涼ちゃんとさみ姉 (まさとう)
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涼ちゃんとサミ姉と夕張さん

 

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姉妹艦とは言っても実際に姉妹である艦娘は割と少ない。まして、艦娘になった時の年齢や、着任順がバラバラで、1番艦より2番艦の方が年上で先輩なんてことも普通にあるくらいだ。あたしとサミ姉はそんな中でもマイノリティな存在で、艦娘になる前からの本当の姉妹だ。サミ姉のことはもう、だいたいなんでも知っているしサミ姉も、あたしのことはだいたいわかっているんだろうと思っている。

子供のころからずっと一緒だったのだから。

 

鎮守府内で白露型駆逐艦五月雨はだいたいこんな印象でみられている。

 

頑張り屋・元気・清楚・天使・ドジっ子

 

鎮守府の寮であたしたちは二人部屋で一緒に暮らしている。

 

頑張り屋?

 

元気?

 

清楚?

 

天使?!(W)

 

 

目の前にいるサミ姉は畳にうつ伏せにねっころがって、ちゃぶ台のわきで洋菓子をもごもご食っていた。

 

『サミ姉、座って食え。狭いんだからねっころがんな。』

『涼ちゃーん』

 

サミ姉はそのまま匍匐前進してきて、ちゃぶ台を向かいに足をたたんで座っているあたしの膝に顎をのせて、もごもごしながら背中に手を回す。

あたしは黙ってお茶をすすった。少しぬるくなったお茶はほのかに甘かった。

『涼ちゃんお膝ぬくい~』

サミ姉があたしの膝にすりすりしながら足をバタバタし出した時、その足がちゃぶ台に当たった。

サミ姉の湯飲みが倒れてお茶をぶちまけ、そのまま転がってお茶と共にサミ姉のスカートの尻のあたりに落下した。

 

『きゃーーーーー!!』

『わーーーーーー!!』

 

ドジっ子しか合ってないだろ。

お茶ぬるくなってて良かった。

 

 

 

 

どんよりとした曇り空の午後。寮舎内の共用食堂は食事をする艦娘達も一段落して、人もまばらだった。湿度が若干高めなのか、空気の肌触りに少しの不快感がある。

隣にサミ姉、対面に軽巡洋艦の夕張が座っている。

あたし達は一番奥の6人掛けテーブルを3人で占有していて、傍目からはおそらく3人で楽し気に談笑しているように見えただろう。

降り出しそうな窓の外とは裏腹に、サミ姉と夕張は楽しそうだ。

 

いきさつを話すと特に長くない。

 

『五月雨ちゃん!坂角のえびせんあるんだけど、食堂でお茶しない?』

『わーい!やったー!!』

 

2行で終わりだ。ちなみにあたしは誘われてなかった様だが、なんの躊躇もなくサミ姉があたしの手を引いて、夕張についていくので特に抵抗もしなかった。夕張はというと、あたしがくっついてきてるのに、気づいているのかどうなのか、なんかぎくしゃくした風にして前を歩いていた。

 

飲み物は夕張が食堂の自販機でブリックを買ってくれた。あたしはフルーツオレで、サミ姉と夕張がイチゴオレ。お茶と言いつつお茶ではないところは言っちゃダメ。

 

大規模な作戦を先週終えたばかりの鎮守府は、その達成感も冷めてきた頃で全体にけだるい雰囲気が漂っている。資源や資材もかなり消費したため、出撃も控えめなのでなおさらだ。

 

『夕張さんと仲良しになったのー』

先週作戦が終わった頃サミ姉がそう言った。とても嬉しそうに。

作戦中からちょくちょく工廠にいってるなーとは思っていたが、装備の改修に関して夕張に相談していたようだ。

その甲斐あってかサミ姉は、前回の作戦最終海域でボス撃破こそかなわなかったが、夜戦で1隻残ったボスの随伴艦を撃破して北上のボス撃破をアシストした。

かなり良い戦果を挙げたわけだ。帰投後ふたりは飛び上がって喜んだ。

 

とまぁ、表向きそんないきさつらしいがだがしかし、あたしは知っている。

夕張はずっと以前からサミ姉を狙っていた。

夕張はずっとサミ姉を見ていた。すっごくいやらしい目で見ていた。

目は血走っていたし息も粗くてはぁはぁいっていた。かどうかは夕張の近くで観察してたわけじゃないからわからないが、たぶんそんなに間違ってはいない、と思う。

 

『すっ、涼風ちゃんはおせんべいぃあんまりすきじゃ、ないのかな?』

『え・・・』

 

夕張が上気した顔を向けて、いきなりこっちにふってきた。おっと、おっと

 

『あたいかい?おせんべいは大好ききさー!でもなんかずいぶん高価そうなおせんべいだからなー、なんかあたいが食うともったいない気がしてー』

ハハハハーっと笑うあたしをみてサミ姉が目を丸くしている(元々丸っこいが)

『えー、おいしいよー涼ちゃん、コレすっごいおいしいよー・・・って?』

サミ姉が夕張に向き直る。

『高価いものなんですか?』

『いやいやいや、遠慮するほど高価いものじゃないよー。すっ、涼風ちゃんも食べてね。』

『あー、じゃまー遠慮なくー』

小分けになっている袋を一個とって封を切る。エビの香ばしい香りがふわっと立ってきた。

パリっと齧る。

あ、めちゃうま・・・・

『なんだコレ!うまーーーーーい!!』

『でしょー?』

『もっと食べて、食べて』

二人に満面の笑顔を向けられた。

 

窓際の方に向かい合いで座っている二人をみると後光が差した気がしたら、単に切れてきた雲の間から夕陽が射していただけだった。

 

そんな風にしばらく3人で談笑していた。大体の内容は夕張の装備改装の苦労話で、それはそれなりの興味を引く話ではあるが、もうちょっと女子トークっぽいことを話せないものかと夕張を見ると、結構いっぱいいっぱいな感じで、彼女の不器用さみたいなものを感じとったあたしは、夕張への印象を少し上方修正する。夕張の事はなんか気に入らなかったが、きっと悪い奴じゃないんだろう。だってサミ姉が気に入ってる奴だから。

 

しばらくして食堂の外、廊下の方が騒がしくなってきた。ドタバタと取っ組み合ってるような音も聞こえる。

『ケンカかなー』

夕張が廊下の方に首を伸ばしながら言う。立ち上がる気はないみたい。

艦娘の中でも駆逐艦は血の気の多い子が結構いて、ケンカとか珍しくはないのだ。

『誰と誰ー?』

夕張が廊下に向かう出入り口のそばにいた霰と皐月に声をかけると、霰がかろうじて判別できる程度のボリュームでボソッと言った。

『曙・・・・不知火・・・』

曙はいつものことだけど・・・・・あれ?不知火?めずらしいな。

出入り口の引き戸を開けて首を出していた皐月がその首を引っ込めて、椅子に座りなおして『やれやれ』といった調子で言う。

『時雨が止めに入っちゃったよ』

 

『あいたた・・・』

3人顔を見合わせる。

『時雨ちゃん説教くさいからー、長いし。』

『たまに何言ってるか意味わかんねーしw』

『何それ、ひどい』

3人で笑った。暢気なものである。

 

誤解のないように一応言っておくけど、あたしもサミ姉も時雨を悪く思っているわけではない。むしろかなり高い好感と信頼を寄せている。ただなんというか・・・・

中二病的な意味深風な発言が多くて、よく周囲を混乱させるのだ。

曙と不知火に関してはあまり交流がないから実際のところはよく知らないが、不知火は大人しくいつも沈着冷静なイメージだったので、取っ組み合いのケンカというのは少々イメージから外れる。

曙は有名人だ。

超がつくほどの美少女、芸能人や映画スターにだってあんな美しい娘はいないっていうくらいのめったに見られないハイパー美少女なのだ。でも曙が有名なのはそこじゃない。とにかくケンカっ早いのだ。その美しい顔には生傷が絶えなくて、常に大体1~2枚は絆創膏が貼ってある始末。もったいねぇ。

 

静かになった頃にカメラをもった青葉が慌てた様子で廊下を走って行った。遅い遅いw

 

 

 

 

 

 

 



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電波届かなかったみたいだねぇ

漣と龍驤が寮舎と学舎棟の間の路地で露店を開くようになったのはやはり先週の作戦終了直後だった。幅1800mm奥行450mmほどのテーブルを1個出してこじんまりとやっているが、はて?このテーブルどこかで見たことがあるような?

そしてどこからどうやって仕入れているのかはさっぱりわからないが、日によっていろいろ違うものを売っている。夕張が先日持ってきた坂角のエビせんもここで手に入れたらしい。

 

『本日の目玉は、柿安の和牛爆弾メンチやで~!』

『きたこれ!』

『揚げたてあつあつや~』

『さーご主人様方~かってかって~』

 

あろうことが店先でカセットコンロに油をなみなみ入れた広東鍋を乗せてメンチを揚げていた。これちゃんと鎮守府に許可とってあるのかなー?

 

『メンチ・・・・』

おいしそうな匂いに惹かれてふらふらとおびき寄せられるサミ姉を追ってあたしも店先に立つ。

『サミ姉、夕飯くえなくなるから・・・・・って』

うまそう・・・・・じゅる・・

丸々としてキツネ色に揚ったメンチは香ばしいパン粉とジューシーな牛肉と玉ねぎの香りがして、ちょっと抗えない感じだった。

『涼ちゃん、一個買って半分こしようか』

『しょーがねーなー、いいぜー』

なんだかあたしも食べたくなってしまった。

 

『漣ちゃん!1個ください!』

『はい!揚げたてですよ!五月雨ちゃん!』

漣がフライバットからトングでつかんだメンチをクリアパックに入れて輪ゴムで止めて、間にソースのポーションとお箸2膳を手際よく滑り込ませた後、手提げのショッピングパックに入れてサミ姉に渡した。

『熱いからお気をつけや~』龍驤が広東鍋のメンチの面倒を見ながら声をかける。『まいど、おおきになぁ~』

サミ姉はポケットからガマ口を出して100円払った。(安い!)青地に白水玉のガマ口は結構古びているが、長い事サミ姉が使っているもので、あたしにも愛着がある。

 

ホクホク顔であたしたちは寮舎入り口わきの長いベンチに座った。

サミ姉がソースをたっぷりかけて割りばしを割ってそろえてメンチにブッ差す。割りばし割った意味がねぇ。

『はい、涼ちゃん』

そのまんま笑顔で差しだしてきた。

『いやいや、半分こだろ』

『齧って~、私も齧るしー』

まいっか、と思ってそのまま齧ったら、対面でサミ姉も同時に齧ってきた。

『ん、もふぉ!』

メンチ熱いし、サミ姉の顔が近いしでびっくりしてのけぞった。

『あ・・・・』

両方で同時に齧ったものだからメンチが崩れてサミ姉の膝のスカートの上に落ちた。

『ふぉーー、おひひゃった・・・』慌てるでもなく、とりあえず咀嚼して飲み込んで『きゃーーーーー』と一応言ってから『おいしいねー涼ちゃん』

と、まぁ美味しい笑顔だった。

『これどーしよっかー・・・・涼ちゃんたべる?』

『うーん・・・・いや、食わねえし!』

一瞬・・・・

サミ姉のスカートの上のメンチをそのままそこで貪る自分を想像してしまった。

いやいや、それダメなやつだろ。

『サミ姉、これソースシミになるぞ・・・』

サミ姉の目線が遠くの方に向いていた。その先を追ってみると学舎棟の向こう、工廠から談笑しながら出てくる二人がいた。結構距離があるのでこっちには気づいていない。

夕張と・・・・由良かな?あれは・・・

あたしはにわかに感情を波立たせる。

サミ姉を見ると眉間にシワを寄せてそっちのほうを凝視している。こういう顔をしているときは電波を送っている時だとあたしは知っている。当然ながら電波などは届かず、二人はそのまま門を出て行ってしまった。

『電波届かなかったみたいだねぇ』

『やだー、電波とか言わないでぇー』

『じゃなんなの?毒電波くらい言った方が良かったか?』

『ひっどーい!せめて乙女電波くらい言って!』

『乙女電波!www新機軸だー』

『えへへへ』

サミ姉はちょっと顔を左に傾けてにへらっと笑った。いや、かわいいけど褒めてない。

『これなんとかしないと』

『あそっか』

サミ姉はフードパックにコロッとメンチを落として、ベンチのそばにあったゴミカゴにトトトっと駆け寄り、特に残念そうにもなくポイっと捨ててから、また行った時と同じオノマトペを背負って戻ってきた。

『何つって電波送ったん?』

『夕張さんメンチ食べたいかなーって。おいしいメンチがあたしのお膝にあるよーって』

あー・・・・

夕張なら嬉々としてスカートの膝から直で食うかも。あたしはそんなシーンを想像してみた。サミ姉の膝元にひざまずいてメンチを貪る夕張。それを見下ろすサミ姉は慈しみ顔で夕張の頭を撫でている。なんかエロい・・・

『ん?何々涼ちゃん』

おかしな妄想をしているあたしはサミ姉の顔をマジマジとみていたようだ。あたしの表情から何か良い事を言われるものと感じたのか(なぜ?)目がキラキラしている。

『スカートすぐ洗えよ。あたいは貸さねぇからな』

『ええ~なんでぇ~』

困り顔のサミ姉もかわいい。そんな顔を見たあたしは少し波立った感情を平穏に戻す事ができた。



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サミ姉、夕張が好きなのか?

鎮守府には風呂と呼ばれる施設が二種類ある。

一つ目は入渠風呂。艦娘が破損した時艤装以外の部分を修復するための物で、1人用の狭い浴槽が4つある。

二つ目は普通の共同浴場だ。特に広くもなく、狭くもなく、スポーツジムなんかにある風呂をイメージしてもらうとだいたいあってる。

艦娘は修復以外に風呂に入らない、などというあり得ない噂が市井では流れているようだけど、毎日風呂には入る。だって女の子だもん。

区別をするためだろうけど、皆は入渠風呂の方を単に『風呂』と呼び、普通の風呂のことを『浴場』と呼んでいる。ちょっと前に聞いた話だと『浴場』と『欲情』をかけてるとか真偽不明な話まであったりするのだ。

 

欲情ねぇ・・・・・

 

あたしの隣で湯につかっているサミ姉をじっと見た。

・・・あれ?なんか、乳育ってないか?

まったくささやかな差ではあったろうが、五月雨マスターのあたしの目はごまかせぬ!

『涼ちゃん・・・・』

気づくとサミ姉もあたしの方をじっと見ていた。乳に気を取られて気づかなかった。

『おっぱい大きくなってるよ涼ちゃん!!』

『え?ええぇ~??』

サミ姉はなんの躊躇もなくあたしの乳房を両手でつかんできた。

『やらかい・・・』

『揉むな!』

『おねえちゃんはうれしいよ、ちゃんと育ってるんだねぇ涼ちゃん・・・・』

『それはお前もだろ!育ってるじゃん!!』

『え~~?』

サミ姉はあたしの乳房から手をはなして自分の胸元に手を持って行って・・・軽くさすった。『揉む』でなく『さする』である。

『おーーー、夕張さんに揉まれたからかなー』

『ガッ???』

『てか、揉むほどないかー、さすられただけかー』

テヘ、とかわいく顔かしげてみたところで事実としては如何ほども変わっていない。

いや、確かにこの共同浴場ではそんな風景は普通に見かける日常風景なんだが・・・・・しかしあたしの見えないところでサミ姉の乳を揉む、いやさするとか、何というか、何とゆーかー・・・

『やだ!』

サミ姉が目を丸くしている。(元々丸い)

『涼ちゃん?』

『いや、なんでもねぇ』

あたしはサミ姉の丸っこい目から逃げるように視線をそらした。辺りをみるといつの間にか浴場内はあたしたち二人だけになっていた。お湯から出る音がして振り向くと、立ち上がったサミ姉が身体ごとあたしの方に向けていた。目の前にはサミ姉の太ももがあった。暖まった肌がピンク色に上気して、肌を伝って下へ滑り落ちてゆく雫が名残惜し気に湯面に吸い込まれていく。あたしはそのまま固まって、視線を上に向けることができない。するとサミ姉はあたしの目の前に手を差し出した。差し出された手が視界をある程度遮ってくれたおかげであたしは視線を上に向けることができた。

『涼ちゃん、髪洗ってあげるー』

あ、髪、髪ね・・・あははははは

あたしは差し出された手をとった。

 

サミ姉の細い指先がシャンプーで泡だったあたしの髪をかき分けて入ってくる。

優しく、なんだか慈しむようにして頭皮を刺激する。

『痛くない?涼ちゃん』

『だいじょぶ。気持ちいい』

『ん♡』

サミ姉の指先の動きが頭皮を揉むような動きに変わった。

頭の芯の方が暖かくなってきたみたいな気がして、あたしはボーっとしながらその指の動きに気持ちをゆだねた。爪を立てないように気を付けながら、強弱をつけて頭皮をほぐすように刺激している。その快楽とも快感とも言えそうな感触に包まれながら、あたしは妄想を膨らませていた。後ろからサミ姉の乳房に両手の平をまわしている夕張とそれを許しながらはにかんでいるサミ姉の表情を。

 

シャワーで泡を洗い流されて我に返る。

『サミ姉、夕張が好きなのか?』

いきなり出た言葉は自分でも信じられないものだった。サミ姉も驚いたようで、その様子が息遣いで伝わってくる。正面の鏡にサミ姉が写ってるのを伏せた目で確認はしても、鏡越しですらその丸い瞳に目を合わせることもできないでいた。

『うん、夕張さんが好き』

そういったサミ姉の声はわずかな湿り気を帯びてあたしの胸に浸み込んだ。

『・・・・・そうか』

ため息のような声が出ていた。サミ姉はそんなあたしの頭を後ろから優しく抱きしめていた。

『涼ちゃんも好きだよ』

『はは、妹だからな・・・好きとかそういうもんでもねぇだろ』

サミ姉はしばらく思案気な沈黙をしていた。

『そういうの区別つけるにはあたしまだおっぱい小さすぎると思うの』

『・・・・いや、おっぱい関係ねぇだろ』

 

おっぱいかんけーねーーだろ!

 

サミ姉がポンプを押している音がした。コンディショナーを手に取ってあたしの髪にすりこみはじめる。

『涼ちゃんはあたしのこと好き?』

あたしは少し考えた。いささか波立っていた気持ちもなぜか落ち着いていた。サミ姉のボケ発言はしばしば動揺しているあたしを落ち着かせるのだ。

『姉ちゃんだからな、好きで仕方ねーだろ、裸見てもドキドキしないけどな!貧乳だし』

『貧乳って言わないでぇー』

桶にためていたお湯を頭から一気にぶっかけられた。



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涼ちゃん一緒に寝よう~

サミ姉はかわいい。特におでこが良い。

サミ姉のおでこは美しいのだ。陶器のようにつるっとしていてつい撫でまわしたくなってしまう。

美しくも繊細そうに見えるサミ姉のおでこだが、美しいというにもそこには理由がある。察するにあのドジっ子である我が姉は事あるごとに転ぶ、滑る、ぶつける、を大した間も置かずに繰り返しているわけだが、果たしてどうだろう、この傷一つなく美しいおでこは!!

 

サミ姉のおでこはあんな繊細そうに見えて実は大変に頑強なのだ。

 

毎度繰り返されるドジっ子パフォーマンスによって大量の打撃をうけてなお、この美しさを保て得る強度。まさに鉄壁!頑強で鉄壁と美しく繊細という相反するこのパラドックスがサミ姉のおでこを神格化させているのだろうか?

・・・・うむー

『んんn・・・涼ちゃん?』

おっとおっと

眺めるだけのつもりがいつの間にかおでこを撫でまわしていたらしい。

出撃もなく暇を持て余したあげく暢気に畳の上で昼寝をしていたサミ姉が目を覚ましてしまった。

(出撃もなく暇を持て余したあげく暢気にサミ姉のおでこを撫でまわしていたのは何を隠そうあたしだ)

『何?おでこどうかした?』

『畳で寝てないでベッドにいけ』

『ん~~~寝てたぁ~』

サミ姉は上半身を起き上がらせて、部屋着にしている中学に通っていた時の学校指定の青いジャージの前ジッパーをおろし、無造作に脱いで無造作に脇へほおって白Tシャツ1枚になった。暑かったのだろう。下はジャージのままだが、上に着ているTシャツは薄手でささやかな桃色の乳首が透けて見えた。そうしてしばらく眠そうな細目をむにゃむにゃしていたが、やがてよく見えてなさそうな視線をこちらに向けてくる。

『涼ちゃん一緒に寝よう~』

『あー、ベッドでねー』

サミ姉はずりずりと二段ベッドのあまり高くない一段目に這っていってそこにコロンと転がった。あたしも追って同じ一段目に這い入る。

『サミ姉、もちょっと奥行って』

『はい~』

あたしが隣に寝転ぶとサミ姉は身体ごとこちらに向けてきた。顔近い。にゅぅ~といった感じに少し笑った顔になったがすぐにホケ顔になって静かに寝息を立て始めた。

あたしはしばらくそうして寝ているサミ姉を見ていたが、意を決してサミ姉のおでこに唇をつけた。サミ姉は起きる様子もなかったが、あたしの鼻息が荒くなっていたのか、サミ姉の前髪がさらっと動いたので慌てて身を引いた。

あたしは自分の心臓の鼓動がサミ姉に聞こえるんじゃないかという気がしてしまって、胸をぎゅっと抑えていた。

そうやって鼓動が収まるまでしばらくサミ姉の顔を見ていた。

 

頑強なおでこ、ぷにっとした頬、閉じられた瞳にかぶさる長い睫。

でも、実はそれはそのまま自分の顔でもあるのだ。

あたしとサミ姉は造作的にはよく似ている。

性格の違いから雰囲気が随分と違っているのか、他人にはあまり言われないのだけれど。

しばらくそうしているとサミ姉はポジションが具合悪かったのか、寝返りをうってあたしに背中を向けてからちょっと丸まって、むにゃむにゃ的な声とも息ともつかない音声を発してまた寝息を立て始めた。

今度はサミ姉のうなじが目の前にあった。

一瞬うなじに顔をうずめてくんかくんかしてる自分がフラッシュバックした。それだけでまた胸がドキドキし始めたので、ここは抑えておこうと思ってやめておいた。

見るだけにしておこう。

 

さて、あたしはサミ姉をかわいいと思うし、好きだとも思ってるし、たぶん愛している。しなかったけど、くんかくんかしたいくらいには。自分によく似た顔をした実の姉の事を。

もしかしてこれは実は自己愛に近いんじゃないだろうか???

などと思ってみたけども、あまり美味くない思考な気がしてあたしは考えるのをやめた。

そうして目を閉じた。



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世界の現状(設定)

艦娘というのは過去沈んだ艦の付喪神が人に憑いた、いわゆる付喪神憑きである。

深海棲艦が海と海上の空を封鎖して、世界が海洋的に分断されてしまった頃に現れた『妖精さん』と呼ばれる存在がもたらした技術、付喪神憑きの人間と艤装をリンクさせる技術を使って誕生したものである。

この『妖精さん』も何かしらの付喪神であるというのが一般的な認識だが確定ではない。

リンクさせる艤装は付喪神の元となった艦と形が近い必要があり、そして付喪神が憑くのは必ず女性である。これは艦が女性名詞で呼ばれていたことから艦が女性として自身を認識していたためだといわれている。

付喪神は生まれながらに憑いていてある時期に顕現化するといった説と、ある年齢に達した時に適正者に憑くという説とあるが、どちらであるかはわかっていない。

要するに深海棲艦と同じでわからないことだらけだが、必要に迫られるという形でとりあえず運用されている。現状深海棲艦に対する唯一の有効な対抗手段として広く認識されているのだ。

 

付喪神は憑く、もしくは顕現化するとその女性の周りに体長10cmちょっとの妖精さんが数体現れ啓示を行う。具体的に言うとこんな風に言われる。

 

『お嬢ちゃんは白露型駆逐艦の五月雨ちゃんだよ!おじさんと一緒に最寄りの鎮守府に行こうね』

 

妖精さんの一人称が『おじさん』だということに関しては、様々な憶測を呼んでいるのだが、それについては後程機会があれば語ろう。

そんな、まるでロリコンおじさんに誘拐されるようにして、女の子は鎮守府に導かれる。そして艤装を意のままに操るためのリンクシステムを内蔵したジョイントを背中に埋め込む手術を受けるのだ。

 

ちょっとしたサイボーグである。

 

艦娘を輩出した家は国から多額の報奨金が支給され、大変に栄誉なことという認識なので、このサイバネティックな手術に抵抗をもつ娘はあまりいないが、そうでない娘も少なからずは存在する。そういった娘に関しては辞退することも可能であるが、憑いていた付喪神が辞退によって離れるわけではないので、適正は相変わらず付きまとうため、1~2年後同じ娘にまた妖精さんが勧誘に現れる事もある。ただ、25歳を超えた女性のところに現れた事は現時点では報告されていない。

また国内のいくつかの人権団体がこのサイバネティックな手術を激しく非難をしていて、国会の予算委員会で特定の野党が執拗で悪質な上げ足取り的な質問を繰り返し、たびたび問題になるため、予算審議が滞ってしまう事態に発展することが多々あるが、政府としては艦娘の運用をやめるわけにはいかない状況に解決策があるはずもなく、その度に輩出家族への報奨金の多額化や、艦娘への待遇を向上させるといった対応となっている。

 

また、深海棲艦の跳梁跋扈によって世界が分断され孤立してしまったこの極東の島国は当初、ほどなく訪れるであろうエネルギー資源枯渇の危機に直面していた。

しかし艦娘の顕現化が早い時期に始まり近海の制海権を確保することに成功したことによって、かねてから進めていたメタンハイドレートの採掘実用化が可能となり、また運よくこの時期に連邦が樺太や北方領土などの沿岸部から完全撤収したため、その一帯の油田を確保。連邦に対して借款の申し入れをしたが、当初連邦はこれを拒否。後に交換条件として艦娘によるウラジオストック港の開放作戦を要求して来た。これに関しては国内の親連邦派の政治家が数は少ないなりに強硬に実行を主張してきたが、海上封鎖時に国内に残っていた合衆国軍が自治区化した沖縄合衆国自治区がこれに反発。大変な論戦となったが、この沖縄が政治的発言力も高く、実質的に強制力のないこの連邦の要求は無視しても採油は可能という結論となり、作戦は実行されず採油が実行された。採油された原油量は細かく記録され、その時の原油価格に対応した金額がきちんと算出され、その費用がストックされていたりするところはこの島国の国民性であろう。基本データ以外のやり取りが不可能となり、現物の貿易が出来なくなったこの時代に外貨がどれほどの価値を持つかは甚だ疑問ではあるのだが・・・

後に連邦も実行されない作戦を待つより、とりあえず価値が疑問視される外貨でもないよりはマシと実を取るという判断となったのか、正式に油田借款の条約が結ばれた。

メタンハイドレートと北方領土の油田。この二つのエネルギー資源を軸として、原発や自然エネルギー等の補助を得て、この極東の島国は実に分断前よりも多くの自前エネルギー資源を確保できるに至っている。

元々GDPの国内需要が90%を超えている経済市場でもあったため経済的混乱もあまりなく、食料供給に若干の不安があったものの、これも政府による迅速な農畜産業改革や、艦娘によるEEZの制海権確保がもたらす漁業の安全な操業が功を奏していた。

鉱物資源に関しても外国産との価格競争に敗れて閉山していた鉱山を再開。もともと鉱物資源は豊富な土地でもあったので、ボーキサイト以外の鉱物資源は問題なく確保している。問題のボーイサイトだが、封鎖時国内にストックのあった原石やアルミニウム製品が回収されたりして賄っているのが現状だ。これらすべて艦娘の航空機補給に使用されているが、いずれ枯渇することになるこの資源は急ピッチで代替品の開発を急いでいる。

 

さらに、この深海棲艦による孤立は大陸や半島、連邦などの他国からの脅威を完全に排除していた。北方油田に関する連邦の対応からも明らかに見て取れる。

艦娘の顕現化の鈍いこれらの国はほぼ、内陸に押し込められる形となっていて、海を挟んだ他国に干渉することができないのだ。

封鎖前この国にはスパイ防止法がなかったため、国内にあふれるようにいた各国の工作員達も封鎖によって本国との繋がりがほとんどなくなってしまった。そのため多くがその活動を鎮静化させておかしな世論誘導もすっかりなくなっていた。

連邦もそうだが、大陸や半島からもその近海の開放を求める作戦要求が後を絶たない。元工作員達の海上開放運動もチラホラとある。しかし国民世論には封鎖前の彼らのやり方にウンザリとしていたという空気もあって、どうしても前向きには考えられない上に沖縄の強い圧力もあって、政府ものらりくらりとかわしているようだ。

 

こうして安全保障と豊かな自前エネルギー資源を得たこの極東の島国は、有史以来最も豊かな時代を迎えていた。



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出撃まで

南鳥島のレアアース採掘プラントに駐留していた守備隊から敵艦隊接近の報が入ったのは未明頃で、夜明けには増援出撃の指令が下った。

うちの鎮守府からは水雷戦隊が派遣される。

旗艦阿武隈、以下五月雨、涼風、春雨、村雨、夕立

横須賀からは主力艦隊として高火力の艦隊が派遣されるらしい。

足の速いあたしたちが先行して主力が到着するまで支援を行う。

サミ姉と一緒の艦隊での出撃は実は今まで一度もなかった。

今回が初めての一緒の出撃である。

横須賀の鎮守府では出撃ゲートがあって艤装が上下左右からすっ飛んできて、ズバズバっと装着してカッコ良くかつ、迅速に出撃できるシステムが実装されていると噂を聞いてたので、鎮守府に着任した当初、どこにそんなものがあるのかと探したものだが、先に着任していたサミ姉に『えー、なにそれ、そんなのないよー』と言われがっかりしたものである。

ではどうやって艤装を装着するかというと、フレンドシップマニュピュレイトアシストシステム(FMAS)というのを使う。

というのは嘘で、要はごちゃごちゃした倉庫内でバタバタと手作業で装着するのだ。

出撃前の艤装の装着は大体その日に出撃のない、仲の良い艦娘にアシストしてもらうのがうちの鎮守府での慣習で、あたしとサミ姉は毎回お互いのアシストをしていたのだけれど、今回は二人とも同時の出撃だったので、それぞれ他の娘にお願いすることになった。

あたしのアシストは時雨に頼んだ。

そしてサミ姉は夕張だ。

『この艤装の装着作業というのはいいな、まるで二人、愛の語らいをしているようだ。そうは思わないかい?涼風』

時雨がまた訳の分からんことを言い始める。

『いや、別に思わねぇけど』

『そうかい?涼風はテレ屋さんだからな、ボクは無粋なことをきいたんだね、すまない』

時雨は相変わらずだ。テレ屋ってなんだ?テレとか売ってないぞ?テレの単価は?原価率は?賞味期限はあるの?

