秋霜烈日の桜 (千火チロル)
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初弾 

 俺は今、繁華街から程近い夜の廃工場に訪れていた。

 時刻は既に夜中と言えるものだが、騒がしい繁華街とは違い周辺は静かなものだ。

 一見すれば誰も居ないと思えるような廃工場に、それでも俺は踏み込んでいく。

 「……」

 外から見たままの廃工場は、借金の形にもならなかったであろう幾つかの機械がある他には、何も無いように見える。

 ふと、この光景に僅かな懐かしさを覚える。

 (東京武偵高を退学になった後だったな……)

 今となっては懐かしい思い出。

 後を託した彼女は、今では日本有数の武偵企業の社長としてよくやっている。

 最近余り顔を出せていないし、明日は久しぶりに行っても良いか――そんな風に思いながら廃工場奥の階段を登ると、ようやくここまで来た目的と遭遇できたようだ。

 「兄ちゃん、こんなところに来るもんじゃないぜ。ここはガラの悪い奴が多いからな」

 廃工場には不釣り合いなソファに座ったスキンヘッドの男は、こちらを視認するなり先手を取るように口を開いた。

 わかっていた事だが、廃工場二階のただ広いスペースの中程まで進んだ俺を囲むようにして数人――おそらくは7人だろう。支柱の影などで様子を窺ってる。

 だがまぁ、物の数では無いな。

 「そうみたいだな。だが、今日はそのガラの悪い奴に用があって来たんだ」

 普通なら、あるいは物怖じするような状況にあるのだろうが、最早この程度は慣れたモノである。 

 俺は至って普通に、日常会話をするようにスキンヘッドに語りかける。

 「……。お前、素人じゃないな?」

 ある程度相手を見る能力はあったようだ。

 最も、それが正確ならコイツは今すぐにでも逃げるべきなのだが。

 「ご明察だ。だが、自分から身分を明かすことは余りしないんだ。ところで、公僕に話を聞かれる心当たりはあるな?今から俺と来て貰おうか」

 「やれぇっ!」

 俺の言葉を最後まで聞くとこも無く、スキンヘッドは立ち上がり、同時に周囲に隠れていた7人に指示を出した。

 そしてその瞬間、スキンヘッドを含む8人の手に握られた8つの銃口から、口径の違う銃弾が俺を襲う。

 (半グレにしては銃の扱いに慣れてるな。一応全員が俺に着弾する軌道だ)

 刻一刻と迫る銃弾に対して、しかし俺は落ち着きを保ったまま、不可視の銃弾による鏡弾きで対応する。

 直後、おそらくスキンヘッド達には理解できないであろう状況が引き起こされる。

 「ぎゃぁっ」

 周囲に居た数人が銃口に戻った己の銃弾で破損した銃により負傷し、蹲る。

 「な、なんだ。今のは!」

 周囲の部下と同様に、破損した銃により右手を負傷しながらも、スキンヘッドは唾を飛ばしながら怒鳴りかける。

 この状況でも怯えるでもなく俺へ怒鳴りかけるあたり、案外大物なのかもしれないな。

 「鉛玉は受け取らない主義なんだ。なので、持ち主に返却しただけだ」

 「嘘だろ……」

 俺の言葉を受けたスキンヘッドは、何かに気付いたかのように唐突に言葉を震わせる。

 「まさかお前……」

 「この工場は暗いな」

 俺はスキンヘッドに言いながら、廃工場の屋根の禿げた、月明かりの差し込む場所に歩いて行く。

 「もう一度聞く。ご同行願えるか?」

 「……はい」

 先ほどまでと打って変わって従順になったスキンヘッドの視線の先には、俺の身につけた紅色の旭に白い菊、そして金の葉があしらわれたバッチが映っていた。



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初弾―2

 感想、評価ありがとう御座います。
 初めての経験ですが、励みになります。


 「これで一先ずは良いか」

 俺はあらかじめ用意して置いた手錠を用い、迎撃したスキンヘッド以下8人を拘束し終えた。

 先ほどの銃撃戦の結果か、或いはスキンヘッドの俺への態度の変貌ぶりから何かを感じたのか、チンピラ然とした半グレ達は全く抵抗することなく拘束されてくれたのは、余計な手間を踏まなくて済んで素直に助かった部分でもある。

 さて、そろそろ呼ぶか……と俺が携帯を取り出そうとしたところ、見計らったかのように意中の人物が表れた。

 「そろそろかと思って来たよ。遠山」

 二階に上がってきたのは、紺のスーツ姿に肩から少々派手な、どこか現代風の和服を羽織った明るい髪に目つきの鋭さが魅力的な女性――鏡高菊代、武装検事である俺の三人の武装検事補佐の一人であった。

 「菊代……確かに呼ぶつもりだったが、イヤに早いな」

 「遠山の事はなんでもわかってるからね。……なんでも、誰よりも、だよ」

 冗談なのか本気なのか判別し難い表情で、妖しい魅力を放つ菊代。

 実際のところ、菊代の実力なら案外本当に俺のことを知り尽くしていそうで恐ろしい気もする。

 鏡高菊代。かつて彼女は指定暴力団――鏡高組の組長を務めていた。

 だが、部下達の反逆によりその立場を喪失。 その後は東京武偵高に編入し、中学時代に学んでいた諜報科に加え、素質があったのだろう――尋問科も併科で収めた彼女は、今では共にAランクという得難い人材なのだ。

 にも関わらずその出自から中々雇用先が見つからずフリーだった彼女を俺がスカウトし、今では武検補として一緒に働いてくれている。

 今回、そんな彼女を呼び出した理由は1つである

 「中々そら恐ろしい発言だが……先ずは仕事の話だ」

 「わかってるよ。それにしても、この程度の奴らに態々遠山が出張る必要は無かったと思うけどね……全員足してもせいぜい強襲科のAランク一人分ってところじゃない?」

 流石、と言うべきか。菊代の戦力を見る目は相も変わらず優秀だ。 

 確かに、今し方俺が相手をした連中は実力からすれば大したことは無く、更に言えば成した事もチンピラの域を出るものではない。

 いつかは警察が動いていただろうが、武装検事が出るほどの案件では、まず無い。

 しかし今回、態々俺が出てきた事には理由がある。菊代を呼ぼうとしていたことにも繋がることだ。

 なので俺は菊代の発言を肯定しつつ、本題に入ることにした。

 「確かに、菊代の言うとおりだ。普通なら、ただの半グレの群れ相手に武検が出るのは対応過多と言えるだろうな。だが今回の目的は半グレの捕縛じゃない。……俺が今追っているあの案件に絡む情報を持っている可能性がある」

 俺の発言を聞いた菊代は、何かに気付いたような表情になる。

 当然、武検補である彼女は俺の言った、あの案件という言葉で今回の状況を把握したのだろう。

 「なるほどね。それで私の出番って訳。了解。こっちのハゲで良い?この後警察に引き渡すなら外に傷が残らない方が良いかな……」

 話ながらスキンヘッドを見やる菊代の目が俄に危険な色に染まるのがわかる。

 本当に菊代はそっちの才能があるな……と思うのも束の間、菊代に話を聞いて欲しい相手はスキンヘッドでは無い。このことを早く伝えなければ、憐れなほど震えるスキンヘッドが一生モノのトラウマを負いかねない為、速やかに訂正しておく。

 「いや、菊代に頼みたいのはそいつじゃ無い。スキンヘッドの隣に居るタトゥーの男だ」

 俺の感覚が正しければだが、今回話を聞くべきはスキンヘッドではない。

 「ふぅん。ハゲが頭かと思ったけど、遠山がそう言うなら墨の男に話を聞こうかな」

 言いながら、和服の裾から何やら液体の入った注射器を数本出した菊代が、スキンヘッドの3m程隣に居るタトゥーの男に歩み寄って行った、まさにその時。

 「う……ウゥゥゥ」

 タトゥーの男は手錠で拘束された両手を自らの腹部に当て、蹲りながは呻き声を上げ始めたのだ。

 異変に気付いた俺は、すぐさま菊代に叫んだ――

 「離れろ!菊代!」 




 一応補足説明(簡易的なキャラ紹介)を後書きでしていこうと思います。
 可能な限り作中で不足なく説明していくつもりですが、自分の実力不足も有り分かり辛い場合も考慮してです。
 基本的には初登場したキャラの現在の設定を簡単に書いていきます。
 ※年齢については原作からの計算と合ってない可能性もありますが御容赦下さい

遠山金次(キンジ)
 24歳。武装検事3年目。HSS時でなくともある程度の戦闘技能を扱えるようになっている。

鏡高菊代
 24歳。武装検事補佐2年半。諜報科と尋問科のAランク。容姿は意外と変わっていないが(身長が余り伸びなかった為)色気は格段に上がり、キンジを喰いかねない(直喩)レベル


