人は何時産まれるのか? (ゴズ)
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人は何時産まれるのか?

「――産まれた瞬間の記憶なんてないよなぁ」

「……どうしたの? いきなり」

 ふと気になったことを口に出すと、近くを通りかかったらしい女子生徒が聞いてきた。

 見上げてみるが、その顔に覚えはないからクラスメイトではないのかも知れない。

 が、聞いてくれるのなら、話してみよう。

「ほら、大体人が覚えてる一番古い記憶って、幼稚園とか小学校とか、その辺だろ?」

 言うと、女子生徒は艶のある黒髪を指で弄りながら、思い出すように視線を上げた。

「うん、確かにそれくらいかも。それより前ってなると、全然出てこない」

「俺もだ……でだ、その、思い出せない時期、人間は産まれてるって言えるのか……そこが気になってな」

「それは……」

「それは?」

 問い返せば、また同じ仕草。

 きっと癖なんだろう。

「産まれてるでしょ? だって、もうこの世に存在してる訳だし」

「でも、それは客観的な意見だろ? 自分では、どこに存在しているか、なんて分からないじゃないか」

「う、う~ん」

「居場所を自覚する頃には、そこに自分がいることに何の違和感を覚えることも無い。ここにいるのが当たり前だと、どこかでそう思ってる。でなきゃ、家にいるのが不思議で仕方ないしな」

「う~……言われると、確かに。じゃあ、君は何時産まれると思ってるの?」

 なんとなくだが納得した、といった感じの後、女子生徒は問うてきた。

 暫く考える。

 赤ん坊時代の記憶を持っているやつなんて、いたとしても極少数だろう。

 俺はそこに属していない。

 さっきコイツが言った通り、この世に存在している以上、そいつはもう産まれているということになる。

 将来俺が誰かと結婚して、子供が産まれたのなら、俺と妻、出産に立ち会った人にとって、赤ん坊は存在――つまり、産まれている。

 だが、それはあくまで俺達の観点。

 赤ん坊は自分が生まれたなんて自覚を持っていないだろう。

 自覚を持っていないが、赤ん坊は興味のあるものに向かっていく。

 それは……自我であって自我でない、何かが芽生えているから、か?

「よく分からないが、敢えて言うなら――」

 考えを言うと、女子生徒は空いている隣の席に座った。

 本格的に話そうと言うのだろうか?

 幸い昼休みはまだ時間があるから、何の問題もないが。

「自我であって自我でない、ね……じゃあ、それって何だろうね? 無意識、みたいな物?」

「似ているとは、思う。けど、そうなのかと聞かれたら、多分全く違うものだ。それに、無意識だって、自分が意識したってことを認識してないだけで、意識したから行動してるんだろ? なら、無意識は、無意識とは言えないんじゃないか?」

「う~ん……何か、どんどん分からなくなってきた」

「俺もだ」

 二人して頭を抱える光景は、他の奴らから見ると変に写っているかもしれないな。

「とりあえず、ややこしいことは考えないでおこう」

「そうだね」

「原点に戻るぞ? 人が何時生まれるのか。自我が芽生えた時ってのが、俺としての結論だ」

「え? それなら、赤ん坊の時には産まれてるってことで良いんじゃないの?」

「そうじゃなくてさ、自分は自分だって、自覚した時ってことだよ。お前は誰だ、と聞かれて、自分は自分だって、言い切れた時。その時に、人は産まれるんだと思う」

「それなら、少なくともわたしと君は、もう産まれてるってこと?」

「ああ。まあ、この学校の奴は、とっくに産まれてるとは思う。それで、アンタはどう思う?」

 こんな話に付き合ってくれた彼女が、どんな結論に至ったのか、興味を持った俺は聞いてみた。

「そうだね……希望が混ざっちゃうけど、良いかな?」

「良いさ。どう感じたかは、アンタの自由だ」

「そっか」

 その時の彼女は、少し照れた様に笑っていた。

「わたしはね、好きな人が出来た時、だと思う」

「……予想外の答えだな。どういうことだ?」

「えっと……恋をすると、人は変わるって言うでしょ? それは、好きな人が出来たことで、自分を認識したから。やっと産まれた自分に、振り向いてもらいたいから、色々頑張るんじゃないのかなって」