あたしは主機の装着をするために上を脱いで今下着姿になっている。わき腹ちょっと下の腰骨あたりに時雨が意味もなく手を置いて撫で始めた。

『涼風の腰骨、きれいだね』

『時雨、いいからとっととやってくれねぇか』

『そうだね、敵は待ってはくれない。急ごうか』

時雨はなぜか嬉しそうに満足顔で作業を続ける。あたしはふぅっと一つため息をついて、辺りを見回す。少し距離をおいて正面に夕立。由良がアシストしていて二人でキャッキャウフフとやっている。なんかむかつく。そして横目で隣のサミ姉と夕張を見る。うわっ

夕張マジ息荒いし目が血走ってないか・・・・

大きく露出したサミ姉の背中。その背骨に沿うように3つ並んだ丸い小さめのジョイントに主機を取り付けようとしている。その手が怪しく震えている。目はサミ姉のキレイな背中に釘付けだ。

『夕張さん息荒いよぉー、背中にかかってくすぐったーい』

サミ姉がけらけら笑って言う。『大丈夫?夕張さん』

『大丈夫!大丈夫だから!!』

けしからん・・・・

若干釈然としない思いを抱えながらも、この時のあたしにはまだ余裕があった。

夕張のその様子からは二人の関係性がまだそんなに深くはないと感じとれたからだ。

このくらいだったらあたしの方がサミ姉との関係はずっと深い。

『完了だよ涼風』

時雨があたしの頭をポンとかるくしてたたいた。

『おっしゃ!ありがとう時雨』

『暁の水平線に勝利をきざんでおいで』

時雨がニカっと笑う。気持ち犬耳の様にも見えるはねた髪がぴょこっと動いた気がした。時雨は黙ってれば犬っぽくてホントかわいいのだ。ロリフェイスに似合わずボディは出るとこ出てて、締まるところは締まってるし、全くうらやましいぜ。今回あたしの体を散々触ってくれたわけだし、今度頼んで身体触らせてもらおうかな。

『こっちも完了』

夕張がどこか心残りがありげに、残念そうに告げた。

サミ姉が両手を上に広げる。『夕張さんありがとう!』

あたしたちは制服の上下を整える。周りをみるとあらかた全員完了のようだった。

『五月雨ちゃん気を付けてね』

夕張はちょっと不安そうだ。

『はい!頑張ります!』

サミ姉が笑顔のガッツポーズを決める。かわいい。好き。

『いっちょいくぜ~~!』

あたしも気合を入れて掛け声をあげてから、サミ姉の手をとった。

 

駆け出したあたしたちに時雨と夕張は大きく手を振った。



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急行(涼ちゃんが暢気に解説する深海棲艦)

朝焼けがほぼ正面に広がった水平線を見ながら、あたしたちは進む。もう少し日が上がってくると視界に入っている太陽がまぶしくなりそうだなと思った。

まだ戦場には少々遠いが周囲を警戒しながらの大きく広がる輪形陣で進んでいる。

最後方のあたしは皆が引く航跡、海の群青と泡の白のコントラストを眺めながら『きれいだなー』などど暢気に考えていた。

さて戦場に向かうあたしがそんな暢気なことを考えているとか、不謹慎だとクレームを入れる人もいるかもしれないが、だがしかし。

実は深海棲艦というのは艦娘にとっては決して大きな脅威ではないのだ。

挑む相手の艦種を間違わなければ、多少の数的劣勢もあまり問題ではない。

きちっとした手順を踏んで、落ち着いて戦えば負けることはないのだ。

ましてや今回はプラントの守備隊に加えて、あたしたち水雷戦隊と横須賀の高火力艦隊が当たるわけだ。偵察機からの報告では多少数が多いがほとんどが駆逐イ級で大型艦はいないという事なので、特に心配する要素はみあたらない。

 

艦娘にとって脅威となりえないそんな深海棲艦が世界の海と空を封鎖しえたことには、はなはだ疑問を持つ方も多かろうと思う。

確かにそうだ。そう思うのはとても自然なことだ。

 

それは深海棲艦には艦娘の放つ実弾以外の攻撃が全く通用しないためだ。

 

深海棲艦が現れた当初、太平洋で合衆国空母打撃郡の3郡がたった一昼夜で殲滅され、しかもこの時深海棲艦側にほとんど被害が出なかった。

そしてその被害といえば同士討ちによる物だけだったのだ。

深海棲艦は戦艦タイプから輸送艦、魚雷ボートなどの小さな船に至るまで、すべての艦が霊的なフィールドで覆われていると考えられている。このフィールドがすべての攻撃を無効化してしまうのだ。

現在は否定されているが、当時は様々な説が飛び交っていて中には、深海棲艦は高次元の存在で、実は本体はこの次元には存在しない。などという説までまことしやかに語られていたほどである。

当時まだ深海棲艦は太平洋にしか現れておらず、覇権国であった合衆国は国連に働きかけて国連軍による深海棲艦包囲殲滅作戦を立案。加盟国全軍で深海棲艦を包囲して核ミサイルによる飽和攻撃で一気にケリをつけるというまるでハルマゲドンのような作戦だった。こんな無茶な作戦が国連の承認を得たという事実だけでも当時の世界の慌てようが理解できることだろう。

しかしその結果は惨憺たるものだった。切り札であった核ミサイルは全弾起爆すらせずに海中へ没しただけだった。深海棲艦のフィールドは核爆発ではなく、核ミサイル自体を無効化してしまったのだ。切り札を失った包囲艦隊はただ薄く広がった脆弱な陣形の艦隊となり、個別撃破の憂き目に会い、残った艦隊も散り散りとなって遁走していた。

この作戦の失敗により、人類は絶望の淵に叩き落された。

しかし同じ頃、極東の島国で顕現化し始めた艦娘が深海棲艦の物とてもよく似た霊的フィールドを持つことが判明。彼女らの艤装から放たれる実弾兵器がそのフィールドをまとった状態で着弾すると、深海棲艦に打撃を与えられることが判った。

そんな有効な攻撃手段を得たところで判明した重大な事実がある。

 

深海棲艦は頭が悪い。もっと言うとバカだった。

手あたり次第敵に向かって突進する、囮にことごとく引っかかる、誘い出せばノコノコ出てくる。およそ組織的行動など期待もできないお粗末集団だったのだ。

まさに烏合の衆。

しかし脅威がないわけではない。深海棲艦の最大の脅威はその数だ。遠洋に行くにつれ、その数が増す。海が深ければ深いほど多く、さらに大型の物が発生するといわれている。これが深海棲艦と呼ばれる所以でもある。

『数だけが脅威とか、まるでゾンビだよなぁ』

僚艦とは距離があるので、ちょっとつぶやいてみたところで誰も反応しない。

そして深海棲艦に沈められた艦娘は深海棲艦になるという噂もあったりする。

『まさにゾンビじゃん』

朝焼けの色も去り、夏っぽい空に変わりつつあった。



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戦闘

こんなはずではなかった。つい30分ほど前は暢気に夏色になってきた空など眺めていた。

しかし今、目の前には駆逐イ級の大群が押し寄せてきているし、魚雷はとっくに打ち尽くし、主砲も副砲も残弾は残りわずか。

 

現着した時すでに守備隊が交戦していた。守備隊は駆逐艦6隻の編成で、かなり消耗していたようだが、大した被害も出さずにこの大群に対して戦線を維持していた。

あたしたちが合流した時、守備隊旗艦の霞がこちらを振り向きもせず言った。

『遅いわよ!でも来てくれて助かったわ!!すぐに補給に戻らないと弾がもうないの、しばらくここは任せるわね!!』

 

守備隊が後退する間際、霞が阿武隈に寄って行ったかと思ったらすれ違いざま阿武隈のお尻を後ろ手でペロっと一回撫でた。

『きゃぁぁ~~~~!ちょっと霞ちゃん!!』

『いい尻だわ阿武隈、よろしくね!』

飛び上がるようにして驚いた阿武隈を尻目に(まさに尻目に)霞は全く動じた様子もなく後退していく。そして後方にいたあたしが霞とすれ違う時、あたしには一顧だにしない霞の表情を間近に見て背筋がゾクリとした。戦闘で高揚していたのか目がギラリとした鋭い光を宿していたからだ。目が合ったらそのまま襲い掛かられるんじゃないかとすら思える。しばらくあたしは霞の後ろ姿をみていたが、前方で砲の発射音がしてハッとした。もう艦隊先頭は接敵している。あたしは両手の平を頬に挟む様に打ち付けて気合を入れた。

『おしゃ!いっちょやるかー!』

『おーーー』と気の抜けた気合が前方のサミ姉から聞こえた。

 

水平線の向こうから次々と湧き出してくる駆逐イ級は単体では全くのザコだけど、いくら沈めても減った気がしないのは意外に厄介だった。霞たちが後退してからどれほど時間がたっただろうか、あたしたち増援部隊も残弾が心細くなってきた頃、群れに途切れができて、若干話をするくらいの間ができた。サミ姉があたしの位置まで退がってくる。

『ふぅ』とサミ姉があたしにもたれかかってきた。あたしの右の頬にサミ姉の右の頬がくっつく。ぷにっとした感触とともに上気したサミ姉の体温と汗を感じる。

高揚していた。ヤバいかもと思った。

あたしもさっきの霞みたいに目がギラついてるかもしれない。それと共に頭の中でやばい物質がぐあーって広がっていく。もうどうしようもない衝動があたしを支配していた。

『サミ姉!』

あたしはサミ姉の細い腰に手をまわした。火が付いたように強く抱きしめていた。サミ姉の体も熱く火照っているようだった。その体温があたしの体全体で感じ取られて、さらに衝動を加速させていく。やがて加速しきった頭の中はまるでお花畑だ。スキスキダイスキヘブン状態。もう、わけがわからない。

あたしはサミ姉の両肩に手を移動させて少し乱暴に体を引き離した。キスをしようとしていた。子供のころによくしていたあのキスじゃなく、性欲が乗っかったエロいキスをしようとしていた。たぶん。

だが、その瞬間背筋が凍りついた。視界の真ん中にサミ姉の顔、上気した頬を赤くしてこちらをみている。そのむこうの水平線のそう遠くないところに大きな人型が見えたのだ。

水平線に垂直に屹立する、大きな細身の女性型の姿。戦艦ル級だ。

『サミ姉やばい!ル級だ!!』

その瞬間になってあたしは、自分がサミ姉を押す形で前進していた事に気づく。周囲に僚艦の姿がなくなっていた。

血の気が引いて正面のサミ姉を見るとサミ姉は振り向いてル級を確認した後、首を左にゆっくりと傾た。しばらくそうしてからあたしに向き直る。

『大丈夫、あたしが涼ちゃんを守るよ』

そう言ってからあたしを後方に押し戻した後、踵を返して転進。加速を始めた。

どう見てもそのままル級に向かって突進して行く動きだった。

『サミ姉!!何やってんだ無茶だ!』

夜戦ならまだしも、この明るさでは近接戦闘に持ち込む前に敵の主砲に狙い撃ちされてしまうだろう。まして魚雷もなし、主砲も残弾残りわずかだ。ル級の装甲を抜ける位置まで迫れるとも思えない。あたしは慌てて後を追った。

 

すぐにル級はその突進してくる駆逐艦に気づいた。まだ距離があるからかゆっくりと主砲の照準を始める。ル級にしてみれば万全の態勢だ。その時照準をそらすべくサミ姉は大きく取り舵をきった。しかしル級の視線はサミ姉を完全にとらえていて逃さない。

『サミ姉!』

あたしはサミ姉とル級の間に割って入ろうとしたがサミ姉も最大戦速に入っていたので追いつけない。ル級の連装主砲の直撃を受けて大破轟沈していくサミ姉のビジュアルが頭をかすめる。ダメだ!そんなのはダメだ!やがて照準を定めたル級が砲撃体制に入った。

もうだめだと思った瞬間、あたしは異変に気付いた。ル級の足元に向かって気泡が、これは雷跡?4本の雷跡がル級めがけて疾走していた。サミ姉に気を取られているル級はこれに気づいていない。

 

爆発音が轟き、大きな水柱があがった。それは水平線の向こうの夏の青い空に立ち昇る積乱雲の頭を越えてまっすぐ伸びていった。

咆哮をあげて戦艦ル級が沈んでいく。

 

前方のサミ姉は停止して少しの間沈んでゆくル級を見ていたが、やがて振り返って手でグッジョブサインを作って空に突き出した。ハッとしてあたしは後ろを振り向いた。後方からは同じ様にグッジョブサインを掲げた霞がゆっくりとこちらに向かってきていた。補給を終えて守備隊が戻ってきたのだ。

霞があたしの脇に着けてきて、肩に手をかけた。

『涼風、大丈夫?』

『あ、おう、、あたしは大丈夫だ』

『そう、良かったわ』

『あの魚雷は霞が?』

『そうよ、涼風ごしに五月雨がアイコンタクト送ってきたから、うまいこと囮をつとめてくれたわね』

霞はクスクス笑いだす。

『もう、涼風ってばそれに気づきもしないで、必死だし、おっかしぃー』

ついには本格的に笑い出した。あたしは何も言い返せず口をぱくぱくさせるばかりだ。

『涼ちゃーん』

サミ姉が下がってきてあたしに抱き着いた。

『涼ちゃん!お姉ちゃん涼ちゃんを守ったよ!すごい?』

この事態に追いつけず、思考が停止していたあたしはサミ姉の体温を感じて我に返り、足が震えてきた。サミ姉を失うと思った。怖かった。そう思ったら涙が出てきた。

あたしは霞に涙を見られないように、サミ姉の胸に顔をうずめる。

『お二人さん、ラブシーンはその辺にしとかないと、次が来てるわよ』

霞がやれやれと言わんばかりの口調で言う。顔を上げると水平線が再び駆逐イ級で埋め尽くされてきていた。

『あ、でももう大丈夫みたい』

霞が振り返って後方をみながら言う。あたしも後方を見た。阿武隈や夕立、守備隊のみんながいてそのさらに後方から主力艦隊が迫っていた。

 

やがて長距離砲弾と艦載機が頭の上を通過して行き、水平線を埋め尽くしていた駆逐イ級を薙ぎ払っていった。

 

 

 



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涼風さん不潔です!!

今回挿絵入れてみました。自作です。ちゃんと入るかなー。



作戦を終えて一旦プラントに併設された待機施設に寄った。あたしはしばらくそこのトイレにこもっていた。すると外、と言うか食堂の方だろうか、なんだかずいぶんと騒がしくなってきていた。なんだろうか。

とりあえず顔が赤いのも、いくらか引いたみたいだし、いつまでもこんなところに籠ってもいられない。あたしは勢いよくトイレの個室のドアを開けて、食堂へ向かった。

 

現場からプラントに向かう途中、さんざん周りに冷やかされた。特に霞と夕立が寄ってきて囃し立ててくれた。

『悪いねー、お熱いところ邪魔しちゃってー』

『戦闘中に五月雨ちゃんを襲うなんて、涼風ケモノっぽい!』

二人は代わる代わるにあたしの頭や背中やお尻までパンパン叩きまくったあげく『涼風顔真っ赤っぽいー』『涼風かわいいー!!』などと捨て台詞を投げつけて去っていった。

あたしは何にも言い返せずに真っ赤になった顔をずっと下に向けていた。くそーー霞と夕立、後でころすーー!!

 

廊下を歩いていると、春雨が小走りにこっちに向かってきた。あたしに気づくとスッと立ち止まった。なんか上目遣いに睨んでいる。

『春雨?どーしたん?』

春雨は一度下を向いて一呼吸して意を決したようにしてあたしを見た。

『あーゆーのいけないと思います!ハレンチです!涼風さん不潔です!!』

『がっっっ』

胸にずきんと来た。春雨に言われてしまったー。春雨はあたしの横ををすり抜けてトイレの方向に走っていった。何と言うか、走る後姿がハムスターっぽくてかわいい。

『はぁ・・・・・』

大きなため息が出た。

サミ姉はどう思ったんだろうか。キスとか、子供のころは普通にしていたりした物だけど、あたしたちはもう、無邪気にそんなことができるような年でもなくなっている。少なくとも嫌がってはいなかったけど、サミ姉もあたしがされたように周りに冷やかされたりしてるんだろうか。そう思うと気が重くなってくる。

しかしサミ姉と出撃するのが初めてだったとはいえ、サミ姉のあの咄嗟の判断力と機敏な動きには驚いた。ほかの娘達はサミ姉があれくらいの動きができることを知っていたような雰囲気だったが・・・・・

それに比べてあたしは・・・・・・あ、なんか落ち込んできた。いかんなー。

 

食堂が騒がしいのは判っていたが、落ち込んでいてなぜ騒がしいのかとかも全く考えずにドアを開けてしまった。騒がしさの中に男の声が含まれていたことも認識していながら、考えることをやめていた。

 

『涼風ちゃんだ!』

『おー!!涼風ちゃんがもどったぞ!』

 

野太いが黄色い声が上がる。7~8人の作業服を着た男性が呆気にとられているあたしの前にきれいな列を作った。何事?

すると先頭の男がいきなり作業服の前のボタンを外して白いTシャツを着た胸をはだけた。

『な?ななななな・・・???』あたしは泡を食ってそこでそのまま固まってしまった。オトコ?なぜここに男がいる!艦娘は国を守る大切な存在だから普通、艦娘の使うエリアには男に限らず一般人は入れないはずではー!!

久しぶりに男を見た。鎮守府にも一人いるにはいるが、それはあの提督だ。秘書艦にでもならない限りめったに顔を合わせないし、あの冷たい目で見られると色々不安になる。艦娘の中には提督を『coolでかっこいい』と言って好いている娘も多数いるようで、それをいいことに好き放題やってる、なんて噂も聞く。あたしにとってはどちらかと言えばあまり顔を合わせたくない存在だ。

目をまわしながらもそんなことを考えていると、あたしの目の前にその男性が黒い棒状の物を差し出してきた。『えええええええーー』

 

サインペンだった。『ここにサインおなしゃすっ涼風さん!』男性はTシャツを指さして言った。

 

『涼風ー』

食堂の奥から声がかかった。主力艦隊の旗艦で派遣されていた長門さんがこっちに寄ってきた。そこで改めて食堂内を見回すと、どうも艦娘サイン大会会場になっているようだ。サミ姉も楽し気に作業服の男にサインを振舞っている。それはいいけどサミ姉、額に『肉』とか書くのやめてあげて・・・・

『こちらの食堂は普段ここの作業員さん達が使っている施設でな、大所帯で押しかけてここしか広い場所がなく、やむなく使わせてもらったんだよ。そこでただ使わせてもらうのも申し訳ないので、先方の希望もあり、サイン大会となった訳だ』

『あー、なるほどー』

『そんな訳だ、国民に愛される艦娘として、ささやかながらのサインくらいして差し上げてくれ』

 

『涼風さんいつもニュースで見てます!オレ涼風さんのファンです!』

『あ、アリガトウゴザイマス』サインペンを受け取ってとりあえず書く。特にサインの形とか決まってないので普通に『涼風』と書くだけだが、そんなことを言われるとちょっとうれしい。

『ありがとうございます!頑張ってください!!いつも応援しています!!』

握手をして、次の人にかかる。単純だなとも思うが、おかげでなんだか気分も浮上してきた。

サミ姉も楽しそうだ。楽しそうなのは良いが、額に『M』の字とか書くのもやめたげて。

 

 

【挿絵表示】

 



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涼風は提督が嫌いなの?

なんか書きたいことを書きたいように書いてたら、当初考えてた話と結構違う傾向の話になってきていて、どうしようかと思ったけど、気にせずなるように任せようと思ってます。


『横鎮大変だったっぽい』

『ん?何が?』

『しらないっぽい?』

午前の教練を終えてシャワーを浴びてから食堂で昼飯をとっていると隣に座っていた夕立が目をキラキラさせて言い出した。夕立のテーブルをはさんだ向かい側には霞がいて、そんな夕立にも構わずにチャーシューがゴッソリ乗った豚骨ラーメンを啜っている。先日のプラント防衛戦後、守備隊が他の駆逐隊と交代して霞は鎮守府に戻ってきていた。

あたしはロースかつカレーのカレーがたっぷりからまったカツを齧ってゆっくりかみしめて飲み込んだ。んーうめぇー。

『涼風!しらないっぽい?』

あたしが無視して食事に集中していると夕立が頬をふくらましてさらに聞いてきた。

『ん、知らない』

『あたしたちだって大変かもしれないっぽいんだよ!』

夕立が藤で編まれたカゴ状の可愛らしい箱に入ったサンドイッチを一つ摘んで、手に持ったまま捲し立てる。んんー?これは何と言うか、手作りな感じに見えるのだが、はて?てか、いいから食えよ。

サミ姉は龍驤と漣のお店で売ってた崎陽軒のシウマイ弁当を二つ持って夕張のいる工廠に走っていった。あたしはその後姿を見送ったが、一回コケそうになって躓いた態勢をなんとか戻したところを確認してから食堂に来ていた。

『長門さんがねー、怒られて、テートクがぐあーーーって切れたっぽくってー、そして謹慎と減給っぽいー』

『???ちょっと意味がわからない』

『この前のサイン大会を長門さんの判断でやったのが市谷で問題になったらしいのよ』

『そうそう、そうっぽい』

霞がわかりやすく解説を入れてくれた。

『作戦行動中の艦娘が市井の一般人と接触して良いのは、防衛とか救助の時のみって決められた法律があるのは涼風も講義で習ってると思うから知ってると思うけど、長門さんが疲労しきったあたしたちに気遣って、プラントの待機施設に寄ったこと自体、作戦中の越権行為として咎められたみたいなの』

『夕立もそのホーリツはしってたっぽい!』(・・・ほんとか?)

『その上サイン大会までやっちゃって、ネットで大騒ぎになったもんだから、防衛省が長門さんを市谷に呼んだんだけど、横鎮の提督がその対応にキレたらしくて、市谷で大暴れ』

『おー、カッケーな横鎮提督』

『そんなこんなで、長門さんは訓告と一週間の謹慎処分で済んだんだけど、提督は戒告と減給処分になったらしいのよ』

『なるほどなー、でもあたいたちのとこには何も言ってきてないよな、市谷』

『そこがちょっと不思議なのよね』

『夕立は下っ端だし責任ないっぽい!』

サンドイッチをすでに両手で持って右と左を代わる代わる、嬉しそうにパクつている夕立の顔を見ると、責任という言葉の意味も分からなくなってきそうだ。

『うちの提督とは大違いよね。うちも半分くらいは提督LOVE勢みたいだけど、なんであんな不愛想で暗いやつをみんな好きなのかしら』

食べ終えたラーメンのどんぶりを脇に押しやって、顎肘をついた霞が明後日の方を見ながらつぶやく。あたしはニマーっと顔をほころばせた。これは先日の仕返しをする大チャンスなのではないか?

『そういう霞なんか提督スキスキ大好き超LOVE勢じゃん!』

『なっ・・・ちょっといい加減な事いわないでよ!』

椅子を蹴って立ち上がった霞の顔はあっという間に真っ赤になっていた。しかも一言反論した後、声もかすかに荒い息遣いになるばかりで、中途半端に胸の前に差し出された手はぷるぷる震えている。これは大したクリティカルヒットのようだ。

『ツンデレ、ツンデレーー、霞ちゃんかわいいっぽいー』

夕立も囃し立てる。てか、お前はだまってろ。

霞はすでに頭から湯気でも出てそうな、まるでヤカンのような顔になってしばらく固まっていたが、ついには目から涙までこぼし始めた頃に踵を返して『涼風のばかぁ!』と叫んで食堂を走り去っていった。いや、泣くことはないだろ。

『霞ちゃん泣いちゃったー、涼風ってばひどいっぽい』

こいつはー、お前に言われたくないぞ。

そうそう、こいつにも仕返しをしないといけないんだがー、うむー、この手作りっぽいサンドイッチはたぶん由良関係なんだろうが、そこ突っ込んだところで、こいつは由良とのノロケ話を始めるだけで、1ポイントのダメージも与えられないだろうし、どうしたもんか。

『涼風は提督が嫌いなの?』

急に声をかけられた。夕立のいる隣と反対側の椅子を一個おいて隣に叢雲がいた。

『うおっと、叢雲?いたのか』

叢雲は食事をしていたわけでもないらしい。イチゴのブリックのストローを軽く咥えていた。あたしの方を特に向くわけでもなく、もう一度問われた。

『涼風は提督が嫌いなの?』

どこか湿った空気が流れたのを嫌ったのか、夕立が箱に蓋をはめて立ち上がった。

『涼風、夕立もう行くっぽい、叢雲もまたねー』

 

夕立が去るのを見送って向き直ると叢雲はこっちを見て黙ってブリックを啜っていた。『答えなさいよ』と言わんばかりに体ごとこっちに向けて足を組んでいる。

『嫌いってことはないかな、特に何か実害があったこともないしなー、好きでもないから普通?ってとこだな』

『そうよね、あなたはそんなところよね』

叢雲はどこか自嘲的に薄く笑って目をそらした。あたしはどうにも違和感を感じている。さっきからの話を叢雲がきいていたにせよ、あたしは提督に対する感情に関して自分の思いを一言も言ってない。なぜ『嫌いなのか』などと尋ねられたのだろう。

『あんたみたいのがいると少しホッとするわ』

『すまねぇ、叢雲、なんだかさっぱりわかんねぇよ』

叢雲は少しうつむいて、何かを考えてるようだった。ブリックをテーブルの上に置いて、両手を両膝の間にはさんで少し俯きながら、しばらくそのまま考えている。なんかこのポーズがかわいいと思った。叢雲はきつい系美人なので、こういう弱そうにかわいいポーズをされると、グッとくるものがある。

『あたし思うの』叢雲はやがてポツリと話始めた。『あたしたちってここにきてすぐに手術をうけるじゃない?それは艦娘になるために必要な手術だし、あたしもその辺は納得しているのよ。でも・・・』

また沈黙。なにか言おうかどうか迷ってる風だった。しばらく沈黙があったがあたしは黙って叢雲が口を開くのを待った。やがてゆっくりとまた話始める。

『艦娘って基本的に、多くが提督に好意をもってるじゃない?これってもしかして、鎮守府の指揮系統を潤滑にするために、なんて言うか、洗脳みたいな?そんな処置が同時にされてるんじゃないかって・・・・』

えーーーーって思った。そんなこと考えた事もなかった。いや、そんな話食堂でされてもきついぞ叢雲。

『だとしたら、あたしのこの思いは偽物なんだろうか、なんてね』

何と言ったら良いかわからず、あたしは考える間とりあえず叢雲の次の言葉を待った。

『でも、提督に好意をもってないあんたみたいのがいるから、取り越し苦労かなとも思うのよ』

『それ単に男が提督しかいないからじゃねぇの?』

叢雲がきょとんとしてあたしを見返している。

『女子クラスに一人男子がいました。この男子普通にモテモテだろ。よくあることじゃん』

あたしの言葉を咀嚼して飲み込むようなちょっとした間をおいて叢雲がクスっとわらった。

『あんたみたいな単純バカがいるとホッとするわ』

『おう!たりめーよ!』

あたしは二っと笑う。叢雲美人かわいー。

 

 



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叢雲の話の考察+過去話+α

叢雲はあたしを『単純なバカ』と表現したが、あたしは周りにそう思われがちだけど実はそうでもない。そうでもないんだぜ?いや、ホントホント

叢雲の話には確かに驚いた。しかも随分と深刻に考えてるようで、ああは言ったがもう一つの可能性に関して、あんな顔を見せる彼女に言うことはできなかった。

例えばその洗脳をするための薬品があったとして、まだ実績データが多くなく、投与量と効果のボリュームの関係を計るために調整をして経過を観察しているのかもしれない。

霞や叢雲や、そのほかの提督LOVE勢には多く投与していて、あたしやサミ姉とかには投与していないか、していても微量とか、そんな感じで。

叢雲に言われて初めて気づいたが、確かに鎮守府のこの状況は異常だ。普通、上の立場の者を好きになる時、まず最初は憧れのような感情を持つと思うんだ。そうして接しているうちに、もしかしたら自分のことを好きになってもらえるかもしれないって感じるようになって、段々と恋愛感情になっていくものなんじゃないだろうか。はたして、うちの提督はどうだろう。不愛想でディスコミュニケーション、長身痩せマッチョで顔もキレイだけどとにかく目が冷たい印象を受ける。たいていの女の子ならまず『怖い人』と思うだろう。

一人や二人がそんな提督を好きになっても、それは別におかしなことではない。しかし鎮守府内の半数以上の艦娘が憧れではなく、明らかに恋愛対象として提督を見ている。あの提督にそれほどのコミュ力があるだろうか?あれほど多くの艦娘とコミュニケーションをとって、憧れを恋愛感情に昇華できるほどのコミュ力が。だいたいあの提督はとんでもなく無口だ。彼が艦娘と雑談している所ですら、あたしは見たことも聞いたこともない。

艦娘の力は強大だ。こんな力を個人に与えるのにその手綱をひきしぼる手を講じるのは国家として当たり前だろう。艦娘を提督に恭順させるための洗脳はいかにも持ってこいの方法にも思える。

こんな状況だ。結構勘のいい叢雲が深刻に考えてしまうのも無理はない。

そんな考えにとらわれてしまった叢雲は自分の感情を持て余して、いや、持て余すなんて表現では語れないほどに苦しんでいるのだろう。これは他の娘たちには絶対言えない。

 

夜も更けてきたが、昼間の叢雲のそんな話のことを考えていたあたしは、眠る機会を失っていた。そばではサミ姉が寝息を立てている。月明りがちょうどサミ姉の顔に差していて、美しく光を放っているように見えた。

 

就寝時、昼間夕張にとられた仇を討つようにあたしはサミ姉の同意も得ないでベッドの隣にもぐりこんだ。サミ姉はもちろん嫌がりもせずにあたしの首の後ろに手をまわして『涼ちゃーん』と甘い声と笑顔で答えてくれた。

『涼ちゃんこの前あたしにキスしようとしたよね』

『あ?いや、それはー』

サミ姉の唇があたしの唇に触れた。いきなりだったのであたしは固まってしまった。サミ姉はそのままあたしの唇を軽く吸って離れた。

『久しぶりに涼ちゃんがキスしてくれるかと思ったら、あの後から全然そんな感じじゃなかったから、あたしからした』

天使だ!こいつは天使だぁぁぁぁ!!ヤバい物質がまた脳内で大量発生して脳髄に浸み込んでいくような気がした。あたしはサミ姉の寝間着の前のボタンに手をかけたが、そこで止まった。昼間の叢雲の話が頭をかすめたのだ。

固まって止まっているあたしを見てサミ姉はちょっと不思議そうな顔をした後、あたしの頬っぺたにちゅっと軽く唇をつけて『おやすみ涼ちゃん』と言って目を閉じた。

 

あたしのサミ姉へのこの想いはどうなんだろう。実の姉を好きになるように記憶も含めて洗脳されたって事は、まぁなさそうだけど。鎮守府にとってメリットなさそうだし。

洗脳されて矯正された想いと、ずっと一緒にいたことで芽生えたこの想いとはどれほどの差があるのだろうか。

叢雲、つらいだろうなぁ

この想いがもし洗脳によるものだって言われたら、あたしはどうするんだろう。

 

『マト姉どうしてるかな・・・』

あたしは市井に残してきた一番上の姉のことを思い出した。

『纏(まとい)』『沙弓(さゆみ)』『涼音(すずね)』があたしたち三姉妹の名前だ。あたしは二番目の姉を昔から『サミ姉』と呼んでいたし、サミ姉もあたしを昔から『涼ちゃん』と呼んだ。艦娘になってからの名前がそう呼ぶのに不自然のない名前だったのは偶然だったのかどうかはわからない。ほかの子の本名なんかは聞いたこともないし。

両親が事故で亡くなってから、あたしたち三姉妹はおじいちゃんに育てられた。上の姉二人は優しかったし、おじいちゃんもチャキチャキの江戸っ子で、とても優しかった。でもやはりおじいちゃん一人が背負うには経済的には厳しかったから、最初サミ姉のところに妖精さんが来た時、サミ姉は大喜びで何の不満も不安も洩らさず、鎮守府に向かった。おじいちゃんを助けられると笑って、本当に嬉しそうだった。1年後あたしのところに妖精さんが来た時、あたしにもなんの迷いもなかった。

 

もうすぐお盆だし、2日ほどの休みはとれるだろう。サミ姉と二人で一緒に帰省できると良いな、と思った。



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エビせんの香り漂う部屋

9月の砲雷撃戦で頒布した本の続きのお話です。


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今日は午前から演習だった。阿武隈を旗艦として、あたし、夕立、春雨、時雨、霞の6隻と相手方は由良、叢雲、漣、龍驤の4隻だ。航空戦力に対する水雷戦隊の対空防御力を上げるための訓練だった。龍驤の艦載機には結構やられてしまったし、態勢が崩れたところの砲雷撃戦は目も当てられない。

『涼風ちゃん!霞ちゃん!連携悪いわよ!しっかりして!』

阿武隈があの甲高い声で怒鳴る。

『ガッテン承知!』

『連携了解!』

あたしと霞、一応返答の勢いだけは良いが、どうにもうまくいかない。先日の食堂での一件以来霞とはギクシャクしている。霞がこんな根に持つ性格だったとは思わなかったが、こちらから謝るのも違う気もするし、しかし戦闘に影響出るようではダメだ。この演習が終わったらちゃんと霞と話をしよう。

