馬の居ない世界で (暁椿)
しおりを挟む

第0話



この話は作者がダビスタ等で作ったジョッキと馬が出ます。現実のジョッキ名を出すと問題になる可能性があるので可能な限り伏せます。


「お爺ちゃんが一番好きだった馬はどれなの?」

 

4歳になる孫が膝の上でアルバムを見ていた。この子は本当に馬が好きだ。僕や息子の血が流れているのだと感じる。

 

「お爺ちゃんはどの馬も好きだよ。どれが一番かなんてつけられないな」

「そうなんだ…この馬とかカッコいいのに」

 

指を指した馬はかつての相棒だった。

 

「その馬は誰よりも速かった。速すぎていつも前を走りたがるじゃじゃ馬でそれを注意すると余計に速くなった」

 

背に乗り走った光景が頭を過ぎった。緑のキャップがよく似合い、会いに行くと必ずぐるぐると回ってるじゃじゃ馬だった。

 

「へぇー、僕も乗ってみたい!お爺ちゃん、お爺ちゃん!他の馬の事についても教えてよ!」

 

息子にはあまり教えないでくれと頼まれてるが聞かれたのなら仕方ない。

 

「この馬の特徴は…」

 

ジョッキーとして引退して写真越しに見る彼等彼女等の姿はどれも輝いていた。

一緒に駆け抜けた日々を思い出しながら孫に語る。それは同時に忘れかけていた何かを思い出させるものだった。

 

「今日はありがとう!またお馬さんの事を教えてね!」

 

アルバムを抱きしめた孫が息子と一緒に帰っていく。ホースマンとしての最期の仕事が終わったのだと感じた。

 

「……」

 

込み上げてくる熱を言葉にすることができない。孫に語った武勇伝は私と馬達の確かな記録だ。それを語り告げた反面、私は馬達に恩を返せたのだろうか。

 

ズキッ

 

胸が痛む。数々の栄光を掴んだ。凱旋門すらもこの手に掴み、米国5冠すらも果たしてみせた。

 

数々の苦難と栄光が有り、その度に私の側には馬達がいた。

 

「ッッッ!?」

 

胸の痛みが増す。ああ、役目が終わった私はここで死ぬのが宿命か。

 

走馬灯が脳内を過ぎる。生まれた時からではなくそれは私が馬と出逢った時からのものだった。

 

馬と出逢い、馬に乗り、馬を育てた私の人生。

 

「良い…良い人生だ」

 

もしも叶うなら次の人生も馬と…

 

ーーーーーー

 

その日、一人のホースマンがこの世を去った。それを最初に察したのは人ではなく彼が育てていた馬達。普段は大人しい馬ですら落ち着かず一晩中鳴いた。

 

巨星堕つ。どのスポーツ新聞の一面もその文から始まる。

 

ジョッキーとして数々の重賞を勝ち取り、引退した後は牧場を経営する傍らで調教師として馬に関わった男。

 

彼に対して賛否両論はあるが誰もが知っていた。彼ほど馬を愛している男はいなかったと。

 

あるジョッキーは語る。

 

「僕がディープと出会えたのはあの人のおかげでした。あの人にとってのタマモクロス、僕にとってのディープインパクト…ただ、サイレンススズカの件は今でも怒ってます。最期まであの人は僕の前を走って逝ってしまいました」

 

ある記者は語る。

 

「日本競馬を発展させたのは間違いなくあの人だ。どれだけ機嫌が悪い馬でも彼と会ったら機嫌を良くした。彼は馬に愛され、彼もまた馬を愛していた」

 

彗星と呼ばれ、巨星にまでなった男はもうこの世には居ない。だが男が残した灯は今もなお競馬界に宿っている。

 

 

ーーーー

 

 

 

「私の名前はオグリキャップ」

 

拝啓、お母さん。

 

「何故だかわからないが私の胸がお前に高鳴って仕方ない」

 

都会は本当に色んな人が居ます。

 

「だから私と焼肉に行かないか?」

 

駅を出たらウマ娘にナンパされました。

 





ダビスタで一番お世話になるのはオグリキャップのはず


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1話

 

phase 1 芦毛の怪物

 

オグリキャップ。平成の3強、地方の怪物。第二次競馬ブームの牽引者であり誰にでも愛された馬。史実ではそのブームに押され、密着取材により食欲を落とすなどの不幸にも見舞われた。だがこの世界は違う。

 

この世界のオグリキャップは五歳の時に売却されなかった。正確にはオグリキャップを所有していた馬主が違う。その馬主は初セリでオグリキャップを買い、大切に育てた。乗り手も持てるコネやツテをフルに使い勝つ為ではなく、オグリキャップの為に騎手を探す。

 

本末転倒なこの行為が歴史に残る馬主と騎手の出逢いのキッカケ。

 

オグリキャップもそれを知ってか知らずか騎手を選ぶ節を見せた。普段は誰が乗っても構わないのにある騎手が別の馬に乗っていると分かると怒る。レースが始まるといつもよりもやる気を出し勝ちに行く。

 

勝ったら自慢しに行くように騎手の元に行き、負けたらやけ食い。一部の業界人にはオグリキャップは人並みに賢いかもしれないと囁かれるくらいであった。

 

そんな事もありオグリキャップはマスコミに過度に晒される事も超過酷なローテを頻発して組まれる事もなかった。本人は騎手と走れるならどれだけレースが来てもバッチコイだったかもしれないが彼は大切にされた。

 

結果、オグリの血筋は優秀な産駒を輩出。SS系列の波に飲まれそうになっていた競馬界に一石を投じる形になる。

 

芦毛の怪物オグリキャップ。彼が最期に見た光景は泣く騎手だった。普段はヘラヘラしている騎手が泣いている。その事に不安を覚え立とうとするが脚に力が入らない。だからせめて顔を寄せる。すまない、私はもうここまでのようだ。言葉は通じずとも想いは伝わる。より一層泣く騎手に胸が熱くなる。

 

私が貴方の1番では無いのは知っている。

 

だからこそ…もし、次があるなら私は貴方の一番になりたい。

 

芦毛の怪物はそんな夢と共に眠りについた。

 

ーーーーーーー

 

その日は運が良かった。朝食の人参はいつもより一本多く、授業で走る時に四つ葉のクローバーを見つけた。柄ではないがポケットに入れて走るとベストタイムを記録する。

 

「今日は調子がよさそうやん」

 

「タマモクロスか…そうだな。今日は調子が良い」

 

「この後に何かあんの?尻尾がメッチャ振れてるけど」

 

尻尾を見るとブンブンと音がするくらいに振れていた。

 

「……多分そうなんだろ」

 

今日は本当に運がいい日なのかもしれない。

 

そして私は彼に出逢った。

 

「ああもう、口にまたタレがついてる!」

 

何を話せばいいか分からず、皿の上に乗せられる焼き人参を黙々と食べながら彼を見る。

 

初見のはずなのに私の尻尾はバタバタと彼に反応していた。これが一目惚れなのだろうか?いや違う、一目惚れなら朝からこうはならないはずだ。

 

「オグリキャップさん、聞いてます?」

 

「オグリでいい」

 

「ならオグリさん」

 

「オグリだ」

 

「…オグリ」

 

「それでいい」

 

焼き上がった人参をまた口に入れる。美味い。

 

「オグリはそのなんで僕に声をかけたの?」

 

「わからない」

 

「え?」

 

何故声をかけたかはわからない。そうしないといけないと思って自然と声が出た。

 

「私はお前と焼人参が食べたくなった。それだけではダメか?」

 

もっと伝えたい事がある気がするが今は良い。こうしてご飯を一緒に食べている事が私は嬉しい。

 

「…いいけど。食べ過ぎてお腹出てる」

 

「大丈夫だ。トレーニングをしたらすぐ凹む」

 

「そうじゃなくて……いいや」

 

彼はまた人参を焼き始める。私はまた食べ始めた。

 

願わくばこの時間がずっと続いて欲しいと私は思う。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話

感想を貰えると泣いて喜びます。


「トレーナー候補生?」

 

人参を満足するまで食べ、デザートのアイスを待っている時に彼に何故都会に来たのかを聞いた。

 

「そう。トレーナーになる為の知識はあるけど実戦の経験やウマ娘との交流ができるかがわからないから実習の為に田舎から出てきたんだ」

 

少し誇らしげな彼を見て微笑ましく思う。彼もまた私と同じ田舎から夢を追いかけてきた。共通点がある事が嬉しい。

 

「学園に対して推薦状があるけど…」

 

「誰から推薦状をもらった?」

 

「それは…その言えない」

 

困った顔をする彼に疑問が浮かぶ。何故、言えない?推薦状ならば胸を張ればいい。その人は貴方に期待してるのだ。

 

「胸を張れ。その推薦状が後ろめたいのかもしれないがそれを書いた人はお前を誇りと思ってそれを書いた。ならそれに応えるのが役目だろ」

 

「あう…誰にも言うなよ。本当に誰にも言うなよ」

 

「約束しよう」

 

彼の手招きに応じて顔を近づける。

 

「*******」

 

目が点になる。彼は今なんと言った?

 

「ほらそうなる。だから言いたくなかったんだ」

 

不貞腐れた彼を見て慌てて取り繕う。

 

「違う、違う!あまりにもその想像の上のウマ娘で反応に困った」

 

それと同時に確信した。私の勘は間違ってはいない。あのウマ娘に認められた男を見定めたのだ。

 

「僕はあの人が言ってるような」

 

「自信を持て」

 

貴方も私が抱えた事を悩んでいる。

 

「弱音を吐くなとは言わない。ただ期待した者達に真っ向から言えないならそれは口にするべきではない」

 

「っ…」

 

「私もそうだ。片田舎の期待を一身に受けてこちらに来た。それに応えられているのか今もわからない。ただ何もない私達が唯一持ってこれたモノがソレだ。ソレを棄ててしまったら私達は孤独になってしまう」

 

誰にも言ったことのない胸の内を吐露する。私と貴方が被る。一年前の私が今の貴方だ。

 

「孤独か…そのお腹が出てない状態なら胸に響いたんだけどな」

 

貴方は誤魔化すように下を向いてアイスを食べる。耳が真っ赤なのは言ってはいけない…マルゼンスキーならきっとそうする。

 

「ありがとう、オグリ。少しだけ楽になった」

 

ぶっきらぼうなその言葉に微笑む。本当に今日は運が良い。

 

ーーーーーーーーー

 

初見の感想は変なウマ娘だった。駅を降りて3秒で焼肉に誘われ、ソレについていく僕も変なトレーナー候補なのかもしれない。

 

ただ彼女の後ろ姿に懐かしさを感じた。既視感とも言えるソレを僕は何回か経験してる。そしてその既視感は外れた事はない。

 

特定のウマ娘に好かれる体質。

 

本当に特定のウマ娘に好かれる。甘えられる。そして甘やかされる。気を抜いたら立ち直れないくらいに甘やかされそうになったから此方に出てきた。

 

「坊、ウマ娘は一人じゃあ走れないんよ。だから坊が助けておやり」

 

僕を送り出してくれたトオ叔母さんが過ぎる。

 

「自信を持て」

 

僕と目を合わせて彼女はハッキリとそう言ってくれた。その言葉が僕の中に染みて少しだけ心が軽くなる。

 

トオ叔母さん、都会でも頑張って行ける気がしてきたよ。

 




帰り道

「ねえ、オグリ」

「うん?」

「もしさ、僕が一人前のトレーナーになったら僕のチームに来てくれる?」

「……」

「じ、じょう「入団する。そして誰よりも勝って貴方の一番を目指そう」

「え、本当?」

「約束する。チームを結成した時に一番最初に駆けつけるのはこの私、オグリキャップだ」


これが後の夢の11Rを担うチームスタリオンの始まりの1ページ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

間話

アプリも良いけどアニメも見てほしい


間話 黄金の不沈艦と出会う

 

 ゴールドシップにとってその人間は最も接する機会の多い人間であった。産まれた時から居て、色々な事を学んだ。好きか嫌いかで聞かれたらそんな事は考えたこともないと答える。ずっと側にいてこれからも側にいる。ジャスタウェイと同じ…いや、それ以上の存在だ。

だから来てる時のレースは真面目に走った。一番を取って牧場に帰ると部屋を新しい干し草にして待っている。

 

よくやった。頑張ったなゴルシ。

 

 そう言って撫でる手は暖かく好きだった。

 

居ない日は拗ねてジョーダンに八つ当たりした。あいつが居る時に限って居ない。それが気に入らないからジョーダンを蹴りに行く。

 

それでも帰ると部屋の干し草は新しくて待っていてくれたのだとわかった。

 

お前は本当にジョーダンが好きだなぁ。

 

そう言って笑う顔が好きだった。違う事をわかってもらうために嘶くがそれを肯定だと思って余計に勘違いする。唯一気を遣わせた人間。

 

 なのにその人間はある日突然、居なくなった。

 

 わかっている。居なくなったのではない。去って行った事はわかる。ただそれを飲み込める程にゴールドシップは成長してはいない。

 

 募る苛立ちと投げかけられる言葉がゴールドシップを過去最高に怒らせた。

 

あの人の為に三連覇しような。

 

冗談じゃない。勝手に居なくなった人間の為に何故走らないといけない。帰っても干し草は変わっていない。毎朝、ブラッシングをしにも来ない。

 

 そんな奴の為に私は走らない。

 

叶えたい夢があった。語られた別の馬ではなく自分がいつか背に乗せて連れて行きたかった。叶わない願いと分かっていても親孝行がしたかった。

 

 だから代わりにその子供や孫とのレースには負けたくなかった。

 

 一番だと言われたかった。お前が知る中で一番強い馬だと言わしめたかった。

 

 誰もが言った。ここで三連覇すれば偉業だと。凄い存在だと。

 

それを言って欲しかった人はあの日から現れない。

 

 沸々と何かが湧いてきた。どう表現したらいいのかもわからない。それがあのレースの時に最高潮に達した。

 

気がついたら二本足で立っていた。

 

見てるかじじい、私は今日もクレイジーに走る。あんたが消えて何処かに行ったかもわからない。だからせめてそこまで聞こえるように私は走ろう。

 

 ゴールドシップ、黄金の不沈艦。操縦不能と言わしめたその背に背負っているのは血統でも誇りでもない。だがそれは軽くはない。ゴールドシップにしか分からない重さがある。その重さを背負って不沈艦は爆走する。気の向くままに自由に走る。目的地はゴールのその先。ゴールドシップにしかわからない。

 

 

間話01

 

「なあ、あんたも木魚にパッションを感じるよな」

 

オグリにトレーナー寮まで送ってもらって1分も経たない内に僕はまたウマ娘に絡まれていた。しかも今度はセグウェイに乗りながら木魚を片手に持っている。

 

訳がわからない。

 

「とりあえず危ないから木魚を鞄にいれるかセグウェイから降りるかした方が良いよ」

 

「うん?ああ、それもそうだな。木魚のパッションを奏でるのに乗ってたらできねぇもんな」

 

助けてトオ叔母さん?都会のウマ娘はシービーよりも過激でやっていけないかもしれない。

 

「それでよぉ、あんたも木魚にパッションを……」

 

セグウェイから降りたウマ娘が僕を見下ろし目が合った。訝しげに此方をジロジロと見ながら詰めてくる。

 

「あ、あの、どうかしました?」

 

答えてはくれない。代わりにペタペタと僕の頬を触る。腫れ物を触るかのように優しく、それでいて何かを確かめるように何度も触る。

 

「なあ、あたしと何処かで会ったりしない?しないよなぁ…でも不思議なんだよなぁ……もしかしてこれが……」

 

そんな事は僕が聞きたい。でも僕からしても何故か嫌ではなかった。こういう物だと不思議にそう思える。

 

「パッションか!」

 

「絶対に違う!」

 

「冗談、冗談。でも、不思議な事もあるな。今日は不幸な事しか起きないからセグウェイで散歩して帰ろうと思ったら最後に変なトレーナーと出逢うし…」

 

「あたしの名前はゴールドシップ。いつかは日本で一番強いって言われる予定のウマ娘。あんたの名前を教えてよ」

 

真剣な目で聞かれたら答えるしかない。だからはっきりと名乗った。

 

「やっぱり知らない名前か…案外前世からの仲なのかもなあたし達」

 

「そんなオカルトありえない」

 

「あり得る。だってこうして出逢ったのも何かの縁。その縁が前世から続いても不思議じゃないだろ?」

 

僕から離れてセグウェイに乗る。

 

「でも今はどうでもいいや。じゃあな、またな」

 

 そう言って振り返りもせずにセグウェイは走って行った。

 

「木魚どうするんだよ」

 

足元に置かれた木魚の処遇に僕は頭を悩ました。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

間話2


誤字脱字報告ありがとうございます。
プロットがアニメ一期の時のため四苦八苦しながら書いていこうと思います。
感想、評価は励みになっています。ありがとうございます。





 

間話 天馬の憧憬1

 

「がんばりなよ、坊。まだまだ坊のトレーナーへの道は始まったばかりだからね。身体には気をつけて。また、連絡しておくれ…おやすみ」

 

受話器を置き、ソファーに持たれかかる。今日一日待っていた電話が終わり安堵と寂しさを感じた。

 

「もう他のウマ娘にロックオンされるなんてね…本当に数奇な星の元にいるんだねぇ、あの子は」

 

久しぶりに自分で淹れた紅茶を飲みながら自己嫌悪になる。

 

あの子は誰を選び、頂点を目指すのだろう。

 

わかっているのは自分にはその権利が既に無い事。

 

 同年代…いや、せめてトレセン学園に在学している時に出逢えてさえいれば…そんな無意味な事を考えない日はない。

 

かつて天馬と呼ばれ欲しいと思った物は全て手に入れた。地位、名誉、富すらも自分の手で掴み取ってみせた。それが当たり前で並び立てる者などいない…そう信じて私は覇道を走り、走り抜いた。引退してからも後続の育成に精を出した。それが頂点に立った者の宿命なのだと思っていた。

 

だが誰一人として私の道を歩まない。

 

 何処から見つけてきたトレーナーと共に夢に向かって歩んでいく。ドス黒い感情を私は必死に抑えた。

 

 誰も私の手を引いて歩いてはくれなかったのに彼女達には現れる。唯一の救いは私の記録を誰も破れなかった事だ。だが日が経つ毎に酒の量が増え、私は私ではなくなっていく。逃げるようにしてトレセン学園を去り、私は行ったこともない今の町でゆっくり朽ちるのを待った。

 

 何もない部屋に酒瓶だけが溢れ、それと同じだけ後悔が募る。

 

あの時、誰かの手を取っていたらこうはならなかった。

 

あの日、自分の弱さを認めそれを支えてくれる誰かを探すべきだった。

 

あの年、全てを制した時に感じた寂しさと向き合えていたなら…

 

 全ては過去。過去は巻き戻せない。

 

だから私は終止符を打つことにした。逃げたかった。この生きているだけで過去が現在の私を蝕む現実から。

 

気がついた時には私は浜辺に立っていた。

 

一歩、また一歩と海に向かって歩いていく。

 

夕陽に染まる赤の海が私を呼んでいる気がした。

 

踝まで海水に浸かる。私は最期まで独りで歩く。

 

膝の高さまで海水がくる。これでいい、これでいい…

 

腰の高さまで浸かる。ズボンが海水を吸い、まともに歩けなくなる。

 

後は沈むだけで…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何してるのお姉さん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

子供の声がした。まやかしだ。そんなはずが無い。

 

「聞こえてないのかな…お姉さん、何してるの!」

 

 ジャボジャボと後ろから何かが歩いてくる。

 

やめろ

 

「お姉さん、お母さんが服のままで海に入ったらダメって言ってたの。僕、泳げないから浮き輪をつけないと溺れちゃうんだ」

 

来るな

 

「だからお姉さんも…あっ」

 

バシャン!

