岸波白野はもどかしい (籠城霊)
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岸波白野は愉しみたい

(追記)12/19:行間の編集


 人を好きになり告白し結ばれる。それはとても素晴らしい事だと誰もが言う。

 

 だが、それは間違いである!!

 

 恋人たちの間にも明確な力関係が存在する!

 搾取する側とされる側、尽くす側と尽くされる側!

 

 勝者と敗者!!

 

 もし貴殿が気高く生きようと云うのなら、決して敗者になってはならない!!

 

 恋愛は戦!

 

 好きになったほうが負けなのである!!

 

 

 

 

 

 などと、恋愛観には様々あるのだろう。惚れた弱みといった言葉があるように。

 

 自分はどのような価値観を持とうと、誰が誰を好きになろうとそれは自由だと思う。叶わぬ立場や成し得ぬ恋もきっと素敵なものであったり、儚いものだったりするのだ。

 

 他人の色恋話が気になってしまう年頃だ。身近な人がそのような様子であればなおさらのこと伺いたくもなる。

 

 

 

 

 

 私立秀知院学園。かつて貴族や士族を教育する機関として創立された由緒正しい名門校である。貴族制が廃止された今でなお富豪名家に生まれ、将来国を背負うであろう人材が多く就学している。

 

 一度は耳にするような財閥や権力者に裏社会、大中小企業などの御曹司に令嬢、果ては異国の王族までいる。無論全員が全員ではない。一般家庭から入学する者もいるがそこは狭き門。編入も可能ではあるがただでさえ厳しい競争を勝ち抜かなければ不可能に等しいというわけだ。

 

 

 

 そんな栄えある私立秀知院学園の生徒会副会長は四宮かぐや。4大財閥の1つに数えられる四宮グループの本家本流、その長女であり正真正銘の令嬢である。血筋に相応の優秀さは様々な分野において華々しい功績を残した正真正銘の天才だ。

 

 そして生徒会長、白銀御行。質実剛健、聡明叡智。学園模試は不動の1位。全国でも頂点を競い天才たちと互角以上に渡り合う猛者である。多彩な四宮副会長とは対照的に勉学一本で畏怖と敬意を集め、その模範的な立ち振る舞いにより生徒会長に抜擢されている。

 

 

 

 火のない所に煙は立たぬ、とはまさしくその通りなのだろう。秀知院学園を代表する彼らが付き合っているのではないかと噂される。所詮は噂、されどあながち間違いではない。たぶん。いや絶対。

 

 決して口に出すつもりは無いが確信犯なのでは? と思うくらいこの2人は面倒くさいのである!

 

 

 

 自分がそう気が付いたのはいつ頃だったか。もしかすると現行生徒会メンバーが集まって以来ずっと続いているのではないだろうか。そんな気がしてしまう。そうであるなら悪い星の巡り合わせとでも表現するしかない。

 逆によく隠し通せているものだと感心しているくらいだ。恋バナに敏感な藤原書記が気付かないのは、人間観察力のある石上会計が悟らないのは相当な気がする。確かにどこで争っているのか自分もわかったものではないが。

 

 

 

 どうにも互いが互いに相手をオトしたいと考えているらしく、さりとて自分から告白をすることは避けようとしている。それこそ冒頭で述べたことが全てなのであろう。

 

 正直な話見るに見ていられない……が、しかし高度に隠し通された攻防あってのものかわからないまま流していると本当に気が付かないものである。なんなんだこいつらは。ハイスペックの無駄遣いここに極まれり。

 

 

 

 

 

 クラスの掃除担当を終えて本日も生徒会室に向かう。荘厳な雰囲気を漂わせる扉を開くと他の4人はそろっており職務を遂行……各々のほぼ定位置についていた。

 

 白銀会長はティーカップを片手に書類へ、四宮副会長はティーポットを戻し次の書類の束を手にしようとしている。藤原書記はといえば何やら怪しげな袋に手を入れて何かを探しているようだ。石上会計は……おや、帰ることなくソファーに腰掛けヘッドホンを首にゲーム機へ向かっている。

 見慣れてきたよくある光景だ。

 

「遅くなった。何かすることはあるか?」

「気にするな。今日のところはないな。もうすぐこれも終わるから好きにしていていいぞ」

「そうか。わかった」

 