航空攻撃側と防御側の駆逐艦勢だけ順次入れ替えをしながら、計5回の演習を終えたころには昼時も過ぎ、13時を回っていた。

演習後は風呂にも浴場にも行かず、シャワー室で済ます。風呂アリ、浴場アリ、シャワー室完備である。12ブロックのパーテーションで区切られたシャワー室で2艦隊分の艦娘が同時に使うことができる。結構至れり尽くせりなのかもしれない。

真ん中あたりの区画に入っていた霞を見つけてあたしはその左隣に入った。霞もあたしに気づいた様子だったが、無言でいたのであたしもとりあえずお湯のハンドルをひねってシャワーを身体に当てた。汗が洗い流され、火照った身体にさらに高い温度のシャワーがここちよく、気分も上がってきたところであたしは口を開きかけた。

『みんながいる前であんなこと言わないで』

あたしが言うより先に霞が言った。しかもっコッチを見ていない。シャワーのハンドルに向かって言っている。それであたしはカッとなってしまった。

『そんなの霞が先にあたいとサミ姉のことひやかしたんじゃん!』

『はぁ?あんたそんなことまだ根にもってたの!?』

『そんなこととか言うんなら、そんなことで怒んなってーの!』

『あんたたちとあたしは違うのよ!』

『何がちがうんでぇ!』

『それは・・・・とにかく、違うったらちがうのよ!』

そういった霞はまた顔を真っ赤にさせた。シャワーの雫なのか涙なのか判別がつかないが頬を雫がつたった。

『バカ!ばかばかばかばーか!』

そう、捨て台詞を残して、霞はドアをはねつけてそのまま走って出て行ってしまった。

『なんでぇ、霞のやつ』

『今のはまずかったね涼風』

時雨が左となりのパーテーションの上から顔を出していた。

『いや、だって、何が違うって言うのさ、わけわからねぇよ!』

『違うよ』

時雨は目を細めた。

『君と五月雨は・・・・違うんだよ他の子たちとは』

 

シャワー室を出て、部屋に向かう廊下の途中、あたしは時雨の言葉を反芻していた。いつもの意味深そうで、意味のない妄言とはどこか違った雰囲気があった。時雨はその後何も言わずに出て行ってしまったし、もう何が何だか訳が分からない。何にしても大騒ぎになってしまって、サミ姉がいない時で良かったとは思う。

サミ姉は今3日間の休暇を取って帰省している。結局二人で揃っての休暇は取れなかった。ましてあたしの方は休暇自体まだいつ取れるかも決まってない状態だ。

サミ姉のいない二人部屋のドアを開けると、仄かにエビの香ばしい香りが漂ってきた。中に入るとちゃぶ台の上。菓子受けに入れていた坂角のえびせんの空いた小袋がいくつか散乱していて、菓子受けのわきに蠢くちいさな生き物が2体いた。一瞬Gかと思い『ひぇっ』となって引いたがよく見ると頭が青い。

『部屋主が返ってきたようだようだ』

『お嬢ちゃんが返ってきたようだー』

妖精さんだった。しかも姿があたしとサミ姉の小さい版だ。

近づいても逃げないようだった。鎮守府内でもたまに見かけることがあるが、だいたいすぐに逃げてしまうので、こんなに近づいたのは初めてかもしれない。

妖精さんの姿は固定していない。というと何のことかわからないと思うが、そうとしか言えない。ちょっと目を離すと姿が変わっていたりするし、2人が1人になったり、3人になったりと、どこか存在自体が揺らいでいる印象だ。

『お嬢ちゃん、おじさんはこのおせんべい?』

『おせんべい?』

『おーべんせい?』

ちびサミとちびスズが両手にせんべいを掲げてわちゃわちゃとして言う。

『お、おせんべいであってるよ・・・』

あたしが言うときゃっきゃと喜んで走り回ったかと思うとちょこんと座って齧り始めた。

『おせんべいお気に入りのようだー』

『おじさんお気に入りのようだー』

二人で仲良く隣り合ってせんべいを黙々と齧っているちびサミとちびスズだった。あたしはちゃぶ台のわきに座り込んで、その生き物を見ていた。

『・・・・かわいい・・』

顔がにへらっと緩む。あたしはちびサミのおでこをチョンとつついてみた。コテンとそのまま後ろに転がった。となりのちびスズは気にしないでせんべいを貪っている。転がったちびサミは『よいしょ、よいしょ』と言わんばかりに起き上がってせんべいを手に取り、さっきと同じポジション取りで同じようにせんべいを食み始める。なにごともなかったかのようだ、ちびスズも突っついてみたが、同じ動きをした。あたしはなんかつっつくのが楽しくなってきて交互に突っついていると、やがて食べ終わったちびスズが言う。

『お嬢ちゃん、いい加減にしなイカ?』

『お嬢ちゃん、イカ?』

ちびサミも食べ終えたようだ。

『あたいはイカじゃないかなw』

『イカにも・・・』

『イカニモ?』

あたしはちびサミのおなかを人差し指でつついてコテンとたおしてぐりぐりしてみた。

『くるしぃー、だけど、きもちいー』

などどキモイ台詞を吐きながらどう見ても喜んでいる。

『おじさんも!おじさんも!』

ちびスズもやってほしいようで、せがんできたので、左手で同じようにぐりぐりした。

『くるしぃー、だけど、きもちいー』

手疲れるけどかわいーなー。

この子たちがいつまでいるかわからないけど、サミ姉がいない間さみしくないかもと思って、さっきまでの出来事でささくれ立っていた気分もだいぶ楽になっていた。

 

 

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サミ姉はいないけど何とかなった夜

夜中に目を覚ました。というか起されたといった方が正しいだろうか。顔の上になんか乗っかってきたのだ。上体を起こすと膝のあたりにコロンと転がる二つの物体があった。ちびスズとちびサミだった。

サミ姉のいない部屋はなんだか閑散としているようで、特にすることもないし浴場から戻ってからほどなくしてほとんどふて寝のようにして早めに床に就いていた。サミとスズもせんべいは食いつくしてしまったのでもう用はないとでも言わんばかりに、寝る時にはどこへともなくいなくなっていた。

ケータイは持っているし、電波も届くので帰省しているサミ姉と連絡をとることはできなくはないのだが、鎮守府のルールでむやみに許可なく外部と通話することは禁止されている。禁止しておいて携帯電話の所持を認めているあたりは、この国の公的機関の内側に対するゆるさの表れなんだろう。ルールなぞ気にせず使っている子はいくらかいるけれども、あたしとしてはどうにも憚られるもので使わないでいた。使いたいのは山々だが。

『おい、お前たち、せんべいはもうないぞ』

『ゲームをやらないか?』

『やらないか?』

いや、ゲームって・・・

『ゲームゲーム』とか言いながら丸まって膝の上で転がり始めたが、すぐに落ちてそのまま転がって出入り口の扉にスズとサミの順にぶつかって跳ねてから止まった。そして戸が開いた。

妖精さんが開けた?様には見えなかったがとにかく戸は開いた。隙間から廊下を照らす常夜灯の淡い明かりが射しこんでいる。何か不思議な気分になった。夢でも見ているのだろうかと思っていると、二つの生き物はトテトテっとわずかに開いた戸の隙間から出ていった。かと思ったらまた戻ってきてこちらを覗き込んでいる。『ついて来い』と言っているように見えた。

 

サミとスズはあたしの前を一生懸命走っていた。歩幅が小さいので走られたところであたしはのろのろとした歩調でついて行けば充分だ。たまにこちらを振り返り、ついてきている事を確認する仕草を見せるが、その時の表情がどこか必死な感じがした。とにかく一生懸命走る二人がなんだか可愛かった。そうこうしているうちに二人は玄関から外に走り出た。ちょっとまて、外までいくんかい。あたしは玄関にいくつか無造作に置かれているつっかけを一組引掛けて後を追う。むわっとした草の匂いと虫の声が辺りに満ちていた。そんな夏の夜をしばらく行くと学舎の玄関口があり、二人はそこに駆け入った。はて?夜中に鍵がかかっていないのは変だし、また戸が勝手に開いたような?

入って廊下を左に折れて奥へ行く。この奥ってたしか・・・・

突き当りの教室の戸の前にたどり着く。入り口の上には『情報処理教室』と書かれている。やはり勝手に開かれた戸をくぐって二人について中に入ると十数台のタワー型パソコンが乗っかった机が並んでいて、その真ん中あたりのPCが起動しているようで、明かりのついていない部屋の中で一つだけモニターから光が漏れていた。そのPCの前の椅子に座った。モニターの中央には見たことがあるランチャーが表示されていた。

ハッとして辺りを見回すがサミとスズがいなくなっている。しかしあたしの関心はそのランチャーに向いていた。それはそうだ。これは昔サミ姉とマト姉とあたしと3人でやっていたMMORPGのゲーム起動ランチャーだった。あたしは記憶にあるIDとパスワードをゆっくりと入力した。

ログインすると西洋の古い田舎町といった風景が画面に表示された。中央にあたしのキャラクターが立っている。樽のようにずんぐりとしたむさ苦しいい姿、ドワーフ(男)の戦士で名前はゴンザレス。強そうだろ?辺りを見回すとぽつぽつとプレイヤーキャラがいる。以前よく来ていた頃はもっと人も多くて賑わっていたものだが、随分と過疎が進んでいるらしい。サービス終了間近の雰囲気が漂っていた。

どうしたものかと思っていると、チャットエリアに個別チャットを表すピンクの文字が入ってきた。

『涼ちゃん?』

なんとサミ姉だった。サミ姉のキャラ、エルフ(女)の魔法使い。名前は『さゆちゃん』名前を決める時あたしは『ちゃん』とかつけんなと言ったものだけど、かわいいからいいとか言って決めてしまって、案の定他プレイヤーに『さゆちゃんさん』とか呼ばれておかしな事になっていたが、本人はあんまり気にしていないようだった。

『サミ姉、いたのかー。まさかいるとは思わなかったぜ』

『それはこっちのセリフー。どこからアクセスしてるの?』

『情報処理教室。サミ姉は家から?』

『そう。お姉ちゃんのノーパソからー。お姉ちゃんはそこの机のPCの前で今寝てるのー。寝落ちしちゃったのー』

『まじかw』

あたしはマウスを操作してフレンドリストを表示した。確かにマト姉のキャラもアクティブになっていた。ポークル(女)の僧侶で名前は『アリストテレス』

『もう落ちようと思ったんだけど、ゴン君がログインしたってアラートが来たから、ちょっと驚いたー』

『こっちも驚いたわー』

『ねぇ、涼ちゃんさみしかった?』

『は?何で?まだ1日しか経ってないぜ?』

『だって、こんな時間に情報処理教室に忍び込んでゲームとか変じゃない?』

『それはだなー、なんつーかまぁ、戻ったら話すわー。サミ姉こそ寂しかったんじゃねーのー?』

『寂しくはないかなー。お姉ちゃんとお爺ちゃんいるし。お爺ちゃんやかましいしー。』

『そこは寂しかったとか言っとけよー』

『あ、でもなんかこんな風に涼ちゃんとお話できたのはうれしいかな。』

チャットの手が止まった。そうだな。話せると思ってなかったし、あたしもうれしいと感じているんだろうな。

『涼ちゃん?どっか狩り行くの?お姉ちゃんはもう眠いから、さゆちゃんさん落ちるから付き合えないよー』

『つれねーなー。まぁ時間も時間だしなぁ、あたしも寝るわー』

『お休みだねー、明後日には戻るから、またねぇ』

『おやすー』

チャットエリアには【さゆちゃんさんがログアウトしました】の文字列に続いて【アリストテレスさんがログアウトしました】と表示された。

ふむ・・・・

あたしはそのまま画面を見ながら一息つく。さてこれはなんだろう。妖精さんの導きなんだろうか。なんにしても、何にしてもまぁサミ姉と話せて安心した。

安心した?

あたしは不安だったのだろうか・・・・

片割れがそばにいなくて不安だったのだろうか。不安定になっていたのだろうか。

サミ姉が鎮守府に行ってからあたしがここに来るまでの1年間、あたしはサミ姉のそばにいない時間を過ごしていたことがある。それは生まれて初めてのことだった。あの時は決して不安定などではなかったように思う。ただ、なぜサミ姉はあんなにも嬉しそうにして、あたしを置いていってしまったのだろうとか、鎮守府ってそんなに良い所なんだろうか、とかはよく考えてた。あの1年間の欠落はきっとサミ姉に対する気持ちを必要以上に積み重ねる時間だったのかもしれない。

 

『助けて・・・』

その時チャットエリアに全体チャットを表す白い文字列が表示された。発言者は【TANYAN】

なんだろう、野良パーティーの募集かな?すると他のおせっかいそうなプレイヤーがやはり全体チャットで返答していた。

『助けてだけじゃわかりませんよ?どこにいるんですか?どんな状況なんですか?』

『今天津にいthkl』

そのまましばらく待ったけどそれっきり発言はなかった。プレーヤー名をクリックするとログアウトしていた。

まいっか

あたしはログアウトボタンを押してPCの電源を落とした。モニターが切れてあたりは暗くなる。『寝るか』と独りで言ってあたしは情報処理教室を出た。



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マト姉と・・・・

『よぉ!爺ちゃん』

あたしが実家、木造平屋の古びた家の前にたどり着いた時、爺ちゃんが玄関前にバケツと柄杓で水を撒いていた。バカボンのパパみたいな恰好をしている。前と変わらない、いつもの爺ちゃんだ。

『あ?なんじゃースズじゃねーか』

『おひさっ!元気にしてたかー?』

『なんでおめぇ、いきなり来んなってー、なんで言わんできたんだ?』

『てやんでぇー』

『てやんでぇぇーー』

ガシっと頭抱えられた。ニカっと笑ってグリグリされた。

『爺ちゃんいてぇって』

『おぅ、へぇれへぇれ!長旅でつかれてっだろ!』

長旅とか言われたけど、全然近いんだけどね、距離的には。

 

あたしが休暇をとれたのはもう、夏も終わる頃だった。しかも2日だけだ。今日実家に泊まって明日には帰らないといけない。ちゃんとお盆の時期に3連休をとれたサミ姉とは大違いだ。こういった待遇は残酷なくらい実績に対応している。あんなにちゃんとした時期に休暇が3日貰えるってことは、サミ姉は鎮守府側に結構エース級として認識されているのかもしれない。ちょっと悔しい。いや、かなり悔しい。だってあのぽよよんとしたサミ姉だぜ?サミ姉のくせにー。

ちなみに実家には連絡なしで来た。サミ姉が帰省した時、ご近所さんが大勢集まって大騒ぎで出迎えられたと聞いたからだ。そんなんやられたらたまったものじゃない。良くも悪くもお祭り好きなのだ。

『こうとなったら、ご近所さんに声掛けにいかんとなー』

『おい、ヤメロ』

『なんだって?』

『やめてくださいませ、御じい様』

『てやんでぇー!スズがけぇって来ためでてぇ日にご近所総出でお祝いせんでどーする!』

『んなちょくちょくお祭り騒ぎやってったらご近所迷惑でぇ!適当にしとけー』

『べらんめぇ!』

『べら棒めぇ!!』

『ちょっとやめてよお爺ちゃん、大声出さないで、涼音も。それこそご近所迷惑だわ』

玄関先で爺ちゃんと言い合いしてたら、奥からマト姉が出てきた。

『マト姉』

『涼音お帰りー。お茶入れるから居間にでも座って待ってて』

『はぁーい』

爺ちゃんはちょっとすねたように下唇を突き出していたが、すぐに目を細めて普通の顔になった。

『今夜は寿司でもとっとけ、ミヤケのとこな、特上だぞ』

『うぉ、やった!』

『このぉ、ゲンキンな奴め』

『にしししー』

あたしは爺ちゃんと肩をくんで居間にのしのしと向かった

 

 

『マト姉なんで家にいんの?仕事は?』

『何言ってんの、今日日曜だよ。役所はお休みだよ』

居間にある仏壇にお線香をあげた後、あたしはとりあえずちゃぶ台の前にどっしりと座る。

爺ちゃんはお得意さんのところの庭木の剪定の仕事に出た。バカボンのパパと同じ植木屋さんなのだ。そしてマト姉は国立大学を出た後、何とか言う役所に入った。結構優秀なのかもしれない。ちょっと性癖に問題はあるけど・・・

実は我が家はあたしとサミ姉の報奨金と給料でものすごく裕福だ。爺ちゃんもマト姉も働く必要はないのだが、その辺のお金は使わずに貯金してるらしい。『人間働かなくなったら終りでぇ』ってのが爺ちゃんのお言葉で、マト姉もせっかく入った役所をやめる気はないみたい。

とか言えば聞こえはいいが、実際のところ貧乏が根についてしまって、お金の使い道が判らないってのが本当のところなんだと思う。サミ姉の最初の報奨金が入った時のあたしたちのビビり方はは半端じゃなかったし、爺ちゃんなんか『ご、ご近所に配るか?どーなんでぇ』とか言ってたし。金配っちゃダメだろ。

 

さて、夕食は特上寿司ということだがまだ昼過ぎだ。あたしは地元の友達の何人かに電話をかけた。しかし日曜日の午後に突然電話して暇してる奴なぞいないのだった。みなさんリア充してやがる。今デート中とか言ってる奴もいる始末だ。爆発しろ。

それでも『もっと早めに言え』とか『夜なら空いてる』とか言うのもいて、夕食後に駅前のローソン前に3人ほどで集まることとなった。鎮守府の生活とか話聞きたいらしく、結構みんな興味深々らしい。大した話はないと思うのだが・・・・

一通り電話を終えたころにマト姉が温泉饅頭のいくつか乗った皿をもってきた。

『涼音、お茶おかわりいる?』

『おう、もらっとこうか』

マト姉がお茶を注ぐ間にも饅頭に手を出す。うまうま。

『涼音ももう子供じゃないんだし、その江戸っ子口調なんとかならない?』

とか言いながらマト姉があたしの隣に座る。なんか近い。

『これはあたいのアイデンティティーだし、爺ちゃんの孫だという証だ』

『意味わかんないよ』

言ってるセリフと裏腹にマト姉は笑顔だ。

『マト姉、なんか嬉しそうだな』

『だって涼音がそばにいるんだもの。お膝乗る?乗ってもいいよ?』

『いや、それこそ子供じゃねぇし』

『えー、お姉ちゃんさみしかったんだよー。涼音は沙弓がそばにいるからいいかもしれなけど、あたしはずっとお爺ちゃんだけなんだよー』

『つーか、体格的に無理だろ膝乗るとか』

『じゃこうしよう』

マト姉はちょっと後ろにずれて体育座りになってから足をひらいて、『きてきて』とか言ってる。スカートなのでパンツが丸見えである。あたしはちょっとの間マト姉のパンツを覗き込んでいた。うむー、いいパンツだな。ナイス・パンツ。

『ちょっと、パンツはいいから、ほら来て』

あたしは素直にマト姉の立てた膝の間にマト姉に背を向けて座った。するとマト姉はあたしの前の方に手をまわして背中に密着してきた。ふわっとした柑橘系のいい匂いがした。

あたしの頭の左横にマト姉の顔があった。あたしは何か恥ずかしくなってきて、ちゃぶ台に手を伸ばしてお茶を一口飲んだけど、マト姉はそのままあたしをギュッとしたままだ。マト姉の満足そうな吐息を頬に感じながら、あたしはサミ姉とマト姉と3人で暮らしていた時のことを思い出していた。お爺ちゃんもいて、あたしたちは幸せだったのだろう。両親が亡くなって、そこにぽっかり空いた穴を強く認識した時。お爺ちゃんや二人の姉を大切に思う気持ちが深くなったのかもしれない。だからあたしはサミ姉が全く迷いもなく鎮守府に行ってしまった事にはどこか裏切られたような気持ちがあった。

そしてあたしはサミ姉を追った。でも結局それはマト姉を置いていく事にもなったのだ。マト姉に『さみしい』

なんて言われたら、あたしは素直になるしかない。

マト姉の手があたしの顎にかかり後ろを向かせる動きをした。あたしは半ばぼぉっとして『キスされるんだなぁ』とか考えていたけど特に抵抗するでもなく、そのままマト姉の唇を受け入れた。やらかい、柑橘系の香りのするマト姉の吐息がしみわたってくるようにして、あたしは幸福感の中でされるがままだ。でもまだそれはフレンチキスだった。あたしは『舌をいれてこないのかな』とか思っていた。後から考えればたぶん、どうかしていると思うのだろうけど、この時は『舌を入れてほしい』と思ったのだろう、あたしはマト姉の唇を少し強く吸った。するとすぐにマト姉は舌を滑り込ませてきてあたしの舌に絡めてきた。

しばらくあたしたちは次ぐ息も絶え絶えになりながらもはげしく唇を吸いあい、舌を絡めあった。あたしはもう体をマト姉の正面に向けて背中に手をまわしている。とてつもなく幸せを感じていた。

 

どのくらい抱き合ってキスをしていたのだろうか、外は暗くなってきていた。そろそろお爺ちゃんも帰ってくる頃だろう。こんな幸福なキスでもあまり長時間していればやっぱり疲れるのだ。あたしとマト姉はもう、ぐったりして畳に寝転んでいた。

『お寿司注文しないとー』

そういってマト姉は立ち上がろうとしたけど上半身を起こしたところであたしの方を向いて、寝転がっているあたしの乱れた前髪を手で梳いて、優しそうに微笑んだ。

『涼音、愛してる』

あたしはしばらく見下ろす逆光の柔らかい影のかかったマト姉の顔を見上げていた。

『サミ姉にも言ってるんだよね、それ』

『もちろん。あたりまえじゃない』

そう言ってマト姉はもういちど軽くキスをした。

『涼音だって、沙弓が好きでしょ』

『うん』

『あたしも好き』

『サミ姉ともキスしたんだ?』

『もちろん』

『キスだけ?』

マト姉はあたしの頬を軽くなでてから笑って言った。

『ないしょ』

 

 

 

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さみ成分少ないので落書き鉛筆画乗っけてみた


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豆電球の淡い光がが照らしたもの

マト姉は妹たらしである。

まったくガチレズロリ妹フェチでたらしって言う、実はとても危険な人なのだ。あたしとサミ姉はずっとそんな姉と暮らしてたわけだからまぁ、影響は受けたのだろう。それでも何と言うか、実の妹とは一線は超えないっていう自分ルールみたいな物があるらしくて、これまでは過剰なスキンシップと軽いキスくらいにとどまってはいたのだ。

それがあたしたちもお年頃な感じになってるし、あんまり会えなくなってるしで『そろそろいいかな~』ぐらいには思っているのかもしれない。

 

あたしは昼間のキスの余韻が抜けなくて、夕食(特上寿司)の後友人たちと会ってもどこか上の空だった。

今夜あたしはマト姉にやられちゃうんだろうか。女の子同士のセックスってどんな風にやるんだろうか。道具とか使っちゃうのだろうかー。

などど、そんなことばっかり頭の中で回っていた。妄想が膨らんでいた。

 

『なんかスズってばさっきからぼーっとしてる』

『あたしの話きいてるー?』

あたしたちはローソン前でバイトを終えて上がってきた一人と合流してどこに行くわけでもなく、駐車場のタイヤ止めに座り込んで3人でたむろっていた。たち悪そうである。

二人とも中学の同級生で、朝子と佳乃という。

『お、おう、聞いてるって』

『沙弓先輩、ってか五月雨さんはどうしてるのぉー相変わらずキレイ?』

『戦場の天使五月雨様ー、あたしも一目見たいわー!写真とかないの?』

『あー、えっとぉー』

そういえばこいつらはサミ姉の信者だった。中学の時あたしの一個上の学年だったサミ姉は下級生に結構人気があった。端正な顔立ちに綺麗な長い髪、黙って動かないでいれば落ち着いた雰囲気もあるし、遠目には憧れる対象になるに充分なビジュアルであったのだろう。あたしもビジュアル的にはたいして変わらんはずなんだけど、なんであたしはモテなかったんだろう。

『戦闘中は撮影なんかは無理だから、そういうのはないけど、演習の前に一緒にとったのならある』

と言ってあたしはスマホの画面を二人に見せた。サミ姉の艤装装備を手伝った後、二人で撮ったやつだ。このあと駆け出して行ったサミ姉はほどなくして、ちゃんと躓いて転んでいた。

『おおー』

朝子がスマホを取ろうとするので、あたしはさっと手前に戻す。

『みるだけ』

『けちくさー』

渡すわけにはいかない。スワイプされれば他の写真も見られてしまう。サミ姉の寝顔とか着替えとか隠し撮り、盗み撮り満載なこのフォルダは門外不出なのだ。

『じゃそれ送ってよー』

『あたしにもー』

『おう』

あたしはスマホを操作して二人に画像を送信した。

『これうちの後輩に送ってもいい?』

『あ?なんで』

『うちの後輩にお前の信者がいるんだよ』

なにそれ、初耳。

『あー、スズ下級生に人気あったからー』

それも初耳。

『すきにしなー』

『さんきゅ』

『ワイルドのキミとか言われてたよ』

『なんじゃそらw』

どっかで聞いたような気もするが?

あたしたちはその後1時間くらいどうでもいい事をしゃべってから解散した。23時を回っていた。

 

帰りの道中あたしの頭の中はエロい事でいっぱいだった。実際サミ姉の時はどうだったんだろうって事も気になってはいたが、困ったことに本当にソレの事ばっかりが頭にぐるぐる回っていて、もう、どうしようもなかった。

むしろあたしがマト姉をやっちまおうかと言うくらいの勢いだ。

なんなんだコレ、思春期症候群か何かか?

マト姉に対する気持ち云々とか、愛とか性欲とか以上にもう、好奇心が勝っていたのだろう。

 

帰り着くと爺ちゃんはもう自室で寝ていた。4人で暮らしていた時から爺ちゃんだけが個室を持っていて、あたし達姉妹は大部屋で一緒くたに寝ていた。『あたし一人になっちゃって寂しくてねぇ、広すぎるのよこの部屋、一人だと』そんなことを言いながらマト姉が畳の上に布団を2組敷いてくれた。マト姉の『寂しい』は最強の殺し文句だ。

『お風呂入ってきなさい。ちょっと追い炊きすればまだ大丈夫だから』

『お、おぅ』

消え入りそうな声で返事をした。ね、念入りに洗っておこう、うん。

サミ姉がいなくなってからあたし達は今日と同じように2組の布団を敷いて寝ていたけど、よくあたしはマト姉の布団に潜りこんでいた。布団いっこでいいじゃんとか、よく思っていた。抱っこされて寝ていたものだけど、それ以上のことは何もなかったし、そんな意識もあたしにはなかった。

風呂を上がって部屋に戻ると、マト姉はもう床に就いていた。部屋は小さい豆電球だけがついていて、わずかな淡い光だけを頼りにしてあたしは、マト姉のとなりの布団に潜り込んだ。マト姉が寝てるのかどうかもよくわからない。

あたしは何かガッカリしたような、安心したような、ホッとしたような、恥ずかしいような?複雑な気分になった。

しばらく目も閉じずに天井のシミを数えていると胸の奥底からある感情が湧いてきた。まるで今まで抱いてきた色々な感情の残滓が澱のように積みあがって、それがもう一杯になってあふれてくるように、沸々と煮えて煮こぼれてくる。

サミ姉をやる!帰ったら、キスして、濃厚なやつをして、服も全部ひっぺがして、体中余す所なく舐めまわして、唇も、首筋も、乳房も乳首も性器も、足の爪まで全部あたしの物にするんだ。

目が血走っていたかもしれない。この前見た夕張の目みたいになっていたかもしれない。

その時マト姉があたしの布団に入ってきた。・・・・え?

『涼音を抱っこして寝たくなっちゃった。いいよね?』

マト姉の顔を見上げたが、豆電球の淡い光では影になって全く見えない。逆にマト姉からあたしの顔は淡いとは言え照らされているし、目も暗さに慣れているだろうから良く見えただろう。

マト姉はそのまま顔を近づけてきて、あたしの唇を軽く吸った。

あたしはいつかの夜に蒼い月明りの中でされたサミ姉のキスを思い出していた。そんなキスだった。

それから横になってあたしを抱きしめた。

『涼音、すずね・・・死なないでね、沙弓と、いつかちゃんと帰ってきてね』

『え?・・・・』

意外な言葉を聞いた気がした『死なないで』?

深海棲艦との闘いは、あたし達にとってそれほどの脅威ではないし『死ぬ』とか『沈む』とかは、文字列としての認識以上の物はなかった。それこそ先日のプラント防衛戦での事も結局取り越し苦労だったわけだし。だけど市井にいて家族を送り出している者にとってはそれは確かに大きな心配事として心に重くのしかかるのかも知れない。そんな事をあたしは今初めてマト姉に言われて気づいたのだった。

横になったマト姉の顔が淡い光に照らされていた。双眸から光るものが零れ落ちている。

あたしはマト姉の胸に顔を埋めた。手を背中に回して、ギュッと抱きしめた。

『大丈夫。サミ姉も、大丈夫だから、泣くな』

マト姉のすすり泣く声をしばらく聴いていた。

あたしはマト姉の柔らかい胸と柑橘系の香る吐息を感じていた。

やがてマト姉の吐息が一定のペースで静かになった頃、あたしも眠りに落ちていた。

 

 

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二人の部屋へ帰還

翌朝あたしは仕事に向かうマト姉を見送った後、しばらくはボケっとして過ごしてから爺ちゃんと昼飯(そばを茹でた)を食った後実家を出た。

玄関の前で爺ちゃんがあたしの左頬に手を添えてしばらく無言であたしを見ていた。少し潤った目が優しそうにあたしを見ている。あたしは黙って笑顔で爺ちゃんの目を見返す。

『スズ、お国のために働いてるお前は立派だ。爺ちゃんの自慢の孫だ。でもな、体は大事にするんだぞ』

『ん、爺ちゃん、ありがとう。大事にするし、ちゃんとまた帰ってくるよ』

『あぁ、沙弓と二人でな、助け合ってちゃんと二人で帰ってこい』

『がってんでぃ!』

あたしはニカっと笑ってじいちゃんに拳を突き出す。

『おう!』

あたしの拳に爺ちゃんも拳をぶつけて答えてくれた。

『達者でな!』

『爺ちゃんもな!』

 

最寄りの駅までの道のりを歩きながら、あたしは考える。爺ちゃんもやっぱりマト姉と同じように、あたし達をすごく心配しているんだ。考えてみればそれはそうなんだろう。あたし達のやっていることは戦争だ。爺ちゃんやマト姉は出征した家族の帰りを待つ銃後の人なんだ。そんな当たり前の事さえ、あたしは気づかないでいた。たしかに鎮守府での生活には緩いものがある。訓練や座学は結構きついのだが、たまに出る実戦ですら結構軽くこなしてしまう事が大半だ。稀にある大規模作戦も出撃のメンバーは限られていて、サミ姉は必ず参加しているのだけど、あたしはまだ参加したことがない。

そんなことを考えながら歩いていて、ふと顔を上げると、駅の方から見慣れた顔が歩いてきた。食料品と思しきもので一杯になったマイバッグっぽい買い物トートを両手に下げて歩いてくる。あたしは手を振って声をかけた。

『龍驤!』

一瞬顔を上げた龍驤はこちらを一瞥した後、戸惑ったように左右を見てから怪訝な目になって、そのままあたしの横を通り過ぎようとしていた。

『なんでぇ、龍驤、無視とかすんなよ』

あたしは龍驤の腕を掴もうとしたが、よけられて後ずさっていく。

『あなた?誰ですか?あたしリュージョーなんて名前じゃないです』

標準語?え?

