我が儘に絶景を (泥の魅夜行)
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欠伸ー石神円也ー

 まるで他人事のような出来事だった。跳ね上げられた己の身体は永遠と感じるような浮遊感と共に僅かな時間で重力にに引かれて落下した。アスファルトに強かに打ちつけられた体は素人が見ても助からない程の損傷を受けている。血は絶え間なく流れ続け赤い水溜りを作り出す。折れた骨が筋肉と皮膚が飛び出し腕は歪なオブジェとなり果てた。

 

 死ぬ。死が迫っている。即死ならばまだ幸せだったかも知れない。何にも感じずに意識を手放していれば。

 

 彼には意識が在った。壊れた自分の身体を見みながら全身に走る激痛に意識を掻き回されて、声を上げて転げ回りたいのに動く事すらできない。死ぬと決まっているがまだ死ねない。死にたいのに死ぬことが出来ない。生きていたいのに生きることが出来ない。殺してくれ死にたくない生きたい生きたくない何で何で何で何で。

 

掻き混ざる思考は走馬灯も現れて一瞬で消失していく。

 

「……ぉ、ァ……ッ!」

 

 薄れていく意識、それは「死」がやって来た事を意味する。彼は叫んだ。声にならない悲鳴を上げて、痛みから解放されたいから死にたいと願い同時にまだ死にたくなからと生きたいと願う矛盾な願い。人と当たり前に足掻こうとして、されど既に手遅れであり、プツンと彼の心臓は停止した。

 物言わぬ骸となり果て、誰にも訪れる「死」は今日この日、彼に訪れた。交通事故と言う現代に有り触れてしまった死因にて。

 

             

 

 瞼が開く。視界に映ったのは青と白。晴れた日の青空とゆっくりと形を変えながら動く雲だ。肌に感じる風が心地よい。やはり屋上は良い。

 空を見ながら右手を胸へ置いた。掌に伝わる心臓の鼓動を感じながら深く息を吐く。

……生きている。

 身体があり、意思がありそれに従って肉と骨を稼働させた。上半身を腹筋運動で持ち上げ手を思いっきり空へと伸ばした。

 

「んーーー」

 

「能天気だな、噂通りに」

 

 声がした。背後からだが、驚くことは無かった。そもそもこの声の主の気配を感じて起きたのだから。

 

「どうも。えっと……誰でしたっけ? 確かテレビで見たような、最近見たような」

 

 振り返りそんな事を言ってみる。その反応に呆れを含んだため息を吐いたのは、スーツ姿の麗人だ。

 

石神円也(いしがみえんや)。三年三組。破軍学園唯一のAランク伐刀者にして、破軍学園初の七星剣王二連覇を成し遂げた大型ルーキーいや、超大型か。二つ名は『白い災害』」

 

 伐刀者(ブレイザー)。己の魂を固有霊装として顕現させ、魔力を用い、異能の力を操る千人に一人の特異存在。古くは『魔法使い』、『魔女』と呼ばれてきた者達の現代の総称である。最低ランクすら常人では敵わない超人的な力を持っており、今や、戦争、軍隊、警察は抜刀者無しでは成り立たないと言われている。兵器すら無力と化すその力を人間社会で使っていく為に、『魔導騎士』と言う制度を与え、その免許を取る為の『騎士学校』を世界は作った。此処、『破軍学園』もまた、日本に七つあるその『騎士学校』一つだ。

 

 いきなり自身のプロフィールを読まれて円也は戸惑うが、お返しとして目の前の女性の紹介をしようとスマホで調べた。ヒット。検索した記事から情報は得た。

 

「説明書みたいな紹介されましたけど、そうですその石神円也です。破軍学園の新理事長の新宮寺黒乃(じんぐうじくろの)先生。二つ名は『世界時計(ワールドクロック)』で、元KOK・A級リーグ選手で、元世界ランキング2位か3位。……合ってます?」

 

説明しつつ、理事長変わったとか聞いたような聞いてないようなと頭を捻る。興味が無かったからそもそも記憶してないので、思い出す事も出来ない。

 

「成程、一応この学園で結構仕事をしたと思ったんだが、特に記憶に残ってないか。……そうか」

 

 空気が少し暗くなる。とはいえ、仕方がない。円也は本当に目の前の新学園長の事を知らなかった、否、興味が無かったからだ。

 

 

「で、何の様ですか? 理事長先生。今、ゆっくりと寝てた所なんですが」

 

「今、何時か分かるか?」

 

 腕時計を確認。

 

「十時ですね。朝ご飯食べてないとお腹空く時間ですね」

 

「平日で、特別授業中だがな」

 

 ああ、そう言えば、学園上位の騎士が技術向上の特別授業が在ったような気がする。 

 あやふやな記憶を思い出しながら円也は納得する。納得しただけだが。

 

「じゃあ、此処で鍛錬しますね。休憩で寝てただけですので」

 

 そう言って傍に合った木刀を取る。頭にチョップが来た。

 

「痛い」

 

「授業に出ろ。仮にも『七星剣王』だろうに」

 

「どうでもいいです。もうそんな物興味もない。欲しいと言うならあげるだけですよ」

 

 木刀を構えて振り下ろす。その動作に黒乃がほぅ、と感嘆の籠った声をだした。

 

「その年でその域か。七星剣王を獲ったと言われている実力は、嘘ではないようだな」

 

 速く、太刀筋は迷いなく、姿勢は整っている、それらを全て呼吸するように当たり前に行っていた。

褒め言葉にも反応することなく、木刀を振る。

 

「一年時の七星剣武祭を終えて、人が変わったように修行をしているそうだな。出席日数は満たしているが、それ以外は鍛錬鍛錬……それを二年か」

 

 

 七星剣武祭、年に一度、七校の騎士学校合同で主催される武の祭典だ。円也は破軍学園初となる二連覇を達成する偉業を為しているが、それらを特に気にする事無く、ひたすら剣を振っている。憑かれているだの、頭のネジが飛んだの、それが周囲からの評価だ。

 鍛錬してるだけで、目立った校則違反は無し。止めようにも彼に付いて行く体力を持つ者は学園には居ない。

 それ以上に、彼の方が動いて消耗している筈なのに、過剰とも言える鍛錬を平然と続けている。最初は直ぐに終わると皆が笑っていた。一週間で感心した。一ヶ月で不審感が広まった。半年で恐れが目に宿った。それを二年続けた。彼に近づく人間が極少数になるのは必然であった。

 

「何がお前をそこまで駆り立てるんだ」

 

 言って、失言に気付いた。踏み込み過ぎた、と。初対面の間でそこまで言う気は無かった。ただ、此処に来るまでの彼の評判、実際に見て事実だと理解し、動揺したからだろうか。反省しつつ、謝罪の声を上げた時だ。

 不意に、円也が素振りを止めた。

 

「俺に何か御用ですか?」

 

「ああ、護衛を頼みたい。今日、留学生が来る。ステラ・ヴァーリミオン。ヴァーリミオン皇国の第二王女だ」

 

「知りません」

 

「だろうな。ちなみにお前と同じAランクだそうだ」

 

「興味ないです」

 

「……だろうな」

 

 バッサリと言い放ち、時間の無駄だったとばかりに円也は素振りに戻ろうとした。黒乃は予想する。恐らくこれ以降、話し掛けても反応しないだろうと。まだ話を聞く気がある今のうちに畳み掛けた。

 

「私の方針は、完全な実力主義。徹底した実践主義だ。既に実力、実践をお前は示している。頼みを聞いてくれるなら、授業の免除くらいは許可しよう」

 

 円也の動きが止まる。数分程、空を見ていたが、やがて黒乃へと振り返り、頭を下げた。

 

「……承りました。どこ行けばいいですか?」

 

「校門に車を置いてある。それに乗っていけ」

 

 はい。と言うなり消えた。黒乃の眼には校舎から飛び降りた円也を認識していた。

 

「やれやれ」

 

……思った以上に面倒な事になりそうだな。

 

 数時間後、黒乃の考えは現実になる。ステラ・ヴァーリミオンの下着を見た事による痴漢容疑でとっ捕まった黒鉄一輝によって。

 




久々の執筆活動。リハビリのように書いてきます。


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焦燥ー東堂刀華ー

 黒乃の用意した車は所謂、高級車だ。

 他国の皇女を連れて来る以上はそれくらいでないといけないだろう。

 後部座席、高級な椅子が二つずつ向かい合う形に設計されている。乗っている人物は二人、先程、黒乃学園長に頼まれ、空港まで皇女を迎えに行き、皇女の護衛を頼まれた石神円也。

 円也に向かい合う様に座っているのは、破軍学園生徒会長の東堂刀華(とうどうとうか)である。

 丸眼鏡が特徴であり、茶色の髪に左右で結んだ太い三つ編みが目を引く、薄い金色が混じったぱっちんした可愛らしい目には強い意思が眠っている。

誰がどう見ても美少女の部類だ。性格も皆に優しく慕われる彼女は、『雷切』の二つ名を持ち、破軍学園校内序列二位の座にいる。文武両道、天は二物を与えずと言われるが、彼女の前では嘘だろうと言うだろう。

 その文武両道生徒会長は現在、不機嫌なオーラを出しながら対面に座る男を睨んでいた。

……怒ってるなぁ。

 それが円也の感想だった。元来真面目な彼女が円也のサボりについて黙ってる筈もない。特に学園よりも鍛錬を最優先にしている彼を許すはずもなく、剣を振るう隣で時に怒り、時に説教。見かけたら隣で説教。自分が勉強したノート見せながら説教と、「災害の隣に雷切の説教在り」が学園の全在校生の共通認識な程だ。

 

「HRに来ないのに、此処には居るんですね」

 

 静かに怒る。朝から姿を見せないどころか、休み時間に探しに行けばすぐに気配が消えて気が付けば、休み時間が終わっていた。そんな事をすれば刀華の怒りのボルテージも際限無く上がるのも仕方のない事だ。

 対する円也は、特に気にしている素振りも無く、何時も通りの表情を刀華に向ける。

 

「ごめんごめん。でもね、刀華聞いて欲しんだ。ほら、今日はいい天気だろう」

 

「そうですね。私の心は大荒れですが目の前の無自覚台風さんのせいで」

 

「でだ、朝の牛乳を飲みながら思った訳だよ。そうだ、限界を超えて見ようと」

 

「無視なんですね? 私は怒っているんですよ」

 

「どうどう、ほらほらよーしよーし」

 

前のめりなると、刀華の頭をてっ辺から撫で、徐々に下へ下がり頬を回す様に撫でていく。

 

「ちょ! またそうやって、ん……ッ! こら!! うぅ……」

 

何時ものパターンだった。円也が説教に対しての刀華の宥め方は、こうやって撫で回す事。そうすると刀華は黙る。

幼馴染だから為せる技だ。幼馴染、彼らの関係はそう表すのが一番近い。

石神円也に親は居ない。生まれてすぐの状態で段ボールに入れられ、貴徳原財団の養護施設『若葉の家』の入り口に捨てられていた。その孤児院で出会ったのが東堂刀華だ。それ以来、今日現在まで縁は続いている。

 

「ぅぅ、私はどうしてこう」

 

「説教なら後で、受けるよ。外国の皇女にしかめっ面で合うわけにはいかないだろう?」

そう言って、話を切り上げた円也は窓に視線を向けた。

 

             

 

 

 窓へと視線を向けた円也を刀華は見続けた。

……変わっていない。けど、変わった。

 石神円也は東堂刀華の幼馴染だ。刀華の中では一番付き合いが長く、一番自身の近くにいる人間だと彼女は自信を持って言える。

 言える……それだけだ。刀華が『若葉の家』に来たとき同い年の彼が居た。『若葉の家』には様々な理由で預けられている子供達。だから、子供達の心にも余裕何て無かった。些細な罵り合い、喧嘩が絶えない環境だった。

 東堂刀華は両親を亡くした。だが、両親は刀華を心から愛してくれた。その思い出が東堂刀華の芯であり、彼女はそれを他者へ、養護施設の皆へと向けた。人を愛する事は暖かくて、大好きで、大切な事だから。

 無論、その対象に円也も入っていた。

 円也と交流を始めたのは、一番最初だ。同い年でも静かで落ち着いていたから、話を聞いてくれると思ったから。

 

『うん、よろしく。じゃ』

 

 取り付く島もなく無表情で返された。話は終わりだ、話し掛けるな。

 言外にそう言われたのだと刀華も察した。刀華は慌てながら、話した。円也は聴いているのか、いないのか刀華には分からなかった。

 相槌も無く、刀華が徐々に涙目になった頃に彼は口を開いた。

 

『何故、そんなに人に関わる』

 

返事をしたのが、嬉しかった。嬉々として子供故の説明は下手だったが、円也は終わるまで聞いていた。

そして、先程と同じように口を開き、言った。

 

『……そうか。愛、大好き。そう言うのもあるのか。東堂刀……華だったか? それがどんな物か教えてくれ』

 

 友達が出来たと刀華は喜び、それ以来彼女の隣には円也が居た。年下の子の世話を手伝ってくれた。料理も作ってくれた。何時しか、彼女の周りには沢山の友達が居た。彼女の努力が実った証でもあった。特に、円也は表情が出会った頃より豊かになった。今の様に笑い、からかい、誤魔化し、心を開いてくれたのだと嬉しくて仕方なかった。

 そう、開いてくれたと思っていた。

 何時だったか、一緒に料理を作っていた時だ。円也は刀華の名前を呼んだ。

 

『刀華。ありがとう、愛は温かい。よく分かったよ』

 

 何を話しているのか少し戸惑い、かつて彼に言った言葉を思い出して照れた。

 身体の内側が熱くなった。照れていると自覚し、さらに熱くなる。熱は頬を染めて真っ赤になった顔を見られたくないと顔を背ける。

 

『でも、これじゃないか』

 

 そんな、失望にも思える声が聞こえて刀華は振り返った。

 包丁で野菜を切る円也が居た。鼻歌を歌いいつも通りに。

 何か言ったかと、問うた。いや、別に、と返された。

 空耳? いや、自身が円也の声を聞き間違える何てあり得ない。じゃあ、あの言葉は何だ。

 思い返せばこの頃から、違和感が生まれて来たのだろうか。

 彼は本当に笑っていただろうか?

 彼は本当に怒っていただろうか?

 彼は本当に泣いていただろうか?

 彼は本当に楽しんでいただろうか?

 

 そもそも彼に感情があるんだろうか?

 

 刀華はその考えに蓋をした。考えたくも無い、聞きたくも無い、覚えていたくも無い。

 ずっと隣にいて欲しい。傍にいて欲しい。その考えが不安材料の全てを見なかった事にしたのだ。

 東堂刀華は後悔している。

 あの時、あの言葉を聞かなかった事にしなければ。

 いや、チャンスはいくらでもあった。彼女はそれら全てを無視して来た。

 頭で警報はなっていた。何かが可笑しいと認識していた筈なのに。

 誤魔化して、言い訳して、自分の世界に円也が居る。ずっと居る。子供が見るような幻想から動こうとしなかった。

 だから、決定的な何かが変わってしまった。

 二年前、七星剣武祭が終わった時から。学園に戻って来た時は声が出なかった。

 何時もの様に笑う、彼が別人に見えた。

 彼は誰だ。私は知らない。

 あんな風に楽しく笑う彼を知らない。いや、知っている筈だ!! 知っていなきゃいけない!!

 無かった。何処にも無い。記憶の映像を見直し、蓋をした記憶をひっくり返して探しても、何処にも無い。

 綺麗だった。彼の笑顔はあんなにも魅力的だっただろうか。そう思った事は一度もない。

 今までの石神円也の全てが偽物の様ではないか。自分の隣に居続けてくれた彼の姿が崩れていく。

 違うと、否定した。私の隣に居た彼が本物なんだ。優しくて、苦しい時も、楽しい時も傍で微笑んでくれた石神円也が本物なんだ。

 否定して、否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定してヒテイシテヒテイシテヒテイシテヒテイシテひていしてひていして――――――出来なかった。それだけで狂いそうになった。

 何処かの誰かにお前のやって来た事は無意味だと、お前の隣の石神円也は偽物だと否定された感覚。

 彼女の心に炎が灯る。小さな火種は燃え上がりぶつけるべきその時を待っている。

……誰だ。何処の誰だ。円也君を壊したのは。絶対に……許さないッ!!

 

            

   

 

「おい、刀華さん」

 

「ふぇ!? あれ?」

 

 目の前に円也の顔がある。驚き思わず頭を後ろに下げてぶつけた。

 クラ付きながらずれた眼鏡を戻し、顔を下げた円也は指で外をさした。

 

「空港着いたぞ。俺は護衛と言われたが肝心の護衛対象の皇女が何処にいるのか分からないという重要な事態に、気が付いた」

 

 刀華は知ってる。黒乃に頼まれて此処まで来たのだから。

 そんな彼の様子にクスリと笑い。

 

「本当にしょうがないですね。では、私が案内しますのでしっかり付いて来て下さいね、円也君」

 

「おう。よろしく頼むわ」

 

 その笑顔を彼女は綺麗だな、と思った。例え壊れていても円也君は円也君なのだから。




戦闘……霊装……うん、ゆっくりゆっくりやってきます。


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留学ーステラ・ヴァーリミオンー

 ステラ・ヴァーリミオン第二皇女の留学。日本の報道関係が飛びつかない筈もなく。空港では大量の取材陣が彼女の入国を待ちわびていた。

 飛行機が到着し入国ゲートからステラ・ヴァーリミオンが出ると同時にフラッシュの嵐。

 その中を彼女は表情一つ変える事無く進んでいた。燃え盛る炎を体現したかのようなウェーブの掛かった紅色の髪と、その髪に相応しい顔立ちが、日本の取材陣を魅了した。

……迎えが来てる筈だけど?

 日本人は真面目と聞いているので、既に近くにいる筈なのだがそれらしい姿が見えない。

 適当に歩こうにも周囲の取材陣が邪魔だ。連絡を入れようかと、考えていると俄かに周囲が騒がしくなる。

 何事かとステラも周囲の視線の先には、空港の入り口から入って来た男女二人が居た。

 

「あ」

 

 ステラが入学する破軍学園の制服の男女。その内、男の方をステラは知っている。

 破軍学園校内序列一位、日本の学生で二人しか居ないAランク。『白い災害』石神円也。

……何か特徴無いわね。

 顔は悪くは無い。だが、突出した特徴が無い。しいて言うなら隣にいる女生徒を引き立てている事だろうか。

 

「ステラ・ヴァーリミオンさん。初めまして、破軍学園を代表してお迎えに上がりました。破軍学園生徒会長の東堂刀華です。此方は学園までの護衛を務めます、石神円也君です」

 

「どうぞよろしく」

 

 ぺこりと下げられる頭。強者特有の覇気も感じない。

 ……大丈夫かしら? でも、万が一は私が何とかすればいいか。

 不安を残しつつも、刀華と握手を交わしいつの間にか周囲を囲む取材陣の中を通り、車へ乗り込んだ。

 

            

 

 

 護衛は終わった。車で移動中も問題なく、学園に着いた。変わった所は、刀華とステラが仲良くなった事だ。

 ステラも割り当てられた部屋に行き、円也も学園長に報酬の約束を果たして貰おうと行こうとしたが、両肩を刀華に掴まれ正座させられた。朝の件をまだ根に持っていたようだ。

 説教から解放され、途中で悲鳴が聞こえたが無視して、缶コーヒーで一服した後、理事長室に辿り着ついた。

 

「あら、エンヤさんも理事長室に用なの?」

 

 扉を開けようとしたら、ステラに声を掛けられた。

 

「……護衛の報酬貰いに来たんだよ。君は?」

 

 すると、ステラの顔が紅潮し照れた表情を見せ、続いて怒りに震える紅潮を見せた。

 

「変態の処罰をしに来たの」

 

「はぁ」

 

 留学一日目にして、変態の被害に遭うとはやはり、皇女ともなると違うな、と意味の解らない関心をしつつ、扉を開けた。

 

「報酬下さい」

 

 ドアを開け放ち、開口一番に要求を簡潔に述べた。

 

「……石神、もう少し順序をだな」

 

 呆れた表情で、理事長である黒乃がため息と一緒に煙草の煙を吐く。

 部屋には黒乃以外にもう一人の男子生徒が居た。

 背後で、怒気が高まったのを円也は感じた。

 状況から察するに、この男がステラの言う変態だろうか。

 そこまで考えて、興味を失った。当事者でも無い以上どうでもいい事だ。そんな事より、報酬を貰おう。理事長の机の前に立ち手を出す。

 

「理事長報酬くれ」

 

「本当に素直だな。後ろのは気にならんのか? 因みに、後ろの男子生徒は、黒鉄一輝。Fランクで二つ名が『落第騎士(ワーストワン)』色々あって留年中だ」

 

「黒鉄……ね」

 

 円也が肩越しに二人を見たが直ぐに顔を黒乃へ戻した。

 後ろでハラキリと言う単語が聞こえ、そこから男女の声が大きくなっていく。話が縺れ始めたようだ。

 

「報酬プリーズ」

 

「初対面の敬語は猫被ってたのか、石神?」

 

 背後で魔力が感じられた。そして、熱くなった。

 

「博きなさい! 『妃竜の罪剣(レーヴァテイン)!』」

 

「ほう、それがヴァーリミオンの固有霊装(デバイス)か」

 

肩越しに理事長がステラの固有霊装に興味を向けた。

固有霊装の無断使用は校則違反だったはずだが、変わったのだろうか、と疑問を抱くが目の前の理事長が止めてない以上良いのだろう。

 

 固有霊装(デバイス)。伐刀者の魂の具現化した武具の事であり、伐刀者によって様々な形を持つ。

 これを媒体とすることで伐刀者は己の異能の力『伐刀絶技(ノウブルアーツ)』を行使する。

 

「彼女の力量は十年に一人の逸材だ。御愁傷様だな、黒鉄」

 

「報酬」

 

「分かった、約束は果たす。今後、私の方から先生方に報告しておくよ」

 

「ありがとうございます。では、失礼します」

 

「石神先輩出来るなら助力をーーーー!? 来てくれ『陰鉄』!!」

 

 金属音。室内で戦い始めた様だ。炎を纏った剣で変態に襲い掛かり、一輝がそれを自分の固有霊装で受け止めている。

 

「熱ッ!?」

 

「当然でしょう? 私の伐刀絶技は『妃竜の息吹(ドラゴンブレス)』の温度は摂氏三千度よ!! 防いでもその威光は敵を焼き尽くす! この狭い部屋で逃げられると思う事が間違いよ!!」

 

鍔迫り合いは一輝が下がる事で終わるが、そこで止めるステラではない。追撃の袈裟斬りを放つ。当たれば斬られて肉が焼き焦げる事は避けられない。

 

「邪魔」

 

 ステラが振り下ろし掛けた『妃竜の罪剣』の刀身を円也が右手で掴んだ。皮膚が焦げる音が部屋に響く。当の本人は気にする事無く、表情一つ変えずに空いた空間を潜り抜けて退室した。

 

             

 

「え?」

 

 扉の締まる音。部屋の中に沈黙が広がる。

 茫然と扉を見る、ステラと一輝。黒乃は眉を潜めながらも何処か納得した表情だ。

 

「え? ちょっと……何今の? 焦げてたわよ!? 確実に皮膚が焼け焦げてる!!」

 

 自分の炎の威力は自分が良く知っている。黒鉄一輝を蒸発させるつもりで使った炎は受ければただでは済まない。

 今回の件に全くの無関係の相手を巻き込んだ事実と、目の前で起こった異常に軽くパニックを起こし掛けているステラに、

 

「放って置け」

 

 追い掛けようとした彼女を黒乃が止める。

 

「何でですか!? エンヤさんの怪我を治さないと!!」

 

「石神円也の伐刀絶技『心神』。能力は身体機能の超強化。あの程度ならもう治っているさ」

 

「大丈夫って事なんですよね?」

 

「ああ、入学試験で能力を見せる為に腹をかっさばいた男だ」

 

「えぇ……」

 

 黒乃の肯定にステラのパニックは落ち着ついたが、代わりに引いた。

 

「いや、しょうがないよ、ステラさん。石神先輩は破軍一のよく分からない人だから」

 

「そうね……って、アンタはまだ許してないわよ!!」

 

 再び燃え上がるステラの怒り。その後、黒乃が二人に事情を説明し、勝った方が部屋のルールを決める事にする模擬戦を始める事となった。

 その際、負けた方が勝った方に一生服従とその場の勢いで決めたような条件が追加されたが互いが納得しているので黒乃は特に口を出す事はしない。

 

             ♦

 

 先に退出したのはステラ。一輝が理事長室に残り、崩れ落ちる。

 

「大変な事になっちゃったなぁ」

 

「だが、負ける気は無い。だろう」

 

「ええ、七星剣王になるには何時かは戦わなきゃいけない相手ですから」

 

 それに、

 

「あの石神先輩に勝って七星剣王になるんです。此処で躓く訳にはいきませんよ」

 

 自らの無謀な夢、その道にある壁は高く厚い。だが、それでも、黒鉄一輝に諦める選択肢は無いのだから。

 

             

 

「……」

 

 一輝も部屋を出た。黒乃も直ぐに二人が決闘する第三闘技場に行かなければならないが、一つ思考をしていた。

 

「身体機能の超強化」

 

……本当にそうなのか? 

