであった。

 

先鋭なる天才達には比肩できす

努力で秀才達には敵わず

 

性格は歪み、コンプレックスの塊の様な人間であると自身を評している。

 

自分の能力には限界があり、やれる事も限りある事を自覚しながら本当に優秀な成功者たちと比べ劣等感に駆られる。

 

立つ土俵が違うのに、比べようとする自分の愚かさに嫌悪する。

 

それでありながら自分より能力に劣る他者を見下し、軽蔑し、高慢な虚勢とプライドを張る。

 

自分より立場が弱い者、出来が悪いものを物差しで比べ、あくまで自分は下ではなく上であると言い聞かせ、愚劣な優越感に浸る。

 

自己慢心的な現実の偽装。

所詮はどんぐりの背比べである事を自覚していながらである。

 

なんと曲がりくねった人間だろうか。

 

そんな彼でも日本橋で居を構える財閥系大企業でエリートの道を歩めたのは、彼が少年期に見つけ出した社会の法則とある「思想」の出会いがあった。

 

幼き頃に自分は凡人であると悟った彼は生きる上で必要な事は何かを考え、一つの結論を出す。

 

それは、ルールを守ること。

 

どんなに社会、組織の環境が変わってもルールが規定され、誰もがルールに従い、ルールの穴を探り、ルールを嗤いながらも人はルールに束縛される。

 

ルールに束縛され続けるのは嫌いだが、逆にルール無き自由を望むかと言えば答えはノーである。

 

無制限の自由に秩序は産まれず、暴力と破壊が渦巻き、そこに発展はない。

 

あるのは、野蛮さを剥き出しにした原始世界。

 

何も創れず、ただあるものを奪いあうのみの動物的弱肉強食。

 

結果、ルールとは今生きる文明社会システムの円滑化に不可欠な存在だということを学び、そこに恭順する。

 

両親に心配を掛けず、寧ろ期待させ

社会に認められ評価されるには、社会規範を重んじる「ルールを守る良い人間」を演じる事が重要であると。

 

その認識に拍車を掛けたのは、市場原理主義を標榜する「シカゴ学派」との出会い。

 

ルールと自由の関係性に「合理性」を持ち込んだ思想との接触は、彼を狂喜させ、学派の信奉者たる道を選ぶ。

 

彼に育まれたのは極端なまでに合理性を求める効率主義者で、文明人の自由主義者で個人主義者。

 

ルールを守り続ければ、レールに乗り続けることは出来る。

 

彼は順風満帆の人生を実現すべく、ルールに従いながら確実に実績を積み上げていく。

 

正当な労働対価が支払われる限り、職務内容は問題ではない。

 

一個の社会の歯車として、限りなく企業の倫理に従い、率先して利益を追求する。

 

企業論理の徒として生きるのが、彼にとって自分の器にあった最良の道であり合理的経済活動だった。

 

会社では効率的に仕事を捌き、掛け替えない余暇の時間では趣味の世界に浸り込む日々を過ごしていく。

 

自分にとって社会的意義と向上心を見出せる職場は、最高のマイルストーン。

 

趣味では、好みの分野で異様な知識欲を飽食し続ける。

 

限りない世界の広がりと数多に浮かぶ妄想を形にする作業は至福であり、現実の束縛感から解放される心のフロンティア。

 

2つの世界を行きしながら、彼にとって穏やかで充実した毎日が過ぎていく。

 

そして、企業への忠誠心と上司への忠実さを

評価され、昇進を重ね続ける。

 

30代に入る頃には人事部の課長となっていた。

 

引き続き会社と上司に忠節を尽くせば、既に築かれた部長というレールに乗り継ぐ事ができるだろう。

 

計画的に会社の地位は上がり、彼の労働対価はさらに飛躍する。

 

尊敬する両親との年収を追い抜くのは時間の問題。

 

会社からは引き続き本社で勤務でき、年間功労賞の受賞数をまた1つ更新できる。

 

期待と安心を顔に滲ませる部長との握手。

拍手をしながら賞賛とエールを送る有能な部下達。

昇進の話をきき、顔を綻ばせ喜ぶ両親。

 

人生は、ますます順風満帆だった。

 

 

 

そのはずだった…

 

1人の無能をリストラしたあの日までは…

 

 

 

 

 

きっかけは北の雪国が始めた帝国に対する領土侵犯。

 

早く終わるはずだった小さな戦争。

 

だけど…北との小さな戦争がきっかけで、西の共和国の大攻勢が始まって、戦争が大きくなる。

 

広いラインの空の下に、幾千、幾万、幾十万の兵士達がいて

 

いろんな兵士達が、願いや想いを抱きながらそれぞれの国のために戦って死んでゆく

 

始まる消耗戦、積み上がる膨大な犠牲。

 

だけどそれぞれの国は、信じた想いが強すぎて、譲れなくなって

 

とめられなくなった想いが、ぶつかり合う

 

だってやるなら今しかなかったから

 

そして、どんなに人が死んでも、終わらない

 

どちらかが勝つまでは、決して

 

これから始まるのは、因縁深い2つの国が引けに引けなくなった戦争のお話。

 

航空魔導士リリカル・ターニャ、始まります!

 

やぁ、少し変わった挨拶だったかな?

 

どんなに綺麗に晴れたラインの青空でも陰鬱で、クソッタレな戦場に変わりはない。

 

そもそも、か弱き幼女をいと簡単に戦場に送り出すことが自体が間違っているのだ。

 

まだ、9歳だぞ?そう9歳だ!