 つくづく思う。このような場面やり取りを見る限りは本当に優秀なのだと。書類だって日々山のように積もってあるはずだ。にもかかわらず翌日以降の負債が無いのは流石だと素直に賞賛したい。

 

 

 

「岸波くん。少しいいかしら?」

「ああ、構わない」

 

 そう声をかけてきた四宮副会長の手には何らかの書類。

 

 さて。目が何かを語っている気がする。

 

「どこに届ければいい?」

「職員室に。頼みますね」

「任された。………………石上会計、ついでに自販機でも見てこよう」

「え? あ、はい行きます」

「自販機の商品って新しいものがあると気になりがちだからな。確か今日入れ替わりがあったはずだ。前からあったとか言われないと気づかないこともあるくらいだしさ」

「あー! はい! はい! 私も行きまーす!」

 

 藤原書記も釣れた。これでいいのだろう?

 

 確認は取らずに生徒会室を後にする。さてさて何か目ぼしいものはあるだろうか。

 

 

 

 

 

「最近って透明な飲料水が増えたじゃないですかー」

「よし、色付きにしよう」

「そうっすね」

「まあまあそう言わずに」

 

 そう言って藤原書記がどこからか出したのはプラスチック製のコップ。よくあるパーティ用などに使われる使い捨て式の重なっているタイプだ。

 

「透明な飲み物ギャンブルしましょう」

「俺、コーラでいいんですけど……」

「残念! 透明コーラだってあります!」

 

 むしろこの程度で済むのであれば問題ない方なのではないだろうか。飲料水であれば大事に至ることはあるまい。炭酸が苦手なら厳しいかもしれないが。前提が透明な飲み物と言ってある以上不自然なことはないだろう。たぶん。

 

「それじゃ私準備するので先戻っててくださーい」

 

 などと宣ってぐいぐい押し出されてしまった。……ラインナップのチェックをし損ねた。

 

「岸波先輩、どうも嫌な予感がするんすけど」

「受け入れよう……透明シリーズは当たらずとも外れはあまりないらしいから」

 

 しかし拭いきれない一抹の不安が心のどこかに燻っていた。なぜだろう。生徒会室に戻る足取りが重いのはきっと気のせいではないはずだ。

 

 

 

 

 

 扉を開くなりこちらを見て「飲み物はどうした」と尋ねた白銀会長には「察してくれ」と返すしかなかった。

 ちなみに今日の仕事は本当にもう終えていたとのこと。さすがだ。

 

 さてこのお二方。何も変わった様子がないところを見るに今日も進展がなかったのだろう。内心ため息をつきつつ空いた椅子に腰かけ携帯端末を開いた。メールボックスに通知がないことを確認してメモに今日の授業で復習しておく点をまとめる。授業内容はともかくそれ以上にテストでは難易度が高い問題が連なるため常日頃から知識を積み上げていかなければならない。それでも生徒会長副会長コンビには届かないのだから次こそは、次こそはと意気込んでいる。

 

 

 

「どーーーーーーん!」

 

 素っ頓狂な声と共にドアが開け放たれた。もはや誰なのか確認するまでもない。しかし頭の中の警鐘は鳴り出したが最後止まる気配はない!

 

「やめるんだ藤原書記! 今ならまだ間に合う!」

 

 咄嗟に口からそんな言葉が出ていた。何が間に合うのか。何をやめさせるのか。やめさせるのはこれから行われるであろうギャンブルだ。もはや止めようが無いけれども。しかし透明な飲み物で起こりうる惨劇とは。探偵でもないし判断材料が足りない以上自分では把握することができない。ただでさえ何を起こすのかわからない人物による行動だ。

 もはやなるようになれと思いたくなってきた。

 

「まだ何もしてないじゃないですかー。というわけで用意したのはこちらです!」

 

 そう言うとトレイに乗った10個のプラスチックコップに等量ずつ透明な液体が入ったものを出してきた。

 

 見た目で区別はつかず、おまけに炭酸の泡と思しきものも見えない。

 

 

 

 藤原書記は踊るように軽い足取りでデスクの上にトレイを置いた。

 

 デスクから数メートル離れた位置に全員を集めると説明が始まった。

 