 円也の能力と彼の闘いを見直してみると、幾つか腑に落ちない点が出てくる。

 

「何を考えているんだ。石神円也」

 

 今まで色んな人間を見て来たが、あれほど訳の分からない目は知らない。

虚無と激情。矛盾した二つが重なり合っている。そして、その二つを持ちながら日常に溶け込んでいる。深く観察しなければ、無頓着気質の学生にしか見えない。

 

「教師として彼を良き方向へと進ませてやれれば良いのだがな……」

 

吐いた紫煙が空に溶ける。何時も見る紫煙が、今はなんとなしに嫌に感じる。煙は掴む事は出来ない。消える物だ。石神円也もそうだと、そんな考えが頭を過り、煙草を灰皿に押し付けた。

 

            

 

……熱。

焦げた掌、溶けた皮膚。露出した骨。重症の右手の開閉を繰り返す。予想してたより熱かったので、魔力を纏わせておけばと反省する。

ステラの実力の一部を見たが、相対するなら良い経験値が得られる筈だ。同じAランクなのだ、せめてそれくらいはできて欲しい。戦闘スタイルは異能に主を置くタイプか、技能に主を置くタイプか。とはいえ、

 

「縁は薄いかな」

 

恐らく戦う機会自体は少ない。ただの直感でしかないが外れた事は無い。

 

「そして黒鉄。よし、見学してみよう」

 

円也は第三闘技場に足を向けた。掌の火傷はもう跡形も無く消えている。




次回、戦闘。頑張りますよー。


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試合ー黒鉄一輝ー

 伐刀者は伐刀者専門の学校を卒業した者のみに『魔導騎士』としての地位と『免許』が与えられて、その力を世のため人のためにと堂々と行使できる。

 学園にいる間は、模擬戦と言った教師の許可が下りればその力を使用可能だ。破軍学園にはいくつものドーム状の闘技場が点在しており、内部の戦闘フィールドは直径百メートル。それを囲むようにすり鉢状の観客席が用意されている。

 現在、第三フィールドの中心に二人、黒鉄一輝(くろがねいっき)とステラ・ヴァーリミオンが向かい合っていた。

レフェリーである、黒乃を挟み距離は二十メートル。

 春休みと言えど、魔道騎士を目指す学校だ。訓練をしている学生や、留学して来た期待の新人の噂を聞きつけ集まった人数は二十人強。

 

「あれがステラ・ヴァーリミオンか。美人だな」

 

「そんでこの学園二人目のAランク。……まともだよな?」

 

「もう一人はあれだしな」

 

 うんうん、と四人程のグループが一斉に頷いた。

 

「で、相手の方は誰だ? 知らん顔だが」

 

「あれ……留年した黒鉄じゃねぇか。何してんだあいつ」

 

「黒鉄? 誰? 私知らないけど」

 

「授業の実戦教科を受講する能力基準値足りないからって、実践やったこと無いんじゃなかったっけ?」

 

「何ソレ? じゃあ、この試合お姫様の勝ちって事じゃない」

 

「そうかな」

 

 その声に集まっていた数人が振り向いた。その顔には若干の動揺と困惑。

 一人が代表として円也に話し掛けた。

 

「え……っと石神先輩? 何故、こんな所に」

 

「試合を見に来ただけだよ? 驚かせてごめんね」

 

「い、いえ。あ、あの……先輩はあっちの留年した彼が勝つと?」

 

「そうは言ってないよ。ただ、勝算無しに向こうの彼女と戦う程、追い込められた表情してないし、心音も至って正常だ」

 

 お前この距離から人の心音聞こえるのかよ。ここに居る誰もがツッコみたかったが、相手が相手なので喉まで来て止める。

 得体のしれない怪物。この学園に二度の七星剣武祭優勝をもたらした石神円也の周囲の評価だ。

 強い。それはもう圧倒的だ。二度の七星剣武祭で『白い災害』と言われる程に暴れ尽くした生徒。

 だが考えている事が分からない。人間である以上、他人の心なんてモノは分からない。けど、良い奴、嫌な奴と言うのは態度や普段の性格に出る。

 石神円也は、特徴が無い。表情の変化が乏しく、軽く微笑む顔がデフォルトな男だ。

 偶に授業に顔を出し、特に発言も無く、終われば何処かへ消える。昼にはご飯を食べ、何処かに消える。

 夕暮れには、ひたすら鍛錬と人との関わりが殆ど無い。そのせいで、石神円也がどんな人間なのか、同学年でも知る者は非常に少ない。幽霊、ボッチ、言い方は色々あるが結局彼の人柄を知ることは出来ない。

 唯一刀華に説教を受けている姿が彼の人間らしい姿と言われるほどだ。

 

「霊装が展開されたね。試合が始まるよ」

 

試合よりも彼に注目していた者達も、円也の言葉に振り返る。

 

「これより模擬戦を始める。双方、固有霊装を『幻想形態』で展開しろ」

 

 二人がその手に霊装を顕現させた。

 『幻想形態』は物理的なダメージを与えず、直接体力を削り取ると言う、固有霊装の形態だ。

 

「普通に斬り合えばいいのに」

 

 背後から聞こえた円也の言葉を誰も聞かなかった事にした。

 

「LET’S GO AHEAD!!」

 

黒乃の合図と共に試合が始まった。

 

 先手はステラ。開始と同時に接近。剣に炎を纏わせて振り下ろされる大上段の一撃を受け止めようとするが、危険と判断したのか後方へ跳んだ。

 ステラの剣の攻撃対象は一輝から地面へ、そして第三闘技場全体が揺れた。

 直撃した地面がクレーターを作り熱風が周囲へ飛散する。

 

「剣術と異能、両方共強いのか」

 

 揺れなど気にしてない、そもそも微動だにしていない円也はステラの戦闘スタイルを分析する。

 魔導騎士の大半は基本的に異能を主として使う為に、剣術や武道を修めている者はごく少数。

 魔導騎士社会自体も、異能の方へ重点を置いているために武術自体評価の対象外。

 異能も武術も強いのは強さを求め、更なる強さの高みを目指す、上位の強者のみだ。

 故に、ステラ・ヴァーリミオンが強さに掛ける情熱は並の物では無い。

……まあ、極東の島国に単身留学する皇女が並で収まる訳ないか。

 ステラの変わり者具合に頷いている円也だが、二人の戦局に変化が無い。

 そもそもの話だ。本当に一輝が弱いのなら、既に戦いは終わっている。だが、一輝は今もステラの攻撃を防ぎ続けている。

戦況は、一輝が攻める事が出来ずステラが優勢。

 周囲の見学者は一輝が押され、ステラが有利としか考えておらず、決着は時間の問題、と言う声が出始めている。

円也の周囲にはこの状況に違和感を持つものがいない。

何故、ステラが休む事無く攻撃を続けているにも関わらずこんなにも時間が掛かっているのか。

そして、ステラが未だにダメージらしいダメージを一輝に与えられていないこの状況に。

それを知るのは黒乃と戦闘を見て理解した円也の二人だけ。

 

「何だ、魔力が少ないだけか」

 

 円也は納得する。一輝は剣士の才能がずば抜けているのだ。一撃喰らえばその剣の餌食になるであろうステラの技をいなし、躱す、それらを実践してみせている。徐々にステラ自身もその事実に気が付いているのだろう。

自身があしらわれていると言う事実に。

 試合が始まり、ステラが攻勢を息する暇も無く続けて五分が過ぎた時だ。ステラの苛立ちを含んだ斬撃を躱し、一輝が初めて反撃に出る。

 その技は試合開始からステラが使用している剣術だ。

 ステラの顔に出る困惑と焦り。

 

「それは、私の皇室剣技(インペリアルアーツ)!? まさかこの戦いの中で盗んだと言うの!?」

 

 この数分間の間に一輝がステラの剣術を理解し、獲得したと事実が今の攻防に表れていた。

 敵の剣術の全てを見切り、欠点を是正した完全上位互換の剣術を作り出す。それこそが黒鉄一輝の剣術『模倣剣技(ブレイドスティール)』と彼は語る。

 相手からしたらたまったものではないだろう。自身の誇りである剣術を盗まれ、あっさりと上を行かれる。悪魔染みた眼力と模倣性。さながら照魔鏡。

 一輝の危険性を理解したのか、ステラが打ち合いから逃げる。太刀筋を避けて薙ぎ払う。

 

「気持ちが押されたねぇ……」

 

 円也は呟いた。

 模倣剣技の異常さに、自身の剣技が盗まれた事が効いたのだろう。戦場での精神的なダメージは戦いの流れすら簡単に変える時がある。客観的に見ればステラが思いの外動揺しているのが分かる。

 彼女が繰り出した薙ぎ払いが刀の柄にて防がれる。そのまま妃竜の罪剣を弾くと、陰鉄を無防備となったステラに振り下ろした。

 

 予想外の展開に観衆の動揺が広がった。

 

「せ、先輩!! 黒鉄がステラさんを!?」

 

 いつの間にか、周囲を囲まれていた。円也への怖さより盛り上がった試合の熱が上回ったのか、はたまた一輝の不利を肯定しなかった彼の予想が当たった事の凄さゆえか。

 

「まだだよ。魔力の防御を越えられていない」

 

 事実、陰鉄の刃が右肩に当たる前に止まる。魔力を纏う伐刀者には同じく魔力を纏った攻撃でなければ通らない。

 魔力量がFランクとされ、少ない一輝ではただ、垂れ流してるだけのステラの魔力ですら傷を付けられない結果が、陰鉄の停止だ。

 この魔力、『総魔力量(オーラ)』は伐刀者の異能を用いる為に使われる精神エネルギーであり、努力では伸ばす事は出来ない。広義的には、その人間が生まれ持った運命の重さに比例すると言われている。

 詰まる所、一輝の一撃は、生まれ持った才能に止められたと言う事だ。

 

「じゃあ、やっぱりステラさんの勝ちですかね?」

 

「さあね、俺は黒鉄君じゃないから、彼の今の心の内は分からないよ」

 

 だからこそ、期待した。勝算あるからこそ試合を受けた彼の奥の手を。

 勝負が動く。既にステラは一輝を見下してはいない。その強さに敬意を払い。

 

「最大の敬意を持って倒すわ。蒼天を穿て、煉獄の炎」

 

リングのギリギリまで下がったステラは妃竜の罪剣を天へと掲げ、次の瞬間、爆発的に炎を吹き出しだ。

光量と温度が限界を超えた時、天井を溶かし破る百メートルを優に超える光の柱が作られた。

 

「熱ッ!? 避難だ避難!!」

 

「派手だなー、修繕費どれくらいだコレ?」

 

「何で先輩方落ち着いてるんですか!?」

 

「一年の頃、そこの方が散々壊したからかなぁ……」

 

 視線が円也に向かうが、それよりも命の危険と判断、そもそも振り下ろされれば観客席に普通にぶつかる大きさなので、生徒達が逃げ始める。

だが、一輝は逃げない。それどころか微笑んだ。

 

「諦めるつもりはないさ。魔道騎士になるのは、僕の夢だから」

 

だから、

 

「だから、僕の最弱を以って君の最強を打ち破る――――!」

 

 瞬間、一輝の身体と鉄の刀身から光が生まれた。それは淡く蒼い光。

 

「それがどうしたァァァ!! 『天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)』!!!!」

 

 振り下ろされた剣の一撃は強力無比。たとえ何をしてこようがこの距離なら、この光の剣の振り下ろしの方が早い。

 その確信をもって一輝に叩き付けようとした時だ、一輝の姿が消える。

 

            

 

……消えた!?

 否、消えていない。ただ、ステラが消えたと錯覚する程の速度で移動しただけの事。

……何!? いやそれよりも。

 一の太刀が外れたならば、二の太刀を振るうまで。

 『天壌焼き焦がす竜王の焔』の刀身は実体のない光と熱の剣。重さなど無く、大剣とは思えない速度で放つことが可能だ。

 だが、躱される。二の太刀も外れ、三の太刀も回避された。蒼い光を放ちながらフィールドを駆け抜ける。

 既にステラは一輝を視認出来ていなかった。

 

「何よ! 何なのよ、その速度は!? 突然そんな動きが出来るなんて!」

 

「それが僕の伐刀者としての能力さ。身体能力倍加って奴だよ」

 

「嘘よ! 倍加? そんな物じゃないでしょう!? それに視認できる程に魔力が高まる倍加なんて聞いたこと無いわよ!」

 

 手を休める事無く、剣を振るうがその剣は悉く外れる。

 

「そうだね。だって、僕は普通の使い方をしていないから。僕はこの力を普通に使ってない。()()()使()()()()()

 

             

 

 

 光と熱が観客席を抉る。百メートルを超える光の大剣が高速で振るわれているのだ。殆どの生徒が攻撃範囲から避難しているが、一人避難していない。

 円也だ。円也は一輝の動きを見ながら笑っていた。

 

「ははは!! あっはははははははは!!!! くひッ!! ひっひ!! ひっひっひはっ!!」

 

 目の前の戦闘音で掻き消された、笑い声。刀華が見れば驚くに違いない。

 

「そうか。全力かぁ……」

 

 自分の力を全力で使いきったなら、その後に倒れていないと可笑しい。その理論を元に彼は自身の生存本能を意図的に外し、本来使えない力を手にすることが出来た。無茶苦茶な後先を考えない理屈、そしてそんなモノ意図しては中々出来ない、それでも彼はやり遂げた。

 

「来て良かった……。ありがとう」

 

 彼は心から一輝に礼を述べた。

 

「パズルの最後のピースをさ、嵌めるってのはこういう気分なんだね。霧に迷い、突然霧が晴れて、道が見つかった時のような救われたような感覚」

 

 この偶然はまさしく奇跡。

 一刀修羅。彼の伐刀絶技の名前だろう。その言葉の通りに修羅はステラを一閃し、一刀の下に彼女を下す。

 黒乃の勝利宣言が響く。その場にいた生徒達が予想外の結末に茫然と黒鉄一輝を、落第騎士を見つめていた。

 その沈黙を破ったのは円也。何を考えているのか、鼻歌を謳いその勝敗を特に気にする事無く、闘技場を後にした。




戦ってねぇな、こいつ


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不安ー東堂刀華ー

東堂刀華は円也を探していた。入学式も近く、生徒会として新入生の把握と、入学式の準備と忙しい。

説教は先程した。日が暮れ、仕事も終わり彼を夕飯に誘おうと校内を探していた。

とは言え、東京ドーム十個分の大きさを誇る学園であるので、足で探すとなるとかなりの時間がかかる。

電話には出ない。電話を持っているが、円也は殆ど出る事は無い。

ため息を吐きながら、校内をうろついていると理事長である、新宮寺黒乃を見つけた。

 

「ん? 東堂か」

 

「あ、理事長先生、円也君……石神君見ませんでしたか?」

 

「直さんでいいよ。石神なら第五闘技場だ。妙にご機嫌だったな、笑顔が何時もより深いというか」

 

「嘘です。冗談は寝て言ってください。円也君がそう簡単には笑いません」

 

即答に少々戸惑う黒乃。

 

「いや、あいつも笑う時は笑うだろう。黒鉄の試合でも笑っていたぞ」

 

「何で笑ってるんですか!? あーもうっ!! 冗談だと言ってください理事長先生!!」

 

流石に色々ツッコミを入れたくなる黒乃だが彼女の強い瞳が有無を言わせない。黒乃はこの二人の関係は詳しく知らない。聞いた話では、同じ養護施設の出身だったか。

 此方が預かり知らぬ事情と言う物があるのだろう。異性的な話の方がまだ簡単そうに見える。

 しかし、相手があの石神円也だ。この場合、刀華にも問題がありそうだが。

 ……何でこう、妙な教え子が多いんだ。と、疲れながらも、頭を抱えている刀華の肩を叩いた。

 

「ほら、用があるんだろう? ボサッとしてないでサッサと行け」

 

「ふあぁ!? は、ハイ!! 失礼します!!」

 

 走り去る刀華。その背後にかつての学園生活を思い出し黒乃は懐かしむ。

 

「私の頃はもうちょい、まともな筈だったよな?」

 

            

 

 走る。刀華も伐刀者として鍛えているのでこの程度苦でもない。凡そ一キロ程の距離を走り、闘技場内部に入る。

 

「円也君」

 

……円也君が笑顔? そんな絶対碌な事にならないじゃ無いですか!

 実例はある。入学試験の時に朝から笑顔から表情が変わらなかった。皆は何時も通りだと思っているが、刀華はその違いに気づいていた。何時もより、暗い笑顔だった。嫌な予感は的中した、直後の試験で円也は自分の腹をかっさばいた。

 試験官は試験官で病弱だったからか、ショックで吐血。試験場が一瞬で殺人現場に早変りする様は三年にとっては今でも伝説だろう。

 直後にけろっと復活した円也に刀華は泣きながら説教をした。内容は滅茶苦茶で支離滅裂。其れほど正気では無かった。

 世界の理不尽を感じる。少し目を離しただけで、こんな事になるなら、もっと近くに居なければ。一人にすれば必ず彼は無茶をする。

 

 その時だ、内部で彼の魔力が高まる感覚を彼女は認識した。

 そんな事を考えて刀華が観客席から闘技場を見た。闘技場の真ん中で、全身から血を撒き散らし、魔力がはじけ飛び円也が倒れたのは全くの同時だった。

 

「……円也君?」

 

 仰向けに血溜まりに倒れ込む彼を見た時、刀華が無意識で雷撃を纏い闘技場へと跳んだ。

 

「円也君!!!!」

 

 血で汚れる事なんて気にしない。抱き上げ、止まる。無意識で動いたが意識した途端に次に何をすれば分からくなる。

 焦燥が、彼女の胸を閉める。脈、呼吸、治療、助け、次々に浮かび消えていく。

 

「あ、えっと、駄目!! 円也君!! あ、ああああああ!!」

 

「刀華?」

 

円也が目を覚まし、起き上がった。

 

「え? ……え?」

 

茫然とする刀華を無視して、体を伸ばし、空中を一回転して着地。

 

「何してんだ? って俺の血で汚れてるじゃないか」

 

刀華の血が付いた袖を触り、自分の服を見ながら付着した血を確認する。

 

「洗濯で落ちるのか血液って」

 

この場に置いてはかなりズレた返答と疑問である。

 

「……何してたんですか?」

 

彼女の知り合いが聞けば声だけで、肝が冷え上がるようなトーンだった。

とうの知り合いである円也は特に気にしていないが。

 

「新技? ……いや、切り札? カッコよく言うなら新俺流最終奥義? まあ、修行だわな」

 

刀華の身体が震える。気にしてない。

 

「もうこの服使えないな。新学期前だし、丁度いいか。新しいの買お……刀華?」

 

「そこに正座ばせんかい!! このバカチンがァァァァァァ!!!!」

 

            

 

「いやぁ、こう思うわけだよ刀華。新技作るにしても多少のリスクを背負うってのは何処の世界でも一緒な訳で、そもそも俺があの程度で死ぬと思うかい? これ、美味しいねお代わり」

 

「じゃあ、せめて血を出すにしても、もう少し穏やかに出して下さいね。どうぞ」

 

 刀華の部屋でナポリタンを食している。あの後、一時間説教を受けたが今までと同じように暖簾に腕押し、柳に風で躱される何時ものパターンに入り、ため息を吐き根気負けをした刀華からの食事の誘いを受けて、円也は彼女の部屋で時折、刀華に益体の無い話を振りながら、皿に山盛りに盛ったナポリタンを食している。因みに五皿目だ。

 

「留年していた黒鉄一輝君とステラさんが戦ったみたいですね。円也君も見ていたそうで」

 

「そうそう!! いやー彼の御蔭だよ。感謝感激雨あられ? 漸く最後のピースが嵌ってさ、後は全体の形を整えながら使える様にするだけかな。でも、この調整がイマイチでね」

 

 待ってましたとばかりに話を始める円也に刀華は笑顔で相槌を返した。

……楽しそうですね。私がいない間にこんな風に笑うなんて。黒鉄さんに嫉妬しそうですよ。

 

「その最終調整をしてどうするんですか? 私としては無茶をしてほしく無いんですけど」

 

 部屋に入った時点で、刀華は眼鏡を外していた。

 刀華の力の一つ、雷の能力を応用する事で人間の身体に流れる微細な電気信号を読み取る事で相手の心を読み解く、『閃理眼(リバースサイト)』。

 これを円也に使っていた。

 だが、

……読めませんか。

 既に何回も試している故に、今回も何時もの様に失敗。

 かつて一度だけ、彼の思考を読み取った事がある。

 この力に目覚めた時だ。相手の思考を読み取る。能力の概要が分かった時、彼女は円也の心が読めるのでは無いかと一番に考えた。下心全開な思考、すぐにそんな失礼な事は出来無い。いけませんいけませんと自制はした。

 したが、能力を使って戦う以上は何時かは使用しなければいけないのだ。じゃあ、遅かれ早かれするなら今、しても問題が無い。よし、やってみよう。

 そんな心で寝ている彼の思考を読み取った。

 意識が泥の様に沈んだ。まるで円也の思考に飲み込まれるような感覚、底なし沼に引き摺り込まれ全方位から全身に叩き付けられる感情の渦。

 

『死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だまだだもっとこんなところで嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ俺が死ぬなんて嘘だ!!!!』

 

 感情の渦に巻き込まれ、引き摺られ、振り回され、飲み込まれ、吹き飛ばされる。

 閃理眼を解除し、意識を向ければこちらを見る円也。

 謝った。全身から汗を噴出しながら彼に素直に謝罪した。自身がした事も含めて。

 

『……いや良いよ。丁度、夢を見ていたからね。むしろ起こしてくれて有難いよ。許す』

 

円也の返答に安堵し、少しだけ質問をした。あれは円也君の夢なのかと、あんな地獄めいた悪夢を見た彼は大丈夫なのかと。

 

『そうだよ、不思議と赤ん坊の頃からああいった夢しか見ないんだよ。起きてしっかり覚えているから余計に面倒だけど』

 

 ならば、一緒に寝ましょうとこれ以上無い提案をしたが笑顔の円也に摘ままれ、部屋の外に出された。

 その後、模擬戦の際にこの力を使って円也と戦った。その時には相手の思考を読み解き動きを予測する戦法を確立していた刀華だが、その戦いで彼女は彼の思考を読むことが出来なかった。

 初めは偶然だと思った。だが、違った。彼が見えない。集中しても何度彼を視界に入れようと電気信号が感じ取れない。その動揺を突かれあっさりと円也に負けた。

 この事を彼に尋ねた。そもそも人間は微細な電気信号で動いているのに、彼からそれが感じられない。あってはいけない事実だろう。恐ろしい事に先程の戦闘の中、彼は電気信号無しで動いていた事になる。

 そう言った見解を円也に伝えると彼は軽く笑った。

 

『あー、それね。うん……まあ、気合?』

 

 誤魔化した。絶対に誤魔化した。文句を言おうにものらりくらりと躱され、思考を読もうとしてもやっぱり読み取れない。一度は読み取れた。だが、二回目以降は一切読み取れない。

 そして、今日も失敗に終わる。

 

「また閃理眼か? やめろよ。考え他人に読み取られるとか嫌だろう? 試合だけにしとけ」

 

「じゃあ、本当の事を言って下さいよ。」

 

「伐刀絶技って言ったら信じる?」

 

 不意に、彼が言った。言った後に水を一息に飲み乾し、ご馳走様と両手を付ける。

 

「え?」

 

「まあ、そう言う事さ。伐刀絶技、伐刀絶技。美味しかったよ、お休み刀華」

 

 ポンと肩を軽く叩かれて、背後でドアが開いて閉まる音。

 

「冗談では無い……ですよね」

 

 誤魔化しはするし逃げもする。けど、円也は自身に嘘はつかない。なら、彼の言ったことは真実で、

 

「さらに分からなくなっただけの様な……」

 

 新たな悩みに刀華は頭を抱える事になる。

 

                    

 

 そして、入学式は恙無く終わり、新学期が始まる。

 昨年とは違い『能力値』による選抜が排除され、『全校生徒参加の実践選抜』による上位者六名を七星剣武祭に出場させる事になっている。全校生徒なので、一人十試合以上掛かるらしく始まれば三日に一度は試合が組まれることになる。選抜戦は『幻想形態』では無く、『実像形態』で行われる真剣勝負だ。負傷もすれば、命も落とす可能性もある。

……調整して、完成させて、改良するならうってつけか。

 円也にとって自身の目的に七星剣武祭も、七星剣王も必要ない。

ただ、一輝の御蔭で作ることが出来た新技の調整には七星剣武祭に出場する者達は丁度いい相手だ。

 円也としては予選を一日で全部終わらせてくれないかと、同じ養護施設出身の友人と、養護施設を管理してる財閥の御嬢様に愚痴ってみた所暖かい言葉で返された。

 

『いいかい? 皆が皆、君の様に頭と肉体がイカレた超人じゃないんだよ? そんな事も理解出来ないから、災害だの無法だの好き放題言われて反論もしないから、ネットでアンチスレ建てられてるんだよ? 作ったの僕だけどまさかあそこまで伸びるのは予想外だったよ。ククク、ザマーミロ。あ、でもこいつネットして無いから意味無いじゃん!! そもそもボクと君は友達じゃないだろ、帰れ帰れ』

 

『あらあらいけませんわ。円也君にとっては取るに足らない事かもしれませんけど、他の生徒を絶望に叩き落とすのはいただけません。撫でてあげますから良い子にしてて下さいませ……あ、どこ行きますの!? まだ撫でてませんわよ――――――ッ!!』

 

 何時も通りの返しと御嬢様の追跡から逃れた円也がふら付いていると、一年の教室の方角で爆発が起きたのを見た。

 真相は新学期早々、ステラが一輝の妹の黒鉄珠雫(くろがねしずく)が教室で固有礼装を展開し、教室が吹き飛んだ騒ぎがあったそうだ。結果、ステラと珠雫は謹慎処分を受けたと、刀華から聞いた。

 それから一週間、円也は特に気にする事無く、何時の様に学園内でぬらりくらりと刀華の追跡を逃れながら、気の向くままに歩いていた。陽が昇り始めた早朝に校門近くへ行くと人影が二つ。

 

「あ、エンヤさん」

 

「おはようございます、石神先輩」

 

 ステラと一輝に出会った。謹慎が解かれた様だ。

 ジャージ姿で、汗を掻いて座っている。ランニングをしていたのだろう。

 頭を下げて、別れようとするステラに引き止められる。

 

「あの、私と一度戦って下さい」

 

「良いよ」

 

特に拒む理由は無い。




刀華いるなら、あの二人も出るよね。
次回、『紅蓮の皇女』VS『白い災害』
闘技場「」


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頂点ー石神円也ー

 曇天の空が漂う中、学園は喧騒に包まれている。

 理由は一つ。抜刀者ランク最高位のAランクであり、破軍学園に歴代最高主席で入学した超大型ルーキーであり『紅蓮の皇女』の二つ名で知られるステラ・ヴァーリミオンと同じくAランク、破軍学園校内序列第一位、現『七星剣王』、二つ名を『白い災害』で知られる石神円也が試合を行う。

 Aランク同士の激突に学園中が盛り上がった。

 闘技場は人で溢れかえり、新聞部により取り付けられた大型モニターで闘技場の外からでも見ることが出来る。

 闘技場は殆どが一年生であり、大半の二、三年生は外での見学だ。共に石神円也と三年を過ごした日々は伊達では無い。確信しているのだ、どうせ闘技場は壊れると。そして、巻き込まれると。

 

『さぁ――て!! 会場の内外の皆様!! 急遽決まった練習試合ですが、これは見なければいけません!! ていうか見たい!! 破軍学園校内序列第一位!! 七星剣武祭二連覇を果たし、現・七星剣王にしてあの『白い災害』石神円也と!! ヴァーリミオン皇国の第二皇女!! 破軍学園歴代最高成績で主席入学を果たした『紅蓮の皇女』ステラ・ヴァーリミオンの激突なのですから!! 実況は私、放送部の月夜見がお送りします!! 解説は折木先生です!!』