 

アフリカの非道な反政府組織や中東で跋扈するテロ連合軍などの非正規武装組織ならいざ知らず、れっきとした正規軍がまだ9歳の幼女に「職務の遂行」を発動している。

 

他国軍なら発動に躊躇する。

いや、そもそも無垢な子供を兵士にしかも魔導師に選抜する事はしないのだ。

 

しかし、我が帝国は「各軍の入隊に際し適正能力あれば人種、地位、性別、そして年齢は関係ない。」と帝国軍法に明記されている。

 

さらに「魔導師として適正あると判断されたものは、これを徴集可能とし対象者は例外なく航空魔導兵士教育を施す国家義務が発生する。」とある。

 

つまり、魔導師として基準に満たす適正があれば子供でさえ、合法的に軍人として半ば強制的に戦力化されるという訳だ。

 

ちなみに魔導師としての適正検査は1年に2回、健康診断と並行され実施される。

対象は全国民。必ず施行される。

逃げようがない。

 

こんな現実は中々、受け入れがたい。

受け入れがたいが軍事国家たる帝国では平然とこのシステムが運用されている。

驚くほど、普通に。

誰か非難しろよ、叫べよと思う。

軍事統制国家なのに、なんで軍の入隊条件は極端にリベラルな方針なのかと。

せめて子供は選抜対象外にしろよと。

 

だが帝国は、子供であっても軍人として扱えるならば、関係ないという上、「見た目は子供だが、初級軍事訓練を修了したならば、それは大人と同等の扱いである。子供ではない。」という理屈を導き出すから素晴らしい。

 

だから魔導師として比較的高ランクの適正結果を引き出した私は逃れようなく軍に入隊せざる終えなかった。

 

だが逆に入隊拒否を出来たとしても将来の生活を勘案すれば、結果的に入隊を選ばなければならない。選択肢は始めからなかった。

 

何故か?

帝国は貧困が蔓延する新興国家だからだ。

軍事力は強大だが民間経済面は、芳しくはない。

 

それなりの社会保障制度があるのが救いだが、貧困層は困窮する生活を毎日過ごし活路を見出す希望が見えない現状がこの国にはある。

 

特に私がこの世界で明確に意識を持ち、知覚した時に見た現実は最悪のスタートだった。

 

孤児だった。修道院の慈悲活動のおかげで衣食住は最低限、保障はされていた。

だが、それも長くは続かない。

修道院も僅かな募金を元に運営していたから、増え続ける孤児達の生活を見続けるには

限界がある。

 

そもそも将来を築くための教育を受けれない。我が祖国、日本のように義務教育が徹底されていない。

 

それに孤児という捨てゴミの存在ではお先は真っ暗、確実である。

 

そんな社会環境の中だ。

教育を受けられ、衣食住が保障され、給料も貰え、幾つかの税金は免除され、能力あれば相応の地位につける軍に入隊するのはやむなしだった。

 

だがこの世界で生きる上では恩恵は多く受けているから、判断は間違いではなかった。

 

しかし軍人になったならば、職務遂行・義務の履行が必然と発生する。

 

24時間365日、命令あれば即参集。

 

起こる事態に即応し国家の尖兵として銃を持ち出撃せねばならない。

 

帝国軍人になった瞬間、自らの体、命は帝国所有財産となるから拒めはしない。

 

しかも魔導師になったのなら尚更である。

 

だから私は今、ラインの空を飛んでいる。

最前線だ。最悪である。

 

 

だから少しは憂鬱な気分をライトな形に切り替えようかと思ってな。

ふわっとしたあらすじを述べて見たんだがどうかな諸君。

 

元は大学受験に忙殺されていた学生の頃に見たとある魔法少女アニメの走り書きだ。

 

そうそう、全国の女の子ではなく、大きい男の子を魅了した大人気アニメだ。

 

私もハマった、ハマりにハマって一時期は同人誌でも出そうかと思ったほどだ。

 

実際出した。大学の時にいたサークルと協力してな。あれはやり過ぎたかもしれないが、やり切った感があるから後悔はしていない。

 

どんなものを出したって?

それは特定機密事項 第Ⅲ項に批准するから公開は出来ない。

 

時と条件を満たせば、いずれ明らかになる事もあるだろう。

 

とまぁ、偏屈な私でさえどっぷり浸かる面白さがこの作品にはあった。

 

今までの魔法少女に対する概念が大きく変わり…新しい路線を確立したアニメの1つだと言っても過言ではない。

 

いや改悪されたと言ってもいいだろうな。

 

友達になりたいと願う少女とお母さんに認められたいと願う少女の間で生起するガチバトルは非常に破壊的かつ、強引だ。

 

わからないならば、わからせてやると言わんばかりに放たれる砲撃魔法による広範囲制圧術式のシーンは圧巻だ。

威力は戦術核とほぼ変わらない。

 

なんせ軽く一つの町を消し飛ばせる程の威力なのだから。

そのシーンを見た時は、「魔法少女とは?」と首を傾げたよ。

 

純真な魔法少女という皮を被った人型大量破壊兵器の登場は、斬新であるのは事実だったが…

 

いやはや、話が逸れて申し訳ない。

たまには過去の話をしたくなるものだ。

 

人間、辛くて過酷な環境に置かれると楽しく充実していた過去の記憶を思い出す傾向にありがちだ。

 

大体、補正がかかり美化されているのは内緒だ。

 

それ以上にあの頃の世界に帰りたいなぁ…という気持ちの表れでもある。

 

実際、帰りたい。

だが物理的に不可能だ。やむ終えない。

 

時間は巻き戻せはしない。

それはわかっている。

 

だが、あの頃に見た作品はDVDやネット配信の動画で見ることは出来る。

 

しかし、それも出来ない。叶わない。

 

それは何故か?

