機動戦士ガンダム 無血のオルフェンズ 転生者の誓い (江波界司)
しおりを挟む

シナリオへの挑戦者

思いつきです。暖かい目で見てもらえればと思います。


「いやいや、そのエンドはないわ」

 テレビの前で呟く青年は、もうすぐ高校を卒業する年である。

 18歳にもなって未だガンダムが好きな彼は思う。

 なぜ戦争するのか、と。

 もとを辿ればこそ独立や至上主義など見えてくるものがあるが、こうして死んでゆく者達を見ては虚しさしか残らない。

「俺だったら、こんな馬鹿なことしねぇな」

 ガンダムの世界全否定なセリフで締めくくった彼は、ベッドに横なり目を閉じる。

 だが、彼は知らない。

 何の脈絡もなく起こるからこそ、超常現象とは恐ろしいものなのだと。

 

 

 ✕✕✕

 

 

「おい、早く起きろよ」

 誰の声だろうか。

 聞き覚えのない声に呼ばれ、彼は重い瞼を開ける。

「なんだよ。そのやる気の感じない目は。今日も訓練行くんだろ?早く行こーぜ、リヒト」

「あ、ああ」

 と、おざなりに返事をしたが、未だ彼は状況を掴めずにいた。

 どうにか体を起こし、いつも通りの服装に着替える。

 いや、待て。

(今俺は何を着て、誰に呼ばれて、どこに行くんだよ!?)

 そこで彼はようやく自分の異常性に気が付いた。

「な、なぁ。今、何時だ?」

「は?さっき午前の業務終わったばっかだろ。なんで仮眠とってた同期を起こしに来て、んなこと聞かれなきゃならないんだよ」

 午前の業務。彼は頭の中にある記憶を模索し始め数秒、確信に近い答えを得る。

 新兵が任されるという初歩的な指導と作業。道をすれ違う上官と思われる者達の服装。そして、今まさに自分が着ている上着。

 間違いない。

(俺は、ギャラルホルンだ)

「えっと、先に行っててくれ」

「ん?おお、分かった。さっさと来いよ?」

 言い残して去ってゆく同期を見送り、自分だけがいる広めの部屋で彼は頭を抱えた。

「マジか……これ」

 少しずつ状況を確認していく。

 まず、今の自分。

 名前。リヒト・ストラトス。

 特徴。黒髪、緑眼。やや長身。筋肉はそれなり(昭弘と比べてだが)。

 歳。20歳。

 職業。ギャラルホルン。新兵。詳しい所属は、今は抜かそう。

 両親は既に他界。兄弟もなく、完全に独り身。

 そして日付、というか時期。

 記憶が正しければ鉄華団が火星で出来たのとほぼ同じ。

 ここまで考えて、ある仮定が成り立つ。

「どうやら俺は、このリヒトとかいう奴の知識は持ってるらしいな」

 ただし、知識だけである。

 言うなれば人間が生きていく上で必要だと脳が決定したものだけ。会うことが極端に少ない人物の顔、名前や、印象の薄い思い出までは分からない。

 彼はリヒトという人物のことを自分の脳でさらに調べる。

 成績は中の上。悪くはないが、そこまで良くもない。

 希望する役職は作戦指揮。

 これからすること。MS(モビルスーツ)の操縦訓練。

「いや、なんでだよ」

 閉じていた目を開け一人呟く。

 そもそも一兵卒が参謀になれるわけもない。故にこうして戦術と戦闘を学べるMS操縦をしている。らしい。

 彼の中、記憶だけの男、リヒト・ストラトスという者の言い分はこうだった。

 まぁ、しかし、仕方ない。と彼は自虐的に零す。

 理由は分からないが、とにかく彼は異世界に、それも自分の知る世界に異世界転生(?)を果たした。

「なら、俺無双じゃねぇかよ」

 なにせ彼には鉄血のオルフェンズという世界観の記憶がある。

 どうすればどうなり、どうしなければどうなる。

 想像も想定も容易=最強。

 そう、これは1人の青年がリヒト・ストラトスとして生きる物語。

「やるからには、ハッピーエンドにしてやる」

 そして、真の世界平和を願う物語である。

 

 

 

「いや、けどさ……」

 訓練場へと向かう道で一人、リヒトは無意識に口を開く。

「普通、鉄華団だろ……こういうの……」

 理不尽は、許せない。けれど、どうしようもなかった。

 

 

 ✕✕✕

 

 

『機体、大破』

 無機質な声がMSの破壊を通知する。

 訓練とはいえ流石に実物を使うことは出来ず、高性能シミュレーターによって新兵はその腕を鍛え上げる。

 さて、この物語の主人公。現リヒト・ストラトスはコクピットだけの機械から姿を表す。

「俺、弱過ぎる」

 大破したのは彼の期待だった。

 理想と現実は違う。リアルの厳しさを体感し、リヒトは肩を落とす。

 実際、彼の腕は悪くない。前記の通り、成績は中の上なのだから。

 しかし鉄華団を知っている彼からすれば、それは悲しい情報でしかない。

 まず基本操縦。使用している機体の所為でもあるが、やはり阿頼耶識を使った操縦のようには行かない。

 戦闘技術はといえば。こちらも同様、阿頼耶識には遠く及ばず。射撃の成績だけが無駄に良いことを除けば、やはり普通。さっきも同期に近接戦闘で負けたばかりだ。

「ストラトスって名前が皮肉すぎる」

 ガンダムファンがストラトスと聞けば、やはり思い出すだろう。ガンダムOOのパイロット、ロックオン・ストラトスである。

 当然自らを重ねた彼、リヒトは鉄の天井を仰ぎながら思う。

 MSって、難しい。

「よっ!今期最強スナイパー」

「うるせ」

「なんだよ、リヒト。折角、お前今日調子良すぎだろって言いに来てやったのに」

「わざわざ皮肉言いに来たってか」

 先程自分を起こしてくれた同期にリヒトは雑に返す。

 この世界に置いて、スナイパーとはかなり必要性のないポジションだ。

 どう考えても三日月・オーガスやその他の機体を狙撃するなど出来る気がしない。仮に出来てもあの装甲を割る攻撃力となれば、候補はダインスレイブか、フラウロスのレールガンくらいだろう。

 つまり実質用無し。

 リヒトは元の彼の希望通り、参謀を目指すことを心に誓った。

「俺、今日調子悪いからあと寝るわ」

「おー。っては?どこが調子悪いんだっての」

 同期の言葉で今日の成績を思い出す。

(確か歴代最高点だったか)

 元の体の持ち主、リヒトという男は元から狙撃がうまかった。幼少の頃から兵士である父親に銃を習っていたから、らしい。

 そして今日。現代世界でゲームをしまくっても、アニメを見まくっても下がらない視力だけが長所の彼が憑依した。

 つまり、目だけはいい中級兵士の誕生である。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 それから暫くの時が過ぎ、事件(超個人的)は起きる。

 元々、新兵としては経験をそれなりに積んでいたリヒト。彼は本格的に配属されることになった。

 だが、その配属先が、問題だった。

「これから諸君は、我、イオク・クジャンと共に栄光ある戦歴を積むことになるだろうっ。各位、誇りと覚悟を胸に奮励努力して欲しいっ!」

 整列させられた十数名の兵士は居住まいを正し、返答と共に敬礼する。

 だが一人だけ、敬礼とは裏腹に心の中で悪態をつく者が。

 そう、リヒト・ストラトスである。

(マジかよ……よりによって、これかよ)

 彼は色々とツッコミたかった。

 まず、何故彼、イオク・クジャンがここにいるのか。

 答えは人員補給。隊を動かすこと自体は出来る彼なのだ。新兵を隊に招いても不思議ではない。

 次に、何故リヒトが配属されたのか。

 彼は射撃、特に長距離での成績が今期一位だった。

 クジャン公曰く、「戦場に置いて、友軍を支援出来る者が必ず必要になる」とのこと。

 だが、彼は思う。

(当たらなければどうということはない、だろ)

 ギャラルホルンである以上、戦う相手は鉄華団である。

 そんな戦場を駆ける悪魔に長距離射撃が通用すると?

 仮に対象を母艦にすればどうか。答えは決まっている。

 狙われて、落とされる。

 初見殺しの一撃必殺を披露し、それを外した日にはどうか。間違いなく殺されるだろう。

 成績がいくら高くとも、百発百中ではない。まして経験のない戦場。それで外すなという方が無茶である。

 以上を踏まえ、リヒト・ストラトスは自らの未来を考える。

(俺、死んだ)

 それもかなり早めに。

 

 

 

 壮行式のようなものが終わり、彼は用意された自室に向かう。

「しかしどうだ。ここでイオク・クジャンが出てくるってことは、もしかして原作ブレイク出来てないか?」

 歩きながら呟くように言って、彼は熟考する。

 原作、つまり自分の知るバットエンドが回避出来る。

 極端な話、誰も死なずに平和に出来る。

 いや、流石に死者ゼロは無理だろうが、それでもメインキャラクターは守れるのでは?

 そう思うとテンションが上がる。

(俺の知っている知識があれば、出来るんじゃないか?)

 問いかけというより確認。出来るという答えを自ら用意し、心の中で返す。

 だがこうして考え事をしていれば、まして歩いていれば前方不注意は当然。

 知らぬ間に肩同士がぶつかる。

 現実に引き戻され、リヒトは声を上げる。

「はっ、申し訳ありませんっ!」

 自分は新兵であり、ここは配属先の職場。出会う人間は基本上司。まして対向から来たのなら尚更だ。

 反射的にとった敬礼に、目の前の男は片手を据えて応える。

「いや、問題ない。新兵か。緊張するもの無理はないが、ほどほどにしておけよ?」

 現実に聞いた記憶はないが、この声を彼は知っていた。

 リヒトは目の照準を合わせて確認する。

 ラスタル・エリオン。

 自分がぶつかったのは、鉄華団に止めを刺した男。そして平和を作った男だった。

 複雑な気持ちを押し込めながら視線を泳がせる。

 ラスタルの後ろ、付き人のように続く女性。ジュリエッタ・ジュリスがそこにいた。

 ぶつかったことを無言で責める視線が辛い。リヒトはすぐにラスタルへと向かい直す。

「本当に申し訳ありませんでした」

「ああ」

 お咎めはないらしい。

 それでは、と下げた頭をゆっくり上げ、リヒトはその場を離れる。

 すれ違いざま、物凄い形相で睨むジュリエッタの顔は当分忘れられそうになかった。

 

 

 

 一日の業務が終わり、彼はベッドの上で頭を抱えていた。

「やべぇ、これ……」

 悲しいかな、気付いてしまったのである。

「俺、フミタン救えねぇじゃんっ」

 どう足掻いてもここからでは不可能な原作ブレイク。

 時系列的にはもう鉄華団は地球に向かって動いている。ならばその道中で失われる命にリヒトは関与出来ない。

「早速一人死んじまったよメインキャラ……」

 ネガティブなことを考えれば思考もネガティブになる。彼は今まさに負の連鎖にいた。

「しかもこれ、もし俺の行動で早くも原作と流れが狂ってたら……俺の知識なんの意味もねぇじゃんか……」

 ゴロゴロと悶える彼は疲れに勝てず、そっと眠りについた。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 日も経てば人は立ち直る。

 配属されて期間も少し経ち、慣れ始めた職場で彼は自分がすべきことを考えていた。

「原作ブレイクに当たっての分岐点。まずはビスケットの生存だ」

 メインキャラの死亡を防ぐため、リヒトは策を練る。

 とにかく自分が出来る範囲で誰も死なせない、と心に決めたのがつい先日。さし当たっての目標がビスケット救済だった。

 もっと言えばアイン・ダルトンも助けたいと考えたが、どう考えてもバルバトスを止める手段が思いつかなかった。勿論それ以外でも候補はあるだろうが、彼は少しだけある可能性に恐れを感じていた。

 歴史の強制力、である。

 タイムスリップでも直らない時間軸のように、ある意味未来人の自分では出来る行動にも制限があるのではないか、と。

 リヒトはネガティブな思考を振り払うように食事を掻き込み、プレートを返却口に返した。

 イオク・クジャンの下に配属はされたが、だからこそ出撃は少ない。ならば今の内に腕を磨くべきだ。たとえガンダムと戦えなくとも、自衛が出来るくらいには。と、リヒトはシミュレーターがある訓練場へと足を運んだ。

「ん?なんだあれ」

 だがいつもと違う光景に、彼は足を止める。

 何故か出来た人集りと、その中心にいる人物。騒ぎではないが、皆が浮き足立つ理由が分かった。

 何故かそこにはイオク・クジャンの姿があったからだ。

 遠巻きに見ているが、状況はすぐに把握出来た。どうやらイオクが直々に稽古を付けてやるとか言い出したらしい。

 だが誰も名乗り出ない。

 当然だ。他の新兵はどうか知らないが、イオクの実力はまぁ言うまでもない。流石に新兵相手には負けないだろうが、どうしても上官との戦闘訓練ともなれば遠慮が出てしまう。

 いや、武闘派的な上官ならいいんだが、七光りのあの人だとなぁ。

「そこで何をしているんですか?」

 後ろから女性の声が聞こえ、俺はすぐに振り向く。

 睨むようなジト目でこちらを見るのは、あのジュリエッタだった。

「はっ、イオク様がお見えだと聞き、遠巻きながらお姿を拝見しようかと」

「私は何故こんなところで突っ立っているのかを聞いたんです」

 今言った気がするんだけど、とリヒトは心の中だけで返す。

 ジュリエッタは道にいたリヒトが邪魔に思えて声をかけたのだと、彼は瞬時に理解した。

(まぁ道は塞いでないんだけどな)

 反論を飲み込んで返す。

「少々見入ってしまっていました。申し訳ありません」

 リヒトが端に寄って道を開けると、彼女は少し進んでから彼の隣に並んだ。

「イオク様は何を?」

「自ら手解きを、と」

「なら、あなたが行って来たらどうですか?」

 嫌味を言うようにしてジュリエッタはリヒトの方を向く。

 リヒトは彼女に嫌われているのだと最初から知っている。だからこそ、ここは穏便に引こうと考えた。

「いえ、私などとても。ここで手を挙げるべきは力のある者だと知っていますので」

 謙遜で誤魔化そうとしたリヒトは、すぐに愚策だと自らを恥じた。

「それは、自分が弱いから戦わないと言ってるのですか」

 リヒトはジュリエッタがどんな人間をおよそ知っている。

 強さを求め、だからこそ弱さを許さず妥協しない。その実直さと精神力はたった一人であの三日月・オーガスと撃ち合うことすら叶わせた。

 そんな彼女は、こうして弱さを理由に逃げる者がどう映るか。ましてそれが嫌いな相手なら。

「……そういった意味ではありません」

 とにかく路線変更。リヒトは彼女が望む上での逃げる手を考える。

 即興だが、やるしかない。彼は腹を括った。

「強さには色々あります。兵として戦う強さもあれば、将として導く強さ、王として考える強さがあります。私は、イオク様と比べるべき強さは持ち合わせてないんです」

 彼女を見て、そしてラスタルとイオクを思い出しながらリヒトは語る。

 我ながら上出来な返しだと彼は自画自賛し、ジュリエッタは少しだけ間を置いた。

 至って冷静に、彼女は問う。

「あなたは、王になる気なのですか?」

 敬語に違和感を感じたリヒトは、これが彼女のデフォルトなのだと決めつけて答える。彼女が好む答えを。

「私ではラスタル様のようにはできないでしょう。ですから、他の道を探すつもりです」

「そうですか」

 ジュリエッタはそう言って訓練場の集団へと向かって歩いていった。

 この時、彼女の中で少しだけ、リヒト・ストラトスという男への評価が変わった。

 配慮の足りない男、から意外に考えている男、と。

 ただ、彼女はまだリヒト・ストラトスという名前すら知らない。

 

 

 

 そんなことを知るはずもないリヒトは訓練場から離れる。

 自分がさっき言った言葉は心にもないことだったが、そこに見えるものがあった。

 イオク・クジャンという男は、およそ人を動かすこと関して凄まじい力がある。それは参謀的な意味ではなく人望的な意味で、だ。

「それに、あいつの行動が結構鬱展開に影響してるしな」

 ならばあの男を利用していけばこの世界の攻略は成せるのはでは?

 微かな希望を胸に、リヒトはギャラルホルンの資料室を目指す。

 

 

 

 

 




不定期更新です。
感想頂ければ嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

名も無き兵

 ギャラルホルンの資料を閲覧するのは難しい。

 特に新兵程度の身分ではある程度の規制が入り、深い部分までは踏み込めないようにはなっている。

 訓練場をあとにしたリヒトもまた例に漏れず、閲覧可能な範囲で調べ物をしていた。

 テーマは厄災戦。特にガンダムフレームについてである。

 彼が知る限り、現存するガンダムフレームはバルバトス、グシオン、フラウロスが鉄華団に。キマリス、ヴィダール、バエルがギャラルホルンに渡る。

 リヒトは確信は無くともそれを信じている。72機のガンダムフレームはまだあるはず、と。ただし、それが現存するかは別の問題だが。

「やっぱ載ってないか」

 規制の所為か情報不足か。どちらにせよ目ぼしい情報は手に入らなかった。現存が怪しければ、ある場所も分からないので当然である。

「つか、よくよく考えたら俺乗っても意味ねぇじゃん」

 リヒトは読み終わった本を閉じながら呟いた。

 彼が定めた目標の内、最重要メインキャラであるところの自分が死ぬのは論外。まして搭乗が死亡フラグのガンダムに乗るとか自殺行為もいい所である。

 彼の知識的に一人だけ例外もいたが、それは半分死人を積んで動いていたわけで。

 そうなると、もし仮に新しいガンダムフレームが見つかっても、乗るのはジュリエッタになるだろう。

「まぁそれが妥当だよなぁ」

 自分で死亡フラグだと確定させておいて乗せようと考える辺り、このリヒト・ストラトスという男は結構性根が腐っている節がある。

 正確を期すなら、この性格と思考傾向は現代世界の高校生のものなのだが。

 資料観覧室を出て、リヒトは人にぶつからない程度に頭を使う。

 現状自分が打てる最良の手はイオク・クジャンを利用すること。そこから逆算し、今すべきはイオクに取り入ることだと彼は推測する。

 だが、下手に戦果を挙げれば鉄華団のメンバーの命に関わってしまう。

 大凡の世界の流れは変えず、死亡するキャラだけを救う。

 言うのは簡単だが、実行するとなると難しい。

 この問題の一つにギャラルホルンが一枚岩でないことが挙げられる。分布された部隊同士が手柄争いで協力し合わない場合、それは大きな枷となるからだ。

 鉄華団がクーデリア・藍那・バーンスタインを護衛する任務は現在進行形で継続中。その道中で死亡するキャラは原作ではフミタン、アイン、ビスケット、カルタだ

 彼が助けることが出来るのは恐らくビスケットとカルタ。だが鉄華団の依頼を成功させながら救うのはかなり難しい。

 全体の思惑を知っているからこそ、こういった組織として行動を制限されるのはリヒトにとってマイナスでしかなかった。

「っても、ギャラルホルンを抜けるって訳にも行かねぇし」

 行き詰まった彼は、自室へ戻ることにした。

 

 

 

 時間的にも問題はない。

 そう判断してリヒトは制服を脱いで普段着になる。特に職務があるわけではなかったため、少し早めの夕食を取りに街へと向かった。

 紅い夕陽がビル街を染め、歩く人々にすら絵画的な意味を見出しそうな時間帯。リヒトは空いている店を探して舗装された道を歩いていた。

 流石に食事の時まで同期の連中には会いたくない。そんなことを考えてリヒトはギャラルホルンの拠点から少し離れた地区に来ている。

 同じ地球でも別の星に見えるのは錯覚だろうか。

 リヒトは雰囲気のいい店に入ると、酒と適当な料理を注文した。

「なぁ聞いたか?」

「なんだよ」

「火星から地球に向かってる一団があるって噂」

「ああ、それか。確かあの『革命の乙女』も関係してるってやつだろ?」

 僅かに聞こえる声に耳を傾けながら、リヒトは食事を続けた。

「それそれ。それがよ、もうすぐ地球に着くとかで大変なんだと」

「大変って、何がだ?」

「そりゃギャラルホルンにとってた都合が悪いとかだろ?」

「まぁだろうな。というかそれ、どこの情報だよ」

「いや、確かな筋じゃないんだけどな?」

 丁度話が終わった頃に料理を食べ終え、酒を口に含む。どうでもいいことだが、どうやらこのリヒトという男は酒はかなり行けるらしい。

 さて、彼は思い出すことになる。今はいつだ、と。

 大きな分岐点が来るまでそう時間はない。となれば、いち早く行動に移らなければならない。

(イオクに取り入るか?いや、時間が足りない)

 最悪の状況を想定して動くとなると、やはり時間が足りない。最低でも鉄華団が地球に降り立った次の日には分岐点が来てしまう。それまでに準備を整える必要がある。

 リヒトは使える要素を頭の中で羅列していく。

(俺がいることで原作と違うことが一つ。ここ、地球にイオクがいること)

 しかしその案はついさっき自分で否定した。

(俺の独断専行は……ほぼ間違いなく不可能)

 可能性はゼロ。これも没である。

 リヒトは最後の一滴まで酒を飲み干し、会計を済ませて店を出た。

 頭が働かない。自覚症状のあるそれを感じながら、彼は元きた道を戻る。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 リヒトは訓練場にいた。

 今は殆どの者が夕食を食べるか仕事をしているため、彼以外の姿はない。元々新兵ということもあってそこまで多くの仕事は負わされないのが有難かった。

 仮眠をとった為酔いも覚め、リヒトはただ一人、黙々とシミュレーターの操作を行う。

 内容は近接戦闘。それも倒す戦い方ではなく、生き残る戦い方だ。

 剣を躱し、防ぎ、弾く。弾丸を予測し、避ける、守る。回避や防御を身体で覚え込む。

 一段落して、機械の外に置いた飲み物を取りに出る。

 一人用のポッドのような機械の入口を開けると、目の前には異性の顔があった。

「えっ」

「……」

 ややジト目で金髪の女性。すなわち、ジュリエッタ・ジュリスだった。

「えっと……」

「……あなたですか。てっきり誰かが消し忘れたのかと」

 そう言ってリヒトの通り道を開けながらジュリエッタは移動した。

 リヒトは顔を出して彼女の行方へ追う。どうやら彼女も訓練が目当てらしく、隣の機械に入っていった。

 喉を潤す程度にストローを吸った後、リヒトは再び座席に戻る。シミュレーターを再度起動すると、他機から無線が入った。

『手合わせ願います』

 相手は勿論ジュリエッタ。上司からの誘いということもあって断る理由が作れず、リヒトはよろしくお願いしますと返した。

(まさか武闘派の上官とやる羽目になるとは)

 フラグ回収乙、と無難な感想を零す。

 通信のロードで少しの間真っ暗な画面が続く。

『機体は自由、武装も好きなものを選んで下さい』

 画面が設定用のものに切り替わり、ジュリエッタはそう指示した。

 リヒトは取り敢えずグレイズを選択し、装備は大シールドと長距離レールガン、アックスを選択。レールガンはイオク機に使われていた長距離用のものだ。

 シミュレーターが決めたフィールドは地上。

 眼前には配色が少し変わったグレイズが見える。

 装備はマシンガンとシールド。サブウェポンとしてショートソードが二本腰の両サイドについている。想像されるスタイルは二刀流。

(ジュリア思い出すな)

 リヒトはそんなことを考えながら流れる通信に耳を傾ける。

『いいのですか?同じ機体で』

 確かにこの機体より性能が高い機体はいくつかある。

 リヒトは迷いなく答えた。

「使い慣れてる機体なので」

 使い慣れて、といっても訓練用のシミュレーターでの話である。

 それでもジュリエッタは納得したようで、始めますと一言告げた。

 三秒のカウントの後、試合が開始する。

 開幕直後、レールガンのトリガーを引く。

 放たれた弾丸は真っ直ぐにジュリエッタの機体へと向かい――だが、当たらない。

 回避行動と前進を素早く切り替えて、黒みの多いグレイズはマシンガンを撃ちながら進む。

 対して緑のグレイズはシールドを前方に大きく出し、弾丸を防ぎつつ後退。ついでとばかりにレールガンを再度放つ。

 正確に狙われた頭部への攻撃を軽やかに避け、黒のグレイズはシールドを捨て、腰から剣を抜く。レールガンの威力と距離を考えて、シールドは意味を成さないとの判断だ。

 リヒトは照準を合わせながら推測する。

 ジュリエッタの腕を考えるに、もう数発の内にレールガンよりも剣の方が有効な範囲に入られるだろう。ならば、と。

 リヒトは急ブレーキを掛けながら後退をやめ、数発のレールガンを放つ。

 

 ――ただし、地面にである。

 

 爆風と共に砂塵が舞い、視界は土煙に覆われる。

(目くらまし。ならば次の行動は……)

 ジュリエッタはリヒトの作戦をいち早く看破し、逆に速度を上げた。

 通常、こういった場面では防御優先の構えを取ることが多い。敵の火力や状況を考慮して尚見えない敵に向かう行動を取れるのは、極小数と言える。

 そして瞬時に前進を選んだジュリエッタは優れたパイロットといえる。

 だからこそ、読まれた。

 煙から脱した黒のグレイズは、その射程範囲にターゲットを捉える。反撃を警戒したのか、大シールドが眼前に迫る。

 ――そう、迫る。

 リヒトが選んだのは防御でも攻撃でもなく、反撃だった。

 シールドアタック。

 急加速で移動するグレイズにシールドが衝突する。

 高威力のインパクトが発生し、ジュリエッタ機は一瞬仰け反った。

 その隙を見逃さない。

 ジュリエッタの視界を塞ぐシールド。その後ろからリヒトの機体が姿を現す。

 右へと加速を一つ入れて移動した緑のグレイズはレールガンを構える。

「ゼロ距離射撃っ!」

 思わずジュリエッタは声を出した。

 この距離で当たれば大破は必須。体勢的に避けられそうにない。そう理解するより先に、彼女は動く。

 グレイズの左腕を動かし、砲身を弾いて射線を外す。

 目標より僅かに上へ逸れた破壊砲は、機体の頭部を吹き飛ばした。

(しくじった……)

 リヒトは確信した。負けた、と。

 緑のグレイズは空いた左手にアックスを握る。

 だが、それを構えるより先。

 一閃。剣の鋭い突きがコクピットを正確に捉える。

『機体、大破』

 聞き慣れた機械声は、無情にもリヒトの敗北を告げた。

 

 

 ✕✕✕

 

 

「正直、驚きました」

 

 シミュレーターから出てドリンクを飲んでいたリヒト。そんな彼に放ったジュリエッタの第一声だった。

「あなたがあそこまでやるとは思っていませんでした」

 その言葉にこそリヒトは驚いた。

 何せ自分が負かした相手を賞賛するなど、彼が思うジュリエッタというの人間の性格とは少し違いがあったからだ。

「油断があったと思います」

「それは認めます。確かに私は油断していました」

 さらに驚いたのは言うまでもない。

(この人ってこんなに素直な人だっけ?)