『・・・・あ、すまねぇ、人違いみたいだ』

そういいながらあたしはマジマジとその女の子の姿を見た。髪はツインテールにこそしていないが、茶色がかった髪だ。全体に細く背も低い。胸は・・・・所謂独特のフォルムとかいうやつだ。いや、コレほとんど龍驤だろ。

龍驤にそっくりなその女の子は踵を返して足早に離れて行った。荷物が重いのだろう、走りたいけど走れないといった様子でよろよろと少し行ってから傍らに建つ高級そうなマンションのエントランスに入って行った。

 

その後あたしは電車に乗って横浜駅で降り、シーバスに乗って鎮守府に向かう。乗客もまばらだったシーバスはモーター音を響かせて水しぶきをあげながら水面を進んで行く。あたしはデッキに出て、もう秋の雰囲気が漂う空を見上げながらサミ姉のことを想った。この空の青さえ、サミ姉の髪の色に見えてくる。サミ姉に会いたい。たった1日、たったの一晩離れていただけなのに。あたしの五月雨病は悪化の一途みたいだ。

シーバスを降りて鎮守府のゲートをくぐる。自然に速足になっていた。あたしはそのまま寮舎に向かう。サミ姉は寮舎にいるだろうか、息を弾ませて寮舎に入り部屋へ向かう。もうとっくに駆け足になっている。そして部屋の前についたあたしはすかさず戸を開ける。

『サミ姉!』

しかしサミ姉は部屋にはいなかった。ちょっと拍子抜けしたけど、どっか別のところにいるんだろうと振り向きかけたところで背中にボテっと何かよっかかってきた。

『涼ちゃん・・・足早いって』

サミ姉だった。息が上がっている。

『涼ちゃんーお帰りぃー』

サミ姉はあたしの首に両手を巻き付けて背中に思いっきり体重をかけてきた。おんぶをせがむ子供のようだ。

『涼ちゃん!お姉ちゃん寂しかったよー、もぉ!あたし玄関にいたのに超スルーで走って行っちゃうんだものー』

『お、おぅ、サミ姉、ただいま。すまん気づかんかった』

いきなり密着されてあたしは顔が熱くなっていた。たぶん赤くなっている。

『戸を開ける時あたしの名前呼んでくれなかったら、お姉ちゃん悲しくてそのまま夕張さんトコに泣きながら行く所だったよぉー』

夕張だとぉ?ここで夕張の名前出すあたりは、こいつも天然のコマシなんだろうなー。さすがマト姉の妹だぜ。

『まぁ、入って、入って。長旅で疲れてるでしょ』

長旅とか言われたけど、全然近いんだけどね、距離的には。あれ?なんかデジャブ。

サミ姉が部屋に入り、あたしが続いて入って引き戸を閉めた。後ろ手で鍵もかける。よし!しめしめ。

あたしはこのまま押し倒してサミ姉をやっちまおうと思っていた。たぶんかなり悪い顔でニヤついている事だろう。

『あれー、涼ちゃん顔真っ赤だよー。それになんか嬉しそう!』

どうもあたしの表情に関しての見解に齟齬がある様だ。なぜだろう。あれ?顔、めっちゃ熱いんだけど。あたしは頭がクラクラしてきてついには膝をついてしまった。

『涼ちゃん!どうしたの!大丈夫?』

顔の毛細血管に体中の血が流れ込んで体温が顔に集中しているようだった。心臓がバクバク鳴っていて、もうサミ姉の顔がまともに見られなくなっていた。

『お布団敷いてあげるから、ちょっと待ってて。横になろう』

いやいや、そっちに2段ベッドあるし、わざわざ布団敷かなくてもと思ったが、サミ姉は予備の布団を押し入れから出して敷き始める。でもまぁこのままやっちまうには都合はいい。畳の上でやるのはあちこち痛そうだしな。あたしの思考は前向きにサミ姉をやる方向に向いているのに、どうも体の反応が乖離していくようだ。

あたしはそのまま布団に倒れ込んだ。布団が冷たくて気持ちよかった。少し落ち着いた。するとサミ姉があたしの横に『よっこらしょ』とか言いながら寝転んで、添い寝状態になった。顔が近い。

添い寝とか、都合がいいぜ、ふふふふ、とかもう思わなかった。ハイハイ。正直に言いましょう。あたしは照れていた。恥ずかしかった。ドキドキして、サミ姉を意識して、強く意識し過ぎていた。

あたしは近いところにあるサミ姉の顔を見ることができなくて顔を背けて背中を向けた。するとサミ姉はあたしの前の方に手をまわしてそのまま背中に密着してきた。そして耳元でささやくのだ。

『涼ちゃん、ずっと一緒にいようね』

『あ、あたっ、あたりまえだ・・・』

頭の上のつむじの辺りからピョコっと白旗が出たような気がした。



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君たちは特別

休暇終了帰還の報告をするために提督の執務室に行ったが、この日提督は鎮守府を空けていて不在だった。執務室に秘書艦代理として詰めていた神通さんが言うには、昨日市谷に呼ばれて秘書艦の大淀さんを伴って赴いたらしい。緊急の会議だそうだがいまだに返ってこないと言う。あたしは内心『らっきー』と思い、神通さんに帰還の報告をして執務室を出た。

どうもあの提督は苦手だ。会わないで済むならそれに越したことはない。

寮舎に戻る途中、ふと、実家から帰る道中の事を思い出して龍驤と漣の露店に寄ってみた。

露店の前にたどり着いたあたしはまず、上の方にえらくテキトーな感じに備え付けられている看板に目を奪われた。

『巨乳商店』と毛筆っぽい字で大きく書かれている。

『いらっしゃーい、涼風ちゃん』

漣がいつものように愛想よく声をかけてくる。

『いいか涼風、突っ込む所間違えたらアカンで』

龍驤が番重に入ったお菓子を箱に詰めて小分けにしながら、上目遣いにしてドスの利かない持ち前のかわいい声を目いっぱい低くしてドスを利かせてくる。

なるほど『巨乳商店』には突っ込んじゃダメって事ね。だったらそんな看板だすなって。

ここで空気を読まずに敢えて『巨乳商店』に突っ込みを入れてみようかとも思って一寸看板を無言で眺めていたが、思い直しておいた。

『今日はcloverのシェフトックがお勧めですよ!いかがですか?涼風ちゃん』

漣の今日の出で立ちはメイド服だった。こいつは隙をみてはメイド服を着て歩いている。お店の販売にはもってこいとばかりに、今日のはピンク色のミニスカメイド服だ。メイド服と言えば黒系にロングスカートだろ、と言いたいところだが、まぁ、あざとかわいいので良しとしておこう。

『じゃそれ2個くれ』

『はーい、ありがとうございます!2個で340円です!』

龍驤がそのシュークリームに似たお菓子をトングで1個づつ摘んで2個、紙ナフキンを2枚添えて小さめの紙袋に入れ漣に渡す。

『まいど、おおきになぁ』

『ありがとうございます!』

あたしはポケットから小銭をだして340円を選り分けて渡す。

漣から袋を受け取りながら、あたしはなんでここによったか思い出して言った。

『ところで龍驤、あたいさっき帰ってくる途中龍驤そっくりの子にあってよぉ、声かけちゃってさぁー』

『・・・・え?』

『うわー、変な人ー、みたいな目でみられちまって、まいったわー。いやホント胸までフラットでそっくりでな』

あはははーとか笑ってから龍驤を見ると固まっている。『胸までフラット』は余計だったか?

『・・・・あ、そなんかーあはははは、まぁ、似たような人間は3人はおるっちゅうからなー、うんうん』

なんか動揺してないか?

『ほら、はよいかんと、シェフトックが冷めてしまうで』

いやこれ冷めるとかそういうものじゃないだろ。

ちょっと気にはなったが、あんまり突っ込まれたくないって雰囲気丸出しだったので『巨乳商店』の件も併せて、空気を読んでおくことにしたあたしは大人の階段を着々と上っているようだ。あたしは『にしっ』と一回笑って店先から立ち去る。

『またご利用くださーい』

『はいはーい』

あざとかわいくお辞儀をする漣にひらひらと手を振っておいた。

 

お菓子の袋をもって寮舎の部屋へ戻るとサミ姉はいなかった。食堂かなーと思い向かったがここにもいない。というかサミ姉どころかあんまり人がいない。あたしは広いテーブル席に一人で座ってどーしたもんかと考えていた。すると前の方の出入り口から時雨と不知火が入ってきて、二人で向かい合ってテーブル席に座ったのが見えた。時雨がこちらに背を向けている。こちら向きの不知火の顔は見えたが少し俯きがちだった。なんだろう、珍しい組み合わせだな。

しばらく無言で向かい合っていたようだが、やがて不知火がポツポツと話し始めた様だった。でもあたしの所までは声が小さくて聞こえてこない。先日の食堂前でやらかしてた不知火と曙のケンカに関係した件だろうか。あの時確か時雨が仲裁に入っていた。時雨は時折頷きながら不知火の話を聞いている。

一通り話し終わったのか、不知火が俯くと時雨が口を開いた。時雨の声は良く聞こえた。

『不知火と陽炎って特別なんだよ。うちの白露型の姉妹にはもっと特別な感じの二人がいるけど、君たちも結構似たような感じがするんだ』

『ん?』と思ってあたしはテーブルに突っ伏して寝たふりをはじめた。なんか不味いことを聞いてる気がしたのだ。

『曙はあんな子だから分かりづらいけど、あの子も陽炎が大好きだよね。不知火の事も好きなんだと思う。もうちょっと素直に表現できればいいんだけれど。曙が陽炎の邪魔ばっかりして気に入らないっていうのはわかるんだ、でもなんていうか・・・・』

時雨が少し考えるような間をとって続ける。

『君と陽炎は特別だから』

また・・・・特別って言った。『君たちは特別』

『もうなんか二人で一人みたいな、お互いがお互いを半身だとでも信じているような?そんな感じ』

時雨の表情は見えないが、寂しそうな顔をしているような気がした。

『そういうのってさ、傍から見ると焼けちゃうって言うか、そこに入り込もうとすると結構きついんだよね。曙もそうなんだと思うんだ。』

時雨の話を聞いていたあたしは全くこの件には関係ないであろう、霞の事を思い出していた。霞の言ったあの言葉を。

霞は『あんたたちとは違うのよ!』と言った。

 

あたし達は特別。あたしとサミ姉は特別。涼風と五月雨は特別。

 

そうなのかもしれない。あたしとサミ姉にはもう、確固とした絆みたいなものがある。切っても切れない、切りようもなく、切ろうとも思わず、切ることが可能かすら疑わしいくらいに。まるで物理法則で固定でもされているかのようだ。

対して霞と提督はどうだ。現状はただの霞の片思いにすぎない。絆も関係性も何もない。これは確かに違うのだろう。あたしはここに至って初めて自分が霞にすごく悪い事をしていたことに気づいた。

あたしはいてもたってもいられなくなって、椅子を蹴って立ち上がった。大きな音がしたので、不知火と時雨が驚いてこっちを見たが、構わず食堂を出る。驚いた顔をした時雨の犬耳型のハネ髪がぴょこぴょこと動いてた気がした。

 

寮舎内の朝潮型の部屋が集まってる1角にきてあたしは霞と朝潮の二人部屋の戸をたたいた。ドンドン叩いた。めっちゃ叩いた。

『誰よ!うるさいわねー!・・・・・』

もちろん霞が怒鳴り出てきたが、あたしの顔を見て固まっている。

『霞!すまなかった。あたいが悪い事をした。この通りだゆるしてくれねぇか』

あたしはガバッと勢いつけて頭を深々と下げた。

頭の上の方から霞のアワアワして泡食ってるみたいな息遣いが聞こえる。

しばらく反応がないのであたしはそのままの態勢でさっき買ったシェフトックの袋を差し出した。

『コレ、食ってくれ。詫びのしるしだ。』

少し間があったが霞が受け取ってくれたようなので、あたしは顔を上げた。霞の顔を見ると真っ赤になっている。へぇー、こういう時でも霞は顔真っ赤になるんだー。

『あ、あたしも・・・・悪かったわよ。あんなふうに言うつもりはなかった』

語尾の方が少しごにょごにょしていたが、許してくれるみたいだ。

『いや、あたいが無神経だった。今後気を付けるから、また仲良くしてくれ!』

霞が後ろ手で戸を閉めていたので、まるで壁ドンみたいになっている。

『あらあら~』

『そのまま、ど~んといっちゃいましょう!』

後ろの方で騒ぎを聞きつけた何人かが外野となって勝手な事を言ってるけど気にしない。

『よし、じゃ二人でシェフトックを食おう!それであいこだ』

『なにそれ良くわかんない』と言って戸惑ってる霞の持った紙袋からお菓子を二つとって一つを霞に渡す。あたしの持った方の上の部分を霞の持った方の上にポフっと当てた。

『いただきます!』

あたしはそのシュークリームに似たお菓子にかぶりついた。霞も少し俯いてモフっといった。

二人顔を見合わせる。

『おいし~』

『うまーーー』

甘くておいしいのそのお菓子は魔法でもなんでもなく、あたし達を笑顔にしてくれた。

 

【挿絵表示】

 

 



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異動

『すーちゃーぱーちゃー』

『なにそれ』

『夕張さんがね!作った新装備だよ。ね!夕張さん!』

『あー、えーっとぉ』

午前の訓練を終えて食堂で昼飯である。6人掛けのテーブルになんか今日はみんないる。にぎやかでよいけど。誰がいるかというと、みんなといったらみんなだ。

『ワンタッチで缶に取り付けられて、瞬間的に加速できちゃうすごい装備なんだよ!ね!夕張さん!すーちゃーぱーちゃーだよね!』

『いや、あのー』

サミ姉の夕張自慢である。夕張の反応が微妙だがどうした事だろう。昨日いなくなってたのは夕張に呼ばれていたらしい。すごい装備の実験に付き合ってたとは聞いていたが、はて?

すーちゃーぱーちゃーとは何ぞや。

『それ、スーパーチャージャーじゃないの?』

霞がひき肉と野菜が山盛りの味噌ラーメンを啜った後突っ込みを入れてきた。あー、なるほど。たぶんそれだ。

サミ姉はぱかっと口を開けてで固まってしまっていた。見る見る顔が赤くなっていく。ヤバい、マジボケだったようだ。あたしはプッと吹き出してしまった。同時にドッと笑い声が湧く。

『五月雨ちゃんかわいいっぽいー』

『すーちゃーぱー。。くっ』

『もー、夕張さん!いってよぉー』

『あははは、ごめんごめん、何かかわいかったからー』

大体みんな笑っていたが、時雨だけはツボにはまったのか、俯いて苦しそうだった。

ひとしきり笑うとみんな食事の続きを始める。思い思いに、しゃべって、食べて、笑って。

窓から秋っぽい柔らかな日差しが射していた。深海棲艦と戦っているあたし達だけど、たぶんみんな戦争をしているなんて自覚はないのだろう。隣にサミ姉がいて、周りに皆がいて、カツカレーはうまいし、平和で幸せな時間だった。

 

 

『ボッ』という音がした。放送のマイクが入る音だ。

『艦娘全員傾注。グラウンドに集合。緊急である。繰り返す。グランドに集合』

誰の声だか一瞬わからなかったが、男性の声だったので提督の声だとわかった。鎮守府に男性は提督一人しかいない。

それだけ言ってまた『ボッ』という音とともにスピーカーは静かになった。

食堂がざわついてくる。

『なんだろう』

『まだ半分しか食べてないのにー』

『緊急って、すぐって事よねー』

『まーじーかー』

口々に漏れるのは大体不満の様だったが、提督の命令では是非もない。みなしぶしぶ食べかけの食事を片づけて、食堂を出ていく。

あたしも皆の後について食堂を出ようとしたとき、手を掴まれた。サミ姉だ。

『何だろう、涼ちゃん。何だか嫌な予感がするの』

振り返るとサミ姉は不安顔だ。あたしは二っと笑った。

『大丈夫、嫌な予感に限らず、サミ姉の予感なんぞ当たったことないだろ』

『もー、涼ちゃん、ひどいー』

とか言いながら、サミ姉は腕に絡みついてくる。それは良いんだけど不穏な雰囲気を感じて少し振り向くと、後ろで夕張がうっとりしたような表情で顔を上気させている。鼻息も荒い。まるで『姉妹百合!尊い!』とか思ってそうな顔だ。やばいぞ夕張!

 

 

グラウンドに出るとすでに十数人の艦娘がいて、さらにあちこちからワラワラと集まってきていた。そもそもグラウンドに集まって訓示など打つ習慣もないこの鎮守府では整列という概念も列順もなく、さらに登壇すべく礼壇もありはしない。なんとなく中央の方に固まりとなって無秩序に集まっている。一通り集まった頃に提督と秘書艦の大淀が出てきた。そして建物を背にして、集団の前と思しき場所に立つ。さっきまで晴れていた空模様も雲行きが怪しくなってきている。

 

大淀が拡声器のスイッチを入れて、手持ちの書類に目を通してから口を開く。提督は両腕を後ろに回して直立。いつも通り無言のままだ。

『大規模な転属の指令が下されました。転属先を発表します。後ほど掲示板に張り出しますが、明日には動いてもらいますので、各員転属先を聞いたらすぐに準備を始めてください』

集団が一気にざわついた。転属?大規模の?しかも明日移動って・・・・

『静かに!では順番にお伝えします。神通、佐世保。川内、岩川。那珂、岩川・・・・』

一人ずつ名前を呼ばれ、転属先が言い渡される。どうも全体に南の方に異動が多いみたいだ。

『夕張、佐世保。涼風、佐世保。不知火・・・・』

夕張と同じ佐世保か・・・サミ姉も一緒だといいんだけど・・・

『五月雨、辺野古米海軍基地』

え?辺野古?鎮守府じゃないじゃん!

またもざわつく。それはそうだ。こんなことは異例なはずだ。

『静かに!続けます。龍驤、辺野古米海軍基地。夕立・・・・』

サミ姉が呆然としてあたしを見る。

『やだ・・・悪い予感当たっちゃったよ・・・・』

あたしだって嫌だ。せっかくサミ姉を追ってここに来たのに、転属?佐世保?聞いてないって、そんな話。

『・・・・以上。名前を呼ばれなかった者は当鎮守府に残留とする』

集団の中には南の方の転属が多かったためか、どこかリゾート気分になっている子もいて『辺野古いーなー、沖縄じゃん。海とか珊瑚とか綺麗そう』などと言ってる子もいたし、仲の良い子と一緒で喜んでる子や、逆に離れて残念がっている子といて様々だ。

提督と大淀が引上げた後もしばらくグラウンドには動揺した一団が残っていた。

『どうしよう。涼ちゃん・・・・』

『どうしようって・・・あたいにもわかんないよ』

あたし達の傍らで夕張も呆然として立ち尽くしている。

やがてあたし達の不安な心情を反映するかのように、雨粒が落ちてきて、すぐに土砂降りになった。皆散り散りに解散していく。あたしとサミ姉と夕張も寮舎へ向かった。

走っているとポケットのスマホが鳴り始めた。鎮守府内で携帯電話が鳴るなんてことはめったにないので、怪訝な思いで着信を見るとマト姉と表示されている。

あたしは濡れるのも構わず立ち止まって電話に出た。

『涼音?すずね良かった。出てくれた。沙弓にも電話したんだけど出なくて』

『どうしたんでぇ、マト姉。鎮守府内はあんまり電話使いたくねぇんだけど・・・』

『涼音!沙弓と一緒に今すぐ退役して帰ってきなさい!』

え?退役って・・・・

あたしはもう転属だの退役だのサミ姉と離れ離れなどもう、頭の中が混乱して訳が分からなくなってきていた。

『涼音!聞いてる?』

そばでサミ姉が不安げな顔であたしを見ている。

あたしはそのサミ姉の不安そうな丸い瞳を見返しながら、何も言えずにただ立ち尽くして雨に打たれるばかりだった。



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外務省

今回は涼風視点はお休みですー


雨宮纏は横浜国大の教育学部を卒業後、国家公務員採用一般職試験を経て外務省に入った。亡き父の先輩であった外務省事務次官の山重の誘いがあったためだ。自分の希望としては教育関係の仕事に就くつもりでいたが、安定していて給料もよく、なにより推薦もあって入りやすかった。

当時の雨宮家は両親が事故で亡くなり、収入源が祖父の働きのみとなっていて、二人の妹と四人の暮らしは楽ではなかったことが纏の職決定に大きく影響したことは否めない。

私立の女子中学で教師として赴任し、妹ハーレムを築く野望は潰えたが後悔はないと纏は思っている。

実の妹二人の可愛い笑顔を見れば後悔なんてあるはずもなかった。

『紗弓も涼音もかわいかったなぁ・・・・』

事務次官室の秘書デスクに頬肘をついて纏はため息をつく。

いまだに残っている唇の感触を反芻していればちょっとした夢心地だ。

『おっと、おっと』

纏は左奥の山重事務次官をチラ見してからパソコンのキーボードに向かい、書類を再開する。ぼーっとしているとまたどやされると思ったからだ。しかし事務次官は難しい顔をして書類を食い入るように見ている。あまり見せたことのない深刻な表情だ。

外務省は現在となっては他に類を見ないほどの閑職な役所になり果てている。それはそうだ。ほとんど鎖国状態のこの国に外交業務がどれほどあるというのか。そんな外務事務次官のこれほど深刻な表情を纏は過去見たことがない。

それに次官が凝視しているあの書類は何なのだろう、一般業務の書類であれば、秘書である纏のところにまず回ってきて目を通すはずだが、ダイレクトに次官の手に渡っている所をみると、何かの極秘文書なのだろうか。そんな事を思いつつ、次官の方をチラチラ見ていた纏の視線にも気づかない次官はついには油汗をタラりと流したかと思うとデスクを拳で叩いて殴った。

「・・・・次官?」

「あ、いや、すまんな・・・・」

次官は両手で蟀谷を揉むようにしてデスクに肘を付き、黙ってしまった。しばらくの沈黙のあと、重たげに次官が口を開く。

「纏君・・・」

「は?・・・はい」

普段次官は纏のことを姓で読んでいる。突然下の名で呼ばれた纏は驚いて次官の顔をまじまじと見た。

「紗弓ちゃんと涼音ちゃんは、確か横浜鎮守府の配属だったな?」

二人の妹の名を出されて纏は何かを見透かされたのかと思い、顔を引きつらせた。

「・・・は・はい。そうですが・・・それが何か・・・?」

「そうか、これはまだ極秘の話なのだが・・・本来君に話すべき事ではないのだが・・・・」

次官はそれこそ苦虫を噛み潰すような顔をふせたまま続けた。

「八月の中旬頃だが、沖縄の遠洋偵察隊が大陸の天津港で大きな爆発を観測した。これは核爆発だと断定されている」

「え・・・核?」

「天津港は集積地棲姫が陣取って陸上型の深海棲艦が一帯を占領している地域だ。ここで核爆発が起こるなど、今までではありえなかった事だ。深海棲艦のフィールドがそれらの兵器をすべて無効化するからな。しかしこの爆発は有効で一帯の深海棲艦群は全滅したようだ」

「・・・全滅」

纏は突然の次官のする話にどこか現実感なく、ふわふわっとした感覚で聞いていた。一帯の深海棲艦が全滅。それは良いことなのでは?とさえ思っていた。

「二日前だ」

そういった次官は一呼吸おいて続ける

「二日前この破壊された天津港に大規模な艦隊が出現して出航準備をしている様子が偵察部隊から報告された。おそらく川伝いに運び込まれた物と推測されている。市ヶ谷は沖縄から提供された資料を基に、これらは大陸の人民解放軍の艦隊だと断定した」

纏には次官の言っていることがどんな事態なのかまだ理解できないでいた。

「この艦隊は艦娘の艦隊ではなく、通常の艦艇から成るものだ。知っていると思うが、通常艦艇は深海棲艦には無力だが、対通常艦艇と艦娘に対しては有効な兵器だ」

「あ・・・・」

「大陸の連中は何らかの方法で核爆発を起こし、一帯の深海棲艦をせん滅した後、海域進出を始めている」

そう言った次官は蒼白になった顔をあげて続けた。

「大陸の海域侵攻が始まってしまった」

「・・・それって、大陸と戦争になるってことですか?」

「今、河野大臣が大陸側にこの行動の意図を確認中だ。私も今から大陸の大使館に向かう。」

次官は緩めていたタイをギュッと占めなおす。纏も慌てて準備をはじめた。窓の外は先ほどまで晴れていたのが嘘のようにどんよりとした雲に覆われて、雨が降り始めていた。

 

「纏君、市ヶ谷では艦娘の佐世保、沖縄の集中配備を決めたようだ。あの子たちにも前線配備がありうる」

外務省の玄関を抜ける所で次官が纏の方を見ないで言った。

「次官、でも通常艦艇に艦娘は戦えるのですか?」

「何とか互角くらいには戦えるものと考えられているが、いかんせん海上自衛隊も先の深海棲艦殲滅作戦失敗の時に大半の艦艇を失っている。まだ再建もうまく進んでいない状態だ。沖縄の米軍も空母ドナルドトランプと潜水艦が二隻が残っているだけだ」

「空母があるなら」

「私も軍事には詳しくないが、この戦力ではたぶん空母打撃群としては全く機能しないだろう。戦争になれば頼みの綱は艦娘ということになる。」

車に乗り込み運転手に行き先を告げる。10分程の道中、纏は事の重大さをじわじわと感じ始めていた。

はっと思い立って纏がバッグから携帯電話を出したところで次官がそれを制止する。

「これ以上機密を漏らすわけにはいかない。警告のみにするんだ。詳しいことは話すな。いいな?」

纏は頷いてスマホのアドレスから紗弓の番号を呼び出した。

呼び出し音は鳴っているが出ない。留守電にも切り替わらない。

『あの子はいつもこういうところが抜けている』と纏は思う。馬鹿でも愚かでもないあの子だけど、どこかタイミングが悪い様なところがあるのだ。纏は諦めて電話を切り、涼音の番号を呼び出した。

果たして、数回の呼び出しで電話がつながった。

「涼音?すずね良かった。出てくれた。沙弓にも電話したんだけど出なくて」

「どうしたんでぇ、マト姉。鎮守府内はあんまり電話使いたくねぇんだけど・・・」

「涼音!沙弓と一緒に今すぐ退役して帰ってきなさい!」

電話の向こうでしばらくの沈黙があった。聊か唐突すぎたかと纏は思ったが、事情を説明できない以上、他にどう言えばよかったのだろう。そうこうしているうちに車が大使館前に付けられた。

「とにかくいいわね?涼音、お姉ちゃんの言うこときくのよ?また電話するからね!」

それだけ言うと纏は電話を切って山重次官に続いて大使館の玄関口に向かった。



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出発前夜

夕方過ぎくらいにマト姉から電話が入ったが、相変わらず理由は言えないという事だったけど、マト姉の立場や様子から何かしら危ないことがこの先起こる事を知ってのことだと推察はできた。でもそうであればこそ、ほかのみんなを残してあたし達だけ退役して逃げる訳にはいかないと思ったし、サミ姉も同じ意見だった。

マト姉はしばらく引き下がらない様子だったけど現実的に考えて今すぐの退役など無理だと初めから理解はしていたのだろう、最後には折れてくれた。

「お願い、危ないことにならないように注意して行動するのよ。作戦や命令があっても、個人がそう心がけるだけで随分ちがうものだから」

そういったマト姉は「また電話する」とも言って電話を切った。

その日の夜の食堂は無秩序なお別れ会の会場のようになっていた。食堂自体は営業を終了していたので、皆銘々に飲み物やスナックを持ち込み別れを惜しんでいた。

 

「また涼風と一緒なんて、いい加減うんざりするわ」

テーブル正面にドカっと座ったかと思うと頬肘をついて斜め上に目線をそらして霞が言い放つ。

「なんだ霞、あたいと一緒がそんなに嬉しいか?」

「そんなこと一言も言ってないじゃない!」

「大丈夫だ霞、あたいは解ってる」

そういってあたしが『にしし』っと笑って見せると霞は顔を真っ赤にして無言で俯いてからテーブルにあるポテチの袋に手を突っ込んでバリバリ食い始めた。少し間をおいて『そうなの?』と小さくいったのをあたしは聞き逃さない。

「霞、提督のトコ行って来いよ」

「・・・っ、またそういう・・」

「マジで言ってるんだけど。しばらく会えないっつーか、もう会えないかもしれないんだぜ?」

あたしは腕組みをして椅子の背もたれに体を深く預けて顎を引き、強めの目線を霞に向ける。すると霞は俯いてしばらくそのまま黙っていた。

やがてポツリと話し始める。食堂の喧騒の中、あたしは一言も漏らさず聞こうと身を乗り出した。

「あたしは・・・・あたしにとって提督は・・・その・なんていうか・・・す・す・・好き?・・・っていうか・・・アレだけど・・・」

「アレ?」

「いや、アレとかそういう!いやらしい感じの意味じゃなくて!」

俯いていた霞がその真っ赤になった顔をあげてのり出してきたので、同じようにのり出していたあたしの顔のすぐそばに霞の顔が来る。目がうるうるしているのがよく見えた。顔の赤からその熱さが伝わってくるような気がする。霞はあたしの顔が意外に近いことに驚いてガバッと身を引いた。

「解ってるよ」とあたしが言うと「・・・・そう、ならいいのよ・・・・」と言ってまたストンと椅子に座った。

一連の会話を聞いているだろう、隣に座っているサミ姉は空気を読んだのか、おとなしくしてちょこんと座っている。かわいい。

「提督にとってあたしはたくさんいる艦娘の一人でしかないのよ」

「そうなのか?」

「しゃべったことないし」

「マジか!それでなんで好きになる」

霞は軽くそっぽを向いて唇を尖らせる。

「慰められたことがあるのよ、一回だけだけど」

「しゃべったことないんだよね?」

「あたしが落ち込んでた時、頭ぽんぽんされて、あたしびっくりして思わず手を振り払っちゃったんだけど、見上げると提督があたしを見てて」

「それで優しく微笑んでいたと?」

「ううん、いつもの無表情だったんだけど」

「いや、それなんか怖いよ・・・」

「でもなんか、この人優しいんだ本当は、あたしこの人好きだぁって思っちゃったのよ・・・・・だから!しかたないでしょ!」

なぜか最後は怒り気味の霞だった。「霞ちょろいなー」とは思ったが口には出さない。

「そうか、わかったよ霞、行ってこい提督のところ」

「いや、だからあたしは!」

「行って来いよ、霞」

「・・・・・・じゃ、行ってくるわよ」

ガタっと椅子を蹴る音がした。霞が立ち上がって食堂の出口へ向かってドスドスと歩きだした。すると立ち止まってこっちを振り向く。両腕を真直ぐ下にのばして拳を強く握り締めている。

「涼風が言うからっ、しょうがないから行ってくる!」

「おう、がんばれよー」

捨て台詞のようにそう言った霞は足早に食堂から立ち去って行った。

「涼ちゃんイケメン~」

さみ姉があたしの横顔をマジマジとみて言う。

「まぁねー」

「でも霞ちゃん、大丈夫かなー」

「まー、振られるんじゃない?」

「えぇぇぇぇぇ、それあんまりイケメンじゃない」

「振られてもいいんじゃね?区切りがつくだろ。泣いてる霞はあたいが慰めればいい。この先一緒だしな」

果たして、いくらもしないうちに霞は戻ってきた。手に二十七とかかれた紙片を両手に持って呆然とした様子だ。

「どした?霞」

「龍驤が・・・・」

「は?龍驤?」

「これ、券持ってけって言って・・・・漣と提督室の前にいて・・・・」

「・・・・へ?」

その時ボッと放送のマイクの入る音がした。

「はーいお待たせしました!ではー、整理券番号一番!叢雲さん!提督室へどうぞ!」

漣の声がノリノリといった様子で告げる。

「整理券くばってんのかよ!」

「千円取られた」といった霞はその整理券を大事そうにして祈るように見つめている。

「金とんのかよ!」と突っ込みたかったけど、その顔を見たらあたしは言葉も出ないでただ眼を白黒させてパクパクするだけだった。金魚なのか?

「あー、なんか提督室の前にいっぱい集まっちゃって、だれが先に入るかでもめたみたいで、龍驤が仕切って整理券配ったらしいよー」

中央の方のテーブルにいた皐月がケタケタ笑いながら言った。それを聞いた一同は大騒ぎである。告白組そんなにいたんか。

するとまた「ボッ」と放送のマイクのスイッチが入る音がした。大騒ぎだった食堂が一瞬で静まり返る。

「えー・・・・」

大淀さんの声だった。珍しく言いよどんでいるのが解る。

「えー・・・・提督からの伝言をお伝えします」

一同静かに傾注している。大淀さん声が微妙に震えているような?

