私の夢は文豪さんに護られて (黒猫( 'ω'))
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初めまして、武装探偵社さん

あぁ、遂に来てしまった・・・・・・。着いてしまった・・・・・・。そう思いながら、私は深く被ったフードを目が隠れるんじゃないかって位迄伸ばした。『あれ』は誰にも見られたくないから。それから私は、決心した(様に見えて欲しい)目で磨り硝子が嵌め込まれ、『武装探偵社』と書かれた木の扉を二回叩く。そして、ゆっくりドアノブに手を伸ばす。あと数糎という所で、いきなり扉が開き中から長身の男性が現れた。そのまま、私とその男性は衝突。私は反対の壁に吹っ飛ばされる。その扉の中に居た十数人の人達が此方を見て少しざわついている。

「す、済まない・・・! 君、大丈夫か・・・・・・い・・・?」

「え? あ、はい・・・大丈・・・・・・夫で・・・す・・・・・・。」

吹っ飛ばされて数秒してから、男性と奥の人達のの驚きの反応と私の頭の違和感により、気付いた。深く被ったフードが取れかけている。と云うよりもほぼほぼ取れて隠していた『あれ』がモロ見えている。私の体からさっと血の気が引いていくのが手に取る様に分かった。

「あ・・・・・・えと・・・その・・・・・・す、すいませんでしたっ!」

「え!? ちょ、ちょっと君!」

そう云って、私は逃げる様にその場から立ち去ろうとした・・・・・・のに、足に力が入らず、上手く走れない。更に、段々視界がぼやけていく。

 

 

 

それから、何があったのか私は覚えていないが、次に目を開けた場所は何処かの医務室みたいな処だった。右手には衝突した男性が座って読書している。・・・・・・え? 何其の本の名前・・・。完全自殺読本・・・・・・? え?自殺? あ、気付かれた。男性は本を閉じて此方に視線を向ける。そして、にっこりと微笑みながら

「目が覚めたようだね。大丈夫だったかい? いやはや、実に申し訳ない事をしてしまったよ。」

と云った。砂色の外套を着て首や手首には包帯が巻かれている。きっと自殺未遂の結果だな、そんなことを思い乍ら、私は

「此方こそすみませんでした。あの、その・・・・・・お怪我とかはなされていませんか・・・?」

「ん? してないよ。心配してくれて有難う。」

「そ、それで・・・其の包帯は・・・・・・如何して? 」

男性はけろりと笑いながら、

「これは元からだから気にする事はないよ。所で、君が探偵社に来たのは依頼だろう? 一昨日、事前予約をした女性と同じ声だったし。」

「あ、はい・・・。そうです。最近おかしなことが起きていて、警察では分類(カテゴリ)の範囲外かと・・・・・・あっ、その、あの・・・・・・私の頭の是の事・・・・・・誰にも云わないでください。お願いします・・・・・・!」

私は布団に埋まる位頭を下げた。男性は一瞬、戸惑いの表情を見せたけど、直ぐに元通りの顔になった。そして、何故か手を握られそうになる。私は本能で咄嗟に男性の手を回避した。男性はがっかりした様な顔になる。えぇ・・・・・・何故・・・。あ、そう云えば・・・

「あの、貴方のお名前を訊ねても・・・?」

「あぁ、そう云えばまだだったね。私は太宰。太宰治だよ。君の名前はなんて云うのかな?」

「私の名前は、楓香。橘 楓香。」

太宰さんにそう告げて私は寝台(ベッド)から降りようとするがそれを太宰さんが右腕を掴んで制止する。すると・・・・・・え? 嘘・・・・・・『あれ』が・・・・・・。自分の頭に触れる。矢張りない。

「如何して・・・・・・。」

「ん? 何がだい?」

「あ、いえ。何でもないです。」

「太宰さんっ! 早く来てください! 国木田さんが呼んで・・・・・・ってあ、お早う御座います。大丈夫でしたか?」

バンッと大きな音を立てて扉を開けて銀髪の青年が入って来た。私に気が付いて云った台詞が真逆のだったな、うん。

「大丈夫ですよ。えと・・・貴方は?」

「あっ、すいません。僕は中島敦です。宜しくお願いしますね・・・・・・えっと・・・。」

「ふ、楓香です。あの、私今日は帰りますね。皆さん忙しそうなので。また後日来ますね。それでは。」

そう云って私はフードを被り直し、寝台(ベッド)から降りる。二人はなにか云いたげだったけど、私はそれに構わず、部屋から出る。そして、体の形を変えて武装探偵社を後にした。もう夕方か。急いで帰らなきゃ。そう云い乍ら、私は夕焼け色に染まった横浜の街を走っていった。