ここが現実と似て異なる異世界であり、私は転生者であるからだ。

 

何故、転生したのかって?

色々経緯があるのだが、非常に胸糞悪くなる事だから仕事が落ち着いたら話しておこう。

 

とはいえ、いつ仕事が落ちつくのかは未定だ。

 

空を翔けめぐりながら、眼下の地上世界を見ればわかる。

 

いくつもの師団が、集団となり前進を続ける

 

我が帝国領内に軍靴と戦車のエンジン音を轟かせながら、公然と侵略中だ。

 

フランソワ共和国の大攻勢だ。

全国境線から同時に雪崩れ込んできて、帝国は押されに押されジリ貧の状態だ。

 

かく言う「戦線は逼迫し、予断は許さない状態」とはこの事を指す。間違いない。

 

こんな状況だ。

こんな私でさえ、駆り出されるのはやむ終えないとも言える。

ガキの手でも借りたいのだ。

そこまで追い込まれている現状がここにある。

 

まるで大戦末期のドイツ軍か、大戦初期のソ連軍みたいな状態か。

 

とにかく給料分の仕事をしなければ、労働対価に準じた働きを示さねば、シビアな評価で有名な帝国軍という企業では生き残れない。

 

一抹の不安があるが、目の前の仕事を効率的かつ労力は最小限に行わなければならない。

 

さぁ…行こう、明日に繋がる出世のために戦功を上げ、いずれは後方勤務という安寧のイスを手に入れるために

 





ようやく、ターニャ登場!
ただそれだけ、なのだが…


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第11話 ターニャの憂鬱Ⅱ

 

私ことターニャ・デクレチャフ少尉は、空を翔ける魔導師として責務を果たすべく、行動開始。

 

私に与えられた任務はー

 

「敵がどんだけ来てるか、見てきて。それで何かあったら報告して。あと出来たら航空機の誘導とかしてね。」

 

雑に言えばこんな感じ。

 

正規に通達された内容は「味方地上軍より先行し、警戒線の斥候及び航空警戒要員に従事せよ」という半ば強行偵察に等しい任務。

 

実際そうだろうと思う。

 

敵が幾つかの師団単位の集団で纏まりながら進撃している情報を得ており、確実に「敵がそこにいる」ことが分かっても、さらに詳細な情報を欲する為に行う偵察は強行偵察と見なされる。

 

…個人的には、なるべくは避けたい業務の一つである…

 

何故か?

 

間違いなく死ぬ確率が高いからだ。

 

遮蔽物のないライン戦線の空の下で、敵の防空圏内に抵触する危険性がある中での「強行偵察」だ。

しかも大体の場合、抵触する。

それを味方の援護がない中で行なっている。

 

戦略シュミレーションで、敵側の部隊・地形等の情報を収集するために偵察機を飛ばして、敢え無く敵の防空網に抵触し撃墜されるシーンを想像すれば、多少は分かり易いかもしれない。

 

危険極まりないだろう。だから嫌なんだ。

 

これはノルデン北方戦線で協商連合相手に実戦で直に学んだ事であるが、空には遮蔽物がなかった。

あるのは姿を一時的に隠せる程度の積雲か。

無論、砲弾や銃弾から守れる防護性は皆無だ。

 

自身の防御力の点で言えば、魔導師だからある程度の頑丈さはある。

 

だが、その頑丈さもどこぞのリリカルな「白い悪魔」がもつ鉄壁の防御壁とは程遠く、ストライカーユニットを駆る「機械化航空歩兵」の魔女達にも劣る。

 

今思えば、存在する世界は全く彼女達であるが、彼女達が持つ強力な防殻が羨ましく感じられる。

 

比して私たち魔導師にある防御力は生身の歩兵に比べればマシと判断される形だ。

まぁ、銃弾や低威力の砲弾ぐらいならば耐えるかな程度の防御力である。

 

逆に地上の地獄を這いずり回り、砲弾と機関銃弾の雨に恐怖する歩兵達からしたら魔導師の持つ魔導防壁は羨望の眼差しだろう。

 

だが現実的に言えば、ちょっと装甲が厚い程度の航空機のような存在である私たち魔導師はあらゆる脅威の的になっている事を一度、彼等に教えたい。

 

所詮、頑丈だからといって死なないわけではないと。

 

貫通力重視の対空機関銃と対空機関砲や、そもそも口径からして別次元で強力な高射砲に立ち向かえる程の堅牢なシールドを展開できる訳ではないのだ。

 

それに共和国軍は、対空火器がない場合は75ミリ野戦砲を無理やり仰角を上げて魔導師を対空狙撃、弾幕を展開して叩き落とそうとする。その執念たるや空恐ろしい。

 

そして諸君らは、知っているだろうか?