「インビジブルロシアンルーレット! お1人ずつ順番にどれか1つ選んで飲んでいただきます。匂いで確かめようなんて無粋な行為はしないように。それと中には1つだけハズレが混ざっているので引かないように祈ってくださいね。あ、もちろんシャッフルは他の誰かにやってもらいます。ただし鼻栓をしてもらいますが」

「つまり藤原も参加者ということだな?」

「ええ! 私がハズレを引く可能性だってあるわけです」

「念のため確認しておこう。岸波と石上は何を買ったか見たか?」

「いいえ、まったく」

 

 横に同じく。

 

 仕方あるまい。公平性を保つためにも自分がシャッフル役になろう。鼻栓をするという無様を晒す汚れ役だって買って出ようじゃないか。このゲームが行われる一因を担ってしまったのだから。

 

「岸波、カップに細工が無いか確認も頼む」

「勿論だ」

 

 藤原書記から鼻栓を受け取り睨みつけるようにしてカップを見る。備品にあった小型ライトを使って照らし見つつ入れ替えていく。この手のゲームをやるにしては珍しく一切手が加えられていないようだった。

 

 横一列に並べ終え、首を横に振ってわからずじまいだと告げる。

 

「あ、飲んだものの申告は任せます。全部別々のものが入っているので。……かぐやさん?」

「ハズレとは具体的に何か教えてくれないかしら」

「言ったらゲームになりませんよー。反応を見ればわかりますって」

「あの……人体に悪影響はないんすよね?」

「そりゃ当然! 岸波くんもういいですかー?」

「そうだな。順番はどうする? 役職順にしようか?」

 

 何気ない提案。しかし言ってから気が付いた。会長を始めとして自分を最後にするのか、会長を最後にして自分を最初にするのか。ロシアンルーレットとはいえ選択は自由。されど他の人の結果と反応次第では待つ方がプレッシャーは高まる。仮にハズレの様子を見せなかった時、最後に待ち構えているものはほぼ確実に苦難。

 

 それを担当するのは自分になるのか会長になるのか。それとも途中で誰かが脱落するのか。

 

「役職順にしましょう。会長がトリで問題ないですね?」

 

 四宮副会長からの追撃。白銀会長が頷いて応えた。

 

「いいだろう。それじゃ一番槍、行ってこい庶務」

 

 

 

 

 

 庶務→会計→書記→副会長→会長。

 よって幕開けを担当することになった。迷いなく歩みを進めて適当に1つ手に取る。そして躊躇うことなく口に含み――――――

 

 全て飲み干した。

 

「次、会計」

 

 石上会計の肩を叩き元の位置に戻る。

 

 様子を見ると一見躊躇いが無い――――――と思いきやコップを選ぶところで「ど、れ、に、し、よ、う、か、な」などと始めた。

 神様は救ってくれないぞ。

 

 ややあって選ばれたコップを口に運ぶ。それを飲み込み、

 

「っっっ何混ぜたんすかこれー!!? 甘さと苦さが炭酸でハイブリットして意味が分からないんですけど!!!」

 

 どうやら早々にハズレを引き当てたらしい。合掌。

 

「あ、たぶんそれコーヒーとメロンソーダです」

「ドリンクバーで遊ぶ子供ですか! よりにもよってそのチョイスはおかしいでしょう!」

「石上くん、あなたの犠牲は無駄にしません」

「安心しろ。仇はとってやる」

 

 余裕ありげな表情で石上会計を迎えるトップツー。仇も何も残るものは安全だろうに。

 

 が、無情にもゲームマスターはその余裕を打ち砕く。

 

 

 

「あれ遊び心だったんですけどねー。この様子だとまだハズレはあるみたいです」

 

 

 

 生徒会室に衝撃が走る。

 あれで遊び心? コーヒーにメロンソーダなんて組み合わせで? いやいやどう考えても間違えている。だとしたら本当のハズレとは一体何が待ち構えているというのだ。「そもそもコーヒーに炭酸はダメだったって前例があったじゃないですか……」と石上会計の泣き言が聞こえる。うん、ドンマイ……

 

「それじゃ私行きます。うーん……これ!……おお、意外とミルクティーいけますね」

「それでは私が。……はい、会長の番です」

 

 飲んだものを公言した藤原書記とは反対に四宮副会長は何の反応も見せず。白銀会長に手番が回った。しかしまだハズレがあるとはいえ躊躇いなく選びに行く2人は本当に肝が据わっている。