 

 実況席ではマイクを持ちながら、腕を振り回す破軍学園『放送部』の少女。隣には理事長の黒乃と一輝の担任である折木有里(おれきゆうり)の姿が在った。

 有理は解説で、黒乃は周囲への被害を止める為だろう。

 

「上級生とかで埋まると思ったけど、そうでもないみたいだな」

 

「ですね。お兄様」

 

 そんな上級生の不安を余所に黒鉄一輝も会場に居た。いや、いない訳にはいかない。目指すべき頂に君臨する伐刀者が、ルームメイトであり、一人の騎士として尊敬するステラ・ヴァーリミオンと戦う。

 そして、隣には彼の妹であり、兄に並々ならぬ愛を持つ少女、黒鉄珠雫が座っている。

 

「お兄様はどう見ますか、この戦いを」

 

「……」

 

一輝は眼を瞑った。先程、控室でステラと話していた事を思い出す。

 

            

 

「驚いたよ。いきなり石神先輩に戦いを挑むなんて」

 

「自分でもびっくりしてるわ。でも、私が此処に来たのは強くなる為。それなら学園最強に、七星剣王に挑むのも可笑しくないでしょう? それに七星剣武祭に出るなら避けては通れない。なら、少しでも知りたいの。頂への道の長さを」

 

 凄い。と一輝をステラに敬意を抱いた。現状の強さに胡坐を掻かず、常に上へと進む彼女に。無論、一人の女性としても魅力的だが。

 円也は彼女からの挑戦を一言で了承した。良く考えて見れば彼が決闘を断る所を見たことが無い。

 彼にとっては何時もの様に対応しただけ、今回の相手がAランクのステラであっただけの事くらいにしか思っていないのだろう。

 

「一輝、私が勝てると思う?」

 

 不意に、彼女がそう聞いた。

 

「ごめんなさい。何て言うか少し不安があるの。エンヤさんってこうよく分からなくて。強さが不透明過ぎるって言うか」

 

「そう、だね。石神先輩は普段が普段な人だし」

 

 でも、

 

「試合が始まれば直ぐに分かるよ。人柄が不透明なだけで、その強さは偽りがない」

 

「ええ、そうね。ありがとうイッキ。行ってくる」

            

            

 

「ステラじゃ勝算が低すぎる」

 

 勝って欲しいと思う。だけど、自身の観察眼は偽ることは出来ない。

 

「それ程なんですか? あの石神円也は」

 

「ステラが一切の手加減無しで、開幕と同時に『天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)』を当てるのが一番勝算がある」

 

 それでも低い。円也の伐刀者としての強さは破格と言ってもいい。

 歓声が上がった。

 

『お――――っと最初に現れたのは『紅蓮の皇女』ステラ・ヴァーリミオンさんです!!』

 

 ステラが闘技場に出て来た。目は鋭く円也が出て来るのを待っている。

 

 暫くして、石神円也が姿を現した。

 

『来た――――!! 石神円也先輩の登場だ!! 相変わらずインパクトが無い!! 普通!!』

 

 円也の表情は特に変わらず、何時も通り軽く笑うだけ。

 

「急な試合を受けていただきありがとうございました」

 

「気にしてないよ。それに戦えたら良いと思ってたし、でも選抜ぐらいと予想してたけどまさかこんなに早いとは思わなかったよ。これも縁って奴かなぁ」

 

 独り言を言いながら頷く。

 

「よく分からないけど、全力で行くわよ。七つの学園に居る猛者達の頂点!! 『七星剣王』石神円也!! ……傅きなさい『妃竜の罪剣』!!」

 

 ステラがその手に固有霊装を『幻想形態』で顕現させた。刀身より燃える紅蓮の焔が揺らめき周囲へと熱風を巻き起こす。

 

「良き経験であれば良いね。吹けよ『雪月桜花(せつげつおうか)』」

 

 円也が片足で地面を一度叩く、すると地面から勢い良く飛び出したのは紐を撒いた鞘に包まれた日本刀。

 クルクルと回転し重力に従い落ちて来る日本刀は吸い寄せれらるように円也の右側へと軌道を変える。

 円也の肩程の高さまで落ちた時だ。円也の右腕がぶれる。気が付けば一瞬の内に鞘は左腰へと装着され、刀が抜かれていた。

 白い。真っ白の刀身。刃紋も無い。ただただ白い。まるで折り紙の白をそのまま刀の形にしたが如く白い刀。鍔も柄すらも白く、光の反射で微かな濃淡が出来ている程度の差しかない。白い鞘が唯一上から下に掛けて黒い線が真ん中に通っている程度のこれでもかと言う程に白を特徴とした刀。

 

「それがエンヤさんの固有霊装……」

 

「白いでしょ? 洗剤とか使ってない天然の白だよ」

 

 両者『幻想形態』による練習試合だが、此処にいる誰もがAランクの実力を間近で見る事となる。歴代のAランクは歴史に名を刻む英雄と言われるその実力を。

 

『それでは試合開始ィィィィィィ!!!!』

 

           

 

 合図が鳴る。

 ステラは速攻を仕掛けた。相手の手の内が分からない以上は素早く一撃で。魔力に加速による至近距離からの接戦を望んだのだ。

 一秒も掛からず距離を詰めたステラは間合いに円也を入れる。逆に円也の間合いでもある。ならば物を言うのが速度。ステラは下段からの斬り上げによる一撃を加える。抜刀絶技『妃竜の息吹』を纏った斬撃はまともに喰らえば一撃で戦闘不能。対して円也はその剣の軌跡を見るだけで反応しない。

 衝撃が闘技場に響く、爆炎が吹き上がり一時的に二人の姿を消す。揺れる闘技場は一瞬にして行われたステラの先手に盛り上がる。

 

『決まったァァ――――――!!!! 先手はステラさん! 何と言う火力でしょうかッ!! 此処まで熱風が吹き荒れています!! 直撃を受けた石神先輩は果たして無事なのか!?』

 

『熱風で気分ががががが……ごふあぁ!!!!』

 

『先生!? 先生――――!!!! 倒れるなら解説してから倒れてください!』

 

 解説が吐血する事態だが、生徒達にはそれどころでは無い。注目すべきは消え始める爆炎の中の結果だ。

 揺らめく炎が消える。飛び込んできたその光景に言葉を失った。

 嘘だろ。会場の誰かが呟いた。

 ステラの下段の斬り上げを素手で受け止める円也の姿。『妃竜の罪剣』は炎を纏っている。伐刀絶技である『妃竜の息吹』も発動している。『妃竜の罪剣』は炎を纏い触れる者を焼き焦がす。

 にも拘わらず、『妃竜の罪剣』を素手で受け止めた。一歩も動くことなく、左手一つで。

 そして、左手は今も『妃竜の罪剣』に触れているのにその手には傷一つ無い。

 

『な、なんとォォォォ!!!! 無傷!! 無傷です!! 石神先輩、一歩も動くことなくステラさんの一撃を止めている――――!!? あの爆炎を受けて!? あの炎を纏った剣を受け止めながら!? これは一体――――ッ!?』

 

『普通なら魔力による防御と言いたいけど、私の見間違いじゃなければあの手……魔力纏ってなさそうなんだよねー』

 

え、と折木の発言に内外問わず生徒達の信じたく無いような声が口から漏れた。

 

……嘘でしょ!?

 初撃で終わらない事は予想は出来ていた。だが、今のを受けて動かすどころか、傷一つ付ける事無く受け止められた。

 しかも、その手には折木が言ったように魔力が纏われていない。完全な生身で摂氏三千度の熱を受け止めている。

 

「うん、もう熱くないか」

 

 呟くような声。

 同時に、

 

「ほい」

 

 軽い声を発し、ドスリ、とステラの右の足首を『雪月桜花』が貫いた。

 

「ッ!?」

 

 反射的に下がる。円也も『妃竜の罪剣』から手を放した事で、ステラは距離を開けることが出来た。

 『幻想形態』故に傷は無い。

 だが、ステラの心に大きな焦燥を生み出した。

 受け止めた左手には傷らしい傷は無い。この間理事長室で自身の剣を受け止めた時は部屋中に焼け焦げる音が響いたと言うのに。

 

「伐刀絶技……?」

 

 だが、可笑しい。彼の能力は身体能力の超強化。傷を受けた後で回復するなら分かる。だが、そもそも傷を受けないと言うのは理屈が合わない。

 ステラは思考をそこで打ち切った。円也が動いたからだ。

 一歩踏み出す。そして、目の前に居た。

 

「ァッ!?」

 

 響く金属音。反射的に動く事が出来たのはステラの鍛錬の成果によるもの。

 続いて二撃、三撃と放たれ、吹き飛ばされつつもステラはそれを防ぐ。

……やばい、何よこれ。

 腕が痺れ、骨が軋む。三度、円也の斬撃を受け止めただけでこの様。

 吹き飛ばされ、体勢を立て直しながらも円也から視線は外さない。

 追撃ならば炎を爆破させて体勢を崩す。どうせ、効かないなら目眩ましとして使用する事にした。

 視線の中で円也は『雪月桜花』を振り上げ、下ろす。

 

「あ、やべ」

 

 闘技場が斬れた。

 

             

 

 闘技場の外、刀華は自身の予想が当たり軽く憂鬱になりながらも、固有霊装の『鳴神』を抜き放ち、闘技場を斬って飛び出した斬撃を受け止める。

 

「くぅ!!」

 

 昨年よりも大きさも威力も増している。何よりもこの斬撃は結論を言うと斬れる。『幻想形態』だろうが、『実像形態』だろうが関係ない。魔力でもなんでもない円也自身の純粋技量によって発生すると言う信じたくない斬撃なのだから。悲鳴を上げて逃げる周囲へと被害を出さない為に全力で防ぐが徐々に押され始めた。

 

星屑の剣(ダイヤモンドダスト)!!』

 

『ブラックバード――――!!』

 

『クレッシェンドアックスッ!!』

 

 刀華の背後から三人が飛び出し、斬撃に各々の『伐刀絶技』が撃ち込まれ、漸く斬撃は飛散した。

 

 

 会場が静まり返った。幸いだったのは、斬撃の方向が観客席では無く階段と入り口だった事。

 階段が左右に割れて、綺麗な断面が出来て扉へと続いている。天井近くまで斬撃が通ったのか、ほんの少しだが、外の様子が割れ目から覗けた。

 

『な、なな、なんとォ――――!? 会場が斬れたァ!? え!? ていうか観客席大丈夫ですか!? 斬られた人いませんかッ!? あれ!? 副会長? ちょ、マイク!?』

 

 実況の声によって理解が追い付いた観衆も遅れながら悲鳴を上げる。

 その中で放送部のマイクから大声が発せられた。

 

『この馬鹿野郎がァァァァ!! 何が、『あ、やべ』だよ!? 手加減ぐらいそろそろ覚えろ人外!』

 

 声を聴いて会場中が実況席に注目した。

 そこに居たのは、破軍学園生徒会副会長の御祓泡沫(みそぎうたかた)

 刀華と円也と同じ『若葉の家』出身であり、幼馴染である。

 学園の中で唯一、円也に真正面から罵詈雑言を吐く事が出来る少年だ。

 普段は人を食ったような性格だが、円也に対してのみ真っ向からの今のように毒舌を吐く。

 

「ごめんごめん。泡沫、あ、でも追い付いて消す気はあったよ? 先に刀華達が消したけど」

 

『関係ない!! 会場を壊すな!! 負けろ!! 降参しろ!! 戦うな!! 刀華に迷惑掛けるなら死ね!!』

 

「最後の方が本音だね。分かった何とかしよう」

 

 そう言ってステラを見る。膝を突き身体を『妃竜の罪剣』で支えている。彼女は直撃の瞬間、魔力を放出し横へと跳んで躱していた。

 

「はぁ、はぁ……これが頂点の実力の一端って訳ね」

 

「そんな大層な物じゃないけどね。で、どうだろう? 俺も泡沫に怒られたし、次の一撃で決着を決めるのは?」

 

 その提案に対してステラは、

 

「いいわよ。上等じゃない」

 

 乗った。

 相対して実力は理解した。悔しい事にあちらが完全に上。続けてもジリ貧で此方が負ける。ならば、ほんの少しでも勝率のある方を選んだ。

 

「今はまだ届かないけれど、必ず私とイッキは追い付いてみせる!! これは私の宣戦布告!!」

 

 ステラの周囲に炎が巻き上がり『妃竜の罪剣』へと収束していく。

 

『妃竜の罪剣』を掲げると同時に吹き上がる光と熱が百メートルを超える光の柱を形成した。

 

「ああ、それね。困ったな。……泡沫、悪い、迷惑掛ける」

 

                            

 

『あああああ!! やめろ降参しろォォォォォォ!! 糞野郎ォォォ! ああ、会場内の生徒はショック体勢を取って!! ていうか止めて下さい理事長先生!!』

 

「一度は見て置きたくてな。万が一の時に私の固有霊装で救助するさ」

 

『見た事無いからそう言う事言えるんですよ!! 役に立たないなぁ!!』

 

 文句を言えど時間は止まらず、天井を溶かし貫いた光の柱が円也に向かって落ちていく。

                             

                            

 

「はあぁぁぁ!!『天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)』!!」

 

 声を聴きながら真っ直ぐに落ちて来る光の柱。

……凄いな。

 先程の宣戦布告も見事だった。高く頂点を見据え、吠えて喰らい付こうとする姿は美しい。その姿を罵倒する事など許されない。あってはならない。己が為に、誰かが為に、貫く意志と信念は何よりも尊い物だ。

 だから、彼女に敬意を表して相対する為に石神円也は今日初めて構えた。

 体を半身にして左足を前に、右足を後ろに。

 『雪月桜花』を水平に構えると、切っ先を落ちて来る光の柱へ向ける。

 突きだ。

 円也の中の魔力が切っ先へ向かう。切っ先から魔力が漏れる。収縮する魔力の圧力で床が潰れ始め、巻き起こる魔力の奔流はただ目の前の死の光に打ち勝つために今か今かと待っている。

 激突の瞬間、音が消えた。そして、白が堰を切って溢れ出す。

 

「『白波の逆瀑布』」

 

 放たれた高速の突きの切っ先より魔力が射出された。白い魔力は瞬時に拡散し『天壌焼き焦がす竜王の焔』と激突。その拮抗から生まれた破壊力を秘めた衝撃波が全方位に拡散。床が耐えられず次々に剥がれ瓦礫へと姿を変えながらが浮き上がる。観客席に罅が入り、一番前の生徒達が耐えきれず後方に投げ出された。

 被害はそのまま会場外に及び始めた。外の地面が割れると、闘技場外部の壁に亀裂が走る。

 拮抗は一瞬だった。『天壌焼き焦がす竜王の焔』を飲み込み、天井を喰らい、闘技場を壊すついでに衝撃を発生させながら、白の瀑布は空へ空へと伸びて行く。限界まで達すると一瞬だけ光り、次の瞬間紅蓮の炎を噴き出し爆音と衝撃波を発しながら曇天を吹き飛ばし、徐々に虚空へ消えていった。

 

「……嘘」

 

 ステラが座り込む。

 全てが終わり雲一つ無い青空と太陽の日差しが全壊した闘技場へ差し込んだ。そのド真ん中に石神円也は立っている。

 観客席、吹き飛ばされた者達は皆、黒乃によって無事だ。

 倒れ込みながらも激突を耐えた者達は畏怖の視線を込めて彼を見る。

 これが、現・七星剣王。これが、Aランク。これが、破軍学園校内序列第一位『白い災害』石神円也。

 珠雫を庇いながらも一輝もまた、彼を見た。頂点へ辿り着くにはアレを倒さなければならない。

 覚悟はある。諦めるつもりも無い。だが、道が霞んだ気がした。らしくない弱気に一輝は己の唇を噛む。

 

「勝者、石神円也」

 

 黒乃の声が闘技場に響く。反論する者は居ない。

 円也はその宣言を聞き、『雪月桜花』を消して右腕を掲げる。その三秒後、泡沫のドロップキックが円也の腰に打ち込まれ、マウントからの顔面ラッシュに発展すると記述しておく。




漸く書けた主人公の戦闘描写の回でした。


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休日ー石神円也ー

 彼は何時もの様に体を壊す。すると、肉体はより強く、もっと頑強に、さらにしなやかに、と再生を促していく。

 壊せば壊すだけさらに強くしてくれる。

 最近は普段の鍛錬に加えて彼、黒鉄一輝の『一刀修羅』の御蔭で更に効率が良くなった。

 『一刀修羅』。黒鉄一輝の『伐刀絶技』。肉体のリミッターを外し、文字通り『全力』を一分間に注ぎ込むという能力。これにより、彼は身体能力を数十倍に引き上げている。

 ならば、この原理を利用すれば、身体能力の内、回復機能すら数十倍に引き上げれるのではないかと、円也は考えた。しかし、他人の『伐刀絶技』を使えるのか、と言う疑問。

問題は無い。ようはこの技は肉体のリミッターを取っ払えば出来るのだ。肉体操作はお手の物、意外にあっさりとリミッターは壊れた。

 後は破壊した生存本能(リミッター)によって肉体内部で膨大な魔力を全身に回す。骨は元より、筋肉、血管、神経、臓器、それぞれに循環させながら、破裂させる。するとどうだ。肉体を再生する速度が上昇している。円也の予測が当たった。前より遥かに効率良く、肉体の破壊と再生の循環を回す事が出来る様になったのだ。

 骨を砕く。肉を引き裂いた。臓器を破裂させて、神経を焼いた。その度に修復。無論、苦痛を伴うが無視した。苦痛で呻いている時間が惜しい。思考をしている間でも壊して治す。

 そして壊すたびに、何時終わるのかと考えてしまう。時間が無い、期限が近づいて来ているからだ。何処まで壊せば完成するのか、己の肉体は何時になったら()()()()()耐えられる様になるのか。早く、もっと早く完成しろと僅かな焦燥を持ちながら、沈んだ意識は仮想の敵との戦いへシフトした。

 

 

窓から光りが指す部屋で円也は部屋の冷蔵庫を覗き込んでいた。

 

「……無い」

 

 食料が無い。三日前買い込み押し込んだ食料が綺麗サッパリ無くなっていた。

 原因は分かる。自身の食欲の増加だ。体を壊して治す以上はそのエネルギー源が必要になる。治すというのは思った以上に大変な事だ。限界を超えて壊してもいいのだが、恐らく刀華に気付かれる。洗いざらい吐けば絶対に止めて来る。黙って居たら最悪部屋に居座られる可能性がある。

 故に定期的に膨大なカロリーや栄養素を取り込む必要があるので、食料を腹に入れておきたかったのだが、

 

「無い」

 

 昨日の夜も円也は何時もの様に魔力を体外で操り、料理を作らせた。意識の九割は肉体の強化とシミュレーションへ割いて、一割で魔力の操作と肉体の操作で作った料理を食べていたのだが、記憶を辿る限り何時も以上の量を食している。

 その結果、空っぽになった冷蔵庫があるという事だ。

 

「調達しよう。向こう一週間分を」

 

 予定を変更して、買い物に向かうと決めるが、その前に刀華の下へ向かう。頼めば何か作って貰えると信じて。

 

 

 一輝とステラ、そして妹の珠雫と彼女のルームメイトである有栖院凪は映画を見に来ていた。

 昨日の円也との決闘以降、ステラの緊張が緩む事が少なくなっていた。

 ステラが持つ奥義を真正面から飲み込み吹き飛ばす。一輝とは違った規格外を目の当たりにしてショックを受けつつも奮起している為だ。

 

『最高じゃない!! 此処には超える壁が沢山あるわ。私は更に強くなれる』

 

 戦いの後、部屋でステラは一輝にそう言った。落ち込むどころか強い向上心の前に一輝は更にステラに敬意を抱きつつ、負けてはいられないと二人揃って鍛錬を始めた。

 そんな矢先の事だ。珠雫から映画を見に行きませんか、というお誘いが来た。四年間会う事の無かった妹。武者修行の為に実家を飛び出し傍に居てやることが出来ず寂しい思いをさせてしまった。そんな大切な妹の四年振りのお願いを一輝は断ることなく了承した。

 それを聞いたステラももの凄い剣幕で私も付いて行くと一輝に迫った。

 珠雫は文句を言いつつも渋々了承した。こうなっては兄とのデートの予定も崩れた事になり、ルームメイトの有栖院凪を誘い四人で向かう事となった。

 一輝そしてステラは珠雫のルームメイトの有栖院との初対面にて困惑する。

 

「アリスって呼んでくれれば嬉しいわ。よろしくね!」

 

 彼? 彼女? は言った。自分は男の体に生まれた乙女だと。

 二人は反応に困った。

 こういったタイプとの接触は二人共人生初めてであり、困惑しつつも有栖院と握手をした。

 幸い相手の方から慣れているから気にしてない、と言われ四人はショッピングモールへ向かった。

 その間に一輝が妹に見とれない、宣言を速攻で破った為に、ステラから冷たい目とシスコン、変態と心に突き刺さる称号を受け精神的なダメージを受ける事になった。

 交流を深めると有栖院の人となりが分かってくる。変わった性格だが愛想がいいし良く笑う。話し上手で相手を上手く話に引き込んでいる。元々美形というのもプラスに働いているのだろう。

 珠雫は元より、ステラも有栖院とスイーツの話で盛り上がっている。

 甘い物が苦手な一輝は少し疎外感を感じつつも、このひと時を楽しんでいた。

 

 

 大型ショッピングモールの自動ドアを潜ったら二丁の銃を突き付けられた。

 新手のアトラクションか、と考えてみるが中から悲鳴が聞こえたり、銃撃でガラスやら商品が破壊されているのを見ると本物のようだ。

 今日は運が無いなと円也は思った。刀華に朝ご飯を頼んでみたら大量に作ってくれた。だが、隣でひたすら泡沫が睨みと愚痴をドスの低い声で発して来た。食事は美味しかったが気分は下降気味だ。

 そして買い出しに出かけたら銃を突きつけられる。

……どうしたものかな。強盗って初めてだし対応に困る。

 

「おい、聞いてんのか? 俺達はあの『解放軍(リベリオン)』なんだぞ? 死にたくなければ大人しく従え!!」

 

「キレんなよ。おい、兄ちゃん。運が悪かったな。死にたくなきゃ大人しくしな」

 

 声が上がって来た。どうやら円也が無反応である事に苛立ちが湧き上がったようだ。

 もう一方は比較的に冷静な性格みたいだが。

 『解放軍』。今、世界各国を騒がせる犯罪組織の総称だ。

 選民思想が高く、伐刀者を『選ばれた新人類』とし、それ以外の人間を『下等人類』と称して支配すると言う楽園を作りあげるのが目的と言われている。

 此処に居る二人も伐刀者であるのか。それは否である。

 伐刀者の組織と思われているが、組織自体は『信奉者』と言われる解放軍の思想に共感しただけの非伐刀者であり、伐刀者は『使徒』と言われる一部の者だけ。その一部が『信奉者』を兵士として指揮する。そんな組織体制だと円也は刀華が言っていた事を思い出した。

 結局の所、都合の良い思想を掲げつつもこんな所で強盗して資金を稼ぐのが実情だが。 

 円也は考える。学園の外で『固有霊装』を使うには学園側の許可が居る。許可を得るには、携帯と他様々な機能が付いている生徒手帳の緊急連絡で電話を掛ければ良い。

 ただし、目の前の男に、「『固有霊装』を使いたいので、連絡しても良いですか?」などと言えば返答は弾丸だろう。とは言え円也は弾丸を避けれるしそもそも当たっても傷は付かない。だが、此処で暴れれば確実にその音で仲間が集まってくるのは確実だ。

 周囲を確認後、気配を探るがこの二人以外は居ない。二人一組で行動してるようだ。

 なので、静かに殺す事にした。まず両手で二人の喉を潰す。反応出来ない速度で両手を放ち、握り拳で喉仏を射抜いた。

 相手の驚愕の反応に一々反応する気も無い。引き金を引く前に二人の銃を持った腕の手首を引き千切る。

 銃を持った右手を二つ床に捨てると、断面から血が噴き出した所で脳みそが痛みを発信したのか、倒れ込もうと崩れ落ちる。

円也は左の男の顔に蹴りを放った。魔力強化されていないにも関わらず円也の蹴りによって頭部が独楽の如く回転し、回転したまま首から離れホールの廊下を転がった。

 円也は倒れるもう一人の喉を掴んで地面に仰向けで押さえつけた。そして、喉に手が食い込む程に握力を込めていく。

 一秒も掛からずに行われた行為に漸く気づいた男の抵抗が行われるが、その間も喉を絞める力は強くなる。

 今も死にたくない為に体を動かし、腕を振り、足を振る。円也の拘束に抵抗して脱出しようとしている。

 このままでも長くは持たないだろう。息が出来ず手からの出血もある。

 

「えーと、心臓はこの辺か」

 

 服の上から位置を確認して貫手を放つ。服を破り皮膚も筋肉も骨も障子を破るように貫き、心臓も貫いた。跳ねる体を押さえつけ暫くすると動かなくなる。

 

「静かにやれたけど、掃除大変だな」

 

 死体二つから流れ出す血を見て首を折れば良かったと後悔しつつも、手を引き抜いて円也は生徒手帳で学園に連絡をする。

 電話に出たのは理事長の黒乃だった。

 

「あ、理事長。どうも今、人生初の強盗に巻き込まれてます」

 

『お前も居たのか? 現状はどうだ?』

 

「ええ、二人程殺しました」

 

『……殺したのか?』

 

 鋭い声で黒乃が尋ねて来る。

 

「ええ、銃を突き付けて来ましたし、騒がれて仲間呼ばれるのも面倒ですからね。下っ端みたいですし、目ぼしい情報も持ってなさそうでしたので」

 

 服を漁ってみるが、ナイフや弾薬程度だ。情報交換はトランシーバーでしていたのか、ポケットから出て来た。

 

『……お前、何とも思っていないのか?』

 

「……? ああ、殺した事ですか? あっちも銃突きつけてましたし、こんな事してる時点で命落とすくらいは頭に入れてると思いますよ」

 

 入れてるなら死ぬ時の恐怖は耐えられる。入れてないなら、只、恐怖して死ぬ。

……死ぬなら後悔無く死にたい。それこそが一番難しく大変な事なのだろうけど。

 思考が飛んでいた。円也は結論として一言。

 