 気恥ずかしさからか、彼女は頬を意味もなくかいていた。

 だが、聞いた俺は納得していた。

 恋をすることで産まれる。

 それは、人の原点でもある。

 必ずしも、最初に恋をした相手と結ばれるとは限らない。

 だが、何れだれかと結ばれ、間に子が産まれる。

「深いな」

「……そうだね」

「ん? 口にだしてたか?」

「くす、思いっきり聞こえてた。それで、結局人は、何時産まれるんだろうね?」

「……分からない。まあ、アレだ。今は、こんなことを考えずに、始まったばかりの高校生活を堪能しようぜ? 俺もアンタも、留年しなけりゃ、たったの三年で卒業だからな」

「ふふ、それもそっか。でも、偶には良いと思うよ? 普段全く考えないことを、こうして考えるの」

「そいつは俺も同感だ」

 二人して、くすくすと笑いあう。

 こんなにもまったりとした時間を過ごしたのは、何時以来だろう?

 最近は、色々あったからな。

「それで、気になってたんだけど」

「んあ? 何だ?」

「お弁当、食べないの?」

 そういって女子生徒が指差したのは、俺の机に鎮座する弁当箱。

 そういえば、まだ食べてなかったな。

「あ~……まあ、時間はあるからな、大丈夫だろ。付き合ってくれてサンキュな?」

「どういたしまして。最後に、聞きたいことがあるんだけど良いかな?」

「ん?」

 短く返すと、女子生徒は右手を自身の胸に当てた。

「わたしの名前は、忍野悠歌(おしのゆうか)。――君の名前は?」

 その問いに、自然と笑みが浮かんだ。

「俺は――」

 この時コイツが……悠歌が付き合ってくれたことを、俺は一生感謝することになる。

 だが、それはまた別の話だ。

 たった三年間。

 その、長く短い不思議な時間を、今は楽しもうと。

 俺は思う。

 

 一際強く吹いた風は、桜の花びらと共に空高く舞い上がっていった。

 

 



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二度目の誕生

「悠歌、持ってきたぞ」

「あ、玲兎(れいと)くん……え、本当に作ってきてくれたの?」

「ああ。ま、いつも作ってるからな」

 悠歌用に作ってきた弁当箱を渡すと、少し呆けた後何故か赤面した。

 ちなみに玲兎は俺の名前。

 本名は来栖玲兎だ。

「あ、ありがと」

「どういたしまして。あ、この席って今空いてるか?」

 近くの生徒に聞くと、これまた何故か笑顔で頷かれた。

 何だろう?