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初弾―3

 明らかに様子のおかしくなったタトゥーの男が行動を起こす直前、どうにか俺はタトゥーの男と菊代の間に体を割り込ませることに成功する。

 そして、タトゥーの男が行動を起こす--

 「ウゥゥゥ……アァァァッ!!」 

 まるで知性を感じない呻きとも叫びとも取れる声を上げながら、タトゥーの男は手錠で拘束していた両腕を下から勢いよく振り上げた。

 その行動によって引き起こされたのは、尋常では無い速度で--おそらく音速に近い--俺達に向けて飛来する手錠だった。

 「ッ……!」

 菊代を庇う様に体を割り込ませた俺は、迎撃の姿勢が完全には取れていなかったものの、飛来する手錠を、大蛇を装備した左手でどうにか白刃取りすることに成功する。

 しかし、これはあくまで目眩ましだったのだろう。

 けたたましい破壊音がすると同時に、タトゥーの男は先ほどまでは見せなかった俊敏さで、自信の背後、廃工場の壁を何らかの手段で破壊し、そこから飛び降りていった。

 「しまった……!」

 タトゥーの男が手榴弾などの装備を所持していなかったことで、俺は僅かに油断していたらしい。

 あの案件に絡んでいたのなら、こういった状況も想定しておくべきだったのに……

 それにしたって、まさかこれほど手際良く逃走されるとは……。

 だが後悔をするのはまだ早い。

 今からでも追いつくことは可能なはずだ。

 俺はすぐさま破壊された壁から飛び降り、タトゥーの男を追いかけようとするが--

 そこで、意表を突いた相手によって阻まれてしまう。

 「……遠山……」

 俺を阻んだのは、俺の背後で事の成り行きを見ていた菊代だった。

 菊代は先ほどまでのサディスティックな様子を完全に潜ませ、いじらしい少女の様に俺のスーツの裾を握っていたのだ。

 「菊代、悪いが俺は今から奴を追いかける。手を--」

 そこまで言ったところで、俺は二の句を告げなくなってしまった。

 なぜなら、まさに俺が話しかけていた菊代が、唐突に俺の唇を、自身の唇で塞いだのだから。

 「んっ……」

 菊代は、接触した俺の唇に自身の舌を入れ、必死に、健気に俺の舌に絡ませている…。

 僅かに頬を染め、俺より低い身長のせいか少し背伸びするような姿勢で、熱烈なフレンチ・キスをしてきた菊代を、間近で堪能した俺は--

 最早慣れしたんだあの血流が、瞬時に固まってくるのを感じた。

 「ありがとう。もう充分だよ、菊代」

 先ほどまでよりも、格段に目つきの鋭くなった俺は、菊代の肩を優しく抑えながら二人の距離を離す。

 「あっ……」

 少し名残惜しそうに、しかし抵抗することなく距離を離された菊代と俺の間には、二人の唾液が糸を引き、月明かりに照らされ、艶めかしく光っている。

 「仕事中に菊代とこんなことをするのはスリリングで、もっと堪能していたいのは俺も同じ。……だけど今はやらなきゃいけないことがある。わかるね?」

 「んっ……そんなこと……これは別に、必要だと思ったからしただけで」

 HSS――ヒステリアモードを発現させた俺は、暗に菊代の物足りないという感情を敢えて指摘し、菊代の反応を楽しんでいる。

 おいおい俺よ、早く追いかけろよ--と思うが、残念なことに未だに完璧にはヒステリアモードを御し切れていない俺は、なおも菊代への追撃を止めない。

 「そうすると菊代としたい、と思ってるのは俺だけだったのかな。それは少しだけ悲しいよ」

 「ち、違うよ遠山。私だって、その……したい、よ」

 照れながら、なんとか言葉を紡いだ菊代の可愛らしさから更にヒステリアモードを強化した俺は、自分から距離を離した菊代の肩を抱き、耳元で語りかける

 「菊代の気持ちを聞かせて貰えて嬉しいよ……やっぱり菊代は悪い子、だったみたいだね」

 「う、うん。私は遠山の前では良い子で悪い子なの……その、だから」

 「だけど、続きは後でのお楽しみだよ。やらなきゃいけない仕事が残ってるからね」

 何かを俺に求めようとした菊代を遮りながら、俺はようやくやるべきことをやると宣言した。

 「後でのお楽しみの為にも、野暮用はすぐに済ませてしまうとしよう。……ここに残った七人はもう警察に身柄を引き渡しておいて欲しい。できるかな?」

 後でのお楽しみ、と言う言葉に、俺の腕の中に居る菊代が俄に期待するのがわかる。

 ヒステリアモードの俺よ、またアリアに風穴シリーズ最新作を喰らうハメになるぞ--と思うも、自分の意思で止まれ無いものは仕方ない。

 「わかったよ!ちゃんと仕事するから、後でちゃんと、悪い子に……菊代に、オシオキ……してよ?遠山ぁ……」

 完全にこの後の楽しみに期待を深めた菊代がやる気をだしている。

 しかし菊代。悪い子にオシオキとは何を意味してるのかな?

 普段は大人の魅力を感じさせ、あまつさえサディスティックにすら見える菊代だが、こうなった俺の前では、ある種逆に見えてしまうことがあるよ。

 だが俺は、あえてこれには触れず

 「それじゃ、任せたよ」

 菊代に短く挨拶を行い、穴の開いた廃工場から飛び降りていくのだった……



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初弾―4

 菊代に後を任せ、工場から降り立った俺はまず始めに逃げたタトゥーの男の痕跡を探す、が……

 「……」

 何の痕跡も見当たらない。

 廃工場の敷地内は土が大部分を覆っており、通常であれば足跡なりがあってもおかしくないにも関わらず、それすらも見当たらない。

 いや、これは明らかにおかしい。

 なぜならいくら廃工場と言えど、ここはスキンヘッド配下の半グレ達の巣だった。

 にも関わらず、足跡の一つも無い真っ新な地面。

 今まさに逃げ出したタトゥーの男の足跡だけではなく、スキンヘッド達の足跡すら無いのは何故か?

 この疑問から導き出されたある推測が、ヒステリアモードにより通常時より遥に昂進した思考力によって俺の推理を補強していく。

 「これは間違いなく超能力の類だ」

 先ほど俺を襲った手錠を見やる。

 手錠は稼働部位が無理矢理な力でねじ曲げられたかのようにひしゃげている。

 続いて、今俺が出てきた、穴の開いた廃工場を見やる。

 爆破物も無く、大した武装も無いはずのタトゥーの男が、あんな大穴を開けることが出来た理由。

 そして何より、タトゥーの男が俺の鏡弾きを防いだという事実。

 スキンヘッド達に銃撃された、あの時。

 スキンヘッドを含んだ数人――タトゥーの男を除く7人――は俺の鏡弾きによって銃を破壊され、そして負傷していた。

 だが、タトゥーの男だけは……負傷していなかったのだ。

 おそらくは俺の鏡弾きを自身の超能力――念動力の類だろう――で防ぎ、しかし周囲の仲間全員が銃を破壊されていたことに気が付いた奴は、とっさに俺の死角で自身の銃を破壊し、他の仲間達に紛れたのだろう。

 それに気が付いていながら、奴を逃がしたのは俺の失策だが……

 それを挽回する為にも速やかに奴を捕縛する必要があるな、これは

 先ほどの知性を感じられない叫びとは裏腹に、奴は自身の逃走に際して痕跡を消し去るという、極めて知的な行動を見せている。

 おそらくは、自身の念動力で足跡を含む痕跡の残る地面を削ったのだろうが――

 俺の前で見せた、知性を感じさせない、本能に寄り添ったような挙動がブラフであったとすれば、奴は超能力に加えてそれなりに優秀な頭脳を持ってる可能性がある。 

 「ここまでの奴の行動。そして事前に記憶していた資料から奴の行き先を推測するとすれば……」

 呟きながら、俺はヒステリアモードの記憶力をフルに使用し、今回の件の情報提供者から事前に提供されていた情報を写真のように明確に思い出し、吟味していく。

 思えば、タトゥーの男の情報は他のメンバーとは違いかなり少なかった。

 それはつまり、簡単には情報を掴ませないと言うこと。

 更に奴の知能がそれなりに高かったことを想定すれば、自ずと答えは見えてくる。

 タトゥーの男にとって、おそらく正面から戦えば勝てないであろう、俺との戦闘は可能な限り避けるはずである。

 しかし一方で、俺から目を付けられた時点で奴は俺に対して何らかの対処を迫られる……

 知能犯。情報を掴ませない狡猾さ。これら二点から導き出されるのは……

 「そこに居るんだろう」

 静かに銃を構え、声を掛けたのは廃工場から10m程離れた位置にある倉庫。 

 考えてみれば答えは単純だ。

 情報を掴ませないというのは、=で情報に繋がるモノを消していたと言うこと。

 今回の件に当てはめれば、奴はおそらく、追いかけるために廃工場を離れた俺を尻目に、自身の情報に繋がりかけないスキンヘッド達と菊代を消すことで、或いは菊代を人質にでもすることで、俺を牽制しようとしたのだ。

 そんな俺の解答への答え合わせのように、

 ゴガァン!!という金属音と共に、倉庫に備え付けられていた、金属製の両扉が弾け飛んだと思えば、

 「……なるべくなら直接やり合いたくは無かったんだけどなぁ?武検」

 両手を組み、俺を睨みつけるタトゥーの男が、倉庫の中に立っているのだった――



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初弾―5

 ド派手な音と共に倉庫の両扉を吹き飛ばしたタトゥーの男は、ゆっくりと倉庫から歩み出てきた。

 両手は組んだまま、一見すれば武装していない。

 しかし、だ。

 超能力者との対決において、見た目で判断することが以下に愚かなことか――俺は既に幾度とない超能力者との死闘により、十二分に把握している。

 過去、伊・Uの艦長であり、緋弾の研究を行い、多くの者を凌駕する程の知見を備えていたシャーロック・ホームズですら、超々能力者であるネモとの戦闘で致命傷を負ったのだ。

 それに何より、超能力者は必ずしも武装を必要としない。

 カツェやパトラの様に、何らかの媒体を使用する者も居れば、メーヤの様に理解不能の原理を司る者、セーラのように自ら現象を引き起こす者など様々である。

 見た目の対比とは別に、現状は両者共に武装した状態で対峙していると、そう考えるべきだな。

 とは言え。

 油断しないことと積極的に戦闘を行わないことはまた別の話だ。

 緊張感の漂う両者の均衡を破るように、俺は静かに口を開いた。

 「こんな状況とは言え、俺自身の矜恃に則って通告しておくことがある」

 「通告……?この後に及んで何を言ってやがる」

 まぁ、タトゥーの男の反応は自然だろう。

 だが、これは俺の父さん――武装検事として一人も犯罪者を殺害しなかった男の息子として、必要なことだと思うから。

 「一つ、今の俺は女性には優しいが男には優しくない。二つ、俺は武装検事として犯罪者に対して殺害を認められている…お前は今、俺の目の前で銃刀法違反及び器物損壊の現行犯であることを忘れるな。三つ、以上の理由から、俺は戦闘を経ずに事前の投降を勧める」

 三つの俺からの通告を受けたタトゥーの男の反応は……当然と言うか、怒り心頭と言ったところだ。

 俺の予想を裏付けるように、怒りで赤く染まったタトゥーの男は語気荒く叫びながら、俺への攻撃を開始した。

 少々、違和感を感じる怒り方ではあるが――

 「馬鹿にするんじゃねぇぞ!ガキぃ!」

 組んでいた両手を解き、身体全体を使った大きな動作で右手を振り上げたタトゥーの男の行動に呼応するようにして、先ほど自ら破壊した両扉――正確には、その破片が空中に浮かび上がる。