 

「……よし、次」

 

 同じく無反応。自分こそ無反応を通しているから何も言うまい。

 

 さて5分の1。しかしまあ、透明なままの状態で劇物などそうはあるまい。同じように適当に1つ選んで飲み干した。

 石上会計の肩を叩いて送り出す。

 

「えっ……え? ええ……おお、真っ当だ……」

 

 空気に緊張感が満ちていく。藤原書記の様子を見れば明らかに動揺している。順番が残された3人はこちらと石上会計の様子を交互に確認しているようだ。

 

「ど、どうした藤原。順番が回ってきたぞ」

「いいい、行きます。行きますよ。えいっ」

 

 掛け声とともに一気に呷った。口に含まず喉に流し込む飲み方だ。

 

「セーフ……かぐやさんの番です」

「え、ええ」

 

 さしもの四宮副会長も藤原書記の様子から何かを察したらしい。同じように喉に流し込むようにして飲んだ。

 

「……ふふっ。会長。覚悟は決まりましたか?」

 

 勝ちを確信した笑みを浮かべている。白銀会長が窮地に立たされた状況となったわけだ。

 

「と、当然だ。これくらいどうということはない」

 

 どうということはあるらしい。右手の爪が食い込みそうなほど拳を握りしめている。

 

「ささ、会長トリをどうぞ! いいリアクションを期待してますよ!」

 

 調子を取り戻した藤原書記。

 石上会計は無言で合掌している。

 

 そして生徒会長白銀、コップに向かって足を踏み出した――――――

 

「いくぞ……いける……いこう……っっ!」

 

 

 

 コップの中身が無くなり、そして机に置かれる。

 

 沈黙が続く。やけに長いように思えた。

 

 ややあって白銀会長が錆びたロボットのように首を振り向かせて口を開いた。

 

「ハズレは1個って言ったよな……?」

「そ、そうですね」

「俺の飲んだこれは後味がいちごなんだが……」

「あれ? おかしい……てことは途中で誰かが飲んでいたはず……」

「藤原さん。結局全部で何が入っていたの?」

 

 3人が口々に言う中、石上会計が目で何かを問いかけているような気がしたので他に気付かれないように口元をニヤリとさせて返した。

 

 

 

 藤原書記曰く。コーラ、みかん、いちご、ミルクティー、メロンソーダ&コーヒー、レモン、ぶどう、ヨーグルト&アロエ。そしてハズレ枠にはフロストバイトという激辛透明液体を混ぜた水だったとのこと。

 

 何はともあれ期待していたようなリアクションは得られずじまいで無駄に緊張した空気を作らせることができた。

 少し愉快な気分だ。手早くコップをまとめてゴミ箱に入れ、「それじゃ、お疲れさまでした」と追及される前に早々と生徒会室から外に出た。泰山の麻婆豆腐でも食べて帰ろうか、などと考えながら。

 

 

 

 

 

 本日の結果

 藤原の敗北(リアクションが見られなかったため)

 




岸波:ぶどう、フロストバイト
石上:メロンソーダ&コーヒー、ヨーグルト&アロエ
藤原:ミルクティー、レモン
四宮:みかん、ブルーベリー
白銀:コーラ、いちご


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藤原千花は仕返したい

 お待たせしました。今後も不定期に更新していくので気長にお待ちください。
(追記)12/19:行間の編集


 鳥は3歩も歩けば物事を忘れるというが、それは悪いことなのか良いことなのか。必ずしも良いことではなく逆もまた然り。忘れてしまえた方が楽なこともあるだろう。覚えていられないと辛いこともあるだろう。

 

 しかし都合のいい記憶の整理なんて人間にはできないものなのだ。忘れることが出来ることと忘れてしまうことは違う。

 

 0と1で構築されていれば忘れてしまえるというのに。魂ある生物は2進数で作られていない。

 

 思い出はどれほど素晴らしくても、どれだけ残酷であってもその人物を構成するパーツとなる。

 きっと換えは効くだろう。だとしても欠けてみると、足りないと思っている間は確実にどこか穴が開いたような気がしてしまうのだ。

 

 

 

 

 

「庶務くんは今日も生徒会~?」

「そうなる。何か用事があるのか?」

「書記ちゃんにさ~これ渡しといて欲しいんだ~☆」

 

