闇吉備津で遊ぼう! (聖華)
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▶移動:図書館

 持ち上げた筆先、インクの代わりに漏れたのはアルファベットだった。

 印刷物でお馴染みの形に白抜きされたそれが、筆の動きを追いかけて軌跡を描く。その軌跡が、今度は人の形を描いていく。白紙の本に、文字が浮かび上がっていく。

 テイルマスターの集まる図書館の一角、キャストの本棚があるところ。机の上に開かれた本の上に、一本の筆がかざされていた。この筆こそが神筆――のレプリカ。四創聖の筆を基に作られた、量産品である。

 もっとも、量産品とはいえ、それは決して粗製された物ではない。物語を一つ、作り出すだけの力はたしかにあった。

 

 ほら、今も。

 

 

「――ただ、剣の求めるままに、敵を斬る。この我を呼び出すは、何奴か」

 

 人離れした、汚い低音が鳴る。

 目前、現れたのは人型、しかし伴う姿は人外じみていた。青白いを通り越して石灰じみた肌色、動作に揺れる長い白髪、甲殻に覆われた異形の左手。

 常人ならざる見た目の青装飾は、隻眼でこちらを見つめていた。赤々とした――

 

 

選択肢【闇吉備津の第一印象は?】

 ①焔のような虹彩の男であった。次の瞬間にも腰の大剣が引き抜かれて、首が一つ落ちていたとしても何ら不思議はないと。そう錯覚させる。

 ②血のような虹彩の男であった。見つめ合うだけでこちらの足を竦ませる、何か、『底』を感じさせる色合いだ。光の見えない瞳と言うべきか。

 

 

 

【①あなたはこの闇吉備津に、強い攻撃性を見出した。彼は、何物も寄せ付けようとしない。】

 

 

 

 常人ならざる見た目の青装飾は、隻眼でこちらを見つめていた。赤々とした――【焔のような虹彩の男であった。次の瞬間にも腰の大剣が引き抜かれて、首が一つ落ちていたとしても何ら不思議はないと。そう錯覚させる。】

 

「語らずとも良い。我は呼び出された今、全てを理解している。何故是がこの地に降りたのか、何を為す事を望まれているか」

 

 闇吉備津は一歩二歩と、近付いてくる。

 歩く度に、鬣が如き髪が靡いて――そこで、あなたは気付くだろう。白髪と先は形容したが、それはあくまで髪の根元。大部分が黒ずんだ紫に染まっている。では何故、『白髪』などという言葉が浮かんでしまったのだろうか?

 

「――」

 

 答えは単純。この人の体の巨体が、後ろ髪のほとんどを隠してしまっていたから。

 今、あなたの眼前に居るのは、見上げねばならぬ程の巨躯だ。厚い胸板をした偉丈夫だ。

 

 故に、

 

「だが我は、これら呼び出しに『応じてやるつもりはない』」

 

そのような男がカチャリ、腰元の刀を鳴らしながら威圧してくるのは、ひどく恐ろしいものに感じられただろう。肉薄の距離で響いた低音は尾を引いて、鼓膜を揺さぶってくる。照明の光は遮られ、影があなたの上に覆いかぶさる。

 逆光に陰った顔の中心。隻眼を忌々し気に細めながら、闇吉備津は続けた。

 

「とはいえ、それはあくまで我という個体の意思に過ぎぬ。描き出された代物である以上、我はその筆に逆らう術は持ち得ていない。血に塗れたこの鬼殺し、好きに扱うといい」

 

 あなたは、口を開く。とにかくこの人に何かを言わなければと、恐怖や威圧を押し退ける形で、それら気持ちが前に出たのだ。

 

 

選択肢【闇吉備津は他者からの言葉をどう応じる?】

 ①その言葉を聞いた闇吉備津は、一瞬、目を丸くしたように見えた。話しかけられた事に、驚いたのだろうか。

 ②その言葉を聞いた闇吉備津は、一層、不服に歯噛みしたように見えた。声を聞くだけでも苛立つとばかりである。

 

 

 

【①あなたはこの闇吉備津が、他者との会話に馴れていないか、あるいは忘れてしまっているのではないかと感じた。】

 

 

 あなたは、口を開く。とにかくこの人に何かを言わなければと、恐怖や威圧を押し退ける形で、それら気持ちが前に出たのだ。

 【その言葉を聞いた闇吉備津は、一瞬、目を丸くしたように見えた。話しかけられた事に、驚いたのだろうか。】もっとも、次には表情は険しいものに戻っていたから、それは見間違いだったのかもしれない。

 

「ほぅ、是を呼び寄せただけはある。この殺気を受けながら『言葉』という物を紡げるか」

 

 「常人なれば、声を出すのも億劫であるはずだが」と続けるのを聞いている内に、あなたの視界に光が戻った。巨体が傍を離れて、覆っていた影もなくなったのだ。

 闇吉備津はどうにも、顎を擦って何事か考えている様子である。脅しが効かなかったから、別の文句を考えているのだろうか?

 

「……呼び出しに応えるつもりはないと、そういう話を先にしたな」

 

 あなたは頷くなり何なり、とにかく反応をしてみせた。

 返ってきたのは、言葉ではなく、腰元の刃が引き抜かれる金属音であった。とはいえ、軌跡を見れば、こちらに斬りかかる意図がないのは分かるだろう。それは例えるなら、騎士が姫君に忠誠を誓う為に剣を抜く、あの動作によく似ていた。もちろん、似ているのは動きだけで、実際は軽い会釈すらしてくれそうにないのだが。

 

「この刀、名を滅鬼刀と言う」

 

 縦に掲げられた刀身には、獣のような文様が描かれている。それは煌々と光り輝き、尋常ならざる雰囲気を感じさせた。

 

「我が鬼を殲滅すべく使い続けた一振り。数多の血と怨念を吸い、もはや是自体が一つの呪いとして完成している」

 

 刀を見つめる赤の虹彩が、そこで細まったように見えた。フランベルジュが如く波打つ刃は、今は闇吉備津の方に向けられており、あなたの目にはその背だけが映っている。

 納刀。彼の目線が滅鬼刀から、あなたへと向けられた。

 

「間違っても人が扱うべき代物ではない。間違っても人が関わるべき代物ではない。故に――改めて警告しよう、名も知らぬテイルマスターよ」

 

 その『名も知らぬ』という冠詞は、何も言葉通りの意味ばかりではなかっただろう。

 この人にとって、あなたは『赤の他人』なのだ。

 