「それに、敵じゃないですか」

 

 武器を向けた以上、殺意で返される事もある。今回がそうだっただけだ。無論、自身以外だったら二人が死なない可能性が有った事は否定しない。

 

『後で話すぞ、石神。用件は校外における能力使用の件だろう? ……許可するがくれぐれも死人は最低限にしろ。今、フードコートに人質が集められている。一般人の安全を最優先に、特にお前は被害を出さない様にしろ。それと黒鉄が……』

 

 通話を切った。無論、一般人に被害を出す気は無い。一般人は敵ではなく、保護すべき対象だ。

 

「さて、早く終わらせて食料の買い込みだ」

 

『雪月桜花』が宙を舞った。

 

 

「ふんふふふーん。ラララ……」

 

 人が居なくなったモールを歩く者が居る。歌詞も無く適当でいて何処か整ったメロディーを奏でながら彼女は歩く。惹きつけられる紅い宝石の様な瞳の魅力を落とさない容姿。目を引くのは金髪の髪を纏めたサイドテール。そして純白のウエディングドレス。動きやすいようにスカートの部分は改造されており、ロングスカートに近い。

その後ろには今回の強盗の主犯である黒地に金の刺繍の外套を纏った男が部下を引き連れていた。

 

「あの、ビショウさん。な、何であの方が居るんですか?」

 

主犯である男。ビショウと言われた刺青を顔に入れた男は苛立ちを込めた声で返す。それは内側の恐怖を誤魔化す為でもあった。

 

「知らねぇよ。だがな、あの人には逆らうな。誇張無しで死ぬぞ。何せ、俺ら全員会った時からあの人の殺害候補に入ってんだからな」

 

 視線を向ければつま先でターンをして、此方に視線を向け微笑んだ。無邪気な微笑みがビショウ達には死神に見えた。

……そういや、短気のヤキンが人質の見張りだったな。糞、問題起こしてねぇだろうな? つーか、土壇場で付いて来るんじゃねぇよ糞アマよぉ。

決して口には出さない悪態を吐きながらビショウは人質が居るフードコートに向かう。

 

 

フードコートに集められた人質はガスマスクを被った兵士達に囲まれ緊迫した雰囲気の中、恐怖を必死で押し込んでいる。人質の中には、ステラと珠雫の姿もある。

 特にステラは鍔の広い帽子で顔を隠す。ヴァーリミオン皇国の皇女であるステラは一般に顔が広く知られている。この状況でバレれば余計な被害が出る可能性があるので、大人しく人質に徹していた。

 しかし、此処で状況が急変する。

 

「お母さんをいじめるな――――!!」

 

 新たに連れて来られた妊婦の女性とその子供と思われる少年。身重の母が乱暴に人質の輪に入れられた事に怒りを覚えたのだろう。兵士の一人に持っていたアイスクリームを投げつけた。

黒の戦闘服を白色に染める。そんな物に攻撃力は無いが、兵士を激昂させるには十分過ぎた。

 

「この餓鬼ィィィィィィ!!」

 

 容赦の無い蹴りが子供の腹部に打ち込まれた。

 

「シンジ!!」

 

輪から飛び出したのは二十代後半の女性。子供の母親だろう。身重の身体とは思えない速さで子供を庇う。

 

「おい、どけよ。殺す邪魔になるだろうがぁ。ああ、それとも一緒に死にてぇか?」

 

「ごめんなさい!! まだ子供なんです!! どうかどうか……ッ!」

 

「駄目だなぁ!! いずれ訪れる『新世界』の『名誉市民』である俺を汚した罪は死んで償わなぇと」

 

「おい、やめろヤキン!! 人質殺すなって言われてるだろう!? 今日はあの人も来てんだぞ!! 思考しろ頭使え馬鹿!!」

 

「いいじゃねぇかっ!! 一人二人殺すくらいなぁ!!」

 

銃口が親子に向けられた。女性が子供を庇うが無駄だろう。女性の身体を貫き子供諸共死ぬ。

引き金に指が掛かった時だ。ヤキンと呼ばれた男の首が真後ろに回った。

 

「はれ?」

 

ヤキンの声。状況を認識していない間抜けた声だ。ヤキンの身体に更なる異常が発生した。銃を持った腕が螺子の如く回転、人体の稼働限界を一瞬で超えたせいで、腕が歪な枝に見えるような姿になる。

 

「あえ? なにごれ……」

 

 その言葉を最後にヤキンの体が曲げられ折られ畳まれた。

 骨が砕ける音、肉が引き千切られる音を響かせてヤキンは肉塊になった。

 肉塊からは鎖が一本伸びてる。

 誰もが声を発さない。鎖の元へ視線を辿ればウエディングドレスの美少女が居る。背後には顔を抑えるビショウとたじろぐ兵士。

 

「ディア様……」

 

「醜いわ。貴方の部下は醜い者しか居ないの? ビショウ」

 

「いや、あれは例外ですよぉ。むしろあれです。ディア様に処分されて嬉しかったと思いますよ?」

 

ディアと呼ばれた少女は歩みを止めず、親子の前に立つ。

 子供は親である女性が抱きしめていたのでその惨状を見ることは無かった。だが、母親は違う。目の前で起きた埒外の殺し。それを目の前の少女が行ったのだ。歯を鳴らし動こうとするも恐怖が体を縛る。

 ディアは母親を見て、その瞳から涙を流した。

 

「美しいですわ」

 

 偽りの無い歓喜の涙と称賛を母親へと投げた。

 

「愛は美しい。貴女の行いは美しく私の胸を打ちました」

 

 徐に母親と子供を抱きしめた。優しく傷つけない様に。

 そして、抱きしめる事をやめて一歩後ろへ下がる。

 

「ですので、私も貴女を愛し(殺し)ます」

 

 彼女の背後から鎖が飛び出す。その数、十個。

 ステラは真っ先に飛び出す。珠雫が、上階よりタイミングを見ていた一輝も飛び出そうとするが間に合わない。

 死が迫る。

 

 

 ポーンと音にするならこんな音だろうか。

 人質、兵士、ディアの上を越えてビショウ達の前へ落ちたのは生首だった。 

その首が誰のモノか、気づいたのはビショウ。

 

「ロッグ?」

 

 生首になった部下の名前を呼んだ。飛んで来た方へ視線を向けた。白い津波が全てを呑んだ。

 

 

「『白波の怒涛』」

 

 魔力を津波の如く吐き出し、人質と親子だけを魔力の球体で包むと一番近い出入り口へと押し流した。

 そして、解放軍はその魔力の奔流に椅子や机と一緒に呑まれていく。それを追う様に円也は津波に乗った。

 津波が消え、解放軍が流されたのはショッピングモールの広場。

 

「がはッ!! んだ今のぉ!?」

 

「……」

 

 立ち上がったのは、ビショウ。ディアは呆然と天井を見つめていた。

 兵士達は動かない。否、動けない。今の津波で全身を円也の魔力に晒してしまった。円也が魔力を操作して、縛り付けている。まず、伐刀者で無いなら脱出は不可能。

 伐刀者である二人に降伏を薦める様に、円也は二人に近づく。此方に男の方が気が付いた。

 

「手前は……七星剣王、石神円也!?」

 

 ビショウが驚愕に染まる。

 

「はい、その石神円也です。投降して下さい。しないなら、両手足を斬って捕縛します」

 

 非伐刀者の兵士なら捕まえれるだろう。伐刀者だと抵抗一つで警察が怪我してしまう可能性を考えて、その選択をすることにした。

 

「最悪じゃねぇか。おい!! 何してんですか? さっさと起きて下さいよ、ディア様!!」

 

 未だ動かぬディアに声を掛ける。

 

「綺麗……」

 

「ハァ!?」

 

 ゆっくりとディアが起き上がる。その表情は微笑み円也を見た。

 頬を紅く染め、胸の前で両手を握り絞めて勇気を振り絞る様に言った。

 

「好きです!! 私を愛して(殺して)下さい!! そして私も貴方を愛し(殺し)ます!!」

 




ヤキンは死んだ。


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愛殺ーディア・オーレンー

「ステラ! 珠雫!」

 

 一輝の声に気付き二人も立ち上がった。

 

「二人共怪我は無い?」

 

 声を掛け二人を上から下に視線を送り、目立った怪我が無い事に安心の息を吐いた。

 

「ええ、何とか。さっきの子供も痣が出来てたけど、珠雫が治したわ」

 

「そうか……ありがとう珠雫」

 

「いえ、お兄様。流石に見過ごすのも気分が悪かったので」

 

 後方で爆発音が響いた。ショッピングモールの中からだ。

 

「……あの女とエンヤさんよね」

 

「あんな無茶苦茶な救出方法があるんですね。莫大な魔力による疑似的な津波、その中で一部の魔力を操って人質を保護するなんて」

 

 感心と呆れ、両方を含んだ表情に一輝が苦笑しつつも同意する。

 

「ああ、石神先輩には何時も驚かされてばかりだよ。先輩と同学年の人とかは、特にね」

 

「あれ? そう言えばアリスは?」

 

もう一人、共に遊びに来ていた有栖院が居ない。

 

「アリスは中に残ってる。万が一解放軍が逃げ出した時に追う役が必要だからって」

 

 一輝はその言葉を述べた有栖院の表情を思い出す。普段の有栖院からは感じられない雰囲気があった。

 

「頭可笑しいんじゃないか? あんな化物の近くに居るなんてさ」

 

 声がする。姿は無く頭に直接響くような声。その声には強い軽蔑が混じっていた。

 

「二つ名通りの他人なんて一切気にしない災害男に巻き込まれて怪我しないか心配だよ」

 

 空間が輝き、景色の一部が割れたガラスのようにひび割れて剥がれ落ちる空間から一人の少年が姿を現す。

 手に持っているのは弓の形をした『固有霊装』。空間が割れる現象、今まで一切の気配を感じさせなかった能力。

 

「久しぶり、君も来ていたんだ桐原君」

 

一輝は彼を知っている。元クラスメイトにして、去年の学年主席。そして、七星剣武祭の出場者、桐原静矢。

 

「久しぶりかなぁ、春休み見なかった程度だろ? いやぁ、それにしても見たよ君とそこのヴァーリミオン君との試合……驚いたよ、君強いじゃないか」

 

にこやかに微笑んだ桐原は一輝に近づき、襟首を掴んで体を引き寄せた。

鼻が付きそうになる程の至近距離、一輝の眼に桐原の瞳が映った。その目は怒りと憎しみで猛り狂っている。

 

「一年間、格下の雑魚が吠える姿は酷く滑稽だったろう? 何時でも潰せる格下が道化にしか見えないんだろ? 化物め! 手前もあの災害の同類だったとはねぇ!!」

 

その勢いのまま、一輝が突き飛ばされるが倒れるほどでは無く、少しよろめくだけだ。

 

「一輝!?」

 

「お兄様!?」

 

ステラと珠雫が駆け寄り、桐原を睨む。その視線を無視して桐原が見据えるのは一輝だけだ。

 

「化物ってのは、石神先輩の事だよね? 僕は……」

 

「喋るなよ。Aランクに勝った化物が。何が『落第騎士』だ。手前らみたいな奴等が居るから……」

 

そこまで言って桐原は言葉を切って、ポケットから取り出した生徒手帳を軽く振る。

 

「……まあいいさ。そうそう今回の選抜戦の一回戦の相手が決まったよ。生徒手帳の電源を切ってるなら見てみればいい」

 

桐原に促され生徒手帳の電源を付けると同時に一通のメールが届いた。

送り主は、選抜戦実行委員会。メールの内容は、

 

『黒鉄一輝様の選抜戦第一試合の相手は、二年三組桐原静矢様に決定致しました』

 

「加減なんてしない。化物に手心なんて加えてやるかよ」

 

「ちょっとアンタ行き成りイッキを化物呼ばわりするなんて……ッ!!」

 

「うるさいよ……言いたい事はそれだけさ。じゃあね黒鉄君。今回の騒動で僕のガールフレンド達も人質になってしまってね。彼女達を安心させてやりたいのさ」

 

言葉は軽く、しかし憎悪の瞳は変える事無く桐原は人質達の所へ向かっていった。

全てが一輝にとっては困惑を起こすものでしかない。彼は一体何に怒り狂っているのか、考え始めた時だった。ショッピングモールの壁が内側から破壊され、高速で射出される鎖を一輝達は視認した。

 

 

……速い。

 ディアとそう呼ばれた女から受けた告白の要領をイマイチ理解できずにいた円也。

 彼女の背後から射出される鎖を捌きながら、その動きを観察する。

 鎖の数は二十。それら一つ一つが独立し、四方八方より円也に迫る。

 鎖の先端から衝撃波が発生して迫る。速度が音速に達している証拠だ。

 背後、頭上、正面から迫る音速の鎖、それを円也は一つ残らず撃ち落とした。

 原理は簡単だ。自分を中心に薄く魔力を円状に張り巡らしそれに触れて侵入して来た物を弾けばいい。

 無論、並の伐刀者では出来ない。周囲に魔力による防衛線を張り巡らしても反応出来なければ意味が無いが。

……殺気が無い。

 ディアは円也を殺すと言った。それが何故愛する事になるのかは、分からないがそれでも殺すと言うなら殺気があるのが道理だが、円也を襲うこの鎖には凡そ殺意が感じられない。

 鎖を払う。ぶつかり合う刀と鎖。その鎖は冷酷と言うにはほど遠く、むしろ、暖かいとも言える感覚を円也は感じた。それはかつて刀華が教えてくれた『愛』の暖かさに似ている。

 鎖の動きは最初の頃に読めている。それでも攻めに転じないのはこの妙な感覚に興味を持ったからだ。

 ディアを円也は見る。攻撃は止まない。躱し弾いて打ち落とし自身に迫る鎖を悉く落とす中、円也を攻撃するディアは涙を流していた。

 

「美しいですわ」

 

 呟いて、感動で口元を手で隠していた。

 

「ええ!! ええ!! 素晴らしい!! 私の固有霊装『愛の糸』を躱すお姿も、打ち払う太刀筋も何て美しいのでしょう!! ディアはディアは幸せです!! こんな素敵な旦那様と愛し(殺し)合えるなんて……ッ!」

 

 偽りは感じれなかった。彼女は本気で感動してた。そして、この状況を本気で男女の愛し合いだと考えている。

 

「これが愛か?」

 

 呟く声にディアが答える。

 

「そうですわ! 想うからこそ殺すのです。愛おしいからこの手で殺すのです。そしてその姿は何よりも美しいから!」

 

 背後よりさらに鎖が現れる。これにより総数は三十。初速から音速を突破した鎖に円也は漸く一定の場所で迎撃行動を止めた。床を破砕する脚力による高速移動。鎖は円也を捉えきれず彼が通った道を貫くのみ。

 速度を落とさず、円也はショッピングモールを支える柱を駆け上り二階三階と高度を上げていく。

 

「違う」

 

 背後、リーチを伸ばし追って来る鎖の気配を感じながら円也は否定の言葉を呟く。

……これも一つの愛の姿なのかも知れない、だが、刀華の愛とは違う。

 殺す事を愛とするディアの言う愛。人を庇護し、暖かさを与える刀華の愛。違うと言うなら一目瞭然、そして大多数が刀華の愛を選ぶと確信できる。だが、もっと決定的な何か、二人の愛には差違がある。

 そして、ディアの行動と思想に共感を感じている己がいる。

 

「何が」

 

 違うと言って、駆け上がる柱から鎖が飛び出して来た。

 円也の肉体は超反射でその鎖に反応。顔に向けられた鎖を腰を反らせて回避する。空中に投げ出された円也は体勢を立て直そうと動く。

 魔力を足裏に一瞬展開し、足場として跳ねる。それが円也の行動だった。

 それよりも早く躱した筈の鎖の先端が直角に曲がり円也へと落ちて来た。

 狙いは喉。貫き地面に叩き付ける算段だと予測。円也は左手で喉を貫く一瞬より先に掴み……ゴキリ、と腕が鳴る。

 

 

「捕まえました」

 

熱の籠った視線、固有霊装を通して伝わる。円也の身体の感覚にうっとりと目を蕩けさせた。

 

 

 瞬時に気付く。鎖が融ける様に肉体の内部に入り込んできた。神経に侵入した鎖が円也の意思を無視して動く。

 稼働限界を超えて関節が折れ曲がり、回転した。飛び散る血と筋肉。これが、兵士の一人を殺した手段。これこそがディアの伐刀絶技。無機物有機物関係なく、鎖が侵入した物体の支配権を自在に操る。その名を、

 

「『愛死ノ縁(あいしのえん)』」

 

 円也が地面へと落ちた。

 

 

 彼女、ディア・オーレンはある国の貧民街で生まれた。幸運な事に彼女は家族に恵まれていた。

 頼もしい父、優しい母。貧しくとも両親からディアは愛情を一身に受けて育った。

 容姿にも恵まれていた。貧民街に咲く一輪の花と揶揄され、その愛らしい笑顔を振り撒き一生懸命に生きていた。彼女が彼女として決定的になった悲劇は十三の時に唐突に訪れた。

 マフィアだ。貧民街のチンピラが金の為に彼女の情報を売った。その容姿ならば裏の仕事で困ることは無いと勝手な理屈でだ。父は毅然とした態度でマフィア達を止めた。だが、貧民街。力をさらに力で押しつぶす暴力の世界に父の正しさは無力だった。鉛玉で撃たれる父。母と共に隠れるが見つかるのも時間の問題でしかない。

 母は恐怖しながらも娘であるディアを守ろうと必死に考えた。

 己に男達を殺す力はない。恐怖は迫る。見つかれば女である自分と娘はどうなるのかはこの街で生きている以上は否が応にも理解している。

 その極限の中で母親が取った選択は、娘の首を絞める事だった。

 娘を殺されたくない。愛する娘を穢されてたまるか。

 愛している。心から愛している。こんな方法しか取れない自分がどうしようもなく憎い。

 愛するが故に殺すという矛盾の行動。

 薄れる意識の中でディアが見た母はとても美しかった。決意と憎悪と愛の三つの感情が渦巻くその目から流れ落ちる涙がディアにとって今まで見てきた物の中で何よりも美しく見惚れた。この行為がディアの命を奪う行為だと理解した上で何よりも愛されていると理解した。

 ならばと、彼女もまた母を愛した(殺した)。幸か不幸か、この瞬間、彼女は伐刀者として覚醒を果たす。

 鎖が母を貫いた。崩れ落ちる母。

 動かない母を見て心と体が熱を持つ。心から、溢れ出したのは嬉しいという感情の波。

 母がこれ以上無い程愛してくれた。その愛に応える事が出来たと。

 直後に部屋にマフィアの男達が入り込んで来る。油廃の如きギラついたその目を見た時、感傷に浸るディアはまるで冷や水を浴びせられたような感覚だった。醜い。醜い。醜い。何だその心は。何だその糞の如き欲望の眼は? 

 母の愛を汚したな。私の愛を邪魔したな。何故私達と同じ五体を持っている。お前達が私達と同じ人間だと?  

 ふざけるな塵と何が違う。糞と何も変わらない。汚らわしい塵屑が人の形をするな。

 これこそがディアの行き着いた思想の根幹。

 人は美しく愛を持つ者、だから綺麗に殺す(愛する)

 醜い者は人では無い。だから原型残さず壊し尽くす。

 既にディアに躊躇いは無かった。

 マフィア達を殺した。その死体はそれがかつて人だったと思えない程に破壊されていた。

 そして、彼女は己の知り合いの全員を美しいと思っていたから愛した(殺した)

 醜い者は一人残さず、かつて人だったモノに変えてみせた。

 全て死んだ。ディア以外に生きている人間は居らず、行為を終えてディアはどうしようかと考えた。

 誰かに愛されたい愛したい。その想いと共に心に浮かんだのは父母の姿。それはディアの世界で輝く美しく宝石のような幸せな姿。

 お嫁さんになりたいな。彼女は願う。

 素敵な旦那様に会いたい。美しくてこの愛を受け止めてくれる素敵な人。そして、一緒に愛を育みたい人。

 私を愛して(殺して)くれる人。

 何と素敵な事だろう。

 彼女は歩き出す。己の愛こそ己にとっては何よりも幸いだと信じて。

 そして、旅の真っ最中で解放軍と言われる変な組織に勧誘された。御託には興味が無かったが、所属すれば今よりも遠くへ行ける。そして、時折視界に映る醜いモノを殺す事が出来る。

 この瞳に映る世界が少しでも綺麗になれば、運命の旦那様が見つけやすくなると考えて、彼女は解放軍に所属する事にした。

 解放軍に入って様々な世界と人間を見てきた。その中で彼女にとって美しいと言える人間は驚くほどに少なかった。醜い肉塊がのさばり声を掛けてくる事が苦痛で仕方がない。壊しても壊しても湧いてくる様に鳥肌を覚えた。速く、早く、会いたい。私の運命の人、私を愛して(殺して)下さい。

 狂おしい程の想いを抱き続けながら彼女はついに運命と会合を果たした。

 割り込むようにつまらない作戦に参加したのは理由があった。朝早く起きた時から予感のような物。理屈では説明できないそれを信じて一番の御気に入りのウエディングドレスを着て参加したが、参加していた者達が悉くディアの思想からしてみれば破壊対象の塵共。この際、前々から見るに堪えない下賎な者達を伐刀者が現れ次第、戦闘中に巻き込んで壊そうと考えていた。

 作戦が始まり人質を確保した場所に行ってみれば久しく見た美しい親子の愛に胸を打たれ心が満たされる。故に思想に則り美しい親子を美しいままに愛そう(殺そう)とした時だ。

 白い波が彼女の視界を覆い尽くす。穢れが無いと断言できる程の純白にディアは抵抗もせず、見惚れて呑まれた。それが現実の津波では無く魔力によってなされたモノだとは直ぐに気付いたが、その威力に抗う事が出来ず、唯その奔流に流され運ばれた。

 もし、これが殺す事を目的としたものだったら? 当然抗う事が出来なかった時点でディアは死んでいた。

 湧き上がる感情は歓喜。こんな美しい技を持って、自分を攻撃してくるんなんて、それはもう告白と同じではないか!!

 立ち上がり彼を、塵が呼んだ石神円也と呼ばれる人物を見た。

 見るや否や、この人だと全身の細胞が叫び、この人以外居ないと確信を得る。体が火照り心臓が跳ねる感覚が心地良い。

 この感情を知っている。これはこの感情は、

……一目惚れですわ。

 ディアは確信する。朝から感じた理屈じゃない予感。そして、自身は今日この時の為に生きていたのだと。

 私は今日、この人と愛し合って(殺し合って)終わるのだと。




Q 桐原君性格違うね
A 石神円也のせい



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終点ーディア・オーレンー

 円也が床に落ちた場所を見る。無論この程度で終わると思っていない。思っていないが、少々やり過ぎてしまったと反省する。

美しい彼に傷を付けてしまった事に、だ。

 腕一つを壊さないと動きを止められない自身の実力不足が憎い。

 粉塵が舞う中で彼が立ち上がる気配をディアは感じ取った。

 円也の周囲を舞う粉塵が消える。

 服が所々破れてはいるが、左腕以外は無事だ。

 左腕は見事に捩じ曲がっていた。他人にミキサーに掻き混ぜられたと言えば目を逸らしながらも納得するだろう。

 

「あぁ……」

 

 痛ましいと言う感情を含んだ声が口から零れ出る。自らが傷を付けた事を棚に上げて円也の心配をする。

 鎖の同化は解いてある。死ぬ時、死んだ後すら繋げて置きたいと思うディアには心苦しい判断であった。

 理由は腕を支配した時に理解した。

 膂力が違い過ぎる事と腕から先を支配できないでいたからだ。

 ディアの伐刀絶技ならば、いかなるものでも支配できる。そうであった筈なのにその前提が覆されている。

 円也の肉体に同化し侵入した筈の鎖が押し返され始めている。数分もすれば肉体の外に鎖が排出される。

 あり得ぬ事象に驚きつつも、ディアの心に歓喜の感情が生まれた。

……何て凄いのだろう。自らの支配すら押し返すなんて、美し過ぎる。

 感動の余韻に浸る中、当の円也は、捻じれ狂った左腕を一瞥した。

 メキリ、音にすればこう表現するべきか。

 その光景にディアが目を見開き、床に伏せながら破壊の余韻を回避していたビショウが恐れをその目に宿す。

 円也の腕が独りでに曲がる。ディアによって捻じ曲げられた腕が時間が戻るかの様に見える程、動く。

 音を鳴らし、蠢く様に元の形へと変化を続ける。飛び出した骨は内側へと戻り、筋肉と血が傷口から内部へ戻る。

 赤黒く変化した皮膚が肌色へと全く間に変化した。

 再生と言うよりはビデオの逆再生と言える回復。

 円也が左手を開閉、問題ないと判断したのか切っ先をディアに向けた。

 

「綺麗……」

 

 その再生を美しいと感じ、ディアは頬を赤くする。この人は何度私を惚れさせるのか、と熱の籠った視線を円也に送る。

 

「有り得ねぇだろ……何だよあの化物」

 

 ビショウは判断を誤った。言葉を出さなければ生き残ることが出来ただろう。或いは恐怖に震える足を勇気を振り絞って動いていれば、逃げ出す事が出来た。

 この時、円也に酔っているディアの耳に声が届いてしまった事が悲劇だった。

 楽しい事に興じている時に、冷や水を浴びせられた時、人は多少なりとも不快な感情を心に宿す。

 気性が荒い者は、空気の読めない発言をした者に対して強い言葉を吐くだろう。

 それが、美しさに酔っている時に醜いから壊すと考えていたモノの声を聞いてしまったら?