 実直だし、誠実だが、その分プライドも高い。ジュリエッタはそんなリヒトの想定を尽く崩している。

「それでも、私に一太刀入れたのはあなたが初めてです」

 あくまでもこの部隊の中でではですが、と彼女は注釈を入れた。

 ジュリエッタは今日のことを少しだけ語る。

 今日、リヒトが訓練場を後にしてからの話だった。

 ジュリエッタはあの後イオクに代わり、その場にいる全員と手合わせした。その際のルールはリヒトが受けたものと同じである。

 その時の結果は彼女が言ったように、全員を無傷で完封。それでも手を抜いたらしい。

「新兵相手なので当然なのですが」

 言った彼女は視線をリヒトへと真っ直ぐ向ける。

「だからこそ驚きました。MSの操縦には自信がないと言っていたあなたが、たとえ油断してた上に手を抜いていたとはいえ、こうした結果を残したんですから」

 油断というのは操縦は苦手だと暗に言われていた所もあるだろう。

 しかし、リヒトが基本性能が同じ機体で、手加減していたとはいえ、エース級のパイロットに一矢報いたのは事実である。

「これはあなたの言っていた『別のやり方』に関係するのですか?」

 リヒトは黙る。

 あれはその場しのぎで言った言葉で、深い意味はない。

 だがここでジュリエッタから好感度を稼いでいて損はないし、むしろかなりのプラスがあるはずだ。

 話すか話さないかを迷うような素振りを見せながら、リヒトは躊躇いがちに口を開く。

 この()も、即興の言葉を紡ぐための時間稼ぎであり、演技である。

 

「正攻法で勝てないから、という考えはありました」

 

 言葉足らずかもしれないとリヒトは続けようとしたが、ジュリエッタはコクリと頷いた。

「なるほど」

 分かったと暗に伝えるジュリエッタは、機械の電源を落とす。

 去り際に彼女は言った。

「戦場でも、役に立つといいですね」

 彼女なりの声援だろうか。リヒトにはその真意を汲むことは出来なかったが、彼もまた、彼女の評価を少しだけ変えた。

 意外と部下思い、と。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

参謀の参謀

 イオクから言い渡されたもの。それは、月への帰還だった。

 日取りは三日後。当然、リヒトは焦る。

 理由は同日、鉄華団は地球への降下に成功したからだ。

 今の自分では、ビスケット死亡のシナリオに関係することすら出来ない。冷酷な現実に、彼はただ己の無力を悔いた。

 そして、すぐに立ち直った。

「俺は弱い」

 卑屈なまでの自己批判精神は開き直りを呼び、曇った思考をクリアにする。

 ――力がなければ知を使う。

 偉人でも故人でもない者の言葉。

 これは自分、いやもう一人の自分であるリヒト・ストラトスの口癖であった。

 狙撃しか出来ぬ兵士は、たとえ誰かに「すごい」と賞賛されようとも、次の瞬間には「まともに戦えない」と詰られる。何度となく体験した彼は、いつしか参謀を夢見た。

 ――強くなくても、勝てる。

 劣勢を勝利に、優勢を圧勝に変える王は、戦場を翔ける兵よりも、兵を導く将よりも、遥かに誇らしく勇ましい。

「頭、使うか」

 彼は運がいい。

 今、彼の近くには戦う兵と動かす将がいる。

 ならば、考える王は誰か。

 俺だ。

 声は出さず、心の内に響かせた彼は一歩踏み出す。

「……今は、な」

 だが進む姿とは対称的に、呟いた声は何とも後ろ向きだった。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 場所は事務室。イオク・クジャンが地球滞在に当たり設けられた臨時の部屋である。もちろん他の一般兵が扱うそれとは明らかに質が違うが。

「リヒト・ストラトス」

「はい」

「私に用とは何か、聞かせてもらおう」

 入口正面、最奥に座るイオク・クジャンは問い、しっかりとアポをとって入ったリヒトは一度深呼吸する。

 眼前にはイオク、その隣にはジュリエッタがいた。

(予想外だが、むしろ好都合だ)

 大佐気分で内心笑ったリヒトは、イオクを真っ直ぐ見ながら答える。

「我々はもうすぐ月へと帰ります。その際、ラスタル様に手土産を持参するのはいかがでしょうか?」

 眼前、二人の表情が一瞬固まる。

 現代世界であれば何気ないセリフも、こと戦場を知る者達、軍の者達からすれば、その意味は違って聞こえるのだ。

「具体的な話はあるのですか?」

 イオクより先に食い付いたのはジュリエッタ。彼女のラスタル・エリオンに対する感情を考えれば当然の事だった。

 それを読んでいたリヒトは詰まることなく言う。

「鉄華団。『革命の乙女』を連れ地球に降りた民間の集団。彼らは数度に渡りギャラルホルンの追撃を掻い潜り、あのテイワズと繋がりを持っているとのことです」

「革命の乙女……」

 確認を含むように漏らしたイオクを無視し、リヒトは続ける。

「鉄華団は先日、地球外縁軌道統制統合艦隊を欺き、地球への降下を果たしました」

 地球外縁軌道統制統合艦隊という長ったらしい名を聞けば連想される者は一人。カルタ・イシューその人だ。

 彼女の性格はある程度有名なもの。イオクも薄々勘づいているだろう、とリヒトは目線を彼に合わせた。

 少しの沈黙の後、イオクは続きを促す。

「艦隊の長、カルタ・イシューは独自に追撃を決行。明日には鉄華団に対して攻撃を始めるでしょう」

「それで?」

「革命の乙女が関係しているならば、その鉄華団という組織はギャラルホルンに良くも悪くも大きな影響を与えるはず。そんな彼らの首、クーデリア・藍那・バーンスタインの身柄。手柄としては安くない筈です」

 ジュリエッタの催促に焦ることなく、リヒトの要求は伝えられた。

 すなわち、カルタより先に鉄華団を倒す、と。

「なるほど、悪くないっ」

「いくつか聞きたい事があります」

 勢いよく立ち上がったイオクに被さるようにジュリエッタはリヒトに言った。

「何ですか?」

「まず、何故あなたはそんな事を知っているのですか?」

 そんな事とはつまり鉄華団について。カルタ・イシューの艦隊をスルーして地球に降りたという情報は、普通新兵に伝わるものではないからだ。

「調べました。私は早く出世したい、ので」

「随分と正直ですね」

「褒め言葉と受け取っておきます」

「そうですか。もういいです」

 ジュリエッタに対してリヒトはいくつかあったのでは?と聞いたが、それはさっきの答えでおおよそ分かったらしい。

「では、それに伴いイオク様。私から提案したい事があります」

「なんだ?」

 リヒトは望む状況の為に、動き出した。

 

 

 

 ✕✕✕

 

 

「本当によろしいのでございますか?」

「ああ、構わんとも。手出しは無用だ」

 ギャラルホルンの船の上で、イオクは腕を組みながら答えた。

 その戦艦に搭載された機体は僅か三機。これから戦場へ向かうには何とも心持たない。

 だが、それぞれMSを操縦する三人は、誰一人不安を見せなかった。

「このイオク・クジャン。鼠如きに遅れは取らん」

「イオク様は私が守ります。ラスタル様の為に。必ず」

「これで戦力は五分ってところか」

 自信と忠誠、最後は周囲に聞こえぬようにそっと打算を見せ、彼らは眼前の島を見据える。

 並ぶ三つの戦艦の内、念の為にと機体を搭載した二人の艦長達からの要請は丁重にお断りした。これはイオクの命令であれど、リヒトの提案だ。

 ――「わざわざ手柄を分けてやる義理もないでしょう」

 昨日の打ち合わせで言った言葉は、何とも悪役らしい最低なものだと言える。

「しかし、たった三機では……」

「問題ありません。全て私が倒します」

 この少数精鋭にも理由がある。

 表向きはイオク、彼が偶然鉄華団がいる島の近くにいたという口実が必要だったからだ。この最低限の護衛ならば、地球を離れる前に地上での体感をMSでもしておきたかった、などと後からいくらでも言える。

 裏の理由は言うまでのなく、この事態の首謀者リヒトである。彼が望むのは鉄華団の存続。ここで大軍で攻めて死なれては、最終話の二の舞いだ。

 流石に観念し、せめて援護射撃はという妥協点を決めて戦艦は進む。

 そしてしばしの時を待ち、作戦が開始する。

 

 

「ゆくぞっ!」

 声がトリガーとなる様に、島には雨の如くミサイルが降り注ぐ。最も、それらが有効打になることはないが。

 全て迎撃か回避される爆発兵器を見ながら、三機のMSが戦地へと向かう。

 グレイズ。両手にソードを構え、陸上でも高機動に動ける現状最大出力のブースターを積んだ一機。

 グレイズ。大シールド、120mmライフルを装備し、腰にショートアックスを携えた量産機。

 グレイズ。長距離用腰固定型ライフルを装備。カラーリングを変え、本来盾を持つだろう左手にソードを握る隊長機。

 島に近付くにつれて、島を守るMSによる弾幕はより強固になる。

 一機は機動力で避け、もう一機は後ろを盾で庇いながら陸を目指す。

『先輩。あの二機、頼んでもいいですか?』

『……先輩って、もしかして私の事ですか?』

 リヒトの通信の声を聞き、ジュリエッタは驚き混じりに返した。

『はい』

『ちゃんと名前で呼んでください。というか礼儀を弁えてください』

『しっかりと礼節を弁えて呼んでいるつもりなのですが』

 黙ったのは論破したわけではなく、接近によって敵の射撃精度が上がったからだ。

『それで、どうですか?』

『……頼まれるまでもありません。と、一つ聞きたいのですが』

『何ですか?』

 ジュリエッタからの質問は予想していなかったリヒトだったが、取り乱すことなく返す。

『あなたなら長距離ライフルを装備した方が良かったと思います。何故そんな装備を?』

『私が狙撃銃を持ったら、イオク様は突撃用の装備に切り替えますよ』

『察しました』

 正味、イオク・クジャンという男は兵としては三流以下である。だが立場上死なれては困る。そんな男をどうして戦場のど真ん中に送れようか。

 大して戦力にならないなら、いっそ敵の射撃圏外にバミった方が何倍も得策なのだ。

『というわけで先輩、イオク様をお願いします』

『待ってください。あなたはどこへ行く気ですか?』

『私はクーデリアの身柄を狙います。それもまた、カルタ・イシューの狙うところでしょうから』

 リヒトはイオクへと無線を繋ぐ。そして減速しながら、彼に言った。

『イオク様、この辺りがベストです。照準は定まり難いでしょうが、イオク様なら当てられるかと』

『そうか。よし。ジュリエッタ、私が援護する』

 リヒトはイオクの機体が射線に入らぬように進む。流石にここで撃たれて沈んだら洒落にならない。

 と、強引に個人用の通信が入る。

『さっきの言葉。本心からですか?』

『先輩、銃弾には気を付けて下さい。味方の』

 音声にすらなり切っていない溜め息と共に、ジュリエッタの通信は切れた。

 呆れもあるだろうが、理由はもう一つ。上陸開始だ。

「イオク・クジャンの一撃を受けよっ!」

 高らかに、放たれた弾は砂肌を抉った。

 

 

 ✕✕✕

 

 

「なにぃ?、こいつらっ」

「面倒だねっ」

 鉄華団と行動を共にする二人は悪態をつく。

 アジー・グルミンとラフタ・フランクランドの乗る二機、漏影が押されている。それもたった三機に。

「喰らえっ!」

 誰もいぬ砂浜へと、弾丸は直線的に進む。

 訂正。漏影が押されている、たった二機に。

『昭弘〜、そこから援護できない?』

『ラフタ、あっちがおかしいだけだよ。味方もいるってのに』

『あ、あぁ。そうだよな。俺は撃たなくていいんだよな?』

『大丈夫だよ。って、ほんとにどんな神経してるんだろ?あの派手なの』

 押されていると短絡的な表現をしたが、この二人には余裕がある。

 なにせ目標は足止め。現状この三機を釘付けに出来ていることは、作戦として順調といえるからだ。

 だが、できるならばすぐに倒して三日月達の応援に行きたいのも事実。それを加味していえば、やはり手こずっている。

 まず近接型の機体。阿頼耶識を使った者には及ばないが、反応も操縦も十分な実力がある。

 それでも、手数は機体数の絶対値分差ができる。そんな利点を、もう一機、離れた大盾のグレイズが潰す。

 正確に狙われる急所への射撃。躱すか防ぐが必須の攻撃。

 生まれるチャンスを幾度も潰されれば、味方への援護射撃を期待するのも頷ける。

 しかし残念なことに、両腕に持った大型ライフルは味方へ向けられない。ガンダムグシオンリベイクのパイロット、昭弘・アルトランドは歯痒い思いをしながらその銃口を海上の船に向けた。

「もう一撃入れる」

 阿頼耶識による位置補正を駆使し、未だ増援の見えない敵艦を攻める。

 

 

「そろそろか」

 リヒトは空を見上げ、待っていたそれらを視界に捉えた。

 降下するMS。サーフボードの様なものに乗りながら飛来する五機は、森で隔てる向こうの地へと降り立った。

『先輩、ここはお任せます』

『行くならさっさと行って下さい』

 集中している彼女にはリヒトの声は雑音でしかなかったようだ。

(まぁ相手を考えればな)

 タービンズのMS乗りが二人。相手にとって不足どころか少々過剰だ。

 リヒトは少しばかり爪痕を残すことにして、漏影二機の後ろを渡った。

「ちょっ!」

「逃がさないよっ!」

 文字通り逃がす気はなく、アジーの乗った漏影のメイスが迫る。

 そして、装甲が弾けた。

 肩、足のフレームが顕になる中、二機の中間地点で爆風が起こる。

「なっ!?」

 理解が追い突かず、弾かれたアジーの機体はバランスを崩した。

 砂場に倒れ、カメラに捉えた敵機の姿で初めて彼女は状況を飲み込む。

「バックパックを捨てたっ!?」

 リヒトは自らが装甲を剥がした。同時にバックパックも。

 そこに漏影のメイスが振り下ろされ、器官を壊されたショルダーブースターは爆発したのだ。

「悪いな」

 ライフルを捨て、ショートアックスを手にしたグレイズは漏影の左腕を切断する。

 この時、リヒトはしっかりとコクピットを狙った。それでも損害を受けた左腕が意味するのは、しっかりとアジーが回避したという事実。

(この人はここで死ぬ人じゃないからな)

 敵への信頼を胸に、リヒトは踵を返し進む。

『ごめん昭弘。そっちに一機行ったっ』

『あぁ。見てる』

 ラフタの声が届くと同時、昭弘はライフルをターゲットに向ける。

「味方と離れれば、狙える」

 二発の弾丸が一機のグレイズに向かう。

 一つは僅かに逸れ、もう一つが目標に着弾した。ただし、シールドに。

 それでも、昭弘の攻撃は失敗ではない。

 防御に徹したシールドは弾かれ、グレイズの手から離れた。第二波を防ぐ術を無くさせたのである。

「これでぇ!」

 グシオンが引き金を引くよりコンマ数秒早く、リヒトの機体はアックスを投擲した。

 放たれた斧は吸い込まれるようにライフルの砲身を切り裂く。

 破壊された右手のライフルを捨てながら、昭弘は左手のライフルを再度向ける。

「もともと弾数は少なかったんだ。それに……」

 先程は逸れた左手での射撃、その感覚は残っている。

「これで終わりだっ」

 阿頼耶識で修正した軌道を使い、回避行動すら取れぬ機体へと弾は進み

 ――穿つ。

 装甲を外した機体に耐久力を期待することはできない。

 リヒト・ストラトスの乗るグレイズは、爆散した。

 

 




感想お待ちしております。

追記
誤字報告ありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

無償の犠牲

「なっ……」

 手を止めたのは、イオクだった。

 部下が死んだ。それも、目の前で。彼にとって、どれ程の衝撃だったかは言うまでもないだろう。

 では、他の者はどうだろうか。

 一度戦場に出れば、人は死ぬ。武器を持つからには、当然覚悟もある。当たり前のことは当たり前のことでしかなく、経験を積んだ彼ら彼女らにとっては見慣れた惨状。

 故に、誰も止まらない。

『昭弘。ミカ達の応援に行けるか?』

 それは鉄華団の頭、オルガ・イツカも例外ではない。

『団長。けど……』

『私たちなら大丈夫!昭弘、あっちの方行ってあげて』

『私も問題ないよ。これくらいじゃ、ねっ!』

『……了解っ!』

 ライフルを離し、アックスを手に取ったグシオンは進む。目的地は島の開けた一角。ガンダムバルバトスと流星号、三日月・オーガスとノルバ・シノの下である。

 

 

『団長、こちらタカキ。誘い込み、もうすぐ完了です』

『分かった、俺も向かう。警戒は怠るなよ』

『了解』

 無線を一度切り、息を整えるオルガ。作戦通りだからこそ気は抜けない。

「オルガ」

「なんだ?」

 足元から聞こえる声は鉄華団の頭脳といえる男、ビスケット・グリフォンのものだ。

「ラフタさんとアジーさん。大丈夫かな」

「あっちは問題ないはずだ。MSの操縦に関しちゃ、俺達より余っ程だろうしな」

「そう、だね」

「ビスケット。屋敷に向かうぞ」

「了解」

 走るMWは一つギアを上げる。

 だが誰も、その姿を覗く視線には気が付かない。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 オルガの耳に分断作戦が成功した報告が入り、彼自身もそれを黙認した頃、イレギュラーは起こる。

『団長』

『タカキか。どうした?』

『団長に伝言が』

『伝言?誰からだ?』

『それが……』

 タカキはさっきあった一部始終を語った。

「ビスケット。どう思う?」

 タカキから聞いた話を嘘や冗談だとは考えない。オルガはそれら全てが事実だと確信して意見を伺う。

「その“名無し”っていうもの気になるけど、それ以上に気になるのがその伝言だ」

「『自分含めて家族だろ』か。いまいち何を言いたいのかが分からねぇ。その男の正体も関係してるなら……」

 話は別。そう切り出そうとする理由は一つだった。

 家族という言葉を、オルガ・イツカに対して言う人間は少なくないだろう。だがそれを、彼の価値観に合わせて言える人間となれば、当然数は限られてくる。

 あの時、今の兄貴分に当たる名瀬・タービンに語ったオルガの覚悟を知る者は、数える程もいない。

 もし仮にそれを加味して言っているのであれば、“名無し”を名乗った男の素性はより怪しく不明になる。

「とにかく、今は作戦に集中するべきだ」

「あぁ、そうだな。よし、ミカ達の所に向かうぞ」

「了解」

 森を抜けるべく、MWは進む。

 

 

 一方、海岸での戦闘はますます激化する。

「こっちにハンデがあるって言っても……やるっ」

 アジーが相対する相手、グレイズとパイロットのジュリエッタは一歩も引かない。どころか、この二対一をものともせずに剣を交えていた。

「とはいえ、これが限界……ですか」

 だがジュリエッタ自身、この現状を前に見切りを付け始めている。

 一機は右腕半壊、もう片方もそれなりのダメージは与えているが、やはり厳しい。

 彼女から見ても相手は相当の使い手。後ろにいるポンコ⋯⋯イオクを守りながらは戦い続けるには限界があるのだ。

『どうする?一気にやっちゃう?』

『いや、ここはこのままでいい。迂闊に攻め込んで援軍を呼ばれたら厄介だ』

『それも、そっか』

 そもそも最初から怪しいかったことがあった。アジーが危惧していたのは明らかにすくない敵軍について。

 ギャラルホルンがこの場面で兵を温存させる理由は分からないが、少なくともまだMSは出てくるはず。となれば下手に追い込まない方が得策。

(第一、ここでの役目は足止めだからね)

 よぎる不安を振り払い、アジーは眼前の敵に向かってメイスを叩きつける。

 機動力を生かして避けたジュリエッタは一度距離を取り、状況把握に努める。

「あの男、あっさりと⋯⋯」

 浮かんだ新兵の顔は白々しい笑顔だった。

 イオクが後ろにいる以上、ここは引けない。いや引く分には問題ないが、なんの手柄もなしでは⋯⋯。

 一つ、深呼吸をし、落ち着ける。

「私は、私のすべきことをするだけ」

 覚悟を言葉で形にし、ジュリエッタはブースターを点火した。

『来るよッ!』

『分かってるって、のッ!』

 ラフタ機は最後の弾丸をグレイズに向け、放った。

 ここまで戦えば分かることもある。アジーは敵機が交わすことを前提に、左手のメイスを構え接近した。

 が、誤算。グレイズは予想外の行動に出る。

 ラフタの射撃を躱すと同時、打撃によって変形した双肩の装甲を外す。

 重量が違えば機動力も変わる。同じ出力でも軽い方が多く進むのは自然の理である。

 想定以上の速さで動く機体にメイスは当たらず、グレイズは背後の回り、漏影の装甲を削った。

「くっ⋯⋯」

「アジー!」

 二撃目はラフタの体当たりによって防がれた。左右に的を散らしながら、ジュリエッタはまた漏影から離れる。

 互いに致命傷ギリギリの攻撃を繰り出し合い、防ぎ合う。

「部下の報いッ!」

 緊迫した海岸から離れた場所では、未だ戦果ゼロの長距離砲が無作為に放たれていた。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 

「頃合いだな」

 高台で島の全体を双眼鏡で覗く男は呟いた。

 来ている服も顔も、深く被ったフードによって隠されている。だが、僅かに策謀を練る怪しい笑みは現代世界に住む少し性格の悪い高校生のものに酷似していた。

 男は懐から無線機を取り出す。

『先輩。こちらリヒト・ストラトス。頼みたいことがあります』

 突然の死人からの通信に、ジュリエッタは進みかけた機体を止め、一度後退した。

『あなた、生きていたんですか?』

『はい』

『今まで何を?』

 彼女に問いに、リヒトは黙る。

 

 

 時間は少し遡り、オルガの乗るMWが島にある唯一の屋敷に向かった同時刻。男はその様子を覗き見ていた。

「さぁて、向こうの海岸付近、だったよな?」

 自問自答の答え合わせは記憶頼り。現世での記憶を追いながら、男は目的地にたどり着く。

「誰だッ」

 鉄華団の一人が銃を構えた。

「撃つな。敵じゃない」

 両手を上げ、フードを被った男は彼かの前に現れる。

 ここを任されたのだろう。タカキ・ウノが前に出た。

「誰ですか?」

「名前は無い。どうしても呼びたければ“名無し”でいい」

 フードの男は一度は言ってみたかったセリフで答え、視線をある女性に向けなおした。

「クーデリア・藍那・バーンスタインさん、蒔苗東護ノ介さん、並びに鉄華団とお見受けした」

 護衛を任された鉄華団は警戒を解かない。気にすることはなく、視線を近くにいたライド・マッスに向けて男は続ける。

「君たちの団長に、伝言がある」

「それ、俺たちがそうですかって伝えると思う?」

「素直に伝えることを勧めるぞ?その方がオルガ・イツカの為だ」

 団長の名前を言い当てられ、その場の全員に緊張が走る。

 何者か分からない。

 それが共通の認識だった。

「自分含めて家族だろ。そう伝えてくれ」

 返事を待たず、“名無し”の男は踵を返す。が、すぐにその足を止めることになった。

「待ってくださいっ!」

 振り向き、声の主を見る。場違いにも、彼は思った。整った顔だな、と。

「あなたは、何者なのですか?」

 疑問に思いながらも答えは得られないだろう。そう彼らが諦めた問いを、クーデリアは躊躇いなく突きつけた。

 “名無し”は迷ったが、こう答えた。

「真の平和と革命を欲する者、と言っておく」

 彼女に対し一切の偽りなく彼は答え、その姿を森へと消した。

 

 

 さて場面は現在に戻る。

 流石に目の前でクーデリアの身柄を諦めたとは言えない。リヒトは適当なことを言ってその場を凌ぐ。

『屋敷が囮に使われ、クーデリアの捕獲はなりませんでした』

 事実だからこそバレない嘘。彼が得意とする話し方だ。この所為で現代で友達がいなかったのはご愛敬。

 ジュリエッタがリヒトの言葉を怪しむ様子はなく、ごく普通に聞いた。

『そうですか。それで、何かあったんですか?』

 これはリヒトが言った頼みたいことについて。リヒトは双眼鏡を覗きながら答えた。

『今、島の広場でMS同士の戦闘が起こっているんですが、カルタ・イシューの部隊がかなり危ない状況です。そこで――』

『助けに行けと言いたいのですか?』

 ジュリエッタが現状動けないことは分かっている。が、リヒトはここでカルタを死なせることも、ビスケットを殺させることも避けたい。後者は概ね問題ないため、今は前者を救うことを優先したいのだ。

『ここまで来れば作戦は失敗です。ならばせめてカルタ・イシューに恩を売りましょう』

『⋯⋯なんともあなたらしい作戦ですね』

 皮肉で返されたが、ジュリエッタはそれを承諾したようだ。

『イオク様。ここは私が引き受けます。イオク様はカルタ・イシューを援護しに行ってください』

『何?だが私は彼の報いを――』

『イオク様。リヒト・ストラトスは生きていますから。だから早く』

『あ、え。どういうことだ?』

『話は後で話します。とにかく撤退するので準備をッ!』

『て、撤退!?待て、鉄華団はどうなったのだ?』

「めんどくせ~」

 無線で盗み聞きしているリヒトはため息交じりに零す。この二人、相性悪いなと。

『イオク様』

『その声は――』

『カルタ・イシューの命が危ないです。私のMSは破壊されてしまったので、今動けるのはイオク様しかいません。どうにかカルタ・イシューの撤退を援護して頂けませんか?』

『だが任務は⋯⋯』

『仲間を守ることも任務です』

『そうか。分かった、私が行こう。ジュリエッタ、ここは任せる』

『だからさっきからそう言っていますッ!』

 イオク機が地図上の広間へ向かって移動を開始した。

「あ、逃がさないよ」

「あなたたちの相手は私です」

 ラフタの移動ルートに割り込み、双剣を振るグレイズ。回避に一歩分下がった二機の漏影は隊長機の追撃を断念した。

『ごめん明弘。そっちに一機行っちゃった』

『問題ない』

 応えた彼の声には余裕が感じられた。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 

 もともと、三日月・オーガスのガンダムバルバトスと、ノルバ・シノの一代目流星号が相手で時間稼ぎが可能な部隊。そこにグシオンリベイク、明弘・アルトランドが加われば、均衡は崩れる。

「なぜ⋯⋯こんなことが⋯⋯。私が、私の部隊が⋯⋯鼠如きに⋯⋯」

 地球外縁軌道統制統合艦隊の隊長、カルタ・イシューはまさしく命の危機にあった。

 バルバトスの持つ鈍器が叩きつけられ、グレイズの装甲が弾け、砕ける。

 そして、とどめの一撃とばかりに三日月は大型特殊メイスを振り上げた。

「これで⋯⋯」

『なんだありゃッ!?』

 それを振り下ろすより先、シノの声が耳を震わせた。

 センサーが示す先からの砲撃。三日月は後方へと移動し、回避する。

 弾丸が数秒前にバルバトスがいた地面に着弾した。

「あぶなッ」

『三日月、大丈夫か?』

『うん、平気』

 シノに軽く返し、三日月は砲撃手へ目を向けた。やや離れた所にいたのは今までとはカラーリングが違う一機。彼は隊長機なのかと察した。

『イオク・クジャンから地球外縁軌道統制統合艦隊に告げる。私が援護する。すぐに撤退するぞ』

 イオクの通信を聞いた生き残りの二機、カルタの部下は戸惑う。が、すぐに聞き入れ、カルタ機を回収した。

「くらえッ」

 長距離砲が放たれ、鉄華団の三機は回避行動に徹した。ただし、そこまで大きくは動いていない。

「なんか、避けた方が当たりそうだな」

『三日月、シノ、気を付けろよ。あいつ、敵味方関係なく撃ってくるぞ』

『なんだそりゃ』

『迷惑だなぁ。ま、いいけど』

 バルバトスがレンチメイスを握り直し、一歩踏み出す。

『待て、ミカ』

『オルガ?』

 すぐにブレーキを掛けて止まる。視界には撤退中の三機と砲撃を続けるグレイズが映っている。

『追わなくていいの?』

『目的は達成した。深追いしなくていい』

『分かった』

 一息入れて、オルガのもとに通信が入った。

『こっちも終わったよ』

『アジーさん』

『って言ってもあっちが撤退してっただけなんだけどね』

『分かりました。こっちに戻って来てください』

『了解だよ』

『了~解』

 三日月が見張っていた四機のグレイズも島を後にし、戦闘は終了した。

 

 

 ✕✕✕

 

 

「それで、ビスケット。これでよかったのか?」

 リヒトがいたのとは別の高台で、オルガは口を開いた。

「うん。いいはず」

 なにが、といえば“名無し”の伝言のことだ。

 オルガが家族を守ろうと決めたなら、まず自分を守れ。それが彼の言いたいことだとビスケットは結論付けた。

 だからこそ、こうしてリスクを減らし、オルガは安全策で指示を出している。

「結局、あの男の正体は分からなかったな」

「仕方ないよ。それに、今気にしても意味がない。僕たちが今すべきなのは――」

「分かってる」

 たとえ戦闘が終わっても、彼らの仕事は続いている。

 そして、本当の居場所を探す旅も。

 

 

 同刻、海上。

 リヒトはグレイズの手の腕で潮風に当たっていた。

「よくもまぁ、生きていたものですね」

「流石に死にかけました。助けて頂きありがとうございます」

 深追いがなかった為、ジュリエッタのグレイズは楽に撤退できた。

 そこで海岸を離れてから一度戻り、ラフタ、アジーの死角でリヒトを回収したのである。

「そう言えば、結局手柄は得られませんでしたね。いいんですか?」

 含みを感じる言い方は、ジュリエッタが彼の行動理念を知っているからだ。

 それも、彼が本音を語ったかは謎だが。

「いいんですよ」

 しかし、これは間違いなく本音。心からの言葉だった。

 

「私の戦績より、大切なものがありますから」

 

 

 

 

 

 

 




戦闘の描写って難しい……
感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

無知なる一兵

作者はニュータイプでもコーディネーターでもありません。
駄文にはご注意ください。


 ビスケット生存という原作ブレイクに成功した翌日。イオク隊は月へと向かった。

 これにより、その後の展開も少し変わる。

 リヒトの考えではビスケットが生きているという事実は、鉄華団がカルタ・イシューを過度に恨むこともなくなる。そうなれば彼女の生存ルートも見えてくる。

 要は、あのレール上での決闘で生き残ればいい。そこを越せば、残るは鉄華団とクーデリアの活躍を待つのみ。万事上手くいく。

 イオク・クジャンが例の作戦に加わった事についても何も問題視されることはなく、カルタ・イシューもギャラルホルン本部へと移動。

 リヒトは一息つくだけの事を成した。

「それで、君がリヒト・ストラトス君、だったか」

 が、まだ息はつけないらしい。

 アリアンロッド艦隊の総指揮、月外縁軌道統制統合艦隊の長。ラスタル・エリオンを前に、リヒトは姿勢を正す。

「はい」

「硬くならなくていい。それに、君の話は聞いている」

 言いながら、ラスタルは自分の後方にいるジュリエッタ・ジュリスに目を向けた。彼についての話、報告人はジュリエッタである。

「なんでも上官を誑かし、グレイズ一機と引き換えに地球外縁軌道統制統合艦隊のカルタ・イシューに恩を売ったらしいな」

(できる限りの悪印象で紹介しやがったな、あのアマ)

 文句を噛み殺し、リヒトは静かに応える。

「その件に付きましては、本来果たすはずだった鉄華団とクーデリア・藍那・バーンスタインの身柄の拘束が失敗した故の結果です。イオク様に対し意見したこと、深くお詫び申し上げます」

 あくまでも自分の失態だと伝える。そこにあるのは彼の事情だ。

(こんな所でイオクが責任問題に問われたら、今後利用しにくくなるからな)

 中々のクズっぷり。

 そんなクズにラスタルはむしろ上機嫌そうに返した。

「頭を上げよ。君の行動は確かに失態だ。しかし、いやむしろ賞賛すべきものがある」

 は?と、思わず素に戻りそうになった。それ程までに驚きフリーズ。それは後ろにいるジュリエッタも同じだった。

「短い期間で敵の情報、戦力の確保、大義名分の作成、上官への打診。ここまでをやってのけ、更に作戦失敗時の布石まで用意。見事だ」

(なんかめっちゃ褒められた)

 冷静に考えれば、確かに新兵がほぼ一日でここまでの戦果を挙げたのは大きいかもしれない。その方法は果たして褒められるものなのかはさておき。

「お褒めに預かり光栄です」

「ふむ。君は作戦指揮に向いているのやもしれん」

 頭を下げたまま、リヒトは歯を食いしばる。ここで変にリアクションしては、逆にその道を絶たれる恐れがあるからだ。

「そこで、君にある仕事を任せたい」

(来たっ!)

