世にも不思議な転生者 (末吉)
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プロフィール(オリジナル人物のみ)

メモ書きみたいなものです。さらに言うと、最新話時点での情報ですのであしからず


 長嶋大智:男

 

 今作主人公。身長:182 体重:70

 顔立ちは毛フェチの探偵に出てくる鉄人刑事似。

 普段から淡々としているが、最近では感情が露わになって来てる。

 現段階で、人類で彼に勝てる存在はないだろう。

 

 斉原雄樹:男

 

 サポート的転生者。こちらの方が先に来たというのに大智のお蔭でサブ主人公みたいな扱いになった。

 身長168 体重:60

 顔立ちは幼い女の子みたいな人懐っこさがある。常に笑顔。前髪は眉毛付近で切りそろえられている。

 転生前は病弱で、はやてと境遇が似ていたことも有り一目ぼれ。腹黒い。大智の影響を最も受けた人物。

 

 

 霧生元一:男

 

 オリジナルキャラ。雄樹の幼馴染で親友的なポジション。またはツッコミ役。

 身長:176 体重64

 顔立ちは二枚目俳優と言われるぐらいカッコいい。いつも半袖短パンなタレントの若い時代に似ているかもしれない。とても元気。

 もう一人の幼馴染である水梨木在の事は小学生から気になっていたが、付き合い始めたのはつい最近(高校生)だったりする。

 一族郎党料理下手という中から努力して料理上手に変身を遂げることができ、現在では料理本も出してる。

 なお、最近何でも屋の方の仕事は料理関係だったりする。大智の影響を三番目に受けている人物。

 

 

 水梨木在:女

 

 オリジナルキャラその二。元一の隣に住んでいる大人しい女性。

 身長:165 体重:秘密

 顔立ちは基本的に前髪で隠しているので見えないが、元一曰く『目が大きくてかわいい』とのこと。

 元々料理好きだったが、ある時までは元一にだけ「あの頃」の料理を作り続けた。

 女優になったのは、高校で料理部と演劇部を兼部した際、「この性格を直せるんじゃないか」と思い一念発起した結果。

 役としては地味な女ばかりだが、それでも楽しいらしい。婚約の申し込みをされた時は二人で食事をしていた時で、元一が今までの想いを誤って飲んだ酒の酔った勢いで話してくれたことを普通に覚えている(本人はあんまり覚えてない)。

 何でも屋の仕事は主に子どもの世話など。

 

 

 如月裕也:男

 

 オリジナルキャラその三。元々ただのサブキャラだった。

 身長:173 体重:67

 一言で表すなら野球少年。詳細を説明するなら大智とつるんだおかげで人の枠をはみ出しかけている一般人。

 大智経営の何でも屋社員であり、同時に社長代理の位をいただくこともある。その場合受ける仕事は地域内限定になってしまうが、それでも仕事の依頼が尽きないので頑張って経営している。

 野球に関しては三年連続春夏連覇した時点で未練はすっぱりなくなったらしい。スバルに一目ぼれした可能性あり。

 

 

 天上力也:男

 

 オリジナルキャラその四。元々踏み台として用意していたキャラだったが、それじゃありきたり過ぎたのでライバル的立ち位置に昇華させてみた。

 身長:172 体重:65

 キャラ的に言うならアリサの男性版だが、入学直後に根底から崩されたおかげでいい具合に人格がねじれてしまった。そのせいで大智に対する嫉妬心などが膨らんでいき悪魔と契約するほどに。

 闇の書事件の後にマモンから契約の変更を持ち掛けられてそれに応じ、努力して打倒大智を目指す方向に。

 現在大学生で何でも屋のアルバイトをしており、その仕事内容は主に書類作成。

 最近では悪魔の力をふるえるようになったとか。

 

 

 宮野勝也:男

 

 大智の両親の知り合いで警察官。交番勤務だが、事件解決率が高いので度々出向している。ちなみに解決法はほぼ勘。そのせいで偉い人たちからあまりいい顔をされない。強面だが親切で、交番にたむろする子供がいるとか。

 高町美由希と結婚間近。

 

 



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start
01:唐突かつ理不尽な転生


久し振りに書いた二次創作です。前々から書きたいと思っていました。

…この主人公、どうなることやら。


ふと思う。人生とは理不尽に満ちていると。

 

なんでこんなことを書いているのかというと、ハッと気づいたらこうなっていたから。

 

具体的に言うと、百七十八ぐらいあった身長が百二十ぐらいに縮んでおり、見上げたら今まで住んでいたはずの顔っぽいものが映っていた白い天井ではなく、うっすらと茶色がかった天井だった。

 

ここがどこなのか。一体いつなのか。それらが分からなくて不安だが、だからこそ近くにあった紙とボールペンでこんなことを書いている。

 

と。この紙の裏に何かが書いてあるのが分かった。

書くのを止めて裏返してみると、『長嶋大智さんへ』と始められていたので、正直驚きながら読み始め……読み終わった瞬間手紙を握りつぶそうとしたところで、

 

「こら!何やってるの大智!!」

 

この世界の母親(・・・・・・・)が俺の姿を見てそう怒鳴ってきた。なので、俺はその手紙を潰し損ねたのでポケットに突っ込み、おそらくいま表情が怒りに染まっていそうだったので何とか戻して言った。

 

「なんでもない。ただ驚いただけ」

「なんでもない、じゃないわよ!」

 

そう言って近寄って俺が隠した手紙を取ろうとしたので、反射的にバックステップをして距離を取り、その手紙を持って部屋を出て自分の部屋へ向かった。

 

 

ちょっと!などと声が聞こえたが、当然ながら無視した。

 

 

 

 

俺の名前は長嶋大智。手紙の通りなら転生者という、別世界に魂其のままで生き返った人間だ。記憶がそのまま引き継がれるという条件付きということだが。

そして現状を手紙通りで認識すると、この世界は俺が生きていた世界とは違い何かテレビでやっていた『魔法少女なんたらかんたら』というところで、年代背景的には小学生になったばかり。

 

……どうも緊急手段だとかで俺の意向を完全無視したものにして罪悪感を感じてるそうなので、とりあえず神様に連絡できるものが部屋にあるらしい。それ以上のことは書いていなかった。

 

ていうか、どうして俺はこんなことになったんだ?さっぱり記憶がないんだが。

今更疑問に思った俺は、部屋にはいったらカギを閉めて自分の部屋を捜索した。

 

最初に見つけたのは制服。そこから落ちた紙に書かれていたのは、『聖祥大付属小学校』と書かれていた。

う~ん…何かすごい嫌な予感がする……。

 

次に見つけたのはリストバンド…みたいな機械。一体なんだかわからないが、思いっきり怪しそうだったので放置。

 

教科書、鞄、私服、パソコンetc.……とまぁおおよそ小学一年生で必要な(パソコンはどうだろうか)物が見つかる中、最後に見つけたのがマイクだった。

 

……なぜにマイク?そう疑問に思いながら、俺は何となくマイクを手に取り喋ってみた。

 

「あーあー。マイクテス、マイクテス……って、電源入れていないのに何やってるんだ、俺」

 

少しばかり恥ずかしがっていたら、

 

『なんじゃ。もうばれたのか』

 

などとマイクから声が聞こえた。

 

おいおいおい。まぐれでやってみたらこれが神様との通信用かよ。おかしすぎるだろ。

そう思いながら、とりあえず喋った。

 

「おいこら。俺はさすがに平和なところにいなかったが、少なくとも周りは平穏なところにいたはずだ。一体どうしてこうなった?」

『すまん……。訳を話すとじゃな……』

 

・・・・・・・・・・・・・。

 

「ふ~ん。つまりお前ら(神様)が目を離したすきに流れ弾に当たって死んだと…で?」

『で?とは?随分軽くいっとるが……わしらのミスじゃぞ?』

「はぁ?避けられなかった俺が悪いんだろ。まぁ、避けられなかったんだろうがな」

『あっさりとしとるの…』

 

そうじゃなきゃあんな環境で生きてなんかいけねぇよ。そう思いながら、俺は言った。

 

「ってか、なんで俺はこんな状況になった?緊急処置だとか言っていたが」

 

すると、神様が申し訳なさそうに言った。

 

『あまりにも急じゃったんじゃよ。お主が死んだのは。じゃから急いで転生の準備をしていたんじゃが…余りにも急ぎ過ぎて前の転生者と同じ世界にしたんじゃよ。時系列ももちろん同じにな』

 

はぁ。なんだか前途多難な気がするなぁ。ため息をつきながらそう思い、俺は確認した。

 

「なぁ、ちょっといいか?」

『なんじゃ?』

「身体能力は元の世界のまま(・・・・・・・)か?」

 

少し悩んだのか、間をおいて答えてくれた。

 

『……そうじゃ。ついでにいうと、その世界では「魔力」が存在する。お主の部屋にあったリストバンドっぽいものはその魔力で魔法を操れる機械――デバイスというのじゃから』

 

ふむ。魔力、魔法、デバイス…か…。生きていた世界にそんなのなかったから慣れるのが大変そうだ。

そんな風に思いそろそろ終わろうと考えたら、神様が質問してきた。

 

『そういえば、特典とかどうするのじゃ?』

「特典?」

 

限定盤でもらえるような奴だろうか。

 

『うむ。』

「一体どういうのがあるんだよ?」

『一般的にはチート性能じゃが……お主の存在を生前そのままにしたから存在自体がチートなんじゃよな。しかも比例して魔力も測定不能じゃし』

 

特に気にした覚えはないが、俺ってそんなチート性能だったのか。初耳だ。

 

『じゃから特にないんじゃが……原作知識とかどうじゃ?』

「原作?」

 

これって原作あったのか。スッゲェ初耳。

 

『まぁお主の世界になかったのは分かっておるが……どうする?必要か?』

 

俺は少し考えた。そして出した答えは、

 

「いらね」

『は?』

 

拒否だった。

 

『どうしてじゃ?』

「だって巻き込まれると決まったわけじゃねぇだろ?何も知らないでこの世界で過ごした方が楽しいだろ」

 

そう言うと、神様はしばし沈黙し、やがて口を開いた。

 

『……そうか。ならばその願い、とっておくがよい。このマイクで話せばいつでも願い事をかなえてやるわい』

「へっ。そうかい」

『ちなみに、一つまでじゃぞ』

 

一つか…。正直言って忘れてそうで怖いな、俺。

 

そんな感じで訊きたいことが終わったので今度こそ終わりにしようと思ったが、どうすればこの通信が切れるのだろうかと首を傾げた。

 

それを見越していたのか、神様が説明してきた。

 

『この通信を終えたいのなら、マイクから手を放せばいい』

 

言われた通りマイクを机に置くと、声が聴こえなかった。

本当だ。通信が切れた。すごいな、これ。などと驚きながら、

 

ドンドンドン!

 

……さっきから叩かれているドアの耐久度の心配とこれからの説教の長さの心配をする羽目になった。やれやれ。




戦闘があるかどうか怪しいです、この作品。デバイスあるのに。


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02:デバイスと主要人物との接触

日記っぽい感じになっています。これから彼はどうなるのでしょうか。


転生して一週間が経過した。

 

どうも俺の家は母子家庭だった。つまり、父親がいないとのこと。

 

だからといって特に問題などないのだが。しいていうなら、身体能力が生前の同い年と同じだったため多少セーブしないと体がすぐに壊れるということと、そのために筋トレをやらなくてはいけなくなったこと。

 

体力面も同じ。試しに走ってみたが軽く流して半日ほどは普通に走れた(セーブした状態で)。

 

家事なども体と知識が憶えていたから特に問題なかった。

まぁ、さすがに包丁を握ろうとすると母親が止めるんだが(当たり前か)。

 

次に、デバイス、と神様が言っていたリストバンドもどき。これは初期設定と魔力の封印だけをした。

初期設定、と言っても名前とかを決めるだけ。

 

どういうのがいいか悩んだが、前の世界のパートナー(武器。AI付)の名前を思い出し、そのまま『ナイトメア』にした。

 

正直言って、チュートリアル的な説明は聞いてない。速攻で自分の魔力を封印させて待機状態にしたから。

 

困ったことにならなければ使わないでしょ。そんな考えで、俺は今も聴いてない。

 

 

そして学校。

次の日(転生して)が入学式だったらしく、母と一緒に学校へ向かった。

入学式が終わりクラスへ向かい、自分の席へすわって先生を待っていると、誰かが近寄ってきた。

 

「誰だ?」

 

その人に見向きもせずに窓の方を見ながら尋ねると、そいつは驚いてから訊いてきた。

 

「よく分かったね?」

 

窓を指さしながら俺は答えた。

 

「気配とこれ。お前の姿がバッチリうつってるんだよ」

「なるほど」

 

窓から見ると、身長は平均で何の特徴もなさそうで頼りがいもなさそうだがストレスに負けなさそうな少年だった。

 

「なにしに来た?」

「えっと…会話しに?」

 

そこで俺に確認を取られても困るんだが。そう言いたかったが、その言葉を飲み込んで「先生が来るぞ」とだけ言っておいた。

 

 

そこから本当に先生が来、自己紹介だということで廊下側からやっていった。その感想として言いたいことは……、

 

意外と黒髪ってのがいないのな、この世界。結構特徴的な色してる奴ら多いし。

あと何気に将来有望そうな女子(美人という意)多いよな。だからどうしたと言いたいが。

 

と、自己紹介を聞き流しながらそんなことを思っていたら自分の番になっていたので、名前と一言だけ添えて座った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

転生して一ヵ月が経過した。

 

友達と言える奴は入学式に話しかけてきた奴(斉原、と言っていたがクラス委員長に立候補して当選したので委員長と呼んでいる)ぐらいで、あとは時々話す程度の奴らばかり。

女子とは距離を置いている。前世の経験則により、あまり近づきたいと思えないのだ。

 

話しかければ答え、こちらからは話しかけない。そんなことをして距離を保っているのだが、気付けば話しかけてくるやつの方が珍しくなった。まぁしょうがないが。

 

授業は、はっきり言ってつまらない。転生前に習ったものばかりだし、寝ていてもテストの点数は百点とれる自信がある。

 

体育の時は、はっきり言って超手抜き。二割ぐらいで普通の状態より少し上なので、それぐらいでやっている。じゃないと俺の体壊れるし。人越えてるし。

 

昼食の時間は一人で空を眺めながら食べている。弁当は母が作ったものだ。

 

どうして空を眺めているのかというと、生前の世界じゃ見たことのない晴れやかな空だから。あそこいっつも曇ってたし、トルネードとか雷雨が日常的に起こってたからな。ここまで青いとすごい新鮮だ。

 

…あいつら、一体どうしてるんだろうか?

俺が死んでどう思っているんだろうか?

悲しんでいるのだろうか?喜んでいるんだろうか?悔しがっているのだろうか?それとも

 

 

何も感じていないのだろうか。

 

 

そこまで考え、俺は弁当のことを忘れ空を注視した。

 

流れる雲、青い空。その風景が仲間と見たかったものだということに気付き、視線を外して弁当を食べ始めた。

 

味は美味しかったが、なぜかとても寂しかった。

 

 

放課後。

 

いつも通り一人で帰る。たとえ帰り道の方向が同じ奴が居たとしても、だ。

 

そして歩きながら思う。

 

平和だな、と。

 

あの世界じゃ、登校までに銃撃戦、授業中にテロ事件、下校中に銃撃戦が当たり前。まともな授業を受けられた日にゃ、全員が涙ぐみながらお祭り騒ぎしてたな。いやーあれはすごかった。

 

そんな風に懐かしんでいたら、後ろから気配がしたので歩みを速めた。誰だかはここ一ヵ月でわかってたし。

 

後ろの奴は俺が早足になったのに気付き走り出したようだ。

 

「待ってなの―――!!」

 

…ご丁寧に声を上げながら。

 

なんていうか、この状況で知らんふりを貫くのが辛いって、最近理解してきたんだよな。

一種のあきらめを覚えつつ、俺は歩みを止めて振り返って声の主を待つようにしながら返事をした。

 

「何か用かよ、高町」

 

こけるぞ、とは言わない。言うとこけるから。

 

高町、と呼んだ少女は息をだいぶ切らせながら近寄り、二歩手前で膝に手を乗せて止まり息を整えながら呟いた。

 

「……長嶋君…やっと、止まって、くれたの…」

 

流石に一ヵ月続けばな。

 

 

俺がこいつと接触したのは入学して一週間後。

いつも通り一人で帰ると、紙に『翠屋で好きなもの買って食べてね』と書かれていた。

仕方がないので神様に場所を聴いて向かったところ(願いにカウントされなかった)、なんと家の近くだった。

 

今まで気づかなかったなぁと思いながら(登校時は遠回りで体力作りをしている)、人の多さに驚きつつ店に入った。

 

そこで見たのだ。クラスは違うがたまにクラスの男子連中が話をする『高町なのは』という存在を。

 

栗毛のツインテール。そしてかわいらしい顔立ち。男子たちの間じゃファンクラブが存在するくらいのものらしい。まぁ興味がないし関係ないが。

 

その時は特に互いに話すことなく終わったが、母が先述のようなものとお金(紙幣と硬貨って旧時代のものかよ・・・)をたまにおいていくので、その度に行ったら顔を覚えられた、というもの。

 

どうも母とあそこの家の人は知り合いらしい。だからといってどうというわけではないが。

 

と。息を整え終わったらしいが足ががくがくの状態で高町は笑顔で話しかけて来た。

 

「一緒に帰ろう?」

 

一瞬見捨てようかと思ったが、何となく可哀想な気がしたので(同時に嫌な予感)「鞄ぐらい持ってやる」と言って空いてる手を出した。

 

基本的に背中に背負ってるが、俺は手で持つ。走るときは大変だが、背中で揺れるよりはましだと思ってるから。

 

高町は一瞬驚き、すぐさま「べ、べつにいいの」と断った。

 

「そうか。その足で果たしてどれくらいかかるだろうな?」

「うっ。ちょっと休めば大丈夫なの!」

 

自分の状態を自覚しているのか少し頬を赤くして反論してくる高町。

そんな彼女を見て、俺はとりあえず言った。

 

「休むのは勝手だが、天下の往来で休んでいると死ぬぞ?」

 

幸い車は通っていないので今のところ問題ないが、もし来たら事故る。確実に。

 

そのことを高町も想像したのか少し青ざめて「…行くの」と言って歩きだしたので、俺はそれに合わせるように歩き出した。

 

 

 

 

 

「また明日なの!」

「会えたらな」

 

右手を勢いよく振りながらそう言ってきたので、いつも通り冷静に言って俺は帰った。

 

……しかし、高町って魔力結構あったんだな。びっくりだ。




頑張っていきます。


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ジュエルシード事件
03:月日は過ぎて


初めて感想をいただきました。結構厳しめの意見でしたね。言わんとしていることは分かりましたので、精進します。


小学三年生になった。

 

その間になんか顔が美形なのに中身が最悪な同性別を確認。ナルシストと思われたので、関わりを避けるべく気配を消し始めた。魔力もすごかったし。

おかげで委員長にはかなり苦労を掛けている。今度何か奢ってやろう。

高町とは気配を消し始めてからはロクに話していない。まぁ女子の友達が出来たとかで店先で嬉しそうに話しかけてきたので、別にいいだろう。

 

あと、この学校はテストの結果を張り出していた。その結果、高町の友達らしいアリサ・バニングスに絡まれ月村すずかと知り合った。まぁ、気配を消しているので最近は突っ掛ってこなくなったが(あまり)。

 

あと、同性別は高町たちとよく話している。嫌がれているのだと周りから見ればわかるんだが、ナルシストだからか気付いていないようだ。……関係ないか。

 

筋トレの方は、ここ二年で慣れたおかげか大台の一千回をこなせるようになった。にもかかわらず、体格は変わっていない。これも神様のおかげだろうか。

 

デバイスとの会話は暇な時に。魔法の修行は使えるものしかやっていない。理由は、今の魔力がFで魔力を使わずとも戦闘は乗り切れると思ったからだ。

 

あ。図書館という本が集まっている場所に興味本位で行ったら、車椅子の美少女(自称だが、あながち間違ってはいない)と遭遇した。八神はやて、というらしい。

どこかの地方語もどきでしゃべり倒してきたので、ある程度聞き流しながら読書をしていた。

こいつも魔力はあった。

 

 

 

 

そして現状。

 

 

ただ今母親が失踪しました。

 

 

 

………昔からそういう言動が多かったが、まさか三年に上がった時に『少し旅に出ます』とだけ書かれた紙がテーブルの上に置いていくとは。

 

そのあとメールで『お金は振り込むから』と送られてきたので、満足したら戻るだろうと考えた。

 

という訳で現在一人暮らしになってしまったが、別段不便ではないので(むしろ一人しかいないので気が楽)やりたいことをやっている。

 

具体的に言うと前の世界で作られていた物を作ったり、家電製品拾ってバラして別な物作ったり、魔法の修行したりしていた。

 

そしてこのことは誰にも知られていない。色々な意味でまずい気がしたからだ。

 

 

 

 

話を戻そう。

 

 

今は学校。クラスがどこだかを知るために委員長と一緒に居る。

 

「いい加減斉原に戻したら?」

「それでもいいが、断る。定着したあだ名を呼ばんで友達じゃない」

「呼ばなくても友達じゃない?」

 

そこら辺は別にいいだろうと思いながら一緒に見ていたところで、俺は思わず声を上げた。

 

「お」

「見つけた?」

「ああ。どうやら俺達は三年連続で同じクラスらしい」

「腐れ縁っていうんだよね、こういうの」

「プラス」

「まだ何か?」

「ファンクラブが存在する人間が四人」

「高町さん、バニングスさん、月村さん、天上くんだっけ」

「そうだな」

 

この学校では無論有名な話だ。ファンクラブが存在する人間がいるのは。

しかし四人も固まったか……。これは……

 

「何か起こりそうだが俺には関係ないのでスルーしよう」

「一息に無関係アピールって。堂々とよく言えるね」

 

呆れられていると分かるが、そんな事どうでもいいので俺は委員長を置いてさっさと教室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

自分の席について気配を少し薄めて先生を待っている。正直暇。本を持ってきてもよかったが、すぐに帰るのだからと思い置いてきた。

 

こうなったら寝るか。そう思って机に伏そうとしたら、前方に気配が。

だがまぁ、見知った気配なのでそのまま伏して会話しても何ら問題あるまい。そう思って言葉を発してみた。

 

「なんだバニングス」

「…毎回思うけど、アンタってどうやってその状態で識別してるの?」

「教えるか」

 

呆れながらも返してきたのは、件のファンクラブ持ちの一人。どうも一番じゃないと気が済まない性分らしく、俺に入学当時から負けまくっているのが話しかけている主な理由らしい。入学当時の成績では負けたが。

 

こいつも慣れたのか、俺のこんな状態でも話しかけてくる。

 

しかしこいつは暇なのか?わざわざ窓際まで来て。

そんな風に思いながら机の冷たさを堪能をしていると、

 

「まぁいいわ。今年こそあんたに勝ってやるからせいぜい頑張りなさい!」

 

とだけ言って戻っていった。

 

俺からすれば、ご苦労様、だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あくる日。

 

問題らしい問題など起きずに平穏な日々が過ぎ去ったが(同性別は相変わらず)―――委員長に翠屋のシュークリームを奢ったくらいで特に何もなかったが―――この日に限って変化が訪れた。

 

頭に直接語りかけてくる「誰か」がこの世界に来たようだ。

 

「頭に響く…これって確か、念話、だっけか?」

『その通りです、マスター』

 

なるほど…この時間帯と言えば下校時だから、少なくとも誰かは不思議生物を保護するだろう。

 

モチロン俺は……

 

『どうしますか?』

「いかね。めんどうだし」

『そうですか』

 

それから筋トレをして、俺は夕飯を買いに出かけた。

 

 




今更ですが、大体は自己解釈なんですよね、これ。


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04:三十六計逃げるにしかず

ヤケです。


前略。

 

高町がクラスにフェレットを連れてきました。

 

これにて男女ともに高町のところへひっきりなし…という訳でもなく、同性別のナルシストが陣取っていた。

 

 

あのあと、夜に魔法による戦闘が発生したのを感じたが、関係がなかったので寝た。いやぁよく寝た。

 

で、現在。

今はバニングス達と一緒に居る。誰がって、高町が。俺は気配を消して自分の席に座って寝た振りをしている。

 

さて件のフェレット。うっすらと魔力を感じるし魔法を使った形跡があるので、おそらく人間が変化したものだろう。

 

なぜ俺がこんな推測ができるのか。それは、単純に魔法についてデバイスに教えてもらったから。以上。

 

ま、ともあれ。俺にとってはどうでもいいのでそのまま寝た。

 

 

 

 

 

ユサユサ……

 

「なんだ、よ…」

 

 

ユサユサユサ……

 

「う、ううーーーーーん」

 

 

 

ビタン!

 

俺は起きた。

 

はたかれたか何かされた痛みで、俺は起きた。

 

「ってぇな!!」

 

叩いてきた奴の目星ぐらいはついていたので、俺は恨めしそうに言った。

 

「…何か用か、バニングス」

「一緒にお昼食べないかしら?助けると思って」

「それは俺に死刑宣告を迫ってるようなものだが?」

 

そうかしら?と首を傾げるバニングス。どうでもいいが、月村と高町はどうして期待した目で見ている。それとクラスの奴ら。どうして殺気立っている。テメェらに殺気を送り返してやろうか?

 

とかいいつつ……

 

「空が綺麗だな…」

 

気付けば俺は屋上にいた。高町たちと一緒に。

 

「なんであんた一人だけ離れてるのよ?」

「長嶋君、こっちに来たら」

「一緒に食べよう?」

 

そういわれてもな。俺としちゃどうして拘束されて連れ出された先が屋上なのか、はなはだ疑問に思えるんだが。こんなところにいたら真っ先に狙われるって。

 

……などと思ったが、ここは俺がいた世界じゃないことを思い出し仕方なく高町たちに近づいて弁当を広げた。

 

その時の彼女たちの反応は、全員驚きだった。

 

「どうした?」

 

食べ始めようとしたら高町たちが驚いていたので、どうしてなのか質問したら彼女たちが質問してきた。

 

「あんた、その弁当一人で食べる気なの?」

「お母さん、大変じゃないの?」

「一体どんな食生活してるの?」

 

俺の弁当は重箱(中サイズの)二段。中に入っているのは一段目におかず、二段目にご飯という簡素なもの。

 

面倒だと思いながら、食べ始めつつ俺は言った。

 

「バニングス。これを食べられないなら持ってこないぞ。高町。これは最近俺が作ってる。月村。いたって普通の食生活だ。以上」

 

食べている間、高町たちの箸のスピードがやけに遅かった。信じられないとでも思っているのだろうか。

 

 

 

 

 

放課後。気配を消してすぐさま下校している途中、光る宝石を遠目で見て素通りした。どうでもよかったから。

 

家に帰ったら、弁当箱を洗って洗濯物をこみ、買い物などをすませて寝た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらくして。

 

俺は今重大な場面に直面している。

 

きっかけは些細なことだった。

 

 

「暇だ」

『友達と遊びに行かないので?』

「最近魔力がぶつかり合う戦闘がありまくって修行できないじゃん。それで暇なんだが」

『とか言いつつクロスワードは埋めていますよね』

「もうすぐ終わるし」

 

最近なんか変な事件が(主に魔法が関わっているもの)が発生しすぎて修行どころじゃないので、ナイトメアとそんな会話をしつつクロスワードを埋め終えてしまったので、暇になってしまった。

 

「あー暇だ」

『久し振りに翠屋へ行ってはどうです?お母さんがいなくなってからあまり行かなくなったじゃないですか』

「あそこは最近ピリピリしてる人が多くてなー」

 

翠屋の前を通り過ぎるたびに殺気が貫いてくるので(しかも複数)、あまり行きたくないところナンバーワン。

かといって散歩するとまた宝石っぽいものと遭遇する可能性があるので却下。

筋トレはもうすでに終わっているので本当にやることが無い。

 

何かやることないかなーと思っていると、急に地響きがした。

 

「な、なんだ!?」

『この反応…最近のものと同じです!』

「あの宝石っぽい奴か!」

 

そう言ってナイトメアを左手首にはめ、家を飛び出した俺の目に飛び込んだのは埒外な光景だった。

 

「デカいな、あの木…」

 

巨大な木がそびえたっていたのだ。正直言って、これはヤバい。

 

「どうすっかな…」

『いかなくていいので?』

 

俺がその木を見て考えていると、ナイトメアが訊いてきた。

そりゃ行きたいのも山々なんだけどな…なんて思っていたら、白い服を着た少女とフェレット、それに騎士風な格好をした男が現れた。

 

『よく見えますね。ここから二キロぐらい離れているのに』

「魔力って扱い次第で視力強化できるんだよ」

 

そう嘯きながら、俺はこれなら問題なさそうだと思い家へ戻った。

 

問題はその後。

 

終わったことを確認した俺は、外に出て買い物をしようと思い財布と買い物袋を持って家を出た。

 

そしていつも通りの買い物が終わったところで目撃、いや発見した。

 

宝石っぽい輝きを放つ石を。

 

ってか、これって確か昨日から放置されてたよな?まだこんなところにあったのか?

なんとも不思議なものだと思いながら、面倒なのでポケットに突っこんで家に帰ることにした。

 

その時だ。

 

背後から気配が近づいてきて俺の首筋に刃物を突き付けてきたのは。

 

そして今に至る。

 

俺としては殺気のないこの状態が脅しだということを経験則で知っているので、特に怯えたりせずに背後の奴らに声をかけた。

 

「警察呼ぶが…構わないか?」

 

すでに俺の片手はポケットに突っこんで110番を押す準備ができている。

銃刀法違反、恐喝罪、傷害罪。これらの罪を現行犯で立件できる状態。

だが相手はそんなことは気にしなかった。

 

「やってもいいけど…あなたの首が飛ぶよ」

 

声は女。なんだかこの声を聴いただけで美少女っぽい気がするのはどうしてなんだろうか?

 

俺は買い物袋を両方地面に置いて両手を上げて言った。

 

「それは怖い。怖いから抵抗するのを止めてしまおう。誰だって、命は惜しいからな」

 

そんな俺を見た彼女は鎌を動かさずに言った。

 

「さっき拾ったのを渡して」

 

少し考えて出した答えは、

 

「残念」

 

と言ってしゃがみ、荷物をすべて持ってから三割の身体能力で走りだした。

ベコッ!ドバン!!という音と共に「キャッ!」「フェイト!!」という声が聞こえたが気にしない。

卵がダメになった音が聴こえたが家に帰って後悔しよう。

 

とにかく今は彼女たちから逃げることを優先しないと死んじまうと思い、必死に走った。

 

 

 

結果。逃げきれたが卵がすべてダメになったので買いなおした。拾ったものは、とりあえず家に放置した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかしあいつはホントに人間なのかい?魔法を使わずにあんな速度で走るなんて」

「分からないけど…次は絶対にジュエルシードをもらうから」

「そうだね」

 

こんな会話が意外と近くで繰り広げられていたが、本人たちは気付いていなかった。



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05:魔法少女が二人?

連続投稿。


少女に脅しを受けて数日が経過した。

 

あれから…あの少女とは一切遭遇せず、あのジュエルシードとか言うものは机の肥やしになっている。誰かにあげたい。

 

 

八神はやてとは図書館でたまに顔を合わす。本人曰く「毎日いるで」とのこと。だが俺は毎日来る気はないので「見かけたら声をかける」とだけ言っといた。

その日、本を借りる手伝いをさせられた。

 

修行の方はもっぱら座学。大体を理解し、正直やることが無くなりつつある。

え?バリアジャケットとかどうしたって?使ってるわけないだろ。意味ないし。

 

 

あと、ナルシストからライバル宣言を受けた。意味が分からなかった。

クラス男子から謎の殺気を受けた。意味が分からなかった。

 

少しばかり高町と仲良くなった。

 

それは以下の通り。

 

 

 

 

買い物帰りに三人が絡まれ(一人は不遜にも喧嘩腰)てるのを発見。

ベタだなぁと思いつつ穏便に済ませようと仲裁に入ったんだが、相手側の一人に大根を折られたのでちょっとオハナシした。

 

 

「うらぁ!」

「「「ぎゃぁぁぁ!!」」」

 

 

それから大根を買いに行かせ待ってる間に高町たちを追い払った。

 

無論、諸々を約束させて。

 

 

 

そして現在。

 

 

「なぁなぁ。なんで猫の本なんて読んどるん?」

「明日ちょっとな」

 

今俺は図書館で八神と一緒に本を読んでいる。あいつが読んでいるのは推理小説、しかも、生々しい人間関係をテーマにしたものである。

俺はというと、猫に関する本である。なぜ読んでいるのかというと、元居た世界に猫が存在しなかったからだ。ついでに言うと、犬も。

 

だから知りたいと思い読んでいるのだが……どうして今読んでいるのかというと、

 

「何かあるん?」

「友達の家に招待された。そこに猫がいるとのことで、急遽調べてる」

 

そう。月村の家に招待されたのだ。ちなみに拒否権はないとのこと。

なんで俺がと訊くと、バニングスと高町が『何かあった時頼もしいから』と言っていたらしく、月村自身ももっとお話ししたいからという理由らしい。

 

そのことを委員長に言うと、呆れた顔で『これだけ針の筵のような視線を受けて平然としていられるって。長嶋君はすごいね』とはぐらかされた。

 

まぁ視線ぐらいなら別に。死線を潜りすぎたから特に。

とは言えないので、「害はないだろ」とだけ言っといた。

 

と。

そんなことを考えていたら、八神がじっとこちらを見ていたのに気付いた。

 

「どうした?」

 

本から顔を上げ、八神にそう訊くと、何やら不思議そうな顔をしていた。

 

「猫って結構おるやろ?なんでそない調べる必要あるん?」

 

そこでふと思った。確かに。猫はいたるところで見かける。それほど珍しい生物ではない(この世界では、という意)。

なのにどうして俺はここで調べているのだろうか…。

 

自分でも不思議なことなので本を机に置いて頭を悩ましていたら、不意に八神が笑った。

 

「どうした?」

「だ、だって、そない真剣に考えるんやもん。くくっ。アカン、ツボや…」

 

人が真剣に考えてるのに笑うってどういうことだ?そう言いたかったが、以前にも仲間たちにこんな風に笑われた記憶が残っていたので、黙って再開することにした。

 

 

 

本を読み終えて棚に戻したところ、時間はもう夕方。

 

家に帰って夕飯の準備しないといけないと思いながら、まだ本を読んでいた八神に声をかけた。

 

「もう夕方だが。帰らなくていいのか?」

 

すると八神は顔を上げて時計を見て、「もうそんな時間か。えらい早く過ぎてもうたな」と呟いて本を閉じた。

 

「戻しといてな」

「人任せにするな」

 

本を押し付けようとしてきたので、俺は距離を取って自分で戻して来いと言った。

 

「届かへんねん」

「嘘つけ。その本があった棚、お前が普通にとって来ただろ」

「うわひどっ!こんな病弱な美少女に対してひどっ!!」

 

自分で美少女というってどうなんだ?一種のナルシストじゃないのか?

そう思ったが、言ったら反射的に同性別を思い出しそうになると思い飲み込み、代わりにこう言った。

 

「…病弱ならおとなしく入院してろ」

「大智って、冷たすぎやろ!」

 

ん?今名前で呼ばれた?まぁ別に良いが…。

そんなことを考えながら、いじけた八神をどう対処しようか思案しようとしたところで、気配が一つこちらに近づいてきた。

 

「ある――はやて。迎えに上がりましたよ」

「ん?シグナムか。おおきにな!」

 

シグナム、と呼ばれたその女性は、忠誠心の塊のような人であると同時に、そこかしこに血の匂いを漂わせていた。

俺が内心で警戒していると、こちらに気付いたのか彼女が頭を下げた。

 

「ある――はやてと一緒に居てくれてありがたい。私の名前はシグナム。貴殿は?」

 

…この態度を見た限り今のところ敵意はなさそうだな。そう考え、俺は無表情のままで言った。

 

「俺の名前は長嶋大智。こちらこそ色々と世話になっている」

「そうか。なら、これからも仲良くしてもらいたい」

「それぐらいなら」

「シグナムはうちのオカンか!」

 

そんな八神のツッコミに、俺は口元が少し歪み、シグナムは笑った。

 

 

 

 

 

……家に帰った俺を待っていたのは、昼間降った雨(気づかなかった)のせいでぐしょぐしょになった洗濯物と、少しばかり寂しそうにしていたナイトメア、そして食糧危機だった。

 

…コンビニは開いてるだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。俺は高町の家の前に来ていた。

なぜかというと、高町が「一緒に行こう?」と言ってきたからだ。まぁ月村の家を知らないし、ありがたいとは思ったのでこうしているが。

 

ちなみにだが、服装はまるっきり普段着。上下共に青のジャージだ。

……子供のころから家での服装はほぼジャージだし、ジャージ以外の服ってほぼないからな。

などと取り留めのないことを考えていると、

 

「あら大智君。なのはのことを待ってるのかしら?」

「あ、桃子さん」

 

高町の母がそんなことを言いながら外に出てきた。きっと家の前にずっといるものだから、声をかけてきたのだろう。

 

「最近来てくれないわね。どうしてかしら?」

 

相変わらず容姿が変わらないのが(若く見えるともいう)不思議だが、勘が鋭いのでわかっているだろうと思いつつ答えた。

 

「恭也さんと士郎さんが殺気立ってるじゃないですか。なにされるか分からないんで、行きたくないんです」

「そうなの?…あの二人にはきつく言っておかないとダメかしら?」

 

ぼそっとつぶやいた言葉はスルーしよう。どこの家庭も最近はかかあ天下だからな。

 

どうして俺は高町家の人達の名前を知っているのか。単純に家が隣だからというのもあるが、うちの両親と知り合いだったのでその付き合いの延長線上で、ということだ。

 

一度だけ両親の話を聴いたが、父親の方は無鉄砲の気分屋。母親の方はまじめ・天然・放浪癖という、かくも不思議な性格の組み合わせをしているらしい。

 

……父親は一日で冷蔵庫を作るパーツ集めて、次の日にそれでエアコン作ったことがあるとか。

 

どこでどう錬金術を行えばできるんだろうか?あと、家にある無駄に高機能なエアコン(自動風量調整・除湿・加湿・冷房・暖房・その他諸々)のことを指しているのだろうか。

 

人のこと言えないが、チートすぎるだろ、親父…。

 

さて。ここで少しばかり高町のことを気にしなければいけないな。じゃないとただの不審者だし。

 

「高町はまだ寝ているんですか?」

 

少なくとも、アイツが余裕で起きるという光景はあまり見かけない。最近では休日になると昼ごろに起きるとかざらにある。

 

どうしてわかるかって?叫び声を上げられれば誰だってわかるだろ。

 

「あの子なら着替えてるみたいよ」

 

笑顔でそう答えてくれた桃子さん。その笑顔に何らかの思いを測れるんだが、俺に被害はなさそうなのでスルーした。

 

 

 

こうして待つこと一時間。

 

「まだなのはは出てこないの?」

「俺に怒りをぶつけるな」

 

迎えに来たらしいバニングス(高級車に乗って)と一緒にまだ待っていた。

 

……この車で曲がれる角、存在したか?

 

この世界の不思議なところをまた一つ見つけた。

 

と。そんな風に待っていたら、ようやく決まったのか玄関の方でなのはの慌てた声が聞こえた。

 

「来たわね」

「そうだな」

 

やっと来たか。全く。着替えるのに手間取るとか子供か―――

 

ビタンッ!

 

こけた。盛大に、顔面から。

 

「うぅ…痛い……」

 

のっけから前途多難だった。こりゃ隣の修羅のお説教が長いな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月村の家は猫屋敷。バニングス達がそう言っていたので猫が多いのだろうと思ったが、事実はそれ以上だった。

 

「一部屋埋まるほどって…百越えてるだろ、絶対」

「にゃはは。相変わらずすごいね、すずかちゃんの家」

「ほんとね。よくこれだけ飼えるわね」

「だって可愛いんだもん」

 

月村とメイドに案内された部屋は、見渡す限り猫、猫、猫……。まるで猫の大博物館だ。しかも、どれもこれもが拾ったネコらしい。遭遇率がすごいな、おい。

 

「でも長嶋君って動物に好かれやすいんだね」

「意外よね」

「そうだね」

「俺もだ。てっきり逃げられるのとばかり思ってた」

 

現状。俺の周りに猫がいる。ソファに座っているんだが、足元、膝元に結構な数の猫が集まっている。

 

おかしい。猫や犬ってのはその人の気性によって近寄らないかわかれるらしく、それだったら俺みたいな最悪な奴には近寄らないと思っていたのに。

自分で思うほど最悪ではなかったのだろうか。そう思いながら、俺は離れて座っている月村達に助けを求めた。

 

「どうすればいい」

「どうすれば…って、あんた、猫と触れ合ったことないの?」

 

バニングスが呆れ顔で言ってきたが、

 

「ああ。近くに猫がいなかったからな。本で調べて知識としてならあるが」

 

猫という言葉は知っていたが、生態などを本格的に知ったのは昨日だ。何せあっちではそんな生物はいなかったからな。

 

「えっと、ここにすんでいるんだよね?」

 

その月村の質問で、俺はマズイと悟った。

 

先ほどから猫の対処で頭が回らなかったが、よく考えたらこの世界に猫がいるのは当たり前だ。そんな当たり前の世界に全く存在を知らないと言い張る人間がいたら、深く突っ込まれて俺が転生者だとばれてしまう。

まぁばれたからどうなのかと思うが、何かしら問題が起きそうだと考えられる。

 

となるとここは……嘘を信じてもらう必要があるな。

そう考え、俺は言った。

 

「ペットショップとかは行ったことないし、動物番組とか見たことなくてな。道を歩いていても見かけたことが無いから」

「それでも知らないっておかしいんじゃないかしら?」

 

すぐさまバニングスからの追及。っく。自分でまいた種とはいえ、ここは何としてもこの話題を納得させなければ…!

そんな風に思っていたら、急に高町が連れてきたフェレット(ユーノ、と呼んでいた)が部屋を飛び出し、自身も追いかけて行った。

 

これに乗じて何とかはぐらかさなければ!!

 

「実は親が大の動物嫌いで、ペットは飼えない、動物に関する話は一切ダメっていう徹底ぶりだったんだ」

 

我ながら渾身のこじつけだ。だがだいぶ無理があるような気がするが……

 

「…そう。そんな事情があったのね」

「大変だったね……」

 

どうやら信じてくれた。ありがたい、純粋な心よ。

 

 

こうして、何とか転生者だとばれることが無くなった。……次からはボロを出さないようにするか。

 

 

 

 

 

 

 

高町の方だが、もう一人の同い年らしい少女(鎌を持った)に負けたらしい。

らしい、というのは、帰りに本人がブツブツと呟いていたから。

 

フェレットは、心配そうな顔をしていた。




あと一話ぐらい投稿します。


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06:少しばかりの確認

三話目。


月村家に招待されて三、四日が経った。

 

なんていうか、そろそろ本格的に空気になろうかなと思い始めてきた。

視線は針のむしろ。主に男子から。その量が日に日に増え、面倒になってきた。

 

「俺、学校サボろうかな…」

『マスターが何も言わないからだと思いますけど』

 

今俺は一人でテレビゲームをやっている。これも父親が作った奴だそうだ。なんていうか、つくづくメカに強いな、親父。

 

そんな風に過ごしていると、ふとナイトメアが訊いてきた。

 

『そういえば。色々と作っていましたけど、どうするつもりなんですか?』

 

そう言われて、俺はゲームを中断して思い出した。

 

「ああ。あの『弾』だろ。あの時代で使われていたのをアレンジしてみたんだが、いかんせん使えるかどうかが怪しんだよなぁ。修行してないし。下手するとクレーターできるし」

『……そんな危険なものを作ってどうするつもりで?』

「その前にあの『弾』について理解してる?」

『?』

 

やっぱりか。俺の最後の一言だけでどういうものか判断したな。

 

「いいか。あの弾ってのはだな―――――」

 

それから十分ほど説明したら、一時間ほどナイトメアに説教された。主に威力面で。

 

 

 

 

次の日。

 

出席確認の時だけ気配を現し、それ以外の時はすべて気配を立ってのんびりと過ごした。そろそろサボタージュを計画しようかと思えてきた。

 

体育の時はその存在感の希薄さで見学。ドッジボールは女子(主に月村)が強すぎることには驚いた。

 

昼休みに温泉へ行く計画を立てたらしい。それに聞き耳を立ているのがナルシスト。こちとらどうでもいいので、最近俺の気配に気づき始めた委員長と会話している。

 

 

 

 

 

 

 

土曜日。隣りが騒がしいと思いつつ、俺は普段の気疲れからか半日ほど寝ていた。空腹感を感じなかったのでどういうことなのか不思議に思ったが、ナイトメア曰く「お昼になったら勝手に昼食を作って食べてました」とのこと。

 

たまに長く寝ると仲間たちが「ご馳走様です!」と言っていたのはそれが原因なのだろうかと今更気づいた。

 

 

 

 

 

 

日曜日。朝早く起きて、久し振りにマイクを手に取った。

 

「聞こえてるか、神様」

 

それから数分後、マイクから声が聞こえた。

 

『何か用か…?Zzz……』

 

随分眠たそうな奴だなと思いながら、今更な質問をしてみた。

 

「聞こえてる前提で質問するぞ。一つ。俺が転生者だとばれたらこの世界にどう影響する?一つ。あっちの世界では俺の予想外の死でどんな影響が起こっている?一つ。俺のこっちの世界での両親はどうなってる?」

 

しかし返事が返ってこない。

時々『ぐかー』とか聞こえるので、おそらく寝ているのだろう。さすがに朝六時だからな…って俺が許すはずもなく。

 

「・・・・・・とっとと起きろ」

『イ、イエス!』

 

子供とは思えない低い声をマイクにぼそっとつぶやいて起こした。いい気味だ。

 

「んじゃ起きたところでさっきの質問に答えてもらおうか」

 

とりあえず先ほど述べた質問についての返答をしてもらう。そうじゃなきゃ神様と連絡取ろうとは思わん。

 

ブツブツと何か文句などが聞こえたが気にしないで待っていたら、

 

『質問の類は願いにはいらないからと言って一篇にするでない』

 

と言ってきてから答えてくれた。

 

『最初に質問じゃが、転生者とかはバレても「何コイツ」的な反応されるだけじゃろ』

「なんていうか、身もふたもない言い方だな」

『そういうなて。神様など偶像上の話だと思っているのが大半じゃし』

「俺は…そうでもなかったな」

『それは世界の違いじゃと思うんじゃが?』

「それはそうだな」

 

そう返事をして少し思い出す。仲間たちと共に戦ったあの『神』。あの戦いが終結した後の、平穏だった日々を。

 

『思い出してるところ悪いが、次の質問に対して返答するぞ』

「あ、悪い」

 

神様の声で現実に戻され、俺は昔の回想を止めることにした。

 

「で?次は?」

『あっちの世界ではお主の墓がほかの墓と違って目立っていたのぉ。ぶっちゃけ英雄みたいな扱いじゃったぞ?』

「そこまで恭しくないだろ」

『で、あっちの世界じゃが、お主の仲間たちは今新しい奴がリーダーをやっている。誰ひとり欠けておらん』

 

俺は、その言葉を聴いて安心した。

 

「そうか…」

『うむ。お主の戦い方が基本的に採用されておる。今や国や世界が一体となっておるわい』

「マジで!?結構仲が悪い国って結構あった気がするんだが」

『それらは滅んだわい。侵攻によってな』

「あー。マジか」

『平和、とまではいかんが今はそれなりに休息期間じゃぞ?仲間たちは毎日来とるし』

 

存外慕われておったんじゃな、と笑う神様に対して「俺もびっくりだ」と返しつつ、心の中では様々な思いが渦巻いていた。

 

まとまりのなかった仲間たちに対しての絶望感、やらなきゃやられるという焦燥感、初めて生還した時の安心感、仲間たちとの信頼――――――

 

思いつく限りの想いを内心で言葉にしつつ、俺は言った。

 

「で?最後の質問は?」

『それは秘密じゃ。生きとる、とだけ言っておこう』

 

瞬間。俺はマイクをベッドに投げ、下におりた。

 

 

 

―――――――この世界は、平和だな。少なくとも、何もしなければ。




かけたら四話目の投稿を予定。


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07:生きてきた世界

待ってなかった方のほうが多いかもしれませんがお久しぶりです。


夢を見た。

 

それは昔―――生前、高校一年生の『俺』だった。

 

『俺』はクラスの仲間たちと共に戦っていた。

 

呪われた「神」やその信仰者たちと。

 

滅ぼしかねない「力」を暴走させた奴と。

 

『国』に仇なす者すべてと。

 

そして元凶に近い存在を打ち破った時、俺達は泣いた。

これで終わった。そういう嬉しさの奴と、『彼女』を失った悲しみに分かれ――――――

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・あのせいか」

 

夢から覚めたと自覚した俺は、今日はどうするか悩んだ。

 

親がいないから自由にできるが、そうなると学校側に親がいないことがばれる。

 

幸い、うちの親は周囲の人達(おとな)からは『奇想天外な人たち』という認識を受けていた。しかも度々家を数か月どころか数年空けることが多いらしく、『学校があるのにどうして旅なんて出たのかしら?まぁあの人たちの考えていることは未だにわからないけど』というのは隣に住む桃子さんの談。

 

ちなみに、なぜかは知らないが俺の両親がいないことを知っている人たちが多い。にもかかわらず何も言わないのは、何かしらの約束でもあったのだろうか。…誰も教えてくれないが。

 

とまぁそんなわけで一人で生活してるわけだが、学校側にばれるのだけは避けたい。あと、近所の子供たちにも。

 

なんだか思考がまとまらないなぁと思いつつ、俺はパジャマ姿のまま下に降りた。

 

 

 

 

 

「いただきます」

『どうぞ』

 

今俺は朝食を食べている。作ったのも俺、片づけるのも俺。

 

しかし今日はなぜか箸が進まない。いつもならもう少し早く食べ終わっているというのに。

 

思わず箸を止めて首をひねっていると、ナイトメアが話しかけてきた。

 

『どうしました?』

「いや…どうにも今日は箸が進まなくてな」

 

するとあっちも考えだし、一つ一つ確認するように質問してきた。

 

『気分はどうです?』

「特に変わったものはない……わけじゃないな。寂しいんだと思う」

 

『寂しい…。何かありましたか?』

「昨日神様に少し質問したぐらいだな」

 

『どんな質問ですか?』

「転生者としてばれたらどうなるかとか、あっちの世界の仲間たちは元気なのかとか……」

『そうですか…』

 

再び考え込むナイトメア。ってか、デバイスってこんなに思考できたのか?

 

しばらく考えていた様だが、やがて結論を出したのかこう言ってきた。

 

『マスターはおそらく、元居た世界の愛着を捨てきれていないのだと思います。生まれてからずっとその世界で生きていたのですから、当然だと思いますが』

「そうか……」

 

俺はナイトメアの言葉に納得した。その言葉がすんなり自分の体に入ってきた感じがしたからだ。

 

そこから始まる沈黙。時計の針だけが空間に音を刻んでいく。

そこに言葉を発したのはナイトメアだった。

 

『…聴いてあげますよ。マスターの元居た世界がどんなところか』

 

きっと人だったなら笑顔の一つでもあったのだろうと想像しながら、気遣いに感謝しつつ俺は元居た世界について話すことにした。

 

「俺がいた世界ってのは、ここよりひどいところだったな。地球自体は変わらなかったけど、どこかしこも戦争ばっか。そのせいか高校生になると実地授業とか言って戦場を連れまわされまくったぜ」

 

『高校生だったんですか?』

 

「ああ。死ぬ前は現役高校一年生……いや、死んだのが三月ごろだったから二年生に進級する前だな。ああ、そもそもの根底から話すか。どうして戦争ばかりやっているのかというと、うちの世界、昔起こった『あること』が原因で国の何割かが消えたんだ。そのせいでちょっとした戦国時代に突入したってわけだ」

 

『あること、とは?』

 

「神罰」

 

『?』

 

「元居た世界ってのは神様が密接にかかわっていたんだ。関わっていた、と言っても、神社の巫女さんが神様を顕現させて力を借りるって感じだったがな。

 そんな感じでせいぜい平和に暮らしていたんだが……俺が生まれる四十年前にとある国で大規模な実験をした結果、神様の庇護を受けていない国を巻き込んで、消滅した。土地だけを残してな」

 

『なにやら壮大な話になっていますが』

 

「嘘じゃねぇよ。…そんな感じで俺達は、自衛のために宣戦布告をしてきた国を追い返していったな。ただ、毎日の様に敵は来るし、来ないと思ったらテロ事件起こされて市街地戦とかやらなくちゃいけなかったが」

 

『大変でしたね』

 

「まぁな。……で、どこまで説明したっけ?」

 

『叩けば埃が出るほど説明不足です』

 

「マジでか。………そうそう。実地授業とかはクラス単位だったんだよ。ってか、そこから説明をしなきゃダメだったな」

 

『仲間がどうとか言っていましたが、もしかしてクラスメイトですか?』

 

「ああ。俺がいたクラス、一年四組隊。クラスメイトであり、戦友だ」

 

『仲が良かったんですね』

 

「最初は全く駄目だったぜ。コミュニケーションのコの字も知らなかったからな、俺達」

 

『…よく、死にませんでしたね』

 

「そのせいで最初の実地授業までに日があってな。その間に全員と話をしたな。……アイツは自分から話しかけてきたが」

 

『そういえば、マスターはどんな人だったんですか?』

 

「俺か?う~ん…仲間が死ぬことが許せなかった、兵士になりきれない甘さを抱え込んだ兵士だったな。今もそうだろうが」

 

『ところで、「アイツ」と言っていましたが、「アイツ」とは誰の事ですか?』

 

「目敏いな。…アイツは、俺達のクラスにいた《巫女》だよ。そして、俺が好きだった奴だ」

 

そういうと、ナイトメアは黙った。きっと「しまった」とでも思っているに違いない。

俺は苦笑しながら言った。

 

「別に同情する必要はねぇンだよ。神様の言うことを信じるなら、アイツはこの戦争状態にくさびを打った本人であり、救えなかった仲間だ」

 

『………』

 

俺は構わず進めた。

 

「巫女、ってのは俺達の国じゃ、最終兵器と変わらねぇんだ。神様の力を借りて戦況を変える。そのための人間だ。……上の奴らにとってはな。

 だけど俺達はアイツに感謝していた。アイツがいなけりゃ俺達クラスは分裂したままだったし、いくつもの戦場で仲間が死んでいったからな。

 …話がそれたな。そんなアイツと俺達のチームワークで、いくつもの戦場を潜り抜けたんだ。『呪神』が現れるまではな」

 

『呪神?呪われた神、という意味ですか?』

 

まさかという風に訊き返してきたナイトメア。

頷いて俺は言った。

 

「そうだ。そこで話が四十年前に遡る。あの、神罰が起こった時にな」

 

『大規模な実験ってまさか…』

 

俺の言葉を思い出したのだろうか、声を震わしながら訊いてきた。きっともっとも信じたくない答えを思いついたのだろう。そしてそれは正解だ。

 

「ああ。『人為的な神様の降臨』。その実験の内容を簡単にまとめるならそれだけで十分だ」

 

『やっぱり…』

 

「そしてその実験は成功してしまった。俺達の世界じゃ知りえない神様を呼び出すという、最悪な結果でな」

 

『…どうしてそのようなことを?』

 

「さぁな。おそらく神様の奇跡が欲しかったんだろうな。あそこは立場上弱かったらしいし。……で、その神様は巫女の体を乗っ取りあの世界にいた。神様たちに呪いをかけながら」

 

『それが呪神…』

 

「正確に言うと呪いをかけられた神様の事なんだが。ってか、あれも大変だったなぁ。戦闘終わってさぁ帰ろうと思ったら、敵国の巫女さんの体から一般人でもわかるプレッシャーを感じたんだ。んで、アイツが狙われたから戦闘開始。すぐさま終わったけど、報告が面倒だったな。神様の世界でも大変なことがあったらしいけど」

 

『余程混乱したんじゃないですか?』

 

「ああ。だがまぁ、巫女さんたちと神様の間、そして上の奴らが素早く結論を出してくれたから、それほど長いってわけじゃなかったな」

 

『へぇ』

 

「なんか気が抜けるな。で、どこまで話したっけ?」

 

『呪神が出てきたところです』

 

「そうか。…で、当然のごとく俺達は対呪神部隊となってそこから神様と戦闘だ。そこで俺の事も解ったんだがな」

 

『?マスターは自分のことを分からなかったんですか?』

 

「恥ずかしながらな。俺は中学を卒業したという記憶ぐらいしかない。それ以前の記憶が全くなかったんだ。だから当然一人暮らしだった。その生活は全く違和感を感じなかったからな。ただ身体能力がおかしいほど高かったことと体が異常に頑丈だったことを除けば、手先の器用な一般人だと思ってたぐらいに」

 

『いつ知ったので?』

 

「ちょうど呪神の六度目の戦闘だな。そん時に現れた、ことを起こした張本人に聴かされた。どうも俺は別世界で罪を犯し神格を返上した神様だ、ってな」

 

『神様。……マスターが?』

 

「証拠も突きつけられたな。そいつがしゃべる言葉全てに聞き覚えがあったし。けどまぁ、俺が元神様だと判明したところでやることは変わらなかったが」

 

『ぶれませんね』

 

「ぶれてたらあそこの世界が滅んでたぜ。そして幾度となく戦闘をしていったが、二月ごろの戦闘時に俺達のクラスの巫女の体がそいつに乗っ取られた」

 

『ベタですね』

 

「やられたこっちはたまったもんじゃねぇ。しかも俺の告白の返事をもらう日に乗っ取られたし。さすがにあん時はヤバかったな」

 

『…私情混じりましたね』

 

「でさっさと取り返そうってことでいざ探したら世界が大変なことになって、しゃぁないから俺達のクラスと知り合いの奴らだけでそいつを止めに行ったな。……そのおかげでアイツは死んだが」

 

『ご愁傷様です』

 

「はっきり言うじゃねぇか。…けどよ、トドメさした本人を目の前にして言うのは間違ってると思うぜ?」

 

『ご愁傷様です』

 

「・・・・・・・・・。ともかく!そんな感じで世界が少しばかり落ち着いたところで死んだんだよ、俺は」

 

ふぅ、とため息をついてコップに入っていたヌルい牛乳を飲みほした。そして、残っていた料理を勢いで完食していった。

 

「ごちそうさまでした」

 

そういって手を合わせたら、不意にナイトメアが言った。

 

『…その巫女の名前はなんですか?』

 

食器を片づけようとした手を止め、俺は答えた。

 

「立花遥佳」

 

『…お話してくれて、ありがとうございました』

 

「おう」

 

『それと、遅刻です』

 

言われて時計を見ると、午前十一時。

 

こうして、知らぬ間に遅刻が決定した。

 

…まぁ、俺の元居た世界を理解してくれた奴(?)が増えたことで良しとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ところで、その神の目的ってなんだったんですか?』

「さぁな。結局教えてくれなかったよ」



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08:人形

ここから少し哲学(?)っぽくなります。


今の現状。

 

ナイトメアに俺の過去を話していたら遅刻が確定し、行かないかなぁと思ったら理事長と名乗る奴から電話で脅されて(?)仕方なく学校へ向かい理事長室にいる。

 

「で?学校に来るついで(・・・)に両親の話を聴けるというから直でこっちに来たが…、どうして顔を見せない?」

「すまないね。私は人と面を向い合せるのが苦手なんだ。これで勘弁してくれ」

 

そういって椅子に座っている理事長。仮面をつけていて変声機でも使っているのか、くぐもった声で男女の性別すらわからない。

俺は内心で警戒しながら訊いてみた。

 

「分かった。……ところで、どうして今更俺の両親が家にいないことを気にするんだ?三年生になったらいなかったんだぜ?」

「ああ、そのことか。それはただの口実。本音を言うと君と話をしたかったんだ」

 

「だったら別に今じゃなくてよかったんじゃないのか?おかげで四時間目も欠席だぜ」

「そっちの心配もいらない。私が話をつけてある」

 

俺は内心感心した。

 

「随分気前がいいな」

「私としては素直に誘いに乗ってくれた君の方が気前がいいように見えるがね」

 

そう言って笑う俺達。っていうか、俺たち以外の誰の気配がなくて助かったな。色んな意味で目立つ。

と、ここで理事長が笑うの止めて話をしてきた。

 

「ところで…あの両親がいない生活ってのはどうだい?」

 

俺は少し考えて答えた。

 

「…周りの人たちが優しいおかげで通報されずに暮らしてるよ。その理由は教えてくれないがな」

 

そういうと、理事長は苦笑しながら言った。

 

「まぁ教えられないよ。だから私がこうして君を呼んだんだけど」

「?」

 

もしかして、理事長も知ってるのか?両親がいないのにこうして暮らしてる理由。

 

「本当は君の家に直接乗り込んで話したかったんだけど…あの二人が『家には入れさせないからな』と頑なに拒んだせいでこうして呼ばざるを得なかったんだ。すまない」

「い、いや」

 

・・・・・・・家に直接こんな奴が乗り込んできたら、まず間違いなく警察に連絡するな、俺。

そんなことを考えていたら、理事長が「んじゃ、話そうか」といったので、俺は話を聴くことに集中した。

 

「まず、君がどうして今も一人で生活しているのか教えようか。単に君の両親がどこかへ行ったからってのも理由の一つだけど、あの両親がいろんなところに掛け合ったんだよ。『もし息子が一人で生活するような時になったら連絡するから、あいつを助けてやってくれ』って。まぁあの二人には借りがあったからみんな頷いたけど、みんな不思議だったな。どうしてこんなことを頼むかってね」

 

「だけど君の話を聴いて納得したよ。君は大抵のことに興味がない。誰かがどうなろうが、世界がどうなろうが、まるで興味を示さない。自分がどうなろうとも、ね」

 

「・・・・・・・・・・・?」

 

「分かってない、って顔をしてるね。自覚がないことが一番恐ろしいから君に言っておくよ」

 

未だに首を傾げている俺に、理事長は息を吐いてから言った。

 

 

「君はただの人形だ。姿かたちは人だけど、君は『人』を拒絶するだけしかできない人形だ。おそらく、だから君の両親はどこかへ行ってしまったんだと思う。自分たちより、私達の方が適任だと考えて」

 

教育者の長としては問題発言をしたなぁ、と何やらぼやいていたが、俺はその言葉など頭に入っていなかった。

 

人形。人を拒絶する人形。それらの言葉が頭の中をぐるぐる回っていた。

 

俺は「人」じゃないのか。どうしたら「人」になれるのか。そもそも「人」とはなんなのか。

『あの世界』の『俺』はどうだった?ちゃんと仲良くできていたか?『あいつら』を助けていたか?

 

そんな風に考えていたからか、

 

「……そんなんだから君は死んだんだよ」

 

理事長がそう呟いたことに全く気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「失礼しました」

「また来るといい。もちろん、時はわきまえてくれるとありがたいが」

 

 

そう言ってクックックと笑う理事長に頭を下げて、俺は部屋を出た。そして教室へ向かいながら先ほどのことを考えていた。

 

 

『考えてるところ悪いけど、君は子供なんだから感情豊かに生きないと。孤独を貫くのは寂しいって、気付いてるんじゃないか?』

 

『え?「人」とは何かって?他の生徒を観察してみたらわかるだろうね』

 

 

 

「……あの世界じゃ、感情らしい感情が最後にしか出なかったようだしな…」

 

感情、という言葉を知ったのはいつだったのか覚えていないが、少なくともあの世界じゃロクな感情を出せなかったのではないかと思うのだが……、

 

「あいつら、普通に笑ったりしてたな」

 

そう呟き、ふっと息を吐く。

 

 

あの戦場の中、普通に笑ったり怒ったりできていたアイツら。その中で俺は一人だけ静かにたたずんでいた。

…まぁ、たまにあいつらが俺のことを笑いながら殴ってきたりしたが(俺はされるがまま)。

 

「……………」

 

馬鹿らしいとは思えなかった。むしろ、羨ましいと今なら思えた。

 

 

感情と人について考えながら歩いていたら、いつの間にかクラスの前に来ていた。

 

特に良い考えが浮かばなかったため、俺は普通にドアを開けた。

 

 

 

ざわついていた空気が一瞬で静まった。

だが、俺はそんなことを気にせず――こんなのだから人形だと言われるのだと思った――自分の席へ向かった。

その時に高町の雰囲気がおかしいことに気付いたが、何も言えなかった。

 

「ずいぶん遅かったじゃない」

 

席に着いたら、委員長が前の人の机をくっつけて弁当を食べていた。

とりあえず席に座り、弁当を取り出して食べ始めながら言った。

 

「本来ならサボる気でいたんだから遅かろうが関係ない」

 

ここでふと思った。こいつに訊いてみるのもいいのかもしれない。「人」とはどういうものなのかを。

そんな俺の考えなど知らないといった風に、委員長は質問してくる。

とりあえず話題をそれとなく高町の方へ持っていき聴きづらいものにしたが、同時に俺も話しかけづらくなって大変になった。

 

そこでさらにバニングス達が登場。どうも委員長に相談事があって来たらしい。

 

俺は反射的に断る類の言葉を用いてしまったが(バニングスはキレた)、委員長があっちの応援をして結局のところ二人が同席した。

 

はぁ。視線が鋭い。大体の奴の。俺は内心ため息をついた。

 

そもそも、同じ学校の生徒なのだから話しかけたりするのは別に問題はないはずだ。なのにどうしてここまで居心地が悪いのだろうか。

 

頭の片隅でそんなことを考えながら、俺はバニングスの相談事(委員長に対して)を聴いていた。

 

・・・・・・話を聴いた限りでは、頼ってもらえないことにイラつきを感じているらしい。それで喧嘩になったのだとか。

ふむ。なんていうか……

 

「……隠し事って、そんなの当たり前だろ。バニングス、お前は馬鹿か?」

「誰が馬鹿よ!?」

 

思わず言ってしまった一言に、バニングスが机を叩きながら怒鳴った。月村がオロオロしていたが気にせず、委員長は呆れていたようなので無視した。

とりあえずここで引き下がる気が起きなかったので、俺は言った。

 

「お前だ」

「なんですって!!?」

 

……ここまで言っといてなんだが、どうやってこいつに話を聴かせようか。そう思った時だった。

 

突如として委員長が立ち上がり、バニングス同様机を叩いて言った。

 

「違うよ長嶋君!バニングスさんはツンデレなんだよ!!」

 

瞬間。クラス内の空気が凍った。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・?一体何を言ってるんだ、委員長は?そもそも…

 

「ツンデレってなんだ?」

 

俺がそう訊くと、自身の発言がどれだけ失敗したものかを周囲を見て悟り、月村とバニングスが呆気にとられて固まっているのを見て

 

「……ごめん、忘れて・・・・・・・・・」

 

力なく座った。なぜか哀愁が漂い、灰色になっていくように錯覚するのだが、果たして大丈夫なのだろうかと心配になる。

 

が、とりあえず委員長は放置する。まずはバニングスの話を片づけたい。

優先順位を決め、俺は未だに固まっているバニングスに謝った。

 

「煽って悪かったな」

「……え?」

 

そんなに俺の謝罪が驚きか。そして周りの奴ら(高町以外)。お前らも息をのんで驚くな。これぐらいはできる。

 

そう思いながらも、俺は言葉をつづけた。

 

「それはそれとして。バニングス。友達だから頼ってほしいという思いはあるだろうが、仮にお前が同じ立場だとしたら…高町に言えるか?」

「……それは」

「誰だってそんなものだろ。頼れない理由があって抱え込む。頼れないから悩む。抱え込んで悩むから、周りが心配になる。だが言えない」

「それぐらい分かってるわ。だから悔しいのよ。何もできないのが」

「できるだろ」

「え?」

 

不思議そうにするバニングスに、俺は言った。

 

「いつも通りに接する。そうすれば不思議と相手は落ち着く」

 

そう言って、俺は心の中で「所詮人形の戯言だがな」と自嘲気味に付け加えた。

 

そんなことをしていたら、バニングスが少し間を置いて言った。

 

「…ありがとう。本当は委員長に相談したんだけど、助かったわ」

 

ありがとう。その言葉を聴いて、俺は『何か』が満たされる感じがした。

それがなんなのか分からなかったが、何か心地よかったので俺は自然と言葉を発した。

 

「どういたしまして」

 

こうして、昼休みは終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そういえば。

 

「斉原」

「ははっ……一体何をやってるんだろうね?あんなこと言うなんて。僕って本当にバカだよ……」

 

こいつをどうやって元に戻すか考えてなかったな。

 

・・・どうするか。




読んでくださりありがとうございます。


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09:もう一人の転生者

やっと、もう一人出せた……


今日は高町さんたち三人組(特にバニングスさんと高町さん)の機嫌が悪い。ひょっとしてテスタロッサさんとのことで悩んでいる高町さんに、バニングスさんがキレたのかな?

…って、もうそこまで話が進んでたんだ。一回だけ魔導師の状態で高町さんに姿を現して手伝ったけど、そこから先は不干渉だったからなぁ。

 

あれ?いつも気配を薄めてるけど真面目に登校している長嶋君がいない。そしてそれにみんな気付かない。まぁ僕だって気付くのに三年も要したからね、時間。

 

……にしても、天上君は相変わらず清々しいほどの下種だね。ボイスレコーダーで録音して本人に送りつけようかな。『気持ち悪いんだよ、死ね』というメッセージを添えて。

うん。なかなかのアイディアだ。ていうか、天上君っておそらくというか絶対に転生者じゃないよね。何度かちらちらと高町さんが頑張っているところを見たけど、彼の姿は見えなかったし。おそらく魔力は生まれついてのものだろうから、高町さんの昔と同じで無知の状態かもしれない。

まぁ、だからといって気持ちが悪いことには変わりないんだけど。

あ、先生来た。しょうがない。今度天上君に嫌がらせする作戦を考えよう。

 

そう思って、僕――斉原雄樹は委員長としての役割をこなすことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうも。転生者の斉原雄樹です。昔の名前は覚えてません。昔習ったことは覚えてますけど。

僕は中学校を卒業するときに事故りました。まぁ特に長生きしたいと思っていなかったので受け入れたんですけど。

 

なんと気づけば僕がいた世界の上空にいました。どうも幽霊になったらしいです。

 

もう縛られることは何もない!幽霊になった僕はそう思い色々なところを回ろうと計画しましたが、その計画を立ている途中で神様と名乗るおおよそ世間一般で「仙人」と信じられている格好をした人が現れたと同時に手紙を渡してきました。

 

しかし僕は目の前に仙人が現れたとしても計画を実行する気でしたので、手紙を受け取らずそのまま即興で立てた計画通りに行動していきました。

 

だけどの神様という奴もしつこく、向かった先々に現れてきたので、僕はしょうがなくその神様に勝負して負けたら手紙をもらうと条件をつけておきました。

 

そこから鬼ごっこが始まったのですが、開始して一ヵ月で捕まりました。正直言って悔しかったです。

 

で手紙をもらったのですが、その手紙の内容が偉く雑なものでした。

 

その内容で僕はこうして転生者となったわけですが……、いささかチートすぎる能力をもらった気がします。

 

まずは魔力ですが……幽霊になって神様と鬼ごっこをした結果元々あったらしい魔力に上乗せされてSS+になりました。まぁ願い事でもらったわけじゃないんですけど。ちなみに、測定したのはうちのデバイスです。

次に餞別でデバイスをもらいました。これがなければこの世界でやっていけ…なくはないですけど、あったほうがいいので。ナイト、って名前です。バリアジャケットは甲冑姿を想像してください。大体当たりです。

最後に願い事を一つ叶えてくれるというので、『手先を器用にしてくれ』と頼みました。自分、不器用だったので。

 

これのどこがチート?と思うでしょうが、手先が器用になりすぎました。

おかげで機械の調子をわずか八歳そこらで調整できるようになってしまい、親からは「天才だ!」と言われてます。

作るのも得意です。前に夏休みの宿題でミニチュアのログハウスを作って出したら賞をもらいました。

……ただ、長嶋君がその時出そうとしていたのが本物そっくりの拳銃(マガジン付。弾は装填不可)だったので僕が却下したことを今でも覚えています。

 

…上には上がいましたね。まぁ僕ははなから競争する気はないのでいいですが。

 

っと、こんな回想をしていたらいつの間にか三校時目が終わりかけてました。まぁ勉強でわからないところは今のところないので問題ないんですがね。

 

さて今からでは遅いですが、集中しますか。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

昼休みになりました。僕は今ついさっき来た長嶋君と会話しながら昼食をとっています。

長嶋君の弁当は美味しいです。たまにクラスの僕の友達がおかずを勝手にとっていくほどです。本人は気にしていないようですが。

 

ここで僕は切り出しました。

 

「ずいぶん遅かったじゃない」

「本来ならサボる気でいたんだから遅かろうが関係ない」

 

どうやら今日はサボる気だったようです。気が変わったんですかね?

 

「どうして来たの?」

「…理事長から電話がかかってきた」

 

苦虫をかみつぶしたかのように感じる顔で(実際は眉一つ変わってないですが)彼が答えてくれました。

 

「え?」

「『ちょっと話があるから学校に来てください』って電話をな。そのせいで四校時目に出れなかったが…高町たちは何かあったのか?」

 

む。さすがは長嶋君。自分のことをそれとなく話題から外させるとは。しかたない。今日もおとなしく乗りましょう。

 

「バニングスさんと「喧嘩でもしたのか?」その通り」

 

分かってたのなら聞かないで。それとも、こう思わせることが彼の目的なのかな?

ふとそのことを考えようと思いましたけど、無駄なような気がしたので話を進めましょう。

 

「天上君は休み時間に毎回声をかけてるけど…毎回無視されてるよ」

 

内心ザマァミロと見るたびに思いましたけど、今は言いません。だって、

 

「あいつはポジティブなナルシストだな。いい加減に気づけよと言いたい」

 

彼が代弁してくれるので。

 

「だよねぇ」

 

そうやって二人でのんきに食べていると、こちらに向かってくる気配が二つ。手に取るようにわかりました。

だって長嶋君の気配を探していたらこうなったので。

 

どうして長嶋君のことを気にかけるのかというと、前に一方的にメールを寄越した神様からまたメールが届きまして(パソコンに)、『転生者が一人お前と同じ学園、同じ学年で向かったから、先輩として監視でもしてくれ』とご丁寧に名前まで教えてくれました。お返しにちょっとしたいたずらメールをしましたが。

 

見てくれは冷静な男の子なんですが、どうも性格が破綻してる気がするので今も監視しています。

 

決してホモじゃないですよ。僕だって好きな人ぐらいいます。名前は明かしませんが……

 

さて場面を戻しましょう。

いち早く気づいていた長嶋君が弁当を食べながら言いました。

 

「昼ならもう食べてるぞ、バニングスに月村」

「…驚かないと思っていても驚くわね」

「すごいね、長嶋君は」

 

僕だって気付いていましたが、野暮なことを言うのはやめましょう。さすがにホモ疑惑につながりかねません。

 

あ、男子連中の視線がヤバい。そして天上君の視線も。

高町さんは…こちらを見ていませんね。完全に上の空です。目が虚ろってます。

 

「…男子の気が立ってるから二人で食べてくれないか?」

 

長嶋君はそれにさっきから気付いていたようで(男子の嫉妬の視線に)、言外にどこかへ行けと言っています。

流石長嶋君。嫌われやすい最悪な性格だね。

ですので、僕も応援しました。

 

「相談事があるなら僕達と一緒に食べたら?きっと力になるよ」

「委員長、テメェ…!」

「そう?ならお言葉に甘えようかしら」

「ありがとうね、斉原君」

 

いえいえ。長嶋君に一矢報いることができたのでお礼なんてとてもとても。

 

 

 

 

そんなわけで、バニングスさんからの相談事を弁当を食べながら聴く僕達。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・。

あのさ、プライベートって意味、知ってる?友達だからって何でもかんでも話せるとは思わないほうがいいんじゃないかな?

その証拠にほら、月村さん困った顔してるし。

 

これはどういったものかなぁと思っていると、食べ終わって弁当を片づけていた長嶋君が言いました。

 

「……隠し事って、そんなの当たり前だろ。バニングス、お前は馬鹿か?」

 

容赦ない一言。バニングスさんはその一言でキレました。その気持ちは分かりますけどね。

 

「誰が馬鹿よ!」

「お前だ」

「なんですって!!」

 

片やヒートアップ寸前、片や平常運転。口論で長嶋君に勝てると思わないほうがいいと思いますよ、バニングスさん。

流石に頭を冷やしてもらいたいので、僕は言いました。

 

「違うよ長嶋君!バニングスさんはツンデレなんだよ!!」

 

「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」

 

 

場が、凍りました。

 

 

 

 

 

後に彼は語る。『反省や後悔もしてるけど、僕としてはあれが最善だったんだ』と。




読んでくださりありがとうございます。


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10:困ったときの質問

二話連続で投稿します


そして放課後。俺は多少治った委員長の席へ向かった。

 

向かった理由は、『人』になるにはどうしたらいいかという質問をするため。

 

『観察したらどう?』と理事長が提案したのでそれを授業中に実行したが、分かったことといえば授業を真面目に受けている奴らが多いくらいだ。

ためしに休み時間も観察してみた。その時気付いたことは、楽しそうに会話する奴、廊下を走ったりする奴等、『友達』と一緒に行動していること。

 

友達。それは俺と委員長の関係のことを言うらしい。らしい、というのは、去年委員長にそう言われた記憶があるからだ。

 

―――――友達っていうのは、持ちつ持たれつの関係なんだよ。

 

そんなことまであいつは言っていた。俺には少し理解できないが、周りの奴らを見る限り教科書を貸したり借りたりしている関係のことを指しているのだろう。

 

…こんなことまで思い出していたら、やや陰りを背負っている状態の委員長の席に着いた。

 

「よう」

「…ああ、長嶋君。僕を笑いに来たのなら笑えばいいさ……」

「いや。訊きたいことがあるから来たんだが」

「そう、訊きたいこと…………って、え?」

 

そう言って目に光が戻る委員長。なにか驚いてる感じがするんだが、どうしてだ?

 

「訊きたいことって言った?」

「言った」

 

確認を取ってきたので頷いたら、今度こそ委員長は目を見開いて驚いていた(様な気がする)。

 

俺が相談することが予想外だったのだろうかと思いながら質問しようと口を開いたら、委員長が俺の目の前に人差し指を置いて「話なら帰り道に聴くよ」と言ってきた。

 

まぁ、急ぎってわけじゃないしな。そう思いながら、俺も自分の席に戻り帰る準備をした。

 

 

 

 

 

 

「こうして君と帰るというのも初めてだね」

「そうだな」

 

確かに。学校ではよく話しているが、こういった帰り道で一緒になったことはない。

 

「そもそも僕達の家がどこにあるのかなんて把握してないもんね」

「ああ」

「というわけで、君の家へ案内してくれない?」

「なんでそうなる」

 

ぬけぬけと提案してきたので、俺は思わず言ってしまった。

それを見た委員長は頷きながら、「うん。いつも通りだね」と言っていた。

 

「どういうことだよ」

「君が通常運行だなってことだよ」

「訳が分からん」

「ははっ。君って自覚がない上に鈍いんだね」

 

…これは馬鹿にされてるってことなんだな?そう思ったが、スルーして本題に入ることにした。

 

「ところで訊きたいことだが」

「ああうん。そうだったね」

 

こいつ忘れてたのか?そう思ったが、言わぬが花だろうと思いまたもスルーし、訊いてみた。

 

「『人』って、どうすればなれると思う?」

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「『人』って、どうすればなれると思う?」

 

そう質問したら、委員長は笑い出した。

 

「ははははっ!そんな難しい顔をして訊いてくるものだから、てっきり原作について悩んでいるのかと思ったけど、そんなことか!ふふっ。おかしい!」

「そんなにおかしいか?」

 

不思議に思って訊くと、笑い過ぎたのか涙を浮かべながら言った。

 

「君がそんなことをあんな顔で言うからね……ププッ。思い出し笑いが……」

 

さらに笑う委員長。

 

あっちの世界でもたまにこういう奴が居たな。何か発言するたびに笑うやつ。

などと昔の思い出に浸っていると、笑いが収まったようだが多少頬が緩んでいる感じの顔で委員長が話を進めた。

 

「さて。人になるにはどうしたらって質問だったっけ」

「ああ」

「う~ん。…答えらしき答えでいうと、『僕にもわからない』。そもそもこの場合、『人とはどういったものか』という定義から始めないといけないからね」

「……お前、本当に同い年か?」

「その同い年にこんな質問をする君もどうなのか疑うけどね。……まぁ、話の続きは君の家に行ってからにしよう」

「いや、俺は……」

「いいからいいから。話は聞いてあげるから案内して」

 

話が途中から俺の家へ行くことになり、その上それが決定事項になっていたことに納得がいかないまま、委員長と一緒に俺の家へ向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「一軒家なんだね。そして隣が高町さんなんだね」

「ああ」

 

確認するように隣や家を見て言ってくるので、その度に俺は頷いた。

 

「じゃぁ早速入れてよ」

「お前、いい性格してるな」

「君ほど破綻してないよ」

 

そう言われてふとドアノブに手をかけようとしてやめた。

 

破綻。委員長はそう言った。

話の流れからすると性格のことを指していると思うのだが…、なんて考えていたら、

 

「ほらさっさと開けてよ」

 

急かしてきたので我に戻り、俺は鍵を開けてドアノブをまわしてドアを開け中に入った。

 

「お邪魔しまーす……って、人の気配がしないんだけど。両親は?」

 

家の中に入る早々、人の気配がしないという委員長。

俺は内心感心しつつ表情を顔に出せずに言った。

 

「いない。父親は生まれた時には行方不明だし、今年に入って母親も行方不明だ」

「それはまたなんとも…」

 

両親の奇行を理解したのか、言いたかったことを飲み込んだらしい委員長。さすがにすごいと思う。

 

「で?一体どういう経緯でそう言う質問をしてきたんだい?」

 

リビングに案内すると、椅子に座った委員長がいきなり切り出した。

 

 




読んでくださり、感謝です。


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11:親らしく

連続の方がわかりやすいと思い。


 今俺達がいるのは俺の家のリビング。委員長が有無も言わさず家に入り、そのまま話を切り出してしまったからだ。

 

 お茶も何も出していないのだがこのまま話していいのだろうか……と思っていると、不意に家の中から不穏な気配を感じた。

 人のモノでもない。おそらく機械――ロボットの類の気配。それが俺に分かる程度でいきなり現れた。

 

 突然の出現に警戒していると、委員長が首を傾げながら聞いてきた。

 

「どうしたんだい? 何か出てきたの?」

 

 俺は警戒しながら「ああ」と答えると、きょろきょろとあたりを見渡したと思ったら目をつむった委員長が少ししてから目を開けてこういった。

 

「……うん。いるみたいだね。二階の方だね?」

「残念だが、一階、しかももう近くに来ている」

「え?」

 

 そういって呆けている間にそのロボット――飛行型らしく飛んでいた――が突撃しようとしていたので、ただの右ストレートでそれを破壊した。

 

「うわっ!」

 

 近くで破壊音が聞こえたからか、びっくりして椅子から落ちる委員長。

 

「大丈夫か?」

「君の家はトラップハウスかい!?」

 

 ここまで元気よく騒げるのなら、問題ないだろう。そう結論付けた俺は再び警戒。

 だが今度は気配を感じない。というより、なにやら機械音が聞こえる。

 

 ウィィィィィィン……キュウィィィィン……

 

 何の音だかさっぱりわからない。というより、この家でなにが発動したのかわからない。

 と、ここで先ほどの理事長の言葉を思い出した。

 

『君の家に他人は入れないようになっている』と。そしてそれは両親によると。

 

「これはそういうことなのか……」

「え?」

 

 なんとなくつぶやいた言葉を聞いたのか不思議そうにする委員長。だが俺はそれについて答えずに耳を澄まし続ける。

 

 聞こえる規則正しい機械音。いくら手先が器用な俺でも、ここまで緻密で精密な機械を作ったことがない。まぁ作った大半が武器だったりと日常生活ではあまり役に立たないものなんだが。

 

 念のために作り保管してあるが……はたして使う機会があるのだろうかとどうでもいいことを考えていると、機械音が止まり次の瞬間。

 

『よぉ大智。初めまして、だな』

 

 リビングのテーブルの中央に人の立体映像が映り、そんなことをのたまった。

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 その映像の主は明らかに男で、豪快そうで愉快そうな印象を受けるものだった。

 委員長はこれを見て「ホログラム……明らかに今現在の世界では存在しない技術だ……」などと呟いてじっと凝視している。

 

 その映像の男は明らかに俺の方を向いて言ってきた。

 

『まぁなんだ。こうしてやってみると恥ずかしいもんだな』

 

 だったらやるなといいたい。

 

『だが俺の息子のためだ。このぐらいの恥は捨ててやるさ』

 

 さらっとカミングアウトされた事実に驚けない。

 というか、納得できてしまった。

 

 ああ。この人が自分の父親なのかと。

 

 そんな風に感慨に耽っていると、父親がまるで心を読んだかのように言った。

 

『感慨に耽っているところ悪いが』

 

 なんだ?

 

『これを見ているということは、家に他人を入れているという事だろう』

 

 だろうな。そう考えなきゃ説明がつかない。

 

『そして、その他人がお前と同じ転生者』

「「!!?」」

 

 驚いて映像の男を凝視する俺。委員長も同じことを思ったのか、映像をじっと見つめている。

 

『そうじゃねぇとこれが見えないからな。見てるということは……なるほど。見事につながったわけだ』

「つながった?」

 

 聞いても返ってこない質問をする俺。

 だが父親はそれすらも予想していたのか頷き、説明しだした。

 

『先に明かしておくと、俺と母さんはこの世界の住人じゃない。別次元――それこそ神仏修羅が跋扈する世界の住人だ』

 

 だから今はこっちで働いている。帰るのにあと二年ぐらいかかるかもしれないと言っていた。

 

『俺達がこの世界に来たのは、お前が転生することが分かったからだ。あっちの世界で産んだ場合、お前が真っ先に狙われるからな』

 

 なぜそれを知ったのか。その理由に対して触れないまま、話を続ける。

 

『あとなんで転生者だと断定しているかというと、ちょうどもう一人転生させようとしていたところだったから。その話を聞いた俺達は便乗してそっちでお前を転生させてもらったわけだ』

 

 ここまで聞いて話の整理をすると、一つ疑問が生まれる。

 

 生まれ変わってるだけで誕生、という最も原始的な過程が存在しない理由とはなんだ、と。

 

 だがすぐに納得できる事実に思い至った。

 俺はもともと神様だったらしい。それが本当だとするなら、誕生から消滅というサイクルから外れ『存在している』から消滅という、中途半端な人生の過程になるのも納得だ。

 故に俺にはあの時中学生以前の記憶がなく、今は小学生以前の記憶がない。

 

『で、本来なら俺ら二人もそっちの世界で仲良く暮らしたかったんだが、いかんせん仕事があってな。ある程度大丈夫になったら母さんも復帰するということで俺だけ戻ったわけ』

 

 育児休暇とかはなかったのだろうか?

 

『あるわけねぇだろ。勝手に育っていく世界に育児なんて行為はないんだから』

 

 それで、どういった話をしようというんだ?

 だいぶ本筋からずれた気がしたのでそう思うと、向こうもそう思ったのか『さっさと本題はいるか』と呟いてから、こう言った。

 

『でだ。話を戻すが、そこにもう一人の転生者がいることをどうして断言できるのかというと、そいつが入らないと、他人は誰も入れないようにしたからだ』

 

「「……」」

 

 絶句する俺たち。

 すると何か? 委員長を連れてこなければ誰も家へ入れなかったってことか?

 そんな俺の疑問に、親父は愉快そうに笑った。

 

『まぁお前が家に入れようとするほど親しい友達なんていないだろうから、問題はなかったろうがな』

「確かに」

「…………」

 

 親父の発言に神妙にうなずく委員長。それを聞いた俺はまさに当たっていたので何も言えなかった。

 

『これを見てるにはその転生者を助けることが条件だが……それすらもクリアしたんだろう。よくやった』

 

 パチパチパチと拍手する親父の映像。まるで祝福のようにならされたそれは、むず痒いようなくすぐったさがあった。

 先ほどのバニングスの様に変な感じが体を満たすので訳が分からないでいると、まるで俺の現状が分かっているかのような口ぶりで親父は言った。

 

『今ので「この変な感じな一体なんだ?」と思ってる大智。そんな風に悩んでいるからいつまでも仏頂面で、性格破綻者で、コミュニケーション障害なんだよ』

「!? それはどういう……」

『だ・か・ら! お前も少しは周りに合わせて生きてみろっていうんだよ!』

 

 そう言うや否や、映像がぷつっと切れてしまった。

 

 黙ってしまう俺達。

 その間俺は、先ほどから言われ続けた、性格破綻、という言葉の意味を考えていた。

 

 破綻。破れ綻びること。もしくは、修復不可能なほどに物事が行き詰ること。

 となると性格が破綻しているということは、自己を形成している一つが修復不可能なほど終わっている、ということになる。

 そういわれているということは、俺の性格は手遅れと言われるぐらいひどい、と同義という結論に至る。

 あまり自覚はないのだが、委員長やら理事長、父親にまで言われたのなら、そうなのだろうか?

 

 自分の結論に自信が持てないので、何やら考え込んでいる委員長に質問した。

 

「一ついいか?」

「なに?」

「俺の性格は手遅れなのか?」

「そこは君の努力次第だと思うけど……今の君は全く駄目だね」

「そうか……」

 

 そういわれて納得し、俺は再度質問した。

 

「感情とは、どうすれば出せる?」

 

 すこしでも『人らしく』なろうと思ったため。




読んでくださり感無量です。


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12:流れの始まり

ここから本格的に合流する予定……です。


「それじゃ、また」

「すまないな、委員長」

「いいよ別に。これで君が良くなるのを祈るね」

 

 今の時刻は午後五時。少しばかり空がくらんできたので、俺は委員長のことを送ることにした。

 というより、『小学三年生を一人で歩かせる気かい?』と言われ仕方なくついて行った感じなのだが。

 

「というか、母子家庭じゃなかったんだね」

「ああ。俺の勘違いたっだらしい」

「まぁお母さんだけと生活してたらそうなる……かな?」

 

 そう言って首を傾げる委員長だが、目の前にはお前の家があるんだ。さっさと入ってもらえないだろうか。

 

「じゃ、また明日ね」

「ああ。またな」

 

 ようやく家に入ろうとしてくれたので、俺は背を向け手を振って帰ることにした。

 

 

 

 

 

 

 のだが。

 

「こら君。こんな時間に一人で歩いてたら危ないだろ」

 

 警官に見つかってしまった。

 

 今の時刻はまだ六時前のはずなのだがどうして俺は注意されているのだろうかと思ったが……すぐに答えに思い至った。

 今の俺は小学三年生。それが夕方、しかも暗くなり始めているのに一人でふらふらと歩いている。そんな姿を見たら注意を受けるだろう、と。

 

 俺は素直に謝り、警官の連れ添いのもと、何事もなく家へと帰った。

 

 

「ありがとうございました」

「今度から気を付けるんだぞ」

「わかりました」

 

 そんな会話をして警官と別れた俺は家の中へ戻り、リビングの電気をつけてから帰る前に委員長に聞いた質問の答えを反芻した。

 

「『感じたことを素直に表現すれば出せるよ』……か」

 

 つまり、何かしらに対して感じた『その気持ち』や『感想』を体や表情・声音などで表す、という意味なのだろう。

 しかしどう表現すればどんな感情になるのかさっぱりわからない。

 ならばということでパソコンを使おうと思ったが……夕飯が先だったことを思い出し、冷蔵庫へ向かった。

 

「中身がない、な」

 

 ふむ困った。委員長と長話というより、親父の長話に付き合っていたら買い物どころではなくなってしまった。

 いや、一日絶食したところで別段問題はない。問題はないのだが、授業中に腹が鳴る可能性が否めない。

 

 しょうがない。今から買いに行くしかないか。

 

 空腹感を感じながら、俺は財布を持ってフラフラと家を出るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「また君か……家に帰ったんじゃないのか?」

 

 スーパーまで歩いていたら、先ほどと同じ警官に捕まっていた。

 よく会うなぁと思いながら、「お腹空きまして……」と正直に答えたところ、警官はため息をついて俺を諌めるような口調でこう言った。

 

「いいかい? 君の家の事情は知らないけど、暗くなったこの時間に子供の君が一人でうろついちゃだめだぞ。後、お腹がすいたのなら、ご両親に連絡すること。こんな時間で歩き回らない」

 

 今後はちゃんと守るんだぞ。そう付け足した警官は、何を思ったのか俺の手を握ってどこかへ連れて行こうとした。

 

「ほら。家へ帰りなさい」

 

 どうやら家へ戻そうとしているらしい。そうされると食糧難で明日一日睡眠授業すること請負なので、俺は渋った。

 

「ですが……」

「なんだ。家へ帰れない理由があるのか?」

 

 えぇ冷蔵庫が空という、非常に大事な理由が。

 それをのみこんでいると、空腹が頂点に達したのか俺の腹が鳴った。

 

「「…………」」

 

 黙る俺達。先に口を開いたのは、警官の方だった。

 

「~~分かった。買い物してきなさい。その代り、私も一緒に回るから」

 

 なんで一緒に来る必要があるのだろうかと思いつつ、「ありがとうございます」と礼を言った。

 

「無表情で礼を言われると、不思議な感じがするな」

 

 やはりいきなりは無理か。そう思いながら、俺はそのままスーパーへ向かった。

 

 

 

 

 

「大分買ったのによく持てるな、君。本当に小学生か?」

 

 俺が持っているレジ袋×四を見て、後ろからついてきている警官は驚きあきれながら訊いてきたので、頷くだけにした。

 そのまま歩いていると、特に何事もなく家に着いた。

 

 一応ついてきてもらったのでお礼を言うと、「さっきと比べて硬さはとれたかな? でもまだ表情が硬いぞー」と笑って言われた。

 どうして笑われたのかわからなかったが、「じゃぁ私はこれで。出来る限りこの時間帯以降を出歩くんじゃないぞー」と去り際に嬉しそうに言われ、さらにわからなくなった。

 

 

「ただいま」

 

 本日三度目の帰宅。俺はすぐさま冷蔵庫に買ってきたものを詰め込み、今日食べようと思ったものを並べ始めた。

 

「さて作るか」

 

 警官の態度の理由に関して棚上げし、俺は夕飯を作ることにした。

 

 

 

 

「いただきます」

『マスター。私はなぜ二階で放置されていたのですか?』

 

 とりあえずいつも通りナイトメアをテーブルに置いて夕食を食べ始めたところ、いきなり愚痴を言われた。

 

 ……一日の大半は二階で過ごしているはずなのに、一体何を言い出すんだろうか?

 そう思ったが飯を食べたいという欲求の方が勝ったので、無視することにした。

 

「……」

『マスター。無視しないでください』

「…………」

『マスター』

「………………」

『マス』

 

 ドゴォォォン!

 

「『!?』」

 

 近くで盛大に雷が鳴る音がしたので驚く俺達。さっき歩いた時は特に雷が鳴るほど荒れてなかったはずなんだが、一体どうなってやがる?

 

『……! 魔力反応が七つ! それぞれこちらともう一つの反応に向かっています!!』

「は? なんでこの家に魔力を持つ奴があるんだ?」

 

 ナイトメアの言葉に首を傾げる俺だったが、それ(・・)はすぐに理解した。

 

 いや。理解させられた。

 

「それはいつぞやの君が本来の所有者である持ち物を、持ち逃げしたからだよ」

 

 聞き覚えがある声が背後から聞こえた。それと同時に思い浮かぶはあの時(・・・)の光景。

 前世にて俺の、いや俺達の敵だった呪神をつくりだし、俺が好きだった彼女の体を乗っ取った(かたき)ともいえる存在。

 俺は席を立ち上がり、呟く。

 

「――――どうして」

 

 自然と拳を握る力が強くなり、肩を震わし、唇を噛みながら、背後にいるそいつに向けて叫んだ。

 

「どうしてテメェがここにいる! 災厄神夜刀神(ヤトノガミ)!!」

 

 

 

 

「ふふっ。久し振りだね、大智」

 

 そいつ――夜刀神は嬉しそうに、それでいて禍々しさを出しながら、俺の名前を呼んだ。




読んでくださりありがとうございます。


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13:交わる運命

他者視点をはっきりとさせました。次回以降もこのような感じになります。


 災厄神夜刀神。前に生きていた世界では呪われ、我を忘れた神たちを作り上げた張本人で、俺達が乗っ取られた巫女ごと倒したはずの神様。

 

 神は一度倒されたら数百年以上の時をかけなければ再び顕現できることはかなわない。それにはどんな例外もないというのが神様たちの話。

 

 なのに後ろから感じる気配はどうだ? あの対峙した時から感じている気配だ。間違えるはずがない。

 

 こいつは、あの時と同じだ。

 

「アハハッ。やっと、やっと会えね。随分懐かしく感じるよ」

 

 言葉を聞くたびに心の中で『何か』が募る。それは今にも爆発しそうだが、それを必死に押さえつけながら訊いた。

 

「……何の用だ」

「怖い、怖いよ。だけどそれでこそ僕が会いたかった大智だ」

「だから何の用だと聞いてる!」

 

 思わず発した怒声。それを聞いたそいつは「分からない?」と聞いてきてからいきなり俺の前(テーブルを挟んで)に現れ、あるモノを取り出した。

 それは前に俺が拾った宝石っぽいもので、何故か知らないが輝いていた。

 

 それを手のひらで転がしながら、倒した時と変わらない姿のそいつは邪悪な、それでいて人を魅了するような笑顔で言った。

 

「これを取りに来たんだよ。そして君を介入させるために」

「どういうことだ」

「分からないならいいさ。というより、分からなくていい。君が僕のことだけを考えてくれるなら、それでね」

「……」

「ふふっ。君のその顔。怒りに支配され、僕に憎悪を向けるその顔! 僕だけを見ているというその目!! あぁ! なんて愛らしいんだ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺は無意識に身体能力のリミッターを外し銃弾を超える速度でテーブルを越え、そいつの首をつかんでいた。

 

「黙れ……」

「嬉しいね、二度(・・)も殺してくれるのかい?」

 

 無言でつかんでいた手に力を入れる。が。

 

「……な~んてね。さすがに復活したばかりの君に殺されたいと思わないよ」

 

 夜刀神はいつの間にか後ろに回り込んでいた。

 どういった原理で移動しているのかよくわからなかったが、リミッターを解除している俺にとって、いや奴曰く怒りに支配された俺にとって心底どうでもよかった。

 

 ただ殺したい。ただ憎い。それだけが渦巻いていた俺は、嬉しそうに笑っているそいつを振り返ってから睨みつけ、言った。

 

「……殺す」

「うん。その混じり気のない、本当に殺そうというその気持ち。嬉しいねぇ。そんなに僕のことを想ってくれているんだから」

 

 でもね、俺がすぐさま攻撃に移れるように態勢を整えていると、奴がこんなことを呟いた。

 

「君にはもっと苦しんでもらわなきゃ、殺してあげられない。苦しんで苦しんで苦しんで……僕という存在以外に君が考えられなくなったら、殺されてもいいよ。だから……またね」

 

 その瞬間奴の姿は消え、持っていた宝石もどきも消えた。

 

「…………ナイトメア」

『マスター。何する気ですか?』

「すぐに残りの魔力反応の場所を調べろ。あいつのことだ、どうせそこに顔を出す」

『……お断りします』

「そうか」

 

 なぜなのか、なんて理由は聞かない。そんなことに思考を割く理由も時間もなかったから。

 俺はナイトメアをテーブルに放置して自室へ戻り、あるものを持ってきてから家を出た。

 

 ナイトメアがとめた気がしたが気にせず、身体能力に物を言わせて屋根の瓦を吹き飛ばしたりしながら一本の光の柱のほうへダッシュした。

 

 夜刀神に乗っ取られた立花遥佳を、もう一度この手で殺すために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よく来たね。僕の愛を受け止める気になったかい?」

 

 近くのビルの屋上までノンストップで跳んできた俺が見たのは、二人の少女の間で俺を見上げてそう言う夜刀神だった。

 その少女の近くにフェレットやら狼みたいなやつがいたが、そいつらは夜刀神をにらみつけていて、俺に気づいていなかった。

 

 言われた俺は、自然と頭が冷えていた。おそらく、追いかけるために運動したおかげである程度思考能力が戻ったのだろう。

 だが、それに反して俺の体は行動を起こしていた。

 

「……そんな気はさらさらねぇよ!」

 

 と言ったと同時に、持ってきていた刃渡り二十センチのナイフを夜刀神に向かって投げた。

 未だリミッターを外したままの全力投球。肩が悲鳴を上げ、腕の神経に痛みが走ったが、そんなことを気にせずビルの屋上から飛び降りて、今度はマグナムを腰のホルスターから取り出して速射。

 安全装置などない。この銃は俺がいつぞやに提出した自由研究のものだから。

 

 そして発射された弾。これも俺が作ったもの。

 対神様用に作られた、核兵器以上の威力を持つ弾丸。

 マグナムみたいな拳銃に装填できるサイズであるのにもかかわらず、一発で世界を焼き尽くすほどの高火力な弾丸。

 …………それの劣化版だが、とっておいた。

 

 こんな時のために。

 

「オラァァァァァ!!」

 

 落下している最中、弾切れになるまで撃った俺は地面にクレーターを作って着地し、急いでマガジンを交換して再び銃を向ける。

 先ほどの銃撃のせいで視界が爆風にさえぎられたので待っていると、上空から声が聞こえた。

 

「そんな紛い物、僕に効く訳ないじゃない! でも、君のその殺意(想い)、確かに受け取ったよ。そのお礼として、なんだけど……」

 

 上を見上げてすぐさまナイフを投擲。しかし夜刀神は避けるそぶりも見せず、そのナイフを掴んだかと思うと握り、手のひらから流れ出る血を見てうっとりとしていた。

 

「焦らないでよ。でも、君によって傷つけられたことに関しては不覚にもドキドキしちゃった」

 

 前の世界でもそんなことを言っていた気がしないでもなかったが、どうでもよかったために銃口を向ける。

 

 だが、今の俺には分かっていた。

 こいつを俺は殺せない、と。

 

 無論、それは実力的な問題だ。しがらみを捨て一度殺したことがあるこいつを二度殺すのに、ためらいなど一つもない。

 だが、あの時が高校一年生であったことと、とある術式を使用していたことを考慮すると、現段階では不可能だと結論が出る。

 

 一応、その術式は使えるのだが……あの時の副作用を思い出すにおいそれと使えず、しかもそれを使えたとしても現在の体が追い付かないと薄々勘付いていたので、無理、という方向に落ち着いてしまうのだ。

 

 故に俺は銃口を向けつつも頭の中では自分に対して苛立ちをぶつけていた。

 畜生。畜生畜生。畜生畜生畜生畜生畜生畜生! 

 どうしてこんな風にまた後手に回らなきゃなんねぇんだ! どうして俺はそんな時に限って無力なんだ!

 

 どうしてだ。一体どうしてなんだ……!?

 

「うふふっ。困ってるね」

「くそっ!」

 

 ついに言葉にまで出てしまう。それほどまでに、自分に対してのやるせなさを責めていた。

 

 そんな俺を上空で見ていたらしい夜刀神は、思い出したかのようにさっき持ち出したのと同じようなものを俺に見せながら言った。

 

「それじゃぁ僕はこれを持ってくから。また会おうね」

「「待て! (待って!)」」

 

 誰かの声と被ったが俺は気にせず、反射的に引き金を引いた。

 それと同時に黄色い球が夜刀神に向かって飛んだが当たらず、俺が放った銃弾に当たり、大爆発を起こした。

 

「ぐっ!」

 

 思わず目を腕で隠したので光を直視せずにすんだが、目を開けたらそこに奴の姿は存在していなかった。

 

 代わりに、巨大な人型――但し全身が黒く禍々しいやつが、雄叫びをあげていた。

 

 久しぶりに見たその姿に、俺はポツリと呟いた。

 

「最終術式コード『限界突破』起動。行くぞ――――【F式】」

 

 そして俺はマグナムとナイフを持って、そいつに飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *高町なのは視点

 

 

 

 私は目の前に次々と起きている現象に頭がついていけません。先程までフェイトちゃんとジュエルシードをかけていたのに、途中十五、六歳ぐらいの綺麗な女の人が乱入してきてそれを奪ったので取り返そうとしたところ、ビルの屋上から見覚えのある男の子がその女の人に向かってナイフを目視出来ないほどの速さで投げると同時に飛び降り、何かを構えたかと思ったら地面が爆発していました。

 その爆発が何回か起こったのですが、女の人がいつの間にか空を飛んでおり、男の子が上空をにらんでいました。

 

 そこで私は気づきました。男の子の正体が同じクラスで近所の長嶋大智君だということに。

 

 彼は最近こそいるかどうか怪しい存在になっていますが、前はちゃんとクラスメイトとそれなりに話せていました。

 その原因となったのはきっと……

 

 今はそんなこと関係ありませんね。ともかく、長嶋君がその女の人に向けて何か――よく見たら拳銃でした――を向けて固まっていました。

 その顔にはいつもと違い、怒りや恨みを浮かべていました。

 

 今までで見たことのない表情。一度たりとも見なかった感情。

 どうして長嶋君がここにいるのかとか、あの女の人はいったい誰なのかとか、聞きたいことが頭の中を巡りましたが、ユーノ君がこう言いました。

 

「まずい……なのは。ここはおとなしく逃げないと」

「でもジュエルシードが……」

「それもそうだけど!」

 

 その時です。上空にいた女の人が消え、フェイトちゃんが放った魔法と何かが爆発し、黒くて巨大なものが現れたのは。

 それは人のような姿をして、三メートルぐらいの高さがありました。

 

「ねぇユーノ君。あれは一体なに?」

 

 あまりの巨大さにユーノ君に訊きますが、ユーノ君は返事をしません。それどころか、とても怯えていました。

 

「ユーノ君……?」

「あの時と同じだ……あの女の人、そして巨大な魔生物……」

「え?」

 

 心配になって呼びかけたら何かを思い出したかのように呟いていたので聞き返そうと思いましたが、それはできませんでした。

 なぜなら。

 

「テメェに用はねぇんだよぉぉ! さっさと呼び主戻してきやがれぇぇ!!」

『GYAAAAA!!!』

 

 こちらにまで響く長嶋君の声と、それに呼応するように声を上げるそれに遮られたからです。

 ハッとそちらに視線を向けると、いつの間にか魔力を放出している長嶋君が、まるで流星のように縦横無尽にそれの周りを駆け回り、手に持っているらしい武器で攻撃していました。

 

 移動している間や攻撃している姿など見えず、音ですら遅れて聞こえるほど。

 

 まるで嵐のようだと思っていると、長嶋君は距離をいったんとり、傷だらけのボロボロのそれに何かを言ったと思ったら姿が消え、次の瞬間にはそれの胸の部分に穴が開いていました。

 

 そのまま崩れていく黒い巨人。私はフェイトちゃんの事を思い出して探そうとしましたが、すでに姿はありませんでした。きっとうまく逃げれたのでしょう。

 

「良かった……」

 

 ホッとしましたが、長嶋君の事が気になったので巨人がいた場所へ行ってみたところ、そこに人のいた気配はなく、誰かの血だけが飛び散っていました。

 

「帰ろう、なのは」

「うん……」

 

 ユーノ君に言われて帰る私でしたが、あの場に来た長嶋君について考えていました。

 

 家に着いた時、そういえば長嶋君はちゃんと帰ってこれたのだろうかと思い、私は家をのぞいてみることにしました。

 

「誰もいないのかな……?」

 

 明かりがついていないのでまだ帰っていないのかと思い戻ろうとしたら、ユーノ君が長嶋君の家の敷地内から戻ってきました。

 

「ダメだよユーノ君。人の家に勝手に入っちゃ」

「それどころじゃないよなのは! 庭に人が血だらけで倒れているんだ!!」

「え!?」

 

 そう聞かされて私は焦りながらも庭に入り……そして見てしまいました。

 

 

 黒い何かがついたナイフと拳銃を握ったまま、全身血だらけで死んだように倒れている長嶋君を。




読んで下さりありがとうございます。


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14:密談

少しは核心に迫っていきます。


「キャーーーーーー!!」

 

 私は思わず悲鳴を上げてしまいました。

 

「どうしたんだなのは!」

「一体なにがあったんだ!?」

 

 私の悲鳴でお父さんとお兄ちゃんが叫びながら来て、長嶋君の状態を見て息をのんでいました。

 

「これは……」

「なのは、何か知ってるか?」

 

 思わず頷きそうになりましたが、私のしていることもバレると思い「帰ってきた時にユーノ君が見つけたの」と言うと、お父さんは「そうか……」とだけ言って長嶋君の体の周りを歩いていました。

 一周した後、「恭也。救急車呼んでくれ」とお兄ちゃんに指示を出し、頷いたお兄ちゃんは家に戻っていきました。

 

「お父さん。長嶋君は大丈夫?」

「ああ。心配はいらないよ。だから早く家に戻りなさい」

「……うん」

 

 救急車が来るまで待っていると言ったので、私はユーノ君と一緒に先に家に戻りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *……視点

 

 

「そこにいるのは誰だ? この子の両親の知り合いか?」

 

 高町士郎はなのはが家に戻った時に、庭の茂みに隠れている気配に対して声をかけた。

 声をかけられたそのものは、何のためらいもなく茂みから出てきた。

 

「まぁな。こいつの両親から頼まれてな。あんたもそうなんだろう?」

「……ああ」

 

 警官の姿をしたその者は肩をすくめてそう言い、士郎は間をおいて頷いた。

 すべては大智を挟んで行われているやり取り。そこに、秘密と言う言葉はない。

 

「ぶっちゃけこいつおとなし過ぎて暇だったんだけどな」

「そうか? 私は隙がなさ過ぎてつい殺気を浴びせてたんだが」

「子供相手に大人げないな」

「剣術家として、あそこまでの境地に至ったものの実力を知りたくないわけがないだろ」

「あっそ。……でもまぁ、結局教えられなかったよな、『日常』」

「頼まれてはいたが……どうにも難しいな。誘おうにも理由も見つけられなかったし、仕事もあったし」

「こちとら巡回中に一度も会わなかったし」

「そういうのは本人の死亡を確認してからにしたらどうだろうか?」

「……チッ。あんたか」

「あぁ理事長。いつも娘がお世話になっております」

 

 長々と話していたところにもう一人乱入してきた。

 理事長、と呼ばれた仮面をつけた人は舌打ちする警官と士郎を交互に見てため息をついた。

 

「そろそろ本気で彼を助けないと危険だぞ」

「ひょっとして……聞かれてました?」

「だったら最初から居ろってんだ」

「私は動く気のない君たちを見て発言しただけだ。まったく、仮にもあの二人に頼まれたというのに」

「痛いところです」

「非番ですら会わなかった俺にどうしろと?」

「とりあえずこの件に関しては警察の介入はさせないでくれ……といっても、君の位じゃどうしようもないか」

「うっせ」

「そこは私が話をつけておくから……君はこの子についてあげた方がいいだろう」

「いきなりの指名だな、おい」

「そうすると私は……」

「まぁ君は家族に『隣の人は大丈夫だ』とでも言っておいてくれ」

「えらい投げやりだな」

「事態の完全な把握はできていないよ。ただ彼について心配させるのは後々に響くだろうから、念のためだ」

 

 そんな会話をしていると、少し離れたところから救急車のサイレンが鳴るのが三人の耳に届いた。

 

「呼んだみたいだな、恭也」

「ふむ。ならば予定を変更しよう。君を休職扱いにしてもらう。彼を入院先で看病してくれ」

「話が盛大になったな、おい!」

「士郎君は変わらず。これが妥当じゃないか?」

「相変わらずすごい回転をしてますね……分かりました」

「しゃぁねぇ。恩を仇で返すわけにもいかないからな……話に乗るのは癪だが」

「では私はこれで。このおもちゃのナイフやモデルガンなどは全部捨てることをお勧めする」

「完成度パネェ……了解、っと」

 

 言うだけ言うと理事長は姿を消し、警官はその出来のよさに驚きつつ手袋をつけてナイフやモデルガンを拾っていく。

 すべて拾ったことを確認した後、

 

「それじゃ、士郎さん。本官はこれで。後は入院先の病院で会おう」

「分かった」

 

 それだけの言葉を交わし、警官も姿を消した。

 

 残された士郎は、雲がかかった空を見上げながら彼の両親に対する愚痴を呟いた。

 

「本来は自分たちでやるものだろう? ……いくら世界を飛び越えたとしても」

 

 その呟きは、到着したと思われる救急車のサイレンによってかき消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――様。今日も元気に稲が育っております。

 

 そう言って『俺』に畑を見せる老人。

 

 ――――様。貴方様のおかげでうちの子供もこんなに大きくなりました。

 

 そう言って『俺』に子供を紹介する母親。

 

 ――――様! 一緒に遊ぼう!

 

 そう言って『俺』の周りに集まる子供たち。

 

 ――――様!? 一体何をしていらっしゃるのですか!? 今日は……の日じゃないですか!

 

 遊んでいると『誰か』が『俺』に注意してきた。

 

 意識は混濁しているが、なんとなく夢だというのが理解できた。

 だが、その夢が何を指しているのか、一体誰の夢なのか、それは一切不明だった。

 

 行きますよ、――――様。

 

 そうこうしている内に『俺』は『誰か』に手を引かれて歩き出したとこで……その夢は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここグゥ」

 

 体を起こそうとしたら全身に力が入らず、無理に入れようとしたら激痛が走ってそれどこではなくなった。

 

 痛みをこらえようとしてもどうやら全身に痛みが残っているようで、一か所に力を入れると他全部が痛み出すという始末。

 俺は我慢できずに叫んだ。

 

「グァァァァ!」

「どうしたんだおい!?」

 

 俺の叫び声が聞こえたのだろうか、誰かが驚きながら入ってきた。しかし、それを確認できるほど今の俺はタフじゃない。

 

「ガァァァ! グゥ! ぐぁぁぁ!!」

「まさか起き上がろうとしたのか!? くっ。こうなりゃ……」

 

 何かを察したのかその誰かは近づいてきて何かを押した。

 その後俺は数人に取り押さえられ、何かを飲まされて意識を失った。

 

 

 




ご愛読、誠にありがとうございました。


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15:入院

気付けばお気に入りが増えるという珍事。ありがたいです


 …………ここは。

 

 『俺』は周囲を見渡して現状を確認する。

 辺り一面真っ白……という訳でなく、白い空間の中に一部だけ黒い点が存在していた。

 

 いや。点じゃない。これは穴だ。なんとなくそんな気がした『俺』は、何気なく近づいて穴を覗く。

 

 そこに映っていたのは、体のあらゆる部分が欠落している俺だった。

 腕は消え、目は潰れ、足は粉々になり、体からは粒子のような「何か」が消えて行った。

 その代り、その周りに漂っている黒い「何か」がその部分を補填するかのようにまとわりついていた。

 

 そこでふと気づく。『俺』は今、何を見ているのだろうかと。

 あの黒い空間にいる俺は一体誰なんだろうかと。

 

 白い空間の中にいる『俺』は首を傾げて考えていると、上から声が聞こえた。

 

『あれから三日……いや。無理矢理寝かせてからだから、入院してからだと五日か。暇だ』

『しかしこいつの体も大概だな。あんな瀕死の状態だったのに、いまや外傷の痕もなく、後は骨折とかの内部的なものだけらしいし。親に似たのかね……』

 

 聞いたことがある……声。確か、あの時の……

 

 思い出していると、また別な声が聞こえた。

 その声は事務的な報告をするように感情を感じさせない口調で、誰に向けてだか言っていた。

 

「完全回復まであと24時間。それに伴い【力】に関しての制限を最大にまで引き上げます」

 

 その瞬間。急に『俺』の体が重くなった気がした。

 一体何なんだ――そう思っている内に『俺』の視覚情報が消え、こんな言葉が耳に残った。

 

 

「回復終了。これにより長嶋大智の意識が覚醒。――――の意識は封印されます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「お。やっと目覚めたか。あんまり友達の奴らを心配させるなよ、おい」

 

 目を覚ましたら、強面な男が俺の顔を覗きながらそんなことを言っていた。

 

 一体誰だと言いたかったが口が開けず、体も妙にだるかった。

 確か俺はあれを使って呪獣を倒し、誰かが近づいてきたからすぐさま家へ帰って……そうだ。

 家に帰ったがすぐに意識が途切れたんだ。

 それがどうしてこんな状態になっているんだろうかと目をつむりながら思っていると、強面の男が感心していた。

 

「医者曰く、2週間は意識は取り戻せないほどらしいんだが……本当すごいな、おい」

 

 それに対して返事をしようにも体は動かないし口も動けないので何もできない。

 おそらく麻酔か、それ以上に強い薬を打たれたからなのだろう。少し重い頭でそう推測する。

 

 あっちの世界ではこんなものなかったな。人員不足みたいな状態がどこの国でも起こってたから一秒でも長くということで医療技術――しかも迅速治療技術が発達してたから、『サルでもできる人体接合』やら『飲むだけで内部の傷を治す薬』やら、そんなものが結構あった。

 なので、当然麻酔なんてものはあの世界ではあまり使われなくなったので(手術の時では使ったが、それでも手術時間終了で効き目が切れるものぐらい)、こういうのは新鮮だったりする。

 

 さっさと体を動かして調子を確かめたいと思いながら目を開けると、いまだ強面の男が俺の顔を覗いていた。

 

「お、開けやがったか。起きたんだったら開けとけ」

 

 そう言うと、男は視界から消えた。

 

 何がどうしてこうなっているのかわからないが、少なくとも簡潔にわかる事実があるとすれば。

 

 

 ――――どうやら俺は、入院しているという事だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 別段入院すること自体に疑問は抱かない。【F式】を使用した後は大体入院コース、と言うサイクルがあの世界でも通例だったからだ。

 

 最終術式コード『限界突破』。通称【F式】。

 

 これは、あの世界で俺が神様達と戦闘出来る様になった術式で、実質俺にしかできないものだったりするのだが、使うときは大体単騎決戦だったので、存在自体明るみに出ていないだろう。

 

 術式、と言っても魔法とかそういうものではない。一種の催眠解除のキーワードだ。

 

 俺は普段、身体能力を意識的に抑えて生活している。だが、それだと怒りで我を忘れた場合すぐさま元に戻ってしまう恐れがある。

 故に俺は『体に見合った身体能力のみ持ちえる』という自己暗示を自分でし、それを無意識へ埋没させていた。

 その結果『身体能力は人並み以上だが、それを引き出すには自身の体の限界が上限』という制約がつけられた。

 

 まぁあっちの世界ではやる必要なく制約されていたようだが、こちらの世界では一度死んだからかなくなってしまい、自分でやる必要が出た。それに気づいたのは、公園で一人遊んでいた時だったとは、幸運なのかそうでないのか。

 

 ……話がそれた。要するに、そう言った催眠を解くため――身体能力を限界まで引き出すための術式と言う言葉を借りたキーワードが【F式】なのである。

 

 なのだが……今にして思うと少々腑に落ちない点が存在する。

 

 それは、呪獣という呪神よりは弱いがそれでも天災より恐ろしい存在を俺一人が【F式】を使っただけで倒せてしまうことだ。

 あの世界で使っていた武器に似たものを作って持参していたとはいえ、所詮劣化版だ。それこそ夜刀神に傷一つつけられないくらい。

 なのにあれを口にして飛び出して呪獣に攻撃し始めた時、案外バッサリと切り刻まれているのに違和感を感じた。

 それに、体が傷だらけになっているのにその痛みが来ないのもおかしな感覚だった。まるで痛覚神経を「何か」が阻害しているか、それこそ切れた神経をつなぎ合わせていたかのように。

 

 そんなことを考えていたら麻酔が抜けたのか、体全体に力が戻るのを意識的に感じした。

 

 ようやくしゃべれるな。そう思い口を開いたが、ここで動きを止めた。

 

 

 なんといえばいいのだろうか?

 

 意識は覚醒したし、麻酔も抜けた。体が動かせるようになったので別に問題ないのだが、いざしゃべろうと思うと何を言えば正しいのかわからなくなった。

 

 ………………起き上がった方がいいか。

 そう結論付けた俺は、素直に起き上った。

 そして周囲を見渡すように首を回す。

 

 見えたのは白い天井、夕日が沈む景色が映っている窓、そして本を読んでいるらしい強面の男。

 面識の覚えがない俺は、素直に聞いた。

 

「誰だ?」

「!? い、いきなり声をかけるんじゃねェ! 驚いちまったじゃねぇか」

 

 声をかけられた男はびっくりしたらしく本を落としそうになり、拾いながらそんなことを言っていた。

 集中すればそんなことにでもなるのだろうかと思いつつ、もう一度質問した。

 

「誰だ?」

「……ハァ。分かってはいたが随分とマイペースだな、おい」

「…………」

「あぁ、分かった分かった。ちゃんと紹介すっから。だからそういう目はやめろ」

 

 そう言って男は本にしおりを挟んで閉じ、立ち上がって咳払いをしていった。

 

「本官の名は宮野勝也巡査であります。趣味は喧嘩にサバイバル、登山などで、二十六歳独身であります! ……って感じだ。ちなみに、こうしているのはお前の学校の理事長の提案で、お前の両親は俺の恩人だ」

 

 ………………。どう反応すればいいのだろうか、これは?

 自己紹介を受けた俺はそう思い、非常に困った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――てな感じだ。隣が高町さんでよかったな。後で礼でも言っておけ」

「高町が俺を見つけたのか……となるとあの場にいたのはやはり……」

「何を言ってるかしらんが……体の方は大丈夫なのか?」

「問題ないかもしれないから動きたいのだが」

「大丈夫じゃね? すでに起き上がってるし」

「随分簡単だな、警官」

 

 俺がここにいる経緯を教えてほしいというと、宮野巡査は簡単に説明してくれた。

 ……途中に出てきた雑談に関しては流すことにした。

 

 が。理事長に関してはますます謎が深まるばかりとなった。

 

 俺の両親の関係などこの際どうでもいい。家の場所を知っているのも良しとしよう。

 

 だが宮野巡査曰く突然現れ、突然消えた。学校の経営者である人間にそんなことが可能なのか。

 などと考えたところで、彼が「おお。すっかり忘れた」と言って部屋の隅へ移動したので切り上げ、彼の姿を視線で追った。

 

「お前が寝てる間に見舞いに来た客が置いてったものだ。執事付きやらメイド付きやらいたが……お前って実はモテる?」

「まさか。単純に付き合いの上での行動だろう。そこに心配と言う単語はないはずだ」

 

 俺がそう吐き捨てると、「あー、なるほど。だからか。分かった分かった」と、宮野巡査は勝手に納得した。

 

 そして持っていたものを置いて俺に近づいたかと思うと、俺の事を思いっきり殴った。

 

「ぐっ!」

 

 俺にとってはビンタされるのと変わらない衝撃だったので吹き飛びもせず、顔が左を向く程度だったが、いきなりの事だったので混乱した。

 

 なぜ殴られたのかはわからない。

 そんな風に思っていると、彼が教えてくれた。

 

「俺はあいつの言はいまいち信用ならない気がして嫌だったんだが、今のお前を見て納得した。お前、無意識的に、それか意識の奥底で『嫌われることが正しい』とでも思ってるんじゃねぇか? 最悪のケースだと、他人を信じていないか、だ」

 

 ピクリ。彼の言葉に俺は反応した。

 

「その反応だと当たりのようだな……ったく。こんな説教に俺を回すという意味を知っているとしたら、あいつはどこまで知っているんだよ」

 

 そう言って息を吐く宮野巡査。そのしぐさに煙草を加えたら栄えるだろうなぁと適当に考えたら、何故か病室の外に出ようとしていた。

 

「どこに行く?」

「タバコ吸いに行ってくる。ついでに、飲み物でも買ってきてやるよ。話はそのあとだ」

 

 そう言って本当に病室を出て行き、誰もいなくなったので俺はベッドから出て準備体操を始めながら、先程の言葉を考えていた。




拝読ありがとうございます。


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16:説教

と銘打ってありますが、はたしてその通りに感じてもらえるか不安です。


 準備体操を終え、肉体的損傷が完全に回復したことを確認した俺はベッドに座り、【F式】について考えることにした。

 

 何故かと問われると、自分で思い返してみて疑問にしてはあまりにも小さな引っ掛かりだが気になる点が存在したからだ。

 

 俺がこれを覚えたのは、あっちの世界の八月。立花遥佳が神様の話を聞いて俺をとある場所へ連れて行った結果である。

 

 場所、と言っても寂れた神社の中に閉じ込められたのだが。

 

 そこで色々あって覚えたのがあれだったのだが……出るときに何か言われてたな。

 確か……『捨てなければ手に入らない力だ』だった気がする。

 なにを、などと問う前に崩壊したので聞けなかったが、今にして思えばあれは『感情』という人間らしいものを捨てなければその力は使えない、という意味だったのだろうか?

 さらに言えば、自己意識内に埋没している自己暗示は本当に必要なのだろうか?

 

 そう考えると【F式】と感情についての関連性が見えてくるのだが果たしてそれが正しいものなのかどうか……などと考えていると、ドアの前に気配が三つ。

 

 宮野巡査は先ほどの対面で知っているが、他二人は覚えがあるようでない。

 

 前にあった気がしなくもないんだが……などと思っていると、ドアが開き姿を現した。

 

「おう坊主。テメェにはお茶をプレゼントだ」

「ありがたい。飲んだことがあるモノだ」

「だから無表情で言うなって!」

 

 お茶を入り口から投げられたのでキャッチし礼を言ったら怒られた。

 

 なんでだろうか?

 頭の中で疑問符を浮かべながらプルタブを開け飲んでいると、宮野巡査の後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「……ん? この声、どっかで聞いたことあるような……」

「はやて。ひょっとして……」

 

 う~~む。つい最近あった気もするしそうじゃない気もするのだが……ダメだ、思い出せん。

 俺は探るのをあきらめ、彼に尋ねた。

 

「宮野巡査の後ろにいる二人は誰だ?」

 

 そう聞くと彼は後ろをちらっと見て笑顔で言った。

 

「ん? ああ。この二人は診察が終わったらしく暇そうにしててな。最近図書館である人を見かけんっていうから、とりあえず会わせるために連れてきた」

「誘拐?」

「失敬な! 善良なる一警官の、心あふれる配慮です」

「説教するには邪魔じゃないか?」

「一緒に説教に参加してもらうんだよ」

「…………」

「何ため息ついてんだテメェ!」

「あぁ! 大智や!! シグナムに言われて半信半疑やったけど、ホンマに大智や!」

「はやて。病院では静かにと、あれほど言っていたじゃないですか」

 

 なんか無計画っぽい宮野巡査の言にため息をついたら、彼の後ろから地方語でしゃべる声とそれを諌める声が聞こえた。

 この声でようやく誰だか思い出した俺は、だがそれに触れることなく宮野巡査に話しかけた。

 

「病院では静かにした方がいいのでは?」

「…………チッ」

 

 そう言って自分はパイプ椅子に座ってしまい、彼の後ろにいた二人の姿が完全に露見した。

 

「よくも無視してくれたやん」

「……中に入ったらどうだ?」

 

 そう言うと車いすに乗った少女――八神はやてがその隣の女性――シグナムに押されながら中に入った。

 

 ……やれやれ。とんでもない再会の仕方だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁなぁ。なんで最近図書館へ来ないん?」

 

 入っていきなりそんなことを言われた俺は、最後に入ったのはいつだったのか思い出していた。

 

 ……………………猫について調べたときか。

 

 存外時間が経っていないことに驚くところだが、理由を探さないといけないと思い探した結果。

 

「そんな暇がなかったから……だな」

「そうなん?」

「ああ」

 

 うなずいてから色々と思いだすが、とんでもない悩み事しかなかったので忘れることにし、俺は宮野巡査に視線を向けた。

 

「お。なんだ、説教を聞く気になったのか?」

「まぁな。さすがに他人がいるから早めに終わらせた方がいい」

「何の話や?」

 

 たまらずはやてが割り込んでくる。シグナムはというと、静かにはやての後ろに立っていた。

 彼ははやてを見ながら、俺を指さして言った。

 

「こいつに説教するって話だ」

「説教? 何かやらかしたんか?」

「いっぱいあるぞ……っていうのは冗談で。こいつのあほな考えを矯正させようっていう意味での説教だ」

「あー、なんか分かるきがするわ。図書館でもつかみどころが全くといっていいほどない感じしたし」

「だろ?」

 

 なにやら話が俺抜きで盛り上がっているのだが、そろそろ始めてもらいたい。

 そんなことを思っていると、ようやく説教が始まった。

 

 

 

 

 

 

「まず最初に言っておく。テメェがなんでそんなにも交友を拒絶しているか分からねぇ。だがな、そういった行動をとっている感情ならわかる(・・・・・・・)。俺も昔はそうだったからな」

 

 いきなり昔話をされたが、ここはどう解釈すればいいのだろうか。そう思ったが、後半の部分で聞き逃せない単語が出てきたので話を聞いた。

 

「俺もつい最近まで……といっても十代後半までだが人間不信でな。人と関わるとロクな事がないとか、誰も信用できないとか思っていたわけだ。とりわけ、大人とか同年代とかの事は」

 

 俺は別に……などと思ったが、

 

「お前もそうだろ? 一人でも生きられるから別段かかわる必要がない。だったら関わることが億劫だと。そう思ってるんじゃないのか?」

「……」

 

 図星で黙る俺に、愉快そうに笑いながら彼は続けた。

 

「やっぱりか。目が昔の俺に似てたからそうだとは思ったが……あの二人の間に生まれたのに何がどうしてこうなったのやら」

「続きは?」

「おぉ、そうだった。で、だ。まぁ人なんて嫌いってまで考えが至ってからずっと喧嘩に明け暮れてたんだが、ある時お前の親父さんに出会ってこう言われたんだ。『寂しい生き方してるな』って」

「寂しい? 本人の指針で生きてるんだから寂しいとか言われる必要ないんじゃないか?」

「よくもまぁそんな難しい言い回しができるな、本当。……でもま、当時の俺もそう考えて反論したんだよ。『あんたに言われるほど寂しいわけじゃない』って。そしたらなんて返してきたと思う?」

「知らん」

「『殴ることでしかつながりを求められないなんて、寂しい以外の何物でもないだろ』そう言ったんだよ」

「つながり……」

「そう。俺は別につながりを断ちたくて喧嘩してただけだと言い聞かせてたんだが、どうやら本心はつながりを求めていたんだと、お前の親父さんと喧嘩してわかったよ」

「でもそれは結局のところ他人の意見だろ?」

「本当に猜疑心の塊だな。否定する行動の中に自分の本音が隠れている。これもあの人が言っていた言葉だが……今のお前を見ていると、確かにそうだな」

「なに?」

「さっきも言ったが」

 

 そこで言葉を区切り、彼は缶コーヒーを飲む。

 

「ふぅ。……本当に嫌ならすぐにでも山里に引っ越して誰ともかかわりを持たずに生活すればいい。だが、今のお前はどうだ? こうして少なくとも俺やそこにいる八神さん達、そして高町さん達と関わりあいになっているのに特に嫌なそぶりを見せない。口では嫌そうな言葉を言っているにもかかわらず、だ」

「……それは」

「遠慮してる? 違うな。昔の俺と一緒で臆病なんだよ、お前は。感情を出すことで、人と積極的にかかわることで、その人から嫌われるんじゃないかと思う程に」

 

 宮野巡査に矢継ぎ早に言われる言葉に押し黙る俺。同時に、親父が最後に残した言葉を思い出した。

 

『ちっとは周りに合わせて生きてみろ』

 

 これは暗に、『周りのつながりをちゃんと作っておけ』という、我が親のアドバイスだったのだろう。確証はないが。

 そうこうしていたら、巡査は結論を言ってくれた。

 

「人生の先輩からアドバイスだ。人のつながりってのは、衝突ぐらいじゃ切れないぜ。だから、感情を出していったって問題はない!」

 

 恐れずに出していけ! そんな言葉を親指を突き立てていい笑顔で言ってくるので、俺も真似して笑顔を作って親指を突き立ててみた。

 

「こうか?」

「! ……ぷっ。アカン。ツボや……はっはっはっはっ!」

「おまっ、それはとてもじゃないが笑顔に見えないぞ!」

「……そうなのか?」

 

 彼に言われて俺はまねるのをやめたが、八神がツボにはまったらしくまだ笑っていた。

 

「……まぁそこら辺は時間が解決してくれるだろう。まだガキなんだし、感性が成長すれば感情の出し方も、おのずとわかるはずだ」

「どこかの修行僧か?」

「そこは勢いよくツッコミを入れるのがベストやろ」

 

 さり気に会話に入ってくる八神。結局こいつは何のために連れてこられたのだろうか?

 そう思っていると、八神が巡査に話しかけた。

 

「なぁお兄さん。大智っていつまで入院するん?」

「さぁな。一か月ほど入院する予定だったのが完治したらしくて。まぁ明日医者に見せてから、だな」

「ふ~~ん……せや!」

 

 さり気にすごいことを言ったのに気付いてないのか、何かを考えた八神。

 そのあとに言われたのは、色々と驚く内容だった。

 

「入院してる間、うちが感情の出し方の練習を手伝ったるわ! 図書館の時に割と世話になったし!」

「……」

 

 何を言い出したんだろうか、こいつ?

 そう思って彼を見ると、大きく頷いていた。

 

「えぇやろ?」

「……い」

「おい坊主。今さっき言ったこと思い出せ」

「『さぁな。一か月ほど……』」

「そこじゃない! お前、今のボケか!?」

「今さっき言った言葉を復唱しただけだ」

「畜生! ここにきてまさかの天然発生だと!? こうなったら否応なくテメェに感情を教えてやる!」

「それはいい案やな! うちも乗ったで!!」

「そうか。そうだよな!」

 

 俺抜きで話が進んでいく現状。はっきりいってどうすればいいのかわからない……と今までは思ったが、話を聞き、アドバイスっぽいのも聞いた俺はとりあえず頭を押さえながら言った。

 

「……お前ら黙れ。うるさくてかなわない」

「「!!?」」

 

 驚く二人。

 そんな二人を見ながら、今の反応は正しいのかと結論付けた。

 

「い、今のって……」

「ああ。微かにだが、あいつが怒ったぞ」

「ということは……」

「早くも特訓の成果が出たか!」

「そんな特訓してないし、そもそも特訓は了承したわけじゃない」

「間をおかずに返事が出来る様になったで?」

「これは……会話するごとに進歩するタイプか!」

「何がだ」

「大智……恐ろしい子!」

「だから何がだ!」

 

 つい声を荒げてしまった。ああ言われ続けると、さすがにこうして怒鳴らければ黙ってくれないと思った故に。

 こんな会話は、シグナムが止めに入るまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。

 

 宮野巡査と八神のコンビに対して怒鳴り倒していたら、なんだかどっと疲れが出た。

 

「疲れた……」

「結構楽しかったな。あの子も元気に混ざってきたし」

「なんであれだけはしゃいでまだ元気なんだ?」

「そりゃお前、感情を出し慣れてるかどうかの違いだろ」

 

 俺も昔はそうだったんだぞ。そう言いながらコーヒーを飲む巡査。

 俺はというと、あくびを漏らしていた。

 

「眠い……」

「寝ろ寝ろ」

「お休み」

「おう」

 

 巡査に促されて俺はまぶたを閉じ、意識を落としていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *……視点

 

 

 

「寝たかね」

「理事長や。お前の神出鬼没ぶりには慣れたつもりだが、それでも窓の近くから出てくるのはどういう仕組みだ?」

「影があるからこそ光がある。単純にいうと、黒と白の境界線で生きているからね」

「ますます分からん」

 

 そう言うと、宮野はコーヒーを飲み干し缶をテーブルに置いた。

 

「で?」

「で? とは?」

「とぼけるな。俺を使ってこいつに少しでも感情に興味を持たせる気だったんだろ?」

 

 その問いに理事長は笑っただけで答えなかった。

 

「相変わらずの腹黒さだな」

「失礼な。私はただ円滑に進めるための準備を適材適所にしてるだけだよ」

 

 さらりと言われたセリフに疑問符を浮かべる宮野だったが、窓の景色を見るように椅子から立ち上がると、穏やかな表情をしながら言った。

 

「お前の思い通りに動くのは癪だけどよ、こいつと接してわかったことがある」

「なんだね?」

「こいつは、一方面では俺に似ている。だが、他方面ではやっぱりあの二人の子供だということを、な」

「他人に似ていると思うのは、共感する部分のみだ。それ以外は全く違う要素しかない」

「そういう部分、お前とこいつは似てるぜ」

「……」

 

 一矢報いたとばかりに笑う宮野。それを見た理事長は何も言わなかったが、いい気分ではなかった。

 

「で?」

「ああ。だからなのか、俺はこいつの事を気に入った」

「そうか」

「お前もそうだろ?」

「どうだろうな?」

「まぁともかく。明日医者に見せて退院って流れになるだろうぜ」

 

 そう報告すると、「分かった」とだけ言って、理事長は消えた。

 残った宮野は缶を捨ててから、壁にもたれかかって寝た。




ご愛読、ありがとうございました


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17:覚醒

バイトを辞めたらここまで暇だと思わなかった件。勉強しないといけないけど。

ちょっとわかりにくいかもしれませんが、仕様です。


【ファーストステップへ移行を確認。『厳罰』遂行のため、阻止行動を行います】

 

 ……ん?

 

 妙な声が意識下で聞こえた。

 感情などこもっていない、まるで俺みたいな、機械みたいな声。

 

 寝ているはずなのにどうしてこんな声が聞こえるのだろうか?

 それだったらまるで走馬燈みたいじゃないか(厳密には違うが)……などと意識の中で考えていると、急に俺という存在が、意識という中で姿を現したのだ。

 

「なんだ、これは……」

 

 言葉としてしゃべれることにも驚いているが、自分という外見的特徴が意識という中にすべて再現されていることに驚かされていた。

 

 手が動き、足が動く。その場で足踏みもできたし、この意識という中を駈け出すこともできた。

 ……ただし、道なき道を走るようで終わりが見える気がしなかったが。

 

 ある程度検証した俺は、その場で立ち止まって思考する。

 

 ここが一体どこなのか。その疑問も存在するが、どうして俺がこうしていられるのかの方がわからない。

 先ほどの機械みたいな声が関わっているのか。その声の主は一体誰なのか。

 

 考えるたびに泥沼にはまっていく。つまりそれは、俺の理解力の外にこれがあるということを指すのだが、今の俺にはそう考える余裕などなく、そのまま思考の海を漂っていた。

 

 しかしそれも唐突に終わった。

 

 ビキリ。ビキビキビキ……

 

 何かが崩れる音がし、その音の方向へ振り替えることになったからだ。

 振り返った俺は目を細めて警戒しながら尋ねる。

 

「誰だ、お前」

「元神様」

 

 俺と同じ声で、『そいつ』は答えた。

 その答えに俺は半信半疑に訊ねた。

 

「お前が、『俺』なのか?」

 

 コクン。

 返事としては簡単で、それでいて確信を得る答えをする『そいつ』――『俺』。

 しかしながら、その答えのせいで俺は混乱した。

 

 一体どうなってやがるんだ? 俺は元神様だと分かってはいたが、その神様自体が俺ではなく俺に眠る意識だと? くそっ。訳がわかんねェ。

 

 頭を掻きながらそこまで考えていると、『俺』はぽつりと語りだした。

 

「『俺』は神格を返上したわけではない」

 

「『俺』は神格を封じられ(・・・・)、人の身にて永劫を暮す『罰』を受けた」

 

「だがそれも、ある時を境に難しくなった」

 

「お前になった時だ」

 

「お前は『俺』と似ていた。誰のせいかは知らない」

 

「その上『あいつ』も現れた」

 

「だから神々は『俺』達にある術式を覚えさせた」

 

 そこまで言われて俺は待ったをかけた。

 

「ちょっとまて」

「……」

 

 なんだと言わんばかりに視線をぶつけてくる『俺』。

 一回深呼吸をしてから、俺は先を促した。

 

「すぅ……はぁ…………いいぜ」

「その名は【F式】」

 

 『俺』からそれを言われた時、俺は驚かなかった。

 その前に深呼吸したから、というのもあるだろうが、実際ある術式と言われたらそれしか思いつかなかった。

 

「『俺』達のために編み出されたそれは、『俺』という力の根源から俺が力を引き出すためのもの」

 

「だがその度に出力オーバーになる故、回復すらも『俺』の力が使われた」

 

 あの異常回復はそれが原因だったのか。どうりでおかしいとしか思えないわけだ。

 

「その結果俺と『俺』は同調し……」

 

 瞬間。『俺』の姿と俺の姿がぶれ始めた。

 

「な、なんだ!?」

変われなくなった(・・・・・・・・)

 

 『俺』がいい終わると同時。俺達の姿は消え、俺の意識も消えた。

 

 

 

 

 

【緊急阻止行動は成功しました。これにより『厳罰』は続行され、ファーストステップへの道は強制終了しまし……】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 目を覚ますとベッドの中。別によくあることだ。

 起き上がって状況を確認する。

 

 …………。別に異常はないな。

 

 確認し終えた俺は、窓ガラスを開けて飛び降りた。

 

 音などさせず、また気配を感じさせないようにした俺の飛び降りに気付くものなどおらず、無音のまま木の枝を使って回転し、雲梯の要領で飛び他の木の枝をつかみ、同じことをする。

 

 ……裸足はまずかっただろうが、別に問題はないだろう。

 そう結論付けた俺は、最後に掴んだ木の枝に乗って上空へ飛び、ある程度の高さで空気を蹴って(・・・・・・)飛んだ。

 

 まずは(・・・)武器の調達をしに、家へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に到着した。入院前と変わらない状態だったからか鍵がかかっておらず、そのままドアを開けて中に入った。

 

「……臭い」

 

 入って早々異臭がした。原因はあの時の夕食の残りだろう。

 どうにかしようかと思ったが、先に武器になりそうなものを探したほうがいいかと思い自分の部屋へ向かうことにした。

 

 部屋に置いてあった武器の中で役に立ちそうなもの・しっくりくるものを選んでホルスター付きのベルトにさして腰に巻き、下の異臭を何とかするべくリビングへ向かった。

 

「ものの見事に腐ってるな……」

『!? マスター……ですか?』

「ん? ああそうだが。おかしなところでもあったのか?」

 

 何故か驚いているナイトメア。服装以外で驚く理由が考えられないので、料理を全部ゴミ箱にぶち込み、皿を洗いながら説明することにした。

 

「あの後呪獣が現れたから滅多切りにして殺した。その時の後遺症で入院した」

『そうなんですか……じゃ、ありません! なんで封印した魔力を放出したままなんですか!?』

「む」

 

 洗う手をつい止めてしまう。

 その隙になのか、一気にナイトメアがまくし立ててきた。

 

『おまけに手術衣のままです! もしかして抜け出してきたのですか!?』

 

 ハァ。文句を聞き流して皿を洗いながら、俺はそうため息をつく。

 前にもこういう奴がいた気がする。確か……そうだ。転生前にいた女だ。

 妙に俺に小言を言ってくるから面倒だったが……どうなったっけか。

 

 昔のことを思い出しながら作業をしているといつの間にか洗い物が終わっており、それを拭いて片づけてからナイトメアを装着する。

 

『な、ど、どうするんですか!?』

「探しに行く」

『探すって……いったい何をですか!』

「あいつの気配を、だ」

 

 それだけで何を言わんとしているのか分かったらしいが、ナイトメアは『無理です』と答えた。

 

「なぜだ?」

『確かにあれだけ特徴的な気配は分かりやすいでしょう。ですが、私にはそんな機能付いていません』

「別にお前に探せと言ったわけじゃない。俺が探しに行くだけだ」

『どうやってですか!』

「しらみつぶしに世界を回って」

「それだと到底終わりに間に合わないがね」

「『!?』」

 

 第三者の声がしてその方向へ振り返ると、そこには仮面をつけた髪の長い奴が存在した。

 

「お前は……」

 

 俺が名を呼ぶのにためらっていると、そいつはくっくっくっと笑ってから言った。

 

「今の私は君の学校の理事長だ。そう呼びたまえ」

「……理事長か」

「そうだとも。まぁ今は、もう一つの業務をしている真っ最中なのだがね」

「…………」

「無反応か。そうすると今の君は、あちらの方かね?」

「だったらどうする?」

 

 理事長の問いに問い返すと、ただ一言「別に」と答えた。

 

「何もしないのか」

「ああ。私は君を制止させる理由も立場もないし、義理もない。よって何もしない」

「そうか」

「だが君を案内することならしてあげられるぞ。彼女――夜刀神の元へ」

『なっ!? 何を』

「案内してくれ」

『マスター!? 一体何を考えてるのですか!?』

 

 理事長の提案に飛びついただけなのに、なぜそうも反対するのだろうか。

 そう考えて、ようやく思い出した。

 

 今の『俺』は俺ではない。長嶋大智という個人ではなく、かつて追放された六道の統括者、古き書物にすら名を残すことがなかった、最初にして最後の存在。

 

 

 ――――その名を永劫輪廻乃尊。かつて六道輪廻の概念を司り、その一つの道に関連して闘神まで司った神であり、当時の神々にとっては禁忌を犯しその名を永久に封じた罪神の名である。

 

 

 




読んで下さりありがとうございます。


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18:合流

視点が結構切り替わります。


*……視点

 

 

『何かいう事はあるか、己の巫女を殺害し、怒りに任せ奉られていた村を更地に変えた罪人よ』

 

 ここには今四人の姿が見える。

 一人は中央に座っており、その手は後ろで縛られ、うつむいていた。

 先ほどの発言者はその近くにいながら、椅子に座っている存在の右にたたずんでいた。

 

『……何も言わぬか。ならば情状酌量の余地なしとみなし追放となるが……良いか?』

 

 反対側にいる存在は、少しばかり期待を持って訊ねたが、座ってるものはただ一言『殺せ』とだけ呟いた。

 

 これを以て裁きは終わった。そう言わんばかりに対に佇む存在は、椅子に座っている存在に視線を向ける。

 椅子に座っている存在は頷いてから述べた。

 

『名前の封印及び人間道のみに輪廻すること。それでこの裁きは終わりだ。六道の管理は我らで割り当てておく』

『『『!!!』』』

 

 が、その言葉はその場にいた全員を裏切るものであった。

 

『なぜです!?』

『そうだ。どうせ……』

『言っておくがこの決定を覆すことも覆ることもない。唯一解放されるとするならば』

 

 そこで立ち上がり、座っている者の目を見ながら

 

『その目に光を取り戻す事だ』

 

 そう、言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

*斉原雄樹視点

 

 

「流れのままここまで来ちゃったけど……この後僕どうして行こうかな」

「斉原! ぼさっとしてないで少しでもフェイトの援護に回りな!」

「分かって、ますっと!」

 

 アルフさんの指示に僕は手短なロボット(?)を斬っていく。

 ある程度周りがいなくなると、その足でフェイトさん達の後を追いつつ魔力弾をとりあえずの数――二十発位を作ってフルバースト。

 

 ふぅ疲れる。いくら魔力があっても囲んできた敵を一掃できないよ。……彼女達ならできそうだけど。

 まぁそんなことを考えている暇はない。そう思い直して僕は、彼女の母――プレシア・テスタロッサの元へ向かうテスタロッサさんとアルフの元へ走り出した。

 

 

 どうもお久しぶりです。今や流れに流されて高町さんと一緒に管理局の協力者としてジュエルシードの回収をしていました、斉原雄樹です。

 

 何やらイレギュラーな事例があったらしいけどそこはスルーして。

 今はただ進んでいます。先ほども言った、フェイトさんのお母さんの元へ。

 

 ですが、少々不思議な出来事が発生しているみたいです。

 

 まずこの『今の』物語とは関係ないのですが、彼女たち(・・・・)が既に存在しているということです。

 それは今関係ないので置いておきますが、おそらくもう少し先だったはずです。

 

 次に、ここに出てくる守護者的な機械。

 一体一体弱いのですが、集団、しかも連係プレーをしてくるので思った以上に厄介な存在です。

 

 アニメで見た時はこんなことしなかった気がするのですが……。

 などと思いましたが、体験していることが現実だと割り切って違和感を消化することにします。

 

 そして最後。

 これはある意味部外者である僕だけが感じるのでしょうが、出来過ぎているのです(・・・・・・・・・・)ここまで(・・・・)

 

 まるで、最後の最後が変わってしまう――そんな予感をしてしまうぐらいに。

 

 ちなみにですが、ここ最近神様とメールしていません。向こうから『もう慣れただろうからメールするの止めね?』的なメールが送られてきましたので。

 別に僕は構わなかったのでその返事を悪戯を伴って送りましたが……まさかその悪戯に参ったとかじゃないかと最近疑ったりします。

 

 あと、ここに来る前日に学校に行きましたが、長嶋君は事故ったとかで入院中だったらしくいませんでした。

 高町さんの顔がうつむいていたのは、あまり気にしませんでした。

 

 

「見えた!」

 

 っと。そんなことを考えていたら到着しちゃったらしい。気持ちを切り替えますか。

 呼吸を整えて気持ちを切り替えていたら先に行っちゃったので、僕は早々に切り上げてあわてて追いかけました。

 

 そこで僕は目撃するのです。

 

 予想を裏切らない、最悪な展開を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*高町なのは視点

 

「行こう、なのは!」

「うん!」

 

 動力炉を壊した私はユーノ君に促され、来た道を必死に戻ります。

 しかし、その行動はすぐに無意味になりました。

 

 なぜなら、私たちの足元に魔方陣が出現したからです。

 

「な、なに!?」

「! これは……! なのは、僕の手を!」

「え!」

 

 戸惑う私にユーノ君は手を差し伸べてくれましたが、次の瞬間ユーノ君の姿が消えました。

 

「ユー……」

 

 咄嗟に名前を呼ぼうとしましたが、魔方陣の光と共に消えてしまいました。

 

 

 

「え? ここは……」

 

 光が収まったと思ったら、先ほどと同じ建物の中。ですが、先ほどと明らかに違うところがありました。

 それは、フェイトちゃんとアルフさん、そして斉原君とクロノ君がフェイトちゃんのお母さんとその隣にあるカプセルのところを見ているからです。

 

 私は虚数空間に気を付けながら皆のところに近づき……そして見てしまいました。

 

 

 だらりと宙を浮いている二人の前にいる……あの時の女の人を。

 

「ようやく揃ったね。ようこそ、少年少女の諸君! 異分子と正規の役者たち!!」

 

 女の人は笑顔でそう言いますが、その笑顔に得体のしれない恐怖を感じた私は、レイジングハートを強く握りました。

 

 他の人たちもそうなのでしょう。女の人はその笑顔をやめ微笑みながら言ったのですから。

 

「まぁそこまで硬くならなくていいさ。君たちは所詮ただの駒。彼を動かすためだけの、ね」

「どういうことだ!」

 

 クロノ君が左腕をかばいながら叫び、それにこたえるように女の人は言いました。

 

「ネタ明かしはタブーなんだけど、暇つぶしになら教えてあげるさ」

 

 彼が来るまで。

 

 そう笑顔で付け足した彼女は、そのまま続けました。

 

 

「まーどこから説明するかというと、この事件のそもそもの発端からかな。彼女――プレシア・テスタロッサが最愛の娘――アリシア・テスタロッサを生き返らせるためにジュエルシードに目を付けたところから」

 

「本来ならここに何ら変わりはないはずなんだけど、何らかの干渉で因果律が変わってしまった結果、アリシア・テスタロッサが死ぬことなく(・・・・・・)、ジュエルシードという遺産にも興味がないという、まったく逆の(・・)物語になってしまった」

 

 本来? 本来とは一体どういう意味なのか分かりませんが、言いたいことは少しわかりました。

 

 が、それよりも先に斉原君が気付いたらしく、叫びました。

 

「まさか……それをこの流れに持ってこさせるために……!?」

「ご明察だね。そういうこと。この流れに持ってこさせるために娘さんに呪いをかけて殺し(・・・・・・・・)、母親を狂気に追い込ませて……って感じだったんだけど、またそこで誤算が生じてね」

 

 その言葉を言い終えた瞬間、フェイトちゃんが女の人に向かって駆け出しました。

 

「あぁぁぁぁぁぁ!」

「フェイト!」「フェイトちゃん!」

 

 制止させようとした私たちの声も聞かずバルディッシュを振り下ろしましたが、何かに阻まれているようで女の人に届きませんでした。

 バルディッシュを防いでいるのにもかかわらず、その人はそのまま続けました。

 

「まずジュエルシード。見つかったのはよかったんだけど管理局が取りに来たらしくてさ、困ったから僕が出たんだよね」

 

 だからあの男の子は艦内に戻しといたから。

 

 その言葉で、ようやくあの時ユーノ君が怯えているわけがわかりました。

 あの人に発掘したジュエルシードをばらまかれた。それも、ユーノ君を攻撃して。

 

 その事実に気付いた私は、気付いたレイジングハートを女の人に向け、全力で撃っていました。

 しかし、これすらも届きません。

 

「で、次だけど。プレシア・テスタロッサが思いのほか娘想いでさ、君を創ってからも大切に育てようとしたんだよ。だからね」

「「「それ以上言うなぁぁぁ!!」」」

 

 彼女の発言に何か気付いたのか残りの三人まで自身の最大攻撃を仕掛けますが、まったく届きません。

 

「もう。いいところなのに」

「ふざけるな! 人の命をなんだと思ってるんだ!!」

「何って……平等だよ」

 

 そう言うと同時。女の人の周りの何かがはじけ、その衝撃で私たちの攻撃をすべて弾き飛ばしました。

 

「僕と君達は力の本質が違う。それ故に君達じゃ傷一つつけられない」

 

 ただ悠然と立ちながら、そんなこという女の人。

 

 

 確かに女の人の言う通りかもしれません。ですが、

 

「「「「「それだけで立ち止まる理由はない!」」」」」

 

 この女の人さえ倒せればこの戦いが終わる。そう確信できたから、私は立ち上がりました。きっとほかの人たちもそうなのでしょう。

 

 そんな私たちを見た女の人はやれやれと首を振ってから口を開きましたが――――すぐさま視線を後ろに向けました。

 つられて私達も奥の方を見るとそこには。

 

「生身で時空を超えるのは、さすがに疲れたな」

『……』

 

 明らかに場違いな格好でゆっくりと歩いている、いつもと雰囲気が違う長嶋君がいました。

 あの時と同じ雰囲気を持つ、長嶋君が。




読みにくい文章でしょうが読んでくださってありがとうございます。


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19:交錯する人格

タイトル通りです。読みにくい(かもしれない)のは仕様です。申し訳ありません。


 それは丁度お父さんが入院して私が一人で公園にいた時でした。

 

 ぽつんとベンチに座りながらボーっとしていると、後ろからバサバサバサ! と羽ばたく音が盛大に聞こえました。

 

 当然私は驚いて後ろを振り向き、音源に近づきました。

 

 そこで見てしまったのです。

 

 何の感情もうつさず、ただただ鳥さんの死体を眺めている、長嶋君を。

 

『……やってしまった。やはりどうしようもないらしい』

 

 鳥さんの死体を眺めながらそんなことを言った彼は、丁寧に地面を掘り起こして埋めると、木の枝で十字架を作ってその上に立て、両手を合わせて何事かぼそぼそ言っていました。

 

 私は長嶋君のことを詳しく知りません。

 家が隣でお母さんがいて、私達と同じ学校に通っているぐらいで、それ以外の事は全くわかりません。

 だからなのか私達と同い年のはずなのに慣れた手つきでお墓を作る姿を見て、どうしてなのか不思議に思いました。

 それを聞こうと思い話しかけようとしたら、長嶋君が立ち上がり、そのまま森の奥へと消えていきました。

 

 誰にも話しかけさせないような雰囲気をまとったままで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久し振りだな、夜刀神」

「ようやく来たんだね、輪廻」

 

 理事長に用意された空間を歩いてきたら、目の前に夜刀神がいたので言葉を交わす。

 

「準備はいいか?」

「何の?」

「もちろん、俺を殺す準備だ(・・・・・・・)

 

 そう言った瞬間、俺の横を黒い槍が飛び去った。

 

「もちろん。君が好きだからね」

「だったら最初から当てろ」

「焦らないでよ。まだ時間はあるんだからさ」

 

 そう言うと同時、俺の手が勝手にホルスターから銃を抜き、夜刀神に銃口を向けた。

 向けられた奴は満面の笑みで言った。

 

「これでようやく、だね」

「……」

 

 俺は向けた銃口を下した。

 それを見た奴は怒りながら言った。

 

「どうして!? なぜ君は僕を殺そうとしない!」

 

 それに対して俺は、簡潔に言った。

 

「興味がない」

「――――ッ!!」

 

 息をのむ奴に、俺はただ淡々という。

 

「俺はお前を殺すことも、今の状況も、何もかも興味がない。ただあるとするならば、俺が死ぬことだけだ」

 

 建物が崩れそうになっているが、それも関係ない。ただ潰してくれるなら大歓迎だ。

 

 『俺』は『俺』自身の死だけを望む。それ以外はどうなろうと知ったことではない。

 たとえ、俺の復讐の相手に殺されようとも。

 

 俺は一歩前へ踏み出す。

 夜刀神は何をするわけもなく、ただうつむいている。

 

 仕方がないのでもう一歩。しかし反応がない。

 

 さっさと殺してくれないだろうか……そう思い始めた時、夜刀神の後ろから俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 

「――――メ! その人に近づいちゃダメだ、長嶋君!!」

「…………」

 

 だがそれも無視をする……はずだったのだが。

 

 何故か(・・・)俺は(・・)声がした方へ向いていた(・・・・・・・・・・・)

 

 そこにいたのは銀色の鎧を身にまとう少年や、白い服を着た少女、サイズが合わなそうな服装の少年と、人に化けた狼にその腕に抱かれている金髪の少女。

 

 が、すぐに視線を夜刀神に戻す。

 

 すると、奴は嗤っていた。

 狂気という言葉がしっくりくるように、どこか壊れた笑いで。

 

「殺さないのか」

 

 あえて訊ねてみると、返ってきたのは黒い槍。しかも、俺を囲んで。

 

 ようやく死ねる。これでやっと……などと思い目をつむろうとして、つむれなかった。

 そのうえ、体が勝手にしゃがみ、槍から逃れるように横に跳んだのだ。

 

「?」

 

 体の調子を確かめるように手を握り開こうとし……出来なかった。

 

「なんだ、これは」

 

 力を込めて開こうとするが、今度は銃を持っていた手がそれを阻止する。

 俺はある可能性にたどり着き、苛立ちながら叫んだ。

 

「お前はもう出てこれない! なぜ『俺』の邪魔をする!!」

 

 すると、脳裏にこんな声が聞こえた。

 

――――テメェが死のうがどうでもいいが、仇相手に死のうとするな!

 

 ついで、先程まで開こうとしていた手が拳のまま、俺の顔に突き刺さった。

 

『――――あまり彼を舐めない方がいい。長嶋大智は、君の可能性なのだから』

 

 倒れ薄れゆく意識の中、理事長が行く前に言った忠告が、何故か浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

【――――意識介入による阻止行動、失敗。長嶋大智の意識が出現します】

【それに伴い永劫輪廻乃尊の意識的融合の解除――――――無効】

【エラー発生。意識の切り離し不能。同調率80%】

【原因の究明――――不明】

【解決手段――――なし】

【同調率97%】

【システムに異常発生。『厳罰』プログラムに修正不可能のバグが発生。それによりプログラムは強制終了し】

【本来のプログラムである『救済』が発動します】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 自分で自分の顔を思い切り殴ったせいか、なんかひりひりする。鼻が折れてないか心配だ。

 しかしそうも言っていられない。やるべきことをやらんとするため、俺は両手をばねにして起き上がった。

 

 目の前には笑っている夜刀神が。

 

 俺は未だ手に持っていた銃をそいつに向け、目を細めてから言った。

 

「よう。殺しに来たぜ」

「ははははははっ! ハハハハハハハッ!! 君は本当に僕を狂わしてくれるね!」

 

 嬉しそうであり、怒っていそうなのに笑っているそいつはしばらく笑ってから冷静になり、後ろに浮いていた人とカプセルを消した。

 

 その奥にいた委員長達(なぜいるか知らないが)が何やら叫んだが、俺は冷静に聞いた。

 

「どうせあの世界と同じ感じだろ?」

「そりゃそうだよ。僕にとって君、いや君達(・・)を殺すこと以外、どうでもいいのだからね」

 

 それならばこちらも別に問題ないか。そう思った俺は夜刀神の横を抜け、斉原達の元へ駆けた。

 

「よう」

「よう、じゃないよ長嶋君! 君は一体……!!」

 

 委員長が抗議してきたので腹を殴って悶絶させ、武器を構えてる他の奴らに言った。

 

「さっさと逃げろ。どうせさっきの奴らはどこか安全な場所に飛ばされてる」

「どうしてそう言い切れるの?」

 

 高町がもっともな質問をしてきたので、俺は夜刀神に向きなおして言った。

 

「前にも闘ったからな」

「え?」

「もういいかい? さっさと始めたいんだけど」

 

 夜刀神が億劫そうな感じでそう言ったので、俺は新たにナイフを構えようとして……ふとやめた。

 

「そういえば」

「どうしたんだい?」

「いや、ナイトメアを使ったことがない」

「あぁ。ならどうぞ。今生の別れになるだろうし」

「そうか。この礼は全力を以て返そう」

 

 とりあえずナイトメアを持ってきたが一度も使ってないんだな。

 今更な事実に驚きながら、俺はナイトメアに尋ねる。

 

「なぁ」

『…! マスターですか!? マスターなんですか!?』

「そうだが……お前を起動させる方法は?」

『……そういえば、一度も使ってもらえてませんでしたね』

「ああ」

 

 何やら悲しいのだと分かるのだが、機械にもそう言う感情があるのだろうか?

 中々に興味深いものだと思っていると、ナイトメアが説明してくれた。

 

『セットアップ、ナイトメア。そう仰ってくれれば大丈夫です』

「セットアップ、ナイトメア」

 

 とりあえず言われた通りに言うと、俺の体が光に包まれた。

 が、それも一瞬の事。すぐさま光は収まり、俺の手には銀色の太刀と先ほど持っていた銃があり、服装が転生前の最後の衣装だった灰色の死に装束に変わっていた。

 

「なんだか体が軽いな」

『おそらく魔力放出がある程度やりやすくなったからではないでしょうか? 先ほどまで一定でしたが、逆に言えばそれだけしか放出できませんから』

「そんなものか」

 

 説明を軽く聞き流しながら、新たに出てきた銀色の太刀を軽く振る。

 

「問題ないな」

「って、長嶋君もデバイス持ってたの!?」

「なんだ、まだいたのか」

 

 俺が感覚が鈍っていないことに安心していると、後ろから高町が驚いたように声を上げた。

 

「お前たちはさっさと戻れ」

「戻れるわけないよ! 長嶋君が残ってるのに!!」

「いいから戻れ」

「いやだ!」

「戻れ!」

「「!!」」

 

 何度言っても高町が聞かないので、俺は昨日のあの二人の会話の流れと同じように怒鳴った。

 高町が黙ったので、俺は畳みかけた。

 

「いいか? お前達じゃ絶対に束になってもかなわない相手だ。お前達が何のために来たのかわからんが、さっさと戻れ。いいな?」

「でも……」

「でももなんでもない。委員長。話は聞いてたな? さっさと高町連れて戻れ。そこの連れも一緒だ」

「あのさ、意外と君のパンチが痛かったんだけど……」

「気合と根性で痛みに打ち勝て」

「そこは変わらないんだね……じゃ、クロノ君! 行こう!!」

「いいのかい!? 民間人を置いていくなんて!!」

「僕達じゃ邪魔にしかならない! それに、いつ崩れ落ちるか分からないんだから!!」

「……分かった! 行くよ、みんな!!」

 

 そう言うと腕をかばっている少年はそのまま駆け出し、他の奴らも後を追ったが、高町だけが最後まで残っていた。

 

「行けよ」

「……待ってるよ」

 

 そう言い残すと、高町も後を追った。

 

「さて」

「優しくなったね。周りから何か言われたのかい?」

「まぁな。口うるさい連中がいるからかなわん」

「言うほど嫌ってないでしょ?」

「……あぁ」

 

 その言葉で俺は構える。

 

 右手で持っている太刀を下し、左手で持っている銃を夜刀神に向ける形に。

 

 対する夜刀神は自然体。しかし、神様ってやつらは自然体でいるほど厄介だと分かるので、警戒心を最大にしておく。

 

 夜刀神はうっすらと微笑み、発した。

 

「それじゃ、殺しあおう(愛し合おう)?」

 

 

 天井らしき部分から物が落ちてきた時、俺達は駆けだした。

 決着を、つけるために。




読んで下さりありがとうございます。お気に入りがもうすぐ二百件に行きそうです。そして最初の事件も終わりそうです。


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20:流れの終わり

…………急展開かもしれません。


「ふっ!」

 

 俺は横に駆け出し、同じように走ってる夜刀神に向かって連射する。

 ダダダダダン! 勢いよく弾が発射されるが、落下物や夜刀神自身が張っている神壁のよって防がれた。

 ちっ。やっぱりこれはあんまり役に立たないか。そう思いながらホルスターに戻し、太刀を両手で持って夜刀神に接近する。

 

 夜刀神は迎え撃つ気らしく、移動をやめ両手を広げてきた。

 

「さぁおいで! 僕の胸へ!!」

「そのセリフは聞き飽きた!」

 

 銀色の太刀を下から上へ切り上げる。丁度、太刀の切っ先が届く距離で。

 ガギギギギギ! 神壁に切っ先が当たり火花が散る。

 

 本気で力を入れ、さらに自分の魔力を太刀にまとわせてるのに破れていない。

 振りぬいた俺は同じ個所を斬るために返す刀で同じ場所に振り下ろす。

 

 パリン……そんな音が聞こえ追撃をしようとしたが、俺は後ろに下がって距離を取った。

 

「やっぱり分かっちゃう?」

「嫌でもな。お前を理解していると」

「ふふっ。嬉しいね。でも、悠長にしてられないよ?」

 

 その言葉と同時に落下してくる壁やら何やら。

 見上げると、いくつもの宝石もどきが何やら発していた。

 その上、至るところの床に黒い空間が出てきた。

 

「……なんだこれ」

「虚数空間、って言ってね。魔法を無効化し、空間に取り込まれるっていう代物さ」

「そうか」

 

 夜刀神が親切に教えてくれたが、俺は礼も言わず再び太刀を持って近づく。

 

「ハァァ!」

 

 横に一閃。しかし夜刀神が出した黒いもののせいで防がれる。

 

「ちぃ!」

我が神格は全てを殺す(クロキショウキノウズ)!」

 

 防いだ夜刀神がそう言葉を発し、黒いものは形状を変えた。

 防いだときは盾だったのに、今では前方の俺を殺すための――――

 

 前方180度一斉攻撃の棘と。

 

 その棘が発射される数秒前に俺は全力で後ろに逃げ始めた。

 

 夜刀神は、死と呪いの神格。故に黒いものの正体は、死。

 触れたりなんだりしたら関係なく死ぬ。そう思うと、俺の体は反射的に下がった。

 

「くっ!」

 

 俺は舌打ちした時棘を出し終えたのか消え、今度は球状となった。

 さっさと終わらせたいのに厄介だ。そう思ったが、夜刀神の姿がいなくなってるのに気付いた。

 

「どこに……」

「ここだよ」

 

 その言葉が後ろから聞こえ反射的に距離を取った瞬間、前方にあった球状がレーザーとなって俺の腹に貫かれた。

 

「がぁぁぁぁ!」

 

 思わずその場にうずくまり、貫かれた部分を抑える。

 

『マスター! 立ち止まっちゃダメです!!』

「あはっ!」

 

 ナイトメアと夜刀神の声が重なって聞こえ、俺は背後から蹴られた。

 人間以上の力を有する蹴り。俺も似たようなものだが、蹴られた衝撃を緩和できるほど余裕がなかったため、そのまま反対側まで吹き飛んだ。

 

 ゴガン! と壁を突き抜け真正面から壁に激突した俺は、さすがに意識が朦朧としていた。

 

 これからの事を考えようにも血が足りないのか思考がまとまらず、体のあちこちが折れたりなんだりしているのか力が入らず太刀を持ってるかどうかわかりにくい。

 ただ魔力のおかげか、なんとか体を動かすことができる。

 ならまだやれる。そう思い直し、俺は壁から抜け出し振り向く。

 

「前世と違って結構ボロボロじゃない。そんなんじゃ僕の愛を受け止めることなど出来ないよ」

「……はっ。余裕だな、おい」

「実際ね。君、前みたいに使わないから」

「?」

「魔力というものだけに変換してるせいだろうね。前にも言っただろう? 君は元神様だって。いくら魔力で能力を強化しても、元々の身体能力が高くても、神様本来の力には及ばないのさ」

 

 だから、もう殺してあげるよ。僕のモノにするために。

 

 そう言うと夜刀神は俺の元へ駆けだした。

 

 俺はとりあえず右手に太刀を持っているのか確認。

 持っていると分かったので、何も考えず右から左へ太刀を振った。

 

 いくらボロボロとはいえ、それでも振り続けたことがあったので剣速は余り衰えず、結果的に

 

 

 立花遥佳の体が真っ二つに斬れた。

 

 

「……え?」

 

 驚く夜刀神。突進してきた勢いはそのままで、二分された体は壁に激突した。

 

「な……ん、で……?」

 

 真っ二つになったのにしゃべれるとは恐ろしいと思いつつ、俺は太刀を杖代わりにしてなんとか立ちながら言った。

 

「……『神壁を壊せば強い人間と変わらず』。俺達が発見した、お前たちの突破口だ」

「なる……ほど…ね。道理で大火力の物量押しが流行ったわけだ」

「……」

 

 俺はボロボロの体で夜刀神に近づいてみる。すると奴は、笑っていた。

 何かおかしいものでもあるのかと思いつつ、訊ねた。

 

「さっき飛ばした奴らは?」

「……さっきの子供たちが乗っている船の中だよ」

「どうして笑っている?」

「…………君は本当に輪廻に似ているね」

 

 輪廻と言われ、俺の体が一瞬固まる。

 

「そんなに、似てるのか?」

「まぁね。『アレ』を起こす前の彼は、今の君みたいなものだった」

「そうか……」

 

 俺は太刀を置いてそのまま座る。

 驚く様子の夜刀神を無視し、俺はナイトメアに呼びかけた。

 

「ナイトメア、訊きたいことがある」

『その前に回復魔法を使ってください!』

「別段動きが鈍くなるだけで問題ない……ところで、神様の野郎と通信できるか?」

『デバイスに尋ねる機能じゃありませんよ』

「それは困ったな……」

 

 あることをしたくて神様が作ったデバイスに通信できるか尋ねたのだが……なかったか。

 何かほかに方法があるかと考えかけた時、急に頭の中に声が響いた。

 

――――俺の力でも使うか? 封じられているとはいえ、他の神様と交信ぐらいならできるぞ

 

「……死にたいんだろ?」

 

 思わず口に出して聞いてしまう。己の内に呼びかけた奴がいるのにもかかわらず、だ。

 また、声が響いた。

 

――理事長が言っていた言葉。それと昔を思い出してな。いつまでもこうしてるわけにはいかないと思ったわけだ

 

 …………昔、か。

 

ああ。今、はっきりとわかった。あの方がどうして俺にこんな罰をさせたのか。その答えを示したい

 

「そうか……なら、変わってやろう(・・・・・・・)

 

 脳内に響く声に俺はうっすらと唇の端を上げながら言い、文字通り変わることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺をこの世に転生させた神様……どうせスサノオあたりだろ? ちょっと話があるから来い」

「やれやれ。久し振りに呼んだかと思ったらいきなり命令とは……輪廻よ、ずいぶん久しぶりじゃの」

 

 俺の呼びかけにどこからともなく現れた大男――スサノオ。

 文句を言いながら挨拶をしてきたので、俺は「久し振りだ」と言って早速本題に入った。

 

「長嶋大智からの伝言だ。『俺の願いは夜刀神のせいで狂わされた女二人を元に戻せ』」

「原作から離れていくのぉ」

「そんなの些末な事だろ。あいつは、自分がまきこんだと思ってるみたいだ」

「優しさも一周回れば性格破綻か。……お主はどうするつもりじゃ」

 

 何気に貶してるスサノオが俺に尋ねてきたので、俺はフッと笑いながら言った。

 

「なに、ケリをつけに行くだけだ」

 

 

 

 

 

「もう足場がないな」

「まぁ崩壊しとるし、儂らがいたところが最後の足場だったのじゃろう」

「なぁスサノオよ」

「む?」

 

 宝石が輝いている場所まで来たはいいが足場らしきものが全くない。そこで、黒い空間で埋め尽くされているのを見て感心しているスサノオに、俺は尋ねた。

 

「俺とあいつの魂を分けられるな? やってくれ」

「……何を言ってるのか、わかってるのか? ……まぁ無理なんじゃが」

 

 無理、か……。ならば仕方がない。

 そう思い直し、俺は【力】を開放する。

 すると、銀色だった太刀が炎を纏い出した。

 

「地獄道の象徴は扱えるようになったのか……神格がなくなってるのに」

「おそらく、あの方の慈悲じゃろう。今もお前さんの事、心配していたからの」

「厳しいのだか優しいのだか、よくわからんな」

「で、どうするつもりじゃ」

「知れたこと」

 

 そう言って俺は太刀の切っ先を宝石へ向ける。

 

「斬る」

「もう崩壊しとるのじゃし、いいのではないか?」

「これは、俺のけじめだ」

「……そうか」

「ああ」

 

 俺の言葉に覚悟を感じたのか、止めるのをやめ一歩引いたスサノオ。

 俺は俺で、多少回復した体に鞭を打つように長い助走を取り始める。

 

 距離は十メートルほど。ならば助走からの全力跳躍でも余裕で届く。そこからこの太刀であれを斬ればいい。

 

 そんなことを考える一方で、俺はあの時言われた言葉を思い出していた。

 

『目に光を取り戻すこと。それが唯一の解放条件だ』

 

 そう言われ幾星霜経ったか覚えていないが、大分長かった気がする。

 だが、俺はようやくその条件を解決できる予感がある。

 

 目に光を取り戻す。それは、いつまでも過去を悔やむなという事。過去ばかりに囚われ、悲しみに暮れてばかりいるなという事。

 しかしそれは過去を顧みるな、という事ではない。

 過去を見つめ、未来を見据えろ、ということだ。

 

 そこまで考え、俺は頭を振って目の前のことに集中する。

 

 さぁ行くか。そう思って駆け出そうとしたところ、不意に誰かに抱きとめられた。

 ふと振り向くと、魂だけとなった夜刀神が、俺の背中に抱きついていた。

 

「乗っ取った体は?」

「きちんと成仏させたよ。僕ももう、長くはないからね」

「だろうな」

 

 ……それにしても。どうしてこいつは俺の背中に抱きついているのだろうか?

 

「本当、君も鈍いね。君が神様だった時からあんなにアプローチしてたのに」

「悪いが、記憶にない」

「だろうね。あの時の君は、一人の人間に好意を寄せていたからね」

「………………ああ。そうなのか」

「え?」

 

 夜刀神との会話で、ようやく理解した。どうして自分があの時やらかしたのか。今まで、死のうと思ったのか。

 

 【あの巫女】の言葉もあったが、それ以前の問題だ。

 

 

 俺は、あいつのことが好きだった。ただそれだけの事だった。

 

 

 ならばなるほど。自分の行動にも納得がいく。

 要するに俺は怒りで更地にし、死んで再会したいがために死のうと思っていた。

 

 よっぽど好きなんだな、俺。内心で苦笑しながらそう思い、夜刀神に感謝の意を述べた。

 

「ありがとう。お前のおかげでようやく理解した」

「……え? まだ、理解してなかったの?」

「そうらしい」

 

 そうこうしている内に段々足場がなくなっているのだが、俺はそんなことを気にせず考える。

 

 いやはや。まさかここまで感情を知らんとは。どこまで俺達は似ているのだろうか。全くもって愉快愉快。

 そんなことを思ってから、俺は聞いていた(・・・・・)であろう(・・・・)俺に言い聞かせるように言葉を紡いだ。

 

「感情は理論じゃない。本能だ。事柄に対して感じたことを動作や口調で表せ。それができれば、少しはマシになる」

 

 言い終わった後、俺はすぐさま駆け出しギリギリの部分で跳躍した。

 

「うおぉぉぉぉ!!」

 

 自分を鼓舞するように叫び声をあげ、炎を纏った太刀を両手で持って頭上に構えたまま宝石もどきまでの距離を身に任せていると。

 

「死者の怨嗟よ、その恨みを放て!」

 

 そんな声が後ろから聞こえ、俺の横を通り過ぎる形で黒いものが飛び宝石もどきに直撃した。

 

 まったく。自分の手で終わらせようと思ったのか、あいつは。

 少しばかり苛立ちを覚えた俺は、後ろを振り向かずにこう叫んだ。

 

「勝手に死ぬんじゃねぇぞ! 俺の謝罪を受けてからにしろ!!」

 

 そして、宝石もどきたちを上段切りで叩き切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――やっと、見つけられたようですね

 

 精根尽き果て意識を失いかけている俺の脳内に、そんな声が流れた。




読んで下さりありがとうございます。


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21:この物語の後日談

ようやくジュエルシード事件終了。お気に入りが二百件を突破しました。


 ……………………。

 

「――――――よぉ」

 

 …………ん。誰かが呼んでる。

 

「――――気か? いい加減目を覚ませ」

 

 ……仕方ない。

 そう思って目を開けると、俺と姿が瓜二つ――右頬に炎の絵が描かれている以外はそっくりだった――が覗き込んでいた。

 

 俺は咄嗟に蹴りを入れたが、そいつは特に気にせずに止めていた。

 

「いきなりだな」

「それはこっちのセリフだ。何の用だ、あんた?」

「礼と助言をしに。もうすぐ消える身だからな」

「そうか」

 

 そいつ――輪廻とでも呼ぶか――の言った意味を理解した俺は、「やっぱり死んだのか」と思ったのだが。

 

「違う」

「なに?」

 

 輪廻に否定され、思ったことに対して言われていることに対する疑問など消し飛んだ俺は、すかさず訊ねた。

 

「俺とお前は一心同体なのだろ? なのになぜ否定できる?」

「正確に言うならば『永劫輪廻乃尊という神の魂を元に誕生した長嶋大智という人間』なのだが……まぁいい。まずは昔話をしよう。そこから続けてやる」

 

 そう言うと輪廻は、おもむろに自分の過去を語りだした。

 

「俺は遙か太古の時代……といっても仏教が広まった時だな。その時に六道輪廻の管理者として存在していた」

「そんな神様の名前、聞いたことないんだが」

「それは後でわかる。当時、俺は死者と生者を見届けていたため、神でありながら人の姿で過ごしていた。現とあの世を行き来しつつな」

「だろうな。六道とは、天界道・人間道・修羅道・地獄道・餓鬼道・畜生道と、迷いを持つ魂たちが生前の業の深さによって落ちる道のこと。そこから六道輪廻は、『生前の罪の深さによってそれぞれの道へ生まれ変わる』といったものになったのだから」

「詳しいな」

「当然。仏教の神様だって襲ってきたんだ。そのぐらい理解してないと」

「そうか……話を戻すが、俺は人間道――つまり現にいるときは、ある村に奉られていた」

「どんな村だ?」

「仏教徒ではないが、神様、というものへの信仰が深い、とても笑顔が絶えなかった村だった」

「……」

「子供達が俺と一緒に遊ぼうとし、村の老人たちは実りを見せて俺に感謝をする。別段何もやっていないのに、ただあがめられている存在だけだというのに」

 

「それから百年ぐらいたった時、俺に闘神としての神格がついた。どうも他の世界だか他のところでは、戦争が多発した年だったらしい。それと同じ年に、俺に巫女がついた」

「彼女は俺に対して怒ったり、笑ったり、泣いたりしてくれた。齢十四ぐらいだった彼女が、百年近く生きていた俺に対して」

「……なぁ」

「『その時のお前は感情をどうしていたのか?』だろ? ……そんなもの簡単だ。生きる者が死ぬ。そんな循環を延々見続けてみろ。発狂するか、精神が壊れるか、感情が消えるかのどれかだ。俺は、感情を消した」

「やはりか」

「ああ。だが彼女は俺の為なのかどうかは知らないが、いっぱい笑っていっぱい泣いて、いっぱい怒ってくれた」

「そいつはまた……」

「お前も似たような奴がいただろう? そんな話は置いといて戻すが、ある時から彼女の様子がおかしかった」

「どんな風に?」

「いつもなら俺を探しに来て連れて行かれるのが普通なのだが、探しに来ない上に社にいない。そんなことがそれから五日ほどあった」

 

「さすがに心配になった俺は探しに行こうと思ったが、仕事があったため都合が取れず。結果的にそれから更に十日ほど経った日だ。その村に戻ってみると、何やら様子がおかしかった。そこで社へ急いで戻ると、彼女が佇んでいた。真っ白な着物に、赤い斑模様をつけて」

「その斑模様とはもしかしなくても……血か?」

「そうだ。おそらく誰かの血だろう。それが誰なのかは分からんが。まぁ俺は思わず驚いて『何をしてたんだ!』と聞いたらいきなり襲われた。殺したくなかったため手加減して気絶させたのだが、そこで声を聴いた」

「声?」

「ああ。『こんな奴と一緒に暮らすなんて、土台無理な話だ』とだ。声を聞いた俺は半ば勢いでその声の方向へ彼女が持っていたものを投げたが、それは弾かれた。おかげで姿を現したがな」

「誰が?」

「悪魔だ。仏教にいるほうじゃなく、西洋宗教に出てくる悪魔。願いをかなえる代わりに魂をいただくという方の」

「なんでまた……確か交流などしてなかったはずだろう?」

「秘密裏に交流していたとしてもおかしくはないだろう……ともかく。姿を現した悪魔に俺は心中穏やかではないが冷静に尋ねた。『お前の目的はなんだ』と」

「答えなかったろ?」

「いや。馬鹿正直に答えてくれた。俺という神様を引き摺り下ろす為に俺の事を想っていた巫女に近づき願いをかなえてやったとな」

「馬鹿だな」

「ああ馬鹿だ。そして、そんな言葉に怒った俺もな」

「?」

「人の想いを利用するな! とキレた俺は悪魔を粉微塵にして魂ごと破壊した後、そのままあたり一帯を更地に変えてしまった」

「いやそれは……」

「さすがにやりすぎたと思うだろ? 俺も今となってはそう思うが、如何せん怒りに支配されてたからな。そのあたりは何とも」

「それからこうなったのか?」

「いや。巫女だけにはそんなことをしなかったから生きてはいたんだが、『私も殺してください。あなたのためにと思ったのにこんなことになってしまったのですから……』と言ってきた」

「それで殺した、と」

「少しはためらった。彼女のことが好きだったからな――――が、結局殺してしまった」

「それで今に至る、と」

「ああ」

 

 過去を語り終えた輪廻は俯きながらこう言った。

 

「…………今となっては後の祭りだ。あの時は最善だと思った。だけど結果は好きだった女を殺し、村を更地に変え、絶望の淵にしか居場所がなかった」

 

 俺はその無表情の中に翳りや後悔、苦痛が見えた。

 だから何か言いたいのだが、生憎俺は励ます言葉など使った記憶がない。

 どうしようかと頭の中で考えていたが、ふと言葉が漏れた。

 

「……ありがとう」

「? この流れに礼を言うような箇所があったか?」

 

 不思議そうにしている輪廻に、俺はもう思いつくまま言った。

 

「ああ。お前には悪いが、あんたのおかげで俺はこうして生まれた。それが一つ。二つ目は力を貸してくれてありがとよ。今回の最後の一撃。あれはあんたが力を貸してくれたんだろ? そうじゃなきゃ、いくら神壁壊したとしても綺麗に真っ二つになるわけねぇしな」

「……」

「最後に。仲間を助けてくれて、ありがとう」

「…………フッ。俺もだ」

 

 輪廻はそう言うと右手を突き出してきたので、俺も右手を出して握手した。

 

「頑張れよ」

「生きてたら頑張る。『人』を目指してな」

「生きるさ。お前はもう、『人形』じゃないんだから」

 

 輪廻はニヤリと笑う。それにつられて、俺も不恰好ながら笑ってみる。

 

 ……表情筋がうまく動かない。今度から顔の動きを修業に取り入れるか。

 表情が上手く出来ないためにそう考えていると、輪廻の足から次第に羽となって消え始めた。

 思わず声を上げようと思ったが、輪廻が先に口を開いた。

 

「ふむ。お別れだ。いくつか助言をしておこう」

「…………」

「一つはお前自身。普通に生きてるから安心しろ」

「マジでか?」

「二つ目はお前の学校の理事長。あいつは俺達と似たような存在だ」

「は?」

「三つ目はお前の願いはかなったから気にするな」

「……どうも」

 

 そこまで言ったら、輪廻の顔まで消えかかっていた。

 

「で、最後だが……」

「まだあるのか」

「お前が死んだのは、人が撃った弾じゃない(・・・・・・・・・・)

「はぁ!?」

 

 輪廻の言葉に俺は驚いた。俺の死因が人によるものじゃないということに。

 

「あれは……悪魔、が」

「おい! それは一体……!!」

「…まだ……続く。がんば……れ」

 

 そう輪廻が締めると同時姿全てが羽となり、全部が上へと舞い上がった。

 

 俺はそれを呆然と見上げていたが、途端に意識を失った。

 

 

 

【『救済』プログラム終了。これにより、長嶋大智単体の意識のみ活動可能。永劫輪廻乃尊の意識は消滅しました】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……すいません。まさか入院先から脱走するとは』

『さすが俺の息子だな!』

『そうね! さすが私達の息子ね!!』

 

 ――――――――――――えが聞こえた。しかも周囲から。

 

『長嶋君……良かった』

『本当だね。……でも、よく生き残ったね、彼』

 

 ……聞き覚えのある、声。

 段々と意識が覚醒していく。

 

 俺の名前は、長嶋大智。輪廻の魂をもとに出来上がった人間。

 

 …………ああ。なるほど。戻ってきたのか、俺。

 少し遅れて結論が出た。思考能力は落ち着いてきたようだ。

 

 ならば起きよう。そう考え、俺は瞼を開けた――――――

 

「お。起きたようですよ、先輩」

 

 ――――ら、視界に宮野巡査の顔だけが映ったので、反射的に頭突きをしようとして……その直前で止まった。

 

「ぶねっ! 坊主、危うく鼻を折り掛けただろうが!!」

 

 彼のそんな声が間近で聞こえたが、今の俺にとってはどうでもよかった。

 なぜなら、なくなっているのだ(・・・・・・・・・)、身体能力が。

 

 これが輪廻が消えた弊害か……手を握ったり開いたりして改めて理解した俺は、ふと顔を上げてみた。

 

 するとそこには、やたら仲が良さそうな夫婦と、委員長に高町、そして宮野巡査がいた。

 

 彼らはみんな笑顔で、何故か何かを待っていた。

 これは俺に何か言えという事なのだろうか――――そう思い、仕方なく俺は口を開いた。

 

「今、何日「「却下!」」……なぜだ?」

「お前、ここは普通『俺は、一体……』だろ!」

「違うわよ! 『ここは……』でしょ!」

「?」

「先輩。ここ病院ですから。静かに静かに」

「はははっ。君の両親も負けず劣らず、だね」

「そうだね」

 

 ああ。先ほど邪魔をしてからまくし立ててきたのはうちの両親か。道理で懐かしいと思ったわけだ。

 しかし両親はいいとして、他三人はどうしてきたのだろうか?

 そう思った俺は、両親の言葉をスルーして訊くことにした。

 

「ところで、宮野巡査はどうしてここに?」

「テメェが脱走したからに決まってるだろうが。あの後あいつが連絡くれるまで説明とか面倒だったんだぜ」

「! そうだよ長嶋君!!」

 

 舌打ちしながら説明を終えた巡査の言葉に思い出したように、高町が一歩踏み込んで問いかけてきた。

 

「どうしてあの時あんな場所に来れたの!? それに、デバイス持ってたの!?」

 

 怒っているのか驚いているのか分かりにくいが(おそらく両方だろう)、まくしてたてるように訊いてきたので委員長を見ると、こちらも頷いていた。

 

 どうやら、味方はいないようだ。

 

 正直に答えないと納得しないだろうなぁと内心ため息をついていると、急に両親が声を上げた。

 

「そういえば宮野! お前、警官になったんだっけ?」

「え、あ、はい」

「だったらどういった事件に遭遇したのか教えてもらえないかしら?」

「いや、それはさすがに……」

「ならタバコ吸いに行こう! 久しぶりに吸いたくなったんだ!」

「先輩って、タバコ吸ってたんですか?」

「そこは隠れてだよ! じゃ、行こうぜ!!」

「私は食堂にいるから。何かあったらよろしくね」

 

 そう言うと、戸惑っている巡査の肩を組みながら親父は出ていき、母親も出て行った。

 

 これはあれか。消えるからちゃんと言いなさいってことか。

 いつの間にか拒否権が消えてるなと思いながら、俺は説明した。

 

 

 

 

 

 

 

「――――という訳だ。あんなところで会うとは思わなんだ」

 

 俺が転生者だったり理事長があの場所へ送ってくれたりとなんだかんだで結構な部分をうやむやにしながら説明を終えた俺は、説明したものを思い返していた。

 

 俺とあの女は小学校に上がる前に体をいじられて変な機械――デバイスを押し付けられて別々なところで育った。

 で、ここ最近変な事件に絡んでることを知った俺は止めるために行動を起こした、という設定。

 

 なんだろうな。明らかに無理がある話だ。だって俺、一回も手伝ってないんだぜ? 都合よく話をこじつけまくったとはいえ、こんな話を信じるなんて――――

 

「……大変だったんだね、長嶋君。だから私達ともあんまり交流しようと思わなかったんだ」

 

 ――――いた。高町が信じた。

 なんだか悪い気がする。これが罪悪感なのだろうかと思っていると、委員長がため息をつきながら言ってきた。

 

「……まぁ深くは追及しないし時空管理局にも言わないでおくよ。その話が本当だとすると、その人がおかしくなったのはいじった人たちのせいなんだろうから」

 

 それはありがたい。俺としてもこれ以上話を展開させるのが嫌だったからな。

 そう思った俺は「そうしてくれ」と言ってから、今更なことを聞いてみた。

 

「そっちはどうなった? 何とかなったのか?」

 

 その質問に高町は「それなんだけど!」と興奮していた。

 その理由に関して薄々、というより分かっていた俺は、高町のセリフを奪う様に言った。

 

「実はね「誰かが生き返りでもしたのか?」うん! ……って、どうしてわかったの!?」

 

 驚く高町の顔から視線を外した俺は、「さぁてな」と言いつつ心の中で神様に感謝していた。

 

 ありがとよ、輪廻。伝えてくれて。

 

「長嶋君、話聞いてる?」

「……ああ、悪い」

 

 どうやら真剣に念じ続けていたらしく、高町に言われるまで反応できなかった。

 我に返った俺は言いたそうな二人に対して――おそらく高町の方が言いたそうだろう――努めて明るく(・・・)訊ねた。

 

「続き、聞かせてくれねぇか?」

 

 その言葉に二人は驚いたようだが……顔を見合わせてから同時に言ってきた。

 

「「うん!」」

 

 溢れんばかりの、輝かしい笑顔で。

 

 

 

 

 

―――――こちらこそ。頑張れよ




ここらでひと段落しましたが、次からは闇の書までの日常……になるかと思います。

ご愛読ありがとうございます。


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日常
22:変わり始めた日常


ここからは日常回となります。
主人公の変化をゆるりと書いていけたらいいなと思います。


 『ジュエルシード事件』と銘打たれたこの事件は、容疑者死亡という形で幕を閉じたそうだ。

 

 まぁ高町や委員長から話を聞いただけ……というより俺自身が知っている最後の顛末を言わなかった結果でらしい、となっているようだ。

 

 ちなみに、高町と争っていたらしい金髪の少女――フェイト・テスタロッサというらしい――と狼にも人にもなれる使い魔という存在のアルフ、その少女の母親と姉の四人は被害者ということでお咎めがなかったそうだ。

 

 母親は重体、姉は死んだというのに見事に生き返ったように元気になったので一時検査する必要があるということで、彼女達は一旦時空管理局がある世界に連れて行ったそうだ。

 

 ……という話を目を覚ました日に高町と委員長に言われた。

 

 その母親と姉に俺が一枚かんでいるがそれを説明する気が起きなかったので「よかったな」とだけ言ったら、高町が嬉しそうに「うん!」と言った。

 

 

 まぁ結局目を覚ましたことが医者にバレ、脱走したことを怒られて身体検査したら異常がなかったのでその日に退院したわけだが。

 

 

 さてその数日後。カレンダーを見ると五月の最初だったため、ゴールデンウィークという休息期間中とのことらしいのだが小学生の俺達に関係などなく。

 

 いつも通り朝五時に目を覚ました。

 

「……」

 

 無言で体を起こし、とりあえずトレーニングウェアに着替える。

 

 体が鈍りきっているだろうから今回はとりあえず往復二キロのランニングから始めるか。

 そう思った俺はそのまま下を降りて玄関を開け、「行ってきます」も言わずにランニングを始めた。

 

 俺がこういったトレーニングを再開した理由。それは、身体能力が以前と比べると落ちたからだ。

 

 原因はなんとなくわかる。輪廻という魂が消え、あいつが持っていた力が消えた。それだけだ。

 別段それは喜ばしいものなのかもしれない。だが、俺にとっては問題にしかなりえなかった。

 身体能力が落ちるということは、昔みたいな行動が一切行えないという事。

 例を挙げるなら銃弾を斬ったり、蹴りで地面を陥没させたり岩を礫にしたり。

 これらを何気なくやっていたせいで、落ちた時とのギャップが激しいから困っているのだ。

 

 …………なぜか魔力は最高ランクらしかったが。すぐさま封印して0にしたが。デバイスないと何もできないが。

 己の肉体だけで何とかしてたのにいきなり力が落ちたものだからどうしようもない。

 木なんか一撃で壊せないし、コンクリートすら粉微塵に出来ない。

 

 割と不便な体だな。そう思いつつ俺は、今日も適当に青空を見上げ走っていく。

 

 

 計四キロのランニングを一時間経たずに終わらせた俺は、そのまま庭で腕立てや腹筋、懸垂を百回ずつやっていく。

 前は千回やっていたのだが、いざやろうとしたところ二百回でギブアップしたので、その半分でやっている。

 

 体力だけは相変わらずあの時のまま。それなのに身体能力だけは落ちている。

 何とも言えない不具合感に慣れない俺は、一心不乱にやり続けた。

 

 

「おはよう、大智君。両親はまだ寝ているのかな?」

「おはようございます、士郎さん。おそらくはそうだと思います」

 

 筋トレのメニューをすべて終えたので少し玄関先の塀に上ってボーっとしていると、新聞を取りに来たのか高町の父親である士郎さんがあいさつをしてきた。

 

 どうも翠屋の前を通り過ぎた時に出ていた殺気(俺に分かる程度)の正体はこの人だったらしい。両親が戻ってきた挨拶をするのについて行ったら、そんなことを言われた。

 すまなそうに言われたが別段気にしていなかったというより関わろうとしなかったために実害はなく「気にしていません」と言ったら「そうか」と微笑みながら言っていた。

 

 その時に剣術家であることを知り、「いつか手合せ願いたい」と言われた時にはどうしようか悩んでしまった。

 

 まぁ了承したが。

 

 そんなこんなでここ最近会話しているのだが、とても剣術家だったとは思えないほど穏やかな人だった。

 

 うちの親父に対しては敵愾心剥き出しだったが。

 

 俺には関係ないので詳しく聞いていないが、どうやら桃子さんを取り合った仲だとか。

 親父いわく『いい加減その誤解解けろっての!』らしいのだが、果たしてどうなのか分からん。

 

 そんなことを考えていると、士郎さんが何やら感心していた。

 

「どうかしましたか?」

「いや。依然の君とは比べ物にならないほどに会話が弾むからね。簡単に変わるんだと思って」

「変わってませんよ、完全には」

「そうかな? 私としては随分変わったと思うけど」

 

 士郎さんの言葉を否定したらそんな感想を言われたので、俺は空を眺めながら言った。

 

「まだまだですよ。簡単に人が変われるなんて、そんなの理想ですって。俺はまだ一歩踏み出したかどうか、ですから」

 

 そう。俺は結局のところスタートラインに立ち始めたばかりなのだ。『人』という果て無き道の、スタートラインへと。

 自分の発言で立場をもう一度理解した俺は、塀の上で片足立ちをする。

 ここから十分間の精神統一。それができたら朝食と昼食を作るか。

 

 そんなことを思いながら、士郎さんの応援する声を聴き、精神統一を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また塀の上で瞑想して。力が落ちたからといってそんなに修練ばかりしてたら体に悪いわよ」

『そうですよ。マスターは自分の体を鍛えるだけで、それ以外――魔法の修業をしないのですから。少しは暇な身を考えてください』

「……この場合、俺はどう反論すればいいのだろうか?」

 

 精神統一が終わり新聞を取って家に戻ったはいいが、母親とナイトメアにそれぞれ違うことを言われた。

 

 うちの両親は、しばらく家で過ごすらしい。

『『仕事から一時解放されたーー!!』』と喜んで叫んでいたので、決定なのだろう。

 部屋は以前母親が使っていた部屋には母親が、空いていた部屋には父親が入居(違う気がする……)し生活している。

 

 あと、俺や高町や委員長がデバイス持ちだということを知っており、俺の修練にはあまり何も言わない。

 ありがたいことだと思いながら、それを信頼して――甘えるという行為らしい――俺はこうして朝から行っている。

 

 まぁ一人暮らしの習慣が身についたおかげなんだがな。こうして毎朝修練できるのは。

 

「ほら朝食出来たから。そこで立っていないでシャワー浴びてきなさい」

「分かった」

 

 しばらく家事は両親がやってくれるという事らしいので、俺はおとなしく従うことにしている。

 

 

「いただきます」

「さっさと食べなさい。じゃないと遅刻するわよ」

「分かってるって」

 

 何気なく会話している自分に少し驚きながら、それでも食べるのをやめないでいると、親父が起きてきたのか欠伸をしながらリビングへ来た。

 

「ファァ……おはよう」

「顔を洗ってシャキッとしてきなさい、あなた」

「わかった……」

 

 そのままのっそりと動くのを感じる。

 気付けば気配を感じる範囲も狭くなった。塀の上に立って精神統一しても俺と高町の家の中までしかわからないし、普段だと俺の半径一メートルぐらいしか感じられない。しかも判別ができない。

 以前は平然と誰だか分かり、本気になれば街のすべてを範囲にできたのだから、ずいぶん落ちたものだと分かる。

 これも元に戻したいが今は特に不便だと思えないので置いといているのだが。

 

 

 朝食を食べ終わった俺は今日も学校に行くかと思いながら「ごちそうさまでした」と言って、食器を片づけることにした。

 

 

 

 

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

「おう。頑張ってこいよー」

 

 両親(親父はパジャマ姿)に見送られ、七時半に家を出る。

 バスがあるのだが、俺は前世で襲撃されたことしか記憶にないためここから走ることが習慣化されている。

 さすがにうんざりしたからな、本当。

 

 俺が家を出て走り出そうとした時、前の家から高町が出てきた。

 挨拶する時間も惜しいと思った俺は横を通り過ぎようと駆けだそうとして、振り返った高町と目が合った。

 

「おはよう長嶋君!」

「あ、ああ」

 

 咄嗟に挨拶する俺。しかし生返事が否めない。

 しょうがないだろ。走ろうとしたら挨拶されたんだから。集中力が切れる。

 こうなったら少しは歩くか。そう思った俺は、「ほら。さっさと行くぞ」と言って高町を追い越した。

 

「あ、待ってよ!」

 

 後ろから慌ててついてくる高町の声を聴きながら、俺はその場で足踏みしながら待った。

 

「早くしないとバスがなくなるだろ?」

「分かってるけど、いきなりはつらいよ」

「だったら体力作りでもしたらどうだ」

 

 追いついてきたので俺は高町に合わせてバス停へ向かう。

 ちなみにこれは両親が『『女の子一人置いていくなんて薄情もの!』』という声により改善した結果である。

 

 ……自分の身ぐらい自分で守れないでどうすると思ったが、前世とは違うことを思い出し黙ってうなずいたのはここだけの話だ。

 

 そして高町は俺のこんな行動が未だに慣れないのか大分よそよそしい。

 俺だって慣れてないんだが。

 

 そこからバス停に着くまで、俺と高町は一切会話をしなかった。

 

 

 バス停についた。

 ちょうどバスが来たので高町が乗り込んだのを確認した俺は、そのまま駈け出した。

 以前なら屋根の上を跳んで学校へ向かっていたが、今じゃ道路を走ってギリギリ着くかどうかにあたる。しかも学校着いたら眠くなるし。

 

 本当、大分落ちたなぁと思っていると、バスに追い抜かれる俺。

 一番後ろに座っている高町たちがこちらを見ていたが俺は気にせず、全力疾走を続けながら学校へ向かった。

 

 

 

 

 

 

「……セーフ」

「わざわざ学校まで走ってくる必要はあるの?」

「委員長か……バス代がもったいない」

「それぐらいは払っても損はないんじゃないかな」

 

 苦笑しながらそんなことを言う委員長だが、俺の「小遣いをもらった記憶がない」という発言で完全に動きを止めた。

 ウトウトしながらも最初の授業を揃えHRが始まるまで待っていると、男子数人が俺の席の周りに来た。

 俺は欠伸をした時に誰が来たのか理解し、首を回しながら訊いた。

 

「何の用だ、天上」

「おい。天上様になんだその口調は!」

 

 取り巻きの一人が怒鳴ってきたが俺は肩をすくめるだけにとどまり、その中心人物の同性別――天上に視線を向けた。

 奴は口元を隠すように手を置いてから言った。

 

「意外じゃないか、君がしゃべるなんて。学校にも来てないと思っていたからね、親切な僕が調子を聞きに来たんだよ」

「そうか。俺は入院していた以外は毎日学校に来ていたからそんな気遣いは不要だったな」

「ああ、そういえばそうだったね。あんまりにも影が薄いから気付かなくてごめんね!」

 

 後半部分を声を大にして言う天上。その取り巻き達は口々に賛同し、頷いていた。

 

 前世にもこういうけなし方するやつがいたなぁ、そういえば。

 前にも確かこいつがこんな風に絡んできたことを皮切りに似たようなやつを思い出した俺は、

 

「いや、別にかまわん。俺は元々影が薄いからな」

 

 相手の言うことを肯定することにした。

 

 …………見事に黙ってしまった。頷かれることを想定していないのだろうか?

 俺は囲んでいる奴らが言葉を失ったこの状況を見てそう思い、「お節介ながら言っておくが、もうすぐHR始まるぞ」と呟いて席に戻るよう促した。

 

 俺の声でとっさに時計を見た彼らはすぐさま自分たちの席に座った。

 俺はというと、欠伸を噛み殺しながら外を眺めていた。

 

 まったく。いい天気だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後の授業は普通にしていたため問題の回答者にちょくちょく指名され、眠らないように何とか必死に起きていたのですべて何とかなった。

 ……答えを書くたびに天上達の視線が厳しくなるのだが、これは少し対処しないといけないのだろうか?

 敵意の視線に慣れきった俺はそんなことを考えながら、午前中の授業を乗り切った。

 

 昼休み。

 睡眠。

 

「なわけないでしょうに。午後の授業乗り切れるの?」

「一週間食料がなくても生きていける自信はある」

「……自衛隊の人達でもそんな厳しくないと思うけど」

 

 しようと思ったのに委員長が弁当を俺の目の前で並べ始めたので、俺も仕方なく弁当を出すことにした。

 

「あれ? 重箱じゃないの?」

「母親が『こんな量を食べるんじゃありません!』と怒って没収された」

「それはそうだろうけど……おかずの種類も何もかも違うね」

「そりゃそうだ。つくってもらったから」

 

 そんな会話をしながら食べ始める俺たち。

 

 話題はもちろん、俺のことだ。

 

「にしてもみんな、そんなに戸惑ってなかったね」

「だな。さらに引かれるのだとばかり思っていたが」

「まぁ君、無駄に堂々としているからね」

「それだけで戸惑いが消える要素があるのか?」

「一概には言えないけどね。ずっと影が薄いという印象だったのに何事もなく堂々といるからさ、『あぁ。そういやいたな』で思われたんだよ、たぶん」

「なるほど」

 

 そこで一区切りついて黙々と弁当を食べていると、一膳の箸が俺の弁当箱の上を通過したので、とっさに弁当箱を横にずらしていった。

 

「前までは大丈夫だったがこのぐらいの量になるとこちらとしては死活問題だ。おかずをタダで渡す気になれない」

「いいじゃねぇか。俺としちゃぁ、お前のおかずが生命線なんだから」

 

 そう言ったのは、俺の隣の席で食べている男子。名を霧生元一(きりゅうもとかず)と言う。

 なんでも、料理技能が壊滅的な一家らしく、弁当がロクに食えないものしかないため他人のおかずを食べて学校を過ごすという、委員長の友達としては変わり者の人物である。

 

 ……類は友を呼ぶのだろうか。

 

「元一。コンビニとかで買ってこないの?」

「いや、それがさ。今日は寝坊して忘れてて……弁当を持ってこようものなら餓死することを選ぶぜ、俺」

 

 そういって自嘲気味に笑う霧生。

 それを見た俺達は流石に可哀想なので何とかしてあげたいと思うのだが、その隣の人物を見て「ああ。別にいいか」と思ってしまった。

 

「あ、あの……霧生君」

 

 その隣の人物はもじもじしながら名を呼ぶが、それに気付かないこいつは「だから弁当のおかず分けてくれ、頼む!」と必死になっていた。

 俺達はアイコンタクトで意見を交換し合うと、懇願している霧生に向かって「後ろを振り向け」と言った。

 

「後ろ……?」

 

 そう言って振り向くと、彼は固まった。

 その先には、顔を赤らめ弁当を持つ手をもじもじさせながら立っている女子がいたからだ。

 

「……木在(きさら)

 

 冷や汗を流し顔を真っ青にしながら、霧生は彼女の名前を呼んだ。

 呼ばれた彼女は途端に顔をあげて笑顔で返事をする。

 

 水梨木在。霧生とは昔馴染みらしい。詳しいことはあんまり委員長から聞いていないのでわからないが、霧生は彼女が苦手だということがここ最近分かった。

 なんか執拗に追いかけてくるらしい。まるで俺(または輪廻)と夜刀神みたいな関係だな。

 

 まぁここは傍観しておこう。そう心に決めた俺が食事を再開させたら、いつの間にか霧生は消えていた。

 

 一瞬で消えるとは。この学校に使い手でもいるのかね。

 そう思いながら、俺は弁当を食べ終えた。

 

 

 

 

 午後の授業。初っ端から体育。

 ちなみに、体育は基本影の薄さで見学していたので、最近受け始めたら先生には驚かれた。

 

「じゃ、今日はサッカーやるぞー」

 

 男女混合の授業でこの教師は何を言っているのだろうかと思わずにいられない発言を受け、ため息を見えないように付いた俺。

 まぁ当然のごとく男女別れてやるということなので、内心ホッとしながらサッカーをやることにしたのだが。

 

「模擬試合とはいえ、こうもぴったりマークをつけられると……さすがに動きづらいな」

 

 最後に試合やるぞーと先生が言ったので今その真っ最中なのだが(途中の練習は特に問題なかった)、相手チームに委員長がいるせいか、俺に三人のマークがついていた。

 

 その委員長は指示を出しながらこちらに攻め込んでいる。

 

「守りたいのだが……どう動くか」

 

 動き自体のイメージはできているのだが、体が追い付かない恐れがあるのでここはやめておこう。

 そう考えて三人に囲まれて過ごしていると、囲んでいた一人がゴール前へ向かった。きっとシュートしに行ったのだろう。

 これで残りは二人。

 

 と思ったら決められてしまったらしい。これで一対零。

 残り時間を目測すると五分強。俺へのマークが一瞬いなくなるので、これなら何とかなるだろう。

 

 そう考えた俺は、隣のパスを受けて固まっている霧生に向かって言った。

 

「こっちだ!」

「任せた!!」

 

 バックパスを受け取った俺は、そのままダイレクトで上にあげた。

 

『『『はぁ!?』』』

 

 周囲の奴らが驚いているが、俺は気にせず自分が打ち上げたボールを見ずに走る。

 前世でもこういうスポーツをサバイバル訓練形式で行っていたので、経験則で自分がどこへ蹴ったのかわかる。

 

 そうでもしないと、自分の投擲物で死ぬとかいう、シャレにならないことがあるからだ。

 

 まさかこういうところで役に立つとはなぁと内心思いながら、俺は呆気にとられているゴールキーパー前まで来ると、ちょうどボールが飛んできたのでヘディングしてゴールを決めた。

 

「これで同点だな」

 

 まだまだ脚力がないのは否めないが、このぐらいなら今のところ何とかやっていけるだろう。

 そう思いながら自軍ピッチへ戻ろうとしたのだが、誰も動かないことに首をかしげた。

 

「? 何を固まっているんだ? まだ授業中だろう?」

『『『小学生以上の動きをして何首傾げてんだテメェ!!』』』

 

 怒鳴られた。これはやりすぎたのだろうか。

 委員長に視線で確認すると頷かれたので、やはりやりすぎたのだろう。

 

 結局、その一点以降俺へのマークが厳しくなりボールが回ってこなくなったが、その隙に天上が二点ぐらい入れたので本末転倒だなと思いつつ、さわやかな笑顔を浮かべ声高にしゃべる天上を無視して教室に戻った。

 

 

 

 

 学校が終わり。

 おとなしく帰ろうとしたが今まで黙っていたのか、高町達が帰ろうとしていた俺を呼び止めた。

 

「なんだ?」

「本当に変わったわね、あんた」

「言っておくが、俺はまだ変わり始めだ。……まぁ、人間なんてのは変わろうとすれば変われるんだがな」

「えーっと……?」

 

 なんかよく分かってないらしい高町。言い回しが難しかったのだろうか。

 俺はほか二人の顔を見たが、どちらも同様の顔を浮かべていた。

 

 そこまで難しく言った気がしないのだが……なんて思いつつ、俺はなるべく簡単な言い回しで今の言葉を説明することにした。

 

「これは俺の持論だが、俺たち人間を作り上げているものが『今』の俺達だとしよう。その作り上げているものの一つ……たとえば性格とするか。それが少しでも『変化』……泣き上戸だったり引っ込み思案だったりになったら、それはもう『変わった』俺達になるということだ」

「なんとなく云わんとしてることは分かったけど……」

「言い方がまどろっこしいのよ。もっと簡単に説明しなさいよ。なのはがショート寸前よ?」

「…………」

「すまん。……要するに、何かを変える意志さえあれば、あとはそれを行動に移すだけで変わったことになるということだ」

「そういうことなんだ……長嶋君は本当に頭がいいね」

 

 やっと理解してくれた高町。

 俺の場合頭がいいというよりは、高校までの知識と今の考え方があいまった結果なのだが、ここでは黙っておこう。口は災いの元だ。それと、朝と違うようなことを言った気がするが俺自身に例えると変わらないので別段気にしない。

 

 と。そういえば俺は何で呼び止められたのだろう。話に夢中(正確には説明するのに夢中)になっていたのですっかり忘れていた。

 

 なので、俺は三人に聞いてみた。

 

「俺は一体何で呼び止められたんだ?」

「「「あ」」」

 

 どうやらしっかり失念していたらしい。まぁ仕方がないだろうが。

 俺は内心だけでため息をつき、もう一度質問した。

 

「で、何の用だ?」

「えっとね……明日から四連休だよね?」

「そういえばそうだったな」

「何か予定あるの?」

「特には。早朝ランニングからの筋トレ以外は」

「だからあんなに足速かったんだ……」

「って、すずか。食いつくところ違うでしょ」

「あ、ごめんごめん」

 

 バニングスに注意されて謝る月村。その間で俺は少し話を整理する。

 まとめると四連休で何かすることなのだが……はたして何をするつもりなのやら。

 そんなことを思いながら、俺はとりあえず予想できる提案の一つを言ってみた。

 

「出かけるのか?」

「うんそうだけど……言ってないよね?」

「流れで考えただけだ」

 

 月村が確認してきたので予想しただけだと答える。実際そうなのだが。

 まさか当たるとは思わなかったので、今俺は驚いている。

 

 あっちも驚いていたが、バニングスがすぐに気を取り直していった。

 

「ちょうど私たちも予定ないし、キャンプしようという話になってね。昨日までに私たちの両親には話を通してあるし、あとはあんただけだから」

「……俺以外に誘う奴いないのか?」

「あんたが一番頼りになりそうだし、あんた以外だと委員長ぐらいでしょ? 私達に普通に接してくれる人」

「で、その委員長は?」

「『悪いけど用事あって無理』って断られたわ」

「ふむ」

 

 委員長がいかないほどの用事か……おそらく管理局とやら関係だろうな。

 そう適当にあたりをつけ、俺は少し思案したが、別段断る材料がないため、頷いた。

 なのに、なぜかまた驚かれた。

 

「どうした?」

「以前までは普通に渋ってたのにあっさりと頷かれたら、そりゃぁ驚くわよ」

 

 そういうものだろうかなどと思ったが、バニングスの言葉に月村も高町もうなずいていたのでそういうものかと納得することにした。

 

 

 で、俺は行きと同じでランニングで家へと帰り、両親に「明日からキャンプ行くことになった」と言ったら道具の準備をやりきった上に赤飯を買ってきた。

 あまりの速さに目を瞠ったが、人数がちゃっかし三人に増えていたこと、集合する時間と場所を聞いてなかったので分からないこと、固定電話以外で電話がないので個人的に電話できないという問題点が出てきたため、間に合うかどうか考えながら、九時に寝た。




過去最長ですが、読んで下さりありがとうございます。


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23:キャンプ初日 朝

主人公、初っ端からずれてます。


 翌朝。

 昨日と同じ時間に起きた俺は、いつも通りランニングをしようとトレーニングウェアに着替え下に降りたところ。

 

「よぉ大智。お前朝早いなぁ」

「あら大智。おはよう」

「…………寝てないのか?」

 

 目の下にクマを作った両親が二人で神経衰弱をしていた。

 

 

「いやぁ……気を抜いたら寝るな、これ」

「そうね…………Zzz」

「寝てるよ、母さん」

「はっ!」

 

 どうもキャンプだから眠れなかったらしい。ここまで子供みたいな大人を体現している人ってなかなかいないのではないだろうか?