 己の価値観だけで他者の生き死にを決める人間の機嫌を損ねる事は理不尽極まる事態になると言う事だ。

 

 

 

 膨れ上がる殺気と怒気を感じるが、それが円也に向けられたものでは無く、ディアの背後、床に這いつくばるビショウと円也によって動きを拘束された兵士達に対しての呪詛。

 

「塵が……ッ!! 汚したな? 醜悪な声でよくもよくもヨクモ!!!!」

 

「はぁ!? ま、待ってくれ!! ディア様……」

 

「私の名前を呼ぶな!! 私の名を呼んで良いのは円也様だけだ!!」

 

 鎖が飛ぶ、総勢三十の鎖がビショウに兵士達に突き刺さり肉体の支配権を奪い取る。

 肉体内部に侵入し、本来の肉体の持ち主から制御権を掌握すると拘束された魔力を破壊する。

 無論、円也も簡単に破壊される拘束をしてはいない。だが、ディアによって彼らの肉体の限界を超えた駆動はそれを破壊しようと試みる。本人の意思を無視して負荷が肉体に掛かり続け、一人が拘束を抜け出した。

 

「アアアアアア!!!? 痛ェ!! いでぇ!? いやぁあああだ、だずげで」

 

「何だよこれェ!! 嫌だ……ごぉ!! ご、ごんなぁ……」

 

 拘束を解いただけで伐刀者でもない、一般人の肉体は限界が来ている。動けば肉体の損傷は重度な物へとなっていくのは明白だが、ディアは決して操作を緩めない。

 

「塵が壊れる事に理由を与えて上げますわ。円也様の美しさを引き立てなさい」

 

 悲鳴、雄叫び、生きる傀儡となった『解放軍』の兵士達が円也へと襲い掛かった。

 襲い掛かる一人を蹴飛ばすが、飛ばされている空中で動きを止めて背後から押し出されるように戻って来た。

 上空、鎖に操られた兵士が円也目掛けて振り下ろされた。

 円也にとっては容易に避ける事が出来る速度だ。

 兵士は、円也ではなくショッピングモールの床へと全力で叩き付けられた。衝撃が走り罅割れていく。

 叩き付けられた兵士はすぐさま、引き抜かれ再び円也へと飛んだ。

 肉体が壊れようとも、悲鳴が上がろうともディアが支配を解かない限りは兵士達はこの地獄から解放されることは無い。

 

「さて」

 

 突進する兵士の腕を斬り落とす。だが、兵士は悲鳴を上げるだけでその動きを止めることは無い。

……首を落としても死ぬだけ。あの女が死体になってもこいつ等を動かすなら。

 切り捨て、吹き飛ばし四方八方から、血反吐を撒き散らす傀儡兵士を止める方法。

 

「やるか」

 

 

 恍惚、祈り、心酔、陶酔。

 円也の一挙手一投足に惚れ惚れしながら、兵士達を操るディア。

……もっともっと、見せて下さいまし!! ああ、尊い素敵。 

 感極まる感情のまま兵士の一人を金槌の様に振り上げ、叩き付けた。

 円也は当然の様に回避した。

 風塵が舞う中、追撃としてたった今めり込んだ兵士をもう一度振り上げたが、動くことは無かった。

 

「それは……」

 

 兵士の背中に白い刀が一本、まるで縫い付ける様に刺さっていた。

 『固有霊装』では無い。ディアは直ぐに気付いた。

 

「魔力?」

 

 白い刀、円也の『固有霊装』の姿形そっくりだが、本物では無い。見れば魔力によって形作られた刀だった。

 

「『白波・(つぶて)』」

 

 声が響いた。

 円也の周囲を見れば、宙に浮かぶ白刀が群れを成して、その切っ先をディアに向けている。

 

「圧縮した魔力で作った『雪月桜花』モドキ。動きを止める耐久性特化と、耐久性は無いけど切れ味は鋭い攻撃用」

 

 凡そ、八十の白刀が射出される。

 ディアは鎖を呼び戻し兵士を盾にした。次々に兵士に突き刺さる白刀。

 だが、その一部は兵士を自ら避けて、ディアへと殺到した。

……ああ、凄い。

 感嘆が頭を埋め尽くす。

 白刀が自在に動くのは魔力操作によるものだろう。八十を超える魔力の塊を一つ一つ全く別の動きを行うなんてディアにも出来ない芸当だ。それが肉体をいとも簡単に貫くその鋭さを有して全てが自らに向けられている。

 試しにと兵士で受けさせるなんて下らない事をした自分が恥ずかしい。

 こんな綺麗な(攻撃)を誰にも渡さない。

 

「これは私の為のモノ……ッ!」

 

 ディアはそれを回避しなかった。腕を広げ自らその白刀の群れへと身体を投げ出したのだ。

 突き刺さる白刀。肉体を貫き、彼女の柔肌を紅く染めていく。純白のウエディングドレスが鮮血に染まる。

 熱い、とディアは感じた。身体が刻まれていく感覚が心地良い。

 痛みがこの身に至福を与えてくれる。

 ああ、私は今、愛されている。

 口から吐き出す血が愛の証明だとディアは信じている。

 

「幸せ……」

 

 自然と口から零れた落ちた言葉に微笑み、ディアは見る。

 円也が凄まじい速度で自身へ向かってくるのを。

 私を愛し(殺し)に来る。

 こんなにも愛してくれた人。逢瀬は一度だけでもこの愛に嘘は無いと証明するのなら。

 

愛して(殺して)あげませんと……」

 

 己が操る鎖、最大数の五十を顕現させて撃ち出した。

 

 

 鎖は当たらない。

 既に速度を見切り『白波・礫』で鎖を弾き、鎖の隙間に小型の白刀を打ち込んで床に、壁に縫い付ける。

 襲い掛かる傀儡となった兵士達も同様だ。

 首を落として、動けなくする為に白刀で縫い付ける。腕と足の間接部分に打ち込む事で一時的に動きを止めた。

 悲鳴を上げて迫り来る傀儡となった兵士に『雪月桜花』と周囲に浮かせてある『白波・礫』で迎撃する。

 足を斬って腕を斬り捨て胴体を斬り落として進み、ディアとの距離が縮む。

 斬られた者達が蠢く、ディアが縫い付けられた体より切り落とした部位を操作してきたからだ。

 首、腕、上半身、死体となった肉塊が空を飛び円也へと攻撃を仕掛けて来る。

 だが、手数は円也の方が多い。飛んで来る身体を斬り裂き、周囲の白刀が更に斬撃を加えていく。

 そして、その時は来る。鎖と死体。その攻勢の最中、ディアまでの道が開けた。

 円也は見た。作られた道を疾走する中で、ディアが笑っているのを。

 微笑んでいる。この瞬間こそが何物にも代える事が出来ない幸福だと信じて疑わない笑みだ。

 

「ああ……そうだったのか」

 

 理解した。彼女の愛と己が知る刀華の教えてくれた愛の違い。そして、彼女に共感を感じた理由。

 

「同類だったからか」

 

 放たれる突きがディアの心の臓を射抜いた。手応えが刀を通じてその手に感触として残る。

 

「あ……」

 

 前へと崩れ落ちるディアを円也は自らの身体で受け止める。

 

「お前の愛には未来が無いんだ。現在で完結してそこから先に進む事が無い」

 

 死は終わりだから、そこを愛の終点にしてるからそれ以上が無い。それこそが刀華とディアの愛の決定的な違い。現在で止まる愛と未来が存在する愛。

 

「でも、それでいいんだ。俺もそこが終点だから」

 

 抱きしめる。この愛に応える事は出来ない。己の死地は此処では無い。もう決まっているのだから。彼女がどんなに愛を叫ぼうが自身が応える事は一切無い。だけどせめて、此処が終着点である彼女に少しでも後悔の無い終わりであって欲しいから。

 

「円也……様、名前、を……呼、んで」

 

「ディア、君は幸せか? 今どんな景色を見ている?」

 

 円也は彼女の身体をゆっくりと寝かせる。手を握り彼女と目を合わせた。

 

「と、ても、……幸せ、でも、不満かな、円……也様も一、緒が良い……」

 

 身体を動かす。既に命が尽きても可笑しくは無い。だが、それでも彼女は動く。もう一度温もりを感じる為に。

 力無い四肢で円也に胸に寄りかかり抱き付いた。

 

「なに、すぐに会えるよ。行き着く場所は同じだ」

 

「本、当? うれし……い」 

 

 呼吸が止まる。身体から力が抜けだらり、と掴む手が離れた。

 ディア・オーレンは愛する男の胸で死んだ。その死に顔はまるで布団でゆっくりと眠る子供の様に穏やかであった。

 

 

 誰もが動かない。兵士は死んだ。この惨状の元凶であるディア・オーレンもたった今死んだ。

 

「君に敬意を払うよディア。君は俺の前例で、実例だ。そう間違いじゃない。やっぱり間違いじゃなかったんだ」

 

 唯一人、生き残った円也の口角が吊り上がる。笑みを浮かべた。

 

「ありがとう、ディア。君は俺の先輩だよ。そう間違いなんかじゃないんだ」

 

 立ち上がり、一度だけ彼女に手を合わせて祈り、数秒後背後へと振り向いた。

 

「で、君は誰だい? 生憎記憶の中に君の顔は無いんだけど」

 

 有栖院が円也の背後に居た。有栖院の事を知らない円也は彼を見た。

……怒り、哀しみ、隠そうとしてるが、僅かに漏れてる。

 

「破軍学園一年の有栖院凪ですわ。石神先輩」

 

「ああ、さっき上の方で隠れていた二人、黒鉄君と君だったのか」

 

「ええ、強盗が外に逃げない様に見張ってましたけど、不要でしたね」

 

 周囲に散乱する死体を見て有栖院は僅かに苦笑した。

 

「で、君は彼女の知り合い?」

 

「何の冗談ですか? 先輩」

 

 意味が分からないと言う、反応で返す有栖院だが一瞬の動揺を円也は見抜いた。

 僅かに呼吸が遅れた。一度だけ心音が乱れた。

 

「そう……ごめんね。行き成り現れたから疑ってしまったんだ」

 

 頭を下げて謝罪。此処でもう少し問い詰めたら話しただろうかと考え、どうでもいいと円也は結論付けた。

 そう、どうでもいい。たとえ、目の前の後輩がディアと知り合いだろうとなかろうと、円也にとってはどうでもいい事だ。興味が無い。価値も無い。その程度でしかない。

 

「うひゃぁ~派手にやったねぇい」

 

 そんな軽い声が聞こえた。声の方向へ視線を向ければ、一人の女性が居た。

 桜が描かれた白地の着物と紅の羽織を来た少女の様な容姿の女性。

 

「貴女は……!」

 

「誰?」

 

 空気が止まる。

 

「うわぁ、マジかぁ。冗談じゃねぇよな。あ、これマジで分かってねぇ目だ」

 

「有栖院、あれ誰?」

 

「……えっと、西京寧音さんですよ。去年のオリンピック日本代表でKOKトップリーグの選手です。東洋太平洋圏最強と呼ばれる現役のトップスターですよ。二つ名は『夜叉姫』です。後、破軍の新任教師です」

 

 小声で有栖院が円也に耳打ちする。

 

「あ、伐刀者の格闘競技の奴か」

 

「先輩の認識はその程度なんですね……」

 

「くーちゃんすら知らなかったとは聞いてたがね。ま、そこら辺は後にして……ちぃと待ちな」

 

 携帯を取り出して何処かに連絡を取り始めた西京は通話の相手と会話を始めた。

 

「おっす、くーちゃん。良い報告と最悪の報告どっち聞く? ああ、良い報告は人質は怪我した子も居たが、黒鉄妹の御蔭で完治したさ。警察も来て保護された」

 

 で、と此方を西京は此方を見て言葉を続けた。

 

「最悪の報告は、石神円也が『解放軍』全員殺しちまった事だな。嘘じゃないさ。ま、色々あるけど頑張んなー私も手伝ってやるからよぉ。ふんふん、取りあえずそっちに石神円也連れてけばいいんだな、オッケー」

 

「つー訳だ。付いて来な石神円也。学園で説教とか覚悟しとけよぉ? そっちの美形は外の同級生と合流しな。ただし、この惨状はちぃっと黙っててくれないかい?」

 

「……こんな惨状言いふらす程太い精神してないですよ。先生」

 

「んじゃ、決まりだ。おら、こっち来い石神」

 

 急かされて円也は向かおうとして、ディアの死体の前に屈み、ディアの開いていた瞼を閉ざす。

 

「……腹減ったな」

 

 そう言えば、食料を買いに来たのだと、思い出し破壊されて穴の開いた天井から円也は空を仰いだ。空は雲一つない快晴だった。




ディア・オーレン

プロフィール

所属:解放軍
伐刀者ランク:B
伐刀絶技:愛死ノ縁
二つ名:NO DATA
人物概要:破綻すれど愛に偽り無し

 攻撃力:B
 防御力:C
 魔力量:C
魔力制御:A
身体能力:C
   運:A

備考:愛する者と戦闘時、全ステータスが一つ上がる。

ディア・オーレンの愛は破綻している。だが、彼女はそんな言葉には耳を貸さないだろう。何故なら彼女は己の生き方が己にとって一番幸せだと信じているからだ。
生き方を信じ抜く。一遍も疑う事無く一日も忘れる事無くその生き方を貫く姿は人として異常なのかもしれない。そして、何よりも彼女の凄まじい所は心赴くままに生きて願いを叶えて死んだことなのかも知れない。

お母さん。お父さん。私ね、お嫁さんになれたよ。私の幸せは普通とは違うけど私の人生は幸せだった。だから少し眠るね。次に目を覚ましたら円也様が居てくれたらいいな。


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憎悪ー御祓泡沫ー

窓より陽が射し、部屋の中を照らす。コチ、コチと壁に付いている時計の針の音が静寂な空気の中で響く。

 

「石神、今回の件だが『七星剣王が人質を全員無傷で救出、テロリストを撃退』と、表向きでは流れるだろう」

 

「そうですか」

 

ショッピングモールの『解放軍』襲撃の事件から数時間後、円也は理事長である黒乃に呼び出されていた。

理事長室、椅子に座る黒乃は額を指で軽く叩きながら軽く息を吐く。

 

「あの後、貴徳原(とうとくばら)が動いて情報統制をしている。……何をした石神」

 

「ああ、ここに来る前にカナタに電話したら、『全て任せて下さいませ』、と言われまして詳しい事は知りません」

 

円也は机を挟んで表情を変えず、他人事のように答える。

 

「そうか……。話を聞く限り、テロリストの殆どは『解放軍』の伐刀者の能力による死亡と言ってもいいだろうな。テロリスト同士の同士討ちと言うなら学園に来る鬱陶しいマスコミも少ないと思いたいが」

 

 学園へ戻る途中、黒乃から死人は最低限にしろと言われていた事を思い出したが、結果的に全滅させてしまった。 

 法治国家の日本では、いくらテロリストとは言え皆殺しでは心象が悪くなる。円也としては他者からの心象など興味は無いが、一応自身が通う学園の理事長からの頼みを無視して暴れ回ったのは僅かに悪いと思っている。

 そこで円也はこういった問題に対して強い貴徳原カナタに相談してみれば、あちらが勝手に処理してしまった。

 

「貴徳原にも話を聞くとして。さて、石神。一つ聞かせて貰おう」

 

 黒乃から威圧が発せられた。部屋の中の空気が重石をぶら下げたように重くなる。

 

「お前は何故、人を殺せる」

 

 刃物のような視線は真っ直ぐに円也を射抜く。

 この道を進む以上は何時かは人を殺す事になるだろう。七星剣武祭も、『幻想形態』では無く『実像形態』による実戦だ。iPS再生槽があれどそれも絶対では無い。

 事実、昨年の七星剣武祭でも彼は二つ名の通りの戦い方で数多の選手を破壊し尽くした。

 刃物を持ったからと言って傷つける事が平気という訳では無い。

 いくら修行を積もうとも、実戦で人間を傷付けるのは容易では無い。ましてや殺す事など容易に出来て良い事では無い。だが、黒乃の前にいる円也はそれを特に気にする事も無くやってのけた。

 

「電話の時に言ったじゃないですか。敵だからですよ」

 

 それ以外何かあるのかと、言いたげな表情で円也は答えた。

 

「違うな」

 

「はい?」

 

 加えた煙草を灰皿に押し付け火を消した。鉛の様に思い空気は消え、黒乃の視線には憐れむ様な感情が混じる。

 

「全てを話していないといった所か。こう見えてお前よりは生きて、そして見ているんだ。石神、お前は何を隠している」

「……」

 

 黒乃自身も一人の生徒の内面に踏み込んでいる事を自覚する。だが、それが何だ。

 この一ヶ月、目の前の生徒を、石神円也を少しだが理解してきた。この少年は余りにもズレている。異常とも言えた。

 常識を知っている。倫理を理解している。それでも、見たままなら普通の少年は致命的に思考と価値観が世間とズレている。

……『彼女』を連想する人間がこんな近い世代に居るとは。

 頭が痛くなる。軽い頭痛を覚える中で、円也は観念したのか口を開いた。

 

「そうですね。隠す程でも無いですし、このまま理事長先生に怪しまれ続けるのも嫌な感じなんで言っときます」

 

 嘘だ。と黒乃は否定する。己に怪しまれた所で気にすらしないだろう。

 円也は続ける。黒乃にとって彼の考え方はある程度は予想していたが、同時に当たって欲しくないものであった。

 

 

 

「俺、どうも興味が湧かないみたいでして」

 

「何にだ?」

 

「広義的に言えば世界とか? 狭義的に言えば他人に。だから、殺したんだと思います。いや、生かしてても良かったんですけど」

 

 他者の生き死に興味ないから、どっちでも良かったんですよ。

 円也は話ながら己の言葉を改めて考える。

 電話をしなくても『解放軍』を殺していた。或いは殺さずに倒していても良かった。

 或いは空腹だったので無視して帰宅しても良かった。或いは人質ごと、ショッピングモールごと殺しても良かった。

 偶々だ。偶々、黒乃が死人を最低限にしろと言ったから、一般人の安全を優先させろと言ったから。一般人は守った。あそこにディアが居なければ『解放軍』も殺さずに制圧で終わらせた。

 結果的に皆殺しになったが、それについても思う事は、ああそう、とか、黒乃に対して悪かったな程度だ。

……まあ、可笑しいよな。

 己が普通の精神で無い事なんて生まれた時から知っている。人生の目的すら他人からしてみれば理解不能の領域だ。

 

「入り口で殺した二人、あれ人生で初めて殺した人間なんですよ。でも、特に何も感じ無いんです。『ひゃっはー!! 殺人最高!!』とか、『ああ、俺は何て事を……』とか」

 

 ある訳が無い。二年前なら少しは考える事が出来た。今は考える事すらない。

 

「何となく殺しただけなんです」

 

 ゴミをゴミ箱に入れる。円也にとって人の命を殺す時の感覚はその程度にまで落ちていた。

 

「あ、でも勘違いしないで下さい。他人に対してはそんな感じなだけで、刀華達が死んだなら多少思うところはあると思います」

 

言ったが確証は無い。己の価値観が何処まで落ちたのか、身内の刀華達が死んだら泣くだろうか、辛いだろうか。

 

「石神、そういう事を日常会話のトーンで言える事自体が可笑しいと事に気付いてはいるか? せめて表情を変えろ」

 

「自覚はありますよ。これが俺の普通なだけで」

 

「お前の思想は危険すぎる。卒業までに矯正しなければ魔導騎士には成れんぞ」

 

「あ、大丈夫です。そもそも成る気もないです」

 

……どうせ今年で死ぬし。

 

 

 

「やあ、泡沫。遊びに来た……バーベルの重りを投げてくるのはどうなのさ」

 

「帰れ。そして失せろ。僕はソシャゲのイベント周回に忙しいんだ」

 

黒乃との話は終わり、その足で円也は泡沫に会いに来ていた。生徒会室の扉開けて早々にバーベルのプレートがフリスビーかと思える軌道で飛んで来た。

 

「休日早々に、酷い目に遭ったよ。買い物行ったら『解放軍』にバッタリで会ってさ」

 

「話さなくていいし、何入って来てんだ、おい。帰れ! 帰れよ! つーか生徒会でもないだろお前は!!」

 

 何時ものやり取りをしながら椅子に座る。

 

「いいじゃないか。どうせ、刀華が説教しに来るんだし待ってた方が楽だし」

 

「……説教させるような事をしたんだな」

 

「うん、『解放軍』を三十人程殺した」

 

 泡沫が頭を抱えた。

 

「ついにやったか、この糞ボケ人外。ムショにぶち込まれてないのは……カナタか」

 

「うん、と言うかリアクションはそれだけ? もっとこう、あるかと思ったけど」

 

投げ付けられたダンベルを掴み置いた。

 

「逆だよ。今まで殺してなかったのが不思議なくらいだ。早く辻斬りして刑務所にぶち込まれないかと思ってた。そして指差して笑ってやろうと思ってたくらいだ」

 

 

 

御祓泡沫(みそぎうたかた)は石神円也を蛇蝎の如く嫌っている。それは学園で知らぬ人間がいない程に。

くすんだ銀髪の癖毛に、光の無い金色の瞳。幼稚園児にすら見える一部の女性が涎を垂らす容姿の泡沫が普段のとぼけた性格を捨て去り、罵詈雑言を吐き捨てる姿に事情を知らない人間は困惑を覚える。

だが、何故嫌っているのかを知る者は二人だけ、同じ孤児院出身の東堂刀華と孤児院を経営する財閥の娘、貴徳原カナタしかいない。

 泡沫は東堂刀華の事が大好きだ。恩人として或いは一人の人間として、或いは女性として東堂刀華の全てが大好きだ。

 かつて幼少時は養護施設『若葉の家』に泡沫は居た。親に殺されかけて死ぬ前に行政により引き離され預けられた。その頃の泡沫は荒れていた。荒れ狂っていた。親に殺されかけたという事実は幼い心を壊すには十分過ぎる理由だろう。

 頼るべき親に裏切られどうしようもなく世界を憎み、暴れる事で発散するしかなかった。それは更なる孤立を呼び孤独を強める結果を呼ぶとしても、止めることが出来なかった

 そんな時に刀華は泡沫に手を差し伸べた。その隣には石神円也も居た。

 暴れて刀華を傷つけ、近くに居たという理由で円也にも攻撃を仕掛けて、円也に殴り返され空を舞った事は今でも覚えている。一発の殴打は彼の舌に鉄の味と顎が外れる痛みを初めて教える結果になった。

 円也は泣きながら刀華に怒られ、治療を受けながら泡沫は二人を見ていた。普通の仲の良いやり取りが羨ましかった。普通に笑っている事が、普通に怒る事が今の泡沫にとっては難しく苦しいからだ。

 それから刀華は毎日のように泡沫に声を掛け、人として接した。彼女を何度も傷つけた。それでも刀華は見捨てる事をしなかった。何時しか、彼の心は暖かさを覚えていた。それはかつて、親に殺される前に持っていたモノ。

 彼女との日々は壊れた彼の心を人へと戻していく。東堂刀華の他者への献身と善意、そして愛が御祓泡沫(壊れた者)を御祓泡沫へと戻したのだ。

 だからこそ、己を人へと戻してくれた刀華の事が御祓泡沫は大好きなのだ。

 だからこそ許せない。刀華の隣に居る男。石神円也が。

 異質だった。刀華といれば必然、円也と顔を合わせる。殴りかかった自分も悪いが、殴り返され口内で出血どころか顎が外れる殴打を受ければ苦手意識を持っても文句は言われないだろう。

 刀華の隣で円也を見ていく。その目は底なし沼の如く深く、眼の代わりに空洞があるのかと思わずにはいられない程に。

 刀華は円也の事が好きなのは何となく分かっていた。泡沫は大好きな刀華が幸せならそれで良い。他者へ、己へ愛を与えて教えてくれた彼女が笑顔で居るならそれで良い。彼女が幸せなら己で無くて良いのだ。

 だけどあれは駄目だ。石神円也は東堂刀華を幸せにする事は無い。あれに刀華の愛なんて届いてはいない。

 何を目指しているかは知らないし、知りたくもない。あれは刀華を悲しませるだけの存在でしかない。

 二年前の七星剣武祭が終わった次の日、一人帰ってきた石神円也が完全に壊れた事を理解した。強制的に理解させられた。

 元々可笑しい奴が狂って笑い、空洞な眼から流す涙が悍ましさを掻き立てる。

 恐怖した。こんなモノが自分達の近くにいた事に、これは人間なのかと。

 この時、泡沫に追い打ちをかけたのは、刀華だ。

 こんな姿を見た刀華は恐れる所か、その眼に嫉妬を宿していた。こんなに楽しそうに笑う円也を知らないから。自分以外に円也を笑わした誰かに嫉妬している。

 憎んだ。嫉妬した。誰を? 石神円也しか居ない。刀華にこんなにも愛を向けられているのにそれでも興味を持っていない。

 それともただ単純に羨ましいだけか。刀華の特別な愛を貰える癖にその愛に一切応えようとしない円也に。

 どちらでも良かった。つまる所、御禊泡沫は東堂刀華を苦しませるだけの糞野郎が許せない。

 だからこそ、憎む。悔しい事に泡沫が円也に勝つことは出来ない。逆立ちしてもどんなに憎んでも勝つことが出来ない。悔しく憎くてしょうがないのに、その円也は泡沫に声を掛けて来る。それはまるで普通の友達の様に。

 ならばと泡沫はせめてもの抵抗に、殺傷力高めの道具を投げる。どうせ死なないのならこれくらいぶつけてもいいだろう。どうせ、躱すか取るかして簡単に対処するのだから。

 

「よく聞け、糞人外。偶にはお前も苦しめ困れ」

 

 弄ってたスマホを閉じる。報告はしたので、十秒かからず現れる彼女を待った。

 次の瞬間、窓を突き破って現れた彼女。連絡して一瞬で現れた彼女に、これから起こる愉快な出来事を想像して泡沫は笑みを抑えられないでいる。

 鍔の広い帽子、女性の中でも大柄な背丈。割れたガラスと共に靡く美しいブロンドの髪。

 貴婦人の様に着こなすドレスを華麗に優雅に舞わせながら生徒会室に降り立つ。

 その人物は破軍学園生徒会会計、貴徳原カナタ。

 窓を見ればヘリコプターが二百メートル程先に見える。どうやらあそこから飛び込んできたようだ。

 

「円也君!! カナタが来ましたわよ。さあ、ハグを!! さあさあさあ!!!!」

 

「やd……」

 

「拒否権などありません!! 家族の抱擁を受けなさい!!」

 

 問答無用の抱擁が円也を包んだ。




大嫌いだけど話す。憎いけど殺したい程ではない。
羨ましくて嫉妬して、ふざけんなと言いたくなる。
色々複雑な感情が渦巻く泡沫。


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思考ー貴徳原カナタ&桐原静矢ー

 ぎゅう、と円也はカナタに抱き締められた。同年代の女子より豊満な胸に顔を埋められて後頭部を手で抑えられた。

 

「おぅ……」

 

 抵抗はせずになすがままに抱かれ、頭を撫でられる。

 このやり取りは円也とカナタが出会えは必ず起きる光景だ。

 

「はぁ……円也君の温もり。ほぁあ……」

 

 恍惚とした表情と緩んだ瞳は彼女の二つ名である『紅の淑女(シャルラッハフラウ)』から程遠く、赤くなった頬は熟れた林檎の様だ。

 