 どうにも何か意味有り気だ。

 周りを見れば悠歌のクラスメイト、その大部分が俺達の方に注目している、様な気がする。

 とりあえず座り、悠歌と向き合う形になる。

 自分の弁当を広げ、合掌。

「いただきますっと……悠歌、食わないのか?」

「え、あ、うん。食べる、食べるよ、うん」

「大丈夫か? さっきから顔赤いが……まさか風邪か? 一寸診せて見ろ」

「っ!?」

「うおぉ……何だコレ。お前、どんだけ熱あるんだよ」

 額を合わせると、接している部分からとんでもない熱が伝わってきた。

 風邪所か、もっとやばい何かに掛かっているんじゃないかと心配になってくる。

「保健室行くか。ったく、何でここまで無理してたんだよ」

「え、ちょ、玲兎くん!?」

「こら、騒ぐな。悪化するだろ」

 ぼやきながら席を立ち、悠歌をできるだけゆっくり立たせ、そのまま脇の下と膝裏に手を回して抱き上げる。

 騒ぐ彼女を大人しくさせた後、近くにいた奴に声をかけ保健室へ。

 教室を出た瞬間、何か女子のキャー、と言う歓声の様な物が聞こえたが、関係ないことだろうと保健室へ急いだ。

 抱いている彼女の負担にならないようにしたから、心境的にはゆっくり急いだという感じだな。

 とまれ、保健室に到着。

 未だ顔が赤い彼女に、扉だけ開けてもらい中に入ったが、教師は見当たらなかった。

 ここまで大人しくしていた悠歌をベッドに下ろし、布団を掛ける。

 顔は、やはり赤いままだ。

「水と氷持ってくるから、熱測って待ってろよ?」

「……はぁ」

 何故かじとっとした目で見られ、溜息を吐かれた。

 何故だ? 

 とりあえず、氷を勝手に拝借する。

 袋に詰め、タオルで巻いて悠歌の元へ。

「どうだった?」

「どうも何も、最初から熱なんて無いよ」

「は? じゃあ、何であんなに熱かったんだよ?」

 尋常じゃなかったぞ、あの熱は。

「それは……ごにょごにょ……」

 何か言っているが、後半は全く聞こえなかった。

 改め悠歌の顔を見てみると、確かに赤くは無い。

 本人の言う通り、熱は無かったのかも知れないな。

 そうなると、あの熱さが不思議だが……まあ、何もないならそれに越したことはない。

「……とりあえず、健康体なんだな?」

「うん。だから戻ろう? 折角玲兎くんがお弁当作ってきてくれたのに、食べる時間が無くなっちゃう」

 時計を見ると、まだ弁当を食うには十分過ぎる時間が残っている。

 が、急いで食っても味気ないのは確かだ。

「そうだな。けど、その前に一応熱だけ計らせろ」

「っ!?」

「……やっぱり熱いんだが? それも異常な程に」

「~~~~! もう、大丈夫ったら大丈夫なの!」

 叫ぶや否や、悠歌はベッドから降り先に歩き出した。

 頭を抱えながらベッドを整え、氷を戻し、後を追う。

「もう、ほんとに鈍いんだから」

 はて、誰のことだろうか?

 ――とまあ、そんな訳で、教室に戻ってきた。

 悠歌が女子から一斉に詰め寄られていたが、俺もなぜか男子から詰め寄られた為身動きが取れない状態となっている。

 それから、向こうは何と言うかこう、和やかな感じだが、俺の方は全く違う。

 殺気とでも言う様な物を殆どの男子が醸し出している。

 と、何故か女子が一人がこっちに居るが、些細なことだ。

 保健室でのことを何やら熱心に聞いてきたが、何もないと答えるとしつこく問い詰めてきた。

 イラっと来たから睨み付けると早々に散っていったが……たく。

 悠歌の方は、もう暫く掛かりそうだ。

 と、目が合った。

(教室戻るわ。時間、無いしな)

(うん。ごめんね?)

(気にすんな。明日また持ってくる)

(……ありがと)

 なんとなく目で会話を成立させ、教室を出る。

 弁当箱は、多分後で持ってきてくれるだろう。

 自分の教室に戻り適当に時間を潰していると、昼休みが終わった。

 その後の授業をなんとなく受け、なんとなく出された課題を解いていき、なんとなく外を見れば、雲一つ無い青空が広がっていた。

「…………」

 そういえば、もうすぐ夏が来るな。

 今月末にある期末テストが終われば、後は夏休みと馬鹿みたいに大量な課題が待っている。

 アイツはどう過ごすんだろうか?