 

咄嗟に振り返ると男の子が数歩先の所で転けている。見事に沈んでいく。

 

「だ、大丈夫か!?」

 

急いで反転するが足を掬われて私も海に倒れこむ。情け無い、何が天馬だ。何が最強のウマ娘だ。

 

そんな雑念が頭を過ぎり、子供の方を見ると笑っていた。

 

此方をハッキリと見ている。

 

それを視認した時に私は人生最大の喜びと人生最大の挫折を知る。

 

ああ、この子が私のトレーナーだ。トレーナーになり得た人だ。

 

直ぐに立ち上がり、鈍った身体に喝を入れて駆け寄り抱き上げる。

 

海水を吸った服を着ていても羽根のように軽く感じる重さ。

 

「坊や、浮き輪も着けないで海に入るんじゃない」

 

「うぅぅ…ごめんなさい。でも、お姉さんは服のまま入ってたよ?」

 

 顔は見えない。見えない方が良い。どんな顔をしていてどう思われるか考えたくもない。それよりも抱きしめた暖かさを感じたかった。

 

「私は良いんだ。私は天馬だから何をしても良い」

 

「てんま?」

 

「坊やがいつか誰かと受け継ぐ称号の事よ」

 

そう言えた時に私は過去と決別した。

 

 

 

 





アンケートにご協力ください。
必ずそうなるかとは言い切れませんが指針にはさせてもらいます。

作者はドトウvsオペラオーが一番書きたいと思っています


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話

 この話はあくまで作者のダビスタの話や妄想が元になっています。現実の差異があるのは御了承ください。


第3話 Avenir

 

 スーパークリーク。平成三強の一角であり天才を天才にしたと言われる名馬。その名に込められた願いの通りに大きな河になり時代の一角を担った。史実とはズレた彼の生涯を少しだけ紐解いていく。

 

彼の生涯は彗星に見出され、一等星になった馬と称されている。彼は日本競馬の悲願を彗星と供に勝ち取った。

 

凱旋門優勝

 

 運も確かにあった。だが其処には凱旋門に勝つ為の努力もあった。見出されたその才能は彗星と若き鷹が丁寧に伸ばした。鷹に飛び方を教えたのも彼だが彼に勝つ喜びを教えたのは彗星だった。陣営もトップジョッキーと菊花賞で親子制覇の偉業を達成した若き天才に応える為に獣医や環境の改善を常に心がけてきた。

 

 最大の英断は大阪杯を見送りギリギリまでコンディションを維持する事に努めた事だと後に天才は語る。彗星以外の全ての人間が大阪杯、天皇賞、宝塚を経て凱旋門に至るのだと考えていた。

 

だが彗星だけはそれを拒否した。

 

オグリキャップの騎手交代、メジロマックイーンの登場によりメインジョッキーは彗星に戻されている。そんな中で勝てると分かっているG1を回避する理由はなかった。

 

陣営側も彗星と三度の話し合いの場を設けるが尽く訣別。別のジョッキーに依頼する案も出始めた頃に事件が起きる。

 

 彼が彗星の服の袖を噛んだまま放牧地で座り込んだ。彗星は彗星で彼にもたれ掛かり爆睡している。調教師があの手この手で離そうとするがじっと堪えるだけで離すことはない。二度目の事だから飽きたら離すと笑う彗星に任せて調教師は急いでオーナーに連絡しに宿舎へ戻った。

 

其処から五時間。彼の人生で1番穏やかな時間が流れる。本当ならもう一人いれば完璧だったのだが高望みはするものではない。

袖を離したクリークはブルンと一息入れると同じように眠りについた。ただそれだけ、その時間が何よりも貴重で求めていた。

 

オーナーが来た時には彼だけが起きて視線だけオーナーを見ていた。

 

「お前が裾を噛んだのはワシとそやつとあやつだけだった。だが二度はそこの寝坊助だけだ。馬が人を…しかも二度選ぶ。逆指名なんぞ世間では言われるがお前は本当に賢い馬だ」

 

そう言って撫でるオーナーにまた同じようにブルンと一鳴きする。

 

「…老いたな。馬主として男として羨ましく思う。クリーク、お前が選んだ二人は何処までも走れるなら走る。だが果てを知らなければいつか折れてしまう。だから最初に選んだその男を果てへ…世界一の頂へ連れて行ってくれるか?」

 

彼は答えない。その代わりに立ち上がり寝ていた男を無理矢理起こした。男の顔を舐め、オーナーに向けさせる。

 

「わかった、わかったから。舐めるのをやめろクリーク。オーナー、凱旋門優勝を約束します」

 

ブルンと相槌を打つ。この馬にしてこの騎手なのだ。オーナー相手に狸寝入りなど普通はしない。

 

「大阪杯は無理か」

 

「クリークの調子が保ちません。こいつの全力はあと持って4…最大限のパフォーマンスを魅せるなら3が限度です」

 

「そうか…天皇賞春、宝塚記念、凱旋門で三つ。必ず勝てるか?」

 

「勝負に絶対はありません。天才すら負けるのが勝負です。ですが……」

 

 強風が吹き、その言葉を遮る。聞こえたのはこの場に居た者だけ。だがその言葉を胸に響かせて彼は走った。

 

天皇賞、春 イナリワンをぶっち切り三馬身差でゴール

 

宝塚記念  オサイチジョージ、オグリキャップを外から差しゴール

 

凱旋門 血統から来る適性と輸送によるダメージを限りなく抑え、調教師に今まで一番強いと言わしめる調教成果。

 

それでも誰も勝てると思っていない。

 

あの日、あの場所に居た者以外

 

2分28秒

 

 それは日本が誇る名馬のラストランの記録。正真正銘の全てを賭けた結果。

 

 一等星の輝きの為に彼が全てを失った日。

 

 

第3話 ブルンとブルンブルン

 

 小さい頃から同じ夢を何度も見続けている。私は馴染みのある芝ではない、走ったことも見たこともないはずのヨーロッパのレースに出る。観客は口々に私を嘲笑い、同じウマ娘も私を田舎者だと罵る。だけど私は威風堂々と其処に立っていた。

 

「ありがとう」

 

 誰かの、忘れてはいけない誰かの声で私は目を覚ます。レースの結果はわからない。ただその夢を見る度に私は強く思う。

 

「私は貴方の為に走ったんですよ」

 

虚空に消える言葉と頬を伝う涙が私をより孤独にした。

 

したはずだった。

 

「あ、あの袖を離して貰えると嬉しいんですけど」

 

 オグリちゃんが朝ご飯を食べないで何処かに行ってしまった朝

 

「聞こえてないのかな…あのー!」

 

タマちゃんが心配してオグリちゃんを追いかけて行ってしまった朝

 

「袖を「ごめんなさい、知り合いにとても似てたので間違ってしまいました」

 

いつもの夢を見て少しだけナイーブになっていた朝

 

「私はスーパークリークっていいます。もし良ければ貴方のお名前を教えてくれますか?」

 

私は運命の人と出逢った



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話

書きたいところまで少し早足でいきます


 

第4話 流星ステイヤー

 

 凱旋門制覇。その偉業を成し遂げた彼に贈られた二つ名。彗星に導かれ悲願を達成した名馬。誰もが彼を讃え、その帰国を待った。

 

だが彼は帰っては来なかった。

 

 レース終了後から三日後に繋靭帯炎が発覚。そこから今まで我慢していたものが崩れ落ちる様に体調が悪化した。一命は取り留める事はできたが帰国の為の体力を回復するまでには長い年月が掛かった。

 

 日本ではその事に関して度々触れられるが話題性が薄れるに伴って彼の事を忘れていく。

 

 彗星だけは毎年欠かさずに彼の元に通い続けた。その事について晩年、天才がコメントを残している。

 

「誰よりもスーパークリークを心配していました。毎年欠かさずにフランスの牧場に行き、一週間は必ずクリークと過ごして帰ってきました。その度に僕に写真を持ってくるんです。調子が良さそうだ、今年中には帰ってくるかもしれない。クリークの写真を見ながら2人でワインをよく飲みました」

 

「覚えていますよ。クリークが帰ってくる年にいつもより高いワインを持ってきてね。飲み始めて直ぐに泣いたんですよ。良かった…あいつにまた日本の芝を踏ませてやれるって。飲み明かしましたね。お互い大阪杯や皐月賞が控えてるのにその日は飲み倒して…楽しかったなぁ」

 

 本人である彗星はその事について何も語らない。彼の帰国に対しての記者の質問にも当たり障りのない回答をしている。

 

実際は慣れ親しんだ牧場に彼が立っているのを見ただけで男泣きをしている所を牧場関係者は見ていた。

 

ーーーーーーーー

 

 生涯の別れになると彼は思っていた。全てを出し切り勝った。

 

「また日本で会おうな」

 

送り出してから彼は取り繕うのをやめた。身体の限界が直ぐそこまできていた。それでもあの人を故郷に帰すまでは悟られてはいけない。あの人を待っている別の誰かがいる。何よりもあの人には走っていて欲しい。そんな願いを抱き、異国の地で彼は倒れた。

 

死ぬのだと思った。やり残した事はない。そう思える生涯だった。

 

なのに生きてしまった。異国の知らぬ土地で1人で生きている。それはとても寂しく、死んだ方がマシだったのではと考えてしまう。

 

「クリーク」

 

 ついに幻聴まで聴こえるようになったと思った。

 

「クリーク」

 

やめろ。あの人はこんな所には来ない。

 

「聞こえないのか…クリーク!」

 

振り返るとあの人がいた。考えるよりに先に身体が動いた。懐かしい匂いもする。本物だ。

 

あの人が居る!

 

「元気そうだな…良かった…本当に良かった」

 

何故貴方が泣く。泣きたいのは私だ。

 

「ずっと来たかった。騎手としての仕事とオーナーにこの季節にしか行くなと言われてな…申し訳ない」

 

今、来ている。それだけで私は嬉しい。だから泣かないで欲しい。あの勝利にすら泣かないでいた貴方が泣くと困る。

 

「慰めてくれるのか。クリーク、お前は本当に優しくて賢い馬だ」

 

懐かしい手が私を撫でる。思わず嘶いてしまう。

 

「話をしよう。君に聞かせたい話が沢山あるんだ」

 

座り込む彼を囲むように私も座る。あの誓いの日と同じ様に。

 

「まずは……いや、それより先に昼寝にするか」

 

裾を噛んだ私を見て彼は私にもたれ掛かり目を瞑った。私もそれに釣られて目を瞑る。もしもこれが夢なら醒めないでほしい。そんなくだらない事を思いながら眠りについた。

 

私は1人ではなかった

 

 

第4話 それを運命と呼ぶ

 

押し切られてしまった。

 

「此処のたい焼きもオススメなんですよ〜」

 

右手をガッチリと握られてトレセン学園に向かっている。

 

「♪〜」

 

 横目で見るスーパークリークは何処か楽しげに歩いていた。

 

 裾を握られ、何時の間にか手を握られて幾つか質問をされている時に僕の中に湧き上がる感情があった。

 

 安堵と喜び。

 

何故かはわからない。だが彼女がスーパークリークだと分かった時にそう感じた。

 

それを口にする事は無かったが彼女の質問に全て答えてしまった。

 

「トレーナーさんはいつからトレーナーさんになるんですか?」

 

「それは分からない。多分下積みして1〜2年してからじゃないかな」

 

「なら待ってますね」

 

思わず顔を見るとスーパークリークは此方を見ずにただ前を見て歩いていた。

 

「…待っててもダメかもしれないよ?」

 

「トレーナーさんなら大丈夫です」

 

都会のウマ娘は全員こうなのだろうか。オグリもそうだったが何故こう胸を熱くさせてくれる。

 

「ですが偶に、偶にで良いので…」

 

スーパークリークの足が止まる。

 

そっと耳元に顔を近づけてきた。

 

「甘えて甘やかしてくださいね」

 

三度目に見た彼女の顔は妖艶な笑みを浮かべた魔性のいや、魔王の様な顔つきだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話

本日2話目

4話と5話にて別々のアンケートをとっています。ご協力お願いします


 

第5話 引力に引かれて

 

「歓迎!噂はトウショウボーイから聞いている!ミスターシービーの元トレーナー!」

 

開口一番、秋川やよい理事長はとんでもないことを口にした。紅茶を出そうとしていた駿川さんも思わず硬直してしまう。

 

「あの、それは…」

 

「無用!この事実は私しか知らない!」

 

現在進行形で駿川さんが知ってしまったんですが。駿川さんと目が合うがお互い苦笑いを浮かべるしかない。

 

「ふぅ…勘違いしないでください。シービー…ミスターシービーはトウショウボーイの英才教育の元に育った幼馴染です。僕はあくまでサブトレーナーとして手伝いをしていただけです」

 

「否定!クラシック三冠、春シニア三冠の後に彼女はUSAに飛んだ。其処にはトウショウボーイは居ない。代わりに留学した貴殿がいた!」

 

「それは…」

 

「依頼!天馬や鬼脚とはもう話がついている!貴殿にはしがらみなく学園に埋まっている原石を磨いてほしい!」

 

 扇子の文字を毎回変え、学園長は頭を下げる。シービーの事を隠していた訳じゃない。ただ僕はシービーにとってただの装置に過ぎなかった。立っているだけでいい。そこで指示を出して最大値を示すだけの装置。トレーナーではなく人参だっただけ。

 

「僕はトレーナーになる為にここにきました。ただそれは第二のシービーを求めてではありません。諦めないウマ娘に手を差し伸べる為に此処に来たんです」

 

「肯定!なら依頼をうけてくれるか?」

 

「…経歴を隠して僕は僕をトレーナーに選んで共に歩けるウマ娘が現れたら全力を尽くします」

 

決意と書かれた面で口元を隠した学園長は駿川さんをチラ見した。

 

「快諾!若きトレーナー、いや世界を取ったウマ娘を知る貴殿に大いに期待する!話は以上だ!」

 

出された紅茶を飲む前に僕は学園長室を出る事になった。

 

 

第5話 校内探索

 

「本来なら私が案内するのですが学園長の会食の付き添いの為にできません。申し訳ありませんがこの地図を元に学園を見学してください」

 

駿川さんからそう言われて手渡されたのは保護者用の学園の見取り図だった。正直、駿川さんと歩いていると目立つのでありがたい。

 

とりあえずトラックと練習場を見て回るか。

 

そう思いながら階段を降りていくと休み時間なのかウマ娘達とすれ違う。彼女達からしてみれば誰かのトレーナーが学園を歩いているだけで一瞥してすぐ興味が薄れる。

 

それに安心した。自信過剰なのかオグリ、ゴールドシップ、スーパークリークと都会のウマ娘はどれも濃いわけではなかった。

 

「それもそうだよな」

 

 そんな事を思いうかべながら下を見ると上がってくるウマ娘と目があった。

 

皇帝シンボリルドルフ

 

 確か生徒会長を兼任していたはずだ。いつか会うと思っていたが今日出会うとは思っていなかった。シービーとも日本最後のレースでやり合い勝ったウマ娘。あの時よりも鍛錬しているのか凄みが増している。

 

ぶつからないように少しずれて降りようとして気がついた。

 

皇帝は立ち止まっていた。目を見開いて此方を見ている。いけない、どうやら彼女は知っているらしい。反転して別の所から行こう。

 

「待ってほしい。何故、何故貴方が此処にいる」

 

流石、日本最強と名高いウマ娘。10段はあった差を一瞬で詰められた。

 

「何故ってそれは……何故だと思う?」

 

少しだけ意地悪をしたくなった。シービーの最後のレースを掠めとった彼女に少しだけ意地悪をしたくなった。

 

「質問を質問で返さないでほしい。私は「初対面の人間に質問をするのも良くない。僕は君を知らない。そうだろう?」

 

「…っ!ご無礼…私はシンボリルドルフ。トレセン学園所属、生徒会長をさせてもらっている」

 

差し出された手を握る。握った瞬間に悪い癖が出た。

 

「体調が良くないのか。いや違う、疲労抜きができていない。だから身体が重く感じる」

 

 ああ止まらない。このウマ娘は此処で止めないと走れなくなる。

 

「一体何を「朝と夜にストレッチ、寝る一時間前にサウナを2セット入って寝るといい。トレーニングの変更よりもレース連戦による疲労だ。安心していい、二週間も続ければマシになって6月には元に戻る」

 

手を離して理解が追いつかない彼女の背中をバシっと叩いた。

 

「皇帝の前に君は君の身体を大事にするといい」

 

階段を二段飛ばしで降りていく。後ろでまだシンボリルドルフの声がするがそれを無視して僕はトラックに向かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

間話3

間話3 奇跡の帝王

 

 三度の骨折を乗り越えた彼を待っていたのは父の友ではなく彼の友であった。

 

「あいつはビワハヤヒデを選んだよ。負けるならお前に負けたいなんて言いながら僕に君を頼んだって頭を下げに来た」

 

彼はこの友が好きだった。太陽の匂いと干し草の香り、何よりも手が暖かかった。そんな彼を乗せるのは初めてだった。

 

「勝つぞテイオー。誰もが君が勝てないと思っている。温情で有馬の切符を手に入れたラストランだと。僕はそれがどうしても気に入らない」

 

覇気とも呼べる気迫が友から漏れ、彼もそれに反応して嘶く。

 

「勝負に絶対はない。勝ちたい。勝ってお前が本当に凄いんだと思わせてやろう」

 

そう言って撫でる手の暖かさを彼は忘れなかった。

 

場面が変わる。

 

 その日、彼はあの日の夢を見た。父の友を抜き、誰も居ないコースを友と走り抜けた。割れんばかりの歓声とポンポンと叩く友の手。もう味わう事の無いと思っていた熱気を感じていた。

 

「ああ、最初からお前に乗れていれば…いや、違うな。積み上げてきたからこうなったんだ。良くやったな、トウカイテイオー」

 

分からないと思っているのだろう。撫でる手を首を振って払い、盛大に鳴いた。

 

父の友はいつも父と私を比べた。

 

いや違う、誰もが父と私を比べたのだ。貴方が私を最初で最後に見出した。だから感謝を。この栄光を与えてくれた貴方に心からの感謝を!

 

 そこで目を覚ました。馬房の静けさが夢を夢と教えてくれる。つい先日、友と会いお互い老いたと確認しあったからだろうか。

 

立ち上がろうとして胸の痛みを自覚した。

 

成る程、走馬灯らしい

 

悶える事も鳴く事も無くじっと終わりの時を彼は待った。

 

 友よ、私の方が先に逝く。きっと向こうには父も友の知り合いも大勢いるのだろう。

 

まあ、任せろ。絶対は無いと友は言うが万全の私は誰にも負けんさ。

 

 そんな事を思いながら彼は眠りについた。

 

 

 

間話3 絶対無敵のテイオー伝説

 

「あと2年、あと2年〜」

 

 鮮やかな栗毛に白い流星を靡かせてそのウマ娘は歩いていた。

 

「あと2年で無敵のテイオー伝説の始まりだ」

 

鼻歌を口ずさみながら手に持った袋の中身を確認する。

 

「牛乳と小魚のお菓子…よし、買い忘れは無いかな」

 

 このウマ娘、小さな頃に三度骨折を経験してからトレーニングの質よりも身体を作る大切さを理解していた。

 

「あと2年でカイチョーと、僕を無敗の三冠ウマ娘にしてくれるトレーナーに会える…はず」

 

カイチョー事、シンボリルドルフには確実に会えるとわかっていても後者に出逢える保証は何処にもない。それでも歩みを止めない。

 

「ゆーおーまいしん!できることをしてたらきっと大丈夫!」

 

気楽な発言の裏で同世代のウマ娘達とはレベルの違う肉体改造に励んでいる。レースに負けるなら良い。だがレースに出走せずに負ける事はどうしても許せない。

 

フォームの研究やトレーニング法を漁るよりもよりよい成長をして未来のトレーナーに託す。それが最善になると信じて疑わない。

 

少女は三度失敗したのだから。

 

必要なのは個人の力では無いと悟るしかなかった。導いてくれる誰か、寄り添える誰かが必要なのだと幼いながらに理解した。

 

「ハチミー、ハチミー、ハッ、チッ、ミー」

 

大好物すらも控え時を待つ。この我慢が…いや、努力がいつか報われるのだと少女は信じて今日も歩いていく。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

間話4

短め

ティアラ候補が訂正前と訂正後でほぼ半々なのでラストのアンケートとります。できればご協力ください


間話4 不死鳥

 

 グラスワンダーはその背を追いかけ続けた。毎日王冠で出逢ったその背中を一度も捕らえる事なくその背中は消えていった。

 

 サイレンススズカ

 

 生涯忘れぬ名を聞いたのは隠居をして寝ながらタンポポを食べていた日だ。

 

「久しぶりに見たがお前はいつ見ても男前だな」

 

顔だけ上げると懐かしい顔があった。思わず立ち上がり近づいていく。

 

「わかるのか。賢いウマだ」

 

 暖かい手に撫でられる。されるがままになるが長年の疑問に答えてくれるかもしれない。

 

あの背中と共に何処に行っていたのか。

 

 嘶き、その眼をみる。この人間なら分かってくれる気がした。

 

「なんだ?ああ…スズカ、サイレンススズカか?」

 

首を振り、嘶く。私が追った背中は何処に消えたのか。

 

「最期にやりあったのは98年有馬か。懐かしいな。もう10年も前の話だ。グラスワンダー、それでもスズカを覚えていてくれたのか?」

 

覚えている。その背を追い抜く為だけに必死だった。

 

「そうか…そうか。ありがとう」

 

撫でる手が止まる。それは止めなくていい。

 

「おっとすまん。スズカの話だったな。スズカは…あの有馬の後に騎手交代があってな、僕が降りて直ぐに骨折をして…そのままな」

 

悔しそうな顔を見てブルンと鳴く。きっとその表情は誰も望んではいない。

 

「慰めてくれるのかい。お前は優しいな」

 

慰めるかわりにもっと撫でるが良い。寝転がりタンポポも良いがやはり人とのこれが一番良い。

 

グラスワンダーの好きな事が増えた日の話。

 

間話04 渡米するまで幾星霜

 

「あと一年ですか」

 

グラスワンダーは写真立てを見ながらそうボヤいた。彼とシービーさんが道を違えたのが一年前…それから今まで連絡は手紙のみ。確かにメールは嫌だと断ったが電話の一本でもあると思っていたが甘かった。シービーさんを見て気がつくべきだったのだ。

 

あの人は奥手だ。しかも相手の好意を全てLIKEとして捉えている。シービーさんとの仲違い理由も擦り寄せをしてこなかっただけの仲違いだ。事実、シービーさんが実家に帰って撮った写真の中に彼が映っていた。

 

だからこそ今すぐにでも日本に行きたい。

 

 トレーナーとしても一人の男性としてもお慕いしている。二年間もありとあらゆる面で支えられてきたのにある日突然、日本に帰った。置いて行かれた事よりも別れを惜しまれているとすら思われていなかった。

 

それが転機。

 

恩すら感じていたのに相手は此方に何も期待もしていなかった。ウマ娘としても女としてもこれ程までに屈辱的な事はない。

 

胃袋を掴む為に母に料理を習い始めた。

 