「アッハハハハハ!! いやいや人外! 何だそれ!! 打ち上げられた昆布みたいじゃあないか」 

 

 抵抗はせずにだらんと下がった体、円也はされるがまま力無くカナタに寄りかかる。

 その光景を腹を抱えて、笑うのは泡沫。

 あの憎いあんちくしょうが抵抗も出来ず為すがままにされる姿はまさに滑稽という言葉が相応しいと思いながら、この光景が繰り広げられる度に、泡沫は嘲笑する。

 

「泡沫君何を笑っているのですか? 家族の触れ合いを笑うなんて」

 

「おおっと、相変わらず円也に対しては甘いね。面白い物を見れたし僕は退散するよ。そこの人外と同じ空気を吸うなんてやだやだ」

 

 睨むカナタの視線を泡沫は躱しながら円也以外の人間を相手にする時の性格で生徒会室から出て行った。

 

「相変わらずですね。あんなにも円也君を嫌うなんて」

 

 こんなにも愛らしいのに。抱き締めていた手を放し、床に正座する。

 

「さあ!」

 

「……えぇ」

 

 ポンポンと正座した己の太腿を叩く。要求は一つ、頭を乗せろ。膝枕をさせなさい、だ。

 幾度となく交わしたやり取り、つまり断ればどうなるか円也は良く知っている。

 泣く。それはもう盛大に。元服した十八の成人女性とは思えない程に泣く。泣くどころかひっついて離れない。

 背中から手を回し肩に顎を置いて蛸の吸盤の様な吸着力を発揮する。

 こうなったカナタを戻す方法は一つ、円也が彼女の要求に応える事。

 彼女の気が済むまで為すがままにされていればいい。円也は此処で膝枕されるのと、断った時の事を天秤にかけて前者を選んだ。

 

 膝に乗った髪を触り頭を撫でる。カナタの手は徐々に下、額、瞼、鼻、頬を撫でながら唇に触れる。

 

「カナタ、さっきはありがとう。助かった」

 

「なら、危ない事は……危なくはないですね。でも、三十人を斬ったのでしょう? 変な事は控えて下さいね。もしくは私におっしゃって下さいね」

 

 カナタが首元を撫でながら円也に忠告しつつも、円也は守らないだろうとカナタは確信を持っていた。

 それでも良い、カナタにとって重要なのは円也に危害が加わらないことだからだ。

 今回の様に面倒な事に巻き込まれてもカナタの方で根回ししながら、円也にとって不都合な事は握り潰せばいい。

……こういう時、権力は便利ですわ。

 肩を触り腕へと手を伸ばした事で、カナタはある事に気付いた。

 

「あら、この前より筋肉の質が変わってますわね。後、骨と関節が増えましたね」

 

「ん……ああ、彼の御蔭だよ。『一刀修羅』の……なんだっけ?」

 

「黒鉄一輝君でしょう? もう少し他人を覚えて認識しましょうね。とは言え、彼の能力は骨を増やしたり出来ないと記憶してますが」

 

 問うカナタに円也は自分の手を握るカナタの手を軽く握り返す。

 

「彼の技を真似てる時に、色々肉体に不足と無駄が出来ているのを見つけたんだ。だから変えた」

 

 常人には不可能な行い、事情を知らない者からすれば理解不能の会話を二人は続ける。

 

「ふふ、相変わらずですわね、円也君は」

 

 だからこそ、可愛くて愛おしくて仕方ない

 

 

 貴徳原カナタは石神円也を愛している。

 その感情は男女の愛や恋と言ったモノでは無く。家族に対する愛情、母から子に送る母性愛だ。

 貴徳原カナタと石神円也の出会いは、彼女の家、貴徳原財閥が運営する養護施設『若葉の家』から始まる。

 幼少の頃よりカナタはそこへ出入りをし、東堂刀華、御禊泡沫達と交流を深めていた。

 そこに円也の姿もあった。無口で無表情。暗い瞳を持った少年。時折、刀華の言葉に合わせて微かに微笑み、泡沫から毛嫌いされながら苦笑する。そして、カナタの話に相槌を打つ、物静かで何処か浮いた雰囲気を持つ子供だった。

 だからだろうか。当時からカナタには一抹の不安があった。交流を深めれば深めるほどに石神円也と言う人間の異質さを感じ取っていた。

 風船、とカナタは円也をイメージした。手を離せば遠くに行ってしまう。見えるのに時間が経てば経つほどに遠くへ行って最後には弾けてしまう。

 その時、初めて体が震えていた事にカナタは気づいた。

 行って欲しくない。何処にも行かないで。皆と一緒が良い。幼いカナタは仲の良い友人が消えてしまうという事実に耐えることが出来なかった。

 放って置くなんて事はしたくない。刀華、泡沫、円也、皆と一緒が良いのだ。皆で笑い、遊ぶ時がカナタにとって大切な時間だから。

 最初は手を繋いだ事が始まりだった。風船のような彼が消えてしまわない様に遊ぶ時には手を握った。

 次は腕を絡める。睨む刀華が怖かったが我慢した。抱き付いた。抱き絞めた。少しずつ少しずつスキンシップを増やしながらもどうにかして円也を繋ぎとめようと努力を続ける。抱き付いた辺りから刀華から殺気を向けられたが気にしてない。

 だが、時が経てば経つほどに円也の何処かへ行ってしまう浮遊感が増していく。

 見識を広げ、知識を増やし、心と体が成長する中で、何故こんなにも円也の事を心配しているのかカナタは考えた。

 心配だからという事は分かっている。だが、何故此処まで彼を心配するのか。

 心に疑問を作りながらスキンシップを取る日常で、決定的な事件は起こった。

 破軍学園への入学試験の際、円也が自らの固有霊装で己の腹を斬ったのだ。

 地面へ流れる赤い血液と背中から飛び出る刃にカナタの思考は停止した。担当の面接官もついでとばかりに吐血したがそれはどうでもいい。

 刀華と共に駆け寄り、彼を抱き上げる。カナタは周囲などお構いなしで、円也、円也と叫んだ。

 次の瞬間、傷が消え目を開けた円也に「何?」と聞き返された時はただ抱きしめる事しか出来なかった。

……生きている。

 彼が、石神円也が生きている事が嬉しくてしょうがない。生きていればそれでいい。

 円也が死ぬという事実に耐えきれない。生きて欲しい。

 全てに興味が無いと思えるその生き方を変えて欲しい。

 どうか笑って幸せになって欲しい。

……そういう事だったのですね。

 カナタは己の意思を自覚した。それは母性、庇護欲。

 手を離せば消えてしまいそうな円也をほっとけない。あらゆる事柄に興味が無さそうな円也に楽しく笑って欲しい。何処か諦観しているから幸せになって欲しい。

 その日から、カナタは愛を円也に注いだ。やってみれば心に存在した疑問が消えていた。

……私が彼の母になればいいのです。

 円也は孤児だ。『若葉の家』の前に段ボールに入れられて捨てられていた。

 親からの愛など知らない。親の顔すら知らない。

 ならば、自分が愛してやればいいのだ。これから、ずっとずっと。円也を生んだだけの母親でもない女に代わって。母がやるべき事、して上げる事を私がやるのだとカナタは決意した。

 愛して、抱きしめて、撫でて、頬擦りして、生きて良いのだと肯定しよう。幸せになって良いのだと肯定しよう。彼のしたいことを、行動を肯定して、誰よりも味方であり続けるのだ。

 その意志のままに行動していた所、泡沫がカナタに忠告をした。

 『あの馬鹿は愛なんて理解していない』と。

 

「そんなの知ってますわ」 

 

「ん? どうしたの?」

 

「何でもありません。ほら良い子良い子」

 

 理解してないなら教えればいい。教え続ければいいのだ。愛情を際限なく惜しみなく注いであげよう。

 愛の器を満たして、溢れても満たして、器が壊れても飲み込むほどに。それくらいが円也にはちょうどいい。

 貴徳原カナタは石神円也を愛している。息子にしたい。出来る事なら産みたい程に。

……私は円也君の母になりたい。

 

 

 電子音が鳴る。発生源は円也の胸ポケットの中、円也が取り出すと生徒手帳のディスプレイにメールが届いているのが確認できた。送信者は『選抜戦実行委員会』。

 

「あら? 円也君の対戦相手が発表されたのですね」

 

「うん。新技の調整が出来る相手ならいいけど」

 

「新技? それは楽しみです」

 

 相手には興味が無い。技の練習台になってくれるくらいの相手が良いなと思っていると生徒会室のドアが勢いよく開く。

 

「円也君!! また無茶しとったね!? って、カナタちゃん何してるんですか!! 羨ましい!! 代わって下さい交代してください!!」

 

「嫌です。たとえ刀華ちゃんの頼みでも今だけは絶対に嫌です」

 

 騒がしくなったと思いながら、二人の会話を無視して送られたメールの内容を読む。

 

『石神円也様の選抜戦第一試合の相手は、三年二組の久陽創哉選手でしたが、久陽選手の棄権の為不戦勝となります』

 

 新技を使うのは先になる予定のようだ。

 

 

 月が嫌いだ。否、嫌いになった。

 白いから、否が応でも思い出すから。

 深夜の洗面台で桐原静矢は嘔吐していた。

 魘される悪夢が彼の心を抉る。明日に迫る選抜戦、対戦相手は黒鉄一輝。

 

「はぁ、はぁ……怖いなぁ」

 

 強者が怖い。あの戦いに恐怖を持ちながらもそれを凌駕して戦いに臨む闘争心が宿る眼光が恐ろしい。

 一年前、主席で入学し、スーパールーキーと言われてもてはやされた時期が有った。

 桐原自身もそれに乗った。性格的にそしてその才能があったから。事実、その戦闘スタイルで一年にして七星剣武祭に出場を果たした。

 だが、二回戦で桐原は敗北した。前年度に優勝を果たし、七星剣王である石神円也によって。

 今までの戦い方を見る限り、円也は広範囲攻撃(ワイドレンジアタック)を繰り出していなかった。

 桐原は舞い上がる。二回戦で七星剣王を自らが降す。それも一方的に、だ。その情景を描いては心は沸き立ち戦いに赴いた。

 結果は凄惨な事になった。自身の姿を消す『狩人の森《エリア・インビジブル》』を開始と同時に行って、矢を放つ。矢は簡単に掴まれて……目が合った。

 鳥肌と危機を知らせる警報が鳴る暇も無く、完全に姿を消した筈なのに気が付けば、右腕が落ちていた。

 降参を叫ぼうとして左腕が落とされ、気が付けば両足を置いて四肢を失った肉体が宙を舞っていた。

 重力に従い落ちて行く肉体。意識はそれを他人事の様に、テレビで見るかの様な感覚で見ていた。

 落ちた先に、円也が居た。暗い、仄暗く闇を幻視する程の眼が合った。

 悲鳴を上げた。何かの間違いだと言い聞かせるが現実は無情に桐原に迫り、首を掴まれてフィールドに叩き付けられた所で意識が飛んだ。

 桐原が目を覚ましたのはそれから一週間後、病院で起きた直後に悲鳴を上げてのたうち回る。

 あの目がやってくる。iPS再生槽で体は修復したが、心に刻まれた恐怖が幻痛となって桐原に襲い掛かった。

 吐瀉物を撒き散らし、悲鳴を上げて上げ続けて漸く心を落ち着かせることが出来た。

 何だあれは。理解したくなかった。自分は天才と言われた。スーパールーキーで今まで負けた事なんて無かったのに。

 自分が天才ならあれは何だ。

 

「化物め……」

 

 人には越えちゃいけない領域があるだろうが。自身の試合の映像を見て、叩き付けられたフィールドは使い物にならない程にクレーターが作られていた。その中心に円也に掴まれた桐原が居る。ダルマの自分は血潮をぶちまけて加工される前の生肉みたいな姿になり果てていた。

 人間ってなんだ。あれを人間と認めて良いのか。

 違う、あれは人間じゃない。

 心は折れた。桐原は上を目指す事を諦めた。あんなモノと競い合いたくないと、そして視線は自然に自身より下の人間に目を付ける。

 黒鉄一輝。Fランクの才能ナシ。『落第騎士』。

 壊れた心を、自尊心を満たす為に彼を苛めた。

 馬鹿にして口悪く絡めば、ほんの少し心が軽くなって、結局苦しくなる。苛めても少し時間が経てば恐怖が迫って来る。

 自身が持つ力が圧倒的暴力の前で無力になるのが怖かった。何も抵抗できず痛みだけが桐原を苦しめる。

 一年、苛めと幻痛、嘔吐で過ごして来た桐原にある映像が流れて来た。

 ガールフレンド達が見せて来た、黒鉄一輝とステラ・ヴァーリミオンの試合。

 あのFランクが勝利した。Aランクに、あの石神円也と同じランクに!! 

 呼吸が出来なくなった。部屋へ飛び込んだ所で、治まってきた幻痛が斬られた箇所に走った。

 斬られた当初を思い出す痛みに転げ回り、嘔吐した。

……苛めていたアイツが、才能ナシだと思っていたアイツが化物だったッ!!

 

「我慢してただけか。何時でも倒せる雑魚だって見下して……糞糞糞糞糞がァァァァ!!!!」

 

 怒りと憎悪を燃やす。そうしなければ今度こそ自分が壊れてしまいそうで。虚勢を張ってどうにかして恐怖を消す事に必死になった。

 

「勝つんだ。勝つしかないんだ……」

 

 殺される。苛めた以上恨み憎み殺しに来るだろう。

 

「僕ならそうする。絶対にッ!」

 

 口にして自分の矮小さに乾いた笑いが出る。惨め極まる三下、チンピラじゃないか。

 惨めでカッコ悪い。普段の自分とはかけ離れた表情が洗面台の鏡に浮かんでいる。

 逃げたい。逃げ出したくてしょうがないが、その選択を選ぶことは出来ない。

 震える体に力を籠める。幻の痛みを必死に我慢する。

 

「やるしかないんだ」

 

 Fランクの格下が挑むんじゃない。これは桐原静矢と言う恐怖に震える狩人が、化物を倒す戦いなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一人は愛を

一人は恐怖を

それぞれ同一人物に抱く。


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意地ー桐原静矢ー

『やあ、君が黒鉄一輝君かい? あの『落第騎士』の』

 

 かつて、心をへし折られ体は痛みに蝕まれて逃げる様に鬱憤をぶつけた。

 軽く足を蹴った。躓いてバランスを微かに崩した彼を笑った。

 痛みは消えない。

 誰も彼を助けないと言う事実は桐原の少しの罪悪感を消してくれた。

 大勢の前で彼を嘲笑い、中傷した。

 悪夢は消えること無く、桐原を苦しめた。

 

『そうやってたら、何時までも何もできないままじゃあ無いか』

 

 自分の事だろうが。

 

『そうだ決闘でもしてみるかい? 僕といい勝負をしたら先生も認めてくれるだろうさ』

 

 弓で彼の頭を叩いた。矢を射る事は出来なかった。あの戦い以降、戦いは出来るだけ避けた。固有霊装を構える度に手足が痛むから。

 攻撃手段が弓で叩いて足を引っ掛け転ばすくらいしか出来なかった。

 最後に気絶するくらい殴ろうとして廊下の角から石神円也が現れたので、逃げ帰った。

 桐原は思い出す。思えばあの頃もやり返そうとすれば出来たのだ。

 

「Aランクに勝利する化物」

 

 あれをマグレと思っている馬鹿共の胸ぐらを掴んでやりたい。じゃあ、お前はあの動きが出来るのかと。

 今日の今から自身はそれと戦わなければならない。

……憎んでるんだろうな。怒ってなきゃ可笑しいよな。

 棄権をして逃げることだって出来るだろう。桐原自身も本音を言えば今すぐにでも逃げ出したくてしょうがない。

 なのに、逃げようとしない。

 一年間、逃げた来た。逃げて逃げて諦めて避けて関係の無い他人に当たり散らして――――何の解決にもならない。

 

「踏み潰す」

 

 許されないなら、許されないまま進んでやる。勝って潰して意見を封殺してやる。

 プライドを捨てて、周囲の評価を投げ捨てて勝利をもぎ取ってやる。

 

「勝つんだ。勝てば問題ない」

 

 勝てるのか? と何度も自問してそれでも勝つ以外の手段なんて無い。

 控え室の椅子から立ち上がる。壁に付いている時計が試合の時間を示した。

 アナウンスが自身の名前を呼んでいる。その音が桐原には何処か遠くに聞こえた。

 試合会場へ向かおうと扉を開けた桐原の視界に飛び込んできたのは、複数人の女子。

 

「え……」

 

「あ、桐原君!!」

 

 桐原のガールフレンド達だ。手にはサンドイッチの入ったバケットを持っている。

 

「ごめんね。もう少し早く渡したかったんだけど上手くできなくて」

 

「あ……ああ、気にしないよ。ありがとう」

 

「負けないでね、桐原君。桐原君なら余裕だよ」

 

 言われ内心苦笑しながらサンドイッチを一つ口にする。

 

「後で、試合が終わったら食べるよ。それじゃ言ってくる」

 

 彼女達の声援を背に、桐原が会場へ入った。心なしか痛みは何時もより軽い。

 

 

 会場は思っていた以上に賑わっている。目当ては己か一輝か。 

 会場で実況が盛り上がる中で、桐原は対戦相手である黒鉄一輝を見据えていた。

 

「どうしたんだい? 心ここにあらずみたいだけど」

 

「いや、大丈夫だよ」

 

「元気が無いね? 化物は化物らしく堂々としてなよ」

 

「……そんなに僕が怖いのかい?」

 

 疑問からか、それとも挑発的な意図かは桐原には分からない。

 

「怖いさ。Aランクを倒した化物と戦うなんて今すぐ逃げ出したいよ」

 

 素直に答えた事が予想外だったのか、若干一輝が動揺を表情に出した。

 

「時間だ。これ以上は周囲から煽られるしね。『朧月』」

 

 己の固有霊装を展開し構えた。それに追いつくように一輝もまた固有霊装を展開する。

 

「来てくれ。『陰鉄』」

 

 周囲の歓声が一際大きくなった。

 

「それでは本日の第四試合、開始です!」

 

 試合の火ぶたが切られる。

 

 

「ああああああああ――――――!!!!」

 

 開始と同時だった。咆哮を上げた桐原が真下に向かって複数の矢を撃ち出した。

 巻き起こる爆風が周囲へと広がり一輝の視界から桐原が消える。

 

『おおっと!? どういうことだ桐原選手!? 消えたと言う事は『狩人の森(エリア・インビジブル)』を使ったのでしょうが、真下に矢を撃つとは一体!?』

 

『作戦の一つじゃねー、どんな作戦かは知らんけど』

 

 実況の月夜見と解説の西京の声を聴きながら、一輝は周囲を見る。当たり前だが『狩人の森』を発動した桐原を捉える事は出来ない。自身の全情報を遮断する完全なステルス迷彩。存在はしている、触れることも出来る。しかし、それを何のヒントも無しに見つけることは不可能だ。

 そして、一輝の中に生まれた違和感。桐原静矢のあんな必死な表情を見たことが無い。

 違和感を覚えたまま、控え室に居た時から狂い出したコンディション。頭に白い靄が掛かり、体と心が乖離したような浮遊感に包まれながら一輝は試合に臨んでいる。

 それでも状況は動く。視認する事が不可能になり深い森に消えた狩人は矢を番えた。

 死角から飛来する魔力の矢は一輝の背を貫く。

 

 「ハァ!」

 

 結果は違った。飛来する矢を一輝は『陰鉄』で打ち落とした。

 

『打ち落としたァ!! 黒鉄選手が視認不可能の一撃を止めたァ!!』

 

『それだけじゃあない。捉えてたみてーだな』

 

 矢が現れたなら、その場所に桐原は居る。

 角度、速度を割り出し逆算して場所を特定する、常人なら不可能な技能を一輝はやってのける。

 駆け出し姿を消した桐原に一太刀を見舞う。

 ――――その時、それは起こった。

 ドシュ。

 走る一輝の足を貫通し矢が飛び出した。矢じりが上を向いている。つまり、矢は上からでは無く下から放たれたということ。

 

「がぁあああ!?」

 

 駆け出した一輝が転ぶ。矢が杭の役割を果たし一輝の疾走を遮ったからだ。

 

『な、なんとぉぉぉ!? 黒鉄選手の足から矢が飛び出したァァァァ!? 一体どういうことだァァァ!?』

 

『あー、最初のアレか。視界遮るのじゃなくて地面に仕込んだって事か。矢が飛び出すトラップを』

 

 一輝は驚愕する。こんな技、桐原は一度も使っていない。

 

「試合はしない。狩人の二つ名の通り、君を、化け物を狩猟する」

 

 左方、何もない空間から矢が現れ一輝へと飛んでくる。

 

「くッ!」

 

 躱す、だがその動きは足を負傷した為か著しく精細を欠いている。

 飛び込むように躱した時だった。

 地面を下にしている右の脇腹へ目掛けて矢が飛び出した。

 一輝の腹を矢が貫き転がり吹き飛ばされる。

 

「ぐ、あぁ……」

 

……トラップ。戦い方がより狩人らしくなってる。

 構え、攻撃に備える行動をした所で気づく、

 

「攻撃が……止んだ?」

 

 

……痛い。

 四肢に響く痛みが酷くなってきた。試合をする度に痛みが酷くなってくる。

 石神円也とのトラウマを克服する事が出来ない。

 対戦相手を見る度に、石神円也を幻視してしまう。四肢に力が入らず矢を撃つのも苦痛になる。

……右足、それと腹部。このまま出血で気絶してくれればいい。

 そう願うがそう簡単にいかない。その程度で諦めるなら此処に黒鉄一輝は居ない。

 考え鳥肌が立つ。ああ、本当に怖くてしょうがない、と。

 

 

 試合は膠着した。開始から十分は経っただろうか。腹部と足からの出血が酷くなる中、会場が静まり返る。

 

『どういう事でしょうか? 黒鉄選手が攻撃に移れないと言うのは分かりますが、桐原選手も沈黙するとは』

 

『さあねぇ。状況見るに黒坊の失血による気絶狙いか。はたまた別の事情があるのか』

 

……どうしようも無いな。

 一輝にとってこの状況はかなり不味い。一輝の攻略法は矢の動き、勢いや位置を逆算して桐原の場所を割り出すと言うもの。だが、脇腹に撃たれて以降、攻撃そのものが止んでしまった。

 そう、攻撃されなければ攻略法そのものが使えない。

 こうなるとジリ貧に出血で追い詰められるだけだ。逆に動いても体力を、何より出血を早めるだけ。しかも、まだ残っている。試合開始と同時に地面に撃ち込まれた矢のトラップ。

……桐原君なら、嬲る様に攻撃してくると思ったんだけど。

 桐原の戦闘映像から今の戦い方が余りにもかけ離れている。

 彼の性格からは考えられない程に消極的な戦い方、獲物が弱るのを待つように、強大な怪物を傷つけて動かなくなるまで弱るのを待つ。しかし、それは今までよりも二つ名の『狩人』に相応しい戦い方だ。

 

「まだ、戦うのかい」

 

桐原の声が聞こえる。

 

「まあね。今此処で引き下がる訳には行かないんだ」

 

「だろうね。僕はね、黒鉄君。君の様にカッコ良く無い」

 

 唐突な告白に一輝の思考が停止する。この男は本当に桐原静矢なのか。

 

「君が此処で戦う理由を知っている。この戦いに君の人生が掛かっている事を知っている」

 

その上で、

 

「僕は君に勝ちたい。僕のつまらない理由で君の戦う理由を潰す」

 

「君の理由」

 

「逃げる為に戦うのさ、君から逃げる為に」

 

 その言葉終わると同時、刀一本分離れた距離に矢が現れた。反応は出来た。だが、体が思う様に動かない。

 足の傷と脇腹の出血によるダメージを誤魔化しきれなくなっているのだ。

 躱す事が出来ず腹を貫かれ、倒れ伏す。

……もう駄目なのか。

 攻略方法が無い。もし自分に才能があったなら。もし、自分がもっと騎士としての才能があったならもっと叩けたんじゃないのか。

 そんな後悔は捨てたつもりだった。心が何もできない無力に覆われてどうしようもなく弱音が心を蝕んだ。

 薄れる景色の中、一輝のその視界に色が映る。

 それは赤、燃え盛る炎の様な赤。

 

「ステラ……」

 

「何やってんよ!! 馬鹿イッキィィィイィィ!!!!」

 

 咆哮が闘技場を駆け抜ける。

 

 

 本当に何をしているんだ。姿が見えないのがなんだ。為す術がないからなんだ。

 たったそれだけの事で何で諦めているんだ。その程度で黒鉄一輝が諦める理由なんて無い。

 

「努力して努力して努力して、否定されても歯を喰いしばって諦めなかったのが黒鉄一輝でしょう!? たかが見えないだけで諦める? 情けない事してんじゃいわよ!! 私に勝って努力を、自分を信じて諦めなった強さを証明した黒鉄一輝は何処よ!?」 

 

 届け。緊張してる? 大舞台での不安? 知るか今すぐに克服しろ。一輝はこんなにも弱くない。

 

「アンタは私が惚れた大好きな騎士でしょうが!! 立て!! 立って戦って勝て!!」 

 

そうとも――――

 

「早く私の大好きな一輝に戻りなさいよこのバカァアァァアァ!!!!!!」

 

 その声が一輝の肉を心を熱くさせる。一輝は己の拳で顔面を殴りつけた。

 鈍い音が響いて、立ち上がったその表情から不安は消えていた。

 

「ステラ……ありがとう。そして、ごめん」

 

 かつて、否定された。魔導騎士の自分を父から母から家から、否定されて無い物として扱われた。

 己を肯定してくれる人。己の生きる道を肯定して進めと言ってくれる。

 祖父、黒鉄龍馬以外に居てくれた。沸き立つ高揚を抑えることが出来ない。

……此処で立たなきゃ何処で立つんだ!!