 交友関係の広いアイツのことだからな……毎日、なんてことは無いだろうが、誰かと遊ぶことは多くありそうだ。

 俺は……ま、例年通り妹とあちこち駆け回るだろうな。

 風邪と縁が無い我が妹は、いつも元気な訳だし。

 なんて事を考えながら過ごしていると、終業の鐘が鳴った。

 担任の授業だったから、そのままHRになだれ込み、特に連絡が無い為すぐに終わる。

 荷物をまとめ悠歌のクラスに向かうと、ちょうど出てきた本人と鉢合わせした。

「なんだ、そっちも担任の授業だったのか?」

「うん、玲兎くんもだったんだ……くす、面白いね? こんな偶然があるなんて」

 挨拶代わりの会話をしながら、180度反転。

 階段へと向かい、隣に悠歌が並ぶ。

「確かにそうだな。この学校、授業変更が多すぎて、時間割は何の役にも立ってねぇし」

「言えてる。でも、そのお陰でこうして、すぐ一緒に帰ることが出来るならさ」

「ああ、いっそのこと毎日今日みたいだと良いよな……」

「…………」

「ん、どうした?」

 急に立ち止まった悠歌を振り返れば、また顔を赤くしていた。

「お前、やっぱり熱あるだろ?」

 何度見ても異常な程に赤い。

 しかし、悠歌は俺の問いを無視して、逆に問うてきた。

「毎日って、どういうこと?」

「あ?」

「だから……毎日、今日みたいだと良いって、どういうこと?」

「あぁ、そのことか。さっきお前も言ったろ? すぐ一緒に帰ることが出来るって。毎日今日みたいなら、前みたくお前を待たせることが無いからな」

「……それだけ?」

「んな訳無いだろ? お前がどうか分からんが、俺はお前と出来るだけ長くいたいんだよ、楽しいからな」

 授業中にも考えていたことは、なんとなく言わないでおこう。

 キモイとか思われるとマジで立ち直れそうにない。

「ほら、帰ろう……ぜ……」

 閉じていた目を開いた瞬間映ったのは、

「……わたしも、玲兎くんと一緒にいたい」

 赤い顔のまま、コレまでに見た中で最高の笑顔を浮かべている悠歌だった。

 いい様の無い魅力を感じさせるその笑顔に、俺は不思議に思った悠歌が声を掛けてくれるまで呆けていた。

「――また明日、玲兎くん!」

「ああ」

 夕日が差す十字路で、それぞれ別の方向へと帰る。

 歩いていく悠歌をなんとなく見送り、一度振り返った彼女が手を振ってきたから、俺も振り返した。

 その後は振り返ることなく帰っていき、俺も家へと歩く。

 なんとかばれずに済んだみたいだが、さっきの笑顔を見た時から俺の心臓は暴れっ放しだ。

 今も動悸が激しく鳴っており、心臓が動いているとはっきり分かる。

「……参ったね、どうも」

 

 6月6日の今日この日。

 どうやら俺は、改めてこの世に産まれたみたいだ。

 



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死って……なんだろう?

「ねぇ、玲兎くん……4月に話したこと覚えてる?」

「忘れることはないけどな。人が何時産まれるかって話だろ?」

 隣で小説を読みながらも、彼はすぐに答えてくれた。

 それが嬉しくて、思わず唇が弧を描いてしまう。

「うん」

「もうすぐ一年か……早いな」

「うん」

 そう。

 彼と初めて会ったのは、去年の4月。

 彼のクラスにいた中学から付き合いのある友達に用事があって訪れ、帰ろうと近くを通り掛かった時、ポツリとした声が聞こえた。

『産まれた瞬間の記憶なんてないよな』

 誰かに問いかけていた訳じゃないことは、なんとなく分かった。

 それでも、気付けばわたしは問いかけていた。

 その時交わした会話から、わたしと彼は不思議と一緒にいることが多くなり、今は恋人の関係になっている。

 このことについては、また別の機会に話したい。

「で、それがどうしたんだ?」

「……最近さ、ふと思うことがあるんだ」

 無言でも、彼が続きを促したことが分かった。

「――人は……死ぬのかな、って」

「成る程。今度は死についてか」

 彼が本を閉じた。

「産まれた以上、人も植物も機械も建物も、いつかは死んだり、枯れたり、故障したり、壊れたりする。でも、偉人って言われてる人達や有名な物は、今の世にも名前を残してる。これって……生きてるとは言えないのかな? 死んだって、言えるのかな?」