「我を呼ぶのはなるだけ控え給え。是なるは鬼殺し。『人を助ける為に鬼を殺す』でなく、『鬼を滅ぼす為に鬼を殺す』在り方だ」

 

 それを捨て台詞に、闇吉備津は背を向け本棚の向こうに去っていく。どんな言葉を背にかけたところで、その歩みは止まらない。

 あなたの目に映るのは揺れる長髪と、刃の切っ先が嘲笑うようにテカった光景だ。



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▶移動:龍宮の園Ⅷ

 次にあなたが闇吉備津を見かけたのは、戦地の傍らでのことである。

 現在『全国対戦』で一般開放されているマップは、『星めぐりの森』『不思議の森』『千夜の街』など多岐に渡るが、使われていないマップというものも存在している。これら未使用のマップがどうなっているのかといえば、これはキャストの鍛錬や憩いの場として用いられていた。

 テイルマスター達に競技の場として提示するには、細かなメンテナンスが必要となる。だが、ちょっとした公園として出しておく分には、軽く雑草を毟ったりする程度で問題ない――という訳だ。

 

 闇吉備津が居たのは、そんなキャスト向けマップの一つ、『龍宮の園Ⅷ』である。四つの池にそれぞれ十字に橋がかけられている、あの場所だ。

 彼は今、

 

 

選択肢【闇吉備津は普段、何をしている?】

①その一角で、剣を振るっていた。剣戟しか見えておらぬとばかりに、ただただ的に打ち込む。

②戦っている他のキャストを眺めているようだ。あたかも……そう、値踏みをするように。

 

 

 

【①あなたはこの闇吉備津が、武に傾倒している事を知った。……そもそも、鍛錬以外の過ごし方を知っているのだろうか?】

 

 

 

 彼は今、【その一角で、剣を振るっていた。剣戟しか見えておらぬとばかりに、ただただ的に打ち込む。】

 こちらの存在に闇吉備津が気付いたのは、的の悉くを斬り捨ててしまって、斬る物がなくなってしまったからという、それだけに過ぎなかったのだろう。遠く、建物同士を繋ぐ渡り廊下から鍛錬を見ていたあなたと、視線がかちあった。

 

「……他のキャストは、皆向こうの、レーンの方に行って訓練をしている。お前が探す者も、そちらに居るだろう」

 

 顎で方向を示すと、それ以上の興味はないと言いたげに、的の回収を始めた。

 闇吉備津が今居るのは、マップのかなり隅の方にある、建物群の一角だ。試合中には入れない、城の奥側の部分である。四方を廊下に囲われた、中庭のようなこの場所は、建物の陰となっているのもあるのだろう、一切の整備がされておらず雑草まみれの空き地でしかない。当然居るのは、この白い偉丈夫だけだ。

 的に用いられていたのは、人の幅ほどもある太い丸太だ。一太刀に斬り捨てられたと思しきそれらを隅に積み上げると、また新しい丸太を持ってきて、台座に固定する。

 

「いつまでそこに居るつもりだ」

 

 地面にしゃがみこんで作業をしていた背中、毛玉のようなシルエットが言葉をかけてくる。腰ほどもある髪だ、姿勢を低くすればすっかり地面に着いてしまう。

 

「お前の探し物は知らないが、ここに居るのは正真正銘我一人。……来る者があっても、その一切を拒否している。お前の望む物はない」

 

 そこまで言われてしまっては、留まってまじまじ見ている訳にもいくまい。あなたは、その場を後にすることにした。歩き去っていく横で、剣技が繰り広げられる。

 

 砂がバッと上がる程強く踏み込むと、闇吉備津と擦れ違った丸太が落ちた。袈裟懸けの形の切口が落ちる音と、抜刀の風切りが鳴ったのはほとんど同時の事。振り抜いた後の一拍の硬直の後、重心を正すついでに、今度は前から後ろに滅鬼刀を振るう。

 これを捉えたのは大振りの刀の最先端、勢いがあって『斬る』には向いていても、力が乗り難く『断ち切る』には適さない部位だったが――そんな事はこの人にとって問題ではない。刃のどの部分どの角度で捉えようが、剣で触れたからには致命傷を負わせる。

 真っ二つになって転がった丸太の、始めに刃が入った部分は、抉れて歪んでいた。この人が技ではなく、純粋な怪力をもって丸太を切断した事の証明だ。

 

 偉丈夫の手元、刀はその大きさと重さを感じさせぬ程、軽やかに跳ねていた。

 



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▶移動:図書館 →Aルート分岐

「またお前か」

 

 その後ろ背を見かけたのは、『立ち入り禁止』という文字の書かれた扉の前だった。

 図書館内部の一角、地下へと続く扉の向こうには、テイルマスター達によって封印され直された禁書や、とにかく機密事項が保管されている――と聞いている。数多のテイルマスターの一人が、御伽世界の全てを管理する図書館の情報を、明確に知っているはずもない。

 

 闇吉備津が振り返ってこちらを見たのは、その言葉を言い終えた後である。名の知れた武人というだけあって、気配や足音だけで、背後に立った相手の特定は出来るようだ。

 

「何用だ」

 

 あなたは困っただろう。話しかけた事に、特別理由はない。『全国対戦』を終わらせた後の帰り道。その道中で、ただ目に入ったという、それだけである。

 素直に「なんとなく声を掛けただけ」と言えば、それで会話は終わるだろう。多弁を嫌う闇吉備津は、それなら良しと黙ってこの場を去るに違いない。あなたは、単純に闇吉備津と親交を深めたかったか、あるいはいずれ戦地に連れ出すのにこのままでは不都合だったか、とにかく話を膨らませようとした。

 

 その時、脳裏を過ったのはノーマルキャストの吉備津彦の存在だった。『桃太郎』という原典らしい人で、お供の三人とも仲が良い。……そういえば、この人にとってお供とは何なのだろう。

 ちょっとした好奇心。なんてことない思いつき。あるいは嫌味だったかもしれない。

 とにかく、あなたはそれを、眼前に問いかけた。

 

 

選択肢【お供の事を聞かれた闇吉備津は、どう反応する?】

①不穏。一瞬の後に漂った空気は、そうとしか形容出来ないものであった。

②「そうか。かつては我自ら喰らってやったが、こちらではまだ生きていたな」

 

 

 

【①この闇吉備津にとって、それは俗に言う『地雷』にあたったらしい。とにかく、触れて欲しくない部分だったのは確かなようだ。】

 

 

 