再会した時の為に化粧を覚えた。

 

見てもらう為にトレーニングも続けている。

 

あの手でもう一度撫でてもらいたい。

 

グラスワンダーは無くした日々を取り戻す為に日本に行く事を決めたのだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話





第6話 分水嶺

 

 春の香りが肺を満たした。満面に咲き誇る花に目を奪われる。

 

『華は素直だ。受けた愛情の分だけ可憐に咲き誇る』

 

 知り合いの言葉が頭を過ぎる。

 

「その通りだね…」

 

校舎の外観が気になり一周していたら校舎裏の花壇に辿り着いた。花の名前にそこまで詳しくはないが数種類の花が大切に育てられているのがわかる。

 

 春の風と花の香りに誘われて少しだけ眠くなる。木陰に座り込み、欠伸を一つ。

 

「まだ正午にもなってない……少し、少しだけ…」

 

知らぬ土地で新生活を始めた反動を自然に眠れと諭されている。重くなる瞼に従い男は眠りについた。

 

 

第六話 歯車は未だ動かず

 

 エアグルーヴが午前中に生徒会の仕事を片付けて花壇に向かうと見知らぬ男が木陰で寝ていた。胸元にはトレーナー証明書が掛かっている為、不審者ではない。だがどうして此処で寝ている。そう思うと少しだけ目が細くなる。

 

 エアグルーヴにとって花壇は大切な物だ。その近くで知らぬ男が寝ていたら警戒せずにはいられない。

 

 時計を見ても正午まで後5分といった所。起こしても問題ないと判断してエアグルーヴはトレーナーに近づく。

 

「おい、起きろ」

 

声をかけて数秒待つ。起きる気配はない。

 

「…仕方ない。起きろと言っている」

 

肩を揺さぶり声を掛ける。

 

ガシ…

 

揺らした手を右手が掴む。

 

「うん…ごめんシービー寝てた…あれ?疲労気味だね。肉体的な疲労が蓄積されてる。駄目だよ、また事務を……誰?」

 

目を覚ました男とエアグルーヴの眼が合う。

 

「それは此方の台詞だ。トレーナーの資格があっても校舎裏で寝て良い訳ではない」

 

「あっ、ごめんなさい。直ぐ起きます」

 

手を離して男は立ち上がり軽くズボンを叩いてから軽く伸びをした。

 

「待て…少し聞きたいことがある」

 

「どうぞ。この花壇を作ったウマ娘の質問なら大概の事は答えますよ」

 

「質問は二つ…いや一つで良い。触れただけでウマ娘の体調がわかるのか?」

 

男の顔が引き攣る。右手とエアグルーヴの右腕を見比べて理解した顔になる。

 

「波長…一部のウマ娘を右手で触った時に体調不良なのかどうかくらいはわかる。例えば君が思っているよりも疲労が蓄積している事もわかった」

 

エアグルーヴは男の眼を見て嘘ではないとわかる。だが俄には信じられない。そんな才覚があれば必ず話題になる。

 

『ごめんシービー』

 

その言葉を思い出し全ての疑問が解けていく。

 

「ミスターシービーのトレーナー…なのですか?」

 

思わず敬語になる。会長と並ぶいや一部の功績は会長すら凌ぐスターウマ娘。そのトレーナーは不明とされている。本人の希望と天馬の弟子である事から天馬がトレーニングしていると誰もが思っている。

 

だがエアグルーヴは母と会長から聞いていた。二人とも濁したが確かに居ると言っていた。

 

「…元、元トレーナーだよ。それじゃあね、ダイナカールの娘さん」

 

エアグルーヴの生涯の決断はこの場面になる。

 

見送るべきなのは分かる。一般のウマ娘が声を掛けてはいけない存在だ。

 

引き止めたくもなる。俗物なのはわかる。だが裏打ちされた実績と焦りがある。このトレーナーなら私が求めているものを理解してくれるのではないか…そんな欲求が囁く。

 

声をかけて立ち止まってもらうべきだと。

 

此処で捕まえるべきだと。

 

ぐちゃぐちゃになる思考回路の中で母の言葉を思い出す。

 

『真面目すぎるからどうしてもってなったら欲求に従いなさい。それすら抑え込むと何もかも無くすわ』

 

欲求はある。そしてそれは期待と焦りから来るもの。

 

なら答えは一つだった。

 

「待ってほしい」

 

エアグルーヴは流星や怪物の知らないところで糸を引き寄せた。





タマモクロスは校門でスーパークリークにブロックされています。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話


本日二回目

感想、誤字脱字の修正は毎度感謝しています。ありがとうございます。


第7話 虎を抑える魔王

 

「クリークやん」

 

あの人が出てくるのを待っているとタマモクロス、タマちゃんが声をかけてきた。

 

「こんにちはタマちゃん。オグリちゃんは見つかった?」

 

「見つけたもなにもトレーナー寮で何かを確認したら肩を落として食べ放題に行ったわ」

 

「そ、そう…タマちゃんはついて行かなかったんですね」

 

「あの空気はまた出禁になりえるから逃げてきたわ。それに何となく学園に行くとええ事ある気がするし」

 

その言葉を聞いて直感が囁いた。オグリちゃんもタマちゃんも多分あの人に会いたがっている。

 

「どないしたんクリーク。そんな怖い顔して…それになんで校門で立ってんの?誰か待ってるん?」

 

様々な考えが頭を過ぎる。会わせるか会わせないか嘘をつくかつかないか。それらは全て自身の為の考えであってあの人の為の考えではない。

 

一流のトレーナーに自分自身の手で連れていきたい感情はある。

 

眼を瞑って息を吸った。眼を開けて旧友を見る。不思議そうに首を傾げて此方を見ている。

 

 悪くないかもしれない。私、タマちゃん、オグリちゃんがいればほぼ全ての冠を集められるはずだ。

 

「あのねタマちゃん」

 

それがあの人の為

 

「私達もオグリちゃんに合流しませんか?」

 

それでも出逢った日の今日だけはやめて欲しいと思う私は欲張りなのかもしれない。

 

 

イタリアンビュッフェの食べ放題の店に怪物と魔王と稲妻が襲来する30分前の話。

 

店にウマ娘は事前予約必須と3名の出禁ウマ娘が誕生した日でもある。

 

 

第7話 女帝は頂を知る

 

「待ってほしい」

 

振り返ると困惑した顔で此方を見ているカールさんの娘。ただその眼だけは真っ直ぐに此方を見ていた。

 

「わ、私は母の様になりたいと思い中央に来た。樫の女王になる為、文武両道で誰よりも厳しく私ができる事は全てやってきたつもりです。それが女王になるための事だと思ってだ。だがトレーナー達は全員が口を揃えてレースに集中しろ、トレーニングを増やすべきだと私に言う。それが近道だと。正しい事なのだと」

 

「貴方もそう考えるのですか?」

 

「いや、全然思わないけど……君がやりたい事は尊重するべきだし、それで何か思いあたることがあったら意見を擦り寄せすればいい。トレーナーがどれだけ頑張ろうと結局の所は君次第だからね」

 

樫の女王…つまりオークス。桜花賞、オークス、秋華賞のプリンセスティアラの称号を目標にしているのか。カールさんの娘さんなら才能もある。後は彼女と合うトレーナーだな。

 

「えっと…名前を聞いて良いかな?」

 

「エアグルーヴです」

 

「ならエアグルーヴ。僕はただ見てきただけだけど君が知らない事を多く知っている。血を吐く位の努力して負けたウマ娘や偶々運が良くて勝ったウマ娘。勝負に絶対はない……言いたくないけどあのシンボリルドルフも負けを経験してる。だからこそ僕が君に教えれる事は一つだけなんだよ」

 

「理想を語り一人で歩いた所で君は何処かで必ず躓くだろう。必ずだ。その時に君に必要なのは好敵手や仲間じゃない。君を支えて肯定してくれる誰かだ。もしトレーナーを探しているならそんなトレーナーを探すと良い。トレーニングやレースだけ語るトレーナーなんてものは君には必要ない」

 

「…なら貴方はどうなのですか?」

 

「僕かい…そうだな。口では何とでも言えるからノーコメントかな。それじゃあ、僕はそろそろ行くよ。改めて綺麗な花壇だったよ」

 

さてと学食に行くかどうかを考えねば…

 

ガシ…

 

朝に体験した感覚を再度経験する。

 

「私は名乗ったのに貴方の名前を聞いていません」

 

「僕の名前は」

 

春の強風が吹き荒れる。僕の腕を掴んだエアグルーヴは名前を何度か呟くと此方を見た。

 

「私の体調がわかるな」

 

「わかるよ。疲労が蓄積されてる。働きすぎってよりは感覚が麻痺してるタイプだ。それが普通だと思い込んでる。君もシンボリルドルフと同じ様にサウナとストレッチをお勧めするよ」

 

「会長?いや、そんな事は今は良い。頼みがある」

 

「嫌だ」

 

「私はどうしても樫の女王になりたい。母の為、私自身の為に」

 

聞きたくない。聞いたら手伝うしかない。

 

「どうか私に力を貸してはくれないか?」

 

真っ直ぐな眼がまた僕を見ていた。




オグリキャップ
スーパークリーク
エアグルーヴ
タマモクロス

……最初は年度で二人ずつだった


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話

誤字脱字のご指摘ありがとうございます。助かっています。

タイシンが尊い


第8話 トレーナー契約

 

「エアグルーヴ、君はまだ僕の事を何も知らない。少し他のトレーナーができない事をできるだけだ。指導が下手かもしれないし、レースプランも無理を強いるかもしれない」

 

「…それでも貴方は…いや、貴様は私を支えてくれるのだろう?」

 

売り言葉に買い言葉。押しが強いとかではなく勝負の世界に生きると決めているからこうなった彼女達は強い。

 

「専属トレーナーにもなれない。何人かのウマ娘に可能ならトレーナーになると約束はしてしまっている。それでも…」

 

「クドイ。私は貴様だから良いのだ。それで間違っていたなら私の欲求が…いや、私の考えが間違っていただけの話。それとも私では力不足か?」

 

「そんな事はない!あっ……」

 

即座に否定した事に思わず声が漏れる。エアグルーヴはそれを聞いて気分を良くしたのか眼を細め、笑みを浮かべた。

 

負けたな。

 

「頼むぞ、トレーナー。私は私の夢に全力を尽くそう。だが未熟者ゆえに失敗もするだろう。その時はまたこうして話を聞いて欲しい」

 

掴まれた裾を離され、右手を差し出される。

 

「お互いに支えられる関係を築いていこう」

 

僕はその右手を黙って握るしか選択肢は無かった。

 

第8話 ランチ

 

「エアグルーヴ先輩が男の人とランチを食べてる」

 

「新しいトレーナーさんなのかな?」

 

ひそひそと聞こえてくるウマ娘達の会話を他所に僕とエアグルーヴは向かい合って食事をしていた。

 

「…勘違いするな。あくまで試用期間のトレーナーが居ただけだ」

 

ドリアを食べながらチラチラと此方を見てくる。

 

「気にしてないよ。君程のウマ娘ならそんな事もあると思うし」

 

「…そうか。なら良い。所で私以外のウマ娘が誰か教えてほしい」

 

「リップサービスかも知れないけど予定はオグリキャップとスーパークリークって名前だよ」

 

ガチャ…

 

エアグルーヴが持っていたスプーンを落として皿の上に落として驚いた顔で此方を見る。

 

「す、すまない。もう一度頼む」

 

「オグリキャップとスーパークリーク」

 

頭を抱え込むエアグルーヴ。何かおかしいのだろうか。

 

「どうやってスカウトした」

 

「オグリキャップは焼肉食べた帰り、スーパークリークは今さっき此処に来る途中で逆スカウトされた」

 

「貴様は………いやいい。私はその二人に見劣りしていないか?」

 

「詳しい事は分からないけど今の時期の優劣なんて意味ないよ。精々…」

 

エアグルーヴの眼が下がる。ああ、どうも違うらしい。

 

「エアグルーヴ」

 

眼を合わせ真っ直ぐと見る。そうだ、デビュー前のこの子も不安はあるのだ。

 

「君は強い。他のウマ娘に見劣りなんてしない。三年あればシンボリルドルフにすら劣らないウマ娘になれる」

 

「…ふっ、何処からその自信が来るんだ」

 

「君が選んだトレーナーだからね」

 

ピコピコと動く耳を見ながら懐かしい感覚を思い出す。もう何年も前のそれこそ始まりの時の感覚。

 

「おい」

 

「うん?」

 

「……今は私と食事中だ」

 

それだけ言ってエアグルーヴは黙々と食べ始めた。耳は動いたままだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話

第9話 トレーナーの資質

 

「軽くトレーニングをして帰るつもりだ」

 

その一言から始まったコーチング。トレーニング表を見せてもらうと当たり障りのないトレーニングが書かれていた。

 

「何か意見が有れば聞く」

 

ピコピコと動く耳は期待してると捉えていいのだろうか。事前に把握してるコンディションから考えると疲労抜きを先にしてほしいのが本音だ。

 

「ストレッチから始めようか。その後は君のフォームの確認の為に1600を走ってもらう」

 

「2000や2400ではなくて1600でいいのか?」

 

「マイルのフォームから確認したいから今日は1600。それに普通のコンディションで練習を重ねて維持されるより肉体を完璧な状態に持っていった方が練習効率が良い」

 

エアグルーヴは少し考える素振りを見せたが直ぐにストレッチに入った。何故そのストレッチをするか理解していない、もっと言うなら恐らく筋肉や筋を意識していない。ここら辺の知識も伝えなければならない。

 

「エアグルーヴ」

 

少し楽しい。本当の意味で0から始まる。此処にあと二人加わる。あの二人も同じなのだろうか。

 

「君の身体は実に硬いな。まず筋肉の把握から始めよう」

 

隣に誰もいない。笑っている相手も違う。だけど必要とされて此処にいる。それだけで僕は嬉しい。

 

 

第9話 第一回サウナ対談

 

「おや、先客かな」

 

「会長…」

 

シンボリルドルフがサウナ室に入ると目に見えて疲労感を感じさせるエアグルーヴが座っていた。

 

「大分と疲れているようだが無茶なトレーニングはあまり勧められない」

 

エアグルーヴの隣に座る。

 

「無茶ですか……これが今の私にできるギリギリの範囲なので大丈夫です」

 

「そうか」

 

深くは言わない。日常生活に支障が出た時に諭せば良い。

 

「…ご報告があります」

 

サウナに入り始めて3分が経った頃にエアグルーヴが話し始めた。

 

「今日、トレーナー契約をしました」

 

仮とついていない。つまり本トレーナー契約。彼女が納得するトレーナーが見つかった…何故私はその事と朝に見かけたあの人の顔が重なるのだろう。

 

「おめでとう。これで君も来年にはデビューか」

 

「ありがとうございます……会長は何故今日サウナを利用されたのですか?」

 

「何故か。偶々利用しようと考えただけ。エアグルーヴは?」

 

「私は私のトレーナーに疲労が蓄積していると指摘されたからです」

 

心臓が止まりそうになる。思わず隣にいるエアグルーヴを見た。

 

彼女は真っ直ぐに此方を見ている。強い覚悟を…いや違う。これは頂を目指す者の眼だ。

 

「やはり会長もでしたか」

 

苦笑いする彼女に圧を感じる。

 

「会長。私は貴方には勝てないと思っていました。無敗の三冠バ。誰もなし得なかった偉業です」

 

「ですがトレーナーは言い切ってくれました。三年あれば私は貴方の影を踏めると。超えられると……だから、待っていてください」

 

エアグルーヴが立ち上がる。私は今、笑っている。

 

「必ず抜いてみせます」

 

良き後輩だ。私に挑んでくれる。その隣にあのトレーナーを連れて。

 

「ふっ……楽しみにしてる。君が私に敗れるその日を」

 

笑っているがどの様な眼をしているのだろうか。熱から来る高揚感。歩き始めた後輩の背中を見送った。

 

独りになったサウナ室で考えに耽る。

 

 3年後のレース……そこに立っている私と彼女。それを見守るのはあの人だ。

 

「あの時と同じか。シービー、君は何故彼を手放したんだ」

 

異国にいる友は応えてはくれない。だが手放すのであれば私が欲しかった。それを否定するほど私は強くはない。

 

「Eclipse first, the rest nowhere…か」

 

 

 





間話を幾つか予定してます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

間話5

間話5 大福

 

「ようブラザー、また会ったな!今日も熱い木魚パッションを……あああ!!折角私が置いていった木魚を持ってない!」

 

セグウェイに乗りながら背中にずた袋を背負っているゴールドシップに校門の所で出逢った。エアグルーヴは生徒会の仕事の為に丁度別れたあとだった。

 

「トレーナー寮に置いてあるけど取りに来る?」

 

「え、面倒だから行かない」

 

「そう言うと思って朝に捨てたよ」

 

「私の木魚がぁぁああ!!」

 

セグウェイで器用にグルグルと回り始める。何となく相手にすると長そうなのでトレーナー寮を目指して歩き始めた。

 

ブーー…

 

歩き始めて直ぐに後ろから何かの駆動音が聞こえ始めた。ただ振り返ると変顔でもしてそうので前を向いて歩く。

 

ブーー

 

また少しして次は真隣を走り始める。これは注意したら真っ直ぐ行ってマウントを取りそうなのでこれも無視する。

 

ブーーー

 

遂に曲がり角で前を走り始めた。ニマニマと勝ち誇った顔で此方を見てくる。

 

だが甘い。

 

「ゴールドシップ、僕は今からファミレスに行くんだ」

 

「えっ?」

 

信号を渡り僕はゴールドシップに軽く手を振った。

 

 

 

間話5 苺大福

 

「なあ、好きな物を食べて良いのか!」

 

メニューを見ながらゴールドシップは百面相をしている。これが5分くらい前までセグウェイに乗りながら嘘泣きで僕に着いてきたウマ娘だとは誰も思わない。

 

「食べすぎない程度なら食べて良いよ」

 

「よしっ!ありがとうな!」

 

満面の笑みを浮かべて店員を呼ぶ。オグリキャップ程とは言わないが僕の3倍以上のモノを頼んでいた。

 

「それで僕を待ってただろ」

 

「あ、バレてた?いやさぁ、初めてのトレセン学園で緊張してるかと思ってからか…ゴホン、心配したんだぞ」

 

「そうかい。それより僕が良くトレセン学園に行ったなんてわかったね」

 

「勘。何となく生きてるんだなぁくらいわかるんだよ私」

 

頼んだ料理を上品な食べ方で次々に食べていく。

 

「誰でもわかるやつ?」

 

「んや、あんただけ。昨日から発現した能力」

 

 冗談なのかどうかが分かりづらい。

 

「それでどうだった?初めてのトレセン学園。気になるウマ娘とかいたのか?」

 

顔が笑っているのに眼が笑っていない。敵を把握する様な眼…大量に並んでいる食べ物をどれから食べるか悩んでいるだけかもしれない。

 

「まだ分からない。流石中央って事はある。練習も見たけどレベルが高いよ」

 

「そっか。右頬に米粒付いてる。ココ」

 

「え?本当」

 

ガシ

 

右手で言われた所を触ろうとした時にゴールドシップに右手を掴まれた。

 

「私さ、嘘は嫌いなんだぜ」

 

眼を細めるゴールドシップに冷や汗が流れる。

 

「此処だよ、ここ」

 

誘導された先には確かに米粒が付いていた。

 

「取れた取れた。さて…追加で頼んで良い?」

 

「い、いいよ」

 

「やったぁぁあ!店員さーーん」

 

無邪気に手を挙げるゴールドシップとさっきのゴールドシップの温度差に呼吸が少しだけ乱れる。

 

其処からは何の変化もなく食事をした。トレセン学園の周りの美味しいものや遊び場所などを教えてくれた。

 

「今日はごちそうさま。また奢ってくれよな」

 

そう言ってセグウェイに乗り込むゴールドシップを見送ろうと立ち止まる。

 

逢魔時

 

沈む夕陽を背にしてゴールドシップが此方を振り返る。夕陽を反射する芦毛と逆光で思わず眼を細める。

 

「またな!次は焼肉が食べたいぞ!」

 

それだけ言ってゴールドシップは帰っていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話

大変お待たせしました。

お知らせ。
IF間話は別作品として投稿します。それに伴いナリタタイシンの話は削除しました。
理由として本篇との温度差で読みにくいとご指摘がありその通りだと思ったからです。



第10話 顔合わせ

 

「えー、それでは自己紹介でもしてもらおうかな」

 

トレセン学園の割り振られたチーム部屋に僕とウマ娘3人が居る。外は春の暖か陽射しと桜が暖かさを教えてくれている。

 

なのに部屋の温度は氷点下並みに寒い気がしてならない。

 

 隣に座るエアグルーヴは僕の裾を掴み、対面に座るスーパークリークとオグリキャップを冷たい目で見ている。

 

 対面に座っているスーパークリークは笑顔なのに怖い。エアグルーヴとの間に火花が散っていると言われても僕は納得する。

 

 斜め右に座るオグリキャップはお茶菓子に買ってきたお菓子を止まることなく食べている。

 

「オグリキャップ、とりあえず自己紹介が終わるまでは食べるのをやめて。エアグルーヴもスーパークリークも無言のままだと終わらないよ?とりあえずスーパークリークから自己紹介をお願いしていいかな?名前と得意な走り方、距離、夢で」

 

「はい、任せてください。名前はスーパークリークって言います。先行、得意距離は2000以上です。夢は…」

 

スーパークリークがチラッと此方を見る。

 

「トレーナーさんに最低でも3つ。もしくは特別な1つを贈るのが目標です」

 

 3つか特別な1つ?恐らく前者は三冠ウマ娘、後者は…何になるのだろうか。頭に思い浮かんだのは凱旋門だがきっと違うだろう。

 

「次は私だ」

 

手を離しエアグルーヴが立ち上がる。僕の方は見ずに前の二人を見ている。

 

「私はエアグルーヴ。先行1600〜2400が得意だ。夢はプリンセスティアラを手に入れる。その先はトレーナーに全て任せるつもりだ」

 

エアグルーヴは聞いていた通りにプリンセスティアラの道に向かう。スーパークリークがクラシック三冠、エアグルーヴがプリンセスティアラ……

 

「私の番だな」

 

 最後の一枚の煎餅を置いてオグリキャップは立ち上がった。二人には目もくれず僕の方を直視する。

 

「私の名前はオグリキャップ。差しが得意だ。得意距離は…短距離以外は全て走れる」

 

そこで一息置いてオグリは眼を閉じて見開いた。

 

「夢は中央で貴方と勝つ事。貴方が望むレースに勝つ。称号や栄誉に興味はない。ただ貴方と勝ちたい。それだけが私の夢だ」

 

 薄々と感じていたが僕はとんでもない状況にいるのかもしれない。

 

 

 

第10話 先人の知恵

 

時間は少し前に巻き戻る。僕がトレーナー寮を出るとオグリキャップが大きな飴を舐めながら立っていた。

 

「良かった、今日は会えた」

 

嬉しそうに近づいてくるが視線は渦巻きのペロペロキャンディに向く。

 

「うん?ああ、これか。クリークがこれからはお腹いっぱいに食べるとトレーナーの恥になるからとくれたんだ」

 

「飽きたりしないの?」

 

「飽きはするが空腹は紛れる」

 

確かに一昨日に焼肉屋でボテ腹になるまで食べていた…いや待て、なんで昨日の今日で痩せてる?