 少しの無言。

 やがて彼は口を開いた。

「死ぬってのは、簡単に言えばこの世から居なくなるってことだ。けど、それもやっぱり客観的意見でしかない。あるかどうか今は別にして、死んだと思われた人間が生きていた場合、死とは言えない。例に出すのは失礼だが、植物状態がそうだと思う。意識がなくても、心臓は動いている。生きていると言えばそうだし、死んでいると言えば、やっぱりそうかも知れない」

「……わたしは、生きてるって思いたい」

「同感だ。けど、簡単に決める訳にもいかないことだ。少なくとも、俺達にどうこう出来る問題じゃない」

 彼が、頭に手を乗せてくれた。

 横を見れば、でも彼は目を閉じている。

 そして、この距離でも聞こえない程の小さな声で、何かを言った。

 辛うじて聞き取ることが出来たのは、わたしの名前だけ。

「――死ってのも、色々ある。不慮の事故、殺人、自殺、心中、過労、寿命、孤独、栄養不足、病。これは俺の考えだが、今挙げた中で死と言える物は、寿命だけだ」

「魂が、終わるから?」

「ああ。フィクションでよくあるだろ? 事故で死んだ人間が、霊体となって現れるってやつ。これは、体だけが死んで、まだ魂は生きているから」

「でも、寿命は魂と体が同時に終わる」

 彼は頷いた。

「突き詰めていけば、やっぱり寿命も死とは言えないかも知れないけどな……他の死は、とても魂まで同時に終わるとは思えない」

 わたしも頷いた。

 平和的な死、とでも言えるかも知れない。

 悲しいことに変わりはないけど、家族に見守られる中で、魂が終わりを迎える。

 どれだけ健康な人が、そのまま年をとっておじいちゃん、おばあちゃんになっても、やっぱり寿命は来てしまう。

 それは、人によって違う。

 もしも生をまっとうしたなら、その人は本当の意味で安らかに眠ることが出来ると思う。

 でも、事故や自殺だと、親しい人は悲しむ。

 当たり前のことだけど……。

「本当に悲しいのは――死んでしまった、その人」

「……体が死んで、魂が生きている。魂が死んで、体が生きている。どっちの状態も、死んでいるとも、生きているとも言えるだろう」

「うん」

「心臓が止まっていても、まだ間もないなら蘇生は可能。脳が壊れたら、それは多分どうにもならない。動物ってのは、ややこしい種族だ。産まれたら死ぬ。唯一絶対と言い切ることが出来る。だってのに、お前が言った様に、偉人は今も名を残している。そして、当人を尊敬する人間の中では、そいつは生きている」

「その人本人じゃないのに?」

「ああ。だから、地球が終わらない限り、そいつらは生き続けるだろうな。今だけじゃなくこれからも、そいつらを尊敬する奴は現れる。今この瞬間にも、そういう奴は産まれているかも知れない。多重になっていくんだ」

「多重?」

 どういうことかな?

「ある人物を尊敬する。そして、その人物を知っていけば、そいつが尊敬していた人物に行き当たる」

「ぁ……その人を尊敬したら」

「そいつはまた産まれる」

 一度頷き、彼は答えた。

「多分、人が死ぬってのは、詰まる所誰もそいつを憶えていないってことだと思う。極端な話、俺に関する記憶を持つ人間からその記憶が全部消えたら、その瞬間俺は死ぬ……人の心臓ってのは、脳かも知れないな」

「それなら、玲兎くんは死なないね」

「ああ。悠歌も死なない」

「うん」

 もし、記憶を失ってしまったなら、何が何でも引っ張りだそう。

 もし、それが無理だったなら、また来栖玲兎をわたしに刻もう。

『忍野悠歌』から、『来栖玲兎』が消えない様に。

『来栖玲兎』から、『忍野悠歌』が消えてしまわない様に。

 今は、なによりも大切なこの人が、決して死なない様に。

 

 ――ベッドの上で重ねた手は、確かな温もりを与えてくれた。

 

 

 



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