 

「おおおぉおおおぉおおお!!!!」

 

 吹き上がる蒼炎を一輝は燃焼させる。伐刀絶技『一刀修羅』が唸りを上げる。

 体に残る魔力を集め掻き出して、この一分に全てを掛ける。

 

「僕の最弱(さいきょう)を以って、君の最強を捕まえる。――――勝負だ、桐原君」

 

 

「あるわけねぇだろ、僕に、最強なんてッ!!」

 

 そんな物があるなら何故、こうして無様を晒している。

 手が震える。痛みが頭をトンカチで叩かれている様に響く。

 最強ならこの痛みは何だ。言ってみろよ化物と文句を言いたくなる。

 既に桐原は諦観していた。美人に活を入れられて立ち上がる。王道漫画みたいだなと考えながら、矢を放つ。

……ほら見ろ。

 矢は一輝の心臓を貫くことなくその手に捕まれていた。

 

「やっぱり、此処を狙ったね」

 

 意識が飛びそうなのに、何処か冷静に思考する事が出来た。二年前、石神円也と同じように掴まれた。

 

「捕まえたよ。そして、もう逃がしはしない」

 

 

『つ、掴んだァァァ!! なんと黒鉄選手、打ち落とすどころか掴んで止めた!! 宣言通りに桐原選手を捕まえたと言う事か!? 桐原選手の『狩人の森』は未だ健在であるのにも関わらず!?』

 

『ひゃははは!! おもしれぇー!! そうかそう来るかぁ!! なあ、おい!!』

 

 実況席より聞こえる西京の笑いがマイクを通して会場に響く。

 

『西京先生は、分かるんですか!?』

 

『分かるさ、黒坊は桐やんって言う人間を盗んだのさ。黒坊は前に練習試合でお姫様の剣技を盗んだ。剣技ってのはただ盗めば良いもんじゃないんだなーこれが』

 

 型を真似るだけでは剣技は盗めない。その技から、太刀筋からその剣技の歴史を紐解き理解して、それに至るまでの思想を汲み取り、その根幹の『理』を暴き出し己の物とする。

 

『それを人間に対してやるなんて、言っても出来るもんじゃねーけどやってみせた。愉快だなぁ、おい』

 

「桐原君が付けた傷、そして君との会話。それらから全力で君と言う人間を掌握する事で、君の場所を、君の思考を見抜く。人にも剣術にも最奥、行動の根幹を司る『理』が価値観が存在する」

 

 人間の行動から趣向から、言葉から辿り、見極め理解すれば、どう動くのか、何を考えているのか。

 あらゆる行動を理解する事が出来る。この『理』を思考回路の根幹に根差す『絶対価値観(アイデンティティ)』と言うなら、黒鉄一輝は桐原静矢の『絶対価値観』を掌握したと言う事。

 

「だから、分かる。君が今震えている事も。痛みを必死に我慢している事も」

 

「口を閉じろよ。糞不愉快だ」

 

 『狩人の森』が解かれた。

 

 

 見切られた以上は、『狩人の森』を使っていても意味は無い。解除してもしなくても同じ事だ。

 照魔鏡の様な観察眼に見られた。自身の何もかもを暴かれて、隠しておきたい事を暴かれて不愉快ならない人間など居ないだろう。

……ああ、石神円也の様な化物なら気にしなさそうだな。

 この思考も読まれているのだろうか。

 

「君の器は見切った。この勝負勝たせて貰う!!」

 

 一刀修羅による高速の疾走。それは唯己の牙を狩人に突き立てる為に。

……一撃で終わってくれよ。痛いのはもう嫌だ。まあ、無理か。

 もう十分だろう。負けて終わりだ。でも、相手が苛めた相手だ。ズタボロにされて激痛の中で苦しむのだろう。

 迫る一輝を追撃する気などない。諦めの中で笑おうとしたが、出来なかった。

 そんな気力も無い。

 

「……」

 

 声が聞こえた。ああ、誰の声だったか。

 

「桐原君、負けるな――――!!!!」

 

 彼女達だ。ガールフレンド達が応援してくれた。

 桐原の身体が自然と勝手に動いた。意識なんて無い。ただ無意識に。

 振り下ろされる一輝の太刀。

 それは当たらない筈だった。一輝も当てる気は無かった。桐原がこの一撃で負けを認めると読んでいたから。

 だがそれは、桐原の本来ならあり得ない行動によって結末が変わった。

 桐原の身体を切り裂いた。否、桐原が切り裂かれに行った。

 振り下ろされる一閃に肩を斬られ、斬撃は腹へと達し、止まった。

 

「……!?」

 

 切り裂かれる肉体を無視して桐原は一輝に抱き付いて、その手に隠し持っていた物を掴む。それはもう使う気が無かった鏃だ。それを一輝の背中へと突き刺した。

 

「確かに……負けられなくなるなぁ、応援って」

 

 呟き体重を一輝へと掛ける事で諸共地面へ倒れ込む。

 諦観に任せて勝利を諦めた桐原は、最後のトラップを発動させた。

 例え相手の心を読めようが、躱せないなら意味が無い。

 例え相手の『絶対価値観』を掌握しようが、それに対して動けるかはまた別の話。

 切り裂かれた右手は使い物にならないが、突き刺した鏃とそれを掴んだ左手は動く。

 後は体を腹に押し付けて挟む様に固定する。即席の抑え込みが一輝の動きを阻害した。

 地面から飛び出す鏃の数は十、桐原は自分諸共、一輝をそのトラップに飛び込ませたのだ。

 

「おあああああああああぁああぁあああああおおおああおぁおああ!!!!!」

 

 一輝の背を貫き、桐原を貫いて矢が天井へと飛んで、そして消えて無くなった。

 まさかの抵抗に会場に居た人間が息を飲み。その結果を見届ける。

 音が聞こえない。何も聞こえない。痛いような痛く無いような感覚の中に桐原はいた。

 

「……」

 

 自分の矢が喉を貫通した様だ。つくづく運が無い。肩と胴体を斬られ、喉に穴が開いてもう体は動かない。

 痛いが、あの時のダルマより痛くは無い。

……それでも立つかよ。この化物。

 腹に穴が開いても、最後の策に体を貫かれてもそれでも黒鉄一輝は立ち上がっていた。

 その目は桐原が恐れ嫌った闘争心にあふれた目だ。

……あんな目が僕にも出来ればなぁ。

 結果は変わったかな。そんな後悔を抱いたまま、桐原静矢は意識を落とす。

 それは敗北の証明。

 

 

 レフェリーの試合終了の声が響く。立っていたのは、黒鉄一輝。伏したのは桐原静矢。

 その勝利宣言を受けた一輝もまた桐原の様に倒れ込んだ。

 

『黒鉄選手も倒れ込んだ!! ってあの倒れ方ヤバくないですか!? 桐原選手はもっとヤバそうですけど!!』

 

『医療班急げ!! さっさとそいつらカプセルにぶちこめ。後、桐やんナイスファイト!! 期待して無かったが中々よかったぞー』

 

 医療班に運ばれる二人に寄り添う者達が居る。

 一輝にはステラが、桐原には彼のガールフレンド達が付き添い治療施設へと向かう。

 iSP再生槽がある以上、最悪の事態にはならないだろう。

 会場が慌ただしくなる中、一人椅子に座り考える男が一人。

 

「『絶対価値観』そう言うのもあるのか」

 

 腕を組み観客席で思考するのは、石神円也。

 

「それが俺にもあって、それはどんな物だろう。主観だと分かりづらいし」

 

 なら、聴いてみよう。そう言って円也は立ち上がる。

 誰よりも己を知る者に。己よりも己を知る人間に。すなわち生涯の宿敵に。

 

「どんな評価してくれんだろうなー、王馬は」

 

 円也は誰も見たことが無い程に爽やかに笑っていた。

 

 

「……ん……ぁ」

 

 意識が覚醒する。

 窓から差し込む光が顔に当たったせいで目が覚めたようだ。

 桐原は徐々に覚醒する意識は、声が普通に出る事に声を出した後に気付いた。

……IPS再生槽様々か。

 ミンチになっても治った経験があるのでこの程度なら直ぐ治ると言う事か。

 

「あ、桐原君が起きた!!」

 

 上半身を持ち上げれば彼のベッドの周囲に自分が目覚めた事を喜ぶガールフレンド達に囲まれる。

 

「大丈夫だった!?」

 

「怪我はもう大丈夫だよね?」

 

「最後凄かったよ!!」

 

 口々の心配や称賛を流しながら桐原は軽く頭を下げて謝罪した。

 

「カッコ悪い所、見せたね。ごめん」

 

「カッコ悪くないよ!!」

 

「そうだよ!!」

 

「次やれば絶対桐原君が勝つよ。……絶対に」

 

二度とやりたくないし、無理だろ。

愛想尽かされたと思いきや、逆に好感度が上がった事に首を傾げながらも、ベッドの隣に置いてあったバスケットを手に取る。

 

「負けたけど、君達が作ってくれたものだ。ちゃんと食べるよ」

 

 周囲が嬉しさを混じった悲鳴を上げる中、桐原はサンドイッチを口に運びながら思考する。

……負けた以上、けじめは必要か。

 サンドイッチを平らげ制服を羽織ると立ち上がる。

 目的地は、黒鉄一輝の休んでいる医務室だ。

 

 

 

 三回程ノックすると中から慌ただしい声が聴こえる。

……邪魔したかな。

 あの試合での応援を考えるとステラ・ヴァーリミオン皇女、彼女が黒鉄一輝に好意を持っている事は明らかであり、初戦突破で同室なのだから、

 

「色々やってたら気まずい所じゃないねぇ……」

 

 とは言え、明日や明後日にすれば意思が揺らぐ、今日の内でなかればならない。

 

「失礼するよ」

 

 医務室のドアを開けて、ベッドの方を見ればベッドの上で二人で対面で座る、一輝とステラが居る。

 

「桐原君?」

 

「アンタ何しに……ッ!!」

 

 一輝は疑問の声を、ステラは警戒の反応を示した。

 

「あ……っと、良い雰囲気の所申し訳ないね。済まないがステラさん、黒鉄君と二人で話をさせてくれないかな?」

 

「は? 何よそれそんなの……」

 

 承服出来ないと続けようとして、一輝がステラを止める。

 

「勿論、信用は出来ないだろうさ。だから、僕の周囲に炎を纏わせればいい。不審な動きをしたら、それで僕を燃やして良いよ」

 

 その提案に驚きの表情をステラは浮かべる一方で、一輝が声を出す。

 

「ステラ、悪いけど少し外へ出て貰えるかな。炎も要らないから」

 

「ちょっと、一輝!」

 

「大丈夫」

 

 話は纏まったらしい。ステラが外へ出る為に桐原の横を通る時、鋭い目で睨む。

 軽く震えながらも桐原の提案通り、部屋には一輝と桐原の二人だけだ。

 

「で、えっと、話って?」

 

 沈黙の後に、一輝が問いかけた。

 

「ああ、話って言うのは」

 

 桐原が動く。膝を付き、足を正座させると上半身は前に倒れ両手で床に付く。

 額を床へ軽くぶつける姿は土下座以外の何物でもなく桐原は一言、

 

「済まなかった」

 

「は……ぁ?」

 

 その姿、普段の桐原を知る者ならば呆気に取られて当たり前だった。

 

「許される事じゃない。こんなもので済む事じゃない事は解ってる。だけど、言わせてくれないか」

 

 ごめんなさい、と桐原が謝罪した。

 

「桐原君……」

 

「一年、君を貶めた。君を苛めた、謝罪をさせてくれ」

 

 悪い事だと解ってた。だけどやめる事が出来なかった己の弱さ。偽りの無い、謝罪を彼にしたかった。

 

「無論、斬られる覚悟はある。だけど、此処じゃなくて決闘で斬ってくれ。君が此処で斬ったらこの先が不味いから」

 

謹慎か、最悪代表戦の参加が取り消しになる可能性がある。だが、正式な決闘なら誰も文句を言わない。決闘なら一輝が桐原を斬り捨ててもそれは、唯の勝敗の結果だから。

 部屋に流れる沈黙を破ったのは一輝だった。

 

「……桐原君。あの一年は実を言うと辛かったよ」

 

「ああ」

 

「庇護何て無かったし、それこそ教師も殆どが敵だった」

 

「ああ」

 

 そんな状況、自分なら逃げ出すだろう。

 

「でも、今は違う。過去は辛かったけど、僕を僕として見てれる人が居る」

 

「彼女かい?」

 

 一輝の視線は扉の外へ向いて頷く。

 

「うん、そして僕は漸く目標へ向かって進むことが出来る。だから、桐原君……」

 

 もう気にしないと言おうとしたのだろう。だが、その言葉を紡ぐことは無かった。

 桐原自身が割り込んだからだ。

 

「駄目だ……君は僕を許すな」

 

「き、桐原君?」

 

「許したら駄目だ。絶対に」

 

 顔を上げた桐原が叫ぶ。

 

「謝罪はした。だけど、許すかどうかは別だろう!? 気にしてないとでも言おうとしたのか!? 嘘を付くな!! 腸が煮えくり返っている筈だ!! 君は何故怒らない!?」

 

 肩を掴み、桐原が続けた。

 

「もっと怒れよ!! 僕は君を傷つけたんだぞ!? もっと怒っていいんだよ、君は!!」 

 

 一輝の手首を掴み、

 

「殴れ!! 僕を殴ってみろ!! 恨みとか全部拳に込めて殴ってみろ!!」

 

「待って、僕は……」

 

「やれ!! 『落第騎士(ワーストワン)』!!」

 

 

 

 その一言で拳が放たれる。桐原の頬へ快音を響かせて。桐原が床を転がり壁へとぶつかる。

 反射的だった。そう言われて一輝は自身でも驚く程の力を込めて殴っていた。

 だが、どうだろう。桐原の言う通りでは無いのか。自分は本当に許せているのか。

 今の言葉が一輝の心を掛け巡る。体が熱くなるのを感じた。

 ……僕はもっと怒ってもいいのか。

 だって、苛められることなんて当たり前だ。自分はFランクだから、去年は実家の力が学園に及んでいたから。

 自分が冷遇される事が当たり前だと、そう思っていた一輝にその熱は戸惑い以外の何物でも無かった。

 

 

 

「イッキ!? って、えぇ?」

 

 扉が開きステラが入ってくるが部屋の中の状況に困惑し付いて行く事が出来ない。

 

「痛ってぇ……加減無いよなぁ、やっぱり」

 

「き、桐原君!! ご、ごめん」

 

「謝らなくていいよ。だけど、どうだ? やっぱり怒りがあるじゃないか」

 

 その言葉に一輝が己の拳を見る。何かを確かめる様に撫でて桐原を見る。

 

「もっと怒っていいんだよ。怒る時は許せない時はそんなもんだろう」

 

だから、

 

「僕を許すなよ。黒鉄一輝君」

 

 許されるべきじゃないのだ。何時か許される時が来るとしてもそれは今じゃない。

 もっと先の筈だ。もしかしたら一生許されないかもしれない。それでも良い。これは簡単に許される事じゃないのだから。

 

「……うん、わかったよ。桐原君、僕は……君を許さない」

 

「それでいい。うん、それがいい」

 

 過ちを犯した。他人を傷つけた。それは許されない事だ。だからこそ簡単に許される事じゃない。

 だけど、許され無くても、その間違いに気づくことが出来たのなら少しだけ生き方を変えても良いだろうか。 

 そうあろうと努力する事は許さなれいだろうか。

 桐原静矢はこの日から、少しずつ変わり始めた。他者に対する傲慢さが無くなり取っ付き安くなった。

 本当に許されるその日まで、良くあろうと正しくあろうと彼は考え行動し続ける。

 体を蝕む幻痛はもう消えていた。

 

 

「……それで許さなくていいから助けてくれないかな? 視界が洗濯機に放り込まれたみたいなんだ」

 

「あ、ご、ごめん。加減できなくて脳を揺さぶったのかも!!」

 

 ああ、やっぱり化物だ。とぼやっと考えながら桐原は視界が元に戻るのを待った。

 




気が付けば桐原君頑張ってた。


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怨恨ー綾辻絢瀬ー

 陽が落ち始めていた。空には雲は無く月と星が輝き、地上は文明の光で照らされている。

 街の一角、何処にでもある安さを売りにしている居酒屋。

 その店の内部、カウンターに二人の青年が座り飲食をしていた。

 

「だからさ王馬、俺の価値観ってどうな訳よ?」

 

「自分良ければ全て良し以外にあるのか?」

 

「うっわ!! ひっでぇ!! 事実だとしても面と向かって言う? 普通さー」

 

 笑う。彼を知る者が居たなら別人と思う程に生き生きとして、表情をコロコロ変えている。

 現・『七星剣王』、石神円也。

 それに対して表情を変えず、酒を飲みながら返すのは、王馬と呼ばれた和服の男。

 五年前、騎士連盟主催U-12世界大会を制した、黒鉄王馬本人である。

 七星剣王とかつてのリトルリーグ世界大会の勝者の二人。無論世間に顔が出回っている筈であるが、

 

「すいませーん。焼き鳥追加の三十本」

 

「酒を追加だ」

 

 片やよく食べる客、片やそれに付き合う不愛想な客と周囲の視線は、彼らを有名人として気づいている反応は無い。

 

「しかし、何をした? 周囲が俺達に騒がないのは有難いが」

 

「ん? ああ、こうやって認識ずらしと、死角に潜り込む技の複合で記憶に残りにくくしてるだけ。勿論、王馬にも掛けてるよ」

 

 こうこうと、身振り手振りで説明しているが、王馬には意味の解らない動きでしか無かったような表情をした。

 

「……一時間以上、馬鹿話をしながら続けていたのか?」

 

「まーね。久しぶりの王馬とのお喋りなんだよ? 周囲が五月蠅いと楽しくないし」

 

「そうか……」

 

「うん」

 

 会話が途切れ互いに視線を躱す。

 

「お前は何時だと思う? 俺は今にでも始めたいくらいだ」 

 

「そうだね。予想だと七星剣武祭の途中くらいかな? まあ、お互い初めてだしその日になるまでは確証は無いけどね……楽しみだよ、王馬との、己の宿敵との真剣勝負」

 

 確実に冬までには来るだろう。その時、円也は願いを成就させてみせる。

 

「やっぱり王馬と本当に会えて良かった。世界に絶望した割には希望ってあるもんだね」

 

「呑んでも無いのに酔ったか? だが、そうだな。お前に会えた事、それは」

 

 悪くないと小さく紡ぎ、王馬の口角が僅かに上がっていた。

 

「そうそう、そういや新技出来たんだよ。最終奥義って言うか、辿り着く場所への切符って言うかさ。まだ使えてないんだよね。模擬戦で使えば教師が五月蠅そうだし、邪魔されそうだし。俺が選抜戦に出てるのってそれを使って使用感を確かめる為なんだよ。鍛錬に使えるけど、実戦だと使ってみないと欠点も分からない。改良も出来やしない」

 

 まだ使えていない。既に学園での七星剣武祭への出場権を掛けた選抜戦。円也の対戦相手は悉くが棄権しているからだ。

対戦相手は円也の強さ、そして容赦の無さを三年間を通して知っている。だからこそ、誰もが戦いたくない。そしてある種の諦観を得ている。誰がどんなに凄くとも結局円也には勝てない、と。

 故に、石神円也は代表選抜戦の十戦全てを棄権による勝利で積み重ねていた。

 

「不憫だな。学生達も頂点がこれとは」

 

「自分良ければ全て良し、だからね」

 

 自信満々に返す。話題は次へと移り夜は更けていく。

 

 

 黒鉄一輝の周りはこの一ヶ月でかなり変化を遂げていた。『狩人』である桐原静矢を倒し、Fランクでありながらも、その強さを以て優れた異能を持つ騎士達を次々と倒すその姿を戸惑いながらも受け入れていた。

 無敗の九連勝。一輝は順調に実力で周囲を認めさせている。

 その中で一輝は今ある女性を指導していた。彼女の名は綾辻絢瀬。一週間ほど一輝をつけ回してストーカー行動をしていた。彼女はかつて『最後の侍(ラストサムライ)』と言われた非伐刀者の剣士、綾辻海斗の娘である。

 稀代の天才剣士であり、全盛期には数多の異能犯罪の鎮圧を成し遂げた逸話を持つ疑う余地の無い実力者だ。

 だが、非伐刀者でありながら強すぎる事が『魔導騎士』の不興を買ってしまい騎士の世界ではその名を知る者は少ない。

 そして、綾辻海斗は現在、試合中の事故で入院していると絢瀬の口から語られ、一人『綾辻一刀流』の修行をしているが、伸び悩んでいた。

 剣術を修める一輝の噂を聞いて、話し掛けようとしたが父を除いて話したことがある男性が子供の頃からいた門下生程度、他人である一輝に話し掛ける事が出来ずにその後一週間つけ回すと言う傍から見ればストーカー行為と言われても否定できない情けない状況であった。

 そんな絢瀬に呆れつつも彼女と彼女の父である綾辻海斗の使う、『綾辻一刀流』に興味を持った一輝は彼女の指導を請け負った。

 修行をしつつ、彼女の剣を観察しその伸び悩みの原因を突き止めた。

 性別の差による骨格、筋肉の違い。それにより発揮できる動きは違う。男性にとって最適な動きが、必ずしも女性にとって最適とは限らないのだ。だから、一輝は選択肢を絢瀬に与える。

 矯正を行うか否かを。矯正をすれば動きは劇的に変化を遂げる。だからこそ、父の剣である今の動きを窮屈に感じてしまい元に戻す事は出来ない、と。だが、彼女は葛藤しながらも強い決意を灯し、その矯正を願った。

 矯正自体、本人達は至って真面目であり真剣であったのだが、傍から見れば色々と誤解を招く行為であったので、矯正の途中で、散歩していた桐原が二度見して「おぉう……」と呟き軽く空を仰いだのは仕方ない事であったのかも知れない。

 その後、矯正は成功し絢瀬は見違える動きをして見せた。だが、喜ぶ彼女の隣で、彼の恋人であるステラが不機嫌になっていく。皇女である彼女もまだ十六、元服したとはいえ男女の間の感情に振り回されてしまうのも仕方のない事だった。原因である一輝が彼女の乙女心の機微を捉えきれていないのも多少は問題はあるかも知れないとしても。

 そして、疲労が蓄積し始めた頃、代表選抜戦で十勝目を上げた一輝は身体を休ませながらも出来る修行を行う為にプールへと足を運んだ。

 水に潜り浮かぶ。肺活量を鍛えながらも水の中で静かに己と向き合うと言う修行を行い、一輝とステラの恋路に進展があり、彼らは夕暮れにファミレスで食事を取っていた。

 

「おう……手前、綾瀬じゃねぇか」

 

 一輝が座る席の背後からドスの利いた声が絢瀬の名を呼んだ。

 絢瀬の表情が強張り、その眼に宿るのは憎悪と殺意。

 視線の先に居たのは身長百八十を超える長身の男。染めた髪にサングラス越しでも分かる猛獣の如き三白眼。

 何より特筆するのは、着崩した臙脂色と肌蹴た胸元から見える斬り刻まれた嗤う髑髏の刺青と肉体に走る裂傷の数だ。

 顔に、体に、手に、恐らく足にも付けられているであろう傷。全身を斬り刻まれたとしか思えないその姿に一輝も驚いた。

 店に入った時に見えていた禁煙席であるにも関わらず煙草を蒸かして騒いでいた集団の一人だ。傷は後姿だったので見ることが出来なかったが、真正面から見るとその姿は一輝の想像を超えていた。彼から感じる魔力を考えれば伐刀者である事は理解出来た。だが、このご時世、IPS再生槽に入れば大概の傷は回復できる。この男の様に全身に傷が残っているのは、何か理由があるのだろう。

 

「来ねえと思ったら、こんな所で会うとはな。……その目はまだ諦めちゃいねぇか」

 

 彼の背後から彼と一緒に居たアウトローの風体の男女が十人、一輝達のテーブルを囲む。

 

「あれ~? 絢瀬チャンじゃん。おひさ~」

 

「無視かよ? 傷付くんだけど~」

 

 ふざけた口調で絢瀬を囲む。絢瀬自身は顔を上げる事無く俯くだけ。

 囲んでいた一人が絢瀬に触れようとしたのを見て一輝は動いた。

 

「やめてくれないか? 彼女が嫌がっている」

 

「ああん? 何だ手前!!」

 

 胸ぐらを掴まれるが手を出す気はない。目の前のチンピラは下っ端。この中で相手にするのは唯一人、傷だらけの男だ。

 

「……おい、手を放してやれ」

 

「ああ? クラウ……」

 

 膨れ上がる殺気は一輝では無く、一輝を掴む傷の男の連れ。

……仲間にここまでの殺気を放つのか普通?