「自分は近いうち一般女性と結婚するので、告白などには今後来ないように。以上です」

通常、放送による通達は同じ文言を繰り返すものだが、繰り返しはなく、そのまま放送は切れた。

「あーーやっぱりそうなのかー・・・・」

「ぎゃーーーあたしの提督がぁぁぁぁ」

整理券が一気にバッと宙空に舞った。競馬場なのか?

様々な反応の中、霞が泣き出してしまった。霞だけでなく、何人もの娘が整理券を放り投げた後にすすり泣いている。気づけば告白して戻ってきたのか叢雲が出入り口あたりでしゃがみこんで両手で顔を覆っていた。ちょっとひどいなと思いつつ、たぶんあの提督なりの素早く合理的な行動だったろうとも思った。あの人は良くも悪くもそういう人なのだろう。キチンとはっきりしておけば、泣く子も減るだろうと。

それが正しいかどうかは別として。

しかしそれはそれとして、龍驤ひどくないか?

あたしはどうしたら良いかわからなくて、霞のそばに佇んでいるばかりだった。するとサミ姉がスッと寄ってきて、座って泣いている霞の頭をフワッと抱いた。何も言わずにただ抱いた。

しばらくそうしていると、霞は落ち着いてきたようで、真っ赤にした顔を上げる。

「おっぱいない。やらかくない」

「ひどい!」

「ありがとう五月雨」

そういって霞はすこしだけ笑った。サミ姉も笑い返す。

口ばっかりのあたしと違う。その時のサミ姉はあたしには天使に見えた。

霞だってきっとうまくいくとは思っていなかったのだろう。あたしの方を振り向いて言うのだった。

「涼風もありがとうね、背中押してくれて。ちゃんと言えはしなかったけど、なんか気持ちに区切りがついた気がするよ」

そんな風に言われて、あたしは感極まってしまった。ありていに言うと涙が出てきてしまった。そのまま涙さらしているのが嫌で霞に抱き着いてしまった。

「涼風?」

「霞~!強く生きるんだぞー」

「ちょ、なんなのこの子!五月雨~なんとかして~」

「あははははは」

サミ姉の笑い声が聞こえる。

宴もたけなわ。あっちこっちで笑い声や鳴き声が飛び交う。

さっき何人かが「龍驤ゆるすまじ!」とか「金かえせ!」とか叫んで出て行った。龍驤の運命やいかに。

 

二三〇〇(フタサンマルマル)「いい加減にしてください!」と大淀さんが怒鳴り込んできた。「明日朝出発ですから、荷物まとめる時間なくなっちゃうじゃないですか!」

皆も騒ぎつかれたこともあって、宴はこれにて解散となった。

 

部屋に戻る途中、「ちょっと用あるから、涼ちゃん先に部屋に行ってて」と言ってサミ姉は部屋とは逆方向に駆けていった。あー・・・・

まぁ、夕張のトコだよね。

仕方ないかと思い、あたしはおとなしく部屋へ戻った。荷物もまとめなければいけない。あたしはまぁ、大した荷物はないのだけど。サミ姉は結構あるよなぁ。

部屋に戻ると戸の前にでっかいリュックが二つ置いてあった。これに詰めろということなんだろうが・・・・うーん

だっさいリュックだなー。でっかいからいっぱい入りそうだが。官給品のリュックなー、サミ姉ははたぶん「かわいくなーい」って言って嫌がりそうだ。

リュックを二つ部屋に持ち込んで、早速自分の荷物をまとめる。少ないのであっという間に終わったし、でかいリュックがスッカスカである。しばらくボーっとしてサミ姉の帰りを待っていたが、帰ってこないのでサミ姉の荷物も詰めといてやろうと、箪笥を開ける。服いっぱいである。

「いっぱいあるなー」

服満載の三段の引き出しを全部開けると一番下が下着だった。

「ぱんつだぁー」

一つ取って匂いを嗅いでみた。サミ姉の匂いなどする訳もなく、洗濯洗剤の花のような匂いがする。これはこれで良い匂いだ。サミ姉帰ってこないし、ちょっと嫌がらせに一枚頭に被っておいた。さわやかな香りが頭を包んでいくらか気分が華やいだので気をよくして、一気にサミ姉の服をズバズバとリュックに詰め込んでいく。

「いやー、良い仕事をしたナ」

だいたい詰まった頃にはリュックはパンパンに膨れていた。

そのまま暫く待ったが、やっぱりサミ姉は帰ってこない。

「絶対二人でエロいことしてる・・・・」

膝を抱いて部屋の隅っこに陣取った。良からぬ妄想に包まれていく自分が卑屈になっていくのが解る。

妄想の中でサミ姉と夕張は濃厚なキスをしていた。貪るように舌を絡め、お互いの唇を、上唇と下唇を交互に吸いあって、上気させた顔がずっと重なり合っている。

夕張の手がサミ姉の服の裾から潜り込み、上の方へ這って行く。やがて下着を押しのけてささやかな膨らみの頂点にある敏感な部分を探り当ててつまむ。

『・・んっ』

サミ姉はビクンと固く反応して声を殺して喘いだ。

『五月雨ちゃん・・・』

『夕張さん・・ダメです・・・こんな・・あぁっ』

サミ姉の制止も聞かず、夕張はサミ姉のスカートをぞんざいに掃って下着の隙間に手を入れた。サミ姉の下着の中で夕張の手がいやらしく蠢く。

『んっ・・ゆうばり・・・さ・・んんっ』

性器を刺激しながらキスをやめない夕張の唇の端から、サミ姉の喘ぎ声が漏れる。

『ん・・・はっん・・・・んん・・』

「は・・・うんん・・・はぁ・・・」

『ん・ん・・ああん・・・・んん・・』

「は・・・ああっ・・五月雨ちゃん・・はあ・はぁ・・・」

「すずちゃん?」

顔を上げると目の前にサミ姉がいた。

あたしは、といえば部屋の端でサミ姉のぱんつをかぶってエム字開脚して自分のぱんつに手を突っ込んで下着を濡らしている。あれ?

あたしを見下ろすサミ姉は顔を真っ赤に上気させていた。そしてなんか目がぐるぐるしてきている。あたしはぱんつに突っ込んでいた手をバンザイした。

「何でもない!ナンデモナイ!」

何がナンデモナイのだろうか。

さみ姉はあたしの目の前に座り込んで両手であたしの顔をロックした。ガッチリと。

「す・・・すずしゃん・・・」

噛んでるし、サミ姉目が正気じゃないんじゃねぇか?なんだ、なんだ。

そのままキスされた。無造作に舌が入ってくる。こんな乱暴なキスをサミ姉がしてくるなんて思ってもいなかった。すぐに息が苦しくなってくる。ていうか・・・

酒くさ!

あたしはくっつくサミ姉を力ずくで引きはがした。とたんサミ姉はでろ~んとして仰向けにへたりこむ。

「すずちゃ~ん・・しゅきしゅきぃ~」

などとふやけた声を出して、むにゃむにゃしてたかと思うとすぐに静かになって寝息を立て始めた。

「寝るのかよ!」

寝てしまったサミ姉に突っ込みを入れたところでいつものボケが反って来るわけもない。

夕張の奴!サミ姉に酒のましやがったなー許せんな。

仕方ないのであたしはサミ姉を抱き上げてベッドへ運ぼうとした。だが、

「お、重い!」

体格的にはあたしと変わらないはずなので、あたしも持ち上げようと思ったらこんなに重いのかとか思いつつ、これはもたんと一回畳に戻す。へたりこんで、横たわったサミ姉の体を眺める。一番重そうな尻のあたりを撫でてみる。柔らかいのに弾力もあって女らしい良い尻だった。暫くペタペタ触っていたが、反応がないのは意外とつまらないし、このままにしておく訳にもいかないので、ゴロゴロ転がして二段ベッドの下段(下は畳より低い位置にある)に放り込んでおいた。

転がしてもサミ姉は起きる様子もなく、ちょっと眉をしかめる程度で「う~ん」と唸ったがそのまま静かに寝息を立て始めた。

暫くサミ姉を眺めていた。寝顔可愛い。と思ったが酒臭いので添い寝はやめておいた。二段ベッドの上に登って横たわる。

 

はぁ~~~

ため息が出る。最後の夜だし、ドキドキいちゃラブタイムが待ってると思っていたのに、なんだコレ。

「あたしも寝るか。明日早いし」

あ、ぱんつ被ったままじゃん。

あたしは頭のぱんつをとってからその所在に迷ったけど、ハッと思って湿っていた自分のパンツを脱いで放り投げ、その花の香のするぱんつをはいた。

これで快適に睡眠もとれることだろう。

 



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武蔵恵美について

あたしは北海道のとある農家の二女として生まれた。19年ほど前の事だ。なぜか幼少のころから海に深い共感を持っていた。小学校に上がる頃まで海など見たこともなかったのに不思議なものだ。あたしは海を初めて見たとき懐かしいとさえ感じた。その空気を、潮風をまるで慣れ親しんだ自分の故郷の空気であるかのように感じるのだ。

そんな話をすると、大人たちは大体艦娘の話をする。

「君は将来艦娘になるんじゃないかな」

そんな風に言われる。それは実際艦娘になった子たちの共通の感覚なのだそうだ。

「恵美ちゃんは姓が武蔵だから、戦艦武蔵になるかもしれないね」

艦娘になった時の名前が人間だった時の名前と被ったり、境遇に関連があったりすることはよくあるそうだ。でもあたしの名前はムサシではない。

武蔵恵美(たけくらめぐみ)だ。

そうはいっても艦娘になって、しかも戦艦武蔵となって活躍するなんてことは幼いあたしにとってもワクワクするような話だった。

 高校を卒業してあたしは東京のとある専門学校に入学するために一人上京した。そう東京、と友人たちには言ったけど、実際は神奈川県なのだが、まぁ、東京といった方が解りやすいだろうという判断と、ぶっちゃけ見栄もあったと思う。

一人暮らしの拠点は学校から聊か遠かったけど海の近くに決めた。江の島が見える由比ヶ浜の近くの2dkだ。一人暮らしにはちょっと広いが、実家はわりと裕福な方だったし、仕送りも充分あって、親におんぶにだっこといったところで、結構優雅なものである。

この歳になっても妖精さんは現れなかったけど、あたしは海に対する共感覚からか、はたまた海上を滑るように進む艦娘のイメージに引っ張られたのか、高校生の頃にサーフィンを初めていた。由比ヶ浜近くに決めたのはサーフスポットが近い事が理由だ。実家にいた時は苫小牧によく行ったものだが結構遠くて、ここはちょっと歩けばすぐに海岸なので嬉しい。

といっても上級者になる気もなく。わりとちゃぷちゃぷやっている感じだ。結局単に海が好きなんだと思う。

学校にもだいぶ慣れてきた秋口あたりにあたしは、学校の授業で習った電気系統のシステムを応用してボードにちょっとした仕掛けを試みていた。足元にタッチパネルをつけて足の動きでボード下の舵を調整するといった仕掛けだ。波乗りの技術を鍛錬するのではなくて、そういう方向性に行ってるあたりが、あたしのサーフィンに対する姿勢が垣間見えるだろう。そういう変なサーファーなのだ。

それがなかなかうまくいかず、海岸の砂の上でシステムのユニットにつないだノーパソで設定調整をやっていると「面白いことやってるね」と声をかけて来る男がいた。

振り向くとしゃがみこんであたしの肩越しにパソコンの画面を覗き込んでいる白Tシャツ紺短パンの若い男がいた。

「覗き込むのやめてもらえます?」

あたしはノーパソをパタッと閉じて軽く身を引く。

「俺サーフィンは詳しくないけど、そうやって舵動かすとなんかいいことあるの?」

へぇ、と思った。ぱっと見でこれが舵動かすシステムだってわかるんだ。肌も焼けてないし、確かににサーファーには見えない。

ナンパ男には慣れていた。自分で言っちゃ何だけど、あたしは結構な美人なのだ。こう見えても。見かけ通り。

中学高校と結構モテた。高校の時は彼氏もいた。一応念のため言っておくがまだ処女です。別にそれを求められなかったわけではない。高校生ともなれば、周りの級友達にも経験者は少なくはなかったし、別にセックスに対して嫌悪感を持っていたわけでもない。もちろんゲイでもない。

艦娘は処女でないとなれない。という噂は聞いていた。それを真に受けていたわけでもないけれど、その噂の真贋さえはっきりわからなかったが、引っ掛かりになっていたのは確かだ。それにもう一つ理由があった。たぶんそっちの方が大きい。

「難易度がいくらか下がるかなと思って」

ちょっとめんどくさかったので適当に答えておいた。実際の所、うまくいってもどれだけの効果があるか解らないし、足でタッチパネルの操作をするとかどうなんだろうとかは思っていたけど、結局のところ新しく得た知識や技術を使ってみたかっただけなのだ。そのあたりの説明がめんどくさかった。

「難易度は上がりそうだけどね、足で操作とか」

男が言う。ですよね。

「操作の挙動でバランス崩しそう」

いちいちごもっともで。

「でも、面白そうだね」

男はそう言ってニコヘラっと笑うと「じゃぁ頑張ってね」と言って去っていった。

あたしはしばらくその後ろ姿を見ていた。特に筋肉質というわけでもなく、太っているというわけでもなく、いわゆる中肉中背。歳はあたしと同じか少し上くらいだろう。短く刈上げられた髪には、その髪に対する愛情は全く感じられない。髪は生えてくるから、邪魔にならないように短く刈ってますと言わんばかりである。顔は美しいわけでもなく、男らしい精悍さがあるわけでもなく、変な顔でもない。でも、笑った顔が妙に親しみの湧く良い顔だった。

あぁ、そうか、高校の時付き合ってた何人かの彼のうちの一番長く付き合ってたあの彼の笑い方と少し似てるんだ。

それは確かに親しみも沸くだろう。今の今までその彼のことなど忘れていたわけだけど。

あと声が良かった。細谷佳正みたいな声だった。数年前にネットで流行った『止まるんじゃねえぞ・・・』の人の声や先祖返りの一反木綿の声とかやってた声優だ。あの何とも言えぬ不器用そうでいて達観したような、すっとぼけたような心地よい声。

『また会えないかな』

なんて珍しく思ってしまった。

だけども彼はその後、待てど暮らせど海岸には現れなかった。

 

 

 

 

「変なサーファーちゃん」

アパート近くのコンビニで会計をしようと財布の中のポイントカードを探していたら、カウンター越しに店員がそう言って声をかけてきた。顔を上げると果たしてそこには例の細谷佳正声が、青い縞の入った制服を着てニコヘラっと笑って立っていた。

「カップ麺すきなの?」

あたしが細谷声の顔を見てぼーぜんと突っ立ってると買い物のカップ麺六個と紙パックのお茶二本を袋詰めしながら細谷声が言う。

いや、大きなお世話だし。てか、あんなに海岸で待ってたのに現れなかったくせに、なんでこんな近くのコンビニにいんのよ!しかも店員?あたしゃお客様だぞ、なんだその口の利き方はー!

と思ってから、はたと気づいた。あたし待ってたんだな。会いたかったんだもう一度。

「お会計は現金で?」

「あ、パスモで」

スキャナの上にパスモを置く。ピピっと決済音が鳴ると細谷声は「ありがとうございました」といってまたニコヘラっとする。

「ここ結構来るのに。ここで会うの初めてですよね?」

「あー、普段と時間帯違うんで。普段は夜勤なんで」

ほへーっとしてると細谷声は明後日の方を向いた。

「まー、俺は君のことはちょくちょく見かけてたけどね」

ん?なんだコレ、こいつ照れてるな?美人か?やっぱあたしが美人だからか?

「か、カップ麺は・・・別に好きじゃナイデス」

なんだなんだ。あたしもちょっと緊張してる?

「あんまり料理とかできないけど、おなかは空くので」

「そうなんだ、俺は料理得意だけどね。調理師免許もってるし」

「あ、そうなんですね」

は?だから何?『じゃうちに作りに来て』とか言うとでも?そんなこと言いたくても言えるかよ。とか思ってると細谷声はこともなげに、まさにその細谷声で言いやがりましたよ。

「じゃ、俺が作りに行ってあげるよ。君の部屋に」

えー、と思って顔をマジマジ見ると、相変わらずのニコヘラ顔である。かるいなー、いや、超かるいなー。

「あ、とりあえずはカップ麺六個買ったんで、これ消費してから、っていうか、いや、そんな、悪いですよ」

とかいってシドモドになっていると、後ろから咳払いが聞こえた。振り返ると後ろに長蛇の列が形成されている。

「あ、じゃぁまた!」

とか言ってあたしは逃げるようにお店を出た。

 

 

「好きだよ」

と言った声は細谷声で、その声の主はやっぱりニコヘラ顔で窓から挿し込む街灯の光が彼の頬を柔らかく包むように照らしていた。あたしはその顔を見上げながら思うのだ。この声とニコヘラ顔に参ってしまったんだな、と。

あたしはもう、服は身に着けていなくて、同じように全裸の彼は覆いかぶさるようにしていた。

彼の顔が近づいてきて。あたしの唇を吸う。

今日これまでに何度キスをしたことだろう。

何度も何度も、もう数える気もなくなるほど、あたしと彼はたくさんのキスをした。

 

あの日コンビニレジで彼と会ってから、あたしはそのコンビニに足が遠のくどころか、折に触れ、しかも夜勤で彼がいる時間を狙って足を運ぶようになった。そうしてたくさん話をするようになって結構仲良くなった頃、彼がまた食事を作りに来てくれると言った。今度はあたしも断らなかった。

 

部屋は彼がいつ来ても良いように綺麗にしてある。キッチンは特に念入りに掃除しておいた。

夜勤務の彼は完全に夜型で、休みの日も夕方過ぎくらいに部屋に来た。

「カチャトーラを作ってきたよ」

そういって彼はコンビニの手提げ袋に入ったタッパーをかざして見せた。タッパーの他には柔らかそうなフランスパンが入っている。あのコンビニで売ってるやつだ。彼はもう一個手提げ袋を持っていて、そこにはワインが1本入っていた。

「カチャトーラ?」

「鶏肉のトマト煮込みだよ。南欧の家庭料理」

「もう作ってきちゃったんだ?」

「煮込みにいくらか時間がかかるんでね。あと煮込んでから味を落ち着かせるのにも時間がいるんだ。これ温めるからキッチン借りるよ」

玄関入って右手はバスルームがあるスペースで壁になっている。そのわずかなスペースを入っていくと右奥がキッチンになっていて、キッチンに立つと右手に脱衣所、その奥がバスルームになる格好だ。

二人で並んでキッチンに立つ。彼がシンク前に立って手を洗い始めた。そしてあたしを見て「綺麗だ」と言った。

「あ、いや、そんないきなり・・・でも、ありがとう」

「・・・いや、キッチンがね。綺麗にしてるなと」

勘違いを見透かされて顔が一気に熱くなった。頭から湯気を出しているあたしを見て彼はまたニコヘラっとして、あたしの耳元に口をよせて「もちろん君の方が綺麗だ」と細谷声で囁いた。

 

カチャトーラはおいしかった。骨付きの肉だったので、これ齧って食べるのかなーと思ったけど、スプーンを当てたらスッとほぐれるくらい柔らかく煮てあった。時間をかけてくれたんだと思うと嬉しかった。ワインはピンク色の炭酸の入った綺麗なワインだ。良く冷えていて甘くて飲みやすい。

「あたし、ワインってあんまり好きじゃなかったんだけど、これはおいしいわ」

「山梨のワインなんだ。軽食に合わせることが多いけど、今日はコレが良いかなと思ってね」

「ワイン詳しいだ?」

「詳しくはないかな。知ってる物だけ」

なんだろう、いつもの部屋で、いつものテーブルなのに、

おいしい食事と甘くて綺麗なワイン、向かいにはニコヘラ顔の細谷声の彼がいて、とても幸せな気分だ。

 

ワインを一本二人で空けて食事が終わった頃、彼が黙ってテーブルの向かいのほろ酔い気分のあたしに向かって、手のひらを上にして差し出してきた。お手?と言った感じだ。?ってなって不思議顔をしているとまたニコヘラっとして「手」とだけ言った。あたしが彼の手に手を重ねると、彼はスッと指を絡めてきた。そうしてそのまま彼は腕を引く。あたしはそのまま抵抗もなく引き寄せられて、テーブルをはさんでのり出してきた彼と軽く唇を重ねた。唇を離すとかれがこちら側に回ってきた。あたしはあわせるように椅子から立ち上がるそのまま彼があたしを抱きしめた。あたしも彼の背中に手を回す。

 

 

処女でないと艦娘にはなれない

例のうわさが頭に浮かんだけど、なんだかもうどうでもよくなっていた。

艦娘になるとおっぱいが育つ

なんてうわさもあった。あたしが今まで処女でいた一番の理由だ。美人でチヤホヤされてきたあたしが、こんな貧相なおっぱいしてるとか、男の前で服を脱ぐなんて全くもって無理だった。それも今となってはどうでもいい。

服を脱いだあたしを見ても彼はがっかりした様子などみじんもなく、「綺麗だね」「好きだよ」とあの細谷声で囁いてくれた。

自分の処女性に特別な重要性を感じてたわけでもないあたしは、今まさにそれを喪失しようとしている事に対して何のの感慨もなく、ただ単に愛されて抱かれることが、ただそれだけがうれしかった。

しかし全くあたしときたら、あんだけチヤホヤされてきたのにまだ愛されたいかな。どんだけ愛されたい子ちゃんなんだ。あー、でも艦娘にはなれないかもなのか。そこはちょっと寂しいかもしれない。

「あの、あたし・・・・初めて、なんだけど?」

言ってみてなぜ疑問形?と思ったけど彼の顔色を窺ったのかもしれない。処女ときいて喜ぶのかガッカリするのかを見たかったのだと思う。

でも彼はそこにはっきりとした感情を見せなかった。ただそのニコヘラ顔がちょっとしあわせそうな笑みに見えただけだった。

「ここ、触って」

そういって彼はあたしの手を自分のペニスにあてがう。固くなっていた。

「かたい・・・」

「君の事大好きだからね。こんなんなっちゃった」

「すごい勃ってる」

「それは君が綺麗だからだよ」

「赤ずきんちゃんとオオカミの会話みたい」

「今から俺が君を食っちゃからね」

「同じようなものだよ」といってから彼はあたしの唇を吸って「すきだよ」といってその固くてすごい勃ってる物ををあたしの性器にあてた。

だけれど彼のペニスはあたしの中に入ってこなかった。

入口のところで止まってしまって、それ以上入っていかないようだ。

「力、ぬいて」

「う、うん」

「いたくない?」

「うん、大丈夫」

暫くの間試みていたけど、強く押しても上下にそれてしまって入っていかない。

「あんまり濡れてもいないみたいだね」

「あんまり濡れない体質みたいなの」

「そっかー」

そういって彼はまたキスをして、あたしの脇にごろんと寝ころんだ。

「まー、時間かけてゆっくりならしていこう。今日は諦めるよ」

「ごめんなさい」

「あやまるようなことじゃない」

「あ、じゃぁ口でしてあげる・・その・・固くなってるそれ?」

「したことあるの?」

「ないけど、がんばります」

「あんまり無理すんな、大丈夫だよ。家帰ってから今の君のきれいな身体を思い出して自分でするから」

「ダメ!ちゃんとあたしにやらせて、したいの」

「そっかー、じゃ手でしてくれる?君の可愛い顔みながら、キスいっぱいしながらイキたいデス」

そうしてあたしと彼はまたいっぱいキスをした。あたしは彼の固いものを懸命にしごいた。結構時間がかかったけどやがてその先端から白い液体が勢いよく噴き出てきた。イク瞬間の彼の顔が切なげでかわいらしかった。

あたしのおなかから胸元にかけて、彼の熱い精液がかかっていた。不快ではなく、その温度が幸せに思えた。

「ごめん、いっぱいかけちゃったね」

彼はそう言いながらベッドサイドのティッシュを数枚引き抜いてそれを拭き始めた。

「うん、大丈夫だよ」

といいつつ少し残念な気もした。もうちょっとその温度を感じていたかった。でもそのあと彼はぎゅっとあたしを抱きしめてくれたから、心臓の鼓動とその温度を身体で感じることができたから、あたしはとても満足できた。

「これで家帰ってから一人でしなくて済むね」

「いや、するけどね、今夜の君を思い出して」

「するんか!」

「君もしたらいいよ」

「あたしはしません!」

「そう」といって彼はニコヘラっとわらった。

この夜あたしはとても満ち足りていた。

とても幸せだったのだ。

 

秋から冬に移り変わっていく季節の間、あたしたちはいろんなところへ頻繁に出かけた。江の島水族館に行った。クラゲが綺麗だった。イルカショーを最前列で見てイルカが跳ね上げる水をかぶってびしょびしょになった。生シラス丼も二人で食べた。ちょっと値段が高ったけどおいしかった。横浜のランドマークタワーの展望台へ行った。まわりの地形が一望できる、このあたりで一番高い所から見る景色を二人で見た。夜にはスカイカフェで夜景を見ながらカクテルを飲んだ。ジャズバンドに合わせてハスキーなシンガーが歌っていた。箱根登山鉄道に乗って山の奥の方にある静かな温泉宿に泊まった。昔来たことがあるというジョンレノンとオノヨーコの写真が飾ってあった。広い露天風呂がオフシーズンのためか他に誰もいなくて、貸し切りにできるから二人で入って良いと言われた。広い露天風呂は少し持て余したけれど、お湯の中で彼はあたしをお姫様抱っこしてくれて、いっぱいキスをしてくれた。熱海の崖の上に入口のある大きなホテルに泊まった。二人でジェットスキーに乗せてもらった。鎌倉のおいしいあんみつ屋さんに行った。横須賀で艦娘の公開演習を見た。秋葉原のガンダムカフェに行った。

あたしたちは幸せだった。楽しかった。ただ一つの懸案事項を除いて。

『恋人たちはとても幸せそうに手をつないで歩いているからね、まるですべてのことが上手くいっているかのように見えるよね。本当は二人しか知らない』

そんな風に歌っていたシンガーが昔いた。まるであたしたちのようだ。

 

クリスマスイブの前日十二月二三日の夜、あたしの部屋に来た彼は玄関先で靴も脱がずに「俺たち別れよう」と言った。

ニコヘラ顔は消えていた。とてもつらそうにする彼を、あたしは黙って見ていた。予感はあった。

そのころになると彼は挿入を試みることはやめていた。全くうまくいかないことが続いて、行為に及ぶごとに気まずくなってしまっていたからだ。

彼は「君が俺を愛している気持はわかっている」と言った「それを信じたいとも思っている」とも言った。「でも」と彼は続ける。

「本当は心の底では俺を拒否してるんじゃないかと疑ってしまうんだ。そのことでずっと、頭の中でぐるぐる悩んでて、もう、疲れてしまった」

「そんなことはない」と、あたしは言いたかった。でも彼があまりに辛そうだったから。そんなことを思いながら、そんなことを疑いながら、あたしを抱きしめるのはどんなに辛かったろうと思うから。口から出た言葉はそうではなかった。

「うん、わかった。別れましょう」

彼が絶望したような顔になる。あたしは言う言葉を間違えたのだ。

「あ、違うの、あたしもあなたを愛してる。でも・・・」

慌てて訂正しようとしてもそれは意味をなさない。

「ごめん」

彼はそれだけ言うと部屋から立ち去って行った。気づくとあたしは目から涙をぼろぼろこぼしていた。

暫く何も手につかなかった。クリスマスイブも、クリスマスも何もせずに、ベッドの中で過ごした。彼と抱き合ったベッドだ。時折あたしは彼のぬくもりを思い出して自分で性器を刺激して慰めたりもしていたが、終わると余計に辛くなって、悲しくなってまた泣いた。

年末は実家に帰った。飛行機のチケットはとってしまっていたし、帰らなければ両親が心配すると思ったから、重い身体をなんとか引っ張り起こして帰った。

懐かしい北海道の空気は冷たく、浸っている余裕などみじんもないくらいの寒波と雪だった。雪かきをさせられ、ハウスの作物の世話を手伝わされ、のんびりどころではないあたしは、おかげで少し元気が戻ってきたようだった。

正月も過ぎて由比ヶ浜のアパートに帰ってきたあたしは、帰りがけに彼の働いていたコンビニを外から恐る恐るのぞいてみた。果たして彼は元気に働いていた。

夜勤のはずだったが、今日は昼間にいるんだなと思った。

あたしは折に触れ、コンビニを外から覗くようになった。

いろんな時間帯に彼がいて、とても元気そうに働いていた。

それを見るにつれ、あたしは少しづつ元気を取り戻していった。

春頃に彼が女の子と仲良さげに手をつないで歩いているのを片瀬江ノ島の駅前で見た。すれ違ったけど彼はあたしに気づくことはなかった。

その夜あたしはチューハイ缶を一本片手に海岸に出て脇の方にある桟橋の先に座り込んだ。誰もいないし、暗くて手元もよく見えない。缶を開けて一口くいっとあおる。

「振られてしまったなぁ、あたし」

そんな言葉をつぶやいて、いまさら実感する。そしてあたしは高校のころ読んだ小説のことを思い出していた。

彼女の性器が濡れなくて、自分の性器を挿入できなかった男の子が、自分が愛されてないと感じて車の中にマフラーから延ばしたホースを突っ込み、窓を閉め切ってエンジンをかけて排気ガスで自殺してしまう話だ。彼を失った女の子は数年後、彼の親友だった男の子と流れでセックスしてしまう。その時彼女の性器はちゃんと濡れて、その親友の男の子の性器を受け入れてしまうのだ。親友の男の子は彼女を愛していたのだけど、彼女は自分が性欲にだけまみれた愛のない女になってしまったと絶望して、首をつって死んでしまう。という救いのないお話だ。

「そんな風にならなかったし、よかったわー」

もう特に涙も出なかった。彼との楽しかった、ほんの半年弱の日々が懐かしくて心が和むほどだ。素敵な思い出を、自分は得難いものを得たんだと思えた。

その時だ。あたしの周りに小さな光が三つ湧いて出た。いや、そんなに飲んでないし、酔っ払って幻覚でもないし、すうっと出て、だんだん大きくなる。十五センチほどに膨らんだころそれが何であるかはっきり見えた。

妖精さん?妖精さんだ!

妖精さんの一人があたしの目の前にきて告げた。

「お嬢ちゃんは軽巡洋艦の夕張ちゃんだよ!おじさんと一緒に最寄りの鎮守府に行こうね」

軽巡洋艦?夕張?戦艦武蔵じゃないの?