【不穏。一瞬の後に漂った空気は、そうとしか形容出来ないものであった。】例えるならば一触即発、あともう一度『間違った事』を言えば、眼前は躊躇いなく刀を抜くだろう。

 赤色が、ねめつけてくる。隻眼とは思えない視線の強さをもって、あなたに立ち向かう。

 

「それをお前が知る必要はない」

 

 〆殺される鶏じみた、喉奥から振り絞るような声。

 

「お前は我の力を、『性能』を、頼って呼び出したのだろう。そのような情報を知って、何になる」

 

 たしかに、威圧感はあった。こちらの言葉を詰まらせるだけの気迫はあった。

 だが、それ以上に――

 

「放っておいてくれ」

 

――苦しそうだ、とあなたは思ったことだろう。

 一つ単語を紡ぐ度、その声量は小さくなった。一つ文を紡いだ後には、視線を床に下ろした。全てを言い切った今、その表情は苦々しく歯噛みするものへと変貌している。

 

 『桃太郎』は、供の三匹と共に鬼を打ち倒し、みな揃って故郷へ戻った。子どもだって知っている筋書きだ。

 恐らくこの男は、その当たり前の筋書きを辿れなかったのだろう。戦いのどこかで、お供が死んでしまったのかもしれない。あるいは故郷へ戻った後、新たな戦に駆り出された先の悲劇か。お供に裏切られたか、お供を裏切ったのかも。眼前が語らぬ以上、真実は分からない。分からないが。

 

「我がここを立ち去るまで、」

 

 あなたが何か言葉を発するよりも、彼が語り出す方が早い。

 

「何も話してくれるな。今の我は……冷静ではない」

 

 言って、あなたのすぐ真横を通りながら、闇吉備津は彼方へと歩き去っていく。あなたの耳には、鎧や刀が擦れるあの金属音が、遠ざかっていくのが聞こえただろう。

 擦れ違いざま、何か、独特な匂いがした気がして、けれど、その残り香もすぐに消えてしまった。

 

 *

 

 あの闇吉備津は、たしかに攻撃的だ。他者を拒み続け、常に一人であろうとする。

 そう、『そうであろうとしている』のだ。持ち前の気難しさによって自然とそうなるのではなく、自分からその状況を作り出している。その努力は、決して鬼殺しらしいものではなかった。もっと人間臭い、いじらしいものに思えた。

 

――「我を呼ぶのはなるだけ控え給え。是なるは鬼殺し。『人を助ける為に鬼を殺す』でなく、『鬼を滅ぼす為に鬼を殺す』在り方だ」

 

 ともすればあの言葉は、自らの呪いが周囲を傷つけることを、防ぐ為のものではないだろうか。

 そうだとすれば、彼の性質は――きっと、『偽悪者』と形容すべきものなのだろう。

 

 彼はかつて血に塗れ、理性を捨てた鬼ではない。

 ただの、『悪役(ヴィラン)』を気取る『人間』なのだ。

 

 

 

Aルート【偽悪者の誉れ】

 



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▶行動:キャスト選択

 ヴィランによる侵攻は、留まるところを知らない。マメール以外の四創聖がテイルマスターに関わるようになったのも、そういう訳だろう。簡潔に言えば、『選り好みしている場合じゃなくなった』のだ。

 

 あなたは今、図書館に訪れていた。図書館では日夜テイルマスター同士での模擬戦が行われており、戦績によっては報酬を得ることが出来る。

 戦うことが目的なのか、勝つことが目的なのか。ともあれ、あなたは今自分の本を開いたのだ。

 

 そのまま連れていくキャストを選択しようとして、不意に、先日呼び出した闇吉備津のことが思い浮かんだ。こちらを見る鋭い赤眼や、見上げねばならない程の巨躯、動きに合わせて跳びはねる毛先が、どうしてだか脳裏を過ったのである。

 

 あなたは――

 

 

選択肢【図書館で活動するからには、キャストを選ばなくては。】

①何の気なしに闇吉備津を呼んだ。いくら感情があるとはいえ、彼はキャストなのだ。その自覚は持ってもらわなければならない。

②少し気が引けたが、最後には闇吉備津を呼び出していた。彼と親交を深めるなら、形はどうあれ接し続けなければ。

③違うキャストを呼ぶことにした。わざわざ彼に厄介を押し付けずとも、他の好意的なキャストを頼ればいい。

 

 

 

【②このままでは、いつまで経っても良好な関係を築けない。まずはこちらから歩み寄らなければ。】

 

 あなたは【少し気が引けたが、最後には闇吉備津を呼び出していた。彼と親交を深めるなら、形はどうあれ接し続けなければ。】

 本棚に挟まれた道を只管歩いて、召喚用の本が置かれた机までやってきた。銀色の表紙の本に手をかける、その指先は僅かに震えている。自分を嫌っている相手を、わざわざ呼び出そうとしているのだから、緊張するのも無理はあるまい。

 それでも意を決して、本を開いて、神筆で闇吉備津を呼び寄せた。

 

「斬られるべき敵は――」

 

 こちらを一目見て、眉間に皺こそ寄せながらも口上をしようとする闇吉備津。あなたは気付けばこの口上を遮って、彼に呼び出した理由を語っていた。

 怒られるのが怖かったのか、単純に罪悪感からか。ともあれ、どうしてだか口が先走ったのだ。

 意外にも、闇吉備津は黙ってこちらの話を聞いていて、口を挟んだのは最後の最後になってからだった。

 

「つまり、どうしても我を戦に用いたい、と?」

 

 あなたとしては当然、親交を深めることがメインなのだが、その為に試合に連れて行こうとしている訳だし、間違ってはいないだろう。頷いておいた。

 

「……見上げた阿呆(あほう)だ」

 

 とてつもなくストレートな罵倒に、あなたが反応をする前に、

 

「以前口にした通りだ。元より我に拒否権はない、好きに使うが良い」

 

 気付けば偉丈夫が、すぐ目の前に立っていた。こちらに歩み寄ってくれたのだと、数秒してからようやく認識がいった。

 闇吉備津は顎をしゃくって、指示してみせる。

 

「何をぼけっと突っ立っている。我を用いるというのなら、まずは大将として先陣切って戦場に向かってみせよ」

 

 喉が焼けているような重低音に脅されて、あなたは慌ててマップに続く扉に向かった。

 背後からは、足音と着物が衣擦れする音が聞こえている。闇吉備津は大人しく、こちらに着いてきているらしい。

 