 ホームルームを終えると同じクラスにいる早坂がそう言って小さく折りたたんだ紙を渡してきた。開かぬが仏だろう。

 

「四宮副会長からじゃなくていいのか?」

「だって庶務くんだし? 行ってこーい!」

「庶務は確かに雑務担当と言われるけどパシリ担当ではない。でもわかった。引き受けよう」

 

 元気よく送り出された。

 やれやれ、と思いつつ教室を後にした。その役割を果たすとしよう。

 

 

 

 生徒会室に限らず大抵の教室には用事のない生徒は来ない。ましてや活動人数が自分を含めて5人、それに部活動ではないこの場所に訪れる人はあまりいない。だから人気がほとんどないように感じられるのも当然なのだろう。

 

 扉を開くといるのは会長だけだった。

 

「白銀会長一人か」

「ああ。まだ放課後に入ったばかりだ。追い追い来るだろうさ。ほい」

 

 A4サイズの紙の束を差し出される。しかし束と表現するのには些か語弊がある。

 

「……相変わらず少ないな」

「役割相応のものだと思って受け取れ。何も書類仕事をするだけが庶務ではないだろう」

「しかしパシリになるというのも違うと思うが」

「律義にこなすお前もお前だ」

 

 そう言われてしまえば言い返す言葉が出ない。でも自分にできることだからとつい承諾してしまうのだ。

 

 ああ、そうだ。

 

「こんな言葉があるだろう。ただより高いものはないって」

「それは自分の貸しを数えてから言い直してみろ」

「………………」

「ダメじゃねえか!」

 

 ダメだった。

 

 

 

 

 

「これ。早坂から渡せと頼まれた」

「どれどれ~おやぁ岸波くんそんなこと言って実はラブレターですかぁ?」

「そんなわけないだろ。仮にもそうだとするのなら他の人の名前を借りて騙るなんてできないから」

「ほんと生真面目ですよねー。正しさで出来ているというか正義感が強いというか。そのくせ昨日のゲームでは意地の悪いことしますし」

「あれは見ものだった。帰りがけに食べた麻婆豆腐がさらに美味しく感じられたくらいに」

「うっわー本当に意地の悪い……」

 

 珍しく引いた藤原書記の姿を見れた。あんな劇物を他の誰かが飲まずに済んで良かった上に混乱を招くことができたのだ。

 

 一度で二度美味しい結果ではないか。

 

 あえて言うのであれば自分と石上会計の勝ち上がりだろう。

 

「では拝見~……おおっ!岸波くんちょっと借り出されてください!」

「待て、何か間違えている気がする」

「会長~! 庶務借りまーす!」

「おう持ってけ」

「まさかの物扱い!?」

 

 雑ですね! 実に雑! ぞんざいな扱いに心から嘆きを込めた声を()げたい。

 人権とは一体どこに消えたのか。抗議の声もむなしく何処かへと引っ張られていく。引っ張られる先は出口であるのは明確だが。

 

「わかったわかった、行くから襟首を掴んで引っ張るのはやめよう」

「よろしい。それじゃここまで案内してください」

「はい?」

 

 そう言うや否や先ほどの紙を見せてきた。

 示された箇所を見ると店の名前と所在地が記されている。行ったことがあるわけではないが電車の乗り換えも少なく行けるだろうことは推測できる。

 

 ついでに失礼だと思いつつも手紙の内容に軽く目を走らせるとボードゲームの入荷情報であるらしいことがわかった。なるほど。そういう店なのか。

 

「藤原書記はテーブルゲーム部だろう? 行ったことはないのか?」

「いやあネット通販で済ませちゃうもので……あまり直接赴かないと言いますか」

「そうか……別に俺が行く必要はないと思うが……いや、藤原書記も普通の女子であったな。付き添いくらいはいた方がいいか」

「なんですかその言い方! まるで女子として認識されていないような! あるいは普通ではないかのような!」

「……奇人変人揃いというかキャラが濃いというか。まあ普通の基準は別にしても事実そうだろう? 生徒会室での普段のやり取りを考えてみろ。ここの人間関係ってどうだ?」

「うーん……仲間、ですかね」

「そういうことだ」

 

 たぶん。石上会計くらいではないだろうか。あとは会長副会長コンビ同士の間。傍目どころか間近で見てもわかりにくいが。

 