 心拍数が上がっていることを自覚しながらも、リヒトはあくまでクレバーに口を開く。

「仕事、ですか」

「ああ。実はとある星の調査を依頼したい。本来ならギャラルホルンとの繋がりが強い業者に頼むのだが、君でも問題はないはずだ」

「……」

 返事を渋るのも無理はない。何せこの展開、原作では知ることもないサイド中のサイドストーリー。先が読めないなら自分は戦争の消耗品となんら変わらない。

「……規模については、聞いてもよろしいでしょうか?」

「詳しいことは、これにある」

 渡されたのは薄型のタブレットのようなもの。この世界ではごく普通の書類代わりだ。

「拝見いたします」

 受け取り、目を通す。

 期間は、時系列でおよそ鉄華団が夜明けの地平線団とぶつかる辺りまで。かなり長い。

 内容は主に調査と採掘。未開拓の為、状況には臨機応変に対応、とのこと。

 作業の規模としてもそれなりに大きい。東京ドームの大きさが二桁は必要。――だからこそ、疑いも持つ。

「人数は20名の中隊規模。駆り出されるのは全員が新兵。MW6台にMS一機を搭載した輸送船で向かい、帰還ですか」

「不服かね?」

 目の前で何かを吟味するラスタル。リヒトはそれよりも強い眼光を彼女の後ろから感じながら、深呼吸を一つ。

「立場上、お伺いすることは失礼かも知れません。予め、無礼をお詫びします」

「ああ。それで?」

「ラスタル様は、私の責任で私の同期に罰を与えるおつもりなのでしょうか?」

 ジュリエッタが物申すのを片手で止め、ラスタルはその目を細めた。

「詳しく聞こうか」

「本来業者に頼む予定だった業務。それを新兵に委託する。それも新兵のみでの活動。上官も不在なら命令を与えるだけの立場もない。場は間違いなく荒れるでしょう」

 これは事実だ。マクギリス・ファリドが言うところの腐りきったギャラルホルンの内情でも、やはり上下関係の重要性は大きい。そんな中、月と離れ上官もいない地域で同期に命令を受ける。ストレスがすぐに心のタンクを満タンにするだろう。

「それを纏められると考えて君を呼んだのだが、私の見当違いだっかな?」

「ラスタル様の思慮深い考察を信じ、仮に私に指揮の才があるとしましょう。しかし、指揮は指揮官故にできる行動。指揮すべき立場にない者の命令は、一方的な苦言とすら取られかねません」

 聞いたラスタルは右手で顎を摩り、小さく笑った。

「それもそうだ。では、地球での働きを評価し、君に中隊での指揮官の位。中隊長としての役職の他、私の直属の部隊という立場を与えよう」

「なっ!?」

 驚きの声を上げるジュリエッタ。その事に関してはリヒトも同感だった。

 いくら配属されたとはいえ、個人の細かい所属は更に分布する。イオク隊に入った彼は、しかしまだ新兵。これと言った立場は持っていない。

 だが、これがラスタル・エリオンの部隊ともなれば話は変わってくる。

 分かりやすく表現すれば、いきなり四天王、みたいなもの。流石にそこまで位は大きくないが、それでも新兵に対して命令を出すには十分過ぎる立場。何ならお釣りがくるだろう。

「ラスタル様。いくらなんでもそれは……」

 それはやり過ぎだ。ジュリエッタがそう思うのはごく自然。

 本来は王将。その側近に練度の低い者は配置されない。歩兵一つとっても、その役割と責任は大きい。

 そこでこの状況。いきなり戦力の低い新兵を配置するのは、自殺行為でもある。それに、周囲との軋轢にもなりかねない。

「ジュリエッタ、安心していい。これはあくまでも仮の話だ」

「仮……ですか?」

 その反応も、ラスタルは読んでいる。

「これは彼がこの仕事をするに当たって必要だと判断した前提。彼がこの仕事を受けるか否かは、まだ決まっていない」

(ジュリエッタが聞きたいのはそこじゃないだろうに。そこも知ってて言ってんだろうな。このおっさん)

 無意識にジト目になりそうなのをどうにか耐え、リヒトはラスタルに言う。

「仮に、ではありますが、もしも私にその地位を頂けるというならば、謹んでお受けします」

「そうか。では、早々に始めよう」

「え?あれ……?」

 おいてけぼりのジュリエッタを無視し、リヒトは部屋を出た。

 

 

 ✕✕✕

 

 

「ハッハハハ」

 扉が閉まり、部屋にはラスタルの笑い声が響く。

「あの、ラスタル様?」

「なるほど、見込みがあるな。あの男」

 ここまで上機嫌なラスタルを見たのは、ジュリエッタも久しぶりだった。

 彼女は再度ラスタルを呼び、彼もそれに応える。

「あの男。この場で何のデメリットもなく、ラスタル・エリオン直属部隊の名を貰って行った」

「え、ええ。し、しかし、それはラスタル様が差し出したのでは?」

「いや、出させられた、が正しい」

 あのラスタル・エリオンが負けた?

 そこまで大きいことではないが、それに準ずる内容にジュリエッタは驚きを隠せない。

「彼は最初聞いた。これは罰なのかと。私はそれに肯定も否定もしなかった」

 確かに、と彼女は頷く。

「そして、そこから仕事を受けるならば立場をよこせと言ってきた。全く強引だが、そこで私の出方を見たのだろう」

「出方、ですか?」

 提示された仕事はかなり過酷なものと予想された。ならば気になるのが優先度。ラスタルがこの仕事をどれだけ重く受け止めているか、だった。

「私があそこで大きな地位を与えれば、それがイコールで重要性に繋がる」

「なるほど」

 そしてラスタルはリヒトに対して地位を与えた。これでリヒトが受ける理由はおおよそ揃う。

「仮に断られればそのまま業務も白紙。よく考えられている。それに上官に対しても一切引かずにここまでやる豪快さ。若いが、おもしろい」

 ラスタル・エリオンがリヒトを評価することで、ジュリエッタの彼に対する印象も少し変化する。

 よく分からない男、と。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 その日の内に、ラスタルが提示した条件は全て揃えられた。すなわち、リヒト・ストラトスの異動である。

 輸送船やMS、MWの準備もすぐに終わり翌日。ラスタル・エリオン直々の命令として、部隊は編成された。

 こうしてリヒトは新兵を19人集め、月から離れる。

「ま、大丈夫だろ」

 一人部屋で零したリヒト。船での移動はもうしばらく続くが、その間に彼はこの世界を思う。

 これからしばらくは大きな分岐、つまりメインキャラの死亡はない。原作通り行けばアストンの死には間に合う。

 社長椅子の様なそれの背もたれに体重を預ける。

「さて、どう転ぶかな」

 この遠征に、リヒトはある期待を胸に潜めていた。

 原作とは違う。未開拓の地。調査、発掘。

 ここから連想できるもの。つまり――新しいガンダムフレームの発見だ。

 見つかれば相当な利益が出る。

 まずは、責任者である自分の昇進の可用性。今回のラスタル直属部隊という肩書きはあくまでも仮。この仕事一杯でまたイオク隊へと戻されるだろう。だからこそ、この成果は大きい。

 次に、純粋な戦力アップ。もしもジュリア以上の性能ならば、ジュリエッタの生存率もかなり上がる。そうなれば自分も彼女を気にせずに動ける。鉄華団もギャラルホルンも、死人は出したくないのだ。

 もう一つとして、期間の短縮も可能性としてはあるのだが、ここにはそこまで期待出来ない。流石に期間を勝手に破るのは問題という考え方もあるからだ。

 何はともあれ、こうしてすべきことは決まった。幸か不幸かそこまで親しい者はいないが、この20人で出来る限りのことをしよう。

 そう、彼は胸に誓った。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 地球。議会がある町から少し離れた荒野で、戦闘は続いていた。

「鉄華団。今度こそ捻り潰してくれる」

 グレイズリッターに乗ったカルタは目標に向かって速度を上げる。

『ガエリオ。私に続きなさい!』

「全く、気が滅入る」

 こちらはガンダムフレーム、キマリストルーパーに乗るガエリオ・ヴォードウィン。彼らは援軍としてここに来たのだが、その地位の関係上、この場の指揮をすることが出来た。

『お前達は街へ行け』

『しかし……』

『こちらは、問題ないッ』

 右手に構えられた大型の槍はバルバトスへと向けられる。

「またあんたか」

 スラスターの角度を上手く変え、回避する。三日月・オーガスは眼前に二機を見据えた。

「やりにくいな」

 それはこの二対一の状況もあるが、今装備している特殊メイスの性能も関係していた。

 破壊力こそあれど決め手に欠けるそれは、特に機動力を重視した敵機には適さなかった。

『カルタ。あちらは任せろ』

『話は聞いているわ』

 ガエリオが指したのは鉄華団のMS軍、四機の事だった。

 街へと進路を変えたグレイズリッターを昭弘が追う中、突如漏影を影が覆う。

「なにッ?」

 ラフタが見上げ、あるものを視界に捉えた。

 ――巨大なグレイズ。

 他よりも一回り大きな黒い機体が飛来し、ラフタは回避行動を取る。

 降り立ったグレイズは、足先の四枚の爪で地面を抉った。

『なに、あのデカいの』

『なんでもいい。やるよ』

『了解』

 アジーが並び、すぐに進撃を始める。

 左右に揺さぶりながら、徐々に距離を詰め、砲撃。グレイズの正面へ弾丸を飛ばす。

 回避しないグレイズ。正面で爆発が起こる。

「貰った!」

 回り込んだラフタ機がメイスを構え、振り下ろす。重量がそのまま破壊力になる棍棒は、当たらなかった。

 アクロバティックな動きでそれを躱し、空中で身動きの取れない漏影にグレイズの爪が回転したドリル状の足を突く。

「きゃぁぁぁ」

「ラフタッ!」

 援護に向かうアジーはトリガーを引くが、砲撃は躱され、グレイズがすぐにアジー機の後ろを取る。

「この反応……まさか、阿頼耶識!?」

 理解すると同時、片手用の大型アックスが機体を無惨に抉る。砕かれた装甲の隙間からはオイルが吹き出し、返り血のようにボディを汚したグレイズは次の獲物を見つけ、動き出した。

 

 

 鉄華団は苦難の末、クーデリアと蒔苗氏を送り届けた。

 その影には、生存したビスケットの活躍もある。彼が別行動となったユージン達と連絡を取り合い、万全とは言えなくとも、原作よりも好条件で戦えたのは事実である。それにより、本来より時間も少しばかり短縮されたことは、しかし彼らは知らない。

 同刻、荒野はリアクターの振動音がやけに響く静けさに包まれていた。

「お前は……」

「マクギリス・ファリド……」

「元気そうで何よりだ。ガエリオ、カルタ」

 突如現れた機体、グリムゲルデ。そのパイロットの正体を知り、二人は困惑に動きを止めた。

『どういうことだ……なぜ、お前が……』

『全て、私の思惑通り、ということだよ。ガエリオ』

 親友だと思った男が、恋焦がれた男が、目の前にいる。――敵として。

 そしてマクギリスは全てを明かす。彼の狙い、アインの存在理由、カルタやヴォードウィン家の利用計画。およそ二人にとって、これ程までに酷な話はなかった。

 ――信じ、裏切られたのだから。

「マクギリスッ!」

 自らの死を望まれ、感情が葛藤するカルタは動けない。

 そんな彼女をよそに、彼らはぶつかる。

「来い、ガエリオ。我が友よ」

 両腕の盾に収納された剣を出し、幾度と繰り出されるキマリスの槍を弾く。

 力を流され僅かに出来た隙に、黄金色の剣が穿ち、装甲へとヒビが入る。その度に、機械的なダメージを受けた機体のコクピットでは、パイロットへ害を及ぼしかねない電流が発生した。

「マクギリスッ……」

 口からは血が零れだし、視界も霞み始めた。

 振り絞ったガエリオのその声は機体越しの彼にはと届かない。

「友情も、愛情も、私には届かない。怒りの中で生きてきた私には」

 やがてキマリスは膝を着き、抵抗すら不可能な程の傷に沈黙する。

「さよならだ。ガエリオ」

「マクギ……――」

 キマリスを貫いた剣は、血ともオイルとも取れる汚れを纏った。

「さて――」

 剣を引き抜き、振り向く。メインカメラの中心にいるのは、グレイズリッター、カルタだ。

『これで、終わりにしよう』

『わた……しは……』

 絶望の中で、カルタは言葉を紡ぐ。

『それでも、私は――』

 目を閉じ、彼はただ耳を澄ましていた。

『……そうか』

 カルタの言葉を聞き、マクギリスは一歩ずつ歩み寄る。

 そして確実に命を刈り取れる距離。ガエリオの時と同じように、右腕に着いた剣を構えた。

『カルタ。……ありがとう』

 無慈悲に、無惨に、剣はグレイズリッターを切り裂いた。

 

 

 




原作と被る部分は少し略す感じで進めるつもりです。
感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

見知らぬ顔の戦士

 時は人の意識を意に返すことなく流れる。

 鉄華団とクーデリア・藍那・バーンスタインが起こした行動は世界へ大きく影響し、変革の兆しは少しずつ現れていた。

 蒔苗の報告でギャラルホルンへの不満は高まる世間の裏では、鉄華団という組織の活躍が噂となる。それにより、戦場では子どもを兵として使う風潮は煽られ、ヒューマンデブリの数は増加の一途を辿った。

 そして、エドモントンの戦い。悪魔と悪魔の一戦もまた、多くの恐怖と畏怖を与える事案そのもの。

 世界ではガンダムフレームという厄祭戦時代の遺物を回収する動きが活発化し、ギャラルホルン内でもMSの研究が進められた。

 ――鉄華団は、そんな時代の流れの中心にいる。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 有り体に言って、リヒト・ストラトスは有能な指揮官だった。

 長期間に渡る労働。それも少人数且つ同期だけともなれば、問題点は両手で足りぬ程出てくる。加えて、指揮をするのが急な出世を果たした射撃“だけ”の男。ストレスも反発も簡単に予想できる。

 これだけの悪条件の中、どうやって真面目な隊が創れようか。

 しかし、創り上げた。

 業務開始に先立ち、彼はこう言い放った。

「上司がいない?ならばここは最高の訓練所に他ならない」

 ギャラルホルンの新兵ならば、その多くがMSでの戦闘を希望する。それが名誉ある戦いなら尚更。

 では、出撃できる者は誰か。およそ新兵の内で選ばれることはまず無い。仮にあるとすれば、それこそ実力で先輩を黙らせるくらいは必要だろう。

 リヒトが最高の訓練所と表現した理由。それは自由にMSの訓練を、上司へ譲らなくて済むからだ。それだけ時間を費やす事ができるからだ。

 もっとも、腐敗しかけたこのギャラルホルンに、一体どれだけ真面目に訓練をする正規兵がいるのかは疑問だが。

 ともあれ、この一言に部下19名は士気を上げた。

 業務内容にも抜かりはなく、調査と休息、MS訓練の時間を的確かつ適切に割り振り、爆発しないストレスの発散と過労にならない配慮を心掛けた。

 これにより、ラスタルから命じられた調査任務は期間を終え、特筆することなく終了した。そう、“特筆することなく終了した”のである。

「有り得ねぇ〜」

 自室のベッドに横になりながら、リヒトは今までの不満の全てを零した。

 この調査では発掘も担っていたが、文字通り何も無かった。

 彼が求めていたガンダムフレームは発見されず、成果0での帰還を余儀なくする羽目になる。

 輸送船は月へと、帰路を等速で進んでいた。

「隊長。エイハブウェーブの反応が」

 突如備え付けのモニターにブリッジから通信が入り、リヒトは体を起こした。

「ギャラルホルンのものか?」

「いえ、恐らく民間のものかと」

「数は?」

「MSの反応が計4機。それと戦艦の反応が2つ。戦闘中でしょうか?」

 そこまでは判断出来ない。リヒトはそちらに移動すると伝え、念の為にとグレイズの準備を命じた。

 月からはまだ離れている。ここから援軍を呼ぶにしても時間が掛かる。仮に戦闘に巻き込まれるとしても、出来れば自分達だけで対処したい。

(じゃねぇと昇進に響きそうだ)

 扉を開け、操縦桿を握る兵が真っ先に視界に入った。

「場所は?」

 半重力を利用しながら近場の手すりを使い、方向を変えてブリッジの中央に位置を取る。

「左やや後方。ここらはそれなりに離れていますが、どうしますか?」

 通信士はヘッドセットを耳から外しながら、椅子ごと振り向く。

(どうするって、そりゃ逃げるだろ)

 わざわざ関係のない戦闘に参加する理由はない。が、気になることもある。

 至って冷静に……しかし、リヒトはこう切り返した。

「MSの照合は出来るか?」

 少し待ってくださいと間をとり、担当はキーボードを操作した。

「ヘキサフレームの反応が3機。機体の種類まではわかりませんが、民間のものならそこまで性能は高くないはずです」

「ん?4機いたんだよな?」

「もう一機はデータに一致するものがありませんでした」

 リヒトはブリッジ内を移動し、窓へ顔を近付けた。

 視界の先には発せられる閃光が戦闘の激しさを知らせている。

「該当なし、か……」

 頭に浮かぶ可能性を考慮し、リヒトは行動に出た。

「艦はここで待機。俺がグレイズで出る」

「出るのですか?」

 隊長自ら、という驚きよりも、そもそも関与するのかという困惑が大きなセリフだった。

「ここは月周辺、言ってしまえばアリアンロッドの統率下に当たる。なら、そこでの戦闘は出来る限り減らすのが理想だろう」

 それに、と反動を使いながら出口へ向かう。

「上手く立ち回れば、色々なことに片がつく」

 金髪仮面の男をイメージしながら、隊長はブリッジを後にした。

 

 

「指揮官様が出てどうすんだよ。出世頭殿?」

 出撃用の準備をし、グレイズのコクピットに手を掛けたところで声を聞いた。振り向いた先にいたのはリヒトの同期。ここでは全員がほぼ同期だが、中でも訓練を一緒に受けていた男だ。

(あ、そういや言ってなかった)

「一応、本部に連絡。それと俺がいない間、状況判断はお前に任せる。必要なら指揮も頼む」

「え、マジ?てか、違うくてさ。俺が行った方いいんじゃねぇかってことだよ」

 リヒトの成績を知っているからこその進言。射撃や狙撃ならともかく、これから戦地に行くならば近接戦ができる者の方が有利だろう。

「いや、今回は俺が行った方が何かと好都合だ」

 しかし、今回に限っては違う。

 そもリヒトはこの介入の理由を誰にも告げていない。部下へ言ったのはあくまでも建て前。真の目的はあるブツの回収だ。

「同じ機体が3機。となると3対1で戦っているはずだ」

 そして、その1が恐らくガンダムフレーム。

 リヒトの狙いは十中八九劣勢だろう、ガンダム陣営の方を助け、その後月まで誘導してガンダムフレームを手に入れること。

 厄祭戦時の機体とはいえ、これならラスタルへのいい土産になるだろう、という考えだ。

「あくまでも目的は仲裁。どちらが撤退できればいいんだし、そうなれば射撃だけでもやれる」

「と言いつつ、アックスも装備してる辺りよ」

「護身用だ」

 任せたぞ、と捨て台詞のように言って、グレイズへと乗り込んだ。

 カメラの向こうで敬礼する同期の姿が見える。

『リヒト・ストラトス。グレイズ、出るぞ』

 一度は言ってみたかった出撃台詞ベスト10から、不可能を可能にする男を選択した。

 輸送船より、グレイズは発進する。

 

 

 ✕✕✕

 

 

「……弾薬、残り10……スラスター出力、60%低下……」

 パイロットは静かに呟く。

「……機体損害、34%……内、フレーム損傷、13%……」

 現状を正確に認識し、未来を推測した。

「……死んだ」

 命令は船を守れ。機体を持ち帰れ。つまりは死なずに勝って帰還しろ。

 これでは最優先の船の防衛すら不可能だ。

 敵機のソードクラブがこちらへ向かって振り下ろされる。

 素早い反応で躱し、隙だらけの右肩へ蹴りを入れた。

 そこへ追撃に左手のショートメイス。横薙ぎに振る、寸前で止め、後方へ移動。放たれた弾丸を回避した。

 自分を囲うように位置取る二機――。

「……二機っ!?」

 しまった、と。振り向いたのとほぼ同時、後ろで爆発が起きた。

「……あっ……あぁ……」

 船が、沈んだ。自分の守るべきところが、帰る場所が、消えた。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 爆発の衝撃を盾で受けながら、グレイズは加速する。

(間に合わなかったか……)

 だが、リヒトは不謹慎にも希望を持った。

 これで、ガンダムフレームが手に入りやすくなった、と。

 離れた位置にいる戦艦を一瞥し、MSのぶつかる戦場に向かう。

 視界に捉えた三機。その内二機は、彼の知っている形とは少し違うが、分類はジルダのようだった。

(単にSAUのと装甲が少し違うって感じか)

 すぐに納得し、右手のライフルで標的を狙う。宇宙である以上分かりずらいが、今は上から全体を把握している図だ。

 有効射程ギリギリ、謎のMSに向かいソードクラブを構え、突撃した機体へ発砲し、穿った。

 正確に捉えた弾丸はジルダの右腕を破壊し、二撃目の予測から後退させた。

「むっ」

 さっきの爆発の主犯。いち早くグレイズを見つけたジルダが接近してくる。ライフルを向けるが、この位置ではシールドで有効打にはならない。

 舌打ちを堪え、孤立したMS方へ向かう。

 自分を追う機体をライフルで牽制しつつ、シールドで庇うように三機の間へ入った。

『まさかあの機体、ギャラルホルン!?』

『なんでこんな所に……月とは離れてるぞ』

『ちっ……どうすんだ艦長?』

 集合した三機は、突如現れたMSへ困惑し、様子見を含めて攻撃を躊躇う。

 背を向けているが、撃たれないことへ疑問を持ちながらも、リヒトは通信を繋ぐ。

『あ――こちらギャラルホルン、アリアンロッド艦隊所属の者だ』

『ギャラルホルンが何の用だっ』

 本来は宇宙海賊同士の喧嘩に割り込むわけがない。だからこそ激高する艦隊の長に、真っ赤な嘘を平気で言い放った。

『悪いがもうすぐ遠征していた隊が帰還する。そのルートで戦闘されては迷惑だ』

『なにっ?』

 辺りを静寂が包み、リヒトは周辺への警戒をより強める。

(ないとは思うが、伏兵がいたら厄介だ)

 距離的にも彼の得意条件だが、損傷した機体を庇いながらで戦うのはやはり難しい。すぐにでも輸送船に帰りたいところだ。

 そんな思いが通じたのか、三機のMSは撤退し、戦艦も進路を変えた。

 急な撤退には疑問が残ったが、ひとまず息を吐く。

『大丈夫か?』

『……』

 通信は入っているようで、中からは無言のノイズだけが聞こえる。

(さっきから動かないのは、気絶してるからか?)

 さし当たっての目標は達成。リヒトはMSを輸送船へ持ち帰った。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 輸送船のMS収納スペース。

 ここでは細かい分析や解体は出来ないが、装甲から覗くフレームには見覚えがある。と言ってもリアルで、ではないが。

「やっぱり、ガンダムフレームか」

 腕を組みながら、宙を浮かぶリヒトは誰に言うでもなく呟いた。

「こんなもん持ってきて、どうする気だよ」

「もちろん、ラスタル様へのお土産だ」

 隣で愚痴るような同期に、目を合わせず答える。

(ラスタルに、そんで、ジュリエッタにもってことにもなるか)

 異性に贈り物なんてしたことのない彼は、誰にも知られずに気恥ずかしさに悶えた。

 部下の中で解析が得意な者に頼んでからしばらく経ち、ようやくコクピットの解除が完了した

「サンキュ」

「これくらいなら簡単ですよ。どうやら、整備がかなり適当なとこにいたみたいっスね」

 左手を挙げて応え、リヒトはコクピットの正面に立つ。

 そして、開いたコントロールルームにいたのは、彼が驚くのも無理がない人物だった。

 

「なにっ……!?」

 

 遠目とはいえ、このガンダムの戦闘は見ていた。これだけ粗悪な整備状況でもMS三機と対等に撃ち合う。加えてあの反応速度と動き。

 間違いなく乗っているのは阿頼耶識の所有者。つまり、ヒューマンデブリ。

 そこまでは覚悟していた。自分より遥かに小さい子どもが乗っていることは。

 パイロットのヘルメットをとり、確認する。

 ああ、やはり、間違いない。

 そこにいたのは、ボサボサの赤髪を雑に束ねた、ヒューマンデブリの少女だった。

 

 

 ✕✕✕

 

 

「で、隊長?アレ、どうすんの?」

「どうするって言われてもな」

 阿頼耶識は、その所有者が気絶している内は接続を外させない。

 ギャラルホルンがそういった知識を持っている筈もなく、リヒトの指示で今は交代で見張りながらガンダムと赤毛の少女の現状を維持していた。

「取り敢えずは月に戻るしかないだろ。あの子は……」

「隊長。アリアドネ経由で通信が」

 アリアドネ。ギャラルホルンが使う正規ルートの通信。警戒する理由もなく、モニターへ繋がせた。

『アリアンロッド艦隊、イオク・クジャンだ』

(なんか久しぶりだな)

 一応の上司に、リヒトは礼儀正しく返した。

『アリアンロッド艦隊所属、未開発地区調査中隊。隊長のリヒト・ストラトスです』

『おお!』

 感嘆を漏らすイオクの隣から、これもまた久しぶりのジト目が覗く。

(ジュリエッタも一緒ってことは、夜明けの地平線団との後ってことか)

 ようやく時系列を正確に把握し、リヒトは月への帰還途中であることを告げた。

 

 

 

 

 




今回登場の少女。
アニメで昭弘が弟と別れる時に映っていたヒューマンデブリ(恐らく女の子)をイメージしました。オリキャラです。
感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

存在不詳

作者は幼少期に阿頼耶識の手術は受けていません。
駄文にはご注意ください。
(関係なくね?)


 アリアンロッド艦隊本部。

 夜明けの地平線団のボス、サンドバル・ロイターの身柄を鉄華団に抑えられ、実質手柄無しのイオク隊と共にリヒトは帰還した。

「ご苦労だった」

 ラスタルへの必要な報告を済ませ、彼はMSの整備場へ足を運ぶ。そこには回収した機体、ガンダムフレームが置いてある。

 もちろん、そのパイロットも一緒に。

「どうですか、整備長」

「お、リヒト、だっけ?私は整備主任ってだけなんだけど」

「それは失礼しました」

(大して変わらなくね?)

 アリアンロッドの整備主任、ヤマジン・トーカ。ヴィダールの機体の秘密を知る数少ない人物の一人。

 彼女は損傷した装甲の撤去作業の横で、左手のデジタルファイルに目を通していた。

 リヒトは彼女の横に並び、再度作業状況について問う。

「私も本物の阿頼耶識を扱うのは初めてだからね。少なくとも、今は君が言ったようにパイロットが起きるのを待つのが賢明かな」

 本物の。ならば擬似的なものは体験があると。

 事実を知っている彼は何も言わず、少女の乗る機体の隣を見た。

「ガンダムヴィダール」

「ん?あ、そうそう。これもガンダムフレーム。はぁ〜ただでさえヴィダールの整備で忙しいのに……」

 ヴィダールの構造は本来ギャラルホルンで使われているMSとは異なる。それを知っているリヒトは、彼女の言葉はもう一方の機体の厄介さを示していると察した。

「やっぱり阿頼耶識ですか」

「それもあるけど、ビフロンスに関しては後ろの装備が、ね」

「ビフロンス?」

 聞き慣れない言葉に首を傾げたが、トーカの目線の先を見て理解した。

「この子の名前だよ。厄祭戦時のガンダムフレーム、その72機の内の一機。機体名、ガンダムビフロンス」

(ビフロンス……)

 現代での知識を辿り、脳内検索で引っ掛かった。

(確か正体不明の悪魔だったか)

 随分と皮肉の効いた悪魔だなと、リヒトは静かに微笑んだ。

 正体不明。まさしく誰かも分からない少女が乗っていれば、名は体を表すもいい所である。

「それで?君はどうするのかな?」

「しばらくここにいようかと」

「へぇ〜」

 ラスタルからの厚意で、一週間ほどの休暇を貰った。とはいっても地球へ帰れるわけでもなく、何か起こればその都度召集される。要は業務の軽量化みたいなものだ。

「ま、自分が乗る機体だろうし、気になるものだろうね」

「はい。あ、え、は?俺がですか?」

「ん?え、違うの?」

 どうやらトーカは発見したリヒト本人がこのMSのパイロットに任命されると思っているらしい。

 正式な発表はされていないが、ガンダムフレームの入手と長期の業務監督の成果により、リヒトはラスタルからそれなりの発言力と行動の自由が認められている。

 が、それは指揮官としての有望さを買ってのこと。誰が射撃だけしか能のない兵をガンダム(これ)に乗せるのか。

「アリアンロッドで一番の使い手はジュリエッタ先輩でしょう。ならこいつも先輩が乗るのがベストですよ」

 あぁ、と付け足すようにリヒトは視線を別の者に向ける。

「彼の実力はまだ分からないので、今の選考からは抜きましたが」

 リヒトが見つめる人物。頭ごと覆ったヘルメット状の仮面を被った男、機体と同じ名前、ヴィダールはフフッと零した。

「あなたが、あのガンダムのパイロットですよね?」

「そうだ。君と会うのは初めてだな」

「リヒト・ストラトスです」

「ラスタルから聞いている。ヴィダールだ」

 よろしく、と互いに言い合う。その後ヴィダールがそれ以上何かを言う様子はない。

 リヒトはこの男の正体を知ってはいるが、そこに触れても利点はなく、すぐにビフロンスへ移動した。

 開かれたコクピットでは、未だ意識が戻らぬ少女が眠っている。

(ヒューマンデブリ……)

 鉄華団を知っているからこそ、彼女の存在が悲壮的であった。

 彼らが反乱を起こす前、CGSという名前だった頃も、宇宙鼠で女は不要とされていた。だからこそ、タービンズのような組織は珍しく、そうでなくとも女の子が戦場で阿頼耶識を使うものか。

 リヒトには彼女がどれだけ苦しい思いをして来たのかは分からない。それ故か、彼はオルガ・イツカの気持ちを少しだけ察した。

(死なせたくない、よな)

 出来ることなら守りたい。そう思う彼の感情が、誓いをより強く心に刻んだ。

「阿頼耶識か」

 そんなリヒトの後ろ姿を見ながら、ヴィダールは渦巻く感情を仮面に隠した。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 日が変わっても、彼のやることは変わらない。

 ただひたすらに少女が起きるのを、リヒトはコクピットの前で待っていた。

「ここにいたのですか」

 聞き覚えのある女の声に振り向き、ジト目を向けるジュリエッタを視界に捉える。

「先輩ですか。何か用がお有りで?」

「いえ、新しい機体を見に来ただけです。イオク様とようやく離れられたので」

(存在が問題児みたいな人だからな。ラスタルも目を付けておきたかったんだろう)