フランソワ共和国には対空用に開発された127ミリ砲という恐るべき存在を…

これは高度1万メートル以上の範囲をカバーする驚異の高射砲だ。

その存在たるや、間違いなく出る時代を間違えている。

 

こいつの直撃を喰らえば、魔力を前面に集中した多重魔導防御壁を展開しても耐えれない。

 

防御不可能。瞬時に体は米粒以下の肉片に分解されるだろう。

爆片を喰らうだけでも命取りだ。

戦場では決して遭遇したくない、挨拶もしたくないシロモノだ。

 

ちなみにこの高射砲は、主任務である首都防空用以外に前線で展開する各師団隷下の砲兵部隊の防空任務に直接関わるから、必然的にこのライン戦線にもノコノコやって来ている。

 

何が言いたいのかというと

「こっちくんな!首都に帰れ‼︎」である。

 

しかし何故、共和国は時代からしてオーパーツじみた大口径高射砲を作ったのか?

空の要塞の称号を持つB-17かB-29でも叩き落とすつもりだったのだろうか?

 

だが世界は複葉機から単葉機の移行が終わらない。

まだ、個人的に愛着湧く複葉機がまだ第一線の主力であるが、ようやく航空機の変わり目の時期に入ったところである。

 

この魔力が存在する世界線の文明、技術水準は、前世の世界で言う第1次世界大戦〜第二次世界大戦の丁度あいだにあたる。

いわば近代兵器の技術発展として中庸の時代である「戦間期」と言われる時代だ。

 

だから列強国が単葉機を導入し始め、曲がりながりにも4発爆撃機の実用化には成功しているが、恐るべき空の要塞達と比べる以前のものだ。

 

彼等は航空機時代の先読みをして実用化したのか?

それとも開発に携わった技術者が尖りすぎていたのだろうか?

 

あのMAD…ドクトル・シューゲルのように…

記憶に蘇るは、クルスコス試験工廠で行われた未知の可能性しかない謎の試作演算宝珠を使用した悪魔的試験。

 

その技術検証員だった私は普通に飛ぶ事でさえ命と引き換えだった毎日を想起する。

 

突然起きる演算宝珠の機関部出火、爆発。

管制員の悲鳴じみた叫び声。

自身が零す苦悶の呻き声。

一向に決定的な技術面の問題を是正しない常軌の範疇外に生きるドクトルとの押し問答。

毎日、モルモットのように酷使される。

その繰り返しだった。

 

果たして、あの日々と戦場にどんな違いがあったろう。

 

…ともあれだ。

 

仮にこれらの対空兵器群の攻撃を躱しても、次は戦闘機と哨兵狩りの魔導師がやってくる。

 

やぁ、色々こう考えるとこの仕事辞めたくなってくるねぇ…

 

しかも他の魔導師達と違い、私は上から単独飛行命令を受け、このラインの空を飛んでいる。

 

魔導師ほど孤立するのが恐ろしい兵科であるのを認識しているににも関わらずだ。

 

上からの理由は、「警戒班編成に当てる時間的余裕はないため、危険ではあるが単独で出撃し任にあたれ。特に貴官は、北方戦線に置いて単独で充分な戦闘技術と戦功を有しているため、単独任務でも充分可能と考える。」だそうだ。

 

はやい話、危険でも戦術上の時間稼ぎを優先するために、上は私に単独でも任務に耐える能力はあるから飛べと命じている。

 

所詮、しがない一介の少尉。階級としては、一応少尉だから下士官クラスだが、現状で言えば平の会社員となんら変わりはしない。

 

だからサラリーマンと同様に、職務規定に従うほかにないのだ。

悲しいかな、軍人には拒否権などという高尚なものは無い。

 

例外的に直属の上官から「この任務は、かなりの危険が伴うから拒否しても構わない。」と命令を受容する、しないの権限が与えられる場合がある。

 

だが、そこはお決まりの軍隊組織が持つ特有の同調圧力が力を発揮。

「義務と遂行」という見えないプレッシャーに押されて、「やります!やらせて下さい!」と震える足を前に出さざるを得ない。

 

それをしない、拒否する事も可能だがその後は周りから白い目で見られるのは明白だ。

大体、「臆病者!」「意気地なし!」「突撃精神が欠けているのではないか?」と陰口を叩かれる。最悪の場合、左遷されるオマケが付いてくる。

 

軍隊以外に体育会系の会社でよく見られる光景だろう?

 

どちらにしろ評価を神経質なまでに気にする私には、土台無理な話だ。そもそも踏み切る勇気がない。

 

しかも私は航空戦技に関しては士官学校で空戦技能章を授与される程、頑張ってしまった。

 

ノルデン北方戦線では、観測任務中に敵魔導

中隊と単機で不意遭遇戦に突入、重傷を追いながらも敵中隊の半分を叩き落とし撃退した実績を残してしまっている。

 

その実績を敬意を持って大々的に讃えられ、死体以外に授与者はいないと言われる「銀翼突撃章」を与えらてしまった。

 

これは、誤算だった。ここまで認められるとは…正直、色々な面で私には重い、重すぎるのだ。

 

胸に光り輝く誉れ高き銀翼の勲章を見る度、はぁっと溜息を吐きたくなる。

 

そんな立派な経歴を持つ私が今更、「飛べません」という泣き事など言えるはずがない。

 

結局、YESかハイしか選択肢はなかった。

だから嫌々ながらも「そうせよ」と命令を従順に受け、スクランブルで危険な空を飛んでいる。

 

ちなみに西部方面軍の第14陸軍航空管制本部から与えられたコールサインは鷹の目。

 

忌まわしきノルデン戦で与えられた妖精の名前よりは、まだ好みだった。

 

「ホークアイ03より、CP、応答願う。」

 

実際私がこなす仕事内容は以下の通り。

まず索敵術式や高倍率の双眼鏡を使用して、敵を捜索。

発見次第進軍中の友軍若しくは阻止防御線を展開中の砲兵部隊に伝達。

その後は、接近中の敵集団と安全距離を保ち、詳細な情報を継続して収集。

状況によっては、直掩集団の誘導といった管制を兼ねる。

 

私と同様に後方から駆り出された臨時配備の魔導師の多くは、この強行偵察任務に駆り出されている。

 

何故か?