 

「それより今日は何処かに行くのか?」

 

「トレセン学園にトレーナー室の申請に…あ、オグリ。君に言わないといけないことがある」

 

首を傾けて耳がピコピコと動かすオグリキャップに笑みが溢れる。このウマ娘とはこの距離のこの感覚で付き合っていくのかもしれない。

 

「チームを作る事になる。だから君をスカウトさせて欲しい」

 

手を差し出す。オグリキャップは僕の顔と手を見比べて舐めていた飴の持ち手を変える。

 

「勿論、此方こそよろしく頼む。私は貴方に一つでも多くの勝利を齎そう。だから貴方は…いや、トレーナーは私を信じてくれ」

 

「目の前に居るウマ娘は必ず勝ってくる」

 

そう言って握り締められた手は暖かくオグリキャップの可能性を僕に教えてくれる。

 

「…それはダメだよ。オグリ、勝負の世界に絶対はない。僕が知るワールドクラスのウマ娘達も誰もが敗北をしている。だから必勝を掲げたらダメだ。僕が君に何もしてあげられなくなる。だから君に約束する事は一つだ。全て半分こにしよう。勝利の喜びも敗北の苦しみも全て分かち合う。それでは駄目かな?」

 

 少し目を見開いたオグリキャップはクスッと笑って手を引いて僕を抱き寄せた。

 

「え?」

 

「聞こえるかトレーナー。貴方の言葉に胸の高鳴りが止まらない。ああ、約束しよう。全てを分かち合う。それも悪くない。いやそれが良い」

 

「貴方は今日から私の半身だ」

 





湿度が高いの意味を昨日知りました。
この作品のウマ娘の8割は高いかもしれません


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話


明日のイベントに向けてタキオンを育てながら思った事があります。
このウマ娘、自分の事を自分よりわかるトレーナーに出逢ったらどうなるのだろうと。
特に他意はありません。他意はありませんが筆は動きそうです


第11話 母のアドバイス

 

「珍しい事もあるね。あんたからこんな夜中に電話なんて」

 

 母の声を聞いて改めて聞くべきかどうかをエアグルーヴは悩んでいた。だが電話を掛けてしまったのだから話すしかない。

 

「今日、トレーナーが就くことになりました」

 

「トレーナー?選抜レースもまだなのに御眼鏡に適うトレーナーが見つかったのかい。いや、それなら戻ってきた時に話すか…トレーナーはどんな人だった?」

 

 電話越しの母の声に少しだけ安堵する。深呼吸をして私は本題を話し始めた。

 

「ミスターシービーの元トレーナーです」

 

 母が深呼吸するのがわかる。もし私が逆の立場なら立ち眩みで倒れている。

 

「強引に押し切りました。此処で必要なのは理性ではないと判断したのです…ですが一人になって急に怖くなりました」

 

そう、私は怖くなったのだ。掴み取った物が、手繰り寄せた物が分不相応ではないのか。それを否定も肯定もできない私が居た。

 

それがとてつも無く嫌になった。

 

「エアグルーヴ」

 

秒針が一周するかしないかの瀬戸際で母が声を出す。

 

「あんたは私の自慢の娘だ。昔から真面目すぎることだけがあんたの欠点だった。だがその考えも今日改める。何があってもしがみついてそのトレーナーから離れるな。これは母親としてとターフに先に立った先人としてのアドバイスだよ」

 

初めて聞く母の声色。冷たく鋭い声が私の心臓を握りしめる。

 

「身の丈に合ったトレーナーでは無いと思うなら本気で練習をすれば良い。加減も全てあの坊やがやってくれる」

 

 やはり知っていた。

 

「お母様はトレーナーについて何を知っているのですか?」

 

「何を…ね。難しい質問だ。私が答えても良いがそれはあんたの為にならない。ある意味であんたは生涯のパートナーを今日選んだ。私がお父さんを選んだのと同じだ。だからエアグルーヴ。迷い悩むのは良い。それが若さだ。ただ疑いや嘘はダメ。あの坊やは誰よりも真摯でどのトレーナーよりもウマ娘を信じている。シービーのお嬢ちゃんから離れたのも…これはお節介だね」

 

まるで見てきたかの様に母は語る。あのトレーナーは…いや、あの人は何をしてきたのだろうか。

 

「正直に言えばあんたが誇らしく羨ましい。あんたはきっと私が届かなかった物を掴める。頑張りなエアグルーヴ。私の最愛の娘。私の背を追い抜いても止まるんじゃないよ。それがあんたにとって始まりだ。私はターフで待っている」

 

「…っ、はい。必ずそこにいきます。ありがとうございます、お母様」

 

電話を切り静寂が訪れる。

 

並びたいと志し、抜くのだと教えられた。胸に灯った望みとソレを共に歩む人物を思い浮かべる。

 

 下がる視線とは裏腹に私は嗤っていた

 

第11話 怪物の片鱗

 

「クリークとあれは…エアグルーヴだな」

 

オグリキャップの視線の先にはトレセン学園がある。距離にして二百メートル先にある校門の両側に誰かが立っているのが僕にもわかる。

 

「見つかったな。トレーナー、二人とも此方を見ているぞ」

 

ペロペロキャンディーが半分になり頬張り始めたオグリキャップは何故か繋いでいる手を上げた。

 

「クリークとは昨日の帰り道に話をしたがエアグルーヴも同じチームなのだな」

 

目を細め笑った後に手を下ろす。少しだけ歩く速度が落ちる。

 

「トレーナーは私達に何を期待してコーチングをするか教えてほしい」

 

オグリは前を向いたまま歩き、飴で口元を隠す。

 

「期待か。難しいね、その質問は。クラシック三冠やプリンセスティアラ、前人未到八冠や芝ダートの両覇者…トレーナーならそんなウマ娘を見出して育て上げたいと思うんだろう。普通のトレーナーなら…僕は君達が走ってるのを見れればそれが一番嬉しいかな」

 

「…1番欲深い答えだ」

 

その言葉に足が止まる。

 

「半分こになってない。一方的にトレーナーから与えられてしまう。それはつまり不平等でただの甘やかしだ。だからもっと求めて欲しい。貴方から言ったんだ。全て半分にするのだと。栄光も苦痛も全て分かち合うのだと。なら私は、いや私達は貴方に求めて欲しい。これが欲しい。あれを手に入れたい。そんな事で良い。ただ走ってる姿を見てるだけで良い?そんな綺麗事は必要ない」

 

飴を噛み砕きオグリキャップは怒っていた。だが言葉にできない。言っていることはわかる。だがそれを求めて良いのか僕にはわからない。

 

だってそれは…

 

「遠慮する必要はない。ウマ娘にとってトレーナーは…いや、少なからず私にとって貴方が今思ってる事は不愉快だ。これで最後だ。走り出したクリークがもう直ぐ此処に来てしまう」

 

優しい笑みを浮かべオグリキャップが近づいてくる。

 

「貴方が望まないなら私達は重賞…いやG1レース一勝につき一つ願いを叶えてもらう。覚悟してほしい」

 

笑っている笑っているはずなのに何故か後ずさりたくなる。

 

「私は見ての通り貪欲なのだと昨日クリークに教えられたばかりなんだ」

 

そう笑うオグリキャップと走ってくるスーパークリーク、その後ろから走ってくるエアグルーヴに僕は少しだけ目眩を感じた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

間話6

間話6 群青と閃光

 

「私は日本に戻ることにするよ」

 

身の丈に合っていない大きな研究服を羽織りアグネスタキオンは目の前にいるグラスワンダーに視線を向けた。大和撫子を目標にしているだけあってグラスは表情を崩さないが僅かに口元が上がる。

 

「あの人を追うつもりですか」

 

「追うつもり?違う、そんな軽いものじゃないさ」

 

手元にある豆菓子を弄る。アグネスタキオンは目の前にいるウマ娘が1番厄介だと思っていた。二年間も彼女がストッパーになっていたお陰でタキオンはこうして普通の生活を送れていると言っても過言ではない。

 

だが理屈抜きにして嫌いだった。

 

「君には何度か話をしたはずだが私は私の研究の為なら全てを捧げて良いと考えている。溢れんばかりの知的好奇心を満たす為なら悪魔とやらにも魂を売ろうじゃないか」

 

「そんな屁理屈を並べず単刀直入に好きな人に捨てられたから追いかけると言えばいいのに…あ、失礼。そもそも相手にされてすらいませんでしたね」

 

握り潰した豆菓子の破片がグラスの頬を掠める。

 

「同族嫌悪かい?やめておくれよ、そんな自分語りをされても流石の私でも理解できない」

 

グラスが握り潰した湯呑みの破片がタキオンの頬を掠める。お互いが目の前に居るウマ娘を嫌っていた。

 

片方は己の研究の為に

 

片方は受けた恩の為に

 

 取っ組み合いまであと数秒もない。だがそれを止めるストッパーはもう居ない。詰まる所、この二人は鏡合わせの恋愛敗者だった

 

 

間話6 問、運命か悪戯か

 

 神はいない、そう思った。

 

アグネスタキオンは幼い時に自身の脚が既に故障の可能性があるのを理解していた。彼女の優秀な頭脳はソレを回避する為に知識を求めた。だが知れば知るほどに彼女は疑心暗鬼になっていく。

 

 不可能な事はない。まだ発展していないだけ。研究が進めば必ずどうにかなる。

 

 生き急ぐように勉強をして研究に励む彼女の舞台は日本から海外へと変わっていく。増えていく知識と同じ量だけの不安が彼女を引き摺る。

 

そんなある日、彼女は優秀なウマ娘の話を聞く為に日本の誇るスターウマ娘ミスターシービーと面会する。シービーとの対談も終わり、彼女が退出後に付き人とたわいの無い世間話をした後に握手をした。その手をどちらから出したのかタキオンは覚えていない。

 

「脚が悪いのですか?ああ、成る程。一定の負荷をかけると負傷するタイプなのですね」

 

その後に語られた言葉が大切な出逢いを塗り潰すくらいに衝撃が走った。

 

「大丈夫です。治療法はあります」

 

彼はそう言って手帳を取り出して2.3ページ書き込みソレを破るとタキオンに手渡した。そこに書かれている事はタキオンは理解はできる。理解できるが故に否定した。こんな事で治るはずがない。馬鹿にしているのか。罵詈雑言を浴びせる中で相手は表情を崩さない。タキオンも一つの疑問があった。

 

何故触れただけで脚の事がわかったのか。これについては誰にも話をした事がない。誰も知るはずない事を言い当てた。

 

知識の向こう側にある何かが目の前に居る可能性を否定はしきれない。だがそれは同時に今までの努力を全て否定してしまう事でもある。

 

だからタキオンはメモだけ奪い取り、部屋を出た。知的好奇心が囁き、諦めていた心が唆す。チャレンジする事はタダなのだ。そう言い聞かせてタキオンはメモに書いてある事を守り二ヶ月を過ごした。

 

最初の一週間は鼻で笑った。所詮は戯言にすぎなかったのだと。

 

二週間が経つと体調が良い日が続いた。健康的な生活を過ごしているとは必ずしも言えない生活の中で初めての経験だった。

 

三週間後には生きてきた中での万全な体調になっていた。

 

四週間後に脚に違和感を感じ始めた。その頃になるとメモに書いてあった事が習慣になり研究に没頭していた。

 

六週間も経つと違和感も無くなりタキオンは冴え渡る頭脳と新たな可能性に挑む欲求を満たす為に更なる研究に励む。

 

八週間後、順風満帆に過ごしていると同僚のウマ娘に小さなレースに誘われる。今までなら断っていたが二つ返事で了承する。

 

ぶっち切りの勝利だった。同僚はタキオンに飛びつきこれが貴女の研究の成果なのね!と褒めちぎった。

 

タキオンにその言葉は届かない。彼女は自分の脚が正常な事を走っていて理解した。正常なのだ。常に感じていた違和感はなく、正常、つまり平常時と変わらない。

 

 乾いた笑みが零れる。

 

「大丈夫です。治療法はあります」

 

顔も思い出せない彼に聞きたい事は山程ある。だがそれよりも先に聞かないといけない。

 

どれだけ調べても完治する方法は見つからなかった。

 

だからこれを知るのは彼だけのはずだ。

 

そして彼はこの治療を確立していたのか。

 

もしかしたら私は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モルモットにされたのか?

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

間話7

間話7 キャットファイト

 

「君は昔からそうだ。大和撫子か何かは知らないがお淑やかさを全面に出して直ぐ彼の隣に陣取る」

 

 括り付けられた研究服の袖を解きながらタキオンは愚痴を漏らす。

 

「私からすれば貴女の方がモルモットは常に構うべきだよとかいって絡み付いて破廉恥です」

 

下げられたスカートを元の位置に戻しながらグラスはタキオンを睨んだ。

 

「おやおや嫉妬かい?羨ましいなら君もすれば良かったじゃないか」

 

「そっくりそのままお返しします。抱きつく事はできても隣に座って紅茶も飲めないなんて…お可愛い事ですね」

 

「「っ!!」」

 

三回目の取っ組み合いを始めるが暴力はない。ただ頬を引っ張ったり、裾を結んだり思っていた事を言い尽くすだけ。

 

そんな事を数度繰り返して元トレーナー室の床で二人は寝転がっていた。

 

「…知ってるかい。彼が二回目に会った時に私に何て言ったか」

 

寝返りをしてタキオンはグラスの方を向く。

 

「知りません」

 

グラスは天井を見たままタキオンの方を向かない。

 

「つれないねぇ……まあ、この際だ聞いておくれよ。私はあの日、真理に出逢ったんだ」

 

そう言って想起するタキオンを横目にグラスは聞いた事のある話に耳を傾けた。

 

 

間話7話 閃光の終着点

 

「初めましてミスターシービーのサポート兼付き人をしています」

 

その差し出された手と紡がれた言葉がアグネスタキオンの僅かに残っていたプライドを木っ端微塵にするには十分だった。目の前の男に会う為にタキオンは人生で初めて他者の為の研究に没頭してミスターシービーのチームサポーターの枠に食い込んだ。

 

「よろしく」

 

握手をした時にその手を握りつぶしたい欲求を理性で抑える。そして男が目を見開いて此方を見ているのに気がつく。

 

「失礼、二回目でしたか。脚も治ったみたいで良かったです」

 

嬉しそうな笑みを浮かべる男とは対照的にタキオンの気分は過去最悪の物になりつつあった。

 

「君は私の脚があんな陳腐なプランで何故治ると思ったんだい?」

 

「もしかして怒ってます?」

 

奥歯を噛み締めポーカーフェイスを崩さない。男は善意で忠告したのは今の言葉でわかる。だが大事なのはそこではない。

 

「モルモットにされて怒らないウマ娘は居ないと思うがね」

 

タキオンの言葉に首を傾げる男。そして何かに納得したのか男は申し訳ない顔をする。

 

「すいません、簡単な事だったので詳しく説明していない此方のミスでした。申し訳ない」

 

 握手をした手を離し頭を下げられる。だがタキオンはそれを気にする余裕がなかった。

 

簡単な事だった

 

 少なからず幼少期から今に至るまでに研究に妥協をした事は一度もない。その結果、走れなくなる事がタキオンはウマ娘の本能で恐れていた。

 

だから責めて一言だけで良かった。それらが無駄にならない為に一言で良かったのだ。

 

成功して良かった。

 

その一言が聞けると思ってタキオンはここまで来た。

 

「君は…なんだ」

 

そこで初めてタキオンは恐怖した。目の前にいる男が人間の形をした理解できない存在だと理解した。

 

「私の身体を勝手に治してそれで気分は良いか?それとも治ると分かっていたから気にもかけなかったか?」

 

言葉を紡ぐ度にタキオンの中で誇りが崩れていく。

 

「私が必死に求めた結果を飴をあげる感覚で治して満足だったかな?私の、私の研究の成果を全て否定してお前は何様なんだ!!」

 

これは八つ当たりだ。わかっている。わかっているがそれを納得できるほど大人でも賢くもなかった。だから下を向いて叫ぶしかタキオンはできなかった。駄々を捏ねる子供のように拗ねるしかできない。それは初めての反抗だった。

 

「私は、私の全てを賭けて…ああぁぁああ!!!」

 

溢れる涙が悔しさと怒りと安堵を増長させる。感謝はしている。脚が治った事を知った日に久しぶりにバスタブに湯を溜めて脚を触った。何度も何度も確認して安堵した。その度に想いを馳せた。色々の仮説も考えた。

 

その感情を何と呼ぶのかタキオンは知らない。

 

 それが砕け散り流れる涙と感情に身を任せてあの時と同じようにタキオンは罵詈雑言を浴びせる。今度は相手の顔を見ずにただ床に向かって吐き出していく。

 

「なんで覚えてなかったんだ…」

 

 最後にそれだけ言ってタキオンの全身から力が抜けた。座り込み思考がネガティブに落ちていく。

 

話したかった事はこんな事じゃない。

 

相手の視点は助けたらヒステリックを起こした訳の分からないウマ娘。

 

「あれから一年も経つのに君がずっと教えた事をやってたのはなんとなく分かる」

 

屈み同じ視線で彼は私に告げる。

 

「君が足を治すために今の地位にまでなったのなら僕はどうしようもない男だ。許してくれと言わない。だから僕に出来る事なら何でも協力しよう」

 

 真っ黒な瞳に私が映る。整えたはずの髪も慣れない化粧もぐちゃぐちゃになっていた。

 

「必要なら君の体調の…ああ、違う。これが原因でなったのに「それで良い」

 

私よりも少しだけ大人の彼があたふたしているのを見て少しだけ冷静になった。

 

何よりも今、言質が取れた。

 

「君がアメリカに居る期間は私の体調管理は君がするんだ。幸いにも私はミスターシービーの専属サポート。離れる事はまずない。私はそれを元にして研究を勧める」

 

「研究?」

 

「それはまだ言えないね。ただまあ、期待したまえ。最高の研究者と理想のモルモットが揃っている。研究は必ず成功する」

 

 差し出されたハンカチで顔を拭き、私は彼の頬に手を添える。

 

「もう一年もモルモットをしていたんだ。責任は取ってもらう」

 

 

ーーーーーーー

 

「アメリカに居る期間と制約を付けた所為で置いて行かれたんですね」

 

話を聞き終えたグラスワンダーは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるタキオンに微笑んだ。

 

「…そうだとも。去る前に態々、私に会いに来てこれからの練習プランと健康維持のための方法を渡してきた。わかるかい?呼び出されたのがホテルのバーだよ?放心してる間に話を済まされて置いていかれた……あの時ばかりは私も冷静になるまでに時間がかかったよ。君と同じで」

 

「私は…いえ、そうかもしれませんね。結局は私達は同じターフにすら立っていなかった」

 

否定すると思っていたタキオンは少し驚いた顔をして声を漏らす。

 

「だから私は決めたんです。次に再会した時は先手必勝で行こうと…誰にも負けません。勿論タキオン、貴女にも負けるつもりはありません」

 

「そうかい。なら勝負と行こう。鬼が寝ている間に私か君のどちらが宝を手に入れるか勝負だ」

 

恋愛敗者の敗者復活戦が始まろうとしていた。





次回から当分の間は間話は止めて本篇が15まで続く予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話

第12話 欠陥トレーナー

 

「君達の目標は把握した。僕も達成する為に全力で君達に尽くそう…だから一つだけ言わないといけないことがある」

 

オグリキャップに言われた事が脳内でずっとチラつく。与えるだけ与えて求めない事は無関心なのかもしれない。

 