 戦闘がなければ兵に役は来ず、暇なのだろうとリヒトは勝手に想像していた。

 特に用がないのだと分かり適当に返そうとリヒトが口を開く寸前。

「――んっ……」

 吐息にも似た声が聞こえた。

 二人の視線が一点に集まり、微かに目を開く赤毛の少女と目が合った。

 瞬間、目を見開き、少女は自分の右腰へ手を伸ばす。その手は空を掴む。

 驚き混じりに少女が手の先を見ると、彼女が本来持っているはずのそれは無かった。

「悪いけど、コレは回収させてもらったよ」

 リヒトは行動からそれを察し、彼女のホルスターから抜き取っておいた拳銃を人差し指に引っ掛けながら見せる。

 一瞬の戸惑い。顔を真っ青にした少女は、すぐに切り替えて口を大きく開いた。そして――

「っ!?バカっ!」

 左の頬を打たれた。だが、彼女が知っている痛みには到底及ばぬ程力のない拳だった。

 勢いで右を向いた顔を正面にやると、今自分を殴った右手で、顎から持ち上げるようにして口を塞がれた。咄嗟のことに反応が遅れたが、少女は抵抗するように両手で男の右腕を掴む。

「ん――ん――」

「ふぅ……」

「……いきなり女の子を殴って、さらに口を塞ぐ。あなたは鬼ですか」

 どうにか収まったと胸を撫で下ろすリヒトに、後ろから軽蔑の感じられる声が飛んだ。

「仕方ないでしょう。今こいつ、死のうとしたんですから」

「ん――っ!」

 驚いたのは赤毛の少女だった。たった数秒、言葉すら交わしていない男が自分の行動を読んで、理解したことに。ともすれば恐怖した。

「何を根拠に」

 それを信じる理由もないジュリエッタはやれやれといった様子で聞く。

「最初、この子は自分の銃を探した。見知らぬ男が目の前にいればそりゃ防衛目的だって思いますよ」

 けど、と続けた声は、彼自身気付いてはないが、相当に冷たかった。

「次の行動は殴り掛かるでも防御するでもなく、舌を噛もうとするだった。……つまり、自分が乗っていた船以外の人間に見つかった時点で死ぬ気だったってことですよ」

 言い切ったリヒトは俯き、歯ぎしりを堪える。が、堪え切れていない。

(どう躾たらこんな行動取るんだよ。ウィングのパイロットじゃあるまいし)

 数度深呼吸して落ち着かせ、少女と目を合わせる。

「いいか。お前がいた船は沈んだ」

 冷徹な事実は人を傷付ける。それを知っていても、リヒトは言わぬ訳にはいかない。

「もう誰も、お前の死ぬ理由にはならない」

 もしこの先、彼女が戦争に巻き込まれれば、誰かが死因になる事はあるかもしれない。だが、少なくとも、彼女が自ら死ぬ理由となる存在は、もういない。

 あの船でどんなことがあったかは知らない。それでも、彼は救える命を救う。守れる命を守る。そう誓ったのだ。

「手を離すぞ。また舌を噛もうとしたら、また殴ってでも止めるからな?」

 口を塞いでいた手が離れても、少女は動かない。どうやら何かしらの諦めがついたようだった。

「……もう、私は戦わないの?」

「あぁ。戦わなくてもいい」

 阿頼耶識の少女。これまで何度も危険な目に会って来ただろう。タービンズの過去を思えば、女でヒューマンデブリの彼女は、どれだけ過酷な生き方をしていたのか。

「……もう、これも必要ないの?」

 少女は左手を伸ばして、自分の右肩の裏を触る。彼女が示しているのは、背中にある機械的な突起。阿頼耶識の本体のことだ。

「あぁ。使わなくてもいい」

 そこまで聞いて、少女は俯く。

「……もう、私は……要らないの?」

「……」

 彼女の問いに、リヒトは生唾を飲んだ。

(そうか。だから彼女は、死のうとしたのか)

 いくらヒューマンデブリといえど、女の子が歓迎されることはまずない。男の様に力仕事すら出来ないのでは、それこそ愛玩具のような奴隷の扱いを受ける位しか。

 だが、彼女は阿頼耶識を持っている。MSで戦うことが出来るのだ。

 逆に言えば、それだけが彼女の存在理由。

 整備不良な所からも推測できるが、あの船はこの少女を他のヒューマンデブリよりも更に安値で買った。阿頼耶識があればMS一つでそれなりの自衛が可能。デメリットと言えば、他で使えないことくらいだった。

 その姿が、バルバトスに乗り続けた三日月・オーガスと重なる。

「そんなことない。俺がどうにかしてやる」

 彼らしくなく、何とも曖昧な答えだった。聞かれたことに答えているかも怪しい。

(多分、この子は、誰にも知られずに死ぬ筈だった)

 それはあの一戦が、原作と全く無関係なところで起きた戦闘だったからだ。

 それをリヒトは救った。原作に関係の無いところで、関係の無い命を守った。

 それはある種、彼の望む平和への原作ブレイクでもあった。

 

 

「俺はリヒト。君の名前は?」

「……」

 一度トーカへ連絡を取った後、リヒトはまだコクピットから出ない少女と話していた。出ないのは阿頼耶識の接続があるからだ。

 見た目で10歳前後の少女は、目を下に向けたまま黙り込む。

「何故名乗らないのですか?」

「威圧的に聞かないでくださいよ先輩」

 ジュリエッタの性格上、こういったことにモジモジとするタイプは合わない。リヒトもそれを知ってはいるが、流石にどっか行けとも言えなかった。

「……な……7」

「7?数字か?」

「……7番」

 この少女、既に名前がなかった。いや名前がないのではなく、忘れているというのが正しい。

(よく考えたら、こんな小さい子が阿頼耶識でMS乗るってのは……)

 かつて阿頼耶識の手術を三度受けた三日月ですら、初陣ではその情報量に出血した。

 それを更に幼い歳で……脳への影響は彼以上だと推測できる。

「流石に7番って呼ぶのは……。先輩、何かいい名前ありませんか?」

「名前ですか。何でもいいとは思うのですが。……では、“ナナ”でどうです?」

「聞いた私が馬鹿でした。忘れて下さい」

「何故ですかっ!?」

(いや、ネーミングセンス以前にデリカシー疑うぞ。脳筋)

 彼女にとって7番というのは、ヒューマンデブリである暗い過去の証明でしかない。それを生涯使うというのは、その過去を生涯背負いながら生きることに他ならない。

 昌弘やアストンの様に、ヒューマンデブリは生きる価値がないと考えて暮らすことになりかねない。

「お〜い。目覚めたかい?あの女の子」

 ヴィダールの方が一区切りついて、ようやくこちらに来たトーカ。すぐに少女とガンダムの接続を外し、彼女をシートから引きずり下ろした。

「これでようやく中身を弄れるよ。あ、君はそのお兄さんの言うこと聞いてね?えっと……」

「あ、名前。この子、名前がどうやら無いようなのです」

「そうなの?」

 トーカの問いには答えず、リヒトは少女の手を引いた。

「取り敢えず、この子についてどうするかはラスタル様に聞きますか」

「それが賢明です」

 ふと見れば、項の辺りには穴の空いた装置がある。阿頼耶識の接続口だ。

 少女が着る子供用のノーマルスーツの上に、リヒトは自分の上着を被せた。

 不思議そうにこちらを見る少女に、目を合わせず応える。

「ギャラルホルンじゃ、阿頼耶識は好まれないからな」

 見られてどうこうなるかは分からない。せめてもの配慮で背中を隠し、三人はラスタルの部屋を目指す。

 

 

 道中。数歩分前にいるジュリエッタが、首を捻ってこちらを向いた。

「ところで、あなたのその喋り方。どうにかなりませんか?」

「どうにかとは?」

「その上っ面の敬語のことです。さっきは一人称も変わっていましたし。不愉快なので普通にして下さい」

 ここしばらく同期としか話していなかった所為か、変なところでジュリエッタに突っ込まれた。

「これが私の普通ですよ?先輩」

「ですから、その話し方が不愉快なんですっ」

(敬語使って不快って言われたらどうしようもなくね?)

 面倒な人だと諦めて、ならば一人称くらいは普通にしますと返した。タメ口は周りの目を考えても避けた方がいい。

 気兼ねなくはいかないが、まぁ気張らず話せるのは得か、と前向きに考えることにした。

 やれやれと思いながら頭を下げると、大きすぎる服を被った少女が見える。

(名前、考えとかないとな)

 赤毛の少女は成すがままの右手を引かれながら、先導するジュリエッタの背中を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 




早く続きが書きたい。
けど忙しい……。
不定期更新ですが、出来るだけ早く書けるよう頑張ります。
感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

変わり始めた未来

作者はロリコンではありません。
いや本当に。


 マクギリス・ファリドの下へ、一つの通信が入った。

「よう」

「やぁ。待っていたよ」

 画面の先、オルガ・イツカと目を合わせ、彼は微笑む。ようやくか、と。

「それで、答えは出たのかな?」

「ああ。保留にさせてもらった件だ」

 数日前、マクギリスはモンターク商会として鉄華団に仕事を依頼した。その内容こそ夜明けの地平線団討伐。

 鉄華団は仕事を完遂した。

 その後、彼はある事をオルガ・イツカに持ち掛けたのである。

 注釈を省けば、今後もマクギリスの力になってもらう。

 これは決して比喩的な表現ではなく、彼が目的を達成するための足掛かりになって貰うということ。その為に、マクギリスは鉄華団に対して大きな報酬を提示もしている。

「『火星の王』に、なる気になったか」

 ギャラルホルンを掌握できた際の報酬。家族を守る上で、鉄華団にとってここまで大きなメリットはないだろう。なにせ、ギャラルホルン直々の許可で火星を扱えるのだから。

「まぁ、そうだな。俺は、俺達は火星の王を目指す」

「そうか。なら……」

 交渉は――

「あんたの話には乗らねぇ」

「――っ!」

 マクギリスの誤算。それは彼らが一つの思いを持ちながらも、複数の考えで動いていることだった。

「俺達はあんたの為に命を捨てる気は無え。もちろん仕事なら受ける。が、こっちもしっかり吟味した上での話だ」

 どうにもあんたの話は胡散臭ぇ、と。オルガは片目だけでマクギリスを睨んだ。

「……火星の王を諦めるのか」

「だから言ったろ。俺達は“目指す”ってよ。そんなもん、自分達で手に入れる」

 マクギリスは目を閉じ、組んだ手の上に顎を置いた。

 少しの間が頭をクリアにする。

「分かった。ではこれからもよろしく頼む。もちろん、ビジネスパートナーとして」

「ああ」

 画面は誰の姿も映さず、自分の影だけがそこにあった。

 誤算。いや、鉄華団を舐めていた自分の純粋なミス。

 立ち上がり、沈む前の夕陽に向かって彼は呟いていた。

「運命はまた、私の未来を閉ざすか」

 

 ✕✕✕

 

 

 

「これで良かったんだよなぁ」

 背もたれに寄りかかり、手の甲を額に付けながらオルガは零した。

 彼だけの視点から見れば、この取引は受けるべきものだ。だからこそ、少しだけ後悔もある。

「良かったよ。少なくとも、僕はそう思う」

 彼の隣で、フォローするようにビスケットは声をかけた。

 マクギリスと直接会っての交渉の時、こうして持ち帰って決めることを提案したのも彼である。

「最短で行く。それには賛成だ。だからこそ、その道は慎重に選ばないといけない」

 家族を守る為にオルガは進む。ならば自分はオルガを止める。アクセルだけではレースに勝てない。ハンドルもブレーキも必要だ。

 それを理解しているビスケットは、こうして慎重に動いたことに後悔はしていなかった。

「じゃ、早速仕事だね」

「分かってる」

 次の業務へと、違う形の二人は歩む。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 ラスタル・エリオンの前。リヒトは頭を下げていた。

「地球に、か」

「はい。どうかお許しを」

 イオクのように立場がある訳でも、ジュリエッタのように力がある訳でもない彼は、ひたすらに懇願する。

 リヒトがラスタルに頼んでいるのは地球への降下。それも自分と、あの少女だけでだ。

 いくら仮休暇中とはいえ、いきなり月から地球では我儘が過ぎる。

「その辺を考えずに言うほど、君は浅い考えで動く男ではないか」

 ラスタルが顎を擦りながら悩む。その背景には彼が裏で進めている作戦があったからだ。

 夜明けの地平線団との一件もあり、現時点でマクギリスと鉄華団の繋がりを前提に動いているラスタルは、地球からマクギリスへ打撃を与えようとしている。

 ――ここでアリアンロッドから地球へ降下したとなれば、こちらへ矛先が向くやもしれん。

 神経質になるのも無理はなく、彼がガラン・モッサに依頼した仕事は中々に込み入っていた。

「ただの休暇で地球へ行く。言葉以上に不自然なことだ。部下からの目もあるだろうし、私からは許可が出せんな」

 やんわりと断ろうとするラスタルに、リヒトは内心笑う。

(ありがたいくらい予想通りだぞ、おっさん)

「でしたら、マクギリス・ファリドへ手紙を送るという口実にはどうでしょうか?」

 リヒトが初めから用意していたのだと感じたラスタルは続きを促す。

「手紙とは?」

「夜明けの地平線団討伐。頭であるサンドバル・ロイターの身柄を抑えたのは鉄華団とマクギリス・ファリド直属の部隊。その功績を賞賛する内容で送るのはいかがでしょう?」

「今どき手書きの文面ですか」

 ラスタルの横から突き刺すジュリエッタ。

 確かにこのご時世。通信で送るのが普通な文書を、わざわざ紙とインクで作る必要はない。

(けど、いるんだよ。そうする建前のある人物が、な)

 不敵な笑みを隠しながら、平静を装って言う。

「イオク様が適任でしょう。あの戦闘に参加していますし、尚且つクジャン家としての立場もあります」

 ただし、彼がわざわざ手柄を取られた相手に讃賞の言葉を言うかは置いておく。

「イオクか……」

 ラスタルは、目の前の男の狙いだけが気になっていた。

 探りを入れようともリヒトが簡単に言うとは考えられず、ラスタルは正面からぶつかることにした。

「そうまでして地球へ行きたい理由を聞こうか」

 逆に悩まされる立場になったリヒト。言い訳や綺麗事が大量に作られるが、そんなのを聞かせてもラスタルを説得する材料にはならない。

「それは――」

 なので、正面からぶつかることにした。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 自室に戻り、リヒトは自分が普段使っているベッドへ目へ向ける。

 そこには赤髪の少女が座っていた。

 彼女は現在捕虜として扱っているが、ラスタルへリヒトが直接頼み、一時自分の部屋で様子を見ることにしたのだ。

「見張り、頼んで悪かったな」

「いえ」

 女性兵は一礼し、部屋から出ていく。一応自分より後に配属されたらしいが、そもそも名前も顔を知らない。

 リヒトは彼女から見て正面にあるデスクの椅子に座り、一息つく。

「えっと、取り敢えずはどうにかなりそうだ」

 曖昧過ぎて少女は反応が出来ず、そうですかとだけ応えた。

 静寂。室内が真空になったかと錯覚する程の静けさが二人を包む。

「あ〜、そうだ。お前の名前」

 頭を掻きながら視線を泳がせたリヒトは、どうにか話題を引きずり出した。

「……名前」

「あぁ。悪いけど勝手に考えた。気に入らなかったらまた考える。好きに言ってくれ」

 深呼吸で自分を落ち着かせ、彼女の目を見る。

「お前の名前は、“ルナ”だ」

「……ル、ナ……」

「俺の故郷の言葉で、月って意味がある。ここは月外縁軌道統制統合艦隊だからな。まぁ、そういうことだ」

 正確には日本語ではないが、細かいところはいい。

 ルナ……と、少女は会って数時間の男に言い渡された名を、小さく繰り返す。

「あ、苗字。やべぇ、考えてなかった。えっと……」

「……いい。要らない」

「え?」

 完全に命名拒否を受けたのかと思い、リヒトは固まる。

「いや、ほら。名前ないと不便だろ」

「……違う。……違います。……ルナ、だけでいい。です」

「あー、そういう」

 と、納得しかけたが、ん?

 確かに、別に苗字はなくてもいいかもしれないが、それではヒューマンデブリだった頃の扱いを思い出さないだろうか。

 その他小心者過ぎる心配を重ねるリヒトに、少女、ルナは続ける。

「……初めて貰ったから。私が生まれた場所だから。……これがいいです」

「……」

 家名を大事にする考えは、正しいを断ずることは出来ないが、理解しやすい。受け継いだ意志や歴史を背負うのは、それだけで誇りになる。

 彼女にとってルナという名は、そんな重みを持った家名よりも、ずっと思いがある。

 初めて自分を、ヒューマンデブリではなく、人として認めてくれた証拠なのだから。

「そうか。じゃあ、これからよろしくな?ルナ」

「……はい」

 親が子の名を決める時、その名前には思いを込める。

 リヒトが彼女に言った言葉にも、思いはある。それこそ、月で生まれ変わったという願いが。

(赤髪だからルナマリア・ホークからとった、ってのも……)

 あったが、それは墓場まで持っていくと。俯きながらも笑みを零す少女を前に、彼は漢の決意で誓った。

 

 ✕✕✕

 

 

「私がマクギリスに手紙を?」

「そうだ。イオク、お前に頼みたい」

 リヒトの申し出を受けたラスタルは、すぐに行動に出ていた。

「いえしかし、何故私が」

「私はマクギリスにマークされている。手紙を書面で出したとなれば過剰な対応を取られかねん。逆にお前からの手紙が届けば、奴の目は月に向くだろう。そうなれば地球での仕掛けも動きやすくなる」

「なるほどっ!」

 僅か十数秒で納得し、イオクはラスタルの部屋を後にした。

 この説得も含めて、あの男の策略かと。複雑な気分でラスタルは息を吐く。

「地球での件。ジュリエッタとイオク、それとヴィダールにしか言ってなかった筈だが」

 ジュリエッタの可能性はまず無い。次にイオクだが、あくまで一部だけの秘密としたことを喋る男ではない。

 ではヴィダールか。しかし、いくら話をしたとはいえ、リヒトに対して作戦を告げるとは思えない。

(独自に掴んだ。……まさか、な)

 ギャラルホルン内でそんな事が出来れば、いっそスパイとしてマクギリス一派に送り付けたい程の逸材だ。

 窓から覗く宇宙を見ながら、彼の意識はその先の星へと向けられていた。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 小型の宇宙船が一つ、アリアンロッドから出発した。

「何故私が……」

 操縦桿を握る横では、ジュリエッタがブツブツと誰に言うでもない文句を並べている。そして並んだ二つのシートの後ろに、赤毛の少女、ルナが座る図だ。

「仕方ないですよ。ラスタル様からの命令なんですから」

 十中八九監視役だろうと覚悟したリヒトは、特別緊張も不満もない。自分の行動が他の者から見たらどれだけ異常なのかは理解しているつもりだった。

 そんなことを気にしている場合じゃない。

 すぐにでも分岐点は来る。次なる死者は、アストン。

 彼が死ねばタカキも鉄華団を去ることになる。それが彼にとって幸か不幸かは判断しかねるが、友人が死ぬ不幸を比べては何もかもが幸せになってしまう。

(地球へ来れたのはかなりの好条件だな)

 これなら行動しやすい。見張りはいるけど。

「そう言えば、来る前にラスタル様から呼ばれていましたね。どんな話を?」

 出発前、数分ばかりラスタルと話した。その間ルナと待っていた彼女が気になるのは無理もない。

 

 

「イオクのとは別に、伝言を頼みたい」

「俺にですか?……と、失礼しました。私にですか?」

「無理するな。ジュリエッタから少し聞いた。面倒なら普通にしていい」

「そう、ですか。分かりました」

 ここで上官に気を遣わせたのが少し気後れしたが、すぐにリヒトは切り替えた。

「それで、何を」

 複数の意を持った質問。何故自分なのか。ジュリエッタではダメなのか。そして誰に何を言えばいいのか。

 それらを全て察してラスタルは答える。

「マクギリスに『力だけではどうにもならない事もある』とな。これをジュリエッタに言わせるのは、少しばかり心が痛む」

(なるほど)

 彼は彼で、ジュリエッタの気持ちを受け入れている。だからこそ、力を求め、強くありたいとする彼女では、ラスタルの言葉を聞き入れることすら難しいかもしれない。

「分かりました。必ず伝えます」

「頼む」

 部屋を出て、扉が閉まってから気付く。

(ラスタルがマクギリスに、塩を送った?)

 

 

 と、そんな事があった。当然、ジュリエッタには言える話ではない。

「ルナの扱いには気を付けろ、だそうだ」

 至って平然とでっち上げの伝言を吐く。

 ジュリエッタは納得したようで、ヒューマンデブリをギャラルホルンが云々。

 彼女がシートからずらして後ろを見ると、サイズの合わない服を来た少女と目が合う。

 有りものの服をどうにか着せたが、やはり大きい。この歳では仕方ないことではある。

「もうすぐ地球ですよ」

 月外縁軌道統制統合艦隊の検査を潜り、彼らは地球へと降下した。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 

 




作品設定、少し変えました。
特に意味はないです。
感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

赤い睡蓮

お気に入り100件。
ご愛読ありがとうございます。


「鉄華団に、入りたい!?」

 タカキが驚きを隠せないのは仕方がない。

 目の前にいる赤髪紅目の少女は、一切目を離さず繰り返す。

「何でもする。だから……」

「ま、待って。待って」

 鉄華団への入団希望者は多い。特に地球でのクーデリア、蒔苗との一件で、その数は更に多くなった。

 しかし、基本的に鉄華団は女の子を雇わない。タービンズとは真逆のようだが、鉄華団が主とする仕事は命懸け。タービンズの方も賭けていないとは言えないが、本職は輸送とそのルート提供だ。

 それに、まだ子供の身である女の子を戦場に出すのは、団長オルガの理念に反している。

「ごめん。悪いけど女の子は……」

「炊事係でいい。いるんでしょ?」

「え……」

 何故知っている?

 アトラの存在を指摘する声に、タカキは一瞬固まる。

 彼女が鉄華団であることは、確かに知っている者もいるかもしれない。だが、そこを突いてまで入ろうとは。炊事係まで落としてでも。

「何か、理由があるの?」

「……私は、死ねない」

 死ぬことができない、ではなく死んではいけない。

 握った拳と俯く顔から感じる常人以上の、否、異常な覚悟。タカキはもう一度彼女を、次は神経を意識的に使って“視る”。

 ブカブカの服、ボサボサの髪。重い覚悟と、深淵のような瞳。

 ――ヒューマンデブリ。

 頭をよぎった仮定を飲み込むのと同じ、彼の肩に手が置かれた。

「タカキ。誰、こいつ」

「アストン」

 振り向いた先にいた顔に傷のある少年。

 アストン・アルトランド。とある一件以降、ヒューマンデブリから救われ鉄華団として働く一人だ。

「えっと、入団志願者」

「でも女はダメなんだろ?」

「それはそうなんだけど……」

「炊事係でいい」

 志願理由が断るに断れない。なるほどとアストンが言うと、彼は一歩前に出る。

「炊事の仕事は間に合ってる。だから要らない」

「……あなたは、少しだけ私と違う」

「は?」

 タカキは、今すぐにでも殴り掛かりそうなアストンと無言で睨む少女の間に入った。

「えっと、事情があるなら聞くよ?」

「……私はヒューマンデブリだから……身寄りも、宛もない」

 やっぱりと、内心呟くタカキを知るはずもなく、少女は続ける。

「……でも、私を生かしてくれた人の為に……私は生きないといけない」

「その生かしてくれた奴の所に行けよ」

「……迷惑がかかる。……それは、嫌」

 アストンの正論は感情論で否定された。

 タカキが推測する彼女の現状。

 背景は分からないが、彼女は誰かに救われ、ヒューマンデブリとして働くことから逃げる事ができた。が、それ以上の助けを求めることは彼女自身が許せず、子供の身で働ける場所を探してきたということだろう。

「分かった。なら俺の家に来ればいい」

「「……え?」」

「それなら寝るところもどうにかなるだろうし。あ、妹もいるけど、どうにか……」

 困惑するアストンと少女を他所に、タカキの中で話が進む。

 手を上げて強引に流れを切ったのは誘われた少女。

「……だめ。それだと、仕事が出来ない。……お金、ない」

 泊めてもらう金もないし、稼げる宛もない。宛は今無くしたばかりだ。

 俯く少女に、タカキは優しく微笑む。

「それなら、ここで仮就職ってことで」

「「仮?」」

 意味が分からないのはアストンも同じだった。

「足りてるって言っても、多いに越したことはないからさ。俺の立場じゃ団長がいないところで入団は認められないけど、チャドさんと相談して、少しでも仕事に対して払えるようにするからさ」

 現代で言うところのアルバイトを提案し、少女は即答で頷く。

「……何でもする」

「させてあげれる範囲でだけどね?」

 どうやら話がまとまったらしい。タカキが視線を合わせるために下げていた頭を上げると、アストンが肩をつつく。

「いいのか?」

「うん。フウカはどうにか説得するよ。多分許してくれるだろうし」

「そうか」

 そういうことを聞きたかった訳ではなかったが、自分より頭のいいタカキの判断を信じようと、アストンは踵を返した。

「そういえば、名前は?俺はタカキ・ウノ」

「……ルナ。ただのルナ」

「分かった。これから宜しくね、ルナちゃん」

「……はい」

 

 

 ✕✕✕

 

 

 時は少し遡る。

 地球へと降りたリヒト、ジュリエッタ、ルナはマクギリスの下へと向かった。

 ギャラルホルンの建物の前で止まり、リヒトは振り向く。

「先輩。伝言は俺が伝えてきますので、先輩はルナの服を買って来て上げてください」

 あ、お金は出しますからと財布を取ろうとしたリヒトに、ジュリエッタが迫る。

「は?なんでですか。あなたが行ってください。私が伝言を伝えるので」

「女の子ですよ?着替えとかセンスとか色々あるじゃないですか。先輩ならきっと彼女に似合う服を選んでくれると思うので……」

「私にそういったものを期待しないで下さい」

「ほら、ラスタル様からも扱いには気を付けるように言われてますし。その服装だと色々と問題があると思いますよ」

「くっ……」

 ラスタルの名を出されてジュリエッタは葛藤し、渋々引き受ける事にした。

 

 

 街中はそれなりの人で賑わっている。

 手近かな店で取り敢えず服を買おうと、ジュリエッタはルナを連れてドアを開けた。

「あれだけ言われた後だと、似合わないものを着せるのも性にあいませんね……」

 あれこれ吟味しているジュリエッタの隣で、ルナは窓の外を見ていた。彼女にとって、着る服は着られる服だった為、拘りも何もない。

「……リヒトさん。どうにかするって……」

 頭を巡る不安が、無意識に声に変わっていた。

 近く故に彼女だけがそれを聞き取り、ジュリエッタは服から顔を逸らさずに口を開く。

「彼が言うには、鉄華団を頼るそうです。何でも、炊事係には女もいるしどうにかできそう、なのだとか」

「鉄華団……」

 名前は知っている。そして噂も。

 子供だけの兵団で、ギャラルホルンを敵に回しても引かない程の力がある。ヒューマンデブリを受け入れているということも、前の船で聞いた。

 だからなんだとしかその時は思っていなかったが、自分の中で具体的な存在となると、見方や考え方も変わってくる。

 ――鉄華団なら。

「……鉄華団って、どうすれば分かるの?」

 興味が湧いたルナは服選びに忙しいジュリエッタへ聞く。

「どうすればって。普通に聞けばいいんじゃないですか?あとは、団旗とか」

「団旗?」

「シンボルのようなものです。ギャラルホルンのセブンスターズが掲げている――」

 鉄華団のシンボル。話で聞いたのは確か、華のマーク。窓に薄く見える自分の髪の色から、そんな話を連想した。

 しかし、どんな形かまでは分からない。

 見た事のない目印を思い描く彼女の目に、映る。赤い華。

 イラストされた服を着る二人組が、店の前を走り去って行った。

 状況に混乱したルナは少しだけ固まり、どうにか頭の機能を復活かせる。

「……まだ、間に合う」

 彼女はドアを勢いよく開けた。

「これなんてどうですか?」

 試行錯誤の結果あまり派手ではない服を取り、振り向いたジュリエッタの横には、誰もいなかった。

 

 

「クジャン公からの手紙、ありがたく受け取ろう」

 リヒトからイオク直筆の書文を受け取り、マクギリスは組んだ手を鼻に添えた。

「アリアンロッドから手紙とは、随分珍しい事もあるようだ」

「イオク様は地球外縁軌道統制統合艦隊の活躍をその目で見ていますので。あの方は素晴らしいものを素晴らしいと言える素直な性格をしています」

「なるほど」

 マクギリスは一度目を閉じて、記憶を少しだけ遡った。

「そういえば、彼には地球外縁軌道統制統合艦隊として助けられた事があったのだった。カルタ・イシューに代わり、礼を言おう」

 彼の言葉をそのまま聞けば、彼自身が地球外縁軌道統制統合艦隊に属している事になる。

 違和感の正体を半ば理解しつつも、リヒトは聞く。

「そういえば、ここへ来る途中にカルタ様にはお会いしませんでしたね」

 僅かに驚いた顔をしたマクギリスは、何か事情があったのかと自己完結する。

「君は、例えば最近のニュースには疎かったりするのかな?」

「そうですね。実は先日遠征から戻ったばかりでして」

「そうか」

 心の中で否定していた答えを、マクギリスは告げる。

 

「カルタ・イシューは、死んだよ」

 

 あの戦闘で、私は友人を二人も失ったと、マクギリスは視線を下げる。

(マジかよ……俺は、ミスったのか)

 大丈夫だと思っていた。分岐は、あの一点さえ超えれば、と。

 マクギリスの話では、ある戦闘で失った。つまりガエリオとカルタはほぼ同時に死んだことになる。

 ガエリオがヴィダールとしてアリアンロッドにいることは、彼が原作と同様の道を歩いた事を意味する。では、カルタもその時に?

