ブギーポップ ・エンプティ 罪人たちの箱庭 (淵岳 月夫)
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ブギーポップ ・エンプティ 罪人たちの箱庭

「統和機構について教えてほしい?」

「はい」

 

 僕は事務所につくと、橙子さんに対して真っ先にそうたずねた。

 僕の問いを聞いた橙子さんは珍しくうろたえているようだった。口をあんぐりと開けて、手に持ったタバコを今にも落としそうだ。

 そしてしばらく間を空けてから、橙子さんは大きく、大きくため息をはいた。

 

「あの、橙子さん?」

「黒桐、私はお前が今まで何で一般人として生きてこられたのか不思議でならん。

 お前ほどの諜報能力があれば普通、どこかのエージェントになっているか、さもなければ殺されてるかの二択なんだがな」

 

 橙子さんはそう言うと、眉間を揉みながら深いため息をついた。

 

「……褒められている気がしませんね、その言い草だと」

「全くもって褒めとらん。後学のために言っておくがな、過ぎた知識は身を滅ぼすぞ。

 お前は根が小市民なんだから、世界の秘密をそう易々と暴いてしまっては身がもたん」

「そこまでの話なんですか、これって」

 

 その大げさな反応に、僕は逆に肝を潰した。この話を橙子さんに聞いたのにはそれなりに訳があった。けれど、僕にとってこの話はあくまで女子高生の噂話を追いかけた、その延長線上のものという印象が強かったからだ。

 

「そこまでの話なんだよ、これは。お前は今、陰謀論の化身に指をかけているところなんだぞ?」

「陰謀論って。それはまた、けったいな話ですね」

「事実だからな、けったいなこともあるさ」

「はあ……。それで、どういう団体なんですか?」

 

 僕の言葉を受けて、橙子さんは椅子に深くもたれかかり煙草を一服した後に話し始めた。

 

「言っておくが、私は統和機構についてほぼ無知だ。奴らと魔術協会は相互不可侵条約を結んでいてね。私が協会を去ってからも、関わることはなかった」

 

 橙子さんにとって統和機構の話はほぼ御門違いの話だったようだ。

 魔術師やその協会は神秘を隠匿し、その深淵に挑む者なのに対して、統和機構は目的を異にしているらしい。

 規模の大きさから互いに存在を認識しているけど、毒にも薬にもならないから無視し合っている。例えると、同じ電車に乗り合わせただけの見知らぬ他人。ビデオテープのA面とB面。

 そんな程度の間柄なんだよ、と橙子さんは言った。

 

「奴らについて知っているのは、表の世界に多大な影響力を持っていることと、何人かの有名なーーていうより、悪名名高い構成員について。後は奴らの介入する事件の多くに、超能力者が関わっていることくらいだ」

「ーー超能力者、ですか」

「ああ、浅上藤乃の一件、覚えているだろう? あれの事後処理も大変だったのさ。」

 

 なんでも式と彼女の一戦以外に、統和機構の人間と裏でいくらかの攻防があったらしい。

 

「あの時は浅上が荒谷の手先であったことに感謝したね。あれは長生きしているだけあって、そういう関係各所と折り合いをつけるのが上手かったんだ。

 式の存在を奴らから隠し切り、浅上藤乃にさえ最後には追っ手が来なくなったのだから大したものだよ」

「あれ、でも橙子さん、その時あの人が黒幕だって知らなかったんじゃ」

「……ああ、そうさ、知らなかったさ。あそこまで露骨に動き回っていたのに何も気づかなかったさ。

 小川マンションの瓦礫の下から出てきた書類の束を見るまで何の違和感も感じなかったさ」

「あはは……」

 

 藪の中の蛇をつついてしまった。

 僕はこれ以上橙子さんの機嫌を損ねないよう話題を変える。

 とは言っても、ここで興味のないものに話をすり替えても意味がない。僕は聞きたいことがあって、この話を始めたからだ。

 

「ーーつまり、統和機構が式がいなくなったことと関係があるかもしれないんですね?」

 

 僕が聞きたいこと。それはつまり、僕の大かけがえのない友人であり、僕がいまだに思いを寄せている少女、両儀式の失踪についてだ。

 橙子さんは僕の質問の後、煙草を吹かしなら思案を始めた。

 数分後、顔を上げた橙子さんは、ゆっくりと口を開いた。

 

「どうして、そう思う」

「推理したわけじゃありません。これくらいしか、手がかりと呼べるものがなかったんです」

 

 そうだ。統和機構の存在は、式の失踪に対するほぼ唯一の手がかりだった。

 式の失踪には、痕跡というものが全くなかった。

 人は生きているだけで何か跡を残す。足跡みたいな目に見えるものでなくとも、目撃談などもそれにあたるだろう。

 ましてや現代社会において、監視カメラに映らず街を歩くことなんて不可能に近い。

 だけど僕がどれだけ探しても、大輔兄さん経由で警察に力を借りても、手がかりらしきものは何も掴めなかった。

 

 そもそも式には、失踪する理由がなかった。

 式が失踪する前日に僕は彼女と会っていたけど、消え去るそぶりも、何か思いつめたそぶりも見せなかった。

 式はある日、忽然と消えたのだ。それこそ、神隠しにあったように。

 

「……結局、私も頭の固い魔術師で、奴らの存在などはなから考えの外だったということか」

 

 まだまだ修行不足だな、と橙子さんは短くなった煙草に口をつける。

 

「それで、ありますかね。関係」

「今のところは分からんとしか言いようがないな。それに、もし奴らが関係しているのなら、もっとまずいものも関係していることも考慮しなければならん。

 率直に言うともっと情報が欲しい。黒桐、お前がなぜ式の足取りを追って統和機構に行き着いたのか、順繰りに話してくれないか。出来るだけ詳しく」

「……長いわりに内容は薄いですよ。歩き回って聞き回って、その殆どは成果なしでした。統和機構という名前を聞いたのも結局は偶然でしたし」

「ああ、それでいい。考えることは私がやるから、お前は事実を淡々と述べてくれ。

 そういうのは得意だろう?」

「……わかりました」

 

 そうして、僕たちは談話室の方へ移動した。立ち話で済ませるにはこれからする報告はずいぶん長い。

 僕はソファに腰をかけると、どこから話したものかと思案した。

 始まりは恐らく、普通の捜査が行き詰まり、途方に暮れていた頃に、鮮花からある噂を聞いたところからだろう。

 

 女子高生の間だけで語り継がれる、都市伝説。

 その人が一番美しい時に、それ以上醜くなる前に殺すという死神に、式の姿を幻視した、あの時からーー。




というネタが冒頭だけやけにはっきりと思いついたので書き殴りました
続きは自分の頭の中にすらないので、誰か書いてみませんか?
少なくとも自分が続きを書くには夜明けのプギーポップ以降のシリーズは未読なので、ちょっと難しいかなー?
ブギーポップもまたアニメ化するはずだから二次創作も増えるはず、つまり誰かが続きを書いてくれる可能性が微粒子レベルで(ry
まあこの短編で雰囲気だけでも楽しんで、続きを妄想してくれたら書いた甲斐があるので、その妄想を感想の方にぶつけて下さい!
読んでくれてありがとうございました!


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