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依頼についてお話しますね

あれから数日後、楓香さんは再び探偵社を訪れた。今日もあの日と変わらず、大きい男物のパーカーを羽織ってフードを深く被っている。前回と変わった事があるとすれば、それは扉をノックしてから開ける迄の時間が短くなった事、前よりも笑顔を見せるようになった事だと思う。今、僕は太宰さんと国木田さんと一緒に応接室で楓香さんの話を聞いている。

「改めて、橘楓香です。宜しくお願いします。」

「では、此方も。私は太宰治。貴女から見て右に座っている銀髪の青年が中島敦君で、左に居る気難しそうな眼鏡が・・・」

「国木田独歩です。宜しくお願いします。」

おぉ、太宰さんにあんなこと言われても平然と・・・してないな。国木田さーん。お怒りのマークが丸見えですよー。

「えと、それが始まったのは三週間程前でした。家の郵便受けに可笑しな手紙が入っていたんです。それには、『明後日、お前の頭から黒き獣の耳が生え、その次の日には尻尾も生える。』って書いてあったんです。それで、その指定された日に本当に生えてきたんです。」

そう云って、彼女は躊躇しながらフードを脱いだ。そこには、確かに生えていた。黒くて少し小さめの三角形の耳が。あの時は、見間違えとか贋作(レプリカ)だと思っていたけど、どうやら本物の様だ。時々動いたりしている。そう云えば、

「太宰さんが触った時、頭の其れ無かったですよね? って事はそれは異能力とかなんじゃないですか? 若しもそうなら、納得が行くんですが・・・・・・ねぇ、太宰さん。国木田さん。」

「そうだろうねぇ。楓香さんの其れは手紙を送り付けた人間の異能か、又は楓香さん本人の異能かもしれないが・・・・・・。国木田君はどう捉える?」

「後者を取る。元々あった彼女の異能がその手紙によって開花したと考えている。」

「異能・・・・・・力? あの・・・・・・其れって何ですか?」

楓香さんが首を傾げ乍ら聞く。あぁ、そうか。彼女は異能とは無縁なのか。しかも、眠っていたと考えるなら尚更か。

「異能力と云うのは、貴女のその耳や尻尾、太宰の異能無効化、敦の虎化等が在ります。戦闘遊戯(バトルゲエム)等で云う所の特殊能力(スキル)と云った感じですかね。」

国木田さんの説明の聞いてなんか楓香さんがそわそわしてる。小動物みたいだな・・・・・・。

「大体ですが分かりました。ふむ・・・あの時のは異能力だったってことか・・・・・・。」

「あの時? 何かあったんですか?」

「えと、俗に云うストーカーって人ですね。手紙が来だした頃から、ずっと視線を感じるんです。それで、見つからないように、人目につかなそうな処で姿を変えて移動したりしています。今日も是の建物に入る迄は姿を変えていましたよ。」

ストーカー・・・・・・絶対其奴が楓香さん宛の手紙の原因だな、うん。・・・・・・ん? 何故だろう。凄い嫌な予感がするのは・・・・・・。チラッと太宰さん達の方を見る。うわぁ・・・・・・絶対何か企んでるよ・・・・・・。なんかそんな感じの目してるよ・・・・・・。

「あ〜つ〜しくんっ、一寸此方に来たまえ。」

早速来たぁ・・・。逃げたい・・・・・・。もう全力疾走したい。だけど、そんな事を是の二人が許す筈も無く・・・・・・。僕は太宰さんに衣装室に連れて行かれた。何故かそこにはナオミさんがいる。あ、確定したな。二人が話している間にそぅっと部屋から抜け出そうとすると、太宰さんに肩を掴まれる。そのまま僕は腕を引っ張られ、近くの手摺りに手錠で繋げられる。・・・・・・もう駄目だ・・・・・・諦めよう。

「少々お待ちを。直ぐに終わりますので。」

「は、はぁ・・・・・・。」

部屋の外から国木田さんと楓香さんの声が聞こえる。

気が付くと、太宰さんとナオミさんが目の前で凄いにやけ顔を見せている。太宰さんは僕の手錠を外しながら

「敦君、此方の準備は完了だ。後は君が、試着室で其れ等を身に付けるだけで終わる。彼女の為にも一肌脱ぎ給えっ!」

そう云って僕の背中を押して試着室に入れる。試着室には絶対これ女性が着る服だよねって感じが凄い服が置いてある。

「はぁ・・・・・・やっぱりこうなったか・・・・・・。」

仕方が無く、僕は着替えを始めた。用意された服は、グレーのパーカーに白いシャツ、黒い膝下までのスキニーパンツ。そして、何故かあった黒髪の鬘。楓香さんの格好に似ている。要は僕が彼女の身代わりになれと云う事か。取り敢えず、外では太宰さんが急かしてくるし、覚悟を決めて着よう。後の事はどうにでもなれだ。