 

我が軍が今求めるものは、充分な戦力を持つ主力野戦軍の増援もそうだが、それ以上に「敵軍の情報」を欲していたからだ。

 

共和国軍の大規模な奇襲により後手に回った帝国軍は防戦一方なのは自明の理。

 

「…ホークアイ03より、CP、応答願う。」

 

我が陸軍としては戦術的優位を少しでも確保すべく、防衛線の要となる要塞や塹壕陣地帯など各防御拠点を連結した西方防衛線の構築。

 

そして各所に湧き出る敵野戦軍の規模、陣容に合わせた手持ちの部隊配置が急務だった。

 

合わせて、敵の進行スピードを少しでも遅らせるために長距離砲、列車砲による防御射撃及び戦爆連合(戦闘機、攻撃機、爆撃機からなる大編隊)による強襲も限定的な範囲で実施される。

 

そういった作戦や部隊展開における戦術、戦略的判断と決定を下すためには材料となる「情報」が何より必要だった。

 

だから西部方面の航空西部方面で展開可能な全ての偵察機、魔導師をスクランブルさせ、共和国軍の攻勢範囲と戦力、展開部隊の把握に全力を傾けるのは当然だった。

 

そのため詳細な部隊の規模とその陣容の把握は何より重要だ。

 

どれだけの人員を擁していて、どのような装備を有しているか、どんな行動をしているかを可能限り正確に伝えなければならない。

 

特に戦場で最優先攻撃目標となる砲兵部隊の存在は発見した瞬間、マッハで報告せねばならない。

 

「……ホークアイ03より、CP、応答願う。」

 

だが誠に遺憾な事に飛べと指定された戦域管区で管制官を捕まえることからして難儀な仕事だとは思わなかった。

恥ずかしながら想定していなかったと言わざるをえない。

 

「….ホークアイ03…こちら、第七野戦臨時管制所。コールサインは…ラザルド08。感度は多少悪いが支障はない。ホークアイ03どうぞ…」

 

ようやく地上管制と通信が繋がった…

何度の呼びかけでやっと構築できた通信ラインに少々の安堵を感じ、錯綜し混乱する無線状況の中では運が良かったと評するべきだろう。

 

これでようやく実任務に入れると思ったが、その安心が数分で裏切られてしまうとは、私は思いもよらなかった。





偵察とか斥候って、大変だよねっていう話です。
明日には、もう1話更新します。


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第12話 ターニャの憂鬱Ⅲ

ターニャは小さな体躯に不釣り合いな長距離無線機を背負い、箱型の魔導装置を腹に抱えながらライン航空戦域内を大きく旋回し続ける。

 

最初のコンタクトを取ってから30分が経過していたが、ターニャは一向に仕事が捗ってはいなかった。

 

やっているのは、地上管制状況の呼び出し通信符丁のテンプレを永遠と続けていた。

 

「ホークアイ03より、コマンドポスト、応答願う!」

 

ターニャは、もはや何度目かわからぬコールを続ける。

まるでテレアポを取る営業マンのように何度も何度も繋がるかわからない相手先に打診を行い続ける。

 

「…ホークアイ03より、コマンドポスト、応答願う!応答願う‼︎」

幼女の頭には大きいヘッドセットを強く押さえながら、叫ぶ。

 

最初にようやくの思いでコンタクトを取れた第七野戦臨時管制所は支援観測任務に移行した数分後、突如音信不通となった。

二、三度呼び掛けても応答がなく、その結果1つの可能性が浮かび上がる。

 

恐らくは、共和国の重砲兵部隊か爆撃機部隊に管制所が吹き飛ばされてしまったのだろう。

 

空の上で飛び回る偵察機、航空魔導師がもたらす情報が集中し統括する部署である地上管制所は敵から見れば、厄介な情報収集拠点である。

 

しかも前線で展開中の魔導師・航空機部隊を指令伝達・誘導を行う中継指令所を兼ねるのたがら早めに潰しておきたい重要攻撃目標だ。

 

通信機材を集中的に運用している管制所を逆探知して位置特定し片っ端から叩いているのだろう。

武装偵察部隊による捜索攻撃の可能性もある。

私が敵の立場なら同様の手段を取るだろう。

 

そんなこんなで、管制所を捕まえてコンタクトを取り、支援任務に移行した瞬間に音信途絶というパターンを3回も繰り返している。

 

臨時設営された管制所は味方制空圏内の比較的安全な後方地域にある筈なのだが、ここまで米軍張りにピンポイントで叩かれる程なのかと疑問に思ってしまう。

 

管制所が敵に捕捉される程、ラインの空を守る西方航空艦隊の制空状況が芳しくないのか?

それともただ単に我が軍が間抜けだったからか?