 結論、カルタ・イシューはマクギリスによって殺された。

(原作ブレイクできても、こいつの企みは壊せないってか)

 彼は狙い通り地球外縁軌道統制統合艦隊の地位を手に入れた。ならば、この先の道も変わらない。

 ――革命と反乱。

 バエルを手にし、鉄華団が終わる。

 色々な感情を押し込めて、リヒトは頭を下げ部屋を出る。その途中、扉へ着く前に一度振り返り、居住まいを正した。

「ラスタル様から伝言があったのを忘れていました」

 一言一句違わず伝え、今度こそ部屋を後にした。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 あれから数日。

 ジュリエッタとリヒトは手を尽くして探したが、ルナという少女は見つからない。

「子守も出来ないとか……」

「なっ、私の所為ですか!?」

(どう考えてもアンタの所為だろ)

 不味いことになったと、リヒトはテレビの前で頭を抱える。

 数日前、あるビルで爆発が起きた。それによって蒔苗氏が意識不明になった事を知る。

(分かってる。狼煙だ)

 これから鉄華団は泥沼の戦線に駆り出される。そして、アストンが。

 止めるために動くには遅い。ルナを探していたのは諦め半分、現実逃避半分だった。

 ここからでは鉄華団の本部へ連絡できる術がない。戦闘への介入は、そもそもギャラルホルンの自分では事を荒立たせることになる。

(ジュリエッタもいるしな)

 彼女はガラン・モッサを敬愛している。彼がこの騒動の中心であるのは、多分ラスタルから聞いていることだろう。

 下手に動けば見張り役の彼女も行動を起こす。原作にない行動がどんな結果を生むか。リスクだけが浮かぶリヒトは、マクギリスへの打診しか出来なかった。

 

 

「今起こっている内戦には、鉄華団も関与している、か」

 リヒトからの報告を聞き、彼はオルガへと通信を繋いだ。

 話を聞く限り、地球で彼らを指揮しているのは団長ではない。

 ――誰かが裏で糸を引いている。

 ラスタルの顔が浮かぶと同時、彼から届けられた伝言を思い出す。

『力だけではどうにもならない事もある』

 頭を使うことか。

 戦略的に起こした騒動ならば、こちらも手を打たねばならない。

 オルガはすぐに本部から応援を向かわせると言っていたが、期間は三週間程掛かるだろう。

「私が出るか」

 たとえ最終的には道を違えようとも、今鉄華団との利用関係は破棄できない。

 消耗戦を覚悟し、マクギリスは石動を呼んだ。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 地球の荒野は戦場となり、発砲音が空へと響く。

 形勢が傾けば撤退し、また次の隊と攻めてくる。傷を負えばすぐに撤退。もはや時間の経過すら意識し難い程の繰り返し。

 タカキはこの戦闘に疑問と焦りを感じていた。

 何と、何故、いつまで。出ぬ答えを求め続け、それでも減る弾薬に失われていく体力と思考力。チャドが倒れて以降、鉄華団をまとめる彼にはしわ寄せが見えぬ傷となって増えていた。

「……タカキさん」

「何で、ここに?」

「……食料です」

 ルナは鉄華団の仮団員として、誰でも出来る雑務をしていた。この程度、ヒューマンデブリだった彼女には何の苦でもない。

「……この戦闘、いつ終わるんですか?」

「……分からない」

「……どうすれば終わるんですか?」

「……敵の指揮官()を撃てば、じゃないかな」

 自分でも何を言っているか分からなかった。

 疲れていることは自覚している。だからこそ、そういった判断をガランに預けてしまっていた。

 これは良くない。けれど、どうしようもない。

 自問自答が自己嫌悪に変わる寸前、声が耳を刺す。

 

「……私が、撃ってもいいですか?」

 

 顔を上げ、タカキは声の主を視界に入れる。

 そうして見た少女は、上着を脱いでいた。

「な、何をっ!?」

 急いで目を逸らしたタカキ。

 その場は静まり返り、誰も来ない、誰も動かない。

 状況が飲み込めず、タカキはゆっくりと視線を上げた。

「……私が、敵を撃てばいいんですか?」

 上はシャツだけになり、背中を見せるように立つルナ。

 右手には脱いだ上着を抱え、左手でシャツを肩口まで引き上げている。

 背中から除く宇宙鼠の印、阿頼耶識。

 だが、タカキは驚きで息を飲んだ。

 彼女がヒューマンデブリであることは知っていた。阿頼耶識を付けていることも、考えたくはなかったが予想していた。

 しかし、そこには、阿頼耶識がある。

 ――阿頼耶識が、二つある。

 普通、ヒューマンデブリに対して阿頼耶識の手術をするとしても、一回成功するか否か。激痛の末、それで失敗すれば最悪死ぬ。良くても二度と立ち上がれない。三日月のように三度受けることは完全に異常だ。

 それを、二度。自分よりも遥かに幼い彼女が。

 どれだけ苦しい事をしたか。どれだけ苦しい生き方をしたか。想像すら及ばない程の衝撃に、タカキは一度目を瞑る。

 彼の脳内でバルバトスの姿が浮かぶ。

 戦場を駆ける悪魔。全てを砕く力。そして、仲間を守る存在。

 ――あの力があれば、この状況だって。

 どうにかなるだろう。

 けれどそれは団長の理念に反する。

 これから先、命を落とすかもしれない仲間。

 これから先、オルガの願いで守られる仲間。

 思考の最中、報告が入る。

「敵襲だっ!」

 再び戦闘が始まる。

 揺れるタカキは、目の前の仲間と思い描く仲間を天秤にかけた。

「……私は、命令に従う」

 見せるべきものは見せたと、ルナはシャツを下ろしてタカキを正面に構えた。

「分かった。……ルナ、皆を守ってくれ」

「了解」

 ルナは行くべき所へと走る。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 その後、戦況は大きく傾いた。

 タカキが乗っていたランドマン・ロディにルナが搭乗し、戦場を駆け巡る。

 常に先頭に立ち、標的を自分に向けさせる。

 狙われたのを確認し、飛び出す。

 ジルダの構えたライフルを正確に射撃し、爆散。近接戦に移行する際の僅かな隙を突いて接近すると、敵機が武器を握った腕ごと切り落とす。

 丸腰の機体を蹴り倒し、すぐに移動。助けに来た敵の増援を襲う。

 数は二機。

 内の一機は牽制にライフルのトリガーを引く。減速できれば及第の行動であった。

 しかし、ルナはむしろ加速する。

 ランドマン・ロディの硬い装甲を生かし、必要最低限で回避行動を取りつつ、ショートソードを構える敵機を射程に入れた。

 弾の無駄だと、マシンガンは持ってもいない。

 ハンマーチョッパーを逆手に握り、右腕を振り上げる。

 防御姿勢だった敵機は、推進力を利用した一撃に一歩分押し込まれた。当然、態勢は崩れている。

 ルナは振り上げた手の先で武器を正位置にし、縦に振り落とす。

 肩から腕を切断。左手に持ち替え、もう一撃、今度は脚を削った。

 横薙ぎの斬撃は隣の機体にまで届かせる。角度を少し上に変えて、胸付近の装甲を切り裂く。

 ジルダは衝撃を受け、逆に利用して後退する。距離が開けば射撃が有効。敵パイロットは右手のライフルの引き金を引いた。

 それが愚行だとは、すぐに気付かされる。

 ランドマン・ロディは倒したMSの頭を掴み、拾い上げた。そのまま弾除けとして使い、接近する。

 仲間は撃てないと、ライフルを捨ててソードを持つ。

 だが、掴んだMSごと突進したロディに意味を成す手ではなかった。

 体当たりを受けて味方機ごと倒れるジルダ。

 ルナはその上からロディの脚で踏み抑え、落ちているライフルを拾った。

 コクピットは狙えないが、他なら問題ない。

 フーレムが剥き出しの部分を入念に撃ち抜き、四肢をバラバラにした。

「……次」

 目的が終わると、また目標を探す。今日だけで既に、彼女は10機のMSを戦闘不能にしている。

 

 

「大したもんだ。これなら戦闘はかなり楽になる」

「そう、ですね」

 ガランの言葉にタカキは少しだけ胸が締め付けられた。

 本来なら彼女が戦うことはない。自分の独断で戦線投入してしまった。

 彼女に対する申し訳なさと、それでも楽になったと思える自分への歯痒さが、ただただ痛い。

 敵軍は早くも撤退し、ルナはロディから降りる。

 疲れはあるが今までと比べたらなんてことは無い。むしろたった一人で戦っていた事を考えれば楽な方だ。それに使っているMSも動きがいい。鉄華団の中では整備不良だろうと、前の船では有り得ないほどの好条件。

 負ける理由がない。

「……早く、終わらないかな」

 呟いた彼女の周りには誰もいない。ルナという存在は、これだけの戦果を上げようと鉄華団の中で消化しきれてはいないのだ。

 異分子だからこそ、彼らは接し方を迷っていた。

 その中でタカキを除けば唯一、彼だけはルナの名を呼ぶ。

「……アストンさん」

「凄かったな。助かった」

 ルナの登場で、アストンの戦場での負担は大きく減った。逆に彼女へ任せっきりになってしまうことが気掛かりだったが。

「……別に、気にしなくていい」

 そんな気を知ってか知らずか、ルナは上着を羽織りながら言う。

「私は、私のすべき事をしただけ」

 なんともヒューマンデブリらしい言葉。

 誰かの為ではない。自分の為だと。そうしなければ自分が死ぬからと。だから助けてはいない、と。

 ルナはそれが当たり前のことだと、そう言う。

 恐るべき戦闘力を持った少女は、ただ生きるために生きていた。




頂ける感想がモチベーションです。
ありがたいです。
感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人ならざる者

 ルナが鉄華団地球支部に来てから一週間、アーブラウとSAUが衝突してから既に半月以上が経過していた。

 ルナという大きな戦力増加の期待も虚しく、局地的な戦闘がまばらに続く。

 どれだけ小さな勝負に勝とうとも、大きな場面には一切の影響を出さない。何一つ変わらず、流されるままに。タカキは指揮を執る。

 

 

「お疲れ」

「……うん」

 ランドマン・ロディから降りた二人のパイロット、アストンとルナは顔を合わせることなく歩く。

 地球支部の鉄華団は、未だに彼女の存在を上手く扱えていない。現にルナと話しているのはタカキかアストンだけだった。

 食える時に食い、寝れる時に寝る。この先の読めぬ戦況を鑑みつつも、子供らはただそれを繰り返すしかなかった。彼らには、先など見えていないのだから。

「なぁ。前に言ってたの。どういう意味だ?」

「……前に?」

 携帯食料を噛み切りながら、アストンは彼女が来た一週間前の事を思い出す。

「俺とお前は、少し違うってやつ」

 そんなことも言ったかもしれない。

 薄過ぎる心当たりに、ルナは記憶を巡る。あの時は、確か初めてアストンと会った。

 あぁ、と思い出した彼女は顔をアストンに向ける。

「……私とアストンさんは、多分ほとんど同じ。……でも、違う」

 語彙力、と表現しようか。

 まともな教育も受けていない、人生経験も少ない上に知っているのは戦闘だけ。そんなヒューマンデブリ、もとい彼女ではここまでが限界だった。

「良くわかんねぇ」

 ガシガシと頭を掻くアストンは視線を上げた。座っている彼は視界にタカキを捉える。

「タカキなら、分かるかな」

 聞いてみようかと、アストンは彼の元へ向かう。

 ルナも最後の一口を押し込み、立ち上がった。

 

 

「アストンとルナの違い?そりゃあ色々違うと思うけど」

「でも、ほとんど同じだって」

「うーん。俺にもさっぱり」

「ここにいたか」

 隣にいるルナと三人で話していたタカキ、アストンの前に全体指揮を務める男、ガラン・モッサが歩いて来た。

「三人には感謝している。鉄華団とアーブラウが急造ながらも機能しているのは三人のおかげだ」

 この言葉に嘘はなかった。

 戦闘経験のないアーブラウのMW隊を指揮するタカキ。隊長としての責任からか、目的と命令をしっかり把握し達成している。

 そしてMSの部隊を率いるアストンは、命令などが全く出来ないルナと共に戦線を保ちながら、味方への被害を最小限にまで抑えていた。

 だが、それでも、死者が出ない訳ではない。

「悲しいな。だが、ここが踏ん張りどころだ。後少し、もう少しで道が開く。それまでどうか手伝って貰いたい」

「あ、はいッ」

「……」

「……」

 威勢よく応じるタカキと、無言の二人。そんな彼、彼女らに茶化すような言葉を残して、ガランは笑いながら去っていゆく。

 その後ろ姿を、ただ一人だけが最後まで見つめていた。

 

 

 ✕✕✕

 

 

「もう一回……いや、あと七回ッ」

「まだやる……多過ぎですっ!」

 シミュレーターから出てきたジュリエッタは、虫の息の男の言葉に力強く反論した。

 地球から帰って数週間。いくらラスタルから許可を得たとはいえ、これだけの期間を一人の男の訓練に付き合わねばならないとは。

「少しは私の身にもなって下さい」

 自分より弱い相手と戦って得るものなど、無くはないだろうがたかが知れている。強さを求めるジュリエッタは、いっそ殴ってでも止めようかとすら思っていた。彼が少女を止めた時のように。

 もっとも、ラスタルの言葉もあってそれはできないのだが。

「だいたい、何故ここ最近、あなたはそんなにも戦いを欲するのですか。今までのあなたらしくない気がします」

 ジュリエッタもそこまで詳しくリヒトを知っているわけではない。

 だが、彼の言った『別のやり方』とは明らかに食い違った方法だと、彼女は感じているのだ。

「手を、広げるため……ですよ……」

 息を切らしながら、彼は言う。

「まだ俺の手が届かないところに、いるから、です」

「どういう意味ですか」

 リヒトがラスタルに直談判した際、ジュリエッタもその場にいた。つまり彼の地球降下の理由を聞いている。

『ルナをどうにかします』

 ギャラルホルン、それも月外縁軌道統制統合艦隊では、確かにルナという少女の対処には困る。ラスタルはリヒトにその役を一任した。

「彼女なら、鉄華団に行ったはずだと」

 そして地球に降りてすぐ。ルナは行方不明となる。

 ジュリエッタが言うにはいなくなる直後、鉄華団について彼女と話していたとリヒトは聞いている。リヒト自身の考えを言った事もあり、ルナは鉄華団地球支部で対応してくれていると結論付けた。

「あなたの望む通りになって、それで何故焦るのですか」

「……」

 これはきっと、彼自身の言葉で言っても伝わらないだろう。

 彼は未来を知っている。変わる前の、救われぬ未来を。

 リヒトは『ハッピーエンド』、つまり救うことを誓った。それはギャラルホルンも、鉄華団もということになる。

 双方、自らの力で生き抜く力がある。それらがぶつかり合うことで失われる命を、リヒトは救う。

 だが、彼女は、あの少女だけは違った。

 彼の知る未来に、ルナという少女は存在しない。彼女はあの時死んでいた。

 ルナには、生きていく力がない。でなければ、あの時あの場所で、彼女は死ぬことはなかったはずなのだ。

 死ぬはずだった命を救い、されど失われてしまうのなら、それは救ったことにならない。

 ――だから、守る。

「あの子だけは……必ず」

 主語だけが先行した言葉に、ジュリエッタは首を傾げた。リヒトは注釈を入れることはなく、訓練の続行を希望した。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 地球での反乱戦は、始まりから一ヶ月が経った。

 静かな夜に、ガランの下へ連絡が入る。

「鉄華団は諦めて衛星から撤退、か」

 狙い通りだと静かに笑うガランの頭の中では、この先のビジョンが鮮明に描かれていた。

 鉄華団を巻き込んでのこの戦闘。タカキや他の団員が意味を見失っている戦いの真の目的はマクギリスの株を落とす、それだけのものだった。

 ラスタルから言われた通り、戦闘を長引かせれば長引かせるほど地球外縁軌道統制統合艦隊の、ひいてはマクギリス・ファリドの名声は地に落ちる。そのためにガランも、全体指揮は長期戦の構えを徹底していた。

『順調のようですね』

「あぁ。滞りはない」

 情報提供者の通信相手はこの件の協力者でもあるラディーチェ・リロト。画面の先でラディーチェは不敵な笑みを浮かべていた。

『流石の手腕、と言うべきでしょうか。鉄華団をあそこまで手懐けるとは』

 それに対し、ガランはこの男と組んだ当初の会話を思い出す。

「奴らはアンタが言った通りただの獣。しっかり躾て、たまに褒めてやれば簡単に頭を下げる」

 特にあのタカキという少年。

 力があっても知恵が足りない。逆にその力を十分に使わせてやればここまでの戦果が上がる。

 ――なるほど、ヒューマンデブリとはそういう奴らか。

 この先も予定通り進行することを伝え、ガランは通信を切る。コクピットから出て、周囲に人気がないことを確認すると、自分のテントに入っていった。

 ガラン・モッサは慎重な男だ。

「……」

 そんな彼でも、影に潜んだ人影には気が付かなかった。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 終わりの見えぬ戦線に、突如として変化が起こる。

 朗報だった。敵の隊長が姿を現したのだ。

「……あれ、でいいの?」

『肩付きのグレイズリッター。間違いない、報告にあった通りだ』

 木々に身を潜めるMS隊が見つめる先、他の兵とは一線を違えた動きで機体を無力化していく一機のグレイズ。パイロットはマクギリスだった。

 ガランはマクギリスの評価が地に落ちるまで一年だろうと戦い続けるつもりだったが、どうやら痺れを切らしたらしい。

『俺達が周辺を片付ける。鉄華団で頭を仕留めろ』

『『了解』』

 通信先からの声を聞き、ガランはゲイレールでの移動を開始する。

 その直後、自らの機体の肩が切りつけられた。

 ――潜伏していた?いや、それはないはず。

 咄嗟にダメージを負った右肩を庇うように位置を変え、敵がいるだろう方向を向く。

 そこには、得物を振り下ろしたランドマン・ロディの姿があった。

「どういうことだ?鉄華団が裏切った?まて、こいつ……」

 パイロットはあの赤髪の少女。他の団員やMSは全く反応できていない。つまり、あの新米の独断専行、勝手な味方機への攻撃か。

『どういうつもりだ!』

 ヒューマンデブリの分際で、と声に出さず悪態をつくガラン。彼の長い経験は、さっきから告げている。――殺されるぞ。

 どう考えても自分ではこの単機に勝てない。さっきの攻撃の所為か右手の反応も悪く、もうすぐマクギリス機も警戒域に入るだろう。ならばどうするか。

 真っ先に彼が見つけた脱却法は、ルナをスパイだと断じることだった。

『きさま、さてはギャラルホルンの……』

『……私は命令を聞くだけ』

『やはりか!』

 この短い会話が隊全体へと伝わり、彼女はこの瞬間、鉄華団を裏切ったスパイとなった。

 

 

『おいアストン。どうなってんだよこれ!』

『俺だって分かんねぇ』

 ガランから命令が入った。

 ――裏切り者を殺せ。

 確かに、鉄華団を裏切ったあいつは敵。今ここで殺すべきだ。さっきの会話から、ルナがギャラルホルンのスパイである疑惑もある。

 なのに、彼の中の何かが止めにかかる。

「あいつが、裏切るのか?」

 ルナはこの戦場で、誰よりも生きることに拘っていた。そんな彼女が、何故今、ここで。こんないかにも死地へ向かうような場面で裏切るのか。

『おいアストン!』

 タカキはMWを率いて撹乱に出ている。今MS隊を指揮するのは自分だ。

 どうする?

 自問自答は短く、考えても仕方ないとアストンは諦めた。

 そして。

『俺達は、ギャラルホルンを叩く。俺に続け!』

『『了解!』』

『おい!』

 肩付きのグレイズリッターへと向かった鉄華団の隊を横目に、ガランは後退しながら引き金を引く。

「くそッ。どこかでしくじったのか……」

 歴戦の猛者といって相違ない彼は、目の前の人に、否、獣に恐れを抱いていた。

『……私、耳だけはいいの』

 自分を狙う殺人者から通信が入る。

 そのままの意味なら、ガランが隠していた会話を聞かれた。

 ラディーチェと結託したことも、この先どう動くかも。それ以前に、鉄華団を利用しているだけだということも。

 ――ならば不味い。ここは、撤退か……。

 ついさっきまで味方だと錯覚していたロディの鉈が掠る。

 反応速度が違いすぎた。ライフルも意味がなく、そも反撃すらままならない。さっきからガランの部下が仕掛けているというのに、それを一切無視してガランだけを狙っている。

 人の身でありながら、他の命を狩ろうとする姿はまさしく獣。

「ヒューマンデブリとは、こういう奴らかッ!」

 味方が一機沈んだ。踏み込み過ぎだ。反撃でもう動けないだろう。

 だが、その一撃が僅かな隙を生んだ。

 ブースターを加速させ、右手のピッケルで頭を叩く。硬い装甲は貫けないが、衝撃で態勢が崩れた。

 すかさず蹴りを入れ、機体を後ろ向きに倒した。

 深追いはせず、ガランはライフルの有効射程内で距離をとる。

『油断したな、少女戦士よ』

 左手のライフルをコクピットに向け、言わずとも動けば撃つと告げる。

「……誰も、死なせない」

 そんな脅しに恐怖はなかった。ただ彼女は自ら定めた思いを吐く。

「それが、あの人の願いだから」

『これで終わりだ』

 ルナの機体に向けていたライフルが――突如、真下に落ちた。

 その場の誰も、反応が出来ない。

 一瞬にも満たない沈黙の後、ガランの視界が白く覆われる。煙幕や閃光ではない。もっと物体的な、物理的な白さ。

「……ガン、ダム?」

 離れていた彼女が、その姿を見て零した真実だった。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 数日前の夜。

 タカキとアストンの眠るテントに、一人の訪問者が来た。

 ルナである。

 話があると告げられ、タカキはアストンに聞く。こちらも聞きたいことがあったことをルナに話して、三人はテント内で三角形に座った。

「それで、話って?」

「……私への命令。みんなを守る、で合ってる?」

「合ってる、よ?」

 ぎこちない返事は単に動揺していたから。

 タカキが少しだけ驚いたのは、彼女がその命令の為に戦っていることだった。

 確かに、ルナは命令を聞くと言った。だが、だからといって、ただそれだけの為に戦えるだろうか。

 それが、ヒューマンデブリという存在なのだろうか。

「それがどうした?」

 タカキの心中を知るわけもなく、アストンは追求する。

「……命令、の範囲だから」

「ん?」

 これにはタカキも言いたいことが掴めず、アストンと共に首を傾げることになった。

 ルナはアストンの方を向き、続ける。

「……あなたは死ぬのが仕事じゃない」

「ッ!」

 図星を突かれたようにアストンは固まる。

 ヒューマンデブリという自覚は、確かに彼の中で大きく存在している。それ故に、どこかで何かを諦めている気も。

 それが自分の命だとしたら――。

 少なくとも、今の彼には否定出来なかった。

「……もしも死ぬ気なら、本当に死ぬなら。私は殴ってでも止める」

 ある人の受け売り。あの時自分を救った言葉を、今救うべき者に。

 ルナは反応すらできていないアストンから視線を外すと、彼の隣にいるタカキに向けなおす。

「……それと、タカキさん」

「何かな?」

 正直、彼女がアストンに言った真意を聞きたかった。だがそんな希望を思い止め程の意志を、ルナの瞳から感じ取ったのだ。

「……あなたは、優しすぎる」

「……え?」

「それは悪いことじゃない。だから……」

 ルナは詰まり、それ以上は続けない。

 少しの間だけ待ったが、やはり口を開くことはなく。黙って立ち上がり、出口へと向かった。

「……だから、フウカも優しいのかな」

 彼女がフウカと過ごした時間は数日程度。それでもルナはあの優しい家族を、兄妹を忘れないだろう。

 彼女はテントから去っていった。

「結局、何が言いたかったんだろう?」

「……さぁ?」

 考えるのは苦手だと言ってそれきり、アストンは寝床の上で静かに眠った。

 一方、タカキは考える。

 ルナが何故、こんなことを言ってきたのか。そして恐らく誤魔化した先、あの後何を続けようとしたのか。

 布で覆われた天井を見て、そっと目を閉じる。

 ルナと会ってから、実はそこまで長くはない。それに接している時間も少ない。自分と彼女との間には、まだ壁のようなものがある。

「ちゃんと言ってくれる時が来るといいんだけど」

 待っているだけではダメだろう。そう思うタカキは眠りにつくまで、、ルナに対してどう接すべきかを思考していた。

 

 

 

 

 

 




早くも文が迷走中。
駄文です、ご勘弁を。
感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

白い悪魔と赤い獣

「この動き……阿頼耶識。鉄華団か」

 三機のランドマン・ロディの攻撃を紙一重で捌きながら、マクギリスは新たなMSの反応に視線を泳がせる。

「これは――」

 硬い、重量を感じさせる衝突音が鳴り響く。自分だけでなく、自分達を囲む鉄華団までが動きを止めている。

 それぞれが見つめる先。困惑、歓喜、驚愕と、多様な感情の視線を一身に受けるその姿は赤い花を双肩に構えた白き狼。鉄華団の力の象徴、ガンダムバルバトスルプスだった。

「三日月さんッ!?」

 例に漏れずバルバトスとを見つけたタカキは、敵機の姿がないことを確認し、MWの進行方向をそちらへと変え、向かった。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 味方機へと向けられたライフルを叩き潰し、三日月はカメラに映った周辺を伺う。

「とりあえず止めた。けど……」

『三日月さんッ!』

 遅れて到着した獅電(シデン)のパイロット、ハッシュ・ミディ。彼もまた、バルバトスから少し離れた位置で戦況を伺い、しかし状況を理解できずにいた。

「これ、どういう……」

『……どいて』

 困惑に零した感動詞を遮るように、機体に通信が入った。

 出元は味方機から。だがその声も内容も、明らかに敵対的な意志を感じさせている。

『誰だよ、お前』

 通信は三日月の下へも届いているらしく、彼は荒々しい声で問うた。

 バルバトスルプスが見る先には鉄華団仕様のランドマン・ロディ。やはり味方陣営からのものだ。

『……関係ない。私は、命令を果たすだけ』

 二度目でハッシュ、三日月は、相手が女だと確信する。だからこそ、その存在が分からない。

 鉄華団の機体に団員ではない誰かが乗っている。地球で何かしらの罠があったことを知っている彼らが、今ロディに乗るパイロットを敵と判断するのに他の理由はいらなかった。

 ソードメイスを構え、バルバトスルプスは臨戦態勢に入る。

『で、お前の目的って、何?』

『……みんなを守る。でも、そいつはみんなに入ってない』

 右手のハンマーチョッパーを前方に突き出し、ルナは“そいつ”を指し示す。バルバトスの後ろにいるゲイレールを。

 が、その光景をハッシュの目線、あるいは客観的に見れば、ロディがバルバトスに刃を向けているように見えてしまう。

『あー、聞いたのは俺だけど……やっぱどうでもいいや』

『……そう』

 相対する二人は、どちらも会話を得意とする者達ではない。むしろ、行動で示す者達だ。

 その内の一人が自らの得物を向け、もう一方が構えれば当然。

 ――衝突。

 噴射されるスラスター、加速する機体、蹴られ抉られた地面。そして甲高い金属の衝突音が辺りに響く。

 荷重を加え合った支点を外すように、両機は一度離れる。

 互いに初撃を受けられ、目の前の相手に対して評価を変えた。

「……強い」

「めんどくさいな」

 片方は余裕そうな感想だが、その実、戦況不明なこの場面でやり合うのは楽ではないだろうという感覚的な分析の現れだ。

「なにがどうなっている……」

 一方、眼前で起こった第三勢力の登場に、ガランは一歩引いて場を見渡す。誰も動けていないところを見ると、どうやら誰の意図にもなかったことらしい。

『隊長。こいつら、上で足止めしていた奴らです』

『なに?そうか……ならば撤退だ。十中八九、俺たちのことがバレた』

 素早い判断で部隊に伝えると、自らもゲイレールのスラスターを最大に戦線離脱にかかる。

「なッ!?ちょ、これどうすんスか」

『ハッシュ、あいつら追って。俺はこいつをやる』

『え、あ、りょ、了解です』

「……逃がさない」

 避難する目標を目で捉え、ルナは加速する。その敵を切り落とす最短ルートに、バルバトスルプスが割り込んだ。

「お前の相手は俺だろ」

 振り下ろされるソードメイスをギリギリで躱し、サイドスカートに隠してある手榴弾を左手で投げつけた。

 三日月は斜め右上にソードメイスを振り上げそれを弾く。バルバトスの頭上で爆発が起きたが直接的なダメージはない。

 ルナはバルバトスには目もくれず、再びガランへと進行する。

「だ〜か〜ら」

 それを見てから動いたにも関わらず、バルバトスはロディの目の前に立ちはだかった。

『お前の相手は俺って言っただろ』

『……どいてって言った』

 一切の油断なく立ち合う二機。顔すら知らぬ二人は先に動いた方が負ける達人同士の戦いのように動きを止めていた。

 

 

 ✕✕✕

 

 

「やはりバルバトスか」

 ランドマン・ロディとの衝突をその目で捉え、マクギリスは一呼吸置いた。

 それを感じ取ったのか、自らを囲んでいた三機が機能を開始し始める。

 後ろの一機がマシンガンを放つ。狙いは陽動だろう。

 躱すと予測された場所に先回りした一機、アストンがハンマーチョッパーを振りかぶる。

「これでッ!」

 この戦闘を終わらせる一撃を――

『アストン!ストップ!』

 止めた。

 それは耳に届いたタカキの声でもあるが、何より突如として目の前に現れたMSを見たことによって、でもあった。

 ガンダムグシオンリベイクフルシティ。テイワズの下で改修され、装甲と出力、ついでにゴツさまで強化された鉄華団二機目のガンダムフレームだった。

『礼を言おう』

『必要ねぇ。団長にはあんたを殺させねぇよう言われてるだけだ。大事な商談相手だからってな』

 グシオンリベイクフルシティのパイロット、昭弘・アルトランドは素っ気なく返す。仕方がない。彼の心中は、さほど穏やかではなかったのだから。

『昭弘さん。火星のみんながここに?』

 位置の関係上近かった為、MWで駆けつけたタカキが聞く。

『いや、それなりの人数で、な』

 それよりも、と。未だ激しい衝突を繰り返す方を見ながら、昭弘は何が起きているのかを聞き返した。

『タカキ。あれはどういうことだ?』

 さっきのルナの通信は昭弘も聞いていた。

『そうだ、止めないと。アストン』

『いや、そうだろうけど……』

 昭弘の言葉で思い出したかのようにタカキは呼びかけたが、そこでアストンが動くのを躊躇うのも無理はない。

 止めるにせよ何にせよ、この時誰も、ルナが何故このような行動を起こしたのかは知らなかったのだから。

 

 

『ちょっと三日月!なんで仲間とやりあってんの!?』

『ラフタ?』

『ほんとに、一体何がどうなってるんだい?』

 どちらかが力尽きるまで続くかと思われた闘いはラフタとアジーの介入で幕を閉じた。

『良くわかんないけど、とりあえず抵抗しないでね?』

「……」

 機体性能も含めて分が悪かった三日月との戦闘。そこに援軍が来れば、結果は見えている。ルナは早々に武装解除した。

『すいません三日月さん。敵、見失いました』

『あーうん。大丈夫』

 戻ってきたハッシュも合流し、その場はひとまず収まった。

 何が起きているのかを把握できる者はその場にはいなかったが、それも分かれたもう一方がどうにかするだろう。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 時を同じくして、地球へと降りた鉄華団の別働隊。

 副団長の一人、ユージン・セブンスタークともう一人の副団長、ビスケット・グリフォンによって、ラディーチェが行ったガラン・モッサとの契約が顕になった。

 ラディーチェは念の為調べておいたガラン達の隠れ家の場所を提供したが、ユージンは落とし前をつけさせることを宣告した。

 

 

「で?どうすんの?」

 ユージン達と合流した後。三日月は両手を拘束したルナの前で現指揮官のユージンに問うた。

「三日月達は、あのラディーチェって奴から聞き出した地点に向かってくれ。敵のボスは昭弘がやる。それでいいんだな?」

「あぁ。頼む」

 彼には原作の時ほどの激しい感情は見受けられない。だが、自分の仲間を、家族をヒューマンデブリの時のように扱い、利用したことに憤慨していたのは間違いなかった。

 的確な指示だったが、三日月が聞きたいのはそこではなかったはずだ。それはユージンも理解している。

「問題はこいつか」

 胡座を掻き、後ろに回した両手を気にすることなく真っ直ぐに睨む少女。ルナと視線を合わせていたユージンはビスケットに顔を向ける。

「ビスケット、こいつのこと――」

「あの……」

 言い切るより先に、手を挙げて割り込んだのはタカキだった。

「俺に任せて貰えませんか?」

 皆、タカキから大体の状況は聞いていた。

 ルナが鉄華団に仮入団したこと。この半月弱、味方を最大限守りながら闘ってくれたこと。そして三日月と剣を交えたことも。

 この場の誰もが、この赤髪の少女に関して気になる部分があった。

 ユージンは優先順位を頭の中で付け直す。

「とりあえず、最優先なのはガラン・モッサのことかな」

「先に言うなよッ。まぁそういうわけだ。タカキ、そいつはひとまず任せる」

「了解」

 ビスケットから先を越されたことを些か気にしているようで、ユージンは声を張って周囲へ行動を促した。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 さっきまでMSが置かれていた倉庫で、タカキとルナが目線を合わせて地面に座っている。腰を下ろしたタカキの後ろにはアストンが立っていた。今回の追撃戦に参加しなかったのは、このらタカキの付き添いが理由でもある。

「ルナは、なんでこんなことをしたのかな?」

 温厚な彼らしく聞かれ、ルナは視線を下げる。彼女の頭にはあの夜に言いかけた言葉が浮かんでいた。

「……タカキさんは優しい。優しすぎます」

 その言葉でタカキと、アストンも記憶を蘇らせる。

 

「……だから、気にしなくていい」

 

 これが、彼女があの日言いかけた言葉。

 どういう意味なのか。アストンは彼女と同じく胡座を掻くタカキに目を向ける。判断は、タカキに任せようと。

 それに対しタカキは、ルナという少女のことを考えていた。

 彼女は命令を果たすために戦った。命令――みんなを守る。

 あの時、彼女は言った。――そいつはみんなに入ってない、と。

 今思えば、この一ヶ月以上も続いた戦闘で、ルナは、誰一人殺していない。それは敵、ギャラルホルンを含めてのこと。

 優しすぎる。その言葉が示すのは?

