異説・狂えるオルランド (とうゆき)
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異説・狂えるオルランド

相当な独自解釈と改変があります。


 

――希望はある。小賢しいかもしれないが、バラルの呪詛に責任を押し付けて人の善性を信じる事にした。最期に抱くのが絶望では悲しいから。

 

 

 

 

 

 荒涼とした月の大地を四頭の馬に引かれた戦車が進む。戦車に乗る二人の男の一方、シャルルマーニュ十二勇士が一人、アストルフォは地平線まで広がる荒野を見渡して小さく嘆息する。

 子供の頃は黄金の麦畑でもあるのではないかと夢想していたが、現実はかくも切ない。当初は翼のないこの身に訪れた思いがけない幸運に胸を弾ませたのだが、殺風景な景色は興奮に冷や水を浴びせる。

 無音なのもいただけない。地面を噛む車輪の振動は微かに伝わるものの、砂利が砕ける音や小石が弾かれる音は耳朶に届かず、風の囁きや頸木に繋がれた馬の嘶きも聞こえない。

 寂寥の世界は何とも物悲しい。それでも初めて訪れた場所への興味と好奇心は胸に溢れ、体を突き動かすのだが、

 

「身を乗り出すな。死ぬぞ」

 

 短く鋭い声がアストルフォの体を座席に縫い止めた。出鼻を挫かれたアストルフォは僅かに顔を顰めて同乗者に目を向ける。

 彼をここまで導いた聖人ヨハネを名乗る老人は腕を組んで表情を歪めていた。そこにある感情は一つだけではない。期待、不安、怒り、焦り。どれかが表層に出たかと思えばすぐ別の心情が覗く。

 

「やれやれ」

 

 一応ヨハネの言葉に従ったアストルフォだが、じっとしているのは堪え性のない彼にとっては苦痛だった。御者がいなくても進む戦車は最初こそ便利だと思ったが今となっては退屈さを加速させる。

 邪悪な魔女アルシナにミルテの木に変えられた時と比べればまだ楽な方だが、アストルフォは過去には執着しない男。過去の辛さなどすぐに忘れる。

 ならば、と気を紛らわすべくヨハネに話しかける事にした。普通の人間なら気難しげな相手に話しかけるのは躊躇うだろうがアストルフォは空気を読まない。そして不思議と相手に好意的に受け入れられる事が多かった。

 

「これを使えば本当にローランを助けられるのかい?」

 

 足元に置いていた、ロジェスティラという魔女から貰った黄金の角笛を持ち上げながら尋ねる。

 彼が遙々月にまで来たのは正気を失った親友ローランを救う術があると眼前の老人に言われたからだが、不信感がないと言えば嘘になる。

 

「そうとも。その角笛が放つフォニックゲインは月の機能を侵食し、バラルの呪詛を打ち砕く力がある。他者との繋がりを絶たれたあの男も元に戻るだろう」

「ははは。君が何を言っているのかさっぱりだ」

 

 アストルフォはおどけてみせたがヨハネは真剣な面持ちを崩さなかった。

 

「人は何故争うと思う?」

「ふむ……」

 

 返答を期待せずに話を振ったのだが、ヨハネは存外饒舌だった。己の知識をひけらかしたいタイプだったのだろうか。

 ともかく、問われた以上は返さねば失礼だろう。アストルフォはこれまでに体験した戦いの記憶を思い起こした。

 

「信仰の為とか、愛の為とか、名誉の為とか。ああ、各国の王を捕虜にしたいとか大好きな養子を女性に取られたくないからという御仁もいたね」

 

 それはつまり、

 

「争う理由なんて人それぞれ。明確な返答は出来ないさ」

 

 同意はされずとも否定はされないだろうと無意識に考えていたアストルフォだが、ヨハネの皺の浮かぶ顔に似つかわしくない犀利な視線が彼を射抜いた。そこには瞭然たる否定の意思があった。

 

「因果が逆なのだ。理由があるから争うのではない。相互理解を阻むバラルの呪詛によって争う運命を強制されているのだ」

「……」

「理解出来ないからこそ他者を恐れ、あるいは軽視して殺害という究極の手段に及ぶようになった」

「……」

 

 それからヨハネは朗々と語った。カストディアン、ルル・アメル、バラルの呪詛。彼の話を荒唐無稽、そう一笑に付そうとして、出来なかった。鑑みれば彼も本質的に他者と会話が成立しない、思いが伝わらない、そう感じる事は確かにあった。

 彼やその仲間はこれまで少なくない冒険に挑んで名を上げた。それはつまり話し合いで解決出来なかった問題が多かった事を意味する。

 