 

「太宰さん・・・・・・着替え・・・終わりましたよ・・・。」

「ほほう・・・なかなか良いではないか。これなら大丈夫だね。ナオミちゃん、有難う。態々手伝ってくれて。」

「いえいえっ。大丈夫ですよ。お役に立てたなら良かったですっ。それでは、私はこれで。頑張ってくださいね〜。」

ナオミさんのあの顔・・・・・・行先は当然乍ら谷崎さんの処だな。

「さぁ、敦君。それじゃあ行くよ。向こうでは国木田君と楓香さんがお待ちだ。」

そう云い乍ら太宰さんは僕の手を引っ張って部屋から出る。部屋から出て先ず目に入ったのが、楓香さんの驚きの表情だった。




敦君目線で書きましたっ。区切り悪いかな・・・? 取り敢えず、こんな感じでまた書いていきますよ、えぇ。


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依頼の続きと一寸した作戦内容は・・・・・・

私は驚いた。何に驚いたかって云うと、私とほぼ変わらない服装をして現れた敦さんに。違う点があるとすれば、其れは目の色だけ。他は全部同じ。髪型も服の色も、靴も、全部。まるで、目の前にもう一人の私がいるみたいで。

「敦さん・・・ですよね?」

「そ、そうです。」

如何してこうなったのか、私には分からない。急に太宰さんが敦さんを連行して、十数分後に二人が入った部屋から黒髪のセーラー服を着た、私と同じ位の歳の女の子が出てきて此方にニコッと笑みを浮かべれば、「兄様ぁぁぁぁっ!」と叫び乍ら、橙色の髪で少し大きめのシャツを纏った青年に突進していって・・・・・・。其れを国木田さんは「気にしないでください。何時もの事なんで。」って仰られて・・・・・・。あれが何時もの事・・・・・・。お兄さん、只者ではないな・・・・・・。否、此処の人達は皆そうだろう、なんて考えつつ、又数分後、今度は太宰さんが現れた。其れに次いで敦さんも姿を現せば、是の姿。しかもか、顔が真っ赤になっていて・・・。よし、何があったのかは触れないでおこう。

「えぇっと、取り敢えず、先程の話が途中で切れた・・・・・・と云うよりも、此方が勝手に切ってしまったので、続きから話して頂きますか?」

「あ、はい。えと、先程話した手紙に似た様なモノが其れからほぼ毎日来るようになりました。ある日は、『獣の姿に変化できるようになる』、又ある日は、『武装探偵社で一寸した事故が起こる』とか。」

ガタンと机を叩いて勢いよく敦さんが立ち上がる。そして、こう云った。

「えっ? 其れって前の事なのでは・・・?」

「そうだと思います。だけど、私の考える事故と貴方方の考える事故は恐らく別物です。」

「と、云いますと?」

国木田さんが聞く。私は少し間を開けてから、口を開ける。

「恐らく、『事故』と云うのは、太宰さんが医務室で私に触れた事(・・・・・・・・・・・・・・・)。私は、そう考えてます。」

「えっ・・・?」

戸惑いの表情を見せるのは敦さんと国木田さん。敦さんは声に出たけど、国木田さんは出ていなかった。

「何故そう考えるのですか? 私と貴女がぶつかった事ではなく、何故、私が医務室で貴女に触れた事なんですか?」

そう聞いてきたのは太宰さんだ。全く納得していない、そんな顔だった。

「先ず、私が貴方とぶつかった時、貴方方には見えていた筈です。フードの下から見えた、黒い耳が。でも、消えてなかった。だから、あれは事故ではないです。だけど、医務室で触れられた時は消えた。だから、そうなのでは・・・と。」

「成程、確かにそうだな。確かに太宰はあの時、楓香さんに触れていた。なのに、耳は取れていなかった。ならば、其れは事故ではないと考えられる。」

国木田さんが唸り乍ら呟く。

「そ、そういう事ではないかって予想なので、本当にそうかは分かりませんけど・・・・・・。えと、私からの依頼は其のストーカーの確保と何故私をつけるのか、調べて貰いたいんです。ちゃ、ちゃんと、お金は払いますので・・・お願いしますっ!」

私は立ち上がって三人に向かって深く頭を下げる。三人は目を見合わせた。其れから、

「其の依頼、引き受けます。まぁ、僕がこの恰好の時点で引き受ける事は予想出来てましたけどね。あ、それと頭を上げてください。」

敦さんが苦笑を交え乍らに云う。否、其れよりも本当に如何してそんな恰好なされているのですか、敦さん・・・・・・。

 

 