あ、と思った。夕張という艦があるなんてあたしは知らなかったけど、言われてみればそうだ。あたしの実家は夕張市にあって夕張メロンを出荷している農家だった。

斯くしてあたしは赤レンガ鎮守府と呼ばれる横浜の鎮守府にて艦娘となる運びとなった。失恋はしたし、戦艦でもなかったけれど、子供のころの夢みたいなものが一つ叶ったわけだ。

 

 鎮守府の寮で同室になったのは軽巡洋艦の由良だった。ボリューム感のあるサイドテールが美しい顔やスタイルをきわだたせている、おしとやかな雰囲気の綺麗な娘だ。サイドテールの半分くらいまで薄ピンクになっていて、そこから下が黒髪になっている。

「由良さんて処女?」

あたしは開口一番彼女にそう問うた。

「は?いきなりなんなんですかアナタ」

処女でなければ艦娘になれない。と言われている噂の真偽を確かめようと思ったのだ。実際あたしは結局処女のままだったのだし。気になって聞いたのだけど、いきなり聞くことじゃなかったかもしれない。

「経験済よ」

それでも律儀に由良さんは答えてくれた。いきなり噂が否定されてしまった・・・・

「あ、でも男性とはまだかな」

「え?・・・・」

前言撤回。噂はまだ生きていた。

「それって・・・?」

「あたし女の子が好きなの。同性愛者よ」

と、こともなげに言う。「ここでは珍しくもないわ」とも言った。

でも、何というか、納得してしまうものはあった。鎮守府に来てみてあたしが思ったのは、一様に皆美しい娘ばかりだと言うことだった。中には芋っぽい娘もいるけど、それはそれでかわいらしくて、見ているとまた違った性癖が芽生えてきそうだ。これだけ美しい女の子に囲まれていたら、そんな気になるのも自然な気がした。

「大丈夫よ、アナタも綺麗で魅力的だけど、アナタには手を出さないわ。あたし恋人いるから」

あたしが答えに窮していると由良さんは察したようにそう言った。

「あの子、すごくかわいいのよ。今度紹介するわね。あとあたしのことは由良でいいわ。夕張、よろしくね」

差し出された右手を見てあたしはうっかり両手で握ってしまった。

「うん、よろしく由良」

由良は「ん?」って顔をしていたが、あたしはそのまま両手を握った握手をした。指、ほっそー。

 

一般的に赤レンガ鎮守府と呼ばれているここ、横浜鎮守府は比較的規模が小さくて戦艦や正規空母はいなくて、駆逐艦と軽巡洋艦がほとんどだ。少しだけ軽空母や重巡洋艦がいるくらい。あと海防艦もちょっといる。

あたしが鎮守府に来て最初にいったのは工廠だった。噂に聞いていた改造手術を受けるためだ。これ結構やる前は怖かったんだけど、麻酔で眠らされて起きたらすっかり終わっていた。脊髄に出入力のスロットをつけるだけの手術だそうで、世間で言われている改造なんて程のものでもないと、後から聞いた。実際の施術は妖精さんがやるらしいが、眠っていたので覚えていない。終わった後もすぐに日常的な生活ができた。

最初に由良の髪のサイドテールが半分黒髪だと解説したけどこれは髪が長かったためにまだ全部生え変わっていないからだと、由良が言っていた。艦娘になる時付喪神が憑くわけだけど、そうすると髪の色が変わる事が結構あるらしい。一気に変わったりはしないで、新しく生えてくる髪から色が変わっていくのだそうだ。あたしもまだ黒髪だけど早速生え際が緑がかった銀髪に変わっていた。なるほど、確かにピンク髪やブルー髪や紫髪が結構いるわけだ。

 

「あたし別にたいして美人じゃないわー」などと思い始めた頃、基礎訓練を終えて一人で夕暮れの寮舎前のベンチでボケっとしていたあたしの目の前を、トテトテと走りすぎる駆逐艦がいた。長くて青い髪、まるで南の海のような透明なような青の髪で毛先が金髪になっていた。その綺麗な髪が乱れて舞う。何もないところなのにその駆逐艦は地べたにドベッという音を立ててコケた。

「ちょ、キミ大丈夫?」

あたしが駆け寄るとその駆逐艦の女の子は身を起こしてそのままぺたんと地面に座り込んで両手で鼻を抑えて「うぅー」と唸った。目が少し涙目になっている。

そして女の子はあたしを見上げる。

青い真ん丸の大きな瞳から涙がこぼれる。真珠の涙?と思った。目が合った瞬間あたしは大きな衝撃を受けた。頭の天辺から濃厚な梅酒でも被ったかのような甘酸っぱい香りが上から下に向かって浸食してくるようにぐぁーーーーっと染みて来る感覚に襲われた。限りなく海色に近いブルーな髪が、水の惑星をそのまま閉じ込めたような丸い瞳が、陶器のような、皮をむいたゆで卵の白身のようなオデコが、つるんとしていてプルンとしているようにも感じるおでこが、細いのにぷにぷにしてそうな指、服の上からではまるでツルペタにしか見えない胸が、柔らかくかわいらしく女の子すわりをしている細い脚が、まつげが、くるぶしが、耳の先が、耳たぶが、ありとあらゆるこの女の子のすべてが愛しく思えてしまった。そして声だ。

「だ、大丈夫ですぅー」

そう言った彼女の声が極めつけだった。透明感の中に甘えるようなかわいらしい音がのっかっている、それでいて歯切れのよい凛とした響も含んだ声だ。

あたしは手を差し伸べることもできずにその場を走り去ってしまった。感情が高ぶってその場にい続ける事は出来なかった。

何なのだろう、この感情は。恋をしたのだろうか?でもそんな恋とか簡単な言葉では括れない何かをあたしは感じていた。そう、まるで運命のような。

後に知る。その女の子は駆逐艦五月雨と言った。



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南へ

大音量でラッパの音が鎮守府内に響いていた。何事かと飛び起きたあたしは半分ボケた頭で何とか理解する。

「あー、起床ラッパかー」 

初めて聞いたな。とか思いながら髪をもしゃもしゃかき混ぜる。ラッパはスピーカーから流れているようで、誰かが表で吹いているわけでもなさそうだ。鎮守府全体で毎日の起床時間が統一されているわけではないので、ラッパなど鳴らしたりはしないのだが、今日は大半の艦娘が移動する日なので鳴らしたのだろう。みんな昨夜は遅かったしな。

二段ベッドの下を見るとサミ姉はまだ目を閉じていた。この大音量の中でよく寝てられるものだ。眉間に皺を寄せて苦し気に唸っているが。二日酔いかな?

ラッパが鳴り終わった頃、ベッドから降りてサミ姉の肩を揺する。

「サミ姉起きろ」

暫く揺すっているとサミ姉は細く目を開けてからしかめっ面でまた唸り声をもらした。

「う~、気持ち悪い・・・・・」

「酒なんか飲むからだ」

「もう酒やめるー」

常日頃飲んでいるわけでもなかろうに、そんなおっさんみたいな事を言いながら、サミ姉は両手をあたしに向けて差し出した。

「なんだこの両手は?」

「抱っこ」

「姉が妹に向けてする要求とは思えない」

「お姉ちゃんは君をそんな冷たい事を言う子に育てた覚えはないよ!すずちゃん」

君に育てられた覚えはないんだがー。

「やれやれ」

あたしはかがみこんでサミ姉の背中に手を回す。するとあたしの背中にもサミ姉の腕がふわっとまわってくる。

「しばらく会えないけど、すずちゃんはお姉ちゃんがいなくても大丈夫だよね?」

密着した頬から伝わるようなかすかな声があたしの鼓膜を振るわせる。二年前、サミ姉があたしを置いて鎮守府に行く時の朝を思い出してしまう。あの時と同じセリフじゃなかったろうか。「大丈夫?」と問うのではなく、「大丈夫だよね?」という確認。

「大丈夫じゃない」

あたしはたぶん二年前とは違う答えをしてみた。あの時は本当に大丈夫だと思ってそう答えたんだと思う。でも実際どうだったろう、あたしは全然大丈夫じゃなかった。

「ごめんね、しばらく会えなくても、きっとまたすぐ会えるよ。それに・・・・」

「・・・・それに?」

「あたしが必ず、すずちゃんを幸せにしてあげるからね」

「なにそれ・・・プロポーズかよ」

くすっと笑いが漏れてしまった。相変わらずおかしなことを言う姉だ。

「そう、プロポーズだよ」

そういったサミ姉は密着していた頬を少しずらして、あたしの頬にキスをする。ははっと、あたしは笑ってそのままサミ姉の唇に合わせてキスをした。少しお酒の残り香があったけど、それは甘い、とても甘いキスだった。

「生きて、また会おうね、すずちゃん」

「あったりめぇよ!」

 

 合衆国軍の大きな輸送機が1機鎮守府近くの広い公園に待機していた。隣接に飛行場などなかったので、仕方なく公園に着陸してきたようだが、随分と無理をするものだ。佐世保と沖縄行がこの合衆国軍機で、岩国行の陸自機が合衆国軍機離陸後に到着の予定だと説明を受けた。佐世保まではサミ姉と一緒にいけるみたいだ。

搭乗の列であたしの後ろに並んだサミ姉のその後ろに夕張が並んでいたが、振り向いてその姿を見ておおっと思った。官給品のリュックを背負った上にカバーに入ったサーフボードらしきものを抱えている。こいつ南の海で遊ぶ気満々じゃねーかよ!あたしとサミ姉はマト姉からの電話でいくらか危機感的なものを察していたから別だけど、他の艦娘たちは夕張のようにリゾート気分の子が大半みたいだ。のんきなものだな。

 搭乗後、壁沿いに横に並んだシートに座ってベルトを締める。前側に霞、後ろ側にサミ姉が座った。何となく持て余した右手でサミ姉の手をいじる。指と指の間の付け根のあたりを軽くさすったりする。さみ姉は気にも留めずにされるがままにしていて、夕張と何か話している。周りが結構うるさいので何を話しているかは聞こえない。あたしは何の気なしに左隣の霞の手にもサミ姉にしたように指を絡めてみた。

「ちょ、なにすんのよ!」

そう言って霞は手を引っ込めてしまった。

「え?何?いいじゃん、これくらい」

「なんかやらしい、涼風」

「えー」

そんなー、やらしいのかあたしの手は!

「じゃ乳揉んでいい?」

「意味わかんないし!」

「霞だってこの前阿武隈の尻触ってたじゃん」

「阿武隈のお尻はみんなの物なのよ!だからいいの」

あーなるほど、それは解る気がする。阿武隈、どんまい。

「霞の乳はあたしの物」と言ってあたしはワキワキさせた両手を霞に向けた。

「バカなの?」

霞がぷいっとそっぽをむいてしまう。つれないなー。

とその時、合衆国軍の若い女性兵士が中央に出てきて大きな声で「艦娘ノミナサマー」と言って右手を高く上げた。

「ご搭乗オツカレサマデース。当機はコレヨリヨコハマを出発後、佐世保上空を経由シテ辺野古基地ヘムカイマス」

日本語うまいな。ん?佐世保上空?・・・・・ん?

「佐世保組ノ方達ニハ、スバラシイ、スカイダイビングヲ体験シテイタダケマス!ヤバイデスネ!」

なんだってーーーー!

 

 

 固い空気が頬を叩きつけるように押し上げる。鼓膜を伝ってゴウゴウという音が脳を震わせる。(脳がふるえるぅ~)高速で落下しているのだろうけど、周りに何もない空間ではそのスピード感覚がおかしくなっていてそれほど速く感じられない。どっちかというと空気の塊に押し上げられているようだ。

「降下場所ハ海面デース。艦娘ノ方々ニハお得意ノフィールドデス!ヨカッタデスネ!」

そういった合衆国兵は満面の笑顔でサムズアップした。後ろにいたサミ姉の目はあきらかに「いいなー、私もやりたい」と言っていた。なら、替わってくれ!

ビビってる事を周りに悟られたくなかったあたしは、ほぼ無言で降下口に立ったが下を見た時目を回しそうになった。

「グッドラック」

とかなんとか言ったかと思うと、全く無慈悲に合衆国兵があたしを輸送機から突き落としたのだ。ひでぇ!

 

 海面が迫ってくるとスピード感が増していく。パラシュートを・・・・・パラシュート開き方きいてねぇ!

レバーとか紐とか脇の方に・・・・ねぇ!

ヤバイこれ死んだかあたし!マジかこんなん嫌すぎるだろ!

「ごめんサミ姉!もう会えない!」

その瞬間上に引っ張られるようなショックを受けた。体がきしむ。

パラシュートが開いていた。

「何だコレ・・・自動で開くのか・・・・はぁ・・」

そのまま海面に向けて降下していく。スピードは緩くなっているはずだが、結構怖いスピード感だ。「うわぁぁぁぁぁ」とか思っているうちに着水。結構なしぶきが上がったみたいだ。一旦海中に沈む。風よけのゴーグルの脇から海水が入ってきた。なんだコレ役にたたねぇ。艤装は付けてないので普通に沈むのだ。でも海は怖くない。だって艦娘だもの。

海面に出るとパラシュートの一部が膨らんでいて浮袋になっていた。さすが合衆国軍様、気の利いたものを用意してくださる。あたしは浮袋につかまって、バタ足で海岸に向かって泳いだ。辺りをみると何人かが同じように海岸へ向けてバタ足している。上を見るとサミ姉を乗せた輸送機は遠くの空に飛行機雲を引いて小さくなっていた。

「サミ姉~・・・・」

あたしはつぶやくように、消え入るように愛しい姉の名を呼んだ。南の空は蒼く快晴だったけど、半分水が侵入したゴーグルの中で目の下辺りでちゃぷちゃぷと波打っている海水が気になって切ない。

塩が目に染みて涙が出てきた。



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哨戒任務

佐世保の軍港に到着するとまずホースで水を頭からぶっかけられた。海水を流してくれるという気づかいなのだろうが扱いがちょっとひどくないか?その後横浜から持ち込んだダサリュックとバスタオルを渡された。荷物や艤装だけでまとめて投下された揚陸艇に積んであったものだ。それを受け取ると宿舎に案内された。狭い個室だった。とりあえず、ずぶぬれなので濡れた服を脱いで入り口わきにあった洗濯籠に放り込む。下着までびっしょりだったので、昨夜奪ったサミ姉のパンツも脱いで全裸になった。それからダサリュックからジャージを出してとりあえずこれを着た。なんか下着はめんどくさかったので付けていない。裸ジャージだぜ!ブラなんか付けなくてもあたしのおっぱいは垂れずに前方へ向けて挑発的に突き出ている!どうだ!燃えるぜ!

両手を腰に当てて胸をはってドヤ顔をしたが誰も見ていないので、ちょっとむなしくなった。

おっと。

そんなことしている場合ではなかった。着任報告も早々に、ブリーフィングルームに集合との指示が出ていたし速くいかないといけない。

 ブリーフィングルームに入ると結構な人数がいた。艦娘の多くはジャージ姿だったが前の方で落ち着いてる集団はもともと佐世保にいた連中だろうか、制服をキチンと着こんでいたので他鎮守府組のジャージがだらしなく見えてしまう。

そしてあたしはこの時点で気づいた。下着付けてないと乳首がこすれてすこし痛い。

ちょっと後悔しているあたしには全く関係なく、ブリーフィングは開始される。そしてあたしたちはここで衝撃の事実を知ることとなる。

 

 佐世保の司令官は女性提督だ。軍服こそきっちりと着ているが、首の後ろくらいで軽く束ねている緩いウエーブのかかった亜麻色の髪がふわっとした印象だ。マト姉よりいくらか年上だろうか、細身長身でバランスの取れたスタイルをしているが、左目の下の泣きボクロが何とも言えない色気を醸し出している。

「今回の君たちの任務は哨戒任務であるが、その対象は深海棲艦ではない」

その司令官がサラっと言うと、一同はよく意味が解らないといった風でこちらも何となく流して聞いてる雰囲気があったが、あたしはマト姉からの話でいくらかピンと来るものがあった。司令官はしばらく黙っていた。『質問はないのかな~』と言った表情だろうか?・・・・・・・・・・・・・

いや、いつまで黙ってるんだこの指令官。

「質問ある人ー」

しびれを切らせたと言うよりは、やれやれと言った諦めの表情を隠しもせずに司令官が顔の脇に中途半端に手を掲げて言った。するとあたしの隣の霞のそのまた隣に座っていた朝潮がスッと真直ぐ手をあげる。

「はい、そこの黒髪ロングのあなた」

司令官が掲げていたその手の平をそのままの位置でくるっと上にむけた。朝潮が手を挙げた時と同じように真直ぐ立ち上がって、そして敬礼までしたがジャージでは様にならない。

「横浜鎮守府より先ほど着任いたしました。朝潮型駆逐艦朝潮です」

いや、かたいなー朝潮。浮いてるぞー。

「哨戒の対象について説明をお願い致します」

「哨戒の対象は大陸の人民解放軍海洋侵出部隊です」

朝潮の質問に今度は間を開けずに司令官が答えた。

「ありがとうございました」

朝潮がそういって着席する。少し間をおいて一同ざわつき始める。

「皆さんもうお分かりかと思いますが、今度の敵は深海棲艦ではなく、人間です」

ざわめきが大きくなる。最前列の一人が立ち上がる

「司令官!それってどういうこと?人間を・・・・・殺すの?」

「哨戒任務なので基本殺しません」

「向こうは攻撃してくるんだよね?」

「場合によってはあるかもしれません」

「あたし達、通常弾耐性強くないと思ったけど・・・」

「普通の人間よりはフィールドのおかげで高い耐性がありますが、深海棲艦のように無効にはできません」

「攻撃を受けても反撃しては駄目なの?」

ブリーフィングルームが氷ついた。司令官は軽く俯いていたが目は一同を見据えている。いずれ胸をそり返し腕を後ろに回し言う。

「哨戒任務であることを第一に考え、まず敵に発見されないことを考えてください。第二に発見されたら即撤退してください。第三に撤退時には援護を要請してください。撤退時や撤退が不可能となった時の反撃は許可します」

立ち上がった一人がへなへなっと着席する。

「では敵編成について、これは沖縄からの情報です。中型の艦船と多数の小型機動艇の編成が一集団として複数存在することが確認されています。中型の艦はおそらく機動艇の母艦と考えられています。この規模と現在の位置を補足することが君たちの任務です」

「そんな艦隊じゃとっくに深海棲艦に沈められているのでは?」

前列の一人が言う。

「南シナ海、東シナ海、日本海を勢力圏としていた深海棲艦群は大陸の天津港を拠点としていて、これは核攻撃によって拠点諸共殲滅されています」

「核攻撃は無効なんじゃ・・・」といった声がざわざわと沸き立つ。

「詳細は不明ですが事実です」

ざわめきに答えた司令官は続ける。

「八隻一艦隊とし出撃してもらいます。指定エリアに到達したら艦隊を二分して四隻として進行。また指定エリアで二分して二隻として進行してください。分離した艦隊がお互い非常時には援護に駆け付ける事ができる距離を保ちつつ、哨戒範囲を広げていきます」

「飛行機は使えないんですか?」

「p3c哨戒機も飛ばしますが数がたりません」

少し間をおいてから司令官が続ける。

「長い平和に甘んじて、軍の再建を怠ってきた我々の責任です」そういってから司令官は深々と腰を折って頭を下げた。ふわっとした髪が肩口から垂れる。

「申し訳ない。今は君たちに頼るしかありません」

 

「大丈夫!あたしらに任せな!」

最前列の一団から声が上がるとあちこちから次々と勇まし気な声が上がった。雰囲気に飲まれてあたしもそんな勇ましい気分になってきた時、隣にいた夕張に手を握られた。

「涼風ちゃん・・・・・・」

夕張の手は震えていた。でもあたしを見つめるその目は何か覚悟を決めたような強く頑なな色を帯びている。

「夕張・・・?」

「生き残ろうね。ちゃんと生き残って五月雨ちゃんにまた会おうね」

「あったりまえだろ」

あたしは夕張の手を握り返して引き寄せてニカっと笑ってから言った。たぶんいつもの通りに笑えたと思う。

沖縄に赴任したサミ姉はどうしているだろう。やはり哨戒任務に出るのだろうか。全体に沖縄に回されたのは錬度の高い娘ばかりだったように思う。高練度の艦が集められるということはそれだけ危険度が高いということではないだろうか。

サミ姉が心配だ。そう思ってあたしは夕張を見る。夕張が沖縄に行ってくれていたら、サミ姉を守ってくれただろうか。いや、練度的にはサミ姉はトップクラスだから、サミ姉が夕張を守っちゃうかもしれない。でもそれはあたしも同じだ。あたしが沖縄に行ってもサミ姉に守られるだけかもしれない。

だけどもう覚悟を決めなくてはいけない。あたしたちは人間と戦争をするんだ。

 

 

 格納庫で急いで制服と艤装を着ける。アシストに佐世保の子がついた。短めのツインテールが可愛い八丈という海防艦のちっちゃい子だ。あたしがジャージを脱ぐと全裸だったので、目をパチクリさせて顔を真っ赤にさせた。

「なななななんで裸なんですか!」

「あー、この方が装備付けやすいだろ」

とか適当なことを言ったら八丈ちゃんは下を向いて「そ、そうなんですか・・・」とぼそっと言う。素直、かわいー。

「では失礼します!」

「あー待って待って、やっぱ下着はつけとくわ」

装備を着けにかかった八丈ちゃんを制止してあたしはダサリュックからパンツとブラを出した。やっぱ乳首擦れて痛いからね。先に言った全裸の理由とまったく矛盾した行動である。八丈ちゃんがまた眼をパチクリさせる。

「涼風、ちっちゃい子に適当な事いわないの」

隣で準備中の霞が横目でにらんで来る。

「だって八丈ちゃんかわいーーんだもーん」

そう言いながらあたしは八丈ちゃんの頭をなでなでした。

「あたし可愛いですか?」

「うんうん、可愛い可愛い」

「わーい、涼風さんもおめめまんまるくてかわいーですー」

「おー、そうかそうか、なんて可愛い子なんでぇ、ちゅーしちゃおうかな」

「やめなさい!」

霞に怒られた。

「そこ!しゃべってないで急いで、あまり時間がないのよ」

格納庫ゲート入口近くにいた司令官が大きめの声を出す。美人司令官にも怒られてしまった。

「ガッテン!涼風大急ぎで準備します!」

勢いよくそういってあたしはビシッと直立しバシッと敬礼した。半裸なのであまり様になってない。自分が怒られたと感じたのか八丈ちゃんがワタワタとして作業を始めようとしたので、あたしはまた頭に手をのせて、やさしくなでなでした。

「慌てなくてよいからよろしく頼むぜ」

「は・・・はい!」

元気で可愛い八丈ちゃんだった。

 

 

 

 艦隊は8隻艦隊というより、2隻のペアが4つと言った感じだった。あたしのペアは夕張だ。霞は朝潮とペア。あとは佐世保の子らしい、夕雲型が4隻。良く知らないが新型らしい。

あたし達は佐世保を出航して2度艦隊を分けて今、夕張と2艦で海上を進んでいた。

「夕張って何、サーフィンやるの?」

「やるよー」

「普段から海の上滑ってるのにまだやるのか?」

「あー、艦娘になる前からの趣味だからー、たまにね、板に乗りたくなっちゃうのよ」

「ふーん」

「この先に無人島があるわ。無人島って言うか岩礁に近いかもだけど」

他愛もない雑談のあとに夕張がタブレット端末の画面を見ながら言った。

「どっち?」

「進行方向ちょっと左手。ほら見えてきた」

そういって夕張は背中の主機に括りつけていたバッグをうしろ手で引っ張り寄せてタブレットを脇の方に滑り込ませた。なんだかいろいろ入っていそうだ。大きいしもっさり膨らんでいる。あんなもん主機に括りつけていて、バランス悪くないのだろうか。

そんな事を思いながらあたしは主機の出力をゆっくり下げた。夕張も言わずとも同じ行動をとっている。停止するころに体を海中に沈めていく。海面から顔が出るくらいで停止した。かばん防水なのかな?夕張は体が沈む前に双眼鏡を出してかばんの口をしっかりと閉めていた。そして双眼鏡を両目にあてて島の様子をうかがう。

「岩ばっかねー。岩礁としては大きいのかしら?」

「わっかんね」

「反対側に回らないと向こうは見えなさそうね」

「そうだなー、まわってみっかー」

あたしと夕張は島とも岩礁ともつかないそれを左に大回りに回り込むようにゆっくり進んでいった。しばらく進むと目標の岩陰から黄色い小さなものがたくさん出て来るのが見えた。まだ距離があるので何だかよくわからない。停止して様子をうかがう。夕張が双眼鏡で確認した。

「え?何アレ」

夕張が不審そうな声を上げてから双眼鏡をこっちによこす。あたしはそれを受け取って確認する。

丸くて黄色い風船のようなものが浮いている。単眼の顔っぽい絵がかかれていて下に垂れ幕のようにぶら下がっている布にアルファベットで「I Am Your Friend」と書かれている。

「は?何なん?」

黄色の目立つものに気を取られていた。ふと視界を下に下げると、垂れ幕をつなぐロープの下に小型艇がいた。

「ヤバイ夕張!小型の機銃艇だ!こっちに向かってくるぞ!」

「見つかった?」

「たぶん」

あたし達は主機の出力を上げて浮上、転進に入る。出力を下げすぎていたのと体を沈めていたことが仇になった。なかなか速度が出ない。回りながら背後を確認すると岩陰からさらに多くの機銃艇と母艦らしい中型の艦艇が確認できた。機銃艇の速度がかなり速い。先行してきていた5隻がもうすぐ後ろに来ていた。おかしな風船はもう切り放しているようだった。

「こいつら速すぎるって!」

近くに来て気づいたが、こいつらウオーターバイク並みに小さい。どう見ても人が乗ってるスペースはないように見える。

「無人艇かも・・・・」

一斉に機銃掃射が来る。ジグザグに航行して回避したが1掃射程くらった。現状の距離ならフィールドが有効だったようで、圧力で少しバランスを崩す程度だ。しかしもうちょっと近づかれるとわからない。

「夕張!援護要請!」

「やってる!やってるけど・・・・・」

「けど何?」

「直近の霞ちゃんの隊は先に遭遇戦に入った夕雲型の隊の援護に向かったって言ってる」

「まじか・・・・!夕張!危ない!」

若干速度の落ちた夕張に機銃艇が突っ込んでいった。そしてあろうことか自爆した。

「夕張ぃ!」

吹っ飛んだ夕張のもとに寄せる。小破程度のダメージを負っている。

「しっかりしろ夕張!」

「大丈夫!大した被弾じゃないよ。フィールド結構使える」

あたしは夕張をかばうようにして近づいてくる機銃艇に12.7mm連装砲を発砲する。1発で敵は大破炎上して脱落していく。結構敵は脆い。しかし数が多すぎる。小破して速度の落ちた夕張を庇いながら主砲で何隻も沈めたが、程なくあたしたちは機銃艇に囲まれてしまった。そしてあたし達に向けられた機銃が一斉に火を噴く。フィールドがなんとか弾いているが、いつまで保つか解らない。それにこの数で突っ込まれて自爆されたらひとたまりもないだろう。

あたしは反撃しながら考える。なんとか、何とかここを抜け出す方法はないかと、こんなところで沈む訳にはいかない。生きてサミ姉と会う約束をしてるんだ。何とか・・・・

ガゴン と主機に響く大きな音がした。フィールドが破られて被弾したかと思ったがそうではなかった。背後を振り向くと夕張があたしの背中の主機に何かしている。

「夕張?」

顔を上げた夕張の目はおびえていた。そしてそのおびえた目のまま口角を上げてふふっと笑うような息を漏らす。笑顔になっていないその笑顔で夕張が言う。

「すーちゃーぱーちゃー」

「え?」

ドン!

いきなりの加速だった。ほぼゼロ速度からの急加速だ。体がきしむ。風圧で横向きに固定されてしまった頭がそのままの横眼で後方を見ると、夕張を囲む敵集団が見る見る小さくなっていく。

「夕張!ゆうばりぃぃぃぃー!」

声になっていたかわからない。風圧で掻き消えていたのかもしれない。それでもあたしは叫び続けた。夕張の名を。

そうしてあたしは急速に戦場を離脱した。



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辺野古の五月雨

初の五月雨視点となっておりまするー



天頂やや南の高いところにあった太陽もようやく傾いてしばらくしたものの、それで涼しくなったかと言えばもちろんそんなことはなく、相変わらずの厳しい残暑だ。

 辺野古基地の防衛任務に就いた私は合衆国軍の駆逐艦娘とペアで近海の哨戒にあたっていた。

「やだなぁ、結構日焼けしちゃったかも」

そう呟いて手袋が被ってない二の腕と肩の間の肌をつまんで確認する。

「あの子は大丈夫なのかな?」

 並走している青い髪の僚艦を見る。沖縄の海の色にも似た透明感のある青いセミロングの髪を上げて頭の両側でお団子にしていて一見ショートにも見えるスタイルが元気な感じを醸し出していて良く似合っている。

 肌は特に日焼けはしていないようだし、ちゃんと日焼け止めとか塗って対策をしているのだろう。子供特有のきめの細かい綺麗なモチモチ肌だ。

 可愛い・・・纏ちゃんなら絶対ほっとかないだろうな。などと思いつつボへーっと見ながら航行しているとその子の赤茶色の綺麗な瞳が私の方を向いた。

「五月雨さん前見てください、危ないですよー」

「そうですねー」

 と言いつつ私は青い髪の駆逐艦から視線をそらさない。見渡す限り障害物なんかないし、言われるほど危険でもないと思う。でも、そうか、お話がしたかったのかな。きっかけ作っただけかも。

 私はそのまま青い髪の僚艦に寄せていって顔を傾けて笑顔を作った。

「サミュエル・B・ロバーツちゃん」

 彼女は少し不思議そうな顔を見せたあと笑顔になって言った。

 「サムって呼んでください」 

 

 

 横浜の艦娘が辺野古に到着した時、基地内は随分と落ち着きなく、慌ただしく動く兵士達でごった返していた。

 私たちは宿舎に案内されて荷物を置いてからブリーフィングに参加した。そこで辺野古防衛の任を伝えられて、ペアとなる艦娘を紹介された。

「なんか雰囲気似てるし気が合いそうだから、君たちでペアね」

そう言った基地の作戦参謀でおじさんの軍人さんが青い髪の小さい子の背中をパンとたたいてからあたしを手招きした。

『学校の班決めみたいだなぁ』とあたしはぼんやりと思いながらペコリと腰をを折って挨拶をした。

「横浜から来ました、五月雨です。よろしくお願いします」

「サミュエル・B・ロバーツです。こちらこそよろしくお願いします」

そういった彼女はビシッと勢いよく敬礼をしたのだけど、手がいきおい余って目を突いてしまって、しゃがみこんでしまった。

「ふえぇ~」

『うわぁ~ドジっ子だぁ』

 などど心の中で思いつつ私もしゃがんで目線をあわせる。

「大丈夫ですか?」

「だいじょうぶです~、よくやるので・・・・」

 よくやるのか~。

 ん?雰囲気似てるっていわれた?まさか私をこんなドジっ子だと思ったのかな?あ、でもたぶん髪色のせいかな。

 ふと作戦参謀を見るとうんうんとうなずいてどこか満足顔だった。なんで?