どちらにしろ、とてもではないが話にならない。

 

「(まさか、ここまで面倒で煩雑な仕事だったとは…思いも寄らなかった!…全く、時間の浪費だ…‼︎)」

 

彼女は1人、心の中で愚痴りながら、どうしようもない苛立ちと不安、焦燥感に駆られていた。

 

その心境の根源は、遅々として業務が進まない現状もそうだが、それ以上に同じ場所で滞空旋回を続けているのが最大の懸念材料だったからだ。

 

空の眼たる航空魔導師による管制・警戒要員とは早い話、敵地上軍からすれば真っ先に叩き落としたい目標だ。

 

単独で強行偵察している自身からしたら、いつ来るかわからない哨兵狩りの魔導中隊か戦闘機小隊の存在に怯えながら任務に従事している。

 

それだけに同じ場所で長く滞空しているのは、危険である。

 

身の安全には最大限叶う限りの注意を払いながら行動はしているが、時間が過ぎる度に刻々とリスクが高くなっていく。

 

早いところ、やる事やって次の空域に移りたいところだが…それが叶わない現状に陥っている。

 

なんとかせねば…私の命が危ない。

 

嫌気が指しながらも地上の管制所とコンタクトを取り続ける。

 

「くっそぅ…頼むから、誰か応答してくれ…」

呻きに似た声をターニャは漏らす。

 

神に祈りたい気持ちとは、このことか。

だが祈ったところで只の傍観者たる神は救いもしない。

それ以前、人間が現実の苦痛から逃れたいがために妄想し生み出された架空存在の神なぞ現実に存在する筈がないのだから。

 

「(全く、忌々しい…元はと言えば、傲慢かつ合理的理性に欠けた存在Xの所為で‼︎…)」

 

過去に蘇る記憶と憤怒の感情が吐露した瞬間、ヘッドセットにノイズ混じりの声が耳に入る。

 

「こちら…第14野戦臨時管制所。コールサインはベーガル05。敵の電子妨害に…より感度は悪いが…通信可能の範囲だ。ホークアイ…03…どうぞ…」

 

ターニャは、脳内のドーパミンが弾けるような高揚感に包まれながら心の中で歓喜する。

 

おっしゃ!おっしゃ!キタキタキタキタ‼︎

よしっ!ようやく繋がった!

 

いやいや、待て待て。簡単に安堵するな私。このパターンは、先程のように陰鬱な結果になるかもしれない。

 

昂ぶる心情を冷たく抑え、機械的に業務をこなさなければいけない。

 

「了解、ベーガル05。感度は悪いが、こちらも聞こえている。現刻をもって支援任務を開始する。」

 

ターニャは、いつも通りの子供らしかぬ冷静かつ淡々とした口調で任務に応じる。

 

「助かるぞ!ホークアイ03…空の眼が足りてないところ…だったんだ…いやはや、諦めず呼び掛け続けた…甲斐はある…歓迎するぞ!」

 

ようやく、マトモな支援を提供されると喜び勇む友軍の歓喜。

恐らくは、苦境の中で差し出された小さな光明だったのだろう。

 

それに支援を提供する私にとっても嬉しいことだった。

こちらも諦めずコールした甲斐はあった。

 

願わくば、また吹き飛ばされないよう願うばかりだ。

せめて私が一通りの偵察報告を終えるまでは、生き延びてもらたいものだ。

ベーガル05に強運があらん事を願う。

 

「ベーガル05より、ホークアイ03…貴官の現在地…知らせ。」

 

「ホークアイ03よりベーガル05。現在地送る。コルマール管区D-10戦域にて滞空偵察を展開中。オーバー」

 

「ホークアイ03…よりベーガル05。貴…官の所在…地域プロット完了。D-10…戦域周辺の敵情を…知らせ。」

 

現在地を知らせた後は、速やかに敵情報告に入る。

ただ馬鹿みたいに管制所を探していたわけではない。

30分の時間は眼下に見える敵部隊の詳細を確認、分析するには充分な時間だった。

 

「アンマーシュヴィア南東において敵の1個歩兵師団相当の戦力を確認。扇状の横隊隊形をとり、警戒しながら平原地帯を徒歩で移動。移動速度は約時速5キロメートル。街道には多数の野砲を確認。トラックで牽引している模様。大型自走砲10輌も確認。オーバー」

 

トンガリ帽子のような塔が特徴的なシンボルになっているアンマーシュヴィアというアルサル・ワイン街道に連なる小さな町は、今は共和国軍の大部隊に飲み込まれていた。

近隣の町々も同様の状態だ。

 

「ベーガル05、了解。そうか…もう…カイゼルベルクは落ちたのか…という事は…かなりの敵が…侵入してきているな…」

 

管制官の溜息混じりの落胆がノイズ越しに感じられる。

その心情には同情を禁じ得ない。

 

「ホークアイ03よりベーガル05。残念ながらそうだ。さらに悪い事にキンツハイムとジゴルスハイムの町も敵軍に落ちた。ここには2個歩兵師団と増強師団砲兵が展開中だ。続けて報告してよろしいか?」

 

「こちら…ベーガル…5。地図上にプロット…した。ホークア…03、続けてどうぞ。」

 

「了解。ジゴルスハイム北東にはルノーR35とFCM36を主軸とした2個戦車大隊相当の戦力と一個混成機械化歩兵旅団を視認した。オーバー」

 

空の眼から収集された情報を確認する事は、否が応でも帝国軍が置かれた苦しい現状を再確認にするハメになる。

 