「取り敢えず、我々が行う事は至って簡単だ。先ず、敦君は楓香さんの見替わりとして、出動して貰う。楓香さん、彼の携帯に家までの地図か何かを送って貰えますか?」

「あ、はい。一寸待って下さい・・・・・・。出来ました。」

太宰さんに言われた通り、私は自宅迄の道のりを敦さんの携帯に送る。敦さんは携帯画面でちゃんと来たかを確認して無言で首を縦に振った。その目は決意の色を秘めていた。

「それと、楓香さんには犯人が捕まる迄、探偵社の社員寮に居てもらいます。私と国木田君は敦君と程良い距離を取って、彼をつける奴を見つけ次第、捕獲する。いいね?」

「問題無い。」

太宰さんが国木田さん目配せをする。された国木田さんは其れに答える。

「楓香さんも大丈夫ですか?」

「あ、あの、私は其のストーカーが捕まる迄、一人・・・・・・ですか?」

正直に云えば、其れは迚も不安でしかない。其の意図を汲み取ったのか、太宰さんは「谷崎君、ナオミちゃん。一寸来て貰えるかーい?」と云う。すると、先程の黒髪セーラー服の女の子とその女の子に突進されてたお兄さんが現れた。多分セーラー服の子が「なおみちゃん」で、お兄さんが「たにざきくん」だと思う。

「如何かしたンですか?」

「谷崎君、ナオミちゃん。君達に頼みがある。彼女、今回の依頼者である橘楓香さんを少しの間、守っていてほしい。」

「へ?」

そんな間抜けな声が出たのは私の口。是の人は今何と?

「別に構わないですけど、一体誰から守るンです?」

「彼女を付け狙うストーカーだよ。」

「「ストーカー!?」」

たにざきさんの問いに太宰さんが答えれば、呼ばれた二人は息を合わせて叫んだ。直後、なおみさんは私の方を向いて、ガシッと手を取ってきた。

「ストーカー被害と分かれば、反対なんてしません! 勿論お守り致しますわ! ねぇ!兄様!」

「あ、嗚呼。勿論、守るよ。」

なおみさんの剣幕にやや押され気味だったけど、たにざきさんも同じ意見の様だ。

「あ、有難う御座います。あの、お二人の名前を教えて貰ってもいいですか?」

「嗚呼、ボクは谷崎、此方は妹のナオミ。よろしくお願いします、橘さん。」

「ふ、楓香でいいです。此方こそよろしくお願いします。」

それにしても、ナオミさんは谷崎さんを兄様って呼んでいたけど、そうは見えない・・・。ん? 何か視線が・・・・・・。国木田さんと敦さんが「それ以上其の事について考えるな」って目で見てくる。よくは分からないけど考えない方がいいのだろう。屹度それが最適解なのだと思う。・・・最適解ってまるで『あの人』みたいではないか。まぁ、私と『あの人』の思考回路は全くの別物なのだが・・・・・・。

 

「よし、挨拶も済んだ様だし、早速作戦を開始しようか。」



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作戦開始 SIDE A&・・・?

「挨拶も済んだ様だし、早速作戦開始しようか。」

太宰さんがそう云って探偵社を後にした。続いて国木田さんが。僕も其れに続く。囮役なんて、僕に務まるのだろうか。不安が頭の中を過ぎる。一階へ続く階段を降り乍ら、太宰さんは振り返って僕を見た。

「敦君、今回君はあくまで囮だ。だから、人前で呉々も異能を使わない事。それと、目の色は変わっていないから、絶対に見られない様にするんだ。最後に、何かあれば、ちゃんと私達を呼ぶ事。いいね?」

「はい、分かりました。」

そうだ、是の作戦は僕だけじゃないんだ。太宰さんも、国木田さんもいる。其れに、是は楓香さんの身の安全の確保の為でもあるんだ。僕が頑張らずして、一体誰がやるって云うんだ。先刻迄あった不安はもう無い。気付けば、もう一階迄降り切ってもう少しで入り口だった。僕の前にいた筈の二人は何時の間にか僕の後ろにいる。僕が振り返れば、二人は僕を激励する様に一度頷いた。僕も頷き返して、建物から出ていった。

 

 

其れからどれ位時間が経ったか、約三十分。僕はあの日、楓香さんがしていた様に、フードを目深に被り、髪に隠れた耳にはイヤリング型盗聴器を付けて右手に携帯を持ち、偶に画面を見乍ら、楓香さんの家に向かっていた。太宰さん達は僕から八十米程離れている。何故か太宰さんがすれ違う女性に「麗しいお嬢さん。若し良ければ私と心中してくれませんか?」って云って、その横で国木田さんが「やめんか!」なんて云ってる気がするが気のせいだろう。それか、普段通りにして不審を持たせない為かもしれないが。そんな事を考えつつ、僕は可能な限り人通りの多い通りを歩いた。商店街を抜ける時、よくおばさんやおじさんに声をかけられたが、軽く会釈して通り過ぎた。暫くして、携帯画面にある地図の方向は路地に向かっていた。人どころか猫一匹いない、陽の光が全く当たらない薄暗い路地に。