 人からすれば、俺の方が大人みたいな子供に見えるのだろうが。

 まぁともかく。ここまでテンションが壊れかけている両親を見て早朝ランニング往復四キロをやるほど俺は壊れていないので、仕方なく今日はやめてうちの両親の眠気覚ましを手伝うことにした。

 

 

 

 

 

「――――――のだが、結局うちの両親は耐えられず眠りこけた」

「あんたはそんな早く起きて顔色一つ変えないのね……」

「いいなぁ……そういうの」

「すごいねぇ、長嶋君」

 

 とりあえず色々な方法で起き続けさせようとしたのだがギブアップしてしまい、床に着いてしまったところでインターフォンが鳴ったので玄関を開けたところ高町たちがおり、両親の話になったので説明したところ、別なところで感心された。

 ところで彼女達の服装だが、とてもキャンプに行こうというものではなかった。

 なんというか、動きにくそうな服装なのだ、目の前にいる全員が。

 とても口出ししにくいのだがキャンプを舐めてるだろと言いたい衝動をぐっとこらえ、とりあえず聞いてみる。

 

「もうすぐ出発か?」

「ええそうね」

「分かった。少し待っててくれ」

 

 そう言うや否や家に戻り、昨日両親が準備した荷物の中から使えそうな必要最低限のモノだけを残しておいておき、家を出た。

 

「……随分荷物少ないわね」

「キャンプだろ? 野外宿泊。携帯釣竿にコンバットナイフ、それに野営用テントとカンテラさえあれば――――」

「それは絶対におかしいよ長嶋君!」

「そうだよ! コンバットナイフなんてつかまっちゃうし、子供が持っちゃ危ないんだよ!!」

 

 月村。やけに詳しいな、おい。そう言ったものを見たことがあるのか?

 そう思ったが深く追求せず、また、自分の発言がずれたものだと知ったので、素直に聞いた。

 

「だったら何を持っていけばいいんだ?」

「ふつう、着替えとかお菓子とかテント、釣竿やランプとか言ったものじゃない?」

「トランプとかあるといいよね」

「そうそう!」

 

 ……なにやら盛り上がっているようだが、俺は静かに家の中に戻って荷物を全部出して改めて持っていくのとそうでないものを分けてみる。

 

 …………花火って季節外れだよな? でも音によって野生動物を威嚇できる点ではいいかもしれない。やったことはないが。

 これは……蚊取り線香? なぜ着火式なのだろうか。そしてよりにもよって豚なのだろうか。

 そんなこんなで選別作業すること十分。

 

 コンバットナイフが名残惜しかったのだがまたとやかく言われるのも面倒なので、置いておくことにした。

 ナイトメアも置いておきたかったのだが、『たまには私もつれてけーー!!』と言葉遣いがおかしくなるほど荒れ狂ったので、仕方なく持っていくことにした……バックの中に入れて。

 念話が思いのほかうるさいので(どうも魔力を少し解放したようだ)、バックの飾りとしたのだが……良く考えたらリストバンドみたいなんだよな、これ。おかしくないのだろうか?

 

 まぁいいか。そう思った俺は両親に書置きなどせず、ただ普通に「行ってきます」と言って玄関の鍵を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、大智君だけかい?」

「今はおとなしく寝ています、うちの両親は」

「……そういえばそうだったね、あの二人は」

 

 とりあえずバックを背負って高町の家へ向かうと、準備をしていた士郎さんが気付き挨拶をしてきたので答えたところ、何故か遠い目をしていた。

 うちの両親のどちらとも面識があるようなのだが、はたしていつ知り合ったのだろうか。謎だ。

 

「荷物どうする気だい?」

「場所さえわかれば徒歩でも行きますが……」

「遠慮することはないのよ、大智君」

「桃子さん、おはようございます」

 

 基本的に一人が楽な故に発言したのだが、どうも桃子さんは遠慮と解釈したようだ。

 まぁ普通は遠慮としかとられないよな、俺の発言。

 そう今更納得していると、士郎さんが「なら置いてっても問題ないか」と漏らした。

 一見問題発言だと思うが、おそらく両親の事だろうと思うので俺は気にしないでいると、何故かじっと桃子さんが俺を見ていた。

 

「……なんですか?」

 

 たまらず俺は聞いてみる。

 すると俺が背負っている荷物を指差した。

 

「?」

「重いでしょ?」

「いえそれほどでも……」

「重いでしょ?」

「ですから……」

「ね?」

「…………すいません」

 

 有無も言わさぬといった口調、というより単純なる根負けで俺は士郎さんに荷物を預けた。

 今回参加するのは男性陣では士郎さん・恭也さん・鮫島さんと俺の四人。女性陣はバニングスに月村、高町と月村の姉にノエルさんにファリンさんだそうだ(フェレット含む)。

 …………女性陣は果たして何とかなるのかわからんが、全体的に見れば何とかなるだろうと思える。

 

 何もなければの話、だが。

 

「行くわよ! さっさと乗りなさい!!」

「悪い」

 

 バニングスに怒鳴られ、俺は何故か停めてあったマイクロバスに乗った。

 

 

 ……朝飯食べるの忘れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢様。つきました」

「ありがと、鮫島」

 

 どうやら目的地に着いたらしい。終始窓の外を眺めるだけで空腹を抑え込んでいたのでどういう会話をしていたのか全く覚えていないが、少なくとも自然は綺麗だった。

 しかしこの車割と乗ってたな。良く湿気がたまらなかったこと。

 今更な事実に降りてから感嘆していると、士郎さん達が荷物を下しているのが見えたので、あわてて自分の荷物を取りに向かった。

 

「これだね?」

「はい。ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 恭也さんから荷物を受け取り、俺は背負ってから辺りを見渡す。

 

 ……随分軽装の奴らが多いな。危険とかを考えていないのだろうか?

 俺はというと、地味な茶色の薄い長袖に薄緑の長ズボン。完全に自然にまぎれること前提の服装である。

 この差は一体何なのだろうかと思っていると、士郎さんがみんなを集めていた。

 俺に視線が集まっているのがわかったので、考えることをやめてそちらに向かった。

 

「全員集まったかな? それでは、注意事項をいくつか言うからそれをちゃんと守るように。一つは――――――」

 

 キャンプの注意事項とやらを軽く聞き流しながら、近くに立っていた看板に視線を向けると、『川遊びと山遊びが楽しめる場所はここだけ!』などと宣伝にしても嘘くさい文句とともに全体図が書かれていた。

 

 ……歌い文句はともかく、地図情報は嬉しいな。迷子にならなくて済む。

 そう思いながら全体図を記憶していると士郎さんの説明が終わったらしい。みんなが移動するようなので俺は一旦記憶するのをやめ、後は細部を歩きながら覚えるかと思いついていった。

 

 

 

「さて。まずはテントでも借りてこようか」

 

 自分たちが設置する場所に着いた俺達が荷物を降ろすと士郎さんがそう言ったので、俺は自分のバックに伸ばした手を止めた。

 

 ……テントとは借りれるものなのか? だとしたら持ってくる意味は?

 そんなことを考えていたら顔に出ていたのか、近くにいた高町が俺に尋ねてきた。

 

「長嶋君。テント持ってきたの?」

「……ああ」

 

 そう言いつつバックの中から組み立て前のテントが入った袋を取り出し、地面に置いた。

 これは確か親父が作ってたらしいもので、『見た目に反して広いんだぞー』と昨日言っていた。

 具体的収容人数を聞いていないが六人はいれば問題ないだろうと思いながら説明書まで出すと、士郎さんが近づいてきた。

 

「そのテントってもしかして……竜一がつくったものかい?」

「そうですけど……何か問題でも?」

 

 これがどういうものなのか知らないので知っているらしい士郎さんに聞いたところ、「いや。問題はないんだ」と言った。

 

「ないんですか?」

「ああ。ただ……」

 

 そう言葉をきった後、少しためて我が親ならやりかねないであろう言葉を聞いた。

 

「テントというより、小屋に近い形になるんだよ、それ」

 

 前に見た時は感謝どころか思わず顔面を殴ってしまったよ。そんなことを言いながら笑う士郎さんを見て、俺はそっとテントを戻すことにした。

 

 どんな材料を使っているのかなど聞きたくない。もはやオーバーテクノロジーもいいところだ。

 親父の技術力の人外さに一人ため息をついていると、気を取り直した士郎さんがもう一度テントを借りに行こうということで、鮫島さんと俺たち子どもを残して取りに行った。

 

 残った俺達の話題は、無論俺の家族についてだった。

 

「……あんたの親って何者?」

「どこで仕事をしているのか知らんが、父親は発明好き。母親は世話好きだという事しか知らない」

「それはそれでどうかと思うよ」

「今までほぼ居なかったからな。あんまり詳しく知らなんだ」

「でも長嶋君たちのお父さんたち、愉快そうだったよね」

「愉快そう、じゃない。愉快な人たちなんだ」

「そうですな。お二方は嵐のような方たちですので」

「? 鮫島、長嶋の両親のこと知ってるの?」

「勿論です。お二方は長嶋様を生むまでは『万能夫婦』とまで呼ばれていたのですから」

 

 あの町に住む人なら大体お世話になっているはずです。そう鮫島さんが締めた時、俺は両親の昔の一面を知って驚き、高町たちは純粋に驚いていた。

 

 ……まさか自重しなかっただけじゃないだろうか?

 更にそんな疑問が浮かんだが、それはもう時効かと思い無視することにした。

 

 と、ここで何かを思い出したのか、月村が俺に尋ねてきた。

 

「そういえば長嶋君。昨日の体育すごかったね。バス停から学校まで走ってるのはあのためなの?」

「…ああ。厳密にいうと、あれ以上の動きをするためなんだが」

「……あれ以上って、一体何を目指してるのよ……」

 

 呆れてものが言えないらしいバニングス。

 

「そうはいうがな、いつ自分の身が狙われるか分からないんだぞ? 守れるぐらいの力を得ようとして何が悪い」

「あんたは今ので十分よ!」

 

 怒鳴るように言ってきたので少し気圧された俺は、「……そうなのか?」とたまらず聞いたところ。

 

「うーん……アリサちゃんの言うとおりかな。長嶋君、前に高校生ぐらいの人を大根で殴り倒してたから」

「そういえばそうだったね」

 

 月村の答えに高町が頷き、ほらみたことかみたいな顔をバニングスがしていた。

 

 そう言われても死にたくないからなぁなどと思っていると、テントを借りてきたのか士郎さん達が戻ってきた。

 

 まぁ体を鍛えるぐらいなら問題ないだろうと思い、今後のトレーニング内容を脳内で軽く見直していた。

 

 

 テントの組み合わせは俺がその周辺で寝るとか言ったら却下され、結果的に男性陣と女性陣で別れることになった。当たり前だが。

 で、そのテントを立てる作業を行っているのだが、これが早く終わった。

 男性陣のテントは鮫島さんと士郎さんが二人で終えてしまい、女性陣の方は俺と恭也さんが手伝ったら終わった。

 最初の骨組みを終わらせたときの驚かれようはなかったがな。

 

 で、次に材料集め……は別にやらなくていいらしいのだが、腹が減った俺には関係なく。

 士郎さんに「ちょっと川釣りしてきます」と断って記憶した場所へ向かった。

 

 

 

 

 

「ちょっと待ちなさいよ!」

「ん?」

 

 バケツと釣竿と餌箱や諸々を持って釣り場所へ向かっていると、バニングスに呼び止められた。

 

「なに一人で行動してるのよ!」

「朝食と昼食を獲りに行くだけだが?」

「みんなと一緒でもいいじゃない」

 

 そう言われて振り向くと、何故か鮫島さん以外の全員がいた。

 

「?」

「ほら、行くわよ」

 

 首を傾げたらバニングスにそう言われ、俺は前を振り向かされた上に背中を押される形で釣り場所へ向かうことになった。




読んで下さりありがとうございます。

……そろそろキャラ紹介必要ですかね?


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24:釣り

これだけで一話使うとは思いもしませんでした。


「…………」

 

 立ちっぱなしで俺はじっと待っている。

 空は晴れやかで日差しが少々強いと思えるが、そんなもの、前世での砂漠ランニングよりは問題ない。

 

 川のせせらぎが聞こえ、風に吹かれて揺れる木の音と周囲からの喧騒が聞こえる中、俺は一人滝っぽくなっているところで釣りをしていた。

 

「…………」

 

 竿の先端が動くまでじっと待つ。それこそ、動かざること山の如しといった感じで。

 すべての神経を指先に、集中力を竿の先端に集めてやっていると、微かながら竿が反応した。

 

「!」

 

 見逃さなかった俺は反射的に竿を引く。リールなどはないので、思いっきり引っ張る。

 

 ザパァ! と水しぶきを立てながら出てきた結果に、俺は落胆の意を感じずにはいられなかった。

 

「……中々釣れない」

 

 俺の現在の釣果。ヤマメ一匹にどう考えても釣れたら困る存在――――人間一人である。

 しかもびしょ濡れで意識がない女。

 一応心臓マッサージだけをして放置したが、水を吐いたのに起きる気配が感じられないので人工呼吸をやらないといけないかもしれないと釣りをしながら思っている。

 

 とか言いつつ餌を変えて川に投げる。

 さすがにヤマメ一匹だけだと死ねる。主に空腹感で。

 そんなことを思いながら待っていると、後ろで身じろぎする気配を感じた。

 が、もう釣り針を川に入れてしまった俺は振り向けないのでそのまま放置することに。

 

 ………………。

 

「…………だ、れ?」

 

 後ろからかすれた感じでそんな声が聞こえた気がしたが魚を釣りたい俺に返事をするという選択はない。むしろ意識が戻ったのなら自分で何とかしてくれとさえ思っていた。

 下手したらこれ以降ボウズになりかねないな……そんな最悪な結果を想像しながら待っていると、後ろからひたひたと水を垂らしながらも歩いてくる女の気配を感じた。

 

 邪魔をされたくない俺は、近づいてくる女にぴしゃりと言った。

 

「それ以上近づくな。魚に逃げられても困る」

 

 ピタリと立ち止まった。

 それを確認せず、俺はただじっと待つ。

 

 釣れろ釣れろ釣れろ釣れろ…………なんて念を込めながら待っていると、その思いが通じたのか竿が引っ張られる感じがしたので反射的に力強く引っ張った。

 

 十分加減したはずなのだが強かったのか、水面から何かが勢いよく飛んで……って。

 

「鱒とかなら食えるがブラックバスは食えないぞさすがに……」

 

 ブラックバスが釣れた。

 即リリースしたいところだが、生態系の破壊を促すようなことをする気など起きず、どうしようかと悩んでいると、後ろから声が聞こえた。

 

「……あ、の」

「ん?」

 

 思わず振り返ると、俺が釣ったブラックバスを指さしている服やら何やら全部濡れているのに気にしていない女が、よろよろの状態で立っていた。

 

 大丈夫なのかと心配せずにはいられない姿であるがそれよりもブラックバスを指さしていることが不思議だったので、訊ねる。

 

「これが欲しいのか?」

「……は、い」

 

 掠れかけている声。肩や膝が微かに震えているのを見る限り、川に浮かんで時間が経っていたのだろうと推測できる。

 何があったかは聞く必要ないか。そう思った俺は、ブラックバスの口から針を取り、女に渡す。

 

「俺には食えないからやる」

「…ありがと、ございます」

 

 そう言って俺から受け取った瞬間、ブラックバスが消えた。続いて聞こえたのは口の中で噛む音。

 

 ……大分腹が減ってたんだな。調理する気もなく文字通り丸のみか。

 俺はさすがに真似出来んと思っていると、女が急に倒れこんだ。

 

「大丈夫か?」

 

 しかし返事がない。

 

 まさか丸呑みした影響なのだろうか……と思っていると、規則正しい寝息の音が聞こえてきた。

 どうやら寝たようだ。たった一匹だけ食べたというのになんと燃費のいい奴だ。

 少し羨みながら、もうこれ以上釣れないと思いおとなしく野草を取りに行くことにした。

 

 

 …………しかしこの女、魔力を持ってるんだな。何者だ、一体?

 

 

 

 

 

 

 

「あんた一体どこまで釣りしに行ったのよ?」

「もう諦めた。一匹しか釣れないとなると方針を変えることも余儀なくされる」

「だからどこに行ったのって聞いてるんだけど」

「あっち」

 

 川辺周辺で何かないかと歩いていたら、まだ釣りをしていたのかバニングス達と合流した。

 

 …………意外と釣れるんだな、ここ。

 

 バニングスの釣果を見て、俺はへこみながらそう思った。

 一方バニングスは俺が指差した方に興味があるのか「一匹しか釣れないって本当なの? 案内しなさいよ」と言ってきた。

 釣れないからこうして食べられるもの探してるんだろうが……そう思ったが、百聞は一見にしかず。本人にやってもらった方がわかるだろうと思い直し、野草探しを中断してバニングスを案内するために来た道を引き返すことにした。

 

 その後ろから誰かが見てくる視線を感じたのだが……果たして誰だったのだろうか?

 

 

 

「ここだ……って、まだ寝てるのか」

「誰が……って、ダダダダダメよ長嶋! ジッと見るなんて!!」

「いや。釣り上げて心臓マッサージした時からこんな感じなんだが」

「…………ハァ。なんか慌てるのがバカらしくなってきたわ」

 

 俺が先程まで釣りをしていた場所にバニングスを連れてきたところまだ女は寝ており、それを見た後ろにいたバニングスが顔を真っ赤にして俺と女の前に立ちふさがったのだが……なぜかすぐやめた。

 

 俺は釣り道具をそのまま放置していたのに気付き片づけると、バニングスが不思議そうな顔をした。

 

「どうして片づけるのよ?」

「釣れないからな。ないものねだりをするほど夢想家じゃないのでね」

「割とお魚いるのに?」

「は?」

 

 そう言って俺はバニングスと同じように川を覗きこむ。すると、大量、という訳ではないがそれなりに種類がいた。ヤマメもいた。

 

「釣れないの、これでも?」

「…………ああ」

 

 おかしい。これほど魚がいるならさっさと釣れてもいいはず。なのになぜヤマメ以外釣れた魚がいないのだろうか?

 そこまで考えて自分の釣りの仕方を思い返し……そこで気付いた。

 

「そうか……自然と気配を一体化し過ぎたせいで気付かれなかったのか……」

「サラリとよくわからないことを口にしてるけど、要するにあんたの釣り方が間違ってたわけね?」

「そのようだ」

「なら釣りましょ?」

 

 そういうやいなやすぐさま釣り針に餌をつけようとするバニングス。しかしつけ方がわからないのか、そもそもつけるのに抵抗があるのか中々に苦戦していた。

 その様子を見かねた俺は何も言わずにバニングスの釣竿を奪い取り、抗議の声を無視して餌を取り付け、そのまま返した。

 

「ほら」

「……わざわざ取り付けてくれたの? ありがと」

「…どういたしまして」

 

 受け取った竿の先を見て俺が何をしたのか分かったバニングスが礼を言ったので、少し遅れて返事をする俺。

 未だに「ありがとう」という言葉を聞くとむず痒くなる俺だが、それでもなんとか慣れてきたのか返事ぐらいは普通に出来る様になった。

 さて俺も釣るか。バニングスが釣っている姿(椅子は持ってきたようだ)を見てそう思い直し、自分の釣り針にも餌を取り付けた。

 

 ひゅっ チャポン

 

「「………………」」

 

 釣り針を川に投げ入れ、互いに集中しているからか喋らずにいる俺達。

 木々のざわめく音や川の流れる音などが支配しているようなこの空間で黙って釣竿の動きに集中していると、バニングスが水面を見ながら訊いてきた。

 

「ねぇ。どうして一緒に釣りをしないわけ?」

「それは」

 

 理由を言おうとしたら空腹感が極致に達したのか、ギュルルル!! と激しく音を立てた。

 

「……今の」

「ああ。朝食も食べていなければ昼食すらないという状況故に一人で釣りをしている」

 

 一応食べなくても生きていけそうな気がするのだが、毎日食べているせいか一食でも抜くと空腹感が襲い掛かる。

 ましてや今日は両親の意識保持のために色々やった上に準備等で動いたのだ。ここまで腹が鳴らなかった事がすごいだろう。

 そのような理由で釣りをしに行き、自分の分は自分で、という精神で一人で釣りをしていたわけなのだが、バニングスは何を察したのか呆れていた。

 

「あんたね……勉強もできて運動もできるのに、どうしてそう協調性がないの?」

「よく言われる。そこまで我が強いと思ったことはないのだが」

「そうね……我が強いというより、関わろうとしない方が正しいわね」

「なるほど。では、関わるとはどうすればいいのだろうか?」

「はぁ? 何を言ってるの?」

 

 ジロリ、とバニングスがこちらを見てるのが横目で分かったが、俺は気にせず続けた。

 

「例えばの話だ。俺とバニングスはこうして会話していることで『関わっている』。そしてあそこで寝ている女は姿を見ることで『関わっている』。これですでに関わっていることになるのだが、協調性とは一切関係がない。だとすると協調性に関係のある『関わる』は何の行動を以てそう定義されるの」

「何言ってるか分からないわよ! あんた本当に私達と同じ年なの!?」

「そうだが?」

「………………委員長ってすごいわね。あんたと普通に会話出来て」

 

 知らぬ知らぬうちに委員長の株が上がった。しかし俺の疑問は晴れていない。

 誰か具体的回答を教えてくれる人がいないだろうかと思いながらぼんやりと釣竿の先端を見ていると、ピクッと反応した。

 少し待つ。

 今度はピクピクッと沈み、食いついたと思った俺はそのまま引っ張った。

 すると、やっとこニジマスが釣れた。

 

「よしっ」

 

 思わずガッツポーズをする俺。ヤマメ以来食える魚が釣れていなかったので、自然と出た動作だったが、嬉しかったので別段気にしない。

 この調子でもっと釣るかぁと思いもう一度餌をつけようとしたら、バニングスが慌てていた。

 

「あ、この、逃がすものですか!」

 

 そう言って竿を引いているが、魚の方が強いのか引っ張られそうになるバニングス。

 見ていられなかった俺は咄嗟に動き、バニングスの後ろに回って一緒になって竿を握った。

 

「ちょっ、バカ! な、なにを……」

「静かにしてろ。このままだと川に落ちるぞ」

 

 そう言ったおかげか知らないが急に黙るバニングス。

 一応後ろから手を回す形になっているが決してやましい気持ちを持っているわけではない。単純にバニングスが濡れないためにしているのだ。

 そのまま一緒に、というか俺が思いっきり引っ張ると、今までの中で一番デカい魚が宙を浮いていた。

 

 その魚を見て、俺は思わず叫んだ。

 

「って、川魚じゃねぇよ!」

 

 そう。渓流に棲む魚や川魚なら理解できるが、なぜか海水魚である真鯛が釣れたのだ。

 この世界に魔法が存在するならこれもアリなのかと一瞬頭をよぎったが、それは絶対にないと首を振った。さすがに生態系をいじるほどこの世界もおかしくないだろ。

 

 そう思いながら鯛の口から針を取り手に持ってバニングスへ近寄ると、何故か顔が赤かった。

 ひょっとして先ほどの行為に怒っているのだろうかと思いながら、俺は声をかけた。

 

「おいバニングス」

「な、なによっ!」

 

 声が上ずっている。これは完全に怒ってる証拠だな。

 やってしまったか……そう考え俺はバニングスの大量のバケツの中に鯛を入れ、謝った。

 

「悪いな。いきなりあんなことをしてしまって」

 

 俺の謝罪が意外だったのかそれとも別なことを考えていたのか知らないが、少し間をおいて「……別にいいわよ」と小さい声で言ってきた。

 

 これに返事は必要なのだろうかと思っていると、ゴクゴクゴクと何かを飲み干す音が聞こえたので振り返ると、俺のバケツに入っていたものを飲んだらしい女がバケツを地面に置いていた。

 

 …………あ。

 

「ふぅ。ごちそう様。ありがとよ、少年」

「俺が釣った魚返せ! あれ飯だったのに!!」

 

 先ほどまで寝ていた女がバケツを置いた後そんなことを言ってきたので、反射的に俺は詰め寄って怒鳴った。

 しかし女はどこ吹く風。聞く耳を持たずに服を絞って水気を飛ばしていた。

 

 こ、こいつ……っ!

 こぶしを握って肩を震わしていると、絞り終えたのかその女はズボンに手をかけ……俺を見ていた。

 

「なんだよ? 今すぐ魚を返してくれるのか?」

「いや、お姉さん少年に肌を見せて喜ぶような変態じゃないからどこかへ行ってもらえないかなぁと」

「飯返せ。そしたらどこへなりとも消えてやる」

「……なんか、ゴメン」

「謝罪で済むなら戦争なんて起きねぇよ!」

 

 何やら申し訳なさそうにしてるがこちとら一食も食べれてないんだ。苛立ちが収まらん。

 腕を組んで不機嫌な顔のまま女を見続けていると、後ろから急に引っ張られた。

 

「お、おい!」

「す、すいません! 少し外しますから!!」

 

 誰が引っ張ったんだと思い振り返ったらバニングスで、そのまま俺は引きずられた。

 

 

「……なんか、悪いことしたみたいだねぇ。子供にする気はなかったのに」

 

 

 そんなことを呟いてた気がしたが、キレていた俺は喚くという、年相応のような行為をしていたので気付かなかった。




読んで下さりありがとうございます。


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25:キャンプ初日 夕食

なぜこうなった


 バニングスに引きずられるままにしていたら昼食まで抜いていた件。

 

「……久しぶりにこのまま絶食でもしようかな」

「いや、そんなことよりさっきのあの態度何よ! どれだけ釣ったか知らないけど、あそこまでムキになる必要ないんじゃないの!?」

 

 俺を引きずるのをやめたバニングスが俺に向かってそう怒鳴るが、俺はただ肩をすくめるだけにした。

 

 まさかたった二匹のためにあれだけ激怒してたと知られたら、さらに怒られること間違いなしだからだ。

 ……俺にとっては貴重な食料だったから死活問題だったのだが。

 

 俺が肩をすくめたのを見てバニングスはさらに何か言おうとしたらしいが、ハァッとため息をついてそのまま前を向いた。

 

「……なんか、これ以上あんたに言っても意味がない気がしてきたわ」

「意志の固さは平行線の長さにつながる」

「は?」

「なんでもない。只の独り言だ」

 

 バニングスの発言を受け咄嗟に昔言ったことがあるセリフが出てきたが、俺は何とか誤魔化した。

 ……しかし本当にどうするか。時刻的には三時ぐらい。もうすぐ夕飯になるだろうからこのまま抜くというのも一つの選択だ。

 が、それは自分の事だからそういう選択ができる訳であり、バニングスにとってどうするべきなのかは知らない。

 

 そこで、俺は同じくお昼を食べていないであろうバニングスに訊いてみた。

 

「なぁバニングス」

「何よ?」

 

 なんとなく不機嫌そうな声。だがそこら辺を気にする気など今はさらさらないので、俺は質問した。

 

「お前、昼はどうした?」

「食べたわよ。みんなと一緒に」

「……そうか」

 

 やはり一人で釣りをしていたからだろうか。そう言う情報が一切入ってこなかったのは。

 ならやっぱり絶食か。そう結論付けた俺だが、釣り道具をさっきの場所においてきたのを思い出し、取りに行こうと戻ることにした。

 

 で。

 

「来た道を戻れば合流できるのに、なぜついてくる?」

「う、うるさい!」

 

 俺が先程の場所へ戻ろうと歩き出したら、何故かバニングスまでついてきた。

 だがよく考えたらバニングスが使っていた道具類も置いてあったので、一緒に取りに来ようと思ったのだろう。

 なら別にいう事はないか。そう思い直した俺は、先ほどの場所まで向かった。

 

 

「いない?」

「さっきの女の人、どこに行ったのかしら?」

 

 戻ってきた俺達だが、先程の女が消えてることに首を傾げた。

 時間にして数分ぐらいだろうが、それだけで存在した事実ごと消えるというのは少しおかしい。

 となると魔力を持っていたから魔法でも使って消えたのだろうかと考えていると、バニングスが自分の道具類を持とうとしていたので、慌てて俺も道具を片付けバケツを持ったところでカランと変な音がした。

 

「?」

 

 覗き込んでみると、空だったはずのバケツの中に白くて丸いもの――おそらくパールが一個入っていた。

 

 ひょっとするとあの女の謝罪を込めたものなのかもしれない。そう思った俺はバケツの中からそれを取り出し、ポケットの中につっこみバニングスに近寄る。

 

「持ってってやるぞ、そのバケツ」

「……なら、頼もうかしら」

 

 そんな感じで俺は両手にバケツ(片方は空なので餌箱などを入れて)、肩には釣竿が入った袋を掛けながらバニングスと一緒に戻ることにした。

 

 

 

 

 

 戻った先は誰もおらず、全員テントを張った場所へ戻ったのだろうと結論付けた俺達は、そのままテントがある場所へ向かった。

 

 その道中。バニングスはなぜか俯いていた。

 俺は何か気に障ることをしたのだろうかとその横顔を見て思ったが、結構していたなぁと思いどうしたものかと前を向いて歩きながら考えていると、横から俺の名前が呼ばれた。

 

「どうした?」

「……なんでもないわ」

「そうか」

 

 それから黙って歩く俺達。俺としては腹が地味に鳴っているので会話する余裕もない。如何に腹の音を抑えるかに集中しているので、人に構える状態ではないのだ。

 

 そんな状態を知らないバニングスはもう一度俺の名前を呼んだ。

 

「だからどうした?」

「えっと……聞こえてたの?」

「さっきから聞こえてたぞ、横にいるんだから」

「それもそうね…………ねぇ」

 

 急に足を止めたので、俺は少し前で立ち止まる形となり、バニングスの呼びかけに俺は振り返ることとなった。

 

「なんだ?」

「二回目だけど、ありがと。あんたって、意外と優しいのね」

「意外か」

「そう。滅茶苦茶人付き合いが悪いのに人は助けたし、エサは取り付けてくれるし、魚釣るの手伝ってくれたし」

「その代り俺の分はなくなったが」

「私のでよければあげるわよ。夕食は焼き魚らしいから」

「そうなのか……」

 

 夕食のメニューを聞いて俺は気が重くなった。

 まったく釣れてない俺にとって焼き魚はどうしようもないメニューだ。はっきりいって、うちから持ってきた非常食(もしものためという意味)を早速食べなければならないという事態に陥っている。

 持ち物すべての荷重が重くなった感じがしながら歩いていると、テント場所に着いたのだが。

 

「……ねぇ。なのはのお父さん、あんたが持ってきたテントが小屋みたいになるって言ってたわよね」

「ああ、そうだな」

「どちらかというと、ログハウスに見えない?」

「というより、なぜテントが張られているのか疑問に思うだろ、普通」

「テントはどこにしまったの?」

「バックの中」

「どういう構造してるのかしら……じゃないわね。いつのまに?」

 

 今の会話の流れで分かる通り、俺が持ってきたテントが何故か張られていた。

 隣のテントより存在感があるとか、一体何の素材を使ったのだろうか。そう思わずにはいられないのだが、作った本人がおぼえてるかどうか怪しそうなので無視しておく。

 

 ともかく。この原因について気になった俺とバニングスは、とりあえず入口の方へ向かった。

 

 そこにいたのは。

 

「だから悪かったって言ってるだろうが!」

「許すか!!」

 

 いつの間に来ていたのかわからんが親父が片手に飲み物を持ちながら士郎さんの攻撃を避けており

 

「遅かったじゃない大智。もう夕食よ」

「一体どこまで行ってたの二人とも?」

「心配したんだからねー」

 

 俺達を見つけた母親たちが口々に焼いた魚を食べながらそんなことを言ってきた。

 

 俺はバケツを下して頬を掻きながら、事情を説明してもらうべく母親に尋ねた。

 

「何があった? そしていつ来た?」

「ついさっきよ、私達が来たのは。何があったのかと聞かれると……いつもの事かしらね」

「そう言えば長嶋君。釣れたの?」

 

 母親が親父たちを見てそんなことを言うと、高町が興味津々といった風に聞いてきたので空のバケツを見せて「ボウズだ」と正直に答えた。

 それを見た高町と月村は、心底驚いていた。

 

「意外か?」

「うん……長嶋君、結構釣りそうだと思ってたから」

「私達もそんなに釣れなかったけどね……アリサちゃんは?」

 

 そのままバニングスに話を振ると、胸を張って俺が持っていたもう一つのバケツを指さして「大量よ!」と言った。

 

 そう言えばその中に真鯛が入ってたような気がするんだが、果たして活きがいいままなのだろうか?

 そんなことを思いながら、俺は自分のバックを探した。

 

『私って、いらない子なんですかね……』

「いきなり何を言い出すんだ。【力】がなくなった今、魔力を使わんと俺が死ぬというのに」

『でもそれって夜刀神みたいな神様が出てきた場合ですよね? そうでないと思いますが』

「念のためだ」

 

 見つけたらナイトメアに愚痴を言われたので何とか言い聞かし(俺が持ってきたテントの中においてあった)、バックの中身を取り出す。

 ちなみにこの小屋、俺達が建てたテントの2倍位の高さがあり、大人が普通に立って生活したり出来るほど。

 

「おぉ、あったあった」

 

 見つけたのは非常食(食パン)一斤。もはやこんな最終手段をいきなり使うとは思わなかったが、とりあえず一枚切って食べるか。

 今日の空腹感でいけば一枚を厚く切らないといけない気がするが、慎重に四等分になるよう目印をつけていく。

 

 さぁ斬るか。そう意気込んで手を目印の上に置き、手刀の要領で斬ろうと上に振り上げた瞬間。

 

「中まで小屋みたいね……って、何しようとしてるの、長嶋?」

 

 バニングスに集中力を乱された。

 

 

 

 

「自分の分は自分で釣ろうとして無くなったから、幸い持ってきたパンでしのごうと。そういう訳ね?」

「当たり前だろ?」

 

 俺がそう言うと、バニングスはため息をつき、月村と高町たちは苦笑していた。

 恭也さんは忍さんと一緒におり、その後ろにファリンさんとノエルさんが佇んでいる。

 親父と士郎さんは未だに続けており、鮫島さんは魚を焼いていた。

 顔色一つ変えずに焼くその姿は、本当にすごいと思う。

 

 ……真鯛すらも焼いてるのに。

 

 今更だが、パンを手で斬ろうとしているところをバニングスに見つかり、こうして外に引っ張られている。

 

「折角こうしてみんなでいるんだからさ、一緒に食べようよ」

 

 苦笑していた高町がそんな提案をしてきた。

 それに母親も乗ってきた。

 

「そうそう。私達なんて来たの遅れたし、魚一匹も釣ってないけどこうして食べてるし」

「俺は二人みたいに図々しくないんでね」

「あなたー! 大智が辛辣よー!!」

 

 なにー!? という声が聞こえたが無視し、俺は小屋に戻ろうとしたが母親に襟首を掴まれた。

 

「な、なにを」

「ふふっ」

 

 意味ありげに笑った母親は次の瞬間、俺を投げた。

 

「あなたー! 説教よろしくね!!」

「おう!」

 

 そんな会話を繰り広げる夫婦だが、投げられた俺は驚いている高町たちの顔を最初に見、次に暗くなり始めた空が見えただけで落下した。

 この後どうなるのだろうかと頭から落下してる中思っていると、後ろから親父の声が聞こえた。

 

「周りと助け合うのが普通だっての! これ常識!!」

 

 そのあとの意識など、あるわけがなかった。




お読みいただき光栄の極みです。


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26:深夜

……どうしてこうなった?


「……ハッ」

 

 目が覚めた。

 空腹で目が覚めたのもあるが、おそらく親父の一撃を受けて意識が回復したのが今なのだろう。

 時間がわかるものを探そうと思ったが、ここがキャンプ場だということを思い出し、いつの間にやら入っていたテントから抜け出すことにした。

 

「月が出てるということは……夜か」

 

 道理で俺がいたところに両親も寝ていたわけだ。

 

 というか、あの二人は一体何時間寝るつもりなのだろうか……?

 随分長く寝てるなぁと思いながらボーっと月を眺めていると、盛大に腹が鳴った。

 

「……野草探すか」

 

 食べれば何とかなるだろう。

 

 

 

 

 

 ということで周辺で食べられる野草を探し、適当に摘み取ってから水で洗おうと思い先程釣りをしていた場所まで向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

「あらさっきの少年」

「……テメェ」

 

 野草を洗いに来たらさっき俺のバケツの中身を食べた女が川を眺めていた。

 

「どうしたの草なんか手に持って」

「何も食べてないから腹の足しに」

「結局食べてないのね」

 

 なんか申し訳なさそうにしているが、もう過ぎたことなので俺は言った。

 

「今から食べるから別に気にしなくていい。それに、これももらったわけだし」

 

 そう言ってポケットからパールを取り出すと、女は感心していた。

 

「分かった? それが謝罪の品だって」

「空のバケツに入ってたら嫌でもな」

 

 そんなやり取りをしつつ野草を洗う。

 別にそこまできれいに洗う必要はない。土などをとれればそのまま食べれるものだけしか採ってきてないからな。

 

 黙々と俺が洗っていると、女がまだ洗っていない野草を手に取り真似して洗い始めた。

 

「食べる気か?」

「まさか。魚は食べるけど野菜は食べないよ、私は」

 

 どうやら手伝ってくれるようだ。

 俺は内心感謝しつつ、ふと疑問に思ったことを訊ねた。

 

「魔法でも使えるのか?」

 

 ピタリ、と野草を洗う手が止まる女。

 となると図星なのか……と思っていると、洗ってくれた野草を地面に置き背伸びしながら女は言った。

 

「ここまで逃げてきたはいいけど、まさかこんな少年が管理局の手下とはねー」

「いや。俺は管理局と面識などないが」

「え? ならなんで知ってるのよ? この星で知ってる人って、管理局の仲間でしょ?」

「俺はそもそも管理局すら知らん」

 

 そんなやり取りをしていたら野草を全部洗い終えた。

 さて食べるか……そんなことを思い手に持っていた野草を食べていると、女が頭を掻きながら「調子狂うなぁ」と呟いた。

 

「どこか悪いのか?」

「違うよ。体調の問題じゃないよ」

「ならいいが」

 

 しかし……前世と同じ草って意外と生えてるんだな。割と感動している。

 そんな野草を食べているので感慨も一入だが、味がないのでそれをぶち壊しにしてくれる。

 

 無表情のまま食べ続けていると、女がため息をついた。

 

「どうしたんだ?」

「いや、こっちの問題……ていうか、驚かなかったわね、魚を丸ごと食べたの見たのに」

「空腹だからだろう?」

「それもあったけどね……」

 

 どこか遠い目をする女。ひょっとすると何かしら事情があるのだろうか。

 まぁ関係のないことだけどな。そう思いつつ食べていると、女は立ち上がった。

 

「さてと、行こうかね」

「そうか」

「……そこは『行ってらっしゃい』とかいうんじゃない?」

「会って間もないのにいうほど俺は義理深くない」

「やっぱり調子が狂うね」

「あっそ」

 

 そんな会話をしていたら野草をすべて食べ終えた。だが腹の足しにもならなかった。

 食べたら余計に腹が減った……等と思いながら空を見上げたら、肩をちょんちょんと叩かれた。

 思わず叩かれた方に顔を向けると、女が笑顔でいた。

 

「ありがとね。守ってくれて(・・・・・・)

「何の話だ?」

 

 いきなり礼を言われたので首を傾げる俺。だが女は理解しているのか、俺の横に座って語り始めた。

 

「私を釣り上げてからほとんどいてくれたじゃん。そのおかげか迂闊に手を出してこなかったし。君が離れた後は私が魔法使って今まで逃げてたけど、もういいや。十分に楽しんだし」

「それはよかったな」

「うん。君のおかげでこの星の事を少し知ることができたし。本当、感謝してるよ」

 

 感謝、か……。最近そんな類の言葉を言われるのが多くなったな。

 ここ数日の会話を思い返してそんなことを思った俺は、女に向けて言った。

 

「何のためにここに来たのか知らんが、せいぜい厄介ごとを持ち込まないでくれ」

「命の恩人にそんなことするわけないって」

「どうだか」

 

 女から顔を背け、月を見上げながらつぶやく。

 

 雲に少し隠れているがそれでも光り輝いている月。その光に照らされている俺は、前世での記憶を思い出した。

 

 

――――まだ起きてたの、大智?

――ああ

 

 何時だったかの戦いの時。俺は不寝番の時間を過ぎても一人起きていた。そこに何をしに来たのか立花遥佳が来た。

 

――――明日、時間的には今日だけど、早いのに大丈夫?

――別に

 

 俺がいつも通り返事をすると、彼女は隣に座って月を見上げた。

 

――――綺麗だね、月が

――生憎上空を見る余裕すらないから上を向いてないが

――――もう! そこは頷いてほしかったんだけど!!

――……そうだな

 

 そんな会話をしてると、彼女が不意に呟いた。

 

――――月ってさ、夜にしか見えないんだよね

――そうか? 昼間でも輝いてるんじゃないのか?

――――ううん。見えるとしたら夜だけ。それと似たように、太陽は昼間しか見えないんだよね

――それが?

――――もしね、月が太陽に恋してるんだとしたら…………

 

「何考え込んでるの?」

「……少し昔を思い出しただけだ」

 

 顔を覗き込まれてそう訊かれたのですぐに背けて答える。

 

 一体なんでこれを思い出したのだろうかと思いつつ、俺は背けたまま訊ねた。

 

「それより、帰るんじゃないのか?」

「そうだけど、少年が名前を教えてくれないから帰りにくいの。さっきから聞いてるのに考え込んでてさ」

「……それは済まなかったな。俺の名前は長嶋大智だ」

「ダイチね。それじゃ、ダイチ。さようなら」

「ああ」

 

 手を振りながらそんなことを言ってきたので俺も軽く手を振って返事をすると、女の姿が消えて行った。

 まったく人騒がせな奴だ。そう思ってため息をついた俺は、周囲に感じる見知った気配に声をかけた。

 

「出てきていいぞ。帰ったらしいから」

「なんで逃がしちゃうのかな。一応不法侵入者として捕まえる人だったのに」

「お前らが俺を気にせずに捕まえればよかっただけだ」

「あーそれを言われるとね……」

「ていうか用事ってこれだったのか委員長」

「まぁね」

 

 その言葉と同時に月明かりに姿を現したらしい委員長。そのまま歩いてきたかと思うと、隣に座った。

 

「どう? キャンプは」

「温い」

「……難易度で聞いたわけじゃないんだけどなぁ」

 

 苦笑しながらそんなことを言う委員長。

 

 だとしたら他に何があるのだろうかと思っていると、委員長を諌める声が後ろから聞こえてきた。

 

「斉原君。彼は私たちの仕事を妨害したんだよ? どうして暢気に会話してるの?」

 

 委員長はその女の声に肩をすくめ、振り向かずに答えた。

 

「彼はあの人が誰だか分かってないから咎められないし、彼の集中してるところを邪魔すると怖い目にしか合わない気がしたからね」

「別に。絶食状態にならなければ俺は騒がれても問題ない」

「とかいいつつ石ころを手元で遊ばせないでくれない? いくらバリアジャケットを展開してるからといって、君が投げたら死ぬかもしれない」

「今の俺にそこまでの威力は出せない。せいぜい衝撃でしばらく行動不能にできるぐらいだろう」

「……だから基準がおかしいんだってば」

「リンディさんから念話が来たよ。しゃべってないで戻ってきて、だって」

「行って来い」

「……行こうか、テスタロッサさん」

 

 ただ送る言葉を言っただけなのに、なぜか委員長はため息をつきながら立ち上がり後ろにいた気配に近寄った。

 そこでふと聞いたことがある名前を聞いた気がしたが、別にいいかと思い月を見上げながら言った。

 

「子供が徹夜とは、将来成長不全になるぞ」

「「君もそうでしょうが」」

 

 そんな同時の発言を最後に二人は消え、残された俺はまだ残っていた気配に話しかけた。

 

「俺の最後の言葉、聞いてたか?」

「そうだけど……昼間のことが気になって眠れなくて」

 

 そう言って出てきたのは高町。

 一体どうやって抜け出してきたのだろうかと思ったが、それを言ったら俺のほうが不思議でならないだろうと思ったのでそこを聞こうとはせず、代わりに別な質問をした。

 

「さっきのあいつらのことだろ?」

「うん。リンディさんに言われて抜け出そうと思ったけど長嶋君が一人で釣りをしてる方向にいたし、長嶋君が戻ってきたと思ったらアリサちゃんと一緒にこの場所に戻っちゃったから」

「俺とバニングスがここに来ようとした時に感じた視線は高町か、やっぱり」

「分かってたの?」

「いや。さっきまでの会話で俺が受けていた視線が似た感じだったから推測しただけだ」

「……本当にすごいね、長嶋君」

 

 そういった後、高町はなぜか委員長たちと同じように俺の隣に座った。

 

「なぜ?」

「何が?」

「なんでお前たちは俺の隣に座るんだ?」

 

 そう質問すると高町はう~んとうなりながら考え、答えてくれた。

 

「……それは、安心できるから、だと思うよ」

「安心?」

「前と違って人を突き放す雰囲気がなくて、今はなんだか頼りになる雰囲気を醸し出してるから……だと思う」

 

 頼りになる雰囲気か……一体どういう雰囲気なのだかわからん。

 別段理解する必要性が感じられなくなった俺は「ふ~ん」と相槌を適当に打ってから訊いた。

 

「管理局って不法侵入者相手でも駆り出されるんだな」

「今回はあの人の状態を考慮しての特例だ、ってリンディさんは言ってたよ」

 

 そうなるとあの女は一体何者なんだろうか。そんなことを思いながら、俺はふとポケットに入れていたものを思い出し、それを取り出して月明かりにあてた。

 

 何を取り出したのか不思議そうにする高町だったが、月明かりにあたったそれを見て息を漏らしていた。

 

「キレイ……」

「確かに。よく見たいがために月明かりにあてたが、まさかこのパールの上に虹ができるとは思いもしなかった」

 

 そう。俺がポケットから取り出したのは、あの女が俺のバケツに入れたパール。

 昼間はバケツの中から取り出すだけだったのでわからなかったが、これは結構幻想的だ。

 謝罪の品としては申し訳ない。そう思った俺は、そのまま高町に渡した。

 

「ほれ」

「えぇ! い、いらないよ。こんな高価そうなもの」

「鑑賞したからな。別にかまわん」

「でも、長嶋君のでしょ?」

「所有権は俺にあるからな。それから誰に譲渡しようが問題ない」

「駄目だよ! 人からもらったものは自分で大切に持ってなきゃ!!」

「深夜なのに元気だな、お前」

「……気にするところが違うよ、長嶋君」

 

 最終的にこのパールは俺が持つことになり、高町は俺とのやり取りで眠気が襲ってきたのかあくびをしたので、仕方なくお姫様抱っこなる抱き方でテントまでは静かに運んだ。

 なぜか慌ててた上に顔が赤くなっていたが……途中で寝てしまったので、なぜか起きていた鮫島さんに高町を任せ、俺は先ほどいたテントで寝た。

 

 

 

 

 ――――――月が太陽に恋したら、その恋は一生叶わなくて可哀そうだよね。




お読みくださりありがとうございます。


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27:キャンプ二日目 朝~昼食

お気に入り二百五十件行きました。ありがとうございます。


「………………体が慣れてしまったようだ」

 

 まだ体の疲れが完全に抜けきっていないことを自覚し、なおかつ睡眠不足に陥ってるにもかかわらず、おそらくいつも通りの時間に起きた俺。

 両脇に両親がおりスヤスヤと眠っているのを見た俺は、たまには休むかと思い二度寝した。

 

 

 

「大智起きろぉ!」

「あなた。大声出さなくても聞こえてるんじゃないかしら?」

「んなこと言ってもな。二度寝してるんだぞ? 起きる保証がどこにある?」

「朝食だから大丈夫じゃない?」

「……うるせぇ」

 

 二度寝して数時間も経ってないのに両親(親父)にたたき起こされ、不機嫌なまま起きた。

 

 くそっ、ふざけんじゃねぇよ。俺二度寝したばかりだってのに叩き起こしてんじゃねぇよ。

 親父に対してそんなことを思いながら半目のまま体を起こした状態でいると、何かを察知したのか親父が「おい、もう少し寝てたらどうだ? 起こしたのは悪かったから。ちゃんと朝食も残してもらうから」と急に言い出したので、俺の意識は勝手にブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 それからどのくらい経ったか知らないが、俺は自然に目が覚めた。

 

 体を起こす。

 

 体内時計など完全にあてにならないので今が何時なのか分からん。

 そう思いながら、俺はナイトメアに訊こうとし……荷物がないことに気付いた。

 

 そうだ。俺が持ってきた親父作のテント(?)の中だった。

 こりゃ外に出ないと時間がわからないか。そう考えた俺は普通に外に出た。

 

 のだが……。

 

「見事に誰もいないな……」

「高町なのは様が起きられたら皆様で山まで行きましたので」

「鮫島さん」

 

 鮫島さん以外誰もおらず、みんな山に行ったと言われた。

 となると俺は戻ってくるまでフリーなのか。そう考えたが、ふと疑問に思ったことを訊ねた。

 

「今日も鮫島さんはここにいるんですか?」

「えぇ。お嬢様のご指示ですので」

「大変ですね」

「いえ。このご老体ではついて行くので精一杯ですし、私は戻られたお嬢様方のサポートをした方が効率がいいですので。……あちらは月村家のメイド達に任せておいて問題はありませんからね」

「そうですか」

「ところで長嶋大智様」

「はい?」

 

 俺が質問を切り上げて荷物を取りに行こうとしたら鮫島さんに呼び止められたので、俺は足を止めて振り返る。

 

「なにか御用ですか?」

「竜一様から朝食を残してほしいとのことでしたので……食べますか?」

「……いただきます」

 

 親父。ちゃんと残してもらうよう頼んだのか。

 あの言葉は嘘じゃなかったのかと内心驚いていると、「では案内いたします」と言って俺が向かうテントの方へ鮫島さんは移動していた。

 足運びの上手い人だなぁと感心しながら、俺は鮫島さんの後ろを歩いて行った。

 

 

「こちらです」

「目玉焼きに……焼き魚。割と豪華ですね」

「お褒めに与り光栄です。もっとも、魚の方は昨日の余り物ですが」

「結構です。昨日、食べていませんでしたので」

「そのようですな。お嬢様が『残しておいて』と仰られましたし、ご両親の連係プレーで気を失われましたし」

 

 そんな会話をした後、俺は「いただきます」と手を合わせて言い、食べ始めた。

 

 

 

「大智様はお優しいそうですな」

「……突然なんですか?」

 

 所要時間数分で食べ終わった俺は使った紙皿で適当に折ったりして遊んでいたら、鮫島さんにそんなことを言われた。

 当然俺は遊んでいた手を止め、紙皿をゴミ袋の中にバラバラにして入れてから聞き返した。

 

「そのままの意味です。アリサお嬢様が最近そんなことをおっしゃられるので」

「…自分では『優しい』と思ったことはありません。『甘い』と自覚していますが」

「なるほど。優しいではなく、甘い、ですか」

「えぇ」

「「…………………………………」」

 

 そこから途切れた会話。俺はというと、なぜそんな質問をされたのか理解できていなかったからだ。

 と、その沈黙の中、鮫島さんが口を開いた。

 

「…信じているのですね、ご自身()

「は、ですか」

「えぇ。は、です」

 

 ……なるほど。見抜かれていたのか。

 

 心の奥底では、いまだに俺が人を信じていないことを。

 

 随分あっさり分かってしまったようだと思いながら、俺がいつ知ったのか尋ねると、「このキャンプでですよ」と笑顔で答えられた。

 

 参ったな。俺はうまく隠してたつもりなんだが。

 そう考えていると、「私もあまり違和感を感じませんでしたけど」と前置きして説明してくれた。

 

「お嬢様からよく話を聞いていましたので事前情報は把握しておりましたが、実際に会ってみるとその情報通りで驚きました。事前情報と見た目での情報が一致することなど、そうそうありませんからね」

「そうですか」

「はい。お一人でいることを望み、あまり一緒に行動しようとしない。他人からの施しを受けることを良しとしない、優しく強いお方だと」

「……良く分かりましたね」

 

 俺は息を吐いてから鮫島さんの言ったことを肯定した。的外れなことなど言われてなかったし、事実だったために否定する必要がなかったからだ。

 

 俺の潔さも分かってたことなのか大して驚かず、鮫島さんは話を続けた。

 

「ですが、裏を返せばそれは他人を信じておらず、また人と合わせられないことです。人間というのは他人を信じなければ生きていけない生き物なんですよ。そうでなければ、地球から絶滅していますから」

「…………」

「どういった人生を送られたのかはわかりませんが、これからは(・・・・・)お嬢様方や我々を信じてもらえないでしょうか?」

 

 笑顔でそう締めた鮫島さん。

 

 しかしながら素直に信じられなかったので「……心の奥底で信じれる方法がわかりません」というと、諌めもせず呆れもせず鮫島さんは答えてくれた。

 

「信じたい人と一緒に行動することです。その人の見方や考え方、それらを行動を通して知っていけば、信じられますよ」

 

 妙に実感がこもった言葉。まるで自分もそうやって生きてきたと言わんばかりに重みのある言葉。

 その言葉を聞いた俺はそれらを受け止めて呟く。

 

「一緒に、行動する……」

「そうでございます。信用、信頼と言葉はありますが、結局のところ一緒にいなければ何もわかりません」

 

 ダメ押しとばかりに補足してきた。

 そこまで言われ俺は、納得した。

 

 他者の意見に左右されたくないというのが俺の持論だが、この時ばかりは、いやこの時を以てしてその持論を捨ててしまおうと思った。

 

 自分の行動にとやかく言われても気にしないところは変わらないが、人の話を聞く、他人と出来るだけ関わろう、位には思えた。

 

 何故かと問われたら『変わろうと思ったから』で十分だ。そう考えれば行動を起こすだけで変わることができる(厳密にいうと変わり始めることができるなのだが)。

 そこまで考え、俺は鮫島さんにお礼を言った。

 

「ありがとうございます」

「いえ。執事として当然のことをしたまでです」

 

 鮫島さんは笑顔を少し軟化させて、そう返事してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうそろそろ皆様がお戻りになられる頃合いですね」

「何時ですか?」

「十二時ぐらいでしょうね」

 

 そこから少し談笑していたが、鮫島さんが腕時計で時間を確認してそんなことを言ったので、俺はもうそんな時間かかと立ち上がった。

 

「どこへ行かれるのですか?」

「昼食の調達ですよ」

「それなら問題ありません。我々が持ってきておりますので」

「……すいません」

「そう謝らずとも結構です。大智様は前日まで教えられていませんので」

 

 そんなやり取りをしていると、外が騒がしかった。

 戻ってきたのかと思った俺は、鮫島さんと一緒にテントから出た。

 

「おぉ! 大智、起きたか!! こっちは楽しかったぞ~」

「……周りを少しは考えろ」

 

 そんなに楽しかったのか親父は大分元気だったが、それ以外――母親を除く――はとても疲れていた。

 特に高町はぐったりだった。

 士郎さんでさえ地面に倒れこんで息を整えていたので、どれほど過酷だったのかは想像に難くない。

 俺はこの惨状を作った親の息子として謝罪した。

 

「すいませんうちの親がバカをやらかして」

「おい大智? さりげなく俺の事バカだと言わなかったか?」

 

 何言ってるんだ。言いたいことはたくさんあるのにバカだけで留めたんだから気にしないでくれ。

 そんなことを思いながら、バニングスの介抱をしている鮫島さんに訊いた。

 

「食料や調理器具はどこにあります?」

「私達が先程いた小屋にありますが……どうするおつもりですか?」

 

 俺は考えるそぶりもせず、普通に答えた。

 

 

「なに、親父の尻拭いみたいなことですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と言ってきたものの食材がわからないので確認する。

 

「とりあえず疲労回復中心だろうが……食材をあまり使いたくないな」

 

 ざっと見たところまぁよく集めてきたなと言わんばかりの種類がクーラーボックスの中に入っていた。

 

 とりあえずの目標は疲れている人に食べやすく、なおかつ疲労回復につながるお手軽料理。

 親父の昼食はいらないとして……俺や鮫島さんはそれほど疲れていないだろうから別に少量でも構わないだろう。

 

 残りの人がどれくらい食べるか分からないがとりあえず十人分まとめて作ればいいか。

 

 そう思った俺は、近くにあった野菜の一つを手に取り、何故か備え付けられていたキッチン(テーブルなどもあった)で調理を開始することにした。

 

 調理時間三十分ぐらい。とりあえず切って切って切ってまとめて和えて……という作業をやったり、なぜかミキサーがあったのでそれを使ってジュース作ったりしたらそんな時間になった。

 ぶっちゃけ前世で作った料理をまねしたものだ。主に戦闘が終わった後に食べた料理。

 

 こんなところでも役に立つとはな……等と思いながらテーブルに並べ(全十一人分。親父の分なし)、紙皿などを置いてから俺は小屋(テントじゃないという意味を改めて知ったため)を出た。

 

「鮫島さん、出来ましたよ」

「まだ三十分しかたっておりませんが?」

「簡単な料理だけですからね。それぐらいならできます」

「……って、あんたが作ったの?」

 

 介抱されているというのに驚くバニングス。どこにそんな体力が……

 

「親父の分はないから」

「なんだとっ!?」

 

 小屋に向かおうとした親父を止めるために言ったら、案の定オーバーリアクションというか、嘘だろ的な声を上げていた。

 

 いや。これだけやらかしといて何言ってやがる。そこらへんに生えてる野草でも食べてろお前は。

 そんな思いを言わずにいると母親が親父の肩に手を乗せ、「あなたの自業自得よ」とさらに突き落とした。

 「ぐはっ!」と言った親父はそのまま倒れ、匍匐前進でどこかへ消えた。

 

 あの男の頭は大丈夫なのだろうか心配になったが今更だと思い、士郎さん達を母親と一緒に小屋に入れた。

 

 

 

 結果。

 

 割と好評で、疲れが吹き飛んだようだと言われた。

 

 そこまでの効果はなかったはずなんだが……皆さん元気になったようなので深くは考えない様にしよう。

 

 食べた人たちには無論驚かれた。レシピも訊かれた。

 

 ジュースについては特に触れなかった。




ご愛読いただきありがとうございます。


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28:昼過ぎ~夕方

最近話がまとまらないことが多くて困ってます。


 昼食を食べた後、どんなことがあったか知らないがものすごく疲れたらしい高町と月村とバニングスは眠ってしまい、鮫島さんはその子守をするために小屋に残った。

 

 小屋から出た俺達は、どこから戻ってきたかは知らないが何か持っていた親父を見つけた。

 

 ちなみにだが、恭也さんと月村の姉は散歩してくるといい、メイドさん二人は片方がダウン(眠るという意)してそのお守り、士郎さんは地面に座って空を眺めているし、母親は「私も疲れたから」と言ってテントに戻った。

 つまり、俺しかいないわけである。親父の相手をするのは。

 

 思えばそういった交流など一切なかったのでどう相手すればいいのかわかってないのだが、そんなことお構いなしに親父はその持っていたものを投げてきた。

 

「っと」

 

 反射的につかむ。

 形状は円盤。クレーに似た形だが、素材は軽い。

 これを投げてどうするのだろうかと首をかしげながら見ていると、「投げ返して来いよー!」と親父が言ってきたので、俺は記憶に残っている遠投の投げ方でそれを投げてみた。

 上がったそれだが、フラフラ途中で揺れたかと思うと、親父のいる方向とは違うほうへ流れてしまった。

 

「そんな投げ方するやつあるかー!」

 

 そう叫ぶや否や親父はそれが流れたほうまで走り、ヘッドスライディングして捕った。

 ズザザザーー! という音が聞こえ、そのまま動かなくなった親父。

 

 ひょっとして死んでしまったのだろうかと思ったが、いやそれはないかと思い近づく。

 

「大丈夫か?」

「鼻が痛いわボケ!」

 

 ある程度近づき声をかけたところ顔をあげて怒鳴る親父。

 それは悪いことをしたかと思い、俺は謝った。

 

「すまん」

「……ま、いいさ」

 

 そういうと親父は立ち上がり、ズボンなどについた草などを払いながら聞いてきた。

 

「お前、フリスビーってやったことないの?」

「クレー射撃ならやったことがある」

「……そんな前世の記憶を聞いてるわけじゃないんだが」

「そもそもフリスビーってなんだ?」

「えー? そこからー?」

 

 なんだ。俺はこの世界の常識といわれるものに関してはほとんど知らないことを忘れたのか。

 

「それくらいは知っててもいいだろうが……」

 

 なんか思っていたことに対して言われた気がしたが……そこは気にしないでおこう。

 そう思いながら、俺は再度質問をした。

 

「フリスビーって?」

「……あー、簡単に言うとこのクレーに似たプラスチック製の円盤――これをフリスビーっていうんだが――をキャッチボールするの」

「なぜ固有名詞が競技名なんだ?」

「そこは知らない」

 

 ふむ。だがどういったものかは理解した。それぐらいでなんとかなるだろう。

 そう結論を出して頷いていると「じゃ、もう一回やろうぜ」と言って親父が離れていった。

 

「落としたら負けなー!」

「わかった!」

 

 約五メートルほど離れた俺達はそんな会話をしてフリスビーを始めた。

 

 投げ方に関しては教えてもらわなかったのだが俺はどう投げればいいのだろうか。

 ふとそんなことに気を取られていると、眼前にフリスビーが迫ってきたので、左手でつかんで反時計回りで一周し、戻ってきたところでそれから手を離した。

 

 俗にいう受け流しの類。まともにキャッチしたら手の皮がただれそうなぐらい勢いがあったと思われたので、こんな対処をした。

 

 しかしそんな対処をするぐらい危ないものだったのにもかかわらず、戻ってきたものを素手で止める親父。

 

 バァン! シュゥゥゥゥ…………

 

 なんか出してはいけない音が聞こえた。

 親父はキャッチした手でフリスビーを回しながら、不敵に笑って言ってきた。

 

「おいおいそんなものかよ大智。想像してたより弱いなぁおい」

「(【力】がなくなって)取り戻そうとしてる最中なんだよ!」

「だったら本気でやれよ、な!」

 

 そう言って投げられるは銃弾の如きフリスビー。

 あの親父は俺のことを殺す気か!? などと思いながら、負けた後のことを考える。

 

『なんだおい。俺はまだ本気だしてないんだぜ? 弱いねぇ、お前』

 

 …………なんか、ムカついた。

 

 迫ってきたフリスビー。

 俺は先ほどまでの親父の言動などを考慮して負けた後の発言を作ってみたが、なかなかどうしてイラつかせてくれる。

 ふざけやがって……などと思いながら、俺はそれを両手でつかんで後ろに跳び、持っていかれそうな勢いを利用して一回転して着地。

 

 ふぅ。両手がじんじんと痛むが何とか捕れた。しかし回転してなかった気がするんだがどうしてだろうかと思いながら立ち上がると、親父は拍手していた。

 

「よく捕れたな! あれ!!」

「一歩間違ったら死んでたがな!」

 

 嬉しそうに褒めてきたので、俺は必死に反論するが、親父は近づいてきながら言った。

 

「まぁそれでもお前はちゃんと捕れた。俺は信じたからそれを投げただけだ」

「……テメェ」

 

 俺の頭をポンポンと叩きながら言ってくるので恨めしそうに言うと、笑いながら親父は言った。

 

「はっはっは! これを捕れるってことは、まぁ大体のやつに負けないぐらいになってるってことだから心配いらねぇよ」

「……あんなの取れる一般人そうそういねぇだろうが」

「だから大体のやつには負けない! 以上、証明終わり!!」

 

 よっしゃー、第二ラウンド行くぞー! と叫ぶ親父の後姿を見てため息をつきながら、これが親父なりの励まし方なのだろうかと思い、なんだかうれしくなった。

 

 そして二ラウンド目。

 今度は親父が先ほどより遅く、ちゃんと回転しながら飛ばしてきたので、俺も飛ばし方を真似しがら返していったのだが。

 途中からだんだんと白熱していき、仕舞には起きてきた母親に怒鳴られるまでに縦横無尽に曲がるフリスビーをキャッチアンドリリースの要領で投げるという域まで達していた。

 

 地面で正座してガミガミと怒られる俺たち親子を見た士郎さんが「やっぱり似てるよ大智君は」と言ったのが聞こえた。

 

 割と初めて説教を真面目に聞いた俺は、とても長くて精神的にクルものがあるなと辟易していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 説教から解放されたら日が沈み始めていた。どうやら一時間ぐらいは説教されていたらしい(詳しい時間は分からない)。

 もうすぐ夕食だがどうするつもりなのだろうかと思いながら木に登って枝に座っていると、下から俺を呼ぶ声が聞こえた。

 

「長嶋くーん! もうすぐ夕食だってーー!」

「ああ。わか……!」

 

 飛び降りようとして立ち上がったところ、不意に後ろから視線を感じたので振り返る。

 しかし俺ではとらえられない場所にいるのか気配だけが微妙にわかるぐらいで、性別も人数も分からなかった。

 

 一体俺に何の用だろうかと思いつつ振り返った先をじっと見ていたが、次第にその気配が消えたので息を吐いて飛び降りた。

 

「どうしたの? 急に後ろを見て?」

「……いや、なんでもない」

 

 難なく着地した俺は呼びに来た高町に訊かれた質問を誤魔化し、チラリと後ろを見る。

 

 何かが俺を見ていた気がするのだが……本当に気のせいだろうか。

 そんなことを考えていると、「やっぱりなにかあったの?」と聞かれたので、「野生動物でもいたんだろう」と適当なことを言いながら歩き出した。

 

 

 

 夕食はバーベキューという、外泊定番らしいものだった。

 要は焼き肉みたいなものと母親に言われたが、言いえて妙だと思った。

 

 鮫島さんと士郎さんが焼き、親父と母親は何もして……ないのだろうか?

 

「失敬な。俺は恭也君と忍さんを呼びに行ったぞ」

「私は野菜を切ったわよ」

 

 なぜ両親はやったことを報告しに来るのだろうか。

 そんなことを思いながら俺は、何故か強制的に椅子に固定されたままボーっとしていた。

 

「なぜ?」

 

 訳が分からないので呟く。椅子が一種の拘束具に変形した限りじゃどう考えても親父が作ったものだろうが、なぜこうなったのかがわからない。

 そんな考えがわかったのか、母親が説明してくれた。

 

「だって大智、下手したら気付かせないで消えてそのまま夜まで戻ってこないじゃない」

 

 それに頷くは親父、鮫島さん、士郎さんに高町、バニングス、月村の六人。

 

 さすがに普段の行いのせいかと思ってしまい、これを挽回するには『信じてもらう』ことが必要なのかと考え、それから更に考えた俺は、力なく呟いた。

 

「…………だな」

「でしょ? だからよ」

 

 まぁ今の態度なら離して問題ないでしょ。そう付け足した母親は、いともたやすく拘束具を外した。

 なんでビクともしなかったのに壊せたんだろうかと思いながら立ち上がると、皿を渡され、箸を渡された。

 

「食べるわよ、大智」

「なんで偉そうなんだ?」

 

 そう言いつつ士郎さんの元へ向かうことにした。

 

「貰いに来ました」

「主語が欲しいかな」

「主菜と野菜をください」

 

 貰いに行ったら苦笑された。

 仕方ないので欲しいものだけを言ったら、「まだ固いな」とまた苦笑された。

 

 ちゃんと肉と野菜はもらった。

 

「いただきます」

 

 とりあえずもらった場所から少し離れそれなりに混ざってる場所で食べ始める。

 こちらの世界じゃ毒を盛られる可能性など皆無だろうから心配はいらないだろう。

 前世で起こったことを参考にしているせいかどうしようもなく警戒しすぎたなと思いつつ食べていると、近寄ってくる気配が三つ……いや。

 

「ん?」

「どうしたのよ?」

「何かあったの、長嶋君?」

「大丈夫?」

 

 俺が顔を上げたのに驚いたのか口々にそう聞いてきたが、今の俺には関係なく周囲を見渡す。

 にもかかわらず気配を感じず、近づいてきたのは高町達だけだった。

 

 思わず首を傾げる。

 

 気配を感じたのにすぐさま消えた。とても人間業とは思えない消え方。

 となると神様である奴らが来ているのだろうかと食べる手を止め考えていると、ポスンと背中に当たった。

 

 なんだと思い背中を見ると、なにやら小さい男が。

 おそらく小人の類だろうと見当をつけていると、俺の背中をよじ登って肩まで来た。

 

「どうしたんだ?」

「誰と話してるの?」

 

 そう言えば見えないんだっけか、普通の人には。

 前にもこういう光景があった気がするなと思いながら「悪い。少し席を外す」と言って皿と箸を持ったまま小屋に戻った。




読んでいただき感謝いたします。


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29:夕方~夜

久し振りの連日投稿、です。


「で? 何の用だ俺に?」

『すいませんお門違いなうえに関係ないのにお頼みしまして』

「見えるだけだからであって神の力なんてもう使えないからな」

『それは存じております。以前スサノオ様が顕現され、貴方様のことを聞き及びましたから』

「それで何の用だ?」

『それなんですが……』

 

 小屋に戻った俺は早速小人に話を聞きたかったのにどうして雑談が最初に来たのだろうか?

 まぁ結果的に戻ってきたのだからいいかと思っていながら話を聞いていると、小屋のドアが開いた。

 

「一体どうしたの? また魔法関連?」

「それとは違う。ちょっと説明しづらいんだ」

「どういうこと?」

 

 入ってきた高町が首を傾げたので、俺は頬を掻いてから小人に頼んだ。

 

「悪いが姿を現してくれ」

『……分かりました。お頼みしようとした時点で掟に触れるのは必至。では!』

「誰に言って……えっ!?」

 

 いきなり姿を現した小人に驚いた高町。

 そりゃそうだろうなと思いながら、俺は簡単に説明した。

 

「こいつはまぁ、俺やあいつのような改造された人間にしか本来視認できない存在で、今は無理言ってお前にも見えるようにしてもらった」

「使い魔みたいなもの?」

「そうじゃない。こいつらを別に使役してるわけじゃない。単に見えて話せるだけだ……話したのは久しぶりだがな」

「そうなんだ」

 

 納得してくれた高町に、俺は釘をさすことにした。

 

「言っとくが、他言無用だぞ? 言っても信じてもらえないだろうが」

「……うん。分かった」

 

 本当に大丈夫なのかはわからないがそこは考えるものじゃないと思った俺は、小人が言いかけたことについて尋ねた。

 

「で? 何があった?」

「はい。実を申しますとここ数週間、実に奇怪な気配を感じられるのです」

「奇怪な気配……?」

「常識では考えられない気配ということだ。……となると妖怪の類か?」

「妖怪!?」

「高町うるさい……で?」

「そうでもございません。妖怪ならば我等と交流がある故、何かしらの合図やらがありますので」

「そうなんだ」

「となるとなんだ? ……このことを知っている神様には?」

「スサノオ様には申し上げましたが……『アレは人に任せろ』というお言葉をいただきまして」

「…………なるほど」

 

 ちょこちょこと高町が口を挟んできたが無視して情報収集した結果、何やら変な気配を感じたからどうにかしてほしいというものらしい。

 しかしそんなことをする必要があるのだろうかと思っていると、「あの気配のせいで生態系が少しおかしくなっているみたいなんです」と言われ納得した。

 

 そういやあったな。真鯛が釣れたりなんだり。

 だったらやらないとだめだろうなぁと覚悟を決めた俺は、小人に向かっていった。

 

「とりあえず案内してくれ。行ける場所まででいいから」

「私も行っていい?」

 

 現地調査をしようとしたら高町もついてくると言い出した。

 別にお前まで来る必要はないんだが……そう思ってそのまま言葉にしようと口を開いたが、そこでふとやめてため息をついてから答える。

 

「別にいいぞ。ただし、危なくなったらさっさと逃げろよ」

「大丈夫だよ。私だって……」

「夜刀神に傷一つつけられないのなら厳しいぞ?」

「み、見てたの!? アレ!」

「いや。対峙してた場面を切り取っての想像」

「……アリサちゃんが呆れる訳だよ」

 

 ふむ。軽く脅したら何故か呆れられた。一体どういう理解をされたのか。

 が。今はそんなことどうでもいいので俺はナイトメアを装着し(なぜか嬉しそうだった)、小人を肩に乗せながら小屋から出た。

 

「ちょっと散歩してくる」

「なら俺も一緒に行ってやろうか?」

「ふざけてろ。実の息子に何やらすきだ」

 

 そんなやり取りをした後周囲の声を無視して俺は行こうと思ったが、高町が後からついてくるのでしょうがなく待ち、そのあと手を握ってそのまま小人の案内される方向へ走り出した。

 

 何やら悲鳴が聞こえたりなんだりしたが、こちらは急いでいるんだ。気にできるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫か、高町」

「もう、無理……」

 

 しばらく案内通りに走り完全に後ろから感じる気配が感じなくなったところで少し休憩。

 その時に高町の様子を見たが、まぁ酷い有様だ。午前中に親父のせいで過酷な山登りを強いられて体力が底を尽きかけていた上、今の様に俺のペースで走ったので完全に息も絶え絶えだ。

 座り込んでしまった高町を見て頬を掻いた後に小人(木に登っている)に訊いてみる。

 

「あとどのくらいだ?」

「もう少し、といったところです。このまままっすぐ行けば着きます」

「ありがとよ。後は何とかしてみるわ」

 

 分かりました。後はお任せいたします。

 

 そう言うと小人は木々を曲芸のように移動して去っていった。

 

 まるで猿みたいに飛び移るなと小人が消えた方向を見ながら木に背中を預けて思っていると、荒い息を整えている高町が心底不思議そうに聞いてきた。

 

「…………どうしてそんなに動けるの?」

 

 まぁ午前中の山登り行かなかったし、体力には少し自信があるからな。

 その旨を伝えると学校までの登下校風景を思い出したのか、「……なんだかずるいよ、それ」と嫌味っぽく呟いた。

 

 それを耳にした俺は特に反論せず、別な話題を振った。

 

「なぁ高町」

「……え?」

「魔法って、どういうものなんだろうな」

『「『え?』」』

 

 魔法に関して質問をしたところ、何故かナイトメアと高町、それともう一つの声が驚かれた。

 

「ん?」

『マスター……それ、本気で言ってますか? 私、説明しましたよね?』

「…………忘れた」

 

 ナイトメアに説明された魔法について思い出そうとしたが思い出せなかったので正直に答えたら、ものすごく呆れられた。

 

『まったく……』

「で? どういうものなんだ?」

 

 呆れたナイトメアを無視して高町に訊くと、高町もあれっ? て顔をしていた。

 

「わからないのか?」

「……どういうのなんだっけ、レイジングハート」

『……マスター』

 

 どうやら聞きなれない声の正体は高町のデバイスらしい。そして、そちらの方も呆れていた。

 二人して頭を悩ませていると、ナイトメアが嘆息してから説明してくれた。

 

『いいですか? 魔法というのは自分の中にあるリンカーコア――いわゆる魔力製造機みたいなものです――から放出されている魔力を私たちデバイスを使い発動させる、自分専用の技です』

『デバイスも様々ですので、その人に合ったものを見つけるのが最初ですね』

 

 ナイトメアの説明に補足を入れるレイジングハート。

 それを聞いた高町は納得していたが、俺は聞きたいこととは違ったので「違う」といった。

 

「違うって……今の説明が?」

「ああ。俺が聞きたかったのは発動原理じゃない。存在の意義だ」

『『…………』』

 

 黙りこくったデバイスに、俺は畳みかけた。

 

「なぜ魔法が存在するのか。それが分からないから聞いているんだが?」

『……それは……分かりません』

 

 申し訳ないのか消え入りそうな声で答えるナイトメア。

 

 そこまで強く言ったつもりはないんだが……等と思いながらナイトメアを見ていると、ようやく復活したのか高町が立ち上がっていった。

 

「そんなこと気にしてる場合じゃないよ! さっさと行かなきゃ!!」

 

 ようやく回復したかと思った俺は、首を横に振ってから木から離れ小人が指した方へ向く。

 

「行くか」

「うん!」

 

 元気のいい返事を聞きながら、俺達は奥へと進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこからさらに数分も経たずに、俺達は目的地の近くまで来れた。

 

「覆われて中が見えないね……」

「覆われているというよりは、あれだな。渦を巻いて守っているというのが正しいかもしれない」

「何を?」

「知らん」

 

 ところまではいいのだが、緑の何かが渦を巻いてるせいで中を確認することができないでいた。

 試しに石を投げてみると、ジュッと音がして消えた。

 

 一種のブレード系防御壁なのだろうかとあたりをつけていると、「ユーノ君もつれてくれば良かった」と高町が呟いた。

 どういった人物だかわからない俺は、とりあえずナイトメアに言った。

 

「ナイトメア。魔力解除。ランクD」

『わかりました。ランクD相当の魔力量までを解除します』

 

 その言葉が言い終わると同時に俺の体の外側に魔力が出てきた。

 

「え? いきなり長嶋君の魔力が!?」

 

 驚く高町。しかしそんなことに構っていられない俺はそのまま近づき、あと一歩となったところで右腕を後ろに引いて腰をひねり、

 

「おうらぁ!」

 

 思いっきり殴った。

 

 殴られた緑の何かが動きを止めたかと思ったら、あっさりと音を立てて崩れた。

 

 

 

 

 

 俺が魔法の存在意義について訊いたのは高町が回復するまでの雑談の話題の一つであり、ナイトメアから魔法の説明を聞いて以降疑問に思っていたものを解決するためだ。

 

 すなわち、「魔力自体で体の強化ができるのに、なぜ魔法が必要なのか」というもの。

 

 呪獣の時の【F式】。あれは後になって魔力ごと解放されていたことを知ったのだが、その結果生身じゃ倒すのが厳しかった奴を瞬殺した。

 更に、魔力で自分の限界を突破した体を保護してる感覚があった。

 

 以上の事から、「魔力で強化できるになぜ魔法があるのか」という疑問が生じた。

 

 まぁ、分からなかったが。

 

 

 改めてやってみると本当不思議だよなと右拳を見ながら思っていると、おそらく渦の中心の場所に、何かが落ちてるのを見つけた。

 

 気になったので後ろで何やら騒いでいる高町を無視して近づく。

 

 拾ったのは、扇子だった。

 

「これは……」

『わかるんですか?』

「ああ。おそらくだが……」

「長嶋君! 話聞いてるの!?」

 

 そう言ってこれについて説明しようと思ったら、いきなり近くで声をあげられた。

 

 耳が痛いだろうがと恨めしそうに振り返って言いたかったのだが、なぜか涙目だったのでいうのを我慢し、謝ることにした。

 

「無視して済まない」

「もぅ! だったらちゃんと話を聞いてよね!!」

「分かった。……で? 何を言っていたんだ?」

 

 余程聞いてほしかったのだろうと思い訊いてみると、高町は顔をそむけて「何度も言ってるのに聞いてくれないから教えない」と言ってきた。

 

 この場合いつもの俺なら「なら別にいい」と言うのだが、今回はそれを我慢して再度謝ることにした。

 

「悪かった。少々目先の事象が気になってつい高町のことをおろそかにしてしまった。放置して済まない」

「……なんか棒読みのような気がするから、ダメ。許さない」

 

 なんかひどい理由で許されなかった気がしたのでさすがにイラッとした俺は、「じゃぁ別にいい。お前もうさっさと戻れ」と言って扇子を持ったまま奥へ向かおうとし……足を止めてその場で意固地になる。

 

 棒読みっぽいからダメとか何様のつもりだ、おい。などと心の中で毒づきながら奥のほうを見据えていると、前方から特定の人物へ向けての強大な気配を一身に受けた。

 

 俺はとっさに後ろに跳んで警戒態勢を取りながら、後ろにいるであろう高町に向かって言う。

 

「……喧嘩の仲直りなどは後だ。とりあえずはここから離れてろ」

 

 しかし返事がない。

 一体どういうことなんだろうかと振り返ると、そこには高町がいなかった。

 

「……チッ」

 

 思わず舌打ちする。こんな風に嵌められた(・・・・・)のは二度目だ。

 俺はイラついて扇子を折ろうとしたが、それをやる前に吹き飛ばされた。

 

「がっ!」

 

 衝撃に吹き飛ばされ一本の木にぶつかった俺は、酸素とともに声を上げる。

 ナイトメアが心配そうに言ってきたが、俺はそれを無視して立ち上がり、衝撃が出てきたほうを睨み付けながら言った。

 

「やっぱりか……なんでこんなところにいるんだ、【風神】」

「その名で私を呼ぶってことは……長嶋大智か。スサノオがお前を転生させたと知ってこの地に来てみたが……小さくなったお前を見るのは存外刺激されるな」

「黙れド変態」

 

 俺が折ろうとした扇子を持って口元にあて優雅に笑いながらこちらに向かってくる胸がでかく怒り顔の冷徹女神――風神――は、俺の最後のセリフに怒ったのか無言で扇子を振り下ろした。

 

 ギュオッ! と本来の風であらば出ない音をさせながら飛んできたので、回避が間に合わないと察した俺はナイトメアに「全魔力解除しろ!」と言って少しでも時間稼ぎをしようと思い後ろに跳んだ。

 

 が。

 

「甘い!」

 

 と、風神が叫んだと同時に、後ろからも風が現れた。

 

 やべぇ。全魔力解除するまでに至ってないのに後ろからもきやがった。

 内心焦りながら突破口を即興で見つけようとしたが、前後で向かってくる風に挟まれ、俺は宙を舞った。




読んで下さりおおきに。


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30:夜

三十話になりました。お読みになっている皆様、ありがとうございます。


*……視点

 

 大智が宙を舞う姿を見て、風神は内心「しまった」と思ってしまった。

 そもそもここへやってきたのは大智が生きてるというからであって、まったく干渉する気などなかったのだが、久しぶりに聞いた毒舌に我を忘れて本気で攻撃したのだ。やった後で興奮が冷め、今やもう、いつ大智が落ちてくるか気が気でなかった。

 

 だからこそ、彼女は気付かなかった。

 

 宙に浮き続け、落ちてこない彼の意味を。

 

「くっそ。あと少しタイミングが遅かったら細切れになって死んでたぜ、まったく」

『間一髪でしたか。申し訳ありません』

「別にいい。……さて、どうすりゃ話が聞けるかな」

 

 宙に浮く寸前に魔力を全開放できた大智は、そのおかげで何とか致命傷を負うことなく宙に浮き、宙に浮いたときにバリアジャケットを展開してそのまま佇んでいた。

 外傷はたくさんあり、血は出ているが、どれもこれも軽傷。

 

 だが彼は仕返しをするのではなく、どうやって話を聞くかに焦点を置いていた。

 

『やり返さないのですか?』

 

 そこまでやられて黙っている人間ではないと思ったナイトメアはそう聞くが、大智はハァっとため息をついてから言った。

 

「お前な……神様相手に喧嘩とか自殺以上に無意味なことだぞ」

『ですが夜刀神の際はやっていたじゃないですか』

「今の俺には【力】がないんだよ。輪廻っていう神様の力がな」

 

 そういって見下ろすと、風神と視線が合った。

 

 彼女は大智を目視すると、扇子を広げ地面を蹴って同じ高さまで跳んできた。

 

「よく耐えた。死んだとばかり思った」

 

 地面のへこみなど気にせず、また大智に攻撃したのに悪びれもしない風神。

 そんな大智は銀色の太刀の切っ先を下し、自然体の状態で訊いた。

 

「ここには何の用だ? 小人がなんか気味悪がってたぞ」

「そうか。それは悪かったな。少しばかりこの世界を走破してる途中にここに扇子を落としたせいで」

「で、高町をどこへやった? そして何の用だ?」

 

 大智がもう一度聞くと風神は腕を組んで考え込み、数分経って思い出したのかポンと手を打って答えた。

 

「ここにはお前に渡したいものがあってきた。高町というのは先程いた女子の事だろうか。ならば別に危害を加えていない。少し放置してるだけだ」

「ならさっさと渡すもの渡して帰れ。そして自分の世界へ帰れ」

 

 風神の答えを聞いた大智は一息にそう言った。心底嫌そうな顔をして。

 

 それを見た風神は咄嗟に扇子を扇ごうとしたがやめ、やれやれと首を振った。

 

「まだあれを気にしてるのか」

「当たり前だろうがバ」

 

 ヒュン キン

 

「次似たようなこと言ったら切り刻む」

「だったらさっさと用件済ませて失せろ」

 

 どうしようもないなと風神が思いながらつぶやくと、大智は根にでも持っているのかサラリと嫌味を言った。

 その結果キレた風神が風を起こし、それを大智が斬って一触即発な雰囲気に。

 

 互いに睨み合っていると、不意にナイトメアが大智に質問した。

 

『何かあったんですか?』

「それ壊していい?」

「テメェを先に消すぞ淫乱」

 

 ブチッ! 大智の一言で風神がキレた。

 

 彼女の周りで荒れ狂う風。乱気流を生み出したり竜巻を生み出したりしているが、その場に留まり続けている。

 まるで、物量で消し炭にでもするように。

 

 対する大智は冷静に、それでいて集中していた。

 

(【力】が消えて初の神様と戦闘か。はっきり言って勝ち目などないに等しいが、それでもまだ死のうとは思わない)

 

 右手で持つ太刀を強く握る。その眼には死んでたまるかという意志がありありと見て取れた。

 

(キレた風神はああやって力をためて一発で終わらす。その一発が恐ろし過ぎるが、なんとか耐えたら……チャンスだな)

 

 そう考えて太刀を水平に構え逆手持ちにする。

 どう考えても長さ的にやるのが難しいそれを大智はやり、腕を下す。

 

 勝負は一瞬。そう決めた大智が自然体のまま待っていると、その時が来た。

 

「私だって」

 

 風神が顔を上げる。そこには先ほどまでの冷徹な印象はなく、修羅の様に怒り狂っていた。

 

「好きでやってたわけじゃないのよぉ!!」

 

 そう叫ぶや否や、彼女の周りにできていた風の塊が一斉に飛んで行った。

 すべて大智を狙った攻撃。はっきり言って前方だけでなく上下左右後方と全方位から迫ってくる風を防ぐことなど、ただの人間には不可能だろう。

 

 だが神の力なくとも常人以上の身体能力を持つ大智は、一度戦ったことのあるからか、対処法を心得ていた。

 

「テメェのせいで世界にホモやら百合やら増えちまったじゃねぇかバカ野郎ぉぉ! 要らん知識もたらしやがってぇぇ!!」

 

 そう叫んで前方の竜巻を逆手持ちした太刀で消し飛ばし、魔力を足に集中させて空を蹴る。

 ギュン!! などと音を出し風神へ迫る大智。

 

「死んで詫びろぉ!」

「一回死んだじゃないバカ大智!!」

 

 迫りながら体をひねり、接近したところで叫びながら太刀を振ったが、その一撃は彼女の風によって阻まれてしまった。

 そのままの状態で、彼らは口喧嘩をし出した。

 

「現れたと思ったらいきなり男連れてってその場でやりやがって! そのせいでうちのクラス気まずくてどうしようもなかったんだぞ!?」

「だからあれは体がいう事聞かなかったって言ったじゃない頭でっかち!! 顔を赤らめすらしなかった鉄仮面男!!」

「んだとこの阿婆擦れ!」

「なによ死にぞこない!」

 

 ギギギギギギ!! などと風と太刀が音や火花を散らしていると、急に二人の距離が離れ、同じ所へ視線を向けた。

 

「やれやれ。だから儂が行こうと言うたのに」

「ス、スサノオさん!? ど、どうしたんですか一体!」

「……?」

 

 視線を向けた先にいたのは二メートルを超えるのではないかと思える大男――スサノオ。

 彼を見た風神は驚いて素の状態で応対し、大智はどこかで聞き覚えがある声だなと記憶を思い返していた。

 

 彼女の質問にスサノオは立派な無精髭を触りながら答えた。

 

「なに。ちゃんと出来とるか心配での。……にしてもお主ら、なぜそう下品な喧嘩しかできないんじゃ?」

 

 後半の部分を交互に見て訊いたのだが、大智はその視線に目もくれず考え込んでおり、風神はすぐさま大智を指して「こいつが悪いんです!」と顔を真っ赤にしていった。

 

「いや。どちらも悪いじゃろ」

「そんな!」

「……そうか。あんたが俺を転生させたのか」

「今更じゃの。しかも今の話題一切関係ないし」

 

 ハァッとため息をついたスサノオは、風神を見て言った。

 

「ほれ。さっさとアレを渡さんかい。その為にこの世界に来させたのに」

「分かってます! 正直、大智にはもう二度と会いたくありません!」

「こっちも願い下げだ」

「なんですってぇ!?」

「落ち着かんかお主ら……まったく」

 

 またもや臨戦態勢になったのでスサノオは息を吐いて腕を振った。

 たったそれだけの動作なのに、彼らは動けなくなった。

 

「……くそっ。こわせねぇ」

「なんで私まで!」

 

 風神は抗議の声を上げたが彼は無視し、続いて何かを取り出す動作を行う。

 すると今度は風神の羽衣みたいなものから光り輝くものが出てきて、動けない大智の目の前まで移動した。

 

 それがなんなのか分からない大智は、「……これは?」と訊く。

 するとスサノオが説明してくれた。

 

「それはあの方からの贈り物じゃよ。なんでも『きたる時に使ってください』とのことじゃ」

「だからなんだ?」

「時期が来れば教えるわい。儂は帰るぞ」

 

 とても説明とは言えなかったのでもう一度たずねたら、はぐらかされた上に帰られた。

 あまりの勝手ぶりに、縛る力がなくなったのに彼らは固まったままだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……じゃ、わた…私も帰る」

「ああ」

 

 俺を転生させた神様――スサノオが帰ってその場で固まったままだったが、先に我に返った風神が元のキャラクタに戻り、帰ると言った。

 そのおかげで我に返れた俺は短く返事をするだけにとどまった。

 

 また暴言を吐いてから喧嘩が辛すぎる。

 先ほどの言動を振り返り反省することにした俺は、神様相手にケンカ売るのはやめようと固く心に誓うことにした。

 

「そういえば」

「なんだ」

 

 帰ろうとしたのになぜか足を止める風神。

 何か伝え忘れたことでもあるのだろうかと思いながら訊くと、予想外なことを言われた。

 

「あの高町という女子。中々将来性のある子だったな」

「…………」

「どうした?」

「だから?」

 

 間髪入れずに聞き返す。

 この場で何で高町の将来のことを言われなきゃいけないんだという思いで。

 

 すると風神は驚いたと言わんばかりに目を見開いていた。

 

「……好きとか、そういう感情はないのか?」

 

 そう言われ少し己を整理して考えて出した俺の答えは、「分からん」だった。

 

「そうか」

「ああ」

 

 そのやり取りをした後に風が吹き、風神は姿を消した。

 

「バリアジャケット解除及び魔力全封印」

『……了解しました』

 

 姿が消えたことを確認した俺は地面に着地した後ナイトメアに、バリアジャケットの解除と出てる魔力を全部封印させることを頼んだ。

 ナイトメアは少し間を置いて頷き実行した。

 

「ふぅ」

 

 滞りなく作業が終わり息を吐いていると、急に疲労感に襲われた。

 

 ……これは集中力の使い過ぎなのだろうか。それとも……

 

 なんてことを考えながら、気怠い体で眠っていた高町をおんぶしてテントまで運んだ。

 そのあとのことは覚えていない。




次でキャンプが終わります。


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31:帰宅

知らぬ内に感想が二件消えてました。そして、キャンプ終わりました。


「……ん?」

 

 ふと眼が冴えたので起きると、そこは自分の家だった。

 

 果たして何が起こったのだろうかと思いながらベッドから起きて窓を見てみると、空がうっすらとオレンジがかっていた。

 

「どのくらい寝てたんだ、俺?」

 

 腕を組んで首を傾げ、最後の記憶を思い返す。

 

 あれは高町を疲れた体に鞭打ってテントまで運んで……そこから記憶がない。

 一体いつなのだろうかと思いつつ、俺は自分の部屋を出た。

 

 

「おはよう」

「大分寝てたわね。もうすぐ夕食よ」

「お前死んだように眠ってたからな」

 

 リビングへ向かうと、夕飯の準備をしているらしい母親と、何を作ろうとしているのか紙と睨めっこしている親父がいた。

 

「今何時?」

「午後五時半」

「約半日寝てたわね」

 

 ふむ。それほどまで俺は寝ていたのか。

 現状を把握した俺は、次にキャンプはどうなったのか気になった。

 

「キャンプは?」

「無事に帰ってきたぞー。お前爆睡してたけど」

「高町さんは色々訊かれてたわね」

「おかげで士郎の奴から伝言受けちまった。『今月中にでも勝負しよう』だってよ」

「…………」

 

 結構一緒にいた時間が長かったから勘違いされたのか。高町には申し訳ないことをした気がする。

 そんなことを思いながら、俺は自室へ戻り風呂場へ向かう。

 

 この二日でやらなかった、ランニングと筋トレを。

 

 

 

「行ってき」

「夕飯食べてからにしないさい」

「そうだぞー。飯が冷める前に食べろ」

 

 両親に出鼻をくじかれ、仕方なくてトレーニングウェアのままリビングへ向かう俺。

 やってから食べた方がいいんだが……等と思ったが、何も食べてなかったことに今気づき、そのせいかお腹が鳴ったので、黙って食べることにした。

 

「「「いただきます」」」

 

「そういや大智。昨日小人に連れられてどこ行ってたんだ?」

「頼まれごと」

「高町さんと一緒に?」

「……あいつは、ついてきただけだ」

 

 夕食を食べていると親父たちが昨日のことについて質問してきたので、事実だけを答えながら俺は食べ進めていった。

 

「ごちそうさま」

「皿は洗いなさい」

「分かってる」

 

 食べ終わった俺は母親に言われながらもキッチンへ向かい椅子に立って食器を洗い始める。

 この椅子は前から置いてあったもので、「大智用」と見つけた時に書いてあったことから、一人で暮らす時に使わせるものだと考え、ずっと使っていた。

 

 はっきりいって身長がある程度戻るまではずっとこれを使う予定である。

 

 テキパキと洗っていると、親父がふと思い出したように言った。

 

「そういや大智」

「なに?」

「思い出したんだが……俺昔作ったんだよ、地下室」

「は?」

 

 いきなり何を言い出すのだろうかこの親父は?

 食器を洗う手を止め、バカじゃないのかと言う視線を送る。

 その視線に気付いたのか知らないが、親父は「バカじゃない!」と反論し、そこから説明した。

 

「ほら、俺ここにいると大体発明しかしないだろ? だからさ、迷惑にならないように地下室作ったんだよ。この家の下に」

「……良く金があったな」

「あっちの世界のお金を両替してな。何百年働いてると思ってる」

 

 そう言えば両親はあっちの世界の住人なんだったか。

 傍から見れば三十代にしか見えないので忘れがちだが、もうすでに百歳を超えてる人間(?)なんだよな。

 それが何で俺の両親なんだろうかと考えたが、別段どうでもいいので話を戻した。

 

「その地下室がどうかした?」

「ちょっと整理したいから手伝ってくれね?」

「いつ?」

「夕食終わったら」

「親父の?」

「そう」

 

 俺は食器洗いを再開しながら考える。

 別に手伝うこと自体は問題ないのだが、食べ終わったらランニングと筋トレをするという予定を立てていた。

 

 どちらを優先するかと食器を拭きながら考えていると、不意に宮野巡査の存在を思い出した。

 

 ……あの人に見つかってまた連れ戻されそうだな。なんとなくそんな気がする。

 これじゃ夜は動けないかと食器を片づけながら思った俺は、ため息をつきながら了解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「地下室にはどうやって行くんだ?」

「あ?」

 

 親父が夕食を食べ終えたのでそれまでナイトメアの愚痴を聞き流していた俺が早速質問すると、何故か怪訝そうな顔をされた。

 

「やるんだろ、地下室の整理」

「やるけどよ……お前少しは待ってくれたっていいだろうが」

「待ったぞ」

「…………分かった分かった」

 

 せっかちな奴だなぁとぼやきながら立ち上がる親父。

 

 そう言われても俺は本当の事しか言ってないんだが。

 何か納得できないと思っていると、親父がリビングから出て行ったので後をついて行くことにした。

 

「ここが地下室に通じる道だ」

「……物置だろ?」

 

 リビングからいつも見ている物置の前にやってきた俺達。どうも地下室へ行ける場所らしいのだが、そもそも物置の必要性を感じない生活をしていた俺は、その存在が希薄となっていた。

 

 俺の発言を受けた親父は「論より証拠」と言って鍵、ではなく物置の壁に手を当てた。

 何が起こるのだろうかと見ていると、勢いよくドアがスライドした。

 

「な? 道があるだろ?」

「……」

 

 その中には物などなく、下に続く階段だけ堂々と存在していた。

 

 開いた口が塞がらないと言うが、それに準ずるほど驚いている。発明好きな親父が、地下室までの道をここまで凝ることに。

 

「それじゃ、行くぞー」

「……ああ」

 

 親父に呼びかけられて我に返った俺は、手招きしているのを見て慌ててついて行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー何年ぶりだったか」

「……」

「そう怒るなよ。まさかシステムが反応しないとは予想外だったんだから」

「…………」

 

 階段を降り、地下室に着いた俺達。

 何故か知らないが俺だけ自動防衛プログラムに引っかかり、現在の身体能力の限界をたびたび超えそうになりながらすべて回避した。

 親父は悪びれているが、絶対にわざとだったに違いない。

 そんなことを考えながら、俺は不機嫌そうに吐き捨てた。

 

「愛想でも尽かれたんだろ」

「……言葉の凶器が辛いぜ」

 

 胸を押さえてうずくまる親父。

 そんな親父を無視して、俺は地下室全体を見渡した。

 

「広いな……」

「だろ? 何とかお隣さんの下に行かないように設計したんだぜ、ここ」

「殊勝なことだ」

「何が?」

 

 真顔でそう返されたので、「これからどうするんだ?」と誤魔化すと、「ちょっと待ってろ」と言って親父の近くにあった機械を操作していた。

 

 様々な機械音がひしめき合い始めたのを耳で感じながら何が始まるのだろうかと思っていると、急に電気がつき、部屋全体が明るくなった。

 そして、その部屋を見た俺は、さすがに頭を抱えたくなった。

 

「……部屋埋まりすぎだろ。八割ぐらい」

「…………」

 

 図星だったのか何も言わなくなった親父。

 

 放置しすぎだろ……等と思いながらウェアの袖をまくり、手身近にあるダンボールに手をかけて親父に向かっていった。

 

 

「で? これをどうするつもりなんだ?」

「……あ、ああ。とりあえず中身確認するために上に運ぶ」

「分かった」

 

 そのままダンボールを持ち上げる。

 重い。箱の見た目とは裏腹に、重い。

 おそらく100kg位あるのではないだろうかと思える位に重い。

 

 見た目に反して中身が恐ろしいな、おいなどと思いながらそれでも普通に運んでいく。

 まぁ自動車ブン投げたことあったしなぁと前世の記憶を思い返しながら歩いていると、階段を上り終え、庭に着いた。

 そこに段ボールを置くと、俺はそのまま戻っていった。

 

 地下室に戻ると、親父のはしゃぐ声が奥の方で聞こえた。

 この中にどうやって入れたのだろうか……と不思議に思ったが、なぜはしゃいでいるのか気になった俺は声を張り上げた。

 

「どういう事だ親父!」

「うおっ! 大智か! お前もこっち来いよ! 久しぶりなものがたくさん見つかってよー!!」

 

 やけに嬉しそうに聞こえる声。

 無論、そんな声を聞いて先ほど荷物を運んだ俺が我慢するはずもなく。

 

「自分でやれやぁ!」

 

 そう叫んで近くの段ボールを蹴り飛ばし、そのせいで他の段ボールに当たったり崩れたりして盛大な音を立てて視界を埋め尽くした。

 何か男の野太い悲鳴が聞こえたが無視し、筋トレだけやって風呂入って寝るかと思い地下室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助けてくれ~~!!」

 

 ダンボールに埋もれながら叫ぶ竜一の声は、地下室にむなしく響いた。




両親が関わらないとお気に入りが増えやすくなる不思議。


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32:ゴールデンウィーク最終日

二日ぐらいで十件ぐらいお気に入りが増えて驚く私。


 ドタバタと相成ったキャンプが終わり、残すところ今日だけとなった連休。

 いつも通りに起きていつも通りのメニューをこなし、いつも通り朝食を食べた俺は

 

「暇だ……」

 

 リビングの天井を見上げながら暇を持て余していた。

 

「私達がいなかったとき、大智はどうやって過ごしてたのよ」

 

 食器を洗っている母親が俺の言葉に反応して聞いてきたので、俺は思い返しながら答えた。

 

「……発明と、読書と、睡眠」

「お父さんみたいなことするわね……遊んだりしなかったの?」

「連絡先なぞ、知らん。携帯電話なんていう機器も持っていないし」

「あー、それもそうね」

 

 別段必要性を感じないので持ってなくてもいいんだが。そう思っていると、何を思いついたのか母親が「なら」と言ってこう提案してきた。

 

「今日はその携帯電話を買いに行くわよ」

「……えー」

「えーじゃない。固定電話があるから問題ないと思ってるでしょうけど、外に出たら大智と連絡取れる人いないのよ? 何かあったらどうするの」

「その時はその時だ」

「大智が死にそうになったら?」

「死ぬのを待つ」

「大智の知り合いが死にそうになったら?」

「関係ない」

「…………買いに行くわよ」

 

 禅問答のような会話をしたら、うすら寒い感じが辺りを包んだ。同時に、母親の声が低かった。

 体の危険信号がバンバン出て今逆らったらやばいと直感した俺は、おとなしく頷くことにした。

 

 こうして俺は携帯電話を買う事と――――

 

「ちょっと待て! その前に地下室の整理途中だろ!?」

「あぁあなた。昨日は地下室で眠ってたの?」

「誰かが崩して戻っちまったからな……何とか荷物全部運んで戻ってきたってわけだ」

「その前に風呂入ったらどうだ?」

「うっせ! 抜けぬけと言ってるんじゃねぇよヴァカ!」

 

 ――――なったが、親父が戻ってきたので、先に整理の続きとなりそうだ。やれやれ。

 

 

 

 

 

「おらやるぞ大智!」

「分かったから大声を出さないでくれ」

 

 風呂から上がり朝食を平らげた親父はいつの間にか作業着に着替えており、俺に対して怒鳴ってきたので騒がしいと注意した。

 さて。庭にあるのは大小さまざまな段ボールが約百個。玄関近くまで侵入してきたこれ一つ一つに親父の発明品が入っているらしいので、中身を確認していかなければならないそうだ。

 家の外からそんな光景を眺めている親父の隣にいる俺は、よくもこれだけおいといたなと逆に感心していた。

 

「まずはどこから?」

「いやその前に」

 

 そう言うと親父は携帯電話を取り出しどこかにかけた。

 

「あ、母さん。とりあえず二階の庭側の窓開けてくれない? そう。ちょっとそこから荷物運ぶからさ……あぁありがとう」

 

 そう言うとパタンと閉じ、ポケットにしまう。

 

「よし、じゃぁ開封作業は物置の上でやるから。終わった奴はまた塞いで二階の窓から俺の部屋に搬入。要らないやつはそのまま名前書いてそのタワーの中に戻す。分かったか?」

「分かったが……まさか塀を上って物置まで行くんじゃ」

「当たり前だろ」

 

 そう言うと親父は近くの電柱によじ登ってから塀の上へ。

 それ以外ないか。そう思った俺は、垂直跳びの要領で塀の上へ飛んだ。

 

 塀の上を歩いて物置までたどり着くのに結構時間がかかった。

 親父が前にいるのもあるが、近くに密集している段ボールの圧迫感でバランスが崩れそうになることがあったからだ。

 

 さすがにやばいと思ったな。ダンボールが崩れ落ちてくるんじゃないかという強迫観念に襲われた。

 

 今からしばらくは段ボールを見ると思いだしそうだとげんなりしていると、親父がいつの間にか持ってきていたマジックペンとカッターとガムテープを置いて胡坐をかいた。

 

「とりあえず手当たり次第に持ってきて」

「なんで俺が」

「そりゃお前、俺の方が確認作業速いし? 俺が作ったものだし? お前昨日置いて行ったから?」

「最後の方私怨だろ」

「いいからやれ」

 

 親父にそう促され、仕方なく俺は近くにあった段ボールを物置の屋根の上に置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これで、最後だ」

「お、サンキュー」

 

 物置から一番遠くにある一番下にあった荷物を運び終えた(下から投げた)俺は、庭に寝転んで息を整える。

 

 あ、ありえねぇ。小学三年生に持たせる荷物にしちゃ重すぎるのを全部やらせやがった。慣れてるし大丈夫だと思ったが……死ねる。

 まず体全身に力が入らない。どう考えても筋肉に疲労が蓄積しすぎて筋肉痛が発生する。

 次に体力が底を尽きているのがわかる。はっきり言って起き上がる体力すらない。

 

 もういっそのことここで寝てしまおう。そう思いながら半数近くがいろんなところに置かれているのを気にせずその場で瞼を閉じようとしたところで。

 

「終わったぞー」

 

 親父が上から呼びかけてきたので「……そう」と言ってそのまま意識を手放した。

 

 

 

 ――――最近こういうのばかりだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サワサワサワと風で揺れる草の音が聞こえる。

 気持ちのいい音だ。前世ではこういう音以上に銃撃音やらがうるさかったからな。

 こういう音を聞いてると、なんというか気持ちが落ち着く。自然という癒しがこんな俺の気持ちを穏やかにしてくれると脳が処理していく。

 

 ああ静かだ。聴覚情報のみであれば風の吹く音ぐらいしか聞こえない。草木が揺れる音ぐらいしか聞こえない。

 これが平和で平穏なのか。これを目指して前世では戦っていたのか。

 

 そんな思考が働くと同時に意識が浮上して今や瞼を閉じているだけの状態となっている俺だが、なんとなく起きるのが嫌だった。

 

 こんな風に戦闘もなく、ただただ雑談だったり家の事だけをやり風の音を聞きながら静かに過ごす。

 まるで映画に出てくる自由人っぽい感じになるが、そんな理想が平和になると叶うという事実に感動した余韻に浸りたいのだ、今。

 

『……気持ちよさそうに寝てるわね、あなた』

『すいませんすいません息子一人に荷物すべて任せてすいません』

『……少しは反省したかしら?』

『ハイ』

 

 ……なにやら両親の不穏な会話が聞こえたがどうでもいい。というか無視だ。せっかく感動してたのに水を差された気持ちになりたくない。

 

『それじゃもう一度言うわよ……気持ちよさそうに寝てるわね、あなた』

『そうだな……口元が微かにニヤけてるぜ』

『いい夢でも見てるんでしょうね……』

『だといいな』

 

 むぅ。あちらはあちらでしんみりした雰囲気を作ってしまった。これでは俺がいつ起きればいいのか分からないではないか。

 まぁまだ余韻に浸れるか。そう思い直した俺はそのままボーっとしようとしたが……

 

『あ。いけね。翠屋の機械類整備する約束忘れてた』

『……どこまで空気をぶち壊せば気が済むのかしら?』

『という訳でちょっくら大智連れて行ってくるわ』

 

 何故か親父と一緒に行くことになっていた。

 それを聞いた母親は、さすがに反論した。

 

『さすがに連日連れまわしてたら可哀そうよ。それに、携帯電話買う予定だし』

『携帯電話なんて俺が作った奴でいいだろうに。電話とメールしかできなくて、赤外線送受信しかできない奴』

『一般携帯と同基準だったかしら? あなた、オーバーテクノロジー作りが多いから』

『そこは別に問題ないぞ? 相手の基準に合わせて出来る様になってるから』

『……通話料とかの計算はどうするのよ?』

『電話会社には悪いが徴収できないな』

『電波は完全に盗んでるわけね』

『そこを言われるとちょっとな……』

 

 痛いところを突かれたというトーンで答える親父。

 ていうかまさか、親父たちが使ってるのってそう言うのじゃねぇだろうな……?

 余韻のことなど忘れ繰り広げられる会話に対して言いたくなる。言いたくなるが、なんかここで干渉すると面倒事に発展しそうな気がしたので、俺はぐっと堪える。

 

 それから少し会話したが結局親父が一人で翠屋に行くことになり、母親が見送ってる間に俺は起きて、背中の草を落としていた。

 戻ってきた母親が俺を見ると、「じゃ、行くわよ」と言ってきたのでおとなしく従うことにした。

 

 

 

「まずは携帯電話からね」

「……荷物持ち?」

「当たり前よ。携帯電話だけ買って帰るなんて馬鹿なことしないわ」

 

 違和感なしに返事をされるのであまり気にしないが、委員長辺りからすると『君は本当……』と呆れられることを言った気がした。

 しかしなぜ委員長たちは呆れるのだろうか? あれぐらい簡単に思いつくものだというのに。

 

 …………分からん。

 

 一体どうしてなのだろうかと悩みながら母親の後をついて行くと、携帯電話を売っているらしいお店に着いた。

 機種に関して言えばどれも前世より見劣りするものばかりだったため、なんだかなぁと思いつつ母親に適当に任すことにしたら、利用制限有りの状態の親父たちが持っているのと似たような形をした青色の携帯電話になった。

 料金の支払いは、親父任せになった。

 

 店を出た俺達はその足でスーパーへ向かう。

 

「今時の携帯電話って俺からしたら結構古いんだが」

「そりゃそうでしょうよ。前世じゃインカムマイク型しかなかったじゃない」

「……なんで知ってる?」

「ふふふっ。なぜかしらね?」

 

 そんな怪しいやり取りをして近くのスーパーまで行こうとしたのだが、ここで急に母親が「商店街に行くわよ」と言い出し、方向転換して商店街へ向かった。

 

 

 この街の商店街は割と人通りがある。前世では殆どがシャッターで占められており、地下道を通らなければ買えないというありさまだったから。

 

「久し振りって感じかしら?」

「まぁ。最近買い物に言った記憶で一番新しいのは夜のスーパーだから」

「……そうだったわね」

「ん?」

「な、なんでもないのよ」

 

 なんか俺の今までの行動を見ていたような返事が聞こえたんだが……気のせいだよな。そうだと信じたい。

 そう気を取り直した俺は、とりあえず買い物を済ませるべく母親に声をかけて一緒に歩き出すことにした。

 

 

 …………分かったことは、母親もやはり色々やらかしていたことだった。

 

 

 

 

 

 

「まさか母さん、介護士でもないのに寝たきりの人の家に行って毎日看病してたなんてな」

「昔の話よ」

「レディースだっけ? たった二時間で全員真人間に更生させた話」

「それはもっと昔の話!」

 

 荷物を六対四の割合(四は俺)で持つ俺達。

 行く先々で母親の武勇伝が聞こえるので思わず聞き入っていたが、どうやら黒歴史に分類されるものらしく、珍しく慌てていた。

 親父の場合自慢するだろうから、割と新鮮な反応だったりする。

 

 『コレ、俺がやったんだぜ!?』と自慢げにいう親父……違和感が仕事しないな。むしろ嬉々として言いそうだ。

 

 これだけ見ると対極的な二人なのだが、完全にべったり夫婦にしか映らないのはどういう事なのだろうか? まさに人間の不思議である。

 

 何時かそう言う気持ちがわかるのだろうかと思いながら、母親の隣を歩いて帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰ったら親父が一人でゲームをしていた。

 

 曰く、『早めに終わって帰ったら誰もいないからゲームしていた』そうだ。

 こうして三人で夕飯の準備をして、呪詛のような勢いでつぶやき続けるナイトメアに気味悪さを覚えながら食べ終え、さぁ何をしようかと思ったらナイトメアが言ってきた。

 

『そんなに暇なら私を使ってください! はっきり言って暇で暇で暇で暇で暇で暇で暇で……とにかく暇過ぎたので使ってください!』

「どこで?」

『そ、それは……』

「魔法を使うには結界が必要だろ? それを張る場所を今から探すのは巡査に見つかるぞ」

『う、うぅ……』

「デバイスをいじめるなよ、大智」

「そうよ。いくらやりたくないからってそう言わない」

『え!?』

 

 両親の言う事に反応して泣きそうな声を上げた。

 神様ってのもいらんことしてくれたなぁと思いながら、俺は「そんな声を上げるな」と頬を掻きながら言った。

 

「ただ魔法についてイメージしにくいだけだ」

『だったらなおさらやりましょうよ! 遠距離がなければ神様を相手になんか……』

「在っても変わらない気がするが?」

 

 だったらやる必要はないと思ったが、両親がこんなことを言ってきた。

 

「あった方がいいんじゃないかしら? 力押しするのにも必要じゃない?」

「お前の魔力制御具合なら神壁にヒビ位入れられるだろ。それが消えてるならダメージ位与えられるさ」

「……なんで俺以上に理解してるんだ? 魔力制御なんてどのくらいか分からんぞ」

 

 気味の悪さに距離を取りながらそう言うと、顔を見合わせた両親が頷いてこう言った。

 

「「じゃぁ地下室行こう」」

 

 …………まさかこんな早く使うとは思わなかった。




読んで下さりありがとうございます。


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33:地下室にて魔法

少々両親の過激な教育がございますが、これぐらいやらないと主人公が変わらないと分かっているからです。


『さぁやりますよマスター!』

「元気だなぁナイトメア」

 

 地下室にて魔法の練習をやることになった俺は、嬉しそうなナイトメアを装着した状態で昨日と同じ場所に来ていた。

 

「久し振りだけど大丈夫なのあなた?」

「まぁ昨日機嫌悪かったけど一日居たら何とかなった」

 

 ちなみに両親は見届け人&アドバイザーらしい。横の機械群をいじる親父の横に母親がいる。

 俺はというと、眼前に移る縦に広い空間を見て、改めて広さを感じた。

 

「奥行き四十メートル、幅二十メートル、高さ十メートルぐらいか。この中に……というより、完全に家の敷地外にまで侵入している気がするんだが、気のせいか?」

 

 目測で確認した俺は家の敷地面積と照らし合わせた結果を首を傾げて呟くと、それを聞いていたのか親父が言った。

 

「家の地下にあると言ってもこの場所自体が異空間内だから」

「は?」

 

 俺は思わず耳を疑う。階段は地下に行く様になっているが、この地下室は異空間の中にあると言ったことを。

 

「マジでか」

「ああ。ちょっと仕事先で空間をつなげる装置が売ってたから買ってきて、それを階段の先に着けて作った」

「……」

 

 恐るべきは親父の行動力とその計画性だろう。買ってから作ることを決めたのか、作ることを決めてから買ったのかはわからないが、何の迷いもなくやっていくその行動力。

 親父の尊敬できるところを発見して驚いていると、打ち終わったのか親父が俺の方を向いてきた。

 

「じゃ、やろうぜ」

「……ああ」

 

 こうして、両親監修による魔法講義が始まった。

 

 

「じゃぁまずバリアジャケット展開しろよ。魔力はそうだな……いきなり全開でもいいぞ」

「そうなのか? ……ナイトメア。全魔力解放」

『ちょっと待ってください。プロテクトが複雑ですので少々時間がかかります』

「わかった」

 

 二十秒待ったら解放できたらしい。自分ではその量の違いがあまりわからないが、「伊達に神様宿らせてなかったようだな」「これはどう解釈すればいいのかしらね」と言っていたので結構な量なのだろう。

 

「セットアップ、ナイトメア」

『わかりました』

 

 続いてバリアジャケットを展開する。

 いつも通り灰色の死に装束に銀色の太刀を持った状態になった俺は、太刀を肩に乗せて両親を向き尋ねる。

 

「で? 魔法について教えてくれるんだろ?」

「俺達は計測だ」

「ナイトメアに教えてもらいなさい」

 

 なるほど。そう思ってナイトメアに訊いてみる。

 

「まずは何をやるんだ?」

『その前に魔力出力を落としましょう。ずっと全開ですと、そのうち色々あるでしょうから』

「ならFランクまで封印」

『了解しました』

 

 魔力放出が弱まったのが分かった。

 

「まずは?」

『そうですね……魔力弾を作ってもらいましょう』

「魔力弾?」

『魔力で作られた……銃弾だと思ってくれて構いません』

「なるほど」

 

 ナイトメアの指示通りに俺は魔力弾を想像し……そこで首を傾げた。

 

「どうやって魔法につなげればいいんだ?」

『え~~~~』

 

 それを見かねたのか、母親はため息をついてからアドバイスをくれた。

 

「その魔法に名前を付ければ、あとはナイトメアが何とかしてくれるわ」

「なら……銃弾でいい気がする」

『本気で言ってますか……もういいですそれで』

 

 何やら力なく言われたのだが自棄になっているだけなのだろうかと思うが、良しというなら別に構わないか。

 そう思った俺が「銃弾」というと、目の前にリボルバーに入れる銃弾と同じ大きさの灰色の弾が現れた。

 

「これが魔法か……」

「って、は? お前今の魔力全部こめてそれ一発? しかもなんで球状じゃないんだよ」

「確かに今放出されている分の魔力を使った気がしたが……なんだ、形状が不思議なのか?」

 

 初めてできた魔法に感動していると、親父が変なことを言ってきた。

 

「ああ。普通魔力弾ってのは球状で――それこそテニスボールだかソフトボールみたいな形状で――それに追尾機能だか属性付加だとかいろいろできるものなんだぜ?」

「ふ~ん」

 

 話を聞いて頷いた俺は、現れた銃弾一発がいつの間にか消えてることに気付いた。

 

「ん?」

 

 気になって少し周囲を見渡すが、別段変わったところは――――

 

「って、あなた! 奥の壁に異常があるみたいよ!?」

「は? おいおい何言って……って、はぁ!? 何時の間にこんなに成っちまったんだよ!」

 

 ――――あった。奥の壁の方に何やら異常が発生したようだ。

 俺は気になって親父に訊いてみた。

 

「何があった?」

「ああ。実はどんなものでも大丈夫なようにこの地下室三十層ぐらい包んでいるんだが、そのうちの二十七層ぐらいまでお前の魔力弾が突破していったんだ」

「は?」

 

 思わず聞き返す。聞き間違いじゃなければ、さっき作った魔力弾は親父が作った強固な層をぶち抜き続けたと言ってるのだから。

 しかし親父はナイトメアに訊いていた。

 

「非殺傷設定には?」

『なっていますが……』

「そうか……」

 

 何やら空気が重くなっている気がする。一体俺は何をやらかしたのだろうか。

 

 その答えは、次の親父のセリフによってもたらされた。

 

「大智。その魔法は単体だけだったら人に向けて撃つな。あと、Fランクの時だけにしておけ。じゃないと、人が死に(・・・・)かねない(・・・・)

 

 それを聞いた俺は、戸惑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前世では戦争ばかりやっていた世界に生まれた俺にとって、『人が死ぬ』なんて言うのは別段日常で、『人を殺す』というのも同じだった。

 ほとんどのクラスではたいてい一回の戦闘で二人とか死者を出すのだが、うちのクラスだけは最後の戦闘で巫女が、そのあとの戦闘で俺が死ぬまで死者はいなかった。そのあとの事は知らないが。

 しかし、だれ一人欠けなかったということは、それ以上に殺していることを示す。つまり、『人が死ぬ』行為を人一倍行っていたクラスなのである。

 

 

 そのうちの一人だった俺は、今戸惑っていた。

 

 

 人が死ぬ。それは戦闘を行う事では必定となる現象。不可避な事実。

 だというのに、なぜそれを注意されるのかわからなかった。

 それが顔に出ていたのか、親父は言ってきた。

 

「いいか? この世界の魔法に人を殺すほどの威力があるモノはほとんどない。そんなものを使ったら、一発で捕まる。分かるか? お前のその魔法はどうあがいても致命傷を負わせることのできる魔法だ。非殺傷設定でも、バリアジャケットを相手が着ていても、お前のその銃弾は貫通する。まるで、その設定など関係ないように」

「……」

「お前が生きてるのは前世とは違う世界だ。あそことこことでは情勢が違う。技術進歩も違う。何もかも違う。その違う世界で生きてるんだ。はっきり言うぞ。お前のその前世の考え方を捨てろ。戦闘になったら人が死ぬのは仕方のないことだとか、周りに誰もいない状態で自分が死にそうになったら助けを呼ばないとか、そういう『人の死』に関する考え方を捨てろ。生きるためにあがくことを覚えろ」

 

 次の瞬間。俺は顎を打ち抜かれ、地下室内に吹っ飛ばされた。

 なんとかダメージを逃がし空中で一回転して着地した俺は、先程まで俺がいた場所に立っている親父を睨みつけて叫んだ。

 

「どういうつもりだ!」

「今からお前には死にかけてもらう。生きることを諦めなければ、の話だがな」

 

 その言葉の後に、俺がいる場所と親父達がいる場所の間にシャッターが下りた。

 

「おい!」

『テメェには色々覚えてもらう。せいぜい足掻いてみろ』

 

 その言葉と同時。

 

 俺がいた空間がすべてねじ曲がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空間が捻じ曲がったかと思ったらすぐに戻った。

 が、変化はすぐにわかった。

 空間内の色が黒に変わっているからだ。

 

『マスター……何やら変な感じがします』

「そうだな。暗視系の修業なんだろうか」

『そんな修行じゃないと思いますが……』

 

 だろうな。俺も言ってみただけだ。

 そんなことを思いながらその場に立ち止まっていると。

 

――――キィン、と耳鳴りがした。

 

「ん?」

『どうかしましたか?』

「いや……幻聴だろう」

 

 頭を振って周囲を見渡す。

 黒黒黒黒…………辺り一面真っ黒。

 ここはもはや人の気配がない。元から存在しないという風に。

 音もないはずだろうになんで幻聴が聞こえたのだろうと、辺りの不気味なまでの静かさと裏腹に聞こえたものに首を傾げていると、今度はキィィンと音がした。

 

 ……またか。しかも少し長くなった。

 これはなんかの予兆だろうかと警戒していると、すぐにそれが来た。

 

「!?」

『ど、どうしました?』

 

 俺が太刀を両手で構えて前方を睨みつけたのに驚いたのか訊いてきたナイトメア。

 それに答えずジリジリと前へ進んでいると、左脇腹を蹴られた気がした。

 

「なっ!」

 

 驚きながら横に吹っ飛び、右手を地面につけて一回転し着地。

 そこから蹴ってきた方へ向かおうとしたら、追撃とばかりに前方から右腕にナイフかなにかが掠った(・・・)

 そう。掠った。その事実に驚きを隠せない。

 

 いくら真っ暗でも見えるのだから視界は確保されている。にもかかわらず、一切その中に入らずに体に傷ができている。

 

 訳が分からないが故にその場で立ち止まっていると、腹にジワリと滲む音がした。

 

「……嘘だろ」

 

 何事かと下を向いてみると、左腹部の服部分がごっそりと消えていた。

 まるでその部分だけの魔力を食いちぎった、あるいは消し飛ばしたような状態。

 

 なんでだ? 気配を感じないのに攻撃が繰り出されているのは。真っ暗だというのにすべてが俺に当たっているのは。

 

 左腹部を左手で押さえながら立ち上がり、慎重に周囲を見渡しながら警戒する。

 

『マスター。大丈夫ですか?』

「……少し整理させてく」

 

 ナイトメアの質問に答えると同時に整理しようと考え始めが、答えかけたところでおかしなことが発生した。

 

 声が消え、バリアジャケットまで解除されたのだ。

 

 別に声が消えたことに関してはいいだろう。だが、バリアジャケットまで消えたのには焦った。

 

 何せそれで魔力はそのままFの状態で生身という、最悪のケースにまで陥ってしまったのだから。

 

 どうするべきかも考えられずに動けないでいると、今度は後頭部に何かが一撃加えられた。

 声が消えたのでうめき声も上げられずに前のめりに倒れる俺だったが、その顔面に何かが突き刺さり、後ろにのけぞる。

 かと思ったら右を腕ごと攻撃され、吹き飛んだ。

 

 腕がミシミシミシッ、と音を立てたのを聞いて次食らったらやばいかとぼんやり考えながら受け身を取ろうと左手を地面につけようとしたら、それが払われ、そのままの体勢で叩きつけられた。

 

 口が大きく開き、声の代わりに酸素が漏れる。叩きつけられた衝撃で左半身が埋まり動かせない。右半身も攻撃を受けたからかしびれて動けない。

 

『――――! ――――!!』

 

 埋もれた方から何やら聞こえるが、視界が明滅し、意識がおぼろげになっている俺にとっては聞き取れないものだ。

 はっきり言って、ここまでボロボロになったのはずいぶん久し振りだ。いつぶりだったか思い出せないが、このまま死んじまうだろう。

 

 まぁ強かったのだから仕方がないかと思ってしまうが、ふと親父に先程言われた言葉を思い返した。

 

『お前が生きてるのは前世とは違う世界だ。あそことこことでは情勢が違う。技術進歩も違う。何もかも違う。その違う世界で生きてるんだ。はっきり言うぞ。お前のその前世の考え方を捨てろ。戦闘になったら人が死ぬのは仕方のないことだとか、周りに誰もいない状態で自分が死にそうになったら助けを呼ばないとか、そういう『人の死』に関する考え方を捨てろ。生きるためにあがくことを覚えろ』

 

 前世での人の死に関する考え方。それを捨て、生きるためにあがくことを覚えろ。

 そう言われたが、人は死ぬ時には死ぬのだから足掻いてどうすると思っている。

 だが、少なくともこの世界ではその考え方は良しとされないことだけは理解した。

 

 助けを求めた人間のために命を張った高町。

 なんだかんだで面倒見のいい委員長。

 委員長曰くツンデレ(未だに意味は分からない)のバニングス。

 親父の頼みらしいが入院先で面倒を見てくれた巡査。

 

 彼らは見知った人がひどい怪我を負ったり、死にかけたりすると心配したり怒ったりしてくる。

 そんな事を思い出すと、親父の言ったことが納得できた。

 

 つながった人は、その相手が死にそうになったら生きてほしいと思うのだから、そんなに簡単に諦めるんじゃねぇ。きっと、これが言いたかったのだろう。

 

 そう言えばあいつもそうだったなぁと前世を思い出した俺は、右手を地面につけ力を入れて起きようとする。

 

 その時に腹に衝撃が加わり、俺はそのまま転がり仰向けになって止まったので、全身に力を入れ起き上がる。

 

 畜生。声が出ねぇ。意識が朦朧としてやがる。体にダメージがあるせいかフラフラだ。

 これだけ死にそうな条件がそろっているにもかかわらず、俺は諦める気などなかった。

 おそらく、前世でもそういう奴らがいたのだろう。そういう奴らを、俺は何気なく殺していたわけか。

 同じ立場になってやっとわかる。死にそうになってるのに、なぜ諦めなかったのか。

 

 永く生き、決めたものを守るため。それだけだろう。

 

 ならば俺はどうして今回も諦めていないのだろうか。そう自問自答した結果、すぐに答えが出た。

 

 

 ……もっと生きて、こんな生活を続けたいから、だな。

 

 

 そう決めたら、急に光で空間が満たされた。




お気に入りが二百九十を超えました。読んで下さりありがとうございます。


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34:生きること

お気に入りが三百件を超えておりました。ありがとうございます。


「ハイ合格ー」

「……ん?」

 

 視界が真っ白に染まったので反射的に目をつむり、近くで親父の声を聞いたので目を開ける。

 すると、俺の目の前に拍手をする親父が立っており、その後ろには母親が笑顔で立っていた。

 

 どういうことか理解が追い付かない俺は、ふと体に残っていたはずであろうダメージがないことに気付いた。

 慌てて自分の体を見ると、なんとバリアジャケットを装着したままで、『心配しました……』とナイトメアが呟いていた。

 

 んん? これは一体どういうことだ?

 

 さらに混乱を極めた事態に腕を組んで首をかしげてうんうん唸っていると、それを見かねたのか親父が「いい加減にバリアジャケット解除しろよ」と言ってきたので、俺は考えるのを放棄してそれに従った。

 

 魔力まで抑えた俺は、訳が分からなかったので、素直に親父に訊くことにした。

 

「いったい何が起こったんだ?」

 

 対して親父はあっさりと答えた。

 

「死の淵に追い込まれて希望を見出さないと抜け出せない幻覚を見せただけ」

 

 …………幻覚?

 一瞬サラッと言われたので流しそうになったが、言葉の意味を理解した俺は怒鳴った。

 

「ハァ!? それは俺を殺しにかかったってことじゃねぇか! 馬鹿じゃねぇの!?」

「でもお前はそうじゃなきゃ自覚しないだろ?」

 

 しかし、親父の反論に息を詰まらせた。

 そこに畳み掛けるように親父は言った。

 

「俺だって本当はやらせようと思わなかった。だがな、お前のその『死』に対する受け入れ方。それが異常なほどにあっさりとしすぎているのが気にくわねぇんだ。自分が死んでも特に世界は変わらないと思っているその眼が、な」

「実際」

「実際? そんなものはお前の勝手な想像だろうが。お前が死んだらお前と関わった奴らの世界は変わっちまうんだよ。例え大きな世界が変わらなくてもな。だから言っておく。金輪際死をあっさりと認めるな。生きようとせずにただ迎え入れるな。何が何でも生きてやるんだと足掻け。神様と喧嘩しようが悪魔と殺し合いしようが、絶対に周りにいる奴らのためにも、そして自分が生きるためにも、足掻け」

 

 そう力説した後一呼吸入れて、優しい笑顔で俺にこう言った。

 

「お前は、一人じゃないんだからな」

 

 そう言ってしゃがみこみ、俺の頭に手を載せて撫で始める親父。後ろにいる母親もうんうんと頷いていた。

 

 ……一人じゃない、か。

 頭を撫でられながら、俺は似たようなことを言ったやつを思い出した。

 むろん、立花遥佳だ。

 あいつも俺にそんなことを言って、クラスの奴らと馴染ませてくれた。

 今の今まで覚えていたつもりだが、どうやら当たり前過ぎて無意識の中に分類されていたようだ。

 

 確かに俺は一人じゃなかったし、今もそうだ。

 ならばその認識を前提としたものを組み立てなおさなくちゃいけない……と前世でやっておけよと思わずにはいられないことをやろうと思ったが、これが案外即興でできた。

 

 死に掛けの特攻の様に、というと聞こえが悪いが、要はいかなる状況でもあきらめない気持ちを持って生きよう。以上。

 

 ふぅ。意外と早く解決した……そう思ったら、先程から両親が俺をじっと見ていることにようやく気付いた。

 一体何を待っているのだろうと思い首を傾げると、我慢ならなかったのか親父が俺の両肩に手を載せて言った。

 

「なぁ、大智。お前、俺達に言うことあるよな?」

「?」

 

 また首を傾げると、ハァッとため息を盛大に漏らした後、近くで怒鳴ってきた。

 

「お礼の言葉だよ!!」

 

 思わず耳をふさぎたくなったが両肩を固定されているため不可能。

 もろに食らった俺は耳がキィーーーーンとなって脳が軽く揺られたことを自覚しながら、「あ、ありがとう、ございます」と言ったら、両親が抱き合って「「やっと言ったーー!!」」と飛び跳ねていた。

 

 そういえば、お礼を言うなんて割と初めてだな。なんて考えながら見ていると、「あ、そういえば」と思い出したかのように親父が飛び跳ねるのをやめて言ってきた。

 

「なに?」

「いや、あの幻覚。仕組み的には魔法じゃないけど副作用はないから気にするなよ」

 

 そう言われるとさすがに仕組みが気になるので、俺は聞いてみた。

 

「どうしたらあんな複雑怪奇な幻覚出来るんだよ?」

 

 すると、スラスラとカンペなど見ずに説明してくれた。

 

「まずお前をここにぶっ飛ばす前に、あっちでこの空間内の映像を映写機を通して真っ黒にする準備をする。次に、お前の顎を打ち抜いた時に幻覚を見せる粉をこの空間内に充満させ始める。着地する前にシャッターを下ろして遮断して暗くする。以上!」

「……説明になってないぞ」

「……あー、幻覚の説明か。あれは単純にこっちでそう感じる様に操作していただけだ」

「は?」

 

 幻覚を操作する? 一体何を言ってるんだこの親父は。

 疑わしい目で見ていると、面倒なのか頭を掻きながらも教えてくれた。

 

「その幻覚の粉。はっきり言ってしまえばそれらすべて映像を映し出す機械――ナノグラフィティマシーンが混じっていてな。その操作された映像にリアリティを出すために痛覚神経だけを刺激するものと、自分が動いているように感じる弱催眠性のものを混ぜたものだ」

「……いろいろアウトじゃないか?」

「残念ながらセーフの域だ」

「あなたが研究したものだしね」

 

 サラリと言われる事情や内容。聞き流すにはどう考えても無理な内容ばかりだが、考える気がなくなった俺は流すことにした。

 

「じゃぁあの光は?」

「あ? あれはお前の表情を見て若干笑ったみたいだから空間内の映像をリセットしただけだぞ」

「……笑ったのか?」

「微妙なところだけどな」

 

 そんなこんなで、夜に地下室でナイトメアの魔法講義および演習が追加された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 就寝時間。

 

「……寝れない」

『どうしたんですか一体』

 

 いつもなら寝ている時間帯なのに、眠気が一切起きなかった。

 

 自分ではかなり珍しいことだ。キャンプという環境下ではなく、自分の家で眠れないという事態は。

 

 一体どういう事かと思いながらベッドから起きて椅子に座る。

 なんだか頭が冴えてるな。椅子に身を預けて天井を見上げながらそう思う。

 

 実際思考に鈍りはなく、今の状態なら平気で薬品制作に着手できそうな気がする。

 やりたいとは思わないが。

 

「どうしたものか」

 

 なぜ眠くならないのかはわからない。おそらく極度の興奮状態と勘違いしたままだからだろうか。

 副作用有るじゃねぇか親父……そんな風に思いながら、俺は何の気なしに机に視線を戻す。

 

 そこには、神様――スサノオとの通信用マイク、風神が持ってきた四角い箱、そして、パソコンとナイトメアが置いてある。

 勉強机であるのにもかかわらず勉強できない環境なのだが、全部学校でやっているうえに宿題をリビングで終わらせるので特に問題はない。

 ちなみにパソコン内のデータは主に、設計図だったりゲームシステムだったりそれ関連のプログラムである。

 音楽も聞かない、テレビも見ない俺だが、パソコンはよく使っている。

 

 最近見慣れないファイルがちょくちょく存在しているのが不思議でならないが、親父が使っていたりするのだろう。

 

 風神が持ってきた四角い箱は開けることができない構造なので、もう放置以外出来なかった。時期が来れば分かるだろうし。

 

 俺はじっと見ていたが、パソコンなどをつけずに立ち上がり、再びベッドへ入った。

 

 ……寝れない。

 

 なら考え事をして眠くなるまで待てばいいか。そんな短絡的思考のもと、俺は今日言われたことと自分で決めたことを思い返していた。

 

 

 人はいずれ死ぬ。そのことは疑いようのない事実だ。

 だが、死にかけても生きることを諦めない。それが人間の一つの要素。

 そんなことなど一生に一度あるかどうかだろうが、それでも人は死にたいと思っていない。思えない。

 むしろ、諦めてなるものか絶対に生きてやる、という気持ちの方が強い人間の方が多いだろう。

 

 それなのに対し、俺は死ぬなら死ぬで構わないと思っていた。

 悔い等残すほど未練がなかったからなのだが、親父のカツの入った理不尽教育法により前向きにさせられた。

 どんだけオーバーテクノロジー詰め込んでやったんだよと言いたくなるものだったが、なんだかとても気分がいい。

 

 前世の事を割り切ったわけではないが、俺は今別世界に生きてる。その事を踏まえたうえで今の俺の指針は――――

 

 と、ここまで考えて眠くなったので、俺は寝た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――生きることを念頭に置いて『人』を目指す。これが俺の指針だ。




Thanks. The story is read.


……で、良かった気がしますけど。不安です。


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35:勝負決まりし日

今日は二話投稿する予定です


 ゴールデンウィークが過ぎて一週間。

 

 テンションが低いままトレーニングを行って学校で不貞寝したり、暇つぶしに図書館によったら八神と再会し何故か怒られまくったり天上との会話をスルーし続けたり、理事長に意味なく呼ばれたそのせいでクラスメイトの奴らに不審な目を向けられたり、ナイトメアの機嫌が割とよくなったり、魔法に関してはあんまり変わっていなかったり、ちょくちょくいなくなる委員長にノート貸したり、体育の時間はできるだけなりを潜めようとしたけど目立ってしまったりしたが、まぁ慣れてきた。

 

 のだが。未だに慣れないものが在ったりする。

 

「やぁ大智君。おはよう」

「……士郎さん。おはようございます」

 

 いつも通り塀で瞑想していると、いつも通り新聞を取りに来た士郎に声をかけられた。

 ぶっちゃけ塀じゃなくても瞑想は出来るのだが、朝からあんまり動きたくないがために体力をなるべく使わずに運動となる塀の上でやっている。

 

 ランニングとかはどうなんだ、って? あれはトレーニングの一環だ。それ以外はあまり体力を使いたくないんだ。学校まで走るし。

 家の中でもできるだろうって? 他人の目が多い時でも平常心を保つことも目的の一つなのだ。家の中じゃ家族しか妨害してこないので、飽きる。

 

 士郎さんは新聞を取ったらしいが、その場に立ち止っていた。

 ここ最近ずっとである。そして、次になんて言うのかも分かった。

 

「暇があったら一度打ち合いしてみないかい?」

 

 もうずっとこれである。

 一体何の恨みがあるのだろうかと考えたことがあるが、一切思い出せない。強いて挙げるなら、ここ最近行っていないことだろうか。

 もっとも、本人いわく「フリスビーをやってる動きを見て少し刺激されてね」だそうだ。

 

 俺は瞑想を中断し、息を吐いてからいつも言っている言葉を吐く。

 

「俺は学校がありますし、士郎さんは仕事があるじゃないですか」

 

 いつもならここで引き下がるのだが、なぜだか今回は食い下がってきた。

 

「まぁそうだけど。腕を鈍らせないように定期的に振っているから大丈夫だよ。それに、来週の日曜日は休みだから」

 

 そうきたか。なんて執念深さだ。

 俺はため息をついて降参することにした。

 

「……分かりました。そこまでいうのでしたら来週の日曜日に。ですが、士郎さんが思う程俺は強くありませんよ?」

「何を言っているんだ。君からはある種の境地に至った雰囲気を感じるのに」

「…………」

「…………」

 

 士郎さんの言葉で俺は自然とそちらへ視線を向け睨む。その視線を受けているのに対し、士郎さんの目は穏やかなままだった。

 鋭いなぁこの人。そして、押しが強いな。そんな感想を抱いた俺は視線を外し、塀から降りた。

 

「もうやめるのかい?」

「今日はもう無理ですからね。来週の日曜日に続きをやりましょう」

「それもそうだね」

 

 そんな言葉を交わし、俺達は自分の家に戻った。

 

 

 

「という訳で士郎さんと来週の日曜日勝負することになった」

「あー遂にかー」

「案外早かったわねー」

 

 朝食時に先ほどの事を両親に報告すると、他人事のように感想を言われた。

 まぁ闘うのは俺なのでそんな風に感想を言われても気にしないのだが、子供対大人の構図に関しては何か言ってほしかった。

 この二人が何か言えば士郎さんも取り下げてくれるだろうかと思案しながら食べていると、そんな考えを見抜いたのかこんなことを呟いた。

 

「俺達が言うと火に油だしなぁ」

「そうねぇ。未だにあなたの事許してないし」

「だから誤解だって言ってるんだがな……」

 

 本当にこの両親と士郎さんの間に何があったのだろうか。知りたいといえば知りたいし、知ったら知ったで面倒なことになりそうだから聞きにくい。

 こりゃ言ってもダメか……等と思いながら食べ終わった食器を片づけるために椅子から降りると、両親が「「ま、なんにせよ」」と言ったのでその場で聞き返した。

 

「なにが?」

「お前が勝ってくればいいんだよ。圧勝して来い」

「そうそう。そうすれば実力を裏づけできるし」

「……んな無茶な」

 

 両親の言葉にため息が出そうになったのでそんなことを呟き、流し台まで向かった。

 

 

 

 

 登校時。

 最近高町の欠席率が高い。なんでも、時空管理局なる組織で少々働いているとのこと。

 そして今日も休みらしい。

 

 ちなみに高町の欠席理由に関しては委員長が教えてくれた。委員長は臨時で手伝っているという事らしい。

 

 俺にとっては殊勝なことだとしか言えない。自分で選択した道だ。他人がどうこう口出しする権利などないしな。

 バニングスや月村とは少々会話するぐらいで交流らしい交流などしていないが、たまに高町の身について訊かれる。

 

 なんて思いながら走っていたらバス停を通り過ぎた。別に乗ることはないので関係ないか。

 今回も後から出たはずのバスに追い抜かれた。やっぱりあれは【力】のおかげだったのだろうか。

 

 

 

 

 

 学校に着いた。はっきり言ってぎりぎりセーフ。

 

 最近は眠くないがそれでも多少疲れが残るしな、などと思いながら席に着く。

 

「よぉ大智! また走ってきたのか、お前?」

「……悪いか?」

 

 席に着いたら霧生が元気にあいさつしてきたので、俺は息を吐いて聞き返したら「いや。良く頑張るなぁと思って」とバツの悪そうな顔で答えてくれた。

 

「あっそ」

「……なぁ大智。そんなに毎日走ってマラソン選手にでもなるのか?」

 

 見当違いな質問をされたので、俺はただ「違う」と答えるだけにとどまった。

 毎日というのはまぁここ最近の事であるのだが、一回も雨が降ったことなどないので雨が降ったらどうするか決めていない。

 いい加減決めないといけねぇかな……等とぼんやり考えていると、「なんにせよ、今日もおかず期待してるわ!」と図々しく言って自分の席に戻っていった。

 

 あいつ意外と大成しそうだよなと窓の景色を見ていると、近づいてくる気配が二つ。

 俺は二人に向き直った。

 

「何か用か? 高町なら休みだそうだ」

「ここ最近多いわね……大丈夫かしら?」

「大丈夫というよりは、やってもらわないといけないだろ。休むと選択した以上は」

「長嶋君。それは厳しいよ」

「そうか? ……じゃなく。何用で?」

 

 そう訊ねるとバニングスが「あんた放課後暇?」と訊いてきた。

 家に帰るか図書館へ行く以外は特にやることのない俺は一泊置いて「……まぁ」と答えた。

 それを聞いた二人はなぜかホッとし、「じゃぁ放課後ね」と言って去っていった。

 

 意図がさっぱりわからない俺は首を傾げたが……先生が来たので放置することにした。

 

 

 

 

 

「やぁ貧乏な長嶋君」

「……天上か。如何様か?」

 

 一校時目が終わり次の準備をしていると、珍しいことに天上が一人で来た。

 一体どういう風の吹き回しなんだろうかと準備しながら思っていると、人を馬鹿にしたと思われる笑顔をしながらこう言ってきた。

 

「先生が来る前にバニングス達になんて言われたんだい?」

 

 フム気障だな。そんな感想を抱きながら何と答えようか悩んだが、見知った視線と意味を感じ取ったので素直に「忘れた」とウソをついた。

 矛盾した表現だろうが、少しばかり忘れかけているので間違いではない。

 

「こんな短時間に忘れるなんて、君の頭は阿呆なんだね」

「お前だって興味のないことすぐに忘れるだろ? 同じことだ」

「……ふん」

 

 俺の言葉で何を思ったのか先程までの態度が消え、鼻で笑ってから席から離れた。

 何か気に障ったのだろうかと思いつつ、視線を向けてきた方を向くと、友達と話していた。

 

 それを確認した俺は、放課後どうなるかなぁと思いながら頬杖をついて窓を眺めた。

 

 

 

 

 

 

 

「なぁおかずくっ!?」

「霧生君。わ、私のお弁当あるから!」

「…………」

 

 体育で悪目立ちした後の昼食。最近水梨の積極性が輪をかけてすごくなっているのに沈黙せざるを得ないまま霧生を放置して食べ始めると、「前、いいか?」と聞かれた。

 誰だろうかと顔を上げると、そこにはスポーツ焼けをしているのかそれなりに黒い肌をした、俺より若干背の高い男がいた。

 

「誰だ?」

「こうして話すのは初めてだな。俺の名前は如月裕也。野球クラブでピッチャーやってる」

「如月か。何の用だ?」

 

 俺は食べるのを忘れ目の前で座り始めた男――如月に来た目的を聞いた。

 完全に座ったそいつは、「一緒に食いながら話してやる」と言って弁当を食べ始めた。

 俺も再開すると、すぐさま如月が質問してきた。

 

「長嶋ってさ、野球やったことある?」

「……体育の授業以外はないな」

 

 前世でも似たようなものだったと思いながらそう答えると、何故かがっくりと肩を落としていた。

 

「大丈夫か?」

「いや全然。そうか……俺自信あったんだけどな」

 

 そう言われてさっきの時間を思い出した。

 

 体育の時間。

 先生が「今日は野球だー」と教育カリキュラムが心配になるほどの滅茶苦茶ぶりを発揮したために野球となった。

 男女混合で男がバッターなら男が、女がバッターなら女がピッチャーという形式で行った。

 で、俺は適当なチームに入り、全打席ランニングホームランという成績を出した。

 その時のピッチャーが茫然自失としていたのだが……こいつだったのか。

 

 悪いことをしたと思いながら「すまん」というと、「別にいい。謝ってほしくて来たわけじゃねぇんだ」と返してきた。

 それじゃぁ一体? と疑問に思っていると、真剣な顔をしてこう頼んできた。

 

「俺に秘訣を教えてくれ」

「秘訣? なんの?」

 

 分からないので首を傾げると、「とぼけるなよ」と前置きしてからこう言った。

 

「あそこまでジャストミートされたのは初めてだ。となると、たまたま打てたとかじゃない。だったら、何か秘訣があるとしか考えられないんだよ」

 

 そこまで言われてなんで打てたのか考える。

 が、すぐに結論が出た。

 

 ……球が止まって見えたから、だな。

 はっきり言うと銃弾を至近で避けまくったせいか大抵のものが遅く見える。

 今回もそれだ。遅かったから簡単に打てた。

 

 ただそれを言うと如月が死に体になるだろうことは容易に想像がついたので、俺は飲み込み別な言い方をした。

 

「投げられたものをよく避けてたからだな。ボクシング選手の様に」

「なるほど……動体視力が良かったからか。ありがとな。なんかつかめた気がするわ」

 

 そう言うと席を立ったので、俺は意外そうに聞いた。

 

「いつの間に食べ終わってたんだよ」

「そう言うお前こそ」

 

 言われて自分の弁当箱を見ると、中身は空だった。

 無意識に食べ終わったのだろうかと思いながら「そのようだ」と答えると、急に如月が笑った。

 

「お前面白いな」

「そうか?」

「ああ。ま、ありがとよ!」

「どういたしまして」

 

 こうして昼食の時間は終わった。




お読みくださって誠ありがたきことです。


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36:両手に花?

はっきり言います。誕生日に関して調べても出てこなさそうでしたので、勝手に作りました。


 放課後。

 

 帰る準備をすぐさま終えた俺は席を立って教室を出た。

 そして昇降口で靴を入れ替えて待っていると、急いで来たのか肩で息をしているバニングスと月村が。

 別に待ってるから急がなくてもよかったんだが……と思ったが、何も言わなかったことを思い出し、「すまない」と二人に向けて言った。

 

「当たり前よ……」

「もう言ったの忘れたの?」

 

 謝ったらそんな風に恨めしそうに返されたが、さすがに何も言わなかったので俺は黙ったまま。

 

 その間に息を整え終えたのか、バニングスが怒った顔で言った。

 

「どうしてさっさと帰ろうとしたのよ!?」

「すまない。ただ天上に関して心配して先に出た」

 

 それだけで何を言わんとしてるのか分かったようだが、月村がバニングスに続いて怒った様子で。

 

「だったら一言ぐらい言ってもよかったでしょ?」

 

 と言ってきた。

 

「それでも構わなかったが……クラスメイト達と会話していたお前たちの間に割って入るほど俺は『人』じゃない」

「用件があるなら別によかったわよ」

「世間話みたいなものだからね」

「そういうものか?」

「何? それだったらあんたは、人が会話してたらそこに混ざらないの?」

「関わってないからな」

「「……ハァ」」

 

 ため息をつかれた。おかしい。俺は一般的な対処法だと思っていたんだが。

 と、これ以上会話が脇道に逸れることを恐れたのか、「さっさと行こうよ、アリサちゃん、長嶋君」と月村が言ってきたので、それもそうだと思った俺はおとなしく靴を履いた。

 

 

「誕生日? 高町の?」

「そう。本人が覚えてるかどうか怪しいけど、覚えてなかったら好都合ね」

「俺に関係があるのか?」

「何言ってんのよ。あんたも参加するんでしょうに」

「?」

「分からないの長嶋君?」

「誕生日は……生まれた日のことだろ? それで何に参加するのかが分からない」

 

 歩いて帰る途中。どうして俺がこうして呼ばれたのか理由を聞くと、高町の誕生日に何かするらしく、そこに俺も参加することになっているから……らしいのだが。

 誕生日なんて俺にはそもそもないだろうし、前世でもそういうのなかったし、むしろ祭りなんて戦勝記念だか生還記念だかでしかやったことがない。

 そんな理由で正直に言うと(無論、戦勝記念だかは伏せて)、分かっていた反応なのかそれほどショックを受けずに何があるのか教えてくれた。

 

「誕生日っていうのはね、生まれてくれてありがとうってお祝いをする日なんだよ」

「感謝する日なのか」

「そう。だから来週の日曜日――翠屋がお休みになる日に誕生日パーティをやろうって話があったんだけど……もしかして聞いてないの?」

「いや全然。士郎さんと勝負することぐらい」

「「え?」」

 

 月村の質問に思わず口を滑らし、耳を疑ったのか二人が立ち止って聞き返してきた。

 俺も少し先で立ち止まって振り返り、「ああ」と答えたところで……しまったと思った。

 

 この二人のことだから士郎さんが剣術家だということは知っているはずだ。そんな人相手に俺が勝負をすることになったとあれば、理由などを言及され更に心配されることがシミュレート(約一秒)できた。

 人知れず説教を受ける覚悟を決めていると、予想外の言葉を聞いた。

 

「なのはのお父さん、意外と早かったわね……」

「そうだね……怪我しないように頑張ってね、長嶋君」

「あれ?」

 

 思わず声に出してしまった。

 今までの流れからすると怒られるとばかり思ってたのだが……一体どうしてこんな風になったんだ?

 首を傾げながらそんな考えを進めようとしたら、俺の姿を見て何を納得したのかバニングスが説明してくれた。

 

「なのはのお父さん、前々からあんたのこと気にかけてたのよ。『剣で語り合ったら彼のこと少しは理解できるだろうか』ってね」

「そうなのか……」

 

 剣で語り合う。その言葉を聞いて、前世での戦闘狂を思い出した。

 

 あいつと会ったのは二回目の出撃時だ。

 当時はまだ練度が低いという理由で戦場の端のほうで戦っていたのだが、その時に近くで戦っていた敵がソイツだった。

 流れるような剣捌き。銃弾ですらはじく運動神経。そして多人数を相手に物おじせずに襲い掛かる胆力。

 そして何より特筆する点は、戦った相手をすべて重傷にとどめる事。

 ただし笑いながら。

 

 あいつおとなしくしてるのかね。などと懐かしんでいると、「聞いてるの!?」とバニングスの声が。

 

「悪い。聞いてなかった」

「あんたってたまに上の空の時があるわよね……」

「そこは直したほうがいいよ?」

「善処しよう。……それで、誕生日がお祝いをする日だと分かったが、今から俺達は何をしに行くんだ?」

 

 とりあえず話の流れが途絶えたので今までの話に戻すと、二人は声を揃えて言った。

 

「「プレゼント選びだよ(よ)」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「プレゼント……もしかして、祝いの日だからか?」

「それ以外に何があるのよ」

「長嶋君って時々常識を知らない時があるよね」

「……まぁな。図書館でよく常識などについて調べるし」

「え。本当だったの?」

「知ってたんじゃないのか?」

 

 月村が肯定したことに驚いたので聞き返すと、「冗談のつもりだったんだけど」と返された。

 するとそこにバニングスが口を挟んできた。

 

「今はなのはのプレゼント探しよ」

「あ、そうだったね」

「……ん? だとしたら俺はなぜ来たんだ?」

 

 今更な疑問が頭をよぎり口にしたら、当然という顔で言われた。

 

「あんたも選ぶのよ」

「……所持金ゼロだぞ?」

「「え?」」

 

 まさか持っていないと思わなかったのだろう。二人ともまた足を止めてしまった。

 

「意外か?」

「そりゃそうよ。あんた、一人暮らししてたときあるんでしょ? その時はどうしてたのよ」

「誰から聞いたんだ一体。……その時は両親が現金を金庫の中に入れていた」

 

 だから金庫を開けて必要な金だけ取り出したが? そう答えると、二人は閉口してしまったらしい。何も言わなくなった。

 驚かれるのは分かったが、ここまでとは思わなかったな……なんて思っていると、ややあって月村がバニングスに言った。

 

「どうしようね。長嶋君にも選んでもらう予定だったのに」

「そうね……お金を貸してもいいけど、それだとあんたは良しとしないしね」

「……まぁ自分で作るさ」

 

 すぐに俺は結論を言う。長話をする必要性が皆無だと判断したからだ。

 にもかかわらず、俺が呟いた結論に食いついてきた。

 

「作るって……お金ないんでしょ?」

「材料だけには困らないからな。家の中漁ればなんか見つかるだろ」

「ていうか、あんた何作るのよ?」

「考えてない」

「「…………ハァ」」

 

 あっさりと未定と答えたら、二人してため息をついてこめかみを抑えていた。

 プレゼントという単語で首を傾げていた俺がそこまで考えていたと思ったのだろうか? なんて不思議に思っていると、これ以上は無駄だと悟ったのか、二人して俺の手をつかんだと思ったらそのまま進んでしまった。

 

 しかし片方、バニングスの体温が若干高い。だったらやらなきゃいいのにと思う一方で、なんでこうなってるのか皆目見当がつかない。

状況についていけないので、困惑したまま二人に尋ねた。

 

「なぜ引っ張られているんだ?」

「「埒が明かないから(よ)」」

 

 これまた、息が合った答えだこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 途中からつかまれた手を解き横一列で歩き、バニングスたちの目的地に着いた。

 

 まぁ、ショーケースに熊の人形やらが置いてあるところを見ると、玩具店だろう。

 意外と中の人が多いなぁと思っていると、「ほら、あんたも行くわよ」と言われたので、おとなしく店の中に入った。

 

「ずいぶんと色々な匂いが混じってるな……鼻が曲がりそうだ」

「そんなに気にするものじゃないと思うけど?」

「割と匂いに鋭いんだよ、俺の鼻は」

 

 中に入ったが、人の多さとそのせいなのか鼻を刺激するきつい匂いに、顔をしかめた。

 

 なんか吐きそうだな、このまま居ると。

 そんなことを思いながら商品を眺めながら歩いているバニングスたちの後ろを歩いていると、赤髪のちっこい奴と金髪でおっとりとしてそうな女性が、ぬいぐるみを見て何やら口論しているのを目撃した。

 何やら魔力を感じたが、別段関わる気がないのでスルー。というより、頭のおかしい人間に見えるからやろうと思わない。

 

 しっかし、世界が変わればこういうのが増えるんだねぇと適当に視線をさまよわせながら二人の後をついて歩いていると、急に二人が立ち止った。

 

「どうした?」

「これだね、アリサちゃん」

「そうね」

 

 そう言って二人が見ているものを眺めると、そこにあったのはウサギのぬいぐるみだった。どうやら、お目当てのモノが見つかったらしい。

 値段を見ると小学生にしては高いんじゃないかと思えるものだが、二人で一緒に買うようだ。

 俺はどうするかとあたりを見渡すと、アクセサリーコーナーと看板が吊るされている個所を発見した。

 あそこならば作れそうだと思い「装飾品の方へ行ってくる」と残して向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

「で、見つかったのあんたは?」

「参考になるものなら」

「良かったね」

「ああ。……二人とも、ありがとう」

 

 参考になるものを見つけ、じっくりと観察してから二人と合流して店を出て帰る途中。

 誘ってくれたお礼を言ったら、何故か驚かれた。

 

 理由を考えたところ、感謝の言葉をこの二人に口にしたことがないことに気付き、なんといえばいいか分からず頬を掻くだけにとどまった。

 すると、我に返ったバニングスが「……言えるんじゃない、お礼」と呟いた。

 

 一瞬返事をしようか逡巡したが、頷くだけにとどめた。口論は面倒だからな。

 

 

 それから俺は二人が車に乗るまで一緒におり、乗ったのを確認すると家へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて」

『どうしたんですか、パソコンで設計図製作プログラムを開いて』

 

 家に帰った俺は、先程までの記憶を忘れないうちにパソコンに保存するためにソフトを起動させた。

 ナイトメアが質問してきたが答えず、マウスやキーボードを駆使して先程までの形状を書き込んでいく。

 記憶の情報は鮮度が大切だ。メモをする暇もなかったので出来るだけ脳裏に焼き付けないとだめだ。

 

 作業開始五分。

 

「……ひとまずは、これで。これを基にして作るか」

『なんですか、これ?』

 

 ソフトに保存して背筋を伸ばしているとナイトメアが聞いてきたので、俺は立ち上がって電源を切り、部屋を出る前に答えた。

 

「装飾品の一つだよ」




ご愛読ありがとうございます。

それにしても、感想が急に消えるって不思議ですね。


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37:勝負後にて

原作上ではなのはの誕生日は三月十五日だそうですが(となると他の人の誕生日もあるのでしょうが)、このままいきます。


「……久しぶりに徹夜したな。寝たのが三時で今は……八時か」

 

 目が覚め、携帯電話のディスプレイに映っている時計を見て今の時間を確認する。

 そして今日の予定を思い出そうとし……頭が働かないのか欠伸が出た。

 

「眠いが……流石に出ないと体に悪いし、腹減った」

 

 誰もいない地下室(・・・)の中、完成したものをその前に作った箱に入れて持ち、散らばっている失敗作を放置して階段を上った。

 

丸一日(・・・)も地下室にこもってたせいか、眩しい……」

 

 そう呟きながら目をつむり、しばらくそのままにしておく。

 ある程度落ち着いたら、再び目を開ける。

 

「ふぅ」

 

 なんとか慣れたな。この年で徹夜はやるものではない、か。

 出来るだけ計画的に行動する方がしばらく良さそうだと考えていると、窓から両親が顔をのぞかせていた。

 

「よっ」

「おはよう大智」

「おはよう……飯は?」

「ちゃんとあるわよ……で、今日(・・)な訳だけど、ちゃんと出来たの?」

 

 母親がそう聞いてきたので、俺は黙ってうなずく。

 そして思い出した。今日は士郎さんとの勝負の日だと。

 

 時間決めてないけど午前中でいいだろうと思った俺は、さっさと飯を食べるため箱を持ったまま玄関へ向かった。

 

 朝食を食べ終えた俺は、ラッピングというものに挑戦することにした。

 これは、図書館に置いてあった「プレゼントの渡し方・初級編」に載っていた。八神はこれを見て「誰に渡すん?」と訊いてきたが、答える義理もないので無視した。

 

 まずは包装紙を広げる。その対角線上の真ん中に長方形の箱を置き、左斜め上、右斜め上、左斜め下、右斜め下の順で箱を包む。

 最後に右斜め下の先端をセロハンで止めて完成。

 

 本来だとリボンで巻くのがいいとかプラスチックの容器に入れた方がいいとか書いてあったのだが、余裕がなかったのでこれだけ。ちなみに包装紙は、親父が作ったプリンターとパソコンを連動させて作った。紙は家に在ったもの(母親に相談したらくれた)を使った。

 

「これでよし」

 

 とりあえず自分の部屋に置いていき、俺は外に出て準備運動をする。

 昨日はほとんど体を動かしていないのだ。はっきり言って、動きが鈍い。

 何とか調子を整えないと……等と思いながら入念に準備していると、親父が物置(という名の通路)から出てきた。

 

「おい大智。やりっぱなしはだめだろうが」

「……あ」

 

 親父の言葉に動きを止めて思い出した。

 

「今から片づけてくる」

「もう片付けてきたよ。よくも一日であんなに作ったよな。そんなに納得いかなかったのか?」

「……まぁ」

「……だよな。お前が初めて他人に渡すものだからな」

 

 そう言うと親父は俺の頭に手を乗せた。

 

「ありがと」

「気にすんなって。あれだけ努力した後見せられちゃ、文句は言いにくいからな」

 

 そう言ってワシャワシャワシャ! と俺の髪の毛をいじりだす親父。

 二秒でうっとうしくなった俺は、親父に向かって速度的に本気のひじ打ちを脇腹にやったのだが、気付けば親父は二歩ほど横にずれており、「まだまだだなぁ」と笑っていた。

 

 反則的な速さだと思いながら、離れた隙に家に戻ることにした。

 

「あっ、おい!」

 

 あわてた声が聞こえたが、無視だ無視。

 

 

 

 

 

 

「行ってきます」

「怪我させない様にね」

「頑張ってこいよ」

 

 両親からそんな声援を受け家を出る俺だが、そんなに歩く距離はないので平常心のまま。

 というか、家に士郎さん以外いないって一昨日言ってたが……。

 歩いてる途中、ふと気になって高町の家を見上げる。

 

「……なんで二つ気配があるんだ?」

 

 それも、玄関近く。

 

 ひょっとすると家を出るところなのだろうかと思いその場で気配を消したが、一向に出る気配なし。

 だったら待っているのだろうと思った俺は気配を現してそのまま高町の家へ向かいインターフォンを鳴らす。

 

「は~~い……あ、長嶋君。どうしたの?」

「そういう高町こそどうした? 俺は士郎さんに呼ばれて」

「お父さんに? ……私は、何しようか悩んでたの」

 

 すぐさま出てきたのは、玄関先で悩んでいたらしい高町だった。

 そういえば今日自分が祝われる事を知っているのだろうか思ったが、バニングスや月村、そして士郎さんに「言わないで」と口止めをしつこく言われたので、思いとどまった代わりに嘆息して言った。

 

「勉強しろ」

「うっ……だ、大丈夫だよ。アリサちゃんやすずかちゃんが見せてくれてるから」

「次のテストが悪かったら二人には申し訳ないな」

「……最近長嶋君って意地悪だよね」

 

 事実を言っただけなのに恨めしそうに言われたので、「事実だろ」と言って封殺。

 何も言わなくなったので「入っていいか?」と訊いたが、答えてもらえず。

 やれやれと思いながらその場に立ち尽くしていると、玄関が開き、今回俺に勝負を提案してきた士郎さんが動きやすそうな格好で現れた。

 

「おはよう大智君」

「おはようございます、士郎さん」

 

 俺があいさつし返すと、近くで何も言わないでいる高町を見つけ首を傾げた。

 

「なのははどうしたんだい?」

「少し論破してしまいまして……」

「……」

 

 何も言わなくなった士郎さん。

 おかしいことを言ったわけじゃないんだが……と思っていると、やれやれと云う様に首を振った士郎さんが俺にこう言った。

 

「何を言ったか知らないけど、あまりストレートに言うのはやめた方がいいよ」

「そうですか?」

「そうだよ。でないと、いつまで経っても仲良くなれないよ」

「……そういうものですかね。言わなきゃ伝わらないと思いますけど」

「それも一理ある。けど、そのまま言わなくても伝わる時の方が多いんだよ」

 

 そう言われて如月との会話を思い出す。

 あの時の最後、俺は別な言い方をしていた。

 それにより会話は円滑に終わったと思われたので、なるほどとうなずいた。

 

 それに満足したのか、「それじゃはじめようか」と言ってきたので、それに対してもう一度頷き、士郎さんの後をついて行くことにした。

 

「……あ、待ってよ!」

 

 我に返った高町は、何故か俺達の後をついてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中々歴史を感じられますね」

「そう言ってくれると嬉しいね。朝の瞑想をやりにでもくるかい?」

「いえ。あれは平常心を鍛えるのも兼ねていますので」

「なるほど……君は考え方が本当に実戦向きだね。竜一の影響かい?」

 

 そう聞かれて俺は返答に困った。

 さすがに『いえ。昔からこんな考え方です』と答える訳にもいかない。かといって親父の所為にする気もないので。

 

「……インターネットで調べたんです。『精神力の鍛え方』で」

 

 現実味のある嘘をつくことにした。

 

「今はそんなことまで調べられるのかい?」

「えぇ。といっても、素人が書いたような感じでしたよ。納得できるものは少々ありましたけど」

「へぇ」

 

 士郎さんが納得したように頷いたので、俺は「そろそろ始めませんか?」と提案した。

 

「そうだったね。防具は?」

「要りません。邪魔で仕方がないので」

「そうだろうね」

 

 苦笑しながら士郎さんは、木刀一本を俺に渡してきた。

 とりあえず木刀を握って軽く上から下に振る。

 ヒュッ、と音がする。

 

 結構丈夫だなという感想を抱きながら木刀を見ていると、さっきから入口の近くでこちらを見てくる高町が、これから何をするのか気付いたらしい。

 

「あ……」

 

 だが俺達は何も言わず、代わりに言葉を交わす。

 

「勝負は参ったと言うまで時間無制限。いいね?」

「はい」

 

 そう言うとそれぞれ好きな様に構える。

 士郎さんはオーソドックスに中段。俺は自然体のまま。

 俺の立ち姿を見て士郎さんは驚いたが、すぐに真剣な顔をして俺を睨む。まるで動きの一つ一つを観察するように。

 俺はと言うと、相手がいつ攻撃してくるのか待っていた。

 

 開始の合図は、ない。動けばそれで始まりだ。

 この部屋を包む静寂と張り詰める緊張感により、体感時間が随分と遅い。

 あちらも隙がなさそうだから持久戦になりそうだと腹をくくったところで、あちらが動いた。

 

「はっ!」

 

 体を沈め二歩で距離を縮め右から左に袈裟斬りをしてきた。

 その鋭さに思わず木刀で防御しようかとしたがやめ、左に半身をずらし、振り下ろしてきたのを真下から木刀で弾き飛ばす。

 

 ――――カラン。カラカラン

 

「……続けますか?」

 

 弾き飛ばしたまま木刀を振り上げた俺は、士郎さんの顎の下で木刀を止め、そう聞いた。

 木刀を探し、自分の状況を察した士郎さんは少し間をおいて「――いや。参った」と言って息を吐いた。

 

 俺も木刀を下ろし、息を吐く。

 

 やれやれ。隙がない人間は本当にやりにくいな。

 そう思いながら、飛ばした木刀と一緒に士郎さんに返す。

 

「ありがとうございました」

「こちらこそ。君の強さを実感できたよ」

 

 士郎さんが木刀を片づけている間、俺は未だ入口にいる高町に話しかけた。

 

「よっ」

「強いね、長嶋君! お父さんに勝つなんて!!」

 

 驚きと称賛の混じった言葉。しかし、どこか切なさを滲ませていた。

 そこを指摘しようかと考えたが、先程言われた言葉を思い返し、やめた。

 その代り、返事もしなかったが。

 

 俺の無言に高町は慌て、「じゃ、じゃぁ私、出かけてくるね!」と努めて(・・・)明るく言い、そのまま行ってしまった。

 それを黙ったまま見送った俺は、「すまなかったね、大智君」と言われ、振り返った。

 

「別に気にしていませんよ」

「ははっ。でも、なのはと喧嘩させてしまったんだろ?」

「どうなんでしょうね……」

 

 ぼんやりと高町が去っていった方向を見ながらつぶやき、俺は考えていた。

 

 高町はきっと俺に対して何か言いたかったのだろう。今までの気持ち……みたいなものを。

 でも言わなかった。もしくは言えなかった。

 遠慮なのか、それ以外の理由なのか知らないが、それが俺という評価であるならば。

 

「主観的でもいいから正直に言ってもらいたい」

「なのはは優しいからね。人が傷つくようなことはあまり言わないんだよ」

 

 そう言って隣に来た士郎さん。

 俺はその言葉を聞いてそれはただ臆病なだけではないか?と思ったが、特に言う事でもなかったので黙っておくことにした。

 

 が、それとこれとは話は別だ。

 

 そう思った俺は士郎さんにあることを聞いた。




では、またお会いしましょう。


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38:本音を聞く

お久し振り?になります。


*高町なのは視点

 

 

 長嶋君と会話をした後、私はそのまま自分の部屋まで走っていきました。

 そして入ってからドアの鍵を閉め、その場で蹲ってしまいした。

 

「……怖かった」

 

 そう。あの時の長嶋君の目がとても恐ろしく感じたのです。まるで自分の気持ちをすべて見透かしているかのような、そんな目が。

 

 あの事件以降、長嶋君は何か吹っ切れたのか積極的に会話をしてるらしく、いつの間にかクラスに馴染んでいました。

 時折難しいことを言うのと正直にしか指摘しない点を除けば――以前からあった気がしないでもありませんがよく覚えていません――以前より表情の変化が出てきているようです。

 それにもかかわらず、斉原君や長嶋君の両親以外だと信用していないのか距離をとっているのは変わっていませんでした。

 だから私達はゴールデンウィークにキャンプに誘いました。

 二泊三日の間に色々起きましたが、それでも距離というのが縮まった気がします。

 

 ですが今日のあの眼を見て、私はそうじゃないと思ってしまいました。

 

 その人を観察するような眼。自分とあなたは結局赤の他人だと言われるような眼。

 お父さんと打ち合った後だからあんな目をされたのだと思いますが、それでもあの眼はフェイトちゃんと初めて会ったとき以上に悲しくもあり、恐ろしくもありました。

 

 あれじゃまるで――――

 

「機械のようだったよ……」

「なるほど。それが躊躇った原因か」

「!?」

 

 思わずドアから離れて後ろに下がります。

 先程の声はどう考えても長嶋君の声。あの後お父さんとどんな会話したか分かりませんが、どうしてここにいるのでしょうか?

 

「機械、か。ならばなるほど。どうにも『人』と折り合いをつけていくのが大変なわけだ」

 

 私の疑問を知ってか知らずかなにやら難しいことを呟いていますが、聞かれたことには間違いなさそうなので慌てて訂正することにしました。

 

「ち、違うよ!? 長嶋君の事じゃないって!!」

「……それならばプログラムを求めるように感情を求めるのにも……何か言ったか、高町?」

「な、なんでもないよ」

 

 ダメでした。長嶋君は色々と難しく考えていたので、訂正はおろかもうすでに『自分は機械のようだ』と思ってしまったようです。

 どうしたら分かってくれるのだろうかと思っていたら、長嶋君が「ありがとう」と扉越しに言ってきました。

 反射的に私は「どうして?」と聞き返しました。その声は知らず知らずのうちに震えていました。

 

 それに気付いたかどうかわかりませんが、彼はこう言いました。

 

「それがお前の本音だからだ」

「ちが……!」

 

 違うよ、と言いたかったのですが、最後の方であの眼を思い出してしまい何も言えなくなりました。

 黙った私を気にせず、彼は続けます。

 

「本音というのは本心から言う言葉。つまり、『言いたいけど言えない言葉』だ。それを普段隠してお前たち(・・・・)は生きている」

 

 俺達ではなくお前達。その言い回しの違いが気になった私はつい「長嶋君は違うの……?」と訊いていました。

 その答えは説明を続けながら言ってくれました。

 

「違う……とは言いにくいな。今はまだ違うが…………それはともかく。本音とは本心。ならば心の中で自分が思った気持ちのある言葉だ。俺はそれを聞きたかった」

「……」

「そうすれば俺が知らない一面が理解でき、問題点が見つかり、それを改善することが出来る。『自分』を『人』にするために」

 

 本当に長嶋君の言っていることは良く分かりません。ですが、彼の言葉を聞いて私はこう言ってしまいました。

 

「どうしてそんなに焦ってるの?」

「…………焦ってる気はないのだが」

 

 少し間を置いた返事。きっと考えたからそう言ったのでしょうけど、私から見たら急いで『何か』を求めている気がしてなりません。

 

 生き急いでいる。そんな言葉が思い浮かびました。

 

「まぁその話は置いておこう。今は俺が機械のようで怖いと、その本音をぶつけ……」

「どうしたの?」

 

 途中で言葉が途切れたので、私は恐怖心を忘れ扉の近くまで行って彼の名前を呼びますが、返事はありません。

 急いで鍵を開けて扉を開けるとそこには誰もおらず、代わりに魔力に似た力の痕跡がありました。

 

 私はすぐにレイジングハートに訊ねました。

 

「これって魔法?」

『おそらくは……』

 

 その時、携帯電話が鳴りました。

 私はどこから来たのか確認せずに電話に出ます。

 

「もしもし」

『あ、なのはちゃん? 私なんだけど』

「リンディさん? どうしたんですか?」

『時間がないから手短に事情を説明したいんだけど……え!? どうなってるの一体!?』

「リンディさん!?」

『ともかく急いでこちらに来て!』

 

 焦った声のままリンディさんは電話を切ってしまいました。

 とても大変な事態だと直感した私は、カレンダーをちらっと見てレイジングハートを握りしめて呟きます。

 

「……早く帰ってくるから」

『行きます!』

 

 レイジングハートの声で、私は部屋から飛びました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リンディさん、一体何があったんですか!?」

「なのはちゃん。いいところに来たわ! 今すぐあそこに行ってもらえないかしら!?」

 

 そう言われてディスプレイに映っている映像を見ましたが、私は咄嗟に目を逸らしてしまいました。

 なぜなら、杖を持った男の人が管理局の人たちを何のためらいなく、何の抵抗もさせず殺していたのです。

 巨大な火の玉が建物とその周りを消し炭にし、嵐によってすべてが吹き飛ばされ、雷によって焼け焦げた死体が――――

 

「っ!」

 

 ダメです。もうこれ以上見れる自信がありません。それに、もう見たくありません。

 そんな私の様子を見たリンディさんは「やっぱり無理そうね……」と呟いたようですが、私は体の力が抜け、全身が震えたまま動けません。

 あの事件以来様々な事件にかかわっていましたが、これほどのモノは初めてです。

 私がそのままでいると、ディスプレイからこんな声が聞こえました。

 

『――――ったく。いきなり“回廊”に引き込みやがって。しかも面倒事は全部俺任せかよ。あの野郎、絶対に殴ってやる』

「――――え?」

 

 先程まで会話していた声。電話が鳴る前に急にいなくなった男の子。

 恐る恐る顔を上げてみると、先程と同じ格好をしていたその男の子が上空にいる男を見上げながら頭を掻いていました。

 

「長嶋君!? どうしてそこにいるの!!?」

『まぁあっちに責任はあるのが明白だから殴らせてもらえるだろう――――理解者にすべて押し付けるのもどうかと思うがな、本当』

 

 私は驚きの声を上げますが、聞こえていない彼はそんなことを呟き準備体操をしていました。

 と、リンディさんは私の言葉に何かを思い出したのか、「あの子が……?」と考え込んでしまいました。

 そんなことなど気にできず、私はバリアジャケットを展開してから他の人に「あそこに行かせてください!」と言って魔方陣に乗りました。

 

 彼に、色々と聞くために。

 

 

「なのは! 来てくれたんだね!!」

「フェイトちゃんも来てたの!?」

「うん。元々あの杖の確保のために動いていたんだけど……」

「じゃぁあの杖が?」

「そう。ロストロギア」

 

 転移した場所からすぐ飛ぶと、同じく向かっていたフェイトちゃんと合流し、少しばかりこの事件の事を聞きました。

 

「どうして起動しちゃったの?」

「分からない。ただ男の人が杖を横取りして起動させたから」

「なら早くいかないと! 長嶋君も何故かいるし!」

「長嶋君って……あの時私達の事を逃してくれて、つい最近マーメイドの不法侵入者を逃がした手術衣の人?」

「そう!」

 

 だったら早くいかないと。そう決めた私達はさらに速度を上げて現場へ向かいました。

 

 

 私達は現場へ到着しましたが、思わず目を覆う光景が広がっていました。

 倒壊している建物。クレーターとなっている場所。所々にできている竜巻。そして、血だらけで力なく横たわっている人たち。

 実際に見るとさらに力が抜けそうになりますが、私達は頷きあって強大な魔力の方へ行きました。

 

「くそっ! なんなんだテメェ! 管理局でもないのになぜ邪魔をする!?」

「しぶとい奴だなあんた。さっさと気絶してくれないか?」

「ふざけガッ!」

 

「……ウソ」

「強い……」

 

 魔力を辿ってここまで来たら、未だに魔力を感じさせない長嶋君が、ロストロギアを操っている男の人を圧倒していました。

 男の人が杖を振るって何かを出そうとするたびに、長嶋君が近づいて殴り飛ばす。

 殴り飛ばされた人に反撃の隙を与えないかの様に長嶋君はそこから駆け出して近づき、殴ったり蹴ったり地面に叩きつけたりします。

 あまりの速さと常識外れな光景に、私達はその場を動けませんでした。

 ようやく我に返れたのは、三度目の地響き以降、ぱったりと音がなくなってからでした。

 

「長嶋君!」

「待ってよなのは!」

 

 音がなくなりその魔力が段々と小さくなっているのが分かった私は、長嶋君が無事かどうか確かめるためにいてもたってもいられず飛び出し、フェイトちゃんは後を追いかけてきました。

 

 

「ふぅ。後はこれを……」

「時空管理局の者です! あなたには聞きたいことがあるのでご同行願いたいのですが……」

「長嶋君、無事!?」

「……なんでお前がここにいるんだ、高町?」

 

 長嶋君を見つけた私は、フェイトちゃんのいう事を無視して近くに行って呼びかけました。

 呼びかけられた当人はロストロギアの杖を持って首を傾げていましたが、やがて理解したのか「これを取りに来たのか、お前たちは」と訊いてきました。

 相変わらずの頭の良さに言葉を失いますが、今はそんなことを気にしていられません。

 

「そうだけど! どうして長嶋君はここに!?」

「それを答えたいのだが……今はこちらを何とかしないと」

 

 その言葉の後に長嶋君から感じる先程と同じぐらいの魔力。

 思わず警戒しますが、次の彼の行動に目を瞠りました。

 なんと持っていた杖を両手で、しかも水平にして持ち直したのです。

 そして

 

「我送るは制止の力。動きを止めて真の所有者に戻れ」

 

 と言ったと同時に杖が消え、更地になっていたこの場所に急に建物が現れました。

 どうやらここは屋上らしく、幸い私達は落ちずに済みました。

 ですが、理解が追い付きません。

 一体何がどうなっているのか。あの杖がどこへ行ったのか、どうして長嶋君がここにいるのか。

 何もかもわかりませんが、唯一分かったことは……

 

「さて。これでお前らの仕事も終わりだ。さっさとこいつ連れて戻れ」

「長嶋君もついてくるんだよ」

「なんで?」

「全部、話してもらうから。隠してること」

 

 ……この機会を逃すと長嶋君の本音を聞けないことです。




お読みくださりありがとうございます。


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39:連行

主人公説明回


 俺は今スサノオの爺に押し付けられた厄介ごとを処理したところに居合わせた高町によってボコボコに殴った主犯を引きずりながら、爺が使っていた回廊とはまた別な移動法でこいつらの拠点へ向かっている。

 

 魔力は最後のほうに使い空。速度重視で加減を考慮してなかったからか左手首と右足首が変な風に曲がってそのままで歩いているので、はっきり言って辛い。

 しかも、終わったらすぐに連れ帰すとか言っていたスサノオが迎えの一つもよこさず逃げようとした瞬間に高町の拘束魔法を食らい動けなくなって……この様だ。

 

 ちなみに、主犯はなぜか俺が引きずっている。お前らの方が元気のはずであり、俺はお前らの組織とは一切関係がないのだが、何故か俺が。

 

 文句の一つでも言いたいが、足の痛みと全身を襲う虚脱感のせいで今では黙々とついて行くことしかできない。

 となると必然的に前を歩いている高町ともう一人――見た記憶はうっすらとあるがあまり覚えていない――だったが、急に足を止めた。

 

 俺も足を止める。ひょっとして目的地に着いたのだろうかと思いながら。

 しかし、答えは否だった。

 二人が一斉に振り返ってこう言ってきたのだから。

 

「「ねぇ、ちょっと訊きたいことがあるんだけど」」

 

 見事に息の合った言葉なのでどちらに反応すればいいのか判断がつかないでいると、揃ったことで顔を見合わせた二人がアイコンタクトをしたらしく、高町が先に質問してきた。

 

「長嶋君。どうしてあそこにいたの?」

 

 まさか神様に連行されたとは言えまい。

 しかしながら答えないと一歩も動かなそうな気がしたので「着いたら答える」とだけ言った。

 するともう一人が重ねて聞いてきた。

 

「君、どこか怪我したの?」

 

 ……鋭いな。

 そんなことを思いながら、なぜそう思ったのか訊いてみた。

 

「分かるんだ。私も、自分の傷を隠して生きてたから、なんとなく」

「……そうか」

 

 あまり合点のいく答えではなかったが、納得はできる答え。だから俺は正直に答えた。

 

「あの時スピードの乗せ方を間違えて、左手首と右足首がおかしなことになってる」

「え、それって大変な事じゃん! はやく行かなきゃ!!」

「待ってなのは。それより応急処置をしないと」

「あ、そうだったね」

 

 そう言って少しは落ち着きを取り戻した高町。この二人は結構いいコンビのようだ。

 とはいえ俺の怪我の心配をしてくれている事実は変わらないので。

 

「だったらこいつ連れてけ。俺はこの場で応急処置をすぐにする」

 

 と言って自分の服の両袖を破き、右手と口で左手首を、右手と左手で右足を縛る。

 本来気付いたらすぐにやるべきなのだが、今の今までやる機会がなかった。

 これで少しは動きやすくはなったかと思いながら顔を上げると、片方――声が依然何度か聞いた覚えがあるがそれだけ――は感心して、高町は悲しそうだった。

 

『マスター。心配されてるんですよ』

「いきなりだな、ナイトメア」

 

 突然のデバイスの茶々入れに驚きながら、俺は再び死んではいない主犯の襟首をつかみ「早く進んでくれ」と二人に言った。

 我に返った二人はそれ以降何も言わずに歩き、目的地である船についた。

 

 真っ先に思い付いた感想は、案外脆そうだなこの船、だった。

 未だ前世の記憶を思い返さずにはいられない俺は、前世との船を比較したうえで前世の武器だったらどれを使えば跡形もなく消せるだろうと考え、割と何使っても消せることが想像でき、そんな結論に至った。

 

 まったく。俺はいつまでたっても変われないようだ。

 心の中で自虐的に呟きながら、とりあえず二人の後を追うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「高町なのは、ただ今戻りました!」

「フェイト・テスタロッサ、ただ今戻りました!」

「フェイト! 大丈夫だったかい?」

「なのは、いきなり行ったから心配だったけど、無事なようだね」

「…………」

 

 艦内に入り高町ともう一人――名をフェイト・テスタロッサと言ってようやく思い出した――が元気よく言うと、犬みたいな耳をつけている女子と俺達と同じような身長の少年がそれぞれの迎えをしにきたので、暇な俺は気配を殺して壁に背中を預けて座り込む。

 

 ふぅ。さすがに疲労感がやばいな。魔力で身体能力を上げた時もそうだったが、やはりオーバーワークは堪えるか。

 

 起き上がろうとした主犯を座ったままで無事な右手で殴って再び気絶させてぼんやりと天井を見上げていると、横から奇妙な視線を受けた。

 なんというか……気味悪がられているというかそこら辺の類だろうな。

 なら別に気にせんでいいかと思いナイトメアに呼びかける。

 

「魔力が回復する前に全魔力を封印してくれ」

『それでしたらここから出られないのでは?』

「スサノオの爺に任せる」

『結構恨んでますね……』

 

 とか言いつつきちっと仕事をしたナイトメア。俺はというと、何で気配を消したのに視線を受けているのだろうかと考えていたのだが。

 視界を白い服に遮られ、その主を見るように顔を上げていく。

 

「何か用か?」

「長嶋君。治療を先に受けてもらうよ」

「別に『お願いします』……」

 

 断ろうとしたらナイトメアが了承した。おかしい。今まで言わなかったのに、なぜ先に言われたのだろうか?

 なぜなのかと思いながら、俺は高町に手を引かれそのまま連行された。

 

「ユーノ君。お願い」

「ちょっと待って。この人の魔力も使わないと完全には無理だよ」

「だから別にいいと言ったんだ。これくらい、二日もすれば治る」

 

 そう言って高町の手を振りほどくと、ナイトメアが勝手に魔力の解放した。

 つくづく勝手にする奴だと思っていると、ユーノと呼ばれた俺達と同じような身長の奴が、いきなり魔力が現れたのに驚いていた。

 俺は魔力の量の具合から、現在Cランクまで回復してると推測。そのうちのDランクまでを解放したのだろうとも。

 こうなると治療が続行されるので、俺はナイトメアにあらん限りの文句を心の中で言いながらユーノの治療を受けた。

 

 完全に動けるようになった左手首と右足首の調子を確かめながら「ありがとう」というと、ユーノが心底驚いていた。

 

「どうした?」

「ふつう、魔法で治療したらハイ終わりってわけじゃないんだよ。それなのにもうすでに完治してる様に動くからさ……」

「実際完治したぞ? 元々、体の頑丈さと回復力の異常さが取り柄だったからな」

 

 そう言うと、今度は周りの奴らが絶句していた。

 

 この場に委員長がいれば『まったく君は……』からのお小言が始まりそうだったが生憎いないので、この空気の対処法を知らない俺は困ったと頬を掻きながら思っていると。

 

「あなたが斉原君やなのはちゃんが言っていた長嶋君ね?」

「確かに俺は長嶋ですけど?」

 

 後ろから声が聞こえたので振り返って疑問で返したところ、その緑色の髪をした女性――横にいる女性の着ている服が違うのでおそらくまとめ役だろう――が苦笑してこう言った。

 

「中々一筋縄じゃいかなそうね、君」

「……まぁバカではありませんので」

 

 肩をすくめていう俺はその女性の隣にいる女性が「あの子だったら絶対にクロノ君の方がかっこいい」とか言っていたのが聞こえたが、別段無視して話をする。

 

「主犯ならそこで伸びてますけど?」

「そうね。じゃぁ彼を連行して」

 

 とりあえずこの事件の主犯を連れて行かせる。

 残ったのは俺に高町、ユーノ、目の前に立っている女性二人とフェイト・テスタロッサと耳ありの女性……確かアルフだったかの七人。

 

 もし危害が加えられそうだった場合どこから切り崩していこうかなどと思案しながら、俺は相手が質問する前に言った。

 

「アレは忘却神具……古より忘れられた神が使いし道具ですよ。貴方たちがロストロギアなどと呼んでいる物は」

「「「「「「????」」」」」」

 

 ――――全員が全員、首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はため息をついて説明した。

 

「質問されるのが面倒なのでこのまま説明します。まず、あなたたちが回収しているものは全部、その世界で祀られていた道具の数々です。神がその世界で顕現していた時に使っていた道具が大半で、まぁ中にはどこかに置き忘れたまま時間が過ぎたものもあるようです。今回の例は後者が原因ですね。次に名称ですが、先程も言いました通り正しくは忘却神具。忘れ去られた神々の道具です。それゆえ、起動方法やら何やらが一切ありません。今回は主犯に誰かが起動法を教えたのでしょう。人の姿なんて簡単に神はとれますからね。最後ですが、なぜこのようなことを知っているのかというと、あの現場に連れて行かれる間に全部説明させました」

「「「「「「ちょっと待って」」」」」」

 

 今度は待ったをかけられた。とはいってもすべて説明したから何もいう事はないのだが……はて。

 

「どうかしました?」

「ちょっと整理させてくれないかしら」

「はぁ……別に構いませんよ。言いたいことは全部言いましたので」

 

 そう言うとその女性たちは少し離れぶつぶつと呟きあっていた。内容が聞き取り辛いが、おそらく俺の言ったことが本当かどうかだろう。それか俺に対する悪口かなんかか。

 ちなみに後ろは振り返らなくても分かる。なぜなら、全員が黙ってしまったからだ。

 

 これでやることが終わった。早くスサノオ来ないかなぁと思いながら立っていると、服の後ろ側を引っ張られた。

 

「?」

 

 振り返ると何故か疲れた顔の高町が。

 

「どうした?」

「いつも通りだね、本当……ところで、神様っているの?」

「いるぞ? お前がキャンプで見たあの小人だって一応森に棲む神霊で、神様に近い存在だし」

「いるならどうしてわからないの?」

「普段は姿を隠してるんだよ。それこそ、俺みたいに神様はいるって考えを持ってないと見えないぐらいに。後は……人の世に紛れて生活してるとか」

「へぇ~~……って、あれ? ということは前言ってたのって」

「ありゃウソだ。というか、そんなことのために来たのか?」

「…………あ」

 

 ようやく思い出したのか、高町がさっきとは打って変わって元気な声でこう言った。

 

「そうだよ! 長嶋君に色々訊きたかったんだ!!」

「そんな決意込めていう事か、それ?」

「いいんだよそれは! ……でさ、さっきも訊いたけど、長嶋君は何でそんなに急いでるの?」

「またその質問か」

 

 最初の質問がまさかあの時の質問だとは思わなかったが、少し考えた俺はこう答えた。

 

「……いつ死ぬか分からないから」

「え?」

「自分がいつ死ぬかどうかわからないから、だろうな。ここから帰るときに俺は死ぬんじゃないかと思うし、明日にも死ぬかもしれない。そう思うがゆえに、だな」

 

 口に出し、やっぱり変えられねぇなと改めて思う。

 この考えは前世での教訓だったりするので、余計に。

 

 案の定高町が黙ってしまった。が、すぐに呟いた。

 

「哀しいね、それ」

「だろうな。微塵もそう考えられないが」

「生きたいとは思うんでしょ?」

「まぁ。死にかけでも生き延びようと考える位には」

「……やっぱり、悲しいよ、それ」

 

 俯いてしまった高町。それに対し俺はどう声をかけるべきか分からなかったので黙る。

 と、ここで不意に高町が顔を上げた。

 

「どうした?」

「え、えっと……今更なんだけど、キャンプの時はありがとうね。それと、あの時も」

「別に構わないが……あの時って夜刀神と闘った時か?」

「うん。あの時の長嶋君は色々とおかしかったけど、それでも私たちを助けてくれたよね」

「あいつには個人的な借りがあったんだ。それを返すためにお前らが邪魔だっただけ」

「……本当にいつもの長嶋君だね。良かった」

「この会話の流れでなぜ安心したんだ?」

「な、なんでもないよ!?」

 

 急に高町がアタフタしだしたので首を傾げていると、「お待たせ」と言って再び戻ってきた女性二人が。

 二人で話を整理したからなのだろうかと思いながら、ついさきほどから感じる新しい気配をスルーしつつ訊いてみた。

 

「信じますか?」

「到底は無理ね。いきなりそんなこと言われても、ねぇ?」

「だそうだスサノオ。姿現して証明してくれ」

「元から現しておるぞ? ただ杖の力でちょいっと、の」

「「「「「「!?」」」」」」

 

 俺が視線を向けた先にいきなり杖を持った爺さんが現れたのに、全員が驚く。

 そんな全員を無視し、俺は聞いた。

 

「なんで俺を無視したんだ?」

「いや、お主なら大丈夫じゃろうと思ってゲームを買いに。今はその帰りじゃ」

「死ね」

「ね、ねぇ長嶋君。このお爺さん、いつからいたの?」

 

 俺とスサノオの会話に困惑した高町が割り込んできた。

 

「あ? 高町がアタフタしてる時から」

「ウソっ!?」

「なんじゃ、気付いておったのか」

「えぇ!?」

 

 高町が一人で狼狽えているが、俺は気にせず緑色の髪をしている女性に声をかけた。

 

「この爺さんが神様のスサノオだ。神様から煙たがられ、人間から英雄視されたと云われている」

「何気に痛いところついてくるのぉ」

「証拠はあるのかしら?」

「その杖。さっき俺が送り返したものだ」

「これがないと自分で買えなくてのぉ」

「……確かにそのようね。でも、証拠にはなりえないわよ」

「随分疑り深いな。いっそのこと本当の姿見せたらどうだ?」

「これ、壊れるぞ?」

「知ってる」

「……どういうことかしら?」

「身長二メートルぐらいだっけ?」

「まぁギリギリじゃろうが、頭一つ抜けるかもしれんのぉ」

 

 そんな他愛もない会話を繰り広げる俺達に、緑髪の女性は絶句していた。

 いや、周りの奴らもそうだろう。そんな雰囲気を感じてなんとなく察する。

 見た目ただの爺だし、神様なんて目に見えてる奴ほとんどいないから信じてもらえないだろうなぁと思いこんな会話をしたが、どうやらこれでも無理なようだ。

 

 となるとコミュニケーション能力がほぼない俺にどうすることもないので、「爺任せた」と丸投げにすることにした。

 

 丸投げされた着物姿の杖を持った見た目五十代のスサノオは、「さっさと帰ってゲームやりたいんじゃが……」と呟いたが、それでも決めていたのか緑髪の女性に声をかけた。

 

「リンディさん、じゃったかな?」

「!? どうして!?」

「まぁそこら辺は別世界でこいつの生活眺めながら適当に見ておったし、何より知ってるからのぉ。夜刀神にすぐさま船に戻され切り札を使えなかった、空しい艦長?」

「!!」

 

 スサノオの発言が当たりだったのか、なぜか構える女性。

 だがスサノオはそんな気はないようで。

 

「わしは別に何もする気はないぞ。人の世に神の干渉はなるたけ少なく。例外としてはこの小僧ぐらい。じゃから、お前さん達が何をしようと別にわしはどうでもいい」

「俺はまた巻き込まれるのか」

「それはしょうがないことじゃよ。……ただ、今後忠告することがあるなら、一つだけじゃな」

 

 もはや神様である証明など忘れ、忠告をし始めた。まぁぶっちゃけ誰も言わないので俺は黙っているだけだ。

 

「わしとは逆の考え方をする輩もおるからの。その時はまぁ、小僧を通して忠告させてもらうわい」

「おい」

「別にわしが神様だという証明はいいんじゃないかの。それこそ、受け止めるのは相手側じゃし」

「逃げんな!」

 

 なんか話をまとめようとしていたので遮ろうとしたがもう話す気がなくなった爺は、その場から姿を消した。おそらく、杖と回廊の合わせ技で逃げて行ったのだろう……って。

 

「逃げられたら俺帰れねぇし……」

 

 あの野郎、完全に見捨てていきやがった。今度会いに来たら顔を殴りまくってやる。

 そんな黒い思いを胸に秘めていると、誰かに肩をたたかれた。

 誰だろうと思い振り返ると、何やら全員が全員疲れた顔をしていた。

 

「どうしました? 疲れた顔をして」

「……今日はもういいわよ。ごめんなさいね、無理やりとはいえ連れてきちゃって」

「はぁ……」

 

 いきなり言われ、俺は戸惑う。先ほどまで結構剣呑な雰囲気だったはずなのに、なんでかみんなげっそりしていた。

 

 そこまで俺はおかしなことをしただろうかと思いながら「また出頭してこいとか言いませんよね?」と念のために聞いてみると、「もういいわよ。なんか、あなたと話しているととんでもないものが来そうだから」と言われた。

 

 まぁ実際あの破天荒爺来たしな。そんなことを思いながら「分かりました」と答えたら、また後ろから引っ張られた。

 

 ……なんか慣れた自分が怖い。




ご拝読いただきありがとうございます。


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40:誕生会にて

今回で誕生日話は終わります。六月が二話ぐらいです。


「俺はたかがゲームを買いに行くために使う惑わしの杖を回収させられたのか……」

 

 スサノオに回廊へ引っ張られて自分の部屋に突き飛ばされた俺は、さっきの話を総合してため息をついた。

 

 まったく。なにが干渉するのはマズイだ。どう考えても接触する前に自分で片が付いただろうに。

 そんなことを椅子に座りながら考えた俺は、今回の原因である神具――惑わしの杖の特徴を思い返していた。

 

 惑わしの杖。それは、魔力を発している(・・・・・・・)奴らに無差別に使用者のイメージを送り込むという、ほぼ最強の神具。

 魔力を発している奴らの魔力の一部をかすめ取り、距離など関係なく見せる幻覚の杖。

 

 これだけ見れば対処の施しようのないものだが、俺は常日頃魔力を完全に封印しているので陶酔している主犯をボコボコにするのは簡単だった。

 

 ちなみに、この杖は自身の神聖な雰囲気(誰彼関係なくあがめさせる気配)を隠すために使われているとのこと。

 

 その主な用途がゲームを買いに行くことに俺は呆れたが。

 

「……ハァ」

『高町さん達に説明したのがそんなに嫌だったんですか?』

「それもあるが、な」

 

 今頃俺の言ったことに関して、他言無用だとか秘密にしようだとか言ってることだろう。そう思うと懸命な判断だと思うのだが、教えてしまったことに少しばかり罪悪感を抱いている。

 もともと、神様云々の話は俺だけが知っていればいいだけの話。それを他人に話す道理も必要も、全くといってもいいほどない。

 先の連行時もそうだ。俺はでっち上げたりなんだりすれば、神様に関する一切の事を関知せずに終わったはずだ。

 にもかかわらず教えておけと言ったのは――件のスサノオ。

 曰く『将来嫌な予感がする』とのこと。

 別に今じゃなくてもいいだろうにと思うのだが、爺はこの機会に言えと言ってきた。

 

 しかしながら……

 

「それに従って言う俺って相当だな」

『ですね』

 

 簡単にナイトメアに同意された。随分と薄情なものだ。

 あー今日もいろいろあったなぁと立ち上がったところで、俺は躍起に作ったものが入った箱を見つけ、思い出した。

 

 と同時に、下から声が聞こえた。

 

「大智-!高町さんが来てるわよーー!!」

 

 ……逝ってくるか。

 そう決意して箱を持ち、俺は黙って下へ降りた。

 

 

『ちょっとマスター!? 私一人ですかーー!?』

 

 喋られても困るからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*アリサ・バニングス視点

 

「……長嶋はどこか行って戻ってこないらしいし、なのはも出かけたまま帰ってこないって。本当にどうするのよあの二人!」

「アリサちゃん。長嶋君はきっと誕生日プレゼントを探してるんだよ。なのはちゃんも色々あるだろうし」

「何言ってるのよ! 今朝なのはのお父さんとあいつが勝負して、それをなのはが見てたらしいのよ! そこから探しに行くほどあいつはバカじゃないでしょ!?」

 

 そう問いかけたら、すずかが何かに気付いたらしく首を傾げた。

 

「ねぇアリサちゃん」

「なによ?」

 

 未だにあの二人の事が心配な私は気付かない。

 

「最近長嶋君の事結構気にしてるよね。先月の最初辺りは大分嫌っていたのに」

「なっ!?」

 

 ――自分が、結構あいつの事を気にしてることに。

 

 私の名前はアリサ・バニングス。家がお金持ちで、なのはやすずかとは入学してからの親友。そして、そこに最近加わったのはあいつ――長嶋。

 最初の方はものすごく嫌いだった。テストじゃ毎回全教科満点をたたき出して当然って顔をしてるし、私達の事なんて誰ひとり関わる気がない、いてもいなくてもいいような存在だと扱われているようで。

 

 だけど最近は違う。前と変わらない素っ気ない態度はあるけど、少しずつ感情というものが出てる気がする。

 まぁ、たまにド直球に物事を言ったり、小学生とは思えないほどの頭脳や常識はずれな行動をしてるけど。

 それでも親しみはある程度持てたし、対等に接してくれるから最近はからんでいるけど……

 

「き、気になんかしてないわよ!!」

「顔真っ赤だよ?」

 

 そう言われて顔を触る私。

 すずかにからかわれていると分かっていながら、体温が上昇していることが分かった私は顔を背けて「そ、そりゃ、あれだけ怒ればね!」と誤魔化した。

 

 でも実際少しばかり気になっている。というより、あいつに関わった人たちはみんな気になるんじゃないだろうか。鮫島も最近あった時、楽しくあいつと会話していたし。

 そう考えたら少しばかり冷静になれた。

 

 何時までも心配していられないわね。そう思った私は探しに行こうかと思ったら、準備が終わったのかなのはのお父さんたちが奥から出てきた。

 

「なのははまだ来ないのかい?」

「はい……」

 

 私がそう答えると、なのはのお兄さんが質問した。

 

「どうして父さんは長嶋君と一緒においてきたんだ?」

「ちょっと喧嘩紛いなことをさせちゃったからだよ」

「あなた優しいわね」

「まぁ私のせいでもあるからね」

「でも、私長嶋君って一度も会ったことないんだよね。どういう子なの?」

 

 全員に問いかけるようななのはのお姉ちゃんの質問。

 全員が全員考え込んでいると、近くで足音と聞き慣れた声が聞こえた。

 

『長嶋君って顔が広いね』

『顔が広いのは俺じゃなくて親だ。…しかし、巡査が相手でよかった。おかげで自宅へ強制帰宅は免れた』

『え? あるの?』

『ああ。一日に二回』

『……大変だったね』

 

「「「「「…………」」」」」

「あれ? なのはの声がするけど、もう一人が長嶋君?」

 

『? どうしたの長嶋君? もうすぐで着くのに』

『…………空が綺麗だなと思って』

『いきなりどうしたの?』

『いいから見上げてみろ』

『うん。…って、うわぁ。本当、綺麗だね』

 

 そんな声が聞こえ、私はあいつがどうして立ち止まってるのか理解した。

 おそらく、驚かす準備の時間稼ぎのつもりなのだ。

 そう思った私はなのはのお父さんに伝えようとしたけど、先にあちらが理解したのか、「みんな、クラッカーを持って」と指示を出した。

 全員が持って待っていると、それに合わせたのか再び歩く音が聞こえた。

 

 そしてなのはが入ってきた瞬間。

 私達はクラッカーを鳴らして「なのは、誕生日おめでとー!!」と言った。

 

 こうして始まったけれど……。あいつ、クラッカーを鳴らした瞬間消えなかったかしら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この世界じゃ容易に人に銃口を向けないと理解しているし、祝いの日にそんなことをしないことも分かっていたはずなのだが……いかんな。前世でのものが体に染み付いてしまっている」

 

 ハァッとため息をつきながら電柱から姿を現す俺。

 マジでビビった。なんだよ、あれ。なんであんなものが普通に売られてるんだよ。

 そんなことを思いながら翠屋にもう一度入ろうと店の前に立ったが、先程逃げた手前入り辛い。あと、割と目立ってる上にあちらから様子が丸見えなのでものすごく恥ずかしい気がする。

 

 いっそのことプレゼントだけ置いて帰ろうかと考えていると、中からバニングスが出てきた。

 

「入らないの?」

「恥ずかしい」

 

 そう言うと、バニングスは目を丸くした。

 

「あんたでも恥ずかしいなんて思うの?」

「こういうのだったらな」

「……そう」

 

 すると、いきなりコップを渡してきた。

 

「空だな」

「これだったら中に入りやすいでしょ? 準備に来なかったけど、最後のアレの時間稼ぎしてくれたみたいだし」

「気付いてたのか」

「あんたの会話の変化でね」

 

 そういうとバニングスはすぐに戻ったので、俺は片手にコップを持ち、箱は潰れないように抱えながら扉を開けて久し振りに翠屋の中に入った。

 

 

 

 

 のはいいのだが。

 

「君が長嶋君!? うわぁ、ものすごい無表情な顔だね!」

「ハァ……」

 

 入って早々メガネをかけた女性に話しかけられた。

 おそらく高町の身内だと思うのだが、一回も顔を見たことがないので分からない。

 あちらも分かってなかったようなので、俺は遠慮なく質問してみた。

 

「お名前は?」

「あ、そうだった。私の名前は高町美由希。なのはのお姉ちゃん」

「……美由希さんですか。俺の名前は長嶋大智です」

「不思議な子だね、なのは」

「え、うん。結構不思議なんだよ、長嶋君」

 

 名前だけの自己紹介をしたら高町とそんな話をする美由希さん。

 

 ふむ。あまり人と関わりを持たなかったから情報がない意味での『不思議』なのだろう。そんなことを考えていると、桃子さんが訪ねてきた。

 

「そういえば、竜一さんと怜奈さんはどうしたのかしら?」

「両親は面倒だったので家においてきました。まぁ二人もどこかへ行こうと思っていたらしいですが」

「よくやった大智君!」

 

 両親の所在を質問されたので素直にどこかへ行ったと伝えると、士郎さんが喜んでいた。

 

 本当に会いたくないみたいだな、うちの親父に。

 そんなことを思いながら、士郎さんに勧められるがまま料理を食べることとなった。

 

「そういえば長嶋君」

「どうした月村」

 

 ある程度食べて満足した俺は一人離れて箱を誰もいないテーブルに置き、椅子に座ってボーっとしていると、月村が話し掛けてきた。

 やれやれ。今日はいろんな人と話す日だな。他人と話す人数なんて、きっと過去最高だろう。

 しかし今日の主役って高町だよな……など考えていると、何故か正面に月村が。

 

「?」

「どうかした?」

「いや……今日は結構な人と会話したなと思って」

「よかったじゃん」

「そうなんだろうが……疲れる」

「慣れればいいと思うよ」

 

 そう言って微笑む月村。印象的には聖母マリアだな。あの人は敵として出てこなかったらよかったけど。

 もしそうなったら世界中の犯罪者が洗脳されて……

 

「長嶋君。また上の空だよ?」

「……あ、悪い。で?」

「その箱って、なのはちゃんへの?」

 

 そう言ってテーブルに置いてある縦長の箱に視線を注ぐ月村。

 そんなに気になるものだろうかと思いながら肯定すると、「……手作りなんだよね?」と確認された。

 

「そりゃそうだろ。親父に機械借りて、パソコンで図面引いて、材料漁って、納得いかないから削っての繰り返し。箱とかの準備できたのに渡すものができないものだから、さすがに焦って昨日は徹夜した」

「……色々と言いたいことはあるけど、長嶋君って凝り性?」

「たぶんな。納得いくまで妥協せずに作るから」

「すごいね、本当」

「そうか?」

「そうだよ。その人に贈るものを一所懸命に作ったんだから。誰もバカにできないし、みんな尊敬するって」

「ただの自己満足だがな」

 

 なぜか褒められたのでそう言うと、「そこは直さないとダメだよ」と顔を近づけていってきた。

 直すも何も一面を述べただけなんだが……なんて思っていると。

 

「なんであんたたち見詰め合ってるのよ?」

 

 バニングスが横から不機嫌そうに聞いてきたので、俺は顔をバニングスのほうへ向け、「何か用か?」と聞いてみた。

 すると、バニングスは黙って後ろを指差したので追ってみたら、高町が家族と楽しく談笑していた。

 ……ウサギの人形を持って。

 

 なるほど。もう渡して構わないと。

 そう納得した俺は箱を持って椅子から立ち上がり、「渡してくる」と言って向かうことにした。

 

 

 

 

「高町」

「え、何この箱?」

「プレゼント」

「……え?」

 

 高町に呼び箱を渡したら不思議がられたので正直に答えたら、目を大きく開けてこちらを凝視していた。

 

「おかしいか?」

「え、ううん! 違うよ!! ちょっと驚いちゃっただけ!」

「そうか」

「うん……開けても、いいかな?」

「構わん。金がないから全部作ったものだが」

 

 ため息交じりでそういうと、高町の開ける仕草が止まり、翠屋の時間も止まった気がした。

 

 ん? 何かまずいことでも言っただろうか?

 バニングスと月村以外=高町家の全員が固まったのを見て首を傾げながらそんなことを思っていると、恐る恐るといった感じで士郎さんが訊ねてきた。

 

「ということは……プレゼントも、その箱もなのかい?」

「えぇ、まぁ」

 

 材料費や工賃は気にする必要なかったので。

 そう言いたかったが、とても言い出せる雰囲気じゃなかったため口をつぐむことにした。

 

 少しして、高町がおもむろに包装紙を外して箱を見る。

 箱も包み紙と同じで、ちょっと頑丈そうな紙をもらってプリンターでデザインを印刷。それを組み立てただけ。丁度上が外れるようなものにしたので、特に問題はなかった。

 ちなみにデザインなども自分で考えた。かなり悩んだがな。

 

 一週間でよく出来たな、俺などと今更自分を感心していると、高町が「スゴイ……」と言って息を漏らしたのが聞こえた。

 何に感心しているのだろうかと思い考え事をやめてそちらに目を向けると、どうやら箱を開けて中身を確認したらしい。

 

「これ、本当に長嶋君が作ったの?」

「何度も言わすな」

 

 高町が恐る恐ると言った感じで箱から中身を取り出して聞いてきたので、さすがに鬱陶しくなったからそう言って背を向けたら、バニングス達も息をのんでいた。

 

 はて。一体何を驚いて……いや、小学三年生で渡したもの全部作り物というのには驚くか。

 他に驚くことあったかねなんて腕を組んで考えていると、いつの間にか全員に囲まれ一斉に同じことを言われた。

 

「これが手作り!?」

 

 悪いか。ステンレスで作ったウサギ(図鑑参照)のロケットペンダント。




それでは……と、そう言えば四十話になりました、この作品。いつ消えるか分かりませんが、頑張って投稿していきます。


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41:雨の日の登校風景

六月は早く終わるので今日中に登校します。


 あの後。

 

 高町の誕生日会で渡したものが驚愕だったらしくすごい質問攻めにあい、解放された時には帰って寝たいと思いが生まれていた。

 お開きとなったのでさっさと家へ帰る前に片付けの手伝いを行ってダッシュ。その後風呂入って寝た。

 

 で、今は六月。

 特に何事もなく過ぎて行ったのだが、俺はそう言えばそんな季節だったなと窓を見ながら思った。

 

 そう。雨が降っているのだ。

 

「もう梅雨か……」

「いや、お前傘とか持ってるだろ? というか、今までどうやって行ったんだよ?」

「【力】のおかげか全く濡れなかった。だから傘なんて持ってない」

「……体一つで行ったのかよお前」

「これからどうするのよ? もうすぐ時間でしょ?」

 

 母親にそう言われ時計をちらっと見る。

 確かにもうすぐ時間だな。早く決めなくては。

 どうするか……等と考えていると、インターフォンの鳴る音が。

 

「……」

「ほら、早くしなさい。バス代ならあげるし、傘なら適当に持っていけばいいから」

 

 俺が黙っていると誰だか見当がついているらしい母親はそう言って、小銭を渡してきた。

 

 これもうあれだな。素直に従うしかないな。時間もないし。

 あきらめに似た結論に至り、俺は小銭を受け取って鞄を持って傘立てに入っていた傘を適当に一つ持って「行ってきます」と言って外に出た。

 

「おはよう大智君。今日は雨だね」

「そうだな」

 

 そう言って傘を開こうとするが開かない。

 

「?」

「どうしたの? はやく行かないとバスに遅れちゃうよ?」

「……だな」

 

 高町に言われ俺は持っていた傘をその場に置き、そのまま玄関を出た。

 俺が傘を置いて走ってきたのに高町は驚いて、近くまで行くと俺の方に傘をよこして怒ってきた。

 

「なんで傘を置いてきちゃうの!?」

「時間ないし。換えに戻るの面倒だったし。高町が待ってそうだったから」

「……」

 

 最後の方で高町が顔を背けた。一体何が悪かったのだろうか。

 少し考えてみたかったがそれをやるには時間が足りないので、俺は傘から飛び出して「さっさと行くぞ」と言って駆け出した。

 

「あ! 待ってよ!!」

 

 それに気付いた高町が、濡れないように気をつけながらも追いかけてきた。

 

 ……学校着いたら制服どうするか。

 

 

 

 バス停に着いた俺はそのままバスに乗り込む。

 傘なしで走ってきたので全身びしょ濡れ。鞄の中身が心配だが、それ以上に制服とかが肌にくっついて変な感じがする。

 前世だったらこんなことなかったんだがな……なんて思いながら座ることが出来ずそのまま立ちっぱなしでいると、少し遅れて息切れの状態の高町がバスに乗ってきた。

 

 傘を閉じながら乗ってきた高町は俺の姿を見るなり「だから傘置いてきちゃダメだって言ったんだよ!」と怒ってきた。

 俺はというと運転手の優しさで渡されたタオルで髪を拭きながら、「分かったから席に座ったらどうだ? あっちで待ってる人いるみたいだし」と奥を指さして言った。

 

 しかし運転手はなぜタオルを持っていたのだろうか? 高町が何か言いながら通り過ぎて行ったのを見ながら、ふとそんなことを考える。

 もしかして自分も濡れるだろうから持っていたのだろうか? それとも別な理由か?