 無数に思える数の金属片を浮遊させたタトゥーの男は、なおも僅かに違和感のある憤怒の表情で同様の荒い語気で叫んだ。

 「死ねぇっ!!」

 上げた右手を振り下ろすと同時に、浮遊していた金属片が、音速で俺に襲いかかる。

 その様はまさにショットガンの一斉斉射の如く――それも1丁ではなく3丁程度のショットガンと見紛う程だ。

 だが、ヒステリアモードの俺にとっては全ての破片が超々高速カメラで撮影した映像のように、コマ送りのスローモーションに見える。

 ショットガンと形容した俺の表現は、或いは実に的を射ていたようだ。

 金属片の飛来ルートは点で俺を狙うものではなく、面――つまりは俺の周囲を攻撃範囲に含めた、非常に回避の難しいモノに思える。

 しかしそれでも、ヒステリアモードの俺にとっては脅威を感じる攻撃では無い。

 ご丁寧に全てが音速の、つまりは全てが等速にして対応の容易い金属片を、昔からの俺の相棒、ベレッタの三点バーストによる銃弾弾き、更にはその連鎖によって俺を襲う金属片のみを的確に弾く――

 「……ッ!」

 飛来する金属片の空を裂く音と俺の放った銃弾の音が過ぎ去った廃工場に、タトゥーの男の声にならない声だけが残る。

 「これで終わりか?」

 敢えて煽るようにタトゥーの男に対して語り掛けた俺に対して、タトゥーの男はまるで自暴自棄と言う様子で叫ぶ。

 「ふざけんじゃねぇ!まだだ!まだ!」

 言いながら遮二無二、身体全体を使って腕を振るうタトゥーの男の右手に呼応するようにして

 先ほど俺を外れた金属片が浮遊し、再び、或いは三度、四度、俺を襲う。

 だが、やはり脅威では無い。

 先ほど同様に銃弾弾きで対応した俺に対して、タトゥーの男は早くも万策尽きた、と言う様子で膝をつく。

 「くそっ!!何だよバケモンが……」

 もうどうにもならない。

 悔しさと諦観をにじみ出した姿

 そんな風にすら見えるタトゥーの男だが、先ほどの怒りの態度同様に、違和感を覚える。

 と言うか、分かりやすく言えばわざとらしいのだ、コイツは。

 そんな俺の心境を知らずか、タトゥーの男は殊勝にも膝をついたまま両手を俺に差し出してくる。

 「バケモンには敵わねぇ……もう抵抗しねーよ。武検のバケモノ加減は堪能した」

 そう言っても動かない俺に対して、タトゥーの男は大仰な身振りで俺に語りかける。

 「今のを見ただろ?俺は自分の腕の振りと連動させて能力を行使するんだ。両手を突き出したままじゃ何も出来ねーよ。……仮にここから動こうとしても、お前なら反応するんだろ?」

 ……罠だろうな、これは。

 降伏するとしても、態々自分の能力を口にするだろうか?

 俺から逃げる際の立ち回りや、先ほどの俺の予想からは少々考え難い……。

 だが、まぁ。

 虎穴に入ずんば虎児を得ず、か

 「わかった。そのままの体勢で動くなよ」

 「あぁ……わかってるよ」

 一歩づつ、俺とタトゥーの男が近づいていく。

 10m、9m、8m……そして5m程の距離になった、そのとき。

 タトゥーの男の口元が、ニヤリと、笑うように歪んだ、その次の瞬間

 金属が空気を切り裂く鋭い音が俺の背後から響いた――

 



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初弾―6

 俺の背後から聞こえる風切り音

 目の前のタトゥーの男は確かに両手を前に突き出した体勢を維持しているにも関わらず、現に今俺に対する攻撃は実行され、成立しようとしている――

 だが、そんな状況にあっても、俺の中に焦りは無かった。

 背後から飛来するであろう金属片、それは音速であり、幾らヒステリアモードで有ろうとも見てから反応するのは厳しいかもしれない。

 だとしても、だ。

 そもそも俺は、俺がタトゥーの男に近づく際、どこかのタイミングで攻撃することは予測していた。

 そして背後から飛来する攻撃は明確な害意――存在感を放っている。

 それだけの条件さえ整っていれば――

 攻撃への気付きから例え被弾まで1秒程度であっても――

 ヒステリアモードの俺は、反応することが出来るんだっ……!

 「ふっ!」

 短い気合いの込められた気勢と共に、ヒステリアモードの超高速の世界に入った俺は、銃弾返しの要領で振り向きざまに、右腕の関節を順次加速させていき――

 俺が当たりを付けていた位置に飛来する、音速の金属片に対して同速まで加速した右腕――さらにはその先の俺の右手の二指、かつて武偵高の地下倉庫でジャンヌ相手に初披露した、二指真剣白刃取りによって

 掴むことに、成功する。

 「あぁっ……!?」

 今の俺の動きがどこまでタトゥーの男に見えていたかは判断しかねる事ではあるが、

 おそらくは殆ど見えず、また理解も出来ていないのだろう。

 ニヤリと笑っていたはずの口元は少々間抜けに開き、その隙間から疑念の感嘆詞が盛れている。

 「殺人未遂の現行犯も追加だな」

 タトゥーの男の正面まで歩みを進めていた俺は、

 二指で掴んでいた金属片をタトゥーの男の横に投げ捨て、追加された罪状を告げながら、未だに前に突き出されていた両手に対超能力者用の手錠をかける。

 「どう、なってる?俺は能力を解説して、お前は了承した。だから近づいてきたんじゃねぇのか!?そもそも見えない背後の攻撃をなんで防げる?!どうやったら!」

 両手を拘束され、無様に喚くタトゥーの男は、倉庫から出てきた際の不適さも、知能的な行動をしたという俺の評価も、何もかもが嘘のように思えるものだった。

 「俺を初めて見た相手は皆そう言うんだ。なんで?どうやって?って。だけど……」

 そこで一度言葉を切って、俺は続けた。

 「別に難しいことをしたわけじゃ無い。ただ背後から金属片が飛んできたから、振り返りざまに掴んだ。それだけだ」

 実際は、戦闘が始まってからのコイツのわざとらしい表情や、あからさまな投降宣言も手伝ってくれたのだが――

 これについては、わざわざ説明するまでも無いだろう。

 結局の所、そんな事前の予想が無かったとしても、俺はきっと何とかしていただろうからね。

 「遠山……」

 タトゥーの男が開けた廃工場の穴から、俺の戦いを見ていた菊代

 なんたって今の俺は、彼女から情熱的なキスをしてもらったお陰でなれた、ヒステリアモードなのだから。

 て言うか、菊代。

 ちゃんと俺の頼んだ仕事はしてくれたのかな?

 俺を見つめる視線がとても情熱的で嬉しい限りだし、口の動きから俺の名前を呼んでくれている所もとても愛らしいけど、俺に熱を上げ過ぎて他のことを忘れていないか心配になるよ。

 そこまで思考し、タトゥーの男を連れて菊代の下に行こうとした、その時

 ファンファンファン、と言うパトカーのサイレンが俺の耳に聞こえてきた。

 菊代に頼み事をして、廃工場を降りタトゥーの男の行動を推理し、戦闘を終えるまでに掛かった時間はおよそ5分程度だったと思うが……

 繁華街にほど近いとは言え、余りにも早すぎる警察の到着に、俺は先ほどまでの自身の思考を否定せざる負えないようだ。

 ごめんよ菊代。君は仕事を忘れるどころか、誰よりも熱心だったようだね。

 「……」

 タトゥーの男にもパトカーのサイレンは聞こえたのだろう。

 本当に万策尽きたタトゥーの男は静かに項垂れている。

 警察が到着すれば、身柄はすぐに引き渡さなければならないな。

 端的に聞きたいことを聞いておく必要があるな、コイツには。

 「さて、そろそろ俺とお前はお別れの時間の様だが……その前に、聞いておくことがある」

 前置きをした俺は2秒ほどの間を置いてタトゥーの男に問いかける。

 「まず初めに……お前のその超能力は生まれついてのモノじゃ無いな?」

 「お前、なんでそれを知って……」

 項垂れていたタトゥーの男が、顔を上げ、焦燥に駆られた表情をする。

 やはりビンゴだったようだな。

 基本的に、超能力は遺伝系の形質による一種の才能のような物だ。

 時間の経過によって目覚めるパターンもあるにはあるが、それは生まれつき持っていた力に気付いていなかっただけに過ぎない。

 まぁ、後天的に超能力者になる事もあるにはある

 あえて例を挙げるならアリアやネモの様な色金適合者がそれにあたるが……

 「な、なんとか言えよ!」

 目の前の男がそうとは、到底考えられないな。

 「お前はある薬物を数回摂取した事によって、その力に目覚めた……超能力拡散《ステルスハザード》、それに関与しているな?」

 「お、俺は詳しくは知らねぇ!ただ、簡単に力が手に入るって言われて薬を入れて、ついでに売人やってただけだ!」

 「お前に薬を斡旋してたのは誰だ?」

 「男だ!年も背格好もわからない。いつもフードを目深に被ってて、声から男だってことしかわからねぇんだ!」

 目の前の男の、この様子……

 何かを隠しているようには、見てないな。

 むしろコイツは何かに怯えているようにすら見える。

 何に怯えている?俺に、という風には見えない。

 この話が俺に知られたことに対して、と言うところか。

 「た、頼むよ。もう悪事はしない。だから俺を守ってくれ!」

 突然に身勝手な発現をするタトゥーの男だが……

 どうやらコイツとのお話の時間は、ここまでのようだな。

 廃工場までパトカーが入ってくるのが、近づいてきたサイレンの音でわかる。

 「安心しろ、と言って良いか分からないが、これだけのことをやったんだ。お前は暫く塀の中だよ。日本で1番頑丈な壁に守って貰うんだな」

 言って俺は、パトカーから降りた警官に対して二言三言状況説明を行い、タトゥーの男の身柄を引き渡した。

 今回の半グレ検挙から得られたのは、伝聞・噂レベルだった超能力拡散《ステルスハザード》の真偽を確かめることができたこと、そして

 「フードの男、か……」

 この案件を人為的に引き起こしている存在の証明、と言ったところか……

 さて、この案件への謎が深まっただけにも思えるが…

 「遠山!仕事は終わり……だね?」

 愛らしい笑顔で、また何かを期待するような瞳で、俺の方に歩いてくる菊代の無事を確認できた俺は

 「一先ずは一件落着、か」

 いつもの言葉を呟きながら、菊代の元に歩き始めるのだった。




 一先ずは一件落着……と言うか、「秋霜烈日の桜」のプロローグはこれにて終了になります。
 初弾-6で登場した超能力拡散《ステルスハザード》を中心……かどうかは置いておいて、とりあえず解決目標として提示しつつ作品を進行していこうと考えています。
 不定期の更新かつ駄文・誤字脱字等有り、読み辛い文章ではありますが、ここまで読み進めて頂き有難う御座います。
 今後とも読んで頂ければ幸いです。