「何時もこんな処を通っているのか。」

小さく呟いて陽の光が当たる方へ、路地の奥へ歩いた。一歩、また一歩と慎重に、然れど早く足を進ませる。こんな場所、ストーカーからしたら何かしらの行動を起こすのには絶好の場所だ。後、数歩で、陽のあたる場所に届く。僕は安堵の表情を浮かべた。途端、足が重たくなった。何が起きた、そう思って足を見れば、足が地面に、否、影に埋まっていた(・・・・・・・・)。突然、後ろから気配を感じた。先刻迄は無かった筈の気配。振り返れば、誰もいない。其れは何故か。ストーカーは異能者で、影を操る事ができるからなのだろう。そして、今迄影に紛れて(・・・・・)追跡していた。こんな事を考え、自分の詰めの甘さに後悔していれば、何時の間にか足首を通り過ぎて沈んでいた。

「やァ、初めまして、かな? 橘楓香さん。否、中島敦、そう云った方が正しいかね?」

「・・・!? 何故、其れを・・・・・・!」

ストーカーの詞に目を見開く。次の瞬間、僕はストーカーに拳を振ろうと、振り返るが、足が固定されている為、バランスを崩し、倒れてしまった。地面に手を付いて勢いづけて立ち上がろうとしたが、誤算だった。地面についた手に迄黒くてドロドロした見た目の、触れている筈なのに何も感じない影が付き纏う。背中に冷たい汗が伝う。足に付いている影はもう膝辺りまで沈んでいる。

「何とも不運だったねェ。あの女に関わったばかりにこんな事になってしまって。」

「五月蝿い・・・!お前に何が・・・」

お前に何が分かるんだ、そう云おうとした。だけど、云えなかった。影が、腰の辺りまで来た影が僕の口を塞いだ。ストーカーは僕の目線に合う高さに迄しゃがむ。

「そう云えば、君は何時ぞやの懸賞金七十億の人虎じゃあないか。もう懸賞金は消えてしまッたけど、君は色々と使えそうだし、一寸一緒に来て貰おうかね。」

そう云うと同時に、影に沈む速さが加速した。先刻迄ノロノロしていたけど、真逆ここ迄加速するとは。

「もう時期君のお仲間が来るからね、早くしないとね。」

虎の研ぎ澄まされた聴覚を使って聞けば、焦りがよく分かる程急いでいる足音が聞こえた。恐らく、僕に付いている盗聴器から聞こえた声等で緊急事態を悟ったのだろう。

「いいお仲間さんだねェ。でも、一寸遅かったかな。」

遅い? 未だ胸の辺りなのにか? そう思った矢先、左右から大きな黒いモノが頭から覆い被さってきた。薄くなっていく意識の中、足音が段々大きくなっていくのが分かった。最後に僕が聞いたのは、太宰さんが僕を呼ぶ声だった。

 

ーーーーーー

 

「敦君!!」

そう叫び乍ら、私達は今回の作戦で囮を務めた彼が曲がった路地を目掛けて走る。あの時、彼に渡した盗聴器越しに聞こえたのは彼の声と、彼――敦君ではない、別の男の声。男は敦君を連れ去ろうとしている。彼を如何やって使用するか、彼の珍しい容姿を利用して人身売買のオークションにでもかけるのか? 其れとも、男に絶対服従か何かをさせるのか? 否、彼奴の、彼奴等(・・・)の目的は楓香さんだ。楓香さんを呼び出すダシにするだろう。流石に其れは頂けない。敦君と楓香さん、二人の身の安全が危うい。最悪の事態が無い事を望みつつ、敦君が曲がった路地を私達も曲がる。其処に敦君の姿は無く、代わりにいたのは、ニヤけを隠さずに嗤う男が一人だけ。

