あの日夢見た青春を今 (日向野Bell)
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第一章 精霊交信
第1話 始めよう。俺達だけの青春を。
ガツガツとうすい腹に突き刺さる爪先が俺の心さえもずぐりと抉るのが解った。
つまらぬ感傷。
俺は存外、諦めの悪い男だったらしい。
他人が優しいなどと、まだ信じていたなんて。
「ぎゃはははははっ!まんまと騙されやがって!!!
てめぇみてえな薄汚え盗人のガキとの契約なんざ守るわきゃねえだろうよ!!」
「ホントに地主の邸宅から財宝全部盗み出しやがって………なんて腕だ」
「お前が苦労して盗んだお宝は、俺達が有効活用してやるよ!!へへへ、今日はちょっと高い女でも買おうかなぁ」
声がする。聞き覚えがある━━━━━━
これは、
「ははっ!ねえ、ソラさん」
「なんだよ、今良いトコロなのによぉ」
ぶちぶちっ!
無理矢理髪を鷲掴まれ顔を上げる。
「コイツ…キレイな顔してるだろ?」
背筋にひやり、と悪寒が走った。
「なんだよハナ。お前にそんな趣味あったのかよ」
「一度ヤッてみたくてね。どんな具合なのか……知識欲ってヤツさ」
「知識欲、だあ?………お前意外と勤勉だなぁ」
「それに、ほら!この子、紅眼に銀髪だよ?随分と珍しいよね。……唾付けときたくない?」
脚を捕られる。熱くて動きの鈍い身体を叱咤して、必死で振り回す。
それだけは、いやだ。
俺は知っている。人の尊厳を根底から踏み躙るそれを。
両親が、友が、仲間が。見た事が無い程に醜悪な顔を晒して泣き叫ぶ光景。記憶の蓋が押し開けられる。
俺は、醜くなんてなりたくない。人である為に。
「……ッ!……だッ …やだッ お、れ、
う、おおぉおおッ!!!離せッ!!離せえぇえええええええぇえええ!!!!」
声が、木霊した。
「離せだとよ、お前さん達」
バキィイイィイイイ!!!!!!
俺の頭上を、影が舞った。
衝撃から一歩遅く、身体を丸める。ほんの少しだけ目を開けて周りを確認した。見えたのは、俺を掴んでいた方の男が伸された姿だった。
「…………? ……!? は??」
それを視認した仲間の男が新たな声の主に飛びかかる。
「てめええええぇええぇえ!!!」
ゴイン!!!
「………………」
「………………」
男の股に、小さな脚が挟まっていた。思わず俺は自らの股に手を翳して守る。
仲間の男がきゅうう…と苦しみながら倒れ込むのを、この惨状を起こした張本人がえらく大仰に仁王立ちをかまして見守っていた。
「まあ当然だな。人の貞操を許可無く奪おうとする奴はねじ切れちまえば良い」
そしてそいつは、すっ…と。何でもないかのように俺に手を差し出した。
「君、実はぼく、パン持ってるんだけどさ。一人じゃ食べ切れないから一緒に食べろよ」
太陽よりも眩しくて、いたずらな笑顔を湛えたその少女はまるで。
物語から飛び出したヒーローだった。
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第2話
ずず…………と地面を擦る音。慌てて振り向くと、最初に伸された男━━━━ハナと言ったか。そいつが残った力を振り絞りこの場から去ろうとしていた。
「あいつ、まだ意識があんのか…」
「やべっ!仲間呼ばれる」
少女は俺に差し出した手で俺の手を素早く取り、握り締める。
「ええと、君は?」
俺の名前。過ごした時間こそ僅かであったが、それでも俺を愛してくれた。大切にしてくれた両親から貰った形見とも言うべき俺の…。
「…俺は」
「………バクラだ!盗賊バクラ!」
この少女の笑顔に負けないくらい、精一杯シニカルに笑ってやった。
「盗賊!そりゃカッコイイな!宜しくバクラくん!」
「テメェは?」
「サラ!このエジプトで一番イケてるヒーローになる女だ!」
俺達は走り出した。暗闇が心を蝕むような路地裏から、限りない太陽をその身に受ける為に。
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先程の路地裏からほんの少し行った所━━商店街を挟んだ通りにある廃屋に俺達は腰を落ち着けた。