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閑弾

※一応微エロ注意?※
読まなくても多分今後の展開には影響ありません。
苦手な方は注意推奨かも


 深夜11時を回った東京都霞ヶ関。

 昼間は喧騒に包まれ、精力的に働く人々の熱気が感じられ、忙しく歩き回るスーツの役人達がどこかしこに見受けられるこの場所に――その所在を置く最高検察庁。

 平日の深夜とは言え、窓には未だ幾つかの灯りが灯り、国のため、エリート達が命を削りながら働き続けている。

 そんな最高検察庁に、俺と菊代の二人は居た。

 いや、少し語弊があるか

 正しくはその地下である。

 ――最高検察庁の地下にはごく限られた1部の人間にのみ、その存在を開示された秘密の部屋が幾つか存在している――

 都市伝説として語られる話ではあるが、これは実の所本当の話である。

 この地下室は、庁舎の建設時には図面にも乗っておらず、後に秘密裏に増築されたものなのだが、まさに今、俺と菊代が二人きりで居るのはそんな場所だった。

 武検はその職務上、あらゆる犯罪者、或いは腕に覚えのある無法者に襲われる危険が存在している。

 だが、如何に武検が一騎当千の強者であろうとも、人間であり(大きく逸脱はしているが)、また一応は公務員という職務上、どうしても事務処理を行う際、或いは戦闘向きで無い武検補などの常駐場所として、ある程度の安全が確保された空間が必要である、との判断から20年ほど前の内閣の判断で作られたらしい。

 最高検察庁のとあるエレベーターから、武検と武検補及び公安0課の者にそれぞれ与えられたドッグタグ、そして網膜及び静脈認証を通過した場合のみ入ることが出来る、この国でも最高機密に類する空間なのだ。

 そんな地下室で、俺が今行ってるのは正しくこの地下室の使用目的に準じた事柄である。

 何かと言えば、先ほどのスキンヘッド以下8名の逮捕に係る書類の作成のためだった。

 「……」

 俺に与えられた地下室のデスクにて、真面目に書類を作成する俺の背中に、無言の圧力と何故か不機嫌そうな視線を向けているのは、誰であろう、地下室に居る二人の内のもう一人、菊代だった。

 ……

 いや、自分を誤魔化すのは辞めにしよう。

 俺も昔ほど鈍感では無いし、また世間知らずではない。

 男女の関係から距離を置いていた数年前ならいざ知らず、今の俺には菊代が不機嫌な理由は充分に理解できているのだ。

 つまりはこの無言のアピールは、先刻のヒステリアモードの俺とのやり取りを反故にされたと思っている菊代の、僅かばかりの嫌がらせなのだ。

 ……どうするかなぁ……

 このまま菊代の不機嫌を放置するのも今後に差し障るが……

 菊代の言っていた、お仕置きとやらをするのもな――

 といった感じで。今後の対応を思案していた俺だったが……

 突然、思案しながらも書類の作成をあらかた終わらせた俺の背後から、菊代が抱きついて来た。

 いやいや、いくら思考に注力していたとは言え俺に気配を感じさせず背後から抱きつくとは、実に武偵としてのスキルの無駄遣いに他ならないだろう。

 そんな風に考えながらも、方針を決めかねていた俺は、一先ずは無視することを選択したのだが――

 そこで思考を中断せざるを得ない状況に追い込まれる。

 「……はむっ」

 「ちょ、菊代、お前――」

 あろう事か菊代は、座った俺の背後から抱きつくだけでは飽き足らず、俺の右耳を甘噛みしてきたのだ。

 さすがにこれでは無視出来ない。

 歯を使わず、唇だけの甘噛みではあったが、慣れ親しんだ菊代のヒプノティックプワゾンの香りを0距離で感じながら、甘えるように俺に甘噛みしてくる菊代が、普段とのギャップと相まって、余りにも魅力的で――

 ヒステリア性の血流が固まってくるのは、致し方ないこと――そう、言えるだろう。

 全く――1時間もインターバルを置かず、一日に二度も俺をその気にさせるなんて……

 菊代は本当に、悪い子だね。

 「あっ……遠山、その気に、なったんだね?」

 俺の変貌に気付き、嬉しそうに話す菊代が、甘噛みを止め、抱きついてた両手の力を緩めた、まさにその時――

 「???」

 何が起きたかわからない、という表情になる菊代。

 それも当然の事だろう。スーツの上から羽織っていた和服を半脱ぎ、つまりは両腕の中程まで下げられた、ある種拘束された様な状態になっていたのだから。

 ヒステリアモードになった俺は……

 まずは潜林の要領で菊代の両腕と机及び椅子を潜り抜け、同時に菊代の方向に体を向け、手首から先のみを桜花で加速させ目にも止まらぬ早さでもって、この状況を作り上げたのだ。

 「いけないね、菊代。今の俺はまだ仕事の真っ最中……それなのに、こんな風に俺を誘惑するなんて」

 先ほどは、実の所有耶無耶にしようとしていたにも関わらず、それをおくびにも出さず菊代を責めるような口調の俺。

 「だ、だって、遠山がさっき約束したのに構ってくれないから……」

 「俺は菊代との約束を反故にするような、そんな男だと思われていたってことになるのかな……悲しいよ……菊代」

 白々しく言いながら、両腕を己の和服で拘束された菊代を徐々に、徐々に、後退させていった俺は……

 ついには菊代の背中が壁に付く状態にまで持ち込んでいた。

 何かを言おうとした菊代に対して、俺は被せるように語りかける。

 「本当は菊代へのお仕置きは優しくするつもりだったけど……これは少し、厳しくしなきゃいけないかな?」

 言うと同時に、俺は左手を壁につき――いわゆる壁ドンのような体勢――空いていた右手で菊代の下腹部、それもスーツの下のYシャツの更に下、つまりは直接地肌に触れると……

 そのまま小さく円を描くように、優しく愛撫をはじめる

 「あっ……遠山……そこは」

 俺に直接触れられる恥ずかしさか、或いは喚起の喜びからか

 顔を耳まで赤くした菊代が、艶のある、しかし押し殺したような喘ぎ声を漏らす。

 そして俺はそのままたっぷり5分ほど……

 決して速度を上げず、かといって遅くもせず等速で、時折菊代の耳を先ほどのお返しとばかりに甘噛みしながら、菊代の体を火照らせていった。

 「あっ……んっ……あっ……と、遠山ぁ……」

 そんな俺の、焦らすような愛撫に耐えかねたのか、菊代はすこし潤んだ瞳で見上げながら、俺の名前を呼んだ

 「アタシ、もう」

 「もう、どうしたのかな?」

 求めているものはわかっているのに……

 それでもなお、敢えて意地悪く菊代に聞き返す俺。

 しかし本当に耐えきれないのか、菊代は上気した頬で途切れ途切れに俺にねだってきた

 「アタシ、もう限界だよ……意地悪しないで、頂戴よ……遠山ぁ」

 その部分を直接触れて確認した訳では無いが、菊代の準備は万端なのだろう。

 正直なところ、俺ももう準備は万端――

 ヒステリアモードの本来の意義を果たすことに、なんら不満もないのだが……

 俺はまだ、行為を進めない

 それどころか手を止めることにした

 「な、なんでなの、遠山ぁ」

 熱で浮かされたような表情で、俺に抗議の声を上げた菊代に対して

 「これはあくまで、悪い子の菊代へのお仕置きだからね。……菊代のして欲しいことを、簡単にして上げたら、お仕置きにならないだろ?」

 「そんなぁ……」

 もう限界だよ、と言う潤んだ瞳で見つめる菊代に、俺は畳みかけるように続けた。

 「だけどもし菊代が、上手におねだりが出来る良い子になるなら……俺の気も変わるかもしれない」

 わかるね?と言う意味を込めた俺の言葉をどう受け取ったのか――

 菊代は、ゆっくりと、その場にしゃがむような姿勢になり、媚びるように俺を見上げながら、震える口を開く

 「アタシは、菊代は、これから良い子になります。遠山の言うことを何でも聞く、犬みたいになるよ。だからアタシの――」

 意を決した菊代が、決定的な言葉を口にしようとしたまさにその時、

 ピリリリリリと言う電子音が、俺の内ポケットに入っていた携帯から鳴り響いた。

 ………。

 誰からの着信か、一応確認する俺の目に入ったのは

 『山根ひばり』

 と言う、スキンヘッドの案件を俺に知らせてくれた、情報提供者であり俺の協力者、そして今では気の置けない友人となっていた

 山根ひばりの、名前だった――




R15だからね、仕方ないね


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2弾

 時刻は深夜1時。

 半グレを強襲逮捕したり霞ヶ関で菊代にオシオキ――と称したイケナイ遊び――したりしていた俺が、今日最後に訪れたのは、日本全国どこにでもある居酒屋チェーン店、ある意味安定感のある「臼木屋」だった。

 なぜ居酒屋に来ているかと言えば……菊代へのイケナイオシオキの最中、狙ったかのようなタイミングで掛かってきた、電話の相手に会う為である。

 「いらっしゃーせぇー!」

 「お客様ご来店でーす!」

 目の前に立つと自動で開いたドアを潜り、入店した俺に対して、こんな時間だというのに元気一杯の声で店員達が出迎えてくれる。

 まぁ俺もそうなんだが、今日、と言うか昨日は花金だったからな。

 仕事帰りに一杯引っ掛ける社会人や、二次会、三次会を終えてもう一呑みする人間も、この時間ならそこそこいる。

 稼ぎ時と言うことも有り余計に気合いが入ってるのかもしれないな。

 そんなことを思いながら、人数を尋ねに来た店員に手短に伝える。

 「あー連れ、と言うか先に来てる筈なんだ。山根って名前で」

 「山根様ですね。通路の1番奥、窓側の小上がりの席となっております」

 店員に言われた席にゆっくりと、敢えて気配を殺しながら近づいていき……

 小上がりの席ではあったが、襖に僅かな隙間があったので、その隙間から中をおそるおそる覗くと……

 ――居た。武装検事である俺の外部協力者兼情報提供者であり、現在は読買新聞の女性記者――山根ひばりが肘を机につきながら、極細ポッキーをポリポリポリポリ、と高速で食べている。