「僕は君達が望み挑むならその道を否定しない。ただ………僕は君達に何を望んで良いのかわからない。ただ君達に寄り添う事がトレーナーなのだと思っている。けどそれは駄目らしい」

 

オグリキャップは強く頷き、他の二人は首を傾げている。エアグルーヴと目が合う。

 

彼女は僕が誰のトレーナーをしていたか知っている。

 

「僕には幼馴染が居る。才色兼備で何をするにしても僕より優秀だった。そんな幼馴染が僕にある日、こう言ったんだ」

 

そうあの日が僕にとっての始まりの日

 

「トレーナーになってほしい。私が何処まで走れるかついてきて欲しい。歳にして10にもならない彼女からのその告白は熱を持たない僕が夢を見るには十分なモノだった」

 

紐解こうとする度に恥ずかしく、今は少しだけ胸が痛む。

 

「そのウマ娘の名前はミスターシービー。僕は元ミスターシービーのトレーナーなんだよ」

 

 僕は未来のスターウマ娘にこの話を聞かせて良いのかわからない。ただ与え続ける事をおかしいと思わない僕を否定して共に模索するとオグリキャップは言ってくれた。

 

「元の理由はまた今度話そう。それよりも僕は…君達の栄誉は君達が掴み取ったモノだと考えている。シービーにもそう接してきた。偶々、僕には特殊な才能があってそれを頼ってくれるウマ娘がいる」

 

どうしてだろう。別れを告げた時のシービーの顔が離れない。君は僕に居るだけで良いと言った。僕はそれが嫌だった。何かをしないと君の隣に居れない。周りがそれを認めない。

 

「僕は…正直に言おう。才能が無ければ君達に出逢うことも今の立場になることも無かった。だから才能が求められていて僕自身が求められていないと思っている。そんな僕が君達になにを望めるのだろうか。シービーをターフに送り出す度に神に祈った。万全の状態で送り出した。でも走る時は君達は一人だ。声を出して応援してもそれが糧になると言われても僕は不安で仕方がなかった。いつか僕みたいなトレーナーが現れて君達を連れて行くかもしれないなんて考えてる」

 

 根底にある不安を吐き出す。いつの間にか下を向いている。怖いのだ。恐かったのだ。ずっとお前が必要なのではなくお前の才能が欲しいと言われるのが。

 

「トレーナー」

 

「トレーナーさん」

 

「貴様」

 

三者三様の声がした。顔を上げると三人とも立っていた。一眼見ただけで怒っているとわかる表情で。

 

次の瞬間、綺麗なビンタ音が三回鳴り響いた

 

 

第12話 第一回反省会

 

 

左右左の順に叩かれ何が起きてるのかわからないまま僕は正座を強要されていた。

 

「トレーナーさんはおバ鹿さんです。私達は…いえ、きっと今までトレーナーさんが関わってきたウマ娘は誰一人としてトレーナーさんを捨てるなんて考えた事はないはずです」

 

真ん中で腕を組み、スーパークリークは怒っている。

 

「私が君を選んだ。才能などどうでもいい。私が惚れた。それが全てだ」

 

 

最後のお菓子を頬張りながらオグリキャップは眉間に皺を寄せていた。

 

「確かに私が選んだ理由は才能もある。だが貴様が言ったのだ。支え肯定すると。君に必要なのはそういうトレーナーなのだと。其処に才能などは必要ないではないか。自惚れるな」

 

エアグルーヴの眼光が今までにないくらい鋭い。

 

「トレーナー、G1に勝ったら願いを叶える権利の件だがこうしよう。貴方も私達に願うといい」

 

チラッとお菓子がまだ無いかと机を見た後にオグリキャップは此方を見た。

 

「何ですかそれ?」

 

「初耳だぞ」

 

クリーク達が僕が答える前にオグリが質問に答える。

 

「そのままの意味だ。私、いや私達がG1に勝つ度に願いを叶えてもらう」

 

「か、可能な事だけだよ」

 

エアグルーヴは興味深そうに考えているがもう一人は違う。

 

「それはつまりトレーナーさんができる事はしてくれるんですかぁ?」

 

まただ。微笑んでいるのにクリークの眼は笑っていない。

 

「可能な限り善処する」

 

「約束ですよぉ…これって三冠ウマ娘になったら追加があるんですよね」

 

「待て、ならプリンセスティアラにもあるはずだ」

 

これはいけない。エアグルーヴまで追従してきている。

 

「それは困る。それなら数で評価してほしい」

 

路線だけで言えばオグリキャップは確実に裏路線を走る事になる。マイルの覇者かシニアのタイトルすら手を出しそうな気もする。

 

「そこら辺はまた獲得してからにしよう。それより僕はいつまで正座をしていればいいのかな」

 

苦肉の策で話をすり替えたが彼女達は思い出したかのように顔を見合わせた。そして僕に背を向けて三人で何かを話し合っている。

 

「決定しました!」

 

10分程度の話し合いの末に三人のウマ娘は少しだけ息を荒げて此方を向いた。

 

「トレーナーさんとは月に一回は私達とお出かけしてもらいます。拒否権はありません。勿論一人ずつなのでご了承くださいね」

 

「目的としては交流を深める事にある。貴様が勘違いしている大前提として私達は……ゴホン、貴方以外のトレーナーを選ぶつもりはない」

 

「だから知らない事を知っていく為に出かける。つまりデートだ。私は君とまた焼肉に行きたい」

 

オグリキャップのその言葉にクリークとエアグルーヴが眉を顰めた。

 

「了承してもらえるなら正座をやめてもらってかまいません。ですが拒否される場合は…」

 

僕は直ぐに立ちあがろうとするが足が痺れて前に倒れ込む。

 

「ふふふ、トレーナーさんは甘えん坊ですね」

 

「ご、ごめん」

 

クリークに倒れ込んでしまい起きあがろうとするが抱き止められ動けない。

 

「良いんですよ、トレーナーさん。もっと頼ってください」

 

クリークの顔は見えない。

 

「私達はソレが1番嬉しい事ですから」

 

だが何となく笑っている気がした。





何処かの間話で主人公の歪みを書こうと思いましたがシービーしか思い付かず本編にそのままぶち込んでいこうと思います


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話

プリティーでダービーな世界なので下衆や悪意に満ちた存在はいません。
そもそも原作が優しい世界なのでそれ準拠です

謝罪案件があります。
ミスターシービーがオリキャラとなっております。実装され次第それに近い形に寄せるつもりです。申し訳ございませんがご了承ください


 

第13話 望んだ場所は

 

 寒さが和らぎ肌寒い位になった昼下がりに鳴るはずのない電話が鳴った。着信名を見ると国際電話で見覚えのある電話番号から掛かってきている。

 

「…夢かな」

 

師匠に何かあったのかそれとも私に用事があるのか。話すか話さないかで迷うが声が聞きたかったので電話に応じる。

 

「もしもし」

 

我ながら素っ気ない対応だ。もう少し可愛らしげに言えたらと何度思った事か。

 

「元気よ。そっちも元気そうね。」

 

違う、本当に話したい事はそんなことではない。

 

「今日はどうしたの?」

 

話の内容に倒れ込んでいたベッドを握る。

 

「それで私とまた…え、ちょっと待って、私以外にコーチをしてる?トレセン学園でトレーナー?そんな事をするなら私の所に帰ってきなよ!」

 

この幼馴染は本当に昔からそうだ。少し余所見をしているだけでフラフラと何処かに行く。

 

「当たり前じゃない!12年も一緒に居て君以外に誰が私のことを支えるの?」

 

 それでも私は知っていた。言い出した事は曲げない、トレーナーをすると言った以上はきっと帰ってはこない。

 

「ふん…いいよ。その代わり必ず正月は一人で師匠の家に行く事。絶対に新しいウマ娘を連れてきたら許さないから」

 

二つ返事で返ってくるが本当にわかっているのか怪しい。

 

「あと…それと、また電話してきなさい。必ずよ。時差とか気にしなくていいから。私から?そっちがするの。いいね、それじゃあおやすみ」

 

通話を切り再度ベッドに倒れ込む。つい三ヶ月前に会ったばかりなのに恋しくなる。そもそも考えただけでおかしいのだ。私よりも私の身体に詳しくてマッサージまで許してたのに男女のソレにならない。不能なのかと思ったが反応を見る限りそうではなさそうだった。

 

「あー…トレセン学園って事はルナが…ルナ?デビューって言ってたから違うわよね…?」

 

思い浮かぶのはあのタラシがルナと並んで歩いている姿。

 

「釘を刺しとこう…いえ、違うわ。これは警告よ、警告。親友を毒牙から守る為のものなんだから」

 

時計の針が14時を目指し動く中で私は親友に電話を掛けた。

 

余談になるが次の日にグラスワンダーとアグネスタキオンがニヤニヤしながらお茶をしていた。あの二人、仲が悪いと思ってたけど違ったのかしら?

 

 

第13話 大事な事

 

「新人の君が三人も有力なウマ娘のトレーナーなんて荷が重いだろう」

 

雑誌に載っているのを見た事のあるトレーナーがそんな切り口で僕に話しかけてきた。

 

「三人をスカウトしたいのなら三人に言ってください。僕が彼女達の担当を望んで外れる事はないです」

 

この二週間の間で何度かしたやりとりに業務的な返事をする。頬を引き攣らせるのは良いが僕に何を求めてるのだ。

 

「し、失礼だな君は。私が誰か分かっていってるのかね」

 

「お言葉をそのままお返しします。お前が無能だから代わりにトレーナーになってやると言われて担当を譲るトレーナーはトレセン学園に居ません」

 

サングラスをしているので表情はわからないが口元は引き攣っている。

 

「あの三人は間違いなく優駿に選ばれる三人だ。私なら彼女達を100%の形で世に送り出せる!新人の君にそれができるとは到底思えない」

 

「もう一度だけ言いますがトレーナーが選ぶのではなくウマ娘達がトレーナーを選ぶのです。私は彼女達が望む限りは彼女達のトレーナーです」

 

グラウンドの隅で話をしているが徐々に野次馬が増えてきている。ああ、これはいけない。

 

「そんな綺麗事で彼女達の未来を潰すつもりか!G1も獲得した事のない新米があまり調子に」

 

 激昂するトレーナーを背後から凄い勢いで誰かが走ってきている。あー…僕は知らないぞ。

 

「聞いているのか!」

 

「あらあら、トレーナーさんどうかしましたかぁ?」

 

悪鬼が立っていた。笑顔とはそもそも暴力的な象徴なのだとよくわかる。

 

「だめだよ、クリーク。この人にもこの人を慕うウマ娘が居るんだ。それ以上は駄目だ」

 

クリークを諌める。トレーナーのいざこざが春先までしか起きないのはこれが根底にある。

 

ウマ娘同士の争いになった場合、それは人が止める事ができない。1vs1の為の体術はトレーナーの義務として会得しているがクリーク達ウマ娘が本気になった場合、トレーナーは無力だ。

 

「わ、私は君達の将来を」

 

「何度もお話をしたはずですが私のトレーナーさんはトレーナーさんだけなんです。それを変えるつもりはありません。それに今のは越権行為ですよね?みなさーん、そうですよね?」

 

野次馬をしていたトレーナーやウマ娘は頷く事しかできない。クリークの右足だけが2センチ程地面に食い込んでいる。

 

 

つまりクリークは怒っている。

 

「他の皆さんもこう言ってますので今日の所は…あ、違いましたー。二度と関わろうとしないでください」

 

クリークのその言葉でベテラントレーナーは反対方向に去っていく。

 

「皆さんもありがとうございました。私のトレーナーさんに協力していただいて。感謝してます」

 

そう言って頭を下げるクリークに周りの人達は同意の意を口にする。

 

「ありがとうクリーク。トレーナー室に行こうか」

 

「はい!今日もトレーニングよろしくお願いします!」

 

 僕はクリークの手を引いてその場を去った。

 

 

「やりすぎ」

 

廊下を歩き始めて僕はクリークを諌める事にした。あれは思考の誘導だ。肯定したトレーナー達が僕にちょっかいをかけない為にクリークはわざと頭を下げた。

 

「そんな事ないです。私たちのせいでトレーナーさんに迷惑をかけているのに…」

 

垂れる耳と尻尾。目線を下げるクリーク。

 

「彼等も真剣なんだ。優秀なウマ娘を導きたい。それが自分の栄誉の為かウマ娘の為かは人によるけど根底は善人だよ。僕が悪目立ちしてるのがいけないんだ」

 

僕が逆の立場なら不安視はする。若き才能が潰れる可能性があるのは避けたい。声を掛けずとも常に把握はしているかもしれない。

 

「それにあと一年、君達がデビューしたらそんな評判は消える。ずっと言ってるけど君達は常に昨日の自分を超えている。これは凄い事なんだ」

 

クリークの足が止まる。言いたいことがあるのか目線を彷徨わせ、ぎゅっと目を瞑った後に僕を見た。

 

「その事なんですがみんなと話し合って今週末にデビューしようと思ってるんです」

 

「え?」

 

思わず聞き返したその問題はつい先程、理事長室でも頼まれたものだ。時間の猶予はある。一年あればクリーク達は同期最強クラスにまでなれる。

 

だから僕は二時間もの議論の末に理事長に土下座までして待ってもらった。何よりも彼女達に約束したのだ。一年後にデビューして君達の夢を叶えると。

 

なのに今、クリークは何と言った?

 

「僕の事は考えなくて良い。そんなバ鹿みたいな「バ鹿じゃありません!真剣です」

 

鋭い目つきでクリークは僕を見る。

 

「私達のせいでトレーナーさんが嫌がらせを受けているのは把握しています。私達は誰一人それに対して納得していません。何よりも約束したはずです」

 

「私達は全てを半分こにすると」

 

涙を溜めるクリークを見て察した。ああ、僕が彼女達に気を使わせてしまったのだ。

 

「ごめんね、クリーク」

 

 僕はそう言ってクリークの手を引いてトレーナー室に向かうために歩き始めた。その間に僕達に会話はなかった。




誤字脱字のご指摘いつも感謝しています。

コメントにもいつも描く意欲をもらっています。本当にありがとうございます。

コメ返信は近いうちにまとめする予定です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話

遅くなりました。


第14話 決定権

 

 正直に言えば怒っていた。己の未熟さ故に言われるのは仕方がない。ましてや都合良くミスターシービーのトレーナーをしていた事も黙っている。それを理由にして皮肉を言われても我慢ができた。

 

なのに三人は僕の為にデビューを決めた。オグリやクリークは百歩譲って分かる。エアグルーヴがなぜそうなったのか分からない。

 

ただトレーナー室に入った時に理由を知る。

 

「…ふっ」

 

垂れた耳と反論をする為に眼だけはキリッとしているウマ娘が2人、いや後ろを入れると3人。各自の表情を見て僕は少しだけ可笑しくなった。

 

「怒ってない。怒ってないからこれからの話をしようか」

 

トレーナー室のカーテンを開けて陽の光を入れる。それを背に僕は三人に話を始めた。

 

「週末に君たちがデビューするメリットは何一つ無い。一年の下積みの期間を設けるだけで君達は無敗でクラシック戦線を終える事ができる。それを僕の悪評を無くす為にデビューする…トレーナーとして二つ感情がせめぎ合ってる」

 

嘘。本当は3つ。ただ最後だけはトレーナーとしての願望だ。

 

「一つは君達にこの選択肢を強いた己の弱さに対する怒り。もう一つは…トレーナーとして最悪だけど嬉しかった。ああ、僕は君達に大切に思われてると思えた」

 

ピースした指を折って少し戯けた様に話す。忘れてはいけない事があった。彼女達は僕よりも年下なのだ。

 

「だからこの話は終わり。大幅に練習プランも変える。年内に君達にはやってもらう事があるからね」

 

彼女達に小言を言うのではなく言っていた人達を黙らせよう。意地悪く確実…とはわからないが一つでも多くの勝利を彼女達が掴む為に。

 

「その為に最初の課題だけど…三人ともデビュー戦は7バ身差以上で勝ってきてもらいます」

 

 一年努力したウマ娘とトレーナーに負けるなら納得できたはずだ。彼女達も自力を自覚しながら走れた。

 

 彼女達の最大の敵は自身の中にある事にいつ気がつくだろうか。

 

 三者三様の反応をするウマ娘達と土下座までした事を理事長に撤回しに行く事が少しだけ嫌な僕。

 

「勝てない場合の事は考えなくて良い。そうなってから考える…負の思考はヘドロと同じで意識してるとずっとこびりつくからね」

 

そう言いながら椅子に近づいて座り、改めて彼女達と向き合う。

 

「クリークはホープフルs、オグリは朝日杯FS、グルーヴは阪神JF。このG1を年内の目標に定める。本来ならサウジアラビアロイヤルカップ等のレースを経由するかトライアルを受けるかしないといけないけど特例が存在する」

 

少しだけ溜めて三人と目を合わせる。三人とも曇る事なく真っ直ぐとこちらを見ていた。

 

「デビュー戦で7バ身以上を叩き出したウマ娘は望めばこれらのG1に出場する権利を与えられる。これは学園が持つ特権の一つだ」

 

横暴なルートだ。彼女達は最初から下を知る事なく走る事になる。

 

『ねえ、トレーナーって全員があんたと同じじゃないのね』

 

弥生賞の時にシービーはソレを知った。

 

「だから君達の最初の目標は7バ身以上でデビュー戦を勝つ…質問があるなら受け付けよう」

 

 一斉に挙がる手とは真逆に僕の思考は深く沈んでいく。

 

 この三人に大事な事を教えるウマ娘を探さねばならない。

 

 

 願わくばそのウマ娘が3つ目の感情を満たしてくれればと願わずにはいられなかった。

 

 

第14 開幕

 

「スーパークリーク!スーパークリークが第三コーナーから止まらない!その差を拡げて駆け抜ける!第4コーナーを抜けてラストスパート!その後ろには誰もいない!これがスーパークリーク!青い流星の如く今ゴールイン!」

 

「第三コーナーに差し掛かりオグリキャップ上がってきた!オグリキャップが最後尾から一人また一人と抜かして行く!オグリキャップ!オグリキャップ先頭!いや、止まらない!1バ身、2バ身…これはもはや独走だぁぉあ!第四コーナーを抜けて更に加速!強い、強すぎる!影もコーナーも踏ませる前にゴールイン!オグリキャップ大差でゴールイン!怪物の如く強さを見せつけてデビュー戦に華を添えました!」

 

 先に走った二人は私の肩を叩いてウイニングライブの控え室に向かった。一緒にトレーニングを行っていて知っているつもりではいたが強い。

 

「緊張してる?」

 

不意に背中を軽く叩かれ横を見るとトレーナーが立っていた。

 

「していないと言えば嘘になる」

 

トレーナーは私を見ないでターフを見ている。私はそれにつられて前を向く。

 

「僕は正直、君だけは反対すると思っていた。君の夢を考えればこの選択は矛盾している」

 

「最初はそう思った…だがその時にこうも思った。私が苦しい時に分かち合うトレーナーが苦しんでいるのに私は何もしないのかと…」

 

トレーナーの視線を感じるが私は前を向いたまま気恥ずかしさを誤魔化す。

 

「後悔は無い。だから待っていろ。貴様の女帝はオーダーに応えるウマ娘だ」

 

トレーナーの背を叩き私はターフに向かう為に反転して歩く。振り返らない。ただトレーナーも此方を見ていない気がした。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

「エアグルーヴ!エアグルーヴが突き離していく!デビュー戦とは思えない加速力で後続のウマ娘との差を拡げていく!今、第四コーナーを抜けて残り400!エアグルーヴ!エアグルーヴだ!女帝は優雅に一人でターフを翔ける!後ろには誰もいない!後ろには誰もいない!エアグルーヴが今ゴールイン!!二着との差は大差です!」

 

三人目のエアグルーヴが勝った。彼女は観客席に手を振り応援してくれた人達に応えている。僕は鞄に入っているサイリウムと2リットルの水のペットボトルを確認した。

 

今からスーパークリーク、オグリキャップ、エアグルーヴのライブが一時間3セットある。その後に彼女達を迎えに行って予約した食べ放題の店にいく。

 

シービーは僕に注文をした事があまりない。ただライブに関しては違う。コールが遅かったや全力ではないなど散々怒られてきた。そのおかげで一時間ならフルで応援できる。

 

ただそれを三セットする。

 

どれも手を抜かないが二度と同じ日に同じレースで日程を組まない事を僕は誓った。





次回、白い稲妻

アンケートで日常パートを取ろうと思います。ご協力お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話


序章終わり


第15話 秘密の関係

 

遡ってデビュー戦前日の夕方。三人を早めに帰して僕は帰路についていた。付いてこようとするクリーク達には帰ってからやるリストを与えてそれぞれが寮に戻っていく。

 

よく考えたら何故か帰る時は必ずクリークが居た気がする。そんな事を考えながらいつもとは違う道で帰ることにした。

 

河川敷を歩いていく。沈んでいく陽が川を赤く染めてもうすぐ夜になるのだと教えている。この時間帯になると自主練をしているウマ娘達とすれ違う。あまり見てはいけないのだがどうしてもフォームを見てしまうのは許してほしい。

 

「オグリんとクリークのトレーナーやん。こんな所で何してんの?」

 

正面を向いた時に小柄な芦毛のウマ娘が立っていた。どうやら彼女は僕を知っているらしい。

 

「散歩かな。クリーク達は明日がデビュー戦だから今日は時間があるんだよ…えっと名前を聞いてもいいかな?」

 