 腕を組んで絞り出すように、タカキは思考を続ける。そして、一つの仮定を得る。

「全部、自分の責任。ってことにしたい」

 まさか気付かれるとは思っていなかったのだろう。ルナは思わず視線を上げた。

「ルナ。君に命令したのは俺だ。だから、その責任は俺が取るべきことだよ」

 そう、彼女は守ろうとした。みんなを。鉄華団を、そして戦う必要のないギャラルホルンを。

 ある夜に、ルナはガランの思惑を知った。生まれつき耳が良かったのが幸か不幸かは判断しかねることにだが。

 そこで彼女は、ガランが真に敵であると認識し、自分が出来ることを考えた。

 あの日、タカキとアストンのテントを訪れたのは、そのことを相談する為だった。しかし、彼女なりに失敗のリスクを考えた。

 仮に二人を巻き込んでガランと戦うとなった場合。今戦っているSAU、ギャラルホルンの部隊を含めて敵にすることになる。そうなれば、当然味方の死亡率も上がってしまう。

 そこまで考えてルナは、たとえ失敗しても誰も死なない、独断専行という道を選んだ。もしも自分が危なければ、すぐに逃げるつもりだった。

 タカキの言葉を否定しようと口を開く。だが声を発するより先に、いつの間にか立ち上がっていたタカキの手が頭に置かれた。

「ごめん。全部ルナに押し付けて。俺は何もできなくて、ルナにまで頼って。本当に、ごめん」

「……」

 だから、優しすぎる。

 その手の温もりをルナは知っている。形も使い方も違うけれど、身に覚えがあった。

 タカキの手は優しい。あの時、自害を選んだ自分を止めた、あの優しい拳のように。

 

 

 ✕✕✕

 

 

「くっそ、こんなはずじゃ」

 事実上初めてのMS戦闘の中、ハッシュは恐怖に押されていた。

 シールドもソードメイスも奪われ、もう後がない。

 自分へと向けられたピッケル。命を刈り取る一撃は、大きな衝撃と共に遮られた。

 敵機と自分の間に立つ白い背中。不甲斐ない自分を守ってくれた存在に、ハッシュは思わず零す。

「三日月さんッ」

 だが、そんな彼の感動を知るはずもなく、三日月は舌打ち混じりに呟く。

『邪魔』

「え……」

 もう既に後ろは見ていない。眼前の敵を叩きのめす為に、バルバトスルプスは進む。

 その光景が、後ろ姿が彼の憧れと重なり。ハッシュは声にならない感情を吐き出した。

 

 

「くそッ。機体の反応が悪いか」

 眼前に迫るハルバードを自分のピッケルごと空へ弾き、ガランはライフルで威嚇しながら距離を開ける。

 整備が完璧でない所為か、昼にロディから受けたダメージが機体の性能に見受けられた。

『身内が死んで仇討ちか。お前は実に真っ当だ』

『うおぉぉぉ!』

 装甲に当たる弾丸を意に介さず、グシオンはゲイレールに接近する。

『だが、戦場ではまともな奴から死んでいくのが常――』

 グシオンの拳がゲイレールの頭部を捉えたが、致命傷にはなっていない。ライフルも捨て、スラスター出力を上げて後退する。

 だが逃がさない。昭弘もまた、加速して追う。

『己が正義を守らんと、もがく奴から、淘汰されていくのだ!』

 引き付けた。これで回避は出来ないだろう。

 急ブレーキと共に、展開式のシールドアックスを、ガランは右手で横薙ぎに振り払う。

 ――捉えた。その感触は彼の知っている仕留めたものではない。

 メインカメラが、今切り付けた対象を捉える。

 巨大な、爪。いや、ハンマーのような、ハサミだった。

『よかったな。あんたはまともで!』

 開かれた破壊の刃はゲイレールの腹部を捉える。ギシギシとフレーム諸共を潰す音が、徐々に狭まるコクピットの中まで、その死の近付きを知らせていた。

『お褒めに預かり感謝するぜ。名も知らぬ小童よ』

 潰れゆく機体の中で、ガランは迷いなく操作する。

『この老頭児の死は必ずやお前の未来の姿となる』

 モニターに表示された文字列は、たった一つのアクションを待つのみとなった。

『昭弘っ!』

 駆けつけたラフタの声が耳に届くとほぼ同時、目の前の男が微かに笑った気がした。

『さらばだッ!』

 ――悪ぃ……ラスタル。

 間近にいたグシオンを巻き込み、ゲイレールは爆散した。

『昭弘〜!』

 コダマする声に応えるように、爆煙と火炎の中からグシオンは現れる。

『平気だ。俺は、生きてる』

 その言葉にたった一人の男の手によって十数名の家族の命が失われた。また彼は、守ることができなかった。その事実があの時、手が届かなかった弟を思い出させる。

『そうだね。あんたは生きてる』

 それでも、昭弘は生きている。守りたかったものを、少しずつ失いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 




あれ?主人公……。
いやしょうがないですよね?だってギャラルホルン、というかアリアンロッドが全然動かないんですもん。
感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

厄災前の約束

作者はロリコンではありません。





 ガラン・モッサが死に、一ヶ月が経った。

 アリアンロッドで涙を堪えたジュリエッタと何かを隠したリヒトは、今までにも増して訓練に明け暮れる。

 彼の中にあるのはアストンを救えなかった自責の念と、後に来る厄災への覚悟だった。

 ガランが死んだ報告を、ラスタルは何故かリヒトも呼んで行った。そこにどんな意図があったのか。リヒトには分からなかったが、少なくともあの男の死は原作と変わらぬもの。

 すなわち、例の内戦で死んだ者もまた――。

「次は、絶対に。あのバカを止めて救うッ!』

『何の話ですか!』

 独り言のつもりだったが、後半からは聞こえていた。

 ジュリエッタは怒りを力に変え、突き出したソードはシミュレーションで正確に作られた敵のコクピットを貫いた。

『機体、大破』

「あー……くそッ」

 悪態をつきながらシミュレーターを降りる。三時間ぶっ続けで戦った相手を横目に、リヒトは手元のストローに口をつけた。

「訓練か。精が出るな」

 並ぶ二人に対しての声は、どうやら上から来た男のもののようだ。

「ヴィダールさん」

「さん付けはよせ。そこまで礼を払われる謂れはない」

 軽く応える仮面の男。それに不満そうなのはジュリエッタだ。

「全く……なぜこうも言っていることがめちゃくちゃなのでしょうか」

「ホントですね」

「あなたのことなのですが」

 と、どうやら不機嫌の矛先はリヒトらしい。

「兵としての力はいらないと言っておきながら」

 彼女が言うのはリヒトという男を初めて認識した時のことだ。あの時、彼は自分のすべき事は他にあると言ったのだが。

「要らないとは言ってませんよ。ある程度は必要です」

「ある程度、とは?」

 質問の主は意外にもヴィダールだった。

 彼は彼で、リヒトという男に興味がある。何せラスタルも、そして恐らくジュリエッタもその道で認めている力の持ち主なのだから。

「そうですね。まぁ、先輩を倒せるくらいには」

 かつてない挑発に、ジュリエッタは怒りを隠すために鼻で笑う。

「あれ以来、私に一太刀も当てられないあなたがですか?」

「俺が使うのは弾丸ですけどね?」

「ものの例えですっ!」

(わ〜、分かりやすい)

 内心ほくそ笑みながら、リヒトは持っているドリンクを一気に飲み干した。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 例の戦いの傷を忘れるには、もう少し時間がかかるだろう。いや、あるいは忘れない。

 それ程の変化が、鉄華団には起きていた。

 まず、タカキが脱団した。

 彼曰く――「今回の件、全部の責任は俺にあります。味方を死なせたことも、団長に相談しないで彼女を巻き込んだことも……」

 ラディーチェに落とし前を付けさせたタカキは、やはりルナに対して負い目を感じていた。仕方がなかったとはいえ、あれだけの重荷を彼女一人に背負わせたのだから。

「それに、俺はこれ以上、背負える気がしません」

 負い目と同時に、タカキは自らの命令で死んでいった仲間を思う。もっと自分がしっかりしていれば。そんな後悔が、彼の足を、意志を鈍らせた。

 ――「タカキには、守るべき家族がいる」

 そう言ったのは、ルナだった。アストンと共に地球へ来た団長オルガ・イツカと話したのは、彼女なりの恩返し。それだけしか出来ずとも、タカキとフウカに感謝していた二人は、精一杯の行動で示したのだ。

 元々、去る者を止める気の無かったオルガに言っても、それは無意味だったが。

 しかし、その説得はタカキの一言で意味を成すことになる。

「俺に頼む権利がないのは分かっています。でも、それも踏まえて、オルガさん。ルナを、雇ってやってください」

 鉄華団に起きた変化の二つ目。

 少女、ルナの入団である。

 タカキが頼んだのはルナに対する償いだけではない。彼女は誰かに迷惑をかけることを拒んでいた。それは自分を救った男の下にいることを避けた所から知れる。

 ルナは初めから鉄華団への入団を希望していた。自分で働いて生きていくことが目的だと、タカキは察している。

 ルナは、彼の命令を果たした。みんなを守ってくれた彼女に、タカキは報いたかった。

 一方、オルガにとってルナの入団はかなり難しい問題だった。

 まず原則を破ることになる。オルガ自身の信念が揺げは、やがて鉄華団全体の歪みになりかねない。それは避けるべきではないかと。

 次に、男所帯である鉄華団に入れて良いものかということ。確かにメリビットやアトラはいるが、それはあくまでも非戦闘員。いくら阿頼耶識を持っているとしても、彼女を戦場に送るのは団長として胸を張れる行動なのか。

 悩むオルガの背を押したのは、三日月だった。

「俺が面倒見るよ」

「……は?」

 もちろんオルガが入れるって言うならだけど。三日月がオルガに向ける目はいつもと変わらぬ、問う瞳だった。

 オルガが驚いたのは言うまでもない。三日月が誰か一人に対して興味や関心を抱いたのを、彼は少なくとも自分に向けられた(それ)しか知らなかった。

 ――珍しく、ミカの意見だしな。

 ルナとタカキを呼んだ彼は、片目だけで少女を見つめた。

「鉄華団は、働きに見合った報酬をやる」

 みんなを守ったルナの功績は、評価に値するとオルガは告げた。

 

 

「アストン……」

 鉄華団が地球を発つ少し前。タカキは離れる友たちと顔を合わせていた。

 目の前の二人、ルナとアストンは目を背けることなく向かっている。

「今までありがとう。おかげで楽しかったし、最後まで戦えた」

 心からの感謝。初めて向けられるそれに、アストンはむず痒い頭を掻きながら少しだけ下を向く。

「こっちこそ、楽しかった……」

 彼らしいなとタカキは微笑み、アストンの隣に立つルナを見る。

「ルナもありがとう。ルナがいなかったら、多分、もっと酷いことになってたかもしれない」

「……私の方こそ、ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げる少女に、タカキも同じ様に応えた。

 これで、会うのは最後かもしれない。そう思うと、何やら込み上げてくるものがある。

 ルナが顔を上げたと同時、タカキは二人の肩を寄せて抱きしめた。身長が違う所為でアストンは膝を曲げながら立つ状態だ。

「本当に、ありがとう……元気で」

「あ、あぁ」

「……はい」

 震える声で、それでもタカキは涙を堪える。これが今生の別れじゃない。それがどれだけ嬉しいことか。

 アストンもルナも、感情には疎いところがある。

 それでも、その時だけは、そっと手を回して応えた。

 

 

 ✕✕✕

 

 

「無理言ってすまねぇ。兄貴」

「気にすんな。むしろこれくらいの無理は可愛いもんだ」

 宇宙のとある空域で合流した鉄華団とタービンズ。オルガの兄貴分である名瀬(ナゼ)は帽子を片手で抑えながら控えめに笑っていた。

「それで。この子がルナちゃんか。よろしくな?」

「……よろしくお願いします」

 握手を求めた名瀬に対し、ルナはお辞儀で返す。何やら距離を感じる対応だが、発端は数分前に遡る。

 

 

 オルガはある意味自分を曲げてルナの入団を認めた。だがやはり守るべきところは守った方が良いだろうと。ひとまず報告すべきところ、すなわち兄貴に連絡を取った。

 都合がいい事に近くにいたタービンズは鉄華団のイサリビと並走。そのまま目的地までの被る道のりを進むこととなった。

『鉄華団で女がいると問題がありそうなのは、まぁ分かる。なら、いっそ俺が受け入れてもいいぞ?オルガ。お前らのおかげもあるが、こっちは阿頼耶識に対しての差別は無いしな』

 相談を受けて、名瀬が最初に提示した打開策はタービンズにルナを入れること。鉄華団の兄弟分なら異動も大した事にはならないだろうという判断だ。

『あ〜……えっと、兄貴』

『どうした?』

『この子が。嫌です、って……』

 申し訳なさそうなオルガの伝えた伝言に、タービンズの船、ハンマーヘッドのブリッジに笑い声が響く。

「ダーリン振られてやんの〜」

「しかも超年下に……プッ」

 あらら、と顔を人差し指で掻きながら名瀬は小さくため息をついた。

 

 

 と、こんなことがあったわけで。

 ルナからすれば、タカキに入れてもらったと言っても過言でない鉄華団から引き抜こうとした男にどうしても距離をつくってしまうのは無理からぬことだ。

「本人の意思もありますし。やっぱり俺で面倒を見ます」

「その方が良いみてぇだな。よろしくやれよ?」

「はい。むしろMSの件、任せちまってすみません」

「いいさ。それくらいお安い御用だって言ったろ?」

 ルナが自分の意志だけ告げてブリッジを出た後、オルガが名瀬に頼んだのはタービンズでも少し面倒な内容だったが、名瀬は快く了解した。

「ん?おい、ルナはどこ行った?」

 赤髪の少女は兄貴に頭を下げている間にいなくなっていた。自分の隣にいた三日月に聞くと、どうやらアミダが連れていったらしい。

 行き先は、タービンズの船だった。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 更に幾日かの時は流れ、昨日の明日は今日となっていく。

「……おかしい」

 一人自室で腕を組むリヒト。彼はここまでの状況整理と未来予測から、不可解な点を見つけた。

 MA(モビルアーマー)が、動かない。

 時期的にはそろそろのはずだった。ここまでの活躍で、ラスタルからもガランのことを教えられるくらいには評価を得ている。

 なのに、未だマクギリスの動向や鉄華団の情報が入って来ないのだ。

 実は自分の知らないところで話が進んでいることも考えたが、イオクがまだ動いていないためそれはないとすぐに分かる。

 少しずつ、だが確実に、彼の知る未来と食い違った世界は時間を刻んでいた。

 

 

 アリアンロッドには現在、二機のガンダムフレームが存在する。

 整備班はその所為もあり忙しなく動いていた。

 原因の一つ、ヴィダールの内部構造についてはパイロットにも手伝って貰いってどうにかするかという話が上がる。

 問題はあと二つ――もう一機のガンダムフレームと、グレイズの新型だ。

 同時進行とはいえ、完成が近い方からやるのは至極当たり前。面倒な部分が多いビフロンスを後回しに、少しずつ新型の方へと人員は割かれていた。

「問題はテストプレイなのよねぇ〜」

 デジタルファイルを片手に、ヤマジンは愚痴を零していた。聞き手はジュリエッタである。

「実践で試すのですか?」

「出来ればそれがいいんだけど、やっぱり難しいかな」

 ヤマジン曰く、新しい機体にテストプレイ、それも実際に乗ってのデータは必須。出来れば機体の力を最大限に引き出してくれる乗り手が欲しいようだった。

「まぁ、ボチボチ当たってみるよ」

「……そうですか」

 雑に返したジュリエッタの中では、もう結論が出ていた。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 さて、新しい環境には新しい問題が付き物である。

 月に到着した鉄華団もまた、新たな問題に衝突していた。

 ――そう、物理的に。

「これで!」

「……」

 獅電のパルチザンを太刀で弾き、背中に回り込むように移動する。

「ぬぉ!」

 ハッシュは持ち上げたパルチザンを強引に引き、左へ斜めに叩きつける。

 紅いMSは飛び上がって足元を狙った鈍器を躱し、重力に従って落ちる力を太刀に込めて下に払う。

「んぐっ」

 紙一重で地面を抉った刃から離れるように、ハッシュは後退した。

「……これ、使いやすい」

 自らの持つ武器を見ながら、ルナは感嘆の声を漏らした。

 

 ✕✕✕

 

 

 ルナの入団から二週間弱。タービンズより鉄華団にある贈り物が届いた。

「ん。紅い」

 火星ヤシを頬張りながら、三日月は目の前のMSを見上げる。

「紅いッスね」

「……紅い」

 そんな彼の後ろに並ぶ鉄華団遊撃隊長の部下二名、ハッシュとルナも続いた。

「名瀬がオルガに頼まれてね」

 三人と同じくMSに目を向けながら近付いてきた背の高い、体に傷のある女性。タービンズの一番の姉貴分、アミダは腰に両手を付けながら立ち止まった。

「オルガは?」

「名瀬と話してるよ」

「これ、タービンズで作ったんスか?」

「作った、って言うのは、ちょっと違うかな」

 タービンズでは阿頼耶識を搭載した機体は扱っていない。ココ最近鉄華団で主流になっている獅電も阿頼耶識を積んでいないのがいい証拠だ。

 しかしアミダが言うに、この紅いMSには阿頼耶識が搭載されている。オルガが名瀬に頼んだ無理とはこれの事だった。

「名前は睡蓮(スイレン)。ロディフレームをタービンズ式に改良した機体だよ。性能は漏影(ロウエイ)より高いって話だ」

 見た目はやや細身で獅電の様にも見えるが、全体的な形状は漏影に近い。カラーリングは紅をベースに、所々白いラインが入っている。

 ともあれこれは、タービンズと鉄華団。二人の大将がルナの為に用意した機体だった。

「……そう言えば、シノさん。……さっき、怒ってた」

「へぇ。なんでだい?」

「……見た目、被ってるって」

 

 

 正式に鉄華団に入り、ルナの生活は一変した。

 まず見た目。ボサボサだった髪はロングのままではあるが綺麗に切りそろえられ、後ろで一つに纏めても不潔感はない。

 服装もラフタが用意した黒のチューブトップを着ている。チューブトップの理由は、ルナ自身が動きやすい物を欲しがった為だ。

 そしてやる事も増えた。

 三日月のように特化した阿頼耶識での戦闘ができる分、ルナの仕事は訓練よりも他のことを優先的に回される。

 それが、炊事だ。

 前の船ではその辺の事もやらされていた為、包丁その他の使い方は上手い。アトラが軽く絶句する程に上手い。クルクルと、両手でバタフライナイフの如く回す姿には年齢の低い団員が食い付いて見る程だった。

「私の出番……」

 その傍らでひっそりと涙を流すアトラは、それでも手を休めず料理を続けていた。

 色々な問題は危惧されたが、思ったよりも早く、ルナという存在は鉄華団に馴染んでいく。

 そんなある日、ルナの目の前にハッシュが立った。

「俺と、勝負して下さい」

 三日月がテーブルで昼食を食べている中、身長差のあり過ぎる二人が向かい合う。

「三日月さんを越える前に、あんたを越えないといけないんで」

 ハッシュが年下に敬語なのは珍しい。理由は主に、三日月が自らルナを自分の下に置いたことだ。

 ハッシュはルナの強さを見ている。地球ではバルバトスルプスに乗る三日月を相手に一歩も引かずに戦っていた。彼女もまた、自分と違うことはすぐに分かる。

 気に入らないのが半分と、意地が半分。

 無論、倒せるなんて思ってもいない。それでも、戦えればその分だけ、憧れに近付ける。

「……いいよ?」

 彼の思いとは関係なく、ルナは承諾する。

 勝負するならシミュレーターで、ではない。阿頼耶識を使った実践。それはハッシュもわかっているだろう。

 未来を知る者の知らぬ間に、火蓋は切られた。

 




主人公ってなんだっけ……
感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

暗躍の配役

 鉄華団に睡蓮(スイレン)を届け終え、歳星(さいせい)に進路を決めたタービンズ。急ぎの用事はないが、ルナという存在をマクマードに報告するのが主な目的だった。

「暗号通信来ました〜」

 しばらくの移動時間の中、ブリッジに声が響く。名瀬(なぜ)が内容を聞き、アリアドネを使わずに送られてきた暗号文が読まれた。

『月は出ているか』

 身に覚えも、心当たりもない文章。文字通りの暗号だろうと思考を巡らせるが、やはり分からない。

 どうやら送り手は近くにいるらしく、映像通信を求められているようだった。

 名瀬の指示で、前方のモニターにフードを被った男が映し出される。

『タービンズのリーダー、名瀬・タービンだ』

『しがない民間の行商人だ。交渉がしたい』

 顔の半分を包んでいるため表情は見えない。

「名乗らないってのが、怪しいねぇ?」

「だな。けどまぁ、怪しいだけならいいんだが」

 アミダの意見に同意し、握った頬杖に体重を預けながら名瀬は先程の暗号文を思い出す。

 月、と言われれば、真っ先に思い浮かぶのはギャラルホルンのアリアンロッド。出ているかというのは、部隊が動いているかと聞いているように思える。

 だがもう一つ、月に関する事柄に思い当たる節があった。

『分かった。話は聞こう』

『感謝する』

 名瀬はフードの男を船に招いた。

 

 

「初めまして、だな」

「そうだな。悪いが名前は無い。どうしても呼びたければ“名無し”でいい」

 対話室にて。

 入口側のソファに座る名瀬とアミダ。二人の正面に“名無し”を名乗る男が座る。

「これから交渉するのに、名乗らねぇってのはどうなんだ?」

「非礼は詫びる。そちらが信用できないのは無理もないからな」

 言いながら男はフードを取り、黒い髪と緑色の瞳を顕にした。若い上に、それなりに整った顔立ちと健康的な肌を見る限り、劣悪な環境で生きてきた者には見えない。

 アリアドネの回線を使わずにコンタクトを取ってきた辺り、訳ありな話だと覚悟していた名瀬は少しだけ警戒を緩めた。

「で?信用も無しに交渉は、さすがにできかねるぞ?」

 が、あくまでも少しであった。目の前の男に対して一切の油断を見せない名瀬に、“名無し”の男は答える。

「もちろんだ。だから、賭けよう」

 言って懐に手を伸ばすと、男は拳銃を取り出した。

 一瞬で掴み掛ろうと立って身構えたアミダに、男の手にあるソレは放られた。

「⋯⋯どういうつもりだい?」

 装填されていることを確認し、右手で銃口を男に向けてアミダは問う。

「言ったろ?賭けると」

「つまり、それは“命を”ってことか?」

「あぁ。俺が危険だと判断したら、すぐに引き金を引いてもらって構わない」

「じゃあ聞くが、今ここでアミダが引き金を引いても文句はねぇんだな?」

 名瀬の言葉を聞いたアミダは人差し指をトリガーに掛け、照準を男の心臓に合わせる。

「少なくとも、話も聞かずに振り払うことはしないだろう。ってくらいには、俺はあんたらを信用してる」

 迷いも恐れも、緑色の双眼には見えない。それだけの覚悟があるのだと、名瀬もアミダも沈黙する。

 ひとまず銃を下ろし、座るアミダ。彼女が銃を置いた(のち)に名瀬が交渉の内容を伺う。

「マクマード・バリストンに会わせてほしい」

 対して、さも当然のように言い放つ“名無し”。警戒されていることを理解して尚、男は無理難題を平然と言ってのけた。

「⋯⋯」

 無言で真意と思考を吟味する名瀬。その心境は、正直、不快だった。

 覚悟と言えばなるほど、確かに立派だ。だが、ここまで無理な要求はいっそ無謀。何かしらの事情か、あるいは狙いがあるのだと再認した。

「俺らはクリーンな仕事をしてる郵送会社だ。だから、これはあんたが望んだやり方ってことにするが――」

 そして、テーブルに置かれた銃をアミダより先に取り、今度は名瀬がその銃口を男の眉間に向ける。

「偽りなく答えろ。何が目的だ?」

 ――動揺はなし、か。

 命を賭けるという言葉に嘘は無いらしい。男は目を背けることすらしない。

「⋯⋯家族を巻き込むのは不安か」

「あ?」

 男が口にしたのは、回答ではなく挑発だった。熱くなりそうな頭を深呼吸一つで落ち着け、名瀬はグリップを握り直す。

 カチャリという音に反応もせず、男は続ける。

「安心しろとも、信用しろとも言わない。あんたの要求通り言うなら――俺にはただ、守りたい女がいる。それだけだ」

 名瀬は目の前のバカな男の目を見る。

――どうやら本気らしい。

 タービンズのメンバーを“家族”と呼び、これだけの無茶に命を賭ける理由を“女の為”と嘯く。そんな目の前の(バカ)が、自分の知る男達(バカども)と重なった。

「……やっていることは非合理で気に食わないが、あんたが命を賭ける理由は理解してやれねぇこともねぇ」

 鉄華団(あいつら)名瀬(じぶん)も、家族()の為ならやりかねない。

 名瀬は右手の銃をアミダに渡し、空いた両手を胸の前で組んだ名瀬は告げる。

「あんたをマクマード(おやじ)に会わせてやる。ただしそこまでだ。それ以上は手は貸さねぇし、口も出さねぇ」

「問題ない」

 立ち上がった二人は握手を交わす。

 あくまでもタービンズは案内であって紹介はしない。マクマードに会って以降は“名無し”が自分でやる。危ないヤツだと分かればそれ相応の対応をする。代わりに今とりあえずは様子を見る。

 お互いの妥協点で交渉は終結した。

 

 

 ×××

 

 

「よぉリヒト、お疲れ様~」

 小型輸送船の操縦室で、同期が軽薄な挨拶を向けてきた。

 タービンズとの交渉を終え、今はハンマーへッドの後方に続きながら歳星(さいせい)へと船は進む。

「しっかし、まさかこんなことに巻き込まれるとはな~」

「悪かったな」

 操縦桿を握りながら愚痴を零す同期の隣で、リヒトはデジタルファイルを読んでいる。同期が文句有り気に言うのは行商を装うのに一人では不自然な為に同行させられたからであった。

 ギャラルホルンである彼らが正規ルートを通らないタービンズに接触し、さらに歳星へと向かっているのは、彼らが軍から自由行動を認められていることを意味している。

 この二人の一兵の独自行動は、またしてもリヒトがラスタルに直談判を断行して得た自由だった。

 