「敦君の身柄、お借りしますね? 武装探偵社の御二方。」

そう云って男は消えていく。まるで、影に消える様だった。国木田君が走り出す。

「待てっ!」

後数歩と云った所で男の姿は完全に消えた。

「やられた・・・・・・。」

何も無い狭い空間に私の声が響く。薄暗い路地に残ったのは、私と国木田君の二人だけになった。



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作戦開始 SIDE H

「挨拶も済んだ様だし、早速作戦を開始しようか。」

太宰さんがそう云うが早いが太宰さん、国木田さん、敦さんの順で探偵社を後にした。続いて、私達も、と云う所で、ナオミさんに腕を掴まれる。それからの事は一瞬だった。先ず、ナオミさんは先程敦さんが連行された部屋に連れて行き、「同じ恰好の人が同じ場所から出てきたら、不審に思われると思います。なので、楓香さんには少々服装を変えて頂きますわ。」って云い出して、私の耳や尻尾が隠すことが可能なふんわりとした白と薄い青のストライプのワンピィスに大きめの明るい色の帽子を出して来た。其れを私に押し付けて「着替えてください。」と、試着室みたいな所に突っ込んだ。私はよく分からなかったが、従った方がいいと考え、着替えた。今迄こんな服装した事ないし持ってもいなかったから、新鮮だった。着替え終わった私を待っていたのは、化粧台の前で待機しているナオミさん。私の恰好を見て「よく似合っていますわ。」って云って呉れた。そんな事、滅多に云われないから嬉しい。靴は変えてないけど、良いのかな? まぁいいか。ナオミさんに促されて私は化粧台の前にある椅子に座った。そうすれば、いきなり蝶の髪飾りを付けたボブカット、白いシャツと黒いスカァトを身に付けた女性が現れ、ナオミさんと一緒に私の長い黒髪を弄り始めた。あれでもない、是でもないと試行錯誤を繰り返す二人を鏡越しに見ながら、私は無意識に呟いていた。

「敦さん、大丈夫かな。」

と。其れを聞けば、こちらの御二方、ナオミさんと先程名前を教えて貰った与謝野さんは、まるで私を恋する乙女を見るような目で見てきた。別にそういう意味ではないのだが・・・・・・。そして、待つ事数分、私の長い髪は、サイドテールをされていた。其れの付け根の所は細めの三つ編みが一周されていた。正直に云います。鏡に映る此方の方は本当に私ですか?

「さて、それじゃあ行こうか。」

与謝野女医がニヤケながらに云う。靴はナオミさんが何時の間にか用意していた、空色のパンプスを履く。そして、私は与謝野女医とナオミさんに続いて部屋を後にした。

 

待っていたのは谷崎さんとオーバーオールに麦藁帽子を身に纏った金髪の少年、一昔前にいそうな探偵崩れのような服装に、黒髪、細い目を持つ青年。三人とも私の姿を見るや否や、ぽかんと口を開けた。

「何処か・・・可笑しかった・・・ですか?」

「否、否々全然可笑しくないよッ。ねェ、賢治君、乱歩さん。」

「はい、迚も似合ってますよ。可愛らしいです。」

「嗚呼、よく似合ってるよ。でも、其の恰好じゃあ後々大変になるかもしれないね。」

恐らく、金髪の少年が「けんじくん」で、黒髪の青年が「らんぽさん」だろう。なのだろうが、是の人は今なんて云った? 後々大変になる? どういう事だ。

「あの、其れって一体・・・・・・。」

云いかけて、突然私の携帯から着信音(某歌い手さんの曲)が流れ、振動する。何事かと思えば、敦さんからの電話だった。ストーカーは確保できたのだろうか。だとしたら、いいのだが・・・・・・。相手を待たせては悪いと、急いで通話釦を押そうとするが、寸での所でらんぽさんが私の手首を掴んで止めた。

「僕の推理が正しければ、君の携帯に掛かってきたのは敦だろう? だけど、電話の内容はストーカー確保なんかじゃあない。更に云えば、其れを掛けてきた人物は敦では無い。」

「つまり・・・・・・敦さんは・・・・・・。」

場の空気がガラリと変わる。私はらんぽさんに向けていた視線を携帯に戻して、通話釦を押す。是の場にいる全員に聞こえるように、拡声機(スピーカー)にして。

「もしもし・・・? 敦さん?」

若干震えている私の声。周りにいる人達は皆、黙って私の携帯から流れる筈の声に耳を澄ませる。

『やァ、楓香さん。初めまして。』

携帯から流れ出た声は、是の場にいる全員が知らない、男の声。らんぽさんの云った事、私が考えてしまった、最悪の事態が訪れる予感がした。首筋に冷たい汗が伝う。

「何方ですか? 私は貴方の事なんて知りませんけど?」

『おやおや、其れは失礼。俺は君が其処にいる原因を作った者、そう云えば、分かるかな?』

男は嗤う。私の反応を聞いて。怯える様が、そんなにも心地良いのか。訳が分からない。だけど、そんな男の嗤う声も次の私の一言でピタリと止む。

「ストーカー・・・!」

『そうそう、君のストーカー・・・・・・じゃねぇわ! 誰がストーカーだ!』

「否、ストーカーの他何も無いですし。貴方あれでしょ? 私に変なの付けて其れで羞恥心に駆られてるトコを捕まえて人身売買にでも出すとか、ホルマリン漬けにして自分の隣に置こうとか考えてたんでしょ。この変態。最低の屑野郎。」