 

 そんなことを考えていたら、いつの間にかバスは発車していた。

 

 

 

 

 何事もなく学校付近に着いた。

 一番近かったので金は払ったが、出ようにも雨が降っている。校舎まで濡れるのを覚悟すればいいだけなのだが、そうすると上履きとか履けない惨事になることは単純明快。

 

 さてどうするかと他の奴らが出ていく邪魔にならない様に動きながら思案していると。

 

「あんたって、たまにバカみたいな行動取るときあるわよね」

「ある意味長嶋君らしいけど」

「でも傘ぐらいはちゃんと持ってきてほしいかも」

 

 降りるらしい三人に口々にそう言われた。

 

 どうやらこいつらが最後らしい。

 それじゃ、こいつらが降りたら俺も覚悟決めて降りないとだめかと思っていると、不意に腕を引っ張られた。

 

「あ、おい」

「早く降りないと遅刻しちゃうでしょ? だから、あんたが傘持ちなさいよ」

「いや、それは別に」

「いいから!」

 

 そんなやり取りで押し付けられたバニングスの傘。

 とりあえず礼を述べて傘を受け取り、バスから降りて傘を開く。

 今度はちゃんと開いた。なんか感動するな。

 そのまま月村、高町と降りて、最後はバニングス。

 どうするつもりなのだろうかと思ったが、俺一人で使う必要はないかと思い降りる場所まで行って待つ。

 バニングスは驚いたようだが、そのまま降りてきた。

 

「すずかと一緒に行こうと思ったんだけど……意外ね。こういうことしないと思ったわ」

 

 隣に来たバニングスが俺の顔を見ずにそんなことを言ってきたので、俺もバニングスを見ずに返した。

 

「借りたのに貸してくれた本人を濡らそうと思う程、俺は人の道を外してないぞ」

「……そうね」

 

 それ以降の会話が望めないので、俺は「歩くぞ」と言ってバニングスを促し歩き出した。

 バニングスは、普通に俺の横を歩いていた。

 

 あくまで、普通に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助かった。ありがとう」

「べ、別にいいわよ。あんたに前助けてもらったことあるし」

「借りは返す、か」

「そりゃそうよ」

 

 校舎に入った俺はバニングスに傘を返してそんな会話を交わし、教室に向かおうと思ったが、すぐさま放送で理事長室に呼び出された。

 

「……またか」

「あんた理事長に最近呼ばれるけど、一体何かしたの?」

「別に何も」

 

 そこからさらに何か言われそうだったので、俺はさっさと上履きに履き替えて廊下を濡らさないように理事長室まで走っていった。

 

 

「来たぞ」

「体操着に着替えたまえ。如何に自業自得とはいえ、風邪を引かれるとこちらも困る」

「その為に俺を呼んだのか?」

 

 理事長の言葉に従い何故かここにある俺の体操着に着替えながら訊くと、「まさか」と肩をすくめた。

 

「じゃぁなんだよ」

「助言をしておこうと思ってな」

「助言? なんでまた」

「君に死んでもらいたくないから、だな」

「その内死ぬぜ、俺。今は死ぬ気ないが」

「なら助言しよう。夏辺りから君はまた巻き込まれるだろう。その時は面倒くさがらずに関われ。どちらの立場になっても、だがね」

「なんで先の事を?」

「私が忘れそうだからだよ」

 

 そう言って理事長は椅子を回転させ俺に背を向けた。俺はというと、着替え終えていたのだが……

 

「授業始まってるし」

「制服をどうにかしたまえ。それから行けば、この授業が終わった後だろう」

「分かった」

 

 授業が始まっていたので、俺は理事長の言葉に従い濡れている制服をたたんで体操着が入っていた袋の中に詰め込んで理事長室を出た。

 

 ゆっくり歩いたら本当に先程の授業が終わった後で、体操着姿の俺を見たクラスメイトのほとんどが一斉にこちらを向いた。

 

 珍しいだろうな俺だけ体操服だというのは。そんなことを思いながら平然と自分の席に座って次の授業の準備をしていると。

 

「どうしたんだい長嶋君。ひょっとして、雨に濡れて学校に?」

 

 委員長が驚いて訊いてきた。

 

「まぁ。バス停に着くまでは」

「なんでまた?」

「傘が開かなくて時間がなかった」

「……それは本当に傘なのかい?」

「傘立てにあったし傘の形状をしていたから」

「それはまた……」

 

 何とも言いにくそうにしている。

 まぁおそらく親父が作った傘なので、とんでもないオーバーテクノロジーがあるに違いない。

 ……割と単純なものだった気がしないでもないが。

 

 そんなことを考えていたら、急に委員長が小声で話しかけてきた。

 

「(ねぇ。そういえば聞きたいことがあったんだけど)」

「なんだ?」

「いや、大きな声出さないでほしいんだけど」

「(で?)」

 

 怒られたので同じく小声にしたら、委員長はちらっと視線をある一点に移してから俺に訊いてきた。

 

「(……ここ最近高町さん達といろいろあったみたいだけど、何かやらかしてない?)」

 

 ここ数日の事を瞬時に思い返した俺は、「やったな。色々と」と答えた。

 

「(例えば?)」

「(お前と俺を転生させた神様の命令で行った先に高町たちと遭遇したり)」

「(……なんで神様にそんな命令受けるの?)」

「(高町の誕生会に士郎さんに圧勝して怖がられたり)」

「(勝てる方がおか……いや、長嶋君ならあり得るかな)」

「(とりあえず金がなかったから高町にステンレス製のペンダントを作って渡したり)」

「(それもうアウトだよ! 何手作りで装飾品作ってるのさ!?)」

「慣れれば楽だぞ?」

「そう言う問題じゃ!」

「斉原に長嶋。いい加減喋ってないで授業の準備しろ」

 

 そんな先生の声に驚いて周囲を見渡す委員長。そして事態を把握したのか顔を赤くさせて、「すいません」と言って自分の席に戻った。

 

 俺はというと、のんびりと雨に打たれている窓ガラスを見ていた。




【力】を失う前の大智は余程チートみたいだったようです。


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42:雨の日の授業風景

これにて六月終了。次回は七月になります。


 昼食の時間の前の授業。

 体育だったので体育館に行った俺達だったが、そのとき先生が「じゃ、バスケットボールやるぞ」と言ったのでバスケに。

 

 なんで球技しかやらないのだろうかと思いながら適当な場所からゴールにボールを一人でいれていると、何故か周りがざわついていた。

 なぜだろうと思ったが気にせず、とりあえずドリブルをやってみることにしたのだが。

 

「遅いな……」

 

 バンバンバンと床から反発して戻ってくるのはいいのだが、ものすごい遅い。

 前世ではシュートさえできればよかったからな……等と思いながらその場でバウンドさせ続けていると、ボールが一球こちらに跳んできたので、空いている手で顔面に当たりそうになったボールをキャッチ。

 

 一体誰が飛ばしてきたのだろうかと思い跳んできた方向を見ると、飛ばしてきた張本人である高町はおろか他の奴らも固まっていた。

 仕方がないのでボールをバウンドさせつつ歩きながら高町の方へ行き、ボールを渡す。

 

「ほら」

「あ、ありがとう……」

「暴投するなよ」

「しないよ!?」

 

 冗談交じりの注意をしただけだというのに怒る高町。きっと昔やったことがあるんだろうな、暴投。

 こんなのでこいつは動けるのだろうかと思いながらバウンドさせながら歩いていると、「試合やるぞー」という先生の声が聞こえた。

 

 どうでもいいがドリブルの練習してないんだ、俺。

 何とかなるのかねぇと思いながら、なぜか男女混合五人でバスケをやる羽目になり、チーム決めの際に「長嶋は余ったところでいいなー?」と確認され、結局高町と霧生と水梨と委員長のところへに決まった。

 

「お前が来たら圧勝確実だな!」

「いや、お前らもがんばれよ」

「そうだよ元一。あれだけ3Pいれまくったんだから当然制約があるに決まってるよ」

「頑張りましょう、高町さん」

「うん!」

 

 ちなみに、俺へのハンデは相手チームに十点加点状態のスタートと、自分のコート外のシュートは全て一点になるとのこと(俺だけ)。

 ハンデにしては楽だなぁと思いながら、俺達は気合を入れた。

 

 

 第一試合。

 相手はバニングスのチームだった。

 基本的に男子連中に特攻させたり自分でシュートしに来たりとしているが、ゴール下に俺がいるせいか誰もシュートできず(全部ボールをカットして)、また、そのボールを高町や霧生たちにパスしてカウンターを敢行した結果、十対十六ぐらいで勝った。

 

「……なんでシュートする直前にカットできるのよ?」

 

 試合が終わったらバニングスが恨めしそうに聞いてきたので、俺は「立っていれば相手がどう動くのか丸わかりだからな。どこでボールがどう動くか見極めて、取りやすいところでカットする」と何の気なしに答えたら、呆れた感じで「あんた、本当に天才だわ」と言った。

 

 別に天才じゃなくてもこれくらい慣れれば簡単なのだが……そう言おうと思ったが、委員長に呼ばれたので何も言わず、委員長たちのところへ向かった。

 

 

 第二試合。

 相手は天上のチーム。

 基本戦術は俺が全部カットしてのカウンター(男女関係なく)で、今回もそれがうまく機能した。

 まぁ最後の一回ぐらいは俺がその場で相手ゴールまで投げて入れ、周囲を唖然とさせたが。

 十対十五で勝った。

 

「くっ! これで勝ったと思わないでくれ!」

 

 そんなセリフを聞いたが、俺は先程までの試合でやった高町のドジの回数及び内容を記憶していたので良く分かっていなかった。

 

 天上が去った後そのドジの内容を高町に言うと、「ご、ごめん。次から頑張るよ」と申し訳なさそうに言い、何故か周囲の視線が厳しかった。

 

 おかしなことを言ったつもりはないのだが?

 

 

 第三試合。どうやら時間的にこれで最後らしい。

 相手は……月村のチームか。

 どうしたものか。ドッジボールが強いのは分かるが、それ以外は全く分からない。

 まぁどちらにせよ構わないか。そう思って集中しようとしたが、「長嶋。お前、ゴール下にいるの禁止な」と言われ、仕方なく高町と交換して水梨とは逆側へ。

 

 で、始まったのだが……流石に可哀そうになったのでシュートする気など起きず、パスカットして周りの味方にパスするだけに従事した。

 その結果十四対十二で負けた。

 

 なぜだか月村チームを他の連中が称えていたが、数名は俺に対して視線を送っていた。

 

 手を抜いていなかったと言えばウソになるが……勝負なんて時の運だろうに。

 そんなことを思いながら、俺は黙って使ったボールを、入っていたかごに全部入れた。

 

 あった場所から無造作に投げて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして昼食。

 

「最後の月村さん達との試合。なんでシュートしなかったのさ」

「先の二試合で俺が完全に浮いたからな。最後の試合は目立たない様に動くことに重点を置いただけだ」

「……そんなの、今更じゃないか」

「何が?」

「君が体育の授業で完全に浮くのは今に始まったことじゃないってこと」

「……そういえばそうだったな」

 

 体育の次の授業を普通に過ごして委員長と一緒に昼食を食べ始めたところ、開口一番からそんな会話をしていると。

 

「ちょっと雄樹に長嶋! 俺の事助けてくれ!!」

「い、一緒に食べましょう? 霧生君」

 

 霧生が水梨から逃れる様に俺達に助けを求めた。

 俺達を食べるのを中断してそちらを見ると、机にしがみつきながら俺達のところへ来ようとしている霧生と、それを必死に阻止しようとしている水梨の姿が。

 当然、周りもちらちらとその二人を見ているが、大して気にしていないらしい。いつもの事で済ませているようだ。

 

 だが助けを求められている俺達はそうもいかない。

 仕方なく俺は霧生に訊いた。

 

「どうしてそこまで嫌がるんだ?」

「事情は助けてくれたら話す! だから今は何も言わず助けて!」

 

 言葉に必死さがにじみ出ている。余程嫌なようだ。

 それに比例してか水梨が込める力が上がった。余程離れたくないようだ。

 再び俺達は顔を見合わせて目配せをし、委員長に答えを任せた。

 

「だったらさ、水梨さんや元一も僕達と同じところで食べればいいんじゃないかな?」

「! そ、そうだな! 木在、ここで斉原たちと一緒に食べようぜ!?」

 

 委員長の案に乗っかった霧生はそう水梨に提案すると、「いいですよ!」と言って放し、前のめりで突っ込んでくる霧生を助けずに放置。

 

 結果、盛大にこけた。

 

「大丈夫か?」

「そこは助けろよ大智!」

 

 声をかけたら元気に起き上がったのでスルーして食事を再開した。

 それを見た霧生は何か言いたそうだったがため息をついて隣の机二つを俺達と同じように並べ、俺の隣に座り、水梨は委員長の隣に座った。

 

「こ、これ霧生君のために作ったお弁当」

 

 座るなり水梨が霧生の机に置いたのは普通のお弁当箱。

 しかし小学生で他人に弁当を作るなんて……本当すごいな。

 

「君は重箱に詰め込みまくってきたよね」

「大体が冷凍食品だったりしたぞ、あの時は」

 

 もはやお馴染みとなったツッコミを素早く返して霧生の顔を見ると、なんか覚悟を決めていた。

 黙って霧生は弁当箱を開ける。

 俺達もその時中身を見たが、別段おかしいところはない。

 

 こいつは何で嫌がってたのだろうかと疑問に思っていると、急に何とも言えぬ強烈な匂いを嗅ぎ取った。

 

 なんだ一体これは? そう思って匂いの発信源を見ると、霧生が食べようとしている弁当だった。

 

「…………」

 

 思わずガン見する俺。

 

 これはもしかしなくても……なんて思っていると、委員長が俺に言ってきた。

 

「長嶋君。人の弁当まで狙うって食い意地の張りすぎだよ」

「いや、別にそうじゃない」

 

 委員長に反論するときに視線を外したが、あの弁当箱の中身が少々気がかりになった。

 まぁそんな風に考えていると食べ終わっていたので仕方なく弁当箱をしまって、俺達は霧生が食べ終わるのを待つことにした(水梨は時折霧生を見ながら弁当を食べている)。

 

「南無三!」

 

 なぜか意気込み、箸でつかんでいた卵焼きを思いっきり口に運ぶ。

 

 知ってるか? 南無三は正確に言うと「南無三宝」。仏に助けを求めるという意味もあるが、失敗したとかそう言う意味もあるんだぜ?

 

 とかやっていたら霧生が突っ伏していた。

 

 ……は?

 おい。ちょっと目を離した隙に何があった。

 俺が内心でそう思っていると、いつもの事なのか水梨が「もう、要りませんか?」と訊いていた。

 

 …………あー。これはやっぱりそうなのか。

 先程の匂いと今の霧生の状態を見て、俺は水梨の弁当について当たりをつけていた。

 

 要するに、味がおかしいのだろう、あの弁当。

 じゃなければ、弁当箱から微かに異臭を感じない。

 委員長も同じ結論に至ったのか、水梨にそれとなく聞いた。

 

「水梨さん。そのお弁当、ちゃんと作れたの?」

「はい。作れましたよ」

「「…………」」

 

 自信満々に言うので、俺達は顔を見合わせた。

 

 すると、起き上がった霧生はそのままの勢いで弁当を完食し、「ごちそうさま!」と言って教室を駈け出した。

 そのスピードに驚いたが、俺は黙って隣の机を元の位置に戻した。

 

 委員長も、水梨が座っていた席を元に戻した。そして、自分が使っていた席を戻した。

 

「ねぇ長嶋君」

「…なんだ、委員長」

「水梨さんの弁当ってさ……」

「おそらくな」

 

 というより、いつの間に水梨も消えていたのだろうか?

 まだまだこの世界には驚きが満ち溢れているなと思いながら、そう言えば俺、バス乗って学校来たなと思い返した。

 

 

 

 放課後。

 俺は委員長と一緒に霧生の元へ向かった。

 

「で? 僕達に助けを求めた理由はうすうすわかってるけど、どういうことだい?」

「ちょっと場所移そうぜ」

 

 そう言うと鞄を持って席を立ったので、俺達も霧生の後を追った。

 

「ここら辺でいいか。……で、俺がいつも助けを求めてる理由だっったな」

 

 俺達がいるのは学校の図書室の奥。誰も来ない場所らしい。

 来る途中人はちらちらと見たがどうしてこちらまで来ないのだろうかと思っていると、霧生は語り始めた。

 

「まぁ頭のいい二人なら気付いてるだろうけど、あいつの、俺にだけ作る弁当が……不味いんだよ」

「「やっぱり……」」

「あいつが作るのは本来普通らしいんだが、俺の弁当を作ってくれる時だけ、らしい」

「どうしてだい?」

「一年の頃だよ。俺が両親が作ったと思われる卵焼き食って死にかけて外に出ようとした時、丁度あいつも作ってみたのを俺に食べてもらいたかったからか家の前にいてな。黙って皿を目の前に出されたから、空腹以上にやばいのを抑え込むように全部食べたんだ。……そのあとに失敗作だと知ったけど、もう味を気にできなかったほどだったし。まぁ失敗作を食べさせたことに罪悪感を感じたらしいが、俺が食べられるのだから気にするなと言ってからなんだよ」

「君に弁当を作ってくれたり、その弁当があれだったり?」

「ああ。どうもあの時の記憶が美化されてるらしいんだ」

「それでお前好かれているんだろ?」

「バ、バカ言ってるんじゃねぇ!」

 

 顔を赤くして反論する霧生。一応は好意に関して気付いてるらしい。

 さらに追及したかったが、俺は別にいいかと思い話題を戻すことにした。

 

「で、その弁当を食べたくないんだな、今」

「まぁな」

「正直に言えばいいだろう」

「そんなこと言えるわけないだろ」

「そうだよ。作ってくれた人に失礼だよ」

 

 不味いなら不味いとちゃんと言えばいいのに、なぜ二人からダメ出しをされたのだろうか?

 そんな疑問を抱きながら、「言わないからここまで長引くんだ」と言うと、バツの悪そうな顔で「そりゃそうなんだけどよ」と霧生は言った。

 

 だとしたら俺にできることはないので、「そう言う理由なら今後助けを求めたときは無下にしない」と言って先に教室へ戻った。

 

 教室に戻ると、案の定誰もいなかったので鞄と体操着袋を持って教室を出た。

 昇降口を出ると、まだ雨が降っていたので、帰るまでに風邪を引くかどうか、だなと思いつつ、いつも通り走って帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ。お前が持っていこうとした傘。雨粒当てれば自動的に開いて十秒間当たってなかったら勝手に閉じる仕組みだったんだが」

「……マジで?」

 

 そんな親子の会話が繰り広げられ、全部洗濯に出された上に風邪を引きかけていた。




お読みくださり感謝です。


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43:七月入って

六日ぶりに投稿です。


 六月は結局雨の降った日は合羽にビニール袋(カバン用)、タオルの三点セットで乗り切った。というか、雨が降ったら基本的にこれで行こうと思っている。

 

 まぁ雨が痛かったりしたが。

 

 で、特に特筆すべきものがなく過ぎていき、気付けば梅雨が明けて七月になっていた。

 制服は衣替えをしており、基本的に袖が短く生地が薄いもの。

 

 そんな中俺は。

 

「うおぉぉ!」

 

 バスと並走できるぐらいに走力が上がった……のかもしれない。

 さすがにずっと走り続けたり筋トレをしているおかげか、昔に少し近づいた気がする。

 そのせいで体育の時間は悪目立ちして一人傍観することが多くなってるが。

 いや。ちゃんと抑えてはいる。抑えてはいるのだが……正確無比なコントロールとか、どんな場所でも点が取れるとか、打ったら飛ばし過ぎるとか、走るのが速過ぎるせいでどうにも。

 

 ……バントやったはずなのにセンターヒットになった時はさすがに俺も驚いた。

 

 で、その度に何度も斉原や高町たちに怒られる。確かに小学生の動きにしては恐ろし過ぎるだろうが、これでも抑えてる方なんだ。察してくれ。

 

 そんなこんなで、俺は今日も、少し強い日差しの中走る。

 

 

 

 

 

「もう少しで夏休みだね」

「最初は何言ってるんだこいつと思ったが……やることがなくて暇になる」

「……なんだろうね。僕と大智は同じことを言ってるはずなのに、会話がかみ合ってる気がしないんだけど」

「だろうな。前世じゃ休みなんて休戦日の大晦日と元日だけだったことを鑑みてそう思っただけだし、宿題が簡単すぎて一日あれば大体終わったから」

「うん前世の話はやめよう? 君の前世を聞きたくないから」

「軽々しく話すものでもないし、別に興味なくてもいいがな」

「おっす。相変わらず仲良く話してるな、大智に雄樹。何の話だ?」

 

 二人でこれからの話をしていると、霧生が話しかけてきた。

 

 ちなみに、あの件(水梨の弁当)以降霧生は俺の事を「大智」と呼び、それに便乗したのか斉原もそう呼んでいる。

 俺は委員長の事を「斉原」と呼んでいる。というか、そろそろそう呼べと言われた。

 

「何って、今月の終わりごろから夏休みだねって話」

「でもその前にテストあるだろ?」

「それが?」

「俺、点数悪かったら夏休み遊べないんだ……」

「ちなみに元一っていつもどのくらいだっけ?」

「百八十ぐらい。これ以上下がったらアウトだぜ」

「大変だな」

 

 俺がそう言うと、急に霧生が舌打ちした。

 

「どうせ大智は今回も全教科満点なんだろ?」

「さぁな。問題なんて時の運だから分からんよ」

「うわっ、嫌味っぽいわー」

「そう聞こえるのは僻んでる証拠だ。自分で努力して納得しろ」

「良いこと言ってるけど、それって自分で何とかしろってことだよね」

 

 苦笑しながら俺の言ったことを要約する斉原。

 だが実際そうだと思うんだが……一体何が悪いのだろうか? と首を傾げていると、霧生が斉原に泣きついていた。

 

「だから頼む雄樹! 勉強教えてくれ!!」

「え、い、いや……」

 

 霧生の頼みごとに少し困った斉原の姿を見て、俺は「おや?」と思った。

 いつも(俺が知っている範囲では)だったら特に用事がなければ即決するいい奴なのだ、あいつは。

 なのに今回は渋った。これは如何なことだろうか?

 

 少し考えて出した予想の候補としては、やはり管理局関連なのだろう。それを何も知らない霧生に知られたくないと考えている……といったところか。

 

 こりゃおそらく霧生が絶望するだろうなと傍観していると、急に俺の名前が呼ばれた。

 

「あ?」

「な、なぁ大智! 勉強教えてくれ!!」

「なんで俺が?」

「雄樹が言ってたんだよ。お前のノートは見やすいし分かりやすいから、教えるのもうまいんじゃないかって」

「斉原……」

 

 余計なこと言いやがってと思い斉原の方を向くと、「僕も教えてくれるといいかな」と訊いてきた。

 

「ノート見て復習しろ。そんだけやればテストなんて八割取れる」

「残り二割は?」

「努力」

「じゃぁその二割をとるための努力をしたいから、教えてくれない?」

 

 ……最近斉原が腹黒い気がするんだが気のせいだろうか。

 そんなことを思いつつ、根負け(と言うか張り合うのが面倒になった)した俺は「いつからやるんだよ?」とため息をついて訊いた。

 すると二人が(特に霧生が)嬉しそうに「「じゃ、今日からでも!」」と言って席に意気揚々と戻ったので、このぐらいで躓いてるんじゃねぇよ……なんて思いながらため息をついてると。

 

「何? あんたもテスト勉強するの?」

「聞いてたのか、バニングス」

「いや、さっきの二人の声を聴いてれば分かるわよ、それぐらい」

「……で? 一緒にやらないかと言う誘いに関しては断りたいのだが?」

「………本当、どういう頭をしてるのかしら?」

 

 呆れているバニングスに対し、俺は懇切丁寧に解説した。

 

「お前が俺のところに来るのは大抵用がある時だけ。そしてお前が今「あんたも」と言ったことから推測すると、お前達も勉強することは明白。となると大体の提案は一緒にやろうというもの……違うか?」

「いや、違わないけど……」

「けど?」

「なんでもないわ!」

「? そうか」

 

 急に声を上げたので不思議に思ったが、本人が何でもないというのだから気にしないでおこう。

 そして俺は「もうすぐ始まるぞ」と言ってバニングスを席に返した。

 

 

 

 

 

 

 昼食。

 

「そういえば来週からプールだったね」

「プール……」

「どうしたんだよ大智」

 

 いつものメンバーとなりつつある水梨と霧生が食べている中、俺は斉原の言葉で過去二年の事を思い出して固まり、それに気づいた霧生が不思議そうに聞いてきた。

 俺は、言おうかどうか悩んだが、言わなきゃしつこいだろうと思い直し答える。

 

「一回も入ってないんだよ、プール」

「マジか? でも成績よかったんだろ、お前?」

「気にしたことがない」

「というより、どうして入ってなかったのですか?」

 

 俺の言葉に霧生は呆れ、水梨は尤もな質問をしてきた。

 それに俺は答えようとしたが、斉原が口を挟んできた。

 

「それはね、水着を一度も買ってないからだよ」

「え?」

「おいおい……本当かよ、それ」

「ああ」

 

 実をいうと、学校で水着を販売する日があるのは覚えているのだが、お金だけを毎度のごとく忘れる。

 別に泳げないのではない。単純に水着に関して必要性を感じなかっただけだ。

 そんなことを思いながら頷くと、霧生が額に手を当てながら言った。

 

「……ちなみに、今年の水着販売日は?」

「明後日あたりだろ?」

「なんで覚えてて買わないんだよ……」

「別に服着ても泳げるし」

「それだと生活がしにくいから水着があるんですよ」

「はだ「それ以上は言っちゃダメだ大智。みんな気まずくなる」

 

 斉原が即座に止めてきたので、俺は仕方なく黙ったが、内心なぜ裸で泳ぐことを言ってはダメなのだろうかと不思議に思っていた。

 

 前世じゃ海龍神と戦うとき裸だったし、潜水艦まで潜るときもそうだった。

 さすがに機雷群に突き落とされた時は普通に制服だったが。

 

 本当によく生きてたなぁと思い返していると、霧生が「お前水着買えよ! 当日に金持って来いよ!?」と怒ったように言ってきたので、「覚えてたら」と言ってその話題を終わらせることにした。

 

 が、そうは問屋が卸さないらしい。

 

「電話すればさすがに持ってくるよね?」

 

 斉原がそんなことを言ってきたから。

 

 別にいいだろうにそこまで執拗にしなくても。そう思いながら「必要ない」と言うと、「だったらお金を持ってきてね」と笑って言われた。

 

 ……やられた。

 さっきも似たようなやられ方をしたばかりなのに学習能力ないのだろうかと思いながら、ため息をついて頷いた。

 

 何やら視線を向けられていたが、一体なぜだろうか?




今回から七月に入りまして、ちょっと数話挿んでから夏休みになります。

そこで『闇の書』に関することが始まる…かもしれません。


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44:テストに向けて

日常をちょくちょく混ぜていたら六十話越え辺りで闇の書事件に関わり始める……なんて見通しに。一話にまとめると話数が減りますが、文字数が増えるという。

という訳で、ご覧下さい。


 放課後。

 とりあえず俺は斉原と霧生に声をかけて話を切り出した。

 

「どこで勉強するんだ?」

「僕の家でもいいと思うけど、大智は少し遠いよね」

「ああ」

「だったらどうする? 図書室でやるか?」

「だったら教室でいいだろ。幸い残ってる奴らほとんどいないし」

「まぁ面倒だっていう考えは分かるけどさ」

 

 そんな風に三人で悩んでいると、まだ帰っていなかったのか月村達が話しかけてきた。

 

「何悩んでるの?」

「どうしたの?」

「珍しいわね、考え込んでるのなんて」

 

 バニングス以外は首を傾げて話し掛けてきた。なんだこいつ。二人に言わなかったのか。

 まだ俺が手伝うと思っているのだろうかと思いながら「じゃぁ図書館でやろう。だったら二人も問題ないな?」と霧生たちに訊いた。

 すると霧生はすぐさま頷いたのだが、斉原は少し渋った。

 

「そこはちょっと困るかな……」

「なぜだ?」

「公共施設ってあんまり長居してると怒られるでしょ? だからね」

「あーそれは確かに」

「それを言ったら入館時間から入り浸りの奴らはどうする?」

「そこまでの人はいないでしょ」

「んで? 結局どこにするんだよ?」

 

 決まらないことに苛立ちはなさそうだが、それでも焦っているのかせかす霧生。

 ならばどうするかと考えていたところで、高町が何気なく提案してきた。

 

「だったらさ、私達と一緒に勉強会しようよ。丁度アリサちゃんの家でやるからさ」

「よし、斉原の家でやろう」

「「「ちょっと(!)待て!」」」

 

 高町の提案を聞いた俺がすぐさま霧生と斉原にそう言うと、霧生とバニングス、月村に待ったをかけられた。

 

「どうしてだ?」

「お、おま! せ、せせせっかく提案してくれたのに!」

「大丈夫か? 声が震えてるぞ?」

「う、ううううるさい!」

 

 ふむ。どうして霧生の声が震えているのかわからないが、提案に乗らなかった理由が知りたいようだ。

 仕方がないので俺は正直に答えた。

 

「俺はお前と斉原と勉強する約束をした。だが、俺はいっぺんに教えることが出来ないのでバニングスの方は断った。だから別々にしたかったんだが?」

「清々しいほど正直に答えるわね、本当」

「これはさすがにフォローできないからね、僕」

「別にフォローせんでいい。……今日はいいというなら俺は帰る。やることはないが」

 

 そう言って鞄を持って教室を出ようとしたところ、ガシッと勢いよく両肩をつかまれた。

 首を向けると、月村と霧生が。

 

「……なんだ?」

「待て。今日出来なかったら俺は多分終わる」

「そういう人を放って置くの、長嶋君?」

 

 そう言って月村のつかむ力が上がる。どうやら怒っているらしい。

 はっきり言って痛みを感じるほどではないので問題はないのだが、さすがにこのまま引きずってくのは面倒だと思った俺は、何度目かのため息をついて言った。

 

「……………………分かったから掴んでる手を放せ。さっさと行って適当に切り上げて帰るぞ」

「おっしゃぁ!」「やれやれ」「最初からそう言えばいいのよ」「本当だよ」「やっぱり来てくれるんだね!」

 

 喜ぶみんなを見ながら、よく考えたらファンクラブの目の敵にされてるんだよな、俺と今更ながら思い、天上からもライバル宣言受けてたんだよなぁと繋げ、結局その思考を投げ捨てて教室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鮫島さんが迎えに来て車に乗せられて移動した先。

 分かり切っていたことだが、バニングスの家である。

 

「さ、こっちよ」

「お邪魔します」

「久し振りだね、アリサちゃんの家に来るの」

「そうだねー」

「……ここもデカいな」

「あれ? どういうことさ」

「前に月村の家にな」

「それはそれは……って、どうしたの元一?」

 

 ふと斉原が霧生に話しかける。

 そう言えば移動中も黙ってたなと思い振り返ると、思いっきりガチガチになっていた。

 どうやら、事態の危険さを今更に自覚したらしい。

 

 下手したら目の敵になるからな。いや、もうなるんじゃないだろうか。

 そんなことを思いながら、黙っている霧生に話しかけた。

 

「今更緊張するな。もう諦めろ。そして開き直れ」

「無理だ! 難易度高すぎる!! そう言うお前は何でいつも通りなんだ!?」

「いつも通りだから」

「わかんねぇーー!」

 

 後ろでそう叫ぶ霧生。

 

 なんだ普通に叫べるじゃないか。これなら問題なさそうだ。

 そう思っていると、「さっさときなさい」とバニングスが扉越しにそう言ってきたので、頷いて向かった。

 霧生は、慌てて俺の後をついてきた。

 

 

「……最近よ」

「どうした?」

 

 高町達は待っていたようで、バニングスが先導して洋風の造りなのか土足のまま家の中を歩いていると、後ろにいた霧生がポツリと漏らしたので、俺は振り返らずに訊く。

 すると、何やら哀愁漂わせながら答えた。

 

「お前と付き合い始めていつかこうなるんじゃないかなーって思ってたけどよ。思ったより早くてな……」

「は? 何を言っているんだ、お前」

「お前本当にわからないのな……」

「ああ。クラスメイトを特別扱いする必要ないしな」

「そんな考えだったのか……」

 

 と、何やら霧生が納得したようで呟いていると、ビクッと前方の人たちが反応した。

 

 ……一体どうしたというのだろうか。

 そんなに不思議なことを言ってるわけではないだろうにと思っていると、何やらテンションが低いバニングスが「ここでやりましょう」と、いつもより低い声で扉の前に立ってそう言った。

 

 そのまま無言で部屋に入っていく俺達。

 部屋の中はまぁ外装と違わず、十人ほど座っても余裕がありそうなテーブルに先着順に座ったところ、俺は正面に月村、右隣に高町、左に霧生に挟まれた。

 いや、視界にバニングスや斉原も見えるからほとんどが視界に入る場所に座ったんだがな。

 だからなんだと思いながら、俺はカバンを机に置いて言った。

 

「とりあえず、今ある教科の勉強しようか」

 

 

 

 

 

 勉強を開始して数分が経過した。

 現状を簡潔に述べるならば、やることがない俺は教えるのに忙しくなり始め、斉原は傍観し、月村達はなぜか俺に教わりに来た。

 

「……なぜだ」

「そりゃぁ、君が懇切丁寧に教えるからじゃないかな?」

「そう教えてるつもりはないぞ? 教師の話をかみ砕いて教えてるだけだ」

「……そのことを言うんだけどね」

 

 はぁまったく。これでは自習(図書館から借りてる本『誰でもわかる相対性理論』を読書すること)が出来ないではないか。

 あと数ページで読み終わるから一気に読みたいんだがなぁと思っていると、霧生が俺の肩を揺さぶってこう言った。

 

「お前さっさと教えろよ! こちとら夏休みかかってるんだぞ!?」

「だからさっきから教えてるだろ。その答えは教科書に書かれているその公式を使えば求められるって」

「その公式はどうやればそうなるんだよ!」

「そこからかよ……」

 

 揺さぶられながら呆れた俺は、「とりあえず揺さぶるのやめろ。そこから詳しく教えてやる」と言って解放させ、霧生にその公式について教えた。

 

 一方高町たちはというと。

 

「長嶋君のノートって綺麗だね。しかも見やすいし」

「これが毎回テストで満点取ってるあいつのノート……悔しいけど、負けたわ」

「しかもノートのところどころに教科書のページや、ノートの別ページまで書いてある。これならいちいち探さなくてもわかりやすいよ。本当にすごいね、長嶋君」

 

 俺が貸した(強制的に貸すことになった)ノートをめくりながら、そんなことを言っていた。

 そのノートの書き方は小学一年のころからだ。

 あまりにも授業がひますぎたので、いっそのこと本みたいにするかと思いながら書いていたら、いつの間にかそんな風になっていた。

 今では斉原に貸すのでより分かりやすく『ポイント』とか注釈を書いたりする。

 

 ……それが必要だったかどうかは置いといて。

 

 ここまででわかったのは、高町は理数系が得意で、委員長やバニングスや月村は全教科、霧生は特にないこと。

 逆に不得意なのは、高町が文系、霧生がほぼ全教科(といっても過言ではない)といった具合だ。

 何? 俺? 俺は前世で勉強しながら戦争してたが、あそこの世界での高校生レベルまでは理解している。

 この前図書館で大学の参考書を見つけてぱらぱらとめくっていたら見知った問題が出てきたので、こちらでは大学レベルの学力があることになるのだろう。

 

 我が事ながら末恐ろしいな。将来のことなど考えていないが、色々と出来るだろう。

 

 そんなことを思い霧生に教えていると、携帯電話が鳴った。

 

「すまん電話だ」

「お、おう」

 

 とりあえず席を離れ奥の方へ移動しつつ電話に出る。

 

「もしもし」

『よぉ大智。今何やってるの?』

「テスト勉強の手伝いだが?」

 

 そう言うと、掛けてきた奴――親父は感心したように言った。

 

『ふ~ん。お前が勉強の手伝いね~』

「用は?」

『いや。帰りが遅いから電話しただけ。あんまり遅くまでいるなよ』

「知ってる」

 

 親父の注意を聞いた俺はそう返して電話を切る。

 

 まったく。知ってるのにわざわざ言うなっての。

 そんなことを思いながら携帯電話をポケットにしまって戻ると、斉原が驚きながら訊いてきた。

 

「大智……携帯電話持ってたの?」

「ああ。母親が買うと言ってな」

「なんで「「いつ買ったの!?」」

 

 斉原の質問はバニングスと高町によって遮られた。

 俺はというと、そんな二人の必死な声に疑問を覚えたが、隠す気はないので正直に答えた。

 

「ゴールデンウィーク最終日に」

「なんで言わなかったのよ?」

「自慢にならないからな」

「今まで使ったことはないよね?」

「あるぞ。両親と巡査の三人だけだが」

「私達の前じゃないわよね?」

「かかってこなかったからな……というか、なぜ俺が携帯電話を持ってるだけでそこまで食いつくんだ?」

「! そ、それは!」

「え、えぇっと!!」

 

 思わず首を傾げて質問したところ二人は慌てだした。

 そうやって慌てると体温が上がって血圧が上昇するぞ……と言ってやろうと思ったら、月村がクスクスと笑いながらこう言った。

 

「二人は長嶋君の電話番号が知りたいんだよ、ね?」

「「すずか(ちゃん)!?」」

 

 そうやってすぐさま二人は月村へ向く。

 俺はそんな光景を目の当たりにして、そんなに知りたいのだろうかと不思議に思ったが口に出す気にならず、ため息をつく。

 

「そんなの後でいいだろ。ところで、勉強は終わったのか?」

 

 そう訊ねたらほぼ全員が頷いたので、「じゃぁ帰るぞ俺は」と自分のカバンを持って扉に手をかけたところ、後ろから呼び止められた。

 

「一緒に帰らないの?」

 

 俺は振り返らずに答える。

 

「ノートは明日にでも返してくれればいい」

「ちょっと!」

 

 そんな声が聞こえたが俺は構わず扉を開け、先程の道を引き返して帰ることにした。

 のだが。

 

「おや大智様。お帰りですか……っと」

「前は猫だったが、ここには犬がいるのか……というより鮫島さん。リードを放さないでください。何故か俺に集まってきたじゃないですか」

「失礼しました。どうしても力に引っ張られますので」

 

 鮫島さんが散歩で連れてる犬が俺に一斉に集まってきたので、帰るに帰れなくなった。

 

 前の猫もそうだったが、なぜ俺を見る度に集まってくるのだろうか。俺は神様じゃないし、中身は最悪だというのに。

 犬に囲まれながらそんなことを思っていると、後ろの扉があいた。

 

「待ち……って、あんた、何やってるの?」

「その声はバニングスか。見ての通り犬に囲まれて進めない」

「猫もそうだったよね、あんた」

「なんとかしてくれ」

 

 そろそろ鬱陶しくなったのでそう言うと、バニングスに「あんたでも出来ないことってあるのね」と呟かれてから提案された。

 

「なら、交換条件はどうかしら?」

「交換? 別に構わないが」

 

 俺が了承すると、バニングスはその条件を言った。

 

「あんたの電話番号を教えてもらえない?」

「いいぞ。それくらいなら」

 

 断る必要がないのですぐに肯定すると、バニングスは一匹一匹に「ほら離れなさい」と言ってどかしてくれた。それを真似て俺もはがして地面に置く。

 それが終わった時、丁度斉原達も来た。

 

「あれ? まだいたの?」

「犬に囲まれてな」

「どんだけ好かれてるんだよ」

「すずかちゃんのところの猫もそうだったよね」

「うん」

「じゃ、交換するわよ」

「ああ」

 

 携帯電話を取り出してとりあえず赤外線で交換する。

 ……やはり前世の方が使いやすい。音声だけでデータ飛ばせたからな。

 一応作り方は知ってるから作れないことはないのだろうが……等と思っていると、「ほら、早くしなさい」と言われた。

 

「何を?」

「あんたも受け取るのよ」

「……あぁ」

 

 前世で習った通信機器の変遷の中で『赤外線通信では一方通行の通信しかできませんでした』という説明があったのを思い出した。

 本当に不便だと思いながらバニングスのアドレスを受け取って登録した。

 そしてさぁ帰ろうかと思ったら、

 

「「じゃ、僕も(私も)いいかい(な)?」」

 

 斉原と高町までもが携帯電話を取り出してそう言った。




お読みくださりありがとうございました。


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45:プールのはずだった

夏休み効果だからなのかお気に入りが四百件になりました。ありがとうございます。


 あの場にいた全員と連絡先を交換した俺はその後、一人で走って家に帰ろうとしたが、なぜか高町が「帰り道一緒だから一緒に帰ろう?」と言い、それに乗ったかどうか知らんが「じゃぁ僕たちは鮫島さんにお願いしてもらってもいいかな?」と斉原がバニングスに訊ねて了承をもらったため、二人で帰ることになった日から数日後。

 

 いつも通り学校へ行こうと玄関にいる俺だったが、ふと今日の体育の事を思い出して手元を見る。

 やはりというか、買ったはいいが持ってこようと思ってなかったらしい。

 

 毎回忘れるから怒られるんだが……今日はどうするかと思っていると。

 

「大智。お前今日もプールなんだろ? 準備物位持ってけよ」

 

 と同時に後ろから投げられたので受け取る。

 

 渡されたのは、案の定水着等が入った袋だった。

 もう手に持った以上忘れることもできないので、俺は「ありがとう。行ってくる」と家を出た。

 

 

「おはよう長嶋君。あ、今日は持ってきたんだね」

「ああ。親父が思い出させてくれてな」

 

 そんな会話をしながら高町と一緒にバス停まで向かう。

 ぶっちゃけバス停通らなくても学校へ行けるのだが、最近高町と会う頻度が多くなっているためバス停へ行ってから学校へ行くルートを使う。

 

「今日は泳ぐんだよね?」

「どうだろうな……というか、最近お前こっちにいること多いな。あっちはどうした?」

「色々と仕事はあるんだけど、テスト前というのもあるし、長嶋君の事もあるし」

「なぜ?」

 

 心当たりが本気でないので首を傾げると、高町は驚いた顔で言った。

 

「それ、本気で言ってる?」

「ああ。体育では浮きまくってるし、勉強でも同学年の中ではおかしいと分かったし、表情もうまく作れないくらいで、特に魔法の方ではあまり迷惑をかけてないはずだが?」

「……あのね、長嶋君」

 

 何やら俺の返答に苦い顔をした高町がそのまま続けた。

 

「あの時の事、覚えてるでしょ? ほら、私の誕生日会の時のこと」

「それはな。スサノオに雑用押し付けられたし、お前にプレゼント渡したし」

「あの時はすごくうれしかったしまだ一度も身に着けてないけど……じゃなかった。その時にリンディさんと普通に話してたよね?」

「リンディ……緑髪のまとめ役そうな女性か。確かに」

 

 一人だけ服装が違っていたし、スサノオが名指しした時に反応したからな。一応覚えてる。

 

「で、長嶋君が消えた後なんだけど、リンディさんがこう言ってたの。『彼の話は保留にしておくとして、彼の事は警戒しておいて』って」

「だろうな。あそこまで盛大にボコボコにした時魔力一切発してなかったし、回復魔法使われたらもう完全回復したし。それで警戒しないんだったら指揮官失格だな」

「……どうしてそんな『分かっていた』という風に言えるの?」

「俺がああいう立場だったらそうするからだ。……さて、バス停に着いたな。あまり相手に内密な情報を話すのもどうかと思うぞ。じゃ」

「あ」

 

 高町が何か言いたそうにしていたが、俺は無視して走り出す。

 

 最近暑くなってきたと思うが、それでも風を切るこの気持ちよさは変わらない。

 前世じゃ全くといっていいほど感じられなかったからな。そう思いながら、信号に気を付けつつ軽快な足取りで学校へ向かっていく。

 

 

 

 学校について斉原がいないと言われた俺は特に気にせず自分の席に座って授業の準備をし、その最中に寄って来た霧生と最近俺に話しかけてくる如月と他愛もない世間話をしつつ、水着を持ってきたことに驚かれたりしたら先生が来た。

 

 授業中。

 ノートをいつも通りに取っていると視線を感じた。が、それを探す気もないのでそのまま放置。

 

 授業が終わった。

 先程の視線がまだ続いているので気になって視線の方向を向いたら、なんか、変な球体が浮いていた。

 はて。こんなの見たことがないんだが……一体何なんだ?

 内心そんなことを思いながら表情を変えずに授業の準備をして、トイレへ行くふりをして教室を出た。

 

 青い変な球体は、俺の後をついてきた。

 

 ……あーまたなのか。後ろを見てついてきてることを確認した俺はそんなことを思いながら、そのまま歩く。

 それでもついてくる球体。

 こうなったらさっさと話を聞くか。あまり時間をかけられない俺はそう思い歩く方向を変えようとし、先生に見つかった。

 

「何やってるの、長嶋君。もうすぐ授業始まるわよ」

「あ、はい」

 

 仕方がないので、教室に戻った。

 

 

 

 

 始業時間ギリギリで教室に戻った俺は、急いで席に座って授業を受け始める。

 しかし後ろの方から視線を感じる。今は気にならないので無視できるが、そのうち何かが起きそうで怖い。

 俺自身だけなら問題はない。が、俺の周りに被害が及ぶのは避けたい。

 ただのエゴイストだと言われようが、秘密主義だと言われようが、面倒事の処理に足を引っ張られたくないだけだ。

 

 まったく面倒だ。そんなことを思いながら、指された問題を答えてノートをぱぱっとまとめた。

 

 

 次の授業の前。

 俺は準備をすぐに終わらせてからそのまま教室を出て、この球体の話を聞ける場所まで向かうことにした。

 教室を出た時に呼び止められた気がしたが、気にせずに向かった。

 

 

 

「で? その球体の話を聞くために私のところへ来たと」

「ああ」

 

 理事長室をノックして返事も待たずに部屋に入って事情を説明した。

 すると理事長は俺の頭上を指さして訊いてきた。

 

「その球体の事は?」

「知らん。おそらく水神の類だろう」

「さすがの推察力だ。だが惜しい。これは海龍神の遣いだ。ただの」

「海龍神? リヴァイアサンとかのか?」

「そうだ。海を縄張りにする龍の神だ。察するに、非常事態でも起こったのだろう」

「なぜわかる?」

「なぜだろうな」

 

 そう言って仮面の下で笑う理事長。

 一瞬、この狸が…と思ったが諦めて上を向くと、急に球体が落ちてきた。

 

「な」

 

 口を開けて驚いたためそのまま球体に飲み込まれた。

 

「まぁ頑張ってくれたまえ」

 

 理事長のそんな声が聞こえた時、体の感覚がすべて呑まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………そして水中か。まったく。制服が濡れないようになってるのはいいが、肝心の呼び出した本人はどこにいる?」

 

 気が付いたら水の中にいた。一応呼吸等はできるのと服がぬれないことを確認した俺は、周囲を見渡しながら腕を組んでそう呟いてると、下から低い声が聞こえた。

 

『手荒な真似をしてすまんな。我が出向くほどの事ではなかったため、勝手ながら主を呼んだのだ』

 

 その声に聴き覚えのない俺は「誰だお前」と素直に聞いた。

 すると『その心意気やよし! 直接姿を現して名乗ってやろう!!』という声とともに下から地響きが聞こえてきた。

 ゴゴゴゴゴゴゴ…という音共に浮上してきたそいつは、俺の目の前で宙返りして顔をこちらへ向けて名乗った。

 

『我が名は蛟竜! 未だ龍としては道半ばな者なれど、その力人に勝る者なり!!』

 

 ……蛟竜か。なんだか古臭い言い方をする奴だな。

 俺の体位の顔に見つめられながらそんなことを思っていると、急にその顔が渋った。

 

「どうした?」

『ぬぅ。これでも動じぬとは、やはり彼の者の申すことは誠であったか…』

「少し気になるが俺をここに連れてきた理由を答えろ。そして何をさせたいのか、もだ」

『……分かり申した』

 

 そう言うや否や蛟竜は水流を纏い、すぐさま消し飛ばしたと思ったら人の姿となっていた。

 見た目は二十代前半ぐらい。服装は半袖のTシャツに七分のズボン。靴は履いていないかった。

 

「なれるのか」

『無論だ……では、頼みがある。海上にて騒ぐ者どもを黙らせてはくれぬか? はっきり申して、住んでいる者たちが不安がっておる』

「自然災害を起こせばいいだけじゃないのか?」

『起こしても良いがここの長として守る義務があるのでな。無暗に起こせん』

「なるほど……」

 

 少し思案する。

 

 確かに蛟竜の言う事も一理ある。

 守る場所を守らねばならないが、他者の介入に関しては自身の立場上動きづらい。それゆえに俺を呼んだのだろう。

 

 ならばどうするべきか……等と思っていると、蛟竜が上を向いた。

 

「何かあったのか?」

『どうやら戦のようだ。被害に関しては何とか食い止めるが、阻止行動はとれん。だから……』

「やれってか? ……ああ、分かったよ」

 

 すまぬ。という言葉を聞きながら、俺は蛟竜に投げられて水中を上った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今更だが、魔力封印したままなんだよな、俺。ナイトメアいないから。

 水上へ向かっている途中、ふと俺はそんなことに気付いた。




次から厄介ごと……ご拝読ありがとうございました。


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46:海上空中大乱闘

特に区切りの章は入れませんが、蛟竜編第二話です


*……視点

 

 穏やかに揺れる波。微かに香る塩の匂い。

 辺り一面海であるこの場所で、『彼ら』は闘っていた。

 

「ハァァァ!」

「くそ、ガキのくせに……!」

 

 男は少女に距離を詰められて攻撃されていることに苛立っていた。

 これでも男はそっちの世界では名の通った犯罪者であり、その魔法の技術には自信があった。

 だが、目の前の少女にうまいように接近されて攻撃されている。それを防ぐのに手いっぱいだという事実に、男の苛立ちは募る一方だった。

 

 ふざけやがって……そんなことを思いながら鍔迫り合いをしていた男は、その金髪の少女の腹を蹴飛ばす。

 

「あぐっ!」

 

 金髪でツインテールの少女は腹を蹴られて後ろに跳ぶが、ダメージがそれほどないのか少し距離を離れるだけにとどまった。

 が、それこそ男が待っていた時だった。

 

「くらえっ! ウォーター・ファング!!」

「え、キャッ!」

 

 男が魔法を発動させ、少女は避ける前に発動した魔法を直撃した。

 吹き飛ぶ少女。

 それを見た男はこれで終わっただろうと思い後ろを振り返ったところ。

 

「騒ぐならよその土地でやれ」

「がはっ!」

 

 明らかにこの場に似合わない格好をした少年に腹を殴られ、いくつかの骨が折れた音がしたと同時に意識を失った。

 

 

 少年は海に落ちるその男を自身も落下しながら見下ろし、「これで終わったか」と呟いた。

 

 

 海に浮かんでいたのは、吹き飛ばされた少女と似たような人たちと、男とその仲間たちだった。

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 やっと終わった。というか、意外と楽だったな。

 沈みながらそんなことを思う俺。

 

 いや、海上に出たらそのまま空中まで飛んだから、どこで誰が闘っているのか把握しての制裁だから面倒の部類だろうな。

 そう思い直した俺は、そう言えば俺ってどうやって帰れるのだろうかと思った。

 

『すまぬな。我はまだ回廊は使えぬゆえ、主を送り返すことはできぬのだ』

「おいおいおい。そしたら俺はどうやって帰ればいいんだよ?」

 

 いきなり現れて謝られた上に最悪なことを言われたので、俺は少し焦った。

 以前の俺だったら帰れないなら帰れないでいいかと思っていたのだが、はっきり言って学校の途中なのだ。帰らないと怪しまれる。

 

 いや、理事長あたりならうまくごまかしてそうだな。本当に、うまい具合に。

 だとしたら帰らなくてもいいのだろうかと思い始めていると、『助太刀感謝する』と言われた。

 

「お前が無理やり連れてきたからやる羽目になったんだがな」

『だとしてもだ……そうそう。上に漂っている者どもを近くの島に流すのだが、主も来るか? 帰れぬなら島に行けばなんとかなるだろう』

「なんとかなる、じゃなくてなんとかする、のが正しいんだがな」

『そうであるな』

 

 笑って言うんじゃねぇ。そう心の中でつぶやきながら、俺は蛟竜の提案に乗って再び水上へ投げられた。

 

 

 

 先程と同じように空中まで放り出される。が、二回目なので特に感慨も浮かばずに水面に着地したと同時に、俺は駈け出した(・・・・・)

 

 水上を走るのは到底無理だと言われている。なぜなら、水というのは液体で、表面張力が薄いからだ。

 軽く触れるだけならまだしも、足を入れるとなると沈む。

 が、足を入れてからすぐに抜き、もう片方の足を入れ……の繰り返しなら幾分か走れる。

 ただし、それはコンマ何秒というシビアさと、その速度を維持しなければいけないが。

 

 んなことを俺は今、何の気なしに行っている。

 

 バシャバシャと足を入れ替える度に飛び散る水を無視して一心不乱に前へ進む俺。

 実際これで走れているか不安だが、まぁ前に進んでいるように見えるので問題はないか。潮の流れに任せてるしな。

 その内漂ってる奴ら追い抜かすんじゃないかと思いながら走っていると、前方に漂っている集団が。

 区別できるって楽だなぁと思いながら、最後に腹を殴って気絶させた男の仲間の一人の腹に飛び乗り、流されるまま漂うことにした。

 

 だって足疲れたし。膝が笑い始めたし。体力ごっそり持ってかれたし。

 そんなことを思いながらボーっとしていると、他の奴らの意識が戻りかけたようなので飛び乗って気絶させまくり(またうるさくならないように)、島に到着するまで誰も起きなか……ったわけじゃないな。俺、一人だけ気絶させなかったんだ。なんとなくかわいそうだったから。

 

 で、その一人はどうしているのかというと。

 

「また君? なんでここにいるの?」

 

 島に到着して近くのツタで全員縛ろうとした時に「何する気?」と後ろから声をかけられ、仕方なく振り返ってからこうして説教(?)を受けている。

 

 ちなみに、その一人――フェイト・テスタロッサの仲間たちも未だ気絶中で、一応ツタで縛ってはいないが、攻撃しようものなら全員をそこらの木に張り付けてやろうかと思案している。

 

 俺は彼女の質問に対し「じゃぁお前らはなぜここにいる?」と聞き返す。

 すると答えられないと案の定返ってきたので、「俺も黙秘する」と言って海の方を見る。

 

 ふむ。浜辺から見る景色というのはこんなにもきれいなものなのか。初めて感動した気がする。

 前世じゃ荒れ狂った景色しか見たことがなかったからな…と考えに耽っていると、何を考えたのか知らんが、俺の隣に彼女が並んだ。

 

「どういうつもりだ?」

「別に」

 

 そのまましばらくボーッとする俺達。

 カモメなどの鳥類が見えず、ただ静かに揺れる波。

 心が穏やかになる……と思いながら、俺はぽつりと漏らした。

 

「……どうやって帰るか」

「え?」

 

 俺のつぶやきが聞こえたのかこちらを向く彼女。

 

「君、帰れないの……?」

「ああ」

 

 そう言うと、彼女はため息をついた。

 

「何があったか教えてもらえないのは分かったけど、どうやって帰る気だったの?」

「知らない。そもそも強引に連れてこられたからな」

 

 普通にそう答えると、「……ハァ」とため息をつかれた。

 どう思われようと別に構わなかったので俺は反対側を見る。

 

 見えたのは生い茂った森林。それ以外は特になし。

 蛟竜曰く『島』なので、一周するのにそれほど時間がかからないだろう。

 何時までも海を見て感動する必要がないと判断した俺はそのまま森林へ歩き出そうと思ったが、彼女が止めてきた。

 

「どこ行くの?」

「探索」

「一人で?」

「なぜ集団行動が前提なんだ?」

 

 彼女の質問に思わず言ってしまう。

 

 行動の選択と実行は組織に入っていないならば、おのずと自分で決めることになる。それぐらい常識な上に、足手まといはいらん。

 なぜわからないのだろうかと思いつつ答えを待っていると、「君を一人にさせられない」と言われた。

 俺からしたらお前らが追っていた奴らを放置すること自体に疑問しか覚えないんだが。

 そう言うと彼女は黙ったので、俺はそのまま探索しに向かった。

 

 

 

「ジャングルだな、本当」

 

 ツタを手刀で切り落とし、警戒心をあらわにしながら周囲を見渡して進んでいく。

 途中に存在した大木は乗り越え、遭遇した原生生物のクマ擬きを殺気だけで追い払った。

 一回大木を壊そうと蹴ったら凹んだだけにとどまり、殴っても同じで、その時は血が流れた。

 今は血が出た拳を持っていたハンカチを巻きつけ、移動中。

 

 どこまで俺は進んだのだろうかと思ったが、考えるより先に進まなければと思い一直線に進んでいくと、視界が開けた。

 

「…………は?」

 

 思わず呆けた声を出し、我が目を疑う。何度も瞬きをして確認したが、何一つ変わっていなかった。

 堪らず俺は呟く。

 

「崖の先に小屋があるだけ、だと……一体どうなってやがる」

 

 そう。どのくらい歩いたのかわからないが、ともかく視界が開けた場所が崖先で、一軒小屋が存在していた。

 

 もともとこの世界の事を俺は知らない。だからここに小屋が建っていても、別段不思議ではないと思ったりする。

 だが、あの場所から一番近い島がここで、それ以外の島が全く見えないので、小屋一軒だけ存在するのが不気味だったりする。

 ひょっとして誰か住んでいる島なのだろうかと思い近づこうとしたが、これ以上は一人になったら探すかと考え、来た道を引き返すことにした。

 

 はっきり言って、戻った時にあいつらが消えていても問題はない。むしろ消えていてくれとさえ願う。

 なんて言ったって邪魔なのだ。行動を阻害される。

 一人でのんびり思いっきりやりたいことをするには、やはり集団は邪魔にしかならない。

 

 こういう考えを前世ではあまり持たなかった原因はやはりあいつがいたからだろうかと思いながら戻った時、やはりというか男達とテスタロッサ達が島の上空と海上でドンパチやっていた。

 

「…………」

 

 俺は黙って見上げる。すると、男とテスタロッサが闘っていた。実力が拮抗しているように見えるが、ダメージを受けていなければそうなっていただろう。

 目線を戻す。こちらでは皆さんが接近したり離れていたりしながら乱戦していた。

 

 ハァ。こいつらダメだわ。弱すぎて話にならん。

 思わずため息をついた俺は、また蛟竜にとやかく言われるのが面倒だったので、そこら辺に落ちている木の枝を拾って木の上を走る。

 

「どうした、動きが鈍いぞぉ?」

「キャッ!」

 

 そんな声が聞こえたが気にしない俺は先端で跳ぶ。

 ビィィィィィン! と木が(しな)る音が聞こえたが、その時はすでにテスタロッサを追撃しようとしていた男に肉薄しており、驚いて動きが止まった男の鳩尾に木の枝をバットを振る動きで当てた。

 

「がはっ……!」

 

 体をくの字にした男は吹き飛びはしなかったが気絶し、木の枝は折れ、俺はそのまま飛んでから海上へ落下。

 ちょうどドンパチやっていた奴らがいたので踏み台とし、落下速度を落としながら海上の奴らを沈めた。

 そこから水上ダッシュ(二回目)で浜辺まで戻り、近くに転がっていた石を傷を負わない速度で当て続けて鎮圧。

 

 疲れたと思いながら、俺は全員をツタで一人ずつ縛り上げた(誰彼関係なく)。

 

「終わった……」

「なんで私まで」

 

 とりあえずまた何か言われるのも面倒なのでテスタロッサも縛り上げる。バリアジャケットのまま縛り上げられたのが恥ずかしいのか、若干頬が赤いが。

 

 そんな抗議を無視して俺は今回の戦闘で使った筋肉をほぐす。大分全力だったため、疲労感が半端ない。

 

 と、ここで不思議に思ったことがあったのでストレッチをしながら訊いてみる。

 

「なぁテスタロッサ」

「な、なに」

「なんでお前らは戻らなかったんだ?」

 

 すると、テスタロッサは「君を帰さないといけないから」と答えた。

 ……。

 

「別に帰ろうと思えば帰れるぞ? お前らが帰れば」

「……君は本当になのはの言うとおりの人物だね」

「は?」

 

 なぜ高町がここで出てくるのだろうか? 不思議でならないのでストレッチをやめて後ろを振り向く。

 テスタロッサは一瞬ビクッとしたが、それでも答えてくれた。

 

「一人で抱え込んで解決する。周りに頼ることで周りが傷つくことを恐れてる。たとえ頼ったとしてもほんの少しだけしか手伝わせない。優しいけど、悲しい男の子だって」

 

 なるほど。人はやはり他人をよく見ているな……。

 そんなことを思いながら俺はストレッチを再開させつつ後ろを向いていった。

 

「前にも、似たようなことを、言われたな。一応、信じては、いるんだが……」

「それを信じてるとは言わないよ。私はなのはからそう教わった」

 

 教わった、か。やはり素直に感化できるのは子供の特権なんだろうな。

 多少羨ましく思いながら、俺はストレッチを終わらせて立ち上がる。そして、拾った小石を振り返って全力で視線の先へブン投げる。

 球速で言えば時速二百ぐらいだろうか。先程ストレッチをし終えたばかりだというのに、またやり直さないといけない。

 その小石はそのまま上空を進んでいくかに思われたが、百メートルぐらいで何かの壁にぶち当たったかのように破砕音が聞こえた。

 

 その音を聞いたテスタロッサは驚いて俺に訊いてくる。

 

「一体何が起きたの…?」

 

 俺は肩を回したりもんだりしながら「閉じ込められた。ご丁寧に外界との交信類もすべて切断されてる」と事実だけを述べた。

 

「うそっ! …………本当だ。つながらない」

 

 どうやら念話で誰かと会話しようとして悟ったのだろう。割と状況判断能力はあるな。

 犯人の目星が一応ついている俺は、頭をガシガシと掻きながらテスタロッサを縛ったツタをほどく。

 

「え?」

 

 呆気にとられているのをいいことに、俺は他の奴ら全員のツタをほどく。

 全員が全員呆気にとられていたので、俺は全員が見える位置に立ちただこう述べた。

 

「俺達はこの島に閉じ込められた」

 

 ……さて。どうやって脱出するか。




お読みくださり嬉しく思います。


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47:相対

蛟竜編第三話。

残り三話ぐらいで蛟竜編終わります。


 俺の発言に対して全員の反応は、「何言ってるんだ、こいつ」だった。

 

 当たり前だろうなと思った俺はそれ以上何も言わずに石を上空へ投げる。

 すると、先程と同じように盛大な破砕音を響かせながら粉微塵になった。

 

「分かっただろ?」

 

 手首をプラプラとさせながら上を見て驚いている奴らに向けて言う。

 

「今はもう犯罪者とか関係ない。脱出したければ全員が力を合わせてこれを壊すしかないだろう」

 

 それ以外にも方法はあるかもしれないが、これが一番堅実な方法だろう。

 そう考えながら、ざわめき始めた周囲を無視して俺はもう一度先程の場所へ向かうことにした。

 

 崖の先端にある、小屋へ。

 

 

 

 

 

 

 

 さて。俺は先程と同じ道を歩いている。先程切ったツタや凹ました大木などがある道を。

 その後ろを歩いてくる人物が数人……いや、下手したら十人ぐらいか。そのぐらい気配を感じた。

 一瞬振り切ろうかと思ったがやっても無意味だと思い直し、そのまま進むことに。

 

 数分で先程着た場所まで戻ってきた俺はそのまま進み、小屋の前まで向かいドアノブを握ってドアを開ける。

 

「不用心な……」

 

 あっさりと開いたことに拍子抜けしながらそう漏らし中を見渡すと、テーブルに本棚、キッチンに食器棚ぐらいしかなかった。

 俺は警戒しつつ中に入ろうかと思ったが、後ろの気配がウザったくなったので、振り返って森のほうまで進み、言った。

 

「なぁお前ら。そんなに俺の事殺したいなら超遠距離で魔法打ち込めよ」

 

 しかし何の反応も返ってこない。

 こりゃ図星か……? などと思いながら立っていると、後ろから聞こえてはいけないはずの声が聞こえた。

 

「なんでそんな挑発してるの長嶋君!!」

 

 …………ん? 気のせいか? 高町の声が聞こえたんだが……

 などと思っていると、急に後ろから肩をつかまれ強制的にそちらに向くことになり、それで理由が分かった。

 

「なぜお前がここにいる、高町」

「そういう長嶋君こそ。どうしてあんなことを言ったのかな?」

 

 どうも有無も言わさないらしい。肩をつかむ力が増しているのがその証拠だ。

 バリアジャケットまで展開して、お前は学校をサボったのか? と思いながら、高町の手を払いのけて俺は答えた。

 

「第三者として抗争を鎮圧したためだ。はっきりいって、恨みしか買っていないだろう。閉じ込められた場所でなら、復讐し放題だからな」

「……閉じ込められた?」

 

 何やら悲しい顔をしながら、気になったのかそのワードを口にする高町。

 俺は頷いて「この島は完全に孤立しているうえに結界で封鎖されている。知らなかったのか?」と訊くと、高町は「……うん。リンディさんとプレシアさんにフェイトちゃんの様子見に行ってと連絡を受けて」と答えた。

 

 それだけでこの島を覆っている結界の構造と犯人が分かったので、高町の肩に手を置いて「俺の後ろの方にテスタロッサ達がいる」と言って俺の後ろに下がらせて小屋に入ろうとしたら、肩に置いた手を高町が離さないでいた。

 

「なぜだ?」

 

 俺は高町の方へ顔を向いて手を離さない理由を訊ねる。

 最初は俯いて答えなかったが、やがて答えが決まったようで顔を上げてこう言った。

 

「……一人で行こうとするから、だよ」

「それのどこが理由になる? 俺は一人でお前は組織に属している。なのになぜ一人で行ってはならないという?」

「一人じゃない! 私がいるもん!!」

「でもお前は組織に属している」

「それがどうかしたの!?」

「――――組織の総意に勝るほど、お前に発言力はあるのか?」

 

 そう言うと、高町は何を言ってるのかわからなかったのか「……どういうこと?」と聞き返してきた。

 やはりまだ分からないか。高町の反応を見ながらそう思った俺は、諭すように説明した。

 

「いいか。お前は時空管理局という組織に与している。そして、お前はその組織の中の一番末端、民間協力者だかでいる訳だ。そんなお前に言われたことはなんだ? 俺に関わることじゃないだろ。テスタロッサ達の様子を見に行って来い。それだけだろ。だからさっさと合流して一緒にお前達が追ってたやつらの監視でもしていろ」

「……そしたら長嶋君はどうするの?」

「俺は個人だ。良くも悪くも一個人でここに来て、頼まれたことをやり、そのせいで閉じ込められた。だからそれのお礼参り」

 

 そう言って俺は高町を置いて小屋の中に入る。

 ……ふむ。生活感はあるが人がつかった気配がないな……その割には中が綺麗だ。

 そんな風に部屋の中を物色していると、

 

 

「……やっぱり、分からないよ」

 

 高町がそう呟いた。

 俺はふと足を止めて高町を見る。

 

 裾を握って俯いており、まるで何かに耐えているかのように見えた。

 俺はそれが不思議でならなくて首を傾げようと思い……叫んだ。

 

「高町! 今すぐこの場所から離れろ(・・・)!! それか盾でも張れ!!」

「え!?」

 

 驚く高町を無視して窓ガラスを開けようとしたがビクともせず、ドアが勢いよく閉まる。

 ちっ! 最近不用心すぎたな!!

 焦る気持ちを抑え、俺はぶち破ろうと殴ったが壊れず、家具なども動かなかった……ことを確認した時。

 

 

 俺がいた小屋が爆発した(・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*高町なのは視点

 

 

 

 長嶋君が中にいた小屋が爆発した。

 

 その事実を認識するのに二秒かかった。

 

「う、そ……」

 

 思わずその場でへたり込んでしまう。目の前の状況が信じられなくて。

 

「どうしたの!? ……って、なのは! どうしてここに!?」

「フェイト、ちゃん…」

 

 後ろから聞き慣れたフェイトちゃんの声が聞こえたので、ゆっくりと顔をそちらに向けました。

 その顔を見て何かを察したのか、フェイトちゃんは視線を目の前に移し……そしてその場で固まってしまいました。

 

「え……どうなってるの?」

『ふむ。あの小僧はくたばったか。これで、最大の障害は消えたわけだ』

「「!?」」

 

 崖が崩れ、私の近くまで削られたのを見てフェイトちゃんが呟いた時、どこからかそんな声が聞こえ、フェイトちゃんは辺りを警戒しましたが、私は……立てませんでした。

 

 なぜなら、あんなに必死だった長嶋君を、見殺しにしてしまったから。

 

 彼は、きっと気づいたから私に避難するように言ったのでしょう。それから自分も脱出しようとした。それなのに私は長嶋君の言うことに混乱して動けずにいて、その上どうして必死そうにしているのかと考えてしまった。

 その結果小屋は崖もろとも崩れ落ちてしまった。

 

 不意に全身が震えだす。言い知れぬ恐怖心と見殺しにしたという罪悪感に駆られて。

 思わず自分の体を自分で抱きしめていると、その様子を見たフェイトちゃんが驚きの声をあげました。

 

「なのは! しっかりして!!」

「……フェイ、ト…ちゃん」

「そんな顔しないで!」

『なんだ、まだこやつらは残っておったのか。今は気分がいいから見逃してやる。疾く逃げぃ』

 

 再び聞こえる声。それと同時に、先ほど崩れた場所に人の姿が浮いていました。

 見た目は私がよく見かける大人みたいな人で、なぜか裸足。それでも、底知れない威圧感を感じました。

 フェイトちゃんもそれを感じたのか、バルディッシュを強く握って構えながらその人に尋ねました。

 

「あなたは……?」

「ふむ。人の子の分際で我が名を訊ねるか。その意気やよし! 貴様らに我が名を教えてやろう!!」

 

 その人は宙を歩きながら私たちに近づいて名乗りました。

 

「我が名は蛟竜! この世界の神であり、支配者である!!」

 

 ――――これが、私達と神様の三度目の遭遇でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――俺は死ぬのだろうか。

 何とかテーブルに乗って直接爆発に巻き込まれなかったが、それでも腹に木の破片が刺さっており、天井にたたきつけられて酸素を吐き出し、意識が朦朧としたまま小屋と一緒に海の中に落ちた。

 今は腕や全身にうまく力が入っておらず、腹部から少しずつ血が流れ出ている。

 

 浮かぶはずなのに沈んでいる。そんな不思議な状況の中で、俺は考えた。

 

 ――――ああ、信じていたんだな。俺。

 思えば蛟竜は最初からおかしかった。そんな違和感を無視して俺は従った。

 

 その結果がこれだ。

 制服はボロボロに、全身に力は入らず、かろうじて思考はできるが流れ出る血のせいでそれもいつまで続くかわからない。

 瀕死の重体。それがぴったりだろう。

 さらに沈んでいるのでそのうち水圧で潰れて死ぬんじゃないかと思えると、逆に笑える。実際は口すらまともに動かそうと思えないが。

 

 そういえば。ここでふと考える。

 高町は目撃してどう思ったのだろうか、と。そして、さっさと帰ったのかだろうかと。

 

 前世では集団で行動し、仲間の心配などあまりしてなかった……といえば語弊があるが、それでも今のように一個人に対しこうも心配するのはなかったりする。

 遥佳の場合は心配されるほうだったな。俺が。

 

 ……。

 

 だんだんと意識が遠のき始めてきた。血が流れすぎたからだろうか。

 

「やれやれ。お主は全く世話が焼けるわい」

 

 …ん?

 

「ほれ」

 

 声の主は俺に何かをつけてから、無造作に何かを抜いた。

 途端に腹の方に痛みが走る。途方もなく痛い。

 

『しっかりしてください! マスター!!』

「頑張って助けて来い。あんな若造、軽く潰して来い」

 

 痛みに耐えているとそんな声が聞こえ、急に体中から力がわいた。それとともに覚醒する意識。

 

 …生き延びたか。

 そんな風に思い目を開ける。大分深いところにいるからか、水上で何が起こっているか分からない。

 俺は、体勢を整えて腹部を見る。

 傷はあったが木の破片はなく、血も止まっていた。

 

 誰がやったか推測し、俺はフッと漏らした。

 

「助かったスサノオ。ナイトメアを持ってきてくれて」

『マスター……?』

 

 不思議そうにナイトメアが呟いたので、俺はナイトメアに「お前もありがとう」と感謝した。

 驚いたのか何も言わなくなったナイトメアをいつまでも見ていられないので上を向き、俺はこの場でやることを呟いた。

 

「ナイトメア、セットアップ。蛟竜ぶちのめすぞ」

『…………はい!』

 

 バリアジャケットを展開した俺は、水中であるにもかかわらず、抵抗力を感じさせない速度で上昇した。

 

 

 

 応。そんな声が、先ほど俺がいた場所の方で聞こえた。




読んでいただきありがとうございます。


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48:対蛟竜

蛟竜戦。たった一話で終わりますが。

小説投稿一周年記念です。


*……視点

 

 大智がスサノオの手助けで死の淵から甦る少し前。

 高町とテスタロッサは蛟竜と対峙していた。

 

 もっとも、高町は座り込んで動けないでいたので、実質テスタロッサだけだが。

 

 蛟竜は、未だに動かない二人に対し首をひねる。

 

「ふむ? なぜ小娘らはこの場から離れんのだ?」

 

 それに対しテスタロッサは答えず、高町に向けて叫ぶ。

 

「なのは!」

 

 ビクッと肩を震わす高町。その姿は、今まで仕事を一緒にした中で見ているこちらが耐えられないものだった。

 

 だが、それも無理もないことだろう。いかに管理局で働いていたとして、目の前で友達が、しかも最近仲が良くなった人が爆発に巻き込まれて死亡(したかのように思われる)するのを見て平常心を保っていられるほど精神が強靭ではない。

 

 もちろんテスタロッサも似たような経験をしているため、今の高町の状態を理解できる。それでも彼女は呼びかけた。

 

 否。呼びかけようとした。

 

「な「無視とはいい度胸だ」

 

 テスタロッサが高町の名を呼ぼうとした時、蛟竜が彼女に裏拳を入れたのだ。距離を詰めて。

 

「!」

 

 声も出せずに吹き飛ぶテスタロッサ。その小さな体躯はすごい勢いで飛び、海には落ちなかったものの、ギリギリのところだった。

 

 その様子を吹き飛ばした場所から遠目で確認した蛟竜は「ほぅ」と感心し、テスタロッサの方へ向く。高町のことなど、興味がなかった。

 

 彼が興味を持った理由。それは

 

「いくら弱神、しかも軽いものであるとはいえ、我が一撃を受け、なおも生きているのか」

 

 テスタロッサが自分の攻撃を受けたにもかかわらず生きていたからである。

 歯牙にもかけていなかった存在が予想以上の実力を持っていた。そのことが嬉しくてならなかった。

 

「――――面白い」

 

 ニヤリと笑った蛟竜。それを見た高町はどうする気か知り念話を送ろうとするが、まったく送れない。

 不思議なことに焦ったが、それでも声は出せた。

 

「フェイトちゃん! 逃げてーーーー!!」

「その声は届かぬぞ、小娘」

 

 高町はテスタロッサが飛んで行った方向へ叫んだが、蛟竜は無駄だといって消えた。

 

 消えた蛟竜を探すように高町は首を左右に振って辺りを見渡すと、「あぐっ!!」といううめき声と共にテスタロッサがこちらに飛ばされ、高町はぶつかって一緒に木にぶつかった。

 

 木の幹に叩きつけられる高町とテスタロッサ。それでも高町は意識があったからかテスタロッサの状態を見た。

 彼女は口から血を流しているだけでなく、呼吸が荒く、更には魔力も底を尽きかけていた。

 それを見てさらに血の気が失せる高町。

 

 そこに悠然と歩いてきたが、横からの強襲に蛟竜は吹き飛ばされて一瞬で視界から消えた。

 その代り新たに視界に入った人物を見て、高町は信じられないといった顔でその名を呟いた。

 

「…………長嶋、君?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ。悪かったな。ついさっきまで死にかけてた」

 

 俺は努めて平常心で高町に近づきながら話し掛ける。

 

 はっきり言って蛟竜に対しはらわた煮えくりかえっている。今にでも全力で細切れにして殺してやりたいところだ。

 だが今この場に高町たちがいる。不用意な攻撃が周囲を巻き込みかねないので、今は自重している。

 

 そんな俺の考えを知るはずもなく、高町は信じられない顔をして「うそ……生きてる……?」と呟いていた。

 

 てことは死んだと思ってたのか。そう結論付けた俺は特に何も言わずにテスタロッサを見る。

 

 ……これはヤバいな。さっさと治療しなければ。

 そう思いテスタロッサに回復魔法(といっても俺自身は魔力を渡した感じしかしない)を施す。

 ぶっちゃけると魔法を使った気がしない。それでもテスタロッサの傷などが治っていく。

 ある程度治ったので一旦止め、俺は二人に背を向ける。

 

 さぁてどこに行ったあの野郎と思いながら警戒して歩こうとしたところ、「待って!」と高町が叫んできたので、俺は足を止めて忠告した。

 

「さっさとこの場から離れろ。うまくいけば結界が壊れるだろうから、その時に全員脱出させろ」

「やだよ! 生きてたのは嬉しかったけど、そんなこと言うなんて!!」

 

 俺はやれやれと首を振ってから殺気をまき散らし、低い声で高町へ助言する。

 

「――――お前らじゃ相手にならない。身の程を知れ」

 

 そして、二度とこんな風に立ち向かうな。

 

 そう言うと高町が何か言っていたが、殺気に反応した強大な力の下へ俺は駈け出した後なので、聞こえなかった。

 

 

「生きておったか。やれやれ。悪運の強い奴だ」

「見つけたぞ蛟竜! テメェをこの場で殺してやる!!」

 

 そう言って太刀を蛟竜がいたところに叩きつける。蛟竜は避けたが、地面には切れ味とその衝撃が伝わったようで、割れていた。

 ゴォォン! と盛大な音と共に周囲が揺れる。その揺れの中、蛟竜と俺は一斉に駈け出した。

 

「「!」」

 

 すれ違う瞬間に蛟竜は自身の爪を、俺は太刀をぶつけて交差する。

 が、それで止まらず俺達は方向転換してもう一度駆け出す。そして、今度は爪と太刀での鍔迫り合いをした。

 

 ギギギギギギッ!! と火花を散らしながら鍔迫り合いをしつつ、俺は怒鳴った。

 

「蛟竜! なぜテメェはあいつらに手を出した!?」

「それは主だって知っているだろ! 我ら神の行動原理はなんとなくだということを!」

「知っている! だがあいつらは俺と違う奴らなんだろうが! それを分かっていてなぜ、」

 

 力任せに押し続けて前進しつつ、俺はこう叫んで振りぬいた。

 

「なぜ傷を負わせたぁぁ!!?」

「ぐおっ!」

 

 全力での振り抜き。それに蛟竜はたまらず吹き飛び、近くの山に激突し山が崩れた。

 俺は自分の魔力がまだそれほど減っていないことを確認し、「銃弾」と一言つぶやく。

 それだけでいつも通りの形状が一つ現れる。ただし、これにはすべての魔力を込めていない。

 いや、込められないというのが正しいか。

 

 一度形状を固定するとそれ以降はどれだけでやっても同じ魔力しか使わない。それがここ最近やっていた魔法の修業にて判明した。

 といってもこの魔法だけにしか適用されないことも判明した。

 

 俺は感知できない蛟竜を無視することにし、ただ一言告げた。

 「結界を貫け」と。

 

 果たして。その銃弾は上へ向いたかと思うとすぐに消え、あっさりと結界を壊した。

 壊れる音を聞きながら、俺はよろめく。

 

「っとと」

『マスター。いくら頑丈で回復力があってもこれだけ激しく動けば傷が……』

「分かってる…だがな、あいつを殺してかないと」

「中々遠くまで飛ばされたから戻ってくるのに骨が折れたぞ。……で? 我を殺すか。できるのか?」

 

 何とか体勢を戻して呟くと、ようやく戻ってきた蛟竜がそんなことを言ってきたので、「ああ」と言って自然体になる。

 

「ここからが、本気で全力だ」

 

 その状態のままで俺は加速して近づく前に体をひねり、太刀の間合いに入った瞬間全力で斜め右下から上へ切り上げた。

 が、その一撃はあいつの左腕にふさがれる。

 

「なぜ傷つけたことにそこまで怒る?」

 

 その時の衝撃が周囲に伝わって地面が陥没して木々が少し浮いたが気にせず、俺はすぐに返す刀で振り下ろす。

 だがそれも同じく左で防がれるが、先程と同じ箇所で防いだせいなのかスパッと切れた。

 

「神が不用意に一般人を傷つけたからだよ!!」

「ぐおぉぉぉ!」

 

 斬り飛ばされた先を抑えながら蹲る蛟竜。

 そのまま行きたかったのだが俺の方も痛み出したので、その場で片膝をつく。

 

 くそっ。なんだってこんな時に! そんなことを思いつつ蛟竜の様子を確認するために顔を上げる。

 するとすでに立ち上がっており、出血していた腕をそのままに俯いていた。

 

 俺も太刀を支えに何とか立ち上がる。

 完全に立ち上がった時と蛟竜の顔が上がったのは奇しくも同時で、その顔を見た俺は冷静になり我が目を疑った。

 

「お前……一体なんだ(・・・)?」

「ゲヒャヒャヒャヒャ!」

 

 高笑いし始める蛟竜。その顔は先程までの好青年っぽさはなく、醜く崩れた上にどこか壊れていた。

 そこで俺は不思議なことに気付く。

 蛟竜も一応は神に連なるもの。にも拘らず、斬られた腕は再生していない。更に、神壁を今まで一度も出していなかったことに。

 俺の攻撃など生身で受けずにいられたはずなのに、そのすべてを受け切った。

 

 その状態に身に覚えがある俺は、出し惜しみする気もなく「銃弾百発」と呟いて魔力弾を生成し、蛟竜を指さして「行け!」と指示を出す。

 その百発の弾丸は全て蛟竜に当たり全身風穴だらけになったのだが、それでも笑っていた。笑って、

 

 無事だった右手(・・・・・・・)で俺を指さした(・・・・・・・)

 

 それだけの動作でも予測が当たった俺は、全力でその場から飛び退いた。

 次の瞬間。

 

 俺がいた場所に血の槍(・・・)が地面から生えてきた。

 

「やっぱりか!」

 

 飛び退いた俺は蛟竜の視界に入らぬように森の中へ入る。

 風穴だらけの蛟竜は、首を三百六十度まわしながらその場で笑ったまま立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァハァハァ……畜生。なんであいつが居やがるんだ。この世界にそんな技術持ってる奴、いるはずがないのに」

『一体何なんですか、あれ!? いきなり魔力が変化しましたけど!?』

 

 少し離れた枝の上に座り込んで息を整えているとナイトメアが驚きで騒ぐので、ある程度呼吸を整えてから俺は説明した。

 

「ありゃぁ前世に現れた偽神だ。神の魂を転生前に回収して、それを無理矢理人の魂に混ぜ合わせて作った、なれの果てだ。……夜刀神に使われて研究所もろとも更地になったがな。俺も何度闘ったことか」

 

 そこでいったん区切り、背後に気を遣いながら傷口の部分を触る。バリアジャケット越しのせいか正確なことは分からないので、傷口が開いてるかもしれない。

 

 まぁ痛みがないからまだ大丈夫だろうと思い直し、説明を続ける。

 

「あいつらの怖いところは致命傷を受けても死なない、流した血が武器になる、自分の血を流すまで元の神様の能力や姿かたちを使えることだ」

『!? それって最強じゃないですか!』

「いや。神壁が使えないから生身で受けなきゃいけないし、再生能力もない。おまけに【力】自体も強いものが使えない」

『それでも十分です! でもどうやって!?』

「塵一つ残さず消し飛ばした。もしくは燃やしたり氷漬けにした。最悪、神様の力借りてボン! したけど」

『……だったら今回はどうするんですか?』

「そいつは……」

 

 ナイトメアの質問に答えようとしたところ真下から笑い声が聞こえたので、俺は咄嗟に息を殺して下を見る。

 見えたのはやはり偽神・蛟竜。血を垂らしながらここまで来たようで、その血がまるで生き物のように蠢いていた。

 きっと高町達が見たら卒倒ものだろうと思いながら機会をうかがっていると、蠢いていた血の動きが止まりやがてある場所に集合し始めた。

 

 その場所が俺の枝の真下だと気付いて他のところへ移動しようとした時と、その血が間欠泉の様に勢いよく射出されたのがまた同時だった。

 

「くっ!」

 

 ちょうど離れた瞬間に枝が貫通して切断された。と思ったらその血がそのまま矢の様に俺へ向かってきた。

 今空中にいる俺は弾き返すこともできないので太刀で防御するが、足場がないので力を入れられず、そのまま地面に叩きつけられた。

 

「ぐおっ!!」

 

 地面にめり込む。酸素を吐き出す。どこか折れる音がする。

 いくら魔力を纏っているとしても衝撃のダメージは逃せない、か。

 ともかく急いで起き上がらないと。そう思って体を動かそうとした瞬間、血の槍が眼前にまで迫っていた。

 首を全力で横に振る。ズパァン! と先程まで俺の顔があった場所に突き刺さる。

 

 だが、これで俺は自分の終わりを悟った。

 

 血は液体だ。故に形状を任意に変えられる。槍から棘、棘から銃弾、銃弾から矢、矢からナイフといった具合に。

 現に俺の視界で血が蠢いている。この状態で逃げられたとしても、致命傷になりかねない攻撃を受けるだろう。

 ならばもう……と思ったが、いつぞやの親父たちの説教を思い出し

 

「うおぉぉぉ!」

 

 俺は地面を転がって最初の棘を避け、ある程度で起き上がって地面から突き出てきた血をバックステップでかわし、その先端が膨れ上がって爆発して飛び散ってきたものを木々を移動して避けた。

 

 にもかかわらず向こうの方が上手だったのか、枝に飛び乗った瞬間に血でできたハンマーにぶっ飛ばされた。

 

「ッカ!」

 

 そのまま木にぶつかり意識が飛びかける。

 思わず太刀を落としそうになるが何とか握りしめる。

 ……まだ、大丈夫だ。あいつと戦える。傷口が開いてるだろうが、死ぬことはない。

 そう思って顔を上げると、再び血の雨が。

 

 避けるのは不可能だと思った俺はそのままで太刀を振り回して弾き飛ばすが、掠って腕や足や頬から血が流れ出す。

 ようやく収まった時には完全に満身創痍。血が全身から流れ出て地面に落ちる。

 

『マスター! このままじゃ本当に死んじゃいますよ!?』

「うっせ……まだ魔力で何とかなってるんだろ。次攻撃しかけてきたら決める」

『そんな! 無茶ですよ!!』

 

 そんなやり取りをしていると、少し近いところで悲鳴が上がった。

 

「チッ!」

 

 思わず舌打ちして体を起こし、悲鳴が上がった方へ走る俺。

 段々と怒号や悲鳴が大きくなったのでそのまま行くと、急に血の矢が飛んできたので地面を太刀で割った衝撃で飛んだ土砂で防いだ。

 土砂が落ち終わったのを見計らって先に向かうと、やはりというか、あいつが居た。

 

 ただし、周りには死んではいないが地面に倒れている奴らが数人と、ボロボロの高町とテスタロッサ他数名が対峙していた。

 

 その光景を見た瞬間、俺はその場で切っ先を偽神に向けて何も考えずに呟いた。

 

「虚栄霧散」

 

 それだけでいつの間にか先端に集まっていた魔力が一直線に発射され、蛟竜はもちろん射線上の地面までもが全部蒸発した。

 

 

 それを見て俺は、やっと倒したと思う前に、気を失った。

 

 

 ナイトメアや、誰かの声を聴きながら。




蛟竜編残り二話は…今日中に無理そうです。

ご愛読ありがとうございます


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49:気が付いた場所

一週間ほど更新せずすいません。


 ここ数回夢を見る。

 俺が力のない只の小学三年生だという夢だ。

 

 その夢では霧生や斉原とは普通に遊び、時に天上と口喧嘩したり、如月とキャッチボールやったりして高町達を遠目に見ているという夢だ。

 

 これが『普通』なのだろうか。この夢を見る度にそう思ってしまう。

 これが普通なら確かに楽しいものだろう。ごく普通に遊び、ごく普通に友達と楽しく話し、ごく普通に一喜一憂できるのだから。

 

 だが、この夢は俺にとっては『異常』だった。誤謬であり、理想であり、叶わないもの。

 

 この『異常』が俺にとっての『普通』なんだと思う度、俺の中の『何か』が埋められていく。

 

 そして何度目かの否定をした時――――

 

 

 俺はベッドの上(・・・・・)で目を覚ました。

 

「…………」

 

 喋ろうと思ったが口に何かがあてられている。鼻や口に風みたいなものを感じるので、おそらく酸素供給用のマスクでもつけられているのだろう。

 等と適当に考えて手を動かそうと思ったが、何やらコードのようなものがつながれているのかあまり自由がきかない。

 一体どうしてだろうと考えたがすぐに思い出した俺は、これからどうするかぼんやりとかんが――――

 

「あ、起きたの長嶋君!? もう体は大丈夫なの!?」

 

 ――――えようとしたところで、高町が顔を覗いて俺が目覚めたことに気付いたらしく、そんな風に叫ばれた。

 その顔はとても喜んでいるようで、まるで生きてくれて嬉しいと、そう言ってる感じがした。まぁ推測でしかないので本人がそう思っているかどうか知らないが。

 俺はとりえず呼吸器を外してほしいと思ったが、言っても聞こえるかどうか怪しそうなので実力行使。

 

 ブチブチブチィ! とコードがついている片方の腕を左右に動かしてコードをちぎり、そのまま呼吸器を外そうとするがなぜか高町があわててその手を抑え始めたので、仕方なくもう片方の腕を動かして呼吸器を外す。

 その時に何かプスッと抜けるような音が腕の方からしたが気にしないで動かして外し、起き上がって状況を確認。

 

 ここは病室ではないらしいが病院のような設備があるところからすると、おそらくどこかの治療室あたりだろうか。

 どこか、ではないか。高町がいるのだとすると、おそらく以前俺が連行された船の中だろう。

 となると今度は運ばれたのか俺。そして治療をしてもらったのか。

 

 今回はさすがにシャレにならなかったから素直にありがたいかと思いながら周りを見ると、右手側には点滴が、左側には電極のコードと高町が。

 

 俺は気を失った後の経緯をすぐさま想像して高町に顔を向けて割とマシになったらしい(両親曰く)笑顔で礼を言った。

 

「――助かった高町。お前達のお蔭で生き永らえた」

 

 そう言っただけなのに、なぜか高町は驚いていた。

 

 堪らず俺は首を傾げて問いかける。

 

「どうしたんだ?」

「今……笑った?」

「一応は。最初の笑顔は笑われるほどひどかったと記憶している……っと。そういや、たぶん初めてだな。学校の連中に笑顔を向けるのは」

「……あ、そうだね」

「で、どうだった? うまく笑えていただろうか」

「なんで今聞くの? ……まぁ笑えてはいたかな」

「なら良かった」

「――――じゃないよ! 話を逸らさないで!!」

 

 いや、別に逸らしてはいないのだが。単純に笑顔の感想を聞いてみただけなんだが。

 礼は言って一応巻き込んでしまったゆえの説明をする予定ではあるのだから、別に話を逸らしたわけではないのだが。

 そんなことを思いながら俺はベッドから起きて自分の服装を確かめる。

 

 バリアジャケット前まで着ていたいつもの学校の制服。しかし何故か元通り。

 これもスサノオあたりがやったのだろうかと推測し、あとはナイトメアだが……などと周囲を見渡そうと思ったが、聞けば早いと思い質問した。

 

「なぁ高町」

「どうしたの?」

「ナイトメアは?」

 

 そう尋ねると高町が何か答える前に扉があいた。

 

「あなたのデバイスなら勝手ながら検査させてもらっているわ」

「……リンディさん、でしたよね?」

「えぇそうよ、長嶋大智君」

 

 入ってきたのは緑色の髪のリンディさんと、その後ろからテスタロッサ、そして彼女に似た、それでいて明るそうな女子。

 俺はとりあえず「助けていただきありがとうございます」と頭を下げて礼を言ってから、気になることをいくつか質問した。

 

「今回の件で死亡者はいますか?」

「いないわ。君のおかげで」

「……あなたたちが追っていた集団は?」

「全員身柄を拘束できたわ。猛省しているのか罪を全部認めてくれたし」

「……そちらの事情(・・・・・・)は分かりましたので、今度はこちらが説明しましょうか?」

 

 そう訊ねたところ、リンディさんは一瞬驚いたかと思うとすぐに息を漏らし、「……あなたは本当に物怖じしないのね」と呟いた。

 そんなわかりきった感想など新鮮味のない俺は「生きていれば誰だってそうなりますよ」と皮肉めいたことを言ってから「場所を変えますか?」と質問した。

 

 今度こそ絶句したリンディさん達。

 俺はとりあえずさっさと話して学校に戻りたいだけなんだが……などと思いつつ彼女達が驚きから覚めるまで待っていると、慣れたからか高町がすぐに驚きから覚めて質問してきた。

 

「どうして場所を変える必要があるの?」

 

 俺は考えるそぶりも見せないで即答した。

 

「こんな場所だと記録が取れないだろ? それに、いつまでもここを占領するほど俺の体は弱くない」

「……あんなに傷だらけで、魔力も空だったのに?」

「魔力自体は回復中だろう。傷は……もう治った」

「ウソッ!?」

 

 そう言って高町が俺の体の傷を確認しようとしてきたので、自分で制服を腕まくりして傷の有無を確認させた。

 

「ほらな」

「本当だ……」

 

 信じられないとでもいう風に驚く高町。お前は表情がころころ変わってすごいな。

 というより俺の回復力は前から知っていたはずだろうに。なぜ今更驚いているのだろうか。

 

 ふと疑問に首を傾げていたところリンディさんが咳払いをしてからこういった。

 

「それじゃ、いつまでもここにいる訳にもいかないし、デバイスも返したいし、移動しましょう?」

 

 それに俺は無言でしたがうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リンディさんたちの後をついてあたりの構造を記憶しながら歩いていると、いつの間にやら隣に来ていたテスタロッサに似ている女子が話しかけてきた。

 

「心配いらないよ」

「別に心配しているわけじゃない。有事の際にこの場所の構造を覚えておかないと不利になるからだ」

「……どういうこと?」

「ところで誰だ?」

 

 これ以上質問に答える気がなかったので正体を聞く俺。

 隣を歩いている少女は「アリシア・テスタロッサだよ。……それで? どういうこと?」としつこかったので、「……避難経路を組み立てるためだ」と息を吐いて答えた。

 するとアリシア・テスタロッサ――テスタロッサ姉でいいか――は目を見開いて「すごーい! 本当に同い年?」と言ってきた。

 

「それ以外にどう見える?」

「お母さんみたいな大人かな」

「そこまで成熟した覚えはないぞ」

「でもそういう風に見えるよ、君は」

「あっそ」

 

 少し歩く速度を速める。これ以上おしゃべりに付き合う気はないという意味で。

 するといきなりリンディさんが止まったので、俺もすぐに止まらざるを得なかった。

 

 一体なんだ……と思いながら前を見ると、部屋の前だった。

 

「じゃ、ここで話を聞きましょうか」

 

 こちらを見ずにそう言ってきたので、俺はそのまま部屋の中に入った。

 

 

 

 部屋の中はテーブルが一つ・椅子が一列に十個ぐらいあるという簡素なもので、リンディさんが上座に座り、俺はその反対側に座った。高町達は適当に座った。

 結構遠いなと思っていると、リンディさんが口火を切った。

 

「君に対してなんていえばいいのかしらね……邪魔されたから捕まえればいいのか、助けてくれたのだからお礼を言えばいいのか」

「それはそちらの勝手です。こちらにはこちらの考えがありますので」

「そう……なら聞かせてもらおうかしら」

「参考にするためですか? 別にそちらの決断を鈍らせたくないので黙秘します」

「…………」

 

 なんとなく情に流されやすそうだったため黙秘権を行使すると、案の定リンディさんは口を閉ざした。

 そこに俺は追撃する。

 

「別に俺は情状酌量を望んでいません。罰というのはその罪状に見合ったものでなければいけませんからね。誰かに従ったとしても行動を起こしたのは自分ですし。責任などはとりますよ? おそらく反対の立場といえど、現段階では土俵に立っていると認識していますから」

「……」

 

 未だ黙っているのでもっと言ってやろうかと思い口を開いたら、「どうしてそんなこと言うの長嶋君!?」と高町がテーブルを叩いて俺を向き、叫んだ。

 対する俺はそんな高町を一瞥し――すぐさま黙っているリンディさんに顔を向けて言う。

 

「あなたが今この場の最高決定者だ。あなたの言葉がこの場の決定になる。保留も何もできない。この場で決めるしかないんですよ。そうでもしないとあなたは……」

 

 パァン!

 

 ある言葉を言おうとしたら、高町が我慢できなかったのか俺の頬を思いっきり叩いた。

 痛みなど感じなかったがとりあえず高町を見ると、どこか悲しみに耐えながら涙を浮かべていた。

 俺が見たことをチャンスだと思ったのか、そのままの状態で彼女は畳み掛けてきた。

 

「長嶋君のバカ! どうしてそんな風に言えるの!? リンディさんが折角……」

「折角……なんだ?」

「「「!!?」」」

 

 俺が殺気をこの場にいる全員に当てながらそう訊ねると、リンディさんを除く三人が構えた。

 そのままでいたので、俺は殺気を収めてから言った。

 

「はっきり言おう。判断を即決できない指揮官は部下を見殺しにする。事態は刻一刻と変わるのだから当然のことだ。俺の事を目が覚めるまでに何の処罰も決められなかった時点でそれが浮き彫りになっている。いわば、無能だな」

「「そんなこと……!」」

「いいのよ。なのはちゃん、フェイトちゃん」

「「「リンディさん!」」」

「彼の言う通り。時間があったのに何も決められなかった私が悪いのだから……指揮官失格ね」

「そうですね。あの時通信が戻ったのに彼女達をさっさと戻さなかった判断にも呆れます。幸い死にはしなかったようですが、一歩間違えれば全滅(・・)していたのですから」

「「「…………」」」

 

 重くなる部屋の空気。そんな中、テスタロッサ姉がテスタロッサに訊ねた。

 

「そんなに厳しかったのフェイト?」

「う、うん。私も手も足も出なかった」

「何せ相手は人工的の偽物とはいえ神様だからな。お前達に勝てる見込みなどない」

 

 そう断言すると高町とテスタロッサが勢いよく睨んできたので、肩をすくめながら「ならお前達はあの時勝てたか?」と訊ねると、黙って下を向いた。

 

 全員が全員黙って俯いてしまったのでここらでいいか(・・・・・・・)と思った俺は、頭を掻きながら言った。

 

「――それじゃ、説明しますかね」

「「「「え?」」」」

 

 全員が全員、俺の言葉に呆けた。




蛟竜編終了まで残り一話となります。ご愛読ありがとうございます。


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50:基準

蛟竜編終了となります。


 さて。この場にいる女性全員が呆けてしまっている。

 が、俺は気にせずに説明を始めることにした。

 

「まず先程まで問答をしてしまい申し訳ございません」

「「「「…………」」」」

 

 だが誰からも返事がない。

 まぁ当たり前かと思いながら、俺は進めた。

 

「あれは単に指揮官の能力を勝手ながら試させてもらうためにしました。結果的には甘く、悩みやすいというものでしたが、高町達がいるのであれば別にいう事はないでしょうね。正直言って、彼女達も貴方と同じで優しいですから」

 

 そこまで言うとリンディさんがようやく事態をのみ込んだのか、「……君の勝ちね、今回も」と両手を上げて息を吐きながら言った。

 

 別に勝ち負けを決めるわけじゃなかったんだが……そんなことを思いながら、俺は続ける。

 

「まぁこんな年端もいかないガキに言いくるめられるようじゃダメです。もっと強く出ませんと」

「……あなたぐらいじゃないかしら? こうも簡単に言いくるめようとするのは」

「詐欺師につかまりますよ、そんなこと言っては」

「十分才能があるわよ、あなたも」

 

 そんな皮肉をスルーし、俺はこのまま事情の説明に入った。

 

「まずはどうしてあなたたちの邪魔をしたのかから話しましょう。あれは学校から強制的につれてこられ、あの世界の神様に『うるさいから何とかしてくれ』と頼まれた結果です。まぁその神様が偽物だったという盛大なオチでしたけどね」

「それで今度は助けることにした」

「別に罪悪感からじゃないと思います。自分も死にかけましたし」

「そう……。ところで、『偽物』ってどういうことかしら?」

 

 リンディさんがそうたずねてきたので、俺は確認を取った。

 

「それを訊ねるってことは完全に神様の存在を認め、下手すると巻き込まれてしまう可能性が出てきますが?」

 

 そう言うと彼女は「もう巻き込まれてるのだから別に構わないわよ」といった。

 これはさっき下した評価を変えるべきか……などと思いながら、「わかりました」と言って説明することにした。

 

「あれは転生前――神様の魂の初期化前のものを封印し、それを人の魂と無理やり合わせた結果できた、人為的な神様です。もっとも、偽物ですので劣化版ですし、自分の血を見ると化けの皮もはがれますが」

「「……」」

 

 蛟竜を思い出したのか、顔色が悪くなる二人。そんな二人を見てテスタロッサ姉は首をかしげていたが、俺には特に関係ないので説明を続ける。

 

「劣化版といえども人の存在を超えた存在者ですからね。いかに戦闘能力があろうとも、人数が多かろうとも、人ならざる者の身体能力に勝らなければ、同じ土俵にもたてません。一方的な虐殺でしかなりえません。また、仮に同じ土俵に立てたとしても神様自身の神格――能力も一応使えます。最低限のものですが、それこそ天災級の威力だったりするのが大概です。本当に」

「……なぜあなたは今そこまで説明してくれるのかしら?」

「説明しろといったのはそちらですし、巻き込まれても構わないといったのもそちらです。ですので、一応の情報だけを先に」

「…………そう」

 

 そのまま説明しようと思ったら「もし仮に、このメンバーでさっきのような敵と戦うとしたら、勝てるかしら?」と質問されたので、俺は即答した。

 

「全滅します」

「即答ね。……ちなみに、あなたなら?」

「やりようによれば勝てる奴もいるでしょうが、スサノオやリヴァイアサンなどの有名どころには時間稼ぎできるかどうかですね」

「長嶋君、ものすごい強いのに?」

「高町。確かにお前らよりは強いが、神様の中に混ざったらすぐ死ぬぞ? あくまで人間よりの化け物だからな、俺は」

「そんなことないよ!」

 

 なぜか高町が必死になりかけてたので、この話を終わらせるために俺は言った。

 

「以上で説明は終わります。処罰なりなんなりに関してはおとなしく従います。ただし、恩赦という形で仲間になることに関してだけは拒否させていただきます。それだと、処罰になりませんので」

「…わかったわ。なら、この場で決定していいかしら?」

「いいですよ」

 

 そう答えるとリンディさんは腕を組んで少し考えてから、俺に対しての処遇を口にした。

 

「――――なら、この件はなかったことに。その上であなたに頼みたいことがあるのだけれど、いいかしら?」

「……事と次第によりますが」

 

 頼みごととは一体何なのだろうかと思いつつ言葉を待っていると、ある意味では納得できる、それでいて意味が分からない「頼みごと」を言われた。

 

 

「高町なのは、フェイト・テスタロッサ、クロノ・ハラオウン。この三人を鍛えてくれないかしら?」

「――――は?」

 

 俺はここで初めて気の抜けた返事をした気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぜ鍛える必要が? 十分強いんですよね?」

「それは私達の基準。あなたの基準だと足元にも及ばないんでしょ?」

 

 そういわれて誤魔化すかどうか悩んだが、素直に頷いた。

 それを見たリンディさんはここで初めて笑顔を作ってこう言った。

 

「今後昨日のようなことが起きないという保証もないのだから、少なくとも生き残れるようなぐらいに強くなってもらいたいのよ。協力してもらっているのだから、生き残ってもらわないと」

 

 そこで俺は真意をうっすらとだが悟った気がした。

 保身……といえば聞こえが悪いだろうが、今挙げた三人には死んでほしくないのだ。たとえ俺と敵対し、神と交戦したとしても。

 それが指揮官の願いなのかそれとも別観点からの願いなのかわからないが、彼女の中では今後俺と一番接触する可能性が高いと思われる三人をすでに推測しており、そこからの可能性を考慮してそう言ったのだろう。

 

 まぁ単純に伸びしろがある三人を選んだだけかもしれない。そんな可能性まで考えていると、

 

「それに、元々はなのはちゃんの願いなのよ、これは」

「…は?」

 

 リンディさんにそう言われ、俺は思わず高町のほうを見る。

 高町と目があったが、何を恥ずかしかったのかすぐさま顔をそむけられた。いや、怒っているのだろうか。

 とかく現実の気持ちの読み取りは難しいと思いつつ、俺は「どういうことですか?」と聞こうとしたが、なんとなく心当たりがあったので高町に確認してみた。

 

「俺があれから寝てる間に頼んだのか?」

「……よく分かったね」

 

 頷く高町。あまり驚かれてないところから見て、薄々気づくとはわかっていたのだろう。

 要は足手まといになるのが嫌なのか。俺と鉢合わせした場合での戦闘で。

 むろん気持ちは分からなくもない。自分の無力さを嘆き、そこから出した結論だというのも考え付く。

 だが、その願いをかなえるかどうかに関しては、別だと感じた。

 そして気付いた。自分が未だに彼女達を巻き込みたくないと思っていることに。

 

 巻き込みたくないというのは完全なるエゴだと、前世で言われた記憶がある。

 エゴのどこが悪いといった時、そいつがこう発言したのを思い出した。

 

『――最初から俺達は一蓮托生なんだ。巻き込む云々なんて元からねぇんだよ。それなのにそんなこと言うなんざ、俺達のこと、仲間だと思ってないって証拠だぜ?』

 

 現状は違うが、状況自体は変わってない。相変わらず巻き込む云々で切り離しをしようと俺はしていた。

 高町が願った『強くなりたい』ということも。

 そしてここにきて、あの島でのテスタロッサの言葉を思い返す。

 

『君のそれは信じてるとは言わないよ』

 

 正鵠だな、正に。

 どうやら俺は未だに変わり始めてすらいないようだ。そう己を結論付け、一回自分の顔を殴る。

 

 周りの奴らが全員驚いたが俺は気にせず、普通に言った。

 

「わかりました。その件頼まれましょう」

「ありがたいけど鼻血出てるよ長嶋君!」

 

 高町にそう言われ、俺は何とも締まらないなと思いながら、ナイトメアに魔力を解放するよう指示した。

 

 ものの一分ぐらいで完全に回復した俺は(顔の痣なんかもできていたらしい)、周囲からびっくり人間を見たような顔をされつつ、続けた。

 

「ただし、条件があります」

「条件?」

「一つはその鍛えた力を普段封じておくこと。これは俺を見てればわかりますが、圧倒的な力を有することになります。神様相手に通じる力というのは、人間の枠での最強を消し炭にしてもおつりがくるものですので。一歩間違えれば力に溺れかねません」

「そんなにとびぬけるのかしら?」

「えぇ。俺なんかがいい例です。まぁ、魔法に関してだけ強くしたいのでしたら、その強くなった部分を犯罪者相手に使わなければかまいません」

「……」

 

 何を想像したのか絶句するリンディさん。

 そこに俺は付け加えた。

 

「もう一つは訓練日と場所です。基本的に俺はやることがありませんのでそちらの都合で構いませんが、場所だけはこちらが指定させてもらいます」

「どうしてかしら?」

「俺一人で全員を教えられませんし、第一狭いと訓練になりませんから」

「以上かしら?」

「まだあります。この話は俺達の夏休み以降でお願いします」

 

 そう言うと、高町が「どうして!?」と言ってきたので、俺は冷静に答えた。

 

「テスト」

「うっ」

 

 テスタロッサ姉妹は首をかしげたが、高町は思い出したのかどんよりとしだした。

 こいつ存在自体を思い出したくなかったのだろうかと思いつつ、俺は進言する。

 

「……このように乗り切らないといけないことがありますので、それが終わったらそちらの都合のいい日に連絡ください。たまに用事でいないときもあると思いますが、そこら辺はご了承ください」

「…さらっと不在の可能性を言われたけど、まぁしょうがないわね。こちらが頼んでいることだし。すべて了承するわ」

「ありがとうございます」

 

 そう言って俺は頭を下げる。頼んできたとはいえ条件をのんでくれたのだ。これぐらいはせねば。

 なのにあちらは驚いたようで、「べ、別にいいのよ頭を下げなくて」と言ってきた。

 そういうものかと思いながら頭を上げる俺。

 完全に頭を上げた時、リンディさんが空気を換えたいのか「じゃ、君のデバイス取りに行くわよ」と言ってきたので無言で従い、この場での話は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*……視点

 

「なんなの、このデータは」

 

 長嶋が起きる数時間前の事。精密検査を行った結果を見たリンディ・ハラウオンは、絶句した。

 彼女が見ているのは大智の検査結果。身体能力や希少技能(レアスキル)、魔力などの状態が事細かに書かれていた。

 

「いくらあんな戦闘をやってしまえるといっても、これは異常よ……」

 

 呟いた彼女はテーブルにその資料を乱雑に置いて頭を抱える。

 

 ある意味転生者らしく、ある意味元神様だったらしい結果を見て。

 

 

 

名前:長嶋大智

魔力:EX

身体能力等:All SSS+

希少技能:魔力収束・圧縮、魔力自動回復、自動魔力治癒、自動身体強化、魔力具現化、???




次回からは夏休みに入ります。そこでさまざまな日常から闇の書へ移行しようと思います。
ご愛読ありがとうございます。


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闇の書・序章
51:夏休み初日


 夏休み編に入ります。あと少しで闇の書に関わる……!


 あの後デバイスで一悶着あったり、件のクロノ・ハラウオンと遭遇して口喧嘩(一方的な)をして帰宅しようとしたらテスタロッサ姉に「みんなの訓練の時に私も行っていいかな?」と言われたので了承したりして一日飛んで帰宅した。

 

 荷物は親父が取りに行ったらしい。その時に理事長といろいろと話をしたらしく満足そうだった。

 

 その後テストがあったが別段いつも通りの成績で、バニングスが同率になった。

 「これで追いついたわ!」と張り紙を見た後言われたが、基本的に成績に興味がない俺は「頑張れ」と言って斉原と霧生の結果を聞いた。

 

 どうやら二人とも順位が上がったらしく、霧生に至ってはすごく喜んでいた。

 抱きつかれそうになったので避けてそのまま教室へ向かったが。

 補足すると、高町も成績が良かったそうだ。それを笑顔で報告してきた時の周りの視線といったら、一対百の撤退戦をやった時並みだったな。だからといって特に怖いと感じなかったが。

 

 それから日は過ぎて夏休み初日。

 朝起きたら家に人の気配がなかったので不思議に思ったが、昨日言われたことを思い出した。

 

「……また仕事に行ったんだったか」

 

 昨日の夜のことだ。

 

『私たち明日から仕事でいないから』

『その間ここの留守よろしく! 好きに人を上げて構わんぜ』

『は?』

 

 以上。たったこれだけ。

 いきなりの事だったがそこは切り替え、大変だな仕事と思いながら「頑張って」と本を読みながらそんな風に言うと、両親がいきなりテンションを上げて『『行ってくる!!』』とか言い出して大変だった本当。

 

 昨日の事を思い返した俺はいつものメニューをいつも通り行うべくトレーニングウェアに着替えて下におり、家に鍵をかけて走り出した。

 

 

 

 いつも通りのメニューをこなした後は家に入ってシャワーを浴びる。

 そのあとに朝食を作って食べて食器を片づける。

 

 ここまでやって午前八時半。

 今日中に終われそうだな、この時間帯だと。そう思いながら、俺は自室へ戻った。

 

『マスター。それはなんですか?』

「宿題」

『結構多そうですね』

「四教科全部だからな。いつもよりは多いだろ」

『終わらせるんですか、全部?』

「でなきゃ俺は全部持ってこない」

 

 ナイトメアのくだらない質問に答えつつ、夏休みに出された宿題の解答欄を鉛筆で埋めていく。

 

 終わらせようとしているのはもちろん夏休みの宿題。前世ではそういうのがなかったが、要するに連休中に終わらせる課題なのだろう。いつもと変わらないな。

 さっきから俺が解いているのは国語。面倒以前に記入する量が一番多いからだ。

 黙々と答えを書きながら、俺はぽつりと漏らした。

 

「毎年思うんだが、これのどこが『鬼』なんだろうか」

『量じゃないんですか?』

「こんなの、半日あれば全部終わるだろ。特別課題はともかく」

『……』

 

 突然黙ったナイトメアに声をかけようと思ったが宿題を優先したいので、そのまま宿題を進めることにした。

 

 

 

 二時間後。

 

 今は息抜きに算数のところをぱぱっと終わらせている。水とか飲む必要を感じられなかったので、一歩も椅子から動いていないことになる。

 あと十問ぐらいで終わる……そう思いながら更にスピードを上げようとした時、インターフォンが鳴った。

 

 唐突に切れる集中力。

 

 俺は妙に口が渇いたので水を飲んでから、不機嫌そうな顔をして玄関へ向かった。

 だってそうだろ? ノリに乗ってきたところで水を差されたも同じなんだから。誰だってテンション下がるわ。

 

 これでつまらない用事だったら玄関鍵かけて無視してやる。

 そう思いながら玄関を開けるとそこにいたのは。

 

「お前らに家を教えたか? バニングスに月村」

「随分不機嫌そうね。ひょっとして今起きたのかしら?」

「あと十問で二教科目が終わるところで水を差されたんだ。不機嫌にもなる……さっさと入れ」

「え? いいの?」

「暑くなるのになぜ押し問答をやらなければならない。宿題やりに来たんだろうに」

「「…お邪魔します」」

 

 もはや何も言わないといった様子で上り込む二人。

 そのあとに俺はもう一人来るかどうか外を覗き込んだら、案の定家の前にいて目が合った。

 

「さっさと入れ高町。勉強しに来たのなら」

「あ、うん!」

 

 高町が入った後、これ以上客が来ないだろうと思って俺はドアを閉めて鍵をかけてリビングに戻ったら、高町達がキョロキョロしていた。

 誰を探しているのだろうかと簡単に結論付けられる疑問をまとめた俺は、答えを口にした。

 

「両親なら仕事でまたしばらくいないぞ」

「私はそれ知ってるよ?」

「それは私も」

「うちにも来たわ」

 

 そうなのか。じゃぁなんで挙動不審になっているのだろうか。

 まったくわからんと思いながら俺はキッチンの方へ移動する間にリストバンドをテーブルから取って持っていき、調理スペースの場所に置いて冷蔵庫の中から冷えた麦茶を取り出し、人数分のコップを出しながら小声で言った。

 

「喋るなよ。念話もするなよ」

『わ、分かりました』

 

 若干引き気味で頷いてくれたのでそのまま放置して麦茶の入ったコップを運び、座ってる三人の前に置いて自分は飲んだコップを目の前に置いてから「分からないとこがあれば訊け」と言ってやりかけの課題を終わらせにかかった。

 

 そしてすぐさま終わり顔を上げたら、何故か動きを止めたままの三人が。

 俺は終わった教科を床に置き、理科をやろうと思ったが、未だ身じろぎしない三人を不思議に思い、首を傾げて訊ねた。

 

「なぜ固まっている?」

 

 すると三人を代表してなのか月村が聞き返してきた。

 

「長嶋君って、課題全部一日で終わらせるタイプ?」

「当たり前だろ。明日は明日の風が吹くからいつ宿題が出来ない事態になるか分からん。その為に暇だと思った日に朝から全部終わらせようとする。それのどこがおかしい?」

「おかしいってわけじゃないけど……」

 

 何やら後に続きそうな感じだったが俺は時間が惜しいので「口より先に宿題終わらせたらどうだ?」と言うことにした。

 それが功を奏したのかわからないが三人は我に返ったように宿題に取り掛かったので、俺も理科をやることにした。

 

 

 

 そこからさらに一時間ぐらいで理科が終わった。残るは社会と、特別課題の読書感想文か自由研究のみ。

 

 一回休憩するか。朝から集中し続けたから。

 そんなことを考えて腕を伸ばしたら欠伸が出てしまった。

 

「ふぁ~あ」

「? 今のってあんた、よね?」

 

 咄嗟に口を隠したが時すでに遅し。俺の欠伸姿を横目で見たらしいバニングスが、確認するように訊いてきたのだから。

 他二人も同様のようで、俺を見てシャープペンシルの持つ手を止めて驚いていた。

 その反応を見て大まかに五通りの推測をした俺は、普通に「疲れたら眠くなって欠伸が出るのは当然だろ」と言って席を立ち、自分のコップを持ってキッチンへ。

 

『マスターも欠伸するんですね』

「しないわけがない」

 

 そんなやり取りをキッチンでした俺はコップを洗って片づけてから、軽くその場で屈伸をしたり足を伸ばしたりした。

 多少眠気が飛んだので戻ると、高町が考え込んで止まっており、他二人は時々悩んでいたが先には進んでいた。

 コップを見ると、全員手を付けていなかった。

 

 俺は席に座り高町に訊いてみた。

 

「どこが分からないんだ?」

「「「え?」」」

「ん?」

 

 高町だけに訊いたのだが、何故か月村やバニングスまで顔を上げて反応した。そして何やら驚いていた。

 そんなに驚くようなことだろうかと思いながら、俺は高町に再度訊く。

 

「どこで悩んでいるんだ?」

「…………長嶋君なの?」

 

 随分疑わしく聞き返してくる高町。なぜ手伝おうとしただけでそこまで疑われるのだろうか。

 なんだか心外だと思いながら、俺は「手伝う必要がないなら俺は社会を終わらせるが、いいか?」と宿題のページを開きながらそう言うと、慌てて高町は「こ、ここ!」と言って俺に開いてあるページを見せてきた。

 

 ……ここは普通に数行前を書けばいいだけなんだが、何でこいつは気付かないのだろうか。

 国語の読解問題で悩むとしたら自分の言葉で書く時ぐらいだろうにと思いながら、俺は椅子を持って高町の近くまで近寄り、座ってからアドバイスをした。

 

「いいか。この問題はこいつがこの下線部の感情を抱いた理由を聞いてるだけだ。その感情を抱くようになったのは、ここ…って分からんか。高町、シャーペン借りるぞ」

「え! う、うん」

 

 何やら小さい返事だったが気にせず、俺はシャーペンを借りて高町の課題に書き込んでいく。

 

「下線部の感情を抱くようになったのはここ――この鉤括弧で区切った場所だ。この結果こいつはそんな感情を抱くようになった。分かったか?」

「……あ、う、うん!」

 

 そんな風に言われるといささか不安でしかないのだが……そんなことを思いつつ俺はシャーペンを置いて椅子から降り、その椅子を持って元の場所に置いて座った。

 これで幾分かましになるんじゃないかと思いながら社会の課題を終わらせようと鉛筆を握ったら、正面にいる月村が意外そうな顔で、横にいるバニングスが不機嫌そうな雰囲気でいた。

 理由を考えるのが面倒だと思った俺は、宿題に視線を落として課題をやり始めながら二人に言った。

 

「最初に麦茶を置きながら言っただろう。分からなかったら訊け、と。それに、その麦茶は飲んでいいからな」

「…あ。そういえばそうだね」

「……」

 

 さて、さっさと宿題終わらすか。

 

 

 

 社会の課題を終わらせ、残るところ自由研究か読書感想文のみ。

 去年は読書感想文、一昨年は自由研究だったが……今年は何をやるか。

 やはり無難に読書感想文だろうかと悩んでいると、「長嶋君」と月村の声が聞こえた。

 考え事を中断し、俺は訊き返した。

 

「なんだ? 分からないところでもあるのか?」

「違うよ。私達今日の目標終わったから、みんなでなのはちゃんの家で遊ぼうかって話になってね。長嶋君もどうかなって」

「……その前に昼だな」

 

 答えをはぐらかすように時計を見て時間を確認し、そう呟く俺。

 というより、女子三人のところに男一人混ぜるとか何を考えているのだろうか。俺はどうしようもないぞ。

 

 今日の昼飯どうするかと頭の片隅で考えていると、「じゃぁみんなでお昼食べようよ!」と高町が言ってきたので、ここがチャンスだと思い言った。

 

「俺は家で食べるからこれでお開きだな」

 

 するとそこにバニングスが待ったをかけた。

 

「なによそれ。私達と一緒に食べれないの?」

 

 逆に聞こう。どうしてお前達と一緒に食べる必要がある?

 そう言いたいのを我慢して、俺は反論した。

 

「お前達は一緒に遊ぶ約束をしたのだろ? 生憎だが俺は全てを終わらせる気だから今日は遊べない。またの機会でな」

「あんまり根を詰めるのは体に毒だよ?」

「そうよ。あとほとんど宿題ないんでしょ? 今日だけが休みじゃないんだから」

「夏休みはまだ始まったばかりだよ、長嶋君!」

「……」

 

 ここまで言われるとなぜだかこちらが申し訳ない気持ちになるのだが、一体何がそうさせるのだろうか?

 そんなことを疑問に思いながら説き伏せるには骨が折れそうな気がした俺は、ため息をつきながら頷くことにした。




ここまで三十話ほどオリジナル話となっております。といいますか、原作になったところでオリジナル展開が混じるのでほぼオリジナルとなるかと。

ご愛読ありがとうございます。


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52:二日目

宿題のほとんどを終わらせた次の日。


 あの後、高町たちと一緒に翠屋で昼食(?)をとってから、三人が遊んでいる姿を一人だけ傍観していた。

 

 いや、混ざれそうなのなかったから。女子三人に男一人で遊ぶとか何しろって話だから。

 

 まぁその後帰宅したわけだが、夕飯作って食べていると携帯電話が鳴り、それに出たところ「宿題どこまで終わった?」と斉原から訊かれ、自由研究か読書感想文で悩んでいると答えたら、「だったら明日図書館に行って調べながら決めたら?」と言われた。

 それだけなのかと質問すると、「明後日に話したいことがあるんだけど、大丈夫?」と聞き返されたので、特に予定のない俺は肯定した。

 

 それから少し他愛のない会話をして電話を切り、食事を再開した時、ふと気になった。

 

「そういえば、リンディさんはどうして斉原を入れなかったのだろうか?」

『いきなりどうしたんですか?』

「いや、俺が鍛えるって話のときにどうして斉原を入れなかったのかと思ってな」

『そういえばそうでしたね』

「管理局の手伝いをやめたんだろうな、理由は知らないけど」

『その推測が当たっているのが恐ろしいんですけどね…』

「真に恐ろしいのは神が無差別にまき散らす力だ」

 

 そんなこと言わせるために言ったんじゃありません! そう突っ込みを入れられたが、俺は無視して食べ終え食器を洗って片づけた。

 

 

 で、次の日。

 

 今日も今日とていつも通りのメニューをこなした俺は図書館が開く時間まで暇だったので課題のプリントを見る。

 

 そこには、自由研究と読書感想文についての注意が書かれていた。

 

『注意! 自由研究のテーマは何でもいいですが、だからと言って公序良俗に反するようなテーマは禁止です。さらに、年齢に合ったテーマにしてください。読書感想文ですが、これは学校が指定した本以外のものを書かないでください。なお、学校指定の本は図書館にもあります』

 

 ……ふむ。自由研究はダメだな。ぱっと思いついたものが十個ぐらいあるが、そのどれもが小学三年生にしては難しすぎる。例を挙げるなら、早く走るための筋肉の作り方とか。

 なら今回は読書感想文か。そう決めた俺は時間より少し早いが財布と筆箱を手提げカバンに入れて、家を出た。

 

 むろん、ナイトメアを放置して。

 

 

 行く途中で原稿用紙を買って図書館の中に入る俺。

 まず感じるのが冷房の冷たい風。外の暑さとは違い、こちらはうだる様な熱気をさせるのがいろいろな意味でまずいからだろう。

 次いで目視できるのが人の多さ。自分の部屋や学校でもできるだろうに、ここで勉強している人たちがいた。

 俺も人のことは言えないが。そんなことを思いながら、読書感想文の本がどこにあるのか司書に聞いた。

 

 案内された場所には指定されたらしいマークと、六冊の本だった。

 

 俺は一つ一つ題名を確認し、次いであらすじを確認し、最後にぱらぱらとめくって書きやすそうな本を探した。

 結果書くことにしたのは『幻想と現実』。タイトルからして難しそうな内容だったが蓋を開けてみるとそうでもなく、どこかの童話をアレンジしたファンタジーものだった。

 

 こんなのを指定するなんて理事長は教育者として大丈夫なのだろうかと思いながらその本をとって席を探すと、横から声をかけられた。

 

「あれ、大智? なにしてるん、ここで?」

 

 俺はその口調で誰だか見当がついたので、持ってきた本を声がしたほうに持ち上げて空いてる席を探しながら、答えた。

 

「読書感想文を終わらせに。そういう八神はまた読書か」

「そうや。……空いてる席探してるのやったら、うちが読みたい本とってくれれば探してやるけど?」

「…わかった」

 

 これ以上長引かせて時間を食うのも癪なので、おとなしく八神に従うことにして横を向いた。

 すると相変わらずの車いす姿だが、元気だけはありありと見て取れた。

 

 ……それが見せかけなのかどうかは置いとくが。

 

 そんな考えを気取られないように「どの本を読むんだ?」と聞くと、八神は少し驚いたらしくこう言った。

 

「最近会ってないと思ったら、なんかずいぶん変わったやん。雰囲気もそうだけど、暗さが取れたって感じがする」

「そうか? それよりお前の読みたい本はなんだ?」

「そういうせっかちなところは変わらないんやなぁ、ホンマ」

「どうでもいいだろ」

「はいはい」

 

 そう言って移動しようとしたらしいのだが動かせずにいて何やら首をかしげている八神を見てため息をついた俺は、後ろに回って車椅子を押した。

 

「な、なんや!」

「動かせないのなら本を取らせるついでに俺に言え。ここまで自分で動かしてたんだろ?」

「…まぁ」

「なら腕も疲れたんだろ。開館してすぐに来たみたいだし」

「…なんでわかったん?」

「じゃなきゃ俺より奥のほうで声が聞こえるわけがない」

 

 そう言うと八神は「……そうやな」と小さくつぶやいてから、「なら頼むわ」と了承したので、車いすを押して八神が読みたい本を取りに向かった。

 

「おおきにな」

「構わない。席に関しての文句はこの際言わないことにするし」

「うちの隣じゃ嫌なんか?」

「…ああ」

「ヒドッ!」

 

 読みたい本を見つけて渡して席を探すことになった俺たちだが、丁度いいところに二席あいていたのでそこで座ることにした。

 つまり、八神が隣にいるというわけだ。

 別にここに来ると大抵こうなっていたから大丈夫なのだが、現在の俺の目標である『読書感想文を終わらせる』を達成させるにはいささか不安要素にしかなりえない。

 

 何言われても無視してやるか。そう意気込んだ俺は持ってきた本を読みながら、要所要所を原稿用紙に適当な文字の大きさで書き込み始めた。

 書き込むこと数分(同時に読み終わった)。

 

 原稿用紙五枚にわたって書かれた要点を順番にまとめながら、本を読み終えた感想を呟いた。

 

「ファンタジーなのになぜか固い」

「学校指定はそれが普通ちゃうん?」

 

 それはそうだろうが、なんか納得がいかない。

 …一応内容が硬い割にファンタジー感が出ていたことには驚いているが。

 そんなことは置いといて。本を返してさっさと書いてしまおうか。

 そう考えて本を戻しに行く俺。

 

 その時八神が、「せやったら何か面白そうな本適当に見繕ってくれへん?」と顔を向けて言ってきたので、「戻るまでに読み終わっておけよ」と言い残して戻すことにした。

 

「とは言ったものの……面白そうな本とは一体何なのだろうか?」

 

 本を戻すのはすぐに終わったのだが、八神に頼まれた「面白そうな本を持ってくる」ということに悩んでいた。

 これが自分なら常識の本やら図鑑やらでもいいのだが、八神はここの住人。しかも大分本を読んでいるだろう人。

 大体読んでいるんじゃないだろうかと思いながら本棚の一番上の段を脚立を借りて探していると、ふと一冊の本が目に留まった。

 

「『探偵ギャンブ』。表紙が随分と幼稚な絵だな…」

 

 本棚からその本をとってぱらぱらとめくる。

 ………。

 

「これでいいか」

 

 内容が面白そうだったのでその本を持ったまま脚立から飛び降り、脚立を司書のところまで返してから八神の下へ戻った。

 

「ほれ」

「遅かったやん」

「探すのに手間取った」

「そか……って、なんやこの前衛的な表紙」

「大事なのは中身だろ」

「まぁそうやけどな…」

 

 そう言ってから八神はパラパラと本をめくっていく。

 それを横目に見ながら俺は、放置していた読書感想文を書き始めることにした。

 

 

 

「…意外と面白かったわ」

「そうか」

 

 一時間ぐらいかけて何とかまとめた感想文を手提げカバンに入れていると、ちょうど読み終わったのかそんなことを呟いたので軽く返事をする。だが、内心では自分がずれていなくてホッとしていた。

 

 別に他人に感性をどうこう言われたからといって何をするわけでもないが、やはり紹介したものが面白いといわれないとこちらが間違っているのかと思ってしまう。

 

 …たまにクラスの奴らがほかのやつに強く勧めてるのを見ると、よくあんなにできるなと感心する。他者の感性が自分と同じわけないのに。

 

「なぁ大智」

「……なんだ?」

「何を考えてんの?」

「同一感性に関しての考察」

「……は?」

「なんでもない。忘れてくれ」

 

 そう言ってから壁に掛けられた時計を見ると、見事に十二時半。

 もう昼かと思っていると、「もうこんな時間? シャマル達が遅れるなんて珍しいこともあるんやな」という八神の呟きが聞こえたので首を傾げる。

 

「シャマル? 俺とお前が会う時は大体シグナムという女性だったはずだが、他にもいるのか?」

「せや。うちに前から居候しててな。シグナムとシャマルの他に、ザフィーラやヴィータって名前や」

「居候? 家族じゃないのか?」

 

 そう訊ねたところ、八神は急に歯切れが悪くなった。

 

「う~ん。家族といえば家族やけど、ある日いきなりやからなぁ。しかも先月ぐらいから時折夜遅くまで帰ってこんし」

 

 いったい何してるんやろ? と呟く八神を見ながら、俺は「俺は帰るが…お前はどうする?」と訊くと、先ほどまでの考え込んだ顔はどこへやら。いきなり表情を明るくして「だったら家まで送ってくれる?」と期待するような目で頼んできた。

 

 特にこの後用事もなく、ただ家に帰って昼を食べるだけだったので俺は頷き、「案内してくれるなら」と言って八神の後ろに移動した。

 

「ほな、この本返して家に行こうか」

「そうだな」

 

 そして八神と一緒に本があった場所へ戻り、司書の下へ脚立を借りて本を返し、八神が座っている車椅子を押しながら手提げカバンを持って図書館を出た。

 

 

 

 

 

 

「大智の家ってどこなん?」

「どこと言われるとお前とはだいぶ離れているとしか言えない」

「そりゃそうやろうけど……何か目印はないん?」

「長嶋という表札」

「そりゃそうやろうけど! それ以外に何かないんかい!!」

「……電柱の近くにある長嶋という表札がある家」

「探せるかアホォ!」

 

 そんなやり取りをしながらゆっくりと歩く。

 早く移動しても八神にいいことなさそうだしな。そう考えた結果ゆっくりと歩くことが最適だと考えて実行している。

 八神はというと、先程の会話でため息をついてから「あ、ここ右や」と指示を出してきた。

 無言で従う俺。

 

 右に曲がってから、八神がさっきの話題を続けた。

 

「にしても、教える気あるんか?」

「一応。目立ったものがないから説明しづらいだけだ。それに、説明したことないからな、俺」

「友達おらへんの?」

「いるが一緒に遊ぶことがほとんどない」

「寂しいなぁ……ここは左や」

「はいはい」

 

 何やら悲しまれたがスルーして曲がろうとした時、その角から二人飛び出してきた。

 その顔を見た時八神は驚き、俺はどこかで見たことがある顔だなと思った。

 

 俺達が(おもに八神が)何か言う前に、あちら――シグナムと銀髪の男らしい青年が片膝をついて口を開いた。

 

「申し訳ありません! 少々出かけ先でトラブルが発生してしまい、遅くなってしまいました!!」

「申し訳ない!」

 

 ただならぬ忠義に俺が呆気にとられていると、顔を真っ赤にした八神が二人に対して怒った。

 

「何してんの二人とも! ここは天下の往来やで!! そんな恥ずかしい真似せんといて!」

 

 だが二人は納得しなかった……と思いきや、あっさりと立ち上がって自然体で「申し訳ございません」「悪かった」と謝った。

 

 これはもう俺要らないだろう。そう結論付けた俺は一歩ずつ後ろに下がると、シグナムが俺の姿に気付いたのか、「長嶋か。わざわざすまなかった」と言われたのでその場で止まり「ああ」と答えるしかなかった。




このまま八神家へ。読んで下さりありがとうございます。


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53:八神家訪問

今更ですが、チートだからといって無敵という訳ではありません。別次元の強さを誇る主人公ですが、体は生身で小学三年生ぐらいのリーチしかありませんので。


「すまない。図書館へ行くのが遅くなってしまい」

「構いません。それより、俺はやっぱり」

「帰る必要無いで大智。約束は守るから」

「そうはいってもだな。家族と一緒に居るのに邪魔するなんて…」

「家主のうちがいいって言うとるんやからいいんや。うちと大智の仲やし」

「ザフィーラさん、代わりましょうか?」

「いや、大丈夫だ」「って無視かい!」

 

 結局逃げられずに銀髪の青年――魔力があり何やら耳が生えているのでアルフに似た奴だろうか――ザフィーラを紹介され、改めて自己紹介して八神家に移動中。

 なお、車椅子はザフィーラが押している。

 

 ザフィーラの後の八神のツッコミに対し、俺は無視する形で礼を述べた。

 

「ありがとな」

「な、なんや急に」

「いや。家に誘ってくれたことと昼食を食べさせてくれる礼だが」

「律儀やなぁ」

「恩義を感じたら礼を言うのが普通だと思うからな」

「お。ようやく変わり始めたんか」

「まぁな」

 

 そんな会話をすること数分。

 段々と来たことがある道を通り始めたので若干不思議に思ったが、家に着いたときにその答えが分かった。

 

「斉原の家の隣だったのか…」

「そうや。雄樹からも大智の話良く聞くで」

 

 なるほど。道理で途中から通ったことがある道だと思ったわけだ。

 しかし斉原は八神にどういう話をしてるのだろうか? ふとそんな疑問がわいたが答えてもらう必要もないと思い「そうか」の一言で終わらせた。

 それに対し何やら言いたそうだったらしいが、シグナムは八神に「早く入りましょう。ヴィータ達ももうすぐ戻ってくるでしょうから」と言った。

 

「そか。なら先に昼食作ってまってようや」

「えぇそれが良いでしょう。あの二人もお腹を空かせて帰ってくるでしょうから」

 

 そんな感じでさっさと入る三人。俺はというと、少しばかり考え事をしていた。

 

 八神を図書館に連れて行ってからどこかへ行ったというこの二人。ほかの二人もまだ帰ってきていないという。

 なぜ八神一人を置いて彼らはどこかへ行ってしまったのだろうか。そのことが不思議に思えたからだ。

 

 一応推測として出るなら……やはり『魔法』。これが、彼らが八神を置いて出かける理由にかかわっているはずだ。

 なぜそう考えるかというと、八神はこの通り足が悪い。実際は歩けるという可能性もあるかもしれないが、最初に会った時にはすでに立つことすらままならなかったようなので、その可能性は捨てる。

 その考えを基にして、前から会っているシグナム。今回初めて会ったザフィーラ。他の二人がどうかは知らないが、少なくともこの二人は魔力を持っている。

 そうなると彼らも高町達と同じ、いや、系列は違う場所で働いている魔法関係者で、八神には知られたくないと思っているからの行動なのかもしれないと推測ができる。

 

 が、これはあくまで推測。現状では情報が足りないためどうしても確証が持てない。

 

 確証なき証言は災いに発展する。前世での教訓を生かすとするなら、ここは黙ったほうがいいだろう。

 と、ここまで考えたところで「長嶋」と声をかけられた。

 声の主を見ると、やはりシグナムだった。

 

「どうかされたか?」

「…いや。考え事をしていただけだ」

 

 不思議そうな目で見てくるので頭をふって大丈夫だとアピールすると、「はやてがお呼びだ」と言われたので、俺は「分かった」と答えてからお邪魔した。

 

 

 

 入った感想。

 まぁ普通の家だ。

 というか、基本的にバニングスや月村の家が豪華すぎるのだろう。かくいううちも、異空間地下室が存在する、普通の家とは違う造りになっているが。

 だが基本的構造は普通の家と何ら変わりはないか。……トラップが不在の時作動しているのが普通かどうかはともかくとして。

 

 なぜトラップ云々の話になるかというと、六月のある日曜日に『そろそろ防犯対策の更新するかー』という親父の一言で理解させられた。

 つまり誰もいない状態(長嶋家の人間がという意)で誰かが入ろうとすると、それを迎撃するようなトラップが存在しているという事だった。

 

 我が親ながら凶悪なものを設置していないかとハラハラしたが、別段痛めつける系のトラップがないので安心した。

 ……さすがに自動で赤外線が不在時に至るところから発生すると言われ時には侵入者に同情しようと思ったが。

 

 そういえばナイトメアはどうしてるのだろうか。普段持ち運んでいないデバイスの事を案内されたソファに座り、ふと考える。

 

 また呪詛の様に暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ・・・・・・などと呟いていないだろうか。正直鬱陶しくてかなわない。

 もし呟いていたらどうやってなだめようか。腕を組んで黙ってそんなことを考えていると、ザフィーラが「どうかしたか長嶋大智」と言ったのが聞こえたので、もうなるようになれだと思って考えるのを放棄し「家に誰もいないので心配になったんですよ」といつも通りの声で答えた。

 

 「そうか」と引き下がるザフィーラと、「帰ったぜはやて!」「ただいま帰り……あら?」という声が聞こえたのが同時だったが、普通に聞き取れた。

 ていうか、帰ってきたのか。なんだか居心地が悪くなるな。

 

 人見知り、というのだろうか。いや、気心知れた奴ら以外だと警戒心が先立つからか。ともかく、俺はすでに帰る準備を見えないようにし始めたところで……

 

「お。丁度できたところに帰ってきおったな、二人とも」

 

 作った料理をシグナムと一緒に運ぶ八神が来た。

 

 あ。逃げ場がない。わずかコンマ数秒のうちに結論が出たので、俺はもう諦めて立ち上がり、八神が持ってきた料理を「運ぶぞ」といって返事も聞かずに持ってテーブルに置き、他に準備するものを聞いて(八神は少し抵抗があるようだったが)運んだら、先程の声の主たちがソファに座っていた。

 

 おっとりしてそうな女性に小柄で生意気そうな少女。この二人はどこかで見たことがあった気がしたが気のせいかと思い、ヴィータとシャマルだろうと名前だけを推察した。どちらがどちらだか分からなかったが。

 

 ちなみに昼食はそうめん。大人数だからこれでいいかという事らしい。俺は別に大丈夫だが。

 俺がとりあえずテーブルにすべて置くと、「すまない長嶋。客人なのに手伝わせてしまって」とシグナムが代表してなのか謝ったので、「勝手にやったことですので別に」と答えた。

 

 さて。今現在荷物はソファの後ろにあるのでよしとするが、俺の座る場所がない。ないというか、何とも座りにくい。

 壁際で立ってそのまま傍観してようかと考えていると、八神を俺を見て首を傾げた。

 

「どないしたん? 食べなきゃなくなるで」

「……あぁ」

 

 仕方がないので渡された容器と箸を持ち、茹でられて水切りされたそうめんをつゆが入った容器に入れて立ったまま(・・・・・)啜る(すする)

 もう一つもらおうかと思い箸を伸ばそうとしたが、何故か感じる視線に箸を止め、ぐるりと見渡す。

 

「どうした?」

「いやな。座って食べへんのかなぁ思うて」

「座れる場所…あるか?」

「あるやろ。ヴィータの隣とか」

「な、はやて! なんでこいつが隣なんだよ!?」

 

 八神が箸でその場所をさすと、その隣の少女が分かりやすく拒絶した。

 だろうな。だから俺は座らなかったんだ。

 少女のいう事にため息をついた俺は八神に「立って食べたままの方が消化が早いから別に構わない」と言ってもう一つ掴んで容器に入れ、食べる。

 

 ふむ冷たい。夏にぴったりだな。

 初めて食べたそうめん(二口目)に少し感動しながら、家で一人だとこれ食べるのが寂しいだろうなとふと思い、そこから関連して家に帰ってナイトメアをなだめようと思い「ごちそうさま」と言って使った食器を台所の流し台の方へ向かおうとすると、八神がこちらを向いてるのか聞きやすい声で不思議そうに質問してきた。

 

「もう食べないんか?」

「誘ってくれたのにすまん。家で忘れてたことを思い出してな。早急に帰らなければいけなくない」

「そか…なら、仕方あらへんな」

「ありがとな」

「えぇって。世話になった恩返しや」

 

 そして食器を洗ってそのままにして置き、「洗うだけは洗った」と言ってソファの後ろにあった荷物を持ってリビングを出た。

 

 玄関口。靴を履いてドアノブを握ろうと思ったが、後ろにいる気配に気づき声をかける。

 

「なんだ?」

「ヴィータが済まない。なにぶん初対面相手には警戒が先走って…な」

 

 わざわざそんなことをいうためにこちらに来たのか。随分と律儀な奴だな。そしてあの小さいやつがヴィータという名前なのか。

 感心しながら俺はドアノブを開けて言った。

 

「気にしてはいない。初対面で警戒するのは平和ボケをしていない証拠だし、俺は元々警戒されやすいからな」

「!」

 

 後ろの気配――声からしてシグナムだろう――が驚いて身構えたのか息を飲んだのか知らないまま、俺は外に出た。

 

 

 さて。家に帰って食べなおすか。ナイトメアのこと放置したままだし。

 

 

 ……あいつ、今頃呪詛を読み上げるようにつらつらと言ってないだろうな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その心配は的中した。

 

 家に帰ると、

 

『マスターのバカマスターのバカマスターのバカマスターのバカ…………』

 

 リビングのテーブルで延々と噛まずに呟いている、ナイトメアの姿が存在した。

 

 宥めるのに一時間を要し、俺はそこから昼食を作ることにした。




この日は立て続けに物事が起こるようです。

読書、お疲れ様でした。


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54:訓練開始前

なぜか最初の訓練の話が三話構成になってしまった……

このままだと序章の方が長いかもしれません。


 何とかナイトメアを宥めた俺は腹が鳴ったので家にある材料で適当に昼食を作っていると、携帯電話が鳴った。

 誰だよこんな時に。そう思いながら俺は無視したが、それでも鳴り続ける。

 

 あぁくそっ。こんなタイミングの悪いやつは一体どこのバカ野郎だと思いながら調理する手をやめ、すぐに携帯電話を取るが、切れた。

 

「……」

 

 着信履歴を見ると『リンディ・ハラオウン』となっていた。

 これだけで何の用事か分かった俺は、調理を再開しながら携帯電話である人物に電話をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

『調理しながら電話してたのに、どうして焦げてないんですか……?』

「日頃の積み重ね」

 

 食べ終わった俺はすぐさま食器を流し台に持って行って洗って片付ける。それが終わったのでナイトメアを左手首に装着する。

 

『あれ? どうしたんですか一体?』

 

 いきなりなことに戸惑ったらしいナイトメア。俺はそれを無視してただ一言

 

回廊(・・)

 

 とだけ言って一歩踏み出した。

 その瞬間、俺という存在は地球にはいなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何度来ても慣れないんですけどこの空間』

「俺は別に」

 

 今俺は特に何もない空間――ずっと道が一直線に続いてるだけのような空間――をのんびりと歩いている。

 この場所で急ぐとろくなことがない。気づけば前の時代へさかのぼってしまったり、別世界――神様たちが暮らしている世界に行ってしまったり。

 前世じゃよくやったなぁと思いながら俺は以前つけた目印を見つけると、迷わずその壁へ(・・)飛び込んだ(・・・・・)

 

 回廊。これは神様達が世界を、時代を行き来するために用いられる移動法。自由自在に扱ったりできるのだが、半端物の神様だとどちらか一方しか使えないらしい。さらに言うと、この空間での移動先はその回廊を開いた神様のみだけが知っているので、実際に飛ばされるか事前に教えてもらうかのどちらかでしか知ることができない。

 まぁさすがに二度引きずり込まれればどこにつながっているのかを目印できるのでわかるが。

 

 ちなみに回廊の開き方は神様によってまちまちで、俺がやった方法はスサノオに事前に連絡した際に教えてもらったものである。……一日しか使えないが。

 

 と、こんな説明をしていたらいつの間にか着いたな。誰もいない通路。

 変わってなかったらこっちのほうだろうなぁと思いつつ、俺は以前の説明時に使われた部屋を目指した。

 

 のだが。

 

「……そう言えばここからあの部屋まで行ったことなどなかったな」

 

 そう。すぐに迷子になってしまい、現在どこにいるか皆目見当がつかない状態に陥ってしまった。

 困ったな。近くに人の気配がしないし、部屋越しですら感じない。

 

 一体どうしたものだろうかと腕を組んでその場で立ち尽くすことになった。

 

 本当にどうするか。ここ以外に場所は知らないし、かといって闇雲に壊しながら進むというのも常識に照らし合わせれば愚の骨頂。

 他に案があるとするならば適当に歩き回って人を見つけることぐらいなのだが、ここまで人の気配がしないと本当に誰もいないのだろうと勘繰ってしまう。

 

 まぁ考えても仕方がないので行動に移すか。

 これ以上の思考は無駄だと判断した俺は、本当に人がいないのかどうか調べるために適当な方向へ駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

「……内部構造を調べられるのはいいんだが、あまりにも無防備すぎて逆に怖くなる」

 

 走り出して二十分ぐらいだろうか。大体の場所を記憶した俺は誰一人として遭遇しないまま、先程の場所まで戻ってきた。

 

 しかしまったく人の気配がない。誰か内部に人がいないかと思っての行動だったのだが、蟻一匹見つけられなかった。

 ここまで来るとメンテナンスされている可能性しか思い浮かばなくなったのでどこから出れるのだろうかと腕を組んで考えていると、

 

「侵入者が一人って、あなただったのね…」

「……ん?」

「久し振りね、長嶋君」

 

 声につられて振り返ると、そこにはいつものような服装のリンディさんがいた。

 俺はそのまま体を向けて気を付けの体勢になり、いつも通りの声色であいさつした。

 

「お久し振りです、リンディさん。すいませんお手数おかけしまして」

「どうやってここに侵入したのかは聞かないことにするけど……ここは整備中だから早くでましょう」

「わかりました」

 

 そのままついて行く俺。罠などの可能性をここで考慮するほど人間不信に陥っていない。ただ人の好意、善意、信頼、純粋さを受け容れられずに信用できないだけだ。

 きっとこれらを無条件で受け入れられること自体が『人』なんだろうかと考えていると、いつの間にか光に包まれていたらしく、先程までとは違い視界が明るくなった。

 思わず目を細めてしまう。ちょっと夜目になっていたせいか、少しばかり目が疲れる。

 

「あ、長嶋君! 来てくれたんだね!!」

「……あぁ、高町か」

 

 目を抑えながら聞こえた声の主の名前を呼ぶ。そしてすぐに目を開けると、高町とテスタロッサ、そして不機嫌そうな(実際そうだろうが)ハラオウンがいた。

 どう考えても恰好からしてここで働いた後で、魔力も多少なりとも減っているように見える。

 

 ……意外と新鮮だが、それ以上の感想を持ちえないし持つ理由がないので何も言わず、俺はとりあえず周囲を見渡す。

 

 その行為に首を傾げる三人を無視しながら、俺は背後から迫る人物の腕を掴んで一本背負いの要領で投げる寸前でその人物が慌て始めた。

 

「ちょ、ちょっと待って! お願いだからやめて!」

「むやみやたらに背後から近づくな」

 

 そう言って掴んでいた腕を放すとその人物――テスタロッサ姉が、なぜか少々不満げだった。

 が、理由のわからない俺はどうでもいいのでリンディさんに「では行ってきます」と言った後に「回廊」と呟いて対象者だけを一緒に巻き込んだ。

 

 

 

 

「「「「うわっ!」」」」

 

 俺以外の四人は情けない声を上げたが、ただ一人俺は景色を見渡して悪態をついた。

 

「ったく。おいスサノオ。なんだって直接的に開通した」

 

 今俺達がいるのは古代の日本の大自然に佇む水車付きの小屋の前。自然の景色に人工物の象徴であるモノが何一つない、言ってみれば縄文や弥生時代あたりに存在していた当たり前の景色の中。

 その中にある小屋の中から、悪態をついた俺に対し不機嫌そうな顔をしながら出てきたスサノオが、ため息をつきながら言った。

 

「お前が一向に来る気配を感じなかったせいじゃぞ」

「悪かったな」

「悪びれてないの」

 

 そう言って俺達を見渡す。

 俺以外はどういう表情をしているのかどうかわからないが、きっと驚いているのだろう。そう考えながら、俺はスサノオに訊ねた。

 

「例の空間はできたか?」

「傲岸不遜なんだか無遠慮なんだか分からぬの…まぁ出来とるが」

「これで惑わしの杖の件はチャラにするか。ありがとう」

「……もはや何も言うまい」

 

 呆れたのか再び溜息をつくスサノオ。

 もう少し詳しい説明を聞こうと思ったところで、ようやくなのか高町が口を開――

 

「ねぇフェイト。この水スゴイ綺麗だよ!」

「ちょ、ちょっと姉さん!」

 

 ――く前にすでにテスタロッサ姉妹が大自然を前にはしゃいでいた。

 いや、正確にはテスタロッサ姉だけがはしゃいでいてテスタロッサが止めている、か。

 声だけを頼りにその方向を向くと、すでにスサノオがそこにいてテスタロッサ姉の襟首をつかんで土手に立っていた。

 

「小娘よ。ただ人の身でこの水を浴びたらタダでは済まんぞ」

「放して!」

「ほれ」

 

 かと思いきやいきなり俺の少し前に現れていきなりつかんでいた襟首を放したので、俺は咄嗟にスライディングキャッチ。

 

 背中や尻の方が熱く、砂埃が少し舞う。

 俺は腕の中にいるテスタロッサ姉を無視してその体勢のまま見下ろしているスサノオに訊ねた。

 

「…何の真似だ」

「怒るでないわ。ただこの小娘に対する警告じゃて」

 

 そのまま睨み続けていると、テスタロッサ姉が恥ずかしそうに俺に向けてなのか言ってきた。

 

「ね、ねぇ長嶋君。わたし的には放してもらいたいなぁって思うんだけど……」

「それもそうだな」

 

 言われた俺は転がってテスタロッサ姉を地面に降ろす。

 ちゃんと彼女は降りたのだが、何故かこちらを一切見ずに小さな声で「…………ありがとう」と言われた。

 別に面と言えという訳じゃないが、どうしてしおらしくなったのだろうか。スサノオは面白いものを見つけたという顔をし始めたし。

 いきなりの変化に戸惑いながら立ち上ると、後ろから高町が「早くやろう長嶋君!」と少し怒った口調で言ってきた。

 

「ほほぅ」

「何呑気に感心している。とりあえず汚れた服洗わせろ。そして換えの服を貸してくれ」

「命令とお願いか。……まぁいいじゃろ。その間に話でも?」

「…構わん」

 

 どうやらスサノオは高町達と話をしたいようなので俺は了承し、自分は水車付きの小屋の中で換わりの服を取りに向かった。

 

 ……にしても、どこで服を洗おうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *……視点

 

 小屋の中に入った大智を確認せずに着流し姿の見た目五十代の好々爺――スサノオが高町達に真剣な表情を向けて訊ねた。

 

「お主達に訊きたいのじゃが、どうしてこんな風に鍛えてもらいたいんじゃ? はっきり申すと、主らが集まるより大智一人ですべてが事足りるしの」

 

 あえて現在の事実(・・・・・)で突き放すスサノオ。これで折れるなら大智には悪いが、全員返す腹積もりだった。

 しかしながら、高町は即座に答えた。

 

「確かにそうかもしれません。けど、友達があんなことに関わっているのに助けられないのが悔しいんです!」

 

 それに呼応してか、テスタロッサも意気込んで答える。

 

「私はなのはとは違う理由ですが、強くなれるのなら頑張ります!」

 

 その流れのままハラオウンを見ると、彼は警戒していた。

 

「どうした?」

「僕は結構です」

「ほぅ……それは?」

 

 目を細めてスサノオが訊ねると、その眼力と漏れ出た殺気のせいか四人の腰がいきなり砕けたように座り込んでしまった。

 やってしまったと思った彼は、すぐさま殺気を引っ込めて雰囲気を戻し、改めて質問した。

 

「君の復讐相手(・・・・)がわしらの同類(・・)だとしても、かね?」

「!?」

「「「??」」」

 

 言われた意味が理解できない座り込んだままの女子三人だが、ハラオウンただ一人は座り込んだまま拳を作って歯軋りをしてから、怒った表情でスサノオに訊き返した。

 

「…なんで知っているんだ?」

「そりゃぁわしは神様じゃからの。…で、どうする。仇討など何も生まないが、それでも強くなろうと思わんのか?」

 

 その言葉がまるで悪魔の囁きだということは言った本人が一番理解している。だが強くなってもらわないといけないのだどんな理由でも、と思っていた。

 

 この先神仏修羅やその紛い物などと彼女達も戦うであろうと予見されれば、否応なく。

 

 果たして。スサノオの甘言が効いたのか、ハラオウンは入れていた力をすべて抜いてから「分かりました」と呟き、スサノオはホッと胸をなでおろすのを内心で行い、面では満足そうにうなずいた。

 

 それと時を同じくして、大智が小屋から出てきた。

 

 スサノオと同じ着流しの格好で、リストバンドを左腕に装着した状態で。




訓練の方はさらっと流していきたいです。

お読みいただきありがとうございます。


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55:腕試し

二話目です。そしてまだ訓練行きません。次で訓練終わります。


「全員回復したか?」

 

 小屋から出てきた俺は何の会話をしていたのか知らないが、とりあえず高町たちに話しかける。

 すると、三人が三人とも首を傾げた。

 

「「「回復?」」」

「あぁ。この空間は魔力回復を促進させてくれる……と、どうやら三人とも大丈夫のようだな」

 

 視てみると三人とも魔力が完全に回復していた。やはり子供だからか、回復力が速いのだろう。

 まぁそんなことはどうでもいい。大事なのは、三人が万全な状態になっているという事実。

 

 俺は何やら覚悟を決めた表情の三人に対し、これから行おうとする前準備をさせることにした。

 

「それじゃ、さっさとバリアジャケット展開しろ」

「う、うん」「分かった」「うん」

 

 そういって思い思いの言葉でバリアジャケットを展開する。

 それを見届けずに俺は、スサノオに話しかけた。

 

「空間での注意事項は?」

「特には。ただ、お前が全力で撃たなければ壊れる心配はない」

「耐久力に難ありだな」

「たった数十分で作ったことをほめてほしいんじゃがの」

「……こんなことに付き合わせてすまないな。ありがとう」

「儂も用があったから構わんわい」

「いいよ」

 

 言われた俺は三人に視線を向けず、そのままスサノオにお願いした。

 

「じゃぁ頼む」

「任せろ」

 

 そう言うとおもむろに右腕を上げて指を鳴らした瞬間。

 今度はどこを見ても白い壁しか見えない空間に移動した。

 

 さすがに二度目だからか驚きは少なかったが、それでも新しく来た空間を警戒しながら周囲を見渡す三人。

 ちなみにだが、テスタロッサ姉とスサノオはこの場にいない。いるのは、俺、高町、テスタロッサ、ハラオウンの四人。

 これ以上無駄に時間を費やす気がなかったので、見渡している三人に対し俺は種明かし兼これからやることを告げた。

 

「まずこの空間だが、ダメージを受けたところでここから出れば回復する場所だ。魔法なんか撃っても問題ないらしい。だから、お前達は今から俺に一撃いれてみろ。入れられたら今日から始める。出来なかったら今日は終わりだ。無論、三人一緒に攻めて、だ」

 

 そう言うと、いきなり三人が動揺した。

 まぁ動揺するだろうと見当をつけていた俺は、その動揺をなくすように肩をすくめて言った。

 

「おいおい。俺が魔力を出してないことに動揺してるのか? 甘い甘い。ここじゃ死なないんだから大丈夫だっての。それに、いきなり魔力出したらお前らが攻撃を当てるチャンスがなくなるって」

 

 反応を見ると今度は動揺ではなく何やら葛藤していた。

 やれやれどうしたものか。俺はため息をつきながらどうやって攻撃させようかと考えていると、いきなり魔力弾が後ろから来たのが気配で分かったので考えるのをやめて右へ体をずらして避け、発射してきた奴までダッシュ。

 

「なに!?」

「惜しかったな」

「ぐっ!」

 

 避けられて間近まで迫られたことに驚いたハラオウンに惜しいと言って、そのままの勢いで膝蹴りを腹に当てる。

 食らったハラウオンはそのまま壁に激突。ドゴォォォン! という音と瓦礫の音が混ざりながら全体に響いた。

 一応だが、これでも加減している。力を小学三年生に、速度だけ本気という具合に。

 

 だがハラオウンはしばらく目を覚まさないだろう。崩れた壁を見つめながらそう思っていると、テスタロッサが自身のデバイスを鎌の状態にして突っ込んできた。

 この速さは感心するなと思いながら俺はテスタロッサに突っ込み、衝突寸前で鎌をつかんでその場で右足を軸にして半回転して投げ飛ばす。

 

「キャッ」

「うわっ!」

 

 ちょうど撃つ予定だったのか高町がテスタロッサと衝突。

 これ幸いと思いそのまま跳んだ俺は体勢を整えている二人の間に割って入り、両手で二人の腹部に掌打を打ち込んで壁に激突させた。

 押し出す形で吹き飛んだことに満足しながら俺は無事に着地。そしてテクテクと空間内の中心まで歩き、立ち止まる。

 そこで周囲を見渡しながら、俺は頭を掻きつつ考える。

 

 これからどうするか。一応全員壁に激突させて埋めたから、出てくるより意識を失うほうが高そうなので、もうどうしようもない。

 死ぬわけがないから大丈夫だろうが……なんて柄にもなく心配していると、なんとなくこの場に留まると嫌な予感がしたので、少し距離をとる。

 

『マスター、上です!』

 

 ナイトメアの言葉を素直に受け取った俺は、先程までいた場所で起こった爆発を見ながら左へ跳ぶ。

 すると上から飛んできた魔力弾が追いかけてきた。

 それを視界の端にとらえた俺はすぐさま全速力で直進し、壁までたどり着いたらそのままの勢いで壁を登る。

 

「うそっ! 壁を走ってる!?」

「何はともあれチャンスだ!」

「待って!」

 

 どうやら三人とも復活していたようだ。そして念話で作戦会議でもしていたところか。

 壁を一直線に走りながらそう考えた俺は立ち止まる。

 無論、急に立ち止まると体に異常な負担がかかりこのままだと一撃いれられてしまうだろうが、それ以前に問題がある。

 それは、魔力を使わずに走っていたことだ。

 魔力を出していた状態だと急に立ち止まったとしても問題なく、更には壁に足をつけたまま立っていることも可能。

 だが今はただの全速力。魔力もなしで走って壁に足をつけたまま立つことなど壁と一体にならないと不可能なので。

 

「「「あ!」」」

 

 俺は頭から落っこちた。

 が、こうして落ちている以上考えがある。それも、三人に攻撃し、俺は無事に着地するという考えが。

 まず俺は落下中に顔を上げ、体を地面と水平にする。

 落下距離の少ないスカイダイビングみたいな状況だが、これで終わりなわけがない。

 あわや地面と全身が正面衝突するかのような状態で腕を突き出した俺は地面を軽くタッチして衝撃を殺し、その反動で宙返り。

 この状態で狙われたら間違いなくアウトなんだが、高さが低いからか攻撃を仕掛けてこない。

 着地した瞬間に見上げると、すでに三人とも砲撃準備なのか、杖(?)を一様にこちらに向けてきたので、俺はここまで走った本来の目的である「あるもの」を拾い、

 

「「「シュー!!?」」」

 

 三人に向けて一つずつ投げてぶち当てた。

 すべて直撃し、三人とも落下する。

 それを確認した俺は立ち上がり、空間の床に落ちている「あるもの」を拾い、上へ放ってはキャッチしながらつぶやいた。

 

「まったく。瓦礫だろうがなんだろうが、とりあえず堅かったら凶器足りえるんだがな」

 

 今俺が持っている「あるもの」。それは、ハラオウンが激突した壁の瓦礫。高町たちを撃墜した正体が、これだ。

 

 

『マスター。さすがに危なかったんじゃないですか?』

「俺は魔力を使わないといったが、この体だけで戦うとは一言も言っていない」

『そうでしょうけど、さすがに今回の戦い方はあちらがかわいそうだと思いましたよ』

「これでも神様基準だと下あたりなんだがな」

「いや、流石に中の下辺りじゃろ」

 

 ナイトメアとの会話に割り込んできたスサノオ。見るといつの間にか空間が解除されていて、テスタロッサ姉が三人のもとへ駆け寄っていた。

 俺はスサノオの評価に眉をひそめて反論する。

 

「馬鹿な。あの程度で中の下だったら、俺は沙悟浄あたりには勝てることになるぞ」

「体術だけじゃったらな。妖術――いや神通力を使う総合力だったら相討ちがいいとこじゃろ」

『……それはそれですごい気がしますけど』

「ナイトメア。その感想はあくまで同列視した感想だ。この肉体と体術だけだったら相討ちまでにこちらの体力が持つかどうか怪しいからな」

 

 そう言うと、スサノオがうさん臭そうな目で俺を見てきた。

 訳が分からないので首をかしげる。

 

「どうした?」

「いや。謙虚なのか自分の戦闘能力だけをちゃんと理解していないのか、ちと判断が付きにくくての」

「?」

 

 そんなことをやっていると、後ろから、しかも俺のすぐ近くから、声が聞こえた。

 

「しばらくぶりです、猛き英雄」

 

 その声に体が勝手に反応し、俺は振り返りながら距離を取って相手を確認した。

 体もやや細身と男という点はスサノオと似ているが、違う点は杖を持っていないところと、見た目は二十代にしか見えないほど若いところ、そして着流しに似ているが中国の伝統衣服である漢服の曲裾を着ている点だった。

 

 俺は突然の出現に警戒したが、スサノオは片手をあげて嬉しそうに言った。

 

「おう。態々悪かったの、麒麟」

「いえ。私もやることがなくて暇でしたので」

「麒麟…」

 

 スサノオが呼んだ名を反芻し、頭の中で思い出しながら警戒を解かずにそいつとの距離を測る。

 

 麒麟。確か中国では帝を守る神霊として崇められていたやつだったか。そして獣達の長であり、殺生を嫌い、雷を操るもの。

 

 そんなやつがどうしてスサノオとなんか……なんて考えた結果、ある仮説が生まれた。

 

 おそらく、スサノオのその荒ぶる気性ゆえに嵐の神格が付き、その延長上で雷を操ることのできる麒麟と仲良くなったのだろう、と。

 しかし、現実は違った。

 

「そういえば、そちらの古都に住んでいる白虎様はお元気ですか?」

「まぁの。パシられなくて安心か?」

「えぇ。今ではユニコーンと仲良く走り回ったり、雷神様にご教授願いに気軽に行けますから」

「……」

 

 具体的な話が見えない。

 どうやら日本で昔信仰された(今は名を知られているぐらいだろう)白虎との関係での知り合いらしいのだが……。

 そこまで考え、そう言えばこいつはどうしてここに来たのだろうかと根本的な疑問に至った。

 

「なぁスサノオ」

「ん?」

「おや、あなたが……」

「なんでこいつも――」

 

 何やら麒麟も反応したが、俺は無視してスサノオに質問し――――

 

「長嶋君! さっきのアレ何!?」

 

 ――かけたところで高町に遮られ、場が混迷を極めた。

 

 とりあえず高町を先に黙らせることにした。

 

「今の実力差を分からせるための腕試しだ。分かっただろ。まだ全力じゃない俺にここまでいいようにあしらわれたんだから」

「うっ」

 

 とりあえず成功したので、俺は改めてスサノオに質問した。

 

「なんで麒麟も呼んだ?」

「今回は察し悪いのぉ……こいつにも手伝わせるためじゃよ」

「今日からよろしくお願いします」

 

 そう言って麒麟は俺に向かって頭を下げた。




お読みくださりありがとうございます。


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56:訓練開始

訓練の話はあまり触れなかったりします。


「――――というわけで、俺が三人も教えられないだろうというスサノオの計らいによって、麒麟にも来てもらった。まぁ実際一人で三人も教えられないし、魔法の得意分野を伸ばした方が手っ取り早いけど俺はそこらへん知らないので、スサノオと麒麟にも手伝ってもらうことになった」

「教えないんじゃなかったのか?」

「言葉のあやだ。そうでもしないと本気で来なかっただろうし」

「…僕はあまり事情を知らないんだが、彼らは?」

「これからお前達が戦うであろう相手の身内。下手に手を出したら瞬殺されるような強者がごろごろいる」

「私なんてスサノオさんやあなたに比べたら弱者ですよ」

 

 麒麟がそんな風に謙遜しているが無視し、俺はスサノオに言った。

 

「じゃ、誰の訓練相手する?」

「わしが決めるのか」

「俺は誰が何が得意かなんて知らないし興味を持ってすらいない。ここは色々と知っている神様が決めた方が迅速だ」

「まったくお前は……」

 

 そんな風にぼやきながら、横一列(高町、ハラオウン、テスタロッサの順)に並んでいる三人を左から順に見て迷うそぶりも見せずに即決した。

 

「わしはクロノ・ハラオウン。麒麟はフェイト・テスタロッサ。大智は高町なのは。これが妥当じゃろ」

「その根拠は?」

 

 反対する気はないがとりあえず根拠を尋ねると、まるで分っていたかのように説明してくれた。

 

「お前さんが担当するのは同じレアスキル所有者じゃからよ。麒麟も同じ理由じゃ。儂はまぁ……こやつの話を聞きながらどうするか決められるからじゃの」

「レアスキルってなんだ?」

「まぁまだ知らんでもいいもんじゃて」

「そうか」

 

 とりあえず引き下がり、そして高町達を見る。

 ちなみにだが、テスタロッサ姉には誰の下へついて行ってもいいことにしている。そうでないと暇になるだろうし、救急箱(スサノオが持っていた)を持たせた意味がない。

 何故か緊張している面々に、俺はため息をついてから言った。

 

「…ハァ。まぁともかく。お前達は俺との練習(・・)で、力量差を理解しただろう。それを踏まえたうえで今回訓練を行うのだが……いくつか忠告する。まずは訓練方式。これは教える人によってまちまちだから頑張れ。次に訓練場所。俺と高町は先程の空間だが、麒麟とテスタロッサは別な場所に行くのか?」

「そのつもりです」

「ならその時に回廊を使うだろうから、出た場所に目印をつけておけ。そうじゃないと帰るに帰れなくなるからな」

「え?」

「そしてハラオウンとスサノオの場所だが……そこに関しては触れない」

「どうしてだい?」

「知らないからだ」

「……」

「それで最後だが、訓練中、何が起こっても死ぬな。終わるまでに死んだらシャレにならないからな、お前ら。以上訓練開始」

 

 その言葉を皮切りに俺と高町、麒麟とテスタロッサ姉妹は消えた。

 

 ――――さて、どうやって鍛えるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*……視点

 

「一体どうして僕なんですか?」

 

 先程の場所に残っていたクロノは、正面に立つスサノオに尋ねた。

 その質問にスサノオは答えず、「とりあえずついて来い。話はそこからじゃ」と言って身を翻して森のほうへ歩き始めたので、彼は慌ててついていくことになった。

 

 

 

 また、別な場所では。

 

「あの、麒麟……さん」

「なんですか?」

「ここ……どこでなんですか?」

「あぁ、あそこです」

 

 地上に広がる景色を慄きながら見下ろして質問するフェイト。

 その質問に彼は、彼女が見ている場を指さし何の気なしに答えた。

 

「あそこは彼女が住む場所で、あなたの修行場所でもあります」

「……」

 

 眼下に見えるは山。ただし、ただの山に非ず。

 そのことを離れた場所からでもわかったフェイトは、バルディッシュの持つ手が震えていることに気付いたが、ほかの二人を思い浮かべて決心し、「行きましょう」と促した。

 

 アリシアは、麒麟にお姫様抱っこされた状態だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやくか……」

「何が?」

「なんでもない」

 

 先程と同じ空間に来た俺たち。今は何をしているのかというと――――

 

「どうした高町。数があったところで制御しきれないなら意味がないぞ?」

「分かってるよっ!」

 

 高町が放つ魔力弾を、俺は避け続けていた。しかも、十分ぐらいずっと。

 この時の俺はバリアジャケットを展開した状態で、さらには一分当たらなければ一発追加させるというルールで行っている。ちなみに一切手は出していない。

 ただいまの魔力弾は十発だが、その内の五発は集中力の限界なのか、すぐに壁を破壊するだけ。なので、実質五発ほどで俺に一発入れることになっている。

 

「当たって!」

「祈るな。せめて自分で動かせ。相手の避ける動きを先読みしないと当てられもしなければ、避けられもしないぞ……十一分経過」

「…いくよ、レイジングハート」

『了解しました』

「『シュート!』」

 

 そういうと高町の周りに十一発の魔力弾が形成され(それまで追っていたものは他のところに当たった)、そのすべてが一斉に俺へ向かってきた。

 物量押しだったら当たると思っただろうなぁと思いながら、俺は魔力弾の隙間を縫って前方へ移動。

 すべて避けたかに見えたが全部がすべて真上から降り注いできたので、俺は瞬間的に後ろに飛び退いてからそれを追いかけてきた魔力弾を見据え、再び突破することにした。

 

 

 

 結果。

 

「もう無理だよー」

「十四分でギブアップか……せめて二十分もたせれば俺に当たったかもしれんな」

「だからなんでそんなに当たんないの……?」

 

 大の字になって寝転がる高町がそんなことを言うので、俺は横に座って答えた。

 

「動体視力と身体能力と予測など。これらをフルに使ったから」

「……うぅ。やっぱりずるいよ、一発も当らないなんて」

「それは集中力の問題だろう」

「え?」

 

 顔だけこちらを向けてきたのが分かったが、俺はそちらを向かずに説明する。

 

「最後の二分。あれは完全に集中力が途切れていたな。その証拠に一発一発の動きが単調になっていた。一番よかったのは十一分ぐらいだな。すべての動きのコントロールができていた」

「……長嶋君に褒められるなんて、初めてかも」

「褒めるような行動を目撃したことがないからな」

「…その一言がなかったらなぁ」

 

 そう言ってそのまま黙る高町。

 俺はというと、この初めの訓練で得たデータを頭の中で整理し、そこから次に行うべき訓練や課題などを立案、そしてあとどのくらい休憩するかを思案していた。

 

 

 

 

 

 

 五分後。

 

「やるぞ高町。立て」

「え、うん」

 

 俺の言葉に慌てて立ち上がる高町。一応この空間での回復は早いのだが、それはおそらく精神的なものが含まれていないのだろう。

 

「さ、やろう、長嶋君!」

「……」

 

 元気にそう宣言する高町だったが、俺は銀色の太刀を床に突き刺して訊く。

 

本当に大丈夫か(・・・・・・・)?」

「うん、大丈夫だよ!」

 

 そう言って自分が大丈夫であることをアピールするかのようにその場で回ったり、レイジングハートを回したりする高町。

 俺はそれを見て少し考える。

 

 高町は自分の事をよく隠して頑張りすぎる。その結果バニングスと喧嘩したり、必要以上に何かを抱え過ぎる。

 ならば先程までの態度と今この場の態度の差を当て嵌めたらどうなるのだろうか? おそらくだが、高町は最初に俺と腕試しをして疲労し、今のでさらに限界まで行ってしまい、それを悟られないために空元気を見せていると結論付けられる。

 

 となるとやはり……

 

「長嶋君、何考えてるの? もしかして、もう一度同じのやるの?」

 

 考えてる途中で高町がそう質問してきたので、俺はそれを放棄して答えた。

 

「いや。やめる」

 

 そう言った途端、高町は驚いて詰め寄ってきた。

 

「どうして!? 私まだやれるよ!」

「外見上はな。調子もまともに管理できない奴に教えても早死にするだけだ」

「ちゃんとやってるもん!」

 

 俺はそんな高町を見てため息をつく。

 

「では訊くが。お前は本当にギリギリの領域まで自分を追い込んでいないと、そう胸を張って言えるのか?」

「うん!」

「ではなぜさっき倒れ込んだまま五分後にきちんと立ち上がれなかった?」

「……それは」

「即答できなかったのなら、心当たりがあるということだ。それはつまり、毎度のごとくギリギリまで追い込んでいる証拠」

「でも!」

「でももへったくれもない。従えないのなら訓練はやめる。神様に遭遇したら、必死に逃げろ」

 

 そう言って一蹴し、俺は背を向ける。

 

 『従えないなら訓練はやめる』。この言い方は実に卑怯だと我ながら思うが、こうでもしないと高町はあのまま張り切りって……取り返しのつかないことになる可能性がある。

 ここでの訓練はそういう事だ。一つの判断で相手の人生を狂わせ、余裕を持たなければ常人では二日も持たない。

 今回は初日ということもあり、腕試しで全員平等に疲れたさせた上での訓練なのでそれほどでもないが、初日にやりすぎて次回どころか明日トラウマになられでもしたらどうしようもない。

 

 ……スサノオなら平然とやりそうだが、そこは何とかなるだろう。

 

 まぁともかく。そんな何とかできない俺が本気で鍛えるとしたら、確実にトラウマ作りまくって逃げ出されるに決まっている。

 ならもう今日はやめてまた次回にした方が、幾分かゆとりというものが双方にできるはずだ。そのゆとりこそ、心休まる時になる。

 

 ――なんて考えてみたが、よくよく考えたら俺も高町も小学三年生。こんな論理的かつ実際に訓練を受けた人間じゃないと分からない教育論をつらつらと語られたところで、伝わるはずがない。

 ならなんて言おうか。そんなことを考えていると、後ろから高町が「…うん」と言ったので、振り返る。

 

「分かったよ。今日はやらない」

 

 そう言った高町の表情が曇っているのが分かった俺は、そんな高町に頭を掻きながら近づいて「悪いな」と謝った。

 

「気にしなくていいよ!」

「そうか。ただ……これだけは言いたい」

 

 そこで高町の顔を見据える。思いのほか俺が真剣な表情だったらしく高町が息をのんだのが分かったが、そのまま続けた。

 

「俺はお前に死んでほしくない」

「……え?」

 

 何故か急に高町の顔が赤くなったが、そこは別にいいか。

 

「教える以上、強くなる保証はしよう。だが、その過程で死にかけるようなことが何度起こるか分からない。その時に余力がありませんでしたといって何も出来なかったら元も子もないんだ。分かるな?」

「……う、うん」

「訓練中に無茶や追込みは今のお前には早すぎる。先を見据えた方が幾分か楽になる。…いいな?」

 

 そう言うと高町は俯いてバリアジャケットの胸の部分をつかみながら「…うん」と小さい声で返事をした。

 

 これだけ言えばさすがに大丈夫だろう。そう思った俺は戻って太刀を抜いて肩に乗せ、呼びかける。

 

「高町」

「…………」

 

 返事がない。

 

「高町? おい高町」

 

 近づきながら名前を連呼するが、それでも返事がない。

 とりあえず肩を揺さぶってみる。

 

「大丈夫か、高町」

「…あ」

 

 揺さぶられて顔を上げた高町が俺の顔を見て声を漏らしたかと思ったら、急速に顔が真っ赤になり、ワタワタと慌てだした。

 それを見た俺は高町の肩から手を放し、これだけ元気だったらまだ本当はやれたんじゃないだろうかと自分の判断に自信が持てなくなった。




おや? 高町さんの様子が……?

次は闇の書事件の概要説明を聞きに斉原君の家へ。そして何故か二話になってしまった…

お読みくださりありがとうございます。


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57:夏休み三日目

またの名を斉原家訪問


 とりえずあの空間から二人で出てみると、座り込んで息を整えている二人と気絶したのかその近くで寝ているテスタロッサ姉、そして『やりすぎた』と思いっきり顔に出ている指導者二人。

 

 高町が座り込んでいる方へ駆けて行ったので、俺は「ああ、今回はもう無理だな」と思いスサノオたちに「次回はやりすぎるな」と注意してから「回廊」と呟いたのだが、何故か発動しない。

 

「……どうしてだ?」

「いや、ここに来たらお前に貸した方法使えぬからな?」

「なら任せた」

「切り替え速いのぉ」

 

 そう言うとスサノオは手を振りながら「また来るんじゃぞ」と言って俺達を光で包み、気が付いたら戻ってきていた。

 

 リンディさんが驚いているが、俺は無視して「ではまた」と言って一人帰ることにした。

 

 

 

 

 

 

 夏休み三日目。

 今日は斉原との約束の日だが、時間と場所を決めていなかったので九時ごろに電話した。

 

『もしもし大智?』

「話はどこで聞けばいい?」

『それじゃぁねぇ……僕の家へ来てもらっていいかな。高町さん達に見つからないで』

「今から行く」

『うん。待ってるから』

 

 その言葉で電話が切れたので、俺はとりあえず財布と携帯電話を持って気配を消して家を出た。

 

 しかしどうして高町達見つからないようにと注意してきたのだろうか? 玄関先に誰もいないことを確認した俺は、とりあえず前に斉原を送った道を走りながら考えた。

 斉原は管理局の手伝いをやめたとする。となると、高町には知られたくないこと、そしてバニングス達一般人にもっと知られたくないことをやっていると仮定。

 果たしてそれが正しいかどうかは分からないが、あいつらに知られたくないことだけは確か。

 

 ……。八神たちの家も結構不思議だったな。

 

 ここまで考えて思考がずれたことを感じた俺は、そのまま全部を放り投げてバニングスと月村の横を通り過ぎた。

 

「あれ?」

「どうしたの、アリサちゃん?」

「なにか横切らなかった?」

「そう?」

 

 バレてなかったか。

 横切った時はしまったと思ったが、気配を消したままだからか、はたまた横切るスピードが速かったからか気のせいで片づけられた。

 ふぅと息を吐いたが、よくよく考えればあの二人を横切る前に察知してどうにかできたはずである。

 

 これは感知関係を一から鍛えなおさないとヤバいかもしれないと反省しながら、そのまま向かった。

 

 

 

 

 とりあえず着いたのでインターホンを鳴らす。

 ピンポーンという音が外に響き渡り、来客が来たことを中に知らせる。

 とりあえず見つからない様にという事なので可能な限り気配を薄めた状態で待っていると、少ししてドタバタと音がしてからガチャリとドアが開き斉原が顔を出した。

 

「久し振り」

「ああ。そうだな」

「はいってよ。こう暑いと、ね」

「そこは別にどうでもいいのだが……まぁお邪魔する」

 

 そう言えばこいつ気配消したのによく話しかけてきたよな……なんて思いながら、俺は斉原の家へ上がった。

 

「両親は?」

「僕の家は母親だけでね。父は亡くなったとか」

「そうか」

 

 リビングまで案内された俺は、宿題が展開されていない方の椅子に座る。斉原は飲み物を取りにキッチンへ向かったようだ。

 俺は視線を天井へ向けながら訊ねた。

 

「で? 俺に手伝ってほしいことでもあるのか? 殺しとかで」

「殺しなんて依頼しないよ!? 君は暗殺者だったの!?」

「まさか。普段そんなことを言わない斉原だから、最悪なケースで聞いてみただけだよ」

「……冗談だったんだ…?」

「そうともいう」

 

 そこで会話が途切れる。ふむ。はっきり言って暇だ。手持無沙汰はどうしようもない。

 暇つぶしの道具でも持ってくれば良かったかなーと素直に思っていると「はいこれ。烏龍茶だけど」とコップを差し出してきたので受け取り、口に運ぶ。

 

 コップの表面が結露しているのは中身が冷たい証拠。

 実際冷たく、夏の暑さにはちょうどいいぐらいだった。

 「ふぅ」と息を吐いてコップをテーブルに置き、とりあえず宿題をやり始めた斉原に話しかける。

 

「どこまで終わった?」

「そっちは?」

「全部」

「僕は後これが終わったら自由研究かな。さすがに習ったものばかりだから楽でね」

「それが終わるまで待つか」

「あ、ありがとう」

 

 十分後。

 斉原は宿題を終わらせたようなので、俺は半分まで飲んだ烏龍茶の入ったコップを置いて切り出した。

 

「で? 一昨日の電話の用件は?」

 

 すると斉原は言いにくそうにしていたが、やがて決心したのか真剣な表情をして言った。

 

「こんな風に君に頼るのはお門違いだと思うけど、あの動きを見て敵対だけは避けたいと思ってね」

「なんだ、仲間になってほしいのか」

「そういう訳だけど、これは自分の我が儘だから君が断ろうが構わないよ……だけど事情位の説明をさせてほしい」

「なるほど。とりあえず何をしてほしいか、ではなく事情を話して関心を引こうと。後ろめたいことでもあるのか?」

「……大智の考察力は本当に恐ろしいね。探偵になれるよ、きっと」

「愛憎劇に首を突っ込むつもりはないな……まぁいい。お前の仲間やらと衝突する可能性のある俺を入れたいと。そういう訳なんだな?」

「まぁね」

「そこまで考慮しているのなら話は早い。友達として(・・・・・)手伝ってやるから事情を話せ」

「……え?」

 

 俺が手伝うと言った瞬間に呆ける斉原。それを見て最近俺と会話する奴のほとんどが呆けてる気がするんだがな、と思いながらもう一度言った。

 

「友達として手伝ってやるって言ったんだ。呆けるのは勝手だが、事情の一つでも話せ」

「変わったね、本当。せっかちなのは変わらないけど」

「まぁ急いでたとしてもやることはないがな」

「だよね」

 

 そう言って笑う斉原。いや、それよりも事情を説明してくれ。

 少しイラつきながらコップを持ち、中身の烏龍茶を一気に飲み、氷だけとなったコップをテーブルに置く。

 この光景を見て何かを察したのか笑うのをやめ、再び真剣な表情で話し始めた。

 

「大まかに事情を、というより改めて自己紹介しようかな。知っての通り僕も転生者。ただ中学生の頃に亡くなったからそこまでの体験や記憶しかないけど」

「俺は前世の高校一年の記憶しかない。中学までの知識はあるが」

「じゃぁ君の方が年上なんだ」

「一応は」

「ふ~ん……話を戻すけど、その死ぬ前の記憶にここが舞台のアニメがあってね。で、僕はここを転生先に選んだわけだ」

「…アニメって、あれか? パラパラマンガをもっと滑らかにした奴」

「――そう。そういうもんだと思っててよ」

 

 投げやりに答える斉原。きっと面倒くさくなったのだろう。

 そういえば前にスサノオが「原作が~~」とか言ってたような気がするんだが……

 

「……ひょっとすると、そのアニメが元々の流れだというのか?」

「正解。……というか、良く分かったね。はっきり言って知らないとばかり思っていた」

「実際知らない。が、四月の事件が始まる前ぐらいにスサノオ――俺達を転生させた神様が『原作が~~』と言っていたのを組み合わせただけだ」

「…………さらっと言ってるけど、本当に探偵になれるよ?」

「だからなる気はない」

「ゴホン。じゃ続けるけど、ジュエルシードの事件は覚えてるよね」

「そりゃ夜刀神とタイマンしたからな」

「そう。大智が彼女を倒してこれは幕を閉じた。だけどね、こんな終わり方は本来存在しないんだ」

 

 そう言って斉原は烏龍茶をあおる。

 

「……そうなのか?」

「そう。本来はアリシアさんとプレシアさんは生きてなどおらず、フェイトさんはリンディさん達の養子として引き取られることになる」

「だけどそうはならなかった」

「でもその過程は変わっていなかった」

「それは置いておこう。……それで? これから先も何か起こるのか?」

「うん。実をいうと、君にはその手伝いをしてもらいたいんだ。僕はまだ動けないし、彼女達の出現が早すぎたせいで計画がおざなりになっている。一応僕が何とか彼女達を抑えてるからおとなしいけど、今あれ(・・)をやられるわけにはいかない」

あれ(・・)? 彼女達? 一体何を言っている」

「それを今から説明するよ。これからクリスマスまでに起こる事件を」

 

 そう言った瞬間、俺の腹が鳴った。

 

「「…………」」

 

 気まずくなる俺達。

 互いに何も言えなくなったので、俺は先手を打った。

 

「悪い。腹減った」

「このシリアスブレイカー!」

 

 怒られた。

 

 まぁ怒るのももっともだろう。なんせこれから先に起こる事件の話を説明しようとした時に中断されたのだから。

 俺だったらちょうどいいから中断するんだがなと考えながら、携帯電話で時間を見て訊ねる。

 

「今は十二時半ぐらいなんだが……昼はどうすればいい?」

「それなら僕はあるけど……」

「俺の分がないのは当たり前だろうが。…さて、買ってくるか」

「お金あるの?」

「両親が仕事で行ってしまったからな。金に関しては事前に降ろしたので何とかやりくりしている。持ってきてはいるぞ、こうして」

「……じゃ、デバイスは?」

「いや、全然」

 

 見ればわかるだろうと左腕を見せながら俺が答えると、斉原はこめかみを抑えながら息を吐いてこういった。

 

「良いから買ってきなよ。もちろん、知ってる人に見つからずにね」

「ああ、分かってる」

 

 そう言いながらリビングを出た俺は、玄関を出る前に気配を消し前世での潜入作戦のような慎重さで玄関の扉をそっと開けて家を出た。

 

 さぁ久し振りの隠密行動だ。頑張りますか。

 

 意気込んだ俺は塀に足をかけてから電柱へ跳び、そこから別な電柱へ三角跳びの要領で上をめざす。

 三本目あたりで一番上へ到着した俺は、そこから周囲の眼下を見渡し、誰もいないことを確認して屋根へ飛び降りる。

 さぁ久し振りだ。少しばかり興奮してるのが自分でもわかるぞ。

 そんなことを思いながら着地した屋根を全力で蹴って他の人の屋根へ跳躍。そして間髪おかずにまた跳躍。

 

 そこからは目的地であるコンビニ近く(おそらく歩いて十分ぐらい。場所は電柱に登り切ってから確認済み)まで屋根を跳躍しまくる。

 

 そしてある程度近づいたら電柱に……っと。

 見知った姿を確認し、俺は奥の方へ隠れる。

 

「ん?」

「どうした、シグナム?」

「いや……気のせいのようだ」

「? まぁいいけどよ。さっさと帰ろうぜ。アイス溶けちまうし」

「そうだな」

 

 ちらっと陰に隠れながら顔を出して姿の正体を確かめる。

 ……あのピンク色の髪はシグナムで、小さい奴がヴィータだったな。

 どうやら、買ったものをさっさと持ち帰りたいらしい。

 俺としても早く戻ってほしいと思いながら見ていると二人が移動したので、その隙に俺は飛び出して塀に飛び降り、そのままコンビニへ入ろうとしたが、自動ドアが開かない。

 

 ……だよなぁと息を吐きながら出てくる人を待ち、開いた瞬間にすれ違う様に店に入り、気配を現す。そうでもしないと、俺は買い物ができないのだ(気配を消したままだと気付かれないため)。

 

 さて、何を買おうか。

 適当に物色しながらそんなことを考えて店内を歩き回っていると。

 

「なんで木在までついてくるんだよ」

「手伝い、だから……」

 

 自動ドアが開くと同時にそんな声が聞こえたので、慌てて気配を消した。

 水梨や霧生が入ってきたから。




自分なりにキリが良かったので分割。

ご愛読、ありがとうございます。


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58:大筋紹介

なぜかそこに至るまでが長かった。


 さてどうするか。水梨と霧生がまさか斉原の近所だとは思わな……いや、テスト勉強の時に斉原の家でやる案が出た時俺が遠いと言っていたな。つまり霧生と近所だということになるか。

 困ったな。知り合いに見つかるとどうしてここにいるかとか聞かれるだろうし、そもそも今は見つからないように行動している最中。

 

 本当にどうしようかなどと考えながら弁当が陳列されているところを見ていると、件の二人がこちらに来たので俺はそのままパンの方へ移動。

 

「何…買うの?」

「うーん…コロッケパンに焼きそばパンにイチゴ味のかき氷に、シーチキンマヨネーズ味のおにぎりと鮭味のおにぎり、俺は……余った金で適当に買えってよ」

「そう、なんだ」

 

 チラリと二人を見ると、最初の頃と変わらない水梨と、これまた最初の頃と変わらない霧生の姿が。

 声をかけたいと思えどスルーした方がいいかと考えた俺は移動する。

 飲み物を一瞥し、とりあえず主食を買うために二人が見えない道を通ってもとの位置へ戻る。

 

 お弁当やおにぎりが少ししかないが、まぁ健康を考えたチョイスにするか。

 そう思ってのり弁とサラダ、そして牛乳と健康食品を手にした俺は気配を現して普通に会計を済まし、そのまま気づかれないように自動ドアを出た。

 

「ん?」

「どうか、した?」

「いや。大智がいた気がしたんだけど……気のせいか」

 

 

 

 

 

 

 

 コンビニを出た俺は、急ぎ足で道路を進む。無論、気配を消して。

 危なかった。下手したら見つかっていたかもしれないな。

 そう思いつつ周囲を自然と見渡しながら警戒して歩くこと十分ほど。

 

 知り合いに一人たりとも見つからず、斉原の家に着いた。

 とりあえずもう一度インターフォンを押す。

 

『大智?』

「ああ」

『いいよ、入って』

 

 そのまま玄関まで歩き入る俺。

 バタン、と静かに扉を閉めた俺は、大きく息を吐いた。

 

「ふぅーーーー」

「どうしてそんなに息を吐いてるのさ?」

「いや。知り合いに見つからずコンビニまで行って昼食を買い、知り合いに見つからずにここまで戻ってきたから。あの緊張感を久し振りに思い出せた」

「……見つかっても言い訳でっち上げればいいんじゃないの?」

「出来るだけ見つからない様にと言ったのは斉原だろうが」

「まぁ、そうだけどさ。……ところで、一緒にお昼食べようか」

「ああ」

 

 わざわざ待ってたのだろうかと思いながら靴を脱いで家に上がり、リビングへ。

 

「何買ってきたの?」

「のり弁、牛乳、サラダ、健康食品」

「……随分健康に気を遣うね」

「体あってこその運動だ」

「今からの必要ないんじゃ? それに君、弁当箱重箱だった時普通に完食しても、体重変わってなかったんだよね?」

「ああ。夕飯少なかったから」

「………もういい。食べようか」

「そうだな」

「「いただきます」」

 

 二人同時にそう言って、俺はサラダを、斉原は準備されていた昼食――オムライスを食べ始める。

 

「「…………」」

 

 普段とは違い黙々と食べ続ける俺達。人の家だからなのか、それとも何か別な原因があるのか知らないが、とても静かな昼食の時間…だった。

 

 俺の携帯電話が振動するまでは。

 

 俺は箸をおいてポケットから携帯電話を取り出し発信者を見る。表示されていたのは、『高町なのは』。

 

「誰から?」

「高町」

「出てもいいよ?」

「分かった」

 

 斉原から許可を得たので、俺は席を立ってリビングを出ながら電話に出た。

 

「もしもしどうした?」

『あ、な、長嶋君! 今…大丈夫?』

「ああ。出来るなら用件は手短に話してほしいが……またやるのか?」

『今はまだいいかな…私は長嶋君に突き付けられたことを頑張ってるから』

「根は詰めるなよ」

『分かってるよ……それでなんだけど。明日、大丈夫かな?』

「あ? 大丈夫だと思うぞ」

 

 何故か遠慮がちに聞いてきたので俺は頭の中で予定を反芻しながら肯定すると、先程とは一変して『本当!?』と嬉しそうな声を上げた。

 その声が、聞いた感じ願ってもない幸運が舞い降りたような気がしたがスルーし、ひとまず俺は「ああ」と返事した。

 

『よかったぁ! なら、明日の十時に公園入り口前に来てくれないかな!』

「ん? ああ分かった」

『絶対だよ!?』

「ああ」

 

 そして電話を切る。

 

 ……にしても高町に誘われるなんて初めてのような気が……いや、それを言ったら他の奴らといろいろやったことすら初めてか。

 なんであんなに緊張していたんだろうかと思いながらリビングへ戻ると、一足先に食べ終えていた斉原が。

 

「誰から?」

「高町」

 

 椅子に座って再開させながら答える。

 

「ふぅん。結構交流あるんだね」

「家が隣だからな……そう言うお前だって八神と交流があるんだろ?」

「そりゃそうだね。僕がそうなるように願ったから」

「…なるほど。流れ的には、八神が好きなお前はこの世界に転生するとき家が隣になればいいなぁと思った、と。そういうことか」

「なっ! き、君はエスパー!? なんでわかるの!? 自分のことになると分からないのに!」

「うっさい。単なる想像だよ。前世で俺も好きになった奴がいたからな」

 

 そういうと斉原は途端に静かになり、「そうなんだ……ごめん」と謝ってきた。

 吹っ切れたのに何謝ってるんだこいつとか思いながら弁当を食べ終えた俺は、健康食品のパッケージを開けながら言った。

 

「同情も憐れみも必要ない。前世の話は今関係ないしな。それに…今じゃもう好きだって気持ちがなんなのかすら分からないかし」

「…………分かるさ、きっと」

「だといいな。…あ、言っとくがこの話内緒だからな。誰かに言ったらお前が八神が好きだってこと本人に言うぞ」

「え、ちょっと待って! 明らかに僕の方が重いよね!? もう告白しちゃったようなものだよね!?」

 

 あわてる斉原。ふむ。こういうやり取りはなんだか新鮮だな。

 なんだか別な話題でやりたくなったが、そんなことで来たわけじゃないことを思い出し牛乳を飲みながら訊いた。

 

「ほろほろほんだいにふぁいらないか(そろそろ本題に入らないか)?」

「そうだね時間はあるけど予定外の事があるだろうし」

「ああ」

「飲み終わったんだね……それじゃ、気を取り直して話そうか。十一月からクリスマスまでの事件について。そして、僕達が今何を行っているのかについて」

 

 やっと聞ける。そう思いながら、俺は斉原の話に耳を傾けた。

 

 

 

「まずは本来の出来事(・・・・・・)から話しておこうか。これから起こる事件は『闇の書事件』と呼ばれるんだけど、六月のその人の誕生日にそれが起動し、その人を守るための守護者四人が出現。そこから大体九月ぐらいまでは普通に暮らしてたのかな、たぶん。で、十月辺りから魔術師のリンカーコアを回収するためにその守護者が活動を開始。十二月に高町さんのリンカーコアが奪われたことで、本格的な物語が始まる。そこからクリスマスまでに色々な出来事が起こり、クリスマス当日に黒幕というか事件が全部収束するって感じ」

「……随分省いた気がしなくもないが?」

「まぁね。闇の書を消そうとしている人物がギル・グレアムで、その娘たちであるリーゼロッテとリーゼアリアが闇の書を消すために暗躍していたこと、発動してから使用者の魔力を奪い体を蝕んでいくプログラムが設定されていたこと、バニングスさん達に魔術師だとばれることぐらいかな」

「なるほど……なんとなくだが、被害者という形に八神はなるのか?」

「そうだね」

 

 ここで今までを思い返し、俺は首を傾げた。

 

「ちょっと待て。俺は今年の四月から出会っていたぞ? シグナムに」

「そう。僕もその時は驚いたよ。なんでこんな早くに、って」

「やはり影響があるのかもしれないな」

「そうかもしれない。でも、話の大筋があまり変わっていないんだよ。時期は早まったけど」

「それってリンカーコアの回収か?」

「といっても、管理局の目が届かないような辺境で、危なそうなモンスターだけだけど」

「そうか。となると俺は、リンカーコア回収の手伝いをすればいいんだな?」

「シグナム達と一緒に、はやて達に気付かれないように」

「了解した」

 

 即答し、やっとつながったこと事に安堵する。

 魔力を持っているシグナム達の正体は八神の守護者であり、起動させた本――どう考えても忘却神具の類から生まれた人格プログラム(だからと言って、別に軽蔑も何もしないが)。そして彼女達が最近出かけている用事というのが、リンカーコア回収。

 

 となると八神の様態は今……と考えようとした時、ふと気になることが思い浮かんだので斉原に質問する。

 

「お前はやらないのか?」

「やれないというのが正しいかな。リンカーコアを渡して魔力の回復を今してるところだし、神様が突然『デバイス持ってくぞ』と回収していったから」

「なるほど……大まかに理解した。今日のところはこれで?」

「うん。ごめんね、手伝わせちゃって」

「構わん。一人でいると暇だと思えてくるようになったからな」

 

 そう言いながら俺は食べたごみを袋に入れて、椅子から降りる。

 しかし本当にこの世界はオリジナルがあったんだな。別段気にしないが。

 

「じゃぁな」

「また連絡するよ」

「分かった」

 

 そんなあいさつを交わし、俺は扉を開けて外に出る。そのまま歩きながら今までの話をまとめながら帰路についていると、声をかけられた。

 

「あ、お前!」

「……ん?」

 

 思考を打ち切り顔を上げて後ろを向く。そこにいたのは、何やら不機嫌そうなヴィータだった。

 ふむ。君子危うきに近寄らず。ここはおとなしく帰った方がよさそうだ。

 そう結論を出した俺は、無視して歩き出す。

 

「ちょっと待て! 何無視してんだテメェ!」

 

 ……なんだ。会話しても良かったのか。

 心配して損したと思いながらもう一度振り向き、そのままの距離で彼女に話しかけた。

 

「昨日の事なら気にしていない。見知らぬ存在を警戒するのは当たり前だからな」

「…なんで、分かった」

「昨日の今日で出会わなかった俺達がこうして会話する件といったら、それしか思い浮かばないだけだ」

「……お前って本当にはやての言ったとおりだな」

「そうか。で、要件はそれだけか?」

「ああ」

「なら別れついでに教えておく。俺も手伝うことになった。よろしく頼む」

「なっ!? テメェまさか!!」

「俺は管理局の人間ではないし、そんなスパイみたいなことをはしない。ただ純粋に友達の手伝いをするだけだ」

「……信用できるかよ」

「別に俺を信用しろとは言っていない。ただそいつがどうして頼んだのか。それだけを汲み取ってくれればいい」

 

 最後にそう言って、俺はヴィータに背を向けて駆け出した。

 

 

 ……最後のセリフ、斉原の株を上げたような気が…別にいいか。




あと二話で六十話……闇の書本編まであと十話あるかもしれません。

でも本編が十話ぐらいで終わりそうなんですよね……

謝謝


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59:四日目

デート話(?)にするはずだったのに……


『マスター、今日もお出かけですか?』

「あぁ。何か用事があるらしい」

『……またですか』

「悪いな」

『私もつれて行ってくれませんか?』

 

 夏休み四日目。午前八時四十五分。快晴。

 出かける準備(といっても財布と携帯電話ぐらいしかない)がすでに完了したので新聞を読みながらナイトメアと雑談していると、唐突に自分も行きたいと言い出した。

 

 別に連れて行く理由がないんだがな……等と思いながら、新聞をめくり答えた。

 

「特に用事がないだろ」

『それはそうですが! 私だってたまに外に出たいなーと思ったりするんです!!』

「熱に弱くないのか?」

『そんな軟弱じゃありません!』

「……どうしてもついてきたいのか?」

『ハイ!』

 

 なんだか高町みたいなことを言うなぁと思いつつ新聞を読んでいると、『今年は例年より日差しが強い模様。熱中症対策をして外出してください』という記事を見つけた。

 

「砂漠でフルマラソンを昼夜問わず行えばこれぐらいで熱中症になるとは思えないんだが……」

『いえ。砂漠って、昼はともかく夜はとても寒いんですよ? 風邪ひきますよ下手しますと』

「知ってる。ただ、体力もつくし暑さに耐性もつくから、やった方がいいかもしれないというだけだ」

『小学生どころか大人でさえも拒絶する内容ですけどね……』

「まぁ保険で帽子でもかぶって外に出るか。幸い時間はあるし」

『それで、私は一緒に行っていいんですか?』

「……ああ」

 

 やったー! と嬉しそうに叫ぶナイトメアを放置しながら、俺は帽子を探しに二階へ上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前九時四十五分。快晴。

 十五分前行動はもはや習慣化されているほど当たり前。

 というわけで、俺は今公園の入り口前に佇んでいるんだが……

 

「やっぱり帽子が不思議なんだよな……」

『持ってきた時は驚きましたよ』

「俺は必要なかったから持ってなかったが……親父の部屋行ったらなぜかこれ(・・)があったんだよな。……この、テンガロンハット」

『しかもそれ、ジャストサイズなんですよね?』

「ああ。……いつの間にこれ作ったんだろうな」

『それは私にもわかりかねます』

 

 この会話の通り、俺はテンガロンハットをかぶって佇んでいる。気配を自然と同化させているせいかあまり目立っていないが、はっきり言ってこの帽子は二重の意味で目立つだろう。

 だが、それがなくとも俺はこの場合目立っているのだろう。

 いつぞやのように動物、しかも猫のほかに鳥までも集まっているのだから。

 気配を同化させる意味がなくなったので段々ともどす。その過程でさらに猫や鳥が集まってきたが、俺には追い払うことが出来ないので、我慢。

 

 日光以外で熱中症になるなんてことはあるのだろうかと思いながら携帯電話をポケットから取り出すと九時五十分。

 あと十分待つのか……流石に倒れたりしないよな。

 そんなことを考えながら、日陰に移動せずそのまま待っていた。

 

 

 通り過ぎる人たちの視線をスルーし続けて待つこと、更に二十分ぐらい。

 猫は俺の横に一列に並んでおり、鳥たちは俺の後ろのコンクリートの塀にこれまた一列に並んでいる。この光景ははっきり言ってびっくりどころじゃないと思う。現に、写真を撮る奴らもいたし。

 まぁテンガロンハットを深くかぶっていたから顔は映らなかったと思うが。

 でそんなことになっていた時、高町は来た。

 

「ごめん! ちょっと色々準備してて……って、えぇ!? ど、どうしたの長嶋君この光景!」

「やっと来たか」

 

 俺はハットを元の高さに戻し、高町のところへ移動する。その際鳥は一斉に飛び立ったが、猫だけはフラフラと移動するだけだった(うち数匹は俺の後をついてきた)。

 

 高町の格好は夏だからか薄手のもの。暑いからか麦わら帽子をかぶっており、両手で手提げバックを持っている。胸には俺があげたペンダントが。

 これから一体何をするのだろうかと思っていると、先程の光景が気になったのか「どうしてあんなに集まっていたの!? すずかちゃんのところやアリサちゃんのところもうそうだったけど!」と勢いよく質問してきた。

 現状暑いのを我慢していた俺はそのテンションに合わせられずに「歩きながら答えるから。どこへ行くか案内してくれ」と促した。

 

「あ、ご、ごめん! えっと……行こう?」

「どこに」

「こ、こっち!」

 

 そう言って高町が先導して歩き始めたので、俺は普通に歩いて高町の隣に行き、そこからペースを合わせた。さすがに短い時間だがほぼ毎日やっているので、歩調位は真似できる。

 

「「……」」

 

 会話がない。俺は別にいいんだが、高町が挙動不審になっているので温度差がすごい。

 ここは合わせるか。そう決めた俺は高町に話しかけた。

 

「なぁ高町」

「な、なに!?」

「さっきの光景は、あれだ。動かないで待っていたら自然と集まってきたんだ」

「そ、そうなんだ…す、すごいね、長嶋君!」

「凄いのかどうかは分かりにくいな。動物に好かれやすいわけじゃないと思うし」

「長嶋君がやさしいから、きっと動物さんの方も寄ってくるんだって!」

「話変わるが、勉強は?」

「本当にいきなりだね……長嶋君は?」

「終わった」

「うそっ!?」

「夏休み二日で終わらせた。……そっちは?」

「え、わ、私は……まだ一教科しか終わってなくて、少しずつやっているけど、管理局の方もあるし」

 

 いきなりしどろもどろしだしたので、俺はため息をつく。

 

「まぁそれで終わるならいいが……まだ手伝いなんだろうから無理に行かなくていいと思うぞ? 宿題出来なかったら、それこそ本末転倒だ」

「うっ……でも私、」

「でももなにもない。両立できるようなスケジュールを組め」

「……うん」

「まぁ俺は大体暇だから、勉強で分からなかったら電話するなりして頼っても構わん」

「………え? 長嶋君、今なんて言ったの?」

「ん?」

 

 俺の何気ない一言に高町が目を見開いて足を止めて訊ねてきたので、俺は少し先で立ち止まって思い返しながら振り返って答えた。

 

「『暇だから勉強ぐらいなら頼っても構わない』こんな感じじゃなかったか?」

「うん。そうだった」

「それが?」

「……以前は自分で何とかしろって言ったのに、ずいぶん変わったなと思って」

 

 そう言われて納得する。

 確かに俺は、自分でやるのは自分で何とかしろと言い続けてきた。

 けど今は、分からなかったら俺に訊いても構わないと言った。

 

 変わったな、俺。今更ながらに思う。

 おそらく、これまでの交流による外的要因(おもに手伝いやら一緒に作業する類)を経験した結果だろうと分析。

 それでいて、高町の現状を聞いた限り時間があっても宿題が終わらなそうだと勝手に推測したのもあるのだろう。

 

 ふむ。こうしてみると他人の心配してるな。俺は宿題という心配事がないから関わっている物を淡々とこなしていくだけだからか知らないが。

 こうして思い返してみると去年までの夏休みってつまらないものだったんだなぁと思っていると、「聞いてるの?」という声で引き戻された。

 

「悪い」

「上の空だったけど……大丈夫? 少し休む?」

 

 心配そうに聞いてきたので「考え事をしていただけだ」と答え、高町に「で?」と聞き返す。

 

「あ、うん。頼っても、いいかな?」

「バニングス達に手伝ってもらうのが最良だろうが…時間合わないだろうしな、お前」

「最近あったよ、私」

「あっそ」

 

 会話終了。見事に自分で終わらせてしまった。

 今はナイトメアが黙っているが喋り出したら怒るんじゃなかろうとかぼんやり思っていると、今度は高町が話しかけてきた。

 

「ね、ねぇ長嶋君! その帽子、結構おしゃれだね!」

「こんな西部劇に出てくる帽子が?」

「そう!」

「そんなことない。オシャレだというなら、お前の方だろ」

「え!? う、うそっ!」

「何をそんなに慌てているんだ? 自分で考えて着てきたんだろ?」

「う、うん……」

 

 暑いからか高町の頬が若干赤い。熱中症じゃなければいいんだが、確かめるすべもないのでこのまま歩……

 

「なぁ高町」

「な、何長嶋君!?」

「俺達はどこへ向かっているんだ?」

「え? ……あ」

 

 俺の言葉に高町はどういう事か気付いたらしい。周囲を見渡してから「あれっ? あれっ!?」と慌て始めた。

 それを見た俺は少し考えてからどういう事か理解した。

 

 ――――どうやら、本人が目指していた場所とは違うところに来たらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね」

「気にするな」

 

 四度目ぐらいのやり取りをしながら、俺達は高町が目指していたお店――玩具店へと足を進める。

 なんでも、月村の誕生日が近いからプレゼントを買うというもの。

 それで俺は何で来てるのかというと……一緒に選んでほしいとのこと。

 

 ――というのを、右往左往していた高町を落ち着かせて聞いた。

 場所や道順は歩いていた人を適当に捕まえて訊いたので、分かっている。高町がそれについて謝っているのは当然か。

 最初に許したはずなのにどうして未だに謝ってくるのだろうかと少し辟易しながら歩いていると、少し遠くの前方からバニングスと月村の姿が見えた。

 

「バニングスと月村がこっちにくる」

「えっ! ど、どうしよう!? 私今日、二人と勉強する約束してたの断ってるのに!」

 

 慌てながらサラッと言った言葉をスルーすることにし、俺はそのまま歩きだす。

 だって俺関係ないし。最悪気配消して一人逃げればいいし。

 だが一応事情を聴いたのでフォローぐらいはするか。そう考えながら歩いていたら割とすぐ距離が縮まった。

 

「ようバニングスに月村。宿題終わったか?」

「てことは、長嶋君は終わったんだね?」

「二日前にな」

「本当に終わらせたの?」

「有言実行は当たり前だろ。…そっちは?」

「私は二教科ぐらいかな? 色々と忙しくて」

「私もまだ三教科ぐらいしか終わってないわよ」

「そうか。……ところで、近々月村が誕生日を迎えるそうだな?」

「そうよ。…って、あんたには言ってなかった筈よね?」

「高町からさっき聞いた」

「あんた会ったの?」

 

 バニングスの質問に頷いて肯定した時、後ろから駆けてくる音がしてから俺の手を握ったと思ったらそのままバニングス達の横を通り過ぎようとした。

 が、麦わら帽子をかぶった高町に気付いたらしいバニングスが、とっさに高町の腕をつかんだために失敗。

 

 あ、こりゃ怒られるな。高町の手の震えを感じながら俺はそう直感し、すぐさまそれは現実となった。

 

 ……しかし、この状況で高町は何と言い訳するのだろうか?