 

そんな感じで今に至る。

「サムちゃん?」

「はい」

「サッちゃん」

「あ・・・・・はい!」

 表情がパァッと華やいだ気がした。気に入ったようだ。

「じゃぁ私のことはサミお姉ちゃんで」

「・・・ん?」

サッちゃんがそのままの笑顔で少し首を傾げた。

「あ、五月雨でイイデス」

 慌てて訂正しておく。纏ちゃんじゃないんだから、それはだめでしょ。

「サッちゃんもそうだけど基地のみんなも言葉ちゃんとわかるよね。すごいね」

 すかさず話題をそらしておく。

「学校で習いますので、それに・・・」

サッちゃんは私に向けていた顔を前方に戻して少し間をおいてから言った。

「本国にいたこともないので」

 前方を向いたサッちゃんの表情が良く見えない。余計なことを言って、せっかく華やいだ顔を寂しい顔にさせたかと思って私はちょっとあせってしまった。手を胸の前で開いてワタワタしてしまう。

「ご、ごめんなさい、余計な事言って」

 ちっちゃい子にお姉さん面していたのがすでにかなり崩れている。

「え?・・・・」

振り向いた彼女は笑顔だった。若干不思議顔だったけど。

「大丈夫ですよ~、沖縄大好きですし」

「そうなんだー、よかったぁー」

 寂しい顔をさせなかったのは良かったけども、どうやらサッちゃんには不思議なお姉さんくらいに思われていそうだ。

 不本意である。

 とはいえ哨戒任務である。私たちは適当に話を打ち切って距離を大きくとって索敵の範囲を広げる。かわいい子と距離をとるのは聊か名残惜しい。

 『涼ちゃんどうしてるかな・・・』

 かわいい子という単語から涼ちゃんを連想している事にはもう全く違和感はない。かわいい子と言えば涼ちゃんである。異論は認めない。

 その時司令部から通信が入った。私は手を耳に当てて傾注する。

『哨戒中の全艦娘に緊急の指令を発令。佐世保発の哨戒艦隊が接敵。被害を受けつつ撤退中である。装備燃料に問題ない艦は佐世保方面に向けて急行せよ。ポイント詳細は追って通知する。待機中の艦娘は装備を整え近海警備へ・・・・・』

私は反転しつつサッちゃんを見る。少し遅れながらも反転姿勢に入っていた。

「サッちゃん!」

「五月雨さん!私も行けます!」

うなずく代わりに右手を大きく進行方向に振る。

 

「涼ちゃん・・・・・」

 湧いてくる不安を押し込めて私は主機の回転を上げた。

そして昨晩のことを思い出す。

 

 



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五月雨の回想1

回想1なので2もありまひゅ。


 食堂でのよくわからない宴会が終わった後、凉ちゃんを先に部屋へ帰して、私は自室に向かう廊下を歩いていた夕張さんに声をかけた。

「夕張さぁーん」

 後ろから声をかけると夕張さんは勢いよく振り向く。傍らには由良さんとその腕に絡みつくように寄り添う夕立ちゃんがいた。

 夕張さんは私を見た後、私の背後を確認するようにして少し目を細めた。凉ちゃんがいないのが不思議だったのだろうか。

「さ、五月雨ちゃん!」

「今から夕張さんのお部屋行っても良いですか?」

「え?お部屋来るの?五月雨ちゃんが?」

「よろしければー」

 夕張さんはポカンと口を開けたまま顔を赤らめて少し固まった。

 あー、なんか妄想してるなー。かわいいなー夕張さんは。こういうところ凉ちゃんと似ている。

「き、汚いところだけど、よかったら・・・」

 と、夕張さんが言ったところで由良さんが夕張さんの頭をパシっと叩く。

「汚くないわよ。私が掃除してるんだから」

「いやいや、社交辞令だし」

「私に対しての社交辞令がなってない」

 ちょっと言い合っているようでも、夕張さんと由良さんのなかよし度がにじみ出ているやり取りだ。

「五月雨ちゃんも入れて四人でお部屋宴会っぽいー」

 夕立ちゃんが由良さんの腕にしがみついたまま、楽し気な笑顔で言った。

 

甘いお酒はとてもおいしかった。おじいちゃんが飲んでいたビールや日本酒は苦かったり辛かったりで、美味しいなんて思った事がなかったから、今までお酒はスルーしてきたけど、夕立ちゃんに渡されたピンク色の缶は、何か美味しそうに見えたので抵抗なく飲んでみたら、すごく甘くて美味しかった。

 一缶開けるころにはどこか全能感というか何でもオッケーみたいな気分になっていて、私は部屋の主に断りもなく冷蔵庫を開けて、色とりどりのお酒の缶の中から今度はライトイエローの缶をとってから、夕張さんの足の間に座り込んで背もたれのように夕張さんの体に背中を凭れ掛らせた。

 夕張さんもいくらか酔っているのか、いつもより少し大胆な気持ちになっているのかな。私の腰に手をまわしてキュッと抱き寄せてから私の肩に顎を乗せるようにして置いた。

 これ私が顔よこに向けるとそのままキスしちゃうような体制だ・・・・

 正面を見ると由良さんと夕立ちゃんがお互いにもたれかかるようにしている。ひそひそと囁きあいながら、折々にチュッとキスしたり、見つめあって微笑んだりと、結構なイチャコラぶりだ。

 正直あてられる。

 私は少し顔を夕張さんの方に向ける。夕張さんはピクッと一瞬震えたけど、そのままキスはしてこない。

 すれば良いのに、へたれだなぁ。抵抗されてダメだった時が怖いのかな。別にいいのに、キスされるくらい。

 でも私からはしない。こんなことをしに来たんじゃないし。

「夕張ひゃん・・・」

 声をかけると夕張さんはビクッとして背筋を伸ばした。肩に乗っていた顎が離れる。

 というか私まともにしゃべれてない?

「五月雨ちゃん?・・・」

「夕張ひゃん・・・すずちゃんお・・守ってやってくだひゃい・・・あたしのぉ大事な妹なんですぅ・・・」

 そうとう呂律がまわってないみたいだけど、意味は通じるだろう。頭もグワングワンしてきた。

「妹ってユーかぁ・・・・ダイスキなんデすー、ダイジなんですー、そシてー」

 私は飲みかけのライトイエローの缶をぐっと前に突き出す。

「結婚スルデス!」

「五月雨ちゃん?結構酔ってる?」

「酔ってマひぇん!」

 私はどっこいしょっと体を回して夕張さんを正面に捉える。

「大丈夫れす!夕張ひゃんハぁ、愛人にシてあげマひゅ!」

 凉ちゃんを守ってもらう替わりにあなたを愛人にしてあげますよ。と私は言っている。我ながら酷いし傲慢な事を言っているな。でもこの時はそんな思考すらなくて、ただ凉ちゃんを守りたい一心だった。

「五月雨ちゃんの愛人かぁ~」

 私のそんな酷い言葉にも夕張さんは嬉しそうにして、また妄想モードに入っているみたいだった。

「ドうか!よろしくお願いしまひゅ!では、わたヒはこれにて・・・」

 私は立ち上がって腰を折って礼をしたけれど、バランスを崩して座っている夕張さんの肩に手をつく。おなかのあたりにある夕張さんの頭が私を見上げた。

「そんなに急いで帰らなくても・・・」

「明日もはやいでしゅし、凉ちゃんもマたせてまひゅのれ!」

「そう、そうだよね。部屋まで送ろうか?」

 上目遣いにして夕張さんが問う。優しいなぁ。

「しょれにはおよびまひぇん!ごちそうさまでひた!」

 私は由良さんにも礼をしてよろよろと部屋を出た。

 

 よたよたと歩いて部屋にたどり着き、戸を開けると凉ちゃんが壁にもたれかかってオナニーをしていた。頭にはあたしのパンツをかぶっていて私が戻ったことに気づかずに目を閉じて顔を上気させている。ときたま、『夕張さん』とか『五月雨ちゃん』とかつぶやいていた。

 あー、またこの子は、私と夕張さんがエッチなことしてるところを妄想してるな。

 どうも凉ちゃんは昔からNTRの気がある。ヘンタイさんだなー。お仕置きしないと。

 私が近寄って行くとそれに気づいた凉ちゃんは『なんでもない』とか言って両手をバンザイした。私は構わず凉ちゃんの頭を両手でロックして強引にキスをした。

 しばらく熱いキスをしていたけど、なぜか凉ちゃんに引きはがされた。愛しい姉のキスをそんなぞんざいに引きはがすとは、けしからん妹だナ。

 私の意識はそこまでだった。アルコールに溺れてそのまま眠りに落ちてしまった。



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大陸大使館からの帰り道・雨宮纏

『もしもしもしもし~?そちら五月雨のお姉さんですかぁ?』

 

「・・・・・・」

 

『あれぇ?ちがいましたかぁ?』

 

「・・・・それ紗弓のケータイですけど、アナタ誰?」

 

『さゆみ??あぁ、五月雨の艦娘なる前の名前ですな?さゆみいうんですか、可愛らしいお名前でんな』

 

「アナタどなたって訊いてるんだけど」

 

『五月雨からお姉さんが外務次官の秘書やってるってきいてましてなぁ、折り入ってお願いがありますのやけども』

 

「紗弓のケータイをなぜアナタが使っているのかしら?」

 

『お姉さん、これはえらく大事なことです。妹さんお二人の命に係わる事かもしれまへんで、しっかり聞いて下さいな』

 

「・・・・・・」

 

『お姉さんの上司の次官さんに早急に会ってもらいたい人物がおりましてん。取り次いでもらいたいんですわ』

 

「名前も名乗らないで他人のケータイ勝手に使ってくる人のそんな申し出が受けられるとでも?」

 

『受けられるでしょう。妹さん大切ですよねぇ?』

 

「・・・・・合わせたい人物っていうのはどういう人なの?」

 

『人って言うかなんと言いますか・・・なぁ』

 

「・・・・・?」

 

『深海棲艦のお姫はんですわ』

 

 

 

 大陸の大使はこちらの質問に関してまるで要領を得ない、のらりくらりとした回答しかよこしてこなかった。問い合わせ中だとか、通信状態が良くないとか、まるで木を鼻で括ったような対応だった。結局次官は大臣との会合の約束を取り付けただけで、大使館を出る羽目になった。

 帰りの車の中で紗弓のケータイから電話が入って出てみるとおかしな電話だった。

深海棲艦の姫?

「ちょっとまってくれる?」

 纏は電話の相手にそう告げるとマイク部分を手で塞いで、隣にいた次官に電話の内容を告げた。

 次官は一旦渋い顔をみせて後頭部を軽く揉んでから「とりあえず話を進めてみてくれ」と言った。

「いつどこにに行けば良いのかしら」

『今すぐやな、場所はー』

 告げられた場所は意外と近場だったし、纏のよく知っているような場所だった。それもそのはずで、纏や妹たちがずっと住んでいたその町の駅そばのマンションだった。

「今すぐって、随分急な話なのね」

『早ければ早いほど良いねん』

 場所を次官に告げると準備でき次第折り返し連絡するとの旨を伝えるように言われた。

「連絡は紗弓のケータイにかければ良いの?」

『いやいや、今番号言いますんで、そっちにかけてくださいな』

 纏は電話を切って次官に番号を書いたメモをわたした。すると次官は自分のケータイでどこかにかけて、その番号を告げていた。しばらくすると次官はかるく礼を言って電話を切った。

「番号から契約者を調べてもらったが、一般の女性名で、登録住所も会合場所と一致した。名前はリュウザキ・レイナ」

「護衛をどこかに依頼しますか?」

「いや・・・・それには及ばない。状況からみて今の電話は横浜所属の艦娘だろう。会合先の住所も一般のマンションのようだし、契約者も一般女性のようだ。大方普通の市民が大事に巻き込まれて細いつてを頼って接触してきたといった所だろう。それに・・・」

 次官はニカっと笑って纏を見る。

「俺は柔道黒帯だ」

 

 

 

 電話に出たのは若い女性の声だった。最初の電話の主と違って関西弁ではなくて標準語だった。本人がやはりリュウザキと名乗った。

 指定されたマンション前に車を着けるとマンションのエントランス前に背の低い女の子がいた。可愛らしい感じの整った顔の子だけど聊か不愛想な雰囲気がある。茶色がかったロングヘアでツインテールにしたら似合いそうだと自称少女評論家の纏は思う。

 

「あなたがリュウザキさんですか?」

 車を降りた次官が声をかけると女の子はペコリと腰を折ってお辞儀をした。

「はい。来ていただいて、ありがとうございます」

「外務事務次官の山重です。こちらは秘書の雨宮です」

「雨宮です。五月雨と涼風の姉でもあります」

「あ、えっと、大学生の龍崎玲奈です」

 立場を明らかにした次官に対して自分も立場を言わなければならないと思ったのか、龍崎は自分の名の上に大学生という属性をつけた。

 大学生?中学生くらいにみえるけど。

 纏が失礼な事を考えるが口には出さない。龍崎に先導されて、一行はエントランスに入り、エレベーターに乗る。

「護衛の必要はなさそうだな」

「そうですね」

 エレベータを降りたところで山重が纏に小声で言う。なぜか少し残念そうだ。纏に強いところを見せたかったのだろうか。

「最初に電話してきた人は、おそらく艦娘だと私は考えているが。龍崎さんとはどんな関係の人ですか?」

 歩きながら次官が声をかけると龍崎は立ち止まって振り向いて口を開く。ちゃんと相手の顔をみて話さなければならないと思っているのだろう。まじめな子だ。

「それは双子の姉の龍崎純奈です。横浜で艦娘をやっています」

「ほう、お姉さんは関西弁を話していたようだけど、あなたは標準語ですね」

「姉は・・・姉の関西弁は真似事ですので、姉も私も関西で暮らしたことはありません」

「・・・そうなんですか」

 目的の部屋に着く。ごく普通の部屋だ。玄関の扉を開けると中から冷たい空気が吹き付けてきた。こんな時期に冷房を全開にしているのだろうか。龍崎さんは極度の暑がりなのだろうかと纏は思う。

 リビングに案内されるとさらに冷房がきつくて寒さで身震いするほどだった。中央にソファーが二つテーブルをはさんで向かい合っており、、一方に飛行機の模型を抱いた白い女の子の人形が置いてあった。見回してもリビングの中には纏たち3人の他に誰もいない。

「今お茶入れますので」

 龍崎がそう言って脇の方につながっているダイニングのカウンターに向かって歩き出した時、人形がこちらを向いててしゃべり始めた。

「ホッポチャンデス」

 次官と纏がギョッとしてソレを見る。そうだ。ここで会うのは深海棲艦のお姫さまだった。

「ボクサマチャンハホッポトイイマス。ヒレフセ」

「北方棲姫です。この子ちゃんと言えないんです」

「レーナウルサイデス!ウルサイノデス!ホッポハホッポチャンナノデス!」

白い幼女が手足をバタバタとしている。深海棲艦としての怖さも王族としての威厳もなく、ただただ微笑ましい。

ひとしきりバタつくと幼女はピタっと止まった。

「レーナマカロンアルノカ?マカロンタベタイ」

「はいはい畏まりました姫殿下」

 龍崎がカウンター奥にあった小さな踏み台を足元に寄せて、それに乗ってカウンター上の収納の扉を開けてごそごそと探し始める間に、次官は首元のネクタイをキュッとあげて白い幼女の前で跪いた。

「お目にかかれて光栄です姫殿下。私、外務省事務次官山重と申します。こちらは秘書の雨宮です」

 纏も慌てて次官の斜め後ろで跪く。

「お目にかかれて光栄です姫殿下」

「ウム、クルシューナイ。ラクニセヨ」

「あ、お二人はソファーへどうぞ」

 大仰に応対する幼女を尻目に龍崎が軽い感じで言う。

「レーナハダマルノデス!ハヤクマカロンモッテクルノデス!」

 白い幼女は「ぷんすか」というオノマトペが頭の斜め上に出てそうな感じで怒っているが、怖さを微塵も感じないし本物なのだろうかと纏は思う。

 龍崎は「はいはい」と気のない返事をしながら小皿にマカロンを一つ乗せて幼女の前に置き、そそくさとカウンターに戻ってティーポットに茶葉を入れ始めた。

「ソファーデラクニシテヨイ」

 姫殿下の許可を得て次官と纏は向かい合うソファーに腰をおろした。

「オマエタチニ、モシャモシャ、ツタエタイ、ムグムグ、コトガアリュ」

 食べながらしゃべり始めたので途中に咀嚼音が入るし最後はセリフを噛んでいた。そしてそのセリフの後に何か言うでもなくまたもう一つマカロンを掴んで齧り始める。どうやらしゃべるより食べる方に集中することにしたらしい。マルチタスクは苦手なのだろうか?と思ったところで纏は異常に気づいた。二つ目のマカロンを齧っている幼女の前の皿にはもう一つマカロンが乗っている。

 ?????

 龍崎が持ってきたマカロンは一つじゃなかっただろうか?次官も目を皿のようにして皿の上を見つめている。もう目なのか皿なのかよくわからない。龍崎がわんこそばの要領で皿が空になると、目にもとまらぬ早さで補充をしているのだろうか?いやいや・・・・

 ほのかな紅茶の香と共に龍崎がティーカップをそれぞれの前に置き、最後に幼女の隣に座った。

「何個食べたんですか?」

「イッコナノデス」

 龍崎は目を三白眼にして「ふーん」と言った後、幼女の前に置いた皿に目線を移す。皿にはもうマカロンは残っていなかった。

「今あんまり食べると、夕食を食べられなくなりますよ」

「イイノデス!マカロンオイシーノデス!」

「夕食はオムライスですよ」

「!」

 幼女があわあわとし始めた。

「タベラレリュ、ホッポハタベラレリュノデシュ!ダイジョウブナノデシュリュ」

「ホントは何個食べたんですか?」

「・・・・サンコ」

 龍崎が小さくため息をつく。幼女は動揺しながらも龍崎の顔色を上目遣いで見ているようだ。

「正直に言った事を評価してオムライスは作ってあげます。食べられなかったら、冷蔵庫に入れておいて明日朝にチンして食べましょう」

 龍崎がそう言うと幼女は不安そうだった顔を一気に明るくしてから龍崎の膝によじ登っておなかに顔をうずめるようにして抱き着いてしまった。

「あ、あの」

「あぁ、すみませんお見苦しい所をお見せしました。姫殿下と言ってもまだちっちゃい子供なので」

 遠慮がちに声をかける次官に対して龍崎は幼女の背中を軽くポンポンとしながら答えた。

「いや、それは良いのですが、その・・・そのお菓子が皿の上で増えた様に見えたのですが・・・」

「あー、この子気に入った物を複製できるんですよ」

 龍崎がこともなげに言う。

「いや、それは・・・どういった原理で?」

「私にもよくわかりません。そういう能力を持っているとしか言いようがありません」

「いや・・・それはまた・・・何とも・・・便利な能力ですね」

「そうでもないですよ。複製できるのはこの子が気に入った物だけです。ですのでほとんどが食べ物ですね。もっといろいろ役に立つ物を複製出来ればよいんですが・・・お金とか・・・」

 いや、お金複製したら犯罪だから。

「この子来てから冷房費が嵩んで大変なんです」

「ワガタミヲイジメルノヲヤメルノダ」

 龍崎と次官の会話に突然幼女が割って入った。見ると背を向けていた姿勢から二人を正面に見る姿勢に変えていた。龍崎の膝の上に鎮座していることは変わらないが。

「シズメルノハヨイ。ボクサマチャンタチハシズムコトハ、イヤデハナイ」

「嫌ではない?」

「シンカイハ、シズカデ、ユルヤカデ、スズシクテ、オダヤカデ、キモチイイトコロダ」

 そういう認識なのかと纏は思う。深海は良い所?

「ボクサマチャンタチハ、カンムスモ、ホカノフネモ、ヨイトコロニキテホシイトオモッテル。ダカラシズメル」

 衝撃を受けた。世界の常識がひっくり返るような、とんでもない発言だった。深海棲艦は好意で船を沈めていると、この姫殿下は言っているのだ。

「デモ、コノマエ、ワガタミヲタクサンショウメツサセタニンゲンガイタ」

 二人がハッとする。人民解放軍による天津への核攻撃の事だ。

「ショウメツハイヤダ。カナシイ。ユルサナイ」

 白い幼女の姫殿下は目を見開く。赤い瞳が丸くなって光ったように見えた。

「ボクサマチャンハ、スグニデモカンタイヲヒキイテ、ハンニンヲコラシメニイク。ダカラソノシンゲキヲ、オマエタチハジャマスルナ」

「すぐ行くんですか?オムライスは食べないんですね」

「オムライスタベタライクノデス」

 この事態に対してこの雰囲気は緊張感を保つのが難しいなと纏は思う。

 

 



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夕張さん単艦で戦う

ひとつ前のお話に大幅加筆しておりますので、そちらもどぉぞ


涼風ちゃんを離脱させた後、私は隙を見せた機銃艇の包囲を突破した。なぜか機銃艇群はこの時30秒ほど固まったまま動かなかったのだ。理由は分からないけど幸運だったのかもしれない。この状況で幸運もないか。

 五月雨ちゃんと約束したから、私は涼風ちゃんを離脱させた。私は今単艦で勝たなけらばならない。爆加速用チャージャーは涼風ちゃんに使った一基のみで予備はない。離脱は不可能。だからもう勝つしか生き残る道はない。手はある。あるはずだ。私の背中にあるバランスの悪い主機にはいろいろな新兵器がしこんである。明石さんと遊び半分でゴテゴテくっつけた物がいくつかある。そのうちの一つ、アレは使えるはずだ。

「私は生き残って五月雨ちゃんの愛人になる!」

 岩礁の向こうに浮かぶ機銃艇の母艦へ、私は叫びながら突貫する。

「それで姉妹百合を間近で堪能する人生を送るんだぁー!」

 かなりというか、致命的に残念な叫びな気がするが、これが私の正直な願いなんだから仕方ない。

 母艦は単独だった。護衛の機銃艇も残してないなんて、敵はバカなのかな?それでも艦首の方に3基の機銃が装備されていて撃ってくる。砲は装備していないようだ。対艦娘戦を想定しての装備なのだろう。高速で動き回る小さい的には砲より機銃が有利だ。しかし機銃では明らかに火力不足だ。艦娘のフィールドは機銃弾くらいならはじいてくれる。体当たりの自爆攻撃をくらわなければ、なんとかなるんだ。

 後方からは機銃艇が動き出したようで急速に接近しつつある。こいつらが追いつく前に決めないといけない。

 私は単装砲を母艦に向けて撃ちながら進む。フィールドもない速度の遅いデカイ的だ。ボコボコ当るがコチラも火力不足。あの大きな艦を沈めるには時間がかかる。

 砲撃を続けながら、私は背中の主機にある突起に手をかけて引っ張り上げる。真直ぐに伸びた細い筒状の砲身だ。限界まで引っ張って前方に向けて倒す。

 艦首を向けて迫ってくる母艦を正面に捉えて狙いを付ける。スコープはないので完全に肉眼目視での照準だ。

 明石さんと遊び半分で作ったこれは艦娘のフィールドをビームに変換して打ち出すシステムだ。たぶん1発しか打てない。テストした時も1発以上は撃てなかった。

 これは賭けだ。細いビームは正面ど真ん中に当てればおそらく艦尾まで貫通するだろう。内燃機関であればエンジンや燃料タンクを貫いて引火して爆散するだろうけど、内燃機関じゃないかもしれないし、動力の主要部分が必ずど真ん中にある保証もない。砲もないし魚雷も撃ってこないので保管庫の誘爆も期待できない。でもやるしかない。姉妹百合のために。

 追いすがる機銃艇が後ろから撃ってくるが気に留めない。私は集中して照準し、引き金を引いた。

 迸るビームがそのまま母艦の真ん中を貫いた。そして少しの間を置いて爆散する。

 勝った。私は勝った。追いすがってきていた機銃艇も母艦の爆散と共に動きを停止して漂流し始めている。

 

 

 勝鬨をあげたい所だったが無理だった。私の胸や腹には大穴が空いていて血が噴き出していた。

「そっかー、フィールド撃ちだしちゃったらこうなるの当たり前だよなぁ、私って結構バカ?」

 海面に突っ伏すように倒れる。そのまま私は沈んでゆく。

「五月雨ちゃんと涼風ちゃんに挟まれてエロイことしたかったなぁ・・・」

 それダメなやつじゃんと思ったところで、そんな残念なつぶやきも泡となって消えていく。沈んでいく私は、でも穏やかな気持ちになっていた。

「何だろう。私沈むのに・・・」

 幼い頃から感じていた海に対する郷愁みたいなものを強く感じていた。

 私、海に帰るのかな・・・・

 帰る

 還る

「そっかー海に還るんだねぇ」

 

 夕張型1番艦夕張はこの日轟沈した。

 

 



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五月雨遭遇戦へ

前方を青い髪をたなびかせて進む五月雨さんは綺麗だった。あたしは五月雨さんの斜め後方から眺めながら思う。

 

『レイニーブルー』

 

 昨年、横須賀横浜鎮守府との合同演習に参加したアイオワさんが言っていたこの『レイニーブルー』という異名はおそらく五月雨さんを呼んだものだ。

 卓越した判断力と操艦能力を持つ凄い駆逐艦がいたと、アイオワさんは言っていた。空と海の蒼に柔らかい光のように舞う青い髪の美しい五月の雨。『レイニーブルー』と。

 アイオワさんが褒め称えながら『アナタをレイニーブルーと呼ぶわ!』と本人にいった所、五月雨さんは顔を赤らめ、はにかんだ様になって言ったらしい。

 

「やめてくださーい」

 

かくしてこの異名はまったく定着せずにアイオワさんだけが言っているわけなんだけども・・・・

 実際接してみると、そんなに凄そうな感じはしないし、優しくてちょっと面白いお姉さんといった感じかなー。

 でも結構なドジっ子らしいと言う話は基地の参謀おじさんから聞いた。ドジっ子はあたしがカバーすれば良いしそれはいい。

そしてあたしを『さっちゃん』と呼んでくれた。

あたしは沖縄が好きだ。国籍は合衆国だけど本国にいたことはなくて、沖縄で生まれたし、学校の友達も半数はこの国の子供だし、会話する言葉もそうだ。

 みんなあたしのことは『サム』と呼んでるけど、あたしもこの国の子達と同じような呼び名で呼ばれたかったんだ。

『さっちゃん』は良い響きだ。この国の子供っぽい。嬉しい。

 あの人にはそれが分かっていたのかもしれない。そんな気がした。

 

「さっちゃん通信中継用のブイを出してくださいー」

前方を行く五月雨さんが振り向いて言う。完全に身体ごとこちらに向けているので後ろに向かって航行している形だ。器用だなー、あれって向き変えるとき大体バランス崩してこけちゃうのが普通なんだけど。

「ごめんなさい、さっき出したのが最後のブイで、もう持ってないですー」

「あ、そっかー」

あははははと笑っている間も後進巡行してるの器用だけどなんだろう、さっきブイはこれで最後と言ったはずだけどやっぱりどこか抜けているのだろうか?

 速度が落ちてあたしと並びかける前にまたくるっと前を向いた五月雨さんは、主機にひっかけてあった中継ブイを取り上げて、起動した後ポイっと脇の方になげた。途端に通信が入る。

 あまり遠くないところで戦闘になっているのだろうか

『そこ、回り込んで!』『連射!連射!やすむな!撃て撃て!』

連携のための短距離通信っぽい感じの怒声が飛び交っている様子だった。

「前方!10時の方向!」

五月雨さんの言う方向を見ると、かろうじて肉眼で確認できる程度の光や煙が上がっているのが見える。

「五月雨さん!」

「うん!急行しよう!」

「はい!」

 

戦場に向かう間、入り続ける通信は段々と戦況の悪化を伝えて来ていた。早くいかなければと気ばかりが焦る。

『敵の数が多すぎるよ!撤退した方がいい!!』

『夕立突っ込みすぎ!夕立!あー、っもうっ』

『私が殿を務めるわ』

『由良!』

『まかせて!夕立ちゃん撤退よ!!』

『大きいの射程に補足!母艦っぽい!』

『夕立ちゃん!』

戦場の方で大きな爆発が起こった。

そんな中、やがて耳を疑うような通信が入って来た。

『ゆ・・・由良が・・・・由良、轟沈・・・夕立を庇って・・・』

『いかん!夕立をつかまえとけ!いかせるな!』

 由良?由良って軽巡にそんな名の艦がいた気がするけど。え?轟沈?

「さっちゃん急ぐよ!」

 顔を上げると五月雨さんがもう、前方に小さくなっていくのが見えた。最大戦速まで上げているんだ。

 艦の最高速度はそんなに変わらないはずなのに、なんで?もう見えなくなってしまった。

『は?五月雨?』

『みんなはそのまま撤退してください、夕立ちゃんはまかせて』

『夕立ちゃん!』

『止めるなぁーーーーー!』

 何かが接触したような音が入った。それっきり通信が入らなくなった。

やがて撤退してきたと思しき駆逐艦が4隻こちらに向かってきた。通信が入る。

『あなたは?』

『サミュエルBロバーツ、辺野古所属です』

 あたしはそのまま速度を緩めずにその艦隊とすれ違う。すれ違いざまにちらっと確認。かなり破損しているが、航行に支障はなさそう。そう判断して前方を見据える。

『もう撤退よ!』

『五月雨さんを援護します!』

 戦場にたどり着くと五月雨さんがグッタリした駆逐艦を抱えながら、敵を足止めしていた。また後ろ向きに航行しながら砲撃をしている。とんでもないなこの人。

 大外からターンして減速を最小限に抑えてなんとか五月雨さんと並走した。あたしは後ろ向き航行なんて無理なのでターンの時に魚雷を放出しただけだ。

『さっちゃんいいトコロに来たくれたね』

『五月雨さん!』

『夕立ちゃんをお願い』

どさっとぐったり駆逐艦を渡された。

「わぁ!」

少しよろける。

『そのまま撤退して』

『はい!五月雨さんも!』

『・・・そうだね、敵が減速してるみたい。さっちゃんのさっきの魚雷放出に警戒したんだね、撤退チャンスだよ』

そういった五月雨さんはぴょんとジャンプして身体を180度回転させてあたしと同じ方向を向く。そしてサムズアップして笑った。

『さっちゃんナイスです~』

五月雨さんはあたしの反対側で夕立さんの腕を首にまわして肩をかつぐ。ふたりで夕立さんを引きずる様に航行した。

しばらく行くとさっきすれ違った艦隊と合流できた。1艦が後ろに回ってきて夕立さんの後頭部を確認してきて、渋い顔をしている。

「回し延髄蹴りとか・・・えげつねぇ・・・」

そんなことを呟いて距離をとって行った。

わたしはそれが何のことか判らなかったけど、通信で聞くような雰囲気でもない。誰もが無言で撤退路についていた。

 



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涼風帰還

夕日が落ちてゆく中で漂っていたのを憶えている。燃料は尽きていたが主機が無事であったから沈みはしなかった。どこいらへんを漂っているのだろう、とか、薄っすらと考えていた。疲れ果てていた。叫び続けたことで声も枯れていた。塩水を結構飲んでしまったのも良くなかった。あたしはそのまま気を失った様に思う。

 次に意識が戻った時は病室のベッドの上だった。隣のベッドが騒がしくて目を覚ましたようだった。

 隣のベッドでは誰かが叫び、暴れていた。手錠がベッドのパイプにつながれていた。夕立に見えたがすごい形相だ。彼女は医者に注射をうたれて静かになった。

 自分の体から入渠の時のお湯に入れられる薬品の匂いがした。入渠のあとは何時もこのにおいがする。

 反対側に首を巡らせるとそこにサミ姉がいるのが視界に入った。

「すずちゃん・・・・」

 あたしは半身を起こしてサミ姉をぼんやりと見た。するとサミ姉はあたしの頬に手を当てて撫でまわし始める。

「すずちゃん・・・・無事でよかった」

「サミ姉・・・」

あたしはハッとしてサミ姉の手を握りしめた。

「夕張は?」

するとサミ姉はその丸い瞳からボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。

「夕張さん・・・沈んじゃった・・・」

「え・・・・」

「あたしが・・・・あたしが昨日変なこと言ったから・・・夕張さんがしずんじゃったよぉ」

 サミ姉は子供のように泣いていた。でもそれは、夕張はあたしを逃がしたから、あたしだけを離脱させたから、単独になって囲まれて・・・あたしが・・・・

 泣いているサミ姉を見ながら、あたしも涙をこぼしていた。

「夕張はあたいを庇ってくれたんだ・・・あたいを逃がしてくれたんだ・・・夕張が沈んだのは、あたいのせいだ・・・・」

 あたし達は泣いた。二人で泣いた。しばらくすると隣で夕立が呻き出した。まだ薬が効いているのだろう、くぐもった闇の底から湧き出るような声を出していた。

「沈めてやる・・・あいつら全部うぅ・・・ちくしょう・・・・」

 その声を聞いているとまた辛くなって泣いた。サミ姉と抱き合いながら泣いた。いつまでもあたし達は泣いていた。

 

 

 佐世保鎮守府提督は渋い顔をしていた。ウエーブのかかった栗毛の髪をわしゃわしゃとかき回した後、ため息をついた。

 市ヶ谷発の指令書を睨む。そこには未明より始まる極秘作戦に伴う特務艦隊航路上の敵前衛部隊の牽制の命令が書かれてあった。空母機動部隊を中核とする大規模な艦娘による特務部隊。

「こんな編成がこれだけ迅速にできるのは運用の融通が効きやすい、艦娘ならではなのだろうな」

 一人呟くが返事をする者もいない。命令書を受け取ったあと彼女は執務室にこもっていた。

 先の遭遇戦では轟沈を含む多大な被害を出してしまった。あそこまであちこちで遭遇戦が始まってしまうとは思っていなかった。

「対人間戦闘の経験不足を露呈してしまったか・・・・」

 落ち着いた頃にはかなりキツイ処分を受けるだろう。

「それはいい、しかし・・・・」

 被害が大きすぎた。まともに運用できる艦娘はそう多くない。牽制という指令だが、どうだろうか、それぐらいの任務には耐えるだろうか、しかしコンディションの完全ではないあの子達を出撃させていいものだろうか。

 彼女の頭に先の遭遇戦群で上がってくる、耳を塞ぎたくなるような報告の数々がまた蘇ってくる。

 手が震え始めた。おそらく顔も蒼白となっていることだろう。深海棲艦相手の時にはこんな状況にはならなかった。自らのメンタルの弱さを思い知ってしまった。

 その時作戦指令室につながるインターホンが鳴った。

「提督、作戦指令室までお越しください。レーダーにおかしな反応が出てます」

「了解、すぐに行く」

栗毛の提督は受話器を置くと立ち上がり、両手で自分の頬を挟むようにたたいてから執務室を出た。

 作戦指令室に入ると、すぐにオペレーターがレーダーのスクリーンを指示して言う。

「これを見てください。このいくつかの赤い点です。ある海域に集まって来ています」

「ふむ、この点は何を示している?」

「これは轟沈したと思われていた艦娘の識別信号です」

「え?」

 栗毛が揺れた。スクリーンの赤い点を凝視する。

「轟沈は誤認だったという事か?」

「わかりません。轟沈のサインは確実に出ていたので、発信機器の不具合にしても数が多すぎます。」

「行って確かめるしかないわけか」

「そうなります」

「ん?ちょっと待て、この海域は・・・・」

 先ほど睨んでいた指令書を思い出す。この海域は指令書にあった敵を牽制すべき作戦ポイントと合致しているではないか。

 指令書に作戦の内容は明記されてなかった。しかしこの合致は何か意図的なものがあるように彼女には思えた。

「緊急招集、出撃可能な艦娘をブリーフィングルームへ集めてくれ」

「了解しました」

オペレーターが基地内放送のマイクを握った。

 



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幕間・救出作戦

幕間と救出作戦と分けたかったんですが、文字数の関係で一緒にしちゃいました。


気が付くと私は気持ちの良い冷たさと、暖かい闇に包まれていた。なぜだろう懐かしいと感じた。久し振りに我が家に帰ってきたような感覚、北海道の実家?湘南のアパート?横浜鎮守府の寮?あの笑顔に満ちた鎮守府の食堂?アノ子と過ごした昼下がりの窓の外でみた綺麗な雨?