 

 

 その後はたわいもない話をしながら目的の店へと向かった。

 

 

 

 

 

「箱ばかり並んでいるように見えるな」

「収納することができるって大事なことですよ。あの箱に取り出した中身を戻せますから。それに置くときは隙間を埋めるようにして数を増やせますから」

「確かに。そうか、ああやって使うのか」

 

 商品が並ぶ棚の奥を見れば8人ほどが囲めるテーブルで4人の若者が遊んでいる様子が伺えた。六角形の板を複数繋ぎ、板の上に色分けされた小物を置いてはサイコロを順に振っている。蓋の開いた箱の近くにはそれより一回り小さな区分けされた容器がある。

 

 箱一つあれば簡単に出し入れできるというのも納得がいくものだ。

 

 

 

 品物を改めて見渡すとトランプケースほどの小さな箱からオセロの板でも入っているかのような大きな箱もある。小さいものはカードゲームタイプらしい。

 

 全体的に大小さまざまで箱そのものの規格も統一されているわけではない。多数所持するのなら積み上げる順番が必要にありそうだ。

 

「なにがなんだかさっぱりだ。でも皆楽しそうに遊んでいるというのはいいものだな」

「説明するよりもやってみればわかるってものですよ。それより探し物は~……」

 

 一口にボードゲームと言っても多種多様。いくつか目についた箱を手に取ってパッケージの表面と裏面を見る。

 立体的なボードになるものやすごろくのような一枚板でやるもの、チェスのような盤面に駒を置くものなどなど。

 

「あ、岸波くんそれです! それ!」

 

 小さな大声という器用な発声でこちらを呼んできた。今手に持ったこれだろうか。

 

「クオリダ―?」

「コリドールです。2人から4人まで遊べるゲームでかなり楽しめることを保証します」

「そうなのか。簡単に言うとどんなものだ?」

「そうですね……戦略系のゲームで……いえ、生徒会室に戻って実際にやってみましょう!」

「それはいいな。興味が湧いた」

「参加者は残ってるメンバーで多ければじゃんけんかくじ引きで決めるってことで」

「だとしたら外れたくはないな」

 

 などと話しながら会計を済ませた。

 

 

 

 

 

 陽が傾き始めた校舎に着き、生徒会室に戻ると白銀会長と四宮副会長の2人だけが残っていた。

 

「ただいま」

「たっだいま~」

「おかえりなさい2人とも。あら? 藤原さんが持つそれは?」

「気になります? ってあれ? 石上くんは?」

「調子が悪いって言って帰ったぞ。んで、持ち込んできたそれについて説明を聞こう」

 

 先に帰ってしまったのか。残念ではあるがこれでちょうど4人になった。

 

「それじゃ、出して用意しながら説明しますね」

 

 応接テーブルに袋から箱を取り出し覆うビニールを破く。

 蓋を開けた箱の中からチェスでいうポーンのような4色1つずつの駒と多数の長方形の板、溝で区切られた9×9のマス目があるボードが取り出された。

 

 藤原書記は手慣れた様子で駒をそれぞれ端4辺の真ん中、左右どちらから数えても5マス目にあたる位置に向かい合わせになるように置いた。

 

「このゲームの勝利方法は単純明快。最初に自分の駒を反対側1辺のいずれか1マスに辿り着かせたプレイヤーの勝利です。その時点でゲーム終了となります。

 

 

 ルールの説明に入りますね。まずはプレイヤーの数に応じてこの20枚の板を分配します。余りが出たら除けるのですが今回は1人5枚ずつですね。はい、どうぞ。

 

 

 次はプレイヤーの順番と位置を決めます。ここまで来たらゲーム開始。手番のプレイヤーは駒を前後左右いずれか1マス進めるか板を1つ置くことのどちらか一方を行います。駒は板に遮られている場合その方向に進めません。板を置く場合は長い方が2マス分にかかるよう溝に置いてください。3マスに渡って置くこと、立てて置くこと、マスの外、ボード外にはみ出るように置くのは禁止です。また、いずれかのプレイヤーがゴール不可能になる置き方も禁止されています。例えばこんな感じに。囲ってしまえば出れなくなりますからね。

 

 