誕生日に関しては以前の前書きでありました通りです。

ありがとうございます。


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60:結局

辛気臭くなった話です。なぜだろう


 炎天下らしい中路上で説教をしているバニングスに、おとなしく聞いている高町。

 

 を見ながら、俺は月村に話しかけた。

 

「高町はともかく、バニングスは大丈夫か? あいつだけだぞ、帽子かぶってないの」

「そうだね。ちょっと心配かな」

 

 というだけで行動を起こさない俺達。で、少し疑問に思ったことを聞いてみた。

 

「二人で勉強してたようには見えないんだが……誕生日会の準備…なわけないか。何してたんだ?」

「長嶋君。女の子だけで出かけてたってことで、男子には知られたくないものだってあるんだよ?」

 

 そう言われたら強く出る訳にもいかず、元々それほど興味もない疑問だったため「まぁ買い物にでも行ったのか」と納得し、俺は説教をしているバニングスの方へ近づいて自分がかぶっていたテンガロンハットを頭からバニングスに被せた。

 

 少し驚いた声を上げたバニングスは説教をやめて俺に振り返る。

 

「何するのよ!」

「路上で説教するのはいいが、長くなるなら帽子でもかぶれ。ぶっ倒られても困る」

「うっ」

 

 バニングスが言葉に詰まったので、俺はこの場から立ち去る好機だと思い二人の間に割って入ってから高町の手を握り、近いバニングスの顔を気にせず(バニングスは帽子をかぶらせたのに顔が赤かった)申し訳なく言った。

 

「悪いな。こいつにも事情があって先を急いでいるんだ。その帽子は次会った時でいいから」

 

 最悪返さなくていいけど。そう心の中で付け足しながら、高町の慌て様を無視して引っ張るように歩き出す。

 

「……あ、ちょっと! 待ちなさーーい!!」

 

 なんか後ろで制止を呼びかけられたが、構っていられん。

 

 ……しかし、高町の体温ってこんなに高かったか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いたな」

「……う、ん。そう、だね…………」

 

 目的地の玩具屋の前で息切れしていない俺とは対照的に呼吸を整える高町。早歩きぐらいのペースのはずだが、疲れるほどだったのだろうかと思ってしまう。

 なぜなら、

 

「……ここ、ね」

「あ、なのはちゃんの誕生日プレゼントを買いに来たときのお店だね」

 

 後から追ってきた二人もそんなそぶりがなかったからである。

 

 これは体力不足が原因なのか管理局の仕事での疲れが原因なのか……等と思いながら、これからの事をどうするか考えることにした。

 

 一応、俺は高町に誘われ月村の誕生日プレゼント選びに随行している。

 しかし、月村とバニングスが追いかけてきてしまった。

 そして俺は、女子がプレゼントされると何が喜ぶのかわからない(高町の時は、バニングス達が選んだのも参考にし、使えそうなものを適当に見繕った結果)。

 ……? そういやそれぐらい(俺のプレゼント選びのセンスのなさ)高町は知っていたはずだろうに、どうして誘ってきたのだろうか。

 

 自然と高町の手を放し腕を組んで考え始めたところで俺は首を振って追い出し、現状の組み合わせ的なことをすぐさま組み立て、自然と口に出た。

 

「悪い高町」

「え?」

「俺じゃ力不足だ。だから、バニングスと一緒の方がいい」

「……どういう意味?」

 

 それに俺は答えずにバニングス達に向き直り、バニングスだけを手招きした。

 

「バニングス。ちょっと来てくれ」

「はぁ? 何よ一体」

 

 そう言いながら近づいてきたバニングスに、俺は「ちょっと高町の相談に乗ってくれ。俺じゃ無理な話だ」とすれ違いざまに言ってそのまま月村まで歩き出す。

 

 月村はあまり事情を察せていないので戸惑っている……というか、俺以外の全員が戸惑っているに違いない。

 この場で口にするのは得策じゃないことぐらいわかっているつもりの俺は、とりあえず携帯電話を取り出して二人にメールをする。

 

「ん? ……あぁ、そういうこと」「なにかな? ……!」

「どうかしたの、二人とも?」

 

 驚いた二人を見て不思議そうに尋ねる月村だったが、二人ともごまかし、片方は残念そうな、もう片方は怒った視線を俺に向けてきたので、とりあえず頭を下げる。

 そんな状況にますます困惑する月村だったが、バニングスが「そこの喫茶店で待ってたら?」と勧めてきたので俺は頷き「じゃ、そこで待つか月村」と言ってついてくるよう促した。

 

「え、ちょっと」

「行くわよなのは」

「うん……」

 

 歩き出した俺を追いかけるように月村はこちらに向かい、それに合わせて高町とバニングスは玩具店へ入った。

 

 ……心なしか高町の元気がなくなっていたが、大丈夫だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*高町なのは視点

 

 今日はアリサちゃんたちのお誘いを断って、すずかちゃんのために誕生日プレゼントを選ぶのを長嶋君と一緒に手伝ってもらう予定でした。

 でも、途中でアリサちゃんとすずかちゃんと合流して変わってしまいました。

 

「…………なんで分かってくれなかったんだろう」

「あいつが鈍いのは今に始まったことじゃないでしょ?」

「それもそうだけど……」

「……まぁ、なのはの言わんとしている意味は分かるけど」

 

 お店の中に入った私達はそんな会話をしながら店内を見て回りますが、いかんせん気持ちが沈んでいてそれどころじゃありません。

 

 長嶋君は、春先までとはだいぶ変わっているように思えます。本人が言うには『表情面では変わっているが、それ以外は変わっていない。ただ、接している時間が長くなったことによって見る面が変わっただけだ』そうです。

 確かにその通りかもしれません。今までは学校でもそれほど見ることがありませんでしたし、家が近所だというのにまったく会話らしいものが在りませんでした。

 だけど今では、連絡を取り合ったり、一緒に勉強したり、こうして一緒にお出かけをしたり、魔導師の特訓をしてくれます。

 

「いつまでも落ち込んでるんじゃないわよなのは」

「…でも、」

「あいつのメール見たでしょ? あいつだって出来ることなら約束通りしたかったはずよ。でも私の方が適任だと思ったから、あんなメールを寄越した」

「……それは分かってるよ。けど…」

 

 長嶋君があの時送ってきたメールには『俺にはプレゼント選びのセンスがないので、バニングスについて行ってもらう』と書かれていました。

 おそらく自分の事を知っているからこそ、このメールを送ってきたのでしょう。

 ですが、私は納得できませんでしたし、なにより今日ずっと一緒に居られると思った長嶋君とこんな風に離れたのに胸が痛みます。

 

 …………って。

 

「あれ?」

「どうしたのよ、なのは?」

 

 思わず声に出してしまったようでアリサちゃんが首を傾げたので、私は慌てて誤魔化します。

 

「え、べ、べつになんでもないよ?」

「……まぁいいけど。さっさと選んであいつにジュースの一杯ぐらい奢らせるわよ」

「もう」

 

 アリサちゃんの言葉を聞いて苦笑して後を追いながらも、私は不思議に思ったことを考えました。

 

 昨日、長嶋君に電話を掛ける時ぐらいから気持ちが昂っていて夜もなかなか寝付けない状態になり、今日は、服を選ぶのに時間がかかって遅刻したり、服装を褒められて嬉しかったり、手をつないで緊張したり、一緒に居られないことに落ち込んだり、いつもより長嶋君がかっこよく見えたり……と先程まででも随分一喜一憂しました。

 

 どうしてなのかと考え始めてすぐに、昨日の夜お母さんとお姉ちゃんに言われた言葉を思い出しました。

 

『なのは、長嶋君と約束してたわよね?』

『え!? なのは、もうデート!?』

 

「違うよ!」

「どうしたのよなのは? いきなり叫んで」

「……あ、ごめん。ちょっと思い出しちゃって」

「まったく……今はこっちに集中しなさいよ?」

「う、うん!」

 

 それからはアリサちゃんと一緒にプレゼント選びに集中しました。

 

 ……それにしても、いつまで長嶋君の帽子かぶっているのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わったか高町」

「うん……でも、どうして長嶋君は落ち込んでるの?」

 

 喫茶店で待っている間月村と話して時間を潰していた俺だが、その際に言われた一言に衝撃を受けていたら高町達が俺達がいる席に来て、質問された。

 落ち込んでいると思われた俺は苦笑しながら「別に落ち込んだんじゃいない。浅はかだった自分に失望しただけだ」と答えた瞬間、一斉に「「「そっちの方がひどいよ(わ)!!」」」と見事なツッコミが返ってきた。

 

「自分で自分に失望することのどこが酷い? 無力さを知ったら大体やるだろ」

「確かに…」

「…それは、そうだけど……」

「長嶋君。そこまで重く受け止めなくていいんだよ!」

 

 言った本人である月村がそんなフォローをしてきたので俺はこの話題を終わらすことに決め、先に注文したコーヒーを飲みながらメニューを開いて訊く。

 

「で? お前達は何にする?」

「い、いきなり何よ」

「昼食だ昼食。もう十二時過ぎてるんだぞ? 要らないなら別に飲み物だけでいいが……」

「あ!」

 

 高町があげた声に俺は首を傾げた。

 

「どうした? 昼食に関してなにか言いたいことでもあるのか?」

 

 その問いに高町は逡巡したが、やがて覚悟を決めたように答えた。

 

「……行きたいお店があるんだけど、いい?」

 

 行きたいお店、か。これは今日の続きという解釈でいいのだろうか。

 先の失敗で少しばかり判断能力が鈍ってるという考えに至った俺は約一分くらい考えて、答えを出した。

 

「いいぞ」

「本当に!?」

「ああ」

 

 頷いて俺は月村達に向き直り、言った。

 

「という訳だ。時間をとらせて悪かったな」

「良いわよ別に。今日はちょっと息抜きしてただけだから」

「うん。色々買いものして、あとはゆっくり帰るところだったから」

「そうか。ここの勘定は持つから、出るか」

「「「え?」」」

 

 俺はコーヒーを一気に飲み干すとレシートをとって席を立ち、三人が呆気にとられている間に精算を済ませ、戻る。

 

「じゃ、行くぞ高町。案内してくれ」

「え!? あ、うん! …って、ちょっと待ってよ!!」

 

 戻って早々俺は高町にそう言って出口まで歩きだし、それを見て慌てた高町は買ってきたものとバックを持って追いかけてくるようだ。

 

 残り二人は急な展開について行けないのか、固まったままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず二人に戻ったわけだが……何を食べるんだ?」

「うえっ!? え、えっと……く、クレープ?」

「なんだそれ?」

「……え?」

 

 『クレープ』という単語に俺が首をひねったからか、高町が信じられないという顔で驚いていた。

 

「知らないの?」

「まったく。菓子類なんてシュークリームやケーキ以外口にした記憶がないし、それらも翠屋で初めて知ったようなものだし」

「……」

「で、どういうのなんだ、それ?」

 

 これから食べに行くらしいものが気になったので質問すると、高町が少し間をおいてから笑った。

 気でも狂ったのかと思いながら「大丈夫か?」と訊くと、「長嶋君って、いつも通りだね本当に」と笑いが収まった後に言われた。

 貶されたのか褒められたのか分かりにくい一言だったので返答に窮していると、いつものような元気な声で「クレープっていうのはね…………」と歩きながら説明してくれた。

 

 

 実際食べてみると、生地が薄いからか包んでいたクリームなどが混ざり合って甘く、おいしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに。

 

「どうだった、ナイトメア」

『外を眺められるのは嬉しいのですが、暇なことには変わりありませんでしたね』

「だから言っただろう。暇だ、と」

『次もつれて行ってくださいね!』

 

 こんな会話を家に帰ってしていた。




お読みくださりありがとうございます。


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61:男友達の誘い

関係ないようで関係ある話、です。
別名:月村さんルート


 夏休みが始まって一週間が経過した。

 残りの日数が二十七日。その間に終わらす宿題など最初の二日に終わらせたので、もうやることがない。

 

 今のところの予定は

 

 ・斉原達の手伝い

 ・高町達の特訓

 

 の二つ。

 

 ん? 月村の誕生日? 呼ばれてないのに行くか。むしろ豪華そうだからこちらから辞退したいわ。

 ………なんて言いたかったが、そうもいかなかった。

 

 あの日――高町が月村に渡すプレゼント選びをした日――に、月村と一緒に喫茶店で待っていた時に言われた。

 

『二次会でもいいから来てくれると嬉しいよ』

 

 まさか誕生日会に二次会があるとは思わなかったが、そう誘われたのなら行くしかないのかもしれない。

 ちなみに、プレゼントの方は特に言われなかった。来るかどうかわからないからだろうか。

 なら別に行かなくてもいいのだろうが、誘いを受けた次の日に招待状の入った封筒をポストにいれられていたので、行かなかった後がどうなるか疑問だ。

 

 まぁそういうわけで行くかもしれないって話なのだが、とりあえずプレゼントを作るぐらいはするか。

 そう自己完結し、俺は今

 

「今回は何を作ろうか」

 

 一人で散歩しながら考えている。

 ナイトメアは一応つけているが、外で会話などさせないようにしているので会話など成立しない。

 知り合いと一緒に居る訳じゃないのでこうして何かないかと探している。

 

 ……。

 テンガロンハットを貸したままなので(もしくはあげた)、絶賛輝いている太陽の遮蔽物もないからか、髪の毛が熱い。熱にやられている。

 

 だからなんとだと一人で思いながら周囲を見渡しながら歩いていると、不意に携帯電話が鳴った。

 誰だと思いながら見てみると、「霧生元一」。

 

 歩きながら電話をすることにした。

 

「もしもし」

『お、大智。今暇?』

「散歩出てるほど暇だが」

『マジか。いいなぁ……じゃなかった。散歩で外にいるんだったら好都合だ。ちょっと公園来てくれよ』

「なんで?」

『遊ぶからだよ』

「……宿題終わらせろよ」

『まだ時間あるから大丈夫だって! そんなことより今すぐ公園に来てくれよ!! じゃぁな!』

「…絶対後半に泣きを見るな、あいつ」

 

 通話の切れた画面を見てそう呟き、携帯電話をたたんでポケットにしまってから公園へ向かった。

 

 なにかプレゼントの案が思いつくかと思いながら。

 

 

 

 

「おーいこっちだ! ……って、早くね? 電話して三分ぐらいだろ?」

「走れば普通」

「だから電話したらすぐ来るって言っただろう、霧生」

「だけどよ裕也。いくらなんでも早すぎないか? どこにいたか知らないけど」

 

 公園に着いたら霧生が手を振って迎え、如月は腕を組んで立っていた。その二人の間には知らない奴がいた。

 

 身長と体格的に俺達と同じ年だろうか。見た感じ男で、どことなく胡散臭そうな雰囲気を纏っていた。

 

「こいつは?」

 

 俺が素直に訊ねると、霧生が「忘れたのか? 細波(さざなみ)だよ。細波喜一」と答え、そいつ――細波喜一も「よろしくな、長嶋」と手を伸ばしてきた。

 名前の記憶に該当がない俺は内心首を傾げながらも握手に応じ、「よろしく」と返した時、体に衝撃が走り思わず顔を睨みつけつつ確信する。

 

 ――こいつは間違いない。神に連なる奴だ。

 

 しかし肝心な正体が分からないのでこれ以上の詮索をする気はなく、俺は手を放してから霧生たちに訊いた。

 

「どうやって遊ぶんだ? 四人しか来ていないだろう?」

「どうやってって……鬼ごっことか?」

「人数少ないのにやるかよ霧生」

「しかも長嶋に勝てるわけないだろ。毎日走ってるんだから」

「うはっ。それもそうだったっ」

 

 霧生が自爆したのでその案を切り捨て、俺はそれ以外の二人に質問した。

 

「だったら何がいいか」

「男四人でできるのって一体何がある?」

「なんだろうな……かくれんぼでも勝てる気しないし」

「かといって球技だと俺全部仲間はずれされるし……」

「この場合一対三で試合ができるんじゃないか?」

「だったら土手近くにあるサッカーグラウンド行って混ぜてもらおうぜ!」

「細波は?」

「俺かー……「え、無視?」…そうだな。他に仲間が集まらないのなら、さっきの霧生の案でいいと思うぜ」

「あ、聞いてたのかよ?」

「「それしかないか」」

「お前ら聞こえてたんなら反応しろよ!!」

 

 大声で叫ぶ霧生。それを見た俺達はニヤッと笑う。

 意外とこういうやり取りは面白いな。だがやりすぎは良くないか。

 セーフティーラインを見極めるのが難しそうだと思いながら、俺達は知り合いに電話をかけて行った。

 

 

 

 結果。

 

「霧生は?」

「木在だけだ。裕也は?」

「野球の奴らに声をかけたけど、今からじゃ無理だと言われた……細波は?」

「みんな寝てたんだよ。長嶋は?」

「あ? 斉原は近所の奴と一緒に居るからパスだそうだ。他はつながらない」

「「「「ハァ…………」」」」

 

 水梨以外の援軍が存在しなかった。

 これは完全にサッカーだなと空を眺めながら思っていると、「な、なに、き、霧生君?」と水梨が到着したお知らせの声が。

 視線を戻したら、水梨の他に忙しいだろうと勝手に思って電話していないはずの宮野巡査が……

 

「? 非番なのか巡査?」

「非番だがどうした坊主? お前にしては珍しく友達と一緒に居て足を止めただけだ」

「そうか」

「じゃぁな」

「ああ」

 

 買い物帰りだったのだろう。レジ袋を手首にかけている姿を見るに。

 そのまま通り過ぎたので単なる偶然かと思った俺は、そのまま見送った。

 さて……。

 

「水梨も来たが、結局はサッカーでいいのか?」

「それしかないよなー」

「だな」

「……なんかスルーした気がする」

「き、霧生君。わた、わたしも頑張るよ」

 

 こんなメンバーで俺達は土手へ向かった。

 

 その道中に霧生が親から逃げるのにつき合わされて細波が不良たちに追われ、その不良を全員一撃のもと鎮め(意識的な意味)てさぁ行こうと歩き出して数分で「ちょっと休もうぜ」と霧生が提案して近くのコンビニでアイスを買って食べながら向かっていたら如月が「あ、当たった。ちょっと交換してくる」と言ったために戻って交換し、再び向かい始めてすぐに霧生が親から強制帰還の命令を受けて水梨と一緒に帰ってしまった。

 そのあと三人で歩いていたら如月が、所属する野球チームの練習時間に遅れるとか言って離脱。

 最終的に、残った俺と細波だけが土手に座っていた。眼下ではサッカーをやっている奴らが。

 

 この二人だけで混ざるのはなぁと思いながら、俺は細波に「これからどうする?」と訊ねる。すると向こうは立ち上がって「話しようぜ」と答えた。

 特に予定もない俺は頷いて立ち上がった。

 

 時刻は午後一時ぐらい。暑いせいか昼間なのに辺りはサッカー少年とその親たちしかいない。

 歩きながら切り出したのは、細波だった。

 

「いやー参った参った。遊ぼうと思ったんだけどなー」

「確かに。けど仕方ないだろ。都合がつかなかったんだから」

「だよなー……けど、俺としちゃ好都合だけどな」

 

 その言葉を皮切りに細波に生じる変化。外見的特徴から雰囲気まで、すべて変わっていた。

 俺達と同じ身長だったのに対し180ぐらいまで変化し、髪の色も銀髪に、目の色が赤く染まり、犬歯が鋭くとがっていた。

 本来なら驚くところなんだろうがそういった変化を見慣れている俺は大して驚くことが出来ず、ただ淡々と正体を口にした。

 

「真祖の吸血鬼か。しかも神格持ちの」

「そこは驚いてもらいたかったんだけどなー」

「悪いな。見慣れてるんだ」

「……今度からもうちょっとエッジの効いた変身を見せればいいのか?」

「会うこともないだろうから知らん。…で? わざわざ来た理由はなんだ? 神格持ちが平然と世界を渡り歩いてるのはいいが、与える影響は考慮してくれ」

 

 そう注意すると白いスーツを着ているそいつは頬を掻きながらため息をついた。

 

「…君といると調子が狂うね」

「合わせていないからな」

「……まぁいいさ。で、僕が来た理由だけど、実をいうとこの世界にいるお仲間を探しに来たんだよ」

「仲間? お前ら夫婦(・・・・・)以外の真祖がこの町にいるのか?」

「僕が既婚者だって知ってた?」

「前世でいろいろ勉強した際に吸血鬼の生態が気になってな。少しばかり調べて判然としなかったところは全部想像だ」

「………なるほど。さすがは輪廻の元守護者。死ぬことがある種族の生態系に関しては知っているわけだ」

「知っているが、あくまで調べた範囲だ。そこまで全知じゃないし、何より神様じゃない」

「まぁ元だしね」

 

 さすがにここまで来ると脇道にそれたことが分かりやすいので、俺は話を戻すことにした。

 

「で? そのお仲間には出会えたか?」

「う~ん。まだかな?」

「あっそ。で、俺に何をさせる気だ?」

 

 すると奴は「そうだねー」と白いシルクハットを深くかぶり、その場で考え出した。

 その姿を見て無策なら考えてから出直して来いと言おうとしたら、そいつが帽子を戻して「思い出したよ」と笑った。

 

「笑う要素があったか?」

「僕の中ではね。……それでなんだけど」

 

 そういうや否やスーツの内側に手を突っ込み、あるネックレスを取り出した。

 

「これを持っていてほしい。仲間の誕生日までに」

「純銀の十字架(ロザリオ)……お前らにとっては凶器だろ」

「僕は別に。ただ、ずっと持っているのもしんどいから、ね」

「だろうな。ジリジリとくるだろうし」

「本当、日焼けみたいだよね…じゃなかった。実をいうと、それにはある術式が刻まれている。それまで知ったうえで受け取るか決めてもらおうと思って、こうしてきたんだ」

「どうして?」

 

 そう訊ねると奴は困ったような顔をして「この話長くなるからさ、君の家へ行かないか?」と提案してきた。

 特に用事のない俺は、十字架を受け取って普通に頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」「お邪魔するよ」

 

 家に戻った俺は吸血鬼であるノスフェラトゥ(吸血鬼の総称を名にしているそうだ)を上げ、リビングへ案内して座らせた。

 

「中々清潔感があるね。カーミラにも見習ってもらいたい」

「本来なら客人に対し何か飲み物を出したりするが……いるか?」

「水でもいいから欲しいね」

「あっそ」

 

 台所へ行きコップ二つに水道水を注ぎ、冷蔵庫の氷置き場からいくつか氷を入れて運ぶ。

 

「ほら」

「ありがとう」

 

 手渡した俺は反対の席に座り水を飲んでから聞いた。

 

「吸血鬼の中の王様がどうしてこんなことを?」

 

 ノスフェラトゥは水を一気に飲んでコップを置き、説明しだした。

 

「実はね…どうも僕達の世界にいたヴァンパイアハンターがこちらの世界に来てしまったようなんだ。ここにも吸血鬼がいるって、どこかで聞いたらしい噂に乗ったようでね」

「ここにいるのか?」

「いるようだよ。空気的には間違いない」

「…」

「そもそも噂の割に信憑性があるってもの妙な話ではないのだろうけど、他世界に乗り込んでまで仕事をするのはタブー。世界のバランスを保つために過度の干渉を避けている時代にね」

「……お前は【統括者】なのか?」

「そうだね。今はカーミラに任せているけど」

 

 統括者。それはその世界――例えばここの地球という世界を見守り、間接的に手助けする存在。大体が神格を持っている神様が就任するもの…らしい。スサノオが雑談のような口調で高町が誕生日の時の連行時に回廊で話していたのを思い出した。

 大変だなぁと思いながら、「【統括者】としての責任か?」と質問すると、笑いながら「まね。他世界でやらかそうとしている奴らに鉄槌をってところさ」と答えた。

 

 俺は少し考える。

 元々の原因はこの世界に吸血鬼がいるということ。しかも確かな情報らしい。

 ならばその吸血鬼を先に見つけて事情を説明するか、ヴァンパイアハンターをブッ飛ばすかのどちらかだな。

 

「……ふむ」

「というわけでさ、しばらく家に泊めてくれないかな?」

「良く分からんからもう一度話してくれ」

「聞いてなかったの…? だからね、吸血鬼性が少し高まる誕生日に奴らも特定のために泳がせるだろうから、それまで泊めてくれない? って話」

 

 ここで俺は気になったことを聞いた。

 

「誕生日に吸血鬼性が高まるのはどこの世界でも同じなのか?」

「こっちの【統括者】に確認したから間違いないよ」

 

 その瞬間、俺の頭の中にその吸血鬼の正体が駆け抜けた。

 まさか……あいつだったのか。

 十中八九当たっているだろうが、それからの手立てが考えられない。

 

 ……………。

 

「構わんぞ、泊まっても」

「いいの?」

「ああ。その代り、守るぞ」

「分かってるよ」

 

 こうして俺達は彼女を守るために手を組んだ。

 

 

 

 

「ところで、誕生日にもらえるとしたら何がうれしいと思う?」

「さぁ? 僕の家には絵画ばかりだから分からないよ」

「……それでもいいかな」




これもまた四話ぐらい続くんですよ……

どうしてこうなった

リンカーコアの回収話はその後で、その後にようやく闇の書事件に入る予定

ありがとうございました。


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62:仕立て屋

タイトルからして関係ないと思われるでしょうが、まぁあります。


「なぁノスフェラトゥ」

「なんだい長嶋」

 

 いよいよ月村の誕生日になった。それまでの間にノス(親しい奴らはこう呼んでいるらしい)にこの世界の吸血鬼の正体を確かめてもらったり、自分でプレゼントを作ったり、ナイトメアを使用した状態での戦闘訓練を手伝ってもらったり、高町達の訓練をするために留守番させたりして仲良くなった…といえばいいのだろうか。

 

 ちなみにだが、月村が件の吸血鬼で間違いないようだ。ちらっと見てもらってノスが頷いていたのだから、間違いない。

 

 そして俺達は今、最終確認をしている。

 

「お前らの世界の住人がどこにいるのか分からないんだな?」

「そうだね。ここ周辺だってことは分かるんだけど、詳しい場所はここの【統括者】に調べるのを禁止されてね」

「なぜだ?」

「さぁ? 訊いたら、その力の余波によってこの世界が変な空間につながりかねない、って言われた」

「まぁ確かに。稽古をつけてもらった時全力じゃないと言われて悔しかったし」

「君だってだいぶ制限していたんじゃないの? 広場だったらもっと戦えたと思うけど」

「限定空間でもっと戦えるようにならなければ、この先そういう場面に遭遇した場合大変だ」

「ま、その話は置いといて。分かってるのは、今日確実にあいつらは彼女を襲う。じゃなきゃ数日前からこの世界に潜伏するはずがない」

「下調べがあるからな」

 

 こんな会話をしながら朝食を食べる俺達。ナイトメアは俺達の会話を聞きながら『呑気ですね』と呟いたが、それに関してはスルーすることにした。

 

「しかしどうするの? どこにいるか分からないんだよ彼らは」

「二人組なのか?」

 

 初耳なんだがそれ。

 

「いや、四人組だよ。彼らはそのチームワークで数々の規律を破った吸血鬼を屠ってきた実力の持ち主だ」

「あっそ。所詮四人いないとダメだろ?」

「君だったら生かさず殺さずを平然とできるだろ?」

 

 顔を合わせず、朝食の皿に視線を落としながら会話をする俺達。

 

「お前が直接的に手を出せばいいだろうが」

「残念ながら僕は今【統括者】じゃない。君と同じだ」

「だったらなおさら」

「でもね、僕は【統括者】に手を出さないという条件を出されているんだ。攻撃から身を守るのならできるけど、反撃はちょっとね」

「……マジか」

 

 いきなり攻撃できません宣言をされた俺はつい顔を上げてしまう。

 それを読んでいたのかノスも顔を上げていた。

 ニヤッと笑うノス。それを見た俺は嫌な顔をする。

 畜生。俺がやらなきゃいけないってことか? まったく面倒くせぇ。

 それが顔に出ていたのか、「大事な友達を見捨てるのかい?」と言われ、今度は苦虫をかみつぶした顔になった。と思う。

 

 そんな俺の顔を見てノスは頷いていたから。

 

「うんうん。ろくでなしでなくて良かったよ」

「十分ろくでなしだと思うんだがな、俺」

「卑下するのは構わないけど、誰もそう思わないと思うよ」

「表立ってはな」

「君ってやつは……」

 

 今度はため息をつかれた。変なことを言ったか俺は?

 

 

 朝食を食べ終えた俺達は、食器を片づけながらこれからどうするか話し合う。

 

「君はプレゼントできたのかい?」

「まぁ……そっちの対策はできてるのか?」

「心許無いけど何とか。現地調達だと限度があるし、観衆の目に入った場合も考慮しないといけないからさ」

「最悪俺が見ていた奴全員気絶させると言っただろうに」

「どこで誰が見ているなんてわからないからね」

 

 食器を片づけた俺達は再び椅子に腰かけて予定を話そうと思ったが、インターフォンが鳴ったために中断。

 俺が席を立って玄関へ向かい、ドアを開けた。

 

「お、おはよう長嶋君!」

「まだ八時前なわけだが……早くないか?」

「え、えっと、い、いてもたってもいられなくて…」

 

 恥ずかしそうに小さい声でつぶやく高町。気のせいか、少しばかり頬が赤い。

 そんな姿を見て、そういえば昨日の夜高町が勉強を教えてとか電話きたから適当に明日暇な時間来いって言ったなぁと思い出す。いくら暇な時間と言えど、早朝はどうかと思うが。

 

 まぁ来てしまったものはしょうがない。俺はそう考えて高町を家に上げた。

 

「やぁおはよう」

「あ、おはようございます、ノスさん」

 

 リビングへ案内したらノスが高町に顔を向けてあいさつし、それにつられて高町も頭を下げた。

 俺とノスのはっきりとした関係は高町には教えていない。親の知り合いだと言って、ちょっと探し物をするために数日泊まっているとだけだ。

 

 ノスは俺達を交互に見てから何を得心したのか「それじゃぁ僕は散歩にでも行ってくるから、二人でゆっくりしな」とウィンクした。

 何気障なことしているんだよと俺は思ってため息をついたが、高町は慌てていた。

 

「え、あ、その、そ、そんなんじゃありません!」

「そうかい? なら」

「ノス。それ以上からかうのはよせ」

「ははっ。長嶋はユーモアセンスが足りないよ」

「別に足りんでいい……高町。適当に座ってくれ」

「う、うん!」

 

 こうして、高町の勉強を午前中手伝った。

 

 

 正午。高町が持ってきた教科が終わったので玄関先で見送り、月村の誕生日に行くかという話で借りていたものを返し、とりあえず行くと言って帰ってもらった。

 リビングへ戻ると、ノスが昼食を作りながら「服はどうするんだい?」と訊いてきた。

 

「このままで構わんだろ?」

「いやいや。どう考えてもダメでしょ。礼服着ようよ」

「馬子にも衣装だと思うぞ。この格好が俺にはお似合いだ」

「郷に入っては郷に従えだよ」

「馬の耳に念仏」

「機によりて法を説く」

「だから猫に小判……って、いつのまにことわざで会話することに?」

「ま、そんなことどうでもいいからさ。礼服着ようね、礼服。少しは雰囲気に合わせなきゃ」

「……礼服あったかな」

 

 結局俺の方が折れ、昼食を食べてから礼服探しをすることになった。

 

『しかしマスターは押しに弱いですね』

「だよね」

「別に。これ以上続けたとしても不毛だと思ったら折れるだけだ」

「ふ~ん」

『それじゃ、押し売りされたらどうするんですか?』

「そうだとわかったら商品を投げつけてでも返す」

「…というか、ここに訪問販売の人たちが来たところ見たことないんだけど」

「俺も一度もない。郵便も。新聞は別だが……と、また話題がずれたな」

「だね」

『でしたね』

「というか、ナイトメアはどうして会話に参加しているんだ?」

『……』

 

 当然の疑問を沈黙でスルーするナイトメア。

 話が終わる。

 

「「ごちそうさまでした」」

 

 二人とも手を合わせてそう締め、そのまま食器を片づける。

 

「ノスは大丈夫だろ?」

「当たり前じゃないか。僕はそのくらいのマナー弁えてるさ。君じゃあるまいし」

「うっさい。俺は勲章授与式には制服だったんだよ」

「……君は小学生なんだよね?」

 

 …。どうやら俺が転生者だってこと知らなかったようだ。

 これは一度説明した方がいいのだろうかと考え、正直に答えた。

 

「前世で兵士だったんだよ、俺は」

「なるほどねぇ。君の常識に疎い行動や、年齢以上に冷静な部分、そして年齢以上に器用もそれで説明がつくね。彼が薦める訳だ」

「彼…【統括者】か」

「詳しくは言えないけどね」

 

 まぁ統括者は自ら正体を明かさない限り秘密だからな。

 スサノオが言っていた条件の一つを思い出し、片付け終えた俺はそのまま二階へあがって礼服を探した。

 

 

 

「…一応あったにはあったが」

「う~ん。あれはさすがにね……」

 

 なんか母親の部屋に置いてあったのだが、なんていうかどことなく坊ちゃんみたいな服だったため流石にないなという意見で一致し、礼服をノスと一緒に買いに行くことになった。

 

「しかしあの服は何のために置いてあったんだろうか」

「さぁ? 案外似合っていると思ったからだと思うけど」

「絶対思ってないだろうな」

 

 そんな会話をしながらノスの案内の元右へ左へ曲がったり直進していると、仕立て屋らしき店を発見した。

 ……見たことのない店。

 店の前でそんなことを考えながら見ていると、ノスが「入るよ」と肩を叩いて促したので、俺は腹をくくって店へはいることにした。

 

「やぁギルジャーノ」

「おぉ、これはノスフェラトゥ様! お久し振りでございます!! ……そちらのお子様はどちら様ですか?」

「彼はあいつらが向かった世界で知り合った友人でね。彼の友人が狙われてるからお灸をすえるために手伝ってもらっているんだ」

「あぁ…奴らですか」

 

 そんな会話が俺を放置して続けられる。

 手持無沙汰な俺は、とりあえず周囲を見渡すことにした。

 前世の世界史で中世ヨーロッパの店の一例を見たのと似たような感じ。展示されている服や生地はなく、俺達とカウンターだけが存在している。

 湿気対策とかだろうかと思いながら傍観していると、「そうそう。戻ってきたのは彼の礼服を仕立ててもらいに来たんだよ」とノスは話を切り出した。

 

「そうなんですか……ちなみに、予算はどのくらいですかね」

「これで」

 

 そういって取り出したのは、金貨らしき硬貨二枚。

 

「ほほぅ。さすがはノスフェラトゥ様。…分かりました。最高級の素材で作らせていただきます」

「いや、今日中に着るから彼の見栄えが他の人が嫉妬するほどかっこよくしてくれれば、素材は気にしないけど」

「了解しました! 至急準備して作らせていただきます!!」

 

 ノスの提案に敬礼をした瞬間奥へと消えた。

 

「……あの人、ものすごい焦ってたな」

「そりゃそうだよ。普段三日かけて作るものを二時間ぐらいで作れと言っているようなものだから」

「お前鬼だな」

「服をちゃんとしない君のせいだけど」

 

 そんな応酬をして待つこと一時間弱。

 さっきの人は晴れやかな顔で(悟りを開いた顔ともいう)戻ってきた。

 

 さすがにこの顔と吹き出ている汗でどれだけの激務か想像できたのだろう。ノスはその人を労ってからもう一枚同じ硬貨を出してカウンターに置いた。

 

「はいこれ。手間賃だよ」

「こちらが仕立てた服でございます」

 

 そういって広げたものは、現代日本でも着る人が多い上下黒のスーツ。しかもネクタイとワイシャツも黒いという徹底ぶり。

 

「じゃ、試着しようか」

「ああ」

 

 さすがにこれ以上注文を付ける気はないのだろう。ノスは俺に試着を促したので、頷いてその場で試着した。

 

「……存外着易いな。蒸れる心配もなさそうだし」

「しかもビシッと決まってるから子供だとなおさら思えないね」

「いかがでしょう?」

「ありがとう。これにする」

「いい仕事してくれたね、ギルジャーノ」

「もったいなき…お言葉です…ッ!」

「じゃ、まだ役目終わってないから僕達戻るね。カーミラ来たら、今日中に帰るよと言っておいてね」

「分かりました!」

 

 再び敬礼で見送られた俺達は店を出た。その瞬間道はいつもの道に戻っていた。

 恐ろしいな統括者。一瞬でそんなことできるのか。

 まさに勝てる気がしないと思いながら、俺は自分の服装を見て声を上げた。

 

「どうしたの?」

「服がない」

「僕が持ってるから大丈夫」

「そうか」

 

 話題終了。

 服装が黒いスーツのままなのに違和感がなく、その上通気性に優れているので日差しが強いのに暑さを何故か感じない。素材のお蔭だろうか。

 

「そういえば今何時だっけ?」

「私服の方に携帯電話が入ってる」

「これね……もうすぐ四時になるね。一旦戻って君のプレゼント取りに行こうか?」

「だな」

 

 そして曲がり角を曲がった時、一台の車がものすごいスピードで通り過ぎて行った。

 そこに乗っていたのは、猿轡をされて気絶している月村と、男二人だった。




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63:共闘と隠してた正体

救出開始。


「おいノス!」

「分かってる!!」

 

 俺は通り過ぎて行った車の方向を見てノスに叫ぶと、ノスはそれに呼応してこの場から消えた。おそらく、通り過ぎて行った車を追いかけて行ったのだろう。

 

 一瞬警察に連絡するかどうか悩んだが、俺も追いかけようと決めて通り過ぎて行った方向へ駆けだした。

 

 畜生! いくら受け身でないと自体が動かないからといって面倒なことしやがって!! 一体どこへ向かったんだあの車!

 

 面倒だったのでコンクリートの壁を蹴って電柱へ飛び乗り、そこでいったん考える。

 

 ……落ち着け。焦ったところで事態は好転しないし、ノスが追いかけてるのだから問題ない。

 そう自分に言い聞かせて深呼吸をする。

 

 二回ほどやって気持ちが落ち着いた俺は、そこに立ったまま道の進行方向で監禁及び軟禁しても大丈夫そうな場所を探す。

 

 相場的には廃工場や廃コンテナだったりするのだが、そういうのが見える範囲にない。

 

 となると一体どこへ車が向かったのだろうかと佇みながら目をつむって考えていると、若干遠く――北西辺りからだろうか――車のブレーキ音が小さく鳴り響いた。

 

 …………あっちか?

 片目を開けてブレーキ音が聞こえた方角を見る。しかし、ここから上は見えても下が見えないので、道路状況が分からない。

 

 とにもかくにも行動してみないと分からないか。そう考えた俺は、微かながらに聞こえた方角へ屋根伝いで向かった。

 

 

 

「くそっ! 違った!!」

 

 まさかガードレールに突っ込んで事故を起こした奴だったとは。幸い死人もおらず応急処置だけをしておいたが、とんだ無駄足だった。

 舌打ちした俺は地面を駆けてからもう一度電柱へ飛び乗り、もう一度周囲を見渡す。

 いっそのこと魔力を使いたが、こんなところで使うと後が面倒だしそもそもナイトメアは置いてきたので無理。

 携帯電話への連絡はノスに持ってかれたので、同じく無理。

 

 全部後手に回っちまったじゃねぇか! と電柱で地団太を踏んでいると、パサパサと羽ばたく音が聞こえた。

 一体どこからだと不審がりながら周囲を見渡すと、一匹の蝙蝠が目の前で飛んでいた。

 

「? ……ああ。ノスか」

 

 すぐに正体を看破した俺はその後の蝙蝠がすぐさま飛び立ったのにも対応し、そのまま追いかけて行った。

 

 蝙蝠が一匹……となると、見つけて監視してるかか、つかまって一匹だけ残したかのどちらかだろうか。そこら辺は考えたところで現状を理解していないのだから分からないが、とりあえず無事を祈るとするか。

 

 

 

 蝙蝠一匹の後を追ってついた場所は森の中。結構生い茂っているので、大分放置されているのだろうと推測できる。

 …そういえばあったな、誘拐犯が身を隠す場所。

 

 なんで思いつかなかったんだろうと思いながら蝙蝠を探すと、背後から気配がしたので咄嗟に振り返って距離をとる。

 

「って、お前か」

「やっと来てくれたね。僕じゃ先制攻撃はできないのだから、さっさと来てくれないと」

「……で、どこにいる」

「あっち」

 

 俺の後ろを指したので振り返る。しかしながら生い茂っているせいで視界が悪く、奥に何があるか分からなかったが、おそらくログハウス的な小屋だろう。

 ひとまずわかったので、俺はノスに向かって手を出した。

 

「なに?」

「着替えさせろ」

「あ、うん」

 

 服をひったくって着替え、とりあえず携帯を確認してみる。

 斉原や高町、バニングスといった面々から電話がかかってきていたことを確認。バタンと閉じてポケットに入れ、「近づけなかったのか?」と訊ねた。

 

「難しいね。ちょっと罠がありすぎて」

「まるで追手があること前提みたいな用心の仕方だな」

「彼らの用意周到さには何かがある。そうなると、僕達は既に見つかってるのかもしれない」

「それを念頭に置いて行動してみるか……その罠は?」

「ワイヤーだったり銀の矢だったり」

「お前の存在も念頭に置かれてるみたいだが………」

「みたいだね」

 

 肩を竦めてため息をつくノス。それを見た俺は体ごと後ろへ向ける。

 

「策はあるのかい?」

 

 何をするのか薄々見当がついたらしいノス。そんな彼に対し、俺は首を左右に回してから答える。

 

「あるわけがない。正面突破だ」

「…だよね」

 

 苦笑する声が聞こえたが耳を貸さず、俺はクラウチングスタートから全力で駆けだした。

 地面が抉れる音と土砂が噴射する音と木の枝などが折れる音がした時にはすでに、小屋の目前だった。

 おそらく五百メートルほどの距離があったのだろうか。ほぼ数秒、下手したらコンマ以下の秒数で着いたようだ。

 が。車が急に止まれないように、そんなスピードを出した俺も慣性の法則で止まれるはずもなく。

 

 止めようと思ったが空しく、そのまま小屋に突っ込んだ。……運よく窓ガラスの部分に。

 

「な、なんだ!?」

「おい今上から凄い盛大にガラスの割れる音がしたぞ!」

「とりあえずフォグたちを呼び戻せ!」

 

 階下でそんな騒ぎ声が聞こえたが、窓ガラスを突き破って多少慣性を失った俺は体を一回転させて着地。その際窓ガラスの破片で掌を切った気がしないわけでもないが、もうすでに服はボロボロ、全身切り傷だらけなので問題なし。

 てか、この小屋二階が……というより屋根裏部屋があったのか。良かった。いくら俺の身体能力がおかしくても、ログハウスの木にぶつかったら死ぬ。

 などとやっていたら誰かが顔をのぞかせたので、俺は問答無用で勢いよく蹴る。

 

「げふっ!」

 

 顔面に直撃し、そのまま下に落ちた。高さがないからか死んではいないようで、そいつに追撃を入れるために飛び降りようと下を覗いたら、仲間が俺に気付いたようで銀のナイフとアサルトライフルの乱射をしてきた。

 咄嗟に俺は顔を引っ込め、何かないかと周囲を探す。

 

 とはいえここは屋根裏。おそらく無人の小屋だったろうからモノがあるはずが……

 

「ないか」

 

 よくよく考えてみればこいつらの方が先に来ていたのだ。ここに何かあったとしても没収されているだろう。

 ならばどうするか。俺はとりあえず破った窓から屋根の上に跳びつつ考える。その時に残りの窓ガラスを思いっきり割ったので、下手すると気付かれたのかもしれない。

 

 一体どうしたものか。敵は四人。こちらは二人だが味方が使い物にならない。おまけに人質まで向こうにいる。

 目標は人質――月村の無傷での救出及び犯人の無力化&送還。ハンデとして俺一人攻撃が可能、魔力使用不可、軽度負傷……か。

 状況を確認しながら屋根のてっぺんで胡坐をかき、俺は腕を組んで考えようとしたところで銃弾が飛んできたので首を横に動かすだけで避ける。

 

 チッ。もう外に出てきたのか。そう舌打ちしながら後ろから来た銃弾を避ける。

 すると同じ後ろからナイフが飛んできたので、人差し指と中指でナイフを挟み取り立ち上がる。

 銃弾の嵐がこちらに向かって飛んできたが、ナイフを手に入れたのでそのすべてを弾く。

 キキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキッ!! という音が周りに響く中、俺は気配を確認する。

 

 ……ふむ。小屋の中に一人。おそらく月村だろうか。他四人は正面に二人裏に二人分散している。まぁ攻撃されてるので分かりやすいのだが、一人だけ何もしてこない。

 もう面倒だな。さっさと終わらすか。

 銃弾を弾き続けながら方針を決めた俺は、そのまま正面入り口の方へ移動する。

 前方の銃撃が激しくなり、後方の攻撃がなりを潜め始めた状態で俺は見下ろす。

 金髪や茶髪といった、この世界じゃあまり珍しくない髪の色。それとガンマンみたいな恰好。ただしテンガロンハットをしていない。それが観察した結果。

 

「……もういいか」

 

 弾切れになったらしく銃撃がやんだので、俺はナイフを振る手をやめて飛び降りる。

 その様子にマガジンを換えようとした片方は驚いていたが、もう片方は冷静に俺を見上げ…その瞬間には俺の頬の横をナイフが通り過ぎた。

 頬が切れて血が流れ、ナイフに込められていた人の殺気を久し振りに感じた。最近はこういう輩を相手取らなかったからな、若干反応が鈍っているのかもしれん。

 普通に小屋の入り口近くのテラスに着地した俺は、その正面にいる二人の男に対し先程切った頬の血を擦りながら笑いながら挑発した。

 

「良い反応だ」

「そういうテメェこそ。ガキのくせにいっちょ前にナイフ振り回しやがって」

「おいレクサ。さっき顔面に蹴りいれられたからって怒るな」

「けどフォグよぉ!」

「悪いが」

 

 二人が言い争っている内に俺は冷静にナイフを投げてきた男――フォグに肉薄し、

 

「手早く終わらせる」

 

 ナイフを持っていない左手で拳を作り、ほぼゼロ距離でかなり加減して腹部を打った。

 今の身長としては百三十ぐらいで、相手はおそらく百六十ちょい。頭一つ分足りないぐらいの状態なので若干腹部へ当てるには斜め上へとなってしまう。

 故に今の結果として、フォグは数センチ浮き上がり白目をむいて後ろから倒れた。

 隣――レクサだったか――が驚いている間に、俺は持っていたナイフを奴が持っていた銃に向けて投げ、どうなったかを確かめる。

 見るとどうやら銃口に当たったらしく、ちょうど真ん中に刺さっていた。

 それを見て再度驚くレクサ。

 その隙を見逃す気がない俺は、首の骨が折れないように上段回し蹴りを食らわせ、首から全身へ衝撃をいきわたらせて気絶させた。この間十秒近く。

 

 人の本物の殺気を相対したのはこの世界で初めてじゃないだろうかと思いながらこの二人をどうしようか考えていると、屋根から声が聞こえた。

 

そっちは終わった(・・・・・・・・)?」

 

 俺は振り返りもせずに答えた。

 

「見ればわかるだろ。縛っておけよ、ノス」

「この二人と一緒に縛るさ」

 

 その瞬間先程まで屋根にあった気配が、俺の目の前にいる二人の近くに現れた。気絶させただけと思われる、裏側にいたらしい二人を引きずった状態で。

 …おそらく礫かなんか投げられたんだろうな、こいつら。

 自己完結した俺は縛り終えたらしいノスに言った。

 

「じゃ、さっさと救出しようぜ」

「その前にその傷だらけを何とかしようか?」

 

 

 …………無理じゃね?

 

 

 

 とりあえず出血が激しい部分――頬の部分は傷跡が残ろうが関係ないので、血が流れないと分かるまでボロボロになったシャツの袖を破ってガーゼ代わりにして拭き、それ以外の傷はすでに止血していたので放置。

 うっかり手のひらを切ったりしたが、それもシャツの袖を破って巻くことで誤魔化す。

 ていうか、もう両袖がないのだが(頬の部分を拭いた袖も掌に巻いてる)。

 

 応急処置を終えた俺は、蹴りでドアをぶち破る。

 いともたやすくぶっ飛び、階段があった空間に激突する。完全にドアの部分はオシャカになっているが気にせず、ノスより先にそのまま小屋に侵入して月村がいる方へ向かう。

 

「どうやら無事なようだな」

「良かった。彼らが彼女に攻撃というか危害を加えていたら、間違いなくカーミラの拷問から僕の罰をしなくてはならないから」

 

 本当、あれだけは面倒だからなぁと思い返すノスを無視し、俺は椅子に座らされて猿轡をされ、縄で縛られている月村を見る。

 ノスのいう事を信じるなら、月村は肉体的には無事なのだろう。精神的な方は…分からないが。

 

 これが精神的ショックになったりでもしたらどうするかと思いながら縄をほどき、猿轡を外し、月村に声をかける。

 

「おい月村。大丈夫か」

「う、うぅ……な、長嶋君? と、後ろにいる人は?」

 

 すぐに目を覚ました月村が、俺とノスの存在に首を傾げた。

 まぁそれも当然だろう。自分が誘拐されてすぐに俺達が助けに来るのは。それに、ノスとは初対面だろうし。

 うっすらとそんなことを考えながら「俺の知り合い」と短く答えると、俺の状態に気付いたのかいきなり慌てだした。

 

「その怪我どうしたの!? まさか、私を誘拐した人たちと…!?」

 

 そこまで慌てるほどの状態だろうか俺の今は。戦場だと当たり前のような傷なので、月村があわててハンカチを傷痕に充てようとする姿が不思議に思えた。

 なので俺は月村を手で制止させて言った。

 

「確かにそうだが、別に大したものじゃ「それじゃその手に巻いてる布からにじみ出てる血は何!?」……ガラスで切った」

「……そう、なんだ」

 

 ひとまず月村が落ち着いたようなのでさっさと用件を済ませようと質問しかけたら、先にお礼を言われた。

 

「ありがとう長嶋君。助けてくれて」

「まぁ車が通り過ぎたのが見えたからな。見過ごせなかっただけだ。お「やっぱり変わったよ長嶋君。最初の頃とは雲泥の差だよ」…ところで」

 

 何やら嬉しそうに俺を評価していたが気にせず、俺は本題に入った。

 

「助けたからと卑しいことをする気はないから一つだけ確認する。……月村。お前吸血鬼だろ?」

「――――え?」

 

 容赦なく放った言葉は、月村の顔に絶望の表情を浮かべさせた。

 

 ――まるで、知られてはいけないものが露見したように。




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64:気にしないさ

とりあえず久々(初?)の主人公悪役もどきモード


「――――どうして?」

 

 震えた声で月村が問いかけてくる。その声と浮かべられている表情を見て、どうやら真実のようだと確信した俺は、ありのまま答えた。

 

「お前を誘拐したのは、ヴァンパイアハンターだ」

「!?」

「どこかで情報が漏れたんだろ。俺もノス――ノスフェラトゥから聞くまでは分からなかった…ちなみにだが、ノスは吸血鬼の頂点にいる奴だ」

「よろしくね」

「……え? え?」

 

 驚いたと思ったら今度は困惑しだした。

 ふむ。一方的情報の開示は冷静になる機会を失うのか。なるほど。

 月村の行動や表情を見ながらそんな結論を出した俺は、そのまま説明を続けた。

 

「で、九割確信を持って訊ねたんだが……どうやら本当の事のようだな」

「……うん」

 

 顔を俯かせて悲しそうに頷く月村。…大分ショックだったようだな。誘拐より、隠し事がばれた事の方が。

 この日が来る前に正体に当たりをつけていた時、『この世界じゃ吸血鬼という要素は限りなく薄いから、僕の世界に来なければ狂暴化もしないし血を吸ったりできない。よって危険性はないんだよねぇ』とノスがコーヒーを飲みながらつぶやいていたのを覚えている。

 つまり超薄い割合で流れているだけで、普通の人間と変わりない。

 だからばれても問題ないような気がするんだが……等と思っていると、月村が悲しそうに微笑みながら質問してきた。

 

「……どこで知ったの?」

「だから後ろにいるこいつ」

「どうも~ノスフェラトゥでーす。一応吸血鬼の真祖やってまーす」

「……本当?」

「本当だ。お前を誘拐した奴らはノスの……」

 

 ここで俺は口を止める。

 なぜなら、この後の事を口にするという事は月村に別世界の存在を教える形となり、さらにいうと神様云々の話までしないと絶対に納得しないと思えてしまったからだ。

 当然、言いかけた俺に対し月村は普段とは裏腹のしつこさで詰め寄る。

 

「ノスさんの、何?」

「……」

「なんなの?」

「………」

「ちゃんと言ってよ、長嶋君」

 

 ――隠し通せないか。

 そう判断した俺は魔法や転生者云々の話を抜いた全てを説明しようと語ろうとした、その時。

 

「すずかお嬢様!」

 

 背後から聞き覚えのある声が聞こえ、ノスと一緒に振り返る。

 そこにいたのは、顔が必死というところ以外何一つ汚れのない服装のノエルさんだった。

 この瞬間俺は計画を即興で立て、彼女が何か言う前に月村の首筋に左手の指先を当てた。

 

「動くな」

「長嶋君! ど、どうして…!!」

「長嶋様。これは一体……」

 

 事態の急転について行けない月村に、俺の行動の真意を測ろうとしているらしいノエルさん。

 だが、そんなものは測らせない。

 俺は左手の指先を当てながら叫ぶ。

 

「ノエルさんや。あんた、こいつを助けに来たんだろ? なら一歩でも動くな一ミリでも手を動かすな。さすがに瞬き位なら許してやる。こんなことやってるが、すべてを拘束しようってわけじゃないからねぇ!」

 

 狂った奴らなら前世でもたくさん見たからな。そんな奴らをコピーするぐらい簡単だ。

 動かなくなったノエルさんを見て、俺はノスに「例の十字架を寄越せ」と言うと、すぐに意図を理解したのか「了解ドン」と黒い笑みを浮かべて懐から例の十字架を取り出す。

 

 それを見て固くなった月村とノエルさんを尻目に、俺はわざとらしく叫ぶ。

 

「いやぁ、ノスのお蔭で久し振りにいい獲物が手に入ったなぁ! 吸血鬼(・・・)なんて、いい値で売れるんだろうなぁ!!」

「「!!?」」

 

 驚いていて声が出せない二人。

 気にせず俺は続けた。

 

「でもよぉ! そんなの面白くねぇだろ? だからさぁ、こう考えてみたわけだ。――――銀の十字架を身につけさせて、じわじわと死に行く様を見ようってよぉ!!」

「させま「できる訳ないじゃん、ただの人が」ぐあっ!」

 

 さすがに俺の外道極まりない発言が聞くに堪えなかったのだろう。ノエルさんは殺気を持って接近しようとしてきたが、それをノスがただのひじ打ちでログハウスをぶち抜くほど吹き飛ばした。

 

「ノエルさん!」

「大丈夫。死んじゃいないよ。ただ傷だらけなだけさ」

「……どうして!? どうしてこんなひどいことするの長嶋君! いつもなら何事もなく説明した…!」

いつも(・・・)? 一体何の話をしているんだ、お前?」

 

 月村が俺の態度が豹変した理由を聞いてきたが、俺はただ問い返した。

 信じてたものを、ぶち壊すように。

 

「――――え?」

「お前達と一緒に居た時の俺が『いつも』だと思ってるなら、そいつは間違いだっての。俺の本性は冷酷非情。つまり、昔の方が正しい」

「う、そ…」

「はっ」

 

 今にも壊れそうな月村の言葉を鼻で笑い、俺はノスに十字架を首にかけるように指示。

 頷いたノスはネックレスの金属部分を持って普通に月村の首にかける。

 と、ここまでうまくいったものの力の消去云々は話が出来ないことに今気づいた俺は、もう面倒だったので月村の腹を殴って気絶させる。

 

「ふぅ」

「お疲れドン。最初何言ってるんだと思ったけど、まさか十字架を渡すこと以外の全てをあやふやにした上に、自分を悪役にするなんて……普通の精神構造じゃできないよ?」

「別に。お前の目的はあいつらの送還と、十字架を渡して力を消すか否かを決めさせること。悪役は、第三者が来てしまった場合俺達をまずどう思うのか瞬時に考えた結果そうなっただけだ。…それより、さっさとあいつら連れてトンズラするぞ。一応メモを挟んだから大丈夫だと思うが、悪役になってしまったので読まれるかどうかわからない」

「君が嫌われていいのなら別に問題ないけどさ…ま、それもそうだね」

 

 俺達は小屋と月村を放置して外に出、縛られた四人を持ち上げてその場を離れた。

 

 

 

「――てか、攻撃できないんじゃなかったのか?」

「何言ってるの。あれは肘を置いたところに彼女が飛び込んできただけだよ」

 

 

 

 

 

 

*月村すずか視点

 

「――――ですか! 大丈夫ですかすずかお嬢様!!」

「――待って!」

 

 聞き覚えがある声に呼びかけられた私は、体を起こして叫びました。

 普段ではありえない行動をした長嶋君を止めようと手を伸ばして、駆け寄ろうとしたところで。

 

「すずかお嬢様……」

 

 感極まった声が聞こえたので振り返ると、全身擦り傷だらけの上に服がボロボロのままであるノエルさんが居ました。

 

「…ノエルさん。その傷」

 

 もしかしてあの時の? そう聞こうとしたら、いきなり私を抱きしめて嬉しそうに泣きながら、こう言ってくれました。

 

「……無事で良かったです」

 

 私も、素直にお礼を言いました。

 

「ありがとう、助けに来てくれて」

 

 

 

 私、月村すずかは、吸血鬼です。その事を知っているのは、私の家族と士郎さんと恭也さん、長嶋君の両親と長嶋君と一緒に来ていた自称吸血鬼の真祖と長嶋君と誘拐犯四人だけです。なのはちゃんやアリサちゃんたちは知りません。

 士郎さんには、長嶋君の両親のつながりで警護のようなことをしてもらったことがあります。

 

 ……自己紹介はこのぐらいにしましょう。

 

 私はノエルさんから離れて「このまま家へ帰るんですか?」と分かりきったことを質問してから、先程の長嶋君が豹変した理由を考えていました。

 

 助けに来てくれたのに自分で誘拐したと言い張り、ノエルさんを一緒に居た人に攻撃させ、私を気絶させて放置した彼。

 まるで自分を悪者にして事を収めようとしている。

 

 そう考えたら私は、無性に腹が立ちました。

 

「あの、ノエルさん。長嶋君の事なんだけど…」

「お嬢様を誘拐したと仰っていたご学友ですね。お嬢様、もう二度とあの方と一緒に居ないでください」

「違うよ」

「え?」

 

 長嶋君の言葉を信じたノエルさんがそんなことを言ったので、私は即座に否定しました。

 ノエルさんが呆気にとられたので、更に私は言います。

 

「私を誘拐したのは長嶋君じゃない。長嶋君は、私を助けに来てくれたんだよ」

「ですが、なぜ彼はそう言わなかったのですか?」

「そ、それは…」

「どうして月村家の秘密を知っていたのですか?」

「それは……ノエルさんをそんな状態にした人に聞いたって言ってた」

「ならその人はどうして知っていたのですか?」

「吸血鬼の真祖だって言ってたけど」

 

 そこからしばらくノエルさんの質問に分かる範囲で答えていたら、ヘリの振動でなのかどこからか紙がヒラリと落ちました。

 私の答えに何やら考え込んでいるノエルさんは気付いていなかったようなので、床に落ちた紙を拾って広げ、そこに書かれていたものを見て思わず声をあげそうになりましたが、なんとか耐えて続きを読みました。

 

『月村へ。これがお前の手にあるということは、俺が逃走してるのかもしれないが、気にするな。お前の正体を知ったところで言いふらすこともないし、気にしていないから。

 で、だ。

 おそらくお前に銀の十字架のネックレスが渡っているだろう。

 それはお前の吸血鬼の力を封印する十字架だ。もっとも、それを決めるのはお前だが。

 やり方は簡単。その十字架を握りしめて『封印する』と強く願うだけ。したくないのなら、おとなしく外せ。以上』

「……長嶋君」

「…お嬢様? なぜ泣いておられるのですか?」

「え?」

 

 ノエルさんに言われ慌てて目元を拭う。その時、指先に雫を感じました。

 なぜ泣いたのかと理由を考えましたが、すぐに思いつきました。

 

 嬉しかったのです。秘密を知っているのに、変わらぬ態度で接してくれたのが。同時に、解決策を用意してくれたのが。

 今まで言えなかった自分の秘密。知られたらいじめられるのだろうと思い、今まで隠し通してきた事実。

 それを知ったにもかかわらず、長嶋君は変わらぬ態度で助けに来てくれ、多少行き違いがありながらも解決策を用意してくれました。

 私はもう、迷いません。

 長嶋君の無実を証明するため、私は不思議そうな顔をしているノエルさんに声をかけました。

 

「ノエルさん」

「なんですか?」

「長嶋君は私を助けてくれました。それは事実です」

「……でしたら、なぜ彼はお嬢様を人質に取ったのですか?」

「それは…」

 

 言葉に詰まりました。

 私を助けたのに、私を人質にする。この矛盾した行為の理由の説明に対し。

 長嶋君は面倒そうなことは基本的に早く終わらせ、悪いところだけを肯定し、自分に関わりのないことは徹底的にかかわらろうとしない天才。といっても過言ではない人間です。

 『人』になることを目指し、いたって真面目に突拍子のないことをし、平然としている。そんな人なんだと……

 

「あ」

「どうしました?」

 

 アリサちゃんたちと長嶋君のことについて色々話した事を思い出し、ある仮説を思いついた私は声を上げノエルさんはそれを見て首を傾げたので、その仮説を――なぜだか確信を持てる仮説を――口にしました。

 

「ひょっとして、ノエルさんに誘拐犯だと勘違いされたと思っているんじゃ…」

「あ。なるほど」

 

 こうしてノエルさんの誤解は解け、私はどこにいるか分からない長嶋君にメールで『今日、忘れないで来てね』と送りました。

 送るとき少し緊張したのは、誰にも言えない秘密です。




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65:行くことになった

気付いたらもうすぐで本編始まります。


 さて。あの後普通に森の中でノスが回廊であの四人を引きずって帰ったのを見送り、家へ跳んで帰った。

 その道中月村から「誕生日会に来てね」というメールが来た。

 

 ……。こいつはなぜあんなことが遭った後なのに平然と誘うことが出来るのだろうか? 若干精神状態を疑うぞ。

 

 ――この時点で俺の目論見が外れていたことを、俺は全く知らなかった。

 

 スーツを腕にタオルのように掛けて家へ跳ぶこと約十分。

 普通に、何事もなく家に着いた俺を待っていたのは、家の前で立っている高町だった。しかも、若干そわそわしている。服装も何やら気合の入ったものだし。

 一体どういう事だろうかと思いながら正面の家の屋根から見下ろしていた俺は、高町に気付かれないように気配を消して家の庭へジャンプ。

 音なく着地を成功させた俺はどうやって入ろうかと思いながら玄関まで近寄ると、バニングスまで増えていた。…こちらはよりお嬢様が際立つような感じ。

 

 ――――人の家で待つのが流行っているのだろうか。

 

 入ろうにも鍵は玄関しかないので、もはやそっと入るしかない。

 結構傷だらけな状態なので上手く出来るか不安だが、やるしかない。幸い士郎さんはいないらしいから上手くいくは――――

 

「あれ長嶋君。どうしたんだい、その傷だらけの格好?」

「え?」

「あ」

「やべっ」

 

 ――ずだと思ったら恭也さんに塀越しから言われ二人に気付かれたので、手の痛みをこらえてすぐさま鍵を開けて中に入り、鍵を閉めて進攻を防ぐ。

 

 ドンドンドン! と扉をたたく音を聞きながらスーツとネクタイをリビングに投げた俺は、二階の自分の部屋へダッシュしてナイトメアを装着し、掌に巻いていた袖をほどいて魔力解放を指示。

 文句を言われながらも解放された魔力全てを使って傷をすべて回復し終えてから魔力を封印。

 外傷が完全に消えたのを確認してナイトメアを持って下に移動し、リビングへ置いて風呂場へ向かい、シャワーを浴びた。

 シャワーを浴びてボロボロの服をタオル代わりに使って体を拭いて服をゴミ箱へ入れながらリビングに投げたワイシャツとスーツとネクタイを着用し、ナイトメアをワイシャツで隠すように装着して玄関のかぎを開けてドアを開ける。

 

 その時、振り下ろされた拳二つが。

 

 咄嗟に俺はその二つを受け止めて訊いた。

 

「近所迷惑だと分かってやってたのか?」

「あんたが返事をしないのが悪いのよ」

「ご、ごめん」

 

 とりあえず拳を放して外に出て鍵を閉め、その足で庭へ向かう。

 

「どこ行くのよ?」

「忘れ物取りに」

 

 バニングスの質問に簡潔に答え、俺は庭にある意味をなしていない物置へ向かい地下室へ降りて布でくるめたものを持ってくる。

 

「なによそれ?」

「月村に贈る物。最初で最後になるかもしれない」

「不吉なことを言わないでよ!」

 

 なんでだろうかと高町の言葉に疑問を覚えた俺だったが、こいつらは俺が月村を誘拐した(事になっている)ことを知らないんだったなと完結する。

 なのでそれ以上詳しいことは言わず、「待たせて悪かった。行こうか」と促して歩き出した。

 

 

 

 

 高町一家は恭也さんを除いて後から来るそうで、現在恭也さんと高町とバニングスと一緒にバスで向かっている。

 ちなみにだが、俺は一人でいられる席に座り周囲を警戒しながらバスに乗っている。前世で起きたことが今世でも起きないと思っていないからなのだが、ちょっとばかり奇異な目で見られているのが分かる。

 前回乗った時は何もなかったから大丈夫だと思っていい気がするのだが、最悪のケースを考えるとどうしても、な。

 

 バスに揺られること数分。

 その間他の利用客が乗り降りせず俺達だけだったのが不幸中の幸いだろうか。こんなの見られたら、確実に警察に連絡がいくだろう。それだけはヤバい。

 等と思いながら月村の家の近くに着いたらしいので、そこで金を払って降りる。

 そのあとにバニングス、高町、恭也さんの順で降りてバスが発車したのを見て、俺達は月村の家へ向かうことになった。

 

 その道中。

 

「そういえば長嶋君。傷は大丈夫かい?」

「えぇ」

「あんた。連絡したのにどうして返事しなかったの?」

「知らなかったから」

 

 そんな世間話をしながら歩いていると、月村の家の敷地内にいつの間にか入っていた。

 本当広いよなぁと感心しつつ布でくるんだものを脇に挟んで歩いていると、高町が「そのスーツ似合ってるよ、長嶋君」と笑って言ってきた。

 まぁノスが金に物言わせて作らせたものだからなぁと思いつつ、俺は「ありがとう」と返した。

 

「確かにそのスーツ似合ってるわね……というかむしろ、似合いすぎじゃないかしら?」

「それをいうならバニングスもだろう。赤を基調としたドレスなぞ、小学生で着こなすお前が俺には恐ろしいとさえ思う」

「な、なによいきなり…って、あんた褒めてないでしょ?」

「何を言う。小学生でそれが似合うなぞ、世界広しといえどそういないはずだ。その一人がお前なんだから、褒め言葉だろ」

「……ストレートに言われると、なんだか照れるわね」

「?」

 

 何故かバニングスは顔を赤くして小声でつぶやきだした。照れるようなことなどなかった筈だが、一体何が原因だろうか。

 本気で首を傾げていると、恭也さんが後ろで苦笑しているのが聞こえた。

 

「どうかしましたか?」

「いや、気にしないでくれ。君にも弱いところがあるのがうれしくてね」

「それじゃ大成しませんよ。相手を貶して自分を上にあげようなど、小物のやることですから」

「……すまん」

 

 一気に落ち込んだらしい恭也さん。小学生に諭されたという事実がショックだったのだろう。俺には関係ないが。

 

 というか、この全身黒ずくめ(比喩でも何でもない)の格好で布でくるまったものを抱えているって、本当に犯罪者みたいだよなぁ。

 適当にそんなことを思いながら歩いていると、いつの間にか家が見える場所まで来ていた。

 ここから見える限り入り口前だというのに人が多いな……俺達が行っても邪魔にならないだろうか。

 

 そんなことを考えていたら足取りが重くなったのか、高町達より遅くなっていたらしく、振り向かれて心配そうな表情を浮かべられた。

 

「大丈夫?」

「…ああ」

 

 返事をしてネガティブな思考を振り払うように頭を振って、三人に追いつく。

 

 まったく。未だに抜けていないようだなこの思考。人が多い場が怖いからかなのか知らないが、少しは踏みださないといけないというのに。

 何とかしないとなぁと思いながら、俺達は玄関先へたどり着いた。

 

「相変わらずすごい人数ね……」

「お父さん達分かるかな?」

「分かるさ、きっと」

「……ざっと百人ぐらい、か。厳選した結果なんだろうな、きっと」

 

 各々違う感想を抱きながらなんか列っぽいのに並んでいると(実質俺が最後尾)、前にいた恭也さんが招待状と書かれたチケットみたいなのを取り出したのを見て……思わず声を上げた。

 

「あ」

「どうしたんだい長嶋君?」

「…それ、忘れたんで」

「え?」

「取りに行ってきます」

 

 そういうや否や俺は来た道を引き返す。無論、荷物を持ったまま。

 

「あ、おい!」

 

 恭也さんの声が後ろから聞こえたが俺はその時すでに全力で走りだしたところで、少しばかり遠く聞こえたので無視して走った。

 

 ……スケボー作ろうかな。自転車も捨てがたいけど。

 

 そんなことを思案しながら士郎さん達とすれ違い、仮面をつけた奴とすれ違った時に家に着いた。

 

「??」

 

 一体どういう事かと現状をの解析を開始する。

 確か士郎さん達とすれ違った後仮面をつけた奴……あ。

 

「なんだ、理事長か」

「なんだとはずいぶん軽率じゃないのかね?」

「ありがとう。そしてなんか用か?」

「君の親代わりにあそこに侵入しようと」

「何しようとしてんだよ」

 

 俺は後ろの壁に背を預けながらクックックッと誤魔化す理事長を無視して、鍵を開けて家の中に入る。

 前回は確か最終局面に飛ばされたのだからもはや何も言うまい。一応敵ではないらしいし。

 そんなことを思いながら正体を考えるのを放棄して、招待状を探すことにした。

 

「……捨ててはいないはずなんだがな…」

「探し物はこれかね?」

「…なんで持ってる?」

 

 振り返ると理事長がいつの間にか家におり、しかも件の招待状と書かれたチケットを指で挟んで見せつけていた。

 俺の質問に対し、理事長は「普通に置いてあったぞ、地下室に」と答えて渡してきたので、それをひったくってから礼を述べた。

 

「ありがと」

「何とも棒読みな気がするが……いいか。さっさと行かないと怪しまれるんじゃないかね?」

「…この際何も言うまい」

 

 なんか親切心でモノを言われるとムカついてしまうのはどういう事だろうか。知ってるから急いで探していたのに。

 なんだかなぁと思いながら、俺は布で包んだものを抱えて家を出た瞬間に理事長とともに月村の家の前に来ていた。

 

「さっきからそんな風に使って大丈夫なのか?」

「些末な力の変異など、誰も気にしないさ」

「あっそ」

 

 なんだかあっちのペースに乗せられている感じがしたのでこれ以上の会話を避けたくなった俺は、何も言わずに並ぶことにした。

 

 のだが。

 

 俺の番になった瞬間に受付をしていた鮫島さん(ん?)に笑顔で「こちらへどうぞ」と、腕を引っ張られて入口とは別な場所へ連行された。

 

「なんで受付を?」

「人が足りないとのことでしたので。私以外にも数名来ておりますよ」

「そうですか」

 

 とりあえず腕を放してもらい後をついて行きながら進む。

 鮫島さんは構造を知っているのか大分スムーズに進んでいくので、楽といえば楽だ。

 

 とはいえ……さすがに覚悟を決めなくてはいけないか。

 一人だけ別な案内をされている時点でどうなる事か予想できた俺は、そんなことを思いながらついて行くと、とある広場に着いた。

 

「ここは? というか、猫?」

「こちらでお待ちくださいとのことです。それは持っておきましょうか?」

「……お願いします」

 

 なんか猫だらけの広場に連れて行かれたので荷物を鮫島さんに預け、俺は猫と対峙する。

 どうやら俺と同じようにあぶれた奴らなのかもしれない。だからといって親近感がわくわけでもないが。

 とりあえずスーツがボロボロにならないように過ごすか。そんなことを思いながら、俺は猫に気付かれないように木の上へ跳んで天辺でボーっとすることにした。

 

 

 

 

「来たか……」

 

 星空を眺めるなんて前世以来久しくやらなかったことをして時間を潰していると、ようやく人の気配が下の方でしたので俺は首を左右に曲げて木から飛び降りる。

 

「よっ」

「きゃっ! ……な、長嶋君。驚かさないでよ」

最後の(・・・)悪戯なんだ。別に構わんだろ。それに、驚く方が悪い」

 

 そういうと来た人物――月村は毅然とした態度で返してきた。

 

「もう嘘はつかなくていいよ、長嶋君」

 

 ――月明かりに照らされそう言い放った彼女の姿は、前世で好きだった少女を思い起こさせた。




月村さんの家で対面する二人。果たしてどういう話をするんでしょうか。

そして次話で月村編が終わります。いよいよリンカーコア回収の手伝いの話の次が闇の書本編!

ご愛読ありがとうございます。


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66:転生者と吸血鬼な少女

さっ。あと一話で序章が終わる!

……今更ながらに今月よく更新したなぁと思う。


「…………」

 

 俺は月村の言葉を反芻するように無言で腕を組んで目を閉じて考え出す。

 

 どうやら、バレているとみて良いらしい。

 なら次はどうするか。

 いっそのこと本当に危害でも加えればいいのだろうか。そうすれば後腐れはあるが、離別できる。

 だが離別した後が問題だ。そっから先に待ち受けているのは逃走と戦闘の日々。別に異世界に逃げれば警察なぞ撒けるから構わないのだが、そうなると斉原の約束が果たせそうにない。

 そういえば斉原の電話は一体何の用だったのだろうかと思いながら目を閉じたままでいると、月村はもうお構いなしに語り始めた。

 

「長嶋君。私、分かってるよ? 長嶋君があんなことしないって。確かに以前だったらやったかもしれないしそう思えたけど、今はそう思えないし、思わない」

 

 俺は目をゆっくりと開ける。辺りはもう夜だ。日付的には八月なのだ。夏至を過ぎているため日が短くなりつつあるのだ。

 そんな状況を説明して何の得があると思いながら、腕を組んだまま反論する。

 

「俺の何を分かっているというんだ? 前にも言ったが、俺は冷酷非道なんだよ」

「違うよ。長嶋君は厳しくて優しく、それでいて……責任感のある男の子だよ」

 

 間髪入れずに俺の言葉を否定する月村。

 なので、俺もそれを否定するための言葉を紡いだ。

 

「関わらなければお前を気にしなかった」

 

 が、それすらも間髪入れずに否定する。

 

「でもあんな怪我をしてまで私を助けに来てくれた」

「助けたんじゃないって言ってるだろ。あれは、お前の誘拐がちゃんと行われたかどうか確認するために行ったんだよ。怪我はその前までやっていた仕事だ」

「それじゃ夏休み前にやった勉強会は? あの時だって私達を助けてくれた。あれも嘘だというの?」

「お前達を助けたわけじゃない。斉原と霧生が懇願してきたからやっただけだ」

 

 そういうと、月村はクスクスと笑う。

 建物の窓ガラスから灯りが漏れる。その灯りは丁度俺を照らし、月村は未だに月明かりに照らされている。

 

 笑う姿も似ていると思いながら「なにがおかしい」と訊くと、あっさりと答えが返ってきた。

 

「ほら。やっぱり長嶋君は優しいよ」

「――――チッ」

 

 その答えに込められた意味を理解した俺は舌打ちをし、けれど反論はした。

 

「お前は勘違いをしている」

「してないよ」

 

 それすらも間髪入れずに否定される。

 まるで禅問答、いや平行線の主張だと思った。

 あくまで主犯は俺であるという主張と、それは嘘であるという月村の主張。

 元々嘘設定な前者であるゆえ、これ以上の平行線は望めない。

 次からはもうちょっとマシな嘘で塗り固めて反論を封じて離別できるようにするかとくだらないことを考えながら、俺は両手を上げた。

 

「……参った。月村の頭の回転の速さに完敗だ」

「頭の回転じゃないよ。信じてるからだよ長嶋君」

 

 そういって見せた笑顔は、いつも通り優しそうな感じだった。

 思わず首を傾げそうになるが些細なことだと思い、「そういやお前、主役なのにこんなところにいて大丈夫なのか」と訊ねると、「今はちょっと休憩」と舌を出してそう言った。

 

 大変だなと思いながら俺の横を通り過ぎて猫とじゃれている月村の後ろ姿を見て、誰に聞かせるわけでもなく呟いた。

 

「――――この世界の吸血鬼はロクに能力が使えないそうだ。だから封印しなくても別に問題はないとのこと」

「……え?」

「一応十字架を渡したが、別に使わなくてもいいという事だ」

 

 その呟きに月村は猫とじゃれるのも忘れ……しゃがみながら空を見上げて同じように呟いた。

 

「そうか……私、本当の吸血鬼にならないんだ」

 

 建物内から音楽と人々の談笑が聞こえる。音楽はクラシック。娯楽などに関心がない俺でも、学校の授業で習ったぐらいの知識はある。

 対し外は、セミや猫の鳴き声が合唱を繰り広げている。時たま風の音が聞こえるのがまた何とも言えないのだろうか。俺には分からん。

 と、その中にグスッという音が混じり元気がよかった鳴き声が、途端に心配そうなものへと変わる。

 ふむ。泣かれてしまった。何かないのだろうか。

 現状の対処についていい案が浮かばない俺は、泣き止むまでその後ろ姿を見ているだけしかできなかった。

 

 

 

 

 流れていた曲が別な曲に変わった時。月村は何とか泣き止んで立ち上がり、俺に振り返る。俺達の足元に猫がじゃれついているのが確認できるが、そんなことは気にしていない。

 

「改めて……ありがとう、長嶋君」

「すまないな、月村」

 

 頭を下げず、立ったままで互いにお礼と謝罪を交わす。

 それが終わったというのに動こうとしない月村。俺もまた、動かない。

 

「…行かないのか?」

 

 止まった空気を引き裂くように確認する。

 それに対し、月村はある意味予想できたことを言ってきた。

 

「…長嶋君は?」

 

 いつもよりおとなしめに質問してくる。その変化の意味を考えずに俺は行くと答えた。

 

「そっか」

 

 一転して声が弾む。そのままこちらへ来たかと思うと、俺の腕に抱きついて顔を近づけて「行こう?」と笑って促してきたので、俺はつられて「――あぁ。分かったよ」と笑いながら答えてそのまま建物へ歩き出した。

 ……しかし、このまま進んで大丈夫なんだろうか。

 ガラにもなく、俺はそんなことを思った。

 

 ので。方針変更。

 俺は抱きついてる月村を上げてから振り子のようにお姫様抱っこにシフトし、猫が近寄らないことをいいことに建物を飛び越えるように跳んだ。

 

「な、長嶋君!?」

「舌噛むぞ」

 

 短く注意し、垂直跳びで一番高い屋根の端にかけた足でもう一度跳躍。今度こそ建物を越えるように。

 

「―――っと」

 

 普通に飛び越えた俺は誰もいない入り口付近にトン、とつま先から綺麗に着地した。それに伴い月村の服が少しふわっとしたが、別に気にしない。

 しかしこのスーツの機能性十分だなと思い、月村を降ろしてから袖を引っ張ったり裾を引っ張ったりして伸び具合などを確認する。

 月村はというと、顔を俯かせてこちらを見ようとしない。そこまでの事をしていないのだが、なんか悪い気がしてきた。

 

「あー、大丈夫か?」

「う、うん…」

 

「「…………」」

 

 気まずい。何が気まずいというと、全体的に。この、特に悪いことしてないのに何も言えないという空気が。

 さてどうやって月村と一緒に入ろうか……待てよ。

 あることに思い当り、俺は月村に声をかけた。

 

「先行くが「待って!」

 

 こちらを向いて手を伸ばした月村。

 再び固まる俺達。

 どうしたものかと別な案を考えていたら、丁度入り口近くに気配を感じていたので、このタイミングしかないかと思い、入口へ向かい扉を開ける。

 すると、ノエルさんとは違うメイド――ファリンさんが顔面から流れ込んできたのでスルー。

 ビタン! という音を聞いた俺は、手を差し伸べることなく「大丈夫ですか?」と訊ねた。

 

「だ、大丈夫ですよ」

「ファ、ファリンさん! も、もももしかして、見てたんですか!?」

「え!? み、みみ、見てませんよ!?」

 

 必死に否定するファリンさんに顔を赤くする月村。

 最近顔が赤くなる病気でも流行っているのだろうかと思いながら、俺は二人を放置して勝手に屋敷の中に入ることにした。

 

 

 適当ににおいがきついところへ向かうと、パーティー会場に着いた。

 大小様々な人間が、ドレスや礼服を着て談笑したりしている。

 この輪に入らなくとも俺もその一人かと嘲笑を浮かべながら、俺は紛れるように気配を消して歩き出した。

 

 様々な話が様々な場所で聞こえる。すべての声を聴くというのは不可能に近いが、聞きたくなくとも色々な話が聞こえる。

 こりゃどこかでボーっとするしかないかと思った俺は、面倒ながらも流れるように人ごみから外れて気配を紛れさせて窓の方へ移動し、背を預けて傍観する。

 やはり暇だ。誰が誰だかわからない。いや、分からなくていいのか。

 

 

 大規模にやる意味が分からないなぁと思いながら、終了するまで誰にも話し掛けられずにぼーっとしていた。

 

 訳がない。

 

「あ、いた!」

「見つけたわよ長嶋!」

「…ん?」

 

 声の方に視線を向けると、左右から挟む形で高町とバニングスが、息を切らしてこちらに来た。

 片方は金持ち、片方は可愛いからか何事かと視線が集まる。

 面倒ながらも回避する術を持たない俺は、視線を無視する形で二人に接した。

 

「慌ててどうした?」

「今までどこ行ってたのよ!? 大変だったんだから!!」

「そうだよ! お兄ちゃんは忍さんと一緒に行っちゃったから大変だったの!!」

「招待状を取りに家に戻り、少し月村と話していた。もう少しで来るだろう」

「「そういう問題じゃなくて!」」

 

 顔がくっつきそうなほど近づいてそう怒鳴った二人に対し、じゃぁどういう問題なんだと内心思いながら「ナンパされて悪い気はしなかったのか?」と怒っている二人に対し聞くと、「「しなかった」」と即答された。

 バニングスはまぁ毎回のようなものだろうが、高町はどうして……

 

「あんた年上の人しか声かけられなかったものね」

「みんな大体馬鹿にした感じだったから!」

 

 あぁ、なるほど。それはどうしようもないか。

 そんなことを思いながら、俺は「士郎さん達は?」と首を傾げて質問した。

 

「お父さん達なら料理のお手伝いとか――――」

「やっと来たみたいだね、長嶋君。もうすぐ一次会終わるから、楽しんでね」

「あ、はい」

 

 高町の説明の途中で美由希さんが俺達を見つけたのか、給仕姿で近づいてそう言い残して去っていった。

 あっちで働いてこっちでも働くのか。大変だな、高町一家。

 休めるのかと心配しながら、とりあえず美由希さんの言葉を信じて終わるまでバニングス達と談笑することにした。その間にも色々あったが、とりあえず割愛する。

 

 

 

 

「はぁ緊張したぁ」

「お疲れ、すずか」

「お疲れ」

「ありがとう二人とも……ねぇ、長嶋君は?」

「呼んだか?」

「「「わっ!」」」

 

 少しばかり片付けの手伝いをしたら呼ばれた気がしたので近づいて声をかけたら、驚かれた。

 

「どうした?」

「び、びっくりさせないでよバカ!」

「いきなり声をかけないで!」

「そうだよ!」

「なら俺はさっさと二次会開く手伝いしてるから。ごゆっくりどうぞ、お嬢様方」

 

 最後の方は冗談で言ったのだが言葉が返ってこず、内心首を傾げながら俺は片付けの手伝いをしに戻った。

 

 というわけで二次会。

 しかしながら俺は一人料理を食べるだけに集中して他人との会話を避けていたかったのだが、どうも問屋は降ろさないらしい。

 

「手伝ってくれてありがとうございます、長嶋様」

「こちらこそすいません」

 

 ノエルさんに始まり、

 

「娘を助けてくれてありがとう」

「ノエルさんを傷つけてすいませんでした」

 

 月村父、

 

「凄い活躍だったそうだね、大智君」

「一応は、ですけど」

 

 士郎さんが、月村誘拐に際しての俺の事を褒めに来たので、大体を謝罪で終わらせた。

 

 更に、俺のプレゼント――高町から借りた三人で映っている写真をキャンバスに模写したもの――を見た月村が「どうして長嶋君いないの?」と質問してきたので「必要があるなら自分で描いてくれ」と投げやりに言ったら、全員から小言をもらった。

 

 疲れた。

 

 

 

 

 

 

 

 余談だが、その絵に俺の顔も描いてという月村の希望により、翌日描きに行った。

 面倒だったので自分の特徴を残すように適当に描いた。

 「ありがとう!」と嬉しそうに言われたので、帰りながらもう少し丁寧に描けばよかったと、少しばかり後悔した。

 

 ……?




手伝う話は一話だけとなります。さっさと闇の書へ行きます。

…ほぼオリジナル展開になりますけど。


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67:初協力

ここでやっと主人公の人外さが発揮できる……かも


 夏休みも残り二十日ぐらい。

 もうすでにやることがないので暇をつぶす日々なのだが、今日から俺はその暇が暇じゃなくなる。

 なぜなら、斉原の頼まれごとをやらなければいけないからだ。

 別に忘れていたわけではなく、向こうから連絡が来なかっただけである。

 

「……で、集合場所がここか」

「そりゃそうだよ。はやてに何か言われてもここなら言い訳できるから」

 

 現在俺達がいるのは斉原の家。ちなみに、集まっているのは俺と斉原とシグナムとシャマルである。

 月村の誕生日に電話があったので、その日にリダイヤルして知った。

 

「ちなみにザフィーラさんとヴィータは?」

「あの二人ははやてについている。何かあった時のために」

「で、俺はどうすればいい?」

 

 とりあえず残りの二人について質問したところシグナムが答え、俺のやることを聞くと場が膠着した。

 

 良く分からない俺は黙っている三人に首を傾げて質問する。

 

「ひょっとして、陽動か?」

「「!?」」

「……それか、シグナム達と一緒にリンカーコアの回収をするか、だけど」

「なら陽動の方が楽といえば楽だが、その際あっちもバカじゃないだろ?」

「まぁそうだね。一応アースラは動かない時期だけど、他の隊も動いてるし。一番手っ取り早いのは、本当に反応させない状態で三人で回収なんだけど」

 

 今の君みたいに。そう付け足した斉原に、俺は平然と答えた。

 

「だったら俺一人ですべて回収もしてくればいいんじゃないのか?」

「君に『闇の書』いや、『夜天の書』は扱えないよ。ロストロギアなんだから」

「……は?」

 

 ロストロギア、という言葉に俺は間の抜けた声を出した。

 それに集まる奇異な視線。

 俺の表情に何かを察したのか、斉原はこう聞いてきた。

 

「知らなかったのかい?」

「まぁな。しかし……ロストロギア、か」

 

 本来は忘却神具なのだが、それを教えたところで混乱するだろうからそのまま通すことにする。

 しかし書が忘却神具か……一体誰の忘れ物がこんなところに巡ってきたんだ?

 可能ならば返さないといけない。そう決意しながら、俺は斉原の声を無視して色々なケースを考え提案した。

 

「なぁ斉原」

「何? 結構無視してたけど、何か考えでもあるの?」

「無視されて怒ってるようだが……まぁ見つけた」

「どんな?」

「最初から三人ともステルスを使う。攻撃は俺がやるから、リンカーコア蒐集は二人のどちらかがやり、もう片方は周囲を警戒してもらう。それでどうだ?」

「ステルスって……姿を消すだけだよ?」

「だからだ。お前は知っているだろ? 俺の理不尽(・・・・・)

「どういうことだ? 只者ではないのは分かるが……」

 

 ここで斉原が黙った代わりに、シグナムが予想通りの質問してくる。

 俺は説明するのが面倒だったしこれからしばらく一緒にいるのだから見てもらった方が早いと思い、「百聞は一見にしかずだ。その場に行ってくれれば証明できる」と答えたのだが、シグナムは不敵に笑って「それより簡単な方法がある」と言い出した。

 

 少しばかり嫌な予感がしたのだが、それが当たった。

 

「私と戦え。ベルガの騎士である私に勝てれば、その証拠になる」

「そうか…」

「それでいいだろうか雄樹」

「あー……うん」

「いいのか」

「実力を知ってもらえれば仲違いもないだろうし」

「あっそ」

 

 もはやこちらの事情は関係ないようなので「どこでやる?」と訊いた瞬間、俺達がいた空間が変わった。

 

「「「!?」」」

「……」

 

 突然の事に警戒する斉原、シグナム、シャマル。俺はというと、よくもまぁジャストタイミングで飛ばすなぁと思っていた。

 ここは斉原の家のリビングだった。だが今は広大な荒野の中。

 木々は枯れているものしかなく、草は根の力が弱いからか風に飛ばされ、その風に砂埃が舞う。

 見渡す限り荒野な上に砂嵐となっているせいか視界が悪い。しかも俺達の周りに何の反応もない。

 辺りを見渡しながらシグナムは呟いた。

 

「我々はまだ魔法を使用していない……なのになぜ」

 

 他の二人を見ると、斉原はボクシングでもやっていたのか拳を構え、シャマルは来た時から持っていた本を抱きしめながら警戒していた。

 やっぱり慣れてないか…そう頭を掻きながら思った俺は、、身近に落ちていた石ころを一つ拾い上へ投げる。

 上の方が強風だったからか、大した力も入れないで投げた石は勢いよく飛んでいく。

 となると空中戦は無謀だな。そう思いながら、俺は拳を鳴らしながらシグナムへ言った。

 

「丁度いいフィールドじゃないか。誰だか知らねェが、感謝だな」

「……! まさか、ここでやるというのか?」

「ああ」

 

 俺が頷くと、すぐさま斉原が待ったをかけた。

 

「ここじゃなくてもいいでしょ!?」

「悪いが。ここでやらないと帰れない(・・・・)

「え?」

「どういうことですか?」

 

 呆ける斉原と首を傾げるシャマルを無視し、俺はシグナムへ言い放つ。

 

「ここで決闘だ。そして理解しろ。俺という化け物の一端を」

 

 風が俺達を囲むように流れ始める。作為的なものを感じて戸惑う三人を無視し、俺はつけていたナイトメアに「魔力解放F。セットアップ、ナイトメア」といってすぐさま展開する。

 見慣れた銀の太刀。背丈を越えながらも幾度となく使った愛刀。ここまではいい。

 だが、バリアジャケットが変化していたことに俺自身が驚いた。

 なぜなら、左右の手の甲から肘辺りまで覆うような白いガントレット、足は同じく白いレギンスで膝まで覆われている。

 首から口を少し覆うように灰色のマフラーが巻かれ、大事な部分である残りは銀鼠色の死に装束のみ。

 

 ……大分変わったな。 

 右手で握っている太刀を上へ放り投げてそんなことを思っていると、シグナムがどうとらえたのか「それでやる気か?」と訊いてきた。

 俺は太刀をキャッチして視線をシグナムへ固定し、「あぁ」と短く返事をする。

 

「…そうか……セットアップ、レヴァンテイン」

『了解しました』

「シグナム! 本気なの!?」

 

 シグナムが準備をしたことに対し驚いたのかシャマルが叫ぶ。しかし、シグナムはもうすでに展開を終わらせていた。

 

 ようやく舞台が整ったようだと思い、俺は自然体のまま腰に差している剣を抜いて構えているシグナムに軽い口調で投げかけた。

 

「初手はどうぞ。動いたと思ったら始めるか」

「…随分な自信だな。その魔力もその表れか?」

「魔力なしでも勝てる」

「……そうか」

 

 不意に顔が下を向く。構える姿勢が低くなり、距離を詰めて突き刺そうとしてるのがありありと見て取れる。

 しかしながらそんな甘いことではないだろう。分かりやすい構えをこの場で取っている場合の大抵はブラフだったりする。

 まぁ関係がないが。

 

 互いの距離は四メートルほど。一歩でも動けばそれで始まる。

 もっとも、それ以外でも始まるが。

 

 囲むように吹いている風が、まるで監獄に閉じ込められたような感じにさせる。

 前世で一回閉じ込められたなぁとぼんやり思いだしていると、シグナムが視線の先から消えていた。

 あぁ跳んだのか。魔力を探してどこにいるか分かった俺は、普通に見上げる。

 そこには確かにシグナムがいた。何を使ったのか知らないが、彼女自身の魔力量より大きい炎の形をした魔力を纏った剣を振り上げて。

 

 結構な威力になりそうだと思いながら、俺は太刀の持ち方を変えてシグナムめがけ、現段階の本気で投げた。

 Fランクの魔力量全てが全力を放とうとする体を支えるように張り巡らされていくのが分かる。それにより、体に傷はつかず音速はくだらないだろう速度で太刀が飛び、気付いたかどうかわからないがシグナムに直撃。

 そのまま風の壁に飲み込まれ流された…と思いきや、シグナムが使っていた剣が真上から落ちてきたと同時に、シグナムと刺さっているらしい太刀が俺の後ろに流れてきた。

 

「シグナム!」

 

 シャマルがあわてて駆け寄る。俺はバリアジャケットを解除して太刀を消し、息を吐いてから魔力封印をナイトメアに指示する。

 視線を後ろへ向けると、すでにそこは斉原のリビング。

 

「え?」

「! シグナム、太刀に貫かれたんじゃないの?」

「そうだが…。!? 傷がないだと!?」

 

 斉原は事態が呑み込めないのか呆け、シャマルはシグナムの傷がないことに驚き、そのシグナムも刺さっていた場所のあたりを触りながら驚いていた。

 唯一全てを理解している俺は、そんな三人に対し「落ち着け」と注意してから混乱しているらしいシグナムに「これで分かったか?」と問いかけると、一気に不満げな顔を作りながらも不承不承といった感じで「…ああ」と答えた。

 

「これで実力は証明された。八神を助けるのだったら、さっさとした方がいいんじゃないか? 帰りが遅いと怪しまれるぞ?」

「……え、えぇ。そうね」

「…あぁ、そうだな」

 

 何かが釈然としないという二人だったが、助けたいという気持ちで思考を切り替えたらしい。

 ここら辺は戦闘慣れしている証拠だなと思いながら、「場所はもう決めているのか?」とふと疑問に思ったことを口にした。

 その疑問に、シグナムは答えた。

 

「あぁ。管轄外の無人世界だ」

「ふ~ん」

「それじゃ、行きますよ二人とも」

「「分かった」」

 

 いつの間にか準備をしていたらしいシャマルの呼びかけに俺達は応じ、斉原が見送る中世界を跳んだ。

 

 

 

 

 

「今回はここ。寒いだろうけど」

「心配しなくてもいいですよ。氷点下でもいつも通りの動きが出来る様に鍛えてはありますから」

「そ、そう」

 

 しれっと心配は無用だと言ったら、シャマルさんが引いた。

 おかしなことを言ったわけじゃないんだがと思いつつ、俺はこの吹雪いている世界を見渡す。

 

 体感的にはマイナス10℃位だろうか。極寒の地(しかも神様が作った舞台)で戦った記憶が体に刻まれているせいか、そんなに寒いと思えない。

 視界も悪いなと思いながら、俺は周囲を警戒しているシグナムとシャマルを左右に突き飛ばして上空へ跳ぶ。

 

 そこに来たのは、吹雪とは違う白銀の風。方向性を持ったその風は、俺達がいた場所の直線状を突き抜け、通った後に氷が出来た。

 その上に着地した俺は、突如として現れた巨体を見て感心する。

 

「ほぅ。白い西洋竜か」

「GRUUU!」

 

 俺を見て警戒しているのか、唸るだけで宙に浮いている白い竜。

 首を回して俺も迎撃準備を整えていると、戻ってきたシグナムが竜を見て剣を構え、シャマルは本を抱きしめながら気を引き締めていた。

 

「助かった長嶋」

「ところで、どうやってリンカーコアを回収するんだ?」

「あぁそれは…」

「来るわ!」

「GYAAA!!」

 

 シャマルさんの警告と同時に竜は咆哮。あまりの音量にうるさいと思いながら、俺は竜が何かする前に距離を詰めて跳び、その速度のまま左拳を竜の腹にぶち込む。

 ドスン! と吹雪の音に負けない衝撃音が響き渡る。

 

「GYA,AAA……!」

「ちっ。体を労わろうと力を出さなかったせいで殺し損ねたか」

 

 腹部からの衝撃のせいで竜は叫ばないうちにぐらりと力なく落ち、俺はその体の上に乗って圧死を避けた。

 

「魔力を使わないでアレを気絶させるほどの一撃を放つ…だと!?」

「信じられない…」

 

 竜から降りて二人がいる場所へ向かうと、そんなことを言われ驚かれた。

 新鮮な反応でも何でもないので特に反応せず、俺は淡々と聞いた。

 

「あのまま放置していいのか? リンカーコアを蒐集するには」

 

 俺の発言に現実に戻ってきたのかシャマルさんは我に返り、抱きしめていた本を開いて何やら呟く。

 するとシャマルさんの目の前に穴が開き、そこに手を突っ込んだら気絶していた竜から透明な球体が手を伴って現れ、次の瞬間シャマルさんの手にはその透明な球体があった。

 

 これがリンカーコアか。こういうのが俺達の中にもあるのだろうか。

 

 そんな感想を抱きながらそれを本に入れるのを見守っていると、シグナムが「長嶋! 後ろだ!!」と叫んだので、俺は迫りくる相手の左足の裏を見据えて正拳突きで弾き返す。

 驚いているらしい相手を確認せずに俺は弾いた左足に飛びつき、全力で地面に叩きつけた。

 響き渡る地響き。木霊して消える悲鳴。全力に耐えきれなくなったのか、痛む両腕。

 

 改めて相手を確認してみると、これまた同じ白い竜。

 縄張りにでも入っていたのだろうかと他人事のように考えながら魔力を解放して回復させていると、シグナムが「大したものだな。魔力もなしに巨体を圧倒するか」と近づきながら賞賛してきたので、俺は普通に動くようになった腕の調子を確かめながら魔力を封印してこう返した。

 

「蒐集はもういいのか?」

「あぁ。長嶋のホワイト・ドラゴン二体の魔力が高くてな。今日の目標ページは達成した」

「そうか」

「今日は助かった」

 

 頭を下げるシグナムに、俺はただ一言「気にするな」とだけ言った。

 だがあちらも食い下がる。

 

「騎士として何か礼がしたい。被害もなく終えられたのだから」

「俺はお前達の頼みではなく斉原の頼みとしてきた。結果はどうあれ助けたと思っていない」

「結果的に助けられたし、先程の非礼も詫びたい」

「今詫びてもらったから結構」

「…どうしても嫌だというのか」

「あ「そんなことより帰りますよ、二人とも」

 

 タイミングよくシャマルさんが割り込んできたのでそれ以上シグナムに何も言わず頷いて戻った。

 戻った時シグナムの顔が何やら不満げだったが俺はスルーし、斉原に「終わったから帰るぞ」と告げて家を出た。




次は闇の書・本編へ続きます。

ご愛読ありがとうございます。


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闇の書事件・本編
68:予見された始まり


闇の書本編、始動。


 あれからちょくちょくシグナム達の手伝いをしたり、高町達を鍛えたり、霧島に泣きつかれて宿題手伝ったり、如月に助っ人で呼ばれ社会人の草野球チームで無双したり、バニングスにそのままテンガロンハットあげたり(上機嫌だった)、ヴィータにリンカーコア蒐集時に説教したりして夏休みを過ごした。

 海だかプールだかは結局行ってないし、水着なんて買って一度も使わなかった。夏祭りなんて巡査のせいで見回りの手伝いみたいになったし、花火も見れなかった。

 

 で、学校が始まって宿題をすべて提出して今回まともだったことに驚かれ、町内掃除なるものでひと騒動あった九月、全競技参加不可になった運動会があった十月、学習発表会では一人理事長の指示で裏方に徹した十一月が過ぎて十二月。

 

 その間も時たま管理局の三人を鍛えたり、リンカーコアを回収したりしたが、後者の方は斉原から十分なページが集まったから大丈夫だということで、九月の下旬に俺は降りた。

 

 三人の成長度に関しては……まぁ普通だろうか。少しばかり厳しいだろう課題をやらせているので、成長は微々たるものだろうから自覚はしづらいだろうけど。

 

 それでもテスタロッサは俺の全開の半分ぐらいの動きにはついてこられるようになったし(魔力なし)、ハラオウンはトリックスターのスサノオのお蔭か奇抜な魔法の仕掛け方をするようになった。

 

 高町はそうだな……体力もついて精神もタフになったおかげか集中力が増したな。魔力弾一つ一つのコントロールも良くなってきているし、彼女の最強であるディバインバスターの発射速度と時間がレアスキルのお蔭で改善されている。それでも対蛟竜戦で俺が放った虚栄霧散よりは遅いとのこと。

 

 あの時ははっきりいってキレてたから気にしなかったんだが、放った場所から直線状の島が消え、海がしばらく割れたと聞かされた時は、スサノオに目を丸くされた。

 

 そんなことより現在は十二月。十月下旬頃には「これで人を襲わずに済む」と笑顔で斉原が言っていたのであいつが語った原作は起きないだろう。

 

 ――――そう、思っていた。

 

 ナイトメアに言われると同時に知ってる魔力たちが激突しているのを感じるまでは。

 

 

 

 

 

 ――――事の起こりは数分前。

 

 最近ナイトメアをつけて外出することが多くなり、今回もその例に漏れない状態。

 シャンプーを買い忘れたことに気付いた俺は、チラシで安かったところまで足を運んでいた(元々そこで買う予定だったが、巡査に見つかり強制帰宅させられた)。

 その途中、買い物帰りのシャマルとすれ違ったが何やら急いでいる様子だったので声もかけずにそのままスルー。

 

 ……した結果、上記のとおり魔力の激突と結界が張られた。

 

 ナイトメアが咄嗟に魔力を最低限解放し結界からはじき出されなかった俺は、ナイトメアに問いかけた。

 

「一体どうなってる? 今月は闇の書やら夜天の書やらの騒動が起こるはずだった(・・・)月じゃないのか?」

『わかりません。ただこの感じは高町さんと……」

「――――ヴィータか」

 

 何やら破砕音やら衝撃音が聞こえるが、ここからじゃ遠いせいか小さい。

 一体何がどうなっているか調べないといけない。そう考えた俺は、音が聞こえる方向と風に乗っているコンクリの粉の匂いを辿ることにした。

 無論、ビルの壁を走って屋上へ行き、そこから屋上へ跳び移りながら。

 

 

 

 

「にしてもまた広域な結界張ったな」

『何かを探していたんじゃないですか?』

「だとすると……まさか」

『マスター?』

 

 ヴィータ…高町…十二月……そして、結界。

 現状知りうる情報全てを統合した結果、俺は現実にはありえないはずであろう結論を導き出してしまった。

 いや、ありえないわけではなかったのかもしれない。ただ、その可能性が塵ほどのものだったから誰も想像、いや俺が想像できなかった。

 つまりこの原因を作ったのは――――――

 

「くそっ!」

『マスター!?』

 

 やるせない気持ちに俺の速度が上がり、一刻も早く現場にたどり着かないといけないという気持ちが支配する。

 クソックソックソッ!! また俺は後手に回るしかできなかった! どうしていつもこうなんだ…!

 焦る気持ちにスピードの加減を忘れ、天井知らずに加速する体。

 思わず歯を食いしばる。肉体が悲鳴を上げ、神経が切れる幻聴が聞こえ、痛みが走りだすが、それらすべてを我慢するために。

 

 そして、斉原の約束を守るため。

 ――――人に迷惑をかけずにことを終わらせたい。そんな約束を守るため、俺は途中見つけたシャマルさんを体当たりでぶっ飛ばし、そのままの勢いでビルの屋上を跳んでいき、そして――――

 

「くそっ。遅かったか……!」

 

 ――見てしまった。ヴィータやザフィーラ、それとシグナムが、高町とアルフとテスタロッサとユーノとすでに戦っているところを。

 魔法形式が違うと力量にも差が出るのだろうか。夏休み中にシグナムに訊いた魔法形式を思い出しながら、場違いな考えを抱いてしまう。

 ベルガ式とミッドチルダ式。この二つが現存する魔法術式らしいのだが、今は関係ないな。

 

 俺は拳を強く握って深呼吸をし、冷静にしてから親しい奴が聞けばぞっとするような声でつぶやいた。

 

「――セットアップ、ナイトメア」

『了解しました。……! な、なんで!?』

 

 覆う魔力が自然と大きくなる。まるで蓋がずれて、中身が漏れ出すかのように。

 それとは別にバリアジャケットの展開が完了。前回と同じ格好だが、色が黒に近い灰色になっている。

 そんなことを考えてる暇がない俺は、太刀を握っておもむろに一歩踏み出し全力で跳躍。その速度はロケットに比肩するかもしれない。

 

 飛び上がった時に最初に目撃したのはアルフとザフィーラだ。

 俺はそのままの速度でアルフとザフィーラの間を駆け、風圧で二人とも吹き飛ばす。

 その次にヴィータを見つけ、桃色のレーザーが当たりそうだったので首根っこ掴んで回避させる。

 残るシグナムは……っと。面倒な場所に居やがる。

 一回転して勢いを殺し宙に浮きながらそんなことを思っていると、ヴィータが「放せ長嶋!」と駄々をこねるので文字通り放してから言い放つ。

 

「ページの魔力が消えて焦って回収してるんだろ」

「!! な、なぜそれを知ってるんだ!」

「こんな馬鹿騒ぎを起こしたら気付きたくなくても気付く……なぁ」

「うるせぇ! 今はお前に構ってる場合じゃないんだ! 一ページでも取り戻さねぇと!!」

「…黙れよ(・・・)

「ヒィ!」

 

 思わず殺気を放ってしまい、それに充てられたのかヴィータが怯む。

 やりすぎたと思えない今の俺は、淡々と指示だけ出した。

 

「シャマルさんはあっち側のビルの屋上で気絶してるはずだから、ザフィーラと共にそこへ行け。俺はあの四人を徹底的に叩き潰してからシグナムと共に合流する」

「……な、なんでだよ」

「ん?」

「お前は一度降りたはずだろ。なのになぜ……」

「己の不甲斐無さに憤りを感じているため」

「え?」

 

 ヴィータは俺の答えに呆けたが、これ以上問答をする暇すらもったいないと思ったので何も言わず砲撃が発射された場所の近くまで飛ぶ。

 そこにいたのは高町。バリアジャケットもレイジングハートもボロボロな状態で、上にいる俺を見て驚いていた。

 

 信じられない、そんなことありえないという顔で。

 

 だからなのか、彼女は俺を見て叫んだ。

 

「長嶋君!? どうして!!?」

「――これが、現実だ」

 

 思わずつぶやいてしまった言葉。何かに言い訳するように発言した言葉。

 小声だったからおそらく高町には聞こえていないだろう。おそらく、その方がいい。

 なぜその方がいいのかを考えずに俺は、昔通りの冷酷な声で「銃弾千発。雨のように降り注げ」と命令して背を向ける。

 その時にはすでにFランクの魔力が込められた銃弾千発が、一斉に高町がいたビルに降り注いでいた。

 悲鳴は降り注ぐ銃弾の雨によってかき消され、ビルが崩壊する音がけたたましい。

 

 高町の安否などを確認する気がなかった俺は、そのままアルフ達が戦っていた場所付近へ飛ぶ。

 

「あんた…! 一体どういうつもりだい……!!」

「お前に答える義理はない」

「ふざけんな!」

 

 ザフィーラを探しに戻ってきたらしいアルフ。吹き飛ばされてどこかに激突したのか体のいたるところが傷だらけだが、それでも俺に向かってきた。

 が、はっきり言って取るにたらな過ぎる相手。死なないように相手の腕を折り、死なないように顎を蹴り飛ばす。

 それと同時に俺は踵を返し最後――シグナムの方へ向かった。ビルに突っ込んだのか盛大な破壊音が聞こえたが、俺は興味がなかった。

 

 シグナム達の場所は分かっていたので全力だった俺は十秒ぐらいあれば着き、そのままの速度でその場を二秒もかからず鎮圧。

 

 具体的に言うとボロボロのテスタロッサの目の前に踵落としを入れて衝撃で吹き飛ばし、崩れゆく床の状態でユーノに礫を当てて意識を失わさせ、割り込んできたことに対する怒りを殺気で抑えさせてシグナムと一緒に逃亡。

 その時巨大な紫の雷が降ってきたが、銃弾一発で消し飛ばした。

 

 

 

 ――――こうして、斉原が秘密裏に処理しようとした事件が開始された。




ご愛読ありがとうございます。励んでいきます。


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69:事情

幕間なしでもうすぐ七十話。その八割が日常というもので(おそらく)。
ともあれ闇の書事件開始の幕開けの続きになります


 この世界には二通りの術式が存在するらしい。

 夏休み中にシグナムからそんなことを聞いた。

 きっかけは何だったか……あぁそうだ。シグナムが再戦するとか言ってくるもんだから同じようにやった時だ。

 ワンサイドゲームであっさり終わった勝負の後、俺は『そういえばあのカートリッジってなんだ?』と訊いた時に教えてもらったんだ。

 

 まぁそれはおいおい説明するとして。

 

 不意に思い出した俺はそれをすぐに振り払い、現状を確認する。

 

 現在追手らしい存在はなし。シャマルさんをブッ飛ばした屋上でヴィータに集まるよう指示し、ヴォルケンリッター全員が集合したことになる。

 とりあえず自分の頭を一発小突いて平常運転にし(バリアジャケットは当然解除している)、何やら怖いものを見る感じで集まる視線を受けながら、俺は切り出した。

 

「で? 理由は(・・・)分かって(・・・・)るのか(・・・)?」

「「「!!?」」」

 

 俺の言葉が何を指しているのか理解したのだろう。咄嗟に三人は構えたが、ヴィータの「また手伝ってくれるんだとよ」という言葉で全員が少しばかり警戒を緩めた。

 それを見て改めて質問する。

 

「で? ページから魔力が消えた理由は分かってるのか?」

「……分からない。十一月下旬になって突然全ページが消えた」

「……さっき浮かんだ予想が当たるとはな…」

 

 シグナムの答えに俺は思わず歯軋りをし両手を強く握る。

 が、後悔してばかりはいられない。ここから先の事を考えなくては。

 そう決意し、俺はシャマルさんに「今必要だと思われるページ数は?」と質問する。

 彼女はこの中ではサポート的な役割だ。だから闇の書を持っている割合が高く、色々と試算できる。

 咄嗟に振られて少し慌てた様子を見せながら、彼女は答えた。

 

「三割ぐらいでしょうか」

「そうか…」

 

 どのぐらいのページだかわからないな……まぁいいか。

 これから行うことに対し覚悟を決めた俺は、四人を見まわして一言告げた。

 

「俺のを持って行け」

「「「「!!?」」」」

 

 息をのむ四人。どうやら言っている意味を理解したらしい。

 少しして、シグナムが恐る恐る聞いてきた。

 

「……先程あんなに他人から取るのを嫌がっていたではないか」

「自分だったら別にどうだっていい。魔法が一生使えなくなっても、その道がつぶれただけで他にも選択肢はあるし」

「……」

「それに、八神を助けたいんだろ? 俺だってその気持ちは一緒だ」

「長嶋」

「ん?」

「…………いいんだな?」

 

 少しためた質問に、俺は頷いて即答する。

 本音を言うなら、これは俺のけじめみたいなものだ。もちろんこんなことで済まされないとは思うが、それでもやらないよりましだと考えている。

 

 俺をじっとシグナムが質問の返答後も見てくるので見つめ返していると、ちゃんと決意が伝わったのか「シャマル。頼む」と短く指示を出した。

 

 見つめられる中リンカーコアが抜き取られる。

 感覚としては、自分の中に大きな穴が突如開く感じだろうか。それぐらいの喪失感がわが身を襲う。

 だが別に、どうということはない。

 普段から魔力を封印して生活しているのだ。あまり普段と大差なく動ける。

 

 抜き取られた後普通に屈伸しながらそう考察していると、シャマルさんが声を上げて驚いていた。

 これにはたまらず俺達も振り向く。

 代表して、ヴィータが聞いた。

 

「どうしたんだよシャマル?」

「……長嶋君一人で、ページの半分(・・)が埋まったの」

「ふーん」

「……ん?」

「ん?」

「…待てシャマル。半分(・・)、だと?」

「え、えぇ」

 

 上から順にヴィータ、シャマルさん、俺、ザフィーラさん、シグナム、ザフィーラさん、シャマルさん。

 ちなみに俺以外全員が固まってしまった。

 

 俺は自分の魔力量の限界を知らない。というのも使い切った覚えがないからで、魔力を使わなくても大体の奴らを圧倒できるし、してる。

 だから基本的に魔力恩恵に対してそれほど実感がないし、底を見た記憶もない。

 全魔力を解放した状態だったのだが、ページの半分が多いのか少ないのか判断が出来ない。

 

 ……まぁ多いのだろう。彼女達の驚きようを見ると。

 ならば大丈夫かと結論付け、「これでまたしばらくは大丈夫だろ。今後は斉原にでも言って何とかしろ。俺はおそらくお前達とは一緒に戦えん」と助言をして屋上から飛び降りた。

 

「よっと」

 

 路地裏に飛び降りた俺は普通に表通りに出る。

 そこはいつもと変わらぬ風景。つい先程までビルが崩壊していたことなど嘘のような周囲。

 そういえば俺シャンプー買いに来たんだったな。目的を思い出した俺は、目的地へと駈け出した。

 

 

 

「何とか買えたか……閉まる直前だったが」

 

 ついつい漏れる息と言葉。

 現在帰宅の一途をたどっている。というか、シャンプーを買って帰宅以外特になにもない。

 八神の家へ行く理由もないし、あの場に留まって管理局に捕まる理由もない。

 さっさと帰って風呂に入って寝る。学校の登校に関しては、朝起きたら考える。

 

 高町が戻ってきたら真っ先にうちに来そうだと予想をつけながら街灯がまばらな道を歩いていると、仮面をつけているローブ姿二人が目の前に立ちふさがった。

 

知ってたさ(・・・・・)。後をつけてきたことぐらい。気配の消し方が雑だったからな」

「「なに!?」」

 

 何か言われる前に気付いていたと教えると、二人は案の定驚いた。

 まぁ常人には気付かれない消し方だっただろう。だが、魔力を抑えてない時点で存在は丸わかりである。魔力と気配、その両方を自然に溶け込ませない限り、俺という化け物は分かってしまうのだ。

 とりあえずさっさとこいつら撒こうかと考えながら、一応何の用だか聞いてみた。

 

「リンカーコアをとられた俺に何か用か?」

「用があるのは彼女達(・・・)じゃない。()だ」

「ん?」

 

 聞き覚えのある声で違和感のある呼称を使っていたので、首を傾げながら声がした方へ体を向ける。

 そこにいたのは天上。の、はずなのだが……違和感がある。

 

お前は誰だ(・・・・・)? 学校で会う天上じゃないだろ」

「まぁ違うな。いつも学校で会っている俺とは……ていうか、俺の事分からないわけ?」

 

 学校で見る笑い顔より数段酷く醜く笑う天上。

 その顔に本当に記憶がないのだが……なぜだか嫌な予感がした。

 

 こいつの正体が(・・・・・・・)この事件の黒幕(・・・・・・・)な感じがして。

 

 俺が警戒レベルを一気に引き上げて拳を構えると、そいつは気にした様子もなく逆に天上の顔に似合わない下種な笑顔を作ってから、あっさりと(・・・・・)自分の正体を(・・・・・・)ばらした(・・・・)

 

「前世でお前を銃殺した悪魔だよ! 西洋悪魔。いや、名前を言えばわかるか? なぁ? 永劫輪廻尊の器(・・・・・・・)

「!? テメェは……!」

「おう! 俺は……!!」

「……誰だ?」

 

 俺が本気で首を傾げると、天上に憑りついているらしい西洋悪魔は盛大にこけた。

 いや、本気でお前のことなぞ知らんのだが。お前に殺されたことぐらいしかわからないんだが。

 腕を組んで本気で記憶の中を捜査していると、いい加減我慢の限界だったのか天上(こっちで今はいいか)は顔を上げ、目を細めて命令した(・・・・)

 

「殺せ」

 

 途端に背後から迫る攻撃。その速度には少し驚くが、俺を殺すほどではない。

 右へステップを踏んで攻撃を回避。

 そのまま壁を蹴って飛び上がり、俺がいないことに驚いている二人のうちの一人の頭を思いっきり殴った。

 

 思いっきりといっても本気ではない。精々勢いに任せた殴打である。

 それでも恐ろしいことに、殴られていない人までも一緒に壁に激突した。

 ……うし。これで無力化でき

 

「!?」

「ほぅ。避けたか」

 

 着地する少し前に地面から生えた黒い剣が勢いよく脇腹めがけて発射されるのが右目の端に映ったので、俺は体をひねりギリギリでかわして着地して天上へ体を向ける。

 避けたことに感心していた天上だったが、すぐに獰猛な笑顔に変わり

 

「が、甘い」

「ぐはっ」

 

 後ろから先端の尖った黒い何かに突き刺された。

 心臓ではなく内臓の部分が幸いしたのだろうか。服にジワリと血がにじんでいたり、口にこみ上げてきた血を吐き出したりして、なんとか生き永らえている。

 が、いきなりの大量出血。体のふらつきや意識の希薄化、体力低下による生存確率の低下を伴い、俺の体はいう事がきかない状態で、睨むことしかできなかった。

 

 それを見た天上は「冥土の土産に教えてやろうかぁ?」と片膝をついて何とか倒れないようにしている俺と同じ体勢・視線でそういうと、突き刺さっていた何かが消えたのと同時に人間とは思えない力で殴られて壁に激突し、意識が完全に途切れる少し前にその名を聞いた。

 

 

「俺の名前はマモン。強欲を司る、お前を二度殺した悪魔だ!」

 

 

 ――――悪魔らしく高笑いを最後に、俺の意識は途切れた。




ご愛読ありがとうございます。せっせと更新できるように頑張ります。


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70:分岐点

内容的には薄いかもしれません。


*……視点

 

「先代。いや理事長と呼べばいいかの?」

「……スサノオか。彼なら回復してるさ。リンカーコアを蒐集されたにもかかわらず、それほど時間もかからぬうちに回復していたようだ」

 

 そんな会話を繰り広げれる彼ら――着流しに下駄を履いて黙って彼を見ているスサノオと、仮面をつけて新品同様の白衣を身に着けてスサノオとは反対側に立っている理事長。

 彼らは一人の人間のベッドを挟むようにして立っており、理事長は分からないがスサノオは心配そうな顔をしていた。

 

 そもそも彼らがいる空間自体が異質。空間全てが白く塗りつぶされており、違う色があるとすれば彼が眠っているベッドの足の部分が銀色ということのみ。それ以外はスサノオと理事長を除き白。

 この空間が球状なのか直方体なのか分からない。ただ平面上に無限に広がっている。

 

「……どうやら、原作が始まってしまったようじゃ」

 

 彼――長嶋大智から視線を外して見上げ、独り言のようにつぶやく。

 それに反応した理事長は頷いて答えた。

 

「そのようだ。向こうからテスタロッサ姉妹の転校手続きがありそうだから、今のうちに海鳴市の住民票を六人……いや、七人分か。をつくっておくさ」

「二人とも頑張ったんじゃが……やはり歴史の強制力には敵わなかったか?」

 

 そう残念そうに言うと、理事長は即座に否定した。

 

「違う」

「どういうことじゃ?」

仕組まれた始まりだ(・・・・・・・・・)、これは」

「……なんじゃと?」

 

 鋭い視線を理事長に向けるスサノオ。その眼には説明しろという意志が宿っていた。

 それを受け流した理事長は、大智へ視線を落として「そちらも見当がついてるだろうに」と意味ありげに言った。

 

「ところで…この分じゃと当分起きぬのではないか?」

「急に話題を変えるとはあなたらしい……彼女が駆けつけてくれなければ死んでいてもおかしくなかった。心臓を突き刺さなかったのはおそらく……」

「内臓をぶち抜いて殺したと確信したのか、彼女――シグナムという人格を持ったプログラムが来て逃げたか、じゃの」

「あるいは彼女達に誤解を植え付けて対立に拍車をかけるということも」

「ふぅむ。まぁここで我々が考えても無駄じゃろう。こいつともう一人の転生者に頑張ってもらうしかないわい」

「しかしながら、そこにイレギュラーがいることもお忘れなく」

「さてさてどうなることやら……」

 

 眠りについている大智の一挙一動を見逃さないと云う様に、その空間で二人はじっと起きるのを待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――生きているといえば生きているのだろう。そんな感じだ。

 今意識的に感じているのは浮遊感。宇宙空間における無重力のような感じで、意識の俺は浮いてると感じている。

 俺はどうしてこんな風になっているのだろう……あぁ、腹部刺されて出血多量だったんだか。

 意識が途切れたのだからてっきり死んでいるのだとばかり思ったが、そこら辺はどうなのだろう。

 ふと生じた疑問。口が動かないから喋っていないはずなのに、どこからか「生きていますよ」と返ってきた。

 

 その瞬間から感じる重力。降り立った大地は雲のようにふわふわしていて、上は青かった。

 まるで空にいるかのように錯覚するが、俺の体が若干透けているのを見るとどうやら別な場所らしい。

 重力を感じた時に意識などが戻ってきた俺は声の主を探す。

 

「どこにいる?」

「ここです長嶋大智」

 

 後ろから声がしたので振り返る。

 そこにいたのは身長157ぐらいのパンチパーマ。目は若干の細めで、福耳がやたらに長い。

 正体はこの時点で予想できたが、確信が持てなかった。

 なぜなら、胸が若干膨らんでいるのが見えたおかげで、女性(・・)だと判別してしまったからだ。

 俺が知ってるのは()であったはずなんだが……先程の声といい今の姿といい、どう考えても女性だ。

 少し考えてから質問する。

 

「お前は釈迦じゃないのか?」

 

 すると彼女は俺に向けてにこやかに笑い、こう言った。

 

「いえ。私は釈迦です。二代目に(・・・・)なりますけど(・・・・・・)

「……な」

 

 驚く俺に、彼女――釈迦は続ける。

 

「釈迦というのは世襲制なんです。正式に言うなら釈迦牟尼。釈迦族の聖者という意味なので、一人だとは限りません……神になったのは一人ですけど」

「矛盾しないのか?」

「しません。先代――初代釈迦は八十で人間道から解脱し神になられました。そこから神の世界に様々な変化をもたらし、今のようなシステムが出来上がったのです」

「なぜそっちに話が飛ぶ?」

「すいません。少しでも長く話したいと思いまして……」

「用件だけを言ってくれればいい」

「ですよね……。要するに、釈迦の名前は解脱した魂が再び輪廻に戻る事があるので世襲制になり、先代の娘たる私がこうして名乗っているわけです」

「なるほど……で? どうして俺は生きてるというのにこんな場所にいるんだ?」

「え、えっと…」

「?」

 

 いきなりしどろもどろになりだし顔を俯かせ、両手の人差し指をせわしなく動かし始める。

 そんなに言いにくいことなのだろうかと思いながら首を傾げてみていると、急に釈迦が光に包まれ始める。

 その事について声をかけるかどうか少し考えているとあちらも気付いたようで、自分の体を見て慌てながら何か言って消えた。

 

「一体なん、だった……」

 

 俺はというと、彼女が消えて少しして気を失った。

 

 

 

「――――ん、うぅ」

「気が付いたようじゃの」

「リンカーコアも完全に修復し、傷もなし、か。殺されかけて半日も経っていないというのにな」

「! アイツ!!」

 

 聞き覚えのある声が二人分聞こえたが、意識を失う前に刺してきた相手を思い出して勢いよく起き上がり、周囲を見渡して一気に冷静になった。

 

「……この空間は?」

「理事長の作った空間じゃよ」

「君がやばくなりかけていたんだ。助けてくれた彼女に礼を云いたまえ。ちなみに、今私達は別世界にいる」

「…本当、あんたはどんな神様なんだ? ここまで何でもアリだとさすがに候補は絞れるけど、まったくわからん」

「次第に分かるだろうからいいじゃろ」

「…そうか」

 

 明らかに面白がっているスサノオを見て嘆息し、俺は確認するように二人に訊ねた。

 

どこまで(・・・・)知ってる(・・・・)

「全部にきまっとるではないか」

「今は引き金が引かれ、それに伴いテスタロッサ一家とハラオウン一家が引っ越してくる」

「そんな風にシナリオが続くのか……くそっ!」

 

 俺はたまらず寝具に拳を思い切りぶつける。そのせいで寝具が壊れることはなかったが、衝撃だけが空間内に響き渡る。

 それは後悔によるもの。何も訂正せず、何も言わず、最悪のケースを想定しなかったことによるもの。

 自分の事が、最低で、本当にどうしようもない人間だと改めて認識させられた。

 

 知ってる奴らを平然と傷つけることが出来、傷つけることに罪悪感など抱かない。

 戦場では当たり前な考え方。今日味方だからって、明日味方だと限らないという考え方。

 少しでも変わったつもりだったが、やはり所詮は戦場出身。変わることは叶わない、か。

 

「もう高町達とは会わないし、丁度いいといえば丁度いいか」

「何諦めとるんじゃ馬鹿野郎ぉ!」

「ぐっ!」

 

 胸板にスサノオの遠慮のない一撃が入る。その一撃が流石神。海を割るほどの威力に値する。

 当然何の抵抗もできなかった俺だが、吹っ飛ばされるだけで特に痛みは感じなかった。

 その不自然さを不思議に思っていると、理事長が気障らしく提案した。

 

「スサノオの怒りももっともだと思わないのかね? 思うのだったら私から提案だ。君の力(・・・)の使い方を、世界を飛び回りながら教えてあげよう。それと同時に、君が(・・)知りたがっている(・・・・・・・・)今回の件に根深くあるものも教えてあげよう。それらすべてを終えた時、君が君自身を(・・・・・・)否定(・・)できなかったら(・・・・・・・)、もう会わなければいい……それでどうだ?」

 

 なるほど。あくまで自己判断にゆだねる気か。しかも最後の確認。あれは俺じゃなくてスサノオに向けてだな。

 となると俺に選択肢は…なさそうだな。本当に(・・・)すべて(・・・)見透かされてる(・・・・・・・)だろうし(・・・)

 素早く結論を出した俺は、これはもう決められたモノなんだろうかと疑りながら、スサノオに被せて頷いた。

 

「だそうだスサノオ」

「任された」

 

 そこからはあっという間の出来事。

 ナイトメアに説教され、服がスサノオと同じ着流しになり、理事長が片手を振りながら俺達を送り出した。

 

 

 

 

 

*斉原雄樹視点

 

「一体どういう事なんだい……?」

『どうかしたか、主』

「あぁナイト。…どうやら僕の計画は失敗していたらしい」

『そうか』

「うん。…ただ、大智のお蔭で流れが原作に持ち直したのが幸いだよ」

 

 自分の部屋で先月あたりに郵便で送られたデバイスにそう語ってから、僕はため息をつく。

 まさか今日という日が起こらない様にしていたことが無駄になってしまうだなんて……しかも気づいても後の祭りな状態だったし。

 油断していたのかもしれない。何も起きないものとばかり思っていたからかもしれない。

 計画的には何の問題もなかった。流れ的にも人への被害は最小限になるはずだった。

 

 けれど、どうしてか知らないけど狂った。ここまでやってきた、すべての予定が。

 

 僕の中学生までの脳をフル回転させる。転生前の原作知識から今の僕達の世界の相違点を洗いなおすために。

 

 まずはプレシア・テスタロッサ、アリシア・テスタロッサの生存及び性格の変化。

 次に、夜刀神の存在。

 そして最後。長嶋大智と斉原祐樹という、イレギュラーな存在。

 他にもヴォルケンリッターの出現尚早、神という存在、学校の理事長と大智の関係などある……って、結構な数があるや。

 

 一旦それを紙に書き出した僕は、それを見て再び考え出す。

 

 そして気付いた。いや、こんなのは前から気付いてもおかしくなかった。

 今までの相違点がそれを物語っていたのだから。

 

 ここが、原作を根底に置いただけの世界だということに。

 

「……ならばなるほど。原作通りだと思って行動してはダメだという事か……ははっ」

 

 一人で少し笑った後、僕は笑顔のまま勉強机に頭突きをした。

 

 ――――この後悔を心に刻み、これ以降の展開を原作通りにさせないことを誓いながら。

 ――――それでもはやてを助けると、心に確認しながら。

 

 

 

 ……そういえば、どうして大智はあの場にいたのだろうか? 一応高町さんの家辺りまで結界の範囲だったようだけど……




ご愛読ありがとうございます。


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71:転校少女とその頃

初めてのフェイトさん視点。というより、大智と雄樹以外の視点がぶれてる気がしてならない。


*フェイト・テスタロッサ視点

 

「は、初めまして。フェイト・テスタロッサっていいます。これからよろしくお願いします」

 

 初めて同い年の人たちを見渡して緊張しながらも、ちゃんと自己紹介して頭を下げる。

 その時に一斉に男の人たちのほとんどが大声を上げたから、少し怖かった。

 でも少し前に感じたあれよりは怖くない。

 

 彼――長嶋大智君の割り込んできた気迫と、表情よりは。

 

 改めて初めまして。管理局嘱託員、フェイト・テスタロッサです。

 お母さんの管理局入局と同時に、私も嘱託員として働いています。

 今は、なのはのリンカーコアが奪われそうになった事件の捜査としてアースラ艦隊のメンバーのほとんどがここ、海鳴市に来ています。

 

 リンカーコアを必要とする闇の書に関する調査と、私達の前にどういう理由なのか分からないけど立ちふさがった彼に関する調査。

 前者の方が大事なのですが、後者の方が気になっています。

 なぜなら、

 

「えー長嶋君だけど、彼の父方の実家の方が危篤らしくて看病しないといけないから、終業式にも出れないそうです」

 

 こんな先生の言葉を聞いてしまったのだから。

 長嶋君が欠席と聞いて、がっかりする人も少なくないのが分かる。なのはや、なのはの友達のすずかとアリサ、それに男子数人と女子数人。

 一人だけ表情を変えない男の人――斉原君がいたけど、何か知っているのかもしれない。

 早くも手掛かりが見つかったかもしれないと思いながら、私は先生が指定した席に座りました。

 

 隣は、空席でした。

 

 

 この学校への転校は私と姉さんの二人だけ。クロノ君は管理局としての仕事を優先するらしく、家に残りました。

 住民票というものが、私達が拠点とするアパートの一室を借りた時に送られました。差出人は不明。

 良く分かりませんでしたが、リンディさんや母さんが『これで不審者だと思われる心配ない』と言っていたので、無くてはいけないものなのでしょう。

 話がそれました。

 まぁ色々な理由があってこうしてこの学校に通うことになったのですが、本当に緊張しています。姉さんは隣のクラスにいますけど。

 

 今は、クラスの皆さんに囲まれていますし。

 

 次々とくる質問にどう答えたらいいのかわかりません。口下手な私にとって、矢継ぎ早で来られるのは恐ろしいとしか。

 こういう時どうすればいいのか分からなくてオロオロしていると、アリサが助け舟を出してくれました。

 

 そのおかげで一人一人の質問に答えられましたが、最後に現れたすごい整った顔をしてる男の子――天上力也君からは、自慢話と私の隣の席――長嶋君の悪口だけを聞かされました。

 思わず反論しそうになりましたが、彼の事をあまりよく知らない上に転校生なのに知っているのが不自然だと思い我慢することにしました。

 その天上君からうっすらと気持ち悪い魔力がにじみ出ていたのを去り際に感じましたが、一瞬でしたのでスルーしました。

 

 

 お昼休み。私はなのはたちに誘われて屋上で一緒に昼食です。

 が、そこにはなぜか斉原君と同じクラスの男の人――確かきり、きりなんたら君と彼にすごいべったりとくっついている女の子と姉さんもいました。

 

「遅いよ、フェイト」

「どうして姉さんも?」

「どうしてって、私を除け者にする気?」

「そ、そういう訳じゃないけど……というか、斉原君も同じクラスだったんだ」

「あれ? 斉原君も知り合いなの?」

「え? ……あ」

 

 すずかの指摘で私は思い出しました。

 一時期斉原君が管理局にいた頃に面識があったため声をかけましたが、この場では初対面を装わなければ不思議がられる。

 しまったと思い慌ててなのはを見ると、斉原君が弁当箱を開けて先に食べながら「そんなことより僕や元一を呼んだ理由は…うすうす気づいてるから先に答えるけど、僕達だって知らない。隣の高町さんが知らないのに、男友達の僕達が知るわけないよ」とこちらを見ずに言い切りました。

 

 あまりにあっさりとした答えに、私は思わず斉原君の方を向いて「じゃぁどうして朝は表情を変えなかったの?」と言ってしまいました。

 静まり返った周囲をよそに、斉原君は少しして弁当箱を戻して立ち上がり、そのまま戻ってしまいました。

 私の横を通り過ぎる際に、「彼が生きてる(・・・・・・)()知ってるから(・・・・・・)」と耳打ちして。

 

「……え?」

 

 思わず斉原君へ振り返る。その時には「誘ってもらったけど、悪いね。変な空気にさせて。それじゃ教室にいるから」と言ってすまなそうに笑う彼が居ました。

 

「あ、おい!」

 

 きりなんとか君も追いかけ、べったりしていた少女も追いかけてしまいました。

 残された私達。

 最初に口を開いたのは、アリサでした。

 

「もう、何なのアレ! 長嶋のがうつったの!?」

「ア、アリサちゃん。落ち着いてよ」

「でも不思議だね。斉原君があんなこと言うのって」

「そうなの?」

 

 すずかの言葉に首を傾げる姉さん。

 その言葉に頷きながら、すずかは説明してくれました。

 

「だって斉原君、いつもあんな風にそそくさと外れて行かないもん。長嶋君と話すときは私達じゃ少しわからない、難しい話を笑顔でよくしてるし」

「いつもは教室で食べてるから話の断片を聞くけど、本当に同い年なのか疑いたくなるんだよ」

「さっきのだって自分がここにいた理由をすぐ当てたしね。その割にはテストの成績私より悪いけど」

「不思議な人だねー長嶋君もそうだけど」

「そうだね、姉さん」

 

 私の知る斉原君は頭がよくて罠にはめるのがうまいぐらいなので、学校ではうまく隠してるようです。

 

 これで一区切りついたと思ったらしく、アリサが「それじゃ食べましょう?」と促して昼食が始まりました。

 食べている間の話題は、天上君の事だったり(おもに悪口で)学校の事だったり姉さんのクラスだったり。

 でも、一番の話題は彼でした。

 

「にしても大変ね長嶋も。あの両親が仕事だからって実家戻っているんでしょ?」

「だよね。また海外へ仕事しなくちゃならなかったんだもんね」

「……うん。そうだね」

「? どうしたのなのは。あいつとなんかあった?」

「べ、別にないよ!」

「そうなの? ……でも意外だったよね。長嶋君がしばらく学校に来れないって聞いて残念そうにしてる人がいたのは」

「すずかってたまにひどいこと言うわね…まぁその通りなんだけど。最近じゃあいつ、結構クラスメイトと仲良くしてたみたいだし。運動会の時はなのはのこと指導してるの見て、クラスの女子が教わりに行ったわよね」

「あ、あの時はクラスの足を引っ張りたくなかったから…!」

「顔、赤いよ?」

「ア、アリシアちゃん!?」

 

 姉さんの一言でますます顔を赤くするなのは。その姿に可愛いと思いながら、やっぱり長嶋君は不思議な人だと思った。

 

「ま、あいつの武勇伝なんて入学当初からありまくりだけどね。悪口もあるけど、あいつが気にしていないし」

「そうだね。前に長嶋君に訊いたけど、『ただの程度の低いいびり方だろ? なぜそんなのを気にしなければならない?』って聞き返されたし。本当にすごいよね」

「我慢強いねー。わたしだったらすぐに怒っちゃうよ」

「ていうか、無関心なのよねあいつ」

「そうそう。知らない人なんてどうなろうと知ったことじゃないってよく言ってたし」

「でも、なんだかんだで助けてくれたり手伝ってくれるんだよ!」

「「それは知ってるわよ()」」

「もうっ」

 

 膨れるなのはを見て姉さんが笑い、それにつられたのかアリサやすずかも笑い始めました。何がおかしいのか首を傾げた私でしたが、必死になっているなのはを見てクスッと笑ってしまいました。

 

 こうして昼食の時間は過ぎ、放課後になり、一日は過ぎていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次。体全体に薄い膜をはりつけるように」

「…………」

「さすがじゃ。もう細かな調整が出来る様になったようじゃの」

「感覚よりは数字を思い浮かべた方がやりやすい」

「しかし本当に呑み込みが早いの。あれから二週間ぐらい経ってるというのに、一日で一つ目の課題を終わらせ、二日目でお前さんが持ってるほぼ全部のレアスキルの扱い方が…まぁ元々あんまり介入できるものじゃなかったんじゃが、うまくなり、三日目からこうして野生動物相手にハンデありの戦闘するしかなくなるとはのぉ。しかももうやることがなくなるとか」

「俺は帰れないのか?」

「帰さぬよ。まだすべてを話し終えておらんしな」

「……転生者たちの起源と理事長の正体なら聞いたが?」

「まだ現状に至った経緯を教えておらんし、そもそもお前が自分を否定してこの流れに最後まで参加するか否かが分からん」

 

 そういって適当な岩場に座るスサノオ。

 答えにくいそれに対し、俺は首を横に振って「未だわからん」と答え、空を見上げる。

 

 雲一つない澄み切った空。光を遮るものがないので、照りつける光が眩しい。

 きっとこれは精神状態を揶揄しているのではないだろうか。俺のではなく、たとえばそう…高町とか。

 …ん? なぜ思い出したのだろうか。もう縁を切った(・・・・・・・)()思ってるはず(・・・・・・)なのに(・・・)

 自分で思ったことなのに良く分からない。いや、理解しようとする頭が拒絶している、のだろうか。

 

 自分でも良く分からない。それが今の俺の精神状態。

 だから俺はその迷いを無視したいがために、修行をすぐに終わらせた。

 ……そう、考えればいいのだろうか。

 

 手で光を遮りながら空を眺めていると、その姿を見ていたらしいスサノオは不意にこう呟いた。

 

「……さながらお主は、泥沼にはまった、哀れな男よのぉ。自分自身が見えなくなってしまってる」

 

 聞こえた俺は空を眺めながら「あぁそうかもしれない」と答えた。

 ……自分で答えてなんだが、スサノオは心を読んだのだろうか? ふと疑問に思ってしまう。

 

「そんな迷い人のお主にある話をしてやろう」

「は?」

 

 考え事をしていたら急にそう言われ、俺は戸惑う。

 だがお構いなしのスサノオは、ささっと始めてしまった。

 

「ある少年が事故に遭い幽霊となりました。その幽霊は自分で行きたい場所へ行こう計画を邪魔した神様に内心悪口を思いながら、ある世界へ転生する際こう言いました。『僕に彼女達を守る力をください』と。神様はその彼女達を理解し、その少年に力を与えました……と、いうものじゃな」

「…斉原か」

「特定せんでいい。それより重要なのは……力を求めた理由じゃ」

「……迫りくる災厄を払うため。そうじゃないのか?」

「本当にそうかの?」

「何が言いたい」

 

 俺が視線を戻して睨むと、スサノオは肩をすくめて言った。

 

「前世では仲間のため、国のために力を求めたんじゃろ?」

「…知らん」

「なら今世では如何様な理由がある? お主が力を求めるに足る、柱となる理由が」

「…………」

 

 答えられない俺を見て、スサノオはため息をついた後提案した。

 

「この次が最後の修業にしよう。それが終わったのなら、すべてを話しお主の答えを聞くとする」

 

 俺が黙ってうなずくと、スサノオは最後の修業の内容を口にした。

 

「これから一週間ある人物と戦え。そして感じろ。感じられないのなら、お前はもう、死んでも構わんじゃろ」

 

 ――――とてつもなく、厄介なものを。




さて、どうなりますかねー。

ご愛読ありがとうございます。


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72:戦場を駆ける転生者たち

今回は二人の転生者メインです


*斉原雄樹視点

 

「……まったく。こんなんだったら最初から管理局に手を貸さなければよかった」

 

 ビルの隙間から様子をうかがいながらため息をつく。

 ちょうど結界が張られている外らしく、近くには管理局の人たちが結界を維持していた。

 ということは今、あの中ではヴィータやシグナム達が戦っており、僕と同じようにシャマルがいるのだろう。

 となるとクロノに見つかるのは時間の問題だろうから……やっぱり先に結界を壊そう。

 迅速に壊滅させる。神様が作り直したデバイスを手に、守りたいもののために。

 

「セットアップ、ナイト」

 

 バリアジャケットを小声で展開する。どうせバレているだろうけど見逃されていそうなので、僕はもう遠慮しない。

 展開終了。全身銀色の甲冑姿は変わらなかったけど、盾の大きさが手盾から身の丈ほどでデュエル・シールドになり、銀色のロングソードの柄の部分が細くなっていた。

 とりあえず盾を背中に背負う。そしてロングソードを両手に持ってビルの陰から飛び出し、結界を維持している管理局の一人を柄の部分で殴り飛ばす。

 少し弱くなったっぽいと思いながら、僕は結界に沿いながら走り、柄の部分で一人ずつ殴り飛ばしまくる。

 途中シャマルさんが驚いたように僕を見た気がしたけど、今は結界をぶち壊すのが先だからスルーした。

 

「ぐっ!!」

 

 もうすでに結界は解かれ、高町さんやテスタロッサさんが驚いている。アルフさんはザフィーラと接戦中だからか気付いていない様子。

 とりあえず念話で、ヴォルケンリッターのみんなに逃げられる事を伝えようとした時。

 

「雄樹。フェイトの報告でまさかと思ったけど、君まで関わっていたとはね」

「裏切ってはいないよ。僕はもともと管理局に入らずに、こちらを優先したかったのだから」

「おとなしく全てを吐いてくれると助かるんだけどね」

「残念ながら。僕にも守りたいものが在ってね。おいそれとすべてを話すわけにはいかないんだ」

「…闇の書は危険だ」

「知ってる。だから君達には頼りたくない。アルカンシェルでなかったことにしようとする、君達には」

「!? な、なぜそれを!」

 

 狼狽えるクロノ。僕は背を向けたままさらに続けた。

 

「こんな話を知ってるかい? 君の父親は一応助かる見込みだったらしいよ? 君の知ってる提督の誰かがそのまま吹き飛ばしたせいで死んじゃったみたいだけど」

「……!!」

 

 背を向けた状態でも息をのむのが分かる。そりゃそうだ。立て続けに最悪な情報を聞かされて、動揺しない人などいない。

 ……昔の大智だったらしなそうだね。

 まぁ置いておこう。今は現状の対処が先だ。

 僕はそのまま一回転し、柄の部分をクロノの頭に叩き込んで吹き飛ばす。

 

 何かが割れた音を聞きながら、僕はとりあえずシャマルに念話した。

 

『シャマル。そっちはどう?』

『大丈夫ですか雄樹君!?』

『まぁね。三か月前にはすでに完治していたさ。……ところで、シグナムやヴィータ、ザフィーラは?』

『無事撤退したみたいです。私達も逃げましょう』

『了…いや、先帰ってて。ちょっと片付けるから』

『……ご無事で』

 

 念話を切って視線を少し上に移す。そこにいたのは、高町さんにユーノ、テスタロッサさんにアルフの四人。

 僕は甲冑の中で冷や汗をかきつつそれを悟られないように声を張り上げた。

 

「やぁ二人とも。さっきぶり」

「斉原君……一体どういう事? どうしてヴィータちゃんたちの手伝いをするの?」

「じゃぁ逆に聞くけど、どうして君達はクロノの手伝いをしているの?」

「それは…」

「私は、罪滅ぼしのため」

「冤罪になったのに?」

「冤罪かどうかは関係ない。私自身がやったのだから」

「あぁそう」

「そういうあんたはどうしてやってるんだい!?」

 

 アルフの問いかけにここだと思った僕は盾で左の籠手を隠すように持ち、右手で持っているロングソードの切っ先が四人へ向くように構えて少し引き、四人の方向へ向け叫ぶ。

 

「答える訳、ないだろ! ナイト!!」

『Wカートリッジ・リロード』

「「「「!?」」」」

 

 盾とロングソードの両方からカートリッジが二個ずつ落ちる。

 咄嗟に高町さん達が障壁を作ったみたいだけど、それを無視して僕は吼える。

 

「ブリザード、エクシアァァァ!!」

 

 左の壁盾を引き、右のロングソードを力いっぱい押し出す。

 刀身からほとばしる白い光――冷気。カートリッジにより強化されたそれは、以前自分で確認したものよりもはるかに強力だと理解した。

 スパァァン! という剣で空をついた音がしたと同時、刀身にまとわりついていた冷気が高町さん達全員に当たるように大きな渦で飛んでいく。

 みんな必死に防いでいるようだけど、この魔法は(・・・・・)まだ終わり(・・・・・)じゃない(・・・・)

 

 腰を落として膝を曲げ、踏ん張れるような体勢になってから、僕は引いていた左手を発射させながら叫ぶ。

 この魔法を完成させるために。

 

「……ツヴァイ(・・・・)!」

『ブリザードエクシア・ツヴァイ。シュート』

 

 冷酷なる宣言。さながらそれは冷血な人間のよう。

 だけど僕はこだわらない。彼女達がハッピーエンドになれるのなら、僕は喜んでその役を買って出よう。

 そんなことを思いながらも盾が纏っていた冷気が飛んでいき、重なる。

 

 この冷気は僕のレアスキル――氷属性変換によってつくられたもの。

 その気体の温度は氷点下。大抵のものを凍らせることが出来るらしく、魔力障壁でも同じだとか。

 思わず何このチートと思ったけど、大智を見てたらそうでもないことが分かった。

 話がそれたね。つまり、僕の魔法は二度放つと、魔力障壁を破壊して本人へ貫通する。

 

 ――――今のように。

 

 パリィィンと幻想的な音を響き渡らせ雪のように崩れる障壁。それに驚く四人だけど、そのまま魔法に飲み込まれた。

 

「…それじゃ」

 

 どうなったかを確認せず、僕は踵を返してこの場から立ち去った。

 少し大智に影響されたかなと思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「拙者かように強く小さき武士(もののふ)と戦うこと二回目でござる。たとえ夢の中でも、負けたままでは気が済まぬ」

「今日で二日目、か。にしても一日目は速攻で終わらせちまったが……どうも違うみたいだな」

「いざ尋常に」

「まぁいい。やることは変わらない」

「「勝負!!」」

 

 どことも知れぬ大気の中、俺達は同時に駆けだした。

 

 

 今俺は、スサノオの言う「最後の修行」を行っている。

 相手はスサノオがどこからか連れてきた、江戸時代に存在していただろう武士。名を葉山桐舟。

 スサノオ曰く「島流しの途中で嵐に遭って船から逃げなかったら、喋る動物に妖怪、奇妙な面をした魚や巨大な果物がある島に流れ着いて暇そうにしてたから夢の中にお邪魔して連れてきた」とのこと。

 その島に少しばかり興味を持ったが、「こいつと戦ってもらうぞ。一日一回。七日続けて」と言われすぐさま葉山を観察した。

 

 島流しに遭った時の服装なのか薄くなった青い着流しに草履。髷は残っており、月代(さかやき)はそのまま。左右の腰に一本ずつ刀が差さっていた。

 ただし体格が、生きていたらしい時代にしてはあり得ないほどがっしりとしていて、まるで全身筋肉でできてるかのように錯覚してしまう。おまけに身長も二メートルほどと、ありえないほど高かった。

 

 初日に関しては、俺がバリアジャケットを展開した状態で太刀を振り抜いて真っ二つにしてすぐ終了。感じるものが何一つない状態でその日を終えた。

 

 そして、今。

 

「おぉぉぉぉ!!」

「葉山流二刀居合い、罰!!」

 

 俺は昨日と同じように太刀を横から振り、葉山は左右の刀の柄をそれぞれ持って抜いた。

 腕の筋肉が盛り上がるのが見てわかる。その腕から抜かれた刀の速度は恐ろしいものだったが、俺は構わず太刀を振り抜こうとする。

 一瞬互いの刀が触れる。その次の瞬間、俺達はたがいに吹き飛んだ。

 

 何とか足もとに太刀を刺して勢いを殺す。向こうの考えも同じようで、刀を二本刺していた。

 止まる足。焦げる靴底。微かにその匂いを嗅ぎ取りながら、俺は不敵に笑いながら言った。

 

「お前強いな」

 

 それに対し、葉山は表情を変えずに質問してきた。

 

「長嶋殿こそ。それ以上ない強さで、何を迷っている(・・・・・・・)?」

 

 俺は戦闘中だというのに太刀を抜かずにそのまま聞き返す。

 

「何を言っている」

「拙者、久し振りの強敵に血が滾っていた故に気付いたでござる。長嶋殿は今分からぬのでござろう? 自分のしたいことが」

「……」

 

 その通りなのかどうかさえ分からないので、沈黙。

 

「沈黙は是ととらせていただくでござる。……しかし拙者では教えることかなわず。ならば勝負に戻ろうではないか。弁より学べるものが在ろうぞ」

 

 左右の刀の柄を握り右足を一歩下げる葉山。それを見た俺は整理のつかない頭を無視して反射的に太刀を抜いて中段に構えた。

 

「いざ参らん!」

「っ、ハッ!」

 

 俺はそのまま駆け出し、それを迎え撃つように、葉山は左の刀だけを抜いた。無論、俺の速度は地面を蹴ればすぐさま葉山に肉薄できるのでその速度は尋常ではないだろうが、俺は逆手持ちで下から袈裟斬りしようとする左をそのまま太刀で受け止める。

 衝突による衝撃が周囲に飛び散って鍔迫り合いの状態で、俺は何となく聞いた。

 

「なぁ。島流しって何をしたんだ?」

「あえて言うなら山賊の真似事…でござるか。拙者は知らないふりをしてただけでござるが」

「それだけでか」

「武士道に反する行いをしたのは拙者でござるからな。市中引き回しや切腹にならないだけマシでござろう?」

「知るか」

 

 そういって俺は一旦距離をとるために刀を押し込んで、弾かれるのを利用して後ろに下がる。

 その瞬間、俺は堅い柄を顔面に食らい、吹き飛んだ。

 

「これぞ葉山流の姿。変則二刀流でござる」

 

 そんなことが聞こえた気がしたが、止める障害が何一つないこの場所では勢いがなくなるまで飛び続けるので、若干遠くから聞こえた。

 やがて体は着地し、なおも勢いは止まらず引きずられる。

 摩擦熱と顔面に感じる痛みとで声を上げる。

 脳震盪でも起こしたのか、腕が飛ばされてから動かない。

 

 負けた、のか…?

 混濁する意識と閉じる瞼に何も思えず、ただ葉山との勝負の結果だけ気にしながら、俺は気を失った。

 

 

 

「……ッ痛」

「見事に眉間ぶち抜かれたのじゃから当然じゃて。穴はあいとらんから、心配するなよ?」

「スサノオ…」

 

 痛みで目が覚めたら、スサノオが焚火を挟んで鎮座していた。

 ボウボウと勢いよく燃え、ユラユラと大きく揺れる炎。

 俺は起き上がってスサノオに向き直った。

 

「「…………」」

 

 何も言えず、薪が燃える音と揺らめく炎だけが、俺達のいる空間に動きをつける。

 最初に口を開いたのは、たぶん俺だ。スサノオが返事をしたのだから。

 

「――――本当は、分かっていたのかもしれない」

「なにをじゃ?」

「割り切ることが、出来ないことを」

「……」

 

 俺は高町達に攻撃するのを、『仕方ない』と割り切った。

 しかしながら、本心ではそれを否定していたのではないかと疑える。

 負けてすっきりするというのはよくマンガとかであるが、まさしくその通りだと思う。

 敗者にならなければ気付くことがないことの多さ。俺の場合は、自分のやりたいこと、高町達に対する思い、自らの目的……など。

 結局のところ抱え込み過ぎたのだと思い知る。常時独りでこなそうとしていただけ。

 

 これじゃぁ高町の事は言えないな。

 そう思いながら空を見上げる。気付かなかったが夜だったらしく、星空が輝いていた。

 

 輝ける星たち。その下には自然と人が集まる。

 高町然り、バニングス然り、八神然り。

 こいつらはきっと名を残す存在となるだろう。今更ながらそう考える。

 その根拠となるのはやはり、ひたむきさ、カリスマ性、そして……他人を慮る心だろう。

 などと脇道に逸れた思考をしながら俺は苦笑する。

 

 まったくもって不可解。自分という存在がごちゃごちゃになっているからか知らないが、自分が考えてることすら予想がつかない。

 今は何のことを考えていたか。次に考えるべきことは何か。その事すら分からない。

 

 こんなことは生まれて初めてだ。

 

「ははっ」

「ん? どうした、いきなり笑いおって」

「いや、何。俺は考えすぎるきらいがあるようだと理解できてな」

「それは良かったではないか。『人』になろうとしていたんじゃろ? 立派に人じゃ」

「………そうなのか?」

 

 スサノオに言われ俺は首を傾げる。

 そんな俺を見て奴はため息をついた。

 

「やれやれ。人が如何なものか分からんというのに人に成ることを夢見るとは……どこか抜けておるのぉ」

「そうか? 人を探りながら人に成るというのは悪いことなのか?」

「…まぁ、見解の相違じゃな」

 

 あっさりと折れた。

 とりあえずここぞとばかりに文句を言う。

 

「とりあえず言いたいことがあるんだが」

「…なぜこんなことをしたのか、じゃろ?」

「ああ。葉山と闘う理由は?」

「なに、似た者同士じゃったからというものじゃ」

「は?」

「お主らは似た者同士じゃ。ただ転生したかどうかの違いだけ。護りたかったものを守れなかった。いや、気付けば手から離れておったんじゃ。両親と、兄と、そして美人で名高かった妹を、な」

 

 そう言われて、似た者同士の意味を理解する。

 

「大切だったものを守れなかった。その一点に尽きる」

「…そうだな。俺も、守れなかった。むしろこの手で殺したのだから、酷さではこちらに軍配が上がる」

「どちらも同じ事じゃ。……さて、この話はここまでにしよう。それで? 少し吹っ切れたようじゃが、分かったか(・・・・・)?」

 

 そう問われ、俺は首を横に振る。

 質問の意図は理解している。それらしき答えも見出せた気がする。

 だが、それではまだ不十分だと思う自分がいた。決めるとしたら明日。その日に俺は、俺を否定する。

 

 それを汲み取ったのかどうかわからないが、スサノオは鼻で笑った後に言った。

 

「では、今日の分を話しておこうか。お主らが闇の書と呼んでいる、一つの忘却神具の昔話を」

 

 俺は特に覚悟を決める訳もなく、平常心で頷いた。




さぁここから物語が終わりへ向かい始めます

ご愛読、ありがとうございます。


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73:乱入

ここでこうして変わり始める物語。流れの存在を無視するかのように。


*……視点

 

「さて、丁度終わったし……どうするか」

「別に何をしても構わん。現状を伝えるなら、今頃ヴォルケンリッターに管理局民間協力者たちが相対するところじゃろ」

「全てを伝えるか、一人で終わらすか」

「まだお主はそんなことをぬかすか」

「護れるものが守れればそれでいい。俺の全てを犠牲にしても。天上を殺しても」

「……わし等にできるのはこれまでじゃ。アレを忘れるでないぞ」

「だったら家に帰らせろ」

 

 分かったわい。そう呟いた男は、ボロボロになった服を着ている男の前に門を作ると、そのまま背中を蹴って門の中へ入れ、すぐさま閉じる。

 閑散としだす世界。元々無人世界にいた彼らだが、先程の男が居なくなったことで一人しかいなくなり、物静かだったために静寂と化した。

 

 男――スサノオは、門が消えた跡を見つめてからため息をついた後、ニヤリと唇をゆがめてから誰に言う訳でもなく呟いた。

 

「大きく化けたのぉ。あやつ、生死の境での矯正が一番効果的なんじゃないか? それはそれでどうにかしないといけない感じじゃが……まぁいいか。久し振りに出張り続けて疲れたし」

 

 その背後に別な男が現れた。

 

「益荒男殿」

「なんじゃい葉山。消えたのではないのか?」

「此度の事、誠に感謝いたす」

「道は、開けたかの?」

「うむ。一先ずは島に来たという男に関しての情報を集めるでござる」

「頑張って未来に生きろよ、輪廻(・・)

 

 スサノオがその名で呼ぶと、葉山と呼ばれた男は不恰好にも笑いながら答えた。

 

「……生きてるからあいつが居るんだろ。やすやすと死にゃしないって」

「ところで、タイムパラドックスはどうなる?」

「問題ないってことぐらいお見通しだろうに。俺の魂には刻まれるが、器には刻まれない。ただちょっとばかし、俺の在り方が変わるぐらいだ。最終地点は変わらない」

「ならわしはそろそろ帰るから。お主も早く戻るがよい」

「この世界じゃなきゃ俺は出れないんだが……ま、いいや」

 

 そういうや否や、葉山は背を向けて歩き出す。その足取りは軽く、進むスピードも速い。

 わずか数秒で消えた葉山がいた方向を見つめた後、スサノオは欠伸を漏らしてその場から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって大自然が広がる無人世界。

 ヴィータがシャマルと念話しながら獲物を探していると、目の前になのはが立ちふさがった。

 

「また邪魔するのか、高町なんとか!!」

「なのはだよ、な・の・は!」

 

 名前を覚えてもらえないなのははその場で地団太を踏むが、ヴィータはそんな彼女を観察しながら不意打ちの攻撃に警戒していた。

 

「……で、何の用だ?」

「それはね」

 

 なのはがヴィータに敵対の意思はないと伝えようとした、その時。

 彼女達の上空に人影が突如出現し、彼女達の間に割って入り、ヴィータが抱えていた闇の書を奪い取ったのは。

 

「「!?」」

 

 あまりの早業に二人は驚き、視線をさまよわせる。

 だがその動作も、なのはの後ろから久し振りに聞こえた声で終わることになる。

 

「探し物はこれだろ、ヴィータ」

「なっ! 長嶋!?」

「え? ……うそっ! 長嶋君!?」

 

 驚く二人を尻目に、彼は闇の書を放り投げて弄びながら、『人』らしい笑顔――得意げな笑顔を浮かべてこう言った。

 

「久し振りで悪いが、これは回収させてもらうぞ。なんたって…忘却神具なのだから」

 

 バリアジャケットすらしておらず、魔力を放出していない彼は、混乱する二人をよそに、宙を浮き続けながら佇んでいた。

 

 

 また、別な場所では。

 

「ハァァァァ!!」

「タァァァァ!!」

 

 シグナムとフェイトの一対一(タイマン)が砂漠の中で繰り広げられていた最中だった。

 互いに距離を取り最後の一撃の算段をしていた時。

 

「遅い」

「グッハァァ!」

 

 フェイトの背後からそんな声が聞こえ、勝負の最中だというのにフェイトは振り返り、シグナムは呆然と見ていた。

 

「…無事だったか、長嶋」

 

 不意に漏れた彼女の安堵の声。それが聞こえたかどうかわからないが、彼はフェイトを襲おうとした仮面をつけた男を肩で抱えた状態で答えた。

 

「お前のおかげで助かったからな……が、今は関係ない」

 

 そう言い切った刹那。彼の姿はゆらりとゆがみ、そのまま霧のように消えてしまった。

 驚く二人に、彼の声だけが頭に残った。

 

『気が済むまで戦えばいい。闇の書の主の安否が気にならないのならな』

「なっ!? どういう事だ長嶋!! まさか、貴様……!!」

「え、ど、どういうこと?」

 

 突然のシグナムの変貌に戸惑うフェイト。それに伴い、大智の言葉も気になった。

 闇の書の主の安否? それってもしかして……。

 

「くっ。勝負はまた預ける! 今はそれどころではない!!」

 

 考え事をしている途中にシグナムにそういわれ、我に返った時にはすでに遅く。

 シグナムは消えており、残されたのはフェイトと消化不良な謎だけだった。

 

 

 

「返せよテメェ!」

 

 ヴィータは得意げに笑いながら本で遊んでいる大智に向かって叫ぶ。

 しかしながら、彼はもう片方の手を耳に当て「え?」という顔をした。

 絶対にバカにしてるとヴィータが思った瞬間、彼女の手は出ていた。

 

「おうらぁ!」

 

 自身のデバイスであるグラーフアイゼンを叩きつけるように構え、なのはを通り過ぎて大智へと突っ込むヴィータ。

 しかしながらその攻撃は不発。

 振りかぶった瞬間にはすでに姿はなく、声でどこにいたのか理解させられた。

 

「まったくもって遅い」

「なっ!」

「うそっ……肩にとまってる?」

 

 彼はヴィータのデバイスがあった方とは別の肩に片足でとまっており、その重さ自体を感じさせないでいた。

 今の彼はさながら軽業師。今風に言うならサーカス団員。

 なのは達が驚いていると、また大智はいなくなっていた。

 

 とっさに探す二人。

 先に見つけたのは、レイジングハートだった。

 

『マスター。ここから前方二百メートル先に新たな魔力反応があります!』

「え!?」

「そっちかぁ!!」

「あ、待ってよ!」

 

 驚くなのはを無視して、ヴィータはレイジングハートが言った方向へ飛んでいく。

 それを見てあわてたなのはは、ヴィータを追いかけた。

 

「…さて。これで俺の方は揃ったから……」

「ぎっ、ぐっ」

「待ちや」

「帰るか」

「がれ!」

 

 ヴィータの攻撃もむなしく空振り、大智は仮面をつけたものの首を開いていた手で掴んだまま消えた。

 まるで霧のように、姿を揺らしながら。

 

「……どうなってる、の?」

 

 ヴィータが空中で膝をついて「チクショーー!!」と泣き叫ぶのを見た追いついたなのはは、事態の急変について行けず、ただ呆然と見守るだけしかできなかった。

 

 これにより、原作通りになるはずだった物語が急変する。

 誰かが知り、誰もが知らないうちに。

 独りの少年によって、終わりへ向かう。

 

 

 

 

 

「ずいぶん遅かったな、ノス(・・)

「いやだってこれ(・・)の他に彼女(・・)まで捕まえるんだよ? 君より時間はかかるさ」

 

 ここはノス――吸血鬼の真祖であり、吸血鬼と人間が仲良くしている世界の【統括者】――の世界の人里離れた小屋。

 つい最近まで人が住んでいたようだが、ちょっとばかし不幸な目に遭ったらしく無人になったそうだ。

 ちなみに今のノスの姿は俺。高町達のところへ行ったのがこいつだ。

 

 俺は小屋を改造しながら「手伝ってくれて助かった」と言うと、ノスは姿を戻してから「どういたしまして」と答え、「ところで、この子はどうすればいい? あの子(・・・)と同じようにする?」と訊いてきたので、「あぁ」と頷いた。

 

 わかったよ。そう言いながら小屋を出たらしいノスも気にせず、俺は一心に小屋を改造していた。

 

 

 闇の書、いやそうなる前の忘却神具――少しばかり嫌だが――【悪魔召喚の書(デモニック・サモン)】のバグを取り除くために。

 

 

 悪魔召喚の書(デモニック・サモン)。名称は様々あるらしいが、これが正式名称らしい。

 その内容はもちろん、悪魔を召喚する儀式について。

 ただし、それを見るには人の血を本のページ一枚一枚にたらさなければならず、仮に見れたとしても自分の魂を担保にして召喚するので、悪魔に魂をとられたらその本は白紙になってしまう。

 それが本来の内容。

 だが今闇の書と化しているこれは、魔力と魔法を集め全ページが埋まれば使用者をのみ込んで破壊の嵐をまき散らす、只のはた迷惑な本。

 

 よって俺はこの本の編纂をしながらバグを取り除き、少しばかり元に戻すことに決めた。

 そうすれば八神は助かり、斉原も目的を達成し、ハッピーエンドになる。

 

「んな訳がないだろうが、長嶋」

「……来たか、マモン」

 

 改造する手を止めて立ち上がり、振り向く。そこにいたのは、天上を乗っ取った悪魔。そして俺を一度殺し、一度殺しかけ、今俺が持っている本の本来の主の一柱。

 相変わらず天上の体にいるのか、本人がしないだろう下種な笑みを浮かべながら口を――

 

「出てけ」

「!?」

 

 ――開かせる前に小屋の扉と一緒にそいつを殴り飛ばした。いや、そいつを殴り飛ばしたら小屋の扉まで飛んで行った。

 やれやれ、やる前に片付けるか。そう思いながらバリアジャケットを魔力を解放した後に展開して、飛んで行った先へ向かう。

 

「やれやれ。いきなり殴ることないだろ。こいつ、一応お前のクラスメイトだぞ?」

「死んだら墓位建ててやる。それで? 取り返しに来たのか?」

「まぁな。あの女二人は諦めて、とりあえずお前が戻そうとしている本を返してもらう」

「嫌だといったら?」

「仕方ねぇからこうする、ってよ!!」

 

 地面から俺を囲むように現れた黒い帯。それぞれが俺を突き刺すのかと思いきや、包むように回りだした。

 時間稼ぎにでもするつもりだったらしい。が、

 

「無駄以外の何物でもない」

 

 はみ出ていた太刀を軽く横に振るう。それだけでいともたやすく黒い帯が折れる。

 

「バーカ」

 

 俺が黒い帯を折ったことが予想の範囲内だったのだろう。マモンは薄く笑うと、左人差し指で俺の事を指しながらそう言って、銃を撃つ真似をする。

 その瞬間、俺の足元ごと黒い帯が爆発した。

 

 でも俺に効いてはいない。爆風から平然と飛び出し、太刀を放り投げながらマモンへ駆け、同じく平然として黒い剣を生み出しているマモンに対し、右の手のひらで軽く肺のあたりを押す。

 力をほとんどいれていないこの行動。にもかかわらず天上は前のめりに倒れ、マモンが翼を広げて宙を漂いながら混乱していた。

 

「おいこら。どういうことだ、これは?」

「引き剥がされたことが不思議か?」

「…答える気は、ねぇんだな」

 

 考えるのをやめたのか、ため息をついたマモン。そして俺に殺意バリバリの視線を向けながら

 

「死…グワッ!」

 

 投げた太刀が尻尾に刺さり、そのまま地面に落下した。

 腹ばいで叩きつけられたせいで咳き込んでいるらしい。おまけに太刀が地面に刺さったので、尻尾を切らない限り地面に這いつくばったまま。

 そんな状態のマモンに近づき、俺は訊いた。

 

「なんで戻してはダメなんだ?」

「あれがなくなったから、俺達悪魔も神様達と同じように自由に世界を行き来できるようになったんだ。あったら俺達七つの大罪以外の悪魔も閉じ込められちまう。だからこの世界に流して、くれてやるつもりだったんだ!」

「……なるほど。では俺が殺されかけたのは?」

「お前が関わると知って、余計な事をさせないように殺そうとした。だが器の方が拒絶したせいで殺し損ねた。それだけだ」

 

 そう言ったと同時にマモンは俺に飛びかかってきたので、右のミドルキックで吹き飛ばす。

 加減はした。こいつには説明の一つでもしてやらないと、ダメだったから。

 一足飛びで近づいてから、俺は倒れているマモンを見下ろしつつ言い放った。

 

「あの本をあのまま渡したら死ぬぞ」

「…だろうな。だが、この原作の流れならあの本は浄化され、手元に残る。そういわれて(・・・・・・)、な」

 

 マモンはダメージの蓄積量がやばいのか、ゆっくりとそう言った。

 俺は、最後の言葉に反応した。

 

「そう言われて、だと?」

 

 ――――第三者が出てくることに、驚きながら。




さて次の冒頭で真犯人が分かるかもしれません。
ご愛読ありがとうございます。


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74:悪魔召喚の書

いよいよややこしくなってきた。


 俺は闇の書について、『悪魔召喚の書を初代釈迦が無害なものへ改造して世界情勢を知る本にしたのだが、ある日盗まれて人に渡った。その時にはすでに闇の書の前身である夜天の書へとなっており、そこから改悪を重ねて出来てしまったもの』という話を聞いた。

 

 盗んだ奴は誰だと質問したのだが、スサノオは『わからん』とはぐらかした。

 嘘だと分かってはいたが、どうしても言いたくないのだろうと思いそれ以上は訊かなかった。

 

 だから俺は夜天の書に戻すために本を奪い、マモンに操られていたのかわからなかったが妨害しそうな少女二人を拘束した。

 

 なのにマモンの口から第三者の存在を示唆された。

 悪魔の虚言だと突っぱねることが出来る話だが、弱ってる状態でそんなことを言う悪魔はほとんどいないだろう。

 ましてやマモンは『欲望』を司っている。生きることに貪欲ならば、あまり嘘をいう事はないだろう。

 とりあえず第三者がいることを仮定しよう。俺は頭でそう決めていると、マモンが「ああ」と肯定した。

 

「いたさ。悪魔の中で一番話が分かる俺に、そう持ちかけてきた奴がな」

 

 まぁ話が分かる云々は置いておこう。俺には判断がしづらい。

 

「そいつは誰だ?」

「そいつ()はな……」

「極東に生まれし神の遣い、か。久し振り、といえばいいのだろうか」

「「!?」」

 

 突如別な声が聞こえ、マモンは「まさか…」という顔をしたので、俺は声の主へ振り返る。

 そこにいたのは、純白の翼を背中から生やしており、古代ギリシャ人がしてそうな格好をしている四人組(・・・)がいた。

 俺はすぐに正体を看破したが、あまりにも予想外だったので一歩下がり、そいつらの総称を呼んだ。

 

「…なんで、大天使の奴らが」

「全ては我らが主のために」

 

 間髪入れずに前の方にいた金髪――ミカエルが答える。

 その後ろにいる三人は、ミカエルの答えに頷く。

 

「我ら主の命により原作にアレンジを加え」

「最終的に流れを変えることなく」

「悪魔を全滅させることを考えておられる」

「故に本は返してもらう。アレがなければ始まらない」

 

 ……。なんていうか、こいつら馬鹿なんだろうか。

 俺は、いかにも俺達を痛めつけますよ的なオーラを発している四人組を見ながらそう思った。

 とりあえず声をかける。

 

「お前ら。一応計画全部吐いたからな?」

「「「「………謀ったな」」」」

 

 声が揃う。なんかしまりがない。

 まぁそんなこと良いかと思いながらマモンを蹴飛ばして大天使たちを嘲笑い、挑発するように言った。

 

「来いよお前ら。倒したら本を返してやろうじゃないか」

「笑止」

 

 ミカエルの魔力……いや、神力か。それが一気に膨れ上がる。

 さすが腐っても大天使の長。神に等しき力を持つ天使か。

 そんな感想を抱きながら、特に気負いもせずに自然体のまま。

 

「ようやく悟ったか」

「これが構えだからな。悟ったわけじゃないし。かかってこいよ」

「……小僧が」

 

 中性的だが端正な顔立ちが歪む。その次の瞬間目の前に現れたので、右手を相手の胸に当て普通に押した。

 

 魔力の全て(・・・・・)を手に(・・・)まとわせて(・・・・・)

 

 俺のレアスキル、自動身体強化。桁外れな身体能力の補助程度にしか今まで使わなかったが、文字通りその身体能力に魔力を上乗せして倍以上に出来るようになった。ただし自動なので、無意識内で魔力による強化の具体案を出さなければいけない。

 まぁ、簡単にできたが。

 

 で、俺の身体能力プラス全魔力一点集中(+収束・圧縮)による相乗効果により、ミカエルはそのまま大天使たちを巻き込んで森の中に突っ込み、聞こえなくなった。

 随分あっさり終わったと思いながらバリアジャケットを解除し、マモンを探すが見つからない。

 ついでに言うと、天上の姿も見当たらない。

 

 まさかと思いゆっくり改造中の小屋へ戻ると、やはり奪った本が消えていた。

 

「盗んで消えやがったなあの野郎」

「そりゃないよー。言われたとおり、せっかくクロノ仲間に引き込んだのにー」

「な、長嶋が二人!? 一体どうなってるんだ!」

 

 振り返ると、俺の姿をして崩れてるノスと、俺が二人いることに驚き交互に見ながらあわてているハラオウンがいた。

 説明する時間も惜しいがノス曰く仲間に引き込んだそうなので、俺は簡単に説明した。

 

「あっちが吸血鬼。話自体は聞いたことないか? 吸血鬼の変身能力」

「いや、待て。吸血鬼だと? そんなのが存在するのか?」

「神様がいるのに吸血鬼がいないわけないだろ。ついでに言えば悪魔や天使もいる」

「……世界は広いな」

「お前らが管理してる世界なんて一握りだってことがよくわかったところで……さっそく行くぞ」

「ちょっと待て。僕はまだ説明もなにもされてな――」

「移動中に説明してやる。ノス。回廊出してくれ」

「OK~」

「いくぞ」

「うわっ!」

 

 とりあえず騒がしくなりそうなのでノスに回廊を出してもらい、ハラオウンと一緒にその中に飛び込む。

 さぁ、このままあいつが戻りそうな場所へ行くとしようか。

 

 

 

 

 

 

 

*……視点

 

「無事に戻ってくれることを祈るよ。僕は僕で、やることがあるからね」

 

 回廊を消してからボソッと呟くノスの視線の先には、先ほど吹っ飛ばした大天使たち……ではなく、一人の女だった。

 

「特異点がいるとバレ易いんだよねー。彼も気づいてたようだけど何もしなかったし。何か用かい?」

「……」

 

 精一杯の笑顔で彼は聞くが、彼女は何も語らない。

 彼女はそこにたたずんでいるだけ。髪が長いせいなのか顔は見えず、身長的には百六十ぐらいだろうか。それ以外は着てる服が女物だったために、女性と判断できたのみ。

 ただ漏れ出す気配が尋常じゃないため、彼は友好的な態度を一応とっているのだ。

 

「だんまりかい?」

「……がう」

「?」

 

 ようやく聞き取れた声。その声に感情らしきものが感じられず、ただ機械のようにしゃべっているようだった。

 がうってことは「違う」ということかな? そんなことを思いながら様子を見ていると、ようやく聞こえた。

 

「あなたじゃ、ない」

「…どういうことかな?」

 

 少しばかり威圧するために神力を解放するノス。しかしながらビクともせずに、彼女は一歩踏み出してノスに質問してきた。

 

「どこに、いるの?」

「誰が?」

 

 見当がつかないので首を傾げるノス。

 それに対し彼女は一言告げた。

 

狭間の人間(・・・・・)

「――っ! 君がそうなんだね(・・・・・・・・)!!」

「どこ?」

 

 ノスが理解を示した瞬間、彼女から漏れ出す気配が膨れ上がった。それは四千年近く生きていた彼にとって初めての感覚だった。

 彼女の正体は知っている。その力の正体も知っている。しかし、今のような神が世界を影から見守るような制度ができる前に封印(・・)されていたはずなのだから、会う事なんてなかった。

 思わずたじろいで一歩後ろに下がる。それを彼女は見ておらず、空を見上げて呟いた。

 

あと半分(・・・・)

「え?」

 

 聞き返した時にはすでにおらず、まるで彼女は煙のように消えていた。

 

「ふぅ……まいったね。あんな怪物(・・)が起きかけてるのか。これには関わらないだろうけど、待ってる未来は破滅か、栄光か…どちらにせよ、大智がカギを握ってるのかもしれない」

 

 ため息をついてそう言った彼は、肩を落としてから見上げ、この世界に浮いてる月が雲がかって見えないことに気付いた。

 

 とりあえず心配だけをしておこうかなと思いながら蝙蝠になった彼は、そのまま自宅へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 ノスと髪の長い少女が対峙していたのと同時刻。

 クロノと大智は回廊の中を走りながら、今回の件について話をしていた。

 

「今回はまた複雑になった。悪魔やら天使やらのせいで少しばかりややこしいものに、な」

「僕は十年前の事件から悪魔が動いてることしか知らない。そして、今の闇の書の所有者の名前しか」

「リーゼ姉妹が悪魔に憑りつかれて、グレアム提督は聞かざるを得なかった状態だったんだろ?」

「あぁ…しかし、その悪魔の目的や天使の目的のせいで今回の件が複雑化した、ということしか僕にはわからないんだが」

「今から説明してやる。そもそもの発端は闇の書――正確に言うなら悪魔召喚の書(デモニック・サモン)という忘却神具の一つが持ち出されて改造されたのが始まりだ」

「……そういえば、すべてのロストロギアが神の忘れ物という報告がアースラ内であるんだが…アレはそういう意味か?」

「だろうな。その改造された本そのものはもう危険じゃなかったんだ。悪魔たちは自由になったが、各々好きな様に過ごしてるだけらしい。マモンの必死そうなところを見ると、そうとれた」

「マモン……?」

「悪魔の名前の一つだ。七つの大罪のうちの一つ、強欲を司る、な」

「なるほど……それで?」

「最初の改造だけなら問題はなかった。問題はそのあと――その本が盗まれて何かを仲介し、人間の手に渡った。そこから今回の件が始まることになった。欲にまみれた改悪のせいでな」

 

 喋っているとマーカーしたところが見えた大智は、クロノの手を引っ張ってその中に飛び込んだ。

 そしてすぐに出てきたところは――海鳴市のビルの屋上。

 

「ここに奴がいるのか?」

「奴ら、の方がしっくりくる。とりあえずさっさとその本のバグを取り除いて、八神に返して、正確に起動してもらわないと」

「な!? 君は何を言っているんだ!」

「バグを取り除いてから起動させる。そう言っただけだ。まぁ、そのバグを消し去らないと話にならないだろうが」

「……それはつまり、完全に戻せるという事か?」

「やってみなければわからないが、見つけなければできない。…行くぞ」

 

 そういうと同時にコンクリートを抉るように足に力を入れ、大智は空を跳び上がる。

 ここ数日自分に似た強者と闘ったことにより感覚が昔に戻っている彼は、先程まで近くにいたマモンの匂いや天上の魔力などが、この街のどこにあるのか分かっていた。

 久し振りに『あの頃の自分』に戻った大智は笑う(・・)。自分が今生き生きとしてることを実感してきたから。

 それを追うようにクロノも飛んでいるが、いかんせん自力の違いのせいで距離はすごく離されている。

 それでも追っていけてるのは、彼が微量に発している魔力を感じ取れているからか。

 そんな二人がマモンを見つけたのは、それからすぐだった。

 

 

「……マモン。この本はなんだい?」

『お前が俺を召喚したような本だよ。元だけど』

「ふ~ん。これがね……」

『悪いが、俺はしばらく出れない。お前には色々と不条理な光景がうつると思うが、説明できないと思ってくれ』

「今更じゃないか。君みたいな悪魔と契約してる時点でね」

 

 天上は本を抱えながら独り言のようにつぶやく。辺りには誰もおらず、また街灯もない。

 まるで、心の内に住んでいるマモンと会話するかのように。

 

 

 天上力也は生まれた頃からすべてを持っていた。…そう思わせるほど、身近に彼を越える人がいなかった。

 

 小学校に上がる前までは。

 

 入学前のテスト。簡単だと自負していたものの結果が何と三位。

 何かの間違いだと上を見ると、一位にはアリサ・バニングス、二位に長嶋大智という名前が。しかも隣の点数を見ると、二人とも全教科で一問二問しか間違っていなかった。

 

 各教科で一問二問間違っただけでいきがっていた自分より、上を行く二人。

 

 わずか六歳で彼が初めて味わった、屈辱の結果だった。

 

 

 それから彼は今まで以上に勉強や運動、習い事などを頑張った。クラスでは手下というかしもべみたいな奴らができ、女子にモテた。

 それでも二人――特に長嶋は抜けなかった。

 テストはあの時以外全問満点でぶっちぎり、運動したところは見たことはないが、毎日学校へ徒歩で登校してるという話を聞くと勝てる気もせず、音楽などは平然とした顔でピアノ伴奏をやったり(そういう話を聞いた)、絵のコンクールに出したら受賞は当たり前の腕前だったりと、すべてが彼の努力を無にするほどだった。

 

 しかも人気という点を取ればバニングス・月村・高町が自分以上。つまり、彼は完全に打ちのめされていた。

 

 挫折、といってもいいだろう。ともかく、彼の心は限界だった。

 

 まだだ。まだ足りない。もっと、もっと!

 何が何でも勝ちたかった彼は、その一心で努力を惜しまなかった。

 

 そんなある日の事。

 家に帰った彼は執事に『たまには本を読んでゆっくりしてください』と言われ、仕方なく書庫にあった緑色の薄い本を読んでいると、どこからともなく声が聞こえた。

 

「おうおうおう。最っっ高に強欲なガキが居やがるぜ。何が何でも自分が上だと証明したいガキがよ」

 

 空耳かと顔を上げる。するとそこには、すべてが真っ黒の【何か】が存在していた。

 

 ――それが、マモンとの出会いだった。

 

 

「お前は僕の願いが叶ったら魂を持っていくんだよな?」

『そりゃそうさ。契約で嘘はつかないよ』

「…何年かかってもか?」

『一応な』

 

 その言葉を聞いて開いている手で拳を作る天上。

 

「なら絶対にやるさ。あいつを越える為に!」

「もしかしなくても俺の事だよな、天上」

「!」

 

 視線を前の方へ移すと、彼がいた。

 

 

 ――すべてを見透かしてるような、元来の瞳で。

 

 

 

「もう学校は休みだったか?」




ここから最後までほとんど三人称になります

ありがとうございます。


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75:天使と悪魔と原作と

ちなみにG.O.D事件? はやりません。詳細は物語が進むにつれてわかると思います


「……ッ、長嶋ぁ!!」

 

 唇をかんでから叫ぶ天上。その視線の先にいた彼は特に気にした様子もなく、一歩前に出てから返した。

 

「なんだ?」

「君、看病はどうした」

「……ああ。何とかなった(・・・・・・)

「!!」

 

 長嶋は彼の話を聞いて少し不思議に思ったが、おそらく学校への言い訳だろうと思い直し、心配いらいないことを平然と言う。

 それを聞いた天上は、作った拳を強く握りしめる。

 

 まただ…こいつは当たり前のように平然と結果だけを言う。それが、初めからそうなることが普通であるかのように。

 そんな気持ちを抱く天上。その黒い感情をマモンは気持ちよさそうに受けていた。

 

 いいねぇ。ガキってのはこれだから取り入りやすい。

 心の中で天上を嘲笑う。声も何も出ていないので、宿り主である彼には聞こえない。

 

 そんな胸の内にいるマモンの気持ちも知らず、ついに天上は爆発した。

 

「……いい加減にしろよ」

「何が」

「その澄ました顔! 見通してるといいたそうな目!! なんだよお前は!」

「……?」

「分からないか!? そりゃそうだろうな! 僕達下の連中なんてほとんど見向きもしなかったんだからな!!」

「……」

「いつもそうだ! 必死で努力してる奴らよりはるか上に居やがって……必死になってる奴らを歯牙にもかけずにスルーしていって!! それでも必死に這い上がろうとしてる人間の気持ちを考えたことがあるのか!? ないよな!」

「……」

 

 終始黙り続ける大智。別に反論しようとすればでき、相手を論破してしまうのだが、何を思ったのかずっと聞き続けていた。

 これ幸いと、天上は鬱憤を晴らしていく。

 

「天才は僕だ! 僕は与えられた存在なんだ!! それなのに君は退屈そうにそのすべてを越えて行った。まるでお前達なんか興味がないと云う様にね! なんでだ!? 僕は努力していた。僕の方がすべてを上回っていなければならないはずなのに、どうして君に届かない!!?」

 

 ――――嫉妬か。自分は特別だと思い込んだ。

 冷静に話を聞いていた(顔の表情一つも変えなかった)大智は、こうなった原因を看破していた。

 才ある者ゆえに自分は上だと奢る。その結果真っ先に死ぬことも知らず。

 前世で似たような末路を見たことがある彼にとって、今の天上にはそろそろ現実に目を戻してもらわなければいけないと直感した。

 しかし、つい今日自分も『人』だと自覚したばかりなので言える言葉はない。

 掛ける言葉はないがどうするべきかと思い悩んでいると、天上はその態度に声を張り上げた。

 

「どうした! 反論もなにもしないのか!?」

「……ハァ」

 

 だが返ってきたのはため息。これに我慢の限界だった天上はついにキレ、本を持ったまま殴り掛かった。

 

「うおぉぉぉ!」

 

 走って距離を詰め、拳を背中まで引いて殴り掛かる。が、それより先に大智は天上の両肩をつかんでおり、殴ろうにも両肩にかかっている大智の手がそれを邪魔する。

 下手をすると肩を壊しかねない力がかかっているにもかかわらず、なおも殴ろうとする意志を見せる天上。

 それを感じ取りながらも、大智は動かないことを良いことに言い放った。

 

特別な人間(・・・・・)というのは全員だ(・・・)。何もお前に限った話じゃない」

「うそだっ! いるのだったら生まれた頃にすでに近くにいたって事だろ!!」

「いるさ。人間、何かしらの特別を持っているのだから」

「じゃぁ僕もその中の一人だっていうのか!?」

「ああ」

「そんなのは常に上にいる天才(・・)だから言えるセリフだ! 惑わされるわけにはいかない!!」

「俺は天才(・・)じゃない」

「――――!?」

 

 宣言に似た強い口調で否定した大智の言葉に、天上は今度こそ戸惑った。

 その隙を逃さず追撃をしようと思い口を開きかけた大智だったが、不意に感じた強大な気配に天上を背後に投げて声を張り上げた。

 

「ハラオウン! 来るぞ(・・・)!! 守れ!」

「分かった!」

 

 投げられた天上は何が起こったのかわからないまま道路に激突するかと思ったが、クロノがキャッチして地面に降ろしたために事なきを得た。

 が、どうなっているのか理解が出来ない。心の中のマモンがそんなことを言っていたが、実際起こってみれば、理解が追い付かないものだった。

 突如として現れた珍妙な格好をした男の子。その子に指示を出した大智。そして前方にまた突然に表れた、白い羽の生えた美形たち。

 非現実的な光景を目の当たりにしながらも意識を保っていた天上は、「…これは夢かい?」と呟いた。

 

 それを聞いたクロノは前方にいる羽の生えた人たちを警戒しながら「夢じゃない。君が知らない、もう一つの現実だ」と答えた。

 

「渡してもらおうか」

 

 代表してミカエルが言った。

 何が、何を、と主語は抜けているが、何のことか知っている大智は「いやだね」と突っぱねた。

 

誰の指示で(・・・・・)こんなこと(・・・・・)やってるか(・・・・・)知らないが(・・・・・)、渡すわけにはいかない」

「やはりか」

「あぁ」

「「……」」

 

 ついににらみ合いとなった両者。その間にクロノは天上と一緒に後ろに下がっていた。

 が、それを見逃す大天使達ではない。ラファエルとウリエルがその二人を追おうと羽を広げる準備をしていたが、それを見た大智が発した殺気で膠着状態になってしまった。

 

 大智は後ろの二人に向けて言った。

 

「進め」

「…ああ」

「……」

 

 そのまま駈け出す二人。それを見送らずに大智は、ミカエル達を睨みながら犬歯を見せて笑って言った。

 

「行くぞ、偽物共(・・・)。全滅させて、介入阻止してやる」

 

 その答えを聞いたミカエルたちは、普通ではありえないほど口が裂けて笑った。

 

 

 

「とりあえずなのはちゃんとフェイトちゃんには帰ってもらったけど……クロノはどこにいるのかしら?」

 

 リンディは、点検が終了したアースラの司令部で頬杖を突きながら、そんなことを呟いた。

 

 

 

 大智が闇の書と仮面の男二人を回収して行った後の事。

 アースラに戻ってきたフェイトとなのはは、考え込んだ様子でリンディたちの下へ来た。

 

「大丈夫だった二人とも?」

「「はい…」」

 

 エイミィが笑顔で二人に訊ねるが、先程の事が気になってるせいか生返事が否めない。

 と、そこへアースラに異常が起こった。

 

「外部から通信機能がジャックされました! コントロールは完全に奪われてます!!」

「なんですって!? 逆探知は!?」

「やってますが一切探知できません! モニター、勝手に開きます!!」

 

 その言葉と同時にモニターがうつる。そこに映っていたのは、先程暴れ回った長嶋大智(ノスフェラトス)だった。

 全員が固唾を飲む中、彼はいつもの無表情でしゃべりだした。

 

「この場にお集まりの皆さんこんばんは。時間がないから用件だけを述べるが、クロノ・ハラオウン。お前ただ一人(・・・・・・)こちらが指定する場所へ来てもらおう。誰かを連れて着たらそいつらと彼が、まとめてそちらに戻れないことを明言しておく」

 

 そして切れるモニター。あまりに一方的な話に場が騒然となるが、リンディの「落ち着いて」という言葉に静まる。

 

「母さ――いえ、提督」

 

 静まった場にクロノの声が響き渡る。全員がリンディと彼の姿に集まる中、クロノは宣言した。

 

「行ってきます」

「そう……分かったわ」

「「「!!?」」」

 

 すぐに肯定するとは思わなかったのか驚きに包まれる。

 彼らが親子だというのは周知の事実。だから、わざわざ危険そうな場所へ条件を飲んでいかせるわけがないと思っていた。

 でも行かせた。その事実が彼ら以外の思考に混迷を極めた。

 

 そんな事お構いなしに、二人は続ける。

 

「行ってらっしゃい」

「サーチャーとかは無意味だろうからつけないでね……行ってきます」

 

 全員を置いてけぼりにして司令部を出て行くクロノ。そんな彼を見送った彼女は、この場にいる全員に言った。

 

「なに驚いてるのよみんな」

 

 代表してなのはが聞いた。

 

「リンディさん、本当にいいんですか…?」

「別に構わないわよ。クロノはあれでも執務官だし、長嶋君は言ったことは守るから……それに」

「それに?」

「ううん! なんでもないわ!!」

 

 思わず口走りそうになった言葉を誤魔化す。下手に不安を煽る様なことを言ったら、不安にさせることなど目に見えていたからだ。

 

 特に、民間協力者と観察対象として籍を置いている彼女達が。

 

 彼女は数度の長嶋との対談で意識を変えていた。

 相手の言葉を注意深く聞き、反論されないような場所で発言する。

 こうして指示を出すときは、部下の人たちになるべく不安を悟られないように振る舞う。

 すべては長嶋に論破され、いいように言われたから。それを糧にして、彼女は指揮官として成長した(あまり自覚はないようだが)。

 

 誤魔化した後、リンディはなのはとフェイトに向かって「もう今日は遅いから、二人とも帰っていいわよ」と言って帰らせ、今に至っている。

 

 エイミィは振り向いて聞いた。

 

「さっきはあんなに自信満々だったじゃないですか」

「そりゃそうよ。あの子の実力は認めてるけど、まだ子供だもの」

「でも信じているんですよね?」

「えぇ。何をしてるか知らないけど、ね」

 

 現在はヴォルケンリッター及び長嶋大智、闇の書、クロノ・ハラオウンの捜索。一気に捜索対象が増えたため、全員がモニターと睨めっこしている。

 

「見つかりませんねー」

「そうね」

 

 と、ここで反応と通信の両方が来た。

 

「海鳴市にて魔力反応! この巨大さは……()です!!」

『こちらクロノ・ハラオウン! 闇の書――いや悪魔召喚の書を持っている人物とただいま敵から逃走中!! 至急、応援を!』

 

 オペレーターの一人とクロノ・ハラオウン。問題の半分以上が解決できそうな報告に思考停止になりかけたリンディだったがすぐに持ち直し、すぐさま指示を出す。

 

「なのはちゃんとフェイトちゃんに連絡して急行させて! 私達は情報の整理をするわよ!!」

「「「はっ!」」」

 

 そこにまたもモニターが強制的に映り、映った人物がリンディの名を呼んだ。

 

『リンディ君』

「! グレアム提督…!? どうしたのですか?」

『今君達が行動を起こそうとしてるのを知って、ね。前に関わった人として忠告をしておこうと思ってな』

「忠告、ですか」

『ああ。今回はもう、我々の手に(・・・・・)おえるものじゃない(・・・・・・・・・)。手を引いた方がいい』

「なっ! どういうことですか!?」

 

 突然の宣告。しかも手を引けという。

 そんなことを言われ、リンディは動揺しながらも反論した。

 

「なぜです!?」

『もうこれは我々の域を超えている。やらなくても処罰は起きないように上を説得した』

「我々の仕事は世界を護る事です! なぜそれを放棄することが許されるのですか!?」

『もともと管轄外だ。ここ以外にも世界がある』

「だからって目の前の世界を守らないという理由になりません!!」

『……これは善意での忠告だから聞くかどうかは自由だが。悲劇になってしまってからでは遅い、とだけ言っておこう』

 

 言うだけいって切れるモニター。

 切れたモニターが映っていた場所を見つめながら、リンディは神妙な面持ちで最後のグレアムの言葉を呟いた。

 

「悲劇になってしまってからでは遅い、ですって……?」




ちょくちょくお気に入りが増えて嬉しいです。

それを踏まえまして、ありがとうございます。


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76:集合、そして露見

お久し振りです。ただ今この先の先を書いております。ではどうぞ


 

「Sランクまで解放」

『了解しました』

 

 ナイトメアに魔力解放の指示をだし、対峙している四人の一挙一動を注意深く見る。

 不気味に笑うだけの大天使四人。その顔が美形な上に口が尋常なくらいに裂けているのでもはやホラー。

 やっぱり偽神、いや偽天使だったか。やっと確証を得た俺は、「誰の指示だ?」と訊かずこいつらを殺すことにした。

 まずはあいさつ代わりとして、馴染みつつある「銃弾(・・)四発」と口にして銃弾を生成し、発射。

 挨拶代りなので別に当てる気はなく、むしろ当たるわけがないだろうと思っていたら案の定飛んで避けたので、ニヤリと笑った俺は「サジタリウス(・・・・・・)」と呟く。

 

 すると、俺の左手にくっつくように身の丈ほどの機械弓(・・・)が現れた。

 おそらく、というか絶対にこの世界には存在しない兵器。それがこいつ。

 ま、浮いてるうちにさっさとやろうか。

 俺はその兵器に表示されたモニターで偽天使どもを見ながら構え、右手で弦を引く。

 

「堕ちろ、偽者ども…!」

 

 弦を放す。何も飛ばすものを引いてないのだが、これはそれでいい。

 なぜなら、弓の形状をしているが立派な戦術兵器(・・・・)なのだから。

 

 ビィィン! 放した弦が揺れる。力強く振動しているせいで切れないか心配だが、前世でも使っていたので問題ないだろうと考える。

 その瞬間、左手の甲の部分にある砲門から一筋の灰色の光が発射。その速度は光の如く、威力は絶大。

 現に発射と同時に避けようとしたミカエルは直撃して貫通。それで終わったと勘違いしたのかその場に留まっていたラファエルは、曲がってきた光による背後からの強襲を直撃。ウリエル・ガブリエルも似たような感じで光に貫かれた。

 

 

 サジタリウス。前世でいう携帯型光学戦術兵器に分類される武器。言ってしまえばモニターに映った敵をロックオンし、弦を引けば砲門から高速レーザーがロックオンした敵に全員当てるまで追いかける。戦術兵器と呼ばれる所以は『モニターに映った敵』というもの。それに映った人数は関係なく、レーザーの割に生き物のように追いかけるところからそう分類された。

 ただ難点なのが、一回攻撃を当てたらそれ以上狙わないこと。生きてる限り当て続けるのではなく、一回当たれば生きてても戻ってこないというもの。…まぁレーザー直撃して死ななそうな人間なぞそういないだろうが。

 

 ちなみにどうやって出したかというと、俺のレアスキル、魔力具現化。俺が知っているもの(・・・・・・・・・)すべて(・・・)を魔力で具現化するもの。前世での戦術兵器の数々から菓子まで(やったことはないが)、知っていればなんでも具現化できるという凶悪極まりない奴だが、人を形作ることはできず、初登場の際に使う魔力で以降も決まるという制約がある。証拠としては「銃弾」だろうか。あれは魔力弾ではなく、レアスキルによるものだ。

 それでもやはり、知っていれば具現化できるのだから恐ろしいものだと思う。何せバリアジャケットを展開せずとも一方的に攻撃できる手段が増えたのだから。

 

 さて長々と説明するのもよそうか。面倒になったし。

 

 俺は上空を睨みながらバリアジャケットを展開。

 今度は死に装束が着流し(しかもうすい灰色)に代わっていた。一体どこまで変化するのだろうかと不思議に思えてしまうのは仕方ないはずだ。

 バリアジャケットを展開し跳び上がる。そのまま上空に浮きながら、傷口を抑えていない上に笑みを崩さない四人が固まっていくのを見守る。

 レーザーの熱により本来なら焼き切れて熱がる筈だが、魔力が発射されていたせいか血が流れている。

 

 しかし、こいつらはそれでも(・・・・・・・・・)笑みを崩さなかった(・・・・・・・・・)

 なにかある。直感した俺は、さっさと終わらせようと奴らに向かった時、それは起こった。

 

「火は灯りの源」

「水は流れの源」

「土は生命の源」

「光は聖者の証」

「「「「ここに示さん我らの力、マテリアル・エデン」」」」

 

 突如として彼らの目の前に魔方陣が一つずつ展開され、その魔方陣が一つの大きな魔方陣を形作る。

 マズイ! 魔方陣が完成された瞬間に目の前に到達した俺は避けることが不可能だと判断し、障壁を展開。

 展開し終わったと同時に、魔方陣から様々な色の光が直線状に発射され、押し負けた俺はそのまま光に押され、消えても勢いで吹き飛んだ。

 

「ぐおっ!」

 

 怪我はないし衝撃もないが、現状に混乱していたから勢いを緩和することが出来ずに吹き飛び続ける。

 おかしい。血も出ているし、明らかにそれを見ている。なのになぜ、こいつらは正気を(・・・)失わない(・・・・)

 その上普通に四大天使の力を使ってきた。これは奴らが進化したとでも言うのか? それとも、これが奴らの成功作だとでも言うのか?

 

「きゃっ!」

「フェイトちゃん! …って、長嶋君!? どうしてここに!」

「なに、長嶋だと!?」

「大智!」

「長嶋、そっちは? ……って、聞くまでもないようだな」

「どういうことだ、長嶋! 説明しろ!!」

 

 何かにぶつかり勢いが殺されたようなので、その場で佇んで思考を切り替え、飛んできた方向へ全力で宙を飛ぶ。

 なにやらカオスな空間に入った気がしたが、思考を戦闘に切り替えたので気にならなかった。

 

 とりあえずもなにもなく、殺す。塵一つ残さずに消し飛ばす。

 

 そのことだけを考えながらわずか数秒で戻ってきた時、その天使たちの様子は大分様変わりしていた。

 純白だった翼は塗装がはがれたように色を失っており、整っていた顔立ちは崩れて醜悪に、爪が伸びて血を宙に漂わせていた。

 

「……やっぱりか」

 

 右手で握る太刀に力がこもる。

 やはりこいつらは偽神、いや偽天使。憐れに捕まった魂たち。

 俺は逡巡もせずにそいつらに切っ先を向け、宣言した。

 

まずは(・・・)テメェらだ。死にたい奴からかかってこい」

 

 色々と考えたいことがある。一体どこでこいつらが作られているのかや、こいつらをどうやってまとめているのか、等々。

 気がかりなこともあるし、不安なこともある。だが今は置いておこう。

 

 誰もが戦闘態勢をしているが襲い掛かってこないため、俺は太刀を降ろしてから宙を蹴ってラファエルの背後をとり、「無音静寂」と背中に手を当て呟く。

 魔方陣が展開されずにそれは発動し、エファエルは音もなく姿を消した(・・・)

 

「「「ゲヒャヒャ!」」」

 

 一人消えたからといって、他三人の攻撃性が取り除かれたわけではない。残りの奴らは一斉に血の散弾を、俺に向けて放ってしてきた。

 

 無音静寂。音がなく、静かなこと。そう捉えることができるそれは(・・・)、文字通り音もなく消滅させる(・・・・・・・・・)魔法(・・)である。

 ただし発動時に対象者の体のどこかに触れること、魔力をSランク分ほどごっそり持ってかれることぐらいのデメリットがある。

 まぁ体の怠さなんてアドレナリンのお蔭か感じないから、普通に血の散弾を避けたり弾いたりしているが。

 

 しかし三対一だとやはり疲れるな。分が悪いわけではないが、血の形状変化が厄介すぎる。

 固い球になったと思ったら棘が出てきて避けたり、槍がそのまま飛んできて弾こうとしたら途端に銃弾のような形になって炸裂したり、三方向からの同時射撃だったりと、避けることに必死にならざるを得ない。

 魔力の回復はすでに終わっている。このまま全魔力解放したいが、ほぼ全方位での攻撃の嵐を受けていると、さすがに指示を出せない。

 何とも歯がゆいと太刀で血の剣を弾き飛ばし、大槌を避け、槍となったものを魔力障壁で防ぎながら思っていると、俺の両脇を桃色と黄色のレーザーが通り過ぎて行った。

 

 無論偽天使の奴らは別なところにいるので当たらないが、それでも俺の周りの血液は吹き飛んだ。

 とりあえず後ろにいるであろう二人に礼を言うことにした。

 

「ありがとな、高町。テスタロッサ」

「…え、う、うん」

「なのは。長嶋君に色々訊きたいようだけど、それは後にした方がいいね」

「その通りだ。結界も張ってないから今頃大騒ぎになってるんじゃないか?」

「今はもう大丈夫だよ、長嶋君」

「そうか」

 

 会話も程々にして、俺はミカエルだった奴の目の前へ飛ぶ。

 

「死ね」

「グヒャ」

 

 俺が太刀を上段から振り下ろす速度と、そいつが口を開けていつのまにか作っていた血の塊が完成したのが同時だった。

 魔力を纏わせて切れ味・強度が上がっている太刀。これも自動身体強化の延長上で、太刀も体の一部と無意識で思っていればできるもの。昔の武士みたいな感覚なので、毎日バリアジャケットを展開して太刀を素振りしていた。その賜物であるはずなのだが……。

 

 やはり偽者でも大天使の長の魂を持つもの。攻撃速度に関してはこちらと変わらない、か。

 発射する寸前だった血の塊ごとミカエルを真っ二つにした俺は、太刀の柄をバトンのように右手で回しながら呟く。

 

「風招滅殺」

 

 ヒュゴォォ!! 回転してる太刀からそんな音が聞こえたと思ったら、偽ミカエルだった肉体は全て塵になった。

 単純に太刀の切っ先に魔力を集中させ、レーザーのように細い線を相手に当てながら回転させて肉体を細切れにしただけである。音は多分、その魔力が爆発して風を巻き起こしたのだろう。

 

 これで残るはウリエルとガブリエルか。そう思って先程そいつらがいた場所を見てみると、高町とテスタロッサが思いの外善戦していた。

 高町は移動しながら魔力弾で血を撃ち落し、テスタロッサは自身の速さで攻撃を避け続けたり魔法で消し飛ばして攻撃は当たっていなかった。

 だがそれだけ。向こうに攻撃を当てることが出来てない。

 魔力を全開放しながら様子を見ると、一部の血がおかしな方向へ向かっていた。

 

 ハラオウン達の方ではない。これは……!

 

「ざけんな!」

 

 その場で血が移動する方向の先に誰がいるのか分かった俺は、そう叫んで宙を蹴り全力でバニングス(・・・・・)と月村(・・・)の方へ向かった。

 

 

 

 

*……視点

 

 バニングスと月村は塾の帰りで歩いていた。本来鮫島が迎えに来るのだが、父の方が忙しくなったそうでそちらを優先させた結果になる。

 

「へぇ。図書館でそんな出会いがあったんだ」

「うん。長嶋君の事も知ってたみたい」

「…あいつって妙に有名人よね」

「そうだね。はやてちゃんも『最初の頃とは偉い変わったで』って笑いながら言ってたし」

「少しずれてるわよ、すずか」

「あれ? そう?」

「まったく…」

 

 足を止めてため息をつくバニングス。それを一歩先で待つ月村。

 そんな時、彼女達の前に猛スピードで飛んできた何者かが身を翻した勢いで、左拳で何かを殴った。

 

 言わずもなが、長嶋大智である。

 

 彼は己が出したスピードを利用して拳の速度を上げ、慣性の法則によって急激に止まった際に来るエネルギーをすべてその拳に乗せてやってきた血を殴って消滅させたのだ。

 血が消滅して少し後にパァァァァン! と音が鳴る。衝撃の風が辺りを襲う。

 何が起こったのかわからないが風に飛ばされないようにしていた二人は、それが収まった後に恐る恐る目を開けてこれを行った人物を見て、驚いていた。

 

「あ、あんた…なによその恰好」

「長嶋…君?」

 

 困惑する二人。その二人を見ずに長嶋は、右手に持っていた太刀の峰で肩を叩きながら言った。

 

「少しばかり面倒なことになってるんだ。事情の説明はあとにさせてくれ」

「う、うん…」

「……分かったわ」

「――――すぐに終わらせる」

 

 その言葉と同時に浮いていた彼は、再び宙を蹴って戻っていった。

 

 そんな後姿を、頬を少し赤く染めて見送る二人の姿があったが……彼は全く見ていなかった。




次回。戦闘に決着

ありがとうございます。


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77:決着からの説明

お久し振りです。忘れてたわけではありません


「はぁぁぁぁ!」

 

 テスタロッサはガブリエルに攻撃しようと接近するが、あちらの血液による攻撃に邪魔をされて近づけない。

 カートリッジを現在四つほど消費し残りが心もとない状態ゆえ、彼女は内心焦っていた。

 前回の様に何も分からずに攻撃を受けるということはなく、むしろ攻撃を避けられるようになったことに自分でも驚いているけど、それでも長嶋君のように攻撃を当てることが出来ない。それは一体どうして? まだ速さが足りないの?