「あの、楓香さん? 其れは幾ら何でもやり過ぎ・・・・・・。」

私の口から出る詞に何かを感じたのか、青ざめた顔の谷崎さんが止めに入る。

『中々来るモノだな・・・こういうのって・・・・・・って違う、そうじゃない。本題に入らせて貰うが、君達武装探偵社の社員、中島敦君の身柄を此方で預かっている。』

「矢っ張りか・・・。それで? 何をすれば敦さんを返してくれるの? 三秒以内に言わないと・・・・・・。」

『言わないと?』

 

「今迄味わった事の無い様な、そして、これから二度と味わえない様な、そんなトラウマモノの生き地獄を味合わせてやるよ。」




一番最初の台詞が少し抜けてましたね、すいません。以後気をつけます


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ストーカーとの電話とその後

「今迄味わった事の無い様な、そして、これから二度と味わえない様な、そんなトラウマモノの生き地獄を味合わせてやるよ。」

 

『なッ・・・・・・!?』

なんかストーカーの発言一つ一つが私を腹立たせる。だから、一寸だけ脅してみようかな、なんて思ってついこんな事を口走ってしまったが、一応可能なのだよね。まぁ、口走ったなんて口が裂けても言わないけど。私の詞にはストーカーだけでなく、探偵社の人達も驚きとか焦りとか、そんな感情が色々混ざっている。先刻迄余裕こいてたらんぽさんですら、なのだから、世の中何が起きるか分からないモノだ。

「取り敢えず、敦さんは返して貰う。どうせ、貴方がいる処に一人で来いってテンプレみたいな事言うんでしょ? 早く教えて貰おうか。」

真顔で淡々と告げる私を、周囲の人達はどう思っているのだろうか。少なくとも、普通の人間とは思われていない。でも、今はそんな事をいちいち気にしていたらキリが無い。

『ば、場所は倉庫街の・・・・・・。』

「ふーん、よし分かった。大体の目星は付いた。精々一秒でも長く生きれる様に武器の手入れをしとくんだね。」

『おッおい・・・・・・!』

ストーカーから場所を聞き出して、通話を終了する。電話からは無機質な音が流れる。如何やって地獄を見せてやろうかと考える。流石に是の恰好は動きづらく、良ろしくない。

「すいませんが、着替えさせて貰いますね。一寸あのお部屋借りますね。」

「あ、嗚呼。分かッたよ。」

与謝野さんからの返事を聞いて私は先程着替えに使った部屋に行く。先に着替える前とは違う、伸縮性の高い真っ黒いズボンを履いてワンピィスを脱ぐ。ワンピィスをハンガーに掛け、ズボンと同じ真っ黒なTシャツを着る。最後に何時もと同じパーカーを羽織り、濃いグレーのスニーカーを履く。折角結って貰った髪を崩すのは、あの二人には失礼だと思って、髪型だけは、変えないでおこう。でも、と、紅い組紐を髪の結び目に結ぶ。直ぐ解けてしまわない様に頑丈に結ぶ。

「よし、できた。是で、あの人達は気付かない。何時もの服(・・・・・)は移動中にでも着替えるか。」

そう呟いて、私は部屋を後にする。

部屋を出ると、谷崎さん達が何やら話し合いをしている。私に気付くと、皆此方を向く。何故か、皆神妙な顔をしている。先刻の私のワンピィス姿を可愛い笑顔で褒めてくれた、けんじくんでさえ。

「楓香さん。」

「何でしょうか。」

谷崎さんが私の名を呼ぶ。私はそれに応える。次に出てくる谷崎さんの詞は何だろう、と考え乍ら。

「貴女を一人で行かせられない。」

「なら、どうするんです?」

「ボクも一緒に行く。」

は? 是の人は何と言った? 私と共に行く? こんな武装探偵社西のチキンみたいな人が?

「如何して貴方が? それ以前に、あのストーカーは私一人で来いと云いました。私だけで行けば敦さんは死なない。其れに、私は他の人と比べれば、未だ強いから。」

「でもね、君はあくまで依頼者だ。依頼者に傷を負わせたとなると僕達にも、君の家族にも良ろしく無い。」

らんぽさんが云う。そんな必要無い。私の『アレ』は制御が難しいから、一人で行った方がいいのだ。でも、そんな事を云っても、彼等は首を縦に振らないだろう。ならば、そう考えたなら、行動を起こさなければ。