侵攻スピードが帝国軍の想定以上だった。

 

前世でその類のジャンルにおいて豊富な知識を継承しているターニャからしても彼らの機動展開能力と戦力は驚くべきものがあった。

 

…果たして、彼等は本当に共和国軍なのだろうか?…やはり、生きる世界が違えば中身も少々、異なるのか?…

 

ただ突撃果敢精神を信奉し、旧来の戦略思想に凝り固まっていた前世世界のフランス軍とは明らかに何かが違う。

 

彼等の陣容は、可能な限り機械化を施された戦闘部隊だ。

旧式兵器の混成部隊も目立つが、強力な戦闘力を発揮できるよう調整がなされている。

 

何より共和国軍の動きには、的確かつ無駄がなく、迅速かつ確実にアルサス地域圏を飲み込んでいた。

 

「ベーガル05…了解。状況は最悪だな…だが打てる手は打つ。ホウッセンと…ローゲルバッハ近郊に…展開する…味方砲兵部隊で…少しでも時間を…稼ぐよう上に打診する…」

 

ターニャはそれを聞くと戦域地形術式を展開し、ホウッセンとローゲルバッハの位置を確認する

 

これは三次元空間情報みたいなもの。

魔導波を発射し、地上で反射して戻ってくる時間から、自身と地上の距離を求め、3次元地形データを取得し、取得したデータをライブラリデータとして表示する。

なんと現代的な魔法なんだろうか、便利なのは間違いないが。

 

三次元の立体データベースを目の前に展開しながら、ターニャは考える。

 

やはり、遅滞防御で対応するしかないのか…

現状では手札が限られている帝国軍には、やむ終えない手段だが…

 

しかし、ホウッセンとローゲルバッハの味方砲兵部隊の位置から考えれば、敵砲兵部隊の射程内に入る可能性が高い。

何故なら、敵砲兵部隊との距離は6〜7キロしか離れてない。

特にホウッセンの砲兵部隊は、ジゴルスハイム北東に展開してる戦車部隊に捕捉される可能性が高い。

 

遅滞阻止射撃を行い、最大数時間の敵集団を妨害、拘束出来ても反撃され全滅する憂き目に会うだろう。

 

ロシア製の戦争映画にありがちな砲兵部隊の最後を演出されるのは、あまり受け入れられない。

 

捨てかまりじみた戦法で、貴重な砲兵部隊を失うのは帝国にとって大いなる損失だ。

 

「ホークアイ03からベーガル05。コルマールに展開する砲兵部隊の陣容を知らされたい。オーバー。」

 

正直、最小限の労力とリスクで業務を遂行するはずだったが…目に見える結末を許容するには些か気が引ける上、わかっていて適切な手段や予防策を講じないのは職務放棄と判断されかねない。

 

事実、魔導師の職務規定内には任務と状況に応じて臨機応変な現場対処をせよと明記されている。

 

だからこそ、魔導師はブラックでオーバーワークになりがちだ。

 

だとしても一介のサラリーマンとしては、許容しよう。

 

上手く転べば、表彰ものになるかもしれない。

これは楽観的すぎるだろうか。

 

まぁ、いい。

少々、お節介かもしれないが、やれる事をやろう。

 




寝落ちして、更新が遅れました。

今回の話で、出てくる地名は実際に存在している場所です。
本当は名前を変えて出そうと思いましたが、もの凄くややこしくなるため辞めました。
描写が細かすぎるのが、いけないんだろうけど…
なのでグーグルマップで見れば、この話に出てくる地理的描写が多少はわかりやすいと思います。
私もグーグルマップを見ながら制作したので。

あと、今週中には3話は投稿したいですね。
そうすれば、ターニャとカイジの絡みをようやく出せるので。

今、思えば色々と細かすぎたなぁと思うし、最初から一緒の部隊にいた方がやりやすかったかなぁと思うのですが…このように書き始めた以上はしょうがないかなと思います。

とりあえず、もう暫くお待ちください。




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第13話 意見具申

「…?…了解した。しばし待たれたい。」

 

管制官は、少々戸惑いつつもターニャが求める情報を提示する。

 

「ベーガル05…よ…ホークアイ03。コルマール管区…は第169歩…師団の第230…兵連隊が展開中…装備火器…ついては…10.5…榴弾砲24…門、15㎝重…榴弾…12門を装備…」

ノイズが混じり、途切れ掠れながらの報告ではあったが大まかな陣容は理解できた。

 

「(一個砲兵連隊か…対応するには可能な戦力と見るべきか?)」

 

第169歩兵師団の第230砲兵連隊に配備されているのは恐らく10.5㎝榴弾砲と15㎝重野戦榴弾砲ならば、射程共に最大9キロ以上を誇る。

 

最大装薬で砲撃すれば、砲架(大砲の砲身を載せる台)に負担はかなり掛かるのが一応は届く距離内にはある筈だ。

 

これならばキンツハイムとジゴルスハイム間の平原で展開する敵師団砲兵に対し砲撃は可能…

 

だが、長距離射撃になればなるほど、散布界(射撃した砲弾や銃弾が散らばる範囲)が広くなるのがネックではあるが、この際大きな問題ではない。

 

そこは砲兵隊の練度と戦術の兼ね合いでカバー出来るだろう。

 

敵砲兵隊と距離が近いホウッセンとローゲルバッハの砲兵隊にやらせる必要もなかろう。

彼等は別の使い方がある。

 