 

 前回似たような存在に攻撃を良いようにされた彼女としては、せめて一矢報いたいという思いに駆られていた。

 

 再度それ(・・)に飛び込む。しかしそれは、血の銃弾の嵐により阻まれる。

 

「くっ!」

 

 急停止してから銃弾を避けることに集中する。彼女は装甲を限りなく薄くすることにより得た機動力と麒麟指導の訓練により、こうして何とか食らいつくことが出来ている。

 しかしながら長期戦に持ち込めるほどの体力があるかと問われれば、否。むしろ、機動力による短期決着がメインとなっていた。

 それでも連続での高速移動による戦闘は、体力を思った以上に削る。その上、一撃でも攻撃を浴びたら危険だと直感してるからか攻撃を避けることに集中するので、前回のシグナム戦より疲弊していた。

 

 その結果、なんとか銃弾の嵐を抜け出せた彼女は、少し距離を置いて少し休憩するかのように立ち止まる。

 

 普通ならそれは悪手だ。……彼女だけが(・・・・・)この場にいるのなら(・・・・・・・・・)

 

「フェイトちゃん!」

 

 呼びかけられた彼女は顔を上げる。すると、ウリエルと闘っていたなのはが、フェイトを襲おうとしていた血の剣を魔力弾で消し飛ばした。

 そしてすぐに目の前に現れるなのは。

 

「大丈夫?」

「うん。なんとか…そっちは?」

「なんか斉原君とシグナムさんが引き受けてくれてね」

「え…?」

 

 なのはの言葉を理解できなくなったフェイト。それを見たなのはも苦笑しながら「私も何がどうなってるか分かってないけど、今はどうやら味方みたいだよ?」と言ったのを聞き、同じく苦笑する。

 

「そんな場合があるかお前ら!」

 

 微笑ましい光景に邪魔をする声。はっと振り返るとそこには、障壁を展開し二人に一切攻撃を通していない長嶋の姿があった。

 彼はその障壁を展開させながら二人を叱る。

 

「偽神相手にそれとは余裕だなお前ら!」

「「うっ」」

「俺が障壁を展開させてなかったらお前らお陀仏だぞ!?」

「「…すみませんでした」」

「謝るんだったら行動しろ! 攻撃全て抑えてやるから、お前らで(・・・・)あいつを(・・・・)消滅させろ(・・・・・)!!」

「「……え?」」

 

 一瞬何を言われたか分からない二人。そんな二人を無視して障壁を解除した長嶋は、太刀を消して(・・・・・・)ガントレットを打ち合わせ、もう一度言う。

 

「俺がガブリエルのあの攻撃をすべて抑える。その間に二人の攻撃であいつを塵も残さず消滅させろ…お前達なら出来るだろう」

「「……」」

 

 まるで確信してるかのように言う長嶋に二人は戸惑ったが、なのはがすぐに嬉しそうに「うん!」と頷いたことにより話が決まった。

 

 それを聞いた彼は「なら俺は行く」と言って飛び出した。

 残された二人も行動を開始した。

 

「それじゃ、なのは。止めはお願い」

「うん。準備かかるから、それまでよろしく」

 

 やるべきことを確認し、二人は別々に行動を開始。

 

 なのははその場に留まり超長距離砲撃の準備を。フェイトは、長嶋が攻撃を抑えている間にガブリエルの動きを止めるために。

 

 

 一方で、シグナムと斉原VSウリエル。

 

「任せてと言ったものの…やっぱりきついな……衝撃が脳を揺さぶってくるよ」

「その隙に攻撃をしているが…あちらはまるで効いてないように見える」

 

 斉原とシグナムは、デュエル・シールドの陰に隠れてそんな会話をしていた。

 時折脇や背後からの攻撃が来るときは、シグナムが全部蒸発させた。

 

「にしても血液が主な攻撃手段って……なにあれ。本当に天使?」

「天使があのような姿なら、信仰心のかけらも生まれないと思うが」

 

 そんな会話をしつつ斉原は前を見据える。

 映っているのは、大量の血液が形作った武器。埋め尽くされているせいで、ウリエルがどこにいるか分からない。

 

「アレがなんなのかいまいち分からないけど……とりあえず僕達だけじゃ、このままジリ貧状態を続けるしかないのかな…」

「そういえば、その盾にもカートリッジが入っているのではなかったか?」

 

 背中合わせで前方以外の攻撃を蒸発させるシグナム。

 それに対し斉原は、「危険すぎるからやりたくてもできない、が正しいかな。シグナムの攻撃を受けても平然としてるなら、望みが薄いし」と答えた。

 

 そんな中、少し遠くから「全力全開! スターライト・ブレイカー!!」という声と共に、莫大な魔力が発射されたのが感じ取れた。

 なんとなく予想がついた斉原が「あっちはもう終わったみたいだね」と呟いた瞬間、「色即是空!」という声とともにデュエル・シールドに衝撃を与え続けていた血液が一斉に消し飛び、目の前にそのままその人物が立ちふさがった。

 聞き覚えのある声に安心した斉原は皮肉めいてつぶやく。

 

「まるでヒーローじゃないか」

「俺にそんな気はない。さっさと終わらして、この件に片をつけたいだけだ」

「それには賛成。僕に黙って何をしようとしてるのか聞きたいし」

「お前に許可をとる気なんてサラサラなかったがな」

「……云う様になったじゃん。答えが見えたのかな?」

「まぁな」

「長嶋…お前は一体何をしようとしている」

 

 シグナムが警戒したように訊ねる。それに対し、彼は「これを片づけたら答える。斉原。お前の魔法であいつを凍らせろ」と答えた。

 

「…なんで知ってるのさ?」

「スサノオが教えてくれた」

「…スサノオ?」

「お前がいたずらメールを送った相手だ」

「マジ?」

「ああ。だからさっさと凍らせろ。それで片が付く」

「……分かった。信じるよ」

 

 そう言って盾に籠るのをやめた斉原。そしてロングソードのカートリッジを三つほど消費して、それを振り下ろす。

 

「フリーズ・ブレイカァァァ!!」

 

 ロングソードが纏うは巨大な氷の剣。全てを凍てつかせる絶対零度の剣はそのまま動かなかったウリエルを切断し、その切り口からそれらを凍らせた。

 パキパキパキとすべてが凍り、音がしなくなったころには、半分になったウリエルは全て氷漬けになっていた。

 

「これで、終わり……?」

「ま、あとは砕くだけの簡単なお仕事だな」

 

 そう言って長嶋はウリエルに近づき殴りつける。

 ただそれだけで凍っていた全てが砕け、粉となって消えた。

 その光景を見ずに斉原達に向き直り、すべてを終わらせるためにこう言った。

 

「じゃ、ハラオウンの方へ行くか。そっから八神の家へお邪魔して、全員連れて事情を説明してやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 偽天使を全滅させた長嶋・斉原・シグナム・フェイト・なのはの五人は、先ほどまで自分たちがいた場所へ戻ってきた。

 

「終わったかい?」

「あぁ。で、天上は……」

「いったいどういうことか説…」

「本は?」

「……僕が持ってるよ」

「ならこれから八神の家でも行くか」

「「「「ちょっと待て(待って)」」」」

 

 クロノが本を掲げ、それを見た長嶋がそう言うと、ついてきた四人が一斉に待ったをかけた。

 だがそれで止まるような彼ではない。「全員そろってからだ」と一蹴し、伸びた天上を担いで飛んでしまった。

 

「……じゃ、行こうか」

 

 その言葉を漏らしたクロノは長嶋同様飛んでいき、残る四人も慌てた様に後を追った。

 

「あ。忘れてた」

 

 長嶋は天上を担ぎながら空中浮遊をしていたところ、思い出したかのように進路を変更する。

 その変更先にいたのは、やはりというかバニングスと月村。

 何故か動いた様子が見当たらない二人に首を傾げながらも目の前に着地し、声をかけた。

 

「おい」

「!? な、なによっ!」

「な、長嶋君!? ど、どうしたの?」

 

 慌てて反応する二人。その頬が赤いのは、厚着をしているだけではないだろう。

 無論そんな細かいことを気にしない長嶋は、「説明するからついて来い」と言って二人の間を通り過ぎたので、慌てて二人はついて行った。

 

「どこいくの?」

「八神家」

「……それって、すずかが最近知り合った子の家?」

「知らんが。多分そうじゃないのか?」

「多分て…」

「俺の知りうる限りじゃ、この界隈で『八神』という苗字は数件しかないから」

「なるほどね…」

「でも、長嶋君のこと知ってたよ? 『前と大分変ったんよ』って言ってたから」

「……なら、あいつしかいないな」

 

 そのまま歩いて行くことしばらく。

 天上がなぜここにいるのかという質問を軽く流し、目が覚めて騒ぎ始めたので引きずり、おとなしくなったから自力で歩かせたことがあったが、なんとか着いた。

 

「どこ行ってたの、一体…って、アリサちゃんにすずかちゃん!? どうしてここに!」

「長嶋、彼女達もいいのか?」

「どうせバレるんだったら別に」

「斉原にフェイト、それになのはまで」

「シグナムさんも…?」

 

 なのはたちと合流する形となった長嶋達。互いに言いたいことがあれど、この場は長嶋が支配しているせいか言葉を発しない。

 

「では行くか」

 

 玄関前に今回のメンバーが集まったことを確認した彼はそう呟き、指をパチンと鳴らす。

 その瞬間、彼がつい先程までいた小屋の前に、家の中にいたはやてにシャマル、ザフィーラにヴィータも一緒に転送された。

 

「な、なによこれ!」

「なんやこれ!」

 

 驚きで辺りを見渡すバニングスにはやて。

 その二人を無視する形で、長嶋は口を開いた。

 

「んじゃ、この本を直す前に種明かしと行こうか。二重三重とややこしくなった、今回の事件の全貌を」

 

 ――よく知ってる人間が見れば驚くほど自然な笑顔で。

 

 

 

 全員バリアジャケットを解除し、長嶋に至っては魔力まで封印した後。自分の笑顔で騒然となったことなどつゆ知らず、彼は説明を始めた。

 

「まず俺と斉原と高町とテスタロッサとハラオウン、そしてそこにいるシグナム、シャマル、ザフィーラ、ヴィータ。俺達は魔導師、あるいは魔法使いと呼ばれる類の不思議生物だ」

「ちょっ」

「それぞれデバイスと呼ばれる機械で変身し、自身に宿る魔力で魔法を使って正義のために戦う。俺はまた別だから俺以外の奴らだと思うが」

「それって、誰でもなれるの?」

「知らん。出会ってなければ高町はこんなことになってなかっただろうから、なろうとすればなれるんじゃないか?」

「色々審査があるから厳密には誰でも、という訳ではないぞ」

「だそうだ」

「そういえば、なしてシグナム達の事もその魔導師に挙げたんや? 確かに来たときは驚いたけど」

「今から説明する」

 

 そう言うと彼は小屋の中に入り、少しして三角脚のスタンドみたいなものを持ってきた。

 地面に置き、同じく持ってきたリモコンを操作したかと思うと、そのスタンドの先から全員が驚くような大きさの画面が現れた。

 ざっと五十インチぐらいだろうか。その画面には簡素な感じで『今回のあらまし』とだけ書いてあった。

 

 これについて説明する気がないのか、それとも時間が惜しいからか、進めて行った。

 

「全員が闇の書と言ってるが、本来これは天上に憑いている悪魔…強欲を司るマモンなどを呼び出すために必要な本だった。作者はルシファー。書いた本人も本に閉じ込められたため、人の手に渡った」

「ちょっと待って。それはロストロギアなんだ」

「それはこちら(人間)側の話。本来は神が忘れた、神に忘れられた道具たち――忘却神具と呼ばれるものだ」

「あーゴメン。さっぱり話が分からない」

「だったら口を挿むなよ斉原。ざっくりと理解するか、聞き流せば問題ない。言ったところで簡単に理解できるわけがないし」

「……あ、うん」

 

 このやり取りの間にいつの間にか画面は変わっていて、『神様と世界の簡単な関係』という題名の下に図解で神様と世界の関係が書かれていた。

 それを見たはやてが、首を傾げて呟いた。

 

「これ見る限りやったら神様ってホンマに居るんやと思うんやけど、普段どこで何してるん?」

「暇つぶしで世界に現れて俺達みたいにゲーム買って遊んだり、監視だけしたり、厄介ごとをけしかけたりして意地悪く眺めてたりしてる」

「なんでそんな詳しいん?」

「俺が神の遣いみたいな役割に不本意ながらなったからだよ。高町とテスタロッサは知ってる」

「どうなのよ?」

「う、うん。まぁ」「私達もお世話になったし」

「…そう」

「いいからさっさと進めろや。テメェの言葉がどういう事か、納得するところまで」

「少し待てマモン。…で、その人の手に渡った本は一回神が回収し、バックアップとなりうる本を残して原本を改造し無害なものにした」

「あぁ」

「だがそれは何者かの手によって盗まれた。バックアップごと」

「そうだ」

「バックアップはそのまま流されて段々と効力を失いつつ天上の家へ。原本は改悪されて人の手に渡った。それが斉原が言っていたこの本――夜天の書の正体だ」

 

 画面には、夜天の書の成り立ちを年表にまとめて表示されていた。




ご愛読ありがとうございます。


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78:語り・知り・決断す

新年初投稿。色々ありました。


「…バカな。我々が守護していた元々が悪魔に関するものだった、だと…」

「うそ…」

「冗談言ってんじゃねェぞ長嶋!」

「……」

 

 ザフィーラ(ヒト型状態)を除き反論するヴォルケンリッター。だがそこへ、マモンが何の気なしに頷いた。

 

「あぁそうさ。じゃなかったら一度完成まで近づいた本の魔力を十一月下旬ごろにすべてにゼロにし、長嶋を殺そうとし、こんな風にここにいない」

「「「「!?」」」」

 

 周りは驚いて思い思いに視線を向けるが、長嶋はため息をついてつづけた。

 

「で、夜天の書はさらに人の手により改悪され、完成と同時に所有者と認めた人物を取り込んで破壊の雨をまき散らし、たとえそれを止めたとしても別な所有者へと向かうようになってしまった。これが闇の書……そうだろ? 斉原。ハラオウン」

「うん」

「ああ」

 

 絶句する女性陣。しかし彼は、そこに更なる爆弾を投下する。

 

「十年前に暴走は一度起きた。そしてそれはグレアム提督――はやての後見人の指示によって終わった。だが実際は、そんなことなど(・・・・・・・)起きなかった(・・・・・・)

『『!!?』』

 

 全員が驚いてる中、長嶋は淡々と、まるで物語を語るように続ける。

 

「起きたのは闇の書の遠隔起動。歪みに歪んだ結果悪魔の力がその本に潜み、それをもとに発動させただけ。そしてその犯人は、当時リーゼロッテ姉妹に憑りついていたマモン、おまえだろ」

「……あぁ。あの時までのその二人は、あの親父の力になりたいがために力を欲していたようだからな。って、なんでわかった?」

「お前ら悪魔は契約を自分で破棄してもそのあと(・・)が残る。それで操っていたんだろ」

「正解だ」

だが(・・)、真犯人はこいつじゃない。唆したのは、俺と高町とテスタロッサと斉原とシグナムが戦ったあの偽者の天使に指示を出したもの。誰だかわからないから、あの偽天使にでもしておくか。そいつらだ」

 

 そう言って言葉を区切り、長嶋は周囲を見渡す。

 驚き、困惑、理解不能……各々がそれぞれの反応を示していた。

 理解してない人たちに対し特に詳しい説明をせずに続けようと思ったところ、はやてが「それで、うちに回ってきたんか、その本」と先を促すような発言をしたため頷きながら答えた。

 

「俺にもよく分からないんだが…選定基準としては、魔力の高さじゃないのか? それか、お前の寂しさを本が感じ取っていたとか」

「……え?」

 

 彼の言葉が予想外だったのだろう。はやては呆けた。

 それを見た彼は「あくまで可能性の話だ。確証はない」と言いつつ、その根拠を述べた。

 

「今は闇の書となっているこの本。夜天の書の時点で管制プログラムが存在していたのだろう。その派生でシグナム達が作られた。彼女達は自分に足りなかったものと合致するような思いを抱いた魔力の高いお前を偶然選んだ……だと思う」

「…………そか。うちの願いを叶えるために来てくれたんか」

「あくまで可能性の話だがな」

「それでもええ。むしろ、それ以外の可能性は考えたくない」

「分かった」

 

 深くは言わずに長嶋は引き下がる。

 本当は、原作の流れに乗ろうとするなら彼女以外に本の所有者がいなかったからなのだが、彼はあえて(・・・)言わなかった(・・・・・・)

 まぁ勝手に納得してくれたみたいだしいいかと思いながら、彼は進める。

 

「それでだ。その真犯人の奴らの目的は、この本の完全なる所有者確定。つまり、これをお前――八神が持つこと」

「……そこだ長嶋。俺もその目的のために色々しようとした。あいつらの片棒を担ぐ感じだったが。それをなぜ、お前は止めた(・・・・・・)?」

 

 当事者、しかも今回のボス的役割を果たすはずだったマモンは、直球で質問する。

 書に縛られることを嫌っていた故に、完全になくなることは諸手を挙げて歓迎していたところなのだ。それを止められ、こうして説明会を開かれてることが、彼にとっては不思議でならなかった。

 

 マモンは続けた。

 

「お前が連れてきた小僧が言っていた『世界の破滅』はどういう意味だ? なぜそんなことが言えた」

 

 それに対し、長嶋は簡潔に結論を述べた。

 

悪魔の完全なる消滅(・・・・・・・・・)

「? それのどこが世界の破滅になるの?」

「……ハラオウン。後は任せた」

 

 フェイトの質問に対しいきなり説明をクロノへ任せ、自身は三角脚のスタンドの電源を切って小屋に籠ってしまった。

 任されたクロノは全員の視線が集まる中、ため息をついて答えた。

 

「僕もまだ良く分かっていないから長嶋が説明した通りに言うしかできないけど……死んだ後に魂は審判の門で裁きを受け、天国と地獄に二分される。ここの北欧周辺での死生観はそうなっているそうだ。どういう意味だか分からなかったけど」

「まぁ地獄で俺達の中の下位の悪魔が頑張って仕事してるらしい。俺は自由になって世界を渡り歩いていたから聞いた限りだが」

「……ちょっとまってクロノ」

 

 斉原が何を思いついたのかクロノの説明を中断させ、自身が今考え付いたことを彼にぶつけた。

 

「大智が言っていた世界の破滅。それってつまり、天国と地獄という世界があり、その間に僕達の世界がある。そのバランスが崩れた結果のことじゃないかい?」

「さすがだ雄樹。長嶋もそんなことを言っていた」

「どういうことなの?」

 

 あまり分かってない様子で質問してくるなのは。それは当事者であるマモン以外そうらしく、全員がクロノと斉原を見ていた。

 そんな中、マモンが不意に「……そういうことかよ!!」と体を震わせながら叫んだ。

 驚いて視線を向けると、悪魔らしからぬ態度で彼は説明した。

 

「俺達悪魔は一度、本の中に閉じ込められた。その本の縛りが緩くなったおかげでこうして自由に動けているが、結局のところ大本は、あいつが今持っている本に籠っていた悪魔の力――人々の醜い欲望。今の状況はバックアップなしであの本にのみしかない。そのまま所有者が確定されれば悪魔の力も消え、俺達悪魔の存在がすべて消えちまう。それが天使、いや偽天使の本当の目的だったんだ! そうすれば世界のバランスが崩壊し、お前達がどこにいようが関係なく……全員死ぬ。あの世界の出身の奴らは」

『!!?』

 

 女性陣が息をのむ。一方で斉原は「そんな大事になってたのか…」と呟き、クロノはそのまま続けた。

 

「その通り。だから長嶋は、あの本のプログラムのバグを完全修正して八神はやて――君に譲渡することにした。雄樹の願いも叶えるためにね」

 

 本当は渡すの困るんだけど。そう呟いていると、斉原は質問した。

 

「僕の願いって?」

「長嶋が言っていた。『八神が幸せな未来を送れるように力を貸してほしいと頼まれた』と」

「え…」

「雄樹…?」

 

 いきなりぶっちゃけられて言葉を失う斉原に、信じられないという思いで斉原へ顔を向けるはやて。

 事前に聞かされていた言葉通り、クロノは言った。

 

「君は惨劇を起こしたくないという願いと、彼女を助けたいという願いを叶えようとしていた。その気持ちをくみ取った長嶋は、今この両方を(・・・・・・)、いや、すべてを救うため(・・・・・・・・)にやろうとしている」

「えっ!?」

「な、なんだと!?」

 

 言ってることがピンと来ないらしい女性陣を無視し、斉原とマモンは驚きの声を上げる。

 彼らは理解したからだ。長嶋が行おうとしているのが、いかに無謀で欲張りなことか。

 闇の書による破壊とはやてにかかる心の絶望。それらを一切合財なくした上に、前世で己を殺した悪魔を助け、世界を救うのだというのだから。

 無論それは容易なことではない。どちらか一方――それこそ世界を救うことが優先され、個人の願いなど無視されるのが当たり前。

 だが長嶋は、はやてにかかる絶望の払拭も、闇の書による破壊も、世界を救うことも、等しく解決しようとしているのだ。しかも、独りで。

 

 次第にそのことを女性陣も気付いたのか次々と驚きの声を上げ騒がしくなるが、小屋から長嶋が出てきたとき一斉に静まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静まった全員を見て、俺は首をかしげた。

 

「一体どうした? 説明が終わったか? こっちは準備が終わったぞ」

 

 さっきまで少し騒がしかったのだが、俺が出てきた途端に静まった。これに首を傾げないわけがない。

 すると八神が「おおきにな、大智」と笑顔で言うので、俺はますます首を傾げる。

 

「今からやることに礼を言われる意味が分からん。それに、説明が終わったのならちゃんとそう言え。ただでさえ現状の把握できてるかどうか怪しいんだから」

「……で? テメェはカッコつけるわけか」

「俺は俺ができることを、出来るようにやる。別にカッコつけてるわけじゃない。そういう意味では斉原のほうがカッコつけてるだろ」

「…あぁ、確かに」

「えぇ!?」

「で? お前はどうする? 天上との契約を破棄するか?」

「……ああ。破棄して、改めて契約しなおすさ。『お前が長嶋と並び立つまで一緒にいてやる』っていう内容でな」

「そのうち抜くだろ、あいつは。俺には与えられたものを生かすことしかできない。あいつは努力して得たものすら生かすことができる。そういうのを天才っていうんだよ……残念だったな、マモン」

「そうでもないさ……で? そろそろやるんだろ?」

「そうだった。長話などやってる余裕じゃなかった」

「……本当に変わったね、長嶋君」

「そうね」

「うん」

「そうだね」

「せやなぁ」

「はい」

 

「「「「「…………」」」」」

 

「さて八神」

 

 しんみりしたのでこれ幸いと思い、八神を呼ぶ。呼ばれた本人は少し間をおいて「なんや?」と聞き返してきたので、俺は尋ねた。

 

「あの本の戒めを解く。いいか?」

「それを解いたら、シグナム達はいなくなるんか?」

「やってみなければわからない。だから確約はしない」

「……分かったわ。よろしく頼むで」

「了解した。全身全霊を賭して修復しよう……だからシグナムを借りるぞ」

 

 そう言ってシグナムの方を見る。あちらは少し警戒してるようだったが、当の本人は毅然とした態度で「分かった。それではやてが助かるのなら」と答えたので、俺は他の奴らに「時間がかかるが待っててくれ」と言っておき、シグナムと一緒に闇の書を戻すための小屋に入った。

 

 さぁ、いよいよ大詰めだ。




闇の書が終了するまであと四話ぐらい…だった気がします。

ご愛読ありがとうございます。


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79:修復

さぁ闇の書の終わりが見えてきた


「……今日一日でやったのか?」

「当たり前だ。だからさっきも説明を途中で投げて急ピッチで終わらせたんだ、この施設を作るのを」

「本当に末恐ろしいな…」

 

 小屋に入ってシグナムが驚いたので、俺は当然という顔をして本が置かれている場所へ行く。

 シグナムは俺の後ろについてくる。見慣れない機械ばかりで怖いからか、元々少ない口数がさらに減った気がした。

 

「「……」」

 

 闇の書が置いてある場所へ到着した。ページを適当な場所で開き、そこに電極コードをこれでもかというぐらいつけた。

 

「何をしているんだこれは?」

「俺特製解析マシン。適当な場所に電極をつけ、それをスキャナーみたいな場所へ置く。今はデータ取得中で、あと二分ぐらいでこのパソコンに解析されたデータを表示できる」

「そんなものでできると思ってるのか?」

「できるさ。俺が作ったのだから」

 

 そう言ってパソコンの前にある椅子に座る。

 これらすべては魔力で作ったものだったりするので、魔力的な解析などお手の物だったりするのだが、今回の件以外で使わない施設だったりするので終わったら即消去だなと思いつつ画面に表示された『解析完了』のウインドウを消す。

 

「さて、こっからが大変だ」

「なんだ、この文字の流れるスピードは!」

 

 シグナムの驚く通り、闇の書のプログラムをそのまま文字列に置き換えた。

 いや。置き換えたのは語弊があるな。プログラム言語そのままで一から流れ出ているのだ。

 文字の羅列が画面いっぱいになり、それでも流れてくるからスクロールで段々と下に下がっていくこと数分。

 ピッと音を立ててそれが終了したことを知らせてくれたので、俺はそのデータすべてを指定して『転送』を押した。

 途端に小屋全体からすさまじい起動音が流れる。

 

「な、何が起こるというんだ?」

「この小屋全体が解析および修復場でな。いったんパソコンでデータ化したものを立体映像(ホログラム)に反映させ、それを操作しながらバグの発見などをやる」

「??」

「……まぁ、今から本格的に修復するとでも思っておけばいい」

「そうか。…それで、私はなぜ呼ばれた?」

「今結果が流れてくのが見えたが、どうも知ってる範囲の言葉じゃなくてな。これが古くからあるのなら、お前たち守護者が一番わかってるだろうと思って」

「確かに最初のはベルカ文字だったが…」

「プログラムの機能ごとに自動振り分けされてある。一つ一つ見ていくの面倒だから、最初のプログラムだけなんて書いてあるか読んでくれ」

「それだけか?」

「それで何とか覚える」

 

 そう宣言した時に、ちょうどパソコンの隣にあるホログラム用投影機の画面いっぱいに、膨大な量のファイルが一斉に展開される。

 百や二百は軽く超え、おそらく普通のパソコンのプログラム並みに現れたそれに頭をかきながら、その画面に触れる。

 すると一斉にそれらが動き出し――まるで生き物みたいに――現れた順からずらーっと整理されていく。

 総ファイル数(読み取った順から十行ずつに区切って)67328。もはやパソコン並だ。

 

 さぁさっさとやるかと思い、俺は一番最初に来ていたプログラムをタッチして展開させ、シグナムに訊いた。

 

「このプログラムは上から順になんて読む?」

「『自動修復機能』『条件』『蒐集機能』『量測定』『転生』『防衛プログラム』『変換』『管制プログラム』『守護騎士』『闇の書の意志』……だな」

「…分かった(・・・・)。もういいから、戻ってくれ」

「いいのか?」

「ああ。本当に助かった」

「……ならいいが」

 

 そう言ってシグナムは小屋から出て行ったので、俺は小屋に誰も入れないように鍵をかけてから首を回して息を吐き、真っ白な本を片手に持ちながら闇の書が置いてある場所へ行き、俺は呟いた。

 

「初めて試すな……変化(・・)ルシフェル(・・・・・)

 

 変化はすぐに訪れた。

 短かった髪が急に伸びて床に付き、目の色が濁った灰色になったようだ。鏡みたいに部屋全体がなっているからそう見えた。

 爪も伸びたらしく、普通にサルのように引っ掻けるほど。

 魔力のたがが外れ、その魔力すらいつもと違い、人に重圧をかけるような感じになっているのだろう。

 

 成功したことに(・・・・・・・)安堵しながら、俺は闇の書にまっさらな本を持っている方とは違う手を突っ込む。

 一瞬ディスプレイ上がぶれる。が、俺は特に気にせず掴んだそれを引っ張り上げ、そのまま真っ白な本へブチ込む。

 ブチ込んだのは悪魔の力。負の感情を力とみなすので、まとめて呼んでいたりする。

 移動させることが出来るのは悪魔、それも名の知れた準神話級以上。もしくは作者自身。

 

 俺は移動が終わったことを確認してすぐさま「解除」と呟いて本をテーブルに置き、自動整理されたファイルのまま放置したディスプレイに近づく。

 

 少しばかり力が入らないのを自覚する。が、そうも言ってられないので俺は両手で頬を叩いて気合を入れ、ディスプレイをタッチし、「翻訳データ入力」という項目を押して先ほどシグナムが言っていた言葉を一言一句、一行も間違えずに入力し、再度十行一ファイルとして整理。

 すると同じ数だけファイルが出てきたが、最初が『夜天の書:メインプログラム』と書かれており、そこから数千個に一つメインプログラムの中にある機能のプログラム文になっていた。

 

 それにしても長い。俺は区切られ、羅列された文字群を見てため息をつく。が、諦めるとは思っていない。

 残念ながらやると決めたら自分の身に何が起こってもやろうと思えてしまっているのだ今は。八神との約束もあるし、斉原に協力した手前無様な結果を見せる気などさらさらない。

 

 それじゃやるか。

 俺はパソコンの近くに置いてあったゴーグルをつけながらそう思い、それ越しでディスプレイを見ながら一番最初のファイルをタッチした。

 

 

 なぜプログラムに変換してこうして総当たりみたいなことをやっているのか。それは、武器に搭載するシステム開発の際やパソコンのOSの確認テストを前世で行っていたため、これしか方法が思い浮かばなかったから。

 プログラムというのは、何か一つでも間違いがあれば正常に機能しなくなる。それがただのエラーなら幸いだが、区切り方の間違いや誤字による意味変換の間違いになるととんでもないサイバーテロを引き起こしたりする。

 その為に厳重な解析作業を行わなければならないのだが……良く考えたら元のデータがない。おそらくどこかしらの文字か区切り方のせいでこうなってるのだと分かるのだが……

 

 …いきなり絶望的な展開に陥った気がする。大見得切ってこれじゃ、バカとしか言いようがない。

 笑う前になんとかするかと思いファイルを押して展開しては消してを続けていると、急に隣の方が輝きだしたので、俺はゴーグルを額に上げてパソコンの方――本が置いてある場所を見た。

 するとそこから立体映像よろしく飛び出した一人の女性が。

 服装は戦闘用らしく、小さく黒い翼を背中に生やしている。

 

『ここは……どこ』

 

 天井を見上げてそうつぶやく女性。

 何者だかわからない俺はディスプレイに視線を戻し、ゴーグルをつけて作業に戻りながら訊いた。

 

「お前は誰だ?」

『…私は、闇の書の意志』

「どこのプログラムで起動した?」

『わから…ない』

「ならわかった。そこでおとなしくしてろ。思い出すまで」

『……分かった』

 

 そのまま目をつむったらしいので、俺は黙々とプログラムの点検をしていく。

 これでもない、あそこでもない。こっからここまでの見て……大丈夫。正常に機能をしてる。

 ゴーグルを通してわかる情報は、プログラム文の訳。先程シグナムに言葉を聞いたのはこれのためである。

 

 まぁ色々と足りないが、それは自己分析してくれたゴーグルのお蔭だろう。

 

『私はっ!? そのゴーグルは私を通してるんですよ!!』

「そうだった。ありがとな、ナイトメア」

『…はいっ!』

 

 とりあえず礼を言いつつも、手を休めることはない。むしろ休む必要性が感じられないから、休まない。

 

 時間も気にせずただ一心不乱にディスプレイと格闘していると、横から声がかかった。

 

『…私は、また壊したのか?』

「まさか。今データの洗い出し中だ。起動したのは多分、自動迎撃でも仕掛けられてたんじゃないか? ま、そんなもの俺の前じゃ無意味だが」

『…動けない』

「今取り込み中なんだ。お前のバグを完全に取り除いてハッピーエンド。そうすりゃ誰もお前が闇の書だなんて言わない」

『主とのリンクは?』

「強制的に今は塞いでいる」

『…ならば、私は完全に起動してないわけか』

「壊したくないのなら手伝ってくれ。自分でどこが壊れてるかぐらいわかってるだろ?」

 

 そう聞くと彼女は少し考えるそぶりを見せてから教えてくれた。

 

『管制人格プログラムと防衛プログラム、だな』

「分かった。ならそこら辺を重点的に調べる」

 

 俺は、先程までがお遊びだと思われるようなスピードで、関係ないファイルデータをディスプレイから消す。とはいっても本自体から消えてはいないので問題はない。

 本気で集中するかと思い、全意識をディスプレイに集中させた。

 

「ふっ」

 

 息を吐いてからファイルを二つ同時に展開させすぐに閉じ、次は四つ同時に展開させ、問題がありそうなファイルは放置して、今度は六つ同時に展開。

 こっからは十二同時展開をするか。思考能力が加速していく中そんなことを思っていると、ふと薄いベージュ色の指がディスプレイに触れるのが分かった、次の瞬間。

 瞬く間にファイルというファイルが移動しだし、五つのファイルが残されていた。

 指を辿ってみると、先程からいた闇の書の意志だった。

 

『これが、エラーになっているものだ』

「ありがたい。手伝ってくれたのか」

『私ももう壊したくない。主はやてが幸せに暮らすのを見届けたい』

「なら書き換えてやる。その願いを押しつぶすプログラム(悪意)を」

『…………うん』

 

 そうと決まればすぐさまファイルを同時展開し、言語訳で見つかる誤りを逐一調べ、それぞれを組み合わせて正しいプログラムになるかどうかを脳内でシミュレートする。

 だがなりそうなものの候補があるため絞り辛い。

 やはり元がないと厳しいかと思っていると、突如として背後から声が聞こえた。

 

「ほれ夜天の書のプログラム」

「あぁ。サンキュー、スサノオ」

「手こずっておるようじゃから少しばかりな。さすがに元がないとつらいじゃろ」

「まぁな」

 

 そんな会話をしながら手に置かれたUSBメモリをパソコンにさす。

 途端にディスプレイに現れる元のデータ。

 俺はそれとエラーになっているプログラムを見比べながら書き換えをしていく。

 

 数分後。

 

「これで、最後だ!」

 

 書き換えを終え『決定』のボタンを押すと同時。闇の書の意志と名乗っていた彼女が輝きだした。




ご愛読ありがとうございます。
本編の方が短いですがね。


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80:その名は

あと後日談で終わりですが、続きます。


「さて。これでどうなるか……」

 

 とりあえず先程まで使っていたものを消して様子を見ようと思った矢先。

 

「なら別な場所にせい。完全に修復できたんじゃろ」

 

 スサノオがそう言うと同時に、あの場にいた俺達全員病院の屋上に来ていた。しかも、闇の書とその管制プログラムである彼女が輝いているまま。

 全員が呆気にとられ驚いている中、こちら側でも変化が起こった。

 

「シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ!! あんたら、消えかかってるで!」

「……どうやら、お別れのようです」

「なんやて!?」

 

 シグナム達が消えていくのを目撃した八神が嘘だと叫ぶので、ヴォルケンリッター達が何か言う前に俺は言った。

 

「水を差すようで悪いが、今から再起動するんだ。また会えるぞ」

 

「「「「「…………」」」」」

 

 見事に黙った。うんまぁ、気まずいのは分かるが。

 ちなみに、なぜ再起動すると分かったかというと、決定を押した瞬間に『データの修復が完了しました。再起動します』とパソコンみたいな文が表示されたからだ。そうでもなきゃ、俺も少しは勘違いしただろう。

 

 ……そういえば八神。

 

「一応、この四人の親といえる存在があそこで輝いているんだが……行かないのか?」

「え、嘘、マジで?」

「ほら行った行った」

「……なんか、長嶋君子供っぽくなったね」

「いや、今までが大人過ぎたんでしょ」

「私も母さんにあれ位甘えられたらなぁ…」

「というよりさ、僕達このままここにいていいの?」

「さぁな。知るかよ。俺は帰らせてもらうぜ」

 

 マモンがそんなことを言いだしたので、俺は黒くなった本を取り出してそっちに向かって投げた。

 

「それが悪魔の力が宿った本だ」

「……借りだなんて思わねェぞ」

「天上と魂の契約するなよ」

「誰がするか。こいつの頑張りを邪魔するぐらいだよ、精々」

「さすが悪魔。やることが酷いね」

「君は君で結構悪魔っぽいことやってたよね」

「え、そう?」

「「「自覚がないの!?」」」

 

 外野がワイワイやっているが、俺は八神の車椅子を押す。

 八神のアレは斉原の言うとおり闇の書によるものだったので脚はもう大丈夫のはずなのだが、それを教えていないのでこのまま押している。

 そのあとを消えかけながら続くヴォルケンリッター。

 ある程度近づけた俺は、「もうお前、立って歩けるぞ」と八神に伝え彼女達から距離を置く。

 それを信じてくれた八神は、自らの力で立ち上がって闇の書の意志へ近づいた。

 

 

 

*八神はやて視点

 

 大智に言われた通り立ち上がれた。大智の言った通りに歩けた。

 その事がめっちゃ嬉しいけど、今目の前で消えかけている家族の一員に説教せんといかん。

 

「……ちょい待ちや。何勝手に再起動しようとしてんねん」

『…主』

 

 こちらに闇の書の意志が視線を向ける。

 ってか、名前がややこしいわ。もうこの際うちがつけたる。

 

「うちは主やない。はやてや…リインフォース」

『それは、私の名前ですか?』

「当たり前や。今まで一度も会ったことなかったけど、シグナム達と一緒なんやからうちの家族やて」

『……ありがとうございます』

 

 頭を下げてくるリインフォース。いや、家族なのになんで頭下げられなきゃならんのや。

 少しばかりイラッとしたうちは、怒るのを我慢してリィンフォースの手を握って言った。

 

「なぁ、再起動したら戻って来れるんか?」

『……えぇ』

「なんでそない自信ないねん。そこは笑顔の一つでも見せて自信満々に『はい』やろ」

『…はい』

 

 笑顔がぎこちないけどまぁええ。家族として信用したる。

 そう思ったうちはリインの手を放して後ろを向き、シグナム達を見る。

 こっちはこっちで哀しそうな顔をしてる。まったく。大智は再起動するためのお別れと言うたはずやのに。

 ここでうちまで哀しい顔したらみんな泣いてまう。それに、またみんなに会えるんや。悲しい顔なんてせぇへん。

 そう心に決めて笑顔で見送ろうとした瞬間、シグナム達は消えてしまった。

 

「え……」

 

 思わず声が漏れてまう。もう一度会えると分かっていても、いきなり消えてしまうのはつらい。

 知らず知らずの内に力が抜ける。それを見た雄樹がうちを支えてくれたけど、今は消えてしまったみんなにかけたかった声が掛けられなかったことに悲しんでいた。

 

 シグナム。いつも何か手伝ってくれて助かったわ。もうちょい表情豊かやったらもっと良かったけど。

 シャマル。家事のほとんどをやってくれてありがとう。料理以外は完璧やったわ。

 ヴィータ。なんか妹が出来たみたいで楽しかったわ。ありがとう。

 ザフィーラは……まぁペットみたいやったな。なんか癒されたわ。

 ……再起動しても、うちの事覚えててな。忘れてたら承知せぇへんで。

 

 言いたかった言葉。すぐに再起動すると分かっていても、今までのお礼を。

 けど言えへんかった。それが悔しかった。

 

「う、うぅぅ……」

「悲しんでいる暇はないよ、はやて」

「分かってる、分かってるけど……」

「だってもう、再起動は始まっているのだから」

「え?」

 

 雄樹の言葉に慌てて後ろを向く。すると、夜天の書の輝きが増した。

 

「あ……」

 

 ゆっくりと立ち上がる。雄樹がそれに合わせるように身を引いてくれたから、何のふらつきもなく立てた。

 そのまま夜天の書へ向かう。一歩一歩確実に、地面を踏みしめるように。

 

 

 うちは最初から最後まで何も関わることができひんかった。自分の身に起こっていることなのに、自分が所有していたものなのに。

 そんなのはもう二度と嫌や。シグナム達がうちに隠れて何かやるのは。何も知らないところでシグナム達が傷つくのは。

 せやから今度は八神家総動員でやれるよう、うちも魔導師とやらになる。なって一緒に笑ったり泣いたりしたる。勿論、雄樹や大智も一緒に。

 

 そう覚悟を決めた時丁度書の前にたどり着いたので、うちはその本に手を当てて語りかけるようにつぶやいた。

 

「夜天の書――いや、リインフォース。起動」

『夜天の書。起動します』

 

 その瞬間、うちを中心に巨大な円が現れた。

 

 

 

 

 どうやら、起動に成功したらしい。凄いホッとした。

 

 八神を中心に魔法陣が展開される。その四隅から四つの異なる色が出現し、それが消えていくにつれ先程のシグナム達の姿が現れる。

 そういえば闇の書の意志――リインフォースはどうなっただろうか。管制プログラムだからあまり表に立てないのは納得できるのだが……。

 そんなことを考えていると、八神がシグナム達にしがみついており、当のシグナム達は困惑しながらも嬉しそうだった。

 とりあえず微笑んでいる斉原に近づいてどうなったか聞いた。

 

「シグナム達の記憶はそのままだったのか?」

「そうみたい。リインフォースが切り離したって聞こえたから」

「で、なぜリインフォースは現れない?」

「……それは」

 

 そんな会話をしていると、八神が「何言うてるの!? 元に戻ったのになんで消えなアカンの!」と泣き叫ぶ声が聞こえたので、そちらに視線を向ける。

 シグナム達が八神の後ろにいるせいで様子がうかがいしれないが、どうやらリインフォースは自分で消えることを決め、八神がそれを止めようとしているらしい。

 なんというか、この世界の奴らって自己犠牲が多いよな。俺も人の事を言えた義理ではないと思うが。

 

「やれやれ……」

「どうしたのさ大智。立ち上がって」

最後の仕上げ(・・・・・・)に行ってくる。どうやら、ここまで予想されていたらしい」

「何を言ってるの?」

 

 首を傾げた斉原を無視し、俺は四角い箱をポケットから取り出して八神たちの下へ向かった。

 

『短い間でしたが、言葉を……』

「何勝手に消えようとしやがる。せっかくプログラム直したのによ」

『「「「「「!!?」」」」」』

 

 とりあえず時間稼ぎに似た形で会話に割り込む。案の定八神たちはこちらに向いたので、俺はリインフォースに近づきながら話し掛ける。

 

「八神は消えて欲しくないって言ってるだろうが。自分が消えれば万事解決ってか? そんなのは間違ってるっての」

『…私が居れば主はやては命を狙われる。それを回避するためなら――』

「だから、そんな物騒なこと起こるわけないだろ。仮に起こった場合、それこそお前が居なくて八神は大丈夫なのか?」

『そう信じてます』

「……ハァ」

 

 面倒になったので八神に話を振る。

 

「なぁ八神」

「な、なんや」

「リインフォースが勝手に消えるそうだが、嬉しいか?」

「んな訳あらへん! 家族が消えるなんてとんでもない!!」

「なら、一緒に居て欲しいんだな?」

「せや!」

 

 これで両者の意見が出そろった。

 が、俺は初めから決めていたのでその意見が無意味だったりするのだが。

 頑として譲らないという二人の間にいる俺は、四角い箱を掲げる。

 

「なんやそれ?」

「八神の意見を通すための魔法の道具……開錠」

 

 事前に言われた言葉を口にすると、その四角い箱にひびが入っていき、壊れた。

 現れたのは白い火の玉みたいなもの。ユラユラと燃えているように見えるが、実際のところは違う。

 俺はそれをリインフォースへ向け、投げた(・・・)

 

『グゥ!』

「リイン! なにすんのや大智……って!!」

 

 取り込まれた(・・・・・・)それをみなかったのか八神が俺を問い詰めてきたが、いきなり驚いていた。

 なんだというのだろうか。たかが倒れ込んだだけだというのに。

 何故か周りに人だかりができたが、俺は気を失った。

 

 

 

 

「やっぱりこうなったか」

「――――っつ。ここは…」

「――私は」

 

 聞き覚えがある声が聞こえて意識を取り戻した。といってもここは(・・・)俺と声をかけてきた奴、そしてリインフォースしかいないが。

 起き上がって辺りを見ると、いつぞやに来た真っ白な空間。

 俺は事情を把握していないのか困惑しているらしい彼女を無視し、声をかけてきた奴――仮面をつけている理事長に、「やっぱり計算通りだったのか?」と質問した。

 

「まさか。月読さんではあるまいし」

「あっそう……で? 何か用か?」

「その前に彼女に説明しようではないか。余程混乱しているようだから」

「…だな」

 

 そう言って俺達を見ているリインフォースに視線を向ける。

 あちらは少しばかり警戒した様子で訊ねてきた。

 

「私に何をした」

「こいつ――初代釈迦(・・・・)が渡してきた人の器(・・・)をブチ込んだだけ」

「相変わらず簡潔に説明するね、君は」

「どういうことだ」

「だから――」

「私が説明しようリインフォース君。今大智が説明した通り、私は神様だった(・・・)男でね。君がたどった結末も知っていて、その結果悲しむ人もいた。だからちょっと協力してもらって、君を人間にすれば悲しむ人が居なくて済むだろうと思っただけで君を人間にした」

「私を、人間に……?」

「驚くのも無理はない。ただのプログラムだった君が主と同じ人間になれるということ自体、奇跡に等しいのだから」

 

 実際奇跡以上の事なんだがな。そう思いながら俺は「ついでに言うと、シグナム達ももうプログラムじゃないぞ」と付け足した。

 途端に足から崩れていくリインフォース。その顔は信じられないとはっきり出ていた。

 

「う、そ……」

「まぁここから覚めれば実感するだろ」

「だろうな」

「う、うぅ…ありがとう、ございます……」

「礼は八神に言えよ。手段を持っていたから俺がやっただけに過ぎない」

「では大智。【対価】を払ってもらおう」

「!?」

「分かってる」

 

 理事長に向き合ってそう言うと、リインフォースは信じられないという驚きから、どういう意味なのかという困惑に変わっていた。

 それを理事長はご丁寧に説明する。

 

「人の器というのはただで作られるわけがない。神が気まぐれに作ったりするが、現状では転生する人数が増加しているから作る必要もない。そして本来は魂を元に肉体構成をしていくのだけど、今回は異例中の異例。その結果、長嶋大智に対価を払ってもらうことで一致したわけだ」

「もっとも、それを聞いたのはここ最近だがな」

 

 肩を竦めていうと、リインフォースが俺に向けて怒った。

 

「なぜそこまでしてやる! 私にそんな価値はない!!」

「俺こそ生きてく価値はない。一度死んでるからな」

「なっ!?」

「これは内緒にしてくれ……っつても、死人に口なし。俺がこれで死んだら別にどういおうと、あんたの勝手だ」

「『人』になれたのにすぐ戻るか…何とも君らしい」

「終わりよければすべてよし。過程なんて、気にされなくなるさ」

「私はお前とあまりかかわってなかったが、その終わりの過程で関わった人たちはどう思うか分かるか!?」

ああ(・・)

「だったら!」

 

 なぜか彼女が説得しようするので、俺は頭を掻いて答えた。

 

「だから、俺は自分の魂(・・・・・・)を対価としない(・・・・・・・)

 

 

「え…?」

 

 俺の言葉が予想外だったのか呆ける彼女に「くっくっくっ……」と笑う理事長。

 良く分かってなかったのかと思いながら、俺は説明した。

 

「悲しまれるのが分かってて誰が魂を渡すか。まだ生きたいと思ってる身だぞ、こっちは」

「いや……だったらさっきの会話は…?」

「演技」

「なっ!」

 

 今度は目を丸くした。赤い目がよく見える。

 スゴイ綺麗だなと思いながら、俺はそのまま理事長へ言った。

 

「だからさっさとやってくれ」

「管制プログラムがなくなっても大丈夫かね?」

「そこは大丈夫だろ。あいつが教えれば」

「それもそうだ……では【対価】をもらおう」

「ああ。持ってけ――

 

 ――――この世界で(・・・・・)過ごした俺の(・・・・・・)今までの記憶を(・・・・・・・)

 

 

 

 




いつもご愛読ありがとうございます。


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81:代償

後日談その一。といっても前編と後編なんですけどね


*斉原雄樹視点

 

 原作通り『闇の書事件』と銘打たれたこの事件。

 夜天の書ははやてが正式に所有者となり、管制プログラムだった闇の書の意志、いやリインフォース、いや八神アインスとなって夜天の書の使い方を教えている。

 ヴォルケンリッターも欠けることなく、高町さん達も特に影響もなく――むしろより管理局へ勤めることを意識し始めた――ハッピーエンドになった。

 

 かのように(・・・・・)思われた(・・・・)

 

 確かに犠牲は少なかった(・・・・・)

 だけど、少なかっただけでないわけではなかった。

 

 

 

 あの後。

 僕も高町さん達と一緒に取り巻きだったからよく事情が分かっていなかったけど、大智がリインフォースに何かしたようだ。そのおかげであちら側は随分騒がしくなった。

 

『大智! しっかりしろ!!』

『リイン!』

 

 その叫び声を聞いた僕たちが集まってみると、大智とリインフォースがぐったりとした状態で横たわっていた。

 といっても力が入ってない状態、つまり寝ていたからであって特に心配することはなかったんだけど……起きた後、僕たちは絶望に叩き落された。

 

 

 リインフォースが目を覚ましたのが、あの事件が終わってから三日後。大智が目を覚ましたのは、それから四日が経った頃だ。

 リインフォースがプログラムではなく僕たちと同じ人間となって生きれるというのを本人から聞いた時、はやてはものすごくうれしそうな表情をしていた。もちろん僕達もだ。

 ちなみに八神アインスという名前は、リインフォースじゃ人の名前にならないという理由でつけられ、後日その戸籍の類が家に届けられた。

 ……テスタロッサさんやクロノの時もそうだけど、手際がよすぎるというか、誰が作ってるんだろう?

 なんて思ったり思わなかったり。

 

 そっちは問題はなかったんだよ、それこそ普通にみんな生活できてたから。

 

 だけど眠っていた大智。彼が目を覚ました時が大変だった。

 

 順を追って説明しよう。

 まずリインフォース――八神アインスが目を覚ました。

 その時に、どうしてこうなったかの事情を聴いた。

 大智が持っていた四角い箱。あれによって人として生きられるようになったという。

 

 あまりにも荒唐無稽な話だけど、この目で悪魔や天使(偽者)を見て神様の存在すら示唆されれば、信じざるを得ないね。

 

 で、大智だけど、彼はアインスさん(戸籍上で二十歳になっていた)が目を覚まして四日後に覚ました。だからクリスマスなんてイベントをやろうだなんて誰も言わず、みんな大智が起きるのを一人一日病室で見守っていた。

 

 四日後――丁度僕が見舞いに来た時に彼は目を覚ました。

 僕はやっと起きたという安堵に包まれたけど、起き上がった彼の目を見た瞬間に違和感を覚えた。

 気を失う前とは違い、最初に知り合った頃(・・・・・・・・・・)の目(・・)をしていたから。

 咄嗟に僕は彼に質問した。

 

「…君は、大智だよね?」

 

 その瞬間彼の姿は消え、気付けば僕は病室の床にうつ伏せになっており、右腕が背中に押し付けられていた。

 

「いだだだだっ!」

「……お前はどこの国のものだ? 俺を生き返らせて何をたくらんでいる?」

 

 ひやりと突き刺さるような声。殺意と警戒心が混じったような声。そしてなにより

 

 自分が死んでいる(・・・・・・・・)という事実を(・・・・・・)認識している(・・・・・)声。

 

 前世の事は少し話題になった程度だけど、彼が生きていた世界が壮絶だったことは容易に予想がつく。

 僕は地面に伏せった状態で答えた。

 

「おそらくだけど、君がいた世界じゃないよここは。そしてそれは、神様に訊いたらどう?」

「なんだと…?」

 

 拘束が解かれ、僕は起き上がって右腕の調子を確かめる。

 …うん。何とか折れてはいない。大丈夫だ。

 

 でもなんとみんなに説明すればいいんだろうなぁと思っていると、部屋の中を一通り観察し終えたのか、大智が頷いていた。

 

「確かに。俺がいた世界ではこんな立派な医療建造物はなかったからな。野戦病院ならあったが」

 

 野戦病院。それは確か戦争や紛争の時に活躍する、病院の出張版みたいなものだった気がする。そんなものしかなかったなんて、彼の前世はとんでもなく戦争を行っていたに違いない。

 とんでもない常識はずれの行動もこれが原因かと思っていると、「おいお前。名前とここがどこか説明してくれ」といつの間にかベッドに座っていた大智がそう指示してきたので、とりあえず僕は自分の名前とここがどこかという事だけ教えた。

 

 けど、返ってきた答えは案の定「…聞いたこともないし知らない」。

 

 ……これは完全にここまでの記憶がないみたいだと確信しながら、僕は説明した

 

「君は僕と同じで転生者――前世での記憶や身体能力をそのままで生まれ変わった人間だよ」

「六道輪廻で言うところの人間道に永劫に囚われたのか、俺達は」

「いや、神様達がなんか手違いで殺したとかでその補填らしいけど」

「大方スサノオあたりだろ。あいつは俺が生きていた世界でも、少しばかり抜けていたからな」

「誰が抜けておると?」

「うわっ!」

「事実だろ」

「ふん。神の手だけを借りず、自分たちで道を切り開けるようにお膳立てをしただけじゃ……ところで、斉原雄樹じゃったか。久し振りじゃの」

「えっと、どこかで会いましたか?」

「お主が幽霊になってた時に会ったじゃろ」

「あぁ! あの時の仙人!!」

 

 ……んだけど、話が脇道に逸れて…………

 

「ところで、俺は何で小さいんだ?」

「どうせならということで小学生から生き返らせた」

「というか、小学生が主人公の物語だからね、ここは」

「ロリコン?」

「違うって」

「ていうか、あの世界にそんな人種いなかったじゃろ」

「風神があの時、な……」

「まぁそれは置いといて話を戻すけど、僕達はこの九か月間で様々な事件を大なり小なり解決してきたんだよ」

「俺は今の今まで寝てたんだ。そんな覚え(・・・・・)あるわけない(・・・・・・)。お前、他人の空似でも見たんじゃないのか?」

 

 ――――決定的な一言を言われ、僕は本当に言葉を失った。

 そんな僕を首を傾げて不思議そうに大智は見たけど、すぐに興味を失ったのかベッドから起きて窓ガラスを開いて足をかけ、出て行った。

 

 止めても聞かないと分かってしまった。少し前までの彼だったなら声をかけてきたし出て行くなんてなかっただろうけど、初めて会った時の彼はあまり人の話を聞かない、それどころか、人と関わらなかったから。

 

 興味がないと言って。

 

「にしてもあやつ。鍵もなし、家の場所もしらんで一体どこへ行くつもりじゃ? 入院費ならもう払ってあるというのに」

「…へ? どういう事ですか(・・・・・・・・)?」

「記憶がないのにどこへ行ったんじゃろうという話じゃ。今は冬なのじゃから、寒いはずなんじゃがの」

「…なんで、知っているんですか?」

「そりゃわし、神様じゃし」

「………」

 

 そう言ってからからと笑うスサノオを見た僕は、気付けば彼の帯をつかんで睨んでいた。

 

「なんじゃ一体」

「…なんで笑っているんです」

「ふむ。なぜ記憶が(・・・・・)消えてると(・・・・・)分かっていながら(・・・・・・・・)そう笑えるのか(・・・・・・・)? かの」

「!?」

「驚くことでもあるまいて。……ふむ。まぁ理由は様々あるが、あやつが(・・・)選んだ道(・・・・)じゃから、が一番かの」

「選んだ? …大智が?」

「まぁ聞いた話じゃし、詳しく聞きたいのなら別な人物に訊けばよかろうて。わしは【統括者】ではないし」

「統括者?」

「おっと。これ以上は教えぬよ。これ以上聞きたいのなら、神に携わりしものに訊けばよかろう」

「あ!?」

 

 言ううだけ言ってその場から消えたスサノオ。いつの間にか僕は帯ではなく鍵を持っており、消えたと入れ替わりに入ってきたはやて達が現状に驚いていた。

 

「なぁ、大智はどこ行ったん?」

 

 はやてがベッドを見て首を傾げながらそんなことを呟いた。いや、僕に質問したのかもしれない。ただ、僕は放心状態だったため聞いていなかった。

 まともな状態に戻ったのは、はやてに肩を揺さぶられて鍵を落とした後だった。

 

 

 

「なんやて!? 大智が記憶喪失!?」

「…そう、なんだ」

「記憶喪失ってなんだ、シャマル?」

「それはですね…私達がはやてちゃんの事を忘れるってことと同じです」

「なんだとっ!? そ、それは大変じゃねぇか!!」

「それで、大智はどこへ行った」

「見た限り窓が開いているが…」

「あそこから出て行ったんだよ」

「「「……」」」

 

 我に返った僕は、先程までの事で分かったことを簡単にはやて達に説明した。

 反応はもちろん驚き。そして悲痛な面持ち。

 唯一アインスさんが何も発言しなかったことだけ不思議だったけど、はやてが俯いて「…なんでや」と呟いた。

 

「なんで一番頑張った大智が犠牲になっとるねん。おかしいやろ。あいつ自分で言うたやないか『ハッピーエンドにする』って。それなのに自分が幸せになっとらんって、どういうこっちゃ」

「「「「「…………」」」」」

「はやて……」

 

 きっとだけど、はやては自分の事を責めている。ほとんど関わっていないけど、自分たちのためにやってくれたということを分かっているから。

 だから僕は、慰めようと思った言葉を飲み込み、はやてに「みんなを呼ぼう。そしてこれから考えるんだ。大智の記憶を取り戻す方法を」と言った。

 

 こうしてこの場にあの時いた全員を読んで話し合いをする方針になったけど、アインスさんは一言もしゃべらなかった。

 

 

 

 しかしここは一体どこなんだ。

 ビルを飛び回りながら下に見える人だかりと騒がしさに、自分がいた世界じゃないことを突き付けられ足を止めずに考え続ける俺。

 平和な世界だ。これが俺が死んだ後の世界……なわけないか。それだけは絶対にありえない。

 

 こんな、あまりにも平和ボケしている世界。

 

 

 俺の名前は長嶋大智。死んで生き返ったらしく、年齢が昔より若返ったようだ。

 だが、脳内では既視感を感じているようだ。どことなく覚えがあるような建造物群を通っている気がする。

 というか、今の俺は一体どこを目指しているのだろうか。なんとなく出てきたが、特にどこへ行くかは決めていなかった。

 かといって行先を決めるとなっても困るだけ。

 

 ならどうするか。そんなことを考えていたら、俺は桃色の輪っかで動きを封じられた。




今後ともよろしくお願いいたします。

ご愛読ありがとうございます。


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82:記憶無き逃走

約一ヶ月ぶりでしょうか。久々に更新します


「見つけたよ、長嶋君! ……って、えぇ!?」

 

 変な輪っかに動きを封じられたが普通に壊し、声がした方へ向く。

 そこには、栗色のツインテールの少女が杖を持っていた……宙に浮いて。

 敵か味方か分からないが、おそらく拘束しようとしてきたところを見ると、敵なのだろう。

 見た目同い年のような気がしてならないからか、どうにもかみ合わない。

 ビルの下では喧噪。平和である証の人通りの数。

 にもかかわらず、こちらは静寂。まるで探り合いをしてるかのように。

 

 というか、こいつはいったい何者だ? どうして斉原と名乗った男と同様に俺の名前を知っている?

 

 そんな疑問を片隅で考えながらじりじりと距離をとっていると、後ろから気配がしたので思わず裏拳を入れる。

 

「キャッ!」

「フェイトちゃん!!」

 

 何かを吹っ飛ばした感じがあるけどどうでもよかった俺は、栗色少女がどこかへ行ったのを尻目に移動することにした。

 

「見つけたよ、大智」

「……さっきの…斉原だったか?」

「うちもいるで」

「…誰だ、お前」

 

 何か所か跳び移った時、病室で出会った斉原と名乗った男とその隣にいた似非地方語をしゃべる女がいた。その女は俺が首を傾げた時「ほんまに忘れてしもうたんか…」と悲しそうにつぶやいた。

 なぜこいつは悲しむ? 俺はあった記憶(・・・・・・・)などないのに(・・・・・・)

 とても理解に苦しむなんて思っていると、「悪いけど、おとなしく一緒に来てもらうよ」と言ったと同時に姿が変わった。

 

 が、その隙に俺は地上へ降りて人ごみに紛れ、そのまま流されるまま適当に歩いた。

 

 

「よぉ坊主。久し振りだな、元気してたか?」

「……?」

 

 とりあえず人ごみから脱出できたのでそのまま道のりに歩いていると、警官の制服を着た奴が親しげに声をかけてきた。

 前世で警察なんてロクに機能しなかったからこういう姿は新鮮なのだが、いかんせん誰なのか分からない。

 首を傾げたその姿を怪しいと思ったのか、その警官は俺の顔を覗き込んで質問してきた。

 

「なぁ。お前なんかへんじゃね? 記憶でも失った?」

「失うとか何の話だ。 俺はついさっき目覚めたばかりだぞ」

「……? どういう事だ?」

 

 その警官が一人で考え始めたので好機だと思い、その場を疾く立ち去った。

 のだが、それから少しして武器を持ったピンク色の髪の女が目の前に、身の丈に合った小さい槌を持った赤髪の少女が後ろに現れた。

 俺はやはり追われているようだ。貴重なサンプルだからなのか知らないが。

 しかし俺を追うように指示を出してるのはどこのどいつだろうか。どうにも年齢層にばらつきがあるのが疑問だ。

 

 まぁ関係ないか。とりあえず屋根に飛び移った俺は追いかけてこようとした二人を全速力で振り切り、そのスピードに任せて適当な場所へ行った。

 どうやらここは海が見える。大体の人の服装を見ていると季節が冬だというのが分かるので、入っている人間などいないだろうが。

 

 で、そんなことになっている理由は、海岸というか、港あたりに来てしまったから。

 まぁ適当に走った結果だな。体の至る所が悲鳴を上げたので少し休憩をしていたところだ。

 

 休憩しながら、今までの状況を整理する。

 

 俺を捕まえようとしている奴らは、どうやら以前会ったことがあるらしい。今起きたばかりだというのに会ったことがあるというのは、些か不思議だが。

 で、そいつらと一緒に俺は事件を解決したらしいのだが、それも起きたばかりなのに言われたところで首を傾げるだけである。

 

 つまり俺は記憶がない、もしくは俺がもう一人いて、それと勘違いしてるのかである。

 

 後者はあり得ないだろうから俺の記憶がない方が正確なのか……? と首をひねっていると、後ろから気配を感じたので振り向く。するとそこにいたのは、銀髪と茶髪で耳が生えた奴二人。

 腕を組んでる女と静かに構える男。対極的に見えるが、二人とも俺を捕まえる気満々のようだ。

 

 正直もう捕まってもいいと思っている。どうせ前世は死んでしまったし、今世では生きる目標なんてない。

 俺は彼女を殺してしまった。生きて会えることなどない。

 許されるとも思っていないし。

 

 思えば前世は散々な日々だったと思い返していると、「ようやく見つけたわよ、長嶋!!」という声を皮切りに集まる人々。

 

 先程囲んできたピンク色の女と赤髪のチビ、斉原と地方語もどきの女、栗毛の女とそいつに支えられている金髪の女、そして似たような金髪の女とおっとりしてそうな紫髪の女に金髪の女。

 他にも片目を隠すほど前髪が長い黒髪の女とか鮮やかなライトグリーン髪の女とかもおり、はっきり言って現状を察するに、追いつめられた犯人の心境である。

 

 が、俺は追い詰められてると思っていないので「……たかが俺一人捕まえるのに大変だな」と言っておく。

 

 その言葉に反応したかどうか知らないが、茶髪の不思議生物は「あんたが手間を掛けさせるからだ、ろ!」と踏み込んできたので、勢いよく押し飛ばした。

 もはや反射レベルの迎撃。加減はしているから命に別状はないだろうが、少なくとも激突によるダメージは大きいだろう。

 

 なんて思っていると今度は雷が降ってきたので払いのける。前世でも似たような経験をしてたために、その動作も自然に行えた。

 払った瞬間に消える。その瞬間飛びかかってきた者たちの顎を打ち抜いてその場に倒れ伏させ、残りを確認すると、気の強そうな金髪が近寄ってきて俺の頬を勢いよく叩いた(・・・・・・・)

 

「なっ」

 

 反射的迎撃を行えなかった自分に驚いていると、そいつは「なんで人の話を聞かないのよあんたは!」と怒鳴った。

 

 誰なんだこいつはと思う一方で、口からは自然に「すまん」と出ていた。

 

 それに驚いたらしいが気を取り直したらしく、「私に謝るんじゃなくて他の人たちに謝りなさい!」と再び怒鳴ってきたので、俺は地に倒れ伏している人たちに「悪かった」と言ってから、残っていた人たちにも頭を下げた。

 

「話を聞こうとせずに済まん」

 

 頭を上げる。

 するとそいつらの後ろの少し遠いところに人影が見えたので、俺はまた何も言わず地面を蹴ってそいつらを飛び越え、宙を蹴ってそいつに接近。

 

 視線が合ったような気がしたし、その気配に体が反応したゆえの行動。

 無意識的に刻まれたように動くその体に今の俺の意志はなく、俺に気付いたそいつが飛び退こうとしたところを掴みコンテナにぶつける。

 

「ガハッ!」

「……お前は…」

 

 我に返った俺はぶつけた人物を見て少し驚く。

 

「…夜刀神?」

「……久し振りに会ったというのに随分な挨拶だね、大智」

「お前、死んだんじゃ」

「あ、彼女達がこっちに来る。それじゃ、逃げようか(・・・・・)

「は?」

 

 死んだはずの夜刀神がなぜ実体を持ってこの場にいるのかわからないが、彼女に手を引かれるまま俺達は回廊の中に入った。

 

 

「で? お前はなぜ生きている?」

「まぁ一度殺されて短期で復活したら魂の消耗がやばいんだけど。そして最低あと五百年ほどは眠り続けなきゃいけないんだけどね」

「じゃぁなぜ」

 

 のんびり肩を並べて歩いてそんな会話をしていると、夜刀神が「説明したいけどその前に一つ聞くよ。僕は君の好きな人を乗っ取った上に殺させたんだ。恨んでないのかい?」と聞いてきた。

 

「恨んでないと言えばウソになる。が、それこそどうすることもできないだろ。もう戻って来れないのだから」

「そう……まぁ君も死んだしね。一度」

「あぁ…ところで、その身長は俺に合わせたのか、それとも回復途中だからか?」

「回復途中だからだよ。少しばかりずるい方法だけど」

「で、俺に何の用だ?」

 

 そう訊ねると、こっちに来なよと手招きされたのでおとなしく従って一緒に入った時に言われた。

 

君を捕まえに(・・・・・・)、ね」

 

 着いた場所は、石造りと鉄格子の牢屋だった。

 

「おい」

「じゃ、僕はこれで。見張りとかいるし、拷問とかかけられないから大丈夫。ただ僕的にはちょっと気に食わないかなーと思ったり」

「は?」

「ま、輪廻の隣で寝れるから、今となっては器の君が可愛がられようとかまわないと思ったりするけど…少しは、ね。助けは来るだろうからおとなしく待っててね~」

「おい! ……消えやがった。畜生一体どうなってやがる」

 

 急な展開に頭が辟易していると感じながら、とりあえず周囲を見渡して状況確認。

 

 ……見事に牢屋だ。隣にもあるのかどうかわからないが、鉄格子越しから見える景色は鏡のように映した牢屋。

 とりあえず手錠と鉄球をつけられなかったのは幸いだったか……? と座り込んで首を傾げていると、カシャンカシャンと音が聞こえた。

 狭いせいか周囲に反響する音が大きい。そしてこの音は鎧が擦れる音。

 

 となると甲冑あたりだろうかと当たりをつけながら、俺は警戒しつつ鉄格子から離れて壁近くへ移動する。

 カシャンカシャンカシャン……という音が鳴り響き、俺を通り過ぎようとしたところで立ち止まった。

 

 予想通り全身銀色の甲冑。武器は腰に差してあるロングソード。

 まるで新品同様な上に場違いなそれを着ている奴は、俺の方へ向き直り喋った。

 

「お前、頼まれた『商品』か」

「商品?」

「違った。『景品』か」

「そこら辺は知らない」

「まぁいい。出ろ」

 

 そう言って鍵を開けたらしく、カチャリと音が響く。

 

 ……何がどうなっているか知らないが、ここはおとなしく出るか。

 警戒心を緩ませ、俺はおとなしく牢屋から出た。

 

 甲冑の後を追うように歩く。そのことにそいつは何も言わない。

 どうも文章で話すことが難しいようだ。理由を聞いたら「俺、戦士。強ければ、いい」と返ってきたから。

 にしても、一体ここはどこだ? 牢屋は石づくり(しかも誰も入ってなかった)で地下。地上へ出たら王の住まう城みたいな中。

 しかしやたら廊下が長いな。いったいどのくらいの長さがある?

 そんなくだらないことを考えていると、「ここだ」と足を止められ扉が開けられた。

 

 その扉の先にいた人物達に俺は慄き、後ろへ一歩二歩下がってからその名を口にした。

 

「――ランスロット、雷神、ミカエル、ペルセウス……そして、ゼウス、オーディン……一体、なぜあんた達(・・・・)が」

 

 その問いに対し、白い髭を蓄えた見た目八十ぐらいの白い修道服を着た奴――ゼウスが答えてくれた。

 

「気まぐれじゃよ。今じゃお前の活躍を耳にすることが多いから――というのもあるが、実をいうと頼まれたんじゃ。このシステムを提案してきた奴からな」

「はぁ」

「なんでも――――お前の記憶を(・・・・・・)返すか否か(・・・・・)見極めて(・・・・)ほしい(・・・)、とな」

 

 ニヤリと笑ったその顔に、俺はそれだけじゃないと直感した。




これにて闇の書本編は終了し、ここから第三期までの間のオリジナルストーリーが待ってます。

ご愛読ありがとうございます。


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思いの試練
83:招待という名の


新章開始、です


*……視点

 

 大智が目を覚まし、目の前で忽然と消えて二ヶ月が経過した。

 季節はもう進級。にも拘らず、大智は二学期の終わり以降からずっと登校していなかった。

 代わりといってはアレだが、八神はやてが学校に復帰。すぐに溶け込み、なのはたちと同じく男子を賑わせる人気者となった。

 

 無論、天上以下大智とそれなりに仲がいい人たちは疑問に思い雄樹やアリサ達に訊ねるが、本人たちも分かっていないため進展はなかった。

 

 

 そんな、春休みの事。

 

 管理局の手伝いを未だに続けている(家族公認)なのはは、新聞受けに封筒が入っていたのを見つけた。

 

「誰からだろう?」

 

 首をひねり差出人を探すが何一つ書かれておらず、宛先もなかった。

 今はお昼。両親は喫茶店へ行っており、美由希と恭也はその手伝いをしに行っている。

 昨日も管理局の手伝いついでに大智を探していたが見つからず、落胆しながら泥のように眠っていたのだから、それも当然だろうが。

 

 それはともかく。春休みという立場上どんなに長く寝ても起こされないなのはは、こんな何も書かれていない封筒が入っていることが不思議だった。

 とりあえず中を確認しようかなと思ったが、それは家の中の方がいいかもと思い、家の中へ戻った。

 

『おはようございます、高町さん。今日も遅い起床ですね』

「おはようナイトメア……って、起してくれないからだよ」

『マスターは普通に五時起床ですね。ほぼ毎日。それからマラソンや筋トレ、精神統一をこなして七時ぐらいに朝食を食べます』

「…それって長嶋君の生活リズムが正確過ぎるんじゃないの?」

『目覚まし無しで普通に起きますからね。熟睡してるかどうか怪しいですけど』

「本当に、すごいなぁ……」

『で、その封筒は?』

 

 大智のデバイスであるナイトメアに指摘され、手に持っていた封筒を思い出すなのは。

 

 なぜデバイスがあるのかというと、病室で置き去りにされていたからだ。携帯電話と共に。

 誰が持ってるかという話になった時自然となのはに向いたのは、きっと家が近いからという理由だろう。

 という訳でナイトメアはなのはの下にあるのだ。

 

 なのはは、ナイトメアに白い封筒を見せて「新聞受けのところに入ってたの」とあった場所を答え、それを聞いたナイトメアは少し考えて最近つけている大智からもらったペンダントと一緒に身に着けているレイジングハート(待機状態)に訊いた。

 

『その封筒に魔力に似た感じしません?』

『微かにします。マスター以外の』

「え?」

 

 話を聞いていたなのはは不思議に思った。封筒から魔力を感じるって、どういう事? と。

 良く分かっていないなのはに、レイジングハートは言う。

 

『中身を確かめてみたらどうですか?』

「う、うん」

 

 言われるがまま封を切る。そして中身を取り出すと、三つ折りになった手紙が入っており、「招待状」と書かれていた。

 

「招待状? ……えっ!?」

 

 一体どんなことが書かれているのか不思議に思ったなのはは手紙を開く。そして、そこに書かれていたことに驚いた。

 

『我々が長嶋大智とその記憶を預かっている。返してほしければ以下のメンバーを集めて自身が通う学校の校庭に来られたし。なお、時間は今日の十五時まで。一秒でも遅れた場合、この話はなしとなり二度と会えないだろう。

 

フェイト・テスタロッサ 八神はやて 斉原雄樹 高町なのは ヴォルケンリッター 』

 

「え、十五時? ってえっと、何時だっけ……あ、午後三時のことか……って、時間ないじゃん!」

 

 読み終わったなのはは、時計を見て現在時刻を確認する。

 12:37。これから手紙に書かれていた人物たちに電話をして学校の校庭へ行くとなると、時間的にはギリギリになるかもしれない。

 そう思ったなのはは、学校へ行きながらでもいいかと思い直し、先に昼食(または遅い朝食)を済ませることにした。

 

 13:00。なのはは家を出てバス停へ向かう。学校近くへ向かうバスが出ているかどうかわからないが、登校時が体で覚えているからか普通にバス停へ行った。

 バス停へ到着し時刻表を確認する。そこで知った事実に、なのはは頭を抱えた。

 

「学校行のバスが走ってない……どうしよう」

 

 スクールバスだったのか、目当てのバスは走っていなかった。

 交通手段の一つ(しかも本命)が消えたために焦っていると、なのはの携帯電話が鳴りだした。

 急いで取り出して電話に出る。

 

「は、はい! 高町です!!」

「あ、なのは? あんた今どこにいるのよ?」

「え、い、今それどころじゃないんだよアリサちゃん! 長嶋君の手掛かりが見つかったの!!」

「いやだから。あたしのところ(・・・・・・・)にも来て(・・・・)面倒だから全員まとめて行こうと思ってこうして電話してるんだけど、どこにいるの?」

「え? …いつも学校へ向かうところのバス停」

「そう。ならそこで待ってなさい」

 

 ブツッと電話してきた方――アリサから切れる。

 ツーツーツーという音が響く中、なのはは呆然としていた。

 

「どうしてアリサちゃんにも来たんだろう?」

 

 

 数分後。

 いつぞやのマイクロバスで登場したアリサ達に話を聞こうとしたなのはだったが、それより先にアリサに「さっさと乗りなさい」と言われ慌てて乗る。

 そのままバスは出発した。

 

 流れのまま席に座ったなのはは、近くにいた斉原に訊ねた。

 

「一体どういう事?」

「僕も良く分からないけど……どうも大智は神様達に拉致られてたようだね」

「らち?」

「誘拐と言った方が分かりやすいかな? 道理で見つからないわけだよ」

「でもどうして神様達ってわかるの?」

「だって差出人も宛名もなしに出せるのなんてあの人たち以外考えられないから」

「……あー」

 

 そう言われて納得するなのは。一方、斉原の隣に座っていたはやては不満げに斉原に声をかける。

 

「うちのこと好きやって言うたのに、普通に他の女子に声かけるんかいな」

「いや、質問されたら答えるでしょ普通」

「それもそうやけど」

「それに、大智に一言言いたいんでしょ?」

「まぁな。勝手に消えて今頃現れるんやから、文句の一つや二つは言いたいわ」

「なら別にいいじゃない」

「……なんか話逸らされた気がするんやけど」

「そう?」

 

 こんなセリフを笑顔で言うのだから、斉原は実に腹黒い。

 本能的に距離を置きたくなったなのはは後ろを向く。

 すると、後部座席にアリシアとヴィータがおり、膝で座って後ろの景色を眺めていた。その前では静かに目を閉じているシグナムに、姉の行動に心配するフェイト。

 

 いつも通りのメンバーだと思ったなのはは、学校に着くまで車窓の景色を眺めることにした。

 

 

「で、なんで私達はこうして集められたのかしらね?」

 

 アリサは鮫島を帰し、誰もいない校庭に足を踏み入れて呟く。

 

「長嶋君を助けたいから来たんでしょ、アリサちゃん。少なくとも、私はそう思ってここにいるよ?」

「臆面もなくよくそんな風に言えるわね……」

 

 そう? と首を傾げてからアリサの後に続くように入るすずか。

 

「でもなんで私のところにはアリサちゃん達の名前がなかったんだろう?」

「私も姉さんの名前が書いてなかった。母さんは何か意図がありそうねって言ってたけど」

「覚えてるかな、私の事」

 

 その後になのは、フェイト、アリシアが入り。

 

「そういえば、どうしてアインスは呼ばれなかったんでしょう?」

「確かに。ヴォルケンリッターと名乗ったのは我々だからそうまとめられても仕方ないが、大本だったあの人が呼ばれなかったのは不思議だ」

「出発間際へんなこと言ってたな、確か。なんだっけ……えーと」

「『私には参加する資格はありません』だったな」

「どういうことやろ?」

「さぁ?」

 

 ヴォルケンリッター、はやて、雄樹が足を踏み入れた途端。

 

 その場にいた全員が(・・・・・・・・・)姿を消した(・・・・・)

 

 

 

「どうやら、全員到着のようじゃな。オーディン」

「14:32。そのようですゼウス」

「…で、俺はいつになったらここから出られるんだ? 正直、なんであの日からずっと(・・・・・・・・)ローテーション組まれて闘わされているのかわからないんだが」

「もう少しの辛抱じゃ。丁度二分されて(・・・・・)到着したようじゃし」

「組手はこれで終わりだ。大智はそこで休んでいろ」

 

 そう言って消えるオーディンとゼウス。それに伴って闘っていたランスロットも消え、大智はその場にへたり込んで息を整えながら「俺ってこんなに弱くなったのか…」と思い、ボロボロになっている石畳の訓練場で大の字に寝転がった。

 

 傷だらけの体の傷が癒えていることを気にせず。

 

 

 

*アリサ・バニングス視点

 

 校庭に居たはずなのに、いつの間にか城みたいな廊下にいた私とアリシアとすずか。

 あれ? 他のみんなはどこに行ったのかしら? もしかしてはぐれた?

 そう考えたけど、すぐさま首を振ってその考えを否定する。

 シグナムさん達がいるのにはぐれる訳がない。ならこの組み合わせには何か意図があるはず…。

 

「アリサちゃん。どうかした?」

「アリシアは気にならないの? 私達三人だけの理由」

「え? 魔法が使えないからでしょ?」

「あ……」

 

 そう言われて気付く。私やすずかは魔法を知って二ヶ月。アリシアは魔導師の素質があまりないから魔法があまり使えないことに。

 となるとますます私達が呼ばれた理由が分からないわね。一体どういう事かしら?

 

「とりあえず考える前にこの先に進んでみよう? 続いてるみたいだし」

 

 長嶋に吸血鬼だとばれた夏休みが終わったある日、私達にそのことを告げたすずかが先を促す。

 その日からすずかは以前より二割増しで明るくなった気がする。

 すずかだけじゃない。なのはやフェイトも。何をやっていたのか詳しく教えてくれなかったけど。

 

 私もその一人かもしれないと思いながら、すずかとアリシアに「行くわよ」と言って歩き出した。

 

 三分後。

 

「長いわね、この廊下」

「そうだね…」

「まだ大丈夫だよ、私は」

 

 そこから更に四分後。

 

「…まだ着かないのかしら?」

「疲れたよ……」

「少しきついかな…」

 

 更に五分後。

 

「いつまで歩かなきゃいけないのよー!」

「もう足が…」

「さすがにつらいね……」

 

 私達は延々と続く廊下に苛立ち、その場で足を止めて叫んだ。

 なんなのよもうこの廊下!! 進めど進めどキリがないじゃない!

 思わず地団太を踏む。するといきなり風景が変わり、廊下と壁が真下に大きい扉があるだけになった。

 

 まるで地獄の蓋のような感じがするその扉は、私達が見た瞬間に開き、そのまま落下した。

 

 一体何なのよ、これは!




ご愛読ありがとうございます。


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84:VS雄樹

さぁ試練が始まりました。が、言っておきます。

理不尽極まります。話が進んでいくことに、すごく。


*……視点

 

「……ここは?」

「お城みたいだけど……」

「の前、が正しいけどな」

「それにしても大きいなこれ。上が見えねぇ」

「だが、尋常ではない雰囲気を感じる」

「そうね。気を引き締めないと……」

「………」

「どうした雄樹」

 

 目の前の城を見てなのはたちは驚いているにもかかわらず、雄樹だけが真剣な眼差しでそれを見ていたのでザフィーラは思わず訊ねたが、彼は特に何も言わずバリアジャケットを展開する。

 一同その様子に驚くが、雄樹は特に気にせず前方に佇んでいる甲冑姿(・・・)に冷や汗をかきながら質問する。

 

あなたは門番ですか(・・・・・・・・・)?」

 

 対し答えは否。

 

 だが、続く言葉に雄樹の心臓は凍りつきそうになった。

 

「――だが、障害の一つではある。同じ甲冑の者よ。このランスロット(・・・・・・)が満足する武を示せ(・・・・・・・・・)

「―――なっ! ラ、ランスロットだって!?」

 

 信じがたい名前を聞き思わず声を上げる雄樹。が、甲冑姿――ランスロットはその間すら容赦なく攻撃する。

 身動ぎすらしていないように見えるにもかかわらず、彼のバリアジャケットの腹部に穴が開き、そのまま後ろに、声も上げずに倒れ込む。

 

「雄樹ぃぃぃぃぃぃ!!」

「是非もなし」

 

 抑揚のない声で雄樹をそう評価し、身を翻すランスロット。

 自分の攻撃に耐えられないものに挑戦する(・・・・)価値なし。そう言いたげな背中を見たなのはたちはバリアジャケットを展開しようとしたが、できない(・・・・)

 

「ど、どうして!?」

「くそっ!」

「なんでや!」

「――――障害は乗り越えるためにあり、それは己の力でこそ切り開かなければならない」

 

 叫ぶ少女達の声に切り込むようにランスロットは語る。

 

「都合の良い助けはない。それと同じで、同じ戦場に立てなければ助けることはできない」

 

 あくまで淡々と、戦神としての矜持を。

 

「決闘に助けはない。あるのは勝者か敗者。生者か死者かのみ……そして貴様らはもう(・・・・・・)この先へ(・・・・)進むことは(・・・・・)許されない(・・・・・)

「「「「「「「なっ!?」」」」」」」

 

 全員の驚きを無視し、ランスロットは門の前に陣取って座り込んだ。

 

 彼女達を入れる気など一切ないという、鋼鉄の気迫を発しながら。

 

 

「にしてもランスロットの奴、容赦しないんだな」

「ちょっと。あの金髪少女にもう一度稽古をつけてあげたかったのに! なんて無慈悲な一撃を!!」

「きっと大智との勝負(・・)の途中で邪魔されたのが嫌だったのよ。オーディン様のせいじゃない?」

「そう言われてもな…『来るまで』という条件に合意しただろお前ら」

「途中でゼウスにあなたまで参加したけどね」

「おかげで俺やランスロットの戦闘回数が減ったんだぞ! しかもランスロットはその途中。あれは仕方がないだろ!!」

 

 大智に命令してモニターをこの城に作らせ、それで現在どうなっているのか確認しながら話す面々。

 上から順にペルセウス・雷神・ミカエル・オーディン・雷神・ペルセウスである。

 そして件のランスロットはこの城――ヴァルハラの門の前で陣取っており、彼の特訓相手(・・・・)である斉原雄樹は腹部を貫かれ死亡(・・)。残る面々は何もできず地面を見つめている。否。何もさせてもらえなかった。

 

 そんな暗澹たる光景を見ていたオーディンは、髭を触りながら呟く。

 

あちらの方(・・・・・)で頑張ってもらうしかないか…」

「ゼウス様の方ですか?」

「あぁ。彼女達の(・・・・)頑張りに期待するしかないな」

「とか言ってるうちにあいつ復活したぞ」

「む? ……っと、大智か。いつ戻った」

「ついさっき。斉原が仰向けで倒れ込んでいて、他の奴らが何もできなさそうにしてる顔を浮かべているところ」

「出来なさそう、ではなく、させてないのだが……まぁいいか」

 

 一人で自己完結し、大智が来たことにあまり驚きを感じないオーディン。大智もそんな彼の姿を見て特に考えることはなかった。

 

 オーディンは大智に訊ねる。

 

「この挑戦、抜けれるか(・・・・・)?」

「99.6%で無理だが、逆に言えば0.4()ある。戦神相手にな」

今のお前だと(・・・・・・)勝率一割(・・・・)あればいい方だからな」

「そこは関係ない。…今回問われているのは『騎士の姿』。乗り越えるべきは一撃……そんなところだろ?」

「正解だ」

 

 立ち上がった雄樹を見ても顔色変えずに話を進める大智に、頷くオーディン。

 大智にとって彼がどうなっていようとも関係がなかった。というより、来た彼女達の理由についてすら興味がなかった。

 ただ現状を冷静に、正確に述べることだけ――――前世での彼がそうだったように、変えることのない自分を貫き通しているだけ。

 特に不便だとも思わないし、そもそも便利や不便で変わるほど人間らしくない。

 それはまさに機械のように、目の前に与えられたものを自分なりに解釈、もしくは正確に汲み取って行動する――そんな生物だ。

 

 そんな彼は、今更ながらに見覚えのある少女達をモニター越しに見て質問する。

 

「なぜあいつらがいる? 関係ないだろ?」

「あると言えばある」

「ていうかよ。お前が0.4はあるという根拠はなんだ?」

 

 オーディンの言葉に被せるように大智に訊ねるペルセウス。そんな質問に若干不満ながらも大智は答えた。

 

「すべての力を防御に使った場合にランスロットの一撃を防ぐことができる確率」

「大智だったら避けるわよね、あの左突き(・・・)

「俺には自前の剣で攻撃してくるから分からんが、避けられると思う」

 

 記憶を失ったというのになんだこの戦闘センスの塊は。

 

 その場にいた全員が大智という特異点(・・・)に呆れ、驚いていた。

 ……ただ一人――純白の翼を背中に生やした少女を除いては。

 

「さすがですね、大智様」

「……いつも思うが、俺はお前に何かしたか?」

「お気になさらないでください」

 

 顔を俯かせてそう言われるものだから、大智はますます首をひねる。

 そんな姿を見た面々は、ため息を漏らしつつモニターへ視線を移す。と、ランスロットと雄樹が対峙していた。

 

「一度殺されたのに随分勇気のある奴だな」

「何か言われたんでしょうか」

「行けるとしたらヘル、ハデス、オシリス……」

「ロキに釈迦、それに……今は休んでるけど輪廻もいるわよ」

「輪廻? それは六道輪廻の事だろ?」

 

 大智は覚えのない神様の名前に首を傾げる。

 それに雷神が答えようとした時、モニター側に動きがあった。

 

「おっ」

「ほぅ。最初に攻撃が来るだろう場所を予測して全力で防いだか」

「ですが全力を使い果たしてまた倒れましたよ」

「それは魔力が空になったからでしょ?」

「勝者に対する敬意でも言ってるのだろうか?」

 

 口々にそんな会話をしていると、どこからか声が聞こえた。

 

『こちらはすでに第三関門あたりじゃの。大智の両親も参加しておるし』

「俺の両親?」

『…そこだけは記憶を戻しておくかの。後々言われるの面倒じゃし』

「は?」

 

 別場所で待機しているゼウスは、呆けた大智の姿を想像して笑いながら右手をパチンと鳴らす。

 

「ぐっ」

 

 大智の頭に一瞬痛みが生じ、思わず片手で頭を押さえる。その間に、あった記憶(・・・・・)が戻ってきた。

 

 この世界の父親の名前――長嶋竜一。母親――怜奈。

 

 その言葉が頭に甦り、復唱する。

 

「俺の親父は竜一で、破天荒な発明好き。母親は怜奈で、多少常識人だが尋常じゃないほど世話好き…って、ロクな両親じゃない気がするんだが」

 

 自分で言ってはたと気づく。が、すぐに気にならなくなった。

 そして、自分と闘ってきた神様達と一緒にモニターを見ることにした。

 

 

 

 

「心配したんやで雄樹!」

「…心配かけて、ゴメン。もう大丈夫だから」

「死んだはずじゃないのか、お前は」

「「「!?」」」

「……えぇ」

 

 シグナムに指摘され頷く雄樹。それに俯く残りの少女達。

 重い空気の中、彼は口を開いた。

 

「…教えてもらいました。大智の記憶がなくなった理由を。そして、自分が願ったものを」

「死ぬ前に気付いておけ。今回のようなことは二度とない」

「はい」

 

 すべてを語らせるつもりがないのか割って入るランスロット。それに流されるようにまた、雄樹もその先を語ろうとしなかった。

 そんな中、はやてやなのはは雄樹に迫った。

 

「どういうこっちゃ!?」「教えてよ!」

 

 だが雄樹は口を開かず首を横に振るのみ。

 なおも食い下がろうとする二人だが、フェイトとシグナムが二人を制止させる。

 それを見た雄樹はランスロットに向き直り、頭を下げる。

 

「ありがとうございます」

「礼を言われることはない。お前には忘れてほしくないだけだ……騎士の本懐を。そして、大智と並び立つということを」

「……分かりました」

「その気になれば名を呼べ。引き続き稽古(・・)をつけてやる」

 

 そう言って背を向けるランスロットに、雄樹は今気になったことを質問した。

 

「バニングスさん達は大丈夫なんですか?」

「――先へ進むがいい。さすれば答えは見えてくる」

 

 だがランスロットは詳しく答えず消えた。

 知ってるけど教えることはできない……そんなところかな? そう雄樹は思いながら見送り、そのまま門まで歩きだす。

 

「ど、どうするんや? あの甲冑男に先へ進むなと言われてるんやで?」

「そ、そうだよ。私達、もう先へ…」

行けるさ(・・・・)、先へ」

「「え?」」

 

 そう言った雄樹は門へ近づき、押す。

 すると、普通に門は開き奥へと続く廊下が見えた。

 

 女性陣はその光景に呆然としている中、雄樹は平然と入った。

 

 まるですべてを知り、急ぐかのように。

 

 

*斉原雄樹視点

 

 はぁ。まさかあの結果(・・・・)がねぇ…。

 廊下を一人走りながら心の中でそう愚痴る。

 

「待ってよ斉原君! そんなに走らなくても!!」

 

 高町さんがそんなことを言うけど、残念ながら教えることができないんだ。せめて行動で示さないと。

 

 大智との別れ(・・・・・・)を阻止するために。

 

 

 僕はランスロットさんとの戦いで本当に一度死んだ。腹部が貫通し、何もすることができずに。

 その時だ。僕はなぜか白い空間(・・・・)にいた。

 前世のように幽霊になったわけではなく、本当に死んだ僕は死を自覚するのにそう時間はかからなかったけど、不思議に思った。

 死ぬということは完全なる人格の消滅。僕という存在の消滅。

 なのになぜ意識というものが在るのだろう。そこを不思議に思っていると、仮面をつけた身長百八十くらいの白衣を着ている人が現れた。

 

 どこかで見たことがある気がしたその人は、僕に対し笑いながら言ってきた。

 

『不意打ちだと思うかね?』

 

 それに対し僕はどういう事かと訊くと、『さっきの攻撃の事だ』と返ってきた。

 僕は少し考えて首を横に振る。

 

『なぜかね?』

「あの時すでに警戒していました。けど、反応できない速度で攻撃してきたんですから」

『……スサノオが選んだ転生者は冷めたものが多いな……面白い(・・・)

「え?」

 

 面白い。その単語を発した時のその人の声が少しだけ変わったことに耳を疑う。

 だけど、そんなのが気にならなくなるほど衝撃的なセリフが聞こえた。

 

『長嶋大智の記憶は人に成るための対価(・・・・・・・・・)として支払われた』

「……どういう事だ!?」

『八神アインス。彼女のためにね』

「…嘘だ」

『真実だ。虚構も虚偽もなにもない。ただ知る者がいないだけ』

「ぐっ……」

 

 言い返せないところを突かれ黙っていると、その人は詳細を語ってくれた。

 

『あの後、彼は私にこう言ったよ。俺にとってあいつらと過ごした時間は大切だが、それ以上にハッピーエンドへ向かわせるならそれを手放しても構わない。とね』

 

 記憶のあるなしで俺は変わることがないとも言っていたね。そう明るい声で付け足してから、僕にこれからの事を教えてくれた。

 

『君達は今二分されたまま進んでいるが、どちらか片方でも諦めた場合彼は、二度と(・・・)君達の前に現さない(・・・・・・・・・)。彼の記憶を取り戻すとともに彼と一緒に過ごしたくば、この先へ進むことだ。その覚悟があるなら、生き返らせよう』

「覚悟……」

 

 言われて僕は思い出す。僕自身がこの世界で守ると決めたことを。

 

 僕は、八神はやてを悲しみから守る。その為なら、何をしてでも――たとえ僕自身が傷ついても関係ない。

 

 

 覚えていたはずだったのにと苦笑しながら、僕は「お願いします」と言い――あとはまぁランスロットにもう一度挑戦し、急所(心臓)を全力で守って防ぐことに成功してこうして進んでいる。

 しかし体がだるい。魔力を凄い量持って行かれたからだろうか。おまけにカートリッジ全部使ったし。

 今日は戦うの無理だなと思いながら扉の前に着いたので開けると、

 

「あら? あの金髪少女――確かフェイト、とか言ってた子じゃないの? まぁ見物客が最初に来るのは私的に盛り上がるからいいけどね」

 

 頭に二本の角をはやしており、周囲の空気をバチバチとさせながら佇んでいる彼女がそんなことを呟いた。

 僕はすぐにバリアジャケットを展開しようとしたけど仮面の人に『乗り越えるべき相手以外でバリアジャケットを展開できないから』と言われたのを思い出し、やめる。

 その代り、僕は彼女の名前を当てた。

 

「テスタロッサさんの魔法の威力上昇と速度上昇はあなたのお蔭ですか――雷神さん」

「あら。さすが転生者ね。私達の事を知ってるなんて」

「この世界では神話などあまり出ませんからね」

「ま、無駄話はこれくらいにしましょう……ね、フェイト?」

「ら、雷神さん!?」

 

 驚くテスタロッサさんを無視し、雷神さんは自然体で言った。

 

「さぁバリアジャケットを展開しなさい。そして、私を抜いて(・・・・・)みなさい(・・・・)




それでは、次の話に会いましょう。

ご愛読ありがとうございます。


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85:雷神VSフェイト

久し振りです。第二の試練です。


 パチパチパチッと周囲の空気に電気を発生させながら佇んでいる女性――雷神さん。

 彼女は自然体のままテスタロッサさんに対し視線を固定する。

 一方で、見られているテスタロッサさんは少しばかり気後れしたのか足を一歩後ろへ下げながら「ど、どうしてですか?」と質問した。

 対し、雷神さんは肩を竦めて答えた。

 

「どうして? 彼がランスロットの挑戦(・・)を越えたのよ? 貴女も私の挑戦を乗り越えないでどうするの」

 

 一見正論に見える暴論。僕は反論できるけど、割って入ることはできない。

 ……たとえはやてが悲しもうとも、これは喋れそうにない。

 

 神様が僕達を大智と引き離し、引き渡そうとしながらもこうして障害を設置している目的を。

 

 僕がそのまま傍観していると、雷神さんが「いい?」とテスタロッサさんに念を押していた。

 ちなみに僕達は全身に痺れを起こして口を開くことすらままなりません。……テスタロッサさん以外は。

 いつの間に、って感じだろうけど、入った途端にやられたから、束になってもかなわないと改めて思い知らされるよ。

 

「さっきの子は一度死んだ。それだけの実力差が私達とあなた達にあるの。だから大智を連れ戻したいと考えるなら、せめて私達の本気(・・)で死なない様にならないとダメ。だから私は、貴女をまた鍛えることにした」

 

 この人(?)にテスタロッサさんは教わってたの? なんて思ったが、言う気力がなかったので黙っている。

 

「といっても、まだ大智のいう『強く』になってないから鍛える気ではあったけどね」

 

 分かった? とウィンクをして確認を取る。

 それを見たテスタロッサさんは「分かった」と短く答え、バリアジャケットを展開。

 バルディッシュをサイスモードにして構えると、雷神さんが「ルールを確認するわよ」と言ってから、次のように言った。

 

「ルールその1。私に貴女の攻撃を届かせたら勝ち。その2。私を捉えきれればあなたの勝ち。その3。貴女が死んだら負け。その4。復活は一度きり(・・・・・・)……分かったかしら?」

「はい」

「じゃ、行くわよ。神壁は出さないから安心なさい」

「…ありがとうございます」

 

 神壁ってなんだろう? まぁ神様が使う防御壁みたいなものなんだろうけど。

 一瞬そんなことを考えていたら、いつの間にか勝負が始まっていた。

 

 ……テスタロッサさんが壁を壊すほどの勢いで激突して。

 

遅いわね(・・・・)、まだまだ。大智だったら平然と接近戦に持ち込んで、私が壁に激突してたわよ。貴女の2倍の手数の攻防で、ね」

 

 僕らが言葉を失って崩れた壁を見ていると、そんな声がため息と共に聞こえた。もちろん、あいつの腕がやけどするけど。そう付け足して。

 今いったい何があったのか理解できないし、見てなかった。いや。見ることができなかった。

 僕達の動体視力を超えた動きでテスタロッサさんは動いた。だけどそれ以上の速度で雷神さんが迎撃した――それぐらいかしか分からない。

 早すぎてダメなのだ。例えるなら、ニトロマシンに乗っている人が出すサインを間違えずに読み取れないことと同じように。

 

 次元の違う強さ――それこそ僕達人間が勝てるかどうかの話じゃない強さ――を目の当たりにし、僕はランスロットがいかに手加減(・・・)していたか分かった。

 彼はただ、思考の探り合いと一回の攻撃を防ぐだけにしてくれた。

 それを僕は2度のチャンスでクリアした。

 偶々かも知れないけど、あの威力を前に達成感はあった。

 だけど現状はどうだ。テスタロッサさんは僕よりも厳しい条件でやっている。きっと、高町さんやはやて達もそうなんだろう。

 守るものを決めていたのに、なんでこうなったんだ。僕は明らかに弱いじゃないか。

 

 ……こうなったら、意地でも大智を連れ帰って弟子にしてもらおう。絶対に。

 

 とか思っていたら瓦礫が吹き飛ぶ音がしたので、我に返る。

 あれ? 僕なんかすごいこと考えてたような気がするけど……なんだっけ。

 ってそんなところじゃないね、今は。

 地面に伏していたので顔を上げると、テスタロッサさんのバリアジャケットがボロボロになっていた。

 

「確かにスピードが上がってるけど…駄目ね。これじゃ大智にまだ遊ばれるくらいよ。彼なら魔力を使わずに、身体能力を全開にせずに今のあなたを普通に(・・・)圧倒できるわ」

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ………はい」

「元気ないわね。そりゃぁ片腕折れて、足もやられれば元気なんて出ないでしょうけど。もっと頑張りなさい。そして私に勝ちなさい」

「……はい!」

 

 ……完全に青春漫画の1ページを刻んでそうな風景が見えたけど、やってることはデットオアアライブ。

 二人の姿が時折見えなくなって、気付いたら爆発音とか聞こえてるからどうなってるかさっぱりわからないこの戦いだけど、正直言ってテスタロッサさんに頑張ってもらいたい。

 

 ま、声が出せないんだよね。痺れてて。

 

「ハァァァァア!!」

「まだ遅い! 限界じゃないはずよ!!」

 

 ……うん。とんでもないスパルタ。まるで昔やってた少女マンガみたい。

 僕達いつまでこうしてればいいのかなぁと思っていると、不意に二人の動きが完全に止まった。

 

 一体どういうことだろうかと思っていると、テスタロッサさんが驚いていた。

 

「長嶋…君?」

「「「「「「!?」」」」」」

「何か用? 大智」

「散歩してたら偶々だ。深い意味はない」

 

 僕達は驚き、雷神さんは首をかしげた。なぜなら、大智が二人の間に割って入るように来たからだ。

 にしても、なんでいきなりここに来たのさ? そう聞きたいし、言いたい文句もいっぱいあるけど、とりあえず元気そうでよかった。

 そう思っていると、テスタロッサさんに体を向けて、大智は言った。

 

「見たところ満身創痍だな。もうこれ以上やらなくてもいいんじゃないか? 命が無駄に散るだけだぞ?」

 

 あ・い・つ・は! いうに事欠いてなんてひどいことを!!

 他の人たちもそう思ったらしいけど、痺れているせいで誰も言えない。

 そして雷神さんは「何言ってるの! まだまだこれからに決まってるじゃない!!」と胸を張っていた。

 だけどそんな言葉を無視して、大智は再度質問した。

 

「何でそこまでする?」

 

 その質問に対し、テスタロッサさんは俯いていたけど、大智に視線をまっすぐ向けて答えた。

 

「……私は、私が強くなる理由は、なのはと一緒にこれからも働きたいから。そして、君に助けてもらった恩を返したいからだよ」

 

 覚えていないだろうけど。そう付け足して、ボロボロになりながらも笑う。

 それを見た大智は何を考えたのか目をつむり、少しして目を開けて右手の人差し指でテスタロッサさんの額に凸ピンする。

 頭を押さえながらテスタロッサさんが困惑する中、大智は言う。

 

「これからお前に簡単な対処法を教えてやる。それをものにできるかどうかは、自分の力を信じるお前次第だ」

「え?」

「さっきの凸ピンで傷は治した(・・・)。今なら普通に動くことぐらい何ともないだろ」

「あれ、本当だ!? 一体どうやったの!!?」

「そこは気にするな。…で、だ。お前は今自分の装甲を薄くして機動力を上げていて、さらに魔法で速度を上げているんだろ?」

「う、うん」

「ならその上に使ってない魔力を足に込めてみろ」

「…魔力を、足に込める……?」

「リンカーコアから流れている魔力を足に集中させろと言っているだけだ。それができればこの場は何とか切り抜けられるだろう」

 

 いうだけ言うと、大智は来た道を引き返すのか、背を向けて歩き出した。

 君って本当にカッコつけだねと思いながら見送ろうとすると、テスタロッサさんが「待って!」といい、彼は止まる。

 

「どうして助けてくれたの?」

「……覚悟(・・)があったからだな」

「覚悟…」

「邪魔したな」

 

 そこから数歩も行かないうちに彼は消えた。

 記憶がなくとも相変わらずだと思っていると、テスタロッサさんの顔つきが更に真剣になった。

 それを見た雷神さんは、いい笑顔になる。

 

 まるで、ようやく同じ土俵に立った相手を見るように。

 

「アドバイス貰って勝てると思う?」

「…やってみないと分かりません」

「でしょうね。だから、最初の一回は練習。ほら、飛び込んできていいわよ」

 

 そう言って両手を広げる。

 おそらく、テスタロッサさんに文字通りの練習をさせるつもりなのだろう。大智が教えた、この場限りの対処法を。

 対しこちらはバルディッシュを構え、一歩前に出す。

 辺りが静寂に包まれるけど、テスタロッサさんの周りには風がまとわり出す。

 

「魔力を足に集中…魔力を足に集中……魔力を…」

「そろそろいいんじゃないかしら?」

「…行きます」

 

 そう言って彼女が足を踏み出した瞬間。

 彼女はすでに雷神さんを通り過ぎ、その後ろの壁へ激突……せずに、大智が正面から抱き留めていた。

 

「あ、あの、長嶋、君……」

 

 こうしてみると抱き合っているようにしか見えないね。実際そうだけどさ。なんかテスタロッサさんも顔赤いし。

 一方で大智は特に表情を変えずにテスタロッサさんを放し、「魔力を込め過ぎだ。だんだん増やしていけばいいものの」と言ってから、消える。

 かと思ったら、雷神さんと脚を交差させていた。

 

「俺は勝手に体に合わせてくれるから問題ないが、お前はそんなものがないはずだ。だから最初から精一杯溜める必要はない」

 

 その言葉の間に何度か殴り合ったらしく、言い終わった時には口の中のあったらしい血を吐き捨てていた。

 

「んじゃ、待ってるぞ(・・・・・)お前ら(・・・)

「…え?」

 

 最後に気になる言葉を残して消えた今度こそ消えた大智。

 ……ていうか今、「待ってるぞ」って言わなかった?

 それをテスタロッサさんも気付いたのか、「ふふっ」と笑った。

 

「どうやら、記憶は戻ったみたいね」

「そのようです」

「ま、それでもあなた達と一緒に帰せるかどうかは別だけど」

「帰りますよ。大智が教えてくれた方法と一緒に」

「……そう」

 

 急に雷神さんがしおらしくなったと思ったら、バチバチバチ!! っと火花が散る音が激しくなった。

 同時に地面を抉る雷が鳴る。

 

「…意外と大智がいる生活ってのは楽しいのよ。だから弟子である貴女に渡す気はないわ」

 

 テスタロッサさんはその場で先程の様に準備をする。

 

「私達を助けてくれた。だから今度は私達が迎えに行く。『待ってる』と言っていたから」

 

 互いに睨み合ったまま。だけどその眼には闘志が。

 ……どうでもよくないから言うけど、僕達は果たして無事に進めるのだろうか。

 

「勝負は一撃。どちらの速度が相手を上回るか。それだけ」

「はい」

「それじゃ」「行きます」

 

 その言葉を皮切りに、二人の姿は交差した。




ご愛読ありがとうございます。次は、アリサ側です。正直言って、小学生がやる試練じゃない部分が……あります。


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86:アリサ達の試練

アリサ達側です。小三でやるものじゃないのがあります。


*……視点

 

 落下した時に開いた扉を通り抜けた三人。

 気付いたら地面に立っており、服装が変わっていた。

 アリシアは黒のゴスロリ、アリサは赤のドレススーツ、すずかは桔梗色のワンピースに桜色のジャケット。

 すべてのサイズがぴったりで、特に違和感がない。

 

 最初に気付いたのは、アリサだった。

 

「え、何なのよこれ!? 私着替えた覚えないわよ!!」

「…え? あ、本当だ!!」

「なんか、すごい大人っぽいよアリサちゃん」

「……あんたもそう見えるわよ」

「そう?」

 

 アリサに言われ、すずかはその場で一回転する。

 少し宙を舞う桔梗色のワンピースの裾。そこはかとなく上品さを感じる。

 

「ていうかよくヒールで回れるわね。ほとんど履かないんだけど私」

「それより私達落ちてきたんだよね? どこへ進めばいいんだろう?」

 

 感心するアリサをよそに、アリシアは至極まっとうなことを言う。

 魔法に少なからず関わっていた彼女にとって、分からない現象は考えるだけ無駄と割り切っていた。

 それは二人にとっても同じらしい。言われたアリサとすずかは周囲を見渡し、同時に同じ方向へ指を指した。

 

「「あっちだね(よ)」」

「え? 本当?」

「いやそこに看板あるし」

「あ、本当だ」

 

 アリサに看板を指され、納得する。

 その後三人はその方向へ歩き出したのだが……

 

「…なんかいるわね」

「うさぎさんだよね?」

「でも寝てるね」

 

 その途中で寝ているウサギを発見。

 道の端にいるので直接的な被害はあまりないだろうと当たりをつけた三人は、足音を立てずにこっそり行こうとした。

 しかしアリサが通り過ぎようとした時にそのウサギが目覚めた。

 動きが止まる三人。が、無情にもウサギは欠伸をして立ち上がり、三人へ視線を向ける。

 

 そしてウサギは喋った(・・・)

 

「やぁやぁ君達。ようやく来たんだね(・・・・・・・・・)。待ってる間暇過ぎて寝てたよ。ごめん」

「「「えぇ!?」」」

 

 片手をあげて流暢にしゃべるウサギを見て驚く三人。

 だがこちらは意にも介さずに先へ進める。

 

「招待された君達にはちょっとばかり試練を受けてもらうから。もう一組も同じように特訓を受けてるけど、まぁあっちより危険はないから大丈夫」

「あんたいったい何者なの!?」

「あぁ紹介が遅れたようだね。僕は因幡白兎(イナバノシロウサギ)。君達をこの先へ案内するマスコットキャラさ。ある方たちに頼まれてね…」

 

 最後の方を哀愁漂う顔でつぶやくウサギ――因幡白兎。

 それを見た三人は続いて言いたかった言葉を飲み込み、何とも言えない表情を作る。

 少ししてウサギは表情を元に戻し、再び説明した。

 

「君達には僕が先導する道を歩いて無事ゴールしてもらうよ。途中色々な試練が襲い掛かったりするけど、伝説通り僕が身代わりになることはできないから、自分達で頑張ってね」

「「「試練?」」」

 

 三人は首を傾げる。

 それを見たウサギは頷いてから「こっちだよ」と促し、先へ進んだ。

 ここまで来たらなるようになるしかない三人は、ウサギの後を追いかけた。

 

 

 数分後。特に話すことのない三人と一匹は黙々と歩いていた。しかしウサギは喋り屋なのかぺらぺらと喋り出す。

 

「君達の事は話に聞いてるけど、結構綺麗な人達だね~」

「「「…………」」」

「この世界ってちょっとした人が作り出したの…知ってる? わざわざ地球のどこかの国の童話をモチーフにしたらしくてね。僕もその演出で呼ばれた登場人物の一部なのさ」

「「「…………」」」

「…見事に無視、ね。酷いやひどいや。ウサギは寂しいと死んじゃうのに」

 

 ここで代表してアリサが口を開いた。

 

「あのね。ウサギは一匹でも生きていける動物なのよ?」

「それくらい知ってるよ。ちょっとしたジョークじゃないか」

「あっそ」

「随分素っ気ないねー」

「なのは達はなのは達で頑張っているんでしょ? 私達もさっさとやりたいの」

「……大智はそこまで愛されてるのかー」

「なっ!? ち、違うわよ! べ、別にあいつのこと好きだとか思ってないし!!」

「それよりもさ、うさぎさんは大智君のこと知ってるの?」

「うさぎさんじゃなくて因幡さんか白兎さんね。ま、知ってるよ。僕だけじゃなくて、大体の神様や神獣はね」

 

 あの子ほど色々不思議な人は後にも先にもいないよ。そう付け足したウサギは立ち止まって遠い目をする。まるで何かを思い出しているかのように。

 それを見てるアリサたちは、ますます大智の事を不思議に思った。

 

 

 

「着いたよ。ここが第一試練の場所だ」

「……ただの広場じゃないの?」

「ところがそうじゃないんだなー……おーいチェシャ猫!」

「やれやれ。このあたしがチェシャ猫ねぇ……随分出世したと思わないかい、因幡」

「「うわっ!!」」

「…猫耳?」

「あたしは猫又のかんな。ちょっと二千年以上生きてた妖怪だよ」

「「「妖怪?」」」

「そ。妖怪。あんた達の世界でもいたりいなかったりする存在さ」

 

 三人と一匹がついた場所は広場。周りが木々で囲まれ、土が現れた場所。

 その真ん中にいたのは、猫耳と三本の尻尾がついている大人な女性――猫又のかんな。

 

 彼女は地面を蹴って一回転して猫になり、見事に着地して言った。

 

「さて。私としては試練なんて面倒なものを授けたくなんだがねぇ。あの人達(・・・・)が意外にも乗り気だし、お題ももらっているからねぇ」

「じゃ、僕は少し離れるから」

「別にウサギを取って食おうとか考えてないから安心するといい……じゃ、第一の試練を授けようじゃないか」

 

 かんなはそう言ってニヤリと笑うと、もう一度一回転する。

 すると広場だった空間がいきなり家へと変わり、アリサ達は椅子に座った状態になっていた。

 

「え? 何よこれ」

「すごい。これも魔法なの、アリシアちゃん?」

「魔法じゃない。妖術さ」

 

 テーブルの中心にかんなは降り立ち、そう訂正する。

 間近で見たすずかはそっと手を伸ばしたが、三本のうちの一本に叩かれおとなしく引っ込める。

 かんなはため息をついてから、試練の内容を口にした。

 

「さて。お主達には今から遊びをしてもらおう」

「遊び? それが試練なのかんなさん?」

 

 アリシアは疑問に思い質問する。それに対し頷いたかんなは、三人の顔を見渡しながら説明した。

 

「そうじゃ。主らにはこの問題を解いてもらう。外れたからといって罰則はないから心配するでない。ただし、一人一回しか回答は認められぬ」

 

 言い終えてかんなはテーブルから降りる。それと同時にテーブルの真ん中に箱が三つ現れ、三人の目の前にも紙が現れた。

 三人はそれを手に取り読み上げる。

 

「えっと…『これら三つの箱のうち一つに灰色の玉がある。以下の手掛かりを参考にし、探し当てろ』」

「『手がかり:上記の問題文と答は矛盾していない』『この手掛かりには嘘だらけ』『手掛かりには一つとして嘘はない』」

「他には……『三つのうち二つの玉は輝く色をしている』『その二つは隣同士になることはない』『玉の色は一定時間で変わる』……って、分かんないよこんな問題!」

 

 アリシアは紙を放り投げてお手上げという。残る二人も無言のまま紙を見つめる。

 

 そんな三人を横目にかんなはいつの間にか姿を消し、「答えが分かったら叫びな。当たってたら元に戻れるから」と言い残していた。

 

「ふぅ。とんでもなく意地悪な問題だよ、まったく。あの人の考えてることが分かんないねぇ」

「小学生にやらす問題じゃないよねー本当。聞いてた限りじゃ面倒過ぎる気がするし」

「本人は完全に帽子屋になりきってるから性質が悪いんだよ。余計にね(・・・・)

「ま、大智ならすぐ解けそうな問題だろうね」

「どうだろうねぇ」

 

 立派な家から出てきたかんなは、そんな会話を因幡と交わす。因幡としても暇なのか快く会話をし、一区切りついたところで互いに広場だった場所に視線を向ける。

 

「どう見るウサギ?」

「最終的には解けるでしょ。ただ納得できるかどうかわからないうえ、相当捻くれてるからねぇ」

「確かに。まるで昔の大智みたいじゃないかい? 前世の(・・・)

そうそう(・・・・)。すべてを疑ってから事実だけをつなぎ合わせて道筋を作る。過程を話す気が一切なかった、あの頃の彼ね」

「もしかしてこの試練って……あいつを知って(・・・・・・・)もらうため(・・・・・)なのかねぇ?」

「話してくれないから何とも言えないんだよねー」

 

 そんな会話を交わした後、二匹は空を見上げた。

 

 

「……こっちがこれだったらここがこう。でもそれだとここが…」

「これどうやって解くの? ていうか、箱があるんだから開けてみればわかるんじゃない?」

「そういうのは大抵開かない様になってるのよ」

「…あ、本当だ。開かない」

 

 一方で家の中。アリシアは考えることをすでに放棄しているため箱を開けようと試みるが、やはり開かない。

 アリサとすずかは似たような問題をやったことがあるのか、各々考えていた。

 

「…ねぇすずか。この問題どう思う?」

「そうだね……すごい難しいよ。どれが嘘でどれが本当か仮定しても解けるかどうかわからないもん」

「アリシアは何か……って、大丈夫?」

「こんなの分からないよー。いったいどうやって解くのー?」

 

 アリシアはそう言って机に突っ伏す。

 それを見た二人は苦笑しながらこの問題を説明した。

 

「この問題は矛盾を潰していくものなのよ」

「矛盾って何?」

「絶対に貫けない盾となんでも貫ける矛をぶつけるとどうなる?」

「えーっと、絶対に貫けないとなんでも貫けるんでしょ? ……って、あれ? おかしいよ?」

「そのおかしさが矛盾なの」

「へぇー…それがこれとどう関係するの?」

「つまりね。この手がかりで矛盾があるものを潰して、答えを出すものなのよ」

「そうなんだー……でもどれが矛盾してるのかわからないんだけど」

「そうなのよねー」

 

 アリシアのもっともな言葉に、アリサは肯定して椅子に座ったまま背筋を伸ばす。

 おそらく十分ほどしか経っていないが、彼女達の体感からしたら一時間は経っているような気がした。

 考えがまとまらない、というよりは、正解が本当にあるのかどうか疑ってしまう。それほどまでに悩ましい問題だった。

 

「…分かんないわね」

「手がかりのほとんどが嘘について書かれてるから推測しづらいしねー」

「余計混乱するわね……」

「…………」

 

 う~~んと思わず腕を組んで考え込んでしまう二人。アリシアもまた、頭を悩ませていた。

 

「……でもなんで答と問題文が矛盾しないって書いてあるんだろう?」

 

 わからないながらも思った疑問。それをアリシアが口にした時、二人ははっと気づき、紙を覗き込む。

 

「…確かにそうね」

「なんでだろう?」

「当たり前のことを明文化するってことは……これが嘘だってことじゃない?」

「そうなると嘘だらけってことが正しいってことになるね…」

「ひょっとして全部の箱に灰色の玉が入っていたりして」

 

 そうアリシアが冗談交じりに言った瞬間。

 

 今までいた家が消え(・・・・・・・・・)、元の広場に戻ってきた。

 

「「「え?」」」

 

 三人は思いっきり呆けた顔をした。




ご愛読ありがとうございます。


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87:アリサ達の試練2

一ヶ月ぶりです。忘れていました。


 元の広場に戻った三人。だが、表情は驚いたまま。

 それに気付いたかんなが「おや解けたみたいだねぇ」と猫の姿のまま言ったことで、三人とも我に返った。

 

「…まさか全部の箱に入ってるとはね」

「納得できないかい、金髪のお嬢ちゃん」

「そうね」

「だがそれが正解だ。人生の答えが一つとは限らないのと同じようにね」

「……分からないわよ、そんな事」

「まぁ長く生きてるからこんな問題にも寛容なのさ」

 

 そう言うとかんなは、アリサの頭の上に乗る。

 驚くアリサが抗議しようと思ったら、「これぐらいで騒ぐんじゃないよ」とすまし顔でかんなが先に言ってきたので、ため息をついて怒気を逃すことにした。

 なんですずかじゃなくて私なのよと思いながら、ウサギに質問した。

 

「これで第一の試練は終わりなんでしょ?」

「そうだよー。まだまだあるから気張っていこう。あっちの方もまだ一人目らしいから」

「…なんでそんなこと分かるのよ?」

「あはは。そこはほら、君達と一線を画してるからってことで納得してくれないかな?」

「できないわよ」

「だよねー……じゃ、第二の試練を乗り越えたら教えるよ」

 

 そう言うと同時にウサギは二足歩行で器用に駆けだしたので、アリサ達は見失わないように追いかけることにした。

 

「…ねぇアリサちゃん」

「何? すずか」

 

 ウサギはある程度走ったが段々とスピードが落ちてきたらしく、ついには徒歩に戻るほどに。

 その間にすずかは、気付いたことをアリサに言った。

 

「なんか知ってるなーと思ったらさ、ここ、『不思議な国のアリス』の世界じゃない?」

「え、なにそれ?」

 

 そこに初耳だという顔で参加するアリシア。アリサは思い出そうとしたが、覚えていたのが曖昧だったため、正直に「ゴメン忘れた」と答えた。

 

 それに対しすずかは、特に嫌な顔をせずに説明した。

 

「主人公のアリスがうさぎさんを追いかけて冒険をするお話だよ。そこにチェシャ猫も出てきたし」

「ふーん……ってことは、私達がそのアリスの役なのね」

「大きくなったり小さくなったりしないけどね」

「望むならかけてあげようかい? ただし元に戻らないけど」

「それは御免被るわ」

「いやー若いっていいねぇ。僕はほら、かれこれ千年以上は生きてるからさ。体力がね……」

「何言ってるんだい若造が」

「……日本神話の時代より長生きしてる化け猫ってのもすごいと思うけどね」

「そりゃあたしが、動物学的に進化する過程の中に生きて死んだ猫だからに決まってるじゃないか」

「…もう深くは突っ込まないよ」

 

 猫の姿で笑うかんなの言葉にため息をついて項垂れるウサギ。だが先に進むことを忘れない。

 そんな哀れな姿を見て和やかな雰囲気が消し飛んだ三人は、どうすることも出来ずにウサギについて行くことに。

 

 そして、その少し先に人影が見えた。

 

「誰かしら」

「木に寄りかかってるから…ひょっとして私達を待ってる人かな?」

「きっとそうだよ」

 

 三人はそのままそこへ近づいていく。それに比例して、段々人影の姿が明確になってきた。

 その人は白衣に身を包み、茶色のフェドーラを頭から被っているせいで正確な性別も顔も分からないが、身長は百八十ぐらいだというのが分かったため、すずかはすぐにこの人がどんな役だか見抜いた。

 その確認のため、木に寄りかかっている人に声をかけた。

 

「あのー」

「……ん?」

「あなた、帽子屋さん(・・・・・)ですか?」

 

 そう問われた途端。白衣を着たその人は顔を勢いよくあげ、帽子の先を上へあげる。

 あらわになった顔を見て、すずかとアリサは見覚えがあるため(・・・・・・・・)に思わず声を上げた。

 

「え、竜一、さん!?」

「ど、どうしてここに!?」

「竜一? おいおい何言ってるんだい、この御嬢さん方は。俺はそこの紫髪の嬢ちゃんが言ってた通り帽子屋だ。それ以上でもそれ以下でもない。…にしてもチェシャ猫がいるってことは、次は俺の番だな。時間と同じようだ」

 

 そう言って両手を広げ、背中を三人へ向ける帽子屋。そこで動きを止め、ふと何を思ったのか「ではお茶会でもしようか」と言ったと同時。

 一瞬にしてその場が変わり、彼女達と帽子屋と名乗った男は白い椅子に座り、白いテーブルを囲むように配置されていた。

 次第にテーブルの上に紅茶受けとなるショートケーキ、フォークに角砂糖にカップに紅茶がそれぞれの目の前に置かれていく。

 めまぐるしく置かれていく品々に驚きすぎて声も出ない三人に、帽子屋は椅子から立ち上がって再び両手を広げ、三人へ向けて言った。

 

「改めてようこそお嬢様方! そしてお茶会に参加してくれてありがとう!! いやー話せる人がいないというのはどうにも神経に来てね。こうして君達に出会うまでは暇で暇で考えてしまったものさ」

 

 そこでいったん区切り、呆気にとられている三人を見て頭を掻く。

 

「いや悪いね。どうにも口というものは止められないのだよ。ほら漢字で書くと開いたままだろ? そのせいかどうか知らないけれど、喋るのが好きでねぇ。おっと! 別にしゃべらないと生きていけないという訳ではないからそこは間違えないでくれ。俺は考えたことを疑問にして口に出し、そのまま喋り出すというだけなんだ。だから別に考えなければしゃべることは止まるんだが、いやはや。一人という時間は好きにやれるものだから、ついつい考え込んでしまってね。待っている間えらく考え事をしていたものだから、君達に出会った途端に喋りたくてうずうずしてたんだよ!!」

 

 やたら高いテンションでマシンガントークの如く喋っていく帽子屋。そんな彼を見た三人は、今だ喋り続ける彼を無視してひそひそと話し始めた。

 

「ねぇ、あれ竜一さんよね?」

「だよね……本人は否定してるようだけど」

「ねぇ竜一さんって誰?」

「長嶋の父親よ。なんか、どこか遠い場所で仕事してるって聞いてたけど」

「普通の人じゃないの?」

「どうなんだろう? 怜奈さんも竜一さんも年をとってるのに姿変わってないらしいし、長嶋君の両親だから、普通の人じゃないとは思うけど」

 

 すずかがそう言って帽子屋を見て、それにつられるように二人も視線を向ける。すると彼はいつの間にか座って紅茶を飲んでいた。

 

「う~んこの香りと味が最高だね。さすがは最高級だ。ウサギとチェシャ猫も飲むかい?」

「いやー、その前に僕はどうしてこちら側(・・・・)にいるのかな帽子屋」

「その通りだよ。何の権利があってあの三人から離したんだい」

 

 ――――テーブルの上に、彼を挟むような場所で檻に収容されたかんなと因幡がいる中で。

 二匹の抗議に、彼は紅茶を一口飲んでから答えた。

 

「そもそも君達は俺のそばに居てはいけないという命令的な何かを与えられているのかい? それにだ。これは彼女達の試練であって君達が混ざるものではない。そんなことも分からないのか? あと、嫌うのは勝手だが今この場では不要な感情を持ち出すのはやめてほしいね。せっかく楽しいお茶会をセッティングしたというのに、まったく台無しじゃないか。更に言う事があるのなら、俺が質問したのになぜその内容を答えないのってこと。だってそうだろ? 紅茶を飲む飲まないの話を勝手に変えてくれたのだから。今私は怒ってるああ怒ってる。こんなんじゃ試練をする気分(・・・・・・・)でもないから(・・・・・・)さっさと(・・・・)このお茶会を(・・・・・・)終わらせようか(・・・・・・・)。いや悲しいね。お嬢様方のお気に召すようにお茶菓子まで出したというのに手を付けてもらえないというのは」

 

 そう言って顔を伏せ、今度はちびちびと紅茶を飲みだす。時折ショートケーキをフォークでうまく切り取りながら。

 咄嗟に言葉を掛けようと思ったアリサ達だったが、ふと彼の長々しいセリフの中に出てきた自分達にとって大事な単語を聞き取り思わず顔を見合わせる。

 

「今、『試練』って言ったよね?」

「うん。試練をする気分じゃない、って言ってたよ」

「となると、このお茶会を起点に試練を始めるのかしらね」

「どうするのアリサちゃん?」

「どうするも何も、やらなきゃダメでしょ。そうしないとあいつを連れ戻せないんだから」

 

 そこに、帽子屋が混ざった。

 

「そうそう。僕は別に構わないよ、君達が試練を受けられなくても。困られても知らないし」

「…随分口調が変わるわね」

「あっはっは。口調なんて変わってないさ。それよりほら、終わっちゃうよ(・・・・・・・)?」

 

 そう言って彼はコップの中身を三人に見せるように持つ。

 中身はほとんど空。後二口もしたら完全に飲み干してしまうだろう。

 わざわざ見せる必要があるのかと思った一同だったが、そこにある意図に気付いたアリサは二人に「私達も紅茶を一口でも飲まないと!」と言って上品さの欠片もなくコップを手に取り、その勢いで紅茶を飲む。

 慌てた二人もそれに倣う様に紅茶を飲むと、彼は拍手した。

 

「いやー気付くなんてさすがだね。チェシャ猫の試練を越えてきただけの事はある」

わざと(・・・)カップをこちらに見せなければ気付かなかったわよ」

 

 素直に称賛した帽子屋だったが、アリサは憮然とした態度で答える。

 アリサは自分で気付いたのではなく、帽子屋に気付かされた(・・・・・・・・・・)ということに腹が立っての態度だったが、それでも気付かない人がいることに、彼女は気付かない。

 

 フンと鼻を鳴らし紅茶を――今度は上品な手の動きで――飲み、アリサは切り出した。

 

「で、試練ってなんなの?」

「先程まで頭を使ったのだから少しばかり休憩しても構わないさ。糖分をとるという意味でお茶菓子や角砂糖を出したものだし、万全…とまではいかないがそれに近い状態で受けてもらいたいと思って」

「私は一刻も早く終わらせたいのだけど」

「何のために二分されてると思っているんだ? 片方が終わっても、もう片方が終わらなければ帰れるわけもないし、彼を連れて帰ることも出来ない」

 

 やれやれと両肩の高さで手の平を水平に上げ、首を横に振る帽子屋。

 正論を言われたアリサは言葉に詰まった後、視線を落としてケーキを食べ始めた。

 

「…どう?」

「食べやすいけど、甘いわね」

「それは良かった」

「お代わり!」

「あっはっは。元気のいい御嬢さんだ。だけど、試練が終わったら、だ」

「えー」

「アリシアちゃん。早く試練が終わればきっと食べれるよ?」

「早くやろう帽子屋さん!!」

「はっはっはっ。ずいぶん元気のいい子だ。そんな君のために、さっそく試練を行おうか」

 

 帽子屋はそう言って立ち上がり、ポケットに手を入れる。

 そのままテーブルを回るように歩き、一周して立ち止まってからニカッと笑いこう言った。

 

「さて問題(・・)長嶋大智は(・・・・・)料理を(・・・)作れるか否か(・・・・・・)?」

 

 

 

 

 

 

 

 長嶋大智は料理を作れるか否か。

 

 そう問われた三人のうちアリサとすずかは「作れる」と即答し、アリシアも続いて「作れる」と答えた。

 

「正解」

 

 そう言って帽子屋はポケットから紙とペンを取り出し、『1:○』と書く。

 書き終ってから、彼は試練について(・・・・・・)説明し始めた。

 

「さて、これから三人には二択の問題を答えてもらう。俺のネタが切れるまでに三人のうち一人でもいいから解答権を持っていたら君達の勝ち。三人ともなくなったら俺の勝ち。ちなみに一度でも間違ったら解答権はないし、問題数は僕の気分によって幅があるから気張って答えてね……では、第二問」

 

 説明を終えて間髪入れずに出題する帽子屋。それに思わず身構える三人を見てにっこりと笑いながら、彼は問題を出した。

 

「長嶋大智に誕生日はあるか否か」

「「「…………」」」

「ありゃ、難しい?」

 

 黙る三人を見た彼は、思わず首を傾げる。

 すぐにわかるはずの答え(・・・・・・・・・・・)なんだがなぁと思っていると、「…あなたは知ってるの?」とアリサが質問してきたので、「勿論だ(・・・)」と頷く。

 

「そう……」

「そうか難しいか…ちなみに黙ってたらさっさと進めてしまって君達が間違いとみなしそこで終わってしまうけど……いい?」

 

 ある意味脅しと言える発言。それを聞いた三人は慌てたのか考えもせずに答えを出してしまった。

 

「「「ある(・・)」」」

 

 そう答えた瞬間、彼はニヤリと笑って宣言した(・・・・)

 

残念(・・)♪ 正解は、否。あいつに誕生日なんてないんだよ」

「「「!!?」」」

 

 驚く三人に、彼は高笑いをする。

 

「はっはっはっ! 残念だったね(・・・・・・)お嬢様方!! これで君達の試練は――」

 

 非情にも終幕の宣言をする前準備のように――――

 

「――――ようやく(・・・・)始まった(・・・・)

 

 ――――希望をもたらす宣言を、その笑い顔でした。

 




ご愛読ありがとうございます。試練編は残り五話ぐらいで終わります。後はのんびり日常を書いて……ストライカーズ編ですかね


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88:アリサ達の試練3

小学三年生にやってはいけないだろうものです


「……え?」

 

 最初にそう漏らしたのはアリサか、すずかか、アリシアか。ともかく、誰かが間の抜けた声を漏らした。

 それを聞いた彼は、帽子を手に取って回しながら驚きに包まれた顔をしている三人に話しかけた。

 

「いやーやっぱりばれるもんだな、顔見知りには」

「……ってことはやっぱり」

「そ。俺は長嶋竜一。大智の父親だ。久し振りだな、すずかちゃんにアリサちゃん。随分大人っぽい服装だこと」

「……え? つまり、どういう事?」

「あーアリシアちゃん(・・・・・・・)。ちゃんと説明するから」

 

 そう言って開いている片方の手で頭を掻きながら、それでも帽子を回すのをやめずに説明しだした。

 

「まずはそうだな……大智が記憶喪失になった理由は置いておこうか。でま、記憶喪失になったあいつの事は仕事先で知ってな。そしたらその仕事仲間が『丁度いいし人間側から引き離そうぜ』と言い出して……ま、それが嫌だった俺と怜奈はちょっと知り合いに頼んで交渉してもらい、君達となのはちゃん達が試練を乗り越えられたら記憶と人間側に戻すという条件で、こんな場を作ってもらったわけ」

 

 どう? 結構演技上手く出来てたと思うけど。と笑いながら言う彼――竜一に、アリサ達はようやく苦笑できた。

 結局のところ、自分達は動かされていただけだったという事実に。

 

 だが、そこでアリサはふと疑問に思った。

 

「あの」

「どうしたアリサちゃん?」

「どうして竜一さんの仕事仲間は、大智と私達を引き裂こうとしたのですか?」

「ま、それは今から説明するさ」

 

 そう言うといつの間にかかんなと因幡の檻が消える。

 二匹が戸惑ってるのを無視し、彼は続けた。

 

「で、どうして君達と別れさせようとしたかだっけ。あーおそらく知ってるだろうけど、ていうか最初に説明しないといけなかったんだけど、仕事仲間ってのは神様。ついでに言うと俺や怜奈も神様なんだよ」

「まぁあいつに説明された時何言ってるんだと思ったけど、こうして因幡さんやカンナさんの正体を知ってもなんか普通に受け入れてた自分がいるし……」

「私自身が吸血鬼の子孫だから驚きはしない…かな?」

「フェイトから話を聞いてたから特に驚かないよ!」

「そっか……で話を戻すけど、闇の書の事件の時に大智は君達と過ごした記憶を失った。ということは、別にもう君達と一緒に居させる必要もない。神様とタメはれる人間が、普通の域を(・・・・・)出ない人たち(・・・・・・)と混ざること(・・・・・・)()できない(・・・・)と考えて、ね」

 

 その言葉に、アリサは憤慨した。

 

「何よそれ! 確かにあいつは私達のはるか上を行くけど、それだけで引き離されるなんて!!」

 

 そこにすずかやアリシアも加わる。

 

「それは横暴だよ!」

「そうだよ!」

 

 大智って意外と愛されてるなぁと嬉しく思いながら、竜一は続けた。

 

「他にも理由があるんだ。神様というのは基本的に世界に干渉しない。けれど、他の世界から来た悪い奴らを追い払うことがある。でもそれは、神様自身ができる訳じゃない」

「じゃぁどうするんですか?」

「任せるんだよ。大智にね」

「「「!?」」」

「神様ってのは見えないんだ。僕や怜奈は力を一時的に封印してるから例外だし、()もまた例外中の例外だけど、顕現できても力を振るうことがあまりできない。だから大智を使うしかない」

「それじゃぁ、大智は私達と別れたら、ずっと戦っていくことになるんですか!?」

「そうなる」

 

 断言された事実にショックを受ける三人。それを見た竜一は「だからこうして試練を設けたんだよ。君達(人間)の思いが勝つか、僕達(神様)の力が勝つかを比べるための」と締める。

 

 しばらく黙っていた三人だったが、やがて思い思いに口を開いた。

 

「…そんなのは嫌だよ」

「うん。そうだね…」

「絶対に連れ帰ってやるわ!」

 

 アリサの言葉に頷いたすずかとアリシアも、同様にやる気を見せる。それを見た彼はいつの間にか帽子を回すのをやめ、目を閉じて口元が笑っていた。

 

 大智との血縁関係(・・・・)など、竜一と怜奈にはない(・・)。だが、人間の家族というものを演じていた彼らは知った。

 

 人の温かさと、家族の絆を。

 親という存在の在り方を。

 助け合うという意味を。

 

 大智を連れてくる十数年前からあの町で暮らしていた彼らは、いつしか人の気持ちを持ち、愛着が芽生え、悪くないと思えてきた。

 

 だからこそ今回の件は、大智の意思を尊重するわけでなく、親として――人が持つ当然の感情として反対することにした。

 改めて思い返した彼は、目を開けてアリサ達を見つめる。

 彼女達の瞳にはやる気が見え、次いで雰囲気に緊張感が出始める。

 

 そろそろ始めるか。そう思った竜一は、二匹の名を呼んだ。

 

「かんな。因幡」

「なんだい?」

「なにー?」

「お前達は彼女達についてくれ。これから試練を始める(・・・・・・・・・・)

「「「!?」」」

 

 竜一の言葉に身構える三人。それを笑って解かせ、試練の内容を口にした。

 

「三人にはこれから耐えてもらう(・・・・・・)。これが本当の(・・・)第二試練だ」

 

 その瞬間、その場にいた全員が闇に包まれた。

 

 

 

 

 

「……ちょっと」

「え……?」

「いや」

 

 暗闇の中、三人の頭の中に流れ込んできた記憶(・・)。その内容に彼女達は戦慄し、悲鳴を上げた。

 

「「「いやぁぁぁぁぁ!!」」」

 

 アリシアは耳をふさいでしゃがみ、すずかは顔を手で覆い、アリサは崩れ落ちる。

 

 そんな三人の様子を暗闇の中で見ながら、竜一は解説した。

 

「君達に流れ込んでいる記憶は、大智が前世で(・・・・・・)殺した人の(・・・・・)殺される寸前の映像(・・・・・・・・・)だ」

「やめてぇぇぇ!」

「来ないで、こないでぇぇ!!」

「なんなのよこれはぁぁ!!」

「なんてもの見せるんだい、伊弉諾(イザナギ)! 彼女達が壊れる(・・・)!!」

「そんなことして何の意味があるんだ!?」

 

 発狂してるとしか言いようがない言葉を上げている彼女達のそばにいたかんなと因幡は、すぐさま抗議する。

 こんなものは試練でないと。ただ廃人を作り出すだけだと。

 だが竜一――伊弉諾は首を横に振った。

 

「どうしてだい!?」

「――別世界であいつがどんなことをしたのか見てもらいたいんだよ。それでも引き離そうという気力があるなら試練はクリア。最初の案(・・・・)はそうだった」

「「なっ!」」

 

 驚く二人を尻目に、彼は覚悟を決めていた顔で言った。

 

「これで廃人になったら記憶を消して大智と引き離す。彼女達のも(・・・・・)

 

 それが、俺達夫婦の大智を人間側へ戻す条件に組み込まれている一つだ。

 悲しげにそう言って笑う竜一。

 その姿に人間(・・)を見た二匹は、何も言えずに押し黙る。

 

 この条件は、ゼウスが提案したもの。

 廃人になれば好都合だし、ならなかったらならなかったで一緒に居たいと思えない人物だと人は解釈すると踏んでのことだった。

 ある意味で人を知り尽くしている条件。しかしながら、竜一達からすればまだ浅い(・・)

 呑まざるを得ない条件だとしても、彼はゼウスの目論見通りに事が運ばないことを信じている。

 

 一方で、アリサ達は未だに流れ込まれ続けていた。

 叫ぶ気力はもうなく、流れ続ける汗が、涙と一緒に顎から滴り落ちていく。

 嫌だ嫌だ嫌だ怖い怖い怖い……。大智と思わしき人物に殺される映像がフラッシュバックしてるような感覚に、精神的ダメージが大きすぎた。

 それもそのはず。彼女達は未だ小学三年生なのだ。こんな、大の大人でも精神が病む様なショッキングな映像を流され続けてるのに廃人にすらならないのは、もはや奇跡といっても過言ではない。

 

 それほどまでに耐えられている要因として、竜一がこれを始める前に言った『耐えろ』。これのおかげで彼女達は、「これを耐えたら試練は終わり」という意識を作り、ある程度の心理的ダメージを軽減していた。

 他にも、今世と前世の体格差、年齢差により、同一人物だとあまり思えなかったからというのもある。

 その上彼女達は大智が転生者だということも知らない。

 そして極めつけは、大智が彼らを殺した時の表情。

 アリシアはなんとなく、アリサとすずかは確信を持って、変わってなさそうな大智の表情にこう思った。

 

 本当は殺したくなかったんだ、と。哀しそうにしているな、と。

 

 それらの要因があったからこそ、彼女達は最後まで――自分の仲間だった女性を殺した記憶を――精神に異常をきたすことなく見れた。

 

 終わったと気を抜いた瞬間。彼女達も限界だったのか、意識を手放した。

 

 

 暗闇が勝手に消える。それが意味することが分かっている竜一は、空を見上げて拳を突き上げて叫んだ。

 

「どうだゼウス! これがお前ら――神が知らない人の力だ!! おとなしく負け認めろや!!」

『……しかと受け取った。だが、試練はまだ終わらんぞ』

「だったらこっちはテメェの目論見壊しまくるからな! 覚悟しとけ!!」

『この先の先(・・・)で待ってるぞ』

「首洗って待ってろよ!」

「…いつもの感じに戻ったねぇ」

「……あの人にシリアスは難しいからねー」

 

 自分が試練を出した側だというのに、いつの間にかアリサ達側に寝返った様子を見たかんなと因幡は、二匹揃って盛大にため息をついた。

 

 

 

 

 とりあえずすっきりした竜一は、三人の汗の量が尋常じゃないことに気付き、ささっとなかったことにしてから優しく起こす。

 

「おーいアリサちゃん、アリシアちゃん、すずかちゃん。そろそろ起きなー」

 

 地面に横たわっている三人の頬をつつきながら、そんなことを言う。

 後ろからだと、白衣を着て帽子をかぶっている男が気を失っている少女三人に対して何かしてる様にしか見えないので、警察にお世話になりそうなこと間違いない。

 

 そして、それを良しとしない人に攻撃を受けることも。

 

「あ~~な~~た~~~?」

 

 地面が揺れ、大気が震えるような声に、もう一巡しようとした人差し指が止まる。そしてすぐさま冷や汗が流れる。

 

 おかしい。俺はただ起こそうとしてただけに過ぎないはずだ。なのになぜ怒られる一段階前の声で呼ばれなければならない!

 

 そう思いながらゆっくりと視線を横たわっている三人から、上へ。

 

「………………か、かあ、さん? な、なんで怒る前触れなんでせうか?」

 

 視線を移した先にいたのは、修羅といっても過言でもない形相の怜奈。

 喉の水分が干上がることを自覚しながらも、竜一は両手を前に突き出して「抑えて抑えて」と何とかいう。

 しかし怜奈はそれでも収まらない。

 

「……警察にご厄介になりたいのかしら?」

「そ、そんなわけないじゃないか」

「そ・れ・じゃ・ぁ、アリサちゃん達に、な・に・を、してたのかしら?」

「え、え~~と、起す作業、です」

「そう……な・ら、何で頬をつついていたのかしら?」

「………」

 

 申し開きできないことを言われ黙ざるを得ない竜一。

 それに男らしさを少しばかり感じながら、怜奈は言った。

 

「オ・シ・オ・キ♪」

「そんな馬鹿なーー!!」

 

 アリサ達が起きるまでの間、竜一の悲鳴が空に響き渡った。




ご愛読ありがとうございます。


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89:アリサ達の試練4

一ヶ月ぶりです。先行き不透明です。


「う、うぅ……はっ」

 

 気が付いたアリサは体を起こし、周囲を見渡す。

 先程まで地面で横たわっていたはずなのに、いつの間にか建物の中。しかもベッドの上。

 あまりにも違いすぎる景色に首を傾げたが、きっと竜一さんが運んでくれたんでしょうとあたりをつけてベッドから出る。

 

「それにしてもここは一体……」

「……あれ? アリサちゃん。おはよう」

「何言ってるのすずか。まだ終わってないわよ」

「…………あ。そうだね」

「…うう~ん」

「とりあえずアリシアを起こしましょうか」

「そうだね」

 

 …まずは起きたすずかと一緒に寝ているアリシアを起こしてからねと思いながら、アリサは枕を抱きながら気持ちよさそうに寝ているベッドへ近づいた。

 

 

「やぁ…起きた……?」

「うわっ!」

「ど、どうしたんですか竜一さん!?」

「大丈夫ですか!?」

「うんまぁ…とりあえず因幡とかんなに案内任せるから。といってもすぐ着くけど……」

 

 アリシアを起こした直後扉が開き、げっそりした竜一が現れる。

 その姿に驚く面々に彼はすぐ用件のみを伝え、すぐに消えた。

 またもや驚きに包まれて動けない三人。それを竜一と入れ替わるように現れたかんなと因幡は、苦笑いしながら言った。

 

「さっきの竜一の姿。あれ、怜奈さんに折檻された姿なんだよ」

「まぁいい気味だと思いながら眺めてたけどね」

 

 あっはっはっと豪快に笑うかんな。対照的に、因幡は全身を震わしていた。

 その様子で何が起こったのかようやく理解した三人は、先程姿を現した竜一にこっそりと合掌する。

 それが終わった後、アリシアが首を傾げて質問した。

 

「それで? どこに行くの?」

「ついてくりゃ分かるさ。嫌でもね」

「「「???」」」

「さ、こっちだよ」

 

 疑問符を三人とも浮かべるが、それに答えず因幡が手招き(足招き)をしているためついていくしかないと思い、因幡たちの近寄る。

 十分に近づいた時、彼女達の足元が輝きだした。

 

「えっ?」

「なにっ!?」

「これって…!」

 

 段々と光に包まれていく。その景色をかんなと因幡は見詰めながら、交互に励ます。

 

「いよいよ最後だ」

「気張って頑張ってね」

「負けるんじゃないよ」

「屈してもダメだよ」

「もし屈しそうになったら……」

「「君達の純粋な願いをもう一度見直して」」

「それじゃ」

「行ってきな」

「あ……!」

 

 アリサが何かに気付き声を発しようとした時丁度三人の姿は光に包まれ、消えた。

 残されたかんなと因幡は、消えた彼女達がいた場所を見つめながら会話した。

 

「どう見るこの挑戦?」

「彼女達なら勝てるだろうね。というか勝ってほしい」

「奇遇だね。あたしもそう思っていたところだ」

「……さて」

「帰ろうかね」

 

 そして、二匹の姿も消えた。

 

 

 

 

 

 光の輝きがなくなり落ち着いたところを見計らって目を開ける三人。

 目の前にいたのは、ハートの女王の格好をしている(細身)怜奈だった。

 

「怜奈、さん……?」

 

 テンションが高い人たちだと理解しているが、まさか普通に着たまま堂々と佇んでいるとは思わなかったすずか。

 そんな唖然とした彼女を一瞥した怜奈は、階段を一段ずつ降りながら言葉を紡ぐ。

 

「ようやく来たわねあなた達。竜一が本来の試練を行ってしまったのだから私もそうするしかないのだけれど……覚悟はいいかしら?」

 

 アリサ達との距離が半分のところでしゃべり終わり、それに合わせて動きも止まる。

 彼女の動きが止まってから、アリサ達は同時に「「「はいっ!!」」」と返事をする。

 

「そう…分かったわ。どんな(・・・)試練でも耐えてみせると、そう言いたいのね?」

「勿論です!」

「当たり前よ!」

「うん!」

「その心意気やよし(・・・・・・)……だから、これで(・・・)勘弁してあげるわ」

 

 怜奈が指を鳴らす。それと同時現れたものを見て、三人の血の気が一気に引いた。

 

「……あの」

「なにかしらアリサちゃん?」

「なんですか、これ」

「鉄球よ」

「見ればわかりますけど……」

「今から転がるから頑張って逃げてね? ゴールは百メートル先だから」

「「「ちょっと!!?」」」

「じゃ、頑張ってねー」

「「「うわぁぁぁぁぁ!!」」」

 

 急に階段が斜面になり、転がり始める直径四メートルの鉄球。それを見たアリサ達は、来た道を引き返して全速力で駆けだした。

 

「なんなのよもう!」

「結構速いよ!?」

「早く逃げなきゃ!」

 

 そんなことを言いながらも必死で逃げる三人。鉄球は彼女達の四メートル後ろまで迫っており、最悪もう少し加速すれば潰されることが確定しそうな距離だった。

 距離的には残り数メートル。ゴールという横断幕があるところから見ても、間違いはないだろう。

 それを見た彼女達は、最後の力を振り絞ってさらに速度を上げ、逃げ切った……と横断幕を通過して思ったが、振り返ると鉄球が目の前まで迫ってきたので、絶望する。

 けれど、その鉄球は目の前で消えた(・・・)

 

「「「…え?」」」

 

 突然のことに理解が追い付かない三人は、思わず呆気にとられる。

 なぜなら、鉄球が落ちるほどの穴が眼前に出現しているからだ。

 

「…落ちたらひとたまりもないよね、きっと」

「……そうね…」

「…うん……」

 

 アリシアが穴を覗き込みながらそう言うと、賛同する二人。鉄球から逃げるために走っていたので体力は限界に近く、三人とも息が完全に上がって床にへたり込んでいた。

 そんな彼女たちの前に、再び怜奈が現れた。

 

「だいぶ息上がってるわね」

 

 だが返事はない。三人とも息を整えることに集中している。

 そんな彼女たちに、怜奈は非情な宣告した。

 

「じゃ、次のステージへ行くわよ」

「「「え!?」」」

 

 驚く三人に、怜奈は何を言ってるの? という顔をして説明した。

 

「あなた達がどんな試練でもやり遂げるといったのよ? それに、元々(・・)私の試練は一つじゃなかったし」

「「「…………」」」

 

 そう言われたら返す言葉も反論の余地もないため黙ることしかできない三人。

 それでも体力の回復に努めていることが分かった怜奈は、物分かりのいい子たちねと思いながら笑っていった。

 

「安心しなさい。私の試練は二つしかない。そして最後の一つは……料理(・・)だから」

 

 

 

 

 

 

 そんな訳で調理場に連れてこられた三人。

 そこにいたのは多少元気が戻った竜一と、いつぞやのように椅子に紐で巻かれている大智(・・)

 当然彼女達が驚く。なんでここにいるのかと。

 だが、それ以上に大智の方が困惑していた。

 

「なぜ俺は縛られてこんなところにいる? 新薬の実験でもさせられるのか?」

「この器具を見てそんなジョークが言えるなんて、大智ったらすごい皮肉ね」

「いや皮肉でもなく純然とした疑――――」

「皮肉ね?」

「――料理を食べればいいのか?」

 

 怜奈の笑顔の圧力に耐えられなかったようで、大智はおとなしく本題を当てる。記憶はないが、体で覚えていることがあるらしい。

 そんな親子のやり取りを見て呆気にとられてる三人を思い出した怜奈は、「ごめんね。じゃ、料理のお題を早速発表するわね」と三人へ振り返ってから言う。

 が、その時に竜一が大智を巻いていた紐を切り、二人揃ってどこかへ消えてしまったのをすずかは見た。

 

「あの、怜奈さん」

「なに、すずかちゃん?」

「長嶋君と竜一さん、いなくなってますけど……」

「大丈夫よ。すぐ戻ってくるから……じゃ、お題いうわね。お題は『大智に食べてもらいたい料理』ね」

「「「え!?」」」

「食材は野菜からお肉まで下準備してあるものしかないからー。頑張って煮るなり焼くなりしてね」

「あの、さっきのお題って……」

「はいスタート!」

 

 アリサがおずおずと質問したがあっさりと怜奈はスルーし、開始を宣言してしまう。

 だが、始まってしまったというのに三人とも顔を俯かせて動こうとしない。

 理由は単純で、三人とも咄嗟に自分が大智に料理を振る舞っている姿を想像したわけなのだが。

 で、そんな中でも平然としていられる大智は戻って来て早々首を傾げ言い放つ。

 

「料理できないのか? お前達」

「「「!」」」

 

 三人の中の乙女としての、女としての部分にある琴線に触れる一言。その言葉を言われた彼女達は怒りで肩を震わしてから顔を上げ、怒気を孕んで大智を指さして言った。

 

「「「作れるよ(わよ)! バカにしないで!!」」」

 

 息ピッタリなその光景。その姿にきょとんとした大智は瞼を数度瞬きしてから、「そうか」と冷静に返した。

 その姿に更にカチンときた三人は、やってやろうじゃないと息巻いた。

 

「とはいったものの……」

「何作ろう?」

「ねー?」

 

 ……が、早くも頭を悩ましていた。

 理由は簡単。三人とも料理をあまりやってない上に、大智に何を食べてもらいたいか想像できていないからだ。

 目の前にあるのは様々な形に切られた野菜、肉、魚。そして卵や調味料など。

 それを眺めながら、彼女達は相談する。

 

「というより、あまり作ったことないのよね…」

「わたしはお母さんのお手伝いした位かなー」

「私も作ったことないよ…」

 

 相談どころの話ではなかった。まず互いの料理経験を申告して絶望的な状況になっただけだった。

 とはいえ大智の前で見栄を切ったのだから、後には引けない。仮にできなかったとしたらその場で試練が終わってしまい、大智とは二度と会えなくなるのだから。

 言い知れぬプレッシャーに、三人は表情を硬くする。

 それを見た怜奈は、大智に向かって質問した。

 

「ねぇ大智。何食べたい?」

「食料」

「料理名は?」

「食べれれば別に」

「何食べたい?」

「だからべ……卵焼き」

卵焼き(・・・)ねー」

 

 そう言いながらアリサ達の方へ向き、三人へ向けてウィンク。

 それを見た三人は顔を見合わせ、頷く。

 

 そこから三人共同の作業は始まった。

 

「卵割ったよ!」

「味つけする?」

「そこら辺は個人の好みじゃないかしら?」

「……って、すずかちゃん! 溶き卵に何赤いのいれてるの!?」

「え、トマトだけど」

「普通そこは『しょうゆー』とか、『しおー』とかじゃないの!?」

「ちょっと何でもいいから早くしなさいよ! だいぶこっち温まってるわよ!」

 

「あー!」

「どうしたのよアリシア」

「それに油ひいてないでしょ!」

「え、ひくの?」

「そうだよ!」

「ど、どうするのよそしたら……あ、くっついてはがせない!」

「もう一度最初から、だね」

 

「って、いくら何でも砂糖入れ過ぎだよアリサちゃん!」

「え、あ!!」

 

「……これでいいのよね?」

「油もひいたから後はその溶き卵を入れて…ってアリシアちゃん! 一度に全部入れちゃ…」

「引っくり返せないし焦げちゃった、ごめん」

 

 

 そんな感じで悪戦苦闘すること二時間。

 

「やっと……」

「できたわね…」

「そうだね………」

 

 オーソドックスとは程遠い、かなりオリジナリティのある卵焼きになった。

 色は真っ赤。おそらくトマトを入れた結果。

 形はボロボロだが、ちゃんと巻かれている。

 三人の試行錯誤の結果。努力を積み重ねた結論。

 完成したことにより集中の糸が切れたのか、三人はその場に座り込む。

 それを見た怜奈はしょうがない子たちねと思いながら、出来た料理が乗っている皿を大智の前に置く。

 

「赤いな…」

「ま、初心者にはよくあることじゃないの?」

「かもしれないが……」

 

 しばらくそれを見つめる。微かに感じる匂いに、薬品がなかったことに安堵する。

 前世で薬品が入った料理を食べたことがある身としては、それだけは避けたかったりする。

 しばらく迷ったが、「ほら食べてみろよ」と竜一が急かすので、渋々一切れ食べることにした。

 

「……不味い」

 

 顔の表情を変えずに、一切れ食べ終えて即答する大智。

 作ったアリサ達がショックを受けているところに、大智は構わずダメだししていく。

 

「まず溶き卵の中にトマトいれるな。そこに更に醤油とか塩とか混ぜるな。味が混ざってなくてぐちゃぐちゃ気持ち悪かったぞ」

「「「…………」」」

「次に…」

「はいそこまでよ、大智。そしてアリサちゃん、すずかちゃん、アリシアちゃん。おめでとう(・・・・・)合格よ(・・・)

「「「――――ッ!!」」」

 

 アリサ達は驚いて怜奈へ顔を向ける。向けられた怜奈は笑顔で返し、その理由を述べた。

 

「頑張ったから。あなた達がね」

「それだけ、ですか……」

「そう。じゃ、ゼウスさん。よろしくね(・・・・・)

『…確かに、約束じゃからの』

 

 そんな声が空から聞こえたと同時。

 

「ぐ、ぐぅぅぅ……!!」

 

 大智が頭を抱えて倒れ込んだのは。

 咄嗟にアリサ達が向かおうとしたが、思うように体が動かない。

 倒れ込むこと数十秒。最初は叫んでいたが段々とその声が聞こえなくなり、ついに何も言わなくなった。

 最悪な予想が三人の脳裏をよぎる。

 だが、それは起こらなかった。

 

 大智はむくりと起き上がって周囲を見渡し、アリサ達を見つけて首を傾げた。

 

「大丈夫か、お前ら(・・・)とりあえず(・・・・・)、なんかつくるか?」

「「「! 長嶋(君)!!」」」

 

 ――――こうして、大智の記憶は戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すぐさま竜一に連れられ、数秒でアリサ達の前に戻ってきたが、それについては何も言うものがいなかった。




さぁって、ここからは管理局側の残りの試練だ! それが終わったら日常のオンパレードだ!!

……もうすぐ終わるのか。二年ぐらいになって。

ご愛読ありがとうございます。


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90:八神家VSペルセウス

管理局へ戻ってきました。


「急ぐで、雄樹! みんな!!」

「分かってる!」

「うん!」

「「「「「ああ!!」」」」」

 

 はやてを先頭に、雄樹、なのは、ヴォルケンリッターとフェイトが長い廊下を走っていた。

 先程現れた大智のお蔭で、何とかフェイトは雷神に勝てた。

 その時に言われた『待っている』という言葉を胸に、彼女達はいち早く向かっている最中だ。

 だが、フェイトだけは一人遅れていた。

 

 理由は単純。先程の雷神との稽古でほぼ全力を使い切ったからだ。

 雄樹も似たようなものだが、彼はリンカーコアを蒐集されたことにより魔力が完全にない状態を過ごしていたからそこまで影響はなかった。

 フラフラながらも走るフェイト。それをちらりと見たシグナムはスピードを落として隣へ行き、背中を叩きながら「よく頑張った」と声をかける。

 

 フェイトはシグナムの方へ顔を向けてすぐに視線を前へ戻し、「まだまだです。長嶋君に比べれば」と呟く。

 それに対し、シグナムも賛同した。

 

「そうだな。我々が束にかかっても、大智は顔色一つ変えずに勝てそう……いや、勝つな」

「ですよね。今回も長嶋君に助けられましたから」

「だが、我々はそれでも進まなければならない。少しでも大智に近づくように」

「…はい」

「今は休め。この先出番はないだろうからな」

「……はい」

 

 シグナムの言葉に己の無力をかみしめていると、前方からはやての声が聞こえたので、フェイト達は視線をそちらに向ける。

 

「シグナムー! フェイトちゃーん!! はよこんかい!」

「いや、テスタロッサさんは満身創痍だから」

「言われんでもわかっとる。けどな、あのバカ大智にさっさと会って一言言わんと気が済まんのや!」

「それは分かるけどね。だから僕も体に鞭打ってるわけだけど」

「フェイトちゃーん! もうすぐで次の部屋だよ!!」

「……ふっ」

「…ふふっ」

 

 前方で待っている仲間たちの叫ぶ姿を見て二人は笑う。自分達だけじゃないのだと再認識する。

 ここに長嶋君がいれば仲間としては申し分ないのかなと不意にフェイトは考え、先程の事を思い出す。

 

「!」

「どうしたフェイト・テスタロッサ。顔が赤いが」

「な、何でもありません!」

「えぇからはよこいやーー!」

「わ、分かった!」

「すみませんはやて」

 

 はやての叫び声が鶴の一声だと思いそのまま走るフェイト。その後ろ姿を追うように、シグナムもまたはやての下へ走り出した。

 

「ここが次へつながる扉か…」

「早く開けようはやてちゃん」

「せやけどな…」

「ご、ごめん。遅くなった」

「すみませんはやて」

「ずいぶん遅かったやないか。ま、フェイトちゃんを元気にしてくれたんはお手柄や」

「……ありがとうございます」

 

 ほな全員揃ったところで開けるか。はやてがそう言うのと同時にドアを勢いよく開け放つ。

 まっさきに全員が見えたのは、部屋の中央にいる人影。遠近法がおかしいのか、距離がそんなに離れていないはずなのに、何故か遠く感じた。

 不思議に思いつつ全員部屋の中に入り、その人影へ近づいていく。その途中ドアは勢いよく閉まったが、一瞥しただけで特に乱れることはなかった。

 そのまま進むとその人影が鮮明に見えだしたので、まだ進もうとしたところ。

 

「おっと。これ以上は戦わない奴ら全員(・・・・・・・・)、【籠】にいてもらうぜ?」

 

 人影が人を馬鹿にしたような口調でそう言った瞬間、はやてとヴォルケンリッターの四人を除き、いなくなった(・・・・・・)

 咄嗟に周囲を探そうとしたはやてだったが、「上だよ上。あいつらは籠の中の鳥だ」と天井を指すのでつられてみると、確かに三人が鳥かごの中にいた。

 一体誰やこんなことした奴は……そう思いながら人影を睨みつけていると、それがこちらに向かってきた。

 

「ったく。ランスロットは騎士道に則るからある程度加減するし、雷神は弟子を鍛えるためだろうから最後には勝たせるって分かってたのかね、あいつは」

 

 身長は百八十近くで男。体格は中肉中背に見えるが、ただならぬ雰囲気を感じ取り決して見た目どおりではないとはやては直感していた。

 左肩を弓で挟み、背中には矢筒、右手にはハルパーを持っている。ただし持ってる姿がだらけているのを見ると、心の底からやる気がないようにも見える。

 ここまで神様という尋常じゃない力は見てきた。その力はまさに圧倒的。しかも全力ではないというおまけつき。

 分厚い壁どころじゃないで。まさに『神』や。

 そう思いながらも、はやては夜天の書を取り出し構える。それとほぼ同時にヴォルケンリッターも構える。

 その姿を見たペルセウスは、ため息をつきながらはやて達に言った。

 

「あー大智の事連れ戻したいのなら、今ここで諦めろ。死にたく(・・・・)なかったらな(・・・・・・)

「なんやて!」

「俺は復活させることなんてしないから。死んだらそっちの責任ということになる」

「……」

「それでもやるか? 俺という神様に認めてもらうため、長嶋大智を取り戻すために」

「………」

 

 ペルセウスの言葉に唇をかんで考えるはやて。

 確かに。自分が死んで大智を取り戻したとしても悲しみは変わらない。最悪の結果として全滅するということも考えられる。

 どうする…どうすればえぇ。どうすればいける。

 はやては考えていた。この男をどうすれば出し抜けるか。どうすれば認めてもらえるかを。

 

 そんなはやてをなんか企んでるなーと思いながら見たペルセウスは、ハルパーを上へ放り投げてキャッチしながら再び溜息をついた。

 

「で? やるのか、やらないのか? 宣言しないといつまでもこのままなんだが」

「うるさいわ!」

「いやだからな? 考え事をしても終わるわけじゃないから。企んでも無理だから。俺全部崩せるから」

「ぐっ……」

 

 自信満々に言われ歯噛みする。実際その通りになりそうだとも実感する。

 どう足掻いても勝てる気がしない。そんな化け物にそう言われると、もはやどうすることもできないと実感してしまう。

 あーもう。どないしよう! と内心で頭を抱えていると、シグナムがはやての肩を叩く。

 勢いよく振り返ると、シグナムがはやての頬を叩いた。

 

「「「「!!」」」」

「ヒュー」

 

 叩かれたはやてと見守っていたザフィーラ達は息を飲み、ペルセウスは口笛を吹く。シグナムの行動の意味を悟って。

 はやては怒った。

 

「なにすんのやシグナム!」

「冷静になってくださいはやて」

「うちは冷静や!」

「冷静じゃありませんよ。自分で何とか(・・・・・・)しようとしている(・・・・・・・・)時点で(・・・)

「!」

 

 シグナムの一言に揺れるはやて。それを見逃さず、彼女は続けた。

 

「確かにはやてが本気でやってもあれに勝てないでしょう」

「あれってひどい扱いだな」

「ですが、この場には戦う人(・・・・・・・・)しかいない(・・・・・)のです」

「……! そういうことか!!」

 

 はやてはシグナムが言わんとしていることを理解した。

 先程確かにペルセウスは全員で近づいた時にこう言っていた。

 『戦わない奴は全員籠の中に居ろ』と。

 それはつまり、かごに入っていない自分達が戦うことを示しているのだと。

 ということは……

 

「うち一人だけじゃないんやな」

「そういうことです。我々もいるのでそんなに悩まないでください」

「…おおきにな、シグナム」

「騎士として当然のことをしたまでです」

 

 そう言うとシグナムはペルセウスに鋭い視線を向ける。が、そんな視線に慣れきっている彼はただ肩を竦めただけ。

 随分舐められたものだと視線の先の彼の態度を見て思ったシグナムは、はやてから少し離れて「レヴァンテイン、セットアップ」と呟く。

 彼女自身は大智の借り(一方的にそう思ってるだけ)を返す絶好の機会だと思っているため、心が躍っていた。

 ……強敵どころか難敵レベルの相手を前にして戦闘狂の血が騒いだことも否定できないが。

 ともかく、彼女がバリアジャケットを展開したことによりヴィータ、ザフィーラ、シャマル、はやても展開する。

 

 それを見たペルセウスは、ようやくかと思いながら笑顔で言った。

 

「やるか! 前振りが長いんだよ全く!!」

「……うちらの課題はなんや?」

 

 夜天の書を浮かせ、杖を持つはやては笑顔のペルセウスに険しい顔をして訊ねる。

 それに対し彼は「そうだな……」と少し考えてから、ポンと手を打って試練の内容を口にした。

 

「俺――ペルセウスが満足できるまでに誰かが立っていられたら、合格にしてやるさ」

「うちらがあんたを倒してもいいんやな?」

「―――――出来るものなら、な」

 

 その言葉を皮切りにペルセウスは、雰囲気を自身の特徴である戦士の放つそれにする。

 

「「「「「!!?」」」」」

 

 気圧される五人。それを見たペルセウスは「こんなのでビビってたら俺を倒すなんて無理だぞ?」と言って、消えた。

 と誰もが思った瞬間。彼はシャマルの懐に入り込んでおり、誰も気付かぬうちに殴ることが難しいと思われる左で彼女の腹部を殴る。

 

「ッ!!」

 

 殴られてシャマルは初めて気づいた。自分の前にペルセウスがいたことに。そして、自分が

 

「……え?」

 

 入ってきた扉に激突し、地面に倒れ込んだことに。

 認識も何もできず、気が付いたら自分は扉近くで横たわっていた。

 状況を理解してから段々と痛みが襲ってくる。殴られたところから全身へ。扉と激突したからか背中から全身へ。

 痛みを我慢して自分がいた方向を見ると、ペルセウスがシグナムの剣戟を持っていた剣で受け止め、ヴィータの魔法を空いていた左で消し飛ばし、ザフィーラが殴ろうとするたび視線をそちらに向けて封殺。はやてに至っては魔法を使おうにも大体の魔法が広域殲滅なので使いづらいらしく、ちまちました魔法を使っているが効いてる様子など皆無。

 

 起き上がろうにも起き上がれない。助けたいのに助けられない。

 そんな歯がゆい思いをしたシャマルは、唇をかんで起き上がろうとした。

 

「ハァァ!」

「遅い遅い。あんた、大智と二回ほどやってるのにまだそんな遅いの?」

「グッ!!」

 

 シグナムはシグナムで、ペルセウスの一閃をレヴァンテインで防いで距離をとる。

 彼女はシャマルが吹き飛んでいち早く反応して攻撃したが、それを見向きもされずにハルパーで防がれてからは剣を打ち込んでは弾き飛ばされるを繰り返すことしかできない。

 

 つ、強い……さすがに『神』を名乗るわけじゃないな……どう考えても遊ばれてる。

 

 圧倒的実力差を肌で、雰囲気で感じ取りながらも、それでも攻めることをやめない。

 とった距離をすぐさま縮め、彼女はレヴァンテインで突く。

 が、それは背中の矢筒で防がれた。

 キン、と金属の当たる音がした後、ペルセウスはその矢筒を軸に回転し…弓が当たるより先に裏拳をシグナムの顔面にいれる。

 

「ガッ」

 

 気付いたら入っていた裏拳にシグナムは驚愕しつつ、足腰で踏ん張りデバイスを横薙ぎに振る。

 

「ウ、オォォォォ!!」

「おっ。マジか」

 

 シグナムの闘志に感心したペルセウスはそれをしゃがんで避け、振り切った瞬間の一瞬の硬直時間を利用し、脇腹に肘打ちをする。

 虚を突かれ、死角からの攻撃。完全に見えていなかった攻撃はもろに入り、踏ん張りが利かずに彼女は吹き飛んで壁に激突し、動かなくなった。

 

「シグナム!」

「テメェ!!」

 

 はやてはシグナムの方を見てそう叫び、ヴィータはペルセウスに向かいながら叫ぶ。

 が、その接近はペルセウスが自分から接近したために中断される。

 その中断した数秒。だがペルセウスにとっては人を百人殺せる時間。

 動きが止まったヴィータの腹部をハルパーの柄で殴って浮き上がらせ、浮いている間にビンタを一発叩き込んで吹き飛ばす。

 

「ヴィータ!!」

「残るは男と子供……。ま、弱い者いじめには変わりないが、恨むなよ。何もできないお前らが悪い」

「くっ!」

 

 はやては夜天の書のページをめくる。その間にザフィーラはペルセウスに駆けだす。

 

「うおぉぉぉぉ!!」

「威勢がいい…が、実力が伴わないと只の負け犬の遠吠えだ!」

「ぐあっ!」

 

 駆け出したザフィーラはすぐさま地面に叩きつけられる。彼が駆けている間にペルセウスが顎を打ち抜き、浮いたところを顔面をつかんで叩きつけてすぐさま戻るという行動を成した結果。

 残るははやて一人。そう思ってペルセウスははやての方を見ると、彼女の足元から魔方陣が展開されているのが分かった。

 

「へぇ。ただのガキじゃなかったのか」

「うるさい」

「自分の攻撃が当たるのが怖くて参加できなかったんじゃなくて?」

「黙れ」

「良かったな。ちゃんと攻撃できるようになったじゃないか。足手まとい(・・・・・)がいなくなって(・・・・・・・)

「黙れいうとるやろぉぉ!!」

 

 ペルセウスの挑発にはやてはキレ、そのまま彼女の最強魔法――ラグナロクを放つ。

 白く、太い三本の直線。すごい勢いで来るそれにペルセウスは笑いながらハルパーを投げ、弓を構える。

 

「いい攻撃だ。だが…」

 

 背中の矢筒から三本の矢を取り出してすぐさま弦に番え、引く。

 

「まだまだ俺を満足させることはできねぇ!」

 

 引き絞った弦を放し、三本の矢を放つ。それらは分散して飛び、彼女の魔法に真っ向から当たる。

 拮抗する魔法と矢。しかしながら、そこにペルセウスはさらに矢を放つ。

 

「ぶち抜けぇ!」

 

 その矢は文字通り一直線に突き進み、ラグナロクを抜け、はやてに当たる――――

 

 と、彼は思っていた(・・・・・・・)

 

 シグナムのレヴァンテインから放たれた矢がその矢に当たり、軌道が逸れるのを確認するまでは。

 

「……へぇ」

 

 ペルセウスはシグナムが吹き飛んだ方を見る。すると、遠くからであるが、彼女がシャマルの肩を借りて立ち上がっているのが見て取れた。

 予想以上に頑張る彼女達の姿に感心していた彼は、矢では抑えきれなかったラグナロクが直撃し吹き飛んだ。

 

 

 

 

「…………やった」

 

 はやては、ペルセウスが吹き飛んだ姿を見て思わず呟く。そこには当たったことに対する嬉しさと、これでもう終わりだという確信を持って。

 

 だが、神様というのは人間じゃない。そのことを理解していなかったのは、彼女がまだ本格的戦闘で遭遇してないからか。

 ともかく見識の狭さと言えば酷だろうが、彼女達は神様の異常性を知らなさすぎた。

 

 ……それに気付いたのは、シャマルだった。

 

「はやてちゃん! 避けて!!」

「え?」

 

 シャマルの声に反応し、ペルセウスへ向くはやて。その瞬間、彼女の目の前でハルパーが止まった(・・・・)

 

「…………え?」

 

 自身の目の前にペルセウスがしゃがんだ姿でハルパーを突き出していることに、理解が追い付かない。

 結構服がボロボロになっているにもかかわらず、その体に傷一つない。同じく武器にも。

 

 現状を正しく把握できない彼女は瞼をパチパチと瞬きするだけ。

 それを見た彼はハルパーを下ろして立ち上がり、はやての頭を撫で始めながら優しい言葉を掛けた。

 

「……よく戦ったな、八神家のみんな(・・・・・・・)と力を合わせて」

「…なんやいきなり」

「いやー悪かったな。いろいろ言って」

「…どういうことや?」

「いやはや。俺は満足したさ。というより、また戦いたいなら名前を呼ぶか大智に頼むかしてくれ。俺としてはまた戦いたいけどな」

 

 これ以上やったら大智に殺されかねん。そう言って笑うペルセウスに戦慄しながらも、はやては「ほな、うちらの勝ちでえぇんやな?」と確認する。

 

「あぁ。だから……」

 

 パチンと指を鳴らす。するとなのは、フェイト、雄樹が降りてくる。

 

「行って来い。あと少しで試練が終わるぞ」

「…分かったわ」

「ま、最後は大変だろうな」

「……?」

 

 ペルセウスの言葉にはやては首を傾げたが、彼は笑って誤魔化すだけだった。




八神家にした理由。

はやてだけだったら魔法唱える前にペルセウスに殺されるなと考えたから。あとは、家族で戦ったほうが強くなれるんじゃないかと考えたから。

ご愛読ありがとうございます。


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91:なのはVSミカエル

試練もいよいよ最後になりました。色々と思うところはあるでしょうが、これからもお付き合い下さい。


*高町なのは視点

 

「大丈夫か、シグナム、ヴィータ、ザフィーラ、シャマル」

「はい」

「ああ」

「うむ」

「大丈夫です」

 

 はやてちゃんの呼びかけに短く答える四人。どことなく満足げだったり不満げだったりしてるけど、なにはともあれ。

 

「おめでとうはやてちゃん」

「頑張ったね、はやて」

「うちだけの力やない。八神家の力や!!」

 

 そう言って笑うはやてちゃん。その笑顔を見て安心した私とフェイトちゃんも釣られて笑う。

 

「おうおう。お前ら。随分呑気だな。こっちは遅れてる(・・・・・・・・)ってのによ」

「え、そうなんですか、ペルセウスさん」

 

 そんな私達を見たペルセウスさんがため息交じりにそう言ったので斉原君が訊ねると、「あたぼうよ」と言ってから教えてくれました。

 

「大智の記憶は戻った。そんでもって、アリサ・バニングス、アリシア・テスタロッサ、月村すずかの三名は、見事試練を乗り越えたとよ」

「「「! やったぁ!!」」」

 

 思わず二人の顔を見てハイタッチをする。それを見たペルセウスさんは頭を掻きながら「大丈夫かよこいつら……」と呟いていましたが、特に気になりませんでした。

 長嶋君の記憶が戻ってる。あの時(・・・)みたいな、親切で厳しい長嶋君が。

 嬉しくて胸が高鳴る。なんだか気分が高まってくる。

 久しぶりに会えるからかな? とても緊張してきた。

 

 いてもたってもいられなくなった私は、誤魔化すように「わたし先に行ってるね!!」と言って先に進める扉を走り抜けました。

 

 

 長嶋君が消えてから三ヶ月。

 いつも通りの生活を表面上過ごしていましたが、内心では彼の記憶がなくなっていたことによるショックと、いなくなってしまったことによりぽっかりと空いた気がする心がありました。

 度々ボーっとしてしまうこともあったけど、その度にアリサちゃん達も似たような気持ちだということを知っていたので思い返して何とか踏ん張っていました。

 管理局のお仕事の方は逆に熱心に働きました。リンディさん達に心配されるくらいに。

 

 いなくなったということは、少なくとも海鳴市にはいない。ならば他の世界にいるはず。

 

 そんな考えの下、私はフェイトちゃん達と共にいろいろな世界を探し回りましたが……見つかりませんでした。

 絶望感と焦りを感じた私は、更に頑張ろうと思いましたが、斉原君に「ゆっくり休まないと、過労死して大智に会えなくなるよ?」と言われ、さすがに反論もできませんでした。

 でも、いてもたってもいられませんでした。この時までずっと(・・・・・・・・)

 

 十月の長嶋君の指導のお蔭で未だに走るのが辛くない。逸る気持ちを抑えることなく、足がもつれることなく、普通に走れる。

 長嶋君には助けられてばかりだと心の中で確認する。本当に、いつも。

 

 だから今度は私が――――

 

 そう思いながら走っていたら、いつの間にか目の前に扉がありました。

 息を整えながら私は、ここに私が乗り越える相手がいると直感しました。

 何故かはわかりません。正直、自分自身でも戸惑っています。

 そんな気持ちのまま、私はみんなの到着を待たずに扉をあけました。

 

「ようやく来ましたね、高町なのは」

「あなたは……え、その翼は……?」

 

 扉を開けたら部屋の中央に、純白の翼を背中に生やした160ぐらいの女の人がいました。

 その翼に目を奪われていると、女の人が「こちらまで来てください」と言ってきたのでおとなしく従います。

 言われた通り女の人の近くまで行きましたけど、間近で見るとこの人の神々しさとか結構綺麗なところとかをさまざまと見せつけられてしまい、若干気後れします。…翼の存在感もあります。

 

 その人が自己紹介をしてくれました。

 

「私はミカエル。聖書の四大天使の一人で、全天使のトップになります」

 

 そう言ってお辞儀をしたので、私も慌ててお辞儀をしてから「た、高町なのはです!」と名乗りました。

 お互いに頭を上げると、女の人――ミカエルさんが言いました。

 

「あなたは長嶋様の事をどう思っていますか?」

「え?」

 

 ど、どうって……

 

「とってもカッコ良くて頼りになる人だと思いますけど…」

「そうですか。なら……」

 

 私の答えにミカエルさんは空を飛び、見下ろしながらこういってきました。

 

さっさとお帰り下さい(・・・・・・・・・・)。残念ながら、貴女に試練を授ける気は失せました」

「えっ!? ど、どういう事ですか!!」

 

 驚く私をよそに、ミカエルさんはため息をつきます。

 

がっかりです(・・・・・・)。なのでどうぞ速やかにお帰り下さい」

 

 その声に含まれている苛立ちを感じましたが、私はそれでも聞きます。

 

「どうして!?」

 

 その瞬間、風が私の横を駆け抜け、後ろの壁が壊れました。

 

「三度目です。何も訊かずにお帰りなさい。そうすれば命の保証はしてあげます」

 

 あくまで冷静に、それでいて拒絶するように宣言するミカエルさん。

 だけど、それを聞いたら……

 

「みんなで頑張ってここまで来たのに、諦めて帰りたくない!」

「そうですか……なら」

 

 そう言ったと同時にミカエルさんは私の目の前で羽ばたいていて、その綺麗な顔で笑ったりせずに

 

「――――諦めて(・・・)死んでください(・・・・・・・)

 

 ――――私のお腹のあたりをトン、と人差し指でつついたのが分かった瞬間、

 

 私はうつ伏せに(・・・・・・・)倒れていました(・・・・・・・)

 

「なのは!」「なのはちゃん!!」「高町さん!?」

「……あ、え………?」

 

 どうやらフェイトちゃん達が来たようだけど、私の気は遠のき始めていました。

 何がどうなったのかは……分かりませんけど……私、もう………

 

「なのはぁぁぁ!!」

 

 ――――ごめんね、みんな。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、今度は夜刀神風に言うと『正規の役者』が来るとはな。いよいよもって世界というのは思い通りにいかないものだ」

「―――え? ここは…。それに、私…………」

「なにも私ではなくロキあたりが出しゃばればいいだろうに。こういう時に限って介入しないのがあいつらしいとは思うが……昔取った杵柄とは言え、一日に二人も来られるといささかつらいぞこちらも」

「あの…」

「なんだ。君はどうしたい? 彼に会って君は何を言いたい? 彼女が話を聞いてくれないのなら君はどうすればいい?」

「……え、あ、」

出てる答えを隠すな(・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あれ?」

「! なのは? なのはなんだね!」

「…フェイトちゃん。どうして泣いてるの?」

「それは誰だって泣くやろ! ついたらなのはちゃんが血を流して地面に倒れ伏していたんやから!!」

「え?」

 

 目を空けたらフェイトちゃんの泣いてる顔が近くにあったので首を傾げると、はやてちゃんが顔を寄せて説明してくれました。

 ……? どうにも私が倒れ込んだ前後の記憶がありません。が、やることだけを思い出した私はフェイトちゃんの腕から起き上がり、浮いているミカエルさんを見上げて叫びました。

 

「ミカエルさん! 私の話を聞いてください!!」

「断ります」

 

 予想にはあった答え。なので私は「分かりました……」と俯いてレイジングハートにバリアジャケットを展開してもらい、顔を上げてレイジングハートでミカエルさんを指しながら叫びました。

 

「だったら、全力でぶつかって話を聞いてもらいます!!」

「――――面白い(・・・)ですね」

 

 少し遠くから見ているからミカエルさんの表情は分かりませんでしたが、雰囲気が少し柔らかくなった気は一瞬しました。

 けれども一瞬。次の瞬間には、彼女の周りに100を超える光球が現れました。

 

 私が身構えていると、ミカエルさんは表情一つ変えずに言いました。

 

「来るならどうぞ? ただし、全部防げればの話ですがね」

 

 ミカエルさんの細く白い腕が振り下ろされる。それと同時に一斉に落ちてくる、私に向かってくる光球。

 だけど私は恐れずにその中に飛び込みます。

 

 長嶋君が、以前私にやったことを真似るように。

 光球はそのまま私を無視して落下――せずに、私を追いかけようとして他の光球とぶつかって爆発していました。

 

「くっ」

 

 距離としては多分4メートル。その中を私は光球の動きを集中して読み切って躱し続けて進む。

 絶対に近づいて一発お見舞いする! 長嶋君に会うために!!

 

「はぁぁぁ!」

「…流石です。それでこそ私のライバルの一人(・・・・・・・・・)

「レイジングハート!」

『ディバインシューター!!』

 

 私の周りに七個ほどの魔力弾が出現し、それらすべてをミカエルさんへ向かわせる。

 

「アクセル!」

 

 光球を避けつつ自分もミカエルさんに近づきつつ、魔力弾の速度を上げて当てる!

 そう思って必死に動かしていましたが、急に光球がすべて消えました。

 

「え?」

 

 私はいきなり消えたことに戸惑っていましたが、魔力弾は全てミカエルさんのところに届き――そのすべてが翼が巻き起こした風で吹き飛んでしまいました。

 

「この程度で消えるとは。やはり人間とは弱いですね」

「私達は弱くないもん!」

いいえ(・・・)。あなた達は弱いです……が、私には関係がありませんので話を進めましょう――試練の話を」

「本当に!?」

「えぇ。どの道今のあなたじゃ私の足元にも及びませんからね」

 

 おそらく事実を述べられているのだろうけど、今の言い方にはカチンときた。

 だけど薄々当たっていると思ったので言い返せずにいると、ミカエルさんが試練の内容を教えてくれました。

 

「――私に想いで(・・・・・)勝ってください(・・・・・・・)。それができれば、貴女を合格にしてあげましょう……ですが」

 

 いきなり翼を広げるミカエルさん。その行動に嫌な予感がした私は、急いで魔力障壁をカートリッジを一つ消費して展開。

 それが終わった同時に、彼女は叫んできました。

 

「想いで勝負する以上、私は絶対誰にも負けません!!」

 

 ウソっ! 広げた翼から落ちた羽が、まるで意志を持ったかのようにひとりでに動いてこっちに向かってきた!?

 矢のごとき勢いで、魔力障壁をたった三枚の羽で破る。残りの羽も全部こちらに向かってきてるけど、私はアクセルシューターで全部撃ち落す。

 

「まだです!」

「ぐふっ!」

 

 その場に留まっていたことにより、ミカエルさんの右ストレートがお腹に入る。

 一瞬意識が飛びそうになるけどそれを堪え、私は無意識にミカエルさんの右手首をつかんでいました。

 必死に振りほどこうとしていますが、私も必死につかみます。

 自分でもどうしてか分からない。けれど、ここがチャンスだという確信があった。そのチャンスを生かすためには、放してはならないということも。

 普通なら絶対に私は振りほどかれていたでしょう。でも誰かが私に力を貸してくれている感覚があり、そのおかげで何とか振りほどかれずにいます。

 

「あぁぁぁあ!!」

 

 絶対に負けたくないという気持ちがひしひしと伝わってくる。

 だけどそれは――――

 

私も(・・)同じなのっ(・・・・・)!」

『ディバインバスター』

「はなせぇぇ!」

 

 片手で持っているレイジングハートをしっかりと構え、痛みに耐えながら撃とうとした直前。

 

そこまでだ(・・・・・)

「「え?」」

 

 聞こえるはずのない声が聞こえたのでそちらへ視線を私達が同時に向けると、何故か力が抜けていきました。

 

「お前の合格だ、高町」

 

 その声を聴いた瞬間に安心した私は、そのまま意識を失いました。




今日中にもう一話あげます。

ご愛読ありがとうございます。


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92:試練終わりて彼戻る

思いの試練エピローグです


 

 俺は高町とミカエルを脇に抱えた状態でふわりと着地する。

 実際こうしているのは高町が試練を乗り越えたためであるため、負けていたら俺はこのまま記憶が戻った状態でもおさらばすることになっていた。

 ゆっくりと二人を床に降ろす。そして立ち上がって天井を見上げ、俺は言った。

 

「これでこっちも終わりだ。さっさと帰らせてもらいたいんだが」

『慌てるな。今そっちに我々が向かっているから』

 

 ……なぜ向かってくるのだろうか。もしかして労うのか?

 ゼウスとかは絶対にやらなそうな考えが浮かんだ俺は苦笑する。その間に、雄樹たちが駆け寄ってきて、俺を見て驚いていた。

 

 そりゃぁまぁ、驚くだろうが。そんなに驚くことだろうか?

 黙ったまま視線をそちらに向けた俺は口を開こうとし――――足元から「う、うぅ…」といううめき声が聞こえたので少し移動してから声だけかけた。

 

「おい高町、ミカエル。終わったぞお前ら。とりあえずさっさと起きろ」

「……なにしたか知らないけど、大智がやったらそれだけじゃ起きないと思うよ」

「そうか雄樹(・・)?」

「だって大智上手く意識を刈り取……る…じゃ」

「どうした。記憶が戻ったことに驚きがあるのか? お前達も予想してたんじゃないのか?」

「いや、そうだけどさ……」

 

 ふむ何をどもっているのだろう雄樹は。推測できているのなら、予想できているのなら、動揺することなど何一つないであろうに。

 ふとそんなことを思いながらもう一度声をかけようとした時、「なに勝手に消えてんのやーボケェ!」と声が聞こえたので、そちらを見ずに片手で何かを受け止める。

 ふむ勢いのあるいいとび膝蹴りだ。そんなことを受け止めて思いながら放し、「すまなかったな」と高町とミカエルの二人を見ながら謝る。

 

「すまんで済むかアホ! あんたのせいで雄樹一度死んだんやで!?」

「それは雄樹の認識不足が悪い」

「なんやとー!」

「抑えてよはやて。確かに僕が弱かったのが悪かったんだから」

「だろ? ランスロットのただの左突きで死ぬんだから。言い訳も何もできまい」

「……え、マジで?」

「見えてないのなら論外だな。良く生きてたものだ」

 

 とりあえず二人が起きるまで見ながら、俺は暇潰しを兼ねて労うことにした。

 

「良く俺みたいな奴のために頑張ってくれたな、お前達」

「そりゃぁまぁ、助けてもらってたからね……ていうかさ、僕の事名前で呼んでるよね、さっきから」

「不味いか?」

「いや、いきなりすぎて戸惑っただけだよ」

「なら別にいいだろう……で、だ。どうして辞めようとしなかった(・・・・・・・・・・)?」

「……どういうことや?」

 

 八神の声が低くなるのを理解しながら、俺は床に腰を下ろして説明した。

 

「俺の事をさんざん諦めろと言われただろう。にもかかわらずお前た「おぉーっと手が滑ってバットを振り抜いちまったぁぁ!」がっ!!」

『『『…………』』』

 

 遠くから声が聞こえたと思ったら背中に衝撃が走り、座っていた俺は吹っ飛ぶ。受け身も取れない状況での不意打ちの攻撃に俺は耐えられなかったが、壁に激突する寸前で何とか地面を蹴って宙を一回転して勢いを殺すことに成功し、激突を危うく免れた。

 が、未だに背中が痛い。あと少しすれば治るだろうが、やった本人に利子つけてやり返したいと思うので、とりあえず地面を蹴って親父に飛び蹴りをコンマ秒で行う。

 でも届かない。受け止められている。しかもニヤニヤした顔で。

 

 俺は目を細めて聞いた。

 

「なんだよ」

「いやなに。スサノオの言うとおり人っぽくなったなぁと思って。こうやってすぐに反撃するなんて、少し前のお前には考えられないことだぞ?」

「たまたまだろ」

「でも今の大智の姿に、みんな驚いているわよ?」

「だからなんだ、母さん」

「良いんじゃないかしら? 本当は(・・・)戻りたかったんでしょ(・・・・・・・・・・)?」

「………………」

 

 親父の手を蹴っ飛ばして自分で拘束を外し、黙ってそっぽを向く。

 癇に障ったというよりは、図星だったというのもあるが、こんな人外化け物でも受け入れてもらっているという事実にすごい嬉しさを感じているという心がある。

 と、ここで二人がようやく起き上がった。

 

 高町はバリアジャケットを解除しており、ミカエルは翼をたたんでいる。

 そんな二人を囲むように揃っていた雄樹たちとゼウスたち。俺はというと、そこより少し離れているところで親父と母さんと一緒に居た。

 遠巻きに見ると、どちらも健闘を称えている様だ。雄樹とランスロットは握手しているし、テスタロッサと雷神は普通に会話。八神家とペルセウスはペルセウスが謝り倒しており、高町とミカエルは笑って何かを交わし、ゼウスはバニングス、月村、テスタロッサ姉の三人に厳かな顔をして何かを言っていた。

 

 ……って、オーディンは?

 そう思っていたら後ろから何かしらの気配がしたのでジャンプして一回転したところ、俺が着地するところに穴ができていた。

 その穴の部分に着地した俺は、やってきた張本人であるオーディンに振り向かず文句を言う。

 

「いきなり殺そうとするな」

「信頼してやった(・・・)というのにいきなりな挨拶だな」

「やったって……まぁいい。で? 親父たちいつの間にかあっちで胴上げしてるのを無視して聞くが、何か助言をしてくれるのか?」

助言(・・)という訳ではない。ただの独り言(・・・)だ」

 

 そう前置きしてから、オーディンは語りだした。

 

「神が人に干渉しすぎないように定めた理由。それが何故かわかるだろ?」

「……さぁ(・・)?」

「長嶋大智という仮初を作ったあいつ(・・・)みたいなやつを、二度と生み出さないためだ」

「…」

「特に表情に変化がないところを見ると予想はついていたようだな…。だが、今回はどうだ。明らかに我々は介入しすぎている。それが何故かわかるか?」

「…俺だ」

「そう。お前という埒外な存在が、その掟ともいえるものを破らせている。だがそれは、決して悪くはなかったかもしれん」

「それに関しては良く分からないが」

「我々は、伊弉諾や伊弉冉(イザナミ)のように知らなかった。人の思いが起こす奇跡を。その願いをかなえるために発揮する、一時的とはいえ神に比肩する力を」

 

 そう言って息を吐き、続ける。

 

「これにより人と神の交流が再び始まる。それによって生じるトラブルを対処するにはやはり」

予想はできてる(・・・・・・・)。だから、その先は言わなくていい」

「…そうか」

「ああ」

「ちょっとあんたいつまでそこにいるのよー! いい加減こっちに来なさい!!」

 

 オーディンとの会話を打ち切り、呼びかけられた方を向くと、アリサがいつも通りの怒り顔、他は大体笑顔でこちらを向いていた。

 

 ――――どうやら、俺はまだ(・・)一緒に居られるらしい。

 

 その事に嬉しさと気恥ずかしさを抱きながら、普通の人と(・・・・・)同じように(・・・・・・)駈け出した。

 

 

 

 

 

「また戦おうぜ、大智。次こそ圧勝してやる」

「フェイト連れてきなさいよ、来るとき」

「……次こそ決着をつけようぞ」

「ま、頑張れ」

「何かあったら手伝うぐらいはしてやるわい」

「…………あ、あぁ」

 

 なんか向かったら口々にそんなことを言われた。こんなことを言われるのは初めてなので何か不思議な気分になるが、それでも表情は変わらない……ようだ。

 と、ここでなぜか俯いていたままの(結局顔は見える)ミカエルがいきなりしゃがんで俺の視線に合わせた。

 顔は真顔で、緊張しているのが目に見えてわかる。しかも頬が少し朱色に染まっている。

 一体何をする気なのだろうかと内心首を傾げながら待っていると、向こうがやっと口を開いた。

 

「な、長嶋、様」

「…なんだ?」

「あ、あの…わ、私、貴方の事が……」

「俺の事が?」

「その、す、すすすすす、好きです(・・・・)!!」

『『『!!?』』』

 

 ミカエルの発言に周囲がざわめく、どよめく、騒ぎ出す。

 言い切ったミカエルは顔を真っ赤にしながらも続けた。

 

「は、初めて会った時(・・・・・・・)からあなたのその力強さとカッコよさに惹かれていました! しょ、正直言って私こんなに強い思いを抱いたのは初めてです!! で、ででですので!」

 

 そこで区切ったミカエルは立ち上がって俺達(・・)を見下ろし、誰かに(・・・)宣戦布告するように(・・・・・・・・・)言った。

 

他の人達に負けずに(・・・・・・・・・)貴方を射止めますので、覚悟してください!」

「…………」

 

 いきなり好きだと言い出したと思えば射殺宣言か。これは警戒しなければならないかもしれない。

 ミカエルの発言を聞いた俺は身の危険を感じ距離を置こうと後ろに下がりたかったが、誰かにふさがれていけない。

 

「おらおら返事ぐらいしてやれよ!」

「そうよ! どちらにしろ女を待たせるなんて男の恥だわ!!」

 

 どうやら俺の両親が塞いでいるらしい。なんていうか、つくづく楽しいものを人以上に騒ぎ立てるなこの二人は。

 しかし射殺宣言されてる俺はどう返事すれば? と思わずにはいられないし思っているが、ミカエルは何やら目を瞑って待っている様だし、他の神様達――ランスロットはともかく――も興味津々な顔つき。

 後ろの気配を察するに息を飲んでいるのかもしれない。なんか雰囲気というかそう言うのが重い。

 仕方がないので俺はため息をつき、両親から離れてミカエルに言った。

 

「ミカエル」

「は、はいっ!」

()お前に恨まれる(・・・・・・・)ようなことしたか(・・・・・・・・)?」

 

 シン…と空気が静まる。全員の動きが固まる。

 

 それはまるで、予想だにしない一言を言ったかのごとく。

 

 全員が黙っているので、俺は首を傾げる。

 

「何かおかしなこと言ったか?」

『『『大有りじゃぁ!!』』』

 

 主に男子が叫びだす。続いて女子が詰め寄ってきた。

 

「さいていだよ長嶋君今のは!」

「そうよ何言ってるのあんた!!」

「ミカエルさん涙目になってるよ!」

「長嶋君のバカッ!」

「それはひどいよ長嶋君」

「このバカッ! なんて最悪な受け答えしてるのよ!!」

「今のはボケじゃないの!?」

「うっ、うわぁぁぁん!!」

「あかんやろその返事は!」

「長嶋、本当にサイッテ―だな!」

「冗談は時と場合を考えろ」

「そうです」

 

 張本人が泣き出した。しかし何が悪かったのだろうか。良く分からない。

 本気で俺が首を傾げていると、それが良く分かったのか、全員が一様に黙った。

 まぁ泣かしてしまったのはこちらに非があることぐらいわかるので、俺は崩れ落ちて泣きだしたミカエルの手を取って「ミカエル」と名前を呼ぶ。

 が、返事がない。

 まぁ仕方がないか。そう思った俺は、「ミカエル!」と叫ぶ。

 

「ひゃ、ひゃい!」

 

 なんというか、ここまで来るとクールが台無しだな。

 ちょっとだけそう思いながら、俺は両手で握りしめて「すまない(・・・・)」と謝る。

 

「え……」

「俺は好きだと言われるのが初めてだ」

 

 最後のミカエルの発言をがん無視して最初の言葉だけに焦点を当てる。

 

「だから俺は『自分で好きになる』ことはあれど、『自分が好かれる』ことはなかった」

「……」

「だから言われた時は正直――いや、今も実感も何も湧いていない」

「…」

 

 俯いたミカエルをまっすぐ見据え、俺は結論を言った。

 

「だから、すまない。言われたところで俺は、『愛』を知らないから」

 

 周囲は黙ったまま。ミカエルも俯いたまま。

 言い終わった俺は手を放してミカエルから離れ、オーディンに回廊を出すよう頼む。

 頼まれたオーディンは我に返ったように慌てながら回廊を開いてくれたので、俺はその中に半身を突っ込みながら全員に手を振ってから言った。

 

「先、帰るぞ」

 

 

 

 

 ……その言葉に真っ先に親父と母さんが飛びついてきたがゼウスとペルセウスに連行され、高町達が雪崩れ込んできた。

 ミカエルは右手で銃を作り、俺に向かって撃つ仕草をしていたのが雪崩れ込んでくる中で見えた。

 

 ……涙を拭かない笑顔で。




次からは空白期(小4から高3まで)の日常です。

その間に百話行くんですよね……

vividまで続けられるかどうかって感じですね…

ご愛読ありがとうございます。


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ストライカーズまでの日常
93:四年生


ここから二十数話日常です。


 四年生になった。

 それで変わったことと言えば名前をで呼ぶことぐらいで、特に何が変わったという訳ではないと思いたかった。

 思えない理由はもちろんある。それは……

 

「おはよう大智君(・・・)!」

「よく早起きで来たな、なのは(・・・)お前……」

 

 ……それは、管理局に入るとか言ってあっちの方の手伝いをしてこっちに戻ってくることはそうそうないと言っていたはずの高町が、朝五時ぐらいに俺の家の前にいるのだから。

 今は五月。抜けていたところでテストどころか運動面やらなにやらが落ちていない俺は、普通に先生が作ったテストを全問満点にして進級。

 四月にテスタロッサと八神が同じクラスだということを知り(テスタロッサに至っては隣)、窓の外が見づらくなったことを嘆いていると、普通にマモンが天上に憑りついた形で学校に来ていたのに驚いた。なんでも契約を変え、『天上が屈したら魂をもらう』というものにしたらしい。次は絶対に君を越えてやるさと晴れ晴れした顔で言う天上に、俺は笑ってやれるものならやってみろと一蹴しといた。

 

 で、五月。

 力也(天上の名前)とゴールデンウィーク中に勝負をして全戦全勝した俺は、学校が始まる日の早朝にいつも通りのトレーニングをするために外に出たところで……高町がトレーニングウェアを着て待っていた。

 

 随分と元気がいいなと思いながら、「ひょっとしてついてくるのか?」と訊ねると、「うん!」とこれまた笑顔で答える。

 朝早いのによくそんな笑顔見せられるなと思いつつ、コースを少し変えないとダメかと思い「好きにしろ」と答えて塀を飛び越え道路に出て、走り出す。

 

「待ってよ!」

 

 後ろから聞こえた声にいつもより遅いペースで走りながら、時間通りに戻って来れるだろうかと不安になった。

 

 走っているコースは日に日に長くなっていたが、今日は昔の半分ぐらいの距離にする。そうでもしないと高町がついてこれるわけがないから。

 チラリと後ろを見る。高町は四メートルほど後ろにおり、自分のペースで走っているようだ。

 これならもう少し距離とスピードを変えてもいいかもしれない。そう考えた俺は少し速度を上げて、ルートも少し変更するように左へ曲がった。

 

 かれこれ走り始めて一年か。思えば色々あった気がするな。

 思考にゆとりがあるので、過去を思い返しながら走る。後ろから凄い息遣いが聞こえるが、そこは無視しておく。

 

 四月に不思議生物(ユーノという名前らしい)が現れ、そこから高町達がジュエルシードなる忘却神具(誰のかはわからない)を集めている中、夜刀神と再会し原作へ介入。そして輪廻の魂と別れた。

 五月はキャンプ行って高町の誕生日やったぐらい。六月は梅雨の季節を結局傘なしで過ごしたな。七月は偽神が現れて夏休みになり、八月に月村の誕生日とリンカーコア蒐集の手伝いをし始めたんだったか。そっから十二月までは特に目立ったことをやった記憶はなく、十二月に闇の書事件をハッピーエンドで終わらせたが記憶を失い、三月、つまり春休みに俺は連れ戻されたんだよな。

 

 本当に色々あったとなつかしんでいると、「おはよう、大智」と後ろから声をかけられたので振り返りもせずに返事をする。

 

「あぁおはようフェイト。ところで、なのはは?」

「えっと、見てないよ」

「そうか……」

 

 仕方がないので足踏みをしてあいつを待つ。ペースを上げたことは間違いだったようだ。

 あとどのくらいで来るかな…と予測を立てていると、同じく足踏みしてるらしいフェイトが「珍しいね」と言ってきた。

 

「何が? 珍しいといえばそっちの方だろ。俺は毎日走ってるんだから」

「いや、走ってるというよりはどっちかというと跳んでるっていう方が正しいと思うんだけど」

「自分が珍しいことをしているのは否定しないんだな」

「……うん。まぁ」

 

 声が小さかった気がするが別に聞こえているので問題なし。理由を考える気なんて一切ない。

 魔法使えて管理局の手伝いに行かないのは俺だけ。その時は全員驚いていたというよりは、ある種納得していた。

 群れて行動すること自体は別に不満があるわけじゃない。ただ属するには弱いから嫌悪感があるだけだ。

 そんなことを言ったら、なぜだかため息をつかれた。

 

 どうでもいいが、グレアム提督とはよく電話する。

 

「……ハァ、ハァ…ハァ……ま、待ってくれたの?」

「まぁそりゃな。勝手について来いといったが、迷子になって学校に遅刻なんて間抜けなことになってほしくなくてな」

「そ、それはない…もん」

「どうだか…それより、来た道戻るぞ。時間がやばいかもしれない」

「…分かった、よ」

「うん」

 

 今更だがテスタロッサは近所らしい。家に遊び行ったことはないが。

 あークロノ? あいつは確か一足先にミッドチルダに戻ったらしい。リンディさん達と一緒に。鬼の居ぬ間に何とやらって感じだろうか。

 

 そんな感じで、俺達三人は来た道を戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 ぎりぎり七時。筋トレができないという状況になってしまったがもういいやと思い朝食を作ることにした。

 

『なんていうか、平和ってこういうのなんでしょうね…私出番あまりありませんけど』

「そう不貞腐れるな。お前がいないと自力で魔力を使えないんだぞ?」

『使わなくても圧倒できるじゃないですか』

「魔力がなまる」

『そんな見えないものがなまるなんて信じられません』

「…なんていうか、お前も捻くれ者になったな」

『マスターのおかげですね』

 

 作った朝食を、そんな会話を繰り広げながら食べる。料理始めて前世合わせて五年ぐらいの俺は、自分の料理に少し飽きてきてるのがわかるが普通に食べる。

 部屋の荷物は減ったぐらいでほとんど変わってない。マイクとか、白い箱とか。

 代わりに携帯電話のアドレスに『スサノオ』『オーディン』『ミカエル』『雷神』『ペルセウス』『ランスロット』『因幡白兎』『ゼウス』『かんな』が登録されていた。いつの間にか登録されていたことに戦々恐々したが、とくに日常会話しかしていない。今のところは(・・・・・・)

 

 というか神様、携帯電話持ってるんだな…。

 

 なんか変な知識を知り、感慨深くなったのはいい思い出ではないかもしれない。

 

「ごちそうさま」

『私も学校に行きますよ』

「ふざけろ」

『……ここで騒げってことですか?』

「そうだな。そこで騒いでろ。俺はそのまま学校へ行く」

『だから連れてってください! どんだけ私の事置いてくんですか!?』

「学校中に呼び出しはないから」

『帰宅途中に呼び出されましたよね、二回! 魔力なしでボロボロになったのはどこの誰ですか!?』

「…さて。準備してくるか」

『逃げるなー!』

 

 こんな感じで、俺は学校へ向かう。

 

 学校と言えば。席は窓側の奥――つまり入口から一番奥の席で俺は固定されている。席替えすると言われた時に「長嶋。お前の席そこから動かさないからな」と言われた時の周囲の反応といったらすごかった。

 今では隣がフェイトではなく(始業式の時に聞いた)アリサになっており、ぼんやりと窓を眺めているとよく注意してくるものだからウザったい。

 更に言うと、俺の印象がどうやら変わりだしていたらしい。切っ掛けがいつだかわからないが、兎にも角にも俺に声をかけてくる連中は多くなった。

 

 元一や木在は元々なので変わってないが、「お前がいなくてテスト大変だったんだ!」と言われた時には苦笑するほかなかった。

 天上は取巻きの奴らとは普通の友達として接し、その姿を見た女性ファンがさらに増えた。本当に天才である。

 

「あ、さっきぶりだね大智君」

「やはり早起きがたたったか……眠そうだぞ」

「ふぇ? そ、そんなことなあ~ぁ」

「「……」」

「い、今のは!」

「さっさと行くぞ。寝るならバスの中でしてくれ。俺は乗らないが」

「ま、まってよー!!」

 

 やれやれ。慣れないことをするとロクな事ないと思うんだがな。

 内心で肩を竦めながら、俺はさっさとバス停へ向かった。

 

 …実際バス停まで行く必要性はないのだが、そこはまぁ習慣だ。

 

 バスに乗り込む姿を一瞥せずに俺は駈け出す。乗っているのはアリサ・すずか・フェイト・なのはの四人。

 二週間ぐらい前に一度一緒に乗ろうと言われたが、バスより速い上に襲撃されたり突然消えたりすると色々と面倒だと判断したため乗ったことはない。

 

 今日もいい天気だと思いながら、学校まで屋根を跳んで向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう大智。今日も走ってきたの?」

「ああ」

「その割には汗一つ掻いてないのが不気味やなぁホンマ」

「汗を飛ばしているだけだ」

 

 いつも通り高町達より先に着いた俺は、普通に自分の教室に向かい普通に自分の席に座ったところで雄樹と八神に話しかけられた。

 この二人あの件以降付き合い始めたらしい。随分尚早なカップルだと思いながら、俺は『おめでとう』とは言わなかった。ただ一言、「頑張れ」とだけ。

 何を頑張れとは言わなかったのに顔を赤くするのだから、こいつらは耳年増と捉えていいのだろうかと若干ばかり不安になってしまう。

 

 というかお前ら授業の準備は、と訊こうとしたところで、「助けてくれ雄樹、大智!」と駆け寄ってきた男が。

 

「どうした元一。宿題なら自業自得だろうが」

「先回りするなぁ! ……じゃなかった。俺は今追われているんだ!!」

「どうせ木在やろ」

「あぁ昼食の話?」

「それこそ自業自得だ」

「ちげぇよ! それはそれで大変だけど、そうじゃねぇ!!」

「じゃぁ一体」

「霧生、静かにしたらどうだい?」

 

 別方向から聞こえた声に俺達が視線を向けると、女子の声援を片手で制しながら自分の席に座ろうとしていた天上力也だった。隣にはマモンが。

 このマモン。なんと俺と天上以外には雄樹とはやて以外には見えないという素敵能力を普通に披露して、バニングス達にはあれ以降一回も実体を見せていないとか。

 

 そんな天上はカバンを机に置いて俺達に近づくと、元一の肩を叩きながら質問した。

 

「で、何をそんなに困ってるんだい?」

「あ、ああ……家庭科の先生に見つかって」

「「「「…………あぁ」」」」

 

 言われてすぐに思い出す。学年が上がって始まった家庭科の最初の授業の顛末を。

 未だに恨まれているんだなと思った俺達は、何の合図も示さずに元一の肩に手を乗せて意図せずに同じ言葉を紡いでいた。

 

「「「「どんまい」」」」

「だから助けろって言ってるんだよ!」

 

 まぁそんなことしてるうちに高町達も来たみたいだし。

 

「とりあえず席つこうぜお前達。見つかったら逃げるしかないな、元一は今のところ」

「せやな」

「そうだね」

「ふっ。確かにそうだ」

「チクショウやっぱりか!」

 

 そんな感じで、四年の生活は始まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、元一と木在と裕也(如月の事)は魔法に関する存在を知っていたりする。同時に悪魔やら神様の事についても。




最初に投稿してから一年休んだ結果二年目に。
これもひとえに読者の皆さんのおかげです。

ご愛読ありがとうございます。


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94:遠足

よろしければもう一つの作品もご覧ください。


「はいという訳で遠足が明日在ります」

 

 わーーーー!!! と歓声が広がる中、俺は一人そのしおりをパラパラとめくっていた。

 隣の席のバニングスがそれに気付き、小声で注意してきた。

 

「ちょっと。何あんた、嬉しくないの?」

「……良く考えたら、遠足なんて行ったことなかった」

「…そうだったかしら?」

 

 まぁどうでもよかったからな。そうは言わずに俺は、しおりに書かれている目的地の場所を肩肘を突きながら見ていた。

 

 

 

 五月も終わりに入る頃。

 その前から連絡があったらしい遠足という行事に参加することになった。

 参加自体はおそらく初めてだろう。前世の『戦場ハイキング』が遠足という部類に入らなければ。こちらの世界に来てからは気配薄くした弊害で連絡事項聞いてなくて、その日誰もいないの知らないで学校行ったからな、俺。普通に帰ったし。

 そんな訳で普通に初めてだったりする。……このまま参加できれば(・・・・・・)、の話ではあるが。

 

 でもこういう時に限って何か起こるものなんだよなぁと連絡を聞き終え掃除の準備をした俺は考えながら机を運んでいると、何やら一塊になっている気配がしたのでチラリを視線を向ける。

 すると一瞬視線が合ったと思ったら、すぐに蜘蛛の子を散らすように人が逃げて行った。おそらく掃除の持ち場にでも行ったのだろう。

 

 おそらく明日いないだろうからいつもより念入りに掃除するかと思いながら、掃除道具入れ箱から箒と塵取りと叩きとバケツを取り出し、雑巾をロッカーみたいなところから取り出して、残っている数人と掃除を始めることにした。

 

「よしっ」

 

 時刻はおそらく日暮れ。というか四時半ぐらい。

 一応掃除をやり終えたので帰らせ、一人でそのあと納得がいくまで掃除をし終えたところ。

 制服のひじやひざの部分がほこりまみれのような気がしたので外で払ってから教室に入り、背筋を伸ばす。

 ふむいい気持ちだ。途中何人かが俺の姿を見て驚いていたが、その理由に興味がなかった俺は黙々と掃除をするだけに従事した。

 首を左右に振って鳴らしながら帰ろうかと思い鞄を手に持って教室を出ようとした瞬間、教室内から「久し振りです」と声がしたので思わず振り返ると、夕日を浴びているからか肌が赤く染まっているミカエルがいた。

 俺は怪訝な顔をしてから一言言った。

 

「すぐに教室を出ろ。せっかく掃除していい気持ちになったんだ。汚されても困る」

「……あ、すみません!」

 

 すぐさま彼女は俺の隣に移動する。なんというか、回廊というのはメートル単位で移動できるんだな、発見だ。

 そんな適当なことを考えながら俺は、ミカエルがついてくることを信じて昇降口の方へ歩き出した。

 

 ミカエルは校門で待っていてくれた。

 

 その事実に思わず「なんでお前教室に来たんだよ」と言ってしまい、なんか藪蛇だったと素直に思ってしまったのは仕方がないはずだ。返ってきた答えは「驚いてほしかったから」だからな。頬を赤らめるというおまけつきで。

 何の気無しに少し歩いてから屋根へと跳び、そのまま駆けていると、ついてきたミカエルが「あ、あの!」と声をかけてきたが無視した。

 

 家に到着し。

 俺は最後までついてきたミカエルに話しかける。

 

「…で、何を話したいんだ?」

「あ、え、えっと……」

「早くしてくれ。俺もやることがある」

「………分かりました」

 

 そう言うと覚悟か何かを決めたらしく、一拍置いてから用件を言ってくれた。

 

明日(・・)私の手伝いをしてくれませんか(・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

 ………ほらな。やっぱりこうなったか。薄々気づいてはいた。

 しかしながらこうも宣言されるというのは初めてだな。意外とストレートに物事が……進まないだろうな。

 

「なぁ。俺は何を手伝えばいいんだ?」

「え……」

「…いや、なぜそこで沈む?」

 

 思わず振り返る。するとミカエルが肩を落としている雰囲気を醸し出していた。

 

 …………。

 困ったな。正直言ってこんな場面他人に――――

 

「大智君……またミカエルさんに何か言った?」

「…フェイトか」

「あーミカエルさんを泣かせる一歩手前になってるー!」

「それと、アリシアか……明日の買い物か?」

 

 ――――テスタロッサ姉妹に見られるとは思いもよらなかった。

 訊ねると同時に声がした方へ振り向くと、レジ袋を両手で持っている二人の姿が見えた。フェイトはまた悲しそうな顔をし、アリシアはミカエルの状態を指さしていた。

 俺はそのレジ袋を一瞥してフェイト達に視線を戻し、質問した。

 

「明日の準備か?」

「うんまぁ。今年が最後かもしれないし」

「私は大丈夫だよ!」

「……そうか」

「そういえば大智君。ずいぶん遅かったね。何してたの?」

「掃除」

「「…………」」

 

 なぜか目を見開かれた。ミカエルに変わったところはない。

 普通に学校が終わってやる作業をみんなでやった後に個人的に行っただけなんだが……何をそんなに驚いているだろうか?

 少しして、フェイトがクスリと笑った。

 一体どうしてだろうか。特に笑われることを言った記憶もつもりもないのだが。

 

 人の反応を見るとやはり自分の特異性が浮くなと思いながら考える気を放棄し、俺はミカエルに「家に入れ。そして説明してくれ。事と次第によってはすぐに終わらせる」と言って俺は家の中に鍵を開けて入ることにした。

 それを聞いたミカエルは慌てて後を追うように入ってきた。

 

「……不機嫌そうだな」

「そうでもないです」

「なら別に構わないが。わざわざ前日に言うとは気が早いことをするな」

「……私よりあっちの方(・・・・・)を優先ですか」

 

 嫌味たらしく「あっちの方」を強調し、テーブルに頬杖をついて俺から視線を外すミカエル。

 なぜ機嫌が悪いのかわからないが話を聞かせる気がないのなら一人で行ってほしいと思った俺は、ため息をついた。

 

「話す気がないなら帰れ」

「……っ」

 

 こちらを向いた気がしたが言い終えた俺は席を立ち冷蔵庫へ向かう。時間的に夕飯だし。何かあったか思い出すのが面倒だったから。

 そのまま冷蔵庫へたどり着いて中身を確認していると(案の定ほとんど入っていなかった)、彼女が痺れを切らしたのかいつも通りクールな口調で説明しだした。

 

「…雨岩戸に天照様が引き籠ってしまわれまして。彼女を出す手伝いをしてもらいたいのです」

「……またか(・・・)。今度は何の理由で」

「四月のアレに呼ばなかったことが主な原因らしいです」

「あれって確かその場のノリで決まったようなものなんだよな?」

「ですね。きっと仲間外れだと思われたのでしょう。そういうのは人一倍、いえ神一倍敏感ですから」

「どうりで雲が急に立ち込めてきたわけだ……」

 

 うちの洗濯物は全部洗濯したその日に乾くというある意味で常識の外にあるので干す必要がない。だから俺は家に帰っても庭の方をあまり見ない。今は夕飯の買い出しに行けるか否かを見極めるため、冷蔵庫から離れてリビングへ戻り庭を見ている。だから天候の急変に気付いた。

 

 先程の会話を思い出した俺はため息をついてから椅子の近くに置いたバックからナイトメアを取り出して腕に着け、ミカエルに言った。

 

「さっさと終わらせるぞ。明日なんて日を跨げるか」

「…………分かりました」

 

 さっさと行こうというのになぜ不満げなんだろうかミカエルは?