 駒の進行方向上に別の駒が存在する場合はその1つ先にあるマスに飛び越して移動できます。このとき飛び越そうとするに板が置かれている場合は直進できず、対象の駒方向にある板がない斜め先のマスへ移動できます。

 

 

 以上、質問はありますか? ……岸波くん?」

 

 黙って聞いていたが、様子を訝しんだらしい藤原書記に名前を呼ばれてつい口から言葉が零れてしまった。

 

「なぜ……なぜ普通に説明しきれたんだ?」

「いやそこかよ! 藤原だって真面目になる時はあるんだよ!」

「いえ会長、フォローになってません」

「あ、いや! すまん藤原! そういうつもりじゃなかった!」

「大丈夫ですよ。2人は熱心に聞いてくれたようなので私としても説明した甲斐があったというものです」

 

 笑顔だ。目が笑ってない。これは確実に狩られる。

 

 

 

 

 

 順番は時計回りに藤原書記スタート、白銀会長、自分、四宮副会長となった。

 

 

 

 9×9マス、縦マスだけを見るならゴールまで残り8マス。板を置くという妨害が入ることによってそれぞれのプレイヤーの最短手が変わる。つまりこれはゴールをする前に決着するゲームなのだ。

 

 勝者は1人。ゴールまでの最短手が最も少ないプレイヤーを邪魔することが最優先だろう。

 

「それじゃ始めましょー! 私は駒を進めずに板を置きます!」

 

 高らかに宣言して置かれた板。自分の駒の目の前。これは……これは――――――いや、待て。左寄りに置かれただけだ。だから右に1つ進んでからなら直進できる。

 

「俺は前進させよう」

 

 白銀会長の駒が1つゴールに近づく。まだゲームは始まったばかりだ。だからここは、

 

「板を避けて進むほかはない」

 

 駒を右に進めた。これで次以降の動きを――――――

 

「私も板を置きますね」

 

 無情にも正面に再び置かれた板。

 待ってくれ、横並びになったこれでは4マス封鎖されているではないか! もう2手使わないとゴールに近づくことすら叶わないなんて!

 四宮副会長、一体何の恨みがある!? それとも潰せるやつから潰していく方針なのか!?

 

 続く藤原書記の手番は駒を進めて終わり。

 白銀会長も前に進める。

 こちらは早々にこの壁を越えなければならないから同様に右へ。

 四宮副会長もゴールへ向けて前進。

 

 そして次の手番は全員同じ動きの繰り返し。藤原書記の手番へと移るが嫌な予感がするのはなぜだろう。

 

 

 

「はい、封鎖です♪」

 

 

 

 それはテトリスでT字型に隙間を作る置き方をしてしまったようなあれで。あれ。あれです。

 

 なんということをしてくれたのでしょう。

 

 脱出路を信じて進んだ先には通行不可能になる壁が現れたではありませんか。戻るまで追加4手入ります。

 

 

 

 頭を抱えてテーブルに伏せた。無情すぎる。

 これが……これが人間のやることかよぉぉぉぉぉぉ!

 

 

 

「まあ、なんだ。岸波。お前の犠牲は無駄にはしない」

 

 容赦なく手番は進む。

 

 ああ、いいだろう。敗北覚悟の悪あがきを見せてやろうじゃないか……!

 

 

 

 

 

 封鎖路から脱出して幾手か経過した後。

 

 他のプレイヤー同士の妨害もあってか盤面は四宮副会長と藤原書記が優勢、白銀会長は少し遅れを取った。

 

 藤原書記は先ほどの封鎖した側と反対方向を目指している。ならば自分の打つ手は――――――

 

「退路、いえ、進路の封鎖!?」

 

 このゲームはゴール不可能にすること、つまり閉じ込められる板の置き方は禁止されている。だがゴール可能ならばなにがあってもいいはず。ならば侵入不可能になるエリアがあることくらい成立できる――――――!