 と言うか、電話の口振りからある程度予測していたが、ひばりの奴、大分イライラしてる様子だ。

 今はポッキーをひたすら食べているが、角度を変えて机上を見れば……既に飲み始めていたのだろう。空になったジョッキが5つ程乱雑に置かれている。

 確かに、半グレの件が片付いたら直ぐに連絡すると言っていながら、連絡の遅れた俺が悪いのだが

 ……入り辛いなぁ……

 ひばりは常日頃から、上下共に飾り気のないスーツ姿では有るものの、薄化粧でも充分に美人な、顔立ちの整った女子なんだが……はっきり言って、余り酒癖が良くない。

 ぶっちゃけ絡み酒――それも人に強要するタイプの、だ。

 明日が休みとは言え、これは心して掛かる必要がある――そう、俺は腹を括り襖を開ける。

 開口一番先ずは謝罪をしようとした俺だったが――

 「悪い、おそ――」

 「おっそいわよ!!遠山君!」

 開けた俺の姿を見るや否や、俺に謝罪の言葉も言い終わらせること無く、被せるようにひばりはがなりたてて来た。

 て言うか、まだ距離も有るのに凄まじい酒臭さだ。

 もう机上のどこにもアルコールは残ってないのに……と思った俺だったが

 うわっ、よく見たらひばりと窓の間に冷酒の空き瓶が三本ほど転がってるじゃん。

 襖の隙間からは死角になっていて気付かなかったな、これは。

 しかし、電話から1時間ほど経ってるとは言え、どんだけハイペースで呑んでいたのか……

 「悪かったよ。ちょっと事後処理に時間が掛かってたんだ」

 嘘では無いが100%の真実でも無い言い訳をしながら、俺はひばりの向かい側に腰を下ろす。

 「どーせまた女の子とイチャイチャしてたんでしょー」

 「……いや、仕事だぞ?」

 据わったジト目で、なんだかいじけた様な表情のひばりが痛いところを突いてくるが、俺は若干の間を開けつつどうにか返す。

 新聞記者だからなのか、妙に鋭い。

 「まぁ別に良いけどね……遠山君は私みたいな魅力の無い娘は趣味じゃ無いもんね……」

 言いながら、着ていたスーツの下のYシャツのボタンを幾つか外しはじめたひばり。

 お、おい4つも外したら流石に見えるぞ!

 「そ、そんなことしなくても充分魅力的だから!」

 ボタンの外れたYシャツの間から、少しばかり見えてしまっているブラと胸から、目をそらしつつフォローする俺。

 今日は既に二回もヒスってるんだ……っ!

 流石に、1日に3回はキツいものがあるんだよっ……!

 チラ見なのに少し集まり始めている、あの血流を抑えようと藻掻く俺だった……

 だが、そんな俺の言葉を聞いてもひばりは外したボタンをかけ直してはくれなかった。

 とは言え、目を逸らした俺の反応と、咄嗟のフォローに少しは満足したのか、ひばりからの詰問は終わってくれたようだ。

 「ふーん。私って魅力的なんだ」

 言いながら、酒とは別の理由で、少し頬を染めながら心底嬉しそうな顔をするひばり。

 酒が入っているとは言え、普段はクールで仕事人間という風体のひばりの、こう言った反応は正直かなり可愛い。

 さっきの菊代もそうだが、俺ってギャップにホント弱いよな……

 そんなことを思う俺だったが、詰問への終了に安心したのも束の間、新たな試練が俺を襲うことになる。

 なぜなら、ひばりのセリフは、これで終わりでは無かったのだから。

 「それはさておき遠山君も飲むのよー!駆けつけ三杯!」

 などと言いながら、机上にあったタッチパネル式の注文用機械を操作し始めるひばりは……

 俺が何を飲むか聞くまでも無く、生中×4とつくね串四本を素早くオーダーする。

 て言うかひばりさん、一杯は自分用にしても、×4ってことはホントに俺に駆けつけ三杯させる気ですか――

 俺は明日の頭痛を覚悟しながら、半グレ達やタトゥーの超能力者相手にもついぞ感じることの無かった、今日一のピンチに僅かな震えを感じるのだった……



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2弾-2

 「うぅ……気持ち悪い……」

 俺の背中で、自業自得にも関わらず吐きそう、みたいな状況を前面に押し出しているひばり。

 かく言う俺も、ひばりからそれなりに飲まされたせいで、足下が覚束ない程ではないものの、コンディションは最悪と言える。

 「ひばり、吐いても良いけど俺の背中にぶちまけるなよ……?」

 「一応女なんだから、吐くとか言わないでよ……」

 おそるおそると言った風にひばりに注意する俺に、どうにかと言った感じでひばりが軽口を返してきた。

 軽口を返せるあたり、意外と平気なのかもしれないな。

 しかしこの状況……そもそも何のために今日ひばりと会ったのかを改めて思い返す。

 半グレ達の件や今後の調査案件についての依頼が目的だったはずなんだが、ひばりを大分待たせていた俺は、その罪悪感もあり、そこに触れることもできず延々ひばりの愚痴を聞き続けるハメになってしまったのだ。

 そして今。

 俺の到着前からかなり呑んでいたひばりは、俺の到着後は更にペースを上げて飲み続け、その結果が今のこの有様である。

 ひばりの借りているマンションが「臼木屋」の近所だったので、この酔っ払いを一人で家に帰らせる事にならなかったのは幸いと言えるかもしれないが……

 考えている間に、ようやくと言うべきかひばりの借りているマンションのエントランスに到着する。

 女の一人暮らしと言うことも有り、ひばりの借りているマンションは電子ロックされたエントランスを通らなければ各部屋に入ることは出来ない。

 「おい。着いたぞ。そろそろ降りて部屋に戻れ」

 部屋番号とそれぞれ設定された暗証番号を打ち込まなければ部屋に戻れないことも有り、俺はひばりに背中から降りるよう促すのだが……

 「305号室の1080だから……遠山君、よろしく」

 あろう事か俺に部屋番号と暗証番号を伝えたひばりは、背中から降りる気が一切みられない。

 シンドイのかもしれないがひばりよ。一応部外者の俺に簡単に部屋番号と暗証番号教えるのはマズいだろ……と思うが、酔っ払いゆえの判断力の低下だろう。

 こう言う状況なのでやむを得ないが、今日知った番号は忘れることにしよう--そんな至極真っ当な事を考えつつ、俺は伝えられた番号を打ち込み、ホントに合っていた番号に少々驚きつつも、ひばりの部屋へと向かう。

 「ひばり、部屋まで着いたぞ。今日はもう水飲んで寝た方が良い」

 305号室、つまりは三階まで到着した俺は、先ほどと同様にひばりを促すのだが……

 「ごめん、遠山君。自分で開けられそうに無いからお願い……鍵は右の内ポケットに入ってるから……」

 「自分で開けられないって、この部屋カードキー通すだけだろ」

 「お願い……」

 話ながら、チラッと背中越しにひばりの顔を見ると、ひばりは既に半ば目を閉じ、半分夢心地と言った様子だった。

 これも俺の自業自得か――ここまで来た以上仕方ない、と思いつつ俺はひばりをゆっくりと背中から降ろし、言われたとおりひばりのスーツの内ポケットにある鍵を取り出そうとするが……

 これは目の毒過ぎるな……

 目を瞑ったひばりの、「臼木屋」で先ほど外したYシャツのボタンは当然外されたままであり、非常に際どいライン、と言うかぶっちゃけ下着が見えている。

 更には道中俺に背負わせていたからか知らないが、スーツの上下も妙に乱れた感じになっており……

 色気、ではないが妙なエロさを感じる、そんな姿に出来上がっていたのだ

 そんなひばりを間近で見つめた俺は、

 ドクン――、あの血流を感じ、慌てて目を背ける。

 それはマズい。主に人としてやっちゃいけない部類のことだぞ俺よ――

 こんな状態のひばり相手にヒステリアモードになった日には、取り返しのつかないことになりかねんぞッ……! 

 俺はなんとかひばりを見ないようにしつつ、手先の感覚だけでどうにかカードキーを取り出そうとするのだが、

 「んっ……」

 なるべく見ないように取ろうとしていた俺は、この状況に少しばかり焦っていたせいもあってか……手が、ひばりの胸に当たってしまったのだ。

 少し声を出したひばりへの驚きと、ヒス性の感触を感じた俺の心臓が

 ドギクン!と変な反応をしたが――大丈夫だ、なんとか我慢できた

 もう同じ轍を踏まないためにも、薄目で見ながら、どうにかカードキーを取り出すことに成功した俺は、迅速に解錠し、ひばりを起こそうとする。

 「ひばり!部屋の鍵も開けだぞ!もう大丈夫だろ!起きろ!」

 「……」

 しかし、近所迷惑も考えずそこそこ大きな声を掛けた俺に対してひばりは無言のままだ。

 寝息もするようだが、流石にコレには気が付いた。たぬき寝入りだ。

 「おい、流石にたぬき寝入り位わかるからな。起きろよ」

 「……」

 なおも無言のひばり。

 と言うか、お前もしかしてエントランスからこっち、自分で全部出来たんじゃ無いか?そもそもそこまで酔ってない……ともすれば全然平気なんじゃないか?と今更ながらに思う俺だったが……

 そのまま、3分ほど経過してもひばりはたぬき寝入りを続けている。

 「……はぁ」

 まぁ、ここまで来たら乗りかかった船のようなモノだ。

 ひばりの無言のワガママにも最後まで付き合ってやるか……

 俺はひばりを改めて背負い、ひばりの部屋へと入っていくのだった…… 

 