 やはりこの人、存外話が通じるのではないだろうか。

 ちらりと後ろを見ると、赤い隻眼が面倒臭そうにこちらを見返してきた。元々人相が悪いのもあって、少しぞくりと来る。

 話は通じても、仲良くなるにはまだ時間がかかるかもしれない……。

 



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▶イベント:白雪の森

 『修練場』での訓練は、無事に終わった。こちらの指示の精度はともかくとして、闇吉備津は神筆の指示に忠実に動いてくれている。キャストとしては当然の事とはいえ、なんとなく嬉しいものだ。

 その嬉しさが手伝ったのだろうか。図書館に戻ろうとする闇吉備津を呼び止めて、こうして『白雪の森』のマップを二人で散歩している。とはいえ、闇吉備津は黙りこくったまま、喋ろうとしない。二人の間の会話は、あなたが『マップを見て回りたいから、護衛をお願いしたい』みたいな建前を並べて以来、完全に途絶えている。

 

 『白雪の森』は名前の通り、辺り一面を深い雪で覆われている。積もっている雪は常に新雪、真っ白で柔らかく、踏む度にさくさくと軽い音が鳴った。歩いて足跡をつけても、数歩進んで振り返ってみると、そこには足跡一つない完璧な雪景色が広がっている。なんともメルヘンだ。

 訓練をしている時も思ったが、闇吉備津はこのマップによく似合う。瞳以外の一切が寒色なので、雪の中に立たせても色彩が全く喧嘩をしない。そればかりか、すっかり溶け込んでしまう。

 ……見ていて寒そうなことだけが、唯一の欠点だろうか。刀を振る際の邪魔になるのだろうが、そこまで思い切るならいっそ、着物の袖を片方引き千切ってはどうだろう。

 

 そんな馬鹿げた事を考えていた為だろうか。

 

「――待て。その道を行くのは、危険だ」

 

 足を止めるのが、一歩だけ遅かった。言葉を聞いて、振り返ったその瞬間。体ごと振り返る為に、一歩だけ前に足を踏み込んでしまった、その瞬間。

 

 ずるっ、と足元が滑った。例えるなら、うっかり沼に足を踏み入れてしまったような具合だ。足を踏み外した時の嫌な感覚の後、体が大きく傾く。

 闇吉備津が跳び出すのが見えたが、彼の腕がこちらに伸びるよりも、自分が倒れていく速度の方が早かった。何か深い穴に、落ちていく――。

 

 *

 

 どれだけ時間が経っただろうか。一秒か、一分か。

 ともあれ、あなたが気を取り直した時には、そこは暗い穴の底だった。遠く、頭上には丸い穴がぽっかりと空いていて、そこから外の光が漏れ込んでいる。結構な深さの穴のようだ。

 あなたは疑問に思っただろう。こんな深い穴を落ちて、どうして自分は無事なのか? 擦り傷どころか、打撲の鈍痛さえない。

 

「そろそろ退くが良い」

 

 下から声がして、あなたはそこでようやく、自分が闇吉備津を下敷きにしてしまっていることに気付いた。

 いや――もしかして、闇吉備津が自分を守る為に、敢えて下敷きになってくれたのだろうか?

 ともあれ、あなたは慌てて闇吉備津の上から退いた。闇吉備津は立ち上がって軽く砂埃を払うと、頭上を見上げ、次には穴の壁に寄って籠手で引っ掻いたりしていた。恐らく、上に登る方法を模索しているのだろう。

 

 何か、声を掛けなければ。

 

 

 

選択肢【助けてくれた闇吉備津に、何を言おう。】

①偶然か意図してかは分からないが、自分を助けてくれたのだ。感謝の言葉を投げかけた。

②そうだ。彼は穴に落ちた挙句、自分の下敷きになったのだ。怪我などしていないか、慌てて問いかける。

③……掛けなれば、とは思ったのだが。急な展開に、声が出てくれない。

 

 

【②感謝の気持ちも当然あったが、自分より何より彼のことが気にかかった。】

 

 

 何か、声を掛けなければ。【そうだ。彼は穴に落ちた挙句、自分の下敷きになったのだ。怪我などしていないか、慌てて問いかける。】

 声に振り返った闇吉備津は、いかにも不機嫌そうであった。

 

「受け身も碌に取れない奴が、他所の心配をしてどうする」

 

 正論ではある。けれども、結果的に今回自分は無事であったのだから、次に誰かの心配をするのは当然である――なんて、屁理屈をこねてみる。闇吉備津はますます眉間の皺を深くさせたが、それでも最後まで話を聞いてくれていた。

 法螺貝を吹いたような、低い溜め息。

 

「……我もまた、傷一つなく五体満足だ。何なら触診なりなんなり試してみるが良い」

 

 では失礼して、と試しに右腕を手に取ってみる。隣で真顔が、「本当に触るとは思っていなかった」との感想を述べていた。

 触れた腕は、恐ろしく冷たかった。まるで筋肉の型で作られた氷袋を撫でているようだ。滑らかな肌の感触も、中に詰まった筋肉の固い反発もあるのに、体温だけがない。病的に白い肌の色相応、いや、それ以上だ。

 

「分かっただろう。お前は生身で、我はキャストだ。心臓の鼓動すらない、今を生きておるのかも分からぬ影法師だ」

 

 その一言と同時に、触れていた腕を軽く振り払われた。しっしっ、とでも言いたげである。

 

「我を人と同じように扱うな。それが互いの為でもある」

 

 あなたが何かを言うよりも、闇吉備津があなたを抱え上げる方が早かった。突然腰のところに腕を回されたかと思えば、次には頭を後ろに、小脇に抱えられていたのだ。

 すっかり面食らって、首根っこを掴まれた猫のようになっていると、背後からガッと、鉱石を割る時の音がした。

 

「この穴は、自然に出来た物ではないらしい。どうにも地面が溶けた跡のようだ……土や岩が溶けあって、すっかり硬質化している」

 

 土が溶ける? 火山ならばまだしも、こんな雪原でそんなことが有り得るのだろうか?