 

「うっわー! 遠回りさせられる!」

「俺1人負け確になってたまるか! 道連れだ!」

「なるほど、ああいう使い方もあるのなら……」

「退路を断つ……」

 

 少し冷静になってから気が付いた。これ、もっと引き付けて塞いだ方が効果的だったのに。

 

 

 

 

 

 わいのわいの言いながらゲームは進む。

 

 板をあらかた使い終える終盤。

 

 所持する板は皆公開しているわけではないがおそらく全員が互いの持ち数をカウントしていることだろう。残る板は自分と白銀会長のみ。

 

 状況としては四宮副会長が最も近く、次点で藤原書記、白銀会長と変わらず並ぶ。しかし板を用いることで容易く覆る状態だ。

 

 もはや自分に勝ち筋はなくなった。残ったのは上がる人をコントロールできる権利だ。

 

 3人には全員が上がる可能性を持っている。しかしそれも板を持つプレイヤーに左右されるという脆い階段の上だ。

 

 

 

 さて、白銀会長。ここで板を切るか? それとも自分が板を置くことに任せるか? 置かないという選択肢だってある状況で。

 

 白銀会長の手が止まる。

 

「なあ、岸波。突然で悪いが提案があるんだが」

「断る。主導権は俺が握った」

「いやいやカッコよさげに言ってますけど負け確定ですからね?」

 

 わざとらしいまでに悪そうな雰囲気でニヤリと笑う。選ぶといい。どちらに勝利の花を飾る立役者となるのか。あるいは自分に立役者になってもらえることを願うか。

 

「くっ……岸波! 俺を勝たせろ!」

「なっ!?」

 

 四宮副会長のルートを塞いだ。ならば自分は藤原書記の最短ルートを潰そう。

 

「ええっ!?」

 

 パチパチと乾いた拍手を送る。

 ――――――藤原書記にアイコンタクトをとる。

 

「これではどうやら私も負けるようですね……」

 

 四宮副会長、それでも駒を戻して別ルートに入る。あくまで勝負は勝負として続けるようだ。藤原書記はさらに迂回が必要となり自分と同じく勝機はなくなった。

 

 

 

 さらに進むこと数巡。

 

 藤原書記は奇妙な行動を取っていた。必要以上に駒を戻している。自分はそれに近づけていく。

 

 

 

 白銀会長の勝ち上がりまで残り3手。

 

 

 

 だが。

 

 

 

「岸波くん、そこです!」

「は? 何を言って……」

 

 藤原書記の駒の斜め、白銀会長の駒の下に自分の駒を進める。

 

 駒が直角を描くようにして配置される図となった。周囲は板に囲まれたT字路。ゴールは直進のみ。

 四宮副会長がまた1つ駒を進め、藤原書記はゴールの列に駒を移動させる。

 白銀会長はそれに追従する。このままなら次の手番で藤原書記は白銀会長の駒を飛び越して戻るしかなく、そのままゲームが終わることだろう。

 

 

 

 ところでだが、進行可能方向に2個以上駒が配置された場合はどうなるのだろうか。飛び越えはおそらくできまい。ルールで言われなかったし。

 

「はい???」

「白銀会長。言葉では答えなかったけどあれへの返答はこれだ」

 

 白銀会長の駒の後ろに自分の駒をつけて3つが直線状に並ぶ。周囲に逃げ場なし。

 

「………………あ、私ですね」

 

 あっけにとられたのか遅れて四宮副会長が反応して駒を進める。

 

「私動けませーん! このまま会長の番です」

 

 先ほど自分がいた位置に白銀会長は駒を移動する。

 自分は白銀会長のスタート位置方向へ動かす。

 四宮副会長はそのまま進行。

 藤原書記が移動可能な場所、つまり自分に声をかけた時と同じ場所に戻る。

 白銀会長は元の位置に戻り。自分も元の位置に戻る。

 

「待て……まさかこれは……」

「無限ループです!」

「共に負けよう!」

 

 3人の無限ループコンボが炸裂している間に四宮副会長だけはゴールに向かう事が出来る。

 もはや止める者はいない。藤原書記か自分のどちらかがこの駒による妨害をやめない限り延々と反復横跳びし続けるのだ。

 

 

 

 

 

 決着。

 

「そ、それでは私の勝ちですね」

「お疲れ様でしたー!」

「お疲れ様。次はもっと誰と組むとかやっていくとさらに面白そうだ」

「な……な、ななな」

 

 

 

 なぜだああああああ、と叫び声が生徒会室から聞こえたとか聞こえなかったとか。しかし生徒会長ともあろうものが取り乱してそんなことあるはずはないだろうと噂になることもなく消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本日の勝敗

 かぐやの勝利

 




「……名前はあるのに私の出番はまだですか?」


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