 そんな疑問をゆっくり席を立った彼女を見ながら思った俺は、明日の準備してないけどどうするかと考えながら回廊が出るまで待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ~あ」

「珍しいわね、あんたが欠伸してるなんて」

「徹夜だ徹夜。おかげで金としおり以外何も持ってきてない」

「……え、それ本当なの大智?」

「あぁ……だから、………」

「…何があったのかしらね、一体」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠足当日。

 何とか夜通しでアマテラスを引っ張り出して色々やって帰ったら午前三時。

 寝ようにも集合時間が七時半あたりなので諦め、準備しようとしたが食材も何も買ってないことに気付き、仕方がないので風呂に入ってからしおりと財布だけを用意し、しおりに書かれていたものを探したのに一つもなく、それで時間が近づき仕方なくリュックとしおりと財布と携帯とナイトメアと家の鍵だけ持って家を出た。

 で、学校の前に止まっていたバスに乗り込み出発と同時に寝た。

 

「起きなさい大智」

「………」

「着いたわよ」

「そうか」

「うわっ!」

 

 ついたと声をかけられて眼を開けて立ち上がると、なぜか隣のバニングスが驚いていた。というより、こいつ隣にいたんだな。

 バスの中を見渡すと俺とバニングス以外誰もいない。どうやら本当についたらしい。

 まだまだ俺の中から抜けていないんだなと思いながら首を回していると、「お、起きてたらちゃんとそう言いなさいよ!」と叫んできた。

 

「言われて起きた」

「……本当にそうなのかしら?」

「そんなことより早くバスでないとダメだろ」

「そうね」

 

 そんな会話があり、そのあと俺達はバスを出た。

 

 

 今回の遠足の目的地は遊園地なるテーマパーク(暇潰し場)。そこで午後三時まで遊んで帰るとしおりに書いてあった。

 これなら別に公園で遊んでても構わない気がするんだが…と思っているのは俺だけだろうか。

 

 まぁそんなことは口には出さないが。

 

「はやく来なさいよ」

「…分かった」

 

 やれやれ。色々な意味でどうするべきか。

 

 欠席者がいない中、列の一番後ろに並んだ俺は空を眺めながらそう思った。




ご愛読ありがとうございます。


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95:続・遠足

前回妙な引きで終わった遠足会


 学校の行事として組み込まれている遠足。三年間参加しなかった自分には全く関係なかったと言っても過言でもなかった行事。

 それに今参加している理由はまぁ……テスタロッサが『最後かもしれない』と呟いたからというのもあるし、最近クラスメイトと一緒に過ごしているという実感があるからかもしれない。

 

 ――――他の行事に参加してないからかもしれないが。

 

「で? どこに行くんだっけ?」

「……そういや俺、班編成の話し合いに参加してない気がするんだが」

「あれ? そうだっけか」

「…そもそもいつもいるかどうかが怪しいギリギリの気配で学校にいるだろうに」

「「マジで?」」

「いや。一応認識されるような気配で学校にいるんだが……班編成の話し合いに混ざった記憶がない」

「「「…………」」」

 

 今は俺と元一と裕也と力也で固まって地図(しおりつき)と睨めっこしながらそんな話をしている。

 

 なぜこんなことになったかというと、この事に関する話し合いの場に俺が関われなかったから……だと思う。で、なければ、俺はこの三人と一緒になってる可能性が限りなく低いはずだから。

 というより、俺はともかく力也はなぜこちらにいるのだろうか。それと、元一と木在が別々だというのはなんか新鮮だったりするんだが。

 

 ここで、裕也が我に返ったのかニヤリと笑った。

 

「でもま、おかげでこの班分けになったんだし……じゃ、遊ぼうぜ」

「計画を立てたはずだろう。それに従っていくべきだ」

 

 俺はその計画にすら関わってないと断言できる。そんな覚えがないからな。

 なので、正直に言った。

 

「計画?」

「あーその時はあいついたか?」

「いやーどうだったか」

「そんなのは園内に入ってからにした方がいいと思うんだけど?」

「「あ」」

 

 言われて気付いた。俺達以外の班がいないということに。

 ため息をついた力也は、「とりあえず入ろう」という案をだし、俺達はそれに従い入ることにした。

 

「まずどこだったか元一」

「ジェットコースター乗りたかったな」

「そんな願望聞いてねぇよ……あぁ最初はサーキットだ」

「サーキット?」

「今更だけど大智の無知ぶりには驚くね。しょうがないここは僕が教えよう。サーキットというのはゴーカートでね。小さい車に似た乗り物を操縦するコースの事さ」

「なるほど……それでお前達に悪いんだが、先に飯が食いたい」

「珍しいな大智。お前がそんなこと言うなんて」

「寝不足で飯食べてないんだよ」

「ひょっとして、前言ってた神様とか、高町さん達と同じ魔法ってやつに関することか?」

「あぁそうだ裕也。だから腹減って動きたくない」

 

 俺がそう言うと三人は黙り、それからすぐにこういってくれた。

 

「なら先に昼にしようぜ! 俺も実は腹減ってた!!」

「早すぎるが…俺も野球やってるから腹の減りは結構速い方だ」

「まぁ仕方ないねそんな理由じゃ。付き合おう」

「……ありがとう」

 

 時刻は午前十時半。そんな時間に朝食(もとい昼食)をとるという近年まれにみるというか絶対に小学生ではありえない時間だが、俺達はアトラクションより先に飯を食べることにした。

 

 

「いらっしゃいませ……あらどうしたの?」

「すいません俺フライドポテトとコーラ下さい」

「俺はハンバーガーとオレンジジュース下さい」

「僕はコーヒーで」

「あらそう? 以上でいいのね?」

「俺はラーメンとチャーハン下さい」

「……分かりました」

 

 俺が注文すると何故か店の人がひきつった笑顔を浮かべて奥の方へ消えたため、近くにある席で待つことにした。

 1テーブル四人掛けなので普通に座れた。

 待っている間、俺達は普通に会話していた。

 

「しかし朝からラーメンとチャーハンってよ……」

「空腹なんだ文句あるか」

「文句というか、すごいなと思う」

「そんなことより大智。君に絶対勝つよ今日」

「何に勝つ気だ」

「勿論、君と勝負できるようなものだ。例えばゴーカートではどちらが先に五周できるかとかね」

「それ、俺達も参加していいか?」

「別に構わないさ」

「やろうぜ裕也!」

 

 そんな声に裕也が苦笑していると、俺の料理ができたのか呼ばれた。

 

「早いな」

「取りに行ってくる」

 

 そう断って席を立ち、料理を受け取って戻ると、なぜか俺達のグループの隣のテーブルに高町、月村、テスタロッサ、バニングスが座っていた。それを見ようと同じ学校の奴らが足を止めている。

 早々に休憩とはこいつら暇なのかと思いながら席に座ったと同時に俺以外の奴らが呼ばれたので、一斉に席を立って何も言わずに取りに行ってしまった。

 

 ……ま、いいか。

 

 どうせ戻ってくるしと考えながら割り箸を割って「いただきます」とラーメンを食べ始めることにした。

 が。

 チャーシューと共に麺を啜りだしたところで、待ったをかける奴らがいた。

 

「いやあんた何普通に食べてるのよ」

「気付いてるよね大智君!」

 

 無視。

 

「…なぁ裕也」

「言うな元一。腹くくって普通にしろ」

「食べるのが速い……くそっ!」

「さっさと座って食べてくれ。終わったら最初の場所行くぞ」

 

 この場にいるのも面倒だし。

 やれやれと言わんばかりの雰囲気を醸し出しながら三人は席に座り、注文した料理を食べていると、バニングスが再び声をかけてきた。

 

「何あんたたち食べてるのよ? まだ来たばかりだというのに」

「食べてないものの気持ちが分かるか」

「……え? 大智食べてないの?」

「色々あってな」

 

 そう正直に言うとテスタロッサは昨日の事を思い出したのか、「そういえばミカエルさん来てたね」と頷いた。

 無論それに高町は首を傾げていたが説明する気すらないので俺はさっさとチャーハンを食べ終え、どうやら食べ終わるまで待っていたらしい元一たちに「行くぞ」と言って席を立った瞬間、「ちょっと待ちなさいよ」と言われたが俺はトレイを戻しに向かった。

 

「さて行くか」

「いやその前にあっちの方で睨んでる女子達に説明してきたら? 彼女たち何も言わないと動かないと思うけど」

「そうだぜ大智! このまま帰りまで続いたら俺の胃が持たない!!」

「元一、どこでそんな言葉覚えたんだ……? まぁ俺も力也の意見に賛成だ。先に俺達で向かうから、お前も後から来てくれ」

 

 最終的に裕也にそう言われ、取り残された俺は仕方なく視線を向けてくる彼女達の方へ向かった。

 

「お前らは人目を気にしたらどうだ? ただでさえ容姿が抜きんでてて目立っているんだから」

「ため息交じりに言われても嬉しくないわよ」

「容姿が抜きんでてて……」

「そ、そうかな?」

「フェイトちゃん、なのはちゃん。戻って来て」

 

 真面目に応対するのがバニングスのみで、他はまぁ戻ってこない。

 別にいいのでこのまま話を進める。

 

「何か用か?」

「さっきから人と話をしようとしなかったじゃない」

「そりゃ食べてたからな」

「まぁそうでしょうけど…人の話聞かなかったじゃない」

「それは悪かった。で? 一体何の用だ」

 

 そう言うと高町が席を立って「一緒に行かない?」と嬉しそうに提案してきたので。

 

「却下。自分達の計画に従って楽しんでくれ。じゃぁな」

「「「だから待って」」」

 

 今度は三人に止められた。一体なんだというんだ。

 俺は立ち去ろうとした足を止めて振り返り、不機嫌な顔をしたが、三人は止まらなかった。

 

「いくらなんでもそれはひどいよ大智君」

「そうよ。せっかくなのはが誘ってくれてるのに」

「私達と一緒じゃ嫌なの?」

 

 なんでこちらが悪いように聞こえるんだろうか。絶対おかしいはずなんだが。

 理不尽だが怒るのもどうも違う気がする…等と思った俺は、少し考えてため息をつく。

 

「俺は俺で行く場所がある。だからそっちに合わせる気はあまりない」

 

 その言葉に何を察したのかバニングスは「そう……分かったわ」とあっさり引いてくれた。

 物わかりがいいのか何か企んでいるのか……たぶん後者だな。

 そんなことを思いながら、俺はすぐさまこの場を後にした。

 

 

 

「少し遅かったじゃないか」

「なかなか納得してくれなかった」

「さっさと乗ろうぜ! そんなこと良いからよ!!」

 

 事前に場所は記憶していたので十秒あれば辿りつける。

 で、たどり着いた矢先に力也からにやにやと笑われながら言われたので適当に返すと、待てなかったのか元一がさっさと乗り場へ向かった。

 それを見た俺達は何も言わずについて行った。

 

 ゴーカートに乗ってみる。

 やはり子供用だからかシートの周りが妙に圧迫感がある。足は延ばせるがアクセルとブレーキしかないところに伸ばしてるのでうっかり踏んで進んで――――

 

「うわぁやべっ!」

 

 ――――いかないようにしっかりとしないとな。少なくとも俺は。

 元一がアクセルを間違って踏んだらしく先へ進んでしまった。それを見た俺達はため息をつく。

 と、ここで隣で同じく待機状態の力也が俺の方へ向いて「勝負しよう」と言ってきた。

 

「周回レースか」

「その通り。ここは四周するか一時間経ったら終わりだ。だから四周。それをどちらが早く出来るかで競争しようじゃないか」

「別に構わないぞ。ハンデは?」

「いらない。君との勝負にハンデをつけるほど、僕は志が低いわけじゃない」

「悪かった。スタートの合図は?」

「なら裕也に任せよう。君が『スタート』と言ったら僕達の開始の合図だ」

 

 ここで会話に加わってないが同じく待機状態でいた裕也は「マジかよ」と苦笑してから真剣な顔をする。

 

 ここでスタートダッシュを決めて最初のコーナーをイン側に攻めればほぼ勝ちは確定する。

 ゴーカートに乗る前に覚えたコースを反芻しながら、俺はそう考えた。

 

 このコースの全長はざっと四百メートルほど。スタートから二十メートルが直線で、そこから左に曲がる第一コーナーが。

 それを抜けた先はS字カーブが続き、それを抜けてすぐにまた左へ曲がり百メートルほどの直線。それが終わったらスタート地点まで大きく描いているカーブ。それがコースの全容である。

 

「じゃいくか。スタート!!」

「「!!」」

 

 俺達は声に反応しアクセルを踏む。

 反応はほぼ同時。ここからの加速で結果が決まる。

 本気で来いと言われた以上、情け容赦なく圧倒的な差をつけて勝ってやる。そう思いながら、俺はイン側のに覆いかぶさるように車体を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「………………」

「楽しかったなぁ遠足! なぁ?」

「元一。今の大智と力也に言っても絶対反応は返さないぞ」

 

 遠足が終わりバスの中。

 俺と力也は隣同士で座り、互いに顔を合わせずにそっぽを向く。

 その前に座った元一がこちらに顔を出し、それを裕也がたしなめているのが現状。

 

 今の俺の心境は最悪。おそらく、力也もそうだろう。

 なにせ…………

 

「はっはっはっ。お前ら素直に引っかかりやがって。ざまぁネェなァ?」

 

 ……マモンに勝負を邪魔されたのだから。

 正直に言うと、マモンの掛け声で俺達が始めてしまったのだ勝負を。

 俺の圧倒的勝利で終わり二人を待っていると、最初に戻ってきた裕也が「なんでお前ら俺が何も言わないのに勝手に始めたんだ?」と首を傾げて言ってきた。

 は? と二人して目を見開いていると、俺達の背後で笑う悪魔(マモン)の姿が。

 瞬間に俺と力也は誰の声で始めたのか悟り、裕也に素直に謝った。

 

 で、俺達は互いに最悪な気分でバスに乗っている。マモンに乗せられたというのもあるが、合図役の確認をしなかったことに対する自己嫌悪で。

 

「ちっ」

「くそっ」

 

 同じようなタイミングで悪態をついた俺達。だが俺達はそれを気にせず、力也は窓の景色を、俺は通路側の景色――高町とテスタロッサが肩を合わせて寝ている姿を見ていた。

 この二人にその後ろの席に座っている月村とバニングスは、俺達のレース中に応援しだし、それが終わってからも行く先々で大体一緒になるという奇怪な現象を引き起こしていた。

 別にあっちが決めた行動なんで俺は気にせずに普通にアトラクションを楽しんだ。無表情で楽しんだというと元一あたりが「わからねぇよ…」と力なく言うのだが、一応楽しかったのだからいいだろう。

 

 その一つとしてお化け屋敷という定番に何故か俺とテスタロッサが一緒に行くことになり、怯えるテスタロッサが勝手に俺の腕にしがみついてきたりするのを不思議に思いながら見て行った。

 終わった後にテスタロッサが急に顔を赤く染めて離れ、何やら慌てていたが、俺は特に気にしなかった。

 それを見た裕也が「……人ってここまで無表情になれるんだな」と感慨深そうに言ったので、俺は軽い口調で「慣れれば楽だ」と言ったら、何故か女性陣から怒られた。解せない。

 

 また、射的があったのでやろうぜという話になり、各々好きなものをとっていき、俺と力也は例にもれず勝負することになったが、俺が全弾命中させた結果跳弾の嵐が起こり、止んだ時には大きな景品とこまごまとした景品の半分が消えていた。

 まぁ射撃なんて前世で人をヘッドショットするくらい平気でやってからなぁと思いながら、適当にぬいぐるみや適当なものをバニングス達にあげた。力也も全部当てたらしいが、一発で一個らしいので悔しがっていた。

 

 その後も色々あったが、結構『楽しい』ものだった。

 

「……ふっ」

 

 ふと笑ってしまう。先程までの気分が一気に明るくなる。

 

 楽しいというのはやはりいいな。心休める。

 そんなことを考えながら笑っていると、「……大智」と隣から声をかけられたので、笑うのをやめ表情を戻し「なんだ?」と訊ねる。

 

「今回の成績は僕の負けだ。レースはノーカウントだ」

「だろうな」

「だが僕は君に勝つ。君の力を越えていく」

「……いい心がけだな」

「だから君は、僕以外に負けないでくれ」

 

 真剣な口調で言われた言葉に、俺は思わず言ってしまった。

 

「神相手に必ず勝てるなんて思ってないぞ俺は」

「人相手なら赤子の手を捻るようなものだろ。その範疇で言っている。……それに」

「?」

「いくら負けようが、最終的に一回勝てば勝ちという事実が生まれる。そういう事だと思わないか?」

 

 ……なるほど。

 

「つまり負けても勝てばその負けをカウントしないと。随分と傲慢だな」

「傲慢か。そうかもしれないが、僕にとって君は越えるべき壁なんだ。その壁に傲慢さがあった方が、より燃える」

「はっ」

 

 俺は鼻で笑ってから続ける。

 

「俺に更なる付加をつけて己を律するか。本当にお前同い年か? 大人でもやらないだろ」

「僕は世界ではちっぽけな存在だろう。だが、君を越えれば世界一、いやそれ以上の存在として名をはせられる。それを達成させるのだから、生半可な気持ちでやっていない」

 

 だから、君もこれからの勝負を全力でやってほしい。

 

 そう付け足した力也の声は真剣そのもの。まるで果てのない夢を目指す冒険者のような気迫。

 それを受けた俺は、人間らしくニヤリと唇をゆがめてから言った。

 

「後悔するなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰ったが、夕飯も何もないことに気付いた俺はどうすることも出来ずに寝た。

 明日は早朝でコンビニに行かなくては。




いきなりお気に入りが増えたことに驚きが隠せません。

ご覧いただいてる方に感謝を。

ありがとうございます。

次は七夕…です。


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96:七夕

七月七日にやろうと思いましたけど、結局できませんでしたね。


 七月七日。七夕。働かなかった織姫と彦星を改心させるために引き離し、一年に一度だけ会うことが許されてる日である。そこから転じて天の川が見えるその日に笹の葉に願い事を書くと叶うという話ができている日でもある。

 正直俺は信じていない。というよりも、前世で織姫と彦星がその日以外に会おうとするのを阻止した記憶がある。勝手に天の川に橋を架けようとして。

 その時の二人からのパッシングがうるさくて武力で従わせた記憶があるのだが、今頃元気にしているだろうかと思い出してしまうのは、七月の頭だからだろうか。

 

 四年生七月。高町達が学校にいる頻度が相も変わらず少ない時。

 俺はというと、

 

「なぁ大智。頼むっ! ノート貸してくれ!!」

「…少しは自力で何とかすることを覚えろよ、元一」

「何とかやろうと努力してる! だけど俺の頭じゃその努力の方向性を間違えるんだよ!!」

「自分のダメなところを叫ぶな全く。大体、裕也でもいいだろ」

「前に借りたけど大智の方が分かりやすい!!」

「そりゃ悪かったな元一。俺の分かりにくくて」

「うおっ、裕也!」

 

 …………元一にノートをせがまれていた。

 

 確かに今月中旬あたりにテストが行われるのだが、それにしたってもう少し準備をするなり最初から俺に頼るなりすればこんなギリギリにならずに済んだと思う。

 現在は放課後。帰る準備をしている同級生と同じように帰る準備をしていると、元一がいきなり両手を合わせて拝んできたのが事の発端だったりする。

 

 俺帰って夕飯の買い物したいんだけどなぁと思いながら、「また勉強会すればいいだろう」とため息をついて提案する。

 

「おぉそうだな! 頼む!!」

「裕也もどうだ?」

「良いのか?」

「一人増えようが変わらないから別に」

「なら参加しよう。親に怒られるのはさすがに懲りてるからな」

 

 これで元一と裕也は決定。それ以外は俺から動く必要はないから別にいいか。

 

「ならいつからやる?」

「できれば今日から」

「悪い。俺今日野球あるんだ。明日なら大丈夫」

「なら明日からでいいんじゃないか?」

「だな…」

「悪いな」

 

 これで明日からやることが決まった。

 と、肝心の場所が決まってなかったな……。

 

「場所は「ちょっと大智いいかしら?」……場所はどうする」

「いや、バニングスさん話しかけてきてるんだぞおい」

「元一。大智はこういう奴だって知ってるだろ。……そうだな、図書館でいいんじゃないのか?」

「いいか、それで?」

「あ、ああ」

「という訳で何か用かアリサ」

「本当に、あんたどういう神経してる訳?」

「自分達の話題が終わりそうなのに口を挟まれたら無視して終わらせてからの方がすっきりできるだろ。そうすればお前の話に集中して聞くことだってできるし」

「……」

「じゃ、じゃぁな大智! 明日頼むぜ!!」

「世話になる」

「ああ」

 

 元一と裕也を見送り、俺はカバンを手で持って急に黙ってしまったバニングスへ振り向いて声をかける。

 

「大丈夫か?」

「だ、大丈夫よ!!」

「ならいいが。俺に頼み事でもあるのか?」

「頼み事って…訳じゃないけど……」

「どうした?」

「…あんたさ、七月七日の夜って空いてる?」

「知らん。おそらくその日や前日に何らかの騒動に巻き込まれているはずだ。それがどの程度まで長引くかは現時点では想定できない。断ることができなさそうなものを持ち込んできそうだからなきっと」

「……そう」

「その日になんだ。パーティでもやるのか?」

「……えぇ。だから暇そうなあんたを誘おうとしてるの。なのは達だって来るって言ってたし」

「あいにく、祝い事関係の日で俺が暇な日はないんだが」

 

 そう言うとあからさまにバニングスが落ち込んでるようなので、俺はやれやれと首を横に振って訂正した。

 

「暇はないが、巻き込まれる用事を迅速に片付ければその分時間が空くため行けるかもしれない」

「本当ね!? ……ま、まぁ期待せずに待ってるわよ!」

 

 そう言うとバニングスは「また明日ね!」と言って教室を出て行く。

 残された俺は、何をそんなに嬉しかったのだろうかと首を傾げながら、止まっていた作業を再開させて教室を出た。

 

 帰り道。

 のんびりと商店街まで向かっている中。

 ナイトメアが念話で俺に話しかけてきた。

 

『あんなこと言って大丈夫なんですか?』

『まぁ。何が起こるか分からないが、大抵の荒事には慣れてるからな』

『……それはそれでどうなんですかね?』

 

 どうなんですかね? と言われても、前世でそういう類の事しかやっていないのだから返答に困るんだが。

 普通に念話外でそんなことを思案する。

 その間にもナイトメアは念話でぐちぐちと言ってくる。

 

『それは置いておきまして。マスターはどうするんですか? 皆さん管理局に行ってしまわれましたよ? マスターも行かなくて良かったんですか? もしかして』

『何を言ってるんだ。俺が管理局に行けるわけ(・・・・・)がないだろう(・・・・・・)

『え?』

 

 ナイトメアの反応に俺の方がそう言いたい。まさか俺が管理局に所属できると思っていたのだろうか。

 

『普通に考えてみろ。俺のような特異点、しかも実力もすべて一線を画し、管理局を一人で苦も無く潰せるような奴だぞ? そんな危ない奴を傘下に積極的に入れようと思うか?』

『危ない奴だからこそ入れたいんじゃないですか?』

『言っておくが、俺は管理局の思想を受けると思えるか?』

『……それは』

受ける訳がない(・・・・・・・)。おかしいと思ったらすぐさま潰すぞ』

『確かに……』

 

 納得するナイトメア。それに対しもうすぐ商店街に着きそうな俺は『もうすぐ着くから黙ってろ』と言って念話を終了させるように促した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 七夕前日。学校。の、登校中。

 今日も今日とて一人で屋根を跳んでいたところ、半分近くのところで案の定(・・・)見知った奴が現れた。

 俺はその屋根に着地して言葉を投げかける。

 

「なんだ一体。今日は七夕前日だぞ? なんで関係のないペルセウスが来るんだ?」

「いやまぁそうなんだが。とりあえずお前を拉致るため?」

「堂々と言われても予想できていたから驚きも何もないんだが」

「だよなぁ……ところでよ」

「なんだいきなり」

「明日ってお前予定ある?」

「……夜に」

「そうか夜か……」

 

 人の家の屋根に立った状態で腕を組んで思案するペルセウス。俺も人の事は言えないが、とりあえず道路を歩きながらでも構わないのではないかと言いたい。

 とはいってもあちらに何を言おうが聞き入れてもらえる可能性がほとんどないので(あったとしても勝負しろよとか条件を付けられるに違いない)、俺は相手がしゃべるまで待つことにした。

 

「……なぁ」

「ようやくか……なんだ?」

「いや……特に何もないようだから天の川の橋造って短冊の願い見ながら宴会しようぜーって話をメールが届く前に言う気で来たんだが…」

「…予定を口走ってるぞ?」

「まぁ天の川の橋を造りに来いよなってことだ。今から(・・・)

「あぁそう」

 

 拒否権がないことぐらい知っているので、俺はペルセウスが出した回廊に入った。

 

「やけに素直だな」

 

 回廊に入った時にペルセウスにそう言われた。なんか少し警戒しているようだ。

 俺は首を左右に振ってからため息をつき、「最初から拒否権なんてないだろう。断っても強制的に連れて行けるしなお前ら」と厭味ったらしく言っておく。

 

「まぁそうだな……って、さすがにそこまでしねぇぞ!」

「どうだか。今まで俺は何回か強制連行をされているからな」

「……」

 

 露骨に顔を背けるペルセウス。きっと心当たりがあるのだろう。なかったら俺は殴る決意をしただろうが。

 という訳で回廊の中を走る、というか高速で滑りながら、俺達は会話をする。

 

「にしてもどうして前日なんだ? 神様総出なら三秒もかからぬ所業だろうに」

「あ、知らなかったのかよ? 総出でやるわけないだろ俺達が(神様が)。当番制なんだよ」

「で、今年は誰だよ?」

「あーロキに、俺に、白虎に、朱雀に、阿修羅に、弁財天と、臨時でお前」

「……金でるんだろうな?」

「いや。神様がお金なんてもの持ってるわけないだろ。大体これ、帝釈天が取り決めた慈善事業だし」

「なんで七夕に帝釈天が?」

「さぁね。七夕の伝承で一年に一度会うことが許された織姫と彦星だが、どうやって星々……というか、世界間を渡る手段がなかったらしくてな。二人して別々な世界で元気なくし過ぎたのを見た帝釈天が…って感じだと思うが」

「なるほど。さすがに釈迦を助けたと言われてる人物だな。そんでもって俺はなぜ?」

「ロキがふらりとどこか行ってよー。それだけならいいさ。阿修羅の野郎は俺に喧嘩吹っかけてくるから応戦しなくちゃいけないし、朱雀に白虎はまぁぶつくさ言いがならやってるが、弁財天は楽器より重いものが持てないとかぬかしやがってよ」

「そういえばどうやって橋を作るのか聞いてないんだが?」

「それは簡単だ。お前の親父が数百年前に作り出した空間歪曲石を、織姫のいる世界と彦星のいる世界から二人に気付かれないようにこっそりと積み上げるというか、空間に亀裂入れて石をそこに入れて通れる道を作るって寸法。ただし丁度その中に毎年面倒な奴らがいるから本当に面倒らしい」

「それを倒せってか」

「まぁそれもあるけど。とりあえず阿修羅押さえて弁財天を説き伏せてくれればいいかな。ロキの野郎帰ってこないし」

 

 はぁとため息をつくペルセウス。こいつがどうしてまとめ役をやれているのか不思議に思ったが、別段どうでもよかった事案なのでスルーする。

 

 …なんだろうな。意外と簡単な事のような気がするんだが。

 ペルセウスからの指示を聞いて俺は拍子抜けしかけたが、ロキが絡んでいるのを思い出して警戒心を残しておかないとと気を引き締める。

 と、丁度その世界の入り口に来たのか俺の首根っこ掴んでペルセウスは近くの扉に突撃した。

 

「着いたぜ」

「おいペルセウス貴様どこに……! お前は!!」

「おー阿修羅。とりあえずこいつ臨時で連れてきたから」

 

 ペルセウスはついた早々阿修羅に俺を差し出してダッシュで逃げた。

 おい待てと言えるわけもないので、俺は目の前で驚いている阿修羅に片手をあげて「よっ」とあいさつする。

 

 阿修羅の真ん中の顔がしゃべった。

 

「永劫輪廻尊……の元器か」

「久しぶりだなその呼び名。今は長嶋大智だ」

「そうか……で?」

 

 不意に好戦的な視線になる。今からでも俺と戦おうという意思をひしひしと感じる。

 あぁやっぱり戦闘狂か。そんな感想を抱いた俺はため息をついて言った。

 

「橋を完成させるのに邪魔な存在がいるらしいぞ? そいつを倒せばいい運動になるんじゃないか?」

「運動にはなりそうだが戦闘にはならないだろ。私は、命を懸けた戦闘がしたいのだ」

「橋を早く作り終えて邪魔者を倒せば戦ってやろうじゃないか、ペルセウスが」

「ふむ。乗った」

 

 言うと同時に消えた阿修羅。

 

 さてペルセウス。お前を売ったから橋が完成できたら頑張ってくれ。

 罪悪感も感じずに俺は両手を合わせて合掌し、今度は弁財天の下へ行こうとしたが……さてここはどこだろうかと首を傾げることになった。

 

 

 

 

 

 

 時間飛ばして翌日。の昼間。具体的には午後三時ぐらい。

 

 俺達は未だに橋の建造に追われていた。

 

「やっほーそろそろ終わったと思ったから来てみたんだ、け、ど……」

「いたぞロキだぁ!」

「テメェなに逃げてるんだ手伝え!!」

「ちょっ、ペルセウス!? そしてひょっとしてこの子が長嶋大智!? って、痛い痛い痛い腕を握らないでマジで君達の握力化け物じみてるんだから!」

「きやがったな戦犯! 残り二割だからテメェ一人で終わらせろ!」

「私達がここまで来るのにどれだけ苦労したか分かってるの!?」

「って僕一人で二割はさすがにきついよ白虎さん! あと、僕にだって用事があったんだ逃げたわけじゃない朱雀さん!!」

「さっさと完成させてペルセウスと勝負させろ! 結構我慢してるんだ!!」

「え、ちょっとさすがに阿修羅に関して言える義理じゃないけど、大体君のせいじゃないの? ここまで遅くなったの」

「うらぁぁぁ!」

「「「「やめろぉぉぉ!!」」」」

 

 出来の悪いコントみたいに阿修羅を止める俺達。俺はその際魔力を全部解放して止めているが、結構大変。

 ちなみに。ここまで橋の建造に遅れが生じた理由は冷静にロキが突っ込んだ通り、大体が阿修羅の我慢が限界になって石を壊したから。あとは……弁財天が役に立たないからだな。あいつには織姫と彦星の橋ができるまでの言葉の橋渡しをやってもらっていたから(今は疲れ果てて寝てる)。

 俺達は止めながら、動こうとしないロキに叫ぶ。

 

「テメェさっさと残りの部分つくってこい! やり方分かるだろ!?」

「えーでもー」

「良し阿修羅。ロキを穴に放り込んでくれたら白虎も勝負してやるって」

「おい大智! ふざけんなそこはお前じゃないのか!?」

「ごうらぁぁ!!」

「また強くなってるわよ! ロキ!! さっさとつくってきなさい!! そして阿修羅の糧になりなさい!」

「え、それって僕も戦えってこと? それはちょっと……」

「「「「いいからさっさと仕事しろ!!」」」」

「……はーい」

 

 『僕もいろいろ大変だったのに……』そんなことを呟きながらもロキは消え、俺達はホッと息を吐きながらも阿修羅にしがみ続けている。

 現在位置は建造途中の橋の、彦星のいる世界側の端。ちなみに彦星には少し離れた場所にいてもらっている。同様に、織姫も。

 だってこんな文字通りの修羅場に近寄せたくないだろ?

 

「うごぉぉ!!」

「大智! やばいって!!」

「それはわかる!」

「私はもう無理!」

「ちっとはがんばれ朱雀! こいつが解き放たれるぞ!!」

「……仕方がない」

 

 俺はしがみつくのをやめて距離を取り、バリアジャケットを展開せずにその距離のまま阿修羅の腕の一本を殴る。

 

「離れろ!」

「「応!」」「わかったわ!」

 

 俺の言葉に従い三人は離れ、阿修羅は俺へ振り向く。

 

「おめぇか……」

 

 その形相は普段とは違い正に修羅。まぁ普段が抑えているのだから本性はこっちなんだが。

 

 にしてもどうするか……。焚き付けてしまった手前逃げることができないしな…。

 

「まぁ仕方ない。一時的な措置だ。かかって来い」

「うおらぁ!」

 

 一足飛びに襲い掛かってくる阿修羅に動じず、俺は自然体で背後に回った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わったよー」

「「「…………」」」

「って、なんで僕が白い目で見られなきゃいけないんだよ! 二時間で終わらせたのに!!」

「その間に大智が全力で足止めしてくれたんだよ! 感謝しろテメェ!!」

「そうよ! あんたなら一時間で終わったでしょ!?」

「え、ひょっとして大智一人でやってたの?」

「アレに介入出来てたら俺達もタダじゃ済まなかったし、なによりあの二人の被害を抑えるのに精いっぱいだったんだよ」

「ペルセウスはどうしてたのさ」

「俺もあの二人の被害抑えてたんだよ。俺達三人でやっと被害がない状態だ」

「で、二人は?」

「阿修羅は大智の前世の兵器受けて沈み、大智はさすがに徹夜+これで疲れすぎたせいで阿修羅が倒れたのを見てぶっ倒れた」

 

 あー意識が戻ってきたな。なんか阿修羅倒れたのを見た瞬間気が抜けてぶっ倒れたんだったか。

 状況を思考で把握して目を開ける。うつ伏せだったために地面しか見えない。

 脳は正常。体がだるい。目が疲れてるのか瞼がすぐに落ちる。

 ……あぁ。徹夜を押して足止めという名の戦闘を行ったからか。もう橋造りは終わったのだろうか。

 帰るのが面倒だというか俺はこれから帰れるのだろうかと思っていると、誰かに体を起こされた気がした。

 

「――――あ?」

「お~起きてるぜー」

「でも大丈夫? なんか目瞑ったままだよ?」

「「「お前が言うな」」」

 

 知らない声……ロキか。そう言えば弁財天はまだ飛び回ってるのか?

 橋造り終わったからもういいんじゃね? とぼんやり考えていると、なんだか急に体が軽くなった。

 一体誰がと思い瞼を開けて首を回すと、ペルセウスが俺を持ち上げており、朱雀と白虎が両脇に存在し、ロキが離れて「の」の字を書いていた。

 

 …………なんだこの状況。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――疲れた」

『お疲れ様です』

「お~~い! 大智!! こっちだ、こっち! さっさと来てくれ!」

 

 戻って来て午後七時。宮野巡査に見つからないように屋根を飛び回って携帯に着ていた『私の家だから』という素っ気ないバニングスからのメールで目的地へ向かったところ。

 普通に侵入できたために歩いて家へ向かっていると、俺に気付いたらしい元一が叫び、それに反応してそこにいた全員が俺の方を見た。

 こうして、俺は無事にパーティに途中参加した。

 

 なぜか、短冊を書けと言われたのでとりあえず『若くして死なないこと』と真面目に書いたら呆れられたり怒鳴られたりした。

 

 久し振りに高町達と会ったが特に変わっておらず、向こうは久しぶりのせいかテンションが高く俺にやたらと近づいて(おもに高町と八神)話しかけてきた。

 テスタロッサはどこか羨ましそうにしながらも俺にちょくちょく話しかけてきた。

 

 そんな感じの七夕。




ご覧いただきありがとうございます。


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97:変な一日

あと三話で百話ですね……長くなったものです。


 ある秋の事。

 普通に目覚めた俺を待っていたのは、泥酔して潰れた神様達だった。

 

「………」

 

 起きてとりあえずリビングへ来てみたはいいが、何でこいつらここで飲み会していたのだったか……あぁそういえば前々日に「お前の家に明日襲撃する」という短い文章が送られてきたから普通に準備してたんだったか。そんで親父に母親、スサノオに雷神、ミカエルにランスロット、オーディンにトールにロキといったとんでもないメンバーが一堂に会し、俺に料理を作らせ自分達は飲んで騒ぐという頭の痛いことをしていた。

 

 とりあえず目の前の惨状にため息をついて下を向き……気付いた。

 

 視線の位置が、高いことに。

 

「ん?」

 

 思わず顔を上げてもう一度同じ風景を見る。気のせいか昨日より視線が高くなっている。

 

「んん?」

 

 首を傾げ、疑問符を浮かべる。

 一体どうして身長が高くなったのだろうか。俺は昨日何かしたっけか?

 思い出そうとしたがどうにも思い出せず、ただひたすらに料理を作ってキッチンで自分は食べていた記憶しかない。つまり、俺は普通に料理を作って風呂入って寝ただけだ。なのにどうしてこう身長が一気に伸びたのだろうか。

 身長が伸びたことを自覚したが不便ではないのでそのまま洗面所へ向かう。そして窓ガラスを見て驚く。

 

「……マジか」

 

 最近俺は表情が人並みに出てきたような感じなので鏡を見て驚いていることが分かるが、身長が前世と変わらないぐらいになっていた。そのせいで服が短すぎて大変なことになっている。

 急いで俺は親父の部屋へダッシュしたところで……またおかしなことが発生した。

 

 遅すぎるのだ(・・・・・・)。普段の移動より。まるで普通の人間(・・・・・)みたいな(・・・・)速度になっているかのように。

 

 とはいえ服を着替えないことには始まらない。そう思った俺は階段を一段飛ばしで駆けあがって親父の部屋の扉を開け、下着やら服を引っ張り出した。

 

 

「しかし一体どういう事だろうか。身体が前世、身体能力が一般人並とは……」

 

 思わず正拳突きをしてみたくなる。だが速度はなく、シュッと空気を切る音だけ。

 

「……」

 

 これは……まずい。さすがに原因究明して解決しないと。ていうかこれじゃ学校行けない。

 そう思った俺は急いで下におりて全員叩き起こすことにした。

 

「おら起きろ親父」

「ぐおぉぉぉ」

「ちっ。やっぱり威力がないから全然起きない」

 

 椅子に座って寝ている親父を殴ったり叩いたりして起こそうとしているが全く起きないので、ため息を漏らす。いつもなら殴った時点で衝撃がすごいので悲鳴を上げて起きるはずなのだが、全く起きない。

 

「…仕方ない」

 

 椅子を引いて親父を机から離す(結構つかれた)。そこから何とか持ち上げようとして……持ちあがらない。

 

「ぐぐぐぐっ」

 

 畜生結構重いぞこの野郎。浮くことには浮いてるがジャーマンスープレックスかけられねぇ。

 腕の方がこのままだと限界になりそうだったので手を放す。その時、場所が悪かったのかゴスッという音とともに「っでぇぇぇ!」という悲鳴が間近で聞こえたために耳を咄嗟に塞ぐ。

 う、うるせぇ。嫌な顔一つしてはいないが内心でそう思った俺は悲鳴が終わったと同時に耳から手を放して確認する。

 

「起きたか?」

「あぁ起きた……ぜ? ……ん?」

 

 段々と俺の違和感に気付いたらしい。俺を上から下まで見てから、親父は首を傾げて聞いてきた。

 

「なんでお前身長そんなに一気に伸びたんだ?」

「俺にもわからん。後、身体能力が落ちてる。ものすごく」

「どれくらい?」

「親父一人持ち上げられないくらい」

「……どうなってんだ?」

「俺が知りたい」

 

 しかし親父に聞いても無駄なようだ。あとはミカエルにロキにトールにオーディンにランスロットに母親に雷神……って、

 

「親父」

「ん?」

「スサノオは?」

「ん~~途中で帰ったんだったかーよく覚えてない。久し振りの飲み会だからな」

 

 スサノオ以外はここにいた。しかし、スサノオがいつ帰ったのかは記憶にないらしい。

 一体何が原因でこうなったのか。とりあえず片付けと学校に行けないと確定したことにため息をついた俺は、親父と一緒に粛々と食器などを片づけ始めた。

 

 

 

 

 朝七時。少し眠い。が、とりあえず親父に全員起こしてもらう。

 起きた奴らも寝起きと二日酔いで辛いのか頭を押さえてたり瞼を擦ったりしていたが、俺の姿を見た瞬間に瞠目していた(ミカエルに至っては恥ずかしさからかダッシュでリビングから消えた)。

 誰かが口を開く前に、俺は分かっていることだけ口にした。

 

「朝起きたら俺はいつの間にかこんな身長になっていた。その上、身体能力が一般人並に落ちている。俺が寝ている間に何があったのか知らない。スサノオもいない。何があった?」

「いや。俺達も知らないんだが…」

「あーそういえば僕達でなんか騒いで何かやってた覚えはあるんだけど……」

「悪いわね。記憶がないのよ」

「昨日は久しぶりに飲んで騒いだからな」

「私も知らないわ」

「……記憶にない」

 

 困ったことに誰も知らないようだ。学校を休みにしてもらったから構わないが、原因が不明となると究明しなければならず、かといってむやみやたらに行動したところで俺の体力が先に尽きるのは分かりきったこと。

 しかしスサノオはなんで消えたんだろうか。ふと首を傾げてそんなことを考えていると、ロキが「だったらさ」と提案した。

 

「スサノオのところに行こうよ。あの人ざるみたいだからさ、行けば案外わかるんじゃない?」

「誰が?」

「ここにいるみんなで?」

「仕事あるんだぞロキ」

「そうよ」

「お前みたいに暇にならないんだ俺は」

「私はいいけど?」

「オーディンと同じで俺も無理だな」

「わ、私は大丈夫です!」

「同じく」

「俺は……分からない」

「「「「「「「??」」」」」」」

 

 まさか張本人が行けるかどうかわからないというのが予想外だったのか、俺を見て首を傾げる奴ら。それに対し、俺は現状の予想の範囲内で最悪な予想を口にした。

 

「回廊に入って大丈夫だという保証がない。確か入るにはそれ相応の力がないとダメなんだろう?」

「まぁな……でも大丈夫じゃないのか?」

「俺は今まで平然と入っていたが、力がないのと変わらない状態で入った場合を経験してないから分からない。そうなると、あまり入ろうと思えなくなる」

「ていうかさ、魔力は大丈夫じゃないの? いくら体が変わっても、魔力はリンカーコアと直結しているんだよ? だったら大丈夫だと思うけど」

「そうなのか?」

「いや分からないけど……君のデバイス持ってきて魔力解放したら? そうすればわかるでしょ?」

「なるほど」

 

 途中から口を挟んできたロキの言葉に俺はその案があったかと思い至急部屋に戻るが、いかんせん以前とは勝手が違うので、どれほど速く動こうとしても体が重くてかなわない。

 

 数分後。

 俺は首を傾げながら戻ってきた。

 

「どうした?」

 

 代表してオーディンが聞いてくる。俺は、正直に「ない」と答えた。

 

「ない? ちゃんと探したのか?」

「二階全部探したが全くといっていいほどないな。いつもより疲れるし」

「インテリジェンスデバイスでしょ? 声かけたら返事ぐらいするんじゃないの?」

「まったく。名前を呼んだが返事すらない」

「不思議だ……」

 

 まったくだ。ランスロットの言葉に同意する俺。

 う~~んと一同で唸っていると、これ以上考えても埒が明かないと思ったのかトールが「この中から暇な奴らでスサノオのところへ行けばいいだろ。大智は今日一日大人しくしていろ」とため息をつきながら提案したので、そんな運びとなった。

 

 

 

 

 

 

「とはいったものの……暇だな。どうするか」

 

 汗を流しながら筋トレを庭で行う俺。たかが腕立て伏せ100回で腕が使い物にならなくなってきてる気がするが、やめようと思いたくなかった。

 

 が、結局仰向けに倒れ込んで空を眺めることになった。

 

 ……今まで流れた汗が肌にひやりとくっついて冷たい。が、今の状態ではとても気持ちがいい。

 腕が痺れてきたような気がしながらぼんやりと空を眺めていると、「大智く~ん!」と高町の声が。

 もうそんな時間なのか。学校に行かないと決まったからどうでもよかったのだが、わざわざこうして呼びに来てくれるのだから言わなくてはならないのだろう。

 そこまで思って今の格好を思い出し、誤魔化すしかないのだろうかと考え直し立ち上がろうとするも起き上れず、逆に眠気が襲ってきた。

 

「大智君? 居るの!?」

 

 ……呼びかける声が聞こえたが、俺は眠気に負け汗も処理せず外で眠ってしまった。

 

 

 

 どのくらい眠ったのか些か覚えはないが、体が冷えたのを直感して目が覚めた。

 起き上がってから家に入りシャワーを浴びるために風呂場へ向かう。身体が少しだるい気がしなくもないが、まぁ大丈夫だろう。

 服を脱いで洗濯かごに入れたら着る服がなくなると思った俺は仕方がないので先に二階へ上がり、親父の部屋で服を一式また借りる。

 それで着ていた服を洗濯かごに入れ、シャワーを浴び、タオルで拭いてから服を着て昼食を食べようと台所へ向かった。

 久し振りの視線の高さに少し戸惑いながらも時計を見ると午後一時。どれだけ寝てたんだ俺は。

 

 とりあえず昼食を作る。いつも通りの量を作ったが、何故か空腹感がなくならなかったのでもう少し作って食べた。

 

 で、特に何もできない俺は、冷蔵庫の中身がなくなりかけているのに気付き、少し早いが買い物することにした。

 

 

 

 普通に道路を歩く。どうあっても屋根を跳んでいくことが不可能なので、もう地道に。

 

「まぁ特に人と会わないから大丈夫なんだが……」

 

 人の気配がしないことに少し喜びながら歩いていく。意外と遠いことが今判明した。

 不便だな、やっぱり。そんなことを三度思いながら空を見ながら歩き、スーパーについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 疲れた……。

 自分のベッドに寝転がった俺は今日一日の不便さを思い浮かべながら、この姿になった元凶であるロキとスサノオに恨みつらみを思い浮かべながら、ぼんやりと天井を眺めていた。

 久し振りに桃子さん達がやってる喫茶店へ行ってこの姿でコーヒーを飲んでたが、誰も気付かなかったな。すれ違ったりしたというのに。

 ちなみにスサノオ曰く、「宴会中に悪乗りしてロキと一緒にあいつの姿戻してみようぜ」で始まったことで、もうここで宴会するなと文句を言いたくなった。

 

 

 

 次の日になったら、身体能力だけが戻って身長は戻らず、元に戻るまで結局三日かかった。




次は確か五年生の話でしたね。

ご愛読ありがとうございます。


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98:五年・彼女が墜ちた日

この時系列が微妙にわからなかったので、夏辺りだと思ってください。


「疲れた……」

 

 背伸びをして腕を降ろした俺がそう呟くと、隣にいたアリサが不機嫌そうに聞いてきた。

 

「なによ。普段より疲れるようなことしてないでしょうに」

 

 無事に進級して五年。身長が少し伸びただけで終わっている身体的特徴の変化を除けば特に変わったこと――四人ほどあまり学校に来ず、テストの際に俺達を頼る始末なので一回真面目に取り組ませたいと考えている以外――はなく、俺の異世界出勤の回数が少なくなっているためにこうして地球に残っている奴らと一緒に居ることが多くなっているという事実がまぁ、あるだけ。

 

 今も俺はアリサの買い物に付き合わされているのだが、まぁなんか御用達みたいな場所らしく。

 何故か俺はいつぞやに作ってもらったスーツを着て同伴する羽目に。

 で、今終わり。車の中。

 

 俺は隣でそっぽを向いた彼女に声をかける気もなく、今度は欠伸を漏らす。

 

 ……平和だ。平和すぎて退屈(・・)だな。

 

 そう思った頭に、俺は心で得心する。

 

 俺が平和を享受できることは一切来ない。俺の中で闘争と戦闘と労働が根の方に入り込んでいるせいで。

 

「何考えているのよ」

「平和とは次の戦争までの準備期間でしかない、と」

「……本当、物騒な考え方はいつも通りね」

「事実だ。恒久的平和など存在はしない。犯罪や戦争があるのだから」

「あんたって本当に……」

 

 そう言ってため息をつくアリサ。俺はと言うと、ナイトメアが言う文句の種類に関して推察していた。

 ところ。

 

 不意に、両方の携帯電話が鳴った。

 

「鳴っているぞ」

「そっちこそ」

 

 互いにそういって、互いに電話に出る。そのタイミングは一緒だったが、かけてきた相手は当然ながら違い、親父だった。

 

「どうした」

『今何してるんだ?』

「買い物を手伝わされた帰り」

『ああそう。お前何回かなのはちゃんに言ったんだよな? 根詰めるのは意味がないって』

「少なくとも四回は言った記憶があり、言って数日はおとなしかった記憶はある」

「えぇ!? なのはが重傷ですって!?」

 

 隣で驚くアリサの声。それで親父の言いたいことが分かった俺は、「原因は?」と訊ねる。

 

『あー、ガジェットってロボット。本来ならそんなの簡単に壊せてたろうけどな、休むことをせず周りに応えようとばかりしていた結果だろう』

「そうか」

『じゃ、後はよろしく頼む。俺は仕事してるから』

「ああ」

 

 そういって電話を切った時、車はスピードを上げていた。

 

 

 

 

 

 

 病院についた。

 とはいったものの病院があるのはミッドチルダなのでアリサはいけない。なので俺は親父に頼んで回廊を出してもらい、アリサと一緒に向かった。

 で、アリサの方はそのまま病院の方へ向かい、俺は屋上の気配がいる理由を訊ねるために全力で跳んだ。

 

「いやはや。原作の修正力は恐ろしいね」

「暇なのかロキ」

「暇というか、見に来ただけだよ。僕は僕で結構忙しい」

「そうか……ところで、なのはがこうなることは原作通りなのか?」

 

 屋上につくと何やら驚いた顔のロキがいたのでなのはの状態に関しての質問してみると、「そうだね」と肯定した。そして、「君が行けば原作なんてすぐに崩壊するけどね」と付け足すことも忘れずに。

 

 それはそうかもしれないと思いつつ、「あれは自業自得だな」と切り捨てておく。

 

「相変わらず厳しい言葉だね」

「再三注意はした。三年の夏休みに厳しく言った。にもかかわらず調整を軽んじ、休息をなくし、追い詰めるだけ追いつめた。その結果がこれだ。自業自得以外に何がある」

「いや、そりゃそうなんだろうけどさ、君は人のこと言えないよね」

「別に。前世が前世だからな。むしろ、精神力が削られてない時点で休息してると思うが?」

「ああそうだね。前世の方が確かに酷かった(・・・・)

 

 頷きながらそう言うので、俺は自分で振っておきながらすぐさま話題を変えた。

 

「ところで、お前本当に見に来ただけなのか?」

「いやーまぁ」

 

 なぜ言葉を濁すんだろうか。ひょっとして後ろめたいことでもあるのか? それとも……

 などとロキの不審な様子を見ながら思っていると、不意に彼が頭を下げた。

 

「ごめん!」

「何が?」

「なのはちゃんに怪我を負わせたロボット、あれ本当は別な場所に出てくるはずだったんだ!」

「……あ?」

 

 何を言うのかと思ったら、いきなりなのはが怪我をした原因を語り始めた。

 

「あのロボット――ガジェットっていうんだけど、あのロボットは元々ある神様の忘却神具だったんだ! それを知ってたけど不用心に僕が動かしたせいで……!!」

 

 そこまで言われた瞬間俺の中で何かが弾け飛び、気が付けばロキの腹部に全力で右アッパーを入れて空高く打ち上げていた。

 それだけに止まらず、空中に放り出したロキの真上に飛び上がって両手を握って振り下ろし、屋上の床に叩き付けられる直前に追いついた俺はロキを上空へ蹴り飛ばす。

 

 そこまでは意識があったが、それ以降は無我夢中、我を忘れて攻撃した。

 

 

 

 我に返れたのは誰かに止められたから。その誰かというのは、仮面をつけている理事長だった。

 

「珍しいな」

 

 そういわれて我に返る。そして周囲を見渡すが、崩壊したところなどどこにもなく、ただめり込んだ足跡が数か所あるだけだった。

 何があったのか段々思い出しながら振り返ると、そこにはボロボロのロキを担いだ理事長が佇んでいた。

 心がまだ燻っているのか体が構えようとすると、理事長は笑いながら言った。

 

「いつもの君なら『起きてしまったのならしょうがない』というのに。すっかり『人間』らしくなったな。いやはやいつまでも変わらないと思ってるものが変わると、それ自体が真新しく感じてしまうのはいつの世も同じだ」

 

 その言葉に不思議と心がクールダウンしていき、俺は構えを解く。

 解きながら、理事長に質問した。

 

「一体どうした?」

「なに、君が魔力を解放せず肉体のみでロキをこのようにするから君自身がボロボロなんじゃないかと思ってね」

 

 そう指摘され、改めて手を握ろうとすると神経が傷ついているのか痛みが走った。

 

「ぐっ」

 

 その痛みを感じてしまったせいなのか、急に全身へ走り出す痛み。苦痛を伴いながら皮膚は切れ、血が流れ、足は動かなくなり、視界は明滅し、吐血して倒れこむ。

 

「人のことは言えないと思わないか?」

 

 そんなことを言われた俺は、否定も肯定もできずに意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 目が覚めた。というより意識が戻ってきた。

 ところで、意識が戻るという表現はいささかどうなのだろうかと天井を見ながら思考し、ああ、俺入院しているんだなと結論付けて首を横に動かすと、点滴が視界に映った。

 そして結構重傷なのかと思った俺は、けれど体を起こす。

 

 体を起こそうとするたびに走る激痛。色々切れているせいかところどころ力が入らない気がするが無視して起き上がってみる。

 視界にとらえたのは、入院しているはずのなのはだった。

 

 ……同室か。誰にでもわかる結論を出した俺は、無事らしい首を回して周囲をゆっくりと見渡す。

 扉前には誰もいない。気配もしない。

 窓のほうを見るとどうやら夜。何やらノスが窓ガラスをたたいているが、俺は腕に力が入らないので壊すこともあけることもできない。

 

 そのまま見ていると、一瞬姿が消えたと思ったら部屋の中にノスが現れた。

 

「やぁ」

「見舞いか?」

「そんな感じ。魔力なしで神をボコボコに殴れた君の状態を見に来たんだ」

「今思うと俺も不思議だ。咄嗟に手が出たとしか言いようがない」

「へぇ。それは、君が段々と『人間』になり始まった証拠じゃない?」

「そうなのか?」

 

 そう尋ねると「まぁ本人に自覚がないのはわかりきっていたけどね」と暗に俺を貶してから、なのはの方を見てつぶやく。

 

「彼女、リンカーコアに傷ができて魔法が使えるかどうかわからないらしいよ」

「そうか」

「って、一気に不愛想になったね」

「別に。そんな危険ぐらい管理局に入ればあり得るだろと思っただけだ」

「あーなるほど。ま、確かにそうだと思うけどね」

「で、本題は(・・・)?」

 

 そう言うとやっぱりばれたかという顔をしてから、話し始めた。

 

「ロキの過失に関しては特にないらしい。というより、ロキがたまたまそこに居合わせたっていうのが正直な話みたい」

「は?」

「彼が触れて起動した――のではなく、触れたとき(・・)に運悪く起動してしまった。その証拠に、あの壊れたガジェットに、彼の神力はなかった」

「……俺の殴り損だろ」

「ただまぁ、結果的には殴られてよかったのかもしれない。ロキは」

「どうして」

「ガジェットは忘却神具。これはロキがそう言ったんだろ?」

「ああ」

それは(・・・)誰も知らない情報(・・・・・・・・)だったんだよ。置いてあった場所も、起動方法もわかっていたのに、誰が所有していたのかわからなかった――ロキとその本人以外はね」

「……」

「ロキ自身も知ったのはつい最近、適当に入り込んだ研究所で耳にしたっていうだけでそれ以外は知らないの一点張りだけど――おかしいと思わない?」

「だろうな。いくら放浪人でも場所ぐらいはいけば記憶するだろ」

「特に神様なら記憶せざるを得ない。否応でも記憶する。なのに、彼は研究所とこれが忘却神具だということ以外覚えていない(・・・・・・)

「にもかかわらず覚えてない、か……嫌な予感がひしひしとするな」

「そんなわけさ、今回の顛末としては」

「消化不良が否めないが」

「じゃ、またわかったら大智のもとへ行くから」

 

 そう言うとノスは再び眼前から消え、それを見送った俺は痛みと格闘しながら体を倒して寝ることにした。

 

 

 

 

 

 翌朝目を覚まして少しは和らいだ痛みに驚きつつ起き上がると、なのはと視線が合った。

 

「……えっと、大丈夫だった?」

「そういうお前こそ大丈夫だったのか? リンカーコアに傷がついて魔法使えるかどうかわからないんだろ?」

「……うん(・・)、もう取り乱さないよ」

 

 その眼には強い意志が、確固たる意志が宿っていたのを見た俺は、その意味することを検討し、該当する内容を口にしてみた。

 

()、聞いてただろ」

 

 それに対しなのはは視線を外し申し訳なさそうに「……うん」と答えた。

 

 続かない会話。

 

 その均衡を破ったのは、なのはだった。

 

「ごめんね」

「それはなんに対してだ? 俺の注意を聞かなかったことか? それとも話を聞いたことか?」

「どっちも、かな。ちゃんと大智君は注意してくれた。やり過ぎるのはよくないって。でも過信した結果こうなっちゃった。そして、大智君がそうなった原因が私にあるということも」

「俺がこうなったのは俺の責任だ。お前が気負う必要はない」

「優しいね……いつも。本当に」

 

 何かに耐える様に再び俯くのが分かる。それに対し俺は何も言わず、ただ見守る。

 

「……本当に、涙が出てくるほどに」

 

 なぜ泣くのか。その疑問に関して特に答えが出ない俺は、泣き出した彼女を見守るだけしかできなかった。

 

 

 

「落ち着いたか」

「うん……」

 

 タイミングを見計らって声をかけると、元気が少し快復したように思える。

 なら言いたいことを言っておくか。

 そう思った俺は、口を開いた。

 

「なのは」

「何?」

「この傷は考え方次第でトラウマにも教訓にもなる。教訓になれば自分の中で見極めがつき、トラウマになると似たような奴に対し実力が発揮できなくなる可能性がある」

「え? いきなり何の話?」

「肉体的外傷は時が経てば癒える。だが、精神に刻まれたものは考え方次第で深い傷のままになったり成長したりできる」

「……」

「だからお前に言えることは一つ……怯えて後ずさるな。乗り越えて成長しろ。そうすればいつか似たような奴が現れれば救えるはずだ。なにせ、経験したんだからな」

「…………大智君」

「なんだ?」

「結局、何が言いたかったの?」

 

 ……小学五年生で理解ができないのは些かまずいんじゃないのだろうか。

 そんなことを思いながら、理解できそうな言葉で同じことをもう一度いう事になった。

 

 

 

 ……そのお蔭かどうか知らないが、彼女はリハビリを頑張り以前どおりに魔法が使えるようになったという話をわざわざなのはの家の喫茶店の一席で話してくれた。

 以前のような笑顔で話すなのはを見ると「よくやった」としか言葉が思い浮かばなかった。

 

 

 ちなみに、俺が入院してるのが分かった時の反応は、

 

 アリサに怒られ、すずかとフェイトに心配され、はやてに笑われ、ヴォルケンリッター達に何も聞かれず、雄樹に驚かれた。

 

 ……なのはと一緒の病室にいたのに反応が露骨に違うからな……困ったものだ。




次デート…? になります。

ご愛読ありがとうございます。


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99:緩やかな日

とりあえず日常らしい話を。


 秋の休日。

 学校もなく、その前日に両親に呼び出され黄泉の扉からはみ出てきた何かを消滅させる手伝いをさせられ眠って過ごそうと思っていた矢先。

 

「……ふあ」

 

 スーツを着て公園前で欠伸をしながら待っていた。

 

 今更だが、ここ最近のスーツ着用率高いな。一年経ってないのに十回は越えてるぞ。なんで普通に着てるのだろうか俺は。言われたからと言う理由なんだが。

 

 時刻は午前九時半。集合時刻は十時で俺が早すぎたのだが、まぁそれぐらい普通だろうと思いながら再び欠伸をしたが、さすがに眠かったので少しの間仮眠をすることにした。

 

 

 

「……君」

「……ん。あぁ、フェイトか」

「もしかして、眠っていたの?」

「少しな……」

 

 肩を揺さぶられて目を覚ました俺は腕を伸ばしながら呼び出した本人――フェイト・テスタロッサを見る。

 いつもの格好とは違い(大体制服)、そこはかとなく大人っぽさと言うか母性を感じさせるというか。同じ黒を基調とした恰好なのに、性別の違いか雰囲気も違う。……そこは経験した過去の違いか。

 まぁともかく。結構新鮮である彼女の姿を見た俺は、正直に感想を述べた。

 

「いつもとは違って大人っぽいな。正直驚いた」

「ありがとう……だけど、それってどうなの?」

「受け取り方は自由だが、昨日の夜に電話で起こして用件だけいって切れた説明をしてくれないか?」

「え、えっと! あ、あの……」

 

 用件を聞いただけなのにいきなり顔を赤くさせまごまごし始めるフェイト。

 これは教えてもらえなさそうだなと思った俺は、周囲に知ってる気配がしたのでとりあえず面倒ながらもメールをしてからフェイトに「とりあえずどこへ行くか知らんが、歩くか」と促し、手をつかんでこの場から離れるように歩くことにした。

 

 

 

 

 

 

*フェイト・テスタロッサ視点

 

 久々にとれた休み。たまにしか(ごくたまに仕事してる時に見かけるけど)会えない長嶋君を周りの人(なのはやはやてや姉さん)に後押しされて一緒に出掛けようと誘ってみた。……誘うというか、恥ずかしくて一方的に用件を言っただけなんだけど。

 

 母さんに服を選んでもらって色々と考えてたら約束の時間になりそうだったから急いで行ったら、件の長嶋君が立ったまま眠っていた。

 その立ち姿一つでも絵になっていることに心臓が高鳴りを覚えながら、私は彼を起こして――――

 

「ね、ねぇ長嶋君! ど、どこへ行くか決まってるの?」

 

 今彼に手を握りしめられながら引っ張られる形で歩いています。正直心臓の高鳴りがさらに早くなってる気がします。

 だけど彼は顔色変えないまま「決まってるわけないだろ」と言ってそのまま歩き続けるので、私は止めました。

 

「と、止まって長嶋君!」

「分かった」

「キャッ」

 

 いきなり止まったので脚をもつれさせ転びそうになる私。だけど、それを彼は抱きとめてくれた。

 優しく、それでいて不思議と心が安らぐ。彼と一緒に居ると自然とやる気が出てくる。

 そう思いながら思わずスーツを握っていたのか、長嶋君が「これ高いからシワがつくと戻すの面倒なんだが」と困惑しながら言っていたので、我に返った私はパッと離して俯く。

 

「ご、ごめん」

「いや別に……それより」

 

 長嶋君が何か言いかけた時、彼の携帯電話が鳴ったので言いかけた言葉をやめ画面を見たと思ったらすぐさま閉じて何事もなかったように質問してきた。

 

「どこへ行くか決まっているのか?」

「え、ええっと……」

 

 慌てて行こうと思っていた場所を思い出そうとするけど、どこへ行きたかったのかが思い出せなくて更に慌てる。

 色々考えてたはずなのにどうして思い出せないんだろう。そればかりかさっきまでの行動ばかり思い出してしまう。

 段々と言う事もなくなった私は気が付けば「ごめん。忘れちゃった……」と漏らしていた。

 

 きっと不機嫌になったんだろうなと思いながら俯いていると、「なら今日は適当に日が暮れるまで歩きまわるか。その方が休息にもなるだろう」という言葉が聞こえたので顔を上げると、長嶋君は行こうとしていたところだった。

 

「待って」

「どうした? 行く場所でも思い出したのか?」

「えっと……それはまだだけど」

「なら行くか。こうしてウジウジ考えるよりはるかに休みっぽい(・・・・・)

「あ……」

 

 そう言われて長嶋君の提案の理由が分かった。

 休みなのだから特に縛られずに過ごす――悩むことに時間を費やして落ち込むなんて意味がないと言いたかったのだ彼は、きっと。

 

 本当にやさしい。それでいてさりげない。

 

 だから私も彼に惹かれてるのかな。そんなことを思いながら、少し前で立ち止まってこちらを見ている彼に追いつき、「行こうか?」とさりげなく腕をつかんで訊ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 さて。とりあえず腕を組まれながらこうしてぶらぶらと歩いているわけだが、視線を感じるのはなぜだろうか。一応なのはは美由希さんにはやてと雄樹はアインスさんに連絡し、アリシアはプレシアさんに連絡して連れ戻してもらったのだが……あぁいたな。

 

「ねぇ長嶋君」

「ん?」

「あのお店入ってみない?」

 

 指さした方向を見ると、『七福神の何でも屋』と書かれた看板があったので、すぐさま携帯電話を開けたところ――――

 

「ちょ、おい俺らちゃんと、普通に、誠実に、商売やってるだけだぞ!? お前普通に誰か呼ぼうとしてなかったか!?」

「え?」

 

 ガラッと勢いよく扉を開けそう捲し立てる男を見てフェイトは目を丸くするが、俺はため息をついて言った。

 

「いくら商売繁盛の神だからって自分で商売するなよ」

「しちゃ悪いかっ!」

「しかも流行ってるのか?」

「流行ってるね! 主に幽霊たちで!!」

「そりゃ商売にならないだろ……」

「えっと……長嶋君、ひょっとしてこの人」

 

 フェイトが恐る恐ると言った風に質問してくると、目の前の男が遮って答えた。

 

「そうだ俺達が神様だ!」

「今一人しかいないだろうが」

「ツッコむなよ大智!」

 

 やたらテンションの高い男――布袋。その出てるお腹を叩きながら、「で、彼女連れて何しに来たの?」と聞いてくる。

 布袋の言葉に顔を赤くしたフェイトを対処せず、「なんで幽霊ばっかりになるんだよ」と話を進めておく。

 

「いやそれが、俺達神様って力抑えても基本的に人にスルーされて……お前の親父たちに聞きたかったのに仕事で出ないとか言うから仕方なくここにいる幽霊の世話することにした。主に除霊で」

「じゃぁ入るの止めるわ。じゃぁな」

「え、ちょっとマジ? 人間としての客第一号なんだよお願いだから入ってくれ!」

 

 肩をつかみ放してくれない布袋。とっとと立ち去りたいのだが、必死なのか力が緩みそうにない。

 くそ横暴すぎるとか思っていると、復活したフェイトが「入ってみようよ」と言ってきたので。

 

 仕方なく中に入ることになった。

 

「いらっしゃ……って大智の隣に女だと!?」

「マジか!」

「マジか!」

「マジか!」

「マジか!」

「マジなようね!」

「……テンション高いなお前ら」

「ははははっ……」

 

 初めて人間のお客が来たからか、それとも既知の人物が予想外の状況になっているからか。

 おそらくその両方だろうがそれにしてもテンションが高いと思いながら、俺は「なんでもやってどこまでできるんだ?」と質問してみる。

 すると入って最初に驚いていた男――大黒が、「基本的に願掛け程度だな!」と空しい答えを言ってきたので俺は素直に言った。

 

「店の名前変えろ」

「ひどくねっ!?」

 

 まさかいきなりそんな感想を言われると思わなかったのだろう。大黒は落ち込んでしまった。

 相変わらずメンタル弱いなとか思いながら、「どうする?」とフェイトに話を振る。

 

「どうするって?」

「願掛けしてみるか?」

 

 「うーん……」と何やら考えていたようだが、頷いたので「おい大黒。フェイトが願掛けしたいってよ」と言って財布から六万ほど抜き取ってカウンターに叩きつける。

 俺の行動に驚くフェイトと金を見て血相を変えた大黒の両方に何か言うべきかと思いながら大黒の方を見ると、「良いぜっ!」と最高にいい笑顔で了承した。

 

 ……本当、俗物だよな。

 そんなことを思いながら、大黒たちに願掛けの方法を戸惑いながら教えてもらっているフェイトを静かに見ていた。

 

 

 

 

 

「またなー」

「♪」

 

 機嫌がよくなったテスタロッサと一緒に店を出た俺。

 そのままぶらぶらと歩いていると、見回り中なのか自転車に乗っている宮野巡査と遭遇した。

 

「お、坊主。ガキの癖にスーツ着てるのかよ」

「巡回中なのに大丈夫なのか?」

「地域の子供と喋るのも立派な職務だ……お前には必要なさそうだが」

「職務怠慢だと思われるんじゃねぇぞ」

「はっはっはっ。何言ってやがる」

 

 そう言っただけで俺達はすれ違った。

 

「ねぇ今の……誰?」

「巡査。俺の親父の知り合い。一時期俺の看病してくれた」

「そうなんだ。……長嶋君ってさ、大人の人と知り合い多いよね」

 

 すれ違った後にフェイトが質問してきたの答えると、すかさずそう言ってきたので「大人に交じって仕事してるお前らより少ない」と言っておく。

 

「そうかな……案外知ってる人たちとの交流しかないから少ないよ」

「なら俺は親の知り合いが多いだけだ」

「でもすごいよ。大人と混じって普通にできるなんて」

「お前らもやってただろ」

「どうしても遠慮とか、しちゃうから……」

 

 再び落ち込む。やってしまったと思った俺は、昼過ぎだという事実を思い出してフェイトに「昼食べに行くか」と言って手をつかんで再び歩き出した。

 

 

 

「ちょ、ちょっと、どこに行くの?」

「いいからついて来い」

 

 質問を封殺しながら歩くこと少し。

 俺は目的地へ着いたので足を止めてフェイトに紹介した。

 

「ここは親父の知り合いの一人が経営している店だ」

「……すごい豪華そうだけど、大丈夫なの?」

「問題ない」

 

 そう言って俺は手を握ったまま店の中に入る。

 

「いらっしゃい大智。今日は珍しいじゃないか」

「心が穏やかになる料理二つ」

「分かった。席はカウンターでいいね?」

「ああ」

「え、え?」

 

 入って早々に注文し、困惑してるフェイトに説明せず近いカウンター席に座る。その時に手を放すと、彼女も倣って席に着いた。

 ぐるりと見渡してから俺は奥で料理しているだろう店主に聞いた。

 

「相変わらず昼にやってることは知られてないのか」

 

 すると、奥から「まぁね!」と返ってきた。

 

「えっと、ここは?」

「俺の親父の知り合いの一人で、休日は昼間からやっているレストラン。夜は大人の待ち合わせ場所の定番」

「そ、そうなんだ……」

 

 何かおかしなことを言ったせいか知らないが急に声が小さくなるフェイト。チラリとみると、なぜか俯いていた。

 

 ふむ。変なことを言ったわけではないのだが……そう思っていると、「はいお待ちどう。心が穏やかになるスープ二つ」と言って店主が笑顔で出してきた。

 

 そのスープの香りをかぐだけで心が穏やかになるのが分かった俺は、「本当にすごいな」と称賛し、スープをスプーンですくい、口に入れる。

 

「どう?」

「……ああ。とてつもなく穏やかになる」

「良かった。ところでお嬢ちゃんはどうかな?」

「え、あ、はい」

 

 我に返ったフェイトは慌ててスープを一口含み、しばらくしてから「ほぅ……」とこれが本当に気の抜けた顔だと言わんばかりに気の抜けた、それでいて可愛らしい顔をした。

 

 その事をあえて指摘しない俺は、普通に「ご飯くれ」と追加した。

 

 

「またねー」

「ああ」

「ごちそうさまでした」

 

 店主に見送られながら店を出た俺ら二人は、歩きながら料理の感想を言い合った。

 

「スゴイおいしかったよあのお店」

「だろ。去年両親に連れてかれて食べて以来ちょくちょく行ってる」

「そうなんだ」

「ちなみに俺は一人でしかここに来たことはない」

「え……」

「だからフェイトが初めてだな」

「うそ……私が、初めて……」

 

 そう呟いて立ち止まってしまったのでどうするべきか考える気がなかった俺は、フェイトを抱きかかえ――いわゆるお姫様抱っこ――てその場で跳躍し、屋根から屋根へ跳び移ってずっと気になっていた気配を撒くことにした。

 

「ちょ、ちょっと長嶋君!」

「舌噛むぞ少し待て」

「キャッ!!」

 

 そんな叫び声が聞こえたが無視し、俺は更に跳び上がって海の方へ向かった。

 

 

 

 

「っと」

 

 海が見渡せる遊歩道みたいな場所に降り立った俺はそのままフェイトを下ろす。

 

「ど、どうかしたの?」

「いやなに。急に海が見たくなっただけだ」

「海……そういえば、夏休みに海行こうって話し合ったけど結局行けなかったよね」

「ああ二年連続でな」

 

 そう言うと「今年は長嶋君のせいじゃないの?」と恨めしそうに言ってくるので、視線を逸らす。

 実際その通りで俺が神様連中に拉致られたからなのだが。

 

 俺が視線を逸らしたのがおかしいのかクスリと笑う声がした後、「ここって私となのはが決闘した場所なんだよ」と唐突に昔語りを始めた。

 

「そうなのか」

「うん。久し振りに来たけど変わってないよここは」

「だろうな」

 

 互いに顔は見ず、ただ視線は海に注がれる。

 晴れているおかげで海はキラキラと輝いてるように見え、季節外れの入水をさせる気になる。

 と、隣にいたフェイトが「ありがとう」と不意に呟いた。

 

「どういたしまして」

「……普通、『何が?』って聞いてくるんじゃないの?」

「別にいいだろ。フェイトが礼を言いたい何かを今日俺がしたという事実があれば」

「……やっぱり大智(・・)は…………」

「ん?」

「なんでもないよ♪」

 

 そう言って見せた笑顔は年相応だが――とてもかわいかった。

 

 

 

 

 

 ちなみに。帰りに最初の方にはやてとなのはとアリシアと雄樹がいたこと、途中からアリサとすずかが後をつけていたのでそれを報告し、翌日その全員が帰るときげっそりとしていたのは、自業自得だとしか言えなかった。




次で百話になりますが、小学六年生になります。

ご愛読ありがとうございます。


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100:六年・夏祭り

百話目になりますが、まだ日常です。あと二十話近くはそうですね


「次、上段蹴り左」

「がっ!!」

 

 時間帯的には夜。

 スサノオに頼んでこの空間を作ってもらい、ここで俺はあの時から――三年の春休みの時から毎日のように行っている――稽古(・・)を今もしていた。

 

 いつも通りに放たれる加減した蹴り。いつもと同じコースをなぞっているのに、未だに雄樹は避けられずにいた。

 吹っ飛んだ方向を見ずに俺は「銃弾、弾雨」と呟く。

 

 すると眼前の上空から銃弾が一面に降り注ぐように落ちていく。

 

 その速度はまさに銃弾が発射された時の初速度のまま。

 ドドドドドドッと地面が揺れるほどの衝撃が加わっている中、俺はその場から動かずに腕を上に伸ばす。

 

 ガシッ

 

「え?」

「甘い」

 

 振り下ろされた剣(・・・・・・・・)をつかまれたことに驚いてる彼をそう評価し、俺はそのまま地面に叩きつけ、少しバウンドしたところを右足で蹴り上げる。

 

「ぐふっ」

 

 そのまま雄樹は宙を舞い、どこも動かずに地面に落下した。

 

 

 所要時間わずか三分ジャスト――それが今回の組手の結果だった。

 

 

 

 

「起きろ」

 

 回復魔法をかけて雄樹に呼びかける。ちなみにバリアジャケットを展開していない。

 

「う、うぅ……」

 

 うめき声を上げながら彼は目を覚まし、俺の顔を見て「…どのくらいだった?」と質問してきたので、三分ジャスト、と答える。

 

「まだ三分しか持たないのか……」

「ちなみに速度だけ(・・・・)ならフェイトは俺の事をとらえられるんじゃないか? もちろん、俺が魔力を使わない状態で、だが」

「あぁ、小五までの君のハンデね。あれでも十分僕達魔導師を凌駕してるから困りものだよ」

「今じゃ、なのは・フェイト・はやての三人相手だと負けることはあるがな」

「それはそれで十分脅威だよ……でも、だからこそ師事する意味がある」

 

 そういうと雄樹は起き上がり、俺を見てニヤッと笑う。

 

 ――そう。以前ランスロットに瞬殺されたこいつは俺が戻ってきたその日に「僕は強くなりたいんだ」と電話越しで頼み込んできたのだ。

 

 当時の事を思い返しながら俺は、「あの時からは強くなっているが……実際まだまだだな。あいつらも、お前も」と評価する。

 すると雄樹も真面目な顔をして頷いた。

 

「そうだね。大智がいない時に偽神や忘却神具をもった人を相手取るときは『まだまだだ』って痛感するし」

「倒せるだけ御の字だと思っておけ。偽神相手の場合は」

「知ってるよ。僕達の死力を尽くしてようやく倒せる相手ばかりだからね。みんなそれを思い知らされているよ」

「ならいいが……ランスロットとの稽古はどうなっている?」

「未だに本気を出してもらってないね。『……死線を潜り抜けてこそ本気になってやる』って」

「あいつらしいな」

 

 そう言って俺は小石を上空へ投げる。

 それを見た雄樹は警戒心をあらわにし、構える。

 

 そして小石が地面にぶつかった時、俺達の姿は一瞬(・・)消えた。

 

 

 

 

 

 

「……フェイトさんってこんな景色に慣れているんだね」

「お前それ何度目だよ」

「いややってみると本気で何度もそう思うんだよ」

 

 地面に倒れ息を整えながらそう呟く雄樹に対し、俺はため息をつきながら「言っとくが、これを戦闘が終わるまでキープし続けなければ負けるぞ」と言っておく。

 

「…マジ?」

「ああ。特に雷神とか」

「……つくづく遥か上だと理解させられるね」

 

 そう言った後、俺らは誰ともなく沈黙する。

 

 この空間はスサノオが作った精神体を映し出し、リアルにダメージなどを反映させる場(起きた時の)。

 息一つ乱れていない俺は、ナイトメアに話しかけた。

 

「ナイトメア」

『……なんですか』

「お前、最近不機嫌そうだが……どうした?」

『本気で言ってるんですか!? 本気で言ってるんですね!?』

「お前ちょくちょく使ってただろ」

『魔力解放だけですよ! バリアジャケット展開なんて一体ここ数年何回あったと思います!?』

「……四回?」

『そうです四回です! 暇なんです! 私もリインフォースⅡみたいになりたいとどれほど思った事か……!』

「そもそもカートリッジシステムすらないがな」

『そうなんですよね! なんか特別製で迂闊に手を出せないって言われましたよね!!』

「……ここまでハイテンションになるのデバイスって」

『いえ、俺はなりませんが』

 

 ふむ。元気になったようだな。

 半ば自棄になっているナイトメアの言葉を無視し、俺は雄樹に話しかける。

 

「さて、次はレアスキル活用講座だな」

「……え? 前のドラゴン造れで終わりじゃなかったの?」

「戦闘編だ。いかに細かい扱いができるか実戦形式でやるぞ」

「嘘でしょ?」

「本気だが?」

「「…………」」

『でしたら私バリアジャケット展開させてもいいですよね! ね!?』

「げ」

「何やら了承もなしで展開されたが……まぁいい。来いよ」

「どんなムリゲーだよっ!」

 

 やけくそ気味にそう叫びながらもしっかりと周囲に氷の粒をバラいたのを確認した俺は、右手に持っていた太刀を地面に叩きつけて砂煙を発生させた。

 

 

 

 

「すっきりしたか?」

『ハイッ!』

「僕はもう精根尽き果てかけてるよ……」

 

 ナイトメアが俺の指示なく勝手に魔法を使いまくるのでそのまま放置して数分。

 見事に白くなりかけている雄樹と、機嫌がよくなったナイトメアが存在していた。ちなみに俺も多少疲れている。

 

 と、ここでふと思ったことを雄樹に訊ねた。

 

「今年の夏祭り行くのか?」

「えっと……たぶん」

「あと二日だぞ?」

「そういえばそうだったね! 道理ではやてが最近『今年こそ絶対に休んだる!』と意気込んでた訳だよ!!」

「かくいう俺も、一昨日オーディンの手伝いで狂信者どもを殲滅してる最中になのはからの電話で知った」

『バリアジャケット展開せずに二人で万を越える人たちを制圧してましたけどね!』

「……もうツッコミを入れる元気もないよ」

 

 そういうと雄樹は自然と消えて行ったので、俺も目を瞑ってこの空間から消える感覚に身を委ねた。

 

 ……言い忘れていたが今は夏休み。宿題なんてもらったその日に終わらし、今じゃ神様のパシリ同然になっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、夏祭り。

 着物や浴衣がないのでとりあえず売っていた甚平を着て神社へ向かっている。ちゃんと甚平買ったぞ。

 

「……帰ったら家で飲み会やってないだろうな」

 

 祭りの雰囲気に充てられてこっちに来て飲み会やってそうな予感がしたので呟いてみる。が、不安要素が増えただけだった。

 今更だが小学六年になり、身長も百六十ぐらいに伸びた。元の身長に戻るまであと数年と言ったところだろう。その際は前世より動きやすくなっているのかもしれない。

 

「よぉ坊主。お前の両親は仕事か?」

「それがどうした巡査」

 

 神社へ向かっていると下駄に浴衣姿で警官帽をかぶっている宮野巡査と遭遇した。何ともミスマッチな姿だった。

 両親が仕事だと分かると、彼は「あーマジか」と頭を掻き始めた。

 

 何か困ってることでもあるのだろう。

 そう思った俺はそのまま素通りしようとしたところで、肩をつかまれた。

 昔は巡査も大きいと思ったんだがなと思いながら、「厄介事を押し付けるな」と先手を打っておく。

 しかしそれは無視された。

 

「頼む。ちょっと機械直してくれ」

「は?」

「話は歩きながらでいいな」

「お、おい」

 

 こうして俺は連行された。

 

 こちらとしても一応約束があるから困るんだが……

 

 そんな言い分は、当然のごとく無視された。

 

 

 

 

「これだ」

「あー確かに無理そうだな」

 

 固まっていたアリサ達に気付きながらもスルーせざるを得なかった俺は、巡査に連れられた場所にある機械を見て呟く。

 作ったのはきっと親父。少しでも楽させたいと思っての事だろう……この、太鼓をたたくロボットを。

 壊れた箇所は暗いから良く分からない。巡査がライトを照らしてくれているから全貌は分かるが、どこも壊れた箇所は見当たらない。

 

 となると内部か……センサー類やそこら辺が壊れてるのかもしれない。

 そう判断した俺は何とか解体しようとした人の工具を使い、解体し始めた。

 

 結果。

 

「ダメだな。壊れてるというかパーツが劣化して反応しづらくなってるみたいだ。おまけに動力部も少しガタが来てるときた。応急処置をしても例年通り動けないと思うぞ」

「マジか……それじゃ今年は人を立たせなきゃいけないのか……」

 

 冷静に状況を述べたところ巡査が呟く。

 

 普通は人が立つんじゃないのかと思いながら「巡査がやればいい」と案を出す。

 

「いや俺巡回あるから無理」

「その警官帽はフェイクで今日は非番だろ?」

「非番でも巡回するんだよ」

「逃げたな……っていうか、この事を神主に言ったのか?」

「今から言うさ」

 

 そういうと巡査は走り去ったので、器用に走り出すものだと思いながら親父に電話してみた。

 

『もしも』

「親父が作ったロボットが動かない」

「なんだとっ!?」

 

 用件を言ったらすぐに声が聞こえたので視線を向けると、倉庫の屋根の上に親父がいた。

 電話を切った俺は親父に向かい、「これだこれ」と指をさすと、すぐさま近くに来て「あーマジだ……」と言ってから思いっきりバラバラ(・・・・)にした。

 

 ……。

 

「な」

「あー予想より早く動かなくなったなーまったく困ったものだー待ってよろーいま完璧に作り直してやる」

「……ああ」

 

 棒読みでそんなことを言いながらも手が尋常じゃないくらいのスピードで動いている。それに比例してロボットがまた一から組み立てられていく。

 

「はい完成」

「……今度から直せる物作れよ」

「それは無理。じゃな! 家で飲んでるから!!」

 

 ……不安が的中し、目の前の問題が解決されたのに、何故か俺は取り残された気分だった。

 

 

 

「あんたさっき警察官の人に連れて行かれてたけど……何かあったの?」

「聞くな……泰然とできなかっただけだ」

「「「「??」」」」

 

 とりあえず親父が直したことを報告しお役御免となった俺は、待ってくれていたアリサ達と合流した。

 現在のメンバーは地球組。アリサ、すずか、アリシア、アインスさん、鮫島さん、アルフ、元一、木在、力也、裕也に俺。

 

「とりあえずはそろったわね」

「雄樹から『遅れるかも』ってメールが届いたから先行っていいんじゃね?」

 

 当然のように仕切り始めたアリサに、なんかもう色々感覚がマヒしたのか普通にため口になった元一。

 そんな二人を見ていると、アリシアが小声で「一緒に回らない?」と聞いてきた。

 

 今更だが、本当に今更だが、アルフと鮫島さん以外の外見もそれぞれ変わった(鮫島さんに関しては変わらない理由が謎)。

 力也は今までよりさらにカッコ良くなり、身長も俺には及ばないが伸びた。というか身長に関して全員伸びている。

 裕也は野球少年のイメージがさらに強くなった。元一は少し体格がよくなり、外見だけできる少年に。

 女性陣はまぁ……成長してる。どうでもいいことだが。

 

 アリシアの誘いに、俺は肯定も否定もせず「こんな大所帯で移動する気か?」と言っておく。

 

「確かにそのとおりね……じゃあ、二組に分かれるわよ」

 

 その言葉を皮切りに全員拳を握り、一斉に振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし良かったのか?」

「何が?」

 

 露店を見ながら階段を上っていると、不意に裕也が呟いたので尋ね返す。

 すると力也が「バニングスさん達の事」と言ってきたのでさっきの反応を思い出した俺は「じゃんけんは意思疎通の問題だろ」と答えておく。

 

「そういう問題かね……」

「大智君、そんなこと言ったらダメだよ」

「ですね」

 

 そして木在とアインスさんに注意される。ふむ。良く分からん。

 

「……結構親しくなったと思うが」

「彼女達には同情したくなるね」

「「はい」」

 

 ……?

 

 良く分からない事なので、俺はそれ以上考えることを放棄した。

 

 

 

 射的、金魚すくい、輪投げ……力也と勝負する奴に大人げなく全勝した俺は、景品を大量に抱えていた。

 

「金魚は飼えないから戻したが……これらをどうするか」

「くっ! 僕はまだまだだ!!」

「いや、力也は力也で結構おかしいから。お前ら二人で金魚すくいやって金魚が一匹もいなくなるってどういう事だよ」

「アレはヤバかったな……四匹差で何とか勝てたし」

「……水梨さん、あの二人はいつもですか?」

「はい……」

 

 力也は力也で結構持っているが、俺が大きさも含めて数があるので持つのが非常に面倒。

 今頃きっと屋台の奴ら俺らを警戒しているんだろうなと思いながら境内に着いたのでそこに生えている木まで近寄って荷物を置き、息を吐く。

 

「結構持ちにくい」

「まったくだね」

「お前らだけだろそりゃ……」

「そう言う裕也君も、それなりに持ってる……」

「大智君に関わった男の人ってみんなこうなるんですかね……」

 

 女性陣、特にアインスさんが変なことを言ってた気がするが聞かないふりをして空を見上げる。

 今宵は月が綺麗だ。となると、打ち上げられる花火もさぞ綺麗なモノだろう。

 そんなことを思っていたら丁度祭囃子が聞こえたのでその方向へ向くと、櫓を囲んでる人たちが踊っているのが見えた。

 

「音頭か」

「踊りに行くか?」

「私は、いい……」

「僕も遠慮する。大智との勝負で集中力をだいぶ使ったから」

「私は……」

 

 そう言って後から何も言わないので振り返ると、何か躊躇っているようだった。

 …………。

 俺はすぐさま携帯電話を取り出し、電話を掛けた。

 

『もしもし大智? 今からそっち向かうから』

「分かった。親父に言っておく」

『え?』

 

 電話を切ってすぐさま親父に電話する。

 

『はいはーい』

「酔ってるところ悪いが雄樹たちをすぐさま俺がいる場所まで飛ばしてくれ」

『りょうかーい』

 

 言ってすぐに雄樹・はやて・ヴォルケンリッター・フェイト・なのはが現れ、周囲にいる全員が驚く。

 困惑している中、俺はアインスさんに言った。

 

「はやてと一緒に行ってきたらどうです? 久々の家族団らんで」

「あ……」

 

 俺の意図が伝わったらしく驚くアインスさん。頭を下げてから次いではやてに向く。

 

「はやて」

「なんやアインス?」

「一緒に、盆踊りしません?」

 

 そう言って櫓の方を指さす。

 それを見たはやてはすぐさま笑顔になって「せやな! どうせならシグナム達も一緒に踊ろうか!」と言ってアインスさんの手を引き始める。

 

 それを見た俺は、マモンの「随分とまぁ人間らしくなってるなぁおい」と言う言葉を無視し、とりあえずとった景品の中で喜びそうなものを配っていった。

 

 

 

 

 

 

「……なぁ力也」

「なんだい?」

「今晩泊めてくれ」

『え?』

 

 祭りが終わり、帰る頃にそんな一幕があって色々おかしくなった結果アリサの家に泊まることになり、色々と気まずい中夜は更けていった。




ご愛読ありがとうございます。


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101:始まりの欠片

これはある意味での遭遇。


「……なぁ大智」

「…どうしたシグナム」

「……すまない」

「……別に」

 

 後ろから聞こえるシグナムの弱弱しい声にそっけなく返しながらも振り返らない俺は、窓の外の惨状を見ながらどうしてこんなところに来たのかを思い返した。

 

 

 

 

 

 

 六年生の春の事。

 俺は雪女が住む世界で普通に散歩していた。

 

 理由は単純で、原初神であるアイテールの管理する世界に呼ばれたからだ。『なんか変な存在が現れたみたいだからちょっと見て害悪だったら駆除してね。彼女達も迷惑してるみたいだから』と言って。

 俺以外にいないのかとある種反抗的な思考を抱いたがいないだろうなと割り切って、卒業式だというのにこうしてきた。

 

 で、ナイトメアを装着して魔力を解放せずにそのままぶらぶらと歩いていたところ、世界の住人である雪女と遭遇し話を聞く。

 

 なんでも、そいつ(・・・)が現れるのは夜らしい。一人で出歩くとそいつが襲い掛かって来て、雪の耐性があるせいか攻撃してるのに返り討ちにあってるとの事。

 

 姿に関しては夜と吹雪のせいで視界が悪く誰も見てないとのこと。

 

 幸い死亡した奴はいないそうなので話を聞けると言われたが、よそ者、それも男が里に行くのはなんとなく遠慮する気持ちが強いので彼女を里の前まで送り届けてから調査するために一人歩いていた。

 

「吹雪いてるな……」

『よく寒くありませんね……』

「鍛えてるからな」

『そう言う問題なんですかね……?』

 

 そんな会話をしながら適当に歩いていると、前方から人の気配がしたので立ち止まって警戒しておく。

 

 ……こちらへ向かってくる。足音が段々大きくなっているからそう考えられる。しかし遅い。

 寒さにやられているのかそれとも怪我を負っているのか知らないが、後者だったら相当マズイ。

 そう思った俺は柄にもなく近づくことで正体を知ることにした。ところ。

 

「……大智、か」

「……シグナム? 大丈夫か、お前」

 

 肩を抑え足を引きずりながら呼吸が荒いシグナムだった。どうやら怪我でもしているようだ。

 今にも倒れそうな彼女を見た俺は少し考え、それから大分加減して鳩尾を殴る。

 

「がっ」

 

 血を吐き出させず余計なダメージを与えないように殴って予定通り倒れ込んだ彼女を担ぎ、俺は来た道を戻ることにした。

 

 

 

 で、雪女の集落に戻って小屋を借り、こうしてシグナムを看病している。小屋を借りたいと素直に言ったらすぐさま都合してくれたのが引っ掛かり、その上ちらちらと小屋の中でもわかる視線の数に首を傾げ――ずに納得した。

 

「そう言えばこの世界、男ってそんなにいないんだったな」

 

 アイテールから受けた説明が正しければ、この世界は氷に覆われ、雪女の独壇場となったことから男の数が減っているとか。そのせいであまり見かけない男に興味津々なんだとか。

 だとしたら俺の頼みを聞いてくれたのもうなずける。めったに見ない性別を近くに置きたいのなら、小屋を貸しておけばしばらくここに居られるのだから。

 

 しかしこの世界暖炉はないんだな。まぁ木々も凍ってるし当たり前か。

 何かあった時用のバックの中から取り出した小型温風装置を、シグナムが寝ているベッドの近くに置いて起動させる。

 一応家の地下室にある材料で作り改良してきたものだから、それなりに自信はある。馬鹿みたいに温度は高くならないし、二時間で切れるようなバッテリーでもない。温度調節は0.5℃単位、バッテリーは四十八時間もつ。

 

 ま、親父だと四年とかのバッテリー作れるんだろうけどな。

 そんなことは置いといて。

 

 体を冷やさないためにシグナムを温めておく。怪我をした上にこの寒空の中歩き続けていたのだから、体力の消耗は激しいだろうし、風邪を引いてるのかもしれない。

 回復魔法は一応かけておき傷はないが、先程以降寝てしまったのか眼を閉じたまま。

 

 なら別に起こさなくていいか。

 そう思った俺は、携帯電話で地球の時間を確認してお昼を食べることにした。

 

 

 

 

 

 

「……う、うぅ…」

「ああシグナム。起きたか」

「…大智? なぜここに?」

「お前を運ぶ前に遭遇したんだが?」

「……確かに覚えがある。が、なぜここにいるのかは知らない」

「そっちこそ。今日は卒業式だろ。なんでここにいるんだ」

 

 昼を食べて外の景色を眺めながらバックの整理をしていると目を覚ましたようなので、軽い世間話をしながらここにいる理由を訊ねる。

 

「私は仕事だ。その事ははやてにも言ってある」

「そうか。ちなみに俺は呼び出された。変な生物がいるって話を聞いて」

「私もだ。この世界に強大な力を持った何かがいるから調査しに来て……襲われた」

「やっぱりな。で、相手はどんな奴だった?」

 

 そう訊ねるとシグナムは「……少女だった」と間を開けて答えた。

 

「少女? 間違いじゃないのか?」

「ああ。おそらく神様の類だろう。プレッシャーがペルセウス並に強く、見つけた瞬間にこの様だ」

「……そうか。回復したらここの里の奴らに礼を言って帰れよ」

「大智はどうする気だ?」

「確かめてくるさ」

「…すまない」

「謝るなよ」

 

 そう言って俺はバックを背負って小屋を出た。

 

 

 

 

「しかし吹雪いてるな……」

『ですね。もう夜なんじゃありません?』

「だろうな。そしてシグナムと出会った延長上を歩いてるが……遭遇しないな」

『暇ですね』

 

 そんな会話をしながらシグナムが歩いてきたと思われる道を突き進んでいると、悲鳴が聞こえた。

 

「なんだ?」

『動物ですかね?』

 

 気になった俺は悲鳴が聞こえた方向へ歩き始めた。

 

 木々を避けながら歩くこと数分。

 悲鳴が聞こえたあたりに着いたと思える光景を目の当たりにした。

 

「これは……」

『グロいですね……』

 

 見つけたのはここの原生物であろうクマの死体。顔はぐちゃぐちゃに潰されており、腕や胴体は食い千切られた跡が。血は出たらしいがすぐさま凍ったのか、そのままだった。

 おそらく生きたまま食い散らかしたのだろう。そう考えられることに特に何も感じず周囲を見渡そうと思ったところ、視線を感じたのでバックを下ろしてナイトメアに魔力解放を指示する。

 

「Bランクまで解放」

『はいっ』

 

 そうして魔力が漏れ出した瞬間。

 

 俺は全力でその場から離れ(・・・・・・・・・・)いた場所が爆発した(・・・・・・・・・)

 

「チィッ! ナイトメア、全開放!!」

『了解しました!』

 

 相手を見誤ったことに対し舌打ちして俺はさらなる指示を出し、飛んでくる赤い槍(・・・)を避け続ける。

 

 くそっ。一体なんだこいつは!

 

 予想外に焦りながら魔力が全開放されたのが分かった俺は攻勢に出る。

 

「うおぉぉぉ!!」

 

 飛んでくる槍を最小限の動きで躱しながら三歩で距離を縮めた俺は、次を投げようとするラグの間に全力で――それこそ勢い任せの一撃を――右ストレートをお見舞いした。

 当たった場所はおそらく腹。避けてはいないだろうから大ダメージになっていたに違いない。

 吹っ飛んだ先が雪の煙のせいで見えない。よく正体を見なかったが、おそらく女だったはずだ。

 その場で構えながら煙が晴れるのを待っていると、先程までと違う『何か』が視線の先から発せられたので思わず距離を取る。

 

『どうしたんですか?』

「いる……」

『居るって?』

 

 質問してくるナイトメアを無視し睨み続けていると、声が聞こえた。

 

「見つけた……【狭間人】。忌々しき、因果を持つもの」

 

 見えた姿は少女。おそらくシグナムが襲われたのはこいつ。

 だが声が異様に低く、憎らしい感情をぶつけてきていた。

 そいつの不気味さにいつ攻撃されてもいいように間合いを取っていると、不意にそいつは首を傾げた。

 

「違う……」

「?」

 

 思わず構えを解いたが、そんな隙などお構いなしにそいつは「違う」を連呼した。

 

「違う。お前じゃない。私をこんな風にしたのはお前じゃない。だがお前も【狭間人】。だが違う。一体お前は誰だ。あいつの仲間か。あの忌々しい因果を持つものか」

「……何の話だ」

 

 そいつから膨れ上がる感じたことのある力を受け、慎重に言葉を選び訊ねると、「ならいい」と少女は背を向ける。

 

「私と【狭間人】の間にある忌々しい因果はそのうちお前をも絡め捕る。その時まで精々平穏に暮らすことだ」

 

 そう言ったと同時。その少女の姿は吹雪に消え、残ったのは戦闘痕だけだった。

 

『なんだったんでしょう』

「さぁな。だが、あれは間違いなく偽神の発する力と同じだった」

 

 そう言うとナイトメアは驚く。

 

『本当ですかっ!?』

「ああ。それだとあいつがどうしてあんな風に行動できるのが不思議だったりするんだが」

『……何かあったんですかね?』

「あるいは、あいつが成功作(・・・)だったか」

『え?』

 

 俺がそれとなく呟いた言葉にまさかと言ってくるナイトメア。

 

 そうだったらいいなと思い、俺は携帯電話を取り出した。

 

 

 

 

 

 ……ああ、卒業式には結局出れなくて当たり前のように怒られたな。




次から中学生になります。

ご愛読ありがとうございます。


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102:中一 入学式

八日ぶりに投稿します


 卒業式を終えて春休みを怠惰に過ごそうとしてもなのは達からの誘いや神様達のパシリをやっていたらそれどころではなかった。

 で、春休みが終わり、俺達は中学生になったのだが……

 

「……まさか入学式であいつらが来ないとはな……」

「そう言うあんたは卒業式に来なかったじゃない」

「人の事言えないよ大智君」

「アリサにすずかか。同じ学校なんだな」

「エスカレーター式なのにわざわざ別な学校受験するのも面倒だしね」

「大智君と一緒に居る日々も楽しいし」

「あっそ」

 

 今は中学校のクラス。大体同じメンバーなので特に緊張するということはない。

 いつも通り窓際の席を陣取って暇潰しに窓ガラスを見ていると、アリサやすずかの他に近づいてくる気配がしたので見向きもせずに話し掛けた。

 

「どうした元一。料理ちゃんと出来る様になってから」

「ああ。おかげで家族も安泰、俺も料理するのが楽しくて色々な料理を作ってる……って、なんでわかった?」

「窓ガラス。あとは言わなくても分かるだろ力也」

「そりゃね。窓に反射した僕達の姿が見えればすぐにわかるだろう」

 

 そう言うと力也が「今年こそ君に勝つ」と言ってすぐさま離れた。

 それを聞いた俺は去っていくのを窓ガラス越しに見ながら「やれやれ」と呟く。

 

 それをどういう意味にとらえたのか、アリサが頷いた。

 

「変わってないわね、あいつ」

「俺だって大元は変わっていない」

「大智君結構変わったよ?」

「だから大元だって言っただろう。根源的なものが変わってないのだからいくら精神が変わろうが俺の無表情さは変わらないのと同じだ、あいつも」

「……さっぱりわからねぇ」

 

 いつも通りの会話をし、いつも通りにその場にいる全員が戸惑った反応を見せていると、「おっはよー」と明るい声が教室中に響き渡る。

 俺以外はその声に反応し、声の主へ向いて「おはよう」と返事をする。

 そんな中俺は、窓の外の景色を眺めながらあいつら元気にやってるからなぁと柄にもなく心配した。

 

 中学生になったからと言って特に周囲に変化は……あったな。

 

 まず元一。あいつは小学五年の頃に両親が離婚しかけた原因の料理を教えてくれと頼んできたので、小学五年と六年で基礎らしきものをすべて叩き込んだら料理好きになった。それにつられてなのか、木在の料理も改善されていった。

 

 次に力也。あいつは家が金持ちだからか、テレビで紹介された。『天才』と称されて。

 事実、俺と競っていたせいかあいつはあいつで勝負したものすべてが一流の域に達していた。小学六年あたりで。

 自分の事を超一流と称するわけではないが――そもそも身体能力からして隔絶があるので勝負が分かりきってることが多いが偶に迫ってくることがあるので(加減して)、そんじゃそこらの人間と一線を画しているには違いあるまい。

 おまけにマモンがあの手この手で邪魔してくるのをはねのけて俺と勝負するのだ。その気概がどこかなのはと似てる気がするが、唯一ちがうのは無理をしないでここまで来たという事だろう。本当天才だ。

 なお、力也のファンクラブは普通に存在し、あいつの容姿も相まって世界から色々注目されている。

 

 裕也は……野球部のエースになるんじゃないだろうか。俺とよくキャッチボールしてたし、クラブチームを優勝に導いた立役者になったらしいし。

 まぁ勉強に関しては元一と一緒で相変わらず微妙なところだが。

 

 アリシアとフェイトは未だにアルフとプレシアさんと一緒にここで暮らしている。偶にプレシアさんが管理局で研究する時アルフと一緒に行って学校に来ない時もあるが、フェイトより学校にいるのでよく話している方だったりする。成長に関してはフェイトの方がいいのかもしれん。

 

 アリサはまぁ……カリスマ性が上がったんじゃないだろうか。なんとなくそんな気がする。あと、何かにつけて俺を使う様になった。

 

 すずかは……機械が好きだという事実を知った時にうっかり『家に工房みたいなのがある』と口走って以来ちょくちょく来ては地下室で作ってる(俺は指導役みたいなもの)。外見と雰囲気がかみ合わないのになんとも思わないのはやはり俺の感覚がマヒしてるからだろうか。

 

 はやてと雄樹? あいつらは普通に結婚するんじゃないのか? そんな雰囲気を小学生から醸し出してたから。

 ちなみにアインスさんは管理局でデバイスの研究をすることが多いらしく、家はグレアム提督が借りてる。リーゼ姉妹と一緒にのんびりしてる姿を目撃した時の気まずさと言ったらなかったな。

 

 んで、なのはだが……まぁ元気だな。色々と重圧はあるようだが。エース・オブ・エースとか呼ばれているらしいから。

 恭也さんはすずかの姉――忍さんと一緒に世界を旅しているのだとか。異世界ではなく、普通の地球と言う枠の中での。

 美由希さんは翠屋に就職したんじゃなかったか。その際料理ができないという欠点があったとかで元一と一緒に教えた記憶が……あぁ、シャマルも一緒だったな。

 

 宮野巡査は未だに交番勤務だが、事件解決率が高いお蔭で人気がある。殆どが勘で解決してるらしく、「いやー昇給はされたけど苦い顔されてたな」と巡回中に遭遇した巡査がそんなことを言っていた。

 

 ……こんなものか。

 

 俺は相変わらず神様のパシリ同然だがめっきり減ったので、日々の鍛錬と夜の雄樹の稽古と魔法の練習しかしてない。偶になのはやフェイト、はやてやヴォルケンリッターの稽古を神様達にお願いしたり、家での宴会の料理を作ったり、アリサに付き合わされたり、すずかに機械の使い方や構造に関して講義したりぐらいしかしてないな。

 

「もぅ。無視しないでよ大智君」

「……悪かったなアリシア」

「…本当に悪いと思ってるの? っていつも思うんだけど」

「少し眉が下がってるから悪いと思ってるわよ、きっと」

「だね」

「え、良く分からないよ」

 

 俺もだが。顔の表情なんて笑顔以外だと焦ったりするぐらいしか出ないと(あと怒り)思っているのにそんなことを言われるなんて。

 内心で驚いていると、アリサが「今度は驚いてるわね」と言い当てる。

 

「良く分かったな」

「そりゃ、伊達に三年間一緒に居ないわよ」

「そうだね」

「いや、俺は分からなかったんだが」

「私も分からなかったよ」

 

 分かったのはアリサとすずか。分からなかったのは元一とアリシア。

 おそらく付き合いの密度の違いだろうとあたりをつけた俺は、廊下側から歩いてくる人の気配を感じ取り「先生来るぞ」と言って再び窓の景色に視線を移した。

 

 

 

 

 

 

「祝! 大智の中学校進級~~!! イエーー!!」

『『『イエーー!!』』』

「……帰って早々」

 

 入学式がつつがなく終了し帰宅した俺がまず聞いたのは、両親が音頭を取る声と、それに呼応してコップを打ち付ける音だった。

 それだけで何が起こるのか分かった俺はこめかみを抑えながら二階へ上がる。

 

『お帰りなさいマスター』

「ただいま。いつからあいつらは?」

『ほんの五分前でしょうか』

「……速いな」

 

 準備して実行するその速度が。

 まぁ法則適用するにはいささか理不尽な存在達なので適用するのが間違っているのだが、それにしたって。

 ハァッとため息をついて鞄をベッドに投げ、制服から着替えた俺はカバンの中から一枚の用紙を取り出して机に置こうにもパソコンが陣取っているため出来ない。

 とりあえずパソコンの上に置いておき、一階に行くと何があるのか分かりきっているのでベッドに座って天井を見ながら不意に漏らす。

 

「……将来か」

『進路ですか?』

「まぁな。なのはたちは決まってるから問題ないだろうし、それぞれやりたいことがあるだろうが……俺は特にな」

『そうなんですか?』

 

 意外そうな声を出すナイトメア。

 それに対し、俺は現状の思考をそのまま言葉にする。

 

「前世じゃ戦争ばかりしてて人員不足だったから医者も兵器開発も自分達の手でやった。というか、それ以外にやる事がなかったから考えることがなかった」

『でも買い物とかしてたんですよね? 売ってる人を見てなりたいとか思わなかったんですか?』

「いや。『頑張ってくれ』と声援を受けてたから特に」

『……でも、今は戦争ありませんよね』

「あったらそれこそ止めるけどな……で、現状は特になりたいものがないというか神様のパシリで世界自体を飛び回っているから考えられない」

『あー……』

 

 納得してしまったナイトメア。意味が理解できたようで何よりである。

 

「かといって起業するのもな……」

『起業? やりたいことあるんですか? 考えられないとか言ってたのに』

「お前偶に毒吐くな……やりたいことというか、ちょっと考えたんだ」

『何をです?』

「管理局は異世界の監視及び犯罪者たちを追っている。だけどその世界で起きたことに関してはほとんどやらない。そしてここはちょくちょく異世界から人間が来る」

『神様も来ますけど』

「まぁそうだが……犯罪者以外に異世界に来る奴らだっているだろ? それに、今後俺達の中で異世界に行きたいとかいう奴らがいるかもしれない。そんな奴らのために何かしてみるのもいいかなと」

『……なるほど』

「それを行うには起業が手っ取り早いんだが……起業申請するの面倒だからやりたくないし、高校卒業しないと出しても突っ返されそうだからあんまり」

『だったらそれ書けばいいじゃないですか』

「魔法とか異世界とかの説明するの面倒だから書けないんだよ」

『……あ、それもそうですね』

 

 また納得してくれたナイトメア。

 ならどう書くか……なんて少し考えたが未来は不確定だと思い至った俺は『未定』と大きく書いてそんな悩みを終わらせた。

 

『いいんですか?』

「理解できなければそれでいいさ。俺が構想を決めていれば」

『時折無自覚にそんなセリフ出ますよね……』

 

 ナイトメアのその言葉にそうか? と首を傾げながら解決した俺は騒がしい下の様子を見に行きたくないので、気配を消してこっそりと外へ出た。

 

 

 

 

「うぅぅぅん」

 

 外に出て背筋を伸ばす。無用に先の事を考えたせいか、体が硬くなった気がする。

 

「あ、大智君! ちょうどよかった」

「どうしたなのは? お前管理局じゃなかったのか?」

「うんそうだったんだけど……早めに終わってね」

「?」

 

 体を解そうと屈伸をやり始めたところになのはが塀から顔をのぞかせたのでどうしてここにいるのか尋ねると、何やら嬉しいけど複雑な感じを漂わせていた。

 

「何があった?」

「えっと……なんか向かった先々で犯人が伸びてたからそれを回収したらやる事なくなっちゃって」

「……」

 

 その原因をすぐさま推測できた俺はちらっと家へ視線を向け、何事もないようにふるまうことにした。

 

「良かったな」

「そうなんだけど……ひょっとしたらと「良かったな。休めるぞ」……うん、そうだね」

 

 何やら釈然としてないようだが俺はスルーし、「で、戻ってきたけど結局入学式終っててどうするかと外に出たら俺を見かけたから声をかけた、と」と話題をずらすことにした。

 

「まぁそうだけど……大智君、メール読んでないの?」

「メール?」

 

 言われて携帯を取り出し確認する。

 最新メールが親父の『宴会やってる』で、二番目がアリサからの『翠屋に来なさい』。

 

「……お前の家結構繁盛してるな」

「そうかな?」

「ま、行くか。今からだと怒られるの確定だけど」

「はははっ。そうだね」

 

 自分も怒られるのを想像したのだろう。なのはは若干声を上ずらせて答えていた。

 

 まぁ面倒なので、俺は塀に上ってから電柱を駆け上がり「先行くぞ」と上から言って屋根へと跳んだ。

 

「ずるいっ!」

 

 跳べないのが悪い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅いわよ大智、なのは」

「ごめんアリサちゃん」

「進路を考えててメールに気付いたのがついさっきなんだが」

 

 とりあえず翠屋に着いた俺となのはは、一角を占拠している代表格であるアリサに当然怒られた。それを見たフェイトは苦笑し、すずかはアリサを宥める。

 アリシアは我関せずでケーキを食べていて、雄樹とはやては互いに隣通しに座り何やらやっているので無視。

 

 と、俺の言葉に何を思ったのか、アリサが聞いてきた。

 

「進路って、決まってるのあんた」

「いや? 構想自体はあるが、どこかで歯車がくるってしまいそうだから口にしないだけだ」

「それを決ってるっていうのよ……」

「え、決まってるの大智?」

「ひょっとして、うちらと同じ管理局にようやく決心したんか!?」

「なんでそうなる」

 

 はやての言葉を即座に否定しながら空いてる椅子に座る。

 露骨にテンションが下がった二人を無視し、俺は続けた。

 

「俺は白を黒、黒を白と言う組織に入るつもりはないし、捕まえようものなら誰であろうと容赦はしない。組織自体を叩き潰す」

「「「「「「……ああ…………」」」」」」

 

 何かを想像したのか納得する六人。アリシアは関係ないと云う様に「シュークリーム追加お願いします!」と注文していた。

 

「大智君は何かあるかい?」

「コーヒーでお願いします」

「いつものだね」

 

 アリシアの注文に顔を出した士郎さんが俺の注文も取りに来たらしいので、いつも通りの注文をしておく。

 そして、黙っている六人に「ちなみに俺が管理局に入ったらまず間違いなく爪弾きにされて上司の不正暴いて上層部を大体追放する」と付け足す。

 

 ……更に空気が重くなった。

 

 おかしいな。ここはツッコミが入ってもいいはずなんだが。

 

「どうした。冗談だぞ?」

「いや……」

「あながち冗談じゃなさそうね」

「せやな」

「「「うん」」」

 

 本気でやるほどそこまで管理局をウザったいと思ってないのだが……。そう言うと更に空気が重くなるんじゃないかと予想できたので、桃子さんが持ってきたコーヒーを飲んでみんなの回復を待つことにした。

 

 

「そういえば」

「ん?」

 

 回復し、談笑しながら昼(とは言えないが昼)を食べていると、何かを思い出したのかアリシアが呟いた。

 

「大智君ってミカエルさんとどうなってるの?」

「「「「!!?」」」」

「どう、とは?」

 

 質問の意図がはっきりしないので尋ね返すと、はやてが「そんなのきまっとる」といってから説明した。

 

「あんたとミカエルさんが付き合ってるかどうかや!」

「…………」

 

 ドヤ顔の自信満々で俺を指さして言うので、しばらく視線を向けてから静かにコーヒーを飲む。

 その反応で何を勘違いしたのか「キスしたんか!? なぁ!?」と絡んでくる。

 俺はコップをテーブルに置いて静かに息を吐き、言い切った。

 

付き合うってなんだ(・・・・・・・・・)?」

「……へ?」

「大智、それ本当に言ってるの?」

「至って真面目だ」

 

 その言葉に雄樹は頭を抱え、はやては固まり、他は絶望した表情を浮かべていた。

 同じ男だからかそれほどショックがなかった雄樹は「あのね」と前置きしてから説明してくれた。

 

「付き合うっていうのは、僕とはやてみたいな関係なんだよ」

「あぁそういえばそうだったな。で?」

「君、ミカエルさんとどうなったの?」

「特に何もないが? というかたまに会うがそんな話一切しないが? 何やら体を近づけさせることは多々あるが?」

「う、わぁ……」

「難敵どころちゃうでこりゃ……」

 

 ふむ。なぜこの二人も頭を抱え始めたのだろうか。

 周囲の反応に首を傾げていると、「とりあえず奥へ来たらどう?」と桃子さんが手招きしたので、動かない皆を置いて俺一人向かった。

 

「大智君って鈍感ね」

「…そうですかね?」

「そうよ」

 

 そんな会話をしながら厨房で調理の手伝いをする俺。と言ってもメニューにあるお菓子を作ってるようなものだが。

 俺が未だに首を傾げていると、桃子さんが笑いながら言った。

 

「あなたはなのはの事が好き?」

「……嫌いではありません」

「じゃぁみんなの事は?」

「同じです」

「みんなと離れたいと思う?」

「必要とあれば。と言っても人生じゃ別れたり合流したりの連続ですけどね」

「じゃぁ必要ないのに別れることになったら?」

「割り切ります」

「そう」

 

 何故かあちらの方が黙ってしまった。

 俺は作っていたお菓子を完成させ桃子さんを見る。

 

「どうかしましたか?」

「好きってなんだと思う?」

「……?」

 

 作業する手を止めてまで聞くようなことなのだろうかと思っていると、再び質問してきたので少し考えて「分かりません」と答える。

 すると桃子さんは分かっていたのかつづけた。

 

「それはね、どうしても離れたくないって思えたり、心配したり、怒ったり、そんな気持ちを抱かせるものなの」

「はぁ」

「大智君もなのは達の事を心配したり怒ったりするでしょ? それが好きってこと」

「……そう言うものですかね」

「そうよ」

 

 そう断言する桃子さんを見て、それもそうかもしれないと納得する。

 ならば俺も……等と考えていると、「じゃ、あと何個か作りましょ?」と言ってきたので、黙ってうなずいて作ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、管理局の仕事が早めに終わったのは飲み会に参加する神様の仕業だという予想は当たっていた。帰ったら出来上がっていた親父たちの会話を聞いていたら、な。




大体六話ぐらいで中学生が終わり、そこから十話近く高校生だった気がしなくもないです。

ご愛読ありがとうございます。


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103:食事

偶にはこういうのもいいと思います


『もしもし?』

「……なのはか。どうした夜に」

 

 夜七時。夕飯を食べ終えた俺は食器を片づけてからパソコンである論理を書いていると、不意に携帯電話が鳴ったので休憩がてら取った。

 声だけで相手が分かったので用件を尋ねると、『明日さ、私休みなの』と切り出された。

 

「学校来い」

『勿論行くよ! で、なんだけど、日頃のお礼にお弁当作らせてくれない?』

「……俺のか?」

『うん!』

 

 なぜ弁当を作ろうといきなり言い出したのだろうか。まさか俺を殺す気か?

 最悪な考えが頭をよぎったのですぐさま首を振って忘れ、「どういう風の吹き回しだ?」と警戒心を隠しながら質問する。

 するとあちらは慌てだした。

 

『え、えっと、と、ひ、ま、毎日、じゃなくて、いつもお世話になってるからそのお礼に!』

「……そうか」

 

 何を隠してるのか知らないが、本人は感謝をしたいらしい。

 ならば別に構わないだろうかと思ったが、一つ懸念される材料があったので聞いてみることにした。

 

「お前、明日急に呼び出されたりしないのか?」

『……うっ。そ、そこは大丈夫だと思う!!』

「心配だな」

『…………そ、それで、作ってもいい?』

 

 先程より間があった。一体どうしたのかと思いながら少し考えて「別に構わないが」と言っておく。

 

『本当!?』

「ああ」

『分かった! 絶対に弁当作ってあげるから!!』

 

 そう言って電話を切られた。

 

『弁当作ってもらえるなんていいご身分ですね』

「日頃の礼だと」

『……本当にそれだけだと思いますか?』

「じゃないのか?」

『……マスターはもう少し好意に関する機微を感じ取った方がいいですよ』

 

 そんなまっとうなつぶやきを無視し、俺は書きかけの理論を進めていった。

 

 

 

 

 

 次の日。

 

 普通に起きた俺は普通に朝のトレーニングをこなし普通に朝食を作ろうとリビングへ入ったところ。

 

 何故かテーブル一杯に料理が並べられていた。

 

 いや誰かいるのは分かったんだが、まさか朝食を作るために不法侵入――

 

「ってお前か、ミカエル」

「おはようございます、大智様」

 

 ちらっと視線をキッチンへ向けるとミカエルが調理道具を洗っていたところだった。

 

 ここにいる意味が分からないので俺は正直に聞いた。

 

「どうしてここにいる? そして何で朝食作ったんだ?」

「ふと作りたくなりました」

「……お前らってよくそれで逃げようとするな」

 

 深く考えるのが面倒になったわけではないが、もう少し真面目な理由があってもいいんじゃないかと思いつつ「この前もそうだったよな」と呟く。

 

「この前、ですか?」

「俺が聞き込みしてたのにお前すぐにホシ捕まえただろ。お前が頼んできたあれ」

「あれは……あなたが女性ばかりに声をかけるから……」

「あれやるんだったら俺不要だったよな?」

「いえ! 大智様がいなかったら迅速に解決できませんでした!」

「そうか……あの時のお前何かすっきりしていたしホシがボロボロだったからストレス発散に使ったのがばれずに済んだのか正直心配だったが……」

「つ、使ってません!」

 

 洗い物を終えたのか蛇口を閉めてから反論してくるミカエル。

 きっと怒られたんだろうなぁと思いながらしょうがなく席に座ろうとしたが、これほどの料理の数を作るのに消費した材料はどこから来たのかと言う疑問にあたり、椅子に手を掛けた状態で俺は彼女に訊いた。

 

「おいミカエル。この料理の材料どこから持ってきた」

「どこって、冷蔵庫(・・・)ですけど?」

「……」

「それが、キャッ」

 

 至急確認したいことができたのでミカエルをどかして冷蔵庫の中身を確認した結果。

 

 見事に中身が(・・・・・・)なくなっていた(・・・・・・・)

 

「おい。なんで一食で冷蔵庫の中身が全部消えるんだ」

「大智様なら食べるのでは?」

「食うかよ! 俺一人であんな量はさすがに食ったことはない!!」

「食べれますって!!」

「その根拠のない自信はなんだ! 大体、何で勝手に上り込んでやがる!!」

「お父様たちから許可はいただきました!」

「今すぐ出て行けぇぇぇ!!」

 

 朝から疲れるほどの怒声。正直言ってこんなやり取り今まで数回あるかないかなのだが、はっきり言ってこちらに一切の情報がないと苛立ってしまうのはどうなのだろうかと今更思った。

 

 人生にて最も多いことは何か。それは、前触れ無き事柄。

 それは当たり前なのだから苛立つのは意味がないと思うのだが、どうも俺はそこがダメらしい。

 ……一番の可能性として食材を全部使われたことに対してだと思うのだが、それを言うと小市民を際立たせてしまう気がしたのでそっと思考の隅に置いておく。

 

 

 そしてミカエルは俺の怒声に心底驚いたらしく、らしくもないフラフラな足取りで、らしくもない泣き崩れそうな顔で、「……え?」と聞いてきた。

 冷静になってはいるが許せるかどうかと訊かれると許せないので、黙って外を指さす。

 

「う、うわぁぁぁん!!」

 

 そのまま泣き出して外に出て行ったらしいミカエル。すぐさま気配が消えたので、おそらく回廊を出したのだろう。

 

 ちらっとつくられた料理を見る。

 どれもこれも豪勢に見え、さながら一流シェフが作ったのかと錯覚するぐらいの盛り付けがされている。

 

 とりあえず一皿食べてみるか。そう思って近くにあったみそ汁を飲んでみた。

 

 

 

 

 

 

 結果。

 

「まさかあそこまで不味いとは思わなかった……」

 

 流石に薬品耐性があるおかげで吐きはしなかったが、後味どころか味として成立してないだろという料理の数々だったので、全部捨てて燃やした。

 

 なのでほぼ空腹の状態で学校へ向かっている。コンビニへ寄ろうにも先程のせいで時間を食ってしまい、寄り道が難しい時間帯になってしまった。

 

 くっそ。次来たらどう怒ってやろうか。そんなことを思いながら、俺は学校についた。

 

「珍しいな、大智がギリギリなんて」

「腹減った……」

「は?」

 

 元一が珍しそうに言うので机に突っ伏しながらそう答えると、なんか間の抜けた返事をされた。

 実際珍しいんだろうな。俺がこうしていることが。

 周囲のざわめきを聞きながらそんなことを思っていると、「一体何があったんだよ」と聞いてきたので、簡潔に説明した。

 

「料理下手な奴に襲撃を受けて材料無駄にされた」

「……ひょっとして、昔の木在みたいなやつ?」

「ああ」

「うわぁそりゃ」

「おかげで冷蔵庫の中身が空だ」

「だから空腹なのか」

「昼になのはが弁当を作ってくれるとか言っていたが……果たして本当に来れるかどうか」

 

 そう言った瞬間。周囲の空気がざわめいた。

 だが俺は気にせず、そのまま少し顔を上げる。

 ……特に人はいないな。

 

 もうこのまま今日は寝よう。そう思った俺は瞼を閉じようと思ったが、ポケットの中に入れていた携帯電話が振動したので取り出して確認する。

 

「……ああ、なのはか」

「って、なんで携帯電話持ってきてるんだよ堂々と!」

「もしもし」

「無視すんな!!」

 

 無駄な体力を使いたくないがために元一を無視して電話を受けると、第一声が『ごめん!』だった。

 それだけですべてが把握できた俺は、「だろうと思った」と短く答えた。

 それで俺の状態に気付いたのか、あいつは『大丈夫?』と心配そうに聞いてきた。

 

「心配するなら自分の心配しろ。別に問題はない」

『え、う、うん。そうだね……あ、あのさ、あの約束の代わりに……夕飯うちで食べない?』

「お前が間にあったら電話してくれ」

『分かった!』

 

 その返事で電話を切った俺は再び突っ伏したが、周囲の人間は許してくれなかった。

 

「おいどういう事か説明してくれ」

「今なのはから? そしてさっきの発言について詳しく知りたいんだけど」

「そうだね。何がどうしてそうなったのかな?」

「大丈夫か、おい」

 

 裕也はともかくアリサ、元一、すずかの三人が特になんて思ったがアリシアがこちらを睨んでいるのが見えたためにああこいつもかと思い直した。

 

 だが答える体力を使う気が起きなかったので、俺は寝た。

 

 決して逃げたわけじゃない。

 

 

 

 

 

 

 昼。

 どうするか考えてなかったので、寝ようとした。が、

 

「ほれ。おかずなら少し食べて良いぞ。小学生の時にもらったから」

「……ん。悪いというか手づかみなんだよなそうすると」

「あーでも、俺もそうだったからよくね?」

「そうか」

 

 元一が弁当を差し出してそう言うので顔を上げて適当に卵焼きをつかみ、口の中に頬る。

 

「……うまくなったな」

「まぁな」

「もういい」

「おいいいのか?」

「これ以上弁当を食べると全部食べそうだからな」

「今のお前ならやりかねないな……じゃ、いただきます、と」

 

 そのまま俺の前の席で食べ始める。その姿を見ないように立ち上がり手を洗いに行こうとしたところ、「どこか行くの?」と席を立ったすずかが聞いてくる。

 正直に「手を洗いに」と答えると、「じゃ、私も途中までいいかな。アリシアちゃん達に先に行ってもらってるから」と聞いてきたので「勝手にしろ」と言って教室を出た。

 

 すぐ近くにあった水飲み場で手を洗い、ついでに水を飲んでいるのだが、アリシア達を先に行かせてるらしいのに行こうとしないすずかが気になる。

 水を飲むのをやめ、俺は振り返って質問した。

 

「行かなくていいのか?」

「うん」

 

 あっさりとした肯定。薄情なのか知らないが、何とも思い切りが良い。

 こいつアリサが怒る事知ってるはずなのに堂々としてるな……という感想を抱いていると、「だって、今日は大智君と一緒に……って、お、思ってるから」と若干恥ずかしそうにしながら言っていた。

 

「弁当ないぞ?」

「私の分けてあげる」

「それはありがたいが……いいのか?」

「うん。私そんなに食べないし」

「……恩に着る」

 

 一瞬俺を毒殺するんじゃないかという予想が頭をよぎったが、さすがにそんなことすることはないだろうと思い直しそう答えると、すずかが笑顔で「じゃ、行こうか?」と言ったのでついて行くことにした。

 

 

 

 

「す~ず~か~?」

「すずかちゃ~ん?」

 

 放課後。当たり前のようにすずかはアリサとアリシアに捕まり怒られていた。

 俺はというと。

 

「結構お楽しみだったようじゃねぇか色男」

「……」

 

 マモンのいう事を無視し、

 

「テメェ大智この野郎! なんでお前ばっかり……!」

 

 クラスメイトのいう事を無視し、

 

「部活頑張れよ、裕也」

「あ、ああ」

 

 クラスメイトの視線を無視して裕也にエールを送って普通に帰ろうとした。

 が、そうは問屋がおろさなかったらしい。

 

「一緒に帰ろうよ大智君」

 

 説教を終えたのかアリシアがこちらに近づいて提案したきた。

 アリサとすずかが何やらしまったという顔をしているが、俺は「屋根跳んで帰れるか?」と真顔で聞くと三人ともあ、という顔になったので、今のうちにさっさと帰ることにした。

 

 無論、屋根を跳んで。

 

 

 

 

 

 

 夕方。

 明日の材料を買って家に帰った俺は普通に作ろうかと考えたが、なのはの電話を思い出してとりあえず学校から出された問題をすぐに終わらせ、将来の構想をノートに書きながらナイトメアと会話していると、家の電話が鳴った。

 

『誰からですかね』

「さぁ」

 

 ノートを閉じて席を立ち、俺は固定電話の方へ向かった。

 

「もしもし」

『あ、もしもし! そ、そちら長嶋君のお宅でしょうか!?』

「落ちつけよなのは。俺以外住んでる奴いないぞ」

『そ、そうだったね! ちょ、ちょっと緊張しちゃって……』

「どうした?」

『な、何でもない! ……でさ、夕食なんだけど』

「無理になったのか?」

『ううん! 違うよ!! ただ、食べたかなって』

「お前から誘っといてヒドイな」

『え、じゃあ……来てくれるの?』

「まぁ」

『分かった! 待ってるから!!』

 

 そう言って相手――なのはは電話を切ったので、俺はナイトメアに「行ってくる」とだけ言って家を出た。

 

『って、私留守番ですか!? ちょっとまっ……』

 

 

 

 

 そこから少しの間フェイト・すずか・アリサ・なのは・アリシアの五人が弁当を作ってくれたり夕飯に招待してくれたりしたのだが……その度に神様達(雷神・天照・ミカエル・スサノオ・母さん)が朝食に襲撃してくるし、他の奴らの視線が厳しいので辟易した。

 

 はやてと雄樹は、もう公認のカップルになっていた。




ご愛読ありがとうございます。


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104:中二 文化祭

お久し振りです。ストックが減った状態です。そろそろこっちも書かないとですね…


「今年も、か……」

 

 思わずため息が漏れる。

 それを見ていたらしい元一が装飾品(・・・)を抱えるように持ったまま、叫んだ。

 

「本当いつも通りだな大智! さっさと手伝えよ!!」

「残念ながら、俺は本格的な参加は無理だ。これを行うための予算調整とかやらされてたし、理事長に止められてる」

「畜生! ただでさえ人がいないってのにこれはきついぃぃ!!」

「騒いでないでやれ!」

「アダッ!!」

 

 裕也に叩かれ落としそうになる元一。それを見ながら、改装されていく教室内を見渡して呟く。

 

「……さて、今年はどうなるかな」

 

 

 

 文化祭という行事がある。学習発表会というクラスごとの発表会を誇張したという認識の行事だが、去年からは一般公開がされているので金をとる方策に。

 

 で、俺は一度も参加したことがない。

 

 理由を挙げるならば当日や準備までの諸雑務をこなさなければならなかったのと、特に参加することに楽しさを感じなかったから。

 頑張って作ったというのは傍から見てわかるし拍手もするが、特に興味をそそられるものがないため大体屋上で校庭を見てたり、寝てる。

 片付けはいかず、基本的に家でナイトメアと会話していた。

 

 三年から毎年アリサ達から誘われているのだが、それらすべてをスルーしている。

 

 自分の教室から離れ、自分の仕事場である生徒指導室へ向かう。

 

 時折すれ違う生徒達の楽しそうな表情を見て少しいいなと思ったが、ないものねだりしてもないものはないと言い聞かせて通り過ぎる。

 というか、基本的に行事でまともに参加できるのは遠足だけだったんじゃないだろうか。あと全部裏方で、一回だけ運動会に出たが、俺一人対学内の運動自慢な奴らの集まりという見世物で、しかもそれを加減して圧倒してしまったのでそれ以降参加することなかったな。

 

 そんな風に過去を思い出していたら、不意に修学旅行の事を思い出したと同時にぶつかった。

 

「きゃっ」

「悪い……って、フェイト? お前今日休みなのか?」

「え、な、なな、だ、大智!?」

 

 相手はフェイト。しかも学校の制服ではなく、すずかの家にいるメイド達の服装になっていた(色は違うが)。しりもちをついたらしく、顔を真っ赤にさせて慌てている。

 まぁぶつかってしりもち着いたところを知ってる奴に見られたら恥ずかしいだろうなと思いつつ手を貸して起こしたが、未だに両手を勢いよく動かして何かを説明しようとしている。

 分かりにくいことこの上ないので、「似合ってるぞ。その服装で接客頑張れ」と言って通り過ぎることにした。

 

 ふぇ!? という声が背後から聞こえ、そんなに驚くようなことを言ってないぞと思った。

 

 そしてついた生徒指導室という名の俺の仕事場。はっきり言って理事長がこういう事をやらないため、一人あぶれた俺が毎年やっている。

 

「今日は特に仕事はなさそうだな……」

「あ、長嶋君。これ、理事長から仕事だって」

「あ、はい」

 

 ドアを開ける前に先生に書類を渡される。もう本番まで日がないのになぜこうも仕事があるのだろうか。事務的なモノなら一週間前に終わらせたのだが。今もこうして雑務がちょくちょくとあるし。

 ま、書類の量見た限りそれほど時間はかからないだろうと思いながら引き戸を開けると、

 

「!? だ、大智様!?」

「……何ニヤけながら机で寝てるんだ、ミカエル」

 

 何故かミカエルが机に突っ伏して寝ていた。慌てて起きたようだが、その際翼が広がりそうになったので素直に注意する。

 

「翼」

「あ、」

 

 何とかミカエルは自重してくれた。

 俺は扉を閉めて机のない方のいすに座り、書類をパラパラとめくりながら質問した。

 

「何の用事で来た?」

「え、えっと、ですね……」

「分かった帰れ」

「用件言ってません!」

「じゃぁそこどけ。お前が下敷きにしたノートPCがある机を使うから」

「……はい」

 

 素直にどいてくれたので俺は見終わった書類を机に置いて、コンセントを挿してから開いて電源をつける。

 ブゥンと起動する音がする。その音を聞きながら鞄から筆記用具とノートを一冊取り出し、ミカエルを見る。

 

「何か用か?」

「……大智様は、いつまでこちら(・・・)にいるつもりですか?」

 

 唐突に呟かれる質問。それに対し俺はマウスを移動させながら画面に視線を移して「死ぬまでじゃないか?」と答える。

 

「そうですか……」

「お前達と違い寿命があるし、神様に成れるわけでもないしな」

「ですけど……」

「というか、本当に何の用だお前。そんな分かりきったことを聞くためじゃないだろ?」

「それは……」

 

 パソコンに必要な情報を全て打ち込んで顔を上げ、言いにくそうな顔をしているミカエルを見る。

 

 ……何故か頬が赤い。どうして緊張を……ああ。

 

「そういえば告白されたっけ、俺。今ようやく思い出した」

「わ、忘れてたんですか!? あんな一世一代の告白で玉砕したことを!」

「今まで忘れてた」

「どういう神経してるんですか!?」

「こういう神経。だから『好き』を理解できない(・・・・・・)のかもな……」

「え?」

「ん? どうした?」

 

 何か変なことを言ったか、俺と思い首を傾げる。するとミカエルは首を振って「なんでもありません」と答えた。

 渡された書類の仕事を理事長に添付ファイルで送ったのでやる事がなくなった俺は、別ファイルを開き読み流しながら呟く。

 

「……修学旅行か。前世じゃ『戦場旅行』だったからどうにも殺伐としてたもんだが……こっち()考えないといけないんだよな」

「文化祭の次を考えてるんですか? 早いですね」

「俺の仕事はもう終わったから」

「え? 参加しないんですか?」

「できない、と言った方が正しいな。まぁ個人パフォーマンスの参加はギリギリ認められてるから出来るんだろうが、特にやりたいと思う事でもないしな……」

「やりましょうよ! 私達も(・・・)行きますから!!」

「……待て。なんでそんな話になる」

 

 話の流れが見えてこないので、何故か急に勢いがついた彼女に訊ねる。

 彼女はペラペラと語り出した。

 

「だって人間の文化祭ですよ!? 見てる限りじゃ結構はしゃいで楽しんで、甘酸っぱそうな雰囲気出して、ドキドキしながら色々な出し物見て回るんですよ! だったら行こうってなりますよ!!」

 

 竜一さんや怜奈さんも楽しかったと言ってましたし! などと力説を始める。

 最近神様が変な方向に壊れてる気がするのはどうなんだろうかと思いながら話を聞いていると、不意にノックの音がしたのでミカエルが静かになる。

 気配は……二か。そう思いながら引き戸を開けるために立ち上がると、あっちが勝手に開けた。

 

「やっほーいいところで邪魔して悪いねー」

「ふむ。力説して籠絡しようとしてるところ悪いが、ここは学校だ。場を弁えてほしい」

「そ、そんなことしてません!」

「で、どうした理事長? ノスはちょくちょく来過ぎだろ」

 

 もう抗議してるミカエルを無視して理事長に話を聞く。すると理事長が話をする前にノスが口を開いた。

 

「実はね、泊めてほしいんだよ僕を」

「それはいいが。またすずかが狙われるのか?」

「違う違う。もうそれはないって」

「ならなぜ」

文化祭見るから(・・・・・・・)

お前もか(・・・・)……」

 

 げんなりする。そして本当にこいつら暇だなと思う。

 スゴイパフォーマンス期待してるからねなんて親指突き出して更に言われ、俺は理事長を見る。

 

「俺参加すると言った記憶がないんだが」

「書類仕事や諸々をやってくれた礼だ。文化祭を盛り上げてくれたまえ」

「いやあのな」

「良かったじゃないですか!」

「年に一回の行事なんだから楽しもうよ!」

「……もういい」

 

 話が平行線になったのが分かったので諦める。そして、一つ質問してみる。

 

「どこまでならいいんだ?」

「中学生で火を使うものはダメ。他には、ロボットにやらせるのもダメだ」

「盛り上げられるものでいいんじゃないの?」

「はいはい!」

「何か案があるのか、ミカエル?」

 

 とりあえず参考にできるかどうか判断するために意見を聞いてみる。

 ミカエルは自信満々でこう言った。

 

「はい! ブレイクダンスやってる姿を見たいです!」

「却下」

「じゃぁダブルダッチ!!」

「なんでストリート系なんだよ。一人でダブルダッチは無理だろ」

「踊ってる姿を見て盛り上がります!」

「……さて。何がいいかな」

「え、無視ですか!? ここで無視ですか!?」

 

 とりあえずミカエルの案は聞かなかったことにしよう。そう思った俺は続く二人に話を聞こうと思ったが、ロクでもない答えが返ってきたそうだったので自分で考える。

 が、理事長が追い打ちをかけてきた。

 

「ちなみに、一人で弾き語りをやらせるつもりなので頑張りたまえ」

「おい! 悩んでた俺がバカみたいじゃないか!!」

「それと、クラスの出し物は給仕係にならOKを出していたから。もうすぐ」

「おーい大智ー!」

「頑張りたまえ」

「じゃねー」

「それでは」

「あっ、くそっ」

 

 言い逃げされ頭を抱えそうになるが、元一の声と気配が近づいてきたのでパソコンの電源を切って鞄に荷物をしまい、生徒指導室を出ることにした。

 

 

 

 

「しかしあと三日で許可が下りるとは思わなかったんだよな」

「だろうな。俺は今年もどこかで時間を潰そうと考えていたから」

 

 裕也の言葉に返事をしながらネクタイを締めた俺は、一回転してから「どうだ?」と訊いてみる。

 

「どうだって……着こなせるお前がすごい」

「伊達にスーツを小学生から着てない」

「あー確かに」

 

 まぁこれはスーツではなく燕尾服なんだがな。白い手袋をして革靴ののつま先で地面をつつきながらそんなことを思っていると、「うわすげぇ!」という歓声が上がった。

 

 なんで俺が燕尾服を着ているのか。それは、このクラスの出し物である喫茶店が「コスプレ」付きだからである。

 誰が決めたのかは知らないが、これを知った時はよく理事長は通したなと思った。

 で、俺まで巻き込むつもり満々のようなのを知ったのは今日で、元一に連れてこられて教室に入ったら男子のリーダーである裕也に「これを着てくれ」と言われ、普通に着た結果。

 

 今男子の歓声がすごい。

 

 ぐるっと見渡してみても男子で燕尾服は俺だけ。他は全員動物系だった。

 純粋な疑問で俺は聞いた。

 

「なんで俺だけ?」

「あーお前が動物を着てるのはなんか違和感あるし、かといって派手系もおかしいと悩んでたら女子が『燕尾服一択でしょ!』と結託して進言してきたから」

「……どこがいいんだか」

 

 そう思いながらポケットから懐中時計を取り出して時計の確認をする。

 ちゃんと動いてるのを確認した俺は「もう脱いでいいか?」と聞いたところ、それが聞こえたのか女子側から猛反発を受けた。

 

「ダメ! 今日は学校が終わるまでそのままの格好で!!」

「そうそう! キマッてるからそのまま!」

「写真撮らせて!」

「視線をこっちに向けて!!」

「……準備はいいのか? 見たところクラスの準備が全然できてないようだが」

「先に衣装確認なんだよ」

「雄樹……なんで王様?」

「僕がいなかったときに決まったからだよ!」

 

 そう言ってステッキで床をつつく。王様というより影武者の方がしっくりくるのはどうしてだろうか?

 謎だなと思っていると、キャー!! と声が上がるのが聞こえたためそちらの方へ向く。

 すると、マモンが宙で寝そべりながらボーっとしていて、力也がどこかのゲームに出てくる爽やか天才剣士の格好で登場した。

 あんな服装もあるんだなと思っていると、「はやて達の服装もすごいよ」と耳打ちしてきたのでそういえばどこにいるんだろうと今更になって辺りを見渡す。

 

 すると、力也と反対側の入り口から出てきたのか、男子が一斉にそちらを見て叫びだした。

 先生に怒られても知らんと思いながら視線を移してみるとマモンが遮ったので、少しイラッとしてずれるがバスケットのDFみたいに動きに合わせて妨害してくる。

 

 地味にフラストレーション溜まるなと思いながら諦めた俺は着替えようと思ったが、それより先に声をかけられた。

 

「大智君が執事だー! ねぇねぇ、『お帰りなさいお嬢様』ってやって!!」

「お帰りなさいお嬢様。これでいいかアリシア?」

「棒読みじゃダメだよ! もっとこう、お出迎えって感じに! 鮫島さん見たく!!」

「……お帰りなさいませお嬢様。本日は宿題をきちんとやっていただきたいと存じます」

「あー聞こえないー!」

 

 そう言って両耳をふさぐアリシアが見れて、ようやく雄樹の言った意味が分かった。

 確かにすごい。どちらかというとお転婆貴族の娘をイメージさせる服装である。

 ……というか、こんなの買う金どこにあったのだろうか。ふとそんなことを思う。

 少しして彼女は耳から手を放し咳払いしてから「似合ってるよ」と感想を言ってきたので、俺も素直に「そっちもな」と答えておく。

 

 無難な答えでも満足したのか俯くアリシアに首を傾げると、変な気迫を発しながらアリサ達が一直線に俺のところへ来た。

 

 すずかの格好は自身の髪の色に合わせた着物で、さすがに十二単はなかったのだろう。

 フェイトはさっき見た格好で、なのははその恰好の色違い。単純に黒と白なんだが。

 はやては女王の格好みたいだが、どちらかというとじゃじゃ馬の印象を受ける。

 アリサはというと……なぜかスーツ姿に眼鏡だった。

 まぁ似合っているといえば似合っているし、何の問題もないのだが、視力はいいはずなのになぜ裸眼ではないのだろうかと思った。

 

 何故か緊張しているアリサに、俺は質問した。

 

「その恰好は何の真似だ?」

 

 すると彼女は恥ずかしそうに答えた。

 

「――よ」

「は?」

「教師よ! 女教師!! なんか文句ある!?」

「ないが? いいんじゃないか? 良く似合ってると思うぞお嬢様」

「なっ! な、何言ってるのよあんたは!!」

「お前お嬢様だろうが」

「「…………ん?」」

 

 話がかみ合ってない気がしたのか、互いに首を傾げる。その様子を見たはやてが割り込み、「どうやうちらの格好?」と雄樹と肩を組んで(雄樹は赤くなった)聞いてきたので、素直に答えた。

 

「アットホームな王国だろうなお前らが治めるとしたら」

「……う~ん。期待してたのとなんか違うんやけど」

「期待するなよ。立派に夫婦に見えるから」

「ホンマか!?」

「俺に確認するなよ」

「立派に夫婦に見えるやて、雄樹!」

「う、うん。嬉しいよ」

「見せつけてくれるなぁ雄樹。次学校来たら写真を展示してやろうか?」

「なんてこと考えるんだ元一! それだったら木在さんと一緒に買い物してる写真ばらまくよ!!」

「バッ! 俺と木在はそんな関係じゃないって!!」

 

 ……なぜか男二人の醜い争いになったので俺は発言をやめ着替えようと思ったが、写真を撮る音が聞こえたので振り向くと、蕩けたような、というか嬉しさからにやけているなのはの姿が。

 写真でもとったのかと思いながらスルーしたら、気付いたのかアリサがとんでもない雰囲気でなのはに近づき、そのまま引きずって教室から出てしまった。

 

 帰宅する時になのはが悲しそうな顔をして、アリサが上機嫌な顔だったのは俺にはどうすることも出来ない問題だと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『マスター。ギターなんて買ってきてどうしたんですか?』

「練習」

『って、すぐ弦切れちゃったじゃないですか!』

「……力加減を間違えた」

 

 ……三日で何とかなるのだろうか?



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105:バレンタインデー

定型文的であれですが、お久し振りです


 二月十四日。恋人の日と言うお題目で男女が浮かれる日らしい。前世は浮足立つより甘味争奪戦で喧嘩をやってたところに攻められて大変だった記憶しかない。彼女が乗っ取られた日はそれから二日後だったか。

 今でも鮮明に思い出せるそれらの記憶を今はそっとしておくことにし、とりあえず振られた話に答えよう。

 

「前世にチョコはなかったぞ?」

「えぇ!?」

 

 ――そんな、二月十二日放課後の一幕。

 

 

 

 

 

 どうやらこの世界のこの国ではバレンタインデー=チョコを贈るという風習があるそうだ。今さっき雄樹に話を振られ、知ったことである。

 そもそもの発端もまた、雄樹の「そういえばもうすぐバレンタインデーだね」から始まるのだが。

 

「もうすぐバレンタインデーだね」

「恋人の日か」

「うん。ところで大智さ、前世でチョコレート貰ったことある?」

 

 ……この質問で冒頭に戻る。

 

 俺の答えに驚いた雄樹だったが、すぐさま質問してきた。

 

「なんで!?」

「チョコの原材料が地上で栽培できず、また地下でも育成ができなかったから」

「えー?」

「甘味なんて砂糖をまぶしたパンに砂糖に、あんみつにかき氷だけだったぞ」

「少ない! ていうか君の前世本当にどんな世界だったの!? 凄惨だったのは予想できるけど!!」

 

 なら詳しく聞かない方がいいと思うと思ったが口に出さず、そもそもなんでそんな話題が上がったのか気になるので質問した。

 

「どうしたいきなり」

 

 一旦うちに帰って買い物しに出かけたら雄樹と遭遇したために歩いてスーパーまで向かっている途中なのだが、どうにも気持ちが逸っているらしくてあの話題を振ってきたようだ。

 が、どうしてそんな気持ちを抱くのかわからないので参考のために聞いてみると。

 

 あぁやっぱりと呟いて一気にテンションを落とした雄樹の姿がそこにあった。

 

 別に一喜一憂することでもないと思うんだがと首を傾げながら歩いていると、元一が木在と一緒に楽しそうに歩いている場面と遭遇した。

 咄嗟に足を止める俺と雄樹。どうやらあいつらは気付いてないらしい。

 

「……なぁ」

「うん。多分考えてることは一緒だと思う」

「別な道を行こう」「このまま尾行しよう」

「……」

「……」

 

 互いに顔を見合わせて首を傾げる。どういうことかと。

 

「なんで尾行するんだよ雄樹。そっとしておこうぜ」

「なんでそっとしておくのさ。ここは尾行するところだよ」

 

 ……なんか、はやてに似てきた気がするな。

 一瞬不安に思ったがよく考えたらスーパーへ向かう途中だったので雄樹を置いて行っても良く、もしくはあの二人と出会っても構わないという結論が出た。

 だから俺は雄樹から逃げるように屋根に飛び乗りスーパーへ向かった。

 

 

 

「ここでもか……」

 

 スーパーについて(のぼり)に書かれている内容を見た俺は、どうしてこんな空気になっているのか理解できずに呟く。

 それでも入らないと買えないので、おとなしく入ることにした。

 

「……しかしチョコレートばかりだな」

 

 なんか特設コーナーらしき場所に足を止めて棚に並んでいる商品を見ながら感想を述べてみる。

 買うものを一通り――明日の献立を適当に決めながら冷凍食品を補充――かごに入れてから何か飲み物を買おうかと考えて目についたこの場を眺めていた。

 

「……特に買う必要もないか。食べなくても生きていけるし」

「え?」

 

 不意に漏らした言葉に反応した方向へ向くと、なんか物色してたらしいすずかが驚いていた。

 

 ……こんな店にいたのか。

 

 思わずそう言いたくなるのを堪え、俺は見ないふりをして会計を済ませようとその場を離れたかったが、当然の様に離れられなかった。

 

「待って大智君。今、なんて言ったの? 食べなくてもいいとか聞こえたような……」

 

 どうやら聞こえていたようだ。

 が、聞こえてたのなら別に足を止める理由はないかと思い俺は会計をしにレジへ向かった。

 

 

 

 

 そのままダッシュで店を出て屋根を跳び移って帰宅。冷蔵庫に買ったものを全部入れてから二階へ行って私服に着替える。

 

「まさかいるとは思わなかった」

『誰がですか?』

 

 着替え終ってからベッドで寝転がり、天井を見ながら呟くと、それを聞いていたナイトメアがしゃべり始めたので、別に困る内容じゃないと判断して説明した。

 

「スーパーにすずかがいた」

『……普通じゃないんですか?』

「そうか?」

『あー……確かに驚きますね』

 

 何故か間を置いて納得する。間を置かなくても不思議なことであるには間違いないはずだろうに、何をためたったのだろうかと思うが、面倒なので詮索せずに「そういえばこの世界ではバレンタインデーと言う日にチョコレートを渡す行事があるそうなんだが」と言うと、『それ、日本だけですよ』と返事が。

 俺は体を起こして「そうなのか?」と訊ねた。

 

『そうですよ。知らなかったんですか?』

「ああ。前世になかったからな」

『ですか……道理で一人だけ浮いてたんですね』

「男子どもが妙にテンションを上げていた日でもあったな。だからこそ聞こうと思わなかったんだが」

 

 女の子たちの方もそわそわしていたんじゃないですか? 知らん。そんなやり取りでナイトメアを黙殺させた俺は立ち上がって首筋を掻きながら、パソコンを起動させて思案中の未来についての計画案を書きあげることにした。

 

 

 

 粗方計画書が描き終ったところ携帯電話が鳴ったので、出る。

 

「もしもし」

『も、もしもし!? ……大智君』

「……どうしたすずか」

『えっと……さっきの言葉の意味を聞きたいかなって』

 

 さっき……あぁ。食べなくても生きていけるって話か。

 さすがに前世云々の話はしてないから掘り下げるのも面倒だなと思いながら、俺はでっち上げることにした。

 

「そんなに食べてないからな菓子類というのは」

『そうなんだ?』

「ああ。普通に食べてると別に間食しなくてもいいと思えてくる」

『羨ましいなぁ……』

「欲がないからだろうが」

『あー確かに。大智君、欲しいものってあってないような感じだし』

「感情とか理解できる心とか欲しい」

『それはちょっと……』

 

 明らかに苦笑されたと分かる態度。そんな態度を受けつつ俺は特に気にせず話を進める。

 

「で、それだけか?」

『それだけじゃないよ。あのさ、そのお菓子類――例えば、チョコレートとかさ、もらっても嬉しくないのかな?』

 

 ……。もらったことがないので何とも言えないが、毒の警戒をするならいらないというべきところではあると考えてしまうあたり未だに馴染んでいない証拠なのだろうか思った瞬間、俺は瞬時に「貰えるのならうれしいと思うが?」と答える。

 

『本当に!?』

「ああ」

 

 驚かれたので頷くと、彼女は電話越しでため息をついて『よかった』と小さい声でつぶやく。

 何が良かったのか聞こうと思ったがどうでもよかったので、「もういいか?」と電話を切る断りを入れる。

 

『うん。ありがと』

「じゃぁな」

 

 すぐさま電話を切る。

 一体何をあんなに嬉しかったのだろうかと携帯電話の画面を見て思ったが頭を振って追い出し、計画書の細部を詰めていくことにした。

 

 

 ……そういや夕飯食べてなかったな。

 そう思った俺は急遽保存してパソコンを終了させ、ナイトメアを持って一階へ降りた。

 

 

 

 

 

 

 翌々日二月十四日。

 普通に起きて普通に筋トレ及びランニングを終わらせた俺が朝食を食べていると、ナイトメアが『今日がバレンタインデーですね』と呑気な声で言ってきたので箸を止め、そういえばそうだったなと思い返す。

 

『今年ももらえるんですよねきっと』

「なぜ確定されているのか知らないが……どうなるかは知らんぞ」

 

 もらえるというのは受動的であるため、率先してもらおうと考える人間はいないだろう。

 それゆえ、俺に渡そうという意識がないのなら俺は必然的にもらえないということになる。

 

 それをスラスラと述べると、デバイスなのにため息をついた。

 

 ……おかしなことを言ったかと思いながら、そういや神様達ってバレンタインデーやるのかと不意に疑問に思った。

 

 去年一昨年と特に何も起こらなかったので気を緩めているのだと思われるこの状態故にそんな疑問も浮かんだと思うのだが、疑問に思った瞬間俺の警戒レベルは一気に跳ね上がり朝食を食べる手を止めてナイトメアを装着し、座っている椅子を持ち上げながら立ち上がり、そのまま目の前に投げつける。

 

 投げた椅子は窓ガラスに当たると思いきやその前でピタリと止まり、ゆっくりと――まるで誰かがキャッチして下ろすように――床に置かれる。

 

 その神様に心当たりがある俺は、「何か用かペルセウス」と直球で質問することに。

 

 言い当てられたらしいペルセウスは透明化を解いて「お前の直感怖すぎ。ゴルゴーンをだませたのに」とぼやく。

 

「こちとら約一年戦場を駆けまわっていたんだぞ。その上十年近く色々なところに引っ張り出されたんだ。嫌でも雰囲気の違いを感じ取れる」

「…お前なんで武神とかで信仰されてないわけ?」

「存在しないからだろ」

「それしかないけどよ……」

 

 何やら不満な顔をするペルセウス。そこまで見破られたのが不服なのだろうか。俺は前世でステルス兵器の存在自体を見破ったり密偵を潰したりしてたのに。

 

 やはり伝承になった技術にはプライドがあるのかと考えながら、「一体何の用だ不法侵入して」と本題を聞いてみる。

 

 するとため息をついてから嫌そうに言った。

 

「お前今日時間あるか?」

「学校と買い物だけ。後特にない」

「なら悪いけど今から来てくれないか? 本当にくだらない用事なんだが」

「……誘う人間が何を言ってるんだ」

 

 いやこれが本当にくだらないんだよ。そう言って再び溜息をついたペルセウスが口を開こうとした時、急に彼の身体がぐらりとよろめき、そのまま倒れた。

 

「おいどうしたペルセウス」

 

 近づかないで声だけかけてみるが、ペルセウスからの返事は一切ない。

 

 ひょっとして敵が現れたのだろうかと警戒心をさらに引き上げて周囲の気配を捜索していると、急に俺の周りの空間が歪んだ。

 

「しまっ!」

 

 俺は何とか脱出しようとしたが出来ず、その空間に飲み込まれた。

 

 

 

 

 結果だけ言うと、ペルセウスが言ってた『くだらない用事』というのは神様達が一年間世話になった礼として菓子などをくれるというものだった。

 ミカエルの手作りと言われた瞬間俺は投げ捨て、彼女が涙目になったのを諌めようと捨てた料理を拾い食べたスサノオが瞬時に倒れるという現場を目撃したため空気が途中微妙なものになったがとくに争い事は……あったな。

 

 ペルセウス・スサノオ・ランスロット・親父・オーディン・ミカエルの連戦が。

 

 勝つことには勝ったが、はっきりいって自重しない神様相手とか辛すぎる。というかやりたくない。

 

 で、戻ってきた時に午後四時。

 買い物しないと明日の朝食や昼食がないと思いながら家を出たらなのは達が玄関先にいて。

 

 買い物を優先しようとしたら背後からシグナムが脅してきたのでため息をついて用件を済ませてもらうことにしたのだが、ため息がまずかったのか全員帰った。

 

 ……チョコレートでも貰えたのか、ひょっとして? なんて思ったが、興味がなかったので買い物へ出かけた。

 

 

 ……ナイトメアからはものすごく呆れられた。



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106:中三・空港火災の裏側で

年齢逆算するとこの年になるはず……


 それはある装置の機能実験を登校中に拉致られたついでに行っていた時だった。

 

「……?」

 

 最初に感じたのは嗅覚。焦げ臭いにおいがどこからかしたことによる違和感。

 

 現在俺は連行された先の厄介事を収束させ、ついでにという事である装置の実験をしたらどこかの空港の入り口にいる。周りに人がいないことが幸いしたが、どうもこの空港外にいる機械がとどまっているようなので、ひょっとして映ったのかもしれないと考える。

 

 が、すぐさま思考を切り替えてここがどこなのかを考える。

 

 適当に装置を起動させて場所を指定しなかったからどこへ転移(・・・・・)したのか見当がつかない。

 周りを歩きながらそんなことを思っていると、けたたましい破砕音が聞こえた。そして悲鳴が上がり、建物が燃え上がり、中から逃げ出す気配を感じ取れた。

 

「見事に燃え始めたな……」

 

 野球ボール大の球体を弄びながら建物の近くで感想を漏らす。

 

 助けられるといえば助けられるのだが、建物が全壊するという条件が付く。

 そこまでやる義理が俺にはないのでさっさと離れようと思ったが、機械音が聞こえたので上を見る。

 若干高さがあるせいでよく見えないが、なにやら奇怪な機械だ。形状がイメージする二足歩行ロボではない。

 一体どこのどいつが操作しているんだと思いながらジャンプしてそのロボを破壊し、少し離れた場所で来た座標を調べる。

 

 ……なるほど。無人世界か。

 

 その座標を持ってきた球体を展開して打ち込む。

 とりあえずあの空港が燃えた原因にでも会いに行くか。

 そんなことを思いながら、このロボットを片手でつかみ、もう片手で球体をつかんでその場から転移した。

 

 

 

 

 俺が今持っているのは、構築した理論を組み込んだ空間転移装置。

 その理論というのが単純な発想で、神様達の回廊を理論的にして見たらどうなるかという知的好奇心が元になっており、様々な考えが浮かんでは神様達の回廊を通って検証したり観察したりして今の今まで時間がかかってしまった。

 

 なのは達には知られてない秘密の道具及び実験なので、知られたらどうなるかはわからない。

 まぁどうせ完成したらそれでいたる世界へ転移していく予定なので知られるのは目に見えているが。

 

 

「……とはいってもこれは未完成(・・・)なんだよな」

 

 そう。座標を詳しく入力したところで少しばかり誤差が発生してしまうぐらいには未完成。はっきり言ってセンチ、ミリ位の誤差なら大丈夫だろうが、キロ単位で誤差が生じるとさすがに笑えない。使えば使う程誤差が広がっていく可能性も考慮すると、結局笑えない。

 

 しかしどうしたものか。楕円形の奴(俺が今つかんでいるロボット)が来た場所に転移してみたが、そこから先をどうするか考えてなかった。

 

 とりあえずこのロボット投げ込んでから考えるとするか。

 そう結論を出した俺は軽くジャンプをして、空中から大きく振りかぶって目の前にある施設へ向けてそのロボットを投げる。

 

 キュゥン、ドオォォン!!!

 

 距離がないのと投げ込んだ速度の二重効果で、当たって爆発するまでの間が全くなかった。

 音もなく着地した俺は、そういえば俺魔力流し続けているんだったなと相手に見つかっている可能性にふと気づく。

 

 それと同時に背後と地面から気配を感じたので、真下に拳を思いっきり振り下ろして地面を割る。

 

 衝撃により地面が礫と化して周囲を襲い、打撃の衝撃自体は真下へ。

 それだけで近くに感じた気配二つが消えた。

 

 あ、やっちまった。ついついそんな暢気なことを考えながらその場に留まっていると、燃えてる建物から数人現れた。

 

 そのまま動かないでいると彼らは近づき、俺が視界に入ったらしい場所で立ち止まる。

 別にこの場で会話するのは構わないが、聞き取れないとかなると面倒だと思った俺は軽く一歩踏み出し彼らの半歩前で立ち止まる。

 

 そこにいたのは白衣を着た紫髪の男と、似たような服を着ている女達だった。

 俺が近くに来たことに警戒と驚きが隠せていないようなので、とりあえず「お前達は一体なんだ?」と質問する。

 

 すると、相手側が「お前こそ一体なんだよ!!」と悲痛を感じさせる叫びで質問をしてきたので、当たり前の返しだなと思いながら俺は自己紹介した。

 

「俺の名前は長嶋大智。変な機械の出所を追ってきたらここに来たので壊そうと思った、単なる暇人だ」

「それだけで私達の家を壊したんすか!?」

「正確に言うなら、とある空港が炎上した際に飛び去る機械の出所を追ってきたらここに来たからとりあえず目についたこの建物にお礼参りしに来た」

『説明になってない!!』

 

 全員からダメ出しをされる。ふむ。おかしな理屈だろうか。少なからず理にかなっていると思うのだが。

 戦争がそもそも理にかなった行為だったりそうじゃなかったりと言う曖昧なものなので俺の理屈も変なのだろうと薄々気づいているが、人間と言うのは理屈に合わない行動を多々することがあるので理由付けができなかったところで何ら問題はない気がする。

 

 そんなことを文句を聞き流しながら考えていると、不意に「……空港の、火事だと」と白衣の男が呟くのが聞こえた。

 

 やっと話が通じるなんて思いながら「ああ」と頷くと、「その機械は、私がある人物から渡されたデータを復元したもので、現状モニター機能しかついてない」と答えた。

 

 そう言われて自体の最悪さを確認した俺は、素直に謝ることにした。

 

「すまない」

「いや、君も君の理由でこうした行為に及んだのだろう。責める気はないと言えばウソになるが、一つだけ約束してもらえないだろうか」

「なんだ」

「この子たち――ナンバーズに危害は加えないでくれ」

「?」

 

 いきなりなぜそんな話になったのかわからずに首を傾げながら、ひょっとしてこいつ俺の事管理局の手先だと思っているのではないかという推測がたった。

 あの組織に所属してないしそもそも俺はあんたの事を知らないんだが……そう言いたいのに言えないでいると、相手側が勝手に話を続ける。

 

「ナンバーズにはまだ何一つ汚い仕事をさせていない。私が人道に反する仕事を請け負ってるだけだ。だから彼女達を……」

「そんな!」

「やめてください博士!」

「あー、あのな」

 

 そこから俺の声が届くまで――実に三十分に及び――彼女達は三文芝居を繰り広げていた。

 

 

 

 

「……なに、管理局の者じゃないのか?」

「ああ。だったらまず報告するだろうし、あんたの顔を見た瞬間に名前すらピンとくるだろ」

「そういえば君は驚いた様子も見せなかったな。てっきり私を始末しに来たのかと思った」

「更地にしても構わんが?」

「それだけはやめてくれ」

 

 冗談で言ったことなのに思いの外すばやく否定する白衣の男――ジェイル=スカリエッティ。

 こんな無人世界で原型の留めていない研究所を前に、事情を説明して現在はお茶を飲みながら談笑している。

 

 ちなみにナンバーズと呼ばれた彼女達――身長にばらつきはあり、性格もバラバラ――は地面から出てきた同類と吹っ飛んだ奴を介抱している。

 

 俺はカップに口をつけてコーヒーを一口飲んでから、「あの機械ってのはなんだ?」と質問すると、「データだけ送られたから復元してみたものだ。名前は確か、ガジェット(・・・・・)だったか」と答えてくれた。

 

 最後の名前に聞き覚えがある俺は一瞬五年の頃を訊ねようか逡巡したが、「それはいつ送られたんだ?」と質問する。

 それに対し、二年前ほどだと返ってきたので状況を整理しながら今考えていたことを漏らした。

 

「……引っ越すか?」

「まぁそうだな。研究所がこんなに成ってしまってはどうすることも出来ん」

「なら謝罪ついでに引っ越し先を提供してやろうか?」

「……何が目的だ?」

 

 一瞬で警戒心をあらわにしたので、「だから謝罪だって」と答え、観察した結果を述べる。

 

「スカリエッティさんは研究者らしいし支援者もいる。だから別段困ったことはないのだろうけど、始末されるという言葉が出たのだから、かなり深い『闇』を背負っているんだろ? それを彼女達に触れさせたくない。だったら、謝罪ついでにその『闇』を払って新しい研究に力を注げるように、場所と資金を提供しようってだけだ」

 

 どうせデータは全部無くなったんだろうから、このまま姿をくらましてれば普通の研究者として生活できるようにはなると思うぞ? と付け足すのも忘れない。

 

 その言葉を聞いた博士は言い当てられたことに関して驚いたようで、俺がコーヒーを飲んでいる間も固まっていた。

 呑み終わった俺はコップを置いて「で、それでも断る?」と意地悪く質問する。

 

 我に返った博士は瞬時に考え始めたようで、その間暇だなと思いながらポケットから取り出した転移装置を弄んでいると、研究者の血が騒ぐのか「それはなんだ?」と思考そっちのけで質問してきたので、「空間転移装置だよ。未完成の」と投げやりに答える。

 

「なんだと!? そ、それを作ったというのか、君は!」

「ああ。今回はその機能実験で飛び回ってるんだ」

「なん、だと……っ!」

 

 衝撃が走ったかのように椅子から立ち上がったかと思ったらヨロヨロと後ろに下がり、膝から崩れ落ちて「なんていう事だ!」と叫びだした。

 

 実際のところは結構魔力使うから俺以外使ったら大変なことになるし多少魔力による空間のゆがみが発生してしまうので位置が判明する恐れがあったりするという危険がある……と言いたかったが、どうにも言える雰囲気ではない。

 

 どうしたことかと観察していると、正気に戻ったのか博士が立ち上がりとてもいい笑顔で「分かった!」と何のためらいもなく言い切った。

 

 その思い切りの良さに尊敬すら覚えながら、「じゃ、決まったな」と言って俺も立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果を言うと、博士達の引っ越し先は俺達が住む海鳴市にあるすずかが拘束されていたログハウスになった。

 と、いうのも、あの事件の後に俺はその土地を買い取り放置していたことを思い出したからなのだが。

 

 さすがに全員を連れてきたので(あそこの建物で死亡の偽装工作をして)魔力が底をついてフラフラだったが、注意事項と言うか最低限の話だけして地下室を通って家へ帰り(地下室をつなげた)、家に入ってすぐバタンと倒れて寝た。

 

 目が覚めたら翌朝で、携帯電話に雄樹となのは、フェイトやはやての履歴が残っていたが面倒だったのでリダイアルせずにシャワーを浴びて着替え、朝食を食べてスカリエッティにこの世界におけるふるまいの仕方を教えるために学校を休むことにした。

 

 

 ……そういえばあと数ヶ月で卒業なんだよな。




ご愛読ありがとうございます。


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107:卒業式

お久し振りです。次から高校生になります。


 目が覚めていつも通りのトレーニングをこなして朝食を作り、それを食べてる途中でふとカレンダーを見て急に感慨深くなる。

 

「……今日で中学校も卒業か」

『授業に無断欠席した回数一桁って、小学校よりまともじゃありません?』

「だろうな」

 

 そんなことをナイトメアと言い合いながら、朝食を食べ終えた俺は片付けて制服に着替え、ナイトメアを置いて家を出た。

 

 中学校最後の日――卒業式へ参加するために。

 

 

 

 卒業式というのは、実は生まれてこの方一回も参加したことがない。

 なのである種の期待があるのだが、それぞれがそれぞれの道へ行くのだから期待もないかと屋根を跳びながら考えなおす。

 

 すると、携帯電話が鳴った。

 

「もしもし」

『おー大智。元気だよな?』

「そんなの知ってるだろ親父」

『まぁそうなんだが…俺達卒業式参加するから』

「あぁそう」

『反応薄いな……ま、そんなわけで終わったら宴会するから』

「は?」

『決定事項だ! じゃな!!』

 

 携帯電話を無言でポケットに入れ、屋根を跳びながら食材ないぞと諦めにも似た思考と共にため息をついた。

 

 

 

 学校に到着した。両親の気配はない。

 まぁ式まで時間があるから問題はないかと思いながら教室へ向かっていると、数人の女子がこちらに向かってきた。

 

 どういった用件なのか分からないのでスルーして(すぐさま彼女達の背後に移動して)歩いていると、今度は見知った男達が。

 なぜ教室前でたむろっているのだろうと思いながら、「どうしたんだお前ら。こんなところで固まって」と質問する。

 

 すると裕也が「教室鍵がかかってるみたいで開かないんだよ」というので、壊そうかどうか悩んだが、とりあえず扉を引っ張る。

 

 ……。

 

「な?」

「確かにそうだな」

 

 確認した俺はカバンの中から針金を取り出して鍵穴に突っ込みガチャガチャとやって開ける。

 

 しまいながら「開いたぞ」というと、力也が「……その手があったか」と力なく呟き、元一が「なんでそんなことできるんだよっ!」と驚いていた。

 

 そんなこと言われても前世でやったし、たまに今でもやるしなんて思ったが口に出さないで開けると、悲鳴が上がったので反射的に扉を閉める。

 

 見てなかったので何があったか分からないが、恐らく見られては困るものだったのだろう。

 

 一体何があったのか気になったがこれじゃ入りにくいなと思っていると、はやてと雄樹、それにフェイトやなのはがこちらに向かってくるのが分かったので足止めすることにしようと思ったが、俺が抜いた女子達が見事に足止めしてくれたようなので、裕也たちに話しかける。

 

「なんで俺達は入れないんだ?」

「携帯電話持ってないから分かんね」

「さぁね。僕にも連絡がなかった」

「俺にもだ。皆目見当がつかねぇ」

「そういや今年全国大会優勝したんだよな、裕也」

「今更じゃないか、大智?」

「知ったのはつい最近だ」

 

 マジかよと苦笑する裕也を放置し、次に力也に話題を振る。

 

「俺と同じ高校に行くのか、力也?」

「当たり前さ。同じ場所で勝負をしないなんて、イーブンじゃない」

「元々のスペックがイーブンじゃないが」

「些末な事さ。それより、高町さん達は例の管理局に就職するって話を聞いたが、どうなんだい?」

「別に」

 

 即答する。

 それに対し、元一は素早くツッコミを入れた。

 

「お前相変わらずだな! もっとこう、悲しんだりとかしないのかよ!」

「会おうとすれば会えるのに、悲しむ理由があるか?」

「真顔で言ってやがるぜおい…」

 

 どちらにしても道を違えるのは見据えた未来が違うのだから当たり前だと思っているのでそれほど悲しいと思ってはいないのだが、そんなことを言ったところで元一には理解できないようだから言わない。

 その代り、俺はあの事(・・・)について訊ねた。

 

あの話(・・・)は大丈夫か、三人とも」

 

 それに対し、元一が真っ先に「俺は問題ない!」と自信満々に答えた。

 

 次に裕也が「まぁ高校野球次第だな」と保留。

 

 最後に力也が「僕は在学中ならバイトとして働いても構わない」と以前と変わらぬ答えを言ってきた。

 

 なら別にいいかと思っていたらその会話を聞かれていたのか「なんやなんや。何が問題ないんや?」とはやてが質問してきた。

 

 正直に答えると何言われるか分かったものじゃないので、「はやてと雄樹がいつ破局するかという結論を出して問題ないと至っただけだ」と誤魔化す。

 それだけではやてが顔を赤くさせて慌てるので俺達は笑い、追いついてきたなのはたちは首を傾げたところで、教室の扉が開いた。

 

 開けたのはなんとアリサ。

 

「あんた達。もう入っていいわよ」

 

 そう言われたので、俺達は促されるように入ったところ、一斉にクラッカーを鳴らされた。

 

 驚く俺達に、追撃を入れるようにクラスメイトが叫ぶ。

 

『卒業おめでとう!!』

 

 言われてどうして力也や裕也、元一が入っているのか疑問に思っていたところ、同じくその違和感に気付いたすずかが三人に対し「どうしてそっちにいるの?」と質問してきた。

 

 代表して元一が「いや、こんな話連絡になかったけど」と答えると、クラスメイト全員が呆けた顔をした後一斉に肩を落とした。

 

 可哀想に。

 

 

 

 

「気を取り直して……」

 

 席に着いた俺達は教壇に立っているアリサの言葉を聞く。まだ式が始まっていないので俺達のフライング同然であるが、それを注意する先生はいない。

 

 仕切るのがうまくなったな……流石は社長令嬢。順調に担い手になっているようで。

 そんな感想を柄にもなく抱いていると、「これから私達の卒業式を行うわよ」と言い出した。

 

 そういえばそんな話でてたなと頭の片隅で思い出していると、管理局在籍組は驚いていた。アリシアとフェイト以外は。

 誰も教えてないのかよと思いながら頬杖をついていると、アリサが「それじゃ、廊下側から順にみんなに一言言って」と進行していくので、考えることにした。

 

 …………。

 意外と早く回ってきたな。

 

「じゃ、最後大智ね。時間もないし、さっさと言いなさい」

「分かった」

 

 今まで通り立ち上がってクラス全員を見渡し、俺は言葉を紡いだ。

 

「卒業おめでとう。これを機に各々決めた道へ進むことになる。俺もその一人だが、お前らにたくさんのことを教わった。同時に俺も教えれたかと思うが、そこは実感がないから分からない。ただこれだけは言える。過ごした時間は未来を切り開く材料となる。自分が目指すもの、努力しようと決めたもの、その一つとして。迷ってもいい。悩んでもいい。そんな時はこのクラスメイトでも、これからできる友人にでも相談してくれ。それができる奴らがいると胸に刻むだけでも、未来は明るいさ」

 

 言い終えた俺は静かに席に座る。が、何故か場は静寂のまま。

 難しいことを言ってしまったかとぼんやり考えていると、パラパラと拍手の音が響き、それが教室中に伝播していった。

 

 何かやらかしたのかと内心戸惑っていると、拍手以外にも嗚咽を漏らすのが聞こえた。アリサを見ると、何かを我慢してる表情で割れんばかりの拍手をしていた。

 

 なぜここまでみんな感極まっている表情をしているのか不思議に思っていると、先生が入ってきて「うおっ。一体何があった」と驚いていた。

 

 結局、それは体育館に向かうまで収まらなかった。

 

 

 

 

 

 

『ではこれより、卒業式を始めます』

 

 そんなアナウンスで始まった卒業式。

 すでに体育館に入った俺は、両親の気配を感じ取って本当にいたよと思いながら軽く欠伸をする。

 

 卒業式自体は卒業証書を一人一人渡して送辞と答辞を述べ、校歌を歌って見送るという単純なものだが、例に漏れず理事長が要らないサプライズを用意してくれた。

 

 それは送辞と答辞を述べ終えた時だった(新旧生徒会長が述べた)。

 壇上から旧生徒会長が降りた後、司会が『ここで我が校に貢献してくれた卒業生たちを表彰したいと思います』と言い出した。

 

『事前に校内アンケートを卒業生以外に採ったので、それを元に上位五名を表彰していきます』

 

 なんだ、全員じゃないのか……なら良かった。俺が入ることはないだろう。

 そんなことを思っていると、『第五位、如月裕也』と呼ばれた。

 

 呼ばれた裕也は一瞬きょとんとしてから立ち上がり、理事長がいる壇上へ向かう。

 

『第四位、アリサ=バニングス』

「はい!」

 

 アリサは驚きもなく向かう。

 

『第三位、小野誠司』

「はい!」

 

 呼ばれた生徒会長も呼ばれたことに戸惑いなく。

 

『第二位、天上力也』

「はい!」

 

 力也はなぜか悔しそうに。

 

 こうして残るはひとりとなったが、『第一位の発表は表彰してからとなります』という公開処刑宣言を司会がしたため後回しになった。

 

 裕也は野球で、アリサはその容姿と上に立つ者のカリスマ性を発揮して、生徒会長は気配りができ、人気者だから、力也は容姿・注目度・成績・性格がとんでもないことからという説明をしながら評していき、壇上から四人が消える。

 

 残り一人って、力也以上の奴いたかと内心首を傾げながら発表を待っていると、『第一位』と言ったので耳を澄ませる。

 

『第一位。満場一致で、長嶋大智』

「……は?」

 

 周囲から歓声などが聞こえるが、言われた俺は困惑した。

 

 ちょっと待て。俺はこの学校に貢献したことなんてほとんどないぞ。というか、たまに無断欠席する人間だぞ。それなのになぜ一位になっているんだ?

 訳が分からぬまま立ちあがって促されるように壇上へ向かう。

 

 送られる拍手や歓声に混じって親の声が聞こえるのはこの際気にしないでいると、司会がどういった理由で選ばれたのか教えてくれた。

 

『彼はそのあまりある行動力と才能で学校の行事を円滑に進めてくれました。また、成績は入学してからもトップを維持し、生徒達からの相談に的確に答えたりする一面も見られました』

 

 ……そういやそんなことあったなと今更思い出す。

 

『教師からも、授業を聞いてる様子はないがそれ以上に頼りになるというコメントもいただきました。偶に相談する教師も多いようです』

 

 あったか……ああ、あったな。

 壇上に立ちながら理事長にアイコンタクトで「票でも操作したか?」「いや。純然たる信頼の証だ」と言い返されたので、それを受け入れることにする。

 

『なお、一位の方は賞状の他に副賞として』

 

 ん?

 

『高校入学式における生徒代表の宣誓をする権利が与えられます』

 

 ……いらねぇよそんな権利。

 

 

 

 謹んで辞退した副賞が有耶無耶になって卒業式が終わり。

 俺達は制服に花をつけた状態で、卒業証書が入った筒と荷物を持ちながら校門前で人だかりの中心にいた。

 

「あー高校生かぁ、俺達も」

「そう、だね。元一は、嫌?」

「嫌じゃないけどよ」

「時の流れとは意思すらも無視する。大智ならこう言うだろうね」

「ん? そういや大智は?」

「大智ならうちらの後ろにいるで? 天上と一緒に在校生に囲まれて」

 

 ……なんか言われてる気がするが、現状を打破しない限り合流できないし聞けない。

 完全に分断されたなと思いながら悲しそうな顔をする在校生たちの握手を応じたり言葉を投げかけていたりすると、力也が「これは参った」と小さい声で漏らしたのを聞いた。

 

 確かにそうだな。その意見に賛同しつつ応対していると、いきなりその人ごみが割れてうちの両親が現れた。

 

「スゴイ人気だな、お前」

「見直したわよ」

「俺自身も驚いてる」

 

 軽い世間話をして、「何か用か?」と訊ねると、「俺達先戻ってるから。頑張って抜け出せ」と言われた。

 そしてすぐさま人ごみかき分けて戻ったので、それだけ言いに来たのかよとげんなりしながら「だったらメールでもいいだろうに」と呟いて校門でるまで頑張ることにした。

 

 

 

 

 

 

「疲れた」

「まったくだね。まさか僕達が最後とは」

 

 校門を出た俺達は、アリサが企画した卒業パーティに参加するべく(おそらくうちの両親及び数人の神様が参加してるおそれあり)力也の家の執事が運転する車に乗せてもらって移動している。

 

「アレは数の暴力だろ……というか、去年やったか?」

「やってるよ。あそこの伝統みたいなものさ」

「ふーん」

 

 気疲れか知らないが欠伸を漏らしながら相槌を打つと、力也が「そういえば大智よぉ」と気配自体変えて聞いてきたので、特に驚かずに「なんだ」と返事する。

 

「その様子だと俺が誰か分かってるみたいだな」

「当たり前だろ。ていうか、姿見せればいいだろうに」

「人の悪意を食いながらこいつの邪魔するには心の中にいた方が便利なんだよ……じゃなかった」

「?」

 

 言いよどむという不思議な状況を作り出したマモンに首を傾げていると、「お前って罪な男だよな」と前置き無くそんなことを言われた。

 

「確かに償いきれない罪を抱えているが?」

「いやそうじゃなくて。なんでお前そう疎いんだ?」

「疎い? 罪の意識は充分あるぞ」

「じゃなくてだな……ってまどろっこしい! 直球で聞くから答えろ! お前、恋人作る気ないのか!?」

「なんで悪魔にそんな心配されなければいけないんだよ」

「くそっ! 自分で悪意が湧くってのも新鮮でそれを食ったら思いの外長持ちすることを発見したがここまでの奴だったとは!」

 

 ……何がしたいんだろうかこいつは。

 いきなり恋人どうこう言われたところでピンとこない上に悪魔が何でそんな心配してるのか不思議がっていると、「でも精神が疲れるからもういい」と言ってすぐさま消えた。

 

 本当に、何がしたかったのだろうか。

 

 またマモン勝手に出てきたのかと呟く力也を尻目に、恋人がいるなんて想像できないと思いながらぼんやりしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 パーティは想像以上に惨状だった。

 両親と士郎さんとスサノオ、ペルセウスが暴れ(外で)、それを桃子さん達母親勢があらあらと観戦し、主役であるはずの俺達はいつも通りお喋りしていた。

 

 と、ここではやてがヴォルケンリッターと雄樹を連れて俺達から離れ、元一と木在が裕也を連れて親父たちのところへ行き、何かを察したのか力也も元一たちの後を追った。

 

 残ったのは俺、なのは、フェイト、すずか、アリサ、アリシア。

 

「……」

 

 何か起こる前触れなのだろうかと思いながら黙っていると、なのはが口を開いた。

 

「あのね、大智君」

「……なんだ?」

 

 少し警戒する。

 次に口を開いたのは、フェイト。

 

「私…ううん。私達は(・・・)ね」

「……」

 

 ここまで来て俺は殺されるのだろうかと警戒心を最大限に引き上げる。

 今度はすずか。

 

「大智君の事が……好きです(・・・・)

 

 消え入りそうな声で、そう告げられる。

 言われた俺は警戒心を解きながらどういう事か考える。

 

 けれども、それより先にアリサがさらに続けた。

 

「あ、あんたが恋愛ごとに関心がないのは知ってるわよ。けど、知ってほしかったの。私達の気持ちを」

「だから、今すぐとは言わないよ。大智が決めた返事を、私達に言ってほしい。それまでに私達の気持ちが変わってなければ」

 

 追い打ちをかける様にアリシアまで告げてきた。

 

 と、ここまで言われて俺はようやくこの不自然で自然な状況を理解した。理解したが……

 

 ぐらりと視界が回り、俺は何も言えずに倒れた。

 

 

 

 

 ……どうやら、処理能力を超えた情報を整理しようとして酸欠になったらしい。恥ずかしい限りだが、どうにも嫌悪を抱くことはなかった。




ご愛読ありがとうございます。


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108:高一・そして明かす

遂に彼はみんなに説明しました。


 俺達も高校生になった。

 

 結局同じ学校に進学した俺達は何の因果か全員が同じクラスになり、大多数の人間が喜んでいた。俺はどうでもいいと思ってる。

 

 で、告白されたのだが、そういえば俺昔のことを言ってなかったと思い出したので、とりあえず今いるアリサやすずか、元一に木在、裕也に力也を放課後集めた。

 

「で? わざわざあんたが呼ぶなんて、どうかしたの?」

 

 現在は授業が始まり、入部期間が終わって本格的に部活が始まる季節。

 裕也は野球部に、元一と木在は料理部に入っているが、今日は部活がないらしく集まってくれた。

 

 不思議そうに尋ねてきたアリサに対し、俺は「告白を受けて少し考えたんだが……」と前置きをして言うべきことを言った。

 

「俺はお前達に『俺』という存在の不可思議さを教えていなかったことに気付いてな。告白の返事をする前に、まずはそんな俺の事を話そうと思って集めた」

「どういう事だよ?」

 

 さっぱりわからないという顔をして訊いてくるのは予想通り元一。

 それを無視して「無論、これは管理局組にも話をしておく」とさらに前置きをしてから、反応を無視して俺は話し始めた。

 

「まぁとはいっても簡単なことだ。俺はこの世界――お前達が住んでいる世界ではないところで生まれ、そこで死んだ。で、この世界で生き返った。死んだ時と能力は全て同じで、それを引き継いで俺はこうしてここまで生きている」

「「「「「「………………」」」」」」

「簡単に言うなら…ゲームオーバーになったにもかかわらずコンテニュー或いは強くてニューゲーム状態で生きてるあくどくて最悪で劣悪な人間だってこと」

「「「「「「…………」」」」」」

「以上だ」

「……」

「……え?」

「なるほど……」

「??」

「えっとつまり……お前一回死んでるってこと?」

「も、元一!」

「元一の言葉通りだな。別な世界で死んだと思ったらこっちで生き返った。別な世界で培ってきたものすべてを引っ提げて」

 

 だからテストなんて正直勉強しなくても満点はとれると言うと、「なにそれ羨ましい」と元一が本音を漏らし、それ以外は何も言わない。

 

 いう事ではないと思うが、これを言わないと、これを知ってもらわないと、俺は先へ進めない気がした。

 

 誰もが沈黙しているかと思いきや、元一が少し興奮気味に「で、お前その別の世界で何してたんだよ」と聞いてきたので、俺は表情を殺して(元々死んでたな)「聞きたいか?」と真剣な口調で確認する。

 

 俺がそんな確認するのが相当なことだと感じ取ったのか、一同はさらに雰囲気を暗くする。

 

 まるで、前世でクラスメイトが戦死した奴らを埋葬する時のクラスメイト達のような。

 

 その雰囲気につられて黙っていると、力也が口を開いた。

 

神様との交流や(・・・・・・・)戦争が日常だった世界(・・・・・・・・・・)……そうだろ?」

『!?』

 

 力也以外は一斉に俺に視線を向ける。

 とても信じられないという顔を向けられながら、それに対し罪悪感もなくただただ「ああ」と肯定した。

 

「なるほどね。それなら人の悪意の視線に晒されても動じなかったのもうなずける。戦争の第一線で生き残るためには、殺意なんてものを受け続けないといけないから」

「工夫というのは存外大事でな。ダミーを作る時や潜入する際の特殊メイクに美術を、無線信号や声帯で音楽を学ばなければいけなかった。だから俺は天才じゃない」

「良く分かったよ……それにしても今更じゃないか?」

 

 もっと早く言った方がよかっただろと言われ、俺は「そうかもしれない」と苦笑しながら続けた。

 

「力也が説明してくれたから省くが、そんな感じで俺は人を殺してきた。そのせいか最初の頃は感情なんてもの殆ど欠落していた」

「…じゃぁあの光景って」

「どうしたアリサ?」

 

 不意に漏らしたらしい言葉に反応した俺はアリサに視線を向けて首を傾げたが、彼女はすぐさま首を振って視線を俯かせる。

 

 何か見たんだなと思いながら説明を続けた。

 

「で、どうしてこんなことを説明したのかというと、俺が常日頃からお前達で言う『卑下している』理由だ。こんな気味悪くて、愚劣で、最低な人間とこれ以上一緒に居なくてもいいぞっていう勧告でもある」

 

 八割ほど(・・・・)説明を終えた俺は荷物を持って窓を開ける。

 その窓の格子に腰を下ろしながら、夕日の光を浴びながら、「お前達もこれから自分のやりたいことをやりに分かれていくんだ。自分で選択してくれ」と付け足す。

 

 すると、同じく力也が沈黙の中最初に口を開いた。

 

「それで僕がハイそうですかと引き下がるわけないだろ? 君を絶対に負かすまで、僕は君の近くで勝負を仕掛け続ける」

「…そうか」

 

 言うだけ言うと、力也は俺に背を向けて教室を出て行った。

 俺がいた世界をマモンから教えてもらったんだろうなとぼんやり思っていると、裕也が「…まぁ、いきなりとんでもない話を聞かされてイマイチピンとこないけどよ。お前がそうやって話してくれたのって、結局信用した訳だろ? だったら俺の行動は変わらないさ。野球に付き合ってもらったし」と笑って虚をついてきた。

 

 ……そうか。俺は信用したのか。話しても大丈夫だと。

 

 そんなことを考えていると裕也はいなくなっており、元一が頭を掻きながら「なんか途中から分かりにくかったけどよ……ここで暮らしてるお前は――俺達が知ってる長嶋大智は、変わらないんだろ?」といい、木在も「ちょ、ちょっと普通じゃないけど、大智君は優しいよ」と相変わらず元一以外だと緊張した声で主張した。

 

 ……なんか聞いたことがある言葉だったな元一のは。ま、その言葉もある意味真理か。

 

 言うだけ言って二人も教室から出て行った。

 

 残るはアリサとすずか。

 両脇にいる二人に交互に視線を向けながら黙っていると、アリサが「……あんたを助ける時に竜一さんが見せてくれた記憶。あんたみたいな奴に殺されていく人たちの視線の記憶だったけど、今のあんたの姿と話を聞いたら納得したわ」と呟いた。

 

「本当に、あんたは人を殺してたのね」

「……ああ」

「でもあんた、悲しそうだったわよ」

「そうか?」

 

 あの頃を思い出しながら――鉄面皮の鬼神と恐れられたからなぁと思いながら――聞き返すと、不意にすずかが笑った。

 

「どうしたのよ?」

「どうした?」

 

 俺とアリサがすずかに視線を向けると、彼女は口元を隠しながら「霧生君が言った通り、変わらないよ大智君」と答えた。

 

「そうか?」

「うん。そんなこと言ったら私だって吸血鬼の末裔だし、天上君だって悪魔に憑りつかれていたんだよ? 確かに長嶋君の過去は怖かったけど、正直に自分を話してくれたのはどちらかというと嬉しかったよ。昔だったら話すことすらしなかっただろうし」

「……ま、そうだろうな」

「だから、嬉しかったよ。話を聞けて」

 

 そういうと彼女は俺の左腕にしがみついて夕日に当たっているからか赤く見える顔で「じゃ、帰ろうよ」と促す。

 

「って、ちょっと待ちなさいよすずか! あんたさらっと私を置いてこうとしてる!?」

「私は迷わなかったからね」

 

 そう言いながら先へ進もうとするので流されるまま踏み出すと、アリサも何やら葛藤したのか「~~ッ!」と唇を少し噛んだ音が聞こえたと思ったら、右腕に抱きついてきた。

 

 堪らず俺は「なんで腕にしがみつくんだよ」と漏らすと、「すずかはいいのに私はダメなの?」と睨んできたので、盛大にため息をついて文句を消した。

 

 ちなみに。

 

「俺、別世界で恋をした人殺してからそう言う感情があまり湧かないから」

「え?」「ちょっと」

 

 さらっと言ったら二人に腕をつねられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――ということをあっちでは話してきたのでこの際話すことにした」

「どうやって来たのって言いたいけど……」

「私達よりすごい過去だねフェイト」

「うん……そうだね」

「ちなみに雄樹も俺と似たような存在だが、俺とは別な世界から来てる」

「ちょっと。さりげなく僕の事ばらさないでくれない?」

 

 とりあえず管理局へ行って(試作型転移装置)休憩中らしい地球組(全員昇格していた)を集めてもらい(グレアム元提督に言ったらあっさり集まった)同じ事を話して反応を窺ってみようと思ったが……拍子抜けするほどあっさり受け入れられた気がする。

 

 肩透かしを食らったと思いながら頬を掻き「大丈夫なのか?」と質問する。

 

 それに対し、一同は「うん」と頷いた。

 

 ……。

 

「なぜだ?」

「えっと…それでも変わらないから、かな?」

「うん。色々と納得できたから」

「だね!」

「せや、雄樹はどんな世界から来たんや?」

「僕は普通の世界だよ。そんな日常的に戦争があった世界じゃないから」

「なんやそうなんか」

「……そうか」

 

 割と嫌われるのかと思ったのだが、そうでもなかったようだ。

 

 まぁ、ならいいか。

 

 そんなことを思いながら、とりあえずすずかとアリサと同じことを言ったところ、なのは達三人から無言で吹き飛ばされないながらも殴られた。

 

 仕方ないのかもしれない、か。

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、スカリエッティ博士は前のスポンサーとの通信を全部破棄し、自分の研究所を潰して来たそうだ。ナンバーズも成長し、戦闘能力や証拠隠滅能力も全員一流に近い。

 

 ……まぁ、さすがに管理局に占拠された施設に入れなかったようだが。

 

 未だに指名手配されているので、とりあえず上層部を全員黙らせ(または脅迫し)て取り消してやろうと考えている。




ご愛読ありがとうございます。


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109:長嶋大智の誕生日

お久し振りです。卒論終わりましてあとは合否判定だけになりますが、更新できるかと聞かれると……ははっ。


 とりあえず成績などをいつも通り満点トップで過ごし、起業準備をしながらスカリエッティ博士の研究(というより俺の論理実証および開発)資金を稼ぐために色々やったり(あるいはナンバーズに仕事を斡旋したり)、転移装置の改良がてら飛んだ世界の先々でトラブルを解決したり、管理局に顔出して顔見知りに挨拶したり、ランスロットやペルセウスや阿修羅とトレーニングという名の死闘を行った。

 

 あとは雄樹の稽古に対しレアスキル使用で魔力制限の条件付きを取り入れたが、レアスキルの応用範囲が広すぎるせいか、それとも俺が戦争を体験していたからか、何でもかんでも出してしまうので一週間続けたが止めることにした。

 

 他にもなのはと二人で勉強会をしたり、アリシアの買い物に付き合ったり、アリサと映画観たり、すずかに工学系の勉強を教えたり、フェイトと屋台を回ったりしたな。……力也との勝負は未だ勝ち続けているが。

 

 そんなこんなで九月。

 

 新学期が始まり、文化祭や体育祭あるなという話をしていると、何を思ったのか元一が「そういやよ」と質問してきた。

 

「大智って誕生日祝ったことあるのか? 今まで不思議だったんだが」

 

 少し考えてから「祝ったことはあるぞ」と答える。

 

「マジで? で、いつなの?」

「なのはは五月、はやては六月……」

「いやお前の誕生日聞いてるんだけど」

「俺の?」

「なんで真顔で首かしげるんだよ」

 

 「いや――」そう言って言葉を濁した俺は、自分の誕生日がないことをすぐさま思い出したが、どう答えようか迷った。

 

「……ひょっとして、誕生日祝ったことないのか自分の?」

 

 まさかと言った表情で恐る恐る質問してくる元一。

 それに対し腹を括った俺は素直に頷いた。

 

「……マジ?」

「ああ。この世界では小学生から過ごしたからな」

「じゃぁこの世界に来る前は?」

「それも似たようなもんだな。気が付けばそこに存在していたから」

「……そりゃ誕生日も祝えないわな」

 

 小声でそんな感想を漏らす。それに対し「そんなに重要なことか?」と質問すると、「いや特に何も。ただ授業が分からなくて眠りそうだったから」と小さく欠伸を漏らしながらウソをつく。

 

 大方誰かが元一に聞けと言ったんだろうな。席、隣だし。

 

 そんなことを推測しながら、俺は授業を真面目に聞かないながらもノートを取っていた。

 

 

 

 

 

 放課後。

 

「今日は何する予定だったか……」

 

 手帳で今日の日付を見ながら予定を確認しつつ立ちあがると、囲むように人の気配が出てきたので俺は特に関心せずそれを抜いて教室を出ようとする。

 

 今日は……あぁ。スカリエッティ博士のところで話をする予定があったんだ。

 

 最近色々あるから思い出すのも苦労すると思っていると、後ろから「待ちなさいよ」とアリサの声が。

 用事があるんだが…と思いながらも振り返ると、「あんたいつ誕生日やってほしい?」と訊かれた。

 

「誕生日? 別にやらなくていいぞ。俺も色々と忙しいし」

「そんなこと言わないでよ大智君。私達のお祝いに参加してもらってばかりだからさ」

「むしろそっちの方が楽だ」

 

 すずかがアリサの援護をしたのであっさり切ると、元一が俺の肩を組んで「まぁまぁ。祝ってもらうっていうのも悪くはないぞ?」と諭してくる。

 

 買収されたのかこいつなどと怪訝な表情を浮かべながら元一を見ていると、我慢できないのか「で、いつやるの?」とアリサが苛立った声で訊いてきた。

 

「だから俺は別にいいって…」

「なんでそこまで嫌なのよ!」

「祝られたことがないから」

「は?」

「え?」

「嘘だろ?」

 

 若干キレたアリサが叫んだので正直に答えると、アリサ含む三人が呆けた顔をした。

 嘘じゃないぞと元一の質問に答えてから、俺はため息交じりに説明した。

 

「前世じゃ全員で同じことを祝うしかないから誕生日関係ないし、こっちでは両親が褒めたことはあれど祝ってくれたことなどない」

 

 俺が説明し終えたところ、三人が何とも微妙な表情をして沈黙していた。

 

 驚きたいけど驚けない――そんな矛盾を孕んだ表情を。

 

 一体どうしたお前らと言いたかったが、すぐさまアリサが回復したために言えなかった。

 

「……なるほどね。それじゃあんた、どうでもいいと思う訳ね」

「まぁな。それに、今は高校を卒業をしてからの準備もあるから忙しいし」

「そんなに早くするの?」

 

 驚いた顔で聞いてくるすずか。詳細を教えればその理由も納得してくれるだろうが、これは卒業間近になって話すべきだろうし、今から話したら自分の道が揺らいでしまうのではないかと危惧したので、「やりたいことの努力をするには、早い方が色々と今後を決めやすいんだよ」と無難に答える。

 

「でもあんた、少しぐらいゆっくりしてもいいんじゃないの?」

「してるぞ。学校の授業で。後は家に帰って」

「……」「……」「たまに俺達と遊ぶだろ」

「そういやそうだったな」

 

 忘れてるんじゃねぇよと肩を叩いていた元一だったが、木在が「部活に遅刻だよ、元一」という言葉で慌てて教室へ戻って荷物を持ち、「俺はこの辺で!」と言ってダッシュした。木在はその後を追うように小走りしていった。

 

 残った俺達三人。

 

「……」

「……」

「……なぁ」

「なに」

「いや、帰っていいか?」

「別にいいわよ」

「うん…」

 

 とても気まずかったので、俺は素早く家へ帰った。

 

 

 

 

 

 

 

「そういや俺の誕生日っていつなんだろうか」

 

 博士との話し合い(クローン施設を一つだけ占拠され、その中に一人だけ無事な男がいたという報告を受けた)で指名手配取り消しをやめようと思った俺はナンバーズ戦闘班全員を身体能力だけで十秒で鎮圧し帰宅。

 

 夕飯を作って食べながら、不意に話題に上がったことを気になって呟いてみる。

 それを聞いたナイトメアは、『マスターに誕生日あるんですか?』と質問してきた。

 

「ないと思うが……」

『だったら神様に電話すればいいのでは? マスターの事を知ってる』

「それもそうだな」

 

 いいアドバイスを受けたので、俺は夕食を食べ終えて食器を片づけてから携帯電話でスサノオに電話することにした。

 

『なんじゃ珍しい』

「俺の誕生日っていつだ?」

『…長嶋大智という意味じゃよな?』

「それ以外はないぞ」

『……おい伊弉諾。大智の誕生日っていつじゃ?』

『あー……あ』

『どうしたんじゃ?』

『あいつの誕生日一回も祝ってねぇぇぇぇ!!』

 

 親父の叫びがこちらにまで響いたので思わず携帯電話を耳から離す。

 しかもまだ『なんってこったちくしょぉぉぉぉ!』と叫ぶので、一回電話を切って時間を置いてからもう一度かけた。

 

「大丈夫か?」

『まぁ。ちょっと黙らせたし』

「で、分かったのか?」

『う~む。わしにはわからん。お釈迦様やイザナミあたりなら知っているのではないか?』

「……分かった」

 

 どうやらスサノオも分からなかったらしい。

 となると母さんに電話した方が早いな……二者の選択をすぐさま終えた俺は母さんに電話を掛ける。

 

『もしもし大智? 珍しいけどどうしたの?』

「俺の誕生日知ってる?」

『えーっと……一応戸籍には載ってるから調べればいいんじゃない?』

「……」

 

 ピッ。何も言わずに電話を切る。

 

『分かりました?』

「覚えてないのか忘れてたのか知らないが……戸籍という書類に行きついた」

『…それは分かってないってことじゃないですか…』

 

 まぁそうなんだが。

 心の中で同意した俺は、調べるとしたら明日かとため息をつく。

 が、それもすぐさま解消された。

 

「君の誕生日は四月……君がこの世界に転生した日だが?」

「理事長……最近会わないからって直接家に来過ぎだろ」

「君が誕生日について調べているようだと風の噂で知ってね。久し振りに登場する機会だと思ったわけだ」

「いやまぁ確かにそうだろうが……あんた【統括者】なんだろ? いいのかよ力使いまくって」

「【統括者】といえばそうだが、そうじゃないともいえるから問題ないし、この世界に魔法があるのだから別に気味悪がる人間はいない」

「また屁理屈を……」

「詭弁と否定と屁理屈を使い分ける人間よりマシだと思うが」

「……」

「……」

 

 少しの間睨み合った俺と理事長。が、互いに示さず同時にふっと息を吐き、リラックスする。

 

「ていうか、俺の誕生日転生日かよ」

「ちなみにもう一人の転生者は六月だ」

「…明らかにおかしい」

「まぁそうぼやくな。分かっただけでもいいだろう」

「…まぁ」

 

 渋々肯定すると、「ではまた。今度は物語が始まってから会おう(・・・・・・・・・・・・)」と言って理事長は消えた。

 

「……」

『身近な人が知ってましたね』

「だな」

 

 理事長の言葉にまさかなと思いながらもナイトメアの感想に相槌を打った俺は、アリサに誕生日の事をメールしといた。

 

 そしたら数分で返事が来て、『遅いながらも来週の日曜やるわよ!』とメールなのに強い口調だった。

 

 

 日曜か…確か神様達から死闘の誘いを受けてたな……。

 

 

 そんなことを思いながら、アリサから『なのは達にもメールしなさいよ!』というメールが届いたので、仕方なく管理局組にそのメールを送った。

 

 返事は、一同に『行く』だった。

 

 やれやれ。




ご愛読ありがとうございます。


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110:誕生日の一日

あと八話ぐらいでストライカーへ移行できる……はずです。


 日曜。約束の日。

 

 いつも通りのトレーニングをしてから朝食を食べ、食器を片づけてからコーヒーを飲んで呑気にテレビを見ていると、「うぃーっす」と気の抜けた声が聞こえたのでテレビを消し、コーヒーを飲み終えて流し台に置いてからナイトメアを装着して「いいぞ」と誰もいない空間で呼びかける。

 

 瞬間、俺は草原に立っていた。

 

『今日誕生日会ですよね? 遅めの』

「とはいえこっちの方が早いからな…」

 

 ナイトメアの呟きにそう返すと、俺の目の前に四人の男が現れた。

 

 一人はペルセウス。弓矢を持ってきてないところを見ると、完全に短剣の近接戦闘をするようだ。

 もう一人はトール。雷神としてなのか豊穣神としての側面なのか分からないが、柄が短い槌は持ってきていた。

 三人目は孫悟空。完全に殺す気なのか、最初から殺気がダダ漏れ。

 で、最後が――

 

「ウルスラグナ、か。武闘派ばっかじゃねぇか。しかも最後負けたことがないってふざけんなよ」

「主も似たようなもんじゃろ? わしらが本気で、殺す気でやって、ようやく倒せる相手だと聞いておるぞ」

「誰だよそんなデマ流したの。真に受けんなよ孫悟空」

「いやでも、大体その言葉通りだよなトール?」

「だな。まぁ今回の勝負は完全に打ち倒そうと考えた布陣だからな」

「僕も戦ってみたいと思ってたからね」

 

 そう言って全員臨戦態勢になる。唯一ウルスラグナだけは自然体。

 それらを見て俺はため息をついてから「解放」と指示をする。

 

 時間にして数秒ですべての魔力が解放され、自分を中心に開放した余波らしき風が草原を駆け回る。

 

 顔を険しくする四人。それらを見た俺は「勝負方法は?」と質問する。

 

 答えたのは、ウルスラグナだった。

 

「僕達の誰かを指名して一騎打ち。勝っても負けても休憩入れて、また別な人と勝負」

 

 簡単でしょ? と笑顔で首を傾げる彼を見てそりゃそうだなと思いながら、「じゃぁ孫悟空からな」と指名する。

 

「お、マジか主よ」

「さっさと勝負しないと一番疲れそうだから」

「かっかっかっ。その意気やよし。存分に期待に応えようではないか!」

 

 言った瞬間俺の眼前に孫が持っていた如意棒の先が来たので、反射的に左手で押し上げる。

 チッ、という音が頭上から聞こえたが気にしない俺は、「ダグラス」と呟いて全長一メートルほどのロングソードを右手で持って駆け出す。

 

「ぬぅ。これならどうじゃ!」

 

 接近されるのを嫌ったのか如意棒を一瞬で縮めたと思ったら俺の腹部辺りに先が伸びていたので、左足に魔力を込めて全力で横に飛ぶ。

 ズシャァァァ! と地面が抉れる音がしたが気にしなかった俺は、右わき腹に手を当てて感触を確かめる。

 

 ……掠ったぐらいで骨が折れたわけじゃなさそうだな。それでもひびが入ってるのかもしれんが。

 孫悟空に一瞬で接近しながら考えた俺は、如意棒でロングソードを防いでいる奴に対し「この剣に見覚えがあるだろ(・・・・・・・・・・・・)?」と言ってやる。

 その言葉を理解したのか如意棒で押し返した孫悟空は、飛ばした俺の体勢が整わせないように近づき攻撃を仕掛ける。

 

「オルァァ!」

「ぐふっ!!」

 

 腹に突き刺さる右ストレート。その衝撃と威力で内臓が潰されたのか、俺の身体の力は抜け、口から溜まってきた血を吐き出す。

 ダラリとなった俺の体。意識が飛びかけてることが分かりながらも、俺は落とさなかったダグラスを握り「ぶっ飛ばせ(・・・・・)」と呟く。

 

 瞬間。俺の身体は宙を舞い、孫悟空はダグラスのゼロ距離爆発(・・・・・・)を食らった。

 

 

 

 

「わしの勝ちじゃろ」

「あぁ。そうだな」

 

 目を覚ましたら二時間が経過していた。あまりにも元気に返事をするものだから、疲れた俺はため息をついて頷く。

 あー畜生。やっぱりバリアジャケットも展開しとくべきだったか……? そんなことを思いながら上半身を起こして反省していると、「まぁわしも内面はヤバいんじゃが」と笑いながら口から血を流す。

 

 ダグラスというロングソードは巻き添え用の物ではない。相手に細菌兵器或いは猛毒を内部へ送る時用の剣である。

 仕組みは簡単で、相手と打ち合う側の先端に極微小の穴があり、そこから衝撃で飛びだすというもの。爆発機能は、相手が遠距離だった場合に投擲だけでは送れないから後付けされた。作ったの俺だけど。

 

 前回はこれで倒したから行けると思ったが……流石に安易すぎたか。

 

 やっぱり反省だなと思いながら首を左右に曲げて立ち上がり、尻の方を払ってから「二回戦やるか」と提案する。

 

「別にいいが、大丈夫なのか?」

「問題ない。それじゃ次は……ウルスラグナだ」

「あ、僕か。うんいいよ」

 

 拍子抜けするほどあっさりと引き受けた彼は一歩前へ踏み出したところ、「あ、そういえば」と呟く。

 

「どうした?」

「いや、僕絶対に勝つよ」

「あっそ」

 

 勝利宣言を聞いた俺は冷たく返し「じゃ、やるか」と同時に発砲した。

 

 

 

 

 

 

 

 結局。全員が本気で殺しに来たので全戦全敗。さすがに孫悟空とウルスラグナまで来ると無理があったか。

 全部生身だったからな…と思い返しながらため息をつくと、ケロッとしている神様達が「いや危なかった」と言い始めた。

 

「バリアジャケット展開されてたら負けてたな」

「そうだな。しかし、武器を量産されるのも厄介だった」

「わしたち神壁を展開せんかったからの」

「いやー久々にギリギリの戦いが出来たよ。本当に疲れた。あれだけ執拗に量産されるとつらいよこっちも」

 

 全員にウソつけと言いたいが、多少なりともある程度追い詰めていたと自負できるのであえて言わない。

 

 すると、不意に思い出したペルセウスが「もうすぐ時間じゃね?」と確認してくる。

 時計類を置いてきた俺は「どうなんだろう?」と首を傾げると、トールが「そういえば」と何か思い出した様子を見せた。

 

「どうした」

「いやなに。お前のプレゼントというか、もうあのスーツ着れないだろうからという配慮でな。すっかり忘れていた」

 

 そういうと同時に俺の事を囲む四人。

 何する気だと警戒すると、次の瞬間「ようやく来たか遅い」とオーディンの声が。

 

「白熱して、つい」

「……まぁいい。時間的には間に合うだろ」

 

 そういうと誰かが俺の肩をたたいたので振り返る。そこにいたのはノスだった。

 ? と事態を飲み込もうとしていると、「じゃ、行こうか」と言われ、俺は回廊の中に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *斉原雄樹視点

 

「久し振りだな、雄樹」

「そうだね元一……ところで、大智は場所を知ってるの?」

「知ってると思うぜ」

 

 そんな会話を交わしながら、久しぶりの再会を楽しむ。

 まぁ本当にこうして久し振りに集まったからね僕達。

 

「にしてもお前…なんか顔つき変わったよな?」

「まぁ…たくさんの現場を見てきたからだと思うけど」

「体つきはあんまり変わってないけどな」

「そういう元一は未だに外見だけでしょ」

「うっせ。高校入学しておいてテスト日や数回しか出てこない奴に言われたくないぜ。それに、俺の成績は今じゃそこそこいい方なんだっての」

 

 そう言いながらコップに入っていたジュースを飲む。

 僕もそれにつられて飲むと、「目の敵にされて大変じゃないか?」と力也がコップを指一本で支えながらこちらに寄って来た。

 中身入ってるんだけどそれ……なんて驚きながら思っていると、「もうすぐ始まるんじゃないのか?」と裕也が手ぶらで寄って来た。

 

「て、なんで僕の方に?」

「滅多に会えない男友達に顔見せたらだめなのかよ?」

 

 ……。どうやら、彼らなりの励ましらしい。

 向こうは向こうでいろいろ盛り上がってるみたいだし、まぁここはありがたく……

 

「ぎりぎりセーフ!!」

『!?』

 

 聞き慣れた声が聞こえたのでその方向へ体を向けると、そこには吸血鬼の真祖が黒いマントを広げながら叫んでいて、それがハラリと戻ると彼の横に大智が新品同様の黒いスーツを着て現れた。

 

 ……とんでもなく似合っていて、僕達は開いた口が塞がらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「さぁそれでは」

 

 ビシッとしていてもう青年実業家と言われても納得してしまう雰囲気の大智に「どうした?」と真顔で聞かれて我に返った僕達。

 だけど直視できないのか、フェイトになのは、アリシアにすずかにアリサの五人はちらちらとみるだけでまともに視線を合わせることをしない。

 

 …今まで普通に視線を合わせてたのにね。

 そんなこと言ったら僕は殴られるんじゃないかと思ったので黙っていると、いつの間にか来ていた大智の両親が司会をやっていた。

 

 ……よく見たらペルセウスにスサノオ、ミカエルさんにロキとか神様いるし。

 

 と、僕達の視線を向けさせた当の本人は大智にマイクを渡していた。

 

『何を話せばいいんだ?』

 

 あ、マイクのスイッチ入ってるのね。

 

「そりゃ、感謝の言葉だろ」

『なるほど……。あー集まってくれてありがとう。今回が初めての誕生日会なので少々緊張している』

 

 言われても分からないけど……まぁいいか。

 

『まぁ正直な話何を言うべきなのか分からないのでここで話を終わらす』

 

 そういうとすぐさまマイクを渡してしまった。乾杯の音頭とか言えばよかったのに。

 その事は大智の両親も同感だったらしいけど、気を取り直したようで『さぁ乾杯!』とコップを突き上げる。

 

『カンパーイ!!』

 

 その言葉に続いて、僕達もコップを突き上げた。

 ……大智だけはそのまま何事もなく飲んでいた。

 

「おめでとう大智」

「俺は四月だ」

「あ、そうだったね」

 

 メールの内容を思い出した僕は笑って誤魔化すと、大智は見逃してくれたのか皿に乗せた料理を食べる。

 

 言い忘れていたけどここはアリサの家。鮫島さんを筆頭に、僕達も頑張った。いや、流石に料理は作らなかったけど。

 

 料理を食べ続けている大智に、僕は少しばかり確認した。

 

「あっちの方は行ったの?」

「ヴォルケンリッターの方は……挨拶を、したな」

「なんで間が空くのさ?」

「いや、近づいたら驚かれてな。そこから軽い言い争いになって別れた」

「…あぁ、なるほど」

 

 それは挨拶なのか断定できないね。

 

「あれ、はやてはいなかったの?」

「あいつならなのは達のところにいるぞ? 何故かミカエルも」

「ふーん」

 

 きっと発破でも掛けに行ったんだろうね。

 

「裕也達とも話をした。こうして祝ってもらうというのは些か高揚感をもたらすな」

 

 ……うん。僕は敢えてツッコまないことにした。

 と、いつの間にか食べ終わって飲み物を口にしていた大智が何の気なしに「そういえばお前達はキスをしたのか?」と訊いてきたので思わず吹き出す。

 

 な、何をいきなり唐突にそんな話題に吹っ飛ぶんだよ!? 咳き込みながら赤面しつつそんなことを考えていると、「いや、付き合った男女はキスをするのにそれほど躊躇いがないのは本当なのか気になって」と相も変らぬ鉄面皮で補足する。

 

 ……あー一応は考えているんだ…。いや、考えているというより知識を増やしてるって感じかな?

 

 とにかく恋愛ごとに関して調べているようなので進歩してると言っても過言でもなさそうだ。…情報源が少々おかしい気がするけど。

 

「ちなみにそれは何で聞いたの?」

「恋愛小説だな。後は……クラスメイトが話をしてるのを」

 

 誰だそんな話をしてる奴。普通は違うよ普通は。

 

「で、どうなんだ?」

「普通は躊躇うって。羞恥心を乗り越えてキスをするんだって」

「やったのか?」

「や、やってない!」

「…ヘタレって奴か」

「……なんでそんな言葉知ってるのさ」

「元一に対して使われているのを聞いた」

「え、俺がなんだって?」

「なんでもないよ」

 

 途中で入ってきた元一をやんわりと外しながら、念話でどういう事か聞こうと思ったけど不意に思い当たる事柄を思い出したので、小声で確認する。

 

「それってさ、木在との…?」

「ああ。あの二人、まだ付き合っていない。どちらも告白しないでここまで来ている」

「なるほどね……」

「あの二人の関係がつかず離れず。相思相愛なのかと参考にしている」

「……で? 自分の気持ちは分かった?」

 

 そう聞くと大智は首を横に振って「いやまったく。特に気持ちが焦がれるとかってのはない」と真面目な顔で答えた。

 

 一応理解してるみたいだから進歩はしてるんだろうけど……結構長くなりそうだねぇ。

 

 女性陣の苦労は尋常じゃなさそうだと思いながらため息をつき、僕は思い出した。

 

「ああそういえば」

「ん?」

「プレゼント」

 

 ポケットから取り出した本を渡す。

 最初何のことだかわからなかったのかその場で固まっていたけど、「あぁそういうことか」と理解を示してくれたようで、素直に受け取ってくれた。

 

「『ダジーラの悲恋』……まぁありがたく受け取っておこう」

「正直言って一番苦労したね今までで」

「そうか」

 

 こういう自力で何とかできる人に対して何がいいのかなんて、本当難しいよね。

 

 大智はというともらった本を早速ぱらぱらとめくったと思ったら徐に閉じ、「なるほど」と言って本を消した。

 ……あれ?

 

「本は?」

「家」

「あの一瞬で…?」

「ああ」

 

 そんなことに魔法使うってどんだけ……なんて思っていたら、ローソクが立っているケーキが運ばれているのが見えた。どうやら消してもらうようだ。

 

 普通に消せるのかなと心配しながら、僕はチラリと視線を後ろへ向けた大智を誤魔化すように話しかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 結論。

 

 意外といいものだった。




それでは。
ご愛読ありがとうございます。


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111:高2・エリオという少年

ここら辺で(お気に入りが)打ち止めか知りませんが更新は止めません。


「そういえば大智君」

「どうした博士」

 

 ログハウスでのんびりクロスワードを解いていた七月。

 夏休みに入り宿題を一日で終わらせた俺は、避暑地代わりにこうしてほぼ毎日こちらへ来てだべっている。神様達からのコンタクトも少なくなっているため、こうして完全に暇している。

 

 八割ほど埋め終えた俺は、一度顔を上げてパソコンと睨めっこしている博士を見る。ナンバーズはウーノを除き全員が出払っている。主に情報収集や鎮圧の真似事をさせて戦闘における経験値を溜めさせている。

 

 とりあえず『全員で生きる』と言う博士の条件を実行させるにあたってだったが、数人がいう事聞かなかったので実力行使で理解させた。

 

 今でも不意打ちで俺の事を攻撃しに来る奴がいるので毎回返り討ちにする。

 

 まぁ今は全員で異常気象が起こってる原因の究明及び可能なら排除をさせているからしばらく戻ってこないだろう。

 そんなことを思い返しながら言葉を待っていると、「あぁ僕か」とようやく博士が口を開いた。

 

「前に引き払った研究所が占拠されたと言ったね」

「あぁ。一人の少年が保護されたそうだ…って、ナンバーズの方が知ってるだろ?」

「その少年の名前――エリオじゃなかったかい?」

「そこまでは知らん。いちいち聞くこともないから」

「ふぅん……。でもね、十中八九間違いないんだ。その少年の名前はエリオ。エリオ・モンディアル」

 

 確信をもって少年の身元を断定する。その事から博士はその少年の事を……

 

「造ったのか、ひょっとして?」

「良く分かったね。あぁそうさ。依頼があったし僕もその筋の研究をしていたから丁度良くね」

「……なら指名手配取り消しはやめとくか」

「え、ちょっと? そんなこと考えてくれたの?」

「まぁ。だがこの世界だとクローン製造に関してはアウトなんだろ? 郷に入っては郷に従え。今すぐ通報してやろうかといいたいところだが……」

「だが?」

「正直管理局がもう一度こっちに来る手間を考えたらどうでもいい気がするし、そもそもクローン製造法の禁止に関する法律があるのかすら定かではないから別に取り消してもらう方向を考えるか」

「本当に!?」

「期待はするな。長い間管理局とつながってたんだから取り消してもらえるかどうか怪しい。それに……上層部が危ないんだろ?」

「うん。レジアスに支援してもらってたけど今頃死んでないって分かってるだろうから躍起になってるだろうし、最高評議会って奴らもいるし」

 

 最高評議会と言う名を口にした時、一瞬だが博士の雰囲気に憎しみと苛立ちが混じった。

 きっとロクでもないことをしてたんだろうと思いながら、俺はため息をついて「こうなったらずっと身を隠す他ないな。ある程度失脚させてから」と呟く。

 それを聞いた博士は「それはいい考えだ」とにやけながら言ったと思ったら何か思いついたのか、一心不乱にパソコンに視線を移してキーボードをたたいていく。

 

 そんな時に携帯電話が鳴ったので、俺は「外で電話を受けてくる」と言ってログハウスの外に出た。

 

 ウーノは博士の指示で書類をまとめている。言い忘れていたが。

 

 

「はいもしもし」

 

 相手も確認せずに電話に出る。

 

『あ、も、もしもし! だ、大智君!?』

「……あぁフェイトか。どうした」

 

 異常に――恐らく相手を意識した結果なのだろうと推測する――声高になっているフェイトに冷静に訊ねると、『え、えっと……』と少し躊躇してから彼女は意を決したのか電話越しだというのに叫んだ。

 

『い、一緒に…遊園地いかない!?』

「……いや、別にいいが」

 

 携帯を少し遠ざけてから戻し、了承してから再び遠ざける。

 すると、思った通り『本当に!?』と叫んできた。

 

 嬉しいと人間って叫びたくなるんだなと思いながら無難に返事をすると、『じゃぁ、明日ミッドチルダの管理局前に来て! 九時ぐらいに!!』と叫んで電話を切った。

 通話が終了したことを確認した俺はすぐさま携帯を閉じてポケットに入れ、ログハウスに戻ることにした。

 

「大智君。さっき画期的な発明品を思いついたんだ」

 

 戻って来て早々博士がそう言うのでパソコンの画面を覗き……懐かしいもの(・・・・・・)を見て納得した。

 

「これは確かに画期的だな。これを使えば相互転送が可能だ」

「だよね。けど、装置の子機をどうやって設置しようかってのが問題かな」

「まぁな。転移装置で持っていくにしては少々面倒な気もするし」

「実現するのはもう少し先かなー」

「出来ましたよ博士」

 

 ウーノが書類の束を博士の前にどんと置き、そのままキッチンへ歩き出した。どうやら食事を作るようだ。

 

 この光景を見た限り夫婦のような気がしてならないなと思いながら、夫婦とはこういうものなんだろうなとも考えた。

 

 まぁ邪魔するのも野暮だろう。そんなことを思った俺は博士に「じゃ、俺そろそろ家に帰る」と言ってそのまま地下室へ降りた。

 

 ……そういえば、俺はどうやってミッドチルダへ行くことになるんだろうか。一応転移装置があるから構わないんだが……。

 

 地下室を歩いて自分の家の庭に出た時、ふとそんなことを思った。

 

 

 

 

 

 

 

 で、当日。

 

 とりあえず集合時間より1時間近く前に到着しておいてのんびりと観光して時間を潰し、ギリギリ間に合うように到着した。

 すると、フェイトが小さな少年と一緒に待っていた。

 

「待たせたな」

「ううん。私も今来たところ」

「…で、こいつは?」

「えっと……」

 

 何か言いづらいのだろうか。誤魔化そうとするフェイトを見ながらそう思った俺は、赤髪でこちらに視線を合わせない少年を観察する。

 

 どうも周りにいる奴が全員敵だと思っている眼だ。一応フェイトの事は最低限『信じてる』ようだが……。

 

 なんか俺を見てる様だなと思いながら見ていると、フェイトが少年――恐らくエリオの手を握って「じゃ、行こうか?」と俺を見て提案してきた。

 特に反対する理由もないし人通りが多くなってきたと思ったので、俺は何も言わずについて行くことにした。

 

 

 

 

 

 

「で、どうやって行くんだ?」

「バスとか」

「……大丈夫なのか?」

「え、うん。エリオはこのぐらい(・・・・・)なら大丈夫」

「そうか」

 

 そういう意味じゃないんだがな。

 そう思いながら近くに感じる見知った気配の場所をちらっと見る。

 

「? どうしたの?」

「いや……」

 

 ひょっとしてバレてないのだろうかと思いながら視線を戻してフェイトに「なんでもない」と言っておく。

 ついでメールを即打ちして気配をした奴ら全員に『お前ら小5のアレを繰り返すつもりか?』と送っとく。

 見知った気配を近くに感じれば分かるというのに……そんなことを思いながら、フェイトとエリオの後をゆっくりとついて行った。

 

 

 

 バスの中。

 

 エリオとフェイトは一緒に座席に座り、俺はその近くで立ったまま。

 席に余裕は若干ある。ただ、動きを制限されたくないだけで立っているだけ。

 

「楽しみだね、エリオ」

「…………」

 

 話し掛けてはいるが反応がない。そんなことは前から知っているからか、へこたれずにまた話しかけている。

 よくやるものだと思いながら、俺もこんな風に話しかけられてたなと昔を思い出す。

 そこから俺とエリオが似ているのかもしれないと仮定した場合のこのエリオの状態は、一種の人間不信に陥っているのだろうと仮定する。

 

 ……そう考えるとなのはたちはすごいな。

 

「どうしたの大智君?」

「いや。久し振りに遊園地に行くなと思って」

「私はそうだけど、大智君はあれから何回か行かなかったの?」

「ん? いや、半年前に別世界にあった遊園地のアトラクションの性能実験に立ち会うために行って以来だ」

「それは結構行ってるよね」

 

 でもその前は三年近く行ってないぞ。それは関係ないじゃん。そんなやり取りをしたところ、不意に俺の携帯電話が振動した。

 ポケットから取り出して相手を確認すると、『あんた今どこにいるの?』とアリサからメールが。

 

 ……そういえば何も言ってなかったな。

 

 とりあえず俺は『出掛けてる』と打って返信する。

 するとすぐさま『誰と?』と返ってきた。

 

 ……どう答えたものか。

 正直に答えて良いとは思うのだが、答えたら答えたで別な日になんか面倒なことが起こりそうなので答えづらい。

 

「……」

「どうしたの? メール?」

 

 どう答えたものかと画面と睨めっこしているとフェイトが質問してきたので、「メールの返信で悩んでいる」と答える。

 

「誰からなの?」

「アリサ」

「……」

 

 瞬時にフェイトの顔が赤くなった。一体どんな想像をしたのだろうかと思いながら『呼ばれて』と返信。

 

 …………。

 

「『だから誰と?』って……しょうがない。一人で、と……」

 

 そう返信して寂しい奴だと思われるんだろうなと瞬時に思えた。

 しかしながらアリサはどう思ったのかこれまたすぐさまメールで『な、なら一緒に行ってあげてもいいわy』と返ってきた。

 

「地球じゃないぞ……っと」

 

 返信を確認してから携帯を閉じてポケットに入れる。

 

「これで後顧(こうこ)の憂いなく……って、フェイト。どうした顔真っ赤だぞ」

「えっ!? な、なんでもないよ!!」

 

 明らかに動揺しているのだがそんなにするものだろうかと思いながらエリオという少年をみたが、彼は一切無関心のままだった。

 

 

 

 

 

 

 遊園地に着いた。日本ではお目にかかれない規模だ。

 だがそれほど驚くことではないので、「じゃ行くか」とフェイトに言って歩き出した。

 

「何に乗る? エリオ」

「…………」

 

 フェイトが屈んで目線を合わせて訊ねるも返事はなし。俺はというと、パラパラとパンフレットをめくって全アトラクションを把握して感想を言った。

 

「普通だな」

「え?」

 

 フェイトがこちらを見たが俺は自分が言った言葉に対し何も言わず、俺はパンフレットを二つに折って後ろのポケットに入れてからエリオの襟首をつかんで持ち上げる。

 

「ちょっと大智君!」

「別にいいだろ」

 

 抵抗しているのか背中に足とか拳とか当たっている様だが痛くないので気にせず、「ほらさっさと適当にアトラクションに乗ろうぜ?」と促す。

 フェイトは少し悩んだようだが、「そうだね」と言ってエリオをつかんでいない腕にしがみついてきた。

 

「離せっ!」

「ほら」

「っだ!」

 

 ようやく喋ったようなのでそのまま離す。するとエリオはそのまま落下し、当たり前のようにしりもちをつく。

 

 周囲の人がなんか集まっている様だが俺は気にせず、フェイトに離れてもらって振り返る。

 

 そしたらエリオが憎しみを宿した目で俺に突っ込んできた。

 

「おうらぁ!」

 

 勢いのついた拳。だが痛みは全くない。

 そのまま立っていると連撃が来るようだったので二発目の拳をつかんで「よしジェットコースター行くか」と宣言して引きずる。

 

「っ、離せ! 離せよっ!!」

「うるさい子供。おとなしくついて来い」

「あ、待ってよ」

 

 こうして、俺達は遊園地で遊ぶことになった。

 

 まぁジェットコースターでエリオを乗せ、(身長制限をぶっちぎって)隣に座った俺は安全バーなしで普通に終わるまで寝てた。

 終わって目を覚ました時、何故か疲れた顔をしたエリオと驚く客、そして乾いた笑いを浮かべるフェイト。

 どういう事か気になったが別な場所へ移動するかと思い、すぐさま降りた。

 

 次に乗ったのはコーヒーカップ。俺は一人乗らずエリオとフェイトの二人の姿をのんびり見ていた。時折俺と視線があった時、エリオは不機嫌そうな顔をしたが。

 

 でお化け屋敷なんて魔法のある世界に存在していて試に入ってみたがそれほど怖いものではなかった。

 

 ……フェイトが俺にしがみついて、エリオがフェイトにしがみついていたが。

 

 昼は売店で買ってそこら辺のベンチに座って食べ、そこから色々とあり――

 

 

 現在は三人で観覧車に乗っている。

 

「ありがとね、大智君」

「まぁ暇だったから別に。あ、宿題はちゃんとやれよ」

「やってるよちゃんと」

 

 エリオがしゃべらないので二人で世間話をする。が、急にフェイトが真面目な顔になったので話題をやめて黙る。

 

 次に口を開いたのは、俺達が乗っているゴンドラが真上に来た時だった。

 

「――あのね」

「ん?」

「今日君に来てもらったのは、エリオに知ってもらいたかったんだ」

「愛情を?」

「……うん」

 

 なぜ俺に言うのだろうか。そう思いながらフェイトの肩で眠っているエリオを見る。

 

 …これもう信頼されているんじゃないのか?