 あなたが疑問を口に出さずとも、闇吉備津は言いたいことを察したらしい。

 

「我にも何があったかは分からぬ。だが、今となっては好都合だ」

 

 言うが早いが、体が上に上がっていく。ザクッ、ガガッ、と先程も聞いた音が鳴る。

 少しして気付いたのだが、闇吉備津は穴の側面に手足を刺し込んで、これをピッケル代わりにして穴を登っているらしい。当然ながら、無茶苦茶な怪力がなければなせない技だ。重力に逆らいながら、ひたすら岩のように固い壁を割り続けなければならないのだから。

 

 あなたの視界には遠のいていく穴の底と、闇吉備津の背中を覆う髪が見えているだろう。

 闇吉備津が穴を登る度に、長い髪が暴れて、あなたの顔をぺしぺしと叩いてきた。ふわりと、土の匂いに混じって、図書館で偶然出会った時にも嗅いだ、あの独特な匂いがする。他でも嗅いだ覚えがある匂いな気もするが、どうにも思い出せない。

 あなたは、闇吉備津に話しかけようとしたが、

 

「黙っていろ。舌を噛むぞ」

 

 こう言われてしまったからには、もう大人しく抱えられているしかない。

 そうこうしていれば、周りが明るくなってきた――。

 

 *

 

「どうにか這い上がれたか」

 

 闇吉備津は穴から出ると、早々にあなたを地面に下ろした。

 あなたが改めて感謝を述べると、闇吉備津は「礼は不要だ」とそっぽを向いてしまう。

 

「お前が死ねば、我が存在が危うくなる。それだけの話だ」

 

 ちらり。赤い目だけが、こちらを見た。

 

「……そも、我は道具なのだから、感謝の情を抱くのがまず間違いだな。省みられよ」

 

 腕組み、身長差をフルに活用してこちらを見下してくる。なんとも高圧的な態度。先程よりも当たりが強い気がするのは、きっと気の所為ではないだろう。

 もしや、接触があった分、距離を置こうとしているのだろうか? であれば、これは寧ろ、一歩踏み込むチャンスなのではないか? 可愛げのある言い方をすれば、これはようするに照れ隠しの類なのであろう。……彼の『他者を傷つけぬ為に、他者と関わらぬようにする』性質のことを思うと、あまりに失礼な表現かも分からないが。

 

 ともあれ、あなたはここで、一つ話題を持ち出してみることにした。

 

 

 

選択肢【今まで気になっていたあの事を、聞いてみよう。】

①ここは、身近なところから攻めてみよう。時折嗅いだ、あの独特な匂いについて尋ねた。

②少し、踏み込んでみてもいいんじゃないか。そう思い、滅鬼刀のことを聞いてみる。

③こうなったからには思い切ってみよう。以前踏んだ地雷、お供の話題をここで出した。

④……やっぱり後が怖いから、何かを聞くのはやめておいた。

 

 

【①まずは雑談から始めよう。せめて、隣に居ても不快に思われない程度にはなりたい。】

 

 

 

 ともあれ、あなたはここで、一つ話題を持ち出してみることにした。

 【ここは、身近なところから攻めてみよう。時折嗅いだ、あの独特な匂いについて尋ねた。】

 

「匂い……?」

 

 闇吉備津は怪訝な顔をしたが、自身の揉み上げを掬って、軽く匂いを嗅いだ。

 「嗚呼」と納得した様子で言う。

 

「これは金木犀だ」

 

 予想外の言葉に、あなたは鸚鵡返ししただろう。

 

「一部のマップに自生している。丁度、人の来ないような所に群生していて……思えばここの所、通い詰めている。それで匂いがついたのだろう。あれの芳香はきつい」

 

 どのマップのどこにあるのかは、生憎と口を滑らせてくれなかった。とはいえ、成る程。今後闇吉備津を探す必要が出た時には、これを頼りにすればいいかもしれない。

 なお、金木犀が好きなのかと尋ねると「これが花を愛でる手合いに見えるか」と真顔で返された。

 

 長く吐くような、溜め息が漏れた。呆れたとばかりに、遠くに視線をやっている。

 

「全く。先程穴に落ちたばかりだと言うに、早々に雑談とは。能天気な奴だ」

 

 その言葉の最後は、金属が鳴る音で〆られた。長い髪が揺れるシルエットだけが、辛うじて目で追えた。

 闇吉備津は滅鬼刀を抜いて、こちらに向き直っていた。理解が追いつかない。何かが、彼の気に障ったのだろうか。だから、こんなに険しい表情をしているのか。

 大振りの刃は、雪明かりを吸ってギラギラとテカっている。

 

「動くな」

 

 鋭い言葉。鼓膜を麻痺させる低音と、獣じみた眼光。自分の二回りはある偉丈夫に刃を突きつけられているのもあり、体はすっかり硬直する。

 

 ――白色が、肉薄する。残像が見える。

 あなたを押しのけると、闇吉備津はそのまま真後ろ目掛けて刃を振りかぶった。

 

「っ、」

 

 僅かに呻く声、火花の鳴る音、爆ぜた眩い光。

 慌てて振り返れば、闇吉備津が何かを真っ二つに切り捨てるその瞬間が見えた。地面に転がった三角錐は、斬られて尚、電気を纏ってバチバチとうるさくしていた。

 

 辺りを見渡してみれば、遠く、木立の間に二つの目が光っているのが分かるだろう。巨大な雪だるまの形をしたヴィラン、フロスティがこちらをじっと見据えていたのである。

 

「先程の穴を作った張本人だろうな」

 

 右腕に流れた電気の感覚を払うように、闇吉備津は刃を一振り。姿勢を低く構え、ヴィランとの距離を伺っている。

 あなたに、一言。

 

「扉に向かって走れ。討伐は叶わずとも、時間は稼ぐ」

 

 ヴィランの討伐は、回復の泉などの施設を整えた上で、四人がかりで行うことが推奨されている。相手は一撃でこちらを瀕死に出来る上、体力魔力共に有り余っているからだ。

 一人で立ち向かうとなれば、敵の攻撃は集中する。逃げに徹したとしても、一度回避を見誤っただけで、致命傷まで追い込まれかねないのだ。余りにも無謀と言えた。ここは図書館の管轄内であるから、それこそ死ぬような傷を負ってもどうにかはなるだろうが、そういう問題ではないだろう。

 

 あなたは、一瞬躊躇ったはずだ。闇吉備津と親交を深めたい一心で彼を呼び出し、また穴に落ちた時に咄嗟に彼の安否を心配するようなあなただからこそ、「はいそうですか」と引けなかったのだろう。

 そして、気付いた。見上げた闇吉備津の横顔は、にわかに高揚している。

 

 ――好戦的な色。爛々と光る隻眼の赤。刀を握り締める腕は、力の入れ過ぎで筋肉が張り血管が浮かび上がっている。

 人斬りが夜道で旅人を認めたのだと、そう説明されても納得出来る表情なのだ、これは。あなたは、初めて闇吉備津と出会ったあの瞬間、『燃える焔のような虹彩』だと感じた事を思い出していた。