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2弾-3

 俺とひばりの出会いは、俺がかつてローマ武偵高に編入するための前準備として通った美浜外語高だった。

 あれから6年。出会った頃は兄さん――カナの件もあり決して良い関係ではなかったが……今では俺の協力者兼友人。俺にとって無くてはならない存在だ。

 だが、思えばひばりの部屋に入るのは今日が初めてのことだ、と思い至る。

 ひばりの部屋は1LDKのごく一般的な単身者向けの部屋だった。リビングの向こうに見える扉の先が、恐らくは寝室だ。

 「ひばり。もう部屋の中だぞ……流石にもう帰るからな」

 幾らひばりが(恐らくは)たぬき寝入りで起きているとは言え、本人の了承もなく寝室にまで行くのはやり過ぎだろう。

 この様子なら大丈夫そうだし、俺はひばりをリビングの窓際にあった二人掛けソファの上に降ろして部屋を出ていこうとするのだが……

 「待ってよー。ベットまで連れてってよ、遠山君」

 いつの間にかたぬき寝入りを止めたひばりに上着の裾を掴まれ、引き留められる。

 「おい、もうたぬき寝入りは止めたのか?それなら余計自分で行けるだろうがっ……!」

 割と力強く掴まれた上着を取り返そうとしながら、少しばかり強い口調でひばりに言い向ける。

 「冗談よ冗談。……臼木屋ではちょっと話辛かった話、あるんじゃないの?」

 ……正直、驚いた。

 先ほどまであれだけ呑んでいたにも関わらず、今のひばりはそれを殆ど感じさせない語り振りである。

 勿論酒の影響はあるのだろう。少し赤くなった顔やボタンの空いたYシャツの隙間から見る肌は、そんな酒の影響を如実に語っている。

 しかし、今のひばりは、まるで仕事に臨む姿を彷彿とさせるような、そんな雰囲気を纏っていたのだから。

 「待たされた腹いせに居酒屋では付き合って貰ったけど……家まで送って貰ったし、埋め合わせはそれで我慢してあげるわ。……仕事の話もあるわよね、勿論」

 「話はあるにはある。だけど別に今日じゃ無くても良い。酒も入ってるしな……お前結構呑んでただろ」

 「別にそんなには呑んでないわよ。遠山君が来る前は殆ど飲んでなかったから」

 「ホントか?空いたジョッキがあんなに……」

 言いかけて、俺はそこで気が付く。

 どうやら俺は最初からひばりの筋書きに乗せられていたらしい。

 ひばりの飲酒量は何度か一緒に飲んでるから把握していたからこそ、今日のひばりは酔い潰れることもやむなし、そう思っていたのだが……

 恐らくは、卓上などにあった空のジョッキは俺が来る前に飲んでいたと思わせるブラフだったのだろう。

 ……だが、なんでわざわざそんなことをする必要があったのだろうか。

 まさか俺を部屋に上げる為なのか。

 「……」

 大方の事情を俺が察した事に気付いたのだろうか。

 飲酒の影響とは別の意味で、ひばりが少し赤くなった気がする。

 ……この辺には触れないでおこう。

 なんだかんだと乙女な部分もあるひばりを辱めるのは、ヒステリアモードの俺なら楽しみながらやりかねないが……あいにくと、普段の俺はそこまで鬼ではない。

 「そうか。それなら遠慮無く仕事の話をさせて貰うぞ」

 窓際の二人掛けソファに腰掛けたひばりの左側、部屋の出口方向にある座椅子に腰掛けた俺は、ひばりの勧めに従って話し始める。

 「まず始めに、今回は助かった。……当たりだったよ」

 「当たりってことは、遠山君の追ってるあの都市伝説……超能力を使えるようにする薬の話ってホントだったの?!」

 今回情報収集をして貰うにあたって、俺の持ってる情報や目的についてはひばりにも事前に説明していたのだが……

 どうやら半信半疑だったらしいな。

 まぁそれは無理も無い話だろう。

 実際に戦場で超偵と幾度となく戦った、俺達武装職ならまだしも、一般人――それが例え情報収集に長けた記者であっても、一見もせずに信用することは難しいはずだ。

 むしろ、そんな半信半疑の状態でも真相に近づく手掛かりを探し出してくれたひばりは、本当に優秀と言えるはずだ。

 「最初は俺も半信半疑だったんだけどな……超偵――超能力者自体は、俺も何度も戦ったことがあるが、意図的に、或いは人工的に超偵を作りだすことが本当に出来るとは思ってなかったよ」

 正確に言えば。

 人工的に超偵を作りだすことが可能であることは俺も知っていた。

 それは大きく分けて2つある。

 1つ目はアリアやネモと言った、色金の力による超々能力者。

 2つ目は人工天才。

 ロスアラモス――俺の弟であるG3や妹のかなめとかなで、この3人の出自はロスアラモスによって研究されていた人工天才だし、実際にかなでは超偵だ。

 だが今回の話はそれとはまるっきり別の事件の話なのだ。

 アメリカと言う大国の、国家単位のプロジェクトとして行われた人工天才の創造――そこまでやって、初めて1から人工天才は生み出される。

 優れたDNAを意図的に掛け合わせることによって超偵を生み出したロスアラモスとは、全く別ベクトルの結果。

 普通の人間が、それまで超能力への何の素養も無かったはずの人間が、突如として超能力に目覚める……それも人為的に目覚めさせられるなど、最早馬鹿げた話してとすら言えるだろう。

 「ひばりから提供された半グレの一味……その内の一人が、まさにその人工的な超偵だったんだ」

 「それって、もしかしてタトゥーの男?」

 「よくわかったな。その通りだ」

 「情報収集の段階で、妙に情報の痕跡が薄いと思ってたのよね……気に掛かってたのよ」

 ひばりに驚かされるのは今日何度目だろうか。

 驚くことに、彼女は情報収集の段階でこの案件の全貌を、僅かとは言え気付きかけていたらしい。

 「ひばり。今回の案件への協力はここまでで充分だ。……半グレ達の件を伝えたのは、これを伝えるためでもある」

 ひばりは確かに優秀だ。

 その情報収集能力は記者としての立場を差し引いても余り有るものではあるし、何よりその洞察力は目を見張るモノがある。

 だが、それでも彼女は一般人だ。

 例え協力者であったとしても……この案件が真実であった以上、ここから先に巻き込むわけには行かない……そんな思いでひばりに話したのだが、

 「今更それはないでしょ、遠山君。……私は私の正義に則って貴方の協力者をやってるのよ。危険なんて承知の上だから」

 「だとしても、今回の件は俺も危険だと感じるレベルなんだ。一般人が踏み込む領域には――」

 「危険だとしても……私が危なくなったら、遠山君が助けてくれるんでしょ?……あの時みたいに」

 尚も協力を申し出るひばりを止めようと、言葉を放った俺に被せるようにして、ひばりは俺の瞳を見つめながら語りかけてきた。

 俺のことを心底信用して居るというその瞳に、俺は少しばかり言葉に詰まってしまう。

 「それに、私だってプロなんだから。危険は承知の上よ」

 「……わかった。これからも頼むよ、ひばり。だけど、危険を感じたらすぐ連絡しろよ。……絶対に守りに行くから」

 彼女の熱意に押されて、俺は協力して貰うことを選択する。

 こうなった以上、絶対にひばりを守る――そんな覚悟とともに。

 そんな俺の覚悟が伝わったのか……

 「そ、そんなことより、話はこれで終わり?そろそろ寝る時間よね」

 慌てたような様子のひばりが、唐突に話を変えてきた。

 まぁ、確かに既に夜中の三時を大きく過ぎている。

 今後の調査内容については後日でも良いか――そんな風に思いながら、席を立とうとした俺だったが……

 「――ッ!」

 突如として、悪寒を感じた俺は、立ち上がり、周囲への警戒を強める。

 これは明確な悪意――或いは殺意か。

 「どうしたの?遠山君」

 俺の様子の変化に気付いたのか、ひばりが少し心底するような表情で俺に語りかけてきたのだが――

 そんなひばりの方向を見た俺は、気付く。

 いつの間にかひばりの背後の窓--その向こうから飛来する存在に

 「ひばり!!」

 俺はなりふり構わずひばりを庇うような姿勢になり、衝撃に備えるのだった――




キャラ紹介
山根ひばり
 24歳。大手全国紙である読買新聞の、主に時事関係の記者を務める。
 武装検事であるキンジの外部協力者。
 ちなみにマンションの暗証番号1080は(10→とお8→や0→ま)だったりなかったり
 今後も出番の有りそうな数列です


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2弾-4

 ひばりを抱き、庇うような姿勢で窓に背を向け、俺が部屋の奥に飛び込むのと、ほぼ同時に――

 ガガガガガガッ、と言う高速で飛来した物体――おそらくは石や金属片だろう、がマンションの壁に激突する音、そしてひばりの部屋を含む幾つかの部屋の窓ガラスが割れる音を俺の耳は捉えていた。

 と、同時に

 「ちょ、ちょっと遠山君?!」

 窓ガラスの割れる音が聞こえていないかのような、それとは別の何かに慌てたようなひばりの反応。

 しかし、その反応は、或いは理解できない類のものでも無かったのかもしれない。

 ひばりからすれば、俺が突然立ち上がったと思ったら自分に向かって抱きつき、寝室まで強引に押し込まれたような状況であるのだから。

 更に言えば……

 飛来する物体に対して焦っていた俺は……

 予想以上に力強くひばりを抱きしめ、そして、あろう事か左手はひばりのYシャツの下――つまりは地肌に直接触れるような状態に成っていたのだ。

 基本的にはクールに見えるひばりと言えど、焦りを覚えるのも仕方の無いことか。

 そしてこの状況が引き起こした変化は、ひばりの焦りだけでは無かった。

 力強くひばり抱きしめ、文字通り体全体でひばりを感じ、更に極めつけは俺の体の下に居るひばりの、うなじが丁度俺の鼻先にあることによって……

 仕事終わりにも関わらず、清潔でナチュラルな、それでいて不思議と甘ったるく感じるような石けんの香り――昔から変わらない、ひばりの濃厚な香りを存分に吸い込んだ俺は――

 当然と言うべきか、体の中央に、瞬時に熱い血流が固まるのを感じていた。

 これほど存分にひばりの全身を、触覚、嗅覚、視覚で堪能したのだから、成らなければ失礼というものである。

 本日三度目――いや、ヒステリアモードの明晰な記憶力から正しい表現を導くなら、午前1時を回った今であれば、本日初と言うべきだろう。

 時間を置いていないとは言え、本日初のヒステリアモードになった俺は、抱きしめたひばりの耳元で囁く。

 「寝る時間、なんてひばりが言うモノだから、てっきりそう言う事なのかと思ったよ」

 「あ、いや、そう言う意味が全くなかったと言えばそれは嘘になるんだけどでもそんなに突然来られてもまだシャワーも浴びてないし――」

 追撃の気配が無いことを感じながら、俺はゆっくりとひばりから離れ、慌てた早口でまくし立てる、普段のクールさなど微塵も感じさせないひばりの唇に人差し指を当て、発声を止める。

 「わかってるよ。愛らしいひばりに我慢出来なかった俺のミスだ……今度はひばりの準備が、ちゃんと出来るまで我慢するよ。許してくれるかな?」

 コクコクコク、と言葉も発さず首を3回縦に振るひばり。

 そんなひばりの姿に、微苦笑を浮かべながら俺は続ける。

 「ありがとう。それじゃあ今日はこの辺で一端お暇するよ……それと部屋が少し散らかってるけど、俺が戻るまでこの部屋から出ないようにしてくれ」

 できるかな?