 胸ぐらを掴む手が震え、彼は一輝から手を離す。

 

「それでいい。俺の機嫌を損ねるなんて馬鹿な真似をしねえと信じてたぜ」

 

「あぁ……あ、当たり前だろ」

 

「わりぃな、ツレが粗相した。しかし何だ。こんな所で剣客と出会うたぁな。そっちの赤髪の女も相当だな」

 

 一輝とステラの二人を傷の男は交互に見た。

 

「経験値としちゃあ良いなぇ……そそるぜ」 

 

 ドカリ、と他の客が居るテーブルに座り、傷の男は当たり前の様に『固有霊装』を顕現させた。

……臙脂色の制服に固有霊装、貪狼学園か。

 破軍学園と同じ東京にある騎士学校『貪狼学園』の生徒でまず、間違いないだろう。

 傷の男の固有霊装は骨と鋸が融合したかの様な野太刀。男が二人に向ける闘志は既に臨界点まで高まっていた。

 

「やろうぜ? 俺は強くならなくちゃいけねぇんだ」

 

「断る」

 

 間髪入れず否定した一輝にグラサン越しに僅かに目を見開いた。

 

「あぁ?」

 

 この場で固有霊装を取り出し決闘をしようものなら、停学か退学か。どちらにしろ碌な結果にならない。

 

「……そうかい、そりゃつまんねぇな」

 

 テーブルに置いてあるコップを徐に掴み傷の男は握り絞めた。

 一輝はその卓越した観察眼で動きを見た。

 男はその握力で砕けたコップの破片を指で弾いたのだ。しかも、狙いは一輝やステラでは無く絢瀬。

 

「くぁ……ッ!!」

 

 一輝が手を伸ばし破片が腕に刺さる事で絢瀬への攻撃を防ぐことは出来た。

 

「イッキ!! こンのォアンタらぁ!!」

 

「待つんだステラ!!」

 

 魔力が溢れるステラに一輝は制止を求め、彼女の腕を掴む。

 

「破片が偶然飛んだだけだ。そう、偶然だ」

 

 周囲の喧騒が止まり、次の瞬間、傷の男の取り巻き達が笑い出す。

 

「「あっはははは!!」」

 

「怪我して痛いのかァ!! なー腰抜け」

 

「そんなにクラウドと戦いたくないからって、やだダサーい」

 

 嘲笑されるが一輝はそれらを無視した。一番の懸念事項はクラウドと呼ばれた男の動向。

 戦う意思の無い腰抜けを演じれば戦意は削げる筈だが、それでもお構い無しに仕掛けられたら今度こそ固有霊装を顕現させなければならない。

 

「まあ、それくらいにしないかい? 二人共」

 

 その声は突如現れた。

 一輝とステラの間。先程まで食事を取っていたテーブルに腰掛ける一人の破軍学園の制服を纏った小さな少年。

 

「やあ、貪狼学園エース『剣士殺し(ソードイーター)』倉敷蔵人君」

 

「誰だ手前」

 

「破軍学園生徒会副会長・御禊泡沫。以後よろしく。さて、これ以上うちの後輩を苛めるのは止めてくれないかな? 止めないならネットで君の悪名をもっと下劣かつ下等なモノに落とし込まなければならない。それこそ七星剣武祭に出られなくなる程に、ネ☆ 品位は大事だよ、そう思わんかね?」

 

「んだと、テメエ!! いきなり出て来て訳解んねぇこと言ってんじゃ……」

 

「無論、君達取り巻きの事も知っている。さて、学校は何処まで擁護してくれるかな? 普段の素行でたとえ冤罪であろうとも世間は信じるだろう。実益をもたらしてくれるエースは兎も角、成績も実力も無い。吠えるだけの馬鹿共を何処まで庇うだろうか? なあ、黒見健吾君?」

 

 取り巻きの一人の名前なのだろう。泡沫に吠えた不良があからさまに動揺した。

 

「まあ、去年うちの化物にズタボロのゴミ袋にされた貪狼のエースに価値があるかは知らないけどね☆」

 

 その泡沫の言葉に傷の男、蔵人が爆発的な殺気を撒き散らしたが直ぐに消す。

 

「……戦わねぇ、理詰め野郎か。不愉快だがそれ以上に興冷めだ」

 

 立ち上がり出口へと蔵人が向かう。

 

「お、おい待てよ。蔵人」

 

 外へ出ようとする蔵人に気が付き、取り巻き達が彼を追いかける。

 

「いやぁー、大丈夫だった? 可愛い後輩たちよ。あ、一人は同級生か」

 

「え、ええ、ありがとうございます」

 

「気にしない気にしない。偶々困った後輩を見つけただけだから気にしない。いやーしかし狂犬で有名な倉敷蔵人に絡まれるなんて運が無いねぇ」

 

 そう言って泡沫は一輝の怪我をした腕を掴み傷口を軽く撫でた。

 

「傷が!?」

 

 驚愕に目を見開いた。珠雫ですら治療にはもう少し時間がかかるだろう。だが、手を触れてなぞるだけの動作。

 僅か一秒にも満たない時間で傷そのものが消えた。

……治癒じゃない。

 御禊泡沫、二つ名は『観測不能(フィフティ/フィフティ)』。その不明瞭さに驚愕する一輝に彼は微笑んだ。

 

 

「治してあげたよ。おまじないと言うか、僕の能力だけど」

 

ドヤ顔で答えテーブルから泡沫は降りた。

 

「しかし、君で良かったよ。黒鉄君。これがあの人外馬鹿だったら問答無用の殺し合いだろうねー……ま、そんな事は有り得ないけど。だって、アイツ朝から姿見えないし」

 

 そう言って、その表情のまま泡沫が止まった。

 何事かと、彼の視線を辿ってみれば蔵人とその背後には彼の取り巻きが居て、入口で止まっていた。

 彼らの前に居る人物、あ、とステラが声を上げる。

 

「エンヤさんだ」

 

 

 入り口は気温が急激に冷え込んでいるかのような冷たさと静寂が生み出されていた。

 それらは全て倉敷蔵人より発される。彼らの取り巻きは先程、一輝達に絡んでいた時とは違い、怯え震えて固まるしか出来ない。

 

「……? あのー店員さんですか? 一名なんですけど。あ、禁煙席で」

 

 その空気をぶち壊す様に円也は蔵人にこの場において完全な見当違いの質問をぶつけて来た。

 気温が更に下がったような雰囲気を取り巻きが感じ、蔵人が爆発する。

 

「はっはははははははははははははははァアアアァアアア――――――――!!!!!!」

 

 笑いと雄叫びが一つになったかのような声が店内に響く。

 怒り、憎悪に歓喜を混ぜたが如き、咆哮の後、蔵人は笑う。

 

「久しぶりだなぁ!! 石神円也ァアアアァアアア!!」

 

 固有霊装を顕現させて斬り掛かる蔵人に対して円也は首を傾げて問うた。

 

「最近の店員さんって物騒過ぎない? 何? 対強盗強化月間?」

 

「死ねやァアアアァアアア――――――ッッッ!!!!」

 

 野太刀が円也の脳天に振り下ろされ、それを半身で避けて後方へ。ファミレスのガラスの扉を割りながら外へと跳躍した。

 破壊された入り口から骨の刀身が蛇の如く唸り、円也を追う。

 蔵人の獲物に距離など意味が無い、持ち主の意思の儘に伸びて、曲がり襲い掛かる。その風切る唸り声は持ち主の殺意を刀身に乗せたが如く凶悪に殺せと叫ぶ。

 飛来する刀身を円也は避ける。蛇の如き動きを見せる変幻自在の刀身の動きを認識してから避けている。

 故に、回避行動は最小限に伸びる刀身の先端を掴み動きを止めた。

 

「店員に襲われるのは人生初めてだ」

 

 どうしたものか、と考えていると背後から近づく良く知る気配が一つ。

 そのまま円也に抱き付いた。

 

「円也君、それくらいにして帰りますよ。付き合う義理もありませんし」

 

「カナタ?」

 

 問いに頷いたカナタの顔が肩に乗る。

 

「馬鹿人外!! カナタ抱っこして学園に帰れ!!」

 

 ファミレスから飛んで来た泡沫の声に反応して円也は予備動作無しに跳躍した。

 跳躍距離は優に百を超え、ビルの上へと向かって跳んで行く。

 重力に逆らい空を跳ぶ中で、カナタを抱っこして近くのビルの屋上へ着地すると、再び空へと身を投げる。

 

「ファミレスって最近あんな店員ばっか?」

 

「円也君、彼は貪狼学園の倉敷蔵人です。覚えてません? 去年の七星剣武祭で戦ってますよ」

 

 カナタの答えに円也はビルとビルの間を跳びながら、特に考えること無く、

 

「覚えてないなぁ。特に覚える必要のある人間も居なかったし」

 

 

「石神ィ石神ィ……ッ! 何処だ……何処だぁあああぁぁぁ――――!!!!!!」

 

 消えた? 何処だ? 手前は何処に居る。

 走る。繁華街のライトが照らす街を殺意を撒き散らしながら蔵人は駆け抜ける。進路を塞ぐ人を突き飛ばし唯人ひたすらに円也を追う。

 

「俺は此処だ!! 出て来やがれ!! 逃げんじゃねぇ戦え!!」

 

 お前の敵は此処に居る!!!! その咆哮は繁華街が照らす夜の中に虚しく消えて行った。

 

 

「最っ悪のタイミングで来るんじゃねぇよ。あの人外、人でなしがぁ……」

 

 膝を曲げて頭を垂れてドスの利いた声を出しながら全身から負のオーラを垂れ流す泡沫の姿はつい先程、ドヤ顔だった彼とは思えないほど変わり果てている。

 

「えっと、絢瀬さん。かなり大事になったけど、あの柄の悪い連中と何かあったの?」

 

 先程、連中へ向けた憎悪と殺意は普通では無い。和やかとはかけ離れた関係性であるのはまず間違いが無い。

 

「僕達に何か力になれる事は無いかな?」

 

 それは純粋な好意。友人としての言葉。

 その言葉に躊躇い口を開こうとした絢瀬と一輝に電子音が届く。

 生徒手帳から聴こえるそれは、一つしか思い付かなかった。

 送信者の名前は――――『選抜戦実行委員会』

 対戦相手の名前は、一輝の知らない名前だった。学年は二年。

 生徒手帳を仕舞い、顔を上げた一輝の眼に飛び込んできたには、蒼白どころか土色に変化した絢瀬。

 

「絢瀬さん?」

 

「……嘘だ」

 

 ステラが声を掛けるが、その声を絢瀬は無視してフラフラとまるで幽鬼のよう店から出て行ってしまった。ポケットへの入れ方が甘かったのだろう、生徒手帳を落とした事にも気が付かずに。

 一輝はそれを拾った。スリープモードにはならず電源はまだ付いている。

 絢瀬にも同じく『選抜戦実行員会』から連絡が来ていたのだ。

 

「イッキどうしたの?」

 

 内容を確認して、無言のままステラへ見せた。

 

『綾辻絢瀬様の選抜戦第十一試合の相手は、三年三組・石神円也様に決定しました』

 




絢瀬さん難易度ルナティック突入(なお、本人の意思では無い


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新技ー石神円也ー

 選抜戦が行われる破軍学園中の話題は、『落第騎士』でも無く、『雷切』でも無く、二つ名も無い無名の生徒、綾辻絢瀬だった。

 石神円也と試合をするからだ。しかも選抜戦は『幻想形態』では無く、『実像形態』による実戦。命の危険もあり得るこの試合で石神円也と戦うなど、彼の実力を否、容赦の無さを知る者なら例外を除いて戦いたいとは思わない。

 だが、その中で無名の女生徒が試合に臨む。だからこそ学園の殆どが戦慄する。

 具体的に、無謀だと考えるのが九割、そしてAランクに勝利したFランクと言う例外がこの学園にいるなら彼女も、と一抹の希望を持つのが一割だ。

 十一試合の日、石神円也と綾辻絢瀬の試合会場にはかなりの人数が集まっていた。

 普段なら、会場に入ろうとしない三年も会場の中にいる。何故なら、学園長である新宮寺黒乃と臨時講師である西京寧々がいるからだ。

 会場の警備としてこれ程頼もしい二人は居ない。そして、この試合二人もまた注目していた。

 

「本当にいいんだな?」

 

「ええ、お願いします。先生方」

 

 黒乃と西京は円也の控室に居た。二人を円也が呼び出した理由は、試合会場に仕掛けられたモノについてだ。

 

「いやぁ朝っぱらから試合会場で何か剣を振り回してる姿が在ったんで多分何かの仕掛けですね、アレ」

 

「つーか、何でお前は朝っぱらから試合会場に居るんだよ?」

 

「日課の散歩ですよ。ついでに試合会場を下見したら何かいるから観察してたんですよ」

 

 ため息を吐く黒乃は円也に尋ねた。

 

「何故だ? 何故反則を許容する? このまま不戦勝にする事も出来る」

 

「個人的な勝手な事情ですよ。別に彼女に何かあるとかではなく、兎に角この試合を中止にさせたくないんです」

 

 円也は彼女が何故反則行為を働いたのか、何故、そこまでして勝とうとしているのか知らない。知る気も無い。

 唯、漸く新技を試せるのだ。この試合が彼女のせいで反則負け、なんて事になったらせっかくの機会が失われてしまう。そんな本当に自分本位の理由だった。

 

「分かった。対戦相手が反則を認識して容認するなら何も言わん。だが、相手が勝利しても文句ないな?」

 

「ええ、何も言いませんよ」

 

 その言葉に頭を押さえる黒乃と面白そうに笑う西京。

 時計を見れば試合の時間だった。

 

「じゃ、行ってきます」

 

 さあ、存分に試すとしよう。

 

 

 勝てる気がしない。勝たなきゃいけないのに勝ち筋が一切見えてこない。

 道場を取り返す為に、そして愛した父の仇を取らなければいけないのに、蔵人と戦うには完膚無きまでに蔵人が負けた相手、七星剣王である石神円也に勝たなければいけない。

……何だよそれ、意味わかんないよ。

 父がいつも言っていた、礼節を重んじ誇らしくあれと、力に溺れて暴力に走るなと。

 だが、父はその暴力に破れた。

 あの二年前の梅雨の日、倉敷蔵人は『綾辻一刀流』に道場破りとして現れた。看板を賭けて決闘を求めて。その決闘を一度は海斗は断った。『綾辻一刀流』は守る為の剣で力を誇示する為の剣ではないから。

 その翌日の事だ。海斗を実の父の様に慕い、絢瀬自身も慕っていた門下生達を蔵人は襲撃した。

 殆どの者が入院し、酷い者は二度と腕が戻らないと診断され、塾頭であり兄弟子である菅原自身もその瞳に恐怖と絶望を宿していた。何よりも、何年も修行して来た自分達の剣技が魔力も使わないチンピラに敗れた事が心に傷を付けた。

 そんな風に簡単に人を傷つける男は、その直後に海斗達の前に現れて再び試合を求めて来た。

 父は負けた。試合は優勢だった。だが、心臓の病気と数年間剣を握っていなかった衰え、何よりも蔵人の理解する事の出来なかった理外の動きによって父は敗北を喫した。

 何よりもそれに対して何も出来なかった自分の力の無さが悔しくてしょうがない。

 父の仇を討つ事が出来ず、道場を取り返す事も出来ず、二年間ただ這いつくばる事しか出来なかった。

 今ではまともに相手もされず門前払いの有様だ。

 

『すまない』

 

 倒れ伏す父が呟いた謝罪の言葉が絢瀬の胸を苦しめる。 

 もう一度蔵人と戦うには七星剣武祭に出場するしかない。必ず蔵人は出場する。

 手段なんて選んでる場合じゃない。何としても七星剣武祭に出なければいけないのに、

 

「何で……七星剣王なんだよぉ……ッ! 僕は、僕は……」

 

 勝たなきゃいけないのに。

 どんな手を使っても、だ。しかし、そのどんな手が果たして通じる相手だろうか。

 

 

「あれ、桐原君」

 

 絢瀬の試合を見る為に、会場へ入ろうとする一輝はステラ、珠雫、有栖院と共に会場に向かっていると、会場の方から桐原が戻って来た。

 

「ん……黒鉄君か。まさか試合を見に行くのか?」

 

「そうだけど……桐原君は見ないのかい?」

 

 その問いに桐原は、諦めを含んだ表情で答えた。

 

「試合なら見に行くさ。試合ならね。悪いけど一方的な蹂躙を見る趣味は無いよ」

 

「蹂躙って……石神先輩もそこまで」

 

「そう見えるが正しいかな。誰であろうと全力で潰しに来る。聞こえはいいよ。油断する事無く相手に対して全力でぶつかり合うって行為は。だけどさ、唯の子供と大人の伐刀者が全力で戦うって行為は正々堂々、真っ当な、見てて気持ちのいい試合か? 実力が隔絶し過ぎると一方的な蹂躙にしかならないよ」

 

 一輝はその言葉に反論する事は出来なかった。絢瀬と円也の実力は一輝の観察眼が残酷な程に一輝自身に告げている。

 反論が無い事を確認して一輝の横を通り過ぎて桐原は学園の方へ歩いて行く。

 

「イッキ……」

 

「行こう」

 

 試合が始まる。

 

 

『お待たせいたしましたー! 時間になりましたので本日、此処、第六訓練場・第一試合を始めまーす! 実況は私、放送部三年の磯貝が、解説は一年一組担当の折木有里先生が務めます!! よろしくお願いしますね、折木先生、今日は気分が良いみたいですが』

 

『うん、まだ第一試合だし~。でも、試合次第では口以外からも出血しそうかな~? ほらぴゅーっと』

 

『血飛沫が予告された所で、会場の皆様お待ちかねの選手入場です!!』

 

 放送部の女子のアナウンスで二人の選手が左右から入場した。

 

『青コーナーより入場したのは、皆様ご存じ、七星剣王にしてAランク騎士、破軍学園序列第一位、石神円也選手です!! 此処までの十戦全てを相手選手の棄権により勝利して来たので、今回が初の試合となります。なお、今回は特別に、新宮寺理事長と西京先生が特別に警護に回っておりますので石神選手による万が一の被害は防がれるでしょう』

 

 ざわめきが会場を包む中、円也は何時もと変わらぬ表情で位置に付く。

 

『皆、動揺してるね~?』

 

『彼がこの試合会場に立つ事自体が意外だったからでしょうね。私も石神選手はこのまま戦わずに予選突破と思っていましたから。さて、注目するのは対戦相手!! 赤コーナーから入場するのは十戦十勝のDランク騎士、三年・綾辻絢瀬選手です!!』

 

 黒い髪を会場の風に靡かせた絢瀬が姿を現して開始位置へと向かう。

 

『綾辻選手は今時珍しい『剣術家』であり、今までの試合は剣術のみで勝ち進んでいます。今大会に協力してくれている『破軍学園壁新聞部』の日下部加々美さんからの情報によると、あの黒鉄一輝選手より剣術のレクチャーを受けているとの事です。Aランク騎士であるステラ選手を倒した実力を持つ、黒鉄選手の弟子ならばこの試合にも大きな波が訪れる事が期待出来ますね』

 

『彼女はどんな伐刀者なのかな~?』

 

『綾辻選手ですが、去年も含めて公式試合に一度も出場してないのでデータが殆ど無いと言う状況です。伐刀絶技も不明ですので、この試合でどのように機能するのか不明です! さあ、両者が開始位置に付きました!』 

 

 

 リングは直径百メートル。中央で向かい合う円也との距離は二十メートル程。

 円也の表情に力は入っていない、むしろ何処か楽しそうに感じられた。

 罠を張った。自身の能力は表向き知られていないからこそ、気づかれにくい。

 後はこれに円也が嵌るかどうか。

 時間はかけられない。短期決戦で全てを決める。

 父の為に。道場の為に。門下生達の無念の為に。

……勝つんだ。たとえ相手が七星剣王だとしても。

 たとえ、正道から踏み外した道だとしても。

 

『それでは皆さんご唱和下さい。――――LET’S GO AHEAD!!!!』

 

 ブザーが鳴る。絢瀬が日本刀型の固有霊装『緋爪』を展開する中、円也は『雪月桜花』を展開する事も無くその場に佇んでいた。

……動かない? 作戦?

 絢瀬が動揺する中で、円也は徐に歩き出した。固有霊装は展開していない。

……罠? それでも。

 無防備に近づいて来るなら自らの罠に掛けるだけだ。絢瀬の霊装『緋爪』の刀身が赤く光る。

 

「いけ!!」

 

 次の瞬間、円也の全身から血液が噴き出した。

 

『な、ななななななんと――――!? 石神選手の肉体が滅多斬りになったぁぁぁぁぁ!? 何が起こったと言うのかァァァァァァ!!!! そして何で霊装を展開しないのか!?』

 

 実況と共に会場がざわつき始めた。あの石神円也に傷を付けた事実に皆が驚愕しているからだ。

 

『おい、これいけるんじゃないか?』

 

『いや待て、あの石神が簡単に終わるとは思えん』

 

 絢瀬の固有霊装『緋爪』の能力は、『『緋爪』の刀身による刀傷を開く』事だ。

 相手に使えば太刀傷を自由自在に開いてどんな小さなものでも重傷化することが出来る。そう、人間相手ならば。

……空間に使えば『緋爪』が斬った大気の傷痕を任意で開く事で真空の刃を発生させることが出来るんだ。

 これが絢瀬の伐刀絶技『風の爪痕』。

 試合が始まる前、明け方にこの第六訓練場の空間に傷を付けていた。その数は二百に達する。この試合会場は既に絢瀬が任意で発動できる見えない地雷が至る所に置かれていると言う事だ。

 完全な反則行為だ。試合前にステージに罠を掛ければルール違反で退場となる。

……折木先生も、理事長先生も西京先生も止めてないなら。

 いける。なにより今の攻撃を無防備に喰らった円也は倒れはして無いが力が抜けたかの様に両腕と頭を下げている。

 Aランクの騎士の豊富な魔力による防御すらせずに直に今の攻撃を受けたと言う事。

……低ランクだからって舐めすぎだよ。

 『風の爪痕』は『緋爪』の能力の副産物で生まれた物だ。殺傷力は高くないが機動性を無くせば、一撃を入れる事が可能になる。その一撃で十分だ。後は『緋爪』で付けた傷を一気に開けば絢瀬の勝利は決まる。

 動かない円也に警戒を緩めず、されど勝利の為に絢瀬は疾走した。

 円也は動かない。

 接近する中で、絢瀬もまた違和感を感じずにはいられない。

……何故動かない!?

 既に絢瀬の攻撃範囲だ。此処で攻撃すれば良い。だからこそ、迷いが出る。

 こんな簡単に倒せるのが七星剣王なのか? 心に生まれた違和感が蝕み始めるが引くことは出来ない。

 

「ハァ!!」

 

 たとえ罠だとしても一撃を入れればいい。絢瀬が『緋爪』で円也を斬る。

 鮮血が舞った。流れた血液は円也の物。円也は抵抗することなくその一撃を受けて肩からバッサリと傷痕が作られる。

 間髪入れず絢瀬は能力を発動した。刀身が赤く光ると同時に円也に付けた傷痕が広がって行く。

 フィールドに赤い水溜りが円也の身体を伝って作られていく。

 

『な……!? えッ!? い、石神選手!! 無防備に攻撃を受けたァァァァァァ!? どどどどういうことでしょうか!? な、なにが起こって!?』

 

『私も分からないな~? 石神君の調子が悪いじゃ片付かないね、これは』

 

 絢瀬自身も分からない。こんなにも簡単に、こんなにも容易く勝てる程甘くは無い。勝っている筈だ。有利なのは此方だ。そう言い聞かせるがその言葉に自信を持つことが出来ない。一切の攻撃を行っていないのに、まるで此方が追いつめられているかの様に――――そして、円也が顔を上げた。笑っている。

 

 

 刀で付けられた傷が広がって行く。一方で刀以外で付けられた傷が広がっていないと言う事は、傷が広がるのは刀で傷付けられた時だけ。

 幸運だと思った。回復能力も試す事が出来る。

 

「さあ、始めよう」

 

 使わずに体内で止めていた魔力を循環させる。頂点から爪の先まで莫大な魔力を加速させていく。

 

「身体機能強化開始」

 

 円也の身体から白い魔力が零れた。それは雪の様に宙を舞い、そして消えていく。

 肉体に傷つけられた傷が急速に消えていく。

 

「う、嘘だ……何で」

 

 絢瀬が信じられないような声で呟く。『緋爪』で直接傷つけた傷が見る見るうちに修復されているからだ。

 

「ボクの『緋爪』で傷つけた傷は際限なく広がる筈なのに!!」

 

「なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――――」

 

 その答えに絢瀬は言葉すら失い、恐怖が心を侵食し始める。

 

「この傷の速度を凌駕する事は余裕か」

 

 呟くように言って円也が足を屈めると足元に亀裂が入る。

 

「黒鉄君の『一刀修羅』を俺専用に作った。魔力のリミッターを破壊し、魔力を循環させ続け肉体のあらゆる機能を倒れるまで強化し続ける(・・・・・・・・・・・)

 

 名づけるならば、

 

「『羅睺(らごう)』」

 

 

 黒鉄一輝がステラ・ヴァーリミオンに勝利した要因は幾つかあるが、彼自身の血反吐を吐くような努力による剣術は元より、やはり伐刀絶技『一刀修羅』は外す事が出来ないだろう。

 Fランクの魔力しかない彼がAランクの魔力防御を突破する事が出来たのもこの能力によるものだ。

 己の生存本能を意図的に破壊して、たった一分間に使い尽くす事で最弱と言われる『身体能力倍加』を何十倍もの強化倍率に引き上げる。

 ならば、一輝よりも才能がある騎士がそれを使えたなら? 七星剣王に上り詰める怪物と揶揄される騎士の能力が一輝の『一刀修羅』を再現できるものであったなら。

 その答えが此処にある。

 初動の強化倍率凡そ五百倍(・・・)

 踏みしめて地面を蹴ると言う動作による衝撃に床が耐えきれず、一気に広がる破壊の波は円也の後方にある床の全てを吹き飛ばした。

 床を一歩踏みしめるごとに地が揺れる。音速超過の動きに魔力防御をした肉体ですら耐えきれずに悲鳴を上げ始め、肉体が自壊を始めるが肉体の治癒能力もまた限界を超えて稼働させることで破壊を上回る再生で肉体を維持していた。

 刹那と表現しても良い時間の中で、円也が拳を絢瀬の懐に撃ちこんだ。

 霊装が無くとも魔力防御さえ突破する事が出来れば、伐刀者にダメージを与える事が出来る。桐原静谷がいい例だ。彼の固有霊装はあくまでも弓型であり、攻撃に使う矢では無い。矢は魔力によって作られた物。ならば拳に圧縮された魔力と全身を高速循環させている魔力を加速に使い放つ、さながら人間砲撃に絢瀬の魔力防御は容易に突破されその肉体に純粋な破壊が刻み込まれる。

 絢瀬は一撃に反応することは出来ない。脳が反応するまでの時間に達していないからだ。

 仮に反応出来ても拒否する程の激痛に思考が放棄される。

 音よりも速く、紙の様に吹き飛ばされる絢瀬に円也は追撃を開始した。

 吹き飛ばされていく絢瀬よりも速い加速によって追い付きさらに腹部へ一撃を見舞う。

 間髪入れず放たれる二つ目の衝撃が絢瀬を壊していく。

 さらなる追撃で飛んで行く絢瀬を追い越し彼女よりも先に彼女が叩き付けられる着弾地点から絢瀬に向かって走り出す。

 移動するだけで破壊を生み出す加速によって全身から先程絢瀬に付けられた傷の比では無い出血が起こるが円也は気にも留めない。

 加速の乗ったトドメの蹴りは、くの字で飛ぶ絢瀬の背中に直撃し前後から叩き込まれる過剰攻撃により絢瀬の肉体はついに限界を迎え、弾け飛ぶ事になった。

 此処に来て漸く最初の踏みしめた際に起こった破壊に会場の者達が反応する時間に至った。

 

『な!? え!? きゃああああああぁあああああ!!!!』

 

 吹き上がる爆風に顔を覆う者達の中で、黒乃と西京が真っ先に動いた。

 黒乃は破壊による観客席の被害と、そして絢瀬の肉体の時間を止めることで生命の保護を。

 そして、西京は円也へと向かい絶句した。

 円也の肉体が壊れている。出血どころか皮膚が無いのは当たり前で筋肉がむき出しで、絢瀬に撃ちこんだ足は骨が見える程に。

 

「おま……」

 

「回復するんで大丈夫です。それよりも」

 

 周囲が騒がしくなる。壊れた訓練場よりもはじけ飛んだ絢瀬の肉体と円也の肉体の損傷具合を見てしまった事による悲鳴だ。

 

「俺の勝ちですよね」

 

 血に濡れる円也が微笑みながらそう言った。




戦闘より自壊のダメージが大きいと言う罠。

お気に入り二千超えました。ありがとうございます!!



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