 

 この状態の闇吉備津を一人置いていくのは、危険なのではないか。ヴィランを相手にする時点で無謀なのに、彼はその性分から、さらに無茶をしてしまうのではないか。

 

 

 

選択肢【あなたが次に取った行動は?】

①とにかく、何もしないのは不味い。そう直感したあなたは、逃げるのも忘れ、咄嗟に闇吉備津へ声を掛けた。

②とはいえ、生身の自分では、邪魔にはなっても助けになれることはない。大人しく逃げることにした。

③そもそも腰が抜けてしまって、身動きが出来ない。

 

 

 

 この状態の闇吉備津を一人置いていくのは、危険なのではないか。ヴィランを相手にする時点で無謀なのに、彼はその性分から、さらに無茶をしてしまうのではないか。

 【とにかく、何もしないのは不味い。そう直感したあなたは、逃げるのも忘れ、咄嗟に闇吉備津へ声を掛けた。】

 

【①『闇吉備津っ!』】

 

 もしかしたら『闇様』だとか、その手の仇名だったかもしれない。『待って』でも『おい!』でもいいだろう。とにかく、あなたは彼を呼んだのだ。

 闇吉備津はハッと我に返った。眼を見開き振り返り、あなたを見る。赤色の虹彩と視線が絡まった、その時。

 

「――ッ」

 

 燃えるような瞳の色が、途端に鎮火するのが分かっただろう。

 

 気付けばあなたは、穴を登った時と同じように、腰に腕を回され、担ぎ上げられていた。

 闇吉備津は「離脱する」と言うが早いか、脱兎が如く雪道を駆ける。人一人を担いでいるとは思えない速度だ。雪景色が、視界を高速で流れていく。ヴィランとの距離が、みるみる開いていく。

 

「此処が戦場(いくさば)ならば」

 

 低音が、すぐ真横で語りかける。

 

「貴様のようなのは、真っ先に死ぬ。持ち込んだ武具が優秀であった幸運を、噛み締める事だ」

 

 時折邪魔な木を一閃斬り捨てながら、闇吉備津は真っ直ぐ走り続けた。後ろ、ヴィランから飛んでくる遠距離攻撃も、恐らく音で感知しているのだろうか、危なげなくかわしている。

 ……もしかして、自分の言葉は、お節介でしかなかったのだろうか。

 

 背負われているのもあって、すっかり委縮している内に、森に茂る木々は薄れていく。

 最後の一本を横切ると、扉が立っている以外、小石の一つすら落ちていない、まっ更な平地が現れた。マップには必ず一つは用意されている、緊急用の出入り口だ。

 

「瞬間移動が出来る魔法陣があるだろう」

 

 闇吉備津とあなたが扉の正面に辿り着いた時には、ヴィランもまた、森から平地に足を踏み入れていた。

 

「この扉も、それと理屈は同じだ。移動には数秒かかる。その間に扉に衝撃が加われば、何が起こるか分からん」

 

 闇吉備津はあなたを抱えたまま、扉を大きく開く。嫌な予感。

 あなたが暴れようとする前に、首根っこを引っ掴まれると、問答無用に扉の中へ放りこまれた。

 

「殿は任された」

 

 最後に見えたのは、一人ヴィランに立ち向かう、闇吉備津の後ろ姿だった――。

 



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▶移動:病室

 現在。あなたの前には、布団に押し込まれた闇吉備津が居るだろう。

 

「……」

 

 闇吉備津はあなたが病室に入ってきた辺りから、そっぽを向いている。

 

 結果として、闇吉備津は無事であった。いくらかインクを消耗してしまって、こうして一時的に治療を施されているが、それでも消滅などという事態は避けられたのである。

 援軍に向かったキャスト曰く、『深追いしなかった分、重傷を負わず済んだのだろう』と。あのヴィランは図書館側も意図せぬ存在であったらしく、下手に交戦していれば、どうなっていたか分からないとも聞いた。

 

「あの時」

 

 頑なに視線を合わせてくれなかった闇吉備津が、こちらに声を掛けてきた。

 

「何故、逃げなかった」

 

 放っておけなかったといった旨を話すと、再び闇吉備津は黙ってしまった。

 あなたはここで、自分の気持ちをきちんと伝えておこうと考えた。

 

 

 

選択肢【あなたの気持ちは?】

①テイルマスターとして、一緒に戦えるようになりたい。

②一人の人間として、交友を深めていきたい。

③憧れの存在になったので、舎弟か何かにして欲しい。

④これ以上関わるのは、やめようと思う。

 

 

 

【②きっと彼を初めて見た瞬間から、気持ちは決まっていたのだろう。】

 

 

 

 あなたはここで、自分の気持ちをきちんと伝えておこうと考えた。

 ――【一人の人間として、交友を深めていきたい。】

 

「お前の筆捌きならば、恐らく吉備津彦の方が合うだろう」

 

 立ち上がったあなたに、闇吉備津はそう言葉をかけてくる。

 

「一度声を掛けてみるが良い。あれは扱い易い――」

 

 あなたは黙って闇吉備津に詰め寄ると、彼に手をあげた。ビンタだったかもしれないし、拳だったかもしれない。胸板をやたらと叩いたのかも。何にせよ、痛くなるのはあなたの手の方で、闇吉備津はその程度の攻撃微動だにせず、ただ呆気に取られた様子で見送っていた。

 キャスト相手に取り乱すなど、テイルマスターとしては失格かもしれない。

 

「何をしている」

 

 それでも、あなたはその言葉に食ってかかったに違いない。

 

 もっと周りを見ろ。無意味に自虐するな。自分を大切にしろ。道具として扱われたいならもう少し道具らしくしてろ。本当は優しい癖に。

 

 口についた言葉は、闇吉備津というキャストの設定から考えれば、残酷なものだったかもしれない。彼には真っ当な人間であった頃の痕跡がいくらか見えた。後天的な孤独から関わりを避けている人間を、一般論の範疇に置くべきではない。

 それは分かっている。分かっているが、

 

「お前は何様だ。いかなる肩書を振り翳せば、そのように偉そうな口が聞ける」

 

 これは友人としては、全くもって当然の心配事だ。当たり前の気遣いだ。

 大凡、人間関係という物は、善意の押し付け合いと両者の妥協で回っている。あなたは純粋に思ったのだろう。『この闇吉備津に人間らしさがあるのなら、それを取り戻す手伝いをするのが友情だ。それが彼にとっても幸せに通ずるはずだ』。馬鹿正直に、自分の感情を信じたのだ。