「え?あ、初対面やったな。うちはオグリん達から話を聞いてたからどうも初対面な気がせんかったわ。うちはタマモクロス。オグリんと同室のウマ娘や」

 

何気なし差し出された手を握る。そして気が付いた。何故彼女は新聞が入ったカバンを持っているのだろうか。

 

「新聞配達のバイトをしてるのかな?いや、それ以外も複数掛け持ちしてるね」

 

「え、あ、せやで。で、でもウチは無理とかしてないから大丈夫」

 

嘘だ。明らかに疲労が濃い。何よりも変な所に負荷がかかっている。恐らくは飲食店系の厨房にでも働いているのだろう。

 

「止めはしないけどデビューに支障がでるかもしれないよ」

 

手を離しあたふたとするタマモクロスがデビューと聞くと真顔になった。

 

「うちは…来年か再来年でええねん。チビ達もその頃には落ち着いてるしそれまでは今のままでええ」

 

今年ではないのか。同室のオグリやクリークと友人なら…いや違う。恐らくはそうしたいが家庭の都合もあるのだろう。

 

その時、脳内で悪魔が囁いた。

 

このウマ娘ならいけるのではないのか。

 

「…タマモクロス。僕と取引しないかい」

 

夕陽を背に僕は私欲を満たす為にタマモクロスに悪魔の囁きをする事にした。

 

第15話 お給金の話

 

 少し話が逸れるが僕はちょっとした小金持ちだったりする。トレセン学園の給料とは別にそこそこのお金が毎月入ってくる。タキオンと共同研究して発表したウマ娘専用の尻尾の手入れオイルや肌荒れ対策のスキンケアオイルなどのお金だ。

 

何よりもシービーのトレーナー時代はお零れに預かり未成年が持っていてはいけない金額にまで達している。これらは師匠に全て預けている。師匠はそれらを運用して月に幾らかのお金を振り込んでくれる。

 

 総括するとタマモクロスが月に稼ぐお金を僕が出した所で財布は痛まない。

 

「あかん。その話は受けれん。ウチは施しなんていらん」

 

耳と尻尾の方は違う意見なのは見て分かる。場所をゴルシと行ったファミレスに移り僕はタマモクロスと話をしている。

 

「施し…とは違う。僕は君にある事を期待してる。それは教えられないが君ならそれが出来ると思ってるし君にしかできない事だ。それにバイトを幾つも掛け持ちして君の身体は疲労が蓄積され続けてる。このままデビューして練習とバイトを続ければ君は破綻する」

 

「そうかもせんけどウチがした事の結果ならしゃあない。それにクリーク達がこの話を知ったらウチはどんな顔をして会えばええねん」

 

 顔を伏せるタマモクロスを見て成る程と思う。彼女は友情の破綻も恐れている。それなら良い。好都合だ。

 

「クリーク達には内緒にするつもりだ。お金も振込にする。それでも迷うなら…1.5倍出そう。必要なら別途お小遣いを出しても良い」

 

 顔を歪めてタマモクロスが僕を見る。甘美な囁きだ。だからこそ断ることができない。

 

「怒る気持ちもわかる。だがこれは投資だ。バイトを辞めた時間をトレーニングに当てて来年デビューして欲しい。トレーナーとしてこれを望む気持ちもわかってほしい」

 

「それが気に入らん。オグリキャップやスーパークリーク、エアグルーヴの三人の面倒を見なあかんのにうちにまで粉かけて何がしたいかわからん。気持ち悪いんや」

 

「クリーク達が何故明日デビューするか聞いてるかい?」

少し冷めたポテトを口に運ぶ。タマモクロスは少し首を少し傾けた。

 

「知らんけどそれがベストな判断やからデビューするんやろ?」

 

ああ、どうやら知らないらしい。

 

「彼女達は僕の悪名を灌ぐ為にデビューする。ベストな判断は来年のデビューなんだよ」

 

「悪名?自分が無能とかあの噂?あんなん僻みやろ。オグリんやクリークは抜けてるけど眼は確かや」

 

氷を噛み砕きながらタマモクロスは一笑した。

 

「君がそう思っても他は違う。僕やクリーク達の事を知らない人は悪名を吹聴する。妬みや悪意、理由は多々あるけどどれも気にする必要のない事だ。だが彼女達は選んだ」

 

「…何が気に入らんの」

 

「一年あれば彼女達は完璧な状態で送り出せた。僕が持てる知識と経験を伝えることができた。でも明日デビューする。そうするとありとあらゆる事が前倒しになる。距離に対してのフォーム修正やスタミナ配分…何よりも自分の脚を理解できていない」

 

タマモクロスの顔が引き攣る。だが関係ない。此処に来て座った時点で君はもう共犯者だ。

 

「ウチにクリーク達の代わりになれ言うんか?舐めたら「2倍だそう」

 

誰も損はしない。寧ろタマモクロスにとってはプラスの事だ。脚と手に掛かっている負荷は今はどうにでもなるがこれから暑くなればそうは言ってられない。

 

「ウチは金で友人を裏切る程落ちぶれてない!帰らせてもらう!」

 

首を振り机を叩いて拒絶する。揺らいだ。

 

「君は悪くない。僕に唆されたと言えばいい。そうするだけで君は練習環境とお金が貰える。何よりもいつまでも隠してるわけじゃない。来年の4月の桜花賞の前に正式にトレーナー契約を交わすつもりだ」

 

「あんたはウチに何をさせたいんや。初対面のウマ娘にアンタは何を言ってるかわかるか?クリーク達が言ってたアンタの人物像と今のアンタは違いすぎる。どっちがほんまなんや」

 

「距離2000の模擬レースでスーパークリーク、オグリキャップ、エアグルーヴの三人を完膚なきまでに負かせてほしい」

 

タマモクロスが冷や汗をかいているのはわかる。何より僕が言ってる事はトレーナーとして反してる。

 

「なんでや…なんでウチなんや」

 

頭を抱え、机に伏す。

 

「君じゃないとダメなんだ」

 

「五月蝿い!このドクされトレーナー!ウチはアンタが嫌いや。何よりもそう言われて嬉しいと少しでも感じる自分が嫌や……3倍。3倍+お小遣いで手を打つ」

 

二ヘラと濁った目でタマモクロスは僕を見た。

 

ありがとう

 

「勿論、それが条件ならそれを飲もう。それじゃあ話を詰めようか」

 

「悪いトレーナーに捕まったわ…まあ、よろしゅうなトレーナー」

 

差し出した手をタマモクロスが握り返す。

 

僕はこうしてタマモクロスと秘密の関係を築いた。

 

 








目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話


次回から間話を続けて連打予定。


第16話 ルーティン

 

 月曜日。早朝からタマモクロスの朝練。今週の練習表を渡して体調チェック。基本的には始まりでもある為にランニングを中心にトレーニング。二時間近くトレーニングをするとタマモクロスはトレセン学園、僕は寮に戻りシャワーと身支度を済ませる。別れる前に使い捨てのお弁当BOXを渡し朝ごはんにさせる。

 日中はトレーナー業務とトレセン学園側から依頼された仕事の処理。それでも時間はできるので三人の晩御飯の仕込み。これに大体三時間は掛かる。経費で落ちる食品と落ちない食品(高価)の狭間を経理と揉めに揉めてはっきりとさせてオグリが満腹かつ太り過ぎにならないよう食事を調整。この時に明日の朝用の軽食も用意する。昼食は他のウマ娘との交流もあるだろうからとカフェテリアの使用を推奨している。六日分の仕込み始め+無からのスタートの為に月曜日が一番ハードになる。

 夕方、基本的に三人揃うので一番の基本であるスタミナ…つまり水泳を行う。この時に驚いたのがまさかスーパークリークとオグリキャップが泳げない事であった。水に慣らしていく時間も無駄の為、ビート板を使用して高速犬掻きをさせる。勿論事前に入念なストレッチを行なっているので脚が攣る等の問題は起きない。エアグルーヴは別レーンにてバタフライ。適正距離の関係でそうなっているがエアグルーヴには事前に説明はしている。休憩も挟みつつ7時手前には終了してシャワー後にトレーナー室にてミーティング。週の予定とエアグルーヴの生徒会の予定を聞き手伝える事を僕とクリーク、時々オグリに任せる。ただこの時、夜食も同時にとっている為にオグリキャップは大体話を聞いていない。

八時に解散した後にサイコロを振り寮に送るウマ娘を決める。最初はジャンケンにしていたが動体視力の良さからアイコが続出した。その為にサイコロの出目の大きい順で送る順番を決める。

 十時頃にはトレーナー寮に戻り、シャワーを済ませた後に確認した体調とトレーニング日程の精査を行う。大体これに三十分。0時を回る前にタマモクロスの朝ごはんの仕込みをする。これは自費のためそこそこ高価な物を使える。そして0時には就寝する。

 

 火曜日。月曜日とほぼ変わらず早朝からタマモクロスの朝練。タマモクロスは月曜日から金曜日まで夕方から少し離れたウマ娘用のジムに行ってもらっている。そこの設備は把握しているので練習メニューと違和感があれば即中止を厳命してトレーニングしている。なので疲労度等を朝にチェックする為に朝から大変だ。タマモクロスも基本的にはジムで高速犬掻きをさせている。長距離を走れる選手にとって最後にモノを言うのはスタミナだと僕は思っている。何よりも一番つけるのが難しいのがスタミナだ。なので朝はサブの役割でショットガンタッチをさせる。これの今できる距離と体調を考えて打つ。終わる頃にはタマモクロスは息が上がっているが学園生活には支障は出ない。朝ごはんを持たせて解散する。そして今日から昨日勝ったウマ娘とトレセンに行く。これは何故かできたルールだ。そのままカフェテリアで朝食を一緒に食べる。

 日中は昨日より少しだけ余裕があるので一時間程度昼寝をする。この時、何故か目覚めると膝枕をされていたりする。そのままなし崩しに昼食に誘われる。別れた後に晩御飯の準備を済ませて三人が来るのを待つ。エアグルーヴの生徒会の仕事がある場合はこの時点で手伝いに行く。トレーニングは変わらず水泳。後は月曜日と変わらない。

 

水曜日。タマモクロスのトレーニングを少しだけ早めに切り上げて座学に切り替える。レースに対する知識や予備動作についての確認。全ての基本だが一番蔑ろにされやすい。それ故に少しでも触れる。それを理解して行うのと行わないのでは差が出る。

 解散した後は寮に戻り昨日送ったウマ娘と一緒にトレセンに行く。この時に雑学を交えて知識を教える。そして朝食を食べた後に渡しておいた課題に対する質疑応答を受け付ける。この時点で三人揃う。朝から一時間、座学をカフェテリアで行うことになる。

 水曜日は昼寝をせずに課題を制作する。進捗に合わせて作る。こればっかりはすぐどうこうできない。一週間分きっちり作り毎週水曜日に提出させる。課題制作後は晩御飯+デザートをつくる。このデザートは駿川さんや生徒会長にも配る。配慮は必要なのだとシービーに口酸っぱく教えられた結果だ。

 トレーニングは水泳。晩御飯を食べた後にオグリにデザートを持たせる。スーパークリークとエアグルーヴはまだ一人個室だがオグリだけタマモクロスと同室だ。それを理由に持たせる。

 

 木曜日。タマモクロスのトレーニングは全て座学にする。朝夕とギリギリのトレーニングをしている為、疲労抜きのマッサージをしているが全てが抜ける訳ではない。なので座学に切り替えて身体を休ませる。朝ごはんを渡して解散する。

 昼寝をしたいが生徒会の仕事がほぼ確実にある為に手伝いに行く。日中の生徒会室は誰もいないが生徒会長と話をつけている為、エアグルーヴが処理する書類があらかじめ机の上に置かれている。どうしても無理の場合は駿川さんに援軍を頼む。デザートを渡したり映画のナイトショーを観に行く程度には仲が良い。お互い苦労人なのか話が合ったりする。

 ランチの時間になるとエアグルーヴが生徒会室にお弁当を持ってくる。ぶつくさとまた一人でやっているのかと怒られるがお手製のお弁当が食べられるからねと切り返す。大概が片手で食べられるようにサンドイッチと保温瓶にお手製のスープ。昼休憩が終わるギリギリまでエアグルーヴとコミュニケーションをとりながら書類を処理する。この時点でのポイントは二割程度隠しておく。そうでないと持っていって自分でやろうとする。エアグルーヴを見送り一時間程度で終わらせると晩御飯の準備を始める。

 トレーニングはショットガンタッチ。これもタマモクロスと同じでその日の体調に合わせて距離を決める。そしてラスト一時間は2400mのラップタイムをとる。レース形式にはせず一人ずつ走らせる。その時に走っているウマ娘に対して二人に質問する。フォームはどうか、なぜラップタイムがズレたのか等。そして晩御飯を食べて解散する。

 この時、僕は一人になる。なのでスーパーと本屋によりタマモクロスの朝ごはんの分のご飯と土曜日の為の買い溜めをする。あとは他の平日と変わらない。

 

金曜日。タマモクロスのトレーニング後に朝ごはんを渡して妹さん達の為になりそうなモノを渡す。映画のチケットであったり、漫画であったり、本であったり。ゲーム機等は流石に拒否される可能性があるのでまだ渡していない。トレーニングやレースに対する問題になりそうなものはケアする。これもトレーナーの役目だ。タマモクロスは悪態をつくが毎回受け取ってくれる。

 解散した後は一人でトレセンに向かう。日中は全て昼寝に充てる。此処でごく稀に駿川さんに膝枕されている時があるが本当にごく稀なのであまり記憶にない。昼食も食べずに寝る。

 午後二時から晩御飯の準備を始めてそこで小腹を満たす。トレーニングは昨日と変わらずショットガンタッチ。違うのはずっとショットガンタッチを行う。

 晩御飯を食べながら明日の予定を再度確認する。可能なら朝からトレーニングをすると説明するがほぼ確実に全員が参加する。生徒会の有無でエアグルーヴが昼から合流が偶にあるくらいだ。

 そして一人で帰る。その前にタマモクロスが行っているジムに顔を出す。話をつけているトレーナーから途中経過や他のウマ娘とのコミュニケーション等について確認する。

 ただ顔を合わせると嫌味を言われるのでそれだけ確認するとスポドリを一本だけ渡してもらえるように頼み帰る。 

 寮に戻ると明日の仕込みをする。朝昼夜の3食を作らねばならない。ただ寮では出来ることは限られているのでデザートと小鉢の品を仕込んで寝る。

 

 土曜日。タマモクロスのトレーニングは無し。今日は完全休養日に指定してある。僕はいつもと変わらない時間に目覚めてトレセン学園に向かう。そこから朝の七時まで料理を作り続ける。六時頃になるとエアグルーヴとスーパークリークも手伝いに来てくれる。

オグリキャップ?ウマ娘にも向き不向きがある。

 オグリキャップには七時頃に校門を通るように指示してある。

 全員が揃ったら朝ごはんを食べながらトレーニング内容の確認。午前中は水泳、午後からは昼寝の後にショットガンタッチ+タイヤ引き。

 全てのトレーニングが終わる頃には全員がヘロヘロになっている。疲労抜きのマッサージを一人三十分して帰らせる。その後は平日と変わらない。

 

 日曜日。三人には完全休養日指定をしている。そもそも土曜日に精魂尽きる手前まで追い込んでいるので昼まで寝ているだろう。だが昨日が完全休養日だったタマモクロスはトレーニングがある。隔週で付きっきりで一日やっているがあまり評判はよろしくない。あくまでお金の関係なのだと割り切っているのだろう。

 夜になるとトオ叔母さんとシービーに連絡を入れる。トオ叔母さんには四人のこれからについての相談、シービーは雑談と現状報告。何故たまに僕が作ったデザートを知っているのか気になるが敢えて触れない。それらが終わるとタマモクロスの朝ごはんの準備をして眠りにつく。

 

僕の一週間は大体こんな感じで終わる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

間話08


間話だけで6本予定


間話8 皇帝

 

 照りつける太陽がまだまだ夏が続く事を教えてくれる八月初頭。シンボリルドルフは目の前で爆睡しているトレーナーを眺めながらそのトレーナーが淹れたアイスティーを味わっていた。担当三人はジュニア一年目にして夏合宿に行っている。だが担当トレーナーの同伴は許可されなかった為にトレーナーはトレセン学園に残る事になった。

 

そして同じく生徒会業務の為に残っているルドルフとお茶をしていた…のだがアイスティーを飲み始めて数分もしない内に眠ってしまった。

 

当然の事だとルドルフは思う。早朝手前には必ず出かけている。恐らくだが同じ時間に寮を出ているタマモクロスが関係しているのだろうと予測はできている。これに関しては裏付けしてタマモクロスが隣町のジムに通っている事が学園OBから報告が挙げられている。しかも推挙人は彼だ。

 あの三人が知っているか知らないかはルドルフの知る所ではない。だがあまりそう長くは隠し続ける事はできないとも思っている。

 

「君は…本当にどうしてこう完全無欠を求める。シービーはソレを心配して毎週日曜日に恐らく君の電話が終わった後すぐに私に惚気話を聞かせてくる」

 

アイスティーの入ったカップを対面にそっと動かして立ち上がる。彼の隣に座りそっと頭を膝の上に誘導した。

 

初めて会った時の事はきっと彼は覚えていない。そもそも彼はシービーに連れ添われていて私の存在など興味も無かったのかもしれない。

 

ただ私は覚えている。

 

『内緒だよ!絶対に絶対にシービーに言ったらダメだからね』

 

 あの一夏のあの言葉が

 

『君はシービーよりも強くなれる』

 

今の私を支えたモノの一つなのは間違いない。

 

 

間話8 昔話

 

 目を覚ますと見覚えのないソファーで寝ていた。身体を起こすと掛けられていた上着に気がつく。辺りを見回すと生徒会長が眼鏡をかけて書類処理をしている。どうやら寝落ちしたらしい。

 

「申し訳ない…すぐ出て行く」

 

緩んでいる。三人が合宿に行き三日目。身体が思った以上に眠りを欲してしまってる。立ちあがろうとして掛けられている上着が生徒会長の物だと理解した。

 

「どうも疲れているように見える。寝る前にサウナに入り、よく眠る事だ。なに、二週間もすれば元に戻る」

眼鏡を置き、したり顔の生徒会長は僕を見る。

 

「河童の川流れ…とは違うか。少し張り切りすぎなのは理解してるつもりだ」

 

「今から一息入れるつもりだった。今度は私が飲み物を用意しよう」

 

そう言って生徒会長は立ち上がる。眠たさがまだあるが上着を対面の左側に置く。 

 

 それにしても懐かしい夢を見た。あれは確かシービーが小学生以下のウマ娘達合宿か何かに呼ばれた時の夢だ。シービーより強くなるウマ娘が居るって知ったのもあの合宿で……あれ、そう言えばあの子は何故ターフに居ないのだろうか。

 

「どうぞ」

 

置かれたカップの音と珈琲の香りで思考が戻る。

 

「ありがとう、いただくよ」

 

 アイス珈琲を口に含む。苦さと珈琲独特の香りが眠気を払ってくれる。もう一口飲もうとした時に対面に座る生徒会長と目があった。

 

「シロップとミルクも用意したのだがブラックが好み?」

 

確かにカップの近くにシロップとミルクが5個ずつ置いてある。アメリカの時に常に飲んでいた組み合わせだ。

 

「本当はブラックの方が好みだ。エナジードリンクを飲むとみんなが五月蝿くてね。ウマ娘の体調管理はできても自分の体調管理は杜撰過ぎるってシービーに怒られたりもした」

 

「それは現在進行形で言える事だ。私個人としても貴方はもう少し体調に気を使うべきだ」

 

一日三時間以上寝ているだろと言うと怒られるやつだ。このパターンは学んだ。

 

「善処するよ。何よりこっちも担当してるウマ娘の一生を預かってる。それに対して全力で応じない訳にはいかない」

 

「…タマモクロス」

 

珈琲を吹きそうになるのをグッと抑える。何故バレた。いや、もしや何か問題があったか?金の件か?あれは理事長に時期を早めた件+もしスキャンダルになった時は学園側は感知せずかつ個人による所業で処理される事で話はついている。カマをかけられている?

それにしては堂々としている。

 

「あれは私的なコーチングのはずだ。トレーナー契約も来年の頭には交わすつもりでいる」

 

「私が言える事ではないと重々承知しているが明らかな激務だ。いつか体調を崩すぞ」

 

「否定はしない。だがこれを強いたのは学園側にも責任がある。理事長から聞いているだろうが学園側も僕やオグリ達も結果を求められている。それに休みがない訳じゃない」

 

話を勧めるにつれて耳が逆立っていく。

 

「来年の4月以降はもっと楽になる。それこそ急に何処から担当は僕じゃないといけない言う問題児が降ってこない限りはどうとでもなる」

 

「シービーが私に頼んだ事がある」

 

怒気に近い覇気がチリチリと漏れている。普通のトレーナーならそれでどうにかなるのだろうがあのシービーを相手にしてきた僕から言わせると動揺するには…待て、今なんと言った?

 

シービーが私に頼んだ事?