 その時その時の気分で立場を忘れてふらふらしているアストルフォだが、根底には騎士としての他者への献身と労りが存在する。だからこそヨハネの話を聞いた際に全身を巡る憤りがあった。有史以来、カストディアンの傲慢と憂虞でどれだけの人間が必要のなかった死を強いられた事か。

 知ってしまえば目を逸らす事など出来る筈がない。己の行動一つで不和に彩られた歴史を断ち切れるのなら何を迷う事があろうか。

 彼の長所は即断即決。悪く言えば短慮で、誤った道に進んでしまった事もあるが、今この瞬間においてはこれこそが正道なのだと自負した。

 

 角笛を構えると大きく息を吸って高らかに吹き鳴らす。放たれる調べは流麗にして壮大。

 月に響く音色に黄金の輝きを幻視し、人々の明るい未来を夢見て意気揚々とアストルフォは奏で続けた。

 それまで渋面だったヨハネも顔を綻ばせるが、不意に煌きは漆黒の闇に塗り潰され、音が消えた。

 アストルフォが幾ら吹こうと試みても角笛は応じようとしない。彼が困惑に基づく反応を示すより先に、壮絶な舌打ちと歯噛みに意識がそちらを向いた。

 

「……防衛機能か。忌々しいカストディアンめ……この後に及んでも私の邪魔をするかッ!」

 

 仇を呪うような怨嗟の声にアストルフォは生々しい執念を感じた。

 愛する者の為なら倫理や条理を易々と飛び越える女の情念。盟友ルノーの妹ブラダマンテや中国の王女アンジェリカに似た、しかし彼女達よりも粘っこく、人を破滅に引き摺りこむような激情。

 おかしな話だとアストルフォは首を傾げる。どう見てもヨハネは男だというのに。

 しかしながら降って湧いた疑問より優先させる事柄があった。ヨハネは荒れていたが、物怖じのしなさでアストルフォの右に出る者はいない。

 

「それで、どうなったんだい? 途中で中断してしまったのだけれど」

 

 答えを得られるまで数分の間が必要だった。

 

「どちらにせよ今を生きている人間には既に不信が根付いている。殺し合いをやめる事はない」

「……そう、か。仲良く出来ないのは寂しい事だね」

「それでも一時的な機能不全に陥らせた事は間違いない。あの男が呪詛に囚われてまだ三ヶ月程度。回復させるのは難しい話ではないだろう」

「それがせめてもの慰めかな」

 

 残念ではあるが、一人で出来る事には限度があるという事だろう。困難に挑んで失敗し、危機に陥った時は仲間の助けで乗り越えてきた。逆に自分が助けた事も多い。誰かと手を携えれば大きな力になる事をアストルフォは実感として理解していた。

 次の機会が与えられたなら頼りになる仲間と協力して臨みたい。仲間との絆を再確認すると心が温かくなり、彼等となら明るい展望を切り開けると確信出来た。そしていつの日にかバラルの呪詛を打ち破る事を誓う。

 

 

 

 

 

 地球に戻る戦車の中でヨハネは取り留めのない思い付きをした。

 バラルの呪詛のそもそもの目的はルル・アメルが力を付けないようにする事。故に英雄と呼ばれる存在は特に強く呪詛の影響を強く受ける。彼等が悲劇的な末路を遂げる事が多いのはその為だ。

 神代から伝わる聖遺物の所有者や月遺跡に直接干渉した者を放置しておくとは考え辛い。されど助けるという選択肢は全く浮かばなかった。

 利用するつもりで接触した男の生き死になど“彼女”にとっては瑣末な事。助けようが助けまいが一生が数十年程度しか変わらないなら同じ事だ。

 それに自身の目的が失敗したのに他者に救いの手を差し伸べるのも癪だった。

 

 

 

 

 

 地上に戻ったアストルフォは尽力の末にローランを正気に戻す事に成功し、華々しい活躍の日々を送るが、栄光は長くは続かなかった。

 アストルフォやローランは仲間の裏切りに遭い、敵の大軍に襲撃される。

 絶対絶命。けれど光明はあった。ローランが持つオリファンという角笛を吹けばすぐさま援軍が駆け付ける。武名を重んじるローランだったが、この時ばかりは仲間の命には代えられぬと角笛の使用を決意した。

 しかし、あらん限りの力を込めて吹いた筈の角笛は沈黙するばかり。助かるという望みが霧散して狼狽する一同だがアストルフォだけが力なく微笑んだ。

 

 歴戦の兵である彼等は逆境にあっても挫ける事はないが、数の差は如何ともしがたい。奮戦したものの、一人、また一人と倒れていく。援軍が到着した時、血と砂埃が風に舞う戦場に立っている味方はおらず、呪詛により主とその仲間を喪った聖剣デュランダルが残るのみだった。

 

 

 

 




ふと思いついたネタ。
まあ、フィーネさんは設定的にカール大帝の方に転生してそうだけど。


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