 

「エリオはね、私と同じでクローンなんだ。そのせいで色々と酷い目に遭ったらしいんだよ」

「フェイトってクローンだったのか?」

「え? もしかして、知らなかったの?」

「聞いてないからな。まぁお前がクローンでも一個人としてちゃんと生きているんだから関係はないだろ」

「……ありがと」

 

 何故か小声で礼を言われた。

 が、すぐさま彼女は進めた。

 

「エリオを発見した時はすぐさま母さんに頼んで引き取ってもらったんだ。他人事だと思えなかったし」

「そうか」

「そして私はこの子を助けたいと思ってこうしてるんだ。付き合わせてごめんね」

「別に」

 

 俺は素っ気なく返してからゴンドラの外の景色を見つつ続ける。

 

「自分だけでできないから他者に手を借りるというのは当たり前だ。それに、エリオと会って俺もこんな感じだったんだなと確信した」

「……あ。それもそうだね。だから余計に助けようと思ったのかも」

「だったら解決法は簡単だな。なんせ、俺という経験があるんだから」

「…………ふふっ。そうだね」

 

 少しだけ笑った彼女は窓の景色に視線を向けたのが視界の端に映った。

 

「――頑張るよ、私」

 

 宣言するような言葉を聞き、俺は目を瞑って「ああ。頑張れよ」とエールを送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、その日から数日経ったらエリオが心を開いてくれたそうだ。思いのほか早かったな。




ご愛読ありがとうございます。

なお、この時点で彼が出ているのが正しいかどうかは私自身分かりません。(一応、調べて逆算した結果です)

間違っていても訂正はされないのでご了承ください。


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112:暇潰し

久し振りに更新します。頑張って書いて行こうかと。


「暇だな」

『いきなりどうしたんですか?』

 

 今の季節は冬。外を見ると雪がちらつき、年末だからかテレビでは特番ばかりやっている。

 

 読んでいた本を閉じた俺はテーブルに置き、椅子に寄りかかりながらもう一度「暇だ」と呟く。

 

『高校卒業後の計画とか大丈夫なんですか?』

「草案はできてるし、下準備の残りは三年にならないとできないから実質現段階では終わっている。宿題なんて一日で終わるからないも同然で、クリスマスパーティに行く以外は特に今月予定がない。博士やナンバーズは水入らずで温泉のある無人世界へ行ってるし」

『……思いの外やる事ないですね』

「師走だというが、それほど忙しいと感じない。管理局や他の奴らはどうか知らないが」

 

 そういえばマスターが考えていた理論は? あれは一応の実証実験で立証されたから放置している。なんて益のない会話をしながら時間を潰していたが、それでも暇なことには変わりなかった。

 

「暇だな」

『…そうですねー』

「こういう時って普通どうするんだ?」

『友達とか呼んで遊んだりするのでは?』

「あいつらにも予定があったな今日」

『じゃぁどこかへ行くとか』

「神様連中と大体行った」

『…どうするんですか? 余生の過ごし方を考えられない老兵みたいになってますよ?』

「老兵とは言いえて妙だな」

『納得しないでください』

 

 そう言われてもまさしくそうなのだから納得する以外何もないぞと心の中で反論したところ、「マジで? 大智も暇なの?」と後ろから声が聞こえた。

 

「……何か用か、親父(・・)?」

「暇つぶしに来たんだが…大掃除も終わってる様だな」

「まぁな」

 

 レアスキル使って掃除道具を出しまくったから数十分で終わった。物はそれほど多くないので、分別も楽だった。

 いつの間にか親父が正面の椅子に座っているが気にせず、俺は「母さんは?」と質問する。

 

「温泉旅行。女子会の」

「…神様にも女子会ってあるんだな」

「男子会もあるぞ? 独身限定で」

「そういうのを非リア充とかいうんだったか」

「確かな……でさ、何するよ?」

「やる事決めていたらこうしてのんびりしていないだろ」

「それもそうだな」

 

 そのまま二人でのんびりする。うちに炬燵はないので作ろうかと計画した覚えがあるが、荷物になりそうだと思ったら作る気が一気に失せたのでテーブルとイスしかない。偶に両親が帰ってきた時に炬燵とか出すのだが、帰ると同時に持ち去られるので作る必要はなかった。

 

 少しして、親父が不意に呟いた。

 

「…管理局の無限書庫行こうぜ」

「また唐突だな。いきなりどうした」

「暇潰しには丁度いいだろ、あそこ?」

「そんな理由かよ」

 

 俺は呆れる。

 だが親父は真剣な顔をして、「行こうぜ」と誘ってくる。

 

「直接行くのかよ」

「当たり前だろ?」

「不法侵入になるだろうに」

「大丈夫大丈夫! そしたらすぐ消えるからよ」

「消えてもどうせその場からってだけだろ?」

「消えれば一緒だろ? 今更だけどお前との関係どうなってるか知りたいし」

「変わらんよ。あんまり『女』としての認識を持てない」

 

 そういうと親父はなんといえばいいのだろうか……こう、顔の表情が一瞬で崩れてどう動かせばいいのか分かってない状態になっていた。自分でも何が言いたいのかわからんが。

 

「……マジで?」

「ああ。どうも俺の恋は前世で止まっている様だ」

「いや、進めよ!」

「とはいえ、正直に言うと長い間近くにいたからそういう感情が湧きづらいというのもある」

「……なんでそこまで分かるのに何もしないんだよ」

「しないんじゃない。出来ないんだ」

「それこそタチが悪い!」

 

 そんなものは自覚済みだ。そんなことを心の中で反論しながら読書を再開すると、「尚更行こうぜこの野郎!!」と目が据わった親父が叫んだ。

 すぐさま閉じて欠伸をしてから、安易な質問をする。

 

「なんで?」

「お前の意識を変えるため!」

 

 即答だった。そして、即実行された。

 

 気が付けば俺達は床のない空間にいた。

 

 右を向いても左を向いても本棚しかない……というか、本棚が浮いてる。俺達も浮いている。

 

「着いたな!」

「初めて来たけどな……ところで、近くに小さい奴がいるんだが……ユーノであってるか?」

「え、あ、うん。……って、君達はどうやって来たの?」

 

 呆然とした様子で立っていたのが分かったので確認すると、小さい男――ユーノは我に返った様子で俺達に質問してきた。

 聞くだけ無駄な質問のような気がするんだがなと思いつつなんて答えようか悩んでいると、親父が「よし! 早速整理整頓するぞ!!」と勝手にやろうとするので、自分の質問そっちのけで彼は親父に叫んだ。

 

「か、勝手にやらないでください! せっかくまとめられ」

「よしできた!!」

「え、一瞬で!? ていうか本当にさっきまでと場所が違う!!」

 

 ユーノは驚いた。

 そりゃそうだろうと親父がやったことを見ながら、間近にあった本を一冊取り出しパラパラとめくる。

 ふーむ。なんとなく読めなくはないが、これは素直に聞いた方が早いな。

 なんとなくそう思ったので俺はユーノの言葉を流してる親父を呼んだ。

 

「親父」

「おうなんだ~?」

「って、君のお父さん!?」

「ああ。これは一体何語か教えてもらいたいんだが」

「あ? これはベルカ文字だよ。ベルカ式の魔法に使われた文字」

「そうか……ならなんとかなりそうだな」

「え!?」

 

 驚くユーノを無視し、持っている本の内容を翻訳する。

 ……『ベルカ時代における国の変化』か。少し頭が疲れるが、まぁ読めないものではないな。

 そう結論付けた俺は、親父の「なぁ、これなんてどうよ?」と本を一冊薦めてきたが、それを無視して自分で選んだ本を読むことにした。

 

「って、何居座っているんですか!?」

「暇潰しに来た。そう答えたらどうする?」

「そうそう。暇だから来たんだよ。別にいいだろ?」

「……もういいです」

 

 力なくユーノは呟く。それを聞いても俺達は先程から採っていた行動を変えることはない。

 俺は本を読み、親父は適当な本棚へ移動しては本を探して読んでいく。

 一方でユーノは近くの本棚へ移動して一冊一冊を確認して「うわ……」と呟いていた。おそらく自分がやりたかった区分で割り振られていたことに驚いているのだろう。

 そんなことを思いながらも、読書中の内容を覚えるのを忘れない。

 

「おい大智! ここに面白い本あるぞ!!」

「今別な本読んでる」

「つれねぇな」

「っていうか、勝手に本読んでるよね……」

 

 俺達の事なら気にするな。そう言おうと思ったが、なかなかに刺激的な内容だったため言えず、そのまま無言で読み進める。

 

 そんな俺達の態度を見たユーノは諦めたのか「もういいよ……」とどこかへ消えてしまった。おそらく出て行ったのだろう。

 そのすぐ後に俺は読み終わり、本を元に戻してから別な本棚を探す。

 

 聖王とか覇王とかいたのか昔に。古代ベルカ時代に。

 戦乱とかってのはどこの世界でもあるもんだなと思いながら無重力空間を走って移動していると、親父が手を振っているのが視界に入ったのでそっちへ一気に跳ぶ。

 

「どうした」

「相変わらずでたらめだな…ここまで距離あっただろ」

「溜めて跳べば着く」

「人間やめてるな…」

「元より人間の枠にいる記憶はないぞ」

 

 話題を逸らされている感じがするのでそろそろ手を振った理由を聞くか。

 

「なんで手を振ったんだ?」

「いやさ、ここの本棚にジェイル・スカリエッティの書類あるんだぜ?」

「ふーん」

「盗んだりしないのかよ?」

「なんでばれることしなくちゃいけないんだよ。俺にメリットはないし、そもそも今までの自業自得だ。捕まっても俺は知ったことじゃない」

「お前も捕まるぞ?」

「そん時はそん時だ。おとなしくするさ……もういいか?」

「なんだ読みたい本でもあったのか?」

「いやないが」

 

 即答すると、親父は腕時計を見てからため息をついて「暇潰しになりもしなかったな……」と呟く。

 

「飽きたのか」

「まぁ」

「じゃぁどうする」

「だよなぁ……」

 

 俺自身は連れてこられただけなので帰りも親父に任せなければどうすることも出来ない。いや、帰ろうと思えば帰れるだろうが、親父を残したら何をされるのか想像できないし、何かをやられたらこちらが困ってしまう。

 こうなったら親父に付き合うしかないんだよなぁとため息をついていると、「やっぱりなのはちゃん達に会いに行こうぜ?」といい笑顔で提案してきた。

 

「やっぱりそうなるのか」

「それしかないってため息つくの止めてくれないか?」

「実際それ以外にあったのか?」

「ないなぁ……」

「大智君! に、竜一さん!! どうしたのこんなところに来て!」

「…着ちまったな、親父。向こうから」

「だな」

 

 管理局の制服で慌てて(というよりユーノの報告を受けてすっ飛んできたと言った方が正しいのだろう)来たなのはを見ながら俺達は、早くも目的の人物が来てしまったことに対し頭を悩ますことになった。

 それを見たなのはは瞬きを数回してから状況を把握できてないのか首を傾げて「どうしたの?」と訊ねてきたが、俺達はそれに答えずアイコンタクトで会話することにした。

 

『暇潰しに来たと正直に言うか?』

『とはいってもそれ以外上手い言い訳ないしな』

『そもそもの話、ここに侵入者が来たと騒がれているんじゃないのか?』

『ああそうだな。そんなことは知ってるさ』

『だったら』

「大智君? 竜一さんとだまってどうしたの? ユーノ君が来てって言うから来たけど……不法侵入だよね?」

「良く分かったな。単純に思いつきで来たようなものだ」

「おい!」

「……やっぱり」

 

 俺の発言に怒るかと思ったが、ため息をついて呆れていた。成長しているからかそのしぐさからも大人の雰囲気を漂わせる。単に苦労しているからなのだろうが。

 が、すぐさま気を取り直したらしく「でも丁度良かったよ。こうして直接話せて」と嬉しそうにしていた。

 それに対し俺はこれまでの会話のケースを思い出し……最近携帯電話の方が多いことを確認した。

 

「確かに。昼夜問わず忙しそうだしな、お前達」

「そういう大智君は……暇そうだね」

「実際卒業後の準備を完全に終わらせたからな。後はのんびりするだけだ。暇過ぎて今ならお前達に負けるかもしれないな」

「いやお前が負ける可能性ってそれこそ文明ひとつ滅ぼすほどの力がないと無理だろ」

「それか、神様達か」

「……分かってたよ、大智君との壁は」

 

 いじけて、というよりは落ち込んだ様子でつぶやくなのは。そこまで希望を見いだせていたのかと内心呆れながら、俺は彼女が言っていた意味を聞くことにした。

 

「それよりも、丁度良かったというのはどういう意味だ?」

 

 その言葉になのはは何かを思い出したようで、「そうだった! ちょっと一緒に来てくれない?」と急かすように言ってきたので、暇だった俺は頷いて肯定する。というか、暇じゃなかったら俺はわざわざこんなところに来ない。親父に連れられて。

 俺の返事に頷いたなのはは「じゃ、こっちだよ」と自然と俺の手を握って案内を始めた。

 されるがままの状態でいると何故か親父がニヤニヤとしているので、どこか不自然な光景でもあるのだろうかと思いながらも何も言わずに手を握り返していた。

 

 なのはの手から伝わる体温が少しばかり高い気がしたが、別にいつもの事なので気にすることはなかった。

 

 

 

 

 

「お、ちゃんと連れてきたみたい…やな?」

「どうしたはやて。鳩が豆鉄砲くらったような顔をして」

「なんで大智のお父さんもいるんや?」

「一緒にここに来たからだが」

「……さよか。今まで驚いてきたからそれほど驚かないと思ってたけど、そうでもないようや」

「そうか。で? 一体何の話を聞かされるんだ?」

「その前に大智。いい加減なのはの手を離したら?」

 

 食堂みたいな場所に集まっていたはやて達を目撃した俺はそのまま連れられてはやてと会話をしていると、フェイトが不機嫌そうにそんなことを言ってきた。

 そこまで怒る事なのだろうかと思いつつ自然に手を離した俺は、ニヤニヤしている親父に裏拳を入れたが止められたので、そのまま体を捻って逆側のひじで脇腹を狙ったが、それすらも止められ、上へ投げられた。

 くるくると回転して通路に着地した俺は、先程まで居た場所に戻ることにした。

 

「で? 一体何の用だ?」

「今、何があったんや?」

 

 唖然とした表情で訊ねてくるはやて。フェイトと雄樹は見えていたのか驚きはしなかったが、それでも完全に驚かなかったという訳じゃないらしい。

 

「どうした斉原。ぼんやりとして」

「なんでもないよ、ザフィーラ」

「どうしたの、フェイトちゃん?」

「え、ううん。なんでもないよ」

 

 少しばかり気が抜けていたようだ。

 そんなこと関係ない俺は、はやての質問を無視して「何かやる事があるのか?」と質問する。

 

「その前にさっきの質問に答えんかい」

「攻撃して投げられた。これで終わりだ」

「お、おぉう。そか……」

「それで?」

 

 話を進めるように促したところ、咳払いしてからはやてが話を切り出した。

 

「うちな、管理局に新しい対策課を作ろう思うとるんや」

「そもそも管理局ってどんな部署があるんだ?」

「大雑把にいうなら陸・空・海の対策課やな。それぞれがバラバラやから対応が遅れてしまうんや」

「それでまとめた部署を作ろうという訳か」

「せや。とはいっても話が通るのは早くて再来年やろ。今はそれまでの地盤固めや」

「なるほど。それに俺が関わる理由は?」

「影響力が強いから……って、ちょい待ち。うちそんなこと言ってないやろ?」

「考えればわかる事だろ。何を遠まわしに言ってるんだ?」

「……せやった。大智に相談事するとうちが頼めたこと一回もなかったやん」

 

 そんなことでいじけられても困るので、俺は「それほど管理局に影響を与えたという自覚はないぞ? 色々と遭遇して邪魔したり手柄を取ったりした記憶はあるが」と話を進める。

 

「せやな。けれどよく調べたらそれらの事件って、うちらの方に落ち度があるんやよ。にも拘らずに強行したわけや」

 

 大智と遭遇したのは天罰やなきっと。うすら笑いながら小声でつぶやかれたそんな言葉を聞きながら、俺は俺でやる事があったしその邪魔になるから排除しただけなんだがなと当時を思い返しながら思う。

 しかしそれだけで影響力が強いのかという疑問も同時に。

 それが分かったのかそれとも話の流れでその話題になったのか知らないが、はやては「勿論、それだけでなるわけやない」と言ってから付け足した。

 

「うちらが関わった事件を最終的に解決させたのは大智や。その上管理局の反応次第では解決させた力を以てこちらを潰す。そういった印象も一役買ってるんやで」

 

 実際そんなことを堂々と言うとったし実行できる力を見せつけられとるからな。上層部や最高評議会ですら恐れを抱いとる。笑顔でいう事じゃないだろうに嬉しそうに事情の説明を終えたらしいはやて。それを聞いた俺は、「俺を傘に脅したいわけか」と簡潔に述べる。

 

「身もふたもない言い方をすればそうやな」

「そんなの、最終手段にしておけ。自力で何とかこぎつけろ」

「……えぇの?」

「目途が立っているなら使うな。正直、脅しの代名詞に使われるのは、俺の心情的に嫌だからな」

「さよか……ま、一応の許可をもろうたからええか」

 

 思いのほかあっさりと話が終わったので、暇だった俺は「とりあえず、来年海に行ってみたいな」とうっかり漏らしたのを目ざとく聞いたはやてと親父が盛り上がったことにより、収拾をつけることに時間を費やすことになった。

 

 ついうっかりだからな。他意はないぞ。




ご愛読ありがとうございました。


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113:高3・お届け者

こちら投稿するの忘れていました


 進級して高校三年。

 力也とアリサとすずかは進学、管理局組(アリシアも)はそのままそっちの方へ行くことが確定していたので、特に進路で悩む必要がないためある程度暇ができた七月。

 

 ……俺の進路? 普通に起業だが何か?

 

 まぁともかく。学生でいられる奴らにとっての最後の夏休みだという事で、暇をもらったらしいなのはたちが俺が去年うっかり漏らした言葉を真に受けて提案してきた。

 

「ねぇ、海行かない?」

 

 アリシアから言われたその言葉で去年の暮を思い出した俺は「そうだな…」と窓の外の景色を眺めながら呟き、次いで現状を見ながら言った。

 

「お前ら全員が補習にならなかったらな」

「「「「「「「「うっ」」」」」」」」

 

 ペンを走らせていた腕が止まる彼女達。

 ため息をついて髪の毛を掻いた俺は、いつものように言った。

 

「……ノート貸したのに復習しないお前らが悪い。ほら勉強しろ勉強」

「「「「「「「「はーい」」」」」」」」

 

 

 一部管理局組じゃない奴らもいるが、そこは日頃の勉強不足が(一人は問題ない)たたっているせい。

 一応だが海に行く計画を考えておくか。図書館で俺と力也、アリサやすずか以外が勉強しているのを尻目に、外の景色を眺めながらそんなことをぼんやりと頭にとどめておくことにした。

 

 現在は六月中旬。七月上旬がテストで中旬から八月末まで人生最後の夏休みを満喫するためにいつものメンバーが勉強している。勉強しなくとも学年トップの俺や同率一位のアリサや力也は大学の勉強、すずかは工学系の本を読んでいる。

 

 高校三年になって全員の進路が固まりだしてきた。もっとも、俺や管理局組は決まっていたが。

 とりあえず進学するのはアリサと力也とすずか。学力的には何ら問題ない大学へ推薦ではなく一般で受けると危なげに言っていたので大丈夫だろう。

 

 裕也に関してはドラフトの声がかかったそうだが、やんわりと断ったらしい。甲子園三連覇を達成するだろうから野球に打ち込めなくなってしまったらしい。大智のせいだなと笑いながら言っていた。

 単に向上心のおかげじゃないかと思ったが、何やら吹っ切れた様子なので別に反論する気はなかった。

 大学にはいかず、卒業までに就職を探すようだ。

 

 元一と木在は、とりあえず付き合い始めた。高校三年になってどんな心境の変化があったか知らないが(知ろうと思えば知ることはできるが、野暮と言うものだろう)、もう付き合ってると思っていたクラスメイトは驚いていた。驚いていないのは、俺と力也位だったな。

 進学するには金銭的に無理だということで二人とも就職するらしいが、裕也と同じで卒業式までに探すようだ。

 

 なお俺は、先程ものべたように起業して生活するので、進路なんてはなから考える気はなかった。

 

 そういえば今日って卵の特売日だった気がしたな……不意に沈みゆく太陽を見て思い出した俺は、冷蔵庫の在庫を思い出して買いに行かなくてはいけないなと決断。

 そのまま踵を返して図書館を出ようと歩み始めようとしたところ……時が止まっていた。

 

 何時から時が止められていたのか知らないというのも不気味だなと警戒していると、「ああごめん。そんな警戒しなくていいよ長嶋大智君」と俺と背が変わらない古代ローマ時代の服を着て眼鏡をかけた男が前方から――アリサ達が止まっている方から――現れた。

 正体を察した俺は、一体何の用だと問いかけようとしたところ、「ちょっと君に頼みたいことがあるんだよ」と申し訳なさそうな顔をしてそいつは、頭を下げた。

 

「ちょっと預かってくれない!?」

「何を預かればいいんだよクロノス(・・・・)。というか、なぜそんな話になる」

 

 平身低頭さと頼みごとの内容に驚きつい名を告げてしまう。

 

 神様にとって名前とは、その存在を固定するための楔同然。スサノオやトール、イザナミなど時空に関係しない神に関しては気にすることもないが、クロノスや時間、時空、空間などに関係する神に対してはあまりよろしくない。

 

 なぜならクロノスたちはどこの時空、時間にも存在し、存在していないから。矛盾するような話だが、時間軸と言う線ではなく、時間や空間という点に存在しているのだ。どこかの存在が消えたら他の存在も消える。つまり、神の前で名を告げてしまった場合、この世界のこの時間に固定され、それ以外の管理ができないという大惨事になってしまう。

 そうなるとどうなるか……当然タイムパラドックスや歴史改変等イレギュラーなことが起こってしまう。

 

 そんな心配をよそに、彼――クロノスは、「大丈夫」と笑って打ち消した。

 

「僕も君達(・・)と同じで【狭間人】だから。普段は自意識に干渉できないけど、今は色々立て込んでるからね。ちょっと体を借りてるのさ」

「……【狭間人】とは一体なんだ?」

「それについては僕の口からはなんとも。ただ、おおよその予想はついていると、未来を知る僕は思うけど」

「そうか」

 

 となるとどこかで俺は【狭間人】のことを知る。あるいは、心の奥底でその可能性に行きついているのだろうか。

 ふと疑問に思ったことに対する解釈をした俺は、本題に戻ることにした。

 

「何しに来た」

「ちょっと届け物、かな? 未来と過去を知っているからこその処置だけど」

 

 そう言って彼は袖の方から物を取り出す仕草をして……自分が着ている服が違うことに気付いた。

 

「あははっ。慣れっていうのは恐ろしいね」

「だろうな」

 

 どうやら和服、それも着流しで生活しているらしい。クロノスの身体の持ち主は。

 そういえば前に戦った葉山も武士だからか着流しだったし、俺もバリアジャケットを展開すると着流しになる。

 【狭間人】と服装に何か関係があるのだろうかと思いながらも待っていると、どこからか取り出した写真を二枚持っていた。

 

「それは?」

「今回お届けに参った二人。名前は……聞く?」

「まぁ」

「メガーヌ・アルピーノと冥王イクスヴェリア」

「誰だか皆目見当がつかんが……古い人だというのは分かる」

「片方は死にかけで、もう片方は……古代ベルカ時代で絶望してたからちょっと希望を与えるために連れて来ちゃった」

「……はぁ」

 

 やっぱり神様だな。いくら人に宿ったとしても。

 ……。人に宿る(・・・・)?

 

「どうしたのさ?」

「いや。なんでその二人なのかと思って」

 

 そう訊ねるとクロノスはしばしの思案の後、「あ、もうすぐ時間だ。だから言っておくけど、君の家に二人とも眠っているからよろしくね」と言って勝手に消え、景色の色が元に戻った。

 時間が動き出す。止まっていた俺以外の全ての時間が。

 

 俺が窓の外を見ずにこちらを向いていることに不思議に思ったのか、アリサが「どうしたのよ?」と顔を上げて質問してきた。

 それに対し俺は「そろそろ帰ろうと思った」とテーブルに近づきながら正直に答える。

 

「そしたら誰が勉強を教えてくれるんだよ」

「ノート見ろ。後は自分で何とかしろ。明日返してくれればいい」

 

 そう言って俺は元一の言葉を切り捨て、そのまま図書館を出ることにした。

 

 ……悪いな。色々と立て込んだんだ。

 

 そんなことを、考えながら。

 

 

 

 

 

 さて。とりあえず本気を出して家に帰ったおかげで図書館を出てから二分しか経ってないのだが、家に入って思ったことをありのまま口にするならば。

 

「……せめて止血位しておけよ」

 

 血を流したままの女性をそのままソファに放置されていたことに関して俺はため息をついて、ぼやく。

 そんなこと言ってる間も生存率が下がっていくのでさっさとナイトメアを装着して魔力を解放し、回復魔法を最低限かけておく。

 呼吸が安定したようなので俺は回復魔法をやめ、魔力を封じてからリビングのドアの陰からこちらを見ている少女――確かイクスヴェリアだったか――に声をかけた。

 

「ここは地球と言う、お前が生きていた時代のはるか先に魔法が一部の人間に知れ渡る世界だ」

 

 

 返事がない。

 どうしてなのかと思ったが、そういえば古代ベルカに生きていたのだからベルカ語じゃないと通じないんだなと思い出す。

 発音に関してはシグナムの一度きりなので少しうろ覚え。

 改めて覚えるというのも面倒なので、俺は翻訳魔法を発動させず、念話で対話することにした。

 

『この言葉が理解できてるか、お前』

『…ええ』

『俺の名前は長嶋大智。お前が生きていた時代より先の、お前が生きていた世界とは別の世界に住んでいる人間だ』

『私の名前は、イクスヴェリア。古代ベルカの一国の王だった』

『なるほど。古代ベルカ時代が何年前だかわからないが、お前の国はなくなってるぞ』

『……そう』

 

 自国の滅亡に関して特に思い入れはないらしい。

 となるとこいつが絶望している理由とは? なんて考えそうになったが、別に俺が解決する問題ではないのでその思考をすぐ破棄。

 その代り、俺はそいつに提案した。

 

『お前の過去に関しては聞かない。絶望したらしいのは分かるが、それ以上に関して調べる気もない』

『……』

『そこで提案だが、しばらくここへ住め。期間はそうだな……一ヶ月ぐらい。それまでの間は死ぬのも永眠するのもなしだからな』

 

 ……そこまで言っておいてどうしてこんなことをしているんだろうかと思った。

 クロノスに任せられた(と言うか強制的に引き取らされた)中でメガーヌ・アルビーノはヤバそうだったので世話することにしたが、『絶望して永眠しようとした』イクスヴェリアにの対応に関しては全くの自由。

 だというのに俺は彼女にあんな提案をした。別に無視すれば無視できたにもかかわらず、だ。

 なんでなんだろうかと首を傾げず、俺はすぐさま答えを出した。

 

 結局、いつも通り見捨てられないだけか、という答えを。

 

 やはり俺は甘い人間なんだなと再認識していると、答えを出したのか彼女が頷いたのが見えたので、俺は念話で『これからよろしく』と言っておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『海行けるよ!!』

 

 テストが終わり、そのすべてが返却された日。そんなメールをあの場にいた全員に送られたのを見た俺は、一応計画立てておいてよかったと思いながらイクスヴェリアに「お前も海行くか?」と聞いたところ、

 

「はか、せ、の、てつだ、だいを」

 

 片言ではないが精一杯日本語を発音して用事をイクスヴェリアは伝えてきた。

 

 表情はないにしろ、日々成長(言語習得など)しているので、それなりに順応してるようだ。まだ二週間ぐらいしか経っていないというのに。

 古代ベルカ人は吸収力に優れているのか研究するのも面白そうだと思いながら、俺は起業するための準備の書類をまとめた。

 

 

 ついでにいうと、メガーヌ・アルピーノは、スカリエッティ博士に預けた。今では不自由なく生活できるまでに回復した。そしてスカリエッティ博士は、彼女に全力で土下座した。どうやら彼女のけがの原因はあちらにあったらしい。

 現在メガーヌが監視の下、ナンバーズ及びスカリエッティは昔と違うことの証明を一生懸命している。

 

 俺はメガーヌに礼を言われたが、そこまで回復させたのは博士だというと何やら複雑な顔をしていた。

 

 今回のテストの順位は、相変わらずだった。



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114:高3・海へ行こう

 始まりは俺が高2の冬に不意に漏らしたあの言葉だった。

 

『海行きたいな』

 

 よくよく切り取って考えてみれば俺は誰と、と言う主語をぬかしていたために一人で遊んでも問題ないんじゃないかと思えてきたのは、当日になって気が重くなったからだろうか。

 

『いい加減にしましょうよ。マスターが提案するなんて世の中が平和になるぐらい貴重なことなんですから』

「……世の中が平和って、大分あり得るだろ」

『マスターの周りって平和なんですか?』

「少なくとも今はそうだな」

 

 でしたら、あれです。タコとイカが餌を巡って争うほど珍しい事です。それはそもそもあり得るのか? と益体のない話をしながら、俺は再度ため息をついて自宅で待つ。

 

 一応計画書はメールが送られたその日に各自に投函(自分で)したので翌日色々言われながらも日付の方を忘れてる奴はいないのだろうが、それでも集合時間一時間前なのに連絡一つ寄越さないというのはどうなんだろうか。

 

「うぃーっす」

「なんだ親父」

 

 今一度書類を見直しながら現れた親父に顔を向けずに用を訊ねると、「今日みんなで海へ行くんだって?」とうきうきした様子で訊いてくる。

 俺はパラパラとめくりながら「保護者としてならいいが、はしゃぎ過ぎないでくれ」と忠告しておく。

 それを正確に聞き取ったかどうか不安だが、「分かった!」と言って消えたので大丈夫だと信じたい。

 

 それと同時に人の気配が俺の玄関前に集まったので、持っていた書類をテーブルに置いて玄関へ向かった。

 

 

 

「お……早かったな」

 

 一瞬遅かったなと言おうと思ったが、一時間前と言うのは限りなく早い方に分類されることに気付いたので言い直す。

 その言い直しに気付かないまま一番乗りしたらしいアリサは、「あんたの計画を読んでたら気が逸ってね」とキャリーバックを引きずり、俺がいつぞやにあげたテンガロンハットを深くかぶりながら答えた。

 「大智君から誘ってくれるなんて夢みたいだよ」と、その隣にいたすずかは言う。とてもうれしそうな表情をして。

 

 そう言ってくれるのはありがたいと思いながら同じく来ていた力也に「よく来てくれたな」と礼を言っておく。

 

「ふん。君が計画書をポストに入れたのに気付いたら、その招待に応じないわけにはいかないだろ」

「そうか」

「そうだよ」

「やっほー」

 

 力也と話していたらフェイトとアリシアが来た。二人とも色は違うが同じ服装だ。

 若干日射しが強いからか同じ帽子をかぶっている。体格で区別するのは悪いが、そうでもしないと見分けはあまりつかないだろう。

 

「そういえばお前ら。宿題終わったのか?」

 

 まだ全員集まっていないので雑談の話題を提供する。

 すると、アリシアだけ黙って視線を逸らした。

 

 きっとほかにもいるだろうなと思いながら俺は、「リビングへ入ってていいぞ。残りの奴らを待ってるから」と来たやつらを家へ促す。

 

「そう? 悪いわね」

「お邪魔します」

「邪魔する」

「わーい」

「お、お邪魔します……」

 

 そう言えばフェイトは家に入ったことないんだったなと思いながら玄関先で待っていると、「お、ここか。雄樹に聞いておいてよかった」と裕也が野球部時代に使っていたバックを肩に掛けながら走ってきたのが見えた。

 俺は片手を上げて「応こっちだ」と近づく。

 

「他には?」

「なのはと雄樹と元一と木在とはやてとヴォルケンリッター以外は来てる」

「それだったら来たやつらを挙げた方が早くないか?」

「そんなことより中入れよ」

「分かった」

 

 そのまま俺を通り過ぎて家の中へ入った裕也。その気配が感じられると同時に、二人の気配が走ってくるのを感じ取った。

 

「やばいやばいやばい!」

「起こしたでしょ、元一君」

「悪かったな! って、もうすぐ着くぞ!」

 

 それと同時に急に立ち止まる元一と木在。膝に手を当てながら肩で息をする二人に、「家の中に入ってゆっくりしろ。どうせ宿題持ってきたんだろ?」と玄関を指さして促す。

 

「お、おう……悪いな」

「……あり、がと」

 

 息を整えながら家の中に入る二人。何ともせわしないと思いながら不意に視線を戻すと、そこには雄樹たちが来ていた。

 気配があったのは知っていたので大して驚かない俺は、「残りあと十分とは。何とも珍しい事だ」と時計も見ずに言っておく。

 それに対しはやてが「いやな、リィンが準備してへんかったんや」と肩に止めている小さい人型――リィンフォースⅡを指さしながら言ってきた。

 

「アインスさんは?」

「フェイトのお母さんといっしょに研究中。ベルカ式のデバイスが普及しているから」

「そうか……まぁ何とかなるだろ。なのは以外はみんなリビングにいるぞ」

「さよか」

「はやてや雄樹さんの言っていた人たちと会えるんですねー。楽しみですー」

 

 そう言ってはやて達は入っていく。もちろんヴォルケンリッターや雄樹は「お邪魔します」と言うのを忘れない。

 

 残りは後なのはだけだな…と隣の家を見て視線を戻すと、『わぁぁぁ!!』と叫び声が上がったのが聞こえた。

 結構焦ってるなと状況を察しながら、やっぱりこうなったかとため息をついた。

 

 

 

 そこから集合時間残り一分になったところなのはが到着。細かいところが気にできないほど焦っていたのか、俺が指摘して初めて気づいた。

 

 という訳で全員集合。イクスヴェリアは博士のところに預けたので今頃十…三人かそのぐらいだったな。さぞかし姦しいのだろう。メガーヌさんの監視の目は厳しいらしいし(自業自得で切り捨てた)。

 リビングになのはと一緒に入った俺は、今更ながらの人の多さに気付き、「さっさと行くか」と再び外へ出るように促す。

 元一とアリシアが宿題をやっていたのが視界に入ったが、俺は知らないふりをした。

 

「で、ここからどうやって島に行くのよ?」

 

 外に出たアリサが今まで聞きたかったのか質問してきた。それに同調する全員。

 俺は面倒なので庭に向かい、物置の扉を開けて「こっちへ来い」と言って中へ入った。

 

 防犯システムは自動切断中。顔が登録されている人間たちに危害を加えないように配慮し、ナンバーズが偶に俺の家から買い物へ出かけることに弊害をなくす形で。

 ……そう言えばこんな大人数でちゃんと起動するのだろうかと今更不安になりながら、大分離れているらしい後続を待つためその場で止まる。

 最初に来たのはすずかだった。

 

「そういえば久し振りだね、こうして地下室へ来るの」

「そうだな。あれから色々と部屋を改造したら若干工作し辛くなったんだ」

「って、ここ何なのよ!?」

 

 和やかに話していると、アリサが声を上げる。それに対し、俺とすずかは声をそろえた。

 

「地下室だ」「地下室だよ」

「……なんかずるいわね」

 

 急に不機嫌になるアリサ。おそらく、自分だけが知らなかったという気持ちからだろう。実際にはすずか以外あの場で知る人間はいないのだが(俺以外と言う意)。

 

 その後もおっかなびっくりでおりてきたので、俺は人数を確認せず再び階段を降りた。

 

 

「うわぁ……」

 

 地下室(と言っても別世界に存在している地下室)の中に入った全員の感想は大体それ。

 現在はどちらかというと基地に近い。それも、出撃ベースみたいな。

 ま、飛空艇とかじゃなく、次元転移装置(スカリエッティ博士がいつぞやの夏に思い付いたもの)が奥の方から両脇に一定の間隔で置いてあるんだが。

 

「どこの基地やここ」

「俺の遊び場」

「……ミッドチルダにもこんなのないよ」

 

 雄樹が呆れながら感想を漏らす。フェイトはこれを見ながら「エリオもつれてくれば良かった…」と呟いていた。

 

「で、これで行くのかい?」

 

 力也が近くにあった装置の一つを叩きながら訊ねてきたので、俺は頷いてから近くにあり、今回の目的地の座標がセットされた装置の前に立つ。

 

「今俺が立っている装置で今回の場所へ行く。順番だが、雄樹、はやて、ヴォルケンリッターの順に行き、そこからは適当に乗ってくれ」

「乗るだけでいいのかよ?」

「地球の科学力じゃ発明できない類だからな」

「私もこんなの創れるかな」

「努力次第だろ」

 

 そう言ってから俺は横に移動し雄樹を手招きする。

 それを見た雄樹は軽やかな足取りで装置の上に乗る。

 

「いいよ」

「着いたら俺の両親がいるはずだ。今回の保護者役として」

「分かった」

 

 頷いたようなので俺は『転送』のボタンを押す。

 カプセル状の装置が密封され、中から粒子に分解する光――ではなく魔力が充満する。

 その光が見えている俺以外は何があるのかわからないだろう。そんなことを思っていると、雄樹の足元に魔方陣が展開してそのまま消えた。

 

「……は?」

「さ、次行くか」

「おいおい」

「せやな」

 

 元一と裕也の呆れた声を聞き流しながら、何が起こったか理解したはやてはさっさと入る。

 はやてもあっさり消え、そこから流れるようにヴォルケンリッターが続き、力也までもが平然と消えた中、元一と裕也と木在とすずかとアリサだけは理解が追い付いてなかった。

 

「じゃ、次私行ってくるよ」

「アリシアだな。分かった」

 

 そうこうしている内にアリシア、フェイトの順に転移していく。残ったのはなのは、地球組、俺。

 とりあえずさっさと行ってほしいと思った俺は、黙って裕也をカプセルに入れる。

 

「ちょ、おい」

「安心しろ。魔力が無くてもちゃんと行ける」

「そういう――」

 

 最後まで言わせないうちに転移させた俺は次は誰だろうかと待つと、意を決したのかアリサが黙ってはいる。

 何やらこわばっているがそこまで心配する必要ないだろうにと思いながら転移させると、今度はすずかが入った。

 そこから木在、元一、なのはと入ったのを確認した俺は、誰もいないことを確認して息を吐く。

 

「さすがに一般人を転移させるというのはきついな」

『お疲れ様です。データならきちんと記録されていますよ』

「なら博士のパソコンに送信し……なくていい。破棄する」

『いいんですか?』

「まるでモルモット扱いだろそしたら」

『…それもそうですね』

 

 そんな感じで、俺は少し休憩してタイマーをかけて転移した。

 

 全日程一泊二日(延びる可能性あり)。果たして楽しんでくれるかどうか、だな。

 

 転移魔法が起動するの感じながら、俺はそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方スカリエッティ博士宅。

 

「はか、せ」

「どうしたんだい、イクスヴェリアちゃん」

「けんか、とめますか?」

「あーその前にその書類渡してくれる? それが終わったら止めてもいいよ」

「わかり、ました」

「博士」

「どうしたんだい、ウーノ」

「子供ってどうやったら出来ますか?」

「ブフォッ! い、いきなり何言いだすんだ!!」

 

 と、一種の嫉妬心を覚えたウーノが答えづらい質問をしたり、

 

「さすがゼスト隊だった人だな。我々だって強くなってるはずなのに」

「暢気に言ってる場合じゃっ!!」

「もうおしまい? 大智君が提供してくれた装備とデバイスの機能の四割も使ってないのに」

「まだまだ……行くぞセッテ! 我らだけでも!!」

「まだやるのトーレ!?」

 

 メガーヌがナンバーズの戦闘班の半分を山の中で相手取り、

 

「この場合の対処として正しいのはなんだか言ってみなさい、チンク」

「はっ。この場合は相手を音もなく消します」

「それじゃ死体を見られて終わりじゃない。…それじゃ、セイン」

「聞いてませんでした」

「正直でよろしい。後で私の部屋ね」

「それはいやぁぁぁ!」

 

 潜入班はドゥーエの指導を受け、

 

「それは僕のだ、クアットロ姉さん!」

「先に手に取ったのは私ですよぉ、オットー?」

「けんか、よくありません」

 

 クアットロとオットーの喧嘩をイクスヴェリアが止めていた。

 

 

 そんな、平和な感じだった。



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115:旅行

いやー更新するたびに減っていきます。


「……」

 

 波の音が聞こえてきたので無事に成功したと直感し、俺はゆっくり瞼を開ける。

 

 見えたのは一面に広がる海。砂浜などはなく、ただ崖が少し崩落したのが見える。

 

 その視覚情報だけで俺はああ、もう少し改良しないとダメだなぁと思い直して背を向けた。

 森を抜けた先にある、旅館みたいな家を目指すために。

 

 

 

 

 俺の時だけなのか俺以外の奴らにもあったのか。それは合流してみないと分からないことだが、島全体を転移地点としているのが仇になったか。そんなことを考えながらも全力で森を飛び越えて島全体にある気配を探る。

 

 ……。どうやら俺以外は集結しているらしい。移動したのかはたまたその場だったのかわからないが、ともかく無事らしいので安堵する。

 

 とか思っていたら砂浜が見えたので俺は数回回転して勢いを殺し、それでも無くならないので砂浜に片足をつけすぐさま上空へ跳ぶ。

 ざっと十メートルほど跳んだ俺はそのまま着地しても砂塵が舞い上がるのが分かりきっているので、ナイトメアに浮遊魔法の発動を促す。

 

 発動を確認した俺は半分まで落ちてきたところで浮き、そのままゆっくりと下に落ちる様に操作する。

 とん、と砂埃が舞わない範囲で着地した俺は、改めて全員の視線がこちらに向いているのが分かったため説明する。

 

「ここは地球とは別次元にある世界だ。世界の九割が海で覆われ、ここは数少ない陸地の一つ。遠泳には向かない場所だが、魔法の修業やサバイバル、バカンスを楽しむには申し分ない」

「……」

「後言っておくが、この島には動物がいないのでゆっくり散策も可能だ。植物も食べられるものが在る」

「……」

「何か質問は?」

『大有りだ』

 

 全員が同じ言葉を俺に向けて言う。

 だが当たり前かと思っていた俺は引きもせずに「答えられる範囲でなら答えてやる」と腕を組んで仁王立ちする。

 すると、まず雄樹が手を挙げた。

 

「あのさ、大智」

「言っておくが管理局が管理していないこの世界で管理局を持ち出すのは却下だからな」

「あ、うん」

 

 あっさりと引き下がる。

 次に手を挙げたのは、アリサだった。

 

「ていうかあんた、いつからこんな場所持ってたのよ」

「小学三年の秋ごろだろうか。親父たちの知り合いの中にちょっとした出来事を押し付けた詫びにもらった」

「で、みんな場所がまちまちだったみたいだけど?」

「そうなのか。それはあの装置の設定をこの島全土にしたからだ。わるかったな」

「そう……」

 

 その次に挙げたのはフェイト。

 

「ここって、あの時の場所だよね。私達が神様の一端を知った」

「ああそうだ」

「? あの時って、なんや」

「詳しくはなのはかフェイトかアリシアに訊くように。次」

「なんでさらっと行くんや!」

 

 はやてがうるさいので無視すると、裕也が「こんな世界があるんだな…」と感慨深そうにつぶやいた。

 それに同調するように、すずかも呟く。

 

「なのはちゃん達って、こういう世界とかを駆け回っているんだね」

「スケールデケー」

「大変そうだね…」

 

 もはや規模が大きいせいか片言になった元一に、そんな苦労の一端を労うように褒める木在。

 力也は、現実的な質問をしてきた。

 

「勿論帰れるんだろうね」

「当たり前だ。あの旅館にも装置はある」

「だとしたらどうして相互移動にしなかったんだい?」

「あと半年ぐらいで完成予定だ。今はまだ片道でしか行けない。帰りはピンポイントで帰れるが」

 

 これで全部答えただろうかと思い見渡すと、全員が全員興味が別なことへ移ったようなので、とりあえず手を鳴らして「その前にあそこの建物に荷物を置きに行くぞ」と四階建ての旅館みたいな家へ先導する形で歩き始めた。

 

「うわぁ」

「すげ……」

「……これ、全部あんたが作ったの?」

「作ったといってもこの島の手入れをしたのは中学卒業前あたりからだな」

 

 外観に見合った完全木造建築ではないが(キッチンなどはステンレスや大理石などを使用)、それでも床や柱、壁などは木だけで作られた和の空間。

 入ってすぐの一階は玄関兼リビングアンドダイニングキッチン。現にうちの両親が壁に飾りつけをやっている。

 靴を脱いで下駄箱に入れてから床に足をつけた俺は、「ここが食事場だな」と軽く説明をする。

 トイレもあるが、玄関正面の階段脇にあるのでここからでは見えない。

 風呂場もあるが、ちょっと死角になっているのでここからでは見えない。

 

 そんな説明をしたところ、全員がきょろきょろとその場で視線をあちこちに移動させているだけで話を聞いてる風には見えなかった。

 

「大丈夫か?」

 

 とりあえず確認を取る。だが誰も反応しない。

 ……まぁ何かあれば勝手にあちらから聞いてくるか。

 そんな結論に達した俺は、「二階へ行くぞ」と言って階段を上ることにした。

 

 あわててる音が聞こえたが、俺としては待つ理由がないので放置した。

 

『マスターって本当、人の気持ちを慮りませんね』

「そうか?」

 

 二階に来た俺はナイトメアが呟いた言葉に首を傾げる。

 そして記憶をフラッシュバックさせてすべての言動を鑑みて……「確かに」と呟く。

 

『自覚あったんですね』

「今さっき自覚した」

『え』

 

 今更ですかと言いたそうな反応に、実際その通りなので何も言わないでおくと、「うわすげ」と元一の声が聞こえたので振り向く。

 

 まだ全員そろってないらしい。

 

 もう少し待つかと思ったが、それも面倒だと思った俺は「二階はフリースペースだな。本を読んだりのんびりしたり、ネット使えたり、卓球したり」とここの階の説明をする。

 

 すると、話を聞いていた雄樹が、「え、ここでインターネット使えるの?」と真顔で質問してきたため、論より証拠と言うことで設置していたパソコンのネットワークのアイコンをクリックして、日本のホームページを出す。

 

「「「おぉ」」」

「詳しいことは省くが、俺達がここに来た時の装置の応用版だと思ってくれ。ちなみに、ミッドチルダに存在するネットワークにもつなげることができる」

「それってつまり、情報と言う網を、文字通り世界を越えてつくった……そういう事かい?」

「そういう事になるな、力也」

 

 そう言うと、理解ができてない数名を除いて絶句していた。

 分かってなさそうなやつらに対し、俺は自分の中ではかなりわかりやすい例えを持ち出して説明した。

 

「テレビ電話ってあるだろ。画面越しに話をする。あれが地球とミッドチルダの間でできるから、なのはや雄樹と元一やアリサ達は装置さえあればテレビ電話でその日の事を話せるってわけだ。あとは、メールで互いの近況を教え合ったりとかできるし、約束とかも一々こっちに戻ってくる必要がない」

「なにそれすげぇ」

「そうなんだ……ってそんなの何時の間に!?」

 

 なのはが納得して気付いたらしい。

 それに対し俺は、「中学校卒業時には着工して、ミッドチルダ側の適当に偉い奴――誰だか忘れたが――に話をつけて高一の秋にはつながってたな。諸々の調整で今まで使えなかったけど」とスラスラ答える。

 

 これに関しては神様に『雑用やるから手伝え』と言って手伝ってもらった。面白いことが好きな奴らなので、俺に無理難題に近いものを押し付けながらも手伝ってくれた。

 その内容を思い出していると、「やはり地球じゃ満足しないのか…」と力也が呟いたので、俺はスルーしておく。

 

「ま、二階はこんな感じだ。あと三階と四階は客室だな。三十部屋ぐらい両方合わせてあるから、まぁ適当にばらけてくれ」

「完全に旅館じゃねぇか」

「すげぇな。ここが拠点になるのか」

「拠点? どういう事よ裕也?」

 

 つい漏らした言葉にアリサが反応し、裕也が言葉に詰まり、俺に視線で助けを求める。

 それを受けた俺はため息をついて「合宿の拠点じゃないのか?」と誤魔化しておく。

 

「そ、そう! ここはいいトレーニング環境だなと思って」

「……そう」

 

 まだ何か疑いを持っているらしいが一先ず納得した様子を見せるアリサ。

 これならまだ大丈夫だろうと思った俺は手を打って視線を集め、「俺の部屋は三階の一番奥で鍵が閉まっているところだ。それ以外の好きなところに好きな様にばらけてくれ。終わったら一階に集合」と指示を出してパソコンの電源を操作する。

 

 その間全員が移動を始めたようなので、出来ればうまい具合に男女別れないかなと願望を抱きながら一階へ向かった。

 

 

 

「案内してきた」

「お疲れ」

「こっちは無視されたのに驚いたけどな」

 

 一階に戻ったところ、飾り付けが終わっていた。星やらが壁に貼ってある。

 なんかのパーティをする気はないがと思いつつ、「ありがとう」と礼を言っておく。

 

「気にすんなって。お前が率先して計画するとかもう記念だから」

「……自分の発言に責任を持ったわけだが」

「それでもよ。……それにしても、この広さで十三人は窮屈じゃない? 私達を入れれば十六人だけど」

「まぁこのテーブル六人掛けだからな。外で食べるさ」

「あーなるほど。だから森の中に少し入ったところに小屋があったのか」

 

 なるほどと納得する親父。いや、そこはおそらく……

 

「脱衣所だろ。露天風呂の」

「え、露天風呂作ったのかよ」

「じゃぁどこで食べるの?」

「それは……」

 

 俺が砂浜で食べると言おうとしたところ、「決まったよ!」とアリシアが元気よく階段を降りて言ったので、少し間を置いてから「分かった」と言って親父たちに「好きに遊んでいい」と言っておく。

 

「お、マジか」

「それじゃ、水着買いに戻りましょあなた」

「え、ちょい待ち。俺温泉に浸かりたい…」

 

 親父の抵抗空しく母に連れて行かれた。

 まぁあっちは問題ない範囲で遊ぶだろうと思い振り返ると、なんだかそわそわしているアリシアが。

 

「どうした」

「え、あ、遊んでいいんだよね!?」

 

 チラリと時計を見る。現在時刻は地球世界日本時間における午前十時。となれば別に遊ぶのもやぶさかではないが……。

 そう思いながらぞろぞろと落ちてきたので奥の方へ移動しつつこれからの予定を確認及び再構築していく。

 

「…」

「いいんだよね、ね!」

 

 テンションが上がりっぱなしのアリシア。余程海を目の前にして興奮が抑えられないのだろう。

 別に遊んでもいいんだがと思いながら、俺は静かに切り出した。

 

「この中でここまで宿題を持ってきた奴手を挙げろ」

 

 シン…一瞬で空気が静まった。

 おそらく俺の言葉でどうなるのか想像がついたため、抵抗しようとしているのだろう。

 だが俺は見逃してはいなかった。

 

「元一とアリシア。お前らは持ってきてたはずだ。ちゃんと手を挙げろ」

「お、おい……」

「い、いいでしょ?」

 

 そう言いながら渋々と手を挙げる二人。

 他にはいないのかと思っていると、ゆっくりとなのはが手を挙げた。

 まぁ予想の範囲内か。そう思って「他にいないのか?」と訊くと、「はやても持ってきてましたよね?」とシグナムの声が。

 

「な、なんで言うんやここで!」

「いえ。ここは素直に手を挙げるべきかと思いまして」

「い、いいんや! うちは夜にやるんやから!!」

「徹夜は肌荒れの原因らしいぞ」

「うっ」

 

 そう言って渋々手を挙げるはやて。

 もうこれでいなさそうだなと思った俺は、「じゃ、手を挙げた奴らは宿題を昼までやるぞ。それ以外の奴らはその間先に遊ぼうが何してようが自由だ」と言った。

 

 ブーイングはあったが、それでも従ってくれた。

 

 

 

「……という訳だ。したがって、ここの解答はこうなる」

「本当にわかりやすいよ!」

 

「うぅ…いいなあアリシアちゃん」

「ほらさっさと手を動かしなさいよなのは。ここの問題は……」

 

「なぁ雄樹ー、代わりに宿題やってくれへん?」

「自分でやりなよはやて。君がやらないと宿題の意味ないでしょ」

「せやかてな~」

「宿題はちゃんとやらないとアインスお母さんが怒りますよー」

「うっ…そ、それは嫌やな」

 

「ぐわぁぁ! わかんなくなってきたぁぁ」

「答え合わせでどこが間違ったのか理解するために今は間違え」

「くっそ裕也の裏切者!」

「暇だったからな」

 

 宿題組はこんな感じ。終わってない奴らに対し終わってる奴らから選ばれた四人で勉強を教えている。

 他の奴らはと言うと、木在は元一の隣に座って本を読んでおり、すずかはフェイトと一緒に二階へ行ったらしい。

 シグナムは森の奥へ行った。ヴィータとシャマルも二階へ行ったのだろう。ザフィーラは一階の床で狼の姿に成って寝ている。

 そう言えばアルフはどうなったのかと言うと、プレシアさんを契約者として変更して連れて行ったそうだ。戦闘に参加しないらしい。

 力也は……最近気配を消すことを覚え、俺でさえ本気で探らないと分からない域にまで達していた。から、どこにいるか分からない。

 アイツそのうち拳で岩を粉微塵にするんじゃないかと思いながら教えていると、アリシアが「あとどのくらい?」と訊いてきたので時計を見る。

 

「まだ一時間は勉強できるな」

「まだ一時間しか経ってないの? 早く遊びたいよー」

「宿題やらないお前が悪い」

 

 抗議を切り捨てた俺は集中力がなくなりかけているアリシアを見て、「……なら今やってる教科を終わらせろ。終わったらお昼を食べて遊ぶぞ」とため息交じりに提案する。

 それを聞いたアリシアは顔を勢いよくあげて「本当に!?」と言ってきたので頷く。

 

 途端にやる気を見せたので、現金なものだと思いながら俺は時折質問されることに答えた。

 

 

 

 

 十二時になった。

 

「昼だな」

「やったぁ昼だぁ!!」

 

 テンションが上がったアリシア。両手を上げて勢いよく立ち上がる。

 それにつられてなのか、元一やはやて、なのはも腕を伸ばす。

 

「ようやくかー」

「何とか一教科終わったわ」

「うーん」

 

 どうやらキリよく終れたらしい。最後の方集中してなかった奴もいたが、そこを注意するのは野暮と言うものだろう。

 

「ところで、材料とかはあるのかい?」

「外に出て森の方のこの建物横側にある小屋。そこが一応冷蔵庫だな」

「……もう驚かないよ」

 

 力也の質問に対して答えると、雄樹がため息交じりでそう言ったが、俺は気にせず「さて、何を作るか」と口に出す。

 

「お、料理か? だったら俺もやる。勉強で頭疲れたからよ」

「なら頼むぞ、元一」

「あ、私も」

 

 率先して手を挙げたのは元一に木在。他は思いっきりのんびりして――

 

「あ、私も手伝うよ大智」

「「「「!?」」」」

 

 フェイトが手を挙げてそんなことを言った瞬間、他四人が分かりやすい具合に反応した。

 

「そうか。だが悪いな。この台所は二人までしか入れないんだ」

「え、ちょい待て。そしたらお前どうするんだよ?」

「雑用と外にテーブルを作るぐらいだな。木材には困らないからお前達が作ってる間に作るつもりだ」

「ふーん。ところで、何作ればいいんだ?」

「総勢十六人で食べられるもの」

「人多くね…? まぁいいけど」

「頑張ろう、元一」

「おうそうだな」

 

 そうして二人の世界に入ったみたいだが、肝心の食材を見てないのに何を作る気なんだと思ったため「結局何作るんだ」と訊くと、「冷蔵庫見せてくんね?」と言ったので、俺は案内することにした。

 

 

 

 

 ……元一と木在が作った料理を食べたことがなかった一部女子たちは、食べてからショックを受けてようだ。受けてなかったのは力也と裕也、俺と雄樹、それにヴォルケンリッターの奴らぐらいか。

 両親も案の定食べていた。




日常の方が長いのはまぁ書いてたらそうなりました。


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116:海で遊ぶ

「……なぁ大智」

 

 昼を食べ、その食器を俺一人で片づけていたら全員水着になっていたので俺もとりあえず初めての水着を着用して外に出て。

 普通に持ってきたらしいビーチボールとかを浮遊魔法を使って遊ぶ管理局組を見た元一が、俺に話しかけてきた。

 

 俺はビーチパラソルを先程作ったテーブルの近くに差してシートを引きながら「なんだ」と返事をする。

 

「いや、魔法ってすごいなって思って」

「科学の力もバカにできないぞ」

 

 そう言って俺はどこからともなくローラーがついてないスケートボードの板を取り出す。

 

「なんだそれ?」

「前世で海を渡る時に使ったジェットボード。ここで遊ぶ計画を立てた時に作った」

 

 実際はそれ以前に開発していたのだが、まぁ嘘も方便だ。作られたという事実に変わりはない。

 そのボードを地面に差して元一に見せていると、力也が「そのボードは空でも飛べるのかい?」と話を聞いていたのかピンポイントな質問してきた。

 

「ああ。バッテリー自体は前世で作っていたものだから世界を駆け回って素材を集めた。主なエネルギー源は太陽の光だな。太陽光パネルみたいだが、光をエネルギー源としている」

「……つまり、太陽じゃなくとも、光を浴びせれば充電は可能だという事かい?」

「さらに言えば永久機関並みの変換率だ」

「……君の前世は余程エネルギー事情に問題があったようだね」

「??」

 

 話を理解してため息をつく力也と、理解できずに首を傾げる元一。説明するのが面倒なので、俺は刺したボードを元一に渡す。

 

「ほら」

「ってなんか思ってたより軽い」

「素材自体が地球にないものだからな。だいぶ軽い」

「で、これでどうしろと?」

「乗ってみろ」

「ボードに?」

「ああ」

 

 俺が頷くと元一は恐る恐ると言ったように地面に置いたボードに足を載せる。

 すると、ボードの下から風が噴き出たと思ったら、急にボードが砂浜から勢いよく浮いた。

 

「うおぉぉぉぉぉ!?」

 

 上空で驚きの声を上げる元一。

 それを見ずに、俺は近くにいた力也にも渡す。

 

「乗ってみるか?」

「ああ」

 

 力也の方は何のためらいもなく足を載せ、同じく浮いた……と思ったが、どうやら乗ってすぐに理解したらしい。元一の半分(それでもなのはたちと同じ高さ。十メートルぐらい)で上昇が止まった。

 

「お、一体どうしたあいつら」

「何も言わずにこのボードに乗ればわかる」

「そうか」

 

 裕也が海パン一丁で今から泳ぎに行こうとしていたのでそう言ってボードを渡すと、そのまま何も聞かずに足を載せて浮く。

 それを見た俺は女性陣に追究される前にボードに乗って浮いた。

 

 

 

「こえぇぇ!」

「怖がるなよ元一。このぐらいの高さで」

「いやお前みたいに普段から慣れてないんだから無理だっての!」

「なるほど……君の前世は相当に科学技術が進んだ世界のようだ。マモンは教えてくれなかったが」

「これはすごいな。高町さん達と同じ視線だ」

「……少なくともお前だけだぞ?」

「うっせ! あいつらはお前の常識に染まり過ぎてんだよ!」

 

 そう言いながら決して下を見ようとしない元一。

 高所恐怖症なのかと思いながら、すでに手足のように自由に動かしている力也と一直線を往復している裕也にも聞こえる様に言った。

 

「いいか! 言っておくがこの世界は島から遠くなるほどに海の深さを増す!! あまりに遠くへ行きすぎた場合、下手したら死ぬ!!」

「つまりそこまで遠くへ行くなってことだな?」

「そういうことだな」

「うっわ、こえぇ、マジこえぇって!!」

 

 未だ慣れないらしい元一。話を聞いてるかどうか怪しいが、恐らく大丈夫だろうと思っていると、こちらを見上げて必死な顔をしているアリサの顔が明確に見えたので、「あとは好きに飛んでろ」と言って一気に高度を――前に体重を一気にかけて――落とし、わずか数秒で地面スレスレ、アリサの真横に到着する。

 

「一体どうした?」

 

 ボードに乗って地面に少し浮いたまま訊ねるが、アリサは何も返してこない。

 その間にまじまじとアリサの水着姿を見る。

 水着の色はすべて赤。どれだけ目立つ色が好きなんだと思ったが言わないでおく。

 水着の種類はツーピース水着のセパレーツタイプ…だったか。以前はやてが『行こうや!』と言った際に水着の新調(俺の)という名目で男女問わずこの世界での水着を調べた時に大まかに調べた。

 

「……な、なによ……」

 

 マジマジと見つめていたのか体を手で隠しつつ頬を赤く染めながら後ろに下がるアリサ。

 それに対し俺は「お前がこっちを見ていたから降りてきた」と言ってから、「で、一体何か用か?」ともう一度聞く。

 するとアリサは一度深呼吸してから「べ、別に大したことじゃないわよ! た、ただ……何をしていたのかなって聞きたかっただけよ!」とこちらに顔を向けず声を大にして質問してきた。

 俺は迷わずに答えた。

 

「似合ってるぞ」

「……」

 

 顔を真っ赤にするアリサ。その速度はゆでだこの色が変わるより速いだろう。

 これでいいのだろうかと思いながらじっと見ていると、「な、何見てるのよ!?」とアリサがビンタをかましてきたので上体を少し逸らして避ける。

 そのまま体重を後ろにかけて推進力のもと上空へはばたく。

 

『ちょ、ちょ……!!』

 

 何か言ったらしいアリサを無視し上空を漂っていると、ボールが飛んできたので反射的に蹴りあげてボールをキャッチする。

 

 俺より上にいる力也と裕也と元一は思いっきり遊んでいる。空を自由に飛び回っている。

 すごいな。これが若さと言うものか。

 そう思いながら見もせずにボールを投げると、「ありがと」となのはの声がした。

 

「どういたしまして」

「…ねぇ大智君。一緒にバレーやらない?」

「丁度人数が対等だろ。それに、俺はパワーバランスを崩すぞ」

「それもそうだね。でも、そうして一人でいるのはつらくないの?」

「ふむ。辛くないと答えておこうか。こうしてお前達と一緒に居られるからな」

「そうなんだ…」

 

 ちょっと頬が赤くなったなのは。それを見て微笑ましいと思いながらも不意に視線を感じた俺は視線の主――恐らく海の方を見る。

 前に感じたことのある視線。それも少し昔の。

 ……やれやれ。また厄介ごとになるのか。

 それは嫌だからみんなが寝静まった時にでも話を聞くかと考えていると、急に海の奥底から感じる力が増したので、同じく感じたらしいなのはに「お前達はみんなを守れ」と呟いて一気に海へ落ちる。

 

「大智君!!」

「セットアップ、ナイトメア」

『久し振りです、ね!』

 

 バリアジャケットを展開し、ボードを急降下させてる途中で海へ突っ込む。

 その瞬間、俺は上空へ打ち上げられた。

 

『大智(君)!!』

 

 みんなから心配そうな声をもらった俺は良く分からない事態を考えずに一回転して浮遊魔法で空中に浮き、水中に潜む何かに警戒心を募ら――

 

「おい大智テメェ。自分で誘っといてまざらんとはどういう了見だ」

「……なんで海の中にいたんだよ、親父」

 

 現れたのはふんどし姿の親父。何をどうやってるのか知らないが、見事に濡れていない。

 一瞬で脱力すると、「お前は子供らしく遊んできやがれ!」と中指を立てて舌を出されて言われた。

 

「一応社会人になる年なんだが」

「ここの成人は二十歳だよバカ!」

 

 あっかんべーとイラッとくるポーズをやりながら親父が叫んでいると、海の中から突如として髪の毛が現れた。

 

『…あなた』

「「!!」」

 

 底冷えするような声に俺と親父は反射的に身を固くする。

 その間に髪の毛は動きだし、親父をぐるぐるとしばりつけ始める。

 

「え、ちょっと母さん? 黄泉の扉から出ようとした時のホラーをどうしてゴボゴボゴボ」

 

 最後まで言わせない勢いで親父は沈んでいった。

 

「……さて」

 

 俺は今の光景を無かったことにして振り返り、こちらの方を呆然と見つめている彼女達に言った。

 

「俺も混ざるか」

 

 

 

 最初は管理局グループ(魔法が使える方)に混ざった。

 

「ほな、鬼ごっこでもやろか」

「どうでもいいが、俺はバランスを壊すぞ?」

「ていうか、大智にハンデつけても意味がない気がしてきたんだよね」

「「「「「「「それは確かに」」」」」」」

「だったら俺は魔法を使わずにこのボードだけで逃げる。それでいいんじゃないか?」

「でもこっちの方が有利になる気がするんだけど」

「大智にそんなの関係あらへん……せや」

 

 鬼ごっこと言う方向性で話が決まり出したところ、はやてが俺を見ながら悪い顔をしたので、ボードに乗って調子を確かめながら「俺をタッチ出来たらそうだな……一回だけ何かしてやる。ただし先着一名に限る」と先に宣言しておく。

 

「ってまた読まれたわ!」

「俺を出し抜くならもう少し無表情を作れ。普通に見抜かれるぞ」

「いや、はやての考えを先読みできるのは雄樹か長嶋だけだと思うのだが」

 

 そんな訳で制限時間は一時間。範囲はこの世界全域。俺は魔力を一切使わない+隠れるの禁止と言うルールで鬼ごっこは始まった。

 最初の鬼はヴィータ。

 

「待ちやがれお前ら!」

「ヴィータちゃん。鬼になりたくないからみんな逃げるのよ?」

「頑張って捕まえてみろ」

「待てー!」

 

 海面スレスレでのんびりと眺めながら俺はその場にいた。

 

 十分が経ち、鬼は何をどうやったのか雄樹。

 すぐさま俺を見つけたようなので、俺は全力でその場から逃げた。

 

「って、その速度何!? 僕全力出してるんだけどさ!」

 

 少し後ろから追いすがるような感じで来る雄樹。声が若干小さく聞こえるので俺は無視し、自分達の拠点である島近くまで来たら体重を後ろに掛けて角度をつけ、上空へ飛ぶ。

 そのまま行くとちょっとヤバいのですぐさま体重を均等に戻して水平にし、前の方に体重を移動させて先端を止め、そのままターン。

 すぐさま水平に戻した俺は、いつの間にか鬼が変わっていたことに気付き、今度はシグナムから逃げることになった。

 

 で、一時間後。

 

「もうダメだよ……」

「せや、な……」

「動けねー!」

「追いつけないとは」

「長嶋君は本当にはやての言ったとおりね」

「みんな大丈夫ですかー?」

「無理もあるまい。私とてこうして立っているのがやっとだ。しかし……フェイトに雄樹は大丈夫そうだな」

「雷神さんに鍛えてもらってますから」

「僕もランスロットに教えてもらってるから」

「だらしないなお前ら」

 

 結局フェイトがあと少しで俺をタッチできるところまで行って鬼ごっこは終了した。みんなバリアジャケットを解除している。

 疲労感らしい疲労感が特になかった俺は、息も絶え絶えの状態で砂浜で寝転がっている彼女達に「夕飯まで休憩してろ」と言って場所を移動した。

 

 

 

「あ、大智! さっきは大丈夫?」

「問題ない……ところで、アリシア達は何をやっているんだ?」

「う~んと……パラソルの中でのんびりしてるよ」

「そうか。なら飲み物でも作るか」

「あ、じゃぁ私も一緒にいい!?」

「構わん」

「やったぁ!」

 

 そういうとアリシアは俺に抱きついてきた。

 白のモノキニ。良く考えたら単色系が多いなうちの女子達。

 事実を照らし合わせながらそんなことを考えていると、「どこで作るの? やっぱりキッチン?」と首にしがみついたまま聞いてきたので(身長差二十センチぐらい)、「その前に冷蔵庫いかないと食材ないぞ」と言ってそっちの方へ向かった。

 

 のだが。

 

「すずかにアリサ。木在は置いてよかったのか?」

「大丈夫だよ大智君。今元一君がヘロヘロになって戻ってきたから」

「『あいつらなんなのマジで……』って、ち、力なく言ってたしね!」

 

 なぜかそのまま通り過ぎたところ、いつの間にかアリサとすずかが俺の両脇に来ていた。ちなみにすずかは白のビキニ。

 

「で、あんたはアリシアと二人で! どこに行く気だったのよ」

「どこって、冷蔵庫。ほらそこだ」

「すごいねーこの小屋丸々そうなんだー」

「本当にすごいね大智君」

 

 冷蔵庫を見てアリシアとすずかは素直に感心する。元一は絶句していたので、そういわれると嬉しい限りである。

 ちらっとアリサの方を見ると、少し小屋を見ていたかと思うと俺の方を見て、すぐさま視線を逸らされた。

 ずっと前に雄樹が言っていた『アリサはツンデレ』とはこういう意味なのだろうかと視線を自然に戻しながら考え、俺は普通に扉を開けることにした。

 

 

 

 夕食の時間になった。

 結局作ったジュースは全員に配り、そのままみんなこの時間まで砂浜でのんびりしていた。

 元気だったのは俺だけで、一人手持無沙汰だったから何するかと考えているとなのはが俺の横に来て座り込んだ。

 今俺がいるのは屋根の上。ここに来るには魔法で飛ばない限り方法はない。

 

「ねぇ大智君」

「楽しかったか?」

「うん……ありがとね」

「どういたしまして」

 

 日が沈む。水平線しかないこの世界の眺めは、やはり最高だ。

 そろそろ夕飯考えないとなと思っていると、「大智君」とその名をもう一度呼ばれた。

 

「どうした?」

「えっと…すごいよね、大智君は」

「そうでもない。俺は…愚かだ」

「え?」

 

 こちらに向くのが分かる。おそらく、何を言っているのだろうかと思っているのだろう。

 だがこれは自分じゃなければわからないもの。行動し、感じ取っている己以外は。

 それは誰だってそうなのだろうと思いながら、俺は「言っておくが、慰める言葉は不要だ。その愚かさで俺は生活しているからな」と言っておく。

 

「そうなんだ……強いね、大智君」

「それを言うならお前もな。なのは」

「え……」

 

 意外なのだろうか。そう思いながらも、俺は言葉を続ける。

 

「リンカーコアに傷がついて魔法が使えないかもしれないと言われた時、お前は素直に絶望したはずだ。だが、俺の言葉があったとはいえお前はここまで来た。障害がいくつもあっただろうに」

「……」

「だからお前達は強いよ。これから俺を乗り越えていくはずだ」

「…そうだったら、いいな」

「目指せば行ける。俺はお前達とは違って『成長』できないからな。素直に羨ましい」

「…大智君」

「どうした?」

 

 こっち向いて。そう言われたので横に顔を向けると、なのはが立ち上がっていた。

 夕日が沈む光が俺達を包む。なのはの全身がオレンジ色に染まって見える。

 小学生の事から一緒に居たこいつがここまで成長したのは些か感慨深い。

 

「あのね…」

 

 なのはが慎重に切り出す。まるで重大な告白のような雰囲気で。

 告白されたのもこんな雰囲気だったなと思い出していると、なのはが俺に近づいてきた。

 

 元々近かった距離がゼロになる。互いの顔が間近で見える。

 

「私はやっぱり」

 

 吐息がじかに感じられる。そこに緊張が含まれているのを見抜いていた。

 何が起こるのか考えずに待っていてなのはの目を閉じられたのを確認した瞬間。

 

「――何してるの、なのは」

「へ、フェイトちゃん!? こ、これは別にその……!!」

 

 どこか怒りを含ませた声で俺達に声をかけてきたのはフェイト。先程の鬼ごっこでそれほど疲れを見せなかった一人だ。

 どうやら俺達を探しに来たらしい。そんなことを冷静に考えていると、なのはが俺からパッと離れ顔を赤くしながら慌てて言い訳を重ねる。ただしフェイトはそれに耳を傾けてる様子がない。静かにこちらに向かってくる。

 

 そう言えば俺はあのままだったらどうなったんだろうかと考えていると、「なのは?」と冷たい声が。

 

「は、はい!」

「……ちょっと来てくれる?」

「……うん」

 

 力なく従うなのは。それを見送った俺は、結論が出た。

 

「そうか。キスをされそうになったのか」

 

 納得できた俺は、下で聞こえる悲鳴を聞かなかったことにして冷蔵庫へ向かうことにした。

 

 

 

 

 夕飯の席は、俺の隣で誰と誰が座るかで大いに揉め、何かで勝ち取ったらしいすずかとフェイトがどこか積極的だった。

 それに触発されたのかはやてと雄樹もそんな感じだった。

 

 力也と裕也は、そんな俺達を見て笑いながら食事をしていた。




あと一話ぐらい更新したいと思います。

ご愛読ありがとうございます。


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117:本心

 夜。

 

 女子達を露天風呂に案内し、俺達は建物の風呂に入った。

 

 で、戻ってきた俺達は、二階に集まって各々好きに過ごしていた。

 

「ハッ!」

「フッ」

「テヤァ!」

「フン」

 

 俺と力也は卓球で勝負し、

 

「露天風呂どうだったのはやて?」

「結構星空が綺麗やったな。元々混浴らしいし二十四時間開放してるみたいやから、一緒に入らへん?」

「えぇ! そ、それは……」

「って、は、恥ずかしがんといてな!! う、うちだって恥ずかしいんやで!」

 

 はやてと雄樹は二人だけの世界を作り、

 

「うわぁすごい量の設計図を閉じたファイルだ!」

「どれどれ……って、一つのファイルにどんだけあるのよ!? 辞書みたいに分厚いわよ!」

「え? でもそれほど重くはないよ? 鉄鋼とか鉄板より」

「……いや、すずか程力持ちじゃないから」

 

 アリサとすずかが本棚に放置していたファイルの話をしており、

 

「そういえば元一、フェイトの事いやらしい目で見てなかった…?」

「ばっ、み、見てるわけないだろ!?」

「動揺が走ってるぞ元一……ほれ、チェックメイト」

「ぐはっ!」

 

 元一と裕也のチェスを木在が見守り、

 

「ねぇフェイト」

「なに、姉さん?」

「どうせなら、私と一緒に大智のお嫁さんに成ろうよ」

「!? な、ななな何言ってるの姉さん!」

「だって私たち姉妹なんだよ? だったら一緒に嫁にもらってもらえばいいかなって……」

「冗談でもそんなこと言わない!!」

 

 フェイトとアリシアが将来の事を話しており、

 

「なぁシグナム。本棚の一番左上にある本を取ってくんねぇか?」

「どうしたヴィータ。珍しい」

「うっせ。いいだろ。取ってくれよ」

「分かった」

 

 シグナムはヴィータの頼みで本棚の一番左上から本を取っており、

 

「大丈夫ですか、なのはちゃん」

「う、うぅ…フェイトちゃんのバカ……」

「重症のようだな」

 

 シャマルが声をかけてもなのはの調子が戻らないのを見て、ザフィーラはため息をついていた。

 

 そう言えば両親がいないな。7-5で有利な状況だが油断は出来ないからあまり深く考えなかったが。

 夕飯片付けた時には居たんだが、片付け終えた時には消えていた。

 

「そりゃ!」

 

 スマッシュを決められ、これで7-6。あと一点で同点になってしまう。

 俺はボールを拾ってから力也に投げて褒める。

 

「さすがに近づいてきたか」

「ああ。ようやく君の背中が見えてきたよ」

 

 ラケットでボールを弄びながらも真剣な眼差しで俺を見つつ、そう宣言する。

 

「このまま同点に持ち込ませるよ」

「……いいだろう。こっからは四割の力で遊んでやる(・・・・・)

「っ」

 

 俺の雰囲気が変わったのか肌で感じたのか、一層険しくなった力也。

 そのままで力也はボールを上げ、落ちてきたと同時に常人では目視できないだろう速度でラケットを当てる。

 それを見えていた俺は、こちらのコートでバウンドした瞬間、俺はそれよりも速くラケットで打ち返して、相手コートにすぐさま返した。

 

「!」

 

 力也は動けない。いや、ボールが返ってきたことに反応が追い付かなかった。

 少し遅れて音が来る。とても大きな音だったからか、全員がこちらを向いた。

 

「ちゃんと入ったぞ」

「……」

 

 反応がない。いつもなら何か言ってくるはずなのだが。

 一体どうしたのだろうか。こんなものなど何時も見慣れているはずだろうに。

 そう考えたが、今のは些かやり過ぎたのだろうと思い反省する。

 まぁしたところで直るわけがないし、このまま人が離れていくのだったらそれはそれで俺の自業自得なので何も言えない。

 

 なんかお通夜みたいな雰囲気になったなと思っていると、陽気な声が階段下から聞こえた。

 

「おーい! みんなちょっとこっち来~い!!」

「……だ、そうだ」

 

 俺の言葉にみんな何も言わず階段を降りていく。

 残ったのは、俺と力也のみ。

 

 相手は何も言わずに俯いたまま。それゆえに俺はどうすることも出来ない。

 しばらくそうしていると、力也が顔をあげて言った。

 

「あれでまだ全力じゃないんだね?」

「……ああ。俺の全力は、人間相手に出せない」

「そうか……あれでもまだ全力じゃないのか…つくづく君という壁の高さに心が折れそうになるさ」

 

 俺は何も言わない。ただ見守っているだけ。

 このまま心が折れた場合、マモンに魂を奪われるのは確定。その際俺はどう反応すればいいのかを考えながら。

 が、そんな心配は杞憂に終わった。

 

「だけど」

「……ん?」

「そんなことは分かりきっていたさ。君の前世の話を聞いたり、今までの経験で。ここまで来て、今更心折れることはない」

 

 だから……そう言って力也は俺を指さして言った。

 

「僕は君の基準までのし上がる。絶対に。そこからが本当の」

『キャァァァァァ!!』

「……」

「……」

 

 下からの絶叫で、力也の宣言が消えた。

 

 気まずい空気が流れる。そんな中でマモンが一人腹を抱えて笑っているのが聞こえる。

 マモンの態度に苛立った俺が殴ろうとしたところ……それより先に力也が殴った(・・・)

 

「デッ! 何しやがる力也!」

「少しは悪魔でも空気読めないのか!」

「悪魔だから空気読んで笑ったんだよ」

「それは空気を読んだんじゃなく、自分の衝動に従っただけだ!!」

 

 …………マジか。

 俺は驚いていた。

 いや、冷静に考えれば驚くことでもないのかもしれない。だが、一般人の中でいくら突き抜けていたとしても悪魔を殴れるはずがないのだ。

 ひょっとしてこいつ……ある仮説を思い浮かべた俺は、説教を真面目に聞かないマモンに説教している力也に声をかけた。

 

「なぁ」

「少し待ってくれ大智。こいつに説教して反省させてるから」

「そんな役に立たない事やってないで話を聞いてくれ。ひょっとしたらお前、すぐにでも俺と同じスタートラインに立てるかもしれないぞ」

「……なんだって?」

 

 すぐさま反応する力也。それに対し俺は頷いて方法をしゃべろうとしたところ、ドダダダダ! と階段を駆け上がる音が聞こえたのでそちらへ視線を向ける。

 

「ひにぁぁぁぁぁ!」

 

 勢いよく階段を駆け上っていくなのはがいた。

 

「……何があったんだ?」

「さぁ。ところで大智。今君が言ったその方法って一体――」

「うわぁぁ! やめろ、こっちくんなよぉぉ!!」

 

 今度はヴィータの声。階段を上ってきたと思ったらこちらに来て、俺達の後ろに隠れていた。

 

 もはや方法を教える空気じゃなくなったため、俺達は誰からともなく脱力して「どうする?」と今の状況について考えることになった。

 

「まず何があったか分からないとね」

「あれだろ?」

「ん? あの火の玉?」

「うわぁぁ!」

 

 力也の言葉にヴィータが叫ぶ。

 あまりの怯えように俺と力也は顔を見合わせてから、互いに首を傾げた。

 

「そんなに怖いか、これ?」

「いや別に。ここまで怯える理由がないね」

「お前らなんだよおかしいぞ! あ、あの火の玉はな、人の怨念の魂なんだぞ!!」

「大方やったのうちの両親だな」

「な、なんでそんな冷静にできるんだよお前ら!!」

 

 喚くヴィータを無視し、俺はため息をつく。

 

「下で何をやってるんだ、おい」

「怖い話とかだろうね。火の玉を見た限りだと」

「だろうな」

 

 火の玉は俺達に近づかず、ただその場でゆらゆらと燃えている。

 敵意も害意もなく、また単純に動くものに反応しているのだろうと予測できる。

 どのくらいの速さまで反応できるのかわからないが、あの両親が出したと仮定した場合、俺の速度に追いつけてしまう可能性がある。

 

 まぁいいか。

 魔力を放出したままの俺はそんな風に結論付けて一歩軽く踏み出し、火の玉に肉薄したと同時に左手を下から上へ振り上げる。

 刹那の速度。反応がなかったのは単に迎撃機能がなかったからか。そんなのは今どうでもよかった。

 魔力で覆われているからか、火の玉の温度を感じられなかった。そこが不思議な点である。

 いくら速度が速く、また魔力で手が覆われていたとしても、一瞬でも触れたのならば温度と言うのは伝わるはず。

 ……まぁ、魔力が温度を遮断しているのなら問題はないのだが。

 いかんせんあまりやらないので、自分でも十全に把握できていない。

 消えた火の玉を見ず、俺はそのまま下に向かった。

 

 

 

「……何やったらみんな気絶するんだよ」

「なんだ大智つまんねぇな」

「俺に怖い話に怯える姿を期待するな」

「そんなの期待してねぇけどよ」

 

 そう言いながらもろうそくの灯りだけで過ごす親父。他の奴らはみんな床に倒れている。

 そこまで怖い話を聞いたのだろうかと考えていると、「肝試しやろうぜ肝試し」と明るい声で呑気に言ってきた。

 

「なにする気だ?」

「なにって……」

 

 もったいぶった親父は不意に蝋燭の火を消す。

 辺りが真っ暗になる。が、俺には関係がない。

 などと自然体のまま立っていると、背後から真剣な声でこうささやかれた。

 

答えを出させてやるんだよ(・・・・・・・・・・・・)

 

 は? と言ってる意味を問いただそうとした瞬間、闇に呑まれた。

 

 

 

「よぉ大智」

「……親父か。いきなりどうした」

 

 闇に引きずり込まれた先で立っていると、親父が片手をあげてきたので状況を把握するために質問する。

 すると親父は、答える代わりに指を鳴らす。

 

 その音で出てきたのは、意識を失い、なおかつ黒い『何か』で縛られているなのは、アリシア、すずか、アリサ、フェイトの五人。

 

「!」

 

 咄嗟に身構える。それに対し、親父は「あー待て待て」と言ってから衝撃の事実を告げた。

 

「俺を殺したら彼女達、死ぬぜ?」

「!!」

 

 事実かどうかわからない。親父のハッタリだというのもあり得る。

 が、それとは関係なく今の俺の心情ははらわた煮えくりかえっていた。

 

「……親父」

「なんだ、おい」

 

 俺の無意識が低い声を出す。その正確の心情を親父が読み取ったかどうか知らないが、俺はそのまま――目の色を変える。

 

 黒色から赤色に。それに伴い、愉快そうに笑っていた親父に一歩で肉薄してボロボロの布きれを身にまとった左腕で顎を打ち抜く。

 

「ぐふっ」

「――なら、死なないように攻撃するだけだ。韋駄天(・・・)

 

 刹那の変化。だが、それは明確に表れる。

 

「だはっ。くそっ、いきなりそれ(・・)使うのかよ……!」

『――死なないんだから、いいだろ』

 

 声が遅れて響き渡るのが分かる。だがその間にも俺は親父を殴り続けている。

 神様一の俊足と名高い韋駄天の速度で殴り、追いつき、蹴り、追いつき、殴り……。

 目に見えてあざだらけになっている親父の姿を間近で見ていた俺は、すぐさま「トール(・・・)」と呟く。

 姿まで変わり、さらに速度が一気に戻ったことにより俺の体感速度がだいぶおかしくなっているのが分かるが、それを気にせず「神装ミョルニル(・・・・・)」と呟く。

 

「ちょっ、おま……!」

 

 持ち手の短い槌が振り下ろされるのをわずか数センチの距離で見ていた親父があわてるが、時すでに遅く。

 俺は全力で振り下ろし、ミョルニルは、本物と変わらぬ威力(・・・・・・・・・)を発揮した。

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁっ!! ……ったく、自爆特攻とは恐れ入った」

「……」

 

 俺は喋れない。親父の言った通り自爆覚悟でミョルニルを使い、親父以上にダメージを受けたうえ、レアスキルの反動により、身体が全く動かず魔力もうまく機能していないから。

 

 そのレアスキルの名は『神性変化(ゴッド・エボル)』。正真正銘俺の最後の切り札(ラストレアスキル)であり、諸刃の剣。

 

 レアスキルの名の通り、神様の力をそのまま使える(さらに姿も変わる)というものだが、使った時間・神様に比例して俺の行動を著しく阻害する。

 一回だけ悪魔の書の力を抜き取るためにこのスキルを使った時は倦怠感がのしかかった程度だったが、今では完全に体が動かない。魔力がうまく機能していない。

 

 口すらもまともに動かずに暗い空間の中横たわっていると、ボロボロの親父が足を引きずりながらこちらに近づいてきたらしい。顔を覗き込んできた。

 

「しかしいきなりあんな反則にも似た力使うなんて……よっぽど許せなかったんだな」

 

 当たり前だろと言いたいが、口が動かないので言えない。

 今にして思えばこれが演技だった可能性も否めないが、それでも俺は同じことをやっただろう。

 だが親父はポリポリと頬を掻きながら、「口にしてもらうぐらいには回復させないとな…」と呟き指を鳴らす。

 

 それだけで体の倦怠感が軽くなり、多少動けるようになったので、俺は体を起こして親父を睨みつけながら言った。

 

「俺はもう二度とこんな選択で迷わない。一人だけと言われようが必ずあいつら全員助ける」

「お前が死ぬしかないと言われたら?」

「仮死状態にでもなればいいだろ。それでも死亡に変わりあるまい」

「仮死状態、か……お前よくそんな事思いつくな」

「ま、簡単に死んでやるつもりはない。俺はあいつらが」

あいつらが(・・・・・)?」

 

 親父に復唱されて自分が何を言おうとしていたのかに気付く。

 それは、今まで意識さえしなかったこと。言葉の意味が分かっていても、自分にそれが当てはまっているかどうかわからなかったもの。

 

 急に恥ずかしさを覚えた俺は、ニヤニヤしている親父に背を向けて早口で言った。

 

「――あいつらが好きで、一緒に居たいと思っているからな」

「ようやく言えたじゃねぇか!」

 

 バシンと背中を叩かれる。痛みこそそれほどないが、身体がボロボロなのが分かっていると、かなり痛みがあると錯覚する。

 元気がなくなる俺とは対照的に、親父は元気になっていく。

 

「おぉぉ! 大智がようやく言いやがったぁぁぁ!! 傷だらけになってよかったぁぁ!!」

 

 とまで言ったところで唐突に親父のテンションは元に戻り、俺の肩を組んで耳元で訊いてきた。

 

「で、ミカエルの事は含まれてるのかよ?」

「………どうだかな」

「おいその間はなんだ? まさか、初めから想像してなかったわけじゃ……」

「…そんなまさか」

「そ、そんな……」

 

 突如として声が聞こえたので俺達はそちらの方を向く。

 そこにいたのは、絶望した顔のミカエルだった。

 端正な顔立ちだというのに酷いものだなと他人事のように思いながら、若干蚊帳の外に置いていたミカエルの問題について考えてみる。

 

 結論。天使と人間って結婚できなくね? そんな実例あったか? そもそも天使って結婚できるのか?

 

「ゼウス認めればできるんじゃね? 聖書だとゼウスではなくキリストの親父(神様)の方だけど、今ゼウスに全権任せてるからな、あの人」

「さらっと思考を読むなバカ親父」

「ひどくねっ!?」

 

 オーバーリアクションを無視して考える。

 過去ミカエルと遭遇して特に思い出に残っていること……。

 

「ダメだ。スサノオが泡吹いて倒れた記憶しか残ってない」

「なんでそんな黒歴史を覚えているんですか!? 忘れてください!!」

「あれは忘れろという方が難しいぞ」

「……それで! 私の事はどう思っているんですか!!」

 

 いてもたってもいられなかったのか、ついには顔と顔が近づくぐらいに迫ってきて聞いてきた。

 その必死な表情にどことなく可愛さを覚えた俺は、なぜだか急に頬が赤くなるのを自覚し、目を逸らしていった。

 

「……可愛いとは、思うぞ」

「……か、かわ、いい…ですか?」

 

 急にしおらしくなる。それほどおかしなことを言ったわけではないのだが。

 気が付けば親父は近くに居らず、どこかに遁走したらしい。

 どうせどこかで眺めているんだろうと思っていると、どうやら満足したらしいミカエルが「えへ、えへへ、か、可愛いですか……予想していた答えとは違ってましたがそれでも……」と呟いているので「大丈夫か?」と咄嗟に質問する。

 

 それで我に返ったらしいミカエルは、しかし、口元が元に戻ってないまま「で、ではこれで!!」と言って右手を振って消えた。

 

 体が軽くなったことに気付いた俺は、「最初から見ていたんじゃないだろうな…」と嫌な予感を口に出しつつ心の中で感謝した。

 

 

 ……そういえば。

 

「親父」

「なんだミカエルに好きとは公言していない大智」

「なんでみんな気絶していたんだ?」

「俺がリアルで体験したある話をしたら」

「そりゃキャパ超える恐怖だろうな」

「たかが母さん連れ帰る時に体験した話だったんだけどなぁ」

 

 そんな話をしながら戻ってきたら、親父は母さんに連行され、俺は力也に詳細を聞かれ、目が覚めたらしいアリサ達からは目を逸らされた。

 

 部屋割りは、俺の周りになぜか集中していた。




これでようやく日常のみのパートは終わります。次回からストライカーズに……なっていくと思います。

ご愛読ありがとうございます。


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ストライカーズ編
118:呼ばれて


二ヶ月ぶりで候。ようやく始動第三期。


 高校を卒業したある日。

 すぐさま起業申請を通して会社を作った俺は、誘っていた裕也、元一、木在を雇い、大学に無事進学した力也をバイトとして雇った。有限会社なので、株式を発行しないが、起業の際にすずかとアリサから強引に資金援助された。それらは今も金庫の中に放置されている。

 

 会社の住所を俺の家にして、本部をあの海だらけの世界に作った家としている。

 そんな訳で俺は今暇なので、取り寄せた資料を読んでいる。

 

『暇って……確かにそうでしょうけど。起業して一ヶ月も経ってないのにものすごい数来て、ようやく終わったばかりじゃないですか。それらすべて(・・・)

「たった百件ほどだろ。しかもどれもが簡単なものばかり」

『そんなんじゃ、人の事言えませんよ』

「生憎だが、そこまで軟じゃないんだよ」

「ですが、それでも心配なんですよ、大智様」

「イクスヴェリア。博士の方へ行かなくていいのか?」

「ええ。今日大智様の仕事がないとのことで。許可はもらいました」

 

 俺とナイトメアの会話にイクスヴェリアが混ざってきた。

 彼女はこの一年近くで俺達が使う言語を吸収し、このように淀みなく話せるようになった。

 そしたらいつの間にかメイド服を着ていた。メガーヌさんが作ったとのこと。

 本人が嬉しそうに着ているので何も言わないが、なにも俺に様付しなくてもいいだろうにと思ったことはある。

 

 そんな彼女に対し、俺は「そうか」と答えるだけにとどめた。というか、それ以外何と言えばいいのか言葉が見つからない。

 彼女は俺の反応に対し何も言わず、俺が見ている資料の一部を見て聞いてきた。

 

「博士が何かしたんですか?」

「俺と出会う前の過去の事なら別に。これは、俺とあってから起きた出来事だ。ただし、本人はやってないと主張しているし、俺もそう考えている」

「つまり、偽物ですか」

「ああ。誰が扮しているのかわからないが、改心してる奴を騙ってやるとはいい度胸だな」

 

 俺が見ている資料は、俺のところに来た以降のジェイル・スカリエッティが起こしたとされる事件の数々。

 こんなことは絶対にやってないし、そもそもあいつらにこんなことをする余裕なんてなかった筈。メガーヌさんが来てからは特に。

 

 にもかかわらずこの資料ではレリックに関することが立て続けに起こっているらしい。

 正直、それも相まってはやては機動六課を設立できたと言っても過言ではないのかもしれない。

 ……まぁ、それも偽物が起こした出来事なのだが。

 

 これは早急になんとかしないとなと思いながら読み終えた資料をテーブルに置いて一息ついていると、プライベート用の携帯電話が鳴ったので、出る。

 

「はいもしもし」

『あ、大智君! 最近忙しかったみたいだけど、大丈夫?』

「なのはか。まぁ暇だ」

 

 若干動悸がおかしくなりそうな心臓を抑えつけてそのまま話していると、『えっと、せっかくのお休みみたいなところで申し訳ないんだけど、管理局へ来てくれないかな?』と訊いてきた。

 

 あれ以来――ここへきて自覚して以来――どうにも告白してきた五人と二人きりになると少しばかり緊張するし、見つめ合うと顔が赤くなる。

 これが『恋』であり『愛』なのだろうとあたりをつけながらも、それに振り回されないよう、最大限気持ちを制御して何とか平静を保てている。……たまに失敗する時もあるが。

 

 しかし管理局か……丁度資料も読み終えたから別に構わないな。何をするのかわからないが。

 暇潰しにはなるだろうと思いながら肯定の返事をすると、かなり弾んだ声で『待ってるから!』と言われて切られたので、やれやれと思いながら席を立つ。

 

「出かけるのですか?」

「ああ。休養にはなるだろう」

「……行ってらっしゃいませ、大智様」

 

 察しの良いイクスヴェリアは何も言わずに頭を下げる。

 それに対しだいぶ変わったなぁと思った俺は、「行ってくる」と言ってナイトメアを左腕に、腕輪型に改良された転移装置を右腕につけ、右腕につけた装置から映し出されたディスプレイに目的地の名を言ってその場から消えた。

 

 

 

 

 

* スバル・ナカジマ視点

 

「いい加減落ち着きなさい、スバル」

 

 そう言われて私――スバルは逸る気持ちを落ち着かせるために軽くジャンプをする。

 けれど気持ちは全然落ち着かない。それどころか、段々はやる。

 

 そんな様子を見たティアは、点検を終えた銃を下ろしながらため息をついた。

 

「まったく。いくらこの試験に合格すれば”憧れの”なのはさんに近づけるといっても、それだけじゃ合格できないわよ」

「う、うるさい。そう言うティアだって自分のお兄さんを証明するためにここまで来たんでしょ? 私と変わらないよ」

「……言いたいことはあるけれど、今は試験に集中するわよ」

 

 何か反論したかったらしいけどそれを飲み込んだようだ。その態度を見る限り、私の方が子供に感じてしまうけど、今はそんなの関係ない。

 

「絶対合格しよう、ティア」

「当たり前よ」

『揃ってますかーお二人とも』

「「はい!」」

 

 何ともタイミングのいい感じでディスプレイが表示される。それを見た私達は、反射的に気を付けの体勢に。

 

『では試験を始めます。試験官はわたくし、リィンフォースⅡです。今回の内容はターゲットをすべて破壊してゴール地点までのタイムが制限時間内であれば合格だったんですが』

「「?」」

 

 モニター越しの試験官――リィンフォースⅡさんの顔が急に曇る。それを見た私達は、そろって首を傾げる。

 一体どうしたというのだろうか。まさか、機械が壊れたとか?

 そんなありえないことを考えていると、ティアが質問した。

 

「どうしたんですか? 試験の内容が変わったんですか?」

『はい…その内容がですね……』

 

 そう言われた瞬間、私達の目の前のフィールドから火の手が上がった。

 

「「!!」」

 

 フィールド全てが火の海に包まれているという状態。それがいつの間にか起こっていたという事実。

 あまりにも現実離れした現状に言葉を失っていると、リィンフォースⅡさんはこう言った。

 

『今この現状を引き起こした人に認められてください(・・・・・・・・・)。これが、今回の試験です』

 

 その言葉に呼応するように、火の手がさらに大きくなった。

 

 ……え? どういう事?

 

 

 

 

「しかしきたら仕事をさせられるとはな……」

『ていうかマスター。マスターがやってることって傍から見たら殲滅行為では?』

「やれとはやてが言うのだから仕方ないだろ。何の試験かは知らないが」

 

 バリアジャケットを展開させた状態で燃え盛る火の中にいる俺。のんびりとしながら燃えている建物たちを見まわし、ナイトメアに話しかける。

 

「劫火煉獄。はっきり言ってこれでまだ威力が四十分の一ぐらいなんだよな」

『ですね。魔力制限をDにしてその上威力を抑えた結果ですからね……』

 

 こうして間近で見ると自分の異常さがはっきりわかる。やっぱり化け物だなぁと思ったりする。

 

『しかしこの暑いなかよく平然としていられますね』

「地獄の業火に焼かれたことがある」

『さすがにウソですよね!?』

「腕が消失した」

『まさかの本当だった!?』

 

 熱さを感じない理由は魔力が耐熱・耐寒の役割も持っているから。それに覆われているおかげで、俺は熱いと感じることはない。

 

 と、ここで通信が入ったので出る。

 

「なんだ?」

『あ、大智? 今どこにいるの?』

「火の海の中だ。気配を消して魔力を微量に放出した状態で移動している。試験を受ける二人の気配はスタート地点から未だ動いて無いようだ」

『うん。とりあえずBランクへの昇格試験にしてはレベルが高すぎる状態だというのは把握したよ』

「そうか。頑張ってもらうしかないな、その二人に」

 

 どうでもいいので適当に返事をすると、雄樹が『いや、君がレベルをさらに落としてくれればいいんだけどさ』と言ってきた。

 

「来て早々試験相手をやらしているのはどこのどいつらだ?」

『うっ。でもまぁ、これからきっと会うことがあるかもしれないからさ、どうせならということで』

「にしても『認める』ってなぁ」

『仕方ないじゃない。君に一撃を入れるだったら間違いなく彼女達死んじゃうし、君をタッチするでも間違いなく彼女達追いつけないから』

「具体的にどんなことを認めればいいんだ?」

 

 その質問をすると、隣に座っていたらしいはやてが答えた。

 

『判断能力、実力、チームワーク、勇気……このぐらいやな』

「そうか。どれか一つでもよかったら合格にしてやるか」

『……なんか、判断のレベルが違う気がするんやけど』

「ようやく動いた。切るぞ」

 

 問答無用で通信を切った俺は、特に当てもなく――敷いてあげるならしらみつぶしに探してる二人とはだいぶ遠い場所へ――駆け出した。

 

 

 

 

 未だ燃え続けている建物の中で壁に寄りかかって立っていると、プライベート用の電話が鳴りだしたので出ることに。

 

「もしもし」

『大智? 今何やってるのよ』

「アリサか。今は管理局が所有している土地で鬼ごっこみたいなことをしている」

『何があったのよ』

「なのはの電話で向かったらはやてが丁度試験やるから試験相手になってくれと仕事を頼んできたので、会社の仕事として受理してやっている」

『……あんた、身体は大丈夫なの?』

 

 ナイトメアと同様の心配をしているなと思いながら問題ないと答えると、「そう……」と翳のある返事をしてから「どのくらいで終わるのよ?」と切り替えて質問してきた。

 俺は知らんと答えてから近くに気配を感じたので、そのまま飛び降りる。

 

 四階ぐらいからの落下だが、くるくると回転して衝撃を殺した俺は、着地してから「で、何か用か?」と変わらぬ会話を続ける。

 

 向こうも慣れたのか、「それが終わったら一緒に夕飯食べに行かない?」と誘ってきた。

 

「どのくらいかかるか知らんぞ」

『終わったら電話をちゃんとしなさいよ』

 

 そう言って向こうから切れた。

 おとなしく携帯電話をしまいながら壁を蹴ってバレルロールしていると、丁度その壁正面の路地で光ったのが見えたのでスピードを上げる。

 一歩で通り過ぎ、蹴った壁が崩れたところにそれ――ワイヤーか何か――が飛んできた。

 

 ……ふむ。飛び道具関係なのだろう。デバイスに当たりをつけた俺は、もう一人の気配が建物内でこちらに近づいてるのを知り、挨拶代りに壁を力いっぱい蹴り出して空へと跳ぶ。

 壁はもちろん壊れ、蹴りの力で礫と化す。しかもその礫が銃弾より速い速度で散弾のようにばらまかれる。

 

 下手すると建物崩壊だなと思いながらのんびり空の上で待っていると、壁が壊れた階と、先程の路地の方から人が一人ずつ出てきた。

 

 特徴的な髪の色で受験者二人だと直感した俺は、見上げている二人を意識から一旦おいてどうやって合格させようか考えることにした。




ご愛読ありがとうございます。


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119:バーリ・トゥード

お久し振りです。一ヶ月ごとの更新になってるのは……気のせいです。


* ティアナ・ランスター視点

 

「大丈夫スバル!?」

「防御魔法でなんとか防いだけど、カートリッジ二つほどやってギリギリだったよ」

 

 必死にフィールドを走り回って何とか見つけ、スバルが中から、私が外に出てきた時に攻撃する役割だった。

 なのに目の前で浮いて佇んでいる男の人――和服にレギンスとガントレット、それに太刀を握っている――はそれに気付いていたのか、スバルが中に侵入してすぐに外に飛び降りてきた。

 

 私は路地裏で隠れて遠目で見ていたところ、試験中だというのに何か話をしていた。

 あまりにも無防備なその姿なのに――なぜか私には『攻撃する』という選択肢が浮かばなかった。

 

 で、建物の壁を走ってこちらに近づいてきたので私は慌ててワイヤーで動きを止めようとしたところ、撃った瞬間には壁が壊れていた。

 

「……え?」

 

 まるで分っていたかのように加速したと気付いたのは、それから少し経って。

 その男の人が走っていた壁を蹴って宙へ飛び、蹴られた壁が勢いよく力を入れられた方向へ飛んで行ったのを見てから。

 

 なんなのあの人。真っ先に浮かんだのはそんな感想。

 次に浮かんだのは、あの人は一体誰なのだろうという疑問。

 もっとよく見る為に路地から出ると、スバルがあの人が蹴った壁の方から飛び降りてきた。

 

 そして、今。

 

「ああ、裕也か。終わった? そうか。なら仕事がなければ休んでいいぞ。今俺は急にやる事になった仕事をしているからな」

「ハァァ!!」

 

 長嶋大智と名乗ったその男の人は、「何でも屋バーリ・トゥード」の社長で、はやて指揮官やフェイト執務官、なのは教導官と雄樹教導官達の知り合いだといい、電話貰ってきたらこうなったと事情を説明してから、「俺に『合格』と言わせるまで頑張れ」とあまり抑揚の感じられない声で言ってきた。

 

 何を、と訊いたら「自分で考えろ」と即答されたため、スバルが接近、私が援護という形でさっきから攻撃を仕掛けている、のに……!

 

「ティア!」

「分かってる!!」

 

 スバルの声に反応して私は兄の形見のデバイスを向け、引き金をひ――こうとしたところ、その場から消えていた。

 

「え!?」

 

 どこ!? 一体どこに消えたのよ!!

 

 そんな疑問はすぐさま理解させられた。

 

「どうした元一。今仕事中なんだが。……何、適当に書類送ったらオーディション一次合格して二次試験? それは木在がアイドルになったから追っかけようとしてか?」

 

 私の後ろで、世間話をしているのだから。

 

 声に反応して私は振り向く。けれど、その時にはすでにいない。

 フェイト執務官は管理局最速と呼ばれているけれど、この人はそれ以上。おまけにこの状況で電話なんて緊張感のないことをしていながらも、私達の攻撃の一切を避ける。

 

 ただのバカなのかそれとも余裕なのか。……おそらく後者だろう。

 

 そう考えたところ、私のやる気は急になくなった。

 それを見ていたらしい男の人は何かを思案しながらスバルの攻撃を避け続け、大振りの攻撃を大きく避けて再び宙に浮く。

 

 一つの小康状態に陥った中、スバルは私のところに戻って来て呑気に言った。

 

「あの人、本当に強いね」

 

 息を切らしながら嬉しそうに言うけど、私はそんな気持ちになれない。

 なれないから、私はつい言ってしまった。

 

「今回は諦めるわ、私」

「何言ってるのティア!?」

 

 スバルが怒って私に詰め寄る。私は、その視線から逃れるように目を合わせず叫んだ。

 

「いい!? 今回の試験はイレギュラーなのよ! あんな理不尽な存在から『認められろ』ですって? そんなの無理に決まっているじゃない!! あいつまだ本気でもないのよ!!」

「でもこれを逃したら次は半年後だよ!? いいの!?」

「いいわよ! 半年待てばいいだけなんだから!! こんな試験さっさとリタイアするわ!!」

「――――そうやって理不尽から逃げてなんになる? お前らそれでも管理局で働く奴らの一員か?」

「「!!」」

 

 燃え盛る炎の中、その人の冷たい声に、私達はそちらへ向く。

 その人は、どこか怒っている気がした。

 何も言えない私達に対し、その男の人は近づいてきて地面に降り立ち、こう言いだした。

 

「これは試験でもなんでもない。『戦場』だ。この空間は今この時に限って『戦う場』だ。俺とお前達のな」

 

 戦場――その言葉に兄を思い出した私は、とっさに構える。

 それを見た男の人――長嶋さんは、「受け入れてばかりでは早死にする。逃げるのは選択の一つだが、時と場合を考えてこそだ。それを俺は身をもって体験した。だからお前達も知れ」と言って一瞬で後方に下がったと思えば、「理不尽の恐怖に対峙するしかないこの状況を!」と叫んで魔方陣を足元に展開させる。

 

「氷炎両槍」

 

 燃え盛る音の中、長嶋さんが呟いたその言葉が耳に響く。

 その直後、その人の前に冷気を纏った槍状の氷と、近くにいなくても熱さを感じる槍状の炎が出現した。

 

「ねぇティア! あの魔法何!?」

「私が知るわけないじゃない!!」

 

 そう言いながらも私達は構える。

 

 道幅を二つで陣取っているこの状況。空を飛べない私達では回避することはほぼ不可能。

 だから、迎え撃つしかない。それか、引きつけて全力で避けるか。

 たぶん後者は無理。本気じゃなくてもここまで出鱈目なことをする人だ。きっと避けようとする暇も与えてくれないだろう。

 だとするとやっぱり迎え撃つしかないってわけね……。そう考えた私は、愛機であるデバイスを炎の槍に向ける。

 横を見ると、スバルも同じことをしている。やっぱりコンビを組んでいたからか、そこら辺の考えは似通ってきたようだ。

 

 それを見た長嶋さんはその槍たちを投げるのかと思ったら、いきなり消した(・・・・・・・)。ついでに、建物を燃やしていた炎も。

 

「「…………え?」」

 

 呆気にとられる私達に、その人は欠伸をしながら「合格だ二人とも」と言ってその場から消えた。

 

 ………え?

 

 

 

 

 とりあえず合格を言い渡すためにすべて消したところ、案の定困惑する二人。説明するのが面倒だったのですぐさま転移して全員が集まっている場所へ。

 

 どうやらみんなモニターで見ていたようだ。

 

「あ、お帰り。合格にしてくれたんだね」

「あいつらの覚悟を決めた時の目を見て大丈夫だと思っただけだ。『合格してあげた』という意識はあいつらを馬鹿にしてる証拠だぞ、雄樹」

「ご、ごめん……」

「でもほんまよく言い渡したやん、合格」

 

 雄樹を注意したらはやてが口を挟んできたので、俺は「お前らは俺をなんだと思っているんだ?」と質問したら、苦笑で返された。

 それだけでどういう事か理解した俺はため息をついて、「これで終わりだな。依頼料は後日請求するから振り込んでくれ」と言ったところ、「「ちょっと待って」」と制止の声が。

 

「まだ何かあるのか?」

 

 そう質問したところ、制止させた本人――なのはとフェイトは言葉を濁す。

 何かあるのか…と思いながら頭を掻いて待っていると、はやてが「これからあの二人に言いたいことあるんや。だからなのはちゃんにフェイトちゃん。悪いけど一緒についてきてくれへん?」と止めを刺す。

 

「あ、うん。分かった」

「うん。分かったよ」

「せやから終わるまで待ってくれへん?」

 

 携帯電話を開いて時間を確認すると、午前十一時過ぎ。アリサから夕飯に誘われたので、それまでの間はフリー(依頼が来なければ)。

 二十四時間営業ではないので夜は何とかなるが、それでも神様連中が来るので実質ゼロに等しい時もある。

 ……俺だけだが。

 

 まぁ久し振りに会えたし仕事が来ない限り居られるので問題はない。

 

 そこまで思考して頷くと、「さよか。ほなら雄樹置いとくから少しの間待ってな」と言って三人で消えた。

 

「……それじゃ、やろうか(・・・・)

「いいのか?」

 

 辺りに監視の目や人の気配がないことを確認して、それでも俺は雄樹の発言を確認する。

 それに対し、雄樹は力強く頷いた。

 

「……分かった。どれだけ強くなったか試してやる」

「ありがとう。僕はもうあの時のように力不足を痛感したくないから」

「いい心がけだ。だから俺も相応の力で戦ってやる」

「分かった」

 

 覚悟を見せてくれたようなので、俺は右腕を伸ばして「転移」と呟き雄樹と一緒に飛んだ。

 

 

 

 

 

「ところで大智」

「どうした」

 

 レアスキルによる氷属性付与の攻撃を受け止めた俺は、そのままの状態で空いてる左で腹を殴る。

 だが雄樹はそこに楯を挟んだようで、吹き飛ばされながらもダメージを受けた様子はない。

 成長したなと思いながら立て直す前に一歩で接近し、そのままサマーソルト。

 顎に蹴りがモロに入った雄樹はそのまま浮き上がり、それでも魔法を発動させようとしたので、ちょうど両手を地面につけられそうだからそのまま逆立ちし足を広げながら回転する。

 それが鎧のない脇腹に直撃したらしい雄樹は「ガッ!!」とうめいて回転方向へ吹き飛んでいく。

 

 回転と逆立ちをやめて普通に立っている体勢に戻った俺は、そのまま吹き飛んだ方向に魔法をぶち込む。

 

「天下雷炎」

 

 直後、俺の眼前がまばゆい光と轟音、そして熱波だけの世界になった。

 

 

 

「死ぬかと思ったよ」

「そりゃお前が弱いからだ」

「……これでも管理局内じゃ強いほうなんだけどね」

 

 そりゃあそこは純粋に強さ必要としないだろうからな。そんなことを思ったが言わず、俺たちは管理局内にあるトレーニングルームから出る。

 

「あれでも結構セーブしてたんだぞ」

「いやまぁ。最後ぐらいしか魔法使わなかったことからするとそうなんだろうなと思ったけど」

 

 近くの自動販売機で飲み物を二つ買って一つを渡し、もう一つを開けて飲む。

 受け取った雄樹も同じく立ったまま飲みながら、盛大にため息をついた。

 

「ランスロットさんとの稽古も変わらずだし。君との稽古でも全戦全敗。強くなっているという実感は指名手配犯を魔法を使わずに取り押さえられたことぐらいかな」

「ふーん。俺は強さを維持するぐらいしかできないから強くなったという実感はないな」

「……なんだろうね。君に近づいたと思ったら実は幻影で、道のりはまだまだ遠すぎるっていうこの感覚」

「あるな、それは。俺も神様連中の完成された強さに結局近づけていない気がする」

「いや神様なんて反則じゃん。それに、君も神様の完成された強さに近いと思うけど?」

「そうか?」

 

 時折飲みながら自販機の前で立ったままの俺達。管理局の制服を着ている雄樹と、地球で売っている安い服を適当に組み合わせた俺。

 場違いではあるし、俺のことを見てくる奴もいるのだが、誰もそのことについて注意しない。

 

 飲み終わった俺は自販機近くのゴミ箱に缶を入れてから近くのベンチに座る。

 

 ベンチに座ってから、俺は気づいた。

 

「アリサに電話しなければ」

「え、どうしてさ?」

「夕飯に誘われた」

「……なんというか、大智って今更ながらの青春をしてるよね」

「青春はいくつになっても同じじゃないのか?」

「僕達ぐらいだとギリギリだと思うけどね」

 

 そんな言葉を交わしながら電話をかけ、ニコール目でアリサが電話に出た。

 

『だ、大智!? お、終わったのかしら……』

「ああ。まぁ少しなのはたちと話をしてからそちらへ向かう」

『そ、そう! な、なら期待せずに待っているわ!!』

 

 そういうと同時に切られた。

 何時に行くべきかわからんのだが…と思いながらポケットに携帯電話を入れると、「そういえばバーリ・トゥードの盛況ぶりってすごいね」と聞いてきた。

 

「まぁ一か月経たないうちに世界から百件近く来たな。地球のほうでは元一たちが頑張っているし……」

「ごめん。企業宣伝してないはずなのに百件近く来たっておかしくない?」

「別に。とりあえずすべて終わらせたからこうしてここにいる」

「あーうん。そういえば神様に駆り出されてたんだったね。今思い出したよ」

 

 一人で納得した雄樹。その姿を横目で見ながら「いつになったら結婚するんだ晩年アベック」と質問してみる。

 

「その表現は古すぎるって! ……まだ結婚できないよ。今は機動六課のことがあるから」

「ふ~ん。結婚式盛大にしたいのなら呼べよ。神様が永遠の愛を誓わせるから」

「あはははは……それは、頼もしいね」

「そうだろ」

 

 何やら乾いた笑みを浮かべる雄樹。

 きっと想像したんだろうなと思いながら、「そういえば機動六課専門の基地ってあるのか?」と聞いたところ、「うんまぁ」との返事が。

 

「そこにシャマルたちやアインスさん、プレシアさん達もいるよ」

「あー大智だー!」

 

 名前を大声で呼ばれたのでそちらへ向くと、フェイトと同じ顔をしてフェイトより成長してないアリシアが笑顔で向かってきていた。

 

 そのまま突っ込んできたのでバレーのレシーブのように高い高いしてキャッチする。

 そのままおろして「元気そうだなアリシア」というと、なぜかふくれっ面になった。

 

「? どうした?」

「抱き着かせてくれなかった」

「子供か」

「だって久しぶりなんだよ!? 抱き着いたっていいじゃん!!」

「短絡的思考でよくプレシアさんと一緒にデバイス研究できるなお前」

「いやー大智の前じゃないとこうならないんだけど」

 

 たまらずといった感じで雄樹がフォローに入ってきた。

 そうなのかと思いながらえへんと胸を張っているアリシアを見た俺は、とりあえずほめることにした。

 

「さすがだな」

「えへへー! もっと褒めてほめて!!」

「アリシアー。母さんが『さっさと来なさい』って怒ってたよ」

「あ、忘れてた! じゃ、じゃぁね大智!!」

「ああ」

 

 いそいそと駆け出ていく。その後ろ姿を見ながら、なぜか戻らないアルフに声をかけた。

 

「どうしたアルフ」

「……覚えてたんだね、あんた」

 

 俺の顔を見つめながらも、驚いた様子を見せる。それに対し、「何度も会えば覚える」と答える。

 

「あっそ。まぁあんたにはこれだけ言っとくよ」

「なんだ」

「フェイトやアリシア泣かせたらタダじゃおかないからね」

 

 そういうと踵を返し、そのまま人ごみに紛れていった。

 二人が消えていった道を見ながらも俺はポツリとつぶやいた。

 

「努力するさ」




次の更新は……また一か月後になる可能性があります。

ご愛読ありがとうございます。


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120:世間話

本当は三周年記念(連載再開ですと二年ですね)の日に更新しようと思いましたが、今更新します。


 しばらくベンチに座って雄樹と二人でやる事なくてのんびりしていると、話が終わったのかはやて達が来た。

 

「お待たせ雄樹。……なんか、疲れてへん?」

「問題ないよ。それより、彼女達はどう?」

「入ってくれると思うで」

 

 嬉しそうに話すはやて。余程入れたかったのだろう。

 全体的に嬉しそうな三人に対し、俺はあの二人の懸念材料に気付いていたため何とも言えない。

 その雰囲気の違いに気付いたらしいフェイトは、「どうしたの?」と訊いてきたので、俺は答えた。

 

「あの二人を合格にした俺が言うのもなんだが、あいつらは戦場で突っ走って死ぬタイプだぞ」

「素直な子たちだと思ったけど」

 

 なのはが二人の印象についてそう言ったが、戦争や事件、こと戦闘に関してはこの中で一番経験し、その中で様々なタイプの人間と遭遇してきたので、そう言う雰囲気は大体わかる。

 信じられなさそうなので、俺は根拠を言った。

 

「昔のお前――たぶん今も変わってないだろうが――もそうだぞ。自分で行って自分で傷ついて、それでも止まることをしない。そういう奴は周りの忠告を聞かないで突っ走って、気付いたら死んでいたというパターンが多い」

「わ、私今は違うからね!」

「どうだか。自分の力を過信して限界を理解しないのは愚か者のすることだ」

「それじゃ、あの二人はなのはと似てるってこと?」

 

 話が進まないと思ったのかフェイトが口を挿む。

 それに対し俺は頷いて、「二人とも自分の目的を持っていて、それを目指す過程で入るのだろう。だが、その目的だけを追い求めようものなら、待ち受けるのは死か、現役引退に追い込まれるほどの怪我を負い、トラウマが植えつけられるかのどちらかになるだろう。最悪、取り返しのつかないことをしでかして組織自体に影響を与えるぞ」と締める。

 

「「「「…………」」」」

 

 この場の空気が重くなる。雰囲気が悪くなるのも分かる。その現状を作った俺ではあるが、別に後悔はしていない。

 

「お前らはあいつらの上司で、あいつらに組織で働くためのいろはを教え、何が悪いか、何が良いかを理解させるという責任がある。それが部下を持つという事であり、組織の上にいるという事だ」

 

 そう。部隊を作るというのはまさにそういう事なのだ。その重さと意味を知らずに、ただ『連携が遅いから』という理由だけで組織を立ち上げたところで、それが解体された後はどうすることも出来ない。

 

 厳しいと思うのならそいつは意味が理解できていないだけ。ならばこれ以上言う気もないし、このまま立ち去る。

 こいつらはどうだろうかと思いながら何か言うのを待っていると、「確かにそうだね」と雄樹が。

 

「僕達は組織を立ち上げた。けれど、そのあとは? 部下として入隊させる人達の教育方針は? 出動させる条件は? 失敗した場合の対処の仕方は? 部下が何かに悩んでいたら? …それらを深く考えないでいた。組織の上に立つということがどういう事かグレアム元提督やクロノ提督達を見て学んだと思っていたばかりで」

「……雄樹はどっちの味方や?」

「これは敵味方じゃないよ。組織内における上司と部下の関係の話をしているんだ。部下の人たちは上司の行動を見て学ぶ。そのお手本となり、鏡となるべき僕達上司は、部下の性格や短所などを知り、どうすればいい方向へ向かうか考えなければいけないってこと」

 

 そうでしょ? とでも云う様に雄樹が顔をこちらに向けてきたので俺は頷き、付け加える。

 

「理想論だと言われればそれまでだが、この職場は一度の失敗で『死ぬ』こともあり得る。特にお前達新進気鋭のエースと呼ばれる奴らは。俺と関わったばかりに、その確率はさらに引き上げられた」

「「「……」」」

「だからこそ、その理想を追いかけろ。自分達ができる領分で。そうすれば死ぬことはないし、部下もいい方向へ向かう可能性がある」

 

 ひねくれていたらどうしようもないと思ったが、言わない。

 

 再び沈黙が場を支配する。完全に説教が入ってる気がするが、そうでもしないとこいつら心に留めなさそうだからな。

 つぅか今何時だ? 時間が気になった俺は普通に携帯電話を開いて時間を見る。

 

 もう一時か。昼食うの忘れてたな。

 

 思い出したらお腹が空いたので腹をさすりながら「まぁ今思いついた話だ」と言ってその場を離れようとしたところ。

 

「なるほどなぁ。それは確かにやっていかないとやね」

 

 不意にはやてがポツリとつぶやいた。

 

 俺は反応すべきかどうか悩み、昼を食べたいために無視する方向でそのまま歩きだしたところ、「ちょ、ちょっと待ってな!」と制止の声が。

 

「いや、分かったのならもういいかなと思って」

「そこは普通何か返すやろ!!」

「昼食べたいから俺帰るな。これでいいか?」

「話題そっちのけやん! そこは『頑張れよ』とか言うてな!!」

「己で理解しなければ意味がない言葉に悩む奴らにエールを送る? それで解決するわけないだろ。悩ませて自分で理解すればいいんだよ」

 

 有無も言わせない言葉で黙らせる。

 それを確認した俺は、理解できてないらしいなのはやフェイトに視線を向け、何も言わずに背を向けて歩く。

 

 さて、家帰ってお昼食べるか。

 

 

 

「お帰りなさいませ大智様」

「ただいま」

 

 転移装置で本部へ戻ってきたところ、イクスヴェリアが出迎えてくれた。

 

「どうでした?」

「まぁ休憩にはなったな。……ところで、依頼は?」

「大智様の依頼はありませんでした。裕也様と元一様はこちらに来て報告書を書いていきました」

 

 こちらですと言って手渡されたファイルを受け取りパラパラとめくる。

 ……ふむ。意外と上々のようだな。

 木在は大丈夫なのだろうかと思いながら「腹減った」と呟くと、「では何かお作りしましょう。私もご一緒していいですか?」と訊ねてきた。

 断る理由がないため頷くと少々お待ちくださいと言ってキッチンへ消えて行く。

 

『いやー結構実感のこもった言葉でしたね』

「今まで黙っていたと思ったら」

『そりゃ仕方ないですって。私淡々と魔法式を起動させる補助だけでしたので』

「……ところでナイトメア。俺が扱う特殊術式ってなんだかわかるか?」

『知りませんよそんなの。私だって皆さんと設定が違うとか言われてるんですから』

「確かに魔法式や魔法体系が私達と違いますね。それはやはり神様と関わりがあるからでしょうか。…こちら昼食です」

「悪いな」

 

 不意に他者と比べて魔法式があまりにも違うことを思い出した俺は聞いてみたが、やはりデバイスも知らないらしい。

 こればっかりは俺にもわからんと思っていると、イクスヴェリアが料理を運んできた。

 

 彼女が料理を運び終えて席に座ったのを見計らい「いただきます」というと、彼女も両手を合わせて食べ始める。

 その直後に俺は「そうかもしれないな」と言うと、話題を理解したのか「私達も驚きです。確立された二つの魔法体系から外れた第三の魔法体系が未来に存在するとは」と食べながら言った。

 

「いや、残念だが俺以外には使えない魔法式だろう。こんな術式使った奴を見たことはない」

「私もです。博士が言っていました。『いつか君のデバイスを解析したい』と」

『私解剖されるんですか!?』

「分解の違いだろ」

「どっちもどっちだと思います」

 

 ぴしゃりというイクスヴェリア。たかが言葉の違いだと云う様に。

 だが俺達は「『違う』」と断言した。

 

「分解はバラバラにすることだ」

『解剖は人体を切り裂いて中身を見ることです』

「……だとしたらナイトメアの発言は違うのでは?」

『私の感覚だとそうなるんです!!』

 

 まぁ確かにそうなるか。

 そんなこと考えながら完食したところ、仕事用の携帯電話が鳴ったので取り出して出る。

 

「もしもし」

『あ、大智?』

 

 とりあえず切った。

 

「誰からで?」

「管理局から」

「依頼ですか?」

「だろうな」

 

 無視することで決定したその声だが、もう一度同じ所から電話が来たので仕方なく出ることにした。

 

「もしもし」

『なんできったんや大智!』

「管理局の仕事を受ける気は俺にはない。その意思表示だ」

『いさぎいいなぁホンマ!』

 

 怒気を孕んだその声にやれやれと思いながらも「長期かつ面倒な依頼をしてくるからに決まってるだろ」と経験した事を突き付けると、いきなりあちら側が黙った。まぁ思い当たる節があるだろう。

 そうでもなければ俺はすぐさま縁を切りたいと心底思ったりする。

 ……冗談だが。

 

 そのまま黙っているので待っていると、何かに気付いたのか『……ちょい待ち。仕事の依頼断るって会社としてどうなん?』と言ってきた。

 当然そこに帰結するよなと思いながら、「会社の信用としては不味いだろうが、そこは別な仕事で挽回するさ」と答える。

 

『さすがの自信やな』

「まぁな。ぶっちゃけ一ヶ月以内で百件こなしたから」

『……ホンマ恐ろしい奴やな。なんやそのスタミナとか』

「全力と本気ですべてに取り掛かってるからな」

『せやったらその自信もあり得る、か……。なんやそう言われると頼み辛いなぁ』

 

 急に弱気になるはやて。それを聞いた時「あ、これ優しくしたら絶対に断れないようになるな」と瞬時に判断した俺はそのまま黙って電話を切った。

 

「……なぜ依頼をお請けならないのですか?」

 

 電話を切ったらイクスヴェリアが質問してきたので、俺は素直に答えた。

 

「頼られても困るんだよ。あいつらの仕事に対し」

「……なるほど。それは確かにそうですね」

 

 納得した。

 ところ、「おーいたいた」と親父の声が。

 

「どうした親父」

「あーなんかな、月読さんが未来を見たんだけどよ……」

 

 いきなり現れて言葉に詰まった親父。そこには、どこかためらいが含まれていた。

 珍しい事だと思いながら後ろにいる親父の言葉を待っていると、「このままだと(・・・・・・)みんな死ぬぞ(・・・・・・)」と冷たい声で宣言した。

 

「……」

 

 どういった未来を見たのかわからない。だが、みんなというのは確実に管理局の奴らだというのは直感した。

 真っ先に浮かんだのはふざけるなという気持ち。次に浮かんだのは、そうかという納得した気持ち。

 これだからまだ俺は人間になれていないんだなと思いながらも、「俺にどうさせたいんだ?」とあえて質問する。

 

分かってるだろ(・・・・・・・)?」

「……」

 

 どうやら、俺の思考は正しかったらしい。

 

「強くすればいいのか?」

「それは俺達も手伝う。そうじゃなければ、ここから先は常に死が付きまとうことになると考えた方がいい」

「なぜ?」

「相手が本気の神様連中だと言ったら、どう考える?」

「!」

 

 なぜここで出てくるのか分からない。分からないが、どうにも嘘じゃないらしい。

 絶対に全滅コースだろと思いながら、「あいつらはそれを知ってるのか?」と質問する。

 

「いや。未来を予言するレアスキル所持者はいるが、恐らく無理だな。神の存在をただの人間が予測できない」

「……そうか」

 

 となるとダメだな。そう考えた俺はすぐさまプライベートの携帯電話で裕也に電話する。

 

『もしもし? 一体どうした』

「裕也。よく聞いてくれ」

『……なんだ?』

「俺はこれから一年近く社長として依頼を取り合えない。その上、おそらくこちらに戻って来れるかどうかわからない」

『マジか。どうするんだ?』

「だからお前に業務を一任する。地球圏内だけに集中してくれ」

『……いいのか?』

「ああ。そうでもしないと俺の愛する人達(・・・・・)が危険らしい」

 

 そう言うと『よくそんなこっぱずかしい事言えるな』と笑いながら返してから『それなら仕方ねぇな。力也とかにも事情を説明して助けてもらうか』と言ってくれた。

 

「……助かる」

『なぁに今までお前には助けられてばかりだからな。今回は俺らが助けてやるよ』

 

 ありがとう。自然と出たその言葉とともに、なぜか目頭が熱くなった。

 

 ちなみに、きちんとアリサとは夕食を共にした。




ご愛読ありがとうございます。



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121:機動六課

どうもお久し振りです。キャラ紹介に関してですが、それは本格的な展開に入る前にしたいと思います。オリジナル……だと思うのでその前の区切り的な感じで。


*斉原雄樹視点

 

「――というわけで、これからよろしくな、みんな♪」

『――はいっ!!』

 

 機動六課隊舎でのはやての挨拶が終わる。それを皮切りにみんなからの拍手。

 隣にいる僕達はそれを一身に受けてどこかこそばゆい気持ちになりながらも――同時に僕達は緊張する羽目になっていた。

 

 ――管理局に入局し、その上で機動六課に入隊してきた大智の助言を受けて。

 

 

 

 事の起こりはこのスピーチが始まる数分前。

 

 はやての隊長室で僕達が懐かしんでいたところ、大智がどこからともなく現れた。

 そんな機械を作っていたことを知っていたから大して驚くことはなかったけれど、驚いたのはその服装。

 

 なんと、僕達と同じ管理局員の服装だったのだ。

 

 突然の登場と驚きの服装に言葉を失う僕達。そんな事お構いなしに、彼は随分慣れた笑顔で挨拶をしてきた。

 

「本日入局し、管理局員となりそのままこちらに入隊することになった長嶋大智……です。これからしばらくの間よろしくお願いし…ます」

 

 慣れない敬語を使っているからかどうにも間があるけれど、僕達はそんなことに気付いても何も言えない。

 なぜなら大智が管理局にいるという事実が衝撃的だから。何度電話しても誘いを断ったという事実も相まって。

 

 ――最初に口を開いたのは、この沈黙の原因を作った大智。

 

「――敬語は不味いか?」

 

 我に返った僕は、「いやそこは別にいいんだけど…」と言葉を濁すと、グリフィス君が驚いた顔で「あなたは大智さん! どうしたんですかその服装は!!」と言ったので、更に驚く。

 

「……ん? お前はグリフィスか?」

「はい! 数年前に助けていただいたグリフィスであります!! そこからも色々ありましたが、こうして管理局に入局できました!!」

「それは良かったな……ところで、なのはたちを元に戻せるか?」

「えっと……衝撃が強いせいだと思いますが」

 

 グリフィス君が的確に答える。

 その間違っていない答えに大智は目を瞑って「そうか……」というと、急に踵を返した。

 

「ど、どこに行かれるんですか?」

「どうもこの姿は刺激が強いらしい。少し時間を置いてまた来ることにするが――一つだけ言っておく」

 

 そう言うと開いた扉を背にし、彼は僕達にとんでもない爆弾を落としてきた。

 

「俺が入った理由は、お前達だけだと全滅するからだ。だから鍛える。神様連中総出でな」

「「「「「!!?」」」」」

 

 どこか悲しげな顔を見せた大智は、そのまま消えた。

 

 

 

 で、所信表明が終わった後。

 はやてとフェイトさんは中央管理局へ行くといい、なのはさんはフォワード勢にこれから戦うガジェットに似た機械――ガジェット・ドローンを戦わせるとのこと。

 一応僕も教導官なんだけど……シャマルさんの手伝いをしている。

 

 ――さらっと大智も混ざってきて。

 

「シャマルさん、これここでいいんですか?」

「はい。おねが……え?」

 

 大智の声に頷いたシャマルさんの動きが止まる。それを見ていたほかの隊員がシャマルさんに声をかけている間に、手早く機械を設置・調整を終わらせる。

 

「終わりましたよシャマルさん」

「……」

「シャマルさんどうしたんですか?」

 

 終わらせた大智が報告するけどシャマルさんの反応せず、ほかの隊員が代わりに聞いたところ我に返ったらしい。

 僕達だって驚いたからしょうがないよなんて思いながら運んでいると、「大智君いつの間に入局したの!?」と正常な叫び声をあげた。

 ほかの人たちの動きが止まり、大智とシャマルさんに視線が集まる。

 

 彼はポリポリと頬を掻きながら「入局したのは昨日の夜あたりですかね。色々と話を聞いて書類提出して試験をしてもらって。それでここに入隊が決まったのはついさっきです」と淀みない敬語ですらすらと経緯を話してくれた。

 先ほどの彼とはあまりにも別人過ぎてさっきのはなんだったんだと思いたくなる一方で、それほどの急な入局をよく管理局が許したなとも考えた。

 シャマルさんもそう考えたようで、「よくそんないきなりでなれましたね」と感心した。

 

「まぁ前々から書類はもらっていましたからね。あとは推薦書とか。それをまとめて持って行って少し話の分かる人と話したらって感じです」

 

 その話が脅しじゃないことを僕は切に願う。

 大智の話し相手がかわいそうだと思った僕は、周囲が予想に反してざわめいていないことに気付いた。

 

 むしろ、どこか興味津々といったところ。

 

 そんな視線を受けてなお大智はぶれないようで、「では俺は他に挨拶してきますのですみませんが席を外します。少ししか手伝わなかったこと、この場で謝っておきます」と丁寧に頭を下げてそのまま部屋を出ていく。

 呆気にとられたみんなとは対照的に、立派にあいさつできるんだ本当はと感心した。

 

 

 

 

「見知った奴は全員驚いていたな」

『そりゃそうでしょうよ』

 

 気配を断って歩きながらとりあえずデバイス製作の場所まで向かう俺。

 管理局の真新しい制服を着てたった一人で行動していることにだれも気付かないという事実に当然かと思いながら歩いていると、シグナムが前方から歩いてきた。

 

 そのまま歩いていると、シグナムは俺を確実に見て驚いていた。

 

「長嶋……なぜお前が管理局の制服を着ている」

 

 絶対最初に聞くよなそれ。そんなことを思いながら何度目かの説明を、懲りずにする。

 

「機動六課に入るために管理局にしばらく籍を置くことにしました。これからよろしくお願いします、シグナム先輩」

「……よせ長嶋。お前に先輩と呼ばれるのは何か気分がへんになる」

「ですが私は新入りですので」

「敬語もやめろ。普通に話してくれ。頼む」

「……いいのかよシグナム」

「ああ。それでこそ長嶋だが……向こうに何しに行くんだ?」

 

 話題が戻ってきたので、俺は素直に「デバイス製作班の人たちに挨拶してくる」と答える。

 

「そうか。ならそれはまたの機会でいいか? すでにフォワードの模擬練習が始まっているからそちらへ合流してもらいたい」

 

 まぁ上司の言うことには逆らえないので、俺は素直にうなずいて足の向きをシグナムと同じほうへ変える。

 

 隣同士で歩きながら、俺たちは世間話をした。

 

「そういえば先ほどの挨拶にはどうしていなかったんだ?」

「その前に挨拶に行ったら予想以上のリアクションをされてな。ちょっと空を眺めるために外にいたら電話があったので地球に戻ってた……そういうシグナムも成長したようだな」

「まだまだだ。ガジェットなどもはや敵ではないが、たまに出てくる偽神となると、こちらの被害が大きいままだからな」

「それでも何とか倒せるんだからいいだろ。俺なんて暴走した忘却神具止めたり回収したりドラゴンのストレス発散につきあったり家屋修復したり土地再生してそれどころじゃなかったからな」

「なんでもできるんだな、さすがに」

「力の汎用性が高いだけだ」

『その分私の出番は少ないですけどね!』

「……デバイスとは自虐するものか?」

「たぶん俺のだけだと思う」

 

 そんなやり取りを(たまにナイトメアが口を挟みつつ)しながら普通に歩いていると、ヴィータを発見した。

 その奥のほうでは現実(リアル)に近い立体映像(ホログラム)で作られた廃墟が。

 

 こんな金よくあったなと思いながら黙って近づくと、シグナムが「どうだヴィータ」と質問する。

 それに答えようとこちらを向いて俺に気付いたヴィータは、大げさに驚いた。

 

「な、なんでこいつがここにいるんだよ!?」

「昨日から籍を置いたそうだ」

「よろしくお願いしますヴィータ先輩」

「やめろお前に敬語使われたら肌寒くなる!」

 

 そこまで俺の敬語はおかしいだろうかと内心で首をかしげていると、シグナムがもう一度同じ質問をする。

 それを受けたヴィータは冷静に「まだひよっこの域から脱してねぇよあいつらは」と断言する。

 思わず俺は「それはそうだろ」と口をはさむ。

 

「ん? そういえば長嶋、お前どこに配属されるんだ?」

「機動六課ですが?」

「だから敬語やめろって。そうじゃなくてだな……」

「役回りとしてはどこに配属されるんだと聞きたいんだろ、ヴィータ」

「そうそう! それだシグナム!!」

 

 その質問に俺は今までの会話を反芻して……首をかしげた。

 

「そういえばどこだか聞いてない」

「マジか」

「それはそうだろ。何せ昨日の今日でここにいるのだから」

「ま、どこでもいいや。基本何とかなるだろうから」

「そういわれると確かにそうだとしか答えられねぇのが不思議だよな…」

「それが長嶋だとしか言えないな」

 

 そんな会話をしていると、なんか始まったらしい。前方の施設で爆発音が聞こえた。

 

「どうやら始まったようだな」

「ま、こんなものできなかったらどうしようもないけどな」

「つぅか何と戦っているんだ?」

 

 今更な質問をすると、「お前なんでしらねぇんだよ」とヴィータに言われた。

 俺は正直に「かかわった記憶がない」と答えると、シグナムが教えてくれた。

 

「ガジェットと同等の性能を持つガジェット・ドローンだ。本物さながらの動きをする」

「ガジェット……それってあれか? 小五の時なのはのリンカーコアに傷をつけた」

「……ああそうさ」

 

 憎々しげに吐き捨てるヴィータ。それを見た俺はいまだに引きずっているのかと思いながら彼女の頭に手を置いて言った。

 

「後悔ばかりじゃ先に進まん。あいつ自身が前を見ているのだから、お前が立ち止っては一緒に進めないぞ」

「……あたしの頭に手を置くんじゃねぇ!!」

 

 そういって蹴りを入れてきたので普通によけた俺は、「いきなりだな」と肩をすくめる。

 

「お前が子供みたいに頭に手を置いてきたからだろ!?」

「落ち込むのを励ましただけだ。その行為に意味はないし、むしろやりづらかった」

「殺す! 絶対に殺してやる!!」

「落ち着けヴィータ!」

 

 何やら怒り出したので俺は視線を試験場へ向けたが、思い出したことがあったので独り言のようにつぶやいた。

 

「言っておくことがある。今回に限り俺のことを思う存分頼ってくれ。無論、それは稽古の話だが」

「……なんだよいきなり」

「これはなのは達に言った話だが、今回の未来は最悪全員死んでしまう可能性がある」

「!?」

「ど、どういうことだ!」

「あくまで最悪の未来の話だ。それを回避するためにはこれ以上に強くなってもらうしかない。だから、そのために俺はここにいる」

「……はやても死んじまうのか?」

「それもあり得るというだけだ。弱ければな」

「「……」」

 

 黙りこくる二人。よほど衝撃的な話だったのだろう。

 そりゃそうだろうなと思いながら、俺は励ますことにした。

 

「強くなれば問題ないだけだ。全員生き残るように俺や神様たちも全力で助けてやる」

 

 そんなことを言っていると、不意にこちらに視線を向けたなのはと目が合った。

 視線だけで何か怒ってるのが分かった俺は、仕方ないので「そういう訳だ。これから一年はここにいるし一緒に戦うさ」と二人に言ってからなのはの下へ向かう。

 

「どうしたんだ一体」

「べっつにー……ところで大智君。管理局に入ったのって本当?」

「期間限定だけどな」

「本当!?」

 

 途端に喜ぶなのは。どうでもいいが、

 

「お前、あそこにいる奴らを教えるんだろ? よそ見していていいのか?」

「シャーリーさんがデータ分析してるから、私は特にアドバイスぐらいしかないんだよ」

「そうか」

 

 どうやら、自分達で考えさせることを第一としているようだ。

 特に文句をいう事はないので、俺は隣で座りこんでから呟く。

 

「頑張れよ」

「うん。頑張るよ! ……そういえばさ」

 

 意気込んでから、何か思い当たることを思い出したのか質問してきた。

 

「大智君って私達の後輩なんだよね?」

「まぁそうだな」

「ということは、さ……私と一緒に居られるってこと、だよね?」

「……まぁ、そうだな」

 

 フェイトやアリシアもその範囲にあると思うという言葉を飲み込み、とりあえず肯定。

 するとホッと胸をなでおろしたかと思ったら、「あ」と何か思いついたような発言を。

 

 きっと戦えと言われるんだろうなとぼんやり思っていると、「スバル達に戦い方を見せてあげるられるね」と案の定言ってきた。

 

「あのな、なのは」

「何?」

「俺の戦い方は俺でしかできないんだぞ? 参考なんてできる訳がないだろ」

「あはは……確かに」

「その上単純にスペックの差があり過ぎる。参考なんて無理だろうが」

「あーうん。そうだったね。ごめん」

 

 そうこうしている内に何機か撃破したらしい。

 なのはが驚いているところを見るとそう考えられると思った俺は、「中々優秀だな」と呟く。

 

「そうなんだよ! これは鍛えがいがあるよ!!」

「そりゃ良かったな。俺は言われれば手伝う位だ」

「……そ、そういえば会社の方は!?」

「裕也に任せた。アリサやすずかから電話が来たが、納得してもらった。おそらく力也や元一、木在の力を借りて」

「それじゃ、こっちの世界の依頼は?」

「しばらくはやらないな。お前らには死んでほしくないから」

「…………」

 

 頬が赤くなったのが見上げればわかる。

 だが特にいう事はないので、俺は爆発音に耳を澄ませていた。

 

 

 

 

 

 ちなみに。

 

「大智君ならガジェットどうする?」

「素手で壊す。蹴って壊す。斬って壊す。そのほか約俺の手数と同等の手段がある」

「……とりあえずお構いなしだというのは分かったよ」

 

 夜まで続いたこのトレーニングを一緒に見物し、最後の方は自分の寝床へ帰るためにはやてを探してそのことを言い、家へ帰った。

 その時「なのはちゃん達と一緒の部屋でもいいんちゃう?」とニヤニヤしながら訊いてきたので、「だったらお前と雄樹が一緒の部屋でもいいだろ」と言い返しておいた。

 

 案の定、顔を真っ赤にして支離滅裂なことを言っていた。




ご覧いただきありがとうございます。


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122:本気

二次創作からのオリジナルって、結構大変ですね……


 機動六課が本格的に始動した次の日。

 急すぎて部屋がないので自分の家まで帰ってきた俺は、普通に五時に目が覚めたので顔を洗って制服に着替えナイトメアと時計型転移装置を身に着ける。

 

「出かけるのですか?」

 

 同様に起きて身支度を整えたイクスヴェリアが俺の姿を見て訊ねる。

 それを肯定した俺は、「頼んだぞ」と言って機動六課のある座標に転移した。

 

「……ラグは数秒か。そこら辺は予想の範囲内か」

 

 着いた時間と転移する前の時間の誤差を見てそう呟いた俺は、完全に寝静まっている時間帯であることを確認。

 まぁ起きていようが関係ないけど。そう思った俺は、魔力を少し放出して今回から始めるトレーニングを行うことにした。

 

「まずは空中マラソンだな」

 

 浮遊魔法で上空へ移動した俺はやる事を確認して地図を一回広げてコースを覚え、それをポケットに突っ込んでからクラウチングスタートの構えをする。

 

「よぉい、スタート!」

 

 自分で掛け声を叫んだと同時、俺は空を蹴って陸上と変わらない速度をたたき出しながらも駆け出した。

 最初から全力。しかも覚えたコースの通りに走りながら、スタート位置を覚えていなければどこでゴールなのか分からなくなるという状態で。

 心臓が辛くなるのが始まってすぐ――コースの半分辺り――で分かる。それでもまだマラソンの距離の六分の一も至ってない。

 韋駄天の急加速・急停止で心臓がやばくなった点を反省し、使うことを考慮して始めたこれだが、思いの外きつい。

 

 視界がすぐさま変化していくのは慣れているが、その変化が長く続くというのはあまりやらない。

 だから今やっているが……久し振りだからか曲がるタイミングや減速するタイミングなどが少しずれているのが分かる。

 

 くっ、そ。タイムは厳しい……か。

 

 一周回って心臓の鼓動がとても速くなってるのを知りながらも続ける中、俺は苦悶の表情を浮かべながらそんなことを考えた。

 

 

 フルマラソンの距離を全力で走ったタイムは六分四十秒弱。

 あまりの心臓の痛みに思わず叫びそうになるのを堪え、俺はのそのそと歩き回る。

 や、ばい……このまま倒れ、そうだ…。

 息も絶え絶えの状態でゆっくりのっそりと歩き続け、心臓の痛みがある程度引くまで待つ。

 魔力自体は余力があるが、これは最低限の魔力で行わないといけない。

 

 常に最悪のケースを実践する。それでこそ戦場で慌てずに落ち着いて対処できる。

 

 ある程度休んだので、まだ痛い心臓をもう無視する形で次のトレーニングをすることにした。

 

『いきなりきつすぎですよ。その上地上でフリーランニングをシャトルラン形式で行うなんて』

「う……っさい。たかが、十五メートルの間の建物の屋上を跳び回っているだけ、だろうが」

『あと二秒で四十四回です』

「っだ!」

 

 何とか間に合わせてすぐさま振り返り、同じ道を跳んでいく。

 

『五十回まであと六回です』

 

 ちょうど十五メートルの距離を見つけたので(高さ関係なし)、ナイトメアにカウント係をやってもらっている。

 

 四十五回目に間に合った俺は再び振り返って駆け出していく。

 

 

 

「…………」

 

 五十回が終わった俺は、ついに地面に寝転がった。

 呼吸が完全に上がり、もう何もする気が起きなくなる。心臓は破裂寸前まで追い込んでいた。

 こりゃ立ち上がれんぞ…と空を眺めながら思った俺はナイトメアに指示を出そうとして……口が開かない。

 体の中の水分をかなり消費したせいか、口の中もパサパサ。頭痛はしないが視界は霞む。

 

 これはさすがに追い込みすぎたな……やはり段々とやっていくべきだったか。

 これは人の事言えないなと考えていると、ナイトメアが魔力を全部解放してくれた。

 

 急速に引いていく痛み。霞んでいた視界もクリアになり、体が軽くなっていく。

 勢いをつけて体を起こした俺は、伸びをしてからナイトメアに礼を言った。

 

「ありがとな」

『いいえ。マスターの無茶は今に始まったことじゃありませんから』

「というか、人の気配を感じたからだろ?」

『そうともいえます』

 

 建物の中からこちらを見ている視線を倒れている間感じていたので、おそらくその人が近づいてくるのを察して解放したのだろう。

 完全に治ったので魔力を先程同様に抑えてもらった俺は、なんとなく会うのに気が引けたので(誰だかわからないが)その場を後にしようとして、声をかけられた。

 

「大智? 大丈夫?」

「ああ。そう言うお前はこんな朝早く起きて大丈夫なのか、フェイト」

「うん。書類に追われてると大体この時間帯だから」

 

 それより十分弱前にここでトレーニングを開始していたのに気付いていたのかどうか知らないが、たぶん俺が倒れていたのを見てだろうと考えながら、「これからお前達の後輩にあたる。よろしくフェイト執務官」と笑って今更の挨拶をする。

 

「君が言ってたことは本当だったんだね」

「あまり嘘はつかんさ」

「それもそうだね」

 

 もはやトレーニングできる雰囲気じゃないため、軽くジャンプしてから深呼吸して「建物の中に行くか」と提案する。

 

「……何やったら、倒れ込んだの?」

 

 その提案を一蹴する様に悲しそうな声で訊いてきた。

 心配しているのを理解した俺は、「本気のトレーニングで追い込んで倒れた」と正直に説明した。

 

「本気?」

「ああ。今までみたいに体を鍛えるトレーニングではなく、実践における速度運用や実践的なものを主としたトレーニングだ。久し振りにやってぶっ倒れた」

「どんなことやってたの?」

「最高速度維持でのフルマラソンと、フリーランニングでの十五メートルシャトルラン。いずれも使用魔力最低限で」

「!?」

 

 言ってることを理解したのか驚くフェイト。

 何か言われる前に、俺は言った。

 

「今のままじゃ相手に後れを取る可能性だってある。俺の力を封じられる可能性だってある。そのための対策としてやってるだけだ」

 

 そう言うと何か言いたげだったフェイトはそれを飲み込んだらしく、「スゴイよ大智は」と羨望を含めた口調で言った。

 

「何を言っている。似たようなことをお前にもやってもらうさ」

「え?」

「驚くなよ。言ったろ? 俺はお前達を強くするためにここに入ったって。今のトレーニングはお前専用の予定だ」

「……そうなの?」

「前世で俺がやってたものをグレードダウンさせたものだがな。これを普通にこなせないと、恐らく地力がつかない」

「…そんなに強いの?」

「言ったろ? 下手したら全滅するって」

 

 知らず知らずの内に俺達は歩きだす。

 朝だからか空気が澄んでいて気持ちがいい。とても静かなのも。

 

 建物へ向かっている間俺達は黙っていた。

 何故かと問われると恥ずかしかったのだろうと推測する。フェイトは俯いて何の反応も示さないし。

 建物の中に入ったら俺はどこで何してようかと思っていると、「あ、そういえば」と思い出したようにフェイトが声を上げた。

 

「どうした?」

「昨日大智帰ったでしょ? 途中で」

「そうだな。やる事も部屋もなかったし」

「急だったから準備できなかったけど、とりあえず同じ隊舎を使ってねってはやてが言ってたよ。悔しそうに」

「言い返されたからだろ、それは……了解。荷物持ってくるか」

「あ、分かってるとは思うけど、ちゃんとみんなに自己紹介してね。昨日は大変だったんだから。『あの長嶋大智』が管理局員に入ったことについて色々と」

「俺はそんなに有名人なのか」

「そりゃそうだよ。なんたって私達の命の恩人で、その上か、カッコいいし……」

「…カッコいいのか?」

 

 容姿はそれほどではないと思うのだが。

 そんなことを思っていると、「そんなことないよ!」と否定の声が。

 声がした方――フェイトの方へ顔を向けると、顔を赤くさせながらも根拠を言い出した。

 

「だっていつもクールだし」

「表情筋が死んでるからだな。最近は何とか息を吹き返しているが」

「何事もそつなくこなすし」

「そりゃできるから」

「戦ってる姿は素敵だし」

「そこを褒めるって大概だと思うが」

「もう! …とにかく大智はカッコいいんだよ。そこは信じて良い」

 

 信じるも何も怖がられているをフォローした結果なんじゃないかという結論に至った俺は何も言えない。

 結果会話は止まり、フェイトが出てきた建物の前に着いた。

 

「俺は荷物を取りに一旦戻る」

「部屋は私が案内するよ」

「分かった」

 

 こうして俺達は分かれた。

 

 

 

「――というわけで、知らん人のほうが少ないかもしれんけど、一昨日入局して昨日入隊した長嶋大智や。挨拶しや」

 

 分かれてすぐ荷物を持ってきた俺は再び転移してフェイトに部屋を案内してもらいそのまま過ごしていると、雄樹が俺を呼びに来た。

 部屋に入った雄樹の反応は、「本当に君はぶれないね」。

 俺が持ってきたのは下着と服とパソコンと充電器。ほかにはノートと鉛筆に本ぐらいだろうか。自宅のものを全部持ってきて入るべきところに入れただけ。

 かなり質素のはずなんだがなと思いながらパソコンの電源を切ってナイトメアをつけて部屋を出て、今ここの隊舎にいる全員の目の前にいる。なのはたちは横あるいは後ろだが。

 

 全員が興味津々といった感じで(中には睨みつけている視線や驚いてる視線を感じたが)見てくるので、俺は小さく息を吐いて自己紹介した。

 

「俺の名前は長嶋大智。年は後ろに並んでいる隊長達と同じです。かなり急に入りましたのでなじめるかどうか不安ですが、皆さんどうかよろしくお願いします」

「って、それだけ?」

 

 なのはが思わずといった感じでつぶやいたのを聞いたので、「何か聞きたいことがありましたら答えられる範囲で答えます」と続けると、バッとほぼ全員が一斉に手を挙げた。

 ……っていうかはやて達もかよ。

 面倒だなと思った俺は、「管理局に入りましたが、この課が解散すると同時に俺はやめますのでどうか心に留めておいてください」と付け加えたが、それでもおさまらず。

 とりあえずいの一番に聞きたいのはこれだろうと思った俺は、どうやって入ったのか言った。

 

「推薦書や勧誘の手紙を何度かいただいたのでそれをまとめて持参したうえで必要な書類を記入して持っていったその日に試験を受けさせていただきました。その後合格を言い渡され、少し話をして希望する課に入ってと言われ、ここに来ました。……ほかに何か聞きたい方は?」

 

 これを言えば大体のやつが手を下すだろう。そう高をくくっていたのだが、半分もおろしてない。

 なんだってこんなに質問があるんだよ…と思った俺は、とりあえず目についたプレシアさんを指名した。

 

「プレシアさん。何かございますか?」

「憶えていてくれたのね。ところで、配属先は?」

「まだ決まっていませんが、デバイス製作以外なら俺は問題ありません」

「あら、どうして?」

「デバイスは作ったことがないからです。武器や発明はしてますが、デバイス自体はもともとあったものを改良もなしにずっと使ってるので」

「そ、それ見せてくださいませんか!?」

 

 驚きの声を上げて割り込んできたのは黒メガネで茶髪の、一見すると地味な女子。昨日見た確か……

 

「シャーリーさんでしたか?」

「皆さんからそう呼ばれているのでそう呼んでかまいませんけど、昨日お会いしました?」

「忙しそうにしていたから覚えていないでしょうけど」

「そういえばいらっしゃったような気がします。それで、そのデバイスは!?」

「別に大丈夫ですが、インテリジェントデバイスですので扱いには気を付けてください……他には?」

 

 そう尋ねると、やたら元気な赤髪の少年がいたのでそいつにする。

 

「あの時の恨み、今ここで晴らしてやる長嶋!!」

 

 一瞬誰だか分らなかったが、雰囲気を思い出した俺は名前を告げてあざ笑う。

 

「勝負してもいいですが、勝てないと思いますよ? 今は基礎的なことを中心にしたほうがいいのではエリオ?」

「身長制限ぶっちぎって乗せたジェットコースターで寝てたお前を忘れてなんかいないぞ!」

「こ、こらエリオ!」

 

 咎めるようにフェイトは注意する。が、俺はそれを片手で制し「ま、いつでもいい。お前にその気があるのなら、訓練が終わった後でも前でもやってやる」と敬語を忘れ、不遜な態度でそういう。

 

「絶対だからな!」

 

 そういうとエリオはおとなしくなったので、俺は「ほかには?」と再度尋ねると、青髪の少女が「ハイっ!」ときれいに手を挙げたので指名する。

 指名されたその少女――そういや試験の仕事の時いたな――は、「大智さんはどうやって強くなったんですか?」と質問してきた。

 初めからチート性能だった俺にそれは何とも答えづらい質問だが、一時期身体能力を失った俺を思い出し、「努力と適度の休憩と自分が許容できる範囲での無謀を日々繰り返した結果だな」と答えてから、「あとは、今の自分の力をどう応用できるかを考え、練習するぐらいだな」と付け足す。

 

 それを聞いた少女はパァッと顔を明るくしてから「ありがとうございます!!」と礼を言ってくれた。

 

 どうやらほかにないようなので、「では以上で終わります。聞きたいことがありましたらどこかにいると思うので声をかけてください」と頭を下げて自己紹介を締めた。

 

 拍手が巻き起こったのを頭を上げて聞きながら、俺は静かに壇上から降りた。

 

 

 

 

 すこしして。

 

「勝負だ長嶋!」

「別に構わないが、高町教導官の許可は降りたのか?」

「ああ。だから」

「分かった。やろう」

 

 のんびりとしていたらエリオが勝負をしろと言ってきたので後ろの方にいるなのはに視線を送る。

 相手してと言われているような視線だったが、俺自身受ける気だったのでやる気はある。

 

 昨日使われていた練習場へ二人並んではいると、なのはが飛んできて俺達にルールを言った。

 

「二人とも互いに参ったというか私が危険だと判断したら終わるからね」

「はい!」

「ああ」

「それじゃ、二人とも用意はいい?」

 

 そう聞いてくるとエリオは槍を取り出して構えた。俺はというと、ナイトメアを装着したままバリアジャケットを展開せずに自然体のまま。

 

 それを見たエリオは眉をひそめた。

 

「いいのそのままで?」

「先に言っておく。あの時は悪かった。これが終わったら何か送ろう」

「じゃぁ本気でやってよ」

 

 ……本気か。

 言葉の意味を反芻した俺は、本気の殺意をエリオにぶつける。

 

「!!」

 

 殺気を受けたエリオはすぐさま距離を取る。槍を持つ手が震えているのが見える。

 そりゃそうだろうと思いながら、冷静に「これが本気(・・)だ、エリオ。このまま続けるか?」と勧告する。

 

 しかし、逆に闘志を滾らせて槍を構える姿を見ると、そんなのは必要ない事だと分かった。

 

 ふぅと息を吐いた俺は、「来い」と短く言った瞬間。

 

 エリオの足元に三角形の魔方陣が現れ、槍の先端近くから黄色の魔力を噴き出させてこちらに突っ込んできた。

 

「ハァァ!!」

 

 そのまま突っ込んでくるエリオ。俺まで半分近くになったので、逆に一歩で近づいて浮いた状態の彼のがら空きの腹部を殴る。

 突進の速度が腹部を殴った際の速度に負け、そのまま上乗せされて吹き飛び、壁へと激突する。

 それを見たなのはは「勝者! 長嶋大智!!」と宣言した。

 

 

 とりあえずそれ以降懐かれたと言ってもいいのだろうか。エリオは俺の真似をして強くなろうとしてるらしい。

 

 ……とりあえず俺の初期メニューをやらせておくか。

 

 大丈夫だろうかと若干不安がりながら、色々話した結果羨望の眼差しを向けてくるエリオにメニューを書いた紙を渡した。

 

 そんな夜の一幕。




ご愛読ありがとうございます。


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123:キャロ・ル・ルシエ

今月のごたごたがまた来月に延びそう……


 フォワード勢の特訓が始まった。

 とはいっても実践に等しい訓練が主らしい。

 

 らしい、というのは、俺は聞いただけで見ていないからで、見ていない理由は、様々なところに顔を出して便利屋みたいなことをやっているから。

 デバイスのデータ解析から治療薬の開発、料理やら掃除やら操縦やらが大半で、残りを雄樹たち隊長の特訓の時間に割いている。

 

 そう考えると俺って割と働いてるよなと思うだろうが、やる事がないと本当に暇で、呼び出されるまでは基本的に部屋でスカリエッティ博士とデータ交換をしたり、裕也達から報告を聞いたりするぐらい。

 

 ちなみにだが、今回交渉して限定解除を任意で行えるようにしてもらった。俺にははなからついていないが、なのはたちにはついてるとのことだったので。

 それを聞いた雄樹たちは驚いたが、以前の話を思い出したからか逆に気を引き締めていた。

 

 そんな感じで過ごしていたある日。俺はデバイスルームへ来ていた。

 

「失礼する」

 

 もはや敬語は宇宙のちりと化した。一応いえることには言えるが、全員が止めるのだからやめた。

 俺の入室に気付いたアリシアが、笑顔で抱き着こうとしてきたので避けて中へ。

 

「……最近大智が冷たい」

「入る度に抱きつこうとしてくるからだろ」

「ところで、ここに何か用?」

「アインスさん。シャーリーにデバイスを見せに来たんです」

 

 丁度休憩していたのか俺達の事を見ていたアインスさんが助け舟を出してくれたので、ありがたく乗っかって本題を述べる。

 すると、「彼女ならなのはちゃんと一緒に居ると思うけど」とここにはいないと言われたので、俺はおとなしく部屋を出ることにした。

 

「分かりました。それでは探してみます」

「待ってよ大智! 私も一緒に……」

 

 最後まで聞かずさっさと部屋を出た俺は、目を瞑って基地内の人の気配を感じ取り、なのはとシャーリーさんの気配を探す。

 

 ……食堂か。

 

 見つけた俺は、そう言えば今日訓練ないのだろうかと思いつつ食堂へ向かった。

 

 

「――だったら――――」

「ああそれなら――――」

 

 近づいてみたら何やら会議をしていた。データを見ながらという感じなので、おそらく何か作るのだろう。

 これは会話に混ざれそうにないか…と思っていると、不意に顔を上げたなのはと目が合った。

 

「あれ、どうしたの大智君?」

 

 若干恥ずかしさを覚えながら、「そう言うお前こそ訓練はいいのか?」と訊ね返す。

 

「うん。午前中で今日は切り上げたの。ちょっとシャーリーと話があって。そう言う大智君は?」

「俺もシャーリーさん関連だな。前に言っていたデバイスを見せようと思って」

「本当ですか!?」

 

 ガタンといすを倒すほどの勢いで立ち上がるシャーリーさん。その食いつきようといったら、まさに自分の好きなジャンルを語る奴と同じ。

 余程好きなんだなと思いながら「ああ」と言ってからナイトメアに確認する。

 

「大丈夫だよな」

『だ、大丈夫です! こ、怖くなんてありません!!』

「だそうだ」

「そ、それじゃ、なのはさん! スミマセンが今日はこれくらいでいいですか?」

「え、あ、うん」

「では長嶋さんデバイスルームでお待ちしております!!」

 

 そう言うとダッシュで食堂を出るシャーリーさん。

 彼女があそこまで変わる理由はどこにあるのだろうかと思いながら素直に向かおうとした俺は、やはりなのはに止められた。

 

「一緒に行っていい?」

「暇なら割り当てたトレーニングこなせ。多少きついだろうがオーバーワークにならない程度のきつさだ。誰かさんが二度と頑張り過ぎないように考えた」

「……やっぱりそうだったんだ。あのメニューを見て、実際にやってみて、これ以上本当に無理だと体が勝手に反応したから」

「なら成功とみて良いか」

「うん。でもさ、どうせなら大智君と一緒にやりたいかなって。だからさ、デバイスルームへ一緒に行っていい?」

 

 頑なについてくるというので俺はため息をつき、「俺と同じ速度で移動できたらな」と同時に一歩踏み出してなのはの視界から消える。

 

『それはズルイかも!!』

 

 食堂の方からそんな声が聞こえるようだが、その時にはデバイスルームの近くへ来ていた。

 

「覚悟を決めろよ」

『……分かってます』

 

 とりあえず魔力を解放した状態(Bランク)で入る。

 

「邪魔します」

「また来てくれたんだね? やっぱり…」

 

 とりあえずアリシアの言葉を無視して奥へ進むと、シャーリーさんが「こっちですこっち」と手招きしてきたのでそちらへ行く。

 

「こちらのテーブルの上にデバイスを置いてください」

 

 先程とは打って変わって冷静。さすがに研究者の血が騒ぐのだろう。

 言われた通りにナイトメアを置く。

すると彼女は顔をそのデバイに近づけて「腕輪型のインテリジェントデバイスですか……かなり珍しい部類ですね」と真剣な表情でつぶやく。

 

 そもそもインテリジェントデバイス自体が少ないんじゃないかと思ったが言わず、俺は黙ったまま。

 

 ジロジロとナイトメアの周りを動きながら見ていた彼女は、「今日預からせていただいて大丈夫ですか?」と訊いてきたので、頷く。

 

 するとナイトメアが『置いてかないでください!』と懇願してきた。

 ……お前少しは覚悟を決めろよ。

 どんだけ嫌なんだよと思った俺は、「どうせ敷地内から出ないから」とナイトメアに言って背を向ける。

 

『ひどいです! 外道です!! デバイスが大事じゃないんですか!?』

「メンテナンスしてもらえ」

『あ、意外と大事に思ってくれてるんですね』

 

 なんか安心したので俺はそのまま離れ、部屋を出ようとした時、アリシアが「休憩貰ったから一緒に出られるよ!」と抱き着いてきたのでそのまま部屋を出ることに。

 すると、息を切らせたのか呼吸を整えているなのはが目の前にいた。

 

「……」「あ、なのはちゃん。どうしたのそんなに急いで?」

 

 俺は黙り、アリシアが訊ねる。それに答えようとなのはは顔を上げ……動きが固まった。

 

「……」「どうしたのなのはちゃん?」

 

 動きが固まった理由に思い至り俺は沈黙を貫くが、理由を理解してないらしいアリシアは純粋に訊ねる。

 

 それが、自分が今行っている行為が原因であることに気付かず。

 

「……アリシアちゃん?」

「どうしたの?」

 

 なのはの怒気に本人は気付かず訊ね返したところ、彼女はいきなり引き剥がされた。

 

「な、何するのなのはちゃん!」

「なんで抱き着いてるの?」

「なんでって……スキンシップだよ?」

 

 そう言って俺の方へ動くのが分かったので、俺はなのはの後ろへ瞬時に移動する。

 空ぶったアリシアはそのまま地面に倒れ込み、なのはの後ろにいる俺を見つけて「なんで避けるの!?」と叫んできた。

 

「なんでって……しつこいから」

「え!?」

「いや、気付いてなかったのアリシアちゃん…?」

 

 今更驚くアリシアにすかさずなのはは言うと、「だって大智からアプローチしてくれないんだもん!」と本人を前にして叫ぶ。

 

 そういやあんまり俺の方から何をするってないなと今までを思い返しながら心の中でうなずいていると、なのはも確かに…と呟いていた。

 

 というかここで痴話げんかやるのもどうかと思うんだがと思った俺は、面倒だったのでなのはとアリシアと一緒に屋上へ転移した。

 

 一瞬で景色が屋上になったことに驚く二人。それを見ながら、「正直、今はアプローチをするしないの話じゃないから考えてなかった」と答える。

 

「じゃぁどういう話!?」

「なのはたちの生死の話。最悪世界が崩壊するおまけつきで」

「え!?」

「ど、どういう事なの!?」

「くわしいことはあまり。ただ、お前達が直面する敵の中で最大最強だという事だけしか言えない」

「偽神とかじゃないの?」

「そいつらも増えていくだろう。確実にな」

 

 そう言うと急に二人は黙る。アリシアなんて今までの明るさがどこかへ行くほど。

 たぶん二人とも察したのだろう。今回戦うことになる敵の正体を。

 

 だから言いたくなかったんだがな…と思いながら、「悪いが当分の間この事については黙っておいてくれ。はやてやフェイト、それにフォワード勢にも」とくぎを刺す。

 

「どうして?」

「下手に士気を落とされたら死ぬ可能性が高くなる。それだけは避けたい」

「雄樹君はいいの?」

「どうせランスロットあたりから聞いているだろ。構いはせん」

「……うん。分かったよ」

「私も……そっか。しばらくは無理なんだ……これは『約束』を」

「アリシアちゃん!」

「ん?」

 

 謝ったアリシアが何かつぶやいたのかなのはが叫び、自分で何を言ったのか理解したアリシアが口を慌てて塞いだので首を傾げる。

 約束、か……おそらく女子の間で決まったものだろうな。

 それ以上深くは考えることをせず、「という訳だ。終わるまでは何をする気でもないし、おそらく終わっても俺が行動するかどうかは怪しい」と締めると、「「そこは頑張って!」」と声を揃えて言われた。

 

 

 

 それから多少地球内での話をしてたら二人とも呼び出されたようなので解散。

 手持無沙汰になった俺はどうするかと考えていると、小さくて白い竜が空から俺の肩に止まった。

 今度は竜か…大分懐かれるよな、本当。なんて思いながら俺の肩に止まっている竜の顎を撫でる。

 

「フリードー! どこー!!」

 

 気持ちよさそうにしているのを見ながら撫でていると下から声が聞こえたので、飛び降りて誰か確認する。

 そこにいたのはエリオの隣にいた女の子。確か以前竜の里の依頼でドラゴンのストレスを発散させに行った時に案内をしてくれた――

 

「キャロ・ル・ルシエだったな」

「あ、こんにちは! そして、お久し振りです長嶋さん!」

 

 そう言って笑顔で挨拶するキャロ。フリードに反応した白い竜は、そのまま彼女の頭の上に乗った。

 察するに相棒とかその類だろうとあたりをつけながら、「散歩か?」と質問する。

 「はい」と肯定したので俺はそのまま別れようとすると、彼女はついてきた。

 

 一瞬どうしようか考えたが別にいいかと思いそのまま歩いていると、「あの時は本当にありがとうございました」と隣を歩いているルシエが言った。

 あの時も言われたのに礼をもう一度言う理由はあるのかと思いながら「仕事だからな」と同じ返事をする。

 

「私の力が足りないばかりに手伝っていただいて……」

「別に。嘆くなら努力して磨け」

「はい。分かってます……あの、長嶋さん」

「ん?」

 

 何か聞きたいことがあるのか急に声のトーンを落として俺の名前を呼ぶので反応すると、何故か顔を赤くしたルシエが大声で質問してきた。

 

「高町教導官やテスタロッサ執務官、アリシアさんやシグナムさんと恋仲だというのは本当ですか!?」

「……」

 

 とりあえず言いたいのは『シグナムは入ってない』という事なのだが、改めて突きつけられると俺自身首を傾げてしまう。

 

 一体「恋仲」とはどういった状態の事を指すんだ、と。

 

 いや、自分の中で『恋』や『愛』の認識はしている。彼女達に対してだとどこか恥ずかしさを覚えるのも事実。

 だがそれが「恋仲」といわれるかと問われれば――自分の中では到底肯定できない。

 

「どうなんですか!?」

 

 俺が悩んでいるとルシエが詰め寄る。が、俺はそれといった答えを考えられないので代わりに出所に関して質問してみた。

 

「そんな話どこから流れているんだ?」

「え? 管理局にいる人なら大体の人が聞いたことある噂ですよ? だってアリシアさんは公言してますし、休みの前日になると高町教導官やテスタロッサ執務官はどこか嬉しそうなところを目撃されていますし、八神課長がそのことについて色々言っていましたから」

「……シグナムについては?」

「長嶋さんの話をされるときどこか女っぽい雰囲気を醸し出すともっぱらの噂だそうです」

「……そうか」

 

 シグナムに関しては絶対戦闘狂の血が騒いだ結果逆に女っぽくなったんだろうと推測する。偶にいるからな、そういう奴。

 つぅか管理局全体で噂になってるってすごい影響力だなあいつらと他人事のように思いながら、とりあえず「そんな噂話より先に自分を鍛えろ」と逃げる。

 それを聞いたルシエは痛いところを突かれたという顔をしながら「はい…」と小さい声でつぶやく。

 

 ……まだ引きずってるのか、こいつ。

 あの時に起こったことを思い出した俺は、「あの時はどうすることも出来なかったし、あいつも(・・・・)本望だったはずだ」と言っておく。

 驚いた顔を見せたルシエは「そうですね」と呟いてから、俺に頼んできた。

 

「あの、もう一度見せていただきませんか?」

 

 何を、というのは聞かない。俺がこいつに見せた中でアンコールを頼まれるのは一つしかないから。

 

 「前回よりは低いぞ」と前置きした俺は、立ち止まって右手を前に伸ばす。

 地面に現れるのは魔法陣。英数というより梵字に似た文字が書かれた円の。

 俺は何を唱える訳でもなく、ただ「巨竜召喚」と呟く。

 

 目の前に俺の足元にある魔法陣と同じ形で倍以上に大きいものが現れる。

 俺の解放してある分の魔力がごそっと奪われるのが分かるが普通に立ったままでいると、藍色の鱗の羽が背中から生えている、全身藍色のコーディネートの男がその魔法陣から現れた。

 

 魔方陣が消えたことを確認して腕を降ろすと、現れた男が俺を見るや「今度はどうした?」と質問してきた。

 前回この魔法を使った時に一緒に居た少女が見たいと言ったからと答えると、俺の隣にいたルシエに視線を移す。

 

「ふむ……。確かにあの時の少女だ。少しは絆を深められたようだな」

「あ、ありがとうございます!!」

 

 人間と立ち振る舞いは似ているが姿が全身藍色な上、翼まで生えている。

 このドラゴン――神竜バハムートは、頭を下げているルシエを褒めた後、「話は知ってるな?」と俺に質問してくる。

 俺が黙ってうなずくと、「気を引き締めろ。生半可な気持ちでは迎えうてんぞ」というや勝手に消えてしまった。

 

 さすがだな…と思った俺は、気合を入れなおしているルシエに「頑張って成長しろ」とエールを送ることにした。




ご愛読ありがとうございます。


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124:戦闘”訓練”

先月はストックや個人的事情で更新しませんでした。新年一発目の更新になりますね


 フォワード勢の訓練が早めに終わり、なおかつ全員が基地内にいるある日の事。

 俺はバリアジャケットを展開せずに宙を浮きながら、同じく宙を浮いているなのは・はやて・フェイト・雄樹・シグナム・ヴィータの六人に向かっていった。

 

「たった数日とはいえ俺が配った個別メニューをサボらずにやれたことは褒めよう。だが、この集団訓練はお前達の基礎能力を引き上げる全体メニューだ。簡単に言うなら、俺の身体能力と遜色ないところまで引き上げるつもりでいる」

「え!?」

「い、いきなりどういう事や!?」

 

 驚くなのはとはやてに「時間がないから説明する気もない。今から始めるぞ」と言って封じ込めた俺は、この日のために考えた工程が書かれた紙を全員に配る。

 それを詳しく読もうとしてる彼女達に対し「時間がないから流れだけ理解してくれ」と釘を刺してから「八剣抜刀」と魔法を発動させる。

 

「魔力解放ランクはBランク。使用魔法はランク内最強種。身体能力は全力を出す。これは、俺が神様達と超高速肉弾戦をするのと同等の状態だ」

 

 全員の顔に緊張が走るのを見た俺は、「紙を見たから分かっただろ? 今から十五分は俺に全力でぶつかって来い。その間お前達が何度死にそうになろうが、その都度回復させるのでそのつもりで」と説明する。

 

 それを聞いた瞬間、当たり前の様に雄樹以外は動揺する。

 一から十まで説明する気のない俺は、浮いている刀を二本持って構える。

 

「戸惑うな迷うな困惑するな。お前達も薄々勘付いているだろ? 今回の敵は、神様達だということに」

『!?』

 

 知っていた雄樹やなのはは驚かず、また最初に聞いていたはやてやフェイトは予想が当たっていた様だが、それでも動揺していた。

 動きのない彼女達に対し、俺は補足した。

 

「とはいっても雷神たちやペルセウス・オーディン達じゃない。あいつらはあくまで俺達と交流する側だ。敵は神様の方でも恨みの強い方だな。詳しいことは教えられない」

 

 そいつらと闘うんだ。まずはお前達が強くなってもらわないといけない。

 そう言って向こう側のアクションを待つが、雄樹以外は俯いたまま。

 唐突の事だから現実を受け止められないのだろうかと思いながらも、「それじゃ行くぞ」と言って俯いているなのはに近づいて左手で握っていた刀で切りつける。

 対しなのはは反射的にデバイスで刀を防ぐ。

 この速度で反応できたとは少しばかり成長したものだと思いながら振り抜いて吹き飛ばし、右手で雄樹の剣を防ぐ。

 

「気付かないと思ったか?」

「思わないよ! けれど、些か甘く見過ぎてるんじゃない?」

 

 その言葉を皮切りにシグナムが矢を放ってきたので蹴り上げてずらし、雄樹の剣を弾き飛ばしてから「雷刀・白龍」と呟いて左で握っていた刀で円を描くように全身で一回転する。

 

 そのすぐ後、シグナム・雄樹・はやて・ヴィータに頭上からの落雷が直撃した。

 

「はぁぁぁ!!」

 

 フェイトがシグナム達に構わず突っ込んできたと思ったら、すぐに俺の顔面近くで鎌を振り下ろしていたので、右の刀の柄で彼女の腹部を殴る。

 

「ぐふっ」

 

 ミシリ、と嫌な音が聞こえたがどうせ回復させるんだと思った俺はそのまま吹き飛んでいくフェイトの姿を見送り、後ろから感じる強烈な魔力の流れを察知して大きく避ける。

 

 俺がいた場所を通り過ぎた桃色の光を見た俺は、発射された場所の方を見る。

 すると、なのははそこにはすでにいなかった。

 

 まるでスナイパーのようだなと思いつつ目を瞑ってその場に留まる。

 音が聞こえる。動き続ける魔力を感じる。

 何かを待っているのだろうかと思いながら右手の刀を「流刀・翠」と言いながら、流れるように横に振る。

 ゆっくりと、それでいてよどみのない動作で刀を振る。

 その動作の後から――正確には刀を振る軌跡上から――水が出現した。

 

 その水は何をするわけでもなく漂っている……のではない。

 俺は水平に持っている刀をそのまま下ろすと、出現した水は槍となって飛んだ。

 

「え!?」

 

 なのはの驚く声が頭上から聞こえる。それを聞いた俺は終わったなと思いつつナイトメアに「全員に回復魔法」と言うと、勝手に全魔力を解放して『全体回復始めます』と言った。

 

 なのはの悲鳴が上がったと同時、俺の魔法の発動も終了した。

 

 

 

 それから十五分が経って。

 

 空中で体育座りをしている俺以外の全員と、そんな彼女達を見てため息をつく俺の姿があった。

 

「……十五分で三十六回死にかけたな」

「正確に言わんでええ」

「しかもひとり頭」

「だから言わんでええいうとるやろ!!」

 

 はやてからの元気なツッコミをスルーし、俺はぐるりと見渡して事実を述べた。

 

「これがお前達の実力だ。神様が本気になったら秒間で殺されるぐらいだな」

 

 全力を出したら間違いなく一つの世界が終焉を迎える。その事を知っている俺は、しかし言わずに、「ま、現時点の話だ。そう気落ちするな」と励ます。

 

 と言ってから、「そんじゃ、次の訓練行くぞ」と宣言する。

 

『え』

「紙に書いただろ。流れを読めと言ったはずだ。休憩二分で次は全力上空マラソンだ。全員位置につけ」

『ちょっと』

「異論は認めん。よーい、スタート!」

 

 そう言って手を鳴らした瞬間、彼女達は全力で宙を駆け出した。

 

 

 

 そこからしばらくして。

 

 

 全員疲労困憊で立てなくなっている現状の中。一通りの訓練を終えてるので俺はその姿に感心する。

 

「良くついてこられたな。はっきり言って、途中でやめるというかと思った」

 

 そんな辛辣な言葉を吐いたが、反応する気力がないらしく言葉は返ってこない。

 まぁ無理もないかと思いながら座り込むと、俺の身体の疲労感が一気に来た。

 

「っ」

『大丈夫ですか?』

「……疲れた」

『そんなにハードだったんですか?』

「いつも以上に神経を使ったからだろうか」

 

 細かいところまで見て気を配る必要が無意識に集中力を削り、疲れを生じさせた。そんな感じだろう。

 人を見るのも大変だなと今更なことを感じながら座っていると、雄樹が口を開いた。

 

「……そこまで、気を遣う、のは……やっぱり」

「喋れるまで回復したのなら、あとはお前がこいつらを見てやれ」

「……え?」

 

 俺は立ち上がって腕を伸ばし、首を左右に曲げてから「ナイトメア、セットアップ」と指示を出す。

 

『わっかりました!』

 

 元気よく返事をし、バリアジャケットを展開してくれた。

 着流しにガントレットにレギンスという格好で太刀を握った姿と言うのは、なんというか随分久し振りのように感じる。

 

「…どこ、行くんだい……?」

 

 雄樹が質問してきたので、俺は簡潔に答えた。

 

「俺自身も鍛えなおしてくる。ちゃんと今日中には帰ってくる」

 

 その言葉の瞬間、俺の周囲の空間は歪んだ。

 

 

 

 

「で、どうだったよ?」

「まぁ及第点だな。ギリギリ。良くも悪くも」

「なら期待できるんじゃね?」

「おそらくな」

 

 目の前にいる親父とそんな会話をして、俺はぐるりと見渡す。

 

 ペルセウス、孫悟空、トール、オーディン、スサノオといった戦神、武神と呼ばれる奴らが勢ぞろい。しかも目の色がマジ。

 好戦的なのは今の俺にとっていいことだと思いつつ、太刀を肩に乗せながら「悪いな。付き合わせて(・・・・・・)」と礼を述べる。

 それに対し彼らは「別に」と一様に言ってから、構える。

 

 御託はいいってことか……。そう思った俺は太刀を構え、魔力を全部解放する。

 

 それに気付いた彼らはニヤリと笑い、次いで得物を出さずに全員で襲いかかってきた。

 

 それが開始の合図。音を越えて襲い掛かってくる彼らに突撃するように、俺も飛び出した。

 

「おらぁ!」

 

 手始めにペルセウスがハルパーで切りかかるので紙一重で避ける。

 そのまま切り返してくるのを蹴飛ばして遠ざけたところ、眼前には如意棒の先が。

 反射的に首を左に動かして避け、そのまま遠ざかろうとしたところにトールが拳で上から殴りかかってきた。

 それを今度こそ全力で後退したら背後からバチバチと音がしたので障壁を展開。

 しかし雷がそれを破りかけてきたのでゴロゴロと転がってその場を離れたところ、オーディンが杖から出した無数の光球――空を覆い尽くすほどの――を発射させる動作が目に入ったのですぐさま立ち上がった瞬間、ペルセウスの矢が俺の肩めがけて飛んできたので太刀で叩き切ったが、一斉に光球は飛んできた。

 

 これは本気過ぎるだろと冷や汗をかきながら、俺は全力でその光球を切り伏せることにした。

 

 が、その間を待つほど奴らは甘くない。

 光球にかかりきりになっている状態で一斉に攻撃してきたので、ふざけるなと叫びたい気持ちを発散できず全部直撃した。

 

 

 

「……」

「お、起きたか」

 

 目が覚めて地面に仰向けになっていることを認識した俺は、親父の顔を見てから先程までの訓練を思い返すように瞼を閉じてから訊ねた。

 

「どのくらい死んでた(・・・・)?」

「ざっと二時間ぐらい。今関わった奴ら母さんやミカエル、風神と言った女性陣に説教受けてる」

「?」

 

 理解が出来ないのでなんとか体を起こして周囲を見渡すと、神様であろう奴らが正座して粛々と女性陣の説教を聞いていた。

 俺が悪いというのになんであいつら説教受けているんだろうかとぼんやり感想を抱きながら見ていると、親父が頭を掻きながら「いきなりあれは誰がどう考えても無謀だって」と呟く。

 

「だが時間がない」

「お前奥の手を使わないし、魔法すら使えなかっただろ。最初からあんな大人数の神様相手取るなよ」

「奥の手を使わずに戦えなければだめだ。手札を全部ばらした際、相手に対策をされる」

完成された(・・・・・)お前がこれ以上の強さを望むのは実質無理な話だって分かるだろ? 今からやろうとしているのはそれだよ」

「……それでも、俺はやらなければならない」

 

 そう。いかに自分が持っている強さを高めることができないとしても、その強さでの戦闘スタイルの変化や制限状態での戦い方を確立させることはできる。そのためにこの乱戦をやる。

 

 すこしでも相手側に情報を渡さないように。少しでも勝率を上げる様に。

 

 出来る事だったらなんだってやると決意を固めていたところ、親父がため息をついた。

 

「まったく。お前がそう固くなってどうするの」

「かたくなってない」

「いいや固くなってるね。お前強張り過ぎ。もっとリラックスしようぜ? 相手が俺達側だったとしても、やる事なんて変わんないんだからよ」

 

 あまりに軽く言うので一瞬呆けそうになったが、それもそうだと思った俺は息を吐いて深呼吸をする。

 

 攻撃して来るなら迎え撃つ。たったそれだけ。

 

 だいぶ体の調子が戻ってきたので立ち上がった俺は、逆に座り込んだ親父に言った。

 

「ありがとよ」

「良いってことよ。俺達は手伝えるけど、参加はできそうにないからよ」

「そうか」

 

 やっぱりと思いながら準備体操を始める。

 それに気付いた女性陣が視線を向けてきたので、俺は「もう大丈夫だ」と言ってから頼んだ。

 

「次は人数を絞ってくれ。この体操が終わってから始める」

 

 そこから夜までぶっ通しで訓練をし……隊舎に戻ってきたら、完全に寝静まっていた。




ご愛読ありがとうございます。


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125:相談

二か月も空きました。すいません。


「ブリザードブレス!!」

「甘い」

「がっ!」

 

 広範囲の冷気を一足飛びで範囲外に移動し、放った本人――雄樹を思いっきり蹴飛ばす。

 身体はくの字に曲がるほどだったが何とか盾を入れたようで、地面を削って勢いを殺すことに成功していた。

 ようやく目が追い付いてきたのかと思った俺は、デバイスのない状態で「八剣抜刀」と呟く。

 一瞬で魔法陣が展開され、俺の周りには八本の剣が浮いていた。

 

「炎刀・焔」

 

 その内の一本を手に取った俺はそのまま一瞬で距離を詰め、こちらに来ようとした雄樹に対し振り下ろす。

 雄樹は咄嗟に剣で防御する。だが、この剣に対し防御するというのは悪手。

 飛び散る火花により刀身は一気に燃え上がり、その重量を増していく。

 前世での兵器の中で案はあったがあの世界では不可能だった剣の一つ。それを魔法で再現した。

 

「ぐ、ぅ!!」

 

 雄樹の足が地面にめり込む。重量のある炎が長さを変えていく。

 その様子を見ながら、俺は昼にルシエに言われた言葉を反芻していた。

 

『長嶋さんにとってなのは教導官やフェイト執務官、アリシアさんやシグナムさんはどういった人達なんですか?』

 

 どういった……それを実際に言葉で表すとなると「護りたい人たち」となる。

 そうなるとそこに愛などの感情は含まれているのだろうが、おそらくその愛は『親愛』なのだろうと考えてしまう。

 

「ハッ!」

 

 雄樹が全力で剣を押し返す。押し返された俺は飛び下がると同時に二メートル強の長刀となった焔を再び振り下ろす。

 

「ぐぅぅ、ガァァァ!!」

 

 わずか数秒で押し負けた雄樹はそのまま地面に叩きつけられると同時に焔に焼かれた。

 まだ一本目だというのにこれじゃぁな…とぼんやり考えた俺は回復魔法をかけて起き上がらせる。

 

「まだ刀一本目だぞ? 全部出させるまで生きなければ神様と闘うには程遠いと思うぞ」

「げほっ、ゲホッ……いきなりこれはレベルが違いすぎるよ」

「甘えるな。俺は鍛えるために来たと言ったはずだ。それに、俺はBランク程の魔力しか放出できない上にバリアジャケットがないんだぞ? 一撃いれれば勝てるのに何をためらってるんだ?」

「……その一撃いれるが遠いんだよ!」

 

 雄樹はそう言って俺を殴る。

 殴られた俺はそれだけフラストレーションがたまっていたのかと思い「だったらおとなしく手を引け。解散しろ。そして二度と関わるな。そうすれば平穏な生活を送れる」と勧告する。

 だが雄樹は、「ここまで来て関わるなだって!? 君は本当に自分勝手だな!」と叫ぶ。

 

「確かにそうかもしれないが、こちら側に来たのはお前達だぞ。俺は別に頼んだわけではない」

「っ! またそうやって……!!」

 

 そう言って剣を握りしめたかと思ったら、雄樹が今までとは比べ物にならない速度で迫ってきて剣を横に振ってきた。

 だが普通に見えている俺はそれを浮いていた八振りの剣の一本を無造作につかんで防ぐ。

 怒りの表情をしている雄樹は、俺が防いでいることに関して驚かずそのまま叫ぶ。

 

「君は本当に変わってない! 変えようと努力すらしない!! なんでさ! どうして前世と同じままで生きているのさ! その生き方で後悔してないのかい!?」

「よくしゃべるな、雄樹。余程余裕があると見た」

 

 今は戦闘。この場は戦場。ならば言って聞かせる通りはない。あるのは生きるか死ぬかだけ。殺すか殺されるかのみ。

 俺はなおも近づいてくる雄樹の剣を防いでいた剣で弾き飛ばし、そこから戻ってくる隙で「土刀・土蜘蛛」と呟いて地面に刺す。

 すると刺した地面から―俺の左横の方――が揺れたと思ったら、刀を中心に蜘蛛の巣のように地面に亀裂が入る。

 あらかじめ(・・・・・)浮いていた俺はこの刀の効果は受けない。が、雄樹は地面に足が取られていた。

 

「くっ!」

「やめとけ。土蜘蛛の半径三十メートルは底なし沼となる。神様でもない限り抜け出せん」

「う、うぉぉぉぉお!!」

 

 足掻く雄樹。それを見た俺は土蜘蛛を抜いてから手を放し、また違う刀を手に取り呟く。

 

「氷刀・白雪」

 

 なおも浮いたままの俺はその刀で空気を斬ると、切られた範囲の空気が氷となって自然落下する。

 これを雄樹の前で見せた俺は、「分かったか?」と抜け出せなくなった雄樹に対して訊ねる。

 しかし反応はなかった。

 

 まぁそうだよなと思った俺は地面におりて袈裟切りをして氷を飛ばす。

 雄樹に全部当たると思ったそれらは、しかし盾で防がれる。

 

「足が動けなくとも問題ない!」

 

 そう言って盾と剣からカートリッジを消費して魔方陣を展開させるが、俺は再び浮いて刀を地面に突き刺す。

 その刀を中心に急速に凍り出す地面。それが雄樹の近くに来た時、あいつの魔法も発動した。

 

「ニブルヘイム!!」

 

 キン、と音がしたと思ったら、一瞬で俺が凍りついたのが分かった。

 ……今度は俺が死ぬのか。

 等と思ったが、それほど氷らなかったので、全身に力を入れて氷を弾き飛ばす。

 

「なっ!!」

 

 どうやら驚いている様だが、そこまで衝撃的なことはしていない。

 異空間からの攻撃とか平気でしてくる神様相手に、この程度など驚くに値しない。

 そのまま佇んでいると、雄樹が驚きの顔のまま凍った。

 刀の柄の上に着地した俺は、凍ったまま動かない雄樹を見つつぼんやり考える。

 

 俺は変わってない。それは確かにそうだ。そんなのは前々から知っていたことだろう。

 だがそれを直すのはまだまだ先になる。生きていればという条件が付くが。

 簡単に死ぬ気はないが、それが神様相手なら難しい。

 

 あいつらの実力を急速に伸ばさないと全員で生き残れないな…と考えていると、更にひびが入り始めたので、俺は魔法を解除する。

 すんでのところで元に戻った雄樹を近くに降り立って見ていると、呼吸を整えながら雄樹は言った。

 

「……まったく。君は、不器用だね…」

「不器用というか、おそらく知らないだけだと思うが」

「……今更だけど、彼女達はこれに耐えられると思うのかい? 僕ですら泣き言をいうこれに」

「耐えてもらわんと困る。正直言って、今のままでは死ににいかせるようなものだ」

「……そう、だね」

 

 精神という肉体のない状況での消耗。いつもより少々飛ばしていたとはいえ、流石に疲弊するのは免れないか。

 このまま眠ったら目を覚まさないだろうな…と雄樹を観察して思った俺は、「休憩するか。今ここで眠られたら明日に響く」と言っておく。

 

「休憩、ね……自分で追い詰めといてよく言うね」

「二段階ぐらいすっ飛ばしていきなり対魑魅魍魎だからな。俺なりに調整したつもりだ」

「どのくらいだい?」

「ざっと八割」

「うん。段階二つ飛ばして八割という君の基準が良く分からないよ」

「現戦力での八割という意味だ。全力の四割ぐらいしか満たないぞ」

「あーごめん。正直君の全力での四割の意味が分からない」

「全力状態のうちの四割という意味だ。バリアジャケットを展開して超高速肉弾戦のみと同等だな」

「……」

 

 想像ができないのか言葉を失ったらしい雄樹。

 それで話題が終わったと思った俺は、先程から思い浮かべていた疑問をぶつけることにした。

 

「ところで恋愛における先輩の雄樹」

「……なんだい?」

「先程から訓練をしつつ考え事をしていたのだが」

「片手間で僕の相手をしてたのかい!?」

「……俺は彼女達を『愛している』のだろうか?」

「…………え?」

 

 言ってる意味が分からないという顔をして、雄樹の表情が凍りついた。

 それはそうだろうと納得しつつ、俺は座り込んで遠い目をしながら言った。

 

「ルシエに言われた、『教導官達とはどういった関係なんですか』という問いを自問自答したがどうしても『恋人』もしくは『好きな人』とは言えなかった。複数人に対しそう言う感情を抱いてるからかと思ったが、やはり俺の中に『恋人』という明確な条件がないんだよ。だから」

「……だから、なのはさん達の事を『好き』になってるかどうかわからない、って?」

「ああ」

 

 素直に頷くと、雄樹はバリアジャケットを解除して座り込み、「君って本当に難しく考えるよね…」と呟く。

 

「難しく考えてるのか?」

「そりゃね。僕なんて前世のアニメで見ていたこれ――と言っても第二期なんだけど、それを見ていた時のはやての頑張る姿に胸が高鳴ってね。転生する前に真っ先にこの世界を思い浮かべたのは、はやてが好きだったからだしね」

 

 ま、どこか似た境遇だったかもしれないけどね……。そう前世の事を漏らした雄樹に、俺は「どうして好きになったのかは説明できるのか?」と訊ねる。

 

「一目惚れ、かな。僕の場合。気が付けばアニメのキャラだったはやての事をずっと考えていた。友達が持ってきたDVDを見た、その時から」

「そうなのか」

「大智はないのかい? なのはさん達の事を『好き』だと感じる事」

「……どうだろう。二人きりになるととても気まずくはなるんだが、それでもどちらかというと緊張からくるものだと思っているからな……」

「その緊張が『相手に変な風に思われていたらどうしよう?』とかという考えから来ると考えたことは?」

「だから緊張するのか?」

「……まず緊張する理由に心当たりがなかったんだね」

 

 ため息をつく。それに対し俺は何も言わず、代わりに「俺はその辺をはっきりさせたいと考えている」と言っておく。

 

「それはいいことだと思うよ」

「だが、それはこの件が片付くまで考えないことにしようと思う」

「え、なんでさ?」

「死なれたら考えることも出来ないだろ」

「…………」

 

 あっさりと言われたことに言葉を失う雄樹。俺はそれを気にせず、「生き残りたいのなら守ってやれ。そして、二人で強く在れ」と言ってから「先にここから出るわ。お休み」と言って俺は目を瞑った。

 

 この世界から消える瞬間、「言われなくても強くなってやるよ。僕は、はやてが好きだからね」という覚悟を持った声が聞こえた。

 

 

 

 ちなみに。

 

「大丈夫か雄樹?」

「あーごめん。今日は完全に無理っぽい。はやてに『ごめん』って言っといてくれる?」

「それならお安い御用だ。ゆっくり休んでくれ」

 

 昨晩の無理がたたったらしく、気怠そうに部屋の中から言ってきたので俺ははやてに「とりあえず今日雄樹の代わりに仕事する」と言って指示を仰いだ。

 

 ま、書類仕事を二時間で終わらせてついでだからはやての仕事(今日の分)も大体終わらせて雄樹の見舞いに行かせた。

 どうやら心配だったようで、言ったらすぐさま出て行った。

 

 とりあえずその間来た相談事を解決しなければならなかったが……まぁたまにはいいだろう。




広げた風呂敷まとめるのって大変ですよね。

ご愛読ありがとうございます。


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126:新デバイス

しまったぁぁぁぁぁ!! 124と125の順番逆だったぁぁぁぁぁ!!

待たせて本当に申し訳ございません。ええ。もうひと作品の方で言い訳はしましたのでいうことはありませんが。

こんなやつですが、どうぞご覧ください。


 ドゴン、と爆発音が聞こえる。

 

『派手にやってますねー』

「そうか?」

 

 ナイトメアの言葉に首を傾げながらも爆発音が聞こえた訓練場に一瞬目を向け、すぐさま作業画面に視線を移す。

 今やっているのはプログラムの調整。とはいってもデバイスではなく(俺には少しばかり専門外だ)、博士から送られてきた新武装を制御するためのプログラム。

 元々俺の前世にあった武装でプログラム自体も俺は知っていたので問題なく調整可能。

 

 ただし外で。

 

 自分の部屋でやるにしては色々と面倒だし、どこか場所を借りようにも人の目につく。ぶっちゃけ外でも同じようなものだろうが、誰も近寄らない場所ならすでに知っているのでそこで作業をしている。

 

『にしても最近マスター空気ですね』

「まぁ良いんじゃないか? 一応全体練習の時は顔出してるし、俺居なくても基本すべて回ってるから」

『だからって度々地球に戻ったり、本部の方へ戻って仕事を見るのは些か不注意のような気がしますけど』

「暇なのだから仕方ない」

 

 そう言っていたら終わったので、俺はこの装備を転移装置をつけて博士の下へ飛ばした。

 取り付けた転移装置は腕時計型ではなく、どちらかというと魔力を溜めて特定の場所へのみ転移できるタイプ。まぁ配達用だな。

 

 意外と便利だよな…等と博士が作ったそれについて考えながら、俺は今度こそ訓練場のモニターを見ることにした。他の奴らも見ているだろう。

 今回は実戦へ移る前の試験だという事で、なのはと雄樹にそれぞれ一撃届かせるという事らしい。

 

 四対二ではあるが、俺が提示したトレーニングを毎日やっているからか最近成長著しい。神様がどこか仕組んだのかもしれないが。

 ともかく。現状四人が精いっぱい追い詰めているが、それを嘲笑うかのように二人は逃げている。

 

『それにしても』

「ん?」

 

 不意に呟いたナイトメアに反応すると、『マスターって効率的ですね』と返ってきた。

 

「まぁ」

『否定しないんですか』

「そりゃな。今回効率的にいかないと来たるべき時に間に合う可能性が低いからな」

『そりゃそうなんでしょうけど』

 

 一体何が不満なのだろうかと思いながらも画面から目を離さないでいると、「成長したわね、少しは」と隣から雷神の声が聞こえた。

 

「暇なのか?」

「まさか。こっちはこっちで誰が敵なのか調べてるところよ。あたしは第一次コーチといったところかしら」

「ふ~ん」

 

 あちらはあちらで大変なんだなと思いながら、思いの外エリオがなのはたちに追いついているとこを目撃する。

 

「すごいな。今のなのはたちに追いついてるとは」

「子供じゃない。成長率なら誰にも負けてないわよ」

「一応俺が前世で欠かさずやっていた日課の少し優しい版を教えたが……それだけじゃなさそうだ」

「あの子とフェイト。私としては教え甲斐あるわね」

 

 何かがピンときたのかそんなことを呟く雷神。

 その言葉に俺は今後のメニューの担当が自然に決まるんだなと思っていると、急に俺の首を斬るように手刀が振り下ろされる気配がしたのでしゃがんでから全力でその場を退く。

 

「鈍ってないようね」

「当たり前だ」

 

 ある程度距離を取った俺はいきなりこんなことをした理由を訊ねずに警戒する。

 

「なら、このまま稽古するわよ。あんたが最初」

「了、解!」

 

 全力で雷神へ向かった俺は、場所を移すために迎撃しようとしてきた雷神と一緒に転移装置で跳んだ。

 

 

 

 

 

 数十分後。

 俺達が飛んだ空間内の現状は崩壊の一途をたどっていると言っても過言ではないものになり、互いに満身創痍に近かった。

 

「本気を出しているのにここまで縋るなんて……あんたひょっとして成長した?」

「いや。俺だって本気だ。回復する魔力を根こそぎ使いまくったからな。もうしばらくは魔力の回復が遅い。収束のお蔭で魔力残滓の再利用はでき、圧縮で威力を高め、回復でさらに威力を増大させる。その繰り返しで今回は戦った」

「なるほどね……自分の能力を最大限に使った戦いしかできない、と」

「当たり前だ。俺には成長するという言葉はない。発展と確立。それだけだ」

「……そうね」

 

 言っている意味を理解したらしい雷神。そんな彼女を見た俺は、「どうする? 続けるか?」と質問する。

 

「……いいわよ、もう。あんた昔より強くなってるんだから。神壁一撃で破ってからもう一回張らせる暇を与えないって位に攻めて」

「そりゃそうだろ。あれが本当に厄介なんだよ」

 

 そう言ってやると「……ま、いいわ。戻りましょ?」と言って回廊を出したので、俺は黙って先に入った。

 

 

『そう言えばマスター』

「ん?」

 

 雷神の隣を歩きながら今頃どうなっているのか考えていると、不意にナイトメアが呟いたので反応する。

 

『シャーリーさんに私の全てを見られたんですけど』

「若干いかがわしく感じるのはなぜだろうな」

『さぁ? まぁともかく見られて色々呟かれたんですけど、さっぱりでした!』

「じゃぁ言うなよ」

『でもこれだけは覚えています!』

「なんだよ」

『『私は現存するデバイスの中で一番古く、また一番解析ができないデバイス』だって!!』

「現存する中で一番古く、解析できないデバイス、か……。それはそれでどういう事か分かったな」

『え?』

 

 ナイトメアの声に俺は反応せず脳内で確認する。

 一番古いということは、恐らく神様が関係している。忘却神具の類だろう。

 解析できないというところから見ても人間の技術ではないことは明らか。

 ただのデバイスではないとは思っていたが、まさか昔から存在してたとはな……。

 

「まぁそれに関しては心当たりあるといえばあるわよ」

「何?」

 

 さらっと心を読まれていることには触れないで反応すると、雷神は立ち止まって答えてくれた。

 

「そのデバイス……スサノオがあなたに託した忘却神具よ。さすがに出所は分からないけど、昔スサノオが託されて封印してたものだと言っていたわ」

「……そうか」

 

 転生した時に渡されたこのデバイスにそんな事情があったとは…なんて思いながらも立ち止っていると、「とりあえず今は戻るわよ。心配してるでしょきっと」と言われたため、そうだろうなぁと思い歩き出した。

 

 

 

 

 先程と同じ場所に戻ってきた俺はもう終わっていたことを知り、ならこれから何をしようかと思いながら基地内を適当に歩いていると、俺を探していたのかアリシアと遭遇した。

 

「どこ行っていたの大智! 連絡もしないで!!」

「訓練」

「ちゃんと連絡が通じるところにいてよ! 心配するんだから!!」

「……すまなかったな」

 

 アリシアはとても心配した表情で怒ると、すぐさま俺の手を引っ張り来た道を戻る。

 

「心配させた罰なんだからね」

「……悪かった」

 

 俺にはそう返事する以外の言葉はなかった。

 

 さて。デバイス室に入った俺達は手を握られているというところに視線が集中していたのですぐさま離す。そして雄樹に「どこ行ってたの?」と訊かれたので「呼び出し食らってちょっと」と言葉を濁す。

 外傷も魔力の異常もないので誰も気付かないだろうそれになのはは気付いたらしく俺の方を見たが、すぐさま視線を戻してナカジマたちの方を見る。

 

「みんなには新しいデバイスを支給するよ。作ったのはアインスさんにシャーリーさん達だから、ちゃんとお礼を言ってね」

 

 なのはがまずそんなことを言う。その間俺はどうしてここにいなければいけないのかという疑問を浮かべた。

 喜ぶナカジマ達に、シャーリーがいくつか注意事項などを言っているが、関係ない俺にはどこまで行っても必要ない事なので聞き流す。

 

 ……そういえばフェイトとはやてがいないな。あいつらまた呼び出し食らったのか? まったく大変だな。

 

 暇過ぎて思わず欠伸をしてしまう。どこかへ行こうかと考えてしまう。

 

 ま、少し寝るか。そう思った俺は、立ったまますぐさま寝た。

 

 

 

 

*八神はやて視点

 

 今うちは教会に来てカリムと一緒にお茶をしている。

 ま、表向きは挨拶やな。機動六課設立の。

 

「久し振りね、はやて。どう? そっちは」

「そやね……大智が来てからうちらの制限やらなくなったけど、トレーニングが厳しいんや」

「大智……はやて達が関わってきた事件の全てを実質的に解決した張本人で、管理局や教会が敵に回したくないほどの影響力と強さを持つ人よね。会ったことはないけど」

「生真面目なだけ。あいつはホンマに妥協するいう事をしないだけや。……ところで、呼び出したってことは何かありました?」

「ええ」

 

 そう言うとカリムはカーテンを閉めていくつものモニターを宙に映し出す。

 その中で似てるけど形が違う――けれど名称は同じものだと思われる――モノと、直方体の箱を見たうちは「これはひょっとして……」と呟く。

 

 それを聞いたカリムは頷いて答えてくれた。

 

「そう。これは新型のガジェットと――レリックが入っていると思われる箱よ」

 

 

 

 

 

 

「起きて大智君!」

「ん」

 

 耳元で叫ばれて起こされた俺は周囲の気配を感じてから目を開ける。

 

 ……何やら慌てて移動してる奴らもいるが、一体どうしたというのだろうか。

 

 思わず首を傾げたくなったが、状況の把握は眼前の画面いっぱいに表示されている文字を見て、した。

 

 

 赤――つまり非常事態による出動命令。

 

 

 少しは眠ったから体の疲れはない、か。

 腕を伸ばしながら体の調子を確認した俺は周囲の目を気にせずに入口の方へ向かいかけ……ここでは俺が一番立場的に下だという事を思い出した。

 

 と、いうわけで。

 

「高町隊長、斉藤副隊長指示を出してください」

「……今更な変わり身のような気がするんだけど」

「そうですか。では今後このまま続けさせて」

「そう言うのはいいから今は出動するよみんな!」

「「「「は、はいっ!!」」」」

 

 切羽詰まったのかそれとも俺の言葉を遮りたかったのか。どちらとも取れるなのはの行動だがエリオ達四人はすぐさま行動に移した。

 面倒だった俺はどうしようか悩み……とりあえず行こうかと思ったところ「大智君も行くよ!」となのはに腕をとられて現場へ向かうことにした。




ご愛読ありがとうございます。


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127:ファーストアラーム

いやー本当にすいません。


 なのはに連行されてヘリに乗ることになった俺。正直転移すればあっという間に目的地に着けるのだが、まぁそれをやって先に終わらせたらこいつらの成果が分からないのでいいか。

 ぶっちゃけなのはやフェイト(遅れて)が来るし、雄樹もいるのだから俺はいらないだろうと思うのだが、なのはが教官なので逆らえない。

 下っ端はこれが辛いんだよな…と思いながらヘリに揺られていると、緊張しているらしい四人の姿が。

 それを見たなのはが俺を見てきたのが分かったので、ため息をついてつぶやいた。

 

「固くなるなよお前ら」

『!!』

 

 聞こえたのか更に身を固くする四人。

 逆効果だったかと思いながらも、口は滑らかに動いていく。

 

「初めてで緊張するなら、そりゃ当たり前だ。誰だってそうなる。だが、お前らはちゃんと準備出来ているんだから大丈夫だろ。なのは教導官なんて最初はぶっつけ本番だぞ?」

「え、な、なんで知ってるの!?」

「神様に聞いた。というか、ユーノを連れてきた時に何かしら巻き込まれたんだなと思った」

「ひょっとして、その時から知ってたの?」

「興味がなかったから聞くことはなかったが、不思議生物――今になればユーノだと分かった――が脳に直接語りかけてきたのを聞いた次の日にユーノを連れて来て推測した」

「だったら手伝ってくれたってよかったかも」

「今ならともかく昔なんて空気だった俺だぞ? しかも接点なんてほとんどなかっただろ」

「……そういえばそうだったね」

 

 当時を思い返したのか苦笑しながら答えるなのは。

 それを聞いた四人は驚いており、スバルが恐る恐ると言った感じで訊ねてきた。

 

「あの……大智さんってジュエルシード事件から解決していましたよね? 興味がなかったのならどうしてやったんですか?」

「ん? ああ……ジュエルシードを一個拾ったから巻き込まれたって感じだ。なし崩し的に最後の方関わったが、所詮最後の方だけだ」

「え、そうなんですか?」

「そうなんだよ。まぁそのおかげで大智君と仲良くなれたけど」

『もうすぐ着きます!』

 

 通信から連絡が入る。それを聞いたスバルたちの顔は再び緊張する。

 それを見て、今まで黙っていた雄樹が言った。

 

「僕達もいるから失敗を恐れなくていいよ。君達は君達が培った技術で戦えばいいよ」

 

 ……。

 

「お前が偉そうに言えるか? いや大丈夫だったな」

「あ、大智にそう言ってもらえるなんてなんか照れるね」

「私はどうかな?」

「微妙」

「そんな……」

『ハッチ開けますよ!』

 

 操縦者からそんな通信が入りハッチが開く。

 それを見た俺はナイトメアに「魔力解放Fランク」と指示する。

 

『了解しました!』

「先行くぞ」

「え、ちょっと!」

「頑張れお前達」

 

 とりあえずエールを送り、俺はハッチから飛び降りた。

 

 

*斉藤雄樹視点

 

 僕達は大智があっさりとハッチから飛び降りて姿を消したことにそれほど衝撃を受けなかったけど、付き合いの短い彼女達は驚いて僕達に寄って来た。

 

「え、大丈夫なんですか!?」

「ん? ああ大丈夫。大智の実力は魔力あるなしじゃあまり変わらないから」

 

 ティアナさんの質問に僕はそう答えた後、なのはさんに「そろそろ僕達も行こうか」と提案する。

 

「うんそうだね。みんな、準備して」

『は、はいっ!』

 

 そう言ってから自分で先に降りてしまったので、僕は苦笑しながら「じゃ、君達には列車の方を任せるよ」と言って自分も降りることに。

 そしてバリアジャケットを展開して宙に浮き、僕達は大智がいるという場所に向かった。

 

 んだけど……。

 

「あのさ、フェイトちゃん」

「……何かな、なのは」

「大智君だけでどうにかなるってわかってたけど、まさか自分で攻撃せずに相討ちで減らすって……」

「あそこまでの身のこなしはまだできなさそうだ」

 

 大智が囮の様に動いて宙を移動しているガジェット達の動きを誘導して相討ちさせているんだから。

 もう固まるしかない僕達だけど、数が半数以下になったらしい大智は急に動きを止めて僕達の方を見た。

 

 えーっと……。

 

「こっち見たよね」

「そうだね」

「なんか嫌な予感しかしないね……」

 

 僕が不意に呟いた言葉。それが現実になった。

 

 大智が一瞬で僕達のところに来て、「あとは任せた」と呟いて一瞬で消えた。

 残されたガジェット達は僕達を自然とターゲットに。

 

 ……ですよねー。

 

 襲いかかってくるガジェット達に恐怖心はなかったけど、大智に文句を言いたくなりながら剣を構えた。

 

 

 

 

 

『押し付けてよかったんですか?』

「残り十機だろ。五秒で全滅できる」

『マスター基準ですよね』

「別に。あの程度ならカートリッジすら使わずに倒せるだろ」

 

 そんなことを言いながら俺は列車の後を気配を消して追いかけていた。

 

 ぶっちゃけ並走している形。だからエリオたちが苦戦しているのも見えているし、気配でスバルたちが善戦しているのも把握している。

 

 レリック自体はスバルたちの方が近いのでそのまま取りに行かせるつもりなので並走する意味はないと思われるだろうが、エリオたちが苦戦している様子を観察しないとどうしようもない。

 あの二人が一番若いというのもあるが、苦戦している理由を見ておきたい。

 

 そんな訳で開放してある魔力全て使ってエリオたちの方に移動した俺は、飛び降りるルシエとフリード、そして少し大きなガジェットを目撃し別にいいかと離れることに。

 

 かわいい子には旅をさせろという訳ではないが、力に怯えてばかりではなくその力の振るい方を決めるにはいい場面だと判断したから。

 

 なので、そんな邪魔をしようとする奴を排除するために、俺は崖の上にある嫌な気配に近づいた。

 

「魔力解放Aランク」

『了解しました』

 

 気配も魔力もあらわして崖に降り立った俺は周囲を探るように見渡す。

 気配は未だ近くに存在する。それだけしかわからない気配を。

 

 と、そんな時だ。

 

『マスター! 正面から高エネルギー反応!! 十秒で直撃します!』

「何!?」

 

 ナイトメアが感知した攻撃がすぐ目の前に来たので、反射的に崖から飛び降りて避ける。

 ブオン! と暴力的な音をさせて直線状に伸びたそれは数秒で消える。

 崖に立っている俺は正体を知ろうと足に力を込めた時――崖からそいつが飛び降りてきた。

 

 太陽が背になっているせいでシルエットでしかわからない。分からないが――俺は本能的に地面を蹴って迎え撃った。

 

「うらぁ!!」

 

 魔力で身体の保護をした上に拳の威力を高めて殴りかかる。速度が上乗せされた威力は崖崩れを容易に起こせるものだろうが、そいつはくるりと一回転したと思ったら踵落としで俺の拳に合わせた。

 するとどうなるか。答えは単純。

 

 俺が全部を合わせた速度で地面に叩きつけられる。

 

 ドゴォォン! とレールが敷かれた部分に直撃し壊れるが、俺は無傷。

 衝撃が強かったなと思いながら起き上ろうとしたところに先程のレーザーみたいなのが飛んできたので転がって回避。

 その途中で体勢を戻したところ、声が聞こえた。

 

「随分弱くなったんじゃないか、おい」

 

 砂煙の中で聞こえるその声の正体を悟った俺は、舌打ちをしてから返した。

 

「テメェが敵側かよ、八岐大蛇(・・・・)

 

 その言葉を聞いたそいつは、砂煙が晴れて姿が現れた時に「まぁな」と返事をした。

 

「だってその方が多く戦えるだろ? ぶっちゃけ俺神話じゃ敵だし」

 

 嫌な感じだと思いながらも両手にライフルを一丁ずつ出現させて警戒すると、「お、いいね。ま、原作通りになったらしいからやる必要ないらしいけど、そんなのお構いなしでやろう。俺はお前と闘うために敵になった」と言って爬虫類特有の舌を出す。

 

 見た目少年であるために若干気味の悪さを感じる奴もいるだろうが俺に関係はない。

 この場でこいつを消さなければ後が大変である。そう直感した俺は余裕そうな八岐大蛇に対し二丁のライフルを構えてぶっ放した。

 

 反動で俺は後ろに下がり、それを利用してライフルからナイフに切り替えて投げる。

 爆発して砂煙が発生した中にナイフが飛んで行ったがすぐに弾かれた音が聞こえたため、俺は地面に足をつけて逆に距離を詰める。

 

「お、いいね」

 

 一歩で近づいたところそんな言葉を笑顔で呟く大蛇。

 俺はその勢いのまま殴り掛かろうとしたところ、全身の動き(・・・・・)完全に止まった(・・・・・・・)

 

 時間を止められたわけじゃなく、行動自体を固定された感じ。まるで何かの命令によって。

 俺のそんな姿を見た八岐大蛇は目をぱちくりさせてから上を向いて「ふざけてんじゃねぇぞ!」と不機嫌そうに叫ぶ。

 が、返事はない。

 それがあちら側でどう伝わったのか大蛇は盛大に舌打ちして「またな。今度は邪魔されないことを祈ろうぜ」と俺に耳打ちして消えた。

 

 それと同時に俺の止まっていた動きは再開し、全力で空を切った大振りのジャブを繰り出した。

 

 それが止められたことに悔しさを覚えながら、どんな神様がやればこんなことが可能なのかをその場で立ったまま考えていた。

 

 

 

 

 

* ――視点

 

「ったく。テメェのせいで折角の勝負が一つ消えたじゃねぇかマキナ」

「原作にない行動は僕の意義に反する。それだけ」

「知るかよ」

 

 不機嫌な少年の姿をした八岐大蛇は、入り口で体育座りをしている少女――マキナに対し盛大にため息をついてから聞いた。

 

「で? あいつ(・・・)が俺を呼んでるってどうしてだ?」

「新入り。その紹介」

「物好きな奴がいるんだな」

人間(・・)

「…へぇ」

 

 マキナの言葉に反応して八岐大蛇は舌なめずりをする。それを見たマキナは顔を空に向けて言った。

 

「こちら側だから」

「戦うのはナシってか。ま、別にいいけどよ。俺を満足させるのは大智だけだしな」

「へぇ。この世界に長嶋大智がいるってのは本当なのかい」

 

 八岐大蛇が入ろうとしていた建物側から聞こえた女の声。それを聞いた彼は眉をひそめた。

 

「死んだわけでもないのにどうしてこの世界に来てる?」

「雇い主がこの世界に飛ばしてくれたんだよ。あっちはもう生き辛くてね」

「なるほどな。あんただったらこっちも戦力としては十二分だぜ。こっちにはガジェットと偽神もいるし」

「偽神が味方、ね……。まぁいいさ。あたしが死ねる戦場に花が添える。なんたって、好敵手(長嶋大智)とまた戦えるんだから」

「戦闘狂もここまで来ると立派だよな。なぁマキナ?」

「気持ち悪い」

「子供にはわかんない気持ちだから別にいいさ。…ああ、雇い主が呼んでるよ」

「ああ」「分かった」

 

 マキナと八岐大蛇は女の後をついていく様に建物の中に消えて行った。

 

 大智とスカリエッティ博士が初めて遭遇し、完全に廃墟と化している研究所の中に。




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128:憤り

お待たせしました。


 ファーストアラームの件が収束した次の日。

 慢心があったという事実が俺を驚かせたため、朝早くから基地を出て一人トレーニングをしていた。

 あれはあまりにも最悪だ。下手をすれば死んだというのに全力を出さなかったなんて。

 苛立たってくる気持ちを発散させるように全力で正拳突きを繰り出す。

 

 ドパァン! と空気を割るような音を響かせながらも俺は満足できずに逆の拳で正拳突きを行う。

 

 己のやるせなさに苛立ったまま正拳突きから流れる様にひじ打ち、回し蹴り、後ろ回し蹴りと続ける。

 そのどれもが全力で繰り出されているので衝撃波となって周囲を襲い、速度が凶器となって障害物を薙ぎ払う。

 

 シュッという小さな音で繰り出されるのにドパァァン! と少し時間を置いて響き渡る徒手空拳。その被害となるのは俺を囲んでいる木々たち。

 

 常に全力でありながら汗が飛び散っていくだけで息は切れない。それどころか行動が次第に簡略化されていく。

 

「やれやれ。朝から張り切りすぎじゃろ」

「らぁぁぁ!!」

「っと」

 

 目の前に現れたスサノオを全力で蹴り上げたが紙一重どころか余裕で後ろに回られたので、挙げた足をを全力で地面に振りおろ――

 

「いや、それは不味いじゃろ」

 

 ――そうとしたら俺の視線が地面を映したので反射的に両手を地面に突き出して逆立ちし、バック転をして距離をとる。

 

 警戒したまま睨んでいると、「己を戒めるのはいいが、環境破壊はやめてほしいものじゃの」とあたりを見渡しながら呟く。

 それにつられて見渡すと、周囲に木々は倒れたり粉々になっていた。まるで嵐か爆撃機が爆弾を落とした後のような感じ。

 随分やっていたんだなと思いながら体に痛みを感じていると、「多少は頑丈になったんじゃないか? 三時間もやってたかが痛覚が来るだけなのじゃから」と言われた。

 

 

 別な理由だろうと思っていた俺はそれを口にせず、痛みに歯をくいしばって耐えながら「で、準備はいいのか(・・・・・・・)?」と訊ねる。

 

「当たり前じゃろ。わしら神様じゃぞ? もうすでに誰を鍛えるかは決めておる」

「……そうか」

「じゃがお前だけは固定ではない。総当たり戦じゃ」

「だろうな」

「……もう少し驚いたらどうじゃ?」

「推測は立っていた。驚く必要性がない」

「……そんなに己が憎いか? あんな失態を起こした自分が」

「!!」

 

 痛みも忘れスサノオの胸ぐらを黙ってつかむ。

 ギリギリギリと痛みが伴っている中力を込めていると、「そこは人間らしくなりおって」とその体勢のまま俺の鳩尾に蹴りを入れて吹き飛ばした。

 

 銃弾より速い蹴り。その上人間大の力を至近距離、しかも無防備のところに入れられた俺はそのまま背後の樹を数本ぶち抜いて意識を失った。

 

「今はお主だけじゃないんじゃから、激情に飲まれるでないぞ」

 

 瞼が落ちる前のスサノオのそんな言葉が耳に残った。

 

 

 

 

 

 

 カチ、カチ、カチ……時計の針でも進んでいるかのような音が聞こえるために俺はゆっくりをと瞼を開ける。

 気絶してたんだよなと思いながら体を起こして周囲を見渡したところ……俺は絶句した。

 

 なぜなら、辺り一面が大小様々な時計で埋め尽くされていたからだ。

 

「ここは……」

 

 頭を回転させて状況を整理しようとしながら呟く。周囲には誰もいないので返事はないはずなのだが

 

「これまた珍しい。《主役》が自分から来るなんて。一体どうやって……って聞くまでもなかったねそう言えば」

「!?」

 

 紅茶の香りを漂わせながら誰かが俺の言葉に対しそう呟いた。驚いた俺は飛び起きて周囲を警戒しつつ見渡していると、「【狭間人】なら別に不思議でもないよね」と正面に笑いながら紅茶を持っている男がいた。

 反射的に距離をとろうとした俺だったが、気が付けば椅子に座っていた。その男も座り、優雅に紅茶を飲んでいる。

 

 見た目は平凡そうな男だ。顔立ちが童顔だからか年若く見られそうだが、こいつはとんでもない奴だ。そう直感した。

 

「まぁピリピリしないで。この空間に来たのは君で三人目だね。二人目との間に僕的には一千年ぐらい経っている気はするけど、まぁここにいるから時間の経過は分からないんだよね……あ、どうぞ。のみなよ」

 

 そう言ったと同時に俺の目の前に現れた紅茶。

 毒でも入っているのかと思いながら警戒していると、「毒なんて入ってないよ。それとも、コーヒーが良かった?」と訊いてきた。

 

「誰だお前?」

「まぁまずはのみなよ」

 

 しつこいくらいに薦めてくるので仕方なく飲む。すると、その男は自己紹介をした。

 

「僕に名前はないよ。強いて言うなら《運命の管理者》か《俯瞰者》かな」

 

 一口飲んだ俺はカップを置いて「なんだそれは?」と訊ねる。

 

「君に言っても分からないよ。ただ僕は、無数の選択肢の中の一つを君に選ばせる程度の者さ」

「……」

 

 サラリと言われた内容に驚きを隠せない俺は黙りつつ攻撃しようとして、再び紅茶を飲んでいた。

 

「!!」

 

 今度こそ本気で驚く。攻撃しようという考えが一瞬で消え、いつの間にか紅茶を飲んでいたことに。

 その様子を見ていたそいつは笑みを浮かべながら「ま、これで分かってくれた?」と言ってから嬉しそうに席を立った。

 

「まぁ本来なら君となんてすれ違いもいいところだったんだけど、何の因果かこうして君が来てしまったからね。迎えが聞こえるまでのんびりしてくれたまえ」

「おい」

「?」

 

 聞き捨てならなかったので俺が呼び止めると、そいつは首を傾げていたので聞いた。

 

「迎えが聞こえるまでとはどういう意味だ?」

「言葉通りの意味さ。待ち人がいれば自然と戻れる。ここは分岐点の中なのだから」

「?」

「世の中分からないことだってあるってこと。ああ、一つ訂正があったね。さっき僕は『本来なら』と言ったけど、あれは間違い。ここに『本来』はなく、あるのは『可能性』と言う選択肢だけ。その可能性の中でたまたま君がここに来るということになったわけだ」

 

 長年人と会わないと説明も下手になってるな…と呟いたのを聞き流しながら整理していると、俺の名を呼ぶ声が聞こえた。

 

 それと同時に足から消えて行く俺の体。

 

 それを見たそいつは何かを思い出したのかごそごそと何かを探す動作を何もない空間で始め、どこからか何かを取り出したと思ったら俺に投げつけてきた。

 

「それは『その世界』に返すよ。といってもそれは、最初に来た人が置いて行ったんだけどね。ちゃんと頼まれた通りにしたから、君がよく知る男に渡しといて」

 

 何の話だと言いたかったがすでに俺の姿は消えかかっていたので、何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

「大智君!」

 

 悲痛な叫びが耳元で聞こえたので俺はすぐさま瞼を開けて体を起こす。

 俺が初めてここに来た時にシャマルさんの手伝いをした場所だなとすぐさま理解した俺は、運ばれたのかと納得しながら叫ばれた方を見る。

 すると、なのはが涙をためて俺を見ていた。隣にはフェイトが。

 

 なんだか心が痛むなと心配してくれた二人に対して思っていると、二人とも俺に抱きついてきた。

 

「お、おい」

「よかった、よかったよぉぉ!!」

「うん、うん!」

 

 …………二人とも、ここが一応カメラ付きだというのが分かっているのだろうか?