 ガンダムフレームのヴィダールの整備が原作よりも遅まきながら終了し、イオク率いる隊がとあるコロニーでの抵抗運動を止めに向かったその前日。

 リヒトはラスタルと、その後ろに立つヴィダールの前で言った。

「俺はヴィダールの正体を知っています」

 ラスタルは情報の信憑性を確かめることはせず、ただ目的を聞く。

「俺に、マクギリスと鉄華団について調べさせてください」

 もちろん足跡は付けない、と。彼は何度目かになる直談判で頭を下げた。

 ここ数日、ラスタルはリヒトという謎の男について考えることがあった。ただの一兵でありながら、それこそ地球でイオクを動かしたときの手腕と情報源。彼の過去を調べてもヒントになるようなものは見つからなかった。

 ――あるいは、ここで秘密裏にマクギリスと鉄華団の情報を得るのは得策やもしれん。

 この男がしくじったときの対応策までを考えて、ラスタルは承認した。

 

 と、こんな経緯で秘密裏に自由行動を許されたリヒトは民間の行商を偽り、火星に向かっていた。

 だが道の途中、彼らはタービンズの船を偶々捕捉する。もとより怪しまれぬようにギャラルホルンが使う正規ルートを外しながら移動していた為、偶然にもハンマーヘッドを見つけた。

 当初はルナの安否を確認するために火星を目指していたが、予想していなかった邂逅に予定変更。今後のことを考えて、リヒトはテイワズ、マクマード・バリストンに手を回すことにしたのである。

 

 

「名瀬。さっきの……」

「あぁ、十中八九、ルナの関係者だな」

 客人が去った部屋で、安い酒を舐めながら名瀬は呟く。

 あの通信、内容自体はよく分からなかったが、月という言葉が引っかかる。

 テイワズかタービンズ、もしくは鉄華団に関する月といえば、アリアンロッドかあのルナという少女だろう。彼の覚悟の言葉も含めれば仮説にも信憑性が出てくる。

「オルガがあれだけ気にしてた子だ。何かあるのかもな」

あちらへの警戒も必要かと、名瀬はグラスに口をつけながら考える。

 先日届けた睡蓮(スイレン)も、思えばオルガに頼まれた品だった。

『あの子を死なせない為の力が必要なんです』

 ふと、ルナが入団した時にオルガから頼まれた時のことを思い出す。

 意地を通すことに拘るオルガが意地を曲げて迎えた少女。聞いた話ではバルバトスとやり合って生き延びているとか。さほど深くは考えていなかったが、今更ながらルナという少女の異様性に気付く。

 守りたい女か……と、持ったグラスを照明に透かしながら名瀬は呟いた。

「しかし、守りたい女があの子なんだとしたら……むしろ親って感じだな」

「確かにね?」

 何やら懐かしさが込み上げた名瀬は、隣で笑うアミダと静かに唇を合わせた。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 鉄華団が普段からMS訓練に使っていた岩場。開けた地形の中心部で、幾度にも渡る凶器の接触が甲高い音を奏でる。

「ったく、誰が直すと思ってんだか……」

 おやっさんこと、ナディ・雪之丞・カッサパは動き回るMSを見ながら、誰に言うでもなく呟いた。

 彼が仕事の手を止めて見ているのはサボりではない。鉄華団の職場では今、ぶつかり合う二機に目を向ける団員が散らばっている。副団長ユージンの指示で、現在はルナとハッシュの対戦を観戦することが許されていたからだ。それはオルガとビスケットが事務室で仕事をしている為、こちらでの対応はユージンに一任されていたからできたことでもある。

「すげぇなあれ。もしかして俺らより強ぇんじゃねぇか?」

「かもな」

 鉄華団で隊を率いるMS乗り、昭弘とシノも同様である。

 ガラン・モッサが暗躍した件。その時にルナの力を直に見ているものは少なく、シノもまた、初めて彼女の実力を目の当たりにした。

 戦い始めて15分といったところだろうか。未だ両機に目立った外傷はない。決して片方が防戦一方だからではなく、むしろ双方が積極的に攻撃している。

 故に、実力差がはっきりと分かる。

 ルナの睡蓮(スイレン)はダメージを受けていない。ハッシュの乗る獅電(シデン)のパルチザンを正確に躱し、弾き、防いでいる。

 逆に、ハッシュ側がノーダメージである理由。それは、ルナの行う全ての攻撃が寸止めなのだ。そして頭部、腹部、胸部、腕部、脚部と。狙われた箇所も致命傷にならないよう最善の注意が払われている。

 地面に対して水平に構えたパルチザンが鋭い突きを放つ。睡蓮(スイレン)は時計回りに体を回し、右手に持った太刀をそのまま流れるように振る。

「くぅッ」

 刃が首まで届く僅かな時間に、獅電(シデン)は身を屈めた。頭上で止まる太刀を無視して、自分の右側にいる敵機に肩をぶつけるべく加速する。

 いち早く反応したルナは後退。体当たりを躱し、ブレーキを掛けるハッシュに素早く接近し直す。

 僅かな差異はあれど繰り返される酷似した光景に、団員達のほとんどが息を呑んでいた。

 通常、模擬戦でもMSでの戦いは本気で行う。ラフタやアジーが鉄華団のパイロットに教える様を知っているのだから、彼らはどれだけこの戦いが異常かを把握しやすい。

 MSで寸止め。言うのは簡単だが、難易度は難しいというには生温いほどのものがある。

 いくら阿頼耶識を使っているとはいえ、ここまでの精密かつ素早い動きを歪みなく繰り出せるルナという少女は本人達が思ったように、昭弘やシノの実力を超えている。整備不足のランドマン・ロディで三日月のバルバトスと立ち合うなど、一体この世界で何人ができようか。

 

 もともと、ことの始まりはハッシュがルナに宣戦布告したことである。それは普通ならば止められるような内容だった。

 だが要求は飲まれ、現にこうして戦いは続いている。

 その許可を出した張本人。三日月・オーガスも二人から目を離さない。

 今日の昼。ルナが返事をした後、団員内で止めるような雰囲気が流れたのを、三日月が立ち上がって制した。

 三日月はユージンに頼み、この模擬戦の許可を得る。その際、団員達の観戦も条件に入れていた。

「ねぇ三日月。なんでハッシュくんとルナちゃんが戦うのを許したの?」

 彼の隣で同じように戦況を眺めていた少女、アトラが口を開いた。そのことについて興味があったらしく、昭弘とシノが答えを聞こうと近付いて来る。

「これが一番手っ取り早いから」

「どういう意味だ?」

 昭弘に追求され、特に拒むことなく三日月は続ける。

「ルナが鉄華団にいるためには、こうするのが早い」

 説明としては言葉が少なかったが、他の三人はそれだけで十分だった。

 ルナの実力を真に知る者は少ない。その上、鉄華団では例外的な女のパイロット。団員達の接し方に複雑なところが見えるのは地球での時と変わらない。

 それをどうにかするには、こうして直に見てもらうのが早かった。というのが三日月の意見である。

 彼女は強い。彼自身手合わせしたことで理解している事実を、三日月は団員達に見せつけた。成果は十分にあり、今この場にルナを鉄華団には要らない存在だと思う者はいない。

 ただ、そうなると気になるのはハッシュのことだ。

「それじゃハッシュがただの噛ませ犬みてぇだな?」

「まぁやるなら誰でも、それこそ俺がやっても良かったけど」

「それは……」

「ハッシュには聞かせられないな……」

 負かされてダシに使われた挙句、別にお前じゃなくても良かったなど酷すぎる。

 苦笑する昭弘とシノを見てから、三日月は反対側のアトラにも目を向けた。

 二人の表情の意味が全く分からなかった三日月には、隣で頬をリスの如く膨らませるアトラの感情を理解できるはずもなかった。

「アトラ?どうした?」

「別に。三日月もルナちゃんが気になるんだと思って」

 ただでさえ最近炊事係としての株が取られ始めていたアトラがルナに嫉妬するのは仕方のないことである。

 そんな彼女の事情を知るはずもなく、三日月はただ考えるように空を見上げていた。彼には、“気になる”というものがどんなものなのか分からなかったのだ。

「こちらにいたのですね」

 後ろから聞こえた声に四人は同時に振り返り、声の主と目を合わせた。

 こんにちはと挨拶を交わすのはクーデリア。オルガに用事を終えた帰り、皆の手が止まっていることに気付きこちらへ向かっていた。彼女もMS訓練があることは知っていたが、観戦する者が多いことを不思議と感じている。

「誰が戦っているのですか?」

「ハッシュとルナ」

「ルナ?」

「最近入った子」

 三日月の淡々とした答えにクーデリアは少し悩み、あぁと何かに気付いた声を出した。

「ルナ、とは、確か“月”という意味でしたね」

「月?」

「ええ。“三日月”と同じですね」

「……そっか。クーデリア頭良いな」

「え……え?」

 困惑が照れに変わった。何をどうして褒められたのかが分からないクーデリアを気にすることもなく、三日月は言う。

「ルナは、俺と同じなんだろうな」

 地球でタカキから話を聞いた時、三日月は無意識下でそう思った。

 ルナと三日月。命令を受け、達成すべく尽力する姿は確かに似ている。

 だが、似ていることは違うことの証明ともいえる。三日月はクーデリアの言葉を使って“同じ”と言ったが、正しくは“似ている”と言うべきだろう。

 二人の違いは、動く理由だ。

 三日月はオルガの命令で動く。三日月自身が心に決めた覚悟故、そうすることに迷いはない。

 ではルナは?彼女に命令していたタカキはもういない。仮にオルガやユージンの命令で動くとしても、そこに三日月のような潔さは見られないだろう。

 だからこそ、彼は彼女が“気になった”。同じでありながら違う彼女に、彼は何かを思ったのだ。当の本人、三日月自身は自覚していなかったが。

「まぁだから、ルナは俺が面倒見る」

 オルガに言った言葉を繰り返して、三日月はルナの乗る睡蓮(スイレン)を見る。

 ルナは左手で、パルチザンを持った獅電(シデン)の右手を掴むと、進もうとする勢いを利用して自分の後方に引き込む。

 武器を封じられバランスも崩れているハッシュはシールドを前に向けるが、それより先にルナが一歩分間を詰めた。

 睡蓮(スイレン)の太刀は、獅電(シデン)のコクピットの寸前で止まる。

 この戦闘で初めての急所への寸止めは決着を意味していた。

 

 




ようやくリヒトが動きました。
ギャラルホルン側と鉄華団側の話をどっちかでも省くと色々と繋がらないので、かなりゆっくりにはなりますが両サイド書く感じで進めていきます。
感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

眠り覚める者

 テイワズの本拠地といえる巨大な船、歳星(さいせい)

 検問を通って入ったある部屋で、リヒトは名瀬(なぜ)、アミダと共にマクマード・バリストンと顔を合わせた。

「一応話した通りだ。ルナって子が鉄華団に入った」

「女がか?いくら少女だと言っても、普段ならお前が面倒を見そうなところだが」

「提案はしたんですけど、本人から断られたんで」

 ここに来る途中に通信でアポを取っていた名瀬は、ルナと自分の後ろにいる男の関係性を確信はないが伝えていた。

 本来ならスパイを疑う所だが、交渉の時に見た目と、あからさまに怪しい行動がスパイらしからぬと名瀬は結論付ける。ついでに反応を見る狙いもある分にはあったが、“名無し”の男は何もリアクションを取らなかった。

「で?そっちの若いのは」

「おやじと話がしたいんだと」

「初めまして。フリジア商会の者です」

 “名無し”の男はゆっくりと頭を下げる。

 タービンズ艦での交渉の時、名も無い商談相手を信用できないと言われれば確かにそうだと、リヒトは見繕った社名を語る。もちろん、そんな商会は初めから存在しない。

「聞かない名だな」

「新設されたばかりの、しがない行商ですから」

「それじゃ、俺らは席を外します」

 言って、名瀬とアミダが部屋を出た。

 二人だけの部屋で、マクマードがソファに座るよう求める。

「全く知らない相手だ。普段なら追い返すところだが。名瀬の案内で来たなら、それなりの話があるのだろう?」

 リヒトが知る限り、マクマード・バリストンは温厚な性格ではある。ただしこういった、仕事が関係する時には話が別だ。

 巨大な組織を纏める力を持った者の風格が、圧力となって身を固める。

 緊張を悟られぬように気を払いながら、リヒトは切り出した。

「新設と言っても、こちらにはそれなりの情報力があります。例えば、今鉄華団に任せれている火星の開発について、とか」

「……」

 意図的に不敵な笑みを浮かべるリヒトと、真意を覗こうとするマクマードの視線が交差する。

 テイワズ内でもかなり大きな仕事を鉄華団に任せた。この事実は別段秘密にしているわけではない。だが、決して大っぴらにしているわけでもなかった。

 それこそ、鉄華団の名が広まっていることを利用した節はあるが、開発の内容、その細部までを宣伝して回ってはいない。

 男の情報源に思考を巡らせるマクマードに、リヒトは続ける。

「情報があるというのは、それだけで儲かります。過去から今を、今から未来を知ることすら、膨大な情報があれば可能ですから」

「つまりあんたは、その膨大な情報の中にテイワズが買い取るであろうものがあると言いたいのかな?」

 いえ、とリヒトは笑顔で否定する。

 それにマクマードは僅かに目を細めた。

 ――この男、さっきから怪しさを自ら演出しているな。

 まだ本名も知らぬ目の前の若者は、不敵な笑みを崩さない。鉄華団についての情報があると言った時も、わざとこちらを探るような口振りで話していた。名瀬からの通信から聞いた話では“名無し”と名乗っていたようでもある。

 およそこんなに怪しい交渉相手はそうはいない。

 基本的に交渉とは信頼関係で行う。信じてもらう為に策を弄し、時には騙すこともやってくるのが商人だ。

 しかし、眼前に構える若造は違う。

 信じてもらう為、どころか逆に信用できない要素だけを見せてくる。こんな相手との商談、蹴ってしまうのが得策。

 だが、まだ始まってもいない話を切り捨てるには早いと、マクマードはリヒトに問うた。

「それじゃあ、何が目的だ?」

「大層なものではないです。ただ、マクマード・バリストンは、未来投資にご興味はお有りかと」

 

 

 ✕✕✕

 

 

 大した外傷もない睡蓮(スイレン)獅電(シデン)は整備班に回された。

 MSを降りた二人が三日月の元に集まる。

「おつかれ」

「……はい」

「うす……」

 ルナとハッシュがそれぞれ返す。ルナは平常運転だが、ハッシュは心なし落ち込んでいた。

「気にすんなって。こいつに勝つの、多分俺でもムズいからよ!」

「あ、いえ……それは気にしてないんスけど……」

 気を遣って肩を組んできたシノに、ハッシュは申し訳なさそうに応えた。

「あの、ルナさん。今の勝負はルナさんは受けた立場だと聞いたのですが」

「……はい」

「なぜ受けようと思ったのですか?」

 少し離れた位置で、ハッシュに聞こえないくらいの音量で話し始めたクーデリア。彼女は三日月の話を聞いたが、ルナ自身はどう思っていたのかが気になったのだった。

 アトラも知りたいらしくルナへ寄る。ルナはクーデリアの声に合わせて静かに答えた。

「おやっさんが、戦闘データが欲しいって言ってたから」

「あー……」

「そ、そうですか……」

 三日月はハッシュに少しは慈悲の心があったようだが、彼女はそもそも彼のことを見てもいなかった。

「これ、流石に言えないですよね」

「ええ。本人の為にも」

 ヒソヒソと話すアトラとクーデリア。二人が目線を向けているのは、シノに絡まれながら昭弘や三日月と話しているハッシュだ。

「気にしてねぇって、じゃあ何で落ち込んでんだよ?」

「最初から勝てるとは思ってなかったんスけど、ここまで手抜かれて手も足も出ないのは流石に堪えるというか……」

「無理もない。お前も見てたろうけど、あいつ、三日月とやり合えるくらいに強いからな。機体も睡蓮(スイレン)の方が性能が高かった」

 明弘のフォローを素直に受けることにしたハッシュは、自分が目標とする三日月の背中を見ていた。

 

 

 

 ✕✕✕

 

 

 

 ハッシュ対ルナの戦闘が終わってから誤差数分。オルガに二つの伝令が入った。

 一つ目は歳星(さいせい)から、本格的に調べてもらうべく火星で見つかった三機目のガンダムフレームと共に送っておいたMWもどきについて。

 正体不明でコクピットもなかったそれを起動したところ、MWもどきは制御不能で暴れ回った。解析に回してもテイワズの過去の資料に情報もなかったらしい。

『ギャラルホルンのカルテなら何かしらの記録があるかもしれないんだけど』

 鉄華団から整備班代表で歳星(さいせい)にいるヤマギの伝言を聞き、オルガはマクギリスに連絡を取ることを考えた。

 その予定を早める必要性が出たもう一つの知らせ。それはビスケットの口から告げられた新しい発掘体の発見だった。

「形状は、全体は見えないが人型らしくない。それとかなり巨大であると推測できる」

「で、そいつが例のMWもどきと関係があるらしいんだったか」

「恐らくね。近くで数体、同じものが見つかっているからね」

 オルガが連絡を取ったマクギリスは快く調査への助力を約束した。

 

 

 数週間後、マクギリスの火星到着ともに発掘体の調査を開始する。

「なにか心当たりがあるのか?」

「あくまで君たちから聞いた話をもとにした推測だが、今から見に行くものの正体は、MAだ」

「モビル⋯⋯アーマー?」

 移動中の車の中で、オルガは首を傾けた。

 一つの車両に乗っているのはオルガ、ビスケット、マクギリス、石動、そして三日月。その後方に続くもう一台には副団長のユージン、三日月の部下ハッシュ、整備班からザックが搭乗していた。

 ルナが不在なのはMSなしでの行動の為。三日月もバルバトス無しではルナと大した差はないが、マクギリスからの要望により同行している。

 件の場所へ到着すると、ビスケットの話通り見たことのない形の機体が半身以上を埋めて存在していた。

「さっきも話したが、これはあくまで鉄華団への協力って形を取ってもらう。万が一の時の指示その他は聞いてもらうぞ」

「構わない。代わりに発掘したいくつかの機体を解析に借りていくことは守ってもらいたい」

「問題ねぇ」

 既に済ませている話し合いを再度確認し、調査を開始する。

 ――はずだった。

 突如として現れたMS軍に、一同は身構える。

『ギャラルホルン、アリアンロッド艦隊所属、イオク・クジャンだ。マクギリス・ファリド、貴様を拘束する!』

 流れてきた通信の声に耳を傾け、マクギリスが答えた。

「私が何をした?罪状もなく拘束される言われはない」

『惚けるな!七星勲章を秘密裏に入手しようとしていることは既に分かっている!』

 オルガが小さく聞いた七星勲章について、マクギリスに代わって石動が説明する。

 七星勲章とは厄祭戦時代にMAを破った者に与えられる称号で、その功績をもとに今のセブンスターズの権威の序列が作られている。

 現在第一位のイシュー家は空席となっており、ここでマクギリスが動けば直接的に序列に影響が出るらしい。

 尚も否定するマクギリスにしびれを切らし、イオクは機体を前進させる。

「――っ!待て!それ以上は」

 マクギリスの停止も虚しく、レギンレイズの進撃がトリガーとなった。

 地震と錯覚する程の振動が起こり、畏怖を巻き起こす駆動音が鳴り響く。

 イオクの目の前、脅威そのものであるMAが――目を覚ました。

『――――!!!』

 声にならない奇声が耳を震わせる。全長はMSよりもはるかに大きく、鳥の如き翼と嘴が登りきった日に輝いていた。

 オルガの素早い判断で車に乗り込む一同と、現れた謎の敵機に銃を向けるアリアンロッドの部隊。その先陣たるイオクは、逃げるは恥とレールガンを放った。

 

 

 ✕✕✕

 

 

「……これ、今出せますか?」

「出せるかって……そりゃぁ整備は終わってるけどよぉ?」

「……分かりました。ありがとうございます、おやっさん」

「ん?っておい!んな勝手に……そもそもそいつは――」

 

 

 

「おいおいおいおい!どうなってんだよこれはぁ!?」

 叫ぶユージンは、車の後方の窓から追っ手に目を向けていた。

 同席しているマクギリスの話では、MAは無人の殺戮機械であり、その目的も人類を滅ぼすこと。故に人の多い方を標的とする習性がある。

「あのちっこいのもMAなのか!?」

「厳密に言えばそうだろう。あれはプルーマと呼ばれるMA本体のサブアームといったところか」

 MAによって生み出されるMAの子、プルーマ。逃走し始めた際に見えたMAとプルーマが団体的に動こうとしている始終。そんな光景を否定するように、三機のプルーマだけが鉄華団の用意した車を追って来ていた。

「っくそ。離れたから大丈夫だと思ったのによぉ!」

「もしかしたらあっちのギャラルホルンが片付いたからかもしれねぇな」

「どうすんだ?オルガ。このままだとすぐに追いつかれるぞ!?」

「分かってる!」

 車両とプルーマの速度は歴然。あとどれだけの猶予があるのか。本部に連絡は入れたが、ここに来るまでには時間が掛かってしまう。

 諦めがオルガの脳に過ぎった瞬間。鈍器が地面を抉った。

 後方からの衝撃でバランスを崩す車の中で、彼らは目にする。

 ――プルーマを貫いたソードメイスを。

 並んだ内、先行していた真ん中のを潰されたプルーマはそれを避けるように進む。

 その左翼が、無残に踏み潰された。

 プルーマは対象を変更。二機を撃墜したMSに向かう。進路を変えて正面に捉えた機体は、もうそこにはいない。

 プルーマの赤い目にはさっきまでそこにいたはずの機体と、そこにあったはずの武器は映らない。

 故に、ソードメイスを拾って跳躍していたMSの攻撃を躱すことは出来ず、装甲を貫通する破壊音とともにその機能を停止した。

「あの武器……というかあれは……」

「バルバトス?」

 驚きを隠せないオルガの横で、三日月は自分の相棒の姿を見る。

 バルバトスルプス。三日月の乗るガンダムフレームは今、彼以外のパイロットによって動いていた。

 コクピットが開き、中から赤毛の少女が現れる。

「……三日月さん、持って来ました」

 危機が去ったことで車を止め一度外に出てきていた一同は唖然とする。理由はオルガの通信から来るまでの時間が短過ぎることもあったが、もう一つ――。

「確か、バルバトスは三日月用にカスタムされてて阿頼耶識使ってる奴じゃまともに動かせねぇって……」

「いくら手術を二回受けてるっていっても、これは流石に……」

 引き気味なユージンとビスケット。ビスケットに至っては彼女の実力を生で見ることもなかったが、三日月が自ら面倒を見ると言った時からある程度の覚悟はしていた。が、足りなかったようだった。

「オルガ、どうする?」

「取り敢えず本部に戻るぞ。流石にミカ一人であれを相手取るのは無茶だ」

「分かった。ってことだからルナ〜」

「……了解」

 逆に大した驚きもないオルガと三日月はすぐに動き、ルナは再びバルバトスに乗って先に本部へ向かう。

 ちなみにこの時、ルナが睡蓮(スイレン)ではなくバルバトスに乗ったのは、飛来したMSを見た時点で緊急性と三日月の方が強いという実務性を考慮した結果であった。

 

 

 

 

 

 

 




時間軸的にリヒトがマクマードと交渉しているのは、MAが目覚めるより少しだけ過去の出来事になります。
感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

再来の厄災

 火星の周辺から様子を見ていたアリアンロッドの一隻。

 イオク隊からの通信が途絶えたとこで、ジュリエッタとヴィダールは状況確認の為に降下した。

 

 

✕✕✕

 

 

 

 遡ること約一時間。

 イオク隊は既に隊長だけを残して全滅し、大きく破損したレギンレイズの中でイオクが死んでいった仲間への涙を流していた頃。

 鉄華団本部ではMA討伐の為の作戦会議が行われていた。

 その際、マクギリスだけでなく今回の視察に参加した者達からも情報を集める。

 ザックが帰還中に見かけたプルーマは使われていない施設を襲っていた。マクギリスの話では人間の補給路を断つのが狙いだと。

「俺たちを襲ってきたプルーマは?あいつらは群れで動くんだろ?」

「恐らく、たまたま私達の近くに埋まっていた個体が目を覚ました為だろう」

「その際、一番近くにいた僕達を狙って来たと」

「あぁ」

 ビスケットとマクギリスの会話で大凡の状況を把握した一同。

 あくまでもギャラルホルンにあった過去の情報だったが、MAは人類を殺すために作られ、無人で多くの人を狙う。

 つまり、あの巨大な敵の狙いは火星の都市クリュセということだ。

 さらにMAにはプルーマを生産する機能があり、物資があれば時間経過で無限に増殖する。プルーマ自体はそこまでの戦闘力と装甲はないが、数の多さはそれだけで脅威であった。

「MAを殺るには、まずちっこいのとの分断が最優先。その上で素早く倒せ、ってことか」

「難しいことは分かっている。私達もできる限り尽力しよう」

 マクギリスの提案へおざなりに返し、オルガの一声で鉄華団は動き出す。

 

 

 ✕✕✕

 

 

「……っくそぉ……私は、私は……」

 一人レギンレイズの中で嘆く男。イオク・クジャンはひたすらに逃げることしか出来なかったあの一時を悔やんでいた。

「……皆の思い、決して無駄にはせんぞっ!」

 その悔しさは大きな覚悟へと変換され、胸の前の拳は力強く握られている。

「必ず私が、一矢報いて……」

『それはもう少し待ってください、イオク様』

 まさにアクセルを踏もうとした瞬間、聞き覚えのある声が静止を掛けた。

 ジュリエッタではない。この声の主は――。

『リヒトか!?』

『お久しぶりです』

 ボロボロのレギンレイズの前に現れた一機のグレイズ。肩やその他一部の装甲が旧式で、装備はロングライフルに大シールド、腰にはアックスが添えられていた。

 イオクはコクピットから這い出てリヒトをその目で見ようと立ち上がる。リヒトも見てから外に出た。

「よく生きて戻ってくれたっ!」

(ラスタルのやつ、なんて説明したんだよ……)

 リヒトがラスタルから強引に許可を貰った隠密行動。アリアンロッド内でも極秘に行われたそれの説明についてはラスタルが行っていた。

 リヒトは知らないが、イオクが聞かされた内容は死と隣合わせの危険だが重要な任務であるということだけ。うまくはぐらかしたのはラスタルの手腕と言えるだろう。

 知らぬリヒトはどうにか話を合わせる。

「え、ええ。どうにか……」

「なるほど。やはり苦労したようだな、装甲も予備のものを使う程に」

(いや、戦闘はしてないけど)

 グレイズの装甲が旧式なのはリヒトが自ら頼んだもので、行商を演じるのにギャラルホルンの新品装備では怪しまれる可能性があるからであった。

「もうすぐジュリエッタ先輩とヴィダールが来る筈です。一矢報いるのはそれからにしましょう」

「いや、私がやらねばならん!彼らに救われた命、今ここで使わずしてどうする!」

「ここであなたが討たれれば、部下の犠牲の全てが無駄になります。ここは一度様子を見るべきです」

「だが!」

(あ〜めんどくせぇな、この人)

「一人でやる必要はないでしょう。我々は仲間です」

「仲間……!」

 わかったっ!と威勢の良い返事をしたイオクはレギンレイズに入り、ここへ向かっているはずのジュリエッタたちへ信号を送った。

 リヒトもグレイズへ戻ると、同期からの音声が耳に入る。

『調子はどうですかい?リヒト』

『上々だな。グレイズの調子もいいし。お前が整備できるとは思ってなかったぞ』

『前に言ったろ?もとは整備志望だったって。地球じゃ手が足りてるっつんで普通にMS乗ってたけどよ』

(言ったっけ?多分俺が俺になる前の話だろうな)

 現在のリヒトは過去のリヒト、つまり憑依された側の記憶もある程度受け継いでいる。ただし、例えば昨日の晩ご飯や全く合わない知人などのどうでもいい内容は忘れてしまっている。

(つまりこいつのことはリヒトにとってどうでもいい奴ってことで)

 悲しい事実を隠蔽し、音声だけのためモニターに映ることはない同期へ声を掛ける。今、彼はリヒトたちが乗っていた小型輸送船にいるはずだ。

『そっちは大丈夫か?どっちにも見つかってないだろな?』

『ギャラルホルンにも鉄華団にも見つかってねぇよ?なんで隠れなきゃならないのかは知らねぇけど』

『一応俺らは隠密行動中だからな』

『お前は動いて良いのかよ』

『後で先輩に謝ればどうにか。でも船を見られるのは流石にまずいだろってな』

 リヒト達は鉄華団とマクギリスの関係性を調べる為に動いている。それを勘づかれる訳には行かない為、ギャラルホルンの一般兵にも鉄華団にも接触を持つのは避けるべきだった。

 だが、今回だけは見逃せない。イオク・クジャンがMA関係で出す被害は大きく、止めるにはこうして介入せざるを得なかった。

 しばらくの間待機し、リヒトとイオクは援軍と合流する。

 

 

 ✕✕✕

 

 

『目標は順調に進行中。あのちっこいのと速度を合わせてるみたいだ』

『了解だ。昭弘たちはそのまま監視を続けてくれ。ユージン、そっちはどうだ?』

『データ見たぜ?この分なら間に合う』

 鉄華団が立てた作戦の第一段階、MA本体とプルーマの分断準備は順調に進み、罠をはるユージンとの通信を一度切ったオルガは説得に走ったビスケットの合流を待つ。

 ビスケットとメリビットがクリュセへと向かい、作戦が失敗した場合に備えて住民を避難させるよう話したがクーデリアの一存で断られていた。その事は既に通信が入っている。

 厄災戦で暴れ回った破壊の天使。それを相手取った上で失敗の許されぬ戦いに、オルガだけでなく鉄華団全体が気を引き締める。

『ミカ、準備は出来てるか?』

『いつでも行ける』

「よし」

 躊躇いなく返された言葉に安堵し、オルガは着陸場へ移動したマクギリスを思う。

 彼らからも戦力を出すと聞いたが、移動もあり時間が開いてしまう。理想はここでマクギリスが来る前に倒すことだが、やはり不測の事態には備えておきたい。

「一応、確認は取っておくか」

「その方がいいだろうね。僕がやっておく」

「ビスケット」

 オルガの後ろから声を掛けたビスケット。彼は静かに笑っていた。今がそんなことをしている場合でない事は百も承知だが、オルガという人間を知る彼からすれば笑みが零れるのも仕方がない。