「ほらよ」
ぽむ…、と俺を助けた少女━━━サラは俺の掌にパンを置いた。そのパンはよくよく見ると汚れが付いており、作られてから何日か経った物であることが伺えた。
「テメェこれ…」
「さっきも言ったろ?パン有り過ぎてぼくじゃあ食べ切れんから食え」
「……そうかよ。有難く頂戴するぜ」
ここ数日、食う物にさえ困っていたのでこの申し出は天恵とも言えた。
がつがつとパンに勢い良く齧り付く俺をニヤつきながら眺めるサラの視線がどうにもむず痒くてそっぽを向く。
「……で。バクラくん。君…此処の人間じゃあねえだろ」
「…だったらなんだ?」
ぴり………と空気が張り詰める。
「あっ、ご、こめん。そういうつもりじゃあなかったんだ。悪い。………ぼくが言いたかったのは、此処ヒスナル村は治安の悪さで有名だって事」
「…?」
そしてサラは俺を見分するように見遣った。
「この村はエジプトの隅に位置してる。だから王宮の連中の目が届き難いんだ。よって、人攫い・麻薬中毒者・人殺し……勿論盗賊もうじゃうじゃ居座ってる。そんな魔境に村の実情を知らない余所者かつ珍しい容姿のガキがやってきたら……。解るだろ?格好の獲物だぜ。
ぼくとしちゃあ、君は今すぐ此処から立ち去るべきだと思うがな」
予想すらしていなかった答えだった。サラは、俺を純粋に心配していただけ。心が、少し軽くなるのを俺はまるで他人事のように享受した。
サラの言い分は理解した。だが、俺にはこの村に用がある。
「………心配してくれて有難うよ。だが、俺は此処でまだやり残した事がある」
「やり残した事?」
「……さっきの連中に奪われた俺の財宝を取り戻す。そして…この俺との契約を破った事、ただじゃあ置かねえ。完膚なきまでに叩き潰してやんだよ」
ぎゅ…と血が滲むまで拳を握り溢れ出る怒りを抑えつける。体は緩く震えていた。サラは面食らったのか、瞳をぱちくりと動かした。
「………は!???……まじ?」
俺は服の中に隠し持っていた金の首飾りを掴み取り、サラに投げつける。
「はあ!? お、 おお??」
「……今回の礼だ。売るなり身に付けるなりしな」
「ちょ…君……」
適当に身なりを整え席を立つ。仕込みは既に終わっている。こういう時の為に取引先の下調べをしてから盗みを行う事が俺の習慣であったからだ。
ガコン!
扉を蹴り飛ばして開け放つ。 もうここには用は無いと言わんばかりに足を早める。━━今日のような事はもう、これきりだ。誰かの手を借りるなんて二度と━━
「おい、バクラくん!!」
首根っこを思い切り引っ張られる。
「ぐっ………!??」
突然の事に頭が回らず、衝撃から足を捻り、すっ転ぶ。
ズダン!!
「て、テメェ………っ」
「ぼくも連れてけ!一人じゃ行かせらんねえよっ」
「は…?」
「だから、ぼくも行く!」
「なんで…」
そしてこの女は、俺が今一番言われたく無い核心を突いた。
「そりゃあ…君、色々無理してるだろ」
「………だ、黙れ!!!!!」
俺は逃げるようにこの場を去った。
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数多の星座に見初められると思う程に、いつもよりも空が煌めく夜だった。連中の根城は村の中心部にあった。俺は少し離れた建物の上からそこを見下ろしていた。
星々の光を頼りに自らが書き上げた地図を確認する。
「……此処から侵入して………そして……」
「よっ!」
ビクッ!!!
思わず地図を取り落とす。慌てて体制を立て直し、懐に忍ばせたナイフを後ろの声に向かって振り被り━━━━━
星明かりが照らした声の顔は、昼に見たどうにも忘れられない顔だった。すんでの所でナイフを止める。
「テメェ……なんで此処に居やがる」
「尾けてきた」
サラはへへ、と悪戯が成功した子供のように笑った。
なんでここまで俺に付き纏うのかとか言いたい事が沢山あったのだが、故郷が滅んでから久しく見ていなかった、微塵も悪意を孕まぬその笑顔が━━━━俺には酷く眩しく思えて、文句の悉くを忘れてしまったのだった。
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