彼等が防御戦で参加するにしても、その前に味方師団の砲兵連隊にやらせれば良い。

 

「ホークアイ03よりベーガル05。内容了解。」

 

コルマール管区の師団がどのような形で防御戦闘を展開しているかは、私は知りようがないし判断すべき立場にいない。

 

各部隊の現場指揮官達が連携し、状況に沿った戦術を立て適切な判断を下してくれる。

 

一介の魔導師で駒でしかない自身ならば、無駄な口を挟まず、淡々と敵勢力の状況を報告しておけば良い。

 

命令に忠実かつ実直に業務を遂行すれば良い…余計な事はなるべく避けるべき。

 

そう思っていた時期が私にもありました。

約10分前までは。

 

しかしながら…しかしながらだ。

だからと言って「何もせずには、いられない。」

 

状況がそうさせるのだ。

 

恐らくだが、コルマール管区でマトモな偵察活動をしているのは私だけだ。

 

ベーガル05は「眼が足りてない」といったが、眼が無いのが正確だろう。

 

かれこれ30分以上この空域を滞空しているが…一向に味方魔導師を視認出来ていない。

普通は、複数の魔導師がいる筈なのだが…

 

各警戒班の哨戒空域が広いためだと考えた。

だが魔導探知機には10マイル圏内近づく味方反応は無しだった。

 

電波障害による弊害も可能性としてあるが、魔導探知機は多少のノイズが見られるものの動作は正常だった。

 

何故だろうか?

私なりに様々な可能性を考えたが結論は出なく、ただ一つ言える事は…私ぐらいしか、いや私しかコルマール管区D-10戦域の偵察任務活動をしてない…

 

という事は、眼下の味方部隊は敵部隊の全体的な規模、動きを理解しきれていない可能性がある。

 

もちろん斥候を出して、敵情偵察は活発にやっているだろうが、コルマール管区の周辺は葡萄畑が広がる平坦な土地のため、平面的な情報しか得られない。

 

前衛の敵はわかっても、後衛の敵の布陣は分かりづらいし、不明確だ。

 

師団はどこまで情報収集出来ているかは、不明だが…実際、微妙なところだろう。

 

ならば、敵情や地形を空から俯瞰的に把握できる立場の魔導師が有効的な情報と戦術的助言が可能だ。

 

であるならば…私が動くしかない。

現場部隊の管轄に干渉しない程度に

 

「ホークアイ03よりベーガル05。訓令第3条に基づき意見具申。第230砲兵連隊を使用した敵増強師団砲兵に対する戦術阻止射撃を推奨されたい。…観測員は私が行う。」

 

あくまでも敵砲兵を叩き、戦術上の優位を実現する為の一つの意見を一士官が述べる権限が認められる程度には帝国軍は寛容だ。

 

それが採用されるか、されないかは別として

選択出来る手段を提示するのは問題ない。

 

そして、意見をいったからには発言者は必要な責務を果たすべく行動しなければ、ならない。

 

言い出しっぺは率先して行動すべき。

自分が出来うる仕事をやらねばならない。

 

それを勘案して現状、私に出来る仕事は前進観測員だ。

 

ノルデン北方戦線では単独観測任務で砲兵隊の着弾観測、誘導射撃を行える程度には練度はある。

 

その後、協商連合の魔導師中隊に捕捉され、酷い目にあったが…

 

…本来は、これも避けるべきリスクだ。

正直…死ぬほど嫌だ…だが帝国軍人は、いざとなったら逃げてはならない。

 

時には、リスクを背負って必要と思う任務に励まなければならない…

 

 

 

 

 

……………今までリスクしか無い事だけしかしてない気がするが…それも命に関わったレベルで…まぁ、仕方がない………と思う……

 

 

 

 

いや!無用に考えては、いけない!

 

「やれる時にやれる事をすべき」と提唱したストール・マニングス大尉の言った通りに実践せねば、ならないだろう。

 

 

「……ベーガル05よ…ホークアイ…03。当官で…その手段の是非につい…判断で…ない。だが第169…歩兵師団…本部に打診し…確認する。」

 

意見具申は、意見具申。

私や彼には決定権はないのだから、当たり前だ。

 

それを判断するのは、私より圧倒的に優秀な人材が集まる師団本部の高級幕僚達である。

 

「ホークアイ03、了解。」

 

とにかく、まずは第1段階は完了。

次はどうでるか?

大体、わかってはいる…恐らくは…

 

「ベーガル05…よりホークアイ03…第169歩兵師団…長よりお…呼…の催促だ。師…長は、D83…戦域指揮所にいる…直ちに…向かわれたい。」

 

予想した通りだ。

ノイズ混じりで音切れの無線状態。

それを考えれば、詳細な内容については、直に話した方が早いとの判断になる。

 

「ホークアイ03よりベーガル05。了解、協力に感謝する。」

 

ターニャは、僅かな時間であったが、お互いに危険な情勢下の中で勤務した彼に軽く礼を述べる。

 

「ホークアイ03…こちらこそ…協力に…感謝する…色…と助かった…貴官…武運を祈る…」

 

それは…貴官にも言える事だろう…

麗しき神の加護なぞ世界には存在しないから、こう祈るべきか…

ベーガル05に強運があらん事を切に願う。

 

 

ターニャは、そう心中で呟くと戦域指揮所に最大速度で向かう。

 



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