 ――あのオルガが、立ち止まって考えてるんだから。

 突っ走る事のできるオルガと、道を選ぶことのできるビスケット。互いが互いを支えることで成り立ってきた鉄華団は、オルガが変わるように変化を繰り返しながら強くなって来た。最初は子供だけの小さな兵団。それがタービンズの兄弟になり、テイワズの後ろ盾も貰った。バルバトスだけでなくグシオンや一度は戦い合った元ヒューマンデブリも加わり、地球での活躍を評価されても来た。

 ビスケットは思う。この先危ない橋を渡ることは、させない。それがオルガの目指す“上がり”への最短だ、と。

 だからこそ、オルガのこの小さな変化は嬉しかった。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 作戦の概要は、大きく三つの段階を経て完成するものである。

 まずは誘導。昭弘達MS隊が見張り、MAがしっかりと罠を通るか確認する。移動ルートが変わった場合などを含め随時報告し、有事の際は応戦。次の段階へ繋げれるよう行動する。

 次に分断。ユージンの班が岩肌を砕いてプルーマと本体を大凡で分ける。

 最後が殲滅。プルーマ本体はそこまで脅威ではない為、シノ不在の流星隊だけで攻撃。クリュセへの進行を封じる。MA本体と少量のプルーマは昭弘の隊と三日月のバルバトスで襲撃。細かな点は現場に任せ、ルナ、ハッシュの行動については三日月に一任された。

 第一段階は間もなく終了し、MAはポイントへと近付いている。

『ユージン、頼むぞ』

『任せろ。ここでしくじったりしねぇよ』

 誘い込むにあたってはプルーマの挑発が必須。その為、現在はタービンズのラフタ、アジーに指揮権が移された流星隊が射撃を開始した。

「ほらほらー、早くおいでぇ!」

『ユージン、そろそろ良いかい?』

 加速してくるプルーマを撃ち落としながら少しづつ後退。プルーマの大半を前方に集める。

「えーっと、取り敢えず二人は待機。俺らかあっち側がまずくなったら助けて」

「了解です」

「……了解」

 銃撃が続く谷を見下ろす遊撃隊、三日月、ハッシュ、ルナは臨戦態勢をとる。対面の崖の上には昭弘たちがスタンバイしていた。

「よーし……今だぁ!』

 ユージンの掛け声と共に、分散していた団員達が動き出す。仕掛けられた爆弾が岩肌を爆散し、MA本体であるハシュマルを瓦礫の壁で隔離。プルーマは少し残っているが、誤差の範囲である。

『作戦開始だ!』

 オルガが叫び、MSが飛来する。

 阿頼耶識の補正を駆使して落下しながらの行進間射撃でプルーマを狙い撃つ。

『三日月、続け!』

『分かった』

 両のサブアームで持っていたライフルを捨て、グシオンリベイクフルシティは両手でハルバードを握る。格闘に備えるべく、カメラメインだったオープンフェイスがその双眸を顕にした。

 一拍差をつけて動いたバルバトスルプスも担ぐようにソードメイスを構え、落下する重みをそのままぶつけるはずだった。

 ――そう、はずだった(・・・・・)

「――ぐふぉ……」

 モニターに浮かんだ赤文字とともに、昭弘が鼻から出血して意識を失った。

『昭弘?昭弘!?』

 無防備に落ちるグシオンを目にした三日月が呼びかけた。返事はなく、機体はそのままハシュマルの頭上へと向かっていく。

 バルバトスは空中で体勢を変え、スラスターの出力を上げる。ソードメイスでグシオンを左腕から叩き、落下地点を僅かに逸らす。自らも反動で左に動き、二機はMSの首を両側へ躱すように地面に当たった。

「――――!」

 奇声の如きハシュマルの鳴き声が谺し、眼前の敵を滅ぼさんと左脚を上げる。三本の爪を支える足の裏の中心からニードルが突き出された。

「まずい……!」

 素早く反応した三日月は、しかし動かない。脳から手へ、手からの機体へと出された指示が、バルバトスへ伝わらない。

 動かない、のではなく動けないのだ。

『おい!』

『昭弘ー!』

 プルーマを相手取っていたチャド、ダンテが叫ぶ。

 無情にもMAはその足を振り落とした。

 それとほぼ同時、二発の着弾が見えた。

 ニードルがグシオンのいない地面へと突き刺さる。ハシュマルの脚にこれといった傷は見えないが、その軌道は確かに変わっていた。

『射撃!?誰だ!?』

 チャドが見上げた先、ルナとハッシュの対面には三機のMSが見える。

『どうだ見たか!これこそが正義の一撃ッ!』

『イオク様。今頭に当ててもさして意味はありません』

『鉄華団、援護する。早くバルバトスとグシオンを下げさせろ』

 片腕のレギンレイズと、万全の装備でツインパイルを両手に持ったレギンレイズ。そしてチャドたちに通信を入れたやや型番の古いグレイズが立っていた。

 リヒトの狙撃で外した脚を逆に踏ん張るハシュマル。鳥のような体の後方から、空を切りながら進む機械音が聞こえた。

『イオク様。MSは狙わないで下さいよ。敵が増えると厄介です』

『任せろ!』

『先輩』

『要りません!』

 既に空中にいるジュリエッタはスラスターでさらに落下を加速させ、右手の得物で首を狙う。

 察知したハシュマルは後方へ避け、ワイヤーブレードを降る。ムチのようにしなった刃はレギンレイズへと向かっていた。

 その鋭利な刃を正確に撃ち抜く弾丸。阿頼耶識の反応にすら対応する尾を撃ち落とし、リヒトはジュリエッタが避難する一秒にも満たない時間を確保した。

 が、一歩分下がったレギンレイズにハシュマルの顔の先端が向いていた。

(ビームが来る!)

 リヒトだけが知る兵器を前にジュリエッタは回避行動が取れない。リヒトが今叫んでからでは遅く、次弾装填も間に合わない。

 ハシュマルの口が輝き出し、瞬間――金属音が響く。

 頭は下を向き、ビームは地面を焼いた。

 ハシュマルの頭部を太刀で穿ったルナはすぐに着地し、臀部のスカート外側に付けられた長方形型のボムをMAへ投げ込んだ。

『ハッシュさん、三日月さんを』

『分かってますよっ!』

『昭弘!返事しろ!おい!』

 チャドがグシオンを、ハッシュがバルバトスを引きずりながら後退。MA側へ来ていたプルーマはイオクのMAを狙った誤射によって牽制出来ていた。

 三度に渡り攻撃を妨げられたハシュマルは、ゆっくりと叩かれた頭を上げる。

「なんだ……あの赤い機体……」

 最悪の結末を防いたリヒトは見知らぬMS、睡蓮(スイレン)に唖然としていた。

 

 

 




ヒーローは遅れてやって来るそうです。
次もできる限り早く更新するつもりです。
感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

業火の中で

 イオクを止めれば鉄華団の作戦はある程度うまくいく。

 だが最後のところ、止めを刺す役割のガンダムフレームが使用出来ないことを鉄華団は知らない。

 リヒトはジュリエッタと合流した際にそれを伝え、逆に利用してMAを倒す算段を伝えた。

 七星勲章を持って帰ればラスタルへの貢献にもなり、上手くすれば鉄華団やマクギリスへ恩を売ることもできると。ジュリエッタとイオクはすぐに頷いた。

「ここまでリヒトの言った通りになるとは。いっそ不気味にも感じますが……」

 バルバトスとグシオンが降下した時に呟いたジュリエッタ。彼女がそう思うのも無理はなく、リヒトは未来を知っている。

 ――そんな彼が、今まさに未知なる存在と邂逅した。

 

 

 

「くそっ……どうするんですか!?チャドさん!』

『三日月と昭弘がいないんじゃどうしようもねぇぞ』

 ライドとダンテは悪態をつきながらも射撃をやめない。昭弘を他の団員に任せたチャドも戦線に加わるが、目の前の鳥討伐にさした影響はなかった。

(今の指揮権は……チャドか)

『そこのランドマン・ロディ。何とかしたければ指示に従え』

 困惑を飲み込み、リヒトは狙撃を続けながらチャドへの個人通信を入れる。

『ギャラルホルンの下に着く気はない』

『このままの戦力で勝てる相手じゃない。全滅したいのか?』

『……』

 後方支援に回っているチャドたちより遥かに近い位置で、ギャラルホルンの一機とルナの睡蓮(スイレン)が紙一重の戦闘をハシュマルと繰り広げている。

 爪を躱し、ブレードを弾き、ビームを避け、接近と後退の繰り返し。今だどちらの刃もMAには届いていない。

 ――ルナは三日月くらいに強いかもしれないが……。

 バルバトスと睡蓮(スイレン)の性能には差があり、ルナの機体は実戦経験はほとんどない。例え阿頼耶識を使っているとしても、不安は拭えない。

 現場の判断で臨機応変に動くことはオルガに許されている。

 決心してチャドは聞く。

『作戦があるのか?』

『ある地点まで誘い込みたい』

 送られたデータに目を向けるチャド。ここからそう離れてはいない。

『こちらで同じ様に壁を作る。L字に閉じ込める形だ』

 T字路になっている地形をうまく使うもので、リヒトは別働隊に頼んで既にL字に道を塞いでいるという。

 鉄華団の隊が左折した端まで誘い込み、曲がったのを確認した後にMAの死角でL字の一端、入って来た後方を塞ぐ。あとはあるポイントを通過したらすぐにハシュマルの正面にもう一度壁を作る、という作戦らしい。

『どうする?』

『……わかったよ!全員、ポイントまで撃ちながら後退!』

 ダンテを経由して鉄華団全体に送られたデータを下に、MS隊が動き出す。

『先輩、お願いします』

『なぜ私はあなたの指示で動いているんですかね!?』

 自分自身の行動に文句を言いながら、赤い機体と共にゆっくりと下がっていく。既に二機を破壊対象としたハシュマルは、その命を刈り取らんと後を追った。

(取り敢えずは大丈夫そうだな)

 一息ついたリヒトは隣のイオクに呼びかける。

『イオク様、そちらは?』

『あぁ。鉄華団の団長に話は付けた』

 かっこよく言っているが、実際はただ戦闘へ介入したことを伝えただけだ。恐らくオルガは文句しかなかっただろうが、その辺をイオクが気にするわけもなく。

『俺は先輩と共にMAを追います。イオク様は帰還してください。そのバレッドでは、これ以上は戦闘不能でしょうから』

 元々限界が近かったレギンレイズのレールガン。出力をうまく調整して連発させたが、もう一撃分も持つことはない。

『あとは我々にお任せを』

 言い残して、リヒトも移動を開始した。

『頼んだぞっ!』

 遅れながら聞こえた声は、何かしらの溜めがあったからだろうと思うリヒト。イオクも踵を返して動き出す。

 そんな彼らの下。既にMAのいなくなった谷には、先程までの戦闘の跡が残っていた。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 イオクからの一方的な通信があった後、オルガの下へアジーからのプルーマ殲滅の報告ともう一つ、おやっさんからの悲報が届いた。

『ミカたちが動けない!?』

『あぁ。ザックが言うにゃ、ガンダムフレームの出力システムとコクピットの制御システムが衝突してるらしくてな。無理に動かせば、エドモントンの二の舞だ』

 かつてバルバトスの出力を強引に上げた三日月。彼は力の代償として右腕と片目の視力を犠牲にした。

「ギャラルホルンの奴らと、マクギリスたちが来ればあるいは……」

 それでも、不本意ながらも力を借りるべきかとオルガは迷う。

 そんな彼の肩にビスケットの手が添えられた。

「今通信が入った。チャドたちがギャラルホルンの兵士と協力してMAを閉じ込めたって」

「な!どういう事だ?」

 リヒトが作った作戦データに目を通したオルガ。報告通りなら、大きな道でL字の檻の中にMAを入れたことになる。

 実際、作戦は成功していた。

 リヒトが小型の輸送船から持ってきていた爆薬。それをヴィダールが設置し、リヒトが操作してトータル三箇所を封鎖した。MS部隊の前で壁を作った為、今人工の岩の檻にはハシュマルだけがいる状態だ。

『聞こえるか?』

 説明を受けた直後にリヒトの声がオルガの耳に届いた。

『あんたの作戦か?』

『話が早い。ガンダムフレーム無しでも、こちらを含む全勢力なら削り切れる可能性がある』

 上手く行けばマクギリスたちが来るより先に、と。オルガが考える理想論を一部ねじ曲げた提案が出される。

『あんたらに借りをつくるつもりはねぇ』

『あれを目覚めさせたのは我々だ。責任の一旦はこちらにある』

 あくまでも共闘であって協力ではないとリヒトは言う。一時的な目標の合致からの行動に、分け前は要らないと。

『そこまで結果に拘るなら、まずは方法を考えるべきだ』

『……既にあんたの作戦に乗っかったってことは、現場でそれが最適と判断したってことだ』

『それで?』

『あれは俺達が倒す。あんたらよりも先にな?』

『結構だ』

 振り向くと、ビスケットとメリビットが頷く。二人が通信機に声を入れ、壁の外側にいた前部隊に呼び掛けた。

 リヒトと短い打ち合わせをした後、オルガの指示が通る。

 まずはラフタ、アジーの隊がハシュマルを挑発し、長い直線の方へおびき寄せる。MAが両端を塞がれた一本道に入り、こちらの背中が壁まで着くギリギリのところまで誘い込み、ハシュマルが標的を前方に絞ったところを左右の崖の上から一斉に叩く。単純だが、討伐の成功確率は最も高い。

 チャドやルナたち鉄華団の隊とジュリエッタ、リヒトは移動開始。先程ハシュマルが入って来た道の壁周辺の崖へ登った。

 その間にプルーマを殲滅したラフタ、アジーと流星隊が谷に降りる。MAは彼らから見て左に曲がった道の中心で周囲を警戒していた。

『オルガ、いつでもいいよぉ?』

『了解。他も問題ないな?』

 各隊の確認を終え、オルガは高らかに声を上げた。

『作戦、開始だ!』

 

 

 ✕✕✕

 

 

 既に弾薬を補給していた流星隊は手筈通りハシュマルを挑発。MAはその行動理念に従って迎撃に動いた。

 現在、戦場での作戦指揮はリヒトとユージンが引き受けており、MW隊も支援の為崖の上で待機していた。

『こっからは競走で良いんだよな?どっちがあれを仕留めるかは』

『構わないが、油断するなよ?』

「――へっ!」

 自分の鼻を親指で弾きながら笑ったユージンは、鉄華団の隊へと叫ぶ。

『今だぁぁぁ!』

 狙い通りに誘い込んだMAにチャドの隊が射撃を開始。同時に、ルナとジュリエッタが加速しながら降下した。

『味方に当てるなよ!』

『分かってますよ!』

 チャドやライドたちが放つ銃弾の雨の中、ハシュマルは頭上から来る二機に顔を向ける。

 そこから繰り出される攻撃を、リヒトがいち早く察知した。

「させねぇよ」

 躱す素振りのない二機にビームは当たらず、撃たれた頭は斜めに光線を伸ばす。

 強襲するMSの挙動にハシュマルは即座に反応。太刀とツインパイルを下がって躱し、横薙ぎに蹴りを放つ。

 スラスターを使って避けたルナとジュリエッタは即座に体勢を立て直した。

「やはり、一筋縄ではいきませんか」

「……」

 荒れ狂う天使と抗う人間。力の差は大きけれど、その場の誰として臆しはしない。

 

 

 作戦過程は順調に消化した。だが、戦況は理想的とは言い難い。

『悔しいね。あの子に頼るしかないってのが』

『いくら私達でも、正面からあれとやり合うのは無理だからねぇ……』

 アジーとラフタは、鉄華団のメンバーと比べてもその強さには定評がある。そんな彼女らですら、今はルナの援護が精一杯だった。

 確かに近接攻撃もしているが、硬い装甲の前に決定打を叩き込めない。それにあれだけ激しいハシュマルの尻尾や爪を全て避けることは、今のところルナとリヒトの支援を受けながら動くジュリエッタしか出来ていなかった。

 動かぬ戦況にチャドが零す。

『長期戦でいいことはないぞ』

『つったって、こっからどうするってんだ』

 ――決め手がねぇ。

 ユージン達の声をかけ聞きながら、オルガは歯痒さに拳を握った。

 彼のいる開けた場所には、現在は使用不能なバルバトスとグシオンがある。昭弘は未だ目を覚まさず、メリビットやビスケットは状況確認に手を回していた。

 戦力は欲しいが、マクギリスたちに頼るのはやはり避けたい。かといってバルバトスを使うわけにもいかず。

 オルガが思考の海に沈んでいく中、三日月が口を開いた。

「必要なら、俺が出るよ?」

「っ!……ダメだ。今回はミカは出せねぇ」

「でもきついんでしょ?」

「っ……」

 否定出来ない。弾も燃料も制限があるこちらに対し、MAは半永久的に動く無人兵器。このままではジリ貧だろう。

 だが、それでもバルバトスは、三日月は出せない。

「これ以上乗ったら、次はもっとひでぇことになるかもしれねぇんだぞ」

「……俺の命はオルガにもらった。だから、俺の命はオルガの為に、鉄華団の為に使う」

「ミカ……」

「教えてくれオルガ。次は何をしたらいい?」

 疑いも迷いも、一切の邪念なく問う瞳に、オルガはただ己の真意に従った。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 

 機械とは常に効率的であり、目標達成の為には考えうる最善の手段を選ぶ。

 多数の敵の排除には、数で勝るのが定石。この状況打破には手数を増やすのが得策。MAの思考機能はそう結論付けていた。

 ハシュマルの背中に弾丸が撃ち込まれた。装甲同士の僅かな隙間からフレームを穿った奇跡と言える攻撃に、MAは振り返る。

 そこには、鉄華団が使っているライフルを持ったボロボロのレギンレイズがいた。

「ハッハハハ!どうだっ!」

『イオク様!?』

『なんでいんだよ、あの人は!?』

 イオクは戦線を離脱し、アリアンロッドの船に戻った――はずだった。

 だが、イオク・クジャンはそこにいる。

「貴様を倒さずして、散って逝った者達の思いが晴らせようかっ!」

 指揮官用のレギンレイズは幸か不幸か、持ち前のビギナーズラックによって射撃を成功させた。

 それにより、MAの攻撃目標が変わる。

 巨大な体を諸共せず旋回するハシュマル。そして対面にいる敵機目掛け、頭部先端の口から閃光が放たれる。

「へ……うぉ!」

 距離も離れている上に、もとよりナノラミネートアーマーへのビーム兵器の効果は薄い。それでも、損傷の大きいレギンレイズはその形状を維持してはいるが、戦闘能力はゼロになるまでのダメージは負った。

 だが、問題はそこではない。

 ビーム耐性によって弾かれた光線は散乱し、周囲の岩を焼き壊す。運動エネルギーが保存されるように、レギンレイズの背後の壁も含めて。

「なにっ!?」

「おいおいおい!」

「嘘でしょ!?」

「なんて事を……」

 チャド、ユージン、ラフタ、アジーが思わず声を上げる。

 誰もが予測できなかった。まさか、壁が壊されるなど。それも作戦を提案したギャラルホルンが理由で。

 そんな落胆もMAには関係がない。ハシュマルはすぐに加速し、正面に出来た道を動けぬレギンレイズの横を通り抜けて疾走する。

「あの馬鹿イオク……」

 作戦を立てたリヒトは、ここまで来て誤算があった事に気付くことになった。あのイオクという男は、彼が知る以上に愚かなのだと。

『おい!なんでお前の仲間が邪魔するんだよ!?』

『……今はそれどころじゃない。あの方角には何かあるか?』

 ユージンの怒鳴り声に心を殺しながら応えるリヒトは、同時進行で移動を始める。もちろん彼だけでなく、殆どの者がMAの後を追っていた。

『この先の道……しまった!プラントが』

(なん、だと……)

『人はいるのか?』

『いる。今から避難を呼びかけても間に合わねぇ』

 変えたはずの結末が、再び悪夢となって襲いかかる。リヒトはひたすらに打開策に思考を巡らすが、今この場でMAを止める手立てはない。

(どうする?どうする?どうする!?)

 焦れば焦るほど、悩めば悩むほどに答えは遠ざかる。

『……リヒトさん』

 そんな彼の耳に、知った声が届いた。

『まさか……ルナ、か?』

『はい』

 驚きの感情が悩みを打ち払い、頭の中をクリアにした。ここでようやく彼は睡蓮(スイレン)の存在とそのパイロットを理解する。

『……私が、どうにかします』

『どうにかって、何する気だ?』

『……わからないです』

『……え?』

『……だから、教えて下さい』

 ルナは言う。分からないから、示してくれと。道を、方法を、今すべき事を。

『……命令して下さいリヒトさん。私は何をすればいいですか?』

 音声だけ故、リヒトからルナの表情は見て取れない。それでも彼は直感する。

 今あの赤い瞳は、あの三日月のように求めていると。

(俺は、こいつを守りたい)

 そう思っても、自分に力がないことは知っていた。

(俺は、みんなを救いたい)

 そう願っても、一人では出来ないと分かっていた。

 だから、彼は決意する。

『ルナ、誰も殺させるな』

『……はい』

 リヒトにルナの表情は見えない。他の誰も通信を繋いでいない。

 だから、彼女の笑顔を知る者はいない。




さぁやらかしましたトラブルメーカー・イオク。
次回で決着です。
感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

華言葉

 ——『睡蓮(スイレン)

 オルガの依頼によってタービンズが用意した機体。ロディフレームをタービンズ式に改良し、ラフタやアジーが乗っていた漏影(ロウエイ)獅電(シデン)よりも高性能に完成している。

 その製造過程もとい改良過程にて。阿頼耶識搭載の機体を個人用にカスタムするべく、タービンズの整備班はルナの地球での戦闘ログの他に、三日月が乗ったバルバトスのデータも参考にした。戦闘スタイルが似通っていたからこその判断である。

 ルナも三日月も、基本的なスタイルは機動力を生かした変則的かつ攻撃的な動きで敵を沈めるもの。だが二人のログを照らし合わせるとある違いが見つかった。

 それは、仕留め方である。

 通常、MSのパイロットはMSの弱点や急所を理解している。どこを狙えば効果的で、どこを重点的に守ってくるかは知っていれば分かる。そこから戦いの中での読み合いが始まるのがほとんどだ。

 が、阿頼耶識という異常な力を持った三日月は場合は少し違う。正味、関係がない。一応彼も致命傷に至る箇所は理解して、その上でバルバトスの悪魔的な暴力でねじ伏せている。多少の読み合いはあれど、究極を言えばどうでもいいものだ。

 対してのルナ。今まで満身創痍な環境でしか戦えなかった彼女はどうか。

 ルナは三日月を含む鉄華団の誰よりもMS戦闘に関する経験がある。経験はやがて未来予知にすら思えるほどの予測を生み出し、一瞬にも満たないパイロットの隙を容易に突く。つまり、読み合いに関してはプロフェッショナルとも言える。

 そこから出来たイメージは形となる――限られた条件下から一撃で仕留める暗殺者と。睡蓮(スイレン)が装備した太刀と、機動性をフルに使える丈夫ながらも軽い装甲が語っていた。

 ——紅い華。

 鉄華団の掲げる希望に重なる華の名を冠した機体。団長オルガの意思と隊長三日月の意志を宿したMS。

 名は、睡蓮(スイレン)

 姿と在り方、名前に込められた意味——花言葉。

 睡蓮の花言葉は――『信じる心』。

 

 

 

 ✕✕✕

 

 

 

 その場の誰よりも速く、彼女は進む。アリアンロッドのレギンレイズすら置き去りにするほどの推進力は、MAのテイルブレードが標的にするであろう範囲までしていた。しかし近付けても足を止めることはできず、後追いが精一杯な状況にその場の全員が焦っている。

 睡蓮(スイレン)の後方で、一本道を疾走するハシュマルは減速させようと射撃を続けるルナを除いた鉄華団。その内の一人であるアストンだけが、言いようのない疑惑を抱えていた。

 ——速い。何かアクションがあれば追いつけるかもしれない。……だが。

 彼女が前に言った言葉――生きる。

 たったそれだけの言葉に、ルナの覚悟が見れた。だからこそ、ルナは強いのだと思っていた。

 だが、そうではないとすれば?

 もとより、ルナは三日月と同等ではなくとも好戦できるほどの実力者。なのに、何故三日月レベルの戦闘をしないのか。それだけの力があれば、さっきだってMAを追い詰めることも出来たのではないか。

 考えても仕方がないと、アストンは思考をあきらめる。

 目の前の紅い背中は、そんな彼の仮説にも満たない考えを証明するかのように、地面を蹴った。

 

 

 加速した睡蓮(スイレン)はテイルブレードを避けながら本体へと近付く。スピードは他の鉄華団のMSよりも遥かに速い。

 それが今出せるルナの最大出力だった。

 ハシュマルのブレードは自分を狙う。ならばそれこそが狙い目だと。

 ルナは降り掛かるテイルブレードを必要最小限の動きで、避けず、自らの左腕を砕かせる。

 僅かにできた減速、すなわち隙を突き――コードの部分を切り裂いた。

「――――!」

 初めての決定的な損傷に、天使は声にならぬ声を響かせる。

 尾を切り落としたルナは太刀を構え直し、装甲同士の隙間を狙う。

 右脚の関節部目掛けて放たれた牙突は空を切り、だがそれ以上の感覚はない。

 ハシュマルの振り上げた右足は素早く折り曲げられ、三対の爪が睡蓮(スイレン)の両肩と右脇を捉える。蹴り出された勢いは止まらず、機体諸共岩壁へと叩きつけられた。

「……っ」

 反撃すら出来ない状況下で、それでもルナは歯を食いしばる。

『……準備、完了』

 そして迷うことなくオルガへと通信を繋いだ。

『シノ――!』

『任せとけぇ!』

 男の咆哮と共に爆音が鳴り響く。

 崖の上より繰り出された弾丸が壁を砕き、崩れゆく岩が道を塞いだ。

 ガンダムフラウロス。

 バルバトスやグシオンにはない変形機構を使って放たれる破壊の砲弾。火力は他の火器とは比にならず、たった一機のそれはものの数秒で包囲する為の壁を作り上げた。

『ルナ!』

 リヒトは反射的に声を上げる。

 フラウロスの行動も状況変化も予想は出来ていた。が、しかし。これは、ルナの特攻ともいえる行動は予期していなかった。

 フラウロスの砲弾なら数秒でプラントまでの道を塞げるだろう。

 逆に言えば、その数秒の為に彼女は動いたのだ。

「……水素残量、ほぼなし。機体損傷、大」

 今まで幾度となく潜り抜けてきた死線。その経験すら無力にさせる程の状況に、ルナは――絶望しない。

「……でも、大丈夫」

 今までなら死も同然だった。けれど、今は違う。

 睡蓮(スイレン)は太刀を逆手に持ち替え、背後の壁へ突き刺した。

『……あとはお願いします。――三日月さん』

 ハシュマルの足に装備されたニードルが、紅い機体を貫いた。

 

「あぁ――任された」

 

 通信はもう聞こえない。

 それでも、飛来する白い影は一心に目標へと向かう。

 

 

 

 ガンダムフレームはMA戦には使えない。

 近付けばシステムエラーによって行動不能になるからだ。

 フラウロスはシステムが作動しない遠距離からの行動だったが、バルバトスは違う。

 落下運動をエネルギー変換し、両手に握ったソードメイスを振り下ろす。

 攻撃を察知したハシュマルは回避行動へ移行する。

 だが、動けない。

 右足で掴んだ機体は太刀を使って壁と一体化し、MAが脚を引くことを拒む。

 テイルブレードの迎撃は間に合わず、バルバトスの一撃はハシュマルの右脚、関節部を正確に捉えた。

 フレームまで到達したダメージは音を上げ、反応を僅かに鈍らせる。

 スラスターを利用して着地した三日月は、ただ眼前の敵を見ていた。

「いいから、もっと寄越せよ」

 規制を掛けるシステムを阿頼耶識もとい意識で黙らせ、解放されるバルバトスの力をその身で飲み込む。

「やるぞ……バルバトス」

 呟く彼の目は赤く血に染まり、情報という麻薬が体を巡った。

 痛みや痺れなど構うことなく、三日月は踏み込む。

 ハシュマルもまた、動かなくなった敵機を離し臨戦態勢。蒸気をまとい赤い閃光を瞳から放つ悪魔に、熱量の塊を放つ。

 バルバトスはビームを躱し、右翼から脚を狙う。先程のダメージを広げ、地につかせるのが狙い。

 させまいと、先端のないテイルブレードがムチのように撓り、バルバトスを襲う。衝撃は大きく、装甲の一部が割れる。

 そのまま弾かれた機体は壁へと飛ぶが、出力を上げたスラスターの噴射で衝突を避けると、すぐに突撃を再開する。

 壁を蹴って付けた勢いを殺すことなく進み、後ろ回し蹴りの如く突き出された足を体を捻って避ける。

 バルバトスの狙いは体――ではなく、右脚。

 潜り抜けた迎撃の向こう、右脚へとソードメイスを槍のように穿つ。

 傷付いたフレームに留めを刺す二撃目。明らかにMAの体勢が崩れた。

 関節へとめり込んだメイスは抜けずに手を離す。重力に従って落ちるバルバトスは一度地面に足を着くが、間を置かずに再度跳躍する。

 これで本体を仕留められる。

 そんな考えを否定するように、ハシュマルの口はバルバトスを向く。

 ゼロ距離射撃。

 回避不能な距離で放たれるビームは、傷だらけのナノラミネート・アーマーにも致命傷を与えかねない。

 直感した三日月は、左手を突き出す。

 ただの拳ではなく――その手には切断されたMAの尾。その先端のブレードが握られていた。

 ブレードはビーム口へと向かい、それを焼き尽くさんとハシュマルも出力を上げる。

 バルバトスの得物は目標を捉え、ハシュマルのビームもまた、獲物を捉える。

 高温の熱源体はバルバトスの腕を飲み込み、破損よってできた傷から破裂する。だが、ハシュマルもまた、ブレードによってできたダメージがビームの発射と共に悲鳴を上げた。

 焼かれたバルバトスの左腕は体との接続部から焼き切られ、ハシュマルの頭部は原型を留めながらも機能を失う。

「これで――」

 機体損傷から地面に落下したバルバトスはその衝撃に耐え、何も持たぬ右手を伸ばす。

 ルプスの名の元に鋭く設計された爪はハシュマルの皮を掴み、引き剥がす。装甲が取れればフレームは剥き出しとなる。

 無防備な命の繋ぎ目へと、悪魔の拳がめり込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。