 

 この時も、闇吉備津はあなたの言い分を全て聞いてから、行動に移した。

 

「常々戯けた輩だとは思っていたが、ここに来て極まったか。お前、我と顔を合わせるのはこれで何度目だ。片手で足りるではないか」

 

 闇吉備津はあなたを鬱陶しいとばかりに振り払ったばかりか、おもむろに病室のベッドから起き上がり、服の首後ろをむんずと掴み上げると、部屋の外に追い出した。

 

「帰れ」

 

 ばたん、と。目の前で、勢いよく扉を閉められる。

 とはいえ、無理もない反応だ。今のは大概、自分勝手な物言いだった。

 

 とぼとぼと病室を後にしようとした、その時――わずかに扉の蝶番が鳴る。

 

「我を和室に移すよう、申請しておくがよい。ここはどうにも落ち着かん」

 

 振り返った時には、もう扉は固く閉ざされていた。

 



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▶移動;竜宮の園

 数日後。あなたは再び、『竜宮の園』を訪れていた。

 建物と建物を繋ぐ渡り廊下は、あなたが足を踏み出す度にぎしぎしと軽く鳴る。昼終わりの穏やかな日差しが、床板にきらきらと反射していた。

 ふと、遠く視界の奥。部屋の縁側に、もはや見慣れた人陰を見かけた。胡坐を組んだ人の横顔は、滅鬼刀と向き直っている。傍らに置かれた道具を見るに、恐らく手入れをしているところなのだろう。

 

 こちらが彼に気付いた以上、向こうもこちらに気付いているはずだ。キャストと人間の違いは、ヴィランに襲われたあの時に、嫌という程分かった。

 だからこそ。こちらに特別意識を向けることなく、黙々と刀身を磨いている姿に、迷う。

 

 

 

選択肢【久々に出会った闇吉備津。どう対応しよう】

①ここはお茶でも淹れてきて、腰を据えて話をしよう。

②軽く挨拶をするだけに留めておこう。

③話しかけるには、まだ日が必要なのではないか。

 

 

 

【①ちょっとした親切を思いついた時には、既に体は動いていた。】

 

 

 だからこそ。こちらに特別意識を向けることなく、黙々と刀身を磨いている姿に、迷う。

 

 【ここはお茶でも淹れてきて、腰を据えて話をしよう。】仕度をしている間に闇吉備津が場所を移す不安はなきにしもあらずであったが、お盆に湯呑みを二つ乗せて縁側に引き返す。

 穏やかな日差しの下で佇んでいる為か、闇吉備津の姿はどことなく穏やかに見えた。病的に白い肌や髪も、この時ばかりは人間的な温かさを取り戻しているようで。

 

 あなたは挨拶を一つ、闇吉備津の隣に何食わぬ顔で転がりこんだ。湯呑みをさしだされた闇吉備津は、相変わらずの仏頂面で一瞥する。

 

「キャストに飲食の必要性はない。あれはただ、娯楽として摂取しているだけだ」

 

 返答に際し、一度武器を手入れする手を止める辺り、律儀な人であった。

 

「それで、此度は何用か。ようやと出陣許可でも下りたか。正直言って、これ以上の療養は無意味と思っていたところだ。

……我が真に死ぬのは、この腕が鈍らと化した時。我という刀は、倉庫に捨て置かれるつもりはない」

 

 とてつもなく極端な解釈にはなるが、闇吉備津なりに拗ねているのだろう。他のキャストからの報告で、日課の鍛錬をしようとして咎められていたらしいことは知っていた。傷はもうだいぶ良くなったが、闇吉備津である彼は戦闘に関してあまりにストイック過ぎるので、ここを考慮してのことだった。

 ふと思い至って、闇吉備津に耳打ちなどする。

 

「金木犀が見たい、と」

 

 あなたはこの理由について、こう語った。

 つまり、以前鍛錬をする闇吉備津を見かけた時には、途中で帰るように言われてしまったので、今回こそ最後まで見届けたいのだと。ようするに、二人でこっそり息抜きをしようという話であった。一つしか食べてはいけないお菓子を、こっそり二個食べてしまうような、些細な悪行である。

 

 これに対して、闇吉備津は呆れた様子で溜め息などついた。

 

「つくづく、我が儘が過ぎる奴だ」

 

 隣に置かれていた湯呑みをぐいっと呷る事をすると、胡坐を掻いていたところから立ち上がる。あなたも、慌てて後を追おうとして――

 

「……お前、今の短時間で足を痺れさせたのか。余程正座慣れしていないと見える。逆に器用だ」

 

 見下ろす偉丈夫のなんとも言えない顔は、見ていてどことなく面白かった。

 



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▶行動:説得 →生存エンド

 金木犀の香る中、白色が跳び跳ねている。

 森の一角、開けて空き地のようになっている所を風が如く走り抜けると、最後にだんっと勢いつけて地面を蹴り、木の幹に対して直角に着地、自重に地面に落ちる前にもうひとっ跳びしてさらに上へ。挙動の度に、長い髪が生き物のように動き回る。重い甲冑と筋肉を物ともせず、空を駆けた人は、ついにその刃を抜いた。空中、踏ん張りの利かない中でも、腕の筋肉だけをフルに使い一閃美しく刃を振るう。巨大な刃は風に舞った小さな金木犀の花を、一個だけ捉えて、切り裂いた。

 

 たんっ、と地面に着地をした闇吉備津は、滅鬼刀を何度か握り直して、感触を確かめているようだった。彼の背後では、風に吹かれた金木犀がぽとぽとと、自分の花を落としては風にくれてやっている。

 

「……振り抜きがまだ甘いな。危うく、標的に選んだ花以外も巻き込みかけた。次はさらに……」

 

 この筋肉質な人の鍛錬と言うからには、てっきり筋力を維持する為のものかと思っていたのだが、意外とそうでもないようだ。

 闇吉備津が曰く、

 

「刃は当たればいいという訳ではない。いかなる角度で入った刃であろうが、当然、そのまま斬り抜けてやろうという気概はあるが、平時からそれではただの獣だ。真に武人たるならば、振るう太刀筋の全ては意図したものであるべきだろう」

 

 

 あなたはしばらく、闇吉備津の鍛錬を眺め続けた。素振りや腹筋といった一般的な物から、持ち込んだ的を仮想敵と踏んで動作を確認したり、巨大な岩を素手で殴り続ける事もしていた。