そんないろいろなものに抱く、幸せで安心する感覚。

 私は海の深い所でゆらゆらと漂っているようだった。とても心地良く、まるでずっと昔からそこを漂っていたように、自然に、滞りもなく。

 

 やがてどこかで聞いたような音が聞こえ始めた。

 音?いや、音楽だろうか、ピアノの音にも聞こえる。

 昔聴いたような、懐かしいような旋律。

 

 心地良く体にすぅっと入ってくる旋律には意味があるように感じた。

 感じた?いや、ちがう。意味があるのだ。

 しばらく耳を澄ますようにしてその旋律をきいた。

 旋律は私を呼んでいた。

 

 そう遠くない所にいくつかの私と同じような存在があることが理解できた。

 なぜ理解したかと聞かれても判らない。

 ただ理解したのだ。

 

 それらは上に向かって浮上していた。

 私もそれに倣って浮上する。

 

 海面の上に出た。

 私は目を細める。

 穏やかに揺れる水面上に浮かぶような朝日とその上に美くしいグラデーションがオレンジ色からブルーを経て深い蒼へと染まり広がっていた。

 暑いしまぶしい。

 でもそれは比較の問題でしかない。

 ここもそう悪いものでもない。

 

 世界は美しかった。

 上を見上げる、楽しい。

 下を見下ろす、嬉しい。

 両腕を上げてみた、幸せだ。

 

 すべての事が幸福に満ちている。

 

 そんな中私はふと思い出す、アノ子のことを。一人の女の子を。

 私の幸福そのものとも思えるあの少女の顔を思い出す。

 その名を声に出そうとしたけど、発音が上手くできない。

 それでもなんとか発音してみた。

 

「サ・・ミダレ・・・チャ・・・」

 

 

◆救出作戦

 

 

 右手に朝日を浴びながらあたし達は海上をひた走る。先頭にはサミ姉がいる。

 緊急のブリーフィング後、編成された艦隊は5隻編成と小さい規模だった。先の遭遇戦がどれだけ酷いものだったかを物語っているなと思う。当のあたしも本調子ではない。サミ姉はどうなんだろうか、特に悪くないように見える。

 栗毛の提督は救出作戦だと言った。本調子でない艦が多い中、多くの子が参加を志願した。あたしもサミ姉も食いつく様に志願した。

 しかし実際に出撃可能だったのはたったの五隻だ。その中に入れたのは幸運だったと思う。

 旗艦五月雨、夕立、霞、涼風、S・B・ロバーツといった布陣。

 いや、行くなって言われたっていくんだけどね。

 実際にあたしは夕張が沈んだ所を見たわけではない。だからまだ生きているんじゃないかって思ってもいた。いや、そう信じたかったのだろう。だからブリーフィングで夕張達の救出作戦が出た時は心が沸き立った。

 あたしが行かなければならない。無断出撃をしなくて済んだのはホントに幸運だった。

 高揚した気持ちを抑えきれずに少し前のめりになったあたしの顔に潮風の混ざった水しぶきが当たる。左舷から霞が寄せてきてあたしの肩に手を添えた。

「涼風、大丈夫?変に気負ってない?」

「大丈夫、ダイジョーブ、あいつよりはかなり冷静だと思うぜ」

 そう言ってあたしは前方を指さす。前方を行く夕立の背中からは怨念めいたオーラが立ち昇っている様にすら見える。いや、実際なんか纏っているフィールドが少し赤く光ってないか???

「そうね、アレは大変そう・・・」

 霞は目を細めて夕立の背中を見てため息をつく。

「あたいより夕立に声かけてやったらどうだ?」

「いや、なんか怖いし」

「あー、なんか怖いね」

 霞と二人で顔を見合わせて笑った。少し気持ちが落ち着いてきた。

「じゃ二人で声かけに行くか」

「そうね」

 あたしたちが夕立の背中に声をかけるべく少し加速しようとした時、先頭にいたサミ姉が声をあげた。

「前方!爆艇部隊補足!」

 例の機銃艇は「爆突型機銃艇」と呼称がつけられていた。長いので現場では「爆艇」である。顔を上げて前遠方を確認するとかなりの数の爆艇が広く展開しているのが見えた。

 夕立が即座に急加速をして、先頭のサミ姉をぶち抜いてそのまま敵陣に突貫していく。

「夕立ちゃん!」

 サミ姉が叫ぶも、構わず夕立は加速を続けた。あたしは霞とサミ姉に寄せる。

「サミ姉!」

「凉ちゃん、霞ちゃんも、さっちゃんも!」

 そう言ってサミ姉が振り向く。

「夕立ちゃんを追うよ!最大加速!」

「がってん!」

「了解!」

「待って!」

 あたしに続いてさっちゃんが同意の声を上げたが、霞が待ったをかけようとする。

「敵の数が多すぎるわ!」

「敵は救出ポイントへの進路を塞ぐ形で広く展開してる。迂回してもああ広く展開されたら交戦は避けられないよ。ここは突破力が必要、中央突破がいいよ」

「・・・・わかったわ行きましょう、夕立もほっとけないしね」

 戦闘中のサミ姉って何だか頭が良さそうに見えるんだよな、サミ姉のくせに生意気だなー、などと考えながらあたしは加速を始めた。

 

 夕立が突出する形での突破になってしまったが敵群にはまだ動きがない。夕立は前回の損傷がまだ残っているのか、加速が若干鈍いようで先行したサミ姉にすぐに追いつかれていた。

「夕立ちゃん!下がって!」

「とめるなぁ!」

 叫びながら夕立が振り向いた矢先にサミ姉の回し蹴りが夕立の後頭部にヒットした。

「え?」

 海面にうつぶせにたたきつけられる夕立を尻目にサミ姉は若干減速しつつ振り向いて言った。

「凉ちゃん、さっちゃん、夕立ちゃんをおねがい!霞ちゃんは最後方で援護を!」

「お、おう」

 一瞬何が起こったかわからなかったが並走してきたさっちゃんが肩をたたいてきて目くばせしてきたことで、ハッとなって夕立を確認する。加速していた勢いがそのままに突っ伏しながら前進している夕立をさっちゃんと左右に分かれて両脇を抱えて起こしながらサミ姉に続く。その後ろに霞がつく。夕立は気を失っているみたいだった。死んでないよな?

「・・・これかぁ」

 さっちゃんの呟く声が聞こえた。

「これ?」

「あ、いえ、なんでもないです」

「むちゃくちゃだわ、五月雨・・・」

 あきれたような声も後方から聞こえた。

 あたしたちが加速するのを待って全員が一塊になったところでサミ姉も合わせて加速、そのまま爆艇群のど真ん中へ突っ込んでゆく。

 目前になってやっと爆艇群が動き出した。機銃の掃射が来る。

ギュイン、ギュウン

 フィールドが機銃弾をはじくいやな音が耳朶に刺さってくる。しかしあたしたちに損傷を与えることはできない。対してこちらの砲撃は進路を塞ぐ敵を次々と沈めていく。慌てて体当たり攻撃をしてくる敵もスピードに乗っているあたし達を捉えることはできない。

 やがて前方に3隻の中型機銃艇母艦と大型の艦艇が現れた。大型の艦はミサイル巡洋艦だろうか、これを守るように機銃艇母艦が前衛として輪形陣を組んでいた。母艦群が機銃を撃ってきているがすべて弾き飛ばす。あたしたちは敵艦の合間を一気にすり抜けた。後方を見ると爆艇が大挙して追ってきているが、停止から加速を始めた爆艇群と初めからトップスピードですり抜けたあたし達とでは速度の差が歴然としていた。

 中央突破大成功である。

 

 

 



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救出作戦2

「振り切ったかな?」

 サミ姉が身体全体を後ろに向けて後進しつつ後方を見ながら言う。器用なもんだな。あたしも後方を確認したが、敵影はみえなかった。

「あれってどう見ても何かの割と大規模な作戦行動中って感じだったわよね」

 霞も後方を確認しながら言う。

「敵もバカじゃなければ、突発で遭遇した小部隊の追跡にそうそう戦力は割かないじゃないかしら」

「そうかも」

 同意しながらサミ姉はぴょんと一回ジャンプしつつくるっと回って前を向いた。

「通信は?」

「だめですねぇ、繋がりません」

「だよね」

 霞が言うのと同時にサミ姉がが右手をあげた。

 「もうすぐ救出ポイントだよ」

 サミ姉の声にあたしは顔を上げる。しかし海以外何も見えない。やがて救出ポイントにたどり着いたが、やはりそこには何もなかった。

「夕張さん・・・・」

 サミ姉が不安そうな声を出す。散開してポイントを中心に周辺を哨戒するがやはり何もない。

『沈んでしまったのだろうか』そう思ったが口に出したくなかった。口に出したらそのことが確定しそうな気がしたのだ。

 ふと顔を上げると爆艇群がこちらに向かってくるのが見えた。

「敵接近!」

 振り向いて叫ぶ。俯いていた面々がハッとして顔をあげる。

「追ってきた?」

「バカなの?」

 先刻とは立場が逆になってしまった。こちらは停泊中、敵はトップスピードだ。今から加速しても追いつかれてしまう。敵の機銃は怖くないが、スピードの乗った体当たり攻撃はそう何回も耐えられないだろう。

「少しでも相対速度を縮めよう、最大戦速!」

 サミ姉の指示が飛ぶ。あたし達は即座に主機の回転を上げる。

「魚雷!もうありったけばらまいちゃって!」

「がってん!」

 各員が後方に魚雷をばらまきつつ加速する。そう間もなく後方で爆発音が多数上がった。もうそんなに近くに迫っているのか。見るとサミ姉が後ろ向きに加速しながら砲撃を始めた。さすがに普通に前進するのとは加速力が劣るようでサミ姉だけが遅れている。

「サミ姉!無理すんな!」

 聞こえてるはずだが、サミ姉はかまわず砲撃を続けている。どんどんサミ姉との距離が開く。もう逃げるのをあきらめて反転攻勢した方がいいかと思ったが、あたしはさっちゃんと二人で夕立を担いでいる。

「くっそ、夕立!起きろ!いつまでも寝てんじゃねーぞ!」

あたしは夕立の顔をばんばん叩いた。

「ふにゃ・・・?」

 夕立が緊迫感の無い声を漏らす。気が付いたようだ。うなだれていた顔を上げて周りを見回す。後方をみて目が吊り上がった。

「あいつら!」

 夕立があたしとさっちゃんを振りほどいて後方に向かおうとしたが、主機を作動させていなかったので、支えをなくしてそのまま水没してしまった。

「夕立!この馬鹿!」

「反転攻勢!」

 霞が逃走を諦めて反転の指示を出す。夕立は水没するしサミ姉は単独になってしまっている。もう反転するしかない。

 主機を作動させた夕立が浮上してきて砲撃を始める。

「沈めー!」

 あたしと霞、さっちゃんが大きく回って反転する。相対的にサミ姉より敵に近い位置に出る。というかもうほとんど敵の目の前だ。

「凉ちゃん!あぶない!」

 サミ姉も後進を辞めて反転に入る。

「うわー!!」

 あたしは目の前から迫ってくる爆艇をかわしながら乱射砲撃をする。あたらねぇ、すぐによけきれずに爆艇の体当たりをひとつ受けてしまった。

「凉ちゃん!」

 爆発する爆艇の火力はフィールドのおかげでかなり減衰したけど、圧力でかなり速度が落ちてしまっていた。後方からきたサミ姉がすり抜けざまにあたしを呼びながら脇にグイっと腕をねじ込ませてきた。スピードに乗ったサミ姉に引っ張られて加速する。夕立と霞、さっちゃんは僅かに前方で砲撃を繰り返している。あたし達はひと塊になって敵集団のど真ん中を割って突き抜けた。

 サミ姉が脇にあった腕をスルリと抜いてから肩に手を掛けて顔を覗き込んで来る。

「大丈夫?凉ちゃん」

「へっちゃらでー!まだいける!」

 夕立が先頭から反転行動を始める。このまま撤退もありかと思ったけど皆も夕立に続いて反転に入る。

「この海域には夕張さんたちがいるかもしれないし、ろくな調査も出来ずに撤退はないよね」

「だな」

 前方の敵は動きが鈍いのか、反転もせずに後ろをさらしたまま加速もしていない。このまま後ろから強襲すれば殲滅もできるだろう、と思った矢先だった。後方から機関砲弾の掃射する音が聞こえた。後ろを見ると敵集団のもう一部隊が迫ってきていた。

「後方敵集団!結構な数だ!」

 あたしが先頭に向けて叫ぶように報告をすると、霞とさっちゃんが振り向く。夕立はそのまま前方の敵を睨んだままだ。

「不味いわね、このままだと囲まれるわ」

「連携して囲みにきてたんだね、やられちゃったな」

 眉根をよせて渋い顔を見せる霞にサミ姉が小さな声で呟く。霞には聞こえないだろう。

「サミ姉、どうする?」

「反転、はないね、包囲が完成されちゃいそう・・・」

 霞はしかめっ面のまま、そう言ったサミ姉を見ている。さっちゃんは不安そうな顔でやはり視線はサミ姉に向いている。頼られてんなー、サミ姉。

「最大戦速!後方の敵が追いついてくる前に前方の敵を後ろから強襲!食い破ろう!」

 先頭の夕立にも聞こえるようにだろう、サミ姉が声を張った。

「がってん!」

「了解!」

「了解ですー!」

 夕立だけが無言だったけど、速度を上げることで返答としたようだった。

 

 



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邂逅

あたしたちが加速した時を同じくして前方の敵はあろうことか減速し始めた。敵の数は多く、広く厚く密度も高い。敵後方に食いつくのにはさほどの時間も要さなかったし、反撃もできない敵を後ろから一方的に砲撃できる状況に至ってもまだ、こうも厚い壁になった敵を一気に食い破るのは不可能だった。あたし達も前方の敵に合わせて減速を余儀なくされた結果後方からの敵集団に追いつかれた。

 要するに結局囲まれてしまった。前方の敵集団はあたし達の砲撃に対して無防備になった爆艇を何隻沈められようともお構いなしに包囲陣完成を優先したのだ。包囲された当初こそ相対速度を合わせての移動しながらの包囲だったが、何度かの体当たり攻撃を受けて速度をだんだんと殺されて遂には停止状態となってしまった。今は前方の敵集団の銃口も私たちに向けて狙いを定めながらゆっくりと周囲を周っている。この集団が一気に突っ込んできたら一溜りもないだろう。しかし敵は突っ込んで来ることなく、周囲を周りながら囲んでいるだけだった。何かを待っているのだろうか。

 夕立は周囲を囲む敵を仁王立ちで腕を組み、無言で睨みつけている。戦意を失う素振りも見せないのがたのもしい。霞は突っ込んで来られても躱してやると言わんばかりに身構えている。さっちゃんは不安そうにあちこちと視線を彷徨わせている。サミ姉はあたしの手を握りしめながら、眉根をよせて敵集団を見据えていた。すると何かに気付いたように視線を遠くの方に移したようだった。

「何か来る?」 

 サミ姉が遠くの方を指さす。皆がサミ姉の指さす方向に目を向けた。

「艦隊?援軍かな」

 我ながら甘い観測だなと思いつつわたしは呟く。そうであってほしいと思うのは仕方ない事だろう、しかし霞がすぐに否定する。

「援軍かもだけど、それは敵の援軍でしょ、普通に考えて」

 フッとため息をもらしたあと続ける。

「何か待ってるみたいだったしね」

「さっちゃん識別見られる?」

 サミ姉がさっちゃんを振り返って言う。

「は、はい、えっとぉ・・・・え?」

 右目に手をあててレーダーを起動したさっちゃんの左目に絶望的な色が浮かぶ。

「パターン青、深海棲艦です」

 深海棲艦!いや、これはむしろ僥倖なのでは?と思いあたしはまだ遠くにいるその艦隊を見据える。艦娘と深海棲艦と通常兵器の軍は所謂『三竦み』みたいなものだ。第三の勢力が乱入することで、包囲を突破する切っ掛けになるかもしれない。周囲を周回していた爆艇群はその動きを止めていた。そのまま停止していて、これは対応にまよって混乱しているようにもみえる。これは本当にチャンスなのかもしれない。

「サミ姉!これはチャンスだよ!」

「そうだね!」

 サミ姉が笑顔で返してくれる。何とかなるんだ。あたし達は状況の変化を待ちつつ、主機の回転を上げた。

 やがて迫りくる深海棲艦の艦隊から2つの艦影が突出してくるのが見えた。かなりの高速で接近するその艦影を捉えた爆艇がそれを迎え撃とうと動き出した。何隻かが艦影に激突して爆発する。続いて吸い込まれるように次々と特攻攻撃を始めた。爆炎が次々と上がりあたし達は視界をさえぎられてしまった。もうもうとした黒煙のなかで、爆発音だけが上がり続けた。やがて包囲を蹴散らし、爆煙も払いのけて2隻の深海棲艦があたし達の前に姿を現した。

「あ・・・・」

サミ姉が口を抑えて目を見張る。夕立が片方の深海棲艦に飛びつく。あたしは震える声で、その深海棲艦の名を呼んだ。

 

「夕張!」

 

 サミ姉が夕張に飛びついた。もう1隻は由良だった。夕立がしがみついている。あたしも夕張に抱き着きたかったけど正面はサミ姉が陣取っているので、仕方がないので後ろから抱き着いておいた。あたしもなんだか涙だらだらだし情けない声をあげていた。

「ゆーばりーぃぃ、よかったー、生きてた」

 当の夕張はあたし達姉妹にサンドイッチ状態にされてドギマギしているようで、そんな雰囲気が伝わってきてるけど、かまうもんか、もっと抱き着きたいんだ、ぎゅううう

「夕張さん、ごめ、なさ、あたしが・・・」

 サミ姉がしゃくり上げながら涙をボロボロ零してるのが夕張の背中越しに見えた。夕張の表情は見えないけど手をサミ姉の頭にやさしく添えているのが見える。

「サ、ミダレチャ、シンパイ、カケタ、ゴメ」

 夕張はどこか片言の日本語しかしゃべれない外人みたいになっていた。だけどあたしだって泣いてるんだけど、その手こっちにもくれないのかな。と思ってたら夕張の手があたしの頬に触れた。

「スズカゼチャ、モ、ブジ、ヨカタ」

 振り向いた夕張のあたしに向けた笑顔はものすごく凶悪なものだった。あたしはびっくりして抱き着いていた手をほどいて若干の距離をとった。サミ姉は相変らず夕張の腹のあたりに顔をうずめて泣いている。落ち着いてよく見ると夕張は以前より一回りほど大きくなっていた。肌の色は白っぽくなっていてなんて言うか、カッコよくなっている。ほぇーってなっていると霞が寄せてきて耳元で小声になって言ってきた。

「アレ、夕張っぽいけど大丈夫なの?深海棲艦に見えるんだけど」

「いや、わかんねぇけど、見ての通り大丈夫なんじゃねぇの?」

「まぁ、そうねぇ」

 霞はいぶかしげに五月雨オプションのついた夕張と夕立オプション付きの由良を交互に見て肩をすくめた。

「艦娘が沈むと深海棲艦になるって噂本当だったんだね」

 ところであたし達を包囲していた爆艇群は相変らず包囲はしているんだけど、夕張と由良がそのフィールドの範囲を広げているのか、さきほどから断続的に特攻攻撃を繰り返していて、円状になったある境界線あたりでただ爆発することを繰り返している。熱も爆風もあたし達には届いてこない。深海棲艦の無敵フィールドパネェ。ただ音は届いてるので、爆音が響くたびにさっちゃんがビクビクしていてちょっと涙目になっていた。

 いつまでもグズグズと泣いているサミ姉の頭を優しくなでている夕張の笑顔をみると、やはりさっきあたしに向けた笑顔と同じ超凶悪な顔だった。あたしにだけの凶悪な顔じゃなかったようで、少しほっとした。サミ姉はあの笑顔をみてないのだろうか? 

 やがて後続の深海棲艦の艦隊があたし達を包囲していた爆艇群を殲滅にかかりはじめる。大した間もおかずに哀れな爆艇群はすべて海の藻屑と消えていった。

 通常兵器に対する深海棲艦の圧倒的な力をみて、あたしは座学で学んだ深海棲艦出現当時の世界の混乱と恐怖をこの時初めて理解した。

 戦闘も終わり(戦闘と言うより蹂躙だったが)静かになった頃、深海棲艦艦隊の後方から白い幼女を肩車して髪をツインテールにした奴がゆっくりと寄せてきた。あたし達の前まで来ると、そのツインテールの奴は高らかに声を張った。

「えーい!控えおろう!この方をどなたと心得る!深海棲艦の姫君、北方棲姫様なるぞ!」

 すると夕張や由良と共に周囲の人型深海棲艦は一斉に跪き、イ級などの魚っぽい奴は頭を水面に突っ込まんばかりにして下げた。あたし達もそこは空気をよんで、同じように跪いておいた。

「ヨイ、オモテヲアゲィ」

 幼女がそう言うので顔を上げる。てか、肩車してるのアレ龍驤じゃん。なんなん?なんか龍驤に跪いてるみたいで嫌なんだけど。

「ソコノ二セキガドウシテモソチラをタスケタイトモウスノデ、サクセンコウドウチュウデアッタガタチヨッタ」

 幼女がその雰囲気に似合わない口調で言ってドヤ顔を見せる。え、何この子カワイイ。あわせてドヤ顔になってる下の龍驤はなんかムカつくが。

「アリガタクオモイ、ソノスクワレタイノチヲダイジニスルガヨイ」

 そういった幼女はふと、顔を上げて遠くを見るような目をした。

「デハ、ワレワレはサクセンニモドルトシヨウ」

 幼女は龍驤の頭をパカパカと叩き始めた。

「ソラ、イクゾ、ジュンナ」

「龍驤ですー、姫殿下」

 艦隊が次々と離れていく中、由良は夕立をひっぺがすのに苦労しているようだ。夕張はサミ姉の手を取って見つめあっていた。

「サミダレチャ、キヲツケテ、カエテネ」

「夕張さん、一緒に帰ろう」

「ゴメ、アタシ、イカナイトイケナイ」

 夕張はそう言ってから少しかがんで、サミ姉のおでこにちゅっと一つキスをした。サミ姉は少し不満そうに唇を尖らせる仕草を少し見せたけれども思い直したように夕張の顔を見上げる。

「夕張さん、待ってるから、ご無事で」

 夕張は凶悪に一つ笑うと踵を返して艦隊を追って行った。由良もそれに続く。夕立は霞とさっちゃんに羽交い絞めにされてまだ暴れていた。

 

 



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公園デート

 厳しい残暑も去って久しく、過ごしやすい昼下がりだ。うろこ雲やらサバ雲やらと秋の雲すら一つもない快晴の空だったけど、見上げると街路樹のイチョウの黄色が綺麗なコントラストでしっかりと季節の到来を感じさせていた。

 隣を歩く蒼髪ロングの女の子はベージュのニットにダークブラウンのハイウエストなロングスカートを装い、落ち着いた雰囲気がとてもよく似合っていた。いや、誰この美少女?いやー、こんな美少女とイチョウ並木をお手々つないで歩いてるとか、あたしも鼻高々!まわりのシングル共すまんね!超美少女だろ!コイツあたしの嫁なんだぜ!

 噓だけど。

 ていうか姉だった。ていうかサミ姉だ。

「なんか変なにおいするー、便所臭い?」

 相変わらず見た目に似合わない発言が残念な姉をつれております。どーも涼風です。

「イチョウの実の匂いだろー、銀杏だったっけ?」

「あーこれかぁ、散らばってる丸っこいの」

 などと言いつつサミ姉はガシガシとちらばった丸い実を踏みつぶしてキャラキャラと言った感じで笑っている。え?誰コイツ、バカなの?よけい臭いじゃん、ていうか銀杏って食べ物だぞ、食べ物粗末にすんなし。と思い他人のフリをして離れようとしたけど、右手をがっしりと掴まれていたので無理だった。

 それはさておき、(バカ姉はさてに置いといて)今日は夕張と三人デートなのだ。この先の公園で夕張が待っているはず。

 

 先の戦いが終わって1か月ほど経過していた。あの後夕張たち深海棲艦の艦隊は別コースで進出していた艦娘の連合艦隊と合流して、天津沖で大陸の人民解放軍と激突し、勝利していた。その際大陸で現出した艦娘を数人保護したらしい。この辺の話は極秘事項とされていたようだったが、作戦終了後に夕張と会った時しれっと喋ってしまっていたのだ。その艦娘はミサイル巡洋艦に積まれた核ミサイルの中から救出されたと。この話を聴いた当初は、なんでそんな事をするんだ?と思ったものだが、後々からよく考えてみるとその行為の恐ろしさに戦慄せざるを得なかった。あれは艦娘のフィールドを使ったのだ。艦娘をミサイルに押し込めることにより、深海棲艦側のフィールドを無効化しようとしていたのだ。

 未だに思い出すとぶるっと震えが走る。あの時爆艇群はあたし達を包囲して、攻撃せずに何かを待っていた。あれはたぶんミサイルに詰め込む艦娘として捕獲する事を考えての行動だったのだろう。これは確かに極秘にしたくなる。ただこの辺深海棲艦側がかなりゆるい集団なので、夕張とか平気で喋ってくれちゃうわけだけども。

 深海棲艦はその後天津に拠点をおいて、夕張や由良もそこに常駐となったし、夕立まで由良について行ってしまった。市ヶ谷もそれには相当な難色を示したが、深海棲艦側がまったく違うとらえ方をしていて、感性が違うというか、結構適当でいい加減な集団なので、問題なく受け入れられているらしい。

 そして沖縄の潜水艦も天津に配備されていた。ミサイル防衛を担うことになったらしい。そのあたりの勢力間の条約などには、夕張も詳しくなく、経緯についてはよくわからない。それでもとにかく、一応は大陸の軍も大人しくなってくれたようだった。

 こう言うと、深海棲艦は人類の味方となり、脅威は去ったかのようにみえるかもしれないけど、そうではない。味方となったのは北方棲姫が率いてる一部の集団だけで、その支配の及ばない大多数の深海棲艦は相変らずの脅威なのだ。

 深海棲艦側としたら全く好意でしていた事が脅威となっている事実を伝えることができたのは幸いだが、コミュニケーションが上手くとれたのが北方棲姫率いる一団だけだけであり、姫殿下としては他の集団群にこれを働きかける気はサラサラないという事らしい。市ヶ谷としては腹立たしい話ではあるが、このあたりも感性の違いが如実にでている所なのだろう。

 

 ほのかに薔薇の花の香が漂う公園にに到着すると間もなく、海沿いにしつらえられた欄干にもたれかかる夕張が見えた。落ち着いたパンツルックだ。胸元に掲げたタブレットを真剣な眼差しで操作していた。ははっ、深海棲艦になっても夕張は夕張だなぁ。

「夕張さん!」

 サミ姉が駆けだすと、夕張が顔を上げた。大きく手を振り、もう見慣れたあの凶悪な笑顔を見せる。

 あたしもその後に続いた。

 

 



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エピローグ

 外務省事務次官、山重は先の戦いの戦後処理の事務作業に追われていた。閑職となって久しい外務省にはその処理を担当する事務員がそもそも確保出来ていないのだ。暇だからと言って役所の人件費をケチるといざと言う時に事務次官までも事務作業に追われる始末となる。人は一向に歴史に学ばない生き物らしい。

 秘書である雨宮纏はさらにテンパっていた。入省以来の忙しさにデスマーチが聞こえてくる気がしていた。今もいくつかの書類をまとめて山重のデスクに決済を貰いに来ている。

「こちら沖縄関係の決済と。こちらは市ヶ谷のですね、あとこれは天津に送るタブレット300個の輸送業者の候補リストです」

「あ、そこ置いといてくれ、ん?」

 書類を確認していた山重がふと目線を上げると、デスク越しに疲れ切ったような儚さをたたえる美女の顔が伺えた。

「雨宮君、少し休んだらどうかな」

 そう言って山重は部屋の奥の方にある来客用のソファーを指し示す。

「お茶をもってこさせよう、座って待ちたまえ、私も一息つこう」

山重はインターホンの受話器をあげた。

 

 間もなくしてお茶と和菓子が運ばれてきた。山重は深々とソファーに身体をうずめてちびりと緑茶をすすり始める。纏はそうリラックスするわけにもいかず背をのばして座っていた。

「楽にしていいぞ、纏君」

「あ、はい、ではお言葉に甘えて」

 纏もソファーにもたれかかる。背中のあたりが少し楽になった。リラックスすると脚がだらしなく開きかける。いかんいかんと下半身に気合を入れる。次官にだらしなくパンツなぞ見せる訳にはいかない。

  しばらくは二人がお茶を啜る音と和菓子を咀嚼する音だけがやけに存在感をもって聞こえていた。二人共疲れ切っていて何か雑談する気力も起きないようだった。

 そうは言っても無言でいるのも失礼かと思い、纏は先ほど持ってきた書類で疑問を持った事を聞いてみた。

「天津にタブレット300個送るんですね」

「あぁ、そうだね」

「なぜタブレットを?300個も?」

「あー、彼女らが好意で船舶を沈めてるって話は君も聴いたと思うが、その沈めたいって欲求はかなり根源的な欲求らしくてな」

「根源的?」

「そう、根源的、それでなかなか上手く抑えられないそうなんだよ」

「困りますね」

「そう、困るね、そこで例の軽空母の艦娘がおふざけで艦を沈めるゲームをやらせたら深海棲艦の間で大ブームになったらしくて」

「はぁ、大ブームに・・・・」

「そう、それやってるとかなり沈めたい欲求が収まるとかで、大量のタブレットを配ってこのゲームをやってもらおうと言う事らしいよ」

「なんていうゲームなんですか?」

「えー何だったかな」

 次官は一呼吸の間考えて記憶を探った後言った。

 

「艦隊これくしょん」

 

 

 




随分と時間がかかってしまいましたが、何とか完結することができました。特に誰に応援されるでもなく、期待されるでもない中、ちゃんと完結させました。普通は途中で書くの辞めますよね。なかなかできる事ではないと思います。俺えらい!w


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