 

「無茶をして倒れそうならシービーか間に合いそうにない場合だけ使うようにと君のご実家の電話番号を渡されている」

 

実家の電話番号?待て、待て待て。

 

「話し合おう。僕が悪かった、だから…」

 

この時、僕は何故か生徒会長の顔が怒っているのに何かを諦めた顔に見えた。

 

「実家はよくない。ルーティンは変えられないができるだけ1日の睡眠時間が五時間を超えるように努力をしよう。君の要求も限りなく応える」

 

「そこはシービーと言わないと彼女に怒られるだろうに」

 

「シービーにも隠し事は沢山してきたさ。なんなら聞くかい。あれは僕がシービーと師匠に連れられて初めてウマ娘の合宿に参加した日の事だ。僕はね、そこでシービーを超えるウマ娘と出逢った」

 

話をすり替える為にいつもより舌が回る。そうだついでに聞いて見るか。そう思って生徒会長を見ると思いっきり珈琲で咽せていた。

 

あれ、様子がおかしくないか?






誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

感想の返信は時間を見つけてまとめてします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

間話09

間話9 一歩先へ

 

 私はその日に人生初の挫折と暖かさを知った。

 

 挫折とは勿論、既に頭角を現していたミスターシービーに完敗した事。追いつけないと感じた。何よりも誰もが仕方がないと私を慰めた。それが悔しくてそれを否定できない弱さが余計に私を惨めにした。

 

だから一人で泣いていた。皆がシービーを見ている。誰も私を探してはいない。そう思っていた。

 

なのに彼は私を探しにきた。小さなポシェットを肩に掛けていた。

 

「ニンジンジュースあるけどどうかな?」

 

無視する私の隣に無理やり座って彼はニンジンジュースのアルミ缶を開けた

 

「僕ね、これ苦手なんだ。でも皆が好きだからこれしかないんだよ」

 

ちびちび飲み始める。

 

「帰って」

 

 誰かはわからないが見覚えはある。ミスターシービーと笑いながら食事をしているのを遠目で見たのを覚えている。

 

「嫌だよ。だって危ないじゃないか。僕、こう見えて方向音痴なんだ。だから君と帰らないと帰れない」

 

無茶苦茶な理由だった。確かに渡されたニンジンジュースは冷たくはない。どれだけ探してたんだ。

 

「だから君が帰る時に一緒に帰るよ。それとも帰りたくない理由でもあるの?」

 

ミスターシービーのせいで帰りたくない。そう言おうとして少しの良心の呵責と八つ当たりをしたい子供ながらの嫉妬心がせめぎ合った。

 

結果

 

「ミスターシービーがいるから嫌」

 

初めて家族以外の他人に明確な意図を持って我儘を言った。

 

「そっかなら仕方ないね」

 

そしてその我儘は受け入れられて意地を張った私は日が暮れてもその場を動かなかった。

一人なら夕方には帰っていた。だが隣で爆睡している男の子を置いて帰る訳にも行かず、起こして帰るのも嫌だった。

 

何よりも怖かった。明るかった時の森が赤くなり、闇に染まった森では真逆に思えた。

 

「大丈夫」

 

なのに男の子はいつのまにか起きて私の手を握りそう言い切った。

 

「帰ろっか。お腹すいたよ」

 

ポシェットから懐中電灯を取り出して辺りを照らして確認し始める。

 

「でももう道が「大丈夫。多分、お姉さんが見つけてくれる」

 

そう言って彼は私の手を引いて歩き始めた。怖くて立ち止まりそうになる度に握っている手の力が少しだけ強くなる。何よりも彼も震えていた。

 

「坊や!」

 

歩き出してどれだけ経ったのかもわからない。5分だったかもしれない、30分だったかもしれない。その声が響くと目の前にお姉さんが立っていた。

 

「お、おねぇざぁぁああん」

 

 そう言って彼は私の手を繋いだままお姉さんに堰が切れたように泣きついた。私もそれに釣られて泣きついてしまう。

 

「二人とも怪我はないかい!?よかった、本当に良かった」

 

 それが私がその日に聞いた最後の言葉だった。

 

 

 

 

間話09 昔話2

 

「だ、大丈夫。少し驚いてしまっただけ…」

 

取り繕っているがおかしい。これくらいの話ならまず最初に与太話か冗談かを聞いてくると思っていた。そこまで興味があるのだろうか?

 

「他にもある。実は「待て!」

 

先程とは違う剣幕で此方を睨んでくる。

 

「そのウマ娘の話をもう少し聞かせてはもらえないだろうか」

 

 そう言われて考える。だがどうしても覚えていない。寧ろその後にシービーに泣きながら怒られて練習中はずっと最前列でトオ叔母さんと喋っていた。そうだ寧ろシービーの方が覚えてる。

 

何故ならそのウマ娘と最後にレースをしたのはシービーのはずだ。

 

「僕はそんなに覚えてない。ただ才能も覚悟もシービーを越えられるウマ娘だとはっきりと覚えてる。小学生だったからね。そんなに気になるならシービーに聞くと良い」

 

剣幕から少しずつ耳が下がっていく。ションボリルドルフなんて言いたくなるような下がり方だ。

 

「僕個人は…聞くのはやめておくよ。僕が知る同年代や生徒会長の世代で思い当たるウマ娘は居ない。それが僕にとっての答えだ」

 

 そんなキザな事を言いながら珈琲を口に含む。先程よりも苦い。

 

「仮にだ…もしそのウマ娘が居て何故シービーを越えられなかったと思う」

 

「難しい質問だ。そのウマ娘を取り巻く環境がシービーと同じだと仮定するなら…そうだな」

 

シロップに手をかける。幾つにしようか。1か2か…

 

「「僕(貴方)の差」」

 

 景気良く3つ入れようとした時に声を被せられた。生徒会長はしてやったり顔で此方を見ている。

 

「それは全てのウマ娘にも言える。貴方以上に誠心誠意、粉骨砕身でトレーナー業務に挑めるトレーナーも少ない。寧ろ何がそこまで貴方をそうさせる」

 

 興味深そうに此方を見て首を傾げる。

 

「それは原点の話になるからまた今度にしよう」

 

シロップを流し込んだ珈琲を軽く混ぜて飲み切って席を立つ。

 

「ありがとう、せい…シンボリルドルフ。今度は洒落たお茶菓子でも持ってくるよ」

 

「ルドルフで良い。それなら今度はニンジンジュースにしてもらえると助かる」

 

「…善処しよう」

 

僕はそう応えて生徒会室を後にした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

間話10

オグリ→クリーク→エアグルーヴ→タマモクロス→シャドロールの順になっております。
エアグルーヴまでで学園の日常、タマモクロス以降は少しドロッとした物の予定です


間話 オグリキャップの日常

 

オグリキャップの食欲は本人のメンタルに直結している事が多い。確かに他のウマ娘と比べて平常時の量は3倍を超える。ただこれ以上になる時は本人のメンタルの振れ幅に左右される。本人がソレを自覚していないのは元々が感情の起伏があまりないからだ。

 

そんなオグリキャップはここ最近、梅雨入りをして以降の食欲は増加の傾向にあった。正確にはデビュー戦を終えて以降、食欲が微増している。

 

「うむ…」

 

当の本人はその事について深くは考えていない。だが食べる量が増えているにも関わらず身体が重くならない。つまり、太り気味にならない事に疑問は持っていた。

 

もっと食べていいのかもしれない。

 

そんな欲求が無いわけではない。だがそれと同時にこれ以上食べてもあまり満たされない事をなんとなくオグリキャップは理解していた。ならなぜ本人が考え込んでいるのか。満足をしているが満足ができていない。そんな不思議な感覚にモヤモヤしていた。

 

こんな時にスーパークリークが居たら優しく教えてくれただろう。

 

タマモクロスなら笑って背中を叩いたはずだ。

 

エアグルーヴは少し困った顔で食事を続けただろう。

 

 だがオグリキャップは久しぶりに一人でランチを食べていた。そして特製ジャンボニンジンパフェデラックスを食べ終えると立ち上がり決意した。

 

「トレーナーに聞いてみるか」

 

食堂の料理長にオヤキが大量に入ったふくろを貰いトレーナー室にフラフラと向かう事にした。

 

 

間話 オグリキャップの幸福論

 

 誰もいない廊下を歩く。考えればこの時間にトレーナー室に行ったことがない。気にはなっていたが食事を終えた後に軽く走ると昼休みが終わる。最近覚えた携帯の横ボタンを押して時間を確認する。まだ25分以上は時間がある。

 

 トレーナーもご飯を食べているのだろうか。そんな事を考えると一人でご飯を食べているトレーナーが思い浮かぶ。

 

駄目だ。

 

 歩く速度が静かに走るに変わる。思えば全員で晩御飯を食べている時は常に満たされていた。ランチの時も誰かが居れば空腹感など感じない。少しだけ苦笑いする。孤独には慣れていたはずがいつの間にかそうではないらしい。

 

 トレーナー室にたどり着く。身だしなみを確認しておやきが入っていた袋を丸めてポケットにいれる。ドアに手を掛けて中に入ると誰もいない。中に入ろうとしてソファで寝ているトレーナーが視界に入った。起こさないように近づく。僅かに動く身体が生きているとわかる。ずっと見てられるが昼休みの終わりは刻々と近づいていた。部屋の時計とトレーナーの顔を何度か見比べて脳内のスーパークリークが囁く。

 

「膝枕です!膝枕のチャンスですよ!」

 

その反対側からエアグルーヴの声もする。

 

「上着でも掛けて寝かせておけ。起きたらどうするつもりだ」

 

友二人の助言はどれも正しい。秒針が動く音が私を急かす。

 

両方すれば良い。我ながら良い閃きだと思い、トレーニング用のジャージを引っ張り出してトレーナーの隣に座る。後はゆっくりとこちらに倒せば…

 

グシャ…

 

 スカートに詰めていたおやきの袋がトレーナーの耳元で音を鳴らした。思わず息が詰まり下を向くがトレーナーは起きていない。そっと顔を浮かせて袋をとり床に転がす。

 

不思議な気分だ。トレーナーを優しく撫でそっと手を絡める。心臓の鼓動と秒針が動く音、微かに聞こえる吐息。ゆっくりと眼を瞑り、手から伝わる暖かさと耳から入ってくる音に耳を傾ける。ゆっくりと薄れていく意識の中で何故かクリークに呼ばれた気がした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

間話11

難産でした。

決してキャンサー杯用にマイルタイシンと逃げ潰しのブルボンを育成してた訳ではありません。


間話 スーパークリークは考える

 

 スーパークリークは心のどこかで自分がトレーナーに与えるのだと考えていた。それは驕りや慢心では無く強すぎる母性が無意識に頼るのはいけないのだと自己暗示していたからである。

 

 その考えはトレーニング初日で粉々に打ち砕かれた。トレーナーは他のトレーナーと違い本当の意味での限界を理解している。余裕など無く、できないなどと言えるはずも無く、必死にトレーニングに励む。そして終わった後に用意されていた食事を食べる。配られた資料を見るよりも先に箸が動く。それはオグリキャップは勿論、エアグルーヴも食事を優先していた。沁みる、沁みるのだ。疲れた身体に食べやすく、飲み込んだモノから順に身体に吸収される感覚。目が合ったトレーナーは箸を止めて嬉しそうにご飯を食べるスーパークリーク達を見ていた。

 

 その時に知った。この人に育てられるのだ。導くのではない。この人に手を引かれ、いつかは並んで歩く。思わず止めた手と交わす視線。その眼は慈愛に満ちている。

 

 スーパークリークが求めていたモノがそこにはあった。

 

 スーパークリークの中で何かがカチリとカチリとハマっていく。

 

運命の出逢いなど人生で幾度あるのだろうか。

 

 ただわかる事はこの出逢いがソレなのだ。

 

だからこそ…

 

「オグリちゃん!そのエビフライは私のです!」

 

「クリーク、私にも譲れない物があるんだ」

 

 スーパークリークは考える。成りたいモノと成るモノを。

 

 

間話 先行 スーパークリーク

 

「お休み中ですかぁ?」

 

昼休みに偶々、トレーナー室に来るとトレーナーさんがソファーで昼寝をしていた。昼食を食べずに来た事を考えると昼前から寝ていたのかもしれない。

 

 あわよくば一緒にランチを…と思っていたけれどそれよりも此方の方が良い。

 

 そう考えながらスーパークリークはトレーナーの隣に座りゆっくりとトレーナーを自身の膝に誘導した。あどけない寝顔で眠るトレーナーを見てクリークは複雑な気持ちになる。

 

 頑張りすぎているのではないか。この数ヶ月でクリークはそんな疑問をトレーナーに持っていた。他のウマ娘にトレーナーとどんな事をしているのかとさり気無く聞くが一流と呼ばれるトレーナーまでもがトレーナーより何もしていない。そもそも毎日食事の管理をしているトレーナーがあまり居なかった。それはウマ娘側も食べ盛り故に満足するまで食べさせられない等の問題もある。それでもトレーナーはオグリキャップを含めて全員を満足させてきた。

 

「もっと頼っていいんですからね」

 

無理を言ってデビューしたのは分かっている。それでもその事を怒らずに支えられている事をクリークは実感している。親が子を育てるが如く、トレーナーは3人のウマ娘を導いている。時々、垣間見るそこに居ない誰かがトレーナーとここまで歩いてきたのだと思うと嫉妬せずにはいられない。何処までも足を引っ張っているのはクリーク達なのだと日に日に焦燥感が積もっていく。

 

真っ黒な髪を撫で、スーパークリークは目を閉じる。この恩を返せる時は本当に来るのだろうか。勝てなかった時に失望されないだろうか。そんな不安が無いわけではない。それでもトレーナーはミーティングの度にあの言葉で締める。

 

「勝負に絶対はない。だけど敗北に理由はある。今日もそれを一つでも無くせるようにしていこう」

 

敗北に理由はある。無敗でクラシック戦線を勝てたと言ったあの日以来、トレーナーは勝ちに対して言及しない。私達はまだトレーナーから見たら未熟なのは分かる。側に居たウマ娘の輝かしい戦歴と肩を並べられるかもわからない。

 

それでもトレーナーはきっと諦めない限り私達の手を引いて歩いてくれるのだと思う。

 

 歩き続け、きっと振り返りもしない。ただ私達の為に歩く。私達が望んだから彼は此処に居る。

 

 逆は存在しない。手を引けるなら彼は誰でも良かったはずだ。

 

 感じる暖かさは近いはずなのに遠い。余りにも遠い。

 

 目を開くと彼と目が合う。お互いに無言のまま時が流れる。

 

 そっと頬に彼の手が触れる。

 

「ありがとう…もう少しだけ…眠らせてね」

 

クリーク

 

 そう言ってまた穏やかな寝息をたて彼は眠った。その反面で私の胸の鼓動は速くなる。触れられた頬を摩り、触れた手を手と絡める。

 

 言葉が出ない。言葉は出ないが頬は緩み、涙が浮かぶ。

 

 いつの日か、本当にいつの日か彼に望まれてこうなればいいなとクリークは思わずにはいられなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

間話12


エアグルーヴの回は難産のため先にタマから。


間話10 アネモネ成長記

 

 振り込まれた金額を見た時に淡い期待は粉々に砕かれた。必死に働いた金額の4倍近い金額が通帳に記載されている。その金を全て渡そうにも不審に思われるのでいつもより少し多い金額を家に振り込んだ。明日から友人を裏切り訳の分からないトレーナーのモルモットになる。

 

「これ朝ごはん。夜はジムで用意されてるからそれ食べてね」

 

初日にそう説明されて渡されたお弁当。トレセン学園でシャワーを浴びて服を全て洗濯機に入れて乾燥までする。ウマ娘は鼻が効く。いつかはバレるだろうができるだけ対処はする。

 

 時刻は七時。裏庭の隅で渡されたお弁当を開ける。白ごはんの上にはおかか、その上に海苔が敷かれている。おかずも卵焼きを筆頭に5種類もあった。味も普通…嘘だ、とても美味しい。最初だから気合いを入れたのかと思った。だが普通がこのレベルなのだと二週間経つ頃に気がついた。

 

 初めてカフェテリアで昼食を取る。友人達と軽口を言いながら食べるカレーはいつも我慢していた味。なのにこうどうしてか、朝に食べた物が少しだけ恋しい。

 

 夕方に渡された地図を元にジムに向かうと会員制の高級ジムにたどり着いた。学生証を提示すると奥からテンポイントと名乗る20代後半のウマ娘が出てきた。コーチ兼サポート代行との事でトレーニングを見てくれる。時折、トレーナーの事を聞いてくるが全て知らないで通す。金で結ばれたモルモットの関係に何を聞きたいのかウチには分からない。ジムでは専用ジャージが支給される為、シャワーを浴びて寮に戻る。部屋に戻るとオグリが少し不思議そうに此方を見て、直ぐにいつも通り迎えてくれた。ごめんな、オグリん。ウチは今日から裏切り者なんや。

 

思えばこの時には侵されてたのかもしれん。優しさと厳しさとトけるような甘さ。誰もそんなつもりは無くてもソレはウチを無自覚に侵していく。これはウチがソレに気がつく話。

 

 

間話10 積乱雲成長中

 

 最初に思い浮かべて欲しい。ほぼ毎日、お弁当を作ってくれて献身的な異性が側にいる。最初はそんな事を考えすらしなかった。本当や。本当にウチはそんな事を一ミリも考えてなかった。

 

「タマ、紹介しよう。私のトレーナーだ」

 

オグリんがウチにそう言った時に強烈な胸の痛みと素面を決め込むトレーナーの顔に涙が出そうになった。

 

「噂はかねがねオグリんから聞いてるで。うちはタマモクロスや。よろしゅうな」

 

交わした握手の手は珍しく汗ばんでいる。ああ、こいつも緊張はするんや。

 

「こちらこそよろしく」

 

その後は他愛もない話をしてわかれた。

 

その日の夜にジムから帰る時に気まずそうに立ってるトレーナーを見てウチは抱えてたモヤが真逆の物に変わっていくのを感じた。嫌味の一つでも言えればええのにウチはトレーナーの手を引いて歩き出した。

 

 お互いに何も話さずに歩いていく。空は雲一つ無い。月光のする方に足を進めて苦笑いした。

 

きっと何を言えば良いのかわからんのやろな。少し握る手を強めると離そうとして、離そうとすると握り返される。

 

 ほんまにチグハグな人。

 

 見上げる満月はいつもより大きく見える。チラッと後ろを見ると何かを言おうとして飲み込むトレーナーと目が合った。

 

「あんた、嘘下手やったで」

 

前を向いて今日のことを思い出す。胸が痛む。

 

「オグリんやったから良かったけどあんな下手くそな演技してたらクリークには見抜かれる」

 

「ご、ごめん」

 

そこは謝る所ちゃうやろ。

 

「あんたが言ったんや。バレて関係が解消されたらウチはまたバイト漬け。ほんまにしっかりしぃや」

 

「ごめん」

 

また謝る。わからせたろ。

 

立ち止まって握ってた手を引いてトレーナーを引き寄せる。後は力に任せてお姫様抱っこの形にした。

 

「ウチとあんたは金の関係や。だから謝るな。謝ったらあんたがウチのことを大切に思ってると思うやろ」

 

吐息が聞こえる程の距離で目を合わせ、顔を近づける。60キロもない人などウマ娘のウチからしたらなんの重さもない。

 

「あんたがウチの手を引くって決めたんや。だから謝んな。ウチの前で弱くあるな。胸張ってついてこればええねんくらいの気概を持たんかい。あんたの弱い所なんて見たないねん」

 

有無を言わさず嘘を告げる。

 

「来年の春、きっちり3人とも分からせたる。だからあんたはその事だけ考えればええ。ウチは別にどう扱われても我慢する」

 

嘘や。

 

「もう一回だけ言うで。ウチとあんたは所詮は金だけの関係や。だからそこに優しさや憐れみなんて要らん」

 

本当は逆。

 

「その代わりウチを…ウチをあんたが知る中で最強のウマ娘にする。それがあんたの役割や」

 

抉れていく胸の痛みと裏腹にウチはトレーナーを抱いたままトレーナー寮まで歩いた。

 

痛みはトレーナーと会う度に深くなっていく。でもそれで良い。それがええねん。

 

なあ、トレーナー。

 

ウチはもう元には戻られへんねんで?

 

 





次回シャドーロールか女帝かテイオー


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

間話13

新年あけましておめでとうございます。

本年度もよろしくお願いします


間話13話 幻影と幻想と真実

 

 トレーナーの珈琲の量が明らかに増えている。エアグルーヴがそれに気が付いたのは夏合宿が終えて学園に帰ってきた時だった。

 

 トレーナー室のゴミ箱に詰め込まれているのはアイスコーヒーの空箱のみ。それも丁寧に潰されているのに山盛りに積まれていた。

 

それを築いた張本人は机に顔を埋めて爆睡している。

 

たわけ…といつものエアグルーヴなら言ったのかもしれない。だがその言葉を告げる資格は今は無い。

 

夏合宿の間に僅か三ヶ月の間にどれだけ鍛えられていたのかを理解した。現時点でクラシック前半を走り抜いたウマ娘と遜色のない基礎が出来上がりつつあった。合宿に参加していたトレーナー達は素質が良いと口を揃えて賞賛したがそうではない。

 

私達3人は最短最速のコースで鍛えられているだけ。

 

其処には居ないトレーナーを誰も褒めない。いや、違う。彼等は見たモノしか信じない。

 

それが私達なのだ。

 

「…っ…あれ、エアグルーヴ?」

 

顔を上げたトレーナーと目が合った。西日に照らされ、赤く染まったその顔は目に見えて疲労の色が見てとれた。なのに笑っている。

 

「っ…」

 

言葉が出ない。此処に来るまでに様々な考えがあった。

 

「おかえりなさい。どうだった合宿は?」

 

立ち上がるトレーナーに思わず駆け寄る。

 

「え?」

 

膝をついてトレーナーの手を握りしめる。きっとこの先もこの感情は付き纏う。だがエアグルーヴは一つだけ決めていた。

 

「…っ!」

 

顔を上げれない。両手で握りしめた手はまるで死人の様に冷たい。心臓が何かに鷲掴みにされた気がした。

 

私もアレと同じではないか。

 

「どうかした?合宿で「違う。改めてどれほど舞い上がっていたのか教えられただけだ」

 

トレーナーには次があるがウマ娘には次が

無いと失態を犯したトレーナーを責める文言がある。だがそれは本当なのだろうか?