 さらに言えば、あなたは痛感したに違いない。この闇吉備津は『戦闘を楽しんでいる』。訓練の最中であっても彼は妥協せず、その目は炎のように煌々としている。普段の寡黙で、冷めたように振る舞う姿と比べれば、この時の闇吉備津はあまりに生き生きとしていた。

 

「……お前には、花の匂いがどのように感じられているだろうか」

 

 動き続けて数時間、ようやく彼の中で一区切りついたらしい。闇吉備津は傍らの樹の根元に腰掛けると、そんなことを切り出した。

 

「我には最早、感じ入るところは何もない。花が強く香っている事は分かる。だが、それだけだ。追手を撒いたり、血の匂いを誤魔化すのに使えそうだとは思うが、それ以外の事はよう分からん。これが健全な状態でないことは理解できているが、それでも、理解をする為の根本が失われていて、どうしようもない」

 

 あなたはここで初めて、闇吉備津の本音を聞いた気がした。

 自分の正面、胡坐を掻いて遠くを見る輪郭に、言いようのない哀愁を感じたのだ。

 

「戦でしか心を楽しませる事が出来ぬ以上、これは最早人ではない。戦う事でしか人と交われぬ以上、これに最早健常は望めない」

 

 赤い隻眼が、あなたを見据えた。

 これはきっと、彼なりの誠意なのだろう。あなたの心を理解したからこそ、闇吉備津はこうして改めて線引きをしようとしているのだ。

 

「お前が我を友と呼べど、我はそれに真摯に応えられるか、酷く怪しいのだ。分かってくれ」

 

 

 

選択肢【闇吉備津の言葉に、あなたは何を思っただろう。】

①本心から「戦いが好きなことは悪い事じゃない」と答える。

②納得はできないが「戦いが好きなことは悪い事じゃない」と慰める。

③語調を強めに「もっと平和な生き方も出来るはずだ」と窘める。

④闇吉備津へ近付いて「もっと平和な生き方も出来るはずだ」と説得する。

 

 

 

 あなたは胡坐を組んだ闇吉備津につかつかと歩み寄った。赤い瞳に視線を向けられている中を、堂々と胸を張って、気負いも何もなしに進んでいく。

 【口から着いた言葉の語調も、歩みと同様に迷いのないものだ。巨大な刀を持つ偉丈夫にかける物としては、畏れ知らずもいいところだった。】

 

「以前言ったであろうに」

 

 赤色が細まる。喉を焼かれているような、不自然な低音が響く。

 

「『平和な生き方』だと? そも、貴様が我を呼び出した故はなんだ、我と共に戦場を駆ける意図は何か。闇の軍勢を討つ為であろう。その大目的を忘れて、我が意まで己の思い通りであれと命ずるのか」

 

 その言葉への反証は完璧に出来た。

 初めて話しかけた時、驚いたように目を見開いたこと。鍛錬の邪魔をしてしまった時、他のキャストが集まっている場所を教えようとしたこと。お供の話をして不機嫌にさせたにも関わらず、その後の呼び出しや散歩への同伴には真摯に応じてくれたこと。そうして何より、自分を二度に渡って助けてくれたこと。

 こんな彼を、どうして武器と言えるのだろう。どうして心が無いと言えるのだろう。どうして――『戦うことでしか交われない』と、諦めることができるだろう。

 

 彼はただ、自分の人間らしさを否定しようと躍起になっているだけだ。

 

「……お前は」

 

 あなたの言葉を聞いて、闇吉備津が応えようとしたその時。突如として足元の地面が地響きに揺れた。ずしん、ずしん、と何か巨大な物が足踏みしているような揺れだ。

 二人揃って咄嗟に震源の方を向いて――その比喩が比喩ではなかったことを知る。遠く木々の向こう、巨大な鬼のようなものが図書館に向かって歩いていくのが見えるのだ。恐らくは新手のヴィランであろう。

 

「指示があれば聞こう」

 

 あなたのすぐ傍から、そんな言葉が上がった。同時、巨体があなたのすぐ傍らに立って、長い影が地面に伸びる。

 

「テイルマスターたるお前の方が、図書館の内情などには詳しかろう。それらを鑑みた上で、我に指示してみせるがよい。さすれば――」

 

 滅鬼刀が振り抜かれる音。鞘のない刀身が、空気を切り裂き抜かれる音。

 視線を上げれば、闇吉備津があなたの姿を見下ろしていた。けれどもそれは身長差から見下ろしているだけであって、決して見下してはいない。燃えるような虹彩は、ただただあなたを見つめていた。

 

「汝が戦友として、必ずその意を為してみせよう。振るわれる剣ではなく、背を預ける一人として駆けてみせよう」

 

 あなたの手には自然、神筆が握られていた。それは彼の滅鬼刀に比べれば酷く小さく、紙すら斬ることは出来ないだろうが、それでも彼の手にある刀と、握った意図は変わらない。困難に立ち向かう為の、意思表示。

 神筆が空をなぞる。筆先から伸びる光が闇吉備津に指示を、『あなたが見たい彼の物語(次の描写)』を、伝える。

 

「――是としよう。任せるが良い」

 

 横顔が、遠くに浮かぶ影を前に獰猛に笑った。【③彼はここに来てようやく、あなたのことをテイルマスターだと認めたのだろう。】白髪の侍は、もう舞台に上がることを躊躇わなかった。

 今、戦場に幕が上がる。あなたの隣、長髪が風に踊り、鎧が擦れて音を立てる。

 

 ここから、あなたと彼の物語が始まるのだ。

 

 *

 

「嗚呼、お前か。……今日は芋焼酎か、お前の趣味か?」

 

「勝手に袋を覗くな、と。別に一時間もせずに表に出るところだろうに」

 

「……我を驚かせたかった? こうして顔を遭わせた時点で、匂いから酒があることは分かっておったがね」

 

「そうしょぼくれた顔をしてくれるな。是が驚こうが驚くまいが、酒の味は変わらん」

 

「つまみは要らぬ」

 

「……」

 

「味や刺激が強い物が良い。あまり上等な舌は持っておらんだ」

 

「なんだ。途端、尾を振る犬のようになりおって……」

 

「……」

 

「全く、つくづく物好きな奴だよ。お前は」

 

 *

 

Aルート【偽悪者の誉れ】

生存エンド【彼は笑う時、目元だけを綻ばせるのだと知った。】



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