「そうですか・・・・・・。なら、強行突破、させて頂きます。こんな私をどうか、許して下さいね? 異能力・・・・・・『夢紡ギ』。」

私の背後に現れる、紫の帯。ソレは、私以外の全員に軽く巻き付く。そして、頭の中に入っていく。すると、皆倒れ込んだ。紫の帯は私の元へ戻ってきた。

「ごめんなさい。次に貴方々と会う時は、こんな物騒なモノじゃない事案である事、もっと穏やかにお話できる事を願いますよ。」

そう告げて私は武装探偵社から立ち去った。私の異能に掛かっていない人物(・・・・・・・・・・・・・・)が一人いたのに。



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敦さん奪還作戦 其ノ壱

探偵社の人達を眠らせた私は探偵社の近くに停めてあったバイクに乗ってストーカーとその仲間がいる場所に向かっている。途中、何時もの服ーー白シャツワンピにグレーのベストと白のチェック柄が入った黒いネクタイ、黒いタイツと同色のヒールのある靴、その上から黒い外套ーーに着替えた。その時に、『あの人』が私にくれたインカムを付けた。バイクを走らせ、インカムを付ける。何コールかしてから通話の相手が出た。

「もしもし、橘です。」

『楓香くんか、どうしたのかね?』

「人虎が奴等に捕えられました。其れで、人虎を解放するが、交換条件として私を差し出せ、と。場所は聞き出したので、これから殲滅に行きます。だから、倉庫街の・・・・・・否、あの感じからして屹度、十四、五番街辺りの西倉庫かと思います。私は十五番街の方に行くので、十四番街の方に、私の部下を行かせるよう云って貰っていいですか? あと、死体処理班と拷問班の準備も。」

『うん、分かったよ。連絡を入れておこう。嗚呼、処で楓香君。』

「何でしょうか。」

『太宰君・・・・・・否、武装探偵社の面々に君の素性はバレていないよね?』

「・・・・・・どうでしょうね。一応怪しかった人達には異能で何とかしましたけど。バレてしまったとして、貴方は私を殺す気でも起きました?」

『否々、そんな事したら確実に私はあの二人に怒られてしまうよ。』

「其れもそうですね。其れでは。」

通話を切る。帰りに何かケェキでも買っていこうか。嗚呼、でも屹度私の服は、手は、顔は、肌は血塗れだ。

 

バイクを走らせて十数分、目的の倉庫に着いた。倉庫の扉は開いているから中に入った。目線を感じる。私があんな事云ったからかもしれないが、丸分かりなのだよ。中に二十人以上、背後に五、物陰に四。ほぼ全員武装している。していないのは二、三人といったところか。恐らく其奴等は何かしらの異能を持っている。

「楽しい夜の始まり、だね。」

私は懐に仕舞ってあるサブマシンガンと小型手榴弾を取り出す。緊張感が漂う。取り敢えず威嚇程度にと、手榴弾を背後に潜むであろう、敵に向かってホイッと投げる。少しの間があってからの爆発音と共に来る爆風。私の手榴弾は何処ぞの量産品とは違う。知り合いの狂乱科学者(マッドサイエンティスト)に頼んで作って貰った私専用の手榴弾。普通のモノとはワケが違う。其の寸法(サイズ)からは有り得ない程の威力を持つ。だから、ほら

「もう、死体が出来上がった。」

其処に居たと思われる男達の死体が四つ、出来上がった。でもね、私はあの時云ったんだ。

『今迄味わった事の無い様な、そして、これから二度と味わえない様な、そんなトラウマモノの生き地獄を味合わせてやるよ。』

って。

「異能力『夢紡ギ』。」

そう云えば、ほら私が彼等から失わせた命(・・・・・・・・・)が帰ってきた。その場に居た私以外の人間が全員驚く。当たり前と云えば当たり前。だって、一度死んだ人間が蘇るなんて事、有り得ない。

「ねぇ、貴方達は私の事、どういう風に認識していたのかな?」

「何・・・・・・っ!?」

「屹度、こう認識してたんでしょ? 臆病な性格の異能を持った大学生・・・・・・。でもね、私はそんなひよっこくない。そんなだったら、此方の世界(・・・・・)では直ぐに命を落とす。そうでしょ?」

そう云いながら、私は手にしているサブマシンガンで男達を撃っては蘇らせ、また撃っては蘇らせを繰り返す。男達の血は私の処まで来ない。詰まらないな、もっともっと血を見たいな。

「お、お前は・・・一体、一体何なンだ!」

男の一人が叫ぶ。私は腕まで使って大袈裟だと云える様な礼をし乍ら答える。

「嗚呼、済みませんね。申し遅れました。私の名前は橘楓香。ポートマフィア準幹部兼、エリス嬢の護衛役(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)をしています。以後、なんてモノは貴方達にはないけれど、お見知り置きを。」

 

男達はこの時悟ったであろう。自分達が行ってきた事の重大さを。



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