 

 

「半日も俺寝ていたのか」

「うん。スサノオさんが大智を気絶したまま連れて来たんだけど目を覚まさなくて」

「本当に心配したんだよ!」

「悪かったな」

 

 今は医務室から出て外へ向かって二人に挟まれて歩いている。これだけだと両手にはなだということになるが、実際には窓から飛び降りていこうとしたら捕まってこうなっているだけ。

 いささか心配性ではないだろうか。なんて思ったが、それがうれしい自分もいたので何も言わずに従っている。

 

「んで、他の奴らは?」

「えっとね、今日は休んで明日から次の段階へ行こうと思ったんだけど……」

「私のところに雷神さん、なのはのところにミカエルさん、雄樹君のところにランスロットさん、シグナムのところにペルセウスさん、はやてのところにオーディンさん、ヴィータのところにトールさんが来て特訓をぶっ通しでやってる。それだけだったらよかったんだけど、雷神さんがいつの間にかエリオを、ミカエルさんがスバルを、そしてボコボコにされたスサノオさんがティアを教えてたんだ」

「どおりで目まぐるしく動いてる奴らの方が多いわけだ。となるとルシエも……」

「? キャロは確か部屋で休んでいるはずだけど」

 

 事情を把握した俺が呟くとフェイトにそう言われたので、別にいいかと思いながらさっさと外に出ることにした。

 

 と、ここで気付いた。

 

「そう言えば俺、ナイトメアどこに置いたっけ?」

「部屋に置き去りにしたんじゃないの? スサノオさんそんなこと言ってたから」

「そうか…なら先に行っててくれ。ナイトメア取りに行ってから向かうから」

 

 そう言って一人駆けだそうとしたところ、同時に「ダメ」と言われた。

 動きを止めて戻した俺は「なぜだ?」と振り返って質問する。

 

「そうやっていつも一人で何かするでしょ、危ない事」

「私達を助けてくれるのはありがたいけど、大智が死にそうになるのは嫌だよ。私達」

「いや……たかが取りに戻るだけだぞ?」

「それでも!」

「お前はもう少し心配される身だという事を知れよ」

「そう……って、え?」

「ん?」

「竜一さん?」

「おいーっす」

 

 なのはが驚いて親父の名前を言うので、俺は振り返らずに「何か用か?」と訊ねる。

 

「ほれ」

『マスター! また私を置いていきましたね!! いくらなんでも一人で何とかしようとし過ぎですよ!!』

「……いや、今回置いて行ったのは単に一人で憂さ晴らしをしたかったからなんだが」

『関係ありません!』

 

 ……なんかナイトメアも人間っぽくなったなぁと半分以上の文句を聞き流していると、親父がいきなり「さ、行こうか」と言ってきた。

 それだけで半ば予想できていた俺は、ため息をついて流れに乗ることにした。

 

 

 みんなが訓練をしているという場所へ連行された俺達が最初に見たものは、荒い息を吐きながら寝転んでいる集団と、のんびりとお茶を楽しんでいる神様達だった。

 

「そりゃまぁそうなるよな」

「大丈夫、みんな!?」

 

 納得している俺と寝転んでいる人達に駆け寄るなのはとフェイト。

 その声を聴いたらしい神様達は朗らかだった空気が一変した。

 その空気を知っている俺は魔力を解放してからバリアジャケットを展開し、太刀の切っ先を神様達に向けて「さぁやろうか」と不敵に言った。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。


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129:強くさせるために

半年ぶりになります。投稿当初は削除を本気で考えていましたが、意外とここまで来れるものですね。これからも頑張っていこうと思います。いろいろな合間を縫って。


「最初は俺だ!」

 

 そうペルセウスが名乗りを上げたと同時に接近してきたので全力で顔面に回し蹴りを繰り出す。

 

「ぐぅぅぅ!!」

 

 レアスキルの効果ですべてを回した一撃。それをペルセウスは見て腕でガードしたが、踏ん張れずにそのまま吹き飛んだ。

 それを見た雷神が名乗りも上げずに俺の頭上に雷を落としてきたので、直撃する直前に一歩踏み出してから雷神への距離を詰める。

 

「やるわね!」

 

 そう言いながらも俺の背後に平然と回り込んできたので背後に向かって振り向きざまに太刀を横一閃するが、余裕で受け止められた上に電流を流された。

 

 声を漏らさずに踏ん張りつつ、俺はそのまま振り抜くが雷神が斬れた様子はないのでそのまま銃弾を具現化させて撃ちこむ。

 

「そんなの当たるわけないじゃない」

 

 そう言って余裕を持って躱す雷神。だが、そんなこと俺はとうに知っている。

 電気を浴びたせいで何か障害が起こっているだろうなと思いながら人差し指を左から斜め下に振り下ろす。

 その瞬間、雷神の右腕が左から斜め下に銃弾が貫通した。

 

「っ!」

 

 腕をかばいながら距離をとる雷神。流れ出ている血が少ないのは、きっと雷で傷口を焼いたからだろう。

 

「……何をやったの?」

「……教えるかよ」

「おぅらぁぁぁ!! まだ決着ついてないぞ大智ぃぃ!!」

 

 そう言ってペルセウスは空中から矢を放ってきた。

 一本だと思ったその矢は近づくたびに数を増やしており、百本に。

 だが別に慌てていない俺は「サジタリウス」と呟いて太刀を突き刺し弦を引く。

 

「壊せ」

 

 発射されたレーザーは蛇のごとき動きで矢を悉く粉々にし、矢を放った本人でもあるペルセウスの腕を貫いた。

 

「チィッ!」

 

 盛大に舌打ちしたペルセウスを見た俺はニヤリと笑って追撃しようと足に力を入れたところ。

 不意に、ナイトメアが呟いた。

 

『…マスター。マスターが怖いです』

「……」

 

 飛び出そうとした体が止まる。自分の気持ちが一気に冷めるのが分かる。

 その隙を見逃さないペルセウスはそのまま突っ込んできたので、俺は息を吐いてハルパーの攻撃を太刀で受け流す。

 

「お?」

 

 ハルパーをいなされたペルセウスはそのまま後ろの方へ突っ込んでいく。その入れ代わりのように雷神が雷を落としてきたので銃弾一発で散らす。

 

 先程までの戦い方は本当に相手を殺すもの。戦争という過程に覚えた、この世界には不要な技術。

 一度立ち返ってみたが(というより無意識のうちに引っ張り出していたが)……やはりこれは見せても得はない。

 この強さはあいつらには不要。そう考えた俺は、ペルセウスの代わりに乱入してきたトールの攻撃を軽くいなした。

 

 

 

 

* 高町なのは視点

 

「……凄いね、フェイトちゃん」

「うんそうだね、なのは」

 

 みんなが地面に仰向けになって息を整えている場所へ向かった途端に始まった神様達対大智君。最初の方は鬼気迫る…というより殺気をまき散らして戦っていたけど、少ししてからなんていうか、いつも通りの戦い方に戻っていました。

 

 大智君の戦っている姿は最近まで見えなかった。兎にも角にも速度が速すぎて、私の目じゃ追いつかなかったから。

 最近では何とか見える様になってきたんだけど……その分どれほどすごいことをやっているのかを今更ながらに実感した。

 

 トールさんがハンマーを振り下ろしたところで大智君は雷神さんのところへ体を向けて移動する。

 それに気付いたトールさんがハンマーを振り下ろす向きを変えた時には大智君は雷神さんへ迫っていた。

 けれど雷神さんは瞬時に大智君の後ろに移動したところ――それを読んでいたのか彼は後ろで爆発を起こした。

 思わず距離をとる雷神さん。爆風に乗って進んだ大智君は後ろを振り返らずに銃弾の形をした魔力弾を大量に作って一斉に発射。と、同時に振り向いて駈け出し、地面を蹴って天高く飛んで何かを投げたのかトールさん達がいた場所が爆発した。

 

 そんなとんでもなく常識はずれの攻防を目の当たりにして、改めて大智君の強さを実感しました。

 そして、これから戦う相手らしい神様達の実力も垣間見た気がしました。

 

「ねぇフェイトちゃん」

「なに、なのは?」

「私達、まだまだ強くなれるよね。大智君と一緒に戦えるぐらいに」

「うん。なれるよ」

「おうらぁ!!」

 

 お互いの意思を確認した私とフェイトちゃんは、大智君の叫び声を聞いてクスリと笑いながらも、みんなが起きるまで――起きてからも大智君が戦うのをやめるまで――ずっと見ていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「疲れた」

『今日はやけに楽しんでいましたね』

「まぁ吹っ切れたというのもあるだろうからな。多分」

『?』

 

 伸びをしながらなのはたちの方へ歩きつつそんな会話をしていると、「いやー途中から力の使い方変えやがってテメェ。全く対応できなかったじゃねぇか」と隣に来ていたペルセウスが称賛した。

 

 俺は表情を変えずに鼻で笑った。

 

「勇者が呆れるな」

「うっせ。ドラゴン相手よりテメェ相手する方がしんどいだっての」

「まぁ確かに。ラグナロクの際もきつかったが、あれは条件が条件だからな」

「というより、完全に動きを読んでいたわよね、私達の」

 

 何時の間にやら来ていたトールと雷神が口々にそう言うので、俺は「読んでいたというか、あれはほぼ勘の方が強い」と言ってやると、三人とも固まった。

 別におかしなことを言ったわけではなく空気を読んだというか、思考の探り合いを放棄して気配だけを感じ取って行動した結果。故にどちらかというと勘の意味合いが強い。

 正直アレを使えば対等どころか圧倒できなくもないのだが、流石にあの状態で使うのはもったいない。

 

 アレ――神性変化は正真正銘最後の切り札。出来れば使いたくない。

 使えば使う程俺は――

 

 不意に足を止めて自分の左手の手のひらを見つめる。

 どこも悪いところは見られない。見られないが、あの後に起こった症状を思い返せば不用意に使いたくない。

 

「どうしたー?」

「いや別に。なんでもない」

 

 ペルセウスが振り返って質問してきたので俺は誤魔化す。

 それをそのまま受け取ったらしいあいつは「ほれさっさと来いよ」と手招きしてきた。

 

「ああわかった」

 

 考えても仕方ないので俺はなのはたちのところに先に着いたペルセウスたちへ一歩で追いついた。

 

「お疲れ、大智君」

「お疲れ様」

「ああ……見事に全滅してるな」

「にゃははは……そうだね」

「無理ないと思うけど」

 

 フェイトの言葉に俺は「かもしれない」と同意してから後ろを振り向く。

 

 すると、何かが飛んできていたので咄嗟にその物体か何かに手を触れて勢いを落とすように流れに逆らわず、自分の体を回転させる。

 体の回転に合わせてスピードが落ちるそれ。二回ぐらい回って完全に速度が無くなったようなので立ち止まり、それを見る。

 

「……蜜柑?」

「それわしのおやつじゃ」

 

 すっと俺の手のひらにあった蜜柑が消える。速すぎたわけではなく俺の呼吸に合わせて持っていったのだ、スサノオが。

 

 突如現れたスサノオに驚きの視線もむけず見ていると、「これじゃこれ。この粉を振りまいとけ」と言って小さなツボを渡してきた。

 

「なんだこれ?」

「元気になる粉じゃ」

「……薬物じゃないよな?」

「当たり前じゃろ。わしらをなんじゃと思っておる」

 

 まぁある意味において信用していたので念のため程度だったが、まさかそこまで本気で否定するとはな……。

 器量が狭いのかなんなのか。そんなことを思いながらスサノオに蹴りを入れられながらもツボの中の粉を握って倒れている奴らに振りかける。

 

 効果はすぐさま出た。

 

 呼吸を整えていたり眠っていた奴らが一斉に目を覚まして立ち上がったのだから。

 

「本当に何だよこれ?」

「神様達が愛用してるものを人間用に薄めて粉上にしたものじゃ」

「……それって不老不」

「んなわけあるか、たわけ。滋養強壮剤じゃよ」

 

 全員驚いているのに説明も出来ないのは歯がゆいんだがな……そんなことを思いながら首を左右に曲げて「大丈夫かお前ら?」と質問する。

 

 代表してなのか、雄樹が答えた。

 

「うん。さっきまでヤバかったんだけど……なにしたの?」

「詳しいことは何も。それより、お前はどうしてそこまでへばってたんだ?」

 

 言外に俺と特訓していたのにどうしてという意味を含ませたものだったが、どうやら雄樹はきちんと言葉の意味を理解したようで答えた。

 

「急にランスロットの稽古が生き死にのラインぎりぎりになってね……おかげで何もかもすっからかんでさっきまで倒れてたよ」

「まだまだだな」

「まぁ、そう言われても仕方ないね」

 

 そんな会話をしていた時、恐らくペルセウスだろうが、誰かが「んじゃ、もう一回やるぞシグナム!」と元気に叫んだ。

 それを皮切りに自分達が鍛えると定めた奴らを連れて行く神様達。

 

 ほとんどの奴らが絶望の表情を浮かべて俺を見てくるが、どうすることも出来ないので手を振って見送る。

 そして誰もいなくなったのを確認し、俺は「ナイトメア、セットアップ」と指示する。

 

『二回目ですね!!』

 

 ナイトメアの張りきった声を聴きながらバリアジャケットを展開した俺は、太刀を右手で握った状態で誰もいない眼の前に言った。

 

「さぁ来いよ”四神”達。さくっと終わらせて次の段階へ行ってやる」

 

 そう宣言した瞬間、誰もいない前方の空間が開いたので、俺は躊躇わずに飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 *……視点

 

「特訓やってるみたいだねぇ」

「干渉はルール違反」

「観賞するだけってか。そろそろ戦いたいんだけどな」

「許さない」

 

 強い口調で少女――マキナがそう言ったので、八岐大蛇ともう一人の少女は苦笑いを浮かべる。

 現在彼らは特に何をしているわけでもない。故に戦闘がもっぱらの二人には苦痛以外の何物でもなかった。

 

「暇ってのは嫌だねぇ」

「まったくだ。考えることと暇になるってのは嫌いだね俺は」

「……脳筋共」

「「なんだって?」」

 

 

 マキナがぼやいた言葉に瞬時に反応する二人。その視線を受けながらも、彼女は何をするわけでもなく只体育座りでボーっとしていた。

 

「ああやって時間を潰せる奴みると若干羨ましいって感じるのはなんでかね」

「俺は一度も思ったことないな。喧嘩喧嘩の毎日だったから」

「それはそれで羨ましいね。来世でも私のままなら導いてくれない?」

「おう良いぜ、別に」

「僕はシナリオを守る。その邪魔さえしなければいい」

 

 そう呟くとマキナは消えた。

 その光景を見て二人は顔を見合わせてからため息をついた。

 

「いやだねぇ」

「まったくだ。それだったら俺達居らねぇだろ」

「頑固はこれだから……もうシナリオなんてない、アドリブばかりの舞台(・・・・・・・・・・)だってのに」




ご愛読ありがとうございます。次回更新は……変わらず未定です。


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130:緊急的な休日

5ヶ月ぶりです。筆が進んでおりませんが、投稿します。


 それは神様達のトレーニング(俺以外に言わせると超地獄な特訓らしい)が始まって数日経ったことだった。

 

「もうアカン! 地球に帰って羽休めたいわ!!」

「どうしたはやて。ついに発狂したか?」

「大丈夫? はやて。ちゃんと休んでる?」

「なんであんたらは顔色一つ変えへんのや…?」

 

 いきなり叫んだはやてに対し俺と雄樹が心配すると、今度はげんなりしてそんなことを言っていた。

 

 ……トレーニング辛いんだろうなきっと。そう思いたくなるような発言だったためにどう答えたものかと思ったが、素直に答えた。

 

「慣れてるからだな」

「僕もかな。なんだかんだで慣れることが一番重要だし。神様達相手となると基本的に実力も規模も違うから」

「大智はともかく雄樹もそっち側に行ってもうたん? うちなんておいて?」

「え、いや、そんなわけないよ! 僕は男だからね、負けたくないんだ」

「本音を言うならはやてを傷つけたくないから我慢してるだろうに。毎日毎日苦痛に顔歪めてるだろ?」

「そこでそれ言うのは反則じゃないかなぁ!?」

 

 そう突っかかれたが俺はどこ吹く風。その場をさっさと離れてはやての説教を受ける雄樹を想像しながら苦笑した。

 

 なんだかんだであいつも尻に敷かれてるよな。

 

「あ、大智。はやて大丈夫?」

「雄樹に説教してる……今日は休むんじゃないか、訓練」

 

 すれ違いそうになったフェイトにそう教えると、「やっぱりそう考えるよね」と呟いたのが聞こえた。

 

「休むなら勝手にしてくれ。俺が言わなくてもスサノオたちは察してるだろうが、まぁ連絡してくる」

「待って。大智も休めばいいよ」

 

 肩をつかまれてそう言われた。どういう思考に至ったのか知らないが、余程嫌なのだろう。力が強い。

 俺は休みになったのなら久し振りに何でも屋(本業)をやろうと思っていただけなんだがな…と口にせず、「別に問題ない」と言って掴んでいた手をそっと外し、再びつかまれる前に全力でその場を駆け出した。

 

 

 

「で、休みになったと」

「誰かさんのおかげでね。まったく。涙浮かべられたら僕に勝ち目なんてないじゃないか」

「そういうな。それだけお前の事を愛してるってことなんだろうから」

「それは嬉しいけどさ……ところで大智」

「なんだ?」

「これどういう事?」

「逃走防止用の拘束だろ」

 

 隣同士で両手両足を拘束された状態の俺達は、そんな会話をしながら司令室の隅で座っていた。

 

 あの後、すぐさま世界を跳んだ俺は仕事の書類を確認してすぐにできそうな仕事をいくつかやってこちらに戻ってきた。

 時間が過ぎていれば忘れているだろうという計算があったのだが、そうも問屋がおろさなかったようで。

 戻ってみればなのはとフェイトが待ち構えており、二人とも拘束具で俺を拘束。

 

 で、今に至る。

 

「ところでこれ、どうにかならない? 外したいんだけどさ」

「ちょっと待て。今から自分の外す」

 

 拘束されてこちらに来てから数分。その間に構造を調べた俺は息を大きく吸って止め、息を吐くと同時に両腕に力を込める。

 

「フッ!」

 

 あっさりと壊れる手錠。随分脆かった。

 足にあるのは普通に殴って壊し、雄樹のは普通に魔力を流し込んで外す。

 

 両方外れた俺達は大きく伸びをしてから誰もいない司令室を見渡して呟いた。

 

「全員休みか」

「今お昼だけど……食堂もいなさそうだね」

 

 とりあえず気配を探るために目を瞑る。

 気配はまばらにあるが大多数の人間はいないようだ。

 

「食堂空いてなさそうだな」

「それじゃぁどうしようか?」

「どうするも食堂行って食材使って飯作ってからじゃないのか?」

「まぁそうしようか」

 

 手首をさすったりしながら今後の方針を決めた俺達は、ひとまず食堂へ向かうことにした。

 

 

 

「はやて達はどこへ行ったのかな?」

「知るか。地球に戻ってたりするんじゃないのか?」

 

 食堂の食材を使って二人分の料理を適当に作った俺は、雄樹と食べながら戦闘班たちの行方の話をする。

 

「案外そうかもね。こうしてのんびりできるのも――」

 

 ピー! ピー! ピー!

 

「「…………」」

 

 食事の手が止まる。

 

「……しょうがない。俺が行って仕事を終わらせてくる」

「ああ、うん。ごめん」

「気にするな」

 

 そう言って食事を中断した俺は司令室まで転移して状況を確認し、現場へ転移した。

 

 

 

 

「ただいま」

「ああおかえり。五分って速くない?」

「別に。ただの置忘れだったから呼び出してすぐさま押し付けて帰ってきた」

「って、本物だったのか。僕達がいて良かった――」

 

 ピー! ピー! ピー! ピー!

 

「「……」」

「じゃ、今度は僕が行ってくるよ」

「頑張って来いよ」

「うん」

 

 そして雄樹は食堂を後にした。

 

 食べ終わった俺が食器を片づけて食堂を後にしたのは雄樹が出て行って三十分後。

 すると、雄樹が伸びをしながらこちらに来た。

 

「昼食は?」

「終わった」

「それじゃぁこれからどうしようか?」

「そうだな――――いつ鳴っても良いように司令室に行くか」

「確かに……結局はそれしかないかな」

 

 苦笑しながらも俺の言葉に同意した雄樹は、足の向きを変えて俺と同じ指令室へ向かった。

 

 そこからなのはたちが戻ってくる実に四時間。俺達はアラームが鳴り響くたびにその現場へ交替して向かった。

 途中で雄樹がへばったので残り一時間は俺がずっと向かったが、今日という日になんでこんな重なるんだという怒りに駆られて犯人をボコボコにしたり建物壊したり叫び声をあげながら忘却神具を回収したりした。

 

 戻ってきた気配がしたころには俺達は完全に息が上がっており、司令室に最初に来たやつがそんな俺達を見て叫び声をあげたのだけは覚えているが、そこが限界だった。

 

 

 ……俺達なんかしたか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* フェイト・テスタロッサ視点

 

 私達ははやてが言った『今日は全員休みにしたる!!』という言葉で解散し、各々好きなことをするという事になったけど……

 

「雄樹君や大智をあのまま置いといてよかったのかな」

「え、長嶋さんと斉原教導官、基地にいるんですか?」

「斉原君ははやてちゃんに心配かけた罰として、大智君は私達の言葉も聞かずにどこか行ったからだよ。二人とも私達以上に頑張ってるけど、それとこれとは話が別だからね」

 

 キャロルの質問に助手席に座っていたなのはが答える。最初の事件以降キャロルと仲が良くなったエリオは彼女の隣に座りながらも窓の外を見てぼんやりしていた。

 

「どうしたの、エリオ?」

「……僕も残ればよかったかな」

「どうしてエリオ君?」

「え、べ、別にいやってわけじゃないから!」

 

 キャロルの質問に慌てるエリオを見た私となのはは顔を見合わせて笑い合いました。

 

 今回の休日は神様達との特訓がハードすぎて私と雄樹君と大智以外何もする気が起きなくなったことが発端。

 エリオはかろうじて元気といった感じでしたが、他のみんな――特にはやては疲労困憊で書類すら手付かず。

 それも仕方ないかもしれない。なんたって夜天の書のスペックをフルに使って魔力が無くなったら強制的に回復させられ、気絶したら強制的に回復させられ……の繰り返しでしたから。

 

 そんな訳ではやて達は家族と一緒に買い物へ、私達はとりあえず遊びに、ティアナたちはどこかへ行きました。

 

「それにしても、姉さんもついてきてよかったの?」

「お母さんとアインスさんが何やら楽しそうにしてるからこっちに来ちゃったよ。それに、私も特にやる事があったわけじゃないし」

「そうなの?」

「ところで大智いないって本当?」

「うん! フェイトちゃんの声を無視してどこか行ったからその罰!!」

 

 怒りが再燃したのか声が大きくなるなのは。それに対し私は優しく言いました。

 

「別に私は無事だったからよかったけど」

「それでも! 大智君は少し頭を冷やすべきだよ!!」

 

 こうなったなのはを宥めるのは難しい。ずっと近くにいた私と姉さんはそう思って苦笑してその話題から離れようとしたところ、エリオがポツリと言いました。

 

「長嶋さんはすごいですよね。あんな風になりたいです」

 

 思わず私はエリオが大智のようになった姿を想像して「それはダメだよ!」と叫んでしまいました。

 

「どうしたのフェイト?」

「え、なんでもないよ姉さん」

「でも、長嶋さんは本当にすごい人です。あんな人が一緒に居てくれると、なんだかとても安心します」

 

 キャロルのその言葉に私達三人は思わず「そうだね」と同じタイミングで言っていました。

 

「小学生のころからとんでもなく飛びぬけていたし」

「偶に出る笑顔がかっこいいし」

「さりげない配慮とかしてくれるしね」

「……怒ってたんじゃないんですか?」

 

 エリオのその言葉に我に返った私達は、結局苦笑するだけで誤魔化しました。

 

 

 

 そして遊びに行って帰ってきた時。

 司令室の方から悲鳴が聞こえたので全力で駆けだして着いた私達が目撃した光景は、

 

「………ハァ、ハァ、ハァ………誰か、来たみたいだよ、大智」

「…………あいつら、わざと仕事増やしやがった……くそっ…………」

 

 バタン。

 限界だったのか床に倒れ込んだ大智と、仰向けに横たわって息を整えている雄樹君の姿。

 私達は思わず「大丈夫!?」と叫んで二人に駆け寄りました。

 二人とも入り口近くで倒れており、大智に至っては気でも失ったのか眼を開けないまま呼吸が荒い。

 

「大智君! 大丈夫大智君!?」

「斉原教導官! 大丈夫ですか斉原教導官!!」

「なんやこの騒ぎは……って、雄樹!? 一体何があったんや!?」

 

 私達が呼びかけをしているとはやてが来て、雄樹君を見るやダッシュで近づき体を起こさせながら叫びました。

 それに対し雄樹君は「……お帰り」と言っただけで何も語らず目を閉じました。

 

「え、ちょっと、こんなのウソやろ? なぁ、目を開けて嘘だっていうてな雄樹!!」

 

 突然のことに混乱しながら体をゆするはやて。私達の方はというと、動きが迅速でした。

 

「なのは、医務室へ行って二人を診てもらう様に言ってきて!」

「分かった! 行こう、アリシアちゃん!」

「うん!!」

 

 私の言葉になのはと姉さんは医務室へ向かい、私は大智を立ち上がらせました。

 

「一体何の騒ぎですかみなさん? ……って、大智さんに雄樹さん!? どうしたんですか!?」

「分からない。帰ってきたら倒れていたから……二人は雄樹君の事を連れて来て」

「「わ、分かりました!!」」

 

 私の言葉に様子を見に来たらしいスバルとティアナは慌てて雄樹君を起き上がらせ、私と同じように肩に手を回して運び出します。

 私も歩き出しますが、大智の身長が高いのであまりうまくいきません。

 

 それを見ていたシグナムが黙って私の反対側へ行きました。

 

「ありがとう」

「仲間が大変なら手伝うのは当然だ。はやての事はヴィータとザフィーラに任せる」

 

 それから私達は黙って医務室へ運びました。

 

 

 

 

 

「なぁシャマル。長嶋達の様態はどうだ?」

「今は普通に眠ってるわ。二人とも疲労困憊で倒れたみたいね。だから怪我とかはないわよ」

 

 シャマルさんのその言葉に私達はホッと息を吐いて安心しましたが、はやては雄樹君の事をなおも心配そうに見ていました。

 無理もありません。小学生の時に一度雄樹君が目の前で死んだ光景を目撃しているのですから、状況が違えど目を開けないというのは相当こたえるものが在るはずです。

 

 そう言う私も大智が死んだように眠っているこの状況は気が気でありません。なのはや姉さんも同じなのでしょう。

 

 と、そんなお通夜みたいな医務室の中にグリフィス君が入ってきました。

 

「失礼します。ちょっと雄樹さんと大智さんの事について――」

「なんや! 一体何があったんや!!」

 

 最後まで言う前に叫んだはやてをグリフィス君がパチクリと驚きながら少し見て咳払いをし、「お二人が司令室にいたのでアラームのログを解析したところ、原因が分かりました」と言いました。

 驚く私達。特にはやてはグリフィス君に顔を近づけて「さっさと言わんかい!」と怒鳴りました。

 

「は、はい!! えーこのログを見たところ、午後一時ぐらいから午後五時ぐらいまで数分から数十分単位でアラームが鳴り、その度に交互に出動していたようです。最後の一時間は大智さん一人で約二十件解決してますね。それがお二人あのように倒れていた原因でしょう。空いてる時間に報告書も作成していたようで、後半二時間ぐらいは作る余裕がなかったようです」

 

 なぜそこまで事件が発生して出撃することになったのか分かりませんが。最後にそう言って締めたグリフィス君はそのまま頭を下げて部屋を出ました。

 

 とんでもない事実を聞いた私達がその時間帯やっていたことを思い出しながら後悔していると、「……すごいですね、大智さんに雄樹さんは」とスバルが呟きました。

 

 しかし誰も返事をすることはありません。

 

 それも当然だと思います。なんていったって、残した二人が私達がいない間の業務をやってくれたのですから。

 

 結局、誰も言いださずに各々自分の部屋に黙って戻っていくことになりました。

 

 はやてと私、なのはに姉さんを除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 夢の中でスサノオたちに『お前らに対する天罰だ!』と宣言され、薄々気づいていた俺と雄樹は黙って頷き合ってから『それを言うならそっちは自業自得か?』とボコボコにされた痕が見える男性神達に対し言い返してからの二対六の喧嘩をしていた最中に雷に打たれて目を覚ましてベッドの上にいることを認識して首を動かすと、なのはとフェイト、アリシアが俺の手の甲に手を重ね合わせていた。

 

「ねぇ大智。起きてる?」

「ああ。身体の方は大丈夫か?」

「うん。疲れが無くなってるよ……そっちは?」

「もともと一日寝れば疲れがリセットされるからな、俺は」

「いやーさすがにずるいねそれは」

「ないものねだりするな。……ところで、そっちにはやて居るか?」

「うん」

 

 雄樹はどうやら俺の反対――足の方で寝ているようだ。声の反響で理解した。

 

「今、何時だ?」

『朝五時ですよマスター!』

「……そういえばお前よく黙っていたな」

『言っても聞かないので黙ってましたね! 心配でしたけど!!』

「そうか」

「…………大智?」

 

 俺達の会話で起きたのかフェイトが俺を見る。

 説教か何かか知らないが、とりあえず手と手が触れている心臓が高鳴っている状況で泣き出されたら俺はどうすればいいのだろうかと思いながら、「おはよう」と短く返事をした。

 

 

 当然、泣かれた。




お読みいただき有難うございます


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131:いざ地球へ

どうもお久し振りです。


 俺と雄樹が倒れて数日経ったある日。

 普通に空中をランニングしていると、なのはが何か用があるのか追いついてきた。

 

 俺はなのはに視線を向けず「何の用だ」と訊ねた。

 それに対しなのはは「今日はフォワード勢お休みにするって」と答えたので、危うく止めそうになった足をそのまま動かして走りつつ「またか」と呟いた。

 

 酸素が薄いからか若干呼吸するのがつらい。息が上がっているのが自分で良く分かる。

 そこまでの距離を走っていないんだがなと思いつつスタート地点に来た俺はもう一周走ろうとしたところ、なのはが目の前を遮ったのでたまらず足を止めた。

 

「なぜ止める」

「大智君、止めないといつまでもやってるでしょ? だからだよ」

「自分で決めたものをこなさないと後味が悪いんだ俺は」

「それでも! ……また倒れた時に一緒にいれないのは嫌だよ、私達は(・・・)

 

 そう言って悲しそうにするなのは。

 言っている意味に関して理解し、それゆえにどうしたものかと悩む。

 これぐらいで俺が倒れることはない。数日前みたいに激務が襲わなかったら丸一週間不眠不休で働いても大丈夫だと自負している。

 そんな事知っているであろうなのはは、それでもこうして立ち塞がっている。

 

 その意味は理解できている。俺の事が好きで心配だからだという。

 もちろん俺はなのはやフェイト達が傷つくのは嫌だ。だからこうして一緒に居る。

 それで俺が一人で何かやってフェイト達が蚊帳の外だというのを考え――俺は両手をあげて言った。

 

「悪かった。当事者になれないのはやっぱりきついよな」

「分かってくれた?」

「ああ。今回は一緒に休もう」

 

 そう言うと、なのはは露骨に嬉しがった。

 

「本当だよね!?」

「あまり嘘はつかないぞ」

「そう言って仕事の連絡入っても休むんだよね!?」

「……ああ」

 

 その発想は今頭の中になかったな。

 もし入ったら恐らく行っていただろうから勘というのは侮れないなと思いながら嬉しそうに宙を舞うなのはを見ていると、プライベート用の携帯電話が鳴ったので出る。

 

「はいもしもし」

『おー大智! 今日こっちに来るんだって? 生憎俺撮影あるから昼間は無理だけどよ、夜に会おうぜ!』

「おい」

 

 いきなり早口で説明し、すぐさま切った元一。

 しまいながらもどういう事だとなのはを見ると、なにやら苦笑した顔を浮かべていた。

 

「どういう事だ?」

「えっと……怒らない?」

「怒るも何も教えてくれんと」

 

 そう言うとなのはは「えっとね…」と説明を始めた。

 

「二人が倒れた翌日にはやてちゃんが『みんなで地球へ行って今度こそ全員で休もう』って言ったからアリサちゃん達と連絡を取って都合の良い日にってなったら今日になったんだよ」

 

 ……なるほど。それじゃ俺は知らないわけだ。基本的に自分のやる事やって一日過ごすから。

 ダメかな? と言いたそうな顔をするなのはに俺は笑い「いいさ。ありがとう」と礼を述べた。

 

「え、ううん! 大智君にはいつもお世話になっているし、少しばかりのお礼だよ!!」

「世話になっているのはどちらかというと俺の方だと思うがな」

「そうかもしれないけど……って、もうすぐ時間じゃん! 大智君!! 早く戻らないと!!」

 

 そう言って慌てるなのはを見た俺は、右腕につけていた腕時計型の転移装置を起動させてすぐさま基地内に戻る。

 

「着いたぞ」

「って、あれ? 大智君どうやってここまで来たの?」

「いつぞやの転移装置の小型版」

 

 簡単に説明しながら歩き出すと、「待ってよ!」と案の定なのはがついてきたので、そういや博士達どこに避難させようと今更思った。

 

 

 

 

 

 

「――という訳で少々避難してもらえるとありがたい」

『あー、それは確かにやばいね。ならイクスヴェリアちゃんにも言っておくよ』

「なるべくなら地球から離れてほしくないな。敵に見つかって操られでもしたら面倒だ」

『了解社長。ログハウスの方で過ごしてるよ』

『私の娘を探す機械を作りなさいスカリエッティ!』

『……という訳でね』

「ああ」

 

 通話が終わった俺は仕事用の携帯電話をポケットに入れ、自分の部屋の中を見渡して持っていくものがないか確認する。

 まぁ転移装置でいつでも戻って来れるから忘れても問題ないのだが、一々戻るのが面倒なのだ。それは誰もが当たり前の事だと思う。

 

 にしても地球に戻るのか……久し振りでもないというこの感じが何とも言えないな。などと思いながら荷物をまとめているとノックの音が。

 

『大智君? もう準備終った?』

「もうすぐで終わる」

 

 なのはの催促にそう答えた俺は言葉通りに手早く終わらせ、ドアを開けて待っていたなのはに「さぁ行くか」と言って集合場所へ向かった。

 

「うん!」

 

 嬉しそうに横に並ぶなのは。その横顔を見て「俺は一人で行き来してるから久し振りって感じじゃないんだ」とうっかりこぼしてしまった。

 

「え、本当!?」

「ああ。ぶっちゃけ暇なときは地球に戻ってる」

「えー。それはずるいよ大智君……」

 

 ショックを受けたようななのはに対し笑顔を浮かべた俺は、「ま、基本的に任せた営業状態を調べるついでなんだがな」と付け足す。

 

「…でも、アリサちゃん達とは会ってるんでしょ?」

「そりゃそうだろ。地球に戻って一回でも顔を見せなかったらその日の夕方の電話で説教を食らう」

「それは分かるかも。やっぱり心配だからね」

 

 俺はそんなに心配させるような人間なのかと今までを思い返して心当たりがあり過ぎたのでその話題を黙って終わらすことにし、「走るか。はやてたちに怒られるし」と言って駆け出すことにした。

 

 

 

「遅いやん二人とも」

「すまない。ついさっき話を聞いてな」

「聞いてなかったっけ……て、大智その時いなかったね。そういえば」

「あの時は私達だけだったし、みんなに言った時大智フラッと居なかったんだよ」

「……あの時か」

 

 丁度その時地球に戻って仕事の報告書に目を通していた。たまに見ないとどんな仕事をしていたのか把握出来ないからだ。

 

 というか、その時普通にアリサ達と一緒に居たがそんな話題一切なかったぞ。

 

 情報の隠蔽でサプライズ的な事をしたかったのだろうかと思いながら黙っていると、「ほなみんなええか?」とはやてが聞いてきたので返事を軽くする。

 

 全員の返事が聞けて満足げなはやては、「さぁ行くで!」と言って俺達を促した。

 

 ……どれだけ行きたかったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 で、地球の、鳴海市の山奥にあるログハウス(もう一軒別な方)に着いた俺達。正確に言うならその場に転移したのだが、そこら辺は別にいいだろう。

 ともかく。ついたらアリサとすずかが出迎えてくれて、久し振りの再会に抱き合ったりして喜んでいたので、俺は黙ってその場から離れた。

 

 ――はずなんだが。

 

「はやてと一緒に居なくていいのか、雄樹。それとどうしてついてきたんだシグナム?」

 

 何故か雄樹とシグナムが後ろについてきていた。

 俺の問いに対し、二人はそれぞれ答えた。

 

「久し振りに一緒に居られるから邪魔したくなかったし、大智ならこれから裕也達と会うのかなと思って」

「私ははやてから『一人で行動するようなら見張っといて』と言われました」

 

 監視って……おいおいおい。などと内心思いながら顔に出さず「そうか」と答えた俺は、携帯電話を取り出して電話してみる。

 

 相手は力也。

 

『もしもし大智? 珍しいじゃないか君から掛けてくるなんて』

「なのはたちが今日戻ってくることは知ってたか?」

『まぁね。だから今日は会社休みになったんだよ。今からでも会いたいならそうだね……裕也の家へ行ってみたらどうだい? 生憎僕は講義を受けるので午後からだけどね』

「分かった。夕方位には元一も戻ってくるそうだ。どうせなら一緒に夕食にでもするか」

『君がそう誘うというのは新鮮だから乗るよ。今日は予定なにも入れてないからね』

「また午後に」

『また勝負しようじゃないか』

 

 そう言って力也は電話を切った。

 携帯電話をしまいながらついてきていることを感じた俺は、なんの合図もなく足に力を入れて地面を蹴り、塀に上ってから屋根、それから電柱のてっぺんまで飛び移る。

 

「ちょ、それずるいって!!」

 

 下から聞こえる叫び声に対し俺は返事もせず、何回かその場でジャンプしてからその場から跳んだ。

 

 果たして追いつけるだろうかと思いながら。

 

 

 

 

 

 山から下りてすぐの電柱から宙を跳んで数分。

 軽く息が上がってることを気にせず道路に着地した俺は周囲を確認してからインターフォンを押す。

 

「はーい……」

 

 家から出てきた眠そうな裕也を見た俺は、とっさに「とりあえず顔洗ってこい」と言った。

 

「ああ…………」

 

 まだ寝ぼけているのか俺の言葉に頷くとのそのそと家へ戻り……鍵を閉めたところで勢いよくあいつが開けた。

 

「って大智!? お前戻ってくるの早くね?」

「別にそうでもない。たかが数分前だ」

「あー悪い。ゆっくり寝てようかと思ったんだわ」

 

 そう言いながら欠伸を漏らす。寝てないのか今まで寝ていたのかのどちらかだろうが、俺には関係ない。

 体つきは高校の頃から変わっていない中肉中背だが、経験してきた数が同年代より若干抜きんでているせいかとんでもなく落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 

 こいつも何気にモテてたよなと思いながら「急に悪いな社長代行」とねぎらっておく。

 

「まったくだ。電話ぐらいしてくれたっていいだろ。高町さんのご両親たちの喫茶店へは行ってないんだろ?」

「まぁな。なのはたちが後輩連れて行くと考えると遭遇するのもどうかと思ってな」

「ふぅん……ちょっと待っててくれ。着替えてくる」

 

 そういうと裕也は家に戻った。そのわずか数分後、息を切らした雄樹とシグナムが来た。

 

「意外と早かったな」

「……まぁ……どこへ行くかは、聞いてたからね」

「……しかし、雄樹も速くなった、ものだ…私が後を追うので手いっぱいだった」

「そりゃそうだろ。これでシグナムに追いつかれてたら雄樹の練習量を十倍に増やしてもまだ温いと言ってやる」

「え」

 

 血の気が引いたらしい雄樹が顔を青くするが、そんなものは自業自得なので気にせず「さて、これから何をするか」と呟く。

 

「決まってなかったの?」

「お前達みたく戻ってなかったわけじゃないからな。行く場所なんてないに等しい」

「だったらなんで俺の家に来たし」

「あ、裕也。久し振り」

「おう雄樹……で? とくに行く場所ないのならなぜ俺を呼んだし」

 

 着替えて戻ってきたらしい裕也が呆れた感じで言ってきた。

 それに対し俺は「暇だったから」と答えてから「久し振りにキャッチボールでもするか?」と質問する。

 

「それだったら雄樹やシグナムさんどうするんだよ」

「あ、僕やってみたいかな。シグナムはどうする?」

「キャッチボールというのはボールを投げ合うものか? ならやってみたいものだ」

「だそうだ」

 

 俺がそういうと裕也が「マジか」と苦笑しながら言ってからグローブとか持ってくるからと言って再び戻った。

 残された俺達は固まったまま待つと、数分で戻って来て人数分のグローブとボールを持ってきた。

 

「んじゃ、公園行くか。久し振りだからお手柔らかにな」

「おう」




お読みくださりありがとうございます。


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132:キャッチボールそして

「おーし。やるか大智ー!」

「こい」

 

 そう言ってミットを構えるとそこそこ離れた距離から思い切り足を上げてから地面につけ、思い切り腰を回して腕を振り抜く。

 

「そりゃ!」

 

 試合のピッチングでは絶対に言わないだろう叫び声をあげてボールを投げる裕也。その球速は150を超えている。

 マウンドの倍近くある距離にも拘らず球速を維持できることに驚きだろうが、慣れている俺にとっては驚くことではない。

 

 コントロールが良いお蔭か普通にミットに構えたところに来た。

 パシィィィン! と豪快に音を響かせるが、手は全く痛くない。

 届いたことを確認した俺は「衰えていないな」と言ってから投げ返す。

 

 スパァン!!

 

「ったく! 一々本気なんだからお前は!!」

「多少手を抜いてるぞ」

「マジか!」

 

 軽口を叩きあいながら、それでも投げるスピードは変わらない。

 そんな様子を見たシグナムが、ポツリと呟いたのが聞こえた。

 

「キャッチボールとはあのような速度で行うものなんですね」

「いや違うからね! あの二人が特殊なだけ!!」

 

 一緒にされたくないとツッコミを入れる雄樹。

 あいつらまだやってなかったのかと思いながら繰り返していると、「よっしゃ肩温まってきた!!」と叫ぶ裕也。

 

「本気でやるぞ!」

「さっさと来い」

「だっしゃぁぁ!!」

 

 直後俺のミットに響く轟音。あまりの音に鳥たちが羽ばたき飛び立っていった。

 

「どうだぁ!」

「結構いい球だ、な!!」

 

 お返しとばかりに俺も投げ返す。モーションはもはや常人の目には映らないほどに速い。

 

「ぐおっ!」

 

 裕也が思わず吹っ飛ぶ。それぐらいの速度で投げ込んだのだから当たり前なのだろうが、よもや音が遅れて聞こえてくるなんて予想もしなかった。

 

 起き上がる様子のない裕也に俺は駆け寄ると、「あーやっぱりとんでもねぇ」と空を仰ぎながら呟いていた。

 怪我が無い様なので安心しながら「大丈夫か?」と手を差し伸べる。

 

「ああ。……ったく。相変わらずとんでもない球投げやがって」

 

 俺の手を握って立ち上がった裕也はそんなことを呟く。

 

「お前も人の事言えんだろ」

「大半はお前のせいだがな」

 

 そう言って笑い合っていると、グローブをはめたまま雄樹がこっちへ来た。

 何か言われる前に、裕也が言った。

 

「そういや俺らがやってる間ずっと見てたよな、雄樹」

「え!? 大智に言われるならわかるけど裕也に言われた!? 一体どうしちゃったのさ!」

「いや……普通にちらっと見てただけだぜ」

「……なんてことだ。裕也に負けた……」

 

 がっくりと肩を落とす雄樹。そんな姿を見た俺は肩を叩いて「中学の頃から負けていたからな」と止めを刺しておく。

 

「おい! 相変わらずだな!!」

 

 苦笑しながら俺の事をとがめる裕也だが、その声が本気じゃないことをを感じ取っていたのでスルーする。

 

「大丈夫か?」

「…傷心させておいてよくいえるね」

「言葉にショックを受けたのはそっちだろ」

「せめてそこは謝罪の言葉が欲しいかなぁ……」

 

 何を言ってるんだと思ったのでとりあえず尻を蹴り上げてからシグナムを見て言う。

 

「やってやれよ」

「とんでもなくおしり痛いんだけど……まぁ今更だよね。はぁ」

 

 そう言ってからシグナムの方へ行き、一言二言喋ってから互いに距離をとった。

 

「ようやくやるのか」

「まぁ俺達のとんでもない奴見たからだよな」

「だろうな。久し振りにやったが、あの時より上がってたよな?」

「そういうお前こそ。思わずぶっ飛んだぞ」

 

 そんな風に立っているとシグナムがあらぬ方にボールを投げ、雄樹が取りに向かっていた。

 ちゃんと謝っているところを見ると悪い事だと自覚はあるらしい。

 やったことないと難しいかもな、意外と。そんなことを思いながら、二人のキャッチボール姿を俺達は立って眺めていた。

 

 

 

 

 

「あー久し振りにやって肩疲れた」

「俺は別に」

「意外と難しいですね、雄樹」

「まぁ、そうかな」

 

 裕也の家への帰り道。

 俺達は横並びに歩きながらキャッチボールの感想を言い合っていたのだが、不意に雄樹が質問してきた。

 

「そういえば裕也ってさ、結局どこに就職したの?」

「あれ、言ってなかったか?」

 

 今更な疑問だったようで裕也が首を傾げ、次いで俺の顔を見る。おそらく俺が言ったと思ったのだろう。

 他者の進路を一々いう事ないため首を振ると、苦笑して「なら力也と合流したら教えてやるよ」と答えた。

 

「もったいぶるね」

「別にもったいぶることないけどな。ただ、こういうのは焦らした方が驚きがあるだろ?」

「それを言ったら驚きも半減するって」

 

 そう言って雄樹が笑うので裕也も笑う。俺はというとボロボロになっていないグローブを宙に放り投げながら黙って歩いていた。

 

 別に横槍を入れても良かったがそんなことをする必要もなかった。久し振りの対面なのだから野暮というものだろうと察して。

 

 と、ここで思い出したかのように裕也が雄樹に聞いた。

 

「そういや雄樹。八神とどこまで行ったんだ?」

「ブッ!」

 

 吐き出すものがないというのにそんなことをする。一体何を焦っているのだろうか。

 顔を赤くしていく雄樹に、裕也はさりげなく追い打ちをかけていく。

 

「まぁ仕事で互いに忙しいだろうからまだ結婚して身を落ち着かせるなんてないんだろうけどよ、デートとか何回かしたんだろ? だったらキスの一回や二回したんじゃないかなーと思うんだが……そこら辺どうよ? ひょっとしてまだなのか?」

「なっ、あっ、そ、そそそそ、それは、その…………と、というかさ! 裕也にはそういう人とか居ないの!?」

 

 まるで追及を逃れる人の様に話題を振る。どうやら反応を見る限りまだのようだ。

 それに裕也も気付いたようでおとなしく乗った。

 

「俺は……まだだな。ぶっちゃけ仕事の方が忙しかったし」

「へ、へぇーそうなんだ。結構告白とかされたんじゃないの?」

「いんや。残念ながら。甲子園三連覇した時には完全に燃え尽きていたから次何すっかなーって考えて日々を暮してた。その間告白なんてされなかったぜ」

「へぇー意外だね。告白普通にされていたと思ったけど」

「ないない。力也みたいに毎日違う人が告白しに来たのと違って俺は平穏に暮らしてたさ」

「うっそだー」

 

 なんだかんだでいつもの調子を取りも出したようだな。

 雄樹の顔を見てそう思った俺は次いでシグナムへと視線を向ける。

 視線に気付いたらしい彼女は俺の方へ向いてから近づいて訊いてきた。

 

「なにか?」

「いや。楽しかったか?」

「ああ。あんな風にコミュニケーションが取れるのかと新しく発見した」

「そういやそんなの知らなかったんだな」

 

 デリカシーのない言葉にしまったと思ったが、彼女は笑って「ああそうだ」と答えた。

 

「私達はずっと戦っていたからな。はやてや長嶋達に出会わなければこんな風になれなかっただろう」

「そりゃ良かった」

「あ、そういやよ」

 

 不意に裕也が呟いた言葉に俺達は反射的に反応し、「どうした?」と質問する。

 

「昼、どうする?」

「あー」

「もうそんな時間だったのか」

「皆さんでお決めください」

 

 シグナムがそう言ったので、歩きながら男三人で決める。

 

「どこかいいところある?」

「あー……まぁあるっていえばあるかな。大智はあるのか?」

「……まぁ。もしくは自炊だな」

「また大智は……こういう時ぐらい外食しようよ」

「だよな。せっかくの同窓会なんだから」

「なら……あそこだけだな」

「じゃ、大智がお勧めする場所でいいな? つうか俺がお勧めする場所ってファミレスとかそんなところだぜ?」

「おい」

 

 いきなり決定するなよ。確認とらないとあそこ開いてるかどうか知らないんだぞ?

 そう言いたかったがすでに流れが収束してしまったのでため息をついた俺は「電話で確認してみるわ」といつぞやに行った喫茶店に電話した。

 

「もしもし」

『ああ大智君か。久しいね、どうしたんだい?』

「今から行きたいんだが、開いてるか?」

 

 そう訊ねると『開いてるよ。看板出してないからこの時間帯お客居ないのさ』とあっさり答える。

 

「なら四名頼む」

『四人ね。了解』

 

 そう言うと相手側が切れたので俺は携帯をしまって雄樹たちを見る。

 

「大丈夫だそうだ」

「じゃ、行くか。道案内よろしくな」

「うん」

「頼む」

「ちゃんとついて来いよ」

 

 そう言って俺は歩きだした。

 

 

 

「ここ………だ」

 

 足を止めた時に覚えのある気配が大量に店内にいるので間が空いてしまった。

 なんでいるのだろうかと首を傾げたくなるこの状況だが、雄樹と裕也がさっさと入ろうとしていたので諦めることにした。

 

 が、シグナムは俺の内心に気付いたようだ。

 先に入らなかった俺を見た彼女は不意に立ち止まって俺の方へ来た。

 

「どうして立ち止まっているのですか?」

 

 それに対し俺は「立ち止まるのはダメだよな」と返事をしてから中へ入ることにした。

 

 中に入ったら案の定はやてやフェイト達が料理を食べており、雄樹たちは奥の方で座っていた。

 やっぱりか……と思った俺はおとなしくカウンターに座る。その後に入ったシグナムははやてを見つけてそちらに向かった。

 

「いらっしゃい。そして久し振りだね」

「そうだな。昼飯はなんでもいい」

「そう? なら適当に作るよ」

 

 そう言ってさっさと奥へ入る。雄樹たちの注文を聞いたのかどうか知らないが、入った順で構わんだろうにと思いながら俺はそれを見ていた。

 しかし偶然というのはすごいな全く。そんなことを思いながら欠伸をする。

 

『でもなんでマスター混ざらないんですか?』

『つい癖で』

 

 いきなり念話でナイトメアが話しかけてきたので素で返す。その後にしまったと思ったが、後の祭り。

 

『……マスター』

 

 人間だったら絶対にジト目だろうなと思いながらため息をつくと、両隣りに座る気配がしたので顔を向けず質問した。

 

「何か用かすずか、アリサ」

「あっさりとどこか行っちゃうんだもん。心配だったよ」

「というかあんた、小学校の頃にフェイトと一緒に来たって本当なの?」

「ああ」

 

 こともなく頷く。するとアリサは「ふぅん」と言ってから持ってきた料理を食べ進め始めた。

 

「ここ、おいしいわよ。ありがと」

「別に。知ってる人は知ってる店だし」

「それはそうだけどね……そういえば大智君」

「ん?」

 

 相槌を打ったすずかが急に俺の名を呼んだので首を傾げると、「斉原君たちと何してたの?」と質問してきたので「キャッチボール」と短く答えた。

 

「久々に戻って来てキャッチボールって。もっと他になかったの?」

「特に変わったところなんてほとんどないだろ。正直暇をつぶす方法考えるのが面倒だった」

「大智君らしいね」「まったくあんたは……」

 

 呆れられている反応をスルーしていると、「はいおまちどう。『心安らぐステーキ』です」と目の前にブロック状のステーキが置かれた。

 香りをかぐと油っぽさより香辛料が強く、先程まで訳も分からず尖っていた心が落ち着いていく。

 まったくすごいものだと思いながらナイフとフォークで食べていると、「落ち着いたようで何より。他に何かあれば声を大にして呼んでね」と言って奥の方へ消えた。

 

 相変わらずうまいと思いながら一心不乱に食べていたおかげで、俺は先程まで自分で抱えていたものが消滅していた。なんだったのかさえ思い出せないほどに。




こちらはまぁ不定期ですがよろしくお願いします。今後とも。


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133:合流と自己紹介

お久し振りです。毎回こんなばっかりな気がしますが。


 なんだかんだでほとんどのメンバーが揃った昼過ぎ。

 会計を済ませようとしたところ、なのは達に引き留められたので仕方なく留まることを余儀無くされた。

 

 そんなときに力也がこの店に入ってきた。

 

「やぁ久し振りだね」

「天上君? どうしてここが分かったの?」

 

 驚くアリシアに力也は何ともないという感じで答えた。

 

「別にむずかしい事じゃない。僕がこの街で知らないことはないからね」

「だよな。この地元でお前が知らなことといえば大智が関わってるものぐらいだろ」

「まぁね」

「へぇー」

「あ、あの」

 

 裕也の言葉に力也が相槌を打つと、たまらずなのかエリオが割って入ってきた。

 

「今更なんですけど、自己紹介しませんか? どういった人達か知りたいので」

「あれ? ひょっとして俺達の事、来る前に何も言わなかったのか大智」

「俺が主体的に動いていたわけじゃない。説明不足を言うならなのはたちに言え」

「まぁ良いじゃないか裕也。僕達も名前しか知らないんだから……とはいってもエリオ君はさっき質問してきた子だというのは分かるけどね」

「まぁ男が一人しかいないからな」

 

 そう言って納得する二人。それに周囲も納得し、それから「それじゃあたしから説明しようかしら」とアリサが立ち上がった。

 

「とはいってもさっき自己紹介したからいいとは思うけどね。私の名前はアリサ・バニングス。今は大学生よ」

 

 なんでも最初にやりたがるのはアリサらしいなと思っていると、すずかが次に立ち上がった。

 

「私の名前は月村すずかです。大智君たちと同級生で、今は工学部の学生です」

 

 そう言って頭を下げてから座る。その所作からも育ちの良さが分かったのか、聞いていたスバルとティアナは反射的に頭を下げた。

 

「次は僕か……天上力也だ。学生で、大智が経営している会社のアルバイトをやっている」

 

 そう言って静かにカウンター席に座る力也。それを見ていたのか奥の方のボックス席から立ち上がって裕也が自己紹介した。

 

「最後……じゃないけど、まぁ今は俺が最後か。如月裕也だ。今は大智が始めた何でも屋の社長代理をやってる」

「じゃぁ次はこっちやな。スバル、ティアナ、エリオ、シャル。自己紹介し」

「「「「はい」」」」

 

 そう言って四人は立ち上がる。丁度その時俺の携帯電話が鳴ったので、「悪い。電話だ」と言って店を出ることにした。

 

「もしもし」

『おいっす!』

 

 反射的に電話を切った。

 すぐさま電話が鳴ったので、再び電話に出る。

 

「なんだ親父」

『いきなり切るなよ。今更反抗期が来たかと思ったじゃないか』

「変な挨拶してきたのが悪い。で、なんだ?」

『ちゃんと休暇楽しんでるかー?』

「まぁ」

『こっちは暇だから犯罪者に天罰与えてるぜ。誰が一番面白い天罰与えられるかで競争してる』

「……本当に暇だな」

 

 そんなことしてていいのかとなんて思ってしまうのは俺がワーカーホリックだからだろうか。

 そんな考えを読んだのか、『休み位は誠心誠意休めよ!』と言って電話が切れた。

 

「……一体何だったんだ?」

 

 あまりにもあっさりと電話が切れたので首を傾げながらポケットに入れて店に入ろうと思ったところ、「よぉ大智。最近見なかったが、どこ行ってたんだ?」と私服の巡査が声をかけてきた。

 

「異世界」

「あーそう。異世界ね……ん?」

「ところで巡査は?」

「ん? ああ。ちょっと用事があってな。たまたま通りかかっただけだ」

「ふ~ん」

「ま、あんまり騒ぎになる様なことはせんでくれ。面倒だ」

「おう。それぐらいなら弁えてる」

 

 そう言うと片手を挙げてじゃぁなと言ってそのまま通り過ぎて行った。

 なんというか全体的に嬉しい事でもあったのだろうかと思いつつ、そういえば巡査結婚したんだったなと思い返し、「今更だがご祝儀送るぞ!」と叫んだらダッシュで戻ってきた。

 

「要らねぇよ! それに、実際はまだ結婚してない!!」

「マジか」

「今からその相談しに行くんだよ! ガキは黙ってろ!!」

「結婚したら親父達に言っとくから」

「それはマジでお願いする!!」

 

 実際は俺が言わなくてもあっちが勝手に嗅ぎつけると思うがそれは言わず、「こんどこそじゃぁな」と言って見送る。

 

「ああ行ってくる!」

 

 そう笑顔で言った巡査はそのまま走り去っていった。

 それを見送った俺は不意にどうして結婚してないんだっけと今まで巡査から受けた相談を思い返しながら納得した。

 

「そういえばそんな話をするたびに何か事件に巻き込まれてるんだったな……」

 

 今回は無事に済みますように。柄にもなくそんな祈りをした俺は、伸びをしてから店に入った。

 

 

 自己紹介はすでに終わり、何やらみんなで雑談していた時に戻ってきたら、一斉に俺に視線が向いた。

 

 向けられる理由が分からないので首を傾げると、一応機動六課のリーダーだからか、代表してはやてが話しかけてきた。

 

「これから別れて移動するんやけど大智はどうするん? うちとすずかとなのはちゃんにフェイトちゃん、アリシアちゃんにアリサとヴォルケンリッターは一緒に行動して、雄樹やスバルたち、天上や如月は一緒に行動するそうやけど」

「私ははやてと一緒に居るですよー」

 

 存在を忘れては困ると言わんばかりに主張するリィンフォースⅡ。

 俺はその提案を聞いて訊かなくても分かっていそうなものだろうにと思いつつ「雄樹たちと行動する」とため息をついて答える。

 

「えー一緒に回らないのー?」

「男一人で女子集団に居ろと。恥ずかしくて無理だ」

「えっ」

「? おかしなこと言ったか?」

『大智が……羞恥心を持った!?』

「おい」

 

 何やらヒドイ驚かれ方をしていたので思わずツッコミを入れたが無視された。

 

 

 結局地球に住んでいた管理局組の女子と初めて来た管理局組に分かれ、その案内をするために俺達男子が行動を共にすることに。

 夕飯がバーベキューだとか言っていたのでおそらく食材でも買いに行くのだろう。結構な大所帯だ。

 

 で、俺達ははやて達が住んでいたところや学校などを紹介して回ることにした。

 

 のだが、どうにも裕也の様子がおかしい。誰かを意識しているのかテンションが若干高めである。

 先頭で紹介をしている裕也と力也の様子を見ながら、俺は隣で歩いている雄樹に小声で訊いた。

 

「(どうしたんだ一体?)」

「(一目惚れじゃないかな? たぶん)」

 

 一目惚れね。そりゃ結構なことだ。

 そんなことを思いながら、時折頼まれる仕事の依頼を一人で解決してその内容をメモしながら報酬を受け取りつつ後を追う。

 本日休業なのだが暇だし片手間で出来る事ばかりなのでささっと終わらせる。

 

 それを見ていたのか、雄樹がため息をついていた。

 

「君って本当に……」

「悪かったな。どうにも暇は好きじゃないらしい俺の性分だ」

「やることないのは分かってるけどさ、もうちょっと協調性をね」

「まぁそうだな。やるしかないな」

「おい二人! ちゃんとついて来いよ!!」

 

 張り切ってる裕也の言葉に苦笑した俺達は、「ああ」と言って少し先を行っている六人を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 案内を終え転移してきたログハウスに戻ってきた俺達。

 するとなのはたちが談笑しながら準備をしていた。

 先に戻っていたのなら電話ぐらいしてくれればいいんだがなんて思いつつ「今戻ったぞ!」と声を上げると一斉にこちらを見てきた。

 

「お帰り。どうやったみんな?」

「とても平和ですね。グレアム元提督がはやて隊長の家に住んでいたのが驚きでした」

 

 はやての質問にティアナが真面目に答えた。

 それを後ろで見ながらまぁ全員興味津々に聞いてたからなと思っていると、「楽しかった?」となのはが質問したので全員で「はい!」と返事した。

 

 そりゃ良かったと思いつつ手伝おうかと考えたが、ここで手伝ったところで邪魔にしかならないだろうなと考え直し空を見上げる。

 日が沈みだしているのが分かる。星が一つ二つと輝いている。

 

 来るとしたらもうそろそろだろうかと思いつつ目を瞑ると、「どうしたのさ大智?」と雄樹が声をかけてきた。

 俺はそのまま返事をした。

 

「いや……こういう穏やかな空気に浸っていたくてな」

「それはそれは…昔の君が聞いたらびっくりするだろうね」

「表情は変わらないだろうがな」

「そうだね」

 

 いつの間にか俺の隣に雄樹しかおらず、裕也と力也は適当な場所にいた。

 

「俺達だけ動いて無いな」

「まぁ僕も動いたところで何もできなさそうだからこの場に留まっているんだけどね」

「あ」

「どうしたのさ」

 

 不意に思い出した事実にやりたいことを思いついた俺は思わず声を上げる。

 

 そういやあいつらまだ来てないんだよな……なら。

 思いついたが吉日。そう考えた俺は瞼を開けてから隣の雄樹を見て「少し買うものが在った。手伝ってくれ」と頼んだ。

 

「何あるの?」

「クラッカー。及びケーキだろうか」

「?」

「ちょっと確認してくる」

 

 そう言って俺はアリサの方へ駆けよって質問した。

 

「なぁアリサ」

「何よ」

「元一と木在の事、なのはたちには?」

「あ、いけない。ケーキとか買ってくるの忘れたわ」

「え、本当アリサちゃん?」

「そうか。なら買ってくる」

「悪いわね」

「みんなで分けられる大きさでお願いね」

「何とか探してくる」

 

 そう言うと俺は駆け出して雄樹に「行くぞ」と耳打ちした。

 

「え、ちょっと!」

 

 慌てて追いかけてきたのを尻目で見ながら、俺はそんな巨大なケーキどうやって運ぼうかと考える羽目になった。

 

 

 

 

「……疲れたね」

「まったくだ」

「本当、悪いわね」

 

 至急諸々を用意して慎重に運んだ俺達は、みんなが驚いてそれを見ている中座り込んでいた。

 

 夕食はすでに食べ始めていたようで、帰ってきたころには食材の半分はなくなっていた。が、食べる気力など俺達には残されていなかった。

 

「ケーキ探し回って運ぶのが大変だった」

「ああそうだな。こんなことなら転移装置使えばよかった……」

「え? 使えたのかい?」

 

 驚くように訊いてきたので俺は首を横に振って「残念ながら座標を登録してなかったんだ」と付け足した。

 

「なんだ……それにしても、お腹空いたね」

「そうだな。でも腕に力入るのか?」

「そういう大智は?」

「何とか入り始めた」

 

 疲れが無くなりつつあるので何とか立った俺は背伸びをして雄樹に手を差し伸べる。

 

「ほら」

「ありがと……」

 

 何とか腕を上げて立ち上がる雄樹。それでも力が入り辛いのか膝に手を当てて俯いていた。

 それに気付いたはやてが「大丈夫、雄樹?」と心配そうに近寄って訊いてきたので大丈夫だろうと思い皿を探そうとしたところ、「はいこれ」となのはが渡してくれた。

 

「……ありがと」

「どういたしまして。……でも大智君。どうしてこんな大きなケーキを買ってきたの?」

 

 そういえば知らされていなかったんだったか。そう考えて教えようかと思ったところあがってくる気配を二つ――元一と木在――察知したので反射的にクラッカーをばらまいた。

 

 それで気付いた力也、アリサ、すずか、裕也は普通に手に取り他の奴らはぽかんと見ているだけ。

 まぁ誰にも教えてないからだろうなと思った俺もクラッカーを準備。

 

「え、どうしたの急に?」

 

 困惑して質問して来るなのはを無視して待っていると、元一と木在が腕を組んで堂々と歩いてきて、俺を見つけたのか手を挙げて「おぉーい!」と叫んでこちらに来たので、俺はくっきりと見えた場所でクラッカーを鳴らした。

 驚いて足を止める元一と木在。俺が鳴らしたのを皮切りに残りの四人も鳴らしていき、全員が鳴らし終ってから驚いたままの二人に言った。

 

「婚約おめでとう二人とも」

『……え、えぇぇぇぇぇ!?』

 

 俺の言葉を理解した地球にいた奴らは絶叫し、状況を理解した二人は照れ笑いを浮かべた。




今回もご覧いただいた方には感謝を。


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134:衝撃とお風呂

「なんかこう言うのって恥ずかしいけどよ……まぁ自己紹介するわ。俺の名前は霧生元一。大智の会社の社員で、現在は俳優業を主にしてるぜ。趣味は料理だ! で、こっちが…」

「あ、初めまして……えっと、元一の婚約者で女優の、水梨木在です。よろしくね」

『あ、はい。お願いします』

 

 サラリと自己紹介に入った二人につられたのか異世界出身の四人は反射的に頭を下げた。が、地球出身者たちはそうはいかなかった。

 

「え、いつの間に婚約したの二人とも!?」

「そんな話聞いてないで!?」

「そうだよ!」

 

 そんな声が女性陣から上がる。それに対し木在はもじもじと指を動かしつつチラリと元一に視線を向け、それを受けた元一は「いやまぁ。したのだってつい最近だしな」と俺の方を見てきたので知らないふりして焼けてる肉や野菜を食べる。

 

「しっかしデカいケーキだな……食べきれるのかよ」

「ほれはもんふぁいない(それは問題ない)」

「あっそう。でもどうやって切るんだよ」

 

 口にモノを入れて喋っているのに会話が成立するのは長年一緒に居たからだろう。

 そんなことを思いながら呑み込んだ俺は元一に「斬るか?」と訊いてみる。

 

「いや無理だからな!? 俺裕也達みたいにそんなに影響受けてねぇからな!?」

「いやいやいや。君だって十分に影響受けてるからね。メイク術とか演技とか。君の出演するドラマ、結構な視聴率だろう?」

「見んなよな力也。こちとら恥ずかしいんだから」

「好きな奴の後を追いかける勇気があるのに今更恥ずかしいだと?」

「ぬぁぁぁぁぁぁああああ!! その話を蒸し返すなぁぁぁ!!」

 

 羞恥に悶えながら叫ぶ元一。それを聞いた俺と力也と裕也は苦笑いを浮かべながら、持ってきたケーキを見る。

 

「二メートルはあるね、高さ」

「ホールサイズ間違っただろ絶対」

「いや合ってる」

 

 そう言うと俺は魔力で一メートル超の長刀を造り出す。

 突如として現れたそれに周囲が静まったが、慣れてしまった男子二人は「頑張れ」「綺麗に切れなかったら僕が交代しよう」と言い出した。

 

「祝いものを雑に切断できるか」

 

 力也の言葉にそう返した俺はログハウス前のテーブル一つを陣取っているケーキに視線を移す。

 力の込め過ぎは誰も得しない結果を招く。それが分かったいるため俺は一度目を閉じて考えることにした。

 

 どうすればいいものかなんて答えは出ている。テーブルを切らず、ケーキのみ切る。ただそれだけ。

 右手でつかんでいるその長刀を消した俺はナイトメアに「魔力解放Dランクに制限」と指示する。

 

 実際その通りになったので今度は肉を切るために使っていた包丁を手にする。

 

「さて、切るぞ」

「おー頑張れよー」

「爆散させたら笑うよ」

 

 すでに笑う準備をしてるのだろうか。そんな益にならないことを考えた俺は魔力を包丁に流して強化し、「ふっ」と息を吐いて切り出した。

 まず今俺がいる場所で縦に両断する。少し移動し、もう一回縦に両断する。

 それを時計回りに行い、丁度最初の真裏に来たらジャンプしてケーキを一段一段切り分けていく。この間わずか五秒。

 

「っと」

「ほっ」

 

 切り分けたケーキを力也と裕也が何気なく皿に載せていく。俺もすぐさま包丁を置いてから皿一枚一枚にケーキを載せた。

 

 そして最後の一切れが力也の皿に載り終った時、裕也が「まったく。こっちが準備してなかったら危なかっただろうが」と呟いた。

 

「って、え? 天上君はともかく、如月君の動きが常人じゃなかったんだけど……?」

 

 すべてを見て理解していたのか、今更な質問をぶつけてきたフェイト。

 それを聞いた俺達は苦笑し、代表して元一が答えた。

 

「こいつの動き、中学からこうだったから。体育じゃ力也と大智、そして裕也の三つ巴が定番だったんだよ」

 

 おかげで俺はとばっちりだぜとぼやいていたが、そんなものフェイト達には聞こえていなかったようだ。

 まぁそれはともかく。

 俺は手に持っているケーキの皿を元一に渡した。

 

「ほらよ」

「……ああ、悪いな」

「水梨さん、どうぞ」

「あ、どうも力也君…」

「さて、配るかー」

 

 俺達二人の様子を見た裕也がそう言うと、我に返ったすずかとアリサがこちらに来て手伝い始めた。

 

 

 

「で、風呂どうする? 俺達の家に帰ってばらばらに入るか?」

「なんでそんな発想になるのよ。ここは普通に銭湯でしょ」

「ああ三か月前に完成したスーパー銭湯だったか」

 

 夕飯&デザートを食べ終えて片付けた俺達は風呂の話をしていた。

 外で思い思いに過ごしているから厳密に言えば俺と会話しているのはアリサだけ。

 が、周りになのはやフェイト、アリシアやすずかがいるので合っていると言えば合っている。

 

「でもなんでそんなに詳しいの、大智?」

 

 アリシアが納得できないのかそんな質問をしてきたので、俺は普通に答えた。

 

「連絡取ってるから。あと、普通にこっち来て仕事やってるし」

「ええ!? いいなぁ」

「俺が暇だからな」

「大智らしいね」

「そうだね」

 

 と、ここでなにやらのんびりとした空気が流れそうだったので、「さっさと風呂入りに行こうぜ」と尻を軽く叩きながら立ち上がる。

 

「そうだね。なのはちゃん達のお話もゆっくり聞きたいし」

「積もる話もあるしね」

 

 賛成するようにすずかとフェイトが言うと、アリサが「ほらみんな! お風呂入りに行くわよ!!」と指示を出した。

 その指示を受けた雄樹たちは集まり、それを見たアリサが「それじゃ、タオルとか持っていきましょ?」と事態を進行させていった。

 

 

 

 

「うわぁ」「おっきいね……」「そうだね……」

 

 スーパー銭湯についてアリシア、なのは、フェイトが真っ先に感想を漏らした。そんな感想を聞きながら、俺はさっさと建物に入る。

 

「そういや一階が吹き抜けだったか……」

 

 建物の中を見て俺はここの構造を思い出した。

 二階建てで、一階が風呂、二階が休憩がてらの商業施設というものだった。入ってすぐが吹き抜けになっているので天井までの距離があり、そのお蔭か広さをさらに強調している。

 

「さっさと風呂入るか」

『ここは待ちましょうよ』

「いやもう来てるだろ」

 

 現在フロントを通り過ぎて(フリーパス持ち)脱衣所にいる。ナイトメアは防水完璧なのだが、こんなものを持ち込む必要がないので外す。

 

『ちょっとマスター!? 外さないでくださいよ!!』

『目立つ』

『えぇ!?』

 

 さっさと服を脱いだ俺はナイトメアの言葉を無視してタオルを肩に乗せて風呂場に向かった。

 

 普通に体を洗っていたところ、ようやくなのか雄樹達が入ってきた。

 石鹸の泡をお湯で流しながら「遅かったな」というと、「お前が早すぎるんだよ!」と元一に突っ込まれた。

 

「いや普通だろ」

「そうだったな……お前には常識関係ないんだったな」

「いや、一応持ってるぞ」

「一応だろ、一応!」

 

 風呂場なのに叫ぶと、元一は俺の隣に座って体を洗い始めた。

 その様子を横目で見ながら頭を洗い始めると、俺の右脇に座っていた裕也が「そういや元一。お前明日休めるのか?」と訊いた。

 

「あ? ……明日は料理本の握手会だから無理だな」

「……どうしよう。元一が有名人の道歩んでる」

「本人が望んで歩んでいるのだから問題はないよ、雄樹」

 

 いつの間にか俺の両脇に固まっていた四人……四人?

 

「エリオは女子風呂か?」

「ん? ああ。本人は顔を赤らめて抵抗してたが、助ける気がなかったから任せた」

「裕也、着実に大智の道を辿ってるよ」

「見過ごしたのは雄樹も一緒だろ」

「……まぁ、外の露天風呂が混浴になっているからそこから来れるさ」

「服は女子更衣室だがな」

「「「「あー」」」」

 

 カポーンと桶の音が響き渡るほど静かな風呂場(男子)。女子の方の声は聞こえないが、そのように設計したので問題はない。

 

 横一列で風呂に入った俺らは、壁に腕を載せながらまったりしていた。

 

「しかし静かだね」

「完全防音にしたからな」

「ここ設計したの大智だし」

「え!?」

 

 驚く雄樹に俺は顔を上げて天井を見ながら「まぁな。裕也が持ってきた仕事だから」と言っておく。

 

「いやいやいや。資格とかどうしたのさ?」

「とった。高校三年の時に」

「最年少で取ったって騒がれてたよな」

「その次の試験で僕も取ったけどね」

「しかも二人とも満点だぜ? もはや何も言えないだろ」

「うん……そうだね」

 

 呆れたもの良いの元一に賛成するかのようにため息をつく雄樹。その二人に、俺は今思った疑問をぶつけてみた。

 

「お前ら結婚するの何時だ?」

「「ぶふっ!!」」

「あ、それ俺も気になるな」

「僕も多少気になるね。婚約したということは近いうちに結婚するだろうし、八神さんと雄樹の付き合いはそれこそ十年来。いつ結婚してもおかしくはないと思うからね」

「え、い、いや、それは……互いの気持ちが……」

「僕達はほら……仕事で忙しいから……」

 

 段々と声を小さくして答える二人。それに対し俺達は顔を見合わせてから二人に迫り、こういった。

 

「「「そんな言い訳良いからいつ結婚する予定か答えろ」」」

「いやなんでだよ!?」

「そ、そうだよ!!」

「いや」

「だってなぁ……」

「大智や僕達より先に結婚が見えるのが君達だからね」

 

 そう力也が言うと「「やっぱり……」」と二人は肩を落とした。

 

 が、俺は午前中からどこかおかしい奴がいたのを知っているので、付け足した。

 

「……まぁ、それより早く裕也がありえそうな気もするがな」

「なっ、何言ってるんだ大智。お、俺がそんなわ…」

「「なんだって!?」」

 

 防音のお蔭で女子達に会話が聞かれることはない。そればかりは感謝すべきだろうと思った俺は露天風呂に入るために立ち上がり、「ま、詳しくは知らん」と言い残して風呂から上がった。

 

「大智待てお……」

 

 無視だ無視。

 

 

 露天風呂に入る。いうだけあって空はきちんと見えている。月が綺麗である。

 寒いわけではないがそそくさと湯船につかると、先客が驚いていた。

 

「だ、大智君!? あ、こ、こっち見ないで!!」

 

 特に視線を声がした方へ向けずに空を見上げ声の主に言った。

 

「見てないから安心しろ、なのは」

「……それはそれで傷つくよ」

 

 そう呟いたのが聞こえたと思ったら、ゆっくりと俺がいる隣まで近づいて座ったのが分かった。

 肌と肌が触れ合いそうになる距離のせいか鼓動が早くなってきたなと冷静に緊張状態を分析しながら若干上ずった声で「離れろよ」というと、「嫌だよ」と即答された。

 

「だって大智君。自分から近づいてきてくれないじゃん」

 

 それはまさにそうなので言い訳が出来ない。

 他に言うべきことも見つからなかったので俺は聞いた。

 

「変わってたか? 俺達の故郷は」

 

 そう言うとなのはは「ううん」と否定してから続けた。

 

「少しは変わっていたけど、やっぱりみんな変わっていなかった。でも大智君がお世話になった警察官とお姉ちゃんが結婚しそうだという話を聞いた時は驚いたけど」

「その話を切り出そうとするたびに事件で有耶無耶になってるから延びてるんだ。そうじゃなかったらすでに結婚しててもおかしくなかったと思うぞ」

「えぇ! そうだったの!?」

「ああ」

 

 そう言うとなのはは「そうなんだ……全然気づかなかった」と呟いた。

 家にほとんど帰らなかったらそうなるだろうなと思ったが言わないでおくと、「ねぇ大智君」と声をかけられたので空を見つめたまま返事をする。

 

「なんだ」

「大智君はこれ終わったらどうするの? 管理局辞めるの?」

「ああ。元の仕事に復帰する」

 

 内心で俺が(・・)生きていたらな(・・・・・・・)と付け足しておく。

 

 それに気付かない彼女は「やっぱりそうなんだ」と呟いてから何かを決意したのか「こっち……向いてくれるかな」と言ってきたので顔をそちらに向ける。

 当然なのはは裸で入っており、見えてしまっているのだが、それで興奮するほど俺は人間になっていないようだ。感慨も何もない。

 

 ジッと見つめる。彼女の次に話す言葉を待っているために。

 

「……あのね」

「……」

「……」

「?」

「やっぱり無理!」

 

 そう言って思いっきり顔を背ける。それを見た俺は何をしようとしたのかを推測してから「なのは」と名前を呼んだ。

 

「……何?」

 

 背中をこちらに向け、顔だけを向けて訊いてくる。

 それを見た俺は近づいて身体をこちらに向け、なのはの唇に俺の唇を重ねた。

 

「!!? な、だ、大智君!?」

 

 一瞬で唇を離して距離を置くと、なのはが顔を真っ赤にさせて俺の名前を叫ぶ。それを見ながら、「これがしたかったんだろ?」と軽く言う。

 

「そ、そうだけど! なんか……考えていたのと違うよ!!」

「人生考えた通りになるわけじゃないぞ。俺だってファーストキスだ」

「……もう!」

 

 そう言って頬を赤くしながらも笑みを浮かべるなのは。

 その場の雰囲気に流されてやってみたものの、なんでこんなことしたんだろうかと内心首を傾げた。

 けれど自分が彼女の事を好きだという認識が出来たのでよかったのだろうか。

 

「わ、私もう上がるね!」

「ああ」

 

 のんびりと思考していたらなのはがそう言って小走りに戻った。

 それを見ずに空を見上げていた俺は、自分の中の【力】が湧き出そうになるのを感じ取って目を瞑って歯を食いしばり抑え込む。

 

 …………ふぅ。

 抑え込めたのでため息をつく。そして俺は風呂を上がることにした。

 

 

 

 

 

 諸々の追及から逃げて先にあがった俺は、自分の感覚が以前より鋭くなっているのが分かった。

 そのおかげで、この世界に来ている別世界の奴を見つけることができ、悟られる前に行動することができた。

 

「どうしたスライム」

「……」

 

 河川敷で佇んでいるスライムに声をかける。すると俺の方に触手を飛ばしてきた。

 

 よく観察する。と、その中に光るものが見えたので手を差し出す。

 スライムはその触手の中のものを俺の手に出した。

 

「これは……レリックか」

「……」

「なるほど。お前達の世界にあったから届けてくれたと。ありがとうな」

「……」

「? 前と雰囲気が変わってる? そうか……そう感じるのか」

 

 スライムと会話しているという奇妙な光景を他者が見たら絶叫モノだろうなと思いながら「ありがとな」と言って片手で(・・・)スライムを元の世界に返した。

 

『…マスター?』

「どうした」

『どうしたんですか?』

これが(・・・)完成してしまった(・・・・・・・・)俺なんだよ」

『それってどういう意味なんですか?』

 

 ナイトメアの質問に俺は答えず、軽くジャンプして空気を蹴り銭湯へ戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まぁ普通にばれたよな。俺がなのはにキスしたこと。迫られた時は羞恥心で逃げたが。




今後ともよろしくお願いいたします。

そして、お読みいただきありがとうございました。


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135:ホテル護衛

七年(内一年は更新停止)になろうとしています。

今年中にこの章終わらせる努力します。


 スーパー銭湯でのキス騒動の翌日――つまり、地球から戻ってきた俺達。

 恨めしそうな視線を受けながら帰ってきた俺だったが、のんびりしていられなかった。

 

「まさかホテルの護衛をするなんてな……」

『でもどうして外に来たんですか? 中でなのはさん達と一緒に居ればよかったんじゃないですか?」

「……どうにも、恥ずかしくてな」

『え?』

 

 ホテルの屋上で風に当たりながらホテル周辺及び内部の人の動きを感知しつつナイトメアと喋っていると、ナイトメアがすっときょんな声を上げた。

 

 俺の近くには誰もいない。下にヴィータとティアナがおり、残りのなのはたちが内部にいる。地下にシグナムとエリオ、キャロルにザフィーラが一緒に行動している。

 

 なぜ俺が個人なのか。それは、俺が万能だというのもあるが、俺個人が願った結果である。

 理由は単純。ここいらで俺自身をここから退場させようと考えているからである。

 

 いや、自己犠牲の精神でもこれ以上任せられないという訳ではない。

 

 あの日――なのはとキスをする辺りから、俺の『人間』になれていた部分が一気に塗りつぶされてしまったためである。

 そのこと自体は別にいう必要もないので彼女達に言っていない。ただしこの任務の移動中に親父からメールで『とうとう来ちまったか…』と送られてきた。

 

 いずれ来るだろうと分かっていたのだからそれほどショックではないようだが、その文面に悔しさが感じ取れた。

 

 つまり俺は『長嶋大智』という『人間』ではなくなり、何の役割もない真っ新な『神』となってしまった。

 

 どうして神になれたのか。その予想はできるが、それが正しいかどうかは分からない。

 それに関しては掘り下げる意味など存在しないため今はしないが、説明を求められれば開示しようと考えてはいる。が、会うことがあるかどうかわからない。

 

 神格を持たない神ほど厄介なことはない。故に無暗に力を振るうことを禁じられているのが習わし。

 しかしそのような状況に等ここ数千年なかっただろうなと思いながらぼんやりとしていると、念話が届いた。

 

『あー大智? 外の様子はどう?』

『現在敵影なし。そちらはどうだ』

『こっちも特に異常なし』

『そうか』

 

 そうこうしている内に建物内部で何かが始まったようだ。何やら内部の気配が慌ただしい。

 一人一人が手に取るようにわかってしまうのは前世もそうだったなと思い返しながらため息をつき、ゆっくりと立ち上がる。

 

「さて」

 

 念話は切ってある。もうすでに行動に移せる。あとはもう、どの程度まで俺の行動が許容されるかという点を残すのみ。

 

「今までありがとうな、ナイトメア」

『え?』

 

 気の抜けた返事をするナイトメアを腕から外し、空中に投げて透明な箱で囲う。

 

『マスター!?』

「もう俺には必要ないんだお前は」

 

 悲痛な叫びに聞こえたが俺は無視し、落ちてきた箱をキャッチしてポケットに入れる。

 

 これでもう邪魔するものはない。後悔は出てくるだろうが、そんなものは今考えるべきではない。

 

 確認できる敵対人物を把握した俺は、槍を手に出現させて握り、森の中に思いっきり投げた。

 

 さぁやろうじゃないか、狂人ライカ。

 

 

 

 

 

 

 

*……視点

 

 ――最初に聞こえたのは耳がつんざくような爆撃音だった。

 

 それを起こしたのが誰であるか知らないホテル内の他の機動六課のメンバーは、パニックで逃げまどい始める人たちをどうにか落ち着かせていると、外の警護をしていたヴィータから念話が届いた。

 

『おいみんな! 大丈夫か!?』

 

 代表してはやてが『大丈夫や』と返事をすると、『こっちはさっきの衝撃か知らないが、ガジェットがわいてきた!』と報告してきたので「なんやて!?」と思わず声を上げる。

 フェイト達も混乱する状況の中での出現に戸惑う。

 

 そのままはやてが念話の続きをしようとした時、別な声が聞こえた。

 

『割り込み悪い。が、俺には時間がない。手短に言おう。さようなら』

 

 たったそれだけ。一方的な言葉に怒鳴り返したが相手は一向に反応しなかった。

 

 ――その意味に気付いたのは、やはり彼を好きだったからだろうか。

 

「――どうして」

「なのはちゃん? それに……フェイトちゃんもどうしたん?」

 

 俯く二人に訊ねるはやて。その二人に代わり、雄樹は答えた。

 

「大智はもう管理局からも、僕達の前からもいなくなるつもりだ」

 

 その言葉に、はやては驚愕した。

 

「な、なんやて!?」

 

 

 

 

「……危なかった」

「なんだ今の」

「本当危なかったねぇ。マキナ様様だね」

「茶化すのはいい……ここを任せる」

「はいよ」

 

 軽く返事をする女を一瞥したマキナは、興味がなくなったのかそのまま消えた。

 それを見送った彼女は召喚陣を起動させている少女の近くにいる男に話しかけた。

 

「さて、さっきの質問に答えるとするとあれはこの位置がばれた証。あんなの直撃したらここにいる人間全員百回死んでもお釣りがくる威力だったんじゃないかねぇ」

「……なんだと?」

 

 男は怪訝そうな顔を浮かべる。それを見た女は笑いながら彼――召喚魔法を発動させている少女の近くに現れた大智に「そうだろ?」と確かめる。

 

「ああ」

「!?」

 

 ボロボロのマントを身に着けた男は驚いて振り向き迎撃態勢をとろうとしたところ、誰もいなかった。

 

「遅いぞ“旦那”」

「!!」

 

 声がした方へ勢いよく振り向く。すると彼は木の上に立って彼らを見下ろしていた。

 旦那と呼ばれた男が混乱している中、「久し振りじゃないかい大智」と獰猛な笑みで女は声をかける。

 それに対し大智は鼻で笑い「わざわざ世界を跳んで戦いを望むか“狂人”。平和になった世界はやはり行き辛いか?」と挑発する。

 

「まぁねぇ。戦争やってた頃はよかったよ。どこへ行けども戦いがある。だけど最近じゃそんなものもなくなっちまった。そのせいで渇きが治らないんだよ……ってことで、早速はじめようじゃないか“人外”」

「その腕が鈍ってたら瞬殺してやる」

「そっちこそ平和な戦いでふぬけたことしか出来なかったら殺してやるよ」

 

 その言葉を皮切りにまき散らされる殺気。傍観せざるを得ない男がそのまま立っていると、大智は地面に降り立って両手に刀とロングソードを構える。

 それを見た狂人と呼ばれた少女は腰に身に着けていたホルスターから銃を、背中の鞘から大剣を抜いて同じく構える。

 

「「……」」

 

 互いに集中して相手の出方を窺う。その隙に逃げられるのだろうが、男は召喚陣を起動させている少女への配慮か逃げ出さない。

 

 勝負の始まりは大智の一言からだった。

 

「死ねライカ」

「死ぬのはあんたの方さ」

 

 そう言葉を交わした直後。彼らの身体がぶれたかと思うと鍔迫り合いに持ち込まれており、そのすぐ後に衝撃波となって空気が吹き荒れる。

 

「ぐっ」

『おいヤバいって旦那! このままじゃ巻き込まれて俺達も死ぬぞ!!』

 

 空気の衝撃波に耐えていると彼の頭の中から声が聞こえた。

 それに対し何も言わずに踏ん張っていると、こんどは距離をとってから互いに蹴りで相殺し再び空気の猛威が吹き荒れる。

 先程と同等の猛威に晒されながら耐えていると、「邪魔だよゼストたち! さっさと中断してここから逃げな!」と叫び声が聞こえた。

 

 それと同時に鳴り響く剣戟と銃声。その一つ一つの動作は視えない代わりに風の刃をまき散らしていく。

 ゼストと呼ばれた男はそれらを避けながらライカの言葉に従うことにし、いつの間にか気絶していた少女を抱えてこの場から駆け出す。

 

 その場からいなくなったことをも確認せず、彼女達はさらに加速させていく。

 

 

 

「……な、なんだあいつらは」

 

 倒れ込んだ少女を抱きかかえながら森の中を奔るゼストと呼ばれた男。

 咄嗟につぶやいた彼の脳裏には、先程の瞬間が焼き付いていた。

 

 目が追い付かないほどの速さと、鍔迫り合いに至った時の衝撃波。

 そのどれもが体験したことがない領域。英雄と呼ばれた彼でも、流石に驚きを隠せなかった。

 離れろと言われおとなしく離れたが、一体どこまで行けば安全圏なのだろうと足を止めて不意に考えたその時。

 

 彼が目的の一つであった彼女の声を聞いたのは。

 

「こんにちは、ゼスト。元気そうね、娘は」

「なっ……メガーヌ!? 生きてたのか!」

 

 驚きで声を上げるゼスト。それに対してメガーヌは娘と呼んだ少女を一瞥してから「私ってやっぱり死んだことになってるのかしら」とゼストに訊ねる。

 あまりにも冷静なその質問に面食らう彼。しかしながらなんとか「いや、行方不明となってる」と返す。

 

「あなたはどうかしら? ある情報筋からだと死亡したという事だけど?」

「…………」

 

 唐突な確信を持った言葉に彼は動揺する。その間にも大地は揺れ、爆撃音が響き渡る。

 そのまま黙っていると、メガーヌはため息をついて「だんまりということは合ってるのね」と言い、続けた。

 

「まぁいいわ。ルーテシアが生きているのだもの。あなたに任せるわよ」

「なっ……君の娘だろ! どうしてだ!!」

「今会うべきではないから……というのもあるけど、自分で探してほしいのよ。かわいい子には旅をさせろって言葉の通りに」

「……」

 

 その眼に母親としての愛情が込められているのを悟ったゼストは、深くため息をついて「変わったな君は」と呟く。

 

「確かに変わったかもしれないわ。けれど、それがダメなわけじゃない」

 

 そういうとメガーヌは背を向けて歩き始める。ゼストはそれを止めない。

 

「ああ、そういえば」

「なんだ」

 

 何かを思い出したのか立ち止まって呟いた声に反応すると、彼女はサラリと言った。

 

「復讐は考えてもむなしいだけよ」

「!」

「それじゃ、あなたの手で私のところへ来てくれることを祈るわ」

 

 驚くゼストに彼女は振り返って微笑み、今度こそ森の中へ消えた。

 陽炎のような消え方をした彼女の後を見つめていたゼストは、音が段々近づいてきてることに気付き、再び距離をとることにした。

 

 

 

 

「おーおー周りに配慮してるんだかしてないんだかわかんねぇ戦いだな、あいつら」

 

 ズドン! バゴン!! と音が響き渡る光景を見ている八岐大蛇は腕を伸ばしてから息を吐き、「いいねぇまったく」と羨ましそうにつぶやく。

 

『大蛇。出番』

「ん? ……ああはいはい。行けと。了解了解」

 

 もう少し見ていたかったなと後ろ髪引かれる思いで彼はその場から消え、次の瞬間にはなのはたちの目の前に現れた。

 

『転生者は行動できない』

 

 どこからか声が響き渡る。一体どういう事だと彼らが訝しんでいると、大蛇は雄樹を指さして「グッナイ」と笑う。

 

 効果はすぐさま現れた。

 

「あれ?」

「え?」

「雄樹? どうしたんや雄樹!!」

 

 何の前触れもなく雄樹は倒れ込み、動く気配も言葉を発する気配もなくなった。それを見た彼女たち――特にはやては慌ててゆするが、動かない。

 

 それを見た大蛇はマキナの能力も面倒だよなと思いながら「大丈夫大丈夫。死んではいないから。文字通り動かなくなっただけ」と言っておく。

 

 彼女達はこちらを見て、彼は更に続けた。

 

「言っとくけど俺じゃないからな、やったの。まぁ放置しておけばそのうち復活するから」

「そんなこと言うて納得すると思うた……?」

「あなたが誰か知らないけど」

「敵ならここで捕まえます」

 

 そう言ってバリアジャケットを展開しそれぞれ構える。

 それを見た大蛇は爬虫類特有の先端が少し分かれた舌を出してから「いいねぇいいねぇ。こういうのもあるから楽しいんだよ」と言った瞬間。

 

 彼女達と大蛇の間に上から人が降ってきた。

 

 それはただ叩きつけられたというのではなく、吹き飛ばされたと言っても過言ではない勢いのつき方。

 降ってきた人はすぐさまそのまま床をぶち抜いて下に落下し、その後も音が響き渡る。

 四人があっけにとられていると、それを追うように人影がちらっと見えた。

 

 その人物は影でしか三人は視えなかったが、大蛇だけは完全に見えていたため口笛を吹いてからバックステップで距離をとる。

 

 それを見たフェイトは「待って!」と言ったが、大蛇は鼻で笑って「残念だが、俺はあんた達とは遊べないでな」と言い、景色に紛れるように姿を消した。

 

 それに動けなかった彼女達は、次いで上から降ってきたガジェット達に対処するため武器を構えた。

 

 

 

「さすが大智だねぇ! 一向に衰えた様子がない!!」

「ふん。混ぜてまで強者を求めたお前はどうなんだ」

「さすがだねぇ。分かってたのかい」

 

 先程大蛇達の目の前で落下し、現在地下の駐車場で鍔迫り合いから互いに距離をとってのにらみ合いに発展した大智とライカ。

 

 淡々と事実を述べながら右手に持ったロングソードの剣先を向ける大智に対し、この状況が心底楽しくてたまらないのか大剣を舐めるライカ。

 

 現在の駐車場の有様は悲惨の一言に尽きる。叩き落されて物の数秒で止められていた車はすべて壊れ、駐車場の柱は折れてはいないがボロボロ。後何度もしないうちに壊れるのは目に見えている。

 だが、それでも彼らは場所を変えようとしない。

 

 睨み合いながら距離を、思考を、隙を盗もうとしている。故に場所などの些細なものなどこの二人には興味がない。

 

 じりじりと動きながら、ライカは言った。

 

「そういえばさっきあんたが大事にしてる奴らがいたねぇ」

「そんな暇があるのか」

 

 その言葉を皮切りに動き出した大智。それを見たライカは持っていた銃を右に向けて発砲するが、大智は後ろから姿を現し刀とロングソードで背中を切りつける。

 

「ぐぅ!」

 

 切られたライカは前のめるが踏ん張り、大剣で後ろをなぐが消える。

 手ごたえがないのが分かり切っていたのかライカはそのまま振り回し、一回転してからその場から消える。

 

 続いて響き渡る剣戟と銃声。火花や銃弾の穴がまき散らされているのを視覚出来るのは置き去りにされた音と同時。

 

 ライカの方がボロボロになりつつある中、一向に無傷の大智は高速で攻撃をしながら「よく持ったな」と呟く。

 

「ふん。嫌味かいそれは」

「素直な感想だ。昔だったら半分で終わっただろ」

「ふっ。まさか覚えてるとは、ね!!」

「もう終わり、だな」

「はっ。そんなこと言ったって終わらせな……!!」

 

 大智の宣言を覆そうと攻撃を繰り出そうとかまえたライカは、瞬間思いっきり距離をとった。

 

 が。

 

「さらばだ”狂人”。お前に構っている暇はない……穿て疑似(レプリカ)神槍(グングニル)

「だぁぁっぁぁ!!」

 

 距離など関係などないように大智は光り輝く槍を投げる。

 それを受けたライカは大剣で防ぐが、次第に大剣に罅が入る。

 それをみていた大智はもう興味がなくなったのかその場から消え失せており、残ったライカは槍を防ぎながら叫んだ。

 

「最期の最後まで大智らしいねぇ全く! けど気をつけな、うちらのボスはもう……!!」

 

 最後まで言わず、彼女は槍に飲み込まれた。




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136:さよならと加速

「ははっ。いいねぇいいねぇ! あっという間に終わりに近づいちまったぜ!!」

 

 大蛇は空で現状を眺めながら嗤う。

 眼下に広がるのはガジェットが爆発していく光景。ホテル自体は崩壊しかけており、次何かあったら崩落するのは間違いないだろう。

 

 誰がその惨状を作っているのか知っている大蛇は一通り笑ってから、ある人物を見かけたのでそこへ降りることにした。

 

「よぉ旦那。彼女の娘抱えてここから逃げようってのかい」

「……お前」

 

 ゼストは目の前に現れた大蛇を見て歯噛みする。この力が支配する現場から彼女を連れて一刻も早く脱出したい気持ちが裏切り行為に当たるのだろうと予想して。

 

 しかし大蛇はそんなことを考えている彼に「あーいや。別に逃げるなって言ってる訳じゃねぇんだ」と言い出したので混乱する。

 

「別にお前さんが今ここでいなくなったって俺達が困るわけじゃないし、そもそもうちのトップはそういう事に興味ない。だから別に裏切り者だと言って殺すことはない」

「……だったらなぜ引き止める」

「ん? いや、このままいなくなられると教えたいものも教えられなくなるからだよ」

「何?」

 

 怪訝な表情を浮かべたゼストを見て、大蛇は笑いながら「ほら、復讐相手の事」と言った。

 

「今この場にいる娘の親と同じチームだったあんたの、さ」

「!!」

 

 驚くゼストに大蛇は「驚くことじゃねぇよ。俺達神様だぜ? 何でも知ってるに決まってるだろ」と言ってから「まぁそれも正史の話で、この話は知らんがな」と付け足す。

 

「どうする? 知りたきゃ教えるぜ?」

「そうだな……」

 

 言われてゼストは熟考する。

 

『どうすんだよ旦那』

『……』

 

 彼の頭の中に響く子供の声。それを聞き、なおかつ黙っていると大蛇が「まぁするもしないのそっちの自由。約束に関してはちゃんとするのが神様だからな」と返事を待たずに言い出す。

 

「あんたの復讐相手はジェイル・スカリエッティという餌を出したレジアス中将辺り……というのもあるがもっと根深いところを答えるならば管理局を造り、なおかつ未だに君臨している三人」

 

 唐突の言葉にゼストは驚き大蛇を見る。彼は、何ともないと言わんばかりに続ける。

 

「まぁぶっちゃけるとその三人はうちのボスにこんなことが始まる前に殺されているんだけど。いやー脳だけで生きていると言えるのか甚だ疑問だが、そこまで生きたいのかね」

「……殺した? あの奴らをか」

「別にどうってことないだろ? 神様(俺達)なんてそんなものだ。この世界に住む奴らなんて本気出せば一人を除いて塵芥にできる」

 

 そう言ってニヤリと笑う大蛇を見たゼストは、冗談でないことに気付く。

 今更ながらに冷や汗を流していると、「まぁこっから先は好きにすればいい。もう縛られることはない」と大蛇は背を向けながら言った。

 

「……どういうことだ」

「正史なんてクソくらえ。この世界はもはやどう向かうか予想が出来ない。だったら、あんたが復讐を成し遂げて死ぬなんて惨めな終わり方しなくたっていい」

 

 そんなのは個人の自由だから俺は特に何も言わねぇよ。そういうと大蛇はフラフラと歩きだし、すぐさま姿を消す。

 残されたゼストと彼が抱きかかえているルーテシアは、その場に留まった。

 

 暴力という猛威がふりまかれている範囲内で。

 

 

 

 

「……まさかこのために『とっておいた』なんて」

「別に。お前でも大蛇でもどちらでもよかった。ただ近くにいて、危害を加えるのが分かったから相手にしただけだ」

 

 気だるげな少女は持っている本を閉じて放り投げ、代わりに出した鎌で攻撃しながら相手――大智に話しかけ、大智は全身から『何か』を放出しながらその攻撃を捌きつつ返事をする。

 

 二人は移動しながら攻撃をしており、時折通り過ぎた際のガジェットの破損が唐突に見えるので、キャロ達は驚くのだが全く気にしていない。

 

 そうして二人の勝負は続いていた。

 

「……棒に振る気、だね」

「棒に振るわけじゃない。これが俺の終着点であり、『答え』となる」

「……でも、彼女には勝てない」

「……」

 

 一体何を言っているのか分からない顔をしながら大智はいつの間にか自身の背中に浮かせている無数の刀から一振りを手に取り彼女の鎌を受け止める。

 

「神刀ノ壱・家具土」

「っ」

 

 受け止めた刀が大智のつぶやきとともに焔を纏ったのを見てマキナはおとなしく飛び退く。直感で危険だと判断して。

 距離をとった少女――マキナだったが、大智はその刀を腰の方に回しそのまま居合い切りと同じ要領でその刀を振り抜く。

 その結果焔は命を吹き込まれたかのように伸び、距離をとったマキナの場所まで届いた。

 

 反射的に鎌で防ぐ。だが質量を、意思を持った焔はその鎌を避ける。

 

「!?」

 

 予想に反した出来事に反応が遅れたが、マキナは神壁でそれを防ぐ。

 その間に大智は詰め寄り、もう一振りの刀を大きく振りかぶって「神刀ノ弐・八大竜王」と呟いていた。

 

「細やかなる雨よ、我が敵を貫きたまえ」

「がうっ!!」

 

 回避行動が間に合わなかったマキナだったが、それも神壁で防ぐ。しかし、横薙ぎにされた刀の軌跡から現れた水は通り抜け、腕と腹部を貫く。

 片膝をつき、血が流れているのを確認した彼女は神壁があるのにどうして攻撃が通じたのか理解できなかったがこれだけは確信を持ってしまった。

 

 私はここで死ぬ。

 

 本来なら彼女自身この話に介入する気はなかった。最初から外れた世界を修正するのが面倒だったというのもあるが、見ているだけにとどめておこうと考えていた。

 

 そこから現在に至るまでのお話はまた別なモノになるため割愛するが、ともかく彼女はこの生涯が閉じるのを確信して目を瞑った。

 

 だが。

 

「……?」

 

 その瞬間が一向に訪れないため彼女は首を傾げる。

 それを見てからかどうかは知らないが、彼女の耳に大智のこんな言葉が聞こえた。

 

「……やめておく。これ以上は無駄な戦いだ」

 

 嘆息交じりの終戦宣言。

 それを聞いて目を開けたマキナは、「どういうつもり?」と質問した。

 

「もうガジェットの存在は消えた。偽神が現れたようだがそれも消滅。建物の損害はとてつもないが、誰も欠けることはなかったようだ……だから、終わりだ」

「そう」

 

 納得した様子を見せたマキナを見た大智は、背後に浮かせた刀を消してから「なぁ大蛇。最後に勝負しようぜ」と空に向けて話し掛ける。

 

「良いのかよ? もう(・・)

「後戻りはできん」

 

 姿が見えないのにそういうやり取りをした直後。

 

「いいぜぇ! 本気出してかかって来いよぉ!!」

 

 地面から出てきた槍みたいなものが大智の顎を突き刺した。

 

 ――ように見えた。

 

「当たらん」

 

 その直前に槍自体を根元から折っていたようで、片手で弄んでいた。

 

「牽制のつもりか。この程度で」

「いや思っちゃいねぇよ全く」

 

 そう言いながら森の中から出てきた大蛇。

 好戦的な目で大智を見ながら構え、「さぁ時間いっぱいまで楽しませろよ!!」と挑発しつつ突っ込む。

 

 一歩で肉薄した大蛇はさらに一歩踏み込み、ジャンプして背後をとろうとするが、後ろに目があるのか考えが読まれていたのか大智は振り返りからの左回し蹴りを繰り出す。

 それを空中に留まって回避した大蛇は続く右上段蹴り…と見せかけてのひじ打ちに対し踵落としで腕を狙う。

 

 が、大智はそれすらもブラフに使い踵落としが当たる寸前で肘を戻し、その勢いで腰まで回した掌底を当てる。

 

「ぶっ飛べ!」

「ふっ!」

 

 腹部に直撃するはずの攻撃を大蛇は咄嗟の判断で左腕で受け止めるが吹き飛ばされる。

 左腕が盾となり、からだ全体の直接的ダメージには至らなかった。と自己判断しながらも、木に叩きつけられた衝撃で肺の空気を吐き出す。

 

 それからノロノロと起き上がり、左腕が使い物にならなくなったのを理解した大蛇はその腕を自分で切り飛ばし力を込めてもう一度生やした。

 

「ってててて……まぁ楽しいからいいけどよ」

 

 嬉しそうに呟いた彼は左腕を自分で潰し「さぁこっからだ!!」と叫ぶと同時に両手を合わせる。

 

「させるか」

「っと、やっぱ近くに居やがった、か!」

 

 突如として攻撃してきたのをすんでのところで避ける。避けながら、彼は指を鳴らす。

 

 瞬間、大智の動きが固まった。

 

「へっ。マキナの拘束は解けても俺のは解けないだろ?」

 

 そう言いながら両手を再び合わせる大蛇。その表情には笑みがこぼれている。

 対し大智はいつもと変わらない無表情。ただし口角が少し上がっていた。

 

「試してみるか?」

「あ?」

 

 怪訝そうな顔をする大蛇に対し、大智はただ目を瞑って「我縛られず」と呟く。と、同時に肉薄する。

 

「ハァ!?」

「食らえ!」

 

 驚きに染まった大蛇に対し大智は遠慮なく攻撃を加える。

 

 拳の連打から蹴り技で宙に浮かせ、そこからプロレス技で落とし、反撃される前に雷を落として焦がす。

 だがその程度じゃなんらダメージを与えられないことを大智は知っていたので追撃をしようと構えたところ、体の芯が揺さぶられた。

 

「!!?」

 

 思わず膝をつき、心臓の部分に手を当てる。

 段々と冷静になり、たどり着いた結論に息を吐いた。

 

もう時間かよ(・・・・・・)

「そのようだ」

 

 立ち上がっていた大蛇を見ずに返事をする。その声色にはどことなく切なさを含ませていた。

 

「……なのは達に会ったら」

「あ?」

「楽しかった。ありがとう……そう伝えてくれ」

「……ふん。神の名に連なる者として、見届けたものとして、その約束は果たしてやる。あと、代表して言わせてくれ……悪かった(・・・・)

「いや、別にいいさ。このおかげでこうして、ここに……ぐぅぅぅ!」

 

 倒れ伏し、胸をいきなり抑える大智を見下ろしてから大蛇は背を向け目を閉じて歩きながら呟いた。

 

「――本当、すまねぇ。まだ続くのに、よ」

 

 そう言いながら歩く大蛇の後姿は、どことなく――いや確実に寂しそうだった。

 

 

 

 

「……ふむ。こうなってしまったか」

 

 何かを感じたのか。仮面をつけた理事長は自身の部屋の椅子に座りながらそう呟く。

 

「――久し振り(・・・・)。そう言えばいいのかね」

ようやく(・・・・)見つけた(・・・・)

 

 

 ――理事長の目の前にいきなり現れた少女は、そう言って笑った。




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137:彼が消えた後

珍しく二回更新します。


「……久し振り」

「そうだな。わざわざ見つけるとは、やはり私を殺したいか」

「……うん」

 

 言葉にすれば簡単なやり取りの中、二人の間では何かしらが動いていた。

 

 それは空気だったり、目に見えない力だったり。ともかく二人の間では攻防が喋りながらも起こっていた。

 

「……死んで?」

「悪いが、私が死ぬことは今のところない」

 

 そう言った瞬間、理事長の首が吹き飛んだ……かのように見えた。

 

「な?」

「……」

 

 何も変わっていないその姿に少女はほんの少し首を傾げてからもう一度試す。

 今度は四肢がちぎれ、首が飛んだように見えたにもかかわらず先程から対面している格好、姿勢でそこにいた。

 

 少女は今度こそ首を傾げる。こんなおかしなことが起こる理由に心当たりがなくて。

 

「当然の帰結だと思って今日はおとなしく引いてくれたまえ。どうせ様子見のつもりだろ?」

「……殺す気」

 

 そう言って連撃を入れるが、理事長の姿は陽炎の如く揺れるだけ。

 これ以上やっても無駄だと悟った少女は背を向け「……必ず殺す」と怒気を孕ませた声を残して消えた。

 

「……やれやれ。時間の問題だが――」

 

 理事長は切り替えたのか入口に背を向け、息を吐いてから言った。

 

「――もう救済はできんぞ、長嶋。いかなる志願があろうとも、な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何もない空間。空間を認識できているというのに物も距離感も、音も、色も、匂いもないという中。

 俺はどこにつながっているのか分からない手枷と足枷に拘束されている。

 時間の概念がないだろうこの空間に気が付いたら繋がれていたので、あれからすぐさま繋がれたのだろう。

 

 どうせ誰も来ない場所だ。何をしたところで変わらないだろうに。

 

 まぁ仕方がない。そう割り切った俺は、静かに瞼を閉じることにした。

 

 

 

 

 

 

 

*……視点

 

「………」

 

 重苦しい空気が機動六課の基地にある食堂を支配する。

 誰も彼も口を開かず、ただうつむいているだけだった。

 

 

 現在ホテルの事後処理が終わり、帰投した彼女達はすぐさま食堂に集まり、ある報告をした。

 

 それはもちろん――長嶋大智の失踪である。

 

 正確に言うなら彼は失踪した訳ではないのだが、そのような事情彼女達が想像できるわけもなく、魔力反応がある時からプツリと切れたので終わってからその世界内を探していた。その結果を総合的に判断した結論を失踪と位置づけたのだ。

 

 というわけで、全員意気消沈している。

 

 そんな時だった。

 

『うわぁぁぁん、マスターァァ!』

 

 と雄樹のポケットの中から彼女達にとって聞き慣れた叫び声が頭の中に響いた。

 雄樹は慌ててポケットから取り出すと、やはりナイトメアだった。

 

『マスターのバカァァァ!!』

「ナイトメアも知らないの?」

『……って、あれ? なんで雄樹さん? あれあれ? 私マスターのポケットに入ってたはずなんですけど』

 

 そんな声を聴き、意気消沈していた空気は霧散したが、それでも謎が残ったため多少なりとも元気になった。

 

 口火を切ったのはやはりというか、はやてだった。

 

「さて。みんなも落ち込んでいたけどここらで仕舞いや。今からはここからの事について話そう」

『っていうかマスターは!? どこ行ったんですか!?』

「うちらも分からんのや」

『え』

 

 あっけからんと言われ二の句が継げなくなる。

 切り替えの早さがよくなったはやてはナイトメアの言葉を無視し、「ほな、話そうか」と切り出した。

 

「とはいってもうちらには大智がどこへ行ったのか探すことなど出来へん。大智の能力はその気になればうちらの目を欺けてしまうからな」

「それは分かってるけど! 大智君は私達に『さようなら』って言ったんだよ!! あの時と同じようにいなくなっちゃうのは……!」

「なのはちゃん。少しは落ち着いてな。うちらにはって言うただけや」

「え?」

 

 噛みつくなのはに対しはやてはそういうと周囲をぐるりと見渡してから言った。

 

「うちらより大智の場所を知ってるっていうたら、神様ぐらいしかおらんやろ?」

『!!』

 

 その言葉に全員がはやての方を見る。

 その驚き様を見て満足した彼女は言葉を続けようとしたところ――遮るように声が響いた。

 

「残念だが、今回ばかりは教える訳にいかないんだよ」

 

 全員声がした方へ向く。

 

 そこにいたのは、傷だらけの男――大蛇だった。

 食堂入口の壁に寄りかかっていた彼は壁から離れてから一歩で彼女達の中心へたどり着く。

 

 驚かれているのを無視し、彼は自己紹介した。

 

「俺の名前は八岐大蛇。今回敵役を途中までやっていた神様だ」

『!!』

 

 全員が思い思いに警戒する。が、雄樹とはやてだけは冷静に訊ねた。

 

「敵役って……そんな簡単にばらしちゃっていいんですか?」

「なんで大智の居場所教えてくれんのや」

「ちょっと待ってください八神隊長、斉原教導官! どうしてそんな暢気なんですか!?」

 

 スバルがそう絶叫すると、二人は顔を見合わせてから声を揃えて答えた。

 

「「だって過去形で自己紹介したから」」

『……』

 

 全員が絶句していると、大蛇は腹を抱えながら笑っていた。

 

「ふははははっ!! やっぱりスサノオの野郎の転生者とその恋人は呑み込みが早い! いやーマジ面白れぇ!」

 

 ひとしきり笑ってから彼は浮かべる涙を拭き、真顔に戻って「あーそんじゃ説明するわ」と言い出した。

 

 

「……つっても、どこから説明して納得してもらうかなんだが……まずあいつがそこにいる転生者と違うってのは分かってるよな」

「……確かに神様達と一緒にいますけど、私達と同じ人間ですよね?」

 

 大蛇の言葉になのはが首を傾げてそう言うと、「あれ、あいつから話聞いてないの?」と真顔で返ってきた。

 

「あいつ、元々人間じゃないんだぜ。神様の魂を封じ込めた、ただの人形だ」

『!!』

 

 聞きたくなかったのか、それとも信じられなかったのか、彼女達の間に激震が走った。

 それを感じ取った大蛇はどうやらあいつ言わなかったんだなと予測して欠伸をしてから続けた。

 

「正確に言うなら人間道に囚われた神様の魂の器として現れた何代目かなんだけどよ。元の神様と性格も身体的特徴もぴったり一致した極めてまれな器。あいつはそのせいで夜刀神に見つかって今に至るんだけどよ」

 

「まぁこの世界に転生したってことは人間としての生を受けられたってことだから別にさしたる問題はないんだが、最初の厄介事――ジュエルシード事件であいつは一度魂に乗っ取られた。それはもう今の説明で分かってるだろさすがに」

 

 そう言ってから彼は見渡すが、話の理解ができているのがそれほどいないことに気付き頭を掻いてから「あー簡単に言うとだな、あいつはお前達と関わることになった最初の事件で一度神様の魂をその身に宿していたんだよ。あいつがその場所に来たとき様子がまったくおかしいことに気付いてただろ?」と詳しく説明したところ、ようやく納得がいったというように頷きだしたので、内心頭を抱えてから彼は続けた。

 

「それでまぁ解決する時あいつは虚数空間に飲み込まれたんだが、あいつが宿していた神様の魂が呪縛から解かれた際に最後の力で病院に送り、あの事件は解決した。それであいつは完全に神様の力を失うはずだった……」

「……だった、ですか?」

 

 恐る恐ると言った風にフェイトが質問すると、大蛇はためらいなく頷いて肯定した。

 

「そりゃそうさ。あんときあいつの代わりに神様の魂が虚数空間に消え、そのまま普通の少年として暮らせる……と思っていた連中もいたぐらいだからな。けど、実際は」

「そうならなかった。原因に心当たりはあるんですか?」

 

 冷静に訊ねる雄樹に口笛を吹いて彼なりの称賛を浴びせてから「そうそう。原因としては虚数空間に消えたのもあるが、大元の原因としては転生前の世界で神格化されたからなんだよ」と答えた。

 

「本来魂というのは死亡したことで肉体から解放され、六道に振り分けられる。だがあいつの魂は厳罰のために人間道で永い時を過ごしていた……っていうのはまぁ現状に関係ない。問題は肉体が死亡するという消滅をもって魂が解放されるという事。虚数空間ではそれがない。あの空間は、例えるなら遠心分離機。遠心力を利用して物体を分けるようなもので、肉体が消滅する前に力そのものを奪われ、そのあとそこで肉体が消滅する。そのラグがあるから大智の器に神様の力が少し残った」

 

 まぁそれがなくても変わらなかったかもしれん。そう言ってから天井を見上げると、「それと大元の原因にどんな関係があるんですか?」と質問が来たので視線を戻して説明を続けた。

 

「少し残るぐらいなら別に問題はないんだ。だが神格化されたという事実がその『少し残る』でも問題になる」

「え?」

 

 首を傾げる全員に対し、大蛇は「いいか?」と前置きしてから説明した。

 

「神格化っていうのはな。一定の信仰があればなれるっていうのが常なんだが、『一定』っていう言葉が曲者なんだ」

 

「一定。それはある程度の数なんだが、その数というのは実のところ俺達も分かってない。ただ、あいつは転生前の世界での活躍で銅像とか建てられて語り継がれていた。その上、俺達が任せた仕事先でその住民からあがめられた。それが一定に認定されたんだろ」

 

「その結果何が起こったかというと、神様の力が自身の力として宿ってしまった。だからレアスキルに神様の力を自在に扱えるものが身についてしまった。ま、それを使ったのは闇の書事件が最初だが……その様子だと誰も気付いてないだろ」

 

 そう訊ねると、当事者たちは首を傾げた。

 その反応でだよなぁと思った大蛇は、それでも続ける。

 

「で、その際記憶喪失とかになったりしたがそこはまぁ置いといて、だ。神様の力が自在に扱えるという事実がすでに神様になるスタートラインに立ってしまったんだよ」

 

 本当に厄介なことになと吐き捨てるように大蛇は言ったが、この場にいる全員は理解できているのかいないのか分からないが黙り込んでしまった。

 そんな中、ナイトメアが『あの!』と念話で大蛇に声をかけた。

 

「どうしたナイトメア」

『神様になったら何か不味かったんですか!? マスターも自分で神様になったことに気付いた時悲しげでしたけど……』

「あーそれか」

 

 過去をさかのぼるように説明して来たけど『神様』そのものについて何も触れてなかったなーと自身の説明を思い返しながら思った大蛇は、ふぅと息を吐いてから近くにあった椅子に座り「大智が神様になった経緯はこれで分かったろ? それじゃ次は、ナイトメアの質問通り神様についての説明をするか」と言った。




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138:神の定め

「さて」

 

 ふっと微かに笑った大蛇は気を取り直して説明を始める。

 

「神様っていうのはまぁ世界創ったりとか英雄的行動をとったとかで一定のお前たち(人間)から信仰を得られた存在だ。で、だ……あー」

 

 急に言葉を濁しだした大蛇に全員首を傾げていると、「めんどくせ」と急に言い出した。

 

「やっぱり俺に説明役合わないっての! 大体傷だらけの俺を行かせるんじゃねぇ!!」

「敗軍の将が何言ってるんじゃ全く」

「あでっ」

 

 急に殴られて頭を押さえ、蹲っていると、隣にスサノオが現れた。

 

「自分から行きおってからに全く。その傷は自業自得じゃろ戦闘狂」

「黙ってろ天災」

「あ?」

 

 そう言って大蛇を睨むが、その周囲だけが恐れるだけとなった。

 それを見たスサノオは咳払いをしてから「大智は神様になり、その時に自分で力を使った。その結果あいつは『闇の牢』に閉じ込められたんじゃよ。だから何人にもあいつを探すことなど出来ぬし、わしらは探すことなく放置する。あやつが消えるその日までな」と説明した。

 

「本来なら詳しい説明をしたいのじゃが、もうそこまでする必要もなかろう。あやつに関してはもう忘れた方が――」

「出来ません!」

 

 スサノオの声にかぶせるように否定する声が聞こえたので全員が何事かと見たところ、なのはがテーブルを叩いて立ち上がっていた。

 

 それを見た彼はため息をつき、「やれやれ。一途というのはさすがにすごいわい」と言ったところ、アラームが鳴るより早く基地内の施設が爆発した。

 

『!!?』

 

 全員が立ち上がって現状を把握しようとしたところ、「もう、終わらせよう」という言葉と共に食堂が破壊の嵐に見舞われた。

 

 瓦礫の山になった食堂の前に降り立った少女は、すこしだけ食堂を見てから宙を浮かび「さようなら」と呟き、そして――

 

 

 

 機動六課のために存在した基地は、完全に崩壊して海に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 少女は海に沈んでいく基地を空から眺める。

 どうせ憎き神がいたのだから全員無事なのだろうと思いながら行動したが、久し振りに【力】を振るったせいか感覚がおかしい気がした。

 

「……『力』。探さないと」

 

 そうと決まればすぐ実行するのか、彼女は忽然と姿を消した。

 

 

 

 

 

「…………暇だ」

 

 手錠につながれた俺は何もすることがなくただ呟く。

 動くことも、食べることも、何もすることがない。

 現状どうなっているのかさっぱりわからないが、世界は一体どうなっているんだろうか。

 なんて考えたところで何もすることが――

 

「ん?」

 

 何かがいる。今まで気が付かなかったが、この空間には俺以外にも存在してる。

 

 なんで気が付かなかったんだと思いながら『何か』が存在している気配の方を睨んでいると、

 

 『黒』が、俺に向かってきた。

 

 

 

*――視点

 

「世界は常に不平等である。というのは、当たり前であるのが一般常識だと思うがどうかね?」

「誰に向かって言ってるんだ、釈迦」

「やめたまえ。私はその名を持ちえない罪深き存在だ、伊弉諾」

 

 どこかの空間。すべてが白いこの世界で、色を持つ二人が対面していた。

 

 仮面をつけ、白衣を身にまとう釈迦と剣を突き刺し飄々とたたずんでいる伊弉諾=竜一。

 

「つぅかマジで大丈夫か? 物語は終わっちまったんじゃないのか?」

「それはない」

「あっそ」

 

 あまりにも簡単に否定されたことに対し、竜一は肩をすくめてそっぽを向く。

 そのいじけ方に人間らしさを見た元・釈迦は「どうでもいいが、私の空間に勝手に乗り込んでくれないでくれ」と苦言を呈す。

 

「どうでもいいんだろ? だったら気にする事じゃねぇよ。釈迦。いや、こういった方が良いか?」

 

 そう言って言葉を区切る竜一に元・釈迦は思わず苛立たしげにつぶやいた。

 

「……何を言う気だ?」

「その反応するなら間違ってないってことだな。永劫輪廻尊の封印後すぐさま自分で戒律を破り同じ処遇を受けることとなった、悲しい神様。それがあんた――初代釈迦だ。えぇ? 自分の妻に復讐されてる悲しい夫よ」

「…………何時調べたのかね」

「んなもん葉山一族が生まれる前にはとっくに気づいてたさ。あの一族を造ったのはあんたで、一家離散させたのもあんただってことも」

「……そうか」

 

 そう言うと初代釈迦は徐に仮面を外す。

 次の瞬間、白い空間がすべて黒に塗り替わった。

 

「少し昔話をしよう。君達にとっても懐かしい、一組の悲しき昔話を」

 

 黒い世界の中、仮面を外した初代釈迦はそう言って何もない空間にまるでそこに椅子があるかのように足を組んで座った。

 

 

「へぇ。その当時俺は母さんに呪い掛けられて必死に頭下げたところだったからな。神様伝手でしか聞いたことがなかったんだが……まぁ話してくれるならいいさ。どうせ今回の件につながるんだろうから」

「……毎度思うのだが、伊弉諾のその軽さは些か緊張感を壊すぞ。少しは危機感を持ったらどうかね」

「べっつにー。大智自分で『闇の牢』行ったし、お前の奥さん先制攻撃で基地ぶっ壊しちまったし、これからどうなっていくのか分からないって」

「まぁ月読でもこの未来は分からなかっただろうし」

「尚更騎士団にいる未来予知ができる嬢ちゃんにも無理だろうなぁってか?」

 

 胡坐をかいて伊弉諾が言うので、「だろうな」と肯定してから初代釈迦は語り出した。

 

「永劫輪廻尊の魂を厳罰に処して百年と幾ばくかの月日が流れた時だった。私は処分を下した彼の魂がどう生きているのかを監視しながらこの世を眺めていたところ、とてつもない力の奔流を察知したので他に気付かれる前に自らその地に運び原因を探したところ、一人の少女が気を失っており、辺りにはなぎ倒された木々だけの現場に着いた」

「あれ? そんなことあったっけ?」

「伊弉諾はその時妻と喧嘩別れしそうになって慌てていただろ」

「あーその頃か」

 

 当時を思い出したのか遠い目をし出す伊弉諾に、息を吐いてから初代釈迦は続けた。

 

「彼女が着ていた服はボロボロだが、体に傷はなかった。その上、纏っている雰囲気が私達と同じだったことから治療と観察ということで彼女をその世界から運んだ」

「また慈悲深い釈迦が誰か連れて来たよなんて誰しも思ってたろうな」

「だろうな。そして私の住まいに暫くおいておくことにした。彼女はとても華奢だったのでな、栄養失調なのかもしれないと思って」

 

 当時を思い出したのか懐かしむような口調に伊弉諾は「あの頃は輪廻のことがあってしばらく外界から入れることに関しては否定的な風潮だったろうに。そう考えるとあんた、結構すごい事やってたな」と言う。

 

「実際やる必要もなかったことかもしれない。だがそれは、私の在り方に反していたのだよ」

「宗教の一番上ってのも大変だねぇ」

「まぁな。ともかく、その当時は色々あった後だったのでその子の件でしばらく住まいに籠って看病と観察を続けていた」

 

 そうだったのかと今更過去の事に関し頷く伊弉諾。彼は基本的に伊奘冉との問題しか起こしておらず、また年中その解決に追われていたので少しばかり事情を理解していなかった。

 

 まるで出来の悪い子供を相手してるような初代釈迦は「その間天国での裁きはゼウスに一任していたが、まぁそれで回っていたのだからそれほど忙しくはなかったのだろう」と付け足す。

 

 すべてが黒い空間の中、それでも彼らがいる場所だけは光があるのかはっきりと姿が見える。

 

 仮面を外した初代釈迦はもはや声からは想像が出来ないほどしわくちゃな顔立ちで、髪は当然坊主。袈裟ではなく白衣なのは罰を受けている身だと示しているからか。

 

 対し伊弉諾はいつも通りのTシャツジーパンで、長い髪を背中で一つにまとめているだけというファッションセンスの欠片のない恰好。

 動きやすければ問題ないのかこれぐらいしかないのか定かではないが、彼は胡坐をかきながらも目の前に刺さっている持参した剣を見つめていた。

 

 と、そこでふいに伊弉諾は思いついた疑問を訊ねた。

 

「そういやよ」

「なんだね」

「その少女って……結構美人だったのか?」

「ふむ。美人かそうでないかと問われると美人だったと断言できるが、どちらかというと可愛らしい顔立ちをしていた」

「ふ~ん」

「というか、今の質問の意味はなんだ?」

「いや、俺会ったことないからさ。どんな感じの子だったのかなと思って」

「……」

 

 はぁと黙ってため息をついていると、「そんでいつごろ目を覚ましたん?」と軽い口調でさらに質問する。

 それに対し「目が覚めたのは四日後。最初は何がどうしてこうなってるのか分かっていなくて慌てていたがな」と淡々と答える。

 

「そりゃまぁそうだろうよ」

「まぁ説得するというか状況を理解させるのに半日かかったがね」

「んで、何時したんだ、結婚?」

「それから十年経った日だ。そこにお前もいただろう」

「あ、そうだったけか? そこら辺は丁度母さんとの冷戦期間内だったから半分そっちに思考割いてた」

「お前達はよく喧嘩しているようだな……かくいう私も、そんなものだろうが」

「だろうな~。そんなもんに巻き込まれた大智達は堪ったもんじゃねぇだろう」

「おそらくだが、大智はすでに知っている。スサノオ辺りが漏らしただろうからな、あの時に」

「……闇の書ね。だったら納得だわ」

 

 そう言って欠伸を漏らす伊弉諾。話が長いことに嫌気がさしているのか、それとも元来集中力がないのか判断できないが、そんな事お構いなしに元釈迦は続ける。

 

「このような喧嘩になった原因は……私が彼女の正体に恐れをなしてしまったからだ。いくら仏と言えどもまだ人間の理性は残っていたらしい」

「あ? そんな様に全く見えねぇんだけど……ってか、あいつの正体って何だっけ?」

 

 首を傾げながら伊弉諾が質問したところ、じろりと睨んだ元釈迦は「あいつ呼ばわりはやめてもらいたいな。こうなってしまったが、未だに夫婦なんだから」と忠告してから律儀に答えた。

 

「彼女――今回のラスボスの正体。それは、”鵺”だ」




ご愛読ありがとうございます。


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139:それぞれの状況

「鵺……ねぇ」

 

 正体を聞いた伊弉諾は名前を吟味するように何度もつぶやいてから「しかしまた、かすりもしないやつと結婚したなぁ、おい」とため息をつく。

 

「好きになったのに名前が関係すると思うか?」

「そういって結婚したんじゃねぇのか、おい。それでこの状況って、あんたもバカじゃね?」

「……実際には少し違う。彼女が私を憎む理由、殺したがっている理由は知っている。私が結局彼女の正体を間近で見て彼女を封じ込めたからだ」

「……そんなこったろうと思ったよ」

 

 一気に冷めたのか目を細めてつぶやく伊弉諾。いつの間にか手に持っていた剣の柄を強く握りしめながら。

 その耐えている姿を見ながら初代釈迦は「殴りたいなら殴ればいい。私にはそれだけの責任がある」というと伊弉諾は「おもっくそぶん殴りてぇよ確かに」と答える。

 が、続く答えは神様らしいものだった。

 

「が、それでも大智が選んだ道だ。今更文句を言うのもこっちから助ける必要もない。だから殴らない」

「……そうか」

「ただし」

「?」

 

 いかにもな答えに何とも言えずにいると伊弉諾が付け足したので首を傾げる。

 

 そして彼は言った。

 

「あんたがそいつを封じ込めた本当の理由……そうなった要因。すべて話せ。いい加減あんたも解決しねぇと先に進めねぇだろうが」

 

 口角を釣り上げ、挑発的な笑みを浮かべながら。

 

 

 

 

「…………」

 

 目を開ける。確か俺は黒い『何か』に襲われて……どうなったんだ?

 この空間内に地面というものがあるのかどうかわからないが、俺は自分の無事を確かめてからため息をつく。

 このまま永久の時をここで過ごさないといけないのかと思うとだんだん苦痛に感じてくる。今になって後悔の気持ちがこみ上げてくる。

 

「くっそ」

 

 もう割り切ったはず。受け入れたはず。こうなることはわかっていたはず。

 だというのに思わず悪態をついたのは、『神』になったばかりということでまだ『人間』が残っているからか。

 そうやって悔いていたところ、俺以外の息遣いを聞いたので首が動く範囲で見渡し、見つけた。

 

 安らかに眠っていたその少女は金髪で、身長は130ぐらいだろうか。顔立ちがどことなくなのはに似ている。

 未練たらたらだなと幻覚を見てる自分にため息をついてみたが、気配や鼓動の音、すべてをその少女から感じ取り錯覚ではないことを知る。

 一体どしてこんなところにいきなり少女が現れたのだろうかと思いながら少し考察してみる。

 

 俺はこの空間にとらえられている。そのままボーっとしていたら黒い『何か』が急に襲ってきたので反射的に目をつむり……開けたところ、こうなっていた。

 

 つまり、黒い『何か』が俺の中の記憶で人物を形成したということになる。状況から推察すると。

 一体何だこれはと頭を掻きたかったが、あいにく鎖につながれているのでそれもできない。

 

「……どうしたものか」

 

 とりあえずこの退屈な空間で起きた珍事に関しては対処をしないといけない、か。

 

 

 

*斉原雄樹視点

 

 

「全員助けるのは骨が折れたわい」

「おー大丈夫かスサノオのじいさん」

「基地は完全に壊れたように見せたが、大丈夫じゃろ。ちょいっと傷は受けたがな」

 

 そういって腕にできた真新しい傷を見せるお爺さん――スサノオ。

 それを呆れ顔で見た青年――もうひと柱の神様は「まぁ腕に傷だけだったらいい方じゃね? 俺なんて腕吹っ飛ばされたんだぜ?」と吹っ飛ばされたらしい腕の方を回す。

 かなりのんきな会話だと思いながら、全身傷だらけ(・・・・・・)の僕は現在位置を知るために話しかけた。

 

「こ、ここ……は?」

 

 右腕は衝撃で砕かれ、左足の感覚がない。目も焦点が合ってない。

 そんな状態の僕が声を上げたことに気付いたのかスサノオともうひと柱の神様は僕の声にこたえた。

 

「ここは大智が所有している世界じゃな。もとは蛟龍が統括者じゃったところ……といってもピンとこんじゃろうが、高校三年生の時に一度来たことがある世界じゃよ」

「まぁお前たちが知ってる唯一の安全地帯だな。ここには『何もない』からアイツが来ることはない」

「……み、ん、なは…?」

「死んではおらん。安心せい」

「一番重症なのはお前だからな」

 

 そう、か……僕が一番重症なのか……。

 段々とぼんやりしてきた頭の中。心臓の鼓動は弱まっているのが自分でもわかる。

 こりゃぁ僕……し……

 

「ジャッジャーン! 呼ばれて参上! 韋駄天超特急便!!」

「遅いわ全く」

「文句は俺様じゃなく薬作ってたやつらに言って! 人間用にするの面倒だってぼやいてたんだから!!」

「さっさと飲ませないと、もうすぐ死ぬぜ?」

「おお!? 傍観してるんじゃねぇよだったら!!」

 

 瞼を閉じかけてる中そんな声が遠くの方から聞こえたと思ったら口の中に何かを強引に突っ込まれた感覚があり、そのあと液体が流し込まれ……とんでもなくまずくて思わず叫んだ。

 

「うぇぇぇ!!」

「おう超即効性! 俺様みたく素早い効果!」

「……ギャグみたいになったの、こいつ来てから」

「テンション高いし、別によくね?」

「うぇぇぇぇぇ! おえぇぇぇぇ!!」

 

 あまりのまずさに右手でのどを抑えながら口の中に残っているものを吐き出そうと頑張るが、何もないのかただ叫んでいるだけ。

 思わず立ち上がり、水を探そうとクリアになった視界で周囲を見渡していると、「転生者ってのはタフなんかおい?」と質問してる人が見えたので「み、みみみ水!」と気持ち悪さをこらえながら叫んだ。

 それを聞いていたのかその人はため息をついてから「おい韋駄天。あの苦みを打ち消すものもらってきてるんだろ?」とサングラスに髑髏のネックレス、そして派手な衣装でショルダーバックを下げている男の人は「忘れたぜ!」と親指を突き立てて答えた。

 

「とってくるんじゃよ韋駄天」

「イエッサー!」

 

 なんかもういろいろ耐えられなくなってシュールを通り越した光景に何も言えないでいると、一瞬姿がぶれたと思ったら手に何かを持っていて「へい!」と答えた。

 

「ほれこれを飲め」

 

 そういって手渡されたよくわからないものを僕はそのまま飲み干し……口の中の凄絶な苦みが取れたことに胸をなでおろしてから自分が普通に動けていることに驚き、そして変な人がいることに驚いた。

 頭の中で何から言うべきかわからないまま口に出したのは、これだった。

 

「はやては!?」

「軽症じゃよ。お主があの衝撃を人間の中でまともに受けた結果な」

「他の奴らも似たようなもの。せいぜい骨折がある程度だ」

「安心しろよボーイ!」

 

 そうかはやてやみんなはそれほど深い傷を負わなかったのか……よかった。

 そう思って息を吐くと、心臓が急に痛み出した。

 

「ぐぅ!」

「おい、大丈夫か?」

「副作用じゃろ。何かは知らんがな」

「副作用一瞬! 活性化の反動しばらく!」

「……韋駄天って、会わない間何があったんだ?」

「別に知らんでもいいでないかの?」

 

 蹲って胸を抑え、歯を食いしばる。こらえながら聞こえたのだと、あの状態から一気に元通りになった反動が来てるということになるんだけど、気配からして僕以外の人間がいないようなので助かった。他の人たちは基地のどこかにいるのだろう。

 

 っていうか、しばらくってどれくらいだろう…? と考えていると、「さて。わしらは戻るか」とスサノオのお爺さんはつぶやいたのが聞こえた。

 

「いいのかよ?」

「見立てじゃと二日。それぐらいなら付き添わんでも問題ないじゃろ。それに、機動六課の基地に幻術と転移を使って腰が痛くなったから寝るわい」

「俺様は他に配達あるから行くぜ! アディオス!!」

 

 そういうと青年以外は姿を消したらしい。

 残った青年は「まぁ俺も残る義理なんてないんだけどよ……」と呟きながら蹲っている僕の方へ近寄って座ったようだ。本当に激痛が走ってそれどころではない。

 

「痛みがつらいようだな」

 

 答えられない。

 

「一応韋駄天からもらった発作に変える薬があるんだが、飲む?」

 

 痛みがきつい僕は蹲った体勢のまま何度も頭を上下に動かした。

 それを見たかどうかわからないけど、彼は「ほんじゃ失礼して」と僕の頭をつかんだと思うと無理やり顔をあげさせ、無理やり口を開けさせ薬を入れ、そのまま水まで流し込んだ。

 

 激痛がだんだん収まっていくのがわかる。その分体の力が抜けていくのも。

 何とかなったと思いながら「ありがとうございます」と返事をすると、「発作に変えただけだから変わんねぇよ」と言われた。

 

「耐えろ。どうせこの状況じゃお前たちが動くことはできんし」

「はい……」

 

 僕がそううなずくと彼は立ち上がって「お前がいるのは基地の指令室の屋根。他の奴らは壊れた食堂室に集まってるぜ」と言ってから、消えた。

 

 なんだか僕、結構な頻度で死の淵に行ってるなぁとぼんやり考えながら立ち上がり、きっと僕がいなくなったことによるパニックが起こってるのかもしれないと予測を立てて食堂の方へ向かった。

 

 

 ……まぁ当たり前のようにはやてに平手打ち食らって泣かれたよね。

 

 

 で、その日の夜。

 カリムさんに現状(基地ごと転移の理由)を報告し、これからの事について軽く話し合った僕たちはそれぞれの部屋に戻って寝ることにした。

 

 僕はというと、外に出て月を眺めていた。

 

 

 カリムさんのレアスキルが示した未来が全く外れたことに本人が驚いていたけど、僕としては神様の行動を人間が図れるわけがないと思っていたから驚かなかった。

 そしてみんなはやっぱり落ち込んでいた。話し合いの時は言葉を出せていたけど、それ以外では言葉を発せず雰囲気が暗かった。

 

 僕もその一人である。

 

 

 遮蔽物のない空に満月が浮かんでいるという海ならではの光景に感動しながら寝転んで眺めていると、「まだ起きてたん、雄樹?」とはやてが声をかけてきた。

 少し前から気配がしたのでわかっていた僕は、「まぁ眠れなくてね」と気障っぽく答える。

 

「そか……」

 

 そう彼女が呟いたら風が吹き、木々が揺れる。

 互いに黙ってしまったままでいると、はやてが言った。

 

「なぁ雄樹?」

「何?」

「うちな……本当に怖いのや」

 

 そういうと彼女は僕の隣にきて同じく寝転がり、僕の方へ体ごと向ける。

 僕も同じく体をはやての方へ動かして見つめあう状況に持っていく。

 僕は口を開いた。

 

「だよね。僕もそう思ってる。神様の力を侮っていた証拠だなって。スサノオさん達がいなかったら今頃、」

「違うのや」

「え?」

 

 笑顔で僕の心情をこたえると、はやてが悲しそうな顔をして否定したので僕は首を傾げる。

 

「違うのや。確かにそれもある。けど、うちが本当に怖いと思ったのは……雄樹の方や」

「……え、僕?」

 

 とてつもないショックを受け、僕は何も考えられなくなる。

 いま彼女は何と言った? 僕が『怖い』?

 ………………………………………………………………………………………………………………………………………ハハッ。

 何かが崩れていく音がする。僕の中の何か大切なものが盛大な音を立てて崩れていくのが分かって(・・・・)しまった(・・・・)

 

 僕の表情の変化が月明かりで分かってしまったのだろう。続けようとしていたらしい言葉を飲み込んだようで、彼女は僕の名前を呼んだ。

 

「雄……樹?」

 

 僕はその呼びかけに答えず(・・・)立ち上がり、「お休みはやて」と言って魔法ではやてを眠らす。

 瞼を閉じながら彼女は「な……に」と呟いたのを聞いた僕はお姫様抱っこをして部屋の前に運んでから、自分の部屋に戻ってナイトをつけ、置手紙を書いてから部屋を出ていくことにした。

 

 

 

 

 

 

 さようなら、僕が愛した人。




ご愛読ありがとうございます


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140:覚悟と進行

少し間が空きました。すみません


『よかったのか』

「何がさ、ナイト」

 

 基地から離れ、管理局関係すべてをおいてきた僕はどこかにある世界を一人歩きながらナイトが話しかけてきたので、答える。

 

『彼女のこと』

「……はやてが言わんとしてたことはわかってたよ。頑張りすぎないで一緒に行こうってことぐらい」

『ならば』

「でもね。面と言われた時の悲しそうな顔を見たときにね、思ったんだ。『ああ、僕はなんてひどい奴なんだろう』って」

 

 立ち止まって手のひらを握る。そのまま力を込めていたから血が出てきたようだけど、僕はそんなこと気にせずに続けた。

 

「好きな人を守りたかった。ただそれだけなのに、いつも僕は守れない。心配ばかりかけてしまう」

『……』

「はやてが好きなのに変わりはないよ。だけど、酷い奴にも変わりない。僕のわがままだからはやてが怒ったり泣き出してどうしようもなくなるかもしれないけど……ははっ。これはどうあがいても僕はひどい奴としか映らな……!!」

 

 心臓が痛み出したのがわかり胸を抑えて蹲る。

 発作に変えたといっただけなので痛みは消せないものだというのは予想できていた。

 死にはしないだろうこの痛み。生死の境から蘇った代償。

 おかげで僕はこうしている。そう思いながらいつまで続くのかわからないこの痛みに耐えながら立ち上がり、顔を苦痛でゆがめながら一歩一歩確実に踏み出す。

 

『一緒に歩めばよかったのでは?』

 

 痛みに耐えながら歩いているとナイトがそんなことを言ってきたので歯を食いしばりながら「確かにその選択が理想的……現実的…だよ」と答える。

 痛みがだんだんと引いていく。不規則なタイミングに不確定な時間。こればっかりはもうどうしようもない僕は割り切って続けた。

 

「守るといっても互いに守り、守られるのが一番いいのだってわかる。でもね、こうして喋ってて思ったんだ」

 

 そこで僕は言葉を区切り、空を見上げる。

 浮かんでいたのは星空。月はない。この世界には月がないようだ。

 普段から月がある夜を見慣れていたからか違和感があった気がするけど、この状況は今の僕を表しているようだったのでなんだか笑えてきた。

 

 区切った後の言葉は口にせず、僕は視線を戻して歩き出す。

 行く当てもない。これからどうするかなんて一つしかないけれど。

 

 ――僕の中ではやては『お姫様』なんだって。

 

 本当、笑っちゃうよね。こんなんじゃ好きだなんて言えないよ、まったく。だけど、

 

「それでも僕のことを好きでいてくれたのはうれしいね。こんなことしたから合わせる顔もないし、会うこともないかな」

『……どうだろう』

「え、やめてナイト。そんなフリ」

 

 

 そんな他愛のない会話を繰り広げながら、僕達は『強さ』を手に入れるために彷徨い始めた。

 

 

 

 

*……視点

 

 静かな機動六課内。

 その中の隊長の自室前にはなのは達が集まっていた。

 

『…………』

 

 一同は沈黙したまま。そして部屋の中から音が聞こえ……ない。

 

「はやてちゃん……」

 

 うつむいて胸の前で手を握りしめながらつぶやくなのは。

 ヴォルケンリッター達も大体うつむいており、フェイト達すらも心配そうにしか見守れない。

 

 雄樹がはやてと別れを選んだその日の朝から現状は変わらない。

 彼女は部屋から出てくることもせず、また何をしているのかもわからない。

 祐樹は祐樹で行方不明になっており、そのことからなのは達は二人の間に何かがあったことを推測できていた。

 

 しかしながら、かける言葉を見つけてはいなかった。

 

 現在男性陣で彼の部屋を捜査しているが、残されていたのは管理局の所属を記したカードぐらいで他は特に手掛かりになりそうなものがないとのこと。

 また、様々な世界で探そうとレーダーなどで魔力の探知をしているが、いかんせん数が膨大なので見つけられるという望みは薄いだろう。

 

 自分たちの時に助けてもらったのに、どうして助けられないんだろう。

 そんな現状に、祈るように考えるなのは。

 

 そんな中、ヴィータが重い口を開いた。

 

「……どうして、はやてばっかりこんなつらい目に遭わなきゃいけねぇんだ」

『…………』

 

 その言葉の真意を知っている者たちはさらに気落ちする。

 お通夜を通り越して暗い雰囲気の中、「何でここに君たちの基地があるのか知りたいんだけど?」という聞きなれた声が聞こえたので一斉に振り返る。

 

「……天上くん」

「基地の外観から察するに襲撃にでもあったようだ……ふむ? 斉原はどうしたんだい? ここにはいないようだが」

 

 気配を探ったのか正確にいない人物の名前を挙げる彼に一同は驚きながら、代表してフェイトが「行方不明なんだ。今朝から」と答える。

 

 その答えを聞いた天上は「行方不明、か……それなら安心した」と言い、「どうやってこの世界に来たのか知らないが、長嶋が色々といじっていた世界らしい。神様になって姿を消したアイツがいなくても変化がないことからいじられたものは変わらないことが判明している」と彼女達に背を向けながら説明する。

 

「……え? なんで天上くんは大智君が神様になったことを知ってるの?」

「地球組も知ってるさ。僕が契約している悪魔のおかげでね……それじゃ、頑張ってくれたまえ」

「待って!」

 

 なのはが引き留めようとしたときには彼は既にその場から消えていた。

 

 

 天上が消えて、はやての前の廊下はさらに暗くなっていた。

 思考能力はもう、残されていないに等しい。

 大智は神様になってしまったから消え、雄樹は知らないうちに消えていた事実すら、かつてのクラスメイトはあっさりと受け入れてしまっているのだから。

 

 また全員黙っていると、今度は「なんだか葬式みたいだが……一体どうしたんだよ?」と声が聞こえたのでその方へ向くと、戸惑った表情を浮かべながら如月裕也が立っていた。

 

「えっと……如月君? 天上君もそうだけど、どうやってここに?」

「ん? ああ、多分力也の方は悪魔の力でこっちに来たんだろ。俺はいつぞやのボードに乗ってここまで来て、知り合いだと言って通してもらった」

 

 アリシアの質問にあっさりと答えた裕也は、「そんで、これはいったいどうしたんだ?」ともう一度首をかしげて質問する。

 

 それに答えたのは、彼の後ろに来ていた力也だった。

 

「雄樹が行方不明になって八神が茫然自失になったそうだ」

「あ、マジで? あいつ、そんなに簡単に別れられるはずないと思ったんだが」

「だが、この現状が証明している。それに、アレ(・・)にも書かれていただろ。忘れたのかい?」

「ああ、アレか……つぅかマジであいつ(・・・)どこまで予想してたんだよ……」

「神様になった結果じゃないかい?」

「アレ? アレって何?」

 

 二人で納得しているので蚊帳の外になったフェイトが代表してそう質問すると、二人は顔を見合わせてから少し考えていたが力也の方は納得した様子で、裕也の方はわからないのか首をかしげていた。

 

「とぼけないでよ。大智から何か受け取ったものなんでしょ? それに書かれていたのは何?」

 

 きつめに質問すると、それに答えようとした裕也の口をふさいだ力也が代わりに答えた。

 

「悪いが、そのあたりの情報はどうやら君たちに漏れるのをあいつが嫌っているのかもしれない。だから僕たちは答えられない……が、さしあたっては君たちが知りたいいくつかを教えよう」

「どうして!? どうして教えてくれないの!? はやてちゃんがこんな風になっているのに!!」

「落ち着き給え高町さん。まずはそこを教えたいのだが……生憎と僕たちも詳しく知るわけじゃない。そこにどういう意図があるかなんて、推測の域を出ない。そこは了解してほしい」

 

 そう言って周囲を見渡し、裕也の口から手を放してから推測を語ることにした。

 

「教えられない理由は、この件の主役はあくまで君たちだから。ということが大本だろう。大智が残した手紙にそう、書いてあった。その最初の文に君たちに教えるなとあったからそういう解釈に僕はしているし、元一たちと一斉に開いて確認したから同じ考えだろう」

「あー、そういやそんな話したな……」

「ともかくだ。君たちに詳細を語ることができない理由に関しては語った。納得できるかともかく、それを含めて君たちには僕たちの知る情報を教えることはできない……いくつかを除いて」

「え?」

 

 力也の最後の言葉を聞いたティアナは思わず聞き返す。そのせいで一斉に注目を浴びたが、彼女は気になってないのか、力也に問いかけた。

 

「教えることができないのに、教えてくれるんですか?」

 

 その問いに力也はティアナに微笑んで「まぁね」と答えてから続けた。

 

「教えられないのは、大智が想定したのかあるいは『神様』になったから知りえたのか、これからの情報だ。だが、それ以外の中で大智が残した、これから起こる未来の中に存在する選択肢に到達した付近の情報は教えてもいいらしい。例えば……雄樹の居場所とかね」

『!?』

 

 現在血眼になって捜索しているのに見つけられない彼の居場所を彼らが知っているという事実に、そして大智がこの状況とそうなった際の彼の居場所を予知していたことに、なのは達は驚く。

 その際、部屋の中から音が聞こえたが力也と裕也以外は気づいてなかった。

 

「ま、俺達も半信半疑だったけどよ。今日こっちきて珍しいログが残っていたからすずかさん達に手伝ってもらって判明した場所が、大智が書いていた場所だったから信じるしかなかったな」

「仕事が忙しいのもわかるが、メモするぐらいして情報を身に着けたまえよ社長代理」

「へいへいバイト秘書さん。昇給に関しては現状維持で?」

「まぁ金に困っていないから必要はないね」

「そうですかー」

「そんな世間話はいいから!! 斉原君はどこに行ったの!?」

「ん? まー教えるのも吝かではないんだが……」

 

 切羽詰まった声でなのはが質問したのに対し、裕也は頭をかきながら言葉を濁す。

 その態度にいい加減我慢の限界だったヴィータは「さっさと教えろよ! はやてが悲しんでいるんだぞ!!」と叫ぶと、すぐさま力也が切り返した。

 

「八神が斉原を傷つけた結果で自業自得だとしても、それを貫き通せるのかい?」

『なっ!?』

「そ、そんなわけねぇ! はやてが、はやてが大事な人を傷つけるなんて……!!」

「部屋に閉じこもっているのは自己嫌悪じゃないのかい? 今更自分の発言を後悔したところで事態は何一つ好転しないというのに」

 

 力也がうっすらと笑いながら悪魔のささやきのごとく言葉を紡ぐ。それを隣で見ていた裕也は肩をすくめて息を吐く。

 

「おーい力也?」

「想い人に不気味がられたらどうしようもないだろうね。まぁもっとも、彼は彼で彼女の事を『姫』としか見ていなかっただろうからおあいこなんじゃないだろうか」

「テメェ……!」

「大体君達は八神第一に考えている節がありすぎる。そんなんだからこんな状況で、彼女自身に非があるにもかかわらず、他者に責任を押し付ける。ナンセンスだ」

「テメェェ!! それ「調子乗りすぎだぞ、力也」

『!?』

 

 ヴィータが突撃を敢行しようとしたところ、裕也から底冷えするような、冷や水をかぶせられたような低い声が出たので一部を除いて全員が全身を震わす。

 対して力也は応えずに「そうだったね」と肩をすくめる。

 はぁとため息を漏らした裕也は「悪かったな」と言ってから背を向ける。

 

「今回はこれで帰るわ俺たち。落ち着いたら連絡よろ。あと、何か御用があるなら会社に仕事出してくれ」

「えっ、ちょっと! 雄樹君の居場所は!?」

「あー、悪いな。今回の状況が状況だから今度にしてくれ。代わりに、大事なことを教えてやるから」

「そんなのはいいから! ちゃんと教えてよ!」

「この基地を襲撃しただろう相手が今回の黒幕。もう引き返せないところまで来てるから頑張って強くなれ、だってよ。じゃ」

「ちょっと!!」

 

 フェイトの制止の声は届かず、力也と裕也の二人はその場からいなくなった。

 残された一同は、もやもやとしたものがまとわりついた所為か最初の頃より雰囲気は暗くなっていた。

 

 と、そんな時だった。

 

「高町教導官! テスタロッサ執務官!! 八神隊長! 報告があります!」

 

 そう言ってグリフィスが息を切らせながら来たのは。

 

「どうしたの?」

「斉原教導官の部屋を捜索していたところ、どこにもカギが存在しない箱が見つかりました。その付近を捜索したのですがなぜか鍵だけは見つけることはできず、隊長達が使っている文字で『与謝野晶子』と書かれた紙だけでした。それ以上はもう、何も……」

「そう……わかったよグリフィス君。その箱と紙は持ってきている?」

「はい。こちらになります」

 

 そうしてフェイトが受け取ったのは筆箱大のケースと、本当に『与謝野晶子』と書かれた紙。

 ではこれで失礼します。そう言ってグリフィスが敬礼してその場を立ち去ったのを見送った一同は、それらをどうするかと話し合い、部屋の前に置いておこうという結論に達し置いてから解散となった。

 

 

 

 誰もいなくなったはやての部屋の扉は開き、置いてあったケースと紙は回収された。




呼んでいただき有難うございます


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141:残された者・残した者

投稿の踏ん切りがつきませんでした。

お久し振りです。


「………今頃」

『未練でもあるのか』

「先んじて言われるとなんだうっ!」

 

 不意に心配になったことを漏らしたところ発作が起こり、彼は膝をついて胸を抑える。

 この発作のタイミングは実にランダムで、法則性なんて実際存在しないのが六回目ぐらいで悟った。時間もランダム。一瞬もあれば今のところ一時間ぐらいの激痛に襲われる。今後長くなる可能性もあるだろう。

 

 時間の経過はわからない。正直、この世界の時間の流れが気になるけど痛みのせいでそれも難しい。

 それでも彼は、痛みに耐えながら自分がいる世界についてわかることをつぶやく。

 

「……寒い、ね」

『バリアジャケットが解けていないので大丈夫のはずですが?』

「うぅぅぅ……体の芯を凍らして、く……」

『マスター?』

 

 痛みと寒さにより我慢の限界を超えたらしい彼は雪原の中に倒れこみ、意識を失った。

 その瞬間を見た誰かはそのまま彼に近づき肩に担いでどこかへ消えた。

 

 

 

 その頃はやての部屋の中では。

 

「与謝野晶子っていうたら……君死に給う事勿れ以外思い浮かばないやん……ほんま、いつまでもうちのこと心配してくれとるんやな……」

 

 箱を机の上に置き、椅子に座りながらその箱を見つめてそんなことを呟いていた。

 

 カチャリと音がする。

 

 はやては分かりきっていたのかその箱を迷うことなく開ける。

 その中に入っていたのは、折りたたまれた手紙だった。

 

 彼女は迷った。この手紙を読むべきかどうかに。

 しかしながら、その逡巡は無情にも意味をなさなくなる。

 手紙を取り出した箱の底からホログラムの雄樹が出現したからである。

 

「なっ」

『おはよう、かな? はやて。たぶん、手紙は読んでもらえないだろうからこうして映像を残すことにしたよ。いつ撮ったのかって? それはまぁ、気にしなくていいんじゃないかな?』

 

 笑顔のまま。別れる前と変わらない愛しき人の姿に思わず手を触れそうになるが、あと少しというところで手が止まる。

 そんなことを想定していないはずなのに、『ごめんね、はやて。僕の態度で君を傷つけて』とはっきり言った。

 

「……え?」

 

 今度こそはやては、言葉を失った。

 

『たぶん、君がこれを見ているってことは僕が君のもとを離れてしまったんだろう。先のことなんて僕にはわからないけど、謝っておくね。ごめん』

「……」

『で、えーっと……どういう時に見ているのか分からないからなんて言えばわからないんだよなー。はやてには正直言って傷ついてほしくないとか、いつも言ってることだし』

「……うちにばっかり言うて、自分は傷つきまくってるやろ」

 

 つい思わずこぼれたその言葉に対してなのか知らないが、彼は『本当だよね』と賛同した。

 

『僕も大智のことを言えないんだよね。本当。自分が守ろうとしてばかり。たぶん、これを撮った後のことを僕は覚えてないだろうから、そのまま突き進んで……結果的にこの映像が流れそうなんだよね』

「そこまでわかってるなら……なんでや。なんで一緒に強くなろうって言えなかったん?」

 

 もはや過去に撮ったという意識は彼女の中になく、彼の姿に問いかけた。

 

「なんでうちに黙って自分で大智に師事したん? なんで自分だけで何とかしようとしてるんや? ……なんで、うちのことを『好き』って言ってくれたん? ……なんで? なんでなんや、祐樹……」

 

 返事がないことなど分かりきっているにもかかわらず、彼女の胸の内から彼に対する言葉があふれだす。

 

「あの時『怖い』っていうたんがこうなったんか? けど、一緒に乗り越えたかったんや。一人で先に進もうとしていく大智を見て、それに並ぼうとしている雄樹が怖かったんや。だからあの時……」

『男っていうのは、大好きな人の前では格好をつけたがるもんだよ。僕も例に漏れず、ね。大智は知らないけど』

「それで傷ついていくのを黙ってみてろいうん? そないなこと、できるわけがないやん」

『何言ってるんだ、と思うだろうけど、僕にとってはやてを守れる――愛する人を守れるっていうのは、特別なんだ、前世じゃできなかった、僕のあこがれでもあり、夢でもある』

「あんたはいっつもそうや。自分のことを必要以上に話さん。前に大智が言うた時にはぐらかして終わったのを覚えとるで」

『……そろそろ切れるころだ。それじゃぁはやて。あとは手紙を読んでくれたらうれしいかな』

「………………雄、樹」

 

 ホログラムの映像が切れ、真っ暗な部屋に戻ったことにより、彼女は愛しき人の名を呟く。

 うっすらと涙が零れ落ちる。頬を伝うそれは机に落ちていくが、彼女はそれに気付かない。否。気づいていながらも、それをどうにかしようと考えてはいなかった。

 

 なぜなら。

 

「雄樹! 雄樹……!! うちは、うちは……! 雄樹がおらん日々なんていやや! いつも気にしてくれて、いつも笑顔で、いつも一生懸命で……それでいて『いつまでも一緒にいるよ』って言うてくれた雄樹がおらんのが!!」

 

 誰もいない部屋の中で、思いのたけを吐き出しているから。

 いったん呼吸を置いて再びしゃべろうとしたところ、聞き覚えのある声で「ごめんね、はやて」と声が聞こえたので振り返ったところ……彼そっくりな人物がたたずんでいた。

 

「……誰や」

 

 ぐすっと鼻を鳴らしてから眼を鋭くして尋ねると、「やっぱり『愛』ってすごいね」と一瞬にして雰囲気が変わった。

 そっくりだった人物は声が変わるのとともに姿も変わり……仮面をつけている少年の姿になった。

 

「やぁ初めまして。神様の中でも特別変な立ち位置にいるロキだよ。悲しみに暮れて絶望している貴女に愛と希望の情報と、少しばかりのお願いをしに来たんだよ☆」

 

 笑顔でそう発言した彼の姿を見て、はやての警戒心は一気に上がる。

 そんな心情を察しているロキは「お願いをやってくれたなら、僕は君が望む情報を教えよう。愛しの君の居場所とか? 闇の牢についてとか? 大智の現状とか? どれか一つなんてけち臭いことは言わないよ。なんたって神様だからね」と提示する。

 

「な、なんやて!?」

「静かに静かに。これは君以外に話す気はないし、他の誰かに僕のお願いを話したら教えた情報をきれいさっぱり記憶から消し去るからそのつもりでね」

 

 交渉という行為であるはずなのにロキの表情からは不安や動揺が一切見られない。

 まるでうちがやってくれるとしか考えてないのかこいつ……と直感したはやては「なんでうちなんや?」と確認する、

 

「え? だってそうじゃないと僕が面白くないから」

 

 キョトンとした顔で、あるいは当たり前のことをどうして聞くのか分からない顔をしてロキは答える。が、それを聞いたはやては「面白い、やて?」と聞き返す。

 

「そう。だってみんなお通夜みたいな雰囲気出して、どいつもこいつもこれから最終決戦に向かうって雰囲気じゃないんだもん。面白くないじゃん」

「だから」

「総隊長でしょ? 君が一番元気になってくれなきゃ他の人も暗いまま。ほら、君しかいない」

「……」

 

 仮面をかぶったまま――だが、雰囲気としては楽しそうにすらすらと説明したロキ。それを聞いて観念したはやては「……何をしてほしいんや?」と訊ねる。

 それに対しロキは鼻歌を歌いながらステップを踏んでいた。

 

「おい」

「……ん? ああ。えっとね、とりあえず適当な日にみんな休みにしてもらって、レジアス中将から確か監査ということでスバルちゃんの姉が来るからその前に建物を修復してもらって、護衛に関しては強制だろうから行ってね。それから……」

「まだあるんかい」

「たぶん、休みの日に子供拾うから匿っておいてね。それからそうだね……彼とは会えるまで連絡を取ることをしない。そのぐらいかな?」

「……え?」

 

 最後の最後に嫌な制限をかけられたはやては思い切り呆ける。

 それにすらロキは言論を封じさせる。

 

「一度離れたからってすぐ合流させちゃ可哀想でしょ? 謝りたいのは分かるけど、しばらくは我慢した方が感動的になると思うけど」

「……」

 

 一理あるのか黙り込むはやて。それを見たロキは「ま、そういうわけだからよろしくね。それじゃ、教えてあげようか。君の知りたい諸々のことを」と話を進める。

 もちろんはやては何も言うことができないので、話はそのまま進んでしまう。

 

「まずは何処から話そうかな。やっぱり彼は最後? なら大智についてかな」

「……」

 

 口を挟むことなく進んでしまうこの流れにはやては不機嫌になるが、それを無視してなおもしゃべり続ける。

 

「そうだねぇ……確かスサノオさんたちに聞いた話だと、はぐらかされたんだっけ?」

「……闇の牢にいることは漏らしたけど、他は何も言うてない」

「ああそう。それじゃ、闇の牢についての説明した方が早いかな。あれはね、最初に罰を受けた神様以降に作られることになった、神様専用の牢屋だね。どの世界にも存在していて、その世界が消滅する際にごっそり消滅することになる、いわゆる自壊付き?」

「な、なんやて!?」

 

 あっさりと説明された内容に思わず驚きの声を上げるが、ロキが指を口元にあて「シー」と言ってきたので反射的に口を手で隠す。

 

「ま、実際は空間隔離しているから叫ばれたところで誰も気づかないんだけど」

「なんでやねん!」

「言ったでしょ? 約束守らないと記憶全部消すって。だからだよ」

「……」

 

 さっきと言ってること違う気がすると思いながらも口に出さないでいると、察したのかロキは説明を続けた。

 

「君は多分、見たことはないかな。ジュエルシード事件の最後に出てきたぐらいだから。あれ確か、テスタロッサ母が籠っていた世界消滅したんだよね最終的に」

「……そういえば」

 

 書類で見た彼女は思い出したのか呟く。

 

「そんでもってその予兆として虚数空間と呼ばれているものが表出するんだけど、あれが闇の牢の表層部分。ブラックホールみたいに力を吸い込むから近づいたら一発アウト。そんでもって吸い込んだ力を自壊用に変換し、放出して世界と一緒に闇の牢に存在したものを消滅させる役割を持つ」

「そんな中に大智がおるってわけなんやな?」

「そう。自分の神格が定まっていない状態で力を使うことは禁止されているからね。むしろ大智の場合、その自覚を持って自ら入ったみたいだけど」

「は!?」

「きっかけは何だろうね? まぁその辺は濁すとして、『人間』になったのを自覚したと同時に『神様』になった彼は可能な限り敵を排除してからこの舞台からリタイアしたのさ。君たちだけでもなんとかなるように」

 

 おかげでラスボスだけになった現状だから大智も本望かな? そう笑いながら付け足したロキは、はやてが俯いていることに気付いた。

 

「どうしたのさ? 彼には感謝していればいいんじゃないの?」

「…感謝やて?」

 

 そう答えて顔を上げるはやて。彼女の眼は据わっていた。

 地雷を踏んだことを理解していたロキは、それでも「君達にはどうすることもできなかったよ。なんたって大智は神様の依代として生み出された存在だったのだから」と追撃する。

 

「っ」

「ああそうそう。現在闇の牢が機能している場所は二ヵ所しかない。けど、その場所ばかりは教えることができない。さっき何でも教えるとか言ったけどごめんね」

「……それはええ。けどな」

 

 キッとはやてはロキを睨み、「それでも、大智のこと心配してるなのはちゃん達の気持ちを蔑ろにしていいわけないやろ!!」と涙交じりに叫ぶ。

 それを聞いたロキは笑みを深め、「ここから先はアフレコなんだけど……」と漏らす。

 

「このことは誰にも言わないでね? 言ったら彼から君の記憶と感情を全部消しておくから」

「なんやて!?」

「怒らない怒らない。言わなきゃいいだけだから……で、その話というのがまぁ本当、計画してる段階だから実行する時期は未定なんだけど……」

 

 そういってロキはいったん区切り、少し間をおいてから言った。

 

「大智を闇の牢から連れ出す予定。ね、誰にも言えないでしょ?」

 

 そういった彼の顔はとても歪んだ笑みを浮かべていた。

 

「……は? なんやて?」




お読みくださりありがとうございます。


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142:脱出計画

悩みながらも続いてはいます


「何拾ってきたのよ、ルシファー。干渉しない代わりに居座ることを許可したはずなんだけど?」

「緊急なんだから良いだろ? ほれ」

 

 すべてが氷でできているお城の中。その玉座に座っている漆黒のゴスロリを身にまとった女性が対峙している灰色の羽をたたんでいる灰色のロングのの男性に言うと、彼は肩に担いでいた祐樹を投げる。

 

 意識を失っている彼を一目見て彼女は驚きの表情で染めた。

 

「なんで生きてる奴がこの世界にいるのよ!?」

「あ? 半死半生になってるからじゃねぇのか? 俺様を扱うやつがそんなこと言ってたぜ、ヘル」

「……なるほどね。で、彼をどうする気?」

「邪魔にならんよう住まわせてくれや」

「却下。置いてきなさい」

「それは無理。こいつ、このままにしておくと死ぬから」

「…………」

 

 理由に思い至った彼女は目を閉じてしばらく考えてから、息を大きく吐いて「……分かったわ。その代わり、元気になったら追い出しなさい」と許可をした。

 

「おーサンキュ」

「言っとくけど、あんたも消えなさいよ」

「なぜだ!?」

「邪魔なのよ」

「う、うぅ……」

 

 二人の会話の中、うめき声をあげたに気付いた二人は、慌てて行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 はやてはロキの言ったことがしばらく理解できなかった。

 

 なんやて? 大智を連れ出す?

 

 そんな疑問が浮かんでいるのが分かっているのか、ロキは笑顔のまま「計画内容としてはね」と続ける。

 

「闇の牢から彼を連れ出すっていう簡単なものなんだけど、そもそもそれを開くのには統括者の許可がないと駄目なんだよ。最悪、力業でこじ開けることもできるけど、それは世界崩壊と同じことだからね」

「ちょい待ち。なんや、統括者って? そんなもん知らんわ」

「だろうね。まぁ説明聞く? 詳しいこと聞くのも面倒でしょ?」

「せやけど……」

 

 そういいながら脳内では言葉の意味を推測するはやて。

 

 統括者……闇の牢を管理してる神様あたりやろうか。

 

 そんな彼女の思考を読んだのか、ロキは「まぁそんな感じかな」と口にする。

 

「分かっているようだからもう説明しないでおくけど、大智を力業で助けると世界壊しちゃうから必然的に許可を取らなきゃいけないんだけど、まぁ普通に無理だよね」

「ならどうする気や?」

「言ったでしょ? 一緒にいる『少女』の方を出すって」

「言ってへんわ」

「あれ、そうだっけ?」

 

 笑いながら、それでも陽炎のように煙に巻くその態度にはやては腹が立っていたが、どうすることもできないので「それでも許可がないとあかんのやろ?」と聞き返す。

 

「一回だけなら別に問題はないんだ。なんたって僕は神様。しかもペテン、欺瞞、トリックスターと言った別称まであるんだからね」

 

 そういうとくるりと一回転して雄樹の姿になる。

 

「ほらこの通り。完全再現できてるから一回騙すぐらいなら問題ない。とはいってもこんな手段遣うと僕も闇の牢行きになるから大智助けるのが難しいんだけど……そこは同志がいることだし何とかなりそうかな」

「?」

「ああこっちの話。で、どうして少女の方なのかというと……まぁそれは実際に遭ってからのお楽しみってことでいいかな。あんまりしゃべると勘付かれそうだからね」

「……」

「まぁそう睨まない睨まない。最後に君の大切な人の居場所を教えてあげるんだから」

「っ、どこやそれ! はよ教えんかい!!」

 

 彼の居場所と聞いていても経ってもいられなかったのかはやてはつい嚙みつくが、ロキはそれを意に介したわけではなく「あんまりせっかちだと嫌われるよ?」と冗談を言って肩をすくめる。

 それが功を奏したのかはやては沈黙したようで、大人しくできるじゃないかと彼は思いながら「彼はね」と言葉を吐き出す。

 

「瀕死の重傷から何とか復活できた……まではいいけど、その直後に誰かからの言葉のせいで折れたのかな? とりあえず世界を転々としてたらしいね」

「…………」

 

 暗にはやてのことを非難しながらもロキは続ける。

 

「まぁ復活の代償も大きくて足手まといになりそうだったし、良かったんじゃない? 彼が自分で離れるという判断は。じゃなきゃ僕が通しても行けるわけないからね――」

 

 ――ニブルヘイムに。

 

 彼がいる場所を、笑みをたたえて。

 

 

 はやてはロキの言った場所がよくわからなかった。

 

「ニブルヘイム? どこやそれ」

「どこかにある世界、ってことで。詳しい情報あげたら行きかねないでしょ?」

「……」

 

 図星だったので何も言えなかったはやて。それを見ながらロキは「まぁこれで全部話し終えたから。約束ちゃんと守ってね?」と言って背を向け、ふらりと消えた。

 

 一人になったはやては整理しなきゃいけないことがたくさんあったが、ひとまず雄樹が生きていることに安堵してベッドに入った。

 

 

 

 

 ――ニブルヘイム。

 北欧神話で存在する九つの世界の下層に存在する冷たい氷の国。ヘルヘイムと同一視されているのがあるから死者の国のイメージもある世界。

 

 そこに存在する氷でできた一際目立つお城の中。

 

 彼――斉原は床の上で正座させられていた。

 

 対面――煌びやかな椅子にふんぞり返って座っている女性――はそんな彼を見下ろしながら「あなた、転生して生を授かったはずなのに、どうしてこの世界にいるのかしら?」と質問する。

 

 が、その前に彼は質問した。

 

「ここ……どこですか?」

 

 しかし彼女は「は?」と聞き返した。

 

「いい? ここは私の世界。ここでは私がルール。あなたの疑問を答える必要はないわ……それで? 生者がどうしてこんなところにいるのかしら?」

 

 再び問われ、彼は自分の行動を思い返しながら答えた。

 

「確か……世界を放浪していて、気が付いたら寒くなっていて気を失っていたのですが……」

「そう……あなたは自分で来たわけじゃない……そういう訳ね」

「はい」

「……(なら考えられる犯人はお父様だけね)」

「え?」

「なんでもないわ」

 

 そういうと彼女は立ち上がり「まぁ来てしまったものは仕方がないわ。しばらくはそこにいるもう一人の居候の世話になりなさい。私の仕事の邪魔さえしなければいいわ」と言い残し消えていった。

 彼女が消えていったのを見たは正座を崩し、座り込んだ状態で「結局ここはどこなんだろう?」と呟く。

 

 それに答えたのは後ろからだった。

 

「ニブルヘイム……氷の国とか死者の国とか呼ばれている無限にある世界の中の一つさ」

「!」

 

 斉原は驚いて振り向く。

 そこにいたのは身長180を超えていて灰色の翼が生えている、男。

 誰かわからない彼は素直に質問した。

 

「あなたは……誰ですか?」

「ん? 俺様はルシファーだ。ゼウス達がわからすりゃ、敵だな」

「ルシ……ファー……?」

 

 まぁ現在敵対してないから過去の話なんだが。そう付け足されたが、彼は聞いていなかった。

 

 ルシファー。天使の長として君臨していたが追放され悪魔になった唯一無二の存在。

 力也が悪魔に憑りつかれている原因を作り、はやてが手にした夜天の書の大本を作った存在。

 

 喜んでいいのやら怒ればいいのか複雑な彼は、しかし突如として襲ってきた胸の痛みを堪えるために俯く。

 

「……なるほどな。そういうこと(・・・・・・)

 

 突然蹲った斉原を見てルシファーはその状態と、どうしてここにいられるのかの理由に思い当たり納得する。

 こりゃ安定させるまで(・・・・・・・)無暗に世界を渡らせない方がいいな。

 そう思いながら先程から感じる視線の先を一瞥した彼は、いつの間にか起き上がった斉原に対し「お前、強くなりたいのか?」と質問する。

 

「……え、あ……はい」

 

 突然の質問に困惑した斉原だったが何とか肯定すると、「ならしばらくここにいればいいぞ。それを安定させるためにも」と言われた。

 

 それ、と自分の状況を突かれたのが分かった彼はルシファーに向かって「どうしてですか?」と質問する。

 

「簡単なことだよ。今のお前は崩壊寸前なんだ。なんでそんな薬を使ったのか知らないが、ただの転生者の器に超が付くほどの回復促進を促したら肉体が崩壊を迎える。それを防ぐために痛みと同時に効果を薄めているんだよ、今」

 

 その言葉で自分が神様達に飲まされたものが何なのか理解した。

 となると、やっぱり僕あの時また死んでいた可能性があったのか……と考えていると、ルシファーは続けた。

 

「ここは死者の国の側面もある。本来なら普通の人間が来れるわけもなく、来たら死人の仲間入りだが、崩壊寸前のお前はまさに半死半生だから問題ないし、敵らしい敵はこの世界に現れることはないから休むという点でも最適だ。痛みが無くなったら戻れるぜ、きっと」

「……なるほど。ありがとうございます」

「いいってことよ。居候の先輩だからな」

 

 そう言った彼は斉原に「ま、あの嬢ちゃんに許可はもらったし、とりあえず案内してやるぜ」と言って背を向けたので、彼はついていくことにした。

 

 

 それからルシファーは必要だと思われるところを案内していく。

 

「ここが風呂だが……水風呂よりきついから慣れないなら入らない方がいいぜ」

「ここは食堂だが、生者がここの飯食えないから俺に別の世界からとってこさせるか自分で何とかするか我慢するかだな」

「で、ここはこの世界の【統括者】――ヘルのプライベートルーム。間違って入ったら即行死ぬから極力近寄らないこと」

 

 行く先々でぼんやり見える何かをチラ見しながらルシファーの説明を聞いていた斉原は、ふと疑問に思ったことを聞いた。

 

「【統括者】って何ですか?」

「大智から聞いてないのか? 要は世界を管理する神様のことだよ。お前たち管理局が数多の世界の平和を守るなら、そいつらは数多の世界の趨勢を見守る存在ってところ」

「……それって、どこの世界にもいるってことですよね?」

「おうそうだ。基本的に」

「例外は?」

「んなの聞いてどうする? 関係ないこと聞いたところでどうすることもできないだろ」

「……そうですけど」

 

 しぶしぶ納得したらしい斉原に、ルシファーは「で、お前の部屋だが……」と説明を続ける。

 

「あるんですか?」

「あるわけないだろ。俺だって適当なところで寝てるか城出てかまくら造って過ごしてるんだから」

「あー……」

 

 となると基本的に自給自足でこの環境に慣れないといけないのか……。

 相槌を打ちながら考えていると、「邪魔にならなければいいと思うぜ? 文句さえ言われなければ基本的に自由に行動できるからな」と言ってルシファーはどこかへ消えた。

 

 残された斉原は目をつむって気配を感じ取り、胸を抑えながら気配がなるべくしない場所へ歩き出した。

 

 

 彼女のことを、考えながら。




お読みいただき有難うございますお久し振りです。


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143:少女の名と神装

三か月以上経過してしまい申し訳ございません


 

 ――どうやら、俺は先に存在していた力に姿を与えてしまったらしい。

 

 暗い中でもわかるその女の子の特徴で理解した俺は、自分の中でまだ諦め切れてない事実に驚きながら名前を考えておく。

 

 なぜ名前を考えるのか……そんなことを気にせずに。

 

 

 何がいいんだろうか。見た感じ女だから奇をてらい過ぎずに洋子とか望とか色々あるんだろうが、それだとなんか物足りない気がする。いや、変な名前つけて周りから浮くというのもなんだか可哀想だ。

 

 独りだからか変な思考に嵌ってる気がするが、滅茶苦茶暇なのでそれを推し進める。

 

「ふーむ」

 

 なかなか名前を付けるというのは難しいな。なんてのんきに考えてみる。俺がいなくなった後のあいつらがどうなったのかを考えず。

 正直心配ではある。心配ではあるが……そこはもう信じてみるしかない。もう俺にできることはないのだから。

 

「……」

 

 思い出してきたので目を閉じる。そして、その思考を頭の片隅に置いておき、改めて名前を考える。

 

 なのはみたいに快活で、フェイトみたいに優しさに溢れ、アリサみたいにみんなを引っ張り、すずかのように自分の中身に負けない。そんな感じの願いがこめられそうな名前はないのだろうか。

 

 自分自身で未練があることを棚にあげながら考えることしばらく。

 

 俺はようやく名前を決めた。

 

「Vivid……意味ははつらつとした、生き生きとした。これがいいか。でも単語そのまま名前に使うのもあれだからヴィヴィオだな。語感もいいし」

 

 と、ここまで決めてふと気づいた。

 

 

 俺以外呼ぶものがいないのに、名前なんて付けてどういう風の吹き回しなのだろうか、と。

 

 少し考えて答えを出す。

 

「……寂しいのか、俺も」

「……寂しい?」

 

 声が聞こえたので視線を向けると、その子がのそりと起き上がり、こちらを見つめていた。

 顔立ちが本当によく似ていると思いながら、久し振りに人と遭遇しているからか、饒舌になった。

 

「そうだ。ここは誰も来ないからな。一人きりだと何もすることがないだろ?」

「……そうかな」

 

 真剣に首を傾げて考える少女――ヴィヴィオ。その姿に子供の頃の面影を見た俺は、「まぁ分からなくてもいいさ」と呟く。

 

「そうですか? ……ところで、あなたは誰ですか?」

「俺か? 俺は……お前を」

 

 と、ここで俺はどう説明しようものか考え込む。

 

 素直に言うのであれば『俺の願望が生み出した生物』なのだろうが、そんな風に説明する気は起きなかった。

 まぁそのままの意味で捉えればいいか。と、深読みを避けて「長嶋大智」と自己紹介する。

 

「よろしくな」

「は、はい」

 

 よそよそしいが返事が返ってきたことに俺は満足し、「何か訊きたいことは?」と質問する。

 

「ここは……どこですか?」

「牢屋」

 

 そう答えながらいったい記憶はどうなっているのだろうかと疑問に思ったが、答えられなさそうなものを答えさせるのもどうかと思い直し、「他には?」と聞いてみる。

 

「えっと……私の名前は……?」

「名前か……」

 

 そう問われたので決めた名前を告げようと思ったのだが、よく考えたら俺は罰を受けているとはいえ神様。言葉には力が宿ってしまう。

 ここが闇の牢だという神の力を抑える牢屋だとしても。多分。

 少し葛藤した俺だったが、すぐに腹を決めて答えた。

 

「ヴィヴィオ――それがお前の名前だ」

「ヴィヴィオ……どこか温かい響きです」

 

 彼女がその名を繰り返すようにつぶやいたその瞬間、彼女が『彼女』として存在することになった。

 『黒い何か』が俺の記憶をベースに形どり、俺が名を呼んで『彼女』として定着した。

 これがいいことかどうかはこの際どうでもいい。俺自身は動くことができないのだから、どのような影響を及ぼそうが関係ない。

 冷静に、神様のような横暴さでこの事態について思考を伸ばそうとしたとき、「あの、」と呼びかけられたので思考を中断して答える。

 

「なんだ」

「あなたは、私の、お父さんですか?」

「……」

 

 これも困った。

 彼女の大本は封印されていた力。俺という異分子が来たことにより行き場を求めるように俺に憑りつき……俺の中の彼女たちの姿を形どって存在できたのだから頷いていいのだろうが、果たして正しいことなのだろうか。

 神様になったというのに『人間』らしい悩みを展開させていると、「あの……大丈夫、ですか……?」と心配された。

 不用意な発言で彼女の存在情報を確定させていきたくないのだが、このまま彼女を不安がらせるのが何となく嫌だったので俺は「ああ」と短く答えた。

 

 その答えに彼女は嬉しそうに「そうなんですか!」と驚いた。

 

「……」

 

 内心で俺はホッとした。そしてほっとしたことに違和感を抱く。そして悟る。

 

 自分の中に内包されている『人間』的な部分が表に出てきていることに。

 

 『神様』になった自覚がある以上、『人間』的な個人に対する感情、あるいは世界の行く末を尊重しないエゴイズムな決意というのは不要。もう『人間』ではないのだから、そこに固執する人間らしさを捨てなければいけない。

 

「……なんて、分かっているんだがな」

「?」

 

 ヴィヴィオが首を傾げたのを見ながら、今まで成りたかった『人間』に俺は苦しめられた。

 

 

*斉原雄樹視点

 

「こんな吹雪なのに寒くないって……感覚マヒしてるよね、これ」

 

 ルシファーさんに言われこの世界で痛みと戦いながら数日。段々と痛みに襲われる回数が減ってきたし、痛みも慣れてきた。

 おかげでバリアジャケットを展開させて動いてる途中に来ても我慢できるほどに。ルシファーさんからは「その分ならそんなに時間もかからなそうだな」とお墨付きをもらった。

 

 で、今は城から出て雪の上を走っている。半死半生の状態だからか、空腹とかはあまり気にならずに行動出来てるし。

 

 ……まぁ、この世界の食べ物食べたら死者になるらしいしね。

 

「それはマヒしているんじゃなぅて、段々死者に向かってるだけだ」

「え!?」

 

 並走しているルシファーさんにそう言われ、僕はたまらず驚いた。並走している事実にではなく、自分が死者に近づいてるという事実に。

 そんな顔を見た彼は「まさか痛みが緩和してから急速にそっちへ行くとはなぁ」と感慨深そうにつぶやいたけど、当の本人である僕は気が気じゃない。

 

「え、これ大丈夫なんですか!? このまま僕死者の仲間入りですか!?」

「まぁ早く見積もって三日、か? 転生者の特徴か知らないけど、常人だったらまだ持つはずだし」

「じゃ、じゃぁ僕もうこの世界から出ないと! へ、ヘルさんに挨拶しないと!」

 

 慌てている僕に彼は冷静に「でもお前、こっからどうやって出るのか分かるのか?」と言われたので言葉に詰まる。そもそもどうやってここに来たのかも知らないし。

 それについてたらだんだん冷静になった僕は、それでも「どうすればいいか」ということについて考えていると、ルシファーさんが言った。

 

「まぁ俺が連れていけば出られるからそこは安心しろよ」

「本当ですか!?」

「ああ……だが、仮に戻ったとして、お前今回の黒幕にそれで勝てると思ってるのか?」

「…………」

 

 何も言い返せなかった。

 やってたことはほぼ筋トレだけ。ここ最近は体力をつけたりしただけ。多分、ルシファーさんはそれを見ていたのだろう。

 言葉に詰まっていると、彼はガシガシと頭を掻いてから「親切心、というより、お前もこの物語の主役なんだからという意味で教えておくと、お前の現状じゃ最後まで生きていられねぇよきっとな」と追撃を入れてきた。

 

 分かってはいた。分かってはいたけど、悔しい。

 なんて思っていたら、「お前の彼女もな」と言われ勢いよく顔をあげて「どういうことですか!?」と反射的に叫ぶ。

 そりゃそうさ。僕が死ぬだけじゃなくて彼女も……ひいては全員が死亡してしまう意味なんだから。

 

「風の噂で聞いた。お前が勝手に消えたせいで彼女、だいぶショックを受けて鍛錬どころじゃなかったと。あとはまぁ、大智が闇の牢の中に入ったことも関連して、軒並みやる気が落ちてるってのもな」

「それは……」

 

 胸が痛い。彼女のことを考えると、副作用とは別に、痛む。

 人間は決めたことを振り返って後悔する生き物だ。其のツケが今、来ている。どうしようもなく身勝手な決断で、自分勝手に離れたというのに。

 

 そんな僕を見ていたルシファーさんはため息をついてから「後悔したところで次につながるのかよ」と言ってから、続けた。

 

「たぶん、ここに連れてきたのはどっかの誰かの意思だ。それに乗っている今、お前に残された道があるのなら、お前自身が覚悟を決めることだ。どんな犠牲を払ってもいいというな」

「覚悟……」

 

 犠牲。言い換えれば対価、かな。この場合。たとえこの身を砕こうとも、この局面を乗り越えられるであろう力を手に入れるのに。

 

「……僕は、はやてを、はやてが生きている世界を守る。その決意は変わりません。そのためならたとえ何を犠牲にしても……受け入れます」

「そう。そこまでの覚悟をしているのね」

 

 不意に聞こえた少女の声。この世界で喋れる存在は僕とルシファーさんと彼女――ヘルさんだけ。

 でもどうして? なんて内心で首を傾げていると、姿を現した彼女は「ついてきなさい」と言って歩き出したので、慌ててついていくことにした。

 

 

 彼女の後をついていくことしばらく。僕達は城の中に戻っていた。

 

「ここって宝物庫だろ? 入って良いのかよ?」

「お父様がここに連れてきたってことは、目的はここにあるものだけ。だからいいわよ」

 

 ヘルさんの父親……ニブルヘイム……北欧神話……ロキ? ということは、ロキさんがこの世界に僕を連れてきたわけ?

 それにしてもいったいなぜ……なんて混乱しながら考えていたところ、「斉原雄樹」と自分の名前が呼ばれたので我に返る。

 

「え、えっと……」

「どんな犠牲を払ってもいい。その覚悟が出来たようなのでここへ連れてきたのよ。ニブルヘイムでしか保管出来ない神性装備__フロラルトよ」

 

 彼女がそれを指さしたのでつられるように指された方を見た時、「なにか」が揺さぶられた。

 

「っ!」

 

 自分が分裂したかのような錯覚に思わず心臓を抑える。

 だけど「それ」に僕の視線は奪われていた。

 

 純銀製なのか分からないけれど其の鎧は傷一つなくまばゆく輝き、そして――とても冷たくすべてを凍らせんという意思を感じて。

 

 僕がずっと凝視しているからか、ヘルさんは勝手に進めた。

 

「これはどこの誰かは知らないけど、ヘパイストスに造らせた物よ。ただ、完成したこれがあまりにもじゃじゃ馬過ぎてここに安置されることになったの。多分、お父様がここにつれてきた理由のひとつじゃないかしら」

「なんだこの装備……頭おかしいほど属性を盛り込んだせいで同じ方向性の奴らでも身に付けられないんじゃねぇか? こいつでも無理だろ」

「さぁ? だから覚悟が聴きたかったのよ。お父様の意図はわからないけど、ここにあるのなんてこれぐらいだし」

 

 ルシファーさんとヘルさんが話をしているのが気にならない。ただただ目が離せないでいる。

 それだけ凝視していたからだろうか。不意に、ナイトとは違う声が脳内に響いた。

 

“__ふふっ。私を見つめられるだけで凄いのに、声まで届くなんて。人間なのに面白いわね”

 

 妖しく、そして聞いてるだけで自己が崩されそうになっていることに気づいた僕は、視線を何とか逸らし大きく息を吐く。

 これは、やばい。戦慄する。まるで人格を溶かすかのように甘い声でこちらに語り掛けてくるのだから。

 これに屈服したら僕はもう戻れずに其のまま堕ちていくことになるんだろう。容易に想像できる未来だね。

 

 そんな僕の様子に気付いたらしいルシファーさんが声をかけてきた。

 

「どうした? 疲れた顔して」

 

 聞こえてないんだろうなと想像できた僕は、それでも自分の身に起こっていることを正直に話すことにした。

 

「その鎧から声が聞こえてきました。まるで楽しそうに」

“あら? まだ抗えるの。これは大した人間ね”

「なんだと? おいヘル。そいつの詳細話せ。分からないって訳じゃねぇよな」

「偉そうにしないでよルシファー……知ってることなんて意思を持ったぐらいよ。作り上げてから少し経過したって言ってたわ……まさか」

 

 二柱が僕を見てから鎧の方を見てそれぞれ何のためらいもなく、僕がいることも気にせず「何か」をした。腕が一瞬だけぶれたからそう察するだけで、肝心なことが分からない。

 神様との対峙ってこれを見切らないと駄目なのかと改めて思い知らされて、気付いた(・・・・)

 

 衝撃が、閃光が、破壊音が。「何か」が攻撃ならそれに際するいくつかが発生するのが常だ。至近でいる僕に降りかからないのがおかしい。

 そして僕は見た。鎧に傷一つなく、その寸前に氷柱が二つ出来ていることに。そして、ルシファーさんとヘルさんが難しい顔をしたまま睨みつけていることに。

 

「……これは」

「ちっ。まさかこんな凶暴な性能を秘めていたとは、な」

「聞いてないわよこんなのは!」

“いきなりひどいじゃない。ずぅっとここに閉じ込められたというのに”

 

 彼らに対して非難するような声が響く。どうやらうんざりしているようだ。しかし僕にしか聞こえないなら愚痴以外の何物でもない。

 

“ふふっ。この状況でなおも平然としていられる貴方。力が欲しいなら、私が契約してあげるわ”

 

 言うが早いがその鎧は光を放ち、いつの間にか僕の首に十字架(ロザリオ)のペンダントがかけられていた。ネックレス状で。

 

 これは……ちょっと、怖いなぁ。いろんな意味で。

 

 そう、思った。




待ってくれた方、読んでいただいた方に感謝を


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144:日々尊く故に

更新が滞り申し訳ございません


*……視点

 

 そしてニブルヘイムから雄樹は追い出された。

 字面からすると突然のようだが、そもそも副作用が収まってから死者に片足突っ込み始めたのだから当然だろう。

 ついでに言えばルシファーも追い出された。ちゃんとヘルは覚えていたらしい。

 一人と一柱がどこかの世界に不時着してため息をつく。

 

 先に話し始めたのは雄樹だった。

 

「あの、ルシファーさん」

「……ん?」

「僕に修行をつけてくれませんか?」

「修行ね……」

 

 ルシファーは腕を組んで考える。堕天使として有名な存在だが、元をただせば天使長だ。条件もなしに鍛えるのは構わなかったが、正直面白くないなと思ってもいた。

 真剣なまなざしで見つめてくる雄樹に必死さを感じた彼は唸りながらしばらく考え、頷いた。

 

「いいぜ」

「本当ですか!?」

「但し」

 

 了承されて喜んだ雄樹だったが、続く言葉に警戒心を抱く。

 

「お前がその装備を頼らないと約束できるなら、だ」

「…………」

”何? また私を除け者にするというの?“

 

 甘く、妖しい声が雄樹の頭に響く。憑りつかれたといっても信じられる状況だが、彼はその誘惑を振り払うことに成功した。

 

「…はい、わかりました」

「どうやら、お前が身に着けたものがどれだけやばい代物なのか理解できているようだな」

「はい」

“ふふっ。流石ね。それでこそ選んだ甲斐があるってものよ”

 

 反抗的な態度だというのに逆に嬉しそうにする。楽しんでいるなと思いながら大きく息を吐く。

 ルシファーは言った。

 

「そうと決まれば、先ずは『慣れ』だな」

「慣れ、ですか?」

「そうだ。環境に適応してもらうのが強くなるのに手っ取り早い」

 

 そう説明するやいなや彼は翼を広げる。その動作に連動して夥しい数の魔方陣。

 思わず身構えたが、ルシファーが小さく呟いた瞬間。

 

 彼は地面に叩きつけられた。いや抑えつけられたと言ったほうが正しいのかもしれない。

 声を上げる暇も、異変の前兆を感じる隙も、自分がこうなった原因を想像するに至る証拠となるものを何一つ拾うこともできず。

 

 彼は体全体がミシミシと音を上げている状態で、うつ伏せになったまま動けないでいた。

 

 だが、証拠を拾うこともできなかったこの状況故に原因を理解できた。

 その思考を読み取ったのか、ルシファーは「そうだ」と答えた。

 

「重力だ。お前の周りの重力の力場にだけ、さらに負荷をかけた。これに『慣れる』のが、最初の特訓だ」

 

 指すらも動かせない雄樹は、その言葉を聞いて歯を食いしばった。

 

 今受けているのは漫画とかで有名な特訓法だ。重力という負荷を普段以上にすることにより、立って生活ができない状態になる。その状態から起き上がれれば、元の重力下では見違えるほどの能力向上が見込まれるという、理論的に立証されているのかどうか怪しい方法。

 

 理屈で言えば正しいのだろうけど……そんなことをきしむ頭の中で考えながら指を動かそうとする。が、例えるなら全体に重石がのっかっている状態。均等に抑えつけられている中で一部を動かそうとしても、難しい。

 

 歯を食いしばりながらも重力の拘束に抗っていると、ルシファーが檄を飛ばしてきた。

 

「これくらいすぐに跳ね除けられないなら、今回生き残るのは難しいぞ!」

「!!」

 

 言われた未来を思い出し、歯を食いしばりながらも懸命に、自分はまだこんなものじゃないと言い聞かせるように、指を動かそうと脳に命令にする。

 

「ぐ、ぐぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 

 必死に、ただ必死に指先を見ながら力を込めていったとき、不意に抑えつけていた重力が消えた。

 

「あぁぁぁぁ! ……あ、あれ?」

「惜しかったな。けど、それ以上やるとお前が死にかねないからな辞めた」

 

 突如として消えたことに戸惑いながらも勢いよく立ち上がった彼は、ルシファーの言葉に生返事をするほかなかった。

 

「で、今筋繊維ボロボロで全身動かそうとするたびに激痛が走るだろ」

「え……っつぅぅ! あ、がぁぁぁ!!」

「寝てろ」

 

 ルシファーに言われて歩こうと足を上げようとしただけで過去最大の激痛が全身を駆け巡り、雄樹は絶叫する。今まで痛みに慣れたと思っていたが、まだ先があった事すらも考えられない彼は、ただ、叫び続ける。

 が、その姿を見てすぐさまルシファーは右手を彼に向けて魔法を使い、そのまま眠らせた。

 

「食事も回復手段もないこの場所で特訓なんてやってられるか」

 

 そうぼやいた彼は右手で指を鳴らして雄樹を消し、ついで自分も転移した。

 

 その世界に残ったのは、クレーターだけだった。

 

 

 

 一方その頃大智の消えた地球では。

 

「やっぱり無理なの? 天上」

「手紙を読んだのだから状況は理解できてる筈だろうけど、難しいだろうね。人間が神様の謀を超えるというのは」

「そう……」

 

 力也が一人大学の食堂の席で読書をしていたところ、アリサがそんなことを話しかけてきたので顔を上げないまま答える。予想が出来たその答えだが、アリサは実際に聞くと歯ぎしりをしたくなった。

 

 表面上彼らは大智の退場を受け入れている……のだが、全員納得がいっていなかった。

 

 アリサは一人でいると大抵苛立って八つ当たりをしたり、力也は体を鍛えながら突如としていなくなったライバルに恨み言を吐いたり、すずかは研究室に籠りっ放しになったり、一番の被害者であろう社長代理になった裕也は事務処理などでてんやわんやになって頭を抱えていた。

 

 とまぁそんな状況なのでこちらはこちらで何とかして大智に戻ってきてもらおうという意思が強くある。

 

「……全くアイツは」

「僕に当たられても困る。文句はいなくなった当人へどうぞ」

「いないのだからしょうがないじゃない」

 

 不機嫌さを隠さずに言い放つ彼女に、「そんな実益のない事はいい加減にやめて、少しは月村さんの手伝いでもしたらどうだい」と助言する。

 

「とはいってもね、すずかのやってることって下手に手伝えないのよね。あいつが作ったものを解体して仕組みの分析とか」

「サポートするのも手伝いの一貫だと思うけどね。メイド二人が動き回っているようだけど、君のサポートが合わされば良くなるんじゃないかい? 若しくは、停滞してる高町さんたちに檄をとばすとか」

「停滞って……何であんたが……ああ。悪魔ね」

「そういうこと。雄樹もいなくなって本気でダメだと思ったけど、八神は戻れたらしい。あの世界で必死に食らいついてるようだ」

 

 あの世界。それでアリサは高校生の頃を思い出した。そして、手紙に書いてあったことも。

 

「『勝てるかどうかは彼女たち次第』そう、書いてあったわね」

「まぁ僕達が手伝えなくはないのだがね」

「サポートぐらいしか出来ないのよね。矢面に立つなのは達に」

 

 その言葉を力也は否定する。

 

「危険を伴うが、彼女達の戦闘に参加できる可能性はある」

「本当なの、それ?」

「大智は多分、お勧めしないだろうね。まぁもっとも? 彼を引っ張り出すなら僕達も戦場に出張るぐらい引っ掻き回さないといけないだろうが」

「……なんというか、あんたも口が上手くなったわね」

「そりゃどうも。で? 知りたいかい?」

 

 話題を戻すように問いかけたところ、アリサは「すずかの解析を終わらせればいいんでしょ?」と正解の一つを口にする。

 

「それもあるが、もっと早い方法がある」

「何よ?」

「バニングスや月村さん、元一や水梨さんの手紙は一枚だけだったろ?」

「あんた達もそうだったんじゃないの?」

「いや、僕と裕也にはもう一枚手紙があった」

「ハァ!?」

 

 驚いて勢いよく立ち上がるアリサ。それを周囲の人は注目するが、彼女は気にせずに「なんで言わなかったのよ!!」と怒鳴った。

 

「理由は単純に何でも屋の営業に関するものだったから……というのが半分で、もう半分はあまり刺激してこっちに厄介事を持ってきたくはないからだ」

「何よ、その厄介事って」

 

 座り直して彼女は質問する。

 彼は少し間をおいてから本を閉じ、テーブルに置いといた缶コーヒーを飲んでから「管理局――つまり高町さん達が所属する組織さ」と答える。

 

「管理局? どうしてそこでそれが話題に挙がるのよ?」

「彼女達の役割を分かっていれば、どういう人物かは大体想像できると思うんだが」

「……」

 

 力也に言われて彼女は考え、そしてすぐに答えを出した。

 

「……犯罪者?」

「正解。とは言ったものの、現状はもう犯罪行為をしない良い人たちみたいだけどね。だからちょっと面倒になるのさ。彼らの痕跡が分かってしまうと」

 

 実際に遭ったことはないからどういった人物かは想像するしかないけどね。

 

 そう言って締めくくった力也が席を立とうとしたところ、「場所は知ってるの?」と質問されたので「まぁね」と短く答える。

 

「なら、教えなさいよ」

「行く気かい?」

「ええ。すずかもつれてね」

「そうかい……なら大智とつながりがあり、管理局と関係がないことを示さなければ誤解を招くだろうし持って行くといい」

 

 そういうと力也はポケットからバッジを取り出してテーブルに置く。

 

「何これ」

「社員証みたいなものだ。「博士」はどうやら異世界側担当のようだけどね。まぁ見せて事情を話せば理解してくれるだろう」

「……ありがと」

「なに、僕一人だけ向こうで暴れるだけじゃ意味がないだろうと判断しただけさ」

「……すでに行く気満々じゃない」

「あいつが神様になろうが関係はない。負けっぱなしのまま逃がすなんて、僕の名が廃る……分かるだろ? 君達だってあいつを好きで、戻ってきて欲しいと願うのなら」

「天上……あんた、いい意味で変われたわね」

「それぐらいはあいつに礼を言っても良いかな」

「借りるわ」

「ああ、頑張ってくれたまえ」

 

 そう言って力也がエールを送ると、アリサはバッジをポケットに入れて電話しながらその場を後にした。

 見送りながら、「愛、ね……果たして神様はそれを抑えつけられるかな、マモン?」と呟く。

 

 彼の脳内で『ケケッ。どうだろな。俺達には関係ねぇ話だ』と聞こえたが、力也は本を持って立ち上がり、缶をゴミ箱にノールックで入れてから歩き出しつつこう反論した。

 

「そうかい? 意外と君たちも関係あると思うけどね? 例えば僕との契約が切れたり、とかさ」

『……』

「あんまり人間を舐めない方が良い。現に君たちの力を借りてもこうして僕は平然としているのだからね」



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