 そんな意味を込めた目で、ひばりの瞳を見つめながら言った俺に対して……

 コクッ、とひばりはもう一度、首を縦に振った。

 未だに状況が理解できていない様子のひばりだが、とりあえずは大丈夫だろう。

 俺は静かに寝室のドアから外を窺う。

 「あれは……」

 割れた窓ガラスの向こう側――このマンションとは片側二車線の道路を挟んだ向かい側に立つ、企業ビルの屋上に、人影が1つ見える。

 追撃が無かったことから、襲撃者は逃げたモノだと思っていたが……

 まだ残っているなら好都合だ。

 男女の夜の一時を邪魔する無粋者に、お仕置きをする為の一手間が省ける。

 「それじゃ、また後で」

 ひばりに言うや否や、返事も聞かず、俺は窓の向こう、コンクリート製のデッキに向かって走り出し――

 桜花気味の蹴り足で、手すりを踏みしめ跳躍する。

 「――ッ!」

 後から俺を覗いていたらしいひばりの、声にならない叫びが聞こえた気がしたが……

 心配することは無い。

 俺は跳躍と同時に、平賀さんに改良してもらい、強度の増した繊維弾を向かいのビルの屋上付近に撃ち込み……銃口から着弾した屋上までに張られた、複相アラミド・リキッドのワイヤーの、青く発光する先端を右手で握る。

 そのお陰で……俺は地面に落下すること無く、ビルの壁面に両足で着地することに成功したのだ。

 そして、ワイヤーを頼りに俺はそのままビルの壁面を走り――屋上に辿り着く。

 向かいのマンションから跳躍し、ここに辿り着くまでの所要時間はおよそ10秒ほど。

 実に効率的な移動と言えるだろう。

 「……」

 ビルの屋上に降り立ち、襲撃者と正対した俺に対して……

 唖然、とった表情で立っていたのは――

 マンションから見た時から、遠目とは言え確認できた姿から、ある程度わかっていたことだったが……

 つい数時間前、俺が強襲逮捕した半グレの一味

 その一員であり、俺と戦った男……タトゥーの男だった。

 「……どうやって逃走したんだ?」

 間違いなく超偵用手錠で拘束され、逃走の手段は無かったはずだ。

 まず何よりその確認のため、問い掛けた俺だったが……

 「凄い!凄いよ!トオヤマキンジくん!」

 よく見れば。

 先ほどとは違い、紫色になった瞳のタトゥーの男は、まるで俺の言葉が聞こえていないかのようなテンションで、低い声に似合わない明るい口調で俺の名を呼んだ。

 何かがおかしい。

 今のコイツの口調は、先ほど俺と対峙した時とはまるで違う。

 言うなれば別人だ。

 そしてコイツの瞳……先ほどまでのコイツの瞳は間違いなく日本人に多い黒炭色だったはずだ。

 唐突に別人のような変化、瞳の色の変化、この現象に――俺はこれに似た現象に何度か巡り会ったことがあったはずだ。

 俺の脳裏を、有る可能性がよぎる最中、タトゥーの男は言葉を続ける。

 「僕はさっきは別の子を使ってたから、ちゃんと見れなかったんだけど……見に来て正解だった!今のはターザンだね?聞いたことがあるよ!」

 別の子を使うと言う、この表現。

 タトゥーの男の発言から、予測の進度が深くなる。

 コイツは、コイツの正体はまさか――

 「お前は――色金、なのか」

 「色金は一にして全、全にして一……だね?トオヤマくんはやっぱり凄いね。僕の容姿、僕の言葉からそこまで予測するなんて……だけど、不正解さ」

 「だとしたらお前は……何者なんだ?」

 タトゥーの男は、俺の予想をあっさりと否定する。

 絶対の自信を持って放った予想では無かった。

 色金は一にして全、全にして一

 この言葉を知っている以上、コイツは間違いなく色金を知っているはずだ。その可能性も有る……その可能性をまず確認したが……違ったか。

 ……今の俺にはこれ以上の推測は出来そうにない。

 ならば、コイツから今は少しでも情報を引き出す必要があるな。

 答えでは無くても、何かしらのヒントを得ようと放った俺の問いかけに対して、

 「今日は挨拶だけだから、これ以上情報は上げないよトオヤマくん」

 その容姿に似合わない、悪戯好きな子供のような笑顔でタトゥーの男は言葉を続ける。

 「だけど……トオヤマくんの凄いところは、もう少し見てみたいんだ」

 タトゥーの男が、言葉を切ると同時に。

 キラ、キラ、キラ、俺の左右5m程の距離で、光が明滅を始め――

 二人の男が、そこに現れる。

 立っていた二人の男は……

 「嘘だろ……?」

 ヒステリアモードの俺の口から、驚きの言葉が漏れる。

 紫色の瞳をした二人の男は、つい先ほどまで俺がひばりと共に訪れていた居酒屋「臼木屋」

 そこで俺を迎えてくれた、店員だったのだから――

 「さぁトオヤマくん。キミの凄いところを――もう少し見せておくれ」

 タトゥーの男が言うや否や

 俺の左右に現れた店員の、紫色の瞳が――俄に発光を、始めるのだった――



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2弾-5

俄に輝きを増す、左右に立つ二人の瞳ーー

これが何を意味するのか、俺はこの世で最も理解している人間の一人だろう。

色金に由来する超々能力者が行使する規格外の超能力……中でも取り分け殺傷力が高い瞳孔幅のレーザーだ。

フィクションの世界や近未来の物語には必ずと言って良いほどレーザー兵器、或いは武器が登場するものだが……

未だにアメリカですら実用化に至っていない、まさに武装のオーパーツとも言うべき代物である。

「さぁーーどうするんだい?トオヤマくん」

目の前のスキンヘッドから発せられる見た目に沿わない口調。

刻一刻と必殺のレーザーが俺の身を貫こうとしている最中ーー脳裏をよぎるのは過去の経験だ。

ーーある時は英国の至宝を生贄に生き延びた

ーーある時は複数のレーザーを立ち回りで撃たせなかった

しかし過去の経験は今この場で活かせる物ではない。

俺の手元にはレーザーを耐え得るだけの金属は無いし、味方への直撃を気にする様子も無い相手である以上立ち回りでレーザーの照射を止める事も難しいだろう。

だからと言って不詳の弟の様に内蔵避けで致命傷を避けるかと言われればこれも違う。なにせ相手の銃口ならぬレーザー口たる視線は俺の頭と心臓を完全にロックオンしているのだ。