 

「トレーナー」

 

見ず知らずの出逢って数ヶ月しか経たないウマ娘に心血を注いで道を示そうとしている者にウマ娘達は恩を返せているのだろうか?

 

「トレーナー…」

 

振り返れば誰もいなくとも隣には居てくれる。

 

「トレーナー……」

 

目頭が熱くなる。焦燥感とも無力さとも言えるどうしようもない傲慢さがを改めて自覚する。

 

「シービーも…菊花賞の後のシービーも君と同じだったよ」

 

ハッとして顔を上げると苦笑いをしたトレーナーと目が合った。

 

 

間話13話 童話

 

「僕は君達にいつも心配をさせるね」

 

うとうとしたトレーナーは握っていない手で私を胸元に抱き寄せる。

 

「でも約束したからもう大丈夫。僕も君達に並んでみせる。だから心配しないでよ」

 

違う、そうじゃない。そうじゃないのに私はこの冷たさと暖かさから離れられない。

 

「ああ…でも今は少しだけ寝かせて欲しいかな」

 

そう言って掛けられた重さと遅れてくる寝息が私の思考を狂わせていく。

 

 ああ、このトレーナーはダメな男だ。

 

 私がどれだけ幼稚なのかを教えてくる。

 

 ああ、この人は自分の器を知らない。

 

 私がどれだけ満たそうとても満ちる事はない。

 

 ああ、この男の献身は独善だ。

 

 私は与えられるがままにそれを飲み干すのだろう。

 

「私はもうダメなのかもしれません。お母様」

 

手を離してトレーナーを起こさないように抱き抱える。成人男性とは言えその重さは羽根のように軽い。

 

「ああ、貴方は本当に甘美だ」

 

全てを受け入れよう。その方針もその在り方も。

 

だがその分だけ私は貴方に**。

 

ガチョウにはならない。それでは貴方を変えられない。

 

ソファーに移り膝枕をして改めて手を握る。

 

「理想の女帝になってみせよう。貴方の理想の女帝に」

 

安らかな寝顔にそっと顔を近づける。触れ合うか触れ合わないかの瀬戸際。

 

「シービー…」

 

その言葉の先を聞くよりも先に私は制した。

 

珈琲と少しだけ混じる鉄の味。温かさは共有される。

 

「たわけ…」

 

誰に言ったのかわからないその言葉と蜘蛛の糸より細い糸で繋がっている事に目を細める。

 

少しでも糧になれば良い。与えられた物で育ち、それ以上に返そう。

 

「たわけが」

 

目を瞑り、ゆっくりと同じ所に落ちていく。握りしめた手の暖かさを全身に感じながら夢を求める。

 

 

夢が醒めた時、エアグルーヴはまだ背負われていた。顔色が見えない相手と蒸し暑い外気が現実を教える。

 

だから少し強く抱きしめてもう一度だけ微睡みに落ちる事にした。

 

「起きた?」

 

その声を無視して身体を預けて微睡んでいく。パタパタとなる音と小言が聞こえてくるがエアグルーヴは目を瞑り笑って誤魔化した。

 

 

 まだまだ私は醜いガチョウらしい。




何回も書き直した結果がこうなりました。

次回はブライアンか本編進めます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

間話

間話 あったかもしれない話

 

「明日で僕と君も引退らしい」

 

そう言って俺を撫でるそいつは穏やかな笑みを浮かべている。星すら見えない夜に珍しい客人だ。いつも見ていたその背とは裏腹に安心感がある。

 

「騎手を終えたら何をしようかと考えるが何も思いつかない。それよりも明日で終わる事が何より恐いよ」

 

恐いか。俺からすれば走っている時にお前が居ることが何より怖かった。どいつもこいつも普段はのほほんとしているのにお前のせいでどれだけ怒気に当てられたか。

 

「君に不満があるわけじゃない。寧ろ最期が君で良かったとすら思える。あいつには悪い事をしたが最後くらいはがむしゃらに勝ちを取りに行きたいのさ」

 

 その眼と手から伝わる熱。ああこれがあいつらが背負った物なのか。

 

「流星の最後の輝きは黄金の旅路と共に終わる……君にお願いしたい事がある。最期の直線だ。僕がそこまで君を連れて行こう」

 

真っ直ぐと俺を見つめる瞳からは熱さがだけが伝わってくる。

 

「そこから先は君が決めてくれ」

 

いつもなら無視する雑音がその時だけ何より響いた。

 

景色が変わる。

 

 目の前には一本の道がある。俺の為に用意された直線。

 

何時も視えていた黄金の道

 

どれだけの奴がこの道を見ているのかは知らない。だがこの時、この瞬間だけは俺達しか視えていない。

 

駆けた。背中から感じる熱量に押されて初めて駆ける。

 

馳けた。その道を塞ごうとする邪魔者を抜かして馳けた。

 

駆けた、馳けた、翔けた。最初で最後の本気。

 

それをただ1人の人間と共有した。

 

この黄金の旅路が手向け。最速でも覇道でも王道でもないこの旅路。

 

「終わったんだな」

 

背中に乗せた旅人の終わりを告げる路。

 

これから会う奴らに全てに言ってやろう。

 

「それでも最後に乗せたのは俺だ」

 

間話 あったかもしれないしなかったかもしれない

 

「私と焼肉に行かないか?」

 

オグリキャップが星に手を伸ばした。

 

「貴方のお名前を教えてくれませんか?」

 

スーパークリークはまた袖を掴んだ。

 

「待ってほしい」

 

エアグルーヴはかつての宿敵を選ぶ。

 

「うちのトレーナーはあんたや」

 

タマモクロスは夢をやりなおす。

 

「あのね、僕がその夢を叶えてあげる」

 

トウカイテイオーは伝説の一歩を共に歩む。

 

「君は本当に頭が硬いなぁ」

 

アグネスタキオンは神話から現実へ

 

「それでも私が勝ちます」

 

グラスワンダーは未だ見ぬ背を追い

 

「でも最後に全員抜けば勝ちだよ?」

 

ミスターシービーは敗北を求めた

 

 

 

 

「僕はね、君達ウマ娘がどうしようもなく羨ましくてどうしようもなく嫌いなんだ」

 

ターフに立てない男は胸に秘めた熱を誰かに語った。

 

これはそんな夢を翔けるウマ娘と夢を叶えられない男のどうしようもなくただ甘い恋愛のお話。

 

「第一回修羅場ヤバヤバレース(目指せ愛バ!)温泉旅行争奪戦!開催のファンファーレです!」

 

目を離せば流血沙汰になるかもしれないバイオレンスなお話でもある




生きてます。コロナ3回なってなおどうにか生きています。

決して皐月以降の話が書きたくて仕方がないのに夏休み明けの話が書けなくてわちゃわちゃしてた訳ではありません。

あとガチガチのシリアスに寄ると書けなくなるかもしれないのでここではっきり恋愛物にして改めてご都合主義な事をお知らせします。

GU到達して玉座に貯めた石を注ぎ込んで良かったと思ったらゴルシ引けなくて泣きました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話

第17話 新学期

 

 夏休みが終わりを告げて徐々に学園の空気が引き締まっていくのを感じていた。

 

「秋のG1戦線か…」

 

ジュニアは2歳王者、クラシックは残された1冠、シニアはそれぞれの頂を目指して練習に励んでいる。

 

だがそれは同時に諦めの季節でもあった。

 

努力すれば勝てるほどレースは甘くない。努力をしなければ勝てないが努力が必ず報われるはずもない。

 

だからこそこの季節は退学者やコース変更をするウマ娘が出やすい。その際に二人三脚でやってきたトレーナーは何を思うのだろうか。

 

己の無能さを嘆くのだろうか。はたまた諦めたウマ娘に失望するのだろうか。

 

己はどうなのだろう?

 

そんな答えも出ない問答を考えながら先程、駿川さんから渡された資料に目を落とす。

 

そこには来年の入学予定者のリストと海外からの留学生達の名前が書いてあった。

 

グラスワンダー

 

アグネスタキオン

 

見慣れた2人の名前を見つけて僕はまた外を見て現実から目を背ける。

 

「何で今更日本なんだ」

 

そんな疑問と来年度からの安寧は無いのだと苦笑いした。

 

 

第17話 残暑

 

 実戦でしか得られない経験もあるがそれは同じステージ以上の相手が居る時に成立する。弱者に必ず勝つ為の方法など教える暇はない。

 

だからこそ、それを押しつけられると気分が悪くなる。

 

何よりも、僕のウマ娘達が温い練習で夢を語るウマ娘に負ける理由などない。極限まで身体を絞るあの娘達の努力も理解せずに主観だけで話をされても困る。

 

「お断りします。繰り返しますが次のレースはG1予定です」

 

 青筋まで立てて口をパクパクさせる相手に背を向けて歩き始める。

 

「私はお前に言ってるんじゃない!オグリキャップの…いや、未来あるウマ娘がお前程度のトレーナーに潰される事が気に入らない!」

 

歩みを止めない。

 

「そもそも夏合宿にも参加をしないトレーナーがトレーナーを名乗る事が「自己満足のご高説を喋る前に貴方は自分のウマ娘を気にした方が良い。フォーム改善を夏にして適正距離は延びたがその代わりに右足首に過度な負担を掛けるフォームになってるのには勿論お気づきですよね?菊花賞に出る為に無理をした結果でマイラーとしての才能を失わせた貴方の方が僕からしたらトレーナーとは思えない」

 

夏に仮想敵になり得るウマ娘は全て調べた。触れていないがある程度の事はわかる。

 

「な、何を」

 

「やっぱり分かってたんですか。分かっててお前は1人のウマ娘の才能に蓋をしたんだな」

 

その過程で見たくもないモノを多く見た。その内の1人がこいつだ。

 

「G1トレーナーが聞いて呆れますね。今年のクラシックは優秀なステイヤーが居ないからもしかしたら届くかもしれないと囁いたのか?何故秋華賞にしなかった?寧ろ、マイルCを目標にしてそのステップレースでそれこそシニア勢と競わせるべきだった」

 

「ぶ、侮辱するつもりか!」

 

 事実だ。事実だからこそこの役目を果たさないといけない。

 

「後ろ見たほうがいいですよ?」

 

「はっ?」

 

そう言って振り返ると1人のウマ娘と目が合った。その表情はいつか見たモノと重なる。

 

「なぜ、いや違う違うぞ!私は君にとっての最善を…」

 

紡がれる言葉が築いてきた関係を解いていく。ウマ娘の方は見たこともないトレーナーの姿が何が真実なのかを嫌でも理解した。

 

「信じてたのに…」

 

響いた言葉は歪な足音に掻き消された。

 

「き、貴様のせいだぞ!」

 

激昂した男は僕の胸ぐらを掴み持ち上げる。フィジカルだけは一流らしい。動揺を隠せず、底の見えた相手を冷ややかや目で見る。

 

「俺が、俺が正しい!あいつらが望んだことだぞ!G1で勝ちたいって!だから俺が…「そこで何をしている!」

 

生徒会長の声がする。だが一層強く締まる首が僕の意識を朦朧もさせる。

 

「下郎が!」

 

聞いたことのない怒声と身体が浮いたような感覚の中で僕は眠る事になった。





この二次創作はシリアス路線ではありません。
トレーナーを巡って恋愛強者のウマ娘達のハートフルラブコメ予定です。
なのでウマ娘が出ない所は重いのかもしれません。

札幌記念3連単を4000円分買ったと思ってたらそもそも馬券を買えてなくて泣いた作者でした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話

すいません、よりハートフルの為に大幅修正しました。


第18話 蝦夷菊

 

 翔ける。誰かの背に跨がり研ぎ澄まされた精神がただひたすらに勝利を渇望している。

 

勝つのだ。聞こえてくる歓声と怒号が更にその気持ちを強くする。

 

勝つためにここにいる。数多の好敵手達の気配が背後から迫ってきている。

 

全てはこの時の為にあった。それでも負けない。負けるはずがない。

 

駆け抜けたその先の風景は誰にも譲らない。

 

「なあ***!お前と僕の前に誰も走る事はないよな!」

 

だがその夢はそこで終わる。振り返ったその先は真っ暗で僕の側には誰も居ない。

 

挑戦権が無い挑戦者は傍観者になるしかない。

 

蝋燭の翼すら与えられない愚者は翔ける女神達が愛おしく憎かった。

 

シービーの何気ない一言を今でも覚えている。

 

「君はウマ娘じゃないよ?」

 

その言葉がどうしても悔しくてどうしようも事実だった。

 

だからこそ必要とされる事が嬉しくて身を焼くくらい痛みを伴う。

 

求められれば求められるほどに期待した。

 

「勝ちたい」

 

掲げられた皐月の冠は憧れを。

 

「勝ってくるよ」

 

背負われた優駿の誇りは夢を。

 

「見てて」

 

最後の菊の冠が現実を教えてくれた。

 

「ありがとう」

 

あの日、僕は何を知ったのだろうか

 

第18話 私は怒ってます

 

「そろそろ正座を崩していいかな」

 

放課後のトレーナー室で僕は床に正座をさせられていた。正面には腕を組んで怒っていますアピールをしているスーパークリークがいる。

 

「駄目です。トレーナーさん、私は怒ってます」

 

頼みの綱のオグリはタマモクロスと用事、エアグルーヴは生徒会の為にこの場には居ない。何処から聞いたのかクリークは昼間の事を知っていて僕は正座をさせられている。

 

「トレーナーさん、私を…私達を見てください」

 

目尻に涙を浮かべるクリークの言葉が僕に自覚を促す。

 

「私は貴方のウマ娘です。貴方の理想を、貴方が誇れるウマ娘に私はなります。誰が文句を言おうと私は貴方を信頼して、その方針を否定しません。全て踏み抜いて私が勝ちます」

 

ああ、根本的な事をこの娘は理解している。

 

「貴方の想像すら超えてみせます。だから…だから…」

 

そう言って泣き崩れるクリークの背はとても小さく見えた。

 

「……常勝じゃなくていい。でも喝采を浴びて、みんなの夢を背負って勝ってほしい」

 

誰にも言うことがないと思った夢を僕は語る。

 

「東京2400、中山2500、阪神2200、京都3200、東京2000…」

 

シービー越しで夢を見た数々のレース。勝つことが大事なのではない。

 

「…師匠のビデオを観てその姿に憧れた。ああなりたいと思って成れると思っていた。誰かの期待を背負って走りたかった。魂がねそれを求めたんだ…でも無理だった」

 

 この前の経験から長時間の正座から立てないのを把握してるので手を広げてクリークを手招きする。

 

ボフ…

 

 抱き取めたクリークを胸元で抱きしめる。怖いのだ。あのミーティングの時よりも怖いのだ。師匠は僕に夢を託したと言っていた。僕と師匠ではないウマ娘と歩む道が夢だと。

 

今ならわかる。師匠はきっと僕よりも嫌だったはずだ。

 

でも師匠は僕とシービーを導いた。正着には至らなくても見届けて今の後押しもしてくれている。

 

 

「シービーに期待しなかったわけじゃない。でも嫌だった。もしその重さで負けたらどうしようか。否定されたらどうしようか。僕達はそんな些細な事も共有できていなかった」

 

夢を託す事は諦めにも似ている。できないから託す。現実を認めて、託す。他のトレーナー達もそうしている。

 

「クリーク…スーパークリーク。僕の愛バの一人。君やオグリ、エアグルーヴに夢を託したら僕はきっと君達を離さない」

 

耳元で囁き、より強く抱きしめる。

 

「それでも良いなら…背負って欲しい。一人の少年が抱いた大望を。割れんばかりの歓声を浴びて勝利する姿を見せてくれ。その時に1%でも良い…僕の為に走ったと言い切ってほしい」

 

返事はない。返答はないがクリークの心音と僕の心音が重なっていく。クリークが僕の胸に耳を当て顔をより深く膝枕になるみたいに沈める。

 

顔を埋めたまま安らかな寝息が聞こえてくるまでそこまで時間は掛からなかった。

 

 正座は更に1時間も続いた。

 

 

 





「立てない」

そう言って両手を差し出すトレーナーを見たクリーク。くすぐられる母性本能。脳が焼かれるくらいの衝撃に堪えるクリーク。だが次の瞬間

「おぶってくれ」

顔を赤らめてそう言われた時にはクリークに理性など存在していなかった。

次回、第一回でちゅねごっこ、トレーナーさんが悪いんですからね!

嘘予告です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話

難しい


第19話 大人として

 

「此処に行くと良い。僕は君の手を引けないけどテンポイントさんなら君を君が望むマイラーに導いてくれる」

 

退学届を握りしめた私を無理矢理押し留めて彼は一枚の紹介状を手渡してきた。ドリームシリーズや一部のトップ層が通ってると言われているジムの紹介状。完全会員制の為に誰が通っているのかもわからない謎に包まれたジム。

 

そんなジムの前に私は立っている。

 

「やあやあ、待ってたよ。君が噂のウマ娘だね。マイルCSまで三週間の間だけど大船に乗ったつもりでいてよ。あ、まだわたしの名前を言ってなかったね。私の名前はテンポイント。昔はちょっとした有名人だったけど今はこのジムのトレーナーをしてる」

 

 テレビでしか見た事のない天馬と並ぶ栗毛の有名人が私を出迎えてくれた。

 

「あの子の紹介だろ?なら心配する必要はないね。私の恩返しに君が選ばれただけだから君は走る事を諦めなければいい。私みたいに走れなくなって彼岸を渡りそうになってもあの子が君を助けてくれるさ」

 

あの子とはあのトレーナーの事なのだろうか?ジムの案内をされながらテンポイントさんは私にいろいろな事を聞いてくる。好きな食べ物や好きなコース、私がそれに答えると嬉しそうに相槌を打ってくれる。

 

気がつくとジムの最上階の部屋に来ていた。

 

「…私はさ、走る走らない以前の問題でボーイが引っ張ってきたあの子に命と脚を救われた。だから、あの子が私を頼ってくれるととても嬉しい。協力できる事はなんでもするしその為に私は此処に居る」

 

「トロットサンダー」

 

私の顔を覗き込む瞳に思わず一歩下がる。

 

「私は君に期待している。君のトレーナー候補も見繕うつもりよ。ウマ娘がウマ娘に教えても限界があるからね。私達はそれを知っている。でも私だからこそ知ってることもある」

 

軽く息を吸ってニヤリと笑ってからテンポイントさんは私の両肩を掴んだ。

 

「疑うな。スプリンターやマイラーは自分の速さを疑うな。例え負けたとしても運が無かったと笑え。次やれば自分が勝つと言い切れ。それができなくなったウマ娘から負けていく」

 

それは私が忘れかけていたこと。トレセンに来て、上位の人達を見てから諦めかけた事だった。

 

「でも安心して。貴女には私達がいる。私達は貴女の速さを疑わない。できると信じている」

 

辞めておけばよかった。ここは地獄だ。

 

「だから貴女も貴女を信じなさい」

 

とても優しくとても残酷な地獄。止まることができない。止まるつもりもなくなった。

 

だって私はウマ娘だもの。

 

 

第19話 最初の冠

 

「雷帝トロットサンダーマイルCS制覇…ねぇ」

 

 声色と裏腹にトレーナーは笑っていた。誌面を飾っているのはトロットサンダー。本来なら菊花賞に出るはずのウマ娘だったが急遽マイルCSに参戦。後方からの電光石火の如く全てを撫で切り、見事に勝利した。

 

クラシックのウマ娘がシニア混合のマイルCSを勝ったのは快挙と言える。

 

 だが私はその姿を見て少しだけ苛つきを覚えた。

 

「トレーナーの知り合いなんですか?」

 

同じことを思ったのかスーパークリークがトレーナーに問いかける。誌面から目を離し、少し困った顔をして私達を見た。

 

「少しだけ…ほんの少しだけ知ってる。君達の仮想敵の一人だからね」

 

嘘ではない。嘘ではないが本当でもない。ただのウマ娘に私達にすら向けた表情をするはずがない。

 

「オグリキャップやエアグルーヴにとってはシニアで最も注意する相手になるかもしれない。マイルCSを勝てるウマ娘は秋天にも出てくるからクリークも例外じゃない。君達はジュニアでクラシックもまだだけど君達の先達は今もこうして走り続けてる。だから君達も並び抜かさないとね」

 

カレンダーに目をやると赤丸が三つ12月のポスターについている。私達の初めての公式戦。

 

最初のG1

 

「月曜日だから今日は少し豪華な朝ご飯を用意したよ。週の始まりだからね。一歩ずつ確実に歩んでいこう」

 

新聞を折りたたみ机に置くとトレーナーは鼻歌を口ずさみながら用意を始めた。いつもなら直ぐに動く脚が少しだけ反応が鈍る。

 

自分の中にあるこのもやもやに少し戸惑いそれは二人にもあったようでお互いに視線が交わる。

 

黙って頷き、私たちは立ち上がった。

 




次はデート回。多分。入学説明会も挟みたいけどこれは別のウマ娘が生えてきそうで迷う


遅れてすいません


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。