流石のヒス俺と言えど頭蓋骨の中で内臓避けはーー多分、おそらく、それこそ流石に出来ない

普通ならこれで万事休すだろう。或いは俺が武検に与えられた超法規的権限の1つを行使して……殺害をも厭わないのなら、回避は出来るのかもしれない。

だが……俺はその手段は絶対に取らない。

それは俺自身の矜持であり、自らに課したルールなのだから。

それになりよりーーヒステリアモードの頭脳は、殺害と言う最悪の手段を使わずとも、この状況を打破する手段を導き出したのだ。

しかし、タイミングは一瞬。立て直しの暇を与える事は出来ない。

両サイドからのレーザー照射を見極めている俺の前で、タトゥーの男が、

「行くよーー」

ご丁寧にも、照射のタイミングを自ら口にしようとした、正にその時。

ガガァン!と言う激しい衝突音が俺の足元から発せられーー俺の足元から放射状に亀裂が走ったビルの屋上が、俄かに崩落を始めた。

「なっーー」

これにはタトゥーの男、正確には乗り移っている何者かも予想外だったのだろう。

崩落と共に照射された両サイドからのレーザーは片や先程まで俺が立っていた虚空を、片や俺の落下する直下を撃ち抜くに留まっていた。

幸いにも広々とした階下に降り立つ事が出来た俺は、両足の踵から突き出たショートソード程度の長さの刃物をすぐさま着脱し……

「観たかったものは観れたかな?」

突然の崩落により着地に失敗したらしい、尻餅をついた様なタトゥーの男に向かってベレッタの銃口を向けながら言った。

「……どうやったんだい?」

タトゥーの男は未だに何が起きたのか理解出来ていない様子で俺に問いかける。

「大した事じゃないさ。この屋上に降り立った時から古いビルなのはわかってたからね。工事現場のボーリングと似たよう事をしただけさ」

そう。俺がやったのは正にボーリングと言えるだろう。

俺は、レーザーの照射が始まる刹那のタイミングで……多段桜花を仕込んだ刃を出した両足で行ったのだ。

屋上に降り立った際の感触、そしてひばりの部屋からビルに乗り移るまでに確認していた階下の窓の位置から……屋上を崩落させる事が出来るのはわかっていた。

レーザーはその性質上、直線にしか照射される事は無い。

だが、視線=銃口である事や両サイドからの挟み撃ちである事を考えれば2次元的な空間ではどうしても回避する事は出来なかっただろう。

だからこそ、自らの立つ足元を破壊し、相手の虚を突くと共に2次元ではなく3次元の回避を成立させる必要があったのだ。

特に相手は1人(?)の人間(?)が3人を操っているのだ。

レーザーの照射を止める事が出来ない段階での突発的な事象に対応するだけの余裕を与えない……これもまた、必要不可欠な要素と言えるだろう。

「あははは……トオヤマくんは常識が通用しないとは聞いていたけど、まさかここまでとは思っていなかったな……。うん。観たかったモノは観せて貰えたよ」

必殺の攻撃が失敗したにも関わらず、そして銃口を向けられていてもなおタトゥーの男の口調は余裕に溢れている。

「それは良かった……それじゃ見物料を貰わないとね。とりあえずは3人分の身柄がお代になるけど、まさか踏み倒すとは言わないね?」

両サイドに居た二人は落下の衝撃か、或いは操る事をやめられたからなのか、床に倒れ伏して動く様子は見られない。

何かしらの行動を起こすなら目の前のタトゥーの男だけと言う状況で、更なる抵抗を予想した俺は油断せずに相対していたのだが、

「うん。わかったよ」

両手を上げて無抵抗を示すタトゥーの男の言葉に、肩透かしを喰らった。

「まぁ薄々気付いてるとは思うけど、ここに居る僕は僕じゃないからね。3人とも大した事は知らないし、大人しく捕まって貰うことにするよ」

「……そうか」

「ただ、トオヤマくんとはまた近いうちに会える、そんな予感があるよ。その時はまた是非遊んでおくれ。……それじゃ」

一方的に言い終えるや、タトゥーの男は糸の切れた人形の様に顔面から崩れ落ちた。

紫色に光る瞳。そして同時に複数人を操り、レーザーを始めとした超超能力を駆使して襲いかかってきた襲撃者は、事の起こりと同じく唐突に去って行ったようだ。

「これにて一件落着……とは到底言い難いな」

周囲には誰も聞いている人間は居なくとも、ついぼやくような言葉が口をついてしまう。

襲撃者を撃退したから一件落着……とは行かない事が増えた事も、昔との違いかもしれない。

まずはともあれ。

「もしもし俺だ。真夜中に悪いが今動けるか?」

「師匠の頼みとあらば時間、状況問わずーー」

真夜中にも関わらず俺の電話に即応してくれた武検補の1人に電話を掛け、崩落したビルの屋上の後処理と抑えた身柄の確保を頼むのだった。




ふと思い出して見てみたら最後の投稿が1年半以上前で驚きつつ時間に余裕が出来たのでぼちぼち合間を見て再開したいなぁと思います。
お時間のある際暇つぶしでも読んで頂ければ幸いです。


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閑弾2

襲撃者を撃退し、昔から変わらず忠実な部下と言うか弟子に身柄を引き渡した俺だったが、まだやるべき事は残っていた。

と言うのは……

「遠山くん、どこに向かってるの?」

先程の戦闘からおよそ1時間が経っただろうか。

まだまだ公共交通機関が動き始めるには時間が掛かる事から、タクシーを使って目的地に向かう俺とひばり。

少し緊張した様な面持ちをしながら、俺の右隣に座っているひばりが問い掛けてきた。

「俺の家だな」

「えぇっ?!」

別に隠す事でも無いので、ごく普通なトーンで言ったのだがひばりの反応はかなり大げさだった。

「俺の家って、遠山くんの家って事?!」

「あぁ。その通りだ。……当然壊れた窓の修繕は俺の方で待つし可能な限り早く元の状況には戻す。だけど襲撃があったその日にあんな状態の部屋にひばりを残して行く訳にはいかないだろ」

「い、言ってる事はわかるんだけど、私今日まだお風呂にも入れてないし着替えも無いんだけど……!」

「風呂なら俺の部屋のを使えば良い。着替えとかその辺は...まぁ行ったらわかると思うが、多分なんとかなる」

この辺の事情はあまり自分からは話したく無い。……と言うか、大抵、この話を周りの人間にすると碌な事にならないので詳細は省かせてもらいたいところなのだ。

「着替えとか大丈夫って……ま、まさか遠山くんいつのまにか彼女が……?いやでも私の情報網にはそんな話引っかかってないからおかしい……」

一瞬絶望的な表情になりながらも、尻すぼみ気味で何を言ってるかわからない小声で呟きながら瞬時に頭を切り替え自分の世界に入った様なひばり。

仕事の事かな。邪魔しても悪いしソッとしておくか。

そんな事を思いながら、俺たちはしばし会話をやめタクシーに揺られるのだった。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「ここの二階、203号室が俺の部屋になる」

タクシーから降車し、隣に立ったひばりに告げる。

東京都近郊のとある2階建てアパート。1フロア辺り4部屋で構成されたアパートの2階が、ここ3年ほどの俺の住まいだった。

このアパート、と言うかここら一帯は東京都心から程近いのだが、俺が越してきた当初はかなり治安が悪かった。その辺の事情もあってアパートやマンションは多目な地域ながら、家賃がかなり安かったのだ。

今も昔も金が二の次のキンジ(弟談)らしさは変わらないのでありがたいことこの上ない。

最も、その後色々あって特殊な場合を除けばここら一帯は下手をすると日本で一番治安が良い場所になったのだが……

夜な夜な銃声をはじめとする戦闘音が聞こえる様な状況は側から見ると余り変わったとは言えず、人の住む場所はあれど余り人が寄り付かない、そんな地域になっていた。

「案外普通のアパートなのね」

「……そうだな」

「?なんか間があった気がするけど」

「そんなことはないぞ。とりあえず入るか」

普通のアパート?そこに関しては承服しかねるのだが、一先ずその辺の話は部屋に入ってからで良いだろう。

まぁ、部屋に入ったらすぐわかる気もするけど。

思いながら部屋の入り口まで到着した俺は、自室の鍵を開けようとするのだが、

「ーー」

なんか、部屋の中から話し声が聞こえるな……

「遠山くん、中にだれか居るみたいなんだけど」

心なしか冷たい声で聞いて来るのは、隣に立っているひばりだ。

「あぁ……そうだな……」

俺は少々疲れた顔で返事をする。

正直昨日から色々あって疲れているし、中に入るのは少し、いや大分嫌なのだが、一日の疲れを癒す為にも入らない訳には行かない。

なにより、日頃から疲労に慣れてる俺とは違い今日はひばりの安全の確保及び休息が第一なのだ。

いつまでも我が家の惨状を想像して二の足を踏んでいる訳にも行かないだろう。

今日と言うか昨日から続く1日の締めくくりに向けて気合を入れつつ……

俺は意を決して、自室の扉を開くのだった……

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「おかえりー!おにぃーちゃん」

玄関からリビングへの扉を開けた俺を待っていたのは、まずは妹・かなめのタックルだった。

「あぁ、ただいま」

おかえりと言われればただいまと返す。

それが例え親族と言えど普通は許されない不法侵入者に対してでも、である。

今俺の左腕に抱きついているのは、呼び方からわかる事ではあるが俺の妹、遠山かなめである。

今年で20歳となったこの妹は、ロスアラモスの作り出した人口天才であったのだが紆余曲折あり自由を手にし、今はこのアパートの202号室に住んでいる。ちなみに現在は俺の母校の2年生。

「あれ、おにぃちゃん今日は女連れ?私聞いてないんだけど」

抱きながら心底幸せと言う表情だったかなめだが、俺の後ろに立つひばりを見た途端、底冷えする様な声音で俺に詰問してきた。

かなめは昔から俺の周囲に女がいる事を許さない傾向にあるのだが……その習性は残念ながら今を持って変わる事はなかった。

「まず最初に離せ」

剣呑なオーラを漂わせ始めたかなめだが、ひばりの前でいい年した兄妹にしては過剰なスキンシップを見せ続ける訳にはいかない。

俺はかなめに対して抱きついている左腕を解放する様要求したのだが、

「離す前におにぃちゃんが話して!」

少々ヒステリック気味に、しかしながらちょっと上手い事を言ってくるかなめ。

そこが交換条件みたいになってるのは心底意味不明ではあるが。

「俺の情報提供者の山根ひばりだ。会ったことは無いが話た事はあるだろ?今日は案件に巻き込まれたから大事を取って俺の家に泊める為に連れてきた。ちなみに拒否権はないからな?」

それなりに長い付き合いになるが、偶に何を言いだすか未だに読み切れていないかなめに対して、俺は先手必勝とばかりに念を押す。

当然、多少の抵抗は想定していたのだが、

「あ、仕事の関係の人だったんだ。はじめまして兄がいつもお世話になってます。妹の遠山かなめです」

「は、はじめまして山根ひばりです。遠山くんに妹さんが居るのは知ってたけど、こんなに可愛い子だったなんて知らなかったわ」

「やだーおにぃちゃん聞いた?可愛い妹だって!」

俺の左腕を解放したかなめは、先ほどの剣呑な雰囲気を瞬時に引っ込めひばりと談笑を交わし初めていた。

対人関係で猫の被り方が上手くなったのはかなめの成長の1つだと思う。

「そう言う訳だから、着替えと入浴道具を貸してやって貰えるか?」

かなめが落ち着いている事がわかった俺は、隙を逃さず頼む。

「いいよー。それじゃひばりさん、こんな時間だし先にお風呂はいっちゃお?付いてきてー」

軽く了承し、言いながらリビングの壁に向かって歩くかなめ。

「付いていくってどこにーー」

ひばりが何か言い掛けたところで言葉を切る。

その理由は、何を隠そうひばりの視線の先に居るかなめが、一見するとただの壁であるリビングの壁に手を付き……

仕掛け扉の様な改造を施された壁を開き、隣の202号室へと繋げたからだろう。

「え……なんなのこの仕掛け」

俺に向かって正直な疑問を投げ掛けるひばり。

初見なら驚くのも無理ないよな……

俺もなんなのと言うか、なんでこうなっちゃったの?と誰かに聞きたい所なのだが……

「見ての通り、隣の部屋と繋がってるんだ。……もっと言うとこのアパートは全室繋がってる」

「全室って、側から見たら全然わからかったわよ……?随分珍しい作りをしてるのね……」

「まぁそんなところだな……ただ、こう言う作りだから幸いにも俺の使ってる風呂を使わなくて済むし、良い方向に考えて貰ってついでに深く考えないで貰えると助かる」

「う、うん」

状況判断能力にも優れたひばりが、俺のこれ以上聞かないでくれオーラを感じ取ってくれたのか、素直に聞きいれてくれる。

「ほらほら、ひばりさんお風呂いこ?」

そんなやり取りを聞いていたひばりが、どこ吹く風とひばりを自室に招き入れる。

とりあえず、最初の関門は超えたな……

202号室に入った二人が通り、再びパッと見ただの壁に戻った我が家の壁を眺めながら、俺は一人安堵するのだった。




当初、閑弾続き物っぽくしない予定だったんですがまぁ書いてたの1年半以上前だし...多少変わってもいいか...みたいな感じです。
あまり閑弾とナンバリング弾の違いみたいなのは明確にありませんが、とりあえず本編のおまけみたいな立ち位置って考えでやっていきたいと思います。

遠山かなめ
20歳。キンジを追って同じ大学に入学。割とキャンパスライフを謳歌しつつキンジへの想いは昔と変わらず。周囲に隠すのは上手くなった人口天才っ娘。


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